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044 第四十四回 法身(ほっしん)元運(げんうん)に車力(しゃりき)に逢い 心正(しんせい)にして妖邪(ようじゃ)脊関(せきかん)を度(わた)る

詩に曰(いわ)く:

経(きょう)を求(もと)めて障(さわり)を脱(のが)れて西(にし)に向(むか)い游(ゆ)く、無数(むすう)の名山(めいざん)尽(つ)きて休(や)まず。兔(う)走(はし)り鳥(とり)飛(と)んで昼夜(ちゅうや)を催(うなが)し、鳥(とり)啼(な)き花(はな)落(お)ちて自(おのずか)ら春秋(しゅんじゅう)なり。微塵(みじん)の眼底(がんてい)三千界(さんぜんがい)、錫杖(しゃくじょう)の頭辺(とうへん)四百州(しひゃくしゅう)。水(みず)に宿(やど)り風(かぜ)を餐(くら)うて紫陌(しはく=みやこじ)に登(のぼ)る、未(いま)だ期(き)せず何(いず)れの日(ひ)か是(こ)れ回頭(かいとう=かえるとき)ならんとは。

話(ものがた)り説(い)わく、唐三藏(とうさんぞう)は幸(さいわ)いに龍子(りゅうし)の妖(よう)を降(くだ)し、黒水河神(こくすいがしん)の路(みち)を開(ひら)かれしに虧(よ)りて、師徒(しと)たちは黒水河(こくすいが)を過(わた)り、大路(おおみち)を找(たず)ねて一直(ひたすら)に西(にし)へ来(きた)った。真に是れ風(かぜ)を迎(むか)え雪(ゆき)を冒(おか)し、月(つき)を戴(いただ)き星(ほし)を披(き)、行(ゆ)くこと彀(た)うること多時(ひさし)く、また早春(そうしゅん)の天気(てんき)に値(あ)う。但(ただ)し見る、三陽(さんよう)運(うん)を転(てん)じ、万物(ばんぶつ)輝(かがや)きを生(しょう)ず。

三陽(さんよう)運を転じ、満天(まんてん)明媚(めいび)として図画(とが)を開(ひら)き;万物輝きを生じ、遍地(へんち)芳菲(ほうひ)として繡茵(しゅういん)を設(もう)く。

梅(うめ)は残(のこ)る数点(すうてん)の雪(ゆき)、麦(むぎ)は漲(みなぎ)る一川(いっせん)の雲(くも)。漸(ようや)く冰(こおり)解(と)けて山泉(さんせん)溜(りゅう)し、尽(ことごと)く萌芽(ほうが)を放(はな)ちて焼痕(しょうこん)を没(ぼっ)す。正(まさ)に是れ那(か)の太昊(たいこう)震(しん)に乗(じょう)じ、勾芒(こうぼう)辰(しん)を御(ぎょ)し、花香(かこう)風気(ふうき)暖(あたたか)かに、雲淡(うす)く日光(にっこう)新(あらた)なり。道旁(みちばた)の楊柳(ようりゅう)は青眼(せいがん)を舒(の)べ、膏雨(こうう)万象(ばんしょう)の春(はる)を滋生(じょうせい)す。

師徒たちは路上(みち)に在りて景色(けいしき)を游観(みあそ)び、馬(うま)を緩(ゆる)めて行(ゆ)くに、忽然(たちまち)一声(ひとこえ)の吆喝(さけび)を聴(き)く。好(よ)きかな便(すなわ)ち千万人(せんまんにん)の吶喊(とっさく)の声(こえ)に似(に)たり。唐三藏は心中(むねのうち)怕(おそ)れ、馬を兜(ひ)き住(とど)めて前進(すす)むこと能(あた)わず、急ぎ頭を回(めぐ)らして言う、「悟空(ごくう)よ、是れ何処(いずこ)のこの等(よう)なる響振(ひびき)ぞ?」 八戒言う、「好(よ)く一(ひと)つの地裂(ちれつ)山崩(さんほう)に似(に)たり」 沙僧言う、「またすなわち雷声(らいせい)霹靂(へきれき)の如(ごと)し」 三蔵言う、「還(ま)た是れ人(ひと)の喊(さけ)び馬(うま)の嘶(いなな)きならん」 孫行者笑って言う、「汝らは都(みな)猜(あて)り着(あ)てず。且(しばら)く住(とど)まれ、老孫の看(み)て是れ如何(いかん)なるかを待(ま)て」

好(よ)き行者かな、身を将(も)って一(ひと)たび縦(はな)ち、雲光(うんこう)を踏(ふ)んで空中(くうちゅう)に起(おこ)り、眼(め)を睜(みひら)いて観看(みわた)すに、遠(とお)くに一座(ひとつ)の城池(じょうち)を見(み)る。また近(ちか)く覷(み)れば、倒(かえ)ってまた祥光(しょうこう)隠隠(いんいん)として、甚麼(なん)の凶気(きょうき)の紛紛(ふんぷん)たるも見(み)えず。行者は暗(ひそ)かに自(おのずか)ら沉吟(しんぎん=おもいめぐら)して言う、「好(よ)き処(ところ)かな! 如何(どう)して響声(ひびき)の耳(みみ)を振(ふる)わす有らんや? かの城(しろ)の中(うち)にはまた旌旗(せいき)の闪灼(せんしゃく=ひらめき)も戈戟(かげき)の光明(こうみょう)も無く、また是れ炮声(ほうせい)の響振(ひびき)ならず、何(なん)を以(もっ)てか人馬(じんば)の喧嘩(けんか)するが若(ごと)くならんや?」 正(まさ)に議(はか)る間(あいだ)に、只(た)だ見る、かの城門(じょうもん)の外(そと)に、一塊(ひとかたまり)の沙灘(さたん=すなはま)の空地(くうち)有り、許多(あまた)の和尚(おしょう)を群(むら)がり集(あつ)まらせ、そこに在りて車児(くるま)を扯(ひ)いておる。

原来(もと)是れ一斉(いっせい)に力(ちから)を着(つ)けて号(かけごえ)を打(う)ち、斉(ひと)しく「大力王菩薩(だいりきおうぼさつ)」と喊(さけ)ぶに因(よ)りて、唐僧(とうそう)を驚(おどろ)かし動(うご)かしたるなり。行者は漸々(ようやく)雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)して看(み)る処(ところ)、呀(ああ)! あの車子(くるま)に装(つ)みたるは都(みな)是れ磚(かわら)・瓦(かわら)・木植(ぼくしょく=ざいもく)・土坯(どへい=れんが)の類(たぐい)なり;灘頭(たんとう)の坡坂(ははん=さか)最(もっと)も高(たか)く、また一道(ひとすじ)の夾脊小路(きょうせきしょうろ=せすじのようなこみち)有り、両座(ふたつ)の大関(たいかん)、関下(かんか)の路(みち)は都(みな)是れ直立(ちょくりつ)壁陡(へきとう=がけのごとき)の崖(がけ)なれば、あの車児(くるま)怎(どう)して引(ひ)き上(あ)ぐることを得(え)んや? 天色(てんしょく)の和暖(わだん)なると雖(いえど)も、かの人(ひと)らは却(かえ)ってまた衣衫(いさん)藍縷(らんる=ぼろ)として、この象(さま)を看(み)れば十分(じゅうぶん)に窘迫(きんぱく=くるしみ)せり。行者は心疑(うたが)って言う、「想(おも)うに是れ寺院(じいん)を修蓋(しゅうがい=ふしん)するならん。彼が此処(ここ)は五穀豊登(ごこくほうとう)にて、雑工人(ざっくにん=人足)を尋(たず)ね出(いだ)し得(え)ざるが故(ゆえ)に、この和尚(おしょう)たち親(みずか)ら努(つと)め力(ちから)めるならん」 正(まさ)に自(おのずか)ら猜疑(さいぎ=あてずいっぽう)して未(いま)だ定(さだ)まらざるに、只(た)だ見る、かの城門(じょうもん)の裡(うち)より、揺揺擺擺(よろよろと)として、両箇(ふたり)の少年(しょうねん)の道士(どうし)が走出(あるきい)で来(きた)る。汝(なんじ)看よ、彼は怎(いか)に打扮(いでたち)せるか、但(ただ)しそれを見よ:

頭(こうべ)に星冠(せいかん)を戴(いただ)き、身(み)に錦繡(きんしゅう)を披(き)る。頭に戴く星冠は光耀耀(こうようよう)たり、身に披る錦繡は彩霞(さいか)飄(ただよ)う。足(あし)に踏(ふ)むは雲頭履(うんとうり)、腰(こし)に系(し)むるは熟糸縧(じゅくしとう=ねいとのおび)。面(かお)は満月(まんげつ)の如(ごと)くして多く聡俊(そうしゅん=りこう)に、形(かたち)は瑶天(ようてん)の仙客(せんかく)に似(に)て嬌(なまめ)かし。

かの和尚(おしょう)たち、道士の来(きた)るを見るや、一箇一箇(めいめい)心驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、力(ちから)を倍(ばい)し加(くわ)え、恨(うら)み苦(くる)しげにあの車子(くるま)を引(ひ)く。行者はすなわち暁(さと)り得(え)たり:「咦(おや)! 必(かなら)ずやこの和尚(おしょう)たちはあの道士(どうし)を怕(おそ)れておるならん。然(しか)らずんば啊(や)、怎(どう)してこの等(よう)に力を着けて引(ひ)き扯(ひ)かんや? 我、曾(かつ)て人の言(ことば)を聴(き)けり、西方(さいほう)の路上(みちじょう)に、一箇の敬道滅僧(けいどうめっそう=道をうやまい僧をほろぼす)の処(ところ)有りと。断(かなら)ず此間(ここ)は是(こ)れなり。我、回(かえ)りて師父(しふ)に報(ほう)ぜんと待(ま)てど、奈何(いかん)せん事(こと)の明白(めいはく)ならざれば、返(かえ)って彼が我を怪(とが)むるを惹(ひ)き起(おこ)さん。敢(あえ)て道(い)わんや、この等(よう)なる一箇の伶俐(れいり=りこう)の之人(ひと)にして、すなわち実信(じっしん=たしかなききこみ)を探(さぐ)ること能(あた)わざらんや? 且(しばら)く下(お)りて往(ゆ)きて問(と)い得(え)て明白(あきらか)ならんを待(ま)ち、好(よ)く回(かえ)りて師父に話(ことば)せん」

汝(なんじ)は彼の誰(たれ)に来(きた)りて問(と)うと道(い)うか? 好(よ)き大聖かな、雲頭(うんず)を按(おさ)え落(おと)し、郡城(ぐんじょう)の脚(ふもと)へ去(ゆ)き、身を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、変じて箇(ひとり)の游方(ゆうほう=雲水)の雲水全真(うんすいぜんしん=雲水の道士)と做(な)り、左臂(さひじ)の上に一箇の水火籃児(すいかご)を挂(か)け、手(て)に漁鼓(ぎょこ=つづみ)を敲(たた)き、口(くち)に道情詞(どうじょうし=道教のうた)を唱(うたい)、城門(じょうもん)に近(ちか)づき、両箇の道士を迎(むか)え、当面(まのあたり)に身を躬(かが)めて言う:

「道長(どうちょう)よ、貧道(ひんどう=われ)起手(きしゅ=あいさつ)したてまつる」 かの道士は礼(れい)を還(かえ)して言う、「先生(せんせい)は何処(いずこ)より来(きた)られたるか?」 行者言う:

「我が弟子(でし)は海角(かいかく)に雲游(うんゆう)し、天涯(てんがい)に浪蕩(ろうとう=さすら)う;今朝(けさ)此処(ここ)に来(きた)り、善人家(ぜんにんけ=ほどこしをするいえ)に募(つの)らんと欲(ほっ)す。

動(どう)じて問(とう)ん、二位(ふたり)の道長(どうちょう)よ、この城(しろ)の中(うち)の那(いず)れの条(すじ)の街(まち)にか道(どう)を好(この)み、那(いず)れの箇の巷(こうじ)にか賢(けん)を好むか? 我が貧道(ひんどう)が好(よ)く去(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(こじき)して吃(くら)わんことを」

かの道士笑って言う、「この先生(せんせい)よ、怎(どう)してこの等(よう)なる敗興(はいきょう=しらけ)の話(ことば)を説(い)わるるか?」 行者言う、「何(なん)をか敗興と為(な)すか?」 道士言う、「汝は些(いささ)かの斎(とき)を化(こじき)して吃(くら)わんと要(ほっ)するは、却(かえ)って是れ敗興に非(あら)ずや?」 行者言う、「出家人(しゅっけにん)は乞化(こつけ=こじき)を以(もっ)て由(よし)と為(な)すに、却(かえ)って斎(とき)を化して吃(くら)わずんば、怎(どう)して生(い)きて銭(ぜに)有りて買(か)わんや?」

道士笑って言う、「汝は是れ遠方(えんぽう)より来(きた)れる者(もの)にして、我がこの城(しろ)の中(うち)の事(こと)を知(し)らざるなり。我がこの城の中には、且(しばら)く文武(ぶんぶ)の官員(かんいん)の道(どう)を好(この)み、富民(ふみん)長者(ちょうじゃ)の賢(けん)を愛(あい)し、大男小女(だいなんしょうにょ=おとなもこどもも)の我らを見(み)て拜(おが)み請(しょう)じて斎(とき)を奉(たてまつ)ると説(い)うをも休(や)めよ、この般(よう)なるは都(みな)須(すべから)く掛歯(かし=くちにのぼす)るに及(およ)ばず、頭一等(だいいっとう=なによりも)なるはすなわち是れ万歳君王(ばんぜいくんのう)の道(どう)を好(この)み賢(けん)を愛(あい)するなり」 行者言う、「我が貧道(ひんどう)は一則(ひとつ)には是れ年幼(としおさな)く、二則(ふたつ)には是れ遠方(えんぽう)より乍(にわか)に来(きた)れるが故(ゆえ)に、実(じつ)に是れ不暁(し)らざるなり。煩(わずら)わしくも二位の道長、この里(ここ)の地名(ちめい)・君王の道を好み賢を愛するの事(こと)を、細(つまびらか)かに説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせられよ。すなわち同道(どうどう=おなじみち)の情(なさけ)を見(み)るに足(た)らん」 道士説(いう)、「この城(しろ)を名(なづ)けて車遅国(しゃちこく)と喚(よ)び、宝殿(ほうでん)の上(うえ)の君王(くんのう)は我らと親(しんせき)有(あ)り」 行者、この言(ことば)を聞き、呵呵(からから)と笑って言う、「想(おも)うに是れ道士が皇帝(こうてい)と做(な)られたるか?」 彼言う、「是(しか)に非(あら)ず。只(た)だ是れこの二十年前(にじゅうねんまえ)に因(よ)りて、民(たみ)亢旱(こうかん=ひでり)に遭(あ)い、天(てん)に一点(ひとつぶ)の雨(あめ)無(な)く、地(ち)に穀苗(こくびょう=もえ)絶(た)え、君臣黎庶(くんしんれいしょ=うえからしたまで)・大小人家(だいしょうじんか)の論(かかわ)り無(な)く、家毎(いえごと)に沐浴(もくよく)し香(こう)を焚(た)き、戸毎(やどごと)に天(てん)を拝(おが)みて雨(あめ)を求(もと)めた。正(まさ)に都(みな)倒懸(とうけん=さかさづり)の命(いのち)を捱(しの)ぶの処(ところ)に在(あ)りしに、忽然(たちまち)天(てん)より三箇の仙長(せんちょう)を降(くだ)し、俯(ふ)して生霊(せいれい)を救(すく)わしめたり」 行者問うて言う、「是れ那(いず)れの三箇の仙長なるか?」 道士説(いう)、「すなわち是れ我が家(いえ)の師父(しふ)なり」 行者言う、「尊師(そんし)の甚(なん)と号(なづ)くるか?」 道士云(いわ)く:

「我が大師父(だいしふ)は、号(な)を虎力大仙(こりきたいせん)と做(な)し;二師父(にしふ)は、鹿力大仙(ろくりきたいせん);三師父(さんしふ)は、羊力大仙(ようりきたいせん)なり」 行者問うて曰(いわ)く、「三位(さんい)の尊師(そんし)には、多少(どれほど)の法力(ほうりき)有るか?」 道士云(いわ)く、「我が那(かの)師父(しふ)は、風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)ぶは、只(た)だ翻掌(はんしょう=てのひらをかえす)の間(あいだ)に在(あ)り、水(みず)を指(さ)して油(あぶら)と為(な)し、石(いし)を点(てん)じて金(きん)と成(な)すは、却(かえ)って身を転(ころ)がすの易(やす)きが如(ごと)し。この般(よう)なる法力有るを以(もっ)て、能(よ)く天地(てんち)の造化(ぞうか)を奪(うば)い、星斗(せいと)の玄微(げんび)を換(か)え、君臣(くんしん)相(あい)敬(うやま)いて、我らと与(とも)に結(むす)んで親(しんせき)と為(な)れるなり」 行者言う、「この皇帝(こうてい)は十分(じゅうぶん)に造化(ぞうか=しあわせ)なり。常言(ことわざ)に道(い)う、術(じゅつ)は公卿(こうけい)を動(うごか)す、と。老師父(ろうしふ)のこの般(よう)なる手段(てだて)有りて、親(しんせき)を結(むす)ばれたるは、実(じつ)に彼に虧(そこな)わず。噫(おお)、我が貧道(ひんどう)に星星(せいせい=いささか)の縁法(えんぽう=えにし)有りて、かの老師父(ろうしふ)の一面(いちめん)を見(み)ることを得(う)るやを知(し)らずや?」 道士笑って曰(いわ)く、「汝が我が師父に見(まみ)えんと要(ほっ)するか。何(なん)の難(かた)き処(ところ)有らんや! 我ら二人(ふたり)は是れ彼が胸(むね)に靠(よ)り肉(にく)に貼(は)るの徒弟(でし)なり。我が師父は却(かえ)って又(ま)た好(よ)く道(どう)を愛(あい)し賢(けん)を愛(あい)し、只(た)だ道(どう)の字(じ)を説(い)うを聴(き)けば、すなわちまた大門(だいもん)を出(い)でて接(むか)えらるるなり。若(も)し我ら二人が汝を引合(ひきあわ)せば、乃(すなわ)ち吹灰(すいき=はいをふく)の力(ちから)なり」 行者は深(ふか)く一箇の大喏(だいじゃ=おじぎ)を唱(とな)えて言う、「多(おお)く挙荐(きょせん=ひきあわせ)を承(うけたまわ)る。此(ここ)に就(つ)いて中(なか)へ入(い)らんか」 道士説(いう)、「且(しばら)く少(しばら)く片時(ひととき)を待(ま)て。汝は此処(ここ)に在りて坐(ざ)せ。我ら二人の公事(くじ)を把(と)って干(しお)え来(きた)らんを待(ま)ち、汝と与(とも)に入(い)らん」 行者言う、「出家人(しゅっけにん)は拘(とらわれ)無(な)く束(しばり)無(な)く、自由自在(じゆうじざい)なり。何(なん)の公幹(こうかん=ようたし)有らんや?」 道士は手(て)を以(も)ってかの沙灘(さたん)の上(うえ)の僧人(そうじん)を指(さ)し定(さだ)めて、「彼の做(な)すは是れ我が家(いえ)の生活(しごと)なり。恐(おそ)らくは彼の懶(ものぐさ)を逃(のが)るるを、我ら往(ゆ)きて彼に一卯(いちぼう=てんけん)を点(てん)じ来(きた)らん」

行者笑って言う、「道長(どうちょう)は差(あやま)てり!

僧道(そうどう)の輩(やから)は都(みな)是れ出家人(しゅっけにん)なるに、何(なん)の故(ゆえ)にか彼が我らの為(ため)に活(しごと)を做(な)し、我らの点卯(てんけん)に伏(したが)うや?」 道士云(いわ)く、「汝は知(し)らざるなり。当年(むかし)雨(あめ)を求(もと)めし時(とき)に因(よ)りて、僧人(そうじん)は一辺(かたわら)に在りて仏(ほとけ)を拝(おが)み、道士(どうし)は一辺に在りて斗(と=ほし)に告(もう)し、都(みな)朝廷(ちょうてい)の粮餉(りょうしょう=きょうよう)を請(こ)うたり。誰(たれ)か知(し)らん、あの和尚(おしょう)は不中用(ふちゅうよう)にて、空(むな)しく空経(くうきょう)を念(とな)えて、事(こと)を済(すく)うこと能(あた)わず。後(のち)に我が師父の一到(いっとう)にして、雨(あめ)を喚(よ)び風(かぜ)を呼(よ)び、万民(ばんみん)の塗炭(とたん=くるしみ)を抜済(ばっさい=すくいだ)されたり。却(かえ)って才(はじ)めて朝廷(ちょうてい)を悩(いか)らせ、あの和尚(おしょう)を无用(むよう)なりと説(い)い、彼が山門(さんもん)を拆(こわ)し、彼が仏像(ぶつぞう)を毀(こぼ)ち、彼が度牒(どちょう=僧籍)を追(お)い、彼をして郷(さと)に回(かえ)るを放(ゆる)さず、御(ぎょ)として我が家(いえ)に賜(たま)わりて活(しごと)を做(な)さしめ、すなわち小厮(こもの)の一般(ごと)くに当(あて)られたり。我が家(いえ)の裡(うち)の火(ひ)を焼(た)く者(もの)もまた彼(かれ)なり、地(ち)を掃(は)く者もまた彼(かれ)なり、門(もん)を頂(ささ)うる者もまた彼(かれ)なり。後辺(うしろ)に還(ま)た住房(じゅうぼう)有り、未(いま)だ曾(かつ)て完備(かんび)せざるに因(よ)りて、この和尚(おしょう)をして磚瓦(かわら)を引(ひ)かせ、木植(ぼくしょく=ざいもく)を拖(ひ)かせ、房宇(ぼうう=いえ)を起(た)て蓋(おお)わせしめたり。只(た)だ恐(おそ)るるは彼の貪頑(たんがん=わがままものぐさ)にして懶(ものぐさ)を逃(のが)れ、車(くるま)を引(ひ)くを肯(がえん)ぜざるを、この故(ゆえ)を以(もっ)て我ら二人をして往(ゆ)きて査点(さてん=てんけん)査点(てんけん)せしむるなり」

行者、この言(ことば)を聞き、道士を扯(ひ)き住(とど)めて泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「我が説(い)うに我は無縁(むえん)なりと、真(まこと)に箇(ひとつ)の無縁にして、老師父(ろうしふ)の尊面(そんめん)を見(み)ることを得(え)ざるなり!」 道士云(いわ)く、「如何(どう)して面(おもて)を見(み)ることを得(え)ざるか?」 行者言う、「我が貧道(ひんどう)は方上(ほうじょう=あちこち)を雲游(うんゆう)するは、一則(ひとつ)には是れ性命(しょうみょう=いのち)の為(ため)、二則(ふたつ)にはまた親(しんぞく)を尋(たず)ぬるが為なり」 道士問う、「汝に甚麼(なん)の親(しんぞく)有るか?」 行者言う、「我に一箇の叔父(おじ)有り、幼(おさな)きより出家(しゅっけ)し、髪(かみ)を削(そ)りて僧(そう)と為(な)り、向日(むかし)年程(ねんど)の饑饉(ききん)に、また外面(そと)へ来(きた)りて求乞(ぐこつ=こじき)したり。この幾年(いくとせ)回(かえ)り家(いえ)せず、我、祖上(そじょう=せんぞ)の恩(おん)を念(おも)い、特に来(きた)りて便(ついで)に尋(たず)ね訪(おとず)るに、想(おも)うに是れ此(ここ)等の地方(ところ)に羈遅(きち=とどこお)り、身(み)を脱(のが)るること能(あた)わざるならん、また知(し)る可(べ)からずなり。我、怎(どう)してか彼を尋(たず)ね着(あ)てて一面(いちめん)を見(み)ん、才可(まさ)に汝と与(とも)に城(しろ)に入(い)るを得(え)んや?」 道士云(いわ)く、「この般(よう)ならば却(かえ)って是れ容易(たやす)し。我ら二人(ふたり)は且(しばら)く坐(ざ)せよ。すなわち汝を煩(わずら)わして沙灘(さたん)の上へ往(ゆ)きて我が為に一査(いっさ)せしめん。只(た)だ頭目(とうもく=かしら)に五百名(ごひゃくめい)の数目(かず)有(あ)るを点(てん)ずればすなわち罷(や)めよ。看(み)よ、内中(うち)の那(いず)れの者(もの)か是れ汝が令叔(れいしゅく=おじ)なるを。果(はた)して有(あ)らば啊(や)、我ら道中(どうちゅう)の情分(じょうぶん=よしみ)を看(み)、彼を放(はな)ちて去(い)かしめ、却(かえ)って汝と与(とも)に城(しろ)に進(い)らんは、好(よ)からずや?」

行者は頂謝(ちょうしゃ=かしこまり)すること尽(つ)きず、一声(ひとこえ)の長揖(ちょうゆう=おじぎ)をなして道士に別(わか)れ、漁鼓(ぎょこ=つづみ)を敲(たた)き、径(ただ)ちに沙灘(さたん)の之上(うえ)へ往(ゆ)く。双関(そうかん)を過(よぎ)り、夾脊(きょうせき)を転(てん)じ下(お)るや、かの和尚(おしょう)たちは一斉(いっせい)に跪(ひざまず)き下(お)りて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺(だんなさま)よ、我ら曾(かつ)て懶(ものぐさ)を逃(のが)れず、五百名(ごひゃくめい)半箇(はんこ)も少(すくな)からず、都(みな)此処(ここ)に在(あ)りて車(くるま)を扯(ひ)いておりまする」 行者、看(み)て暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「これらの和尚(おしょう)は、道士に打(う)たれて怕(おそ)れ、我がこの仮(にせ)の道士を見(み)てすなわちこの般(よう)に悚懼(おそれおのの)く。若(も)し是れ一箇の真(まこと)の道士ならば、好(よ)くも道(い)うにまた活(い)き成(な)らざるべし」 行者はまた手(て)を揺(ふ)って言う、「跪(ひざまず)くことを要(よう)せず、怕(おそ)るるを休(や)めよ。我は是れ監工(かんこう=現場監督)に非(あら)ず。我が此(ここ)に来(きた)れるは是れ親(しんぞく)を尋(たず)ぬるなり」 衆僧(しゅうそう)たちは認親(みよりたずね)と説(いう)を聴(き)き、すなわち彼を把(と)って圈子陣(わのじん=輪)にて囲(かこ)み将(つ)れ上(あ)がり、一箇一箇(めいめい)頭を出(いだ)し面(おもて)を露(あらわ)し、咳(せき)を打(う)ち響(ひびき)を立(た)て、巴(あた)ふるを得(え)ずも認(みと)め出(いだ)されんことを要(よう)した。「那(いず)れの者(もの)か是れ彼が親(みより)なるを知(し)らず」と。行者は一(ひと)しきり認(みと)めて、呵呵(からから)と笑(わら)い将(つ)れ起(おこ)った。衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや=だんな)は親(みより)を認(みと)められずして、如何(どう)して笑(わらい)を発(おこ)さるるか?」 行者言う、「汝らは我が何(なに)を笑(わら)うを知(し)るか? 汝らがこれらの和尚(おしょう)の全(まった)く長俊(ちょうしゅん=りっぱ)ならざるを笑(わら)うなり! 父母(ふぼ)が汝を生(う)み下(おろ)したるは、皆(みな)命(めい)の華蓋(かがい=どんてん)に犯(おか)し、爺(ちち)を妨(さまた)げ娘(はは)を克(そこない)、或(あるい)は是れ姉妹(しまい)を招(まね)かざるに因(よ)りて、才(はじ)めて汝を把(と)って舎(す)て断(た)ちて出家(しゅっけ)させたるなり。汝、怎(どう)して三宝(さんぽう)を遵(したが)わず、仏法(ぶっぽう)を敬(うやま)わず、往(ゆ)きて経(きょう)を看(み)り懺(さんげ)を拝(おが)まずして、却(かえ)って怎(どう)して道士と傭工(やとい)し、奴婢(ぬひ)と作(な)りて使喚(つかわ)るるか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、汝の来(きた)りて我らを羞(はずかし)めらるるかな! 汝(おんみ)は想(おも)うに是れ外辺(そと)より来(きた)られたる者(ひと)にして、我が此処(ここ)の利(き)き害(あし)きを知(し)られぬなり」 行者言う、「果(はた)して是れ外方(がいほう)より来(きた)れる者(もの)にして、実(じつ)に汝が此処(ここ)に甚(なん)の利害(りがい)有るを知(し)らざるなり」

衆僧(しゅうそう)は泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「我らがこの一国(いっこく)の君王(くんのう)は、偏心(へんしん=えこひいき)にして無道(むどう)にして、只(た)だ喜(よろこ)ぶは是れ老爺(ろうや=おまえさま)等の輩(やから)を得(え)るに在(あ)り、悩(いか)るは是れ我らが仏子(ぶっし)なり」 行者言う、「何(なん)の為(ため)にか来(きた)れるか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「只(た)だ風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)ぶに因(よ)りて、三箇の仙長(せんちょう)の此処(ここ)に来(きた)り、我らを滅(ほろぼ)し、君王(くんのう)を哄(だま)し信(しん)ぜしめ、我らが寺(てら)を拆(こわ)し、度牒(どちょう)を追(お)い、郷(さと)に帰(かえ)るを放(ゆる)さず、また役(えき)を補(おぎな)い当差(とうさい=つとめ)することを許(ゆる)さず、あの仙長(せんちょう)の家(いえ)に賜(たま)わりて使用(つか)わしめ、苦楚(くそ=くるしみ)当(あた)るに難(がた)し! 但(た)だ一箇の游方(ゆうほう)の道者(どうしゃ)の此(ここ)に至(いた)れば、すなわち請(しょう)じて王(おう)を拝(はい)し賞(しょう)を領(う)けしむ;若(も)し是れ和尚(おしょう)の来(きた)るならば、遠近(えんきん)を分(わか)たず、すなわち拿(とら)え来(きた)りて仙長(せんちょう)の家(いえ)に与(あた)えて傭工(やとい)せしむるなり」 行者言う、「必(かなら)ずやあの道士に還(ま)た甚麼(なん)の巧(たくみ)なる法術(ほうじゅつ)有りて、君王(くんのう)を誘(さそ)いたるならん。若(も)し只(た)だ是れ風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)ぶのみならば、また都(みな)是れ旁門(ぼうもん=いかがわしきもん)の小法術(しょうほうじゅつ)のみ、安(いずく)んぞ君心(くんしん)を動(うごか)し得(え)んや?」 衆僧(しゅうそう)言う、「彼は砂(すな)を摶(まる)め汞(みずがね)を煉(ね)り、打坐(だざ=ざぜん)存神(ぞんしん)、水を点じて油(あぶら)と為(な)し、石(いし)を点じて金(きん)と成(な)すことを会(え)す。如今(いま)三清観宇(さんせいかんう=さんせいのみや)を興(おこ)し蓋(おお)い、天地(てんち)に向(むか)いて昼夜(ちゅうや)経(きょう)を看(み)り懺悔(さんげ)し、君王の万年(ばんねん)不老(ふろう)を祈(いの)る。この故(ゆえ)を以(もっ)てすなわち君心(くんしん)を惑(まど)わし動(うご)かしたるなり」 行者言う、「原来(もと)この般(よう)ならば、汝ら都(みな)走(に)げてしまえばすなわち罷(や)むに」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、走(に)げ脱(のが)れませぬ! あの仙長(せんちょう)は君王に奏(もう)し准(ゆる)され、我らを把(と)って影身図(えいしんず=にせのえ)を画(えが)かせ、四下(あたり)に長川(つねに)張(は)り挂(か)けさせたり。彼がこの車遅国(しゃちこく)の地界(ちかい)もまた寛(ひろ)く、各府(かくふ)・州県(しゅうけん)・郷村(ごうそん)・店集(てんしゅう=いちば)の之方(あたり)に、都(みな)一張(ひとひら)の和尚図(おしょうず)有り、上(うえ)には是れ御筆(ぎょひつ)の親(みずか)ら題(だい)せられたるなり。若(も)し官職(かんしょく)有る者(もの)は、一箇の和尚(おしょう)を拿(とら)え得(う)れば、三級(さんきゅう)に高升(こうしょう)し;官職無き者(もの)は、一箇の和尚を拿え得れば、すなわち白銀(はくぎん)五十両(ごじゅうりょう)を賞(ほうび)せらる。この故(ゆえ)を以(もっ)て走(に)げ脱(のが)れませぬ。且(か)つ莫(も)し是れ和尚(おしょう)ならずとも、すなわち鬃(たてがみ)を剪(き)れる者(もの)、禿子(はげ)、毛(け)の稀(まばら)なる者(もの)も、都(みな)また逃(のが)るること難(かた)し。四下(あたり)に快手(かいしゅ=めしとり)また多(おお)く、緝事(しゅうじ=あんさつ)の者(もの)また広(ひろ)し。憑(たの)むに汝が怎(どう)するもまた是れ脱(のが)るること難(かた)し。我ら没奈何(どうしようもな)く、只(た)だ此(ここ)に在りて苦(くるしみ)を捱(しの)ぶのみ」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、汝ら死(し)んでしまえばすなわち罷(や)むに」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、死ぬる者(もの)は有(あ)り。到(いた)る処(ところ)より捉(とら)え来(きた)りて本処(ほんじょ)の和尚(おしょう)と与(あいとも)に、また共(あいとも)に二千余衆(にせんよしゅう)有り、此(ここ)に到(いた)りて苦楚(くそ)を熬(こら)うること得(え)ず、爊煎(おうせん=あぶり)を受(う)くること得(え)ず、寒冷(かんれい)を忍(しの)ぶこと得(え)ず、水土(すいど)に服(ふく)すること得(え)ざるにより、死(し)したるは六七百(ろくしちひゃく)有り、自尽(じじん=じさつ)したるは七八百(しちはっぴゃく)有り、只(た)だ我がこの五百箇(ごひゃくこ)のみ死(し)するを得(え)ざるなり」 行者言う、「怎(どう)して死するを得(え)ざるか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「梁(はり)に懸(かか)れば繩(なわ)断(た)え、刀(かたな)で刎(はね)れば疼(いた)まず、河(かわ)に投(とう)ずれば飘(ただよ)いて沈(しず)まず、薬(くすり)を服(の)めば身(み)安(やす)くして損(そこな)われず」 行者言う:

「汝らは却(かえ)って造化(ぞうか=しあわせ)なり。天(てん)の汝らに長寿(ちょうじゅ)を賜(たま)いたるなり!」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、汝は一箇の字(じ)を少(すくな)くしたもうたり。是れ長(とこしな)えに罪(つみ)を受(う)くるなり! 我らが日食(にっしょく)三度(さんど)は、乃(すなわ)ち是れ糙米(そうまい=くずごめ)を熬(ね)りて得(え)たる稀粥(きしゅく=うすがゆ)にして、晩(くれ)に到(いた)ればすなわち沙灘(さたん)の上(うえ)に在りて露(つゆ)を冒(おか)して身(み)を安(やす)んじ、才(はじ)めて眼(まなぶた)を合(あ)わすればすなわち神人(しんじん)の擁護(おうご=まもり)有(あ)り」 行者言う、「想(おも)うに是れ累苦(るいく=つかれくるしみ)て、鬼(おに)を見(み)るか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「是れ鬼(おに)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是れ六丁六甲(りくていりっこう)・護教伽藍(ごきょうがらん)なり。但(た)だ夜(よる)に至(いた)ればすなわち来(きた)りて保護(ほご)す。但(た)だ死(し)なんと要(ほっ)する者(もの)有(あ)れば、すなわち保(たも)って彼をして死(し)なざらしむ」 行者言う、「これらの神(かみ)は却(かえ)ってまた理(ことわり)無し。只(た)だ該(まさ)に汝らをして早(はよ)く死(し)み早(はよ)く天(てん)に升(のぼ)らしむべきに、却(かえ)って来(きた)りて保護(ほご)するは怎(なん)としたことぞ?」 衆僧(しゅうそう)言う、「彼は我が夢寐(むび=ゆめ)の中(うち)に在りて我らを勧(すす)め解(と)き、死(し)を尋(たず)ねるを要(よう)せず、且(しばら)く苦(くるしみ)を捱(しの)うて、あの東土大唐(とうどだいとう)の聖僧(しょうそう)の西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)くの羅漢(らかん)を等(ま)てと教(さと)さるるなり。彼が手下(てした)に一箇の徒弟(でし)有り、乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)、神通広大(じんずうこうだい)、専(もっぱ)ら忠良(ちゅうりょう)の心(こころ)を秉(と)り、人間(にんげん)の為(ため)に不平(ふへい)の事(こと)を報(むく)い、困(くるしみ)を済(すく)い危(あやうき)を扶(たす)け、孤(みなしご)を恤(あわれ)み寡(やもめ)を念(おも)う。只(た)だ彼の来(きた)りて神通(じんずう)を顕(あらわ)し、道士(どうし)を滅(ほろぼ)し、還(ま)た汝らが沙門禅教(しゃもんぜんきょう)を敬(うやま)わしめたもうを等(ま)てよ、と」

行者、この言(ことば)を聞き得(え)て、心中(むねのうち)暗(ひそ)かに笑って言う、「老孫に手段(てだて)無しと説(い)う莫(なか)れ、預(あらかじ)め神聖(しんせい)は早(はや)く名(な)を伝(つた)えたり」 彼は急ぎ身を抽(ひ)き、漁鼓(ぎょこ)を敲(たた)き、衆僧(しゅうそう)に別(わか)れ、径(ただ)ちに城門口(じょうもんぐち)へ来(きた)りて道士に見(まみ)えた。かの道士は迎(むか)えて言う、「先生(せんせい)よ、那(いず)れの一位(いちい)か是れ令親(れいしん=おみより)なるか?」 行者言う、「五百箇(ごひゃくこ)都(みな)我と親(しんせき)有(あ)り」 両箇の道士笑って言う、「汝は怎(どう)してすなわち許多(あまた)の親(みより)有るか?」 行者言う、「一百箇(ひゃっこ)は是れ我が左隣(ひだりのとなり)、一百箇は是れ我が右舎(みぎのとなり)、一百箇は是れ我が父党(ちちがた)、一百箇は是れ我が母党(ははがた)、一百箇は是れ我が交契(まじわり)なり。汝若(も)し肯(がえん)じてこの五百人(ごひゃくにん)を都(みな)放(はな)たば、我すなわち汝と与(とも)に進去(なかへい)らん;放(はな)たずんば、我は往(ゆ)かじ」 道士云(いわ)く、「汝は想(おも)うに些(いささ)かの風病(ふうびょう=きちがい)有りて、一時間(ひととき)にすなわち胡説(でたらめ)をなしたるか。あの和尚(おしょう)たちは、乃(すなわ)ち国王(こくおう)の御賜(ぎょし=勅賜)なり。若(も)し一二名(いちにめい)を放(はな)つも、還(ま)た師父(しふ)の処(もと)に在りて病状(びょうじょう)を遞(てい)し、然(しか)る後(のち)に一箇の死状(しじょう)を補(おぎな)いて、才(はじ)めて了(おわ)ることを得(う)るなり。怎(どう)して都(みな)放(はな)てと説(い)わるるか? この理(ことわり)は通(つう)ぜず!

通ぜず! 且(しばら)く我が家(いえ)に人(ひと)の使喚(つかわ)るる無(な)きを説(い)わず、すなわち是れ朝廷(ちょうてい)もまた怪(とが)めたもうべし。彼が那里(あちら)には長(つね)に差官(さかん)を要(よう)して査勘(さかん=検査)し、或(あるい)は時(とき)に御駕(ぎょが=みゆき)もまた親(みずか)ら来(きた)りて点札(てんさつ=てんけん)せらるるに、怎(どう)して敢(あえ)て放(はな)たんや?」 行者言う、「放(はな)たずか?」 道士説(いう)、「放たず!」 行者は連(つづ)けて三声(みこえ)問(とう)て、すなわち怒(いかり)将(つ)れ起(おこ)り、耳朶(みみ)の裡(うち)より鉄棒(てつぼう)を取(と)り出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)って一(ひと)たび捻(ひね)れば、すなわち碗来(わんばかり)の粗細(ふとさ)となり、一(ひと)たび幌(ひるがえ)して、道士が臉(かお)の上(うえ)へ向(むか)って一刮(ひとなで)す。怜(あわ)れむべし、すなわち打(う)ちて頭(あたま)破(やぶ)れ血(ち)流(なが)れ身(み)地(ち)に倒(たお)れ、皮(かわ)開(ひら)き頸(くび)折(お)れて脳漿(のうみそ)傾(こぼ)る!

かの灘(なぎさ)の上(うえ)の僧人(そうじん)は、遠(とお)くより彼の両箇の道士を打(う)ち殺(ころ)したるを望(みか)け見(み)るや、車児(くるま)を捨(す)て、跑(はし)り将(つ)れ上(あ)がり来(きた)りて言う、「不好(いかん)! 不好! 皇親(こうしん=こくし)を打(う)ち殺(ころ)されたり!」 行者言う、「那(いず)れの者(もの)か是れ皇親(こくし)なるか?」 衆僧(しゅうそう)は彼を把(と)って簸箕陣(ふるいのじん)にて囲(かこ)みて、言う、「彼が師父(しふ)は殿上(でんじょう)に上(のぼ)れば王(おう)に参(さん)ぜず、殿(でん)を下(お)りれば主(しゅ)に辞(じ)せず、朝廷(ちょうてい)は常(つね)に称(とな)えて国師兄長先生(こくしけいちょうせんせい)と做(な)す。汝、怎(どう)して此処(ここ)へ到(いた)りて禍(わざわい)を闖(のぞ)みしめたるか? 彼が徒弟(でし)の出(い)で来(きた)りて監工(かんこう)せしは、汝と干(かかわり)無(な)きに、汝は怎(どう)して彼を把(と)って来(きた)りて打(う)ち殺(ころ)されたるか? あの仙長(せんちょう)は汝の来(きた)りて打(う)ち殺(ころ)したると説(い)わず、只(た)だ是れ来(きた)りて此(ここ)に監工(かんこう)せしに、我らが彼が性命(いのち)を害(そこな)いたりと説(い)わば、我ら怎(どう)せん? 且(しばら)く汝と与(とも)に城(しろ)へ進(い)り往(ゆ)き、人命(にんめい)を会(かい)して出(い)で来(こ)よ」 行者笑って言う、「列位(みなさま)嚷(わめ)くを休(や)めよ。我は是れ雲水全真(うんすいぜんしん)に非(あら)ず、我は是れ汝らを救(すく)いに来(きた)れるなり」 衆僧(しゅうそう)言う、「汝は倒(かえ)って人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)し、我らを害(そこな)い、担児(に)を添(そ)えたるに、如何(どう)して是れ我らを救(すく)うと為(な)さんや?」 行者言う、「我は是れ大唐聖僧(だいとうしょうそう)の徒弟(でし)孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)、特に此(ここ)に来(きた)りて汝らが性命(いのち)を救(すく)わんとするなり」 衆僧(しゅうそう)言う、「是(しか)に非(あら)ず! 是に非ず! あの老爺(ろうや)は我らが彼を認(みと)めておる」 行者言う、「また曾(かつ)て彼と会(まみ)えずして、如何(どう)して認(みと)め得(え)んや?」 衆僧(しゅうそう)言う、「我らは夢(ゆめ)の中(うち)に嘗(かつ)て一箇の老者(ろうじゃ)に見(まみ)え、自(みずか)ら太白金星(たいはくきんせい)と言(い)い、常(つね)に我らを教誨(きょうかい)して、あの孫行者(そんぎょうじゃ)が姿(すがた)を説(と)きて錯(あやま)りて認(みと)むるを教(さと)す莫(なか)れと仰(おお)せられたり」 行者言う、「彼は汝らと怎(どう)説(い)われしか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「彼の説(いう)には、あの大聖(たいせい)は:

額(ひたい)を磕(う)ちて金睛(きんせい)幌亮(こうりょう)たり、円(まる)き頭(こうべ)毛臉(もうれん=けづら)にして腮(ほお)無(な)し。牙(きば)を咨(む)き嘴(くち)尖(とが)りて性情(せいじょう)乖(かい=すね)たり、貌(かたち)は雷公(らいこう)に比(くら)べて古怪(こかい)なり。慣(なら)いしは金箍鉄棒(きんこてつぼう)、曾(かつ)て天闕(てんけつ)を攻(せ)め開(ひら)きしことあり。如今(いま)正(しょう)に皈(き)して僧(そう)を保(まも)り来(きた)り、専(もっぱ)ら人間(にんげん)の災害(さいがい)を救(すく)う、と」

行者、この言(ことば)を聞き、又(ま)た嗔(いか)り又(ま)た喜(よろこ)ぶ。喜(よろこ)ぶは老孫が為(ため)に名(な)を伝(つた)うるを替(かわ)りてするを! 嗔(いか)るはあの老賊(ろうぞく)の憊懶(はいらん=くわせもの)にして、我が元身(げんしん=もとのすがた)を把(と)って都(みな)この夥(むれ)の凡人(ぼんじん)に説(つた)えたるを! 忽(たちまち)声(こえ)を失(うしな)って言う、「列位(みなさま)は誠(まこと)に然(しか)り、我を孫行者(そんぎょうじゃ)と認(みと)むるなかれ。我は是れ孫行者が門人(もんじん=でし)にして、此処(ここ)へ来(きた)りて禍(わざわい)を闖(のぞ)む耍子(あそび)を学(まな)ばんとするなり。那(いずこ)か是れ孫行者(そんぎょうじゃ)の来(きた)らざる処(ところ)ならんや?」 手(て)を以(も)って東(ひがし)へ一(ひと)たび指(さ)すや、衆僧(しゅうそう)を哄(だま)して頭を回(めぐ)らしめ、彼は却(かえ)って本相(ほんそう=もとのすがた)を現(あらわ)した。衆僧(しゅうそう)たちは方(はじ)めて才(ようや)く認(みと)め得(え)て、一箇一箇(めいめい)身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)して言う、「爺爺(だんなさま)! 我らは凡胎肉眼(ぼんたいにくがん)にして、是れ爺爺(おんみ)の顕化(げんげ=お現れ)なるを知(し)らざりき。望(ねがわ)くは爺爺の我らが為(ため)に恨(うらみ)を雪(すす)ぎ災(わざわい)を消(け)し、早(はよ)う城(しろ)に進(い)りて邪(じゃ)を降(くだ)し正(しょう)に従(したが)わしめたまえ!」 行者言う、「汝らは且(しばら)く我に跟(したが)いて来(こ)よ」 衆僧(しゅうそう)は左右(さゆう)に緊(したし)く随(したが)う。

かの大聖(たいせい)は径(ただ)ちに沙灘(さたん)の上(うえ)に至(いた)り、一箇の神通(じんずう)を使(つか)い、車児(くるま)を把(と)って両関(りょうかん)を引(ひ)き過(よぎ)らせ、夾脊(きょうせき)を穿(うが)ち過(よぎ)らせ、提(ひっさ)げ起(あ)げて、捽(ひね)りて粉碎(ふんさい)と成(な)し、かの磚瓦(かわら)・木植(ぼくしょく=ざいもく)を、尽(ことごと)く坡坂(ははん=さか)の下(した)へ抛(な)げ下(おろ)し、衆僧(しゅうそう)に喝(かつ)して教(さと)した、「散(さん)ぜよ! 我が手脚(てあし)の辺(ほとり)に在(あ)る莫(なか)れ。我が明日(みょうにち)この皇帝(こうてい)に見(まみ)え、あの道士(どうし)を滅(ほろぼ)さんを待(ま)て!」 衆僧(しゅうそう)言う、「爺爺(だんなさま)よ、我らは敢(あえ)て遠(とお)くへ走(に)ぐるを得(え)ず。但(た)だ恐(おそ)るるは在官人(ざいかんにん=役人)の拿(とら)え住(とど)めて解(つ)れ来(きた)り、却(かえ)ってまた打(う)たれ発贖(ほっしょく=あがなわせ)られ、返(かえ)ってまた災(わざわい)を生(しょう)ぜんことを」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、我、汝らが為(ため)に一箇の護身法児(ごしんぽう=まもりのほう)を与(あた)えん」 好(よ)き大聖かな、毫毛(ごうもう)を把(と)って一把(ひとつかみ)拔(ぬ)き、嚼(か)みて粉碎(ふんさい)と為(な)し、毎一箇(ひとりひとり)の和尚(おしょう)に彼が一截(ひときれ)を与(あた)え、都(みな)彼らに教(さと)した、「無名指甲(くすりゆびのつめ)の裡(うち)に捻(ひね)り込(い)れ、拳(こぶし)を捏(ひね)り、只管(ひたすら)に路(みち)を走(ゆ)け。人(ひと)の敢(あえ)て汝を拿(とら)うる者(もの)無(な)きをばすなわち罷(や)めよ;

若(も)し人(ひと)の汝を拿(とら)うる者(もの)有(あ)らば、拳(こぶし)を握(にぎ)り締(し)めて、一声(ひとこえ)『斉天大聖(せいてんたいせい)』と叫(さけ)べ。我すなわち来(きた)りて汝を護(まも)らん」 衆僧(しゅうそう)言う、「爺爺(だんなさま)よ、倘(もし)去(ゆ)くこと遠(とお)きを得(え)、汝が見(み)えず、叫(よ)べども応(こた)えられざらんには、是れ怎(どう)してか好(よ)からんや?」

行者言う、「汝は只管(ひたすら)心(こころ)を放(はな)て。すなわち是れ万里(ばんり)の遥(はる)かなるも、可(よ)く全(まっと)うに事(こと)無(な)きを保(たも)たん」 衆僧(しゅうそう)の胆量(きもっ玉)の大(おお)いなる者有(あ)り、拳(こぶし)を捏(ひね)り、悄悄(こっそり)と一声(ひとこえ)「斉天大聖(せいてんたいせい)!」と叫(さけ)ぶや、只(た)だ見る、一箇の雷公(らいこう)の面前(めんぜん)に站(た)ち、手(て)に鉄棒(てつぼう)を執(と)るは、すなわち千軍万馬(せんぐんばんば)なるも、また身(み)に近(ちか)づくこと能(あた)わず。この時(とき)百十衆(ひゃくじっしゅう)の斉(ひと)しく叫(さけ)ぶ者有(あ)り、足(た)すらに百十箇(ひゃくじっこ)の大聖(たいせい)の護持(ごじ)有(あ)り。衆僧(しゅうそう)は頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺(だんなさま)! 果(はた)して霊顕(れいげん=れいあらたか)なり!」

行者はまた吩咐(いいつ)けた、「『寂(じゃく)』の字(じ)を一声(ひとこえ)叫(さけ)べば、還(ま)た汝に収(おさ)め了(おわ)らん」 真に是れ一声「寂(じゃく)!」と叫(さけ)べば、依然(もとのごと)くまた是れ毫毛(ごうもう)のあの指甲(つめ)の縫(すきま)の裡(うち)に在(あ)るなり。衆和尚(しゅうおしょう)は却(かえ)って才(はじ)めて歓喜(よろこ)びて生(いのち)を逃(のが)れ、一斉(いっせい)に而(て)散(さん)じた。行者言う、「十分(じゅうぶん)に遠遁(えんとん=とおくにげ)する可(べ)からず。我が城中(じょうちゅう)の消息(しらせ)を聴(き)け。但(た)だ招僧榜(しょうそうぼう=僧をつのるふれ)の出(い)づる有(あ)らば、すなわち城(しろ)に進(い)りて我が毫毛(ごうもう)を還(かえ)せよ」 五百箇(ごひゃくこ)の和尚(おしょう)は、東(ひがし)なるは東(ひがし)へ、西(にし)なるは西(にし)へ、走(はし)るは走(はし)り、立(た)つは立(た)ち、四散(しさん)することはさておく。

さて、かの唐僧(とうそう)は路傍(みちばた)に在りて、行者が回話(へんじ)するを等(ま)つこと得(え)ず、猪八戒(ちょはっかい)をして馬(うま)を引(みちび)きて西(にし)へ投(とう)ぜしめ、些(いささ)かの僧人(そうじん)の奔走(ほんそう=いそぎある)くに遇(あ)い、城辺(じょうへん)に近(ちか)づくに、行者の還(ま)た十数箇(じっすうこ)の未(いま)だ散(さん)ぜざる和尚(おしょう)と与(とも)にそこに在(あ)るを見(み)た。三蔵(さんぞう)は馬を勒(ひ)きて言う、「悟空(ごくう)よ、汝は怎(どう)して来(きた)りて一箇の響声(ひびき)を探(さぐ)るに、許久(ひさし)くも回(かえ)らざるか?」 行者は十数箇の和尚(おしょう)を引(みちび)き、唐僧が馬前(ばぜん)に対(むか)いて礼(れい)を施(ほどこ)し、上項(じょうこう=かみのくだり)の事(こと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせた。三蔵は大いに驚(おどろ)いて言う、「この般(よう)ならば啊(や)、我らは怎(どう)せんか?」 かの十数箇の和尚(おしょう)言う、「老爺(ろうや=だんなさま)、心(こころ)を安(やす)んじられよ。孫大聖爺爺(そんたいせいやや)は乃(すなわ)ち天神(てんしん)の降(くだ)りたもうたるにして、神通広大(じんずうこうだい)、定(きっ)と老爺(だんな)の無虞(むぐ=やすらか)なるを保(たも)たれん。我らは是れこの城(しろ)の裡(うち)の勅建智淵寺(ちょくけんちえんじ)の内(うち)の僧人(そうじん)なり。この寺(てら)は是れ先王太祖(せんのうたいそ)の御造(ぎょぞう)に因(よ)りて、現(いま)に先王太祖(せんのうたいそ)の神象(しんぞう)の内(うち)に在(あ)り、未(いま)だ曾(かつ)て拆毀(たきこぼ)たれず、城中(じょうちゅう)の寺院(じいん)は、大小(だいしょう)尽(ことごと)く皆(みな)拆(こわ)されたり。我ら請(こ)う、老爺(だんな)の早(はよ)うに城(しろ)に進(い)りたまい、我が荒山(こうざん=わがやまかげ)に到(いた)りて安(やす)んじ下(おろ)されよ。明日(みょうにち)の早朝(そうちょう)を待(ま)てば、孫大聖(そんたいせい)に必(かなら)ず処置(しょち)有るべし」 行者言う、「汝らの説(いう)ところは是(せい)なり。也(また)罷(よ)からん、早(はよ)きに趁(つ)けて城(しろ)へ進(い)り往(ゆ)かん」 かの長老(ちょうろう)は却(かえ)って才(はじ)めて馬を下(お)り、行(ゆ)きて城門(じょうもん)の下(した)に到(いた)る。この時(とき)已(すで)に太陽(たいよう)西(にし)に墜(お)ちんとす。吊橋(つりばし)を過(わた)り、三層(さんそう)の門(もん)の裡(うち)に進(い)るや、街上(まちじょう)の人(ひと)は智淵寺(ちえんじ)の和尚(おしょう)の馬を牽(ひ)き包(つつみ)を挑(にな)うを見(み)て、尽(ことごと)く皆(みな)回避(よ)けた。正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、却(かえ)って山門(さんもん)の前(まえ)に到(いた)るに、但(ただ)し見る、あの門の上(うえ)に高(たか)く一面(ひとつら)の金字(きんじ)の大扁(だいへん)を懸(か)けて有るは、乃(すなわ)ち「勅建智淵寺(ちょくけんちえんじ)」なり。衆僧(しゅうそう)は門を推(お)し開(ひら)き、金剛殿(こんごうでん)を穿(うが)ち過(よぎ)り、正殿(せいでん)の門を把(と)って開(ひら)いた。唐僧は袈裟(けさ)を取(と)りて披(き)上(あ)げ、金身(こんしん)を拝(おが)み畢(おわ)り、方(まさ)に入(い)る。衆僧(しゅうそう)叫(さけ)ぶ、「看家(るすい)の者(もの)!」 老和尚(ろうおしょう)走出(あるきい)で来(きた)り、行者を見るやすなわち拝(おが)んで言う、「爺爺(だんなさま)! 汝の来(きた)られたるか?」 行者言う、「汝は我を是れ那(いず)れの箇の爺爺(やや)なると認(みと)めて、すなわちこの等(よう)に呼(よ)び拝(おが)むか?」 かの和尚(おしょう)言う、「我は汝を是れ斉天大聖孫爺爺(せいてんたいせいそんやや)なると認(みと)めておる。我らは夜夜(よるごと)に夢(ゆめ)の中(うち)に汝を見(み)る。太白金星(たいはくきんせい)常(つね)に来(きた)りて夢(ゆめ)を托(たく)し、只(た)だ汝の来(きた)るを等(ま)て、我ら才(はじ)めて性命(いのち)を得(う)べし、と説(い)われたり。

今日(こんにち)果(はた)して尊顔(そんがん)の夢(ゆめ)と異なる無(な)きを見(み)る。爺爺(だんなさま)よ、早(はよ)う来(きた)られしを喜(よろこ)ぶ! 再(ま)た一二日(いちににち)遅(おく)るれば、我らは已(すで)に倶(みな)鬼(おに)と做(な)っておるところなり!」 行者笑って言う、「請(こ)う起(た)て、請う起て。明日(みょうにち)すなわち分暁(けじめ)有らん」 衆僧(しゅうそう)は斉飯(さいはん)を安排(ととの)え、彼の師徒(しと)たちはこれを吃(くら)い、方丈(ほうじょう)を打掃(そうじ)し乾浄(きよ)くし、一宿(いっしゅく)を安寝(あんしん)した。

二更(にこう=よつじ)の時候(ころ)、孫大聖(そんたいせい)は心中(むねのうち)に事(こと)有りて、偏(ひとえ)に睡(ねむ)り着(つ)くこと能(あた)わず。只(た)だ那里(あそこ)にて吹打(すいだ=ふえつづみ)するを聴(き)き、悄悄(こっそり)と爬(はい)き起(お)き上(あが)り、衣服(ころも)を穿(き)、空中(くうちゅう)へ跳(と)び上(あが)りて観看(みわた)すに、原来(もと)是れ正南(せいなん)の上(ほう)に灯燭(とうしょく)熒煌(けいこう=あきらかにかがや)けり。雲頭(うんず)を低(ひく)く下(おろ)して仔細(つまびらか)にまた看(み)れば、却(かえ)って是れ:

三清観(さんせいかん)の道士(どうし)の星(ほし)を禳(はら)うなり。但(ただ)しあのを見よ:霊区(れいく)の高殿(こうでん)、福地(ふくち)の真堂(しんどう)。霊区の高殿は、巍巍(ぎぎ)として壮(さか)んなること蓬壺(ほうこ)の景(けい)に似(に)たり;福地の真堂は、隐隐(いんいん)として清(きよ)きこと化楽宮(けらくぐう)の如(ごと)し。両辺(りょうへん)の道士は笙簧(しょうこう)を奏(そう)し、正面(しょうめん)の高公(こうこう)は玉簡(ぎょくかん)を擎(ささ)ぐ。《消災懺(しょうさいさん)》を宣理(のべつくろ)い、《道徳経(どうとくきょう)》を開講(かいこう)す。揚塵(ようじん)幾度(いくたび)も尽(ことごと)く符(ふ)を伝(つた)え、表白(ひょうびゃく)一番(ひとたび)皆(みな)俯伏(ふふく)す。水(みず)を咒(じゅ)し檄(げき)を発(はっ)すれば、燭焰(しょくえん)飄揺(ひょうよう)として上界(じょうかい)を衝(つ)き;罡(こう)を査(さぐ)り斗(と)を布(し)けば、香煙(こうえん)馥郁(ふくいく)として清霄(せいしょう)に透(とお)る。案頭(あんとう)に供献(くげん)の新鮮(しんせん)なる有(あ)り、桌上(たくじょう)に斎筵(さいえん)の豊盛(ほうせい)なる有(あ)り。

殿門(でんもん)の前(まえ)に一聯(ひとくさり)の黄綾織錦(こうりょうしょっきん)の対句(ついく)を挂(か)け、二十二箇(にじゅうにこ)の大字(だいじ)を繡(ぬ)いて、云(いわ)く:「雨順風調(うじゅんふうちょう=雨ときをえて風やわらぐ)、願(ねが)わくは天尊(てんそん)の無量法(むりょうほう)を祝(しゅく)さん;河清海晏(かせいかいあん=黄河すみ海おだやか)、祈(いの)るらくは万歳(ばんぜい)の有余年(ゆうよねん)あらんことを」 行者は三箇の老道士(ろうどうし)の法衣(ほうえ)を披(き)たるを見(み)て、想(おも)うに是れあの虎力(こりき)・鹿力(ろくりき)・羊力(ようりき)の大仙(たいせん)なるべし。下(しも)に七八百箇(しちはっぴゃくこ)の散衆(さんじゅう=へいぼうず)有り、鼓(つづみ)を司(つかさど)り鐘(かね)を司り、香(こう)に侍(じ)し表白(ひょうびゃく)し、尽(ことごと)く都(みな)両辺(りょうへん)に侍立(じりつ)す。行者は暗(ひそ)かに自(おのずか)ら喜(よろこ)んで言う、「我、下(お)りて往(ゆ)きて彼と一(ひと)たび混(ま)じり混(ま)じらんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん単糸(たんし)は線(いと)と為(な)らず、孤掌(こしょう)は鳴(な)り難(がた)し。且(しばら)く回(かえ)りて八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を照顧(みまも)り、一同(いちどう)に来(きた)りて耍耍(たわむ)れん」

祥雲(しょううん)を按(おさ)え落(おと)し、径(ただ)ちに方丈(ほうじょう)の中(うち)に至(いた)るに、原来(もと)八戒(はっかい)と沙僧(さそう)は脚(あし)を通(つう)じて睡(ねむ)っておる。行者は先(ま)ず悟浄(ごじょう)を叫(よ)ぶに、沙和尚(さおしょう)醒(さ)めて言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝は還(ま)た曾(かつ)て睡(ねむ)られぬか?」 行者言う、「汝、且(しばら)く起(た)て。我と汝と些(いささ)かの受用(じゅよう=ちょうだい)し来(きた)らん」 沙僧言う、「半夜三更(やなか)に、口(くち)枯(かわ)き眼(め)澁(しぶ)るに、何(なん)の受用(ちょうだい)有らんや?」 行者言う、「この城(しろ)の裡(うち)に果(はた)して一座(ひとつ)の三清観(さんせいかん)有り。観(かん)の裡(うち)の道士(どうし)たちは醮(みそぎ)を修(おさ)め、三清殿(さんせいでん)の上(うえ)に許多(あまた)の供養(くよう)有り:饅頭(まんとう)は足(た)すらに斗大(とだい=ますほど)の有(あ)り、焼果(しょうか=やきがし)は五六十斤(ごろくじっきん)の一箇(ひとつ)有(あ)り、襯飯(しんぱん=そうじきめし)無数(むすう)、果品(かひん)も新鮮(しんせん)なり。汝と受用(ちょうだい)しに往(ゆ)かん!」 かの猪八戒(ちょはっかい)は睡夢(ねむり)の裡(うち)に在りて好吃(おいし)い物(もの)を説(いう)を聴(き)くやすなわち醒(さ)めて、言う、「兄者(あにじゃ)よ、すなわち我を帯挈(たいけつ=つれこ)まれぬか?」 行者言う、「兄弟(おとうと)よ、汝が物(もの)を吃(くら)わんと要(ほっ)せば、大呼小叫(おおさわぎ)して師父(しふ)を驚(おどろ)かし醒(さ)ますなかれ。都(みな)我に跟(したが)いて来(こ)よ」 彼の二人(ふたり)は衣服(ころも)を套(き)上(あ)げ、悄悄(こっそり)と門前(もんぜん)を走出(あるきい)で、行者に随(したが)って雲頭(うんず)を踏(ふ)み、跳(と)び将(つ)れ起(お)った。かの呆子(ばか)めは灯光(とうこう)を見(み)るや、すなわち手(て)を下(くだ)さんとせしに、行者は扯(ひ)き住(とど)めて言う、「且(しばら)く忙(いそ)ぐを休(や)めよ。彼が散(さん)ずるを待(ま)ちて、方(まさ)に可(よ)く下(お)り往(ゆ)くべし」 八戒言う、「彼は才(いま)念(とな)うること興頭上(たけなわ)に到(いた)れるに、却(かえ)って怎(どう)して肯(がえん)じて散(さん)ぜんや?」 行者言う:

「我が一箇の法児(ほうべん)を弄(ろう)するを待(ま)て。彼すなわち散(さん)ぜん」 好(よ)き大聖かな、訣(じゅつ)を捻(ひね)り、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)え、巽地(そんち)の上(うえ)へ向(むか)いて一口の気(いき)を吸(す)い、呼(ふう)と吹(ふ)き去(さ)らば、すなわち是れ一陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)、径(ただ)ちに直(ひたすら)にあの三清殿(さんせいでん)の上(うえ)へ巻(ま)き進(い)り、彼が些(いささ)かの花瓶(かへい)・燭台(しょくだい)・四壁(しへき)の上(うえ)に懸(か)け挂(か)けたる功徳(くどく=かけがき)を、一斉(いっせい)に刮(ふ)き倒(たお)し、遂(つい)に灯火(とうか)も光(ひかり)無(な)し。衆道士(しゅうどうし)は心驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)くに、虎力大仙(こりきたいせん)言う、「徒弟(でし)たち且(しばら)く散(さん)ぜよ。この陣(ひとむれ)の神風(しんぷう)の過(よぎ)りしに、灯燭(とうしょく)・香花(こうか)を吹(ふ)き滅(け)されたり。各人(めいめい)寝(いね)に帰(かえ)り、明朝(みょうちょう)早(はよ)く起(お)き、多く幾巻(いくかん)かの経文(きょうもん)を念(とな)いて数(かず)を補(おぎな)え」 衆道士(しゅうどうし)は果(はた)して各(おのおの)退(しりぞ)き回(かえ)った。

この行者は却(かえ)って八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を引(みちび)き、雲頭(うんず)を按(おさ)え落(おろ)し、三清殿(さんせいでん)へ闯(つ)き上(あが)った。呆子(ばか)めは生熟(なまみじゅく)を論(あげつら)わず、焼果(やきがし)を拿(と)り過(よこ)し、口(くち)を張(ひら)いてすなわち啃(かじ)るに、行者は鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げ、手(て)に着(つ)くやすなわち打(う)つ。八戒は手を縮(ちぢ)めて避(よ)け過(よぎ)りて言う、「還(ま)た曾(かつ)て甚麼(なん)の滋味(あじ)をも嘗(な)めざるに、すなわち打(う)たるるか!」 行者言う、「小家子行(こじんまわり)なることを要(よう)せず。且(しばら)く礼(れい)を叙(の)べて坐(ざ)して受用(じゅよう=ちょうだい)せよ」 八戒言う、「羞(は)じずや! 物(もの)を偷(ぬす)んで吃(くら)うに、還(ま)た礼(れい)を叙(の)べるを要(よう)すとは!

若(も)し請(しょう)じ将(つ)れ来(きた)らば、却(かえ)って如何(どう)せんとするか?」 行者言う、「この上(うえ)に坐(ざ)せるは是れ甚麼(なん)の菩薩(ぼさつ)なるか?」

八戒笑って言う、「三清(さんせい)をも認(みと)め得(え)ずして、却(かえ)って甚麼(なん)の菩薩(ぼさつ)と認(みと)めんや!」 行者言う、「那(いず)れの三清なるか?」 八戒言う、「中間(なか)なるは是れ元始天尊(げんしてんそん)、左(ひだり)なるは是れ霊宝道君(れいほうどうくん)、右(みぎ)なるは是れ太上老君(たいじょうろうくん)なり」 行者言う、「都(みな)この般(よう)なる姿(すがた)に変(へん)じてこそ、才(はじ)めて吃(くら)うこと安穏(おだやか)ならん」

かの呆子(ばか)めは急(あせ)り、あの香噴噴(こうふんふん=こうばし)き供養(くよう)を聞(か)ぎて吃(くら)わんと要(ほっ)し、高台(こうだい)へ爬(はい)き上(あ)がり、老君(ろうくん)を把(と)って一嘴(ひとくち)に拱(お)し下(おろ)して言う、「老官児(ろうかんじ=としより)よ、汝もまた坐(ざ)すること彀(た)うるに、我が老猪(ろうちょ)をして坐(ざ)せしめよ」 八戒は変じて太上老君(たいじょうろうくん)と做(な)り、行者は変じて元始天尊(げんしてんそん)と做り、沙僧(さそう)は変じて霊宝道君(れいほうどうくん)と作(な)り、原象(げんぞう=もとのすがた)を都(みな)推(お)し下(おろ)した。坐(ざ)し下(お)る時(とき)に及(いた)りて、八戒はすなわち大饅頭(おおまんとう)を搶(うば)いて吃(くら)うに、行者言う、「忙(いそ)ぐ莫(なか)れ!」 八戒言う、「兄者(あにじゃ)よ、この如(か)く変(へん)じたるに、還(ま)た吃(くら)わずして何(なに)をか等(ま)たんや?」 行者言う、「兄弟(おとうと)よ、物(もの)を吃(くら)う事(こと)は小(ちいさ)く、天機(てんき)を泄漏(せつろう=もらす)事(こと)は大(おお)いなり。この聖象(しょうぞう)を都(みな)地下(ちした)に推(お)し倒(たお)したれば、倘(もし)起早(はやおき)の道士(どうし)の来(きた)りて鐘(かね)を撞(つ)き地(ち)を掃(は)き、或(あるい)は一箇の根頭(たちきり)に絆(つまず)かば、却(かえ)って消息(しらせ)を走(はし)らせ漏(も)らさずや? 汝、彼を把(と)って一辺(かたわら)へ蔵(かく)し過(よぎ)らせよ」 八戒言う、「此処(ここ)は路(みち)生(な)れて、門(もん)を摸(さぐ)り着(あ)てず、却(かえ)って那(いずこ)にか彼を蔵(かく)さんや?」 行者言う、「我が才(さっき)進(い)り来(きた)りし時(とき)、あの右手(みぎて)の下(した)に一重(ひとえ)の小門児(こもん)有り、あの裡(うち)は穢気(わいき=きたなきにほい)の畜人(しこくにんをい)ますがごとし。必(かなら)ずや是れ一箇の五穀輪廻(ごこくりんね)の所(ところ)ならん。汝、彼を把(と)ってそこへ送(おく)り去(さ)れ」 この呆子(ばか)めは些(いささ)かの夯力量(ごうりきりょう=ばからしいちから)有り、跳(と)び下(お)り来(きた)り、三箇の聖像(せいぞう)を肩膊(けんぱく=かた)の上(うえ)に拿(と)り、扛(かつ)ぎ将(つ)れ出(い)でた。あの廂(ほう)に到(いた)り、脚(あし)を用(もち)いて門を登(け)り開(ひら)いて看(み)れば、原来(もと)是れ一箇の大東厠(だいとうし=おおてあらい)なり。笑って言う、「この弼馬温(ひつばおん=うまかい)め、着然(なるほど)会(よ)く嘴(くち)を弄(ろう)し舌(した)を弄(ろう)するわ! 一箇の毛坑(もうこう=べんじょ)をもまた彼が為に一箇の道号(どうごう=おくりな)を起(おこ)し、甚麼(なん)の『五穀輪廻の所(ところ)』と喚(よ)ぶとは!」 かの呆子(ばか)めは肩(かた)に扛(かつ)いだるままに且(しばら)く捨(す)てて去(い)かず、口(くち)の裡(うち)に啯啯哝哝(こくこくのうのう)と祷(いの)って言う、「三清(さんせい)三清、我が説(いう)を汝ら聴(き)け:遠方(えんぽう)此(ここ)に到(いた)り、慣(なら)わしとして妖精(ようせい)を滅(ほろぼ)し、供養(くよう)を享(う)けんと欲(ほっ)すれど、安寧(あんねい)の処(ところ)無し。汝が坐位(ざい=ざ)を借(か)り、略(いささ)か少(しばら)く停(とど)まらん。汝ら坐(ざ)すること久(ひさ)しきも、また且(しばら)く毛坑(べんじょ)に下(お)りよ。汝ら平日(つね)には家(いえ)に受用(じゅよう)無窮(むきゅう)にして、一箇の清浄(しょうじょう)の道士(どうし)と做(な)るも;今日(こんにち)の裡(うち)には免(まぬか)れず些(いささ)かの穢物(えぶつ)を享(う)けて、また一箇の臭気(しゅうき)を受(う)くるの天尊(てんそん)と做(な)れ!」

祝(いの)り罷(おわ)るや、烹(ほとばし)ると裡(うち)へ向(むか)って一灒(ひとはね)す。灒(はね)かけて半衣襟(なかえり)の臭水(しゅうすい)となり、殿(でん)の上(うえ)へ走(ある)き上(あ)がり来(きた)る。行者言う、「可(よ)く蔵(かく)し得好(よ)かりしか?」 八戒言う、「蔵(かく)するは便(すなわ)ち蔵(かく)し得好(よ)かりしが;只(た)だ是れ些(いささ)かの水(みず)を灒(はね)き起(おこ)して、衣服(ころも)を汚(けが)し、些(いささ)かの腌髒(あんぞう=きたな)き臭気(しゅうき)有(あ)り。汝、悪心(おしそう)にするなかれ」 行者笑って言う、「也(また)罷(よ)からん。汝、且(しばら)く来(きた)りて受用(じゅよう)せよ。但(た)だ一箇の乾浄(きよ)き身子(からだ)を得(え)て門を出(い)づることを得(え)るかを知(し)らざるのみ」 かの呆子(ばか)めは還(ま)た変じて老君(ろうくん)と做(な)った。三人(みたり)は坐(ざ)し下(お)り、尽(ことごと)く情(こころ)のままに受用(じゅよう)し、先(ま)ず大饅頭(おおまんとう)を吃(くら)い、後(のち)に簇盤(ぞくばん)・襯飯(しんぱん)・点心(てんしん)・拖炉(たろ)・餅錠(へいじょう)・油煠(ゆさく=あぶらあげ)・蒸酥(じょうそ=むしまんじゅう)を吃(くら)い、那(いずく)にか甚麼(なん)の冷熱(れいねつ)を管(かえりみ)ること有らん、任情(すきに)に吃(くら)い起(おこ)した。原来(もと)孫行者(そんぎょうじゃ)は大(おお)くは煙火食(えんかしょく=火をとおしたもの)を吃(くら)わず、只(た)だ幾箇の果子(くだもの)を吃(くら)うて、彼の二人(ふたり)に陪(ともな)うた。あの一頓(ひとしょく)は流星(りゅうせい)の月(つき)を趕(お)い、風(かぜ)の残雲(ざんうん)を巻(ま)くが如(ごと)く、吃(くら)うて罄尽(けいじん=あきらかにつき)たり。已(すで)に此(ここ)に吃(くら)うべきの無(な)きを得(え)たるに、還(ま)た走路(みちをゆ)かず、且(しばら)くそこに在(あ)りて閑講(むだばなし)して食(しょく)を消(け)して耍子(たわむ)れた。

噫(ああ)! この般(よう)なる事(こと)有らんや! 原来(もと)あの東廊下(とうろうか)に一箇の小道士(しょうどうし)有り、才(いま)睡(ねむ)り下(お)りたるが、忽然(たちまち)起(お)き上(あ)がって言う、「我が手鈴児(てすず)を殿(でん)の上(うえ)に忘(わす)れたり。若(も)し失落(うしな)わば、明日(みょうにち)師父(しふ)の見責(みとがめ)を受(う)けん」

あの同(とも)に睡(ねむ)れる者(もの)と与(とも)に、「汝は睡(ねむ)っておれ。我が尋(たず)ねに往(ゆ)くを待(ま)て」と説(いう)や、急忙(いそぎ)の中(うち)に底衣(したぎ)を穿(き)ず、只(た)だ一領(ひとえ)の直裰(じきとつ=ころも)を扯(ひ)きて、径(ただ)ちに正殿(せいでん)の中(うち)に到(いた)りて鈴(すず)を尋(たず)ぬ。摸(さぐ)り来(きた)り摸り去(さ)るに、鈴児(すず)摸(さぐ)り着(あ)てたり。正(まさ)に頭を回(めぐ)らさんと欲(ほっ)するに、只(た)だ呼吸(こきゅう)の声(こえ)有るを聴(き)く。道士は怕(おそ)れ、急ぎ歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(ひら)いて外(そと)へ走(に)げ出(い)でんとする時(とき)、怎(どう)したるにか、一箇の荔枝核子(れいしのたね)を躙(ふ)みて、撲(ぽん)と滑(すべ)って一跌(ひとたお)れし、狢(こつ)の一声(ひとこえ)に、一箇の鈴児(すず)を跌(おと)して粉碎(ふんさい)と成(な)した。猪八戒(ちょはっかい)は忍(しの)び得(あた)ずして呵呵(からから)と大笑(たいしょう)して出(いだ)したれば、一箇の小道士(しょうどうし)をして三魂(さんこん)を唬(おどろ)かし走(はし)らせ、七魄(しちはく)を驚(おどろ)かし回(かえ)らせ、一歩一跌(いっぽいってつ=よろめきながら)、後方丈(こうほうじょう)の外(そと)へ撞(つ)き到(いた)り、門を打(う)って叫(さけ)んだ、「師公(しこう)! 不好(いかん)! 禍事(かじ)でございます!」 三箇の老道士(ろうどうし)は還(ま)た曾(かつ)て睡(ねむ)らず、すなわち門を開(ひら)いて問う、「甚(なん)の禍事(かじ)有るか?」 彼は戦戦兢兢(おののきおののき)て言う、「弟子(でし)手鈴児(てすず)を忘失(わすれうしな)い、因(よ)って殿(でん)の上(うえ)へ鈴(すず)を尋(たず)ねに往(ゆ)きましたるに、只(た)だ人の呵呵(からから)と大笑(おおわらい)するを聴(き)き、険(あわ)や我を唬(おどろ)かし殺(ころ)さるるところなり!」 老道士(ろうどうし)はこの言(ことば)を聞き、すなわち叫(さけ)ぶ、「灯(あかり)を掌(と)って来(こ)よ。看(み)よ、是れ甚麼(なん)の邪物(じゃぶつ)なるかを」 一声(ひとこえ)の伝令(でんれい)、あの両廊(りょうろう)の道士(どうし)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、大大小小(おおいもちいさきも)、都(みな)爬(はい)き起(お)きて灯(あかり)を点(とも)し火(ひ)を着(つ)け、正殿(せいでん)の上(うえ)へ往(ゆ)きて観看(みわた)した。

端(つまびらか)に是れ何如(いかん)なるかは知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。