詩(し)に曰く、
混沌(こんとん)未(いま)だ分(わか)れざれば天地(てんち)乱(みだ)れ、茫茫渺渺(ぼうぼうびょうびょう)として人(ひと)の見る無し。
盤古(ばんこ)の鴻濛(こうもう)を破(やぶ)りてよりこの方(かた)、開闢(かいびゃく)茲(これ)より清濁(せいだく)辨(べん)ず。
群生(ぐんしょう)を覆載(ふくさい)して至仁(しじん)を仰(あお)ぎ、万物(ばんぶつ)を発明(はつめい)して皆善(ぜん)を成(な)す。
造化(ぞうか)会元(かいげん)の功(こう)を知らんと欲(ほっ)せば、須(かなら)ず『西遊釈厄伝(さいゆうしゃくやくでん)』を看(み)るべし。
と。
蓋(けだ)し聞く、天地(てんち)の数(かず)は、十二万九千六百(じゅうにまんきゅうせんろっぴゃく)歳(さい)を以(もっ)て一元(いちげん)と為す、と。この一元(いちげん)を分(わか)ちて十二会(じゅうにえ)と為すは、すなわち子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゅつ)・亥(がい)の十二支(じゅうにし)なり。毎会(まいえ)一万八百(いちまんはっぴゃく)歳(さい)に該(あた)る。且(しばら)く一日(いちじつ)に就(つ)きてこれを論(ろん)ぜよ。
子(ね)の時は陽気(ようき)を得、丑(うし)はすなわち鶏(にわとり)鳴(な)く。寅(とら)は未(いま)だ光(ひかり)を通(つう)ぜず、卯(う)はすなわち日出づ。辰(たつ)の時は食(しょく)の後、巳(み)はすなわち挨排(あいはい=順を追う)す。日は午(うま)にして天中(てんちゅう)に在り、未(ひつじ)はすなわち西(にし)に蹉(すべ)る。申(さる)の時は晡(ほ=夕暮れ)にして日は酉(とり)に落つ。戌(いぬ)は黄昏(たそがれ)にして、人(ひと)は亥(い)に定(さだ)まる。
大数(たいすう)に譬(たと)うるに、もし戌会(じゅつえ)の終(おわ)りに到(いた)らば、すなわち天地(てんち)昏蒙(こんもう)として万物(ばんぶつ)否(へい=塞が)る。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)を去(さ)りて、亥会(がいえ)の初(はじめ)に交(まじ)われば、すなわち黑暗(こくあん)に当(あ)たり、而(しか)して両間(りょうかん=天地の間)の人物(じんぶつ)俱(とも)に無し。故(ゆえ)に混沌(こんとん)と曰(い)う。又五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、亥会(がいえ)将(まさ)に終(おわ)らんとし、貞(てい)の下より元(げん)を起(おこ)し、子(し)の会(え)に近づきて、復(ま)た漸(ようや)く開明(かいめい)す。
邵康節(しょうこうせつ)曰く、
「冬至(とうじ)は子(し)の半(なかば)、天心(てんしん)改(あらた)め移(うつ)ること無し。
一陽(いちよう)初めて動(うご)く処、万物(ばんぶつ)未(いま)だ生(しょう)ぜざる時」
と。
ここに到(いた)りて、天(てん)始(はじ)めて根(ね)有り。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、正に子会(しえ)に当(あ)たり、軽清(けいせい)上騰(じょうとう)して、日(じつ)有り、月(げつ)有り、星(せい)有り、辰(しん)有り。日(じつ)・月(げつ)・星(せい)・辰(しん)をこれ四象(ししょう)と謂(い)う。故(ゆえ)に曰く、天(てん)は子(し)に開(ひら)く、と。
又五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)を経(へ)て、子会(しえ)将(まさ)に終(おわ)らんとし、丑(ちゅう)の会(え)に近づきて、漸(ようや)く堅実(けんじつ)なり。易(えき)に曰く、
「大いなるかな乾元(けんげん)、至(いた)れるかな坤元(こんげん)!
万物(ばんぶつ)資(と)りて生(しょう)じ、乃ち天(てん)に順(したが)いて承(う)く」
と。
ここに至(いた)りて、地(ち)始(はじ)めて凝結(ぎょうけつ)す。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、正に丑会(ちゅうえ)に当(あ)たり、重濁(じゅうだく)下凝(かぎょう)して、水有り、火有り、山有り、石有り、土(つち)有り。水(すい)・火(か)・山(さん)・石(せき)・土(ど)をこれ五形(ごぎょう)と謂(い)う。故(ゆえ)に曰く、地(ち)は丑(ちゅう)に闢(ひら)く、と。
又五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)を経(へ)て、丑会(ちゅうえ)終(おわ)りて寅会(いんえ)の初(はじめ)、万物(ばんぶつ)を発生(はっせい)す。暦(れき)に曰く、
「天気(てんき)下降(かこう)し、地気(ちき)上昇(じょうしょう)す。
天地(てんち)交合(こうごう)して、群物(ぐんぶつ)皆生(しょう)ず」
と。
ここに至(いた)りて、天(てん)清(きよ)く地(ち)爽(さわ)やかに、陰陽(いんよう)交合(こうごう)す。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、正に寅会(いんえ)に当(あ)たり、人(ひと)を生(しょう)じ、獣(けもの)を生(しょう)じ、禽(とり)を生(しょう)ず。正に天地人(てんちじん)を謂(い)い、三才(さんさい)定位(ていい)す。故(ゆえ)に曰く、人(ひと)は寅(いん)に生(しょう)ず、と。
盤古(ばんこ)の開闢(かいびゃく)を感(かん)じ、三皇(さんこう)世(よ)を治(おさ)め、五帝(ごてい)倫(りん)を定(さだ)めて、世界(せかい)の間(あいだ)、遂(つい)に分(わか)れて四大部洲(しだいぶしゅう)と為る。曰く東勝神洲(とうしょうしんしゅう)、曰く西牛賀洲(さいごがしゅう)、曰く南贍部洲(なんせんぶしゅう)、曰く北倶蘆洲(ほっくるしゅう)。この書(しょ)は単(ひとえ)に東勝神洲(とうしょうしんしゅう)を表(あらわ)す。
海外(かいがい)に一つの国土(こくど)有り、名(な)を傲来国(ごうらいこく)と曰(い)う。国(くに)大海(たいかい)に近く、海中(かいちゅう)に一座(ひとつ)の山有り、喚(よ)んで花果山(かかざん)と為す。この山は乃ち十洲(じっしゅう)の祖脈(そみゃく)、三島(さんとう)の来龍(らいりゅう)にして、清濁(せいだく)を開(ひら)きてより立(た)ち、鴻濛(こうもう)判(わか)れて後に成(な)る。真に個(こ)の好き山かな!詞賦(しふ)有りて証(あかし)と為す。賦(ふ)に曰く、
勢(いきおい)は汪洋(おうよう)を鎮(しず)め、威(い)は瑤海(ようかい)を寧(やす)んず。
勢(いきおい)汪洋(おうよう)を鎮(しず)むれば、潮(しお)涌(わ)きて銀山(ぎんざん)魚(うお)穴(あな)に入る。
威(い)瑤海(ようかい)を寧(やす)んずれば、波(なみ)翻(ひるがえ)りて雪浪(せつろう)蜃(しん)淵(ふち)を離(はな)る。
木火方隅(ぼくかほうぐう)高く積(つ)み上(あ)げ、東海(とうかい)の処崇巓(すうてん)聳(そび)ゆ。
丹崖(たんがい)怪石(かいせき)、削壁(さくへき)奇峰(きほう)。
丹崖(たんがい)の上、彩鳳(さいほう)双(ふた)つ鳴(な)き、削壁(さくへき)の前、麒麟(きりん)独(ひと)り臥(ふ)す。
峰頭(ほうとう)時に錦鶏(きんけい)の鳴(な)くを聴き、石窟(せっくつ)毎(つね)に龍(りゅう)の出入(しゅつにゅう)するを観(み)る。
林中(りんちゅう)に寿鹿(じゅろく)仙狐(せんこ)有り、樹上(じゅじょう)に霊禽(れいきん)玄鶴(げんかく)有り。
瑤草(ようそう)奇花(きか)謝(しゃ)せず、青松(せいしょう)翠柏(すいはく)長(とこしな)えに春(はる)なり。
仙桃(せんとう)常(つね)に結果(けっか)し、修竹(しゅうちく)毎(つね)に雲(くも)を留(とど)む。
一條(ひとすじ)の澗壑(かんがく)藤蘿(とうら)密(みつ)に、四面(しめん)の原堤(げんてい)草色(そうしょく)新なり。
正にこれ百川(ひゃくせん)の会(あい)する処の擎天柱(けいてんちゅう)、万劫(ばんごう)移(うつ)る無き大地(だいち)の根(ね)。
と。
かの山、正に頂上(ちょうじょう)に当(あ)たる処に、一塊(ひとかたまり)の仙石(せんせき)有り。その石三丈六尺五寸(さんじょうろくしゃくごすん)の高さ有り、二丈四尺(にじょうよんしゃく)の囲(まわ)り有り。三丈六尺五寸(さんじょうろくしゃくごすん)の高さは、周天(しゅうてん)三百六十五度(さんびゃくろくじゅうごど)に按(あん)じ、二丈四尺(にじょうよんしゃく)の囲(まわ)りは、政暦(せいれき)二十四気(にじゅうしき)に按(あん)ず。上に九竅八孔(きゅうきょうはっこう)有るは、九宮八卦(きゅうきゅうはっけ)に按(あん)ず。四面(しめん)に更(さら)に樹木(じゅもく)の蔭(かげ)を遮(さえぎ)る無く、左右(さゆう)に却って芝蘭(しらん)の相(あい)襯(そ)うる有り。
蓋(けだ)し開闢(かいびゃく)より以来(このかた)、毎(つね)に天真(てんしん)地秀(ちしゅう)、日精(にっせい)月華(げっか)を受(う)け、これを感(かん)ずること既(すで)に久(ひさ)しく、遂(つい)に霊通(れいつう)の意(こころ)有り。内(うち)に仙胞(せんぽう)を育(はぐく)み、一日(あるひ)迸(ほとばし)り裂(さ)けて、一つの石卵(せきらん)を産(さん)ず、円球(えんきゅう)の様(さま)の大いさに似(に)たり。風に見(あ)うるに因(よ)りて、化(け)して一個(ひとつ)の石猴(せっこう)と作(な)り、五官(ごかん)俱(とも)に備(そな)わり、四肢(しし)皆全(まった)し。すなわち便(すなわ)ち爬(は)うことを学(まな)び走(はし)ることを学(まな)び、四方(しほう)を拝(おが)めり。目(め)に両道(ふたすじ)の金光(きんこう)を運(めぐ)らし、射(い)て斗府(とふ=星宿の府)を衝(つ)く。
高天(こうてん)の上聖(じょうせい)大慈仁者(だいじにんじゃ)玉皇大天尊(ぎょっこうだいてんそん)玄穹高上帝(げんきゅうこうじょうてい)を驚(おどろ)かし、金闕雲宮(きんけつうんきゅう)霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に駕座(がざ)して仙卿(せんけい)を集(あつ)めたもうに、金光(きんこう)の焰焰(えんえん)たる有るを見、すなわち千里眼(せんりがん)・順風耳(じゅんぷうじ)に命(めい)じて南天門(なんてんもん)を開(ひら)きて観看(みわた)せしめたもう。二将(にしょう)果して旨(むね)を奉(ほう)じて門外(もんがい)に出で、看(み)ること真(しん)に、聴くこと明(あき)らかなり。須臾(しばらく)して回(かえ)り報(ほう)じて言う、
「臣(しん)、旨(むね)を奉(ほう)じて金光(きんこう)の処を観(み)聴(ちょう)するに、乃ち東勝神洲(とうしょうしんしゅう)海東(かいとう)傲来(ごうらい)小国(しょうこく)の界(さかい)に、一座(ひとつ)の花果山(かかざん)有り。山上(さんじょう)に一つの仙石(せんせき)有り、石一卵(ひとつ)を産(さん)じ、風に見(あ)いて一つの石猴(せっこう)と化(け)し、かの処に在りて四方(しほう)を拝(おが)み、眼(め)に金光(きんこう)を運(めぐ)らして斗府(とふ)を射衝(いしょう)す。如今水食(すいしょく)を服餌(ふくじ=飲み食い)すれば、金光(きんこう)将(まさ)に潜(ひそ)み息(や)まんとす」
と。玉帝(ぎょくてい)恩慈(おんじ)を垂(た)れ賜(たま)いて曰く、
「下方(かほう)の物(もの)は、乃ち天地(てんち)の精華(せいか)の生(しょう)ずるところ、異(い)と為すに足(た)らず」
と。
かの猴(さる)、山中(さんちゅう)に在りて、却って能(よ)く行走(いき)跳跃(おどり)、草木(そうもく)を食(くら)い、澗泉(かんせん)を飲み、山花(さんか)を採(と)り、樹果(じゅか)を覓(もと)む。狼虫(ろうちゅう)を伴(とも)と為し、虎豹(こひょう)を群(むれ)と為し、獐鹿(しょうろく)を友(とも)と為し、獼猿(みえん)を親(したしみ)と為す。夜(よる)は石崖(せきがい)の下に宿り、朝(あした)は峰洞(ほうどう)の中に遊(あそ)ぶ。真にこれ、
「山中(さんちゅう)に甲子(かっし=暦日)無く、寒(かん)尽(つ)きて年(とし)を知らず」
と。
一朝(あるあさ)天気(てんき)炎熱(えんねつ)にして、群猴(ぐんこう)と共(とも)に暑(あつさ)を避(さ)け、皆松陰(しょういん)の下に在りて戯(たわむ)れ耍(あそ)ぶ。汝看(み)よ、彼(か)れらが一箇一箇(おのおの)の、
樹(き)を跳び枝(えだ)を攀(よ)じ、花を採(と)り果(み)を覓(もと)め、
弾子(だんす=つぶて)を抛(なげ)う
ち、邷么児(わようじ=子供の遊び)を為し、
沙窩(さか=砂場)を跑(はし)り、宝塔(ほうとう)を砌(きず)き、
蜻蜓(とんぼ)を趕(お)い、虫(むし)を撲(う)ち、
老天(ろうてん)を参(はい)し、菩薩(ぼさつ)を拝(おが)み、
葛藤(かっとう)を扯(ひ)き、草帓(そうばつ=藁の頭巾)を編(あ)み、
虱子(しらみ)を捉(と)らえ、咬(か)み又掐(つね)り、
毛衣(もうい=毛並み)を理(ととの)え、指甲(つめ)を剔(せい)し、
挨(よ)るは挨(よ)り、擦(こす)るは擦(こす)り、
推(お)すは推(お)し、圧(おさ)えるは圧(おさ)え、
扯(ひ)くは扯(ひ)き、拉(たぐ)るは拉(たぐ)る。
青松(せいしょう)の林下(りんか)に彼をして任(まま)に戯(たわむ)れしめ、緑水(りょくすい)の澗辺(かんべん)に随(したが)いて洗濯(せんたく)す。
と。
一群(ひとむれ)の猴子(こうじ)、一会(ひととき)耍(あそ)びて、却ってかの山澗(さんかん)の中に往きて洗澡(からだをあら)う。かの股(ひとすじ)の澗水(かんすい)の奔流(ほんりゅう)するを見るに、真に個(こ)の滚瓜(こんか=転がる瓜)の涌(わ)き濺(はね)るに似(に)たり。古(いにしえ)に云(いわ)く、
「禽(とり)に禽言(きんげん)有り、獣(けもの)に獣語(じゅうご)有り」
と。
衆猴(しゅうこう)皆道(いわ)く、
「この股(ひとすじ)の水は知らずいずこの水なる。我ら今日(こんにち)閑(ひま)に趁(じゅん)じて事(こと)無きに、澗辺(かんべん)に順(したが)い上(のぼ)りて溜頭(りゅうとう=上流)に源流(げんりゅう)を尋ね看(み)、耍子(たわむれ)に往かんかな!」
と。一声(ひとこえ)喊(さけ)べば、皆男(お)を拖(ひ)き女(むすめ)を挈(たずさ)え、弟を呼(よ)び兄(あに)を呼(よ)び、一斉(いっせい)に跑(はし)り来り、澗(たに)に順(したが)いて山を爬(よ)じ、直(ただち)に源流(げんりゅう)の処に至(いた)れば、乃ちこれ一股(ひとすじ)の瀑布飛泉(ばくふひせん)なり。ただ見よ、かの、
一派(ひとは)の白虹(はくこう)起こり、千尋(せんじん)の雪浪(せつろう)飛ぶ。
海風(かいふう)吹(ふ)けども断(た)ゆること無く、江月(こうげつ)照(て)らして還(ま)た依(よ)る。
冷気(れいき)青嶂(せいしょう)を分(わか)ち、余流(よりゅう)翠微(すいび)を潤(うるお)す。
潺湲(せんかん)として瀑布(ばくふ)と名(な)づけ、真に帘帷(れんい=垂れ幕)を掛(か)くるに似(に)たり。
と。
衆猴(しゅうこう)手(て)を拍(う)って称揚(しょうよう)して道(いわ)く、
「好き水かな!好き水かな!元来(もと)この処遠く山脚(さんきゃく)の下に通(つう)じ、直(ただ)ちに大海(たいかい)の波(なみ)に接(せつ)す」
と。又道(いわ)く、
「あの箇(ひと)にして本事(ほんじ=腕)有り、潜(くぐ)り入りて箇(ひと)つの源頭(げんとう)を尋ね出だし、身体(しんたい)を傷(そこな)わざる者あらば、我等(われら)すなわち彼を拝(はい)して王と為さん」
と。連(つづ)けて三声(みこえ)呼(よ)ばわるに、忽然(たちまち)叢雑(そうざつ=茂み)の中より一名(ひとり)の石猴(せっこう)の跳び出づるを見るや、声(こえ)に応(こた)えて高く叫んで道(いわ)く、
「我進(い)らん!我進(い)らん!」
と。好き猴(さる)かな、またこれ彼の、
今日(こんにち)芳名(ほうめい)顕(あらわ)れ、時来って大運(たいうん)通(つう)ず。
縁(えん)有りてこの地(ち)に居(お)り、王遣(つかわ)されて仙宮(せんきゅう)に入る。
と。
汝看(み)よ、彼は目(め)を瞑(つぶ)り身(み)を蹲(うずくま)らせ、身(み)を一縦(ひとおどり)さして、径(ただち)に瀑布泉(ばくふせん)の中に跳び入る。忽然(たちまち)睛(ひとみ)を睜(みは)り頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、かの裡(うち)却って水無く波(なみ)無く、明明朗朗(めいめいろうろう)として一架(ひとつ)の橋梁(きょうりょう)有り。彼身(み)を住(とど)め、神(こころ)を定(さだ)め、仔細(つまびらか)に再(ふたた)び看(み)れば、元来(もと)これ一座(ひとつ)の鉄板橋(てっぱんきょう)なり。橋下(きょうか)の水、石竅(せっきょう=岩の穴)の間(あいだ)を衝(つ)き貫(つらぬ)き、倒(さかさま)に掛(かか)りて流(なが)れ出で、橋門(きょうもん)を遮(さえぎ)り閉(とざ)せり。却って又身(み)を欠(かが)めて橋頭(きょうとう)に上(のぼ)り、再(ふたた)び走(ゆ)き再(ふたた)び看(み)れば、却って人家(じんか)の住処(すみか)有る一般(ごと)く、真に個(こ)の好き所在(ところ)かな。ただ見よ、かの、
翠蘚(すいせん)藍(あい)を堆(うずたか)くし、白雲(はくうん)玉(ぎょく)を浮(うか)べ、光(ひかり)片片(へんぺん)の烟霞(えんか)を揺(ゆ)る。
虚窗(きょそう)静室(せいしつ)、滑凳(かつとう)板(いた)花を生(しょう)ず。
乳窟(にゅうくつ)龍珠(りゅうじゅ)倚(よ)り掛(かか)り、縈回(えいかい)として満地(まんち)奇葩(きは)。
鍋竈(かそう)崖(がけ)に傍(そばだ)ちて火迹(かせき)存(そん)し、樽罍(そんらい=酒器)案(あん)に靠(よ)りて肴渣(こうさ=料理の残り)見ゆ。
石座(せきざ)石床(せきしょう)真に愛(あい)すべく、石盆(せきぼん)石碗(せきわん)更(さら)に誇(ほこ)るに堪(た)えたり。
又見よ、あの一竿(ひとさお)両竿(ふたさお)の修竹(しゅうちく)、三点(みつ)五点(いつつ)の梅花(ばいか)。
幾樹(いくじゅ)かの青松(せいしょう)常(つね)に雨を帯(お)び、渾然(こんぜん)として人家(じんか)に像(に)たり。
と。
看(み)ること多時(しばらく)にして、橋(はし)の中間(ちゅうかん)を跳び過ぎ、左右(さゆう)を観看(みわた)せば、ただ正に当中(まなか)に一つの石碣(せっけつ)有るを見る。碣(けつ)の上に一行(ひとくだり)の楷書(かいしょ)の大字(だいじ)有り、鐫(きざ)みて、
「花果山(かかざん)福地(ふくち)、水簾洞(すいれんどう)洞天(どうてん)」
と著(しる)せり。石猴(せっこう)喜(よろこ)び自(おの)ずから勝(た)えず、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて外へ便(すなわ)ち走(ゆ)き、復(ま)た目(め)を瞑(つぶ)り身(み)を蹲(うずくま)らせ、水外(すいがい)に跳び出で、両箇(ふたつ)の呵呵(かか=笑い声)を打ちて道(いわ)く、
「大造化(だいぞうか=大幸運)!大造化(だいぞうか)!」
と。衆猴(しゅうこう)彼を把(と)りて囲(かこ)み住(とど)め、問うて道(いわ)く、
「裡(うち)はいかがか。水の深さどれほどか」
と。石猴(せっこう)道(いわ)く、
「水無し!水無し!元来(もと)これ一座(ひとつ)の鉄板橋(てっぱんきょう)なり。橋(はし)の彼方(かなた)はこれ一座(ひとつ)の天造地設(てんぞうちせつ)の家当(かとう=家財)なり」
と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、
「いかにしてか箇(ひと)の家当(かとう)と見えん」
と。石猴(せっこう)笑って道(いわ)く、
「この股(ひとすじ)の水は、乃ち橋下(きょうか)より石橋(せっきょう)を衝(つ)き貫(つらぬ)き、倒(さかさま)に掛(かか)り下(くだ)りて来り、門戸(もんこ)を遮(さえぎ)り閉(とざ)するなり。橋辺(きょうへん)に花有り樹(き)有り、乃ちこれ一座(ひとつ)の石房(せきぼう)なり。房内(ぼうない)に石窩(せきか)・石竈(せきそう)・石碗(せきわん)・石盆(せきぼん)・石床(せきしょう)・石凳(せきとう)有り。中間(ちゅうかん)に一塊(ひとかたまり)の石碣(せっけつ)有りて、『花果山(かかざん)福地(ふくち)、水簾洞(すいれんどう)洞天(どうてん)』と鐫(きざ)めり。真に個(こ)にこれ我らの安身(あんしん)の処なり。裡(うち)且(か)つこれ寛闊(かんかつ=広々)として、千百口(せんびゃくこう)の老小(ろうしょう=老少)を容(い)るるを得(う)。我ら皆進(い)り住まば、老天(ろうてん)の気(き)を受(う)くるを省(はぶ)かん。この裡(うち)は、
風刮(ふ)けば処有りて隠(かく)れ、雨降(ふ)れば好く身(み)を存(たも)つ。
霜雪(そうせつ)全(まった)く懼(おそ)れ無く、雷声(らいせい)永(とこしな)えに聞こえず。
烟霞(えんか)常(つね)に照耀(しょうよう)し、祥瑞(しょうずい)毎(つね)に蒸薫(じょうくん)す。
松竹(しょうちく)年(とし)ごとに秀(ひい)で、奇花(きか)日ごとに新なり」
と。
衆猴(しゅうこう)これを聴きて、箇箇(おのおの)歓喜(かんぎ)す。皆道(いわ)く、
「汝還(また)先(ま)ず走(ゆ)き、我らを帯(みちび)きて進(い)らん、進(い)らん!」
と。石猴(せっこう)却又(かえって)目(め)を瞑(つぶ)り身(み)を蹲(うずくま)らせ、裡(うち)へ一跳(ひとおどり)し、叫んで道(いわ)く、
「皆我に随(したが)いて進(い)れ!進(い)れ!」
と。あの猴(さる)ら、胆(きも)の大ききは、皆跳(と)び入(はい)り了(おわ)んぬ。胆(きも)の小さきは、一箇一箇(めいめい)頭(こうべ)を伸(の)べ頸(くび)を縮(ちぢ)め、耳(みみ)を抓(か)き腮(ほお)を撓(か)き、大声(たいせい)に叫び喊(わめ)き、一会(ひととき)纏(まと)うて、皆も亦(ま)た進(い)り了(おわ)んぬ。
橋頭(きょうとう)を跳び過ぎて、一箇一箇(おのおの)盆(ぼん)を搶(あらそ)い碗(わん)を奪(うば)い、竈(かまど)を占(し)め床(とこ)を争(あらそ)い、搬(はこ)び過(きた)り、移(うつ)し去(さ)る。正にこれ猴性(こうせい=猿の性)の頑劣(がんれつ=手に負えぬ)にして、再(ふたた)び一箇(ひとり)の寧(やす)らかなる時無く、ただ搬(はこ)び得て力倦(ちからつか)れ神疲(こころつか)れて方(はじ)めて止(や)む。石猴(せっこう)端(ただ)しく上面(じょうめん)に坐して道(いわ)く、
「列位(れっい=皆の衆)や、『人(ひと)にして信(しん)無からば、其(そ)の可(か)なるを知らず』と。汝ら才(いま)しがた、本事(ほんじ)有りて進(い)り得、出で得(ゆ)き、身体(しんたい)を傷(そこな)わざる者あらば、すなわち彼を拝(はい)して王と為さんと説(い)えり。我如今進(い)りて又出で、出でて又進(い)り、この一箇(ひとつ)の洞天(どうてん)を尋ね得て列位(れっい)と安眠(あんみん)穩睡(おんすい)し、各(おのおの)成家(せいか)の福(ふく)を享(う)けんに、何(なん)ぞ我を拝(はい)して王と為さざるか」
と。衆猴(しゅうこう)これを聴きて、すなわち拱伏(きょうふく=うやうやしく伏す)して違(たが)うこと無し。一箇一箇(めいめい)歯(よわい)を序(つい)で班(つらね)を排(なら)べ、上に朝(むか)いて礼拜(らいはい)し、皆「千歳大王(せんざいだいおう)」と称(しょう)す。これ自(よ)り、石猴(せっこう)高く王位(おうい)に登(のぼ)り、「石(せき)」の字(じ)を隠(かく)し、遂(つい)に美猴王(びこうおう)と称(しょう)す。詩(し)有りて証(あかし)と為す。詩(し)に曰く、
三陽(さんよう)交泰(こうたい)して群生(ぐんしょう)を産(さん)じ、仙石(せんせき)の胞(ほう)に日月(じつげつ)の精(せい)を含(ふく)む。
卵(らん)を借(か)りて猴(さる)と化(け)し大道(だいどう)を完(まっと)うし、他(た)の名姓(めいせい)を仮(か)りて丹成(たんせい)に配(はい)す。
内観(ないかん)して識(し)らざるは相(そう)無きに因(よ)り、外合(がいごう)して明(あき)らかに知るは形(かたち)有るを作(な)す。
歴代(れきだい)人人(ひとびと)皆これに属(ぞく)し、王と称(しょう)じ聖(せい)と称(しょう)じて縦横(じゅうおう)に任す。
と。
美猴王(びこうおう)、一群(ひとむれ)の猿猴(えんこう)・獼猴(みこう)・馬猴(ばこう)等(ら)を領(ひき)い、君臣(くんしん)佐使(さし=補佐)を分派(ぶんぱ)し、朝(あした)には花果山(かかざん)に遊(あそ)び、暮(ゆうべ)には水簾洞(すいれんどう)に宿り、契(ちぎり)を合(がっ)し情(じょう)を同(おなじ)くし、飛鳥(ひちょう)の叢(むら)に入らず、走獣(そうじゅう)の類(たぐい)に従(したが)わず、独(ひと)り自(みずか)ら王と為りて、歓楽(かんらく)に勝(た)えず。これを以(もっ)て、
春(はる)は百花(ひゃっか)を採(と)りて飲食(いんしょく)と為し、
夏(なつ)は諸果(しょか)を尋ねて生涯(しょうがい)と作(な)す。
秋(あき)は芋栗(うりつ)を収(おさ)めて時節(じせつ)を延(の)べ、
冬(ふゆ)は黄精(おうせい)を覓(もと)めて歳華(さいか=年月)を度(わた)る。
と。
美猴王(びこうおう)天真(てんしん)の楽(たのしみ)を享(う)くること、何期(およそ)三五百載(さんごひゃくさい)有り。一日(あるひ)、群猴(ぐんこう)と喜宴(きえん)の間(あいだ)に在りて、忽然(たちまち)憂(うれ)い悩(なや)み、涙(なみだ)を堕(おと)し来る。衆猴(しゅうこう)慌(あわ)てて羅拜(らはい=列んで拝す)して道(いわ)く、
「大王(だいおう)、何為(なんす)れぞ煩悩(はんのう)したもうか」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「我歓喜(かんき)の時に在りといえども、却って一點(ひとしずく)の遠慮(えんりょ)有り。此を以(もっ)て煩悩(はんのう)す」
と。衆猴(しゅうこう)又笑って道(いわ)く、
「大王(だいおう)好くも足(た)るを知らざるかな!我等(われら)日々(ひび)歓会(かんかい)し、仙山(せんざん)福地(ふくち)、古洞(こどう)神州(しんしゅう)に在りて、麒麟(きりん)の轄(かつ=支配)に伏せず、鳳凰(ほうおう)の管(かん)に伏せず、又人間(にんげん)の王位(おうい)の拘束(こうそく)する所(ところ)に伏せず、自由自在(じゆうじざい)にして、乃ちこれ無量(むりょう)の福(ふく)なるに、何(なん)の遠慮(えんりょ)有りてか憂(うれ)うるや」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「今日(こんにち)人王(じんのう)の法律(ほうりつ)に帰(き)せず、禽獣(きんじゅう)の威服(いふく)を懼(おそ)れずといえども、将来(しょうらい)年老(としお)い血衰(ちおとろ)えて、暗中(あんちゅう)に閻王老子(えんおうろうし)の管(かん)する所(ところ)有り、一旦(いったん)身亡(みほろ)びなば、あに枉(むな)しく世界(せかい)の中に生(しょう)じ、天人(てんにん)の内(うち)に久(ひさ)しく住(じゅう)することを得ざらんや」
と。衆猴(しゅうこう)この言(げん)を聞き、一箇一箇(めいめい)面(かお)を掩(おお)うて悲啼(ひてい=嘆き泣き)、俱(とも)に無常(むじょう)を以(もっ)て慮(おもんばか)りと為す。
ただ見よ、かの班部(はんぶ=列座)の中より、忽然(たちまち)一箇(ひとり)の通背猿猴(つうはいえんこう)跳び出で、声(こえ)を厲(はげ)しくして高く叫んで道(いわ)く、
「大王(だいおう)もしこの般(ごと)き遠慮(えんりょ)有らば、真に所謂(いわゆる)道心(どうしん)開発(かいはつ)なり!如今五虫(ごちゅう=すべての生類)の内(うち)に、惟(た)だ三等(さんとう)の名色(みょうしき=種別)有りて、閻王老子(えんおうろうし)の管(かん)する所(ところ)に伏せず」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「汝あの三等(さんとう)の人(ひと)を知れるか」
と。猿猴(えんこう)道(いわ)く、
「乃ちこれ仏(ほとけ)と仙(せん)と神聖(しんせい)の三者(さんしゃ)にして、輪廻(りんね)を逃(のが)れ、不生不滅(ふしょうふめつ)、天地(てんち)山川(さんせん)と寿(いのち)を斉(ひと)しくす」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「この三者(さんしゃ)はいずこに居(お)るや」
と。猿猴(えんこう)道(いわ)く、
「彼らただ閻浮世界(えんぷせかい)の中、古洞(こどう)仙山(せんざん)の内(うち)に在り」
と。猴王(こうおう)これを聞き、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)し、道(いわ)く、
「我明日(あす)すなわち汝等(なんじら)に辞(じ)して山を下(くだ)り、海角(かいかく=海の果て)を雲遊(うんゆう)し、天涯(てんがい)を遠く渉(わた)り、必(かなら)ずこの三者(さんしゃ)を訪ね、箇(ひと)つの不老長生(ふろうちょうせい)を学(まな)びて、常(つね)に閻君(えんくん)の難(なん)を逃(のが)れん」
と。噫(ああ)!この一句(ひとこと)、頓(とみ)に輪廻(りんね)の網(あみ)を跳び出でしめ、遂(つい)に斉天大聖(せいてんたいせい)の成(な)るを致(いた)せり。衆猴(しゅうこう)掌(て)を鼓(う)って称揚(しょうよう)し、皆道(いわ)く、
「善(よ)きかな!善(よ)きかな!我等(われら)明日(あす)嶺(みね)を越(こ)え山に登(のぼ)り、広(ひろ)く些かの果品(かひん)を尋ね、大いに筵宴(えんえん)を設(もう)けて大王(だいおう)を送(おく)らん」
と。
次日(あくるひ)、衆猴(しゅうこう)果して往きて仙桃(せんとう)を採(と)り、異果(いか)を摘み、山薬(さんやく)を刨(ほ)り、黄精(おうせい)を劚(き)り、芝蘭(しらん)香蕙(こうけい)、瑤草(ようそう)奇花(きか)、般般件件(はんはんけんけん=品々)、整然(せいぜん)と、石凳(せきとう)石桌(せきたく)を擺(ひら)き開(あ)け、仙酒(せんしゅ)仙肴(せんこう)を排列(はいれつ)す。ただ見よ、かの、
金丸珠弾(きんがんしゅだん)、紅綻黄肥(こうてんこうひ)。
金丸珠弾(きんがんしゅだん)の臘桜桃(ろうおうとう)は、色(いろ)真に甘美(かんび)なり。
紅綻黄肥(こうてんこうひ)の熟梅子(じゅくばいし)は、味(あじ)果して香酸(こうさん)なり。
鮮(あたら)しき龍眼(りゅうがん)は、肉(にく)甜(あま)く皮(かわ)薄(うす)し。
火荔枝(かれいし)は、核(さね)小さく嚢(ふくろ)紅(あか)し。
林檎(りんご)の碧実(へきじつ)は枝(えだ)を連(つら)ねて献(たてまつ)り、枇杷(びわ)の緗苞(そうほう)は葉(は)を帯(お)びて擎(ささ)ぐ。
兔頭(うさぎがしら)の梨子(なし)・鶏心(とりごころ)の棗(なつめ)は、渇(かつ)を消(け)し煩(わずらい)を除(のぞ)いて更(さら)に酲(えい=酔い)を解(と)く。
香桃(こうとう)爛杏(らんきょう)は、美甘甘(びかんかん=甘美)として玉液瓊漿(ぎょくえきけいしょう)に似(に)たり。
脆李(ぜいり)楊梅(ようばい)は、酸蔭蔭(さんいんいん=酸っぱさ)として脂酥膏酪(しそこうらく)の如(ごと)し。
紅嚢(こうのう)黒子(こくし)の熟西瓜(じゅくすいか)、四瓣(よつびら)黄皮(こうひ)の大柿子(だいしし)。
石榴(ざくろ)裂(さ)け破(やぶ)れて、丹砂(たんさ)の粒(つぶ)は火晶珠(かしょうじゅ)を現(あらわ)し、
芋栗(うりつ)剖(さ)き開(ひら)けて、堅硬(けんこう)の肉団(にくだん)は金瑪瑙(きんめのう)なり。
胡桃(くるみ)銀杏(ぎんなん)は茶(ちゃ)を伝(つた)うべく、椰子(やし)葡萄(ぶどう)は酒を作(な)すべし。
榛(はしばみ)・松・榧(かや)・奈(からなし)満盤(まんばん)に盛(も)り、橘(たちばな)・蔗(しょ)・柑(かん)・橙(だいだい)案(あん)に盈(み)ちて擺(なら)ぶ。
熟(よく)煨(い)りたる山薬(さんやく)、爛(よく)煮(に)たる黄精(おうせい)。
搗(つ)き砕(くだ)ける茯苓(ぶくりょう)并(ならび)に薏苡(よくい)、石鍋(せきか)の微火(びか)に漫(ゆっくり)と羹(あつもの)を炊(た)く。
人間(にんげん)に縦(たと)い珍饈(ちんしゅう=珍味)の味(あじ)有りとも、いずくんぞ山猴(さんこう)の楽しみの更(さら)に寧(やす)らかなるに比(くら)べんや。
と。
群猴(ぐんこう)美猴王(びこうおう)を尊(たっと)んで上坐(じょうざ)せしめ、各(おのおの)歯肩(しかた=年齢順)に依(よ)りて下辺(かへん)に排(なら)ぶ。一箇一箇(めいめい)順繰(じゅんぐ)りに上前(すす)み出で、酒を奉(たてまつ)り、花を奉(たてまつ)り、果(み)を奉(たてまつ)りて、痛(いた)く飲むこと一日(いちじつ)なりき。
次日(あくるひ)、美猴王(びこうおう)早く起き、教(おし)えて言う、
「小さき者どもよ、我に替(か)わって些かの枯松(こしょう=枯れ松)を折(お)り、編(あ)んで筏子(いかだ)と作(な)し、箇(ひと)つの竹竿(たけざお)を取りて篙(さお)と作(な)し、些かの果品(かひん)の類(たぐい)を收拾(ととの)えよ。我将(まさ)に往かんとす」
と。果して独(ひと)り筏(いかだ)に登(のぼ)り、力(ちから)を尽(つ)くして撑(さ)し開(あ)け、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう)として、径(ただち)に大海(たいかい)の波中(はちゅう)に向(むか)い、天風(てんぷう)に趁(じゅん)じて、来りて南贍部洲(なんせんぶしゅう)の地界(ちかい)を渡(わた)らんとす。この一去(ひとゆき)、正にこれかの、
天産(てんさん)の仙猴(せんこう)道行(どうぎょう)隆(さか)んなり、山を離(はな)れ筏(いかだ)に駕(が)して天風(てんぷう)に趁(じゅん)ず。
洋(わたつみ)を飄(ただよ)い海を過(わた)りて仙道(せんどう)を尋ね、志(こころざし)を立(た)て心(こころ)を潜(ひそ)めて大功(たいこう)を建(た)つ。
分(ぶん)有り縁(えん)有れば俗願(ぞくがん)を休(や)め、憂(うれい)無く慮(おもい)無くして元龍(げんりゅう)に会(あ)わん。
料(おもんみ)るに必(かなら)ず知音(ちいん=理解者)の者に遇(あ)い、源流(げんりゅう)を説(と)き破(やぶ)れば万法(ばんぽう)通(つう)ぜん。
と。
またこれ彼の運(うん)至(いた)り時来れるなり。木筏(もくばつ)に登(のぼ)りし自(よ)り後、連日(れんじつ)東南風(とうなんふう)緊(きつ)くして、彼を送(おく)りて西北岸(せいほくがん)の前に到(いた)らしむ。乃ちこれ南贍部洲(なんせんぶしゅう)の地界(ちかい)なり。篙(さお)を持(じ)して水を試(こころ)み、偶(たまたま)浅水(せんすい)を得、筏子(いかだ)を棄(す)て、岸(きし)に跳び上(あ)がり来る。ただ見よ、海辺(うみべ)に人(ひと)の魚(うお)を捕(と)り、雁(かり)を打ち、蛤(はまぐり)を挖(ほ)り、塩(しお)を淘(と)う有り。彼近く前に走(ゆ)き、箇(ひと)つの把戯(はぎ=芸)を弄(ろう)し、虎(とら)のまねを装(よそお)うて、かの人(ひと)らを嚇(おど)かし、筐(かご)を捨(す)て網(あみ)を棄(す)てて、四散(しさん)に奔(はし)り跑(に)げしむ。かの跑(に)げ得ざる者を将(も)ちて一箇(ひとり)拿(とら)え住(とど)め、彼の衣裳(いしょう)を剥(は)ぎ、また人(ひと)の穿(き)るを学(まな)びて身(み)に著(つ)け、揺揺擺擺(ようようはいはい=ゆらゆら)として、州(しゅう)を穿(い)り府(ふ)を過ぎ、市廛(しってん=市場)の中に在りて、人(ひと)の礼(れい)を学(まな)び、人(ひと)の話(ことば)を学(まな)ぶ。朝(あさ)に餐(くら)い夜(よる)に宿り、一つの心(こころ)に裡(うち)に仏仙神聖(ぶっせんしんせい)の道(みち)を訪問(ほうもん)し、箇(ひと)つの長生不老(ちょうせいふろう)の方(ほう)を覓(もと)む。見るに世人(せじん)は皆これ名(な)を為し利(り)を為すの徒(と)にして、更(さら)に一箇(ひとり)の身命(しんめい)の為(ため)にする者無し。正にこれかの、
名(な)を争(あらそ)い利(り)を奪(うば)うは幾時(いつ)か休(や)まん、早く起き遅(おそ)く眠(ね)れて自由(じゆう)ならず!
驢(ろば)騾(らば)に騎(の)りて駿馬(しゅんめ)を思い、官(かん)は宰相(さいしょう)に居(お)りて王侯(おうこう)を望(のぞ)む。
ただ衣食(いしょく)の労碌(ろうろく=苦労)を耽(ふけ)るを愁(うれ)うるのみ、何(なん)ぞ閻君(えんくん)の就(すなわ)ち取り勾(かぎ)るを怕(おそ)れんや。
子を継(つ)ぎ孫(まご)を蔭(かげ)どりて富貴(ふうき)を図(はか)り、更(さら)に一箇(ひとり)の肯(あえ)て頭(こうべ)を回(めぐ)らす者無し!
と。
猴王(こうおう)仙道(せんどう)を参訪(さんぼう)するに、縁(えん)有りて遇(あ)うことを得ず。南贍部洲(なんせんぶしゅう)に在りて、長城(ちょうじょう)を串(つらぬ)き、小県(しょうけん)を遊(あそ)びて、覚(おぼ)えず八九年余(はちくねんよ)なり。忽然(たちまち)行きて西洋大海(せいようたいかい)に至(いた)る。彼想(おも)うに海外(かいがい)に必(かなら)ず神仙(しんせん)有らん、と。独(ひと)り箇(ひとり)前に依(よ)りて筏(いかだ)を作(つく)り、又西海(せいかい)を飄(ただよ)い過ぎ、直(ただち)に西牛賀洲(さいごがしゅう)の地界(ちかい)に至(いた)る。岸(きし)に登(のぼ)りて遍(あまね)く訪ぬること多時(しばらく)にして、忽然(たちまち)一座(ひとつ)の高山(こうざん)の秀麗(しゅうれい)にして、林麓(りんろく=山すその林)幽深(ゆうしん)なるを見る。彼また狼虫(ろうちゅう)を怕(おそ)れず、虎豹(こひょう)を懼(おそ)れず、山頂(さんちょう)に登(のぼ)りて観看(みわた)す。果して好き山かな、
千峰(せんぽう)戟(ほこ)を排(なら)べ、万仞(ばんじん)屏(びょうぶ)を開(ひら)く。
日暎(て)らして嵐光(らんこう)軽(かる)く翠(みどり)を鎖(とざ)し、雨収(おさ)まりて黛色(たいしょく)冷(つめた)く青(あお)を含(ふく)む。
枯藤(ことう)老樹(ろうじゅ)に纏(まと)い、古渡(こと)幽程(ゆうてい)を界(さか)う。
奇花(きか)瑞草(ずいそう)、修竹(しゅうちく)喬松(きょうしょう)。
修竹(しゅうちく)喬松(きょうしょう)は、万載(ばんさい)常青(じょうせい)にして福地(ふくち)を欺(あざむ)き、
奇花(きか)瑞草(ずいそう)は、四時(しいじ)謝(しゃ)せずして蓬瀛(ほうえい=仙境)に賽(まさ)る。
幽鳥(ゆうちょう)の啼(な)く声(こえ)近く、源泉(げんせん)の響(ひび)き溜清(りゅうせい)なり。
重重(じゅうじゅう)の谷壑(こくがく)に芝蘭(しらん)繞(めぐ)り、処処(しょしょ)の巉崖(さんがい=けわしい崖)に苔蘚(たいせん)生(しょう)ず。
起伏(きふく)の巒頭(らんとう)龍脈(りゅうみゃく)好し、必(かなら)ず高人(こうじん)の姓名(せいめい)を隠(かく)せる有らん。
と。
正に観看(みわた)しおる間(あいだ)に、忽然(たちまち)林深(りんしん)の処に人(ひと)の言語(ことば)有るを聞き得、急(いそ)ぎ步(あゆみ)を趨(はや)め、林中(りんちゅう)に穿(くぐ)り入り、耳(みみ)を側(そばだ)てて聴けば、元来(もと)これ歌唱(かしょう)の声(こえ)なり。歌(うた)に曰く、
「観棋(かんき)柯(えだ)は爛(ただ)れ、伐木(ばんぼく)丁丁(ていてい)たり、雲辺(うんぺん)谷口(こくこう)を徐(しず)かに行く。
薪(たきぎ)を売(う)りて酒を沽(か)い、狂笑(きょうしょう)して自(おの)ずから情(じょう)を陶(たの)しむ。
蒼径(そうけい)秋(あき)高くして月に対(むか)い、松根(しょうこん=松の根)を枕(まくら)として、一覚(ひとねむり)に天明(てんめい)す。
旧林(きゅうりん)を認(みと)め、崖(がけ)に登(のぼ)り嶺(みね)を過ぎ、斧を持(たも)ちて枯藤(ことう)を断(た)つ。
収(おさ)め来って一担(ひとにな)と成(な)し、市上(しじょう)に行歌(ぎょうか=歌い歩き)して、米三升(さんしょう)に易(か)う。
更(さら)に些子(しゃし=わずか)の争競(そうきょう=争い)無く、時価(じか)平平(へいへい)たり。
機謀(きぼう=たくらみ)巧算(こうさん=巧みな計算)を会(え)せず、栄辱(えいじょく)没(な)く、恬淡(てんたん)として生(いのち)を延(の)ぶ。
相逢(あいまみ)う処、仙(せん)に非(あら)ざればすなわち道(どう)、静坐(せいざ)して『黄庭(こうてい)』を講(こう)ず」
と。
美猴王(びこうおう)この言(げん)を聴き得て、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)し、道(いわ)く、
「神仙(しんせん)は元来(もと)ここに蔵(かく)れたもうか!」
と。急(いそ)ぎ跳びて裡(うち)に入り、仔細(つまびらか)に再(ふたた)び看(み)れば、乃ちこれ一人の樵子(しょうし=木こり)にして、かの処に在りて斧を挙(あ)げて柴(たきぎ)を砍(き)る。ただ彼の打扮(だはん=身なり)の非常(ひじょう)なるを看(み)よ、
頭上(ずじょう)に箬笠(じゃくりつ=笠)を戴(いただ)く、乃ちこれ新筍(しんじゅん)の初めて脱(ぬ)けしの籜(たく=筍の皮)なり。
身上(しんじょう)に布衣(ふい)を穿(き)る、乃ちこれ木綿(もくめん)の拈(よ)り就(な)ししの紗(しゃ=うすぎぬ)なり。
腰間(ようかん)に環縧(かんじょう=輪の組紐)を繫(か)く、乃ちこれ老蚕(ろうさん=年経た蚕)の口(くち)より吐(は)きしの糸(いと)なり。
足下(そっか)に草履(そうり)を踏(ふ)む、乃ちこれ枯莎(こさ=枯れすげ)の槎(き)り就(な)ししの爽(そう=わらじ)なり。
手(て)に衠鋼斧(じゅんこうふ=純鋼の斧)を執(と)り、担(にない)に火麻縄(かまなわ=麻縄)を挽(ひ)く。
松を扳(ひ)き枯樹(こじゅ)を劈(さ)く、いずくんぞこの樵(きこり)の能(よ)くするに似(に)んや。
と。
猴王(こうおう)近づき前(すす)み出でて叫(よばわ)って道(いわ)く、
「老神仙(ろうしんせん)!弟子(でし)起手(きしゅ=拝礼)したてまつる」
と。かの樵漢(しょうかん=木こり)慌(あわ)てて斧を捨(す)て、身(み)を転(めぐ)らして礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、
「当(あた)らずや人(ひと)!当(あた)らずや人(ひと)!我は拙漢(せっかん=愚かな者)にして衣食(いしょく)全(まった)からず、いずくんぞ敢えて『神仙(しんせん)』の二字(にじ)を当(あ)てんや」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「汝神仙(しんせん)に非(あら)ざれば、いかにして神仙(しんせん)の話(ことば)を説(い)い出(いだ)せるか」
と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、
「我何(なん)の神仙話(しんせんばなし)をか説(い)える」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「我才(いま)しがた林辺(りんぺん)に来り至(いた)り、ただ汝の、
『相逢(あいまみ)う処、仙(せん)に非(あら)ざればすなわち道(どう)、静坐(せいざ)して『黄庭(こうてい)』を講(こう)ず』
と説(い)うを聴けり。『黄庭(こうてい)』は乃ち道徳(どうとく)の真言(しんごん)なるに、神仙(しんせん)に非(あら)ずして何(なん)ぞや」
と。樵夫(しょうふ)笑って道(いわ)く、
「実に汝に隠(かく)して申(もう)さず。この詞(し)の名(な)を『満庭芳(まんていほう)』と做(な)すは、一人の神仙(しんせん)の我に教(おし)えたまいしものなり。かの神仙(しんせん)は我が舎下(しゃか=わが家)と隣(とな)りと為る。彼我が家事(かじ)の労苦(ろうく)にして、日常(にちじょう)煩悩(はんのう)するを見、我に教(おし)えて、煩悩(はんのう)の時に遇(あ)わば、すなわちこの詞(し)を把(と)って念(とな)えよ、一(ひとつ)には心(こころ)を散(さん)じ、二(ふたつ)には困(くるしみ)を解(と)かん、と。我才(いま)しがた些かの足(た)らざる処有りて思慮(しりょ)せしに、此を以(もっ)て念念(ねんねん=つぶやき)せり。期(よも)や汝に聴かれんとは」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「汝の家(いえ)既(すで)に神仙(しんせん)と隣(とな)りと為らば、何(なん)ぞ彼に従(したが)いて修行(しゅぎょう)せず、箇(ひと)つの不老(ふろう)の方(ほう)を学(まな)び得て、却って好からずや」
と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、
「我が一生(いっしょう)の命苦(めいく=宿命の苦しみ):自(みずか)ら幼(おさな)きより父母(ふぼ)の養育(よういく)を蒙(こうむ)りて八九歳(はちきゅうさい)に至(いた)り、才(ようや)く人事(じんじ=ものの分别)を知りしに、幸(さいわ)いならずも父喪(うしな)われ、母親(ははおや)居孀(きょそう=寡婦)と為る。再(ふたた)び兄弟姉妹(けいていしまい)無く、ただ我一人のみ。奈何(いかん)ともする無く、早晩(ちょうばん)侍奉(じほう=仕えまつ)る。如今母老(お)いたれば、一発(いっそう)敢えて抛(す)て離(はな)るること能(あた)わず。却又(かえって)田園(でんえん)荒蕪(こうぶ)れ、衣食(いしょく)足(た)らず。ただ両束(ふたたば)の柴薪(さいしん=たきぎ)を斫(き)り、市廛(しってん=市場)の間(あいだ)に挑(にな)い向(むか)い、幾文(いくもん)かの銭(ぜに)に売(う)り、幾升(いくしょう)かの米を糴(か)い、自(みずか)ら炊(かし)ぎ自(みずか)ら造(つく)り、些かの茶飯(さはん)を安排(あんばい=整え)て、老母(ろうぼ)を供養(くよう)するを得(う)るのみ。此を以(もっ)て修行(しゅぎょう)すること能(あた)わざるなり」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「汝の説(い)い起こすところに拠(よ)れば、乃ちこれ一人の行孝(こうこう=孝を行う)の君子(くんし)にして、向后(のち)必(かなら)ず好き処有らん。ただ望(のぞ)むらくは汝我にかの神仙(しんせん)の住処(すみか)を指(ゆびさ)し示(しめ)せ、却って好く拝訪(はいほう=訪問)し往かん」
と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、
「遠からず、遠からず。この山を霊台方寸山(れいだいほうすんさん)と叫(よ)ぶ。山中(さんちゅう)に一座(ひとつ)の斜月三星洞(しゃげつさんせいどう)有り。かの洞中(どうちゅう)に一人の神仙(しんせん)有り、名(な)を須菩提祖師(しゅぼだいそし)と称(しょう)す。かの祖師(そし)の出(いだ)し去(さ)りし徒弟(とてい=弟子)、またその数(かず)を計(かぞ)えず、見今なお三四十人(さんしじゅっぷり)の彼に従(したが)いて修行(しゅぎょう)する有り。汝あの条(すじ)の小路(こうじ)に順(したが)い、南(みなみ)に向(むか)いて七八里(しちはちり)の遠近(おちこち)を行かば、すなわちこれ彼が家(いえ)なり」
と。猴王(こうおう)手(て)を用(もち)いて樵夫(しょうふ)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、
「老兄(ろうけい)、汝すなわち我と同(とも)に往き去(さ)れ。もし還(かえ)って好き処を得(う)れば、決(けっ)して汝が指引(しえん=導き)の恩(おん)を忘(わす)れじ」
と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、
「汝この漢子(かんす=おのこ)、甚(はなは)だ通変(つうへん=融通)ならず。我方(いま)しがたこの般(ごと)く汝に説(と)き了(おわ)るに、汝還(ま)た省(さと)らざるか。假若(もし)我汝与(とも)に去(ゆ)かば、却って我が生意(せいい=商売)を誤(あやま)らずや。老母(ろうぼ)を何人(たれ)か奉養(ほうよう)せん。我は柴(たきぎ)を斫(き)らんと要(ほっ)す、汝自(みずか)ら去(ゆ)け、自(みずか)ら去(ゆ)け!」
と。
猴王(こうおう)説(いう)を聴き、ただ相(あい)辞(じ)するを得(う)。深林(しんりん)を出で、路徑(ろけい=道筋)を找(たず)ね上(あ)げ、一(ひとつ)の山坡(さんぱ=坂)を過ぎ、約(およ)そ七八里(しちはちり)の遠さ有りて、果して一座(ひとつ)の洞府(どうふ)を望(のぞ)み見る。身(み)を挺(の)ばして観看(みわた)せば、真に好き去処かな!ただ見よ、
烟霞(えんか)彩(いろどり)を散(さん)じ、日月(じつげつ)光(ひかり)を揺(ゆ)る。
千株(せんしゅ)の老柏(ろうはく)、万節(ばんせつ)の修篁(しゅうこう=竹林)。
千株(せんしゅ)の老柏(ろうはく)は、雨を帯(お)びて半空(はんくう)に青冉冉(せいぜんぜん=青々)たり。
万節(ばんせつ)の修篁(しゅうこう)は、烟(えん)を含(ふく)みて一壑(いちがく)に色蒼蒼(しきそうそう)たり。
門外(もんがい)に奇花(きか)錦(にしき)を布(し)き、橋辺(きょうへん)に瑤草(ようそう)香(こう)を噴(ふ)く。
石崖(せきがい)突兀(とつこつ=そびえ)として青苔(せいたい)潤(うるお)い、懸壁(けんぺき)高く張(は)りて翠蘚(すいせん)長(なが)し。
時に仙鶴(せんかく)の唳(な)くを聞き、毎(つね)に鳳凰(ほうおう)の翔(か)けるを見る。
仙鶴(せんかく)唳(な)く時、声(こえ)九皋(きゅうこう=深い沢)に振(ふる)いて霄漢(しょうかん=大空)遠し。
鳳凰(ほうおう)翔(か)け起(た)つとき、翎毛(れいもう=羽根)五色(ごしき)にして彩雲(さいうん)光(ひか)る。
玄猿(げんえん)白鹿(はくろく)隠見(いんけん=見え隠れ)に随(したが)い、金獅(こんし)玉象(ぎょくぞう)行蔵(ぎょうぞう=出没)に任す。
細(こま)やかに霊福地(れいふくち)を観(み)れば、真に個(こ)に天堂(てんどう)に賽(まさ)る!
と。
又見よ、かの洞門(どうもん)の緊(かた)く閉(と)ざされて、静悄悄(しずか)として杳(はるか)に人迹(じんせき=人の跡)無きを。忽然(たちまち)頭(こうべ)を回(めぐ)らせば、崖頭(がいとう)に一つの石碑(せきひ)の立(た)てる有り、約(およ)そ三丈余(さんじょうよ)の高さ、八尺余(はっしゃくよ)の闊(ひろ)さ、上に一行(ひとくだり)の十箇(とお)の大字(だいじ)有り、乃ちこれ、
「霊台方寸山(れいだいほうすんさん)、斜月三星洞(しゃげつさんせいどう)」
なり。美猴王(びこうおう)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)して道(いわ)く、
「此間(ここ)の人(ひと)は果して朴実(ぼくじつ=素朴)なり。果してこの山この洞(ほら)有り」
と。看(み)ること勾(た)るるほど多時(しばらく)なるに、敢えて門(かど)を敲(たた)かず。且(しばら)く往きて松枝(しょうし)の梢頭(しょうとう=こずえ)の上に跳び上(あ)がり、松子(しょうし=松の実)を摘みて食(くら)いて戯(たわむ)れ耍(あそ)ぶ。
少頃間(しばらく)にして、ただ呀(ぎい)と一声(ひとこえ)の聴こゆる有れば、洞門(どうもん)の開(ひら)くる処より、裡(うち)より一人の仙童(せんどう)の走(あゆ)み出づる。真に個(こ)の丰姿(ほうし=姿かたち)英偉(えいい)にして、像貌(ぞうぼう=顔かたち)清奇(せいき)、尋常(じんじょう)の俗子(ぞくし=凡夫)に比(くら)べて同(おな)じからず。ただ彼を看(み)よ、
髽髻(そうけい=髪の結い方)は双糸(そうし)を綰(わ)き、寛袍(かんぽう=広い袍)は両袖(りょうしゅう)に風有り。
貌(かたち)和(やわ)らぎて身(み)自(おの)ずから別(べつ)なり、心(こころ)と相(そう)と俱(とも)に空(くう)なり。
物外(もつがい=俗世の外)の長年(ちょうねん)の客(きゃく)、山中(さんちゅう)の永寿(えいじゅ)の童(わらべ)。
一塵(いちじん)全(まった)く染(そ)まらず、甲子(かっし=年月)の翻騰(ほんとう=巡る)に任す。
と。
かの童子(どうじ)門(かど)を出で得て来り、高く叫(よばわ)って道(いわ)く、
「甚(いず)れの人(ひと)かこの処に在りて掻擾(そうじょう=騒がす)する」
と。猴王(こうおう)撲(ぽん)と樹(き)を跳び下(お)り来り、上前(すす)み出でて身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、
「仙童(せんどう)よ、我はこれ箇(ひと)つの道(みち)を訪ね仙(せん)を学(まな)ぶの弟子(でし)なり、更(さら)に敢えてこの処に在りて掻擾(そうじょう)せず」
と。仙童(せんどう)笑って道(いわ)く、
「汝はこれ箇(ひと)の道(みち)を訪ぬる者か」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「是(しか)り」
と。童子(どうじ)道(いわ)く、
「我が家(いえ)の師父(しふ)、正に才(いま)しがた榻(とう=寝台)を下(お)り、壇(だん)に登(のぼ)りて道(どう)を講(こう)ぜり。未(いま)だ原由(げんゆ=理由)を説(い)い出(いだ)さざるに、すなわち我に出でて門(かど)を開(ひら)けと教(おし)えたもう。説(いわ)く、『外に箇(ひと)の修行(しゅぎょう)の者の来れる有り、往きて接待(せったい)せよ』と。想(おも)うに必(かなら)ずこれ汝ならん」
と。猴王(こうおう)笑って道(いわ)く、
「是(これ)我なり、是(これ)我なり」
と。童子(どうじ)道(いわ)く、
「汝我に跟(したが)いて進(い)れ」
と。
この猴王(こうおう)衣(ころも)を整(ととの)え端粛(たんしゅく=つつしみ)して、童子(どうじ)に随(したが)い径(ただち)に洞天(どうてん)の深処(しんしょ)に入りて観看(みわた)す。一層一層(いちそういちそう)の深閣(しんかく)瓊楼(けいろう)、一進一進(いっしんいっしん)の珠宮(しゅきゅう)貝闕(ばいけつ)、あの静室(せいしつ)幽居(ゆうきょ)の尽(つ)くし説(い)い得ざるところ、直(ただち)に瑶台(ようだい)の下に至(いた)る。かの菩提祖師(ぼだいそし)の端(ただ)しく台上(だいじょう)に坐したもうを見る。両辺(りょうへん)に三十人(さんじゅっぷり)の小仙(しょうせん)有りて台下(だいか)に侍立(じりつ)す。果してこれ、
大覚金仙(だいかくきんせん)垢(あか)無き姿(すがた)、西方(せいほう)妙相(みょうそう)祖菩提(そぼだい)。
不生不滅(ふしょうふめつ)三三(さんざん)の行(ぎょう)、全気全神(ぜんきぜんしん)万万(ばんばん)の慈(じ)。
空寂(くうじゃく)自然(じねん)として変化(へんげ)に随(したが)い、真如(しんにょ)本性(ほんしょう)為すに任す。
天(てん)与(とも)に寿(いのち)を同(おなじ)くする荘厳(そうごん)の体(からだ)、劫(こう)を歴(へ)て心(こころ)を明(あき)らむる大法師(だいほっし)。
と。
美猴王(びこうおう)一見(いちげん)するや、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)し、頭(こうべ)を磕(う)つことその数(かず)を計(かぞ)えず、口中(こうちゅう)にただ道(いわ)く、
「師父(しふ)!師父(しふ)!我が弟子(でし)志心(ししん=こころざし)に朝礼(ちょうれい)したてまつる!志心(ししん)に朝礼(ちょうれい)したてまつる!」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝は那方(いずかた)の人氏(じんし)か。且(しばら)く箇(ひと)の郷貫(きょうかん=郷里)姓名(せいめい)を説(と)きて明白(めいはく)にせよ、しかる後に拝(おが)め」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「弟子(でし)は東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の人氏(じんし)なり」
と。祖師(そし)喝令(かつれい=叱り命じ)して言う、
「趕(お)い出(いだ)せ!彼は本(もと)これ箇(ひと)の詐(いつわ)りを撒(ま)き虚(きょ)を搗(つ)くの徒(と)なり、いずくんぞ甚(なん)の道果(どうか)をか修(しゅ)せん!」
と。猴王(こうおう)慌(あわ)てて頭(こうべ)を磕(う)つこと住(や)まずして道(いわ)く、
「弟子(でし)はこれ実(まこと)の言(げん)なり、決(けっ)して虚詐(きょさ=いつわり)有らず」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝既(すで)に実(まこと)ならば、いかにして東勝神洲(とうしょうしんしゅう)と説(い)うか。あの去処より我がここに到(いた)るまで、両重(ふたえ)の大海(たいかい)、一座(ひとつ)の南贍部洲(なんせんぶしゅう)を隔(へだ)つ。いかにしてかすなわちここに到(いた)り得(う)べき」
と。猴王(こうおう)頭(こうべ)を叩(たた)いて道(いわ)く、
「弟子(でし)洋(わたつみ)を飄(ただよ)い海を過(わた)り、界(かい)に登(のぼ)り方(ほう)に遊(あそ)びて、十数箇(じゅうすうこ)の年頭(ねんとう=年)有りて、方(はじ)めてここを訪ね到(いた)れり」
と。
祖師(そし)道(いわ)く、
「既(すで)にこれ漸(ようや)く行き来れるならばまた可(よ)し。汝の姓(せい)は甚(なん)ぞや」
と。猴王(こうおう)又道(いわ)く、
「我に性(せい)無し。人(ひと)(もし)我を罵(ののし)るも、我また悩(なや)まず。(もし)我を打つも、我また瞋(いか)らず、ただ箇(ひと)の礼(れい)を陪(ともな)うのみにしてすなわち罷(や)む。一生(いっしょう)性(せい)無し」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「この性(せい)に非(あら)ざるなり。汝が父母(ふぼ)は元来(もと)姓(せい)を甚(なん)とす」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「我また父母(ふぼ)無し」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「既(すで)に父母(ふぼ)無からば、想(おも)うにこれ樹(き)の上に生(しょう)ぜしか」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「我は樹(き)に生(しょう)ぜしには非(あら)ざれども、却ってこれ石の裡(うち)より長(なり)出でたり。我ただ記(おぼ)えるに、花果山(かかざん)の上に一塊(ひとかたまり)の仙石(せんせき)有り、その年(とし)石破(やぶ)れて、我すなわち生(しょう)ぜり」
と。祖師(そし)言(げん)を聞き、暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、
「この般(ごと)く説(い)わば、却ってこれ天地(てんち)の生成(せいせい)せしところなり。汝起(た)ちて走(あゆ)め、我看(み)ん」
と。猴王(こうおう)身(み)を縦(はな)ちて跳び起き、拐呀拐(かいあかい=よろよろ)と両遍(にど)走(あゆ)めり。祖師(そし)笑って道(いわ)く、
「汝が躯(からだ)はこれ鄙陋(ひろう=みすぼら)しけれども、却って箇(ひと)の松果(まつのみ)を食(くら)う猢猻(こしゅん=猿)に像(に)たり。我汝が為(ため)に身(み)の上に就(つ)きて箇(ひと)の姓氏(せいし)を取らん。すなわち思うに汝に『猢(こ)』を姓(せい)とせしめんとす。猢(こ)の字(じ)は獣傍(けものへん)を去(さ)りたれば、乃ちこれ古月(こげつ)なり。古(こ)は、老(お)いるなり。月(げつ)は、陰(いん)なり。老陰(ろういん)は化育(かいく=生成)すること能(あた)わず。汝に『猻(しゅん)』を姓(せい)とせしめんは却って好し。猻(しゅん)の字(じ)は獣傍(けものへん)を去(さ)りたれば、乃ちこれ子系(しけい)なり。子(し)は、児男(じなん=男児)なり。系(けい)は、嬰細(えいさい=嬰児のごとき細き)なり。正に嬰児(えいじ)の本論(ほんろん)に合(がっ)す。汝に『孫(そん)』を姓(せい)とせしめん」
と。猴王(こうおう)説(いう)を聴き、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)し、上に朝(むか)いて頭(こうべ)を叩(たた)いて道(いわ)く、
「好し!好し!好し!今日(こんにち)方(はじ)めて姓(せい)を知れり。万(よろず)に望(のぞ)むらくは師父(しふ)の慈悲(じひ)を!既(すで)に姓(せい)有らば、再(ふたた)び乞(こ)う、箇(ひと)の名(な)を賜(たま)われ、却って好く呼喚(よば)るべし」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「我が門中(もんちゅう)に十二(じゅうに)の字(じ)有り、分(わか)ちて名(な)を起こすに、汝に到(いた)りて乃ち第十輩(だいじゅっぱい)の小徒(しょうと)なり」
と。猴王(こうおう)道(いわ)く、
「あの十二(じゅうに)の字(じ)は何(なん)ぞや」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「乃ちこれ広大智慧真如性海穎悟円覚(こうだいちえしんにょしょうかいえいごえんかく)の十二字(じゅうにじ)なり。汝に排(なら)び到(いた)れば、正に『悟(ご)』の字(じ)に当(あた)る。汝に与(あた)うるに箇(ひと)の法名(ほうみょう)を『孫悟空(そんごくう)』と做(な)さんは好からずや」
と。猴王(こうおう)笑って道(いわ)く、
「好し!好し!好し!自今(じこん)すなわち孫悟空(そんごくう)と做(な)さん!」
と。正にこれ、
鴻濛(こうもう)初めて闢(ひら)けて原(もと)姓(せい)無く、頑空(がんくう=固き空)を打ち破(やぶ)るには須(かなら)ず悟空(ごくう)ならん。
と。畢竟(ひっきょう)向后(のち)些か何(なん)の道果(どうか)を修(しゅ)するやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。