話(はな)し說(いわ)く孫行者(そんぎょうじゃ)は一筋斗(ひととんぼ=ひと跳び)にて跳(と)び將(た)ち起(お)き去(ゆ)けば、唬(おどろ)かす那(そ)の觀音院(かんのんいん)の大小(だいしょう)の和尚(おしょう)并(ならび)に頭陀(ずだ)、幸童(こうどう)、道人(どうにん)等(ら)をして、一個個(めいめい)天(てん)に朝(むか)いて禮拜(らいはい)して道(いわ)しむ:「爺爺(おじいさま)呀(よ)!原來(もともと)是(こ)れ雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)を駕(が=駆)るの神聖(しんせい=神)の下界(げかい=この世に降臨)せるなりか!怪(あや)しむらくは道(どう=なるほど)火(ひ)の傷(そこな)う能(あた)わざるは!恨(うら)めしきは我(わ)が那(あ)の不識人(ひとをしらぬ=人を見る目の無き)の老剝皮(ろうはくひ=皮を剥がれた老いぼれ)、心(こころ)を使(つか)いて心(こころ)を用(もち)い、今日(きょう)反(かえ)って自己(おのれ=自分)を害(そこな)えり!」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「列位(みなさん)は請(こ)う起(た)て、須(すべから)く恨(うら)むるを要(もと)めず。這(こ)れ去(ゆ)きて袈裟(けさ)を尋(たず)ね著(あて=見つけ)れば、萬事(ばんじ=全て)皆(みな)休(や)まん;但(ただ)恐(おそ)らくは尋找(じんさが=探し求)むること著(あて)ざれば、我(わ)が那(あ)の徒弟(とてい=弟子)の性子(せいし=気性)は些(すこし)不好(わるき=悪い)有(あ)り、汝(なんじ)等(ら)が性命(いのち)の如何(いかん)を知(し)らず、恐(おそ)らくは一人(ひとり)としても脫(のが)るる能(あた)わざるならん。」衆僧(しゅうそう)は此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、一個個(めいめい)心(こころ)を提(ひっさ=吊り上げ)膽(きも=胆)を吊(つ)り、天(てん)に告(つ)げて願(がん=願い)を許(ゆる)し、只(た)だ袈裟(けさ)を尋(たず)ね得(え)て、各々(おのおの)性命(いのち)を全(まっと)うせんことを願(ねが)うのみにして題(だい=話題)せず。
卻説(さて)孫大聖(そんたいせい)は空中(くうちゅう=空の中)に到(いた)り、腰兒(こし=腰)を把(と)って一扭(ひとひねり=ひとひねり)せしが、早(はや)くも黑風山(こくふうざん)の上(うえ)に來(きた)れり。雲頭(うんとう=雲の端)を住(とど)め、仔細(しさい=詳しく)に看(み)れば、果(はた)して是(こ)れ座(ひとつ)の好(よ)き山(やま)なり。況(いわん)や正(まさ)に春光(しゅんこう=春の光)の時節(じせつ=季節)に値(あた)る。但(ただ)見(み)よ:
「萬壑(ばんがく=幾万の谷)は流(ながれ)を爭(あらそ)い、千崖(せんがい=幾千の崖)は秀(しゅう=秀でる)を競(きそ)う。
鳥(とり)啼(な)けど人(ひと)は見(み)えず、花(はな)落(お)ちて樹(き)は猶(な)お香(かお)る。
雨(あめ)過(す)ぎて天(てん)は青壁(せいへき=青い絶壁)に連(つらな)りて潤(うるお)い、風(かぜ)來(きた)りて松(まつ)は翠屏(すいへい=緑の屏風)を卷(ま)きて張(は)る。
山草(さんそう=山の草)發(は)し、野花(やか=野の花)開(ひら)き、懸崖(けんがい=懸け崖)峭嶂(しょうしょう=そびえる峰);
薜蘿(へいら=蔦や葛)生(しょう)じ、佳木(かぼく=良き木)麗(うるわ)しく、峻嶺(しゅんれい=高い嶺)平崗(へいこう=なだらかな丘)。
幽人(ゆうじん=隠者)に遇(あ)わずんば、那(いず)れか樵子(きこり)を尋(たず)ねん?
澗邊(かんぺん=谷のほとり)に雙(ふたつ)の鶴(つる)飲(の)み、石(いし)の上(うえ)に野猿(やえん=野生の猿)狂(くる)う。
矗矗(ちょくちょく=そびえ立つ)として螺(にし=巻貝)を堆(つ)み黛色(たいしょく=あい色)を排(なら)べ、巍巍(ぎぎ=高くそびえ)として翠(みどり)を擁(よう=抱)き嵐光(らんこう=山霧の光)を弄(ろう=たわむ)る。」
那(そ)の行者(ぎょうじゃ)は正(まさ)に山景(さんけい=山の景)を觀(み)るに、忽(たちま)ち芳草坡(ほうそうば=芳しい草の坡)の前(まえ)に、人(ひと)の言語(ことば=話し声)有(あ)るを聽(き)く。他(かれ)は卻(かえ)って步(あゆみ)を輕(かる)くし蹤(あと=足跡)を潛(ひそ)め、那(あ)の石崖(せきがい=岩の崖)の下(した)に閃(ひらめ=身をひそめ)き、睛(ひとみ=目)を偷(ぬす)みて觀看(みわた)す。原來(もともと)是(こ)れ三個(みたり)の妖魔(ようま)にして、地(ち)に席(むしろ)して坐(ざ)す:上首(かみざ=上座)のは是(こ)れ一條(ひとすじ)の黑漢(こくかん=黒い男)、左首下(ひだりした=左の下座)のは是(こ)れ一個(ひとり)の道人(どうにん)、右首下(みぎした=右の下座)のは是(こ)れ一個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし=白い衣の書生)なり。都(みな)那(そこ)に在(あ)りて高談闊論(こうだんかつろん=大いに語り合う)。講(こう)ずるは是(こ)れ鼎(かなえ=炉)を立(た)て爐(ろ)を安(やす)んじ、砂(さ=砂)を摶(こ)ね汞(こう=水銀)を煉(ね)り;白雪(はくせつ)黄芽(おうが=仙薬の名)、傍門外道(ぼうもんげどう=邪道)なり。正(まさ)に說(と)く中間(なかほど)に、那(そ)の黑漢(こくかん)は笑(わら)って道(いわ)く:「後日(みょうごにち=あさって)は是(こ)れ我(わ)が母難(ぼなん=母の苦難)之日(ひ=誕生日)、二公(りょうこう=お二人)は光顧(こうこ=来臨)して光顧(こうこ)せられよか?」白衣秀士(はくいしゅうし)道(いわ)く:「年年(としどし=毎年)大王(だいおう)に上壽(じょうじゅ=長寿を祝)す、今年(ことし)豈(あに)之(これ)を來(きた)らざる之理(り=道理)有(あ)らんや?」黑漢(こくかん)道(いわ)く:「我(われ)は夜來(ゆうべ=昨夜)一件(ひとつ)の寶貝(ほうばい=宝物)を得(え)たり、名(な)を錦襴佛衣(きんらんぶつい=錦の仏衣)と喚(よ)ぶ、誠然(まこと)に是(こ)れ件(ひとつ)の玩好(がんこう=玩賞)之物(もの)なり。我(われ)は明日(あす)就(すなわ)ち他(かれ)を以(もっ)て壽(ことぶき=祝い)と為(な)し、大(おお)いに筵宴(えんえん=酒宴)を開(ひら)き、各山(かくざん=各山)の道官(どうかん=道士)を邀請(ようせい=招き)し、佛衣(ぶつい)を慶賀(けいが=祝い)し、就(すなわ)ち『佛衣會(ぶついえ=仏衣の会)』と稱(とな)えんは何如(いかん=どうか)?」道人(どうにん)は笑(わら)って道(いわ)く:「妙(みょう=見事)!妙(みょう)!妙(みょう)!我(われ)は明日(あす)先(ま)ず來(きた)りて壽(ことぶき)を拜(おが)み、後日(あさって)又(また)來(きた)りて宴(うたげ)に赴(おもむ)かん。」
行者(ぎょうじゃ)は佛衣(ぶつい)之言(げん)を聞(き)き得(え)て、定(きっ)と以(おも)えらく是(こ)れ他(かれ)が寶貝(ほうばい)ならんと。他(かれ)は就(すなわ)ち怒氣(どき=怒り)を忍(しの)ぶ能(あた)わず、石崖(せきがい)を跳(おど)り出(い)で、雙手(もろて=両手)に金箍棒(きんこぼう)を舉(あ)げ、高(たか)く叫(よばわ)りて道(いわ)く:「我(われ)は你(おまえ)ら這(こ)の伙(くずれ=連中)の賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)を把(とら)えん!你(おまえ)らは我(わ)が袈裟(けさ)を偷(ぬす)みて、什麼(なに)の『佛衣會(ぶついえ)』を要(もと)めんとす!早(はや)きに兒(ちょっと)將(も)ち來(きた)りて我(われ)に還(かえ)せ!」一聲(ひとこえ)を喝(かつ=怒鳴り)して「走(に)ぐるを休(や)め!」と、棒(ぼう)を輪(ふる)い起(お)こし、頭(あたま)を照(てら)して一下(ひとつ)、慌(あわ)てる那(そ)の黑漢(こくかん)は風(かぜ)と化(か)して逃(に)げ、道人(どうにん)は雲(くも)を駕(が=駆)りて走(に)ぐ;只(た)だ個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)を把(と)って、一棒(ひとぼう)にて打(う)ち死(し)ねたり。拖(ひ)き將(た)ち來(きた)りて看(み)る處(ところ)、卻(かえ)って是(こ)れ一條(ひとすじ)の白花蛇(はくかだ=白い斑の蛇)の怪(かい)なり。索性(いっそ)提(ひ)き起(お)こして、捽(へし)りて五七斷(ごしちだん=五、七つ)と做(な)し、徑(ただ)ちに深山(しんざん=奥山)に入(い)り、那(あ)の黑漢(こくかん)を尋找(じんさが=探し求)む。
轉(まわ)りて尖峰(せんぽう=尖った峰)を過(す)ぎ、抹(なで=かすめ)て峻嶺(しゅんれい=険しい嶺)を過(す)ぎ、又(また)見(み)る那(あ)の壁陡崖(へきとうがい=壁のように険しい崖)の前(まえ)に、一座(ひとつ)の洞府(どうふ=ほら穴の館)の聳(そび)え出(い)づるを。但(ただ)見(み)よ那(そ)の:
「烟霞(えんか=霞)渺渺(びょうびょう=かすか)として、松柏(しょうはく=松と柏)森森(しんしん=茂る)。
烟霞(えんか)渺渺(びょうびょう)として采(さい=彩り)門(もん)に盈(み)ち、松柏(しょうはく)森森(しんしん)として青(あお)き戶(と=戸口)を繞(めぐ)る。
橋(はし)は枯槎木(こさぼく=枯れ木)を踏(ふ)み、峰巔(ほうてん=峰の頂)には薜蘿(へいら=蔦)を繞(めぐ)らす。
鳥(とり)は紅蕊(こうずい=赤いつぼみ)を銜(くわ)えて雲壑(うんがく=雲の谷)に來(きた)り、鹿(しか)は芳叢(ほうそう=芳しい草むら)を踐(ふ)みて石臺(せきだい=石の台)に上(のぼ)る。
那(そ)の門前(もんぜん)には時(とき)に花(はな)の發(ひら)くを催(うなが)し、風(かぜ)は花(はな)の香(かおり)を送(おく)る。
堤(つつみ)に臨(のぞ)める綠柳(りょくりゅう=緑の柳)に黃鸝(こうり=うぐいす)轉(うた)い、岸(きし)に傍(そ)える夭桃(ようとう=若々しい桃)に粉蝶(ふんちょう=白い蝶)翻(ひるがえ)る。
曠野(こうや=広野)の夸(ほ)むるに堪(た)えざるも、卻(かえ)って蓬萊山(ほうらいさん)の下(した)の景(けい=景色)に賽(まさ)れり。」
行者(ぎょうじゃ)は門首(もんしゅ=門の前)に到(いた)り、又(また)見(み)る那(あ)の兩扇(ふたまい=二枚)の石門(せきもん)の、關(とざ)すこと甚(はなは)だ緊(かた)きを。門(もん)の上(うえ)に一個(ひとつ)の橫石板(おうせきばん=横長の石板)有(あ)り、明(あき)らかに六個(みっつ…六つ)の大字(たいじ=大きな字)を書(か)けるは、乃(すなわ)ち「黑風山黑風洞(こくふうざんこくふうどう)」なり。即(すなわ)ち便(すぐ)に棒(ぼう)を輪(ふる)いて「開門(もんをあけよ)!」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。那(そ)の裏面(うち)に把門(もんばん=門番)の小妖(しょうよう=小妖怪)有(あ)り、門(もん)を開(あ)けて出(い)で來(きた)り、問(と)うて道(いわ)く:「你(なんじ)は是(こ)れ何人(なにびと)ぞ、敢(あえ)て來(きた)りて吾(わ)が仙洞(せんどう=仙人の洞)を擊(う)つか?」行者(ぎょうじゃ)は罵(ののし)って道(いわ)く:「你(おまえ)は個(いったい)の作死(しにたがる=死にたがる)の孽畜(げっちく=けがれたけだもの)め!什麼(なに)の個(ひとつ)の去處(ところ=場所)か、敢(あえ)て仙洞(せんどう)と稱(とな)うるか!『仙(せん=仙人)』の字(じ)は是(こ)れ你(おまえ)が稱(とな)うる所(ところ)か?快(すみや)かに進(い)り去(ゆ)きて你(おまえ)が那(そ)の黑漢(こくかん)に報(ほう=知らせ)よ、他(かれ)に教(さと)して快(すみや)かに老爺(ろうや=この爺)の袈裟(けさ)を送(おく)り出(い)ださしめ、你(おまえ)らが一窩(ひとむれ=一巢)の性命(いのち)を饒(ゆる=許)さん!」
小妖(しょうよう)は急急(いそぎ=大急ぎ)に裏面(うち)に跑(はし)り到(いた)り、報(ほう)じて道(いわ)く:「大王(だいおう)!『佛衣會(ぶついえ)』は做(な)し成(な)らず!門(もん)の外(そと)に一個(ひとり)の毛臉(けがお=毛だらけの顔)の雷公嘴(らいこうし=雷神のような嘴)の和尚(おしょう)有(あ)りて、袈裟(けさ)を討(もと)めに來(きた)れるぞ!」那(そ)の黑漢(こくかん)は行者(ぎょうじゃ)の芳草坡(ほうそうば)の前(まえ)に趕(お)い將(た)ち來(きた)りしに、卻(かえ)って才(ようや)く門(もん)を關(とざ)し、坐(ざ)するも未(いま)だ穩(やす=落ち着か)ず。又(また)那(あ)の話(はなし)を聽(き)きて、心(こころ)の中(うち)に暗(あん=ひそか)に想(おも)うて道(いわ)く:「這(こ)の厮(やつ=奴)は那裏(どこ)より來(きた)れるを知(し)らず、這般(これほど)無禮(ぶれい=不作法)に、他(かれ)は敢(あえ)て嚷(わめ)きて我(わ)が門(もん)に上(のぼ)り來(きた)るか!」教(さと)す:「披掛(ひかけ=鎧)を取(と)れ。」隨(したが)いて結束(けっそく=身支度)し了(おわ)り、一杆(ひとつ)の黑纓槍(こくえいそう=黒い房の槍)を綽(ひっさ=手に取り)げ、門(もん)を出(い)でて來(きた)る。這(こ)の行者(ぎょうじゃ)は門(もん)の外(そと)に閃(ひらめ=身をひそめ)き、鐵棒(てつぼう=金箍棒)を執(と)り、睛(ひとみ=目)を睜(みは=見開)りて觀看(みわた)せば、只(ただ)見(み)る那(あ)の怪(かい=妖怪)は果(はた)して生(う)まれつき凶險(きょうけん=凶悪)なるを:
「碗子鐵盔(わんじてっき=碗のような鉄の兜)は火漆(かしつ=漆塗り)の光(ひかり)、
烏金鎧甲(うきんがいこう=黒金の鎧)は亮(あか)く輝煌(きこう=きらびやか)。
皁羅袍(そうらほう=黒い羅の袍)は風兜袖(ふうとうしゅう=風をはらむ袖)を罩(おお)い、
黑綠絲縧(こくりょくしとう=黒緑の絹の帯)は穗(ふさ=房)を嚲(た)らして長(なが)し。
手(て)には黑纓槍(こくえいそう)一杆(ひとつ)を執(と)り、
足(あし)には烏皮靴(うひか=黒革の靴)一雙(ひとくみ)を踏(ふ)む。
眼(め)は金睛(きんせい=金色の瞳)を幌(ちらつ)かして掣電(せつでん=稲妻)の如(ごと)く、正(まさ)に是(こ)れ山中(さんちゅう)の黑風王(こくふうおう)なり。」
行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に笑(わら)って道(いわ)く:「這(こ)の厮(やつ)は真個(まこと)に燒窯(やきがま=窯を焼く)の一般(ごとく)、築煤(すみつき=炭を作る)の無二(にことならず=と変わらぬ)かな!想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ此處(ここ)に在(あ)りて刷炭(さったん=炭を扱う)を以(もっ)て生(せい=生業)と為(な)せるか、怎麼(どう)して這等(このよう)に一身(み=体中)の烏黑(うこく=真っ黒)なるか?」那(そ)の怪(かい)は厲聲(れいせい=荒々しい声)に高(たか)く叫(よばわ)りて道(いわ)く:「你(なんじ)は是(こ)れ個(いったい)什麼(なに)の和尚(おしょう)ぞ、敢(あえ)て我(わ)が此處(ここ)に在(あ)りて大膽(だいたん=大胆)なるか?」行者(ぎょうじゃ)は鐵棒(てつぼう)を執(と)り、撞(つ)きて面前(めんぜん=目の前)に至(いた)り、大(おお)いに咤(かつ=叱る)の一声(ひとこえ)に道(いわ)く:「閒講(むだばなし=無駄口)するな!快(すみや)かに你(おまえ)が老外公(ろうがいこう=この爺)の袈裟(けさ)を還(かえ)して來(こ)い!」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「你(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの寺(てら)の和尚(おしょう)か?你(なんじ)の袈裟(けさ)は那裏(どこ)に在(あ)りて失落(しつらく=紛失)せし、敢(あえ)て我(わ)が此處(ここ)に來(きた)りて索取(しゃくしゅ=取り戻す)するか?」
行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(わ)が袈裟(けさ)は、直北(ちょくほく=真北)の觀音院(かんのんいん)の後方丈(ごほうじょう)の裏(うち)に放(お)きて在(あ)り;只(た)だ那(あ)の院(いん=寺)の裏(うち)の火(ひ)を失(うしな)えるに因(よ)り、你(おまえ)這(こ)の厮(やつ)、哄(さわぎ=騒ぎ)に趁(じょう=乗)じて擄掠(りょりゃく=かすめ奪い)、盜(ぬす)み來(きた)りて、『佛衣會(ぶついえ)』を做(な)して壽(ことぶき)を慶(いわ)わんとす、怎(どう)して敢(あえ)て抵賴(ていらい=言い逃れ)せん?快快(すみやか)に我(われ)に還(かえ)せ、你(おまえ)が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!若(も)し牙(きば=歯)を迸(ひら)いて半個(ひとかけら)の『不(いや=否)』の字(じ)あらば、我(われ)は黑風山(こくふうざん)を推(お)し倒(たお)し、黑風洞(こくふうどう)を平(たいら)げ、你(おまえ)が這(こ)の一洞(ひとむれ=洞じゅう)の妖邪(ようじゃ=妖怪)を把(と)って、都(みな)碾(ひ)きて齏粉(せいふん=粉々)と為(な)さん!」
那(そ)の怪(かい)は言(げん)を聞(き)きて、呵呵(かか=あはは)と冷笑(れいしょう=あざわらい)して道(いわ)く:「你(おまえ)這個(こ)の潑物(はつぶつ=乱暴者)め!原來(もともと)昨夜(ゆうべ)の那(あ)の火(ひ)は就(すなわ)ち是(こ)れ你(おまえ)が放(はな)てるなりか!你(おまえ)は那(あ)の方丈(ほうじょう)の屋(や=屋根)の上(うえ)に在(あ)りて、凶(きょう=乱暴)を行(おこな)い風(かぜ)を招(まね)き、是(こ)れ我(われ)が一件(ひとつ)の袈裟(けさ)を把(と)って來(きた)れるなり、你(おまえ)は待(ま)たんとす怎麼(なに)か!你(おまえ)は那裏(どこ)より來(きた)れるか?姓(せい)は甚(なに)名(な)は誰(たれ)ぞ、多少(どれほど)の大手段(だいしゅだん=大技)有(あ)りて、敢(あえ)て那等(あのように)海口(かいこう=大口)浪言(ろうげん=放言)するか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「是(こ)れ你(おまえ)も也(ま)た你(なんじ)が老外公(ろうがいこう)を認(みと)め得(え)ざるか!你(なんじ)が老外公(ろうがいこう)は乃(すなわ)ち大唐(だいとう)上國(じょうこく=大国)の駕前(がぜん=天子の御前)の御弟(ぎょてい=義弟)三藏法師(さんぞうほうし)之徒弟(とてい=弟子)、姓(せい)は孫(そん)、名(な)は悟空(ごくう)行者(ぎょうじゃ)なり。若(も)し老孫(ろうそん)の手段(しゅだん=腕前)を問(と)わば、說(い)い出(い)だして、你(おまえ)をして魂飛魄散(こんひはくさん=魂も飛び散り)、眼(め)の前(まえ)に死(し)なしめん!」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「我(われ)は曾(かつ)て你(おまえ)に會(まみ)えず、什麼(なに)の手段(しゅだん)有(あ)るか、說(い)い來(きた)りて我(われ)に聽(き)かしめよ。」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「我(わ)が兒(こ=子よ)、你(おまえ)は站(た)ち穩(やす)らかに着(つ)け、仔細(しさい=よく)と之(これ)を聽(き)け!我(われ)は:
「自(おの)ずから小(ちいさ)きより神通(じんつう)手段(しゅだん)高(たか)く、
風(かぜ)に隨(したが)い變化(へんげ)して英豪(えいごう=英雄)を逞(たくま)しくす。
性(せい)を養(やしな)い真(しん=真理)を修(おさ)めて日月(じつげつ=月日)を熬(たえ)え、
輪迴(りんね=輪廻)を跳(と)び出(い)でて命(いのち)を把(と)って逃(に)ぐ。
一點(ひとつ)の誠心(せいしん)曾(かつ)て道(みち)を訪(たず)ね、
靈臺山(れいだいさん)の上(うえ)に藥苗(やくびょう=薬草)を采(と)る。
那(そ)の山(やま)に個(ひとり)の老仙長(ろうせんちょう=老仙)有(あ)り、
壽年(じゅねん=寿命)は十万八千(じゅうまんはっせん)高(たか)し。
老孫(ろうそん)は他(かれ)を拜(おが)みて師父(しふ)と為(な)し、
我(われ)に長生(ちょうせい)の路(みち)一條(ひとすじ)を指(さ)せり。
他(かれ)說(いわ)く身内(しんない=体内)に丹藥(たんやく=仙丹)有(あ)りて、
外邊(そと=外)に採取(さいしゅ=採る)することは枉(むな)しく徒勞(とろう=無駄骨)なりと。
大品天仙訣(だいほんてんせんけつ=仙術の奥義)を傳(つた)え得(え)たれど、
若(も)し根本(こんぽん=基礎)無(な)ければ実(じつ)に熬(た)え難(がた)し。
光(ひかり)を回(めぐ)らせ内(うち)を照(て)らし心(こころ)を寧(やす)んじて坐(ざ)じ、
身中(しんちゅう)の日月(じつげつ)は坎離(かんり=陰陽)交(まじ)わる。
萬事(ばんじ=全て)を思(おも)わず全(まった)く寡欲(かよく=欲少なく)、
六根(ろっこん=六つの感官)清淨(しょうじょう=清らか)にして體(たい=体)堅牢(けんろう=堅固)なり。
老(おい)を返(かえ)し童(わらべ)に還(かえ)ること容易(ようい=たやすく)に得(え)、
凡(ぼん=凡俗)を超(こ)え聖(せい=聖人)に入(い)る路(みち)は遙(とお)からず。
三年(さんねん)漏(ろう=漏失)無(な)くして仙體(せんたい=仙の体)と成(な)り、
俗輩(ぞくはい=俗物)の煎熬(せんごう=苦しみ)を受(う)くると不同(おなじから)ず。
十洲三島(じっしゅうさんとう=仙郷)に還(ま)た遊戲(ゆうぎ=遊び)し、
海角天涯(かいかくてんがい=地の果て)を轉(めぐ)りて一遭(ひとめぐり)す。」
「活(い)きて該(あた)る三百余歳(さんびゃくよさい=三百余歳)、
飛升(ひしょう=飛昇)して九霄(きゅうしょう=大空)に上(のぼ)るを得(え)ず。
海(うみ)に下(くだ)りて龍(りゅう)を降(くだ)し真(しん=まこと)の寶貝(ほうばい)を得(え)、
才(ようや)く金箍棒(きんこぼう)一條(ひとすじ)有(あ)り。
花果山(かかざん)の前(まえ)に帥首(すいしゅ=首領)と為(な)り、
水簾洞(すいれんどう)の裏(うち)に群妖(ぐんよう=妖怪の群れ)を聚(あつ)む。
玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)には宣詔(せんしょう=詔)を傳(つた)えらせ、
我(われ)を齊天(せいてん=天に斉しい)の極品(きょくひん=最高位)の高(たか)きに封(ほう)ぜり。
幾番(いくたび)か大(おお)いに靈霄殿(れいしょうでん)を鬧(さわ)がし、
數次(たびたび)曾(かつ)て王母(おうぼ=西王母)の桃(もも)を偷(ぬす)めり。
天兵(てんぺい)十万(じゅうまん)我(われ)を降(くだ)さんと來(きた)り、
層層(そうそう=幾重にも)密密(みつみつ=びっしり)として槍刀(そうとう)を布(し)けり。
天王(てんのう)を戰(たたか)い退(しりぞ)けて上界(じょうかい=天上)に歸(かえ)らしめ、
哪吒(なた)は痛(いたみ)を負(お)いて兵(へい)を領(ひき)い逃(に)ぐ。
顯聖真君(けんせいしんくん=二郎真君)は能(よ)く變化(へんげ)するも、
老孫(ろうそん)は硬(つよく)賭(かけ=勝負)して跌(たお)れて平交(へいこう=互角)なり。
道祖(どうそ=太上老君)觀音(かんのん)は玉帝(ぎょくてい)と同(とも)に、
南天門(なんてんもん)の上(うえ)に降妖(ごうよう=妖を降す)を看(み)たり。
卻(かえ)って老君(ろうくん)の陣(じん=一陣)を助(たす)けられ、
二郎(じろう)は我(われ)を擒(とりこ)めて天曹(てんそう=天の役所)に到(いた)れり。
身(み)を將(も)って降妖柱(ごうようちゅう)に綁(しば)り在(あ)らしめ、
即(すなわ)ち神兵(しんぺい)に命(めい)じて首(くび)を把(と)って梟(さら)さしむ。
刀(かたな)に砍(き)られ鎚(つち)に敲(たた)かるるも壞(やぶ)るるを得(え)ず、
又(また)雷(いかずち)を打(う)たせ火(ひ)を來(きた)らせて燒(や)かしむ。
老孫(ろうそん)は其實(じつ=実に)に手段(しゅだん=腕)有(あ)りて、
全然(まるで=全く)半分毫(はんぶんごう=少しも)も怕(おそ)れず。
送(おく)りて老君(ろうくん)が爐(ろ)の裏(うち)に在(あ)りて煉(ね)らるるも、
六丁神火(りくていしんか=六丁の神火)に慢(ゆっ)くり煎熬(せんごう=煮え熬ら)る。
日(ひ)満(み)ちて爐(ろ)を開(ひら)けば我(われ)は跳(と)び出(い)で、
手(て)に鐵棒(てつぼう)を持(も)ちて天(てん)を繞(めぐ)りて跑(はし)る。
縱橫(じゅうおう=縦横無尽)に到(いた)る處(ところ)遮擋(しゃとう=遮る)無(な)く、
三十三天(さんじゅうさんてん)を鬧(さわ)がして一遭(ひとめぐり)す。
我(わ)が佛(ほとけ)如來(にょらい)は法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、
五行山(ごぎょうさん)は老孫(ろうそん)が腰(こし)を壓(おさ)えつけたり。
整整(まるまる)壓(おさ)えらるること該(あた)る五百載(ごひゃくさい=五百年)、
幸(さいわ)いに三藏(さんぞう)の唐朝(とうちょう)より出(い)づるに逢(あ)えり。
吾(われ)今(いま)皈正(きしょう=正しく帰依)して西方(さいほう)に去(ゆ)き、
轉(う)じて雷音(らいおん=雷音寺)に上(のぼ)りて玉毫(ぎょくごう=仏の白毫)を見(み)ん。
你(おまえ)去(ゆ)きて乾坤(けんこん=天地)四海(しかい=四方の海)に問(と)うて一問(ひとたずね=尋ねてみ)よ、
我(われ)は是(こ)れ歷代(れきだい=代々)馳名(ちめい=名を馳せる)第一(だいいち)の妖(よう=妖怪)ぞ!」
那(そ)の怪(かい)は言(げん)を聞(き)きて笑(わら)って道(いわ)く:「你(おまえ)は原來(もともと)那(あ)の天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし弼馬溫(ひつばおん=馬の世話係)なるか?」行者(ぎょうじゃ)の最(もっと)も惱(なや=腹立て)むは是(こ)れ人(ひと)の他(かれ)を叫(よ)びて弼馬溫(ひつばおん)と做(な)すなり;這(こ)の一声(ひとこえ)を聽(き)きて、心(こころ)の中(うち)に大怒(だいど=大いに怒る)。罵(ののし)って道(いわ)く:「你(おまえ)這(こ)の賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)め!袈裟(けさ)を偷(ぬす)みて還(かえ)さず、倒(かえ)って老爺(ろうや)を傷(そこな)うか!走(に)ぐるな!棍(こん=棒)を看(み)よ!」那(そ)の黑漢(こくかん)は身(み)を側(かわ)して避(よ)け過(す)ぎ、長槍(ちょうそう)を綽(ひっさ=手に取り)ぎ、劈手(へきしゅ=素早く手を返し)に來(きた)りて迎(むか)う。兩家(りょうか=両者)の這場(このひとしきり)の好(よ)き殺(たたかい):
「如意棒(にょいぼう)、黑纓槍(こくえいそう)、二人(ふたり)洞口(どうぐち)に剛強(ごうきょう=剛く強き)を逞(たくま)しくす。
心(むね)を分(わ)ち臉(かお)を劈(さ)きて刺(さ)し、臂(うで)に著(あた)り頭(あたま)を照(てら)して傷(きず)つく。
這個(こちら)は橫(よこ)に陰棍手(いんこんしゅ=陰の棒技)を投(なげう)ち、那個(あちら)は直(ただ)ちに急三槍(きゅうさんそう=三度の速い槍)を拈(ひね)る。
白虎(びゃっこ=白虎)は山(やま)を爬(はい)りて爪(つめ)を探(さぐ)りに來(きた)り、黃龍(こうりゅう=黄龍)は道(みち)に臥(ふ)して身(み)を轉(めぐ)らして忙(いそが)し。
彩霧(さいむ=彩りの霧)を噴(ふ)き、毫光(ごうこう=細き光)を吐(は)き、兩個(ふたり)の妖仙(ようせん)は量(はか)るべからず:
一個(ひとり)は是(こ)れ修正(しゅうしょう=修行を正す)の齊天聖(せいてんせい)、一個(ひとり)は是(こ)れ成精(せいせい=精と化す)の黑大王(こくだいおう)。
這場(このひとしきり)の山裏(やまなか)に相爭(あらそ)う處(ところ)、只(た)だ袈裟(けさ)の為(ため)に各々(おのおの)不良(ふりょう=悪い)なり。」
那(そ)の怪(かい)と行者(ぎょうじゃ)は十數回合(じっすうかいごう=十数合)鬥(たたか)えど、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。漸漸(ようやく)として紅日(こうじつ=赤い日)午(ひる)に當(あた)れば、那(そ)の黑漢(こくかん)は槍(やり)を舉(あ)げて鐵棒(てつぼう)を架(ささ)え住(とど)めて道(いわ)く:「孫行者(そんぎょうじゃ)、我(われ)ら二(ふた)人(り)は且(しばら)く兵(へい=軍)を收(おさ)め、我(われ)が膳(ぜん=食事)を進(と)り來(きた)るを等(ま)て、再(ふたた)び你(おまえ)と賭鬥(かけくらべ=勝負)せん。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)這個(こ)の孽畜(げっちく=けだもの)め、教(い)うて漢子(おとこ=男)と做(な)すか?好(よ)き漢子(おとこ)は、半日兒(はんにち=半日)に就(すなわ)ち飯(めし)を要(もと)めんか?老孫(ろうそん)が山(やま)の根(ね=麓)の下(した)に、整(まるまる)と壓(おさ)えらるること五百余年(ごひゃくよねん)、也(ま)た曾(かつ)て些(すこし)の湯水(とうすい=汁や水)を嘗(な)めず、那裏(どう)して便(すなわ)ち餓(う)えんか?故(ことわけ=言い訳)を推(お)すな!走(に)ぐるな!我(わ)が袈裟(けさ)を還(かえ)して來(きた)らば、方(はじ)めて你(おまえ)を去(ゆ)きて飯(めし)を食(く)わしめん!」那(そ)の怪(かい)は虛(くう=空)に槍(やり)を幌(ひるがえ)し、身(み)を撒(ひるがえ=翻し)て洞(どう)に入(い)り、石門(せきもん)を關(とざ)し、小怪(しょうよう)を收(おさ)め回(めぐ)し、且(しばら)く筵宴(えんえん=酒宴)を安排(あんぱい=用意)し、請帖(せいじょう=招待状)を書寫(しょしゃ=したため)し、各山(かくざん)の魔王(まおう)を邀請(ようせい=招き)て慶會(けいえ=祝宴)するは題(だい=話題)せず。
卻説(さて)行者(ぎょうじゃ)は門(もん)を攻(せ)むるも開(ひら)かず、也(ま)た只(た)だ已(や)むを得(え)ず觀音院(かんのんいん)に回(かえ)る。那(そ)の本寺(ほんじ)の僧人(そうにん)は已(すで)に那(あ)の老和尚(ろうおしょう)を葬埋(そうまい=埋葬)し、都(みな)方丈(ほうじょう)の裏(うち)に在(あ)りて唐僧(とうそう)に伏侍(ぶじ=仕え)す。早齋(そうさい=朝の食事)は已(すで)に畢(おわ)り、又(また)午齋(ごさい=昼の食事)を擺(はい=並べ)せり。正(まさ)に那(そこ)に在(あ)りて湯(ゆ=汁)を添(そ)え水(みず)を換(か)えるに、只(ただ)見(み)る行者(ぎょうじゃ)の空(くう=空)より降(くだ)り下(お)りて來(きた)るを。衆僧(しゅうそう)は禮拜(らいはい)して、方丈(ほうじょう)に接(むか)え入(い)れ、三藏(さんぞう)に見(まみ)えたり。
三藏(さんぞう)道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)は來(きた)れるか?袈裟(けさ)は如何(どう)なれる?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「已(すで)に根由(こんゆ=手がかり)有(あ)り。早(はや)きに是(こ)れ曾(かつ)て這些(これら)の和尚(おしょう)を冤(えん=無実に罪)せざりき。原來(もともと)是(こ)れ那(あ)の黑風山(こくふうざん)の妖怪(ようかい)の偷(ぬす)めるなり。老孫(ろうそん)は去(ゆ)きて暗暗(ひそか)に他(かれ)を尋(たず)ぬるに、只(ただ)見(み)る他(かれ)が一個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)と、一個(ひとり)の老道人(ろうどうにん)と、那(あ)の芳草坡(ほうそうば)の前(まえ)に坐(ざ)して講話(こうわ=話し合う)せるを。也(ま)た是(こ)れ個(ひとり)の打(う)たずして自(みずか)ら招(しょう=白状)するの怪物(かいぶつ)にして、他(かれ)は忽然(たちまち)說(い)い出(い)だして道(いわ)く:後日(あさって)は是(こ)れ他(かれ)が母難之日(ぼなんのひ=誕生日)、諸邪(しょじゃ=多くの妖怪)を邀請(ようせい=招き)て來(きた)りて生日(たんじょうび)を做(な)す;夜來(ゆうべ)一件(ひとつ)の錦襴佛衣(きんらんぶつい)を得(え)たり、以(もっ)て此(これ)を壽(ことぶき)と為(な)し、一(ひとつ)の大宴(たいえん=大宴会)を作(つく)り、喚(よ)んで『慶賞佛衣會(けいしょうぶついえ)』と做(な)すと。是(こ)れ老孫(ろうそん)が面前(めんぜん=目の前)に搶(つ)き到(いた)り、一棍(ひとぼう)打(う)てば、那(そ)の黑漢(こくかん)は風(かぜ)と化(か)して走(に)げ、道人(どうにん)も也(ま)た見(み)えず、只(た)だ個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)を把(と)って打(う)ち死(し)ねたり、乃(すなわ)ち是(こ)れ一條(ひとすじ)の白花蛇(はくかだ)の精(せい)と成(な)れるなり。我(われ)は又(また)急急(いそぎ)に他(かれ)が洞口(どうぐち)に趕(お)い到(いた)り、他(かれ)を叫(よ)び出(い)だして他(かれ)と賭鬥(かけくらべ=勝負)せり。他(かれ)は已(すで)に承認(しょうにん=認め)て、是(こ)れ他(かれ)が拿(と)り回(かえ)れると。戰(たたか)うこと這(こ)の半日(はんにち)に够(た)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。那(そ)の怪(かい)は洞(どう)に回(かえ)り、卻(かえ)って飯(めし)を食(く)わんとし、石門(せきもん)を關(とざ)し、懼(おそ)れて戰(たたか)いて出(い)でず。老孫(ろうそん)は卻(かえ)って回(かえ)り來(きた)りて師父(しふ)を看(み)て、先(ま)ず此(こ)の信(しん=便り)を報(ほう=知らせ)す。已(すで)に是(こ)れ袈裟(けさ)の下落(げらく=行方)有(あ)れば、他(かれ)の我(われ)に還(かえ)さざるを怕(おそ)れず。」
衆僧(しゅうそう)は言(げん)を聞(き)きて、合掌(がっしょう)するは合掌(がっしょう)し、磕頭(こうとう=額づく)するは磕頭(こうとう)し、都(みな)一声(ひとこえ)「南無阿彌陀佛(なむあみだぶつ)!今日(きょう)下落(げらく=行方)を尋(たず)ね著(あて=見つけ)たれば、我(われ)等(ら)は方(ようや)く性命(いのち)の有(あ)るを得(え)たり!」と念(ねん=唱え)ず。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)ら且(しばら)く喜歡(よろこび)暢快(ちょうかい=痛快がる)するを休(や)めよ、我(われ)は還(な)お未(いま)だ曾(かつ)て手(て)に到(いた)らず、師父(しふ)も未(いま)だ曾(かつ)て門(もん)を出(い)でず。只(た)だ袈裟(けさ)の有(あ)るを等(ま)ち、我(わ)が師父(しふ)を打發(ほうつ=送り出)して好(よ)き好(よ)く門(もん)を出(い)ださしめて、才(はじ)めて是(こ)れ你(おまえ)らの安樂處(あんらくしょ=安楽な所)なり;若(も)し稍(やや)些須(すこし=少し)の不虞(ふぐ=不測)有(あ)らば、老孫(ろうそん)は可(なんと)好惹(からまれ=からまれ易き)の主子(あるじ)ならんか!曾(かつ)て好(よ)き茶飯(さはん=お茶と食事)の我(わ)が師父(しふ)に吃(く)わせたること有(あ)るか?曾(かつ)て好(よ)き草料(そうりょう=秣)の馬(うま)を喂(やしな)えること有(あ)るか?」衆僧(しゅうそう)は俱(みな)満口(まんこう=口を揃え)答応(とうおう=返事)して道(いわ)く:「有(あ)り!有(あ)り!有(あ)り!更(さら)に曾(かつ)て一毫(いちごう)も老爺(ろうや)を待怠慢(たいまん=おろそか)にせず。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(おまえ)が去(ゆ)きてしまいしこの半日(はんにち)、我(われ)は已(すで)に三次(さんじ)の茶湯(さとう=茶や汁)を吃(く)い、兩餐(りょうさん=二食)の齋供(さいく=供養の食事)を過(す)ごせり。他(かれ)らは俱(みな)曾(かつ)て敢(あえ)て我(われ)を慢(あなど=粗略)にせず。但(ただ)只(た)だ是(こ)れ你(おまえ)は還(な)お心(こころ)を尽(つ)くし力(ちから)を竭(つく)して去(ゆ)きて袈裟(けさ)を尋(たず)ね取(と)りて回(かえ)れ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「忙(いそ)ぐな!既(すで)に下落(げらく=行方)有(あ)れば、管情(きっと)這(こ)の厮(やつ)を拿住(とらえ)えて、你(なんじ)に原物(げんぶつ=元の品)を還(かえ)さん。放心(ほうしん)!放心(ほうしん)!」
正(まさ)に說(と)く處(ところ)に、那(そ)の上房院主(じょうぼういんしゅ=上房の院主)、又(また)素供(そく=精進料理)を整治(せいち=整え)し、孫老爺(そんろうや)を請(しょう)じて齋(とき=食事)を吃(く)わしむ。行者(ぎょうじゃ)は卻(かえ)って些須(すこし=少し)を吃(く)い、復(また)祥雲(しょううん=めでたい雲)を駕(が=駆)り、又(また)去(ゆ)きて尋找(じんさが=探し求)む。
正(まさ)に行(ゆ)く間(あいだ)に、只(ただ)見(み)る一個(ひとり)の小怪(しょうよう=小妖怪)の、左脅下(さきょうか=左脇)の下(した)に一個(ひとつ)の花梨木匣兒(かりんぼくこうじ=花梨の木箱)を夾(はさ)み、大路(たいろ=街道)より來(きた)るを。行者(ぎょうじゃ)は他(かれ)が匣(はこ)の内(うち)に必(かなら)ず什麼(なに)かの柬札(かんさつ=文書)有(あ)らんと度(はか)り、棒(ぼう)を舉(あ)げて、頭(あたま)を劈(さ)いて一下(ひとつ)、可憐(あわれ)や打(う)つに禁(た)えず、就(すなわ)ち打(う)ちて個(ひとつ)の肉餅(にくへい=肉の餅)の一般(ごとく)と成(な)せり;卻(かえ)って路(みち)の旁(かたわら)に拖(ひ)き在(あ)らしめ、匣兒(はこ)を揭(あ)け開(あ)けて觀看(みわた)せば、果(はた)して是(こ)れ一封(ひとふう=一通)の請帖(せいじょう=招待状)なり。帖(ふだ)の上(うえ)に寫(しる)せるは:
「侍生(じせい=侍生)熊羆(ゆうひ)頓首(とんしゅ=頭を下げ)して拜(はい)し、
大闡金池老上人(だいせんきんちろうしょうにん=金池上人)丹房(たんぼう=仙室)に啓上(けいじょう=申し上げ)す:
屢(しばしば)佳惠(かけい=ご厚情)を承(うけたまわ)り、感激(かんげき)淵深(えんしん=深き淵のごとし)。
夜(よる)觀(み)るに回祿(かいろく=火事)の難(なん=災い)有(あ)りて、救護(きゅうご=救い護る)を失(しっ)せり、諒(おもんばか)るに仙機(せんき=仙の機)必(かなら)ず他害(たがい=他からの害)無(な)からん。
生(せい=私)は偶(たまたま)佛衣(ぶつい)一件(ひとつ)を得(え)たり、雅會(がかい=風流な会)を作(な)さんと欲(ほっ)し、謹(つつし)んで花酌(かしゃく=花を添えた酒)を具(そな)え、奉(たてまつ)りて清賞(せいしょう=清雅な鑑賞)を扳(ひ=招)かんとす。
期(き=期日)に至(いた)らば、千乞(なにとぞ=何卒)仙駕(せんが=仙の車駕)の過臨(かりん=来臨)して一敘(いちじょ=ひとしきり語ら)わんことを。是(こ)れ荷(こうむ=幸い)なり。先(さき)だつこと二日(ふつか)に具(そな)ふ。」
行者(ぎょうじゃ)は見(み)て、呵呵(かか=あはは)と大笑(たいしょう=大笑い)して道(いわ)く:「那(あ)の老剝皮(ろうはくひ=老いぼれ)、死(し)するに他(かれ)は一毫(いちごう=少し)も虧(そこな=損なわれ)ず!他(かれ)は原來(もともと)妖精(ようせい)と黨(とう=徒党)を結(むす)べり!怪(あや)しむらくは道(なるほど)他(かれ)も也(ま)た二百七十歳(にひゃくななじっさい)を活(い)きおおせたり。想(おも)うに是(こ)れ那(あ)の妖精(ようせい)が他(かれ)に什麼(なに)かの服氣(ふくき=気を服む)の小法兒(しょうほう=小さな法)を傳(つた)えたれば、故(ゆえ)に此(こ)の壽(じゅ=長寿)有(あ)るか。老孫(ろうそん)は還(な)お他(かれ)が模樣(すがた)を記(おぼ)え得(え)たり、我(われ)が就(すなわ)ち變(へん)じて那(あ)の和尚(おしょう)と做(な)り、他(かれ)が洞(どう)の裏(うち)に往(ゆ)きて走走(ちょっと行き)、我(わ)が那(あ)の袈裟(けさ)の放(お)かれし何處(どこ)なるを看(み)ん。仮(かり)に若(も)し手(て)に得(え)ば、即(すなわ)ち便(すぐ)に拿(と)り回(かえ)り、卻(かえ)って也(ま)た力(りき=労力)を省(はぶ=省)けり。」
好(よ)き大聖(たいせい)、呪語(じゅご=呪文)を念動(ねんどう=唱え)、風(かぜ)に迎(むか)って一變(いっぺん)すれば、果(はた)して就(すなわ)ち那(あ)の老和尚(ろうおしょう)の一般(ごとく)に像(に)たり、鐵棒(てつぼう)を藏(かく)し、步(あゆみ)を曳(ひ)き開(あ)き、徑(ただ)ちに洞口(どうぐち)に來(きた)り、「開門(もんをあけよ)」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。那(そ)の小妖(しょうよう)は門(もん)を開(あ)けて、是(こ)れ這般(このよう)の模樣(すがた)なるを見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を轉(めぐ)らして報(ほう)じて道(いわ)く:「大王(だいおう)、金池長老(きんちちょうろう)が來(こ)られました。」那(そ)の怪(かい)は大(おお)いに驚(おどろ)きて道(いわ)く:「剛才(さっき=今しがた)小(ちいさ)き者(もの)を差(つか)わして簡帖(かんじょう=招待状)を下(おろ)して他(かれ)を請(しょう)ぜしむるに、此(こ)の時候(じこう=頃)は未(いま)だ那裏(あちら)に到(いた)らざるに、如何(どう)して他(かれ)は就(すなわ)ち來(きた)ること這等(このよう)に迅速(じんそく=速やか)なるか?想(おも)うに是(こ)れ小(ちいさ)き者(もの)の曾(かつ)て他(かれ)に撞(ぶつ)からざりしが、断(きっと)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の他(かれ)を呼(よ)びて袈裟(けさ)を討(もと)めに來(きた)らしめたるならん。事(こと)を管(つかさど)る者(もの)よ、佛衣(ぶつい)を把(と)って藏(かく)せよ、他(かれ)に見(み)えしむること莫(なか)れ。」
行者(ぎょうじゃ)は前門(ぜんもん)に進(い)りて、但(ただ)見(み)る那(あ)の天井(てんじょう=中庭)の中(なか)に、松篁(しょうこう=松と竹)は翠(みどり)を交(まじ)え、桃李(とうり=桃と李)は妍(うつくしさ)を爭(あらそ)い、叢叢(そうそう=むらがり)として花(はな)發(ひら)き、簇簇(ぞくぞく=群れ)として蘭(らん)の香(かおり)し、卻(かえ)って也(ま)た是(こ)れ個(ひとつ)の洞天(どうてん=仙境)之處(ところ)なり。又(また)見(み)る那(あ)の二門(にげん=二番目の門)の上(うえ)に一聯(ひとくみ)の對子(つい=対句)有(あ)り、寫(しる)せるは:「靜(しずか)かに深山(しんざん=奥山)に隱(かく)れて俗慮(ぞくりょ=俗な思い)無(な)く、幽(ゆう=幽かに)仙洞(せんどう)に居(きょ)して天真(てんしん=天然の真)を樂(たの)しむ。」
行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に道(いわ)く:「這(こ)の厮(やつ)も也(ま)た是(こ)れ個(ひとり)の垢(あか=汚れ)を脫(ぬ)ぎ塵(ちり)を離(はな)れ、命(めい=天命)を知(し)れるの怪物(かいぶつ)かな。」門(もん)の裏(うち)に入(い)り、前(まえ)に往(ゆ)きて又(また)進(すす)み、三層門(さんそうもん=三つ目の門)の裏(うち)に到(いた)れば、都(みな)是(こ)れ些(いささ)かの畫棟雕梁(がとうちょうりょう=絵や彫刻の施された棟や梁)、明窗彩戶(めいそうさいこ=明るい窓と彩りの戸)なり。只(ただ)見(み)る那(あ)の黑漢子(こくかんし=黒い男)は、穿(き)るは是(こ)れ黑綠紵絲袢襖(こくりょくちょしはんおう=黒緑の苧麻の綿入れ)、一領(ひとえ)の鴉青花綾披風(あせいかりょうひふう=烏のような黒の綾の外套)を罩(おお)い、一頂(ひとつ)の烏角軟巾(うかくなんきん=黒い角の柔らかい頭巾)を戴(いただ)き、一雙(ひとくみ)の麂皮皁靴(きひそうか=麂革の黒い靴)を穿(は)く;行者(ぎょうじゃ)の進(い)り來(きた)るを見(み)て、衣巾(いきん=衣と頭巾)を整頓(せいとん=整え)、階(きざはし)を降(くだ)りて迎接(げいせつ=迎え)えて道(いわ)く:「金池老友(きんちろうゆう=金池の旧友)、連日(れんじつ=このところ)親(したしみ=親交)を欠(か)きたり。請(こ)う坐(ざ)せ、請(こ)う坐(ざ)せ。」行者(ぎょうじゃ)は禮(れい)を以(もっ)て相見(そうけん=面会)す。見(まみ)えて畢(おわ)りて坐(ざ)し、坐(ざ)して定(さだ)まりて茶(ちゃ)なり。茶(ちゃ)罷(おわ)りて、妖精(ようせい)は身(み)を欠(かが)めて道(いわ)く:「適(さっき)小簡(しょうかん=小さな文)の奉啓(ほうけい=差し上げる)有(あ)りて、後日(あさって)に一敘(いちじょ=ひとしきり語ら)わんとせるに、何(なん)ぞ老友(ろうゆう=旧友)の今日(きょう)就(すなわ)ち下顧(かこ=来臨)せるや?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「正(まさ)に來(きた)りて進拜(しんぱい=参上)するに、路(みち)に華翰(かかん=貴簡)に遇(あ)わんとは期(き=思い)せざりき、『佛衣雅會(ぶついがかい)』有(あ)るを見(み)て、此(こ)の故(ゆえ)に急急(いそぎ)に奔(はし)り來(きた)れり、願(ねが)わくは見(み)ることを求(もと)めん。」那(そ)の怪(かい)は笑(わら)って道(いわ)く:「老友(ろうゆう)は差(ちが)えり。這(こ)の袈裟(けさ)は本(もと)是(こ)れ唐僧(とうそう)のもの、他(かれ)は你(おまえ)の處(もと)に住札(じゅうさつ=滞在)せるに、你(おまえ)は豈(あに)曾(かつ)て看(み)ざりしや、反(かえ)って我(われ)に就(つ)きて看看(みてみ)んと來(きた)るか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「貧僧(ひんそう=この僧)は借(か)り來(きた)りて、夜(よる)に因(よ)りて還(な)お曾(かつ)て展(ひろ)げ看(み)ざるに、大王(だいおう)の取(と)り來(きた)れるに遇(あ)えり。又(また)火(ひ)に燒(や)かれて荒山(こうざん=荒れた山)を失(うしな)い、家私(かし=家財)を失落(しつらく=紛失)せり。那(あ)の唐僧(とうそう)の徒弟(とてい=弟子)は、又(また)些(いささ)か驍勇(ぎょうゆう=勇猛)にして、亂(みだ)りに忙(いそが)しき中(うち)に、四下(あちこち)里(じょう=中)に都(みな)尋覓(じんべき=探し求)むるも見(み)えず。原來(もともと)是(こ)れ大王(だいおう)の洪福(こうふく=大いなる福)の收(おさ)め來(きた)れるなれば、故(ゆえ)に特(とく)に來(きた)りて一見(いっけん=ひと目拝見)せんとす。」
正(まさ)に講(こう=語)る處(ところ)に、只(ただ)見(み)る一個(ひとり)の巡山(じゅんざん=山を見回る)の小妖(しょうよう)有(あ)りて、來(きた)りて報(ほう=知らせ)じて道(いわ)く:「大王(だいおう)!禍事(かじ=大変事)なるぞ!請書(せいしょ=招待状)を下(おろ)せるの小校(しょうこう=小兵)は、孫行者(そんぎょうじゃ)に大路(たいろ=街道)の旁(かたわら)に打(う)ち殺(ころ)され、他(かれ)は経兒(きょう=手口)を綽(ひっさ=手に取り)ぎて、變化(へんげ)して金池長老(きんちちょうろう)と做(な)り、來(きた)りて佛衣(ぶつい)を騙(だま)し取(と)らんとす!」那(そ)の怪(かい)は言(げん)を聞(き)きて、暗(あん=ひそか)に道(いわ)く:「我(われ)が說(い)える那(あ)の長老(ちょうろう)の怎麼(どう)して今日(きょう)就(すなわ)ち來(きた)り、又(また)來(きた)ること迅速(じんそく=速やか)なるは、果(はた)して是(こ)れ他(かれ)なり!」急(いそ)ぎ身(み)を縱(はな)ち、槍(やり)を拿(と)り過(よ)ぎて、就(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を刺(さ)す。行者(ぎょうじゃ)は耳朶(じみ=耳)の裏(うち)より急(いそ)ぎ棍子(こんす=棒)を掣(ひ)き出(い)だし、本相(ほんぞう=元の姿)を現(あらわ)し、槍尖(そうせん=槍の穂)を架(ささ)え住(とど)めて、就(すなわ)ち他(かれ)が那(あ)の中廳(ちゅうちょう=中央の広間)の裏(うち)より跳(おど)り出(い)で、天井(てんじょう=中庭)の中(なか)より、前門(ぜんもん)の外(そと)に鬥(たたか)い到(いた)り、唬(おどろ)かす那(あ)の洞(どう)の裏(うち)の群魔(ぐんま=妖怪の群れ)をして都(みな)膽(きも=度胸)を喪(うしない)、家(いえ)の間(あいだ)の老幼(ろうよう=老いも若きも)をして尽(ことごと)く魂(たましい)無(な)からしむ。這場(このひとしきり)は山頭(さんとう=山の頂)に在(あ)りて好(よ)く賭鬥(かけくらべ=勝負)し、前番(ぜんぱん=前回)に比(くら)ぶるに更(さら)に是(こ)れ不同(おなじからず)。好(よ)き殺(たたかい):
「那(あ)の猴王(こうおう)は膽(きも)大(おお)きくして和尚(おしょう)に充(なりすま)し、這(こ)の黑漢(こくかん)は心(こころ)靈(たくみ=巧み)にして佛衣(ぶつい)を隱(かく)す。
語(ことば)去(さ)り言(ことば)來(きた)りて機會(きかい=機会)巧(たく)みなり、機(き)に隨(したが)い變(へん)に応(おう)じて差池(さち=狂い)無(な)し。
袈裟(けさ)は見(み)んと欲(ほっ)すれど由(よし=術)無(な)く見(み)えず、寶貝(ほうばい)は玄微(げんび=奥深く)として真(しん)に妙微(みょうび=妙に微か)なり。
小怪(しょうよう)は山(やま)を尋(めぐ)りて禍事(かじ=大変事)を言(い)い、老妖(ろうよう)は怒(いかり)を發(はっ)して神威(しんい=神の威)を顯(あらわ)す。
身(み)を翻(ひるがえ)して打(う)ち出(い)づ黑風洞(こくふうどう)、槍(やり)棒(ぼう)爭持(そうじ=競い合い)て是非(ぜひ=是非)を辨(わきま)う。
棒(ぼう)は長槍(ちょうそう)を架(ささ)えて声(こえ)響亮(きょうりょう=響き)き、槍(やり)は鐵棒(てつぼう)を迎(むか)えて光輝(こうき)を放(はな)つ。
悟空(ごくう)の變化(へんげ)は人間(にんげん)に少(すくな)く、妖怪(ようかい)の神通(じんつう)は世上(せじょう)に稀(まれ)なり。
這個(こちら)は佛衣(ぶつい)を把(と)って來(きた)りて壽(ことぶき)を慶(いわ)わんとし、那個(あちら)は袈裟(けさ)を得(え)ざれば肯(あえ)て善(よ)く歸(かえ)らんや?
這番(このたび)の苦戰(くせん=苦しい戦い)は手(て)を分(わ)かち難(がた)く、就(すなわ)ち是(こ)れ活佛(かつぶつ=生き仏)の凡(ぼん=この世)に臨(のぞ)むも也(ま)た圍(かこみ)を解(と)くを得(え)じ。」
他(かれ)の二(ふた)人(り)は洞口(どうぐち)より打(う)ちて山頭(さんとう=山の頂)に上(のぼ)り、山頭(さんとう)より雲外(うんがい=雲の彼方)に殺(きりあ)い在(あ)り、霧(きり)を吐(は)き風(かぜ)を噴(ふ)き、砂(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走(はし)らせ、只(た)だ紅日(こうじつ=赤い日)の西(にし)に沈(しず)むまで鬥(たたか)うも、勝敗(しょうはい)を分(わ)かたず。那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「姓(せい)を孫(そん)と做(い)う者(もの)よ、你(おまえ)は且(しばら)く手(て)を住(とど)めよ。今日(きょう)は天(てん)が晩(くれ)て、相持(あいとど=渡り合う)に好(よ)からず。你(おまえ)は去(ゆ)け、你(おまえ)は去(ゆ)け!明早(あした)の來(きた)るを待(ま)て、你(おまえ)と定(さだ)めん一個(ひとつ)の死活(しかつ=生死)を。」行者(ぎょうじゃ)は叫(よばわ)りて道(いわ)く:「兒(こ=小僧)め走(に)ぐるな!戰(たたか)わんと要(もと)めれば便(すなわ)ち個(ひとつ)の戰(たたかい)の像(かたち=格好)せよ、天(てん)の晩(くれ)たるを以(もっ)て相推(あいお=言い訳)すべからず。」他(かれ)の沒頭沒臉(でたらめに=構わず)に、只情(ひたすら)棍子(こんす=棒)を使(つか)いて打(う)ち來(きた)るを看(み)よ、這(こ)の黑漢(こくかん)は又(また)陣(ひとむれ)の清風(せいふう=清い風)と化(か)し、本洞(ほんどう=元の洞)に轉(めぐ)り回(かえ)り、緊(かた)く石門(せきもん)を閉(とざ)して出(い)でず。
行者(ぎょうじゃ)は卻(かえ)って計策(けいさく)奈何(いかん=どうしようもなく)、只(た)だ已(や)むを得(え)ず也(ま)た觀音院(かんのんいん)の裏(うち)に回(かえ)る。雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)え落(おと)し、「師父(しふ)」と一声(ひとこえ)道(い)う。那(そ)の三藏(さんぞう)は眼(め)を兒(こまか=細かく)巴巴(じっと=じっと)と、正(まさ)に他(かれ)を望(のぞ)めるところなり。忽(たちま)ち面前(めんぜん=目の前)に到(いた)れるを見(み)て、甚(はなは)だ喜(よろこ)び;又(また)他(かれ)が手(て)の裏(うち)に袈裟(けさ)の無(な)きを見(み)て、又(また)懼(おそ)る;問(と)うて道(いわ)く:「怎麼(どう)して這番(こんど)は還(な)お曾(かつ)て袈裟(けさ)の來(きた)らざるか?」
行者(ぎょうじゃ)は袖(そで)の中(なか)より個(ひとつ)の簡帖兒(かんじょう=招待状)を取(と)り出(い)だし、三藏(さんぞう)に遞(わた)して道(いわ)く:「師父(しふ)、那(あ)の怪物(かいぶつ)と這(こ)の死(し)せる老剝皮(ろうはくひ)とは、原(もと)是(こ)れ朋友(ほうゆう)なり。他(かれ)は一個(ひとり)の小妖(しょうよう)をして此(こ)の帖(ふだ)を送(おく)り來(きた)らせ、還(な)お他(かれ)を請(しょう)じて『佛衣會(ぶついえ)』に赴(おもむ)かしめんとす。是(こ)れ老孫(ろうそん)が那(あ)の小妖(しょうよう)を把(と)って打(う)ち死(し)ね、變(へん)じて那(あ)の老和尚(ろうおしょう)と做(な)り、他(かれ)が洞(どう)に進(い)り去(ゆ)きて、一鐘(ひとつ)の茶(ちゃ)を吃(く)いて騙(だま)り取(と)れり。袈裟(けさ)を他(かれ)に問(と)いて討(もと)めて看看(みてみ)んと欲(ほっ)せしに、他(かれ)は肯(あえ)て拿(と)り出(い)ださず。正(まさ)に坐(ざ)せる間(あいだ)に、忽(たちま)ち一個(ひとり)の什麼(なに)かの巡風(じゅんぷう=風を見回る)の者(もの)に、風信(ふうしん=風の便り)を走(はし)らされて、他(かれ)は就(すなわ)ち我(われ)と打(う)ち將(た)ち起(おこ)れり。只(た)だ這(こ)の早晚(ちょうぼう=この頃)まで鬥(たたか)うも、上下(じょうげ=優劣)を分(わ)かたず。他(かれ)は天(てん)の晩(くれ)たるを見(み)て、閃(ひらめ)きて洞(どう)に回(かえ)り去(ゆ)き、緊(かた)く石門(せきもん)を閉(とざ)せり。老孫(ろうそん)は奈何(いかん=どうしようもなく)、也(ま)た暫(しばら)く回(かえ)り來(きた)れり。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(おまえ)の手段(しゅだん=腕前)は他(かれ)に比(くら)ぶるに何如(いかん)ぞや?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(われ)も也(ま)た硬(つよ)きこと多(おお)からず、只(た)だ戰(たたか)いて個(ひとつ)の手平(てごこち=互角)なり。」
三藏(さんぞう)は才(ようや)く簡帖(かんじょう)を看(み)て、又(また)那(あ)の院主(いんしゅ)に遞(わた)して道(いわ)く:「你(おまえ)が師父(しふ)は敢(あえ)て莫(もしか)して也(ま)た是(こ)れ妖精(ようせい)ならんか?」那(そ)の院主(いんしゅ)は慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(お)りて道(いわ)く:「老爺(ろうや)、我(わ)が師父(しふ)は是(こ)れ人(ひと)なり;只(た)だ那(あ)の黑大王(こくだいおう)の人道(じんどう=人の道)を修(おさ)め成(な)せるに因(よ)り、常(つね)に寺(てら)の裏(うち)に來(きた)りて我(わ)が師父(しふ)と經(きょう)を講(こう=語)じ、他(かれ)は我(わ)が師父(しふ)に些(いささ)かの養神服氣(ようじんふくき=神を養い気を服む)之術(じゅつ)を傳(つた)えたれば、故(ゆえ)に朋友(ほうゆう)を以(もっ)て相稱(あいしょう=呼び合う)せり。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這(こ)の伙(くずれ=連中)の和尚(おしょう)には甚(なに)の妖氣(ようき=妖気)も無(な)し、他(かれ)らは一個個(めいめい)頭(あたま)は円(まる)く頂(いただき)は天(てん)に、足(あし)は方(ほう=四角)にして地(ち)を履(ふ)む、但(ただ)老孫(ろうそん)に比(くら)ぶるに肥胖(ひはん=太り)長大(ちょうだい=大柄)なる些(すこし)のみにして、妖精(ようせい)に非(あら)ず。你(おまえ)看(み)よ那(あ)の帖兒(ふだ)の上(うえ)に『侍生熊羆(じせいゆうひ)』と寫(しる)せるを、此(こ)の物(もの)は必定(きっと)是(こ)れ個(ひとり)の黑熊(こくゆう=黒熊)の精(せい)と成(な)れるなり。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「我(われ)は古人(こじん)の云(い)える『熊(ゆう=熊)と猩猩(しょうじょう)とは相類(あいるい=似たり)』と聞(き)けり。都(みな)是(こ)れ獸類(じゅるい=獣の類)なるに、他(かれ)は卻(かえ)って怎麼(どう)して精(せい)と成(な)れるか?」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「老孫(ろうそん)は是(こ)れ獸類(じゅるい)なるが、見(み)て齊天大聖(せいてんたいせい)と做(な)れる、他(かれ)と何(なん)の異(こと=違い)か有(あ)らん?大抵(おおよそ)世間(せけん)之物(もの)、凡(およ)そ九竅(きゅうきょう=九つの穴)有(あ)る者(もの)は、皆(みな)以(もっ)て修行(しゅぎょう)して仙(せん=仙人)と成(な)るべし。」三藏(さんぞう)又(また)道(いわ)く:「你(おまえ)は才(さっき)他(かれ)の本事(ほんじ=腕前)の你(おまえ)と手平(てごこち=互角)なると說(い)えるが、你(おまえ)は卻(かえ)って怎生(どう)して勝(か)ち得(え)て、我(わ)が袈裟(けさ)を取(と)り回(かえ)らんか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「管(かま)うな、管(かま)うな、我(われ)に處治(しょち=手立て)有(あ)り。」
正(まさ)に商議(しょうぎ=相談)する間(あいだ)に、衆僧(しゅうそう)は晚齋(ばんさい=夕食)を擺(はい=並べ)し上(あ)げ、他(かれ)の師徒(しと)たちを請(しょう)じて之(これ)を吃(く)わしむ。三藏(さんぞう)は燈(あかり)を掌(てに=とも)さしめ、仍(な)お前(まえ)の禪堂(ぜんどう=座禅堂)に去(ゆ)きて安歇(あんけつ=休ま)る。衆僧(しゅうそう)は都(みな)墻(かべ=塀)に挨(よ)り壁(かべ)に倚(よ)り、苫(むしろ)を搭(わた)して窩棚(かほう=掘っ建て小屋)を作(つく)り、各各(おのおの)睡(ね)り下(お)り、只(た)だ個(ひとつ)の後方丈(ごほうじょう=裏の住職の間)を把(と)って那(あ)の上下院主(じょうげいんしゅ)の安身(あんしん=身を休める)に讓(ゆず)れり。此(こ)の時(とき)夜(よる)は靜(しず)かなり。但(ただ)見(み)よ:
「銀河(ぎんが=天の川)は影(かげ)を現(あらわ)し、玉宇(ぎょくう=玉の空)には塵(ちり)無(な)し。
滿天(まんてん=空いっぱい)の星(ほし)燦爛(さんらん=きらきら)と、一水(いっすい=一面の水)は浪(なみ)痕(あと)を收(おさ)む。
萬籟(ばんらい=あらゆる音)は聲(こえ)寧(やす)らかに、千山(せんざん=幾千の山)に鳥(とり)絕(た)ゆ。
溪邊(けいへん=谷のほとり)の漁火(ぎょか=漁の火)は息(や)み、塔(とう)の上(うえ)の佛燈(ぶっとう=仏の灯)は昏(くら)し。
昨夜(ゆうべ)は闍黎(しゃり=僧)の鐘鼓(しょうこ)の響(ひび)けるも、今宵(こよい)は一遍(ひとわたり)の哭(な)く声(こえ)の聞(き)こゆるのみ。」
是(こ)の夜(よる)禪堂(ぜんどう)に在(あ)りて歇宿(けっしゅく=泊まる)。那(そ)の三藏(さんぞう)は袈裟(けさ)を想(おも)いて、那裏(どう)かに穩(やす)らかなる睡(ねむり)を得(え)ん?忽(たちま)ち身(み)を翻(ひるがえ)して窗(まど)の外(そと)の透(す)き白(しろ)むを見(み)て、急(いそ)ぎ起(お)きて叫(よばわ)りて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、天(そら)が明(あか)るんだ、快(すみや)かに袈裟(けさ)を尋(たず)ねに去(ゆ)け。」行者(ぎょうじゃ)は一骨魯(いちころ=くるり)と跳(おど)り將(た)ち起(お)きる。早(はや)くも衆僧(しゅうそう)の侍立(じりつ=控え立ち)して、湯水(とうすい=湯や水)を供奉(ぐぶ=供え)するを見(み)て、行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)らは心(こころ)を用(もち)いて我(わ)が師父(しふ)に伏侍(ぶじ=仕え)よ、老孫(ろうそん)は去(ゆ)くなり。」三藏(さんぞう)は床(とこ=寝床)を下(お)り、扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く:「你(おまえ)は那裏(どこ)へ往(ゆ)かんとす?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(われ)想(おも)うに這(こ)の樁(ひとつの=この一件)の事(こと)は都(みな)是(こ)れ觀音菩薩(かんのんぼさつ)の理(り=道理)が無(な)きにして、他(かれ)は這(こ)の個(ひとつ)の禪院(ぜんいん)有(あ)りて、此(ここ)に在(あ)りて此處(こちら)の人家(じんか=人々)の香火(こうか=線香と灯明)を受(う)けながら、又(また)那(あ)の妖精(ようせい)の鄰(となり)に住(じゅう=住む)を容(ゆる)せり。我(われ)は南海(なんかい)に去(ゆ)きて他(かれ)を尋(たず)ね、他(かれ)と三講(みつほど=ひとしきり)講(こう=語)り、他(かれ)に親(みずか)ら來(きた)りて妖精(ようせい)に袈裟(けさ)を問(と)い討(もと)めて我(われ)に還(かえ)さしめん。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(おまえ)が這(こ)れ去(ゆ)かば、幾時(いつ)に回(かえ)り來(きた)るか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「時(とき)の少(すくな)きは只(た)だ飯罷(めしあと=食事の後)に在(あ)り、時(とき)の多(おお)きは只(た)だ晌午(ひる=昼)に在(あ)り、就(すなわ)ち成功(せいこう=成就)せり。那些(これら)の和尚(おしょう)は、可(よ)く好(よ)く伏侍(ぶじ)すべし、老孫(ろうそん)は去(ゆ)くなり。」
說(い)う声(こえ)の去(ゆ)くや、早(はや)くも已(すで)に蹤(あと=跡)無(な)し。須臾(しゅゆ=しばらく)の間(あいだ)に、南海(なんかい)に到(いた)れり。雲(くも)を停(とど)めて觀看(みわた)す。但(ただ)見(み)よ那(そ)の:
「汪洋(おうよう=広々)として海(うみ)遠(とお)く、水勢(すいせい=水の勢い)天(てん)に連(つら)なる。
祥光(しょうこう=めでたい光)は宇宙(うちゅう)を籠(こ)め、瑞氣(ずいき=めでたい気)は山川(さんせん)を照(て)らす。
千層(せんそう=幾重)の雪浪(せつろう=白波)は青霄(せいしょう=青空)に吼(ほ)え、萬迭(ばんじょう=幾重にも)の烟波(えんぱ=波の靄)は白晝(はくちゅう=白昼)に滔(とうとう=たぎる)。
水(みず)は四野(しや=四方の野)に飛(と)び、浪(なみ)は周遭(しゅうそう=周囲)に滚(とうとう=たぎる)。
水(みず)の四野(しや)に飛(と)ぶは轟雷(ごうらい=轟く雷)を振(ふる)わせ、浪(なみ)の周遭(しゅうそう)に滚(とうとう)るるは霹靂(へきれき=稲妻)を鳴(な)らす。
水勢(すいせい)を言(い)うを休(や)めて、且(しばら)く中間(ちゅうかん=真ん中)を看(み)よ。
五色(ごしき)朦朧(もうろう=おぼろ)として寶迭山(ほうじょうざん)を、紅黄紫皁綠(こうおうしそうりょく)和(あ)えて藍(あい)なり。
才(ようや)く觀音(かんのん)の真(しん=まこと)の勝境(しょうきょう=勝れた境地)を見(み)、試(こころ)みに南海(なんかい)の落伽山(らくかさん=普陀洛迦山)を看(み)よ。
好(よ)き去處(ところ)かな!山峰(さんぽう=峰)高(たか)く聳(そび)え、頂(いただき)は虚空(こくう)を透(とお)る。
中間(ちゅうかん)に千樣(せんよう=千種)の奇花(きか=珍しい花)、百般(ひゃくはん=百種)の瑞草(ずいそう=めでたい草)有(あ)り。
風(かぜ)は寶樹(ほうじゅ=宝の木)を搖(ゆ)り、日(ひ)は金蓮(こんれん=金の蓮)を映(てら)す。
觀音殿(かんのんでん)の瓦(かわら)は琉璃(るり)を蓋(おお)い、潮音洞(ちょうおんどう)の門(もん)には玳瑁(たいまい=べっ甲)を鋪(し)く。
綠楊(りょくよう=緑の柳)の影(かげ)の裏(うち)に鸚哥(いんか=鸚鵡)語(かた)り、紫竹(しちく=紫の竹)の林(はやし)の中(なか)に孔雀(くじゃく)啼(な)く。
羅紋石(らもんせき=紋のある石)の上(うえ)には、護法(ごほう=護法神)威嚴(いげん=威厳)あり;
瑪瑙灘(めのうたん=瑪瑙の砂浜)の前(まえ)には、木吒(もくた=恵岸)雄壯(ゆうそう=雄々し)し。」
這(こ)の行者(ぎょうじゃ)は那(あ)の異景(いけい=珍しい景)の非常(ひじょう=並々ならぬ)なるを觀(み)て尽(つ)きず、徑直(ただ)ちに雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)えて、竹林(ちくりん=竹の林)の下(した)に到(いた)る。早(はや)くも諸天(しょてん=諸天の神)の迎接(げいせつ=出迎え)して道(いわ)く有(あ)り:「菩薩(ぼさつ)は前者(さきほど=先日)大聖(たいせい)の善(ぜん=善)に歸(き)せるを眾(しゅう=皆)に對(むか)い言(げん)じ、甚(はなは)だ是(こ)れ宣揚(せんよう=褒め称える)せられたり。今(いま)唐僧(とうそう)を保(ほ=守)るに、如何(どう)して暇(ひま)を得(え)て此(ここ)に到(いた)れるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「唐僧(とうそう)を保(ほ)るるに因(よ)り、路(みち)に一事(いちじ)に逢(あ)い、特(とく)に菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えんとし、煩(わずらわ)しくも為(ため)に通報(つうほう=取り次ぎ)せよ。」諸天(しょてん)は遂(つい)に來(きた)りて洞口(どうぐち)に報(ほう)じ知(し)らしむ。菩薩(ぼさつ)は喚(よ)び入(い)らしむ。
行者(ぎょうじゃ)は法(ほう=法儀)に遵(したが)いて行(ゆ)き、寶蓮台(ほうれんだい=宝の蓮の台)の下(した)に至(いた)りて拜(おが)めり。菩薩(ぼさつ)は問(と)うて曰(いわ)く:「你(おまえ)は來(きた)りて何(なん)の干(かかわり=用)ぞ?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(わ)が師父(しふ)は路(みち)に你(おまえ)の禪院(ぜんいん)に遇(あ)えり、你(おまえ)は人間(にんげん)の香火(こうか=線香と灯明)を受(う)けながら、一個(ひとり)の黑熊精(こくゆうせい)の那(そこ)に鄰(となり)に住(じゅう=住む)を容(ゆる)し、他(かれ)をして我(わ)が師父(しふ)の袈裟(けさ)を偷(ぬす)ましめ、屢次(たびたび)取(と)り討(もと)むるも與(あた)えず、今(いま)特(とく)に來(きた)りて你(おまえ)に問(と)いて之(これ)を要(もと)むるなり。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「這(こ)の猴(さる)の說話(せつわ=言いよう)、這等(これほど)に無狀(ぶじょう=無礼)なり!既(すで)に是(こ)れ熊精(ゆうせい)の你(おまえ)の袈裟(けさ)を偷(ぬす)めるならば、你(おまえ)は怎(どう)して來(きた)りて我(われ)に問(と)いて取(と)り討(もと)むるか?都(みな)是(こ)れ你(おまえ)這個(こ)の孽猴(げっこう=けがれた猿)の大膽(だいたん=大胆)にして、寶貝(ほうばい)を將(も)って賣弄(まいろう=見せびらかし)、拿(と)りて小人(しょうにん=つまらぬ者)に與(あた)えて看(み)せしめ、你(おまえ)は卻(かえ)って又(また)凶(きょう=乱暴)を行(おこな)い、風(かぜ)を喚(よ)び火(ひ)を發(おこ)して、我(わ)が留雲下院(りゅううんげいん=留雲下院)を燒(や)き、反(かえ)って我(わ)が處(もと)に來(きた)りて刁(とう=難癖)を放(はな)つか!」
行者(ぎょうじゃ)は菩薩(ぼさつ)の此(こ)の話(ことば)を說(い)い出(い)だすを見(み)て、他(かれ)の過去未來(かこみらい)之事(こと)を曉(さと)れるを知(し)り、慌(あわ)てて禮拜(らいはい)して道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、乞(こ)う弟子(でし)之罪(つみ)を恕(ゆる=許)せ、果(はた)して是(こ)れ這般(このよう)這等(かくのごとき)なり。但(ただ)恨(うら)むらくは那(あ)の怪物(かいぶつ)の肯(あえ)て我(われ)と袈裟(けさ)を與(あた)えず、師父(しふ)は又(また)那(あ)の話兒(ことば=呪文)の呪語(じゅご)を念(ねん=唱え)んとし、老孫(ろうそん)は頭痛(ずつう)を忍(しの)ぶ能(あた)わず、此(こ)の故(ゆえ)に來(きた)りて菩薩(ぼさつ)に拜(おが)み煩(わずらわ)す。望(のぞ)まくは菩薩(ぼさつ)の慈悲(じひ)之心(しん)、我(われ)を助(たす)けて去(ゆ)きて那(あ)の妖精(ようせい)を拿(とら)え、衣(ころも=袈裟)を取(と)りて西(にし)に進(すす)まんことを。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「那(あ)の怪物(かいぶつ)は許多(あまた=多く)の神通(じんつう)有(あ)りて、卻(かえ)って也(ま)た你(おまえ)に亞(つ)がず。也(ま)た罷(よかろう)、我(われ)は唐僧(とうそう)の面(めん=顔)を看(み)て、你(おまえ)と去(ゆ)きて一遭(ひとめぐり)せん。」行者(ぎょうじゃ)は言(げん)を聞(き)きて、恩(おん)を謝(しゃ)して再拜(さいはい=重ねて拝す)。即(すなわ)ち菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて門(もん)を出(い)だし、遂(つい)に同(とも)に祥雲(しょううん)を駕(が=駆)り、早(はや)くも黑風山(こくふうざん)に到(いた)る。雲頭(うんとう)を墜(おと)し落(おと)し、路(みち)に依(よ)りて洞(どう)を找(さが=探)す。
正(まさ)に行(ゆ)く處(ところ)に、只(ただ)見(み)る那(あ)の山坡(さんぱ=山の斜面)の前(まえ)より、一個(ひとり)の道人(どうにん)の走(はし)り出(い)づるを、手(て)に一個(ひとつ)の玻璃盤兒(はりばん=ガラスの盆)を拿(と)り、盤(ばん=盆)の内(うち)に兩粒(ふたつぶ)の仙丹(せんたん)を安(おさ)め、前(まえ)へ正(まさ)に走(はし)るに;行者(ぎょうじゃ)に撞(ぶつ)かりて個(ひとつ)の満懷(まんかい=胸いっぱい)と為(な)り、棒(ぼう)を掣(ひ)き出(い)だし、就(すなわ)ち頭(あたま)を照(てら)して一下(ひとつ)、打(う)ちて腦(のう)の裏(うち)より漿(しょう=脳漿)の流(なが)れ出(い)で、腔中(こうちゅう=胸の中)より血(ち)の迸(ほとばし)り攛(ほとばし)らしむ。菩薩(ぼさつ)は大(おお)いに驚(おどろ)きて道(いわ)く:「你(おまえ)這個(こ)の猴(さる)め、還是(やはり)這等(このよう)放潑(ほうはつ=勝手放題)なり!他(かれ)は又(また)曾(かつ)て你(おまえ)の袈裟(けさ)を偷(ぬす)まず、又(また)你(おまえ)と相識(そうしき=顔見知り)ならず、又(また)甚(なん)の冤仇(えんきゅう=恨み)も無(な)きに、你(おまえ)は怎麼(どう)して就(すなわ)ち他(かれ)を將(も)って打(う)ち死(し)ねしめたるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)は他(かれ)を認(みと)め得(え)ず。他(かれ)は是(こ)れ那(あ)の黑熊精(こくゆうせい)之朋友(ほうゆう)なり。他(かれ)は昨日(きのう)一個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)と、都(みな)芳草坡(ほうそうば)の前(まえ)に在(あ)りて坐(ざ)して講(こう=語)じたり。後日(あさって)は是(こ)れ黑熊精(こくゆうせい)の生日(たんじょうび)にして、彼(かれ)らを請(しょう)じて來(きた)りて『佛衣會(ぶついえ)』を慶(いわ)わしむ。今日(きょう)他(かれ)は先(ま)ず來(きた)りて壽(ことぶき)を拜(おが)み、明日(あす)は來(きた)りて『佛衣會(ぶついえ)』を慶(いわ)う、故(ゆえ)に我(われ)は認(みと)め得(え)たり。定(きっ)と是(こ)れ今日(きょう)那(あ)の妖(よう=妖怪)に替(かわ)りて壽(ことぶき)に上(のぼ)るならん。」菩薩(ぼさつ)說(いわ)く:「既(すで)に是(こ)れ這等(このよう)說(い)い來(きた)らば、也(ま)た罷(よかろう)。」行者(ぎょうじゃ)は才(ようや)く去(ゆ)きて那(あ)の道人(どうにん)を把(と)って提(ひ)き起(お)こして看(み)れば、卻(かえ)って是(こ)れ一隻(ひとつの)蒼狼(そうろう=灰色の狼)なり。旁(かたわら)の那(あ)の盤兒(ばん=盆)の底(そこ)の下(した)に卻(かえ)って字(じ)有(あ)り、刻(きざ)みて道(いわ)く:「凌虛子制(りょうきょしせい=凌虚子が作る)」と。行者(ぎょうじゃ)は見(み)て、笑(わら)って道(いわ)く:「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!老孫(ろうそん)も也(ま)た是(こ)れ便益(べんえき=得)し、菩薩(ぼさつ)も也(ま)た是(こ)れ力(りき=労力)を省(はぶ)く。這(こ)の怪(かい)は做(い)うて『打(う)たずして自(みずか)ら招(しょう=白状)す』、那(あ)の怪(かい)は他(かれ)をして今日(きょう)劣(れつ=始末)を了(お)えしめよ。」菩薩(ぼさつ)は說(い)いて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、這(こ)れを教(おし)えて怎麼(どう)說(い)うか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、我(わ)が悟空(ごくう)に一句(ひとこと)の話兒(ことば)有(あ)り、做(い)うて『計(けい=計略)を將(も)って計(けい)に就(つ)く』と、菩薩(ぼさつ)の肯(あえ)て我(われ)に依(したが)うべきを知(し)らずや?」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「你(おまえ)說(い)え。」行者(ぎょうじゃ)說(い)いて道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)看(み)よ這(こ)の盤(ばん)の兒(なか=中)に兩粒(ふたつぶ)の仙丹(せんたん)在(あ)るは、便(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)らと那(あ)の妖魔(ようま)との贄見(しけん=初対面の贈り物);這(こ)の盤兒(ばん)の後面(うしろ)に刻(きざ)める四個(よつ)の字(じ)に『凌虛子制(りょうきょしせい)』と說(い)えるは、便(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)らと那(あ)の妖魔(ようま)との勾頭(こうとう=手がかり)。菩薩(ぼさつ)若(も)し我(われ)に依(したが)うことを得(え)る時(とき)は、我(われ)は好(よ)く你(おまえ)に替(かわ)りて個(ひとつ)の計較(けいこう=工夫)を作(つく)らん、也(ま)た就(すなわ)ち干戈(かんか=武器)を動(うごか)すを須(もち)いず、也(ま)た征戰(せいせん=征伐)を労(ろう=労する)するを須(もち)いず、妖魔(ようま)は眼下(がんか=今すぐ)に瘟(おん=災い)に遭(あ)い、佛衣(ぶつい)は眼下(がんか)に出現(しゅつげん)せん;菩薩(ぼさつ)若(も)し我(われ)に依(したが)わざる時(とき)は、菩薩(ぼさつ)は西(にし)に往(ゆ)き、我(われ)が悟空(ごくう)は東(ひがし)に往(ゆ)かん、佛衣(ぶつい)は只(た)だ相送(そうそう=贈る)るに當(あ)て、唐三藏(とうさんぞう)は只(た)だ落空(らくくう=空しく終わる)に當(あ)てん。」菩薩(ぼさつ)は笑(わら)って道(いわ)く:「這(こ)の猴(さる)は熟嘴(じゅくし=口達者)め!」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「不敢(いたりません)、倒(かえ)って是(こ)れ一個(ひとつ)の計較(けいこう=工夫)なり。」菩薩(ぼさつ)說(いわ)く:「你(おまえ)が這(こ)の計較(けいこう)は怎(どう)說(い)うか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這(こ)の盤(ばん)の上(うえ)に那(あ)の『凌虛子制(りょうきょしせい)』と刻(きざ)める、想(おも)うに這(こ)の道人(どうにん)を就(すなわ)ち凌虛子(りょうきょし)と做(い)うならん。菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)が我(われ)に依(したが)わんと要(もと)むる時(とき)は、可(よ)く就(すなわ)ち變(へん)じて這個(こ)の道人(どうにん)と做(な)り、我(われ)は這(こ)の丹(たん=丹薬)を一(ひと)粒(つぶ)吃(く)いて、一(ひと)粒(つぶ)に變(へん)じ上(あ)げて、略(やや)大(おお)きき些(すこし)ならん。菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)は就(すなわ)ち這個(こ)の盤兒(ばん)を捧(ささ)げ、兩粒(ふたつぶ)の仙丹(せんたん)を、去(ゆ)きて那(あ)の妖(よう)と壽(ことぶき)に上(のぼ)り、這(こ)の丸(たま)の大(おお)きき些(すこし)を把(と)って那(あ)の妖(よう)に讓(ゆず)れ。那(あ)の妖(よう)の一口(ひとくち)に之(これ)を吞(の)まんを待(ま)ちて、老孫(ろうそん)は便(すなわ)ち中(なか)に於(お)いて事(こと)を取(と)らん、他(かれ)若(も)し肯(あえ)て佛衣(ぶつい)を獻(けん=献)じ出(い)ださざれば、老孫(ろうそん)は他(かれ)が肚腸(とちょう=内臓)を將(も)って、就(すなわ)ち也(ま)た織(お)り將(た)ちて一件(ひとつ)を出(い)ださん。」
菩薩(ぼさつ)は法(ほう=術)無(な)く、只(た)だ已(や)むを得(え)ず也(ま)た点点(こくり=こくり)と頭(かしら)を兒(ちょっと)振(ふ)りて他(かれ)に依(したが)う。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「如何(いかん=どうか)。」爾時(そのとき)菩薩(ぼさつ)は乃(すなわ)ち廣大(こうだい)の慈悲(じひ)、無邊(むへん)の法力(ほうりき)を以(もっ)て、億万(おくまん)の化身(けしん=姿を変える)を以(もっ)て、心(こころ)を以(もっ)て意(い)を会(え=会得)し、意(い)を以(もっ)て身(み)を会(え)し、恍惚(こうこつ=かすか)の間(あいだ)に、變(へん)じて凌虛仙子(りょうきょせんし)と作(な)れり:
「鶴氅(かくしょう=鶴の羽の外套)は仙風(せんぷう=仙の風)颯(さつ=颯)たり、飄颻(ひょうよう=ひらひら)として步虛(ほきょ=天空を歩む)せんと欲(ほっ)す。
蒼顏(そうがん=老いた顔)は松柏(しょうはく)の老(お)い、秀色(しゅうしょく=秀でた色)は古今(ここん)に無(な)し。
去(さ)り去(さ)りて還(な)お住(じゅう=留ま)る無(な)く、如如(にょにょ=真如)自(おの)ずから殊(こと=異なる)なる有(あ)り。
總(すべ)て來(きた)りて一法(いっぽう=一つの法)に歸(き)すれど、只(た)だ是(こ)れ邪軀(じゃく=邪なる躯)を隔(へだ)てるのみ。」
行者(ぎょうじゃ)は看(み)て道(いわ)く:「妙(みょう=見事)啊(かな)!妙(みょう)啊(かな)!還是(やはり)妖精(ようせい)の菩薩(ぼさつ)なるか、還是(やはり)菩薩(ぼさつ)の妖精(ようせい)なるか?」菩薩(ぼさつ)は笑(わら)って道(いわ)く:「悟空(ごくう)、菩薩(ぼさつ)と妖精(ようせい)とは、總(すべ)て是(こ)れ一念(いちねん=一つの思い);若(も)し本来(ほんらい)を論(ろん)ぜば、皆(みな)無有(むう=無)に屬(ぞく)す。」行者(ぎょうじゃ)は心(こころ)の下(もと)に頓悟(とんご=たちどころに悟り)、身(み)を轉(めぐ)らして卻(かえ)って就(すなわ)ち變(へん)じて一粒(ひとつぶ)の仙丹(せんたん)と做(な)る:「盤(ばん)を走(はし)るに定(さだ)まること無(な)く、円明(えんみょう=円く明らか)なるに未(いま)だ方(ほう=形)有(あ)らず。三三(さんさん)は勾漏(こうろう)に合(がっ)し、六六(ろくろく)は少翁(しょうおう)と商(しょう=相談)す。瓦鑠(がしゃく=瓦や石)は黄金(おうごん)の焰(ほのお)、牟尼(むに=宝珠)は白晝(はくちゅう)の光(ひかり)。外邊(そと)の鉛(えん=鉛)と汞(こう=水銀)とは、未(いま)だ許(ゆる)さず易(やすやす)と論(ろん)じ量(はか)るを。」
行者(ぎょうじゃ)は那(あ)の顆(ひとつ)の丹(たん)に變(へん)じたれど、終(つい)に是(こ)れ略(やや)大(おお)きき些(すこし)なり。菩薩(ぼさつ)は認(みと)め定(さだ)め、那(あ)の個(ひとつ)の玻璃盤兒(はりばん=ガラスの盆)を拿(と)りて、徑(ただ)ちに妖洞(ようどう)の門口(もんぐち)に到(いた)り、看(み)る時(とき)、果(はた)して是(こ)れ:
「崖(がけ)深(ふか)く岫(くき=峰)險(けわ)しく、雲(くも)は嶺(みね)の上(うえ)に生(しょう)じ;
柏(はく=コノテガシワ)蒼(あお)く松(まつ)翠(みどり)にして、風(かぜ)は林(はやし)の間(あいだ)に颯(さつ=颯)たり。
崖(がけ)深(ふか)く岫(くき)險(けわ)しきは、果(はた)して是(こ)れ妖邪(ようじゃ)の出沒(しゅつぼつ)するに人烟(じんえん=人家の煙)少(すくな)く;
柏(はく)蒼(あお)く松(まつ)翠(みどり)なるは、也(ま)た可(よ)く仙真(せんしん=まことの仙人)の修隱(しゅういん=隠れ修する)に道情(どうじょう=道の心)多(おお)し。
山(やま)に澗(たに)有(あ)り、澗(たに)に泉(いずみ)有(あ)り、潺潺(せんせん=さらさら)たる流水(りゅうすい)は鳴琴(めいきん=鳴る琴)を咽(むせ)ばしめ、便(すなわ)ち耳(みみ)を洗(あら)うに堪(た)えたり;
崖(がけ)に鹿(しか)有(あ)り、林(はやし)に鶴(つる)有(あ)り、幽幽(ゆうゆう=幽か)たる仙籟(せんらい=仙の音)は閑岑(かんしん=静かな峰)を動(うご)かし、亦(ま)た賞心(しょうしん=心を楽します)すべし。
這(こ)れは是(こ)れ妖仙(ようせん)の菩提(ぼだい)を降(くだ)すに分(ぶん=縁)有(あ)り、弘誓(ぐぜい=大いなる誓い)無邊(むへん)にして惻隱(そくいん=憐れみ)を垂(た)るるなり。」
菩薩(ぼさつ)は看(み)て、心(こころ)の中(うち)に暗(あん=ひそか)に喜(よろこ)んで道(いわ)く:「這(こ)の孽畜(げっちく=けがれたけだもの)の這(こ)の座(ひとつ)の山洞(さんどう)を占(し)めたるは、卻(かえ)って也(ま)た些(いささ)か道分(どうぶん=道の分)有(あ)り。」此(こ)の因(よ)りて心(こころ)の中(うち)に已(すで)に此(こ)の個(ひとつ)の慈悲(じひ)有(あ)り。
洞口(どうぐち)に走(はし)り到(いた)れば、只(ただ)見(み)る守洞(しゅどう=洞を守る)の小妖(しょうよう)は、都(みな)些(いささ)か認(みと)めて道(いわ)く有(あ)り:「凌虛仙長(りょうきょせんちょう)が來(こ)られた。」一邊(いっぽう)は傳報(でんぽう=伝える)し、一邊(いっぽう)は接引(せついん=案内す)す。那(そ)の妖(よう)は早(はや)くも已(すで)に二門(にげん)より迎(むか)え出(い)でて道(いわ)く:「凌虛(りょうきょ)、仙駕(せんが=仙の車駕)の珍顧(ちんこ=来臨)を労(ろう=労)せられたり、蓬蓽(ほうひつ=粗末な我が家)輝(かがや)く有(あ)り。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「小道(しょうどう=わたし)は敬(つつし)んで一粒(ひとつぶ)の仙丹(せんたん)を獻(けん=献)じ、敢(あえ)て千壽(せんじゅ=長寿)と稱(とな)う。」他(かれ)の二(ふた)人(り)は拜(おが)み畢(おわ)りて、方(ようや)く坐(ざ)し定(さだ)まり、又(また)他(かれ)が昨日(きのう)之事(こと)を敘(の)べ起(おこ)す。菩薩(ぼさつ)は答(こた)えず、連(つづ)け様(ざま)に丹盤(たんばん=丹薬の盆)を拿(と)りて道(いわ)く:「大王(だいおう)、且(しばら)く小道(しょうどう)の鄙意(ひい=拙い心)を見(み)られよ。」覷(み)て定(さだ)むる一粒(ひとつぶ)の大(おお)ききを、那(あ)の妖(よう)に推(お)し與(あた)えて道(いわ)く:「願(ねが)わくは大王(だいおう)の千壽(せんじゅ)を!」那(そ)の妖(よう)は亦(ま)た一粒(ひとつぶ)を推(お)し、菩薩(ぼさつ)に遞(わた)して道(いわ)く:「願(ねが)わくは凌虛子(りょうきょし)と之(これ)を同(とも)にせん。」讓(ゆず)り畢(おわ)りて、那(そ)の妖(よう)は才(ようや)く咽(の)まんと待(ま)つに、那(あ)の薬(くすり)は口(くち)に順(したが)いて一直(ひとすじ)に滚(ころ)がり下(お)る。本相(ほんぞう=元の姿)を現(あらわ)し、四平(しへい=四肢)を理(おさ=整え)れば、那(そ)の妖(よう)は地(ち)に滚(ころ)がり倒(たお)る。菩薩(ぼさつ)は相(すがた)を現(あらわ)し、妖(よう)に問(と)いて佛衣(ぶつい)を取(と)れり。行者(ぎょうじゃ)は早(はや)くも已(すで)に鼻孔(びこう=鼻の穴)の中(なか)より出(い)で去(ゆ)けり。菩薩(ぼさつ)は又(また)那(あ)の妖(よう)の無禮(ぶれい=不作法)ならんことを怕(おそ)れ、卻(かえ)って一個(ひとつ)の箍兒(こじ=輪)を把(と)って、那(あ)の妖(よう)の頭(あたま)の上(うえ)に投(なげう)てり。那(そ)の妖(よう)は起(お)き上(あ)がり、槍(やり)を提(ひっさ)げて刺(さ)さんと要(もと)むるに、行者(ぎょうじゃ)、菩薩(ぼさつ)は早(はや)くも已(すで)に空(くう=空)の中(なか)に起(た)ちて、菩薩(ぼさつ)は真言(しんごん=呪文)を將(も)って念(ねん)じ起(おこ)す。那(そ)の怪(かい)は舊(もと)の依(ごとく)に頭痛(ずつう)し、槍(やり)を投(なげう)ちて、満地(まんち=地面いっぱい)に亂(みだ)れ滚(ころ)がる。半空(はんくう=空の半ば)の裏(うち)に笑(わら)い倒(たお)るる個(ひとり)の美猴王(びこうおう)、平地下(へいちか=地上)に滚(ころ)がり壞(こわ)るる個(ひとり)の黑熊怪(こくゆうかい)。
菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「孽畜(げっちく=けがれたけだもの)よ!你(おまえ)は如今(いま)可(よ)く皈依(きえ=帰依)するか?」那(そ)の怪(かい)は満口(まんこう=口いっぱい)に道(いわ)く:「心(こころ)に皈依(きえ)を願(ねが)う、只(た)だ命(いのち)を饒(ゆる)されんことを望(のぞ)む!」行者(ぎょうじゃ)は功夫(くふう=手間)を耽擱(おく=遅らす)せんを恐(おそ)れ、意(こころ)に就(すなわ)ち打(う)たんと欲(ほっ)す。菩薩(ぼさつ)は急(いそ)ぎ止(とど)めて道(いわ)く:「他(かれ)が命(いのち)を傷(そこな)うを休(や)めよ。我(われ)に他(かれ)を用(もち)うる處(ところ)有(あ)るなり。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這様(このよう)なる怪物(かいぶつ)、他(かれ)を打(う)ち死(し)ねしめず、反(かえ)って他(かれ)を留(とど)めて何處(どこ)に在(あ)りて用(もち)うるか?」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「我(わ)が那(あ)の落伽山(らくかさん)の後(うしろ)は、人(ひと)の看管(かんかん=管理)する無(な)し、我(われ)は他(かれ)を帶(たい=連れ)て去(ゆ)きて個(ひとつ)の守山大神(しゅざんだいしん=山を守る大神)と做(な)さんとす。」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「誠然(まこと)に是(こ)れ個(ひとり)の救苦慈尊(くくじそん=苦を救う慈悲の尊)、一靈(いちれい=一つの霊)も損(そこな)われず。若(も)し是(こ)れ老孫(ろうそん)に這様(このよう)な呪語(じゅご=呪文)有(あ)らば、就(すなわ)ち念(ねん)じて他(かれ)が娘(はは=母)の千遍(せんべん=千回)を上(あ)げん!這(こ)の回(たび)兒(こ=ちょっと)に許多(あまた)の黑熊(こくゆう)有(あ)るも、都(みな)他(かれ)をして了帳(りょうちょう=おしまい)ならしめん!」
卻説(さて)那(そ)の怪(かい)は多時(しばらく)を蘇醒(そせい=正気づき)し、公道(こうどう=道理)に疼痛(とうつう=痛み)を禁(きん=こらえ)難(がた)く、只(た)だ已(や)むを得(え)ず地(ち)に跪(ひざまず)き在(あ)りて哀告(あいこく=嘆願)して道(いわ)く:「但(た)だ性命(いのち)を饒(ゆる)されば、願(ねが)わくは正果(しょうか=正しい悟り)に皈(き)せん!」菩薩(ぼさつ)は方(はじ)めて祥光(しょうこう=めでたい光)を墜(おと)し落(おと)し、又(また)他(かれ)と摩頂受戒(まちょうじゅかい=頂を摩で戒を受けさ)せ、他(かれ)に長槍(ちょうそう)を執(と)らしめ、左右(さゆう)に跟隨(こんずい=従い)せしむ。那(そ)の黑熊(こくゆう)は才(ようや)く一片(ひとひら)の野心(やしん=野放図な心)を今日(きょう)定(さだ)め、無窮(むきゅう=限りなき)の頑性(がんせい=頑な性質)を此(こ)の時(とき)收(おさ)めたり。菩薩(ぼさつ)は吩咐(いいつけ=申しつけ)て道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)は回(かえ)り去(ゆ)け。好(よ)く生(つと)めて唐僧(とうそう)に伏侍(ぶじ=仕え)するは是(こ)れなれば、懈惰(けだ=怠け)て事(こと)を生(しょう)ずるを休(や)めよ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「深感(しんかん=深く感ずる)菩薩(ぼさつ)の遠(とお)く來(きた)れるを、弟子(でし)は還(な)お当(まさ)に回(かえ)りて送(おく)りて回(かえ)り送(おく)すべし。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「免送(めんそう=見送り無用)。」行者(ぎょうじゃ)は才(ようや)く袈裟(けさ)を捧(ささ)げ、叩頭(こうとう=額づき)して別(わか)る。菩薩(ぼさつ)は亦(ま)た熊羆(ゆうひ)を帶(たい=連れ)て、徑(ただ)ちに大海(たいかい=南海)に回(かえ)る。有詩(し)が証(あかし=証拠)と為(な)る:
「祥光(しょうこう=めでたい光)靄靄(あいあい=たなびき)として金像(こんぞう=金の像)に凝(ぎょう=凝)り、
萬道(ばんどう=幾万条)繽紛(ひんぷん=乱れ舞う)として実(じつ)に夸(ほ)むる可(べ)し。
普(あまね)く世人(せじん)を濟(すく)うて憫恤(びんじゅつ=憐れみ)を垂(た)れ、
遍(あまね)く法界(ほっかい)を觀(み)て金蓮(こんれん=金の蓮)を現(あらわ)す。
今(いま)來(きた)れるは多(おお)くは經(きょう)を傳(つた)うる意(い)の為(ため)にして、
此(こ)れ去(ゆ)くは原(もと)落点(らくてん=落ちる点)の瑕(きず)無(な)し。
怪(かい)を降(くだ)して真(しん=真)と成(な)して大海(たいかい)に歸(かえ)り、
空門(くうもん=仏門)に復(ま)た錦袈裟(きんけさ)を得(え)たり。」
畢竟(ついに)向後(こうご=この後)の事情(じじょう)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説明)を聽(き)け。