却って説(と)く、かの行者(ぎょうじゃ)、唐僧(とうそう)に伏侍(ふくじ=かしづき仕う)して西(にし)へ進(すす)み、行(ゆ)くこと数日(すうじつ)を経(ふ)るに、正(まさ)にこれ臘月(ろうげつ)の寒天(かんてん)、朔風(さくふう)凛凛(りんりん)として身に沁(し)み、滑凍(かっとう=凍てつく道)凌凌(りょうりょう)として歩(あゆみ)危(あや)うし。走(ゆ)くところは些かの懸崖(けんがい=そびゆる崖)峭壁(しょうへき=切り立つ壁)、崎嶇(きく)たる路(みち)、疊嶺(じょうれい=重なりし峰)層巒(そうらん)、険峻(けんしゅん)山(やま)なり。
三蔵(さんぞう)、馬上(ばじょう)に在(あ)りて、遥(はる)かに唿喇喇(こつらつらつ)たる水声(すいせい)の耳(みみ)を聒(かしま)しきを聞(き)き、頭を回(めぐ)らして叫(さけ)んで言う、「悟空(ごくう)、いずこの水(みず)か響(ひび)く」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我が憶(おぼ)うるに、この処(ところ)を名(な)づけて蛇盤山(じゃばんざん)の鷹愁澗(ようしゅうかん)と曰(い)う。想必(かなら)ずやかの澗(たに)の裡にて水の響くならん」と。説(いう)了(おわ)らざるに、馬(うま)すでに澗辺(かんぺん=澗のほとり)に到(いた)り、三蔵繮(たづな)を勒(ひ)き緊(し)めて観看(かんかん)す。ただ見(み)よ、
涓涓(けんけん=細々と流るる)たる寒脉(かんみゃく=冷たき流れ)は雲(くも)を穿(うが)ちて過(よ)ぎ、
湛湛(たんたん)たる清波(せいは)は日(ひ)に映(えい)じて紅(くれない)なり。
声(こえ)は夜雨(やう)を揺(ゆるが)して幽谷(ゆうこく)に聞(き)こえ、
彩(あや)は朝霞(ちょうか)を発(はな)ちて太空(たいくう)を眩(くら)ます。
千仞(せんじん)の浪(なみ)飛(と)んで碎玉(さいぎょく)を噴(ふ)き、
一泓(いっこう=一ひらの水)水(みず)響(ひび)きて清風(せいふう)を吼(ほ)う。
流(なが)れて万頃(ばんけい)の烟波(えんぱ=波のけむり)に帰(き)し去り、
鴎鷺(おうろ=かもめと鷺)相(あい)忘(わす)れて釣(つり)に逢(あ)うこと没(な)し。
と。
師徒(してい)二人、正(まさ)に然(しか)く看(み)る処(ところ)に、ただ見(み)よ、かの澗(たに)の當中(まなか)より一声(ひとこえ)響(ひび)きて、一條(ひとすじ)の龍(りゅう)の鑽(くぐ)り出づるあり、波(なみ)を推(お)し浪(なみ)を掀(あお)り、崖山(がいさん)を攛(と)び越(こ)えて出で、すなわち長老(ちょうろう)を搶(かどわ)かさんとす。慌(あわ)てたるかな行者(ぎょうじゃ)、行李(こうり)を投(なげう)ち、師父(しふ)を抱(いだ)きて馬(うま)より下(おろ)し、頭を回(めぐ)らしてすなわち走(に)ぐ。
かの龍(りゅう)、追(お)い着(つ)く能(あた)わざれば、かの白馬(はくば)を鞍轡(あんばい)ながら一口(ひとくち)に呑(の)み下(くだ)して肚(はら)の裡に収(おさ)め、依然(いぜん)として水(みず)に伏(ふ)して踪(あと)を潜(ひそ)めたり。行者(ぎょうじゃ)、師父(しふ)を送(おく)りてあの高阜(こうふ)の上に坐(ざ)せしめ、却って来(きた)りて馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)わんとせしに、ただ存(のこ)るは一担(ひとに)の行李(こうり)のみにして、馬匹(ばひつ)の見(み)えざるなり。
かれ行李(こうり)の担(たに)を将(も)ちて師父(しふ)の面前(めんぜん)に送(おく)り到(いた)りて言う、「師父、かの孽龍(げつりゅう)もまた踪(あと)を見(み)ず、ただ我が馬(うま)を驚(おどろ)かして走(に)がしつるのみ」と。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(としてい)や、いかにしてか馬を尋(たず)ね得(え)んずるか」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「放心(ほうしん=心を安んぜよ)せよ、放心せよ。我の往(ゆ)きて看(み)て来(こ)んを待(ま)て」と。
かれ一の唿哨(こっしょう)を打(う)ち、跳(と)びて空中(くうちゅう)に上(のぼ)る。火眼金睛(かがんきんせい=火の眼・金の瞳)、手(て)を用(もち)いて涼篷(りょうほう)を搭(かざ)し、四下(あたり)の裡を観看(かんかん)せど、さらに馬(うま)の踪迹(しょうせき)を見(み)ず。雲頭(うんとう=雲のいただき)を按(お)し下(おろ)して、報(ほう)じて言う、「師父(しふ)、我らが馬は断乎(だんこ)かの龍(りゅう)に食(くら)われつるなり。四下を何度(いくたび)も看(み)れども、再び見えず」と。
三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(としてい)や、かの厮(やつ)が能(よ)く幾許(いくばく)ほどの大(おお)いさの口(くち)か有りて、却ってあの匹(ひき)の大馬(たいば)を鞍轡(あんばい)ながら都(すべ)て食(くら)いたるか。想(おも)うにこれ驚張(きょうちょう)して繮(たづな)を溜(すべ)らせ、かの山凹(さんおう=山のくぼみ)の裡に走(に)げ入(い)りたるならん。汝再び仔細(つまびらか)に看(み)てみよ」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「汝また我が本事(ほんじ)を知(し)らざるなり。我がこの双眼(そうがん)、白日(びゃくじつ)には常(つね)に一千里(いっせんり)の路(みち)の吉凶(きっきょう)を看る。かの千里(せんり)の内(うち)なれば、蜻蜓児(せいていじ)の翅(つばさ)を展(の)べしとても、我またこれを見(み)る。いかでかかの匹の大馬(たいば)をば、我これを見ざらんや!」と。
三蔵(さんぞう)言う、「既(すで)にかれに食(くら)われなば、我いかにしてか前進(ぜんしん)せん!憐(あわ)れむべきかな!この千山万水(せんざんばんすい=幾千の山、幾万の水)を、いかにしてか走(ゆ)き得(え)ん!」と。話(はなし)を説(と)きつつ、涙(なみだ)雨(あめ)の如くに落(お)つ。
行者(ぎょうじゃ)、かれが哭(な)き将(い)たんとするを見(み)るや、かれいずくんぞよく暴燥(ぼうそう)に忍(しの)ぶを得(え)ん、声(こえ)を発(はっ)して喊(さけ)んで道(い)う、「師父(しふ)、この等(ごとき)の膿包形(のうほうけい=意気地なしの態)たる莫(な)かれ!汝坐(ざ)せよ!坐せよ!老孫(ろうそん)の往(ゆ)きてかの厮(やつ)を尋(たず)ね当(あ)て、かれをして我が馬匹(ばひつ)を還(かえ)さしめん!」と。
三蔵(さんぞう)、却って才(はじ)めて扯(ひ)き留(とど)めて言う、「徒弟(としてい)や、汝いずこへかれを尋(たず)ねに往(ゆ)く。ただ怕(おそ)らくはかれ暗地(あんち)より攛(と)び出で来(きた)りて、却ってまた我をも連(つ)れて害(そこな)わんずるかを。その時節(じせつ)人馬(じんば)両(ふた)ながら亡(ほろ)びなば、いかにしてか是(よから)ん!」と。
行者(ぎょうじゃ)この話(ことば)を聞(き)くや、いよいよ嗔怒(しんど)を加(くわ)え、すなわち叫喊(きょうかん)すること雷(かみなり)の如くにして道(い)う、「汝忒(はなは)だ不済(ふせい)なり!不済なり!また馬(うま)に騎(の)らんことを要(もと)め、また我の往(ゆ)くを放(はな)さず、この般(ごと)きにて行李(こうり)を看(み)て、坐(ざ)して老(お)いに到(いた)るのみならん!」と。
哏哏(ごんごん)と吆喝(ようかつ)し、正(まさ)に怒(いかり)を息(や)め難(がた)きに、ただ空中(くうちゅう)に人の言語(ごんご)有りて、叫(よ)んで道(い)うを聴(き)く、「孫大聖(そんたいせい)、悩(なや)む莫(な)かれ。唐御弟(とうぎょてい)、哭(な)くを休(や)めよ。我らはこれ観音菩薩(かんのんぼさつ)の差(つか)わし来(きた)れる一路(いちろ=道中の一路)の神祇(しんぎ)にして、特に来たりて暗(ひそ)かに取経(しゅきょう)の者(もの)を保(ほ)らんとす」と。かの長老(ちょうろう)、言(ことば)を聞(き)くや、慌(あわ)てて礼拝(らいはい)す。
行者(ぎょうじゃ)言う、「汝らは那幾箇(いずれの幾人)ぞ、名(な)を報(もう)し来(きた)れ、我好(よ)く点卯(てんぼう)せん」と。衆神(しゅうしん)言う、「我らはこれ六丁六甲(りくていりっこう)、五方掲諦(ごほうかいてい)、四値功曹(しちこうそう)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうがらん=仏法守護の伽藍神)、各各(おのおの)輪流(りんりゅう)して値日(ちじつ)し、聴候(ちょうこう)す」と。行者言う、「今日(こんにち)先(ま)ず誰(たれ)よりか起(おこ)る」と。衆掲諦(しゅうかいてい)言う、「丁甲(ていこう)・功曹(こうそう)・伽藍(がらん)は輪次(りんじ)に従(したが)う。我ら五方掲諦は、惟(ただ)金頭掲諦(きんとうかいてい)のみ昼夜(ちゅうや)左右(そうゆう)を離(はな)れず」と。
行者(ぎょうじゃ)言う、「既(すで)に此(かく)の如くんば、当値(とうち)ならざる者(もの)は且(しばら)く退(しりぞ)け、六丁神将(りくていしんしょう)と日値功曹(にっちこうそう)と衆(すべ)ての掲諦(かいてい)を留(とど)めおきて、我が師父(しふ)を保守(ほしゅ)せよ。老孫(ろうそん)のかの澗(たに)の中(うち)の孽龍(げつりゅう)を尋(たず)ね、かれをして我が馬(うま)を還(かえ)さしめんを待て」と。衆神(しゅうしん)、令(れい)に遵(したが)う。三蔵(さんぞう)才(ようや)く心(こころ)を放下(ほうか)し、石崖(せきがい)の上に坐(ざ)して、吩咐(いいつけ)て言う、「行者、仔細(つまびらか)にせよ」と。行者言う、「ただ管(ひたすら)に心を寛(ひろ)うせよ」と。
好(よ)き猴王(こうおう)かな、綿布直裰(めんぷじきとつ)を一(ひとたび)束(つか)ね締(し)め、虎皮裙(こひくん=虎皮の腰巻)を撩(まく)り上(あ)げ、金箍鉄棒(きんこてつぼう)を攥(にぎ)り、径(ただち)に澗壑(かんがく)に臨(のぞ)み、半雲半霧(はんうんはんむ)として、かの水面(すいめん)の上に在(あ)りて高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、「潑泥鰌(はつでいしゅう)、我が馬(うま)を還(かえ)せ!我が馬を還せ!」と。
却って説(と)く、かの龍(りゅう)、三蔵(さんぞう)の白馬(はくば)を食(くら)いて、かの澗底(かんてい)の中(なか)に伏(ふ)し、霊(れい)を潜(ひそ)め性(せい)を養(やしな)う。ただ人の叫(さけ)び罵(ののし)りて馬(うま)を索(もと)むるを聴(き)くあり、かれ心中(しんちゅう)の火(ひ)の発(ほとばし)るを按(おさ)え住(とど)むる能(あた)わず、急(きゅう)に身を縦(はな)ちて浪(なみ)を躍(おど)らせ波(なみ)を翻(ひるがえ)し、跳(と)び将(やが)て上(のぼ)り来(きた)りて道(い)う、「是(いず)れの箇(もの)か、敢(あえ)てこの処(ところ)に在(あ)りて海口(かいこう)して吾(われ)を傷(そこな)わんとする」と。行者(ぎょうじゃ)かれを見(み)るや、大(おおい)に一声(ひとこえ)咤(さけ)んで、「走(に)ぐるを休(や)めよ!我が馬を還(かえ)せ!」と。棍(こん)を輪(めぐ)らし、劈頭(へきとう)よりすなわち打(う)つ。かの龍、牙(きば)を張(は)り爪(つめ)を舞(ま)わして来り抓(つか)まんとす。かれ二人(ふたり)、澗辺(かんぺん)の前(まえ)に在りてのこの一場(ひとくさ)り的賭闘(ととう=勝負の戦い)、果(はた)して是(こ)れ驍雄(ぎょうゆう=雄々しき強者)なり。ただ見よ、かの
龍(りゅう)は利爪(りそう)を舒(の)べ、猴(さる)は金箍(きんこ)を挙(あ)ぐ。
那(か)の箇(もの)は鬚(ひげ)に白玉線(はくぎょくせん=白き玉の糸)を垂(た)れ、此(こ)の箇は眼(め)に赤金灯(せききんとう)を幌(ひらめ)かす。
那の箇(もの)は鬚下(しゅか)の明珠(めいしゅ)より彩霧(さいむ)を噴(ふ)き、此の箇は手中(しゅちゅう)の鉄棒(てつぼう)に狂風(きょうふう)を舞(ま)わす。
那の箇(もの)は是爺娘(やじょう)を迷(まよ)わす業子(ごっし)、此の箇は是天将(てんしょう)を欺(あざむ)く妖精(ようせい)なり。
かれ二人(ふたり)は都(みな)難(なん)を有(ゆう)して磨折(ましゃく)に遭(あ)うに因(よ)り、今(いま)功(こう)を成(な)さんと要(もと)めて各(おのおの)能(のう)を顕(あらわ)す。
と。
来来往往(らいらいおうおう=行きつ戻りつ)、戦(たたか)い罷(や)むること多時(たじ)、盤旋(ばんせん)すること良久(りょうきゅう)きに、かの龍(りゅう)、力(ちから)軟(よわ)く筋(すじ)麻(しび)れ、抵敵(ていてき)する能(あた)わず、一の転身(てんしん)を打(う)ちて、また水(みず)の内(うち)に攛(と)び入(い)り、深(ふか)く澗底(かんてい)に潜(ひそ)みて、再び頭を出(いだ)さず。猴王(こうおう)に罵詈(ばり)せらるること絶(た)えざれども、かれもただ耳(みみ)の聾(つんぼ)なるに推(お)し托(かこつ)るのみ。
行者(ぎょうじゃ)没及奈何(なすべきなし)にして、ただ得(え)ずして回(かえ)りて三蔵(さんぞう)を見(み)て言う、「師父(しふ)、この怪(かい)は老孫(ろうそん)に罵(ののし)り出(いだ)さるるや、かれ我と賭闘(ととう)すること多時(たじ)なるに、戦(いくさ)に怯(ひる)みて走(に)げ、ただ水(みず)の中間(なか)に隠(かく)れて、再び出で来(こ)ざるのみ」と。三蔵言う、「端的(たしか)にかれの我が馬(うま)を食(くら)いたるや否(いな)やを知(し)らず」と。行者言う、「汝の説(い)うところの話(ことば)を看(み)よ!かれの食いたるに非(あら)ざれば、かれあに肯(あえ)て出で来(きた)りて声(こえ)を招(よ)び、老孫と犯対(はんたい)せんや」と。
三蔵(さんぞう)言う、「汝前日(ぜんじつ)虎(とら)を打(う)ちし時(おり)、曾(かつ)て降龍伏虎(こうりゅうふくこ=龍を降し虎を伏す)の手段(しゅだん)有りと説(い)いしに、今日(こんにち)いかにしてかすなわちかれを降(くだ)す能(あた)わざる」と。元来(もと)かの猴子(こうし)は人の己(おのれ)を急(せき)立(た)つるを食(く)うを得(え)ざるなり。三蔵のこの一句(ひとく)をもてかれを搶白(そうはく)せしを見(み)るや、かれすなわち神威(しんい)を発(はっ)して道(い)う、「説う莫(な)かれ!説う莫かれ!我の、かれと再び一の上下(じょうげ)を見んを待て!」と。
この猴王(こうおう)、歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(あ)けて、跳(と)びて澗辺(かんぺん)に到(いた)り、かの翻江撹海(ほんこうこうかい=江を翻し海をかき回す)の神通(じんつう)を使(つか)い出(いだ)し、一條(ひとすじ)の鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)の徹底澄清(てっていちょうせい=底まで澄みきり)たる水(みず)を把(も)ちて、攪(か)き混(ま)ぜてかの九曲黄河(きゅうきょくこうが=九つの曲がりの黄河)の泛漲(はんちょう=漲り溢るる)の波(なみ)の似(ごと)くならしむ。
かの孽龍(げつりゅう)、深澗(しんかん)の中(うち)に在(あ)りて、坐(ざ)するも臥(ふ)するも寧(やす)からず、心中(しんちゅう)思(おも)い想(おも)うて道(い)う、「これこそ才(まさ)に是福(ふく)双(ふた)つながら降(くだ)らず、禍(わざわい)単(ひと)つにして行(ゆ)かず、なり。我才(いま)しがた天条(てんじょう)の死難(しなん=死刑の災い)を脱(だっ)せしが、一年(いちねん)に上(のぼ)らざるに、この処(ところ)に在りて縁(えん)に随(したが)ひ日(ひ)を度(わた)らしに、またこの般(ごとき)の箇(ひとり)の潑魔(はつま)に撞(ぶ)ち当(あ)たり、かれ来(きた)りて我を害(そこな)わんとす!」と。汝看(み)よ、かれ思えば思うほどいよいよ悩(なや)み、屈気(くっき)を受(う)くるに耐(た)えず、牙(きば)を咬(か)み締(し)めて、跳(と)び将(やが)て出で往(ゆ)きて、罵(ののし)って道う、「汝は那里(いずこ)より来れる潑魔(はつま)ぞ、この等(ほど)に我を欺(あざむ)くか」と。
行者(ぎょうじゃ)言う、「汝我の那里(いずこ)たると不那里(いずこにあらざる)とを管(かま)うる莫(な)かれ。汝ただ馬(うま)を還(かえ)さば、我すなわち汝の性命(せいめい)を饒(ゆる)さん!」と。かの龍(りゅう)言う、「汝が馬は我が呑(の)み下(くだ)して肚(はら)の裡に去りしもの、いかにしてか吐(は)き出(いだ)すことを得(え)ん!還さずんば、すなわち怎(いか)にせばよからんとするか」と。行者言う、「馬を還さざる時(とき)は、棍(こん)を看(み)よ!ただ打(う)ち殺(ころ)して、我が馬の性命(せいめい)に償(つぐの)わせて罷(や)めんのみ!」と。
かれ二人(ふたり)またかの山崖(さんがい)の下(もと)に在(あ)りて苦闘(くとう=苦しき戦い)す。闘(たたか)うこと数合(すうごう)ならずして、小龍(しょうりゅう)委実(いじつ)搪(こら)え難(がた)く、身を将(も)ちて一幌(ひとゆれ)し、変(へん)じて一條(ひとすじ)の水蛇児(すいじゃじ)と作(な)り、草科(そうか)の中(うち)に鑽(くぐ)り入(い)りて去れり。
猴王(こうおう)、棍(こん)を拿(と)り、趕(お)いつき前(まえ)に来(きた)り、草(くさ)を撥(かきわ)けて蛇(へび)を尋(たず)ぬれど、那里(いずこ)に些かの影響(えいきょう)を得(え)ん。急(せ)き込(こ)まれてかの三尸神(さんししん=体内の三つの神)咋(か)み叫(さけ)び、七竅(しちきょう)烟(けむり)を生(しょう)じ、一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を念(ねん)じ、すなわち当坊土地(とうぼうどじ=当地の土地神)・本処山神(ほんしょさんじん=当所の山神)を喚(よ)び出(いだ)せば、一斉(いっせい)に来りて跪(ひざまず)き下(くだ)りて道(い)う、「山神(さんじん)・土地(どじ)、来りて見(まみ)ゆ」と。
行者(ぎょうじゃ)言う、「孤拐(ここ)を伸(の)べ過(わた)せ、各(おのおの)五棍(ごこん)の見面(けんめん)の打(だ)を食(くら)いて、老孫(ろうそん)と心(こころ)を散(さん)じ散ぜよ!」と。二神(にしん)、頭を叩(たた)いて哀告(あいこく)して道(い)う、「願(ねが)わくは大聖(たいせい)の方便(ほうべん)を垂(た)れ、小神(しょうしん)をして訴告(そこく)するを容(ゆる)させよ」と。行者言う、「汝ら何(なに)をか説(い)わんとする」と。二神言う、「大聖は一向(このかた)久(ひさ)しく困(くるし)められ給(たま)いしが、小神いつの時(とき)か出で来(こ)らるるを知(し)らざりしかば、以(ゆえ)に曾(かつ)て接(むか)え得(え)ざりしなり。万(よろず)に恕罪(じょざい)を望(のぞ)まん」と。
行者(ぎょうじゃ)言う、「既(すで)に此(かく)の如くんば、我且(しばら)く汝を打(う)たず。我汝に問わん、鷹愁澗(ようしゅうかん)の裡には、是那方(いずかた)より来(きた)れる怪龍(かいりゅう)ぞ。かれいかにして我が師父(しふ)の白馬(はくば)を搶(うば)いて食(くら)いたるか」と。二神(にしん)言う、「大聖(たいせい)は自(もと)より来(き)て曾(かつ)て師父有らず、元来(もと)是箇(ひとり)の天(てん)に伏(ふ)せず地(ち)に伏せざる混元上真(こんげんじょうしん=根源の真仙)なりしに、いかにしてか何(なん)の師父の馬(うま)有ることを得(え)ん」と。
行者(ぎょうじゃ)言う、「汝らは是(こ)れまた知(し)らざるなり。我ただかの誑上(おうじょう)の勾当(こうとう)の為(ため)に、整(まった)くこの五百年(ごひゃくねん)の苦難(くなん)を受(う)けたり。今(いま)観音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)めたまうを蒙(こうむ)り、唐朝(とうちょう)の駕下(かか)の真僧(しんそう)をして我を救(すく)い出(いだ)さしめ、我に教(おし)えてかれに跟(したが)いて徒弟(としてい)と作(な)り、西天(さいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めしめたまえり。路(みち)この処(ところ)を過(よ)ぐるに因(よ)り、我が師父(しふ)の白馬(はくば)を失(うしな)えり」と。
二神(にしん)言う、「元来(もと)是(かく)の如きことなり。この澗(たに)の中(うち)自(もと)より来(き)て邪(よこしま)無く、ただ深(ふか)く陡(けわ)しく寛(ひろ)く闊(ひろ)く、水光(すいこう)徹底(てってい)澄清(ちょうせい=底まで澄む)たるのみ。鴉鵲(あじゃく)も敢(あえ)て飛(と)び過(よ)ぐること能(あた)わず。水(みず)清(きよ)くして自(おの)が形影(けいえい)を照(てら)し見(み)るに因(よ)り、すなわち認(みと)めて同群(どうぐん)の鳥(とり)と做(な)し、往往(おうおう)身を水の内(うち)に擲(なげう)ちて死(し)するが故(ゆえ)に、名(な)づけて『鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)』と曰(い)う。ただ向年(こうねん)の間(あいだ)、観音菩薩(かんのんぼさつ)、取経(しゅきょう)の人を尋訪(じんほう)る為(ため)に往(ゆ)かれしに因り、一條(ひとすじ)の玉龍(ぎょくりゅう)を救(すく)い、かれをこの処(ところ)に送(おく)りて、かの取経の人を等候(とうこう)し、非(ひ)を為(な)し歹(あし)きを作(な)すを許(ゆる)さざらしめたまえり。かれただ飢(う)えたる時(おり)に、岸(きし)に上(のぼ)り来(きた)りて些かの鳥鵲(ちょうじゃく)を撲(とら)えて食(くら)い、或(あるい)は些かの獐鹿(しょうろく=のろじかと鹿)を捉(とら)えて食用(しょくよう)するのみ。かれのいかにしてか無知(むち)にして、今日(こんにち)大聖(たいせい)を衝撞(しょうどう)たるかを知(し)らず」と。
行者(ぎょうじゃ)言う、「先(さき)の一(ひとたび)には、かれまた老孫(ろうそん)と侮手(ぶしゅ)して、盤旋(ばんせん)すること幾合(いくごう)かなりしが、後(のち)の一には、是老孫の叫(さけ)び罵(ののし)りしに、かれ再び出でず。此(ここ)を以(もっ)て一の翻江撹海(ほんこうこうかい=江を返し海をかき回す)の法児(ほうじ)を使(つか)いて、かれが澗水(かんすい)を攪(か)き混(ま)ぜしかば、かれすなわち攛(と)び将(やが)て上(のぼ)り来(きた)りて、なお争持(そうじ)せんと要(もと)めたり。老孫が棍(こん)の重(おも)きを知(し)らず、かれ遮架(しゃか)すること住(とど)まらず、すなわち変(へん)じて一條(ひとすじ)の水蛇(すいじゃ)と做(な)り、草(くさ)の裡に鑽(くぐ)り入(い)れり。我趕(お)いつき来りてかれを尋(たず)ぬれど、却って踪迹(しょうせき)無し」と。
土地(どじ)言う、「大聖(たいせい)知(し)りたまわず。この條(ひとすじ)の澗(たに)は千万(せんまん)の箇(ひとつ)の孔竅(こうきょう)の相(あい)通(つう)ずるが故(ゆえ)に、ここにこの波瀾(はらん)の深(ふか)く遠(とお)きなり。想(おも)うに是(ここ)にもまた一孔(いっこう)有りて、かれ鑽(くぐ)り将(やが)て下(くだ)り去りたるならん。また須(かなら)ずしも大聖の怒(いかり)を発(はっ)してこの処(ところ)に在(あ)りて找尋(そうじん)るに及(およ)ばず。この物(もの)を擒(とら)えんと要(もと)めなば、ただ請(こ)いて観世音(かんぜおん)を将(まね)き来(きた)らしめれば、自(おのず)から然(しか)く伏(ふく)せん」と。
行者(ぎょうじゃ)、説(いう)を見(み)るや、山神(さんじん)・土地(どじ)を喚(よ)び、同(とも)に来(きた)りて三蔵(さんぞう)に見(まみ)え、具(つぶさ)に前事(ぜんじ)を言(い)う。三蔵言う、「もし往(ゆ)きて菩薩(ぼさつ)を請(しょう)ぜば、幾時(いつ)の時(おり)に才(かえ)って回(めぐ)り来ることを得(え)ん。我が貧僧(ひんそう)の飢(うえ)と寒(かん)と、いかにしてか忍(しの)ばん!」と。説了(おわ)らざるに、ただ暗空(あんくう=目に見えぬ空)の裡に金頭掲諦(きんとうかいてい)の有りて、叫(よ)んで道(い)うを聴(き)く、「大聖(たいせい)、汝身を動(うご)かすを須(もち)いず、小神(しょうしん)往きて菩薩を請じ来らん」と。行者大(おおい)に喜(よろこ)び、一声(ひとこえ)「有累(ゆうるい)、有累!快(はや)く行(ゆ)け、快く行け!」と道う。かの掲諦(かいてい)急(きゅう)に雲頭(うんとう)を縦(はな)ち、径(ただち)に南海(なんかい)に上(のぼ)る。行者山神・土地に吩咐(いいつけ)て師父(しふ)を守護(しゅご)しめ、日値功曹(にっちこうそう)には往きて斎供(さいく)を尋(たず)ねしめ、かれまた澗辺(かんぺん)に往きて巡繞(じゅんにょう)す。ここれ語(かた)らず。
却って説(と)く、金頭掲諦(きんとうかいてい)、一(ひとたび)雲(くも)に駕(が)すれば、早(はや)くも南海(なんかい)に到(いた)れり。祥光(しょうこう)を按(おろ)し下(おろ)し、直(ただち)に落伽山(らくかさん)の紫竹林(しちくりん=紫の竹の林)の裡に至(いた)り、かの金甲諸天(きんこうしょてん=金の鎧の諸天)と木叉恵岸(もくしゃえがん)とに托(たの)みて転達(てんだつ)せしめ、得(よ)く菩薩(ぼさつ)に見(まみ)ゆ。菩薩道(い)う、「汝来(きた)りて何(なん)の干(かかわり)ぞ」と。掲諦(かいてい)道う、「唐僧(とうそう)蛇盤山(じゃばんざん)の鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)に在(あ)りて馬(うま)を失(うしな)い、急(せ)き込(こ)まりて孫大聖(そんたいせい)をして進退(しんたい)両(ふた)ながら難(かた)からしむ。及び本処(ほんしょ)の土神(どじん)に問えど、これ菩薩の彼処(あそこ)に送(おく)り在(お)かれし孽龍(げつりゅう)の呑(の)みたりしならんと申(もう)すのみ。かの大聖(たいせい)小神(しょうしん)をして来りて告(もう)し請(こ)わしめ、菩薩の降(くだ)り往(ゆ)きてこの孽龍を降し、かれに馬匹(ばひつ)を還(かえ)さしめんことを請う」と。
菩薩(ぼさつ)言(ことば)を聞(き)きて道(い)う、「この厮(やつ)は本(もと)是西海(せいかい)の敖閏(ごうじゅん)の子(こ)なり。かれ殿上(でんじょう)の明珠(めいしゅ)を縦火(じゅうか)して焼(や)きたるが為(ため)に、かれが父(ちち)かれを忤逆(むげき)と告(つ)げしかば、天庭(てんてい)の上に死罪(しざい)を犯(おか)せしを、是我親(みずか)ら玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えて、かれを討(こう)て下(くだ)し、かれをして唐僧(とうそう)と為(な)りて一の脚力(きゃくりき=乗り物、足)と做(な)らしめたまえり。かれいかにしてか反(かえ)って唐僧の馬(うま)を食(くら)いたるか。この等(よう)に説(い)わば、我の往(ゆ)きて来(こ)んを待(ま)て」と。
かの菩薩(ぼさつ)蓮台(れんだい)を降(くだ)り、径(ただち)に仙洞(せんどう=仙人の洞窟)を離(はな)れ、掲諦(かいてい)と祥光(しょうこう)に駕(が)して、南海(なんかい)を過(よ)ぎて来(きた)る。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、
仏(ほとけ)蜜多(みった)三蔵経(さんぞうきょう)を説(と)き、
菩薩(ぼさつ)善(ぜん)を揚(あ)げて長城(ちょうじょう)に満(み)つ。
摩訶(まか)の妙語(みょうご=妙なる語)は天地(てんち)に通(つう)じ、
般若(はんにゃ)の真言(しんごん)は鬼霊(きれい)を救(すく)う。
金蝉(きんせん=金色の蝉)をして重(かさ)ねて殻(から)を脱(だっ)せしめ、
故(ゆえ)に玄奘(げんじょう)をして再び修行(しゅぎょう)せしむ。
ただ路(みち)の鷹愁澗(ようしゅうかん)に阻(はば)まれしに因(よ)り、
龍子(りゅうし)真(しん)に帰(き)して馬形(ばぎょう)と化(け)す。
と。
かの菩薩(ぼさつ)と掲諦(かいてい)、多時(たじ=しばらく)ならずして、蛇盤山(じゃばんざん)に到(いた)る。却ってかの半空(はんくう=空の中程)の裡に祥雲(しょううん)を留住(りゅうちゅう)め、頭を低(た)れて観看(かんかん)せば、ただ見(み)よ、孫行者(そんぎょうじゃ)正(まさ)に澗辺(かんぺん)に在(あ)りて叫(さけ)び罵(ののし)る。菩薩掲諦をしてかれを喚(よ)び来(こ)しむ。かの掲諦雲頭(うんとう)を按(お)し下(おろ)し、三蔵(さんぞう)を経由(けいゆ=経めぐる)せず、直(ただち)に澗辺に至(いた)り、行者(ぎょうじゃ)に向(むか)いて道(い)う、「菩薩来(きた)りたまえり」と。行者これを聞(き)くや、急(きゅう)に雲(くも)を縦(はな)ちて空中(くうちゅう)に跳(と)び到り、かれに向いて大(おおい)に叫んで道う、「汝この箇(ひとり)の七仏之師(しちぶつのし=七仏の師)、慈悲(じひ)の教主(きょうしゅ)よ!汝いかにしてか方(ほう)を生(しょう)じ法(ほう)を生じて我を害(そこな)うか!」と。
菩薩(ぼさつ)道(い)う、「我この汝が箇(やつ)を把(とら)えん、大胆(だいたん)の馬流(ばりゅう)、村愚(そんぐ=野鄙の愚者)の赤尻(せきこう)め!我却って再三(さいさん)意(い)を尽(つく)し、箇(ひとり)の取経(しゅきょう)の人を度(わた)し得(え)て来(きた)り、叮嚀(ていねい)にかれに教(おし)えて汝の性命(せいめい)を救(すく)わしめたるに、汝いかにしてか来りて我が活命(かつめい=命を活かす)の恩(おん)を謝(しゃ)せず、反(かえ)って来りて我と嚷鬧(じょうどう=言い争う)する」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝我を弄(もてあそ)ぶこと好(よ)きかな!汝既(すで)に我を放(はな)ち出(いだ)さば、我をして逍遙自在(しょうようじざい=気ままに自由)に耍子(あそ)ばしめよかし。汝前日(ぜんじつ)海上(かいじょう)に在(あ)りて我を迎(むか)えしに、我を傷(そこな)うこと幾句(いくく)かなりしが、我に来(きた)らしめて心(こころ)を尽(つく)し力(ちから)を竭(つく)し、唐僧(とうそう)に伏侍(ふくじ)わしめて罷(や)めばよかりしに、汝いかにしてかかれに一頂(ひとつ)の花帽(かぼう)を送(おく)り、我を哄(たぶらか)して頭の上に戴(いただ)かしめて苦(くるしみ)を受(う)けしむる。この箇(ひとつ)の箍子(こじ)をして老孫(ろうそん)が頭(あたま)の上に長(とど)まらしめ、またかれに教(おし)えて一巻(ひとまき)の什(なん)の『緊箍児呪(きんこじゅ=箍を締める呪)』と曰(い)うものを念(ねん)ぜしめ、かの老和尚(ろうおしょう=年寄りの僧)をして念(とな)えてはまた念えしめ、我をしてこの頭疼(いた)むことしてまた疼ましむる。これ汝の我を害(そこな)うに非(あら)ざるか」と。
菩薩(ぼさつ)笑(わら)って道(い)う、「汝この猴子(こうし)め!汝教令(きょうれい=教えの掟)に遵(したが)わず、正果(しょうか=正しき悟り)を受(う)けず、もし此(かく)の如く汝を拘系(こうけい=縛り繋ぐ)せざれば、汝また誑上欺天(おうじょうぎてん=上を欺き天を侮る)して、甚(なん)の好歹(こうたい=善し悪し)をか知(し)らん!再び従前(じゅうぜん)の如く禍(わざわい)を撞(ひ)き出(いだ)さんに、誰(たれ)か有りてか収管(しゅうかん=取り鎮め)せん。須(かなら)ず是(こ)の箇(ひとつ)の魔頭(まとう=箍の苦しみ)を得(え)てこそ、汝才(はじ)めて肯(あえ)て我が瑜伽(ゆが)の門路(もんろ=門への道)に入(い)るべけれ!」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「この樁(ひとこと)の事(こと)は、作(ことさら)に我が魔頭(まとう=苦しみの種)と做(な)れるは罷(さ)らくとして、汝いかにしてか又(また)かの罪(つみ)有る孽龍(げつりゅう)を把(と)りて、この処(ところ)に送(おく)りて精(せい)と成(な)らしめ、かれをして我が師父(しふ)の馬匹(ばひつ)を食(くら)わしめたるか。これまた歹人(あくにん=悪しき者)を縦(ほしいまま)に放(はな)ちて悪(あく)を為(な)さしむるもの、太(はなはだ)不善(ふぜん)なるかな!」と。
菩薩(ぼさつ)道(い)う、「かの條(ひとき)の龍(りゅう)は、是我親(みずか)ら玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)し、かれを討(こう)てこの処(ところ)に在(お)かしめ、専(もっぱ)ら求経(ぐきょう=経を求むる)の人の為(ため)に一の脚力(きゃくりき)と做(な)らしめたるなり。汝想(おも)え、かの東土(とうど)より来(きた)れる凡馬(ぼんば=凡なる馬)、いかにしてかこの万水千山(ばんすいせんざん=幾万の水、幾千の山)を歴(へ)ることを得(え)ん。いかにしてかかの霊山仏地(りょうざんぶっち=霊山の仏の地)に到(いた)ることを得ん。須(かなら)ず是(こ)の箇(ひとつ)の龍馬(りゅうば)を得てこそ、方(はじ)めて去(ゆ)くことを得ん」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「かれがこの般(ごと)く老孫(ろうそん)を懼(おそ)れて、潜(ひそ)み隠(かく)れて出でざるが如きは、これを奈何(いかん)せん」と。菩薩(ぼさつ)掲諦(かいてい)を呼(よ)んで道う、「汝澗辺(かんぺん)に往(ゆ)きて一声(ひとこえ)『敖閏龍王(ごうじゅんりゅうおう)の玉龍三太子(ぎょくりゅうさんたいし)よ、汝出で来(こ)よ、南海(なんかい)の菩薩この処(ところ)に在(いま)す』と叫(よ)ばば、かれすなわち出で来ん」と。かの掲諦果(はた)して澗辺に往きて両遍(ふたたび)叫べり。かの小龍(しょうりゅう)波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を跳(おど)らせ、水(みず)を跳(と)び出で来(きた)り、変(へん)じて一箇(ひとり)の人の像(すがた)と作(な)り、雲頭(うんとう)を踏(ふ)んで、空中(くうちゅう)に到(いた)りて菩薩に向(むか)いて礼拝(らいはい)して道う、「向(さき)に菩薩の解脱(げだつ=縛を解く)活命(かつめい=命を活かす)の恩(おん)を蒙(こうむ)り、この処に在(あ)りて久(ひさ)しく等(ま)てども、さらに取経(しゅきょう)の人の音信(おとずれ)を聞(き)かず」と。
菩薩(ぼさつ)行者(ぎょうじゃ)を指(さ)して道(い)う、「これ取経(しゅきょう)の人の大徒弟(だいとしてい=一番弟子)に非(あら)ざるか」と。小龍(しょうりゅう)これを見(み)て道う、「菩薩、これ我が対頭(たいとう)にして、我昨日(きのう)腹中(ふくちゅう=腹のうち)飢餒(きだい)えて、果(はた)してかれが馬匹(ばひつ)を食(くら)えり。かれ些かの力量(りきりょう)有るを倚(たの)みて、我をして闘(たたか)いて力(ちから)怯(よわ)くして回(めぐ)らしめ、また我を罵(ののし)りて門(もん)を閉(と)じて敢(あえ)て出でざらしめたり。かれさらに曾(かつ)て一の『取経』の字様(じざま)をも提(ひっさ)げたること無し」と。行者道う、「汝また曾て我に姓(せい)は甚(なん)ぞ名(な)は誰(たれ)ぞと問わざりしに、我いかにしてかすなわち説(い)わん」と。
小龍(しょうりゅう)道(い)う、「我曾(かつ)て汝に那里(いずこ)より来(きた)れる潑魔(はつま)ぞと問わざりしに、汝嚷(わめ)いて道えらく、『什(なん)の那里たると不那里(いずこにあらざる)とを管(かま)わん!ただ我が馬(うま)を還(かえ)せ!』と。いずくんぞ曾て半箇(ひとつ)の『唐(とう)』の字(じ)をも説(い)い出(いだ)せるか」と。
菩薩(ぼさつ)道(い)う、「かの猴頭(こうとう)は専(もっぱ)ら自(みずか)らの強(つよ)きを倚(たの)み、いずくんぞ肯(あえ)て他人(たにん)を称讃(しょうさん=誉め称える)せん。今番(こんばん=このたび)前(さき)へ去(ゆ)かんに、なお帰順(きじゅん=従い順う)の者有るべし。もし問う時(おり)は、先(ま)ず『取経(しゅきょう)』の字(じ)を提(ひっさ)げ起(おこ)さば、却って心(こころ)を労(ろう)するを用(もち)いず、自(おのず)から拱伏(きょうふく=手を拱きて伏す)せん」と。
行者(ぎょうじゃ)喜(よろこ)んで教(おしえ)を領(りょう)す。菩薩(ぼさつ)上前(すす)み出で、かの小龍(しょうりゅう)の項下(こうか)の明珠(めいしゅ)を摘(つま)み取(と)り、楊柳枝(ようりゅうし)を将(も)ちて甘露(かんろ)を蘸(ひた)し出(いだ)し、かれが身の上に向(むか)いて一(ひとたび)拂(はら)い、一口(ひとくち)の仙気(せんき=仙人の気)を吹(ふ)きかけ、一声(ひとこえ)喝(さけ)んで「変(へん)ぜよ!」と叫(い)えば、かの龍(りゅう)すなわち変じてかれが原来(もと)の馬匹(ばひつ)の毛片(もうへん)と做(な)れり。また言語(ごんご)を将ちて吩咐(いいつけ)て道(い)う、「汝須(かなら)ず心(こころ)を用(もち)いて業障(ごっしょう=業の障り)を了(おわ)らしめよ。功(こう)成(な)らん後のち、凡龍(ぼんりゅう=凡なる龍)を超越(ちょうえつ=超え越え)して、汝に一の金身正果(こんしんしょうか=黄金の身の正しき果)を還(かえ)さん」と。かの小龍口(くち)に横骨(おうこつ)を啣(ふく)み、心心(しんしん=心の底より)領諾(りょうだく)す。
菩薩(ぼさつ)悟空(ごくう)に教(おし)えてかれを領(ひき)いて往(ゆ)きて三蔵(さんぞう)に見(まみ)えしめんとす。「我海上(かいじょう)に回(かえ)らんとす」と。行者(ぎょうじゃ)菩薩を扯(ひ)き住(とど)めて放(はな)たずして道(い)う、「我往かず!我往かず!西方(さいほう)の路(みち)この等(ごと)く崎嶇(きく)にして、この箇(ひとり)の凡僧(ぼんそう=凡なる僧)を保(ほ)らんに、幾時(いつ)の時(おり)にか到(いた)ることを得(え)ん。この般(ごと)く磨(ま)多く折(おれ)多(おお)ければ、老孫(ろうそん)が性命(せいめい)もまた全(まった)からんこと難(かた)し、いかにしてか什(なん)の功果(こうか=功徳の実)をか成(な)すことを得ん!我往かず!我往かず!」と。
菩薩(ぼさつ)道(い)う、「汝当年(とうねん)未(いま)だ人道(じんどう)と成(な)らざりしに、且(かつ)肯(あえ)て心(こころ)を尽(つく)して修悟(しゅうご=修行悟道)せしに、汝今日(こんにち)天災(てんさい=天の災い)を脱(だっ)して、いかにしてか却って懶惰(らんだ)を生(しょう)ぜんか。我が門中(もんちゅう)には寂滅(じゃくめつ=涅槃寂静)を以(もっ)て真(しん)と成すを、須(かなら)ず是(こ)れ信心(しんじん)の正果(しょうが=正しき果)を要(よう)す。もし仮(たと)いかの身を傷(そこな)い苦(くるしみ)に磨(みが)かるるの処(ところ)に到(いた)らば、我汝に許(ゆる)さん、天(てん)を叫(よ)べば天応(こた)え、地(ち)を叫べば地霊(たま)あらんと。十分(じゅうぶん)にまたかの脱(のが)れ難(がた)きの際(きわ)に到らば、我もまた親(みずか)ら来(きた)りて汝を救(すく)わん。汝過(わた)り来(こ)よ、我再(また)汝に一般(ひとかど)の本事(ほんじ)を贈(おく)らん」と。
菩薩(ぼさつ)楊柳葉児(ようりゅうようじ)を将(も)ちて、三箇(みつ)摘(つ)み下(くだ)し、行者(ぎょうじゃ)の脳後(のうご)に放(お)きおき、一声(ひとこえ)喝(さけ)んで「変(へん)ぜよ!」と叫(い)えば、すなわち変じて三根(みつ)の救命(きゅうめい=命を救う)の毫毛(ごうもう)と做(な)り、かれに教(おし)えて道(い)う、「もしその済(すくい)無く主(あるじ)無きの時節(じせつ)に到(いた)らば、以(もち)て機(き)に随(したが)い変に応(こた)え、汝が急苦(きゅうく=切迫した苦しみ)の災(わざわい)を救(すく)うを得(え)ん」と。行者この許多(あまた)の好言(こうげん=好意的な言葉)を聞(き)くに及(およ)んで、才(ようや)く大慈大悲(だいじだいひ=大いなる慈悲)の菩薩に謝(しゃ)したてまつる。かの菩薩香風(こうふう=香しき風)繞繞(じょうじょう)として、彩霧(さいむ)飄飄(ひょうひょう)として、径(ただち)に普陀(ふだ)に転(てん)じて去れり。
この行者(ぎょうじゃ)才(ようや)く雲頭(うんとう)を按(お)し下(おろ)し、かの白龍馬(はくりゅうば)の頂鬃(ちょうそう=首のたてがみ)を揪(ひっつか)み、来(きた)りて三蔵(さんぞう)に見(まみ)えて道(い)う、「師父(しふ)、馬(うま)有りしなり」と。三蔵一目見(ひとめみ)るや大(おおい)に喜(よろこ)んで道う、「徒弟(としてい)よ、この馬いかにしてか前(さき)より反(かえ)って肥盛(ひせい=ふとり栄え)たるか。何処(いずこ)に在(あ)りてか尋(たず)ね着(あ)てし」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)、汝なお夢(ゆめ)を見(み)るか!却って才(いま)しがた金頭掲諦(きんとうかいてい)の菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じ来(きた)り、かの澗(たに)の裡の龍(りゅう)を把(と)りて化(け)して我らが白馬(はくば)と作(な)せり。その毛片(もうへん)相同(あいおなじ)けれど、ただ鞍轡(あんばい)を少(か)くのみ、老孫(ろうそん)の揪(ひ)き将(つ)れて来れるなり」と。
三蔵(さんぞう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)う、「菩薩(ぼさつ)何処(いずこ)にか在(いま)す。我の往(ゆ)きて拝謝(はいしゃ=拝み謝す)するを待て」と。行者(ぎょうじゃ)道う、「菩薩はこの時(とき)すでに南海(なんかい)に到(いた)りたまえり、いまは煩(わずらわ)しからせたまわじ」と。三蔵すなわち土(つち)を撮(つま)みて香(こう)を焚(た)き、南(みなみ)を望(のぞ)んで礼拝(らいはい)す。拝(おが)み罷(や)みて、身を起(おこ)しすなわち行者と收拾(しゅうしゅう)して前進(ぜんしん)す。行者山神(さんじん)・土地(どじ)を喝(しか)り退(しりぞ)け、掲諦(かいてい)・功曹(こうそう)に吩咐(いいつけ)し、却って師父(しふ)を請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしむ。
三蔵(さんぞう)道(い)う、「かの鞍轡(あんばい)無き馬(うま)、いかにしてか騎(の)るを得(え)ん。且(しばら)く船(ふね)を尋(たず)ねて澗(たに)を渡(わた)り過(よ)ぐるを待(ま)ちて、再(また)処置(しょち)をなさん」と。行者(ぎょうじゃ)道う、「この師父(しふ)は好(いか)にも時務(じむ=時の事情)を知(し)らざるかな!この曠野(こうや)の山中(さんちゅう)に、船いずこよりか来(きた)らん。この匹(ひき)の馬、かれこの処(ところ)に久(ひさ)しく住(じゅう)するが故(ゆえ)に、必(かなら)ず水勢(すいせい=水の勢い)を知れり。すなわちかれに騎りて一の船児(ふね)と做(な)して過ぎ去らんのみ」と。三蔵無奈(なすべきなく)、ただ言(ことば)に依(よ)るを得、剗馬(せんば)に跨(またが)る。行者行嚢(こうのう)を挑(にな)う。澗辺(かんぺん)に到(いた)れり。
ただ見(み)よ、かの上流(じょうりゅう)の頭(ほとり)に、一箇(ひとり)の漁翁(ぎょおう)有りて、一の枯木(こぼく)の筏子(ばっし)を撑(さ)して、流(ながれ)に順(したが)いて下(くだ)る。行者(ぎょうじゃ)これを見るや、手(て)を用(もち)いて招(まね)き呼(よ)んで道(い)う、「かの老漁(ろうぎょ)、汝来(こ)よ、汝来よ。我は是東土(とうど)より経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)く者(もの)なり。我が師父(しふ)この処(ところ)に到(いた)りて過(わた)り難(がた)し、汝来(きた)りてかれを一(ひとたび)渡(わた)せよ」と。漁翁(ぎょおう)言(ことば)を聞(き)くや、すなわち忙(いそ)ぎて撑し攏(よ)せたり。行者師父を請(しょう)じて馬(うま)を下(お)りしめ、左右(そうゆう)を扶持(ふじ=助け支う)。三蔵(さんぞう)筏子(いかだ)の上に上(のぼ)り、馬匹(ばひつ)を揪(ひ)き上(あ)げ、行李(こうり)を安(やすん)ず。
かの老漁(ろうぎょ)筏子(いかだ)を撑(さ)し開(あ)ければ、風(かぜ)の如く箭(や)に似(に)て、覚(おぼ)えずして鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)を過(よ)ぎ、西岸(せいがん)に上(のぼ)れり。三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)に教(おし)えて包袱(ほうふ)を解(と)き開けさしめ、大唐(だいとう)の幾文(いくもん)かの銭鈔(せんしょう)を取出(とりだ)して、老漁に送(おく)らしむ。老漁筏子を一篙(ひとさお)もて撑し開けて道(い)う、「銭(ぜに)を要(い)らず、銭を要らず」と。中流(ちゅうりゅう)に向(むか)いて渺渺茫茫(びょうびょうもうもう=はるか広々)として去れり。
三蔵(さんぞう)甚(はなはだ)心(こころ)に過(す)ぎず、ただ管(ひたすら)に掌(て)を合(あ)わせて称謝(しょうしゃ=礼を述ぶ)。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)意(こころ)を致(つく)すを休(や)めよ。汝かれを認(みと)めざるか。かれは是この澗(たに)の裡の水神(すいじん)なり。曾(かつ)て我が老孫(ろうそん)を接(むか)えに来(きた)らざりしかば、老孫なおかれを打(う)たんとす。ただ如今(いま)打(だ)を免(まぬ)かれしめたるが已(すで)に分際(ぶんざい)に過ぐるにより、いずくんぞ敢(あえ)て銭(ぜに)を要(もと)めん!」と。かの師父もまた信(しん)ずるが如く信ぜざるが如く、ただ得(え)ずまた剗馬(せんば)に跨(またが)り、行者に随(したが)いて、径(ただち)に大路(たいろ)に投(とう)じ、西(にし)を奔(はし)って去る。
これ正(まさ)に是、
広大(こうだい)の真如(しんにょ=真実そのもの)彼岸(ひがん=向こう岸)に登(のぼ)り、
誠心(せいしん)性(しょう)を了(りょう)して霊山(りょうざん)に上(のぼ)る。
と。師(し)に同(どう)じて前進(ぜんしん)するに、覚(おぼ)えずして紅日(こうじつ)西(にし)に沈(しず)み、天光(てんこう)漸(ようや)く晩(くれ)なんとす。ただ見(み)よ、
淡雲(たんうん)撩乱(りょうらん)として、山月(さんげつ)昏蒙(こんもう=かすかなり)。
満天(まんてん)の霜色(そうしょく)寒(かん)を生(しょう)じ、四面(しめん)の風声(ふうせい)体(たい)に透(とお)る。
孤鳥(ことり)去る時(おり)蒼渚(そうしょ)闊(ひろ)く、落霞(らくか=落つる霞)の明(あきらか)なる処(ところ)遠山(えんざん)低(ひく)し。
疏林(そりん)千樹(せんじゅ)吼(ほ)え、空嶺(くうれい=空しき嶺)独猿(どくえん)啼(な)く。
長途(ちょうと)行人(ぎょうじん)の迹(あと)を見(み)ず、万里(ばんり)の帰舟(きしゅう)夜(よる)に入(い)る時(おり)。
と。
三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に在(あ)りて遥(はる)かに観(みわた)せば、忽然(たちまち)路旁(ろぼう=道のほとり)に一座(ひとつ)の荘院(そういん)の見(み)ゆ。三蔵道(い)う、「悟空(ごくう)、前面(ぜんめん)の人家(じんか)に、以(もち)て宿(やど)を借(か)るべくんば、明早(みょうそう=明日の朝)また行(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)頭を抬(あ)げて看(み)て道う、「師父(しふ)、人家(じんか)の荘院(そういん)に非(あら)ず」と。三蔵道う、「いかにしてか非ざる」と。行者道う、「人家の荘院なれば、却って飛魚穏獣(ひぎょおんじゅう=甍の飾り)の脊(せ)無きこと無し。これは断(きっ)と是一の廟宇庵院(びょううあんいん)ならん」と。
師徒(してい)ら話(はなし)を説(と)きつつ、早(はや)くも門首(もんしゅ)に到(いた)れり。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)りるに、ただ見(み)よ、かの門(もん)の上に三箇(みつ)の大字(だいじ)有りて、すなわち「里社祠(りしゃし)」と。遂(つい)に門の裡に入(い)る。かの裡の辺(ほとり)に一箇(ひとり)の老者(ろうじゃ)有りて、頂(いただき)に数珠児(じゅず)を掛(か)け、掌(て)を合(あ)わせて来(きた)り迎(むか)え、一声(ひとこえ)「師父(しふ)、請(こ)う坐(ざ)せ」と叫(よ)ぶ。三蔵慌(あわ)てて礼(れい)に答(こた)え、殿(でん)に上(のぼ)りて聖象(せいぞう=神の御像)を参拝(さんぱい)し了(おわ)る。かの老者すなわち童子(どうじ)を呼(よ)んで茶(ちゃ)を献(けん)ぜしむ。茶罷(や)みて、三蔵老者に問うて道(い)う、「この廟(やしろ)いかにしてか『里社(りしゃ)』と為(い)う」と。
老者(ろうじゃ)道(い)う、「敝処(へいしょ=鄙びし地)は乃(すなわ)ち西番(せいばん)の哈咇国(はひつこく)の界(さかい)なり。この廟(やしろ)の後(うしろ)に一荘(ひとむら)の人家(じんか)有りて、共(とも)に虔心(けんしん=篤き信心)を発(おこ)し、この廟宇(びょうう)を立(た)てたり。里(り)とは、乃ち一郷(ひとむら)の里地(りち)を言(い)い、社(しゃ)とは、乃ち一社(ひとむら)の土神(どじん=土地の神)を言う。毎(つね)に春耕(しゅんこう=春の耕し)・夏耘(かうん=夏の草取り)・秋収(しゅうしゅう=秋の取り入れ)・冬蔵(とうぞう=冬の蔵め)の日(ひ)に遇(あ)うごとに、各(おのおの)三牲(さんせい=牛・羊・豚の供物)と花果(かか=花と果物)とを弁(ととの)え、この処(ところ)に来(きた)りて社を祭(まつ)り、以(もっ)て四時(しじ)の清吉(せいきち=清く安らか)なると、五穀豊登(ごこくほうとう=五穀の豊かな実り)と、六畜(りくちく)の茂盛(もせい=栄え茂る)とを保(ほ)せんとすればなり」と。
三蔵(さんぞう)言(ことば)を聞(き)き、頭を点(うなず)かせて誇賛(こさん=褒め称え)して道(い)う、「正(まさ)に是、『家(いえ)を離(はな)るること三里(さんり)遠(とお)ければ、別(べつ)に是一郷(ひとむら)の風(ふう)あり』と。我が那(あ)の里(さと)の人家(じんか)には、さらにこの善(ぜん)無し」と。老者(ろうじゃ)却って問う、「師父(しふ)が仙郷(せんきょう)は是何処(いずこ)ぞ」と。
三蔵(さんぞう)道(い)う、「貧僧(ひんそう)は是東土大唐国(とうどだいとうこく)の、旨意(しい)を奉(ほう)じて、西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんとする者(もの)なり。路(みち)宝坊(ほうぼう)を過(よ)ぐるに、天色(てんしょく)将(まさ)に晩(くれ)なんとす。特に聖祠(せいし)に投(とう)じて、一宵(ひとよ)の宿(やど)を告(こ)い請(こ)わんとす、天光(てんこう)なばすなわち行(ゆ)かん」と。かの老者(ろうじゃ)十分(じゅうぶん)に喜(よろこ)び、幾声(いくこえ)もの「失迎(しつげい=お出迎えせず)」を道い、また童子(どうじ)を呼(よ)んで飯(はん)を弁(ととの)えしむ。三蔵食(くら)い畢(おわ)りて、謝(しゃ)したり。
行者(ぎょうじゃ)が眼(め)の乖(かしこ)きは、かれが房檐(ぼうえん)の下(もと)に一條(ひとすじ)の衣(ころも)を搭(か)くるの縄子(じょうし)有るを見(み)て、走(ゆ)き将(やが)て往(ゆ)き、一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き断(た)ち、もて馬(うま)の脚(あし)を系(つな)ぎ住(とど)めたり。かの老者(ろうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「この馬は那(いず)こより偸(ぬす)み来(きた)れるぞ」と。行者怒(いか)って道う、「汝が那(かの)老頭子(ろうとうし)め、話(はなし)の高低(こうてい)を知(し)らず!我らは是仏(ほとけ)を拝(はい)する聖僧(せいそう)なるに、また会(よ)く馬を偸まんや!」と。
老児(ろうじ)笑(わら)って道(い)う、「偸(ぬす)みたるに非(あら)ざれば、いかにして鞍轡(あんばい)・繮縄(こうじょう)無く、却って我が衣(ころも)を晒(ほ)すの索子(さくし)を扯(ひ)き断(た)たんとする」と。三蔵(さんぞう)陪礼(ばいれい)して道う、「この箇(ひとり)の頑皮(がんぴ)は、ただ性燥(せいそう)なるのみ。汝馬(うま)を拴(つな)がんと要(もと)めなば、好(よ)く生(よく)老人家(ろうじんか)に問うて一條(ひとすじ)の縄子(なわ)を討(こ)うべし、いかにしてかすなわちかれが衣索(いさく=物干し綱)を扯き断たん。老先(ろうせん)、怪(とが)むるを休(や)めよ、怪むるを休めよ。我がこの馬、実(げ)に汝に瞞(あざむ)かずして説(い)わん、偸みたるには非ず。昨日(きのう)東(ひがし)より来(きた)りて鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)に至(いた)るまで、元(もと)騎(の)れる一匹(ひとむれ)の白馬(はくば)有りしに、鞍轡(あんばい)俱(とも)に全(まった)かりき。期(おも)わずもかの澗(たに)の裡に一條の孽龍(げつりゅう)有りて、かの処(ところ)に在(あ)りて精(せい)と成(な)り、かれ我が馬を鞍轡ながら一口(ひとくち)にこれを呑(の)めり。幸(さいわい)に我が徒弟(としてい)些かの本事(ほんじ)有るに虧(よ)り、また観音菩薩(かんのんぼさつ)の澗辺(かんぺん)に来りてかの龍(りゅう)を擒(とら)え住(とど)め、かれをしてすなわち変(へん)じて我が元騎れる白馬と做(な)らしめ、毛片(もうへん)俱に同(おな)じくして、我を駄(にな)いて西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)せしむ。今(いま)この澗を過(よ)ぎて、いまだ一日(いちじつ)を経(へ)ざるに、却って老先(ろうせん)が聖祠(せいし)に到(いた)りしが、なお曾(かつ)て鞍轡を置(もう)け得(え)ざるなり」と。
かの老者(ろうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)怪(とが)むるを休(や)めよ。我が老漢(ろうかん)は笑(わら)いの耍子(あそび)を做(な)ししのみなるに、誰(たれ)か知(し)らん、汝が高徒(こうと)の真(しん)に受(う)けしとは。我小時(しょうじ=幼きころ)にもまた幾箇(いくら)かの村銭(そんせん)有りて、好(よ)く匹(ひき)の駿馬(しゅんめ)に騎(の)りしが、ただ歳(とし)を累(かさ)ねて屯邅(とんてん=不運難儀)し、喪(も)を遭(あ)い火(ひ)を失(うしな)い、この処(ところ)に到(いた)りて下梢(かしょう)を没(ほろ)ぼし了(おわ)りたれば、故(ゆえ)に廟祝(びょうしゅく)と充(な)りて、香火(こうか=線香と灯明)を侍奉(じほう=仕え奉る)。幸(さいわい)にこの後荘(こうそう)の施主家(せしゅか)の募化(もけ)を以(もっ)て日(ひ)を度(わた)る。我が那(かの)処に倒(かえ)ってなお一副(ひとくみ)の鞍轡(あんばい)有り、是我が平日(へいじつ)心(こころ)に愛(あい)するの物(もの)なれば、この等(ほど)に貧窮(ひんきゅう)なるとても、また曾(かつ)て舍(す)てて売(う)らんとはせざりき。才(いま)しがた老師父(ろうしふ)の言(ことば)を聴(き)けば、菩薩(ぼさつ)すら尚且(なおかつ)神龍(しんりゅう)を救護(きゅうご=救い護り)て、かれをして馬(うま)と化(け)して汝を駄(にな)わしめたまうと。我が老漢(ろうかん)なんぞ些かの周済(しゅうさい)をも為(な)さざるを得(え)んや。明日(みょうにち)かの鞍轡を将(も)ち来(きた)り、願(ねが)わくは老師父に送(おく)りて、背(せ)に扣(かぶ)せて前(さき)へ去(ゆ)かれんことを、乞(こ)う笑納(しょうのう=笑って納れ)させよ」と。
三蔵(さんぞう)言(ことば)を聞(き)くや、称謝(しょうしゃ)すること尽(つ)きず。早(はや)くもまた童子(どうじ)の晩斎(ばんさい)を拿(と)り出(いだ)すを見(み)る。斎(とき)罷(や)みて、灯(ひ)を掌(とも)し上(あ)げ、鋪(しきもの)を安(やすん)じ、各各(おのおの)寝歇(しんけつ)す。
次早(ついちょう)に至(いた)り、行者(ぎょうじゃ)起(お)き来(きた)りて道(い)う、「師父(しふ)、かの廟祝(びょうしゅく)の老児(ろうじ)め、昨晚(さくばん)我らに鞍轡(あんばい)を許(ゆる)したりき。かれに問うてこれを要(もと)めよ、かれを饒(ゆる)すを要(よう)せず」と。説(いう)未(いま)だ了(おわ)らざるに、ただ見(み)よ、かの老児(ろうじ)果(はた)して一副(ひとくみ)の鞍轡(あんばい)と、襯屜(しんてい=鞍の下の褥)・繮籠(こうろう=手綱や覆い)の類(たぐい)とを擎(ささ)げ、凡(およ)そ馬(うま)の上に用(もち)うる一切(いっさい)のもの、全(まった)く備(そなわ)らざるは無きを、廊下(ろうか)に放(お)きて道う、「師父、鞍轡を奉上(ほうじょう)ず」と。三蔵(さんぞう)これを見るや、喜(よろこ)んで領受(りょうじゅ)す。行者に教(おし)えてこれを拿(と)り、馬の背(せ)に負(お)わせて相称(あいつり)や否(いな)やを看(み)しむ。行者上前(まえ)に走(すす)み出で、一件件(ひとつひとつ)取(と)り上(あ)げて看るに、果して是些かの好物(こうぶつ=見事な品)なり。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、
彫鞍(ちょうあん=彫り飾りの鞍)の彩(いろ)晃(かがや)きて柬銀星(かんぎんせい=束ねし銀の星)を散(さん)じ、
宝鐙(ほうとう)の光(ひかり)飛(と)んで金線(きんせん)明(あきらか)なり。
襯屜(しんてい=鞍の下の褥)は幾層(いくかさ)かの絨苫(じゅうせん=毛氈の覆い)を迭(かさ)ね、
牽繮(けんこう=引く手綱)は三股(みつまた)の紫絲縄(ししじょう=紫の絹縄)なり。
轡頭(ばいとう)は皮札(ひさつ)もて団花(だんか)粲(さん)として綴(つづ)り、
雲扇(うんせん=雲形の障泥)には描金(びょうきん=金泥描き)の舞獣形(ぶじゅうけい=舞う獣の形)あり。
環嚼(かんしゃく=環と馬銜)は磨煉鉄(まれんてつ=鍛え錬りし鉄)を叩(たた)き成(な)し、
両垂(りょうすい=両方の垂れ)は蘸水(せんすい=水に浸し)て毛纓(もうえい)を結(むす)べり。
と。
行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに喜(よろこ)び、鞍轡(あんばい)を将(も)ちて馬(うま)の背(せ)に負(お)わすれば、すなわち量(はか)りて做(つく)りたるが一般(ごと)し。三蔵(さんぞう)かの老(ろう)を拝謝(はいしゃ)すれば、かの老(ろう)慌(あわ)てて攙(たす)け起(おこ)して道(い)う、「惶恐(こうきょう=かしこまり恐縮)、惶恐!何(なん)ぞ労(ろう)して致謝(ちしゃ=礼を尽くす)するを」と。かの老者(ろうじゃ)また再び留(とど)めず、三蔵を請(しょう)じて馬に上(のぼ)らしむ。かの長老(ちょうろう)門(もん)を出で得(え)て、鞍(くら)に攀(よ)じ上りて馬に跨(またが)る。行者行李(こうり)を担(にな)う。
かの老児(ろうじ)また袖中(しゅうちゅう)より一條(ひとすじ)の鞭児(べんじ)を取(と)り出(いだ)し来(きた)る。これ皮丁児(ひていじ)もて寸札(すんさつ=細かに縫い)せる香藤(こうとう=香りの藤)の柄子(へいし)に、虎筋絲(こきんし=虎の筋の糸)もて穿結(せんけつ=通し結び)したる梢児(しょうじ)なり。路旁(ろぼう)に在(あ)りて手(て)を拱(きょう)いて奉上(ほうじょう)して道(い)う、「聖僧(せいそう)よ、我なお一條の挽手児(ばんしゅじ)有り、一発(ひとまとめ)に汝に送(おく)りて罷(や)めん」と。かの三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に在りてこれを接(う)けて道う、「多(おお)く承(うけたまわ)る、布施(ふせ)を!多く承(う)くる、布施を!」と。
正(まさ)に問訊(もんじん=合掌の礼)を打(な)さんとするに、却って早(はや)くもかの老児(ろうじ)の見(み)えざるなり。及び回(かえ)ってかの里社祠(りしゃし)を看(み)れば、これ一片(ひとかた)の光地(こうち)なり。ただ半空(はんくう=空の中程)の裡に人の言語(ごんご)有りて道(い)うを聴(き)く、「聖僧(せいそう)よ、多く汝を簡慢(かんまん)にせり。我は是落伽山(らくかさん)の山神(さんじん)・土地(どじ)なり、菩薩(ぼさつ)の鞍轡(あんばい)を汝等(なんだち)に送(おく)り届(とど)けよと差(つか)わさるるを蒙(こうむ)る。汝等努(つと)めて西(にし)へ行(ゆ)くべし、却って一時(ひととき)も怠慢(たいまん)すること莫(な)かれ」と。
慌(あわ)てたるかな三蔵(さんぞう)、鞍(くら)を滚(ころが)りて馬(うま)を下(お)り、空(くう)を望(のぞ)んで礼拝(らいはい)して道(い)う、「弟子(でし)は肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡なる眼と身)にして、尊神(そんしん)の尊面(そんめん)を識(し)らず、願(ねが)わくは乞(こ)う恕罪(じょざい)させ給(たま)え。煩(わずらわ)しくも菩薩(ぼさつ)に転達(てんだつ=取り次ぎ)したまえ、深(ふか)く恩佑(おんゆう)を蒙(こうむ)れりと」と。汝看(み)よ、かれただ管(ひたすら)に天(てん)に朝(むか)いて頭(かしら)を磕(う)つこと、またその数(かず)を計(かぞ)えず。
路旁(ろぼう)の辺(ほとり)には活活(かつかつ=生き生きと)として笑(わら)い倒(たお)れたる一箇(ひとり)の孫大聖(そんたいせい)有り、孜孜(しし=にこにこ)として喜(よろこ)び壊(こわ)れたる一箇の美猴王(びこうおう)有り。上前(まえ)に来(きた)りて唐僧(とうそう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「師父(しふ)、汝起(た)ち来(こ)よ。かれ已(すで)に去ることの遠(とお)きを、汝が祷祝(とうしゅく)を聴(き)くこと能(あた)わず、汝が磕頭(かいとう=頭を地に打つ)するを見(み)ること能わず。ただ管(ひたすら)に拝(おが)みて何(いか)にせんとする」と。
長老(ちょうろう)道(い)う、「徒弟(としてい)や、我がこの等(ほど)に磕頭(かいとう)するに、汝もすなわちかれを一拝(いっぱい=ひと拝み)も拝(おが)まず、且(しばら)く旁(かたわら)に立(た)ちて、ただ管(ひたすら)に哂笑(しんしょう)するは、是何(なん)の道理(どうり)ぞや」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝那(いず)こに知(し)るを得(え)ん。かれがこの箇(ひとり)の蔵頭露尾(ぞうとうろび=頭を蔵し尾を露わす)せるが如きは、本(もと)かれを一頓(ひとくさり)打(う)つべかりしものを、ただ菩薩(ぼさつ)が面(めん)を看(み)るが為(ため)に、かれをして打(だ)を饒(ゆる)されしのみにて已(すで)に十分(じゅうぶん)なるを、かれなんぞ敢(あえ)て我が老孫(ろうそん)の拝(はい)を受(う)けん。老孫小児(しょうじ=幼きころ)より好漢(こうかん)と做(な)りて、人を拝(おが)むことを暁(さと)らず、すなわち玉皇大帝(ぎょっこうたいてい)・太上老君(たいじょうろうくん)に見(まみ)ゆるとも、我もまたただ一の喏(じゃく=唱名の礼)を唱(とな)うるのみにて罷(や)めん」と。
三蔵(さんぞう)道(い)う、「不当人子(ふとうじんし=とんでもない)!この空頭話(くうとうわ=大風呂敷)を説(い)う莫(な)かれ!疾(と)く起(お)きよ、走路(たびだつ)を誤(あやま)ること莫かれ」と。かの師父(しふ)才(ようや)く起(た)ちて收拾(しゅうしゅう)し、西(にし)に投(とう)じて去る。
これより去(ゆ)くこと両箇月(ふたつき)の太平(たいへい)の路(みち)を行(ゆ)くに、相(あい)遇(あ)うところは都(みな)些かの虜虜(ろろ)・回回(かいかい=西方の異教徒)、狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう=狼・虫・虎・豹)なり。光陰(こういん)迅速(じんそく)にして、また早春(そうしゅん)の時候(じこう)に値(あた)る。ただ見(み)よ、山林(さんりん)には錦翠色(きんすいしょく)を呈(てい)し、草木(そうもく)は青芽(せいが)を発(はっ)し、梅英(ばいえい)落(お)ち尽(つ)きて、柳眼(りゅうがん)初(はじ)めて開(ひら)く。師徒(してい)ら春光(しゅんこう)を行き玩(もてあそ)ぶに、また太陽(たいよう)の西(にし)に墜(お)つるを見る。
三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(ひ)きて遥(はる)かに観(みわた)せば、山凹(さんおう=山のくぼみ)の裡に、楼台(ろうだい)影影(えいえい)として、殿閣(でんかく)沈沈(ちんちん)たり。三蔵道(い)う、「悟空(ごくう)、汝看(み)よ、かの所(ところ)は是(いず)れの処(ところ)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)頭を抬(あ)げて看て道う、「殿宇(でんう)に非(あら)ざれば、定(かなら)ず是寺院(じいん)ならん。我ら些か趕(いそ)ぎ起(た)たん、かの処に往(ゆ)きて宿(やど)を借(か)らん」と。三蔵欣然(きんぜん)としてこれに従(したが)い、白龍馬(はくりゅうば)を放(はな)ち開(あ)けて、径(ただち)に前(まえ)へ奔(はし)る。
畢竟(ひっきょう)此より去(ゆ)く所(ところ)の是(いず)れの処(ところ)なるかを知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。