さて、かの怪(かい)沙僧(しゃそう)を捆(くく=縛)り住(とど)めて、也(また)来(きた)りて彼(かれ)を殺(ころ)さず、也(また)曾(かつ)て彼(かれ)を打(う)たず、罵(ののし)ることも也(また)曾(かつ)て一句(いっく)せず、鋼刀(こうとう=鋼の刀)を綽(ひっつか)み起(おこ)し、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、
「唐僧(とうぞう)は乃(すなわ)ち上邦(じょうほう=大国)の人物(じんぶつ)、必(かなら)ず礼義(れいぎ)を知(し)れり、終(つい)に然(しか)らずんば我(われ)彼(かれ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)し、又(また)彼(かれ)が徒弟(とてい)をして我(われ)を拿(とら)えしむること有(あ)らんや? 噫(ああ)! 此(こ)れは多(おお)くは是(こ)れ我(わ)が渾家(こんか=妻)に何(なん)の書信(しょしん=手紙)の彼(か)の国(くに)の裡(うち)へ到(いた)りて、風汛(ふうしん=風聞)を走(はし)らせたる有(あ)らん! 等(しばら)く我(われ)往(ゆ)きて彼(かのじょ)に一(ひとつ)問(と)うて問(と)わん」
と。かの怪(かい)陡(にわ=俄)かに凶性(きょうせい=凶悪な心)を起(おこ)し、公主(こうしゅ)を殺(ころ)さんとす。
さてかの公主(こうしゅ)は知(し)らず、梳妝(そしょう=身支度)方(まさ)に畢(おわ)り、歩(あゆみ)を移(うつ)して前(まえ)に来(きた)るに、ただかの怪(かい)の怒目(どぼく)に眉(まゆ)を顰(しか)め、牙(は)を咬(か)み切歯(せっし=歯ぎしり)せるを見(み)る。かの公主(こうしゅ)は還(な)お陪笑(ばいしょう=作り笑い)して迎(むか)えて道(い)えるには、
「郎君(ろうくん)何(なん)の事(こと)か有(あ)りて此(こ)の如(ごと)く煩悩(ぼんのう=悩み)し給(たま)う?」
と。かの怪(かい)咄(とつ=叱)の一声(ひとこえ)して罵(ののし)って道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の狗心賤婦(くしんせんぷ=卑しき心の賤しき女)、全(まった)く人倫(じんりん=人の道)無(な)し! 我(われ)当初(とうしょ=初め)汝(なんじ)を帯(たい=連)れて此(こ)の処(ところ)に到(いた)りてより、更(さら)に半点(はんてん=少し)の児(こ)の話(はなし)も無(な)し。汝(なんじ)が穿(き)るは錦(にしき)、戴(いただ)くは金(きん)、東西(もの)を欠(か)けば我(われ)往(ゆ)きて尋(たず)ね、四時(しいじ=一年中)受用(じゅよう=用を満た)し、毎日(まいにち)情(じょう)深(ふか)し。汝(なんじ)何(なん)とてただ汝(なんじ)が父母(ふぼ)を想(おも)うのみにて、更(さら)に一点(いってん)の夫婦(ふうふ)の心(こころ)も無(な)きか?」
と。かの公主(こうしゅ)説(と)き聞(き)きて、嚇(おどろ)かされて地(ち)に跪(ひざまず)き倒(たお)れ、道(い)えるには、
「郎君(ろうくん)や、汝(なんじ)何(なん)とて今日(こんにち)は此(こ)の分離(ぶんり=別れ)の話(はなし)を説(と)き起(おこ)し給(たま)うか?」
と。かの怪(かい)道(い)えるには、
「是(こ)れ我(われ)が分離(ぶんり)たるを知(し)らず、是(こ)れ汝(なんじ)が分離(ぶんり)なるなり! 我(われ)かの唐僧(とうぞう)を拿(とら)え来(きた)りて、算計(さんけい=企て)て彼(かれ)を受用(じゅよう=賞玩)せんとせしに、汝(なんじ)何(なん)とて先(さき)に我(われ)に告(つ)げ過(す)ごさず、就(すなわ)ち彼(かれ)を放(はな)ち了(おわ)りしか? 原(もと)是(こ)れ汝(なんじ)暗(あん)の裡(うち)に書信(しょしん)を修(しゅう=認め)め、彼(かれ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて伝(つた)え寄(よ)こさしめたるならん;然(しか)らずんば、何(なん)とて此(こ)の二人(ふたり)の和尚(おしょう)又(また)来(きた)りて我(わ)が門(もん)を打(う)ち上(のぼ)り、汝(なんじ)を還(かえ)し往(ゆ)かしめよと教(おし)えしめる? 此(こ)れ是(こ)れ汝(なんじ)が干(や)りし事(こと)に非(あら)ずや?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「郎君(ろうくん)、汝(なんじ)我(われ)を差(あやま)りて怪(あやし)めり、我(われ)何時(いつ)か嘗(かつ)て何(なん)の書(ふみ)を去(や)りし有(あ)らん?」
と。老怪(ろうかい)道(い)えるには、
「汝(なんじ)還(な)お強嘴(きょうし=強情に言い張)るり! 現(いま)一個(ひとり)の対頭(たいとう=証人)を拿(とら)え住(とど)めて此(こ)の処(ところ)に在(あ)り、却(かえっ)て是(こ)れ証見(しょうけん=証拠)ならずや?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「是(こ)れ誰(たれ)ぞ?」
と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、
「是(こ)れ唐僧(とうぞう)が第二(だいに)の徒弟(とてい)の沙和尚(さおしょう)なり」
と。原(もと)人(ひと)死(し)の処(ところ)に到(いた)りて、誰(たれ)か肯(あえ)て死(し)を認(みと)めん、只(た)だ彼(かれ)と放頼(ほうらい=ごまかし)するを得(え)るのみ。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「郎君(ろうくん)且(しばら)く怒(いかり)を息(やす=鎮)めよ、我(われ)汝(なんじ)と往(ゆ)きて彼(かれ)に一声(ひとこえ)問(と)わん。果(はた)して書(ふみ)有(あ)らば、就(すなわ)ち打(う)ち殺(ころ)さるるも、我(われ)も也(また)甘心(かんしん=本望)なり;仮(も)し若(も)し書(ふみ)無(な)くんば、却(かえっ)ては枉(むだ)に奴奴(ぬぬ=あたし)を殺(ころ)さずや?」
と。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)き、分説(ぶんせつ=弁明)を容(い)れず、簸箕(はき=箕)の大小(おおいさ)の一只(いっし=一方)の藍靛(らんてん=藍)の手(て)を輪(めぐ)らし開(ひら)き、かの金枝玉葉(きんしぎょくよう=高貴な身)の髪(かみ)の万根(ばんこん=無数の髪)を抓(つか)み住(とど)め、公主(こうしゅ)を揪(ひっつか)みて前(まえ)に上(すす)ませ、地(ち)の下(した)に捽(ひきおと=突き倒)し、鋼刀(こうとう)を執(と)り着(つ)けて、却(かえっ)て来(きた)りて沙僧(しゃそう)を審(しん=尋問)し、咄(とつ)の一声(ひとこえ)して道(い)えるには、
「沙和尚(さおしょう)! 汝(なんじ)ら二人(ふたり)輒(すなわ=すぐ)ち敢(あえ)て擅(ほしいまま)に打(う)ちて我(われ)らが門(もん)に上(のぼ)り来(きた)れるは、是(こ)れ此(こ)の女子(じょし)の書(ふみ)の彼(か)の国(くに)に到(いた)りて、国王(こくおう)の汝(なんじ)らを教(おし)えて来(きた)らしめしものなる可(べ)きか?」
と。沙僧(しゃそう)は已(すで)に彼(かしこ)に捆(くく)られ在(あ)りしが、妖精(ようせい)の凶悪(きょうあく)なること之(これ)甚(はなはだ)しきを見(み)て、公主(こうしゅ)を掼(たたきつ=投げ倒)して地(ち)に倒(たお)し、刀(かたな)を持(も)ちて殺(ころ)さんとす。彼(かれ)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、
「分明(ぶんめい=明らか)に是(こ)れ彼(かのじょ)の書(ふみ)を去(や)りて、我(わ)が師父(しふ)を救(すく)いしが、此(こ)れ是(こ)れ莫大(ばくだい=この上なく大)の恩(おん)なり。我(われ)もし一口(ひとくち)に説(と)き出(いだ)さば、彼(かれ)就(すなわ)ち公主(こうしゅ)を殺(ころ)さん、此(こ)れ却(かえっ)ては恩(おん)を将(もっ)て仇(あだ)に報(ほう)ずるに非(あら)ずや? 罷(や)め罷(や)め罷(や)め! 想(おも)うに老沙(ろうさ=俺沙僧)の我(わ)が師父(しふ)に跟(したが)うこと一場(いちじょう=一期)なるも、也(また)寸功(すんこう=僅かな手柄)の報效(ほうこう=恩返し)無(な)し、今日(こんにち)已(すで)に此(こ)の如(ごと)く縛(ばく)せられれば、就(すなわ)ち此(こ)の性命(せいめい)を将(もっ)て師父(しふ)が為(ため)に恩(おん)を報(ほう)じ了(おわ)らん」
と。
遂(つい)に喝(かつ=叱咤)して道(い)えるには、
「かの妖怪(ようかい)無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ! 彼(かのじょ)に何(なん)の書(ふみ)の来(きた)れるか有(あ)らん、汝(なんじ)此(こ)の如(ごと)く彼女(かのじょ)を枉(ま)げて、彼女(かのじょ)が性命(せいめい)を害(そこな)わんとす! 我(われ)ら此(こ)の処(ところ)に来(きた)りて汝(なんじ)に公主(こうしゅ)を問(と)い要(よう)するは、個(ひとつ)の縁故(えんこ=訳)有(あ)るのみ、ただ因(よ)りて汝(なんじ)我(わ)が師父(しふ)を捉(とら)えて洞中(どうちゅう)に在(あ)らしめしに、我(わ)が師父(しふ)曾(かつ)て公主(こうしゅ)の姿容(しよう=容姿)動静(どうじょう=様子)を見(み)たり。宝象国(ほうしょうこく)に至(いた)りて、関文(かんぶん=通行証)を倒換(とうかん)せしに、かの皇帝(こうてい)公主(こうしゅ)を画影図形(がえいずけい=似顔絵を描か)きて、前後(ぜんご)に訪問(ほうもん=尋ね)し、因(よ)りて公主(こうしゅ)が形影(けいえい=姿影)を将(もっ)て、我(わ)が師父(しふ)に沿途(えんと=道中)に曾(かつ)て見(み)しや否(いな)やを問(と)えば、我(わ)が師父(しふ)遂(つい)に公主(こうしゅ)を将(もっ)て説(と)き起(おこ)しける故(ゆえ)に、彼(かれ)故(ゆえ)に是(こ)れ彼(かれ)が児女(じじょ=子)なるを知(し)り、我(われ)らに御酒(ぎょしゅ=王の酒)を賜(たま)い、我(われ)らを教(おし)えて来(きた)りて汝(なんじ)を拿(とら)えしめ、彼(かれ)が公主(こうしゅ)を宮(みや)に還(かえ)らしめんと要(よう)す。此(こ)の情(じょう)は是(こ)れ実(まこと)なり、何時(いつ)か嘗(かつ)て何(なん)の書信(しょしん)有(あ)らん? 汝(なんじ)殺(ころ)さば就(すなわ)ち我(われ)老沙(ろうさ)を殺(ころ)せ、枉(むだ)に平人(へいじん=罪なき人)を害(そこな)う可(べ)からず、大(おお)いに天理(てんり)に虧(か)く!」
と。かの妖(よう)沙僧(しゃそう)の説(と)くの雄壮(ゆうそう=堂々たる)なるを見(み)て、遂(つい)に刀(かたな)を投(なげうち=投げ捨)て、双手(そうしゅ=両手)にて公主(こうしゅ)を抱(かか)え起(おこ)して道(い)えるには、
「是(こ)れ我(われ)が一時(いちじ=ちょっと)の粗鹵(そろ=粗忽)なり、多(おお)く冲撞(しょうとう=ぶつかり)する有(あ)り、怪(とが)むる莫(なか)れ怪(とが)むる莫(なか)れ」
と。遂(つい)に彼女(かのじょ)と青絲(せいし=黒髪)を挽(とか)し了(おわ)り、宝髻(ほうけい=髪形)を扶(なお)し上(あ)げ、軟款温柔(なんかんおんじゅう=優しく柔らか)に、怡顔悦色(いがんえつしょく=にこやかに)、彼女(かのじょ)を撮哄(さっこう=だまし宥)めて進(い)り往(ゆ)かしめ、又(また)上坐(じょうざ=上座)に請(しょう=招)じて礼(れい)を陪(ばい=詫)ぶ。かの公主(こうしゅ)は是(こ)れ婦人(ふじん=女)の家(いえ=身)の水性(すいせい=移り気)なれば、彼(かれ)が錯敬(さくけい=誤りて敬う)を見(み)て、遂(つい)に心(こころ)を回(めぐ)らし意(い)を転(てん)じて道(い)えるには、
「郎君(ろうくん)や、汝(なんじ)もし夫婦(ふうふ)の恩愛(おんあい)を念(おも)わば、かの沙僧(しゃそう)が縄(なわ)を把(もっ)て略(ほぼ=少し)く放松(ほうそう=緩め)くの児(こ)して給(たま)え」
と。老妖(ろうよう)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち小(ちいさ)きの們(ども=者共)に命(めい)じて沙僧(しゃそう)の縄(なわ)を解(と)かしめ、彼(かしこ)に鎖(さ)し住(とど)む。沙僧(しゃそう)縛(ばく)を解(と)かれて鎖(さ)さるるを見(み)て、立(た)ち起(おこ)りて、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)えるには、
「古人(こじん)云(いわ)く、人(ひと)に方便(ほうべん=便宜)を与(あた)うれば、自己(じこ=己)に方便(ほうべん)ありと。我(われ)もし彼(かれ)に方便(ほうべん)を与(あた)えざりせば、彼(かれ)何(なん)ぞ肯(あえ)て我(われ)をして松(ゆる)め松(ゆる)めせしめんや?」
と。
かの老妖(ろうよう)又(また)酒席(しゅせき=宴)を安排(あんばい=設)けて、公主(こうしゅ)と礼(れい)を陪(ばい)し驚(おどろき)を圧(おさ=鎮)めしむ。酒(さけ)を食(く)らうこと半酣(はんかん=ほろ酔い)に到(いた)り、老妖(ろうよう)忽(たちま)ちの又(また)一件(いっけん)の鮮明(せんめい=華やか)なる衣服(いふく)に換(か)え、一口(ひとくち=一振り)の宝刀(ほうとう=宝剣)を取(と)り、腰(こし)の裡(うち)に佩(お)び、手(て)を転(てん=巡)じ、公主(こうしゅ)を摸(な)で着(つ)けて道(い)えるには、
「渾家(こんか)や、汝(なんじ)且(しばら)く家(いえ)に在(あ)りて酒(さけ)を食(く)らい、二人(ふたり)の孩児(がいじ=子供)を看(み)よ、沙和尚(さおしょう)を放(はな)ちて了(おわ)ること莫(なか)れ。かの唐僧(とうぞう)の彼(か)の国(くに)の裡(うち)に在(あ)るに趁(よ)り、我(われ)も也(また)早(はや)きの児(こ)に往(ゆ)きて親(したしみ)を認(みと)め認(みと)めんとす」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)何(なん)の親(したしみ)を認(みと)めんか?」
と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、
「汝(なんじ)が父王(ぶおう)を認(みと)めん。我(われ)は是(こ)れ彼(かれ)が駙馬(ふば=娘の夫)、彼(かれ)は是(こ)れ我(われ)が丈人(じょうじん=義父)、何(なん)とて往(ゆ)きて認(みと)め認(みと)めざるか?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)往(ゆ)くこと得(え)ず」
と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、
「何(なん)とて往(ゆ)くこと得(え)ざるか?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「我(わ)が父王(ぶおう)は是(こ)れ馬(うま)を掙(あらそ)い力(ちから)に戦(たたか)いて江山(こうざん=国)を得(え)しに非(あら)ず、彼(かれ)は本(もと)是(こ)れ祖宗(そそう=先祖)の遺留(いりゅう=残せし)の社稷(しゃしょく=国家)なり。自幼児(じようじ=幼きより)是(こ)れ太子(たいし)の登基(とうき=即位)にして、城門(じょうもん)を也(また)曾(かつ)て遠(とお)く出(い)でず、汝(なんじ)が此(こ)の如(ごと)き凶漢(きょうかん=荒くれ者)を見(み)たること無(な)し。汝(なんじ)が此(こ)の嘴臉(しれん=顔つき)相貌(そうぼう=容貌)は、生(うま)れ得(え)て此(こ)の如(ごと)く醜陋(しゅうろう=醜き)なれば、もし彼(かれ)に見(まみ)えなば、恐(おそ)らく彼(かれ)を嚇(おどろ)かし、反(かえっ)て不美(ふび=不善)と為(な)さん、却(かえっ)て往(ゆ)きて認(みと)めざるの還(なお)好(よ)きに如(し)かず」
と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、
「既(すで)に此(こ)の如(ごと)く説(と)かば、我(われ)個(ひとつ)の俊(しゅん=美しき)なる児(こ)に変(へん=化)じて往(ゆ)くを便(たやす)しとす」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)試(こころ)みに変(へん)じて来(きた)り、我(われ)看(み)ん」
と。好(よ)き怪物(かいぶつ)や、彼(かれ)かの酒席(しゅせき)の間(あいだ)に在(あ)りて、身(み)を揺(ゆ=揺す)りて一(ひとつ)変(へん)じ、就(すなわ)ち変(へん)じて一個(ひとり)の俊俏(しゅんしょう=美男)の之人(ひと)と作(な)れり。真個(しんこ=実)に生(うま)れ得(え)て:
形容典雅(けいようてんが=姿の雅びやか)、
体段崢嶸(たいだんそうこう=体つきの聳ゆる)。
言語多官樣(げんごたかんよう=言葉は高貴)、
行蔵正妙齢(こうぞうしょうみょうれい=振る舞いは若さ盛り)。
才(さい)は子建(しけん)が詩(し)を成(な)すの易(やすき)が如(ごと)く、
貌(ぼう)は潘安(はんあん)が果(くだもの)を擲(なげう)たるるの軽(かろ)きに似(に)たり。
頭(かしら)の上(うえ)には一頂(いっちょう=一つ)の鵲尾冠(じゃくびかん=鵲の尾の冠)を戴(いただ)き、烏雲斂伏(ううんれんぷく=黒髪を納め伏せ)し;
身(み)の上(うえ)には一件(いっけん)の玉羅褶(ぎょくらしゅう=玉のごとき薄絹の上着)を穿(き)て、広袖飄迎(こうしゅうひょうげい=広き袖ひるがえる)。
足下(そっか)の烏靴(うか=黒き靴)は花摺(かしゅう=模様ある襞)、
腰間(ようかん)の鸞帯(らんたい=鸞の帯)は光明(こうみょう=赫奕と)。
丰神(ほうしん=風采)は真(しん)に是(こ)れ奇男子(きだんし=並々ならぬ男子)、
聳壑軒昂(しょうがくけんこう=高く聳え昻然たり)の美俊英(びしゅんえい=美しき英傑)。
公主(こうしゅ)見(み)て、十分(じゅうぶん=大い)に歓喜(かんき=喜ぶ)す。かの妖(よう)笑(わら)って道(い)えるには、
「渾家(こんか)や、是(こ)れ変(へん)じ得(え)たるの好(よ)きや否(いな)や?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「変(へん)じ得(え)て好(よ)し! 変(へん)じ得(え)て好(よ)し! 汝(なんじ)此(こ)の一(ひとつ)朝(ちょう)に進(い)るや、我(わ)が父王(ぶおう)は是(こ)れ親(おや)なれば滅(ほろぼ)さず、一定(かなら)ず文武(ぶんぶ)の多官(たかん)をして汝(なんじ)を留(とど)めて飲宴(いんえん=酒宴)させしめん。倘(も)し酒(さけ)を食(く)らう中(なか)ばに、千千(せんぜん=幾重にも)仔細(しさい=注意)し、万万(ばんばん=幾万にも)個(ひとつ)の小心(しょうしん=慎重)あれ、却(かえっ)て原(もと)の嘴臉(しれん=顔)を現(あらわ)し出(いだ)して、馬脚(ばきゃく=尻尾)を露(あら)わし、風訊(ふうしん=風聞)を走(はし)らせて、就(すなわ)ち不斯文(ふしぶん=無粋)とならんこと莫(なか)れ」
と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、
「吩咐(ふんぷ=言いつけ)を消(よう=要)せず、自(おのず)から道理(どうり=手立て)有(あ)り」
と。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)雲頭(うんとう)を縦(じゅう=駆)り、早(はや)くも宝象国(ほうしょうこく)に到(いた)り、雲光(うんこう)を按落(あんらく=降ろ)し、朝門(ちょうもん)の外(そと)に行(ゆ)き至(いた)り、閣門大使(かくもんたいし)に対(たい)して道(い)えるには、
「三駙馬(さんふば=三番目の娘婿)特に来(きた)りて駕(が=玉体)に見(まみ)えんとす。乞(こ)う転奏(てんそう=取り次ぎ)あらんことを」
と。かの黄門奏事官(こうもんそうじかん)白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に来(きた)り至(いた)り、奏(そう)して道(い)えるには、
「万歳(ばんぜい)、三駙馬(さんふば)の来(きた)りて駕(が)に見(まみ)えんとする有(あ)り、現(いま)朝門(ちょうもん)の外(そと)に在(あ)りて宣(せん=召)を聴(き)く」
と。かの国王(こくおう)正(まさ)に唐僧(とうぞう)と話(はなし)を叙(じょ=語り合)い居(お)りしに、忽(たちま)ち三駙馬(さんふば)と聞(き)き得(え)て、便(すなわ)ち多官(たかん)に問(と)いて、
「寡人(かじん)ただ二人(ふたり)の駙馬(ふば)有(あ)るのみ、何(なん)とて又(また)個(ひとり)の三駙馬(さんふば)有(あ)る?」
と。多官(たかん)道(い)えるには、
「三駙馬(さんふば)とは、必(かなら)ず是(こ)れ妖怪(ようかい)の来(きた)れるなり」
と。国王(こくおう)道(い)えるには、
「可(いか)に彼(かれ)を宣(せん)じ入(い)るるに好(よ)きか?」
と。かの長老(ちょうろう)心(こころ)に驚(おどろ)きて道(い)えるには、
「陛下(へいか)、妖精(ようせい)とは、精(せい=賢しから)ざる者(もの)は霊(れい=霊妙)ならず。彼(かれ)能(よ)く過去未来(かこみらい)を知(し)り、彼(かれ)能(よ)く雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)を駕(が=駆)る。宣(せん)ずるも也(また)彼(かれ)進(すす)み来(きた)り、宣(せん)ぜざるも也(また)彼(かれ)進(すす)み来(きた)らん、却(かえっ)て彼(かれ)を宣(せん)じ入(い)るるに如(し)かず、還(な)お些(いささ)か口面(こうめん=口実)を省(はぶ)かん」
と。
国王(こくおう)准奏(じゅんそう=奏を許)して宣(せん)じ入(い)るるを叫(さけ)び、怪(かい)を金階(きんかい)に宣(せん)じ至(いた)らしむれば、彼(かれ)一般(いっぱん=同じよう)に也(また)舞蹈山呼(ぶとうさんこ=舞い拝み万歳)の行礼(ぎょうれい=礼を行う)。多官(たかん)彼(かれ)が生(うま)れ得(え)て俊麗(しゅんれい=美しき)なるを見(み)て、也(また)敢(あえ)て彼(かれ)を是(こ)れ妖精(ようせい)なりと認(みと)めず、彼(かれ)らは皆(みな)是(こ)れ些(いささ)かの肉眼凡胎(にくがんぼんたい=並の肉眼)なれば、却(かえっ)て好人(こうじん=善人)と做(な)し当(あ)てたり。かの国王(こくおう)彼(かれ)が聳壑昂霄(しょうがくこうしょう=高く聳え)るを見(み)て、以(もっ)て済世(さいせい=世を救う)の梁棟(りょうとう=棟梁)と為(な)し、便(すなわ)ち彼(かれ)に問(と)いて、
「駙馬(ふば)や、汝(なんじ)が家(いえ)は何処(いずこ)に在(あ)りて居住(きょじゅう=住む)する? 是(こ)れ何方(いずかた)の人氏(じんし=生まれ)ぞ? 何時(いつ)か我(わ)が公主(こうしゅ)と配合(はいごう=夫婦となる)を得(え)し? 何(なん)とて今日(こんにち)才(はじ)めて来(きた)りて親(したしみ)を認(みと)むる?」
と。かの老妖(ろうよう)叩頭(こうとう=額ずき)して道(い)えるには、
「主公(しゅこう=王よ)、臣(しん)は是(こ)れ城東(じょうとう=城の東)碗子山(わんしさん)波月荘(はげつしょう)の人家(じんか=家の者)なり」
と。国王(こくおう)道(い)えるには、
「汝(なんじ)がかの山(やま)は此(こ)の処(ところ)を離(はな)るること多遠(いかほど)ぞ?」
と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、
「遠(とお)からず、ただ三百里(さんびゃくり)有(あ)るのみ」
と。国王(こくおう)道(い)えるには、
「三百里(さんびゃくり)の路(みち)、我(わ)が公主(こうしゅ)如何(いかん)して彼処(かしこ)に到(いた)り得(え)て、汝(なんじ)と匹配(ひっぱい=夫婦とな)れりしか?」
と。かの妖精(ようせい)巧語花言(こうごかげん=巧みな言葉)虚情仮意(きょじょうかい=偽りの心)にて答(こた)えて道(い)えるには、
「主公(しゅこう)よ、微臣(びしん=臣)は自幼児(じようじ=幼きより)弓馬(きゅうば=弓術馬術)を好(この)み習(なら)い、采猟(さいりょう=狩猟)を以(もっ)て生(なりわい)と為(な)せり。かの十三年前(じゅうさんねんまえ)、家童(かどう=召使)数十(すうじゅう)を帯領(たいりょう=引き連)れ、鷹(たか)を放(はな)ち犬(いぬ)を逐(お)いけるに、忽(たちま)ち一只(いっせき=一頭)の斑斕猛虎(はんらんもうこ=斑の猛虎)の、身(み)に一個(ひとり)の女子(じょし)を馱(お=背負)いて、山坡(さんぱ=山の斜面)の下(した)を往(ゆ)くを見(み)たり。是(こ)れ微臣(びしん)弓(ゆみ)を兜(とり=構)えて一箭(いっせん=一矢)して、猛虎(もうこ)を射(い)て倒(たお)し、女子(じょし)を将(もっ)て本荘(ほんしょう=我が荘)に帯(たい=連)れ上(のぼ)り、温水温湯(おんすいおんとう=温き湯)を把(もっ)て灌(そそ)ぎ醒(さ)まし、彼女(かのじょ)が性命(せいめい)を救(すく)えり。因(よ)りて彼女(かのじょ)に是(こ)れ何処(いずこ)の人家(じんか)なるかを問(と)えど、彼女(かのじょ)更(さら)に曾(かつ)て公主(こうしゅ)の二字(にじ)を題(だい=口に)せず。早(はや)く万歳(ばんぜい)が三公主(さんこうしゅ)なりと説(い)わば、何(なん)ぞ敢(あえ)て心(こころ)を欺(あざむ)き、擅(ほしいまま)に配合(はいごう)せんや? 当(まさ)に金殿(きんでん)に進(すす)み上(のぼ)らしめ、大小(だいしょう=多少)にも一個(ひとつ)の官職(かんしょく)を討(こ)いて身(み)を栄(さか)えしむ可(べ)し。ただ因(よ)りて彼女(かのじょ)は是(こ)れ民家(みんか=庶民)の女(むすめ)なりと説(い)うを、才(はじ)めて微臣(びしん)に荘所(しょうしょ=荘園)に留(とど)められ、女貌郎才(じょぼうろうさい=女は美しく男は才あり)、両(ふたつ)ながら相(あい)願(ねが)う故(ゆえ)に、此(ここ)に配合(はいごう)して多年(たねん=幾年)を経(へ)たり。当時(とうじ)配合(はいごう)し了(おわ)りしの後(のち)、かの虎(とら)を将(もっ)て宰(つい=屠)り、諸親(しょしん=親族)を邀請(ようせい=招)かんと欲(ほっ)せしに、却(かえっ)て是(こ)れ公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)の且(しばら)く殺(ころ)すこと莫(なか)れと教(おし)えられき。其(そ)の殺(ころ)さざるの故(ゆえ)に、幾句(いくく=幾つか)の言詞(げんし=詞)有(あ)りて、道(い)い得(え)て甚(はなは)だ好(よ)し、説(と)いて道(い)わく、
天(てん)に托(たく)し地(ち)に托(たく)して夫婦(ふうふ)と成(な)り、
媒(なこうど)無(な)く証(しょうこ)無(な)くして婚姻(こんいん)を配(はい)す。
前世(ぜんせ)の赤縄(せきじょう=赤き縄)曾(かつ)て足(あし)を繋(つな)ぎしを、
今(いま)将(もっ)て老虎(ろうこ=老いたる虎)をして媒人(ばいじん=仲人)と做(な)さしむ。
と。臣(しん)此(こ)の言(こと)に因(よ)りて、故(ゆえ)に虎(とら)を将(もっ)て索子(さくす=綱)を解(と)き了(おわ)らしめ、彼(かれ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)しき。かの虎(とら)箭(や)の傷(きず)を帯(お)び、蹄(ひづめ)を跑(はし)らせ尾(お)を剪(き=振り切)りて去(さ)れり。知(し)らず彼(かれ)性命(せいめい)を得(え)て、かの山(やま)の中(うち)に在(あ)りて此(こ)の幾年(いくとせ)を修(しゅう=修行)し、体(たい)を煉(ね)って精(せい=妖精)と成(な)り、専(もっぱ)ら人(ひと)を迷(まよ)わし人(ひと)を害(そこな)うのみ。臣(しん)聞(き)き得(え)たるは、昔年(せきねん=往年)にも也(また)幾次(いくたび)か経(きょう)を取(と)る者(もの)の有(あ)りしが、皆(みな)大唐(だいとう)より来(きた)れる唐僧(とうぞう)なりと説(い)うを、想(おも)うに是(こ)れ此(こ)の虎(とら)の唐僧(とうぞう)を害(そこな)い、彼(かれ)が文引(ぶんいん=通行証)を得(え)て、かの経(きょう)を取(と)るの容姿(ようし=姿)に変(へん)じ作(な)り、今(いま)朝中(ちょうちゅう)に在(あ)りて主公(しゅこう)を哄騙(こうへん=たぶらか)せるなり。主公(しゅこう)よ、かの繍墩(しゅうとん=刺繍の褥)の上(うえ)に坐(ざ)せるの、正(まさ)に是(こ)れかの十三年前(じゅうさんねんまえ)に公主(こうしゅ)を馱(お)いし猛虎(もうこ)にして、真正(しんしょう=本物)の経(きょう)を取(と)るの之人(ひと)に非(あら)ざるなり!」
汝(なんじ)看(み)よかの水性(すいせい=移り気)の君王(くんおう)、愚迷(ぐめい=愚かに迷い)肉眼(にくがん)には妖精(ようせい)を識(し)らず、転(うたた=ますます)彼(かれ)が一片(いっぺん)の虚詞(きょし=偽り)を把(もっ)て、真実(しんじつ=真)に当(あ)て了(おわ)り、道(い)えるには、
「賢駙馬(けんふば=賢き娘婿)や、汝(なんじ)怎(いか)にして此(こ)の和尚(おしょう)の是(こ)れ公主(こうしゅ)を馱(お)いし老虎(ろうこ)なるを認(みと)め得(え)し?」
と。かの妖(よう)道(い)えるには、
「主公(しゅこう)よ、臣(しん)は山(やま)の中(うち)に在(あ)りて、食(く)らうは是(こ)れ老虎(ろうこ)、穿(き)るも也(また)是(こ)れ老虎(ろうこ)、彼(かれ)と同(とも)に眠(ね)り同(とも)に起(おこ)るを、何(なん)とて認(みと)め得(え)ざる?」
と。国王(こくおう)道(い)えるには、
「汝(なんじ)既(すで)に認(みと)め得(え)たらば、彼(かれ)をして本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し出(いだ)さしめて看(み)る可(べ)し」
と。怪物(かいぶつ)道(い)えるには、
「半盞(はんさん=半杯)の浄水(じょうすい=清き水)を借(か)りば、臣(しん)就(すなわ)ち彼(かれ)をして本相(ほんそう)を現(あらわ)さしめん」
と。国王(こくおう)官(かん)に命(めい)じて水(みず)を取(と)らしめ、駙馬(ふば)に遞(わた=手渡)す。かの怪(かい)水(みず)を手(て)に接(うけ)取(と)り、身(み)を縦(じゅう=跳ね)して起(おこ)り、前(まえ)に走(はし)り上(のぼ)り、個(ひとつ)の黒眼定身法(こくがんじょうしんほう=黒き眼で身を定める法)を使(つか)い、呪語(じゅご=呪文)を念(ねん)じ、一口(ひとくち)の水(みず)を将(もっ)て唐僧(とうぞう)に望(むか)いて噴(ふ)きかけ、
「変(へん)じよ!」
と叫(さけ)べば、かの長老(ちょうろう)が真身(しんしん=本来の体)は、殿上(でんじょう)に隠(かく)れ在(あ)りて、真個(しんこ=実際)に変(へん)じて一只(いっせき=一頭)の斑斕猛虎(はんらんもうこ)と作(な)れり。此(こ)の時(とき)君臣(くんしん)同(とも)に眼(め)に看(み)て観(み)るに、かの虎(とら)の生(うま)れ得(え)て:
白額円頭(はくがくえんとう=白き額と丸き頭)、
花身電目(かしんでんもく=斑の身と電の如き目)。
四只(よんし=四つ)の蹄(ひづめ)は、挺直崢嶸(ていちょくそうこう=真っ直ぐ聳え);
二十(にじゅう)の爪(つめ)は、鉤彎鋒利(こうわんほうり=鉤の如く曲がり鋭し)。
鋸牙(きょが=鋸の歯)は口(くち)を包(つつ)み、
尖耳(せんじ=尖りし耳)は眉(まゆ)に連(つら)なる。
獰獰(どうどう=獰猛なること)壮(さかん)にして大猫(たいびょう=大猫)の形(かたち)の若(ごと)く、
猛烈(もうれつ)なること雄(ゆう=雄々しさ)は黄犢(こうとく=黄なる子牛)の如(ごと)し。
剛鬚(ごうしゅ=剛き髭)は直直(ちょくちょく)として銀条(ぎんじょう=銀の条)を挿(さ)し、
刺舌(しぜつ=刺の如き舌)は騂騂(せいせい=赤き貌)として悪気(あくき)を噴(ふ)く。
果(はた)して是(こ)れ只(ひとつ)の猛斑斕(もうはんらん=猛き斑の虎)、
陣陣(じんじん=次々と)たる威風(いふう)の宝殿(ほうでん)に吹(ふ)く。
国王(こくおう)一目(いちもく=一目)見(み)て、魄(はく)散(さん)じ魂(こん)飛(と)び、嚇(おどろ)かすかなかの多官(たかん)尽(ことごと)く皆(みな)逃(に)げ隠(かく)る。幾個(いくつ)か大胆(だいたん)なる武将(ぶしょう)有(あ)りて、将軍校尉(しょうぐんこうい=将軍と近衛)を領(りょう=率)いて一擁(いちよう=どっと)して前(まえ)に上(のぼ)り、各項(かくこう=各種)の兵器(へいき)を使(つか)いて乱(みだ)れ砍(き)る。此(こ)の一翻(いっぺん=この度)は、是(こ)れ唐僧(とうぞう)の該(まさ)に命(いのち)有(あ)りて死(し)せざるに非(あら)ずんば、就(すなわ)ち二十人(にじゅうにん)の僧人(そうにん)たりとも、也(また)打(う)ちて肉醤(にくしょう=肉の塊)と為(な)らん。此(こ)の時(とき)幸(さいわい)に丁甲(ていこう)、掲諦(げったい)、功曹(こうそう)、護教(ごきょう)の諸神(しょしん=神々)有(あ)りて、暗(あん)の裡(うち)に半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて護佑(ごゆう=守り助)くる故此(ゆえ)に、あれらの兵器(へいき)は皆(みな)打(う)ち傷(きずつ)くること能(あた)わず。衆臣(しゅうしん=臣下ら)は天(てん)の晩(くれ)に到(いた)るまで嚷(わめ)きて、才(はじ)めてかの虎(とら)を活(い)き乍(なが)ら捉(とら)え、鉄繩(てつじょう=鉄の綱)を以(もっ)て鎖(さ)し、鉄籠(てつろう=鉄の檻)の裡(うち)に放(お)き、朝房(ちょうぼう=宮中の控えの間)の内(うち)に収(おさ)めたり。
かの国王(こくおう)却(かえっ)て旨(みことのり)を伝(つた)え、光禄寺(こうろくじ=宮中の食事役所)をして大(おお)いに筵宴(えんえん=宴)を排(はい=設)けしめて、駙馬(ふば)が救抜(きゅうばつ=救い出し)しし恩(おん)を謝(しゃ)せしむ。然(しか)らずんば、険(あやう)くかの和尚(おしょう)に害(そこな)わるとこなりき。
当晩(とうばん)衆臣(しゅうしん)朝(ちょう)より散(さん)じ、かの妖魔(ようま)銀安殿(ぎんあんでん)に進(い)り込(こ)めり。又(また)十八個(じゅうはちこ=十八人)の宮娥彩女(きゅうがさいじょ=宮中の女官)を選(えら)び、吹弾歌舞(すいだんかぶ=笛を吹き琴を弾じ歌い舞)して、妖魔(ようま)に勧(すす)めて酒(さけ)を飲(の)ましめ楽(たのし)ましむ。かの怪物(かいぶつ)独(ひと)り上席(じょうせき)に坐(ざ)し、左右(さゆう)に排列(はいれつ=並び)するは、皆(みな)かの艶質嬌姿(えんしつきょうし=艶めかしき姿)なるを、汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が受用(じゅよう=享楽)するを。酒(さけ)を飲(の)むこと二更(にこう=午後十時頃)の時分(じぶん)に至(いた)り、酔(え)いの将(まさ)に上(のぼ)らんとして、忍(しの)ぶること能(あた)わず胡為(こい=乱暴)し、身(み)を跳(おど)らせ起(おこ)りて一声(ひとこえ)大笑(たいしょう)し、本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し、陡(にわ)かに凶心(きょうしん=凶悪な心)を発(はっ)し、簸箕(はき=箕)の大(おお)きなる手(て)を伸(の)べ開(ひら)き、一個(ひとり)の琵琶(びわ)を弾(ひ)きし女子(じょし)を把(もっ)て、抓(つか)み将(も)ち過(よ)ぎ来(きた)らせ、扢咋(こつさく=がぶりと)と頭(かしら)を把(もっ)て一口(ひとくち)咬(か)み了(おわ)れり。
嚇(おどろ)かすかなかの十七個(じゅうしちこ=十七人)の宮娥(きゅうが)、命(いのち)を没(ぼっ)して前後(ぜんご)に乱(みだ)れ走(はし)り乱(みだ)れ蔵(かく)る。汝(なんじ)看(み)よ那(かの):
宮娥(きゅうが)は悚懼(しょうく=恐れおののき)、
彩女(さいじょ)は忙驚(ぼうきょう=慌て驚)く。
宮娥(きゅうが)の悚懼(しょうく)するは、一(ひとつ)に似(に)たり雨(あめ)の芙蓉(ふよう)を打(う)ちて夜雨(やう)に籠(こ)めらるるに;
彩女(さいじょ)の忙驚(ぼうきょう)するは、就(すなわ)ち風(かぜ)の芍薬(しゃくやく)を吹(ふ)きて春風(しゅんぷう)に舞(ま)うが如(ごと)し。
琵琶(びわ)を捽(ひき)き砕(くだ)きて命(いのち)を顧(かえり)み、
琴瑟(きんしつ=琴)に跌(つまず)き傷(きずつ)きて生(いのち)を逃(のが)る。
門(もん)を出(い)づれば那(なん)ぞ南北(なんぼく)を分(わ)かたん、
殿(でん)を離(はな)るれば西東(さいとう)を管(かん)せず。
玉面(ぎょくめん=玉の如き顔)を磕(う)ち損(そこな)い、
嬌容(きょうよう=嬌しき顔)を撞(つ)き破(やぶ)る。
人人(ひとびと)命(いのち)を逃(のが)れ走(はし)り、
各各(おのおの)残生(ざんせい=残りの命)に奔(はし)る。
あれら人(ひと)は出(い)で往(ゆ)きて又(また)敢(あえ)て吆喝(ようかつ=叫)ばず、夜(よる)深(ふか)けれど又(また)敢(あえ)て駕(が=天子)を驚(おどろ)かさず、皆(みな)かの短墻(たんしょう=低い塀)の檐(のき=庇)の下(した)に潜(ひそ)み在(あ)りて、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として題(だい=述べ)せず。
さてかの怪物(かいぶつ)上(うえ)に坐(ざ)して、自(みずか)ら斟(く)み自(みずか)ら酌(く)む。一盞(いっさん=一杯)を喝(の)み了(おわ)りては、人(ひと)を扳(ひき)き過(よ)ぎ来(きた)らせ、血淋淋(けつりんりん=血だらけ)に啃(かじ)り上(あ)ぐること両口(りょうこう=二口)。彼(かれ)内(うち)の裡(うち)に在(あ)りて受用(じゅよう=享楽)せるに、外(そと)の人(ひと)は尽(ことごと)く伝(つた)えて道(い)えるには、
「唐僧(とうぞう)は是(こ)れ個(ひとつ)の虎精(こせい=虎の妖)なり!」
と。乱(みだ)れ伝(つた)え乱(みだ)れ嚷(わめ)きて、金亭館駅(きんていかんえき=駅舎)に嚷(わめ)き到(いた)る。此(こ)の時(とき)駅(えき)の裡(うち)に人(ひと)無(な)く、ただ白馬(はくば)の槽(そう=飼い桶)の上(うえ)に在(あ)りて草(くさ)を食(く)らい料(かいば)を食(く)らう有(あ)るのみ。彼(かれ)は本(もと)是(こ)れ西海(さいかい)の小龍王(しょうりゅうおう)にして、因(よ)りて天条(てんじょう=天の掟)を犯(おか)し、角(つの)を鋸(ひか)れ鱗(うろこ)を退(しりぞけ)られ、白馬(はくば)に変(へん)じ、唐僧(とうぞう)を馱(お)いて西方(さいほう)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)る身(み)なれど、忽(たちま)ち人(ひと)の唐僧(とうぞう)は是(こ)れ個(ひとつ)の虎精(こせい)なりと講(い)うを聞(き)き、彼(かれ)も也(また)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、
「我(わ)が師父(しふ)は分明(ぶんめい=明らか)に是(こ)れ個(ひとつ)の好人(こうじん)なるに、必(かなら)ず怪(かい)の彼(かれ)を把(もっ)て変(へん)じて虎精(こせい)と做(な)らしめ、師父(しふ)を害(そこな)えるなり。怎(いか)に好(よ)からん! 怎(いか)に好(よ)からん! 大師兄(だいしけい=孫悟空)は去(さ)りてより久(ひさ)しく、八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)とは又(また)音信(いんしん=便り)無(な)し!」
と。彼(かれ)ただ二更(にこう)の時分(じぶん)に捱(もちこた)え到(いた)り、万籟(ばんらい=万物の音)声(こえ)無(な)きに、却(かえっ)て才(はじ)めて将(も)ち跳(おど)り起(おこ)りて道(い)えるには、
「我(われ)今(いま)もし唐僧(とうぞう)を救(すく)わずんば、此(こ)の功果(こうか=功徳)休(や)みなん! 休(や)みなん!」
と。彼(かれ)忍(しの)ぶること能(あた)わず、韁繩(こうじょう=手綱)を頓絶(とんぜつ=引きちぎ)り、鞍轡(あんひつ=鞍)を抖(ふる)い松(ゆる)め、急(きゅう)に身(み)を縦(じゅう=跳ね)らせ、忙(いそ)ぎて化(け)を顕(あらわ)し、依然(いぜん)として化(か)して龍(りゅう)と作(な)り、烏雲(ううん=黒き雲)を駕(が=駆)り起(おこ)し、直(ただち)に九霄(きゅうしょう=天の高み)の空(くう)の裡(うち)に上(のぼ)りて観(み)る。詩(し)有(あ)りて証(しょう=証拠)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く、
三蔵(さんぞう)西(にし)より来(きた)りて世尊(せそん=仏)を拝(はい)す、
途中(とちゅう)偏(ひとえ=ひどく)に悪(あ)しき妖氛(ようふん=妖気)有(あ)り。
今宵(こんしょう)化(か)して虎(とら)と為(な)りて災難(さいなん)脱(のが)れ難(がた)く、
白馬(はくば)韁(たづな)を垂(た)れて主人(しゅじん)を救(すく)う。
小龍王(しょうりゅうおう)半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて、ただ銀安殿(ぎんあんでん)の内(うち)、灯燭(とうしょく=灯り)の輝煌(きこう=燦めく)を見(み)る。原(もと)はかの八個(はちこ=八本)の満堂紅(まんどうこう=大燭台)の上(うえ)に、八根(はちこん=八本)の蝋燭(ろうそく)を点(とも)せるなり。雲頭(うんとう)を低(ひく)く下(さ)げ、仔細(しさい=詳しく)に看(み)る処(ところ)、かの妖魔(ようま)独(ひと)り個(ひとり)上(うえ)に在(あ)りて、法(ほう)を逼(せま=用い)りて酒(さけ)を飲(の)み人肉(じんにく)を食(く)らえるなり。小龍(しょうりゅう)笑(わら)って道(い)えるには、
「此(こ)の厮(やつ)は不済(ふせい=役立たず)なり! 馬脚(ばきゃく=尻尾)を走(はし)らせ、風訊(ふうしん=正体)を識破(しきは=見破)られ、秤鉈(びょうどう=分銅)を躧(ふ)み匾(ひらたく)して人(ひと)を食(く)らうとは、是(こ)れ個(ひとつ)の長進(ちょうしん=進歩)の有(あ)るものならんや! 却(かえっ)て我(わ)が師父(しふ)が下落(げらく=行方)の如何(いかん)なるを知(し)らず、倒(かえっ)て此(こ)の潑怪(はつかい=卑しき怪)に遇(あ)えり。且(しばら)く我(われ)往(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひとつ)戯(たわむ)れ戯(たわむ)れん、もし手(て)を得(え)なば、妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)めて然(しか)して後(のち)に師父(しふ)を救(すく)うとも遅(おそ)からず」
と。好(よ)き龍王(りゅうおう)や、彼(かれ)就(すなわ)ち身(み)を揺(ゆ)りて一(ひとつ)変(へん)じ、也(また)変(へん)じて個(ひとり)の宮娥(きゅうが)と作(な)れば、真個(しんこ=実)に身体(しんたい)軽盈(けいえい=軽やか)、儀容(ぎよう=姿)嬌媚(きょうび=艶めかし)く、忙(いそ)ぎ歩(あゆみ)を移(うつ)して裡(うち)に走(はし)り入(い)り、妖魔(ようま)に対(たい)して一声(ひとこえ)の万福(ばんぷく=挨拶)を道(い)えるには、
「駙馬(ふば)や、汝(なんじ)我(われ)が性命(せいめい)を傷(そこな)うこと莫(なか)れ、我(われ)来(きた)りて汝(なんじ)に替(かわ)りて盞(さかずき)を把(と)らん」
と。かの妖(よう)道(い)えるには、
「酒(さけ)を斟(く)み来(きた)れ」
と。
小龍(しょうりゅう)壷(つぼ)を接(うけ)取(と)り来(きた)り、酒(さけ)を将(もっ)て彼(かれ)が盞(さかずき)の裡(うち)に斟(く)み入(い)るるに、酒(さけ)は鍾(さかずき)よりも高(たか)きこと三五分(さんごぶ=三分五分)有(あ)るに、更(さら)に漫(あふ)れ出(い)でず、此(こ)れは是(こ)れ小龍(しょうりゅう)の使(つか)える逼水法(ひっすいほう=水を押さえる法)なり。かの怪(かい)見(み)て識(し)らず、心中(しんちゅう)に喜(よろこ)んで道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の般(ごと)きの手段(しゅだん)有(あ)るか!」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「還(な)お幾分(いくぶ)も高(たか)く斟(く)み得(う)べきなり」
と。かの怪(かい)道(い)えるには、
「再(ふたた)び斟(く)み上(あ)げよ! 再(ふたた)び斟(く)み上(あ)げよ!」
と。彼(かれ)壷(つぼ)を挙(あ)げ着(つ)けて、ただ情(ひたすら)に斟(く)めば、かの酒(さけ)ただ情(ひたすら)に高(たか)く、就(すなわ)ち十三層(じゅうさんそう=十三階)の宝塔(ほうとう)の一般(いっぱん)の如(ごと)く、尖尖(せんせん=先細に)満満(まんまん=溢れんばかり)にして、更(さら)に些須(しゃしゅ=少し)も漫(あふ)れ出(い)でず。かの怪物(かいぶつ)嘴(くち)を伸(の)べ過(よ)ぎ来(きた)りて、一鍾(いっしょう=一杯)を食(く)らい、死人(しにん)を扳(ひ)き着(つ)けて、一口(ひとくち)を食(く)らい、道(い)えるには、
「歌(うた)うを会(え)るか?」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「也(また)略(ほぼ=少し)些(いささ)か暁(さと)れるの児(こ)有(あ)り」
と。腔韻(こういん=節回し)に依(よ)りて一個(ひとつ)の小曲(しょうきょく)を唱(うた)い、又(また)一鍾(いっしょう)を奉(ほう)じたてまつる。かの怪(かい)道(い)えるには、
「汝(なんじ)舞(ま)うを会(え)るか?」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「也(また)略(ほぼ)些(いささ)か暁(さと)れり、但(た)だ只是(ただ)素手(すしゅ=素手)なれば、舞(ま)い得(え)て不好看(ふこうかん=見栄えがせず)」
と。かの怪(かい)衣服(いふく)を掲(かか)げ起(おこ)し、腰間(ようかん)の佩(お)びる所(ところ)の宝剣(ほうけん)を解(と)き下(おろ)し、鞘(さや)より掣(ひ)き出(いだ)して、小龍(しょうりゅう)に遞(わた)す。小龍(しょうりゅう)刀(かたな)を接(うけ)取(と)り、就(すなわ)ち心(こころ)を留(とど)め、かの酒席(しゅせき)の前(まえ)に在(あ)りて、上三下四(じょうさんかし)、左五右六(さごうろく)と、花刀法(かとうほう=華やかな刀法)を披(ひら)き開(ひら)きたり。かの怪(かい)眼(め)を咤(みは)りて看(み)るに、小龍(しょうりゅう)花(か)の字(あざ=型)を収(おさ)め了(おわ)り、妖精(ようせい)に望(むか)いて一刀(いっとう)を劈(つんざ)き来(きた)る。好(よ)き怪物(かいぶつ)や、身(み)を側(そばだ)てて避(よ)け過(す)ぎ、手脚(しゅきゃく=手足)を慌(あわ)てさせ、一根(いっこん=一本)の満堂紅(まんどうこう=燭台)を挙(あ)げ起(おこ)して、宝刀(ほうとう)を架(ささ=受け止)ぐ。かの満堂紅(まんどうこう)は原(もと)是(こ)れ熟鉄(じゅくてつ=鍛鉄)の打造(だぞう=打ち造)れるものにして、柄(え)を連(つら)ねて八九十斤(はっくじっきん)有(あ)り。二人(ふたり)銀安殿(ぎんあんでん)を出(い)で了(おわ)り、小龍(しょうりゅう)本相(ほんそう)を現(あらわ)し、却(かえっ)て雲頭(うんとう)を駕(が)し起(おこ)し、かの妖魔(ようま)と彼(か)の半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて相(あい)殺(ころ)し合(あ)う。此(こ)の一場(いちじょう=一戦)、黒地(こくち=闇)の裡(うち)に好(よ)く殺(ころ)し合(あ)う! 怎(いか)に見(み)えんや:
那(か)の一個(ひとつ)は是(こ)れ碗子山(わんしさん)に生成(せいせい=生まれ付き)の怪物(かいぶつ)、
此(こ)の一個(ひとつ)は是(こ)れ西洋海(さいようかい)より罰(ばっ=流罪)し下(くだ)されし真龍(しんりゅう)。
一個(ひとつ)は毫光(ごうこう=微光)を放(はな)ち、白電(はくでん=白き稲妻)を噴(ふ)くが如(ごと)く:
一個(ひとつ)は鋭気(えいき)を生(しょう)じ、紅雲(こううん=赤き雲)を迸(ほとばし)るが如(ごと)し。
一個(ひとつ)は白牙老象(はくがろうぞう=白き牙の老いたる象)の人間(にんげん)を走(はし)るに好(よ)く似(に)て、
一個(ひとつ)は就(すなわ)ち金爪狸猫(きんそうりびょう=金の爪の山猫)の下界(げかい)に飛(と)び下(くだ)るが如(ごと)し。
一個(ひとつ)は是(こ)れ擎天(けいてん=天を支う)の玉柱(ぎょくちゅう)、
一個(ひとつ)は是(こ)れ架海(かかい=海に架かる)の金梁(こんりょう=金の梁)。
銀龍(ぎんりゅう)舞(ま)い飛(と)び、
黄鬼(こうき)翻(ひるがえ)り騰(のぼ)る。
左右(さゆう)の宝刀(ほうとう)怠慢(たいまん=遅れ)無(な)く、
往来(おうらい)歇(やす)まず満堂紅(まんどうこう)。
彼(かれ)ら二人(ふたり)雲端(うんたん=雲の上)の裡(うち)に在(あ)りて、戦(たたか)うこと彀(こう=充分)に八九回合(はっきゅうごう)せしが、小龍(しょうりゅう)は手(て)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、老魔(ろうま)は身(み)強(つよ)く力(ちから)壮(さかん)なり。小龍(しょうりゅう)抵敵(ていてき=抗)し住(とど)めず、刀(かたな)を飛(と)ばし去(さ)らしめて、かの妖怪(ようかい)を砍(き)らんとせしに、妖怪(ようかい)に刀(かたな)を接(う)くるの法(ほう)有(あ)り、一只(いっし=一方)の手(て)にて宝刀(ほうとう)を接(う)け了(おわ)り、一只(いっし)の手(て)にて満堂紅(まんどうこう)を抛(な)げ下(おろ)して便(すなわ)ち打(う)てば、小龍(しょうりゅう)手(て)を措(お)くに及(およ)ばず、彼(かれ)に把(もっ)て後腿(こうたい=後脚)の上(うえ)を一下(いっか=一撃)着(あて)られ、急慌慌(きゅうこうこう=慌てふためき)て雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)し、多(おお)くは御水河(ぎょすいが=御所の川)の性命(せいめい)を救(すく)えしに虧(よ)れり。小龍(しょうりゅう)一頭(いっとう=真っ直ぐ)水(みず)の下(した)に鑽(もぐ)り往(ゆ)きしを、かの妖魔(ようま)赶(お)い来(きた)りて彼(かれ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、宝刀(ほうとう)を執(と)り、満堂紅(まんどうこう)を拿(と)り、銀安殿(ぎんあんでん)に回(かえ)り上(のぼ)り、照旧(しょうきゅう=元の如く)酒(さけ)を食(くら)い睡(ね)て了(おわ)るは題(だい=述べ)せず。
さてかの小龍(しょうりゅう)水底(すいてい)に潜(ひそ)むこと半個時辰(はんこじしん=一時間)にして声息(せいそく=物音)の聞(きこ)えざるを、方(はじ)めて才(やっ)と牙(は)を咬(か)み、腿(もも)の疼(いたみ)を忍(しの)びて将(も)ち跳(おど)り起(おこ)り往(ゆ)き、烏雲(ううん)を踏(ふみ=踏)んで、径(ただち)に館駅(かんえき)に転(てん=引き返)じ、還(ま)た依旧(いきゅう=元の如く)の馬匹(ばひつ)に変(へん)じ作(な)り、槽(そう=飼い桶)の下(した)に伏(ふ)す。憐(あわ)れむ可(べ)し渾身(こんしん=全身)是(こ)れ水(みず)にて、腿(もも)に傷痕(しょうこん=傷跡)有(あ)り。其(そ)の時節(じせつ=折しも):
意馬心猿(いばしんえん=心の迷い)皆(みな)失散(しっさん=散り失せ)、
金公木母(きんこうぼくぼ=金と木)尽(ことごと)く凋零(ちょうれい=衰え散る)。
黄婆(こうば=黄なる老婆)傷損(しょうそん)して通(つう)じて別(わか)れ、
道義(どうぎ=道)消疏(しょうそ=疎か)になって怎(いか)でか成(な)らん!
且(しばら)く三蔵(さんぞう)の災(わざわい)に逢(あ)い、小龍(しょうりゅう)の戦(たたかい)に敗(やぶ)れしは措(お)き、さてかの猪八戒(ちょはっかい)、沙僧(しゃそう)を離(はな)れしより、一頭(いっとう=真っ直ぐ)草科(そうか=草むら)の裡(うち)に蔵(かく)れ、一個(ひとつ)の猪渾塘(ちょこんとう=猪の寝床)を拱(ほ=掘)り、此(こ)の一覚(いっかく=一眠り)、直(ただち)に半夜(はんや=真夜中)の時候(じこう)に睡(ね)て到(いた)りて才(はじ)めて醒(さ)めり。醒(さ)め来(きた)る時(とき)、又(また)是(こ)れ何(なん)の去処(ところ)なるを知(し)らず、眼(め)を摸(な)で摩(す)り、神思(しんし=気持ち)を定(さだ)め、耳(みみ)を側(そばだ)てて才(はじ)めて聴(き)けば、噫(ああ)! 正(まさ)に是(こ)れかの
山深(やまふか)くして犬(いぬ)の吠(ほ)ゆる無(な)く、
野曠(のひろ)くして鶏(にわとり)の鳴(な)く少(すくな)し。
彼(かれ)かに星移斗転(せいいとてん=星が移り北斗が巡る)の、約莫(おおよそ)三更(さんこう=真夜中)の時分(じぶん)なるを見(み)て、心中(しんちゅう)に想(おも)いて道(い)えるには、
「我(われ)回(まわ)りて沙僧(しゃそう)を救(すく)わんと欲(ほっ)すれども、誠然(せいぜん=誠に)是(こ)れ単糸(たんし=一本の糸)は線(いと)とならず、孤掌(こしょう=片手)は鳴(な)り難(がた)し。罷(や)め罷(や)め罷(や)め! 我(われ)且(しばら)く城(しろ)に進(い)り往(ゆ)きて師父(しふ)に見(まみ)え、当今(とうこん=今の王)に奏(そう)じて准(ゆる)され、再(ふたた)び些(いささ)か驍勇(ぎょうゆう=勇ましき)の人馬(じんば)を選(えら)び、老猪(ろうちょ=俺)を助(たす)けて明日(みょうにち)来(きた)りて沙僧(しゃそう)を救(すく)わん」
と。かの呆子(ほんこ=間の抜け者)急(きゅう)に雲頭(うんとう)を縦(じゅう=駆)り、径(ただち)に城里(じょうり)に回(かえ)り、半霎時(はんしょうじ=瞬く間)に、館駅(かんえき)に到(いた)る。此(こ)の時(とき)人静(ひとしずか)にして月明(つきあきらか)く、両廊(りょうろう=両側の廊)の下(した)に師父(しふ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、ただ白馬(はくば)の那(か)の廂(ほとり)に睡(ね)て在(あ)るを見(み)るが、渾身(こんしん)水(みず)に湿(ぬ)れ、後腿(こうたい)に盤子(ばんし=皿)の大小(おおいさ)の一点(いってん)の青痕(せいこん=青き痣)有(あ)り。八戒(はっかい)失驚(しっきょう=仰天)して道(い)えるには、
「双晦気(そうかいき=二重の不運)! 此(こ)の亡人(もうじん=死に損ない)は又(また)曾(かつ)て路(みち)を走(はし)らざるに、何(なん)とて身(み)の上(うえ)に汗(あせ)有(あ)り、腿(もも)に青痕(せいこん)有(あ)る? 想(おも)うに是(こ)れ歹人(あくにん=悪者)の師父(しふ)を打劫(だきょう=襲)いて、馬(うま)を打(う)ち壊(こわ)したるならん」
と。かの白馬(はくば)是(こ)れ八戒(はっかい)なるを認(みと)め得(え)て、忽然(こつぜん=俄)かに口(くち)より人言(じんげん=人の言葉)を吐(は)き、一声(ひとこえ)
「師兄(しけい=兄者)!」
と叫(さけ)べば、此(こ)の呆子(ほんこ)嚇(おどろ)かされて一(ひとつ)跌(つまず)き、扒(はい)き起(おこ)りて外(そと)に往(ゆ)かんとせしに、かの馬(うま)に身(み)を探(のば)させられ、一口(ひとくち)に皂衣(そうい=黒き衣)を咬(か)み住(とど)められて、道(い)えるには、
「哥(あにき)や、汝(なんじ)我(われ)を怕(おそ)るること莫(なか)れ」
と。八戒(はっかい)戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として道(い)えるには、
「兄弟(きょうだい)や、汝(なんじ)何(なん)とて今日(こんにち)話(はなし)を説(と)き起(おこ)し来(きた)れる? 汝(なんじ)但(た)だ話(はなし)せば、必(かなら)ず大(おお)いなる不祥(ふしょう=不吉)の之事(こと)有(あ)るならん」
と。
小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「汝(なんじ)師父(しふ)の難(なん)有(あ)るを知(し)れるか!」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「我(われ)知(し)らず」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「汝(なんじ)は是(こ)れ知(し)らず! 汝(なんじ)と沙僧(しゃそう)とは皇帝(こうてい)の面前(めんぜん)に在(あ)りて本事(ほんじ=腕前)を弄(ろう=見せびらか)し、妖魔(ようま)を拿(とら)え倒(たお)さんと量(はか)り、功(こう)を請(こ)い賞(しょう)を求(もと)めんとせしに、想(おも)わずや妖魔(ようま)が本領(ほんりょう=実力)大(おお)いにして、汝(なんじ)らの手段(しゅだん)は不済(ふせい=劣り)にて、彼(かれ)を禁(きん=押さえ)じ過(す)ごすこと能(あた)わず。好(よ)くも一個(ひとり)は回(かえ)り来(きた)りて、個(ひとつ)の信息(しんそく=知らせ)を説(と)くを是(せよ)とせしに、却(かえっ)て更(さら)に音(おとずれ)を聞(き)かず。かの妖精(ようせい)一個(ひとつ)の俊俏(しゅんしょう=美男)の文人(ぶんじん=文士)に変(へん)じ作(な)り、朝中(ちょうちゅう)に撞(ぶ)つかり入(い)り、皇帝(こうてい)と親眷(しんけん=親族)の礼を認(みと)め合(あ)い、我(わ)が師父(しふ)を把(もっ)て一個(ひとつ)の斑斕猛虎(はんらんもうこ)に変(へん)じ作(な)らしめ、現(いま)衆臣(しゅうしん)に捉(とら)えられ住(とど)められて、朝房(ちょうぼう)の鉄籠(てつろう)の裡面(うち)に鎖(さ)され在(あ)り。我(われ)此(こ)の般(ごと)きの苦悩(くのう=苦しみ)を聴(き)き得(え)て、心(こころ)刀(かたな)の如(ごと)く割(さ)かる。汝(なんじ)両日(りょうじつ=二日)又(また)在(あ)らずして知(し)らざれば、恐(おそ)らくは一時(いちじ=早晩)性命(せいめい)を傷(そこな)わんとす。只(た)だ得(やむ)なく龍身(りゅうしん=龍の体)に化(け=姿を変)じて救(すく)わんとせしに、期(き)せず朝(ちょう)の裡(うち)に到(いた)りて、又(また)師父(しふ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず。銀安殿(ぎんあんでん)の外(そと)に到(いた)りて、妖精(ようせい)に遇(あ)いしに、我(われ)又(また)個(ひとり)の宮娥(きゅうが)の容姿(ようし=姿)に変(へん)じ作(な)り、かの怪物(かいぶつ)を哄(たぶらか)せり。かの怪(かい)我(われ)をして刀(かたな)を舞(ま)わしめて彼(かれ)に看(み)しめんとせしに、遂(つい)に爾(しか)して心(こころ)を留(とど)め、彼(かれ)に一刀(いっとう)を砍(き)りしに、早(はや)くも彼(かれ)に闪(かわ=躱)き過(す)ごされ、双手(そうしゅ)に一根(いっこん)の満堂紅(まんどうこう)を挙(あ)げて、我(われ)を把(もっ)て戦(たたか)い敗(やぶ)らしめたり。我(われ)又(また)刀(かたな)を飛(と)ばし去(さ)らしめて砍(き)りしに、彼(かれ)又(また)刀(かたな)を把(もっ)て接(う)け了(おわ)り、満堂紅(まんどうこう)を捽(なげう)ち下(おろ)して、我(わ)が後腿(こうたい)の上(うえ)を一下(いっか)着(あて)たる故此(ゆえ)に、此(こ)れに因(よ)りて御水河(ぎょすいが)に鑽(もぐ)り在(あ)りて、性命(せいめい)を逃(のが)れ得(え)たり。腿(もも)の上(うえ)の青(あお)きは是(こ)れ彼(かれ)が満堂紅(まんどうこう)にて打(う)たれしなり」
と。八戒(はっかい)言(こと)を聞(き)きて道(い)えるには、
「真個(しんこ=本当)に此(こ)の様(よう)なる事(こと)の有(あ)るか?」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「莫成(まさか)我(われ)汝(なんじ)を哄(たぶらか)したるならん!」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「怎(いか)に好(よ)からん? 怎(いか)に好(よ)からん! 汝(なんじ)掙(あが=掙き切)り動(うご)くことを得(う)るか?」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「我(われ)掙(あが)き動(うご)くことを得(え)なば便(すなわ)ち怎(いか)にせん?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「汝(なんじ)掙(あが)き動(うご)くことを得(え)なば、便(すなわ)ち掙(あが)きて海(うみ)に下(くだ)り往(ゆ)け。行李(こうり)を把(もっ)て老猪(ろうちょ=俺)をして高老荘(こうろうしょう)の上(うえ)に挑(にな)い往(ゆ)かしめ、炉(ろ)に回(かえ)りて女壻(じょせい=婿)を做(な)らしめよ」
と。小龍(しょうりゅう)説(と)き聞(き)きて、一口(ひとくち)に彼(かれ)が直裰(じきとつ=衣服)の子(こ)を咬(か)み住(とど)めて、那(いず)こにか肯(あえ)て放(はな)たん、止(とど)むること能(あた)わず眼(め)の中(うち)に涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)えるには、
「師兄(しけい)よ! 汝(なんじ)千万(せんまん=くれぐれも)懶惰(らんだ=怠け)の心(こころ)を生(しょう=起こ)すこと莫(なか)れ!」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「懶惰(らんだ)せざらんには便(すなわ)ち怎(いか)にせん? 沙兄弟(さきょうだい)は已(すで)に彼(かれ)に拿(とら)えられ住(とど)められ、我(われ)は是(こ)れ彼(かれ)に戦(たたか)い過(す)ごさず、此(こ)れに趁(よ)らずして火(ひ)を散(さん=解散)ぜんには、還(な)お何(なに)をか等(ま)たん?」
と。小龍(しょうりゅう)半晌(はんしょう=しばし)沈吟(ちんぎん=思案)し、又(また)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)えるには、
「師兄(しけい)よ、火(ひ)を散(さん)ずるの話(はなし)を説(と)くこと莫(なか)れ、もし師父(しふ)を救(すく)い得(う)るを要(よう)せば、汝(なんじ)ただ往(ゆ)きて一個(ひとり)の人(ひと)を請(しょう=招)き来(きた)れ」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「我(われ)をして誰(たれ)を請(しょう)かしめんとや?」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「汝(なんじ)早(はや)きの児(こ)に趁(よ)りて雲(くも)に駕(が)じて回(まわ)りて花果山(かかざん)に上(のぼ)り、大師兄(だいしけい)の孫行者(そんぎょうじゃ)を請(しょう)じ来(きた)れ。彼(かれ)には還(な)お妖(よう)を降(くだ)すの大法力(だいほうりき)有(あ)り、管(かなら)ず師父(しふ)を救(すく)わしめ、汝(なんじ)と我(われ)が為(ため)にも此(こ)の陣(じん)に敗(やぶ)れしの仇(あだ)を報(ほう)ぜしめ得(う)べし」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「兄弟(きょうだい)や、別(べつ)に一個(ひとり)の児(こ)を請(しょう)ずるを便(たやす)しとせよ、かの猴子(さるこ=孫悟空)は我(われ)と些(いささ)か不睦(ふぼく=仲違い)有(あ)り。前者(ぜんしゃ=先だって)白虎嶺(びゃっこれい)の上(うえ)に在(あ)りて、かの白骨夫人(はっこつふじん)を打(う)ち殺(ころ)ししを、彼(かれ)我(われ)の師父(しふ)を攛掇(そんだつ=唆)して《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)ぜしめたるを怪(あやし)めり。我(われ)も也(また)只(た)だ耍子(しゃし=戯れ)に当(あ)てたるに、想(おも)わずかの老和尚(ろうおしょう)の当真(とうしん=本気)にそれを念(ねん)じ起(おこ)して、就(すなわ)ち彼(かれ)を把(もっ)て赶逐(かんちく=追い払)い回(かえ)さしめし故此(ゆえ)に、彼(かれ)知(し)らず怎(いか)なる様(よう)にも我(われ)を悩(なやま)すらん、彼(かれ)も也(また)決(けっ)して肯(うべな)うて来(きた)らじ。倘(も)し或(も)し言語(げんご)の上(うえ)に、略(ほぼ)しくも相対(あいたい=折り合)わざること有(あ)らば、彼(かれ)がかの哭喪棒(こくそうぼう=喪の杖)は又(また)重(おも)く、仮(も)し若(も)し高低(こうてい=手加減)を知(し)らざれば、撈(ひっつか)み上(あ)ぐること幾下(いくか=何度)かせば、我(われ)怎(いか)でか活(い)きて成(な)ることを得(え)んや?」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「彼(かれ)決(けっ)して汝(なんじ)を打(う)たじ、彼(かれ)は是(こ)れ個(ひとつ)の仁(じん)有(あ)り義(ぎ)有(あ)るの猴王(こうおう=猿の王)なり。汝(なんじ)彼(かれ)に見(まみ)えなば、且(しばら)く師父(しふ)の難(なん)有(あ)るを説(と)くこと莫(なか)れ、ただ師父(しふ)の汝(なんじ)を想(おも)うと説(と)きて、彼(かれ)を把(もっ)て哄(たぶらか)し将(も)ち来(きた)らせ、此(こ)の處(ところ)に到(いた)りて此(こ)の様(よう)なる個(ひとつ)の情節(じょうせつ=次第)を見(み)せしめなば、彼(かれ)必(かなら)ず然(しか)らずんば忿(いきどお)らず、断乎(だんこ=断じて)かの妖精(ようせい)と比並(ひへい=競い合)わんとし、管情(かんじょう=きっと)かの妖精(ようせい)を拿(とら)え得(え)させて、我(わ)が師父(しふ)を救(すく)い得(え)さしめん」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「也(また)罷(よし)也(また)罷(よし)、汝(なんじ)倒(かえっ)て此(こ)の如(ごと)く尽心(じんしん=尽くす心)あれば、我(われ)もし往(ゆ)かずんば、我(われ)の尽心(じんしん)ならざるを顕(あらわ)さん。我(われ)此(こ)の一去(いっきょ)に、果(はた)して行者(ぎょうじゃ)の肯(うべな)うて来(きた)らば、我(われ)就(すなわ)ち彼(かれ)と一路(いちろ=共)に来(きた)らん;彼(かれ)もし来(きた)らずんば、汝(なんじ)却(かえっ)て也(また)我(われ)を望(のぞ)むこと莫(なか)れ、我(われ)も也(また)来(きた)らじ」
と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、
「汝(なんじ)去(ゆ)け汝(なんじ)去(ゆ)け、管情(かんじょう)彼(かれ)来(きた)るべきなり」
と。
真個(しんこ)に呆子(ほんこ)釘鈀(ていは)を収拾(しゅうしゅう)し、直裰(じきとつ)を整束(せいそく)し、将(も)ち跳(おど)り起(おこ)り往(ゆ)き、雲(くも)を踏(ふ)んで、径(ただち)に東(ひがし)に往(ゆ)く。此(こ)の一回(いっかい)は、也(また)是(こ)れ唐僧(とうぞう)の命(いのち)有(あ)るなり、かの呆子(ほんこ)正(まさ)に順風(じゅんぷう)に遇(あ)い、二個(ふたつ)の耳朶(じだ=耳)を撑(は=張)り起(おこ)せば、好(よ)くも便(すなわ)ち風篷(ふうほう=帆)の一般(いっぱん)に似(に)て、早(はや)くも東洋大海(とうようたいかい)を過(す)ぎ、雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)す。覚(おぼ)えずの太陽星(たいようせい=太陽)の上(のぼ)るに、彼(かれ)却(かえっ)て山(やま)に入(い)りて路(みち)を尋(たず)ぬ。正(まさ)に行(ゆ)くの際(さい=折)、忽(たちま)ち人(ひと)の言語(げんご)の有(あ)るを聞(き)き得(え)たり。八戒(はっかい)仔細(しさい=よく)く看(み)る時(とき)に、看来(みれ)ば是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の山凹(さんおう=山の窪み)の裡(うち)に在(あ)りて、群妖(ぐんよう=群れなす妖)を聚集(しゅうしゅう=集め)し居(お)るなり。彼(かれ)一塊(いっかい=一つ)の石頭(せきとう=岩)の崖(がけ)の上(うえ)に坐(ざ)し、面前(めんぜん)に一千二百多(いっせんにひゃくあまり=千二百余)の猴子(さるこ)有(あ)りて、序(じょ=序列)を分(わ)かちて班(はん=列)を排(なら)べ、口(くち)に
「万歳(ばんぜい)! 大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)!」
と称(しょう=唱)う。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「且(しばら)く是(こ)れ好(よ)く受用(じゅよう=享楽)す、且(しばら)く是(こ)れ好(よ)く受用(じゅよう)す! 怪(あや)しむらくは彼(かれ)が肯(あえ)て和尚(おしょう)をも做(な)らず、ただ家(いえ)に来(きた)るを要(よう)するこそ! 原(もと)是(こ)れ此(こ)れらの好処(こうしょ=結構)有(あ)りて、許大(きょだい=かほど)の家業(かぎょう=身代)有(あ)り、又(また)此(こ)の多(おお)きの小猴(しょうこう=子猿)の伏侍(ふくじ=仕え)有(あ)るなり! 若是(も)し老猪(ろうちょ=俺)に此(こ)の一座(いちざ)の山場(さんじょう=山の領地)有(あ)らば、也(また)何(なん)の和尚(おしょう)をも做(な)らじ。如今(いま)既(すで)に此(こ)の処(ところ)に到(いた)りて、却(かえっ)て怎(いか)に好(よ)からん? 必(かなら)ず要(よう)するに彼(かれ)に一見(いっけん)見(まみ)ゆるを是(せよ)」
と。かの呆子(ほんこ)些(いささ)か彼(かれ)を怕(おそ)るる有(あ)りて、又(また)敢(あえ)て明々(あきらか)に彼(かれ)に見(まみ)えず、却(かえっ)て草崖(そうがい=草の崖)の辺(ほとり)に往(ゆ)き、溜阿溜(りゅうありゅう=するすると)の溜(りゅう)の、かの一千二三百(いっせんにさんびゃく)の猴子(さるこ)の当(なか)の中(うち)に在(あ)りて擠(おしくじ=割り込)み着(つ)き、也(また)あれらの猴子(さるこ)に跟(したが)いて頭(かしら)を磕(ぬかず=額ず)く。
知(し)らずや孫大聖(そんたいせい)は高(たか)く坐(ざ)し、眼(め)又(また)乖滑(かいかつ=鋭敏)なれば、彼(かれ)を看(み)ること明白(めいはく)にして、便(すなわ)ち問(と)いて、
「かの班部(はんぶ=列座)の中(うち)に乱(みだ)れ拜(はい=拝)するの是(こ)れ個(ひとり)の夷人(いじん=異邦人)なるは、是(こ)れ何処(いずこ)より来(きた)れる? 拿(とら)え上(あ)げよ!」
と。説(と)き了(おわ)らざるに、あれらの小猴(しょうこう)一窩蜂(いっかほう=蜂の巣を突ついたように)個(ひとり)の八戒(はっかい)を把(もっ)て推(お)し将(も)ち上(のぼ)らせ、按(おさ)えて地(ち)に倒(たお)す。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)は是(こ)れ何処(いずこ)より来(きた)れるの夷人(いじん)ぞ?」
と。八戒(はっかい)頭(かしら)を低(ひく)くして道(い)えるには、
「不敢(ふかん=恐れ入る)、承問(しょうもん=ご下問)に預(あずか)れり。夷人(いじん)に非(あら)ず、是(こ)れ熟人(じゅくじん=馴染み)熟人(じゅくじん)なり」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(わ)が此(こ)の大聖部下(たいせいぶか)の群猴(ぐんこう=群れの猿)は、皆(みな)是(こ)れ一般(いっぱん=同じ)の容姿(ようし=姿)なり。汝(なんじ)が此(こ)の嘴臉(しれん=顔つき)は生(うま)れ得(え)て各樣(かくよう=異なり)、相貌(そうぼう=容貌)些(いささ)か雷堆(らいたい=似通う)有(あ)れば、定(かなら)ず是(こ)れ別処(べっしょ=他所)より来(きた)れる妖魔(ようま)ならん。既(すで)に是(こ)れ別処(べっしょ)より来(きた)れるならば、もし我(わ)が部下(ぶか)に投(とう=身を投)ぜんと要(よう)せば、先(まず)来(きた)りて個(ひとつ)の脚色手本(きゃくしょくしゅほん=履歴書)を遞(てい=提出)し、名字(みょうじ=名)を報(ほう=申告)ぜよ、我(われ)好(よ)く汝(なんじ)を此(こ)の処(ところ)に留(とど)めて班(はん=列)に随(したが)いて点札(てんさつ=点呼)せしめん。もし汝(なんじ)を留(とど)めずんば、汝(なんじ)敢(あえ)て此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて乱(みだ)れ拜(はい)するか!」
と。八戒(はっかい)頭(かしら)を低(ひく)くし、嘴(くち)を拱(つきだ=突き出)して道(い)えるには、
「不羞(ふしゅう=恥を知らず)や、就(すなわ)ち此(こ)の副(ひとつ)の嘴臉(しれん=面つき)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)れる! 我(われ)汝(なんじ)と兄弟(きょうだい)也(また)幾年(いくとせ)か做(な)りしに、又(また)推(お)して認(みと)め得(え)ずと説(い)いて、是(こ)れ何(なん)の夷人(いじん)なるか!」
と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、
「頭(かしら)を抬(もた)げ上(あ)げて我(われ)看(み)ん」
と。かの呆子(ほんこ)嘴(くち)を把(もっ)て上(うえ)に向(むか)いて一(ひとつ)伸(の)ばして道(い)えるには、
「汝(なんじ)看(み)よ! 汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(え)ざるも、好道(さいわい)に嘴(くち)をこそ認(みと)め得(え)ん!」
と。行者(ぎょうじゃ)忍(しの)ぶること能(あた)わず笑(わら)って、
「猪八戒(ちょはっかい)」
と。彼(かれ)一声(ひとこえ)の叫(さけ)ぶを聞(き)き得(え)て、就(すなわ)ち一轂轆(いっこくろく=ごろり)と跳(おど)り将(も)ち起(おこ)りて道(い)えるには、
「正(まさ)に是(こ)れ! 正(まさ)に是(こ)れ! 我(われ)は是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)なり!」
と。彼(かれ)又(また)思量(しりょう=考え)して道(い)えるには、
「認(みと)め得(え)たれば就(すなわ)ち好(よ)く話(はなし)を説(と)かん」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)唐僧(とうぞう)に跟(したが)いて経(きょう)を取(と)りに去(ゆ)かずして、却(かえっ)て此(こ)の処(ところ)に来(きた)れるは怎(いか)にする? 想(おも)うに是(こ)れ汝(なんじ)師父(しふ)を冲撞(しょうとう=ぶつかり)して、師父(しふ)も也(また)汝(なんじ)を貶(へん=追放)し回(かえ)し来(きた)らしめしか? 何(なん)の貶書(へんしょ=追放状)か有(あ)らば、拿(と)り来(きた)りて我(われ)看(み)ん」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「曾(かつ)て彼(かれ)を冲撞(しょうとう)せず、彼(かれ)にも也(また)何(なん)の貶書(へんしょ)無(な)く、也(また)曾(かつ)て我(われ)を赶(お)いはらず」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「既(すで)に貶書(へんしょ)無(な)く、又(また)曾(かつ)て汝(なんじ)を赶(お)わざるに、汝(なんじ)我(わ)が此(こ)の処(ところ)に来(きた)れるは怎(いか)にする?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「師父(しふ)汝(なんじ)を想(おも)いて、我(われ)を着(つか)わし来(きた)りて汝(なんじ)を請(しょう=招)かしむるなり」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「彼(かれ)も也(また)我(われ)を請(しょう)ぜず、彼(かれ)も也(また)我(われ)を想(おも)わず。彼(かれ)がかの日(ひ)天(てん)に対(たい)して誓(ちか)いを発(はっ)し、親筆(しんぴつ=自筆)に貶書(へんしょ)を写(うつ)しめたり、何(なん)とて又(また)肯(あえ)て我(われ)を想(おも)い、又(また)肯(あえ)て汝(なんじ)をして遠(とお)く来(きた)りて我(われ)を請(しょう)ぜしめん? 我(われ)断然(だんぜん=きっと)也(また)是(こ)れ好(よ)く去(ゆ)かざるなり」
と。八戒(はっかい)地(ち)に就(つ)きて個(ひとつ)の謊(うそ)を扯(ひ=作)り、忙(いそ)ぎて道(い)えるには、
「委実(いじつ=実に)汝(なんじ)を想(おも)う! 委(まこと)に是(こ)れ汝(なんじ)を想(おも)う!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「彼(かれ)怎(いか)にして我(われ)を想(おも)い来(きた)れるか?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「師父(しふ)馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて正(まさ)に行(ゆ)くに、徒弟(とてい)と叫(さけ)べるを、我(われ)曾(かつ)て聴(き)き得(え)ず、沙僧(しゃそう)も又(また)耳(みみ)の聾(つんぼ)なりと推(お)せり。師父(しふ)就(すなわ)ち汝(なんじ)を想(おも)い起(おこ)して、我(われ)らの不済(ふせい=役立たず)なるを説(と)き、汝(なんじ)は還(な)お是(こ)れ個(ひとり)の聡明伶俐(そうめいれいり=利発)の之人(ひと)にて、常時(じょうじ=常々)声(こえ)を叫(さけ)べば声(こえ)応(こた)え、一(ひとつ)を問(と)えば十(とお)を答(こた)うると説(と)き給(たま)えり。此(こ)の般(ごと)きに因(よ)りて汝(なんじ)を想(おも)いて、専専(せんせん=ひたすら)我(われ)をして来(きた)りて汝(なんじ)を請(しょう)ぜしむるなり、万望(まんぼう=切に願わく)ば汝(なんじ)往(ゆ)きて走走(そうそう=ちょっと参)り給(たま)え、一(ひとつ)には則(すなわ)ち彼(かれ)が仰望(ぎょうぼう=慕う)の心(こころ)を孤(みなしご=裏切)らず、二来(にらい=二つには)也(また)我(われ)が遠(とお)く来(きた)れるの意(い)に負(そむ)かず」
と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、崖(がけ)を跳(おど)り下(お)り来(きた)り、手(て)を以(もっ)て八戒(はっかい)を攙(たす)け住(とど)めて道(い)えるには、
「賢弟(けんてい=賢き弟)よ、汝(なんじ)をして遠(とお)く来(きた)らしめて累(わずらわ=骨折らせ)したり、且(しばら)く我(われ)と耍耍(しゃしゃ=戯れ遊)びの児(こ)に往(ゆ)かん」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「哥(あにき)や、此(こ)の所在(ところ)は路遠(みちとお)し、恐(おそ)らくは師父(しふ)の盼(のぞ)み望(のぞ)みて去(ゆ)くこと遅(おそ)からんことを、我(われ)耍子(しゃし=遊び)せじ」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)も也(また)是(こ)れ此(こ)の処(ところ)に到(いた)るの一場(いちじょう=一期)なれば、我(わ)が山景(さんけい=山の景色)の如何(いかん)なるを看(み)よ」
と。かの呆子(ほんこ)敢(あえ)て苦(あなが)ちに辞(じ=断)らず、只(た)だ彼(かれ)に随(したが)いて走走(そうそう=歩き)するを得(え)るのみ。
二人(ふたり)手(て)を携(たずさ)えて相(あい)攙(たす)け、概衆(がいしゅう=皆)の小妖(しょうよう)其(そ)の後(あと)に随(したが)い、かの花果山(かかざん)が極巓(きょくてん=頂上)之處(ところ)に上(のぼ)る。好(よ)き山(やま)! 自(おのず)から是(こ)れかの大聖(たいせい)の家(いえ)に回(かえ)りしより、此(こ)の幾日(いくにち)か、収拾(しゅうしゅう=手入れ)して旧(きゅう=古き)に復(ふく)し新(あらた)なるが如(ごと)くなせり。但(た)だ那(か)の見(み)ゆるは:
青(あお)きこと削翠(さくすい=削りたる翡翠)の如(ごと)く、
高(たか)きこと摩雲(まうん=雲を摩する)に似(に)たり。
周囲(しゅうい)に虎踞龍蟠(こきょりゅうばん=虎の踞り龍の蟠り)有(あ)り、
四面(しめん)に猿啼鶴唳(えんていかくれい=猿の啼き鶴の鳴き)多(おお)し。
朝(あさ)には雲(くも)の山頂(さんちょう)を封(ふう=覆)うを出(いだ)し、
暮(ゆうべ)には日(ひ)の林間(りんかん)に掛(か)かるを観(み)る。
流水(りゅうすい)潺潺(せんせん)として玉珮(ぎょくはい=玉の飾り)鳴(な)り、
澗泉(かんせん)滴滴(てきてき)として瑶琴(ようきん=玉の琴)奏(かな)でる。
山前(さんぜん)に崖峰峭壁(がいほうしょうへき=崖と屏風の如き岩壁)有(あ)り、
山後(さんご)に花木穠華(かぼくじょうか=花木の繁れる)有(あ)り。
上(うえ)は玉女洗頭盆(ぎょくじょせんとうぼん=仙女の盥)に連(つらな)り、
下(した)は天河分派水(てんがぶんぱすい=天の川の分流)に接(つらな)る。
乾坤(けんこん=天地)秀(しゅう)を結(むす)びて蓬莱(ほうらい)に賽(まさ)り、
清濁(せいだく)育(いく=育)み成(な)して真洞府(しんどうふ=真の仙洞)たり。
丹青(たんせい=絵の具)の妙筆(みょうひつ)も画(えが)き時(とき)難(かた)く、
仙子(せんし=仙女)の天機(てんき=天の意)も描(えが)き就(おわ)らず。
玲瓏(れいろう=繊細)たる怪石(かいせき)は石(いし)玲瓏(れいろう)、
玲瓏(れいろう)として彩(あや)を嶺頭(れいとう=嶺の上)の峰(みね)に結(むす)ぶ。
日影(にちえい)千条(せんじょう)の紫艶(しえん=紫の艶)を動(うご)かし、
瑞気(ずいき)万道(ばんどう)の紅霞(こうか)を揺(ゆ)る。
洞天福地(どうてんふくち)人間(にんげん)にも有(あ)れど、
遍(あまね)き山(やま)の新樹(しんじゅ=新しき木)と新花(しんか=新しき花)よ。
八戒(はっかい)之(これ)を観(み)て尽(つく)さず、満心(まんしん)に歓喜(かんき=喜び)して道(い)えるには、
「哥(あにき)や、好(よ)き去処(ところ)! 果(はた)して是(こ)れ天下(てんか)第一(だいいち)の名山(めいざん)なり!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「賢弟(けんてい)よ、過(す)ごす可(べ)きの日子(ひび=日々)有(あ)るか?」
と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)えるには、
「汝(なんじ)看(み)よ師兄(しけい)が説(と)きしの話(はなし)、宝山(ほうざん)は乃(すなわ)ち洞天福地(どうてんふくち)之處(ところ)なるに、何(なん)とてか度日(どじつ=日を送る)の言(こと)を説(と)き給(たま)うや?」
と。二人(ふたり)談笑(だんしょう=語り笑う)すること多時(たじ=しばし)にして、山(やま)を下(お)りしに、ただ路傍(ろぼう=道端)に幾個(いくつ)かの小猴(しょうこう)の、紫巍巍(しぎぎ=濃紫)の葡萄(ぶどう)、香噴噴(こうふんふん=香り高き)の梨棗(りそう=梨と棗)、黄森森(こうしんしん=黄金の輝き)の枇杷(びわ)、紅艶艶(こうえんえん=紅の艶やか)の楊梅(ようばい=ヤマモモ)を捧(ささ)げ、路傍(ろぼう)に跪(ひざまず)きて叫(さけ)んで道(い)えるには、
「大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)、請(こ)う早膳(そうぜん=朝餉)に進(すす)み給(たま)え」
と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、
「我(わ)が猪弟(ちょてい=猪の弟)は食腸(しょくちょう=食欲)大(おお)いなれば、却(かえっ)て是(こ)れ果物(くだもの)を以(もっ)て膳(ぜん=食事)と做(な)さざるなり。也(また)罷(よし)也(また)罷(よし)、菲薄(ひはく=粗末)を嫌(きら)うこと莫(なか)れ、将就(しょうじゅう=そのまま)個(ひとつ)の児(こ)を食(く)らいて点心(てんしん=間食)に当(あ)てん」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「我(われ)が食腸(しょくちょう)大(おお)いなりと雖(いえど)も、却(かえっ)て也(また)郷(さと)に入(い)りては郷(さと)に随(したが)うは是(せ)なり。拿(と)り来(きた)れ拿(と)り来(きた)れ、我(われ)も也(また)幾個(いくつ)かの児(こ)を食(くら)いて新(あらた)しきを嘗(な)めん」
と。二人(ふたり)果子(かじ=果物)を食(くら)いて、漸漸(ぜんぜん=次第)に日(ひ)高(たか)し。かの呆子(ほんこ)恐(おそ)らくは唐僧(とうぞう)を救(すく)うを誤(あやま)らんことを、只管(ひたすら)催促(さいそく=急か)して道(い)えるには、
「哥哥(あにき)や、師父(しふ)かの処(ところ)に在(あ)りて我(われ)と汝(なんじ)の盼(のぞ)み望(のぞ)めるなり。汝(なんじ)の我(われ)と早早(そうそう=早々)に去(ゆ)かんことを望(のぞ)む」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「賢弟(けんてい)よ、請(こ)う汝(なんじ)水簾洞(すいれんどう)の裡(うち)に往(ゆ)きて耍耍(しゃしゃ=遊び)の児(こ)せよ」
と。八戒(はっかい)堅(かた)く辞(じ=断)って道(い)えるには、
「多(おお)く老兄(ろうけい=兄者)が盛意(せいい=厚意)に感(かん)ずるも、奈何(いかん)せん師父(しふ)の久(ひさ)しく等(ま)てり、労(ろう=手間)を厭(いと)わず洞(どう)に進(い)るは罷(よ)めん」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「既(すで)に此(こ)の如(ごと)くなれば、敢(あえ)て久(ひさ)しく留(とど)めず、請(こ)う就(すなわ)ち此(こ)の処(ところ)に奉別(ほうべつ=お別れ)せん」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「哥哥(あにき)や、汝(なんじ)去(ゆ)かざるか?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(われ)何処(いずこ)にか往(ゆ)かん? 我(わ)が此(こ)の処(ところ)は天(てん)も収(おさ)めず地(ち)も管(かん)せず、自由自在(じゆうじざい)にて、耍子(しゃし=遊び)の児(こ)もせず、何(なん)の和尚(おしょう)か做(な)らん? 我(われ)は是(こ)れ去(ゆ)かず、汝(なんじ)自(みずか)ら去(ゆ)け。但(た)だ唐僧(とうぞう)に上復(じょうふく=伝言)せよ:既(すで)に赶(お)い退(しりぞ)けしからは、再(ふたた)び我(われ)を想(おも)うこと莫(なか)れと」
と。呆子(ほんこ)言(こと)を聞(き)き、敢(あえ)て苦(あなが)ちに逼(せま=強い)らず、ただ恐(おそ)るるは逼(せま)りて彼(かれ)が性子(せいし=気性)を発(はっ)せしめ、一時(いちじ=もしや)打(う)ち上(あ)ぐること両棍(りょうこん=二棒)ならんことを、無奈(むな=仕方なく)や、只(た)だ喏喏(じゃくじゃく=へいへい)と告辞(こくじ=別れを告)げ、路(みち)を找(たず)ねて去(さ)るを得(え)るのみ。行者(ぎょうじゃ)彼(かれ)の去(さ)り了(おわ)りしを見(み)て、即(すなわ)ち二人(ふたり)の溜撒(りゅうさつ=素早き)の小猴(しょうこう)を差(つか)わし、八戒(はっかい)に跟(したが)いて、彼(かれ)が何(なに)をか説(と)くを聴(き)かしむ。
真個(しんこ)にかの呆子(ほんこ)山(やま)を下(お)りて、三四里(さんよんり)の路(みち)にも上(のぼ)らざるに、頭(かしら)を回(めぐ)らして行者(ぎょうじゃ)を指(ゆび)さし、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って道(い)えるには、
「此(こ)の猴子(さるこ)、和尚(おしょう)をも做(な)らず、倒(かえっ)て妖怪(ようかい)を做(な)る! 此(こ)の猢猻(こそん=猿公)、我(われ)好(よ)き意(こころ)にて来(きた)りて彼(かれ)を請(しょう)ぜしに、彼(かれ)却(かえっ)て去(ゆ)かず! 汝(なんじ)去(ゆ)かざるを便(たやす)しとせよ!」
と。歩(あゆ)むこと幾歩(いくほ)かにして、又(また)幾声(いくこえ)か罵(ののし)る。かの二人(ふたり)の小猴(しょうこう)、急(きゅう)に走(はし)り回(かえ)り来(きた)りて報(ほう)じて道(い)えるには、
「大聖爺爺(たいせいやや)、かの猪八戒(ちょはっかい)は大(おお)いに老実(ろうじつ=実直)ならず、彼(かれ)走走(そうそう=歩き)の児(こ)しては、幾声(いくこえ)か罵(ののし)れり」
と。行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに怒(いか)り、叫(さけ)んで、
「拿(とら)え将(も)ち来(きた)れ!」
と。かの衆猴(しゅうこう=猿共)地(ち)に満(み)ちて飛(と)び来(きた)りて赶(お)い着(つ)き、個(ひとり)の八戒(はっかい)を把(もっ)て扛(かつ)ぎ翻(ひるがえ)し倒(たお)し、鬃(たてがみ)を抓(つか)み耳(みみ)を扯(ひ)き、尾(お)を拉(ひ)き毛(け)を揪(ひっつか)み、捉(とら)え将(も)ち回(かえ)り往(ゆ)く。
畢竟(ひっきょう=結局)怎(いか)にしてか処治(しょち=処置)し、性命(せいめい)の死活(しかつ=生死)の若何(いかん)ならんを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説明)を聴(き)け。