偈(げ)に曰(いわ)く
法(ほう)は本(もと)心(こころ)より生(しょう)じ、還(かえ)って心(こころ)より滅(めっ)す。
生滅(しょうめつ)尽(ことごと)く誰(たれ)に由(よ)る、請(こ)う君(きみ)自(みずか)ら辨別(べんべつ)せよ。
既(すで)に皆(みな)己(おの)が心(こころ)ならば、何(なん)ぞ别人(べつじん)の説(せつ)を用(もち)いん。
只(た)だ苦功(くこう)を下(くだ)さんことを須(もち)い、鉄中(てっちゅう)の血(ち)を扭(ひね)り出(いだ)せ。
絨繩(じゅうじょう)鼻(はな)を着(つ)き穿(うが)ち、虚空(こくう)の結(むす)びを挽(ひ)き定(さだ)め、
無為(むい)の樹(き)に拴(つな)ぎて、他(かれ)をして顛劣(てんれつ)せしめず。
賊(ぞく)を認(みと)めて子(こ)と為(な)す莫(なか)れ、心法(しんぽう)都(すべ)て忘絶(ぼうぜつ)せよ。
他(かれ)をして我(われ)を瞞(だま)さしむるを休(や)めよ、一拳(いっけん)先(ま)ず打(う)ち徹(とお)せ。
現心(げんしん)亦(また)心無(しんな)く、現法(げんぽう)法(ほう)も亦(また)辍(や)む。
人牛(じんぎゅう)見(み)えざる時(とき)、碧天(へきてん)光(ひかり)皎潔(こうけつ)たり。
秋月(しゅうげつ)一般(いっぱん)円(まど)かにして、彼此(ひし)分別(ぶんべつ)し難(がた)し。
この一篇(いっぺん)の偈子(げす)は、乃(すなわ)ち玄奘法師(げんじょうほうし)の《多心経(たしんきょう)》を悟(さと)り徹(てっ)し、門戸(もんこ)を打(う)ち開(ひら)けるものなり。那(か)の長老(ちょうろう)常(つね)に念(ねん)じ常(つね)に存(そん)じて、一点(いってん)の霊光(れいこう)自(おのずか)ら透(とお)る。
且(しばら)く他(かれ)が三衆(さんしゅう)の、路(みち)に在(あ)って風(かぜ)を餐(くら)い水(みず)に宿(やど)り、月(つき)を帯(たい)し星(ほし)を披(き)ることを説(と)けば、早(はや)くも又(また)夏景(かけい)の炎天(えんてん)に至(いた)る。但(ただ)那(か)のを見(み)れば
花(はな)尽(つ)きて蝶(ちょう)情(じょう)を叙(の)ぶる無(な)く、樹(き)高(たか)くして蝉(せみ)声(こえ)の喧(かまびす)しき有(あ)り。
野蚕(やさん)繭(まゆ)を成(な)し火榴(かりゅう)妍(うつく)しく、沼内(しょうない)新荷(しんか)出現(しゅつげん)す。
那(か)の日(ひ)正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽然(こつぜん)として天(てん)晩(く)れ、又(また)山路(さんろ)の旁(かたわら)に、一(ひとつ)の村舎(そんしゃ)の有(あ)るを見(み)る。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「悟空(ごくう)、汝(なんじ)那(か)の『日(ひ)は西山(せいざん)に落(お)ちて火鏡(かきょう)を蔵(ぞう)し、月(つき)は東海(とうかい)に昇(のぼ)って氷輪(ひょうりん)を現(あらわ)す』を見(み)よ。幸(さいわ)いにして道(みち)の旁(かたわら)に一(ひと)つの人家(じんか)有(あ)り、我(われ)等(ら)且(しばら)く一宵(いっしょう)を借(か)り宿(やど)り、明日(みょうにち)又(また)走(はし)らん」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「説(い)う所(ところ)は是(ぜ)なり。我(われ)が老猪(ろうちょ)も些(いささ)か飢(う)えたり。且(しばら)く人家(じんか)に到(いた)り些(いささ)か斎(とき)を化(か)して食(くら)い、力(ちから)気(き)有(あ)れば、好(よ)く行李(こうり)を挑(にな)わん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「この恋家鬼(れんかき)!汝(なんじ)家(いえ)を離(はな)れて幾日(いくにち)ならざるに、就(すなわ)ち報怨(ほうえん)を生(しょう)ずるか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「哥(あに)よ、汝(なんじ)がこの風(かぜ)を喝(の)み煙(けむり)を呵(あたた)むる人(ひと)に似(に)るを得(え)ず。我(われ)師父(しふ)に跟(したが)いてこの幾日(いくにち)、長(つね)に半肚(はんと)の飢(うえ)を忍(しの)ぶは、汝(なんじ)暁(さと)り得(う)るか」と。三蔵(さんぞう)之(これ)を聞(き)いて道(いわ)く「悟能(ごのう)、汝(なんじ)若(も)し家(いえ)に在(あ)るの心(こころ)重(おも)きならば、是(こ)れ出家(しゅっけ)の者(もの)に非(あら)ず。汝(なんじ)還(かえ)って罷(や)めよ」と。那(か)の呆子(ほうし)慌(あわ)てて跪(ひざまず)きて道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)師兄(しけい)の言(げん)を聴(き)く莫(なか)れ。他(かれ)些(いささ)か人(ひと)を贓埋(ぞうまい=誣告し)す。我(われ)曾(かつ)て甚(なん)の報怨(ほうえん)をもせざるに、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を報怨(ほうえん)すと説(い)う。我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の直腸(ちょくちょう)の痴漢(ちかん)、我(われ)肚内(とない)飢(う)えたりと説(い)い、好(よ)く人家(じんか)を尋(たず)ねて斎(とき)を化(か)せんとするを、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を罵(ののし)って恋家鬼(れんかき)と為(な)す。師父(しふ)よ、我(われ)菩薩(ぼさつ)の戒行(かいぎょう)を受(う)け、又(また)師父(しふ)の憐憫(れんびん)を承(う)け、情願(ねが)って師父(しふ)に伏侍(ぶじ)して西天(せいてん)に往(ゆ)かんとし、誓(ちか)って退悔(たいげ)無(な)し。這(こ)れを『恨苦修行(こんくしゅぎょう)』と做(な)す。怎(どう)して出家(しゅっけ)の話(はなし)に非(あら)ずと説(い)わんや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、汝(なんじ)且(しばら)く起(た)て」と。那(か)の呆子(ほうし)身(み)を縦(ほしいまま)にして跳(と)び起(お)き、口(くち)裏(うち)絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくどと)として、担子(たんす)を挑(にな)い、只(た)だ死心塌地(ししんとうち=観念し切って)を得(え)て、跟(したが)いて前(まえ)に来(きた)る。
早(はや)くも路(みち)の旁(かたわら)の人家(じんか)の門首(もんしゅ)に到(いた)る。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)り、行者(ぎょうじゃ)韁繩(こうじょう=手綱)を接(う)け、八戒(はっかい)行李(こうり)を歇(やす)め、都(みな)緑蔭(りょくいん)の下(した)に佇立(ちょりつ)す。三蔵(さんぞう)九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)を拄(つ)き、藤纏篾織(とうてんべっしょく=藤や竹で編んだ)の斗篷(とぼう=笠)を按按(あんあん=押さえ)え、先(ま)ず門前(もんぜん)に奔(はし)る。只(ただ)一(ひとり)の老者(ろうしゃ)の、竹床(ちくしょう)の之(うえ)に斜(なな)めに倚(よ)り、口(くち)裏(うち)嚶嚶(おうおう=ぶつぶつ)と仏(ほとけ)を念(ねん)ずるを見(み)る。三蔵(さんぞう)敢(あえ)て高言(こうげん)せず、慢(ゆる)るく一声(ひとこえ)「施主(せしゅ)、問訊(もんじん=挨拶)了(おわ)らん」と叫(よ)ぶ。那(か)の老者(ろうしゃ)一骨魯(いっこつろ=ぱっと)跳(と)び将(まさ)に起(お)きんとして、忙(いそ)ぎ衣襟(いきん)を斂(おさ)め、門(もん)を出(い)でて還礼(かんれい)して道(いわ)く「長老(ちょうろう)、失迎(しつげい)。汝(なんじ)那(いず)れの方(かた)より来(きた)る?我(わ)が寒門(かんもん)に到(いた)り何(なん)の故(ゆえ)ぞ」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)の和尚(おしょう)、聖旨(せいし)を奉(ほう)じ、雷音寺(らいおんじ)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)む。適(たまた)ま宝方(ほうほう)に至(いた)りて天(てん)晩(く)る。意(おも)うに檀府(だんぷ)に投(とう)じて一宵(いっしょう)を告借(こくしゃく)し、万(よろず)祈(いの)る方便方便(ほうべんほうべん=お計らい)を」と。那(か)の老児(ろうじ)手(て)を擺(はい=振り)頭(かしら)を揺(ゆすぶ)って道(いわ)く「去(ゆ)くを得(え)ず。西天(せいてん)は経(きょう)を取(と)り難(がた)し。経(きょう)を取(と)らんと要(ほっ)せば、東天(とうてん)に往(ゆ)きて罷(や)めよ」と。三蔵(さんぞう)口(くち)中(うち)語(かた)らず、意(こころ)下(した)に沈吟(ちんぎん=思い悩む)す「菩薩(ぼさつ)道(みち)を西(にし)へと指(さ)すに、怎(どう)して此(こ)の老(おい)東(ひがし)に往(ゆ)けと説(い)う?東辺(とうへん)那(いず)くにか経(きょう)の有(あ)らんや」と。……腼腆(めんてん=照れ)して言(い)い難(がた)く、半晌(はんきょう=しばらく)答(こた)えず。
却(かえ)って説(と)く、行者(ぎょうじゃ)素性(そせい=生来)凶頑(きょうがん=粗暴)、忍(しの)ぶを得(え)ず、上(のぼ)り前(すす)みて高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く「那(そ)の老児(ろうじ)、汝(なんじ)這(こ)の們(ほど)の大年紀(だいねんき=高齢)にて、全(まった)く事(こと)を暁(さと)らず。我(われ)が出家人(しゅっけにん)遠(とお)く来(きた)りて宿(やど)を借(か)るに、就(すなわ)ち這(こ)の厭鈍(えんどん=不快)の話(はなし)を把(もっ)て我(われ)を虎唬(こかく=脅か)す。十分(じゅうぶん)に汝(なんじ)が家(いえ)窄狭(さくきょう=狭く)、睡(ね)る処(ところ)無(な)き時(とき)は、我(われ)等(ら)樹(き)の底下(した)に在(あ)って、好道(こうどう=それでも)也(また)一夜(いちや)坐(ざ)せん、汝(なんじ)を打攪(だっこう=邪魔)せじ」と。那(か)の老者(ろうしゃ)三蔵(さんぞう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)倒(かえ)って言(ことば)を語(かた)らず、汝(なんじ)が那(そ)の徒弟(とてい)、那般(あんばい)の拐子臉(かいしれん=詐欺師面)、別頦腮(べっがいさい=とがった頬)、雷公嘴(らいこうし=雷神の嘴)、紅眼睛(こうがんせい)の一(ひと)つの癆病(ろうびょう=結核)の魔鬼(まき)、怎(どう)して反(かえ)って我(わ)が這(こ)の年老(としお)いた人(ひと)を衝撞(しょうどう=突き当たり)するか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「汝(なんじ)が這(こ)の老児(ろうじ)、忒(はなは)だ也(また)眼色(がんしょく=見る目)無(な)し!那(か)の俊刮(しゅんかつ=美形)些(いささ)かの児(もの)に似(に)たるは、中看不中吃(ちゅうかんふちゅうきつ=見てくれはよくても食えぬ)と做(な)す。想(おも)うに我(われ)が老孫(ろうそん)小(ちい)さけれど、頗(すこぶ)る結実(けつじつ=がっしり)し、皮(かわ)裏(うち)一団(いちだん)の筋(すじ)なり」と。那(か)の老者(ろうしゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)想(おも)うに必(かなら)ず些(いささ)か手段(しゅだん)有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「敢(あえ)て夸言(こげん=大言)せず、也(また)将就(しょうじゅう=まあまあ)看(み)るに過(す)ぎたり」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)が家(いえ)居(きょ)何処(いずこ)?因(よ)りて甚(なん)の事(こと)か削髪(さくはつ)して僧(そう)と為(な)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「老孫(ろうそん)祖貫(そかん=本籍)東勝神洲(とうしょうしんしゅう)海東(かいとう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に居住(きょじゅう)す。小児(しょうじ)自(よ)り学(まな)んで妖怪(ようかい)と做(な)り、名(な)を悟空(ごくう)と称(しょう)す。本事(ほんじ=腕)に憑(よ)り、一(ひとつ)の斉天大聖(せいてんたいせい)を掙(かせ)いだ。只(た)だ天禄(てんろく)を受(う)けざるに因(よ)り、大(おお)いに天宮(てんぐう)に反(はん)し、一場(いちじょう)の災愆(さいけん=災難)を惹(ひ)き起(おこ)したり。如今(にこん=今は)難(なん)を脱(のが)れ災(さい)を消(け)し、転(うたた)て沙門(しゃもん)を拝(はい)し、前(すす)んで正果(しょうか)を求(もと)め、我(われ)が這(こ)の唐朝(とうちょう)駕下(がか)の師父(しふ)を保(ほ)し、西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し一遭(ひとめぐ)り走(はし)る。什麼(なん)の山高(やまたか)く路険(みちけわ)しき、水(みず)闊(ひろ)く波狂(なみくる)うをも怕(おそ)れんか!我(われ)が老孫(ろうそん)也(また)怪(かい)を捉(とら)え得(え)、魔(ま)を降(くだ)し得(う)。伏虎擒龍(ふっこきんりゅう=虎を伏せ龍を擒える)、踢天弄井(てきてんろうせい=天を蹴り井を弄ぶ)、都(みな)些(いささ)か暁(さと)り得(う)る。倘若(もし)府上(ふじょう)に什麼(なん)の磚(かわら)を投(な)げ瓦(かわら)を打(う)ち、鍋(なべ)叫(な)り門(もん)開(ひら)くこと有(あ)らば、老孫(ろうそん)便(すなわ)ち能(よ)く安鎮(あんちん=鎮め)す」と。
那(か)の老児(ろうじ)這(こ)の篇(へん)の言語(げんご)を聴(き)き得(え)て、哈哈(はは)と笑(わら)って道(いわ)く「原来(げんらい)是(こ)れ箇(こ)の撞頭化縁(どうとうけえん=出会い頭に布施を請う)の熟嘴児(じゅくしじ=おしゃべり)の和尚(おしょう)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)が子(こ)便(すなわ)ち是(こ)れ熟嘴(じゅくし)!我(われ)これらの時(とき)、只(た)だ我(わ)が師父(しふ)に跟(したが)いて路(みち)を走(はし)る辛苦(しんく=労苦)に因(よ)り、還(また)懶(ものう)く説話(せつわ)するのみ」と。那(か)の老児(ろうじ)道(いわ)く「若(も)し是(こ)れ汝(なんじ)辛苦(しんく)せず、説話(せつわ)を懶(ものう)からざれば、好道(こうどう)活活(かつかつ=生きながら)に我(われ)を聒殺(こつさつ=うるさく殺す)せん!汝(なんじ)既(すで)に這(こ)の様(よう)の手段(しゅだん)有(あ)れば、西方(せいほう)也(また)還(また)去(ゆ)くを得(え)、去(ゆ)くを得(う)る。汝(なんじ)一行(いっこう)幾衆(いくしゅう)?請(こ)う茅舎(ぼうしゃ)の裏(うち)に至(いた)りて安宿(あんしゅく)せよ」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「多(おお)く老施主(ろうせしゅ)の叱(しか)らざるの恩(おん)を蒙(こうむ)る。我(われ)が一行(いっこう)三衆(さんしゅう)なり」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「那(そ)の一衆(いっしゅう)那(いず)こに在(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)指(ゆび)し着(つ)けて道(いわ)く「這(こ)の老児(ろうじ)眼(め)花(はな)み、那(か)の緑蔭(りょくいん)の下(した)に站(た)つは是(こ)れならずや」と。老児(ろうじ)果然(かぜん=案の定)眼(め)花(か)み、忽(たちま)ち頭(かしら)を抬(あ)げて細(こま)かに看(み)るに、一(ひと)たび八戒(はっかい)が這般(こんな)の嘴臉(しれん=顔つき)を見(み)て、就(すなわ)ち唬(おど)されて一步一跌(いっぽいってつ=一歩ごとに転び)、屋(いえ)の裏(うち)へと乱跑(らんぽう=駆け込)み、只(た)だ「門(もん)を関(と)じよ!門(もん)を関(と)じよ!妖怪(ようかい)来(きた)る」と叫(よ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)赶上(おいつ)き扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「老児(ろうじ)怕(おそ)るる莫(なか)れ、他(かれ)は是(こ)れ妖怪(ようかい)に非(あら)ず、是(こ)れ我(わ)が師弟(してい)なり」と。老者(ろうしゃ)戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として道(いわ)く「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!一(ひと)つより一(ひと)つの醜(みにく)き和尚(おしょう)かな」と。八戒(はっかい)上(のぼ)り前(すす)んで道(いわ)く「老官児(ろうかんじ)、汝(なんじ)若(も)し相貌(そうぼう=顔かたち)を以(もっ)て人(ひと)を取(と)らば、干浄(かんじょう=きっぱり)差(ちが)えり。我(われ)等(ら)醜(みにく)きは自(おのずか)ら醜(みにく)きも、却(かえ)って都(みな)用(よう)有(あ)り」と。
那(か)の老者(ろうしゃ)正(まさ)に門前(もんぜん)に在(あ)って三(みっ)つの和尚(おしょう)と相講(あいこう=話し合)う処(ところ)、只(ただ)那(か)の荘(しょう)の南辺(なんぺん)に二(ふた)りの少年人(しょうねんじん)の、一(ひとり)の老媽媽(ろうまま=老婆)を帯(たい)し、三四(さんし)つの小男女(しょうなんにょ=子供ら)、衣(ころも)を斂(おさ)め脚(あし)を赤(あか)くし、秧(なえ)を插(さ)して回(かえ)るを見(み)る。他(かれ)ら一匹(いっぴき)の白馬(はくば)、一担(いったん)の行李(こうり)が、都(みな)他(かれ)が家(いえ)の門首(もんしゅ)に在(あ)って喧嘩(けんか=騒ぐ)を見(み)て、是(こ)れ甚(なん)の来歴(らいれき)なるを知(し)らず、都(みな)一(ひと)つに擁(お)し上(のぼ)り前(すす)みて問(と)うて道(いわ)く「什麼(なに)を做(な)すか」と。八戒(はっかい)頭(かしら)を調(めぐら)し過(す)ぎ、耳(みみ)を把(もっ)て幾(いくた)び擺(はい=振)り、長嘴(ちょうし=長い鼻)を一(ひと)つ伸(の)ばせば、吓(おど)されて那(か)の人々(ひとびと)東倒西歪(とうとうせいい=あちらこちらへ倒れ)、乱蹌乱跌(らんそうらんてつ=転びまくる)。慌(あわ)てて那(か)の三蔵(さんぞう)口(くち)を満(みた)して招呼(しょうこ=呼びかけ)て道(いわ)く「怕(おそ)るる莫(なか)れ!怕(おそ)るる莫(なか)れ!我(われ)等(ら)は是(こ)れ歹人(あくにん)に非(あら)ず、我(われ)等(ら)は是(こ)れ経(きょう)を取(と)る和尚(おしょう)なり」と。那(か)の老児(ろうじ)才(ようや)く門(もん)を出(い)で、媽媽(まま)を攙(ささ)えて道(いわ)く「婆婆(ばば)、起(た)て、少(すこ)しく驚恐(きょうきょう)するを要(よう)せず。這(こ)の師父(しふ)は、是(こ)れ唐朝(とうちょう)より来(きた)れるが、只(た)だ他(かれ)が徒弟(とてい)の臉嘴(れんし=顔つき)些(いささ)か醜(みにく)きのみ、却(かえ)って也(また)山悪人善(さんあくじんぜん=山は荒くとも人は善し)。男女(なんにょ)を帯(たい)して家(いえ)へ去(い)け」と。那(か)の媽媽(まま)才(ようや)く老児(ろうじ)を扯(ひ)き、二少年(にしょうねん)児女(じじょ)を領(ひき)いて進(すす)み入(い)る。
三蔵(さんぞう)却(かえ)って他(かれ)が門楼(もんろう)の裏(うち)竹床(ちくしょう)の之(うえ)に坐(ざ)し、埋怨(ばいえん=恨み言)して道(いわ)く「徒弟(とてい)や、汝(なんじ)二個(ふたり)相貌(そうぼう)既(すで)に醜(みにく)く、言語(げんご)又(また)粗(あら)く、這(こ)の一家児(いっかじ)を把(もっ)て吓(おど)して七損八傷(しちそんはっしょう=散々に痛めつけ)、都(みな)我(わ)が身(み)に替(かわ)って罪(つみ)を造(つく)る」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)に瞞(かく)さず説(い)わば、老猪(ろうちょ)汝(なんじ)に跟(したが)いてより、これらの時(とき)些(いささ)か俊(うつく)しくなりたり。若(も)し往常(つね)高老荘(こうろうしょう)に在(あ)りて走(ある)きし時(とき)の如(ごと)く、嘴(くち)を朝前(まえ)へ一掬(いっきょく=突き出し)、耳(みみ)を両頭(りょうとう)へ一擺(いっぱい=ひと振り)せば、常(つね)に二三十人(にさんじゅうにん)を吓殺(こくさつ=吓し殺し)したり」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「呆子(ほうし)乱(みだ)りに説(い)う莫(なか)れ、那(か)の醜(みにく)きをも些(いささ)か收拾(しゅうしゅう=仕舞い込)め」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)悟空(ごくう)が説(い)える話(はなし)を見(み)よ。相貌(そうぼう)は是(こ)れ生成(せいせい=生まれつき)のもの、汝(なんじ)他(かれ)をして怎(どう)收拾(しゅうしゅう)せしめんと教(おし)えるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「那(か)の耙子嘴(はしし=熊手のような口)を、懐(ふところ)裏(うち)に揣(おしこ)め、拿(と)り出(いだ)す莫(なか)れ;那(か)の蒲扇耳(ほせんじ=団扇のような耳)を、後(うしろ)面(めん)に貼(は)りつけ、揺(ゆ)り動(うご)かすこと勿(なか)れ、這(こ)れ就(すなわ)ち是(こ)れ收拾(しゅうしゅう)了(おわ)るなり」と。那(か)の八戒(はっかい)真個(しんこ=本当に)嘴(くち)を揣(おしこ)め、耳(みみ)を貼(は)り、頭(かしら)を拱(こも=丸め)て、左右(さゆう)に立(た)つ。行者(ぎょうじゃ)行李(こうり)を将(もっ)て門(もん)の裏(うち)に拿(と)り入(い)れ、白馬(はくば)を将(もっ)て樁(くい)に拴(つな)ぐ。
只(ただ)那(か)の老児(ろうじ)の才(ようや)く一(ひとり)の少年(しょうねん)を引(ひ)き、一(ひとつ)の板盤児(ばんばんじ=盆)を拿(と)り、三杯(さんぱい)の清茶(せいちゃ)を托(の)せて来(きた)り献(けん)ずるを見(み)る。茶(ちゃ)罷(や)み、又(また)斎(とき)を弁(もう)けよと吩咐(いいつ)く。那(か)の少年(しょうねん)又(また)一張(いっちょう)の窟窿(くつろう=穴)有(あ)り漆水(しっすい=漆)無(な)き旧桌(きゅうたく=古い卓)を拿(と)り、二条(にじょう)の破頭折脚(はとうせっきゃく=頭は割れ脚は折れた)の凳子(とうす=腰掛)を端(はこ)び、天井(てんせい=中庭)の中(なか)に放(お)き、三衆(さんしゅう)を請(しょう)じて涼(すず)しき処(ところ)に坐(ざ)せしむ。三蔵(さんぞう)方(はじ)めて問(と)うて道(いわ)く「老施主(ろうせしゅ)、高姓(こうせい)は」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「在下(ざいか)は姓(せい)を王(おう)とす」と。「幾位(いくい)の令嗣(れいし=子息)有(あ)る」と。道(いわ)く「二個(ふたり)の小児(しょうじ)と、三個(みっつ)の小孫(しょうそん)有(あ)り」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「恭喜(きょうき=おめでとう)、恭喜(きょうき)」と。又(また)問(と)う「年寿(ねんじゅ)幾何(いくばく)」と。道(いわ)く「痴(おろか)ながら六十一歳(ろくじゅういっさい)に長(ちょう)ず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!花甲重逢(かこうちょうほう=還暦を重ねる)かな」と。三蔵(さんぞう)復(また)問(と)うて道(いわ)く「老施主(ろうせしゅ)、始初(はじめ)に西天(せいてん)の経(きょう)取(と)り難(がた)しと説(い)えしは、何(なん)ぞや」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「経(きょう)は取(と)り難(がた)きに非(あら)ず、只(た)だ道中(どうちゅう)艱渋(かんじゅう=困難)にして行(ゆ)き難(がた)し。我(われ)等(ら)が這(こ)の向西(にし)へ去(ゆ)けば、只(た)だ三十里(さんじゅうり)の遠近(えんきん=ほど)に、一(ひとつ)の山(やま)有(あ)り、名(な)を八百里黄風嶺(はっぴゃくりこうふうれい)と做(な)す。那(か)の山中(さんちゅう)多(おお)く妖怪(ようかい)有(あ)り。故(ゆえ)に取(と)り難(がた)しと言(い)うは、此(これ)なり。若(も)し此(こ)の位(い)の小長老(しょうちょうろう)が、許多(あまた)の手段(しゅだん)有(あ)りと説(い)うを論(ろん)ずれば、却(かえ)って也(また)去(ゆ)くを得(う)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「不妨(さしつかえ)無(な)し!不妨(さしつかえ)無(な)し!老孫(ろうそん)と我(わ)が這(こ)の師弟(してい)有(あ)れば、他(かれ)を是(こ)れ什麼(なん)の妖怪(ようかい)たるを任(まか)せ、敢(あえ)て我(われ)を惹(からか)わじ」と。
正(まさ)に説(と)く処(ところ)、又(また)児子(こ)の飯(めし)を拿(と)り将(も)ち来(きた)り、卓(たく)の之(うえ)に擺(はい=並べ)、一声(ひとこえ)「請(どう)か斎(とき)を」と道(い)うを見(み)る。三蔵(さんぞう)就(すなわ)ち掌(て)を合(あわ)せて斎経(さいきょう=食前の経)を讽(とな)え起(おこ)す。八戒(はっかい)早(はや)くも已(すで)に一碗(いちわん)を吞(の)みたり。長老(ちょうろう)の幾句(いくく)の経(きょう)未(いま)だ了(おわ)らざるに、那(か)の呆子(ほうし)又(また)三碗(さんわん)を吃(くら)い够(あき)る。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)の饢糠(のうこう=くず)の!好道(こうどう)餓鬼(がき)に撞(ぶつか)り着(あ)いたり」と。那(か)の老王(ろうおう)倒(かえ)って也(また)知趣(ちしゅ=気がきく)にして、他(かれ)が吃(くら)うこと快(はや)きを見(み)て道(いわ)く「此(こ)の長老(ちょうろう)、想(おも)うに実(じつ)に飢(う)えたり、快(はや)く飯(めし)を添(そ)え来(きた)れ」と。那(か)の呆子(ほうし)真個(しんこ)に食腸(しょくちょう=食い意地)大(だい)なり:看(み)よ他(かれ)頭(かしら)を抬(あ)げず、一連(いちれん)に就(すなわ)ち十数碗(じゅうすうわん)を吃(くら)う。三蔵(さんぞう)、行者(ぎょうじゃ)倶(とも)に各(おのおの)二碗(にわん)も吃(くら)い上(あ)がらず。呆子(ほうし)住(とど)まらず、便(すなわ)ち還(また)吃(くら)うのみ。老王(ろうおう)道(いわ)く「倉卒(そうそつ=急なことで)肴(さかな)無(な)く、敢(あえ)て苦(くる)しく勧(すす)めず、請(こ)う又(また)一箸(いっちょ)を進(すす)めよ」と。三蔵(さんぞう)、行者(ぎょうじゃ)倶(とも)に道(いわ)く「够(たくさん)なり」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「老児(ろうじ)、滴答(てきとう=べちゃくちゃ)什麼(なに)ぞ、誰(たれ)か汝(なんじ)と発課(はっか=易を立て)し、什麼(なん)の五爻六爻(ごこうろくこう)を説(い)わんや;飯(めし)有(あ)らば只(た)だ管(かま)わず添(そ)え将(も)ち来(きた)るこそ是(よ)けれ」と。呆子(ほうし)一頓(いっとん=ひと食い)に、他(かれ)が一家子(いっかし)の飯(めし)を都(みな)吃(くら)いて罄尽(けいじん=残らず)し、還(また)只(た)だ才(ようや)く半(なか)ば飽(あ)くを得(え)たりと説(い)う。却(かえ)って才(ようや)く家火(かか=食器)を収(おさ)め、那(か)の門楼(もんろう)の下(した)に在(あ)って、竹床板鋪(ちくしょうばんほ=竹の寝台)を安排(あんばい=用意)して睡(ね)に就(つ)く。
次日(じつじ)天(てん)暁(あ)け、行者(ぎょうじゃ)馬(うま)を背(せお)いに去(ゆ)き、八戒(はっかい)担(に)を整(ととの)えに去(ゆ)く。老王(ろうおう)又(また)媽媽(まま)に些(いささ)かの点心湯水(てんしんとうすい=軽い食事と汁)を整治(せいち=用意)して管待(かんたい=もてな)わしむ。三衆(さんしゅう)方(はじ)めて致謝(ちしゃ)して告行(こくこう=暇乞い)す。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「此(ここ)を去(さ)り倘(もし)路間(ろかん)に甚(なん)の不虞(ふぐ=不測)有(あ)らば、是(かなら)ず還(また)茅舎(ぼうしゃ)に来(きた)れ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「老児(ろうじ)、哈話(はわ=たわごと)を説(い)う莫(なか)れ。我(われ)等(ら)出家人(しゅっけにん)は、回頭路(かいとうろ=来た道)を走(はし)らず」と。遂(つい)に此(ここ)に馬(うま)に策(むちうち)担(に)を挑(にな)いて西(にし)へ行(ゆ)く。
噫(ああ)!此(こ)の一去(いっきょ)、果(はた)して好路(こうろ)の西域(せいいき)に朝(ちょう)する無(な)く、定(かなら)ず邪魔(じゃま)の大災(たいさい)を降(くだ)すこと有(あ)らん。三衆(さんしゅう)前(すす)み来(きた)るに、半日(はんにち)にも上(のぼ)らざるに、果(はた)して一(ひとつ)の高山(こうざん)に逢(あ)う。説(と)き起(おこ)せば、十分(じゅうぶん)に険峻(けんしゅん)なり。三蔵(さんぞう)馬(うま)崖(がけ)に臨(のぞ)むに到(いた)り、宝[生僻字:革+登](ほうとう=馬の鞍飾り)を斜(なな)めに挑(かか)げて観看(かんかん=眺む)るに、果然(かぜん)那(か)の
高(たか)きは是(こ)れ山(やま)、峻(けわ)しきは是(こ)れ嶺(みね);
陡(そばだ)つは是(こ)れ崖(がけ)、深(ふか)きは是(こ)れ壑(たに)。
響(ひび)くは是(こ)れ泉(いずみ)、鮮(あざ)やかなるは是(こ)れ花(はな)。
那(か)の山(やま)高(たか)きや高(たか)からず、頂上(ちょうじょう)青霄(せいしょう=青空)に接(せっ)す;
這(こ)の澗(たに)深(ふか)きや深(ふか)からず、底中(ていちゅう)地府(じふ=地獄)を見(み)る。
山前(さんぜん)に、骨都都(こつとつ=もくもく)たる白雲(はくうん)、屹嶝嶝(きつとうとう=ごつごつ)たる怪石(かいせき)有(あ)り。
説(と)き尽(つく)せず千丈万丈(せんじょうばんじょう)の挟魂崖(きょうこんがい=魂を挟む崖)。
崖後(がいご)に彎彎曲曲(わんわんきょくきょく)たる蔵龍洞(ぞうりゅうどう)有(あ)り、
洞中(どうちゅう)に叮叮当当(ていていとうとう)たる滴水岩(てきすいがん)有(あ)り。
又(また)些(いささ)かの丫丫叉叉(ああささ=枝分かれ)の帯角鹿(たいかくろく=角ある鹿)、
泥泥痴痴(でいでいちち=ぼんやり)と人(ひと)を看(み)る獐(かもしか);
盤盤曲曲(ばんばんきょくきょく)たる紅鱗蟒(こうりんもう=赤い鱗の大蛇)、
耍耍頑頑(しゃしゃがんがん=戯れ遊ぶ)の白面猿(はくめんえん)を見(み)る。
晩(くれ)に至(いた)りて巴山(はざん=山を這い)穴(あな)を尋(たず)ぬる虎(とら)、
暁(あかつき)を帯(お)びて翻波(はんば=波を翻し)出水(しゅっすい)の龍(りゅう)、
登(のぼ)れば洞門(どうもん)唿喇喇(こつらつら)と響(ひび)く。
草(くさ)裏(うち)の飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)、撲轳轳(ぼくろろ)と起(おこ)り;
林中(りんちゅう)の走獣(そうじゅう)、掬律律(きくりつりつ)と行(ゆ)く。
猛然(にわか)に一陣(いちじん)の狼虫(ろうちゅう=狼や虫)過(す)ぎれば、
人(ひと)の心(こころ)を吓(おど)して趷蹬蹬(きつとうとう=どきどき)と驚(おどろ)かす。
正(まさ)に是(こ)れ那(か)の当倒洞当当倒洞(とうとうどうとうとうとうどう)、
洞当当倒洞当山(どうとうとうとうどうとうざん);
青黛(せいたい)染(そ)め成(な)す千丈(せんじょう)の玉(ぎょく)、
碧紗(へきしゃ)籠(こも)い罩(おお)う万堆(ばんたい)の烟(けむり)。
那(か)の師父(しふ)銀驄(ぎんそう=白馬)を緩(ゆる)く促(うなが)し、孫大聖(そんたいせい)雲(くも)を停(とど)めて慢(ゆる)く歩(あゆ)み、猪悟能(ちょごのう)担(に)を磨(す)って徐(おもむろ)に行(ゆ)く。正(まさ)に那(か)の山(やま)を看(み)る処(ところ)、忽(たちま)ち一陣(いちじん)の旋風(せんぷう=つむじ風)の大(おお)いに作(おこ)るを聞(き)き得(う)。三蔵(さんぞう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って心(こころ)驚(おどろ)き、道(いわ)く「悟空(ごくう)、風(かぜ)起(おこ)れり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「風(かぜ)却(かえ)って他(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)ならん!此(こ)れ乃(すなわ)ち天家(てんか=天)の四時(しいじ=四季)の気(き)、何(なん)の懼(おそ)るる有(あ)らんや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「此(こ)の風(かぜ)甚(はなは)だ悪(あ)しく、那(か)の天風(てんぷう)と同(おな)じからず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「怎(どう)して天風(てんぷう)に比(ひ)せずと見(み)えんや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)這(こ)の風(かぜ)を看(み)よ
巍巍蕩蕩(ぎぎとうとう=高く広く)として颯颯飄飄(さつさつひょうひょう)、
渺渺茫茫(びょうびょうもうもう)として碧霄(へきしょう=青空)より出(い)づ。
嶺(みね)を過(す)ぐれば只(た)だ千樹(せんじゅ)の吼(ほ)ゆるを聞(き)き、
林(はやし)に入(い)れば但(た)だ万竿(ばんかん)の揺(ゆ)るるを見(み)る。
岸辺(がんぺん)の擺柳(はいりゅう=柳なびき)根(ね)を連(つら)ねて動(うご)き、
園内(えんない)の吹花(すいか)葉(は)を帯(お)びて飄(ひるがえ)る。
網(あみ)を収(おさ)むる漁舟(ぎょしゅう)皆(みな)纜(ともづな)を緊(きつく)くし、
篷(ほ)を落(おろ)す客艇(かくてい)尽(ことごと)く錨(いかり)を抛(なげう)つ。
途半(とばん)の征夫(せいふ=旅人)路(みち)を迷失(めいしつ)し、
山中(さんちゅう)の樵子(しょうし=木こり)担(に)うに難(かた)し。
仙果林間(せんかりんかん)に猴子(こうし=猿)散(さん)じ、
奇花叢内(きかそうない)に鹿児(ろくじ)逃(のが)る。
崖前(がいぜん)の檜柏(かいはく=ヒノキとコノテガシワ)顆顆(かか)倒(たお)れ、
澗下(かんか)の松篁(しょうこう=松と竹)葉葉(ようよう)凋(しぼ)む。
土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)ぐれば沙(すな)迸迸(ほうほう)とし、
江(こう)を翻(ひるがえ)し海(うみ)を攪(かきまわ)せば浪(なみ)涛濤(とうとう)たり。」
八戒(はっかい)上(のぼ)り前(すす)み、一把(いっぱ=ひとつかみ)に行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「師兄(しけい)、十分(じゅうぶん)に風(かぜ)大(おお)いなり!我(われ)等(ら)且(しばら)く一(ひと)つ避(よ)けて干浄(きれい)にせん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「兄弟(きょうだい)不済(ふせい=だめ)かな!風(かぜ)大(おお)いなる時(とき)就(すなわ)ち避(よ)けんか、倘(もし)或(あるい)は親面(しんめん=面と向かい)妖精(ようせい)に撞(ぶつか)り見(み)んに、怎(どう)する是(こ)れ好(よ)からん」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「哥(あに)よ、汝(なんじ)曾(かつ)て『色(いろ)を避(さ)くるは仇(あだ)を避(さ)くるが如(ごと)く、風(かぜ)を避(さ)くるは箭(や)を避(さ)くるが如(ごと)し』と聞(き)き得(え)ざるか!我(われ)等(ら)一(ひと)つ避(よ)けば、也(また)人(ひと)を虧(そこな)わず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「且(しばら)く言語(げんご)する莫(なか)れ、我(われ)が這(こ)の風(かぜ)を一把(ひとつかみ)抓(つか)み来(きた)りて一(ひと)つ聞(か)いで看(み)んを等(ま)て」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く「師兄(しけい)又(また)空頭謊(くうとうこう=でたらめな嘘)を扯(ひ)けり、風(かぜ)又(また)好(よ)く抓(つか)み過(す)ぎ来(きた)りて聞(か)ぐを得(え)んや!就(すなわ)ち抓(つか)み得(え)るも、便(すなわ)ち也(また)鑽(もぐ)り去(さ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)、汝(なんじ)知(し)らざるか、老孫(ろうそん)に箇(こ)の『抓風(そうふう=風を掴む)』の法(ほう)有(あ)るを」と。
好(よ)き大聖(たいせい)、風頭(ふうとう=風の先)を讓(ゆず)り過(す)ぎ、那(か)の風尾(ふうび=風の尻尾)を抓(つか)み過(す)ぎ来(きた)りて一(ひと)つ聞(か)いでみるに、些(いささ)か腥気(なまぐさき=生臭さ)有(あ)り。道(いわ)く「果然(かぜん)好風(こうふう)に非(あら)ず!此(こ)の風(かぜ)の味(あじ)は虎風(こふう)に非(あら)ざれば、定(かなら)ず是(こ)れ怪風(かいふう)ならん。断乎(だんこ=きっと)些(いささ)か蹊蹺(けいきょう=怪しさ)有(あ)らん」と。説(と)き了(おわ)らざるに、只(ただ)那(か)の山坡(さんぱ=山の斜面)の下(した)に、尾(お)を剪(き)り蹄(ひづめ)を跑(はし)らせ、一(いっぴき)の斑斕(はんらん=まだら)の猛虎(もうこ)の跳(と)び出(い)づるを見(み)る。慌(あわ)てて那(か)の三蔵(さんぞう)雕鞍(ちょうあん=飾り鞍)に坐(ざ)するも穏(やす)からず、跟頭(ぎんとう=とんぼ返り)を翻(ひるがえ)して白馬(はくば)より跌(お)ち下(お)り、路(みち)の旁(かたわら)に斜(なな)めに倚(よ)り、真個(しんこ)に是(こ)れ魂(たましい)飛(と)び魄(たましい)散(さん)ず。八戒(はっかい)行李(こうり)を投(な)げ捨(す)て、釘鈀(ていは=熊手)を掣(ひきぬ)き、行者(ぎょうじゃ)を上(のぼ)り前(すす)ませず、大(おお)いに一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(いわ)く「孽畜(げっちく=畜生)!那(いず)こへ走(はし)るか」と。赶(お)い将(まさ)に去(ゆ)かんとして、劈頭(へきとう=真っ向)より就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の虎(とら)直挺挺(ちょくていてい=まっすぐ)と站(た)ち将(まさ)に起(お)きんとし、那(か)の前左(まえひだり)の爪(つめ)を把(もっ)て輪(めぐら)し起(おこ)し、自(おの)が家(いえ)の胸膛(きょうどう=胸)を掻(か)き住(とど)め、下(した)へ向(むか)って一(ひと)つ抓(か)けば、滑剌(かつらつ)と一声(ひとこえ)、箇(こ)の皮(かわ)を剥(は)ぎ将(まさ)に下(おろ)さんとして、道(みち)の旁(かたわら)に站(た)ち立(た)つ。汝(なんじ)他(かれ)が怎(いか)に生(しょう)ずる惡相(あくそう=恐ろしい姿)なるを看(み)よ!咦(ああ)、那(か)の
血津津(けつしんしん=血みどろ)たる赤剥(せきはく=裸)の躯(み)、
紅的弯環(こうてきわんかん=赤く曲がりくねる)の腿足(たいそく=脚)。
火焰焰(かえんえん)たる両鬢(りょうびん=もみあげ)の蓬松(ほうしょう=乱れ)、
硬搠搠(こうさくさく=ごわごわ)たる双眉(そうび)の的竪(てきじゅ=つり上がり)。
白森森(はくしんしん=白くぎらぎら)たる四個(よっつ)の鋼牙(こうが=鋼の牙)、
光耀耀(こうようよう=きらきら)たる一双(いっそう)の金眼(きんがん)。
気昂昂(きこうこう=いきり立ち)として努力(どりょく)大(おお)いに哮(たけ)び、
雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)として厳(いか)しき声(こえ)を高(たか)く喊(あげ)る。
喊(さけ)んで道(いわ)く「慢(ま)き来(きた)れ!慢(ま)き来(きた)れ!吾党(ごとう=我ら)は別人(べつじん)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ黄風大王(こうふうだいおう)部下(ぶか)の前路先鋒(ぜんろせんぽう)なり。今(いま)大王(だいおう)の厳命(げんめい)を奉(ほう)じ、山(やま)に在(あ)って巡邏(じゅんら=巡回)し、幾(いく)つかの凡夫(ぼんぷ=凡人)を拿(とら)えて案酒(あんしゅ=酒の肴)に做(な)さんと要(ほっ)す。汝(なんじ)は那(いず)れの方(かた)より来(きた)れる和尚(おしょう)、敢(あえ)て兵器(へいき)を擅(ほしいまま)に動(うごか)して我(われ)を傷(そこな)うか」と。八戒(はっかい)罵(ののし)って道(いわ)く「我(われ)が汝(なんじ)を此(こ)の孽畜(げっちく)把(もっ)て!汝(なんじ)は是(こ)れ我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか!我(われ)等(ら)は是(こ)れ那(か)の過路(かろ=通りすがり)の凡夫(ぼんぷ)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち東土(とうど)大唐(だいとう)御弟(ぎょてい)三蔵(さんぞう)の弟子(でし)にして、旨(みことのり)を奉(ほう)じて西方(せいほう)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。汝(なんじ)早(はや)く遠(とお)く他方(たほう)に避(さ)け、大路(だいろ)を讓(ゆず)り開(ひら)き、我(わ)が師父(しふ)を驚(おどろ)かすを休(や)めよ、然(しか)らば汝(なんじ)が性命(しょうめい)を饒(ゆる)さん;若(も)し前(さき)の如(ごと)く猖獗(しょうけつ=暴れ)せば、鈀(は)の挙(あ)がる処(ところ)、却(かえ)って情(なさけ)を容(い)れじ」と。那(か)の妖精(ようせい)那(なん)ぞ分説(ぶんせつ=言い訳)を容(い)れん、急(いそ)ぎ歩(ほ)を近(ちか)づけ、一(ひとつ)の架子(かし=構え)を投(な)げ、八戒(はっかい)を望(めが)けて劈臉(へきれん=顔面)より抓(か)きに来(きた)る。這(こ)の八戒(はっかい)忙(いそ)ぎ閃(ひらり)と過(よ)け、鈀(は)を輪(めぐら)して就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の怪(かい)手(て)に兵器(へいき)無(な)く、下頭(した)より就(すなわ)ち走(はし)る。八戒(はっかい)随(したが)いて後(うしろ)より赶(お)い来(きた)る。那(か)の怪(かい)山坡(さんぱ)の下(した)、乱石(らんせき)の叢中(そうちゅう)に到(いた)り、両口(りょうこう)の赤銅刀(せきどうとう)を取(と)り出(いだ)し、急(いそ)ぎ輪(めぐら)し起(おこ)し、身(み)を転(てん)じて来(きた)り迎(むか)う。二個(ふたり)は這(こ)の坡前(はぜん)に在(あ)って、一往一来(いちおういちらいい)、一衝一撞(いっしょういちどう)と賭闘(ととう=戦いを競)う。那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)唐僧(とうそう)を攙(ささ)え起(おこ)して道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)怕(おそ)るる莫(なか)れ。且(しばら)く坐(ざ)し住(とど)まれ、我(われ)が老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて八戒(はっかい)を助(たす)け、那(か)の怪(かい)を打(う)ち倒(たお)して好(よ)く走(はし)らんを等(ま)て」と。三蔵(さんぞう)才(ようや)く坐(ざ)し将(まさ)に起(お)きんとして、戦兢兢(せんきょうきょう)とし、口(くち)裏(うち)《多心経(たしんきょう)》を念(ねん)ずることは題(だい)せず。
那(か)の行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き、一声(ひとこえ)「拿(と)れ」と喝(かつ)して叫(よ)ぶ。此(こ)の時(とき)八戒(はっかい)精神(せいしん)を抖擻(とそう=奮い起こ)し、那(か)の怪(かい)陣(じん)を下(くだ)って敗(はい)し去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)を饒(ゆる)す莫(なか)れ!務(かなら)ず要(よう)するに赶(お)い上(のぼ)れ」と。他(かれ)二個(ふたり)釘鈀(ていは)を輪(めぐら)し、鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、山(やま)を下(くだ)って赶(お)い来(きた)る。那(か)の怪(かい)慌(あわ)てて手脚(しゅきゃく)をやり、箇(こ)の「金蝉脱殻計(きんせんだっかくけい=蝉の抜け殻の計)」を使(つか)い、一(ひと)つ滚(ころ)ばせば、原身(げんしん=正体)を現(あらわ)し、依然(いぜん)として一(いっぴき)の猛虎(もうこ)なり。行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)那(いず)くにか肯(あえ)て捨(す)てん、那(か)の虎(とら)を赶(お)い着(つ)け、定(かなら)ず要(よう)するに根(ね)を除(のぞ)かんとす。那(か)の怪(かい)他(かれ)らの赶(お)い得(う)ること近(ちか)きに至(いた)るを見(み)て、又(また)胸膛(きょうどう)を掻(か)き着(つ)け、皮(かわ)を剥(は)ぎ下(おろ)して、那(か)の臥虎石(がこせき=伏せ虎の石)の之(うえ)に苫(おお)い蓋(かぶ)せ、真身(しんしん)を脱(だっ)し、一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)と化(な)り、径(ただ)ちに路(みち)の口(くち)へ回(まわ)る。路(みち)の口(くち)に那(か)の師父(しふ)正(まさ)に《多心経(たしんきょう)》を念(ねん)ずる在(ところ)、他(かれ)が一把(ひとつかみ)に拿(とら)え住(とど)められ、長風(ちょうふう)に駕(が)して摂(さら)い将(まさ)に去(ゆ)かんとす。憐(あわ)れむべし那(か)の三蔵(さんぞう)や!江流(こうりゅう)注定(ちゅうじょう=定め)として磨折(ませつ=苦難)多(おお)く、寂滅門中(じゃくめつもんちゅう)功行(こうぎょう)難(かた)し。
那(か)の怪(かい)唐僧(とうそう)を擒(とら)えて洞(どう)の口(くち)に来(きた)り、狂風(きょうふう)を按(おさ)え住(とど)め、門(もん)を把(みまも)る者(もの)に向(むか)って道(いわ)く「汝(なんじ)去(ゆ)きて大王(だいおう)に報(ほう)じて説(い)え、前路(ぜんろ)の虎先鋒(こせんぽう)一(ひとり)の和尚(おしょう)を拿(とら)え、門(もん)の外(そと)に在(あ)って令(れい)を聴(き)くと」と。那(か)の洞主(どうしゅ)令(れい)を伝(つた)えて、他(かれ)をして進(すす)み入(い)らしむ。那(か)の虎先鋒(こせんぽう)、腰(こし)に両口(りょうこう)の赤銅刀(せきどうとう)を撇(さしはさ)み、双手(もろて)に唐僧(とうそう)を捧(ささ)げ、上(のぼ)り前(すす)んで跪(ひざまず)きて道(いわ)く「大王(だいおう)、小将(しょうしょう)不才(ふさい=無才)ながら、鈞令(きんれい)を蒙(こうむ)り山(やま)の之(うえ)へ巡邏(じゅんら)に差(つかわ)されしに、忽(たちま)ち一(ひとり)の和尚(おしょう)に遇(あ)えり。他(かれ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)駕下(がか)の御弟(ぎょてい)三蔵法師(さんぞうほうし)にして、西方(せいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なるを、我(われ)擒(とら)え来(きた)りて奉上(ほうじょう)し、聊(いささ)か一(ひとつ)の饌(せん=ご馳走)を具(そな)う」と。
那(か)の洞主(どうしゅ)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、一(ひと)つ驚(おどろ)きを吃(くら)って道(いわ)く「我(われ)聞(き)き得(え)たり、前(さき)に人(ひと)の伝(つた)えて説(い)える有(あ)り:三蔵法師(さんぞうほうし)は乃(すなわ)ち大唐(だいとう)の旨意(しい)を奉(ほう)じて経(きょう)を取(と)る神僧(しんそう)なり;他(かれ)が手(て)下(した)に一(ひとり)の徒弟(とてい)有(あ)り、名(な)を孫行者(そんぎょうじゃ)と喚(よ)び、神通(じんつう)広大(こうだい)にして、智力(ちりょく)高強(こうきょう)なりと。汝(なんじ)怎(どう)して能(よ)く他(かれ)を捉(とら)え得(え)て来(きた)れるか」と。先鋒(せんぽう)道(いわ)く「他(かれ)に二個(ふたり)の徒弟(とてい)有(あ)り:先(さき)に来(きた)りしは、一柄(いっぺい)の九歯釘鈀(きゅうしていは)を使(つか)い、他(かれ)生(うま)れ得(う)ること嘴(くち)長(なが)く耳(みみ)大(おお)きく;又(また)一(ひと)つは、一根(いっこん)の金箍鉄棒(きんこてつぼう)を使(つか)い、他(かれ)生(うま)れ得(う)ること火眼金睛(かがんきんせい)なり。正(まさ)に小将(しょうしょう)を赶(お)い着(つ)けて争持(そうじ=争い)せしを、小将(しょうしょう)箇(こ)の『金蝉脱殻(きんせんだっかく)』の計(けい)を使(つか)い、身(み)を撤(ひ)いて空(あ)きを得(え)、這(こ)の和尚(おしょう)を把(もっ)て拿(とら)え来(きた)り、大王(だいおう)に奉献(ほうけん)し、聊(いささ)か一餐(いっさん)の敬(けい)を表(あらわ)す」と。
洞主(どうしゅ)道(いわ)く「且(しばら)く他(かれ)を吃(くら)うこと莫(なか)れ」と。先鋒(せんぽう)道(いわ)く「大王(だいおう)、食(しょく)を見(み)て食(くら)わざるは、劣蹶(れっけつ=愚か)と呼(よ)ばる」と。洞主(どうしゅ)道(いわ)く「汝(なんじ)暁(さと)り得(え)ずや。他(かれ)を吃(くら)うは打緊(たいしたこと)ならず、只(た)だ恐(おそ)らくは他(かれ)が那(そ)の二個(ふたり)の徒弟(とてい)の門(もん)に上(のぼ)りて吵鬧(そうどう=騒ぎ立て)し、未(いま)だ穏便(おんびん=穏便)ならざらんことを。且(しばら)く他(かれ)を後園(こうえん)の定風樁(ていふうとう=風を鎮める柱)の之(うえ)に绑(しば)りつけ、三五日(さんごにち)を待(ま)ち、他(かれ)二個(ふたり)来(きた)りて攪擾(かくじょう=かき乱さ)ざる時節(じせつ)、那(そ)の時(とき)に一(ひと)つは他(かれ)が身子(しんし=体)の干浄(かんじょう=きれい)なるを図(はか)り、二(ふたつ)には口舌(こうぜつ=面倒)を動(うごか)さず、却(かえ)って我(われ)等(ら)が心意(しんい=思い)に任(まか)せずや。或(あるい)は煮(に)、或(あるい)は蒸(ふか)し、或(あるい)は煎(い)り、或(あるい)は炒(いた)め、慢(ゆる)るく自(おのずか)ら在(あ)るが儘(まま)に受用(じゅよう=頂く)するに遅(おそ)からず」と。先鋒(せんぽう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く「大王(だいおう)の深謀遠慮(しんぼうえんりょ=深い計略)、説(い)う所(ところ)理(り)有(あ)り」と。教(おし)えて曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、拿(と)りて去(い)け」と。
旁(かたわら)より七八個(しちはちこ)の綁縛手(ほうばくしゅ=縛る役)擁(お)し上(のぼ)り、唐僧(とうそう)を将(もっ)て拿(と)り去(ゆ)く。好(あたか)も似(に)たり鷹(たか)の燕雀(えんじゃく=燕や雀)を拿(とら)え、索(なわ)を绑(しば)り繩(なわ)を纏(まと)うが如(ごと)し。這(こ)れは是(こ)れ苦命(くめい)の江流(こうりゅう)の行者(ぎょうじゃ)を思(おも)い、難(なん)に遇(あ)える神僧(しんそう)の悟能(ごのう)を想(おも)うなり。一声(ひとこえ)「徒弟(とてい)や!知(し)らず汝(なんじ)那(いず)れの山(やま)に在(あ)って怪(かい)を擒(とら)え、何処(いずこ)にて妖(よう)を降(くだ)すや、我(われ)却(かえ)って魔頭(まとう=魔王)に拿(とら)えられ来(きた)り、此(こ)の毒害(どくがい)に遭(あ)う。幾時(いつ)か又(また)相見(あいまみ)るを得(え)ん!好(よ)く苦(くる)しきかな!汝(なんじ)等(ら)若(も)し些(いささ)か早(はや)く来(きた)らば、還(また)我(わ)が命(いのち)を救(すく)い得(う)べし;若(も)し十分(じゅうぶん)に遅(おそ)からば、断然(だんぜん)として保(たも)つ能(あた)わじ」と道(い)う。一辺(いっぽう)に嗟嘆(さたん=嘆き)し、一辺(いっぽう)に涙(なみだ)雨(あめ)の如(ごと)く落(お)つ。
却(かえ)って説(と)く、那(か)の行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、那(か)の虎(とら)を山坡(さんぱ)の下(した)へ赶(お)うに、只(ただ)那(か)の虎(とら)の跑(はし)り倒(たお)れ、崖(がけ)の前(まえ)に塌伏(とうふく=へたり伏)すを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を挙(あ)げ、力(ちから)を尽(つく)して一(ひと)つ打(う)てば、転(うたた)て自(おの)れが手(て)の疼(いた)むを震(ふる)い起(おこ)す。八戒(はっかい)復(また)一(ひと)つ鈀(は)を筑(つ)けば、亦(また)鈀(は)の歯(は)を迸(ほとばし)らせ起(おこ)す。原来(げんらい)是(こ)れ一張(いっちょう)の虎皮(こひ)にして、一塊(いっかい)の臥虎石(がこせき)を蓋(おお)えるなり。行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「不好(わる)いかな!不好(わる)いかな!他(かれ)が計(けい)に中(あた)れり」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「他(かれ)が甚(なん)の計(けい)に中(あた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)れを箇(こ)の『金蝉脱殻計(きんせんだっかくけい)』と做(な)す:他(かれ)虎皮(こひ)を此(ここ)に苫(おお)い、他(かれ)却(かえ)って走(に)げたり。我(われ)等(ら)且(しばら)く回(かえ)り去(ゆ)きて師父(しふ)を看(み)ん、毒手(どくしゅ=毒牙)に遭(あ)うこと莫(なか)らんことを」と。二個(ふたり)急急(きゅうきゅう)と転(てん)じ来(きた)るに、早(はや)くも已(すで)に三蔵(さんぞう)の見(み)えざることあり。行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに雷(かみなり)の如(ごと)く叫(よ)んで道(いわ)く「怎(どう)するが好(よ)からん!師父(しふ)は已(すで)に他(かれ)に擒(とら)え去(さ)られたり」と。八戒(はっかい)即便(すなわ)ち馬(うま)を牽(ひ)き着(つ)け、眼(め)中(うち)に涙(なみだ)を滴(したた)らせて道(いわ)く「天(てん)よ!天(てん)よ!却(かえ)って那(いず)こへ往(ゆ)きて尋(たず)ね找(さが)さんや」と。行者(ぎょうじゃ)頭(かしら)を抬(あ)げて跳(おど)りて道(いわ)く「哭(な)く莫(なか)れ!哭(な)く莫(なか)れ!一(ひと)たび哭(な)けば就(すなわ)ち鋭気(えいき)を挫(くじ)かん。横竪(おうじゅ=とにかく)想(おも)うに只(た)だ此(こ)の山(やま)に在(あ)るのみ、我(われ)等(ら)尋(たず)ね尋(さが)して去(ゆ)かん」と。
他(かれ)二個(ふたり)果(はた)して山中(さんちゅう)に奔(はし)り入(い)り、崗(おか)を穿(うが)ち嶺(みね)を越(こ)え、行(ゆ)くこと多時(たじ=しばらく)なるに、只(ただ)那(か)の石崖(せきがい)の下(した)より、一(ひとつ)の洞府(どうふ)の聳(そび)え出(い)づるを見(み)る。両人(りょうにん)歩(あゆみ)を定(さだ)めて観瞻(かんせん=眺む)るに、果然(かぜん)凶険(きょうけん)なり。但(ただ)那(か)の
迭障尖峰(じっしょうせんぽう=重なる峰)、回巒古道(かいらんこどう=巡る峰と古き道)。
青松翠竹(せいしょうすいちく)依依(いい=なよなよ)とし、緑柳碧梧(りょくりゅうへきご)冉冉(ぜんぜん=しなやか)。
崖前(がいぜん)に怪石(かいせき)双双(そうそう=二つ並び)有(あ)り、
林内(りんない)に幽禽(ゆうきん=奥深き鳥)対対(ついがい)有(あ)り。
澗水(かんすい)遠(とお)く流(なが)れて石壁(せきへき)を衝(つ)き、
山泉(さんせん)細(こま)やかに滴(したた)りて沙堤(さてい=砂の堤)を漫(みた)す。
野雲(やうん)片片(へんぺん)、瑶草(ようそう=美しき草)芊芊(せんせん=茂る)。
妖狐狡兎(ようここうと=妖しい狐と狡い兎)乱(みだ)れ攛梭(さんさ=行き交い)、
角鹿香獐(かくろくこうしょう=角ある鹿と香る獐)斉(ひとしく)勇(ゆう)を闘(たたか)わす。
劈崖(へきがい=割れた崖)に斜(なな)めに掛(かか)る万年(まんねん)の藤(ふじ)、
深壑(しんがく=深き谷)に半(なか)ば懸(かか)る千歳(せんざい)の柏(かしわ)。
奕奕巍巍(えきえきぎぎ=そびえ立つ)として華岳(かがく)を欺(あざむ)き、
落花啼鳥(らっかていちょう)天台(てんだい)に賽(まさ)る。
行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「賢弟(けんてい)、汝(なんじ)行李(こうり)を将(もっ)て蔵風(ぞうふう=風を隠す)の山凹(さんおう=窪地)の間(あいだ)に歇(やす)め、馬匹(ばひつ=馬)を撒(はな)ち放(はな)ち、頭(こうべ)を出(いだ)すこと勿(なか)れ。我(われ)が老孫(ろうそん)の他(かれ)が門首(もんしゅ)に去(ゆ)きて、他(かれ)と賭闘(ととう)するを等(ま)て。必(かなら)ず妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)めてこそ、方(はじ)めて師父(しふ)を救(すく)い得(う)る」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「吩咐(いいつけ)を消(よう)せず、請(こ)う快(はや)く去(ゆ)け」と。
行者(ぎょうじゃ)直裰(じきたつ=法衣)を一(ひと)つ整(ととの)え、虎裙(こくん=虎皮の腰巻)を一(ひと)つ束(しば)り、棒(ぼう)を掣(ひきぬ)き、撞(つ)きて那(か)の門前(もんぜん)に至(いた)る。只(ただ)那(か)の門(もん)の之(うえ)に六個(むっつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「黄風嶺黄風洞(こうふうれいこうふうどう)」なりと見(み)る。却(かえ)って便(すなわ)ち丁字脚(ていじきゃく=丁の字の足)に站(た)ち定(さだ)め、棒(ぼう)を執(と)り、高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く「妖怪(ようかい)!早(はや)く我(わ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)せ、然(しか)らば汝(なんじ)が窩巣(かそう=巣)を掀翻(きんぽん=ひっくり返)し、汝(なんじ)が住処(じゅうしょ)を[生僻字:⻊+丽](ふみなら)し平(たいら)ぐるを省(はぶ)け」と。
那(か)の小怪(しょうかい)聞(き)いて、一(ひと)つ一(ひと)つ怕(おそ)れ、戦兢兢(せんきょうきょう)として、裏面(うちめん)へ跑(はし)り入(い)り報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)!禍事(かじ=大変)なり」と。那(か)の黄風怪(こうふうかい)正(まさ)に坐(ざ)する間(あいだ)、問(と)うて曰(いわ)く「何(なん)の事(こと)有(あ)るか」と。小妖(しょうよう)道(いわ)く「洞門(どうもん)の外(そと)に一(ひとり)の雷公嘴(らいこうし)毛臉(もうれん=毛だらけの顔)の和尚(おしょう)来(きた)り、手(て)に一根(いっこん)の許(ばか)り大(おお)きく粗(あら)き鉄棒(てつぼう)を持(じ)し、他(かれ)が師父(しふ)を要(よう)す」と。那(か)の洞主(どうしゅ)驚張(きょうちょう=仰天)し、即(すなわ)ち虎先鋒(こせんぽう)を喚(よ)んで道(いわ)く「我(われ)汝(なんじ)をして山(やま)を巡(めぐ)らしめしに、只(た)だ些(いささ)かの山牛(さんぎゅう)、野彘(やてい=猪)、肥鹿(ひろく)、胡羊(こよう=羊)を拿(とら)うべきに、怎(どう)して那(か)の唐僧(とうそう)を拿(とら)え来(きた)れるか!却(かえ)って他(かれ)が那(そ)の徒弟(とてい)を惹(ひ)きて此(ここ)に来(きた)りて鬧吵(どうそう=騒ぎ立て)さしむ、怎生(どう)区処(くしょ=処置)せん」と。先鋒(せんぽう)道(いわ)く「大王(だいおう)放心(ほうしん)穏便(おんびん)に、枕(まくら)を高(たか)くして憂(うれ)うる勿(なか)れ。小将(しょうしょう)不才(ふさい)ながら、願(ねが)わくは五十(ごじゅう)の小妖校(しょうようこう=小妖の兵)を帯領(たいりょう)し出(い)で去(ゆ)き、那(か)の什麼(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)を把(もっ)て拿(とら)え来(きた)りて凑(あつ)めて吃(くら)わん」と。洞主(どうしゅ)道(いわ)く「我(われ)が此(ここ)には大小(だいしょう)の頭目(とうもく)を除(のぞ)き、還(また)五七百名(ごしちひゃくめい)の小校(しょうこう)有(あ)り、汝(なんじ)が選択(せんたく)するに憑(まか)せ、多少(たしょう)を領(ひき)いて去(ゆ)け。只(た)だ那(か)の行者(ぎょうじゃ)を拿(とら)え住(とど)むることを要(よう)せば、我(われ)等(ら)才(ようや)く自自在在(じじざいざい)と那(か)の和尚(おしょう)が一塊(ひとかたまり)の肉(にく)を吃(くら)い、情願(ねが)って汝(なんじ)と拝(はい)して兄弟(きょうだい)と為(な)らん;但(た)だ恐(おそ)らくは他(かれ)を拿(とら)え得(え)ず、反(かえ)って汝(なんじ)を傷(そこな)わん、那(そ)の時(とき)我(われ)を埋怨(ばいえん)することを得(え)じ」と。
虎怪(こかい)道(いわ)く「放心(ほうしん)せよ!放心(ほうしん)せよ!我(われ)が去(ゆ)きて来(きた)らんを等(ま)て」と。果然(かぜん)五十名(ごじゅうめい)の精壮(せいそう=精鋭)の小妖(しょうよう)を点(てん=召集)し起(おこ)し、鼓(つづみ)を擂(う)ち旗(はた)を揺(ゆ)り、両口(りょうこう)の赤銅刀(せきどうとう)を纏(まと)い、門(もん)を騰(ふる)い出(い)で、厳(いか)しき声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(いわ)く「汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる箇(こ)の猴和尚(こうおしょう=猿の坊主)か?敢(あえ)て此(こ)の間(あいだ)に在(あ)って大呼小叫(だいこしょうきょう=わめき散ら)して甚(なん)を做(な)すか」と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の皮(かわ)を剥(は)ぎし畜生(ちくしょう)!汝(なんじ)什麼(なん)の脱殻法児(だっかくほうじ=抜け殻の術)を弄(ろう=弄び)て、我(わ)が師父(しふ)を摂(さら)い、倒(かえ)って転(うたた)て我(われ)に向(むか)って甚(なん)を做(な)すと問(と)うか!早(はや)く好好(よき)に我(わ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)せ、然(しか)らば還(また)汝(なんじ)が此(こ)の性命(しょうめい)を饒(ゆる)さん」と。虎怪(こかい)道(いわ)く「汝(なんじ)が師父(しふ)は是(こ)れ我(われ)が拿(とら)えしところ、我(わ)が大王(だいおう)と頓(ひとくさり)の下飯(かはん=おかず)を做(な)さんと要(ほっ)す。汝(なんじ)起倒(きとう=分別)を識(し)り、回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ!然(しか)らざれば、汝(なんじ)を拿(とら)え住(とど)め、一斉(いっせい)に凑(あつ)めて吃(くら)わん、却(かえ)って是(こ)れ『一(ひとつ)を買(か)いて又(また)一(ひとつ)を饒(ま)けたり』ならずや」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)る。扢迸迸(こつほうほう=ぎりぎり)と、鋼牙(こうが)錯(あやま)り齧(か)み;滴流流(てきりゅうりゅう=きらきら)と、火眼(かがん)睜(みひら)き円(まど)か;鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き喝(かつ)して道(いわ)く「汝(なんじ)多(いか)ほどの手段(しゅだん)にして、敢(あえ)て這(こ)の等(ごと)き大話(たいわ=大口)を説(い)うか!走(に)ぐるを休(や)めよ!棍(こん)を見(み)よ」と。那(か)の先鋒(せんぽう)急(いそ)ぎ刀(とう)を持(じ)して按(おさ)え住(とど)む。此(こ)の一場(いちじょう)果然(かぜん)に善(よ)からず、他(かれ)二個(ふたり)各(おのおの)威能(いのう=威力)を顕(あらわ)す。好(よ)きかな殺(たたかい)
那(か)の怪(かい)は是(こ)れ箇(こ)の真(しん)の鵝卵(がらん=鵞鳥の卵)、
悟空(ごくう)は是(こ)れ箇(こ)の鵝卵石(がらんせき=鵞鳥の卵ほどの石)。
赤銅刀(せきどうとう)美猴王(びこうおう)を架(ささ)うるは、
渾(まった)く卵(たまご)を塁(かさ)ねて石(いし)を撃(う)つに来(きた)るが如(ごと)し。
鳥鵲(ちょうじゃく=烏や鵲)怎(どう)か鳳凰(ほうおう)と争(あらそ)わん?
鵓鴿(ほっこう=鳩)敢(あえ)て鷹鷂(ようよう=鷹やハイタカ)と敵(てき)せんや?
那(か)の怪(かい)風(かぜ)を噴(ふ)けば灰(はい)山(やま)に満(み)ち、
悟空(ごくう)霧(きり)を吐(は)けば雲(くも)日(ひ)を迷(まど)わす。
来往(らいおう)三五回(さんごかい)を禁(とど)めず、
先鋒(せんぽう)腰(こし)軟(やわ)らぎて全(まった)く力(ちから)無(な)し。
身(み)を転(てん)じて敗(やぶ)れて生(いき)を逃(のが)れんと要(ほっ)するに、
却(かえ)って悟空(ごくう)に抵(あた)り死(し)に逼(せま)らる。
那(か)の虎怪(こかい)撑持(とうじ=持ちこたえ)るを得(え)ず、頭(かしら)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(に)ぐ。他(かれ)原来(げんらい)那(か)の洞主(どうしゅ)の面前(めんぜん)に在(あ)って嘴(くち)を説(と)きしを、敢(あえ)て洞(どう)に回(かえ)らず、径(ただ)ちに山坡(さんぱ)の之(うえ)へ往(ゆ)きて生(いき)を逃(のが)る。行者(ぎょうじゃ)那(いず)くにか肯(あえ)て放(はな)たん、棒(ぼう)を執(と)り着(つ)け、只(た)だ情(ひたすら)に赶(お)い来(きた)り、呼呼吼吼(ここうこう=わあわあ)と、喊声(かんせい)絶(た)ゆること無(な)く、却(かえ)って那(か)の蔵風(ぞうふう)の山凹(さんおう)の間(あいだ)に赶(お)い到(いた)る。正(まさ)に頭(かしら)を抬(あ)ぐるに、八戒(はっかい)の那(あそこ)に在(あ)って馬(うま)を放(はな)つを見(み)る。八戒(はっかい)忽(たちま)ち呼呼(ここ)の声(こえ)の喊(さけ)ぶを聴(き)き得(え)、頭(かしら)を回(めぐ)らして観看(かんかん)するに、乃(すなわ)ち是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の赶(お)い敗(やぶ)りし虎怪(こかい)なり。就(すなわ)ち馬(うま)を捨(す)て、鈀(は)を挙(あ)げ、斜(なな)めに頭(かしら)を刺(さ)して一(ひと)つ筑(つ)く。憐(あわ)れむべし那(か)の先鋒(せんぽう)、身(み)を脱(だっ)して黄絲網(こうしもう=黄色い糸の網)を跳(と)び越(こ)えんと要(ほっ)するに、豈(あに)知(し)らんや又(また)罩魚人(こうぎょじん=魚を覆う人)に遇(あ)わんとは。却(かえ)って八戒(はっかい)が一(ひと)つの鈀(は)に、九個(ここのつ)の窟窿(くつろう=穴)を筑(つ)き得(え)て鮮血(せんけつ)冒(ほとばし)り、一頭(いっとう)の脳髄(のうずい)尽(ことごと)く流(なが)れ干(ひ)る。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く
三五年前(さんごねんぜん)正宗(せいしょう)に帰(き)し、
斎(とき)を持(じ)し素(そ)を把(と)りて真空(しんくう)を悟(さと)る。
誠心(せいしん)要(よう)するに唐三蔵(とうさんぞう)を保(ほ)せんとし、
初(はじ)めて沙門(しゃもん)を秉(と)りて此(こ)の功(こう)を立(た)つ。
那(か)の呆子(ほうし)一(いっぽ)で他(かれ)が脊背(せきはい=背中)を[生僻字:⻊+丽](ふ)み住(とど)め、両手(りょうて)鈀(は)を輪(めぐら)して又(また)筑(つ)く。行者(ぎょうじゃ)見(み)て、大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く「兄弟(きょうだい)よ、正(まさ)に是(こ)れ這(こ)の等(ごと)し!他(かれ)幾十(いくじゅう)の小妖(しょうよう)を領(ひき)い、敢(あえ)て老孫(ろうそん)と賭闘(ととう)せしが、我(われ)に打(う)ち敗(やぶ)られ、他(かれ)転(うたた)て洞(どう)へ跑(はし)らず、却(かえ)って跑(はし)り来(きた)りて此(ここ)に死(し)を尋(たず)ぬ。虧(さいわい)に汝(なんじ)接(う)け着(あ)いたり;然(しか)らざれば、又(また)走(に)げたり」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「風(かぜ)を弄(ろう)し師父(しふ)を摂(さら)い去(さ)りしは是(こ)れ他(かれ)なるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「汝(なんじ)曾(かつ)て他(かれ)に師父(しふ)の下落(げらく=行方)を問(と)えるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)の怪(かい)師父(しふ)を洞(どう)の裏(うち)に拿(とら)え、他(かれ)が什麼(なん)の鳥大王(ちょうだいおう)と下飯(げはん=おかず)を做(な)さんと要(ほっ)す。是(ここ)に老孫(ろうそん)悩(いらだ)ち、就(すなわ)ち他(かれ)と斗(たたか)い将(まさ)に此(ここ)へ来(きた)らんとして、却(かえ)って汝(なんじ)に性命(しょうめい)を送(おく)らしめたり。兄弟(きょうだい)よ、此(こ)の功労(こうろう)は汝(なんじ)のものと算(かぞ)う。汝(なんじ)還(また)馬(うま)と行李(こうり)を守(まも)り着(つ)け、我(われ)が此(こ)の死(し)せる怪(かい)を拖(ひ)き去(さ)り、又(また)那(か)の洞(どう)の口(くち)に到(いた)りて戦(いくさ)を索(もと)めんを等(ま)て。須(かなら)ず是(こ)れ那(か)の老妖(ろうよう)を拿(とら)え得(う)れば、方(はじ)めて師父(しふ)を救(すく)い得(う)る」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「哥哥(あに)説(い)う所(ところ)理(り)有(あ)り。汝(なんじ)去(ゆ)け、汝(なんじ)去(ゆ)け。若(も)し是(こ)れ此(こ)の老妖(ろうよう)を打(う)ち敗(やぶ)らば、還(また)赶(お)い将(まさ)に此(ここ)へ来(きた)らん、我(われ)が老猪(ろうちょ)の截(さえぎ)り住(とど)めて他(かれ)を殺(ころ)さんを等(ま)て」と。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、一(いっぽう)の手(て)に鉄棒(てつぼう)を提(さ)げ、一(いっぽう)の手(て)に死(し)せる虎(とら)を拖(ひ)き、径(ただ)ちに他(かれ)が洞(どう)の口(くち)に至(いた)る。
正(まさ)に是(こ)れ
法師(ほうし)難(なん)に遭(あ)いて妖怪(ようかい)に逢(あ)い、
情性(じょうせい)相和(あいわ)して乱魔(らんま)を伏(ふく)す。
畢竟(ひっきょう)此(ここ)を去(さ)りて妖怪(ようかい)を降(くだ)し得(え)、唐僧(とうそう)を救(すく)い得(う)るや否(いな)やは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。