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043 第四十三回 黒河(こくが)の妖孽(ようげつ)、僧を擒(とら)え去り 西洋(せいよう)の龍子(りゅうし)、鼉(だ)を捉(とら)え回(かえ)る

さて、かの菩薩(ぼさつ)は幾遍(いくたび)か念(とな)えて、却(かえ)って才(はじ)めて口(くち)を住(とど)めたるに、かの妖精(ようせい)はすなわち疼(いた)まなくなった。また正性(しょうしょう=こころをただ)して身を起(おこ)して看(み)る処(ところ)、頚項(くび)の裡(うち)と手足(てあし)の上(うえ)に都(みな)金箍(きんこ=金のたが)有り、勒(し)められて疼痛(とうつう)すれば、便(すなわ)ちかの箍児(たが)を除(のぞ)かんとせしに、褪(ぬ)け動(うご)くこと分毫(すこしばかり)も得(え)んとは想(おも)う莫(なか)れ。この宝貝(ほうもつ)は已(すで)に此(ここ)に是れ肉(にく)を見(み)て根(ね)を生(しょう)じ、抹(な)でるほどに越(いよいよ)疼(いた)む。

行者笑って言う、「我が那(かの)乖乖(かいかい=かわいいやつ)よ、菩薩は汝が養(そだ)ち大(おお)きくならざることを恐(おそ)れ、汝が為に一箇の頚圈(くびわ)・鐲頭(うでわ)を戴(いただ)かせられたのじゃ」 かの童子(どうじ)、この言(ことば)を聞き、また煩悩(はんのう=いらだち)を生(しょう)じ、此(ここ)に就(つ)いて槍(やり)を綽(と)り上(あ)げ、行者を望(めが)けて乱(みだ)りに刺(つ)く。行者は急ぎ身を閃(かわ)し、菩薩の後面(うしろ)に立(た)ち、叫(さけ)んだ、「咒(じゅ)を念(とな)え! 咒を念え!」 かの菩薩は楊柳枝児(ようりゅうし)を将(も)って、一点(ひとつぶ)の甘露(かんろ)を蘸(ひた)して洒(そそ)ぎ将(つ)れ去(い)き、「合(がっ)せ!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶや、只(た)だ見る、彼は槍(やり)を捨(す)て、一双(もろもろ)の手(て)は合掌(がっしょう)して胸(むね)に当(あ)て、再(ふたた)びまた開(ひら)き放(はな)つ能(あた)わず。今(いま)に至(いた)るまで一箇の「観音扭(かんのんひねり)」を留(とど)めたるは、すなわち此(こ)の意(こころ)なり。かの童子は手(て)を開(ひら)くことを得(え)ず、槍(やり)を拿(と)ることを得ず、方(はじ)めて是れ法力(ほうりき)の深微(しんび)なるを知(し)り、没奈何(どうすることもでき)ず、才(はじ)めて頭(こうべ)を納(い)れて下拝(げはい)した。

菩薩は真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、浄瓶(じょうびょう)を把(と)って敧(かたむ)け倒(たお)し、かの一海水(いっかいすい)を将(も)って、依然(もとのごと)く収(おさ)め去(さ)り、更(さら)に半点(すこしばかり)も存留(のこ)ること無(な)く、行者に向(むか)いて言う、「悟空(ごくう)よ、この妖精は已(すで)に是れ降(くだ)ったれど、却(かえ)って只(た)だ是れ野心(やしん)定(さだ)まらず。我をして彼に一歩一拝(いっぽいっぱい)を教(おし)えしめ、只(た)だ落伽山(らくがさん)まで拝(おが)み到(いた)らしめて、方(まさ)に才(はじ)めて法(ほう)を収(おさ)めん。汝、如今(いま)は快(はよ)う早(はよ)う洞中(どうちゅう)へ往(ゆ)き、汝が師父(しふ)を救(すく)い出(いだ)して来(こ)よ!」 行者は身を転(てん)じて頭を磕(ぬかず)いて言う、「菩薩の遠(とお)くを渉(わた)られし労(ろう)有り。弟子(でし)は当(まさ)に一程(ひとほど)を送(おく)るべし」 菩薩言う、「汝は送(おく)ることを消(よう)せず。恐(おそ)らくは汝が師父の性命(いのち)を誤(あやま)たん」 行者、この言(ことば)を聞き、歓喜(よろこ)んで叩別(わかれをあいさつ)した。かの妖精は早(はや)くも正果(しょうが)に帰(き)し、五十三参(ごじゅうさんさん)して観音を参拝(さんぱい)することは、且(しばら)く善菩薩(ぜんぼさつ)の童子(どうじ)を収(おさ)めたるを題(い)わず。

さて、かの沙僧(さそう)は久(ひさ)しく林間(りんかん)に坐(ざ)し、行者の到(いた)らざるを盼望(まちのぞ)み、行李(こうり)を将(も)って馬(うま)に捎(の)せ、一只(かた)の手(て)に降妖宝杖(ごうようほうじょう)を執(と)り、一只の手に繮縄(たづな)を牽(ひ)き、松林(しょうりん)を出(い)でて南(みなみ)を向(む)いて観看(みわた)した。只(た)だ見る、行者の欣喜(よろこび)として来(きた)るを。

沙僧、迎(むか)えて言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝は怎(どう)して菩薩を請(こ)いに往(ゆ)かれて、この時(とき)に才(ようや)く来(きた)られたか! 焦(あせ)り殺(ころ)すばかりじゃ!」 行者言う、「汝は還(ま)た夢(ゆめ)を做(み)ておるか。老孫は已(すで)に菩薩を請(しょう)じ、妖怪(ようかい)を降(くだ)して来(きた)ったわ」 行者は却(かえ)って菩薩の法力(ほうりき)を、備(つぶさ)に陳(の)べた一遍(ひととおり)なり。沙僧は十分(じゅうぶん)に歓喜(よろこ)んで言う、「師父を救(すく)いに往(ゆ)かん!」 彼の二人(ふたり)は才(はじ)めて澗(たに)を跳(と)び過(よぎ)り、門前(もんぜん)へ撞(つ)き到(いた)り、馬匹(ばひつ)を拴(つな)ぎ下(おろ)し、兵器(へいき)を挙(あ)げて斉(ひと)しく洞(どう)の裡(うち)へ打(う)ち入(い)り、群妖(ぐんよう)を剿(ほふ)り浄(きよ)くし、皮袋(かわぶくろ)を解(と)き下(おろ)し、八戒を放(はな)ち出(いだ)した。かの呆子(ばか)めは行者に謝(あやま)って言う、「兄者(あにじゃ)よ、あの妖精は何処(いずこ)に在(お)るか? 我をして往(ゆ)きて彼を幾鈀(いくは)か築(つ)かしめ、気(いき)を出(いだ)さしめよ!」 行者言う、「且(しばら)く師父を尋(たず)ねに往(ゆ)かん」

三人(みたり)は径(ただ)ちに後辺(うしろ)に至(いた)るに、只(た)だ見る、師父の赤条条(まるはだか)に院中(にわのなか)に捆(くく)られて哭(な)いておるを。沙僧は連(つる)んで繩(なわ)を解(と)き、行者はすなわち衣服(ころも)を取(と)りて穿(き)せ上(あ)げ、三人は面前(まえ)に跪(ひざまず)いて言う、「師父(しふ)よ、苦(くるしみ)を食(くら)われましたな」 三蔵(さんぞう)は謝(あやま)って言う、「賢徒(けんと=よき弟子)よ、多(おお)く汝らを累(わずら)わしたり。怎(いか)にしてか妖魔(ようま)を降(くだ)し得(え)たるか?」 行者はまた菩薩を請(こ)い、童子(どうじ)を収(おさ)めたるの言(ことば)を、備(つぶさ)に陳(の)べた一遍(ひととおり)なり。三蔵、これを聴(き)き、すなわち忙(いそ)ぎ跪(ひざまず)き下(お)り、南(みなみ)に朝(むか)いて礼拜(らいはい)した。行者言う、「彼に謝(あやま)ることを消(よう)せず。転(かえ)って是れ我らが彼が為に福(ふく)を作(な)し、一箇の童子(どうじ)を収(おさ)めたるなり」 如今(いま)「童子(どうじ)、観音(かんのん)を拝(おが)み、五十三参(ごじゅうさんさん)、参参(さんずるごと)に仏(ほとけ)を見(み)る」と説(い)うは、すなわち此(これ)是(な)り。沙僧に教(さと)して洞内(どうない)の宝物(ほうもつ)を収(おさ)めさせ、且(しばら)く米粮(べいりょう=こめかて)を尋(たず)ね、斎飯(さいはん)を安排(ととの)え、師父を管待(もてな)した。あの長老(ちょうろう)の性命(いのち)を得(え)たるは全(まった)く孫大聖(そんたいせい)に虧(よ)るもの、真経(しんきょう)を取(と)るは只(た)だ美猴精(びこうせい)に靠(よ)るのみ。

師徒(しと)たちは洞(どう)を出(い)で来(きた)り、鞍(くら)に攀(よ)じ上(あが)りて馬に上(の)り、大路(おおみち)を找(たず)ね、篤志(とくし=こころざしあつく)として西(にし)へ投(とう)じた。

行(ゆ)くこと一箇多月(ひとつきあまり)を経(へ)て、忽然(たちまち)に水声(すいせい)の耳(みみ)を振(ふる)わすを聴(き)くや、三蔵大いに驚(おどろ)いて言う、「徒弟(でし)よ、又(ま)た是れ何処(いずこ)の水声(みずのおと)ぞ?」 行者笑って言う、「この老師父(ろうしふ)は、忒(い)たくまた多疑(たぎ=うたがいぶか)きかな。和尚(おしょう)と做(な)ることは得(え)ぬわ。我ら一同四衆(ししゅう)なるに、偏(ひとえ)に汝のみ甚麼(なん)の水声を聴(き)かるるか。汝はあの《多心経(たしんきょう)》を又(ま)た忘(わす)れたもうたか?」 唐僧(とうそう)言う、「多心経(たしんきょう)は乃(すなわ)ち浮屠山(ふとざん)の烏巣禅師(うそうぜんじ)の口授(くじゅ)にして、共(あいとも)に五十四句(ごじゅうしく)、二百七十箇の字(じ)なり。我、当時(そのかみ)耳(みみ)に伝(つた)えられ、今(いま)に至(いた)るまで常(つね)に念(とな)うるに、汝は我が那(いず)れの句(く)を忘(わす)れたるを知(し)るか?」

行者言う、「老師父(ろうしふ)よ、汝は『無眼耳鼻舌身意(むげんにびぜっしんい)』を忘(わす)れたもうたり。我らが出家人(しゅっけにん)は、眼(め)は色(いろ)を視(み)ず、耳(みみ)は声(こえ)を聴(き)かず、鼻(はな)は香(こう)を嗅(か)がず、舌(した)は味(あじ)を嘗(な)めず、身(み)は寒暑(かんしょ)を知(し)らず、意(こころ)は妄想(もうぞう)を存(おさ)めず。此(か)くの如(ごと)きをこれ『六賊(ろくぞく)を祛(はら)い褪(しりぞ)く』と謂(い)うなり。汝、如今(いま)経(きょう)を求(もと)めんが為(ため)に、念念(ねんねん)意(こころ)に在(あ)り、妖魔を怕(おそ)れて身を舎(す)てんとせず、斎(とき)を食(くら)わんことを要(よう)して舌(した)を動(うご)かし、香甜(こうてん)を喜(この)んで鼻(はな)を嗅(か)がせ、声音(こえ)を聞(き)いて耳(みみ)を驚(おどろ)かし、事物(こと)を睹(み)て眸(ひとみ)を凝(こら)し、この六賊(ろくぞく)の紛紛(ふんぷん)として来(きた)るを招(まね)く。怎(どう)して生(い)きてか西天(さいてん)に仏(ほとけ)を見(み)ることを得(え)んや?」 三蔵、この言(ことば)を聞き、黙然(もくねん)として沉慮(しんりょ=ふかくおもい)して言う、「徒弟(でし)よ、我、一(ひと)たび当年(むかし)聖君(せいくん)に別(わか)れてより、昼夜(ちゅうや)に奔波(ほんぱ)して甚(はなは)だ殷勤(いんぎん)たり。芒鞋(ぼうかい=わらじ)は踏(ふ)み破(やぶ)る山頭(さんとう)の霧(きり)、竹笠(ちくりゅう)は衝(つ)き開(ひら)く嶺上(れいじょう)の雲(くも)。夜静(よるしずか)に猿(さる)の啼(な)くは殊(こと)に嘆(たん)ずべく、月明(つきあきらか)に鳥(とり)の噪(な)くは聞(き)くに堪(た)えず。何(いず)れの時(とき)か三三行(さんさんぎょう)を満足(まんぞく)し、如来(にょらい)の妙法文(みょうほうぶん)を取り得(う)るや?」

行者、聴(き)き畢(おわ)るや、忍(しの)び得(あた)ず掌(て)を鼓(う)って大笑(たいしょう)して言う、「この師父は原来(もと)只(た)だ是れ思郷(しきょう=ふるさとおもい)の息(や)み難(がた)きのみか! 若(も)しあの三三行(さんさんぎょう)の満(み)つることを要(ほっ)せば、何(なん)の難(かた)き有らんや!

常言(ことわざ)に道(い)う、功(こう)到(いた)れば自然(おのずか)ら成(な)る、と」 八戒は頭(こうべ)を回(めぐ)らして言う、「兄者(あにじゃ)よ、若(も)しこの般(よう)なる魔障(ましょう)の凶(きょう)高(たか)きに照依(したが)わば、すなわち一千年(いっせんねん)を走(ゆ)き上(あが)るともまた功を成(な)すを得(え)じ!」 沙僧言う、「二哥(にいさん)よ、汝と我は一般(おなじ)く、拙口鈍腮(せっこうどんさい=くちべた)なれば、大哥(だいか=長兄)の熱擦(ねつさつ=いらだち)を惹(ひ)き起(おこ)すなかれ。且(しばら)く只(た)だ肩(かた)を捱(す)り磨(ま)して担(に)を磨(ま)し、終(つい)に須(すべから)く日(ひ)有りて功を成(な)すべし」

師徒たちは正(まさ)に話(はな)す間(あいだ)に、脚(あし)は走(はし)りて停(とど)まらず、馬蹄(ばてい)は正(まさ)に疾(はや)く、前面(まえ)に一道(ひとすじ)の黒水(こくすい)の天(てん)に滔(みなぎ)る有るを見(み)るや、馬は進(すす)む能(あた)わず。四衆(ししゅう)は岸辺(がんぺん)に停(とど)まり立(た)ち、仔細(つまびらか)に観看(みわた)すに、但(ただ)しあのを見よ:

層層(そうそう)の濃浪(のうろう)、迭迭(じょうじょう)の渾波(こんぱ)。層層の濃浪は烏潦(うろう=くろいにごり)を翻(ひるがえ)し、迭迭の渾波は黒油(こくゆ)を巻(ま)く。近(ちか)く観て人身(じんしん)の影(かげ)を照(て)らさず、遠(とお)く望(のぞ)んで樹木(じゅもく)の形(かたち)を尋(たず)ぬること難(かた)し。滾滾(こんこん)たる一地(いっち)の墨(すみ)、滔滔(とうとう)たる千里(せんり)の灰(はい)。水沫(みずあぶく)浮(う)かび来(きた)って積炭(せきたん=つみあげたすみ)の如(ごと)く、浪花(なみばな)飄(ただよ)い起(おこ)って翻煤(はんばい=ひっくりかえしたすみ)に似(に)たり。牛羊(ぎゅうよう)飲(の)まず、鴉鵲(あじゃく)飛(と)ぶこと難(かた)し。牛羊の飲まざるは深黒(しんこく)を嫌(きら)い、鴉鵲の飛ぶこと難きは渺弥(びょうび=ひろびろ)を怕(おそ)る。只(た)だ是れ岸上(がんじょう)の芦蘋(ろひん=あし)のみ節令(せつれい)を知(し)り、灘頭(たんとう)の花草(かそう)は青奇(せいき)を闘(あらそ)う。

湖泊江河(こはくこうが)は天下(てんか)に有(あ)り、溪源沢洞(けいげんたくどう)は世間(せけん)に多(おお)し。人生(じんせい)皆(みな)相逢(あいまみ)う処(ところ)有り、誰(たれ)か西方(さいほう)の黒水河(こくすいが)を見(み)しや!

唐僧は馬を下(お)りて言う、「徒弟(でし)よ、この水(みず)は怎(どう)してこの如(ごと)く渾(にご)り黒(くろ)きか?」 八戒言う:

「是れ那家(どこのいえ)か靛缸(てんこう=あいだる)を潑(こぼ)したるならん」 沙僧言う、「然(しか)らず、是れ誰家(たがいえ)か筆硯(ひっけん)を洗(あら)いたるならん」 行者言う、「汝らは且(しばら)く胡猜乱道(でたらめなあてずいっぽう)を休(や)め、且(しばら)く設法(てだて)して師父を保(まも)りて過(わた)り往(ゆ)かしめよ」 八戒言う、「この河(かわ)は若(も)し老猪(ろうちょ)が過(わた)らんには難(かた)からず。或(あるい)は雲頭(うんず)を駕(が)し、或は河(かわ)に下(お)りて水(みず)を負(お)うて、頓飯時(ひとしいのあいだ)を消(よう)せず、我すなわち過(わた)り往(ゆ)かん」 沙僧言う、「若(も)し我が老沙(ろうさ)をしてせしめば、また只(た)だ雲を縦(はな)ち水(みず)を躙(ふ)み、頃刻(しばらく)にして過(よぎ)らん」 行者言う、「我らは容易(たやす)けれど、只(た)だ是れ師父の難(かた)きなり」 三蔵言う、「徒弟よ、この河は多少(どれほど)の寛(ひろ)さ有るか?」 八戒言う、「約摸(おおむね)十来里(じゅうらいり)の寛(ひろ)さ有らん」 三蔵言う:

「汝ら三人(みたり)計較(はかりごと)して、那(いず)れの者(もの)をして我を駄(おぶ)いて過(わた)らしめよか」 行者言う、「八戒が駄(おぶ)い得(う)るなり」 八戒言う、「好(よ)く駄えず。若(も)し駄うて騰雲(とううん)せば、三尺(さんじゃく)もまた地(ち)を離(はな)るる能(あた)わず。常言(ことわざ)に道(い)う、凡人(ぼんじん)を背負(お)うは重(おも)きこと丘山(きゅうざん)の若(ごと)し、と。若し駄うて水(みず)を負(お)わば、転(かえ)って我を連(つれ)て水(みず)の下(した)へ墜(お)ち去(い)かん」

師徒たちは河辺(かへん)に在りて、正(まさ)に都(みな)商議(そうぎ)しておるに、只(た)だ見る、かの上溜頭(かみのながれ)より、一人(ひとり)の者(もの)の一只(そう)の小舟児(こぶね)を棹(さおさ)し下(おろ)して来(きた)るを。唐僧喜んで言う、「徒弟(でし)よ、船(ふね)が来(きた)った。彼を呼(よ)んで我らを渡(わた)して過(よぎ)らせよ」

沙僧は声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んだ、「棹船(ふねをこ)ぐ者(もの)よ、来(きた)りて人(ひと)を渡(わた)せ! 来りて人を渡せ!」 船上(ふねのうえ)の者(もの)言う、「我は是れ渡船(わたしぶね)に非(あら)ず。如何(どう)して人を渡(わた)さんや?」 沙僧言う、「天上人間(てんじょうにんげん)、方便(ほうべん)を第一(だいいち)とす。汝は渡船に非(あら)ざるといえども、我らもまた是れ常(つね)に来(きた)りて汝を打撹(じゃま)するに非(あら)ず。我らは是れ東土(とうど)欽差(きんさ=勅使)として経(きょう)を取(と)るの仏子(ぶっし)なり。汝、方便(ほうべん)方便(おはからい)して、我らを渡(わた)して過(よぎ)らせよ。汝に謝(あやま)らん」 かの者(もの)、この言(ことば)を聞き、却(かえ)って船児(ふね)を把(と)って岸辺(がんぺん)へ棹(さおさ)し近(ちか)づけ、槳(かい)を扶(たす)けて言う、「師父(しふ)よ、我がこの船(ふね)は小(ちい)さく、汝らは人(ひと)多(おお)し。怎(どう)して全(みな)渡(わた)り得(え)んや?」

三蔵、近(ちか)づき前(すす)んで看(み)るに、かの船児(ふね)は原来(もと)是れ一段(ひときれ)の木頭(き)を刻(え)りたるものにして、中間(なか)に只(た)だ一箇の艙口(ふなぐち)有るのみ、只(た)だ好(よ)く両箇(ふたり)の人(ひと)を坐下(すわ)らしむるのみ。三蔵言う、「怎(いか)に生(せ)んか是れ好(よ)からん?」 沙僧言う、「この般(よう)ならば啊(や)、両遭児(ふたたび)に渡(わた)らん」 八戒はすなわち心術(しんじゅつ=たくらみ)を使(つか)い、懶(ものぐさ)を逃(のが)れ乖(かしこ)を討(もと)めて、言う、「悟浄(ごじょう)よ、汝と大哥(あにじゃ)はこの辺(ほとり)に在りて行李(こうり)・馬匹(うま)を看(み)ておれ。我が師父を保(まも)りて先(さき)に過(わた)り往(ゆ)き、却(かえ)ってまた来(きた)りて馬を渡(わた)らん。大哥をして跳(と)びて過(よぎ)らしめよ」 行者は頭(こうべ)を点(うなず)かせて言う、「汝の説(いう)ところは是(せい)なり」

かの呆子(ばか)めは唐僧を扶(たす)け、かの梢公(しょうこう=ふなかた)は船(ふね)を撑(さ)し開(ひら)き、棹(さお)を挙(あ)げて流(ながれ)を衝(つ)き、一直(ひたすら)に去(い)った。方(まさ)に才(はじ)めて中間(なかば)に行(ゆ)き到(いた)るや、只(た)だ一声(ひとこえ)の響喨(ひびき)を聴(き)く、浪(なみ)を巻(ま)き波(なみ)を翻(ひるがえ)し、天(てん)を遮(おお)い目(め)を迷(まよ)わす。あの陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)は十分(じゅうぶん)に利(き)き害(あし)し! 好(よ)き風(かぜ)かな:

当空(とうくう)一片(ひとひら)の炮雲(ほううん)起(おこ)り、中溜(ちゅうりゅう)千層(せんそう)の黒浪(こくろう)高(たか)し。両岸(りょうがん)に沙(すな)飛(と)んで日色(にっしょく)を迷(まど)わし、四辺(しへん)に樹(き)倒(たお)れて天号(てんごう)を振(ふる)わす。江(こう)を翻(ひるがえ)し海(うみ)を攪(かきみだ)して龍神(りゅうしん)怕(おそ)れ、土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて花木(かぼく)凋(しぼ)む。呼呼(ここ)と響(ひび)くは春雷(しゅんらい)の吼(ほ)えるが若(ごと)く、陣陣(じんじん)と凶(きょう)なるは餓虎(がこ)の哮(たける)が如(ごと)し。蟹鼈魚蝦(かいべつぎょか)朝(あさ)に上(うえ)へ拜(おが)み、飛禽走獣(ひきんそうじゅう)窩巢(かそう)を失(うしな)う。五湖(ごこ)の船戸(せんこ)皆(みな)難(なん)に遭(あ)い、四海(しかい)の人家(じんか)命(いのち)牢(たしか)ならず。溪内(けいだい)の漁翁(ぎょおう)鉤(はり)を把(と)ること難(かた)く、河間(かがん)の梢子(しょうし)怎(どう)して篙(さお)を撑(さ)せんや? 瓦(かわら)を掲(は)ぎ磚(かわら)を翻(ひるがえ)して房屋(ぼうおく)倒(たお)れ、天(てん)を驚(おどろ)かし地(ち)を動(うご)かして泰山(たいざん)揺(ゆ)る。

この陣(ひとむれ)の風(かぜ)は、原来(もと)是れあの棹船(ふねをこ)ぎし人(ひと)の弄(ろう)したるものにして、彼は本(もと)是れ黒水河(こくすいが)の怪物(かいぶつ)なり。眼(まなこ)の看(み)る前(まえ)に、かの唐僧(とうそう)と猪八戒(ちょはっかい)は、船児(ふね)もろとも水(みず)の裡(うち)へ淬(つ)け入(い)れられ、影(かげ)無(な)く形(かたち)無(な)く、何方(いずかた)へ摂(さら)い去(さ)られたるかを知(し)らず。

この岸(きし)の上(うえ)に在りて、沙僧(さそう)と行者は心慌(あわて)て言う、「怎(どう)してか好(よ)からん? 老師父(ろうしふ)は步步(あゆむごと)に災(わざわい)に逢(あ)い、才(ようや)く魔障(ましょう)を脱(のが)れ、幸(さいわ)いにこの一路(みち)の平安(へいあん)を得(え)たるに、又(ま)た黒水(こくすい)の迍邅(ちゅんたん=なやみ)に遇(あ)うとは!」 沙僧言う、「莫(もし)か是(こ)れ船(ふね)の翻(ひるがえ)りたるならんか。我ら下溜頭(しものながれ)へ往(ゆ)きて找尋(たずねもと)めに去(ゆ)かん」 行者言う、「是れ翻船(ふねのひるがえり)に非(あら)ず。若(も)し翻船ならば、八戒は水(みず)を会(え)すれば、彼は必(かなら)ず師父を保(まも)りて水(みず)を負(お)うて出(い)で来(きた)らん。我、才(さっき)あの棹船(ふねをこ)ぎし者(もの)の些(いささ)か不正気(ふまじめ)なるを見(み)たり。想(おも)うに必(かなら)ず是れこの厮(やつ)が風(かぜ)を弄(ろう)し、師父を把(と)って水(みず)の下(した)へ拖(ひ)き去(い)ったるならん」 沙僧、この言(ことば)を聞いて言う、「兄者(あにじゃ)よ、何(なん)ぞ早(はよ)く説(い)われざりしか。汝は馬(うま)と行李(こうり)を看(み)ておれ。我が水(みず)に下(お)りて找尋(たずねもと)めに往(ゆ)くを待(ま)て」 行者言う、「この水色(すいしょく)正(ただ)しからず。恐(おそ)らくは汝の去(ゆ)き得(え)ざらんことを」 沙僧言う、「この水(みず)は我があの流沙河(るさが)に比(くら)べて何如(いかん)か? 去(ゆ)き得(う)る! 去き得る!」

好(よ)き和尚(おしょう)かな、褊衫(へんさん=ころも)を脱(ぬ)ぎ、手脚(しゅきゃく)を札抹(からげ)し、降妖宝杖(ごうようほうじょう)を輪(めぐ)らし、撲(ぽちゃん)の一声(ひとこえ)に水路(すいろ)を分(わ)かち開(ひら)き、波中(はちゅう)へ潜(もぐ)り入(い)り、大踏歩(おおまた)に行(ゆ)き将(つ)れ入(い)り往(い)った。正(まさ)に走(ゆ)く処(ところ)、只(た)だ人の言語(ことば)するを聴(き)く。沙僧は旁(かたわら)に閃(ひらめ)き、眼(まなこ)を偸(ぬす)みて観看(みわた)すに、かの壁廂(むこう)に一座(ひとつ)の亭台(ていだい)有り、台門(たいもん)の外(そと)に八箇の大字(だいじ)を横(よこた)えて封(ふう)じて有るは、乃(すなわ)ち「衡陽峪黒水河神府(こうようよくこくすいがしんぷ)」なり。また聴(き)く、かの怪物(かいぶつ)の上(うえ)に坐(ざ)して、「一向(これまで)辛苦(しんく)なりしが、今日(こんにち)方(まさ)に物(もの)を得(う)ることを得(え)たり。この和尚(おしょう)は乃(すなわ)ち十世修行(じっせしゅぎょう)の好人(こうじん)にして、但(た)だ彼が一塊(ひとかけら)の肉(にく)を食(くら)うことを得(う)れば、すなわち長生不老(ちょうせいふろう)の人(ひと)と做(な)ることを得(う)。我、彼が為(ため)にもまた等(ま)つこと多時(ひさし)きに彀(た)るに、今朝(けさ)却(かえ)って我が志(こころざし)を負(そむ)かざるなり」と言うを。教(さと)す、「小者(こもの)ども! 快(はよ)う鉄籠(てつろう=鉄のおり)を抬(か)き出(いだ)し、この両箇の和尚(おしょう)を囫圇(そのまま)に蒸(ふか)し熟(じゅく)させ、柬(ふみ)を具(そな)えて往(ゆ)きて二舅爺(にきゅうや=二番目のおじ)を請(こ)い来(きた)り、彼と寿(じゅ)を暖(あたた)めん」 沙僧、この言(ことば)を聞き、心頭(むね)の火(ひ)の起(おこ)るを按(おさ)え住(とど)め得(え)ず、宝杖(ほうじょう)を掣(ひっさ)げ、門を将(も)って乱(みだ)りに打(う)ち、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って言う、「かの潑物(はつぶつ=暴け者)め、快(はよ)う我が唐僧(とうそう)の師父(しふ)と八戒(はっかい)の師兄(あにでし)を送(おく)り出(いだ)せ!」 唬(おどろ)かされたるかな、かの門内(もんない)の妖邪(ようじゃ)、急ぎ跑(はし)り去(さ)って報じた、「禍事(かじ)でございます!」 老怪(ろうかい)問う、「甚麼(なん)の禍事ぞ?」 小妖言う、「外(そと)に一箇の晦気色臉(わいろいろのかお)の和尚(おしょう)有り、前門(ぜんもん)を打(う)ちて罵(ののし)り、人(ひと)を要(もと)めておりまする!」 かの怪、この言(ことば)を聞き、すなわち披挂(ひかけ=よろい)を取(と)り来(きた)るを喚(よ)ぶ。小妖は披挂(よろい)を抬(か)き出(いだ)し、老妖(ろうよう)は結束(いでたち)を整(ととの)え、手(て)に一根(ひとすじ)の竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)を提(さ)げ、門を走出(あるきい)で来(きた)る。真に是れ凶頑(きょうがん)毒像(どくぞう=おそろしきすがた)なり。但(ただ)しそれを見よ:

方面(ほうめん=おおきなかお)圜睛(かんせい=まるいめ)霞彩(かさい)亮(あきら)かに、巻唇(けんしん)巨口(きょこう)血盆(けつぼん)の紅(あか)さ。幾根(いくすじ)かの鉄線(てっせん)稀髯(きぜん)擺(ゆ)れ、両鬢(りょうびん)朱砂(しゅしゃ)乱髮(らんぱつ)蓬(よもぎ)のごとし。形(かたち)は顕霊真太歳(けんれいしんたいさい)に似(に)、貌(かたち)は怒(いか)りを発(おこ)す狠雷公(こんらいこう)の如(ごと)し。身(み)に披(き)るは鉄甲(てっこう)団花(だんか)燦(さん)たり、頭(こうべ)に戴(いただ)くは金盔(きんかい)宝(ほう)を嵌(は)め込(こ)み濃(こまやか)なり。竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)手(て)の内(うち)に提(ひっさ)げ、行(ゆ)く時(とき)滚滚(こんこん)として狂風(きょうふう)を曳(ひ)く。生来(うまれつき)本(もと)是れ波中(はちゅう)の物(もの)、原流(げんりゅう)を脱(だっ)し去(さ)りて変化(へんげ)凶(きょう)なり。妖邪(ようじゃ)が真の姓字(せいじ)を問(と)わんと要(ほっ)せば、前身(ぜんしん)を小鼉龍(しょうだりゅう)と喚(よ)ぶ。

かの怪、喝(かつ)して言う、「是れ甚(なん)人(ひと)か此処(ここ)に在りて我が門(もん)を打(う)つか!」 沙僧言う:

「我、汝を把(と)って箇の無知(むち)の潑怪(はっかい=暴け化け物)と做(な)すわ! 汝、怎(どう)して玄虚(げんきょ=たくらみ)を弄(ろう)し、梢公(ふなかた)に変作(へんし)し、船(ふね)を架(か)けて我が師父を摂(さら)い来(きた)れるか? 早(はよ)うに送(おく)り還(かえ)さば、汝が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」 かの怪、呵呵(からから)と笑って言う、「この和尚(おしょう)は死活(しかつ=いのち)を知(し)らざるか! 汝が師父は是れ我が拿(とら)えたり。如今(いま)蒸(ふか)し熟(じゅく)して人(ひと)を請(こ)わんと要(ほっ)するなり! 汝、上(のぼ)りて来(き)て、我と一箇の雌雄(ゆうれつ)を見(み)よ! 三合(さんがっ)我に敵(かな)い得(う)れば啊(や)、汝が師父を還(かえ)さん;如(も)し三合に敵い得(え)ざれば、汝をも連(つれ)て一発(いっしょ)に都(みな)蒸(ふか)して食(くら)い、西天(さいてん)へ往(ゆ)かんとは想(おも)うな!」

沙僧、この言(ことば)を聞き、大いに怒(いか)り、宝杖(ほうじょう)を輪(めぐ)らし、劈頭(てっぽう)よりすなわち打(う)つ。かの怪は鋼鞭(こうべん)を挙(あ)げ、急ぎ架(かま)えて相迎(むか)う。二箇(ふたり)は水底(すいてい)に在りて、この場(ひとしきり)の好(よ)き殺(あらそ)いかな:

降妖杖(ごうようじょう)、竹節鞭(ちくせつべん)、二人(ふたり)怒(いかり)を発(おこ)して各(おのおの)先(さき)を争(あらそ)う。一箇は是れ黒水河(こくすいが)中の千載(せんざい)の怪(かい)、一箇は是れ霊霄殿外(れいしょうでんがい)旧時(きゅうじ)の仙(せん)。かの者(もの)は三蔵(さんぞう)の肉(にく)の中(うち)の吃(しょく)を貪(むさぼ)るに因(よ)り、この者は唐僧(とうそう)の命(いのち)の怜(あわ)れむべきを保(まも)るが為(ため)なり。都(みな)水底(すいてい)に来(きた)りて相(あい)争(あらそ)い闘(たたか)い、各(おのおの)功(こう)の成(な)らんことを要(よう)すれど両(ふたつ)ながら然(しか)らず。殺(あらそ)うて蝦魚(かぎょ)をして対対(つがいつがい)に頭(こうべ)を揺(ゆ)りて逃(のが)れ、蟹鼈(かいべつ)をして双双(つがいつがい)に首(こうべ)を縮(ちぢ)めて潜(ひそ)ましむ。只(た)だ水府(すいふ)の群妖(ぐんよう)の斉(ひと)しく鼓(つづみ)を擂(う)ち、門前(もんぜん)の衆怪(しゅうかい)の乱(みだ)りに争(あらそ)い喧(かまびす)しきを聴(き)く。好(よ)き箇の沙門(しゃもん)真悟浄(しんごじょう)、単身独力(たんしんどくりょく)に威権(いけん)を展(の)ぶ! 浪(なみ)を躍(おど)り波(なみ)を翻(ひるがえ)して勝敗(しょうはい)無(な)く、鞭(べん)は迎(むか)え杖(じょう)は架(か)えて両(ふたつ)ながら牽連(けんれん=からみあ)う。

算(かぞ)え来(きた)れば只(た)だ唐和尚(とうおしょう)が為(ため)、真経(しんきょう)を取りて仏天(ぶってん)を拝(はい)せんと欲(ほっ)するのみ。彼の二人(ふたり)戦(たたか)うこと三十回合(さんじゅうがっごう)を経(へ)て、高低(こうてい=ゆうれつ)を見(み)ず。沙僧は暗(ひそ)かに想(おも)う、「この怪物(かいぶつ)は是れ我が相手(あいて)なり。枉(いたずら)に自(おのずか)ら勝(か)つを能(あた)わず。且(しばら)く彼を引(ひ)き出(いだ)し、師兄(あにでし)をして彼を打(う)たしめよ」 この沙僧は虚(うつ)ろに一箇の架子(かまえ)を見(み)せて、宝杖(ほうじょう)を拖(ひ)いてすなわち走(に)ぐ。かの妖精は更(さら)に趕(お)い来(きた)らずして、言う、「汝、去(ゆ)けよ。我は汝と闘(たたか)わじ。我は且(しばら)く柬帖児(ふみ)を具(そな)えて往(ゆ)きて客(きゃく)を請(こ)わんとす」

沙僧は気(いき)を呼呼(ふうふう)とさせて水(みず)より跳(と)び出(い)で、行者に見(まみ)えて言う、「兄者(あにじゃ)よ、この怪物(かいぶつ)は無礼(ぶれい)なり」

行者問う、「汝は下(お)りて許多(あまた)の時(とき)を経(へ)て才(ようや)く出(い)で来(きた)れるが、端(つまびらか)に是れ甚(なん)の妖邪(ようじゃ)なるか? 曾(かつ)て師父を尋(たず)ね見(み)えたるか?」 沙僧言う、「彼がここの裡(うち)に、一座(ひとつ)の亭台(ていだい)有り、台門(たいもん)の外(そと)に八箇の大字(だいじ)を横(よこた)えて書(か)きて、『衡陽峪黒水河神府(こうようよくこくすいがしんぷ)』と喚(よ)ぶ。我は旁(かたわら)に閃(ひらめ)き、彼が裡(うち)にて話(はな)すを聴(き)けば、小(こもの)どもに鉄籠(てつろう)を刷洗(あらいきよ)めさせ、待(ま)って師父と八戒を蒸(ふか)し熟(じゅく)し、往(ゆ)きて彼が舅爺(おじ)を請(こ)い来(きた)りて寿(じゅ)を暖(あたた)めんとす、と。是(ここ)において我は怒(いかり)を発(おこ)し起(おこ)し、すなわち往(ゆ)きて門を打(う)った。かの怪物(かいぶつ)は一条(ひとすじ)の竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)を提(ひっさ)げて走出(あるきい)で来(きた)り、我とこの半日(はんじつ)を闘(たたか)い、約(おおむね)三十合(さんじゅうがっ)にして、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。我は却(かえ)って一箇の佯輸法(よそおいまけのほう)を使(つか)い、彼を引(ひ)き出(いだ)して、汝をして助陣(じじん)せしめんとせしに、かの怪物は乖(かしこ)きこと緊(はなはだ)し。彼は来(きた)りて我を趕(お)わず、只(た)だ回(かえ)りて柬(ふみ)を具(そな)えて客(きゃく)を請(こ)わんと要(ほっ)するのみなれば、我才(はじ)めて上(うえ)へ来(きた)ったり」 行者言う、「是れ箇の甚麼(なん)の妖邪(ようじゃ)なるかを知(し)らず?」

沙僧言う、「あの姿(すがた)は一箇の大鼈(おおすっぽん)に象(に)たり;然(しか)らずんば、すなわち是れ一箇の鼉龍(だりゅう=わに)ならん」 行者言う:

「那(いず)れの者(もの)か是れ彼が舅爺(おじ)なるかを知(し)らず」 説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見る、かの下湾(しもかわん)より一人(ひとり)の老人(ろうじん)が走出(あるきい)で来(きた)り、遠(とお)くよりの跪(ひざまず)き下(お)りて叫(さけ)ぶ、「大聖(たいせい)よ、黒水河(こくすいが)の河神(がしん)叩頭(ぬかず)きまする」 行者言う、「汝は莫(もし)か是れあの棹船(ふねをこ)ぎし妖邪(ようじゃ)が、また来(きた)りて我を騙(かた)るならんか?」 かの老人は、頭を磕(ぬかず)き泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「大聖よ、我は是れ妖邪(ようじゃ)に非(あら)ず。我は是れこの河(かわ)の内(うち)の真神(しんしん=まことのかみ)なり。かの妖精は旧年(きゅうねん=昨年)五月(ごがつ)の間(ころ)、西洋海(せいようかい)より大潮(おおしお)に趁(つ)じて此処(ここ)に来(きた)り、すなわち小神(しょうしん=われ)と交闘(こうとう)した。奈(いか)んせん我は年邁(としおい)身衰(みおとろ)え、彼に敵(かな)うこと過(す)ぐる能(あた)わず、我が坐(ざ)せるあの衡陽峪黒水河神府(こうようよくこくすいがしんぷ)を、すなわち占(せん)し奪(うば)い去(さ)って住(す)まれ、また我が許多(あまた)の水族(すいぞく)を傷(そこな)われり。我は却(かえ)って没奈何(どうしようもな)く、径(ただ)ちに海内(かいだい)へ往(ゆ)きて彼を告(うった)えたり。原来(もと)西海龍王(せいかいりゅうおう)は是れ彼が母舅(ぼきゅう=母のおじ)にして、我が状子(じょうし=そじょう)を准(ゆる)されず、我をして彼に讓(ゆず)りて住(す)ましめよと教(さと)されたり。我、啓奏(もうしあげ)じて上天(じょうてん)せんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん神(しん)微(かすか)に職(しょく)小(ちいさ)く、玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)ゆることを得(え)ず。今(いま)大聖の此(ここ)に到(いた)られたると聞(き)き、特に来(きた)りて参拝(さんぱい)し生(いのち)を投(とう)ず。万望(なにとぞ)大聖の我が為に力(ちから)を出(いだ)し冤(うらみ)を報(むく)いられんことを!」 行者、この言(ことば)を聞いて言う、「この等(よう)に説(い)わば、四海龍王(しかいりゅうおう)は都(みな)該(まさ)に罪(つみ)有るべし。彼、如今(いま)我が師父と師弟(してい)を摂(さら)い、蒸(ふか)し熟(じゅく)して往(ゆ)きて彼が舅爺(おじ)を請(こ)いて寿(じゅ)を暖(あたた)めんと揚言(いいふら)す。我が正(まさ)に彼を拿(とら)えんとせしに、幸(さいわ)いに汝の来(きた)りて報(しら)せらるるを得(え)たり。この等(よう)ならば啊(や)、汝は沙僧(さそう)に陪(ともな)いて此処(ここ)に在りて看守(みまも)れ。我が海(うみ)の中(なか)へ往(ゆ)き、先(ま)ずあの龍王(りゅうおう)を把(と)って捉(とら)え来(きた)り、彼をしてこの怪物(かいぶつ)を擒(とら)えしめんを待(ま)て」 河神(がしん)言う、「深(ふか)く大聖の大恩(だいおん)を感(かん)ずるなり!」

行者はすなわち雲(くも)を駕(が)し、径(ただ)ちに西洋大海(せいようたいかい)に至(いた)り、筋斗(きんと)を按(おさ)え、避水訣(ひすいのじゅつ)を捻(ひね)り、波浪(はろう)を分(わ)かち開(ひら)いた。正(まさ)に然(しか)るに走(ゆ)く処(ところ)、一箇の黒魚精(こくぎょせい)の、一箇の渾金(こんきん=まがね)の請書匣児(しょうしょこう=招待状の箱)を棒(ささ)げ、下流頭(しものながれ)より箭(や)の如(ごと)く梭(ひ)の如(ごと)くに潜(もぐ)り将(つ)れ上(あ)って来(きた)るに撞遇(であ)い、行者の撲(ぽん)と一箇(ひとつ)の満面(まんめん)に被(こうむ)るところとなり、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて頂(いただき)を分(わ)かって一下(ひとつ)打(う)てば、怜(あわ)れむべし、すなわち打(う)ちて脳漿(のうみそ)迸(ほとばし)り出(い)で、腮骨(さいこつ=ほおぼね)査(さ)け開(ひら)き、嗗都(こつと)の一声(ひとこえ)に水(みず)の面(おもて)に飘(ただよ)い出(い)でたり。彼は却(かえ)って匣児(はこ)を揭(あ)け開(ひら)いて看(み)る処(ところ)、裡(うち)に一張(ひとひら)の簡帖(ふみ)有り、上(うえ)に写(うつ)して有るは:

「愚甥(ぐせい=おい)鼉潔(だけつ)、頓首(とんしゅ)百拝(ひゃっぱい)し、二舅爺敖老大人台下(にきゅうやごうろうたいじんたいか)に啓上(けいじょう)す:向(さき)に佳恵(かけい=めぐみ)を承(うけたまわ)り、感感(かんかん)たり。今(いま)二物(にぶつ)を獲(とら)え得(えた)るに因(よ)りて、乃(すなわ)ち東土(とうど)の僧人(そうじん)、実(じつ)に世間(せけん)の罕物(かんぶつ=めずらしきもの)と為(な)す。甥(せい)敢(あえ)て自(みずか)ら用(もち)いず。舅爺(きゅうや)が聖誕(せいたん)の迩(ちか)きに在(あ)るを念(おも)うに因(よ)りて、特に菲筵(ひえん=つまらぬえん)を設(もう)け、預(あらかじ)め千寿(せんじゅ)を祝(しゅく)す。万望(なにとぞ)車駕(しゃが=おでまし)の速(すみや)かに臨(のぞ)まれんことを是(こ)れ荷(うけたまわ)らん!」

行者笑って言う:

「この厮(やつ)は却(かえ)って供状(くじょう=じはくしょ)を先(ま)ず老孫に遞(わた)し呉(く)れたり!」 正(まさ)に才(はじ)めて帖子(ふみ)を袖(そで)にし了(おわ)り、前(まえ)へ向(むか)いてまた再(ふたた)び行(ゆ)く。早(はや)くも一箇の探海(たんかい)の夜叉(やしゃ)有り、行者を望(みか)け見(み)るや、急ぎ身を抽(ひ)きて水晶宮(すいしょうきゅう)へ撞(つ)き上(あ)がり、大王(だいおう)に報じて、「斉天大聖孫爺爺(せいてんたいせいそんやや)が来(み)られました!」と言う。かの龍王敖順(ごうじゅん)はすなわち衆(すべ)ての水族(すいぞく)を領(ひき)いて宮(きゅう)を出(い)でて迎接(むか)え、「大聖、請(こ)う小宮(しょうきゅう)に入(い)りて少(しばら)く座(ざ)し、茶(ちゃ)を献(けん)ぜん」と言う。行者言う、「我は還(ま)た曾(かつ)て汝が茶(ちゃ)を吃(の)まざるに、汝は倒(かえ)って先(ま)ず我が酒(さけ)を吃(の)んだり!」 龍王笑って言う、「大聖は一向(ひたすら)仏門(ぶつもん)に皈依(きえ)し、葷酒(くんしゅ=なまぐさとさけ)を動(うごか)されぬに、却(かえ)って幾時(いつ)か我を請(こ)うて酒を吃(の)ませられたるか?」 行者言う、「汝は便(すなわ)ち曾て往(ゆ)きて酒を吃(の)まずとも、只(た)だ是れ一箇の酒を吃(の)むの罪名(つみ)を惹(ひ)き下(おろ)したり」 敖順(ごうじゅん)大いに驚(おどろ)いて言う、「小龍(しょうりゅう)何(なん)の故(ゆえ)にか罪(つみ)有らんや?」 行者は袖中(しゅうちゅう)より簡帖児(ふみ)を取(と)り出(いだ)し、龍王に遞(わた)した。龍王これを見るや、魂(たましい)飛(と)び魄(たま)散(ち)り、慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(お)りて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う:

「大聖、罪(つみ)を恕(ゆる)されたい! あの厮(やつ)は是れ舎妹(しゃまい=めい)の第九(だいく)の儿子(こ)なり。妹夫(まいふ=むこ)の風雨(ふうう)を錯(あやま)り行(おこな)い、雨数(うすう)を刻(きざ)み減(へ)らしたるに因(よ)りて、天曹(てんそう)に降旨(こうし)せられ、人曹官魏征丞相(じんそうかんぎちょうじょうしょう)をして夢(ゆめ)の裡(うち)に斬(き)らしめられたり。舎妹(しゃまい)は身(み)を安(やす)んずる処(ところ)無(な)く、是れ小龍(しょうりゅう)が彼を帯(つ)れて此(ここ)に到(いた)り、恩(おん)を以(もっ)て養(やしな)い人(ひと)と成(な)したるなり。前年(ぜんねん)不幸(ふこう)にも舎妹疾故(しっこ=やまいしてし)し、惟(ただ)彼のみ方(よんどころ)無く居住(きょじゅう)せしに、我は彼をして黒水河(こくすいが)に在(あ)りて性(せい)を養(やしな)い真(しん)を修(おさ)めしめたり。期(おも)わずや彼はこの悪孽(あくげつ=わるざい)を作(な)したるか。小龍、すなわち人(ひと)を差(つか)わして往(ゆ)きて彼を擒(とら)え来(きた)らしめん」 行者言う、「汝が令妹(れいまい=いもうと)には共(あいとも)に幾箇(いくたり)の賢郎(けんろう=りっぱなむすこ)有るか? 都(みな)何処(いずこ)に在(あ)りて怪(かい)を作(な)すか?」 龍王言う、「舎妹には九箇の儿子(こ)有り。あの八箇は都(みな)是れ好(よ)き者(もの)なり。第一(だいいち)の小黄龍(しょうこうりゅう)は、見(いま)淮瀆(わいとく)に居(お)り;第二(だいに)の小驪龍(しょうりりゅう)は、見(いま)済瀆(さいとく)に住(す)み;第三(だいさん)の青背龍(せいはいりゅう)は、江瀆(こうとく)を占(せん)し;第四(だいし)の赤髯龍(せきぜんりゅう)は、河瀆(かとく)を鎮守(ちんしゅ)し;第五(だいご)の徒労龍(とうろうりゅう)は、仏祖(ぶっそ)と与(とも)に鐘(かね)を司(つかさど)り;第六(だいろく)の穏獣龍(おんじゅうりゅう)は、神宮(しんぐう)と与に脊(せぼね)を鎮(しず)め;第七(だいしち)の敬仲龍(けいちゅうりゅう)は、玉帝(ぎょくてい)と与に擎天華表(けいてんかひょう)を守(まも)り;第八(だいはち)の蜃龍(しんりゅう)は、大家兄(だいかけい=長兄)の処(もと)に在りて太岳(たいがく)を砥拠(ていきょ=ささえまも)る。此(これ)乃ち第九(だいく)の鼉龍(だりゅう)にして、年幼(としおさな)くして甚(なん)の執事(しつじ=つとめ)も無きに因(よ)り、旧年(きゅうねん)より才(はじ)めて彼をして黒水河(こくすいが)に居(お)りて性を養(やしな)わしめ、名(な)の成(な)るを待(ま)ちて、別(べつ)に遷(うつ)し調(ちょう)用(よう)せんとせしに、誰(たれ)か知(し)らん、彼は吾が旨(むね)を遵(したが)わずして大聖に冲撞(ぶつか)りたるとは」 行者、この言(ことば)を聞き、笑って言う、「汝が妹妹(いもうと)には幾箇の妹丈(まいじょう=むこ)有るか?」 敖順(ごうじゅん)言う、「只(た)だ一箇の妹丈を嫁(とつ)ぎ得(え)たるのみ、乃(すなわ)ち涇河龍王(けいがりゅうおう)なり。向年(むかし)已(すで)に此(ここ)に斬(き)られ、舎妹(しゃまい)は孀居(そうきょ=やもめぐらし)して此(ここ)に在(あ)りしが、前年(ぜんねん)疾故(やまいしてし)たり」 行者言う、「一夫一妻(いっぷいっさい)なるに、如何(どう)してこの幾箇の雑種(ざっしゅ=あいのこ)を生(う)みしや?」 敖順(ごうじゅん)言う、「此(これ)を正(まさ)に『龍(りゅう)九種(きゅうしゅ)を生(う)み、九種(きゅうしゅ)各(おのおの)別(べつ)なり』と謂(い)うなり」

行者言う、「我は才(さっき)心中(むねのうち)煩悩(はんのう)し、簡帖(ふみ)を証(しょう)と為(な)し将(も)って天庭(てんてい)へ上奏(じょうそう)し、汝に箇の通同(つうどう=ぐる)にして怪(かい)を作(な)し、人口(じんこう)を搶奪(そうだつ)せるの罪(つみ)を問(と)わんと欲(ほっ)せしが、汝が言(いう)ところに拠(よ)れば、是れあの厮(やつ)の教誨(きょうかい=おしえ)を遵(したが)わざるなり。我、且(しばら)く汝をこの次(たび)は饒(ゆる)さん:一則(ひとつ)は是れ汝が昆玉(こんぎょく=きょうだい)の分(ぶん)を看(み)るが為、二来(ふたつ)には只(た)だ該(まさ)にあの厮(やつ)の年幼(としおさな)くして無知(むち)なるを怪(とが)むべきのみ、汝もまた甚(はなは)だはこれを知情(し)らざりしなり。汝、快(はよ)う人を差(つか)わして擒(とら)え来(きた)らせ、我が師父を救(すく)え! また区処(しょち)を作(な)さん」 敖順はすなわち太子摩昂(たいしまこう)を喚(よ)んだ、「快(はよ)う五百(ごひゃく)の蝦魚(かぎょ)の壮兵(そうへい)を点(てん)じ、小鼉(しょうだ)を将(も)って捉(とら)え来(きた)りて罪(つみ)を問(と)え!」 一壁廂(かたわら)に酒席(しゅせき)を安排(ととの)え、大聖(たいせい)と与(とも)に礼(れい)を陪(ともな)わんとす。行者言う、「龍王よ、再(ふたた)び多心(たしん)すること勿(なか)れ。既(すで)に講(いいひら)き開(あ)けて汝を饒(ゆる)したればすなわち罷(や)めよ。又(ま)た何(なん)ぞ酒(さけ)を弁(もう)くるを須(もち)いんや? 我、今(いま)須(すべから)く汝が令郎(れいろう=むすこ)と同じく回(かえ)るべし::一則(ひとつ)は老師父(ろうしふ)の愆(つみ)に遭(あ)えるが為、二則(ふたつ)は我が師弟(してい)の盼望(まちのぞ)めるが為なり」

かの老龍(ろうりゅう)は苦(くるしみ)て留(とど)むること住(とど)まらず、また龍女(りゅうにょ)の茶(ちゃ)を捧(ささ)げて来(きた)り献(けん)ずるを見(み)る。行者は立(た)ちて彼が一盞(ひとつ)の香茶(こうちゃ)を飲(の)み、老龍に別(わか)れ、すなわち摩昂(まこう)と与(とも)に兵(へい)を領(ひき)い、西海(せいかい)を離(はな)れた。早(はや)くも黒水河(こくすいが)の中(うち)に到(いた)るや、行者言う、「賢太子(けんたいし)よ、好(よ)く生(よく)怪(かい)を捉(とら)えよ。我は岸(きし)へ上(のぼ)りに往(ゆ)くぞ」 摩昂(まこう)言う、「大聖、心(こころ)を寛(ひろ)くせられよ。小龍子(しょうりゅうし)彼を拿(とら)え上(あ)げて先(ま)ず大聖に見(まみ)え、彼が罪名(ざいみょう)を懲治(こら)し、師父を送(おく)り上(あ)げて、才(はじ)めて敢(あえ)て帯(つ)れ回(かえ)りて海内(かいだい)に往(ゆ)き、我が家父(かふ=ちち)に見(まみ)えん」 行者は欣然(きこころよく)として相別(わか)れ、避水訣(ひすいのじゅつ)を捏(ひね)り、波津(はつ=なみ)を跳(と)び出(い)で、径(ただ)ちに東辺(とうへん)の崖(がけ)の上(うえ)に到(いた)った。沙僧(さそう)とあの河神(がしん)は迎(むか)えて言う、「師兄(あにじゃ)よ、汝は去(ゆ)かるる時(とき)は空(そら)より去(い)でられしに、怎(どう)して回(かえ)らるるには却(かえ)って河内(かだい)より回(かえ)られたるか?」 行者はあの魚精(ぎょせい)を打(う)ち殺(ころ)し、簡帖(ふみ)を得(え)、龍王(りゅうおう)に見(まみ)え、太子(たいし)と与(とも)に兵を領(ひき)いて来(きた)れるの事(こと)を、備(つぶさ)に陳(の)べた一遍(ひととおり)なり。沙僧は十分(じゅうぶん)に歓喜(よろこ)んだ。都(みな)岸辺(がんぺん)に立(た)ちて、師父を候(ま)ち接(むか)うることはさておく。

さて、かの摩昂太子(まこうたいし)は介士(かいし=つわもの)をして先(ま)ず彼が水府(すいふ)の門前(もんぜん)に到(いた)らしめ、妖怪(ようかい)に報(ほう)じて言わしめた:

「西海老龍王太子摩昂(せいかいろうりゅうおうたいしまこう)が来(み)られたり」 かの怪、正(まさ)に坐(ざ)しておるに、忽然(たちまち)摩昂の来(きた)れると聞(き)き、心中(むねのうち)疑惑(ぎわく)して言う、「我は黒魚精(こくぎょせい)を差(つか)わして簡帖(ふみ)を投(とう)じ二舅爺(にきゅうや)を拝請(はいせい)せしめたるに、この早晚(このごろ)回話(へんじ)の見(み)えざるは怎(どう)したことか。舅爺(おじ)は来(こ)られずして、却(かえ)って是れ表兄(いとこ)の来(きた)れるは?」 正(まさ)に説(い)う間(あいだ)に、只(た)だ見る、かの巡河(じゅんか)の小怪(しょうかい)のまた来(きた)りて報ずる、「大王、河(かわ)の内(うち)に一枝(ひとえだ)の兵(へい)有り、水府(すいふ)の西(にし)に屯(たむろ)し、旗号(きごう)の上(うえ)に書(か)きて『西海儲君摩昂小帥(せいかいちょくんまこうしょうすい)』と有り」 妖怪(ようかい)言う、「この表兄(いとこ)は却(かえ)ってまた狂妄(きょうもう=おごりたかぶり)よ:想(おも)うに是れ舅爺(おじ)の来(きた)るを得(え)ずして、彼を命(めい)じて宴(えん)に赴(おもむ)かしめたるならん。既(すで)に是れ宴(うたげ)に赴(おもむ)くに、如何(どう)して又(ま)た兵(へい)を領(ひき)い士(つわもの)を労(ろう)するか? 咳(ああ)! 但(た)だ恐(おそ)るるは其(そ)の間(あいだ)に故(わけ)有らんことを」

教(さと)す、「小者(こもの)ども、我が披挂(よろい)・鋼鞭(こうべん)を将(も)って伺候(したく)せよ。恐(おそ)らくは一時(ひととき)に変暴(へんぼう=にわかのあらそい)あらん。我をして且(しばら)く出(い)で往(ゆ)きて彼を迎(むか)え、是れ如何(いかん)なるかを看(み)しめよ」 衆妖(しゅうよう)は命(めい)を領(う)け、一箇一箇(めいめい)掌(てのひら)を擦(こす)り拳(こぶし)を摩(す)って準備(したく)した。

この鼉龍(だりゅう)門を出(い)で得(え)て、真(まこと)に一枝(ひとえだ)の海兵(かいへい)の右(みぎ)に札営(さえい=とりでをし)けるを見(み)るに、只(た)だ見る:

征旗(せいき)は繡帯(しゅうたい)を飄(ひるがえ)し、画戟(がげき)は明霞(めいか)を列(つら)ぬる。宝剣(ほうけん)光彩(こうさい)を凝(こ)らし、長槍(ちょうそう)は纓(えい)花(はな)を繞(めぐ)らす。弓(ゆみ)は弯(そ)りて月(つき)の小(ちいさ)きが如(ごと)く、箭(や)は插(さ)して狼牙(ろうが)に似(に)たり。大刀(だいとう)光(ひかり)燦燦(さんさん)たり、短棍(たんこん)硬(かた)く沙沙(ささ)たり。鯨(くじら)・鼇(おおがめ)并(ならび)に蛤蚌(こうぼう)、蟹鼈(かいべつ)共(とも)に魚蝦(ぎょか)。大小(だいしょう)斉(ひと)しく斉(ととの)いて擺(なら)び、干戈(かんか)は密麻(みつま=びっしり)の似(ごと)し。元戎(げんじゅう=たいしょう)の令(れい)に非(あら)ずんば、誰(たれ)か敢(あえ)て乱(みだ)りに爬喳(はいざわめ)かんや!

鼉怪(だけ)これを見て、径(ただ)ちにかの営門(えいもん)の前(まえ)に至(いた)り、声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んだ、「大表兄(だいひょうけい)よ、小弟(しょうてい)此処(ここ)に在(あ)りて拱候(まちう)けたてまつる。請(しょう)ずる有り」 一箇の巡営(じゅんえい)の螺螺(らら=かいたま)有り、急ぎ中軍帳(ちゅうぐんちょう)に至(いた)りて、「千歳殿下(せんざいでんか)に報(ほう)ず、外(そと)に鼉龍(だりゅう)の叫(よ)び請(しょう)ずる有り」と言う。太子(たいし)は頂上(ちょうじょう)の金盔(きんかい)を一(ひと)たび按(おさ)え、腰間(ようかん)の宝帯(ほうたい)を一(ひと)たび束(しば)り、手(て)に一根(ひとすじ)の三稜簡(さんりょうかん)を提(ひっさ)げ、歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(ひら)き、営(とりで)を跑(はし)り出(い)でて言う、「汝は我を請(こ)うて怎(なん)とせんとするか?」 鼉龍(だりゅう)は礼(れい)を進(すす)めて言う、「小弟(しょうてい)今朝(けさ)簡帖(ふみ)有りて舅爺(きゅうや)を拝請(はいせい)いたしたるに、想(おも)うに是れ舅爺の見棄(みす)てられ、表兄(ひょうけい)を着(つか)わされたるならん。兄長(けいちょう)既(すで)に来(きた)りて席(せき)に赴(おもむ)かるるに、如何(どう)して又(ま)た師(いくさ)を労(ろう)し衆(しゅう)を動(うご)かし、水府(すいふ)に入(い)らずして営(とりで)を此(ここ)に札(し)き、又(ま)た甲(よろい)を貫(つらぬ)き兵(へい)を提(ひっさ)ぐるは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 太子言う、「汝は舅爺(おじ)を請(こ)うて甚(なん)と做(な)さんとするか?」 妖怪言う、「小弟は一向(これまで)恩(おん)を蒙(こうむ)りて此処(ここ)に居(お)ることを賜(たま)われり。久(ひさ)しく尊顔(そんがん)に別(わか)れ、未(いま)だ孝順(こうじゅん=おやこうこう)を得(え)ず。昨日(きのう)一箇の東土(とうど)の僧人(そうじん)を捉(とら)え得(えた)り。我、聞(き)けば彼は是れ十世修行(じっせしゅぎょう)の元体(げんたい)にして、人(ひと)彼を食(くら)えば、以(もっ)て寿(じゅ)を延(の)ぶ可(べ)しと。舅爺(おじ)を請(こ)いて看(み)られしめ、鉄籠(てつろう)に上(の)せて蒸(ふか)し熟(じゅく)し、舅爺と与(とも)に寿(じゅ)を暖(あたた)めんと欲(ほっ)するなり」 太子、喝(かつ)して言う、「この厮(やつ)十分(じゅうぶん)に懵懂(もうどう=ものしらず)なり! 汝はかの僧人(そうじん)を是れ誰(たれ)なると道(い)うか?」 妖怪言う、「彼は是れ唐朝(とうちょう)より来(きた)れる僧人(そうじん)、西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)くの和尚(おしょう)なり」 太子言う、「汝は只(た)だ彼を是れ唐僧(とうそう)なるを知(し)るのみにして、彼が手下(てした)の徒弟(でし)の利(き)き害(あし)きを知(し)らざるなり」 妖怪言う:

「彼に一箇の長嘴(ちょうし)の和尚(おしょう)有り、猪八戒(ちょはっかい)と喚(よ)ばるるが、我もまた彼を捉(とら)え住(とど)め、唐和尚(とうおしょう)と与(とも)に同じく蒸(ふか)して食(くら)わんとす。還(ま)た一箇の徒弟(でし)有り、沙和尚(さおしょう)と喚(よ)ばれ、乃(すなわ)ち是れ一条(ひとすじ)の黒漢子(くろおとこ)にして、晦気色臉(わいろいろのかお)、一根(ひとすじ)の宝杖(ほうじょう)を使(つか)う。昨日(きのう)この門の外(そと)に在りて我と師父(しふ)を討(もと)めしに、我が河兵(かへい)を帥(ひき)い出(いだ)し、一頓(ひとしきり)の鋼鞭(こうべん)にて、戦(たたか)いて彼をして陣(じん)に敗(やぶ)れて生(いのち)を逃(のが)れしめたれば、また怎(なん)の利き害(あし)きをも見(み)ず」 太子言う、「原来(もと)是れ汝の知(し)らざるなり! 彼には還(ま)た一箇の大徒弟(だいとでし)有り、是れ五百年前(むかし)天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がせし上方太乙金仙(じょうほうたいいつきんせん)斉天大聖(せいてんたいせい)なり。如今(いま)唐僧(とうそう)を保護(まも)って西天(さいてん)へ往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めしむ。是れ普陀岩(ふだがん)の大慈大悲(だいじだいひ)観音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)め、彼が為に名を改(あらた)めさせ、孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)と喚(よ)ばる。汝、怎(どう)して做(な)すことも無くしてこの件(くだり)の禍(わざわい)を撞(ひ)き出(いだ)したるか? 彼はまた我が海内(かいだい)に在りて汝が差人(つかい)に遇(あ)い、請帖(ふみ)を奪(うば)い、径(ただ)ちに水晶宮(すいしょうきゅう)に入(い)り、我が父子(おやこ)たちを拿捏(なあつ=せめたて)、妖邪(ようじゃ)と結連(けつれん)し人口(じんこう)を搶奪(そうだつ)するの罪(つみ)有りとせり。汝、快(はよ)う唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)を把(と)って河辺(かへん)へ送(おく)り上(あ)げ、孫大聖(そんたいせい)に交(わた)し還(かえ)せ。我を憑(たの)んで彼と与(とも)に礼(あやまり)を陪(ともな)わば、汝は還(ま)た好(よ)く性命(いのち)を得(え)ん。若(も)し半箇(すこし)の不字(いやということば)有らば、全(まっと)うに此処(ここ)に居(お)ることを得(え)んとは想(おも)うな!」

かの怪鼉(かいだ)この言(ことば)を聞き、心中(むねのうち)大いに怒(いか)って言う、「我と汝は嫡親(てきしん)の姑表(こひょう=いとこ)なるに、汝は倒(かえ)って反(かえ)って他人(ひと)を護(まも)るか? 汝が言(いう)ところを聴(き)けば、すなわち唐僧(とうそう)を送(おく)り出(いだ)せと教(さと)すが、天地間(てんちかん)に那(いずく)にこの等(よう)なる容易(たやす)き事(こと)有らんや!

汝は便(すなわ)ち彼を怕(おそ)るるも、莫成(まさか)我もまた彼を怕れんや? 彼若(も)し手段(てだて)有らば、敢(あえ)て我が水府(すいふ)の門前(もんぜん)に来(きた)り、我と交戦(こうせん)すること三合(さんがっ)せよ。我才(はじ)めて彼と師父を与(あた)えん。若(も)し我に敵(かな)い過(す)ぐる能(あた)わずんば、すなわち彼をも連(つれ)て拿(とら)え来(きた)り、一斉(いっせい)に蒸(ふか)し熟(じゅく)し、また甚(なん)の親人(しんじん)も無(な)く、また往(ゆ)きて客(きゃく)を請(こ)わず、自家(じぶん)で門を関(と)ざし、小(こもの)どもをして唱唱(うたい)舞舞(まわ)せしめ、我は上(うえ)に坐(ざ)して、自自在在(のんき)に、彼が娘(あばずれ)を食(くら)わんのみならずや!」 太子、説(いう)を見て、口(くち)を開(ひら)いて罵(ののし)って言う、「この潑邪(はつじゃ=暴けもの)は果(はた)して無状(ぶじょう=なっておらぬ)なり! 且(しばら)く孫大聖(そんたいせい)をして汝と敵(てき)に対(むか)わしめず、汝、敢(あえ)て我と相持(あいまみ)ゆるか?」 かの怪言う、「好漢(ますらお)と做(な)らんには、相持(あいまみ)ゆるの甚(なん)をか怕(おそ)れん!」 教(さと)す、「披挂(よろい)を取(と)れ!」 一声(ひとこえ)を呼(よ)び喚(よ)ぶや、衆(すべ)ての小妖(しょうよう)左右(さゆう)に跟随(したが)い、披挂(よろい)を献(けん)じ上(あ)げ、鋼鞭(こうべん)を捧(ささ)げ上(あ)ぐ。彼の二人(ふたり)は臉(かお)を変(か)え、各(おのおの)英雄(えいゆう)を逞(たくま)しくし;号令(ごうれい)を伝(つた)え、一斉(いっせい)に鼓(つづみ)を擂(う)つ。この一場(ひとしきり)は沙僧(さそう)と争(あらそ)い闘(たたか)いしに比(くら)べて、甚(はなは)だ是れ同じからず。但(ただ)しあのを見よ:

旌旗(せいき)照耀(しょうよう)し、戈戟(かげき)光(ひかり)を揺(ゆ)る。この壁廂(かたわら)には営盤(えいばん=とりで)解散(かいさん)し、かの壁廂には門戸(もんこ)開張(かいちょう)す。摩昂太子(まこうたいし)は金簡(きんかん)を提(ひっさ)げ、鼉怪(だけ)は鞭(べん)を輪(めぐ)らして急(いそ)ぎ架(か)え償(むく)う。一声(ひとこえ)の炮(ほう)響(ひび)きて河兵(かへい)烈(はげ)しく、三棒(さんぼう)の鑼(ら)鳴(な)りて海士(かいし)狂(くる)う。蝦(えび)と蝦(えび)争(あらそ)い、蟹(かに)と蟹(かに)闘(たたか)う。鯨鼇(けいごう)は赤鯉(せきり)を呑(の)み、鯾鮊(べんはく)は黄鱨(こうしょう)を起(おこ)す。鲨鯔(さし)は鮆(さい)を吃(くら)い鯖魚(さば)走(に)げ、牡蠣(ぼれい)は蛏(てい)を擒(とら)え蛤蚌(こうぼう)慌(あわ)てる。少揚(しょうよう)の刺(とげ)は硬(かた)くして鉄棍(てっこん)の如(ごと)く、鱑司(こうし)の針(はり)は利(するど)きこと鋒芒(ほうぼう)に似(に)たり。鮃鱑(へいこう)は白蟮(はくぜん)を追(お)い、鱸鱠(ろかい)は烏鯧(うしょう)を捉(とら)う。一河(いちが)の水怪(すいかい)高下(こうげ)を争(あらそ)い、両処(りょうしょ)の龍兵(りゅうへい)弱強(じゃくきょう)を定(さだ)む。混戦(こんせん)多時(しばらく)にして波浪(はろう)滚(まろ)び、摩昂太子(まこうたいし)は金剛(こんごう)に賽(まさ)る。金簡(きんかん)当頭(とうとう)に重(おも)きを一声(ひとこえ)喝(かつ)し、妖鼉(ようだ)の怪王(かいおう)を作(な)すを拿(とら)え住(とど)めたり。

この太子(たいし)は三稜簡(さんりょうかん)を将(も)って一箇の破綻(すき)を閃(ひるがえ)したるに、かの妖精は是れ詐(いつわり)なるを知(し)らず、潜(もぐ)り将(つ)れ入(い)り来(きた)るや、彼が一箇の解数(わざ)を使(つか)い、妖精が右臂(うわん)を把(と)って、只(た)だ一簡(ひとつ)に、打(う)ちて箇の躘踵(りゅうしょう=よろめき)を成(な)し、趕(お)い前(すす)み出(い)で、また一(ひと)たび脚(あし)を拍(う)つや、地(ち)に跌(ころ)び倒(たお)れた。衆(すべ)ての海兵(かいへい)は一(ひと)せいに擁(おしよ)せ上前(すす)み、揪(つか)み翻(ひるがえ)し住(とど)め、繩(なわ)を将(も)って双手(もろて)を背(うしろ)に绑(しば)り、鉄索(てっさく=くさり)を将(も)って琵琶骨(びわこつ)を穿(つらぬ)き、岸(きし)の上(うえ)へ拿(とら)え上(あ)げ、孫行者(そんぎょうじゃ)の面前(めんぜん)へ押(お)し至(いた)りて言う、「大聖(たいせい)よ、小龍子(しょうりゅうし)妖鼉(ようだ)を捉(とら)え住(とど)めたり。請(こ)う、大聖の定奪(さだめ)を」

行者と沙僧(さそう)はこれを見て言う、「この厮(やつ)は旨令(しれい)を遵(したが)わず。汝が舅爺(おじ)は原(もと)汝をして此処(ここ)に居(お)り居住(きょじゅう)せしめ、汝に性(せい)を養(やしな)い身(み)を存(たも)たしめ、汝が名(な)の成(な)るの日(ひ)を待(ま)ちて、別(べつ)に遷(うつ)し用(よう)いらるる有らんとせられしに、汝は怎(どう)して強(し)いて水神(すいしん)の宅(いえ)を占(せん)し、勢(いきおい)に倚(よ)りて凶(きょう)を行(おこな)い、心(こころ)を欺(あざむ)き上(かみ)を誑(あざむ)き、玄虚(げんきょ=たくらみ)を弄(ろう)して、我が師父(しふ)・師弟(してい)を騙(かた)りしか? 我、汝をしてこの一棒(ひとぼう)を打(う)たんと待(ま)てるに、奈何(いかん)せん老孫がこの棒子(ぼう)は甚(はなは)だ重(おも)く、略(いささ)か打(う)ち打(う)てばすなわち性命(いのち)を了(おわ)らしめん。

汝、我が師父(しふ)を将(も)って何処(いずこ)に安(やす)んじたるか?」 かの怪は頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて住(とど)まずして言う、「大聖(たいせい)よ、小鼉(しょうだ)は大聖の大名(たいめい)を知(し)らず、却(かえ)って才(いま)表兄(ひょうけい)に逆(さから)い、強(つよ)みを骋(は)せ理(ことわり)に背(そむ)き、表兄(いとこ)に我を拿(とら)え住(とど)められたり。今(いま)大聖に見(まみ)え、幸(さいわ)いに大聖の殺(ころ)さざるの恩(おん)を蒙(こうむ)り、感(かん)謝(しゃ)すること尽(つ)きず。汝が師父(しふ)は還(ま)たあの水府(すいふ)の間(あいだ)に捆(くく)られておる。望(ねがわく)は大聖の我が鉄索(てっさく)を解(と)き、我が手(て)を放(はな)されんことを。我をして河(かわ)の中(うち)へ到(いた)りて彼を送(おく)り出(いだ)さしめよ」 摩昂(まこう)は旁(かたわら)に在りて言う、「大聖(たいせい)よ、この厮(やつ)は是れ一箇の逆怪(ぎゃっかい=さからうあくま)にして、彼は極(きわ)めて奸詐(かんさ=わるがしこ)し。若(も)し彼を放(はな)たば、恐(おそ)らくは悪念(あくねん)を生(しょう)ぜん」 沙和尚(さおしょう)言う、「我は彼が那(あ)の処(ところ)を認(みと)めておる。我をして師父を尋(たず)ねに往(ゆ)かしめよ」 彼の二人(ふたり)は水(みず)の中(うち)へ跳(と)び入(い)り、径(ただ)ちに水府(すいふ)の門前(もんぜん)に至(いた)るに、那里(そこ)の門扇(もんせん)は大(おお)いに開(ひら)き、更(さら)に一箇の小卒(こそつ)も無(な)し。直(ただ)ちに亭台(ていだい)の裡(うち)へ入(い)るに、唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)の、赤条条(まるはだか)に都(みな)そこに捆(くく)られておるを見(み)た。沙僧はすなわち忙(いそ)ぎ師父を解(と)き、河神(がしん)もまた随(したが)って八戒(はっかい)を解(と)き、一家(めいめい)一箇(ひとり)を背負(おぶ)うて水(みず)の面(おもて)を出(い)で、径(ただ)ちに岸辺(がんぺん)に至(いた)った。猪八戒(ちょはっかい)はあの妖精(ようせい)の鎖(くさり)に绑(しば)られて側(かたわら)に在るを見(み)るや、急ぎ鈀(は)を掣(ひっさ)げて上前(すす)み出(い)でてすなわち築(つ)き、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って言う、「潑邪畜(はつじゃちく=暴けけだもの)め! 汝、如今(いま)は我を食(くら)わぬか?」 行者は扯(ひ)き住(とど)めて言う、「兄弟(おとうと)よ、且(しばら)く彼が死罪(しざい)を饒(ゆる)せよ。敖順(ごうじゅん)が賢父子(けんおやこ)の情(なさけ)を看(み)よ」 摩昂(まこう)は礼(れい)を進(すす)めて言う、「大聖(たいせい)よ、小龍子(しょうりゅうし)敢(あえ)て久(ひさ)しく停(とど)まらず。既(すで)に汝が師父を救(すく)い得(えた)れば、我はこの厮(やつ)を帯(つ)れ去(い)って家父(ちち)に見(まみ)えん;大聖の彼が死罪(しざい)を饒(ゆる)されたもうとも、家父は決(けっ)して彼が活罪(かつざい=いきながらえるつみ)を饒(ゆる)されず、定(きっ)と発落(ほうらく=しょぶん)の処置(しょち)有りて、仍(また)大聖に回復(へんじ)して罪(つみ)を謝(あやま)らるべし」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、汝、彼を領(ひき)いて去(ゆ)け。多(おお)く令尊(れいそん=ちちうえ)に拝上(もうしあ)げよ、尚(なお)面(おもて)して謝(あやま)るを容(ゆる)されよ」 かの太子(たいし)はあの妖鼉(ようだ)を押(おさ)え、水(みず)の中(うち)へ投(とう)じ、海兵(かいへい)を帥(ひき)い、径(ただ)ちに西洋大海(せいようたいかい)へ転(てん)じることはさておく。

さて、かの黒水河神(こくすいがしん)は行者に謝(あやま)って言う、「多(おお)く大聖の水府(すいふ)を復(ふく)し得(え)たるの恩(おん)を蒙(こうむ)りましたり!」

唐僧(とうそう)言う、「徒弟(でし)よ、如今(いま)還(ま)た東岸(とうがん)に在(あ)るに、如何(どう)してこの河(かわ)を渡(わた)らんや?」 河神(がしん)言う、「老爺(ろうや=だんなさま)、慮(おもんばか)りたもうな。且(しばら)く請(こ)う馬に上(の)られよ。小神(しょうしん)路(みち)を開(ひら)き、老爺(だんな)を引(みちび)きて河(かわ)を過(わた)らしめん」 かの師父(しふ)は才(はじ)めて白馬(はくば)に騎(の)り、八戒(はっかい)は繮縄(たづな)を采(と)り、沙和尚(さおしょう)は行李(こうり)を挑(にな)い、孫行者(そんぎょうじゃ)は左右(さゆう)を扶持(たす)けたまう。只(た)だ見る、河神(がしん)は阻水(そすい)の法術(ほうじゅつ)を作(な)し起(おこ)し、上流(じょうりゅう)を将(も)って擋(ふさ)ぎ住(とど)めた。須臾(しばらく)にして下流(かりゅう)は撤(ひ)き乾(から)され、一条(ひとすじ)の大路(おおみち)を開(ひら)き出(いだ)した。師徒(しと)たちは西辺(にし)を過(よぎ)り行(ゆ)き、河神(がしん)に謝(あやま)り、崖(がけ)に登(のぼ)って路(みち)に上(のぼ)った。これを正(まさ)に是れ:

禅僧(ぜんそう)救(すく)い有りて西域(せいいき)に来(きた)り、徹地(てっち)に波(なみ)無(な)くして黒河(こくが)を過(わた)る。

畢竟(つい)に怎(いか)にしてか仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むることを得(う)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。