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046 第四十六回 外道(げどう)、強(ごう)を弄(ろう)して正法(しょうぼう)を欺(あざむ)き 心猿(しんえん)、聖(せい)を顕(あらわ)して諸邪(しょじゃ)を滅(めっ)す

話(かたり)説(つげ)ば、かの国王(こくおう)、孫行者(そんぎょうじゃ)に龍(りゅう)を呼(よ)び聖(せい)を使(つか)わすの法(ほう)の有るを見るや、すなわち将(も)ちて関文(かんぶん)に宝印(ほういん)を用(もち)い、便(すなわ)ち唐僧(とうそう)に遞(わた)して西路(せいろ)を放行(ほうこう)せんと要(もと)む。かの三人(みたり)の道士(どうし)は、慌(あわ)てて金鑾殿(きんらんでん)の上に拝倒(はいとう)して啓奏(けいそう)するに、かの皇帝(こうてい)、すなわち龍位(りゅうい)を下(お)り、御手(おんて)を忙(いそ)がしく攙(たす)けかけて言う、「国師(こくし)よ、今日(こんにち)此の大礼(たいれい)を行(おこな)うは、何(なん)の故(ゆえ)ぞや?」と。

道士(どうし)説(いう)、「陛下(へいか)、我等(われら)此(ここ)に至(いた)りては社稷(しゃしょく)を匡扶(きょうふ)し、国(くに)を保(たも)ち民(たみ)を安(やす)んじ、苦(くる)しうして二十年(にじゅうねん)を歴(へ)て来(きた)れるに、今日(こんにち)この和尚(おしょう)めが法力(ほうりき)を弄(ろう)し、抓(つか)みて投(なげう)ち去(さ)り、我らが声名(せいめい)を敗(やぶ)りまして候(そろ)う。陛下(へいか)は一場(ひとひら)の雨(あめ)を以(も)って、すなわち人(ひと)を殺(ころ)せる罪(つみ)を恕(ゆる)したまわんとす。豈(あ)に我等(われら)を軽(かろん)ずるに非(あら)ざらんや。願(ねが)わくは陛下(へいか)、且(しばら)く彼(か)の関文(かんぶん)を留住(りゅうぞう)たまい、我が兄弟(きょうだい)をして彼と与(とも)に再(ふたた)び一賭(ひとたび)け賭(と)けしめ、如何(いかん)なるかを看たまえ」と。

かの国王(こくおう)は著実(ちゃくじつ)昏乱(こんらん)たり、東(ひがし)に説(い)えば東(ひがし)に向(むか)い、西(にし)に説(い)えば西(にし)に向(むか)い、真箇(まこと)にかの関文(かんぶん)を収(おさ)めて言う、「国師(こくし)よ、汝は怎(いか)にして彼と与(とも)に賭(と)くると?」と。虎力大仙(こりきたいせん)言う、「我は彼と与(とも)に坐禅(ざぜん)を賭(と)かん」と。国王言う、「国師(こくし)は差(あやま)れり。かの和尚(おしょう)は乃(すなわ)ち禅教(ぜんきょう)の出身(しゅっしん)なれば、必(かなら)ず先(ま)ず禅機(ぜんき)を会(え)得(う)べてこそ、敢(あ)えて旨(むね)を奉(ほう)じて経(きょう)を求(もと)めん。汝怎(いか)でか彼と与(とも)に此(これ)を賭(と)かんとする?」と。大仙(たいせん)言う、「我がこの坐禅(ざぜん)は、常(つね)と比(くら)ぶるに同(おな)じからず。一(ひと)つの異名(いめい)有りて、『雲梯顕聖(うんていけんせい)』と教(い)い做(な)す」と。国王言う、「何(なに)をか雲梯顕聖(うんていけんせい)と謂(い)う?」と。大仙(たいせん)言う、「一百張(ひゃくじょう)の桌子(たくし)を要(よう)し、五十張(ごじっじょう)を以(も)って一禅台(いちぜんだい)と做(な)し、一張(いちじょう)ずつ迭(かさ)ね将(も)ちて起(た)て去(や)り、手を攀(よ)じて上(のぼ)るを許(ゆる)さず、また梯凳(ていとう)を用(もち)いて登(のぼ)るを用(もち)いず、各(おのおの)一朶(ひとはな)の雲頭(うんとう)を駕(が)し、台(だい)に上(のぼ)りて坐(ざ)し下(くだ)り、幾(いく)箇(か)の時辰(じしん)かを約定(やくじょう)して動(うご)かざらんことを」と。

国王(こくおう)、此(これ)に些(いささ)かの難処(なんしょ)の有るを見るや、すなわち便(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて問(と)い言う、「かの和尚(おしょう)よ、我が国師(こくし)は汝と与(とも)に雲梯顕聖(うんていけんせい)の坐禅(ざぜん)を賭(と)かんと要(もと)むるが、孰(いず)れか会(え)するや?」と。行者(ぎょうじゃ)、言(げん)を聞(き)きて沈吟(ちんぎん)して答(こた)えず。八戒(はっかい)言う、「兄者(あにじゃ)、怎(いか)にしてか言(ものい)わざる?」と。行者言う、「兄弟(きょうだい)よ、実(じつ)は汝に瞞(あざむ)かずして説(い)わんに、もし踢天弄井(てきてんろうせい)、撹海翻江(こうかいほんこう)、担山赶月(たんざんかんげつ)、換斗移星(かんといせい)、諸般(しょはん)の巧事(こうじ)は、我都(みな)干(な)し得(う)べし。すなわち是れ頭(こうべ)を砍(き)り脳(のう)を剁(たた)き、腹(はら)を剖(さ)き心(こころ)を剜(えぐ)る、異様(いよう)の騰那(とうな)も、却(かえ)ってもまた怕(おそ)れず。但(ただ)し坐禅(ざぜん)を説(い)えば、我すなわち輸(ま)けたり。我争(いずく)んぞ此の坐性(ざしょう)有らんや。汝すなわち我を鉄柱(てっちゅう)の上に鎖(さ)しつくとも、我もまた上(かみ)下(しも)と爬蹅(はさ)し、莫(な)かれかく坐(ざ)し得(う)ることを想(おも)え」と。

三蔵(さんぞう)は忽然(たちまち)開言(かいげん)て言う、「我は坐禅(ざぜん)を会(え)たり」と。行者(ぎょうじゃ)、歓喜(かんぎ)して言う、「却好(かえってよし)却好(かえってよし)! 可(よ)く幾多(いくばく)の時(とき)か坐(ざ)し得(う)る?」と。三蔵言う、「我幼年(ようねん)の方(かた)上(じょう)の禅僧(ぜんそう)の道(みち)を講(こう)ずるに遇(あ)いしに、かの性命(しょうみょう)の根本上(こんぽんじょう)に、性(せい)を定(さだ)め神(しん)を存(そん)じて、死生関(ししょうかん)の裡(うち)に在(あ)りても、また二三箇(にさんこ)の年頭(ねんとう)を坐(ざ)しつ」と。行者言う、「師父(しふ)もし二三年(にさんねん)坐(ざ)さば、我等(われら)すなわち取経(しゅけい)を罷(や)めん。多(おお)くも二三箇(にさんこ)の時辰(じしん)に上(のぼ)らずして、すなわち下(お)り来(きた)らんず」と。三蔵言う、「徒弟(でし)や、却(かえ)って是れ上(のぼ)ること能(あた)わず」と。行者言う、「汝上前(まえ)にちて応答(こた)えよ、我汝を送(おく)りて上(のぼ)らん」と。

かの長老(ちょうろう)は果(はた)して掌(て)を合(あ)わせ胸(むね)に当(あ)てて言う、「貧僧(ひんそう)は坐禅(ざぜん)を会(え)たり」と。国王(こくおう)、旨(むね)を伝(つた)えて禅台(ぜんだい)を立(た)てしむ。国家(こっか)に倒山(とうざん)の力(ちから)有れば、半箇(はんか)の時辰(じしん)を消(へだ)たずして、すなわち両座(ふたつ)の台(だい)を設(もう)け起(お)こし、金鑾殿(きんらんでん)の左右(そうゆう)に在(あ)らしむ。

かの虎力大仙(こりきたいせん)は殿(でん)を下(お)り、階心(かいしん)に立(た)ち、身(み)を一縦(ひとたびとお)すや、一朶(ひとはな)の席雲(せきうん)を踏(ふ)みて、径(ただち)に西辺(にしべ)の台(だい)の上に至(いた)りて坐(ざ)し下(くだ)る。行者(ぎょうじゃ)、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)きて、仮象(かぞう)に変(へん)じ做(な)し、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に陪(ばい)して下(しも)に立(た)たしめ、彼は却(かえ)って五色(ごしき)の祥雲(しょううん)を作(つく)り、唐僧(とうそう)を将(も)ちて撮(つま)み起(あ)げて空中(くうちゅう)に上げ、径(ただち)に東辺(ひがしべ)の台(だい)の上に至(いた)りて坐(ざ)し下(くだ)らしむ。彼また祥光(しょうこう)を斂(おさ)め、変(へん)じて一箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)と做(な)り、飛(と)びて八戒(はっかい)の耳朶(じだ)の辺(ほとり)に在(あ)りて言う、「兄弟(きょうだい)よ、仔細(つまびらか)に師父(しふ)を看着(みまも)りてよ、再(ふたた)び老孫(ろうそん)の替身(たいしん)と説話(ものがたり)すること莫(な)かれ」と。かの呆子(あほう)は笑(わら)って言う、「理会得(りかいえた)! 理会得(りかいえた)!」と。

却(かえ)って説(と)く、かの鹿力大仙(ろくりきたいせん)は繍墩(しゅうとん)の上に在(あ)りて坐(ざ)し、多時(たじ)これを看るに、彼(か)の二人(ふたり)は高台(こうだい)の上に在(あ)りて勝負(しょうぶ)を分(わ)かたざれば、この道士(どうし)すなわち彼(か)の師兄(しけい)を助(たす)けて一功(いっこう)を成(な)さんとす。脳後(のうご)の短髪(たんぱつ)を一根(ひとすじ)抜(ぬ)き、これを捻(ね)じて一団(ひとくれ)と做(な)し、弾(はじ)き将(も)ちて上げ去(や)れば、径(ただち)に唐僧(とうそう)の頭上(ずじょう)に至(いた)り、変(へん)じて一箇(ひとつ)の大臭虫(だいしゅうちゅう)と做(な)り、長老(ちょうろう)を咬(か)み住(と)めるなり。かの長老(ちょうろう)は先(ま)ず痒(かゆ)きを覚(さと)り、然(しか)る後(のち)疼(いた)みを覚(さと)る。元来(がんらい)、坐禅(ざぜん)の者(もの)は手を動(うご)かすを許(ゆる)さず、手を動(うご)かせば輸(まけ)と算(かぞ)うれば、一時間(ひととき)疼痛(とうつう)の禁(こら)え難(がた)く、彼は頭(こうべ)を縮(ちぢ)め、衣襟(いきん)に就(つ)きて痒(かゆ)きを擦(こす)る。八戒(はっかい)言う、「不好了(たいへんだ)! 師父(しふ)や、羊児風(ようじふう)の発(はっ)したり」と。沙僧(さそう)言う、「否(いな)、是れ頭風(ずふう)の発(はっ)したるなり」と。

行者(ぎょうじゃ)これを聴きて言う、「我が師父(しふ)は乃(すなわ)ち志誠(しせい)の君子(くんし)なり。彼坐禅(ざぜん)を会(え)たりと説(い)えば、断然(だんぜん)会(え)たり、会(え)ずと説(い)えば、ただ是れ会(え)ざるのみ。君子家(くんしか)、豈(あ)に謬(あやまり)有らんや。汝等(なんだち)二人(ふたり)は言(ものい)うを休(や)めよ、我の上(のぼ)りて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。

好(よ)き行者(ぎょうじゃ)かな、嚶(おう)の一声(ひとこえ)として、飛(と)びて唐僧(とうそう)の頭上(ずじょう)に在(あ)るに、ただ見れば、豆粒(とうりゅう)大(おお)きさの一箇(ひとつ)の臭虫(しゅうちゅう)の彼(か)の師父(しふ)を叮(さ)す有り。慌(あわ)てて手を以(も)ちて捻(つま)み下(おろ)し、師父(しふ)に替(か)わりて撓撓(とうとう)摸摸(もも)りたり。かの長老(ちょうろう)は疼(いた)からず痒(かゆ)からず、端然(たんぜん)として上に坐(ざ)し居(お)る。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに想(おも)えらく、「和尚(おしょう)の頭(あたま)は光(ひかり)て、虱子(しっし)もまた一箇(ひとつ)安(やす)んじ得ざるに、如何(いか)でか此の臭虫(しゅうちゅう)有らん? 想(おも)うに是れかの道士(どうし)の弄(もう)せる玄虚(げんきょ)にして、我が師父(しふ)を害(そこな)わんとするならん。哈哈(ははあ)! 枉(むな)しくもまた輸贏(しゅえい)の見えざれば、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて彼を一弄(ひといたずら)か弄(ろう)するを待て!」と。

この行者(ぎょうじゃ)、飛(と)び将(も)ちて去(ゆ)き、金殿(きんでん)の獣頭(じゅうとう)の上に落(お)ち下(くだ)り、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(ひとへん)じ、一条(ひとすじ)の七寸(しちすん)長(なが)き蜈蚣(ごこう)に変(へん)じ做(な)り、径(ただち)に来(きた)りて道士(どうし)の鼻凹(びおう)の裡(うち)を叮(さ)すこと一下(ひとつ)したり。かの道士(どうし)は坐(ざ)すること穏(おだ)やかならず、一箇(ひとつ)の筋斗(きんと)にて翻(ひるがえ)り将(も)ちて下(お)り去(ゆ)き、幾(ほとん)ど性命(しょうみょう)を喪(うしな)わんとせしが、幸(さいわ)いに大小(だいしょう)の官員(かんいん)の人(ひと)多(おお)くして救(すく)い起(お)こしたり。国王(こくおう)大(おお)いに驚(おどろ)き、すなわち当駕(とうが)の太師(たいし)をして彼を領(いな)れて文華殿(ぶんかでん)の裡(うち)に往(ゆ)きて梳洗(そせん)せしむ。行者(ぎょうじゃ)は仍(な)お祥雲(しょううん)を駕(が)し、師父(しふ)を将(も)ちて駄(お)い下(おろ)し階前(かいぜん)に至(いた)るに、已(すで)に是れ長老(ちょうろう)の勝(かち)を得たるなり。

かの国王(こくおう)、ただ放行(ほうこう)ぜよと教(おし)うのみなるに、鹿力大仙(ろくりきたいせん)また奏(そう)して言う、「陛下(へいか)、我が師兄(しけい)は原(もと)と暗風疾(あんぷうしつ)有りて、高(たか)き処(ところ)に到(いた)り、天風(てんぷう)を冒(おか)ししに因(よ)り、旧疾(きゅうしつ)の挙発(きょはつ)せしゆえ、故(こと)さらに和尚(おしょう)をして勝(かち)を得しめたるのみ。且(しばら)く彼を留下(りゅうげ)たまい、我の彼と与(とも)に隔板猜枚(かくばんさいばい)を賭(と)くを待(ま)て」と。国王言う、「怎(いか)にしてこれを隔板猜枚(かくばんさいばい)と謂(い)い做(な)すか?」と。鹿力(ろくりき)言う、「貧道(ひんどう)に隔板知物(かくばんちぶつ)の法(ほう)有り。かの和尚(おしょう)能(よ)く彀(あた)わんや否(いな)やを看ん。彼もし我に過(まさ)りて猜(あ)て得(う)れば、彼をして出(い)で去(ゆ)かしめよ。猜(あ)て着(あた)らずんば、陛下(へいか)の問擬(もんぎ)て罪名(ざいみょう)を下(くだ)したまわんに任(まか)せ、我が昆仲(こんちゅう)の恨(うらみ)を雪(すす)ぎ、二十年(にじゅうねん)の国(くに)を保(たも)ちし恩(おん)を汚(けが)さざらんのみ」と。

真箇(まこと)にかの国王(こくおう)は十分(じゅうぶん)の昏乱(こんらん)にして、此の讒言(ざんげん)に依(よ)る。すなわち旨(むね)を伝(つた)え、一箇(ひとつ)の朱紅漆(しゅこうぬり)の櫃子(きす)を将(も)ち、内官(ないかん)に命(めい)じて宮殿(きゅうでん)に抬(かつ)ぎ到(いた)らせ、娘娘(にゃんにゃん)をして件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)を放(お)き上げしむ。

須臾(しばし)にして抬(かつ)ぎ出(いだ)し、白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に放(お)き、僧道(そうどう)に教(おし)えて言う、「汝等(なんだち)両家(りょうけ)、各(おのおの)法力(ほうりき)を賭(と)け、かの櫃中(きちゅう)の是れ何(なん)の宝貝(ほうばい)なるかを猜(あ)てよ」と。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)や、櫃中(きちゅう)の物(もの)を、如何(いか)にしてか知り得ん?」と。行者(ぎょうじゃ)、祥光(しょうこう)を斂(おさ)め、還(ま)た蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ做(な)り、唐僧(とうそう)の頭上(ずじょう)に釘(とど)まりて言う、「師父(しふ)放心(ほうしん)ぜよ、我の去(ゆ)きて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、軽軽(けいけい)と飛(と)びて櫃(きす)の上に到(いた)り、かの櫃脚(ききゃく)の下(もと)に爬(は)い在(あ)るに、一条(ひとすじ)の板縫児(ばんほうじ)の有るを見る。彼これより潜(くぐ)り将(も)ちて入り去(ゆ)き、一箇(ひとつ)の紅漆丹盤(こうしつたんばん)の有りて、内(うち)に一套(ひとくさり)の宮衣(きゅうい)を放(お)けるを見るに、乃(すなわ)ち是れ山河社稷襖(さんがしゃしょくおう)、乾坤地理裙(けんこんちりき)なり。手を以(も)ちて拿(と)り起(あ)げて、抖(ゆす)り乱(みだ)し、舌尖(ぜっせん)の上を咬(か)み破(やぶ)り、一口(ひとくち)の血哨(けっしょう)を哨(ふ)き将(も)ちて去(ゆ)き、声(こえ)を叫(よば)わりて「変(へん)ぜよ!」と曰(い)うや、すなわち変(へん)じて一件(ひとえ)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)と做(な)る。臨行(りんこう)にまた一泡(ひとふく)の臊溺(そうでき)を撒(ま)き上ぐるを加(くわ)え、却(かえ)って還(ま)た板縫(ばんほう)の裡(うち)より潜(くぐ)り出(い)で、飛(と)びて唐僧(とうそう)の耳朶(じだ)の上に在(あ)りて言う、「師父(しふ)や、汝ただ是れ襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)なりと猜(あ)てよ」と。三蔵言う、「彼は宝貝(ほうばい)を猜(あ)てよと教(おし)うるに、襤褸(らんる)は是れ件(なに)の宝貝(ほうばい)ぞ?」と。行者言う、「彼を管(かま)うる莫(なか)れ、ただ猜(あ)て着(あた)らば便(すなわ)ち是れなり」と。

唐僧(とうそう)、前(まえ)に一歩(ひとあし)を進(すす)めて正(まさ)に猜(あ)てんとせしに、かの鹿力大仙(ろくりきたいせん)言う、「我先(ま)ず猜(あ)てん。かの櫃裡(きり)は是れ山河社稷襖(さんがしゃしょくおう)、乾坤地理裙(けんこんちりき)なり」と。唐僧言う、「否(いな)、否(いな)、櫃裡(きり)は是れ一件(ひとえ)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)なり」と。国王言う、「この和尚(おしょう)無礼(ぶれい)なり! 敢(あ)えて我が国中(こくちゅう)に宝(たから)無(な)しと笑(わら)い、甚(なん)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)か猜(あ)つる!」と。

教(おし)えて曰(のたま)わく、「拿(とら)えよ!」と。かの両班(りょうはん)の校尉(こうい)、すなわち手を動(うご)かさんとせしに、慌(あわ)てたる唐僧(とうそう)、掌(て)を合(あ)わせて高(たか)く呼(よば)わりて言う、「陛下(へいか)、且(しばら)く貧僧(ひんそう)を一時(ひととき)赦(ゆる)したまい、櫃(きす)を打(う)ち開(あ)けて看るを待(ま)て。端(はた)して是れ宝(たから)ならば、貧僧(ひんそう)罪(つみ)を領(う)け奉(たてまつ)らん。もし宝(たから)に非(あら)ざれば、却(かえ)って貧僧(ひんそう)を屈(くつ)するに非(あら)ざらんや?」と。国王(こくおう)、打(う)ち開(あ)けて看よと教(おし)う。当駕官(とうがかん)すなわち開(ひら)き、丹盤(たんばん)を捧(ささ)げ出(いだ)して看れば、果(はた)して是れ一件(ひとえ)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)なり。国王(こくおう)大(おお)いに怒(いか)りて言う、「是れ誰(たれ)が此の物(もの)を放(お)き上げたるか?」と。龍座(りゅうざ)の後面(こうめん)より、三宮皇后(さんぐうこうごう)の閃(ひらめ)き上(のぼ)りて言う、「我主(わがぬし)、是れ梓童(しどう)が親手(みずから)手を下(くだ)して放(お)きし山河社稷襖(さんがしゃしょくおう)、乾坤地理裙(けんこんちり)なるに、却(かえ)って怎(いか)にして此の物(もの)に変(へん)じ成(な)りしかを知らず」と。国王言う、「御妻(ぎょさい)は請(こ)うて退(しりぞ)け、寡人(かじん)これを知る。宮中(きゅうちゅう)の用(もち)うる所(ところ)の物(もの)は、無非(すべて)是れ緞絹綾羅(どんけんりょうら)なるに、争(いか)でか此の甚(なん)の襤褸(らんる=ボロ)有らん?」と。教(おし)えて曰(のたま)わく、「櫃(きす)を抬(かつ)ぎ上げ来(きた)らせよ、朕(ちん)の親(みずか)ら一宝(ひとつのたから)を蔵(かく)して、再(ふたた)び試(こころ)みて如何(いかん)なるかを待て」と。

かの皇帝(こうてい)すなわち後宮(こうきゅう)に転(うつ)り、御花園(ごかえん)の裡(うち)の仙桃樹(せんとうじゅ)の上に結(むす)び得たる一個(ひとつ)の大桃子(だいとうじ)の、碗来(わんばかり)の大小(おおきさ)有るを把(と)りて、摘(つ)み下(おろ)して櫃内(きない)に放(お)き、また抬(かつ)ぎ下(おろ)して猜(あ)てよと叫(よば)わる。唐僧言う、「徒弟(でし)や、また来(きた)りて猜(あ)てよとのこと」と。行者言う、「放心(ほうしん)せよ、我の再(ふたた)び去(ゆ)きて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。また嚶(おう)の一声(ひとこえ)として飛(と)び将(も)ちて去(ゆ)き、還(ま)た板縫児(ばんほうじ)より潜(くぐ)り入りて見れば、是れ一個(ひとつ)の桃子(とうじ)なるに、正(まさ)に彼(か)の意(こころ)に合(かな)えば、すなわち原身(げんしん)を現(あらわ)し、櫃裡(きり)に坐(ざ)して、桃子(とうじ)を将(も)ちて一頓(ひとくい)に口(くち)にて啃(かじ)りて干乾浄浄(からりときれい)にし、両辺(りょうべん)の腮凹児(さいおうじ)まで都(みな)啃(かじ)り浄(きよ)めて、核児(たね)を将(も)ちて内(うち)に安(やす)んじ置(お)く。仍(な)お蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ、飛(と)び将(も)ちて出(い)で去(ゆ)き、唐僧(とうそう)の耳朶(じだ)に釘(とど)まりて言う、「師父(しふ)や、ただ是れ一個(ひとつ)の桃核子(とうかくし)なりと猜(あ)てよ」と。

長老言う、「徒弟(でし)や、休(や)めて我を弄(ろう)せよ。先前(さきほど)は口(くち)の快(きわ)まらざりしに因(よ)らずんば、幾(ほとん)ど拿(とら)え去(ゆ)かれて典刑(てんけい)に処(しょ)せられしところなり。この番(たび)は須(かなら)ず宝貝(ほうばい)を猜(あ)てこそ方(まさ)に好(よ)からんに、桃核子(とうかくし)は是れ甚(なん)の宝貝(ほうばい)ぞ?」と。行者言う、「怕(おそ)るるを休(や)めよ、ただ管(ひたすら)に彼に贏(か)たば便(すなわ)ち已(や)まん」と。

三蔵(さんぞう)正(まさ)に言(げん)を開(ひら)かんとせしに、かの羊力大仙(ようりきたいせん)の、貧道(ひんどう)先(ま)ず猜(あ)てん、是れ一顆(ひとつ)の仙桃(せんとう)なり、と道(いわ)えるを聴けり。三蔵猜(あ)て言う、「桃(とう)に非(あら)ず、是れ一個(ひとつ)の光桃核子(こうとうかくし)なり」と。かの国王(こくおう)喝(かつ)して言う、「是れ朕(ちん)の放(お)きし仙桃(せんとう)なるに、如何(いか)でか核(たね)ならん? 三国師(さんこくし)の猜(あ)て着(あた)れるなり」と。三蔵言う、「陛下(へいか)、打(う)ち開(あ)けて看たまわば就(すなわ)ち是れなり」と。当駕官(とうがかん)また抬(かつ)ぎ上げ去(ゆ)きて打(う)ち開(あ)け、丹盤(たんばん)を捧(ささ)げ出(いだ)せば、果(はた)して是れ一個(ひとつ)の核子(かくし)にして、皮肉(ひにく)倶(とも)に無(な)し。国王(こくおう)これを見て、心(こころ)驚(おどろ)きて言う、「国師(こくし)よ、彼と与(とも)に賭闘(ととう)するを休(や)めよ、彼をして去(ゆ)かしめよ。寡人(かじん)の親手(みずから)蔵(かく)しし仙桃(せんとう)も、如今(いま)はただ一箇(ひとつ)の核子(かくし)あるのみなり。是れ甚人(たれ)か食(くら)いたるか? 想(おも)うに是れ鬼神(きしん)の暗(ひそ)かに彼を助(たす)くる有るならん」と。

八戒(はっかい)、これを聴きて、沙僧(さそう)と与(とも)に微微(びび)と冷笑(れいしょう)して言う、「還(ま)だ彼の桃子(とうじ)を食(くら)うの積年(せきねん)なるを知らざるに!」と。

正(まさ)に話(はなし)の間(あいだ)に、ただ見れば、かの虎力大仙(こりきたいせん)、文華殿(ぶんかでん)より梳洗(そせん)し了(おわ)りて、殿前(でんぜん)に走(のぼ)り上(きた)りて言う、「陛下(へいか)、この和尚(おしょう)には搬運抵物(はんうんていぶつ)の術(じゅつ)有り。櫃(きす)を抬(かつ)ぎ上げ来(きた)らせよ、我彼(か)の術法(じゅっぽう)を破(やぶ)りて、彼と与(とも)に再(ふたた)び猜(あてが)わん」と。国王言う、「国師(こくし)は還(な)お甚(なに)をか猜(あ)てんと要(もと)むるか?」と。虎力(こりき)言う、「術法(じゅっぽう)はただ物件(ぶっけん)を抵(か)え得(う)るのみ、却(かえ)って人身(じんしん)を抵(か)うることを得ず。この道童(どうどう)を将(も)ちて内(うち)に蔵(かく)さば、管教(きっと)彼に抵(か)え換(か)うることを得ざらしめん」と。

この小童(しょうどう)、果(はた)して櫃裡(きり)に蔵(かく)され、櫃蓋(きがい)を掩(おお)い上げ、抬(かつ)ぎ将(も)ちて下(おろ)し去(ゆ)き、教(おし)えて曰(い)わく、「かの和尚(おしょう)よ、再(ふたた)び猜(あ)てよ、この三番(みたびめ)は是れ甚(なん)の宝貝(ほうばい)なるか」と。三蔵言う、「また来(きた)れる!」と。行者言う、「我の再(ふたた)び去(ゆ)きて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。嚶(おう)とまた飛(と)び去(ゆ)き、内(うち)に潜(くぐ)り入りて見れば、是れ一個(ひとつ)の小童児(しょうどうじ)なり。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、彼は却(かえ)って見識(けんしき)有り、果(はた)して是れ騰那(とうな)の天下(てんか)に少(すくな)く、この伶俐(れいり)の世間(せけん)に稀(まれ)なるに似(に)たり! 彼すなわち身(み)を揺(ゆ)るがして一変(ひとへん)じ、一個(ひとり)の老道士(ろうどうし)の一般(ごと)き容貌(ようぼう)に変(へん)じ做(な)り、櫃裡(きり)に入りて声(こえ)を叫(よば)わりて「徒弟(でし)や」と曰(い)う。童児(どうじ)言う、「師父(しふ)、汝は何処(いずこ)より来(きた)れるか?」と。行者言う、「我遁法(とんぽう)を使(つか)いて来(きた)れる」と。童児言う、「汝来(きた)れるに何(なん)の教誨(おしえ)か有る?」と。行者言う、「かの和尚(おしょう)は汝の櫃(きす)に入り来(きた)れるを見たり。彼もし道童(どうどう)と猜(あ)てなば、却(かえ)ってまた輸(まけ)んとせずや? 是(ここ)に特に来(きた)りて汝と与(とも)に計較(けいこう)せんとす。頭(こうべ)を剃(そ)りて、我等(われら)和尚(おしょう)と猜(あ)てんことを」と。童児言う、「但(ただ)師父(しふ)の処治(しょち)に任(まか)せよ、ただ我等(われら)の彼に贏(か)たんことを要(もと)むるのみ。もしまた彼に輸(まけ)なば、但(ただ)に声名(せいめい)を低(ひく)うするのみならず、また朝廷(ちょうてい)の敬重(けいちょう)せざらんことを恐(おそ)る」と。行者言う、「説(いう)ところは是(せい)なり。我が児(こ)よ、過(こ)ち来(きた)れ、彼に贏(か)たば、我重重(かさねがさね)に汝に賞(ほうび)を与(あた)えん」と。

すなわち金箍棒(きんこぼう)を将(も)ちて一把(ひとふり)の剃頭刀(ていとうとう)に変(へん)じ做(な)し、かの童児(どうじ)を摟抱(ろうほう)て、口(くち)の裡(うち)にて叫(よば)わりて言う、「乖乖(かいかい)、疼(いた)みを忍(しの)び、声(こえ)を放(はな)つこと莫(なか)れ、我の汝に剃頭(ていとう)するを待て」と。須臾(しばらく)にして髪(かみ)を剃(そ)り下(おろ)し、これを窩(まる)めて一団(ひとくれ)と做(な)し、かの櫃脚(ききゃく)の紇絡(こつらく)に塞(つ)め込(こ)み、刀児(とうじ)を収(おさ)め、彼(か)の光頭(こうとう)を摸(さす)りて言う、「我が児(こ)よ、頭(あたま)は便(すなわ)ち和尚(おしょう)に象(に)たるが、ただ是れ衣裳(いしょう)の趁(かな)わざるのみ。脱(ぬ)ぎ下(おろ)せ、我汝がために一変(ひとへん)ぜん」と。

かの道童(どうどう)の穿(き)たるは一領(ひとえ)の葱白色(そうはくしょく)の雲頭花絹(うんとうかけん)に錦(にしき)の沿辺(えんぺん)を繍(ぬい)とれる鶴氅(かくしょう)なるが、真箇(まこと)に脱(ぬ)ぎ下(おろ)したるに、行者(ぎょうじゃ)に一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きかけられ、「変(へん)ぜよ!」と叫(よば)わるや、すなわち変(へん)じて一件(ひとえ)の土黄色(どおうしょく)の直裰児(ちょくとつじ)と做(な)り、彼に穿(き)せたり。

また二根(ふたすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、変(へん)じて一個(ひとつ)の木魚児(もくぎょじ)と做(な)し、彼の手の裡(うち)に遞(わた)して言う、「徒弟(でし)よ、須(かなら)ず聴け。ただ道童(どうどう)と叫(よば)わるとも、千万(くれぐれ)も出(い)で去(ゆ)くこと莫(なか)れ。もし和尚(おしょう)と叫(よば)わらば、汝すなわち我がために櫃蓋(きがい)を頂(いただ)き開(あ)け、木魚(もくぎょ)を敲(たた)き、一巻(ひとまき)の仏経(ぶっきょう)を念(とな)えて潜(くぐ)り出(い)でよ。方(はじ)めて成功(せいこう)を得(う)べきなり」と。童児言う、「我はただ《三官経(さんかんきょう)》、《北斗経(ほくときょう)》、《消災経(しょうさいきょう)》を念(とな)うるを会(え)るのみ、仏家(ぶっけ)の経(きょう)を念(とな)うるを会(え)ず」と。行者言う、「汝仏(ほとけ)を念(とな)うるを会(え)るか?」と。童児言う、「阿弥陀仏(あみだぶつ)は、孰(たれ)か念(とな)うるを会(え)ざらん?」と。行者言う、「也罷(やめおこう)也罷(やめおこう)、すなわち仏(ほとけ)を念(とな)えよ、我のまた汝に教(おし)うるを省(はぶ)かん。切記(かならず覚え)せよ、我去(ゆ)かん」と。

還(ま)た蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ、潜(くぐ)り出(い)で去(ゆ)き、飛(と)びて唐僧(とうそう)の耳輪(じりん)の辺(ほとり)に在(あ)りて言う、「師父(しふ)、汝ただ是れ一個(ひとり)の和尚(おしょう)なりと猜(あ)てよ」と。三蔵言う、「この番(たび)は彼の准(きっと)贏(か)たん」と。行者言う、「汝怎(いか)にしてか定(さだ)め得(う)る?」と。三蔵言う、「経(きょう)の上に云(い)える有り、仏(ほとけ)・法(ほう)・僧(そう)を三宝(さんぼう)とす。和尚(おしょう)は却(かえ)ってまた是れ一宝(いっぽう)なり」と。

正(まさ)に説(と)く処(ところ)に、ただかの虎力大仙(こりきたいせん)の、陛下(へいか)、第三番(みたびめ)は是れ一個(ひとり)の道童(どうどう)なり、と道(いわ)えるを見る。只管(ただただ)叫(よば)わるれども、彼争(どう)して肯(あ)えて出(い)で来(きた)らん。三蔵(さんぞう)掌(て)を合(あ)わせて言う、「是れ一個(ひとり)の和尚(おしょう)なり」と。八戒(はっかい)力(ちから)を尽(つく)して高(たか)く叫(よば)わりて言う、「櫃裡(きり)は是れ一個(ひとり)の和尚(おしょう)なり!」と。かの童児(どうじ)、忽(たちま)ち櫃蓋(きがい)を頂(いただ)き開(あ)け、木魚(もくぎょ)を敲(たた)き、仏(ほとけ)を念(とな)えて、潜(くぐ)り出(い)で来(きた)る。喜(よろこ)ばせたるかの両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)は、斉(ひと)しく声(こえ)を喝采(かっさい)し、唬(おどろ)かしたるかの三人(みたり)の道士(どうし)は、拑口無言(きょうこうむげん)たり。

国王言う、「この和尚(おしょう)は是れ鬼神(きしん)の輔佐(ほさ)する有るなり! 怎(いか)にして道士(どうし)の櫃(きす)に入りたるが、就(すなわ)ち変(へん)じて和尚(おしょう)と做(な)り得んや? 縦(たと)い待詔(たいしょう)の跟(したが)いて入り去(ゆ)きたりとも、またただ頭(こうべ)を剃(そ)り得(う)るのみなるべしに、如何(いか)でか衣服(いふく)もまた能(よ)く体(からだ)に趁(かな)い、口(くち)の裡(うち)また会(よ)く仏(ほとけ)を念(とな)うるや? 国師(こくし)よ! 彼をして去(ゆ)かしめよ!」と。

虎力大仙(こりきたいせん)言う、「陛下(へいか)、左右(とにかく)是れ棋(き)の対手(たいしゅ)に逢(あ)い、将(しょう)の良材(りょうざい)に遇(あ)うの類(たぐい)なり。貧道(ひんどう)は将(も)ちて鍾南山(しょうなんざん)にて幼時(ようじ)に学(まな)びし武芸(ぶげい)をもて、索性(いっそ)彼と与(とも)に一賭(ひとたび)か賭(と)けん」と。国王言う、「何(なん)の武芸(ぶげい)か有る?」と。虎力言う、「弟兄(ていけい)三人(みたり)、都(みな)些(いささ)かの神通(じんつう)有り。頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)すことを会(え)て、また能(よ)く安(やす)んじ上ぐ。腹(はら)を剖(さ)き心(こころ)を剜(えぐ)りて、還(ま)た再(ふたた)び長(ととの)い完(まった)うし。滾油鍋(こうゆか)の裡(うち)に在りて、また能(よ)く澡(あら)い浴(あ)ぶることを」と。国王大(おお)いに驚(おどろ)きて言う、「この三事(さんじ)は都(みな)是れ死を尋(たず)ぬるの路(みち)なり!」と。虎力言う、「我等(われら)に此の法力(ほうりき)有ればこそ、才(はじ)めて敢(あ)えて此の朗言(ろうげん)を出(いだ)しつるなれ、断(きっ)として彼と与(とも)に賭(と)けてこそ已(や)まん」と。

かの国王(こくおう)叫(よば)わりて言う、「東土(とうど)の和尚(おしょう)よ、我が国師(こくし)は肯(あ)えて汝を放(はな)たず、還(な)お汝と与(とも)に頭(こうべ)を砍(き)り腹(はら)を剖(さ)き、滾油鍋(こうゆか)に下(くだ)りて澡(あら)い浴(あ)ぶるを賭(と)かんと要(もと)むるぞ」と。行者(ぎょうじゃ)は正(まさ)に蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ做(な)りて、往来(おうらい)して事(こと)を報(ほう)じおるに、忽(たちま)ち此の言(げん)を聴くや、すなわち毫毛(ごうもう)を収(おさ)め、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、哈哈(ははは)と大笑(たいしょう)して言う、「造化(ぞうか)! 造化(ぞうか)! 売買(ばいばい)の門(もん)に上(のぼ)り来(きた)れるぞ!」と。八戒言う、「この三件(みくだり)は都(みな)是れ性命(しょうみょう)を喪(うしな)うの事(こと)なるに、怎(いか)でか売買(ばいばい)の門(もん)に上(のぼ)りたりと説(い)うか?」と。行者言う、「汝は還(ま)だ我が本事(ほんじ)を知らざるなり」と。八戒言う、「兄者(あにじゃ)、汝はただこの等(よう)の変化騰那(へんげとうな)すら已(すで)に彀(た)れるに、怎(いか)でか還(ま)たこの等(よう)の本事(ほんじ)有るか?」と。

行者(ぎょうじゃ)言う、
我や、頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)さるるも能(よ)くもの言(い)い、
臂膊(ひほく)を剁(たた)き切(き)らるるも能(よ)く人(ひと)を打(う)つ。
腿脚(たいきゃく)を扎(えぐ)り去(さ)らるるも会(よ)く路(みち)を走(ゆ)き、
腹(はら)を剖(さ)きて還(ま)た平(たいら)かなるは妙絶倫(みょうぜつりん)なり。
人家(じんか)の扁食(へんしょく)を包(つつ)むに似(に)て、
一捻(ひとひね)りに一箇(ひとつ)すなわち囫圇(こつりん)となり。
油鍋(ゆか)にて澡(あら)い浴(あ)ぶるは更(さら)に易(やす)く、
ただ温湯(おんとう)の垢塵(こうじん)を滌(あら)うに当(あ)たるのみ。
と。

八戒(はっかい)・沙僧(さそう)これを聞(き)きて、呵呵(くわくわ)と大笑(たいしょう)す。行者(ぎょうじゃ)上前(まえにち)て言う、「陛下(へいか)、小和尚(しょうおしょう)は頭(こうべ)を砍(き)らるるを会(え)たり」と。国王言う、「汝怎(いか)にしてか頭(こうべ)を砍(き)らるるを会(え)たる?」と。行者言う、「我当年(とうねん)寺裡(じり)に在りて修行(しゅぎょう)せしに、曾(かつ)て一個(ひとり)の方上(ほうじょう)の禅和子(ぜんわし)に遇(あ)いしが、我に一個(ひとつ)の砍頭法(かんとうほう)を教(おし)えたり。好(よ)きや否(いな)やを知らざるも、如今(いま)且(しばら)く試(こころ)みに新(あらた)にせん」と。国王笑(わら)って言う、「かの和尚(おしょう)は年幼(ねんよう)にして事(こと)を知らず。頭(こうべ)を砍(き)るに何処(いずこ)かよき新(あらた)の試(ため)し有らん? 頭(こうべ)は乃(すなわ)ち六陽(ろくよう)の首(かしら)なれば、砍(き)り下(おろ)さばすなわち便(すなわ)ち死するのみ」と。虎力言う、「陛下(へいか)、正(まさ)に彼をして此(かく)の如(ごと)くならしめんことを要(もと)むるこそ、方(はじ)めて我等(われら)が気(いき)を出(いだ)し得(う)べきなれ」と。かの昏君(こんくん)彼(か)の言(げん)を信(しん)じ、すなわち旨(むね)を伝(つた)えて殺場(さつば)を設(もう)けしむ。

一声(ひとこえ)の旨(むね)を伝(つた)うるや、すなわち羽林軍(うりんぐん)三千(さんぜん)の、朝門(ちょうもん)の外(そと)に擺列(ならびつらな)る有り。国王(こくおう)教(おし)えて曰(いわ)く、「和尚(おしょう)先(ま)ず去(ゆ)きて頭(こうべ)を砍(き)られよ」と。行者(ぎょうじゃ)欣然(きんぜん)として応(こた)えて言う、「我先(ま)ず去(ゆ)かん! 我先(ま)ず去(ゆ)かん!」と。手を拱(こまね)きて、高(たか)く呼(よば)わりて言う、「国師(こくし)よ、大胆(だいたん)の先(さき)を占(し)むるを恕(ゆる)したまえ」と。頭(こうべ)を引(ひ)き回(めぐ)らし、外(そと)に向(むか)いて就(すなわ)ち走(ゆ)く。唐僧(とうそう)一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて言う、「徒弟(でし)や、仔細(つまびらか)にせよ、彼処(あそこ)は是れ戯(たわむ)るる処(ところ)に非(あら)ず」と。行者言う、「彼を怕(おそ)るるに怎(なん)の廉(いわれ)かあらん! 手を撒(はな)て、我の去(ゆ)きて来(きた)らんを待て」と。

かの大聖(たいせい)径(ただち)に殺場(さつば)の裡面(うち)に至(いた)り、劊子手(かいししゅ)に撾(つか)み住(とど)められ、捆(くく)りて一団(ひとくれ)と做(な)され、かの土墩(どとん)の高(たか)き処(ところ)に按(おさ)えらるるに、ただ一声(ひとこえ)の「開刀(かいとう)!」と喊(さけ)ぶを聴くや、颯(さっ)と個(ひとつ)の頭(こうべ)を砍(き)り将(も)ちて下(おろ)されたり。また劊子手(かいししゅ)に一脚(ひとあし)にて踢(け)り去(や)られ、好(あたか)も西瓜(すいか)の滚(ころが)るるが一般(ごと)く、滚(ころが)ること三四十歩(さんしじっぽ)の遠近(おちか)に及(およ)べり。行者(ぎょうじゃ)の腔子(こうし)の中(うち)は更(さら)に血(ち)を出(いだ)さず、ただ肚裡(はらのうち)の「頭(かしら)来(こ)よ!」と叫(よば)わるを聴くのみ。慌(あわ)てたる鹿力大仙(ろくりきたいせん)、この般(ごと)き手段(しゅだん)の有るを見るや、すなわち呪語(じゅご)を念(とな)え、本坊(ほんぼう)の土地神祇(どちしんぎ)に教(おし)えて曰(いわ)く、「人(ひと)の頭(こうべ)を将(も)ちて扯(ひ)き住(とど)めよ。我の和尚(おしょう)に贏(か)ちて国王(こくおう)に奏(そう)し了(おわ)らば、汝がために小祠堂(しょうしどう)を造(つく)り替(か)えて大廟宇(だいびょうう)と做(な)し、泥塑像(でいぞぞう)を改(あらた)めて正金身(しょうこんじん)と作(つく)らん」と。

元来(がんらい)かの土地神祇(どちしんぎ)らは、彼に五雷法(ごらいほう)の有るに因(よ)りて、また彼の使喚(しかん)に服(ふく)すれば、暗(あん)に真箇(まこと)に行者(ぎょうじゃ)の頭(こうべ)を把(おさ)え住(とど)めたり。行者(ぎょうじゃ)また声(こえ)を叫(よば)わりて「頭(かしら)来(こ)よ!」と曰(い)えども、かの頭(こうべ)は一(ひと)しく根(ね)を生(しょう)じたるが如(ごと)く、動(うご)かし得んと想(おも)うこと莫(なか)れ。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)焦(あせ)り、拳(こぶし)を捻(にぎ)りて、一掙(ひとふんば)り掙(ふんば)るや、捆(くく)りたる縄(なわ)を将(も)ちて就(すなわ)ち皆(みな)掙(ふ)り断(た)ち、声(こえ)を喝(かつ)して「長(のび)よ!」と曰(い)うや、颯(さっ)と腔子内(こうしない)より一個(ひとつ)の頭(こうべ)の長(は)え出(い)でたり。唬(おどろ)かしたるかの劊子手(かいししゅ)は箇箇(おのおの)心(こころ)驚(おどろ)き、羽林軍(うりんぐん)は人人(ひとびと)胆(きも)を戦(おのの)かせり。かの監斬官(かんざんかん)急(いそ)ぎ走(はし)り入りて朝(ちょう)に奏(そう)して言う、

「万歳(ばんざい)、かの小和尚(しょうおしょう)、頭(こうべ)を砍(き)られしが、また一顆(ひとつ)の頭(あたま)を長(は)え出(いだ)したり」と。八戒(はっかい)冷笑(れいしょう)して言う、「沙僧(さそう)よ、兄者(あにじゃ)に還(な)おこの般(ごと)き手段(しゅだん)有らんとは誰(たれ)か知らん」と。沙僧言う、「彼に七十二般(しちじゅうにばん)の変化(へんげ)有れば、すなわち七十二箇(しちじゅうにこ)の頭(あたま)有るなり」と。

説(と)き了(おわ)らざるに、行者(ぎょうじゃ)走(はし)り来(きた)りて声(こえ)を叫(よば)わりて「師父(しふ)」と曰(い)う。三蔵(さんぞう)大(おお)いに喜(よろこ)びて言う、「徒弟(でし)や、辛苦(つらか)りしか?」と。行者言う、「辛苦(つら)からず、却(かえ)って好(よ)き戯(たわむれ)なり」と。八戒言う、「兄者(あにじゃ)、刀瘡薬(とうそうやく)を用(もち)うるか?」と。行者言う、「汝は摸(さわ)りて看よ、刀痕(とうこん)の有るや否(いな)やを」と。かの呆子(あほう)手を伸(の)べて一摸(ひとさわり)するや、すなわち呆呆睜睜(ほうけたる目)に笑(わら)いて言う、「妙哉(みょうなるかな)! 妙哉(みょうなるかな)! 却(かえ)ってもまた完全(まった)く長(ととの)い、截疤児(せっぱ)も些(いささ)かも無(な)し!」と。

兄弟(きょうだい)たち正(まさ)に都(みな)歓喜(かんき)せしに、また国王(こくおう)の関文(かんぶん)を領(う)けよと叫(よば)わるを聴く、「汝の罪(つみ)を赦(ゆる)さん! 疾(と)く去(ゆ)け! 疾(と)く去(ゆ)け!」と。行者言う、「関文(かんぶん)は領(う)くとも、必(かなら)ずや国師(こくし)もまた曹(そう)に赴(おもむ)きて頭(こうべ)を砍(き)られよ。また当(まさ)に試(こころ)みに新(あらた)ならんことを」と。国王言う、「大国師(だいこくし)よ、かの和尚(おしょう)もまた汝を肯(あ)えて放(はな)たざるなり。汝彼と与(とも)に賭勝(としょう)してよ、且(しばら)く寡人(かじん)を唬(おどろ)かすこと莫(なか)れ」と。

虎力(こりき)もまた已(や)むを得ず去(ゆ)き、幾箇(いくたり)かの劊子手(かいししゅ)にまた地(ち)に捆(くく)り翻(ひるがえ)され、一幌(ひとひらめき)して頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)され、一脚(ひとあし)もまた踢(け)り将(も)ちて去(や)らる。滚(ころが)ること三十余歩(さんじゅうよほ)有りて、彼の腔子裡(こうしり)もまた血(ち)を出(いだ)さず、また一声(ひとこえ)の「頭(かしら)来(こ)よ!」と叫(よば)わる。行者(ぎょうじゃ)すなわち忙(いそ)ぎて一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)ぜよ!」と叫(よば)わるや、一条(ひとつ)の黄犬(こうけん)に変(へん)じ做(な)りて場中(じょうちゅう)に走(はし)り入り、かの道士(どうし)の頭(こうべ)を一口(ひとくち)に銜(くわ)え来(きた)り、径(ただち)に御水河(ぎょすいが)の辺(ほとり)に走(はし)り到(いた)りて投(なげう)ち下(おろ)しけり。これを措(お)かず。

却(かえ)って説(と)く、かの道士(どうし)三声(みこえ)まで叫(よば)われども、人(ひと)の頭(こうべ)到(いた)らず、怎(いか)でか行者(ぎょうじゃ)が手段(しゅだん)に似(に)たるを得ん、長(は)え出(い)でずして、腔子中(こうしちゅう)より骨都都(こつこつと)紅光(こうこう)の迸(ほとばし)り出(い)づ。憐(あわ)れむべし、
空(むな)しく喚雨呼風(かんうこふう)の法(ほう)有りとも、怎(いか)でか長生果正仙(ちょうせいかしょうせん)に比(くら)ぶべき。
と。

須臾(しばらく)にして塵埃(じんあい)に倒(たお)れ臥(ふ)せるを、衆人(しゅうじん)の観看(みまも)れば、乃(すなわ)ち是れ一隻(ひとつ)の無頭(むとう)の黄毛虎(こうもうこ)なり。かの監斬官(かんざんかん)また来(きた)りて奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、大国師(だいこくし)は頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)されても長(は)え出(い)だすこと能(あた)わず、塵埃(じんあい)の裡(うち)に死したるは、一隻(ひとつ)の無頭(むとう)の黄毛虎(こうもうこ)に御座(ござ)ります」と。国王(こくおう)奏(そう)を聞(き)きて、大(おお)いに驚(おどろ)き失色(しっしょく)し、目(め)を転(めぐ)らさずしてかの二人(ふたり)の道士(どうし)を看つむ。鹿力(ろくりき)身(み)を起(お)こして言う、「我が師兄(しけい)は已(すで)に命(めい)の禄(ろく)に到(いた)りて絶(た)えたるならんに、如何(いか)でか是れ一隻(ひとつ)の黄虎(こうこ)ならん! これ都(みな)是れかの和尚(おしょう)の憊懶(はいらん)にして、掩眼法児(えんがんほうじ)なるを料(つか)い、我が師兄(しけい)を将(も)ちて畜類(ちくるい)に変(へん)じ做(な)したるなり! 我今(いま)定(かなら)ず彼を饒(ゆる)さじ、定(かなら)ず彼と与(とも)にかの剖腹剜心(ぼうふくえんしん)を賭(と)かんとす!」と。

国王(こくおう)これを聞(き)きて、方(はじ)めて性(せい)を定(さだ)め神(しん)を回(めぐ)らし、また「かの和尚(おしょう)よ、二国師(にこくし)は還(な)お汝と与(とも)に賭(と)かんと要(もと)むるぞ」と叫(よば)わる。行者言う、「小和尚(しょうおしょう)は久(ひさ)しく煙火食(えんかしょく)を吃(くら)わざりしが、先日(せんじつ)西(にし)へ来(きた)るに、忽(たちま)ち斎公(さいこう)の家(いえ)の飯(はん)を勧(すす)むるに遇(あ)い、幾箇(いくつ)かの饃饃(まんじゅう)を多(おお)く吃(くら)いたれば、ここ数日(すうじつ)腹中(ふくちゅう)痛(いた)みを作(な)し、想(おも)うに是れ虫(むし)を生(しょう)じたるならん。正(まさ)に陛下(へいか)の刀(かたな)を借(か)り、肚皮(とひ)を剖(さ)き開(あ)け、臓腑(ぞうふ)を拿(と)り出(いだ)し、脾胃(ひい)を洗(あら)い浄(きよ)めてこそ、方(はじ)めて好(よ)く西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す」と。

国王(こくおう)これを聞(き)きて、教(おし)えて「彼を拿(とら)えて曹(そう)に赴(おもむ)かしめよ」と。かの多(おお)くの人(ひと)の、攙(たす)くるは攙(たす)け、扯(ひ)くは扯(ひ)く。行者(ぎょうじゃ)手を展(の)べ脱(のが)れて言う、「人(ひと)の攙(たす)くるを用(もち)いず、自家(みずから)走(ゆ)き去(ゆ)かん。但(ただ)し一件(ひとこと)、手を縛(しば)るを許(ゆる)されず。我手を用(もち)いて臓腑(ぞうふ)を洗(あら)い刷(けず)らんと欲(ほっ)すればなり」と。国王(こくおう)旨(むね)を伝(つた)えて、教(おし)えて曰(いわ)く、「彼(か)の手を縛(しば)ること莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)揺揺擺擺(ゆらりゆらり)として、径(ただち)に殺場(さつば)に至(いた)り、身(み)を将(も)ちて大樁(だいとう)に靠(もた)せ、衣帯(いたい)を解(と)き開(あ)けて、肚腹(とふく)を露(あらわ)す。かの劊子手(かいししゅ)、一条(ひとすじ)の縄(なわ)を彼(か)の膊項(はくこう)に套(か)け上げ、一条(ひとすじ)の縄(なわ)にて彼(か)の腿足(たいそく)を札(しば)り、一口(ひとふり)の牛耳短刀(ぎゅうじたんとう)を把(と)り、一幌(ひとひらめき)して肚皮(とひ)の下(もと)に一割(ひとさ)きすれば、個(ひとつ)の窟窿(くつろう)を搠(あ)けたり。この行者(ぎょうじゃ)両手(りょうて)にて肚腹(とふく)を爬(か)き開(あ)け、腸臓(ちょうぞう)を拿(と)り出(いだ)し、一条(ひとすじ)ずつ理(ととの)うること多時(たじ)に及び、依然(もとのごとく)内(うち)に安(やす)んじ置(お)き、照旧(もとどおり)に盤曲(ばんきょく)し、肚皮(とひ)を捻(ひね)りて、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「長(のび)よ!」と叫(よば)わるや、依然(もとのごと)く長(ととの)い合(あ)えり。

国王(こくおう)大(おお)いに驚(おどろ)き、彼(か)の関文(かんぶん)を将(も)ちて手の中(うち)に捧(ささ)げて言う、「聖僧(しょうそう)よ、西行(せいこう)を誤(あやまた)ず、汝に与(あた)うるに関文(かんぶん)を以(も)ちて去(ゆ)かしめよ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って言う、「関文(かんぶん)は小可(ささい)なり、また請(こ)う、二国師(にこくし)をも剖剖剜剜(ぼうぼうえんえん)せしめよ、如何(いかん)?」と。国王(こくおう)鹿力(ろくりき)に向(むか)いて説(と)く、「この事(こと)は寡人(かじん)と与(とも)に干渉(かかわ)るる所(ところ)に非(あら)ず。是れ汝の彼と与(とも)に敵対(てきたい)を作(な)さんと要(もと)めたるなり。請(こ)う去(ゆ)け、請(こ)う去(ゆ)け」と。鹿力言う、「心(こころ)を寛(ひろ)うせよ、料(はか)りたるに我決(けっ)して彼に輸(まけ)じ」と。

視(み)よ、彼もまた孫大聖(そんたいせい)に象(に)たり、揺揺擺擺(ゆらりゆらり)として、径(ただち)に殺場(さつば)に入り、劊子手(かいししゅ)に縄(なわ)を套(か)けられ、牛耳短刀(ぎゅうじたんとう)を将(も)ちて、唿喇(こつら)の一声(ひとこえ)に肚腹(とふく)を割(さ)き開(あ)くるや、彼もまた肝腸(かんちょう)を拿(と)り出(いだ)し、手を用(もち)いて理弄(りろう)たり。行者(ぎょうじゃ)すなわち一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)ぜよ!」と叫(よば)わるや、すなわち一隻(ひとわ)の餓鷹(がおう)に変(へん)じ做(な)り、翅爪(しそう)を展(の)べ開(ひら)き、颯(さっ)と彼(か)の五臓心肝(ごぞうしんかん)を将(も)ちて、尽(ことごと)く情(こころ)に抓(つか)み去(さ)り、何方(いずかた)に飛(と)び向(むか)いて受用(じゅよう)するかを知らず。この道士(どうし)は弄(な)り做(な)されて一個(ひとつ)の空腔破肚(くうこうはと)の淋漓鬼(りんりき)、少臓無腸(しょうぞうむちょう)の浪蕩魂(ろうとうこん)と成(な)れり。かの劊子手(かいししゅ)大樁(だいとう)を蹬(ふ)み倒(たお)し、屍(しかばね)を拖(ひ)きて看れば、呀(ああ)! 元来(もと)是れ一隻(ひとつ)の白毛角鹿(はくもうかくろく)なり!

慌(あわ)てたるかの監斬官(かんざんかん)また来(きた)りて奏(そう)して言う、「二国師(にこくし)は晦気(かいき)にして、正(まさ)に腹(はら)を剖(さ)く時(とき)、一隻(ひとわ)の餓鷹(がおう)のために臓腑肝腸(ぞうふかんちょう)を都(みな)刁(ついば)み去(さ)られたり。かの処(ところ)に死してをるは、原身(げんしん)は是れ一個(ひとつ)の白毛角鹿(はくもうかくろく)にて御座(ござ)ります」と。

国王(こくおう)怕(おそ)れて言う、「怎(いか)にして是れ一箇(ひとつ)の角鹿(かくろく)なるか?」と。かの羊力大仙(ようりきたいせん)また奏(そう)して言う、「我が師兄(しけい)既(すで)に死したるに、如何(いか)でか獣形(じゅうけい)を現(あらわ)すを得ん? これ都(みな)是れかの和尚(おしょう)の術法(じゅっぽう)を弄(ろう)して我等(われら)を坐害(ざがい)するなり。我の師兄(しけい)に替(か)わりて仇(あだ)を報(ほう)ぜんことを待(ま)て」と。国王言う、「汝に何(なん)の法力(ほうりき)の彼に贏(か)つべき有るか?」と。羊力言う、「我彼と与(とも)に滾油鍋(こうゆか)に下(くだ)りて澡(あら)い浴(あ)ぶるを賭(と)かん」と。国王(こくおう)すなわち一口(ひとつ)の大鍋(おおなべ)を取(と)り来(きた)らせ、香油(こうゆ)を満(み)たしめて、彼二人(ふたり)に賭(と)け去(ゆ)かしむ。

行者言う、「多(おお)く下顧(かこ)を承(うけたまわ)る。小和尚(しょうおしょう)は一向(ひたすら)澡(あら)い浴(あ)ぶることを曾(かつ)てせざりしが、ここ両三日(にさんにち)皮膚(ひふ)燥痒(そうよう)すれば、好歹(ともかく)も蕩蕩(とうとう)去(ゆ)かん」と。かの当駕官(とうがかん)果(はた)して油鍋(ゆか)を安(やす)んじ下(おろ)し、乾柴(かんさい)を架(か)け起(おこ)し、烈火(れっか)を燃(も)え着(つ)けて、油(あぶら)を焼(や)き滚(わか)し、「和尚(おしょう)先(ま)ず下(くだ)り去(ゆ)け」と教(おし)う。

行者(ぎょうじゃ)掌(て)を合(あ)わせて言う、「文洗(ぶんせん)か、武洗(ぶせん)かを知らず」と。国王言う、「文洗(ぶんせん)は如何(いかん)? 武洗(ぶせん)は如何(いかん)?」と。行者言う、「文洗(ぶんせん)は衣服(いふく)を脱(ぬ)がず、この般(ごと)く手を叉(ま)ねき、下(くだ)り去(ゆ)きて一箇(ひとつ)の滚(ころが)りを打(うち)、すなわち起(た)ち来(きた)るのみ。衣服(いふく)を汚(けが)し壊(やぶ)るを許(ゆる)さず、もし一点(ひとつ)の油膩(ゆじ)有らば輸(まけ)と算(かぞ)う。武洗(ぶせん)は一枚(ひとつ)の衣架(いか)、一条(ひとすじ)の手巾(しゅきん)を取(と)り、衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎて、跳(と)び将(も)ちて下(くだ)り去(ゆ)き、任意(まま)に筋斗(きんと)を翻(ひるがえ)し、蜻蜓(せいてい)を竪(た)て、戯(たわむれ)として澡(あら)い浴(あ)ぶるなり」と。国王(こくおう)羊力(ようりき)に向(むか)いて説(と)く、「汝は彼と与(とも)に文洗(ぶんせん)か、武洗(ぶせん)か?」と。羊力言う、「文洗(ぶんせん)には恐(おそ)らくは彼(か)の衣服(いふく)は是れ薬(くすり)にて煉(ね)りたるものにして、油(あぶら)を隔(へだ)てん。武洗(ぶせん)にせん」と。

行者(ぎょうじゃ)また上前(まえにち)て言う、「大胆(だいたん)を恕(ゆる)せよ、屡次(しばしば)先(さき)を占(し)めたり」と。視(み)よ、彼は布(ぬの)の直裰(ちょくとつ)を脱(ぬ)ぎ、虎皮裙(こひくん)を褪(ぬ)ぎ、身(み)を一縦(ひととお)すや、鍋内(かない)に跳(と)び入り、波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を斗(あらそ)わし、水(みず)を負(お)うが一般(ごと)くに頑耍(がんしゃ)す。八戒(はっかい)これを見て、指(ゆび)を咬(か)みて、沙僧(さそう)に向(むか)いて言う、「我等(われら)もまたこの猴子(こうし)を錯(あやま)りて看たり! 平時間(へいぜん)に劖言訕語(ざんげんさんご)して彼を戯(たわむ)れしに、怎(いか)でか彼にこの般(ごと)き真実(しんじつ)の本事(ほんじ)有らんとは知らざりし!」と。

彼二人(ふたり)は唧唧噥噥(しつしつのうのう)して、誇奨(こしょう)すこと尽(つ)きず。行者(ぎょうじゃ)これを望(み)て、心(こころ)に疑(うたが)いて言う、「かの呆子(あほう)の我を笑(わら)うなり! 正(まさ)に是れ巧者(こうしゃ)は労(ろう)多(おお)く拙者(せっしゃ)は閑(ひま)なり。老孫(ろうそん)がこの般(ごと)く舞弄(ぶろう)するに、彼は倒(かえ)って自在(じざい)なり。我の彼を作(な)して一縄(ひとすじ)の捆(くく)りを受(う)けしめ、彼の怕(おそ)るるや否(いな)やを看んことを待て」と。

正(まさ)に洗浴(せんよく)しおるに、一箇(ひとつ)の水花(すいか)を打(うち)て、油鍋(ゆか)の底(そこ)に淬(つ)け入り、一個(ひとつ)の棗核釘児(そうかくていじ)に変(へん)じ做(な)り、再(ふたた)びも起(た)ち上がらざりけり。かの監斬官(かんざんかん)近(ちか)づき前(まえ)にてまた奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、小和尚(しょうおしょう)は滾油(こうゆ)のために烹(に)え殺(ころ)されたり」と。国王(こくおう)大(おお)いに喜(よろこ)び、骨骸(こつがい)を撈(すく)い上げて看よと教(おし)う。劊子手(かいししゅ)一把(ひとつ)の鉄笊籬(てっそうり)を将(も)ちて油鍋(ゆか)の裡(うち)にて撈(すく)うに、元来(もと)かの笊籬(そうり)の眼(め)は稀(まばら)にして、行者(ぎょうじゃ)の変(へん)じたる釘(くぎ)は小(ちい)さければ、往往来来(ゆきつもどりつ)するに、眼孔(がんこう)より漏(も)り下(くだ)り去(ゆ)きて、何処(いずこ)にか撈(すく)い得(う)べき! また奏(そう)して言う、「和尚(おしょう)は身微(しんび)骨嫩(こつどん)なれば、倶(みな)札化(さっか)したり」と。

国王(こくおう)教(おし)えて曰(いわ)く、「三人(みたり)の和尚(おしょう)を拿(とら)えて下(くだ)し去(ゆ)け!」と。両辺(りょうべん)の校尉(こうい)は、八戒(はっかい)の面(おもて)の凶(きょう)なるを見るや、先(ま)ず揪(ひっつか)み翻(ひるがえ)し、背心(はいしん)を将(も)ちて捆(くく)り了(おわ)れたれば、慌(あわ)てたる三蔵(さんぞう)高(たか)く叫(よば)わりて言う、「陛下(へいか)、貧僧(ひんそう)を一時(ひととき)赦(ゆる)したまえ。

我が彼(か)の徒弟(でし)は、教(きょう)に帰(き)してより、歴々(れきれき)と功(こう)有りて、今日(こんにち)国師(こくし)に衝(しょう)撞(とう)て油鍋(ゆか)の内(うち)に死したり。奈何(いかん)せん、先(さき)に死する者(もの)は神(しん)と為(な)るなれば、我貧僧(ひんそう)怎(いか)でか敢(あ)えて生(しょう)を貪(むさぼ)らん! 正(まさ)に是れ、天下(てんか)の官員(かんいん)もまた天下(てんか)の百姓(ひゃくせい)を管(つかさど)るなり。陛下(へいか)もし臣(しん)をして死せしめば、臣(しん)豈(あ)に敢(あ)えて死せざらんや? ただ願(ねが)わくは恩(おん)を寛(ひろ)うし、我に半盞(はんさん)の涼漿水飯(りょうしょうすいはん)、三張(みまい)の紙馬(しば)を賜(たま)わり、油鍋(ゆか)の辺(ほとり)に到(いた)りて此の一陌紙(いちはくし)を焼(た)くことを容(ゆる)され、我が師徒(してい)の一念(いちねん)をも表(あらわ)さしめ、その時(とき)また罪(つみ)を領(う)けんことを」と。

国王(こくおう)これを聞(き)きて言う、「也是(もっとも)なり、あの中華(ちゅうか)の民(たみ)は多(おお)く義気(ぎき)有るなり」と。すなわち漿飯(しょうはん)と黄銭(こうせん)とを些(いささ)か取(と)りて彼に与(あ)えよと命(めい)ず。果(はた)して取(と)りて唐僧(とうそう)に遞(わた)す。唐僧(とうそう)沙和尚(さおしょう)をして同(とも)に去(ゆ)かしむ。階下(かいか)に行(ゆ)き至(いた)るに、幾箇(いくたり)かの校尉(こうい)の、八戒(はっかい)の耳朶(じだ)を揪(ひっつか)みて、鍋(なべ)の辺(ほとり)に拉(ひ)きて来(きた)れる有り。三蔵(さんぞう)鍋(なべ)に向(むか)いて祝(の)りて曰(いわ)く、
徒弟(でし)孫悟空(そんごくう)よ!
戒(かい)を受(う)けて禅林(ぜんりん)を拝(おが)みしより、我を護(まも)りて西(にし)に来(きた)る恩愛(おんあい)深(ふか)し。
指望(こいねが)わくは同時(どうじ)に大道(だいどう)を成(じょう)ぜんとせしに、何期(はからんや)今日(こんにち)汝の陰(よみ)に帰(き)せんとは!
生前(せいぜん)はただ経(きょう)を求(もと)むるの意(こころ)のみにして、死後(しご)にもまた仏(ほとけ)を念(とな)うるの心(こころ)を存(そん)す。
万里(ばんり)の英魂(えいこん)よ須(かなら)ず等候(まつ)べし、幽冥(ゆうめい)に鬼(き)と做(な)りて雷音(らいおん)に上(のぼ)らん!
と。

八戒(はっかい)これを聴きて言う、「師父(しふ)、この般(ごと)き祝(の)りに非(あら)ず。沙和尚(さおしょう)よ、汝我に替(か)わりて漿飯(しょうはん)を奠(そな)えよ、我の祷(いの)るを待(ま)て」と。かの呆子(あほう)地(ち)に捆(くく)られたるまま、気呼呼(あえぎいき)て言う、
禍(わざわい)を闖(おか)しし潑猴子(はつこうし)、無知(むち)の弼馬温(ひつばおん)よ!
該死(しぬべき)の潑猴子(はつこうし)、油烹(ゆに)の弼馬温(ひつばおん)よ!
猴児(こうじ)は了帳(りょうちょう)、馬温(ばおん)は根(ね)を断(た)てり!
と。

孫行者(そんぎょうじゃ)油鍋(ゆか)の底(そこ)に在りて、かの呆子(あほう)の乱(みだ)りに罵(ののし)るを聴くに、忍(しの)ぶること能(あた)わず、本相(ほんそう)を現(あらわ)して、赤淋淋(まっはだか)のまま油鍋(ゆか)の底(そこ)に立(た)ちて言う、「馕糟(のうそう)の夯貨(こうか)め! 汝孰(たれ)をか罵(ののし)るか!」と。唐僧(とうそう)これを見て言う、「徒弟(でし)や、我を唬(おどろ)かし殺(ころ)すなり!」と。沙僧言う、「大哥(たいか)は干浄(すっかり)佯死(ようし)を推(お)し慣(な)れたるなり!」と。

慌(あわ)てたるかの両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)、上前(まえ)に来(きた)りて奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、かの和尚(おしょう)は曾(かつ)て死せず、また油鍋(ゆか)の裡(うち)より潜(くぐ)り出(い)で来(きた)れるなり」と。監斬官(かんざんかん)は朝廷(ちょうてい)を虚誑(きょきょう)することを恐(おそ)れ、却(かえ)ってまた奏(そう)して言う、「死せるは是れ死したるが、ただ是れ日期(にちき)の凶(きょう)を犯(おか)し、小和尚(しょうおしょう)の魂(たましい)を現(あらわ)しに来(きた)れるなり」と。行者(ぎょうじゃ)これを聞(き)きて大(おお)いに怒(いか)り、鍋(なべ)より跳(と)び出(い)で、油膩(ゆじ)を揩(ぬぐ)い、衣服(いふく)を穿(き)け上げ、棒(ぼう)を掣(ひ)き出(いだ)し、監斬官(かんざんかん)を撾(ひっつか)み寄(よ)せ、頭(あたま)を的(めが)けて一下(ひとつ)に打(う)ちて肉団(にくだん)と做(な)し了(おわ)りて言う、「我何(なん)の魂(たましい)をか現(あらわ)さん!」と。唬(おどろ)きたる多官(たかん)は遽(すみや)かに八戒(はっかい)を解(と)き放(はな)ち、地(ち)に跪(ひざま)ずきて哀告(あいこく)して「罪(つみ)を恕(ゆる)せ! 罪(つみ)を恕(ゆる)せ!」と。国王(こくおう)の龍座(りゅうざ)を走(くだ)り下(お)るるを、行者(ぎょうじゃ)殿(でん)に上(のぼ)りて扯(ひ)き住(とど)めて言う、「陛下(へいか)走(ゆ)きたまうこと莫(なか)れ、且(しばら)く汝が三国師(さんこくし)をもまた油鍋(ゆか)に下(くだ)らしめよ」と。かの皇帝(こうてい)戦戦兢兢(おそれおののき)て言う、「三国師(さんこくし)よ、汝朕(ちん)の命(いのち)を救(すく)え、疾(と)く鍋(なべ)に下(くだ)り去(ゆ)け、和尚(おしょう)をして我を打(う)たしむること莫(なか)れ」と。

羊力(ようりき)殿(でん)を下(お)り、行者(ぎょうじゃ)に照依(したが)いて衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ、油鍋(ゆか)に跳(と)び下(くだ)り、また彼(か)の般(ごと)く支吾(しご)て洗浴(せんよく)す。行者(ぎょうじゃ)国王(こくおう)を放(はな)ち、油鍋(ゆか)の辺(ほとり)に近(ちか)づき、火(ひ)を焼(た)く者(もの)に柴(たきぎ)を添(そ)えよと叫(よば)わるに、却(かえ)って手を伸(の)べて一探(ひとさぐり)するや、呀(ああ)! かの滾油(こうゆ)は都(みな)冰冷(ひょうれい)なり。心(こころ)の裡(うち)に暗(ひそ)かに想(おも)えらく、「我の澡(あら)いし時(とき)は滚熱(こんねつ)なるに、彼の澡(あら)う時(とき)は却(かえ)って冷(つめた)し。我暁(さと)り得たり。これ孰(いず)れの龍王(りゅうおう)か此(ここ)に在りて彼を護持(ごじ)るならん」と。

急(いそ)ぎ身(み)を縦(とお)して空中(くうちゅう)に跳(と)び上がり、一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を念(とな)えて、かの北海龍王(ほっかいりゅうおう)を喚(よ)び来(きた)らせて言う、「我この帯角(たいかく)の蚯蚓(きゅういん)、有鱗(うりん)の泥鰌(でいしゅう)めを把(と)らえん! 汝怎(いか)にして道士(どうし)を助(たす)けて冷龍(れいりゅう)を以(も)ちて鍋底(かてい)を護(まも)り住(とど)め、彼をして聖(せい)を顕(あらわ)して我に贏(か)たしむるか!」と。唬(おどろ)きたるかの龍王(りゅうおう)喏喏連声(だくだくれんせい)して言う、「敖順(ごうじゅん)敢(あ)えて相(あい)助(たす)けず。大聖(たいせい)は元来(もと)知らざるなり。この孽畜(げっちく)は苦(くる)しく修行(しゅぎょう)すること一場(ひとくさり)にして、本殻(ほんかく)を脱(だっ)し得たれど、却(かえ)ってただ是れ五雷法(ごらいほう)のみ真受(しんじゅ)せしに、その余(よ)は都(みな)旁門(ぼうもん)を躙(ふ)み了(おわ)りて、仙道(せんどう)に帰(き)し難(がた)し。これが是れ彼の小茅山(しょうぼうざん)に在りて学(まな)び来(きた)れる大開剥(だいかいはく)なり。あの二人(ふたり)は已(すで)に是れ大聖(たいせい)の彼(か)の法(ほう)を破(やぶ)りて本相(ほんそう)を現(あらわ)せしが、この一人(ひとり)もまた是れ彼が自(みずか)ら煉(ね)りたる冷龍(れいりゅう)にして、ただ好(よ)く世俗(せぞく)の人(ひと)を哄瞞(こうまん)て戯(たわむ)るるに適(かな)うのみ、怎(いか)でか大聖(たいせい)を瞞(あざむ)き得ん! 小龍(しょうりゅう)如今(いま)彼(か)の冷龍(れいりゅう)を収(おさ)め了(おわ)らば、管教(きっと)彼の骨(ほね)砕(くだ)け皮(かわ)焦(こ)げん、何(なん)の手段(しゅだん)をか顕(あらわ)さん」と。行者言う、「早(はや)きに趁(つ)けて収(おさ)めよ、打(う)たるるを免(まぬが)れん!」と。かの龍王(りゅうおう)一陣(ひとむれ)の旋風(せんぷう)と化(け)して油鍋(ゆか)の辺(ほとり)に到(いた)り、冷龍(れいりゅう)を捉(とら)えて海(うみ)に下(くだ)し去(ゆ)けり。これを措(お)かず。

行者(ぎょうじゃ)下(お)り来(きた)り、三蔵(さんぞう)・八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と与(とも)に殿前(でんぜん)に立(た)つに、かの道士(どうし)の滾油鍋(こうゆか)の裡(うち)に在りて打掙(とうしょう)き、爬(はい)き出(い)づること能(あた)わず、一滑(ひとすべ)りして跌(つまず)くを見るに、霎時間(またたくま)に骨(ほね)脱(だっ)し皮(かわ)焦(こ)げ肉(にく)爛(ただ)れたり。監斬官(かんざんかん)また来(きた)りて奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、三国師(さんこくし)は煠化(さっか)せられたり」と。かの国王(こくおう)満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れ、手にて御案(ぎょあん)を撲(たた)きて、声(こえ)を放(はな)って大(おお)いに哭(な)きて言う、
人身(じんしん)の得難(えがた)しとは果(はた)して難(かた)し、真伝(しんでん)に遇(あ)わずんば丹(たん)を煉(ね)ること莫(なか)れ。
空(むな)しく驱神咒水(くしんじゅすい)の術(じゅつ)有りて、却(かえ)って延寿保生(えんじゅほしょう)の丸(がん)無(な)し。
円明(えんみょう)混(こん)じて、怎(いか)でか涅槃(ねはん)せん、徒(いたず)らに心機(しんき)を用(もち)いて命(めい)安(やす)からず。
早(はや)くこの般(ごと)き軽(かろ)き折挫(せっざ)を覚(さと)らば、豈(あ)に秘食(ひしょく)て穏(おだや)かに山(やま)に居(きょ)するに如(し)かんや!
と。

これ正(まさ)に是れ、
点金煉汞(てんきんれんこう)何(なん)の済(すくい)か成(な)さん、喚雨呼風(かんうこふう)も総(すべ)て是れ空(くう)!
と。

畢竟(ひっきょう)師徒(してい)らの怎(いか)にしてか維持(いじ)たるかを知らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。