ホーム > 西遊記 > Dai38

038 第三十八回 嬰児(えいじ)母(はは)に問(と)うて邪正(じゃしょう)を知(し)り 金木(きんもく)玄(げん)に参(さん)じて仮真(かしん)を見(み)る

君(きみ)に逢(あ)わば只(た)だ受生(じゅしょう)の因(いん)を説(と)かん、すなわち如来(にょらい)会(え)上(じょう)の人(ひと)と作(な)らん。
一念(いちねん)静(しず)かに観(かん)ずれば塵世(じんせい)の仏(ほとけ)、十方(じっぽう)同(とも)に看(み)る威神(いじん)の降(くだ)るを。
今日(こんにち)の真(しん)の明主(めいしゅ)を知(し)らんと欲(ほっ)すれば、須(すべから)く当年(とうねん)の嫡母(ちゃくぼ)の身(み)に問(と)うべし。
別(べつ)に世間(せけん)の曾(かつ)て未(いま)だ見(み)ざる有(あ)り、一行(いっこう)一步一步(いっぽ)一花(いっか)新(あら)たなり。

却(かえっ)て説(と)く、那(か)の烏鶏国(うけいこく)の王太子(おうたいし)、大聖(たいせい)と別(わか)れしより、多(おお)くの時(とき)ならずして城中(じょうちゅう)に回(かえ)り至(いた)る。果(はた)して朝門(ちょうもん)に奔(はし)らず、敢(あえ)て報(ほう)じて宣詔(せんしょう)を伝(つた)えず、径(ただ)ちに後宰門(こうさいもん)の首(ほとり)に至(いた)れば、幾箇(いくつ)かの太監(たいかん)の彼処(かしこ)に在(あ)って守(まも)る有(あ)り。太子(たいし)の来(きた)るを見(み)て、敢(あえ)て阻滞(そたい=引き止め)せず、彼(かれ)をして進(い)り去(さ)らしむ。

好(よ)き太子(たいし)かな、馬(うま)を一(ひと)つ夾(きょう=挟)み、撞(つ)き入(い)って裏面(うち)に至(いた)り、忽(たちま)ち錦香亭(きんこうてい)の下(した)に至(いた)る。只(た)だ見(み)れば那(か)の正宮(せいきゅう)の娘娘(にゃんにゃん)錦香亭(きんこうてい)の上(うえ)に坐(ざ)し、両辺(りょうべん)に数十箇(すうじっこ)の嬪妃(ひんひ)の扇(おうぎ)を掌(と)る有(あ)り、那(か)の娘娘(にゃんにゃん)彫欄(ちょうらん=彫りの欄干)に倚(よ)りて児(じ)と流涙(りゅうるい)する哩(のみ)。

你(なんじ)道(い)う、他(かれ)の涙(なみだ)を流(なが)すは怎(いか)にするかと? 原(もと)来(もと)他(かれ)四更(しこう)の時(とき)にも亦(ま)た一(ひとつ)の夢(ゆめ)を作(な)し、一半(いっぱん)を記(き)し得(え)、一半(いっぱん)を含糊(あいまい)にし、沉沉(ちんちん=深く)として思想(しそう)す。

這(こ)の太子(たいし)馬(うま)を下(お)り、亭下(ていか)に跪(ひざまず)き、叫(よ)んで道(いわ)く、「母親(はは)!」 那(か)の娘娘(にゃんにゃん)強(し)いて歓容(かんよう=喜びの顔)を整(ととの)え、声(こえ)を叫(あ)げて「孩児(がいじ)、喜(よろこ)ばしき哉(かな)! 喜(よろこ)ばしき哉(かな)! 這(こ)の二三年(にさんねん)前殿(ぜんでん)に在(あ)って你(なんじ)が父王(ぶおう)と講(こう)を開(ひら)き、相見(あいまみ)るを得(え)ず、我(われ)甚(はなは)だ思量(しりょう=思い)す。今日(こんにち)如何(いかん)して暇(いとま)を得(え)て我(われ)を看(み)に来(きた)る一面(いちめん)か? 誠(まこと)に万千(ばんせん)の喜(よろこ)び! 誠(まこと)に万千(ばんせん)の喜(よろこ)び! 孩児(がいじ)、你(なんじ)怎(なん)ぞ声音(こえ)の悲惨(ひさん)なるか? 你(なんじ)が父王(ぶおう)年紀(とし)高邁(こうまい)にして、一日(いちじつ)の竜(りゅう)碧海(へきかい)に帰(かえ)り、鳳(ほう)丹霄(たんしょう)に返(かえ)る有(あ)らば、你(なんじ)すなわち帝位(ていい)を伝(つた)えん、還(ま)た甚(なん)の悦(よろこ)ばざる有(あ)らんや?」

太子(たいし)叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「母親(はは)、我(われ)你(なんじ)に問(と)わん:位(くらい)に即(つ)き竜(りゅう)に登(のぼ)るは是(こ)れ那箇(だれ)ぞ? 孤(こ)と称(しょう)し寡(か)と道(い)うは果(はた)して何人(なんびと)ぞ?」

娘娘(にゃんにゃん)言(こと)を聞(き)いて道(いわ)く、「這(こ)の孩児(がいじ)風(ふう=狂気)を発(はっ)したり! 皇帝(こうてい)を作(な)すは是(こ)れ你(なんじ)が父王(ぶおう)なるに、你(なんじ)問(と)うて怎(いか)にせんとするか?」

太子(たいし)叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「万(よろず)に望(のぞ)む、母親(はは)子(こ)を敕(ゆる=許)して罪(つみ)無(な)からしめよ。敢(あえ)て問(と)わん;敕(ゆる)さずんば、敢(あえ)て問(と)わじ。」

娘娘(にゃんにゃん)道(いわ)く、「子母(しぼ=母子)の家(いえ)に何(なん)の罪(つみ)有(あ)らん? 敕(ゆる)さん、敕(ゆる)さん、快(すみ)やかに快(すみ)やかに説(と)き来(きた)れ。」

太子(たいし)道(いわ)く、「母親(はは)、我(われ)你(なんじ)に問(と)わん、三年前(さんねんまえ)夫妻宮裏(ふさいきゅうり)の事(こと)と後(のち)三年(さんねん)の恩愛(おんあい)と同(おな)じきか否(いな)か、如何(いかん)?」

娘娘(にゃんにゃん)説(と)くを見(み)て、魂(たましい)飄(ひょう=漂)い魄(はく)散(さん)じ、急(いそ)ぎ亭(てい)を下(お)り抱(いだ)き起(おこ)し、緊(かた)く懐(ふところ)に摟(いだ)き、眼(め)の中(うち)に涙(なみだ)を滴(したた)らして道(いわ)く、「孩児(がいじ)! 我(われ)你(なんじ)と久(ひさ)しく相見(あいまみ)ざりしに、怎(なん)ぞ今日(こんにち)宮(きゅう)に来(きた)りて此(これ)を問(と)うか?」

太子(たいし)怒(いか)りを発(はっ)して道(いわ)く、「母親(はは)話(ことば)有(あ)らば早(はや)く説(と)け、説(と)かざる時(とき)は、且(しばら)く大事(だいじ)を誤(あやま)らんとす。」

娘娘(にゃんにゃん)才(ようや)く左右(さゆう)を喝退(かったい=叱り退け)し、涙眼(るいがん)に声(こえ)を低(ひく)くして道(いわ)く、「這(こ)の樁(くだり)の事(こと)、孩児(がいじ)問(と)わずんば、我(われ)九泉(きゅうせん)の下(した)に到(いた)るも、亦(ま)た明白(めいはく)を得(え)じ。既(すで)に問(と)う時(とき)は、我(われ)が説(と)くを聴(き)け:

三載(さんさい)の前(まえ)は温(あたた)かに又(ま)た暖(あたた)かなり、三年(さんねん)の後(のち)は冷(つめた)きこと冰(こおり)の如(ごと)し。
枕辺(まくらべ)に切切(せつせつ=しきり)として言(ことば)を将(もっ)て問(と)えば、他(かれ)説(いわ)く、老邁(ろうまい)身(み)衰(おとろ)えて事(こと)興(おこ)らずと!」

太子(たいし)言(こと)を聞(き)いて、手(て)を撒(はな)ち身(み)を脱(のが)れ、鞍(くら)に攀(よ)じ登(のぼ)って馬(うま)に上(のぼ)る。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)一把(ひとつか)みに扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、「孩児(がいじ)、你(なんじ)甚(なん)の事(こと)有(あ)りてか、話(ことば)終(おわ)らずしてすなわち走(はし)るか?」

太子(たいし)面前(めんぜん)に跪(ひざまず)きて道(いわ)く、「母親(はは)、敢(あえ)て説(い)わず! 今日(こんにち)早朝(そうちょう)、欽差(きんさ=勅命)を蒙(こうむ)り、鷹(たか)を架(か)け犬(いぬ)を逐(お)って、城(しろ)を出(い)でて打猟(かり)し、偶(たまた)ま東土(とうど)より駕(が)し来(きた)れる箇(ひとつ)の取経(しゅきょう)の聖僧(しょうそう)に遇(あ)えり。大徒弟(だいとてい)有(あ)って乃(すなわ)ち孫行者(そんぎょうじゃ)、極(きわ)めて善(よ)く妖(よう)を降(くだ)す。原(もと)来(もと)我(われ)が父王(ぶおう)は御花園(ごかえん)の八角琉璃井(はっかくるりのい)の内(うち)に死(し)し、這(こ)の全真(ぜんしん)仮(かり)に父王(ぶおう)に変(へん)じて、竜位(りゅうい)を侵(おか)せり。今夜(こんや)三更(さんこう)、父王(ぶおう)夢(ゆめ)に托(たく)し、他(かれ)を請(こ)うて城(しろ)に到(いた)り怪(あやかし)を捉(とら)えんとす。孩児(がいじ)敢(あえ)て尽(ことごと)くは信(しん)ぜず、特(こと)に来(きた)って母(はは)に問(と)う。母親(はは)才(ようや)く這(こ)の等(ごと)き言語(ことば)を説(と)き出(いだ)せり、必(かなら)ず是(こ)れ箇(ひとつ)の妖精(ようせい)ならん。」

那(か)の娘娘(にゃんにゃん)道(いわ)く、「児(こ)や、外人(がいじん)の言(ことば)、你(なんじ)怎(なん)ぞすなわち信(しん)じて実(じつ)と為(な)すか?」

太子(たいし)道(いわ)く、「児(こ)還(ま)た敢(あえ)て実(じつ)と認(みと)めず、父王(ぶおう)表記(ひょうき=証拠の品)を遺(のこ)して他(かれ)に与(あた)えり。」

娘娘(にゃんにゃん)問(と)うて是(こ)れ何物(なにもの)ぞと、太子(たいし)袖中(しゅうちゅう)より那(か)の金廂白玉圭(きんしょうはくぎょくけい)を取(と)り出(いだ)し、娘娘(にゃんにゃん)に遞(わた)す。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)認(みと)め得(え)て是(こ)れ当時(とうじ)国王(こくおう)の宝(たから)なるを、止(とど)むるを得(え)ず涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)く、声(こえ)を叫(あ)げて道(いわ)く、「主公(しゅこう)! 你(なんじ)怎(なん)ぞ三年(さんねん)死(し)し去(さ)りて、来(きた)りて我(われ)を見(み)ず、却(かえっ)て先(ま)ず聖僧(しょうそう)に見(まみ)え、後(のち)に来(きた)りて我(われ)を見(み)るか?」

太子(たいし)道(いわ)く、「母親(はは)、這(こ)の話(ことば)は是(こ)れ怎(いか)に説(と)くか?」

娘娘(にゃんにゃん)道(いわ)く、「児(こ)や、我(われ)四更(しこう)の時分(じぶん)に、亦(ま)た一(ひとつ)の夢(ゆめ)を作(な)し、夢(ゆめ)に你(なんじ)が父王(ぶおう)の水(みず)淋淋(りんりん=びしょ濡れ)として、我(われ)が跟前(まえ)に立(た)ちて、親(みずか)ら他(かれ)が死(し)せると説(い)い、鬼魂(きこん)児(じ)唐僧(とうぞう)を拜請(はいせい)して仮(かり)の皇帝(こうてい)を降(くだ)し、他(かれ)が前身(ぜんしん)を救(すく)わんとすと。記(き)するは便(すなわ)ち是(こ)の等(ごと)き言語(ことば)と記(き)し得(え)るも、只(た)だ一半児(いっぱん)分明(ぶんめい)を得(え)ず、正(まさ)に這(こ)の処(ところ)に在(あ)って狐疑(こぎ=疑い)す。怎(なん)ぞ知(し)らん今日(こんにち)你(なんじ)又(ま)た来(きた)りて這(こ)の話(ことば)を説(と)き、又(ま)た宝貝(ほうべい)を将(もっ)て拿(と)り出(いだ)さんとは。我(われ)且(しばら)く収(おさ)め下(おろ)さん、你(なんじ)且(しばら)く去(ゆ)きて那(か)の聖僧(しょうそう)を請(こ)うて急急(きゅうきゅう)に之(これ)を為(な)せ。果(はた)して妖氛(ようふん=妖気)を掃蕩(そうとう)し、邪正(じゃしょう)を辨明(べんめい)せば、庶(こいねがわ)くは你(なんじ)が父王(ぶおう)の養育(よういく)の恩(おん)を報(ほう)ぜん也(なり)。」

太子(たいし)急忙(きゅうぼう)に馬(うま)に上(のぼ)り、後宰門(こうさいもん)を出(い)で、城池(じょうち)を逃(に)げ離(はな)れ、真箇(まこと)に是(こ)れ涙(なみだ)を噙(ふく)み頭(こうべ)を叩(たた)いて国母(こくぼ)に辞(じ)し、悲(かなし)みを含(ふく)み首(こうべ)を頓(とん)して唐僧(とうぞう)に復(ふく)す。多(おお)くの時(とき)ならずして、城門(じょうもん)を出(い)で、径(ただ)ちに宝林寺(ほうりんじ)の山門(さんもん)の前(まえ)に至(いた)りて馬(うま)を下(お)りる。

衆(しゅう)の軍士(ぐんし)太子(たいし)を接(むか)え、又(ま)た紅輪(こうりん=夕日)将(まさ)に墜(お)ちんとするを見(み)る。太子(たいし)令(れい)を伝(つた)えて、軍士(ぐんし)の乱(みだ)りに動(うご)くを許(ゆる)さず、他(かれ)又(ま)た独(ひと)り箇(ひとつ)山門(さんもん)に入(い)り、衣冠(いかん)を整束(せいそく=整え)し、拝(はい)して行者(ぎょうじゃ)を請(こ)う。

只(た)だ見(み)れば那(か)の猴王(こうおう)正殿(せいでん)より揺揺擺擺(ようようはいはい=ゆらゆら)として走(はし)り来(きた)る、那(か)の太子(たいし)双膝(そうしつ=両膝)を跪(ひざまず)き下(おろ)して道(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり。」

行者(ぎょうじゃ)上前(すす)みて攙(たす)け住(とど)めて道(いわ)く、「請(こう)じ起(お)きよ、你(なんじ)城中(じょうちゅう)に到(いた)りて、曾(かつ)て誰(たれ)に問(と)えるかいな?」

太子(たいし)道(いわ)く、「母親(はは)に問(と)えり。」 前言(ぜんげん)を将(もっ)て尽(ことごと)く説(と)き一遍(いっぺん)せり。

行者(ぎょうじゃ)微(かす)かに笑(わら)って道(いわ)く、「若是(も)し那(か)の般(ごと)き冷(つめた)きならば、想(おも)うに是(こ)れ箇(ひとつ)の甚(なん)の冰冷(ひれい=冷たい)なる東西(もの)の変(へん)じたるならん。不打緊(たいしたことなし)! 不打緊(たいしたことなし)! 我(われ)が老孫(ろうそん)の你(なんじ)が与(ため)に掃蕩(そうとう)するを待(ま)て。却(かえっ)て只(た)だ是(こ)れ今日(こんにち)晩(おそ)し、好(よ)く事(こと)を行(おこ)なうに不便(ふべん)なり。你(なんじ)先(ま)ず回(かえ)り去(さ)れ、明早(みょうそう=明朝)の我(われ)が来(きた)るを待(ま)て。」

太子(たいし)地(ち)に跪(ひざまず)き叩拝(こうはい)して道(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)只(た)だ此(ここ)に在(あ)って伺候(しこう=お仕え)し、明日(みょうにち)に到(いた)って師父(しふ)と一路(いちろ=道連れ)に去(ゆ)かんのみ。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「不好(よろしからず)! 不好(よろしからず)! 若是(も)し你(なんじ)と一同(いちどう)に城(しろ)に入(い)らば、那(か)の怪物(かいぶつ)疑(うたが)いを生(しょう)じ、我(われ)が撞(ぶつか)り遇(あ)えると説(い)わず、却(かえっ)て你(なんじ)が老孫(ろうそん)を請(こ)うたと説(い)わば、却(かえっ)て他(かれ)をして反(かえっ)て你(なんじ)を怪(あやし)ましむるならずや?」

太子(たいし)道(いわ)く、「我(われ)如今(いま)城(しろ)に入(い)らば、他(かれ)も亦(ま)た我(われ)を怪(あやし)まん。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「怪(あやし)んで你(なんじ)を怎(いか)にせんとするか?」

太子(たいし)道(いわ)く、「我(われ)早朝(そうちょう)より差(さし)を蒙(こうむ)り、若干(じゃっかん=幾ばくか)の人馬(じんば)・鷹犬(おうけん)を率(ひき)いて城(しろ)を出(い)でしが、今(いま)一日(いちじつ)更(さら)に一件(いっけん)の野物(やぶつ=獲物)無(な)し、怎(いか)にして駕(が)に見(まみ)えん? 若(も)し我(われ)に箇(ひとつ)の不才(ふさい=無能)の罪(つみ)を問(と)わば、羑里(ゆうり)に監(かん)し陷(おとしい)れん、你(なんじ)明日(みょうにち)城(しろ)に入(い)るも、却(かえっ)て何(なに)を将(もっ)て倚(よ)らんとす? 況(いわ)んや那(か)の班部(はんぶ)の中(うち)に更(さら)に箇(ひとつ)の相知(そうち=知人)の人(ひと)も無(な)きに。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)れ甚(なん)の打緊(たいしたこと)あらん! 你(なんじ)肯(あえ)て早(はや)く説(と)ける時(とき)は、却(かえっ)て尋(たず)ね下(おろ)さずして你(なんじ)を待(ま)たんや?」

好(よ)き大聖(たいせい)かな! 你(なんじ)看(み)よ、他(かれ)すなわち太子(たいし)の面前(めんぜん)に在(あ)って、箇(ひとつ)の手段(しゅだん)を顕(あらわ)し、身(み)を将(もっ)て一(ひと)つ縦(はな)ち、雲端(うんたん)の裏(うち)に跳(と)び在(あ)り、訣(けつ)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)の「唵藍浄法界(おんらんじょうほっかい)」の真言(しんごん)を念(とな)えば、拘(とら)え得(え)たる那(か)の山神(さんじん)・土地(どじ)半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)って施礼(せいれい)して道(いわ)く、「大聖(たいせい)、小神(しょうじん)を呼喚(こかん)す、何(なん)の使令(しれい=お召し)有(あ)るか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老孫(ろうそん)唐僧(とうぞう)を保護(ほご)して此(ここ)に到(いた)り、邪魔(じゃま)を拿(とら)えんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん那(か)の太子(たいし)打猟(かり)して物(もの)無(な)く、敢(あえ)て朝(ちょう)に回(かえ)らず。汝等(なんじら)に箇(ひとつ)の人情(にんじょう=恩義)を討(もと)めん、快(すみ)やかに将(もっ)て獐(のろ)・鹿(しか)・兔(うさぎ)、走獣(そうじゅう)・飛禽(ひきん)、各(おのおの)些(いくら)か尋(たず)ね来(きた)りて、他(かれ)を打発(ほうむけ=帰し)せよ。」

山神(さんじん)・土地(どじ)言(こと)を聞(き)いて、敢(あえ)て命(めい)を承(うけたまわ)らざらんや? 又(ま)た各(おのおの)幾何(いくばく)を要(よう)すると問(と)う。大聖(たいせい)道(いわ)く、「多少(たしょう)に拘(こだわ)らず、些(いくら)か取(と)り来(きた)らば便(すなわ)ち罷(や)めん。」

那(か)の各神(かくしん)すなわち本処(ほんしょ)の陰兵(いんぺい)を着(つ)けて、一陣(いちじん)の聚獣陰風(しゅうじゅういんぷう=獣を集める陰風)を刮(おこ)し、些(いくら)かの野鶏(やけい=野鳥)・山雉(やまきじ)、角鹿(つのしか=角ある鹿)・肥獐(ひのろ=肥えたのろ)、狐(きつね)・獾(あなぐま)・狢(むじな)・兔(うさぎ)、虎(とら)・豹(ひょう)・狼(おおかみ)・虫(けもの)を捉(とら)え、共(あわ)せて百千余隻(ひゃくせんよせき)有(あ)り、行者(ぎょうじゃ)に献(けん)ず。

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老孫(ろうそん)要(い)らず、你(なんじ)可(べ)し他(かれ)らを把(もっ)て都(みな)筋(すじ)を捻就(ねんじゅう=よりかけ)て、単(た)だ那(か)の四十里(しじゅうり)の路(みち)の上(うえ)両旁(りょうぼう=両側)に擺(なら)べ在(お)き、那(か)の人(ひと)らを教(おし)えて鷹犬(おうけん)を縦(はな)たずして、拿(と)り回(かえ)って城(しろ)に去(ゆ)かしめ、汝等(なんじら)の功(こう)と算(さん)ぜよ。」

衆神(しゅうしん)言(こと)に依(よ)り、陰風(いんぷう)を散(さん)じ、左右(さゆう)に擺(なら)べ在(お)く。行者(ぎょうじゃ)才(ようや)く雲頭(うんとう)を按(おさ)え、太子(たいし)に対(たい)して道(いわ)く、「殿下(でんか)、請(こう)じ回(かえ)れ、路(みち)の上(うえ)已(すで)に物(もの)有(あ)り、你(なんじ)自(みずか)ら収(おさ)め去(ゆ)け。」

太子(たいし)他(かれ)が半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)って此(こ)の神通(じんつう)を弄(ろう)するを見(み)て、如何(いかん)ぞ信(しん)ぜざらん、只(た)だ得(え)て頭(こうべ)を叩(たた)き拝別(はいべつ)し、山門(さんもん)を出(い)でて令(れい)を伝(つた)え、軍士(ぐんし)らを教(おし)えて城(しろ)に回(かえ)らしむ。

只(た)だ見(み)れば那(か)の路旁(みちばた)果(はた)して無限(むげん)の野物(やぶつ)有(あ)り、軍士(ぐんし)ら鷹犬(おうけん)を放(はな)たず、一箇箇(ひとりひとり)俱(とも)に手(て)を着(つ)けて擒捉(きんどく=捕まえ)し喝采(かっさい)し、俱(とも)に道(いわ)く是(こ)れ千歳殿下(せんざいでんか)の洪福(こうふく=大いなる幸い)なりと、怎(なん)ぞ知(し)らん是(こ)れ老孫(ろうそん)の神功(しんこう)なるを?

你(なんじ)聴(き)け、凱歌(がいか)の声(こえ)唱(うた)いて、一(ひと)つに擁(かこ)んで城(しろ)に回(かえ)る。

這(こ)の行者(ぎょうじゃ)三蔵(さんぞう)を保護(ほご)し、那(か)の本寺(ほんじ)の中(うち)の和尚(おしょう)ら、彼(かれ)らと太子(たいし)の這(こ)の様(よう)に綢繆(ちゅうびゅう=親密)なるを見(み)て、怎(なん)ぞ恭敬(きょうけい)せざらんや? 却(かえっ)て又(ま)た斎供(さいく=斎食)を安排(あんばい=整え)し、唐僧(とうぞう)を管待(かんたい=もてなし)し、依然(いぜん)として還(ま)た禅堂(ぜんどう)の裏(うち)に歇(やす)む。

一更(いっこう)の時分(じぶん)に近(ちか)づくに、行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)に事(こと)有(あ)り、急(いそ)ぎて睡(ねむ)り得(え)ず。他(かれ)一(ひと)つ轂轆(こくろく=ごろり)と爬(はい)き起(お)き、唐僧(とうぞう)の床(とこ)の前(まえ)に到(いた)りて叫(よ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)。」

此(こ)の時(とき)長老(ちょうろう)還(ま)た未(いま)だ睡(ねむ)らざる哩(なり)、他(かれ)行者(ぎょうじゃ)の会(よ)く失驚打怪(しっきょうだかい=驚かし騒ぐ)するを暁(さと)り、睡(ねむ)りを推(お)して応(こた)えず。

行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が光頭(こうとう=坊主頭)を摸(さぐ)り、乱(みだ)りに揺(ゆ)って道(いわ)く、「師父(しふ)、怎(なん)ぞ睡(ねむ)り了(おわ)れるか?」

唐僧(とうぞう)怒(いか)って道(いわ)く、「這(こ)の頑皮(がんぴ=いたずら者)! 這(こ)の早晚(こんな夜更け)に還(ま)た睡(ねむ)らず、吆喝(ようかつ=わめき)して甚(なん)とするか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、一(ひと)つの樁事(くだりのこと)有(あ)って你(なんじ)と計較(けいこう=相談)せん。」

長老(ちょうろう)道(いわ)く、「甚(なん)の事(こと)ぞ?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)日間(ひるま)那(か)の太子(たいし)と口(くち)を夸(ほこ)り、我(われ)が手段(しゅだん)の山(やま)より還(ま)た高(たか)く、海(うみ)より還(ま)た深(ふか)く、那(か)の妖精(ようせい)を拿(とら)えること囊(ふくろ)を探(さぐ)って物(もの)を取(と)るが般(ごと)く、手(て)を伸(の)べ去(さ)ってすなわち拿(とら)え将(もっ)て転(かえ)り来(きた)らんと説(い)えり。却(かえっ)て也(ま)た睡(ねむ)り得(え)ず、想起(おもいおこ)すれば、些(いくら)か難(むずか)しき哩(なり)。」

唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「你(なんじ)難(むずか)しと説(い)えば、便(すなわ)ち拿(とら)えずして罷(や)めよ。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「拿(とら)えるは還(ま)た是(こ)れ拿(とら)えんと要(ほっ)すれど、只(た)だ是(こ)れ理(り)の上(うえ)順(したが)わず。」

唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「這(こ)の猴頭(こうとう=猿め)乱(みだ)りに説(と)く! 妖精(ようせい)人君(じんくん)の位(くらい)を奪(うば)えるに、怎(なん)ぞ理(り)の上(うえ)順(したが)わずと做(な)すか!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)老人家(ろうじんか)只(た)だ経(きょう)を念(とな)え仏(ほとけ)を拜(おが)み、打坐(たざ)し参禅(さんぜん)することを知(し)るのみ、那(いず)れか曾(かつ)て那(か)の蕭何(しょうか)の律法(りっぽう)を見(み)し? 常言(じょうげん)に道(いわ)く、賊(ぞく)を拿(とら)えば贓(ぞう=盗品)を拿(とら)えよと。那(か)の怪物(かいぶつ)三年(さんねん)の皇帝(こうてい)を作(な)しながら、又(ま)た曾(かつ)て馬脚(ばきゃく=尻尾)を走(はし)らさず、風声(ふうせい=噂)を漏(も)らさず。他(かれ)は三宮妃后(さんきゅうひごう)と同(とも)に眠(ねむ)り、又(ま)た両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)と共(とも)に楽(たのし)む。我(われ)が老孫(ろうそん)本事(ほんじ)有(あ)って他(かれ)を拿(とら)え住(とど)むるも、亦(ま)た好(よ)く箇(ひとつ)の罪名(ざいみょう)を定(さだ)めがたし。」

唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「怎(いか)にして好(よ)く罪(つみ)を定(さだ)めがたきか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「他(かれ)は就(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひとつ)の嘴(くち)無(な)き葫蘆(ひさご=瓢箪)なるも、也(ま)た你(なんじ)と幾(いく)たびか滚(ころ)がり上(あが)らん。他(かれ)敢(あえ)て道(いわ)ん、我(われ)は是(こ)れ烏鶏国(うけいこく)の王(おう)なり、甚(なん)の天(てん)に逆(さから)う事(こと)有(あ)って、你(なんじ)来(きた)りて我(われ)を拿(とら)えるかと。何(なに)の執照(しょうしょう=証拠)を将(もっ)て他(かれ)と折辯(せつべん=言い争)わん?」

唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「凭(よ)って你(なんじ)怎(いか)に生(い)き裁処(さいしょ=裁き処置)するか?」

行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「老孫(ろうそん)の計(はかりごと)已(すで)に成(な)れり、只(た)だ是(こ)れ你(なんじ)老人家(ろうじんか)に干礙(かんげ=差し障り)して、些(いくら)か児(じ)の護短(こたん=庇うこと)有(あ)るのみ。」

唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「我(われ)怎(いか)にして護短(こたん)するか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「八戒(はっかい)生(うま)れ得(え)て夯(おろか)なるに、你(なんじ)些(いくら)か児(じ)他(かれ)に向(かたむ)くこと有(あ)り。」

唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「我(われ)怎(いか)にして他(かれ)に向(かたむ)くか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)若(も)し他(かれ)に向(かたむ)かずんば、且(しばら)く如今(いま)胆(きも)を把(もっ)て大(おお)いに些(すこ)し放(はな)ち、沙僧(しゃそう)と只(た)だ此(ここ)に在(あ)れ。老孫(ろうそん)と八戒(はっかい)の此(こ)の時(とき)に趁(つ)いて先(ま)ず那(か)の烏鶏国(うけいこく)の城中(じょうちゅう)に入(い)り、御花園(ごかえん)を尋(たず)ね著(あて)て、琉璃井(るりのい)を打(う)ち開(ひら)き、那(か)の皇帝(こうてい)の尸首(しかばね)を撈(すく)い将(もっ)て上(あ)げ来(きた)り、我(われ)らが包袱(ほうほう=包み)の裏(うち)に包(つつ)まんを待(ま)て。明日(みょうにち)城(しろ)に入(い)り、且(しばら)く甚(なん)の倒換文牒(とうかんぶんじょう=通行証の交換)を管(かま)わず、那(か)の怪(あやかし)に見(まみ)えば、棍子(こんす=棒)を掣(ひっさ)げてすなわち打(う)たん。他(かれ)但(た)だ言語(ことば)有(あ)らば、すなわち骨櫬(こっしん=遺骨)を将(もっ)て他(かれ)と看(み)せ、你(なんじ)が殺(ころ)せるは是(こ)れ這(こ)の人物(ひと)なりと説(い)え! 却(かえっ)て太子(たいし)を教(おし)えて上(のぼ)り来(きた)りて父(ちち)を哭(な)かしめ、皇后(こうごう)を出(いだ)して来(きた)りて夫(おっと)を認(みと)めしめ、文武(ぶんぶ)・多官(たかん)に主(あるじ)を見(み)しめ、我(われ)が老孫(ろうそん)兄弟(きょうだい)らと手(て)を動(うご)かさん。這(こ)れ才(ようや)く是(こ)れ対頭(あいて)有(あ)る官事(かんじ=訴訟)の好(よ)く打(う)てるなり。」

唐僧(とうぞう)言(こと)を聞(き)いて暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「只(た)だ怕(おそ)るるは八戒(はっかい)肯(あえ)て去(ゆ)かざらんことを。」

行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「如何(いかん)? 我(われ)你(なんじ)が護短(こたん)すると説(い)えば、你(なんじ)怎(なん)ぞすなわち他(かれ)の肯(あえ)て去(ゆ)かざるを知(し)るか? 你(なんじ)只(た)だ我(われ)が你(なんじ)を叫(よ)ぶ時(とき)の応(こた)えざるが象(ごと)く、半箇時辰(はんこじしん=一時辰の半ば)に便(すなわ)ち了(おわ)らん! 我(われ)が這(こ)の去(ゆ)くは、但(た)だ三寸(さんずん)の爛(ただ)れざる舌(した)に凭(よ)り、説(と)くに猪八戒(ちょはっかい)は莫(な)し、就(すなわ)ち是(こ)れ猪九戒(ちょきゅうかい)なるも、也(ま)た本事(ほんじ)有(あ)って他(かれ)を教(おし)えて我(われ)に跟(したが)いて走(はし)らしめん。」

唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「也(ま)た罷(よ)かろう、你(なんじ)の去(ゆ)きて他(かれ)を叫(よ)ぶに随(したが)え。」

行者(ぎょうじゃ)師父(しふ)を離(はな)れ、径(ただ)ちに八戒(はっかい)の床(とこ)の辺(ほとり)に到(いた)り、叫(よ)んで道(いわ)く、「八戒(はっかい)! 八戒(はっかい)!」

那(か)の呆子(ほうけ=間の抜けた者)は是(こ)れ路(みち)を走(はし)りし辛苦(しんく)の人(ひと)、頭(かしら)を投(な)げ倒(たお)して只(た)だ情(ひたすら)に呼(いき)を打(う)ち、那(いず)れか叫(よ)び得(え)て醒(さ)めん?

行者(ぎょうじゃ)耳(みみ)を揪(つか)み、鬃(たてがみ)を抓(つか)み、他(かれ)を一(ひと)つ拉(ひ)き、拉(ひ)き起(おこ)して、声(こえ)を叫(あ)げて「八戒(はっかい)」と。那(か)の呆子(ほうけ)還(ま)た棱掙(りょうそう=ぼんやり)を打(う)ち、行者(ぎょうじゃ)又(ま)た一声(ひとこえ)叫(よ)べば、呆子(ほうけ)道(いわ)く、「睡(ね)れよ、莫(な)かれ頑(たわむ)れ! 明日(みょうにち)路(みち)を走(はし)らんと要(ほっ)する哩(ぞ)!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「是(こ)れ頑(たわむれ)に非(あら)ず、一(ひと)つの樁(くだり)の買売(ばいばい=商売)有(あ)って、我(われ)你(なんじ)と做(な)し去(ゆ)かん。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「甚(なん)の買売(ばいばい)ぞ?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)曾(かつ)て那(か)の太子(たいし)の説(と)けるを聴(き)き得(え)たるか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)曾(かつ)て面(めん)を見(み)ず、曾(かつ)て甚(なん)を説(と)くと聴(き)かず。」

行者(ぎょうじゃ)説(と)く、「那(か)の太子(たいし)我(われ)に告誦(こくしょう=告げ)えて説(いわ)く、那(か)の妖精(ようせい)件(くだり)の宝貝(ほうべい)有(あ)り、万夫不当(ばんぷふとう=万人も当たり難き)の勇(ゆう)なり。我(われ)ら明日(みょうにち)朝(ちょう)に入(い)り、免(まぬか)れず他(かれ)と争敵(そうてき=戦い争)わん、倘(も)し那(か)の怪(あやかし)宝貝(ほうべい)を執(と)りて、我(われ)らを降(くだ)し倒(たお)さば、却(かえっ)て反(かえっ)て不美(ふび=不都合)を成(な)さずや。我(われ)想(おも)うに人(ひと)を打(う)って過(す)ぎざれば、先(さき)に手(て)を下(くだ)すに如(し)かず。我(われ)你(なんじ)と去(ゆ)きて他(かれ)のを偷(ぬす)み来(きた)らば、却(かえっ)て是(こ)れ好(よ)からずや?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥哥(あに)、你(なんじ)我(われ)を哄(だま)して賊(どろぼう)を作(な)しに去(ゆ)かしむる哩(なり)。這(こ)の買売(ばいばい)、我(われ)も也(ま)た去(ゆ)き得(う)べし、果(はた)して実実(じつじつ=確か)に帮寸(ほうすん=手助けの分け前)を暁(さと)り得(え)れば、我(われ)も也(ま)た你(なんじ)と講(こう)して明白(めいはく)にせん:宝貝(ほうべい)を偷(ぬす)み、妖精(ようせい)を降(くだ)せば、我(われ)却(かえっ)て甚(なん)の小家罕気(しょうかかんき=けちけち)の宝貝(ほうべい)を分(わ)かつを奈煩(ないはん=わずらわし)がず、我(われ)すなわち要(い)らん。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)要(い)りて甚(なん)を作(な)さんとするか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)你(なんじ)らの乖巧(かいこう=利口)にして能(よ)く言(い)い、人(ひと)の面前(めんぜん)に化(け)し出(いだ)して斎(とき=食)を得(う)る如(ごと)きに如(し)かず、老猪(ろうちょ)身(み)は又(ま)た夯(おろか)に、言語(ことば)又(ま)た粗(あら)く、能(あた)わず経(きょう)を念(とな)うること、若(も)し那(か)の無済無生(むせいむしょう=救い無き)の処(ところ)に到(いた)らば、可(べ)し好(よ)く斎(とき)と換(か)えて食(くら)うべきか!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老孫(ろうそん)只(た)だ名(な)を図(はか)らんと要(ほっ)す、那(いず)れか甚(なん)の宝貝(ほうべい)を図(はか)らん、就(すなわ)ち你(なんじ)に与(あた)えて罷(や)めん。」

那(か)の呆子(ほうけ)都(みな)他(かれ)に与(あた)うと説(い)うを聴(き)き得(え)て、他(かれ)すなわち満心(まんしん)歓喜(かんき)し、一(ひと)つ轂轆(こくろく)と爬(はい)き将(もっ)て起(お)き上(あ)がり、衣服(いふく)を套(かぶ)り上(あ)げ、すなわち行者(ぎょうじゃ)と路(みち)を走(はし)る。

這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ清酒(せいしゅ)紅人面(こうじんめん=酒は人面を紅くす)、黄金(おうごん)道心(どうしん)を動(うご)かす。

両箇(ふたり)密密(みつみつ=こっそり)と門(もん)を開(ひら)き、三蔵(さんぞう)を逃(に)げ離(はな)れ、祥光(しょうこう)を縦(はな)ち、径(ただ)ちに那(か)の城(しろ)に奔(はし)る。

多(おお)くの時(とき)ならずして到(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)せば、只(た)だ楼頭(ろうとう=楼の上)に方(まさ)に二鼓(にこ=二更)なるを聴(き)く。

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、二更(にこう)の時分(じぶん)なり。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「正好(ちょうどよい)! 正好(ちょうどよい)! 人(ひと)は皆(みな)頭覚(とうかく=最初の眠り)の裏(うち)に在(あ)って正(まさ)に濃(こまやか)に睡(ねむ)れる也(なり)。」

二人(ふたり)正陽門(せいようもん)に奔(はし)らず、径(ただ)ちに後宰門(こうさいもん)の首(ほとり)に到(いた)れば、只(た)だ梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)の声(こえ)響(ひび)くを聴(き)く。

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、前後(ぜんご)の門(もん)皆(みな)緊急(きんきゅう=厳重)なり、如何(いかん)ぞ得(え)て入(い)らん?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「那(いず)れか賊(どろぼう)を作(な)す者の門(もん)の裏(うち)より走(はし)るを見(み)しや? 墻(かき=塀)を瞞(かく)れて跳(と)び過(す)ぎば便(すなわ)ち罷(や)めよ。」

行者(ぎょうじゃ)言(こと)に依(よ)り、身(み)を将(もっ)て一(ひと)つ縦(はな)ち、里羅城墻(りらじょうしょう=内側の城壁)の上(うえ)に跳(と)び上(あ)がり、八戒(はっかい)も也(ま)た跳(と)び上(あ)がる。

二人(ふたり)潜(ひそ)かに裏面(うち)に入(い)り、門路(もんろ=通路)を找(たず)ね著(あ)て、径(ただ)ちに那(か)の御花園(ごかえん)を尋(たず)ぬ。

正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、只(た)だ一座(ひとつ)の三檐白簇(さんえんはくぞく=三重の庇の白い)の門楼(もんろう)有(あ)り、上(うえ)に三箇(みっつ)の亮灼灼(りょうしゃくしゃく=きらきら)の大字(だいじ)有(あ)り、那(か)の星月(せいげつ)の光輝(こうき)に映(えい)じて、乃(すなわ)ち是(こ)れ御花園(ごかえん)。

行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に看(み)れば、幾重(いくえ)もの封皮(ふうひ=封印紙)有(あ)り、公然(こうぜん=そのまま)将(もっ)て鎖門(さもん=錠前)を鏽(さび)に住(とど)ましめり。すなわち八戒(はっかい)に命(めい)じて手(て)を動(うご)かしむ。

那(か)の呆子(ほうけ)鉄鈀(てっぱ=熊手)を掣(ひっさ)げ、力(ちから)を尽(つ)くして一(ひと)つ筑(つ)き、門(もん)を把(もっ)て筑(つ)き得(え)て粉砕(ふんさい)せり。

行者(ぎょうじゃ)先(ま)ず歩(あゆみ)を挙(あ)げて踏(ふ)み入(い)り、忍(しの)ぶるを得(え)ず跳(と)び将(もっ)て起(お)き上(あ)がり、大呼小叫(だいこしょうきょう=大声でわめ)く、唬(おど)ろかし得(え)て八戒(はっかい)上前(すす)みて扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、「哥(あに)や、害(そこ)ない殺(ころ)す我(われ)也(よ)! 那(いず)れか賊(どろぼう)を作(な)す者の乱(みだ)りに嚷(わめ)くを見(み)しや、這(こ)の般(ごと)き吆喝(ようかつ=わめき)するは! 人(ひと)を驚(おどろ)かし醒(さま)して、我(われ)らを把(もっ)て拿(とら)え住(とど)め、官司(かんし=役所)に発(はっ)せば、死罪(しざい)に該(あた)らざるも、也(ま)た要(よう)す原籍(げんせき)に解(かい)し回(かえ)して充軍(じゅうぐん=兵役)にせよ。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)や、你(なんじ)却(かえっ)て我(われ)が急(きゅう)を発(はっ)するの何(なん)の為(ため)なるかを知(し)らず、你(なんじ)這(これ)を看(み)よ:

彩画(さいが=彩色)の雕欄(ちょうらん)狼狽(ろうばい=荒れ果て)、宝妝(ほうしょう=美飾)の亭閣(ていかく)敧歪(きわい=傾ぎ)す。
莎汀(さてい=草の洲)・蓼岸(りょうがん=蓼の岸)尽(ことごと)く塵(ちり)に埋(うず)もれ、芍薬(しゃくやく)・荼蘼(とび=薔薇)俱(とも)に敗(やぶ)る。
茉莉(まつり=ジャスミン)・玫瑰(まいかい=薔薇)香(かおり)暗(くら)く、牡丹(ぼたん)・百合(ゆり)空(むな)しく開(ひら)く。
芙蓉(ふよう)・木槿(もくきん=むくげ)草(くさ)垓垓(がいがい=生い茂り)、異卉(いき=珍草)・奇葩(きは=珍花)壅(おお)い壊(やぶ)る。
巧石(こうせき=奇石)・山峰(さんぽう)俱(とも)に倒(たお)れ、池塘(ちとう=池)水(みず)涸(か)れて魚(うお)衰(おとろ)う。
青松(せいしょう)・紫竹(しちく)干柴(かんさい=乾いた薪)に似(に)たり、満路(まんろ)茸茸(じょうじょう=ふさふさ)たり蒿艾(こうがい=よもぎ)。
丹桂(たんけい=もくせい)・碧桃(へきとう)枝(えだ)損(そこ)なわれ、海榴(かいりゅう=ざくろ)・棠棣(とうてい=やぶさくら)根(ね)歪(ゆが)む。
橋頭(きょうとう)の曲径(きょくけい=曲がり道)に蒼苔(そうたい=苔)有(あ)り、冷落(れいらく=寂れ)たり花園(かえん)の境界(きょうがい)!」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「且(しばら)く他(かれ)を嘆(たん)じて甚(なん)を作(な)さん? 快(すみ)やかに我(われ)らの買売(ばいばい)を干(おこな)い去(ゆ)かん来(こ)!」

行者(ぎょうじゃ)然(しか)りと雖(いえど)も感慨(かんがい)するも、却(かえっ)て心(こころ)に留(とど)めて唐僧(とうぞう)の夢(ゆめ)を想起(おもいおこ)す、芭蕉樹(ばしょうじゅ)の下(した)方(まさ)に是(こ)れ井(い)なりと説(い)えるを。

正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、果(はた)して一株(ひとくわ)の芭蕉(ばしょう)の、生(お)い得(え)て茂盛(もせい=繁茂)し、衆(おお)くの花木(かぼく)に比(くら)べて不同(ことなり)なるを見(み)る、真(まこと)に是(こ)れ:

一種(いっしゅ)の霊苗(れいびょう=霊なる苗)秀(ひい)で、天生(てんせい)体性(たいせい)空(くう)なり。
枝枝(しし=枝ごと)片紙(へんし=紙片)を抽(ぬき)き、葉葉(ようよう=葉ごと)芳叢(ほうそう=香る叢)を巻(ま)く。
翠縷(すいる=緑の糸)千条(せんじょう)細(ほそ)く、丹心(たんしん=赤き心)一点(いってん)紅(あか)し。
凄凉(せいりょう)たり夜雨(やう)に愁(うれ)い、憔悴(しょうすい)たり秋風(しゅうふう)に怯(おび)ゆ。
長養(ちょうよう=育て)は元丁(げんてい=仙人)の力(ちから)、栽培(さいばい)は造化(ぞうか)の工(わざ)。
書(しょ)を緘(とじ)て妙用(みょうゆう)を成(な)し、揮洒(きしゃ=筆を振るう)に奇功(きこう)有(あ)り。
鳳翎(ほうれい=鳳の羽)寧(いず)くんぞ得(え)て似(に)ん、鸞尾(らんび=鸞の尾)迥(はる)かに相同(おなじ)じ。
薄露(はくろ=薄き露)瀼瀼(じょうじょう=したたり)、軽煙(けいえん=薄き霞)淡淡(たんたん)たり。
青陰(せいいん=青き陰)戸牖(こゆう=窓)を遮(おお)い、碧影(へきえい=緑の影)簾櫳(れんろう=簾)に上(のぼ)る。
鴻雁(こうがん=雁)の栖(すま)うを許(ゆる)さず、何(なん)ぞ玉驄(ぎょくそう=駿馬)を繋(つな)ぐに堪(た)えん。
霜天(そうてん)形(かたち)槁悴(こうすい=やつれ)、月夜(げつや)色(いろ)朦朧(もうろう)たり。
僅(わず)かに炎暑(えんしょ)を消(け)す可(べ)く、猶(な)お日(ひ)の烘(あぶ)るを避(さ)くるに宜(よろ)し。
桃李(とうり)の色(いろ)無(な)きを愧(は)じ、粉墻(ふんしょう=白壁)の東(ひがし)に冷落(れいらく)たり。

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「八戒(はっかい)、手(て)を動(うご)かさんか! 宝貝(ほうべい)は芭蕉樹(ばしょうじゅ)の下(した)に埋(うず)め在(あ)る哩(ぞ)。」

那(か)の呆子(ほうけ)双手(そうしゅ=両手)に鈀(は=熊手)を挙(あ)げ、芭蕉(ばしょう)を筑(つ)き倒(たお)し、然(しか)る後(のち)嘴(くち)を用(もち)いて一(ひと)つ拱(ほじく)り、拱(ほじく)り得(え)て三四尺(さんししゃく)の深(ふか)さ有(あ)り、一塊(ひとくれ)の石板(せきばん)の蓋(おお)い住(とど)めるを見(み)る。

呆子(ほうけ)歓喜(かんき)して道(いわ)く、「哥(あに)や! 造化(ぞうけ=幸運)! 果(はた)して宝貝(ほうべい)有(あ)り、是(こ)れ一片(ひとかけら)の石板(せきばん)の蓋(おお)い著(つ)ける哩(ぞ)! 知(し)らず是(こ)れ壇児(つぼ)に盛(も)れるか、是(こ)れ櫃児(ひつ=箱)に装(つ)めるか。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)掀(もちあ)げ起(おこ)して看(み)よ。」

那(か)の呆子(ほうけ)果(はた)して又(ま)た一嘴(ひとくち)、拱(ほじく)り開(ひら)いて看(み)る処(ところ)、又(ま)た霞光(かこう=霞の光)灼灼(しゃくしゃく)、白気(はくき)明明(めいめい)たる有(あ)り。

八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 宝貝(ほうべい)放光(ほうこう=光を放)つ哩(ぞ)!」 又(ま)た近(ちか)づき前(まえ)に細(こま)かに看(み)る時(とき)、呀(あ)! 原(もと)来(もと)是(こ)れ星月(せいげつ)の光(ひかり)、那(か)の井中(いのなか)の水(みず)の亮(あきらか=明るき)を映(えい)じ得(え)たるなり。

八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)や、你(なんじ)但(た)だ事(こと)を干(おこな)えば、便(すなわ)ち要(よう)す根(ね=手筈)を留(とど)めよ。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)怎(いか)に根(ね)を留(とど)むるか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「這(こ)れは是(こ)れ一眼(ひとつ)の井(い)なり。你(なんじ)寺裏(てらうち)に在(あ)る時(とき)、早(はや)く井中(いのなか)に宝貝(ほうべい)有(あ)りと説(い)えり、我(われ)却(かえっ)て両条(ふたすじ)の包袱(ほうほう)を捆(くく)る縄(なわ)を帯(たい)し将(もっ)て来(きた)らん、怎(いか)にして箇(ひとつ)の法児(ほう=方法)を作(な)し、老猪(ろうちょ)を把(もっ)て放下(おろ)し去(ゆ)かしめん。如今(いま)空手(からて)にて、這(こ)の裏面(うち)の東西(もの)、怎(いか)にして得(え)て下(くだ)り去(さ)り上(のぼ)り来(きた)らん耶(や)?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)下(くだ)り去(ゆ)かんか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ下(くだ)り去(ゆ)かんと要(ほっ)すれど、只(た)だ縄索(じょうさく=縄)無(な)きのみ。」

行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「你(なんじ)衣服(いふく)を脱(ぬ)げ、我(われ)你(なんじ)に箇(ひとつ)の手段(しゅだん)を与(あた)えん。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「甚(なん)の好(よ)き衣服(いふく)有(あ)らん? 這(こ)の直裰(じきとつ=法衣)の子(し)を解(と)けばすなわち是(こ)れ了(おわ)らん。」

好(よ)き大聖(たいせい)かな、金箍棒(きんこぼう)を把(もっ)て拿(と)り出(いだ)し、両頭(りょうとう)を一(ひと)つ扯(ひ)き、叫(よ)んで「長(なが)かれ!」と、足(た)ること七八丈(しちはちじょう)の長(なが)さ有(あ)り。教(おし)えて道(いわ)く、「八戒(はっかい)、你(なんじ)一頭児(いっとう=片端)を抱(いだ)き、你(なんじ)を把(もっ)て井(い)の下(した)に放下(おろ)し去(ゆ)かん。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)や、放(おろ)すは便(すなわ)ち放(おろ)し下(おろ)さん、若(も)し水辺(みずべ)に到(いた)らば、すなわち住(とど)まれよ。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)暁(さと)れり。」

那(か)の呆子(ほうけ)鉄棒(てつぼう)を抱(いだ)き、行者(ぎょうじゃ)に軽(かる)く提(さ)げ将(もっ)て起(おこ)され、他(かれ)を把(もっ)て放下(おろ)し去(ゆ)く。多(おお)くの時(とき)ならずして、水辺(みずべ)に放(おろ)し至(いた)れば、八戒(はっかい)道(いわ)く、「水(みず)に到(いた)れり!」

行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が説(い)うを聴(き)き得(え)て、却(かえっ)て棒(ぼう)を将(もっ)て下(した)へ一(ひと)つ按(おさ)う。那(か)の呆子(ほうけ)撲通(ぼくつう=どぼん)と箇(ひとつ)の没頭蹲(ぼっとうそん=頭から沈む)し、鉄棒(てつぼう)を投(な)げ、便(すなわ)ち水(みず)を負(お)い、口(くち)の裏(うち)に哺哺(ほほ=ぶつぶつ)と嚷(わめ)いて道(いわ)く、「這(こ)の天殺(てんさつ=天罰もの)の! 我(われ)水(みず)に到(いた)らば放(おろ)す莫(な)かれと説(い)えるに、他(かれ)却(かえっ)て我(われ)を把(もっ)て一(ひと)つ按(おさ)えたり!」

行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を擎(ささ)げ上(あ)げ来(きた)り、笑(わら)って道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、可(べ)し宝貝(ほうべい)有(あ)るか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「甚(なん)の宝貝(ほうべい)を見(み)ん、只(た)だ是(こ)れ一井(ひとつ)の水(みず)なるのみ!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「宝貝(ほうべい)は水底(みなそこ)に沈(しず)み在(あ)る哩(ぞ)、你(なんじ)下(くだ)り去(ゆ)きて一(ひと)つ摸(さぐ)り来(きた)れ。」

呆子(ほうけ)真箇(まこと)に深(ふか)く水性(すいせい=泳ぎ)を知(し)る、却(かえっ)てすなわち箇(ひとつ)の猛子(もうし=潜水)を打(う)ち、淬(つ)き将(もっ)て下(くだ)り去(ゆ)く。呀(あ)! 那(か)の井底(いてい)深(ふか)きこと緊(はなはだ)し! 他(かれ)却(かえっ)て着実(ちゃくじつ=しっかり)と又(ま)た一(ひと)つ淬(つ)き、忽(たちま)ち眼(め)を睜(ひら)いて一座(ひとつ)の牌楼(ぱいろう=門楼)の、上(うえ)に水晶宮(すいしょうきゅう)の三箇(みっつ)の字(あざ)有(あ)るを見(み)る。

八戒(はっかい)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、「罷(や)んだ! 罷(や)んだ! 路(みち)を錯(あやま)りて走(はし)り来(きた)れり! 蹡(つまず)きて海(うみ)に下(くだ)り来(きた)れる也(よ)! 海内(かいだい)に箇(ひとつ)の水晶宮(すいしょうきゅう)有(あ)るに、井裏(いのうち)に如何(いかん)ぞ之(これ)有(あ)らん?」

原(もと)来(もと)八戒(はっかい)は此(こ)れ是(こ)れ井竜王(いのりゅうおう)の水晶宮(すいしょうきゅう)なるを知(し)らざるなり。

八戒(はっかい)正(まさ)に話(こと)を叙(の)ぶる処(ところ)、早(はや)く一箇(ひとり)の巡水(じゅんすい)の夜叉(やしゃ)有(あ)り、門(もん)を開(ひら)き、他(かれ)の容姿(ようし=姿)を見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)き入(い)りて報(ほう)じて道(いわ)く、「大王(だいおう)、禍事(かじ=大変)なり! 井上(いのうえ)より一箇(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長い嘴と大耳)の和尚(おしょう)の落(お)ち来(きた)れり! 赤淋淋(せきりんりん=裸)として、衣服(いふく)全(まった)く無(な)く、還(ま)た死(し)せず、逼法(ひっぽう=無理やり)に説話(せつわ=話)する哩(ぞ)。」

那(か)の井竜王(いのりゅうおう)忽(たちま)ち此(こ)の言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、「這(こ)れは是(こ)れ天蓬元帥(てんぽうげんすい)の来(きた)れる也(なり)。昨夜(さくや)夜遊神(やゆうしん)上敕(じょうちょく=上の勅)を奉(ほう)じ、来(きた)りて烏鶏国王(うけいこくおう)の魂霊(こんれい)を取(と)り去(さ)りて唐僧(とうぞう)に拝見(はいけん)せしめ、斉天大聖(せいてんたいせい)を請(こ)うて妖(よう)を降(くだ)さんとす。這(こ)れは怕(おそ)らくは是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)・天蓬元帥(てんぽうげんすい)の来(きた)れるならん、却(かえっ)て他(かれ)を怠慢(たいまん=疎略)す可(べ)からず、快(すみ)やかに他(かれ)を接(むか)え去(ゆ)け也(よ)。」

那(か)の竜王(りゅうおう)衣冠(いかん)を整(ととの)え、衆(しゅう)の水族(すいぞく)を領(ひき)い、門(もん)を出(い)で来(きた)りて厲声(れいせい=厳しい声)に高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く、「天蓬元帥(てんぽうげんすい)、請(こう)ず、裏面(うち)に坐(ざ)せ。」

八戒(はっかい)却(かえっ)て才(ようや)く歓喜(かんき)して道(いわ)く、「原(もと)来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の故知(こち=旧知)なり。」

那(か)の呆子(ほうけ)好歹(よしあし)を管(かま)わず、径(ただ)ちに水晶宮(すいしょうきゅう)の裏(うち)に入(い)る。実(じつ)は上下(じょうげ=席次)を知(し)らず、赤淋淋(せきりんりん)として、すなわち上面(じょうめん=上座)に坐(ざ)す。

竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「元帥(げんすい)、近(ちか)ごろ聞(き)く、你(なんじ)性命(しょうめい)を得(え)、釈教(しゃっきょう)に皈依(きえ)し、唐僧(とうぞう)を保(たも)って西天(せいてん)に取経(しゅきょう)すと、如何(いかん)して此(こ)の処(ところ)に到(いた)り得(え)たるか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「正(まさ)に此(これ)が為(ため)に説(と)く、我(われ)が師兄(しけい)孫悟空(そんごくう)多多(おおい)に拜上(はいじょう=よろしく)と、我(われ)を着(つ)けて来(きた)りて你(なんじ)に甚(なん)の宝貝(ほうべい)を取(と)らんと問(と)わしむる哩(ぞ)。」

竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「憐(あわ)れむ可(べ)し、我(われ)が此(ここ)怎(いか)にして箇(ひとつ)の宝貝(ほうべい)を得(え)ん? 那(か)の江河淮済(こうかわいせい)の竜王(りゅうおう)の、飛騰(ひとう)変化(へんげ)して便(すなわ)ち宝貝(ほうべい)有(あ)るに比(くら)ぶ可(べ)からず。我(われ)久(ひさ)しく此(ここ)に困(くるし)み、日月(じつげつ)すら且(かつ)つ長(なが)くは見(み)るを得(え)ず、宝貝(ほうべい)果(はた)して何(いず)れより自(おのずか)ら来(きた)らん也(や)。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「推辞(たいじ=辞退)する莫(な)かれ、有(あ)れば便(すなわ)ち拿(と)り出(いだ)して罷(や)めよ。」

竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「有(あ)れば便(すなわ)ち一件(いっけん)の宝貝(ほうべい)有(あ)るも、只(た)だ拿(と)り出(いだ)すを得(え)ず、就(すなわ)ち元帥(げんすい)親(みずか)ら来(きた)りて看(み)ば、如何(いかん)?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「妙(みょう)妙(みょう)妙(みょう)! 須(すべから)く是(こ)れ看(み)に来(きた)る可(べ)し也(よ)。」

那(か)の竜王(りゅうおう)前(まえ)に走(はし)り、這(こ)の呆子(ほうけ)後(うしろ)に随(したが)い、水晶宮殿(すいしょうきゅうでん)を転(まわ)り過(す)ぎて、只(た)だ廊廡(ろうぶ=渡り廊下)の下(した)に、一箇(ひとり)の六尺長躯(ろくしゃくちょうく=六尺の長身)の横(よこたわ)り軃(たれ)る有(あ)るを見(み)る。

竜王(りゅうおう)手(て)を用(もち)いて指(ゆびさ)し定(さだ)めて道(いわ)く、「元帥(げんすい)、那廂(あそこ)すなわち是(こ)れ宝貝(ほうべい)なり。」

八戒(はっかい)上前(すす)みて看(み)れば、呀(あ)! 原(もと)来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の死(し)せる皇帝(こうてい)、沖天冠(ちゅうてんかん)を戴(いただ)き、赭黄袍(しゃこうほう=赭黄の袍)を穿(き)し、無憂履(むゆうり)を踏(ふ)み、藍田帯(らんでんたい)を系(し)め、直挺挺(ちょくていてい=まっすぐ)と那廂(あそこ)に睡(ねむ)り在(あ)る。

八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「難(なん)難(なん)難(なん)! 算(かぞ)えて宝貝(ほうべい)と為(な)すを得(え)ず! 想(おも)うに老猪(ろうちょ)山(やま)に在(あ)って怪(あやかし)と為(な)りし時(とき)、常(つね)に此(こ)の物(もの)を将(もっ)て飯(めし)と当(あ)て、且(しばら)く説(と)く莫(な)かれ見(み)しの多少(たしょう)を、食(くら)うも也(ま)た食(くら)い夠(あ)きること無数(むすう)なり、那(いず)れか甚(なん)の宝貝(ほうべい)と做(な)すや!」

竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「元帥(げんすい)原(もと)来(もと)知(し)らず、他(かれ)は本(もと)是(こ)れ烏鶏国(うけいこく)の王(おう)の尸首(しかばね)なるが、井中(いのなか)に自(おのずか)ら到(いた)りしより、我(われ)他(かれ)と定顔珠(じょうがんじゅ=容顔を保つ珠)を与(あた)えて定(さだ)め住(とど)め、曾(かつ)て壊(やぶ)るるを得(え)ざりき。你(なんじ)若(も)し肯(あえ)て他(かれ)を背負(お)い出(いだ)し、斉天大聖(せいてんたいせい)に見(まみ)え、仮(かり)に起死回生(きしかいせい=死者を生き返らす)の意(こころ)有(あ)らば、宝貝(ほうべい)を説(と)く莫(な)く、凭(よ)って你(なんじ)が要(い)る甚(なん)の東西(もの)にも皆(みな)有(あ)らん。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「既(すで)に這(こ)の等(ごと)く説(と)かば、我(われ)你(なんじ)と背負(お)い出(いだ)さん、只(た)だ把(もっ)て多少(たしょう)の焼埋銭(しょうまいせん=埋葬料)を我(われ)に与(あた)えよと説(い)え。」

竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「其(そ)の実(じつ)銭(ぜに)無(な)し。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)好(よ)く白(ただ)で人(ひと)を使(つか)うか? 果然(はた)して銭(ぜに)無(な)くんば、背負(お)わじ!」

竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「背負(お)わずんば、請(こう)ず、行(ゆ)けよ。」

八戒(はっかい)すなわち走(はし)る。竜王(りゅうおう)両箇(ふたり)の力量(りきりょう=力持ち)の夜叉(やしゃ)を差(さし)し、尸(しかばね)を把(もっ)て抬(かつ)ぎ将(もっ)て出(いだ)し去(ゆ)き、水晶宮(すいしょうきゅう)の門外(もんがい)に送(おく)り至(いた)り、那廂(あそこ)に投(な)げ在(お)き、辟水珠(へきすいじゅ=水を避ける珠)を摘(つ)めば、すなわち水(みず)の響(ひび)き有(あ)り。

八戒(はっかい)急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らして看(み)れば、水晶宮(すいしょうきゅう)の門(もん)見(み)えず、一把(ひとつかみ)に那(か)の皇帝(こうてい)の尸首(しかばね)を摸(さぐ)り著(あ)て、慌(あわ)て得(え)て他(かれ)脚(あし)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、水(みず)の面(おもて)より攛(と)び出(い)で、井壁(いのかき=井戸の壁)に扳(すが)り、叫(よ)んで道(いわ)く、「師兄(しけい)! 棒(ぼう)を伸(の)べ下(おろ)して我(われ)を一(ひと)つ救(すく)え!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「可(べ)し宝貝(ほうべい)有(あ)るか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「那(いず)れに有(あ)らん! 只(た)だ是(こ)れ水底(みなそこ)に一箇(ひとり)の井竜王(いのりゅうおう)有(あ)って、我(われ)に死人(しにん)を背負(お)えと教(おし)え、我(われ)曾(かつ)て背負(お)わざりしに、他(かれ)すなわち我(われ)を把(もっ)て門(もん)を出(いだ)し送(おく)り来(きた)り、すなわち那(か)の水晶宮(すいしょうきゅう)見(み)えずなり、只(た)だ那(か)の箇(ひとつ)の尸首(しかばね)を摸(さぐ)り著(あ)て、唬(おどろ)かし得(え)て我(われ)手(て)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、掙搓(しょうさ=もがき)するも動(うご)かざるなり! 哥(あに)や! 好歹(ともかく)我(われ)を救(すく)え児(よ)!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「那(か)の箇(ひとつ)すなわち是(こ)れ宝貝(ほうべい)なるに、如何(いかん)ぞ背負(お)い上(あ)げ来(きた)らざるか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「他(かれ)の死(し)して多少(いくばく)の時(とき)なるを知(し)らん、我(われ)他(かれ)を背負(お)いて怎(いか)にせんとするか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)背負(お)わずんば、我(われ)回(かえ)り去(ゆ)かん也(よ)。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)那(いず)れに回(かえ)り去(ゆ)かんとするか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)寺中(じちゅう)に回(かえ)り、師父(しふ)と同(とも)に睡(ねむ)り去(ゆ)かん。」 八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)はすなわち去(ゆ)かざるか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)爬(はい)き得(え)て上(のぼ)り来(きた)らば、便(すなわ)ち你(なんじ)を帯(たい)し去(ゆ)かん、爬(はい)き得(え)て上(のぼ)り来(きた)らずんば、便(すなわ)ち罷(や)めん。」

八戒(はっかい)慌(あわ)てたり、「怎(いか)に生(い)きて爬(はい)き得(え)て動(うご)かん! 你(なんじ)想(おも)え、城墻(じょうしょう)すら也(ま)た上(のぼ)り難(がた)し、這(こ)の井(い)は腹(はら=胴)大(おお)きく、口(くち)小(ちい)さく、壁(かべ)陡(けわ)しき圈墻(けんしょう=丸い壁)、又(ま)た是(こ)れ幾年(いくとせ)も曾(かつ)て水(みず)を打(く)まざりし井(い)なれば、団団(まるまる)と皆(みな)生(お)い長(た)ちたるは是(こ)れ苔痕(たいこん=苔の跡)なり、好(よ)く滑(なめらか)ならずや、我(われ)を教(おし)えて怎(いか)に爬(はい)かしめん? 哥哥(あに)、兄弟(きょうだい)らの和気(わき=仲)を失(うしな)う莫(な)かれ、我(われ)の背負(お)い上(あ)げ来(きた)るを待(ま)てよ。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、快(すみ)やかに快(すみ)やかに背負(お)い上(あ)げ来(きた)れ、我(われ)你(なんじ)と同(とも)に回(かえ)りて睡(ねむ)らん。」

那(か)の呆子(ほうけ)又(ま)た一箇(ひとつ)の猛子(もうし)を打(う)ち、淬(つ)き将(もっ)て下(くだ)り去(ゆ)き、尸首(しかばね)を摸(さぐ)り著(あ)て、曳(ひ)き過(よ)ぎ来(きた)り、身(み)の上(うえ)に背負(お)い、水(みず)の面(おもて)より攛(と)び出(い)で、井壁(いのかき)に扶(すが)りて道(いわ)く、「哥哥(あに)、背負(お)い上(あ)げ来(きた)れり。」

那(か)の行者(ぎょうじゃ)睛(ひとみ)を睜(ひら)いて看(み)る処(ところ)、真箇(まこと)に身(み)の上(うえ)に背負(お)い在(あ)り、却(かえっ)て才(ようや)く金箍棒(きんこぼう)を把(もっ)て井底(いてい)に伸(の)べ下(おろ)せば、那(か)の呆子(ほうけ)悩(なやみ)に著(つ)きたる人(ひと)なれば、口(くち)を張(ひら)き開(ひら)き、鉄棒(てつぼう)を咬(か)み著(つ)け、行者(ぎょうじゃ)に軽(かる)く提(さ)げ将(もっ)て出(いだ)さる。

八戒(はっかい)尸(しかばね)を将(もっ)て放下(おろ)し、衣服(いふく)を撈(すく)い過(よ)ぎて穿(き)る。行者(ぎょうじゃ)看(み)る時(とき)、那(か)の皇帝(こうてい)容顔(ようがん)旧(もと)に依(よ)り、生(い)ける時(とき)と未(いま)だ分毫(ぶんごう=少しも)改(あらた)めざるに似(に)たり。

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)や、這(こ)の人(ひと)死(し)して三年(さんねん)なるに、怎(なん)ぞ還(ま)た容顔(ようがん)壊(やぶ)れざるか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)之(これ)を知(し)らず、這(こ)の井竜王(いのりゅうおう)我(われ)に対(たい)して説(いわ)く、他(かれ)定顔珠(じょうがんじゅ)を使(つか)って定(さだ)め住(とど)めたれば、尸首(しかばね)未(いま)だ曾(かつ)て壊(やぶ)るるを得(え)ざりきと。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 一(ひとつ)には是(こ)れ他(かれ)が冤仇(えんきゅう)未(いま)だ報(ほう)ぜざればなり、二(ふたつ)には該(まさ)に我(われ)らの成功(せいこう)なるべし、兄弟(きょうだい)快(すみ)やかに他(かれ)を把(もっ)て背負(お)いて去(ゆ)け。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「背負(お)いて那(いず)れに往(ゆ)かんとするか?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「背負(お)いて去(ゆ)きて師父(しふ)に見(まみ)えよ。」

八戒(はっかい)口(くち)の中(うち)に念(ねん)を作(な)して道(いわ)く、「怎(なん)の起(おこ)りぞ! 怎(なん)の起(おこ)りぞ! 好(よ)く好(よ)く睡(ねむ)れる人(ひと)を、這(こ)の猢猻(こそん=猿)の花言巧語(かげんこうご=甘言)に被(こうむ)り、我(われ)を哄(だま)して甚(なん)の買売(ばいばい)を教(おし)えて做(な)さしめ、如今(いま)却(かえっ)て這(こ)の等(ごと)き事(こと)を干(おこな)い、我(われ)を教(おし)えて死人(しにん)を背負(お)わしむ! 他(かれ)を背負(お)えば、腌臜(おぞ=汚らわしき)臭水(しゅうすい)の淋(したた)り将(もっ)て下(くだ)り来(きた)り、衣服(いふく)を汚(けが)さん、人(ひと)の我(われ)と漿洗(しょうせん=洗濯)する無(な)し。上(うえ)に幾箇(いくつ)かの補丁(つぎ)有(あ)り、天(てん)の陰(くも)るるに潮(しお)を発(はっ)し、如何(いか)にして穿(き)れんや?」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)只(た)だ管(かま)わず背負(お)いて去(ゆ)け、寺裏(てらうち)に到(いた)らば、我(われ)你(なんじ)と衣服(いふく)を換(か)えん。」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「羞(はじ)らわず! 你(なんじ)の穿(き)たるすら也(ま)た有(あ)らざるに、又(ま)た我(われ)が為(ため)に換(か)えんとす!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)の般(ごと)く嘴(くち)を弄(ろう)すれば、便(すなわ)ち背負(お)わじて罷(や)めよ!」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「背負(お)わじ!」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「便(すなわ)ち孤拐(ここつ=くるぶし)を伸(の)べ過(よ)ごせ、二十棒(にじゅうぼう)を打(う)たん!」

八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(いわ)く、「哥哥(あに)、那(か)の棒子(ぼうし)重(おも)し、若(も)し打(う)ち上(あ)ぐること二十(にじゅう)ならば、我(われ)は這(こ)の皇帝(こうてい)と一般(おなじ)ならん。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「打(う)たるるを怕(おそ)るる時(とき)は、早(はや)き児(うち)に趁(つ)いて背負(お)いて路(みち)を走(はし)れ!」

八戒(はっかい)果然(はた)して打(う)たるるを怕(おそ)れ、好(よ)き気(き)無(な)く尸首(しかばね)を曳(ひ)き将(もっ)て過(よ)ぎ来(きた)り、身(み)の上(うえ)に背負(お)い、歩(あゆみ)を曳(ひ)きて園(その)を出(い)でてすなわち走(はし)る。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、訣(けつ)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)の咒語(じゅご)を念(とな)え、巽地(そんち=巽の方角)に向(むか)いて一(ひと)つの気(いき)を吸(す)い、吹(ふ)き将(もっ)て去(ゆ)けばすなわち是(こ)れ一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)、八戒(はっかい)を把(もっ)て皇宮内院(こうきゅうないいん)より撮(つま)み出(いだ)し、城池(じょうち)を逃(に)げ離(はな)れさせ、風頭(ふうとう=風の先)を息(や)め、二人(ふたり)地(ち)に落(お)ち、徐徐(じょじょ=ゆるやか)と却(かえっ)て走(はし)り将(もっ)て来(きた)る。

那(か)の呆子(ほうけ)心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに悩(なや)み、算計(さんけい=企み)して恨(うらみ)を報(ほう)ぜんと要(ほっ)して行者(ぎょうじゃ)に道(いわ)く、「這(こ)の猴子(さる)我(われ)を捉弄(とくろう=からかい)す、我(われ)寺裏(てらうち)に到(いた)らば也(ま)た他(かれ)を捉弄(とくろう)し捉弄(とくろう)し、師父(しふ)を攛唆(そんさ=そそのか)し、只(た)だ他(かれ)の医(いや)し得(え)て活(い)かすと説(い)わん;医(いや)して活(い)かさずんば、師父(しふ)を教(おし)えて《緊箍児咒(きんこじゅ)》を念(とな)えしめ、這(こ)の猴子(さる)の脳漿(のうしょう=脳みそ)を把(もっ)て勒(しぼ)り出(いだ)さば、方(まさ)に我(われ)が心(こころ)に趁(かな)わん!」

路(みち)を走(はし)りながら、再再(さいさい=重ね重ね)尋思(じんし=思案)して道(いわ)く、「不好(よろしからず)! 不好(よろしからず)! 若(も)し他(かれ)に人(ひと)を医(いや)せと教(おし)えば、却(かえっ)て是(こ)れ容易(ようい)なり:他(かれ)閻王(えんおう)の家(や)に去(ゆ)きて魂霊児(こんれい)を討(もと)め将(もっ)て来(きた)り、すなわち医(いや)し活(い)かさん。只(た)だ陰司(いんし=冥界)に赴(おもむ)くを許(ゆる)さず、陽世(ようせい=この世)の間(あいだ)にすなわち能(よ)く医(いや)し活(い)かすと説(い)えば、這(こ)の法児(ほう)才(ようや)く好(よ)からん。」

説(と)き了(おわ)らざるに、却(かえっ)て山門(さんもん)の前(まえ)に到(いた)り、径直(ただち)に入(い)り去(ゆ)き、尸首(しかばね)を将(もっ)て那(か)の禅堂(ぜんどう)の門前(もんぜん)に投(な)げ在(お)き、道(いわ)く、「師父(しふ)、起(お)きて邪(あやかし)を看(み)よ。」

那(か)の唐僧(とうぞう)睡(ねむ)り得(え)ず、正(まさ)に沙僧(しゃそう)と行者(ぎょうじゃ)の八戒(はっかい)を哄(だま)して去(ゆ)きて久(ひさ)しく回(かえ)らざる事(こと)を講(こう)ずる処(ところ)、忽(たちま)ち他(かれ)の来(きた)りて一声(ひとこえ)叫(よ)ぶを聴(き)き、唐僧(とうぞう)連忙(れんぼう=大急ぎ)で身(み)を起(おこ)して道(いわ)く、「徒弟(とてい)、甚(なん)を看(み)るか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「行者(ぎょうじゃ)の外公(がいこう=母方の祖父)、老猪(ろうちょ)を教(おし)えて背負(お)い将(もっ)て来(きた)らしめたり。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の馕糟(のうそう=食い意地の)の呆子(ほうけ)! 我(われ)が那(いず)れに甚(なん)の外公(がいこう)有(あ)らんか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)、你(なんじ)が外公(がいこう)に非(あら)ざれば、却(かえっ)て何(なん)ぞ老猪(ろうちょ)を教(おし)えて他(かれ)を背負(お)い来(きた)らしめたるか? 也(ま)た幾(いく)ばくの力(ちから)を費(つい)やせるを知(し)らざるなり!」

那(か)の唐僧(とうぞう)と沙僧(しゃそう)門(もん)を開(ひら)いて看(み)る処(ところ)、那(か)の皇帝(こうてい)容顔(ようがん)未(いま)だ改(あらた)めず、活(い)けるが般(ごと)き一般(おなじ)なり。

長老(ちょうろう)忽然(こつぜん)として惨凄(さんせい=痛まし)く道(いわ)く、「陛下(へいか)、你(なんじ)知(し)らずや那(いず)れの世(よ)の裏(うち)の冤家(えんか=仇)なるを、今(いま)の生(しょう)に他(かれ)に遇(あ)い、暗(ひそ)かに其(そ)の身(み)を喪(うしな)い、妻(つま)を抛(なげう)ち子(こ)に別(わか)れ、文武(ぶんぶ)の知(し)らざるを致(いた)し、多官(たかん)の暁(さと)らざるを致(いた)す! 憐(あわ)れむ可(べ)し你(なんじ)が妻子(さいし)の昏蒙(こんもう=暗愚)なる、誰(たれ)か曾(かつ)て香(こう)を焚(た)き茶(ちゃ)を献(けん)ずるを見(み)しや?」

忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)いて涙(なみだ)雨(あめ)の下(くだ)るが如(ごと)し。

八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)、他(かれ)の死(し)せるは可(べ)し你(なんじ)が事(こと)を干(おこな)うか? 又(ま)た是(こ)れ你(なんじ)が家(いえ)の父祖(ふそ=父祖)に非(あら)ざるに、他(かれ)を哭(な)いて怎(いか)にせんとするか!」

三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「徒弟(とてい)や、出家人(しゅっけにん)は慈悲(じひ)を本(もと)と為(な)し、方便(ほうべん)を門(もん)と為(な)す、你(なんじ)怎(なん)ぞ這(こ)の等(ごと)く心(こころ)硬(かた)きか?」

八戒(はっかい)道(いわ)く、「心(こころ)硬(かた)きに非(あら)ず、師兄(しけい)我(われ)と説(い)えるに、他(かれ)能(よ)く医(いや)し得(え)て活(い)かすと。若(も)し医(いや)して活(い)かさずんば、我(われ)も也(ま)た他(かれ)を背負(お)い来(きた)らざりしならん。」

那(か)の長老(ちょうろう)原(もと)来(もと)是(こ)れ一頭(ひとつ)の水(みず=優柔不断)なれば、那(か)の呆子(ほうけ)に揺(ゆ)り動(うご)かされ、也(ま)た便(すなわ)ちすなわち叫(よ)んで道(いわ)く、「悟空(ごくう)、若(も)し果(はた)して手段(しゅだん)有(あ)って這(こ)の皇帝(こうてい)を医(いや)し活(い)かさば、正(まさ)に是(こ)れ人(ひと)の一命(いちめい)を救(すく)うは、七級(しちきゅう)の浮図(ふと=仏塔)を造(つく)るに勝(まさ)れり、我(われ)らも也(ま)た霊山(りょうざん)に拝仏(はいぶつ)するに強(まさ)れり。」

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、你(なんじ)怎(なん)ぞ這(こ)の呆子(ほうけ)の乱談(らんだん=でたらめ)を信(しん)ずるか! 人(ひと)若(も)し死(し)せば、或(あるい)は三七(さんしち)・五七(ごしち)、尽七日(じんしちにち=七七日)を尽(つく)し、陽間(ようかん=この世)の罪過(ざいか)を受(う)け満(み)てば、すなわち転生(てんしょう)し去(さ)らん、如今(いま)已(すで)に死(し)して三年(さんねん)、如何(いかん)ぞ救(すく)い得(え)ん!」

三蔵(さんぞう)其(そ)の言(こと)を聞(き)いて道(いわ)く、「也(ま)た罷(よ)からん。」

八戒(はっかい)苦(くるし)く恨(うら)んで息(や)まず道(いわ)く、「師父(しふ)、你(なんじ)他(かれ)に瞞(だま)さるる莫(な)かれ、他(かれ)些(いくら)かの夹脳風(きょうのうふう=脳の病)有(あ)り。你(なんじ)只(た)だ那(か)の話児(わじ=例の呪)を念(とな)えよ、管(きっ)と你(なんじ)に一箇(ひとり)の活人(かつじん)を還(かえ)さん。」

真箇(まこと)に唐僧(とうぞう)すなわち《緊箍児咒(きんこじゅ)》を念(とな)えば、勒(しぼ)り得(え)て那(か)の猴子(さる)眼(め)脹(は)れ頭(かしら)疼(いた)む。

畢竟(ひっきょう)怎(いか)に生(い)きて医(いや)し救(すく)うを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。