却(かえ)って説(と)く、那(か)の大聖(たいせい)唐僧(とうそう)に逐(お)い赶(はら)われたりと雖(いえど)も、然(しか)れども猶(なお)思念(しねん=思慕)し、感嘆(かんたん)して已(や)まず。早(はや)くも東洋大海(とうようたいかい)を望(のぞ)み見(み)て、道(いわ)く「我(われ)が此(こ)の路(みち)を走(はし)らざりしは、已(すで)に五百年(ごひゃくねん)なり」と。只(ただ)那(か)の海水(かいすい)のを見(み)れば
烟波(えんぱ=波のけむり)蕩蕩(とうとう)として、巨浪(きょろう)悠悠(ゆうゆう)たり。
烟波(えんぱ)蕩蕩(とうとう)として天河(てんが)に接(せっ)し、巨浪(きょろう)悠悠(ゆうゆう)として地脈(ちみゃく)に通(つう)ず。
潮(しお)来(きた)りて洶涌(きょうゆう=逆巻き)、水(みず)湾環(わんかん)を浸(ひた)す。
潮(しお)来(きた)りて洶涌(きょうゆう)たるは、猶(なお)霹靂(へきれき)の三春(さんしゅん)に吼(ほ)ゆるが如(ごと)く;
水(みず)湾環(わんかん)を浸(ひた)すは、却(かえ)って狂風(きょうふう)の九夏(きゅうか)を吹(ふ)くに似(に)たり。
龍(りゅう)に乗(の)る福老(ふくろう=福ある翁)、往来(おうらい)必(かなら)ず眉(まゆ)を皺(しか)めて行(ゆ)き;
鶴(つる)を跨(また)ぐ仙童(せんどう)、反復(はんぷく)果然(かぜん)憂慮(ゆうりょ)して過(す)ぐ。
岸(きし)に近(ちか)く村社(そんしゃ=村)無(な)く、水(みず)に傍(そ)いて漁舟(ぎょしゅう)少(すくな)し。
浪(なみ)千年(せんねん)の雪(ゆき)を巻(ま)き、風(かぜ)六月(ろくがつ)の秋(あき)を生(しょう)ず。
野禽(やきん=野の鳥)出没(しゅつぼつ)に憑(まか)せ、沙鳥(さちょう=砂の鳥)沈浮(ちんぷ)に任(まか)す。
眼前(がんぜん)に釣客(ちょうかく=釣り人)無(な)く、耳畔(じはん=耳元)に只(た)だ鴎(かもめ)を聞(き)くのみ。
海底(かいてい)の游魚(ゆうぎょ=泳ぐ魚)楽(たの)しみ、天辺(てんぺん=空の果て)の過雁(かがん=渡る雁)愁(うれ)う。
那(か)の行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(もっ)て一(ひと)たび縦(ほしいまま)にし、東洋大海(とうようたいかい)を跳(と)び過(す)ぎ、早(はや)くも花果山(かかざん)に至(いた)る。雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、睛(ひとみ)を睜(みひら)いて観看(かんかん)するに、那(か)の山(やま)の之(うえ)の花草(かそう)倶(とも)に無(な)く、烟霞(えんか)尽(ことごと)く絶(た)え;峰岩(ほうがん)倒(たお)れ塌(くず)れ、林樹(りんじゅ)焦(こ)げ枯(か)れたり。汝(なんじ)怎(どう)して這(こ)の等(ごと)きかと道(い)わば、只(た)だ他(かれ)の天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がし、上界(じょうかい)へ拿(とら)え上(のぼ)られしに因(よ)り、此(こ)の山(やま)顕聖二郎神(けんせいじろうしん)に、那(か)の梅山七弟兄(ばいざんしちていけい)を率(ひき)いられ、火(ひ)を放(はな)たれて焼(や)き壊(こわ)されたるなり。此(こ)の大聖(たいせい)倍(ますます)凄惨(せいさん=痛ましさ)を加(くわ)え、一(ひと)つの篇(へん)の敗山頽景(はいざんたいけい=荒れ果てた山の景)の古風(こふう)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。古風(こふう)に云(いわ)く
仙山(せんざん)を回顧(かいこ)して両(ふたつ)の涙(なみだ)垂(た)れ、
山(やま)に対(たい)して凄惨(せいさん)たること更(さら)に傷悲(しょうひ=悲しみ)なり。
当時(とうじ)只(た)だ山(やま)の損(そこな)い無(な)きを道(い)いしに、今日(こんにち)方(はじ)めて地(ち)の虧(か)くる有(あ)るを知(し)る。
二郎(じろう)の我(われ)を滅(ほろ)ぼししを恨(うら)む可(べ)く、小聖(しょうせい)の人(ひと)を欺(あざむ)きしを嗔(いか)るに堪(た)えたり。
凶(きょう)を行(おこな)いて汝(なんじ)が先霊(せんれい=先祖)の墓(はか)を掘(ほ)り、干(かん=関わり)無(な)きに爾(なんじ)が祖墳(そふん)の基(もと)を破(やぶ)る。
満天(まんてん)の霞霧(かむ)皆(みな)消蕩(しょうとう=消え)し、遍地(へんち)の風雲(ふううん)尽(ことごと)く散(さん)じて稀(まれ)なり。
東嶺(とうれい)に斑虎(はんこ=斑の虎)の嘯(うそぶ)くを聞(き)かず、西山(せいざん)に那(いず)くにか白猿(はくえん)の啼(な)くを見(み)んや。
北渓(ほっけい)に狐兎(こと)の踪迹(そうせき=跡)無(な)く、南谷(なんこく)に獐豝(しょうは)の影(かげ)を遺(のこ)さず。
青石(せいせき)焼(や)かれて千塊(せんかい)の土(つち)と成(な)り、碧砂(へきさ)化(か)して一堆(いったい)の泥(どろ)と作(な)る。
洞外(どうがい)の喬松(きょうしょう=高き松)皆(みな)倚(よ)り倒(たお)れ、崖前(がいぜん)の翠柏(すいはく)尽(ことごと)く稀(まれ)に少(すくな)し。
椿杉槐檜栗檀(ちんさんかいかいりつたん)焦(こ)げ、桃杏李梅梨棗(とうきょうりばいりそう)了(おわ)る。
柘(しゃ)絶(た)え桑(くわ)無(な)くして怎(どう)か蚕(かいこ)を養(やしな)わん、柳(やなぎ)稀(まれ)に竹(たけ)少(すくな)くして鳥(とり)の栖(す)むに難(かた)し。
峰頭(ほうとう)の巧石(こうせき)化(か)して塵(ちり)と為(な)り、澗底(かんてい)の泉(いずみ)乾(から)からにして都(みな)是(こ)れ草(くさ)なり。
崖前(がいぜん)の土(つち)黒(くろ)くして芝蘭(しらん)没(な)く、路畔(ろはん)の泥(どろ)紅(あか)くして藤薜(とうへい)攀(よ)じ登(のぼ)る。
往日(おうじつ)の飛禽(ひきん)は那(いず)れの処(ところ)に飛(と)びし、当時(とうじ)の走獣(そうじゅう)は何(いず)れの山(やま)に走(はし)りしか。
豹(ひょう)は蟒(うわばみ)の悪(あく)なるを嫌(きら)いて傾頽(けいたい=崩れ)の所(ところ)に、鶴(つる)は蛇(へび)の回(めぐ)るを避(さ)けて敗壊(はいかい)の間(あいだ)に。
想(おも)うに是(こ)れ日前(じつぜん=先日)悪念(あくねん)を行(おこな)いしが、目下(もっか)艱難(かんなん)を受(う)くるを致(いた)せるならん。
那(か)の大聖(たいせい)正(まさ)に悲切(ひせつ=悲嘆)するに当(あ)たるに、只(た)だ那(か)の芳草坡(ほうそうは=芳しき草の坡)の前(まえ)、曼荊凹(まんけいおう=茨の窪地)の裏(うち)より一声(ひとこえ)響(ひび)き、七八個(しちはちこ)の小猴(しょうこう=子猿)の跳(と)び出(い)づるを聴(き)き得(う)。一(ひと)つに擁(お)し上(のぼ)り前(すす)み、囲(かこ)み住(とど)めて頭(かしら)を叩(たた)き、高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く「大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)!今日(こんにち)家(いえ)に来(きた)られたりや」と。美猴王(びこうおう)道(いわ)く「汝(なんじ)等(ら)何(なん)に因(よ)りて耍(あそば)ず頑(たわむれ)ず、一(ひと)つ一(ひと)つ都(みな)踪(あと)を潜(ひそ)め迹(あと)を隠(かく)すか。我(われ)来(きた)りて多時(たじ=だいぶ)なるに、汝(なんじ)等(ら)が形影(けいえい=姿)を見(み)ず、何(なん)ぞや」と。群猴(ぐんこう)説(と)くを聴(き)き、一(ひと)つ一(ひと)つ涙(なみだ)を垂(た)れて告(もう)して道(いわ)く「大聖(たいせい)の擒(とら)えられ上界(じょうかい)に上(のぼ)られてより、我(われ)等(ら)猟人(りょうじん=猟師)の苦(くるしみ)を被(こうむ)り、着実(ちゃくじつ)に捱(しの)び難(がた)し!怎(どう)して他(かれ)が硬弩強弓(こうどきょうきゅう=強き弩と弓)、黄鷹劣犬(こうようれっけん=鷹と犬)、網(あみ)扣(わな)槍鉤(そうこう=槍と鉤)を禁(こら)えん。故此(ゆえ)に各(おのおの)性命(しょうめい)を惜(おし)み、敢(あえ)て頭(こうべ)を出(いだ)して耍(あそ)ばず、只(た)だ洞府(どうふ)に深(ふか)く潜(ひそ)み、窩巣(かそう=巣)に遠(とお)く避(さ)け、飢(う)うれば坡前(はぜん)に去(ゆ)きて草(くさ)を偷(ぬす)み食(くら)い、渇(かわ)けば澗下(かんか)に来(きた)りて清泉(せいせん)を吸(す)う。却(かえ)って才(ようや)く大聖爺爺(たいせいやや)の声音(せいおん)を聴(き)き得(え)、特(こと)に来(きた)りて接見(せっけん)す。伏(ふ)して望(のぞ)むらくは扶持(ふじ=お助け)を」と。那(か)の大聖(たいせい)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、愈(いよいよ)凄惨(せいさん)を加(くわ)え、便(すなわ)ち問(と)う「汝(なんじ)等(ら)還(また)多少(いくばく)此(こ)の山(やま)の之(うえ)に在(あ)るか」と。群猴(ぐんこう)道(いわ)く「老(おい)たる者(もの)小(ちい)さき者(もの)、只(た)だ千把(せんば=千ほど)有(あ)るのみ」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「我(われ)当時(とうじ)共(とも)に四万七千(しまんしちせん)の群妖(ぐんよう)有(あ)りしに、如今(にこん)都(みな)那(いず)こへ往(ゆ)き去(さ)れるか」と。群猴(ぐんこう)道(いわ)く「爺爺(やや)の去(ゆ)きし後(のち)より、此(こ)の山(やま)二郎菩薩(じろうぼさつ)に火(ひ)を点(てん)じられ、焼(や)き殺(ころ)されて大半(たいはん)なり。我(われ)等(ら)井(いど)の裏(うち)に蹲(うずくま)り、澗(たに)の内(うち)に鑽(もぐ)り、鉄板橋(てっぱんきょう)の下(した)に蔵(かく)れて、性命(しょうめい)を得(え)たり。火(ひ)の滅(き)え烟(けむり)の消(き)ゆるに及(いた)り、出(い)で来(きた)る時(とき)、又(また)花果(かか=花と実)の養贍(ようせん=養う)する有(な)く、存活(そんかつ=生きる)に難(かた)く、別(べつ)の処(ところ)へ又(また)一半(いっぱん)去(ゆ)けり。我(われ)等(ら)が此(こ)の一半(いっぱん)は、苦(くるしみ)を捱(しの)びて山(やま)の中(なか)に住(す)むが、此(こ)の両年(りょうねん)、又(また)些(いささ)かの猟(かり)を打(う)つ者(もの)に一半(いっぱん)を搶(うば)われ去(さ)れたり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)汝(なんじ)等(ら)を搶(うば)い去(ゆ)きて何(なん)を干(かかわ)るか」と。群猴(ぐんこう)道(いわ)く「此(こ)の猟戸(りょうこ=猟師)の恨(うら)む可(べ)きを説(と)き起(おこ)せば!他(かれ)我(われ)等(ら)の中(うち)箭(や)の着(つ)きしや槍(やり)の、毒(どく)に中(あた)りて打(う)ち死(し)なせしを把(もっ)て、拿(と)り去(ゆ)きて皮(かわ)を剥(は)ぎ骨(ほね)を剔(えぐ)り、醤(ひしお)に煮(に)醋(す)に蒸(ふか)し、油(あぶら)に煎(い)り塩(しお)に炒(いた)め、下飯(げはん=おかず)と当做(あてが)いて食用(しょくよう)す。或(あるい)は那(か)の網(あみ)に遭(あ)える、扣(わな)に遇(あ)える、夹活児(きょうかつじ=生け捕り)に拿(と)らえ去(さ)れて、他(かれ)をして圈(わ)を跳(と)ばせ戯(しばい)を做(な)らしめ、筋斗(きんと=宙返り)を翻(ひるがえ)し、蜻蛉(とんぼ)を竪(た)てしめ、街(まち)の之(うえ)に当(あ)たりて鑼(どら)を篩(ふる)い鼓(つづみ)を擂(う)ち、為(な)さざる所(ところ)無(な)く耍(もてあそ)ばる」と。大聖(たいせい)此(こ)の言(げん)を聞(き)き、更(さら)に十分(じゅうぶん)悩怒(どうど=憤慨)して道(いわ)く「洞中(どうちゅう)に甚(なん)の人(ひと)の事(こと)を執(と)る有(あ)るか」と。群妖(ぐんよう)道(いわ)く「還(また)馬流二元帥(ばりゅうにげんすい)、奔芭二将軍(ほんはにしょうぐん)の管(つかさど)る有(あ)り」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「汝(なんじ)等(ら)去(ゆ)きて他(かれ)に報(ほう)じて知(し)らしめ、我(われ)の来(きた)れるを説(い)え」と。
那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)、門(もん)の裏(うち)へ撞(つ)き入(い)りて報(ほう)じて道(いわ)く「大聖爺爺(たいせいやや)家(いえ)に来(きた)れり」と。那(か)の馬流(ばりゅう)奔芭(ほんは)報(ほう)を聞(き)き、忙(いそ)ぎ門(もん)を出(い)でて頭(かしら)を叩(たた)き、迎(むか)えて洞(どう)に進(い)る。大聖(たいせい)中間(ちゅうかん)に坐(ざ)すれば、群怪(ぐんかい)前(まえ)に羅拝(らはい=列んで拝)し、啓(もう)して道(いわ)く「大聖爺爺(たいせいやや)、近(ちか)ごろ汝(なんじ)の性命(しょうめい)を得(え)、唐僧(とうそう)を保(ほ)して西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)ると聞(き)き得(え)たるに、如何(いかん)ぞ西方(せいほう)を走(はし)らず、却(かえ)って本山(ほんざん)に回(かえ)られしや」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、汝(なんじ)等(ら)知(し)らざるか、那(か)の唐三蔵(とうさんぞう)賢愚(けんぐ=賢と愚)を識(し)らず。我(われ)他(かれ)が為(ため)に一路(いちろ)の之(うえ)に怪(かい)を捉(とら)え魔(ま)を擒(とら)え、平生(へいぜい)の手段(しゅだん)を使(つか)い尽(つく)し、幾番(いくたび)か家(か)に妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)せしに、他(かれ)我(われ)の凶(きょう)を行(おこな)い悪(あく)を作(な)すと説(い)い、我(われ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せず、我(われ)を逐(お)い赶(はら)って回(かえ)らしめ、貶書(へんしょ)を写(うつ)し立(た)てて照(あかし)と為(な)し、永(なが)く聴用(ちょうよう=用いる)せじとなせり」と。衆猴(しゅこう)掌(て)を鼓(う)ちて大笑(たいしょう)して道(いわ)く「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!甚(なん)の和尚(おしょう)をか做(な)らん、且(しばら)く家(いえ)に来(きた)り、我(われ)等(ら)を帯携(たいけい=引き連れ)て幾年(いくとせ)か耍子(あそ)んで罷(や)めよ」と。叫(よ)んで曰(いわ)く「快(はや)く椰子酒(やししゅ)を安排(あんばい)し来(きた)り、爺爺(やや)と接風(せっぷう=歓迎)せよ」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「且(しばら)く酒(さけ)を飲(の)む莫(なか)れ、我(われ)汝(なんじ)等(ら)に那(か)の猟(かり)を打(う)つ人(ひと)の、幾時(いつ)我(わ)が山(やま)の之(うえ)へ一(ひと)たび来(きた)るかを問(と)わん」と。馬流(ばりゅう)道(いわ)く「大聖(たいせい)、甚(なん)の時度(じど=時節)をも論(ろん)ぜず、他(かれ)日(ひ)を逐(お)うて家(か)に此(ここ)に在(あ)って纏擾(てんじょう=付きまとう)」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「他(かれ)怎(どう)して今日(こんにち)来(きた)らざるか」と。馬流(ばりゅう)道(いわ)く「看待(やがて)来(きた)らんとするなり」と。大聖(たいせい)吩咐(いいつけ)て曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、都(みな)出(い)で去(ゆ)きて那(か)の山(やま)の之(うえ)の焼(や)き酥(くだ)かれたる砕石頭(さいせきとう=砕けた石)を把(もっ)て我(われ)に与(あた)え将(も)ち起(おこ)して堆(つ)み着(つ)けよ。或(あるい)は二三十個(にさんじゅうこ)を一推(ひとつかさね)、或(あるい)は五六十個(ごろくじゅっこ)を一堆(ひとつみ)、我(われ)が用(よう)する処(ところ)有(あ)れば堆(つ)めよ」と。那(か)の小猴(しょうこう)等(ら)都(みな)是(こ)れ一窩峰(いっかほう=蜂の巣のように)、一(ひと)つ一(ひと)つ天(てん)に跳(と)び地(ち)に搠(つ)き、乱(みだ)りに許多(あまた)を搬(はこ)びて堆集(たいしゅう=積み上げ)せり。大聖(たいせい)看(み)て、教(おし)えて曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、都(みな)洞内(どうない)へ往(ゆ)きて蔵(かく)れ避(よ)けよ、老孫(ろうそん)をして法(ほう)を作(な)さしめよ」と。
那(か)の大聖(たいせい)山巓(さんてん=山頂)に上(のぼ)りて看(み)る処(ところ)、只(ただ)那(か)の南半辺(なんはんぺん)に、冬冬(とうとう)と鼓(つづみ)響(ひび)き、噹噹(とうとう)と鑼(どら)鳴(な)り、闪(ひらめ)き上(のぼ)るに千余人(せんよにん)の人馬(じんば)有(あ)り、都(みな)鷹犬(ようけん=鷹と犬)を架(か)け、刀槍(とうそう)を持(じ)す。猴王(こうおう)仔細(しさい)に那(か)の人(ひと)等(ら)の、来(きた)ること凶険(きょうけん)なるを看(み)る。好(よ)き男子(だんし)、真個(しんこ)に驍勇(ぎょうゆう=勇猛)なり!但(ただ)見(み)れば
狐皮(こひ=狐の毛皮)肩頂(けんちょう=肩と頭)を苫(おお)い、錦綺(きんき=錦)腰胸(ようきょう)を裹(つつ)む。
袋(ふくろ)に狼牙箭(ろうがぜん=狼の牙の矢)を插(さ)し、胯(また)に宝雕弓(ほうちょうきゅう=彫刻の弓)を掛(か)く。
人(ひと)は捜山虎(そうざんこ=山を捜す虎)に似(に)、馬(うま)は跳澗龍(ちょうかんりゅう=谷を跳ぶ龍)の如(ごと)し。
群(むれ)を成(な)して犬(いぬ)を引(ひ)き、満膀(まんぼう=腕いっぱい)に其(そ)の鷹(たか)を架(か)く。
荊筐(けいきょう=茨の籠)に火炮(かほう=火薬筒)を抬(かつ)ぎ、海東青(かいとうせい=名鷹)を帯(たい)し定(さだ)む。
粘竿(ねんかん=鳥もちの竿)百十担(ひゃくじったん)、兎叉(とさ=兎用の叉)千根(せんこん)有(あ)り。
牛頭(ごず=牛頭)は路(みち)に攔(さえぎ)りて網(あみ)を張り、閻王扣子(えんおうこうし=閻魔の罠)の繩(なわ)。
一斉(いっせい)に乱(みだ)りに吆喝(ようかつ=わめ)き、散(さん)じて満天(まんてん)の星(ほし)を撒(ま)く。
大聖(たいせい)那(か)の人(ひと)等(ら)の布(し)きて他(かれ)が山(やま)に上(のぼ)り来(きた)るを見(み)て、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)り、手(て)裏(うち)に訣(けつ)を捻(ねん)じ、口(くち)内(うち)念念(ねんねん)として詞(ことば)有(あ)り、那(か)の巽地(そんち=巽の方角)の之(うえ)へ往(ゆ)きて一口(ひとくち)の気(いき)を吸(す)い、呼(ふう)と吹(ふ)き将(まさ)に去(ゆ)かんとすれば、便(すなわ)ち是(こ)れ一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)なり。好(よ)き風(かぜ)!但(ただ)見(み)れば
塵(ちり)を揚(あ)げ土(つち)を播(ま)き、樹(き)を倒(たお)し林(はやし)を摧(くだ)く。
海浪(かいろう)山(やま)の聳(そび)ゆるが如(ごと)く、渾波(こんぱ=濁波)万迭(ばんじょう)侵(おか)す。
乾坤(けんこん)昏(くら)く蕩蕩(とうとう)として、日月(じつげつ)暗(くら)く沉沉(ちんちん)たり。
一陣(いちじん)松(まつ)を揺(ゆ)るがして虎(とら)の嘯(うそぶ)くが如(ごと)く、忽然(こつぜん)竹(たけ)に入(い)りて龍(りゅう)の吟(うな)るに似(に)たり。
万竅(ばんきょう=万の穴)怒(いか)り号(さけ)びて天(てん)気(き)を噫(い)き、飛砂走石(ひさそうせき)乱(みだ)りに人(ひと)を傷(そこな)う。
大聖(たいせい)此(こ)の大風(たいふう)を作(な)し起(おこ)し、那(か)の砕石(さいせき)を将(もっ)て、風(かぜ)に乗(の)じて乱(みだ)りに飛(と)び乱(みだ)りに舞(ま)わしむ。憐(あわ)れむべし那(か)の千余人(せんよにん)の人馬(じんば)を把(もっ)て、一(ひと)つ一(ひと)つ石(いし)に打(う)たれて烏頭(うとう)粉碎(ふんさい)し、沙(すな)飛(と)んで海馬(かいば)倶(とも)に傷(きずつ)く。人参(にんじん)官桂(かんけい)嶺前(れいぜん)に忙(いそ)ぎ、血(ち)朱砂(しゅしゃ)を染(そ)めて地(ち)の之(うえ)に。附子(ぶし)故里(こり=故郷)に帰(かえ)り難(がた)く、檳榔(びんろう)怎(どう)か還郷(かんきょう)を得(え)んや。尸骸(しがい)軽粉(けいふん)となって山場(さんじょう)に臥(ふ)し、紅娘子(こうじょうし)家中(かちゅう)に盼望(はんぼう=待ちわび)る。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す
人(ひと)亡(ほろ)び馬(うま)死(し)して怎(どう)か家(いえ)に帰(かえ)らん、
野鬼孤魂(やきここん=野辺の鬼と孤魂)乱(みだ)れて麻(あさ)の似(ごと)し。
憐(あわ)れむべし英雄(えいゆう)の将(しょう)を抖擻(とそう=奮い立た)せしも、
賢愚(けんぐ)を辨(わきま)えずして血(ち)沙(すな)を染(そ)む。
大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、掌(て)を鼓(う)ちて大笑(たいしょう)して道(いわ)く「造化(ぞうか)!造化(ぞうか)!唐僧(とうそう)に帰順(きじゅん)して和尚(おしょう)と做(な)りてより、他(かれ)毎毎(つねつね)我(われ)に話(はなし)を勧(すす)めて道(いわ)く、千日(せんじつ)善(ぜん)を行(おこな)うも、善(ぜん)猶(なお)足(た)らず;一日(いちじつ)悪(あく)を行(おこな)えば、悪(あく)自(おのずか)ら余(あまり)有(あ)りと。真(まこと)に此(こ)の話(はなし)有(あ)り!我(われ)他(かれ)に跟(したが)い、幾(いく)つかの妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)せしに、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)の凶(きょう)を行(おこな)うを怪(とが)めしが、今日(こんにち)家(いえ)に来(きた)りて、却(かえ)って此(こ)の許多(あまた)の猟戸(りょうこ)を結果(けっか=片付け)したり」と。叫(よ)んで曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、出(い)で来(きた)れ」と。那(か)の群猴(ぐんこう)、狂風(きょうふう)の過(す)ぎ去(さ)りて、大聖(たいせい)の呼(よ)び喚(よ)ぶを聴(き)き得(え)、一(ひと)つ一(ひと)つ跳(と)び将(まさ)に出(い)でんとす。大聖(たいせい)道(いわ)く「汝(なんじ)等(ら)南山(なんざん)の下(した)へ去(ゆ)き、那(か)の打(う)ち死(し)なせし猟戸(りょうこ)の衣服(ころも)を把(もっ)て、剥(は)ぎ得(え)て家(いえ)に来(きた)り血迹(けっせき=血痕)を洗(あら)い浄(きよ)め、穿(き)て寒(かん)を遮(さえぎ)れ;死人(しにん)の尸首(ししゅ)を把(もっ)て、都(みな)那(か)の万丈(ばんじょう)の深潭(しんたん=深い淵)の裏(うち)に推(お)し去(さ)れ;死(し)に倒(たお)れたる馬(うま)を把(もっ)て、拖(ひ)き将(まさ)に来(きた)らせ、皮(かわ)を剥(は)ぎて、靴(くつ)を做(つく)りて穿(き)、肉(にく)を将(もっ)て腌(つ)け着(つ)け、慢(ゆる)るく慢(ゆる)るく食用(しょくよう)せよ;那(か)の弓箭槍刀(きゅうせんそうとう)を把(もっ)て、汝(なんじ)等(ら)に与(あた)えて武芸(ぶげい)を操演(そうえん=稽古)せよ;那(か)の雑色(ざっしょく)の旗号(きごう=旗)を将(もっ)て、収(おさ)め来(きた)りて我(われ)用(よう)せん」と。群猴(ぐんこう)一(ひと)つ一(ひと)つ諾(だく=承諾)を領(う)く。
那(か)の大聖(たいせい)旗(はた)を把(もっ)て拆(と)き洗(あら)い、総(すべ)て斗(あわ)せて一面(いちめん)の雑彩花旗(ざっさいかき=色とりどりの旗)と做(な)り、之(うえ)に「重修花果山(ちょうしゅうかかざん) 復整水簾洞(ふくせいすいれんどう) 斉天大聖(せいてんたいせい)」の十四字(じゅうよんじ)を写(うつ)す。杆子(かんす=竿)を竪(た)て起(おこ)し、旗(はた)を将(もっ)て洞外(どうがい)に掛(か)け、日(ひ)を逐(お)うて魔(ま)を招(まね)き獣(けもの)を聚(あつ)め、草(くさ)を積(つ)み糧(かて)を屯(たくわ)え、和尚(おしょう)の二字(にじ)を題(だい=口に)せず。他(かれ)が人情(にんじょう=顔の広さ)又(また)大(だい)にして、手段(しゅだん)又(また)高(たか)く、便(すなわ)ち四海龍王(しかいりゅうおう)へ去(ゆ)き、些(いささ)か甘霖仙水(かんりんせんすい=恵みの仙水)を借(か)り、山(やま)を把(もっ)て洗(あら)いて青(あお)からしむ。前(まえ)に楡柳(ゆりゅう=楡と柳)を栽(う)え、後(うしろ)に松楠(しょうなん)を種(う)え、桃李棗梅(とうりそうばい)、備(そな)わらざる所(ところ)無(な)く、逍遥自在(しょうようじざい)として、業(ぎょう)を楽しみ居(きょ)を安(やす)んずることは題(だい)せず。
却(かえ)って説(と)く、唐僧(とうそう)狡性(こうせい=狡猾な言)を聴(き)き信(しん)じ、心猿(しんえん=心の猿)を縦(ほしいまま)にし放(はな)ち、鞍(くら)に攀(よ)じ登(のぼ)りて馬(うま)に上(のぼ)る。八戒(はっかい)前辺(まえ)にて路(みち)を開(ひら)き、沙僧(さそう)行李(こうり)を挑(にな)いて西(にし)へ行(ゆ)く。白虎嶺(びゃっこれい)を過(す)ぎて、忽(たちま)ち一帯(いったい)の林丘(りんきゅう=森の丘)を見(み)る。真個(しんこ)に是(こ)れ藤(ふじ)攀(よ)じ葛(かずら)繞(まと)い、柏(かしわ)翠(みどり)に松(まつ)青(あお)し。三蔵(さんぞう)叫(よ)んで道(いわ)く「徒弟(とてい)や、山路(さんろ)崎嶇(きくう=でこぼこ)にして、甚(はなは)だ是(こ)れ走(ある)き難(がた)し。却(かえ)って又(また)松林(しょうりん)叢簇(そうぞく=密生)し、樹木(じゅもく)森羅(しんら=生い茂る)せり。切(せつ)に須(かなら)ず仔細(しさい)にせよ、恐(おそ)らくは妖邪妖獣(ようじゃようじゅう=妖怪や獣)有(あ)らんことを」と。汝(なんじ)那(か)の呆子(ほうし)を看(み)よ、精神(せいしん)を抖擻(とそう)し、沙僧(さそう)をして馬(うま)を帯(たい)せしめ、他(かれ)釘鈀(ていは)を使(つか)いて路(みち)を開(ひら)き、唐僧(とうそう)を領(ひき)いて径(ただ)ちに松林(しょうりん)の之内(うち)に入(い)る。正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、那(か)の長老(ちょうろう)馬(うま)を兜(とど)めて道(いわ)く「八戒(はっかい)、我(われ)此(こ)の一日(いちじつ)実(じつ)に飢(う)えたり、那(いず)こに些(いささ)か斎飯(さいはん=食事)を尋(たず)ねて我(われ)に吃(くら)わしめよ」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)請(こ)う馬(うま)を下(お)り、此(ここ)に在(あ)って我(われ)が老猪(ろうちょ)の去(ゆ)きて尋(たず)ぬるを等(ま)て」と。
長老(ちょうろう)馬(うま)を下(お)り、沙僧(さそう)担(に)を歇(やす)め、鉢盂(はつう)を取(と)り出(いだ)して八戒(はっかい)に逓(てわた)す。八戒(はっかい)道(いわ)く「我(われ)去(ゆ)かん」と。長老(ちょうろう)問(と)う「那(いず)こへ去(ゆ)くか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「管(かま)うる莫(なか)れ、我(われ)此(こ)の去(ゆ)きて、氷(こおり)に鑽(もぐ)り火(ひ)を取(と)りて斎(とき)を尋(たず)ね至(いた)り、雪(ゆき)を圧(おさ)え油(あぶら)を求(もと)めて飯(めし)を化(か)し来(きた)らん」と。汝(なんじ)他(かれ)が松林(しょうりん)を出(い)で、西(にし)へ向(むか)って十余里(じゅうより)を行(ゆ)き経(へ)るも、更(さら)に曾(かつ)て一(ひとつ)の人家(じんか)に撞(ぶつか)らず、真(まこと)に是(こ)れ狼虎(ろうこ=狼と虎)有(あ)りて人烟(じんえん)無(な)きの去処(ところ)なり。那(か)の呆子(ほうし)走(ある)きて辛苦(しんく=疲れ)、心(こころ)内(うち)沈吟(ちんぎん=思案)して道(いわ)く「当年(とうねん)行者(ぎょうじゃ)の在(あ)りし日(ひ)は、老和尚(ろうおしょう)の要(よう)する所(ところ)に就(すなわ)ち有(あ)りしに、今日(こんにち)我(わ)が身(み)の之(うえ)に輪(めぐ)り到(いた)れり。誠(まこと)に謂(い)う所(ところ)の『家(いえ)を当家(とうか=切り盛り)してこそ才(はじ)めて柴米(さいべい=薪と米)の価(あたい)を知(し)り、子(こ)を養(やしな)いて方(はじ)めて父娘(ふぼ)の恩(おん)を暁(さと)る』とは、公道(こうどう=道理)に化(か)し去(ゆ)く処(ところ)無(な)し」と。却(かえ)って又(また)走(ある)きて瞌睡(ねむけ)の上(のぼ)り来(きた)るを、思(おも)って道(いわ)く「我(われ)若(も)し就(すなわ)ち回(かえ)り去(ゆ)きて、老和尚(ろうおしょう)に向(むか)いて斎(とき)を化(か)す処(ところ)無(な)しと説(い)わば、他(かれ)也(また)我(われ)の這(こ)の許多(あまた)の路(みち)を走(はし)りしを信(しん)ぜじ。須(かなら)ず是(こ)れ再(ふたた)び多(おお)くの時辰(じしん=刻)を幌(ぶらつ)きてこそ、好(よ)く去(ゆ)きて話(ことば)を回(かえ)す可(べ)けれ。也(また)罷(や)めよ、也(また)罷(や)めよ、且(しばら)く此(こ)の草科(そうか=草むら)の裏(うち)へ往(ゆ)きて睡(ね)て睡(ね)よ」と。呆子(ほうし)就(すなわ)ち頭(かしら)を把(もっ)て草(くさ)の裏(うち)に拱(うず)めて睡(ね)に下(つ)く。当時(とうじ)也(また)只(た)だ朦朦朧朧(もうもうろうろう=うつらうつら)として就(すなわ)ち起(お)きんと説(い)えりしが、豈(あに)知(し)らんや路(みち)を走(ある)きて辛苦(しんく)せる人(ひと)の、頭(かしら)を投(な)げ倒(たお)して、只(た)だ管(かま)わず齁齁(こうこう=ぐうぐう)と睡(ね)起(おこ)すとは。
且(しばら)く八戒(はっかい)の此(ここ)に在(あ)って睡(ね)るを言(い)わず、却(かえ)って説(と)く、長老(ちょうろう)那(か)の林間(りんかん)に在(あ)って、耳(みみ)熱(あつ)く眼(め)跳(おど)り、身心(しんしん)安(やす)からず、急(いそ)ぎ回(かえ)って沙僧(さそう)を叫(よ)んで道(いわ)く「悟能(ごのう)斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)きしが、怎(どう)して此(こ)の早晚(あさばん=頃)に還(また)回(かえ)り来(きた)らざるか」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)還(また)暁(さと)り得(え)ざるか。他(かれ)此(こ)の西方(せいほう)の之(うえ)に人家(じんか)の斎僧(さいそう)するの多(おお)きを見(み)て、他(かれ)が肚(はら)又(また)大(おお)きければ、他(かれ)汝(なんじ)を管(かま)わんや。只(た)だ他(かれ)の吃(くら)い飽(あ)くを等(ま)ちて才(ようや)く来(きた)らん」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「正(まさ)に是(こ)れなり。倘(もし)或(あるい)は他(かれ)那(あ)そこに在(あ)って斎(とき)を吃(くら)うに貪(むさぼ)りておらば、我(われ)等(ら)那(いず)こにか他(かれ)に会(あ)わん。天色(てんしょく=空模様)晩(く)れたり、此(こ)の間(あいだ)は是(こ)れ箇(こ)の住処(じゅうしょ=宿)ならず、須(かなら)ず箇(こ)の下処(げしょ=宿)を尋(たず)ぬるを要(よう)してこそ好(よ)けれ」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「打緊(たいしたこと)ならず、師父(しふ)、汝(なんじ)且(しばら)く此(ここ)に坐(ざ)し着(つ)け、我(われ)が去(ゆ)きて他(かれ)を尋(たず)ねて来(きた)らんを等(ま)て」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ。斎(とき)有(あ)るも斎(とき)無(な)きも罷(よ)からん、只(た)だ是(こ)れ下処(げしょ)を尋(たず)ぬるこそ要緊(ようきん=肝心)なれ」と。沙僧(さそう)宝杖(ほうじょう)を綽(ひっさ)げ、径(ただ)ちに松林(しょうりん)を出(い)でて八戒(はっかい)を找(さが)しに来(きた)る。
長老(ちょうろう)独(ひと)り林中(りんちゅう)に坐(ざ)し、十分(じゅうぶん)に悶倦(もんけん=退屈)し、只(た)だ得(え)て強(し)いて精神(せいしん)を打(う)ち起(おこ)し、跳(と)び将(まさ)に起(お)きんとし、行李(こうり)を把(もっ)て一処(いっしょ)に集(あつ)め、馬(うま)を将(もっ)て樹(き)の之(うえ)に拴(つな)ぎ、戴(いただ)ける斗笠(とりゅう=笠)を取(と)り下(おろ)し、錫杖(しゃくじょう)を插(さ)し定(さだ)め、緇衣(しい=黒き衣)を一(ひと)つ整(ととの)え、徐(おもむろ)に幽林(ゆうりん)を歩(あゆ)み、権(かり)に散悶(さんもん=気晴らし)を為(な)す。那(か)の長老(ちょうろう)野草山花(やそうさんか)を看(み)て遍(あまね)きも、帰巣(きそう=巣に帰る)の鳥(とり)の噪(さえず)るを聴(き)くを得(え)ず。原来(げんらい)那(か)の林子(はやし)の内(うち)は都(みな)是(こ)れ些(いささ)か草(くさ)深(ふか)く路(みち)小(ちい)さきの去処(ところ)なるに、只(た)だ他(かれ)が情思(じょうし=心)紊乱(びんらん=乱れ)せるに因(よ)り、却(かえ)って走(ある)き錯(あやま)れり。他(かれ)一(ひとつ)には也(また)是(こ)れ散(さん)じて散(さん)じて悶(もん)を散(さん)ぜんと要(ほっ)す。二(ふたつ)には也(また)是(こ)れ八戒(はっかい)沙僧(さそう)を尋(たず)ねんと要(ほっ)す。期(き=思いがけ)ず他(かれ)二個(ふたり)の走(はし)るは是(こ)れ直(ただ)ちに西(にし)の路(みち)なるに、長老(ちょうろう)一(ひと)たび転(めぐ)りて、却(かえ)って南辺(なんぺん)の方(ほう)へ走(はし)り去(ゆ)けり。松林(しょうりん)を出(い)で得(え)て、忽(たちま)ち頭(かしら)を抬(あ)ぐるに、那(か)の壁廂(へきしょう=向こう)に金光(きんこう)閃爍(せんしゃく=きらめき)、彩気(さいき=彩りの気)騰騰(とうとう=立ち昇る)を見(み)る。仔細(しさい)に看(み)る処(ところ)、原来(げんらい)是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の宝塔(ほうとう)にして、金頂(きんちょう=金の頂)光(ひかり)を放(はな)つ。此(こ)れは是(こ)れ那(か)の西(にし)に落(お)つる日色(にっしょく=日の光)の、那(か)の金頂(きんちょう)に映(てら)じて放(はな)ち亮(あきら)かなるなり。他(かれ)道(いわ)く「我(わ)が弟子(でし)却(かえ)って縁法(えんぽう=縁)無(な)きかな!東土(とうど)を離(はな)れてより、願(ねがい)を発(はっ)して廟(みや)に逢(あ)えば香(こう)を焼(た)き、仏(ほとけ)を見(み)れば仏(ほとけ)を拝(はい)し、塔(とう)に遇(あ)えば塔(とう)を掃(は)かんとす。那(あ)の光(ひかり)を放(はな)つは是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の黄金(おうごん)の宝塔(ほうとう)に非(あら)ずや。怎(どう)して就(すなわ)ち曾(かつ)て那(そ)の条(すじ)の路(みち)を走(はし)らざりしか。塔(とう)の下(した)に必(かなら)ず寺院(じいん)有(あ)らん、院内(いんない)に必(かなら)ず僧家(そうか=僧)有(あ)らん。且(しばら)く我(われ)が走走(ちょっと)を等(ま)て。此(こ)の行李(こうり)、白馬(はくば)は、料(おも)うに此(こ)の処(ところ)人(ひと)の行走(ある)く無(な)ければ、却(かえ)って也(また)事(こと)無(な)からん。那(あ)そこに若(も)し方便(ほうべん)の処(ところ)有(あ)らば、徒弟(とてい)等(ら)の来(きた)るを待(ま)ち、一同(いどう)に借(か)りて歇(やす)まん」と。
噫(ああ)!長老(ちょうろう)一時(いっとき)にして晦気(わいき=不運)の到(いた)れるなり。汝(なんじ)他(かれ)が歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、竟(つい)に塔(とう)の辺(ほとり)に至(いた)るを見(み)よ。但(ただ)那(か)の
石崖(せきがい)高(たか)きこと万丈(ばんじょう)、山(やま)大(おお)きくして青霄(せいしょう)に接(せっ)す。
根(ね)地(ち)の厚(あつ)きに連(つら)なり、峰(みね)天(てん)の高(たか)きに插(さ)さる。
両辺(りょうへん)の雑樹(ざつじゅ)数千顆(すうせんか)、前後(ぜんご)の藤(ふじ)纏(まと)うこと百余里(ひゃくより)。
花(はな)草(くさ)の梢(こずえ)に映(てら)じて風(かぜ)影(かげ)有(あ)り、水(みず)雲竇(うんとう=雲の洞)に流(なが)れて月(つき)根(ね)無(な)し。
倒木(とうぼく=倒れた木)深澗(しんかん)に横(よこ)たわり担(にな)い、枯藤(ことう=枯れた蔓)光峰(こうほう)に結(むす)び掛(かか)る。
石橋(せっきょう)の下(した)、滚滚(こんこん)たる清泉(せいせん)流(なが)れ;台座(だいざ)の之(うえ)、明明(めいめい)たる白粉(はくふん)長(とこしえ)なり。
遠(とお)く観(み)れば一(ひと)つに三島天堂(さんとうてんどう)に似(に)、近(ちか)く看(み)れば蓬莱勝境(ほうらいしょうきょう)の如(ごと)き有(あ)り。
香松紫竹(こうしょうしちく)山渓(さんけい)を繞(めぐ)り、鴉鵲猿猴(あじゃくえんこう=烏や鵲や猿)峻嶺(しゅんれい)を穿(うが)つ。
洞門(どうもん)の外(そと)、一来一往(いちらいいちおう)の走獣(そうじゅう)の行(ぎょう)を成(な)す有(あ)り;
樹林(じゅりん)の裏(うち)、或(あるい)は出(い)で或(あるい)は入(い)るの飛禽(ひきん)の隊(たい)を作(な)す有(あ)り。
青青(せいせい)たる香草(こうそう)秀(ひい)で、艶艶(えんえん)たる野花(やか)開(ひら)く。
此(こ)の所(ところ)分明(ぶんめい)是(こ)れ悪境(あくきょう)なるに、那(か)の長老(ちょうろう)晦気(わいき)の撞(ぶつか)り将(まさ)に来(きた)らんとす。
那(か)の長老(ちょうろう)歩(あゆみ)を挙(あ)げて前(まえ)に進(すす)み、才(ようや)く塔門(とうもん)の下(した)に来(きた)り到(いた)るに、只(ただ)一(ひとつ)の斑竹簾児(はんちくれんじ=斑竹の簾)の、裏面(うちめん)に掛(かか)れるを見(み)る。他(かれ)歩(あゆみ)を破(は)って門(もん)に入(い)り、揭(まく)り起(おこ)して、裏(うち)へ往(ゆ)きて就(すなわ)ち進(すす)む。猛(たけ)く頭(かしら)を抬(あ)ぐるに、那(か)の石床(せきしょう=石の寝台)の之(うえ)に、側(そば)だち睡(ね)むる一(ひとつ)の妖魔(ようま)有(あ)るを見(み)る。汝(なんじ)他(かれ)が怎(いか)に生(な)る模様(すがた)なるを道(い)わば
青靛臉(せいてんれん=青藍の顔)、白獠牙(はくりょうが=白き牙)、一張(いっちょう)の大口(たいこう)呀呀(がが)たり。
両辺(りょうへん)の乱蓬蓬(らんほうほう=乱れ茂る)の鬢毛(びんもう=鬢の毛)、却(かえ)って都(みな)是(こ)れ些(いささ)か胭脂(えんじ=紅)の染(そ)めし色(いろ);
三四(さんし)の紫巍巍(しぎぎ=紫高き)の髭髯(しぜん=髭)、恍(ほの)かに疑(うたが)う是(こ)れ那(か)の荔枝(れいし=茘枝)の芽(め)を排(なら)べしかと。
鸚嘴(おうし=鸚鵡の嘴)の般(ごと)きの鼻児(びじ=鼻)拱拱(きょうきょう)とし、曙星(しょせい=明けの明星)の様(よう)の眼児(がんじ=目)巴巴(はは)たり。
二個(ふたつ)の拳頭(けんとう=拳)、和尚(おしょう)の鉢盂(はつう)の模様(かたち);一双(いっそう)の藍脚(らんきゃく=青き脚)、懸崖(けんがい)の榾柮(こつとつ=切り株)の枒槎(がさ=枝)。
斜(なな)めに淡黄袍帳(たんこうほうちょう=淡黄の袍)を披(き)、那(か)の織錦袈裟(しょっきんけさ=錦の袈裟)に賽(まさ)る。
拿(と)れる一口(いっこう)の刀(かたな)、精光(せいこう)耀(かがや)き映(てら)し;眠(ね)れる一塊(いっかい)の石(いし)、細潤(さいじゅん)にして瑕(きず)無(な)し。
他(かれ)也(また)曾(かつ)て小妖(しょうよう)に蟻陣(ぎじん=蟻の陣)を排(なら)べしめ、他(かれ)也(また)曾(かつ)て老怪(ろうかい)に蜂衙(ほうが=蜂の巣)に坐(ざ)せしむ。汝(なんじ)他(かれ)の威風(いふう)凛凛(りんりん)たるを看(み)よ、大家(みな)吆喝(ようかつ)して一声(ひとこえ)爺(や)と叫(よ)ぶ。
他(かれ)也(また)曾(かつ)て月(つき)を三人(みたり)と做(な)して壷(つぼ)に酒(さけ)を酌(く)み、他(かれ)也(また)曾(かつ)て風(かぜ)両腋(りょうえき)に生(しょう)じて盞(さかずき)に茶(ちゃ)を傾(かたむ)く。汝(なんじ)他(かれ)が神通(じんつう)浩浩(こうこう)たるを看(み)よ、眼(め)を霎(またた)き下(くだ)るに天涯(てんがい)を游(めぐ)り遍(あまね)し。
荒林(こうりん)に鳥雀(ちょうじゃく)喧(かまびすし)しく、深莽(しんもう=深き草むら)に龍蛇(りゅうじゃ)宿(やど)る。
仙子(せんし)田(た)を種(う)えて白玉(はくぎょく)を生(しょう)じ、道人(どうにん)火(ひ)を伏(ふく)して丹砂(たんさ)を養(やしな)う。
小小(しょうしょう)たる洞門(どうもん)、那(か)の阿鼻地獄(あびじごく)に到(いた)るを得(え)ざるも;楞楞(ろうろう=ごつごつ)たる妖怪(ようかい)、却(かえ)って就(すなわ)ち是(こ)れ一(ひとり)の牛頭夜叉(ごずやしゃ)なり。
那(か)の長老(ちょうろう)他(かれ)が這(こ)の般(ごと)き模様(すがた)を見(み)て、唬(おどろ)きて一(ひとつ)の倒退(とうたい=後ずさり)を打(う)ち、体(からだ)遍(あまね)く酥麻(そま=しびれ)し、両腿(りょうたい=両脚)酸(す)え軟(やわ)らぎ、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて便(すなわ)ち走(に)ぐ。剛(たった)に一(ひとつ)の身(み)を転(てん)じたるに、那(か)の妖魔(ようま)が他(かれ)が霊性(れいせい=霊感)着実(ちゃくじつ)に是(こ)れ強大(きょうだい)にして、一双(いっそう)の金睛鬼眼(きんせいきがん=金色の鬼の眼)を撑(みひら)き開(ひら)き、一声(ひとこえ)「小(こ)の者(もの)共(ども)、汝(なんじ)等(ら)門(もん)の外(そと)の是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)なるを看(み)よ」と叫(よ)ぶ。一(ひとり)の小妖(しょうよう)就(すなわ)ち頭(かしら)を伸(の)ばして門(もん)の外(そと)を望(のぞ)んで一(ひと)つ看(み)るに、是(こ)れ箇(こ)の光頭(こうとう=坊主頭)の長老(ちょうろう)なるを見(み)る。連(つら)ねて忙(いそ)ぎ跑(はし)り将(まさ)に進(い)り去(ゆ)きて、報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)、外(そと)面(めん)は是(こ)れ箇(こ)の和尚(おしょう)なり。団頭大面(だんとうだいめん=丸い頭に大きな面)、両耳(りょうじ)肩(かた)に垂(た)れ、嫩刮刮(どんかつかつ=柔らか)たる一身(いっしん)の肉(にく)、細嬌嬌(さいきょうきょう=細やか)たる一張(いっちょう)の皮(かわ):且(ま)ず是(こ)れ好(よ)き箇(こ)の和尚(おしょう)かな」と。那(か)の妖(よう)言(げん)を聞(き)き、呵(あ)と一声(ひとこえ)笑(わら)って道(いわ)く「此(こ)れを箇(こ)の『蛇頭上(じゃとうじょう)の蒼蠅(そうよう=蝿)、自(おのずか)ら来(きた)れるの衣食(いしょく=食い物)』と做(な)す。汝(なんじ)衆(もろもろ)の小(こ)の者(もの)共(ども)、疾(と)く忙(いそ)ぎ赶(お)い上(のぼ)り去(ゆ)きて、我(われ)に与(あた)えて拿(とら)え将(まさ)に来(きた)れ。我(われ)が此(ここ)に重重(かさねがさね)に賞(ほうび)有(あ)らん」と。
那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)、就(すなわ)ち是(こ)れ一窩蜂(いっかほう)、斉斉(せいせい=一斉)に擁(お)し上(のぼ)る。三蔵(さんぞう)見(み)て、則(すなわ)ち是(こ)れ一心(いっしん)箭(や)よりも忙(いそ)がしく、両脚(りょうきゃく)飛(と)ぶが如(ごと)く走(はし)ると雖(いえど)も、終(つい)に是(こ)れ心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)颤(ふる)え、腿(もも)軟(やわ)らぎ脚(あし)麻(しび)れ、況(いわん)や是(こ)れ山路(さんろ)崎嶇(きくう)にして、林(はやし)深(ふか)く日(ひ)暮(く)るるに、歩(あゆみ)那(いず)くにか移(うつ)し動(うご)かすを得(え)んや。那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)に、平(たひら)に抬(かつ)がれ将(まさ)に去(ゆ)かる。正(まさ)に是(こ)れ
龍(りゅう)浅水(せんすい)に游(およ)いで蝦(えび)の戯(たわむ)れに遭(あ)い、虎(とら)平原(へいげん)に落(お)ちて犬(いぬ)の欺(あざむ)きを被(こうむ)る。
縦然(たと)い好事(こうじ)磨障(ましょう=障り)多(おお)しと雖(いえど)も、誰(たれ)か唐僧(とうそう)の西(にし)に向(むか)える時(とき)に象(に)たるや。
汝(なんじ)那(か)の衆小妖(しゅうしょうよう)の、長老(ちょうろう)を抬(かつ)ぎ得(え)て、那(か)の竹簾児(ちくれんじ=竹の簾)の外(そと)に放(お)き在(あ)り、歓歓喜喜(かんかんきき=大喜び)して、声(こえ)を報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)、和尚(おしょう)を拿(とら)え得(え)て進(い)り来(きた)れり」と。那(か)の老妖(ろうよう)も、他(かれ)也(また)眼(め)を偷(ぬす)んで一(ひと)たび瞧(み)るに、只(ただ)三蔵(さんぞう)が頭(かしら)の直(ただ)ちに之(うえ)に、貌(かたち)堂堂(どうどう)として、果然(かぜん)好(よ)き一(ひとり)の和尚(おしょう)なるを見(み)る。他(かれ)便(すなわ)ち心中(しんちゅう)想(おも)って道(いわ)く「此(こ)の等(ごと)き好(よ)き和尚(おしょう)は、必(かなら)ず是(こ)れ上方(じょうほう=天界)の人物(じんぶつ)、小可(しょうか=並)に当(あ)たるべからざるなり。若(も)し箇(こ)の威風(いふう)を做(な)さずんば、他(かれ)怎(どう)か肯(あえ)て服降(ふくこう=服従)せんや」と。陡然(にわか)の間(あいだ)に、就(すなわ)ち狐(きつね)虎(とら)の威(い)を仮(か)り、紅鬚(こうしゅ=赤き鬚)倒(さかしま)に竪(た)ち、血髪(けっぱつ=血の髪)天(てん)に朝(むか)い、眼睛(がんせい)迸(ほとばし)り裂(さ)け、大(おお)いに一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(いわ)く「那(か)の和尚(おしょう)を帯(つ)れて進(い)り来(きた)れ」と。衆妖(しゅよう)等(ら)、大家(みな)响响(きょうきょう=はっきり)と一声(ひとこえ)「是(しかり)」と答(こた)う。就(すなわ)ち三蔵(さんぞう)を把(もっ)て裏面(うちめん)へ只(た)だ一(ひと)つ推(お)す。此(こ)れは是(こ)れ「既(すで)に矮檐(がいえん=低い軒)の下(した)に在(あ)れば、怎(どう)か敢(あえ)て頭(こうべ)を低(た)れざらんや」!三蔵(さんぞう)只(た)だ得(え)て双手(もろて)を合(あわ)せ着(つ)け、他(かれ)と箇(こ)の礼(れい)を見(み)る。那(か)の妖(よう)道(いわ)く「汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの和尚(おしょう)か?那(いず)こより来(きた)り、那(いず)こへ去(ゆ)くか?快(はや)く快(はや)く説(と)き明(あき)らかにせよ」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「我(われ)本(もと)是(こ)れ唐朝(とうちょう)の僧人(そうにん)、大唐皇帝(だいとうこうてい)の敕命(ちょくめい)を奉(ほう)じ、西方(せいほう)へ前(すす)み往(ゆ)きて経偈(きょうげ=経典)を訪(たず)ね求(もと)む。貴山(きざん)を経(へ)て、特(こと)に塔下(とうか)に来(きた)りて聖(せい)を謁(えっ)せしに、期(き)せず威厳(いげん)を驚動(きょうどう)せり。望(のぞ)むらくは恕罪(じょざい=お許し)を乞(こ)わん。西方(せいほう)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)り得(え)て東土(とうど)に回(かえ)るを待(ま)ちて、永(なが)く高名(こうめい)を注(しる)さん」と。那(か)の妖(よう)言(げん)を聞(き)き、呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して道(いわ)く「我(われ)説(い)いしは是(こ)れ上邦(じょうほう=上国)の人物(じんぶつ)なりと、果然(かぜん)是(こ)れ汝(なんじ)なり。正(まさ)に汝(なんじ)を吃(くら)わんと要(ほっ)するに、却(かえ)って来(きた)れること甚(はなは)だ好(よ)し!甚(はなは)だ好(よ)し!然(しか)らざれば、却(かえ)って錯(あやま)って放(はな)ち過(す)ぐるか。汝(なんじ)は該(まさ)に我(わ)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく)なるに、自(おのずか)ら撞(ぶつか)り将(まさ)に来(きた)らんと要(ほっ)す。就(すなわ)ち放(はな)つも也(また)放(はな)ち去(ゆ)かず、就(すなわ)ち走(に)ぐるも也(また)走(に)げ脱(のが)るるを得(え)じ」と。小妖(しょうよう)を叫(よ)んで曰(いわ)く「那(か)の和尚(おしょう)を把(もっ)て拿(と)り去(ゆ)きて绑(しば)れ」と。果然(かぜん)那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)一(ひと)つに擁(お)し上(のぼ)り前(すす)み、箇(こ)の長老(ちょうろう)を把(もっ)て繩(なわ)纏(まと)い索(なわ)绑(しば)り、那(か)の定魂樁(ていこんとう=魂を定める柱)の之(うえ)に縛(いまし)めつく。老妖(ろうよう)刀(かたな)を持(じ)して又(また)問(と)うて道(いわ)く「和尚(おしょう)、汝(なんじ)が一行(いっこう)幾(いく)つ有(あ)るか?終(つい)に然(しか)らずんば一(ひとり)にして敢(あえ)て西天(せいてん)に上(のぼ)るか」と。三蔵(さんぞう)他(かれ)が刀(かたな)を持(じ)するを見(み)て、又(また)老実(ろうじつ=正直)に説(と)いて道(いわ)く「大王(だいおう)、我(われ)二個(ふたり)の徒弟(とてい)有(あ)り、猪八戒(ちょはっかい)、沙和尚(さおしょう)と做(な)し、都(みな)松林(しょうりん)を出(い)でて斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)けり。還(また)一担(いったん)の行李(こうり)、一匹(いっぴき)の白馬(はくば)有(あ)り、都(みな)松林(しょうりん)の裏(うち)に放(お)き在(あ)るなり」と。老妖(ろうよう)道(いわ)く「又(また)造化(ぞうか)なり!二個(ふたり)の徒弟(とてい)、汝(なんじ)を連(つら)ねて三個(みたり)、馬(うま)を連(つら)ねて四個(よったり)、一頓(いっとん=ひと食い)に吃(くら)うに彀(た)れり」と。小妖(しょうよう)道(いわ)く「我(われ)等(ら)去(ゆ)きて他(かれ)を捉(とら)え来(きた)らん」と。老妖(ろうよう)道(いわ)く「出(い)で去(ゆ)くことを要(よう)せず、前門(ぜんもん)を把(もっ)て関(と)じよ。他(かれ)二個(ふたり)斎(とき)を化(か)して来(きた)らば、一定(かなら)ず師父(しふ)を尋(たず)ねて吃(くら)わんとし、尋(たず)ね着(あ)たらずんば、一定(かなら)ず我(わ)が門(もん)の之(うえ)へ尋(たず)ねて来(きた)らん。常言(じょうげん)に道(いわ)く、門(もん)に上(のぼ)るの売買(ばいばい=商売)は做(な)し好(よ)しと。且(しばら)く慢(ゆる)るく他(かれ)を捉(とら)えるを等(ま)て」と。衆小妖(しゅうしょうよう)前門(ぜんもん)を把(もっ)て閉(と)じたり。
且(しばら)く三蔵(さんぞう)の災(わざわい)に逢(あ)えるを言(い)わず。却(かえ)って説(と)く、那(か)の沙僧(さそう)林(はやし)を出(い)でて八戒(はっかい)を找(さが)すに、直(ただ)ちに十余里(じゅうより)の遠近(えんきん)有(あ)るも、曾(かつ)て箇(こ)の庄村(しょうそん=村)を見(み)ず。他(かれ)却(かえ)って高埠(こうふ=高台)の之(うえ)に站(た)ちて正(まさ)に然(しか)く観看(かんかん)するに、只(た)だ草(くさ)の中(なか)に人(ひと)の言語(げんご)する有(あ)るを聴(き)き得(う)。急(いそ)ぎ杖(じょう)を使(つか)いて深草(しんそう)を撥(か)き開(ひら)いて看(み)る時(とき)、原来(げんらい)是(こ)れ呆子(ほうし)の裏面(うちめん)に在(あ)って夢話(むわ=寝言)を説(い)えるなり。沙僧(さそう)に耳(みみ)を揪(つま)まれ着(つ)けられて、方(はじ)めて叫(よ)び醒(さ)まされ、道(いわ)く「好(よ)き呆子(ほうし)かな!師父(しふ)汝(なんじ)をして斎(とき)を化(か)さしむるに、汝(なんじ)が此(ここ)に在(あ)って睡(ね)るを許(ゆる)せるか」と。那(か)の呆子(ほうし)冒冒失失(ぼうぼうしつしつ=ぼんやり)と醒(さ)めて道(いわ)く「兄弟(きょうだい)、甚(なん)の時候(じこう=時刻)なるか」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「快(はや)く起(た)て!師父(しふ)説(いわ)く、斎(とき)有(あ)るも斎(とき)無(な)きも也(また)罷(よ)からん、汝(なんじ)と我(われ)に那(いず)こに下住(げじゅう=宿)の処(ところ)を尋(たず)ね去(ゆ)けと教(おし)えるなり」と。呆子(ほうし)懵懵懂懂(もうもうどうどう=ぼんやり)として、鉢盂(はつう)を托(の)せ、釘鈀(ていは)を拑(はさ)み、沙僧(さそう)と径直(ただち)に回(かえ)り来(きた)る。林中(りんちゅう)に到(いた)りて看(み)る時(とき)、師父(しふ)の見(み)えざることあり。沙僧(さそう)埋怨(ばいえん)して道(いわ)く「都(みな)是(こ)れ汝(なんじ)が此(こ)の呆子(ほうし)の斎(とき)を化(か)して来(きた)らざるに、必(かなら)ず妖精(ようせい)の師父(しふ)を拿(とら)えたるならん」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く「兄弟(きょうだい)、胡説(こせつ=でたらめ)を要(よう)する莫(なか)れ。那(か)の林子(はやし)の裏(うち)は是(こ)れ箇(こ)の清雅(せいが=清雅)の去処(ところ)、決然(けつぜん)に妖精(ようせい)有(あ)らず。想(おも)うに是(こ)れ老和尚(ろうおしょう)の坐(ざ)し住(とど)まるを得(え)ず、那(あ)そこへ往(ゆ)きて風(ふう=景色)を観(み)に去(ゆ)きたるならん。我(われ)等(ら)他(かれ)を尋(たず)ねて去(ゆ)かん」と。二人(ふたり)只(た)だ得(え)て馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、斗篷(とぼう=笠)錫杖(しゃくじょう)を收拾(しゅうしゅう)し、松林(しょうりん)を出(い)でて師父(しふ)を尋找(じんさが=探し求)む。
此(こ)の一回(いっかい)、也(また)是(こ)れ唐僧(とうそう)の死(し)すべきに当(あ)たらざるなり。他(かれ)二個(ふたり)一(ひと)たび尋(たず)ぬるも見(み)えず、忽(たちま)ち那(か)の正南(しょうなん)の下(した)に金光(きんこう)の閃灼(せんしゃく=きらめく)有(あ)るを見(み)る。八戒(はっかい)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)よ、福(ふく)有(あ)るは只(た)だ是(こ)れ福(ふく)有(あ)るなり。汝(なんじ)看(み)よ、師父(しふ)他(かれ)が家(いえ)へ往(ゆ)き去(ゆ)けり。那(か)の光(ひかり)を放(はな)つは是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の宝塔(ほうとう)、誰(たれ)か敢(あえ)て怠慢(たいまん)せんや。一定(かなら)ず斎飯(さいはん)を安排(あんばい)し、他(かれ)を那(あ)そこに留(とど)めて受用(じゅよう=頂く)ならん。我(われ)等(ら)還(また)走(はし)り動(うご)かざるか、也(また)赶(お)い上(のぼ)り去(ゆ)きて些(いささ)か斎児(とき)を吃(くら)わん」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「哥(あに)よ、吉凶(きっきょう)を定(さだ)め得(え)ざるなり。我(われ)等(ら)且(しばら)く去(ゆ)きて看(み)て来(きた)らん」と。二人(ふたり)雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)として門前(もんぜん)に到(いた)るに、呀(ああ)!門(もん)の閉(と)じ在(あ)るなり。只(ただ)那(か)の門(もん)の之(うえ)に一塊(いっかい)の白玉石板(はくぎょくせきばん)の横(よこ)に安(やす)んぜられ、之(うえ)に六個(むっつ)の大字(だいじ)を鐫(え)る有(あ)るを見(み)る:「碗子山波月洞(わんしざんはげつどう)」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「哥(あに)よ、此(こ)れは是(こ)れ甚(なん)の寺院(じいん)ならず、是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の妖精(ようせい)の洞府(どうふ)なり。我(わ)が師父(しふ)此(ここ)に在(あ)るも、也(また)見(み)ゆるを得(え)じ」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)怕(おそ)るる莫(なか)れ、汝(なんじ)且(しばら)く馬匹(ばひつ)を拴(つな)ぎ下(おろ)し、行李(こうり)を守(まも)り着(つ)け、我(われ)が他(かれ)が信(たより)を問(と)うて看(み)んを等(ま)て」と。那(か)の呆子(ほうし)鈀(は)を挙(あ)げ、上(のぼ)り前(すす)んで高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く「門(もん)を開(ひら)け!門(もん)を開(ひら)け」と。那(か)の洞内(どうない)に門(もん)を把(みまも)るの小妖(しょうよう)有(あ)りて門(もん)を開(ひら)き、忽(たちま)ち他(かれ)二個(ふたり)の模様(すがた)を見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて裏面(うちめん)へ跑(はし)り入(い)り報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)!売買(ばいばい=商い)来(きた)れり」と。老妖(ろうよう)道(いわ)く「那(いず)この売買(ばいばい)ぞ」と。小妖(しょうよう)道(いわ)く「洞門(どうもん)の外(そと)に一(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長い鼻に大きな耳)の和尚(おしょう)と、一(ひとり)の晦気色(わいきしょく=不運そうな色)の和尚(おしょう)有(あ)り、来(きた)りて門(もん)を叫(よ)べり」と。老妖(ろうよう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く「是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)と沙僧(さそう)の尋(たず)ね将(まさ)に来(きた)れるなり!噫(ああ)、他(かれ)也(また)会(よ)く尋(たず)ぬるかな。怎(どう)して就(すなわ)ち我(わ)が此(こ)の門(もん)の之(うえ)へ尋(たず)ね到(いた)れるか。既(すで)に嘴臉(しれん=顔つき)凶頑(きょうがん=獰猛)なれば、却(かえ)って他(かれ)を怠慢(たいまん)することを要(よう)せず」と。叫(よ)んで曰(いわ)く「披掛(ひかけ=鎧)を取(と)り来(きた)れ」と。小妖(しょうよう)抬(かつ)ぎ来(きた)り、就(すなわ)ち結束(けっそく=身支度)し、刀(かたな)を手(て)に綽(ひっさ)げ、径(ただ)ちに門(もん)を出(い)でて来(きた)る。
却(かえ)って説(と)く、那(か)の八戒(はっかい)、沙僧(さそう)門前(もんぜん)に在(あ)って正(まさ)に等(ま)つに、只(ただ)妖魔(ようま)の来(きた)ること凶険(きょうけん)なるを見(み)る。汝(なんじ)他(かれ)が怎(いか)に生(な)る打扮(だはん=身なり)なるを道(いわ)ば
青臉紅鬚赤髪(せいれんこうしゅせきはつ)飄(ひるがえ)り、黄金鎧甲(おうごんがいこう)亮光(りょうこう)饒(ゆた)かなり。
裹肚(かと=腹巻)腰(こし)を襯(う)えて磲石帯(しょせきたい=硨磲の帯)、
攀胸勒甲(はんきょうろっこう=胸を締め甲を勒す)歩雲縧(ほうんとう=雲歩きの組紐)。
閑(しず)かに山前(さんぜん)に立(た)てば風(かぜ)吼吼(こうこう)とし、悶(うるさ)く海外(かいがい)に游(あそ)べば浪(なみ)滔滔(とうとう)たり。
一双(いっそう)の藍靛焦筋(らんてんしょうきん=藍色に焦げた筋)の手(て)、
追魂取命刀(ついこんしゅめいとう=魂を追い命を取る刀)を執(と)り定(さだ)む。
此(こ)の物(もの)の名(な)と姓(せい)を知(し)らんと要(ほっ)せば、声(こえ)に揚(あ)ぐ二字(にじ)の黄袍(こうほう)と喚(よ)ぶ。
那(か)の黄袍老怪(こうほうろうかい)門(もん)を出(い)で得(え)て来(きた)り、便(すなわ)ち問(と)うて曰(いわ)く「汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの方(かた)の和尚(おしょう)か、我(わ)が門首(もんしゅ)に在(あ)って吆喝(ようかつ=わめく)するは」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「我(わ)が子(こ)よ、汝(なんじ)認(みと)め得(え)ざるか。我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)が老爺(ろうや=旦那)なり!我(われ)は是(こ)れ大唐(だいとう)より西天(せいてん)へ差(つかわ)され往(ゆ)く者(もの)なり!我(わ)が師父(しふ)は是(こ)れ那(か)の御弟(ぎょてい)三蔵(さんぞう)なり。若(も)し汝(なんじ)が家(いえ)の裏(うち)に在(あ)らば、早(はや)く送(おく)り出(いだ)せ、我(わ)が釘鈀(ていは)の筑(つ)き進(い)り去(ゆ)くを省(はぶ)け」と。那(か)の怪(かい)笑(わら)って道(いわ)く「是(さ)なり、是(さ)なり、是(こ)れ一(ひとり)の唐僧(とうそう)の我(わ)が家(いえ)に在(あ)る有(あ)り。我(われ)も也(また)曾(かつ)て他(かれ)を怠慢(たいまん)せず、些(いささ)かの人肉包児(にんにくほうじ=人肉饅頭)を安排(あんばい)して他(かれ)に与(あた)えて吃(くら)わしむるなり。汝(なんじ)等(ら)も進(い)り去(ゆ)きて一(ひとつ)の児(もの)を吃(くら)うは如何(いかん)」と。這(こ)の呆子(ほうし)真(まこと)にして就(すなわ)ち進(い)り去(ゆ)かんと要(ほっ)するを、沙僧(さそう)一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「哥(あに)よ、他(かれ)汝(なんじ)を哄(だま)すなり、汝(なんじ)幾時(いつ)か又(また)人肉(にんにく)を吃(くら)えるか」と。呆子(ほうし)却(かえ)って才(ようや)く省悟(せいご=気づき)、釘鈀(ていは)を掣(ひきぬ)き、妖怪(ようかい)を望(めが)けて劈臉(へきれん=顔面)より就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の怪物(かいぶつ)身(み)を側(そば)だてて避(よ)け過(す)ぎ、鋼刀(こうとう)を使(つか)って急(いそ)ぎ架(ささ)えて相迎(むか)う。二個(ふたり)都(みな)神通(じんつう)を顕(あらわ)し、雲頭(うんとう)を縦(ほしいまま)にし、空(くう)の中(なか)に跳(と)びて厮殺(しさつ=斬り合い)す。沙僧(さそう)行李(こうり)白馬(はくば)を撇(さ)り、宝杖(ほうじょう)を挙(あ)げ、急急(きゅうきゅう)と帮(たす)けて攻(せ)む。此(こ)の時(とき)二個(ふたり)の狠(きつ)き和尚(おしょう)、一(ひとつ)の潑(は)妖魔(ようま)、雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って、此(こ)の一場(いちじょう)の好(よ)き殺(たたかい)。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の
杖(じょう)起(おこ)りて刀(かたな)迎(むか)え、鈀(は)来(きた)りて刀(かたな)架(ささ)う。
一員(いちいん)の魔将(ましょう)威(い)を施(ほどこ)し、二個(ふたり)の神僧(しんそう)化(け)を顕(あらわ)す。
九歯鈀(きゅうしていは)真個(しんこ)に英雄(えいゆう)、降妖伐(こうようばつ)誠(まこと)に凶咤(きょうた=猛し)。
前後左右(ぜんごさゆう)の没(な)きに斉(ひとしく)来(きた)るに、那(か)の黄袍(こうほう)公然(こうぜん)として怕(おそ)れず。
汝(なんじ)他(かれ)が鋼刀(こうとう)を蘸(ひた)して晃亮(こうりょう=きらきら)なること銀(しろがね)の如(ごと)きを看(み)よ、其(そ)の実(じつ)那(か)の神通(じんつう)也(また)為(こ)れ広大(こうだい)なり。
只(た)だ殺(たたか)いて満空(まんくう)の中(なか)に霧(きり)繞(まと)い雲(くも)迷(まど)い、半山(はんざん)の裏(うち)に崖(がけ)崩(くず)れ嶺(みね)咋(さけ)ぶに至(いた)る。
一(ひとつ)は声名(せいめい)の為(ため)に、怎(どう)か肯(あえ)て干休(かんきゅう=手を引く)せんや。一(ひとつ)は師父(しふ)の為(ため)に、断然(だんぜん)として怕(おそ)れざるなり。
他(かれ)三個(みたり)半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)って、往往来来(おうおうらいらい)、戦(たたか)うこと数十回合(すうじゅうがいごう)を経(へ)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。各(おのおの)性命(しょうめい)の要緊(ようきん=大事)なるに因(よ)り、其(そ)の実(じつ)解(と)き分(わ)かつに難(かた)し。
畢竟(ひっきょう)怎(いか)にしてか唐僧(とうそう)を救(すく)うかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。