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045 第四十五回 三清観(さんせいかん)に大聖(たいせい)名(な)を留(とど)め 車遅国(しゃちこく)に猴王(こうおう)法(ほう)を顕(あらわ)す

さて、孫大聖(そんたいせい)は左手(ゆんで)を以(も)って沙和尚(さおしょう)を一把(ひとつまみ)捻(つね)り、右手(めて)を以って猪八戒(ちょはっかい)を一把捻ったれば、彼の二人(ふたり)は却(かえ)ってすなわち省悟(さと)り、高(たか)き処(ところ)に坐(ざ)し、臉(かお)を倥(つ)んとし、言(ものい)わず語(かた)らず、あの道士(どうし)たちの灯(あかり)を点(とも)し火(ひ)を着(つ)け、前後(ぜんご)を照(て)らし看(み)るに任(まか)せ、彼ら三人(みたり)はすなわち泥塑金装(でいそきんそう=どろでつくり金をかざりし)の一般(ごと)き姿(すがた)なり。虎力大仙(こりきたいせん)言う、「歹人(あくにん)無(な)きに、如何(どう)して供献(くよう)を都(みな)吃(くら)われたるか?」 鹿力大仙(ろくりきたいせん)言う、「却(かえ)って人の吃(くら)える勾当(しわざ)に象(に)たり。皮(かわ)有(あ)る物(もの)は都(みな)皮を剥(む)かれ、核(たね)有る物は都(みな)核を吐(は)き出(いだ)されたり。却(かえ)って怎(どう)して人形(ひとがた)の見(み)えざるか?」 羊力大仙(ようりきたいせん)言う、「師兄(しけい)疑(うたが)うなかれ。想(おも)うに是れ我らが虔心敬意(けんしんけいい=つつしみい)て此処(ここ)に在りて昼夜(ちゅうや)経(きょう)を誦(とな)え、前後(ぜんご)に文(ふみ)を申(もう)し、また是れ朝廷(ちょうてい)の名号(みょうごう)なれば、断然(きっ)と天尊(てんそん)を驚(おどろ)かし動(うご)かしたもうならん。想うに是れ三清爺爺(さんせいやや)の聖駕(せいが=みゆき)の降臨(こうりん)あって、これらの供養(くよう)を受用(じゅよう)されたるならん。今(いま)に趁(つ)けて仙従(せんじゅう=おとも)未(いま)だ返(かえ)らず、鶴駕(かくが=みゆき)此(ここ)に在(あ)らば、我ら可(よ)く天尊(てんそん)に拝(おが)み告(もう)し、些(いささ)かの聖水(せいすい)・金丹(きんたん)を懇(ねんご)ろに求(もと)め、陛下(へいか)に進(しん)じたてまつらば、却(かえ)って是れ長生永寿(ちょうせいえいじゅ)ならずや、我らが功果(こうか)をも見(み)るならんか?」 虎力大仙(こりきたいせん)言う、「説(いう)ところは是(せい)なり」 教(さと)す、「徒弟(でし)たち楽(がく)を動(うご)かし経(きょう)を誦(とな)えよ! 一壁廂(かたわら)に法衣(ほうえ)を取(と)り来(きた)らせ、我が罡(こう)を歩(あゆ)みて拝祷(はいとう)するを待(ま)て」 かの小道士(しょうどうし)たちは倶(みな)命(めい)に遵(したが)い、両班児(りょうはん)に擺(なら)び列(つら)ねて斉(ととの)い整(ととの)え、[口+当](とう)の一声(ひとこえ)の磬(けい)の響(ひびき)に、斉(ひと)しく《黄庭道徳真経(こうていどうとくしんきょう)》の巻(かん)を念(とな)う。虎力大仙(こりきたいせん)は法衣(ほうえ)を披(き)、玉簡(ぎょくかん)を擎(ささ)げ、面前(めんぜん)に対(むか)いて舞蹈(ぶとう)し揚塵(ようじん)し、地(ち)に拝(おが)み伏(ふ)し、上(かみ)に朝(むか)いて啓奏(けいそう)して言う:

「誠惶誠恐(せいこうせいきょう=かしこみかしこみ)、稽首(けいしゅ)して帰依(きえ)したてまつる。臣等(しんら)教(きょう)を興(おこ)し、清虚(せいきょ)を仰望(もうしあお)ぐ。僧(そう)を滅(ほろぼ)して鄙俚(ひり=いやしき)を鄙(いや)しみ、道(どう)を敬(うやま)いて光輝(こうき)たり。宝殿(ほうでん)を敕修(ちょくしゅう)し、庭闈(ていい)を御制(ぎょせい)す。広(ひろ)く供養(くよう)を陳(つら)ね、高(たか)く龍旗(りゅうき)を挂(か)く。通宵(よもすがら)燭(しょく)を秉(と)り、鎮日(ひねもす)香(こう)菲(かんば)し。一誠(いちせい)上(かみ)に達(たっ)し、寸敬(すんけい)虔(つつし)みて帰(き)す。今(いま)降駕(こうが)を蒙(こうむ)るも、未(いま)だ仙車(せんしゃ)返(かえ)らず。望(ねがわ)くは些(いささ)かの金丹(きんたん)・聖水(せいすい)を賜(たま)わり、朝廷(ちょうてい)に進(しん)じて、寿(じゅ)を南山(なんざん)に比(ひ)せしめられんことを」

八戒(はっかい)、この言(ことば)を聞き、心中(むねのうち)忐忑(たんとく=おどおど)し、黙(だんまり)して行者に対(むか)いて言う、「これ我らの不是(あやまち)なり。物(もの)を吃(くら)いて、且(しばら)く走路(みちをゆ)かずして、只(た)だこの般(よう)なる祷祝(いのり)を等(ま)てり。却(かえ)って怎(どう)して答(こた)え応(おう)ぜんや?」 行者はまた一把(ひとつまみ)捻(つね)り、忽(たちま)ちに口(くち)を開(ひら)いて一声(ひとこえ)叫(さけ)んで言う、「晩輩(ばんぱい=おさなき)の小仙(しょうせん)よ、且(しばら)く拝祝(はいしゅく)を休(や)めよ。我らは是れ蟠桃会(ばんとうえ)の上(ほとり)より来(きた)れるにして、曾(かつ)て金丹(きんたん)・聖水(せいすい)を帯(たずさ)え来(きた)らざるなり。日(ひ)を改(あらた)めてまた来(きた)りて垂賜(すいじ=たまわる)を待(ま)て」 かの大小(だいしょう)の道士(どうし)たち、話(ことば)の説(い)い出(いだ)されたるを聴(き)き、一箇一箇(めいめい)衣(ころも)を抖(ふるわ)して戦(おのの)いて言う、「爺爺(だんなさま)よ! 活(いき)たる天尊(てんそん)の凡(このよ)に臨(のぞ)みたもうたるなり。是(かなら)ず放(はな)つなかれ。好歹(なにとぞ)一箇の長生(ちょうせい)の法児(ほうべん)を求(もと)めんことを!」

鹿力大仙(ろくりきたいせん)は上前(すすみで)て、また拝(おが)んで云(いわ)く:

「揚塵頓首(ようじんとんしゅ)し、謹(つつし)んで丹誠(たんせい=まごころ)を弁(わきま)う。微臣(びしん)命(めい)に帰(き)し、三清(さんせい)を俯仰(ふぎょう=あおぎした)ぐ。自来(このかた)此界(しかい)に、道(どう)を興(おこ)し僧(そう)を除(のぞ)く。国王(こくおう)心(こころ)に喜(よろこ)び、玄齢(げんれい=みちのとし)を敬重(けいちょう)す。羅天大醮(らてんだいしょう=大がたのみそぎ)、徹夜(てつや)して経(きょう)を看(み)る。幸(さいわ)いに天尊(てんそん)の棄(す)てたまわざるに、聖駕(せいが)を降(くだ)して庭(にわ)に臨(のぞ)ましむ。俯(ふ)して垂念(すいねん=おもい)を求(もと)め、仰望(もうしあお)いで恩栄(おんえい)を蒙(こうむ)る。是(かなら)ず些(いささ)かの聖水(せいすい)を留(とど)め、弟子(でし)たちに与(あた)えて寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)せしめられんことを」

沙僧(さそう)は行者を捻(つね)り、黙黙(だんまり)として言う、「兄者(あにじゃ)よ、得(う)ること緊(きわま)りて、また祷告(いのり)に来(きた)ったり」 行者言う、「彼に些(いささ)か与(あた)えよ」 八戒は寂寂(そっと)言う、「那(いずこ)にか得(う)る有らんや?」 行者言う、「汝は只(た)だ我を看(み)ておれ。我に有(あ)らば、汝らもまた都(みな)有(あ)るなり」 かの道士(どうし)は吹打(すいだ)し畢(おわ)るや、行者は口を開(ひら)いて言う、「かの晩輩(ばんぱい)の小仙(しょうせん)よ、拝伏(はいふく)を須(もち)いず。我、些(いささ)かの聖水(せいすい)を留(とど)めて汝らに与(あた)えざらんと欲(ほっ)せば、恐(おそ)らくは苗裔(びょうえい=すえ)を滅(ほろぼ)さん;若(も)し汝に与(あた)えんと要(ほっ)せば、また忒(い)たく容易(たやす)し」 衆道(しゅうどう)はこの言(ことば)を聞き、一斉(いっせい)に俯伏(ふふく)して頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「万望(なにとぞ)天尊(てんそん)の弟子(でし)が恭敬(きょうけい)の意(こころ)を念(おも)われ、千(なにとぞ)乞(こ)う喜(よろこ)んで些須(いささか)を賜(たま)わらんことを。我が弟子(でし)広(ひろ)く道徳(どうとく)を宣(の)べ、国王(こくおう)に奏(もう)して普(あまね)く玄門(げんもん)を敬(うやま)わしめん」 行者言う:

「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、器皿(うつわ)を取(と)り来(きた)れ」 かの道士たちは一斉に頓首(とんしゅ)して恩(おん)を謝(しゃ)した。虎力大仙(こりきたいせん)は強(つよみ)を愛(この)み、すなわち一口(ひとつ)の大缸(おおかめ)を抬(か)ぎ来(きた)らせて殿(でん)の上(うえ)に放(お)き;鹿力大仙(ろくりきたいせん)は一(ひとつ)の砂盆(さぼん=すなぼん)を端(ただ)しく供桌(くたく=そなえつくえ)の之上(うえ)に安(お)き;羊力大仙(ようりきたいせん)は花瓶(かへい)を把(と)って花(はな)を摘(つ)み、中間(なか)に移(うつ)した。行者言う、「汝らは都(みな)殿前(でんぜん)に出(い)で、格子(こうし)を掩(おお)え。天機(てんき)を泄(も)らす可(べ)からず。好(よ)く汝らの為(ため)に些(いささ)かの聖水(せいすい)を留(とど)めん」 衆道(しゅうどう)は一斉に丹墀(たんち=だん)の下(した)に跪(ひざまず)き伏(ふ)し、殿門(でんもん)を掩(とざ)した。

かの行者は立(た)ち将(つ)れ起(あが)り、虎皮裙(こひくん)を掀(めく)り上(あ)げ、一花瓶(ひとつ)の臊溺(そうでき=にょう)を撒(ひ)り了(おわ)った。猪八戒(ちょはっかい)はこれを見て歓喜(よろこ)んで言う、「兄者(あにじゃ)よ、我は汝とこの幾年(いくとせ)の兄弟(きょうだい)と做(な)りしが、只(た)だこれらの児(ばかり)は曾(かつ)て我を弄(ろう)せざりき。我は才(いま)些(いささ)かの物(もの)を吃(くら)いて、道(みち)すがらこの箇の事(こと)を干(おこな)わんと要(ほっ)せしなり」 かの呆子(ばか)めは衣服(ころも)を揭(まく)り上(あ)ぐるや、忽喇喇(こつらつらつ)と、すなわち呂梁洪(りょりょうこう)の坂(さか)を倒(たお)れ下(くだ)る来(きた)るが似(ごと)く、沙沙(さささ)と一砂盆(ひとつ)を溺(いばり)し、沙和尚(さおしょう)は却(かえ)ってまた半缸(はんがめ)を撒(ひ)り、依旧(もとのごとく)衣(ころも)を整(ととの)えて端然(ただしく)上(うえ)に坐(ざ)して言う、「小仙(しょうせん)聖水(せいすい)を領(うけたまわ)れ」 かの道士(どうし)たちは格子(こうし)を推(お)し開(ひら)き、頭(こうべ)を磕(ぬかず)き礼拜(らいはい)して恩(おん)を謝(しゃ)し、缸(かめ)を抬(か)ぎ出(いだ)し、あの瓶(びん)・盆(ぼん)を総(すべ)て一処(ひとところ)に帰(き)し集(あつ)め、教(さと)す、「徒弟(でし)よ、一箇の鍾子(さかずき)を取(と)り来(きた)りて嘗(な)めてみよ」 小道士(しょうどうし)はすなわち一箇の茶鐘(ちゃさかずき)を拿(と)り来(きた)り、老道士(ろうどうし)に遞(わた)した。道士は一鍾(ひとさかずき)を舀(く)み出(いだ)し、口(くち)へ喝(の)み下(おろ)すや、只管(ひたすら)唇(くちびる)を抹(ぬぐ)い嘴(くち)を咂(すす)る。鹿力大仙(ろくりきたいせん)言う:

「師兄(あにでし)よ、好吃(おいし)うございますか?」 老道士は嘴(くち)を努(つきだ)して言う、「甚(たいし)て好吃(おいし)からず。些(いささ)かの酣[西+単](かんたん=しおからみ)の之味(あじ)有(あ)り」

羊力大仙(ようりきたいせん)言う、「我をして嘗(な)めしめよ」 また一口(ひとくち)喝(の)んで、言う、「些(いささ)かの猪溺(ちょでき=ぶたのいばり)の臊気(そうき=なまぐささ)有(あ)り」

行者は上(うえ)に坐(ざ)して、この話(ことば)の説(い)い出(いだ)されたるを聴(き)き、已(すで)に此(ここ)に識破(みやぶ)られたるを知(し)りて、言う、「我、一箇の手段(てだて)を弄(ろう)し、索性(いっそ)一箇の名(な)を留(とど)めん」 大(おお)いに叫(さけ)んで云(いわ)く:

「道号(どうごう)道号、汝は好(よ)く胡思(みだりにおもえ)り! 那(いず)れの箇の三清(さんせい)か、肯(あえ)て凡基(ぼんき=このよ)に降(くだ)らんや? 吾(われ)真姓(しんせい=まことのうじ)を将(も)って、説(つ)げて汝に知(し)らしめん。大唐(だいとう)の僧衆(そうしゅう)、旨(むね)を奉(ほう)じて西(にし)に来(きた)る。良宵(りょうしょう=よる)事(こと)無(な)く、宮闈(きゅうい)に下降(げこう)す。供養(くよう)を吃(くら)い、閑坐(かんざ)して嬉嬉(きき=たわむ)る。汝が叩拝(こうはい)を蒙(こうむ)るに、何(なに)を以(もっ)てか之(これ)に答(こた)えん?

那(いずこ)か是れ甚麼(なん)の聖水(せいすい)ならん、汝らの吃(の)みたるは都(みな)是れ我が一溺(いちでき)の尿(いばり)なり!」

かの道士たち、この言(ことば)を聞き得(え)て、門を攔(ふさ)ぎ住(とど)め、一斉(いっせい)に叉(さすまた)・鈀(は)・掃帚(ほうき)・瓦塊(かわら)・石頭(いし)を動(うごか)し、没頭没臉(めちゃくちゃ)に裡(うち)へ向(むか)って乱(みだ)りに打(う)った。

好(よ)き行者かな、左手(ゆんで)に沙僧(さそう)を挟(かい)し、右手(めて)に八戒(はっかい)を挟し、門を闯(つ)き出(い)で、祥光(しょうこう)を駕(が)し、径(ただ)ちに智淵寺(ちえんじ)の方丈(ほうじょう)に転(てん)じ、敢(あえ)て師父(しふ)を驚(おどろ)かし動(うご)かさず、三人(みたり)はまたまた睡(ねむ)り下(お)ろした。

早(はや)くも是れ五鼓三点(ごこさんてん=あけがた)、かの国王(こくおう)朝(ちょう)を設(もう)け、両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)・四百朝官(しひゃくちょうかん)を聚(あつ)む。但(ただ)し見る、絳紗(こうしゃ)の灯火(とうか)光明(こうみょう)に、宝鼎(ほうてい)の香雲(こううん)靉靆(あいたい=たなびけ)り。この時(とき)唐三藏(とうさんぞう)醒(さ)めて叫(よ)ぶ、「徒弟(でし)徒弟、我を伏侍(つか)えて倒換関文(とうかんかんぶん=つうこうしょう)に往(ゆ)かん」 行者と沙僧(さそう)・八戒(はっかい)は急ぎ身を起(おこ)し、衣服(ころも)を穿(き)、左右(さゆう)に侍立(じりつ)して言う、「上(かみ)に師父に告(もう)す。この昏君(くんくん=あほうなきみ)はあの道士(どうし)どもを信(しん)じ、道(どう)を興(おこ)し僧(そう)を滅(ほろぼ)す。恐(おそ)らくは言語(ことば)の差(たが)い錯(あやま)りて、関文(かんぶん)を倒換(ひきか)えるを肯(がえん)ぜざらん。我ら師父を護持(ごじ)し、都(みな)朝(ちょう)に入(い)り往(ゆ)かん」 唐僧(とうそう)は大いに喜(よろこ)び、錦襴袈裟(きんらんけさ)を披(き)た。行者は通関文牒(つうかんぶんちょう)を帯(たずさ)え、悟浄(ごじょう)をして鉢盂(はつう)を捧(ささ)げしめ、悟能(ごのう)をして錫杖(しゃくじょう)を拿(と)らしめ、行嚢(こうのう=にもつ)・馬匹(ばひつ)を将(も)って智淵寺(ちえんじ)の僧(そう)に交(わた)して看守(みまも)らせ、径(ただ)ちに五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に到(いた)り、黄門官(こうもんかん)に対(むか)いて礼(れい)を作(な)し、姓名(せいめい)を報(ほう)じ、言(いわ)く是れ東土大唐(とうどだいとう)より経(きょう)を取りに来(きた)れる和尚(おしょう)の此処(ここ)に来(きた)りて関文(かんぶん)を倒換(ひきか)えんと欲(ほっ)す、煩(わずら)わしくも転奏(てんそう)を為(な)されよ、と。かの閣門大使(かくもんたいし)、朝(ちょう)に入(い)りて金階(きんかい)に俯伏(ふふく)して奏(もう)して曰(いわ)く、「外(そと)に四箇(よたり)の和尚(おしょう)有り、東土大唐より経を取りに来(きた)れると説(い)い、関文を倒換(ひきか)えんと欲(ほっ)して、現(いま)五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に在(あ)りて旨(むね)を候(ま)っておりまする」 国王、奏(そう)を聞いて言う、「この和尚(おしょう)め、死(し)を尋(たず)ぬるに処(ところ)無(な)くして、却(かえ)って此処(ここ)に来(きた)りて死を尋ぬるか! あの巡捕官員(じゅんほかんいん)は、怎(どう)して彼を拿(とら)えて解(つ)れ来(きた)らざるか?」 旁(かたわら)より当駕の太師(とうがのたいし)闪(ひらめ)き過(よぎ)り、啓奏(けいそう)して言う:

「東土大唐(とうどだいとう)は、乃(すなわ)ち南贍部洲(なんせんぶしゅう)、号(な)して中華大国(ちゅうかたいこく)と曰(い)い、此(ここ)に到(いた)るに万里(ばんり)の遙(はる)かなる有(あ)り、路(みち)に妖怪(ようかい)多(おお)し。この和尚(おしょう)は一定(きっ)と些(いささ)かの法力(ほうりき)有(あ)らば、方(まさ)に敢(あえ)て西(にし)へ来(きた)れるなり。望(ねがわ)くは陛下(へいか)の中華(ちゅうか)の遠僧(えんそう=とおいところのぼうず)を看(み)られ、且(しばら)く召(め)して来(きた)らせ牒(しょう)を験(あか)して放(はな)たれよ。庶(ねがわ)くは善縁(ぜんえん)の意(こころ)を失(うしな)わざらんことを」 国王は奏(そう)を准(ゆる)し、唐僧等(とうそうら)を把(と)って金鑾殿(きんらんでん)の下(した)に宣(せん)し至(いた)らしめた。師徒(しと)たちは階前(かいぜん)に排列(ならびつらな)り、関文(かんぶん)を捧(ささ)げて国王に遞(わた)す。国王は展(ひろ)げ開(ひら)いて方(まさ)に看(み)んとするに、また黄門官(こうもんかん)の来(きた)りて奏(もう)するを見(み)る、「三位(さんい)の国師(こくし)が来(み)られました」 慌(あわ)てたるかな国王は関文(かんぶん)を収(おさ)め、急ぎ龍座(りゅうざ)を下(お)り、近侍(きんじ)の者(もの)をして繡墩(しゅうとん=もうせん)を設(もう)けさせ、身を躬(かが)めて迎接(むか)えた。三藏等(さんぞうら)は頭を回(めぐ)らして観看(みわた)すに、あの大仙(たいせん)の、揺揺擺擺(よろよろ)として、後(うしろ)に一双(ふたり)の丫髻(あげまき)蓬頭(ほうとう=みだれがみ)の小童児(こわっぱ)を帯(つ)れ、裡(おく)へ向(むか)って直(ただ)ちに入(い)るを見(み)る。両班(りょうはん)の官(かん)は背(せ)を控(ひ)き身を躬(かが)めて、敢(あえ)て仰(あお)ぎ視(み)ず。彼は金鑾殿(きんらんでん)に上(のぼ)り、国王に対(むか)いて径(ただ)ちに礼(れい)を行(おこな)わず。

かの国王言う、「国師(こくし)よ、朕(ちん)は未(いま)だ曾(かつ)て奉請(ほうせい)せざるに、今日(こんにち)は如何(どう)して肯(あえ)て降(くだ)られたるか?」 老道士(ろうどうし)云(いわ)く、「一事(ひとこと)有りて奉告(ほうこく)するが故(ゆえ)に来(きた)れるなり。あの四箇(よたり)の和尚(おしょう)は是れ那(いず)れの国(くに)より来(きた)れるか?」 国王言う、「是れ東土大唐(とうどだいとう)より西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに差(つか)わされし者(もの)にして、此(ここ)に来(きた)りて関文(かんぶん)を倒換(ひきか)えんとす」 かの三道士(さんどうし)は掌(てのひら)を鼓(う)って大笑(たいしょう)して言う:

「我が説(い)うに彼は走(に)げたりと、原来(もと)還(ま)た此処(ここ)に在(あ)るか!」 国王驚(おどろ)いて言う、「国師(こくし)に何(なん)の話(ことば)有るか? 彼は才(いま)来(きた)りて姓名(せいめい)を報(ほう)じ、正(まさ)に拿(とら)えて国師に送(おく)り使用(つか)わしめんと欲(ほっ)せしに、奈何(いかん)せん当駕太師(とうがたいし)の奏(もう)する所(ところ)の理(ことわり)有(あ)り、朕(ちん)は遠来(えんらい)の意(こころ)を看(み)るに因(よ)りて、中華(ちゅうか)の善縁(ぜんえん)を滅(ほろぼ)さず、方(まさ)に才(はじ)めて召(め)しいれて牒(しょう)を験(あか)せしめたり。期(おも)わずや国師のこの問(とい)有るは、想(おも)うに是れ彼の尊顔(そんがん)を冒涜(ぼうとく)し、罪(つみ)を得(う)る処(ところ)有(あ)らんか?」 道士笑って云(いわ)く、「陛下(へいか)は知(し)ろしめさず。彼は昨日(きのう)来(きた)れる者(もの)にして、東門(とうもん)の外(そと)に在(あ)りて我が二箇の徒弟(でし)を打(う)ち殺(ころ)し、五百箇(ごひゃくこ)の囚僧(しゅうそう=とらわれのぼうず)を放(はな)ち、車輛(しゃりょう=くるま)を捽(ひね)り砕(くだ)き、夜間(やかん)観(かん)へ闯(つ)き入(い)りて、三清(さんせい)の聖象(せいぞう)を毀損(きそん)し、御賜(ぎょし)の供養(くよう)を偷(ぬす)み吃(くら)いましたり。

我らは彼に蒙蔽(もうべい=あざむ)かれ、只(た)だ是れ天尊(てんそん)の下降(げこう)ならんと道(おも)い、些(いささ)かの聖水(せいすい)・金丹(きんたん)を求(もと)め、陛下に進(しん)じて、寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)せんことを指望(きぼう)せしに、期(おも)わずや彼は些(いささ)かの小便(しょうべん)を遺(のこ)して、我らを哄(だま)し瞞(あざむ)けり。我ら各(おのおの)一口(ひとくち)を喝(の)み、滋味(あじ)を嘗(な)め出(いだ)し、正(まさ)に手(て)を下(くだ)して擒(とら)え拿(から)めんとせしに、彼は却(かえ)って走(に)げ去(い)ったり。今日(こんにち)還(ま)た此(ここ)の間(あいだ)に在(あ)るは、正(まさ)に所謂(いわゆる)『冤家(おんな)路(みち)窄(せま)し』なり!」 かの国王、この言(ことば)を聞き、怒(いかり)を発(おこ)して四衆(ししゅう)を誅(ころ)さんと欲(ほっ)す。孫大聖(そんたいせい)は合掌(がっしょう)して口を開(ひら)き、声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んで言う、「陛下(へいか)、暫(しばら)く雷霆(らいてい=いかづち)の怒(いかり)を息(いこ)わせ、僧等(そうら)の啓奏(けいそう)するを容(ゆる)されよ」 国王言う、「汝は国師(こくし)を冲撞(ぶつか)れり。国師が言(ことば)に、豈(あ)に差(たが)い謬(あやまり)有らんや!」 行者言う、「彼の説(いう)には、我が昨日(きのう)城外(じょうがい)に到(いた)りて彼が二箇の徒弟(でし)を打(う)ち殺(ころ)したりと。是れ誰(たれ)か知証(しょうこ)するか? 我ら且(しばら)く屈(くっ)して認(みと)め、二箇の和尚(おしょう)をして命(いのち)を償(つぐな)わしめ、還(ま)た二箇を放(はな)ちて経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめよ。彼はまた我が車輛(くるま)を捽(ひね)り砕(くだ)き、囚僧(しゅうそう)を放(はな)てりと説(い)う。この事(こと)もまた見証(けんしょう)無(な)ければ、料(おもんみ)るに該(まさ)に死(し)すべからず、また一箇の和尚をして罪(つみ)を領(うけ)しめて罷(や)めよ。彼の説(いう)には我が三清(さんせい)を毀(こぼ)ち、観宇(かんう)を闹(さわ)がせたりと。これ又(ま)た是れ我を栽害(さいがい=ぬれぎぬ)するなり」 国王言う、「怎(どう)して栽害(ぬれぎぬ)と見(み)んや?」 行者言う、「我が僧(そう)は乃(すなわ)ち東土(とうど)の人(ひと)にして、乍(にわか)に此処(ここ)に来(きた)れるに、街道(かいどう)すら尚(な)お通(とお)らず、如何(どう)して夜裡(よなか)にすなわち彼が観中(かんちゅう)の事(こと)を知(し)らんや? 既(すで)に小便(しょうべん)を遺(のこ)したるならば、該(まさ)に当時(そのとき)捉(とら)え住(とど)むべきに、却(かえ)ってこの早晚(このごろ)名(な)を坐(ざ)して人(ひと)を害(そこな)う。天下(てんか)に仮名托姓(かめいだくせい=にせのな)の者(もの)無限(むげん)なるに、怎(どう)してすなわち是れ我(われ)と説(い)わるるか? 望(ねがわ)くは陛下(へいか)の嗔(いかり)を回(めぐ)らして詳(つまびらか)に察(さっ)せられんことを」 かの国王は本来(もと)昏乱(こんらん=くらみ)たる者(もの)なれば、行者に一遍(ひととおり)説(と)かれて、彼はすなわち決断(けつだん)定(さだ)まらず。

正(まさ)に疑惑(ぎわく)の之(あいだ)に在(あ)るに、また黄門官(こうもんかん)の来(きた)りて奏(もう)するを見(み)る、「陛下(へいか)、門外(もんがい)に許多(あまた)の郷老(きょうろう=むらのろうじん)の宣(せん)を聴(き)く者有(あ)り」 国王言う、「何(なん)の事(こと)の干(かかわり)有るか?」 すなわち命(めい)じて宣(め)して来(きた)らしむ。殿前(でんぜん)に宣(め)し至(いた)るに、三四十名(さんじゅうしじゅうめい)の郷老(きょうろう)有り、上(かみ)に朝(むか)いて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「万歳(ばんぜい)よ、今年(ことし)一春(いっしゅん)に雨(あめ)無(な)く、但(た)だ恐(おそ)るるは夏月(かげつ)の干荒(かんこう=ひでり)を。特に来(きた)りて啓奏(けいそう)し、請(こ)う、あの位(くらい)の国師爺爺(こくしやや)の甘雨(かんう=うるおいのあめ)を一場(ひとしきり)祈(いの)られ、普(あまね)く黎民(れいみん=たみ)を済(すく)われたまえ」 国王言う、「郷老(きょうろう)よ、且(しばら)く退(しりぞ)け。すなわち雨(あめ)の来(きた)る有(あ)らん」 郷老は恩(おん)を謝(しゃ)して出(い)づ。国王言う、「唐朝(とうちょう)の僧衆(そうしゅう)よ、朕(ちん)が道(どう)を敬(うやま)い僧(そう)を滅(ほろぼ)すは何(なん)の為(ため)ぞ? 只(た)だ当年(むかし)雨(あめ)を求(もと)めしに、我が朝(ちょう)の僧人(そうじん)は更(さら)に未(いま)だ曾(かつ)て一点(ひとつぶ)をも求(もと)め得(え)ざりしが為(ため)なり。幸(さいわ)いに天(てん)の国師(こくし)を降(くだ)して、塗炭(とたん=くるしみ)を拯援(じょうえん=すくい)だすかれたり。汝、今(いま)遠(とお)くより来(きた)りて、国師(こくし)を冒涜(ぼうとく)せるは、本(もと)当(まさ)に即時(そくじ)に罪(つみ)を問(と)うべけれど、姑(しばら)く且(しばら)く汝を恕(ゆる)さん。敢(あえ)て我が国師(こくし)と赌勝(かけあがき)して雨(あめ)を求(もと)めんか? 若(も)し一場(ひとしきり)の甘雨(かんう)を祈(いの)り得(え)て、万民(ばんみん)を済度(さいど=すくいわた)らば、朕すなわち汝が罪名(ざいみょう)を饒(ゆる)し、関文(かんぶん)を倒換(ひきか)え、汝を放(はな)ちて西(にし)へ去(い)かしめん。若(も)し赌(か)けに過(す)ぐること能(あた)わず、雨(あめ)無(な)からんには、すなわち汝らを将(も)って殺場(さつじょう=しのば)に推(お)し赴(おもむ)かせ、典刑(てんけい=さらしもの)にして衆(しゅう)に示(しめ)さん」 行者笑って言う、「小和尚(こぼうず)もまた些(いささ)かの児(ばかり)の求祷(きとう)を暁(さと)っておる」 国王、説(いう)を見て、すなわち命(めい)じて壇場(だんじょう=さいだん)を打掃(そうじ)させ、一壁廂(かたわら)に教(さと)す、「駕(が)を擺(なら)べよ。寡人(われ)親(みずか)ら五鳳楼(ごほうろう)に上(のぼ)りて観看(みわた)さん」 当時(そのとき)多官(たかん)駕(が)を擺(なら)べ、須臾(しばらく)にして楼(ろう)に上(のぼ)りて坐(ざ)した。唐三藏(とうさんぞう)は行者・沙僧(さそう)・八戒(はっかい)に随(したが)い、楼下(ろうか)に侍立(じりつ)し、かの三道士(さんどうし)は国王に陪(ともな)うて楼上(ろうじょう)に坐(ざ)した。少時(しばらく)あって、一員(ひとり)の官(かん)の飛馬(ひば=はやうま)にて来(きた)り報(ほう)ず、「壇場(だんじょう)の諸色(しょしょく=ようい)皆(みな)備(そなわ)り、請(こ)う国師爺爺(こくしやや)の壇(だん)に登(のぼ)られんことを」

かの虎力大仙(こりきたいせん)は身を欠(かが)め手を拱(く)み、国王に辞(じ)し、径(ただ)ちに楼(ろう)を下(お)り来(きた)る。行者は前(まえ)へ向(むか)い進(すす)み出(い)でて攔(ふさ)ぎ住(とど)めて言う、「先生(せんせい)よ、何処(いずこ)へか去(ゆ)かるるか?」 大仙(たいせん)言う、「壇(だん)に登(のぼ)りて雨(あめ)を祈(いの)らん」 行者言う、「汝もまた忒(い)たく自(みずか)ら重(おもん)ずるかな、更(さら)に我が遠郷(えんきょう=とおいさと)の之僧(そう)をも讓(ゆず)らざるは。也(また)罷(よ)からん、これ正(まさ)に是れ『強龍(きょうりゅう)も地頭蛇(じとうだ=その地のへび)を圧(おさ)えず』なり。先生先(さき)に去(ゆ)かれよ。必(かなら)ず君前(くんぜん)に対(むか)いて講(いいひら)き開(あ)けよ」 大仙(たいせん)言う、「甚(なん)をか講(いいひら)かんや?」 行者言う、「我と汝と都(みな)壇(だん)に上(のぼ)りて雨(あめ)を祈(いの)らば、雨(あめ)の是れ汝がものか、是れ我がものなるかを知(し)らんや。是れ誰(たれ)が功績(こうせき)なるかを見(み)わずしてしまう」 国王は上(うえ)に在りてこれを聴(き)き、心中(むねのうち)暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで言う、「あの小和尚(こぼうず)の説(いう)ことばは倒(かえ)って些(いささ)かの筋節(きんせつ=わけ)有り」 沙僧(さそう)はこれを聴(き)き、暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「一腹(ひとつ)の筋節(わけ)の、還(ま)た曾(かつ)て拿(と)り出(いだ)さざるを知(し)らざるなり!」 大仙(たいせん)言う:

「講(いいひら)くを消(よう)せず。陛下(へいか)は自然(おのずか)ら之(これ)を知(し)ろしめす」 行者言う、「然(しか)りと雖(いえど)も之(これ)を知(し)ろしめすとも、奈何(いかん)せん我が遠来(えんらい)の僧(そう)は、未(いま)だ曾(かつ)て汝と相会(あいまみ)えず。その時(とき)彼此(おたがい)に混(まぎ)れ頼(たの)みては、勾当(こうとう=とりきめ)を成(な)さず。須(すべから)く講(いいひら)き開(あ)けてこそ方(まさ)に好(よ)く事(こと)を行(おこな)うべけれ」

大仙(たいせん)言う、「この一たび壇(だん)に上(のぼ)らば、只(た)だ我が令牌(れいばい=ふだ)を看(み)て号(しるし)と為(な)す:一声(ひとこえ)の令牌(ふだ)響(ひび)けば風(かぜ)来(きた)り、二声響けば雲(くも)起(おこ)り、三声響けば雷(かみなり)・閃(いなびかり)斉(ひと)しく鳴(な)り、四声響けば雨(あめ)至(いた)り、五声響けば雲散(くもち)り雨収(あめや)まん」

行者笑って言う、「妙(みょう)なるかな! 我が僧(そう)は是れ曾(かつ)て見(み)ざるなり! 請(さよう)なら! 請(さよう)なら!」

大仙(たいせん)は歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(ひら)いて前(まえ)へ進(すす)み、三藏等(さんぞうら)はその後(あと)に随(したが)い、径(ただ)ちに壇門(だんもん)の外(そと)に到(いた)った。頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)すに、那里(そこ)に一座(ひとつ)の高台(こうだい)有り、約(おおむね)三丈(さんじょう)余(あま)りの高(たか)さなり。台(だい)の左右(さゆう)に二十八宿(にじゅうはっしゅく)の旗号(きごう)を插(さ)し、頂上(ちょうじょう)に一張(ひとつ)の桌子(つくえ)を放(お)き、桌(つくえ)の上(うえ)に一箇の香炉(こうろ)有り、炉(ろ)のなかには香煙(こうえん)靄靄(あいあい=たなびけ)り。両辺(りょうへん)に二隻(ふたつ)の燭台(しょくだい)有り、台(だい)の上(うえ)に風燭(ふうしょく)煌煌(こうこう=あきらかにかがや)けり。炉(ろ)の辺(ほとり)に一箇の金牌(きんばい)を靠(よ)せかけ、牌(ばい)の上に鐫(え)りたるは是れ雷神(らいじん)の名号(みょうごう)なり。底下(した)に五箇の大缸(おおかめ)有り、都(みな)満缸(みつるかめ)の清水(せいすい)を注(そそ)ぎ、水(みず)の上(うえ)に楊柳枝(ようりゅうし)を浮(うか)べたり。楊柳枝(ようりゅうし)の上(うえ)に、一面(ひとつら)の鉄牌(てっぱい)を托(の)せ、牌(ばい)の上(うえ)に書(か)きたるは是れ雷霆都司(らいていとし)の符字(ふじ)なり。左右(さゆう)に五箇の大樁(だいしょう=おおぐい)有り、樁(ぐい)の上(うえ)に五方蛮雷使者(ごほうばんらいししゃ)の名録(みょうろく)を写(うつ)せり。毎一樁(ぐいごと)の辺(ほとり)に、二箇の道士(どうし)を立(た)たせ、各(おのおの)鉄鎚(てっつい)を執(と)り、樁(ぐい)を打(う)つを伺候(したく)せり。台(だい)の後面(うしろ)に許多(あまた)の道士(どうし)有り、そこに在りて作文書(ふみをか)けり。正中間(まんなか)に一架(ひとつ)の紙炉(かみろ)を設(もう)け、また幾箇(いくたり)かの象生(ぞうしょう=かたどり)の人物(じんぶつ)有り、都(みな)是れあの執符使者(しゅうふししゃ)・土地賛教(どちさんきょう)の之神(かみ)なり。

かの大仙(たいせん)は走進(あるきい)りて、更(さら)に謙遜(へりくだ)らず、直(ただ)ちに高台(こうだい)に上(のぼ)りて立(た)ち定(さだ)めた。旁(かたわら)に一箇の小道士(しょうどうし)有り、幾張(いくひら)かの黄紙(おうし)に書(か)き就(おお)せたる符字(ふじ)と、一口(ひとふり)の宝剣(ほうけん)を捧(ささ)げ、大仙(たいせん)に遞(わた)した。大仙は宝剣(ほうけん)を執(と)り、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(とな)え、一道(ひとすじ)の符(ふ)を将(も)って燭(しょく)の上(うえ)に在(あ)りて焼(や)いた。かの底下(した)の二、三箇の道士(どうし)、一箇の執符(ふをと)る象生(かたどり)と、一道(ひとすじ)の文書(ふみ)を拿(と)り過(よこ)し、また火(ひ)を点(つ)けて之(これ)を焚(た)いた。かの上(うえ)に乒(へい)の一声(ひとこえ)の令牌(ふだ)の響(ひびき)有(あ)るや、只(た)だ見る、かの半空(はんくう)の裡(うち)に、悠悠(ゆうゆう)として風色(かぜけ)の飘(ただよ)い来(きた)るを。猪八戒(ちょはっかい)は口(くち)の裡(うち)に作念(つぶや)いて言う:

「不好(いかん)! 不好! この道士(どうし)は果(はた)して本事(ほんざい)有(あ)るわ! 令牌(ふだ)が一下(ひとつ)響(ひび)きしに、果たしてすなわち風(かぜ)を刮(ふ)かせたり!」

行者言う、「兄弟(おとうと)よ、悄悄(しずか)にせよ。汝らは再(ふたた)び我と言語(ものい)うなかれ。只管(ひたすら)師父(しふ)を護持(ごじ)せよ。我が事(こと)を干(おこな)いに往(ゆ)くを待(ま)て」 好(よ)き大聖かな、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き下(おろ)し、一口の仙気(せんき)を吹(ふ)きかけ、「変!」と叫(さけ)ぶや、すなわち変じて一箇の「仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)」と作(な)り、唐僧(とうそう)の手下(てした)に立(た)たせた。彼が真身(しんじん)は元神(がんじん=たましい)を出(いだ)し、半空(はんくう)の中(うち)へ趕(お)い到(いた)り、高(たか)く叫(さけ)んだ、「あの司風(しふう=かぜをつかさどる)の者(もの)は是れ那(た)れなるか?」 慌(あわ)てたるかな、あの風婆婆(ふうばば)は布袋(ぬのぶくろ)を捻(ひね)り住(とど)め、巽二郎(そんじろう)は口縄(くちなわ)を札(から)げ住(とど)め、上前(すすみで)て礼(れい)を施(ほどこ)した。行者言う、「我は唐朝(とうちょう)の聖僧(しょうそう)を保護(まも)りて西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)き、路(みち)に車遅国(しゃちこく)を過(よぎ)り、あの妖道(ようどう)と赌勝(かけあがき)して雨(あめ)を祈(いの)るに、汝は怎(どう)して老孫を助(たす)けずして、反(かえ)ってあの道士(どうし)を助くるか? 我、且(しばら)く汝を饒(ゆる)さん。風(かぜ)を把(と)って収(おさ)めよ。若(も)し些(いささ)かの風(かぜ)の児(ばかり)もあって、あの道士(どうし)が髭(ひげ)を吹(ふ)きて動(うご)かすことあらば、各(おのおの)二十鉄棒(にじゅうてつぼう)を打(う)たん!」 風婆婆(ふうばば)言う、「不敢不敢(もったいなしもったいなし)!」 遂(つい)に而(て)些(いささ)かの風気(ふうき)も無(な)し。八戒は忍(しの)び得(あた)ずして乱(みだ)りに嚷(わめ)いて言う、「あの先児(せんじ=おまえ)請(さが)れ! 令牌(ふだ)は已(すで)に響(ひび)きしに、怎(どう)して些(いささ)かの風(かぜ)の児(ばかり)も見(み)えざるか? 汝、下(お)りて来(き)て、我らをして上(のぼ)らしめよ!」

かの道士(どうし)はまた令牌(ふだ)を執(と)り、符檄(ふげき)を焼(や)き、撲(ぽん)とまた一下(ひとつ)打(う)てば、只(た)だ見る、かの空中(くうちゅう)に雲霧(うんむ)の遮(おお)い満(み)てり。孫大聖(そんたいせい)はまた当頭(まっこう)より叫(さけ)んだ、「布雲(うみをしく)の者(もの)は是れ那(た)れなるか?」 慌(あわ)てたるかな、あの推雲童子(すいうんどうじ)・布霧郎君(ふむろうくん)、当面(まのあたり)に礼(れい)を施(ほどこ)した。行者はまた前事(さきのこと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせたれば、あの雲童(うんどう)・霧子(むし)もまた雲霧(うんむ)を収(おさ)め、太陽星(たいようせい)を放(はな)ちて耀耀(ようよう)と輝(かがや)かせ、一天(いってん)万里(ばんり)更(さら)に雲(くも)無(な)し。八戒笑って言う、「この先児(おまえ)は只(た)だ好(よ)くこの皇帝(こうてい)を哄(だま)し、黎民(れいみん)を搪塞(とうそく=ごまか)するのみ。全(まった)く些(いささ)かの真実(しんじつ)の本事(ほんざい)も無し! 令牌(ふだ)が両下(ふたたび)響(ひび)きしに、如何(どう)してまた雲(くも)の生(しょう)ずるを見(み)ざるか?」

かの道士(どうし)は心中(むねのうち)焦躁(いらいら)し、宝剣(ほうけん)を仗(たの)み、頭髪(かみのけ)を解散(ときみだ)し、呪(じゅ)を念(とな)え、符(ふ)を焼(や)き、再(また)一令牌(ひとふだ)を打(う)ち将(つ)れ下(おろ)すに、只(た)だ見る、かの南天門(なんてんもん)の裡(うち)より、鄧天君(とうてんくん)の雷公電母(らいこうでんぼ)を領(ひき)いて当空(とうくう)に到(いた)り、行者を迎(むか)えて礼(れい)を施(ほどこ)した。行者はまた前項(さきのくだり)の事(こと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせて、言う、「汝らは怎(どう)して来(きた)ること志誠(まこと)なるか! 是れ何(なん)の法旨(ほうし=みことのり)なるか?」 天君(てんくん)言う、「あの道士(どうし)が五雷法(ごらいほう)は是れ一箇の真(まこと)のものなり。彼は文書(ふみ)を発(はっ)し、文檄(ぶんげき)を焼(や)きて、玉帝(ぎょくてい)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、玉帝は旨意(しい)を擲(なげう)たせ、径(ただ)ちに九天応元雷声普化天尊府(きゅうてんおうげんらいしょうふかてんそんふ)の下(もと)に至(いた)らしめた。我ら旨(むね)を奉(ほう)じて前(まえ)に来(きた)り、雷電(らいでん)を助(たす)けて雨(あめ)を下(くだ)さんとするなり」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、且(しばら)く都(みな)住(とど)まれ、同じく老孫が事(こと)を行(おこな)うを候(ま)て」 果(はた)して雷(かみなり)もまた鳴(な)らず、電(いなびかり)もまた灼(ひか)らず。

かの道士(どうし)は愈(いよいよ)着忙(あわて)り、また香(こう)を添(そ)え、符(ふ)を焼(や)き、呪(じゅ)を念(とな)え、令牌(ふだ)を打(う)ち下(おろ)した。半空(はんくう)の中(うち)に、また四海龍王(しかいりゅうおう)の、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せ至(いた)る。行者は当頭(まっこう)より喝(かつ)して言う、「敖広(ごうこう)! 何処(いずこ)へか去(ゆ)くか?」 かの敖広(ごうこう)・敖順(ごうじゅん)・敖欽(ごうきん)・敖閏(ごうじゅん)は上前(すすみで)て礼(れい)を施(ほどこ)した。行者はまた前項(さきのくだり)の事(こと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせて、言う、「向日(このあいだ)労(ろう)ありて、未(いま)だ曾(かつ)て功(こう)を成(な)さず;今日(こんにち)の事(こと)は、望(ねがわ)くは助力(じょりき)を為(な)されよ」 龍王(りゅうおう)言う、「遵命(じゅんめい)! 遵命!」 行者はまた敖順(ごうじゅん)に謝(あやま)って言う、「前日(せんじつ)令郎(れいろう=むすこ)の怪(かい)を縛(いまし)め、師父(しふ)を搭救(たす)けしに虧(よ)りたり」 龍王(りゅうおう)言う、「あの厮(やつ)は還(ま)た鎖(くさり)に海(うみ)の中(うち)に在(あ)り、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に便(べん)ぜず、正(まさ)に大聖(たいせい)の発落(ほうらく=さばき)を請(こ)わんと欲(ほっ)するなり」 行者言う、「憑(たの)む、汝が怎(どう)に処治(しょち)するも罷(よ)からん。如今(いま)且(しばら)く我を助(たす)けて一功(いっこう)を成(な)さしめよ。あの道士(どうし)が四声(よんせい)の令牌(ふだ)は已(すで)に畢(おわ)り、却(かえ)って輪(ばん)は老孫の下(お)りて事(こと)を干(おこな)うに到(いた)れり。但(た)だ我は文書(ふみ)を発(はっ)し符檄(ふげき)を焼(や)き、甚(なん)の令牌(ふだ)を打(う)つことを会(え)せず。汝ら列位(みなさま)は却(かえ)って要(よう)す我を助(たす)けて行行(おこな)われよ」 鄧天君(とうてんくん)言う、「大聖(たいせい)の吩咐(いいつけ)に、誰(たれ)か敢(あえ)て従(したが)わざらん! 但(た)だ只(た)だ是れ一箇の号令(ごうれい)を得(え)てこそ、方(まさ)に敢(あえ)て令(れい)に依(よ)りて行(おこな)うべけれど;然(しか)らずんば、雷雨(らいう)乱(みだ)れて、大聖(たいせい)の款(かん=きまり)無(な)きを顕(あらわ)さん」 行者言う、「我、棍子(こんす=ぼう)を将(も)って号(しるし)と為(な)さん」 かの雷公(らいこう)は大いに驚(おどろ)いて言う、「爺爺(だんなさま)よ! 我ら怎(どう)してこの棍子(ぼう)を吃(くら)い得(え)んや?」 行者言う、「是れ汝らを打(う)つに非(あら)ず。但(た)だ我がこの棍子(ぼう)の往(ゆ)きて上(うえ)を一(ひと)たび指(さ)すを看(み)よ、すなわち風(かぜ)を刮(ふ)くことを要(よう)す」 あの風婆婆(ふうばば)・巽二郎(そんじろう)は口(くち)を没(いれ)て応(こた)えて言う、「すなわち風(かぜ)を放(はな)さん!」

「棍子(こんす)の第二(だいに)の指(ゆびさし)には、すなわち雲(くも)を布(し)くことを要(よう)す」 あの推雲童子(すいうんどうじ)・布霧郎君(ふむろうくん)言う、「すなわち雲(くも)を布(し)かん!

すなわち雲を布かん!」

「棍子(こんす)の第三(だいさん)の指(ゆびさし)には、すなわち雷鳴(かみなり)り電灼(いなびかり)することを要(よう)す」 あの雷公(らいこう)・電母(でんぼ)言う、「奉承(ほうしょう=かしこまり)! 奉承!」

「棍子(こんす)の第四(だいし)の指(ゆびさし)には、すなわち雨(あめ)を下(くだ)すことを要(よう)す」 あの龍王(りゅうおう)言う、「遵命(じゅんめい)! 遵命!」

「棍子(こんす)の第五(だいご)の指(ゆびさし)には、すなわち大日(たいじつ)の晴天(せいてん)なることを要(よう)す。却(かえ)って違(たが)い誤(あやま)ること莫(なか)れ」 吩咐(いいつけ)し畢(おわ)るや、遂(つい)に雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)し、毫毛(ごうもう)を把(と)って一抖(ひとふるい)し、身(み)の上(うえ)へ収(おさ)め回(かえ)した。かの人(ひと)らは肉眼凡胎(にくがんぼんたい)なれば、那(いずく)にか暁(さと)らんや? 行者はすなわち旁(かたわら)に在りて高(たか)く叫(さけ)んで言う、「先生(せんせい)請(さよう)なら、四声(よんせい)の令牌(ふだ)は倶(みな)已(すで)に響(ひび)き畢(おわ)り、更(さら)に風雲雷雨(ふううんらいう)の有(あ)ること無(な)し。該(まさ)に我に讓(ゆず)らるべきなり」 かの道士(どうし)は无奈(どうすることもでき)ず、敢(あえ)て久(ひさ)しく占(せん)めず、只(た)だ得(え)ず台(だい)を下(お)りて彼に讓(ゆず)り、嘴(くち)を努(つきだ)し、径(ただ)ちに楼(ろう)の上(うえ)へ往(ゆ)きて駕(が)に見(まみ)えた。行者言う、「我をして彼に跟(したが)いて往(ゆ)かしめ、彼が些(いささ)かの甚(なん)を説(いう)を看(み)ん」

只(た)だ聴(き)く、かの国王の問うて、「寡人(われ)は此処(ここ)に在りて耳(みみ)を洗(あら)いて誠(まこと)に聴(き)けり。汝が那里(そちら)にて四声(よんせい)の令(れい)響(ひび)きしに、風雨(ふうう)の見(み)えざるは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」と。道士云(いわ)く、「今日(こんにち)龍神(りゅうしん)は都(みな)家(いえ)に在(お)らざるなり」 行者は声を厲(はげ)しくして言う:

「陛下(へいか)よ、龍神(りゅうしん)は倶(みな)家(いえ)に在(お)ります。只(た)だ是れこの国師(こくし)の法(ほう)の霊(れい)ならずして、彼を請(こ)うて来(きた)らしむる能(あた)わざるのみ。和尚(おしょう)が請(こ)い来(きた)りて汝に看(み)しめんを等(ま)てよ」 国王言う、「すなわち去(ゆ)きて壇(だん)に登(のぼ)れ。寡人(われ)は還(ま)た此(ここ)に在(あ)りて雨(あめ)を候(ま)たん」 行者は旨(むね)を得(え)、急ぎ身を抽(ひ)いて壇所(だんじょ)に到(いた)り、唐僧(とうそう)を扯(ひ)いて言う、「師父(しふ)よ、請(こ)う台(だい)に上(のぼ)られよ」 唐僧言う、「徒弟(でし)よ、我は却(かえ)って雨(あめ)を祈(いの)ることを会(え)せず」 八戒笑って言う、「彼は汝を害(そこな)うたり。若(も)し還(ま)た雨(あめ)無(な)からば、柴蓬(たきぎ)を拿(と)り上(あ)げて、一把火(ひとつかみのひ)にて帳(けり)をつけてしまえ!」 行者言う、「汝は雨(あめ)を求(もと)むることを会(え)せざるも、好(よ)くは経(きょう)を念(とな)うることを会(え)す。我が汝を助(たす)くるを待(ま)て」 かの長老(ちょうろう)は才(はじ)めて挙歩(あゆみ)を挙(あ)げて壇(だん)に登(のぼ)り、上(うえ)に到(いた)りて端然(ただしく)坐(ざ)し、性(しょう)を定(さだ)め神(しん)を帰(き)し、黙(だんまり)とあの《密多心経(みったしんきょう)》を念(とな)えた。正(まさ)に坐(ざ)する処(ところ)、忽(たちまち)一員(ひとり)の官(かん)の、飛馬(ひば=はやうま)にて来(きた)りて問(とう)を見(み)る、「あの和尚(おしょう)よ、怎(どう)して令牌(ふだ)を打(う)たず、符檄(ふげき)を焼(や)かざるか?」 行者は高声(たかだか)と答(こた)えて言う、「用(もち)いず! 用いず! 我らは是れ静功祈祷(せいこうきとう=しずかなるいのり)なり」

かの官(かん)は去(さ)りて回奏(かいそう)することはさておく。

行者は老師父(ろうしふ)が経文(きょうもん)を念(とな)い尽(つく)したるを聴(き)き届(とど)け、却(かえ)って耳朶(みみ)の内(うち)より鉄棒(てつぼう)を取(と)り出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)って一(ひと)たび幌(ひるがえ)せば、すなわち丈二(じょうに)の長短(ながさ)、碗来(わんばかり)の粗細(ふとさ)有(あ)り。棍(ぼう)を将(も)って空(そら)を望(めが)けて一(ひと)たび指(さ)すや、あの風婆婆(ふうばば)これを見て、急忙(いそぎ)皮袋(かわぶくろ)を扯(ひ)き開(ひら)き、巽二郎(そんじろう)は口縄(くちなわ)を解放(ときはな)った。只(た)だ聴(き)く、呼呼(こおこお)と風(かぜ)の響(ひび)き、満城(まんじょう)の中(うち)に瓦(かわら)を掲(は)ぎ磚(かわら)を翻(ひるがえ)し、砂(すな)を揚(あ)げ石(いし)を走(はし)らす。看(み)るに起(おこ)こせば、真に箇(ひとつ)の好(よ)き風(かぜ)にして、却(かえ)ってあの尋常(つね)の之風(かぜ)と同じからざるなり。但(ただ)しそれを見よ:

柳(やなぎ)を折(お)り花(はな)を傷(そこない)、林(はやし)を摧(くだ)き樹(き)を倒(たお)す。九重殿(きゅうちょうでん)は壁(かべ)を損(そこない)墻(しょう=かき)を崩(くず)し、五鳳楼(ごほうろう)は梁(はり)を揺(ゆ)るがし柱(はしら)を撼(うご)かす。天辺(てんぺん)の紅日(こうじつ)光(ひかり)無(な)く、地下(ちか)の黄砂(こうさ)翅(つばさ)有(あ)り。演武庁前(えんぶちょうぜん)には武将(ぶしょう)驚(おどろ)き、会文閣内(かいぶんかくだい)には文官(ぶんかん)懼(おそ)る。三宮(さんきゅう)の粉黛(ふんたい=おんなたち)は青糸(せいし=くろかみ)を乱(みだ)し、六院(ろくいん)の嬪妃(ひんひ)は宝髻(ほうけい=たぶさ)を蓬(みだ)す。侯伯(こうはく)は金冠(きんかん)落(お)ちて繡纓(しゅうえい)を失(うしな)い、宰相(さいしょう)は烏紗(うさ=くろぼうし)飘(ただよ)うて展翅(てんし=かざり)を失(うしな)う。当駕(とうが=でんちゅう)に言(ことば)有(あ)るも敢(あえ)て談(はな)さず、黄門(こうもん)は本(ほん)を執(と)るも由(よし)無(な)くして遞(てい)す。金魚(きんぎょ)・玉帯(ぎょくたい)は班(つら)に依(よ)らず、象簡(ぞうかん)・羅衫(らさん)も品叙(ひんじょ=くらい)を無(な)くす。彩閣(さいかく)・翠屏(すいへい)尽(ことごと)く損傷(そんしょう)し、緑窓(りょくそう)・朱戸(しゅこ)皆(みな)狼狽(ろうばい)す。金鑾殿(きんらんでん)には瓦(かわら)走(はし)り磚(かわら)飛(と)び、錦雲堂(きんうんどう)には門(もん)歪(ゆが)み槅(こうし)砕(くだ)く。この陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)は果(はた)して是れ凶(きょう)にして、刮(ふ)きてかの君王(くんのう)父子(おやこ)の相(あい)会(まみ)ゆること難(かた)からしめ;六街三市(ろくがいさんし)に人(ひと)の踪(あと)無(な)く、万戸千門(ばんこせんもん)皆(みな)緊(かた)く閉(と)ず!

正(まさ)に是れ那(か)の狂風(きょうふう)の大(おおい)に作(おこ)るに、孫行者(そんぎょうじゃ)はまた神通(じんずう)を顕(あらわ)し、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って一(ひと)たび鑽(きりも)み、空(そら)を望(めが)けてまた一(ひと)たび指(さ)すに、只(た)だ見る:

推雲童子(すいうんどうじ)、布霧郎君(ふむろうくん)。推雲童子は神威(しんい)を顕(あらわ)し、骨都都(こつとつとつ)として石(いし)に触(ふ)れて天(てん)を遮(おお)い;布霧郎君(ふむろうくん)は法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、濃漠漠(のうばくばく)として煙(けぶり)を飛(と)ばして地(ち)を蓋(おお)う。茫茫(ぼうぼう)として三市(さんし)暗(くら)く、冉冉(ぜんぜん)として六街(ろくがい)昏(くら)し。風(かぜ)に因(よ)って海上(かいじょう)を離(はな)れ、雨(あめ)に随(したが)いて崑崙(こんろん)を出(い)づ。頃刻(しばらく)にして天地(てんち)に漫(みなぎ)り、須臾(またく)にして世塵(せいじん)を蔽(おお)う。宛然(えんぜん)として混沌(こんとん)の如(ごと)く、鳳楼門(ほうろうもん)を見(み)ず。

この時(とき)昏霧(こんむ)朦朧(もうろう)として、濃雲(のううん)靉靆(あいたい)たり。孫行者(そんぎょうじゃ)はまた金箍棒(きんこぼう)を把(と)って一(ひと)たび鑽(きりも)み、空(そら)を望(めが)けてまた一(ひと)たび指(さ)すに、慌(あわ)てたるかな:

雷公(らいこう)奮(ふる)い怒(いか)り、電母(でんぼ)生(しょう)じ嗔(いか)る。雷公の奮い怒るは、火獣(かじゅう)に倒(さかしま)に騎(の)りて天関(てんかん)を下(くだ)り、電母の生じ嗔るは、金蛇(きんじゃ)を乱(みだ)りに掣(ひ)きて斗府(とふ)を離(はな)る。唿喇喇(こつらつらつ)と霹靂(へきれき)を施(ほどこ)し、鉄叉山(てっさざん)を振(ふる)い砕(くだ)き;淅瀝瀝(せきれきれき)と紅綃(こうしょう)を閃(ひらめ)かし、東洋海(とうようかい)を飛(と)び出(い)づ。呼呼(ここ)隐隐(いんいん)として車声(しゃせい=くるまのおと)滚(まろ)び、燁燁煌煌(ようようこうこう)として稲米(とうまい)飘(ただよ)う。万萌(ばんぼう)万物(ばんぶつ)の精神(せいしん)改(あらた)まり、多少(いずばく)の昆虫(こんちゅう)の蟄(ちっ=こもり)も已(すで)に開(ひら)く。君臣(くんしん)は楼上(ろうじょう)に心(こころ)驚(おどろ)き駭(おそれ)り、商賈(しょうこ=あきびと)は声(こえ)を聞(き)いて胆(きも)怯(おじ)け忙(あわ)てる。あの沉雷(ちんらい=おもだるきかみなり)護閃(ごせん=いなびかり)は、乒乒乓乓(へいへいぽんぽん)として、一(ひと)つの那(か)の地裂(ちれつ)山崩(さんほう)の之勢(いきおい)に似(に)たり。唬(おどろ)かされてかの満城(まんじょう)の人(ひと)は、戸毎(やどごと)に香(こう)を焚(た)き、家毎(いえごと)に紙(かみ)を化(た)く。

孫行者(そんぎょうじゃ)は高(たか)く呼(よ)ばわった、「老鄧(ろうとう=鄧天君)よ! 仔細(つまびらか)に我に替(かわ)りてあの贓(ぞう)を貪(むさぼ)り法(ほう)を壊(こぼ)つの之官(かん)、忤逆不孝(ごぎゃくふこう=おやにさからう)の之(こ)を看(み)て、多く幾箇(いくたり)か打(う)ち殺(ころ)して衆(しゅう)に示(しめ)せ!」 あの雷(かみなり)は愈(いよいよ)発(おこ)りて振(ふる)い響(ひび)き起(おこ)った。行者は却(かえ)って又(ま)た鉄棒(てつぼう)を把(と)って上(うえ)へ向(むか)けて一(ひと)たび指(さ)すに、只(た)だ見る:

龍(りゅう)号令(ごうれい)を施(ほどこ)し、雨(あめ)乾坤(けんこん=あめつち)に漫(みなぎ)る。勢(いきおい)は銀漢(ぎんかん=あまのがわ)の天塹(てんざん=ほり)を傾(かたむ)くるが如(ごと)く、疾(はや)きこと雲流(うんりゅう)の海門(かいもん)を過(よぎ)るに似(に)たり。楼頭(ろうとう)に声(こえ)滴滴(てきてき)たり、窓外(そうがい)に響(ひびき)瀟瀟(しょうしょう)たり。天上(てんじょう)には銀河(ぎんが)瀉(そそ)ぎ、街前(がいぜん)には白浪(はくろう)滔(みなぎ)る。淙淙(そうそう)として瓮(ほとぎ)を撿(かえりみ)るが如(ごと)く、滚滚(こんこん)として盆(ぼん)を澆(そそ)ぐに似(に)たり。孤荘(こそう=ひとりざと)は将(まさ)に屋(いえ)を漫(みなぎ)らんとし、野岸(やがん)は橋(はし)を平(たいら)げんと欲(ほっ)す。真に箇(ひとつ)の桑田(そうでん)変(へん)じて滄海(そうかい)と為(な)り、霎時(しばらく)にして陸岸(りくがん)波濤(はとう)を滚(まろ)ばす。神龍(しんりゅう)此(これ)を借(か)りて来(きた)りて相(あい)助(たす)け、長江(ちょうこう)を抬(か)き上(あ)げて下(した)を望(めが)けて澆(そそ)ぐ。

この場(ひとしきり)の雨(あめ)は、辰時(たつのとき)より下(ふ)り起(おこ)り、只(た)だ午時(うまのとき)の前後(まえあたり)まで下(ふ)りて、かの車遅城(しゃちじょう)を下(くだ)して、裡裡外外(うちうちそとそと)、水(みず)街衢(がいく=ちまた)に漫(みなぎ)らしめた。かの国王は旨(むね)を伝(つた)えて言う、「雨(あめ)は彀(た)うる! 雨は彀うる! 十分(じゅうぶん)にまた多(おお)ければ、また禾苗(かびょう=もえ)を渰(おぼ)れ壊(こわ)し、反(かえ)って不美(ふび=よくな)きを為(な)さん」 五鳳楼(ごほうろう)の下(した)の聴事官(ちょうじかん=とりつぎ)は馬(うま)を策(むちう)ち雨(あめ)を冒(おか)して来(きた)り報(ほう)ず、「聖僧(しょうそう)よ、雨(あめ)彀(た)うりましたり」 行者、この言(ことば)を聞き、金箍棒(きんこぼう)を将(も)って上(うえ)へ向(むか)けてまた一(ひと)たび指(さ)すや、只(た)だ見る、霎時間(またたくま)に、雷(かみなり)収(おさ)まり風(かぜ)息(や)み、雨(あめ)散(ち)り雲(くも)収(おさ)まった。国王は満心(こころいっぱい)に歓喜(よろこ)び、文武(ぶんぶ)は尽(ことごと)く皆(みな)称賛(しょうさん)して言う、「好(よ)き和尚(おしょう)かな! これ正(まさ)に是れ『強中(きょうちゅう)更(さら)に強中(きょうちゅう)の手(て)有(あ)り』なり! すなわち是れ我が国師(こくし)の雨(あめ)を求(もと)むるは霊(たか)しといえども、若(も)し晴(は)れんことを要(ほっ)せば、細雨(ほそさめ)は還(ま)た半日(はんじつ)を下(ふ)りて、すなわち清爽(せいそう=さわやか)ならざるに、怎(どう)してこの和尚(おしょう)は晴(はれ)を要(よう)すればすなわち晴れ、頃刻(またたくま)に杲杲(こうこう=あきらか)として日出(ひい)で、万里(ばんり)すなわち雲(くも)無(な)きは?」

国王は教(さと)して鑾(らん=みくるま)を回(めぐ)らせ、関文(かんぶん)を倒換(ひきか)え、唐僧(とうそう)を打発(た)って過(よぎ)り往(ゆ)かしめた。正(まさ)に御宝(ぎょほう=ぎょけい)を用(もち)いんとする時(とき)、またかの三箇の道士(どうし)に上前(すすみで)て攔(ふさ)ぎ住(とど)められて言う、「陛下(へいか)よ、この場(ひとしきり)の雨(あめ)は全(まった)く和尚(おしょう)の功(こう)に非(あら)ず、還(ま)た是れ我が道門(どうもん)の之(ちから)なり」 国王言う、「汝は才(さっき)龍王(りゅうおう)は家(いえ)に在(お)らず、曾(かつ)て雨(あめ)有(あ)らずと説(い)いしに、彼は走(はし)り上(のぼ)りて、静功祈祷(せいこうきとう)を以(もっ)て、すなわち雨(あめ)下(くだ)り来(きた)りしに、怎(どう)してまた彼と功(こう)を争(あらそ)うは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 虎力大仙(こりきたいせん)言う、「我は壇(だん)に上(のぼ)りて文書(ふみ)を発(はっ)し、符檄(ふげき)を焼(や)き、令牌(ふだ)を撃(う)てば、あの龍王(りゅうおう)誰(たれ)か敢(あえ)て来(きた)らざらん?

想(おも)うに是れ別方(よそ)へ召請(しょうせい)され、風雲雷雨(ふううんらいう)の五司(ごし)倶(みな)在(あ)らざりしが、一(ひと)たび我が令(れい)を聞(き)くや、随(したが)って趕(お)い来(きた)り、適(たまたま)我が下(お)りて彼が上(のぼ)りしに遇(あ)い、一時(ひととき)にこの箇の機会(おり)に撞(であ)いたるが故(ゆえ)に、すなわち雨(あめ)が降(ふ)ったり。根(もと)より算(かぞ)え来(きた)れば、還(ま)た是れ我が請(こ)いし龍(りゅう)の下(くだ)せるの雨(あめ)なるに、怎(どう)してこれを彼が功果(こうか)と算(かぞ)えんや?」 かの国王は昏乱(こんらん)して、この言(ことば)を聴(き)き、却又(また)疑惑(ぎわく)未(いま)だ定(さだ)まらず。行者は前(まえ)へ一歩(いっぽ)近(ちか)づき、合掌(がっしょう)して奏(もう)して言う、「陛下(へいか)よ、これらの旁門(ぼうもん)の法術(ほうじゅつ)は、また一箇の功果(こうか)を成(な)さず、我がものとも彼がものとも算(かぞ)うるを得(え)ず。如今(いま)四海龍王(しかいりゅうおう)の、現(いま)空中(くうちゅう)に在(お)る有(あ)り。我が僧(そう)は未(いま)だ曾(かつ)て発放(ほうほう=さばき)せざれば、彼は還(ま)た敢(あえ)て遽(にわか)に退(しりぞ)かず。あの国師(こくし)若(も)し能(よ)く龍王(りゅうおう)を叫(よ)んで身(み)を現(あらわ)さしめ得(う)れば、すなわち彼が功労(こうろう)と算(かぞ)えん」 国王は大いに喜(よろこ)んで言う、「寡人(われ)は二十三年(にじゅうさんねん)の皇帝(こうてい)と做(な)りしが、更(さら)に曾(かつ)て活(いき)たる龍(りゅう)の是れ怎(いか)なる姿(すがた)なるかを見(み)ざりき。汝が両家(りょうけ)各(おのおの)法力(ほうりき)を顕(あらわ)せ。僧道(そうどう)を論(あげつら)わず、但(た)だ叫(よ)び得(え)て来(きた)る者(もの)は、すなわち是れ功(こう)有(あ)るとなし;叫(よ)び出(いだ)さざる者(もの)は、罪(つみ)有(あ)りとす」 かの道士(どうし)に那(いずく)んぞあの様(よう)なる本事(ほんざい)有(あ)らんや? すなわち叫(よ)ばんとするも、あの龍王(りゅうおう)は大聖(たいせい)の此(ここ)に在(おわ)すを見(み)て、また敢(あえ)て頭(こうべ)を出(いだ)さず。道士云(いわ)く、「我が輩(やから)は能(あた)わず。汝是れ叫(よ)び来(きた)れ」 かの大聖(たいせい)は面(かお)を仰(あお)げて空(そら)に朝(むか)い、声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んだ、「敖広(ごうこう)何処(いずこ)に在(おわ)すか? 弟兄(ていけい)たち都(みな)原身(げんしん=もとのすがた)を現(あらわ)して看(み)よ!」 かの龍王(りゅうおう)は喚(よば)わるるを聴(き)き、すなわち忙(いそ)ぎ本身(ほんしん)を現(あらわ)した。四條(よんすじ)の龍(りゅう)、半空(はんくう)の中(うち)に在りて霧(きり)を度(わた)り雲(くも)を穿(うが)ち、飛(と)び舞(ま)うて金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に向(むか)う。但(ただ)しそれを見よ:

飛騰(ひとう)変化(へんげ)、霧(きり)を繞(めぐ)り雲(くも)を盤(めぐ)らす。玉爪(ぎょくそう=たまのつめ)は鉤(かぎ)を垂(た)れて白(しろ)く、銀鱗(ぎんりん)は鏡(かがみ)に舞(ま)いて明(あき)らかなり。髯(ひげ)は素練(それん=しろきぬ)を飘(ただよ)わして根根(こんこん)爽(さわやか)に、角(つの)は軒昂(けんこう=たかぶり)として挺挺(ていてい=すくよか)に清(きよ)し。額(ひたい)を磕(う)ちて崔巍(さいぎ=たかく)に、睛(ひとみ)円(まる)くして幌亮(こうりょう=あきらか)なり。隠顕(いんけん)測(はか)ること能(あた)わず、飛揚(ひよう)評(ひょう)ずる可(べ)からず。雨(あめ)を祷(いの)れば時(とき)に随(したが)って雨(あめ)を布(し)き、晴(はれ)を求(もと)むれば便(すなわ)ち天(てん)晴(は)る。これを才(はじ)めて是れ有霊有聖(うれいゆうせい)の真龍象(しんりゅうぞう)にして、祥瑞(しょうずい)繽紛(ひんぷん)として殿庭(でんてい)を繞(めぐ)る。

かの国王は殿(でん)の上(うえ)に在りて香(こう)を焚(た)き、衆公卿(しゅうこうけい)は階前(かいぜん)に在りて礼拜(らいはい)した。国王言う、「貴体(きたい=おんからだ)の降臨(こうりん)の労(ろう)有り。請(こ)う回(かえ)られよ。寡人(われ)日(ひ)を改(あらた)めて醮(みそぎ)して謝(しゃ)せん」 行者言う、「列位(みなさま)の衆神(しゅうしん)各(おのおの)自(おのずか)ら帰(かえ)り去(い)だせ。この国王(こくおう)は日を改めて醮(みそぎ)して謝(あやま)ると申さるるなり」 かの龍王(りゅうおう)は径(ただ)ちに自(おのずか)ら海(うみ)に帰(かえ)り、衆神(しゅうしん)は各各(おのおの)天(てん)に回(かえ)った。これを正(まさ)に是れ:

広大無辺(こうだいむへん)の真(しん)の妙法(みょうほう)、至真(ししん)性(しょう)を了(おわ)えて旁門(ぼうもん)を劈(ひら)く。

畢竟(つい)に怎(いか)にしてか邪(じゃ)を除(のぞ)くかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。