さて、孫大聖(そんたいせい)と八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)の三人(さんにん)、陳老(ちんろう)に辞(わか)れを告(つ)げ、河辺(かへん)に来(きた)りて言(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)ら二人(ふたり)議(ぎ)して定(さだ)めよ、孰(たれ)か先(ま)ず水(みず)に下(お)りるべきか」と。八戒(はっかい)言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、我(われ)ら二人(ふたり)の手段(てだて)は如何(いかん)とも見(み)えず、やはり汝(なれ)が先(ま)ず水(みず)に下(お)りらるべきか」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「賢弟(けんてい)に隠(かく)して申(もう)さず。もし山(やま)の裡(うち)の妖精(ようせい)ならば、全(まった)く汝(なんじ)らの力(ちから)を費(ついや)すを用(もち)いぬが、水中(すいちゅう)の事(こと)は、我(われ)の往(ゆ)くべからざる処(ところ)なり。すなわち下海行江(かかいこうこう=海に下り江を行く)にも、我(われ)は須(かなら)ず避水訣(ひすいけつ=水を避ける呪文)を捻(ひね)り、或(ある)いは何(いず)れの魚蟹(ぎょかい=魚と蟹)の形(かたち)に変化(へんげ)してこそ、方(はじ)めて往(ゆ)き得(う)るなり。もしあの如(ごと)く訣(けつ)を捻(ひね)らば、却(かえ)って鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らすを得(え)ず、神通(じんずう)を使(つか)うを得(え)ず、妖怪(ようかい)を打(う)つを得(え)ず。我(われ)、久(ひさ)しく汝(なんじ)ら二人(ふたり)のすなわち慣水(かんすい=水に慣れた)の人(ひと)なるを知(し)れり。これ汝(なんじ)ら二人(ふたり)をして下(お)り往(ゆ)かしむる所以(ゆえん)なり」と。
沙僧(しゃそう)言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、小弟(しょうてい)は去(ゆ)き得(う)ると雖(いえど)も、但(ただ)水底(すいてい)の如何(いかん)を知(し)らず。我等(われら)皆(みな)共(とも)に去(ゆ)きて、兄君(あにぎみ)何(なに)の姿(すがた)に変作(へんさく=変わり成る)し、或(ある)いは我(われ)が汝(なれ)を負(お)ひて、水道(すいどう=水の道)を分(わ)かち、妖聖(ようせい)の巣穴(そうけつ)を尋(たず)ね著(あ)て、汝(なれ)先(ま)ず進(すす)み入(い)りて打聴(うちょう=探り聞く)せよ。もし師父(しふ)未(いま)だ傷損(しょうそん=傷つき損なう)せず、尚(な)お彼処(そこ)に在(あ)らば、我等(われら)好(よ)く力(ちから)を努(つと)めて征討(せいとう=討ち平らぐ)すべし。假若(もし)この怪(かい)の法(ほう)を弄(ろう)するに非(あら)ずして、或(ある)いは師父(しふ)を渰殺(えんさつ=水に沈め殺す)し、或(ある)いは妖(よう)に喰(く)われたるならば、我等(われら)苦(くる)しみ求(もと)むるを須(もち)いず、早(はや)く別(べつ)に道路(どうろ=道筋)を尋(たず)ぬるは如何(いかん)」と。
行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「賢弟(けんてい)の言(い)う処(ところ)理(り)有(あ)り。汝(なんじ)ら孰(たれ)か我(われ)を負(お)はん」と。八戒(はっかい)密(ひそ)かに喜(よろこ)んで思(おも)う、「この猴(さる=猿)は我(われ)を捉弄(とらん=からかい弄ぶ)すること幾許(いくばく)なるを知(し)らざりしが、今番(こんばん=この度)元来(もとより)水(みず)を会(え)せず。老猪(ろうちょ=俺さま)が彼(かれ)を負(お)ひて、また彼(かれ)を捉弄(とらん)して弄(もてあそ)ばん」と。呆子(ほうし=間の抜けた奴)笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として叫(さけ)んで言(い)う、「兄者(あにじゃ)、我(われ)が汝(なれ)を負(お)はん」と。行者(ぎょうじゃ)すなわち意(い)有(あ)るを知(し)れど、却(かえ)って将計就計(しょうけいしゅうけい=相手の計に乗ずる)して言(い)う、「是(ぜ)なり、また好(よ)し。汝(なれ)は悟浄(ごじょう)よりは些(いささ)か膂力(りょりょく=腕力)有(あ)り」と。八戒(はっかい)すなわち彼(かれ)を背負(せお)う。沙僧(しゃそう)水路(すいろ)を剖(さ)き開(ひら)き、弟兄(ていけい=兄弟)皆(みな)通天河(つうてんが)の裡(うち)に入(い)る。
水底(すいてい)に向(むか)って行(ゆ)くこと百十里(ひゃくじゅうり)の遠近(おちかく=遠さ)なるに、かの呆子(ほうし)行者(ぎょうじゃ)を捉弄(とらん)せんと欲(ほっ)す。行者(ぎょうじゃ)すなわち随(したが)って一根(いっこん)の毫毛(ごうもう=身の毛)を抜(ぬ)き取(と)り、変(へん)じて假身(かしん=偽りの身)と作(な)し、八戒(はっかい)の背(せ)に伏(ふ)せり。真身(しんしん)は変(へん)じて一箇(いっこ)の猪虱子(ちょしっし=豚の虱)と作(な)り、緊緊(きんきん=ぴったり)と他(かれ)の耳朶(じだ=耳)の裡(うち)に貼(てん)し著(つ)く。八戒(はっかい)正(まさ)に行(ゆ)くに、忽然(こつぜん)として一箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=つまずき)を打(う)ち、得故子(とくこし=わざとらしく)行者(ぎょうじゃ)を前(まえ)へと一投(ひとな)げし、撲(ぼく=ぽん)と一跌(いってつ=一転び)を跌(ふ)む。元来(もとより)かの假身(かしん)は本(もと)毫毛(ごうもう=身の毛)の変(へん)ずる処(ところ)なれば、却(かえ)って就(すなわ)ち飄(ひるがえ)り起(お)き去(さ)りて、無影無形(むえいむぎょう=影も形も無し)なり。
沙僧(しゃそう)言(い)う、「二哥(にいこう=次兄)よ、汝(なれ)は是(これ)如何(いかん)に説(と)くや。好(よ)く生(しょう)じて路(みち)を行(ゆ)かず、就(すなわ)ち泥(どろ)の裡(うち)に跌(ふ)むは、便(すなわ)ち罷(や)むも亦(また)可(か)なるに、却(かえ)って大哥(たいか=長兄)を何処(いずこ)へか跌(ふ)み往(ゆ)かしめたるを知(し)らず」と。八戒(はっかい)言(い)う、「かの猴(さる)は跌(ふ)むに禁(た)へず、一跌(ひとた)び跌(ふ)めば就(すなわ)ち跌(ふ)み化(か)し了(おわ)る。兄弟(きょうだい)よ、他(かれ)の死活(しかつ=死ぬも生くるも)を管(かん)する莫(なか)れ。我(われ)と汝(なれ)且(しばら)く去(ゆ)きて師父(しふ)を尋(たず)ねん」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「不好(ふよし)なり。また他(かれ)の来(きた)るを得(え)ざるべからず。他(かれ)は水性(すいせい=水の性)を知(し)らずと雖(いえど)も、他(かれ)は我等(われら)より乖巧(かいこう=利口)なり。もし他(かれ)の来(きた)る無(な)からば、我(われ)は汝(なれ)と共(とも)に去(ゆ)かず」と。
行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)の耳朶(じだ)の裡(うち)に在(あ)りて、忍(しの)ぶを得(え)ずして高(たか)く叫(さけ)んで言(い)う、「悟浄(ごじょう)よ、老孫(ろうそん=俺さま)は是処(ここ)に在(あ)り也(なり)」と。沙僧(しゃそう)聴(き)き得(え)て、笑(わら)って言(い)う、「罷了(それまで)!この呆子(ほうし)は是(これ)死(し)したり!汝(なれ)如何(いかん)にして就(すなわ)ち敢(あ)えて他(かれ)を捉弄(とらん)するや!如今(いま)声(こえ)を聞(き)けども面(おもて)を見(み)ざるに為(な)し了(おわ)りて、却(かえ)って是(ぜ)如何(いかん)にすれば好(よ)きか」と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて泥(どろ)の裡(うち)に跪(ひざまず)き磕頭(がとう=地に頭を打ち付ける)して言(い)う、「兄者(あにじゃ)、是(これ)我(われ)が不是(あやまち=過ち)なり。師父(しふ)を救(すく)ひて岸(きし)に上(あ)がりてより礼(れい)を陪(ばい=詫びる)せんことを待(ま)て。汝(なれ)は何処(いずこ)に在(あ)りて声(こえ)を作(な)すや。就(すなわ)ち影(かげ)もて我(われ)を殺(ころ)さんとす!請(こ)う原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し出(いだ)せ。我(われ)汝(なれ)を負(お)はん。再(ふたた)び敢(あ)えて衝撞(しょうどう=ぶつかり当たる)せず」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「是(これ)汝(なれ)が尚(な)お我(われ)を負(お)ひて在(あ)る也(なり)。我(われ)汝(なれ)を弄(ろう)せず。汝(なれ)疾(と)く走(はし)れ!疾(と)く走(はし)れ!」と。かの呆子(ほうし)絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくどと)、只管(ひたすら)陪礼(ばいれい=詫び言)を念誦(ねんじゅ=唱える)し、爬(は)い起(お)きて沙僧(しゃそう)と又(また)進(すす)む。
行(ゆ)くこと又(また)百十里(ひゃくじゅうり)の遠近(おちかく)有(あ)りて、忽(たちま)ち頭(こうべ)を挙(あ)げて望(のぞ)み見(み)れば、一座(いちざ)の楼台(ろうだい=高楼)有(あ)り、上(うえ)に「水黿之第(すいげんしだい=水黿の館)」の四箇(よんこ)の大字(だいじ)有(あ)り。沙僧(しゃそう)言(い)う、「この廂(かた=あたり)こそ想(おも)うに妖精(ようせい)の住処(すみか)ならん。我(われ)ら二人(ふたり)は虚実(きょじつ=実の程)を知(し)らず、如何(いかん)にして門(もん)に上(のぼ)りて戦(たたかい)を索(もと)めん」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「悟浄(ごじょう)よ、かの門(もん)の裡(うち)と外(そと)に水(みず)有(あ)りや」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「水(みず)無(な)し」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「既(すで)に水(みず)無(な)からば、汝(なれ)再(ふたた)び左右(さゆう)に隠(かく)れ蔵(ぞう)し在(あ)れ、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて打聴(うちょう=探り聞く)するを待(ま)て」と。
好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、爬(は)い離(はな)れて八戒(はっかい)の耳朶(じだ)の裡(うち)より出(い)で、又(また)身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)し、一箇(ひとつ)の長脚蝦婆(ちょうきゃくかば=足長の蝦の媼)と変作(へんさく)し、两三跳(りょうさんちょう=二、三跳ね)に跳(と)びて門(もん)の裡(うち)に到(いた)る。眼(まなこ)を睜(ひら)いて見(み)る時(とき)、只(ただ)見(み)る、かの怪(かい)上(うえ)に坐(ざ)し在(あ)り、衆(しゅう)の水族(すいぞく=水の族)両辺(りょうべん)に擺列(はいれつ=並び列ぶ)し、一箇(ひとり)の斑衣鱖婆(はんいけつば=斑の衣を着た鱖の媼)側手(そくしゅ=脇手)に坐(ざ)し在(あ)り、皆(みな)唐(とう)の僧(そう)を喰(く)わんと議(ぎ)し商(しょう)す。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)に留(とど)め、両辺(りょうべん)を尋(たず)ね找(さが)すも見(み)えず、忽(たちま)ち一箇(ひとり)の大肚蝦婆(だいとかば=大腹の蝦の媼)の走(はし)り将(もっ)て来(きた)り、径(ただ)ちに西廊下(せいろうか=西の廊下)に往(ゆ)きて立(た)ち定(さだ)むるを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)跳(と)びて面前(めんぜん)に到(いた)り称呼(しょうこ=呼びかけ)して言(い)う、「姆姆(ぼぼ=おばあさん)よ、大王(だいおう)と衆(しゅう)は唐(とう)の僧(そう)を喰(く)わんと商議(しょうぎ=相談)すれど、唐(とう)の僧(そう)は却(かえ)って何処(いずこ)に在(あ)るか」と。蝦婆(かば)言(い)う、「唐(とう)の僧(そう)は大王(だいおう)に雪(ゆき)を降(ふ)らせ氷(こおり)を結(むす)ばれて、昨日(きのう)拿(とら)えて宮後(きゅうご=宮の裏)の石匣(せきこう=石の箱)の中間(ちゅうかん)に在(あ)り。只(ただ)明日(あす)他(かれ)の徒弟(とてい=弟子)たちの来(きた)りて吵闹(そうとう=騒ぎ立てる)無(な)きを等(ま)ちて、就(すなわ)ち楽(がく)を奏(そう)して享用(きょうよう=味わい用いる)する也(なり)」と。
行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)きて、一会(いちえ=しばらく)演(えん=もてあそび)じて、径(ただ)ちに尋(たず)ねて宮後(きゅうご)に到(いた)り、看(み)れば果(はた)して一箇(ひとつ)の石匣(せきこう=石の箱)有(あ)りて、却(かえ)って人家(じんか=人の家)の槽房(そうぼう=家畜小屋)の裡(うち)の猪槽(ちょそう=豚の餌桶)に象(に)たり、又(また)人間(にんげん)の一口(いっこう)の石棺材(せっかんざい=石の棺)の如(ごと)き様(よう)なり。量量(はかりはかり=測ってみる)に足(た)るらく六尺(ろくしゃく)の長短(ちょうたん=長さ)有(あ)り。却(かえ)って上(うえ)に伏(ふ)せり在(あ)りて、一会(いちえ)聴(き)けば、只(ただ)三蔵(さんぞう)の裡(うち)に在(あ)りて嚶嚶(えいえい=すすり泣くさま)として哭(な)くを聞(き)く也(なり)。
行者(ぎょうじゃ)言語(げんご=言葉)せず、耳(みみ)を側(そばだ)てて再(ふたた)び聴(き)けば、かの師父(しふ)牙(は)を挫(くじ)きて響(ひび)かせ、哏(こん=うめき)と一声(ひとこえ)発(はっ)して言(い)う、
「自(みずか)ら恨(うら)む、江流(こうりゅう=江に流されし身)の命(めい)の愆(つみ=過ち)有(あ)るを。
生(うま)るる時(とき)多少(たしょう)の水災(すいさい)に纏(まと)わるるを。
娘(はは)の胎腹(たいふく)を出(い)でて波浪(はろう)を淘(あら)い、
仏(ほとけ)を拝(はい)して西天(せいてん)に渺淵(びょうえん=遠き淵)に堕(お)つ。
前(さき)に黒河(こくが)に遇(あ)いて身(み)に難(なん)有(あ)り、
今(いま)氷解(ひょうげ=氷の解け)に逢(あ)いて命(めい)泉(いずみ)に帰(き)す。
知(し)らず徒弟(とてい)の能(よ)く来(きた)るや否(いな)や、
真経(しんきょう)を得(え)て故園(こえん=故郷)に返(かえ)る可(べ)きかを。」
行者(ぎょうじゃ)忍(しの)ぶを得(え)ず、叫(さけ)んで言(い)う、「師父(しふ)よ、水災(すいさい)を恨(うら)む莫(なか)れ。経(きょう)に云(いわ)く、土(ど)は乃(すなわ)ち五行(ごぎょう)の母(はは)、水(すい)は乃(すなわ)ち五行(ごぎょう)の源(みなもと)なり。土(ど)無(な)くんば生(しょう)ぜず、水(すい)無(な)くんば長(ちょう)ぜず。老孫(ろうそん=俺さま)の来(きた)れり!」と。三蔵(さんぞう)聞(き)き得(え)て言(い)う、「徒弟(とてい)よ、我(われ)を救(すく)へや!」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「汝(なれ)且(しばら)く心(こころ)を放(はな)て。我等(われら)の妖精(ようせい)を擒(とら)え住(じゅう)するを待(ま)てば、管(きっ)と汝(なれ)をして難(なん)を脱(だっ)せしむ」と。三蔵(さんぞう)言(い)う、「些(いささ)か児(すこし)疾(と)く下手(しゅしゅ=手を下す)せよ!又(また)一日(いちじつ)を停(とど)めば、足(た)すらに我(われ)を悶殺(もんさつ=悶え殺す)する也(なり)」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「没事(むじ=何でも無い)!没事(むじ)!我(われ)去(ゆ)かん也(なり)!」と。急(いそ)ぎて頭(こうべ)を回(めぐ)らし、跳(と)び将(もっ)て出(い)で、門外(もんがい)に到(いた)りて原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し叫(さけ)んで「八戒(はっかい)!」と。かの呆子(ほうし)と沙僧(しゃそう)近(ちか)づきて言(い)う、「兄者(あにじゃ)、如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「正(まさ)に是(これ)この怪(かい)の師父(しふ)を騙(あざむ)ける也(なり)。師父(しふ)は未(いま)だ傷損(しょうそん)せず、怪物(かいぶつ)に蓋(おお)われて石匣(せきこう)の下(した)に在(あ)り。汝(なんじ)ら二人(ふたり)疾(と)く早(はや)く戦(たたかい)を挑(いど)み、老孫(ろうそん)をして先(ま)ず水面(すいめん)に出(い)だしめよ。汝(なんじ)らもし他(かれ)を擒(とら)え得(う)れば就(すなわ)ち擒(とら)えよ。擒(とら)え得(え)ずんば、一箇(ひとつ)の佯輸(ようゆ=偽りの負け)を作(な)し、他(かれ)を引(ひ)きて水(みず)を出(い)だしめ、我(われ)の他(かれ)を打(う)たんを等(ま)て」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「兄者(あにじゃ)心(こころ)を放(はな)ちて先(ま)ず去(ゆ)け、小弟(しょうてい)らの貌(かたち)を鑑(かんが)み色(いろ)を弁(べん)ずるを待(ま)て」と。この行者(ぎょうじゃ)避水法(ひすいほう=水を避ける法)を捻(ひね)り、波(なみ)の裡(うち)を鑽(もぐ)り出(い)で、岸辺(がんべん)に停(とど)まり立(た)ちて等候(とうこう=待ち受ける)す。
汝(なんじ)看(み)よ、かの猪八戒(ちょはっかい)の凶(きょう)を行(おこな)い、門前(もんぜん)に闖(とお)り至(いた)り、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)ぶ、「潑怪物(はつかいぶつ=たわけの化物)!我(われ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)せ!」と。慌(あわ)てたるかの門裡(もんり)の小妖(しょうよう=小妖)急(いそ)ぎ報(ほう)じて、「大王(だいおう)、門外(もんがい)に人(ひと)有(あ)りて師父(しふ)を要(もと)むる也(なり)」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「これ定(さだ)めてかの潑和尚(はつおしょう=たわけの坊主)の来(きた)れるならん」と。教(さと)して、「疾(と)く披挂(ひかけ=甲冑)と兵器(へいき)を取(と)り来(きた)れ!」と。衆(しゅう)の小妖(しょうよう)連忙(れんぼう=大慌て)に取(と)り出(いだ)す。妖邪(ようじゃ)結束(けっそく=身支度)し了(おわ)り、兵器(へいき)を手(て)に執(と)り、即(すなわ)ち門(もん)を開(ひら)かしめ、走(はし)り将(もっ)て出(い)で来(きた)る。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に対(たい)して列(れつ)す。妖邪(ようじゃ)の如何(いかん)に披挂(ひかけ=武装)せるを見(み)よ。好(よ)き怪物(かいぶつ)なる哉(かな)!汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)を、
頭(こうべ)に戴(いだ)く金盔(きんかい=金の兜)は晃(こう)として且(また)輝(かがや)き、
身(み)に披(き)る金甲(きんこう=金の鎧)は虹霓(こうげい=虹)を掣(ひ)く。
腰(こし)に囲(めぐ)らす宝帯(ほうたい=宝の帯)は珠翠(しゅすい=珠と翡翠)を団(まる)くし、
足(あし)に踏(ふ)む煙黄(えんこう=煙る黄)の靴(くつ)は様(かたち)奇(き)なり。
鼻準(びじゅん=鼻筋)高(たか)く隆(りゅう=盛り上が)りて嶠(きょう=尖った峰)の聳(そび)ゆるが如(ごと)く、
天庭(てんてい=額)広(ひろ)く闊(かつ)として龍儀(りゅうぎ=龍の姿)の若(ごと)し。
眼光(がんこう=眼の光)閃灼(せんしゃく=きらめき)して円(まろ)く還(また)暴(あら)く、
牙歯(がし=歯)は鋼鋒(こうほう=鋼の切先)尖(とが)りて又(また)斉(そろ)う。
短髪(たんぱつ=短き髪)蓬松(ほうしょう=蓬と乱れ)として火焰(かえん)を飄(ひるがえ)し、
長鬚(ちょうしゅ=長き髭)瀟洒(しょうしゃ=さっぱり)として金錐(きんすい=金の錐)を挺(てい)す。
口(くち)に咬(か)む一枝(いっし)の青嫩藻(せいどんそう=青く柔らかき藻)、
手(て)に拿(と)る九瓣(きゅうべん=九つの花びら)の赤銅錘(せきどうつい=赤銅の鎚)。
一声(ひとこえ)咿啞(いあ=ぎいぎい)として門(もん)開(ひら)くる処(ところ)、
響(ひび)きは三春(さんしゅん=春三月)の驚蟄(けいちつ=啓蟄)の雷(かみなり)に似(に)たり。
この等(とう)の形容(けいよう=姿かたち)は人世(じんせい)に少(すくな)く、
敢(あ)えて霊顕大王(れいけんだいおう)の威(い)と称(しょう)す。
妖邪(ようじゃ)門(もん)を出(い)で得(え)て、随(したが)って後(うしろ)に百十箇(ひゃくじっこ=百か十ばかり)の小妖(しょうよう)有(あ)り、一箇一箇(いっこいっこ=めいめい)槍(やり)を輪(めぐ)らし剣(けん)を舞(ま)い、両哨(りょうしょう=両の組)に擺(はい=並び)き開(ひら)きて、八戒(はっかい)に向(むか)って言(い)う、「汝(なれ)は那(いず)れの寺(てら)の和尚(おしょう)ぞ、何(なん)の為(ため)に此(ここ)に到(いた)りて喧嚷(けんじょう=わめき立てる)か」と。八戒(はっかい)喝(かつ=どな)って言(い)う、「我(われ)は汝(なれ)を把(とっ)てこの打(う)ち死(し)せざる潑物(はつぶつ=たわけの化物)よ!汝(なんじ)前夜(ぜんや=昨夜)我(われ)と嘴(くち)を頂(さしはさ)みしに、今日(こんにち)如何(いかん)にして知(し)らずを推(お)して来(きた)りて我(われ)に問(と)うや。我(われ)は本(もと)東土(とうど=東の国)大唐(だいとう)の聖僧(しょうそう)の徒弟(とてい)にして、西天(せいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。汝(なんじ)玄虚(げんきょ=まやかし)を弄(ろう)し、假(いつわ)りて何(なん)の霊感大王(れいかんだいおう)を作(な)し、専(もっぱ)ら陳家荘(ちんかそう=陳家の村)に在(あ)りて童男童女(どうなんどうじょ=童の男と女)を喰(く)わんと要(もと)む。我(われ)は本(もと)陳清(ちんせい)が家(いえ)の一秤金(いっしょうきん)なるに、汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか」と。
かの妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)この和尚(おしょう)、甚(はなは)だ理(り)無(な)し!汝(なんじ)一秤金(いっしょうきん)に変作(へんさく)すれば、該(まさ)に一箇(ひとつ)の名(な)を冒(おか)し替(か)わるるの罪(つみ)有(あ)るべきに、我(われ)は倒(かえ)って未(いま)だ汝(なんじ)を喰(く)わず、反(かえ)って汝(なんじ)に我(われ)が手背(しゅはい=手の甲)を傷(きず)つけられ、已(すで)に此(これ)汝(なんじ)を讓(ゆず)り了(おわ)るに、汝(なんじ)如何(いかん)にして又(また)我(われ)が門(もん)の上(うえ)を尋(たず)ねて来(きた)るや」と。八戒(はっかい)言(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に我(われ)を讓(ゆず)らば、却(かえ)って如何(いかん)にして又(また)冷風(れいふう=冷たい風)を弄(ろう)し、大(おお)きなる雪(ゆき)を下(くだ)し、堅(かた)き氷(こおり)を凍結(とうけつ)して、我(われ)が師父(しふ)を害(がい)するや。疾(と)く早(はや)く我(われ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)さば、万事(ばんじ)皆(みな)休(や)まん。牙(は)より半箇(はんこ=半分)の「不」の字(じ)を迸(ほとばし)らせば、汝(なんじ)只(ただ)手(て)の中(うち)の钯(は=馬鍬)を看(み)よ、決(けっ)して汝(なんじ)を饒(ゆる)さざる也(なり)」と。
妖邪(ようじゃ)言(こと)を聞(き)きて、微微(びび=かすか)と冷笑(れいしょう=あざわらい)して言(い)う、「この和尚(おしょう)、此(この)長舌(ちょうぜつ=長き舌)を売(う)り、大口(たいこう=大口を叩く)を胡夸(こか=やたらに誇る)。果(はた)して是(これ)我(われ)冷(つめた)きを作(な)し雪(ゆき)を下(くだ)し河(かわ)を凍(こお)らせ、汝(なんじ)が師父(しふ)を摂(とら)えし也(なり)。汝(なんじ)今(いま)門(もん)の上(うえ)に嚷(わめ)き来(きた)りて、取(と)り返(かえ)さんと思量(しりょう=思い量る)も、只(ただ)怕(おそ)らくはこの一番(いちばん)はかの一番(いちばん)に比(なら)べざらん。かの時節(じせつ=時)、我(われ)会(え=集会)に赴(おもむ)くに因(よ)りて、曾(かつ)て兵器(へいき)を帯(たい)し得(え)ざりしかば、誤(あやま)って汝(なんじ)の傷(きず)に中(あた)れり。汝(なんじ)如今(いま)且(しばら)く走(はし)るを休(や)めよ、我(われ)汝(なんじ)と交敵(こうてき=相敵する)三合(さんごう=三渡り)せん。三合(さんごう)我(われ)に敵(てき)し過(す)ぐれば、汝(なんじ)が師父(しふ)を還(かえ)さん。敵(てき)し過(す)ぎずんば、汝(なんじ)をも連(つれ=ともに)て一発(いっぱつ)に喰(く)わん」と。八戒(はっかい)言(い)う、「好(よ)き乖児子(かいじし=利口な倅)なる哉(かな)!正(まさ)に是(これ)この等(とう)の説(せつ)なり!細(こま)かに钯(は)を看(み)よ!」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)は元来(もとより)半路(はんろ=道半ば)の上(うえ)に出家(しゅっけ=家を出でて僧となる)せし和尚(おしょう)なり」と。八戒(はっかい)言(い)う、「我(われ)が児(こ)よ、汝(なんじ)真(まこと)に箇(たしか)に些(いささ)か霊感(れいかん)有(あ)るか、如何(いかん)にして就(すなわ)ち我(われ)の半路(はんろ)より出家(しゅっけ)せしを暁(さと)り得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)钯(は)を使(つか)うを会(え)すれば、想(おも)うに是(これ)何処(いずこ)の園(その)を種(う)るるに雇(やと)われ在(あ)りて、他(かれ)が釘钯(ていは=釘付きの馬鍬)を拐(かい=くすね)て将(もっ)て来(きた)れるならん」と。八戒(はっかい)言(い)う、「児子(じし=倅)よ、我(われ)がこの钯(は)はかの地(ち)を築(きず)くの钯(は)に非(あら)ず。汝(なんじ)看(み)よ、
巨歯(きょし=大きな歯)鋳(い)て如(も)し龍爪(りゅうそう=龍の爪)、
遜金(そんきん=金を遜る)妝(かざ)り来(きた)りて蟒形(もうけい=大蛇の形)に似(に)たり。
もし対敵(たいてき=相対する敵)に逢(あ)えば寒風(かんぷう=冷たい風)洒(そそ)ぎ、
但(ただ)相持(そうじ=持ち合う)に遇(あ)えば火焰(かえん)生(しょう)ず。
能(よ)く聖僧(しょうそう)と怪物(かいぶつ)を除(のぞ)き、
西方(せいほう)の路(みち)の上(うえ)に妖精(ようせい)を捉(とら)う。
輪(めぐ)らし動(うご)かせば煙雲(えんうん)日月(じつげつ)を遮(さえぎ)り、
使(つか)い開(ひら)けば霞彩(かさい=霞の彩)照(て)りて分(わか)ち明(あき)らかなり。
太山(たいざん)を築(きず)き倒(たお)せば千(せん)の虎(とら)怕(おそ)れ、
大海(たいかい)を掀(あお)り翻(ひるがえ)せば万(ばん)の龍(りゅう)驚(おどろ)く。
汝(なんじ)の威霊(いれい)に手段(てだて)有(あ)るを饒(ゆる)すも、
一築(ひとづ)きには須(かなら)ず九窟窿(きゅうくつろう=九つの穴)を教(きょう)ずべし!」
かの妖邪(ようじゃ)那処(いずく)にか肯(がえん)じて信(しん)ぜん、銅錘(どうつい=銅の鎚)を挙(あ)げて劈頭(へきとう=頭上から)より就(すなわ)ち打(う)つ。八戒(はっかい)釘钯(ていは)を使(つか)いて架(か=受け止め)ぎ住(じゅう)して言(い)う、「汝(なんじ)この潑物(はつぶつ)、元来(もとより)亦(また)半路(はんろ)の上(うえ)に成精(せいせい=精と成る)せし邪魔(じゃま=あくま)なるか」と。かの怪(かい)言(い)う、「汝(なんじ)如何(いかん)にして我(われ)の半路(はんろ)より成精(せいせい)せしを認(みと)め得(え)るや」と。八戒(はっかい)言(い)う、「汝(なんじ)銅錘(どうつい)を使(つか)うを会(え)すれば、想(おも)うに是(これ)何処(いずこ)かの銀匠(ぎんしょう=銀細工師)の家(いえ)に雇(やと)われ在(あ)りて炉(ろ)を扯(ひ=ふいごを引く)き、汝(なんじ)の手(て)を得(え)しに被(よ)りて、偸(ぬす)み将(もっ)て出(いだ)し来(きた)れるならん」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「これは是(これ)銀(ぎん)を打(う)つの錘(つい)に非(あら)ず。汝(なんじ)看(み)よ、
九瓣(きゅうべん=九つの花びら)集(あつ)め成(な)す花骨朶(かこつた=花の蕾)、
一竿(いっかん=一本の柄)虚孔(きょこう=うつろなる孔)万年青(まんねんせい)。
元来(もとより)凡間(ぼんかん=この世)の物(もの)に比(なら)べず、
出処(しゅっしょ=出所)は還(また)仙苑(せんえん=仙の園)より名(な)を得(う)。
緑房(りょくぼう=緑の室)紫菂(しでき=紫の実)瑶池(ようち=仙池)に老(お)い、
素質(そしつ=白き質)清香(せいこう=清き香)碧沼(へきしょう=碧き沼)に生(しょう)ず。
我(われ)の功(こう)を用(もち)いて摶煉(たんれん=こね鍛える)し過(す)ぐるに因(よ)りて、
堅(かた)きこと鋼(こう)の如(ごと)く鋭(するど)く徹(とお)りて霊(れい)に通(つう)ず。
槍刀剣戟(そうとうけんげき)渾(ことごと)く賽(せい=競う)い難(がた)く、
鉞斧戈矛(えつふかぼう=鉞・斧・戈・矛)敢(あ)えて経(ふ)るる莫(な)し。
縦(たと)い汝(なんじ)が钯(は)の能(よ)く利刃(りじん=鋭き刃)なるを讓(ゆず)るも、
吾(われ)が錘(つい)に湯(ふ)るれば迸(ほとばし)りて釘(てい)を折(お)らん!」
沙和尚(しゃおしょう)他(かれ)ら二人(ふたり)の話(はなし)に攀(よじのぼ)るを見(み)て、忍(しの)ぶを得(え)ず、近(ちか)づき前(まえ)に到(いた)りて高(たか)く叫(さけ)んで言(い)う、「かの怪物(かいぶつ)浪言(ろうげん=みだりな言)を得(う)る莫(なか)れ!古人(こじん)云(いわ)く、口説(こうぜつ=口に言う)は憑(たより)無(な)く、做出(さしゅつ=実際に為す)して便(すなわ)ち見(み)ゆ、と。走(はし)る莫(なか)れ!且(しばら)く我(われ)が一杖(いちじょう=一撃の杖)を喰(くら)へ!」と。妖邪(ようじゃ)錘杆(ついかん=鎚の柄)を使(つか)いて架(か)ぎ住(じゅう)して言(い)う、「汝(なんじ)も亦(また)半路(はんろ)の裡(うち)より出家(しゅっけ)せし和尚(おしょう)なり」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「汝(なんじ)如何(いかん)にして認(みと)め得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)がこの姿(すがた)、一箇(ひとり)の磨博士(まはくし=磨粉職人)の出身(しゅっしん=生まれ)に象(に)たり」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「如何(いかん)にして我(われ)の箇(ひとり)の磨博士(まはくし)に象(に)たるを認(みと)め得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)磨博士(まはくし)に非(あら)ざれば、如何(いかん)にして擀麺杖(かんめんじょう=麺棒)を使(つか)うを会(え)するや」と。沙僧(しゃそう)罵(ののし)って言(い)う、「汝(なんじ)この孽障(げっしょう=業障の者)、是(これ)も亦(また)曾(かつ)て見(み)ずや!
この般(ごと)き兵器(へいき)は人間(にんげん)に少(すくな)く、
此(ここ)を以(もっ)て宝杖(ほうじょう=宝の杖)の名(な)を知(し)り難(がた)し。
月宮(げっきゅう=月の宮)無影(むえい=影無き)の処(ところ)より出(い)で、
梭羅(さら=沙羅)の仙木(せんぼく=仙なる木)琢磨(たくま=みがき)て成(な)る。
外辺(がいへん=外側)に宝(ほう)を嵌(は)めて霞光(かこう)耀(かがや)き、
内裡(ないり=内側)に金(きん)を鑽(きりも)みて瑞気(ずいき=瑞の気)凝(こ)る。
先日(せんじつ)も曾(かつ)て御宴(ぎょえん=帝の宴)に陪(ばい=陪侍)し、
今朝(こんちょう)正(ただ)しきを秉(と)りて唐(とう)の僧(そう)を保(まも)る。
西方(せいほう)の路(みち)の上(うえ)に知識(ちしき=知る者)無(な)く、
上界(じょうかい=上の界)の宮中(きゅうちゅう)に大(おお)いなる名(な)有(あ)り。
喚(よ)んで降妖真宝杖(こうようしんほうじょう)と做(な)し、
管(きっ)と一下(いっか=一打)に天霊(てんれい=天の霊)を砕(くだ)くを教(きょう)ずべし!」
かの妖邪(ようじゃ)分説(ぶんせつ=言い分け)を容(い)れず、三家(さんか=三人)顔(かお)を変(へん)ず。この一場(いちば=一戦)、水底(すいてい)の下(した)に在(あ)りて好(よ)く殺(ころ)し合(あ)う、
銅錘(どうつい)宝杖(ほうじょう)と釘钯(ていは)、
悟能(ごのう)悟浄(ごじょう)妖邪(ようじゃ)と戦(たたか)う。
一箇(ひとり)は是(これ)天蓬(てんぽう)の世界(せかい)に臨(のぞ)み、
一箇(ひとり)は是(これ)上将(じょうしょう)の天涯(てんがい)に降(くだ)る。
他(かれ)二人(ふたり)夾攻(きょうこう=挟み攻め)して水怪(すいかい)に威武(いぶ=武威)を施(ほどこ)し、
この一箇(ひとり)独(ひと)り神僧(しんそう)に抵(あた)りて勢(いきおい)誇(ほこ)る可(べ)し。
分(ぶん)有(あ)り縁(えん)有(あ)って大道(だいどう)を成(な)し、
相(あい)生(しょう)じ相(あい)克(こく)して恒沙(ごうじゃ=ガンジス河の砂)を秉(と)る。
土(ど)は水(すい)を克(こく)し、水(すい)乾(かわ)きて底(そこ)を見(み)る。
水(すい)は木(もく)を生(しょう)じ、木(もく)旺(さか)んにして花(はな)開(ひら)く。
禅法(ぜんぽう)参修(さんしゅ=禅を参じ修す)して一体(いったい)に帰(き)し、
還丹(かんたん=還元の丹)炮煉(ほうれん=焼き鍛う)して三家(さんか)を伏(ふく)す。
土(ど)は是(これ)母(はは)、金芽(きんが=金の芽)を発(はっ)し、
金(きん)神水(しんすい)を生(しょう)じて嬰娃(えいあ=嬰児)を産(う)む。
水(すい)は本(もと)と為(な)り、木華(もくか=木の華)を潤(うるお)し、
木(もく)に輝煌(きこう=煌めき)有(あ)りて烈火(れっか)の霞(かすみ)を生(しょう)ず。
五行(ごぎょう)を集簇(しゅうぞく=寄せ集む)るに皆(みな)別異(べつい=各々異なり)、
故(ゆえ)に然(しか)りて顔(かお)を変(へん)じて各(おのおの)争(あらそ)い差(ちが)う。
看(み)よ彼(かれ)が銅錘(どうつい)の九瓣(きゅうべん)光明(こうみょう)好(よ)く、
宝杖(ほうじょう)の千絲(せんし=千の糸)彩繍(さいしゅう=彩りの刺繍)佳(よ)し。
钯(は)は陰陽(いんよう)に按(あん)じて九曜(くよう)を分(わ)かつも、
解数(げすう=技の数)を明(あき)らめざれば乱(みだ)れて麻(あさ)の如(ごと)し。
躯(み)を捐(す)て命(いのち)を棄(す)つるは僧(そう)の難(なん)に因(よ)り、
死(し)を忘(わす)れ生(せい)を舎(す)つるは釈迦(しゃか)の為(ため)なり。
ここを致(いた)して銅錘(どうつい)忙(いそが)しくして墜(お)ちず、
左(ひだり)に宝杖(ほうじょう)を遮(さえぎ)り右(みぎ)に钯(は)を遮(さえぎ)る。
三人(さんにん)水底(すいてい)の裡(うち)に在(あ)りて斗(たたか)うこと両箇(ふたつ)の時辰(じしん=二時間)を経(へ)るも、勝敗(しょうはい)を分(わ)かたず。猪八戒(ちょはっかい)料(はか)りて他(かれ)に贏(か)ち得(え)ざるを道(い)い、沙僧(しゃそう)に向(むか)って一箇(ひとつ)の眼色(がんしょく=目配せ)を投(な)ぐれば、二人(ふたり)詐(いつわ)りて敗(はい)し佯(いつわ)りて輸(ま)け、各(おのおの)兵器(へいき)を拖(ひきず)り、頭(こうべ)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(はし)る。かの怪物(かいぶつ)教(さと)して、「小(ちい)さき者(もの)ども、此(ここ)に扎住(さっじゅう=留まれ)!我(われ)のこの厮(やつ)を追(お)い著(つ)け、将(もっ)て来(きた)りて汝等(なんじら)と湊(あつ)めて喰(く)わんとす」と。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)風(かぜ)の敗葉(はいよう=散る葉)を吹(ふ)くが如(ごと)く、雨(あめ)の残花(ざんか=残りの花)を打(う)つに似(に)て、他(かれ)二人(ふたり)を將(ひき)いて水面(すいめん)を出(い)でしむ。
かの孫大聖(そんたいせい)東岸(とうがん)の上(うえ)に在(あ)りて、眼(まなこ)を転(てん)ぜず、只(ただ)河辺(かへん)の水勢(すいせい=水の勢い)を望(のぞ)み在(あ)るに、忽然(こつぜん)として波浪(はろう)の翻騰(ほんとう=逆巻く)し、喊声(かんせい=鬨の声)の号吼(ごうこう=吠え叫ぶ)するを見(み)る。八戒(はっかい)先(ま)ず岸(きし)に跳(と)び上(あ)がりて言(い)う、「来(きた)る!来(きた)る!」と。沙僧(しゃそう)も亦(また)岸辺(がんべん)に到(いた)りて言(い)う、「来(きた)る!来(きた)る!」と。かの妖邪(ようじゃ)随(したが)って後(うしろ)より叫(さけ)ぶ、「何処(いずこ)へか走(はし)る!」と。才(ようや)く頭(こうべ)を出(いだ)せるを、行者(ぎょうじゃ)に喝(かつ)して、「棍(こん=棒)を看(み)よ!」と言(い)わる。かの妖邪(ようじゃ)身(み)を閃(ひるがえ)して避(よ)け過(す)ぎ、銅錘(どうつい)を使(つか)いて急(いそ)ぎ架(か)ぎて相(あい)還(かえ)す。一箇(ひとり)は河辺(かへん)に浪(なみ)を涌(わ)かせ、一箇(ひとり)は岸上(がんじょう)に威(い)を施(ほどこ)す。手(て)を搭(かわ)して上(うえ)未(いま)だ三合(さんごう)を経(へ)ざるに、かの妖(よう)架(か)ぎ遮(さえぎ)るを得(え)ず、一箇(ひとつ)の花(はな=水花)を打(う)ちて、又(また)水(みず)の裡(うち)に淬(つ=潜る)み、ここに風(かぜ)平(たい)らかに浪(なみ)息(や)む。
行者(ぎょうじゃ)高崖(こうがい=高い崖)に回(かい)り転(てん)じて言(い)う、「兄弟(きょうだい)たち、辛苦(しんく=労い)なり」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、この妖精(ようせい)は、他(かれ)岸上(がんじょう)に在(あ)りては覚(おぼ)ゆるに不済(ふせい=役立たず)なれど、水底(すいてい)に在(あ)りては亦(また)尽(ことごと)く利害(りがい=手強い)也(なり)!我(われ)二哥(にいこう)と左右(さゆう)より斉(ひと)しく攻(せ)めしも、只(ただ)箇(ひとつ)の両平(りょうへい=引き分け)を戦(たたか)い得(え)たるのみ。却(かえ)って如何(いかん)に処置(しょち)して師父(しふ)を救(すく)はんや」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「疑(うたが)い遅(ち)るるを須(もち)いず、他(かれ)に師父(しふ)を傷(きず)つけられんことを恐(おそ)る」と。八戒(はっかい)言(い)う、「兄者(あにじゃ)、我(われ)この一去(いっきょ=一度行く)に他(かれ)を哄(だま)して出(いだ)さん。汝(なんじ)声(こえ)を作(な)すこと莫(なか)れ、但(ただ)只(ただ)半空(はんくう=中空)の裡(うち)に在(あ)りて等候(とうこう)し、他(かれ)の頭(こうべ)を鑽(もぐ)り出(いだ)すを估(はか)りて、却(かえ)って一箇(ひとつ)の搗蒜打(とうさんだ=蒜を搗くが如き打撃)を使(つか)い、他(かれ)が頂門(ちょうもん=頭頂)の上(うえ)に照(むか)って着着実実(ちゃくちゃくじつじつ=確実に)に一下(いっか)せよ!縦(たと)い打(う)ち死(し)にし得(え)ずとも、好(よ)くも亦(また)疼(いたみ)を護(まも)りて暈(くら)みを発(はっ)せん。却(かえ)って老猪(ろうちょ=俺さま)の追(お)い著(つ)きて一钯(ひとつのは)を等(ま)てば、管(きっ)と他(かれ)をして帳(ちょう=決着)を了(お)わらしむべし!」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「正(まさ)に是(これ)!正(まさ)に是(これ)!これを『裏応外合(りおうがいごう=内と外と呼応する)』と做(な)し、方(はじ)めて事(こと)を済(な)す可(べ)し」と。他(かれ)二人(ふたり)復(また)水(みず)の裡(うち)に入(い)る。
さて、かの妖邪(ようじゃ)陣(じん)に敗(はい)れて生(い)きんと逃(のが)れ、本宅(ほんたく=本の館)に回(かい)り帰(き)するに、衆妖(しゅうよう)宮中(きゅうちゅう)に接(むか)え到(いた)る。鱖婆(けつば)上(のぼ)り前(まえ)に到(いた)りて問(と)うて言(い)う、「大王(だいおう)、かの二人(ふたり)の和尚(おしょう)を何方(いずかた)までか追(お)い往(ゆ)きて来(きた)れるや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「かの和尚(おしょう)たち元来(もとより)還(また)一箇(ひとり)の幇手(ほうしゅ=助け手)有(あ)り。他(かれ)二人(ふたり)岸(きし)に跳(と)び上(あ)がり往(ゆ)きしに、かの幇手(ほうしゅ)一条(いちじょう)の鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして我(われ)を打(う)てり。我(われ)閃(ひるがえ)り過(す)ぎて他(かれ)と相(あい)持(じ=持ち合う)せしが、他(かれ)がかの棍子(こんし=棒)の多少(たしょう)の斤重(きんじゅう=重さ)有(あ)るをも知(し)らず、我(われ)が銅錘(どうつい)は架(か)ぎ得(う)ると想(おも)う莫(なか)れ。戦(たたか)い未(いま)だ三合(さんごう)ならざるに、我(われ)却(かえ)って敗(はい)して回(かい)り来(きた)れる也(なり)」と。
鱖婆(けつば)言(い)う、「大王(だいおう)、かの幇手(ほうしゅ)の甚(なん)なる相貌(そうぼう=姿かたち)なるを記(き)し得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「是(これ)一箇(ひとり)の毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし=毛だらけの顔に雷公の嘴)、査耳朶(さじだ=垂れ耳)、折鼻梁(せつびりょう=潰れた鼻梁)、火眼金睛(かがんきんせい=火の目に金の瞳)の和尚(おしょう)なり」と。鱖婆(けつば)説(せつ)を聞(き)きて、一箇(ひとつ)の寒噤(かんきん=寒け)を打(う)ちて言(い)う、「大王(ああ)!汝(なんじ)の俊(しゅん=目ざとい)を識(し)りて性命(しょうめい=命)を逃(のが)れ得(え)たるは幸(さいわい)なり!もし再(ふたた)び三合(さんごう)せば、決然(けつぜん)として全生(ぜんせい=全く生きる)を得(え)ざる也(なり)!かの和尚(おしょう)は我(われ)認(みと)め得(え)たり」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)彼(かれ)の是(これ)孰(たれ)なるを認(みと)め得(え)るや」と。鱖婆(けつば)言(い)う、「我(われ)当年(とうねん=昔)東洋海(とうようかい)の裡(うち)に在(あ)りて、曾(かつ)て老龍王(ろうりゅうおう)の他(かれ)が名誉(めいよ=名)を説(と)くを聞(き)き得(え)たり。乃(すなわ)ち五百年前(ごひゃくねんまえ)天宮(てんきゅう)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、混元一気(こんげんいっき)上方(じょうほう)太乙金仙(たいいっきんせん)美猴王(びこうおう)斉天大聖(せいてんたいせい)と称(しょう)せられ、如今(いま)仏教(ぶっきょう)に帰依(きえ)し、唐(とう)の僧(そう)を保(まも)りて西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんとし、名(な)を改(あらた)めて孫悟空(そんごくう)行者(ぎょうじゃ)と喚(よ)ばるる者(もの)なり。他(かれ)の神通(じんずう)広大(こうだい)にして、変化(へんげ)多端(たたん=様々)なり。大王(だいおう)、汝(なんじ)如何(いかん)にして他(かれ)を惹(いら)だてるや!今後(こんご)再(ふたた)び他(かれ)と戦(たたか)うこと莫(なか)れ」と。
説(と)き了(おわ)らざるに、只(ただ)門裡(もんり)の小妖(しょうよう)の来(きた)り報(ほう)ずるを見(み)る、「大王(だいおう)、かの二人(ふたり)の和尚(おしょう)又(また)門前(もんぜん)に来(きた)りて戦(たたかい)を索(もと)むる也(なり)」と。妖精(ようせい)言(い)う、「賢妹(けんまい=賢き妹)の見(けん=見解)る処(ところ)甚(はなは)だ長(たけ)たり。再(ふたた)び出(い)で去(ゆ)かず、他(かれ)の如何(いかん)にするを看(み)よ」と。急(いそ)ぎ伝令(でんれい=命令を伝う)して教(さと)す、「小(ちい)さき者(もの)ども、門(もん)を把(と)りて緊(かた)く閉(と)ざせ。正(まさ)に是(これ)君(きみ)の門外(もんがい)に叫(さけ)ぶに任(まか)すも、只(ただ)是(ただ)門(もん)を開(ひら)かず。他(かれ)をして両日(りょうじつ)纏(まと)わしめ、性(しょう=気)の攤(たん=くたびれ)りて回(かい)り去(さ)る時(とき)、我等(われら)却(かえ)って自(おのずか)ら在(あ)りて唐(とう)の僧(そう)を享用(きょうよう)せざらんや」と。かの小妖(しょうよう)一斉(いっせい)に皆(みな)石頭(せきとう=石)を搬(はこ)び、泥塊(でいかい=泥の塊)を塞(ふさ)ぎ、門(もん)を把(と)りて閉殺(へいさつ=閉め切る)。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)連(つづ)けに叫(さけ)ぶも出(い)で来(きた)らず。呆子(ほうし)心(こころ)焦(じれ)って、就(すなわ)ち釘钯(ていは)を使(つか)いて門(もん)を築(きず)く。かの門(もん)は已(すで)に此(これ)緊(かた)く閉(と)ざし牢(ろう)く関(かん=閉ざす)して、想(おも)うに能(よ)く彀(た)る可(べ)からず。他(かれ)が七八钯(しちはちは=七、八撃)に被(よ)りて門扇(もんせん=扉)を築(きず)き破(やぶ)るも、裡(うち)は却(かえ)って皆(みな)泥土(でいど)と石塊(せっかい)にて、高(たか)く千層(せんそう=幾重にも)迭(つみかさ)ねたり。沙僧(しゃそう)見(み)て言(い)う、「二哥(にいこう)よ、この怪物(かいぶつ)懼(おそ)るること甚(はなは)だしく、門(もん)を閉(と)ざして出(い)でず。我(われ)と汝(なれ)且(しばら)く河崖(かがい=川の崖)に回(かい)り上(のぼ)り、再(ふたた)び大哥(たいか)と計較(けいこう=相談)して去(ゆ)き来(きた)らん」と。八戒(はっかい)言(こと)に依(よ)りて、径(ただ)ちに東岸(とうがん)に転(てん)ず。
かの行者(ぎょうじゃ)半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧の中間)に在(あ)りて、鉄棒(てつぼう)を提(さ)げて等候(とうこう)し在(あ)る也(なり)。他(かれ)二人(ふたり)の上(のぼ)り来(きた)るを看(み)るに、妖怪(ようかい)の見(み)えざれば、即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を按(おさ)えて岸辺(がんべん)に迎(むか)え至(いた)り、問(と)うて言(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、かの話児(わじ=例の奴)は如何(いかん)にして上(のぼ)り来(きた)らざるや」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「かの怪物(かいぶつ)宅門(たくもん=館の門)を緊(かた)く閉(と)ざして、再(ふたた)び出(い)で来(きた)りて面(おもて)を見(み)せず。二哥(にいこう)の門扇(もんせん)を打(う)ち破(やぶ)りて看(み)るに被(よ)りて、かの裡(うち)は皆(みな)些(いささ)かの泥土(でいど)と石塊(せっかい)を使(つか)いて実実(じつじつ=ぎっしり)と迭(つみかさ)ね住(じゅう)せり。此(ここ)を以(もっ)て戦(たたかい)を得(う)る能(あた)わず、却(かえ)って来(きた)りて兄者(あにじゃ)と計議(けいぎ=相談)し、再(ふたた)び如何(いかん)に法(ほう)を設(もう)けて師父(しふ)を救(すく)わんとす」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「この般(ごと)きに似(に)ては却(かえ)って法(ほう)の治(なお)す可(べ)き無(な)し。汝(なんじ)ら二人(ふたり)只(ただ)河岸(かがん)の上(うえ)に在(あ)りて巡視(じゅんし=見回り)し在(あ)れ、他(かれ)の別処(べっしょ)へ往(ゆ)き走(はし)るを放(はな)つこと不可(ふか)なり。我(われ)の去(ゆ)き来(きた)るを待(ま)て」と。八戒(はっかい)言(い)う、「兄者(あにじゃ)、汝(なんじ)何処(いずこ)へか往(ゆ)くや」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「我(われ)普陀岩(ふだいわん=普陀の岩)に上(のぼ)りて菩薩(ぼさつ)を拝(はい)し問(と)わん。この妖怪(ようかい)の何処(いずこ)の出身(しゅっしん)にして、姓(せい)は甚(なん)と名(な)は孰(たれ)なるを看(み)ん。他(かれ)が祖居(そきょ=先祖の住処)を尋(たず)ね著(あ)て、他(かれ)が家属(かぞく=家族)を拿(とら)え、他(かれ)が四隣(しりん=四方の隣)を捉(とら)えて、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて怪(かい)を擒(とら)え師(し)を救(すく)わん」と。八戒(はっかい)笑(わら)って言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、この等(とう)に干(な)さんは、只(ただ)是(これ)忒(はなは)だ事(こと)を費(ついや)し、時辰(じしん=時)を担擱(たんかく=遅らせる)のみ」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「管(きっ)と汝(なんじ)に事(こと)を費(ついや)さず、担擱(たんかく)せしめず!我(われ)去(ゆ)きて就(すなわ)ち来(きた)らん!」と。
好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、急(いそ)ぎ祥光(しょうこう=瑞光)を縦(はな)ち、河口(こうこう)を避(よ)け離(はな)れ、径(ただ)ちに南海(なんかい)に赴(おもむ)く。何処(いずく)にか半箇(はんこ)の時辰(じしん)を消(しょう=費やす)せん、早(はや)くも落伽山(らくかさん)の遠(とお)からざるを望(のぞ)み見(み)る。雲頭(うんとう)を低(ひく)くして、径(ただ)ちに普陀崖(ふだいがい)の上(うえ)に至(いた)る。只(ただ)かの二十四路(にじゅうしろ)の諸天(しょてん=諸の天)と守山大神(しゅざんだいしん)、木吒行者(もくたぎょうじゃ)、善財童子(ぜんざいどうじ)、捧珠竜女(ほうじゅりゅうにょ)の、一斉(いっせい)に上(のぼ)り前(まえ)に到(いた)り、迎(むか)えて施礼(せれい=礼を施す)して言(い)う、「大聖(たいせい)何(いず)れよりか来(きた)る」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「事(こと)有(あ)りて菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えんと要(もと)む」と。衆神(しゅうしん)言(い)う、「菩薩(ぼさつ)今朝(こんちょう)洞(どう)を出(い)でらるるに、人(ひと)の随(したが)うを許(ゆる)さず、自(みずか)ら竹林(ちくりん)の裡(うち)に入(い)りて観玩(かんがん=眺め楽しむ)。大聖(たいせい)の今日(こんにち)必(かなら)ず来(きた)るべきを知(し)りて、我等(われら)に此(ここ)に在(あ)りて大聖(たいせい)を候接(こうせつ=待ち迎える)し、就(すなわ)ち見(まみ)ゆ可(べ)からざるを吩咐(ふんふ=言いつけ)せり。請(こ)う翠岩(すいがん=緑の岩)の前(まえ)に聊(いささ)か片時(へんじ=しばらく)坐(ざ)せ。菩薩(ぼさつ)の出(い)で来(きた)るを待(ま)たば、自(おのずか)ら道理(どうり=計らい)有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)に依(よ)るも、未(いま)だ坐(ざ)せざるに、又(また)かの善財童子(ぜんざいどうじ)の上(のぼ)り前(まえ)に到(いた)りて施礼(せれい)するを見(み)て言(い)う、「孫大聖(そんたいせい)、前(さき)に盛意(せいい=厚意)を蒙(こうむ)り、幸(さいわい)に菩薩(ぼさつ)の棄(す)てず収(おさ)め留(とど)めらるるに、早晩(そうばん=朝な夕な)左右(さゆう)を離(はな)れず、専(もっぱ)ら蓮台(れんだい=蓮の台)の下(した)に侍(じ=仕える)して、甚(はなは)だ善慈(ぜんじ=慈悲)を得(う)」と。行者(ぎょうじゃ)是(これ)紅孩児(こうがいじ)なるを知(し)り、笑(わら)って言(い)う、「汝(なんじ)かの時節(じせつ)は魔業(まごう=魔の業)心(こころ)を迷(まよ)わせしが、今朝(こんちょう)正果(しょうか=悟りの実)を得(う)るに至(いた)りて、才(ようや)く老孫(ろうそん=俺さま)の是(これ)好人(こうじん=善き人)なるを知(し)れる也(なり)」と。
行者(ぎょうじゃ)久(ひさ)しく等(ま)てども見(み)えず、心(こころ)焦(じれ)って言(い)う、「列位(れっい=皆様)我(われ)が為(ため)に伝報(でんぽう=取り次ぎ)せよ。但(ただ)遅(おく)るれば、吾(われ)が師(し)の命(いのち)を傷(きず)つけんことを恐(おそ)る」と。諸天(しょてん)言(い)う、「敢(あ)えて報(ほう)ぜず。菩薩(ぼさつ)の吩咐(ふんふ)に、只(ただ)他(かれ)の自(みずか)ら出(い)で来(きた)るを等(ま)て、と」と。
行者(ぎょうじゃ)性急(せいきゅう=気短か)にして、何処(いずく)にか等(ま)ち得(う)ん、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて裡(うち)へ往(ゆ)かんと便(すなわ)ち走(はし)る。噫(ああ)!この美猴王(びこうおう)、性(しょう)急(きゅう)にして能(よ)く鵲薄(じゃくはく=せっかち)なり。諸天(しょてん)留(とど)むるを得(え)ず、裡辺(りへん=奥)へ往(ゆ)かんと要(もと)む。歩(あゆみ)を曳(ひ)いて深林(しんりん=深き林)に入(い)り、眼(まなこ)を睜(ひら)いて偸(ひそ)かに覷(うかが)い著(つ)く。
遠(とお)く救苦尊(くくそん=苦を救う尊)を観(み)れば、
盤(あぐら)坐(ざ)して残(のこ)れる箬箬(じゃくじゃく=竹の葉)を襯(し)く。
懶散(らんさん=だらしなく)として梳妝(そしょう=身支度)を怕(おそ)れ、
容顔(ようがん=顔かたち)多(おお)く綽約(しゃくやく=しとやか)たり。
散(さん)じて一窩絲(いっかし=一塊の髪)を挽(ま)き、
未(いま)だ曾(かつ)て纓絡(ようらく=飾り紐)を戴(いだ)かず。
素藍袍(そらんほう=白藍の袍)を掛(か)けず、
貼身(てっしん=肌着)の小襖(しょうおう=小さな上着)を縛(しば)る。
漫(みだ)りに腰(こし)に錦裙(きんくん=錦の裙)を束(たば)ね、
一双(いっそう=両)の脚(あし)を赤(あか)くせり。
披肩(ひけん=肩掛け)の繍帯(しゅうたい=刺繍の帯)無(な)く、
精光(せいこう=つるつる)たる両臂膊(りょうひはく=両の腕)。
玉手(ぎょくしゅ=玉の手)に鋼刀(こうとう=鋼の刀)を執(と)り、
正(まさ)に竹皮(ちくひ=竹の皮)を把(と)りて削(けず)る在(あ)り。
行者(ぎょうじゃ)見(み)て、忍(しの)ぶを得(え)ず、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んで言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、弟子(でし)孫悟空(そんごくう)志心(ししん=心を尽くし)朝礼(ちょうれい=礼拝)す」と。菩薩(ぼさつ)教(さと)して、「外面(がいめん)に俟候(しこう=控え待て)」と。行者(ぎょうじゃ)叩頭(こうとう=頭を地に打ち付ける)して言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、我(われ)が師父(しふ)難(なん)有(あ)り、特に来(きた)りて通天河(つうてんが)の妖怪(ようかい)の根源(こんげん=元)を拝(はい)し問(と)う」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く出(い)で去(ゆ)け、我(われ)の出(い)で来(きた)るを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)敢(あ)えて強(し)いるを得(え)ず、只(ただ)竹林(ちくりん)を走(はし)り出(い)でるを得(え)、衆(しゅう)の諸天(しょてん)に向(むか)って言(い)う、「菩薩(ぼさつ)今日(こんにち)又(また)家事(かじ=家の道具)を重置(ちょうち=新たに整う)せらるる也(なり)。如何(いかん)にして蓮台(れんだい)に坐(ざ)せず、妝飾(しょうしょく=身支度)せず、喜(よろこ)ばずして、林(はやし)の裡(うち)に在(あ)りて篾(べん=竹ひご)を削(けず)りて何(なに)を做(な)さるるや」と。諸天(しょてん)言(い)う、「我等(われら)は却(かえ)って知(し)らず。今朝(こんちょう)洞(どう)を出(い)でらるるに、未(いま)だ曾(かつ)て妝束(しょうそく=身支度)せざるに、就(すなわ)ち林中(りんちゅう)に入(い)り往(ゆ)かれ、又(また)我等(われら)に此(ここ)に在(あ)りて大聖(たいせい)を接候(せっこう=待ち迎える)せよと教(おし)えらるるは、必(かなら)ず大聖(たいせい)の事(こと)有(あ)るが為(ため)ならん」と。行者(ぎょうじゃ)没奈何(ぼうなか=致し方無く)、只(ただ)等候(とうこう)するを得(え)るのみ。
多(あま)たの時(とき)を経(へ)ずして、只(ただ)菩薩(ぼさつ)の手(て)に一箇(ひとつ)の紫竹籃児(しちくらんじ=紫竹の籠)を提(さ)げて林(はやし)より出(い)でて、「悟空(ごくう)、我(われ)汝(なんじ)と唐(とう)の僧(そう)を救(すく)いに去(ゆ)かん」と言(い)うを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(くだ)って言(い)う、「弟子(でし)敢(あ)えて催促(さいそく=急かす)せず。且(しばら)く請(こ)う、菩薩(ぼさつ)衣(ころも)を着(き)て座(ざ)に登(のぼ)られよ」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「衣(ころも)を着(き)るを消(もち)いず、此(この)儘(まま)に就(つ)いて去(ゆ)かん也(なり)」と。かの菩薩(ぼさつ)諸天(しょてん)を撇(す)て下(お)ろし、祥雲(しょううん)を縦(はな)ちて騰空(とうくう=空に騰る)し去(さ)るに、孫大聖(そんたいせい)只(ただ)相(あい)随(したが)うを得(う)るのみ。
頃刻(けいこく=またたく間)の間(あい)に、通天河(つうてんが)の界(さかい)に到(いた)る。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)看(み)て言(い)う、「師兄(しきょう)の性急(せいきゅう)なるよ、南海(なんかい)に在(あ)りて如何(いかん)に乱(みだ)りに嚷(わめ)き乱(みだ)りに叫(さけ)びしや、一箇(ひとり)の未(いま)だ梳妝(そしょう)せざる菩薩(ぼさつ)を將(つ)れて逼(せま)り来(きた)れるは」と。説(と)き了(おわ)らざるに、河岸(かがん)に到(いた)る。二人(ふたり)下(くだ)り拝(はい)して言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、我等(われら)擅(ほしいまま)に干(おか)せり。罪(つみ)有(あ)り!罪(つみ)有(あ)り!」と。菩薩(ぼさつ)即(すなわ)ち一根(いっこん)の襖(おう=上着)を束(たば)ぬるの絲縧(しとう=絹の帯)を解(と)き下(おろ)し、籃児(らんじ=籠)を將(もっ)て拴(つな)ぎ定(さだ)め、絲縧(しとう)を提(さ)げて、半(なかば)雲彩(うんさい=雲)を踏(ふ)み、抛(なげう)ちて河(かわ)の中(うち)に在(あ)らしめ、上(かみ)の方(ほう)の溜頭(りゅうとう=流れの頭)へ扯(ひ)き著(つ)けて、口(くち)に頌子(じゅす=呪文)を念(ねん)じて言(い)う、「死(し)せるは去(さ)れ、活(い)けるは住(とど)まれ。死(し)せるは去(さ)れ、活(い)けるは住(とど)まれ!」と。七遍(しちへん=七度)念(ねん)じて、籃児(らんじ)を提(さ)げ起(おこ)せば、但(ただ)見(み)る、かの籃(かご)の裡(うち)に亮灼灼(りょうしゃくしゃく=きらきら)と一尾(いちび)の金魚(きんぎょ)有(あ)りて、還(なお)眼(まなこ)を瞬(またた)かせ鱗(うろこ)を動(うご)かす。菩薩(ぼさつ)叫(さけ)んで、「悟空(ごくう)、疾(と)く水(みず)に下(お)りて汝(なんじ)が師父(しふ)を救(すく)へや」と言(い)う。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「未(いま)だ曾(かつ)て妖邪(ようじゃ)を拿(とら)え住(じゅう)せざるに、如何(いかん)にして師父(しふ)を救(すく)い得(う)べきや」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「この籃児(らんじ)の裡(うち)に是(あら)ざるか」と。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)拝(はい)し問(と)うて、「この魚(うお)如何(いかん)にして生(しょう)ずるや、かの等(とう)の手段(てだて)有(あ)りしは」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「他(かれ)は本(もと)我(われ)が蓮花池(れんかち=蓮の池)の裡(うち)に養(やしな)い大(おお)きくせし金魚(きんぎょ)にして、毎日(まいにち)頭(こうべ)を浮(うか)べて経(きょう)を聴(き)き、手段(てだて)を修(しゅ)し成(な)せり。かの一柄(いっぺい)の九瓣(きゅうべん)の銅錘(どうつい)は、乃(すなわ)ち一枝(いっし)の未(いま)だ開(ひら)かざる菡萏(かんたん=蓮の蕾)にして、他(かれ)に運(めぐ)らし煉(ね)られて兵(へい=武器)と成(な)れる也(なり)。何(いず)れの一日(いちじつ)なるを知(し)らず、海潮(かいちょう=海の潮)泛(みなぎ)り漲(みち)て、走(はし)りて此(ここ)の間(あいだ)に到(いた)れり。我(われ)今朝(こんちょう)欄(らん=手すり)に扶(すが)りて花(はな)を看(み)るに、却(かえ)ってこの厮(やつ)の出(い)で拝(はい)するを見(み)ざりしかば、指(ゆび)を掐(つま)み紋(もん=手相)を巡(めぐ)りて、他(かれ)の此(ここ)に在(あ)りて精(せい)と成(な)り、汝(なんじ)が師父(しふ)を害(がい)するを算(さん)し著(あ)てたり。此(ここ)を以(もっ)て未(いま)だ梳妝(そしょう)に及(およ)ばず、神功(しんこう=神の業)を運(めぐ)らし、竹籃児(ちくらんじ=竹の籠)を織(お)り箇(ひとつ)作(つく)りて他(かれ)を擒(とら)えたる也(なり)」と。
行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、且(しばら)く片時(へんじ=しばし)待(ま)て。我等(われら)陳家荘(ちんかそう)の衆(しゅう)の信人(しんじん=信心者)たちを叫(よ)び来(きた)らせ、菩薩(ぼさつ)の金面(きんめん=尊顔)を看(み)しめん。一(ひとつ)には恩(おん)を留(とど)め、二(ふたつ)にはこの怪(かい)を収(おさ)むるの事(こと)を説(と)き、好(よ)く凡人(ぼんじん)をして信心(しんじん)して供養(くよう)せしめん」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「也(また)罷(よか)ろう。汝(なんじ)疾(と)く去(ゆ)きて叫(よ)び来(きた)れ」と。かの八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)、一斉(いっせい)に飛(と)び跑(はし)りて荘前(そうぜん=村の前)に至(いた)り、高(たか)く呼(よ)ばわって言(い)う、「皆(みな)来(きた)りて活観音菩薩(かつかんのんぼさつ=生き観音)を看(み)よ!皆(みな)来(きた)りて活観音菩薩(かつかんのんぼさつ)を看(み)よ!」と。一荘(いっそう=村中)の老幼(ろうよう=老いも若きも)男女(だんじょ)皆(みな)河辺(かへん)に向(むか)い、泥水(でいすい=泥水)を顧(かえり)みず、皆(みな)裡(うち)に跪(ひざまず)き入(い)りて、磕頭(がとう)し礼拜(らいはい=礼拝)す。中(うち)に善(よ)く図画(とが=絵)を描(えが)く者(もの)有(あ)りて、影神(えいしん=肖像)を伝(つた)え下(おろ)す。これをこそ是(これ)魚籃観音(ぎょらんかんのん=魚籠の観音)の現身(げんしん=姿を現す)とは為(な)す也(なり)。当時(とうじ)菩薩(ぼさつ)は就(すなわ)ち南海(なんかい)に帰(かい)す。
八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)、水道(すいどう=水の道)を分(わ)かち、径(ただ)ちにかの水黿之第(すいげんしだい)に往(ゆ)きて師父(しふ)を尋(たず)ね找(さが)す。元来(もとより)かの裡辺(りへん=奥)の水怪魚精(すいかいぎょせい=水の怪と魚の精)は、尽(ことごと)く皆(みな)死(し)し爛(ただ)れたり。却(かえ)って後宮(こうきゅう=奥の宮)に入(い)り、石匣(せきこう=石の箱)を掲(あ)け開(ひら)き、唐(とう)の僧(そう)を負(お)ひて、波津(はしん=波の渡し)を出(い)で離(はな)れ、衆(しゅう)と相(あい)見(み)ゆ。かの陳清(ちんせい)兄弟(きょうだい)叩頭(こうとう)して称謝(しょうしゃ=感謝)して言(い)う、「老爺(ろうや=旦那)は小人(しょうじん=私め)の勧(すす)めて留(とど)まるを依(よ)らざりしに因(よ)りて、此(かく)の如(ごと)き苦(くるしみ)を受(う)けしむるを致(いた)せり」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「説(と)くを消(もち)いず。汝等(なんじら)が此(ここ)の人家(じんか=家々)は、下年(かねん=翌年)再(ふたた)び祭賽(さいさい=祭り)を用(もち)いず。かの大王(だいおう)は已(すで)に此(これ)根(こん)を除(のぞ)かれて、永(とこしえ)に傷害(しょうがい=危害)無(な)し。陳老児(ちんろうじ=陳じいさん)、如今(いま)才(ようや)く好(よ)く汝(なんじ)を累(わずらわ)す可(べ)し。疾(と)く一只(いっせき)の船(ふね)を尋(たず)ね、我等(われら)を送(おく)りて河(かわ)を過(わた)り去(さ)らしめよ」と。かの陳清(ちんせい)言(い)う、「有(あ)る!有(あ)る!有(あ)る!」と。就(すなわ)ち板(いた)を解(と)きて船(ふね)を打(う)たしむ。衆(しゅう)の荘客(そうかく=村の者)この言(こと)を聞(き)き得(え)て、喜(よろこ)び捨(す=寄進)せざるは無(な)し。かの者(もの)は「我(われ)桅篷(いほう=帆)を買(か)わん」と道(い)い、この者(もの)は「我(われ)篙槳(こうしょう=棹と櫂)を弁(そな)えん」と道(い)い、或(ある)いは「我(われ)縄(なわ)を出(いだ)さん」と説(と)き、或(ある)いは「我(われ)水手(すいしゅ=船頭)を雇(やと)わん」と説(と)く。正(まさ)に皆(みな)河辺(かへん)の上(うえ)に在(あ)りて吵闹(そうとう=騒ぎ立てる)するに、忽(たちま)ち河(かわ)の中間(ちゅうかん)より高(たか)く叫(さけ)ぶを聞(き)く、「孫大聖(そんたいせい)、船(ふね)を打(う)つこと莫(なか)れ、人家(じんか)の財物(ざいぶつ)を花費(かひ=費やす)するな。我(われ)汝(なんじ)ら師徒(しと=師弟)たちを送(おく)りて過(わた)らん」と。
衆人(しゅうじん)説(せつ)を聞(き)きて、箇箇(ここ=めいめい)心(こころ)に驚(おどろ)き、胆(きも)の小(ちい)さき者(もの)は走(はし)りて家(いえ)に回(かい)り、胆(きも)の大(おお)きき者(もの)は戦兢兢(せんきょうきょう=おののきつつ)貪(むさぼ)り看(み)る。須臾(しゅゆ=しばらく)にして、かの水(みず)の裡(うち)より一箇(ひとり)の怪(かい)の鑽(もぐ)り出(い)づる有(あ)り。汝(なんじ)道(い)え、如何(いかん)に生(しょう)ずる姿(すがた)なるか、
方頭(ほうとう=四角き頭)の神物(しんぶつ)は凡品(ぼんぴん=並の品)に非(あら)ず、
九助(きゅうじょ=九つの助け)霊機(れいき=霊妙)にして水仙(すいせん=水の仙)と号(ごう)す。
尾(お)を曳(ひ)きて能(よ)く千紀(せんき=千年)の寿(いのち)を延(の)べ、
身(み)を潜(ひそ)めて静(しず)かに百川(ひゃくせん)の淵(ふち)に隠(かく)る。
波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を跳(と)んで江岸(こうがん)を衝(つ)き、
日(ひ)に向(むか)い風(かぜ)に朝(むか)いて海辺(かいへん)に臥(ふ)す。
気(き)を養(やしな)い霊(れい)を含むは真(まこと)に道(みち)有(あ)り、
多年(たねん=長年)粉(ふん)を盖(おお)える癩頭黿(らいとうげん=瘡頭の大鼈)。
かの老黿(ろうげん=老いた大鼈)又(また)叫(さけ)んで、「大聖(たいせい)、船(ふね)を打(う)つこと莫(なか)れ。我(われ)汝(なんじ)ら師徒(しと)を送(おく)りて過(わた)らん」と言(い)う。行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして言(い)う、「我(われ)汝(なんじ)をこの孽畜(げっちく=業深き畜生)を把(とっ)て、もし辺前(へんぜん=岸辺)に到(いた)らば、この一棒(いちぼう)に就(すなわ)ち汝(なんじ)を打(う)ち死(し)にせん!」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「我(われ)大聖(たいせい)の恩(おん)を感(かん)じて、情願(ねが)いに好心(こうしん=善意)を弁(つと)めて汝(なんじ)ら師徒(しと)を送(おく)らんとす。汝(なんじ)如何(いかん)にして反(かえ)って我(われ)を打(う)たんと要(もと)むるや」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)と何(なん)の恩恵(おんけい)有(あ)るや」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「大聖(たいせい)、汝(なんじ)知(し)らずや、この底(そこ)の水黿之第(すいげんしだい)は、乃(すなわ)ち我(われ)が住宅(じゅうたく=住まい)にして、歴代(れきだい)以来(いらい)祖上(そじょう=先祖)より伝(つた)え留(とど)めて我(われ)に到(いた)る。我(われ)本根(ほんこん=本来の性)を省悟(しょうご=悟る)するに因(よ)りて、霊気(れいき)を養(やしな)い成(な)し、此(この)処(ところ)に在(あ)りて修行(しゅぎょう)す。我(われ)將(もっ)て祖居(そきょ=先祖の住処)を一遍(いっぺん)翻盖(ほんがい=建て直す)し、立(た)てて一箇(ひとつ)の水黿之第(すいげんしだい)と做(な)せり。かの妖邪(ようじゃ)は乃(すなわ)ち九年前(くねんまえ)海嘯(かいしょう=津波)波(なみ)の翻(ひるがえ)りしに、他(かれ)潮頭(ちょうとう=波頭)を追(お)いて、此(この)処(ところ)に来(きた)り於(お)いて、凶頑(きょうがん=凶暴)を仗(たの)み逞(たくま)しくして、我(われ)と争(あらそ)い闘(たたか)い、他(かれ)に我(われ)が多くの児女(じじょ=子ら)を傷(きず)つけられ、我(われ)が多くの眷族(けんぞく=一族)を奪(うば)われたり。我(われ)他(かれ)に闘(たたか)い過(す)ぐるを得(え)ず、巣穴(そうけつ)を將(もっ)て白白(しらじら=ただ)と他(かれ)に占(せん)めらるるに被(よ)れり。今(いま)大聖(たいせい)の此(ここ)に至(いた)りて唐(とう)の師父(しふ)を搭救(たっきゅう=救い上げ)し、観音菩薩(かんのんぼさつ)を請(しょう)じて妖氛(ようふん=妖の気)を掃(はら)い浄(きよ)め、怪物(かいぶつ)を収(おさ)め去(さ)らせ、第宅(だいたく=館)を將(もっ)て還(かえ)し我(われ)に帰(き)せしめらるるを蒙(こうむ)る。我(われ)如今(いま)老小(ろうしょう=老いも若きも)を団圞(だんらん=円満に集う)し、再(ふたた)び土(つち)を挨(ひろ)い泥(どろ)を幇(たす)くるを須(もち)いずして、旧舎(きゅうしゃ=旧き家)に居(きょ)するを得(う)。この恩(おん)重(おも)きこと丘山(きゅうざん=丘と山)の若(ごと)く、深(ふか)きこと大海(たいかい)の如(ごと)し。且(か)つ但(ただ)我等(われら)の恵(めぐみ)を蒙(こうむ)るのみに非(あら)ず、只(ただ)この一荘(いっそう)の上(うえ)の人(ひと)も、年々(ねんねん)の祭賽(さいさい=祭り)を免(まぬが)れ、多少(たしょう=幾多)の人家(じんか)の児女(じじょ=子ら)を全(まっと)うせり。これ誠(まこと)に所謂(いわゆる)一挙(いっきょ)にして両得(りょうとく=二つを得る)の恩(おん)也(なり)。敢(あ)えて報答(ほうとう=恩返し)せざらんや」と。
行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)きて、心(こころ)の裡(うち)に暗(あん)かに喜(よろこ)び、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)めて言(い)う、「汝(なんじ)は端(たしか)に是(これ)真実(しんじつ)の情(じょう)なるか」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「大聖(たいせい)の恩徳(おんとく)洪深(こうしん=広く深き)なるに因(よ)りて、怎(いか)でか虚謬(きょびゅう=偽り)せん」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「既(すで)に是(これ)真情(しんじょう)ならば、汝(なんじ)天(てん)に向(むか)いて咒(のろい=誓い)を賭(か)けよ」と。かの老黿(ろうげん)紅(あか)き口(くち)を張(は)り、天(てん)に朝(むか)いて誓(ちか)いを発(はっ)して言(い)う、「我(われ)もし真情(しんじょう)に唐(とう)の僧(そう)を送(おく)りてこの通天河(つうてんが)を過(わた)らしめずんば、身(み)を将(もっ)て化(か)して血水(けっすい=血の水)と為(な)さん!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って言(い)う、「汝(なんじ)上(のぼ)れ、汝(なんじ)上(のぼ)れ」と。老黿(ろうげん)却(かえ)って才(ようや)く岸辺(がんべん)に近(ちか)づき負(よ)り、身(み)を一縦(いっしょう=ひと跳ね)にして、河崖(かがい)を爬(よ)じ上(あ)がる。衆人(しゅうじん)近(ちか)づき前(まえ)に到(いた)りて観(み)れば、四丈(しじょう)の囲円(いえん=周囲)の、一箇(ひとつ)の大(おお)いなる白盖(はくがい=白き甲羅)なり。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「師父(しふ)、我等(われら)他(かれ)が身(み)に上(のぼ)り、渡(わた)りて過(す)ぎ去(さ)らん也(なり)」と。三蔵(さんぞう)言(い)う、「徒弟(とてい)よ、かの層(かさ)なる厚(あつ)き氷(こおり)の凍(こお)れるすら、尚(なお)且(かつ)迍邅(ちゅんてん=行き悩む)せり。況(いわ)んやこの黿(げん)の背(せ)をや、恐(おそ)らくは穏便(おんびん=安穏)ならざらん」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て。我(われ)はかの層(かさ)なる厚(あつ)き氷(こおり)の凍(こお)れるよりも、穏(おだや)かなること緊(いよいよ)なり。但(た)だ一歪(ひとゆが)みせば、功果(こうか=功徳)を成(な)さず!」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「師父(しふ)よ、凡(およ)そ諸(もろもろ)の衆生(しゅじょう)、人話(じんわ=人の言葉)を説(と)くを会(え)すれば、決(けっ)して誑語(おうご=嘘)を打(う)たず」と。教(さと)して、「兄弟(きょうだい)たち、疾(と)く馬(うま)を牽(ひ)きて来(きた)れ」と。
河辺(かへん)に到(いた)れば、陳家荘(ちんかそう)の老幼(ろうよう)男女(だんじょ)一斉(いっせい)に来(きた)りて拝送(はいそう=拝み送る)。行者(ぎょうじゃ)馬(うま)を牽(ひ)きて白黿(はくげん=白き大鼈)の盖(こうら)の上(うえ)に在(あ)らしめ、唐(とう)の僧(そう)を請(しょう)じて馬(うま)の頸項(けいこう=首)の左辺(さへん=左側)に立(た)たしめ、沙僧(しゃそう)を右辺(うへん=右側)に立(た)たしめ、八戒(はっかい)を馬(うま)の後(うしろ)に立(た)たしめ、行者(ぎょうじゃ)は馬(うま)の前(まえ)に立(た)つ。又(また)かの黿(げん)の無礼(ぶれい=不作法)ならんことを恐(おそ)れ、虎筋(こきん=虎の筋)の縧子(とうし=紐)を解(と)き下(おろ)し、老黿(ろうげん)の鼻(はな)の裡(うち)に穿(とお)し、扯(ひ)き起(おこ)して一条(いちじょう)の韁縄(こうじょう=手綱)に象(に)せしめ、却(かえ)って一只(いっせき)の脚(あし)を踏(ふ)んで盖(こうら)の上(うえ)に在(あ)らしめ、一只(いっせき)の脚(あし)は頭(あたま)の上(うえ)に登(のぼ)らしめ、一只(いっせき)の手(て)は鉄棒(てつぼう)を執(と)り、一只(いっせき)の手(て)は韁縄(こうじょう)を扯(ひ)き、叫(さけ)んで言(い)う、「老黿(ろうげん)よ、慢慢(まんまん=ゆっくり)と走(はし)れよ。一歪(ひとゆが)みせば、就(すなわ)ち頭(こうべ)に照(むか)って一下(いっか)!」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「敢(あ)えず!敢(あ)えず!」と。
他(かれ)却(かえ)って四足(しそく=四本の足)を蹬(ふんば)り開(ひら)き、水面(すいめん)を踏(ふ)むこと平地(へいち)を行(ゆ)くが如(ごと)し。衆人(しゅうじん)皆(みな)岸(きし)の上(うえ)に在(あ)りて、香(こう)を焚(た)き叩頭(こうとう)し、皆(みな)南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)を念(ねん)ず。これ正(まさ)に是(これ)真(しん)の羅漢(らかん)の凡(ぼん=この世)に臨(のぞ)み、活(い)ける菩薩(ぼさつ)の出現(しゅつげん)する也(なり)。衆人(しゅうじん)只(ただ)拝(はい)して形影(けいえい=姿かたち)の見(み)えざるを望(のぞ)むに至(いた)りて方(はじ)めて回(かい)る。
さて、かの師父(しふ)白黿(はくげん)に駕(が=乗る)して、何(なん)ぞ一日(いちじつ)を消(しょう)せん、八百裡(はっぴゃくり=八百里)の通天河(つうてんが)の界(さかい)を行(ゆ)き過(す)ぎ、干手干脚(かんしゅかんきゃく=手も足も乾いた儘)に登岸(とうがん=岸に上がる)。三蔵(さんぞう)崖(がけ)に上(のぼ)り、手(て)を合(あわ)せて称謝(しょうしゃ)して言(い)う、「老黿(ろうげん)よ、汝(なんじ)を累(わずらわ)せり。物(もの)の贈(おく)る可(べ)き無(な)し。我(われ)の経(きょう)を取(と)りて回(かい)り謝(しゃ)するを待(ま)て」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「師父(しふ)の謝(しゃ)を賜(たま)わるを労(ろう)せず。我(われ)聞(き)くならく、西天(せいてん)の仏祖(ぶっそ)は無滅無生(むめつむしょう=滅も無く生も無し)にして、能(よ)く過去未来(かこみらい)の事(こと)を知(し)ると。我(われ)此(この)間(あいだ)に在(あ)りて、整(つぶさ)に修行(しゅぎょう)すること一千三百余年(いっせんさんびゃくよねん)なり。延寿身軽(えんじゅしんけい=寿命延び身軽く)にして、人語(じんご=人の言葉)を説(と)くを会(え)すると雖(いえど)も、只(ただ)本殻(ほんかく=元の甲羅)を脱(だっ)し難(がた)し。万(まこと)に望(のぞ)む、老師父(ろうしふ)の西天(せいてん)に到(いた)りて我(われ)が為(ため)に仏祖(ぶっそ)に一声(ひとこえ)問(と)い、我(われ)の何時(いつ)本殻(ほんかく)を脱(だっ)し得(え)て、一箇(ひとつ)の人身(じんしん=人の身)を得(う)可(べ)きかを看(み)られんことを」と。三蔵(さんぞう)響允(きょういん=快く承諾)して言(い)う、「我(われ)問(と)はん、我(われ)問(と)はん」と。かの老黿(ろうげん)才(ようや)く水(みず)の裡(うち)に淬(つ=潜る)み去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)遂(つい)に唐(とう)の僧(そう)に伏侍(ふくじ=お仕え)して馬(うま)に上(のぼ)らせ、八戒(はっかい)行嚢(こうのう=荷物)を挑(にな)い、沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に随(したが)い、師徒(しと=師弟)たち大路(たいろ=本道)を找(たず)ね、一直(いっちょく=まっすぐ)に西(にし)を奔(はし)る。これをこそ是(これ)、
聖僧(しょうそう)旨(むね=勅旨)を奉(ほう)じて弥陀(みだ)を拝(はい)し、
水(みず)遠(とお)く山(やま)遥(はる)かにして災難(さいなん)多(おお)し。
意志(いし)心(こころ)誠(まこと)なれば死(し)を懼(おそ)れず、
白黿(はくげん)負(にな)い渡(わた)して天河(てんが)を過(す)ぐ。
畢竟(ひっきょう=結局)知(し)らず、この後(のち)還(また)多少(たしょう)の路程(ろてい=道のり)有(あ)り、還(また)甚(なん)の凶吉(きょうきつ=吉凶)有(あ)るは、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説き明かす)を聴(き)け。