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003 第三回 四海(しかい)千山(せんざん)皆(みな)拱伏(きょうふく)し 九幽(きゅうゆう)十類(じゅうるい)尽(ことごと)く名(な)を除(のぞ)く

さて、美猴王(びこうおう)は故里(こくり)に栄(さか)え帰(かえ)り、混世魔王(こんせいまおう)を剿(せいばい)てよりこの方、一口(ひとふり)の大刀(だいとう)を奪(うば)い取(と)れり。

日々(ひび)に武芸(ぶげい)を操演(そうえん)し、小猴(しょうこう)らに教(おし)えて、竹(たけ)を砍(き)りて標(ひょう=ほこ先)と為し、木(き)を削(けず)りて刀(かたな)と為し、旗幡(きばん)を治(つく)り、哨子(しょうす=呼び笛)を打り、一つ進みては一つ退(しりぞ)き、営(えい)を安(やす)んじ寨(さい)を下して、頑耍(がんしゃ)すること多時(しばらく)なりき。

忽然(たちまち)、静坐(せいざ)の処に在りて、思想(おもんばか)りて道(いわ)く、
「我等(われら)この処に在りて、恐(おそ)らくは作耍(さしゃ)の真(まこと)と成(な)り、或は人王(じんのう)を驚動(きょうどう)し、或は禽王(きんおう)・獣王(じゅうおう)のこの犯頭(はんとう=罪科の的)を認(みと)め、我らが兵(へい)を操(あやつ)りて反(はん)を造(な)すと説いて、師(し)を興(おこ)して来りて相(あい)殺(ころ)さんずることあらんに、汝等(なんじら)は皆これ竹竿(ちくかん)・木刀(ぼくとう)なるに、いかにしてか対敵(たいてき)せん。須(かなら)ず鋒利(ほうり)の剣戟(けんげき)を得(う)るべし。如今(いま)奈何(いかん)せん」
と。

衆猴説を聞きて、箇箇(おのおの)驚恐(きょうきょう)して道(いわ)く、
「大王(だいおう)の見(けん)るところ甚だ長(た)けたり。ただ取(と)るべき処の無きのみ」
と。

正に説いおる間(あいだ)に、四箇(よたり)の老猴(ろうこう)の転(めぐ)り上み出づる有り。二箇(ふたり)はこれ赤尻馬猴(せっこうばこう=赤き尻の馬猴)、二箇(ふたり)はこれ通背猿猴(つうはいえんこう)にして、走みて面前(めんぜん)に到(いた)りて道(いわ)く、
「大王(だいおう)、もし鋒利(ほうり)の器械(きかい)を治(つく)らんと要(ほっ)せば、甚だ是容易(ようい)なり」
と。悟空道(いわ)く、
「いかにしてか容易(ようい)と見えん」
と。四猴(しこう)道(いわ)く、
「我らがこの山(やま)より、東(ひがし)に向いて去(ゆ)くこと二百里(にひゃくり)の水面(すいめん)有り、かの方は乃ち傲来国(ごうらいこく)の界(さかい)なり。かの国界(こっかい)の中に一の王位(おうい)有り、満城(まんじょう)の軍民(ぐんみん)その数(かず)計(かぞ)えず、必(かなら)ずや金銀銅鉄(きんぎんどうてつ)等の匠作(しょうさく=鍛冶職人)有らん。大王(だいおう)もしかの処に去(ゆ)き、或は買(か)い或は造(つく)りて些(いささ)かの兵器(へいき)を得、我等(われら)に教演(きょうえん)しめ、山場(さんじょう)を守護(しゅご)せしめば、誠(まこと)に所謂(いわゆる)泰(たい)を保(たも)ち長久(ちょうきゅう)なるの機(き)なり」
と。悟空説を聞き、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)して道(いわ)く、
「汝等(なんじら)はこの処に在りて頑耍(がんしゃ)せよ、我去(ゆ)きて来らん」
と。

好き猴王(こうおう)かな、急(いそ)ぎ觔斗雲(きんとうん=宙返りの雲)を縦(はな)ち、霎時間(しばらく)にして二百里(にひゃくり)の水面(すいめん)を過(す)ぎたり。果(はた)してかの方に一座(ひとつ)の城池(じょうち)有り、六街三市(ろくがいさんし=町筋と市場)、万戸千門(ばんこせんもん)、来たり往(ゆ)きて、人(ひと)皆光天化日(こうてんかじつ=白日の下)の下に在り。悟空心中(しんちゅう)に想(おも)うて道(いわ)く、
「この処に定ず現成(げんせい)の兵器有らん。我下(くだ)り往(ゆ)きて彼(かれ)より幾件(いくつ)かを買(か)わんと待(ま)たんよりは、却(かえ)って一箇(ひとつ)の神通(じんつう)を使(つか)いて彼(かれ)より幾件(いくつ)かを覓(もと)め出さんの、倒(かえ)って好からん」
と。彼(かれ)すなわち訣(けつ=印の結び)を捻(ねん)起し、呪語(じゅご)を念動(ねんどう)し、巽地(そんち=東南の方角)に向いて一息(ひといき)を吸(す)い込(こ)み、呼(ふ)っと吹(ふ)き将(も)ち去(ゆ)けば、すなわちこれ一陣(ひとむれ)の風(かぜ)、沙(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走らせ、好く人(ひと)を驚(おどろ)かすかな。

詩(し)に曰(いわ)く、
砲雲(ほううん=砲のごとき雲)の起こる処、乾坤(けんこん)を蕩(ゆるが)し、
黒霧(こくむ)陰霾(いんばい)として、大地(だいち)昏(くら)し。
江海(こうかい)波(なみ)翻(ひるがえ)りて、魚蟹(ぎょかい)怕(おそ)れ、
山林(さんりん)樹(き)折(お)れて、虎狼(ころう)奔(はし)る。
諸般(しょはん)の買売(ばいばい)に、商旅(しょうりょ=旅の商人)無く、
各様(かくよう)の生涯(しょうがい)に、人(ひと)を見ず。
殿上(でんじょう)の君王(くんおう)は、内院(ないいん)に帰(かえ)り、
階前(かいぜん)の文武(ぶんぶ)は、衙門(がもん=役所)に転(まわ)る。
千秋(せんしゅう)の宝座(ほうざ)は、都吹(ふ)き倒(たお)され、
五鳳(ごほう)の高楼(こうろう)は、幌動(こうどう)して根(ね)を動かす。
と。

風(かぜ)の起こる処、かの傲来国(ごうらいこく)の君王(くんおう)を驚(おどろ)かし散(さん)じ、三街六市(さんがいろくし=町々)、都慌(あわ)てて門(かど)を関(とざ)し戸(と)を閉(と)じ、敢(あ)えて走る者無し。

悟空才(ようや)く雲頭(うんとう)を按(おろ)し下し、径(ただち)に朝門(ちょうもん)の裡(うち)に闖入(ちんにゅう)り、直(ただち)に兵器館(へいきかん)・武庫(ぶこ)の中を尋(たず)ね到(いた)り、門扇(もんせん)を打ち開(あ)けて看(み)(み)るに、かの裡(うち)に無数(むすう)の器械(きかい)有り。曰(いわ)く、刀(とう)、槍(そう)、剣(けん)、戟(げき)、斧(ふ)、鉞(えつ)、毛(もう=毛鎌)、鎌(れん)、鞭(べん)、鈀(は=くまで)、撾(さ)、簡(かん=鉄の笏)、弓(きゅう)、弩(ど=いしゆみ)、叉(さ)、矛(ぼう)、件件(けんけん)俱(とも)に備(そな)われり。一見(いちげん)して甚だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、
「我一人(ひとり)にして能く幾何(いくばく)かを拿り得(う)べき。還(かえ)って一箇(ひとつ)の分身法(ぶんしんぽう=身(み)を分かつ術)を使(つか)いて、搬(はこ)び将(も)ち去(さ)らんか」
と。

好き猴王(こうおう)かな、すなわち一把(ひとつかみ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、口(くち)に入れて嚼(か)み爛(ただ)らし、噴(ふ)き将(も)ち出し、呪語(じゅご)を念動(ねんどう)し、声(こえ)を叫んで、
「変(へん)ぜよ!」
と。変(へん)じて千百(せんびゃく)の小猴(しょうこう)と為り、都乱(みだ)りに搬(はこ)び乱(みだ)りに搶(あらそ)う。力(ちから)の有(あ)る者は五七件(ごしちけん)を拿り、力(ちから)の小(ちい)さき者は三二件(さんにけん)を拿り、尽数(ことごと)く搬(はこ)びて箇(ひとつ)の罄浄(けいじょう=すっからかん)と為せり。径(ただち)に雲頭(うんとう)を踏(ふ)み、一箇(ひとつ)の摂法(せっぽう=物を引き寄せる術)を弄(ろう)し、狂風(きょうふう)を喚(よ)び転(てん)じ、小猴(しょうこう)を帯領(たいりょう)し、俱(とも)に本処(ほんじょ)に回(かえ)れり。

さて、かの花果山(かかざん)の大小(だいしょう)の猴児(こうじ)は、正にかの洞門外(どうもんがい)に在りて頑耍(がんしゃ)しおるに、忽(たちま)ち風声(ふうせい)の響(ひび)く処を聞き得、半空中(はんくうちゅう)に、丫丫叉叉(ああささ=ごちゃごちゃ)として、辺(へん)無く岸(きし)無きの猴精(こうせい)の在るを見、唬(おどろ)かされて都乱(みだ)りに跑(はし)り乱(みだ)りに隠(かく)る。少時(しばらく)にして、美猴王雲頭(うんとう)を按(おろ)し落(おと)し、雲霧(うんむ)を収(おさ)め、身(み)を一抖(ひとゆす)りすれば、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め了んぬ。兵器(へいき)を乱(みだ)りに山前(さんぜん)に堆(うずたか)く積(つ)み、叫って道(いわ)く、
「小(ちい)さき者どもよ!都来りて兵器(へいき)を領け!」
と。衆猴看(み)(み)るに、ただ悟空(ごくう)の独(ひと)り平陽(へいよう)の地(ち)に立(た)てるを見、俱(とも)に跑(はし)り来りて叩頭(こうべをたたき)して故(ゆえ)を問(と)う。悟空前(さき)に狂風(きょうふう)を使(つか)い、兵器(へいき)を搬(はこ)びし一応(いちおう)の事(こと)を説き了んぬ。衆猴称謝(しょうしゃ)し畢(おわ)り、都往(ゆ)きて刀(かたな)を搶(あらそ)い剣(つるぎ)を奪(うば)い、斧(おの)を撾(と)り槍(ほこ)を争(あらそ)い、弓(ゆみ)を扯(ひ)き弩(ど)を扳(ひ)き、吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわいがやがや)として、耍(あそ)ぶこと一日(いちじつ)なりき。

次日(あくるひ)、依前(いぜん)営(えい)を排(なら)ぶ。悟空群猴(ぐんこう)を会聚(かいしゅう)するに、計(かぞ)えて四万七千余口(しよんまんななせんよこう)有り。早(はや)くも満山(まんざん)の怪獣(かいじゅう)を驚動(きょうどう)せしめ、都これ些(いささ)かの狼(おおかみ)・虫(むし)・虎(とら)・豹(ひょう)・麂(き=のろ)・獐(しょう)・狐(きつね)・狸(たぬき)・獾(かん=あなぐま)・貉(かく)・獅(しし)・象(ぞう)・狻猊(さんげい=獅子に似た獣)・猩猩(しょうじょう)・熊(くま)・鹿(しか)・野豕(やし=いのしし)・山牛(さんぎゅう)・羚羊(れいよう)・青兕(せいじ=青き犀)・狡児(こうじ)・神獒(しんごう)……各様(かくよう)の妖王(ようおう)、共(あわ)せて七十二洞(しちじゅうにどう)有り、都来りて猴王(こうおう)を参拝(さんぱい)して尊(とうと)びと為す。毎年(まいねん)貢(みつぎ)を献(たてまつ)り、四時(しいじ)に点卯(てんぼう=点呼)し、班(つらね)に随(したが)いて操演(そうえん)するも有り、節(せつ)に随(したが)いて征糧(せいりょう)るも有り、斉斉整整(せいせいせいせい)として、一の花果山(かかざん)を把ちて造(つく)りて鉄桶金城(てっとうきんじょう=鉄の桶と金の城)に似(に)せたり。各路(かくろ)の妖王(ようおう)、又金鼓(きんこ)を進る有り、彩旗(さいき)を進る有り、盔甲(かいこう)を進る有り、紛紛攘攘(ふんぷんじょうじょう=ぞくぞくと入り乱れ)、日逐家(ひごとに)習舞(しゅうぶ)興師(こうし)す。
美猴王正に喜(よろこ)びおる間(あいだ)に、忽(たちま)ち衆(しゅう)に向いて説いて道(いわ)く、
「汝等(なんじら)は弓弩(きゅうど)に熟諳(じゅくあん)し、兵器(へいき)に精通(せいつう)せり。奈何(いかん)ぞ、我がこの一口(ひとふり)の刀(かたな)は著実(ちゃくじつ)榔槺(ろうこう=鈍重で使いにくく)、我が意(こころ)に遂(したが)わず。奈何(いかん)せん」
と。四(よたり)の老猴(ろうこう)上前(すす)み出(い)でて啓奏(けいそう)して道(いわ)く、
「大王(だいおう)は乃ちこれ仙聖(せんせい)なり、凡兵(ぼんぺい)はこれ用に堪(た)えず。ただ知(し)らざるは、大王(だいおう)の水裡(すいり)に能く去(ゆ)き得(う)るや否(いな)や」
と。悟空道(いわ)く、
「我、道(みち)を聞きてよりこの方、七十二般(しちじゅうにはん)の地煞変化(ちさつへんげ=地上の凶星の変化)の功(こう)有り、觔斗雲(きんとうん)は莫大(ばくだい)の神通有り、善(よ)く能く隠身遁身(おんしんとんしん=身(み)を隠し逃れ)し、起法摂法(きほうせっぽう=術を起こし物を招き寄せ)す。天(てん)に上るに路(みち)有り、地(ち)に入るに門(もん)有り、日月(じつげつ)を歩(あゆ)んで影(かげ)無く、金石(きんせき)に入って障(さわ)り無し。水(みず)も溺(おぼ)らす能わず、火(ひ)も焚(や)く能わず。あの些(いささ)か去(ゆ)き得ざる児(ところ)か有らんや」
と。四猴(しこう)道(いわ)く、
「大王既にこの神通有らば、我らがこの鉄板橋(てっぱんきょう)の下、水(みず)は東海龍宮(とうかいりゅうぐう)に通(つう)ず。大王(だいおう)もし肯(あえ)て下り去(ゆ)き、老龍王(ろうりゅうおう)を尋(たず)ね著て、彼(かれ)に問(と)いて件(ひとつ)の甚の兵器(へいき)かを要(もと)めば、却(かえ)って心(こころ)に趁(かな)わずや」
と。悟空言(げん)を聞きて甚だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、
「我去(ゆ)きて来らん」
と。

好き猴王(こうおう)かな、跳りて橋頭(きょうとう)に至(いた)り、一箇(ひとつ)の閉水法(へいすいほう=水を押し開く術)を使(つか)い、訣(けつ)を捻(ねん)じ、撲(ぽ)と波中(はちゅう)に鑽(もぐ)り入り、水路(すいろ)を分(わ)け開(ひら)き、径(ただち)に東洋(とうよう)の海底(かいてい)に入る。正に行(ゆ)く間(あいだ)に、忽(たちま)ち一箇(ひとり)の巡海(じゅんかい)の夜叉(やしゃ=鬼神)の、遮(さえぎ)り止(とど)めて問(と)うて道(いわ)く、
「あの水(みず)を推(お)し来るは、是れ何の神聖(しんせい)ぞ。箇(ひとつ)の明白(めいはく)を説け、好く通報(つうほう)し迎接(げいせつ)すべし」
と。悟空道(いわ)く、
「吾(われ)は乃ち花果山天生(てんせい)の聖人(せいじん)孫悟空(そんごくう)にして、汝(なんじ)が老龍王(ろうりゅうおう)の緊隣(きんりん=近き隣人)なり。何為(なんす)れぞ識(し)らざるか」
と。かの夜叉(やしゃ)説を聴(き)き、急(いそ)ぎ水晶宮(すいしょうきゅう)に転(まわ)りて伝報(でんぽう)して道(いわ)く、
「大王(だいおう)、外(そと)に箇(ひとり)の花果山天生(てんせい)の聖人(せいじん)孫悟空(そんごくう)有り、口(くち)に大王(だいおう)の緊隣(きんりん)なりと称(しょう)し、将(まさ)に宮(きゅう)に到らんとす」
と。東海龍王(とうかいりゅうおう)敖広(ごうこう)すなわち忙(いそ)ぎ起ち上がり、龍子(りゅうし)・龍孫(りゅうそん)・蝦兵(かへい=海老の兵)・蟹将(かいしょう=蟹の将)与に宮(きゅう)を出(い)でて迎(むか)えて道(いわ)く、
「上仙(じょうせん)、請(こ)う進れ、請(こ)う進れ」
と。直(ただち)に宮裡(きゅうり)に至(いた)りて相見(しょうけん)し、上坐(じょうざ)に坐(ざ)し、茶(ちゃ)を献(たてまつ)り畢(おわ)りて、問(と)うて道(いわ)く、
「上仙(じょうせん)は、何時(いつ)道(みち)を得、何の仙術(せんじゅつ)を授(さず)かりたもうか」
と。悟空道(いわ)く、
「我、生身(しょうしん)よりこの方、家(いえ)を出(い)でて修行(しゅぎょう)し、一箇(ひとつ)の無生無滅(むしょうふめつ=生無く滅無し)の体(からだ)を得たり。近(ちか)ごろ児孫(じそん)に教演(きょうえん)しめ、山洞(さんどう)を守護(しゅご)するに因(よ)りて、奈何(いかん)ぞ件(ひとつ)の兵器無きを。久(ひさ)しく賢隣(けんりん)の瑶宮貝闕(ようきゅうばいけつ=玉の宮・貝の門)に楽(たのし)みを享(う)けたもうと聞けば、必(かなら)ずや多餘(たよ)の神器(しんき=霊妙な武具)有らん。特に来りて告求(こくきゅう)すること一件(ひとつ)のみ」
と。

龍王説を見て、好く推辞(すいじ)するに難(かた)く、すなわち鱖都司(けつとし=鱖の都司)に著して一把(ひとふり)の大捍刀(だいかんとう)を取(と)り出し奉上(ほうじょう)せしむ。悟空道(いわ)く、
「老孫(ろうそん)は刀(かたな)を使(つか)うことを会(え)せず。乞(こ)う、別(べつ)に一件(ひとつ)を賜(たま)われ」
と。龍王又鮁大尉(はつたいい=鮁の大尉)に著し、鱔力士(ぜんりきし=鱔の力士)を領いしめ、一捍(ひとふり)の九股叉(きゅうこさ=九又のさすまた)を抬(かつ)ぎ出さしむ。悟空跳り下り来り、手(て)の中に接(う)け、一路(ひととおり)を使(つか)い、放下(おろ)して道(いわ)く、
「軽(かる)し!軽(かる)し!軽(かる)し!又手(て)に趁(かな)わず!再(ふたた)び乞(こ)う、別(べつ)に一件(ひとつ)を賜(たま)われ」
と。龍王笑って道(いわ)く、
「上仙(じょうせん)、汝看(み)もせずや。この叉(さ)は三千六百斤(さんぜんろっぴゃくきん)の重(おも)さ有る哩(ぞ)」
と。悟空道(いわ)く、
「手(て)に趁(かな)わず!手(て)に趁(かな)わず!」
と。龍王心中(しんちゅう)恐懼(きょうく)し、又鯾提督(べんていとく)・鯉総兵(りそうへい)に著して一柄(ひとふり)の画桿方天戟(がかんほうてんげき=絵を描いた柄の方天戟)を抬(かつ)ぎ出さしむ。かの戟(げき)は七千二百斤(ななせんにひゃくきん)の重(おも)さ有り。悟空見るや、跑(はし)り近(ちか)づき前(すす)みて手(て)の中に接(う)け、幾箇(いくつ)かの架子(かし)を構(かま)え、両箇(ふたつ)の解数(げすう=技の型)を撒(ひろ)げ、中間(ちゅうかん)に插(さし)立(た)てて道(いわ)く、
「也(ま)た還(な)お軽(かる)し!軽(かる)し!軽(かる)し!」
と。老龍王一発(いっそう)怕(おそ)れて道(いわ)く、
「上仙(じょうせん)、我が宮中(きゅうちゅう)にただこの一根(ひとふり)の戟(げき)の重(おも)き有るのみ、再(ふたた)び甚の兵器(へいき)も無し」
と。悟空笑って道(いわ)く、
「古人云(いわ)く、『愁(うれ)うるなかれ海龍王(かいりゅうおう)に宝(たから)無きを』と。汝再(ふたた)び去(ゆ)きて尋(たず)ね尋(たず)ね看(み)(み)よ。もし意(こころ)に可(かな)う者有らば、一一(いちいち)価(あたい)を奉(たてまつ)らん」
と。龍王道(いわ)く、
「委的(いってき)再無し」
と。

正に説う処に、後面(うしろ)より龍婆(りゅうば=龍王(りゅうおう)の妻)・龍女(りゅうにょ=龍王(りゅうおう)の娘)の閃(ひらめ)き過(よ)ぎて道(いわ)く、
「大王(だいおう)、此(こ)の聖(せい)を観看(み)(みわた)するに、決(けっ)して小可(しょうか)に非(あら)ず。我らがこの海蔵(かいぞう)の中に、あの一塊(ひとかたまり)の天河定底(てんがていてい=天の川の底を定めし)の神珍鉄(しんちんてつ=霊妙なる珍しき鉄)有り、この幾日(ここ数日)、霞光(かこう)艶艶(えんえん)として、瑞気(ずいき)騰騰(とうとう)、敢(あえ)て莫(も)し是れ該(まさ)に出現(しゅつげん)して、此(こ)の聖(せい)に遇(あ)うべきか」
と。龍王道(いわ)く、
「那是(それは)大禹(だいう)の水(みず)を治(おさ)めし時(とき)、江海(こうかい)の浅深(せんしん)を定めし一箇(ひとつ)の定子(ていし=水位を測る柱)にして、一塊(ひとかたまり)の神鉄(しんてつ)なり、能く何の用にか中らん」
と。龍婆(りゅうば)道(いわ)く、
「他用(よう)を用うると用いざるとを管(かま)う莫(な)かれ。且(しばら)く彼(かれ)に送り与え、彼(かれ)の怎(いか)に改造(かいぞう)するとも任(まか)せ、宮門(きゅうもん)の外(そと)へ送り出してすなわち了らん」
と。

老龍王言(げん)に依(よ)り、尽(ことごと)く悟空(ごくう)に向いて説き了んぬ。悟空道(いわ)く、
「拿り出して我看(み)(み)ん」
と。龍王手(て)を揺(ゆ)って道(いわ)く、
「扛(かつ)ぐも動かず!抬(かつ)ぐも動かず!須(かなら)ず上仙親(みずか)ら去(ゆ)きて看(み)たまえ」
と。悟空道(いわ)く、
「何れの処にか在る。汝我を引(みちび)いて去(ゆ)け」
と。龍王果(はた)して引導(いんどう)して海蔵(かいぞう)の中間(ちゅうかん)に至れば、忽(たちま)ち金光(きんこう)万道(ばんどう)を見る。龍王指(ゆび)し定めて道(いわ)く、
「あの光(ひかり)を放(はな)つは便(すなわ)ち是れなり」
と。悟空衣(ころも)を撩(まく)り上げて上前(すす)み、一把(ひとつかみ)摸(さぐ)りしに、乃ちこれ一根(ひとふり)の鉄柱子(てっちゅうし=鉄の柱)にして、約(およ)そ斗(と)来(ほど)の粗(あら)さ、二丈余(にじょうよ)の長(なが)さ有り。彼力(ちから)を尽(つ)くして両手(りょうて)に撾(つか)みて道(いわ)く、
「忒(はなは)だ粗(あら)く忒(はなは)だ長(なが)し些(すこ)し。再(ふたた)び短(みじか)く細(ほそ)く些(すこ)くして方めて用うべし」
と。説い畢(おわ)るや、かの宝貝(ほうばい)すなわち幾尺(いくしゃく)か短(みじか)くなり、一囲(ひとまわり)細(ほそ)くなりぬ。悟空又一つ顛(ゆすぶ)って道(いわ)く、
「再(ふたた)び細(ほそ)き些(すこ)しは更(さら)に好し!」
と。かの宝貝真(まこと)に箇(こ)に又幾分(いくぶん)か細(ほそ)くなりぬ。悟空十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)し、海蔵(かいぞう)を拿り出して看(み)(み)るに、元来(もと)両頭(りょうとう)は是れ二箇(ふたつ)の金箍(きんこ)、中間(ちゅうかん)は乃ち一段(ひとくだり)の烏鉄(うてつ)なり。箍(こ)に緊(きっ)と挨(そ)えて鐫(きざ)み成(な)せる一行(ひとくだり)の字(じ)有り、喚(よ)んで「如意金箍棒(にょいきんこぼう=意のままの金の箍の棒)」と做し、重(おも)さ一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃくきん)なり。心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、
「想(おも)うに必(かなら)ずこの宝貝(ほうばい)は人(ひと)の意(こころ)の如からん!」
と。一辺(かたわら)に走(ゆ)き、一辺(かたわら)に心思(おもい)口念(くちずさ)み、手(て)に顛(ゆすぶ)って道(いわ)く、
「再(ふたた)び短(みじか)く細(ほそ)く些(すこ)しは更(さら)に妙(たえ)なり!」
と。外面(そと)へ拿り出せば、ただ二丈(にじょう)の長短(ながさ)にして、碗口(わんこう=茶碗の口)の粗細(あらさ)有りのみ。汝看(み)(み)よ、彼(かれ)の神通(じんつう)を弄(ろう)して、解数(げすう)を繰(く)り広(ひろ)げ、水晶宮(すいしょうきゅう)の裡(うち)を打ち転(めぐ)る。唬(おどろ)かされて、老龍王(ろうりゅうおう)は胆戦心驚(たんせんしんきょう=肝をつぶし心驚き)、小龍子(しょうりゅうし)は魂飛魄散(こんひはくさん=魂も飛び散る)し、亀・鱉・黿・鼉(き・べつ・げん・だ=龜・鼈・大鼈・大鰐)は皆頸(くび)を縮(ちぢ)め、魚・蝦・鼇・蟹(ぎょ・か・ごう・かい)は尽(ことごと)く頭(こうべ)を蔵(かく)せり。
悟空宝貝(ほうばい)を手(て)の中に執(と)り、水晶宮(すいしょうきゅう)の殿上(でんじょう)に坐(ざ)す。龍王(りゅうおう)に向いて笑って道(いわ)く、
「多謝(たしゃ)す、賢隣(けんりん)の厚意(こうい)」
と。龍王道(いわ)く、
「不敢(かたじけな)し、不敢(かたじけな)し」
と。悟空道(いわ)く、
「この塊(かたまり)の鉄(てつ)は好用(よろ)しといえども、還た一説(いっせつ)有り」
と。龍王道(いわ)く、
「上仙(じょうせん)、還た甚の説か有る」
と。悟空道(いわ)く、
「当時(そのかみ)この鉄(てつ)無からんには、倒(かえ)って也た罷(や)まん。如今(いま)手(て)の中に既に他(これ)を拿り著てるに、身(み)の上に衣服(いふく)の相(あい)趁(かな)う無し。奈何(いかん)せん。汝(なんじ)がこの処に若(も)し披掛(ひかく=冑と鎧)有らば、索性(いっそ)我に一件(ひとつ)を送り、一総(いっそう=まとめて)奉謝(ほうしゃ)せん」
と。龍王道(いわ)く、
「この箇(これ)は却って是れ無し」
と。悟空道(いわ)く、
「『一客(いっかく)は二主(にしゅ)を犯(おか)さず』と。若(も)し無くんば、我也た定ずこの門(かど)を出(い)でじ」
と。龍王道(いわ)く、
「煩(わずら)わしくも上仙(じょうせん)、再(ふたた)び一海(ひとつの海)を転(めぐ)りたまえ、或はこれ有らん」
と。悟空又道(いわ)く、
「『三家(さんか)を走るは一家(いっか)に坐(ざ)するに如かず』と。千万(くれぐれ)も一件(ひとつ)を告求(こくきゅう)す」
と。龍王道(いわ)く、
「委的(いってき)に無し。如し有らば即(すなわ)ち当に奉承(ほうしょう=献上)せん」
と。悟空道(いわ)く、
「真箇(まこと)に無くんば、すなわち汝与にこの鉄(てつ)を試(こころ)みん!」
と。龍王慌(あわ)てて道(いわ)く、
「上仙(じょうせん)、切(きっ)と手(て)を動かす莫(な)かれ!切(きっ)と手(て)を動かす莫(な)かれ!我が舎弟(しゃてい=弟)の処に可(あ)る有るかを看(み)(み)て、当に一副(ひとそろい)を送らんと待(ま)て」
と。悟空道(いわ)く、
「令弟(れいてい=貴殿の弟)は何にか在る」
と。龍王道(いわ)く、
「舎弟(しゃてい)は乃ち南海龍王(なんかいりゅうおう)敖欽(ごうきん)、北海龍王(ほっかいりゅうおう)敖順(ごうじゅん)、西海龍王(せいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)是なり」
と。悟空道(いわ)く、
「我が老孫(ろうそん)は去かず!去かず!俗語(ぞくご)に謂(い)う、『三を賒(か)けば二を見るに敵(てき)せず』と。ただ望(のぞ)むらくは汝(なんじ)の高(たか)きに随(したが)い低(ひく)きに就(つ)きて一副(ひとそろい)を送らんことの便(たよ)りならん」
と。老龍(ろうりゅう)道(いわ)く、
「上仙(じょうせん)の去くを須(もち)いず。我がこの処に一面(ひとつ)の鉄鼓(てっこ=鉄の太鼓)、一口(ひとつ)の金鐘(きんしょう=金の鐘)有り。凡(およ)そ緊急(きんきゅう)の事(こと)有れば、鼓(つづみ)を擂(う)ち得て響(ひび)き、鐘(かね)を撞(つ)き得て鳴(な)らば、舎弟(しゃてい)らすなわち頃刻(けいこく=またたく間)に至(いた)らん」
と。悟空道(いわ)く、
「既に是の如くならば、快(すみや)か些(に)去(ゆ)きて鼓(つづみ)を擂(う)ち鐘(かね)を撞(つ)け!」
と。真箇(まこと)にかの鼉将(だしょう=鼉の将)すなわち去(ゆ)きて鐘(かね)を撞(つ)き、鱉帥(べっすい=鼈の帥)すなわち来りて鼓(つづみ)を擂(う)てり。

少時(しばらく)にして、鐘鼓(しょうこ=鐘と太鼓)の響(ひび)く処、果(はた)してかの三海(さんかい=三つの海)の龍王(りゅうおう)を驚動(きょうどう)せしめ、須臾(しばらく)にして来り到(いた)り、一斉(いっせい)に外面(そと)に在りて会(かい)し著えり。

敖欽(ごうきん)道(いわ)く、
「大哥(たいか=兄上)、甚の緊事(きんじ)有りてか、鼓(つづみ)を擂(う)ち鐘(かね)を撞(つ)く」
と。老龍(ろうりゅう)道(いわ)く、
「賢弟(けんてい)よ!好く説えず!箇(ひとり)の花果山(かかざん)の甚の天生聖人(てんせいせいじん)とか有り、早間(あさ)に来りて我を認(みと)めて隣(となり)と做し、後(のち)に来りて一件(ひとつ)の兵器(へいき)を要(もと)め、鋼叉(こうさ)を献(たてまつ)れば小(ちい)さしと嫌(いや)がり、画戟(かくげき)を奉(たてまつ)れば軽(かる)しと嫌(いや)がれり。一塊(ひとかたまり)の天河定底(てんがていてい)の神珍鉄(しんちんてつ)を将ちて、自ら手(て)に拿り出し、些(いささ)かの解数(げすう=技の型)を繰(く)り広(ひろ)げたり。如今(いま)宮中(きゅうちゅう)に坐(ざ)して、又甚(なん)の披掛(ひかく)かを索(もと)めんとす。我が処に有(あ)ること無し。故(ゆえ)に鐘(かね)を響(ひび)かし鼓(つづみ)を鳴(な)らして、賢弟(けんてい)を請(しょう)じ来れり。汝等(なんじら)に甚の披掛(ひかく)か有らば、彼(かれ)に一副(ひとそろい)を送り、打ち発(はな)ちて門(かど)を出して罷(や)まんのみ」
と。敖欽(ごうきん)言(げん)を聞き、大(おおい)に怒(いか)って道(いわ)く、
「我ら兄弟(きょうだい)、兵(へい)を点(てん)じ起し、彼(かれ)を拿えんずるは是ならずや!」
と。老龍(ろうりゅう)道(いわ)く、
「拿うると説う莫(な)かれ!あの塊(かたまり)の鉄(てつ)は、些(いささ)か挽(ひ)き著けばすなわち死(し)し、些(いささ)か磕(ぶ)ち著てればすなわち亡(ほろ)び、挨々(あいあい=ちょいと触れ)すれば皮(ひ)破(やぶ)れ、擦々(さつさつ=ちょいと擦れ)ば筋(すじ)傷(いた)まん!」
と。西海龍王(せいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)説く、
「二哥(にいさん)、彼与に手(て)を動かすべからず。且(しばら)く只(た)だ一副(ひとそろい)の披掛(ひかく)を凑(あつ)めて彼(かれ)に与え、打ち発(はな)ちて彼(かれ)の門(かど)を出(い)で了らしめ、表(ひょう)を啓(ひら)きて上に奏(そう)し上らば、天(てん)自から誅(ちゅう)したもうべし」
と。北海龍王(ほっかいりゅうおう)敖順(ごうじゅん)道(いわ)く、
「説えるは是なり。我がこの処に一双(ひとくい)の藕糸歩雲履(ぐうしほうんり=蓮の糸の雲を踏む沓)有る哩(ぞ)」
と。西海龍王(せいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)道(いわ)く、
「我は一副(ひとそろい)の鎖子黄金甲(さしおうごんこう=鎖かたびらの黄金の鎧)を帯(たい)せり哩(ぞ)」
と。南海龍王(なんかいりゅうおう)敖欽(ごうきん)道(いわ)く、
「我に一頂(ひとつ)の鳳翅紫金冠(ほうししきんかん=鳳凰の羽の紫金の冠)有る哩(ぞ)」
と。老龍(ろうりゅう)大(おおい)に喜(よろこ)び、引(みちび)きて水晶宮(すいしょうきゅう)に入れて相見(しょうけん)せしめ、此(これ)を以(もっ)て奉上(ほうじょう)せり。悟空金冠(きんかん)・金甲(きんこう)・雲履(うんり)を那(あ)の穿戴(たんたい=身(み)に着け)め停当(ていとう=整い)にし、如意棒(にょいぼう)を使(つか)い動かし、一路(ひとすじ)に打ち出(い)でて、衆龍(しゅうりゅう=龍たち)に向いて道(いわ)く、
「聒噪(かくそう=お騒がせ)!聒噪(かくそう)!」
と。四海龍王(しかいりゅうおう)甚だ是れ平(たいら)ならず、一辺(かたわら)に進表(しんぴょう=上表を奉る)を商議(しょうぎ)して上に奏(そう)すと題(い)えり。
汝看(み)(み)よ、この猴王(こうおう)、水道(すいどう=水の道)を分(わ)け開(ひら)き、径(ただち)に鉄板橋(てっぱんきょう)の頭(ほとり)に回(かえ)り、攛(のぼ)り上がるに、ただ四箇(よたり)の老猴(ろうこう)の衆猴を領いて、皆橋辺(きょうへん)に在りて等候(ま)ちおるを見る。忽然(たちまち)悟空(ごくう)の波外(はがい=波の外)に跳り出づるを見るに、身(み)の上に更(さら)に一點(ひとしずく)の水湿(みずぬれ=濡れ)無く、金燦燦(きんさんさん=きらきら)として、橋(はし)を走(のぼ)り上がり来る。唬(おどろ)かされて衆猴一斉(いっせい)に跪(ひざまず)き下って道(いわ)く、
「大王(だいおう)、好き華彩(かさい=華やかさ)なる哉(かな)!好き華彩(かさい)なる哉(かな)!」
と。悟空満面(まんめん)に春風(しゅんぷう)を帯(お)び、高(たか)く宝座(ほうざ)に登(のぼ)り、鉄棒(てつぼう)を将ちて当中(まなか)に竪(た)てり。あの些(こ)の猴(さる)らは好歹(よしあし)を知(し)らず、都来りてかの宝貝(ほうばい)を拿らんとすれども、却って便(すなわ)ち蜻蜓(せいてい=とんぼ)の鉄樹(てつじゅ=鉄の木)を撼(ゆるが)すに似(に)て、分毫(ぶんごう=すこしも)も禁動(きんどう=動か)す能わず。一箇一箇(おのおの)指(ゆび)を咬(か)み舌(した)を伸(の)べて道(いわ)く、
「爺爺(やや=おおじいさま)や!この般(ほど)に重(おも)きを、虧(あに)くんじ汝(なんじ)の怎(いか)にしてか拿り来れるや」
と。悟空近(ちか)づき前(すす)み、手(て)を舒(の)べ開(ひら)いて一把(ひとつかみ)に撾(つか)み起し、衆(しゅう)に向い笑って道(いわ)く、
「物(もの)各(おのおの)主(あるじ)有り。この宝貝(ほうばい)は海蔵(かいぞう)の中に鎮(しず)まること、也た幾千百年(いくせんびゃくねん)なるを知(し)らざるに、可可(ここ=ちょうど)今歳(こんさい=今年)光(ひかり)を放(はな)てり。龍王(りゅうおう)は只(た)だ認(みと)めて一塊(ひとかたまり)の黒鉄(こくてつ)と做し、又喚(よ)んで天河鎮底(てんがていてい)の神珍(しんちん)と做せり。あの厮每(しばい=奴ら)扛(かつ)ぎ抬(かつ)ぐも動かず、我に請(こ)うて親(みずか)ら去(ゆ)きてこれを拿らしめたり。かの時(とき)この宝(たから)は二丈余(にじょうよ)の長(なが)さ、斗(と=枡)来(ほど)の粗細(あらさ)有りしに、我彼(かれ)を一把(ひとつかみ)撾(つか)みて、意(こころ)に大(おお)きしと嫌(いや)がれば、他(かれ)すなわち許(あまた)小(ちい)さくなり、再(ふたた)び小(ちい)さくせよと教(おし)うれば、他(かれ)又許(あまた)小(ちい)さくなり、再(ふたた)び小(ちい)さくせよと教(おし)うれば、他(かれ)又許(あまた)小(ちい)さくなりぬ。急(いそ)ぎ天光(てんこう=空の光)に向いて看(み)(み)る処、上に一行(ひとくだり)の字(じ)有り、乃ち『如意金箍棒(にょいきんこぼう)、一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃくきん)』なり。汝等都站(た)ち開(あ)け、我が再(ふたた)び他(かれ)を叫んで一変(ひとへん)せしめんを等(ま)て」
と。彼(かれ)かの宝貝(ほうばい)を手(て)の中に顛(の)せて、叫んで、
「小(ちいさ)かれ!小(ちいさ)かれ!小(ちいさ)かれ!」
と。即時(すなわ)ちに小(ちいさ)くして一箇(ひとつ)の繍花針(しゅうかしん=縫い針)の児(ごと)きに做り、以(もっ)て耳朶(じた=耳)の裡(うち)に揌(おしこ)み蔵(かく)すべし。衆猴駭然(がいぜん=肝を潰し)として、叫んで道(いわ)く、
「大王(だいおう)!還た拿り出して耍耍(あそば)せよ!」
と。猴王真箇(まこと)に耳朶(じた)の裡(うち)より拿り出し、掌(てのひら)の上に托(の)せ放(お)いて叫んで、
「大(おお)きかれ!大(おお)きかれ!大(おお)きかれ!」
と。即(すなわ)ち又大(おお)きく斗(と)来(ほど)の粗細(あらさ)、二丈(にじょう)の長短(ながさ)に做りぬ。彼弄(あそ)びて歓喜(かんぎ)の処に到(いた)り、橋(はし)に跳り上がり、洞外(どうがい)に走み出(い)で、宝貝(ほうばい)を手(て)の中に攥(にぎ)り、一箇(ひとつ)の法天象地(ほうてんしょうち=天を法とし地に象る)の神通(じんつう)を做し、腰(こし)を一躬(ひとこうが)めして、声(こえ)を叫んで、
「長(たか)かれ!」
と。彼(かれ)すなわち長(たか)きこと高万丈(こうばんじょう)と為り、頭(こうべ)は泰山(たいざん)の如く、腰(こし)は峻嶺(しゅんれい=けわしき嶺)の如く、眼(め)は閃電(せんでん=稲妻)の如く、口(くち)は血盆(けつぼん=血の盆)に似(に)たり、牙(きば)は剣戟(けんげき)の如し。手(て)の中のあの棒(ぼう)は、上は三十三天(さんじゅうさんてん=忉利天)に抵(いた)り、下は十八層(じゅうはっそう)の地獄(じごく)に至(いた)る。些(いささ)かの虎豹狼虫(こひょうろうちゅう)、満山(まんざん)の群怪(ぐんかい)、七十二洞(しちじゅうにどう)の妖王(ようおう)を把ちて、都唬(おどろ)かされて磕頭(かしらをう)ち礼拜(らいはい)し、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として魄散魂飛(はくさんこんひ)せしめたり。霎時(しばらく)にして法像(ほうぞう=法の姿)を収(おさ)め、宝貝(ほうばい)を還(かえ)って一箇(ひとつ)の繍花針(しゅうかしん)の児(ごと)きに変(へん)ぜしめ、耳(みみ)の内(うち)に蔵(かく)し、復(ま)た洞府(どうふ)に帰(かえ)る。慌(あわ)ててかの各洞(かくどう=洞ごと)の妖王(ようおう)、都来りて参賀(さんが=参じて祝う)せり。

この時(とき)遂(つい)に大(おおい)に旗鼓(きこ=旗と太鼓)を開(ひら)き、銅鑼(どうら=銅の鑼)を響(ひび)き振(ふる)わし、広(ひろ)く珍饈百味(ちんしゅうひゃくみ=ご馳走の数々)を設(もう)け、満(み)ち斟(く)む椰液萄漿(やえきとうしょう=椰子と葡萄の酒)、衆(しゅう)与に飲宴(いんえん)すること多時(しばらく)なり。却又(かえって)前(さき)に依(よ)りて教演(きょうえん=教え練る)。猴王(こうおう)かの四箇(よたり)の老猴(ろうこう)を将ちて健将(けんしょう=勇将)に封(ほう)じ、二箇(ふたり)の赤尻馬猴(せっこうばこう)を将ちて喚(よ)んで馬・流(ば・りゅう)の二元帥(にげんすい)と做し、二箇(ふたり)の通背猿猴(つうはいえんこう)を喚(よ)んで崩・芭(ほう・は)の二将軍(にしょうぐん)と做す。あの営(えい)を安(やす)んじ寨(さい=とりで)を下し、賞罰(しょうばつ)の諸事(しょじ=諸々の事)を将ちて、都四健将(しけんしょう)に付与(ふよ)して維持(いじ)せしむ。彼心(こころ)を放下(おろ)し、日逐(ひごと)雲(くも)を騰(あ)げ駕霧(がむ=霧に乗り)、四海(しかい)を遨遊(ごうゆう=遊び歩き)、千山(せんざん)に行楽(こうらく)す。武芸(ぶげい)を施(ほどこ)しては遍(あまね)く英豪(えいごう=英傑)を訪(たず)ね、神通(じんつう)を弄(ろう)しては広(ひろ)く賢友(けんゆう)を交(まじわ)る。この時(とき)又七箇(ななたり)の弟兄(ていけい=義兄弟)と会(あ)えり。乃ち牛魔王(ぎゅうまおう)、蛟魔王(こうまおう)、鵬魔王(ほうまおう)、獅駝王(しだおう)、獼猴王(みこうおう)、狨王(じゅうおう)にして、自家(みずから)の美猴王(びこうおう)を連(つら)ねて七箇(ななたり)なり。日逐(ひごと)文(ぶん)を講(こう)じ武(ぶ)を論(ろん)じ、斝(か=酒杯)を走(めぐ)らし觴(しょう=盃)を伝(つた)え、弦歌吹舞(げんかすいぶ=琴や歌や笛や舞)、朝(あした)に去(ゆ)き暮(ゆうべ)に回(かえ)り、般(たぐい)の楽(たのし)まざるは無し。あの万里(ばんり)の遥(はるか)を把ちて、只(た)だ庭闈(ている=父母の居室)の路(みち)と当てるのみ。所謂(いわゆる)、
「点頭(てんとう=うなずく)して径(ただち)に三千里(さんぜんり)を過(す)ぎ、腰(こし)を扭(ひね)れば八百(はっぴゃく)有餘(あまり)の程(ほど)」
なり。

一日(あるひ)、本洞(ほんどう)に在りて四健将(しけんしょう)に吩咐(いいつけ)て筵宴(えんえん=酒宴)を安排(あんばい=整え)し、六王(ろくおう=六人の王)を請(しょう)じて赴(おもむ)き飲(の)ましめ、牛(うし)を殺(ころ)し馬(うま)を宰(つぶさ)にし、天(てん)を祭(まつ)り地(ち)を享(きょう)し、衆怪(しゅうかい=妖怪ども)を著して跳舞(ちょうぶ=跳ね舞い)歓歌(かんか=楽しげに歌わ)しめ、俱(とも)に吃(くら)いて酩酊(めいてい=泥酔)大酔(たいすい)す。六王(ろくおう)を送り出し、却又(かえって)大小(だいしょう)の頭目(とうもく=かしら)を賞労(しょうろう=労い賞し)、鉄板橋(てっぱんきょう)の辺(ほとり)松陰(しょういん=松の陰)の下に在りて、霎時間(しばらく)にして睡(ねむ)り著れり。四健将(しけんしょう)衆(しゅう)を領いて囲(かこ)み護(まも)り、敢(あ)えて声(こえ)を高(たか)うせず。

ただ見よ、かの美猴王睡(ねむ)り裡(うち)に両人(ふたり)の一張(ひとひら)の批文(ひぶん=召喚状)を拿り、上に「孫悟空(そんごくう)」の三字(さんじ)有るが、身(み)に近(ちか)づき走み来るを。分説(ぶんせつ=弁明)を容(い)れず、縄(なわ)を套(か)け上げ、すなわち美猴王(びこうおう)の魂霊児(こんれいじ=魂)を把ちて索(たぐ)り去(さ)り、踉踉蹌蹌(ろうろうそうそう=よろよろ)と、直(ただち)に一座(ひとつ)の城(しろ)の辺(ほとり)に帯(つ)れ到(いた)る。猴王漸(ようや)く酒(さけ)の醒(さ)むるを覚(おぼ)え、忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(み)(みわた)せば、かの城(しろ)の上に一の鉄牌(てっぱい=鉄の札)有り、牌(はい)の上に三箇(みつ)の大字(だいじ)有り、乃ち「幽冥界(ゆうめいかい=冥界)」なり。美猴王頓然(とんぜん=たちまち)醒悟(せいご=さとり)て道(いわ)く、
「幽冥界(ゆうめいかい)は乃ち閻王(えんおう)の居(お)る所(ところ)なるに、何為(なんす)れぞ此(ここ)に到れるか」
と。あの両人(ふたり)道(いわ)く、
「汝今(いま)陽寿(ようじゅ=現世の寿命)該(まさ)に終(おわ)るべし。我ら両人(ふたり)批(ひぶん)を領けて、汝(なんじ)を勾(かぎ)りに来れり」
と。猴王説を聴(き)きて、道(いわ)く、
「我が老孫(ろうそん)は三界(さんがい=欲界・色界・無色界)の外(そと)に超出(ちょうしゅつ)し、五行(ごぎょう=木火土金水)の中に在らず。已(すで)に彼(かれ)の管轄(かんかつ=支配)に伏(ふく)せざるに、怎(いか)にして朦朧(もうろう=おぼろげ)として、又敢(あ)えて来りて我を勾(かぎ)るか」
と。あの二箇(ふたり)の勾死人(こうしにん=死を勾る者)只管(ひたすら)扯々拉々(しゃしゃらつらつ=引っぱりたぐり)、定ず彼(かれ)を拖(ひ)きて裡(うち)へ進れんとす。かの猴王性(せい)を悩(なや)まし起し、耳朶(じた=耳)の中より宝貝(ほうばい)を掣(ひ)き出し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来(ほど)の粗細(あらさ)と為し、略(ほん)の手(て)を挙(あ)ぐれば、二箇(ふたり)の勾死人(こうしにん)を把ちて打ちて肉醤(にくしょう=肉のなめし)と為せり。自らその索(なわ)を解(と)き、手(て)を放(はな)ち開(ひら)き、棒(ぼう)を掄(ふる)って、打ちて城中(じょうちゅう)に入る。唬(おどろ)かされて、あの牛頭鬼(ごずき=牛の頭の鬼)は東(ひがし)に隠(かく)れ西(にし)に蔵(かく)れ、馬面鬼(めんめんき=馬の顔の鬼)は南(みなみ)に奔(はし)り北(きた)に跑(に)げ、衆(しゅう)の鬼卒(きそつ=下っ端の鬼)は森羅殿(しんらでん)に奔(はし)り上がりて、報(ほう)じて、
「大王(だいおう)!禍事(かじ=一大事)!禍事(かじ)!外面(そと)に一箇(ひとり)の毛臉雷公(もうれんらいこう=毛だらけの顔の雷神)、打ち将ち来れり!」
と。慌(あわ)ててあの十代冥王(じゅうだいみょうおう=十人の冥界の王)、急(いそ)ぎ衣(ころも)を整(ととの)えて来り看(み)(み)るに、彼(かれ)の相貌(そうぼう=顔かたち)の凶悪(きょうあく)なるを見、すなわち班次(はんじ=序列)を排(なら)べ下して、声(こえ)に応(こた)えて高(たか)く叫んで道(いわ)く、
「上仙名(な)を留(とど)めたまえ!上仙名(な)を留(とど)めたまえ!」
と。猴王道(いわ)く、
「汝既に我を認(みと)め得ざるに、怎(いか)にして人(ひと)を差(つかわ)して来りて我を勾(かぎ)らしむるか」
と。十王(じゅうおう)道(いわ)く、
「不敢(かたじけな)し!不敢(かたじけな)し!想(おも)うに是れ人(ひと)を差(つかわ)し誤(あやま)りたるならん」
と。猴王道(いわ)く、
「我は本(もと)花果山水簾洞(すいれんどう)天生(てんせい)の聖人(せいじん)孫悟空(そんごくう)なり。汝等(なんじら)は是れ甚の官位(かんい)ぞ」
と。十王(じゅうおう)身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、
「我等(われら)は是れ陰間(いんかん=冥界)の天子(てんし)十代(じゅうだい)の冥王(みょうおう)なり」
と。悟空道(いわ)く、
「快(すみや)か名を報(ほう)ぜよ、打たるるを免(まぬか)れん!」
と。十王(じゅうおう)道(いわ)く、
「我等(われら)は是れ秦広王(しんこうおう)、初江王(しょこうおう)、宋帝王(そうていおう)、五官王(ごかんおう)、閻羅王(えんらおう)、平等王(びょうどうおう)、泰山王(たいざんおう)、都市王(としおう)、卞城王(べんじょうおう)、転輪王(てんりんおう)なり」
と。悟空道(いわ)く、
「汝等既に王位(おうい)に登(のぼ)り、乃ち霊顕感応(れいけんかんのう=霊験あらたか)の類(たぐい)なるに、何為(なんす)れぞ好歹(よしあし)を知(し)らざるか。我が老孫(ろうそん)は仙(せん)を修(おさ)め道(みち)を了り、天(てん)与に寿(いのち)を斉(ひと)しくし、三界(さんがい)の外(そと)に超升(ちょうしょう=昇り出(い)で)、五行(ごぎょう)の中を跳り出(い)でたり。何為(なんす)れぞ人(ひと)を著して我を拘(とら)うるか」
と。十王(じゅうおう)道(いわ)く、
「上仙怒(いかり)を息(いこ)えたまえ。普天下(ふてんか=天下すべて)、同(おな)じ名同(おな)じ姓(せい)の者多(おお)し。敢(あえ)て是れあの勾死人(こうしにん)の錯(あやま)りて走れるならんか」
と。悟空道(いわ)く、
「胡説(こせつ=でたらめ)!胡説(こせつ)!常言(じょうげん=世の常の言葉)に道(い)う、『官(かん)差(たが)い吏(り)差(たが)うも、来人(らいじん=使いの者)は差(たが)わず』と。汝快(すみや)か生死簿子(せいしぼし=生死の帳面)を取(と)り来りて我看(み)(み)ん!」
と。十王(じゅうおう)言(げん)を聞き、すなわち請(しょう)じて殿上(でんじょう)に登(のぼ)りて査看(み)(さかん=調べ見)せしむ。
悟空如意棒(にょいぼう)を執(と)り、径(ただち)に森羅殿(しんらでん)の上に登(のぼ)り、正に中間(まなか)の南面(なんめん)に坐(ざ)し上がる。十王すなわち掌案(しょうあん=帳面を司る)の判官(はんがん)に命(めい)じて文簿(ぶんぼ=帳簿)を取り出して査(しら)べしむ。かの判官(はんがん)敢(あ)えて怠慢(たいまん)せず、すなわち司房(しぼう=役所の部屋)の裡(うち)に到(いた)り、五六簿(ごろくぼ=五、六冊)の文書(ぶんしょ)并(ならび)に十類(じゅうるい)の簿子(ぼし=帳面)を捧(ささ)げ出し、逐一(ちくいち=一つ一つ)に査看(み)(さかん)す。裸虫(らちゅう=毛なき虫)・毛虫(もうちゅう)・羽虫(うちゅう)・昆虫(こんちゅう)・鱗介(りんかい=魚や貝)の属(たぐい)に、俱(とも)に彼(かれ)の名無(な)し。又猴属(こうぞく=猿の類)の類(たぐい)に看(み)(み)るに、元来(もと)この猴は人(ひと)の相(かたち)に似(に)て人(ひと)の名に入らず、裸虫(らちゅう)に似(に)て国界(こっかい)に居(お)らず、走獣(そうじゅう)に似(に)て麒麟(きりん)の管(かん)に伏(ふく)せず、飛禽(ひきん)に似(に)て鳳凰(ほうおう)の轄(かつ=支配)を受(う)けず。別(べつ)に箇(ひとつ)の簿子(ぼし)有り、悟空親(みずか)ら検閲(けんえつ=調べ読み)し、直(ただち)にあの魂(こん)の字(じ)一千三百五十号(いっせんさんびゃくごじゅうごう)の上に到(いた)りて、方めて孫悟空(そんごくう)の名字(みょうじ)を注(しる)せり。乃ち天産(てんさん)の石猴(せっこう)にして、該(まさ)に寿(じゅ)三百四十二歳(さんびゃくよんじゅうにさい)にして善終(ぜんしゅう=天寿を全うす)す、と。悟空道(いわ)く、
「我也(ま)た寿数(じゅすう=寿命)の幾何(いくばく)かを記(き)せず。且(しばら)く只(た)だ名字(みょうじ)を消(け)し了らばすなわち罷(や)まん!筆(ふで)を取りて過(わた)せ!」
と。かの判官(はんがん)慌(あわ)てて筆(ふで)を捧(ささ)げ、飽(たっぷ)り濃墨(のうぼく)を掭(つ)けり。悟空簿子(ぼし)を拿(と)り過(よこ)し、猴属(こうぞく)の類(たぐい)を把ちて、但(ただ)名の有る者は、一概(いちがい)にこれを勾(かぎ)れり。簿子(ぼし)を捽(つか)み下して道(いわ)く、
「了帳(りょうちょう=決着)!了帳(りょうちょう)!今番(こんばん=こんどこそ)汝(なんじ)の管(かん)するに伏(ふく)せじ!」
と。一路(ひとすじ)に棒(ぼう)を打い、幽冥界(ゆうめいかい)を打ち出づ。あの十王敢(あ)えて相近(ちかよ)らず、都翠雲宮(すいうんきゅう)に去(ゆ)き、同(とも)に地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)を拝(はい)し、表(ひょう)を啓(ひら)きて上に奏聞(そうもん)せんことを商量(しょうぎ=相談)す。話下(わか=語るところ)に在らず。

この猴王城中(じょうちゅう)を打ち出づるに、忽然(たちまち)一箇(ひとつ)の草紇繨(そうこつたつ=草の結び目)に絆(つまず)き、一箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=よろめき)を跌(ふ)みて、猛(たら)ちに醒(さ)め来れば、乃ちこれ南柯(なんか)の一夢(いちむ=槐の南の枝の夢)なり。才(ようや)く腰(こし)を伸(の)ばさんと覚(おぼ)ゆるに、ただ四健将(しけんしょう)与に衆猴の高(たか)く叫んで道(いわ)く、
「大王(だいおう)、多少(いくら)の酒(さけ)を吃(くら)いて、この一夜(ひとよ)睡(ねむ)りて、還(ま)た醒(さ)め来らざるか」
と。悟空道(いわ)く、
「睡(ねむ)りは還(ま)た小可(しょうか=些事)なり。我両人(ふたり)の此に来りて我を勾(かぎ)り、我を把ちて幽冥界(ゆうめいかい)の城門(じょうもん)の外(そと)に帯(つ)れ到(いた)るを夢(ゆめ)に見、却(かえ)って才(ようや)く醒悟(せいご)して、是れ我神通を顕(あらわ)し、直(ただち)に森羅殿(しんらでん)に嚷(わめ)き到(いた)り、かの十王与に争吵(そうそう=言い争い)、我らの生死簿(せいしぼ)を将(も)ちて看(み)了り、但(ただ)我等(われら)が名号(みょうごう)の有るは、俱(とも)に是れ我勾(かぎ)り了んぬ。都あの厮(し=奴)が轄(かつ)する所(ところ)に伏(ふく)せじ」
と。語(つ)げ畢(おわ)れば、衆猴磕頭(かしらをう)ちて礼謝(れいしゃ)す。此より山猴(さんこう=山の猿)に都老(お)いざる者有(あ)り、陰司(いんし=冥界)に名無(な)きを以(もっ)ての故(ゆえ)なり。美猴王前事(ぜんじ)を言(い)い畢(おわ)り、四健将(しけんしょう)各洞(かくどう)の妖王(ようおう)に報(ほう)じ知(し)らしむれば、都来りて賀喜(がき=祝い喜ぶ)せり。幾日(いくにち)ならずして、六箇(ろくたり)の義兄弟(ぎきょうだい)又来(きた)りて拝賀(はいが)し、一たび銷名(しょうめい=名を消す)の故(ゆえ)を聞けば、又箇箇(おのおの)歓喜(かんぎ)し、毎日(まいにち)聚(あつま)り楽(たのし)むと提要(ていよう=取り上げ)せず。

さて、かの高天(こうてん)上聖(じょうせい)大慈仁者(だいじにんじゃ)玉皇大天尊(ぎょくこうだいてんそん)玄穹高上帝(げんきゅうこうじょうてい)を表(あらわ)し啓(ひら)く。一日(あるひ)、金闕雲宮(きんけつうんきゅう)霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に駕坐(がざ)し、文武(ぶんぶ)の仙卿(せんけい)を聚集(しゅうしゅう)して早朝(そうちょう)する際(おり)に、忽(たちまち)邱弘済真人(きゅうこうさいしんじん)の啓奏(けいそう)して道(いわ)く、
「万歳(ばんぜい)、通明殿(つうめいでん)の外(そと)に、東海龍王(とうかいりゅうおう)敖広(ごうこう)の表(ひょう)を進る有り、天尊(てんそん)の宣詔(せんしょう=召しの宣旨)を聴(き)く」
と。玉皇(ぎょっこう)旨(むね)を伝(つた)えて、
「宣(せん)し来らしめよ」
と。敖広(ごうこう)宣(せん)じられて霊霄殿(れいしょうでん)の下に至(いた)り、礼拜(らいはい)し畢(おわ)る。旁(かたわら)に引奏(いんそう=取り次ぎ)の仙童(せんどう)有り、表文(ひょうぶん)を接(う)け上る。玉皇(ぎょっこう)頭(かしら)より看(み)過(す)ぐ。表(ひょう)に曰(いわ)く、
「水元(すいげん=水を司る)下界(げかい)東勝神洲(とうしょうしんしゅう)東海(とうかい)の小龍臣(しょうりゅうしん)敖広(ごうこう)、大天聖主(だいてんせいしゅ)玄穹高上帝君(げんきゅうこうじょうていくん)に啓奏(けいそう)す。
近(ちか)ごろ花果山(かかざん)に生(しょう)じ水簾洞(すいれんどう)に住(じゅう)する妖仙(ようせん)孫悟空(そんごくう)なる者の、小龍(しょうりゅう)を欺虐(ぎぎゃく=侮り虐げ)、強(あなが)ちに水宅(すいたく=水の館)に坐(ざ)し、兵器(へいき)を索(もと)めては法(ほう)を施(ほどこ)し威(い)を施(ほどこ)し、披掛(ひかく)を要(もと)めては凶(きょう)を騁(はせ)り勢(せい)を騁(はせ)るに因(よ)りて、水族(すいぞく=水の族)を驚(おどろ)かし傷(そこな)い、亀鼉(きだ=龜と大鰐)を唬(おどろ)かし走(に)がせたり。南海龍(なんかいりゅう)は戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき恐れ)、西海龍(せいかいりゅう)は凄凄惨惨(せいせいさんさん=痛ましげ)、北海龍(ほっかいりゅう)は首(こうべ)を縮(ちぢ)めて帰降(きこう=降伏)せり。
臣(しん)敖広(ごうこう)身(み)を舒(の)べて下拝(げはい)し、神珍(しんちん)の鉄棒(てつぼう)、鳳翅(ほうし)の金冠(きんかん)与に那(か)の鎖子甲(さしかん)、歩雲履(ほうんり)を献(たてまつ)り、礼(れい)を以(もっ)て送り出せり。他(かれ)仍(な)お武芸(ぶげい)を弄(ろう)し神通(じんつう)を顕(あらわ)し、但(た)だ云(いわ)く『聒噪(かくそう)!聒噪(かくそう)!』と。果然(はた)して敵(てき)無く、甚だ制(せい)し難(がた)し。
臣(しん)今(いま)啓奏(けいそう)す。伏(ふ)して聖裁(せいさい=聖上の裁断)を望(のぞ)む。懇(ねんご)ろに天兵(てんぺい)を乞(こ)い、この妖孽(ようげつ=妖の災い)を収(おさ)め、庶(ねがわ)くは海岳(かいがく=海と山)を清寧(せいねい)ならしめ、下元(かげん=下界)を安泰(あんたい)ならしめよ。奉奏(ほうそう)。」
と。

聖帝(せいてい)覧(み)畢(おわ)り、旨(むね)を伝(つた)えて、
「龍神(りゅうしん)をして海(うみ)に回(かえ)らしめよ。朕(ちん)すなわち将(しょう)を遣(つかわ)して擒(とりこ)に擒(と)らしめん」
と。老龍王頓首(とんしゅ=頭を地に打ちつけ)して謝(しゃ)し去る。下面(かめん=下の方)又葛仙翁天師(かつせんおうてんし)の啓奏(けいそう)して道(いわ)く、
「万歳(ばんぜい)、冥司(めいし=冥界の役所)の秦広王(しんこうおう)の、幽冥教主(ゆうめいきょうしゅ)地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)の表文(ひょうぶん)を齎(も)ち奉(たてまつ)りて進上(しんじょう)する有り」
と。旁(かたわら)に伝言玉女(でんごんぎょくにょ)有り、表文(ひょうぶん)を接(う)け上る。玉皇(ぎょっこう)亦(ま)た頭(かしら)より看(み)過(す)ぐ。表(ひょう)に曰(いわ)く、
「幽冥(ゆうめい)の境界(きょうがい)は、乃ち地の陰司(いんし)なり。天に神(しん)有りて地に鬼(き)有り、陰陽(いんよう)転輪(てんりん=輪廻)す。禽(とり)に生(しょう)有りて獣(けもの)に死(し)有り、雌雄(しゆう)反復(はんぷく)す。生生化化(せいせいかけ=生まれ生まれ化し)、女(おんな)を孕(はら)み男(おとこ)を成(な)すは、此れ自然(じねん)の数(かず)にして、易(か)うる能わざるなり。
今(いま)花果山水簾洞(すいれんどう)の天産(てんさん)の妖猴(ようこう)孫悟空(そんごくう)有り、強(あなが)ちに行(おこな)い凶(きょう)を逞(たくま)しくし、拘喚(こうかん=召し出し)に服(ふく)せず。神通(じんつう)を弄(ろう)して九幽(きゅうゆう=九つの冥界)の鬼使(きし=鬼の使い)を打ち絶(た)ち、勢力(せいりょく)を恃(たの)んで十代(じゅうだい)の慈王(じおう)を驚(おどろ)かし傷(そこな)う。森羅(しんら)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、強(あなが)ちに名号(みょうごう)を銷(け)せり。
此れに因(よ)りて猴属(こうぞく)の類(たぐい)に拘(こう=縛り)無く、獼猴(みこう)の畜(ちく=獣)に寿(じゅ)多(おお)く、輪廻(りんね)を寂滅(じゃくめつ)せしめ、各(おのおの)生死(しょうじ)無からしむ。
貧僧(ひんそう)表(ひょう)を具(そな)えて、天威(てんい)を冒涜(ぼうとく=けが)す。伏(ふ)して神兵(しんぺい)を調遣(ちょうけん=派遣)し、この妖(よう)を収降(しゅうこう=降し従え)、陰陽(いんよう)を整理(せいり)し、永(とこしな)えに地府(じふ=冥界)を安(やす)んぜんことを乞(こ)う。謹奏(きんそう)。」
と。
玉皇(ぎょっこう)覧(み)畢(おわ)り、旨(むね)を伝(つた)えて、
「冥君(みょうくん)をして地府(じふ)に回帰(かいき)せしめよ。朕(ちん)すなわち将(しょう)を遣(つかわ)して擒(と)らしめ擒(とら)えん」
と。秦広王(しんこうおう)亦(ま)た頓首(とんしゅ)して謝(しゃ)し去る。

大天尊(だいてんそん)衆(しゅう)の文武(ぶんぶ)仙卿(せんけい)を宣(せん)して、問うて曰(いわ)く、
「この妖猴(ようこう)は是れ何年(なんねん)の生育(せいいく)にして、何代(なんだい)の出生(しゅっしょう)なるに、却(かえ)ってすなわちこの般(ごと)く道(みち)有るか」
と。一言(ひとこと)未(いま)だ已(おわ)らざるに、班中(はんちゅう)より千里眼(せんりがん)・順風耳(じゅんぷうじ)の閃(ひらめ)き出(い)でて道(いわ)く、
「この猴は乃ち三百年前(さんびゃくねんぜん)の天産(てんさん)の石猴(せっこう)なり。当時(とうじ)以(もっ)て然(しか)るを為さざりしに、この幾年(ここ数年)何方(いずかた)に在りてか仙(せん)に修煉(しゅうれん=修め錬)し成(な)りしを知(し)らず、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)し、強(あなが)ちに死籍(しせき=死の帳)を銷(け)せり」
と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、
「那路(いずれ)の神将(しんしょう)か下界(げかい)に収伏(しゅうふく=降し従え)に往(ゆ)かん」
と。言未(いま)だ已(おわ)らざるに、班中(はんちゅう)より太白長庚星(たいはくちょうこうせい)の閃(ひらめ)き出(い)で、首(こうべ)を俯(うつむ)けて啓奏(けいそう)して道(いわ)く、
「上聖(じょうせい)三界(さんがい)の中、凡(およ)そ九竅(きゅうきょう=九つの孔)有る者は、皆仙(せん)を修(おさ)むべし。奈何(いかん)ぞこの猴は乃ち天地(てんち)の育成(いくせい)せし体(からだ)、日月(じつげつ)の孕(はら)み就(な)しし身なり。他(かれ)也(ま)た天を頂(いただ)き地を履(ふ)み、露(つゆ)を服(き)り霞(かすみ)を餐(くら)う。今(いま)既に仙道(せんどう)を修(おさ)め成(な)りて、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)すの能有り、人(ひと)与に何ぞ以(もっ)てか異(こと)ならんや。
臣(しん)陛下(へいか)に啓(もう)す、生化(せいか=生み化す)の慈恩(じおん)を念(おも)いたまいて、一道(ひとすじ)の招安(しょうあん=召し慰撫)の聖旨(せいし)を降(くだ)し、他(かれ)を把ちて宣(せん)し上界(じょうかい)に来らしめ、他(かれ)に一箇(ひとつ)の大小(だいしょう)の官職(かんしょく)を授(さず)け、他(かれ)与に籍名(せきめい)を籙(ろく=仙籍の帳)に在らしめ、この間(あいだ)に拘束(こうそく)したまえ。若(も)し天命(てんめい)を受(う)けば、後(のち)に升賞(しょうしょう=昇進と恩賞)し、若(も)し天命(てんめい)に違(たが)わば、此に就(つ)きて擒(とら)え擒(とら)えよ。一には衆(しゅう)を動かし師(し)を労(ろう)せず、二には仙(せん)を収(おさ)むるに道(みち)有るなり」
と。玉帝(ぎょくてい)言を聞きて甚だ喜(よろこ)び、道(いわ)く、
「卿(けい)の奏(そう)する所(ところ)に依(よ)らん」
と。すなわち文曲星官(ぶんきょくせいかん)に著して詔(みことのり)を修(しゅう=したため)しめ、太白金星(たいはくきんせい)に著して招安(しょうあん)せしむ。

金星(きんせい)旨(むね)を領し、南天門(なんてんもん)の外(そと)に出(い)で、祥雲(しょううん=めでたき雲)を按(おろ)し下し、直(ただち)に花果山水簾洞(すいれんどう)に至る。衆(しゅう)の小猴(しょうこう)に向いて道(いわ)く、
「我は乃ち天差(てんさ=天より遣わされし)の天使(てんし)なり。聖旨(せいし)此に在り、汝(なんじ)が大王(だいおう)を請(しょう)じて上界(じょうかい)に上らんとす。快(すみや)か快(すみや)か報(ほう)じ知(し)らせよ!」
と。

洞外(どうがい)の小猴(しょうこう)、一層一層(いっそういっそう)に洞天(どうてん)の深処(しんしょ)に伝(つた)えて道(いわ)く、
「大王(だいおう)、外面(そと)に一箇(ひとり)の老人(ろうじん)有り、一角(いっかく)の文書(ぶんしょ)を背(せお)い、上天(じょうてん)の差(つかわ)し来れる天使(てんし)なりと云(い)い、聖旨(せいし)有りて汝(なんじ)を請(しょう)ずと」
と。美猴王聴(き)き得(え)て大(おおい)に喜(よろこ)び、道(いわ)く、
「我この両日(ここ二、三日)、正に思量(しりょう=思案)して天に上りて走走(ある)かんと欲(ほっ)するに、却(かえ)ってすなわち天使(てんし)の来りて請(しょう)ずる有り」
と。叫って、
「快(すみや)か請(しょう)じて進れよ!」
と。

猴王急(いそ)ぎ衣冠(いかん=衣と冠)を整(ととの)え、門外(もんがい)に出(い)でて迎接(げいせつ)す。金星(きんせい)径(ただち)に当中(まなか)に入り、南(みなみ)に面(めん)して立(た)ち定まりて道(いわ)く、
「我は是れ西方(せいほう)の太白金星(たいはくきんせい)なり。玉帝(ぎょくてい)の招安(しょうあん)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じ、下界(げかい)に汝(なんじ)を請(しょう)じて天に上り、仙籙(せんろく=仙籍)を拝受(はいじゅ)せしめんとす」
と。悟空笑って道(いわ)く、
「多感(たかん=かたじけなし)、老星(ろうせい)の降臨(こうりん)したもうこと」
と。教(おし)えて、
「小(ちい)さき者どもよ!筵宴(えんえん)を安排(あんばい)して款待(かんたい=もてな)せよ」
と。金星(きんせい)道(いわ)く、
「聖旨(せいし)身に在り、敢(あ)えて久(ひさ)しく留(とど)まらず。すなわち請(こ)う、大王同(とも)に往(ゆ)かん。栄遷(えいせん=栄ある昇進)の後(のち)を待(ま)ちて、再(ふたた)び従容(しょうよう=ゆるり)と叙(じょ=語らい)せん」
と。悟空道(いわ)く、
「光顧(こうこ=来訪)を承(う)けたまわりて、空(むな)しく退(しりぞ)けん!空(むな)しく退(しりぞ)けん!」
と。すなわち四健将(しけんしょう)を喚(よ)んで吩咐(ふんふ=言い含め)して、
「謹(つつし)みて児孫(じそん=子や孫)を教演(きょうえん)せよ。我天に上りて去(ゆ)きて路(みち)を看(み)(み)て、却(かえ)って好く汝等(なんじら)を帯(たい)して上りて同(とも)に居住(きょじゅう)せしめんことを待(ま)て」
と。四健将(しけんしょう)諾(だく)を領す。この猴王金星(きんせい)与に雲頭(うんとう)を縦(はな)ち起し、空霄(くうしょう=大空)の上に升(のぼ)る。正に是れ那(か)の、
高(たか)く上品(じょうほん=最上位)天仙(てんせん)の位(くらい)に遷(うつ)り、
名は雲班(うんぱん=雲の列)宝録(ほうろく=仙籍)の中に列(つらな)る。
と。畢竟(ひっきょう)授(さず)かるる箇(ひとつ)の甚の官爵(かんしゃく)なるかは知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。