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042 第四十二回 大聖、殷勤に南海を拝し 観音、慈善に紅孩を縛(いまし)む

話(ものがた)り説(い)わく、かの六健将(ろくけんしょう)は洞門(どうもん)を出(い)で、径(ただ)ちに西南(せいなん)の上(ほう)へ、路(みち)に依(よ)りて走(ゆ)く。行者は心中(むねのうち)に暗(ひそ)かに想(おも)う、「彼らは老大王(ろうだいおう)を請(こ)いて我が師父を食(くら)わんとす。老大王は断(かなら)ず牛魔王(ぎゅうまおう)ならん。我が老孫当年(むかし)彼と相会(あいまみ)えしこと、真に意(こころ)合(がっ)し情(なさけ)投(とう)じ、交游(まじわり)甚(はなは)だ厚(あつ)かりき。今(いま)に至(いた)るまで我は正道(しょうどう)に帰(き)せしに、彼は還(ま)た是れ邪魔(じゃま)なり。久(ひさ)しく別(わか)れたりと雖(いえど)も、還(ま)た彼が姿(すがた)を記(おぼ)えておる。且(しばら)く老孫の牛魔王に変作(へんし)し、彼を一(ひと)たび哄(だま)し、看(み)て是れ如何(いかん)ならんことを待(ま)て」 好(よ)き行者かな、六箇の小妖を逃(のが)れ離(はな)れ、翅(つばさ)を展(の)べ、前辺(まえ)へ飛(と)び向(むか)い、小妖を離(はな)るること十数里(じっすうり)の遠近(あたり)に、身を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、変じて箇(ひとり)の牛魔王と作(な)り、幾根(いくすじ)かの毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き下(おろ)し、「変!」と叫(さけ)ぶや、すなわち変じて幾箇(いくたり)かの小妖と作(な)った。かの山凹(やまくぼ)の裡(うち)に在りて、鷹(たか)を駕(が)し犬(いぬ)を牽(ひ)き、弩(ど)を搭(つが)え弓(ゆみ)を張(は)り、打囲(かり)の様子(ようす)を充(あて)がい、かの六健将を等候(まちう)けた。かの一夥(ひとむれ)は厮拖厮扯(ひっぱりあい)して、正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽然(たちまち)に牛魔王の中間(まんなか)に坐(ざ)しておるを見(み)るや、慌(あわ)てたるかな興烘掀(こうこうきん)・掀烘興(きんこうこう)は、撲(はった)と跪(ひざまず)いて言う、「老大王爺爺(ろうだいおうやや)が此処(ここ)に在(おわ)すぞ」 かの雲裏霧(うんりむ)・霧裏雲(むりうん)・急如火(きゅうじょか)・快如風(かいじょふう)は都(みな)是れ肉眼凡胎(にくがんぼんたい)なれば、那里(どう)してか真偽(しんぎ)を認(みと)め得(え)ん、すなわちまた一同(いちどう)に跪(ひざまず)き倒(たお)れ、頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺(だんなさま)! 小(こもの)どもは火雲洞(かうんどう)聖嬰大王(せいえいだいおう)の処(もと)より差(つか)わされ、老大王爺爺を請(こ)いて往(ゆ)きて唐僧(とうそう)の肉(にく)を食(くら)われ、寿(じゅ)を千紀(せんき)に延(の)べられんことを願(ねが)うてまいりました」 行者は口(くち)を借(か)りて答(こた)えて言う、「孩児(こども)たち起(た)て、我と同じく家(いえ)へ回(かえ)り、衣服(ころも)を換(か)えて来(きた)らん」 小妖、頭を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺の方便(おはからい)を望(ねが)います。府(やかた)へ回(かえ)らるるを消(よう)しませぬよう。路程(みちのり)遠(とお)く、恐(おそ)らくは我が大王の見責(とがめ)を受(う)けん。小どもは此(ここ)に就(つ)いて請(こ)うて行(ゆ)かん」 行者笑って言う、「好(よ)き乖(かしこ)き児女(こども)よ、也(また)罷(よ)からん、也罷。前(まえ)へ向(むか)いて路(みち)を開(ひら)け。我と汝らと去(ゆ)きて来(こ)ん」 六怪(ろっかい)は精神(せいしん)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、前(まえ)へ向(むか)いて路を喝(しか)り、大聖はその後(あと)より随(したが)うて来(きた)った。

多(おお)からず時(とき)ならずして、早(はや)くも本処(ほんじょ)に到(いた)り着(つ)いた。快如風(かいじょふう)・急如火(きゅうじょか)は洞(どう)の裡(うち)へ撞(つ)き入(い)りて報じた、「大王、老大王爺爺が来(み)られました」 妖王歓喜(よろこ)んで言う、「汝らは却(かえ)って中用(やくにたつ)よ、この等(よう)に来(く)るの快(はや)きは」

すなわち便(すなわ)ち叫(さけ)んだ、「各路(かくろ)の頭目(とうもく)よ、隊伍(たいご)を擺(なら)べ、旗鼓(きこ)を開(ひら)き、老大王爺爺を迎接(むか)えよ」 満洞(まんどう)の群妖(ぐんよう)、旨令(しれい)に遵依(したが)い、斉斉整整(きちんと)と、擺(なら)び将(つ)れ出(い)でた。この行者は昂昂烈烈(こうこうれつれつ=いかめしくたけだけしく)、胸脯(むなさき)を挺(つ)き出(いだ)し、身(み)を将(も)って一抖(ひとふるい)抖(ふる)わすや、却(かえ)ってかの架鷹犬(たかいぬをか)う毫毛(ごうもう)を、都(みな)身の上(うえ)へ収(おさ)め回(かえ)し、大歩(おおあし)を踏(ふ)み開(ひら)き、径(ただ)ちに門の裡(うち)へ走(ある)き入(い)り、南面(なんめん)の中(なか)に坐(ざ)した。紅孩児(こうがいじ)は当面(まのあたり)に跪(ひざまず)き、上(かみ)に朝(むか)いて頭を磕(ぬかず)いて言う、「父王(ちちうえ)、孩児(こども)拝揖(はいゆう=あいさつ)したてまつる」 行者言う、「孩児、免礼(れいにはおよば)ず」 かの妖王は四(よ)たび大拝(たいはい)して拝(おが)み畢(おわ)り、下手(しもて)に立(た)った。行者言う、「我が児(こ)よ、我を請(こ)いしは何事(なんごと)有るか?」 妖王は身を躬(かが)めて言う:

「孩児不才(ふさい=ふつつか)にて、昨日(きのう)一人(ひとり)を獲(とら)え得(えた)り。乃(すなわ)ち東土大唐(とうどだいとう)の和尚(おしょう)なり。常(つね)に人の講(はな)すを聴(き)けば、彼は是れ一箇の十世修行(じっせしゅぎょう)の人(ひと)にして、人、彼が一塊(ひとかけら)の肉を食(くら)えば、寿(じゅ)は蓬瀛(ほうえい=仙郷)の不老仙(ふろうせん)に似(に)たり、と。愚男(ぐなん=われ)敢(あえ)て自(みずか)ら食(くら)わず、特(ことさ)らに父王を請(こ)いて同じく唐僧の肉を享(う)け、寿(じゅ)を千紀(せんき)に延(の)べんとす」 行者この言(ことば)を聞き、一箇の失驚(おどろき)を打(う)ちて言う、「我が児よ、是れ那箇(ど)の唐僧ぞ?」 妖王言う、「是れ西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)く人(ひと)なり」 行者言う、「我が児よ、可(まさ)に是れ孫行者の師父なるか?」 妖王言う、「正(まさ)に是(しか)り」 行者は手を擺(ふ)り頭を揺(ゆす)って言う、「彼を惹(さわ)るな! 彼を惹るな! 別(ほか)の者(もの)は還(ま)た好(よ)く惹(さわ)るるも、孫行者はあの様(よう)なる人(ひと)ぞ。我が賢郎(けんろう=よいむすこ)よ、汝は曾(かつ)て彼と会(まみ)えざるか? あの猴子(さる)めは神通広大(じんずうこうだい)、変化多端(へんげたたん)なり。彼は曾(かつ)て天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がし、玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)は十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を差(つか)わし、天羅地網(てんらちもう)を布(し)きしも、また曾て彼を捉(とら)え得(え)ざりき。汝、怎(どう)して敢(あえ)て彼が師父を食(くら)わんや! 早(はよ)くに送(おく)り出(いだ)して彼に還(かえ)せ。あの猴子を惹(さわ)るな。彼若(も)し汝が彼が師父を食(くら)いたるを打(うち)聴(き)き着(つ)けば、彼もまた来(きた)りて汝と打(う)たず、彼は只だかの金箍棒(きんこぼう)を将(も)って山腰(やまのなかば)の裡(うち)へ往(ゆ)きて一箇の窟窿(あな)を搠(つ)き開(あ)け、山(やま)すら連(つれ)て掬(すく)い去(さ)ってしまうぞ。我が児よ、弄(なさ)れて汝が何処(いずこ)に身(み)を安(やす)んぜんや、我をして何人(たれ)に倚(よ)り靠(たの)んで老(おい)を養(やしな)わしめんや!」

妖王言う、「父王は何処(いずこ)の話(ことば)をか説(い)わるる。他人(ひと)の志気(こころざし)を長(たか)くし、孩児の威風(いふう)を滅(ほろぼ)すものかな。かの孫行者は共(とも)に兄弟三人(さんにん)有り、唐僧を領(ひき)いて我が半山(なかやま)の中(うち)に在りしを、我一個の変化(へんげ)を使(つか)い、彼が師父を摂(さら)い来(きた)らしめたり。彼とかの猪八戒(ちょはっかい)は当時(そのとき)我が門前(もんぜん)に尋(たず)ね到(いた)り、甚麼(なん)の攀親托熟(しんぞくをたのみなれなれしき)の言(ことば)を講(い)うたるを、我は怒(いかり)天(てん)に衝(つ)き発(おこ)らせ、彼と交戦(こうせん)すること幾合(いくがっ)かなりしが、また只だこの如(ごと)く、何(なん)の高作(こうさく=たいしたわざ)も見(み)えざりき。かの猪八戒が刺斜裡(よこあい)より来(きた)りて助戦(じょせん)せしに、是れ孩児が三昧真火(さんまいしんか)を吐(は)き出(いだ)し、彼を焼(や)きて一陣(ひといくさ)敗(やぶ)ったり。慌(あわ)てて彼は四海龍王(しかいりゅうおう)を請(こ)うて雨(あめ)を助(たす)けしめしが、また我が三昧真火を滅(け)し得(え)ず、我が焼(や)きて一箇の小発昏(こきぜつ)せしめ、連(つる)んで猪八戒をして南海観音菩薩(なんかいかんのんぼさつ)を請(こ)いに往(ゆ)かしめたり。是れ我が仮(いつわ)りて観音に変(へん)じ、猪八戒を賺(だま)し将(つ)れ回(かえ)り、見(いま)如意袋(にょいぶくろ)の中(うち)に吊(つる)されておるが、また彼を蒸(ふか)して衆(すべ)ての小(こもの)どもに与(あた)え食(くら)わしめんとす。かの行者は今朝(けさ)又(ま)た我が門首(もんしゅ)に来(きた)りて吆喝(わめ)き、我が伝令(でんれい)して彼を拿(とら)えよと教(さと)せしに、慌(あわ)てて彼は包袱(つつみ)をも都(みな)投(な)げ下(おろ)して走(に)げ去(い)った。却(かえ)って才(いま)父王を請(こ)い来(きた)りて唐僧の活像(いきうつし)を看(み)られ、方(まさ)に蒸(ふか)して与(あた)え食(くら)われ、寿(じゅ)を延(の)べ長生不老(ちょうせいふろう)ならんとす」

行者笑って言う、「我が賢郎よ、汝は只だ三昧火(さんまいか)有りて彼に贏(か)ち得(う)るを知(し)るのみにして、彼に七十二般(ななじゅうにへん)の変化有るを知(し)らざるなり!」 妖王言う、「憑(たの)む、彼が怎(どう)変化(へんげ)するも、我もまた認(みと)め得(う)。諒(おもんみ)るに彼は決(けっ)して敢(あえ)て我が門へ入(はい)り来(きた)らじ」 行者言う、「我が児よ、汝は然(しか)も彼を認(みと)むると雖(いえど)も、彼は却(かえ)って大(おお)きくは変(へん)ぜざるなり。狼犺(ろうこう=おおきい)たる大象(たいぞう)の如(ごと)きは、恐(おそ)らくは汝が門を入(はい)り得(え)じ;彼若(も)し小(ちいさ)く変作(へんし)せば、汝は却(かえ)って認(みと)め難(がた)からん」

妖王言う:

「憑(たの)む、彼が甚(なん)の小(ちいさ)き者に変(へん)ずるも、我が此処(ここ)には毎一層(どの)の門の上(うえ)に、四、五箇の小妖の把守(まも)り有り。彼、怎(どう)して生(い)きて入(い)り得(え)んや!」 行者言う、「汝は是れ不暁(し)らざるなり。彼は蒼蠅(はえ)・蚊子(か)・虼蚤(のみ)、或(あるい)は蜜蜂(みつばち)・蝴蝶(ちょう)并(ならび)に蟭蟟虫(しょうりょうちゅう=せみ)等の項(たぐい)に変ずることを会(え)し、また我が姿(すがた)に変ずることを会す。汝は却(かえ)って何処(いずこ)でか認(みと)め得(え)んか?」 妖王言う、「慮(おもんばか)るる勿(なか)れ。彼は就(すなわ)ち是れ鉄胆銅心(てったんどうしん=鉄のきも)なるも、また敢(あえ)て我が門へ近(ちか)づき来(きた)らざるなり」

行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)く説(い)わば、賢郎は甚(はなは)だ手段(てだて)有り、実(じつ)に是れ彼に敵(あた)り得(う)るならば、方(まさ)に我を請(こ)いて唐僧の肉を食(くら)わしむるに、奈何(いかん)せん我は今日(こんにち)は還(ま)た食(くら)わざるなり」 妖王言う、「如何(なん)としてか食(くら)われぬか?」 行者言う、「我近来(ちかごろ)年老(としお)い、汝が母(はは)は常(つね)に我を勧(すす)めて些(いささ)かの善事(ぜんじ)を作(な)させむとす。我は想(おも)うに善(ぜん)を作(な)すに甚(なん)も無(な)ければ、且(しばら)く些(いささ)かの斎戒(さいかい)を持(たも)たんと」

妖王言う、「父王の斎(ものいみ)は是れ長斎(ちょうさい=つねのものいみ)か、是れ月斎(げっさい=つきのものいみ)か、知(し)らず」 行者言う、「また是れ長斎に非(あら)ず、また是れ月斎に非ず、雷斎(らいさい)と喚(よ)び、毎月(まいつき)只だ四日(よっか)を該(あた)るのみ」 妖王問う、「是れ那(いず)れの四日(よっか)なるか?」 行者言う、「三辛(さんしん)初六(しょろく)に逢(あ)う。今朝(けさ)は是れ辛酉日(しんゆうじつ)なり。一則(ひとつ)には当(まさ)に斎(ものいみ)すべく、二来(ふたつ)には酉(ゆう)は会客(かいかく=客にあう)せず。

且(しばら)く明日(みょうにち)を待(ま)て。我が往(ゆ)きて親(みずか)ら彼を刷洗(あらいきよ)め蒸(ふか)し、児等(こどもら)と同じく享(う)けんことを」 かの妖王、この言(ことば)を聞き、心中(むねのうち)に暗(ひそ)かに想(おも)う、「我が父王は平日(つね)人を食(くら)いて生(い)き、今(いま)活(い)きて彀(た)うこと一千余歳(せんよさい)なるに、怎(どう)して如今(いま)また斎(ものいみ)を起(おこ)したもうか? 想(おも)うに当初(かのみぎ)悪(あく)を作(な)すこと多端(たたん)なりしに、この三四日(みよっか)の斎戒(さいかい)にて、那里(どう)してすなわち積(つ)み過(す)ぎ来(きた)り得(え)んや? この言(ことば)仮(いつわり)有り。可疑(あやし)! 可疑!」 すなわち身を抽(ひ)いて二門(にこう)の下(した)に走出(ある)き出(い)で、六健将(ろくけんしょう)を呼(よ)び来(きた)らせて問うた、「汝らの老大王(ろうだいおう)は何処(いずこ)より請(こ)い来(きた)れるか?」 小妖言う、「半路(なかみち)より請(こ)い来(きた)りました」 妖王言う、「我が説(い)うに汝らの来(く)ること快(はや)きは、曾(かつ)て家(いえ)に到(いた)らざりしならんか?」 小妖言う、「是(さよう)、曾て家に到らず」 妖王言う、「不好(いかん)じゃ! 彼が仮(いつわり)に着(おちい)ったり! これ老大王に非(あら)ざるなり!」 小妖は一斉(いっせい)に跪(ひざまず)いて言う、「大王、自家(じぶん)の父親(ちちおや)をも、また認(みと)められませぬか?」 妖王言う、「其(そ)の形容動静(すがたたちふるまい)を観(み)るに都(みな)象(に)たるも、只だ言語(ことばつき)の象(に)ざるあり。只(た)だ怕(おそ)るるは彼が仮(いつわり)に着(おちい)り、人(ひと)の虧(そこない)を食(くら)わんことを。汝ら都(みな)仔細(つまびらか)にするを要(よう)す:刀(かたな)を使(つか)う者(もの)は、刀々(かたなごと)に鞘(さや)を出(いだ)すべく、槍(やり)を使う者は、槍を磨(みが)き明(あき)らかにし、棍(こん)を使う者は棍を使(つか)い、縄(なわ)を使う者は縄を使え。我が再去(またゆ)きて彼を問(と)い、其(そ)の言語の如何(いかん)を看(み)るを待(ま)て。若(も)し果(はた)して是れ老大王ならば、今日(こんにち)食(くら)わずと説(い)うも、明日(みょうにち)食わずと説うも、便(すなわ)ち一箇月(ひとつき)遅(おく)るるも何(なん)の妨(さしつか)え有らん! 仮若(もし)言語(ことば)の対(むか)わざらんには、只(た)だ我が「哏(こん)」の一声(ひとこえ)を聴(き)きて、すなわち一斉(いっせい)に下手(てをくだ)せよ」 群魔(ぐんま)は各各(おのおの)命(めい)を領(う)け訖(おわ)んぬ。

この妖王はまた身を転(てん)じて裡(うち)に到(いた)り、行者に当面(まのあたり)してまた拝(おが)んだ。行者言う、「孩児(こども)よ、家(いえ)に常礼(じょうれい)無(な)し。拝(おが)むを須(もち)いず。但(た)だ甚(なん)の話(ことば)有らんか、只管(ひたすら)説(い)うて来(こ)よ」 妖王は地下(ち)に伏(ふ)して言う、「愚男(われ)は一則(ひとつ)には請(こ)い来(きた)って唐僧の肉を奉献(ほうけん)せんが為、二来(ふたつ)には一句(ひとこと)の話(ことば)有りて上(かみ)に請(うかが)わんとす。我、前日(せんじつ)閑行(ぶらつ)き、祥光(しょうこう)を駕(が)して、直(ただ)ちに九霄空内(きゅうしょうのうち)に至(いた)りしに、忽然(たちまち)に祖延道齢(そえんどうれい)の張先生(ちょうせんせい)に逢着(であ)いました」 行者言う、「可(まさ)に是れ天師(てんし)と做(な)る張道齢(ちょうどうれい)なるか?」 妖王言う、「正(まさ)に是(しか)り」 行者問うて曰(いわ)く、「甚(なん)の話(ことば)をか説(い)われしか?」 妖王言う、「彼、孩児の五官(ごかん)周正(しゅうせい)に、三停平等(さんていびょうどう=からだつきのとのい)なる生(う)まれつきなるを見て、我に問(と)う、是れ幾年(なんねん)・那月(なんがつ)・那日(なんにち)・那時(なんどき)の出世(しゅっせ=うまれ)なるか、と。児(われ)年(とし)幼(おさな)きに因(よ)りて、記(おぼ)えること真(まこと)ならず。先生(せんせい)は子平(しへい=占い)精熟(せいじゅく)なれば、我が為に五星(ごせい=めいぼう)を推(おしはか)り看(み)んと欲(ほっ)す。今(いま)父王を請(こ)えるは、正(まさ)に此(これ)を問(と)わんと欲(ほっ)するなり。倘或(もし)下次(このつぎ)また彼と会(まみ)えることを得ば、好(よ)く彼に煩(わずら)わして推算(すいさん)せしめん」

行者、この言(ことば)を聞き、上(かみ)に坐(ざ)したるまま暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「好(よ)き妖怪(ようかい)かな! 老孫、仏果(ぶっか)に帰(き)してより、唐(とう)の師父(しふ)を保(まも)り、一路(みちすがら)また幾箇(いくたり)かの妖精を捉(とら)えたれど、この厮(やつ)の克剥(こくはく=こまかくせまる)には似(に)ず。彼、我に甚麼(なん)の家長礼短(かちょうりたん=よしなしごと)、少米無柴(こめなくたきぎなし)の話説(はなし)を問(と)わば、我もまた好(よ)く信口(くちから)に捏膿(でっちあげ)て彼に答(こた)えん。彼が如今(いま)我に生年月日(うまれどし)を問(と)うに、我は却(かえ)って怎(どう)して知(し)らんや!」 好(よ)き猴王(こうおう)かな、また十分(じゅうぶん)に乖巧(かいこう=りこう)にして、巍巍(ぎぎ)と端(ただ)しく中間(まんなか)に坐(ざ)し、また些(いささ)かの児(ばかり)の惧色(おそれのいろ)も無(な)く、面(おもて)の上(うえ)には反(かえ)って喜(よろこび)盈盈(みちみち)として笑って言う、「賢郎(けんろう)請(こ)う起(た)て。我は年老(としお)いしに因(よ)り、連日(れんじつ)事(こと)有りて心懐(こころ)に遂(とげ)ざること有り、汝が生時(うまれどき)を果(はた)して偶然(たまたま)忘(わす)れてしまった。且(しばら)く明日(みょうにち)の家(いえ)に回(かえ)るを待(ま)ち、汝が母(はは)に問(と)わばすなわち知(し)らん」

妖王言う、「父王は我が八箇の字(はちじ=生年月日)を時常(つね)に口(くち)を離(はな)れず論説(ろんせつ)し、我に同天不老(どうてんふろう)の寿(じゅ)有りと説(い)われたるに、怎(どう)して今日(こんにち)一旦(あるひ)に忘(わす)れたもうか! 豈(あ)に此(こ)の理(ことわり)有らんや! 必(かなら)ず是れ仮(にせ)なり!」 哏(こん)の一声(ひとこえ)に、群妖(ぐんよう)槍刀(そうとう)簇擁(ぞくよう)し、行者を望(めが)けて没頭没臉(めちゃくちゃ)に札(つ)き来(きた)る。この大聖は金箍棒(きんこぼう)を使(つか)って架(か)き住(とど)め、本象(ほんしょう=もとのすがた)を現(あらわ)し出(いだ)し、妖精に向(むか)いて言う、「賢郎(けんろう)よ、汝は却(かえ)って理(ことわり)無し。那(いずく)に子(こ)の好(よ)く爺(おやじ)を打(う)つこと有らんや?」 かの妖王は満面(めんめん)羞慚(しゅうざん=はじらい)して、敢(あえ)て回視(かえりみ)ず。行者は金光(きんこう)と化(け)し、彼が洞府(どうふ)を走出(ある)き出(い)でた。小妖言う、「大王、孫行者が走(に)げました」 妖王言う、「罷(よ)せよ! 罷せよ! 彼をして走(に)がしてしまえ! 我は彼がこの一場(ひとあたり)の虧(そこない)を食(くら)うたわ!

且(しばら)く門(もん)を関(と)ざし、彼と話(ことば)を打(かわ)すなかれ。只(た)だ来(きた)りて唐僧を刷洗(あらいきよ)め、蒸(ふか)して食(くら)うてこそ罷(や)まん」

さて、かの行者は鉄棒(てつぼう)を搴(ひっさ)げ、呵呵(からから)と大笑(おおわら)いし、澗(たに)の彼方(かなた)より来(きた)る。沙僧はこれを聴(き)きつけ、急ぎ林(はやし)を出(い)でて迎(むか)えて言う、「兄者(あにじゃ)よ、この半日(はんじつ)に方(ようや)く回(かえ)られたか。如何(どう)してこの等(よう)に哂笑(わらい)たもうか、想(おも)うに師父を救(すく)い出(いだ)されたか?」 行者言う、「兄弟よ、曾(かつ)て師父を救(すく)い得(え)ざりしが、老孫は却(かえ)って一箇の上風(うわて)を得(え)て来(きた)ったわ」 沙僧言う、「甚麼(なん)の上風(うわて)か?」 行者言う、「原来(もと)猪八戒はかの怪の仮(いつわ)りて観音に変(へん)じしに哄(だま)され将(つ)れ回(かえ)られ、皮袋(かわぶくろ)の内(うち)に吊(つる)されておる。我、設法(てだて)して救援(たす)け出(いだ)さんと欲(ほっ)せしに、期(おも)わずや彼は甚麼(なん)の六健将(ろくけんしょう)をして老大王を請(こ)いに往(ゆ)かしめ、師父の肉を食(くら)わんとす。是(ここ)において老孫は、彼が老大王は必(かなら)ず牛魔王(ぎゅうまおう)ならんと想(おも)い、すなわち彼が姿(すがた)に変(へん)じ、充(まぎ)れ入(い)りて、中間(まんなか)に坐(ざ)した。彼が父王と叫(よ)べば、我すなわち彼に応(こた)え;彼は便(すなわ)ち叩頭(ぬかず)けば、我はすなわち直(ただ)に受(う)けたり。着実(じつ)に快活(かいかつ)なり! 果(はた)して上風(うわて)を得(え)たり!」 沙僧言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝は便(すなわ)ちこの般(よう)なる小便宜(こざかしいとく)を図(はか)らば、恐(おそ)らくは師父の性命(いのち)保(たも)ち難(がた)からん」 行者言う、「慮(おもんばか)るるを須(もち)いず。我が往(ゆ)きて菩薩(ぼさつ)を請(こ)うて来(きた)るを待(ま)て」 沙僧言う、「汝は還(ま)た腰(こし)を痛(いた)めておるではないか」 行者言う、「我は疼(いた)まぬわ。古人(いにしえびと)云(いわ)く、人、喜事(よろこびごと)に逢(あ)えば精神爽(せいしんさわ)やかなり、と。汝は行李(こうり)・馬匹(うま)を看(み)ておれ。我が往(ゆ)くを待(ま)て」

沙僧言う、「汝は仇(あだ)を置(お)き下(さ)げたり。恐(おそ)らくは彼が我が師父を害(そこな)わん。汝は須(すべから)く快(はよ)う去(ゆ)き快う来(きた)るべし」 行者言う、「我が来(く)ること快(はや)し。只(た)だ頓飯時(いっぱんのあいだ)を消(よう)するのみ、すなわち回(かえ)り来(きた)らん」

好(よ)き大聖かな、話(はな)す間(あいだ)に沙僧を逃(のが)れ離(はな)れ、筋斗雲(きんとうん)を縦(はな)ち、径(ただ)ちに南海(なんかい)に投(とう)ず。かの半空(はんくう)の裡(うち)に在りて、那(なん)ぞ半箇時辰(ひととき)を消(よう)さん、普陀山(ふださん)の景(けい)を望(みわ)け見(み)た。須臾(しばらく)にして雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)し、直(ただ)ちに落伽崖(らくががい)の上(うえ)に到(いた)り、端粛(たんしゅく)として正(まさ)に行(ゆ)くに、只(た)だ見る、二十四路諸天(にじゅうしろしょてん)の迎(むか)えて、「大聖、何処(いずこ)へか去(ゆ)かるるか?」と言うを。

行者は作礼(されい)すること畢(おわ)り、言う、「菩薩に見(まみ)えんとす」 諸天(しょてん)言う、「少(しばら)く停(とど)まれ、通報(つうほう)を容(ゆる)せ」 時(とき)に鬼子母諸天(きしもじょしょてん)有り、潮音洞(ちょうおんどう)の外(そと)に来(きた)りて報じて言う、「菩薩、知(し)ろしめされ。孫悟空(そんごくう)特に来(きた)りて参見(さんけん)いたしたしと」 菩薩、報(ほう)を聞き、すなわち命(めい)じて進去(なか)へ入(い)らしめた。大聖は衣(ころも)を斂(おさ)め命(めい)に皈(き)し、歩(あゆみ)を捉(と)り定(さだ)め、径(ただ)ちに裡(うち)へ入(い)り、菩薩を見るや倒身(みをなげう)って下拝(げはい)した。菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、汝は金蝉子(こんぜんじ)を領(ひき)いて西方(さいほう)へ経(きょう)を求(もと)めに往(ゆ)かずして、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて何(なん)の干(かかわり)有るか?」 行者言う、「上(かみ)に菩薩に告(もう)す。弟子(でし)、唐僧を保護(まも)って前行(さき)へ進(すす)み、一方(ひとところ)に至(いた)りましたるは、乃(すなわ)ち号山枯松澗火雲洞(ごうざんこしょうかんかうんどう)なり。一箇の紅孩児(こうがいじ)の妖精有り、聖嬰大王(せいえいだいおう)と喚(よ)ばれ、我が師父を摂(さら)い去(さ)りました。是(ここ)において弟子と猪悟能(ちょごのう)等(たち)、門前(もんぜん)に尋(たず)ね至(いた)り、彼と交戦(こうせん)いたしました。彼は三昧火(さんまいか)を放(はな)ち出(いだ)すに、我らは勝(か)つを得(え)ず、師父を救(すく)い出(いだ)す能(あた)わず。急ぎ東洋大海(とうようたいかい)に上(のぼ)り、四海龍王を請(こ)い到(いた)らせ、雨水(うすい)を施(ほどこ)させしが、また火(ひ)に勝(か)つ能(あた)わず、弟子を都(みな)熏(いぶ)し壊(こわ)され、幾(ほと)んど残生(ざんせい)を喪(うしな)うところなりました」 菩薩言う、「既(すで)に彼は是れ三昧火、神通広大(じんずうこうだい)ならば、怎(どう)して龍王を請(こ)いに往(ゆ)きて、我を請(こ)いに来(きた)らざるか?」

行者言う、「本(もと)より来(きた)らんと欲(ほっ)せしが、只(た)だ是れ弟子が煙(けむり)に熏(いぶ)され、雲(くも)を駕(が)する能(あた)わず、却(かえ)って猪八戒をして来(きた)りて菩薩を請(こ)わしめたるなり」 菩薩言う、「悟能(ごのう)は曾(かつ)て来(きた)らざるが」 行者言う、「正(まさ)に是(しか)り。未(いま)だ宝山(ほうざん)に到(いた)り着(つ)かざるに、かの妖精に仮(いつわ)りて菩薩の姿(すがた)に変做(へんし)られ、猪八戒をまた賺(だま)して洞中(どうちゅう)へ入(い)れ、現(いま)一箇の皮袋(かわぶくろ)の裡(うち)に吊(つる)されて、また蒸(ふか)して食(くら)わんといたしております」 菩薩、説(い)うを聴(き)き、心中(むねのうち)大いに怒(いか)って言う、「かの潑妖(はつよう=暴け妖)め、敢(あえ)て我が姿(すがた)に変(へん)ずるか!」 恨(うら)みの一声(ひとこえ)を発(おこ)し、手中(てのうち)の宝珠浄瓶(ほうじゅじょうびょう)を将(も)って海心(うみなか)へ「撲(ぽちゃん)」と一掼(なげう)つや、唬(おどろ)かされたるかな、かの行者は毛骨(もうこつ)竦然(しょうぜん)として、すなわち身(み)を起(おこ)し下面(しも)に侍立(じりつ)し、言う、「この菩薩は火性(ひしょう=かんしゃく)退(しりぞ)かず、好(よ)くも是れ老孫が説(い)うたる言(ことば)の好(よ)からざりしを怪(とが)め、彼が徳行(とくぎょう)を壊(こわ)したりとして、すなわち浄瓶(じょうびょう)を掼(なげう)たれたり。惜(お)しむらくは! 惜しむらくは! 早(はや)く知(し)らば我が老孫に送(おく)られたなら、却(かえ)って是れ一件(ひとくだり)の大人事(だいじんじ)ならずや?」 説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見る、かの海(うみ)の当(まんなか)に、波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を跳(おど)らせ、一箇の瓶(びん)を潜(もぐ)り出(いだ)し来(きた)るは、原来(もと)是れ一箇の怪物(かいぶつ)のそれを駄(おぶ)うて出(い)で来(きた)れるなり。行者は仔細(つまびらか)にかの瓶を駄(おぶ)う怪物の、怎(いか)なる姿(すがた)なるかを看(み)るに:

根源(こんげん)出処(しゅっしょ)を帮泥(ほうでい)と号(なづ)け、水底(すいてい)に光(ひかり)を増(ま)して独(ひと)り威(い)を顕(あらわ)す。世(よ)に隠(かく)れて能(よ)く天地(てんち)の性(しょう)を知(し)り、安(やす)く蔵(ぞう)して偏(ひとえ)に鬼神(きじん)の機(き)を暁(さと)る。身(み)を蔵(かく)して一縮(ひとちぢ)みすれば頭尾(とうび)無(な)く、足(あし)を展(の)べて能(よ)く行(ゆ)くこと飛(と)ぶに似(に)て快(はや)し。文王(ぶんおう)卦(け)を画(えが)きて曾(かつ)て元(はじ)めて卜(ぼく)し、常(つね)に庭台(ていだい)に納(い)れて伏羲(ふっき)に伴(ともな)う。雲龍(うんりゅう)透(す)き出(い)でて千般(せんばん)の俏(みめよ)きをなし、水を号(よ)び波を推(お)して浪(なみ)を把(と)って吹(ふ)く。条条(じょうじょう)の金線(きんせん)穿(うが)ちて甲(よろい)を成(な)し、点点(てんてん)に装(よそお)いて彩玳瑁(さいたいまい)を成(な)す。九宮八卦(きゅうきゅうはっけ)の袍(ほう)を披(き)き定(さだ)め、散砕(さんさい)鋪遮(ほしゃ)して緑燦衣(りょくさんい)をなす。生前(せいぜん)勇(いさみ)を好(この)んで龍王(りゅうおう)に幸(め)でられ、死後(しご)還(ま)た仏祖(ぶっそ)の碑(いしぶみ)を駄(おぶ)う。此の物(もの)の名(な)と姓(せい)を知(し)らんと要(ほっ)せば、風(かぜ)を興(おこ)し浪(なみ)を作(な)す悪亀(わるがめ)なり。

かの亀(かめ)は浄瓶(じょうびょう)を駄(おぶ)い、崖辺(がいへん)へ爬(はい)上(あ)がり、菩薩に向(むか)いて頭(こうべ)を二十四点(にじゅうよたび)点(うなず)かせ、権(かり)に二十四拝(にじゅうしはい)と為(な)した。行者これを見て、暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「原来(もと)是れ瓶(びん)を看(み)る者(もの)なり。想(おも)うに瓶の見(み)えざれば、すなわち彼に就(つ)きてそれを要(もと)めたるならん」 菩薩言う、「悟空よ、汝は下面(しも)に在りて甚(なん)と説(い)うか?」 行者言う、「甚(なん)も説(もう)しません」

菩薩、教(さと)す、「瓶(びん)を拿(と)り上(あ)げて来(こ)よ」 この行者、すなわち往(ゆ)きて瓶を拿(と)らんとすれど、唉(ああ)、拿(と)り動(うごか)し得(え)んとは想(おも)う莫(なか)れ。好(よ)きかな便(すなわ)ち「蜻蜓(とんぼ)の石柱(いしばしら)を撼(ゆ)り動(うご)かす」が似(ごと)く、怎(どう)して生(い)きてか半分毫(すこしばかり)をも揺(ゆ)り得(え)んや? 行者は上前(すす)み出(い)でて跪(ひざまず)きて言う、「菩薩、弟子は拿(と)り動(うごか)しませぬ」 菩薩言う、「この猴頭(こうとう)め、只(た)だ嘴(くち)を説(い)うを会(え)するのみか。瓶児(びん)すら汝も拿り動かさずして、怎(どう)して妖を降(くだ)し怪を縛(いまし)めに往(ゆ)かんや?」 行者言う、「菩薩に瞞(あざむき)かずして説(もう)さば、平日(つね)には拿(と)り動(うごか)せしが、今日(こんにち)は拿り動かせませぬ。想(おも)うに妖精の虧(そこない)を食(くら)うて、筋力(きんりょく)弱(よわ)ったるならん」 菩薩言う、「常時(つね)は是れ一箇の空瓶(からびん)なるが、如今(いま)は是れ浄瓶(じょうびょう)を海(うみ)へ抛(な)げ下(おろ)し去(さ)りたれば、この一時間(ひととき)の間(あいだ)に、三江五湖(さんこうごこ)・八海四瀆(はっかいしとく)・溪源潭洞(けいげんたんどう)の間(あいだ)を転(めぐ)り過(よぎ)り、共(あい)ともに一海水(いっかいすい)を裡(うち)に借(か)り入(い)れたるなり。汝が那(いずく)にか海を架(か)くるの斤量(おもさ)有らんや? 此(ここ)を以(もっ)て拿(と)り動(うごか)さざるなり」 行者は合掌(がっしょう)して言う、「是れ弟子の不知(しらざる)ところにございます」 かの菩薩は上前(すす)み出(い)で、右手(めて)を将(も)って軽軽(かるがる)と浄瓶(じょうびょう)を提(ひ)き起(あ)げ、左手(ゆんで)の掌(てのひら)の上(うえ)に托(の)せた。只(た)だ見る、かの亀(かめ)は頭(こうべ)を点点(こつこつ)とうなずかせ、水(みず)の中(うち)へ潜(もぐ)り下(お)りて去(い)った。行者言う、「原来(もと)是れ箇の家(いえ)を養(やしな)い瓶(びん)を看(み)る夯貨(あほう)なり!」 菩薩は坐(ざ)し定(さだ)めて言う、「悟空よ、我がこの瓶(びん)の中(うち)の甘露水漿(かんろすいしょう)は、かの龍王の私雨(しう)と同じからず、能(よ)くかの妖精の三昧火(さんまいか)を滅(ほろぼ)す。汝に与(あた)えて拿(と)り去(ゆ)かしめんと要(ほっ)すれど、汝は却(かえ)って拿(と)り動(うごか)さず;善財龍女(ぜんざいりゅうにょ)をして汝と同じく去(ゆ)かしめんと要(ほっ)すれど、汝は又(ま)た是れ好心(こうしん)ならず、専(もっぱ)ら只だ人(ひと)を騙(かた)ることを会(え)するのみ。汝、我がこの龍女の貌美(びぼう)なるを見、浄瓶(じょうびょう)が又(ま)た是れ一箇の宝物(ほうもつ)なるを見ば、汝、仮若(もし)騙(かた)り去(さ)らば、却(かえ)って那(いずく)に工夫(ひま)有りてか又(ま)た汝を尋(たず)ね来(きた)らん? 汝は須(すべから)く些(いささ)かの甚麼(なに)を留(とど)めて当(しち)と作(な)すべし」 行者言う、「怜(あわ)れむべし! 菩薩のこの等(よう)に多心(たしん=うたぐりぶか)きは。我が弟子は沙門(しゃもん)を秉(と)りてより、一向(ひたすら)あの様(よう)なる事(こと)をば干(おこな)わず。我をして些(いささ)かの当頭(しち)を留(とど)めしめよと仰(おお)せらるれど、却(かえ)って何物(なに)を将(も)ってせんか? 我が身(み)の上(うえ)のこの件(ひとえ)の綿布直裰(めんぷじきとつ=綿のころも)は、還(ま)た是れ汝(おんみ)が賜(たま)いしもの。この条(ひとすじ)の虎皮裙(こひくん=とらのかわのかけ)は、能(よ)く幾箇(いくら)の銅銭(どうせん)に値(あたい)せんや? この根(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)は、早晚(つね)に却(かえ)って身(み)を護(まも)らんと要(よう)す。但(た)だ只(た)だ是れ頭(あたま)の上(うえ)のこの箍児(たが)は、是れ一箇の金(きん)なるが、却(かえ)って又(ま)た汝に一箇の方法児(ほうほう)を弄(ろう)せられて我が頭(あたま)の上(うえ)に長(は)え付(つ)き、取(と)り下(おろ)すこと能(あた)わず。汝、今(いま)当頭(しち)を要(よう)せらるるならば、情願(こころよく)此(これ)を将(も)って当(しち)と為(な)さん。汝、一箇の松箍兒咒(ゆるめたがのじゅ)を念(とな)えて、此(これ)を除(の)き去(さ)られよ。然(しか)らずんば、何物(なに)を将(も)って当(しち)と為(な)さんや?」 菩薩言う、「汝、好(よ)く自(おのずか)ら在(あ)るかな! 我もまた汝が衣服(ころも)・鉄棒(てつぼう)・金箍(きんこ)を要(よう)せず。只(た)だ汝がかの脳後(こうご=うなじ)の救命(きゅうめい)の毫毛(ごうもう)を一根(ひとすじ)拔(ぬ)きて我に与(あた)えて当(しち)と作(な)せ」 行者言う、「この毫毛(ごうもう)も、また是れ汝(おんみ)が我に与(あた)えられしもの。但(た)だ恐(おそ)るるは一根(ひとすじ)を拔(ぬ)き下(おろ)さば、すなわち群(むれ)を拆(さ)き破(やぶ)り、又(ま)た我が性命(いのち)を救(すく)う能(あた)わざらんことを」 菩薩、罵(ののし)って言う、「この猴子(さる)め! 汝は便(すなわ)ち一毛(いちもう)をも拔(ぬ)かずして、我をしてこの善財(ぜんざい)もまた捨(す)て難(がた)からしむるか」 行者笑って言う、「菩薩よ、汝も却(かえ)ってまた多疑(たぎ=うたがいぶか)きかな。正(まさ)に是れ「僧(そう)の面(おもて)を看(み)ずんば仏(ほとけ)の面(おもて)を看よ」というもの。千万(なにとぞ)、我が師父の一難(いちなん)を救(すく)われよ!」

かの菩薩は逍遥(しょうよう)として欣喜(きんき)し蓮台(れんだい)を下(お)り、雲歩(うんぽ)香(かおり)を飄(ただよ)わして石崖(せきがい)に上(のぼ)る。只(た)だ聖僧(しょうそう)の障害(しょうがい)に遭(あ)えるが為(ため)に、妖怪を降(くだ)して救(すく)い回(かえ)さんと要(ほっ)す。

孫大聖(そんたいせい)は十分(じゅうぶん)に歓喜(よろこ)び、観音(かんのん)を請(しょう)じて潮音仙洞(ちょうおんせんどう)を出(い)でられしめた。諸天大神(しょてんたいしん)は都(みな)普陀岩(ふだがん)の上(うえ)に列(つら)なった。菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、海(うみ)を過(わた)れ」 行者は身を躬(かが)めて言う、「請(こ)う、菩薩の先(さき)に行(ゆ)かれよ」 菩薩言う、「汝、先(さき)に過(わた)れ」 行者は頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「弟子(でし)は敢(あえ)て菩薩の面前(めんぜん)に在りて施展(わざをおこな)わず。若(も)し筋斗雲(きんとうん)を駕(が)せば啊(や)、身(み)を掀(めく)り露(あらわ)し、恐(おそ)らくは菩薩の我が不敬(ふけい)を怪(とが)められんことを」 菩薩、この言(ことば)を聞き、すなわち善財龍女(ぜんざいりゅうにょ)をして蓮花池(れんげち)の裡(うち)に往(ゆ)かしめ、一瓣(ひとひら)の蓮花(れんか)を劈(さ)き、石岩(せきがん)の下辺(した)の水(みず)の上(うえ)に放(お)かせ、行者に教(さと)した、「汝、あの蓮花瓣児(はすのはなびら)に上(の)れ。我が汝を渡(わた)して海(うみ)を過(よぎ)らせん」 行者これを見て言う、「菩薩よ、この花瓣児(はなびら)は、又(ま)た軽(かる)く又(ま)た薄(うす)し。如何(どう)してか我を載(の)せ起(あ)ぐるを得(え)んや! この一(ひとた)び躙(ふ)み翻(ひるがえ)りて水(みず)の下(した)へ跌(ころ)び落(お)ちなば、却(かえ)って虎皮裙(こひくん)を湿(ぬ)らさずや? 硝(しょう=なめし)の走(ぬ)けたるを、天(てん)冷(さむ)きに怎(どう)して穿(き)られんや!」 菩薩、喝(かつ)して言う、「汝、且(しばら)く上(のぼ)りて看(み)よ!」 行者は敢(あえ)て推辞(ことわ)らず、命(いのち)を舎(す)てて上(うえ)へ跳(と)びた。果(はた)して先(ま)ずは軽小(かるちいさ)く見(み)えたるが、上(うえ)に到(いた)れば海船(かいせん)よりも還(ま)た三分(さんぶ)大(おお)きく、行者歓喜(よろこ)んで言う、「菩薩、我を載(の)せられました」 菩薩言う、「既(すで)に載(の)せ得(う)れば、如何(どう)して過(わた)り往(ゆ)かざるか?」 行者言う、「又(ま)た篙(さお)・槳(かい)・篷(ほ)・桅(ほばしら)も無(な)し。怎(どう)して生(い)きて過(わた)り得(え)んや?」 菩薩言う、「用(もち)いず」 只(た)だ彼が一口の気(いき)を把(と)って吹(ふ)き開(ひら)き吸(す)い攏(あつ)め、又(ま)た着実(しっか)と一口の気(いき)を吹(ふ)きて南洋苦海(なんようくかい)を過(よぎ)らせ、彼岸(ひがん)に登(のぼ)ることを得(え)た。行者は却(かえ)って脚(あし)に地(つち)を躙(ふ)みしめ、笑って言う、「この菩薩は神通(じんずう)を売弄(てら)い、老孫をこの等(よう)に呼(よ)び来(きた)り喝(しか)り去(さ)らるるに、全(まった)く力(ちから)を費(ついや)さざるなり!」

かの菩薩は概衆(がいしゅう)の諸天(しょてん)に吩咐(いいつけ)て各(おのおの)仙境(せんきょう)を守(まも)らしめ、善財龍女(ぜんざいりゅうにょ)をして洞門(どうもん)を閉(と)ざさしめ、彼は却(かえ)って祥雲(しょううん)を縦(はな)ち、普陀岩(ふだがん)を逃(のが)れ離(はな)れ、彼方(あちら)へ到(いた)りて叫(さけ)んだ、「恵岸(えがん)何処(いずこ)に在(あ)るか?」 恵岸(えがん)は乃(すなわ)ち托塔李天王(たくとうりてんのう)の第二(だいに)の太子(たいし)、俗名(ぞくみょう)木吒(もくた)是(これ)なり。乃ち菩薩の親(みずか)ら伝授(でんじゅ)したもうたる徒弟(でし)にして、左右(さゆう)を離(はな)れず、護法恵岸行者(ごほうえがんぎょうじゃ)と称(とな)う。すなわち菩薩に向(むか)って合掌(がっしょう)して伺候(しかし)した。菩薩言う、「汝、快(はよ)う上界(じょうかい)へ往(ゆ)き、汝が父王(ちちうえ)に見(まみ)え、彼に問うて天罡刀(てんごうとう)を借(か)り来(きた)りて一用(いちよう)せよ」 恵岸言う、「師父(しふ)は幾何(いくつ)を用(もち)いらるるか?」 菩薩言う、「全副(ぜんぶ)都(みな)要(よう)す」 恵岸は命(めい)を領(う)け、すなわち雲頭(うんず)を駕(が)し、径(ただ)ちに南天門(なんてんもん)の裡(うち)に入(い)り、雲楼宮殿(うんろうきゅうでん)に到(いた)り、父王に見(まみ)えて下拝(げはい)した。天王これを見て問う、「児(こ)よ、何処(いずこ)より来(きた)れるか?」 木吒言う、「師父は孫悟空(そんごくう)に請(こ)われて妖(よう)を降(くだ)しに来(きた)られ、児をして父王に拝上(もうしあ)げしめ、天罡刀(てんごうとう)を将(も)って借(か)りて一用(ひとつかい)せられんと仰(おお)せられました」 天王すなわち哪吒(なた)を喚(よ)んで刀(かたな)を将(も)って三十六把(さんじゅうろっぱ)取(と)り、木吒(もくた)に遞(わた)した。木吒は哪吒に向(むか)いて説(い)う、「兄弟(おとうと)よ、汝、回(かえ)りて多(おお)く母上(ははうえ)に拝上(もうしあ)げよ:我が事(こと)緊急(きんきゅう)なれば、刀を送(おく)り来(きた)りてよりまた頭(こうべ)を磕(ぬか)ずかん、と」 忙忙(いそいそ)と相別(わか)れ、祥光(しょうこう)を按(おさ)え落(おろ)し、径(ただ)ちに南海(なんかい)に至(いた)り、刀を捧(ささ)げて菩薩に与(わた)した。菩薩は手(て)の中(うち)に接(う)け取(と)り、抛(ほう)り将(つ)れ去(い)って、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)うるに、只(た)だ見る、かの刀(かたな)は化(け)して一座(ひとつ)の千葉蓮台(せんようれんだい)と作(な)った。菩薩は身(み)を縦(はな)って上(うえ)へのぼり、端(ただ)しく中間(まんなか)に坐(ざ)した。行者は旁(かたわら)に在りて暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「この菩薩は省使倹用(けちんぼう)よ。あの蓮花池(れんげち)の裡(うち)に五色宝蓮台(ごしきほうれんだい)有るに、坐(ざ)せしめ将(つ)れ来(きた)るを惜(お)しみ、却(かえ)って又(ま)た別人(ひと)に往(ゆ)きて借(か)りらるるは」 菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、言語(ものい)うを休(や)め、我に跟(したが)いて来(こ)よ」 却(かえ)って才(はじ)めて都(みな)雲頭(うんず)を駕(が)し、海上(かいじょう)を離(はな)れた。

白鸚哥(はくいんか)は翅(つばさ)を展(の)べて前(まえ)に飛(と)び、孫大聖(そんたいせい)と恵岸(えがん)はその後(あと)に随(したが)う。

頃刻(しばらく)の間(あいだ)に、早(はや)くも一座(ひとつ)の山頭(やまがしら)を見(み)るや、行者言う、「この山がすなわち是れ号山(ごうざん)なり。此処(ここ)よりかの妖精の門首(もんしゅ)に到(いた)るまで、約摸(おおむね)四百余里(しひゃくより)有るべし」 菩薩、この言(ことば)を聞き、すなわち命(めい)じて祥雲(しょううん)を住(とど)め下(おろ)し、かの山頭(やまがしら)の上(うえ)に在りて一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を念(とな)うるに、只(た)だ見る、かの山左山右(やまのひだりやまのぎ)より、許多(あまた)の神鬼(しんき)の走出(あるきい)で来(きた)るは、却(かえ)って乃(すなわ)ち是れ本山(ほんざん)の土地(どち)衆神(しゅうしん)なり。都(みな)菩薩の宝蓮座(ほうれんざ)の下(した)に到(いた)りて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いた。菩薩言う、「汝等(なんじら)は倶(みな)驚張(おどろきあわて)ること莫(なか)れ。我、今(いま)来(きた)って此の魔王(まおう)を擒(とら)えんとす。汝、我が為にこの団囲(あたり)を打掃(そうじ)し乾浄(きよ)くし、三百里(さんびゃくり)の遠近(あたり)の地方(ところ)に、一箇(ひとり)の生霊(せいれい)の地(ち)に在るを許(ゆる)さず。かの窩(す)の中(うち)の小獣(こけもの)、窟(あな)の内(うち)の雛虫(こむし)を、都(みな)顛峰(いただき)の上(うえ)へ送(おく)りて安生(やすらか)ならしめよ」 衆神(しゅうしん)は遵依(したが)って退(しりぞ)いた。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、また来(きた)りて回復(かいふく)するに、菩薩言う、「既(すで)に乾浄(きよ)しなば、倶(みな)各(おのおの)祠(やしろ)に回(かえ)れ」 遂(つい)に浄瓶(じょうびょう)を把(と)って扳(たぐ)り倒(たお)し、唿喇喇(こつらつらつ)と水(みず)を傾(かたむ)け出(いだ)すや、雷響(かみなり)の如(ごと)し。真に是れ:

山頭(やまがしら)を漫(みなぎ)り過(よ)ぎ、石壁(せきへき)を衝(つ)き開(ひら)く。山頭を漫り過ぐは海勢(かいせい)の如(ごと)く、石壁を衝き開くは汪洋(おうよう)に似(に)たり。黒霧(こくむ)天(てん)に漲(みなぎ)りて全(まった)く水気(すいき)、滄波(そうは)日(ひ)を影(うつ)して寒光(かんこう)を幌(ゆ)る。

遍(あまね)く崖(がけ)に玉浪(ぎょくろう)を衝(つ)き、満(み)つる海(うみ)に金蓮(きんれん)を長(しょう)ぜしむ。菩薩は大(おおい)に降魔法(ごうまほう)を展(の)べ、袖中(しゅうちゅう)より定身禅(じょうしんぜん)を取(と)り出(いだ)す。

化(け)して落伽仙景界(らくがせんけいかい)と做(な)し、真(しん)に南海(なんかい)の一般般(おなじさま)の如(ごと)し。秀蒲(しゅうほ)挺(ぬ)き出(い)でて曇花(どんか)嫩(わか)く、香草(こうそう)舒(の)び開(ひら)いて貝葉(ばいよう)鮮(あざやか)なり。紫竹(しちく)幾竿(いくかん)に鸚鵡(おうむ)歇(やす)らい、青松(せいしょう)数簇(すうぞく)に鷓鴣(しゃこ)喧(かまびす)し。万迭(ばんじょう)の波濤(はとう)四野(しや)に連(つら)なり、只(た)だ風(かぜ)の吼(ほ)ゆると水(みず)の天(てん)に漫(みなぎ)るを聞(き)く。孫大聖はこれを見て、暗中(ひそか)に賛嘆(さんたん)して言う、「果(はた)して是れ一箇の大慈大悲(だいじだいひ)の菩薩(ぼさつ)かな! 若(も)し老孫にこの法力(ほうりき)有らば、瓶児(びん)を将(も)って山(やま)を望(めが)けて一倒(ひとたびかたむ)け、禽獣蛇虫(きんじゅうだちゅう)を管(かえりみ)ること甚(なん)ぞや!」 菩薩、叫(さけ)ぶ、「悟空(ごくう)よ、手(て)を伸(の)べて過(わた)せ」 行者はすなわち忙(いそ)ぎ袖(そで)を斂(おさ)め、左手(ゆんで)を伸(の)べ出(いだ)した。菩薩は楊柳枝(ようりゅうし)を抜(ぬ)き、甘露(かんろ)を蘸(ひた)して、彼が手(て)の裡(うち)に一箇の「迷(めい)」の字(じ)を写(うつ)し、彼に教(さと)した、「拳(こぶし)を捏(ひね)り、快(はよ)う往(ゆ)きてかの妖精と索戦(いくさをもと)めよ。敗(やぶ)るるを許(ゆる)し、勝(か)つを許(ゆる)さず。敗(やぶ)れて将(つ)れ我がこの跟前(まえ)へ来(きた)らば、我れ自(おのずか)ら法力(ほうりき)有りて彼を収(おさ)めん」 行者は命(めい)を領(う)け、雲光(うんこう)を返(かえ)し、径(ただ)ちに洞口(どうぐち)に来(きた)り至(いた)り、一只(かた)の手(て)に拳(こぶし)を使(つか)い、一只の手に棒(ぼう)を使い、高(たか)く叫(さけ)んで言う、「妖怪(ようかい)、門(もん)を開(ひら)け!」 かの小妖ども、又(ま)た進去(なか)へ入(い)りて報じた、「孫行者が又(ま)た来(まい)りました!」 妖王言う、「緊(かた)く門を関(と)ざせ! 彼を睬(かま)うな!」 行者、叫(さけ)んで言う、「好(よ)き儿子(むすこ)よ! 老子(おやじ)を門の外(そと)に趕(お)い出(いだ)しおきて、還(ま)た門を開(ひら)かざるか!」 小妖、また報じて言う、「孫行者が例(あ)の話(ことば)を罵(ののし)り出(いだ)しました!」 妖王は只(た)だ教(さと)す、「彼を睬(かま)うな!」 行者は両(ふた)たび叫(よ)ぶに、門の開(ひら)かざるを見て、心中(むねのうち)大いに怒(いか)り、鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、門を将(も)って一下(ひとつ)に打(う)ちて一箇の窟窿(あな)を成(な)した。慌(あわ)てたるかな、かの小妖は跌(ころ)び将(つ)れ進去(なか)へ入(い)りて言う、「孫行者が門を打(う)ち破(やぶ)りました!」 妖王は幾度(いくたび)も報(ほう)ぜられ、又(ま)た前門(ぜんもん)を打ち破(やぶ)られたと説(い)うを聴(き)き、急ぎ身を縦(はな)ちて跳(と)び将(つ)れ出(い)で、長槍(ちょうそう)を挺(つ)け、行者に向(むか)いて罵(ののし)って言う、「この猴子(さる)め、老大(おおい)に起倒(てかげん)を識(し)らざるか! 我は汝に些(いささ)かの便宜(べんぎ)を得(え)さしめたるに、汝は還(ま)た尽足(ことたり)るを知(し)らず、又(ま)た来(きた)りて我を欺(あなど)るか! 我が門(もん)を打ち破(やぶ)りたるは、汝、那(いず)れの箇の罪名(つみ)を該(あた)るべきか?」 行者言う、「我が児(こ)よ、汝が老子(おやじ)を門の外に趕(お)い出(いだ)したるは、汝、那(いず)れの箇の罪名を該(あた)るべきか?」 かの妖王は羞(は)じ怒(いか)り、長槍(ちょうそう)を綽(と)って劈胸(むねめが)けにすなわち刺(つ)く;この行者は鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、架(か)き隔(へだ)てて相(あい)還(むく)う。一(ひと)たび手(て)を搭(と)り上(あ)ぐるや、闘(たたか)うこと四、五箇の回合(がっごう)を経(へ)て、行者は拳(こぶし)を捏(ひね)り、棒(ぼう)を拖(ひ)き、敗(やぶ)れて将(つ)れ下(お)り来(きた)る。かの妖王は山前(やままえ)に立(た)って言う、「我は刷洗(あらいきよ)めて唐僧(とうそう)を食(くら)わんと往(ゆ)くぞ!」 行者言う、「好(よ)き儿子(むすこ)よ、天(てん)が汝を看(み)ておるわ! 汝、来(こ)よ!」 かの妖精、この言(ことば)を聞き、愈(いよいよ)嗔怒(いかり)を加(くわ)え、一声(ひとこえ)を喝(かつ)し、面前(まえ)へ趕(お)い到(いた)り、槍(やり)を挺(つ)けて又(ま)た刺(つ)く。この行者は棒(ぼう)を輪(めぐ)らして又(ま)た幾合(いくがっ)か戦(たたか)い、陣(じん)に敗(やぶ)れて又(ま)た走(に)ぐ。かの妖王、罵(ののし)って言う、「猴子(さる)め、汝は前(まえ)には二、三十合(にじゅうさんじゅうがっ)の本事(ほんざい)有りしに、汝は怎(どう)して如今(いま)正(まさ)に闘(たたか)う時(とき)にすなわち走(に)がんと要(ほっ)するは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 行者笑って言う、「賢郎(けんろう)よ、老子(おやじ)は汝が火(ひ)を放(はな)つを怕(おそ)れるなり」 妖精言う、「我は火を放(はな)たじ。汝、上(のぼ)りて来(こ)よ」 行者言う、「既(すで)に火を放たずんば、些(いささ)か走(あ)け開(ひら)け。好漢子(ますらお)は家門前(いえのまえ)に在りて人を打(う)つこと莫(なか)れ」 かの妖精は是れ詐(いつわり)なるを知(し)らず、真(まこと)に槍(やり)を挙(あ)げて又(ま)た趕(お)う。行者は棒(ぼう)を拖(ひ)き、拳(こぶし)を放(はな)ちたれば、かの妖王は迷乱(みらん)に着(おちい)り、只管(ひたすら)に追(お)い趕(お)うた。前(さき)に走(はし)るは流星(りゅうせい)の空(そら)を過(よぎ)るが如(ごと)く、後(あと)に走るは弩箭(どせん)の弦(つる)を離(はな)るるが如(ごと)し。

一時(ひととき)ならずして、かの菩薩(ぼさつ)を望(みわ)け見(み)るに到(いた)った。行者言う、「妖精(ようかい)よ、我は汝を怕(おそ)れたり。汝、我を饒(ゆる)せよ。汝、如今(いま)南海観音菩薩(なんかいかんのんぼさつ)の処(もと)へ趕(お)い至(いた)りたるに、怎(どう)して還(ま)た回(かえ)らざるか?」 かの妖王は信(しん)ぜず、歯(は)を咬(か)み、只管(ひたすら)に趕(お)い来(きた)った。行者は身を将(も)って一(ひと)たび幌(ひるがえ)し、かの菩薩の神光(しんこう)の影(かげ)の裡(うち)に蔵(かく)れた。

この妖精、行者の無(な)くなりたるを見て、近(ちか)く前(まえ)へ進(すす)み、眼(め)を円(ま)るく睜(みひら)き、菩薩に向(むか)いて言う、「汝は是れ孫行者が請(こ)い来(きた)れる救兵(きゅうへい)なるか?」 菩薩は答(こた)えず。妖王は長槍(ちょうそう)を拈(ひね)り転(めぐ)らして喝(かつ)して言う、「咄(おのれ)! 汝は是れ孫行者が請い来れる救兵なるか?」 菩薩はまた答えず。妖精は菩薩を望(めが)けて劈心(むねめがけ)に一槍(ひとほこ)を刺(つ)き来(きた)るや、かの菩薩は金光(きんこう)と化(け)し、径(ただ)ちに九霄空内(きゅうしょうのうち)へ走上(のぼ)り去(い)った。行者は跟(つ)き定(さだ)めて言う、「菩薩よ、汝は好(よ)くも我を欺伏(あなど)りたもうかな! かの妖精が再三(さいさん)汝に問(と)うに、汝は怎(どう)して聾(つんぼ)を推(お)し啞(おし)を装(よそお)いて、敢(あえ)て声(こえ)を做(な)さず、彼に一槍(ひとほこ)に搠(つ)かれて走(に)がられ、却(かえ)ってあの箇の蓮台(れんだい)をも都(みな)投(な)げ下(おろ)されたは!」 菩薩は只(た)だ教(さと)す、「言語(ものい)う莫(な)かれ、彼がまた怎(どう)せんと要(ほっ)するかを看(み)よ」 この時(とき)、行者と木吒(もくた)は倶(ともに)空中(くうちゅう)に在りて、肩(かた)を并(なら)べて同じく看(み)ておるに、只(た)だ見る、かの妖(よう)は呵呵(からから)と冷笑(れいしょう)して言う、「潑猴頭(はっこうとう=暴け猿)め、我を錯(あやま)って認(みと)めたり! 彼は我が聖嬰(せいえい)を把(と)って箇の甚人(なんぴと)と作(な)すを知(し)らざるか。幾番(いくたび)か家(われ)に戦(たたか)いて過(す)ぐる能(あた)わず、又(ま)た往(ゆ)きて箇の甚麼(なん)の膿包菩薩(くさりぼさつ)を請(こ)い来(きた)れるに、却(かえ)って我が一槍(ひとほこ)に、搠(つ)きて形(かたち)無(な)く影(かげ)無(な)く去(い)なれしめ、又(ま)た箇の宝蓮台児(ほうれんだい)をも投(な)げたり。且(しばら)く我をして上(うえ)へのぼりて坐(ざ)せんことを待(ま)て」 好(よ)き妖精かな、彼もまた菩薩を学(まな)び、手(て)を盤(く)み脚(あし)を盤(く)んで、中間(まんなか)に坐(ざ)した。

行者、看(み)て言う、「好(よ)いかな! 好いかな! 好いかな! 蓮花台児(れんだい)は好(よ)く人に送(おく)られたり!」 菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、汝は又(ま)た甚(なん)と説(い)うか?」 行者言う、「説(いう)ことが何(なん)あらん、説うことが何あらん? 蓮台(れんだい)を人に送(おく)られたり! かの妖精は臀(しり)の下(した)に坐(ざ)し放(お)きたるに、終(つい)に汝が還(ま)た要(い)られんとするを得(え)じ?」 菩薩言う、「正(まさ)に彼の坐(ざ)するを要(よう)するなり」 行者言う、「彼が身躯(からだ)は小巧(こぢんまり)として、汝よりも還(ま)た坐(ざ)ること穏当(おだやか)ならん」 菩薩、叫(さけ)ぶ、「言語(ものい)う莫(なか)れ。且(しばら)く法力(ほうりき)を看(み)よ」 彼は楊柳枝(ようりゅうし)を将(も)って下(した)へ向(む)けて指(さ)し定(さだ)め、「退(しりぞ)け!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶや、只(た)だ見る、かの蓮台(れんだい)の花彩(かさい)は倶(とも)に無(な)く、祥光(しょうこう)は尽(ことごと)く散(ち)り、原来(もと)かの妖王は刀尖(とうせん)の上(うえ)に坐(ざ)しておったのじゃ。すなわち木吒(もくた)に命(めい)じた、「降妖杵(ごうよしょ)を使(つか)い、刀柄児(とうへい)を把(と)って打(う)ち打(う)ち去(ゆ)きて来(こ)よ」 かの木吒は雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)し、降魔杵(ごうましょ)を将(も)って、墻(かきね)を築(つ)くが一般(ごと)くに、築(つ)くこと千百余下(せんびゃくよか)有り。かの妖精は、両腿(りょうたい)を穿(つらぬ)き通(とお)りて刀尖(とうせん)出(い)で、血(ち)は流(なが)れて汪(おおみず)を成(な)し皮肉(ひにく)開(ひら)く。好(よ)き怪物(かいぶつ)かな、汝(なんじ)看よ、彼は歯(は)を咬(か)み、痛(いた)みを忍(しの)び、且(しばら)く長槍(ちょうそう)を捨(す)て、手(て)を将(も)って刀(かたな)を乱(みだ)りに拔(ぬ)く。行者は却(かえ)って言う、「菩薩よ、あの怪物(かいぶつ)は痛(いた)みを怕(おそ)れず、還(ま)た刀(かたな)を拔(ぬ)いております」 菩薩これを見て、木吒(もくた)を喚(よ)び上(あ)げ、「且(しばら)く彼が生命(いのち)を傷(そこな)うこと莫(なか)れ」 却又(また)楊柳枝(ようりゅうし)を把(と)って垂(た)れ下(おろ)し、「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を一声(ひとこえ)念(とな)うるに、あの天罡刀(てんごうとう)は都(みな)変(へん)じて倒須鉤児(さかさばり)と做(な)り、狼牙(ろうが=おおかみのきば)の一般(ごと)くにして、褪(ぬ)け得(う)ること莫(な)し。かの妖精は却(かえ)って才(はじ)めて慌(あわ)て、刀尖(とうせん)を扳(たぐ)り、痛(いた)みの声(こえ)を苦(くる)しげに告(もう)して言う、「菩薩よ、我が弟子(でし)は眼(め)有りて珠(たま)無(な)く、汝が広大(こうだい)の法力(ほうりき)を識(し)らざりき。千(なにとぞ)乞(こ)う、慈(じ)を垂(た)れて、我が性命(いのち)を饒(ゆる)したまえ! 再(ふたた)び敢(あえ)て悪(あく)を恃(たの)まず、願(ねがわ)くは法門(ほうもん)の戒行(かいぎょう)に入(い)らんことを」

菩薩、この言(ことば)を聞き、却(かえ)って二行者(にぎょうじゃ)・白鸚哥(はくいんか)と与(とも)に金光(きんこう)を低(ひく)く下(おろ)し、妖精の面前(めんぜん)に到(いた)り、問うて言う、「汝、吾が戒行(かいぎょう)を受(う)くる可(べ)きか?」 妖王は頭(こうべ)を点(うなず)かせ泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「若(も)し性命(いのち)を饒(ゆる)されたまわば、願わくば戒行を受けんことを」 菩薩言う、「汝、我が門(もん)に入(い)る可(べ)きか?」 妖王言う、「果(はた)して性命を饒されたまわば、願わくば法門に入らんことを」 菩薩言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、我、汝が為(ため)に摩頂受戒(まちょうじゅかい=頭をなでて戒をさずけ)せん」 すなわち袖中(しゅうちゅう)より一把(ひとふさ)の金剃頭刀児(きんていとうじ=剃刀)を取(と)り出(いだ)し、近(ちか)く前(まえ)へ去(ゆ)き、かの怪が頂(いただき)を分(わ)かって幾刀(いくと)か剃(そ)り、剃(そ)って一箇の太山圧頂(たいざんあっちょう=泰山が頭を圧するがごとき髷)と作(な)し、彼が為(ため)に三箇の頂搭(いただき)を留(とど)め、三箇の窩角揪児(かどのまげ)を挽(わ)き起(おこ)した。行者は旁(かたわら)に在りて笑って言う、「この妖精は大晦気(たいふん=ひどいふん)じゃ! 弄(なさ)れて不男不女(おとこでもなくおんなでもなく)、箇の甚麼(なん)の東西(もの)に象(に)たるかを知(し)れず!」 菩薩言う、「汝、今(いま)既(すで)に我が戒(かい)を受(う)けたれば、我も却(かえ)ってまた汝を慢(あなど)らず、汝を称(とな)えて善財童子(ぜんざいどうじ)と做(な)さんは、如何(いかん)?」

かの妖(よう)は頭(こうべ)を点(うなず)かせて受持(じゅじ=たもちう)け、只(た)だ命(いのち)を饒(ゆる)されんことを望(のぞ)んだ。菩薩は却(かえ)って手(て)を以(も)って一(ひと)たび指(さ)し、「退(しりぞ)け!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶや、撞(かち)の一声(ひとこえ)に、天罡刀(てんごうとう)は都(みな)脱落(だらく)して塵埃(じんあい=ちり)に落(お)ち、かの童子(どうじ)の身躯(しんく=からだ)は損(そこな)われず。菩薩、叫(さけ)ぶ、「恵岸(えがん)よ、汝、刀を将(も)って天宮(てんぐう)へ送(おく)り上(あ)げ、汝が父王(ちちうえ)に還(かえ)せ。我を接(むか)えに来(く)る莫(なか)れ、先(ま)ず普陀岩(ふだがん)に到(いた)りて衆(すべ)ての諸天(しょてん)に会(かい)して等候(ま)て」 かの木吒(もくた)は命(めい)を領(う)け、刀を送(おく)って上界(じょうかい)に上(のぼ)り、海(うみ)に回(かえ)ることはさておく。

さて、かの童子(どうじ)は野性(やせい)定(さだ)まらず、かの腿(もも)の疼(いた)みし処(ところ)の疼まず、臀(しり)の破(やぶ)れし処(ところ)の破れず、頭(あたま)に三箇の揪児(まげ)を挽(わ)われたるを見るや、彼は走(はし)り去(さ)って長槍(ちょうそう)を綽(と)り上(あ)げ、菩薩を望(めが)けて言う、「那(いずく)に甚(なん)の真(まこと)の法力(ほうりき)の我を降(くだ)す有らんや! 原来(もと)是れ一箇の掩様術法児(いつわりのてだて)なり! 甚(なん)の戒(かい)も受(う)けじ。槍(やり)を見よ!」 菩薩を望(めが)けて劈臉(かおめがけ)に刺(つ)き来(きた)る。恨(いか)りて箇の行者は鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして打(う)たんとせしに、菩薩は只(た)だ叫(さけ)ぶ、「打(う)つなかれ、我れ自(おのずか)ら懲治(こらしめ)有り」 却又(また)袖中(しゅうちゅう)より一箇の金箍児(きんこじ=金のたが)を取(と)り出(いだ)して言う、「この宝貝(ほうもつ)は原本(もと)是れ我が仏(ほとけ)如来(にょらい)の我に賜(たま)いし、東土(とうど)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)る人(ひと)を尋(たず)ねしむる金・緊・禁(きん・きん・きん)の三箇の箍児(たが)なり。緊箍児(きんこじ)は、先(ま)ず汝に与(あた)えて戴(いただ)かせ、禁箍児(きんこじ)は、守山大神(しゅざんだいしん)を収(おさ)めしが、この金箍児(きんこじ)は、未(いま)だ曾(かつ)て人に与(あた)えるを舎(す)て得(え)ざりしを、今(いま)この怪の無礼(ぶれい)なるを観(み)て、彼に与(あた)えんとす」 好(よ)き菩薩かな、箍児(たが)を将(も)って風(かぜ)に迎(むか)って一(ひと)たび幌(ひるがえ)し、「変!」と叫(さけ)ぶや、すなわち変(へん)じて五箇(いつつ)の箍児(たが)と作(な)り、童子(どうじ)の身(み)の上(うえ)を望(めが)けて抛(な)げ去(さ)り、「着(つけ)!」と一声(ひとこえ)喝(かつ)するに、一箇(ひとつ)は彼が頭頂(ちょうちょう)に套(かぶ)さり、二箇(ふたつ)は彼が左右(さゆう)の手(て)に套さり、二箇は彼が左右(さゆう)の脚(あし)に套(かぶ)さった。菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、些(いささ)か走(あ)け開(ひら)け。我が《金箍児咒(きんこじしゅ)》を念(とな)うるを待(ま)て」 行者は慌(あわ)てて言う、「菩薩よ、請(こ)うて此(ここ)に来(きた)りて妖を降(くだ)されしに、如何(どう)して却(かえ)って我を咒(のろ)わんとせらるるか?」 菩薩言う、「この篇(ひとくさり)の咒(じゅ)は、是れ汝を咒(のろ)う《緊箍児咒(きんこじしゅ)》に非(あら)ず、是れかの童子を咒(のろ)う《金箍児咒(きんこじしゅ)》なり」 行者は却(かえ)って才(はじ)めて心(こころ)を放(はな)ち、左右(さゆう)に緊(したし)く随(したが)って、彼が咒(じゅ)を念(とな)うるを聴(き)いた。菩薩は訣(じゅつ)を捻(ひね)り、黙黙(だんまり)と幾遍(いくたび)か念(とな)うるに、かの妖精は耳(みみ)を搓(も)み腮(ほお)を揉(も)み、蹄(ひづめ)を揃(そろ)えて打滚(ころげまわ)った。正(まさ)に是れ:

一句(いっく)能(よ)く遍(あまね)く沙界(しゃかい=すなのごとき世界)に通(つう)じ、広大無辺(こうだいむへん)法力(ほうりき)深(ふか)し。

畢竟(つい)にかの童子(どうじ)の怎(いか)に皈依(きえ)するかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。