却(かえ)って説(と)く、三蔵(さんぞう)師徒(しと)、次日(じつじ)天(てん)明(あ)け、收拾(しゅうしゅう=支度)して前進(ぜんしん)す。那(か)の鎮元子(ちんげんし)行者(ぎょうじゃ)と結(むす)んで兄弟(きょうだい)と為(な)り、両人(りょうにん)情投意合(じょうとういごう=心が通じ合い)、決(けっ)して肯(あえ)て放(はな)たず、又(また)管待(かんたい=饗応)を安排(あんばい)し、一連(いちれん)に五六日(ごろくにち)住(とど)まわしめたり。那(か)の長老(ちょうろう)自(みずか)ら草還丹(そうかんたん)を服(ふく)してより、真(まこと)に脱胎換骨(だったいかんこつ)に似(に)て、神(しん)爽(すがすが)しく体(たい)健(すこ)やかなり。他(かれ)経(きょう)を取(と)る心(こころ)重(おも)く、那(いず)くにか肯(あえ)て淹留(えんりゅう=逗留)せん、已(や)むを得(え)ず、遂(つい)に行(ゆ)く。
師徒(しと)別(わか)れて上(うえ)の路(みち)に就(つ)けば、早(はや)くも一(ひとつ)の座(ざ)の高山(こうざん)を見(み)る。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「徒弟(とてい)よ、前(まえ)面(めん)に山(やま)の険峻(けんしゅん)なる有(あ)り、恐(おそ)らくは馬(うま)前(すす)む能(あた)わじ、大家(みな)須(かなら)ず仔細仔細(しさいしさい=よくよく)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)放心(ほうしん)せよ、我(われ)等(ら)自(おのずか)ら理会(りかい=心得)す」と。好(よ)き猴王(こうおう)、他(かれ)那(か)の馬(うま)の前(まえ)に在(あ)って、棒(ぼう)を横(よこ)に担(にな)い、山路(さんろ)を剖(さ)き開(ひら)き、高崖(こうがい)の之(うえ)に上(のぼ)る。看(み)て尽(つく)せざるは
峰岩(ほうがん=峰と岩)重畳(ちょうじょう)し、澗壑(かんがく=谷)彎環(わんかん=めぐる)。
虎狼(ころう=虎と狼)陣(じん)を成(な)して走(はし)り、麂鹿(きろく=鹿)群(むれ)を做(な)して行(ゆ)く。
無数(むすう)の獐豝(しょうは=獐と雌豚)簇簇(ぞくぞく=群れ)鑽(もぐ)り、
山(やま)に満(み)つ狐兎(こと=狐と兎)の叢叢(そうそう=群れ)聚(あつま)る。
千尺(せんじゃく)の大蟒(だいもう=大蛇)、万丈(ばんじょう)の長蛇(ちょうじゃ)。
大蟒(だいもう)愁霧(しゅうむ=愁いの霧)を噴(ふ)き、長蛇(ちょうじゃ)怪風(かいふう)を吐(は)く。
道旁(どうぼう)の荊棘(けいきょく=茨)牽(ひ)き漫(みだ)れ、嶺(みね)の之(うえ)の松楠(しょうなん=松と楠)秀麗(しゅうれい)。
薜蘿(へいら=蔦)目(め)に満(み)ち、芳草(ほうそう)天(てん)に連(つら)なる。
影(かげ)滄溟(そうめい=大海)の北(きた)に落(お)ち、雲(くも)開(ひら)きて斗柄(とへい=北斗)南(みなみ)なり。
万古(ばんこ)常(つね)に元气(げんき)を含(ふく)みて老(お)い、千峰(せんぽう)巍(たか)く列(つら)なりて日光(にっこう)寒(かん)なり。
那(か)の長老(ちょうろう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って心(こころ)驚(おどろ)く。孫大聖(そんたいせい)手段(しゅだん)を布施(ふせ=施)し、鉄棒(てつぼう)を舞(ま)わせ、一声(ひとこえ)哮吼(こうこう=吠え)すれば、唬(おど)して那(か)の狼虫(ろうちゅう)をして顛竄(てんざん=転げ逃げ)、虎豹(こひょう)をして奔逃(ほんとう=逃げ散る)せしむ。
師徒(しと)等(ら)此(こ)の山(やま)に入(い)り、正(まさ)に嵯峨(さが=険しき)の処(ところ)に行(ゆ)き到(いた)るに、三蔵(さんぞう)道(いわ)く「悟空(ごくう)、我(われ)此(こ)の一日(いちじつ)、肚中(とちゅう=腹)飢(う)えたり。汝(なんじ)那(いず)こへ去(ゆ)きて些(いささ)か斎(とき)を化(か)して吃(くら)えよ」と。行者(ぎょうじゃ)陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く「師父(しふ)は好(よ)く聡明(そうめい)ならず。這(こ)の等(ごと)き半山(はんざん)の中(なか)、前(まえ)に村(むら)に巴(つ)かず、後(うしろ)に店(みせ)に着(つ)かず、銭(ぜに)有(あ)るも也(また)買(か)う処(ところ)無(な)し、往(ゆ)きて那(いず)こに斎(とき)を尋(たず)ねよと教(おし)えるか」と。三蔵(さんぞう)心中(しんちゅう)快(こころよ)からず、口(くち)裏(うち)罵(ののし)って道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の猴子(こうし)!想(おも)うに汝(なんじ)両界山(りょうかいざん)に在(あ)りて、如来(にょらい)に石匣(せっこう=石の箱)の之内(うち)に圧(お)さわれ、口(くち)能(よ)く言(い)うも、足(あし)行(ゆ)く能(あた)わざりしを、也(また)虧(か)れて我(われ)汝(なんじ)が性命(しょうめい)を救(すく)い、摩頂受戒(まちょうじゅかい=頂きを摩で戒を受け)し、我(わ)が徒弟(とてい)と做(な)れり。怎(どう)して肯(あえ)て努力(どりょく)せず、常(つね)に懶惰(らんだ)の心(こころ)を懐(いだ)くか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「弟子(でし)も亦(また)頗(すこぶ)る殷勤(いんぎん=勤勉)、何(いつ)か嘗(かつ)て懶惰(らんだ)せしや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)既(すで)に殷勤(いんぎん)ならば、何(なん)ぞ斎(とき)を化(か)して我(われ)に吃(くら)わしめざる。我(われ)肚(はら)飢(う)えて怎(どう)して行(ゆ)かん。況(いわん)や此(こ)の地(ち)山嵐瘴気(さんらんしょうき=山の瘴気)、怎(どう)して雷音(らいおん)に上(のぼ)るを得(え)ん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)怪(とが)むるを休(や)めよ、少(すこ)しく言語(げんご)を要(よう)せよ。我(われ)汝(なんじ)が尊性(そんせい=ご性分)の高傲(こうごう=高ぶり)なるを知(し)る、十分(じゅうぶん)に汝(なんじ)を違慢(いまん=疎か)にせば、便(すなわ)ち那(か)の話児呪(わじじゅ=例の呪)を念(ねん)ぜんと要(ほっ)す。汝(なんじ)馬(うま)を下(お)り穏(やす)んず坐(ざ)せよ、我(われ)が那(いず)こに人家(じんか)の処(ところ)有(あ)るを尋(たず)ねて斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)かんを等(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(もっ)て一(ひと)たび縦(ほしいまま)にし、雲端(うんたん=雲の上)の裏(うち)に跳(と)び上(のぼ)り、手(て)に涼篷(りょうほう=日除け)を搭(かざ)し、眼(め)を睜(みひら)いて観看(かんかん)す。憐(あわ)れむべし西方(せいほう)の路(みち)甚(はなは)だ是(こ)れ寂寞(せきばく=寂しく)、更(さら)に庄堡(しょうほ=村落)人家(じんか)無(な)し。正(まさ)に是(こ)れ多(おお)く樹木(じゅもく)に逢(あ)い少(すくな)く人烟(じんえん=人家)を見(み)る去処(ところ)なり。看(み)ること多時(たじ=しばらく)にして、只(ただ)正南(しょうなん)の之(うえ)に一(ひとつ)の座(ざ)の高山(こうざん)有(あ)り、那(か)の山(やま)の陽(ひ)に向(むか)う処(ところ)に、一片(いっぺん)の鮮紅(せんこう=鮮やかな紅)の点子(てんし=点)有(あ)るを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)して道(いわ)く「師父(しふ)、吃(くら)う物(もの)有(あ)り」と。那(か)の長老(ちょうろう)是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるを問(と)う。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(ここ)に人家(じんか)無(な)く飯(めし)を化(か)し得(え)ず、那(か)の南山(なんざん)に一片(いっぺん)の紅(あか)き有(あ)り、想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ熟(じゅく)し透(とお)りたる山桃(さんとう)ならん。我(われ)去(ゆ)きて幾(いく)つか摘(つ)み来(きた)りて汝(なんじ)が飢(うえ)を充(み)たさん」と。三蔵(さんぞう)喜(よろこ)んで道(いわ)く「出家人(しゅっけにん)若(も)し桃子(とうじ)の吃(くら)う有(あ)らば、就(すなわ)ち上分(じょうぶん=最上)と為(な)さん、快(はや)く去(ゆ)け」と。
行者(ぎょうじゃ)鉢盂(はつう=托鉢)を取(と)り、祥光(しょうこう)を縦(ほしいまま)にす。汝(なんじ)他(かれ)が觔斗(きんと=宙返り)幌幌(こうこう=ひらひら)、冷気(れいき)颼颼(しゅうしゅう=ひゅうひゅう)、須臾(しゅゆ=しばらく)の間(あいだ)に、南山(なんざん)へ奔(はし)りて桃(もも)を摘(つ)むことは題(だい)せず。
却(かえ)って説(と)く、常言(じょうげん=諺)に云(い)える有(あ)り:山(やま)高(たか)ければ必(かなら)ず怪(かい)有(あ)り、嶺(みね)峻(けわ)しけれど却(かえ)って精(せい)を生(しょう)ずと。果然(かぜん)此(こ)の山(やま)の之(うえ)に一(ひとつ)の妖精(ようせい)有(あ)り。孫大聖(そんたいせい)の去(ゆ)きし時(とき)、那(か)の怪(かい)を驚動(きょうどう)せり。他(かれ)雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って、陰風(いんふう)を踏(ふ)み、長老(ちょうろう)の地(ち)の下(した)に坐(ざ)するを見(み)て、就(すなわ)ち勝(た)えず歓喜(かんき)して道(いわ)く「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!幾年(いくとせ)家人(かじん)皆(みな)講(い)う、東土(とうど)の唐和尚(とうおしょう)大乗(だいじょう)を取(と)ると。他(かれ)本(もと)是(こ)れ金蝉子(きんせんし)の化身(けしん)、十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の原体(げんたい=本体)なり。人(ひと)他(かれ)が一塊(ひとかたまり)の肉(にく)を吃(くら)えば、長寿長生(ちょうじゅちょうせい)なり。真個(しんこ)に今日(こんにち)到(いた)れり」と。那(か)の妖精(ようせい)上(のぼ)り前(すす)んで就(すなわ)ち他(かれ)を拿(とら)えんと要(ほっ)するに、只(ただ)長老(ちょうろう)の左右(さゆう)の手(て)下(した)に両員(りょういん=二人)の大将(たいしょう)の護持(ごじ=守る)有(あ)るを見(み)て、敢(あえ)て身(み)を攏(よ)せず。他(かれ)が説(い)う両員(りょういん)の大将(たいしょう)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ?説(い)わく是(こ)れ八戒(はっかい)、沙僧(さそう)なり。八戒(はっかい)、沙僧(さそう)甚(なん)の大(だい)なる本事(ほんじ)無(な)きも、然(しか)れども八戒(はっかい)は是(こ)れ天蓬元帥(てんぽうげんすい)、沙僧(さそう)は是(こ)れ巻簾大将(けんれんたいしょう)、他(かれ)が威気(いき=威風)尚(なお)曾(かつ)て泄(も)れざるが故(ゆえ)に、敢(あえ)て身(み)を攏(よ)せず。妖精(ようせい)説(いわ)く「我(われ)が且(しばら)く他(かれ)を一(ひと)つ戯(たわむ)りて、怎(どう)説(い)うかを看(み)んを等(ま)て」と。
好(よ)き妖精(ようせい)、陰風(いんふう)を停(とど)め、那(か)の山凹(さんおう=窪地)の裏(うち)に在(あ)って、身(み)を揺(ゆすぶ)って一(ひと)つ変(へん)じ、変(へん)じて箇(こ)の月貌花容(げつぼうかよう=月のような顔花のような容色)の女児(じょじ=娘)と做(な)る。説(と)き尽(つく)せず那(か)の眉清目秀(びせいもくしゅう=清らかな眉と目)、歯白唇紅(ははくしんこう=白き歯と紅き唇)、左手(ひだりて)に一(ひとつ)の青砂罐児(せいさかんじ=青い砂の壺)を提(さ)げ、右手(みぎて)に一(ひとつ)の緑磁瓶児(りょくじへいじ=緑の磁器の瓶)を提(さ)げ、西(にし)より東(ひがし)へ、径(ただ)ちに唐僧(とうそう)に奔(はし)る。聖僧(せいそう)馬(うま)を山巌(さんがん)に歇(やす)むるに、忽(たちま)ち裙釵(くんさ=裳と簪)の女(おんな)の近(ちか)く前(すす)むを見(み)る
翠袖(すいしゅう=翡翠の袖)軽(かる)く揺(ゆ)れて玉筍(ぎょくじゅん=美しき指)を籠(こ)め、
湘裙(しょうくん=裳)斜(なな)めに曳(ひ)かれて金蓮(きんれん=纏足)を顕(あらわ)す。
汗(あせ)粉面(ふんめん=白粉の顔)に流(なが)れて花(はな)露(つゆ)を含(ふく)み、
塵(ちり)峨眉(がび=眉)を拂(はら)いて柳(やなぎ)烟(けむり)を帯(お)ぶ。
仔細(しさい)に睛(ひとみ)を定(さだ)めて観看(かんかん)する処(ところ)、
看(み)る看(み)る行(ゆ)きて身(み)の辺(ほとり)に到(いた)る。
三蔵(さんぞう)見(み)て、叫(よ)んで曰(いわ)く「八戒(はっかい)、沙僧(さそう)、悟空(ごくう)才(ようや)く此(ここ)曠野(こうや)に人無(ひとなし)と説(い)えしに、汝(なんじ)那(あそこ)より一(ひとり)の人(ひと)の走出(はしりで)て来(きた)れるを見(み)ずや」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)沙僧(さそう)と坐(ざ)し着(つ)け、我(われ)が老猪(ろうちょ)の去(ゆ)きて一(ひと)つ看(み)て来(きた)らんを等(ま)て」と。那(か)の呆子(ほうし)釘鈀(ていは)を放(お)り下(おろ)し、直裰(じきたつ)を整(ととの)え整(ととの)え、擺擺揺揺(はいはいようよう=ゆらゆら)と、充(み)たして箇(こ)の斯文(しぶん=上品)の気象(きしょう)を做(な)し、一直(いっちょく)に觌面(てきめん=正面)より相迎(むか)う。真個(しんこ)に是(こ)れ遠(とお)く看(み)れば未(いま)だ実(じつ)ならず、近(ちか)く看(み)れば分明(ぶんめい=はっきり)す。那(か)の女子(じょし)の生(うま)れ得(う)るは
氷肌(ひょうき=氷の肌)玉骨(ぎょくこつ)を蔵(ぞう)し、衫領(さんりょう=襟)酥胸(そきょう=柔らかき胸)を露(あらわ)す。
柳眉(りゅうび)翠黛(すいたい=眉墨)を積(つ)み、杏眼(きょうがん=杏の目)銀星(ぎんせい)を閃(ひらめ)かす。
月様(げつよう)の容儀(ようぎ=姿)俏(みめよ)く、天然(てんねん)の性格(せいかく)清(きよ)し。
体(からだ)は燕(つばめ)の柳(やなぎ)に蔵(かく)るるに似(に)、声(こえ)は鶯(うぐいす)の林(はやし)に囀(さえず)るが如(ごと)し。
半(なか)ば放(ひら)く海棠(かいどう)暁日(ぎょうじつ)を籠(こ)め、才(ようや)く開(ひら)く芍薬(しゃくやく)春晴(しゅんせい)を弄(ろう)す。
那(か)の八戒(はっかい)他(かれ)が生(うま)れ得(う)ること俊俏(しゅんしょう=美しい)なるを見(み)て、呆子(ほうし)就(すなわ)ち凡心(ぼんしん=俗心)を動(うご)かし、忍(しの)ぶを得(え)ず胡言乱語(こげんらんご=でたらめ)して、叫(よ)んで道(いわ)く「女菩薩(にょぼさつ)、那(いず)こへ往(ゆ)くか?手(て)裏(うち)に提(さ)ぐるは是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)ぞ」と。分明(ぶんめい)是(こ)れ箇(こ)の妖怪(ようかい)なるに、他(かれ)却(かえ)って認(みと)め得(え)ず。那(か)の女子(じょし)声(こえ)を連(つら)ねて答(こた)えて道(いわ)く「長老(ちょうろう)、我(わ)が此(こ)の青罐(せいかん=青き壺)の裏(うち)は是(こ)れ香米飯(こうべいはん=香りよい飯)、緑瓶(りょくへい)の裏(うち)は是(こ)れ炒面筋(しょうめんきん=炒めた麩)なり。特(こと)に此(こ)の処(ところ)へ来(きた)れるは他(ほか)の故(ゆえ)無(な)く、誓願(せいがん)を還(かえ)して斎僧(さいそう=僧に施し)せんことを要(よう)するに因(よ)る」と。八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、心(こころ)を満(みた)して歓喜(かんき)し、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)き、就(すなわ)ち箇(こ)の猪顛風(ちょてんぷう=猪の狂い風)を跑(はし)らせ、三蔵(さんぞう)に報(ほう)じて道(いわ)く「師父(しふ)!吉人(きつじん=幸運な人)自(おのずか)ら天(てん)の報(むく)い有(あ)り!師父(しふ)飢(う)えて、師兄(しけい)をして斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)かしむるに、那(か)の猴子(こうし)那(いず)こへ桃児(とうじ)を摘(つ)みに耍子(あそび)に去(ゆ)きしを知(し)らず。桃子(とうじ)吃(くら)い多(おお)ければ、也(また)些(いささ)か人(ひと)を嘈(むかつか)せ、又(また)些(いささ)か下墜(げつい=腹を下す)せり。汝(なんじ)看(み)よ、那(あ)れは是(こ)れ箇(こ)の斎僧(さいそう)の来(きた)れるに非(あら)ずや」と。唐僧(とうそう)信(しん)ぜずして道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の夯貨(こうか=間抜け)胡纏(こてん=でたらめを言う)!我(われ)等(ら)此(ここ)まで向(むか)い走(はし)り来(きた)るに、好人(こうじん)も也(また)曾(かつ)て一(ひとり)に遇(あ)わず、斎僧(さいそう)の何(いず)こよりか来(きた)らん」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、這(こ)れ已(すで)に到(いた)れり」と。
三蔵(さんぞう)一(ひと)たび見(み)て、連(つら)ねて忙(いそ)ぎ身(み)を跳(と)び起(お)こし、掌(て)を合(あわ)せて胸(むね)に当(あ)てて道(いわ)く「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)が府上(ふじょう)は何(いず)れの処(ところ)に住(す)むか?是(こ)れ甚(なん)の人家(じんか)ぞ?甚(なん)の願心(がんしん=願い)有(あ)りて、此(ここ)に来(きた)りて斎僧(さいそう)するか」と。分明(ぶんめい)是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)なるに、那(か)の長老(ちょうろう)也(また)認(みと)め得(え)ず。那(か)の妖精(ようせい)唐僧(とうそう)の他(かれ)が来歴(らいれき)を問(と)うを見(み)て、他(かれ)地(ち)に立(た)ちて就(すなわ)ち箇(こ)の虚情(きょじょう=偽り)を起(おこ)し、花言巧語(かげんこうご=巧みな言葉)を以(もっ)て来(きた)りて赚哄(かんこう=だましすか)して道(いわ)く「師父(しふ)、此(こ)の山(やま)を蛇回獣怕(じゃかいじゅうは)の白虎嶺(びゃっこれい)と做(な)し、正西(せいせい)の下(した)面(めん)是(こ)れ我(わ)が家(いえ)なり。我(わ)が父母(ふぼ)堂(どう)に在(あ)り、経(きょう)を看(み)るを好(この)み善(ぜん)を好(この)み、広(ひろ)く方(ほう)の之(うえ)の遠近(えんきん)の僧人(そうにん)を斎(とき)す。只(た)だ子(こ)無(な)きに因(よ)り、福(ふく)を求(もと)め福(ふく)を做(な)し、奴奴(どど=わたくし)を生(しょう)じ、門第(もんだい=家柄)を扳(ひ)きて他人(たじん)に配嫁(はいか)せんと欲(ほっ)するも、又(また)老(お)いて倚(よ)る無(な)きを恐(おそ)れ、只(た)だ得(え)て奴(やっこ=わたし)を将(もっ)て一(ひとり)の女婿(じょせい=婿)を招(むか)え、老(ろう)を養(やしな)い終(つい)を送(おく)らしむ」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)いて道(いわ)く「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)が言語(げんご)差(ちが)えり。聖経(せいきょう)に云(いわ)く、父母(ふぼ)在(いま)せば、遠(とお)く遊(あそ)ばず、遊(あそ)ぶに必(かなら)ず方(ほう=行き先)有(あ)りと。汝(なんじ)既(すで)に父母(ふぼ)の堂(どう)に在(あ)る有(あ)り、又(また)汝(なんじ)に与(あた)えて女婿(じょせい)を招(むか)えたれば、願心(がんしん)有(あ)らば、汝(なんじ)が男子(だんし=夫)をして還(かえ)さしめば、便(すなわ)ち也(また)罷(よ)からん、怎(どう)して自家(じか)山(やま)の之(うえ)を行走(ある)くか。又(また)箇(こ)の侍児(じじ=侍女)の随従(ずいじゅう)する無(な)し。此(こ)れは是(こ)れ婦道(ふどう=女の道)に遵(したが)わざるなり」と。
那(か)の女子(じょし)笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として、忙(いそ)ぎ俏語(しょうご=優しい言葉)を陪(とも)にして道(いわ)く「師父(しふ)、我(わ)が丈夫(じょうぶ=夫)は山北(さんぽく)の凹(くぼ)みの裏(うち)に在(あ)りて、幾(いく)つかの客子(かくし=雇い人)を帯(たい)して田(た)を鋤(す)く。此(こ)れは是(こ)れ奴奴(どど)の煮(に)たる午飯(ごはん=昼飯)にして、送(おく)りて那(か)の人(ひと)等(ら)に吃(くら)わしむるなり。只(た)だ五黄六月(ごこうりくがつ=真夏)にして、使喚(しかん=使う)する人(ひと)無(な)く、父母(ふぼ)又(また)年(とし)老(お)いたるが為(ため)に、所以(ゆえ)に身(み)を親(みずか)らし来(きた)りて送(おく)る。忽(たちま)ち三位(さんい)の遠(とお)く来(きた)れるに遇(あ)い、却(かえ)って父母(ふぼ)の善(ぜん)を好(この)むを思(おも)い、故(ゆえ)に此(こ)の飯(めし)を将(もっ)て斎僧(さいそう)す。如(も)し棄嫌(きけん=嫌う)せざれば、願(ねが)わくは芹献(きんけん=粗末な進物)を表(あらわ)さん」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「善(よ)き哉(かな)!善(よ)き哉(かな)!我(われ)徒弟(とてい)の果子(くだもの)を摘(つ)みに去(ゆ)きしが、就(すなわ)ち来(きた)らん、我(われ)敢(あえ)て吃(くら)わず。假如(もし)我(われ)が和尚(おしょう)汝(なんじ)が飯(めし)を吃(くら)いて、汝(なんじ)が丈夫(じょうぶ)暁(さと)り得(え)て、汝(なんじ)を罵(ののし)らば、却(かえ)って罪(つみ)を貧僧(ひんそう)に坐(ざ)せずや」と。那(か)の女子(じょし)唐僧(とうそう)の肯(あえ)て吃(くら)わざるを見(み)て、却(かえ)って又(また)面(おもて)に満(み)つ春(はる)を生(しょう)じて道(いわ)く「師父(しふ)よ、我(わ)が父母(ふぼ)の斎僧(さいそう)するは、還(また)是(こ)れ小可(しょうか=僅か);我(わ)が丈夫(じょうぶ)は更(さら)に是(こ)れ箇(こ)の善人(ぜんにん)にして、一生(いっしょう)好(この)むは是(こ)れ橋(はし)を修(おさ)め路(みち)を補(おぎな)い、老(ろう)を愛(あい)し貧(まず)しきを憐(あわ)れむ。但(た)だ此(こ)の飯(めし)の送(おく)りて師父(しふ)に吃(くら)わしめたりと説(い)うを聴(き)き得(え)ば、他(かれ)我(われ)と夫妻(ふさい)の情(じょう)の之(うえ)に、尋常(じんじょう)に比(ひ)して更(さら)に是(こ)れ不同(こと)ならん」と。三蔵(さんぞう)也(また)只(た)だ吃(くら)わざるのみ。旁(かたわら)に却(かえ)って悩(いらだ)して八戒(はっかい)を壊(こわ)せり。那(か)の呆子(ほうし)嘴(くち)を努(つきだ)し、口(くち)裏(うち)埋怨(ばいえん=ぶつぶつ)して道(いわ)く「天下(てんか)和尚(おしょう)也(また)数(かず)無(な)きに、曾(かつ)て我(われ)が此(こ)の箇(こ)の老和尚(ろうおしょう)の罷軟(ひぜん=優柔不断)なるに象(に)たるは有(あ)らず!現成(げんせい=出来合い)の飯(めし)三分児(さんぶんじ)も倒(かえ)って吃(くら)わず、只(た)だ那(か)の猴子(こうし)の来(きた)りて、四分(しぶん)を做(な)して才(ようや)く吃(くら)うを等(ま)つか」と。他(かれ)分説(ぶんせつ=言い訳)を容(い)れず、一(ひと)つの嘴(くち)で箇(こ)の罐子(かんす=壺)を拱(お)し倒(たお)し、就(すなわ)ち口(くち)を動(うご)かさんと要(ほっ)す。
只(ただ)那(か)の行者(ぎょうじゃ)の南山頂(なんざんちょう)の之(うえ)より、幾(いく)つかの桃子(とうじ)を摘(つ)み、鉢盂(はつう)を托(の)せ、一(ひと)つの觔斗(きんと)に、点(ちょ)と将(まさ)に回(かえ)り来(きた)らんとするを見(み)る。火眼金睛(かがんきんせい)を睜(みひら)いて観看(かんかん)し、那(か)の女子(じょし)の是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)なるを認(みと)め、鉢盂(はつう)を放(お)り下(おろ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き、当頭(とうとう=真っ向)より就(すなわ)ち打(う)つ。唬(おどろ)きて箇(こ)の長老(ちょうろう)手(て)を用(もち)いて扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「悟空(ごくう)!汝(なんじ)走(はし)り将(まさ)に来(きた)りて誰(たれ)を打(う)つか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)が面前(めんぜん)の此(こ)の女子(じょし)、当(あ)てて箇(こ)の好人(こうじん)と做(な)す莫(なか)れ。他(かれ)は是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)にして、来(きた)りて汝(なんじ)を騙(だま)さんとするなり」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の猴頭(こうとう)、当時(とうじ)は倒(かえ)って也(また)些(いささ)か眼力(がんりき)有(あ)りしに、今日(こんにち)如何(いかん)ぞ乱道(らんどう=でたらめを言う)するか。此(こ)の女菩薩(にょぼさつ)に此(こ)の善心(ぜんしん)有(あ)りて、此(こ)の飯(めし)を将(もっ)て我(われ)等(ら)を斎(とき)せんと要(ほっ)するに、汝(なんじ)怎(どう)して他(かれ)を是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)と説(い)うか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)那(いず)こにか認(みと)め得(え)ん!老孫(ろうそん)水簾洞(すいれんどう)の裏(うち)に在(あ)りて妖魔(ようま)を做(な)りし時(とき)、若(も)し人肉(にんにく)の吃(くら)わんを想(おも)わば、便(すなわ)ち是(こ)れ這(こ)の等(ごと)し:或(あるい)は金銀(きんぎん)に変(へん)じ、或(あるい)は庄台(しょうだい=屋敷)に変(へん)じ、或(あるい)は酔人(すいじん)に変(へん)じ、或(あるい)は女色(じょしょく)に変(へん)ず。那(か)の等(ごと)き痴心(ちしん=愚かな心)の有(あ)りて、我(われ)を愛(あい)し上(のぼ)れば、我(われ)就(すなわ)ち他(かれ)を迷(まよ)わして洞(どう)の裏(うち)に到(いた)らせ、意(こころ)を尽(つく)し心(こころ)に随(したが)い、或(あるい)は蒸(ふか)し或(あるい)は煮(に)て受用(じゅよう=頂く);吃(くら)い了(おわ)らずんば、還(また)乾(から)からに晒(ほ)して天陰(てんいん=雨の日)を防(ふせ)がんと要(よう)す!師父(しふ)、我(われ)若(も)し来(きた)ること遅(おそ)からば、汝(なんじ)定(かなら)ず他(かれ)が套子(とうし=罠)に入(い)り、他(かれ)が毒手(どくしゅ)に遭(あ)わん」と。那(か)の唐僧(とうそう)那(いず)くにか肯(あえ)て信(しん)ぜん、只(た)だ是(こ)れ箇(こ)の好人(こうじん)と説(い)う。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、我(われ)汝(なんじ)を知(し)り了(おわ)れり。汝(なんじ)他(かれ)が那(あ)の等(ごと)き容貌(ようぼう)を見(み)て、必然(かなら)ず凡心(ぼんしん)を動(うご)かせり。若(も)し果(はた)して此(こ)の意(い)有(あ)らば、八戒(はっかい)をして幾(いく)つの樹(き)を伐(き)らしめ来(きた)り、沙僧(さそう)をして些(いささ)か草(くさ)を尋(たず)ねしめ、我(われ)木匠(もっしょう=大工)を做(な)り、就(すなわ)ち此(ここ)に在(あ)って箇(こ)の窩鋪(かほ=小屋)を搭(か)け、汝(なんじ)他(かれ)と円房成事(えんぼうせいじ=契りを結び)し、我(われ)等(ら)大家(みな)散(さん)ぜば、却(かえ)って是(こ)れ件(けん)の事業(じぎょう=仕儀)ならずや。何(なん)ぞ必(かなら)ずしも又(また)跋渉(ばっしょう=苦労して旅し)、甚(なん)の経(きょう)を取(と)らんや」と。那(か)の長老(ちょうろう)原来(げんらい)是(こ)れ箇(こ)の軟善(なんぜん=柔和)の人(ひと)、那(いず)くにか他(かれ)が此(こ)の句(く)の言語(げんご)を吃(き)き得(え)ん、羞(は)じて箇(こ)の光頭(こうとう=坊主頭)をして耳(みみ)に徹(とお)りて通(とお)り紅(あか)からしむ。三蔵(さんぞう)正(まさ)に此(ここ)に羞慚(しゅうざん=恥じ)ずるに、行者(ぎょうじゃ)又(また)性(しょう=気性)を発(はっ)し起(おこ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き、妖精(ようせい)を望(めが)けて劈臉(へきれん=顔面)一下(いっか)す。那(か)の怪物(かいぶつ)些(いささ)か手段(しゅだん)有(あ)り、箇(こ)の解尸法(げしほう=死体を残して逃げる術)を使(つか)い、行者(ぎょうじゃ)が棍子(こんす=棒)の来(きた)る時(とき)を見(み)て、他(かれ)却(かえ)って精神(せいしん)を抖擻(とそう)し、預(あらかじ)め走(に)げ了(おわ)り、一(ひとつ)の仮(にせ)の尸首(ししゅ=死骸)を把(もっ)て地(ち)の之(うえ)に打(う)ち死(し)なせり。唬(おどろ)きて箇(こ)の長老(ちょうろう)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、口(くち)中(うち)念(ねん)を作(な)して道(いわ)く「此(こ)の猴(こう=猿)着然(ちゃくぜん=まったく)無礼(ぶれい)なり!屡(しばしば)勧(すす)むるも従(したが)わず、故(ゆえ)無(な)くに人(ひと)の性命(しょうめい)を傷(そこな)う」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)怪(とが)むる莫(なか)れ、汝(なんじ)且(しばら)く来(きた)りて此(こ)の罐子(かんす)の裏(うち)の是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるを看(み)よ」と。沙僧(さそう)長老(ちょうろう)を攙(ささ)え、近(ちか)く前(すす)みて看(み)る時(とき)、那(いず)くにか是(こ)れ甚(なん)の香米飯(こうべいはん)ならん、却(かえ)って是(こ)れ一罐子(いっかんす=壺一杯)の尾(お)を拖(ひ)きたる長蛆(ちょうしょ=長い蛆)、也(また)是(こ)れ面筋(めんきん)に非(あら)ずして、却(かえ)って是(こ)れ幾(いく)つかの青蛙(せいあ=青蛙)、癩蝦蟇(らいがま=蟾蜍)、地(ち)に満(み)ちて乱(みだ)りに跳(おど)る。長老(ちょうろう)才(ようや)く三分児(さんぶんじ)の信(しん)有(あ)るも、怎(どう)して禁(こら)えん猪八戒(ちょはっかい)の気(き)の忿(いきどお)らざる、旁(かたわら)に在(あ)って八分児(はちぶんじ)を漏(も)らして唆嘴(さし=口を挟み)して道(いわ)く「師父(しふ)、此(こ)の女子(じょし)の事(こと)を説(と)き起(おこ)せば、他(かれ)は是(こ)れ此(こ)の間(あいだ)の農婦(のうふ)、飯(めし)を送(おく)りて田(た)へ下(くだ)るに因(よ)り、路(みち)に我(われ)等(ら)に遇(あ)えるのみ。却(かえ)って怎(どう)して他(かれ)を栽(罪を着)せて是(こ)れ箇(こ)の妖怪(ようかい)と做(な)すか。哥哥(あに)が棍(こん)重(おも)く、走(はし)り将(まさ)に来(きた)りて手(て)を試(ため)して他(かれ)を一(ひと)つ打(う)ちしに、期(き=思いがけ)ず就(すなわ)ち打(う)ち殺(ころ)せり。汝(なんじ)が甚(なん)の《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)ずるを怕(おそ)れ、故意(わざ)と箇(こ)の障眼法児(しょうがんほうじ=目くらまし)を使(つか)い、変(へん)じて這(こ)の等(ごと)き様(よう)の東西(もの)と做(な)し、汝(なんじ)が眼(め)を演幌(えんこう=あざむ)き、呪(じゅ)を念(ねん)ぜざらしめんとするなり」と。
三蔵(さんぞう)此(こ)の一言(いちげん)より、就(すなわ)ち是(こ)れ晦気(わいき=不運)の到(いた)れるなり:果然(かぜん)那(か)の呆子(ほうし)の攛唆(さんさ=そそのかす)を信(しん)じ、手(て)中(うち)に訣(けつ=印)を捻(ねん)じ、口(くち)裏(うち)呪(じゅ)を念(ねん)ずるに、行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち叫(よ)んで曰(いわ)く「頭(あたま)疼(いた)し!頭(あたま)疼(いた)し!念(ねん)ずる莫(なか)れ!念(ねん)ずる莫(なか)れ!話(はなし)有(あ)らば便(すなわ)ち説(い)え」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「甚(なん)の話(はなし)の説(い)う有(あ)らん!出家人(しゅっけにん)は時時(じじ)常(つね)に方便(ほうべん)を要(よう)し、念念(ねんねん)善心(ぜんしん)を離(はな)れず、地(ち)を掃(は)くに螻蟻(ろうぎ=蟻)の命(いのち)を傷(そこな)わんことを恐(おそ)れ、飛蛾(ひが=蛾)を愛惜(あいせき)して紗(しゃ)灯(とう)を罩(おお)う。汝(なんじ)怎(どう)して步步(ほほ)行凶(ぎょうきょう=凶行)し、此(こ)の故(ゆえ)無(な)き平人(へいじん=一般人)を打(う)ち死(し)なすか。経(きょう)を将(も)ち来(きた)りて何(なん)の用(よう)有(あ)らんや。汝(なんじ)回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)我(われ)をして那(いず)こへ回(かえ)り去(ゆ)けと教(おし)えるか」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)汝(なんじ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)我(われ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せざれば、只(た)だ怕(おそ)らくは汝(なんじ)が西天(せいてん)の路(みち)去(ゆ)き成(な)らざらん」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(わ)が命(いのち)は天(てん)に在(あ)り。該(まさ)に那(か)の妖精(ようせい)の蒸(ふか)して吃(くら)わるるに当(あ)たらば、就(すなわ)ち是(こ)れ煮(に)られたりとも、也(また)算(かぞ)えて過(あやま)ちならず。終(つい)に然(しか)らずんば、汝(なんじ)我(わ)が大限(たいげん=寿命)を救(すく)い得(え)るか。汝(なんじ)快(はや)く回(かえ)り去(ゆ)け」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、我(われ)回(かえ)り去(ゆ)くも便(すなわ)ち也(また)罷(よ)からん、只(た)だ是(こ)れ曾(かつ)て汝(なんじ)が恩(おん)を報(ほう)ずるを得(え)ざるのみ」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)汝(なんじ)と甚(なん)の恩(おん)有(あ)らんや」と。那(か)の大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)き、連(つら)ねて忙(いそ)ぎ跪(ひざまず)き下(くだ)りて頭(かしら)を叩(たた)いて道(いわ)く「老孫(ろうそん)大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせしに因(よ)りて、傷身(しょうしん)の難(なん)を致(いた)し下(くだ)し、我(わ)が仏(ほとけ)に両界山(りょうかいざん)に圧(お)さわれたるを、幸(さいわい)に観音菩薩(かんのんぼさつ)我(われ)に与(あた)えて戒行(かいぎょう)を受(う)けしめ、幸(さいわい)に師父(しふ)我(わ)が身(み)を救(すく)い脱(のが)れしむ。若(も)し汝(なんじ)と同(とも)に西天(せいてん)に上(のぼ)らずんば、我(われ)の恩(おん)を知(し)りて報(ほう)ぜざるは君子(くんし)に非(あら)ずと顕(あらわ)し、万古千秋(ばんこせんしゅう)に罵名(ばめい=悪名)を作(な)さん」と。原来(げんらい)此(こ)の唐僧(とうそう)は是(こ)れ箇(こ)の慈憫(じびん=慈悲深き)の聖僧(せいそう)、他(かれ)行者(ぎょうじゃ)の哀告(あいこく=嘆願)するを見(み)て、却(かえ)って也(また)心(こころ)を回(めぐ)らし意(い)を転(てん)じて道(いわ)く「既(すで)に此(かく)の如(ごと)く説(い)わば、且(しばら)く汝(なんじ)を此(こ)の一次(いちじ)を饒(ゆる)さん、再(ふたた)び無礼(ぶれい)を休(や)めよ。若(も)し仍(なお)前(さき)の如(ごと)く悪(あく)を作(な)さば、此(こ)の呪語(じゅご)顛倒(てんとう)して就(すなわ)ち二十遍(にじゅっぺん)を念(ねん)ぜん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「三十遍(さんじゅっぺん)も也(また)汝(なんじ)に由(よ)る、只(た)だ是(こ)れ我(われ)人(ひと)を打(う)たざるのみ」と。却(かえ)って才(ようや)く唐僧(とうそう)を伏侍(ぶじ)して馬(うま)に上(のぼ)らしめ、又(また)摘(つ)み来(きた)れる桃子(とうじ)を将(もっ)て奉上(ほうじょう)す。唐僧(とうそう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って也(また)幾(いく)つかを吃(くら)い、権(かり)に且(しばら)く飢(うえ)を充(みた)す。
却(かえ)って説(と)く、那(か)の妖精(ようせい)、命(いのち)を脱(のが)れて空(くう)に昇(のぼ)る。原来(げんらい)行者(ぎょうじゃ)が那(か)の棒(ぼう)は一(ひと)つも曾(かつ)て妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)さず、妖精(ようせい)出神(しゅっしん=霊魂となり)して去(さ)れるなり。他(かれ)那(か)の雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って、牙(きば)を咬(か)み切歯(せっし=歯ぎしり)し、暗(あん)に行者(ぎょうじゃ)を恨(うら)んで道(いわ)く「幾年(いくとせ)只(た)だ他(かれ)が手段(しゅだん)を講(こう)ずるを聞(き)き得(え)たるに、今日(こんにち)果然(かぜん)話(はなし)の虚(むな)しく伝(つた)わるに非(あら)ず。那(か)の唐僧(とうそう)已(すで)に此(これ)我(われ)を認(みと)めず、将(まさ)に飯(めし)を吃(くら)わんとす。若(も)し頭(こうべ)を低(た)れて一(ひと)つ聞(か)ぐことを得(え)ば、我(われ)就(すなわ)ち一把(ひとつかみ)に撈(すく)い住(とど)めん、却(かえ)って是(こ)れ我(わ)が人(ひと)と成(な)らずや。期(き=思いがけ)ず他(かれ)の走(はし)り来(きた)りて、我(わ)が此(こ)の勾当(こうとう=企み)を弄(もう)し破(やぶ)られ、又(また)幾(ほと)んど他(かれ)に一棒(いちぼう)を打(う)たれんとせり。若(も)し此(こ)の和尚(おしょう)を饒(ゆる)さば、誠(まこと)に然(さ)も是(こ)れ労(ろう)して功(こう)無(な)きなり。我(われ)還(また)下(くだ)り去(ゆ)きて他(かれ)を一(ひと)つ戯(たわむ)らん」と。
好(よ)き妖精(ようせい)、陰雲(いんうん)を按(おさ)え落(おろ)し、那(か)の前(まえ)の山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)って、身(み)を揺(ゆすぶ)って一(ひと)つ変(へん)じ、変(へん)じて箇(こ)の老婦人(ろうふじん)と作(な)る。年(とし)八旬(はちじゅん=八十歳)に満(み)ち、手(て)に一根(いっこん)の弯頭竹杖(わんとうちくじょう=曲がり杖)を拄(つ)き、一步(いっぽ)に一声(ひとこえ)ずつ哭(な)き着(つ)けて走(あゆ)み来(きた)る。八戒(はっかい)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「師父(しふ)!不好(わる)いかな!那(か)の媽媽児(ままじ=婆さん)人(ひと)を尋(たず)ねに来(きた)れり」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「甚(なん)の人(ひと)を尋(たず)ぬるか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師兄(しけい)の打(う)ち殺(ころ)ししは、定(かなら)ず是(こ)れ他(かれ)が女児(じょじ=娘)ならん。此(こ)れは定(かなら)ず是(こ)れ他(かれ)が娘(はは)の尋(たず)ね将(まさ)に来(きた)れるなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)胡説(こせつ=でたらめ)を要(よう)する莫(なか)れ!那(か)の女子(じょし)十八歳(じゅうはっさい)、此(こ)の老婦(ろうふ)八十歳(はちじっさい)有(あ)り。怎(どう)して六十余歳(ろくじゅうよさい)にして還(また)生産(せいさん)せんや。断乎(だんこ)是(こ)れ箇(こ)の仮(にせ)なり、我(われ)が老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて来(きた)りて看(み)んを等(ま)て」と。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、近(ちか)く前(すす)んで観看(かんかん)するに、那(か)の怪物(かいぶつ)
仮(いつわ)りて一(ひとり)の婆婆(ばば)に変(へん)じ、両鬢(りょうびん=鬢)冰雪(ひょうせつ)の如(ごと)し。
路(みち)を走(ある)くこと慢騰騰(まんとうとう=のろのろ)、歩(あゆ)みを行(ゆ)くこと虚怯怯(きょきょうきょう=おぼつかなし)。
弱体(じゃくたい)瘦(や)せて伶仃(れいてい=か細く)、臉(かお)枯菜(こさい=枯れ菜)の葉(は)の如(ごと)し。
顴骨(かんこつ=頬骨)上(うえ)に向(むか)って翹(そび)え、嘴唇(しんしゅん=唇)下(した)へ向(むか)って别(そ)る。
老年(ろうねん)は少年(しょうねん)の時(とき)に比(ひ)せず、満面(まんめん)都(みな)是(こ)れ荷葉(かよう=蓮の葉)の摺(ひだ)なり。
行者(ぎょうじゃ)他(かれ)の是(こ)れ妖精(ようせい)なるを認(みと)め、更(さら)に理論(りろん=言い訳)せず、棒(ぼう)を挙(あ)げて頭(こうべ)を照(てら)して便(すなわ)ち打(う)つ。那(か)の怪(かい)棍子(こんす)の起(おこ)る時(とき)を見(み)て、依然(いぜん)として抖擻(とそう)し、又(また)元神(げんしん)を出化(しゅっけ=抜け出さ)して、真児(しんじ=本体)を脱(だっ)して去(さ)り、箇(こ)の仮(にせ)の尸首(ししゅ)を把(もっ)て又(また)山路(さんろ)の下(した)に打(う)ち死(し)なせり。唐僧(とうそう)一(ひと)たび見(み)て、驚(おどろ)いて馬(うま)より下(お)り、路(みち)の旁(かたわら)に睡(ふ)し在(あ)り、更(さら)に二(ふた)つの話(はなし)無(な)く、只(た)だ《緊箍児呪(きんこじゅ)》を将(もっ)て顛倒(てんとう)して足(じゅうぶん)に二十遍(にじゅっぺん)を念(ねん)じ了(おわ)る。憐(あわ)れむべし箇(こ)の行者(ぎょうじゃ)が頭(あたま)を把(もっ)て、勒(し)めて箇(こ)の亜腰児葫芦(あようじころ=くびれた瓢箪)の似(ごと)くならしめ、十分(じゅうぶん)に疼痛(とうつう)忍(しの)び難(がた)く、滚(ころ)び将(まさ)に来(きた)って哀告(あいこく)して道(いわ)く「師父(しふ)念(ねん)ずる莫(なか)れ!甚(なん)の話(はなし)有(あ)らば説(い)い了(おわ)りて罷(や)めよ」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「甚(なん)の話(はなし)の説(い)う有(あ)らん!出家人(しゅっけにん)は耳(みみ)に善言(ぜんげん)を聴(き)きて、地獄(じごく)に堕(お)ちず。我(われ)が這(こ)の般(ごと)く汝(なんじ)を勧化(かんけ=説き諭す)するに、汝(なんじ)怎(どう)して只(た)だ是(こ)れ行凶(ぎょうきょう)するか。平人(へいじん)を打(う)ち死(し)なすこと一(ひとり)、又(また)一(ひとり)を打(う)ち死(し)なす、此(こ)れは是(こ)れ何(なん)の説(せつ)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)は是(こ)れ妖精(ようせい)なり」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「此(こ)の猴子(こうし)胡説(こせつ)す!就(すなわ)ち這(こ)の許多(あまた)の妖怪(ようかい)有(あ)らんや。汝(なんじ)は是(こ)れ箇(こ)の善(ぜん)に向(むか)う心(こころ)無(な)きの輩(ともがら)、意(い)有(あ)りて悪(あく)を作(な)すの人(ひと)なり。汝(なんじ)去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)又(また)我(われ)をして去(ゆ)けと教(おし)えるか、回(かえ)り去(ゆ)くも便(すなわ)ち也(また)回(かえ)り去(ゆ)かん、只(た)だ是(こ)れ一件(いっけん)相応(そうおう=納得)せざる有(あ)り」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「汝(なんじ)甚(なん)の相応(そうおう)せざる処(ところ)有(あ)るか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、他(かれ)要(よう)するは汝(なんじ)と行李(こうり)を分(わか)たんとするなり。汝(なんじ)に跟(したが)いて此(こ)の幾年(いくとせ)の和尚(おしょう)を做(な)り、空(むな)しく手(て)を着(つ)けて回(かえ)り去(ゆ)くと成(な)らずや。汝(なんじ)那(か)の包袱(ほうほう=荷物)の裏(うち)の甚(なん)の旧褊衫(きゅうへんさん=古い衣)、破帽子(はぼうし=破れ帽)を把(もっ)て、二件(にけん)を他(かれ)に分(わか)ち与(あた)えて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、気(き)暴(あわ)てて跳(おど)りて道(いわ)く「我(われ)が汝(なんじ)を此(こ)の尖嘴(せんし=尖った口)の夯貨(こうか)把(もっ)て!老孫(ろうそん)一向(いっこう)沙門(しゃもん)に教(おしえ)を秉(と)り、更(さら)に一毫(いちごう)の嫉妒(しっと=妬み)の意(い)、貪恋(とんれん=未練)の心(こころ)無(な)し、怎(どう)して甚(なん)の行李(こうり)を分(わか)たんと要(ほっ)するか」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「汝(なんじ)既(すで)に嫉妒(しっと)貪恋(とんれん)せざれば、如何(いかん)ぞ去(ゆ)かざるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「実(じつ)に師父(しふ)に瞞(かく)さず説(い)わば、老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんぜん)、花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に居(きょ)して大(おお)いに英雄(えいゆう)を展(の)べしし際(おり)に、七十二洞(しちじゅうにどう)の邪魔(じゃま)を収降(しゅうこう=降伏)し、手(て)下(した)に四万七千(しまんしちせん)の群怪(ぐんかい)有(あ)り、頭(かしら)に戴(いただ)くは是(こ)れ紫金冠(しきんかん)、身(み)に穿(き)るは是(こ)れ赭黄袍(しゃこうほう=赤黄の袍)、腰(こし)に系(し)むるは是(こ)れ藍田帯(らんでんたい)、足(あし)に踏(ふ)むは是(こ)れ歩雲履(ほうんり=雲歩きの靴)、手(て)に執(と)るは是(こ)れ如意金箍棒(にょいきんこぼう)、着実(ちゃくじつ)に也(また)曾(かつ)て人(ひと)と為(な)れり。涅槃罪度(ねはんざいど=涅槃の罪を度し)より、髪(かみ)を削(そ)りて正(しょう)を秉(と)り沙門(しゃもん)に入(い)り、汝(なんじ)に跟(したが)いて徒弟(とてい)と做(な)りてより、此(こ)の金箍児(きんこじ)を把(もっ)て我(わ)が頭(かしら)の之(うえ)に勒(し)められ、若(も)し回(かえ)り去(ゆ)かば、却(かえ)って也(また)故郷(こきょう)の人(ひと)に見(まみ)ゆるに難(かた)し。師父(しふ)果(はた)して若(も)し我(われ)を要(よう)せずんば、那(か)の箇(こ)の《松箍児呪(しょうこじゅ)》を把(もっ)て一(ひと)つ念(ねん)じ、此(こ)の箍子(こし=輪)を退(しりぞ)け下(おろ)し、交付(こうふ=渡し)して汝(なんじ)に与(あた)え、别人(べつじん)の頭(かしら)の之(うえ)に套(かぶ)せよ。然(しか)らば我(われ)就(すなわ)ち快活(かいかつ)に相応(そうおう)し了(おわ)る、也(また)是(こ)れ汝(なんじ)に一場(いちじょう)跟(したが)えるなり。莫(なか)れ成(な)らんか、此(こ)れ等(ら)の人意児(じんいじ=人情)も也(また)無(な)きや」と。唐僧(とうそう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「悟空(ごくう)、我(われ)当時(とうじ)只(た)だ是(こ)れ菩薩(ぼさつ)暗(あん)に一卷(いっかん)の《緊箍児呪(きんこじゅ)》を受(う)けしのみ、却(かえ)って甚(なん)の松箍児呪(しょうこじゅ)有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「若(も)し《松箍児呪(しょうこじゅ)》無(な)くんば、汝(なんじ)還(また)我(われ)を帯(たい)して走走(ちょっと)去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。長老(ちょうろう)又(また)没奈何(どうしようもなく)道(いわ)く「汝(なんじ)且(しばら)く起(た)て、我(われ)再(ふたた)び汝(なんじ)を此(こ)の一次(いちじ)を饒(ゆる)さん、却(かえ)って再(ふたた)び行凶(ぎょうきょう)す可(べ)からず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「再(ふたた)び敢(あえ)てせず、再(ふたた)び敢(あえ)てせず」と。又(また)師父(しふ)を伏侍(ぶじ)して馬(うま)に上(のぼ)らせ、路(みち)を剖(さ)いて前進(ぜんしん)す。
却(かえ)って説(と)く、那(か)の妖精(ようせい)、原来(げんらい)行者(ぎょうじゃ)が第二(だいに)の棍(こん)も也(また)曾(かつ)て他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)さず。那(か)の怪物(かいぶつ)半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)って、夸奨(こしょう=褒め)して尽(つく)さず道(いわ)く「好(よ)き箇(こ)の猴王(こうおう)、着然(ちゃくぜん)眼(め)有(あ)り!我(われ)那(あ)の般(ごと)く変(へん)じて去(ゆ)くも、他(かれ)也(また)還(また)我(われ)を認(みと)め得(え)たり。此(こ)れ等(ら)の和尚(おしょう)、他(かれ)等(ら)去(ゆ)くこと快(はや)し。若(も)し此(こ)の山(やま)を過(す)ぎて、西(にし)へ下(くだ)ること四十里(しじゅうり)なれば、就(すなわ)ち我(わ)が管(つかさど)る所(ところ)に伏(ふく)せず。若(も)し是(こ)れ別(べつ)の処(ところ)の妖魔(ようま)に撈(すく)われ去(さ)らば、好道(よもや)他(かれ)が人口(じんこう=他人の口)を笑(わら)い破(やぶ)り、自家(じか)の心(こころ)を使(つか)い砕(くだ)かん。我(われ)還(また)下(くだ)り去(ゆ)きて他(かれ)を一(ひと)つ戯(たわむ)らん」と。好(よ)き妖怪(ようかい)、陰風(いんふう)を按(おさ)え聳(そび)えしめ、山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)って身(み)を揺(ゆすぶ)って一(ひと)つ変(へん)じ、変(へん)じて一(ひとり)の老公公(ろうこうこう=爺さん)と成(な)る。真個(しんこ)に是(こ)れ
白髪(はくはつ)彭祖(ほうそ)の如(ごと)く、蒼髯(そうぜん=白き髭)寿星(じゅせい)に賽(まさ)る。
耳中(じちゅう)に玉磬(ぎょくけい=玉の磬)鳴(な)り、眼(め)裏(うち)に金星(きんせい)幌(ひらめ)く。
手(て)に龍頭拐(りゅうとうかい=龍頭の杖)を拄(つ)き、身(み)に鶴氅(かくしょう=羽衣)の軽(かる)きを穿(き)る。
数珠(じゅず)手(て)に在(あ)って掐(つま)ぐり、口(くち)に南無経(なむきょう)を誦(とな)う。
唐僧(とうそう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って見(み)て、心中(しんちゅう)歓喜(かんき)して道(いわ)く「阿弥陀仏(あみだぶつ)!西方(せいほう)真(まこと)に是(こ)れ福地(ふくち)なり!那(か)の公公(こうこう)は路(みち)も也(また)走(ある)き上(のぼ)り来(きた)らざるに、逼法(ひっぽう=懸命)に還(また)経(きょう)を念(ねん)ずるかな」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)且(しばら)く夸奨(こしょう=褒める)を要(よう)する莫(なか)れ、那(か)れは是(こ)れ禍(わざわい)の根(ね)なり」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「怎(どう)して是(こ)れ禍根(かこん)なるか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「行者(ぎょうじゃ)は他(かれ)が女児(じょじ)を打(う)ち殺(ころ)し、又(また)他(かれ)が婆子(ばす=婆さん)を打(う)ち殺(ころ)せり。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ他(かれ)が老児(ろうじ=爺さん)の尋(たず)ね将(まさ)に来(きた)れるなり。我(われ)等(ら)若(も)し他(かれ)が懐(ふところ)の裏(うち)に撞(ぶつか)り在(あ)らば、師父(しふ)、汝(なんじ)便(すなわ)ち命(いのち)を償(つぐな)い、該(まさ)に箇(こ)の死罪(しざい)に当(あ)たらん;老猪(ろうちょ)を従(したが)と為(な)し、充軍(じゅうぐん=流罪)を問(と)わん;沙僧(さそう)は令(れい)を喝(かつ)したるとして、擺站(はいざん=駅卒)を問(と)わん;那(か)の行者(ぎょうじゃ)は箇(こ)の遁法(とんぽう=逃げ術)を使(つか)いて走(に)げ了(おわ)らば、却(かえ)って我(われ)等(ら)三個(みたり)の頂缸(ちょうこう=身代わり)を苦(くるしめ)ずや」と。行者(ぎょうじゃ)聴(き)き得(え)て道(いわ)く「此(こ)の呆根(ほうこん=間抜け)、這(こ)の等(ごと)く胡説(こせつ)して、師父(しふ)を唬(おどろ)かさずや。我(われ)が老孫(ろうそん)の再(ふたた)び去(ゆ)きて看(み)んを等(ま)て」と。
他(かれ)棍(こん)を身(み)の辺(ほとり)に蔵(かく)し、上(のぼ)り前(すす)んで怪物(かいぶつ)を迎(むか)え、一声(ひとこえ)「老官児(ろうかんじ)、那(いず)こへ往(ゆ)くか?怎(どう)して又(また)路(みち)を走(ある)き、又(また)経(きょう)を念(ねん)ずるか」と叫(よ)ぶ。那(か)の妖精(ようせい)定盤星(じょうばんせい=秤の目盛り)を錯(あやま)り認(みと)め、孫大聖(そんたいせい)をも也(また)当(あ)てて箇(こ)の等閑(とうかん=並)の者(もの)と做(な)し、遂(つい)に答(こた)えて道(いわ)く「長老(ちょうろう)よ、我(われ)が老漢(ろうかん=この爺)は此(こ)の地(ち)に祖居(そこ=先祖代々住み)、一生(いっしょう)善(ぜん)を好(この)み斎僧(さいそう)し、経(きょう)を看(み)仏(ほとけ)を念(ねん)ず。命(めい)裏(うち)に子(こ)無(な)く、只(た)だ一(ひとり)の小女(しょうじょ)を生(しょう)じ得(え)、一(ひとり)の女婿(じょせい)を招(むか)えたり。今朝(けさ)飯(めし)を送(おく)りて田(た)へ下(くだ)りしに、想(おも)うに是(こ)れ虎口(ここう=虎の口)に遭逢(そうほう=出会)せるならん。老妻(ろうさい=妻)先(さき)に来(きた)りて找尋(そうじん=探し)せるも、也(また)回(かえ)り去(ゆ)かず、全然(ぜんぜん)下落(げらく=行方)を知(し)らず。老漢(ろうかん)特(こと)に来(きた)りて看(み)るを尋(たず)ぬ。果然(かぜん)是(こ)れ他(かれ)が命(いのち)を傷残(しょうざん=損ない)せりとも、也(また)没奈何(どうしようもなく)、他(かれ)が骸骨(がいこつ)を将(もっ)て收拾(しゅうしゅう=納め)し回(かえ)り去(ゆ)き、塋(えい=墓)の中(なか)に安葬(あんそう)せん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の[生僻字]虎(ころす)の祖宗(そそう=元祖)なるに、汝(なんじ)怎(どう)して袖子(そで)の裏(うち)に箇(こ)の鬼児(きじ=鬼)を籠(こ)め来(きた)りて我(われ)を哄(だま)すか。汝(なんじ)諸人(しょじん=皆)を瞞(だま)すも、我(われ)を瞞(だま)し過(す)ぐるを得(え)じ!我(われ)汝(なんじ)を是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)なるを認(みと)め得(え)たり」と。那(か)の妖精(ようせい)唬(おどろ)きて口(くち)を頓(とど)めて言(ことば)無(な)し。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を掣(ひきぬ)き出(いだ)し、自(みずか)ら忖思(そんし=思案)して道(いわ)く「若(も)し他(かれ)を打(う)たざれば、他(かれ)の倒(かえ)って箇(こ)の風児(ふうじ=企み)を弄(ろう)するを顕(あらわ)さん;若(も)し他(かれ)を打(う)たんと要(ほっ)すれば、又(また)師父(しふ)の那(か)の話児呪語(わじじゅご)を念(ねん)ずるを怕(おそ)る」と。又(また)思量(しりょう=思案)して道(いわ)く「他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)さざれば、他(かれ)一時(いっとき)の間(あいだ)に空(あき)を抄(とら)えて師父(しふ)を把(もっ)て撈(すく)い去(さ)らば、却(かえ)って又(また)心(こころ)を費(ついや)し力(ちから)を労(ろう)して他(かれ)を救(すく)いに去(ゆ)かんや。還(かえ)って打(う)つこそ是(よ)けれ!就(すなわ)ち一棍子(いっこんす)に他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)し、師父(しふ)呪(じゅ)を念(ねん)じ起(おこ)すも、常言(じょうげん)に道(いわ)く、虎(とら)毒(どく)あれど児(こ)を吃(くら)わずと。我(わ)が巧言花語(こうげんかご=巧みな言葉)、嘴(くち)伶(かしこ)く舌(した)便(なめら)かなるに憑(よ)り、他(かれ)を一(ひと)つ哄(だま)し、好道(よもや)也(また)罷(よ)からん」と。好(よ)き大聖(たいせい)、呪語(じゅご)を念(ねん)じ動(うご)かし、当坊土地(とうぼうとち)、本処山神(ほんしょさんしん)を叫(よ)んで道(いわ)く「此(こ)の妖精(ようせい)三番(さんばん)来(きた)りて我(わ)が師父(しふ)を戯弄(ぎろう=たわむる)す、此(こ)の一番(いっぱん)却(かえ)って要(よう)するに他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)さん。汝(なんじ)等(ら)我(われ)と半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)って証(あかし)を作(な)し、走(に)がすことを許(ゆる)さず」と。衆神(しゅうしん)令(れい)を聴(き)き、誰(たれ)か敢(あえ)て従(したが)わざらん。都(みな)雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って照応(しょうおう=呼応)す。那(か)の大聖(たいせい)棍(こん)の起(おこ)る処(ところ)、妖魔(ようま)を打(う)ち倒(たお)し、才(ようや)く霊光(れいこう)を断絶(だんぜつ)せり。
那(か)の唐僧(とうそう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って、又(また)唬(おどろ)きて戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)とし、口(くち)言(い)う能(あた)わず。八戒(はっかい)旁(かたわら)に在(あ)って又(また)笑(わら)って道(いわ)く「好(よ)き行者(ぎょうじゃ)!風(ふう=気)発(はっ)せり!只(た)だ半日(はんにち)の路(みち)を行(ゆ)きしに、倒(かえ)って三(みたり)の人(ひと)を打(う)ち死(し)なせり」と。唐僧(とうそう)正(まさ)に呪(じゅ)を念(ねん)ぜんと要(ほっ)するに、行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ馬(うま)の前(まえ)に到(いた)り、叫(よ)んで道(いわ)く「師父(しふ)、念(ねん)ずる莫(なか)れ!念(ねん)ずる莫(なか)れ!汝(なんじ)且(しばら)く来(きた)りて他(かれ)が模様(すがた)を看(み)よ」と。却(かえ)って是(こ)れ一堆(いったい)の粉骷髏(ふんころう=白骨)の那(あ)そこに在(あ)るなり。唐僧(とうそう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「悟空(ごくう)、此(こ)の人(ひと)才(ようや)く死(し)せるに、怎(どう)して就(すなわ)ち化(か)して一堆(いったい)の骷髏(ころう=髑髏)と作(な)るか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)は是(こ)れ箇(こ)の霊(れい)を潜(ひそ)め怪(かい)を作(な)すの僵尸(きょうし=屍鬼)、此(ここ)に在(あ)って人(ひと)を迷(まよ)わし本(もと)を敗(やぶ)るを、我(われ)に打(う)ち殺(ころ)され、他(かれ)就(すなわ)ち本相(ほんそう=正体)を現(あらわ)せり。他(かれ)が那(か)の脊梁(せきりょう=背骨)の之(うえ)に一行(いちぎょう)の字(じ)有(あ)り、白骨夫人(はっこつふじん)と做(な)す」と。唐僧(とうそう)聞(き)き説(と)きて、倒(かえ)って也(また)信(しん)じたり。怎(どう)して禁(こら)えん那(か)の八戒(はっかい)の旁(かたわら)に在(あ)って唆嘴(さし=口を挟み)して道(いわ)く「師父(しふ)、他(かれ)が手(て)重(おも)く棍(こん)凶(きょう)く、人(ひと)を打(う)ち死(し)なし、只(た)だ怕(おそ)らくは汝(なんじ)が那(か)の話児(わじ)を念(ねん)ぜんことを、故意(わざ)と変化(へんげ)して此(こ)の箇(こ)の模様(すがた)と為(な)し、汝(なんじ)が眼目(がんもく)を掩(おお)うなり」と。唐僧(とうそう)果然(かぜん)耳(みみ)軟(やわらか)く、又(また)他(かれ)を信(しん)じ、随(したが)って復(また)念(ねん)じ起(おこ)す。行者(ぎょうじゃ)疼痛(とうつう)に禁(こら)うるを得(え)ず、路(みち)の旁(かたわら)に跪(ひざまず)き、只(た)だ「念(ねん)ずる莫(なか)れ!念(ねん)ずる莫(なか)れ!話(はなし)有(あ)らば快(はや)く説(い)い了(おわ)りて罷(や)めよ」と叫(よ)ぶ。唐僧(とうそう)道(いわ)く「猴頭(こうとう)!還(また)甚(なん)の説話(せつわ)有(あ)らん!出家人(しゅっけにん)の善(ぜん)を行(おこな)うは、春園(しゅんえん)の草(くさ)の如(ごと)く、其(そ)の長(ちょう)ずるを見(み)ざるも、日(ひ)に増(ま)す所(ところ)有(あ)り;悪(あく)を行(おこな)う人(ひと)は、刀(かたな)を磨(みが)く石(いし)の如(ごと)く、其(そ)の損(そこな)わるるを見(み)ざるも、日(ひ)に虧(か)くる所(ところ)有(あ)り。汝(なんじ)此(こ)の荒郊野外(こうこうやがい)に在(あ)って、一連(いちれん)に三(みたり)の人(ひと)を打(う)ち死(し)なす、還(また)是(こ)れ人(ひと)の検挙(けんきょ=告発)する無(な)く、対頭(たいとう=相手)有(あ)らざるのみ;倘(もし)城市(じょうし)の之中(なか)、人烟(じんえん)湊集(そうしゅう=密集)の所(ところ)に到(いた)り、汝(なんじ)那(か)の哭喪棒(こくそうぼう=喪の杖)を拿(と)り、一時(いっとき)好歹(よしあし)を知(し)らず、乱(みだ)りに人(ひと)を打(う)ち起(おこ)し、大禍(たいか)を撞(つ)き出(いだ)さば、我(われ)をして怎(どう)脱身(だっしん)せしめんか。汝(なんじ)回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)我(われ)を錯(あやま)って怪(とが)めり。此(こ)の厮(やつ)分明(ぶんめい)是(こ)れ箇(こ)の妖魔(ようま)、他(かれ)実(じつ)に心(こころ)有(あ)りて汝(なんじ)を害(がい)せんとす。我(われ)倒(かえ)って他(かれ)を打(う)ち死(し)なし、汝(なんじ)に替(かわ)りて害(がい)を除(のぞ)けるに、汝(なんじ)却(かえ)って認(みと)め得(え)ず、反(かえ)って那(か)の呆子(ほうし)の讒言冷語(ざんげんれいご=讒言や冷やかし)を信(しん)じ、屡次(るじ)我(われ)を逐(お)う。常言(じょうげん)に道(いわ)く、事(こと)三(みつ)を過(す)ぎずと。我(われ)若(も)し去(ゆ)かざれば、真個(しんこ)に是(こ)れ箇(こ)の下流無恥(かりゅうむち=卑劣無恥)の徒(と)ならん。我(われ)去(ゆ)かん我(われ)去(ゆ)かん!去(ゆ)くも便(すなわ)ち去(ゆ)き了(おわ)らん、只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)が手(て)下(した)に人(ひと)無(な)からん」と。唐僧(とうそう)怒(いかり)を発(はっ)して道(いわ)く「此(こ)の潑猴(はっこう)愈(いよいよ)無礼(ぶれい)なり!看(み)るに起(おこ)れば、只(た)だ汝(なんじ)こそ人(ひと)にして、那(か)の悟能(ごのう)、悟浄(ごじょう)は就(すなわ)ち是(こ)れ人(ひと)に非(あら)ざるか」と。那(か)の大聖(たいせい)一(ひと)たび他(かれ)等(ら)二個(ふたり)の是(こ)れ人(ひと)なりと説(い)うを聞(き)き得(え)て、止(とど)むるを得(え)ず傷情(しょうじょう=傷心)凄惨(せいさん=痛ましく)、唐僧(とうそう)に向(むか)って一声(ひとこえ)「苦(くる)しきかな!汝(なんじ)那(か)の時節(じせつ=あの頃)、長安(ちょうあん)を出(い)でしに、劉伯欽(りゅうはくきん)の汝(なんじ)を送(おく)りて路(みち)に上(のぼ)らしむる有(あ)り;両界山(りょうかいざん)に到(いた)りて、我(われ)を救(すく)い出(いだ)し、投(なげう)ちて汝(なんじ)を拝(はい)して師(し)と為(な)せり。我(われ)曾(かつ)て古洞(こどう)を穿(うが)ち、深林(しんりん)に入(い)り、魔(ま)を擒(とら)え怪(かい)を捉(とら)え、八戒(はっかい)を収(おさ)め、沙僧(さそう)を得(え)、千辛万苦(せんしんばんく=辛苦)を吃(き)き尽(つく)せり。今日(こんにち)惺惺(せいせい=賢さ)を昧(くら)まして糊塗(こず=愚か)を使(つか)い、只(た)だ我(われ)をして回(かえ)り去(ゆ)かしむ:此(ここ)に才(ようや)く是(こ)れ『鳥(とり)尽(つ)きて弓(ゆみ)蔵(かく)され、兎(うさぎ)死(し)して狗(いぬ)烹(に)らる』なり!罷(や)めよ罷(や)めよ!但(た)だ只(た)だ是(こ)れ那(か)の《緊箍児呪(きんこじゅ)》の多(おお)きのみ」と道(い)う。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)再(ふたた)び念(ねん)ぜじ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)れは説(い)い難(がた)し。若(も)し那(か)の毒魔(どくま)苦難(くなん)の処(ところ)に到(いた)りて身(み)を脱(のが)るるを得(え)ず、八戒(はっかい)沙僧(さそう)も汝(なんじ)を救(すく)い得(え)ざる時節(じせつ)、我(われ)を想起(おもいおこ)し、忍(しの)ぶを得(え)ず又(また)念誦(ねんじゅ)し起(おこ)さば、就(すなわ)ち十万里(じゅうまんり)の路(みち)なるも、我(わ)が頭(あたま)も也(また)是(こ)れ疼(いた)からん。假如(もし)又(また)来(きた)りて汝(なんじ)に見(まみ)ゆれば、此(こ)の意(い)を作(な)さざるに如(し)かず」と。唐僧(とうそう)他(かれ)が言言語語(げんげんごご=あれこれ言う)を見(み)て、愈(いよいよ)悩怒(どうど=憤り)を添(そ)え、鞍(くら)を滚(ころ)びて馬(うま)より下(お)り、沙僧(さそう)をして包袱(ほうほう)の内(うち)より紙筆(しひつ)を取(と)り出(いだ)さしめ、即(すなわ)ち澗(たに)の下(した)に於(おい)て水(みず)を取(と)り、石(いし)の之(うえ)に墨(すみ)を磨(す)り、一紙(いっし)の貶書(へんしょ=破門状)を写(うつ)し、行者(ぎょうじゃ)に逓(てわた)して道(いわ)く「猴頭(こうとう)!此(これ)を執(と)りて照(あかし)と為(な)せ、再(ふたた)び汝(なんじ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せず!如(も)し再(ふたた)び汝(なんじ)と相見(あいまみ)ゆれば、我(われ)就(すなわ)ち阿鼻地獄(あびじごく)に堕(お)ちん」と。
行者(ぎょうじゃ)連(つら)ねて忙(いそ)ぎ貶書(へんしょ)を接(う)けて道(いわ)く「師父(しふ)、誓(ちかい)を発(はっ)するを消(よう)せず、老孫(ろうそん)去(ゆ)かん」と。他(かれ)書(しょ)を将(もっ)て摺(おりたた)み了(おわ)り、袖(そで)の中(なか)に留(とど)め、却(かえ)って又(また)軟款(なんかん=優しく)唐僧(とうそう)に道(いわ)く「師父(しふ)、我(われ)も也(また)是(こ)れ汝(なんじ)に一場(いちじょう)跟(したが)い、又(また)菩薩(ぼさつ)の指教(しきょう=導き)を蒙(こうむ)れり。今日(こんにち)半途(なかみち)にして廃(すた)り、曾(かつ)て功果(こうか=功徳)を成(な)し得(え)ず。汝(なんじ)請(こ)う坐(ざ)せ、我(わ)が一拝(いっぱい)を受(う)けよ、我(われ)也(また)去(ゆ)きて心(こころ)を放(はな)つを得(え)ん」と。唐僧(とうそう)身(み)を転(てん)じ回(かえ)して睬(かえりみ)ず、口(くち)裏(うち)唧唧哝哝(しつしつのうのう=ぶつぶつ)として道(いわ)く「我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の好(よ)き和尚(おしょう)、汝(なんじ)が歹人(あくにん)の礼(れい)を受(う)けず」と。大聖(たいせい)他(かれ)の睬(かえりみ)ざるを見(み)て、又(また)箇(こ)の身外法(しんがいほう=分身の術)を使(つか)い、脳後(のうご=後頭部)の毫毛(ごうもう=産毛)を把(もっ)て三根(さんこん=三本)拔(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち三(みたり)の行者(ぎょうじゃ)に変(へん)じ、本身(ほんしん)を連(つら)ねて四個(よったり)、四面(しめん)より師父(しふ)を囲(かこ)み住(とど)めて下拝(かはい=伏し拝)す。那(か)の長老(ちょうろう)左右(さゆう)に避(よ)くるも脱(のが)るるを得(え)ず、好道(よもや)也(また)一拝(いっぱい)を受(う)けたり。
大聖(たいせい)跳(と)び起(お)き、身(み)を把(もっ)て一(ひと)たび抖(ふる)わせ、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め上(あ)ぐ。却(かえ)って又(また)沙僧(さそう)に吩咐(いいつけ)て道(いわ)く「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ箇(こ)の好人(こうじん)なるが、却(かえ)って只(た)だ心(こころ)を留(とど)めて八戒(はっかい)の[言字旁+占]言[言字旁+占]語(ちょげんちょご=讒言)を防(ふせ)ぐことを要(よう)し、途中(とちゅう)更(さら)に仔細(しさい)なるを要(よう)す。倘(もし)一時(いっとき)妖精(ようせい)の師父(しふ)を拿(とら)え住(とど)むる有(あ)らば、汝(なんじ)就(すなわ)ち老孫(ろうそん)の是(こ)れ他(かれ)が大徒弟(だいとてい)なりと説(い)え。西方(せいほう)の毛怪(もうかい=毛だらけの妖怪)、我(わ)が手段(しゅだん)を聞(き)きて、敢(あえ)て我(わ)が師父(しふ)を傷(そこな)わじ」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の好(よ)き和尚(おしょう)、汝(なんじ)が此(こ)の歹人(あくにん)の名字(みょうじ=名)を題(だい=口に)せず、汝(なんじ)回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。那(か)の大聖(たいせい)長老(ちょうろう)の三番両復(さんぱんりょうふく=幾度も翻す)し、肯(あえ)て意(い)を転(てん)じ心(こころ)を回(めぐ)らさざるを見(み)て、没奈何(どうしようもなく)才(ようや)く去(ゆ)く。汝(なんじ)他(かれ)を看(み)よ
涙(なみだ)を噙(ふく)み頭(かしら)を叩(たた)いて長老(ちょうろう)に辞(じ)し、
悲(かなしみ)を含(ふく)み意(い)を留(とど)めて沙僧(さそう)に嘱(しょく)す。
一頭(いっとう)拭(ぬぐ)い迸(ほとばし)る坡前(はぜん)の草(くさ)、
両脚(りょうきゃく)蹬(ふ)み翻(ひるがえ)す地上(ちじょう)の藤(ふじ)。
天(てん)に上(のぼ)り地(ち)に下(くだ)ること輪転(りんてん=車の回転)の如(ごと)く、
海(うみ)を跨(また)ぎ山(やま)を飛(と)ぶこと第一(だいいち)の能(のう)なり。
頃刻(けいこく=たちまち)の之(の)間(あいだ)に影(かげ)見(み)えず、
霎時(しょうじ=瞬く間)に疾(はや)く旧途(きゅうと=来た道)の程(みち)に返(かえ)る。
汝(なんじ)他(かれ)が気(き)を忍(しの)び師父(しふ)に別(わか)れ、觔斗雲(きんとうん)を縦(ほしいまま)にし、径(ただ)ちに花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)へ回(かえ)り去(ゆ)くを看(み)よ。独(ひと)り箇(こ)凄凄惨惨(せいせいさんさん=寂しく痛ましく)、忽(たちま)ち水声(すいせい)の耳(みみ)に聒(かまびす)しきを聞(き)き得(う)。大聖(たいせい)那(か)の半空(はんくう)の裏(うち)に在(あ)って看(み)る時(とき)、原来(げんらい)是(こ)れ東洋大海(とうようたいかい)の潮(しお)の発(おこ)るの声响(せいきょう)なり。一(ひと)たび見(み)て、又(また)唐僧(とうそう)を想起(おもいおこ)し、止(とど)むるを得(え)ず腮辺(さいたん=頬)に涙(なみだ)墜(したた)り、雲(くも)を停(とど)め歩(あゆみ)を住(とど)め、良久(りょうきゅう=久しく)して方(はじ)めて去(ゆ)く。
畢竟(ひっきょう)此(ここ)を去(さ)りて反復(はんぷく=以後)如何(いかん)なるを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。