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029 第二十九回 難(なん)を脱(のが)れし江流(こうりゅう)国土(こくど)に来(きた)る 恩(おん)を承(うけたまわ)り八戒(はっかい)山林(さんりん)を転(てん)ず

詩(し)に曰(いわ)く、

妄想(もうぞう)復(ま)た強(し)いて滅(めっ)せず、
真如(しんにょ)何(なん)ぞ必(かなら)ずしも希求(ききゅう)せん。
本原(ほんげん)自性(じしょう)仏前(ぶつぜん)に修(しゅ)す、
迷悟(めいご)豈(あ)に前後(ぜんご)に居(きょ)せんや。
悟(さと)れば即(すなわ)ち刹那(せつな)に正(しょう)を成(な)し、
迷(まよ)いて万劫(まんごう)沈流(ちんる)す。
若(も)し能(よ)く一念(いちねん)真修(しんしゅう)に合(がっ)せば、
恒沙(ごうしゃ)の罪垢(ざいこう)を滅(めっ)し尽(つく)さん。

さて、かの八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)と怪(かい)と闘(たたか)うこと三十(さんじゅう)回合(ごう)を経(へ)しが、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。何(なん)とて勝負(しょうぶ)を分(わ)かたざるかと問(と)わば、もし手段(しゅだん)を賭(と)して論(ろん)ずれば、二人(ふたり)の和尚(おしょう)は申(もう)すに及(およ)ばず、二十人(にじゅうにん)たりとも、かの妖精(ようせい)には敵(てき)し得(え)ざるなり。ただ唐僧(とうぞう)の命(いのち)未(いま)だ死(し)すべきにあらざるのみにして、暗(あん)の中(うち)にかの護法(ごほう)の神祇(しんぎ)ありて彼(かれ)を保(ほ)し、空(くう)の中(うち)にまたかの六丁六甲(りくていりっこう)、五方掲諦(ごほうげったい)、四値功曹(しちこうそう)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうがらん)ありて、八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)とを助(たす)くるが故(ゆえ)なり。

さて彼(かれ)ら三人(さんにん)の戦闘(せんとう)は措(お)き、かの長老(ちょうろう)の洞(どう)の裡(うち)に在(あ)りて悲啼(ひてい)し、其(そ)の徒弟(とてい)を思量(しりょう)し、眼(め)の中(うち)に涙(なみだ)を流(なが)して道(い)えるには、

「悟能(ごのう)や、汝(なんじ)は何(いず)れの村(むら)の中(うち)にか善友(ぜんう)に逢(あ)い、斎供(さいく)に貪着(とんじゃく)したるか知(し)らず! 悟浄(ごじょう)や、汝(なんじ)はまた何(いず)こに彼(かれ)を尋(たず)ぬるか、能(よ)く会(あ)うを得(う)べきか? 豈(あ)に知(し)らんや我(われ)妖魔(ようま)に遇(あ)い、此(こ)の処(ところ)に難(なん)を受(う)くとは! 何時(いつのま)にか汝(なんじ)らに会(あ)い、大難(たいなん)を脱(のが)れ、早(はや)く霊山(りょうぜん)に赴(おもむ)かんことを!」

と。正(まさ)に悲啼(ひてい)煩悩(ぼんのう)せるに、忽(たちま)ちかの洞(どう)の裡(うち)より一人(ひとり)の婦人(ふじん)の走出(はしりい)で、定魂樁(ていこんとう=魂を縛る柱)に扶(すが)り着(つ)きて叫(さけ)んで道(い)えるには、

「かの長老(ちょうろう)、汝(なんじ)何(いず)こより来(きた)れる? 何(なん)すれぞ彼(かれ)に縛(ばく)せられて此(こ)の処(ところ)に在(あ)る?」

と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)き、涙眼(るいがん)に窃(ひそ)かにかの婦人(ふじん)を看(み)れば、約(およ)そ三十(さんじゅう)の年紀(ねんき)なり。遂(つい)に道(い)えるには、

「女菩薩(にょぼさつ)、問(と)うに及(およ)ばず、我(われ)は已(すで)に該(まさ)に死(し)すべきもの、汝(なんじ)が家(いえ)の門(もん)を走(はし)り入(い)り来(きた)れるなり。食(く)らわんとならば即(すなわ)ち食(く)らえ、また何(なん)ぞ問(と)うや?」

と。かの婦人(ふじん)道(い)えるには、

「我(われ)は人(ひと)を食(く)らう者(もの)に非(あら)ず。我(わ)が家(いえ)此(こ)の西下(にしした)を離(はな)るること、三百余里(さんびゃくより)あり。彼処(かしこ)に一座(いちざ)の城(しろ)あり、宝象国(ほうしょうこく)と称(しょう)す。我(われ)は即(すなわ)ちかの国王(こくおう)の第三(だいさん)の公主(こうしゅ)にして、乳名(にゅうめい)を百花羞(ひゃっかしゅう)と称(しょう)す。ただ十三年前(じゅうさんねんまえ)八月十五日(はちがつじゅうごにち)の夜(よる)、月(つき)を玩(もてあそ)ぶ中(なか)ばに因(よ)り、この妖魔(ようま)が一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)に摂(しょう)じ来(きた)られ、彼(かれ)と十三年(じゅうさんねん)の夫妻(ふさい)と作(な)れり。此(こ)の処(ところ)に児(こ)を生(う)み女(むすめ)を育(そだ)てしも、朝廷(ちょうてい)に音信(いんしん)無(な)く、思量(しりょう)するに我(わ)が父母(ふぼ)に相見(あいまみ)ゆること能(あた)わず。汝(なんじ)何(いず)こより来(きた)り、彼(かれ)に拿捉(だとら)えられしか?」

と。唐僧(とうぞう)道(い)えるには、

「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち西天(さいてん)に差(つか)わされて経(きょう)を取(と)る者(もの)なりしが、期(き)せず閑歩(かんぽ)して、誤(あやま)りて此(こ)の処(ところ)に撞(ぶ)つかれり。如今(いま)我(われ)が二人(ふたり)の徒弟(とてい)を拿捉(だとら)えて、一斉(いっせい)に蒸(む)し食(く)らわんとす」

と。かの公主(こうしゅ)陪笑(ばいしょう)して道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)心(こころ)を寛(ひろ)うせよ、汝(なんじ)既(すで)に経(きょう)を取(と)る者(もの)なれば、我(われ)汝(なんじ)を救(すく)うを得(う)べし。かの宝象国(ほうしょうこく)は是(こ)れ汝(なんじ)が西方(さいほう)に去(さ)る大路(たいろ)なり、汝(なんじ)我(われ)が為(ため)に一封(いっぽう)の書(ふみ)を捎(たずさ)え往(ゆ)き、我(わ)が父母(ふぼ)に拜上(はいじょう)せば、我(われ)即(すなわ)ち彼(かれ)をして汝(なんじ)を饒(ゆる)さしめん」

と。三蔵(さんぞう)点頭(てんとう)して道(い)えるには、

「女菩薩(にょぼさつ)、もしよく貧僧(ひんそう)が命(いのち)を救(すく)い得(う)れば、願(ねが)わくば書(ふみ)を捎(たずさ)え信(たより)を寄(よ)する人(ひと)と作(な)らん」

と。

かの公主(こうしゅ)急(きゅう)に後面(こうめん)に転(てん)じ、即(すなわ)ち一紙(いっし)の家書(かしょ)を修(しゅう)し、封固(ふうこ)し停当(ていとう=整え終え)して、樁(とう=柱)の前(まえ)に到(いた)りて唐僧(とうぞう)を解放(げほう)し、書(ふみ)を将(もっ)て付与(ふよ)せり。唐僧(とうぞう)解脱(げだつ)を得(え)、書(ふみ)を手(て)に捧(ささ)げて道(い)えるには、

「女菩薩(にょぼさつ)、多謝(たしゃ)す汝(なんじ)が活命(かつめい)の恩(おん)。貧僧(ひんそう)此(こ)の一去(いっきょ)、貴処(きしょ=貴地)を過(す)ぎて、定(かなら)ず国王(こくおう)の処(ところ)に送(おく)らん。ただ恐(おそ)るるは日久(ひひさ)しく年深(としふか)くして、汝(なんじ)が父母(ふぼ)肯(あえ)て相認(あいみと)めざらんことを、奈何(いかん)? 切(きっ)して我(われ)貧僧(ひんそう)の誑語(おうご=偽り)を打(う)ちたるを怪(あやし)むこと莫(なか)れ」

と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、

「妨(さしつか)え無(な)し、我(わ)が父王(ぶおう)に子(こ)無(な)く、ただ我(われ)ら三人(さんにん)の姉妹(しまい)を生(う)めるのみ、もし此(こ)の書(ふみ)を見(み)ば、必(かなら)ず相看(あいみ)るの意(い)あらん」

と。三蔵(さんぞう)緊緊(きんきん=しっかりと)家書(かしょ)を袖(そで)にし、公主(こうしゅ)に謝(しゃ)して、就(すなわ)ち外(そと)に往(ゆ)かんとせしを、公主(こうしゅ)に扯住(ひきとめ)られて道(い)えるには、

「前門(ぜんもん)の裡(うち)よりは汝(なんじ)出(い)で得(え)じ! かの大小(だいしょう)の妖精(ようせい)は、皆(みな)門(もん)の外(そと)に在(あ)りて旗(はた)を揺(ゆ)り吶喊(とっかん=ときの声)し、鼓(つづみ)を擂(れい=打ち鳴ら)し鑼(ら=銅鑼)を篩(ふる)い、大王(だいおう)を助(たす)けて、汝(なんじ)が徒弟(とてい)と厮殺(しさつ=斬り合い)せるなり。汝(なんじ)後門(こうもん)の裡(うち)より往(ゆ)け。もし大王(だいおう)に拿捉(だとら)えられなば、まだ審問(しんもん)しくれん;ただ恐(おそ)るるは小妖(しょうよう)の児(こ)に捉(とら)えられ、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、生(い)き乍(なが)ら児(こ)を挾(はさ)みて汝(なんじ)が性命(せいめい)を傷(きずつ)けんことを。我(われ)彼(かれ)の面前(めんぜん)に往(ゆ)きて、個(ひとつ)の方便(ほうべん)を説(と)かんとす。もし大王(だいおう)汝(なんじ)を放(はな)たば、汝(なんじ)が徒弟(とてい)の個(ひとつ)の示下(じか=指図)を討(こ)い得(う)るを待(ま)ち、汝(なんじ)を尋(たず)ね得(え)て一同(いちどう)に好(よ)く往(ゆ)かん」

と。三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、頭(かしら)を磕(ぬかず)き、謹(つつし)んで吩咐(ふんぷ=言いつけ)に依(よ)り、公主(こうしゅ)に辞別(じべつ)し、後門(こうもん)の外(そと)を逃(に)げ離(はな)れし、敢(あえ)て自(みずか)ら行(ゆ)かず、身(み)を荊棘(けいきょく=いばら)の叢(そう=茂み)の中(うち)に蔵(かく)せり。

さて公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)、心(こころ)に巧計(こうけい)を生(しょう)じ、急(きゅう)に前(まえ)に往(ゆ)き、門(もん)の外(そと)に出(い)でて、大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)を分(わ)け開(ひら)きしに、ただ叮叮噹(ていていとう=金属的打撃音)と、兵刃(へいじん)乱(みだ)れ響(ひび)くを聞(き)けば、原(もと)是(こ)れ八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)とかの怪(かい)と半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて厮殺(しさつ)せるなり。この公主(こうしゅ)厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、

「黄袍郎(こうほうろう)!」

と。かの妖王(ようおう)公主(こうしゅ)が叫喚(きょうかん)を聞(き)き得(え)て、即(すなわ)ち八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)を投(なげう=投げ捨)て、雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)し、鋼刀(こうとう)を揪(ひっつか)み、公主(こうしゅ)を攙(ささ)え着(つ)けて道(い)えるには、

「渾家(こんか=妻)、何(なん)の話(はなし)ある?」

と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、

「郎君(ろうくん)や、我(われ)才(わずか)し羅幃(らゐ=帷)の内(うち)に睡(ねむ)り居(お)りしに、夢魂(むこん)の中(うち)、忽(たちま)ち個(ひとり)の金甲神人(きんこうしんじん)を見(み)たり」

と。妖魔(ようま)道(い)えるには、

「何(いず)れの金甲神(きんこうしん)ぞ? 我(わ)が門(もん)に上(のぼ)りて何(なん)とする?」

と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、

「是(こ)れ我(われ)が幼(おさな)き時(とき)、宮(みや)の裡(うち)に在(あ)りて神(かみ)に対(たい)し暗(ひそ)かに一樁(ひとつ)の心愿(しんがん)を許(ゆる)し下(くだ)せり:もし賢郎(けんろう=優れた夫)駙馬(ふば)を招(まね)き得(え)なば、名山(めいざん)に上(のぼ)り、仙府(せんぷ)を拝(はい)し、僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)し布施(ふせ)せんと。汝(なんじ)に配(はい)しより、夫妻(ふさい)歓会(かんかい)して、今(いま)に至(いた)るまで曾(かつ)て題起(だいき=口に出し)たること無(な)し。かの金甲神人(きんこうしんじん)来(きた)りて誓願(せいがん)を討(こ)い、我(われ)を喝(かつ=叱咤)して醒(さ)ませしかば、却(かえっ)て是(こ)れ南柯(なんか)の夢(ゆめ)なり。此(こ)の故(ゆえ)に、急(きゅう)に容(かたち)を整(ととの)えて郎君(ろうくん)の処(ところ)に来(きた)り訴知(そち=申し上げ)せしに、期(き)せずかの樁(とう)の上(うえ)に一個(ひとり)の僧人(そうにん)の縛(いまし)め着(つ)けらるるあり、万(まん)望(のぞ)むらくは郎君(ろうくん)慈憫(じびん=哀れみ)し、我(わ)が薄意(はくい=微意)を看(み)て、かの和尚(おしょう)を饒(ゆる)し給(たま)え、ただ我(われ)が為(ため)に僧(そう)に斎(とき)をし還願(かんがん=願ほどき)せるものと当(あ)てんに。郎君(ろうくん)肯(うべな)うや否(いな)やを知(し)らず」

と。かの怪(かい)道(い)えるには、

「渾家(こんか)や、汝(なんじ)却(かえっ)て多心(たしん=余計な気遣い)なるかな! 何(なん)の打緊(たいした)ことか有(あ)らん。我(われ)人(ひと)を食(く)らわんとせば、何処(いずこ)にか幾個(いくつ)も撈(すく)い食(く)らわざらん? 此(こ)の把(ひとり)の和尚(おしょう)、到底(とこてい)何(なん)の処(ところ)にか到(いた)るべき、彼(かれ)を放(はな)ち往(ゆ)かしめん」

と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、

「郎君(ろうくん)、彼(かれ)を後門(こうもん)の裡(うち)より放(はな)ち往(ゆ)かしめ給(たま)え」

と。妖魔(ようま)道(い)えるには、

「奈煩(なはん=やかまし)や、彼(かれ)を放(はな)ち往(ゆ)かしむるを便(たやす)し、また彼(かれ)が何(なん)の後門(こうもん)前門(ぜんもん)なるを管(かん)せんや」

と。彼(かれ)遂(つい)に鋼刀(こうとう)を綽(ひっつか)みて高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、

「かの猪八戒(ちょはっかい)、汝(なんじ)過(よ)ぎ来(きた)れ。我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)を怕(おそ)るるに非(あら)ず、汝(なんじ)と戦(たたか)わざるは、我(わ)が渾家(こんか)の分(ぶん)のうえを看(み)て、汝(なんじ)が師父(しふ)を饒(ゆる)せるなり。早(はや)きに趁(よ)りて後門(こうもん)の首(ほとり=ほとり)に往(ゆ)き、彼(かれ)を尋(たず)ね得(え)て、西方(さいほう)に往(ゆ)け。もし再(ふたた)び来(きた)りて我(わ)が境界(きょうがい)を犯(おか)さば、断乎(だんこ=断じて)饒(ゆる)さじ!」

と。かの八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)と此(こ)の言(こと)を聞(き)き得(え)て、便(すなわ)ち鬼門関(きもんかん)の上(うえ)より放(はな)ち回(かえ)され来(きた)れるが如(ごと)く、即(そく)忙(いそ)ぎ馬(うま)を牽(ひ)き担(たに=荷)を挑(にな)い、鼠(ねずみ)の如(ごと)く竄(にげ=逃げ)し行(ゆ)き、かの波月洞(はげつどう)が後門(こうもん)の外(そと)を転(てん)じ過(す)ぎて、声(こえ)を揚(あ)げて

「師父(しふ)!」

と叫(さけ)べり。かの長老(ちょうろう)声(こえ)を認(みと)め得(え)て、就(すなわ)ちかの荊棘(けいきょく)の中(うち)に在(あ)りて答応(とうおう)せり。沙僧(しゃそう)就(すなわ)ち草径(そうけい=草の小道)を剖(さ)き開(ひら)き、師父(しふ)を攙(ささ)え着(つ)け、慌(あわ)て忙(いそ)ぎて馬(うま)に上(のぼ)らしむ。

此(こ)の処(ところ)に狠毒(こんどく=残忍)にして青面鬼(せいめんき)に遭(あ)わんとせしも、殷勤(いんぎん=手厚き)に幸(さいわい)にして百花羞(ひゃっかしゅう)有(あ)り。
鰲魚(ごうぎょ=大亀)金鈎(きんこう)の釣(つり)を脱却(だっきゃく)し、尾(お)を擺(ふ)り頭(かしら)を揺(ゆ)りて浪(なみ)を逐(お)いて游(およ)ぐ。

八戒(はっかい)頭(かしら)に当(あた)りて路(みち)を領(りょう=先導)し、沙僧(しゃそう)後(うしろ)に随(したが)い、かの松林(しょうりん)を出(い)でて、大路(たいろ)に上(のぼ)る。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の二人(ふたり)は嚌嚌嘈嘈(せいせいそうそう=がやがやと)、埋埋怨怨(まいまいえんえん=ぶつぶつと怨み言)せるを、三蔵(さんぞう)ただ是(こ)れ解和(かいわ=仲を取り持)つのみ。晩(くれ)に遇(あ)えば先(まず)宿(やど)を投(とう)じ、鶏(にわとり)鳴(な)けば早(はや)く天(てん)を看(み)る、一程一程(いっていいってい=一站一站)、長亭短亭(ちょうていたんてい=宿場の亭)に、覚(おぼ)えずして就(すなわ)ち二百九十九里(にひゃくきゅうじゅうきゅうり)を走(はし)り了(おお)せたり。

猛(たけ)く頭(かしら)を抬(もた)げ上(あ)ぐれば、ただ一座(いちざ)の好(よ)き城(しろ)の見(み)ゆ、就(すなわ)ち是(こ)れ宝象国(ほうしょうこく)なり。真(しん)に好(よ)き個(ひとつ)の処所(ところ)なるかな:

雲渺渺(うんびょうびょう=雲の遠き)、路迢迢(ろちょうちょう=道の遠き)。
地(ち)は千里(せんり)の外(ほか)に在(あ)れども、景物(けいぶつ)一般(いっぱん)に饒(ゆたか)なり。
瑞靄祥烟(ずいあいしょうえん=めでたき靄と煙)籠罩(ろうとう=覆い包み)、
清風明月(せいふうめいげつ)招揺(しょうよう=揺れ招)く。

嵂嵂崒崒(りつりつそつそつ=山の高き貌)の遠山(えんざん)、大(おお)いに図画(とが=絵図)を開(ひら)き;
潺潺湲湲(せんせんえんえん=水の流るる音)の流水(りゅうすい)、砕(くだ)けて瓊瑶(けいよう=美玉)を濺(そそ)ぐ。
耕(たがや)す可(べ)きは阡(せん=あぜみち)を連(つら)ね陌(はく=東西の道)を帯(お)び、
食(しょく)を足(た)すは密蕙(みつけい=密なる草)新苗(しんびょう=新芽)なり。
漁釣(ぎょちょう=魚釣り)の幾家(いくか)か三澗(さんかん=三つの谷)の曲(まがり)、
樵采(しょうさい=木こり)の一担(いったん=一荷)両峰(りょうほう)の椒(こしょう=山椒)。
廓(くるわ)の廓(くるわ)、城(しろ)の城(しろ)、金湯(きんとう=金城湯池)鞏固(きょうこ=堅固)なり;
家(いえ)の家(いえ)、戸(こ)の戸(こ)、只(た)だ逍遙(しょうよう)を闘(あらそ)う。
九重(きゅうじゅう)の高閣(こうかく)殿宇(でんう)の如(ごと)く、
万丈(ばんじょう)の層台(そうだい)錦標(きんぴょう=錦の標)に似(に)たり。
またかの太極殿(たいきょくでん)、華蓋殿(かがいでん)、焼香殿(しょうこうでん)、観文殿(かんぶんでん)、宣政殿(せんせいでん)、延英殿(えんえいでん)あり、一殿一殿(いちでんいちでん)の玉陛金階(ぎょくへいきんかい=玉の階)には、文冠武弁(ぶんかんぶべん=文官武官)を擺列(はいれつ=並べ列)し;
またかの大明宮(だいめいきゅう)、昭陽宮(しょうようきゅう)、長楽宮(ちょうらくきゅう)、華清宮(かせいきゅう)、建章宮(けんしょうきゅう)、未央宮(びおうきゅう)あり、一宮一宮(いちきゅういちきゅう)の鐘鼓管籥(しょうこかんやく=鐘・鼓・笛)は、閨怨春愁(けいえんしゅんしゅう=閨の怨み春の愁い)を撒抹(さつまつ=振り払)えり。
また禁苑(きんえん=御苑)の、露花(ろか=露の花)の嫩臉(どんれん=若き顔)を勻(ひと)しくするあり;
また御溝(ごこう=御所の溝)の、風柳(ふうりゅう=風の柳)の繊腰(せんよう=細き腰)を舞(ま)わすあり。
通衢(つうく=大通り)の上(うえ)には、また個(ひとり)の頂冠束帯(ていかんそくたい=冠を頂き帯を締む)の、儀容(ぎよう=威儀)を盛(さか)んにし、五馬(ごば=五頭の馬車)に乗(の)るあり;
幽僻(ゆうへき=ひっそり)の中(うち)には、また個(ひとり)の弓(ゆみ)を持(も)ち矢(や)を挟(はさ)むの、雲霧(うんむ)を撥(はら)い、双雕(そうちょう=二羽の鷲)を貫(つらぬ)くあり。
花柳(かりゅう=花と柳)の巷(ちまた=小路)、管弦(かんげん)の楼(ろう=高楼)は、春風(しゅんぷう)洛陽橋(らくようきょう)に譲(ゆず)らず。
経(きょう)を取(と)る長老(ちょうろう)は、大唐(だいとう)を回首(かいしゅ=振り返)りて肝胆(かんたん)裂(さ)け;
師(し)に伴(ともな)う徒弟(とてい)は、肩(かた)を小駅(しょうえき=小さき駅)に息(いこ)いて夢魂(むこん)消(き)ゆ。

看(み)ども尽(つく)さず宝象国(ほうしょうこく)の景致(けいち)。師徒(しと)三衆(さんしゅう)、行李(こうり)と馬匹(ばひつ)とを収拾(しゅうしゅう=整理)し、館駅(かんえき=駅舎)の中(うち)に安歇(あんけつ=休み泊)せり。

唐僧(とうぞう)歩行(ほこう=歩み)して朝門(ちょうもん)の外(そと)に至(いた)り、閣門大使(かくもんたいし=宮門の役人)に対(たい)して道(い)えるには、

「唐朝(とうちょう)の僧人(そうにん)あり、特に来(きた)りて面駕(めんが=玉体に謁見)し、文牒(ぶんちょう=通行証)を倒換(とうかん=差し替え)せんとす。乞(こ)う転奏(てんそう=取り次ぎ奏上)あらんことを」

と。かの黄門奏事官(こうもんそうじかん=門の奏事役)、連忙(れんぼう=急い)で走(はし)りて白玉階(はくぎょくかい=白き玉の階)の前(まえ)に至(いた)り奏(そう)して道(い)えるには、

「万歳(ばんぜい)、唐朝(とうちょう)に個(ひとり)の高僧(こうそう)あり、駕(が=玉体)に見(まみ)えんことを求(もと)め、文牒(ぶんちょう)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)す」

と。かの国王(こくおう)唐朝(とうちょう)の大国(たいこく)なるを聞(き)き知(し)り、且(か)つまた方上(ほうじょう=この方)の聖僧(せいそう)なりと申(もう)すを聞(き)き、心中(しんちゅう)甚(はなは)だ喜(よろこ)び、即時(そくじ)に准奏(じゅんそう=奏を許)して、

「彼(かれ)を宣(せん=召)し入(い)れよ」

と叫(さけ)べり。三蔵(さんぞう)を金階(きんかい)に宣(せん)じ至(いた)らしむれば、舞蹈山呼(ぶとうさんこ=舞い拝み「万歳」と呼ぶ)の礼(れい)畢(おわ)る。両辺(りょうへん)の文武(ぶんぶ)の多官(たかん=多くの官)は、嘆(たん)ぜざる無(な)くして道(い)えるには、

「上邦(じょうほう=大国)の人物(じんぶつ)、礼楽(れいがく)雍容(ようよう=ゆったりと)なること此(こ)の如(ごと)し!」

と。かの国王(こくおう)道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)我(わ)が国中(こくちゅう)に到(いた)りしは何事(なにごと)ぞ?」

と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、

「小僧(しょうそう)は是(こ)れ唐朝(とうちょう)の釈子(しゃくし=仏弟子)にして、我(わ)が天子(てんし)が敕旨(ちょくし=勅命)を承(うけたまわ)り、西方(さいほう)に前往(ぜんおう)して経(きょう)を取(と)る者(もの)なり。原(もと)文牒(ぶんちょう)を領(りょう)し有(ゆう)すれば、陛下(へいか)が上国(じょうこく)に到(いた)らば、理合(りごう=当然)倒換(とうかん)すべし。此(こ)の故(ゆえ)に進退(しんたい)を識(し)らず、龍顔(りゅうがん=天子の顔)を驚動(きょうどう)せしむるなり」

と。国王(こくおう)道(い)えるには、

「既(すで)に唐天子(とうてんし)の文牒(ぶんちょう)有(あ)らば、取(と)り上(あ)げて看(み)ん」

と。三蔵(さんぞう)双手(そうしゅ)に捧(ささ)げて上(のぼ)し、展開(てんかい=広げ)して御案(ぎょあん=天子の机)の上(うえ)に放(お)きぬ。牒(ちょう=証文)に云(いわ)く、

「南贍部洲(なんせんぶしゅう)大唐国(だいとうこく)奉天承運唐天子牒行(ほうてんしょううんとうてんしちょうこう=天を奉じ運を承くる唐天子、牒を行う):切(つらつら)惟(おもんみ)るに朕(ちん)涼徳(りょうとく=薄き徳)を以(もっ)て、丕基(ひき=大いなる基)を嗣続(しぞく=継承)し、神(かみ)に事(つか)え民(たみ)を治(おさ)むるに、深淵(しんえん)に臨(のぞ)み薄氷(はくひょう)を履(ふ)むが如(ごと)く、朝夕(ちょうせき)是(こ)れ惴(おそれおのの)く。前者(ぜんしゃ=先だって)、涇河(けいが)の老龍(ろうりゅう)を救(すく)い損(そこな)い、我(わ)が皇皇后帝(こうこうこうてい=天帝)より譴(けん=譴責)を獲(え)て、三魂七魄(さんこんしちはく)倏忽(しゅくこつ=忽ち)として陰司(いんし=冥府)に赴(おもむ)き、已(すで)に無常(むじょう=死)の客(かく)と作(な)れり。因(よ)りて陽寿(ようじゅ=寿命)未(いま)だ絶(た)えざる有(あ)り、冥君(めいくん=冥府の君)の回生(かいせい)を放(はな)ち送(おく)るに感(かん)じ、広(ひろ)く善会(ぜんえ=善根の会)を陳(の)べ、度亡道場(どぼうどうじょう=死者供養の場)を修建(しゅうけん=築き営)めり。感蒙(かんもう=蒙るに感)じて救苦観世音菩薩(くくかんぜおんぼさつ)、金身(こんしん=黄金の体)出現(しゅつげん)し、西方(さいほう)に仏(ほとけ)有(あ)り経(きょう)有(あ)りて、幽亡(ゆうぼう=幽界の亡者)を度(ど)し、孤魂(こごん=孤き魂)を超脱(ちょうだつ)す可(べ)きを指示(しじ)せらる。特に法師玄奘(ほうしげんじょう)を着(つかわ)し、遠(とお)く千山(せんざん)を歴(へ)て、経偈(きょうげ=経文)を詢求(じゅんぐ=尋ね求)めしむ。倘(も)し西邦諸国(さいほうしょこく)に到(いた)らば、善縁(ぜんえん)を滅(めっ)せず、牒(ちょう)に照(てら)して放行(ほうこう=通り過ぎ)せしめよ。牒(ちょう)に至(いた)る須(べ)き者(もの)。大唐貞観一十三年(だいとうじょうがんじゅうさんねん)、秋吉日(しゅうきちじつ)、御前文牒(ごぜんぶんちょう)」

と。国王(こくおう)見(み)了(おわ)り、本国(ほんごく)の玉宝(ぎょくほう=玉璽)を取(と)り、花押(かおう=署名)を用(もち)いて、三蔵(さんぞう)に遞(わた=手渡)せり。

三蔵(さんぞう)恩(おん)を謝(しゃ)し、文牒(ぶんちょう)を収(おさ)め、又(また)奏(そう)して道(い)えるには、

「貧僧(ひんそう)一来(いちらい=一つには)文牒(ぶんちょう)を倒換(とうかん)し、二来(にらい=二つには)陛下(へいか)に家書(かしょ)を寄(よ)すること有(あ)り」

と。国王(こくおう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)えるには、

「何(なん)の書(ふみ)か有(あ)る?」

と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、

「陛下(へいか)が第三位(だいさんい)の公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)は、碗子山(わんしさん)波月洞(はげつどう)の黄袍妖(こうほうよう)に摂(しょう)じ将(も)ち去(さ)られしを、貧僧(ひんそう)偶々(たまたま)相(あい)遇(あ)いし故(ゆえ)に、書(ふみ)を寄(よ)し来(きた)れるなり」

と。国王(こくおう)言(こと)を聞(き)き、満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れて道(い)えるには、

「自(みずか)ら十三年前(じゅうさんねんまえ)より、公主(こうしゅ)を見(み)失(うしな)い、両班(りょうはん=左右の列)の文武(ぶんぶ)の官(かん)も、また幾多(いくた)貶退(へんたい=罷免)せられしかを知(し)らず、宮内宮外(きゅうないきゅうがい)の大小(だいしょう)の婢子(ひし=侍女)太監(たいかん=宦官)も、また幾多(いくた)打(う)ち殺(ころ)されしかを知(し)らず、ただ宮(みや)を走出(はしりで)でて路(みち)を迷失(めいしつ=見失)いしと申(もう)し、尋(たず)ぬるに処(ところ)無(な)くして、満城(まんじょう=都中)の中(うち)の百姓(ひゃくしょう)人家(じんか)をも、また盤詰(ばんきつ=取り調べ)すること無数(むすう)なれど、更(さら)に下落(げらく=行方)無(な)し。何(なん)ぞ知(し)らん妖怪(ようかい)に摂(しょう)じ去(さ)られしとは! 今日(こんにち)乍(にわ)かに此(こ)の句(く)の言(こと)を聴(き)き得(え)し故(ゆえ)に、此(こ)れに因(よ)りて情(じょう)を傷(いた)ましめ涙(なみだ)を流(なが)すなり」

と。三蔵(さんぞう)袖(そで)の中(うち)より書(ふみ)を取出(とりいだ)し来(きた)りて献上(けんじょう=捧げ奉)ず。国王(こくおう)接(うけ)取(と)り、平安(へいあん)の二字(にじ)の有(あ)るを見(み)れば、一発(いっぱつ=いよいよ)手(て)軟(やわ)らぎ、書(ふみ)を拆(ひら=開)くこと能(あた)わず、旨(みことのり)を伝(つた)えて翰林院大学士(かんりんいんだいがくし)を宣(せん)じて殿(でん)に上(のぼ)り書(ふみ)を読(よ)ましむ。学士(がくし)随即(ずいそく=直ち)に殿(でん)に上(のぼ)る。殿前(でんぜん)には文武(ぶんぶ)の多官(たかん)有(あ)り、殿後(でんご)には后妃(こうひ=后)宮女(きゅうじょ)有(あ)り、倶(とも)に耳(みみ)を側(そばだ)てて書(ふみ)を聴(き)く。学士(がくし)拆(ひら)き開(ひら)いて朗誦(ろうしょう=声高に読)す。上(うえ)に写(うつ)し着(つ)けて有(あ)るは、

「不孝女(ふこうじょ)百花羞(ひゃっかしゅう)、頓首百拝(とんしゅひゃくはい=額を地に着けて拝す)大徳父王(だいとくぶおう)万歳龍鳳殿前(ばんぜいりゅうほうでんぜん)に申(もう)し上(あ)ぐ、曁(およ)び三宮母后(さんきゅうぼごう)昭陽宮下(しょうようきゅうか)に、及(およ)び挙朝文武(きょちょうぶんぶ)の賢卿(けんけい)が台次(だいじ=席次)に:拙女(せつじょ=拙き娘)幸(さいわい)に坤宮(こんぐう=后の宮)に托(たく)し、劬労(くろう=苦労)万種(ばんしゅ=数多)を感激(かんげき)すれども、力(ちから)を竭(つく)して顔(かお)を怡(よろこ)ばしめ、心(こころ)を尽(つく)して孝(こう)を奉(ほう)ずること能(あた)わず。乃(すなわ)ち十三年前(じゅうさんねんまえ)八月十五日(はちがつじゅうごにち)の良夜佳辰(りょうやかじん=良き夜佳き時)に於(おい)て、父王(ぶおう)が恩旨(おんし=有難き仰せ)を蒙(こうむ)り各宮(かくきゅう)に宴(うたげ)を排(はい=設)けしめ、月華(げっか=月の光)を賞玩(しょうがん=愛で)し、共(とも)に清霄(せいしょう=澄める夜空)の盛会(せいかい)を楽(たのし)まんことを。正(まさ)に歓娯(かんぐ=楽しみ)の間(あいだ)、覚(おぼ)えず一陣(いちじん)の香風(こうふう)して、個(ひとり)の金睛藍面青髪魔王(きんせいらんめんせいはつまおう)の閃(ひらめ)き出(い)づるあり、女(むすめ)を擒(とら)え住(とど)め、祥光(しょうこう)に駕(が=乗)じて、直(ただち)に半野山(はんやざん)の中(うち)の人(ひと)無(な)き処(ところ)に帯(たい=連れ)し至(いた)り、分(わか)ち難(がた)く辨(べん)じ難(がた)きに、妖(よう)の強(つよき)に倚(よ)りて、覇占(はせん=力ずくで占)めて妻(つま)と為(な)せり。是(ここ)を以(もっ)て無奈(むな=如何ともし難)くして一十三年(じゅうさんねん)を捱(こら)えしが、二個(ふたり)の妖児(ようじ=妖の子)を産下(さんか=生み落)し、尽(ことごと)く是(こ)れ妖魔(ようま)の種(たね)なり。此(こ)れを論(ろん)ずれば真(しん)に是(こ)れ人倫(じんりん)を敗壊(はいかい)し、風化(ふうか=風紀)を傷(そこな)うものにして、伝書(でんしょ=文を伝う)して玷辱(てんじょく=辱しめ)するに当(あた)らず;但(た)だ恐(おそ)るるは女(むすめ)が死(し)し了(おわ)らんの後(のち)、分明(ぶんめい=明白)ならざらんことを。正(まさ)に怨(うらみ)を含(ふく)み父母(ふぼ)を思憶(しおく=思い出し)せるに、期(き)せず唐朝(とうちょう)の聖僧(せいそう)の、また魔王(まおう)に擒(とら)えられ着(つ)けらるるあり。是(ここ)に女(むすめ)滴涙(てきるい=涙を滴ら)し書(ふみ)を修(しゅう)し、大胆(だいたん)に放脱(ほうだつ=逃がし放)ち、特に此(こ)の片楮(へんちょ=一片の紙)を托(たく)し寄(よ)せて、以(もっ)て寸心(すんしん=僅かな心)を表(あらわ)さんとす。伏(ふ)して望(のぞ)むらくは父王(ぶおう)垂憫(すいびん=憐れみを垂)れ、上将(じょうしょう)を遣(つか)わし早(はや)く碗子山(わんしさん)波月洞(はげつどう)に至(いた)りて黄袍怪(こうほうかい)を捉獲(そっかく=捕ま)え、女(むすめ)を救(すく)い回朝(かいちょう=朝廷に帰)らしめなば、深(ふか)く恩念(おんねん=有難き心)と為(な)さんことを。草草(そうそう=粗略)にして恭(うやうやし)さを欠(か)く、面(めん)して一(いつ)ならず聴(き)かれよ。逆女(ぎゃくじょ=不孝の娘)百花羞(ひゃっかしゅう)再(ふたた)び頓首頓首(とんしゅとんしゅ)」

と。

かの学士(がくし)家書(かしょ)を読(よ)み罷(おわ)れば、国王(こくおう)大(おお)いに哭(な)き、三宮(さんきゅう)涙(なみだ)を滴(したた)らし、文武(ぶんぶ)情(じょう)を傷(いた)ましめ、前前後後(ぜんぜんごうごう=前にも後にも)、哀念(あいねん=哀しみ思わ)ざる無(な)し。

国王(こくおう)哭(な)くこと之(これ)許(ばか)り久(ひさ)しく、便(すなわ)ち両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)に問(と)いて道(い)えるには、

「何(いず)れか敢(あえ)て兵(へい)を興(おこ)し将(しょう)を領(りょう)し、寡人(かじん=王の自称)と妖魔(ようま)を捉獲(そっかく)し、我(わ)が百花公主(ひゃっかこうしゅ)を救(すく)うる者(もの)ぞ?」

と。連(れん)ねて数声(すうせい)を問(と)えど、更(さら)に一人(ひとり)も敢(あえ)て答(こた)うる無し、真(しん)に是(こ)れ木(き)に雕(ほ)り成(な)せる武将(ぶしょう)、泥(どろ)に塑(つく)り就(な)れる文官(ぶんかん)なり。かの国王(こくおう)心(こころ)に煩悩(ぼんのう)を生(しょう)じ、涙(なみだ)涌泉(ゆうせん=涌き出る泉)の若(ごと)し。

ただかの多官(たかん)の斉(ひとしく)俯伏(ふふく=伏し拝)して奏(そう)するを看(み)るには、

「陛下(へいか)且(しばら)く煩悩(ぼんのう)を休(や)め給(たま)え。公主(こうしゅ)は已(すで)に失(うしな)われ、今(いま)に至(いた)るまで一十三載(じゅうさんさい)音(おとずれ)無(な)し。偶(たまた)ま唐朝(とうちょう)の聖僧(せいそう)に遇(あ)い、書(ふみ)を寄(よ)せて此(こ)の処(ところ)に来(きた)れると雖(いえど)も、未(いま)だ其(そ)の否(いな=偽り)なるか的(まこと)なるかを知(し)らず。況(いわん)や臣等(しんら)は倶(とも)に是(こ)れ凡人凡馬(ぼんじんぼんば=並の人馬)、兵書武略(へいしょぶりゃく=兵法)を習学(しゅうがく=学び習)いて、ただ陣(じん)を布(し)き営(えい)を安(やすん)じて、国家(こっか)に侵陵(しんりょう=侵略)の患(うれい)無(な)からしむ可(べ)きのみ。かの妖精(ようせい)は乃(すなわ)ち雲(くも)に来(きた)り霧(きり)に去(さ)るの輩(はい=連中)にして、彼(かれ)と觌面(てきめん=まのあたり)相見(あいみ)ゆるを得(え)ざれば、何(なに)を以(もっ)てか征救(せいきゅう=攻め救)わん? 想(おも)うに東土(とうど)より経(きょう)を取(と)る者(もの)は、乃(すなわ)ち上邦(じょうほう)の聖僧(せいそう)なり。此(こ)の和尚(おしょう)は道(どう)高(たか)ければ龍虎(りゅうこ)も伏(ふく)し、徳(とく)重(おも)ければ鬼神(きしん)も欽(きん=敬)うというなれば、必(かなら)ず妖(よう)を降(くだ)すの術(じゅつ)有(あ)らん。古(いにしえ)より道(い)う、是非(ぜひ)を来(きた)り説(と)く者(もの)は、就(すなわ)ち是(こ)れ是非人(ぜひじん=当事者)なりと。即(すなわ)ち此(こ)の長老(ちょうろう)に請(こ)いて妖邪(ようじゃ)を降(くだ)し、公主(こうしゅ)を救(すく)わしめんには、庶(こいねがわ)くは万全(ばんぜん)の策(さく)と為(な)さん」

と。かの国王(こくおう)言(こと)を聞(き)き、急(きゅう)に頭(かしら)を回(めぐ)らし便(すなわ)ち三蔵(さんぞう)に請(こ)うて道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)もしくは手段(しゅだん)有(あ)りて、法力(ほうりき)を放(はな)ち、妖魔(ようま)を捉(とら)え、我(わ)が孩児(がいじ=我が子)を救(すく)い回朝(かいちょう)せしめなば、また西方(さいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)するを須(もち)いず、長(なが)く髪(かみ)を留(とど)め頭(かしら)を延(の)べ、朕(ちん)汝(なんじ)と兄弟(けいてい)の契(ちぎり)を結(むす)び、同(とも)に龍床(りゅうしょう=王の寝台)に坐(ざ)し、共(とも)に富貴(ふうき)を享(う)くること如何(いかん)?」

と。三蔵(さんぞう)慌(あわ)て忙(いそ)ぎ啓上(けいじょう=申し上げ)じて道(い)えるには、

「貧僧(ひんそう)は念仏(ねんぶつ)をば粗(ほぼ)知(し)れども、其(そ)の実(じつ)妖(よう)を降(くだ)すことは会(え)ず」

と。国王(こくおう)道(い)えるには、

「汝(なんじ)既(すで)に妖(よう)を降(くだ)すこと会(え)ざるに、何(なん)ぞ敢(あえ)て西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)せんとする?」

と。かの長老(ちょうろう)瞞(だま)し過(す)ごすこと能(あた)わず、二人(ふたり)の徒弟(とてい)の有(あ)ることを説(と)き出(いだ)し来(きた)り、奏(そう)して道(い)えるには、

「陛下(へいか)、貧僧(ひんそう)一人(ひとり)にては、実(じつ)に此(こ)の処(ところ)に到(いた)ること難(かた)し。貧僧(ひんそう)に二人(ふたり)の徒弟(とてい)有(あ)り、善(よ)く能(よ)く山(やま)に逢(あ)えば路(みち)を開(ひら)き、水(みず)に遇(あ)えば橋(はし)を迭(わた=架)すのを、貧僧(ひんそう)を保(ほ)して此(こ)の処(ところ)に到(いた)らしむるなり」

と。国王(こくおう)怪(あやし)んで道(い)えるには、

「汝(なんじ)此(こ)の和尚(おしょう)大(おお)いに理(り)無(な)し、既(すで)に徒弟(とてい)有(あ)り乍(なが)ら、何(なん)ぞ彼(かれ)と一同(いちどう)に進(すす)み来(きた)りて朕(ちん)に見(まみ)えざる? もし朝中(ちょうちゅう)に到(いた)らば、中意(ちゅうい=気にいる)の賞賜(しょうし=褒美)無(な)きも、必(かなら)ず随分(ずいぶん=相応)の斎供(さいく)有(あ)らん」

と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、

「貧僧(ひんそう)がかの徒弟(とてい)は醜陋(しゅうろう=醜き)にして、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に朝(ちょう)に入(い)れず、ただ恐(おそ)るるは陛下(へいか)が龍体(りゅうたい=玉体)を驚傷(きょうしょう=驚かし傷つけ)んことを」

と。国王(こくおう)笑(わら)って道(い)えるには、

「汝(なんじ)看(み)よ此(こ)の和尚(おしょう)の話(はなし)、終(つい)に然(しか)らずんば朕(ちん)当(まさ)に彼(かれ)を怕(おそ)るべきか?」

と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、

「敢(あえ)て説(い)わず。我(わ)がかの大徒弟(だいとてい)は姓(せい)を猪(ちょ)とし、法名(ほうみょう)を悟能八戒(ごのうはっかい)と称(しょう)す、彼(かれ)生(うま)れ得(え)て長嘴獠牙(ちょうしりょうが=長き嘴と牙)、剛鬢扇耳(ごうびんせんじ=剛き鬢と扇の耳)、身粗肚大(しんそどだい=体太く腹大)、路を行(ゆ)けば風(かぜ)を生(しょう)ず。第二(だいに)の徒弟(とてい)は姓(せい)を沙(さ)とし、法名(ほうみょう)を悟浄和尚(ごじょうおしょう)と称(しょう)す、彼(かれ)生(うま)れ得(え)て身長丈二(しんちょうじょうに=一丈二尺)、臂闊三停(ひかつさんてい=腕太き三停)、臉(かお)は藍靛(らんてん=藍)の如(ごと)く、口(くち)は血盆(けつぼん=血の盆)に似(に)たり、眼光(がんこう=目つき)閃灼(せんしゃく=ぎらつき)、牙歯(がし=歯)は釘(くぎ)を排(なら)べたり。彼(かれ)らは皆(みな)是(こ)れ此(こ)の如(ごと)き個(ひとつ)の容姿(ようし=姿)なるを以(もっ)て、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に領(つ)れ入(い)りて朝(ちょう)に入(い)れざるなり」

と。国王(こくおう)道(い)えるには、

「汝(なんじ)既(すで)に此(こ)の如(ごと)く一遍(いっぺん)説(と)き了(おわ)らば、寡人(かじん)何(なん)ぞ彼(かれ)を怕(おそ)れん? 宣(せん)じ入(い)れよ」

と。随即(ずいそく)金牌(きんぱい=金の札)を着(つか)わして館駅(かんえき)に至(いた)りて相請(あいこ)わしむ。

かの呆子(ほんこ=間の抜け者)請(こ)い来(きた)れるを聞(き)き得(え)て、沙僧(しゃそう)に対(たい)して道(い)えるには、

「兄弟(きょうだい)や、汝(なんじ)未(いま)だ書(ふみ)を下(くだ)さしめよと教(おし)えざりしか、此(こ)れ才(はじ)めて書(ふみ)を下(くだ)せるの好処(こうしょ=利点)を見(み)たり。想(おも)うに是(こ)れ師父(しふ)が書(ふみ)を下(くだ)ししに、国王(こくおう)道(い)えるには、書(ふみ)を捎(たずさ)うる人(ひと)は怠慢(たいまん=疎か)にす可(べ)からずと、一定(かなら)ず筵宴(えんえん=酒宴)を整治(せいち=整え)して彼(かれ)を待(ま)つならん。彼(かれ)が食腸(しょくちょう=食欲)は不済(ふせい=並々ならず)、汝(なんじ)と我(われ)が心(こころ)有(あ)れば、名(な)を挙(あ)げ出(いだ)し來(きた)れる故此(ゆえ)に、金牌(きんぱい)を着(つか)わし請(こ)い来(きた)れるなり。大家(みな)一頓(ひとくち=一食)を食(く)らいて、明日(みょうにち)好(よ)く行(ゆ)かん」

と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、

「哥(あにき)や、是(こ)れ何(なん)の縁故(えんこ=訳)なるかを知(し)らず、我(われ)ら且(しばら)く去(ゆ)き来(きた)らん」

と。遂(つい)に行李(こうり)馬匹(ばひつ)を倶(とも)に駅丞(えきじょう=駅の役人)に交付(こうふ=引き渡)し、各(おのおの)随身(ずいしん)の兵器(へいき)を帯(お)び、金牌(きんぱい)に随(したが)いて朝(ちょう)に入(い)る。早(はや)く白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に行(ゆ)き到(いた)り、左右(さゆう)に立(た)ち下(おろ)し、朝(ちょう)に向(むか)って個(ひとつ)の喏(じょ=会釈)を唱(とな)えて、再(ふたた)びは也(また)動(うご)かず。かの文武(ぶんぶ)の多官(たかん)、人(ひと)として怕(おそ)れざる無(な)く、皆(みな)道(い)えるには、

「此(こ)の二人(ふたり)の和尚(おしょう)、貌(かたち)醜(みにく)きは也(また)罷(よし)、ただ粗俗(そぞく=野暮)なること太甚(たいじん=甚だ)し! 何(なん)とて我(わ)が王(おう)に見(まみ)ゆるに更(さら)に下拝(げはい=平伏)せず、喏(じょ)を畢(おわ)りて平身(へいしん=起き上が)り、挺然(ていぜん=まっすぐ)として立(た)てるは、怪(あや)しむ可(べ)し怪(あや)しむ可(べ)し!」

と。八戒(はっかい)聞(き)き得(え)て道(い)えるには、

「列位(れっい=皆様)、議論(ぎろん)するを要(よう)すること莫(なか)れ、我(われ)らは是(こ)れ此(こ)の般(ごと)きものなり。乍(にわ)かに看(み)れば果(はた)して些(いささ)か醜(みにく)き有(あ)れども、ただ些(しばら)く下(した)より看(み)る時(とき)来(く)れば、却(かえっ)て也(また)耐看(たいかん=見慣るる)ものなり」

と。

かの国王(こくおう)彼(かれ)が醜陋(しゅうろう)なるを見(み)て、已(すで)に心(こころ)驚(おどろ)きしに、及(および=〜に至っ)てかの呆子(ほんこ)の話(はなし)を説(と)き出(いだ)すを聞(き)き得(え)れば、愈(いよいよ)胆(きも)を顫(ふるわ)し、就(すなわ)ち坐(ざ)に安(やす)からず、龍床(りゅうしょう)より跌(お)ち下(くだ)りしを、幸(さいわい)に近侍(きんじ=側仕え)の官員(かんいん)の扶(たす)け起(おこ)す有(あ)り。慌(あわ)てるかな個(ひとり)の唐僧(とうぞう)は殿前(でんぜん)に跪(ひざまず)き、住(や)まずの叩頭(こうとう=額ずき)して道(い)えるには、

「陛下(へいか)、貧僧(ひんそう)該当(がいとう=まさに)万死万死(ばんしばんし=幾度も死に値す)! 我(われ)徒弟(とてい)の醜陋(しゅうろう)にして、敢(あえ)て朝見(ちょうけん=謁見)せず、恐(おそ)らくは龍体(りゅうたい)を傷(そこな)わんと言(い)いしが、果(はた)して駕(が=玉体)を驚(おどろ)かし奉(たてまつ)れるなり」

と。かの国王(こくおう)戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として近(ちか)く前(まえ)に走(はし)り寄(よ)り、攙(たす)け起(おこ)して道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)、還(また)幸(さいわい)に汝(なんじ)先(さき)に説(と)き過(す)ぎたり;もし未(いま)だ説(と)かざりせば、猛然(もうぜん=いきなり)に彼(かれ)を見(み)て、寡人(かじん)は一定(かなら)ず唬殺(こくさつ=驚き殺さ)れなんとせしを!」

と。国王(こくおう)性(せい)を定(さだ)むること多時(たじ=しばし)にして、便(すなわ)ち問(と)いて道(い)えるには、

「猪長老(ちょちょうろう)沙長老(さちょうろう)、是(いず)れ哪(いず)れの一位(いちい)か妖(よう)を降(くだ)すに善(よ)くする者(もの)ぞ?」

と。かの呆子(ほんこ)好歹(よしあし)を知(し)らず、答(こた)えて道(い)えるには、

「老猪(ろうちょ=俺様)会(よ)く降(くだ)す」

と。国王(こくおう)道(い)えるには、

「如何(いかん)にして家(や)り降(くだ)すか?」

と。八戒(はっかい)道(い)えるには、

「我(われ)は乃(すなわ)ち天蓬元帥(てんぽうげんすい)なりしが、ただ因(よ)りて罪(つみ)に坐(ざ)し天条(てんじょう=天の掟)を犯(おか)し、下世(かせい=下界)に堕落(だらく)せしを、幸(さいわい)に今(いま)正(しょう)に皈依(きえ=帰依)して僧(そう)と為(な)れり。東土(とうど)より此(こ)の処(ところ)に来(きた)れるより、第一(だいいち)に妖(よう)を降(くだ)す会(え)えるは是(こ)れ我(われ)なり」

と。国王(こくおう)道(い)えるには、

「既(すで)に是(こ)れ天将(てんしょう=天の将)の凡(ぼん=下界)に臨(のぞ)めるなれば、必(かなら)ず善(よ)く能(よ)く変化(へんげ)せん」

と。八戒(はっかい)道(い)えるには、

「不敢(ふかん=恐れ入る)、不敢(ふかん)、也(また)将就(しょうじゅう=まあまあ)個(いくつ)か変化(へんげ)の児(こ)を暁(さと)れるのみ」

と。国王(こくおう)道(い)えるには、

「汝(なんじ)試(こころ)みに一個(ひとつ)を変(か)えて我(われ)看(み)ん」

と。八戒(はっかい)道(い)えるには、

「題目(だいもく=お題)を請(こ)い出(いだ)し給(たま)え、樣子(ようす=手本)に照(てら)し依(よ)りて好(よ)く変(か)えん」

と。国王(こくおう)道(い)えるには、

「一個(ひとつ)の大(おお)きなるを変(か)えよ」

と。かの八戒(はっかい)彼(かれ)にも也(また)三十六般変化(さんじゅうろっぱんへんげ=三十六種の変化)有(あ)り、就(すなわ)ち階前(かいぜん=階の前)に在(あ)りて手段(しゅだん)を売弄(ばいろう=ひけらか)し、却(かえっ)て便(すなわ)ち訣(けつ=呪文)を捻(ねん=唱)じ呪(じゅ)を念(ねん)じ、一声(ひとこえ)

「長(のび)よ!」

と喝(かつ)すれば、腰(こし)を一(ひとつ)躬(かが)めて、就(すなわ)ち長(たけ)有(ゆう)すること八九丈(はっきゅうじょう)と成(な)り、却(かえっ)て個(ひとつ)の開路神(かいろしん=道開きの神)の一般(いっぱん)に似(に)たり。嚇(おどろ)かすかなかの両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)し;一国(いっこく)の君臣(くんしん)、呆呆掙掙(ほうほうそうそう=ぼうぜんと)たり。時(とき)に鎮殿将軍(ちんでんしょうぐん=殿を守る将)の問(と)うて道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)、此(こ)の如(ごと)く身(み)を高(たか)く変(か)え得(え)るは、必(かなら)ず甚(なん)の処(ところ)に長(た)ち到(いた)りてか、才(はじ)めて止極(しきょく=極まり)有(あ)る?」

と。かの呆子(ほんこ)又(また)呆(ほう)けた話(はなし)を説(と)き出(いだ)し来(きた)りて道(い)えるには、

「風(かぜ)を看(み)よ、東風(とうふう)は猶(なお)可(よ)し、西風(せいふう)も也(また)将就(しょうじゅう=まあまあ);もし是(こ)れ南風(なんぷう)起(お)こらば、青天(せいてん)をも也(また)個(ひとつ)の大(おお)きなる窟窿(くつるう=穴)を拱(お)し開(あ)けん!」

と。かの国王(こくおう)大(おお)いに驚(おどろ)きて道(い)えるには、

「神通(じんつう)を収(おさ)め了(おわ)らしめよ、是(こ)れ此(こ)の般(ごと)き変化(へんげ)なるを暁(さと)れり」

と。八戒(はっかい)身(み)を一(ひとつ)縮(ちぢ)めて、依然(いぜん=元のま)として本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し、階前(かいぜん)に侍立(じりつ=かしこまり立)つ。国王(こくおう)又(また)問(と)いて道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)此(こ)の去(ゆき)に、何(なん)の兵器(へいき)有(あ)りて彼(かれ)と交戦(こうせん)するか?」

と。八戒(はっかい)腰(こし)の裡(うち)より釘鈀(ていは=熊手)を掣(ひ)き出(いだ)して道(い)えるには、

「老猪(ろうちょ)使(つか)うは是(こ)れ釘鈀(ていは)なり」

と。国王(こくおう)笑(わら)って道(い)えるには、

「可(いか)に門面(もんめん=見栄え)を敗壊(はいかい=損な)えるかな! 我(われ)が此(こ)の処(ところ)には鞭簡瓜錘(べんかんかすい=鞭・笏・瓜・錘)、刀槍鉞斧(とうそうえつふ=刀・槍・鉞・斧)、剣戟矛鎌(けんげきぼうれん=剣・戟・矛・鎌)の有(あ)る有(あ)り、随(したが)いて汝(なんじ)に称手(しょうしゅ=手頃)なるを選(えら)ばしめ一個(ひとつ)を拿(と)り往(ゆ)かしめん。かの釘鈀(ていは)は何(なん)の兵器(へいき)とか算(さん=数え)えん?」

と。八戒(はっかい)道(い)えるには、

「陛下(へいか)知(し)り給(たま)わず、我(わ)が此(こ)の釘鈀(ていは)は、然(しか)れども粗夯(そこう=粗野)なれども、実(じつ)に是(こ)れ自幼(じよう=幼きより)随身(ずいしん)の器(うつわ)なり。曾(かつ)て天河水府(てんがすいふ=天河水府)に在(あ)りて帥(すい=将帥)と為(な)り、八万(はちまん)の水兵(すいへい)を轄押(かつおう=統率)せしに、全(まった)く此(こ)の釘鈀(ていは)の力(ちから)に仗(よ)れり。今(いま)凡世(ぼんせい=下界)に臨(のぞ)み、吾(わ)が師(し)を保護(ほご)して、山(やま)に逢(あ)えば虎狼(ころう)の巣(す)を築(つ)き破(やぶ)り、水(みず)に遇(あ)えば龍蜃(りゅうじん=龍と蜃)の穴(あな)を掀(あお)り翻(ひるがえ)すは、皆(みな)是(こ)れ此(こ)の釘鈀(ていは)なり」

と。国王(こくおう)此(こ)の言(こと)を聞(き)き得(え)て、十分(じゅうぶん=大い)に喜(よろこ)び心(こころ)に信(しん)ぜり。即(すなわ)ち九嬪妃子(きゅうひんひし=九人の后)に命(めい)じて道(い)えるには、

「朕(ちん)が親(みずか)ら用(もち)うるの御酒(ぎょしゅ=王の酒)を、瓶(びん)に整(ととの)え取(と)り来(きた)らしめ、権(かり)に長老(ちょうろう)に与(あた)えて送行(そうこう=見送り)と為(な)せ」

と。遂(つい)に満(み)ちたる一爵(いっしゃく=一杯)を斟(く)み、八戒(はっかい)に奉(ほう)じて道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)、此(こ)の杯(さかずき)の酒(さけ)は聊(いささ)か労(ろう)を奉(ほう)ずるの意(い)を引(ひ)くのみ。妖魔(ようま)を捉(とら)え得(え)て、小女(しょうじょ=娘)を救(すく)い回(かえ)さんを待(ま)ちて、自(おのず)から大宴(たいえん=盛大な宴)有(あ)りて相酬(あいむく)い、千金(せんきん)もて重(かさ)ねて謝(しゃ)せん」

と。かの呆子(ほんこ)杯(さかずき)を手(て)に接(うけ)取(と)り、人物(じんぶつ=風体)は是(こ)れ粗魯(そろ=粗野)なれども、行事(ぎょうじ=振る舞い)は倒(かえっ)て斯文(しぶん=上品)なること有(あ)り、三蔵(さんぞう)に対(たい)して個(ひとつ)の大喏(だいじょ=丁寧な会釈)を唱(とな)えて道(い)えるには、

「師父(しふ)、此(こ)の酒(さけ)は本(もと)汝(なんじ)より飲(の)み起(おこ)す可(べ)きなれど、但(た)だ君王(くんおう)の我(われ)に賜(たまわ)るを、敢(あえ)て違背(いはい=背)かず、老猪(ろうちょ)に先(さき)に食(く)らわしめ、興頭(こうとう=興)を助(たす)けさせ、好(よ)く妖怪(ようかい)を捉(とら)えん」

と。かの呆子(ほんこ)一飲(いちいん)にして干(ほ)し了(おわ)り、才(はじ)めて一爵(いっしゃく)を斟(く)んで、師父(しふ)に遞(わた=手渡)す。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、

「我(われ)酒(さけ)を飲(の)まず、汝(なんじ)ら兄弟(きょうだい)食(く)らえ」

と。沙僧(しゃそう)近(ちか)く前(まえ)に寄(よ)りて接(うけ)取(と)る。八戒(はっかい)就(すなわ)ち足下(そくか=足元)に雲(くも)を生(しょう)じ、直(ただち)に空(くう)の裡(うち)に上(のぼ)りしを、国王(こくおう)見(み)て道(い)えるには、

「猪長老(ちょちょうろう)又会(また)雲(くも)に騰(のぼ)るを会(え)るか!」

と。呆子(ほんこ)去(さ)り了(おわ)り、沙僧(しゃそう)酒(さけ)を将(もっ)て亦(また)一飲(いちいん)にして干(ほ)し了(おわ)り、道(い)えるには、

「師父(しふ)! かの黄袍怪(こうほうかい)汝(なんじ)を拿捉(だとら)えし時(とき)、我(われ)ら二人(ふたり)彼(かれ)と交戦(こうせん)して、ただ個(ひとつ)の手平(ていひら=互角)を戦(たたか)えるのみ。今(いま)二哥(にい=次兄)独(ひと)り去(ゆ)けども、恐(おそ)らくは彼(かれ)に戦(たたか)い過(す)ぎじ」

と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、

「正(まさ)に是(こ)れなり、徒弟(とてい)や、汝(なんじ)往(ゆ)きて彼(かれ)と功(こう=働き)を帮(たす)け帮(たす)けよ」

と。沙僧(しゃそう)言(こと)を聞(き)き、也(また)雲(くも)を縦(じゅう=駆)り跳(おど)り将(も)ち起(おこ)りて去(ゆ)く。かの国王(こくおう)慌(あわ)て、唐僧(とうぞう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)えるには、

「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)且(しばら)く寡人(かじん)と坐(ざ)を陪(とも)にせよ、也(また)雲(くも)に騰(のぼ)りて去(ゆ)くこと莫(なか)れ」

と。唐僧(とうぞう)道(い)えるには、

「憐(あわ)れむ可(べ)し憐(あわ)れむ可(べ)し! 我(われ)半歩(はんぽ=半歩)の児(こ)も也(また)去(ゆ)くこと得(え)ず!」

と。此(こ)の時(とき)二人(ふたり)の殿上(でんじょう)に在(あ)りて話(はなし)を叙(じょ=語り合)うは措(お)きて題(だい=述べ)せず。

さてかの沙僧(しゃそう)八戒(はっかい)に追(お)い着(つ)きて道(い)えるには、

「哥哥(あにき)、我(われ)来(きた)れり」

と。八戒(はっかい)道(い)えるには、

「兄弟(きょうだい)や、汝(なんじ)来(きた)れるは何(なん)とする?」

と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、

「師父(しふ)我(われ)を来(きた)らしめて功(こう)を帮(たす)けしむるなり」

と。八戒(はっかい)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)えるには、

「説(い)うは是(さ)なり、来(きた)れるは好(よ)し。我(われ)ら二人(ふたり)力(ちから)を努(つと)め心(こころ)を斉(ひとし)くし、往(ゆ)きてかの怪物(かいぶつ)を捉(とら)えんに、雖(いえど)も怎(いか)にもあれ、也(また)此(こ)の国(くに)に姓名(せいめい)を揚(あ)げ揚(あ)げん」

と。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)ら:

靉靆(あいたい=雲の厚き)たる祥光(しょうこう=めでたき光)国界(こっかい)を辞(じ=辞)し、
氤氳(いんうん=立ち込める)たる瑞気(ずいき=めでたき気)京城(けいじょう)を出(い)づ。
王(おう)の旨意(しい=仰せ)を領(りょう=承)けて山洞(さんどう)に来(きた)り、
力(ちから)を努(つと)め心(こころ)を斉(ひとし)くして怪霊(かいれい=怪しき霊)を捉(とら)う。

彼(かれ)ら二人(ふたり)多時(たじ)ならずして、洞口(どうぐち)に到(いた)り、雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)す。八戒(はっかい)釘鈀(ていは)を掣(ひ)き、かの波月洞(はげつどう)の門(もん)の上(うえ)に向(むか)いて、力(ちから)の限(かぎ)りを尽(つく)して一(ひとつ)筑(つ)きすれば、彼(かれ)がかの石門(せきもん)を筑(つ)きて斗(と=枡)来(らい=ほど)の大小(だいしょう)の個(ひとつ)の窟窿(くつるう=穴)と成(な)せり。嚇(おどろ)かすかなかの門(もん)を把(まも)るの小妖(しょうよう)、門(もん)を開(ひら)きて、彼(かれ)ら二人(ふたり)なるを看(み)れば、急(きゅう)に走(はし)り進(い)りて報(ほう)じて道(い)えるには、

「大王(だいおう)、不好(ふこう=大変)了(りょう)! かの長嘴大耳(ちょうしだいじ=長き嘴と大耳)の和尚(おしょう)と、かの晦気臉(かいきれん=不吉な顔)の和尚(おしょう)と、又(また)来(きた)りて門(もん)を把(まも)り皆(みな)打(う)ち破(やぶ)れり!」

と。かの怪(かい)驚(おどろ)いて道(い)えるには、

「此(こ)れは還(また)猪八戒(ちょはっかい)と沙和尚(さおしょう)との二人(ふたり)なるか。我(われ)彼(かれ)が師父(しふ)を饒(ゆる)ししに、何(なん)とて又(また)敢(あえ)て復(ま)た来(きた)りて我(わ)が門(もん)を打(う)たんや!」

と。小妖(しょうよう)道(い)えるには、

「想(おも)うに是(こ)れ何(なん)の物件(ぶっけん=品)を忘(わす)れしにて、来(きた)りて取(と)るならん」

と。老怪(ろうかい)咄(とつ=叱)の一声(ひとこえ)して道(い)えるには、

「胡纏(こてん=たわごと)! 物件(ぶっけん)を忘(わす)れしとて、就(すなわ)ち敢(あえ)て打(う)ちて門(もん)に上(のぼ)り来(きた)れるは、必(かなら)ず縁故(えんこ=訳)有(あ)り!」

と。急(きゅう)に披掛(ひか=甲冑)を整束(せいそく=身に着け)し、鋼刀(こうとう)を綽(ひっつか)み、走(はし)り出(い)で来(きた)りて問(と)いて道(い)えるには、

「かの和尚(おしょう)、我(われ)既(すで)に汝(なんじ)が師父(しふ)を饒(ゆる)ししに、汝(なんじ)何(なん)とて又(また)敢(あえ)て来(きた)りて我(わ)が門(もん)を打(う)ち上(のぼ)るか?」

と。八戒(はっかい)道(い)えるには、

「汝(なんじ)此(こ)の潑怪(はつかい=卑しき怪)の好(よ)き事(こと)の児(こ)を干(や)り了(おわ)りし!」

と。老魔(ろうま)道(い)えるには、

「何(なん)の事(こと)ぞ?」

と。八戒(はっかい)道(い)えるには、

「汝(なんじ)宝象国(ほうしょうこく)の三公主(さんこうしゅ)を洞内(どうない)に騙(だま)し来(きた)り、強(つよき)に倚(よ)りて覇占(はせん=力ずくで占)めて妻(つま)と為(な)し、住(す)むこと一十三載(じゅうさんさい)にもなれば、也(また)該当(がいとう=当然)彼女(かのじょ)を還(かえ)す可(べ)し。我(われ)国王(こくおう)の旨意(しい=仰せ)を奉(ほう)じ、特に来(きた)りて汝(なんじ)を擒(とら)えん。汝(なんじ)快(はや)く快(はや)く進(い)り入(い)り、自(みずか)ら縄(なわ)を把(もっ)て縛(ばく)し出(い)で来(きた)らば、還(また)老猪(ろうちょ)が手(て)を動(うご)かすを免(まぬか)れん!」

と。かの老怪(ろうま)言(こと)を聞(き)き、十分(じゅうぶん)に発怒(はつど=怒りを発)す。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ):

屹迸迸(きつほうほう=歯を食いしばる貌)と、鋼牙(こうが=鋼の牙)を咬(か)み響(ひび)かし;
滴溜溜(てきりゅうりゅう=きょろきょろと)、環眼(かんがん=丸き眼)を睜(みは)り;
雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)、刀(かたな)を挙(あ)げ来(きた)り;
赤淋淋(せきりんりん=赤裸々に)、頭(こうべ)を攔(さえぎ)りて便(すなわ)ち砍(き)る。

八戒(はっかい)身(み)を側(そばだ)てて避(よ)け過(す)ぎ、釘鈀(ていは)を使(つか)いて面(おもて)を劈(つんざ)いて迎(むか)え、其(そ)の後(あと)又有(また)沙僧(しゃそう)の宝杖(ほうじょう)を挙(あ)げて前(まえ)に赶(お)い上(のぼ)り斉(ひとしく)打(う)つ。此(こ)の一場(いちじょう=一戦)の山頭(さんとう=山の頂)のうえに在(あ)りて賭闘(ととう=戦いを競)うは、前(まえ)と比(くら)ぶるに同(おな)じからず、真個(しんこ=実)に是(こ)れ:

言差語錯(げんさごさく=言葉の行き違い)人(ひと)の悩(なやみ)を招(まね)き、
意毒情傷(いどくじょうしょう=心の毒)怒気(どき=怒り)を生(しょう)ず。
此(こ)の魔王(まおう)の大鋼刀(だいこうとう)、頭(こうべ)に着(つ)けて便(すなわ)ち砍(き)り;
かの八戒(はっかい)の九歯鈀(きゅうしは=九歯の熊手)、面(おもて)に対(たい)して来(きた)り迎(むか)う。
沙悟浄(さごじょう)宝杖(ほうじょう)を投(なげう=投げ捨て)て開(ひら)けば、
かの魔王(まおう)神兵(しんぺい=神の兵)を抵架(ていか=防)ぐ。
一(ひとり)の猛怪(もうかい)、二(ふたり)の神僧(しんそう)、
来来往往(らいらいおうおう=行き来)して甚(はなは)だ消停(しょうてい=絶え間)せず。
此(こ)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)国礼(こくれい=国の礼)を騙(だま)ししは該当(がいとう=当然)に死罪(しざい)なれ!」
彼(か)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)閑事(かんじ=余計な事)を羅(あさ)り不平(ふへい)を報(ほう)ず!」
此(こ)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)公主(こうしゅ)を強婚(きょうこん=無理矢理娶)し国体(こくたい)を傷(そこな)う!」
彼(か)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)が事(こと)に干(かかわ)らず、閑(むだ)に争(あらそ)う莫(なか)れ!」
算(かぞ)え来(きた)ればただ書(ふみ)を捎(たずさ)うるの故(ゆえ)の為(ため)にして、
僧(そう)と魔(ま)との両(ふたつ)ながら寧(やす)からざらしむ。

彼(かれ)らかの山坡(さんぱ=山の斜面)の前(まえ)に在(あ)りて、戦(たたか)うこと八九個(はっきゅうこ)の回合(ごう)を経(へ)しが、八戒(はっかい)漸漸(ぜんぜん=次第)に不済(ふせい=弱り)の将(さき=ゆくえ)と成(な)り、釘鈀(ていは)挙(あ)ぐること難(かた)く、気力(きりょく)加(くわ)わらず。汝(なんじ)如何(いかん)にして此(こ)の如(ごと)く彼(かれ)に戦(たたか)い過(す)ぎざるかと道(い)わば、当時(とうじ=その時)初(はじ)めて相(あい)戦(たたか)いしには、かの護法(ごほう)の諸神(しょしん=神々)の唐僧(とうぞう)の洞(どう)に在(あ)るが為(ため)に、暗(あん)の裡(うち)に八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)を助(たす)くる有(あ)りし故(ゆえ)に、僅(わず)か個(ひとつ)の手平(ていひら=互角)を得(え)しのみ;此(こ)の時(とき)諸神(しょしん)は皆(みな)宝象国(ほうしょうこく)に在(あ)りて唐僧(とうぞう)を護定(ごてい=護り定)むれば、此(こ)の故(ゆえ)に二人(ふたり)敵(てき)し難(がた)し。

かの呆子(ほんこ)道(い)えるには、

「沙僧(しゃそう)や、汝(なんじ)且(しばら)く前(まえ)に上(のぼ)り来(きた)りて彼(かれ)と斗(たたか)い着(つ)けよ、老猪(ろうちょ)を出恭(しゅっきょう=用便)に往(ゆ)かしめよ」

と。彼(かれ)就(すなわ)ち沙僧(しゃそう)に顧(かえり)みるを得(え)ず、一溜(いちりゅう=すべるように)とかの蒿草薜蘿(こうそうへいら=蓬と蔦)、荊棘葛藤(けいきょくかっとう=茨と葛)の裡(うち)に、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、一頓(ひとまと)も鑽(もぐ)り進(い)り、那(なん)ぞ頭(かしら)の皮(かわ)を刮(こす)り破(やぶ)られ、嘴臉(しれん=顔)を搠(つ)き傷(きずつ)けらるるを管(かん)せん、一轂轆(いっこくろく=ごろり)と睡(ね)て倒(たお)れ、再(ふたた)び敢(あえ)て出(い)で來(きた)らず、ただ半辺(はんぺん=片方)の耳朶(じだ=耳)を留(とど)めて、梆(ほう=拍子木)の声(こえ)を聴(き)くのみ。

かの怪(かい)八戒(はっかい)の走(に)げ了(おわ)りしを見(み)て、就(すなわ)ち沙僧(しゃそう)に奔(はし)る。沙僧(しゃそう)手(て)を措(お)くに及(およ)ばず、怪(かい)に一把(いっぱ=ひとつかみ)に抓(つか)み住(とど)められ、洞(どう)の裡(うち)に捉(とら)え進(い)られ、小妖(しょうよう)沙僧(しゃそう)を四馬纏蹄(しばてんてい=四つんばいに縛)りて捆(くく)り住(とど)めたり。

畢竟(ひっきょう=結局)端的(たんてき=結末)の性命(せいめい)如何(いかん)ならんと知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説明)を聴(き)け。