義(ぎ)は孔懐(こうかい=兄弟の情)に結(むす)ばれ、法(ほう)は本性(ほんしょう)に帰(かえ)る。
金(きん)順(じゅん)じ木(もく)馴(な)れて正果(しょうか)を成(な)し、
心猿(しんえん)と木母(もくぼ)と丹元(たんげん)を合(あわ)す。
共(とも)に極楽世界(ごくらくせかい)に登(のぼ)り、
同(おなじ)く不二法門(ふにほうもん)に来(きた)る。
経(きょう)は乃(すなわ)ち修行(しゅぎょう)が総径(そうけい=総道)、
仏(ほとけ)は自己(じこ)が元神(がんじん=本来の心)に配(はい)す。
兄(あに)と弟(おとうと)と会(かい)して三契(さんけい=三つの契り)を成(な)し、
妖(よう)と魔(ま)とは色(しき)として五行(ごぎょう)に応(おう)ず。
六門(ろくもん)の趣(しゅ)を剪除(せんじょ=切り除)して、
即(すなわ)ち大雷音(だいらいおん)に赴(おもむ)く。
さてかの呆子(ほんこ=間の抜け者)一窩(いっか=一団)の猴子(さるこ)に捉(とら)えられ住(とど)められ、扛(かつ)ぎ抬(もちあ)げ扯(ひ)き拉(ひ)かるるに、一件(いっけん)の直裰子(じきとつし=衣服)の子(こ)を把(もっ)て揪(ひ)き破(やぶ)られ、口(くち)の裡(うち)に労労叨叨(ろうろうとうとう=ぶつぶつと)して、自(みずか)ら念誦(ねんじゅ=ぶつぶつ唱)えて道(い)えるには、
「罷(や)んだ! 罷(や)んだ! 此(こ)の一去(いっきょ)には個(ひとつ)の打(う)ち殺(ころ)さるるの情(じょう=羽目)有(あ)らん!」
と。時(とき)を経(へ)ざるに、洞口(どうぐち)に到(いた)る。かの大聖(たいせい)石崖(せきがい=岩の崖)の上(うえ)に坐(ざ)して、罵(ののし)って道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の饢糠(のうこう=飯の滓)の劣貨(れっか=愚物)! 汝(なんじ)去(ゆ)くを便(たやす)しとせよ、何(なん)とて我(われ)を罵(ののし)るか?」
と。八戒(はっかい)地(ち)の下(した)に跪(ひざまず)いて道(い)えるには、
「哥(あにき)や、我(われ)曾(かつ)て汝(なんじ)を罵(ののし)らず、もし汝(なんじ)を罵(ののし)らば、就(すなわ)ち舌(した)の根(ね)を嚼(か)まれよ。我(われ)ただ哥哥(あにき)の去(ゆ)かざるを説(と)きしのみにて、我(われ)自(みずか)ら往(ゆ)きて師父(しふ)に報(ほう=知ら)せんとせし迄(まで)なり、何(なん)ぞ敢(あえ)て汝(なんじ)を罵(ののし)らん?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)何(いか)にして我(われ)を瞞(だま=欺)き過(す)ごすことを得(う)るか? 我(わ)が此(こ)の左耳(さじ=左の耳)を上(うえ)に向(むか)いて一(ひとつ)扯(ひ)けば、三十三天(さんじゅうさんてん)の人(ひと)が話(はなし)を暁(さと)り;我(わ)が此(こ)の右耳(うじ=右の耳)を下(した)に向(むか)いて一(ひとつ)扯(ひ)けば、十代(じゅうだい=十代の)閻王(えんおう)と判官(はんがん)の帳(ちょう)を算(さん=計算)するを暁(さと)る。汝(なんじ)今(いま)路(みち)を走(はし)りて我(われ)を把(もっ)て罵(ののし)れるを、我(われ)豈(あ)に聞(き)き得(え)ざらんや?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「哥(あにき)や、我(われ)汝(なんじ)が賊頭鼠脳(ぞくとうそろう=こそこそと窺う)して、一定(かなら)ず又(また)個(ひとつ)の何(なん)の東西(もの)の児(こ)に変(へん)じ作(な)り、我(われ)に跟(したが)いて聴(き)けるなるを暁(さと)りたり」
と。行者(ぎょうじゃ)叫(さけ)んで、
「小(ちいさ)きの們(ども=者共)よ、大棍(だいこん=大棒)を選(えら)び来(きた)れ! 先(まず)二十個(にじゅっこ=二十)の見面(けんめん=面会)の孤拐(ここう=踝)を打(う)ち、再(ふたた)び二十個(にじゅっこ)の背花(はいか=背中)を打(う)ち、然(しか)して後(のち)に我(われ)の鉄棒(てつぼう)を使(つか)うて彼(かれ)と送行(そうこう=見送り)するを等(ま)て!」
と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて頭(かしら)を磕(ぬかず)いて道(い)えるには、
「哥哥(あにき)よ、千万(せんまん=くれぐれ)も師父(しふ)が面(おもて)の上(うえ)を看(み)て、我(われ)を饒(ゆる)し給(たま)え!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(われ)想(おも)うにかの師父(しふ)は好(よ)き仁義(じんぎ)の児(こ)なるに!」
と。八戒(はっかい)又(また)道(い)えるには、
「哥哥(あにき)よ、師父(しふ)を看(み)ずんば、請(こ)う海上(かいじょう)の菩薩(ぼさつ)が之(これ)の面(おもて)を看(み)て、我(われ)を饒(ゆる)し給(たま)え!」
と。行者(ぎょうじゃ)菩薩(ぼさつ)を説(と)き起(おこ)すを見(み)て、却(かえっ)て三分(さんぶ=三分)の児(こ)の意(い)を転(てん)ずる有(あ)りて道(い)えるには、
「兄弟(きょうだい)よ、既(すで)に此(こ)の如(ごと)く説(と)かば、我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)を打(う)たず、汝(なんじ)却(かえっ)て老実(ろうじつ=正直)に説(と)け、我(われ)を瞞(だま)かすこと莫(なか)れ。かの唐僧(とうぞう)は何処(いずこ)にか難(なん)の有(あ)るに、汝(なんじ)却(かえっ)て来(きた)りて我(われ)を哄(たぶらか)すか?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「哥哥(あにき)よ、何(なん)の難処(なんしょ=困難)も無(な)く、実(げ)に是(こ)れ汝(なんじ)を想(おも)うのみ」
と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)えるには、
「此(こ)の個(ひとり)の好(よ)く打(う)つ可(べ)きの劣貨(れっか=愚物)! 汝(なんじ)何(なん)とて還(な)お要(よう)するに者囂(しゃごう=嘆き喚)くか? 我(われ)老孫(ろうそん=俺様)は身(み)は水簾洞(すいれんどう)に回(かえ)りしも、心(こころ)は取経僧(しゅきょうそう=経を取る僧)を逐(お)う。かの師父(しふ)は步步(ほほ=歩みごと)に難(なん)有(あ)り、処々(しょしょ)に該当(がいとう=当然)に災(わざわい)を受(う)くれば、汝(なんじ)早(はや)きの児(こ)に趁(よ)りて我(われ)に告誦(こくしょう=告げ)よ、打(う)たるるを免(まぬか)れん!」
と。八戒(はっかい)此(こ)の言(こと)を聞(き)き得(え)て、頭(かしら)を磕(ぬかず)いて上(うえ)に告(もう)して道(い)えるには、
「哥(あにき)や、分明(ぶんめい=明らか)に汝(なんじ)を瞞(だま)かし着(つ)けて、汝(なんじ)を請(しょう)じ往(ゆ)かんと要(よう)せしに、期(き)せず汝(なんじ)が此(こ)の如(ごと)き様(よう)にも霊(れい=賢し)からんとは。我(われ)を打(う)つを饒(ゆる)し、我(われ)を放(はな)ちて起(た)たしめ説(と)かしめよ」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「也(また)罷(よし)、起(た)ちて説(と)け」
と。衆猴(しゅうこう=猿共)手(て)を撒(はな)し開(ひら)けば、かの呆子(ほんこ)跳(おど)り得(え)て起(おこ)り、両辺(りょうへん)に乱(みだ)れ張(みまわ=見回)す。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)何(なに)をか張(みまわ)す?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「何(いず)れの条(すじ=筋)の路(みち)の児(こ)か空闊(くうかつ=広き)なるを看(み)て、好(よ)く跑(はし=逃げ)らんとす」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)何処(いずこ)にか跑(はし)り到(いた)らんとす? 我(われ)就(すなわ)ち汝(なんじ)をして先(さき)に三日(みっか)走(はし)らしめんに、老孫(ろうそん)自(おのず)から本事(ほんじ=腕前)有(あ)りて汝(なんじ)を赶(お)い転(てん=引き戻)さしめん! 快(はや)く早(はや)く説(と)き来(きた)れ、此(こ)の悩(いかり)の我(わ)が性子(せいし=気性)を発(はっ)せしむること有(あ)らば、断(だん)じて汝(なんじ)を饒(ゆる)さじ!」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「実(げ)に哥哥(あにき)を瞞(だま)かさず説(と)かん。汝(なんじ)回(かえ)りしの後(のち)、我(われ)と沙僧(しゃそう)と師父(しふ)を保(ほ)して前(まえ)に行(ゆ)くに、ただ一座(いちざ)の黒松林(こくしょうりん)の見(み)ゆるのみ。師父(しふ)馬(うま)を下(お)り、我(われ)をして斎(とき)を化(か=乞)せしむ。我(われ)因(よ)りて許(あま)りに遠(とお)く、一個(ひとり)の人(ひと)の家(いえ)も無(な)く、辛苦(しんく=疲れ)したれば、略(ほぼ=少し)く草(くさ)の裡(うち)に在(あ)りて睡(ねむ)り睡(ねむ)りせしを、想(おも)わず沙僧(しゃそう)の師父(しふ)に別(わか)れて、又(また)来(きた)りて我(われ)を尋(たず)ねたり。汝(なんじ)暁(さと)れるや師父(しふ)に坐性(ざせい=落ち着き)の無(な)きを、彼(かれ)独(ひと)り林間(りんかん)を歩(あゆ)みて景(けい=景色)を玩(もてあそ)び、林(はやし)を出(い)で得(え)て、一座(いちざ)の黄金宝塔(おうごんほうとう)の光(ひかり)を放(はな)てるを見(み)、彼(かれ)ただ是(こ)れ寺院(じいん)と当(あ)てしに、期(き)せず塔(とう)の下(した)に一個(ひとり)の妖精(ようせい)の有(あ)りて、名(な)を黄袍(こうほう)と喚(よば=称)わるるは、被(それ)に拿(とら)えられ住(とど)められたり。其(そ)の後(のち)我(われ)と沙僧(しゃそう)と回(まわ)りて尋(たず)ぬるに、ただ白馬(はくば)と行嚢(こうのう=荷物)とを見(み)るのみにて、師父(しふ)を見(み)ず、随(したが)いて洞口(どうぐち)に尋(たず)ね至(いた)りて、かの怪(かい)と厮殺(しさつ=斬り合)せり。師父(しふ)の洞(どう)に在(あ)りしに、幸(さいわ)いに一個(ひとり)の救星(きゅうせい=救いの星)に虧(よ)れり、原(もと)是(こ)れ宝象国(ほうしょうこく)の王(おう)が第三(だいさん)の公主(こうしゅ)にして、かの怪(かい)に摂(しょう)じ来(きた)られし者(もの)なり。彼女(かのじょ)一封(いっぽう)の家書(かしょ)を修(しゅう=認)め、師父(しふ)に托(たく)して寄(よこ)さしめ、遂(つい)に方便(ほうべん=便宜)を説(と)きて、師父(しふ)を解放(げほう)したり。国中(こくちゅう)に到(いた)りて、書子(しょし=手紙)を遞(わた=手渡)ししに、かの国王(こくおう)就(すなわ)ち師父(しふ)に請(こ)うて妖(よう)を降(くだ)し、公主(こうしゅ)を取(と)り回(かえ)さしめんとす。哥(あにき)や、汝(なんじ)暁(さと)れるや、かの老和尚(ろうおしょう)何(なん)ぞ能(よ)く妖(よう)を降(くだ)さんや? 我(われ)ら二人(ふたり)復(ま)た往(ゆ)きて彼(かれ)と戦(たたか)うに、知(し)らずかの怪(かい)は神通広大(じんつうこうだい)にして、沙僧(しゃそう)を将(もっ)て又(また)捉(とら)え了(おわ)り、我(われ)は陣(じん)に敗(やぶ)れて走(に)げ、草(くさ)の中(うち)に伏(ふ)せり。かの怪(かい)個(ひとり)の俊俏(しゅんしょう=美男)の文人(ぶんじん=文士)に変(へん)じ做(な)りて朝(ちょう)に入(い)り、国王(こくおう)と親(したしみ)を認(みと)め合(あ)い、師父(しふ)を把(もっ)て変(へん)じて老虎(ろうこ)と作(な)らしめたり。又(また)白龍馬(はくりゅうば)に虧(よ)れて夜(よる)龍身(りゅうしん=龍の体)を現(あらわ)し、往(ゆ)きて師父(しふ)を尋(たず)ねしめたり。師父(しふ)は倒(かえっ)て曾(かつ)て尋(たず)ね見(み)えざりしが、却(かえっ)てかの怪(かい)の銀安殿(ぎんあんでん)に在(あ)りて酒(さけ)を飲(の)めるに遇(あ)えり。彼(かれ)一個(ひとり)の宮娥(きゅうが)に変(へん)じ、彼(かれ)と酒(さけ)を巡(めぐ=酌み交わ)し刀(かたな)を舞(ま)いて、機(き)に乗(じょう)じて砍(き)らんと欲(ほっ)せしに、反(かえっ)て彼(かれ)に満堂紅(まんどうこう)を以(もっ)て馬(うま)の腿(もも)を打(う)ち傷(きずつ)けられたり。就(すなわ)ち是(こ)れ彼(かれ)が我(われ)をして来(きた)りて師兄(しけい)を請(しょう)ぜしむるを教(おし)えたるにして、説(と)いて道(い)えるには、『師兄(しけい)は是(こ)れ個(ひとり)の仁(じん)有(あ)り義(ぎ)有(あ)る君子(くんし)なり、君子(くんし)は旧悪(きゅうあく=過去の悪)を念(おも)わず、一定(かなら)ず肯(うべな)うて来(きた)りて師父(しふ)が一難(いちなん)を救(すく)わん』と。万望(まんぼう=切に願わく)ば哥哥(あにき)の一日(いちじつ)師(し)と為(な)れば終身(しゅうしん=一生)父(ちち)と為(な)すの情(じょう)を念(おも)いて、千万(せんまん=どうか)彼(かれ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の個(ひとり)の呆子(ほんこ)! 我(われ)別(わか)れしの之時(とき)に、曾(かつ)て叮嚀(ていねい=念押し)し又(また)叮嚀(ていねい)して、説(と)いて道(い)えるには、『若是(も)し妖魔(ようま)の師父(しふ)を捉(とら)え住(とど)むること有(あ)らば、汝(なんじ)就(すなわ)ち老孫(ろうそん)の是(こ)れ彼(かれ)が大徒弟(だいとてい)なりと説(と)け』と。何(なん)とて却(かえっ)て我(われ)を説(と)かざりしか?」
と。八戒(はっかい)又(また)思量(しりょう=考え)して道(い)えるには、
「将(しょうじょう=招く)は激(げき=激する)に如(し)かず、我(われ)彼(かれ)を一(ひとつ)激(げき)し試(こころ)みん」
と。道(い)えるには、
「哥(あにき)や、汝(なんじ)を説(と)かざりしは還(な)お好(よ)かりしに、ただ汝(なんじ)を説(と)けるが為(ため)に、彼(かれ)一発(いっぱつ=いよいよ)無状(ぶじょう=不作法)なり!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「何(いか)に説(と)くか?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「我(われ)説(い)えらく、『妖精(ようせい)よ、汝(なんじ)無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ、我(わ)が師父(しふ)を害(そこな)うこと莫(なか)れ! 我(われ)に還(な)お一個(ひとり)の大師兄(だいしけい)有(あ)り、孫行者(そんぎょうじゃ)と称(しょう)す。彼(かれ)神通広大(じんつうこうだい)にして、善(よ)く能(よ)く妖(よう)を降(くだ)す。彼(かれ)来(きた)る時(とき)には汝(なんじ)をして死(し)して葬(ほうむ)るの地(ところ)無(な)からしめん!』と。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)きて、愈(いよいよ)忿怒(ふんぬ=憤り)を加(くわ)え、罵(ののし)って道(い)えるには、『是(こ)れ個(ひとつ)の何(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)ぞ、我(われ)何(なん)ぞ彼(かれ)を怕(おそ)れん? 彼(かれ)もし来(きた)らば、我(われ)彼(かれ)が皮(かわ)を剥(は)ぎ、彼(かれ)が筋(すじ)を抽(ぬ=抜)き、彼(かれ)が骨(ほね)を啃(かじ)り、彼(かれ)が心(こころ)を食(く)らわん! 彼(かれ)が猴子(さるこ)の痩(やせ)せるを饒(ゆる)すも、我(われ)も也(また)彼(かれ)を把(もっ)て剁(きざ)み酢(さかな=鮓)として油(あぶら)に烹(に)ん!』と」
と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、就(すなわ)ち気(き)に得(え)て耳(みみ)を抓(か)き腮(あご)を撓(か)き、暴躁(ぼうそう=荒れ狂)して乱(みだ)れ跳(おど)りて道(い)えるには、
「是(こ)れ哪(いず)れか敢(あえ)て此(こ)の如(ごと)く我(われ)を罵(ののし)る?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「哥哥(あにき)怒(いかり)を息(やす=鎮)めよ、是(こ)れかの黄袍怪(こうほうかい)の此(こ)の如(ごと)く罵(ののし)り来(きた)れるを、我(われ)故(ことさ)ら学(なら)いて汝(なんじ)に聴(き)かせたるなり」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)起(た)て。是(こ)れ我(われ)去(ゆ)きて成(な)らざるに非(あら)ず、既(すで)に是(こ)れ妖精(ようせい)の敢(あえ)て我(われ)を罵(ののし)れるならば、我(われ)就(すなわ)ち彼(かれ)を降(くだ)さざるを得(え)ず、我(われ)汝(なんじ)と往(ゆ)かん。老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんまえ)に天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ=騒)がししに、普天(ふてん=天下)の神将(しんしょう)も我(われ)を見(み)て、一個一個(ひとりひとり)背(せ)を控(ひか=丸め)め身(み)を躬(かが)め、口々(くちぐち)に大聖(たいせい)と称呼(しょうこ=呼称)せり。此(こ)の妖怪(ようかい)無礼(ぶれい)にして、彼(かれ)敢(あえ)て背(はい=背中で)前面後(ぜんめんご=陰に陽に)我(われ)を罵(ののし)る! 我(われ)此(こ)の去(ゆき)に、彼(かれ)を把(もっ)て拿(とら)え住(とど)め、屍(しかばね)を砕(くだ)くこと万段(ばんだん)にして、以(もっ)て我(われ)を罵(ののし)りしの仇(あだ)を報(ほう)ぜん! 報(ほう)じ畢(おわ)らば、我(われ)即(すなわ)ち回(かえ)り来(きた)らん」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「哥哥(あにき)よ、正(まさ)に是(こ)れなり、汝(なんじ)ただ往(ゆ)きて妖精(ようせい)を拿(とら)え、汝(なんじ)が仇(あだ)を報(ほう)じ了(おわ)らば、其(そ)の時(とき)来(きた)ると不来(きたらざる)と、尊意(そんい=御意)の任(まま)に従(したが)わん」
と。
かの猴(さる)才(はじ)めて崖(がけ)を跳(おど)り下(お)り、洞(どう)の裡(うち)に撞(ぶ)つかり入(い)り、妖衣(ようい=妖の衣)を脱(ぬ)ぎ了(おわ)り、錦(にしき)の直裰(じきとつ=衣服)を一(ひとつ)整(ととの)え、虎皮裙(こひくん=虎皮のスカート)を一(ひとつ)束(たば=締)め、鉄棒(てつぼう)を執(と)り、径(ただち)に門(もん)を出(い)で来(きた)る。慌(あわ)てるかなかの群猴(ぐんこう=群れの猿)攔(さえぎ)り住(とど)めて道(い)えるには、
「大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)、汝(なんじ)何処(いずこ)にか往(ゆ)かんとする? 我(われ)らを帯挈(たいけつ=引き連れ)て耍子(しゃし=遊び)の児(こ)に幾年(いくとせ)かせしめよ」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「小(ちいさ)きの們(ども=者共)よ、汝(なんじ)ら何(なん)の話(はなし)をか説(と)く! 我(われ)の唐僧(とうぞう)を保(ほ)するの此(こ)の樁(ひとつ)の事(こと)は、天上(てんじょう)地下(ちか)みな孫悟空(そんごくう)の是(こ)れ唐僧(とうぞう)が徒弟(とてい)なるを暁(さと)れり。彼(かれ)は倒(かえっ)て是(こ)れ我(われ)を赶(お)い回(かえ)さしめしに非(あら)ず、倒(かえっ)て是(こ)れ我(われ)をして来(きた)りて家(いえ)を看(み)させ、我(われ)を送(おく)りて来(きた)り家(いえ)に在(あ)りて自在(じざい)に耍子(しゃし=遊び)せしめたるなり。如今(いま)ただ此(こ)の件(ひとつ)の事(こと)に因(よ)るのみ、汝(なんじ)ら却(かえっ)て皆(みな)要(よう)するに仔細(しさい=念入り)に家業(かぎょう=身代)を看守(かんしゅ=守)り、時(とき)に依(よ)りて柳(やなぎ)を插(さ)し松(まつ)を栽(う)えて、廃墜(はいつい=廃れ)するを毋(なか)れ、我(われ)の還(ま)た去(ゆ)きて唐僧(とうぞう)を保(ほ)し、経(きょう)を取(と)りて東土(とうど)に回(かえ)るを待(ま)て。功(こう)成(な)りしの後(のち)、仍(な)お回(かえ)り来(きた)りて汝(なんじ)らと共(とも)に天真(てんしん=自然のまま)を楽(たの)しません」
と。衆猴(しゅうこう)各各(おのおの)命(めい)を領(りょう=承)る。
かの大聖(たいせい)才(はじ)めて八戒(はっかい)と手(て)を携(たずさ)えて雲(くも)に駕(が)じ、洞(どう)を離(はな)れ、東洋大海(とうようたいかい)を過(す)ぎ、西岸(さいがん)に至(いた)り、雲光(うんこう)を住(とど=留)めて、叫(さけ)んで道(い)えるには、
「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)且(しばら)く此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて慢(ゆる=緩)やかに行(ゆ)け、我(われ)の海(うみ)に下(くだ)り往(ゆ)きて身子(しんし=体)を浄(きよ)めんを等(ま)て」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「忙忙(ぼうぼう=慌ただし)く路(みち)を走(はし)るに、且(しばら)く何(なん)の身子(しんし)をか浄(きよ)めんとする?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)那(いずこ)にか知(し)らん、我(われ)自(みずか)ら回(かえ)り来(きた)りしより、此(こ)の幾日(いくにち)か身(み)の上(うえ)を弄(ろう=こしらえ)て些(いささ)か妖精気(ようせいき=妖の気)の有(あ)るに到(いた)れり。師父(しふ)は是(こ)れ個(ひとり)の清浄(しょうじょう=清らかさ)を愛(あい)するの人(ひと)なれば、恐(おそ)らくは我(われ)を嫌(きら)わん」
と。八戒(はっかい)此(ここ)に於(おい)て始(はじ)めて行者(ぎょうじゃ)の是(こ)れ一片(いっぺん)の真心(しんしん)にして、更(さら)に他意(たい=他意)無(な)きを識(し)り得(え)たり。須臾(しゅゆ=しばらく)にして洗(あら)い畢(おわ)り、復(ま)た雲(くも)に駕(が)じて西(にし)に進(すす)むに、ただかの金塔(こんとう=黄金の塔)の光(ひかり)を放(はな)てるを見(み)る。八戒(はっかい)指(ゆび)さして道(い)えるには、
「那(あ)れは是(こ)れ黄袍怪(こうほうかい)が家(いえ)ならずや? 沙僧(しゃそう)は還(な)お彼(かれ)が家(いえ)の裡(うち)に在(あ)り」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)空(くう)の中(うち)に在(あ)れ、我(われ)の下(くだ)り往(ゆ)きてかの門前(もんぜん)の如何(いかん)なるを看(み)るを等(ま)て、好(よ)く妖精(ようせい)と陣(じん)を見(み=戦)えん」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「往(ゆ)くこと莫(なか)れ、妖精(ようせい)は家(いえ)に在(あ)らず」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(われ)暁(さと)れり」
と。好(よ)き猴王(こうおう)や、祥光(しょうこう)を按落(あんらく=降ろ)し、径(ただち)に洞門(どうもん)の外(そと)に至(いた)りて観(み)るに、ただ二人(ふたり)の小(ちいさ)き孩子(こども)の、彼処(かしこ)に在(あ)りて弯頭棍(わんとうこん=曲がり頭の棒)を使(つか)い、毛球(もうきゅう=毬)を打(う)ち、窩(あな=穴)を搶(あらそ=奪い合)いて耍子(しゃし=遊び)するを見(み)る。一個(ひとり)は十来歳(じゅうらいさい=十歳ばかり)有(あ)り、一個(ひとり)は八九歳(はっきゅうさい)有(あ)り。正(まさ)に戯(たわむ)れる処(ところ)に、行者(ぎょうじゃ)に赶(お)い前(まえ)に上(のぼ)られ、也(また)彼(かれ)の是(こ)れ張家(ちょうけ)か李家(りけ)なるを管(かん)せず、一把(いっぱ=ひとつかみ)に頂搭子(ちょうとうす=子供の髪)を抓(つか)み着(つ)けて、提(さ)げ将(も)ち過(よ)ぎ来(きた)らる。かの孩子(こども)唬(おどろき)を食(く)らいて、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)りを夾(はさ)み哭(な)きを帯(お)びて乱(みだ)れ嚷(わめ)けば、かの波月洞(はげつどう)の小妖(しょうよう)を驚動(きょうどう)せしめ、急(きゅう)に公主(こうしゅ)に報(ほう)じて道(い)えるには、
「奶奶(だいだい=奥方様)、何人(なんびと)か知(し)らず二位(ふたり)の公子(こうし=若君)を把(もっ)て搶(か)り去(さ)られ了(おわ)れり!」
と。原(もと)かの二人(ふたり)の孩子(こども)は是(こ)れ公主(こうしゅ)とかの怪(かい)との生(う)める所(ところ)のなり。公主(こうしゅ)言(こと)を聞(き)き、忙忙(ぼうぼう)と洞門(どうもん)を走(はし)り出(い)で来(きた)るに、ただ行者(ぎょうじゃ)の二人(ふたり)の孩子(こども)を提(さ)げ着(つ)けて、那(か)の高崖(こうがい=高き崖)の上(うえ)に站(た=立)ち、意(こころ)は下(した)に向(むか)いて掼(たたきつ)けんと欲(ほっ)するを見(み)る。慌(あわ)てるかなかの公主(こうしゅ)厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、
「かの漢子(おとこ)よ、我(われ)汝(なんじ)と何(なん)の相干(あいかかわり)も無(な)きに、何(なん)とて我(わ)が儿子(むすこ)を拿(と)り去(さ)る? 彼(かれ)が老子(おやじ=父)は利害(りがい=手強き)なれば、些(いささ)かも差錯(ささく=過ち)有(あ)らば、決(けっ)して汝(なんじ)と干休(かんきゅう=黙って済ま)さじ!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか? 我(われ)は是(こ)れかの唐僧(とうぞう)が大徒弟(だいとてい)の孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)なり。我(われ)に個(ひとり)の師弟(してい)の沙和尚(さおしょう)の汝(なんじ)が洞(どう)の裡(うち)に在(あ)る有(あ)り、汝(なんじ)往(ゆ)きて彼(かれ)を放(はな)ち出(いだ)し来(きた)らせよ、我(われ)此(こ)の二人(ふたり)の孩児(がいじ=子)を把(もっ)て汝(なんじ)に還(かえ)さん、此(こ)の般(ごと)きに二人(ふたり)を以(もっ)て一個(ひとり)に換(か)うるは、還(な)お是(こ)れ汝(なんじ)が便宜(べんぎ=得)なり」
と。かの公主(こうしゅ)言(こと)を聞(き)き、急(きゅう)に裡面(うち)に往(ゆ)き、かの幾個(いくつ)かの門(もん)を把(まも)るの小妖(しょうよう)を喝退(かつたい=叱り退け)し、親(みずか)ら手(て)を動(うご)かして、沙僧(しゃそう)を把(もっ)て解(と)き了(おわ)る。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、
「公主(こうしゅ)よ、汝(なんじ)我(われ)を解(と)くこと莫(なか)れ、恐(おそ)らくは汝(なんじ)がかの怪(かい)の家(いえ)に回(かえ)り来(きた)りて、汝(なんじ)に人(ひと)を要(よう)し問(と)えば、汝(なんじ)を帯累(たいるい=巻き添え)して気(き)を受(う)けしめん」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「長老(ちょうろう)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ我(わ)が恩人(おんじん)なり、汝(なんじ)我(われ)に替(かわ)りて家書(かしょ)を折辨(せつべん=弁明)し、我(わ)が一命(いちめい)を救(すく)えり、我(われ)も也(また)心(こころ)を留(とど)めて汝(なんじ)を放(はな)たんとす。期(き)せず洞門(どうもん)の外(そと)に、汝(なんじ)に一個(ひとり)の大師兄(だいしけい)の孫悟空(そんごくう)の来(きた)れる有(あ)りて、我(われ)をして汝(なんじ)を放(はな)たしむるなり」
と。噫(ああ)! かの沙僧(しゃそう)孫悟空(そんごくう)が三個(みっつ)の字(あざ=文字)を一聞(いちぶん=ひとたび聞)くや、好(よ)くも便(すなわ)ち醍醐灌頂(だいごかんじょう=仏法を注がるる)の如(ごと)く、甘露(かんろ)の心(こころ)を滋(うるお)すが如(ごと)く、一面(いちめん)の天生喜(てんせいき=天よりの喜び)、満腔(まんこう=胸一杯)皆(みな)是(こ)れ春(はる)にして、也(また)人(ひと)の来(きた)れるを聞(き)き得(え)たるに似(に)ず、就(すなわ)ち一方(いっぽう)の金玉(きんぎょく)を拾(ひろ)い着(つ)けたるが一般(いっぱん)の如(ごと)し。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)手(て)を捽(はら=払)い仏衣(ぶつえ=袈裟)を払(はら)いて、門(もん)を走(はし)り出(い)で来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して礼(れい)を施(ほどこ)して道(い)えるには、
「哥哥(あにき)よ、汝(なんじ)真(しん)に是(こ)れ天(てん)より降(くだ)り来(きた)れるなり! 万(まん)に乞(こ)う我(われ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え!」
と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の個(ひとり)の沙尼(さに=沙僧の卑称)! 師父(しふ)が《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)じし時(とき)、肯(あえ)て我(われ)に替(かわ)りて一声(ひとこえ)の方便(ほうべん=取り成し)をせしか? 皆(みな)嘴(くち)を弄(ろう=動か)して施(ほどこ)し展(の=伸)べたり! 師父(しふ)を保(ほ)せんと要(よう)せば、如何(いかん)ぞ西方路(さいほうろ)を走(はし)らずして、却(かえっ)て此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて何(なに)をか蹲(うずくま)れる?」
と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、
「哥哥(あにき)よ、必(かなら)ずしも説(と)くに及(およ)ばず、君子(くんし)は既(すで)に往(ゆ)きしは咎(とが)めず。我(われ)らは是(こ)れ個(ひとつ)の敗軍(はいぐん)の将(しょう)なれば、勇(ゆう)を語(かた)る可(べ)からず、我(われ)を救(すく)い救(すく)いの児(こ)せよ!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)上(うえ)に来(きた)れ」
と。沙僧(しゃそう)才(はじ)めて身(み)を縦(じゅう=跳ね)らせて石崖(せきがい)の上(うえ)に跳(おど)り上(のぼ)る。
さてかの八戒(はっかい)空(くう)の中(うち)に停(とど)まり立(た)ちて、沙僧(しゃそう)の洞(どう)を出(い)でしを見(み)て、即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を按(あん)じ下(おろ)し、一声(ひとこえ)叫(さけ)んで、
「沙兄弟(さきょうだい)、心(こころ)忍(しの)べ! 心(こころ)忍(しの)べ!」
と。沙僧(しゃそう)身(み)を見(み)て道(い)えるには、
「二哥(にい=次兄)よ、汝(なんじ)何処(いずこ)よりか来(きた)れる?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「我(われ)昨日(きのう)陣(じん)に敗(やぶ)れ、夜(よる)の間(あいだ)に城(しろ)に進(い)り、白馬(はくば)に会(あ)い、師父(しふ)の難(なん)有(あ)るを知(し)り、黄袍(こうほう)の法(ほう)を使(つか)いて、個(ひとり)の老虎(ろうこ)に変(へん)じ做(な)られたり。かの白馬(はくば)我(われ)と商議(しょうぎ=相談)して、師兄(しけい)を請(しょう)じ来(きた)れるなり」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「呆子(ほんこ)よ、且(しばら)く叙闊(じょかつ=懐旧談)するを休(や)めよ、此(こ)の二人(ふたり)の孩子(こども)を把(もっ)て、汝(なんじ)ら二人(ふたり)抱(いだ)き着(つ)けて、先(さき)にかの宝象城(ほうしょうじょう)に進(い)り往(ゆ)きてかの怪(かい)を激(げき=挑発)し来(きた)らしめよ、我(われ)の此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて彼(かれ)を打(う)つを等(ま)て」
と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、
「哥(あにき)や、怎(いか)なる様(よう)にか彼(かれ)を激(げき)す?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)ら二人(ふたり)雲(くも)を駕(が)じ起(おこ)し、かの金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に站(た)ちて、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、かの孩子(こども)を把(もっ)てかの白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に往(ゆ)きて一(ひとつ)掼(たたきつ)けよ。人(ひと)の汝(なんじ)らに是(こ)れ何人(なんびと)なるかを問(と)わば、汝(なんじ)便(すなわ)ち是(こ)れ黄袍妖精(こうほうようせい)が儿子(むすこ)の、我(われ)ら二人(ふたり)に拿(とら)え将(も)ち来(きた)られたりと説(と)け。かの怪(かい)聞(き)き得(え)なば、管情(かんじょう=きっと)回(かえ)り来(きた)らん、我(われ)却(かえっ)て城(しろ)に進(い)りて彼(かれ)と斗(たたか)うを須(もち)いず。もし城(しろ)の上(うえ)に在(あ)りて厮殺(しさつ)せば、必(かなら)ず雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(は)き、土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて、かの朝廷(ちょうてい)と多官(たかん)黎庶(れいしょ=民草)とを驚擾(きょうじょう=騒が)し、倶(とも)に安(やす)からざらしめん」
と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)えるには、
「哥哥(あにき)よ、汝(なんじ)但(た)だ事(こと)を干(や)れば、就(すなわ)ち我(われ)らを左(さ=陥れる)す」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「如何(いか)にして左(さ)するか汝(なんじ)らを?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「此(こ)の二人(ふたり)の孩子(こども)は、汝(なんじ)に抓(つか)み来(きた)られ、已(すで)に此(ここ)に唬(おどろ)きて胆(きも)を破(やぶ)られ、此(こ)の一会(ひといき)にも声(こえ)皆(みな)哭(な)き啞(しわが)れ、再(また)一会(ひといき)すれば必(かなら)ず死(し)して疑(うたが)い無(な)し。我(われ)ら彼(かれ)を拿(と)りて下(した)に往(ゆ)きて一(ひとつ)掼(たたきつ)けば、掼(たたき)つけて個(ひとつ)の肉糰子(にくだんご=肉の塊)と做(な)らん、かの怪(かい)赶(お)い着(つ)きて肯(あえ)て放(はな)たんや? 定(かなら)ず我(われ)ら二人(ふたり)をして命(いのち)を償(つぐな)わしめん。汝(なんじ)却(かえっ)て還(な)お是(こ)れ個(ひとり)の干浄人(かんじょうじん=潔白な人)ならずや? 証見(しょうけん=証人)の連(つらな)るにも汝(なんじ)無(な)し、汝(なんじ)却(かえっ)て是(こ)れ我(われ)らを左(さ)するならずや?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「彼(かれ)もし汝(なんじ)を扯(ひ)かば、汝(なんじ)ら二人(ふたり)就(すなわ)ち彼(かれ)と打(う)ち将(も)て此(こ)の処(ところ)に来(きた)れ。此(こ)の処(ところ)に戦場(せんじょう)の寛闊(かんかつ=広々)なる有(あ)り、我(われ)此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて彼(かれ)を打(う)つを等(ま)て」
と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、
「正(まさ)に是(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ、大哥(たいか=大兄)の説(と)けるは理(り)有(あ)り。我(われ)ら去(ゆ)き来(きた)らん」
と。彼(かれ)ら二人(ふたり)才(はじ)めて威風(いふう=威勢)に倚仗(いじょう=頼)りて、孩子(こども)を将(もっ)て拿(と)り去(ゆ)く。
行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち石崖(せきがい)を跳(おど)り下(お)り、彼(かれ)が塔門(とうもん)の下(した)に到(いた)るに、かの公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の和尚(おしょう)、全(まった)く信義(しんぎ)無(な)し! 汝(なんじ)の汝(なんじ)が師弟(してい)を放(はな)たば、就(すなわ)ち我(われ)に孩児(がいじ=子)を与(あた)うると説(い)いしに、何(なん)とて汝(なんじ)が師弟(してい)を放(はな)ち去(さ)りて、我(わ)が孩児(がいじ)を把(もっ)て又(また)留(とど)め、反(かえっ)て来(きた)りて我(わ)が門首(もんしゅ=門口)に做(な)すこと何(なん)ぞ?」
と。行者(ぎょうじゃ)陪笑(ばいしょう=作り笑い)して道(い)えるには、
「公主(こうしゅ)怪(とが)むること莫(なか)れ、汝(なんじ)来(きた)れるの日子(ひび)は已(すで)に久(ひさ)し、汝(なんじ)が令郎(れいろう=若君)を帯(たい=連)れ往(ゆ)きて彼(かれ)が外公(がいこう=母方の祖父)を認(みと)めさしめんとす」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「和尚(おしょう)無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ、我(わ)がかの黄袍郎(こうほうろう)は衆(おお)に比(くら)ぶるに同(おな)じからず。汝(なんじ)もし我(わ)が孩児(がいじ)を唬(おどろ)かさば、汝(なんじ)に柳柳(りゅうりゅう=のんびり)驚(おどろき)を与(あた)うるは是(せ)なり」
と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、
「公主(こうしゅ)や、人(ひと)の生(うま)れて天地(てんち)の間(あいだ)に在(あ)る、怎(いか)にして便(すなわ)ち是(こ)れ得罪(とくざい=罪を得る)ならん?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「我(われ)暁(さと)れり」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)女流(じょりゅう=女)の家(いえ=身)にて、何(なに)をか暁(さと)れる?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「我(われ)自幼(じよう=幼きより)宮(みや)に在(あ)りて、曾(かつ)て父母(ふぼ)が教訓(きょうくん)を受(う)けたり。古書(こしょ)の云(いわ)くを記(き)し得(え)たり、五刑(ごけい)の属(ぞく)すること三千(さんぜん)なるも、罪(つみ)の不孝(ふこう)より大(だい)なるは莫(な)しと」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)正(まさ)に是(こ)れ個(ひとり)の不孝(ふこう)の之人(ひと)なり。蓋(けだ)し父(ちち)や我(われ)を生(う)み、母(はは)や我(われ)を鞠(やしな=育)めり。哀哀(あいあい=悲しきかな)たる父母(ふぼ)、我(われ)を生(う)みて劬労(くろう=労苦)あり! 故(ゆえ)に孝(こう)なる者(もの)は、百行(ひゃくこう)が原(げん=源)、万善(ばんぜん)が本(もと)なるに、却(かえっ)て怎(いか)にして身(み)を将(もっ)て妖精(ようせい)に陪伴(ばいはん=付き添)わしめ、更(さら)に父母(ふぼ)を思念(しねん=慕)わざるは、非(ひ)にも得(え)ず不孝(ふこう)の罪(つみ)の如何(いかん)とする?」
と。公主(こうしゅ)此(こ)の正言(せいげん=正しい言葉)を聞(き)き、半晌(はんしょう=しばし)の家(あいだ)に耳(みみ)紅(あか)く面(おもて)赤(あか)く、慙愧(ざんき=恥じ入)るに地(ち)無(な)く、忽(たちま)ち口(くち)を失(しっ)して道(い)えるには、
「長老(ちょうろう)が言(こと)の最(もっと)も善(よ)し、我(われ)豈(あ)に父母(ふぼ)を思念(しねん)せざらんや? ただ此(こ)の妖精(ようせい)の我(われ)を将(もっ)て摂騙(しょうへん=拐かし)て此(こ)の処(ところ)に在(あ)らしめ、彼(かれ)が法令(ほうれい)は又(また)謹(きん=厳しく)、我(わ)が歩履(ほり=歩み)は又(また)難(かた)く、路(みち)遠(とお)く山(やま)遥(はるか)にして、人(ひと)の音信(いんしん)を伝(つた)う可(べ)き無(な)し。自(みずか)ら尽(じん=死なん)と欲(ほっ)するも、又(また)恐(おそ)るるは父母(ふぼ)の我(われ)の逃(に)げ走(はし)りしと疑(うたが)いて、事(こと)終(つい)に明(あき)かならざらんことを。故(ゆえ)に没奈何(ぼうなげ=仕方なく)、苟(かり)に残喘(ざんぜん=余命)を延(の)べ、誠(まこと)に天地(てんち)の間(あいだ)に為(な)ること一大(いちだい)の罪人(ざいにん)なり!」
と。説(と)き罷(おわ)りて、涙(なみだ)の泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「公主(こうしゅ)必(かなら)ずしも傷悲(しょうひ=悲しみ)するに及(およ)ばず。猪八戒(ちょはっかい)曾(かつ)て我(われ)に告(つ)げて、汝(なんじ)に一封(いっぽう)の書(ふみ)有(あ)りて、曾(かつ)て我(わ)が師父(しふ)が一命(いちめい)を救(すく)いしと説(と)けり、汝(なんじ)が書(ふみ)の上(うえ)にも也(また)父母(ふぼ)を思念(しねん)するの意(い)有(あ)り。老孫(ろうそん=俺様)来(きた)れる上(うえ)は、管(かなら)ず汝(なんじ)に与(あた)えて妖精(ようせい)を拿(とら)え、汝(なんじ)を帯(たい=連)れて回朝(かいちょう=朝廷に帰)りて駕(が=天子)に見(まみ)えしめ、別(べつ)に個(ひとり)の佳偶(かぐう=良き伴侶)を尋(たず)ね、双親(そうしん=両親)に侍奉(じほう=仕え奉)じて老(おい)に到(いた)らしめん、汝(なんじ)意(い)は如何(いかん)?」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「和尚(おしょう)よ、汝(なんじ)死(し)を尋(たず)ぬること莫(なか)れ。昨者(さくしゃ=昨日)汝(なんじ)が二人(ふたり)の師弟(してい)の、あの般(ごと)きの好漢(こうかん=豪の者)たちも、也(また)曾(かつ)て我(わ)が黄袍郎(こうほうろう)に打(う)ち過(す)ごすことを得(え)ざりき。汝(なんじ)此(こ)の般(ごと)き一個(ひとり)の筋(すじ)多(おお)く骨(ほね)少(すくな)きの痩鬼(そうき=痩せっぽち)の、一(ひとつ)に似(に)たり個(ひとつ)の螃蟹(ほうかい=蟹)が容姿(ようし=姿)に、骨(ほね)皆(みな)外(そと)に長(のび)ておるに、何(なん)の本事(ほんじ=腕前)か有(あ)りて、汝(なんじ)敢(あえ)て妖魔(ようま)を拿(とら)うるの話(はなし)を説(と)くか?」
と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、
「汝(なんじ)原(もと)眼色(がんしょく=目利き)無(な)くして、人(ひと)を認(みと)むるを得(え)ざるなり。俗語(ぞくご)に云(いわ)く、尿泡(にょうほう=浮き袋)は大(おお)いなりと雖(いえど)も斤両(きんりょう=目方)無(な)く、秤鉈(びょうどう=分銅)は小(ちいさ)しと雖(いえど)も千斤(せんきん)を圧(おさ=圧)すと。彼(かれ)らが相貌(そうぼう=容貌)は、空(むな)しく大(おお)きくして用(よう)無(な)く、路(みち)を走(はし)れば風(かぜ)を抗(ふせ=防)ぎ、衣(い)を穿(き)れば布(ぬの)を費(ついや)し、火(ひ)を種(う)うれば心(こころ)空(むな)しく、門(もん)を頂(いただ)けば腰(こし)軟(やわ)らかく、食(しょく)を食(くら)えば功(こう)無(な)し。咱(われら)が老孫(ろうそん)は小(ちいさ)きは小(ちいさ)き也(なり)ども、筋節(きんせつ=腕っ節)有(あ)り」
と。かの公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)真個(しんこ=本当)に手段(しゅだん)有(あ)るか?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(わ)が手段(しゅだん)は、汝(なんじ)是(こ)れ也(また)曾(かつ)て看(み)たること無(な)からん、絶(ぜっ)て妖(よう)を降(くだ)すを会(え)し、極(きわ)めて能(よ)く怪(かい)を伏(ふく)す」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)却(かえっ)て我(われ)を誤(あやま)ること莫(なか)れ」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「決然(けつぜん=きっと)汝(なんじ)を誤(あやま)るを得(え)ず」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)既(すで)に妖(よう)を降(くだ)し怪(かい)を伏(ふく)するを会(え)るならば、如今(いま)却(かえっ)て怎(いか)なる様(よう)にか彼(かれ)を拿(とら)うる?」
と。行者(ぎょうじゃ)説(と)くには、
「汝(なんじ)且(しばら)く回避(かいひ=身を隠)し回避(かいひ)せよ、我(わ)が此(こ)の眼前(がんぜん=目の前)に在(あ)ること莫(なか)れ、倘(も)し彼(かれ)の来(きた)る時(とき)に、手脚(しゅきゃく=手足)を動(うご)かすに好(よ)からず、ただ恐(おそ)るるは汝(なんじ)の彼(かれ)と情(じょう)濃(こまやか)にして、彼(かれ)を捨(す)て得(え)ざらんことを」
と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、
「我(われ)怎(いか)でか彼(かれ)を捨(す)て得(え)ざらん? 其(そ)の此(こ)の処(ところ)に稽留(けいりゅう=留まり)するは、已(や)むを得(え)ざるの耳(のみ)!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)彼(かれ)と十三年(じゅうさんねん)の夫妻(ふさい)を做(な)りし上(うえ)は、豈(あ)に情意(じょうい=情)無(な)からんや? 我(われ)もし彼(かれ)に見(まみ)えなば、彼(かれ)と児戯(じげき=戯れ)をせず、一棍(いっこん=一棒)も便(すなわ)ち是(こ)れ一棍(いっこん)、一拳(いっけん)も便(すなわ)ち是(こ)れ一拳(いっけん)にして、須(すべから)く彼(かれ)を打(う)ち倒(たお)して、才(はじ)めて汝(なんじ)の回朝(かいちょう)し駕(が)に見(まみ)ゆるを得(う)べし」
と。かの公主(こうしゅ)果(はた)して行者(ぎょうじゃ)が言(こと)に依(よ)りて、僻静(へきせい=人目なき処)の処(ところ)に往(ゆ)きて身(み)を潜(ひそ)む。也(また)是(こ)れ彼女(かのじょ)が姻縁(いんえん=縁)の該(まさ)に尽(つ)きるべきなれば、故(ゆえ)に大聖(たいせい)の来臨(らいりん=来訪)に遇(あ)えるなり。
かの猴王(こうおう)公主(こうしゅ)を把(もっ)て蔵(かく)し了(おわ)り、彼(かれ)却(かえっ)て身(み)を揺(ゆ)りて一(ひとつ)変(へん)じ、就(すなわ)ち変(へん)じて公主(こうしゅ)が一般(いっぱん)の容姿(ようし=姿)と做(な)り、洞中(どうちゅう)に回(まわ)り転(てん=戻)り、専(もっぱ)らかの怪(かい)を候(ま)つ。
さて八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)と、二人(ふたり)の孩子(こども)を把(もっ)て宝象国(ほうしょうこく)の中(うち)に拿(と)り到(いた)り、かの白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に往(ゆ)きて捽(ひきおと=投げ落)し下(おろ)せば、憐(あわ)れむ可(べ)し皆(みな)掼(たたきつ)けて個(ひとつ)の肉餅(にくへい=肉の餅)の相似(にたり)に做(な)り、鮮血(せんけつ=鮮き血)迸(ほとばし)り流(なが)れ、骨骸(こっがい=骨)粉碎(ふんさい=粉砕)す。慌(あわ)てるかなかの満朝(まんちょう=朝廷中)の多官(たかん)の報(ほう)じて道(い)えるには、
「不好(ふこう=大変)了(りょう)! 不好(ふこう)了(りょう)! 天上(てんじょう)より二人(ふたり)の人(ひと)の掼(たたきつ)け下(おろ)され来(きた)れる!」
と。八戒(はっかい)厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、
「かの孩子(こども)は是(こ)れ黄袍妖精(こうほうようせい)が儿子(むすこ)の、老猪(ろうちょ=俺様)と沙弟(さてい=沙の弟)とに拿(とら)え将(も)ち来(きた)られたり!」
と。かの怪(かい)は還(な)お銀安殿(ぎんあんでん)に在(あ)りて、宿酒(しゅくしゅ=前夜の酔い)未(いま)だ醒(さ)めず、正(まさ)に睡夢(すいむ=眠り)の間(あいだ)に、人(ひと)の彼(かれ)が名字(みょうじ=名)を叫(さけ)ぶを聴(き)き得(え)て、彼(かれ)就(すなわ)ち身(み)を翻(ひるがえ)し、頭(かしら)を抬(もた)げ上(あ)げて観(み)るに、ただかの雲端(うんたん=雲の上)の裡(うち)に是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)沙和尚(さおしょう)の二人(ふたり)の吆喝(ようかつ=喚く)を見(み)る。妖怪(ようかい)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、
「猪八戒(ちょはっかい)は便(すなわ)ち也(また)罷(よし)、沙和尚(さおしょう)は是(こ)れ我(われ)が家(いえ)の裡(うち)に绑(しば=縛)り着(つ)けしに、彼(かれ)何(いか)にして出(い)で来(きた)るを得(え)し? 我(わ)が渾家(こんか=妻)は、怎(いか)にして肯(あえ)て彼(かれ)を放(はな)たん? 我(わ)が孩児(がいじ=子)は、怎(いか)にして彼(かれ)が手(て)に到(いた)り得(え)し? 此(こ)れは恐(おそ)らくは猪八戒(ちょはっかい)の我(われ)の出(い)で往(ゆ)きて彼(かれ)と交戦(こうせん)するを得(え)ざるがために、故此(ゆえ)に此(こ)の計(けい)を将(もっ)て来(きた)り我(われ)を羈(つなぎと=引き留)めんとするならん。我(われ)もし此(こ)の個(ひとつ)の泛頭(はんとう=嵌め手)を認(みと)めて、就(すなわ)ち彼(かれ)と打(う)たば、噫(ああ)! 我(われ)却(かえっ)て還(な)お酒(さけ)に害(そこな)われ居(お)るなり! 仮(も)し若(も)し彼(かれ)に一釘鈀(いっていは=一撃)を筑(つ)き上(あ)げられなば、却(かえっ)て此(こ)の威風(いふう)を滅(めっ)せずや、かの個(ひとつ)の関竅(かんきょう=弱み)を識破(しきは=見破)られん、且(しばら)く我(われ)の家(いえ)に回(かえ)りて、是(こ)れ我(わ)が儿子(むすこ)なるや我(わ)が儿子(むすこ)ならざるやを看(み)るを等(ま)ち、然(しか)して後(のち)に彼(かれ)と話(はなし)しても遅(おそ)からず」
と。好(よ)き妖怪(ようかい)や、彼(かれ)也(また)王駕(おうが=王の御車)に辞(じ=暇乞い)せず、山林(さんりん)を転(てん=巡)じ、径(ただち)に洞中(どうちゅう)に去(ゆ)きて信息(しんそく=消息)を査(しらべ)る。此(こ)の時(とき)朝中(ちょうちゅう)には已(すで)に彼(かれ)の是(こ)れ個(ひとり)の妖怪(ようかい)なるを知(し)れり。原(もと)彼(かれ)が夜(よる)の裡(うち)に一個(ひとり)の宮娥(きゅうが)を食(く)らいしに、還(な)お十七個(じゅうしちこ)の命(いのち)を脱(のが)れ去(さ)りし者(もの)有(あ)りて、五更(ごこう=明け方)の時(とき)、国王(こくおう)に奏(そう)して、彼(かれ)の如(ごと)く此(こ)の如(ごと)くなるを説(と)き了(おわ)れり。又(また)彼(かれ)が辞(じ)せずして去(さ)りしに因(よ)りて、愈(いよいよ)彼(かれ)の是(こ)れ怪(かい)なるを知(し)れば、かの国王(こくおう)即(すなわ)ち多官(たかん)を着(つか)わしてかの仮(かり)の老虎(ろうこ)を看守(かんしゅ=見張)らしむるは題(だい=述べ)せず。
さてかの怪(かい)径(ただち)に洞口(どうぐち)に回(かえ)る。行者(ぎょうじゃ)彼(かれ)の来(きた)るを見(み)て、法(ほう=手立て)を設(もう)けて彼(かれ)を哄(たぶらか)し、眼(め)を把(もっ)て一(ひとつ)擠(つぶ=瞬)き了(おわ)り、撲簌簌(ぼくぞくぞく=はらはらと)涙(なみだ)の雨(あめ)の落(お)つるが如(ごと)く、天(てん)の児(こ)地(ち)の児(こ)と、脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)ちて、此(こ)の洞(どう)の裡(うち)に在(あ)りて嚎啕(ごうとう=わめき)き痛哭(つうこく=嘆き泣)く。かの怪(かい)一時間(ひととき)何処(いずこ)にか認(みと)め得(え)ん? 前(まえ)に上(のぼ)り来(きた)りて摟(いだ)き住(とど)めて道(い)えるには、
「渾家(こんか)や、汝(なんじ)何(なん)の事(こと)か有(あ)りて、此(こ)の般(ごと)く煩悩(ぼんのう=悩み)する?」
と。かの大聖(たいせい)編(あ)み成(な)せるの鬼話(きわ=作り話)、捏(こ)ね出(いだ)せるの虚詞(きょし=偽り)を、涙汪汪(るいおうおう=涙ぐみ)として告(もう)して道(い)えるには、
「郎君(ろうくん)よ! 常言(じょうげん=世の諺)に道(い)わく、男子(だんし)に妻(つま)無(な)ければ財(たから)に主(あるじ)無(な)く、婦女(ふじょ)に夫(おっと)無(な)ければ身(み)空(むな)しく落(お)つと! 汝(なんじ)昨日(きのう)朝(ちょう)に進(い)りて親(したしみ)を認(みと)めしに、怎(いか)にして回(かえ)り来(きた)らざる? 今朝(けさ)猪八戒(ちょはっかい)に沙和尚(さおしょう)を劫(かどわ)かされ、又(また)我(わ)が二人(ふたり)の孩児(がいじ)を把(もっ)て搶(か)り去(さ)られ、是(こ)れ我(われ)の苦(くる)しく告(こ)いしも、更(さら)に肯(あえ)て饒(ゆる)さず。彼(かれ)説(い)えらく、拿(と)り去(さ)りて朝中(ちょうちゅう)に往(ゆ)きて外公(がいこう=祖父)を認(みと)めさしめんと。此(こ)の半日(はんじつ)にも孩児(がいじ)の見(み)えず、又(また)如何(いかん)なる存亡(そんぼう=生死)なるを知(し)らず、汝(なんじ)又(また)家(いえ)に来(きた)り見(み)えず、我(われ)をして怎(いか)にしてか生(い)き乍(なが)ら割(さ)き捨(す)てしめん?
故此(ゆえ)に止(とど)むること能(あた)わず傷心(しょうしん)痛哭(つうこく)するなり」
と。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)に大(おお)いに怒(いか)って道(い)えるには、
「真個(しんこ=本当)に是(こ)れ我(わ)が儿子(むすこ)なるか?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「正(まさ)に是(こ)れなり、猪八戒(ちょはっかい)に搶(か)り去(さ)られたり」
と。かの妖魔(ようま)気(き)に得(え)て乱(みだ)れ跳(おど)りて道(い)えるには、
「罷(や)んだ! 罷(や)んだ! 我(わ)が児(こ)は彼(かれ)に掼(たたきつ)け殺(ころ)されたり! 已(すで)に是(こ)れ活(い)く可(べ)からざるなり! 只(た)だ好(よ)し、かの和尚(おしょう)を拿(とら)え来(きた)らせて我(わ)が儿子(むすこ)と命(いのち)を償(つぐな)わせ、仇(あだ)を報(ほう)ぜん! 渾家(こんか)よ、汝(なんじ)且(しばら)く哭(な)くこと莫(なか)れ、汝(なんじ)如今(いま)心(こころ)の裡(うち)に覚(おぼ)えるに怎(いか)なる様(よう)なるか? 且(しばら)く一(ひとつ)医治(いじ=手当て)し医治(いじ)せよ」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(われ)怎(いか)にもせず、ただ孩児(がいじ)を捨(す)て得(え)ざるのみにて、哭(な)きて我(われ)をして些(いささ)か心疼(しんとう=胸の痛み)有(あ)らしめたり」
と。妖魔(ようま)道(い)えるには、
「打緊(たいしたこと)ならず、汝(なんじ)請(こ)う起(た)ち上(あ)がれ、我(わ)が此(こ)の処(ところ)に件(ひとつ)の宝貝(ほうべい=宝)有(あ)り、ただ汝(なんじ)がかの疼(いた)む上(うえ)に在(あ)りて一(ひとつ)摸(な)で摸(な)での児(こ)せば、就(すなわ)ち疼(いた)まずならん。却(かえっ)要(よう)するに仔細(しさい=用心)せよ、大指(おおゆび)の児(こ)をして弾(はじ)き着(つ)くること休(なか)れ、もし大指(おおゆび)の児(こ)をして弾(はじ)き着(つ)くれば啊(や)、就(すなわ)ち我(わ)が本相(ほんそう=本来の姿)を看(み)し出(いだ)し来(きた)らん」
と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)えるには、
「此(こ)の潑怪(はつかい=卑しき怪)、倒(かえっ)て也(また)老実(ろうじつ=実直)なり、刑法(けいほう=拷問)を動(うご)かさずして、就(すなわ)ち自(みずか)ら供(きょう=白状)したり。彼(かれ)の宝貝(ほうべい)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)るを等(ま)ちて、我(われ)試(こころ)みに彼(かれ)を一(ひとつ)弾(はじ)きて、彼(かれ)の是(こ)れ何(なん)の妖怪(ようかい)なるを看(み)ん」
と。かの怪(かい)行者(ぎょうじゃ)を携(たずさ)えて、一直(ひたすら)に洞(どう)の裡(うち)の深遠(しんえん)密閉(みっぺい=奥深く閉ざされし)之處(ところ)に行(ゆ)き到(いた)る。却(かえっ)て口(くち)の中(うち)より一件(いっけん)の宝貝(ほうべい)を吐(は)き出(いだ)す。鶏子(けいし=鶏卵)の大小(おおいさ)有(あ)りて、是(こ)れ一顆(いっか=一粒)の舎利子(しゃりし)玲瓏(れいろう=透き通れる)の内丹(ないたん)なり。行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)えるには、
「好(よ)き東西(もの)なるかな! 此(こ)の件(ひとつ)の物(もの)は幾多(いくばく)の坐工(ざこう=座禅の修行)を打(う)たれしかを知(し)らず、幾年(いくとせ)の磨難(まなん=苦難)を煉(ね)られ、幾転(いくてん)の雌雄(しゆう)を配(はい=調合)されて、此(こ)の顆(つぶ)の内丹(ないたん)舎利(しゃり)を煉(ね)り成(な)せるならん。今日(こんにち)大(おお)いに縁法(えんぽう=因縁)有(あ)りて、老孫(ろうそん=俺様)に遇(あ)えるなり」
と。かの猴子(さるこ)拿(と)り将(も)ち過(よ)ぎ来(きた)らせて、那(いず)こに何(なん)の疼(いた)む処(ところ)か有(あ)らん、特(こと)さらに意(い)に摸(な)で一(ひとつ)摸(な)でして、一指頭(いっしとう=指先)にて弾(はじ)き将(も)ち去(さ)る。かの妖(よう)慌(あわ)てて、手(て)を劈(つんざ)きて来(きた)りて搶(か)り取(と)らんとすれど、汝(なんじ)思量(しりょう=考え)よ、かの猴子(さるこ)の好(いか)にも溜撒(りゅうさつ=素速き)ならずや、かの宝貝(ほうべい)を一口(ひとくち)に肚(はら)の裡(うち)に吸(す)い込(こ)めり。かの妖魔(ようま)拳(こぶし)を攥(にぎ)り着(つ)けて就(すなわ)ち打(う)てば、行者(ぎょうじゃ)に一只(いっし=一方)の手(て)にて隔(さえぎ=受け止)められ、顔(かお)を把(もっ)て一(ひとつ)抹(な)で了(おわ)り、本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し出(いだ)し、一声(ひとこえ)
「妖怪(ようかい)! 無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ! 汝(なんじ)且(しばら)く認(みと)め認(みと)めて我(われ)の是(こ)れ誰(たれ)なるを看(み)よ」
と道(い)える。かの妖怪(ようかい)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)えるには、
「呀(あっ)! 渾家(こんか)よ、汝(なんじ)何(なん)とて此(こ)の一副(ひとつ)の嘴臉(しれん=面つき)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)れるなる?」
と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)えるには、
「我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の個(ひとり)の潑怪(はつかい)を把(もっ)てやらん! 誰(たれ)か是(こ)れ汝(なんじ)が渾家(こんか)ならん? 汝(なんじ)が祖宗(そそう=先祖)を連(つら)ねても也(また)還(ま)だ認(みと)め得(え)ざるなり?」
と。かの怪(かい)忽然(こつぜん=俄)かに省悟(せいご=思い当たり)して道(い)えるには、
「我(われ)些(いささ)か汝(なんじ)を認(みと)め得(え)るこころ有(あ)るに似(に)たり」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)を打(う)たず、汝(なんじ)再(ふたた)び認(みと)め認(みと)めて看(み)よ」
と。かの怪(かい)道(い)えるには、
「我(われ)汝(なんじ)を見(み)て眼(め)熟(なれ=見覚え)れたりと雖(いえど)も、一時間(ひととき)に却(かえっ)て姓名(せいめい)を想(おも)い起(おこ)すこと能(あた)わず。汝(なんじ)果(はた)して是(こ)れ誰(たれ)にて、何処(いずこ)よりか来(きた)れる? 汝(なんじ)我(わ)が渾家(こんか)を把(もっ)て何処(いずこ)にか估(お)し倒(たお)し着(つ)けて、却(かえっ)て来(きた)りて我(わ)が家(いえ)に在(あ)りて我(わ)が宝貝(ほうべい)を詐誘(さゆう=騙し取)らんとするは、着実(ちゃくじつ=全く)無礼(ぶれい)! 可悪(かお=憎し)!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)是(こ)れ也(また)我(われ)を認(みと)め得(え)ず。我(われ)は是(こ)れ唐僧(とうぞう)が大徒弟(だいとてい)にして、孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)と称(しょう)す。我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)が五百年前(ごひゃくねんまえ)の旧(ふるき)祖宗(そそう=御先祖)なるなり!」
と。かの怪(かい)道(い)えるには、
「此(こ)の話(はなし)有(な)し! 此(こ)の話(はなし)有(な)し! 我(われ)唐僧(とうぞう)を拿(とら)え住(とど)めし時(とき)、ただ彼(かれ)に二人(ふたり)の徒弟(とてい)の、猪八戒(ちょはっかい)と沙和尚(さおしょう)と称(しょう)する有(あ)るを知(し)るのみ、何時(いつ)か曾(かつ)て人(ひと)の個(ひとり)の姓(せい)の孫(そん)なるを説(い)うを聞(き)きし。汝(なんじ)は何処(いずこ)より来(きた)れるの個(ひとり)の怪物(かいぶつ)なるかを知(し)らず、此(こ)の処(ところ)に到(いた)りて我(われ)を騙(だま)かす!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)ら二人(ふたり)と同(とも)に来(きた)らず、是(こ)れ我(わ)が師父(しふ)の因(よ)りて老孫(ろうそん=俺様)が慣(なら)れて妖怪(ようかい)を打(う)ち、殺傷(さっしょう)すること甚(はなは)だ多(おお)きを、彼(かれ)は是(こ)れ個(ひとり)の慈悲(じひ)好善(こうぜん)の之人(ひと)なれば、我(われ)を将(もっ)て逐(お)い回(かえ)されし故此(ゆえ)に、曾(かつ)て彼(かれ)と一路(いちろ=同行)に行走(こうそう=歩み行)かざりき。汝(なんじ)は是(こ)れ汝(なんじ)が祖宗(そそう)が名姓(めいせい=名)を知(し)らざるなり」
と。かの怪(かい)道(い)えるには、
「汝(なんじ)好(よ)くも丈夫(じょうぶ=立派な男)ならざるかな! 既(すで)に師父(しふ)が赶逐(かんちく=追放)を受(う)け乍(なが)ら、却(かえっ)て何(なん)の嘴臉(しれん=面つき)の又(また)来(きた)りて人(ひと)に見(まみ)ゆるか!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の個(ひとり)の潑怪(はつかい)、豈(あ)に一日(いちじつ)師(し)と為(な)れば終身(しゅうしん)父(ちち)と為(な)し、父子(ふし)に隔宿(かくしゅく=一晩越し)の仇(あだ)無(な)しなるを知(し)らんや! 汝(なんじ)我(わ)が師父(しふ)を傷害(しょうがい)せしを、我(われ)何(なん)とて来(きた)りて彼(かれ)を救(すく)わざらん? 汝(なんじ)彼(かれ)を害(そこな)うも便(たやす)しとせよ、却(かえっ)て又(また)背(はい)前面後(ぜんめんご=陰にて陽にて)我(われ)を罵(ののし)るは、是(こ)れ怎(いか)に説(と)くか?」
と。妖怪(ようかい)道(い)えるには、
「我(われ)何時(いつ)か嘗(かつ)て汝(なんじ)を罵(ののし)りしや?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)の説(い)える所(ところ)なり」
と。かの怪(かい)道(い)えるには、
「汝(なんじ)彼(かれ)を信(しん)ずること莫(なか)れ、かの個(ひとり)の猪八戒(ちょはっかい)は、嘴(くち)を尖(とが)らして、些(いささ)か能(よ)く老婆(ろうば)の舌(した)を学(なら)うの有(あ)り、汝(なんじ)怎(いか)でか彼(かれ)を聴(き)けるか?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「且(しばら)く必(かなら)ずしも此(こ)の閑話(かんわ=無駄話)を講(こう=語)るに及(およ)ばず、ただ老孫(ろうそん)の今日(こんにち)汝(なんじ)が家(いえ)の裡(うち)に到(いた)りしを説(と)かん、汝(なんじ)好(よ)く怠慢(たいまん=疎か)に遠客(えんかく=遠来の客)を遇(むか)えたり。酒饌(しゅせん=酒肴)の款待(かんたい=もてなし)無(な)しと雖(いえど)も、頭(かしら)は却(かえっ)て是(こ)れ有(あ)るなり、快(はや)く快(はや)く頭(かしら)を将(もっ)て伸(の)べ過(よ)ぎ来(きた)らせよ、老孫(ろうそん)の一棍(いっこん)を打(う)ちて茶(ちゃ)に当(あ)てんを等(ま)て!」
と。かの怪(かい)打(う)つを説(と)くを聞(き)き得(え)て、呵呵(かか=からから)と大笑(たいしょう)して道(い)えるには、
「孫行者(そんぎょうじゃ)よ、汝(なんじ)計較(けいこう=考え)を差(たが)えたり! 汝(なんじ)既(すで)に打(う)たんと要(よう)すと説(と)き乍(なが)ら、我(われ)に跟(したが)いて此(こ)の裡(うち)に進(い)るる可(べ)からざりしなり。我(わ)が此(こ)の処(ところ)には大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう=群れなす妖)の、還(な)お百十(ひゃくじゅう=百余)有(あ)り、汝(なんじ)の満身(まんしん)手(て)なるを饒(ゆる)すも、也(また)打(う)ちて我(わ)が門(もん)を出(い)で往(ゆ)くことを得(え)じ!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「胡説(こぜつ=たわごと)するなかれ! 百十個(ひゃくじゅっこ)を説(と)くに及(およ)ばず、就(すなわ)ち幾千(いくせん)幾万(いくまん)の有(あ)るも、ただ一個一個(ひとりひとり)査(しら)べ明(あきら)かに了(おわ)りてこそ好(よ)く打(う)たん、棍棍(こんこん=棒の一撃ごと)空(むな)しき無(な)く、汝(なんじ)をして根(こん)を断(た)ち跡(あと)を絶(た)たしめん!」
と。
かの怪(かい)言(こと)を聞(き)き、急(きゅう)に号令(ごうれい)を伝(つた)え、かの山前山後(さんぜんさんご=山の前後)の群妖(ぐんよう)、洞裡洞外(どうりどうがい=洞の内外)の諸怪(しょかい)を把(もっ)て、一斉(いっせい)に点(てん=召集)し起(おこ)し、各(おのおの)器械(きかい=武具)を執(と)り、かの三四層(さんよんそう=三四重)の門(もん)を把(もっ)て、密密(みつみつ=隙間なく)攔阻(らんそ=塞ぎ)ぎて放(はな)たず。行者(ぎょうじゃ)見(み)て、満心(まんしん)に歓喜(かんき=喜び)し、双手(そうしゅ=両手)に棍(こん=棒)を理(ととの=構)え、一声(ひとこえ)
「変(へん)じよ!」
と喝(かつ)すれば、変(へん)じて三頭六臂(さんとうろっぴ)と成(な)り、金箍棒(きんこぼう)を把(もっ)て一(ひとつ)幌(ひるがえ)して、変(へん)じて三根(さんこん=三本)の金箍棒(きんこぼう)と做(な)る。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が六只(ろくし=六つ)の手(て)に、三根(さんこん)の棒(ぼう)を使(つか)いて、一路(いちろ=一直線)に打(う)ち将(も)ち去(ゆ)くは、好(よ)くも便(すなわ)ち虎(とら)の羊群(ようぐん=羊の群れ)に入(い)るが如(ごと)く、鷹(たか)の鶏柵(けいさく=鶏小屋)に来(きた)るが如(ごと)し。憐(あわ)れむ可(べ)しかの小怪(しょうかい=子分の妖)の、湯(ふ=触)れ着(つ)く者(もの)は、頭(かしら)粉碎(ふんさい)の如(ごと)く;刮(かす)り着(つ)く者(もの)は、血(ち)の水流(すいりゅう)の如(ごと)し! 往来縦横(おうらいじゅうおう=縦横無尽)に、人(ひと)の之(これ)無(な)きの境(さかい)に入(い)るが如(ごと)し。ただ一個(ひとり)の老妖(ろうよう)を剩(のこ)して、門(もん)を赶(お)い出(い)で来(きた)りて罵(ののし)って道(い)えるには、
「汝(なんじ)此(こ)の潑猴(はつこう=卑しき猿)、其(そ)の実(じつ)憊懶(はいらん=横着者)! 何(なん)とて門(もん)の子(こ)に上(のぼ)り来(きた)りて人家(じんか=他人の家)を欺負(きぶ=苛)めるか!」
と。行者(ぎょうじゃ)急(きゅう)に頭(かしら)を回(めぐ)らし、手(て)を用(もち)いて招(まね)き呼(よ)んで道(い)えるには、
「汝(なんじ)来(きた)れ! 汝(なんじ)来(きた)れ! 汝(なんじ)を打(う)ち倒(たお)してこそ、才(はじ)めて是(こ)れ功績(こうせき=手柄)ならん!」
と。かの怪物(かいぶつ)宝刀(ほうとう)を挙(あ)げ、頭(こうべ)を分(わ)かって便(すなわ)ち砍(き)れば、好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)き、面(おもて)に觌(ま)えて相(あい)迎(むか)う。此(こ)の一場(いちじょう=一戦)はかの山頂(さんちょう)の上(うえ)に在(あ)りて、半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧の半ば)の裡(うち)に殺(ころ)し合(あ)うなり:
大聖(たいせい)は神通(じんつう)大(おお)いに、
妖魔(ようま)は本事(ほんじ)高(たか)し。
此(こ)の方(ほう)は生金棒(せいこんぼう=金の棒)を横(よこ)に理(ととの=構)え、
彼(か)の方(ほう)は蘸鋼刀(さんこうとう=鋼の刀)を斜(ななめ)に挙(あ)ぐ。
悠悠(ゆうゆう)として刀(かたな)起(おこ)れば明霞(めいか=明き霞)亮(あきらか)に、
軽軽(けいけい)として棒(ぼう)架(ささ)えれば彩雲(さいうん=彩りの雲)飄(ひるがえ)る。
往来(おうらい)護頂(ごちょう=頭を守る)も翻(かえ)ること多次(たじ=度々)、
反復(はんぷく)渾身(こんしん=体中)も転(めぐ)ること数遭(すうそう=幾度)。
一個(ひとつ)は風(かぜ)に随(したが)って更(あらた)に面目(めんぼく=姿)を変(か)え、
一個(ひとつ)は地(ち)に立(た)ちて把(もっ)て身(み)を揺(ゆ)る。
彼(か)の方(ほう)は火眼(かがん=火の眼)を大(おお)いに睜(みは)りて猿膊(えんぱく=猿の腕)を伸(の)ばし、
此(こ)の方(ほう)は金睛(こんせい=金の瞳)を明(あきらか)に幌(ひるがえ)して虎腰(こよう=虎の腰)を折(お)る。
汝(なんじ)来(きた)り我(われ)去(ゆ)きて交鋒(こうほう=切り結び)し戦(たたか)い、
刀(かたな)迎(むか)え棒(ぼう)架(ささ)えて相(あい)饒(ゆる)さず。
猴王(こうおう)が鉄棍(てっこん)は三略(さんりゃく=兵法書)に依(よ)り、
怪物(かいぶつ)が鋼刀(こうとう)は六韜(りくとう=兵法書)に按(あん)ず。
一個(ひとつ)は慣(なら)いて手段(しゅだん)を行(おこな)いて魔主(ましゅ=妖の主)と為(な)り、
一個(ひとつ)は広(ひろ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)して唐僧(とうぞう)を保(ほ)す。
猛烈(もうれつ)なる猴王(こうおう)は猛烈(もうれつ)を添(そ)え、
英豪(えいごう)なる怪物(かいぶつ)は英豪(えいごう)を長(ちょう=増)す。
死生(しせい)を顧(かえり)みず空(くう)の中(うち)に打(う)ち、
皆(みな)唐僧(とうぞう)の仏(ほとけ)を遥(はるか)に拝(はい)するが為(ため)なり。
彼(かれ)ら二人(ふたり)戦(たたか)うこと五六十合(ごろくじゅうごう)有(あ)りて、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)えるには、
「此(こ)の個(ひとり)の潑怪(はつかい)、彼(かれ)がかの口(くち)の刀(かたな)は、倒(かえっ)て也(また)能(よ)く老孫(ろうそん=俺様)が此(こ)の根(こん)の棒(ぼう)に抵(あた=拮抗)し住(とど)むるを得(う)。老孫(ろうそん)の個(ひとつ)の破綻(はたん=隙)を彼(かれ)に見(み)せかけて、彼(かれ)の能(よ)く認(みと)むるや否(いな)やを看(み)ん」
と。好(よ)き猴王(こうおう)や、双手(そうしゅ)に棍(こん)を挙(あ)げ、一個(ひとつ)の高探馬(こうたんば=相手の顔を探る構え)の勢子(せいす=構え)を使(つか)う。かの怪(かい)是(こ)れ計(けい)なるを識(し)らず、空(すき=隙)の有(あ)るを見(み)て、宝刀(ほうとう)を舞(ま)わせ、径(ただち)に下三路(かさんろ=下半身)に奔(はし)りて砍(き)らんとせしに、行者(ぎょうじゃ)に急(きゅう)に個(ひとつ)の大中平(だいちゅうへい=中段の構え)に転(てん=変)ぜられて、彼(かれ)がかの口(くち)の刀(かたな)を挑(あ)け開(ひら)かれ、又(また)一個(ひとつ)の葉底偸桃(ようていとうとう=葉の裏から桃を盗む)の勢(せい=構え)を使(つか)い、妖精(ようせい)が頭頂(とうちょう=頭の上)に望(むか)いて一棍(いっこん)を打(う)てば、就(すなわ)ち彼(かれ)を打(う)ちて無影無踪(むえいむそう=影も形もなく)ならしめ、急(きゅう)に棍子(こんす=棒)を収(おさ)めて看(み)る処(ところ)、妖精(ようせい)の見(み)えず、行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)えるには、
「我(わ)が児(こ)よ、打(う)つに禁(た)えずして、就(すなわ)ち打(う)ちて見(み)えずならしめたり。果(はた)して是(こ)れ打(う)ち殺(ころ)さば、好道(さいわい)にも也(また)些(いささ)か膿血(のうち=膿と血)有(あ)る可(べ)きに、如何(いかん)ぞ一毫(いちごう=微塵)の踪影(そうえい=痕跡)も無(な)きは? 想(おも)うに是(こ)れ走(に)げたるならん」
と。急(きゅう)に身(み)を縦(じゅう=跳ね)らせて雲端(うんたん=雲の上)の裡(うち)に跳(おど)り在(あ)りて看(み)る処(ところ)、四辺(しへん=四方)に更(さら)に動静(どうじょう=物音)無(な)し。
「老孫(ろうそん)が此(こ)の双(ふたつ)の眼睛(がんせい=両の眼)は、何処(いずこ)を管(かん=構わ)ず、一(ひとつ)抹(な)ですべて見(み)ゆるに、却(かえっ)て何(なん)とて此(こ)の如(ごと)く溜撒(りゅうさつ=素速く)走(に)げ往(ゆ)き得(う)るか? 我(われ)暁(さと)り得(え)たり:かの怪(かい)の些(いささ)か我(われ)を認(みと)むるこころ有(あ)ると説(い)えるは、必(かなら)ず是(こ)れ凡間(ぼんげん=下界)の怪(かい)に非(あら)ず、多(おお)くは是(こ)れ天上(てんじょう)より来(きた)れる精(せい)ならん」
と。
かの大聖(たいせい)一時(ひととき)忍(しの)ぶること能(あた)わずして怒(いかり)を発(はっ)し、鉄棒(てつぼう)を攥(にぎ)り着(つ)け、個(ひとつ)の筋斗(きんと=宙返り)を打(う)って、ただ南天門(なんてんもん)の上(うえ)に跳(おど)り到(いた)る。慌(あわ)てるかなかの龐劉苟畢(ほうりゅうこうひつ)、張陶鄧辛(ちょうとうとうしん)等の衆(しゅう=神々)、両辺(りょうへん)に身(み)を躬(かが)め背(せ)を控(ひか=丸)めて、敢(あえ)て攔阻(らんそ=阻止)せず、彼(かれ)をして天門(てんもん)を打(う)ち入(い)らしめ、通明殿(つうめいでん)の下(した)に至(いた)らしむ。早(はや)くも張葛許邱(ちょうかつきょきゅう)の四大天師(よんだいてんし)の問(と)うて道(い)えるには、
「大聖(たいせい)何(いず)こよりか来(きた)れる?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「因(よ)りて唐僧(とうぞう)を保(ほ)して宝象国(ほうしょうこく)に至(いた)るに、一個(ひとり)の妖魔(ようま)有(あ)りて、国女(こくじょ=王の娘)を欺騙(ぎへん=たぶらか)し、吾(わ)が師(し)を傷害(しょうがい)せるを、老孫(ろうそん=俺様)彼(かれ)と賭闘(ととう=戦いを競)えり。正(まさ)に斗(たたか)うの間(あいだ)に、此(こ)の怪(かい)の見(み)えずなれり。想(おも)うにかの怪(かい)は是(こ)れ凡間(ぼんげん)の怪(かい)に非(あら)ず、多(おお)くは是(こ)れ天上(てんじょう)の精(せい)ならんと、特に来(きた)りて査勘(さかん=調べ)す、那(いず)れの一路(いちろ=部署)にか何(なん)の妖神(ようしん)か走(に)げ了(おわ)りしかを」
と。天師(てんし)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち霊霄殿(れいしょうでん)の上(うえ)に進(すす)みて啓奏(けいそう=奏上)し、九曜星官(くようせいかん)、十二元辰(じゅうにげんしん)、東西南北中央(とうざいなんぼくちゅうおう)の五斗(ごと)、河漢群辰(かかんぐんしん)、五岳四涜(ごがくしとく)、普天神聖(ふてんしんせい)を差(さし)えて査勘(さかん)せしむるを蒙(こうむ)るに、皆(みな)天上(てんじょう)に在(あ)るも、更(さら)に一個(ひとり)も敢(あえ)て方位(ほうい)を離(はな)るる無(な)し。又(また)かの斗牛宮(とぎゅうきゅう)の外(そと)を査(しら)ぶるに、二十八宿(にじゅうはっしゅく)は、顛倒(てんとう=ひっくり返し数えて)ただ二十七位(にじゅうしちい)有(あ)るのみ、内(うち)に独(ひとり)奎星(けいせい)を少(か)きり。天師(てんし)回(まわ)り奏(そう)して道(い)えるには、
「奎木狼(けいぼくろう)下界(げかい=下界に下)れり」
と。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、
「何程(いかほど)天(てん)に在(あ)らざるか?」
と。天師(てんし)道(い)えるには、
「四卯(しぼう=四度の点呼)到(いた)らず。三日(みっか)に卯(ぼう=点呼)を点(てん)ずること一次(いちじ=一回)なるに、今(いま)已(すで)に十三日(じゅうさんにち)なり」
と。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、
「天上(てんじょう)の十三日(じゅうさんにち)は、下界(げかい)は已(すで)に是(こ)れ十三年(じゅうさんねん)なり」
と。即(すなわ)ち本部(ほんぶ=所属)に命(めい)じて彼(かれ)を上界(じょうかい)に収(おさ)めしむ。かの二十七宿(にじゅうしちしゅく)の星員(せいいん)は、旨意(しい=勅命)を領(りょう=承)り、天門(てんもん)を出(い)で、各(おのおの)呪語(じゅご=呪文)を念(ねん)じて、奎星(けいせい)を驚動(きょうどう)せしむ。汝(なんじ)彼(かれ)の何処(いずこ)に在(あ)りて身(み)を潜(ひそ)ませしかを道(い)わば、彼(かれ)は原(もと)是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)の天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がしし時(とき)に打(う)ち怕(おど)ろされし神将(しんしょう)なれば、かの山澗(さんかん=谷)の裡(うち)に闪(かく)れ在(あ)りて災(わざわい)を潜(ひそ)め、水気(すいき=水の気)に妖雲(よううん=妖の雲)を隠(かく)され着(つ)けて居(お)る故此(ゆえ)に、曾(かつ)て彼(かれ)を看(み)ることを得(え)ざりき。彼(かれ)本部(ほんぶ)が星員(せいいん)の呪(じゅ)を念(ねん)ずるを聴(き)き得(え)て、方(はじ)めて敢(あえ)て頭(かしら)を出(いだ)し、衆(しゅう)に随(したが)いて上界(じょうかい)に上(のぼ)る。大聖(たいせい)に天門(てんもん)を攔(さえぎ)り住(とど)められて打(う)たんとせられしが、幸(さいわい)に衆星(しゅうせい)の勧(すす)めて住(とど)むるに虧(よ)り、押(お)されて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)ゆ。かの怪(かい)腰間(ようかん)より金牌(きんぱい=金の札)を取出(とりいだ)し、殿下(でんか)に在(あ)りて頭(かしら)を磕(ぬかず)きて罪(つみ)を納(おさ)む。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、
「奎木狼(けいぼくろう)よ、上界(じょうかい)に無辺(むへん=限りなき)の勝景(しょうけい=素晴らしき景色)有(あ)るに、汝(なんじ)受用(じゅよう=楽し)めずして、却(かえっ)て私(ひそ)かに一方(いっぽう)に走(はし)りしは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」
と。奎宿(けいしゅく)頭(かしら)を磕(ぬかず)きて奏(そう)して道(い)えるには、
「万歳(ばんぜい)、臣(しん)が死罪(しざい)を赦(ゆる)し給(たま)え。かの宝象国(ほうしょうこく)が王(おう)の公主(こうしゅ)は、凡人(ぼんじん=並の人)に非(あら)ざるなり。彼女(かのじょ)は本(もと)是(こ)れ披香殿(ひこうでん)の香(こう)を侍(じ=給仕)するの玉女(ぎょくじょ=仙女)にして、因(よ)りて臣(しん)と私通(しつう=密通)せんと欲(ほっ)せしが、臣(しん)恐(おそ)るるは天宮(てんぐう)が勝境(しょうきょう=清浄な地)を点汚(てんお=汚さ)んことを、彼女(かのじょ)凡(ぼん=人界)を思(おも)いて先(さき)に下界(げかい)に去(さ)り、皇宮内院(こうきゅうないいん=王宮の奥)に托生(たくしょう=生れ変わ)れり。是(こ)れ臣(しん)の前期(ぜんき=前世の約束)に負(そむ)かざるのみにて、妖魔(ようま)に変(へん)じ作(な)り、名山(めいざん)を占(し)め、彼女(かのじょ)を洞府(どうふ)に摂(しょう)し到(いた)らせ、彼女(かのじょ)と一十三年(じゅうさんねん)の夫妻(ふさい)を配(はい=娶)りたり。一飲一啄(いちいんいったく=一膳の飯一突きの餌)も、前定(ぜんじょう=前世の定め)に非(あら)ざるは莫(な)し、今(いま)孫大聖(そんたいせい)の此(こ)の処(ところ)に到(いた)りて功(こう)を成(な)すに被(それ)られ了(おわ)れり」
と。玉帝(ぎょくてい)言(こと)を聞(き)き、金牌(きんぱい)を収(おさ)め、彼(かれ)を貶(へん=左遷)じて兜率宮(とそつきゅう)に去(ゆ)かしめて太上老君(たいじょうろうくん)と火(ひ)を焼(た)かしめ、俸(ほう=給料)を帯(たい=伴な)い差操(さそう=使役)せられ、功(こう)有(あ)れば職(しょく)に復(ふく)し、功(こう)無(な)ければ重(かさ)ねて其(そ)の罪(つみ)を加(くわ)えらる。行者(ぎょうじゃ)玉帝(ぎょくてい)の此(こ)の如(ごと)く発放(はっぽう=処置)するを見(み)て、心中(しんちゅう)に歓喜(かんき)し、朝(ちょう)に向(むか)って個(ひとつ)の大喏(だいじょ=丁寧な会釈)を唱(とな)え、又(また)衆神(しゅうしん)に向(むか)って道(い)えるには、
「列位(れっい=皆様)、起動(きどう=お世話になり)たり」
と。天師(てんし)笑(わら)って道(い)えるには、
「かの個(ひとり)の猴子(さるこ)は還(な)お是(こ)れ此(こ)の如(ごと)く村俗(そんぞく=野暮)なり、彼(かれ)に替(かわ)りて怪神(かいしん=妖神)を収(おさ)め了(おわ)りしも、也(また)倒(かえっ)て天恩(てんおん=天の恩)を謝(しゃ)せずして、却(かえっ)て就(すなわ)ち喏喏(じゃくじゃく=へいへい)として退(しりぞ)く」
と。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、
「只(た)だ彼(かれ)の事(こと)無(な)きを得(う)れば、天上(てんじょう)の清平(せいへい=平穏)なるを落得(らくとく=得)するは是(こ)れ幸(さいわい)なり」
と。
かの大聖(たいせい)祥光(しょうこう)を按落(あんらく=降ろ)し、径(ただち)に碗子山(わんしさん)波月洞(はげつどう)に転(てん=戻)じ、公主(こうしゅ)を尋(たず)ね出(いだ)し、かの思凡下界(しぼんげかい=凡を慕い下界に下りし)の妖(よう)を収(おさ)めしの言語(げんご=次第)を将(もっ)て正(まさ)に陳訴(ちんそ=申し述)べんとするに、ただ半空(はんくう)の中(うち)に八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)の厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるを聞(き)くには、
「師兄(しけい)よ、妖精(ようせい)有(あ)りて、幾個(いくつ)かの児(こ)を我(われ)らに留(とど)めて打(う)たしめよ」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「妖精(ようせい)は已(すで)に尽(ことごと)く絶(た)えたり」
と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、
「既(すで)に妖精(ようせい)を把(もっ)て打(う)ち絶(た)えしめなば、何(なん)の掛礙(けがい=懸念)も無(な)し、公主(こうしゅ)を将(もっ)て朝中(ちょうちゅう)に引(ひ)き入(い)れ往(ゆ)かしめん。目(め)を睜(みは=開)くること莫(なか)れ、兄弟(きょうだい)ら個(ひとつ)の縮地法(しゅくちほう=地を縮める法)を使(つか)わん」
と。かの公主(こうしゅ)ただ耳(みみ)の内(うち)に風(かぜ)の響(ひび)くを聞(き)き得(え)るのみにして、霎時間(しょうじかん=瞬く間)に径(ただち)に城里(じょうり)に回(かえ)り着(つ)く。彼(かれ)ら三人(さんにん)公主(こうしゅ)を帯(たい=伴)えて金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に上(のぼ)らしむれば、かの公主(こうしゅ)父王(ぶおう)と母后(ぼごう)とに参拝(さんぱい=拝謁)し、姉妹(しまい)に会(かい)し、各官(かくかん=諸官)倶(とも)に来(きた)りて拝見(はいけん=拝謁)す。かの公主(こうしゅ)才(はじ)めて啓奏(けいそう=奏上)して道(い)えるには、
「多(おお)く孫長老(そんちょうろう)が法力(ほうりき)の無辺(むへん)に虧(よ)りて、黄袍怪(こうほうかい)を降(くだ)し、奴(われ)を救(すく)いて国(くに)に回(かえ)らしめられましたり」
と。かの国王(こくおう)問(と)うて曰(いわ)く、
「黄袍(こうほう)は是(こ)れ個(ひとつ)の何(なん)の怪(かい)ぞ?」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「陛下(へいか)が駙馬(ふば=娘婿)は、是(こ)れ上界(じょうかい)の奎星(けいせい)なり、令嬢(れいじょう=御息女)は乃(すなわ)ち香(こう)を侍(じ)するの玉女(ぎょくじょ)なるが、因(よ)りて凡(ぼん)を思(おも)いて人間(にんげん)に降落(こうらく)せしは、小可(しょうか=些細)に非(あら)ざるなり、皆(みな)前世前縁(ぜんせぜんえん)の因(よ)りて、該(まさ)に此(こ)れらの姻眷(いんけん=姻戚)の有(あ)るべきなり。かの怪(かい)は老孫(ろうそん)に天宮(てんぐう)に上(のぼ)り玉帝(ぎょくてい)に啓奏(けいそう)せられ、玉帝(ぎょくてい)彼(かれ)が四卯(しぼう)到(いた)らざるを査(しら)べ得(え)られ、下界(げかい)に十三日(じゅうさんにち)なるを、就(すなわ)ち是(こ)れ十三年(じゅうさんねん)なり、蓋(けだ)し天上(てんじょう)の一日(いちじつ)は、下界(げかい)の一年(いちねん)なり。随(したが)いて本部(ほんぶ)が星宿(せいしゅく)を差(つか)わして、彼(かれ)を上界(じょうかい)に収(おさ)めしめ、兜率宮(とそつきゅう)に貶(へん)じて功(こう)を立(た)てしめに去(ゆ)かしめ訖(おわ)んぬ、老孫(ろうそん)却(かえっ)て令嬢(れいじょう)を救(すく)い得(え)て来(きた)れるなり」
と。かの国王(こくおう)行者(ぎょうじゃ)が恩徳(おんとく)を謝(しゃ)し了(おわ)り、便(すなわ)ち教(おし)えて、
「汝(なんじ)が師父(しふ)を看(み)に去(ゆ)き来(きた)れ」
と。彼(かれ)ら三人(さんにん)径(ただち)に宝殿(ほうでん)を下(お)り、衆官(しゅうかん)と朝房(ちょうぼう)の裡(うち)に到(いた)り、鉄籠(てつろう=鉄の檻)を抬(か)き出(いだ)し、仮(かり)の虎(とら)が鉄索(てっさく=鉄の鎖)を解(と)く。人(ひと)は彼(かれ)を看(み)て是(こ)れ虎(とら)なれども、独(ひと)り行者(ぎょうじゃ)は彼(かれ)を看(み)て是(こ)れ人(ひと)なり。原(もと)かの師父(しふ)は妖術(ようじゅつ)に魇(おさ=魔)せられ着(つ)けて、行走(あるき)すること能(あた)わず、心(こころ)の上(うえ)は明(あき)らかなるも、ただ口(くち)と眼(め)と開(ひら)き難(がた)し。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、
「師父(しふ)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ個(ひとり)の好(よ)き和尚(おしょう)なるに、何(なん)とて此(こ)の般(ごと)き個(ひとつ)の悪(あ)しき容姿(ようし=姿)を弄(ろう=こしら)え出(いだ)し来(きた)れるなる? 汝(なんじ)我(われ)の凶(きょう)を行(おこな)い悪(あく)を做(な)すを怪(あやし)み、我(われ)を赶(お)い回(かえ)さしめ、汝(なんじ)要(よう)するに心(こころ)を一(ひとつ)にして善(ぜん)に向(むか)わんとせしに、何(なん)とて一旦(いったん)此(こ)の如(ごと)き個(ひとつ)の嘴臉(しれん=面つき)を弄(ろう)え出(いだ)し来(きた)れる?」
と。八戒(はっかい)道(い)えるには、
「哥(あにき)や、彼(かれ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え、ただ管(ひたすら)に揭挑(けいちょう=粗探し)するのみなること莫(なか)れ已(おわ)れ」
と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、
「汝(なんじ)万事(ばんじ)を攛唆(そんだつ=唆)して、是(こ)れ彼(かれ)が個(ひとり)の得意(とくい)の好(よ)き徒弟(とてい)なり、汝(なんじ)彼(かれ)を救(すく)わずして、又(また)老孫(ろうそん)を尋(たず)ぬるは怎(いか)にする? 原(もと)汝(なんじ)と説(と)き来(きた)れるには、妖精(ようせい)を降(くだ)し、我(われ)を罵(ののし)りしの仇(あだ)を報(ほう)ずるを待(ま)ちて、就(すなわ)ち回(かえ)り往(ゆ)かんと」
と。沙僧(しゃそう)近(ちか)く前(まえ)に寄(よ)りて跪(ひざまず)き下(おろ)して道(い)えるには、
「哥(あにき)や、古人(こじん)云(いわ)く、僧(そう)の面(おもて)を看(み)ずんば仏(ほとけ)の面(おもて)を看(み)よと。兄長(けいちょう)既(すで)に是(こ)れ此(こ)の処(ところ)に到(いた)りなば、万望(まんぼう=切に願わく)ば彼(かれ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え。もしは我(われ)らの能(よ)く救(すく)うを得(う)るならば、也(また)敢(あえ)て許(あま)りに遠(とお)く来(きた)りて汝(なんじ)を奉請(ほうせい=お招き)せざるなり」
と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を用(もち)いて挽(たす)け起(おこ)して道(い)えるには、
「我(われ)豈(あ)に心(こころ)を安(やす)んじて救(すく)わざるの理(り)有(あ)らんや? 快(はや)く水(みず)を取(と)り来(きた)れ」
と。かの八戒(はっかい)星(ほし)を飛(と)ばすが如(ごと)く駅中(えきちゅう)に去(ゆ)き、行李(こうり)と馬匹(ばひつ)とを取(と)り、紫金鉢盂(しきんはつう=紫金の鉢)を将(もっ)て取出(とりいだ)し、水(みず)を半盂(はんう=半杯)に盛(も)り、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた=手渡)す。行者(ぎょうじゃ)水(みず)を手(て)に接(うけ)取(と)り、真言(しんごん=真の言葉)を念(ねん)じ動(どう)かし、かの虎(とら)に望(むか)いて頭(こうべ)を劈(つんざ)いて一口(ひとくち)噴(ふ)き上(あ)げれば、妖術(ようじゅつ)を退(しりぞ)け、虎気(こき=虎の気)を解(と)きたり。長老(ちょうろう)原身(げんしん=本来の体)を現(あらわ)し、性(せい)を定(さだ)め睛(ひとみ)を睜(みは)りて、才(はじ)めて是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)なるを認(みと)め得(え)て、一把(いっぱ)に攙(たす)け住(とど)めて道(い)えるには、
「悟空(ごくう)! 汝(なんじ)何処(いずこ)よりか来(きた)れる?」
と。沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に侍立(じりつ=かしこまり立)ちて、かの行者(ぎょうじゃ)を請(しょう)じて妖精(ようせい)を降(くだ)し、公主(こうしゅ)を救(すく)い、虎気(こき)を解(と)き、并(ならび)に回朝(かいちょう=朝廷に帰)の上項(じょうこう=以上の)の事(こと)を、備(つぶさ)に一(ひとつ)陳(の=述)べ了(おわ)る。三蔵(さんぞう)之(これ)を謝(しゃ)して尽(つく)さずして道(い)えるには、
「賢徒(けんと=賢き弟子)よ、汝(なんじ)に虧(よ)れり! 汝(なんじ)に虧(よ)れり! 此(こ)の一去(いっきょ)に、早(はや)く西方(さいほう)に詣(いた)り、径(ただち)に東土(とうど)に回(かえ)り、唐王(とうおう)に奏(そう)ぜんに、汝(なんじ)が功労(こうろう)は第一(だいいち)ならん」
と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、
「説(と)く莫(なか)れ説(と)く莫(なか)れ! ただかの話(はなし)の児(こ)を念(ねん)ぜざれば、愛厚(あいこう=ご厚情)の情(じょう)を感(かん)ずるに足(た)れるのみ」
と。国王(こくおう)此(こ)の言(こと)を聞(き)き、又(また)彼(かれ)ら四衆(ししゅう=四人)を勧(すす)めて謝(しゃ)し、素筵(そえん=精進の宴)を整治(せいち=設)け、東閣(とうかく=東の館)を大(おお)いに開(ひら)く。彼(かれ)ら師徒(しと)皇恩(こうおん=王の恩)を受(う)け、王(おう)に辞(じ=暇乞い)して西(にし)に去(ゆ)けば、国王(こくおう)又(また)多官(たかん)を率(ひき)いて遠(とお)く送(おく)る。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ:
君(きみ)は宝殿(ほうでん)に回(かえ)りて江山(こうざん=国)を定(さだ)め、
僧(そう)は雷音(らいおん)に去(ゆ)きて仏祖(ぶっそ)に参(まい)る。
畢竟(ひっきょう=結局)此(こ)の後(のち)又(また)何(なん)の事(こと)の有(あ)り、何時(いつ)か西天(さいてん)に到(いた)り得(う)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説明)を聴(き)け。