ホーム > 西遊記 > Dai13

013 第十三回 虎穴(こけつ)に陥(おちい)りて金星(きんせい)厄(やく)を解(と)き 双叉嶺(そうされい)に伯欽(はくきん)僧(そう)を留(とど)む

詩(し)に曰(いわ)く、
大(だい)有(ゆう)の唐王(とうおう)、敕封(ちょくほう=勅命の封)を降(くだ)し、欽差(きんさ=勅使)の玄奘(げんじょう)禅宗(ぜんしゅう)を問(と)う。
堅心(けんしん=固き心)磨琢(またく=磨き研ぐ)して龍穴(りゅうけつ=龍の窟)を尋(たず)ね、着意(ちゃくい=心を注ぎ)修持(しゅじ)して鷲峰(じゅほう=霊鷲山)に上(のぼ)る。
辺界(へんかい=国境)遠(とお)く遊(ゆ)きて多少(たしょう=いくばく)の国(くに)、雲山(うんざん)前(さき)に度(わた)る万千(ばんせん)の重(かさな)り。
今(いま)自(よ)り別駕(べつが=別れの駕)を投(なげう)ちて西(にし)へ去(さ)り、教(きょう)を秉(と)り迦持(かじ=加持)して大空(だいくう=大乗の空)を悟(さと)らん。
と。

話(かたり)に表(あらわ)す、三蔵(さんぞう)、貞観(じょうがん)十三年(じゅうさんねん)九月(くがつ)の望前(ぼうぜん)三日(みっか)自り、唐王と多官(たかん)の長安(ちょうあん)の関外(かんがい=関所の外)まで送(おく)り出(いだ)すを蒙(こうむ)る。一二日(いちにじつ)、馬(うま)蹄(ひづめ)を停(とど)めず、早(つと)に法門寺(ほうもんじ)に至(いた)れり。本寺(ほんじ)の住持(じゅうじ)たる上房(じょうぼう)の長老(ちょうろう)、衆僧(しゅそう)五百余人(ごひゃくよにん)を率(ひき)い従(したが)え、両辺(りょうべん=両の側)に羅列(られつ)び、裏面(うち)へ接(むか)え入(い)れて、相見(しょうけん)して茶(ちゃ)を献(けん)ず。茶罷(や)みて斎(とき=食事)に進(すす)む。斎の後(のち)、覚(おぼ)えず天(てん)晩(く)れたり。

正(まさ)にこれそれ、
影(かげ)動(うご)いて星河(せいが=天の川)近(ちか)く、月(つき)明(あき)らかにして点塵(てんじん)無(な)し。
雁声(がんせい=雁の声)遠漢(えんかん)に鳴(な)き、砧韻(ちんいん=砧の音)西鄰(せいりん=西の隣)に響(ひび)く。
帰鳥(きちょう)枯樹(こじゅ=枯れ木)に栖(すく)い、禅僧(ぜんそう)梵音(ぼんおん=読経の声)を講(こう)ず。
蒲団(ふとん)一榻(いっとう=一つの床)の上(うえ)、坐(ざ)して夜(よ)将(まさ)に分(わか)れんとするに到(いた)る。
と。

衆僧ら、灯下(とうか=灯の下)に仏門(ぶつもん)の定旨(ていし)と、西天(さいてん)に上りて経(きょう)を取(と)るの原由(げんゆ=いわれ)とを議論(ぎろん)す。或(あ)る者(もの)は「水(みず)遠く山(やま)高(たか)し」と曰(い)い、或る者は「路(みち)に虎豹(こひょう=虎や豹)多(おお)し」と曰う。或る者は「峻嶺(しゅんれい=険しき峰)陡崖(とうがい)度り難(がた)し」と曰い、或る者は「毒魔(どくま=毒ある魔)悪怪(あくかい)降し難し」と曰(い)う。三蔵は口(くち)を箝(はさ)みて言(い)わず、但(ただ)手(て)を以(もっ)て自(みずか)らの心(こころ)を指(さ)し、頭(こうべ)を点(うなず)かすこと幾度(いくたび)か。衆僧(しゅそう)らその意(こころ)を解(げ)する能(あた)わず、合掌(がっしょう)して請(こ)い問うて言う、「法師(ほうし)の心を指し頭を点かするは、何(なん)ぞや」と。三蔵(さんぞう)答(こた)えて曰く、「心(こころ)生(しょう)ずれば、種種(しゅじゅ=さまざま)の魔(ま)生じ、心(こころ)滅(めっ)すれば、種種の魔滅す。我(わ)が弟子(でし)、曾(かつ)て化生寺(けしょうじ)に在(あ)りて仏(ほとけ)に対(むか)い洪誓(こうせい)大願(だいがん)を説(と)き下(くだ)せり。我(われ)をしてこの心を尽(つく)さざらしむるを得(え)ず。この一去(ひとたびゆ)きて、定(かなら)ず西天に到り、仏に見(まみ)えて経を求(もと)め、我れらが法輪(ほうりん=仏法の輪)を回転(かいてん=めぐら)し、聖主(せいしゅ)の皇図(こうと=帝室の図)の永(ながら)く固(かた)からんことを願(ねが)わん」と。衆僧(しゅそう)この言(げん)を聞(き)き得て、人々(ひとびと)称羨(しょうせん=褒め称)し、箇箇(ここ=おのおの)宣揚(せんよう=言い広)め、都(すべ)て一声(ひとこえ)「忠心(ちゅうしん)赤胆(せきたん=赤き肝胆)の大闡法師(だいせんほうし)!」と叫(よ)び、夸讃(かさん=褒め称う)すること尽(つ)きず、師(し)を請(しょう)じて榻(とう=寝台)に入れて安寐(あんび)せしむ。

早にまたこれ、竹(たけ)残月(ざんげつ=有明の月)を敲(たた)きて落(お)ち、鶏(にわとり)唱(うたい)て暁雲(ぎょううん=明けの雲)生(しょう)ず。かの衆僧起(お)きて、茶水(さすい=茶と湯)と早斎(そうとき=朝の食事)とを収拾(しゅうしゅう=整え)す。玄奘遂(つい)に袈裟(けさ)を穿(き)て正殿(せいでん)に上(のぼ)り、仏前(ぶつぜん)に礼拝(らいはい)して言う、「弟子陳玄奘(ちんげんじょう)、前(まえ)に往(ゆ)きて西天(さいてん)に経(きょう)を取らんとす。但肉眼(にくがん)愚迷(ぐめい)にして、活仏(かつぶつ=生き仏)の真形(しんぎょう=真の姿)を識(し)らず。今願わくは誓(ちか)いを立(た)てん。路中(ろちゅう=道中)廟(びょう=社)に逢(あ)えば香(こう)を焼(た)き、仏(ほとけ)に逢えば仏(ほとけ)を拝(はい)し、塔(とう)に逢(あ)えば塔を掃(は)かん。但(ただ)願(ねが)わくは我(わ)が仏慈悲(じひ)を垂(た)れ、早(はや)く丈六(じょうろく=一丈六尺)の金身(こんしん)を現(げん)じ、真経(しんきょう)を賜(たまわ)り、東土(とうど=唐の国)に留め伝(つた)えんことを」と。祝(しゅく=祈願)し罷みて、方丈(ほうじょう)に回(まわ)りて斎(とき)に進む。斎(とき)畢(おわ)りて、かの二従者(にじゅうしゃ=二人の供)鞍馬(あんば=鞍と馬)を整頓(せいとん=整え)し、行程(こうてい=道のり)を促趱(そくさん=急が)す。三蔵(さんぞう)山門(さんもん)を出(い)でて、衆僧(しゅそう)に辞別(じべつ=別れを告)ぐ。衆僧(しゅそう)分別(ぶんべつ=別れ)に忍(しの)びず、直(ただ)ちに送ること十里(じゅうり)の遥(はる)かなるが有(あ)り、涙(なみだ)を噙(ふく=含)みて返(かえ)る。三蔵遂に直ちに西へ前進(ぜんしん)す。

正にこれかの季秋(きしゅう=晩秋)の天気(てんき)なり。但(ただ)見よ、
数村(すうそん)木(こ)落ちて芦花(ろか=葦の花)砕(くだ)け、幾樹(きじゅ)の楓楊(ふうよう)紅葉(こうよう)墜(お)つ。
路途(ろと=道すがら)烟雨(えんう=霧雨)に故人(こじん=旧友)稀(まれ)なり、黄菊(こうきく)麗(うるわ)しく、山骨(さんこつ=山の稜)細(ほそ)し。
水寒(さむ)く荷(はす)破(やぶ)れて人(ひと)憔悴(しょうすい=やつれ)す。
白蘋(はくひん=白き浮草)紅蓼(こうりょう=赤き蓼)霜天(そうてん=霜の空)の雪(ゆき)、落霞(らくか=落つる霞)孤鶩(こぼく=独りの鶩)長空(ちょうくう=大空)より墜つ。
依稀(いき=かすか)黯淡(あんたん=くらし)として野雲(やうん=野の雲)飛(と)び、玄鳥(げんちょう=燕)去り、賓鴻(ひんこう=渡り雁)至る。
嘹嘹(りょうりょう)嚦嚦(れきれき)声(こえ)宵(よい)に砕く。
と。

師徒(してい=師と弟子)ら行(ゆ)くこと数日(すうじつ)、鞏州城(きょうしゅうじょう)に到(いた)れり。早(つと)に鞏州(きょうしゅう)の合属(がっぞく=管下)の官吏(かんり)人等(じんとう)、迎(むか)え入(い)れて城中(じょうちゅう)に入(い)る。一夜(いちや)安歇(あんけつ)、次(つぎ)の早(あさ)城(しろ)を出でて前へ去(さ)る。一路(いちろ=道々)飢(う)えては餐(くら)い渇(かわ)いては飲(の)み、夜(よる)は住(とど)まり暁(あかつき)に行く。両三日(りょうさんじつ)にして、また河州衛(かしゅうえい)に至(いた)る。これすなわちこれ大唐(だいとう)の山河(さんが)の辺界なり。早(つと)に辺(ほとり)を鎮(しず)むる総兵(そうへい)と本処(ほんしょ=当地)の僧道(そうどう=僧と道士)、欽差の御弟(ぎょてい=帝の義弟)法師の西方(さいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)に見えんとするなりと聞き得(え)て、恭敬(きょうけい=うやまい)せざるは無く、接え至(いた)りて裡面(うち)に供給(きょうきゅう=もてなし)し了(おわ)り、僧綱(そうごう=僧官)をして福原寺(ふくげんじ)へ請じ往きて安歇せしむ。本寺の僧人(そうにん)、一一(いちいち)参見(さんけん=拝謁)し、晩斎(ばんとき=夕食)を安排(あんばい=整え)す。斎畢りて、二従者に吩咐(いいつ)けて馬匹(ばひつ=馬)に飽(あ)くまで喂(くわ)せ、天明らかならざるに就(すなわ)ち行(ゆ)かんとす。鶏方(まさ)に鳴くに及(およ)び、随(したが)いて従者(じゅうしゃ)を喚(よ)ばんとせしに、却又(また)寺僧(じそう)を驚動(きょうどう=騒が)し、茶湯(さとう=茶)と斎供(さいく=供物)とを整治(せいじ=整え)せしむ。斎(とき)罷(や)みて、辺界(へんかい)を出離(しゅつり=出で離)る。

この長老、心(こころ)忙(せわ)しく、早く起き過(す)ぎたり。元来(もと)この時(とき)秋深(あきふか)き時節(じせつ)なれば、鶏(にわとり)鳴(な)くこと早(はや)く、只(た)だ四更(しこう)の天気なるのみ。一行(いっこう)三人(さんにん)、馬を連(つら)ねて四口(よんく)、清霜(せいそう=冴えた霜)を迎え、明月(めいげつ)を看(み)つつ、行(ゆ)くこと数十里(すうじゅうり)の遠近(えんきん)なるに、一(ひとつ)の山嶺(さんれい=山の峰)を見(み)れば、只(ただ)草(くさ)を撥(かきわけ)て路を尋ぬるを得(え)ず、崎嶇(きくう=けわしさ)の走(はし)り難(がた)きは説き尽くすべからず、又(また)路逕(ろけい=道筋)を走(ゆ)き誤(あやま)らんことを恐(おそ)る。正(まさ)に疑思(ぎし=思い惑う)の間(あいだ)に、忽然(たちまち)足(あし)を失(うしな)い、三人馬(うま)と連(とも)に都(ことごと)く坑坎(こうかん=落とし穴)の中(うち)に跌落(てつらく=落ち込)む。三蔵(さんぞう)心(こころ)慌(あわ)て、従者胆(きも)を戦(おののか)す。却(かえ)って才(わず)かに悚懼(しょうく)くに、又裡面より哮吼(こうこう=ほえ叫ぶ)高呼(こうこ=呼ばわる)の、「拿(と)り将(も)ち来(きた)れ!拿り将ち来れ!」と叫ぶを聞(き)き得たり。只見よ、狂風(きょうふう)滾滾(こんこん)として、五六十(ごろくじゅう)箇(か)の妖邪(ようじゃ=妖怪)を擁(お)し出し、三蔵(さんぞう)と従者(じゅうしゃ)とを揪(ひっつか)みて上へ上(あ)ぐ。この法師(ほうし)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、眼(まなこ)を偸(ぬす)みて観看(みや)れば、上面(うえ)に坐するかの魔王(まおう)、十分(じゅうぶん)に凶悪(きょうあく)なり。真(まこと)にこれ、
雄威(ゆうい)身(み)凛凛(りんりん)として、猛気(もうき)貌(かたち)堂堂(どうどう)たり。
電目(でんもく)光艶(こうえん)を飛ばし、雷声(らいせい=雷の声)四方(しほう)を振(ふる)わす。
鋸牙(きょが=鋸の牙)口外(こうがい=口の外)に舒(の)べ、鑿歯(さくし=鑿の歯)腮旁(さいぼう=頬の脇)に露(あらわ)る。
錦繍(きんしゅう=錦の刺繍)身体(しんたい)を囲(かこ)み、文斑(ぶんはん=模様の斑)脊梁(せきりょう=背骨)を裹(つつ)む。
鋼鬚(こうしゅ=鋼の髭)稀に肉(にく)を見せ、鉤爪(こうそう=鉤の爪)利(するど)きこと霜(しも)の如(ごと)し。
東海(とうかい)の黄公(こうこう)も懼(おそ)れ、南山(なんざん)の白額王(はくがくおう)なり。
と。

嚇(おど)かされて三蔵(さんぞう)魂飛(こんぴ)魄散(はくさん)、二従者(にじゅうしゃ)骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)る。魔王喝令(かつれい)て「縛(しば)れ」と、衆妖(しゅうよう=妖怪ども)一斉(いっせい)に三人(さんにん)を将(も)ちて縄索(じょうさく=縄)を以て綁縛(ほうばく=縛り上)ぐ。正(まさ)に安排して吞食(どんしょく=食らう)せんと欲(ほっ)するに、只(ただ)外面(そと)の喧嘩(けんか)を聞(き)き得(え)て、人来(きた)りて報(ほう)じて言う、「熊山君(ゆうさんくん)と特処士(とくしょし)の二位(にい)来(きた)れり」と。三蔵言を聞き、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、前(まえ)に走くはこれ一条(ひとすじ)の黒漢(こくかん=黒き大男)なり。汝(なんじ)これが怎生(いか)なる模様(すがた)なると道(い)わんや、
雄豪(ゆうごう)胆量(たんりょう=度胸)多く、軽健(けいけん=身軽)夯躯(こうく=頑丈な体)なり。
水(みず)を渉(わた)るに惟(ただ)凶力(きょうりき)あり、林(はやし)を跑(はし)るに怒威(どい=怒れる威)を逞(たくま)しくす。
向来(こうらい=これまで)吉夢(きちむ=吉の夢)に符(かな)いしが、今(いま)独(ひと)り英姿(えいし)を露す。
緑樹(りょくじゅ=緑の木)能(よ)く攀折(はんせつ=攀じ折り)し、寒(かん)を知(し)りて善(よ)く時を諭(さと)す。
準霊(じゅんれい)の惟顕(あらわ)るる処(ところ)、此(ここ)を以(もっ)て山君(さんくん)と号(ごう)す。
と。

又(また)見よ、かの後辺(うしろ)より来るはこれ一条の胖漢(はんかん=太き大男)なり。汝怎生なる模様なると道わんや、
嵯峨(さが)の双角(そうかく=二本の角)冠(かんむり)たり、端粛(たんしゅく=いかめし)く肩背(けんぱい=肩と背)を聳(そび)やす。
性(せい)青衣(せいい=青き衣)を服(き)て穏(おだ)やかに、蹄歩(ていほ=蹄の歩み)多(おお)く遅滞(ちたい=のろし)。
宗名(そうめい)父(ちち)は牯(こ=牡牛)と作(な)り、原号(げんごう=もとの名)母(はは)は牸(し=牝牛)と称(しょう)す。
能く田者(でんしゃ=農夫)の功(こう)を為(な)す、因(よ)りて特処士と名(な)づく。
と。

この二箇(ふたつ)、揺揺擺擺(ようようはいはい)として、裡面(うち)へ走(はい)り入るに、慌てたるかの魔王(まおう)奔(はし)り出(い)でて迎接(げいせつ=迎え入)る。熊山君言う、「寅将軍(いんしょうぐん)、一向(ひたすら)に得意(とくい=心のまま)なるか、賀(が)すべし!賀すべし!」と。特処士(とくしょし)言う、「寅将軍の豊姿(ほうし)常(つね)に勝(まさ)る、真に喜(よろこ)ぶべし!真に喜ぶべし!」と。魔王(まおう)言う、「二公(にこう=お二方)連日(れんじつ=このごろ)如何(いかん)」と。山君言う、「惟(ただ)素(そ=常のまま)を守(まも)るのみ」と。処士(しょし)言う、「惟(ただ)時(とき)に随うのみ」と。三箇(みつ)叙(じょ=語らい)し罷(や)みて、各(おのおの)坐(ざ)して談笑(だんしょう=語り笑う)。

只(ただ)見よ、かの従者(じゅうしゃ)の縛(いまし)めらるること痛切(つうせつ=痛まし)く、悲啼(ひてい=泣き叫)ぶ。かの黒漢言う、「この三者(さんしゃ)は何(いずこ)より来(きた)れる」と。魔王言う、「自ら門(もん)を送(おく)り上りて来(きた)れる者なり」と。処士笑(わら)いて云(い)う、「能(よ)く客(きゃく)を待(ま)つべきか」と。魔王(まおう)言う、「奉承(ほうしょう=お供え)せん!奉承せん!」と。山君(さんくん)言う、「尽(ことごと)く用(もち)うべからず、其(そ)の二(ふたつ)を食(くら)い、其の一を留(とど)むる可(べ)し」と。魔王(まおう)領諾(りょうだく=承引)し、即(すなわ)ち左右(さゆう=手下)を呼(よ)び、二従者(にじゅうしゃ)を将(も)ちて腹(はら)を剖(さ)き心(こころ)を剜(えぐ)り、其(そ)の屍(しかばね)を剁砕(たさい=切り刻)む。首級(しゅきゅう=首)と心肝(しんかん=心と肝)とを将ちて二客(にきゃく=二人の客)に奉献(ほうけん)し、四肢(しし=手足)を将(も)ちて自(みずか)ら食い、其(そ)の余(あまり)の骨肉(こつにく)は、各妖(かくよう=妖怪ども)に分ち与(あた)う。只啯啅(かくたく)の声を聞(き)き得(え)たるは、真(まこと)に虎(とら)の羊羔(ようこう=子羊)を啖(くら)うに似(に)たり。霎時(しょうじ)に食(くら)い尽す。一人(ひとり)の長老(ちょうろう)を把(とら)えて、幾乎(ほとほと)嚇し殺(ころ)さんとす。これこそ才(まさ)に長安を出(い)でて初(はじ)めての第一場(だいいちじょう=最初の場)の苦難(くなん)なり。

正に愴慌(そうこう)の間に、漸漸(ぜんぜん=ようよう)と東方(とうほう)発白(はっぱく=白みそ)め、かの二怪(にかい)天暁(てんぎょう=夜明け)に至りて方(はじ)めて散(さん)ず。俱(とも)に言う、「今日(こんにち)厚(あつ)く擾(みだ)したり、日(ひ)を容(ゆる)され竭誠(けっせい=誠を尽く)し奉酬(ほうしゅう=お返し)せん」と。一擁(いちよう=どっと)して退(しりぞ)く。一時(いっとき)ならずして、紅日(こうじつ=赤き日)高く昇(のぼ)る。三蔵(さんぞう)昏昏沈沈(こんこんちんちん=昏々沈々)として、また東西南北(とうざいなんぼく)を弁(わきま)うるを得(え)ず。正(まさ)にかの命(いのち)を得ざる処に在るに、忽然一老叟(いちろうそう=一人の翁)の、手に拄杖(しゅじょう=杖)を持(たずさ)え来(きた)るを見(み)る。上前(すす)み出で、手(て)を以(もっ)て一(ひと)たび拂(はら)えば、縄索皆(みな)断(た)つ。真っ向(まとも)に一(ひ)と吹(ふ)き気(いき)を吹きかけられ、三蔵(さんぞう)方めて蘇(よみがえ)る。地(ち)に跪(ひざまず)き拝(おが)んで言う、「多謝(おおきにありがたし)老公公(ろうこうこう=翁)よ!貧僧(ひんそう=わが僧)の性命(せいめい=命)を搭救(たっきゅう=救い取)りたまえり!」と。老叟(ろうそう)礼(れい)に答えて言う、「汝(なんじ)起(た)て。汝(なんじ)曾て何の東西(もの)をか疏失(そしつ=失い)せる」と。三蔵言う、「貧僧の従人(じゅうじん=供の者)は、已(すで)に怪(かい=妖怪)に食(くら)われ了んぬ。只(ただ)行李(こうり=荷物)と馬匹の何(いず)れの処(ところ)に在(あ)るかを知らざるのみ」と。老叟杖(つえ)を以て指(さ)し定(さだ)めて言う、「那廂(かのほとり=あちら)に一匹(いっぴき)の馬(うま)と二箇の包袱(ほうふく=包み)の有るは是(こ)れならずや」と。三蔵(さんぞう)頭(こうべ)を回(めぐ)らして看る時(とき)、果(はた)してこれかれが物件(ぶっけん=品々)にして、並(なみ)て曾(かつ)て失落(しつらく=失う)せざりしかば、心才(はじ)めて略(ほぼ)些(いささ)か放下(ほうか=下ろ)る。老叟(ろうそう)に問(と)うて曰(いわ)く、「老公公よ、此処(ここ)は是れ甚(いず)れの所在(しょざい=場所)ぞ。公公(こうこう)何(なに)に由(よ)りてか此に在(いま)す」と。老叟(ろうそう)言う、「此(ここ)は是(こ)れ双叉嶺にして、すなわちこれ虎狼(ころう=虎や狼)の巣穴(そうけつ)の処(ところ)なり。汝何為(なんす)れぞ此(ここ)に堕(お)つる」と。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)、鶏(にわとり)鳴(な)くる時に、河州衛の界(さかい)を出(い)でしに、料(はか)らざりき起(お)くること早(はや)くして、霜を冒(おか)し露(つゆ)を撥(かきわ)け、忽(たちまち)此(この)地に失落りたり。一(ひとり)の魔王(まおう)を見(み)るに、凶頑(きょうがん=兇悪頑迷)なること太(はなは)だ甚(はなはだ)し。貧僧(ひんそう)と二従者とを将(も)ちて縛り了(おわ)んぬ。又(また)一条(ひとすじ)の黒漢(こくかん)の、熊山君(ゆうさんくん)と称するを見、一条(ひとすじ)の胖漢の、特処士(とくしょし)と称(しょう)するを見たり。走り入(い)り来りて、かの魔王を寅将軍(いんしょうぐん)と称(しょう)す。かれ三箇我(わ)が二従者(にじゅうしゃ)を把えて食い、天光(てんこう=夜明け)に才めて散じたり。想(おも)わざりき我は那裡(いずこ)にこの大縁(だいえん)大分(だいぶん)の有(あ)りて、老公公(ろうこうこう)の此に来(きた)りて我(われ)を救(すく)わんことを感(かん)じ得(え)たるは」と。老叟言う、「処士(しょし)なる者は是(こ)れ一箇(ひとつ)の野牛精(やぎゅうせい=野牛の精)なり。山君(さんくん)なる者は是れ一箇の熊羆精(ゆうひせい=熊の精)なり。寅将軍(いんしょうぐん)なる者は是(こ)れ一箇(ひとつ)の老虎精(ろうこせい=虎の精)なり。左右の妖邪は、尽く都(みな)これ山精(さんせい=山の精)樹鬼(じゅき=木の鬼)、怪獣(かいじゅう)蒼狼(そうろう=青き狼)なり。只(ただ)汝(なんじ)が本性(ほんしょう=本来の性)の元明(がんみょう)なるに因りて、所以(ゆえ)に汝(なんじ)を食(くら)うを得(え)ざるなり。汝(なんじ)我(われ)に跟(したが)い来(きた)れ、汝を引きて上(うえ)の路(みち)に就(つ)かしめん」と。三蔵(さんぞう)勝(た)えて感激(かんげき)すること能わず、包袱を将(も)ちて馬の背(せ)に捎(の)せ、繮縄(こうじょう=手綱)を牽(ひ)きて、老叟(ろうそう)に相随(したが)い径(ただ)ちに坑坎の中を出(い)で、大路(だいろ=大道)の上(うえ)に走(のぼ)る。却って将ちて馬(うま)を道傍(みちばた)の草頭(そうとう)に拴(つな)ぎ、身を転(てん)じてかの公公を拝謝(はいしゃ=拝み謝)せしに、かの公公(こうこう)遂(つい)に一陣(ひとむれ)の清風(せいふう=清き風)と化(け)し、一(ひとつ)の朱頂(しゅちょう=赤き頂)の白鶴(はくかく=白き鶴)に跨(またが)り、空(そら)を騰(あ)がりて去(さ)る。只(ただ)見よ、風(かぜ)飄飄(ひょうひょう=ひらひら)として一張(ひとひら)の簡帖(かんじょう=書き付け)を遺(のこ)し下(おろ)す。書(しょ)に四句(よんく)の頌子(じゅす=偈)有(あ)り。頌子に云(いわ)く、
「吾(われ)は乃(すなわ)ち西天(さいてん)の太白星(たいはくせい)なり、特(ことさら)に来りて汝(なんじ)が生霊(せいれい=命)を搭救す。
前行(ぜんこう)自(おのずか)ら神徒(しんと)の助(たすけ)有らん、艱難(かんなん)を為し経(きょう)に報怨(ほうえん=恨み言)すること莫(な)かれ。」
と。

三蔵看(み)了(おわ)りて、天(てん)に対い礼拝して言う、「多謝(かたじけなし)太白金星(たいはくきんせい)よ、この難(なん)を度脱(どだつ=救い脱れ)しめ給えり」と。拝み畢(おわ)り、馬匹(ばひつ)を牽きて、独り箇(ひとり)孤孤凄凄(ここせいせい=寂しげ)として、前(まえ)へ苦(くるし)み進(すす)む。この嶺上(れいじょう=嶺の上)、真(まこと)にこれ、
寒颯颯(かんさつさつ=寒々し)雨林(うりん=雨の林)の風、響き潺潺(せんせん=さらさら)澗下(かんか=谷底)の水(みず)。
香馥馥(こうふくふく=香り高)として野花(やか=野の花)開(ひら)き、密叢叢(みっそうそう=びっしり)乱石(らんせき)磊(つみかさな)る。
鬧嚷嚷(どうじょうじょう=騒がし)鹿(しか)と猿(さる)、一隊隊(いったいたい=幾隊も)の獐(のろ)と麂(けし)。
喧雑雑(けんざつざつ)く鳥声(ちょうせい=鳥の声)多(おお)く、静悄悄(せいしょうしょう=ひっそり)として人事(じんじ=人け)靡(な)し。
かの長老(ちょうろう)、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として心(こころ)寧(やす)からず、この馬児(うま)、力(ちから)怯怯(きょうきょう=弱々し)として蹄挙(あ)げ難(がた)し。
と。

三蔵(さんぞう)身(み)を捨(す)て命を拼(か)けて、かの峻嶺の間(あいだ)に上(のぼ)る。行き経(ふ)ること半日(はんじつ)、更(さら)に人烟(じんえん=人家の煙)村舎(そんしゃ=村里)を見ず。一(ひとつ)には腹中(ふくちゅう=腹の内)飢えたれば、二には路(みち)又平(たいら)かならず。正(まさ)に危急(ききゅう=危うき)の際(きわ)に在(あ)るに、只見よ前面(ぜんめん)に両隻(にひき)の猛虎(もうこ=猛き虎)の咆哮(ほうこう=ほえたけ)るが有(あ)り、後辺に幾条(いくすじ)かの長蛇(ちょうじゃ=大蛇)の盤繞(ばんじょう)が有(あ)り。左(ひだり)に毒虫(どくちゅう)有(あ)り、右(みぎ)に怪獣有り。三蔵(さんぞう)孤身(こしん=独り身)にして策(さく)無(な)く、只(ただ)身心(しんしん=身も心も)を放下し、天(てん)の命(めい)ずる所(ところ)を聴(き)くを得ざらんとす。又(また)奈何(いかん)ともすべからざるは、かの馬(うま)の腰(こし)軟らぎ蹄(ひづめ)弯(かが)み、便(べん=糞)屎(し=尿)倶(とも)に下り、地(ち)に伏(ふ)し倒(たお)れて、打(う)たんとして又(また)打ち起(お)こすこと能(あた)わず、牽(ひ)かんとして又(また)牽(ひ)き動かすこと能(あた)わず。苦(くる)しめて一人の法師(ほうし)をして身(み)を襯(よ)するに地(ち)無(な)からしめ、真に万分(まんぶん)き凄楚(せいそ=痛ましさ)有(あ)り、已に自(みずか)ら必(かなら)ず死(し)せんと分(わきま)えて、奈何とするも可きなし。

却(さ)て説(い)う、かれ災迍(さいてん=災い)有(あ)りと雖(いえど)も、却(かえ)って救応(きゅうおう=救い)有り。正(まさ)にかの命(いのち)を得(え)ざる処に在るに、忽然(たちまち)毒虫の奔り走(に)げ、妖獣(ようじゅう)の飛(と)び逃(のが)れ、猛虎の踪(あと)を潜(ひそ)め、長蛇の迹(あと)を隠(かく)すを見(み)る。三蔵頭を抬げて看(み)る時(とき)、只(ただ)見よ一人(ひとり)の、手(て)に鋼叉(こうさ=鋼の叉)を執(と)り、腰に弓箭(きゅうせん=弓と矢)を懸(か)け、かの山坡(さんぱ=山の斜面)の前より転(まろ)び出(い)づるが、果してこれ一条(ひとり)の好漢(こうかん=立派な男)なり。汝(なんじ)看よかれを、
頭上(ずじょう=頭の上)に一頂(いっちょう=一つ)、艾葉(がいよう)花斑(かはん=斑模様)なる豹皮(ひょうひ=豹の皮)の帽(ぼう=帽子)を戴(いただ)き、
身上(しんじょう=身の上)に一領(いちりょう=一着)、羊絨(ようじゅう=羊の毛織)織錦(しょくきん=錦織)の叵羅衣(はらえ=蛮服)を穿て、
腰間(ようかん=腰の間)に一条(いちじょう=一本)の獅蛮帯(しまんたい=獅子の帯)を束(つか)ね、
脚下(あしもと=足の下)に一対(いっつい=二つ)の麂皮(じひ=麂の皮)の靴(くつ)を踏(ふ)まう。
環眼(かんがん=丸き眼)円睛(えんせい=丸き瞳)弔客(ちょうかく=凶神)の如く、圈鬚(けんしゅ=巻き髭)乱(みだ)れ擾れて河魁(かかい=凶神)に似たり。
一嚢(ひとふくろ)の毒薬弓(どくやくきゅう=毒矢の弓)を懸け、一捍(ひとつ)の点鋼大叉(てんこうたいさ=鋼の大叉)を拿(と)る。
雷声山虫(さんちゅう=山の獣)の胆を震(ふる)い破り、勇猛(ゆうもう)野雉(やち=野の雉)の魂(たましい)を驚(おどろ)かし残(そこな)う。
と。

三蔵(さんぞう)かれの来(きた)ること漸(ようや)く近きを見(み)て、路傍(みちばた)に跪き、合掌して高(たか)く叫(よ)んで言う、「大王(だいおう)よ命(いのち)を救え!大王よ命を救(すく)え!」と。かの条(ひとり)の漢(おとこ)辺前(ほとり)に到(いた)り、鋼叉を放下(おろ)し、手を以(もっ)て攙(たす)け起(おこ)して言う、「長老よ怕(おそ)るること莫かれ。我は是(こ)れ歹人(あくにん=悪人)に非(あら)ず、我(われ)は是(こ)れこの山中(さんちゅう)の猟戸(りょうこ=猟師)にして、姓(せい)は劉(りゅう)名は伯欽、綽号(しゃくごう=あだ名)を鎮山太保(ちんざんたいほ)と曰(い)う。我(われ)才(いま)し自ら来(きた)れるは、両隻の山虫を尋(たず)ねて食用(しょくよう=食料)にせんと欲せしに、期(あた)らずも汝に遇(あ)いて、多く冲撞(しょうどう=失礼)せる有(あ)り」と。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧は是れ大唐の駕下(かか=御代)の欽差(きんさ)にして、西天に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経を求むる和尚(おしょう)なり。適間(さっき=先ほど)此処(ところ)に来(きた)り到りて、些かの狼虎(ろうこ=狼や虎)蛇虫(じゃちゅう=蛇や虫)に遇い、四辺(しへん=四方)を囲繞(いじょう=取り巻)かれて、前進する能わず。忽太保(たいほ)の来るを見(み)て、衆獣(しゅうじゅう=獣ども)皆走げ、貧僧(ひんそう)が性命を救(すく)われたり。多謝!多謝(かたじけなし)!」と。伯欽(はくきん)言う、「我(われ)ここに住人(じゅうにん=住む者)として、専(もっぱ)ら些(いささ)かの狼虎を打(う)つに倚(よ)りて生(い)き、些(いささ)かの蛇虫を捉(とら)えて過(わた)り活(い)くる。故此(このゆえ)に衆獣我を怕れて走(に)ぐるなり。汝(なんじ)既(すで)に唐朝(とうちょう)より来(きた)れるならば、我(われ)と都これ郷里(きょうり=同郷)なり。此間(ここ)は還(な)お大唐(だいとう)の地界(ちかい=領地)なり、我(われ)もまた唐朝の百姓(ひゃくせい=民)なり。我と汝(なんじ)と同じく皇王(こうおう=皇帝)の水土(すいど=水と土)を食(は)めば、誠(まこと)に然(しか)して一国(いっこく)の人(ひと)なり。汝(なんじ)怕(おそ)るること莫(な)かれ、我(われ)に跟い来(きた)れ。我が舎下(しゃか=家)に到(いた)りて馬(うま)を歇(やす)め、明朝(みょうちょう=明日の朝)我(われ)汝を送(おく)りて路に上(のぼ)らしめん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんき)す。伯欽(はくきん)に謝(しゃ)して、馬を牽きて随(したが)い行(ゆ)く。

山坡を過ぎて、又呼呼(ここ)たる風響(かぜひびき=風の音)を聴き得(え)たり。伯欽言う、「長老(ちょうろう)よ走(ゆ)くこと莫(な)かれ、此(この)間(あいだ)に坐(ざ)せ。風(かぜ)の響(ひび)く処(ところ)は、是(こ)れ一箇(ひとつ)の山猫(さんびょう=山の猫)の来れるなり。等(しばし)我(われ)かれを拿(とら)え家(いえ)へ去(ゆ)きて汝(なんじ)を管待(かんたい=もてな)さん」と。三蔵説(いう)を見て、又(また)胆(きも)戦(おのの)き心驚きて、歩(あゆみ)を挙ぐるを敢(あえ)てせず。かの太保鋼叉(こうさ)を執り、歩を踏み開きて、迎(むか)え将(も)ちて上(のぼ)り去く。只見よ一隻(いっぴき)の斑斕虎(はんらんこ=斑の虎)、真っ向に撞見(であ)う。かれ伯欽(はくきん)を見(み)るや、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回らして就ち走(に)ぐ。この太保(たいほ)霹靂(へきれき=雷の一撃)の一声、咄(ああ)と道(い)う、「那(かの)業畜(ごうちく=畜生)よ!那裡へか走ぐる!」と。かの虎赶(お)わるること急(きゅう)なるを見(み)て、身を転じ爪(つめ)を輪(めぐ)らして撲(おそ)い来(きた)る。この太保(たいほ)三股叉(さんこさ=三又の叉)を挙(あ)げて手(て)をもって迎(むか)え敵(てき)す。嚇(おど)かされて三蔵(さんぞう)軟(やわ)らかに草地(そうち=草の地)に癱(たお)る。この和尚娘肚皮(はら=母の胎)を出でて自(よ)り、那(いず)くにか曾(かつ)てこの様(よう)の凶険(きょうけん=恐ろしき)なる勾当(こうとう=出来事)を見しや。太保とかの虎(とら)とかの山坡(さんぱ)の下(もと)に在(あ)りて、人虎(じんこ)相持(そうじ=にらみ合)うは、果(はた)してこれ一場(ひとくさ)の好闘(こうとう)なり。但見よ、
怒気(どき=怒れる気)紛紛(ふんふん)、狂風滾滾。
怒気紛紛として、太保(たいほ)冠を衝(つ)きて膂力(りょりき=腕力)多し、
狂風(きょうふう)滾滾(こんこん)として、斑彪(はんひょう=斑の虎)勢(せい)を逞しくして紅塵(こうじん=赤き土煙)を噴(ふ)く。
那(か)の一箇は牙(きば)を張(は)り爪を舞(ま)わし、此(こ)の一箇(ひとつ)は歩(あゆみ)を転(てん)じ身(み)を回(めぐ)らす。
三股叉天を擎(ささ)え日を幌(てら)し、千花尾(せんかび)霧(きり)を擾(みだ)し雲(くも)を飛(と)ばす。
此の一箇(ひとつ)は胸(むね)に当(あ)てて乱りに刺(さ)し、那の一箇(ひとつ)は面(おもて)を劈(つんざ)きて来(きた)り吞(の)まんとす。
閃(かわ)し過(す)ぐる者(もの)は再(ふたた)び人道(じんどう=人の道)に生き、撞(ぶつ)か着(あた)る者(もの)は定ず閻君(えんくん=冥界の王)に見(まみ)えん。
只(ただ)那(か)の斑彪の哮吼を聴(き)き得(え)、太保(たいほ)の声哏(せいごん=荒き声)す。
斑彪(はんひょう)哮吼(こうこう)して、山川(さんせん)を振い裂(さ)きて鳥獣(ちょうじゅう)を驚(おどろ)かし、
太保(たいほ)声哏して、天府(てんぷ=天の府)を喝(かつ)し開(ひら)きて星辰(せいしん=星々)を現(あらわ)す。
那(か)の一箇は金睛(きんせい=金色の瞳)怒(いか)り出(い)で、此(こ)の一箇(ひとつ)は壮胆(そうたん)生(しょう)じて嗔(いか)る。
愛(あい)すべし鎮山(ちんざん)の劉太保(りゅうたいほ)、夸(ほ)むべし地に拠(よ)る獣(けもの)の君(きみ)なり。
人虎生(せい)を貪(むさぼ)りて勝負(しょうぶ)を争(あらそ)う、些児(いささか)も慢(おこた)り有(あ)れば三魂(さんこん=三つの魂)を喪(うしな)わん。
と。

かれ二箇(ふたり)闘(たたか)うこと一箇時辰(いっこじしん=二時間)の有(あ)るに、只(ただ)見よかの虎(とら)爪(つめ)慢(おそ)く腰(こし)松(ゆる)み、太保の叉(さ)を挙(あ)げて胸を平かに刺し倒さる。憐(あわ)れなるかな、鋼叉(こうさ)の尖(さき)心肝を穿(うが)ち通(とお)り、霎時間(しょうじかん)に血(ち)流(なが)れて地(ち)に満つ。耳(みみ)を揪(つか)みて、路(みち)の上へ拖(ひ)き来(きた)る。好男子(こうだんし=見事な男)かな!気連(つづ)けて喘(あえ)がず、面色(いろ)を改(あらた)めず、三蔵(さんぞう)に対(むか)いて言う、「造化(ぞうか=幸運)!造化!この隻(ひとつ)の山猫、長老(ちょうろう)の食用に幾日(いくにち)かを够(た)らん」と。三蔵(さんぞう)夸讃して尽(つ)きず、言う、「太保(たいほ)は真(まこと)の山神(さんしん=山の神)なり!」と。伯欽(はくきん)言う、「何(なん)の本事(ほんじ=腕前)か有りて、敢(あ)えて過奨(かしょう)を労(ろう)せんや。この是(こ)れは長老(ちょうろう)の洪福(こうふく)なり。去(ゆ)き来れ!早きに赶(おいつ)きて皮(かわ)を剥(は)ぎ、些かの肉を煮(に)て、汝(なんじ)を管待さん」と。かれ一隻手(かたて=片手)に叉を執(と)り、一隻手に虎を拖きて、前(まえ)に在(あ)りて路(みち)を引(みちび)く。三蔵馬(うま)を牽(ひ)きて、後(うしろ)に随(したが)いて行(ゆ)く。迤邐(いり=たどたど)として山坡(さんぱ)を行(ゆ)き過(す)ぎ、忽(たちまち)一座(ひとつ)の山荘(さんそう=山里の家)を見(み)る。かの門前(もんぜん=門の前)、真(まこと)にこれ、
参天(さんてん=天に届く)の古樹(こじゅ=古き木)、漫路(まんろ=路を覆う)の荒藤(こうとう=荒れた蔓)。
万壑(ばんがく=幾万の谷)風塵(ふうじん)冷(つめた)く、千崖(せんがい)気象(きしょう)奇(あや)し。
一径(いっけい)の野花香(かおり)体(たい)を襲(おそ)い、数竿(すうかん=数本)の幽竹(ゆうちく)緑(みどり)依依(いい)たり。
草門楼(そうもんろう)、籬笆院(りはえん)、描(えが)くべく画(か)くべし、
石板橋(せきばんきょう)、白土壁(はくどへき)、真(まこと)に楽(たの)しく真に稀(まれ)なり。
秋容(しゅうよう)蕭索(しょうさく)く、爽気(そうき)孤高(ここう)。
道傍に黄葉(こうよう)落(お)ち、嶺上に白雲(はくうん)飄(ひるがえ)る。
疏林(そりん)の内(うち)に山禽(さんきん=山の鳥)聒聒(かつかつ)とし、荘門外(そうもんがい)に細犬(さいけん=細き犬)嘹嘹とす。
と。

伯欽(はくきん)門首(もんしゅ=門の前)に到(いた)り、死虎(なきがら)を将(も)ちて擲(なげ)し下し、叫(よ)んで言う、「小的們(こどもら)何くにか在(あ)る」と。只(ただ)見よ、三四箇(さんしか)の家僮(かどう=召使)の走(で)き出(い)づるが、都(みな)これ怪形(けいぎょう)悪相(あくそう=醜い顔)の類(たぐい)なるが、上前み出でて拖拖拉拉(たたらら)し、かの隻の虎(とら)を把(とら)えて扛(かづ)き将ちて進(い)り入(い)る。伯欽吩咐けて教(おし)う、「早(はや)きに赶きて皮を剥ぎ、安排(あんばい)し将(も)ち来(きた)りて客を待て」と。複(また)頭(こうべ)を回(めぐ)らして三蔵(さんぞう)を迎接(むかえい)れて内へ進れ、彼此(おたがい)に相見す。三蔵(さんぞう)又(また)伯欽(はくきん)の厚恩(こうおん=厚き恩)と憐憫(れんびん)の命(いのち)を救えるとを拝謝す。伯欽(はくきん)言う、「同郷(どうきょう)の人(ひと)なるに、何(なん)ぞ致謝(ちしゃ=感謝)を労せんや」と。

坐し定まりて茶(ちゃ)罷み、一の老嫗(ろうう=老女)の、一箇(ひとり)の媳婦(しゅうとめ=嫁)を領(ひき)い従えて、三蔵に対(むか)い礼を進(すす)むる有(あ)り。伯欽言う、「此(こ)れは是れ家母(かぼ=母)と山妻(さんさい=妻)なり」と。三蔵(さんぞう)言う、「令堂(れいどう=母上)の坐(ざ)に上らんことを請い、貧僧(ひんそう)奉(ほう)じて拝(おが)まん」と。老嫗言う、「長老は遠客(えんかく=遠き客)なれば、各請(こ)う自(みずか)ら珍(とうと)ばれ、拝むを労(ろう)すること罷(や)めよ」と。伯欽(はくきん)言う、「母親(はは)よ、かれは唐王(とうおう)の駕下より、西天(さいてん)へ差(つかわ)され仏(ほとけ)に見(まみ)えんと経(きょう)を求(もと)むる者なり。適間嶺頭(れいとう=嶺の上)に在りて孩児(わがこ=この子)に遇(あ)いしに、孩児一国の人なるを念(おも)い、かれを請(しょう)じて家に来(きた)らせて馬(うま)を歇め、明日(みょうにち)かれを送りて路(みち)に上(のぼ)らしめんとす」と。老嫗(ろうう)言(げん)を聞(き)き、十分に歓喜して言う、「好(よ)し!好し!好(よ)し!就(すなわ)ちかれを請(しょう)ずるも、この般(ごと)くなるを得じ。恰好(あたか)も明日は汝が父親(ちち)の周忌(しゅうき=一周忌)なれば、就(すなわ)ち長老(ちょうろう)を浼(たの)みて些(いささ)かの好事(こうじ=善い事)を做(な)し、一巻(ひとまき)の経文(きょうもん=お経)を念(とな)えんことを請(こ)い、後日(ごじつ)に到(いた)りてかれを送(おく)り去(さら)しめよ」と。この劉伯欽(りゅうはくきん)、一箇の殺虎手(さっこしゅ=虎殺し)たり、鎮山の太保(たいほ)たりと雖も、かれ却(かえ)って些(いささ)かの孝順(こうじゅん=孝行)の心(こころ)有(あ)り。母の言を聞き得(え)て、就ち香紙(こうし)を安排(あんばい)し、三蔵(さんぞう)を留住(りゅうじゅう=引き留)めんと欲(ほっ)す。

説話(せつわ)の間に、覚えず天色(てんしょく=空模様)将に晩れんとす。小的們桌凳(たくとう)を排(なら)べ開(ひら)き、幾盤(いくさら)かの爛熟(らんじゅく)の虎肉(こにく)を拿(と)りて、熱騰騰(ねつとうとう)としてこれを上面に放(お)く。伯欽(はくきん)三蔵(さんぞう)に請うて権(かり)に用いられ、再(ま)た別(べつ)に飯(めし)を弁えんとす。三蔵合掌(がっしょう)して胸(むね)に当てて言う、「善哉(ぜんざい)!貧僧(ひんそう)太保に瞞(かく)さず説わん、娘胎(はら=母の胎)を出(い)でて自(よ)り、就(すなわ)ち和尚(おしょう)と做りて、更に葷(くん=肉食)を食(くら)うを暁(さと)らず」と。伯欽(はくきん)この説を聞(き)き得(え)て、半晌(はんしょう)沈吟(ちんぎん=思案)して言う、「長老(ちょうろう)よ、寒家(かんか=わが家)は歴代(れきだい=代々)以来(いらい)、素を食(くら)うを暁らず。就(すなわ)ち些(いささ)かの竹筍(ちくじゅん=筍)有り、些かの木耳(もくじ)を采(と)り、些(いささ)かの乾菜(かんさい=干し菜)を尋(たず)ね、些(いささ)かの豆腐(とうふ)を做(つく)るも、也都是(またみな)これ獐鹿(しょうろく)虎豹の油(あぶら)に煎(い)りたるにて、却って甚(なん)の素(そ)き処(ところ)も無し。両眼(ふたつ)の鍋竈(かそう=竈)有(あ)るも、也都是これ油膩(ゆじ=油汚れ)透(とお)り了れり。この等(よう)奈何(いかん)せん?反(かえ)って是(こ)れ我が長老を請ぜしが不是(あやまち=過ち)なり」と。三蔵(さんぞう)言う、「太保(たいほ)多(おお)く心(こころ)を用(もち)うるに必ずしも及ばず、請(こ)う自(みずか)ら受用(じゅよう)れ。我(わ)が貧僧は就(すなわ)ち三五日(さんごにち)飯を食わずとも、また飢(うえ)を忍ぶ可(べ)し、只斎戒(さいかい=精進)を破(やぶ)るを敢てせざるのみ」と。伯欽言う、「倘或(もし=もしも)餓(うえ)死せば、却(かえ)ってこれを如何せん」と。三蔵(さんぞう)言う、「太保(たいほ)の天恩(てんおん)を感じて、虎狼の叢裡(そうり)より搭救(すくいだ)されしうえは、就ち餓死(し)すとも、また虎(とら)に喂するに強(まさ)れり」と。伯欽(はくきん)の母親、説(いう)を聞(き)きて、叫んで言う、「孩児(わがこ)よ長老(ちょうろう)と閑講(かんこう=無駄口)すること莫かれ、我(われ)自ら素物(そぶつ=精進物)有(あ)りて、以(もっ)て管待(かんたい)す可(べ)し」と。伯欽(はくきん)言う、「素物何(いず)くよりか来(きた)る」と。母親(はは)言う、「汝(なんじ)我(われ)を管(かま)うこと莫(な)かれ、我自(おのずか)ら素(そ)の有(あ)る」と。媳婦(よめ)を叫(よ)びて、小鍋(こなべ)を将(も)ちて取(と)り下(おろ)し、火(ひ)を着(つ)けて油膩を焼(や)き、刷(さっ)し了(おわ)りて又刷し、洗(あら)い了(おわ)りて又(また)洗い、却(かえ)って仍(な)お竈(かまど)の上(うえ)に安(やすん)ず。先(ま)ず半鍋(はんなべ)の滾水(こんすい=煮え湯)を放(い)れて、別に用(もち)う。却(かえ)って又(また)些かの山地楡(さんちゆ=山の楡)の葉子(ようし=葉)を将(も)ちて、水を着けて煎(せん=煮出)じて茶湯と做(な)し、然る後些(いささ)かの黄糧(こうりょう=黄米)粟米(ぞくまい=粟)を将ちて、飯(めし)を煮起し、又(また)些(いささ)かの乾菜を把(と)りて煮熟(にじゅく=よく煮)し、両碗(にわん)に盛(も)りて、拿り出(いだ)して卓(たく)の上面(うえ)に鋪(し)く。老母(ろうぼ)三蔵に対いて言う、「長老(ちょうろう)よ請(こ)う斎(とき)を食(くら)え。この是(こ)れは老身(ろうしん)と児婦(じふ=嫁)の、親(みずか)ら手(て)を動(うご)かし整理(せいり=整え)たる些(いささ)かの極(きわ)めて潔(きよ)く極めて浄(きよ)き茶飯(さはん=食事)なり」と。三蔵(さんぞう)下(お)りて謝して、方(はじ)めて上(うえ)に坐(ざ)す。かの伯欽別(べつ)に一処(ひとところ)を設(もう)け、些かの塩(しお)無(な)く醤(ひしお)無(な)き老虎肉(ろうこにく)、香獐肉(こうしょうにく)、蟒蛇肉(もうじゃにく)、狐狸肉(こりにく)、兔肉(とにく)と、点剁(てんた=刻み)の鹿肉乾巴(かんぱ=干し肉)とを鋪排(ほはい=並べ)し、満盤(まんばん)満碗(まんわん=山盛り)にして、三蔵(さんぞう)に陪(ばい)して斎(とき)を食(くら)わんとす。方(はじ)めて坐(ざ)し下り、心(こころ)に箸(はし)を挙げんと欲(ほっ)するに、只(ただ)見よ三蔵(さんぞう)合掌(がっしょう)して経(きょう)を誦(とな)うるに、嚇(おど)かされて伯欽(はくきん)箸を動(うご)かすを敢(あえ)てせず、急ぎ身(み)を起(おこ)して旁(かたわら)に立つ。三蔵念うること数句(すうく)ならずして、却って「請(こ)う斎を食え」と教う。伯欽(はくきん)言う、「汝(なんじ)は是(こ)れ一箇(ひとり)の短頭経(たんとうきょう=短い経)を念(とな)うる和尚(おしょう)なりか」と。三蔵(さんぞう)言う、「此れは是れ経(きょう)に非ず、乃ちこれ一巻の掲斎(けいさい)の呪(じゅ=真言)なり」と。伯欽(はくきん)言う、「汝(なんじ)ら出家人(しゅっけにん=僧侶)は、偏(ひとえ)に許多(あまた=多く)の計較(けいこう)有りて、飯(めし)を食(くら)うにも便(すなわ)ち也(また)念誦(ねんじゅ=唱え)し念誦するか」と。

斎飯(さいはん)を食(くら)い了(おわ)り、盤碗(ばんわん=皿と椀)を収(おさ)むるに、漸漸と天(てん)晩(く)る。伯欽三蔵(さんぞう)を引きて中宅(ちゅうたく=中の家)を出(い)で、後辺(うしろ)の方(かた)へ到りて走走(あるき=歩み)す。夾道(きょうどう)を穿ち過ぐるに、一座の草亭(そうてい=草の亭)有(あ)り。門を推(お)し開き、裡面(うち)へ入(い)り到(いた)れば、只(ただ)見よかの四壁(しへき)の上(うえ)に幾張(いくはり)かの強弓(きょうきゅう=強き弓)硬弩(こうど=硬き弩)を掛(か)け、幾壺(いくつぼ)かの箭(や)を插(さし)、過梁(かりょう=渡り梁)の上に両塊(ふたつ)の血腥(けっせい)の虎皮(こひ=虎の皮)を搭(か)け、墻根頭(しょうこんとう)に許多の槍刀(そうとう=槍と刀)叉棒(さぼう=叉と棒)を插(さ)し、正中間(しょうちゅうかん=真ん中)に両張(ふたつ)の坐器(ざき=座る具)を設く。伯欽(はくきん)三蔵に請うて坐坐(ざせ=座れ)す。三蔵(さんぞう)この般(よう)の凶険にして醃臢(あくさ)きを見(み)て、敢(あえ)て久(ひさ)しく坐せず、遂(つい)に草亭を出(い)づ。又後の方へ再(さら)に行けば、是(こ)れ一座(ひとつ)の大園子(だいえんし)にして、却(かえ)ってかの叢叢(そうそう)の菊蕊(きくずい)の黄(き)を堆(つ)み、樹樹(じゅじゅ=木ごと)の楓楊の赤(あか)を掛くるを看(み)て尽(つ)くすこと能(あた)わず。又(また)呼(ひゅう)の一声(ひとこえ)見(み)えて、十来隻(じゅうらいせき=十余頭)の肥鹿(ひろく)と、一大陣(ひとおおむれ)の黄獐(こうしょう)とが跑り出づるに、人(ひと)を見るも、呢呢痴痴(じじちち)として、更(さら)に恐懼(きょうく=恐れ)せず。三蔵(さんぞう)言う、「この獐鹿は想うに是れ太保(たいほ)が家(か)に養(やしな)い了りしものなるか」と。伯欽(はくきん)言う、「汝がかの長安城(ちょうあんじょう)中の人家(じんか=家々)の似(ごと)く、銭(ぜに)有(あ)る者(もの)は財宝(ざいほう=財宝)を集(あつ)め、荘(しょう=田荘)有(あ)る者(もの)は稲糧(とうりょう=穀物)を集聚(しゅうじゅう=積み集)むるが似く、我(われ)らこの猟(かり)を打(う)つ者(もの)は、只些(いささ)かの野獣(やじゅう)を聚(あつ)め養いて、天陰(てんいん)に備(そな)うるを得るのみ」と。かれ二箇説話し閑行(かんこう)するに、覚(おぼ)えず黄昏(たそがれ)となり、複前宅(ぜんたく=前の家)に転(てん)じて安歇(あんけつ)す。

次の早、かの合家(がっか=一家)の老小(ろうしょう)都(みな)起きて、就(すなわ)ち素斎(そさい)を整(ととの)えて長老(ちょうろう)を管待(かんたい)し、請(こ)うて開啟(かいけい=始め)て経を念(とな)えしむ。この長老手(て)を浄め、太保と同じく家堂(かどう=仏壇)の前(まえ)に香を拈(ひね)り、家堂を拝(おが)みて、三蔵(さんぞう)方めて木魚(もくぎょ)を敲き響(ひび)かせ、先ず浄口業(じょうくごう)の真言(しんごん)を念え、又(また)浄身心(じょうしんしん)の神呪(しんじゅ)を念(とな)え、然(しか)る後(のち)『度亡経(どぼうきょう)』一巻(ひとまき)を開(ひら)く。誦(じゅ)し畢(おわ)りて、伯欽(はくきん)又請(こ)うて薦亡疏(せんぼうそ)一道(ひとふみ)を写(うつ)さしめ、再た『金剛経(こんごうきょう)』『観音経(かんのんきょう)』を開(ひら)き念(とな)う。一一朗音(ろうおん)に高(たか)く誦す。誦(じゅ)し畢りて、午斎(ごさい)を食(くら)う。又(また)『法華経(ほけきょう)』『弥陀経(みだきょう)』を念(とな)え、各(おのおの)幾巻(いくまき)かを誦(じゅ)す。又(また)一巻(ひとまき)の『孔雀経(くじゃくきょう)』を念え、及(および)苾蒭(びっす=比丘)の洗業(せんごう)の故事(こじ=物語)を談(だん)ず。早に又(また)天(てん)晩(く)れて、種種(しゅじゅ)の香火(こうか)を献じ過(す)ぎ、衆神(しゅうしん)の紙馬(しば=紙の馬)を化(た)き、薦亡文疏(せんぼうぶんそ)を焼きて、仏事(ぶつじ=法事)已(すで)に畢(おわ)り、又各(おのおの)安寝(あんしん)。

却て説(い)う、かの伯欽が父親の霊(たま)、超薦(ちょうせん=供養)せられて沉淪(ちんりん)を脱(のが)るるを得(え)、鬼魂児(きこんじ=亡霊)早(はや)く東家(とうか=東の家)の宅内(たくない)に来り到(いた)り、一夢(ひとゆめ)を合宅(がくたく=一家)の長幼(ちょうよう=老若)に托(ことづ)けて言う、「我(われ)陰司(いんし=冥府)の裡(うち)に在(あ)りて苦難の脱れ難く、日(ひ)久しくして超生(ちょうしょう)するを得(え)ざりしに、今(いま)幸(さいわい)に聖僧(せいそう)を得(え)て、経巻(きょうかん=お経)を念(とな)えられ、我(わ)が罪業(ざいごう=罪)を消(け)されたり。閻王(えんおう)人(ひと)を差して我(われ)を送(おく)りて中華(ちゅうか)の富地(ふち)に上(のぼ)らせ、長者(ちょうじゃ)の人家へ托生(たくしょう)し去りぬ。汝(なんじ)ら可(よ)く生(よく)長老(ちょうろう)を謝(しゃ)し送(おく)れ、怠慢(たいまん)することを要(よう)せず、怠慢することを要せず。我去(さ)るなり」と。これこそ才に、
万法(まんぽう)荘厳(しょうごん=荘厳)端(はじめ)より意有り、亡(なきもの)を薦(すす)めて苦(くるしみ)を離(はな)れ沉淪を出(い)づ。
と。

かの合家の児(もの)、夢(ゆめ)醒(さ)むるに、又(また)早(はや)く太陽(たいよう)東(ひがし)に上る。伯欽(はくきん)の娘子(にょうし=妻)言う、「太保(たいほ)よ、我(われ)今夜(こんや)公公(こうこう)の家(いえ)へ来(きた)れるを夢に見(み)たり。かれ陰司に在(あ)りて苦難(くなん)脱(のが)れ難(がた)く、日(ひ)久(ひさ)しくして超生するを得ずと説(い)い、今幸に聖僧の経巻を念(とな)えて其の罪業を消されたるを得(え)、閻王人(ひと)を差(つかわ)してかれを送りて中華の富地に上(のぼ)らせ、長者の人家(じんか)へ托生し去(さ)らしむと。我(われ)らに教(おし)えて好(よ)く生かの長老(ちょうろう)を謝(しゃ)し、怠慢(たいまん)するを得(え)ずと。かれ説い罷(や)みて、径ちに門(もん)を出(い)で、徉徜(ようしょう)と去(さ)りぬ。我(われ)らかれを呼べども応(こた)えず、留(とど)めんとすれども住まらず、醒めて見(み)れば却(かえ)ってこれ一夢なり」と。伯欽(はくきん)言う、「我もまた是(こ)れ那等(かのよう=同じ)の夢(ゆめ)にして、汝(なんじ)と一般(おなじ=同じ)なり。我(われ)ら起ち去(ゆ)きて母親(はは)に対(むか)い説(い)い去かん」と。かれ両口子(ふたり=夫婦)正に去(ゆ)きて説(い)わんと欲するに、只(ただ)見よ老母の叫(よ)んで言う、「伯欽が孩児(わがこ)よ、汝(なんじ)来(きた)れ、我(われ)汝と説話(せつわ)せん」と。二人(ふたり)前(まえ)に至(いた)れば、老母(ろうぼ)床(とこ)の上(うえ)に坐(ざ)して言う、「児(わがこ)よ、我今夜一箇(ひとつ)の喜夢(きむ)を得(え)たり。汝(なんじ)が父親(ちち)の家(いえ)へ来れるを夢(ゆめ)に見て、多く長老の超度(ちょうど=供養)に虧(よ)りて、已(すで)に罪業(ざいごう)を消(け)され、中華(ちゅうか)の富地(ふち)に上(のぼ)り、長者(ちょうじゃ)の家へ托生(たくしょう)し去りたりと説(い)えり」と。夫妻(ふさい=夫婦)們(ら)俱に呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して言う、「我(われ)と媳婦と皆(みな)この夢有(あ)りて、正(まさ)に来(きた)りて告稟(こくひん=申し上)げんとせしに、期らずも母親の呼喚(こかん=お呼び)せるも、また是れこの夢(ゆめ)なり」と。

遂に一家(いっか)の大小(だいしょう=老若)を叫(よ)び起(お)こし、謝意(しゃい=礼)を安排し、かれに替(かわ)りて馬匹(ばひつ)を収拾し、都前に至(いた)りて拝謝(はいしゃ)して言う、「多謝(かたじけなし)長老(ちょうろう)よ、我(わ)が亡父(ぼうふ=亡き父)の難を脱(のが)れて超生(ちょうしょう)するを超薦し給えるは、報答(ほうとう=恩返し)し尽くすべからず!」と。三蔵言う、「貧僧(ひんそう)何の能(ちから)の処か有(あ)らん、敢えて致謝を労(ろう)せんや」と。伯欽(はくきん)三口児(みんな=三人)の夢話(むわ=夢の話)を把って、三蔵(さんぞう)に対(むか)い一遍(ひとわたり)を陳訴(ちんそ=語り述)ぶれば、三蔵(さんぞう)また喜ぶ。早(つと)に素斎を供給し、又(また)白銀(はくぎん=銀)一両(いちりょう)を具(そな)えて謝と為(な)す。三蔵(さんぞう)分文(ぶんもん=一文)も受(う)けず。一家の児又(また)懇懇(こんこん=切に)拝(おが)み央(たの)めど、三蔵畢竟(ひっきょう=ついに)分文も未(いま)だ受けず。但(ただ)言う、「是(こ)れ汝(なんじ)が肯(あ)えて慈悲を発(おこ)して我(われ)を一程(ひとみち)送(おく)らんとするに、足(た)るに至愛(しあい)を感(かん)ず」と。伯欽(はくきん)と母(はは)と妻(つま)と奈何(いかん)ともすべからず、急(いそ)ぎ些(いささ)かの粗麺(そめん)の焼餅(しょうへい=焼き餅)と乾糧(かんりょう=携帯食)とを做り、伯欽(はくきん)に遠(とお)くまで送(おく)らしむ。三蔵(さんぞう)歓喜(かんき)して収納(しゅうのう=受け取)る。太保(たいほ)母(はは)の命を領(うけたまわ)り、又二三人(にさんにん)の家僮を喚び、各捕猟(ほりょう=狩猟)の器械(きかい=道具)を帯(たい)し、同上(ともにおのおの)大路に上(のぼ)る。かの山中の野景(やけい)、嶺上(れいじょう)の風光(ふうこう=風景)を看(み)て尽(つ)くすこと能(あた)わず。

行(ゆ)き経ること半日、只(ただ)見よ真っ向(まとも)の処(ところ)に、一座(ひとつ)の大山(だいざん)有りて、真(まこと)にこれ高く青霄(せいしょう=青空)に接(せっ)し、崔巍(さいぎ=そびえ)として険峻(けんしゅん=けわし)。三蔵(さんぞう)一時ならずして、辺前に到れり。かの太保この山に登(のぼ)るに平地(へいち)を行(ゆ)くが如(ごと)し。正(まさ)に半山(はんざん)の中(うち)に走(ゆ)き到(いた)るに、伯欽身(み)を回らし、路下(みちした=道の下)に立(た)ちて言う、「長老(ちょうろう)よ、汝自(みずか)ら前進(ぜんしん)せよ、我(われ)却って告(もう)し回(かえ)らん」と。三蔵言(げん)を聞き、鞍(くら)を滚(ころが)して馬を下(お)りて言う、「千万(よろしく)敢(あ)えて太保(たいほ)を労して再(ま)た一程を送られよ!」と。伯欽(はくきん)言う、「長老(ちょうろう)知(し)らずや。この山(やま)は喚(よ)んで両界山(りょうかいざん)と做(な)す。東半辺(ひがしがわ)は我が大唐(だいとう)の管(つかさど)る所に属(ぞく)し、西半辺(にしがわ)は乃(すなわ)ちこれ韃靼(だったん=韃靼)の地界なり。那廂の狼虎(ろうこ)は、我(わ)が降(くだ)すに伏(ふく)せず、我も却(かえ)ってまた過界(かかい)ること能(あた)わず。汝(なんじ)自ら去(さ)れ」と。三蔵(さんぞう)心驚(おどろ)き、手を輸(ひら)き開(あ)けて、衣(ころも)を牽(ひ)き袂(たもと)を執(と)り、涙を滴(したた)らして分(わか)れ難(がた)し。正にかの叮嚀(ていねい)拝別(はいべつ)の際に在るに、只(ただ)山脚(さんきゃく=山の麓)の下より雷(いかずち)の如(ごと)く叫喊(きょうかん=叫ぶ)して、「我(わ)が師父(しふ=師)来(きた)れり!我が師父来(きた)れり!」と道(い)うを聴(き)き得たり。嚇かされて三蔵(さんぞう)痴呆(ちほう)とし、伯欽(はくきん)打掙(だそう=身構う)。

畢竟是(こ)れ甚人(なんぴと)の叫喊するを知(し)らず、且(しばら)くまた下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。