ホーム > 西遊記 > Dai4

004 第四回 官(かん)弼馬温(ひつばおん)に封(ほう)じて心(こころ)何ぞ足(た)らん 名斉天(せいてん)に注(しる)されて意(い)未(いま)だ寧(やす)からず

かの太白金星(たいはくきんせい)と美猴王(びこうおう)は、同(とも)に洞天(どうてん)の深処(しんしょ=奥深く)を出(い)で、一斉(いっせい)に雲(くも)に駕(が)して起つ。元来(もと)悟空(ごくう)の觔斗雲(きんとうん)は衆(しゅう)に比(くら)べて同(おな)じからず、十分(じゅうぶん)に快疾(かいしつ=すこぶる速)なるを以(もっ)て、箇(ひとつ)の金星(きんせい)を脳後(のうご=後ろ)に撇(さ)り置(お)き、先(ま)ず南天門(なんてんもん)の外(そと)に至る。正に雲(くも)を収(おさ)めて前進(ぜんしん)せんと欲(ほっ)するに、増長天王(ぞうちょうてんのう)の龐(ほう)・劉(りゅう)・苟(こう)・畢(ひつ)・鄧(とう)・辛(しん)・張(ちょう)・陶(とう)を領い、一路(ひとすじ)の大力天丁(だいりきてんてい=大力の天の兵)、槍刀剣戟(そうとうけんげき)を以(もっ)て天門(てんもん)を遮(さえぎ)り止(とど)め、肯(あえ)て放(い)れ進れざるに遇(あ)う。猴王道(いわ)く、
「この金星(きんせい)の老児(ろうじ=老いぼれ)は、乃ち姦詐(かんさ=悪賢しき)の徒(やから)なり!既に老孫(ろうそん)を請(しょう)ずるに、いかにして人(ひと)をして刀(かたな)を動かし槍(ほこ)を動かし、門路(もんろ=門の道)を阻塞(そさい=ふさぎ)せしむるか」
と。正に嚷(わめ)く間(あいだ)に、金星(きんせい)倏(たちまち)到る。悟空(ごくう)すなわち覿面(てきめん=まのあたり)に向いて発狠(はっこん=いきりたって)道(いわ)く、
「汝(なんじ)この老児(ろうじ)、怎(いか)にして我を哄(たぶら)かすか。汝(なんじ)の玉帝(ぎょくてい)の招安(しょうあん)の旨意(しい)を奉(ほう)じて請(しょう)じに来ると説く被(ひ)に、却(かえ)って怎(いか)にしてこれらの人(ひと)をして天門(てんもん)を阻(はば)み止(とど)め、老孫(ろうそん)を放(い)れて進らしめざらしむるか」
と。金星(きんせい)笑って道(いわ)く、
「大王怒(いかり)を息(いこ)えたまえ。汝自ら来りて未(いま)だこの天堂(てんどう)に到らず、却又(かえって)名無(な)く、衆(しゅう)の天丁(てんてい)又汝(なんじ)与に素(もと)より相識(そうしき)ならず。他(かれ)怎(いか)でか肯(あえ)て汝(なんじ)の擅(ほしいまま)に入(い)るを放(ゆる)さん。如今(いま)天尊(てんそん)に謁(えつ)し、仙籙(せんろく=仙籍)を授(さず)かり、官名(かんめい)を注(しる)さるるを等(ま)て、向后(のち)汝(なんじ)の出入(しゅつにゅう)に随(したが)わば、誰(たれ)か復(ま)た遮(さえぎ)らんや」
と。悟空道(いわ)く、
「この等(よう)に説わば、也(ま)た罷(や)めん。我は進らじ」
と。金星(きんせい)又手(て)を用いて扯(ひ)き止(とど)めて道(いわ)く、
「汝還(ま)た我と同(とも)に進れ」
と。

天門(てんもん)に近(ちか)づくに将(まさ)にせんとして、金星(きんせい)高(たか)く叫んで道(いわ)く、
「あの天門(てんもん)の天将(てんしょう)、大小(だいしょう)の吏兵(りへい=役人と兵)、路を放(はな)ち開け。此れは乃ち下界(げかい)の仙人(せんにん)にして、我玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じて彼(かれ)を宣(せん)し来れるなり」
と。この増長天王(ぞうちょうてんのう)と衆(しゅう)の天丁(てんてい)、俱(とも)に才(ようや)く兵(へい)を斂(おさ)めて退避(たいひ)す。猴王始(はじ)めてその言を信(しん)ず。金星(きんせい)と同(とも)に緩(ゆる)やかに步(あゆ)みて裡(うち)に入(い)りて観看(み)(みわた)す。真箇(まこと)に是れ、
初(はじ)めて上界(じょうかい)に登(のぼ)り、乍(たちま)ち天堂(てんどう)に入(い)る。
金光(きんこう)万道(ばんどう)紅霓(こうげい=赤き虹)を滚(ころが)し、瑞気(ずいき)千条(せんじょう)紫霧(しむ)を噴(ふ)く。
ただ見よ、あの南天門(なんてんもん)は、碧沉沉(へきちんちん=深き碧)として琉璃(るり)の造(つく)り成(な)し、明幌幌(めいこうこう=明るく輝き)として宝玉(ほうぎょく)の妝(よそお)い成(な)れり。
両辺(りょうへん)に数十員(すうじゅういん)の鎮天元帥(ちんてんげんすい=天を鎮める元帥)を擺(なら)べ、一員一員(ひとりひとり)梁(はり)を頂(いただ)き柱(はしら)に靠(よ)り、銑(せん=ほこ)を持(たも)ち旄(ぼう=旗)を擁(いだ)く。
四下(あたり)に十数箇(じゅうすうこ)の金甲(きんこう)の神人(しんじん)を列(つら)ね、一箇一箇(めいめい)戟(げき)を執(と)り鞭(べん)を懸(か)け、刀(かたな)を持(たも)ち剣(けん)を仗(つ)く。
外廂(がいしょう=外側)は猶(な)お可(よ)し、内(うち)に入れば人(ひと)を驚(おどろ)かす。
裡壁(りへき=内の壁)の廂(しょう=片側)に幾根(いくつ)かの大柱(たいちゅう)有り、柱(はしら)の上に纏繞(てんじょう=まとい巻き)するは、金鱗(きんりん)日に耀(かがや)く赤鬚龍(せきしゅりゅう=赤き髭の龍)。
又幾座(いくつ)かの長橋(ちょうきょう)有り、橋(はし)の上に盤旋(ばんせん=めぐり舞う)するは、彩羽(さいう)空(くう)に凌(しの)ぐ丹頂鳳(たんちょうほう=丹頂の鳳)。
明霞(めいか)幌幌(こうこう)として天光(てんこう)に映(えい)じ、碧霧(へきむ)蒙蒙(もうもう)として斗口(とこう=星宿の口)を遮(おお)う。
この天の上に三十三座(さんじゅうさんざ)の天宮(てんきゅう)有り。乃ち遣雲宮(けんうんきゅう)、毗沙宮(びしゃきゅう)、五明宮(ごみょうきゅう)、太陽宮(たいようきゅう)、化楽宮(けらくきゅう)……一宮一宮(ひとつひとつ)脊(せ)に金穏獣(きんおんじゅう=金の穩定の獣)を呑(の)む。
又七十二重(しちじゅうにじゅう)の宝殿(ほうでん)有り。乃ち朝会殿(ちょうかいでん)、凌虚殿(りょうきょでん)、宝光殿(ほうこうでん)、天王殿(てんのうでん)、霊官殿(れいかんでん)……一殿一殿(ひとつひとつ)柱(はしら)に玉麒麟(ぎょくきりん)を列(つら)ぬ。
寿星台(じゅせいだい)の上に、千千年(せんぜんねん)卸(お)ろさざるの名花(めいか)有り。
煉薬炉(れんやくろ=薬を煉る炉)の辺に、万万載(ばんばんさい)常青(つねあお)の瑞草(ずいそう)有り。
又あの朝聖楼(ちょうせいろう)の前(まえ)に至れば、絳紗衣(こうさい=絳の紗の衣)、星辰(せいしん)燦爛(さんらん)たり。
芙蓉冠(ふようかん)、金璧(きんへき)輝煌(きこう)たり。
玉簪珠履(ぎょくしんしゅり=玉の簪と珠の沓)、紫綬金章(しじゅきんしょう=紫の組紐と金の印)。
金鐘(きんしょう)撞(つ)き動けば、三曹(さんそう)の神表(しんぴょう)丹墀(たんち=宮殿の朱の階段)に進み、
天鼓(てんこ)鳴(な)りし時(とき)、万聖(ばんせい)王(おう)に朝(ちょう)して玉帝(ぎょくてい)に参(さん)ず。
又あの霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に至れば、金釘(きんてい)玉戸(ぎょくこ)に集(あつ)まり、彩鳳(さいほう)朱門(しゅもん)に舞(ま)う。
複道回廊(ふくどうかいろう=重なりたる道と巡れる廊)、処処(しょしょ)玲瓏剔透(れいろうてきとう=透き通るほど精緻)たり。
三檐四簇(さんえんしぞく=三重の軒と四つの簇)、層層(そうそう)に龍鳳(りゅうほう)翱翔(こうしょう)す。
上に箇(ひとつ)の有り、紫巍巍(しぎぎ=紫高く)、明幌幌(めいこうこう)、円々(まるまる)として、亮灼灼(りょうしゃくしゃく=明るく輝き)、大金葫蘆頂(だいきんころとう=大いなる金の瓢箪の頂)。
下に天妃(てんひ)の掌扇(しょうせん=手(て)に持つ扇)を懸(か)くる有り、玉女(ぎょくにょ)の仙巾(せんきん=仙の布)を捧(ささ)ぐる有り。
悪狠狠(あくごんごん=凄まじき)なるは、朝(ちょう)を掌(つかさど)るの天将(てんしょう)。
気昂昂(きこうこう=気高き)なるは、駕(が)を護(まも)るの仙卿(せんけい)。
正に中間(まなか)に、琉璃盤(るりばん)の内(うち)に、許多(あまた)の重重畳畳(ちょうちょうじょうじょう=幾重にも重なる)の太乙丹(たいいつたん=太乙の丹薬)を放(お)き、
瑪瑙瓶(めのうへい=瑪瑙の瓶)の中に、幾枝(いくえだ)かの弯弯曲曲(わんわんきょくきょく=くねくねと曲がれる)の珊瑚樹(さんごじゅ)を插(さ)す。
正に是れ、
天宮(てんきゅう)の異物(いぶつ)は般般(はんはん=ことごとく)有り、世上(せじょう)に彼(かれ)の如きは件件(けんけん)無し。
金闕銀鑾(きんけつぎんらん=金の門と銀の鈴)并(ならび)に紫府(しふ=紫の宮)、
琪花瑶草(きかようそう=美しき花と瑶の草)曁(および)瓊葩(けいは=玉のごとき花)。
朝王(ちょうおう)の玉兔(ぎょくと=月の兎)は壇辺(だんべん)を過(よ)ぎり、
参聖(さんせい)の金烏(きんう=日の烏)は底(そこ)に著きて飛(と)ぶ。
猴王分(ぶん)有りて天境(てんきょう)に来り、人間(にんげん)の點(ひとしずく)の汚泥(おでい)にも堕(お)ちず。
と。

太白金星(たいはくきんせい)、美猴王(びこうおう)を領いて、霊霄殿(れいしょうでん)の外(そと)に到る。宣詔(せんしょう)を等(ま)たず、直(ただち)に御前(ごぜん)に至(いた)り、上に朝(むか)いて礼拜(らいはい)す。悟空身(み)を挺(の)ばして旁(かたわら)に在り、且(しばら)く朝礼(ちょうれい)せず、ただ耳(みみ)を側(そばだ)てて金星(きんせい)の啓奏(けいそう)するを以(もっ)て聴(き)く。金星(きんせい)奏(そう)して道(いわ)く、
「臣(しん)聖旨(せいし)を領し、已(すで)に妖仙(ようせん)を宣(せん)して到らしめ了んぬ」
と。玉帝(ぎょくてい)簾(すだれ)を垂(た)れて問うて曰(いわ)く、
「那箇(いずれ)か是れ妖仙(ようせん)なる」
と。悟空却(かえ)って才(ようや)く身(み)を躬(かが)めて応(こた)えて道(いわ)く、
「老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是なり」
と。仙卿(せんけい)ら都大(おおい)に驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)って道(いわ)く、
「この野猴(やこう=野良猿)!怎(いか)にして拝伏(はいふく)し参見(さんけん)せず、輙(すなわ)ち敢(あ)えてこの等(よう)に『老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是なり』と応(こた)えて道(い)えるか。却(かえ)って当に死(し)すべし!当に死(し)すべし!」
と。玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて道(いわ)く、
「かの孫悟空(そんごくう)は乃ち下界(げかい)の妖仙(ようせん)にして、初(はじ)めて人身(じんしん)を得(え)たるのみ、朝礼(ちょうれい)を知(し)らず。且(しばら)く姑(しばら)くその罪を恕(ゆる)せ」
と。衆(しゅう)の仙卿(せんけい)声(こえ)を叫んで、
「謝恩(しゃおん=恩に謝す)!」
と。猴王却(かえ)って才(ようや)く上に朝(むか)いて大喏(だいじゃく=大なる礼)を一つ唱(とな)う。玉帝(ぎょくてい)文選武選(ぶんせんぶせん=文・武の銓衡)の仙卿(せんけい)を宣(せん)して、かの処(ところ)の甚の官職(かんしょく)を少(か)くするかを看(み)、孫悟空(そんごくう)を著して除授(じょじゅ=任命)せしむ。旁(かたわら)より武曲星君(ぶきょくせいくん)転(めぐ)り過(よ)ぎて、啓奏(けいそう)して道(いわ)く、
「天宮(てんきゅう)の裡各宮各殿(かくきゅうかくでん)、各方各処(かっぽうかくしょ)、都官(かん)を少(か)かず。ただ御馬監(ぎょばかん=御馬司)に箇(ひとり)の正堂管事(せいどうかんじ=長官)を欠(か)くのみ」
と。玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて道(いわ)く、
「すなわち他(かれ)を除(じょ)して箇(ひとつ)の『弼馬温(ひつばおん)』を做さしめんか」
と。衆臣(しゅうしん)謝恩(しゃおん)を叫ぶに、他(かれ)也(ま)たただ上に朝(むか)いて大喏(だいじゃく)を一つ唱(とな)う。玉帝(ぎょくてい)又木徳星官(もくとくせいかん)を差(つかわ)して彼(かれ)を送りて御馬監(ぎょばかん)に去(ゆ)きて任(にん)に到らしむ。
当時(そのかみ)猴王歓歓喜喜(かんきかんぎ=大いに喜び)として、木徳星官(もくとくせいかん)与に径(ただち)に去(ゆ)きて任(にん)に到る。事畢(おわ)り、木徳星官(もくとくせいかん)宮(きゅう)に回る。彼監裡(かんり=監のうち)に在りて、監丞(かんじょう)・監副(かんふく)・典簿(てんぼ)・力士(りきし)、大小(だいしょう)の官員(かんいん)人等(じんとう)を会聚(かいしゅう)し、本監(ほんかん)の事務(じむ)を査明(さめい=調べ明らか)にするに、ただ天馬(てんま=天の馬)千匹(せんびき)有るのみ。乃ち是れ、
驊騮(かりゅう)騏驥(きき)、騄駬(りょくじ)繊離(せんり)。
龍媒(りゅうばい)紫燕(しえん)、挾翼(きょうよく)驌驦(しゅくそう)。
駃騠(けってい)銀騔(ぎんか)、騕褭(ようじょう)飛黄(ひこう)。
騊駼(とうと)翻羽(ほんう)、赤兔(せきと)超光(ちょうこう)。
逾輝(ゆき)弥景(びけい)、騰霧(とうむ)勝黄(しょうこう)。
追風(ついふう)絶地(ぜっち)、飛翻(ひほん)奔霄(ほんしょう)。
逸飄(いっぴょう)赤電(せきでん)、銅爵(どうしゃく)浮雲(ふうん)。
驄瓏虎(そうろうこ)、絶塵(ぜつじん)紫鱗(しりん)。
四極大宛(しきょくだいえん)、八駿九逸(はっしゅうきゅういつ)、千里絶群(せんりぜつぐん)。
——此等(これら)の良馬(りょうば)は、一箇一箇(めいめい)、
風(かぜ)に嘶(いなな)き電(いなずま)を逐(お)いて精神(せいしん)壮(さか)んに、
霧(きり)を踏(ふ)み雲(くも)に登って気力(きりょく)長(たけ)なし。
と。

この猴王文簿(ぶんぼ=帳簿)を査看(み)(さかん)し、馬数(ばすう)を点明(てんめい=点検明了)にす。本監(ほんかん)の中、典簿(てんぼ)は草料(そうりょう=馬草と秣)を征備(せいび=取り揃え)るを管(つかさど)り、力士官(りきしかん)は馬匹(ばひつ)を刷洗(さっせん=洗い清め)、草(くさ)を扎(たば)ね、水(みず)を飲(の)ましめ、料(かいば)を煮(に)るを管(つかさど)り、監丞(かんじょう)・監副(かんふく)は輔佐(ほさ)して催辦(さいべん=督促)す。弼馬(ひつば=馬を司る者)昼夜(ちゅうや)睡(ねむ)らず、馬匹(ばひつ)を滋養(じよう=肥やし養)う。日間(ひるま)の舞弄(ぶろう=遊び戯れ)は猶(な)お可(よ)し、夜間(よる)の看(み)管(かんかん=見張り)は殷勤(いんぎん=こまやか)にして、ただ馬の睡(ねむ)る有れば、趕(お)い起して草(くさ)を吃(くら)わせ、走ぐる有れば、捉(つか)まえ将(も)ち来(きた)りて槽(そう=飼い桶)に靠(よ)らしむ。あの天馬(てんま)ら彼(かれ)を見るや、耳(みみ)を泯(なだ)め蹄(ひづめ)を集(あつ)め、倒(かえ)って養(やしな)われて肉膘(にくひょう=肉づき)肥(こ)え満(み)てり。

覚(おぼ)えず半月(はんげつ)有餘(あまり)なり。一朝(あるあさ)の間暇(かんか=暇)に、衆の監官(かんかん)都酒席(しゅせき)を安排(あんばい)し、一には彼与に接風(せっぷう=到着を祝う)し、一には彼与に賀喜(がき=祝い喜ぶ)す。正に歓飲(かんいん)の間に在りて、猴王忽(たちま)ち杯(さかずき)を停(とど)めて問うて曰(いわ)く、
「我がこの『弼馬温(ひつばおん)』は是れ箇(ひとつ)の甚の官銜(かんがん=官職名)ぞ」
と。衆曰(いわ)く、
「官名(かんめい)すなわち此のみ」
と。又問(と)うて、
「この官は是れ箇(なん)の幾品(いくほん)ぞ」
と。衆道(いわ)く、
「品従(ひんじゅう=位階)有ること無し」
と。猴王道(いわ)く、
「品(ほん)無きは、想(おも)うに大なるの極(きわみ)ならん」
と。衆道(いわ)く、
「大ならず、大ならず。ただ喚(よ)んで『未入流(みにゅうりゅう=位階に入らぬ者)』と做すのみ」
と。猴王道(いわ)く、
「怎(いか)にして『未入流(みにゅうりゅう)』と叫ばるるか」
と。衆道(いわ)く、
「末等(ばっとう=最下級)なり。この様(よう)の官児(かんじ=官職)は、最(もっと)も低(ひく)く最(もっと)も小さく、ただ彼(かれ)に与えて馬を看(み)さしむるのみ。堂尊(どうそん=貴殿)の任(にん)に到(いた)りしよりこの方、この等(よう)に殷勤(いんぎん)にして、馬を喂(やしな)いて肥(こ)えしむるも、ただ箇(ひとつ)の『好し』の字(じ)を道(い)わるるに落(お)つのみ。如し稍(や)や些(いささ)かの尪羸(おうるい=痩せ衰え)有らば、還(ま)た見責(けんせき=咎め)を受(う)け、再(ふたた)び十分(じゅうぶん)に傷損(しょうそん=傷み損じ)あらば、還(ま)た罰贖(ばっしょく=罰金)を問い罪を問わる」
と。猴王此(これ)を聞き、覚(おぼ)えず心頭(しんとう=胸のうち)に火(ひ)起り、歯(は)を咬(か)んで大に怒(いか)って道(いわ)く、
「この般(ほど)に老孫(ろうそん)を藐視(びょうし=見下げ)すか!老孫(ろうそん)はあの花果山に在りて、王(おう)と称(しょう)じ祖(そ)と称(しょう)ずるに、怎(いか)にして我を哄(たぶら)かして来(きた)りて他(かれ)に替(か)わりて馬を養(やしな)わしむるか。馬を養(やしな)う者は、乃ち後生(こうせい=若輩)小輩(しょうはい=身分の低き者)の下賤(げせん)の役(えき)なるに、豈(あ)に是れ我を待(あしら)うところならんや。他(かれ)を做さじ!他(かれ)を做さじ!我将(まさ)に去かんとす!」
と。忽喇(こつらつ=がらり)と一声(ひとこえ)、公案(こうあん=役所の机)を把ちて推(お)し倒(たお)し、耳(みみ)の中より宝貝(ほうばい)を取り出し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来の粗細(あらさ)と為し、一路(ひとすじ)に解数(げすう=技の型)を繰(く)り、直(ただち)に御馬監(ぎょばかん)を打ち出(い)で、径(ただち)に南天門(なんてんもん)に至る。衆の天丁(てんてい)は他(かれ)の仙籙(せんろく)を受(う)けて乃ち箇(ひとつ)の弼馬温(ひつばおん)なるを知れば、敢(あ)えて阻当(そとう=阻止)せず、他(かれ)をして天門(てんもん)を打ち出(い)でて去らしめたり。

須臾(しばらく)にして雲頭(うんとう)を按(おろ)し落(おと)し、花果山の上に回り至る。ただ見よ、あの四健将(しけんしょう)与各洞(かくどう)の妖王(ようおう)の、かの処(ところ)に在りて兵卒(へいそつ)を操演(そうえん)しおるを。この猴王声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫んで道(いわ)く、
「小さき者どもよ!老孫(ろうそん)来れり!」
と。一群(ひとむれ)の猴都(みな)来(きた)りて叩頭(こうべをうち)し、迎接(げいせつ)して洞天(どうてん)の深処(しんしょ)に進れ、請(こ)うて猴王高(たか)く宝位(ほうい)に登らしめ、一壁廂(いっぺきしょう=一方では)酒(さけ)を弁(もう)けて接風(せっぷう)し、都道(いわ)く、
「恭喜(きょうき=おめでとう)大王(だいおう)、上界(じょうかい)に去くこと十数年(じゅうすうねん)、想(おも)うに必(かなら)ず意(い)を得(え)て栄(さか)え帰(かえ)りたもうならん」
と。猴王道(いわ)く、
「我才(ようや)く半月(はんげつ)有餘(あまり)なるに、那(いずく)にか十数年(じゅうすうねん)有らん」
と。衆猴道(いわ)く、
「大王(だいおう)、汝天(てん)に在るときは、時辰(じしん=時のたつ)を覚(おぼ)えず。天の上の一日(いちじつ)は、すなわち下界(げかい)の一年(いちねん)なり哩(ぞ)。請(こ)う問わん、大王(だいおう)の官は何の職(しょく)に居(お)るか」
と。猴王手(て)を揺(ゆ)って道(いわ)く、
「好く説えず!好く説えず!活活(かつかつ=生きながら)に人を羞(はじ)らかし殺(ころ)すかな!かの玉帝(ぎょくてい)は人を用うることを会(え)せず、他(かれ)老孫(ろうそん)のこの般(ごと)き模様(すがた)を見て、我を封(ほう)じて箇(ひとつ)の甚の『弼馬温(ひつばおん)』と做せり。元来(もと)是れ他(かれ)与に馬を養(やしな)う者にして、未入流(みにゅうりゅう)の品(ほん)の類(たぐい)なり。我初(はじ)めて任(にん)に到(いた)りし時は知らず、ただ御馬監(ぎょばかん)の中に在りて頑耍(がんしゃ=たわむれ遊ぶ)せしのみ。今日(こんにち)同寮(どうりょう)に問うに及(およ)んで、始(はじ)めて是れこの等(よう)に卑賤(ひせん)なるを知れり。老孫(ろうそん)心中(しんちゅう)大に悩(なや)み、席面(せきめん=宴の席)を推(お)し倒(たお)し、官銜(かんがん)を受(う)けず、此に因(よ)りて走げ下り来れり」
と。衆猴道(いわ)く、
「来れること好し!来れること好し!大王(だいおう)この福地洞天(ふくちどうてん)の処(ところ)に在りて王(おう)と為り、多少(いかに)尊重(そんちょう)にして快楽(けらく)なるに、怎(いか)でか肯て去(ゆ)きて他(かれ)与に馬夫(ばふ=馬の世話係)と做らんや」
と。教(おし)えて、
「小さき者どもよ!快(すみや)か酒(さけ)を弁(もう)けて、大王与に悶(もん)を釈(と)けよ」
と。

正に飲酒(いんしゅ)歓会(かんかい)の間に、人の来(きた)り報(ほう)じて道(いわ)く、
「大王(だいおう)、門外(もんがい)に二箇(ふたり)の独角鬼王(どっかくきおう=一角の鬼の王)有り、大王(だいおう)に見えんと要(ほっ)す」
と。猴王道(いわ)く、
「他(かれ)を教(おし)えて進れよ」
と。かの鬼王(きおう)衣(ころも)を整(ととの)えて洞中(どうちゅう)に跑(はし)り入(い)り、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)す。美猴王他(かれ)に問うて、
「汝我に見えて何の干(かかわり)か有る」
と。鬼王(きおう)道(いわ)く、
「久(ひさ)しく大王(だいおう)の賢(けん)を招(まね)くと聞けども、由(よし)を得(え)て見ゆること無し。今(いま)大王(だいおう)の天録(てんろく=天の禄)を授(さず)かり、意(い)を得(え)て栄(さか)え帰(かえ)りたもうを見、特に赭黄袍(しゃこうほう=赭き黄の袍)一件(ひとつ)を献(たてまつ)りて、大王与に慶(けい)を称(たた)えんとす。肯て鄙賤(ひせん=卑しき)を棄(す)てず小人(しょうじん=私)を収納(しゅうのう)したまわば、亦(ま)た犬馬(けんば)の労(ろう)を効(いた)すを得(う)べし」
と。猴王大(おおい)に喜(よろこ)び、赭黄袍(しゃこうほう)を将(も)ちて穿(き)起せば、衆等(しゅとう=皆の者)欣然(きんぜん)として班(つらね)を排(なら)べ朝拝(ちょうはい)す。すなわち鬼王(きおう)を将(も)ちて前部総督先鋒(ぜんぶそうとくせんぽう=前部総督の先鋒)に封(ほう)ず。鬼王(きおう)謝恩(しゃおん)し畢(おわ)り、復(ま)た啓(もう)して道(いわ)く、
「大王天(てん)に在すこと許久(ひさしく)、授(さず)かりたもう所(ところ)は何の職(しょく)ぞ」
と。猴王道(いわ)く、
「玉帝(ぎょくてい)賢(けん)を軽(かろ)んじ、我を封(ほう)じて箇(ひとつ)の甚の『弼馬温(ひつばおん)』と做せり!」
と。鬼王(きおう)言を聴(き)き、又奏(そう)して道(いわ)く、
「大王(だいおう)この神通有りながら、いかにして他(かれ)与に馬を養(やしな)わんや。すなわち箇(ひとつ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』と做るも、何の可(いか)ならざるか有らん」
と。猴王説を聞きて歓喜(かんぎ)勝(た)えず、連(つづ)けて幾箇(いくつ)かの、
「好し!好し!好し!」
と道(い)い、四健将(しけんしょう)に教(おし)えて、
「すなわち我に替(か)わりて快(すみや)か箇(ひとつ)の旌旗(せいき=旗さしもの)を置(しつら)え、旗(はた)の上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四大字(よんだいじ)を写(うつ)し、竿(さお)を立(た)てて張(は)り掛(か)けよ。此自り以后(このかた)、ただ我を称(しょう)して斉天大聖(せいてんたいせい)と為し、再(ふたた)び大王(だいおう)と称(しょう)ずるを許(ゆる)さず。亦(ま)た各洞(かくどう)の妖王(ようおう)に伝(つた)えて、一体(いったい=ことごとく)知悉(ちしつ=承知)せしむべし」
と。此れ話下(わか=語るところ)に在らず。
さて、かの玉帝(ぎょくてい)次日(あくるひ)朝(ちょう)を設(もう)くるに、ただ見よ、張天師(ちょうてんし)の御馬監(ぎょばかん)の監丞(かんじょう)・監副(かんふく)を引(ひ)きて丹墀(たんち)の下に在りて拝奏(はいそう=拝し奏上)して道(いわ)く、
「万歳(ばんぜい)、新任(しんにん)の弼馬温(ひつばおん)孫悟空(そんごくう)、官の小さきを嫌(いや)がり、昨日(きのう)反(かえ)って天宮(てんきゅう)を下りて去り了んぬ」
と。正に説う間に、又南天門(なんてんもん)の外(そと)の増長天王(ぞうちょうてんのう)の衆の天丁(てんてい)を領いて、亦(ま)た奏(そう)して道(いわ)く、
「弼馬温(ひつばおん)何の故(ゆえ)にか知らず、天門(てんもん)を走げ出(い)でて去り了んぬ」
と。玉帝(ぎょくてい)言を聞き、すなわち旨(むね)を伝(つた)えて、
「両路(りょうろ=両方)の神元(しんげん=神の兵)をして各(おのおの)本職(ほんしょく)に帰(かえ)らしめよ。朕(ちん)天兵(てんぺい)を遣(つかわ)してこの怪(かい)を擒(とら)え擒(とら)えん」
と。班部(はんぶ=列座)の中より托塔李天王(たくとうりてんのう)与に哪吒三太子(なたさんたいし)の閃(ひらめ)き上み、班(つらね)を越(こ)えて奏上(そうじょう)して道(いわ)く、
「万歳(ばんぜい)、微臣(びしん=拙臣)不才(ふさい=非才)なれども、旨(むね)を請(こ)いてこの妖怪(ようかい)を降(くだ)さん」
と。玉帝(ぎょくてい)大に喜(よろこ)び、すなわち托塔天王李靖(たくとうてんのうりせい)を降魔大元帥(ごうまだいげんすい=魔を降す大元帥)に封(ほう)じ、哪吒三太子(なたさんたいし)を三壇海会大神(さんだんかいえだいしん)に封(ほう)じ、即刻(そくこく)に師(し)を興(おこ)して下界(げかい)に下らしむ。

李天王(りてんのう)与に哪吒(なた)叩頭(こうべをうち)して謝(しゃ)し辞(じ)し、径(ただち)に本宮(ほんきゅう)に至(いた)り、三軍(さんぐん)を点(てん)じ起し、衆の頭目(とうもく)を帥(ひき)い、巨霊神(きょれいしん)を著して先鋒(せんぽう)と為し、魚肚将(ぎょとしょう=魚の腹の将)をして後(うしろ)を掠(かす)めしめ、薬叉将(やくしゃしょう=薬叉の将)をして兵(へい)を催(うなが)さしむ。一霎時(ひととき)にして南天門(なんてんもん)の外(そと)に出(い)で、径(ただち)に花果山(かかざん)に来(きた)り到る。平陽(へいよう=平地)の処(ところ)を選(えら)んで営寨(えいさい=陣営)を安(やす)んじ、令(れい)を伝(つた)えて巨霊神(きょれいしん)をして挑戦(ちょうせん=戦いを挑ま)せしむ。巨霊神(きょれいしん)令(れい)を得(え)、結束(けっそく=身支度)を整斉(せいせい)し、宣花斧(せんかふ)を輪(ふる)いて、水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に到る。ただ見よ、小洞門(しょうどうもん)の外(そと)に、許多(あまた)の妖魔(ようま)有り、都これ些(いささ)かの狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)の類(たぐい)にして、丫丫叉叉(ああささ=ごちゃごちゃ)と、槍(ほこ)を輪(ふる)い剣(けん)を舞(ま)わし、かの処(ところ)に在りて跳り闘(たたか)い咆哮(ほうこう=ほえたけ)るを。この巨霊神(きょれいしん)喝(かつ=しかりつけ)して道(いわ)く、
「あの業畜(ごうちく=畜生め)!快(すみや)か早(はや)く去(ゆ)きて弼馬温(ひつばおん)に報(ほう)じ知らせよ。吾(われ)は乃ち上天(じょうてん)の大将(たいしょう)にして、玉帝(ぎょくてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じて此に到(いた)りて収伏(しゅうふく)す。他(かれ)をして早(はや)く早(はや)く出(い)で来(きた)りて降(こう)を受(う)けしめよ。汝等(なんじら)の皆傷(きずつ)き残(そこな)わるるを免(まぬか)れんとならば」
と。あの些(こ)の怪(かい)ら、奔奔波波(ほんぽはぽ=右往左往)として洞中(どうちゅう)に伝(つた)え報(ほう)じて道(いわ)く、
「禍事(かじ=一大事)なり!禍事(かじ)なり!」
と。猴王問(と)うて、
「甚の禍事(かじ)か有る」
と。衆妖(しゅうよう)道(いわ)く、
「門外(もんがい)に一員(ひとり)の天将(てんしょう)有り、口(くち)に大聖(たいせい)の官銜(かんがん)を称(しょう)し、玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じて此に来(きた)りて収伏(しゅうふく)すと道(い)い、早(はや)く出(い)で去(ゆ)きて降(こう)を受(う)け、我等(われら)が性命(せいめい=命)を傷(そこな)わるるを免(まぬか)れんことを教(おし)う」
と。猴王説を聴(き)き、教(おし)えて、
「我が披掛(ひかく=冑と鎧)を取り来れ!」
と。すなわち紫金冠(しきんかん=紫金の冠)を戴(いただ)き、黄金甲(おうごんこう=黄金の鎧)を貫(つらぬ)き、歩雲鞋(ほうんかい=雲を踏む沓)を登き、手(て)に如意金箍棒(にょいきんこぼう)を執(と)り、衆を領いて門(かど)を出(い)で、陣勢(じんせい)を擺(ひら)き開く。この巨霊神(きょれいしん)睛(ひとみ)を睜(みは)りて観看(み)(みわた)す。真(まこと)に好き猴王(こうおう)かな、
身に金甲(きんこう)を穿(き)れば亮堂堂(りょうどうどう=ぴかぴか)とし、
頭(こうべ)に金冠(きんかん)を戴(いただ)けば光(ひかり)映映(えいえい)たり。
手(て)に金箍棒(きんこぼう)一根(ひとふり)を挙(あ)げ、
足(あし)に雲鞋(うんかい)を踏(ふ)めば皆相(あい)称(かな)えり。
一双(ふたつ)の怪眼(かいがん)は明星(みょうじょう=明けの星)に似(に)、
両耳(りょうじ)肩(かた)を過(す)ぎて査(さ)えて又た硬(かた)し。
挺挺(ていてい=すっくと)たる身才(しんさい=体つき)変化(へんげ)多(おお)く、
声音(せいおん)響(ひび)き亮(あき)らけきこと鐘磬(しょうけい=鐘と磬)の如し。
尖嘴咨牙(せんししが=尖れる嘴に剥ける牙)の弼馬温(ひつばおん)、
心(こころ)高(たか)く斉天聖(せいてんせい)と做らんと欲(ほっ)す。
と。

巨霊神(きょれいしん)声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫んで道(いわ)く、
「あの潑猴(はっこう=暴れ猿)!汝我を認(みと)むるか」
と。大聖(たいせい)言を聴(き)き、急(いそ)ぎ問うて道(いわ)く、
「汝(なんじ)は是れ那路(いずれ)の毛神(もうしん=毛むくじゃらの神)ぞ。老孫(ろうそん)曾(かつ)て汝(なんじ)に会(あ)わず。汝快(すみや)か名を報(ほう)ぜよ」
と。巨霊神(きょれいしん)道(いわ)く、
「我汝があの欺心(ぎしん=心欺く)の猢猻(こしゅん=猿)めを把らえん!汝(なんじ)は是れ我を認(みと)め得(え)ざるか!我は乃ち高上(こうじょう=崇高)の神霊(しんれい)托塔李天王(たくとうりてんのう)の部下(ぶか)の先鋒(せんぽう)、巨霊天将(きょれいてんしょう)なり!今(いま)玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じて此に到(いた)りて汝(なんじ)を収降(しゅうこう)す。汝快(すみや)か装束(しょうぞく=身なり)を卸(おろ)し、天恩(てんおん=天の恩)に帰順(きじゅん)せよ。この満山(まんざん)の諸畜(しょちく=獣ども)の誅(ちゅう=殺され)を遭(あ)うを免(まぬか)れしめん。若(も)し箇(ひとつ)の半(なかば)の『不(いな)』の字(じ)を道(い)わば、汝(なんじ)をして頃刻(けいこく=またたく間)に化(け)して齏粉(さいふん=粉みじん)と為らしめん!」
と。
猴王説を聴(き)き、心中(しんちゅう)大に怒(いか)って道(いわ)く、
「潑毛神(はつもうしん=暴れ者の毛神)、大口(たいこう=大言)を誇(ほこ)るを休(や)め、長舌(ちょうぜつ=長い舌)を弄(ろう)すること少(すくな)くせよ!我本(もと)一棒(ひとぼう)に汝(なんじ)を打ち殺(ころ)さんと待(ま)てども、人の去(ゆ)きて信(しん)を報(ほう)ずる者無きを恐(おそ)る。且(しばら)く汝(なんじ)の性命(せいめい)を留(とど)め、快(すみや)く早(はや)く天に回り、玉皇(ぎょっこう)に向いて説え、『他(かれ)甚だ賢(けん)を用いず』と。老孫(ろうそん)無窮(むきゅう=限りなき)の本事(ほんじ=腕)有るに、何為(なんす)れぞ我をして他(かれ)に替(か)わりて馬を養(やしな)わしむるか。汝我がこの旌旗(せいき=旗)の上の字号(じごう=文字)を看(み)(み)よ。若(も)しこの字号(じごう)に依(よ)りて官を升(しょう)ぜば、我すなわち刀兵(とうへい=武力)を動かさず、自然(じねん)に天地(てんち)清泰(せいたい=安らか)ならん。如し依(よ)らずんば時間(ただち)に、すなわち霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上り、他(かれ)の竜床(りゅうしょう=龍の寝床)をして定ず坐し得(え)ざらしめん!」
と。

この巨霊神(きょれいしん)此の言を聞き、急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて風(かぜ)に迎(むか)いて観看(み)(みわた)するに、果(はた)して門外(もんがい)に一の高竿(こうかん=高い竿)の竪(た)てる有り、竿(さお)の上に旌旗(せいき)一面(ひとひら)有り、上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四大字(よんだいじ)を写(うつ)せり。巨霊神(きょれいしん)三声(みこえ)冷笑(れいしょう=冷ややかに笑い)して道(いわ)く、
「この潑猴(はっこう)、この等(よう)に人事(じんじ=物の分別)を知らず、輙(すなわ)ち敢(あ)えて無状(ぶじょう=無礼)なるかな、汝(なんじ)すなわち斉天大聖(せいてんたいせい)と做らんと欲(ほっ)すとは!好きに吾(わ)が一斧(ひとおの)を吃(くら)え!」
と。劈頭(へきとう=真っ向)よりすなわち砍(き)り将(も)ち去く。かの猴王正に是れ、
「会家(かいか=手練れ)は忙(いそ)がず」
とて、金箍棒(きんこぼう)を将(も)ちて手(て)に応(おう)じて相(あい)迎(むか)う。この一場(ひとくさり)の好き殺(たたか)いかな、
棒(ぼう)は如意(にょい)と名け、斧(おの)は宣花(せんか)と号(ごう)す。
他(かれ)の両箇(ふたり)乍(たちま)ち相(あい)逢(あ)いて、深浅(しんせん=力量のほど)を知らず。
斧(おの)と棒(ぼう)、左右(さゆう)に交加(こうか=交わり)す。
一箇(ひとり)は神妙(しんみょう=霊妙)を暗(ひそ)かに蔵(かく)し、一箇(ひとり)は大口(たいこう)に称(しょう)え誇(ほこ)る。
法(ほう)を使(つか)い動かせば、雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(つ)き、
手(て)を展(の)べ開けば、土(つち)を播(ま)き沙(すな)を揚(あ)ぐ。
天将(てんしょう)の神通(じんつう)は即(すなわ)ち道(みち)有り、猴王(こうおう)の変化(へんげ)は実(げ)に涯(かぎ)り無し。
棒(ぼう)を挙(あ)ぐるは却(かえ)って龍(りゅう)の水(みず)に戯(たわむ)るるが如く、
斧(おの)の来るは猶(な)お鳳(ほう)の花(はな)を穿(うが)つに似(に)たり。
巨霊(きょれい)の名望(めいぼう)天下(てんか)に伝(つた)われども、元来(もと)本事(ほんじ)は他(かれ)に如かず。
大聖(たいせい)軽軽(けいけい=軽々)と鉄棒(てつぼう)を輪(ふる)い、
頭(こうべ)に著てること一下(ひとくだり)に満身(まんしん)麻(しび)る。
と。

巨霊神(きょれいしん)祇(ただ)他(かれ)に敵(てき)し住(とど)まること能わず、猴王(こうおう)の劈頭(へきとう)より一棒(ひとぼう)を被(こうむ)り、慌(あわ)てて斧(おの)を将(も)ちて架(か)ぎ隔(へだ)つるに、呵嚓(かさつ=がしゃん)と一声(ひとこえ)、箇(ひとつ)の斧柄(ふへい=斧の柄)を把ちて打ちて両截(ふたつ)と做し、急(いそ)ぎ身(み)を撤(ひ)いて陣(じん)を敗(やぶ)りて逃生(とうせい=逃げ延び)る。猴王笑って道(いわ)く、
「膿包(のうほう=うみ袋め)!膿包(のうほう)!我已(すで)に汝(なんじ)を饒(ゆる)せり。汝快(すみや)く去(ゆ)きて信(しん)を報(ほう)ぜよ!快(すみや)く去(ゆ)きて信(しん)を報(ほう)ぜよ!」
と。

巨霊神(きょれいしん)営門(えいもん)に回り至(いた)り、径(ただち)に托塔天王(たくとうてんのう)に見え、忙(いそ)ぎ哈哈(はは=あはあは)と下跪(ひざまず)いて道(いわ)く、
「弼馬温(ひつばおん)果(はた)して是れ神通広大(こうだい)なり!末将(まっしょう=拙者)他(かれ)与に戦(たたか)うを得(え)ず、陣(じん)を敗(やぶ)りて回り来(きた)りて罪を請(こ)う」
と。李天王(りてんのう)怒(いかり)を発(はっ)して道(いわ)く、
「この厮(し=奴)吾(わ)が鋭気(えいき=鋭き気)を挫(くじ)けり。推(お)し出してこれを斬(き)れ!」
と。旁(かたわら)より哪吒太子(なたいし)閃(ひらめ)き出(い)で、拝(おが)み告(もう)して、
「父王(ぶおう)怒(いかり)を息(いこ)えたまえ。且(しばら)く巨霊(きょれい)の罪を恕(ゆる)し、孩児(がいじ=私め)の師(し)を出すこと一遭(ひとたび)を待(ま)ちて、すなわち深浅(しんせん)を知らん」
と。天王(てんのう)諫(いさめ)を聴(い)れ、且(しばら)く営(えい)に回りて罪を待(ま)ち事を管(つかさど)らしむ。
この哪吒太子(なたいし)は、甲冑(かっちゅう=冑と鎧)を斉整(せいせい)にし、営盤(えいばん=陣営)を跳り出(い)で、水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に撞(つ)き至る。かの悟空正に兵(へい)を収(おさ)めんと来るに、哪吒(なた)の来るの勇猛(ゆうもう=勇ましき)なるを見る。好き太子(たいし)かな、
総角(そうかく=髪の角)才(わず)かに囟(しん=泉門)を遮(おお)い、
披毛(ひもう=垂れ毛)未(いま)だ肩(かた)を蓋(おお)わず。
神奇(しんき=霊妙)にして敏悟(びんご=聡き)なること多(おお)く、
骨秀(こっしゅう=骨格秀で)更(さら)に清妍(せいけん=清らかに美し)し。
誠(まこと)に天上(てんじょう)の麒麟子(きりんし=麒麟の子)と為り、
果(はた)して煙霞(えんか)の彩鳳仙(さいほうせん=彩りの鳳凰の仙)なり。
龍種(りゅうしゅ=龍の種)自然(じねん)に俗相(ぞくそう=凡俗の相)に非(あら)ず、
妙齢(みょうれい=若き齢)端(ただ)しく塵凡(じんぼん=塵の凡人)に類(るい)せず。
身に六般(ろっぱん=六種)の神器械(しんきかい=神の武器)を帯(たい)し、
飛騰(ひとう)変化(へんげ)広(ひろ)くして辺り無し。
今(いま)玉皇(ぎょっこう)の金口(きんこう=玉の口)の詔(みことのり)を受(う)け、
勅(みことの)りして海会(かいえ)と号(ごう)し三壇(さんだん)と封(ほう)ぜらる。
と。

悟空迎(むか)え近(ちか)づき前(すす)み来(きた)りて問うて曰(いわ)く、
「汝(なんじ)は誰家(たがいえ)の小哥(しょうか=若君)ぞ。吾(わ)が門(かど)に闖(つ)け近(ちか)づき、何の事の干(かかわり)か有る」
と。哪吒(なた)喝(かつ)して道(いわ)く、
「潑妖猴(はつようこう=暴れ妖猿)!豈(あ)に我を認(みと)めざるか。我は乃ち托塔天王(たくとうてんのう)の三太子(さんたいし)哪吒(なた)是なり。今(いま)玉帝(ぎょくてい)の欽差(きんさ=勅命)を奉(ほう)じて此に至(いた)りて汝(なんじ)を捉(とら)えん」
と。悟空笑って道(いわ)く、
「小太子(しょうたいし)よ、汝(なんじ)が乳歯(にゅうし=乳の歯)は未(いま)だ退(ぬ)けず、胎毛(たいもう=産毛)未(いま)だ乾(かわ)かざるに、怎(いか)でか敢(あ)えてこの般(ごと)き大話(たいわ=大言)を説えるか。我且(しばら)く汝(なんじ)の性命(せいめい)を留(とど)めて汝(なんじ)を打たじ。汝(なんじ)ただ我が旌旗(せいき)の上の是れ甚の字号(じごう)なるかを看(み)、玉帝(ぎょくてい)に拝(はい)し上れ。是の般(ごと)き官銜(かんがん)ならば、再(ふたた)び衆を動かすを須(もち)いず、我自から皈依(きえ=帰依)せん。若(も)し我が心(こころ)に遂(かな)わざれば、定ず霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上らん」
と。哪吒(なた)頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)(み)る処(ところ)、乃ち「斉天大聖(せいてんたいせい)」の四字(よじ)なり。哪吒(なた)道(いわ)く、
「この妖猴(ようこう)能く幾許(いくばく)の神通(じんつう)か有りて、すなわち敢(あ)えてこの名号(みょうごう)を称(しょう)ずるか!怕(おそ)るること莫(な)かれ!吾(わ)が一剣(ひとつるぎ)を吃(くら)え!」
と。悟空道(いわ)く、
「我ただ站(た)ち下りて動かず、汝(なんじ)の幾剣(いくつ)かを砍(き)るに任(まか)せんのみ」
と。かの哪吒(なた)奮怒(ふんぬ=奮い怒り)、大に一声(ひとこえ)喝(かつ)し、
「変(へん)ぜよ!」
と叫ぶ。即(すなわ)ち変(へん)じて三頭六臂(さんとうろっぴ=三つの頭と六つの腕)と做り、悪狠狠(あくごんごん=凄まじく)、手(て)に六般(ろっぱん)の兵器(へいき)を持(たも)ち著く。乃ち是れ斬妖剣(ざんようけん=妖(よう)を斬る剣)、砍妖刀(かんようとう=妖(よう)を砍る刀)、縛妖索(ばくようさく=妖(よう)を縛る綱)、降妖杵(ごうようしょ=妖(よう)を降す杵)、繍球児(しゅうきゅうじ=刺繍の毬)、火輪児(かりんじ=火の輪)にして、丫丫叉叉(ああささ=ごちゃごちゃ)と、面(かお)を撲(う)ちて打ち来る。悟空見(み)て、心(こころ)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、
「この小哥(しょうか)倒(かえ)って也(ま)た些(いささ)かの手段(しゅだん)を弄(ろう)することを会(え)す!無礼(ぶれい)なる莫(な)かれ、我が神通(じんつう)を看(み)(み)よ!」
と。好き大聖(たいせい)かな、声(こえ)を喝(かつ)して、
「変(へん)ぜよ!」
と。也(ま)た変(へん)じて三頭六臂(さんとうろっぴ)と做り、金箍棒(きんこぼう)を把ちて幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、也(ま)た変(へん)じて三条(さんじょう)と做し、六隻(ろっぴき)の手(て)に三条(みすじ)の棒(ぼう)を拿りて架(か)ぎ住(とど)む。この場(ひとくさり)の闘(たたか)い、真箇(まこと)に是れ地動き山(やま)揺(ゆる)ぐ、好き殺(たたか)いかな、
六臂(ろっぴ)の哪吒太子(なたいし)、天生(てんせい)の美石猴王(びせきこうおう)。
相逢(あいまみ)うるは真(しん)の対手(たいしゅ=好敵手)、正に本源流(ほんげんりゅ=同じ源流)に遇(あ)う。
那箇(かちら)は蒙(こうむ)り差(つかわ)されて下界(げかい)に来(きた)り、
此箇(こちら)は心(こころ)を欺(あざむ)いて斗牛(とぎゅう=星宿)を鬧(さわ)がす。
斬妖(ざんよう)の宝剣(ほうけん)は鋒芒(ほうぼう=切っ先)快(こころよ)く、
砍妖(かんよう)の刀(かたな)は狠(こん=苛烈)にして鬼神(きしん)も愁(うれ)う。
縛妖(ばくよう)の索子(さくす=綱)は飛蟒(ひもう=飛ぶ大蛇)の如く、
降妖(ごうよう)の大杵(だいしょ=大なる杵)は狼頭(ろうとう=狼の頭)に似(に)たり。
火輪(かりん)電(いなずま)を掣(ひ)きて烘烘(こうこう=ぱちぱち)と艶(あで)やかに、
往往来来(おうおうらいらい)として繍球(しゅうきゅう)を滚(ころが)す。
大聖(たいせい)三條(みすじ)の如意棒(にょいぼう)、
前(まえ)に遮(さえぎ)り後(うしろ)に擋(ふせ)ぎて機謀(きぼう=はかりごと)を運(めぐ)らす。
苦(くる)しみ争(あらそ)うこと数合(すうごう=幾合)も高下(こうげ=優劣)無く、
太子(たいし)心(こころ)中肯(あえ)て休(や)まじとす。
あの六件(ろっけん)の兵器(へいき)を把ちて多く変(へん)ぜしめ、
百千万億(ひゃくせんまんおく)として頭(こうべ)を照(てら)して投(なげう)つ。
猴王懼(おそ)れず呵呵(かか=からから)と笑い、
鉄棒(てつぼう)翻騰(ほんとう=舞い翻り)して自から運籌(うんちゅう=策を巡ら)す。
一を以(もっ)て千(せん)と化(け)し千(せん)を万(まん)と化(け)し、
満空(まんくう=空いっぱい)に乱(みだ)りに舞(ま)いて飛虬(ひきゅう=飛ぶ龍)に賽(まさ)る。
唬(おどろ)かされて各洞(かくどう)の妖王(ようおう)都戸(と)を閉(とざ)し、
遍山(へんざん)の鬼怪(きかい)尽(ことごと)く頭(こうべ)を蔵(かく)す。
神兵(しんぺい)の怒気(どき)は雲(くも)惨惨(さんさん=もの寂しく)、
金箍(きんこ)の鉄棒(てつぼう)は響(ひび)き颼颼(しゅうしゅう=ひゅうひゅう)たり。
かの壁廂(へきしょう=向こう側)、天丁(てんてい)吶喊(とっかん=鬨の声)して人人(ひとびと)怕(おそ)れ、
この壁廂(へきしょう=こちら側)、猴怪(こうかい)旗(はた)を揺(ゆ)りて箇箇(おのおの)憂(うれ)う。
発狠(はっこん=いきりたち)して両家(りょうけ)斉(ひと)しく勇(ゆう)を闘(たたか)わす。
と。

三太子(さんたいし)与に悟空各(おのおの)神威(しんい=神の威)を騁(はせ)り、三十回合(さんじゅうがい)を闘(たたか)えり。かの太子(たいし)の六般(ろっぱん)の兵器(へいき)は、変(へん)じて千千万万(せんぜんまんまん)と做り、孫悟空(そんごくう)の金箍棒(きんこぼう)は、化作(かさ)して万万千千(ばんばんせんぜん)と做る。半空(はんくう)の中、雨点(うてん=雨のしずく)流星(りゅうせい=流れ星)の似(ごと)くにして、勝負(しょうぶ)を分(わか)たず。元来(もと)悟空(ごくう)は手疾(しゅしつ=手早く)眼快(がんかい=目敏き)にして、正にあの混乱(こんらん)の時に在りて、他(かれ)一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下し、声(こえ)を叫んで、
「変(へん)ぜよ!」
と。すなわち変(へん)じて他(かれ)の本相(ほんそう=本来の姿)と做り、手(て)に棒(ぼう)を挺(つ)き立(た)てて哪吒(なた)に演(えん)じかけ、他(かれ)の真身(しんしん=真の身)は、却(かえ)って一縦(ひとおどり)に哪吒(なた)の脳後(のうご=後頭)に趕(お)い至(いた)り、左膊(さはく=左の腕)の上に著てて一棒(ひとぼう)打ち来る。哪吒(なた)正に法(ほう)を使(つか)う間に、棒頭(ぼうとう=棒の先)の風(かぜ)の響(ひび)くを聴(き)き得(え)、急(いそ)ぎ避閃(たせん=身(み)をかわし)んとせしに、手(て)を措(お)くこと能わず、他(かれ)の一下(ひとくだり)を著けられて、痛(いたみ)を負(お)いて逃(に)げ走る。法(ほう)を収(おさ)め、六件(ろっけん)の兵器(へいき)を把ちて、依旧(いきゅう=もとのごとく)身に帰(かえ)し、陣(じん)を敗(やぶ)りて回りぬ。
かの陣上(じんじょう)の李天王(りてんのう)早已(はやく)より看(み)(み)て、急(いそ)ぎ兵(へい)を提(さ)げて戦(たたかい)を助(たす)けんと欲(ほっ)す。覚(おぼ)えず太子(たいし)倏(たちまち)面前(めんぜん)に至(いた)り、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として報(ほう)じて道(いわ)く、
「父王(ぶおう)!弼馬温(ひつばおん)真箇(まこと)に本事(ほんじ=腕)有り!孩児(がいじ)この般(ごと)きの法力(ほうりき)も、也(ま)た他(かれ)与に戦(たたか)うに過(す)ぎず、已(すで)に他(かれ)の膊(うで)を打ち傷(そこな)われ了んぬ」
と。天王(てんのう)大に驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)って道(いわ)く、
「この厮(し=奴)恁(いか)なる神通(じんつう)なるか、いかにしてか勝(か)ちを取らん」
と。太子(たいし)道(いわ)く、
「他(かれ)洞門外(どうもんがい)に一竿(ひとさお)の旗(はた)を竪(た)て、上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四字(よじ)を写(うつ)し、親(みずか)ら口(くち)に誇(ほこ)り称(しょう)して、玉帝(ぎょくてい)にすなわち他(かれ)を封(ほう)じて斉天大聖(せいてんたいせい)と做さば万事(ばんじ)俱(とも)に休(や)まんと、若(も)し是の号(ごう)に非(あら)ざれば、定ず霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上らんと教(おし)うる哩(ぞ)」
と。天王(てんのう)道(いわ)く、
「既に然(しか)らば、且(しばら)く他(かれ)与に相持(そうじ=睨み合い)するを要(もと)めず、且(しばら)く上界(じょうかい)に去(ゆ)き、この言を将(も)ちて回奏(かいそう=復命奏上)し、更(さら)に多く天兵(てんぺい)を遣(つかわ)してこの厮(し)を囲(かこ)み捉(とら)えんに、未(いま)だ遅(おそ)きに為らざるなり」
と。太子(たいし)痛(いたみ)を負(お)いて復(ま)た戦(たたか)う能わず、故(ゆえ)に天王(てんのう)と同(とも)に天に回りて啓奏(けいそう)すと題(い)えり。

汝看(み)(み)よ、かの猴王勝(か)ちを得(え)て山(やま)に帰(かえ)れば、あの七十二洞(しちじゅうにどう)の妖王(ようおう)与にあの六弟兄(ろくていけい=六人の義兄)俱(とも)に来(きた)りて賀喜(がき=祝い喜ぶ)。洞天福地(どうてんふくち)に在りて、飲(の)み楽(たのし)むこと比(くら)ぶる無し。彼却(かえ)って六弟兄(ろくていけい)に向いて説いて、
「小弟(しょうてい=私)既に斉天大聖(せいてんたいせい)と称(しょう)ず。汝等(なんじら)も亦(ま)た以(もっ)て大聖(たいせい)と称(しょう)すべし」
と。内(うち)に牛魔王(ぎゅうまおう)有り、忽然(たちまち)声(こえ)を高(たか)うして叫んで道(いわ)く、
「賢弟(けんてい)の言えるところ理(ことわり)有り。我すなわち称(しょう)じて箇(ひとつ)の平天大聖(へいてんたいせい)と做らん」
と。蛟魔王(こうまおう)道(いわ)く、
「我は覆海大聖(ふくかいたいせい)と称(しょう)ぜん」
と。鵬魔王(ほうまおう)道(いわ)く、
「我は混天大聖(こんてんたいせい)と称(しょう)ぜん」
と。獅駝王(しだおう)道(いわ)く、
「我は移山大聖(いざんだいせい)と称(しょう)ぜん」
と。獼猴王(みこうおう)道(いわ)く、
「我は通風大聖(つうふうたいせい)と称(しょう)ぜん」
と。狨王(じゅうおう)道(いわ)く、
「我は駆神大聖(くしんたいせい)と称(しょう)ぜん」
と。この時七大聖(しちだいせい)自ら作(な)し自ら為し、自ら称(しょう)じ自ら号(ごう)し、耍(たわむ)れ楽(たのし)むこと一日(いちじつ)にして、各(おのおの)散(さん)じ訖(おわ)んぬ。

さて、かの李天王(りてんのう)与に三太子(さんたいし)衆将(しゅしょう=将たち)を領い、直(ただち)に霊霄殿(れいしょうでん)に至る。啓奏(けいそう)して道(いわ)く、
「臣等(しんら)聖旨(せいし)を奉(ほう)じて師(し)を出し下界(げかい)に下り、妖仙(ようせん)孫悟空(そんごくう)を収伏(しゅうふく)せんとせしに、期(おも)わざりき彼(かれ)の神通広大(こうだい)にして、勝(か)ちを取る能わざるを。仍(な)お万歳(ばんぜい)の兵(へい)を添(そ)えて剿除(そうじょ=討ち滅ぼ)したまわんことを望(のぞ)む」
と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、
「諒(おもんみ)るに一の妖猴(ようこう)に、多少(いくら)の本事(ほんじ)か有らん。還(ま)た兵(へい)を添(そ)うるを要(よう)せんや」
と。太子(たいし)又前(すす)み近(ちか)づきて奏(そう)して道(いわ)く、
「万歳(ばんぜい)の臣(しん)が死罪(しざい)を赦(ゆる)したまわんことを望(のぞ)む!かの妖猴(ようこう)一條(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)を使(つか)い、先(ま)ず巨霊神(きょれいしん)を敗(やぶ)り、又臣(しん)が臂膊(ひはく=腕)を打ち傷(そこな)えり。洞門外(どうもんがい)に一竿(ひとさお)の旗(はた)を立(た)て、上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四字(よじ)を書(しょ)し、是の官職(かんしょく)を彼(かれ)に封(ほう)ぜば、すなわち兵(へい)を休(や)めて来(きた)りて投(とう)ぜんと、若(も)しこの官に非(あら)ざれば、還(ま)た霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上らんと道(い)えるなり」
と。玉帝(ぎょくてい)言を聞き、驚訝(けいが=驚き怪しみ)して道(いわ)く、
「この妖猴(ようこう)何ぞ敢(あ)えてこの般(ごと)く狂妄(きょうもう=ほしいままに乱暴)ならん!衆将(しゅしょう)に著して即刻(そくこく)にこれを誅(ちゅう)せしめよ」
と。正に説う間に、班部(はんぶ)の中又太白金星(たいはくきんせい)の閃(ひらめ)き出(い)でて奏(そう)して道(いわ)く、
「かの妖猴(ようこう)はただ言を出すを知りて、大小(だいしょう=分のほど)を知らず。兵(へい)を加(くわ)えて他(かれ)与に争闘(そうとう)せんと欲(ほっ)せば、想(おも)うに一時(いっとき)には収伏(しゅうふく)し難(がた)く、反(かえ)って又師(し)を労(ろう)せん。万歳(ばんぜい)の大に恩慈(おんじ=恩と慈しみ)を捨(す)てて、還(ま)た招安(しょうあん)の旨意(しい)を降(くだ)し、すなわち他(かれ)をして箇(ひとつ)の斉天大聖(せいてんたいせい)と做らしむるに如かず。ただ他(かれ)に箇(ひとつ)の空銜(くうがん=空名の官職(かんしょく))を加(くわ)え、官有りて禄(ろく)無からしめんのみ」
と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、
「怎(いか)にして『官有りて禄(ろく)無し』と喚(よ)ぶか」
と。金星(きんせい)道(いわ)く、
「名は是れ斉天大聖(せいてんたいせい)にして、ただ他(かれ)与に事を管(つかさど)らせず、他(かれ)与に俸禄(ほうろく=禄の給与)を与えず、且(しばら)く天壌(てんじょう=天地)の間に養(やしな)い、彼(かれ)が邪心(じゃしん=邪なる心)を収(おさ)め、狂妄(きょうもう)を生(しょう)ぜざらしめば、庶(ねがわ)くは乾坤(けんこん=天下)安靖(あんせい)にして、海宇(かいう=海内の)清寧(せいねい=安らか)なるを得(う)べし」
と。玉帝(ぎょくてい)言を聞きて道(いわ)く、
「卿(けい)の奏(そう)する所(ところ)に依(よ)らん」
と。すなわち命(めい)じて詔書(しょうしょ=勅書)を降(くだ)し、仍(な)お金星(きんせい)を著して領け去かしむ。
金星(きんせい)復(ま)た南天門(なんてんもん)を出(い)で、直(ただち)に花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に至(いた)りて観看(みわた)す。この番(たび)は前(さき)と比(くら)べて同(おな)じからず、威風(いふう)凛凛(りんりん=いかめしく)、殺気(さっき)森森(しんしん=ものものしく)、各様(かくよう=さまざま)の妖精(ようせい)、般(たぐい)の有(あ)らざるは無(な)し。一箇一箇(めいめい)都(みな)剣(けん)を執(と)り槍(ほこ)を拈(ひね)り、刀(かたな)を拿(と)り杖(つえ)を弄(ろう)して、かの処(ところ)に在りて咆哮(ほうこう)跳躍(ちょうやく=跳ね躍る)。一(ひと)たび金星(きんせい)を見(み)るや、皆(みな)上前(すす)み出(い)でて手(て)を動(うご)かす。金星(きんせい)道(いわ)く、
「あの衆(しゅう)の頭目(とうもく=かしら)来(きた)れ!汝(なんじ)を煩(わずら)わして去(ゆ)きて汝(なんじ)が大聖(たいせい)に報(ほう)じてこれを知(し)らしめよ。吾(われ)は乃(すなわ)ち上帝(じょうてい)の遣(つかわ)し来(きた)れる天使(てんし)にして、聖旨(せいし)此(ここ)に在りて他(かれ)を請(しょう)ずるなり」
と。衆妖(しゅうよう)すなわち跑(はし)り入(い)りて報(ほう)じて道(いわ)く、
「外面(そと)に一(ひとり)の老者(ろうじゃ)有り、他(かれ)上界(じょうかい)の天使(てんし)なりと説(い)い、旨意(しい)有りて汝(なんじ)を請(しょう)ずと」
と。悟空(ごくう)道(いわ)く、
「来(きた)れること好(よ)し!来(きた)れること好(よ)し!想(おも)うに是(こ)れ前番(ぜんばん=前のたび)来(きた)れるあの太白金星(たいはくきんせい)ならん。かの次(たび)我を請(しょう)じて上界(じょうかい)に上(のぼ)らしめ、官爵(かんしゃく)は堪(た)えざりしといえども、却(かえ)って也(ま)た天上(てんじょう)を一(ひと)たび走(ある)き、あの天門(てんもん)内外(ないがい)の路(みち)を認(みと)め得(え)たり。今番(こんばん=こんど)又(また)来(きた)れるは、定(かなら)ず好意(こうい)有らん」
と。衆(しゅう)の頭目(とうもく)に教(おし)えて大(おおい)に旗鼓(きこ=旗と太鼓)を開(ひら)かしめ、隊(たい)を擺(なら)べて迎接(げいせつ)せしむ。大聖(たいせい)すなわち群猴(ぐんこう)を帯(たい)し引(みちび)き、冠(かんむり)を頂(いただ)き甲(よろい)を貫(つらぬ)き、甲(よろい)の上(うえ)に赭黄袍(しゃこうほう)を罩(おお)い、足(あし)に雲履(うんり=雲の沓)を踏(ふ)み、急(いそ)ぎ洞門(どうもん)を出(い)で、身(み)を躬(かが)めて礼(れい)を施(ほどこ)し、高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、
「老星(ろうせい)請(こ)う進(い)れ、我が失迎(しつげい=出迎えを失し)の罪(つみ)を恕(ゆる)せ」
と。

金星(きんせい)步(あゆみ)を趨(はや)めて前(すす)み、径(ただち)に洞内(どうない)に入(い)り、南(みなみ)に面(めん)して立(た)ち著(お)りて道(いわ)く、
「今(いま)大聖(たいせい)に告(つ)ぐ。前者(さきだって)大聖(たいせい)の官(かん)の小(ちい)さきを嫌悪(けんお=憎み)し、御馬監(ぎょばかん)を逃(のが)れ離(はな)れしに因(よ)りて、当(まさ)に本監(ほんかん)の中(うち)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)の玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)ずる有りき。玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて道(いわ)く、『凡(およ)そ官(かん)を授(さず)かるる者(もの)は、皆(みな)卑(いや)しきより尊(たっと)きに由(よ)る。何為(なんす)れぞ小(ちい)さきを嫌(いや)がるか』と。すなわち李天王(りてんのう)の哪吒(なた)を領(ひき)いて下界(げかい)に戦(たたかい)を取(と)らしむる有り。大聖(たいせい)が神通(じんつう)を知(し)らざりしかば、故(ゆえ)に敗北(はいぼく)を遭(あ)い、天(てん)に回(かえ)りて奏(そう)して道(いわ)く、『大聖(たいせい)一竿(ひとさお)の旗(はた)を立(た)てて、「斉天大聖(せいてんたいせい)」と做(な)らんと欲(ほっ)す』と。衆(しゅう)の武将(ぶしょう)は還(ま)た支吾(しご=言い逃れ)せんとせしも、是(こ)れ老漢(ろうかん=この老いぼれ)が力(ちから)めて大聖(たいせい)が為(ため)に罪(つみ)を冒(おか)して奏聞(そうもん)し、師旅(しりょ=軍旅)を興(おこ)すを免(まぬか)れ、大王(だいおう)を請(こ)うて録(ろく=仙籍)を授(さず)けしめたるなり。玉帝(ぎょくてい)奏(そう)を准(ゆる)したもう。此(ここ)に因(よ)りて来(きた)りて請(しょう)ずるなり」
と。悟空(ごくう)笑って道(いわ)く、
「前番(ぜんばん)は勤労(きんろう=骨折り)なり、今(いま)又(また)愛(あい)を蒙(こうむ)る。多謝(たしゃ)!多謝(たしゃ)!ただ知(し)らざるは、上天(じょうてん)に此(こ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』の官銜(かんがん)有るや否(いな)や」
と。金星(きんせい)道(いわ)く、
「老漢(ろうかん)この銜(かんがん)を以(もっ)て奏(そう)し准(ゆる)されたればこそ、方(はじ)めて敢(あ)えて旨(むね)を領(りょう)して来(きた)れるなり。如(も)し遂(と)げざること有らば、ただ老漢(ろうかん)を坐罪(ざざい=罪に当て)するのみ」
と。

悟空(ごくう)大(おおい)に喜(よろこ)び、懇(ねんご)ろに留(とど)めて飲宴(いんえん)せんとせしも肯(うべな)わず、遂(つい)に金星(きんせい)与(とも)に祥雲(しょううん)を縦(はな)ちて、南天門(なんてんもん)の外(そと)に到(いた)る。あの些(こ)の天丁天将(てんていてんしょう)、都(みな)手(て)を拱(こまぬ)いて相(あい)迎(むか)う。径(ただち)に霊霄殿(れいしょうでん)の下(もと)に入(い)る。金星(きんせい)拝(はい)して奏(そう)して道(いわ)く、
「臣(しん)詔(みことのり)を奉(ほう)じて弼馬温(ひつばおん)孫悟空(そんごくう)を宣(せん)し、已(すで)に到(いた)らしめ了(おわ)んぬ」
と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、
「かの孫悟空(そんごくう)過(こ)ち来(きた)れ。今(いま)汝(なんじ)を宣(せん)して箇(ひとつ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』と做(な)し、官品(かんぽん=官位)は極(きわま)れり。ただ切(きっ)と胡為(こい=勝手な振る舞い)するべからず」
と。この猴(さる)も亦(ま)たただ上(かみ)に朝(むか)いて喏(じゃく=礼)を一(ひと)つ唱(とな)えて、謝恩(しゃおん)を道(い)うのみ。玉帝(ぎょくてい)すなわち工幹官(こうかんかん=工匠の役人)の張(ちょう)・魯(ろ)の二班(にはん=二人の工匠)に命(めい)じて、蟠桃園(ばんとうえん)の右首(うしゅ=右側)に、一座(ひとつ)の斉天大聖府(せいてんたいせいふ)を起(おこ)さしめ、府内(ふない)に箇(ふたつ)の二司(にし=二つの司)を設(もう)く。一(ひとつ)を安静司(あんせいし=安らかに静むる司)と名(なづ)け、一(ひとつ)を寧神司(ねいしんし=神を寧んずる司)と名(なづ)く。司(し)に俱(とも)に仙吏(せんり=仙の役人)有りて、左右(さゆう)に扶持(ふじ=補佐)す。又(また)五斗星君(ごとせいくん)を差(つかわ)して悟空(ごくう)を送(おく)りて任(にん)に到(いた)らしめ、外(ほか)に御酒(ぎょしゅ=御料の酒)二瓶(にへい)、金花(きんか)十朶(じゅうだ)を賜(たま)い、他(かれ)をして心(こころ)を安(やす)んじ志(こころざし)を定(さだ)め、再(ふたた)び胡為(こい)せざらしむ。かの猴王(こうおう)信受奉行(しんじゅぶぎょう=信じ受けて奉じ行い)、即日(そのひ)に五斗星君(ごとせいくん)与(とも)に府(ふ)に到(いた)り、酒瓶(しゅへい)を打(う)ち開(あ)けて、衆(しゅう)与(とも)に尽(ことごと)く飲(の)む。星官(せいかん)を送(おく)って本宮(ほんきゅう)に回(かえ)り転(てん)ぜしめ、彼(かれ)才(ようや)く心(こころ)に遂(かな)い意(い)に満(み)ち、地(ち)に喜(よろこ)び天(てん)に歓(よろこ)び、天宮(てんきゅう)に在(あ)りて快楽(けらく)し、掛(かか)る無(な)く礙(さわ)り無(な)し。正(まさ)に是(こ)れ、
仙名(せんめい)永(とこしな)えに長生録(ちょうせいろく=長生の帳)に注(しる)され、
輪廻(りんね)に堕(お)ちずして万古(ばんこ)に伝(つた)う。
と。畢竟(ひっきょう)向后(のち)如(いか)なるかは知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。