ホーム > 西遊記 > Dai2

002 第二回 菩提(ぼだい)の真妙理(しんみょうり)を悟徹(ごてつ)し 魔(ま)を断(た)ち本(ほん)に帰りて元神(がんしん)に合(がっ)す

話(わ)に表(あらわ)すは、美猴王(びこうおう)姓名(せいめい)を得て、怡然(いぜん=喜び)として踊躍(ようやく=躍り上がり)、菩提(ぼだい)の前に向(むか)いて礼(れい)を作(な)して啓謝(けいしゃ=申し上げて謝す)せしこと。かの祖師(そし)すなわち大衆(だいしゅ)に命(めい)じて孫悟空(そんごくう)を引きて二門(にもん)の外に出だし、彼に洒掃(さいそう=掃き清め)応対(おうたい=受け答え)、進退(しんたい)周旋(しゅうせん=立ち居振る舞い)の節(せつ)を教(おし)えしむ。衆仙(しゅうせん)奉行(ぶぎょう)して出づ。悟空(ごくう)門外(もんがい)に到(いた)り、又大衆(だいしゅ)の師兄(しけい=兄弟子)たちに拝(おが)み、すなわち廊廡(ろうぶ=渡り廊下)の間(あいだ)に寝処(しんじょ=寝所)を安排(あんばい)す。次早(あくるあさ)、衆(しゅう)の師兄(しけい)と言語(げんご)礼貌(れいぼう=言葉遣いと作法)を学(まな)び、経(きょう)を講(こう)じ道(どう)を論(ろん)じ、字(じ)を習(なら)い香(こう)を焚(た)き、毎日(まいにち)この如(ごと)し。閑(ひま)なる時にはすなわち地(ち)を掃(は)き園(その)を鋤(す)き、花を養(やしな)い樹(き)を修(おさ)め、柴(たきぎ)を尋ね火を燃(も)やし、水を挑(にな)い漿(しょう=飲み物)を運(はこ)ぶ。凡(およ)そ用(もち)うる所(ところ)の物(もの)、備(そな)わらざるは一つも無し。洞中(どうちゅう)に在ること覚(おぼ)えず倏(たちまち)六七年(ろくしちねん)なり。

一日(あるひ)、祖師(そし)壇(だん)に登(のぼ)りて高く坐し、諸仙(しょせん)を喚(よ)び集(あつ)めて、大道(だいどう)を開講(かいこう)す。真に個(こ)の、

天花(てんげ)乱(みだ)れ墜(お)ち、地(ち)金蓮(こんれん)を涌(わ)かす。
妙(みょう)に三乗(さんじょう)の教(おしえ)を演(の)べ、精微(せいび)に万法(ばんぽう)全(まった)し。
慢(ゆる)やかに麈尾(しゅび=鹿の尾の払子)を揺(ゆ)りて珠玉(しゅぎょく)を噴(ふ)き、響(ひびき)雷霆(らいてい)を振(ふる)わして九天(きゅうてん)を動(うご)かす。
一会(ひととき)は道(どう)を説(と)き、一会(ひととき)は禅(ぜん)を講(こう)じ、三家(さんか=三教)配合(はいごう)して本(もと)如然(にょぜん)たり。
一字(いちじ)を開明(かいめい)して誠(まこと)に帰(き)するの理(り)を、無生(むしょう)を指引(しえん)して性玄(せいげん=性の玄妙)を了(さと)らしむ。
と。

孫悟空(そんごくう)旁(かたわら)に在りて講(こう)を聞くに、喜(よろこ)ぶこと彼をして耳(みみ)を抓(か)き腮(ほお)を撓(か)き、眉(まゆ)に花咲(さ)き眼(め)に笑(え)みを含(ふく)ましむ。忍(しの)ぶること能(あた)わずして手(て)これを舞(ま)い、足(あし)これを蹈(ふ)む。忽然(たちまち)祖師(そし)に見らるるところと為り、孫悟空(そんごくう)を叫(よ)んで道(いわ)く、
「汝班中(はんちゅう=列の中)に在りて、いかにして顛狂(てんきょう=狂い)躍舞(やくぶ=跳ね舞い)し、我が講(こう)ずるを聴かざるか」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「弟子(でし)誠心(せいしん)にして聴講(ちょうこう)し、老師父(ろうしふ)の妙音(みょうおん)の処を聴き至(いた)り、喜(よろこ)び自(おの)ずから勝(た)えず。故(ゆえ)に覚(おぼ)えずこの踊跃(ようやく=躍り)の状(さま)を作(な)せり。望(のぞ)むらくは師父(しふ)罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ!」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝既(すで)に妙音(みょうおん)を識(し)らば、我且(しばら)く汝に問わん、汝洞中(どうちゅう)に到(いた)りて多少(いくばく)の時を経(へ)たるか」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「弟子(でし)本來(もと)懵懂(もうとう=無知)にして、多少(いくばく)の時節(じせつ)なるを知らず。ただ記(おぼ)えるに、竈下(そうか=竈の下)に火無く、常(つね)に山後(さんご=山の裏)に往きて柴(たきぎ)を打ち、一山(ひとやま)の好き桃樹(とうじゅ)を見、我かの処に在りて七次(ななつび)飽桃(ほうとう=桃を腹いっぱい)を食(くら)えり」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「あの山を爛桃山(らんとうざん)と喚(よ)ぶ。汝既(すで)に七次(ななつび)食(くら)いたらば、想(おも)うにこれ七年(しちねん)ならん。汝今我より些か何(なん)の道(みち)をか学(まな)ばんと要(ほっ)するか」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「但(た)だ尊師(そんし)の教誨(きょうかい)に憑(よ)らん、ただ些かの道気(どうき)有らば、弟子(でし)すなわち便(すなわ)ち学(まな)ばん」
と。

祖師(そし)道(いわ)く、
「『道(どう)』の字(じ)の門中(もんちゅう)に三百六十(さんびゃくろくじゅう)の傍門(ぼうもん=末の門)有り、傍門(ぼうもん)皆正果(しょうか=正しい成果)有り。知らず汝はいずれの門(もん)をか学(まな)ばんとす」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「尊師(そんし)の意思(いし)に憑(よ)らん。弟子(でし)心(こころ)を傾(かたむ)けて聴従(ちょうじゅう)せん」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「我汝に箇(ひと)つの『術(じゅつ)』の字(じ)の門中(もんちゅう)の道(みち)を教(おし)えんはいかが」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「術門(じゅつもん)の道(みち)はいかに説(い)うか」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「術(じゅつ)の字(じ)の門中(もんちゅう)は、乃ちこれ些かの請仙扶鸞(せいせんふらん=仙を招き鸞に託す)、問卜揲蓍(もんぼくせっし=卜占)、能(よ)く吉(きち)に趨(おもむ)き凶(きょう)を避(さ)くるの理(り)を知るなり」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「この般(ごと)くして長生(ちょうせい)を得(う)べけんや」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「能(あた)わず!能(あた)わず!」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「学(まな)ばず!学(まな)ばず!」
と。

祖師(そし)道(いわ)く、
「汝に『静(せい)』の字(じ)の門中(もんちゅう)の道(みち)を教(おし)えんはいかが」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「静(せい)の字(じ)の門中(もんちゅう)は、これ甚(なん)の正果(しょうか)か」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「これは休粮守谷(きゅうりょうしゅこく=穀を断ち丹田を守る)、清静無為(せいじょうむい)、参禅打坐(さんぜんだざ=座禅)、戒語持斎(かいごじさい=語を慎み斎を保つ)、或(あるい)は睡功(すいこう=眠りの行)、或(あるい)は立功(りっこう=立ちの行)、并(ならび)に入定(にゅうじょう)坐関(ざかん=関に坐す)の類(たぐい)なり」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「この般(ごと)くしてもまた長生(ちょうせい)すべけんや」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「また『窯頭土坯(ようとうどひ=窯の土坯)』に似(に)たり」
と。悟空(ごくう)笑って道(いわ)く、
「師父(しふ)果して些か滴(てき=小言)有り。一行(いっこう)に我市語(しご=仲間の符丁)を打つことを会(え)ずと説(い)わる。いかにしてこれを『窯頭土坯(ようとうどひ)』と謂(い)うか」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「すなわちあの窯頭(ようとう=窯元)の上に、磚瓦(せんが=煉瓦と瓦)の坯(ひ=生地)を造(つく)り成(な)すが如(ごと)し。已(すで)に形(かたち)を成(な)せりといえども、未(いま)だ水火(すいか)の煅煉(たんれん=焼き締め)を経(へ)ず。一朝(あるあさ)大雨(たいう)滂沱(ぼうだ=どしゃ降り)なれば、彼必(かなら)ず濫(みだ)れん」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「また長遠(ちょうえん)ならず。学(まな)ばず!学(まな)ばず!」
と。

祖師(そし)道(いわ)く、
「汝に『動(どう)』の字(じ)の門中(もんちゅう)の道(みち)を教(おし)えんはいかが」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「動門(どうもん)の道(みち)は、却又(かえって)いかなるか」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「これは有為有作(ういうさ=作為)、采陰補陽(さいいんほよう)、攀弓踏弩(はんきょうとうど=弓を引き弩を踏む)、摩臍過気(ませいかき=臍を摩り気を巡らす)、用方炮制(ようほうほうせい=薬を調合)、焼茅打鼎(しょうぼうだてい=丹炉を焼く)、紅鉛(こうえん=経血)を進(すす)め、秋石(しゅうせき=尿から製す薬)を煉(ね)り、并(ならび)に婦乳(にゅうにゅう=人乳)を服(ふく)するの類(たぐい)なり」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「この如(ごと)きもまた長生(ちょうせい)を得(う)べけんや」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「これ長生(ちょうせい)を欲(ほっ)するも、また『水中(すいちゅう)に月を撈(すく)う』が如(ごと)し」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「師父(しふ)又来れり!いかにして『水中(すいちゅう)に月を撈(すく)う』と叫(よ)ぶか」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「月は長空(ちょうくう)に在り、水中(すいちゅう)に影(かげ)有り。然(しか)りといえども見ることは得(う)るも、ただ撈摸(ろうも=すくい取る)の処無く、到底(つい)にただ空(くう)を成(な)すのみ」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「また学(まな)ばず!学(まな)ばず!」
と。

祖師(そし)言(げん)を聞き、咄(とっ)と一声(ひとこえ)、高台(こうだい)を跳び下(お)り、手(て)に戒尺(かいしゃく=戒めの尺)を持(じ)し、悟空(ごくう)を指(ゆびさ)し定(さだ)めて道(いわ)く、
「汝この猢猻(こしゅん=猿)め、この般(ごと)くも学(まな)ばず、あの般(ごと)くも学(まな)ばず、却っていかんと待(ま)つか」
と。上前(すす)み出で、悟空(ごくう)の頭上(ずじょう)を将(も)ちて三下(みつ)打ち、手(て)を背(せ)に倒(さかしま)にし、裡(うち)に走(あゆ)み入り、中門(ちゅうもん)を将(も)ちて関(とざ)し、大衆(だいしゅ)を撇(す)てて去(さ)る。唬(おど)されたるかな、あの一班(ひとくぎり)の講(こう)を聴ける者ら、人人(ひとびと)驚懼(きょうく=驚き恐れ)、皆悟空(ごくう)を怨(うら)んで道(いわ)く、
「汝この潑猴(はっこう=暴れ猿)め、十分(じゅうぶん)に無状(むじょう=無作法)なり!師父(しふ)汝に道法(どうほう)を伝(つた)えたもうに、いかにして学(まな)ばず、却って師父(しふ)与(と)口(くち)を頂(いただ)きて争(あらそ)うか。この番(たび)彼を衝撞(しょうどう=ぶつかり)せり、知らず幾時(いつ)か才(ようや)く出で来らんや!」
と。この時俱(とも)に甚(はなは)だ彼を報怨(ほうえん=恨み)し、又彼を鄙賤(ひせん=卑しみ)嫌悪(けんお)す。悟空(ごくう)些かもまた悩(なや)まず、ただ満面(まんめん)に笑(えみ)を陪(ともな)う。元来(もと)かの猴王(こうおう)は、已(すで)に盤中(ばんちゅう=盆の中)の謎(なぞ)を打破(だは)して、暗々(ひそか)に心(こころ)に在り。此を以(もっ)て衆人(しゅうじん)与(と)争競(そうきょう=争い)せず、ただ忍耐(にんたい)して言(ことば)無きのみ。祖師(そし)彼を三下(みつ)打ちしは、彼に三更(さんこう=真夜中)の時分(じぶん)心(こころ)を存(ぞん)ぜしむるを教(おし)うるなり。手(て)を背(せ)に倒(さかしま)にし、裡(うち)に走(あゆ)み入り、中門(ちゅうもん)を将(も)ちて関(とざ)し上(あ)げしは、彼に後門(こうもん)より進歩(しんぽ=進み入る)ことを教(おし)え、秘処(ひしょ=奥まった所)に彼に道(みち)を伝(つた)うるなり。

当日(そのひ)悟空(ごくう)衆等(しゅうとう)与(と)喜(よろこ)び歓(たのし)み、三星仙洞(さんせいせんどう)の前に在りて、天色(てんしょく=空模様)を盼望(ぼうぼう=待ち望み)、急(いそ)ぐも晩(くれ)に到(いた)ること能(あた)わず。黄昏(たそがれ)の時に及(いた)りて、却って衆(しゅう)与(と)就寝(しゅうしん)し、眼(め)を合(がっ)するを仮(かり)に装(よそお)い、息(いき)を定(さだ)め神(こころ)を存(ぞん)す。山中(さんちゅう)に又支更(しこう=夜回り)伝箭(でんせん=時を告げる矢)無ければ、時分(じぶん)を知らず、ただ自(みずか)ら家(うち)の鼻孔(びこう)の中の出入(しゅつにゅう)の気(き)を将(も)ちて調(ととの)え定(さだ)む。約(およ)そ子(ね)の時の前後(ぜんご)に到(いた)り、軽軽(そっと)起き上(あ)がり、衣服(いふく)を穿(き)、前門(ぜんもん)を偷(ぬす)み開(あ)け、大衆(だいしゅ)を逃(のが)れ離(はな)れ、外に走(あゆ)み出でて、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)す。正にこれかの、

月明(あき)らかに清露(せいろ)冷(つめた)く、八極(はっきょく=八方の果て)迥(はるか)にして塵(ちり)無し。
深樹(しんじゅ)に幽禽(ゆうきん)宿り、源頭(げんとう)に水溜汾(すいりゅうふん=水の流れ)す。
飛蛍(ひけい)光(ひかり)影(かげ)を散(さん)じ、過雁(かがん)字(じ)を雲(くも)に排(なら)ぶ。
正に三更(さんこう)の候(ころ)に直(あた)り、応(まさ)に道真(どうしん=道の真)を訪ぬべきなり。
と。

汝看(み)よ、彼旧路(きゅうろ)より径(ただち)に後門(こうもん)の外に至(いた)るに、ただあの門(もん)の半(なかば)開(ひら)き半(なかば)掩(おお)えるを見る。悟空(ごくう)喜(よろこ)んで道(いわ)く、
「老師父(ろうしふ)果して我与(に)道(みち)を伝(つた)えんと注意(ちゅうい)したもう。此を以(もっ)て門(かど)を開(ひら)きたもうなり」
と。すなわち步(あゆみ)を曳(ひ)きて近づき前(すす)み、身(み)を側(かたむ)けて門裡(もんり)に進(い)り得、ただ祖師(そし)の寝榻(しんとう=寝台)の下に走(あゆ)み到(いた)る。祖師(そし)の身軀(しんく=からだ)を蜷局(けんきょく=丸め)て、裡(うち)に朝(むか)いて睡(ねむ)り了(おわ)れるを見る。悟空(ごくう)敢えて驚動(きょうどう)せず、すなわち榻前(とうぜん)に跪(ひざまず)く。かの祖師(そし)多からず時にして覚(さ)め来り、両足(りょうそく)を舒(の)べ開(ひら)き、口中(こうちゅう)に自(おの)ずから吟(ぎん)じて道(いわ)く、

「難(かた)し!難(かた)し!難(かた)し!道(みち)は最(もっと)も玄(げん)なり、金丹(きんたん)を把(と)って等閑(とうかん=並)と作(な)す莫(な)かれ。
至人(しじん=真の師)に遇(あ)いて妙訣(みょうけつ)を伝(つた)えられずんば、空(むな)しく言い口(くち)困(つか)れ舌(した)乾(かわ)かん!」
と。

悟空(ごくう)声(こえ)に応(こた)えて叫(よばわ)って道(いわ)く、
「師父(しふ)、弟子(でし)ここに在りて跪(ひざまず)き候(ま)つこと多時(ひさ)し」
と。祖師(そし)声(こえ)の悟空(ごくう)なるを聞き得て、すなわち起(た)ちて衣(ころも)を披(はお)り、盤坐(ばんざ)して喝(かつ)して道(いわ)く、
「この猢猻(こしゅん)め!汝前辺(ぜんぺん)に在りて去(ゆ)きて睡(ね)むらず、却って我がこの後辺(こうへん)に来りて甚(なん)をか作(な)すか」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「師父(しふ)昨日(きのう)壇前(だんぜん)に衆(しゅう)に対(むか)いて相允(しょういん=請け合い)、弟子(でし)に三更(さんこう)の時候(じこう)に、後門(こうもん)の裡(うち)より我に道理(どうり)を伝(つた)えんと教(おし)えたまえり。此を以(もっ)て大胆(だいたん)にも径(ただち)に老爺(ろうや=師)の榻下(とうか)に拝(はい)したてまつる」
と。祖師(そし)説(いう)を聴き、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)し、暗(ひそ)かに自(みずか)ら尋思(じんし=思案)して道(いわ)く、
「この厮(やつ)果してこれ箇(ひと)の天地(てんち)の生成(せいせい)せしものなり!然(しか)らずんば、いかにしてかすなわち我が盤中(ばんちゅう)の暗謎(あんめい)を打破(だは)せんや」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「此間(ここ)に更(さら)に六耳(ろくじ=他人の耳)無く、止(た)だただ弟子(でし)一人のみ。望(のぞ)むらくは師父(しふ)大いに慈悲(じひ)を捨(す)てて、我与(に)長生(ちょうせい)の道(みち)を伝(つた)えたまえ、永(とこしな)えに恩(おん)を忘(わす)れじ!」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝今縁(えん)有り、我また喜(よろこ)んで説(と)かん。既(すで)に盤中(ばんちゅう)の暗謎(あんめい)を識(し)り得たれば、汝近づき前(すす)み来れ、仔細(つまびらか)にこれを聴け、当(まさ)に汝与(に)長生(ちょうせい)の妙道(みょうどう)を伝(つた)うべし」
と。悟空(ごくう)頭(こうべ)を叩(たた)いて謝(しゃ)し、耳(みみ)を洗(あら)いて心(こころ)を用(もち)い、榻下(とうか)に跪(ひざまず)く。祖師(そし)云(いわ)く、

「顕密(けんみつ)円通(えんつう)の真妙訣(しんみょうけつ)、生命(せいめい)を惜(お)しみ修(しゅ)するに他(た)の説(せつ)無し。
都来(とらい=すべて)総(すべ)てこれ精気神(せいきしん)、謹(つつし)み固(かた)く牢(かた)く蔵(ぞう)して漏泄(ろうせつ)するを休(や)めよ。
漏泄(ろうせつ)を休(や)めよ、体中(たいちゅう)に蔵(ぞう)せよ、汝吾(わ)が伝(つたえ)を受(う)けて道(みち)自(おの)ずから昌(さか)んならん。
口訣(くけつ)記(き)し来るに多く益(えき)有り、邪欲(じゃよく)を屏除(へいじょ=払い除け)して清涼(せいりょう)を得ん。
清涼(せいりょう)を得、光(ひかり)皎潔(こうけつ)なり、好く丹台(たんだい=丹田)に向(むか)いて明月(めいげつ)を賞(め)でよ。
月には玉兔(ぎょくと=うさぎ)を蔵(ぞう)し日には烏(からす)を蔵(ぞう)し、自(おの)ずから亀蛇(きだ)の相(あい)盤結(ばんけつ)する有らん。
相(あい)盤結(ばんけつ)し、性命(せいめい)堅(かた)し、却って能(よ)く火裡(かり)に金蓮(こんれん)を種(う)う。
五行(ごぎょう)を集簇(しゅうぞく=寄せ集め)して顛倒(てんとう=逆さま)に用(もち)い、功(こう)完(おわ)らば随(したが)って仏(ほとけ)和(と)仙(せん)と作(な)らん」
と。

この時根源(こんげん)を説(と)き破(やぶ)れば、悟空(ごくう)心霊(しんれい)福至(ふくし=幸至)り、切切(せつせつ=つぶさ)に口訣(くけつ)を記(き)し了(おわ)り、祖師(そし)に対(むか)いて深恩(しんおん)を拝謝(はいしゃ)し、すなわち後門(こうもん)を出でて観看(みわた)す。ただ見よ、東方(とうほう)の天色(てんしょく)微(かす)かに白(しろ)みを舒(の)べ、西路(せいろ)に金光(きんこう)大いに明(あき)らかなり。旧路(きゅうろ)に依(よ)りて、前門(ぜんもん)に転(てん)じ到(いた)り、軽軽(そっと)推(お)し開(ひら)いて進(い)り、原(もと)の寝(しん)の処に坐し、故(わざ)と床鋪(しょうほ=寝床)を将(も)ちて揺(ゆ)り響(ひび)かせて道(いわ)く、
「天光(あけ)た!天光(あけ)た!起きよ!」
と。あの大衆(だいしゅ)は還(ま)だ正に睡(ねむ)りおるなり。悟空(ごくう)已(すで)に好事(こうじ=よいこと)を得たるを知らず。当日(そのひ)起きて打混(だこん=雑じり合い)、暗々(ひそか)に維持(いじ=保ち)し、子前(しぜん=子の刻前)午後(ごご)に、自(みずか)ら息(いき)を調(ととの)う。

却って早くも三年(さんねん)を過(す)ごし、祖師(そし)復(ま)た宝座(ほうざ)に登(のぼ)り、衆(しゅう)与(と)説法(せっぽう)す。談(だん)ずるはこれ公案(こうあん=禅の課題)比語(ひご=譬え)、論(ろん)ずるはこれ外像(げぞう=外の姿)包皮(ほうひ=包む皮)なり。忽然(たちまち)問いて言う、
「悟空(ごくう)いずこに在るか」
と。悟空(ごくう)近づき前(すす)み出でて跪(ひざまず)きて言う、
「弟子(でし)有り」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝この一向(このところ)些か何(なん)の道(みち)をか修(しゅ)し来れるか」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「弟子(でし)近来(ちかごろ)法性(ほっしょう)頗(すこぶ)る通(つう)じ、根源(こんげん)また漸(ようや)く堅固(けんご)なり」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝既(すで)に法性(ほっしょう)に通(つう)じ、根源(こんげん)を会(え)し得て、已(すで)に神体(しんたい)に注(ちゅう)せり。却ってただこれ『三災利害(さんさいりがい)』を防備(ぼうび)せよ」
と。悟空(ごくう)説(いう)を聴き、沈吟(ちんぎん=思い沈む)すること良久(ひさしく)して道(いわ)く、
「師父(しふ)の言(げん)謬(あやま)れり。我嘗(かつ)て聞く、道(みち)高く徳(とく)隆(さか)んなれば、天(てん)与(と)寿(いのち)を同(おなじ)くし、水火既済(すいかきせい=水火調和)して、百病(ひゃくびょう)生(しょう)ぜずと。却っていかにして箇(ひと)の『三災利害(さんさいりがい)』有らんや」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「これは乃ち非常(ひじょう)の道(みち)なり。天地(てんち)の造化(ぞうか)を奪(うば)い、日月(じつげつ)の玄機(げんき)を侵(おか)す。丹(たん)成(な)りし後、鬼神(きじん)容(い)れ難(がた)し。顔(かお)を駐(とど)め寿(いのち)を益(ます)といえども、五百年(ごひゃくねん)の後に到(いた)らば、天(てん)雷災(らいさい)を降(くだ)して汝を打たん。須(かなら)ず性(せい)を見(けん)じ心(こころ)を明(あき)らかにして、予(あらかじ)め逃避(とうひ=避け隠れ)することを要(よう)す。逃(のが)れ過(す)ごさば、寿(いのち)天(てん)与(と)斉(ひと)しく、逃(のが)れ過(す)ごさずんば、このまま命(いのち)を絶(た)たん。再(ふたたび)び五百年(ごひゃくねん)の後、天(てん)火災(かさい)を降(くだ)して汝を焼(や)かん。この火はこれ天火(てんか)に非(あら)ず、またこれ凡火(ぼんか=普通の火)にも非(あら)ず、喚(よ)んで『陰火(いんか)』と做(な)す。自(みずか)らの身(み)の湧泉穴(ゆうせんけつ=足の裏の穴位)の下より焼(や)き起(おこ)り、直(ただち)に泥垣宮(でいえんきゅう=頭頂の泥丸)に透(とお)り、五臓(ごぞう)灰(はい)と成(な)り、四肢(しし)皆朽(く)ちて、千年(せんねん)の苦行(くぎょう)をば俱(とも)に虚幻(きょげん=空虚)と為さん。再(ふたた)び五百年(ごひゃくねん)、又風災(ふうさい)を降(くだ)して汝を吹(ふ)かん。この風はこれ東南西北風(とうなんせいほくふう)に非(あら)ず、和薫金朔風(わくんきんさくふう=四季の風)にも非(あら)ず、また花柳松竹風(かりゅうしょうちくふう=花や松に吹く風)にも非(あら)ず、喚(よ)んで『贔風(ひふう)』と做(な)す。囟門(しんもん=頭の泉門)の中より吹(ふ)き入りて六腑(ろっぷ)を過ぎ、丹田(たんでん)を穿(うが)ち、九竅(きゅうきょう)を通(つう)じて、骨肉(こつにく)消疏(しょうそ=痩せ衰え)、その身(み)自(おの)ずから解(と)けん。此を以(もっ)て皆逃(のが)れ過(す)ごすことを要(よう)するなり」
と。

悟空(ごくう)説(いう)を聞き、毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん=ぞっとして)し、頭(こうべ)を叩(たた)き礼拜(らいはい)して道(いわ)く、
「万(よろず)に望(のぞ)むらくは老爺(ろうや=師)憐(あわ)れみを垂(た)れて、三災(さんさい)を逃避(とうひ)するの法(ほう)を伝(つた)えたまえ。到底(つい)に敢えて恩(おん)を忘(わす)れじ」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「これまた難(なん)無けれども、ただ汝他(た)の人(ひと)与(と)同(おな)じからず。故(ゆえ)に伝(つた)うることを得ず」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「我もまた頭(こうべ)円(まろ)かにして天(てん)を頂(いただ)き、足(あし)方(ほう)にして地(ち)を履(ふ)み、一般(ひとしく)九竅四肢(きゅうきょうしし)、五臓六腑(ごぞうろっぷ)有り。何(なん)を以(もっ)てか人(ひと)与(と)同(おな)じからざらんや」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝人(ひと)に像(に)たるといえども、却って人(ひと)より腮(ほお)少(すくな)し」
と。元来(もと)あの猴子(こうじ=猿)は孤拐面(ここわいめん=頬のこけた面)にして、凹臉(おうれん=くぼんだ顔)尖嘴(せんし=とがった口)なり。悟空(ごくう)手(て)を伸(の)べて一摸(ひとさわり)し、笑って道(いわ)く、
「師父(しふ)成算(せいさん=見込み)無し!我腮(ほお)少(すくな)しといえども、却って人(ひと)よりこの箇(ひと)の嗉袋(そたい=喉の袋)多し。また以(もっ)て准折(じゅんせつ=相殺)し過(す)ぐべし」
と。祖師(そし)説(いわ)く、
「また可(よ)し。汝あの一般(ひとくさ)を学(まな)ばんと要(ほっ)するか。一般(ひとくさ)の天罡数(てんこうすう=三十六)有りて、三十六般(さんじゅうろっぱん)の変化(へんげ)に該(あた)り、一般(ひとくさ)の地煞数(ちさつすう=七十二)有りて、七十二般(しちじゅうにぱん)の変化(へんげ)に該(あた)る」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「弟子(でし)願(ねが)わくは多き裡(うち)より撈摸(ろうも=選り取り)、箇(ひと)つの地煞変化(ちさつへんげ)を学(まな)ばん」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「既(すで)にこの如(ごと)くならば、上前(すす)み来れ、汝に口訣(くけつ)を伝(つた)えん」
と。遂(つい)に耳(みみ)に附(つ)けて低(ひく)く言う、知らず些か何(なん)の妙法(みょうほう)をか説(い)いしや。この猴王(こうおう)またこれ彼の、一竅(いっきょう)通(つう)ずる時百竅(ひゃっきょう)通(つう)ずるなり。当時(そのとき)口訣(くけつ)を習(なら)い、自(みずか)ら修(しゅ)し自(みずか)ら煉(ね)りて、七十二般(しちじゅうにぱん)の変化(へんげ)を将(も)ちて、皆学(まな)び成(な)し了(おわ)んぬ。

忽(たちまち)一日(あるひ)、祖師(そし)衆門人(しゅうもんじん)与(と)三星洞(さんせいどう)の前に在りて晩景(ばんけい=夕景色)を戯(たわむ)れ玩(もてあそ)ぶ。祖師(そし)道(いわ)く、
「悟空(ごくう)、事(こと)成(な)り了(おわ)れるか未(いま)だか」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「多く師父(しふ)の海恩(かいおん=広大な恩)を蒙(こうむ)り、弟子(でし)功果(こうか)完備(かんび)し、已(すで)に霞挙(かきょ=霞に乗って昇る)飛昇(ひしょう)することを能(よ)くす」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝試(こころ)みに飛挙(ひきょ)して我に看(み)せよ」
と。

悟空(ごくう)本事(ほんじ=腕)を弄(ろう)し、身(み)を一聳(ひとそびやか)し、箇(ひと)つの連扯跟頭(れんしゃこんとう=続けざまの宙返り)を打ちて、地(ち)を跳び離(はな)るること五六丈(ごろくじょう)有り、雲霞(うんか)を踏(ふ)みて勾(およそ)頓飯(とんぱん=食事ひと時)の功夫(くふう=程)を去(ゆ)くに、返復(はんぷく)すること三里(さんり)の遠近(おちこち)に上(のぼ)らず、面前(めんぜん)に落ちて、手(て)を叉(さしはさ)んで道(いわ)く、
「師父(しふ)、これすなわち飛挙(ひきょ)騰雲(とううん)なり」
と。祖師(そし)笑って道(いわ)く、
「これ算(かぞ)えて騰雲(とううん)と得(う)べからず、ただ算(かぞ)えて爬雲(はうん=這う雲)のみ。古(いにしえ)より道(いわ)く、『神仙(しんせん)は朝(あした)に北海(ほっかい)に遊(あそ)び暮(ゆうべ)に蒼梧(そうご)に至る』と。この如(ごと)き汝が半日(はんにち)に、去(ゆ)くこと三里(さんり)に上(のぼ)らざれば、すなわち爬雲(はうん)也算(かぞ)えてまだ可(よ)からざるなり!」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「いかにして『朝(あした)に北海(ほっかい)に遊(あそ)び暮(ゆうべ)に蒼梧(そうご)に至る』と為すか」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「凡(およ)そ騰雲(とううん)の輩(やから)、早辰(あした)北海(ほっかい)より起こり、東海(とうかい)・西海(せいかい)・南海(なんかい)を遊(あそ)び過ぎ、復(ま)た蒼梧(そうご)に転(てん)ず。蒼梧(そうご)とは却ってこれ北海(ほっかい)零陵(れいりょう)の語話(ごわ=言い方)なり。四海(しかい)の外を将(も)ちて、一日(いちじつ)に都(すべ)て遊(あそ)び遍(あまね)くして、方(はじ)めて算(かぞ)えて騰雲(とううん)と得(う)べし」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「これ却って難(かた)し!却って難(かた)し!」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「世上(せじょう)に難事(なんじ)無く、ただ心(こころ)有る人(ひと)を怕(おそ)るるのみ」
と。悟空(ごくう)この言(げん)を聞き得て、頭(こうべ)を叩(たた)き礼拜(らいはい)し、啓(もう)して道(いわ)く、
「師父(しふ)、『人(ひと)と為るには須(かなら)ず徹(てっ)すべし』と。索性(いっそ)大いなる慈悲(じひ)を捨(す)てて、この騰雲(とううん)の法(ほう)を、一発(いっぺん)に我に伝(つた)えたまえ。決(けっ)して敢えて恩(おん)を忘(わす)れじ」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「凡(およ)そ諸仙(しょせん)の騰雲(とううん)は、皆足(あし)を跌(ふみ)って起こるに、汝は却ってこの般(ごと)くならず。我才(いま)しがた汝の去(ゆ)くを見るに、連扯(れんしゃ)にして方(はじ)めて跳び上(あ)がれり。我今ただ汝がこの勢(いきおい)に就(つ)きて、汝に箇(ひと)つの『觔斗雲(きんとうん)』を伝(つた)えん」
と。悟空(ごくう)又礼拜(らいはい)して懇求(こんぐ=切に請う)。祖師(そし)却って又箇(ひと)つの口訣(くけつ)を伝(つた)えて道(いわ)く、
「この朶(ひとひら)の雲(くも)、訣(けつ)を捻(ひね)り、真言(しんごん)を念(ねん)じ動(どう)じ、拳(こぶし)を握(にぎ)り緊(し)めて、身(み)に対(むか)って一抖(ひとふるい)し、跳び将(まさ)に起こらんとすれば、一觔斗(ひとまわり)にすなわち十万八千里(じゅうまんはっせんり)の路(みち)有るなり!」
と。大衆(だいしゅ)説(いう)を聴き、一箇一箇(めいめい)嘻嘻(きき)と笑って道(いわ)く、
「悟空(ごくう)造化(ぞうか=幸運)なり!もしこの法(ほう)を会(え)得(う)れば、人家(じんか)与(の)鋪兵(ほへい=飛脚)と為り、文書(ぶんしょ)を送(おく)り、報単(ほうたん=知らせ書き)を遞(わた)し、いずこを管(かま)わず都(すべ)て飯(めし)を食う處(ところ)を尋ね得ん!」
と。師徒(してい)ら天昏(てんこん=日暮れ)れて各(おのおの)洞府(どうふ)に帰る。この一夜(ひとよ)、悟空(ごくう)すなわち神(しん)を運(めぐ)らし法(ほう)を煉(ね)りて、觔斗雲(きんとうん)を会(え)得(う)。日ごとに家(ずっと)拘束(こうそく)無く自在(じざい)逍遙(しょうよう)としてこの一(ひとつ)の長生(ちょうせい)の美(よ)きかな。

一日(あるひ)、春(はる)帰り夏(なつ)至(いた)り、大衆(だいしゅ)皆松樹(しょうじゅ)の下に在りて会講(かいこう=集まり語る)すること多時(ひさ)し。大衆(だいしゅ)曰く、
「悟空(ごくう)、汝はこれ那世(いずれのよ)に修(しゅ)し来れるの縁法(えんぽう=縁)か。前日(せんじつ)師父(しふ)耳(みみ)を拊(う)ちて低(ひく)く言い、汝に伝(つた)えたもう三災(さんさい)を逃(のが)るる変化(へんげ)の法(ほう)を、皆会(え)得(う)したるか」
と。悟空(ごくう)笑って道(いわ)く、
「諸兄長(しょけいちょう=兄さん方)に隠(かく)して申(もう)さず。一(ひとつ)にはこれ師父(しふ)の伝授(でんじゅ)、二(ふたつ)に来るはまた我が昼夜(ちゅうや)殷勤(いんぎん=励む)による。あの幾般(いくつ)かも皆会(え)了(おわ)んぬ」
と。大衆(だいしゅ)道(いわ)く、
「この良時(よきとき)に趁(じゅん)じ、汝試(こころ)みに演(えん)じ演(えん)じ、我等(われら)をして看看(みみ)せしめよ」
と。悟空(ごくう)説(いう)を聞き、精神(せいしん)を抖搜(とうそう=奮い起こ)し、手段(しゅだん=技)を売弄(ろうろう=ひけらか)して道(いわ)く、
「衆(しゅう)の師兄(しけい)、箇(ひと)つの題目(だいもく=お題)を出(いだ)されたい。我に甚(なん)をか変化(へんげ)せよと要(よう)するか」
と。大衆(だいしゅ)道(いわ)く、
「すなわち棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)に変(へん)じよ」
と。悟空(ごくう)訣(けつ)を捻(ひね)り、呪語(じゅご)を念(ねん)じ動(どう)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)し、すなわち変(へん)じて一棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)と做(な)る。真に個(こ)の、

郁郁(いくいく)として烟(けむり)を含(ふく)みて四時(しいじ)を貫(つらぬ)き、雲(くも)を凌(しの)ぎ直(ただち)に上(のぼ)って貞姿(ていし=清らかな姿)を秀(ひい)でさす。
全(まった)く一點(いってん)の妖猴(ようこう)の像(かたち)無く、尽(ことごと)くこれ霜(しも)を経(へ)て雪(ゆき)に耐(た)うるの枝(えだ)なり。
と。

大衆(だいしゅ)これを見て、掌(てのひら)を鼓(う)って呀呀(がが=わあわあ)と大いに笑う。皆道(いわ)く、
「好き猴児(こうじ)かな!好き猴児(こうじ)かな!」
と。覚(おぼ)えずして嚷鬧(じょうどう=騒ぎ立て)、祖師(そし)を驚動(きょうどう)したてまつる。

祖師(そし)急(いそ)ぎ杖(つえ)を引(ひ)きて門(かど)を出で来りて問うて道(いわ)く、
「是(こ)れ何人(なんぴと)かこの処に在りて喧嘩(けんか=騒ぐ)する」
と。大衆(だいしゅ)呼(よばわ)るを聞き、慌(あわ)てて検束(けんそく=慎み)し、衣(ころも)を整(ととの)えて向前(すす)み出づ。悟空(ごくう)また本相(ほんそう=元の姿)を現(あらわ)し、叢中(そうちゅう)に雑(まじ)って道(いわ)く、
「尊師(そんし)に啓上(けいじょう)す。我等(われら)ここに在りて会講(かいこう)す、更(さら)に外姓(がいせい=部外者)の喧嘩(けんか)するは無し」
と。祖師(そし)怒(いか)って喝(かつ)して道(いわ)く、
「汝等(なんじら)大呼小叫(だいこしょうきょう=わめき叫び)、全(まった)く箇(ひと)の修行(しゅぎょう)の体段(たいだん=体裁)に像(に)ず!修行(しゅぎょう)の人(ひと)は、口(くち)開(ひら)けば神気(しんき)散(さん)じ、舌(した)動(うご)けば是非(ぜひ)生(しょう)ず。いかにしてこの処に在りて嚷(わめ)き笑うか」
と。大衆(だいしゅ)道(いわ)く、
「敢えて師父(しふ)を瞞(あざむ)かず。适才(たまたま)孫悟空(そんごくう)変化(へんげ)を演(えん)じて耍子(たわむれ)せり。彼に棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)に変(へん)じよと教(おし)えしに、果してこれ棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)なり。弟子(でし)ら俱(とも)に称揚(しょうよう)し喝采(かっさい=誉めそやし)せしかば、故(ゆえ)に声(こえ)を高うして尊師(そんし)を驚(おどろ)かし冒(おか)したてまつれり。望(のぞ)むらくは乞(こ)う、罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝等(なんじら)起(た)ちて去(ゆ)け」
と。叫(よばわ)って言う、
「悟空(ごくう)、過ぎ来れ!我汝に問わん、甚(なん)の精神(せいしん)を弄(ろう)し、甚(なん)の松樹(しょうじゅ)に変(へん)ずるか。この工夫(くふう=技)、好くも人前(ひとまえ)に在りて売弄(ろうろう=ひけらか)すべきか。假如(もし)汝他(た)の人有(た)るを見なば、彼に求(もと)めざらんや?他(た)の人(ひと)汝に有るを見なば、必(かなら)ず汝に求(もと)めん。汝もし禍(わざわい)を畏(おそ)れなば、却って彼に伝(つた)うることを要(よう)せん。もし彼に伝(つた)えずんば、必(かなら)ず加害(かがい)せん。汝が性命(せいめい)また保(たも)つべからず」
と。悟空(ごくう)叩(こうべをう)って道(いわ)く、
「ただ望(のぞ)むらくは師父(しふ)罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ!」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「我また汝を罪(つみ)せざれども、但(た)だただ汝去(ゆ)け」
と。悟空(ごくう)この言(げん)を聞き、満眼(まんがん)に涙(なみだ)を堕(おと)して道(いわ)く、
「師父(しふ)、我にいずこへ往けと教(おし)えたもうか」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝あの処より来れるなれば、便(すなわ)ちあの処より去(ゆ)くがこれなり」
と。悟空(ごくう)頓(とみ)に然(しか)と醒(さ)め悟(さと)って道(いわ)く、
「我東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)より来れり」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝疾(と)く回(かえ)り去(ゆ)け、汝が性命(せいめい)を全(まっと)うせよ。もしこの間(あいだ)に在らば、断然(だんぜん)として不可(ふか)なり!」
と。悟空(ごくう)罪(つみ)を領(りょう)して言う、
「尊師(そんし)に上告(じょうこく)す。我また家(いえ)を離(はな)れて二十年(にじゅうねん)有り。旧日(きゅうじつ)の児孫(じそん=子孫)を回顧(かいこ=顧みる)といえども、但(た)だ念(おも)うは師父(しふ)の厚恩(こうおん)未(いま)だ報(ほう)ぜざれば、敢えて去(ゆ)かず」
と。祖師(そし)道(いわ)く、
「いずくに甚(なん)の恩義(おんぎ)か有らん。汝ただ禍(わざわい)を惹(ひ)かず、我を牽帯(けんたい=巻き添え)にせざるがそれのみ!」
と。

悟空(ごくう)奈(いか)んともする無きを見、ただ拝辞(はいじ=拝して辞す)するを得、衆(しゅう)与(と)相別(あいわか)る。祖師(そし)道(いわ)く、
「汝この去(ゆき)に、定(かなら)ず不良(ふりょう=悪事)を生(しょう)ぜん。汝いかにして禍(わざわい)を惹(ひ)き凶(きょう)を行うとも、却って我が徒弟(とてい=弟子)なりと説(い)うことを許(ゆる)さず。汝半箇(はんぶん)の字(じ)を説(い)い出(いだ)さば、我すなわちこれを知らん。汝この猢猻(こしゅん)を把(と)りて皮(かわ)を剥(は)ぎ骨(ほね)を銼(やすりか)け、神魂(しんこん=魂)を将(も)ちて九幽(きゅうゆう=九つの冥府)の処に貶(おと)し、汝をして万劫(ばんごう)に身(み)を翻(かえ)すことを得ざらしめん!」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「決(けっ)して敢えて師父(しふ)の一字(いちじ)を提起(ていき=口に)せず、ただこれ我が自家(じか=自分)に会(え)得(う)したるなりと説(い)わんのみ」
と。

悟空(ごくう)謝(しゃ)し了(おわ)る。すなわち身(み)を抽(ひ)き、訣(けつ)を捻(ひね)り、箇(ひと)つの連扯(れんしゃ=続けざまの宙返り)を投(なげう)ち、觔斗雲(きんとうん)を縦(はな)ち起(おこ)して、径(ただち)に東海(とうかい)に回(かえ)る。那里(いずく)に一箇時辰(いっとき=二時間)を消(しょう)せんや、早くも花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)を見る。美猴王(びこうおう)自(みずか)ら楽(たのし)みを知り、暗々(ひそか)に自(みずか)ら称(しょう)じて道(いわ)く、

「去(ゆ)きし時は凡骨(ぼんこつ)凡胎(ぼんたい)重(おも)かりしが、道(みち)を得て身(み)軽(かる)く体(からだ)また軽(かる)し。
世(よ)を挙(こぞ)りて人(ひと)の肯(あえ)て志(こころざし)を立(た)つる無けれど、志(こころざし)を立(た)てて玄(げん)を修(しゅ)すれば玄(げん)自(おの)ずから明(あき)らかなり。
当時(そのかみ)海を過(わた)るに波(なみ)進(すす)み難(がた)かりしが、今日(こんにち)来回(らいかい)甚(はなは)だ行き易(やす)し。
別語(べつご=別れの言葉)叮嚀(ていねい=念押し)して還(ま)た耳(みみ)に在るに、何期(よもや)頃刻(しばらく)にして東溟(とうめい=東の海)を見んとは」
と。

悟空(ごくう)雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)し、直(ただち)に花果山(かかざん)に至(いた)る。路(みち)を找(たず)ねて走(あゆ)むに、忽然(たちまち)鶴唳(かくれい=鶴の鳴き)猿啼(えんてい=猿の泣き)を聴き得(う)。鶴唳(かくれい)の声(こえ)霄漢(しょうかん=大空)の外に衝(つ)き、猿啼(えんてい)の悲切(ひせつ)甚(はなは)だ情(じょう)を傷(いた)ましむ。すなわち口(くち)を開(ひら)いて叫(よばわ)って道(いわ)く、
「孩児(がいじ=子ども)らよ、我来れり!」
と。かの崖下(がいか)石坎(せっかん=岩のくぼみ)の辺(ほとり)、花草(かそう)の中、樹木(じゅもく)の裡(うち)より、大きなるも小さきも之(これ)猴(さる)、跳び出づること千千万万(せんぜんばんばん)、箇(ひと)りの美猴王(びこうおう)を把(と)って中(なか)に囲(かこ)み、頭(こうべ)を叩(たた)いて叫(よばわ)って道(いわ)く、
「大王(だいおう)、汝好くも心(こころ)広(ひろ)きかな!いかにして一たび去(ゆ)きて許(あま)りに久(ひさ)しきや。我等(われら)を把(と)って俱(とも)にここに閃(とりのこ)し、汝を望(のぞ)むこと誠(まこと)に飢(う)え渇(かわ)きの如(ごと)し!近来(ちかごろ)一りの妖魔(ようま)にこの処に在りて欺虐(ぎぎゃく=虐げ)られ、強(しい)て我等(われら)が水簾洞府(すいれんどうふ)を占(し)めんと要(よう)す。これ我等(われら)死(し)を捨(す)て生(いのち)を忘(わす)れ、彼与(と)争闘(そうとう)せしなり。これらの時(おり)、あの厮(やつ)に我等(われら)が家火(かか=道具)を搶(うば)われ、許多(あまた)の子姪(してつ=子や甥)を捉(とら)えられ、我等(われら)をして昼夜(ちゅうや)眠(ねむ)り無く家業(かぎょう=家の財)を看守(かんしゅ=見張)らしむ。幸(さいわ)いに大王(だいおう)の来れるを得(えた)り!大王(だいおう)もし再(ふたた)び年載(ねんさい=一年)も来らずんば、我等(われら)山洞(さんどう)までも尽(ことごと)く他(た)の人有(ひと)の属(ぞく)とならん!」
と。

悟空(ごくう)説(いう)を聞き、心中(しんちゅう)大いに怒(いか)って道(いわ)く、
「是(これ)何(なん)の妖魔(ようま)か、輒(すなわ)ち敢えて無状(むじょう=無礼)なるや!汝且(しばら)く細細(つまびらか)に説(と)き来れ、我彼を尋ねて仇(あだ)を報(ほう)ぜんと待(ま)て」
と。衆猴(しゅうこう)頭(こうべ)を叩(たた)いて言う、
「大王(だいおう)に告上(こくじょう)す。あの厮(やつ)自(みずか)ら混世魔王(こんせいまおう)と称(しょう)し、住居(じゅうきょ=住まい)は直北(ちょくほく=真北)の下に在り」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「此間(ここ)より彼があの処に到(いた)るまで、多少(いくばく)の路程(ろてい=道のり)有るか」
と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、
「彼来る時は雲(くも)、去(ゆ)く時は霧(きり)、或(あるい)は風或(あるい)は雨、或(あるい)は電(いなずま)或(あるい)は雷(かみなり)。我等(われら)多少(いくばく)の路(みち)有るかを知らず」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「既(すで)にこの如(ごと)くならば、汝ら休(や)めて怕(おそ)るるな、且(しばら)く自(みずか)ら戯(たわむ)れ耍(あそ)べ。我彼を尋ねて去(ゆ)き来らんを等(ま)て!」
と。

好き猴王(こうおう)かな、身(み)を一縦(ひとおどり)し、跳び起(おこ)り去(ゆ)き、一路(ひとみち)觔斗(きんとう)して、直(ただち)に北下(ほくか=北の方)に至(いた)りて観看(みわた)せば、一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見る。真にこれ十分(じゅうぶん)に険峻(けんしゅん=けわし)なり。好き山かな、

筆峰(ひっぽう)挺立(ていりつ)し、曲澗(きょくかん)深沉(しんちん)なり。
筆峰(ひっぽう)挺立(ていりつ)して空霄(くうしょう=大空)を透(とお)り、曲澗(きょくかん)深沉(しんちん)して地戸(ちこ=地の門)に通(つう)ず。
両崖(りょうがい)の花木(かぼく)奇(き)を争(あらそ)い、幾処(いくところ)かの松篁(しょうこう=松と竹)翠(みどり)を闘(たたか)わす。
左辺(さへん)に龍(りゅう)有り、熟熟馴馴(じゅくじゅくじゅんじゅん=おとなしく)たり、
右辺(うへん)に虎(とら)有り、平平伏伏(へいへいふくふく=おとなしく伏す)。
毎(つね)に鉄牛(てつぎゅう=鉄の牛)の耕(たがや)すを見、常(つね)に金銭(きんせん)の種(たね)有り。
幽禽(ゆうきん)睍睆(けんかん=美わしき声)の声(こえ)、丹鳳(たんぽう=赤き鳳)朝陽(ちょうよう)に立(た)つ。
石磷磷(りんりん=ごつごつ)として、波(なみ)浄浄(じょうじょう=清らか)に、古怪(ここあい)蹺蹊(きょうけい=奇怪)にして真に悪獰(あくどう=凶悪)なり。
世上(せじょう)の名山(めいざん)無数多(むすうた)にして、花開(ひら)き花謝(しゃ)して蘩(しげ)く還(ま)た衆(おお)し。
争(いか)でかこの景(けい)の永(とこしな)えに長存(ちょうぞん)し、八節(はっせつ)四時(しいじ)渾(ことごと)く動(うご)かざるに如(し)かんや。
誠(まこと)にこれ三界(さんがい)の坎源山(かんげんざん)、五行(ごぎょう)を滋養(じよう)する水臓洞(すいぞうどう)!
と。

美猴王(びこうおう)正に黙(だま)って景致(けいち=景色)を看(み)おるに、ただ人(ひと)の言語(ことば)有るを聴き得(う)。径(ただち)に自(みずか)ら山を下(お)りて尋ね覓(もと)むれば、元来(もと)かの陡崖(とうがい=急な崖)の前は、乃ちこれあの水臓洞(すいぞうどう)なり。洞門外(どうもんがい)に幾箇(いくたり)かの小妖(しょうよう)の跳舞(ちょうぶ=跳ね舞う)有りしが、悟空(ごくう)を見てすなわち走(に)ぐ。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「走(に)ぐるを休(や)めよ!汝が口中(こうちゅう)の言(ことば)を借(か)り、我が心内(しんない)の事(こと)を伝(つた)えん。我は乃ちこれ正南方(しょうなんぽう=真南)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の洞主(どうしゅ)なり。汝が家(いえ)の甚(なん)の混世鳥魔(こんせいちょうま)か、屡次(しばしば)我が児孫(じそん)を欺(あざむ)く。我特(こと)に尋ね来れり、彼与(と)箇(ひと)の上下(じょうげ=勝負)を見んと要(よう)す!」
と。

かの小妖(しょうよう)説(いう)を聴き、疾(と)く忙(いそ)ぎて洞裡(どうり)に跑(はし)り入り、報(ほう)じて道(いわ)く、
「大王(だいおう)!禍事(かじ=一大事)なり!」
と。魔王(まおう)道(いわ)く、
「甚(なん)の禍事(かじ)か有る」
と。小妖(しょうよう)道(いわ)く、
「洞外(どうがい)に猴頭(こうとう=猿)の花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の洞主(どうしゅ)と称(しょう)する者有り。彼説(いわ)く、汝屡次(しばしば)彼が児孫(じそん)を欺(あざむ)けり、特(こと)に来りて汝を尋ね、箇(ひと)の上下(じょうげ)を見んとす、と」
と。魔王(まおう)笑って道(いわ)く、
「我常(つね)に聞く、あの猴精(こうせい=猿の精)ら彼らに箇(ひと)の大王(だいおう)有りて、出家(しゅっけ)して修行(しゅぎょう)に去(ゆ)けりと。想(おも)うにこれ今番(こんど)来れるならん。汝ら彼のいずかたに怎生(いか)に打扮(だはん=身なり)せるを見、甚(なん)の器械(きかい=武器)有るか」
と。小妖(しょうよう)道(いわ)く、
「彼また甚(なん)の器械(きかい)も無く、箇(ひと)つの頭(こうべ)を光(まる)め、一領(ひとえ)の紅色(こうしょく)の衣(ころも)を穿(き)、一條(ひとすじ)の黄縧(おうじょう=黄色い帯)を勒(し)め、足下(そっか)に一対(ひとくみ)の烏靴(うか=黒靴)を踏(ふ)む。僧(そう)に非(あら)ず俗(ぞく)に非(あら)ず、また道士(どうし)神仙(しんせん)に像(に)ず、赤手空拳(せきしゅくうけん=素手)にして、門外(もんがい)に在りて叫(よばわ)れり」
と。魔王(まおう)説(いう)を聞いて言う、
「我が批掛(ひが=よろい)兵器(へいき)を取り来れ!」
と。かの小妖(しょうよう)即時(すなわち)取り出(いだ)す。かの魔王(まおう)甲冑(かっちゅう)を穿(き)、刀(かたな)を手(て)に綽(と)り、衆妖(しゅよう)与(と)門(かど)を出で得て来り、すなわち声(こえ)を高くして叫(よばわ)って道(いわ)く、
「あの箇(ひと)が水簾洞(すいれんどう)の洞主(どうしゅ)なるか」
と。

悟空(ごくう)急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて観看(みわた)せば、ただかの魔王(まおう)の、

頭(こうべ)に烏金盔(うきんかい=黒金の兜)を戴(いただ)き、日に暎(て)りて光明(こうみょう)なり。
身(み)に皁羅袍(そうらほう=黒絽の袍)を掛(か)け、風を迎(むか)えて飄蕩(ひょうとう=ひるがえる)。
下に黒鉄甲(こくてっこう=黒鉄の鎧)を穿(き)著(つ)け、皮条(ひじょう=革紐)を緊(かた)く勒(し)む。
足(あし)に花褶靴(かとうか=模様ある靴)を踏(ふ)み著(つ)け、雄(ゆう)なること上将(じょうしょう)の如(ごと)し。
腰(こし)広(ひろ)きこと十囲(じっい=十抱え)、身(み)の高さ三丈(さんじょう)、
手(て)に一口(ひとふり)の刀(かたな)を執(と)り、鋒刃(ほうじん=切っ先)多く明亮(めいりょう)なり。
称(しょう)して混世魔(こんせいま)と為し、磊落(らいらく=あからさま)なる凶(きょう)の模様(すがた)なり。
と。

猴王(こうおう)喝(かつ)して道(いわ)く、
「この潑魔(はつま=暴れ者)め、この般(ごと)く眼(め)大きくして、老孫(ろうそん=おれ)を見えざるか!」
と。魔王(まおう)これを見て、笑って道(いわ)く、
「汝が身(み)は四尺(ししゃく)に満(み)たず、年(とし)は三旬(さんじゅん=三十)に過(す)ぎず、手内(しゅない)に又兵器(へいき)無し。いかにして胆(きも)大きく猖狂(しょうきょう=奔放)にして、我を尋ねて甚(なん)の上下(じょうげ=勝負)をか見んと要(よう)するか」
と。悟空(ごくう)罵(ののし)って道(いわ)く、
「汝この潑魔(はつま)め、元来(もと)眼(め)無し!汝我を小さしと量(はか)るが、大きくならんは却って難(かた)からず。汝我に兵器(へいき)無しと量(はか)るが、我が両手(りょうしゅ)は天辺(てんぺん)の月を勾(か)き著(つ)けたり!汝怕(おそ)るる莫(な)かれ、ただ老孫(ろうそん)が一拳(ひとこぶし)を食(くら)え!」
と。一縦(ひとおどり)し、跳び上(あ)がりて、臉(かお)を劈(つんざ)いてすなわち打つ。かの魔王(まおう)手(て)を伸(の)べて架(ささ)え住(とど)めて道(いわ)く、
「汝この般(ごと)く矮小(わいしょう=ちんちくりん)にして、我この般(ごと)く高長(こうちょう=背高)なり。汝拳(こぶし)を使(つか)わんと要(よう)し、我刀(かたな)を使(つか)わんと要(よう)す。刀(かたな)を使(つか)えばすなわち汝を殺(ころ)さんが、また人(ひと)の笑いを食(くら)わん。我をして刀(かたな)を放(お)き下(おろ)さしめ、汝与(と)路拳(ろけん=一通りの拳)を使(つか)いて看看(みみ)せよ」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「説(い)えること是(ぜ)なり。好き漢子(おのこ)かな!走(き)て来れ!」
と。かの魔王(まおう)架子(かし=構え)を投(なげう)ち開(ひら)いてすなわち打てば、この悟空(ごくう)鑽(くぐ)り入(はい)りて相(あい)撞(ぶつか)り相(あい)迎(むか)う。彼の両人(ふたり)拳(こぶし)で捶(なぐ)り脚(あし)で踢(け)り、一冲(いっしょう)一撞(いちどう=突き合い)す。元来(もと)長拳(ちょうけん=遠間の拳)は空大(くうだい=大ぶり)にして、短簇(たんぞく=接近戦)は堅牢(けんろう)なり。かの魔王(まおう)悟空(ごくう)に短肋(たんろく=脇腹)を掏(えぐ)られ、襠(また)を撞(つ)かれ、幾下(いくつ)かの筋節(きんせつ=急所)を打たれて、彼をして打たるること重(おも)からしむ。彼閃(よ)け過ぎ、あの板(いた)ほどの大いさなる鋼刀(こうとう)を拿(と)り上(あ)げ、悟空(ごくう)を望(めが)けて頭(こうべ)を劈(つんざ)いてすなわち砍(き)る。悟空(ごくう)急(いそ)ぎ身(み)を撤(ひ)けば、彼一箇(ひと)の空(くう)を砍(き)れり。悟空(ごくう)彼の凶猛(きょうもう)なるを見、すなわち身外身法(しんがいしんぽう=身外身の術)を使(つか)い、一把(ひとつかみ)の毫毛(ごうもう=体毛)を抜(ぬ)き、口中(こうちゅう)に投(なげ)れて嚼(か)み砕(くだ)き、空中(くうちゅう)を望(めが)けて噴(ふ)き去(さ)り、一声(ひとこえ)「変(へん)じよ!」と叫(よばわ)れば、すなわち変(へん)じて三二百(さんにひゃく)の小猴(しょうこう)と做(な)り、周囲(しゅうい)に集簇(しゅうぞく=群れ集まる)す。

元来(もと)人(ひと)仙体(せんたい)を得(う)れば、出神(しゅっしん=神通)変化(へんげ)して、方(ほう)の知らざる無し。この猴王(こうおう)道(みち)を了(さと)りし自(よ)り後、身上(しんじょう)に八万四千(はちまんよんせん)の毛羽(もうう=毛)有り、根根(いちいち)能(よ)く変(へん)じて、物(もの)に感(かん)じて心(こころ)に随(したが)う。あの小猴(しょうこう)ら、眼(め)乖(かしこ)くして能(よ)く跳び、刀(かたな)来れども砍(き)り著(あ)てられず、槍(やり)去(ゆ)けども傷(そこな)うことを得ず。汝看(み)よ、彼ら前に踊(おど)り後(うしろ)に躍(おど)り、鑽(くぐ)り上(あ)がりて、魔王(まおう)を把(と)って囲繞(いにょう=取巻)し、抱(いだ)くは抱(いだ)き、扯(ひ)くは扯(ひ)き、襠(また)を鑽(くぐ)るは襠(また)を鑽(くぐ)り、脚(あし)を扳(ひ)くは脚(あし)を扳(ひ)き、踢(け)り打ち毛(け)を抜(ぬ)き、眼(め)を抉(えぐ)り、鼻(はな)を捻(ひね)り、抬(も)ち上(あ)げて弄(なぶ)る。直(ただち)に打ちて箇(ひと)の寄集(きしゅう=寄せ集め)と做(な)し了(おわ)んぬ。この悟空(ごくう)才(ようや)く往きて彼が刀(かたな)を奪(うば)い得て来り、小猴(しょうこう)を分(わ)け開(ひら)き、頂門(ちょうもん=頭上)を照(めが)けて一下(ひとうち)、砍(き)って両段(りょうだん)と為す。衆(しゅう)を領(ひき)いて洞中(どうちゅう)に討(う)ち入(はい)り、あの大きなるも小さきも妖精(ようせい)を将(も)ちて、尽(ことごと)く皆剿滅(そうめつ=討ち滅ぼ)す。却って毫毛(ごうもう)を把(と)って一抖(ひとふるい)し、身(み)の上に収(おさ)め来る。又あの身(み)の上に収(おさ)め上(あ)がらざる者を見れば、却ってこれかの魔王(まおう)の水簾洞(すいれんどう)の中にて擒(とら)え去(さ)りし小猴(しょうこう)なり。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「汝等(なんじら)何為(なんす)れてここに到(いた)れるか」
と。約(およ)そ三五十箇(さんごじゅっこ)有りて、皆涙(なみだ)を含(ふく)んで道(いわ)く、
「我等(われら)大王(だいおう)の仙(せん)を修(しゅ)しに去(ゆ)かれし後、この両年(ふたとせ)彼に争吵(そうそう=奪い合わ)れ、我等(われら)を把(と)って皆ここに摂(つれ)し将(も)ち来れり。あれは我等(われら)が洞中(どうちゅう)の家火(かか=道具)に非(あら)ずや。石盆(せきぼん)・石碗(せきわん)も皆この厮(やつ)に拿(と)り来られたり」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「既(すで)にこれ我等(われら)が家火(かか)ならば、汝ら皆搬(はこ)び出だし去(さ)れ」
と。すなわち洞裡(どうり)に火を放(はな)ち起(おこ)して、あの水臓洞(すいぞうどう)を把(と)って焼(や)きて枯乾(こかん=からから)にし、尽(ことごと)く一体(いったい)に帰(き)せしむ。衆(しゅう)に対(むか)いて道(いわ)く、
「汝等(なんじら)我に跟(したが)いて回(かえ)り去(ゆ)け」
と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、
「大王(だいおう)、我等(われら)来りし時、ただ耳辺(じへん)に風声(ふうせい)の聴こゆるのみにして、虚飄飄(きょひょうひょう=ふわふわ)としてこの地(ち)に到(いた)れり。更(さら)に路徑(ろけい=道筋)を識(し)らず。今いかにしてか回郷(かいきょう=故郷に帰る)を得んや」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「これは彼の弄(ろう)しし箇(ひと)の術法(じゅっぽう=術)なり。何(なん)の難(かた)きことか有らん!我如今一竅(いっきょう)通(つう)じ、百竅(ひゃっきょう)通(つう)ず。我また弄(ろう)することを会(え)たり。汝ら皆眼(め)を合(がっ)せよ、怕(おそ)るる休(な)かれ!」
と。

好き猴王(こうおう)かな、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)じ、一陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)を駕(が)して、雲頭(うんとう)を落(おと)し下(おろ)す。叫(よばわ)って言う、
「孩児(がいじ=子ども)ら、眼(め)を睜(みは)れ」
と。衆猴(しゅうこう)脚(あし)実地(じっち)を履(ふ)めば、これ郷里(きょうり=故郷)なるを認(みと)め、箇箇(おのおの)歓喜(かんぎ)し、皆洞門(どうもん)の旧路(きゅうろ)に奔(はし)る。かの洞(ほら)に在りし衆猴(しゅうこう)、皆一斉(いっせい)に簇擁(ぞくよう=取巻き)して同(とも)に入り、班(くみ)を分(わか)ち歯(よわい)を序(つい)で、猴王(こうおう)を礼拜(らいはい)す。酒果(しゅか=酒と果物)を安排(あんばい)し、風を接(むか)えて喜(よろこ)びを賀(が)し、魔(ま)を降(くだ)し子を救(すく)いし事(こと)を啓問(けいもん)す。悟空(ごくう)備(つぶさ)に細(こま)やかにこれを言い了(おわ)るに、衆猴(しゅうこう)称揚(しょうよう)して尽(つ)きずして道(いわ)く、
「大王(だいおう)あの方(かた)に去(ゆ)き到(いた)りて、意(おも)わずこの般(ごと)き手段(しゅだん=技)を学(まな)び得(えた)るとは!」
と。悟空(ごくう)又道(いわ)く、
「我当年(そのとし)汝等(なんじら)与(と)別(わか)れ、波(なみ)に随(したが)い流(ながれ)に逐(お)うて、東洋大海(とうようたいかい)を飄(ただよ)い過ぎ、径(ただち)に南贍部洲(なんせんぶしゅう)に至(いた)り、人(ひと)の像(すがた)を学(まな)び成(な)し、この衣(ころも)を著(き)、この履(くつ)を穿(は)き、擺擺揺揺(はいはいようよう=ゆらゆら)として、雲遊(うんゆう)すること八九年余(はちくねんよ)。更(さら)に曾(かつ)て道(みち)有らず。又西洋大海(せいようたいかい)を渡(わた)り、西牛賀洲(さいごがしゅう)の地界(ちかい)に到(いた)り、訪問(ほうもん)すること多時(ひさ)しく、幸(さいわ)いに一(ひとり)の老祖(ろうそ)に遇(あ)い、我に天(てん)与(と)寿(いのち)を同(おなじ)くするの真功果(しんこうか)、不死長生(ふしちょうせい)の大法門(だいほうもん)を伝(つた)えたまえり」
と。衆猴(しゅうこう)称賀(しょうが=祝い)して、皆道(いわ)く、
「万劫(ばんごう)に逢(あ)い難(がた)きなり!」
と。悟空(ごくう)又笑って道(いわ)く、
「小さき者どもよ、また喜(よろこ)ぶべきは我がこの一門(いちもん)皆姓氏(せいし)有ることなり」
と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、
「大王(だいおう)はいずかの姓(せい)か」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「我今孫(そん)を姓(せい)とし、法名(ほうみょう)を悟空(ごくう)とす」
と。衆猴(しゅうこう)説(いう)を聞き、掌(てのひら)を鼓(う)って忻然(きんぜん=喜び)として道(いわ)く、
「大王(だいおう)は老孫(ろうそん)なり。我等(われら)は皆これ二孫(にそん)・三孫(さんそん)・細孫(さいそん)・小孫(しょうそん)——一家孫(いっかそん)・一国孫(いっこくそん)・一窩孫(いっかそん)なり!」
と。皆来って老孫(ろうそん)を奉承(ほうしょう=もてな)し、大盆(だいぼん)小碗(しょうわん)の、椰子酒(やしざけ)・葡萄酒(ぶどうしゅ)・仙花(せんか)・仙果(せんか)、真に個(こ)にこれ合家(がっか=一家)歓楽(かんらく)なり!咦(ああ)!

一姓(いっせい)を貫通(かんつう)じて身(み)本(ほん)に帰り、ただ栄(さか)えて仙籙(せんろく=仙籍)に名(な)を遷(うつ)さんことを待(ま)つ。
と。畢竟(ひっきょう)いかにしてか結果(けっか)し、この界(かい)に居(お)りて終始(しゅうし)いかんは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。