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050 第五十回 情(じょう)乱れ性(せい)従(したが)うは愛欲(あいよく)に因(よ)り 神(しん)昏(くら)み心(こころ)動(うご)いて魔頭(まとう)に遇(あ)う

詞(し)に曰(いわ)く、
心地(しんじ)頻頻(ひんぴん)に掃(は)き、塵情(じんじょう)細細(さいさい)に除(のぞ)け、
坑塹(こうざん=落とし穴)の毗盧(びる=法身)を陷(おとしい)るるを教(おし)うる莫(な)かれ。
本体(ほんたい)常(つね)に清浄(しょうじょう)にして、方(はじ)めて元初(げんしょ)を論(ろん)ずべし。
性燭(せいしょく=心の灯)は須(かなら)ず挑剔(ちょうてき=かき立て)し、曹渓(そうけい)は吸呼(きゅうこ=呼吸)に任(まか)せ、
猿馬(えんば=心の猿と意の馬)の気(き)の声(こえ)の粗(あら)きをして勿(なか)らしめよ。
昼夜(ちゅうや)綿綿(めんめん)として息(いこ)いて、方(はじ)めてこれ功夫(くふう)の顕(あらわ)るるなり。
と。

この一首の詞(し)、牌名(はいめい)を『南柯子(なんかし)』と曰(い)う。ただ唐僧(とうそう)の通天河(つうてんが)の寒氷(かんぴょう)の災(わざわい)を脱却(だっきゃく)し、白黿(はくげん)の負(お)うところを踏(ふ)みて彼岸(ひがん)に登(のぼ)りしを道(い)う。四衆(ししゅ=四人)西(にし)へ奔(はし)るに、正(まさ)に厳冬(げんとう=厳しい冬)の景(けい)に遇(あ)う。ただ見よ、あの
林光(りんこう)漠漠(ばくばく)として烟中(えんちゅう)に淡(あわ)く、山骨(さんこつ)棱棱(りょうりょう)として水外(すいがい)に清(きよ)し。
と。

師徒(してい)ら正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)に当(あた)り、忽然(たちまち)また一座(ひとつ)の大山(だいざん)に遇(あ)い、去道(ゆくて)を阻(はば)む。路(みち)窄(せま)く崖(がけ)高(たか)く、石(いし)多(おお)く嶺(みね)峻(けわ)しく、人馬(じんば)行(ゆ)き難(がた)し。三蔵(さんぞう)、馬上(ばじょう)に在りて繮縄(こうじょう=手綱)を兜(たぐ)り寄(よ)せ、一声(ひとこえ)「弟子(でし)よ」と叫(よ)ぶ。

かの孫行者(そんぎょうじゃ)、八戒・沙僧を引(ひ)きて近(ちか)づき進(すす)み侍立(じりつ=かしこまり立ち)して言う、「師父(しふ)、何(なん)の吩咐(いいつけ)かある」と。三蔵言う、「視よ、あの前面(ぜんめん)の山(やま)の高(たか)きに、ただ恐(おそ)らくは虎狼(ころう=虎や狼)の怪(かい)を作(な)し、妖獣(ようじゅう)の人(ひと)を傷(そこな)わん。こんどはこれ必(かなら)ず仔細(つまびらか)にせよ!」と。行者言う、「師父、放心(ほうしん)して慮(おもんばか)るな。我ら兄弟(きょうだい)三人、性(せい)和(わ)し意(い)合(がっ)し、正(しょう)に帰(き)して真(しん)を求(もと)め、怪(かい)を蕩(はら)い妖(よう)を降(くだ)すの法(ほう)を使(つか)い出(いだ)さんに、何(なん)の虎狼(ころう)妖獣(ようじゅう)か怕(おそ)るることがあらん!」と。三蔵これを聞き、ただ懐(ふところ)を放(はな)ちて前進(ぜんしん)するを得(え)、谷口(こっこう)に到(いた)り、馬を促(うなが)して崖(がけ)に登(のぼ)り、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、好(よ)き山(やま)かな、
嵯峨(さが)矗矗(ちょくちょく)として、巒削(らんさく)巍巍(ぎぎ)たり。
嵯峨矗矗(さがちょくちょく)として霄漢(しょうかん=天の川)を衝(つ)き、巒削巍巍(らんさくぎぎ)として碧空(へきくう)を妨(さまた)ぐ。
怪石(かいせき)乱(みだ)りて堆(うずたか)きは坐(すわ)れる虎(とら)の如(ごと)く、蒼松(そうしょう)斜(なな)めに掛(かか)れるは飛(と)ぶ龍(りゅう)に似(に)たり。
嶺上(れいじょう)の鳥(とり)の啼(な)きは嬌韻(きょういん)美(うつく)しく、崖前(がいぜん)の梅(うめ)の放(ひら)くは異香(いこう)濃(こま)やかなり。
澗水(かんすい)潺湲(せんかん)として流(なが)れ出(い)でて冷(つめた)く、巓雲(てんうん)黯淡(あんたん)として過(よ)ぎ来(きた)りて凶(きょう)なり。
また見よ、あの飄飄(ひょうひょう)たる雪(ゆき)、凛凛(りんりん)たる風(かぜ)、咆哮(ほうこう)たる餓虎(がこ=飢えた虎)の山中(さんちゅう)に吼(ほ)えるを。
寒鴉(かんあ=からす)は樹(き)を揀(えら)むに栖(すま)う処(ところ)無(な)く、野鹿(やろく)は窩(すみか)を尋(たず)ぬるに定(さだま)れる踪(あと)無し。
嘆(たん)ずべし行人(ぎょうじん)の進(すす)むに難(かた)きを、眉(まゆ)を皺(ひそ)め顔(かお)を愁(うれ)えて頭(かしら)を把(も)って蒙(おお)う。
と。

師徒(してい)四衆(ししゅ)、雪(ゆき)を冒(おか)し寒(かん)を衝(つ)き、戦澌澌(せんしし=がたがた震え)として、かの顛峰峻嶺(てんぽうしゅんれい=峰や高い嶺)を行(ゆ)き過(す)ぐるに、遠(とお)く山凹(やまくぼ)の中(うち)に楼台(ろうだい)の高(たか)く聳(そび)え、房舎(ぼうしゃ=家屋)の清幽(せいゆう=静か)なるを望(なが)み見る。唐僧、馬上(ばじょう)に欣然(きんぜん)として言う、「弟子や、この一日(いちじつ)また飢(う)えまた寒(さむ)し。幸(さいわ)いにあの山凹(やまくぼ)の裡(うち)に楼台房舎(ろうだいぼうしゃ)あり、断(きっ)とこれ荘戸(そうこ=農家)の人家(じんか)、庵観寺院(あんかんじいん)ならん。且(しばら)く往(ゆ)きて些(いささ)かの斎飯(さいはん)を化(こ)し、食(くら)いてまた走(ゆ)かん」と。

行者これを聞き、急ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて視(み)れば、ただ見よ、かの壁廂(へきしょう=向こう側)に凶雲(きょううん)隐隐(いんいん)として、悪気(あくき)紛紛(ふんぷん)たり。首(こうべ)を回(めぐ)らして唐僧(とうそう)に向かいて言う、「師父(しふ)、あの辺(へん)は好(よ)き処(ところ)に非(あら)ず」と。三蔵言う、「楼台亭宇(ろうだいていう)の有(あ)るを見るに、いかにしてか好き処に非ざらん」と。行者笑って言う、
「師父や、汝はいずくんぞ知(し)らん。西方(せいほう)の路上(ろじょう)には多く妖怪邪魔(ようかいじゃま)あり、善(よ)く能(よ)く荘宅(そうたく=屋敷)を点化(てんか=化現)す。いずれの楼台房舎(ろうだいぼうしゃ)、館閣亭宇(かんかくていう)を拘(かかわ)らず、みな指(ゆびさ)し化(け)して人(ひと)を哄(たぶら)かすを能(よ)くす。汝、知(し)れるか、龍(りゅう)の九種(きゅうしゅ)を生(しょう)ずるに、内(うち)に一種(いっしゅ)の名(な)を『蜃(しん)』と曰(い)うものあり。蜃気(しんき)の放(はな)ち出(いだ)すところ、すなわち楼閣(ろうかく)浅池(せんち)の如(ごと)し。もし大江(たいこう)に遇(あ)いて昏迷(こんめい)し、蜃(しん)この勢(いきおい)を現(あらわ)さば、もし鳥鵲(ちょうじゃく=鳥や鵲)の飛騰(ひとう)するあらんには、定(かなら)ず来たりて翅(つばさ)を歇(やす)めん。汝が上万論千(じょうまんろんせん=幾万幾千)なるを怕(おそ)れんや、尽(ことごと)く彼に一気(いっき)にこれを呑(の)まるるのみ。この意(こころ)の人を害(そこな)うこと最(もっと)も重(おも)し。あの壁廂(へきしょう)の気色(きしょく)凶悪(きょうあく)なれば、断(きっ)として入(い)るべからず」
と。三蔵言う、「既に入(い)るべからずんば、我は却(かえ)って実(げ)に飢(う)えたり」と。行者言う、「師父果たして飢(う)えたまわば、且(しばら)く請(こ)う、馬を下(お)り、この平(たいら)なる処(ところ)に在りて坐下(ざげ)せよ。我が別(べつ)の処(ところ)に往(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(こ)し来(きた)りて汝に食(くら)わせるを待て」と。

三蔵、言に依(よ)りて馬を下(お)りる。八戒、繮縄(こうじょう)を采(と)り定(さだ)め、沙僧、行李(こうり)を放下(おろ)し、すなわち往(ゆ)きて包裹(ほうか=包み)を解(と)き開(ひら)き、鉢盂(はつう=托鉢の器)を取出(とりだ)して行者に遞(わた)す。行者、鉢盂(はつう)を手に接(う)け、沙僧に吩咐(いいつけ)て言う、「賢弟(けんてい)、却(かえ)って前進(ぜんしん)すべからず。好(よ)く生(よく)師父(しふ)を保護してこの処(ところ)に穩(やす)らかに坐(ざ)せしめ、我が斎(とき)を化(こ)して回(かえ)り来(きた)るを待(ま)ちて、また西(にし)へ往(ゆ)かん」と。沙僧、諾(だく=承知)を領(りょう)す。

行者また三蔵に向かいて言う、「師父、この去処(ところ)は吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し。切(きっ)と身を動(うご)かして別(べつ)に往(ゆ)かんと要(もと)めたもうな。老孫(ろうそん)斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)くぞ」と。唐僧言う、「多言(たげん)するに及(およ)ばず、ただ汝の疾(と)く往(ゆ)きて疾く来(きた)るを要(もと)むのみ。我はここに在りて汝を等(ま)たん」と。

行者、身を転(てん)じて行(ゆ)かんと欲し、また却(かえ)って回(かえ)り来(きた)りて言う、「師父、我は汝に些(いささ)かの坐性(ざしょう=坐る根気)の無(な)きを知(し)る。我、汝に一箇の安身法児(あんしんほうじ=身を安んずる手立て)を与(あた)えん」と。すなわち金箍棒(きんこぼう)を取り、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、かの平(たいら)なる地(ち)の下(もと)の周囲(しゅうい)を将(も)ちて一道(ひとすじ)の圈子(けんす=輪)を画(か)き、唐僧を請(しょう)じて中間(ちゅうかん)に坐(ざ)せしめ、八戒・沙僧をして左右(そうゆう)に侍立(じりつ)せしめ、馬(うま)と行李(こうり)をばみな近身(きんしん=身近)に放(お)き置(お)き、唐僧に向(むか)いて掌を合わせて言う、「老孫(ろうそん)の画(か)きたるこの圈(わ)は、あの銅墻鉄壁(どうしょうてっぺき=銅の塀と鉄の壁)よりも強(まさ)り、いかなる虎豹狼虫(こひょうろうちゅう)、妖魔鬼怪(ようまきかい)なりとも、みな敢えて近(ちか)づくこと莫(な)からん。ただただ汝らの圈外(けんがい)に走(はし)り出(い)づるを許(ゆる)さざるのみ。ただ中間(なか)に在りて穩(やす)らかに坐(ざ)せば、汝に虞(おそれ)無(な)きを保(ほ)せん。しかしもし圈児(けんじ=輪)を出(い)でなば、定(かなら)ず毒手(どくしゅ)に遭(あ)わん。千万(くれぐれ)千万!至嘱(ししょく=こころより頼む)至嘱!」と。

三蔵、言に依(よ)り、師徒(してい)ら俱(みな)端然(たんぜん)と坐下(ざげ)す。行者ようやく雲頭(うんとう)を起(お)こし、荘(むら)を尋(たず)ねて斎(とき)を化(こ)し、一直(ひたすら)に南(みなみ)へ行(ゆ)くに、忽然(たちまち)あの古樹(こじゅ)の天(てん)に参(さん=聳え)ずるを見る。すなわちこれ一村(ひとむら)の荘舎(そうしゃ)なり。雲頭を按(おろ)し下(おろ)し、仔細(つまびらか)に観看(みわた)せば、ただ見よ、
雪(ゆき)は衰柳(すいりゅう=枯れ柳)を欺(あざむ)き、冰(こおり)は方塘(ほうとう=四角い池)を結(むす)ぶ。
疏疏(そそ)たる修竹(しゅうちく)は青(あお)を揺(ゆ)り、郁郁(いくいく)たる喬松(きょうしょう)は翠(みどり)を凝(こら)す。
幾間(いくけん)かの茅屋(ぼうおく)は半(なかば)銀(ぎん)を装(よそお)い、一座(ひとつ)の小橋(しょうきょう)は斜(なな)めに粉(こな)を砌(みが)けり。
籬辺(りへん)に微(かす)かに水仙花(すいせんか)を吐(は)き、檐下(えんか=軒下)に長(なが)く冰凍箸(ひょうとうちょ=氷柱)を垂(た)る。
颯颯(さつさつ)たる寒風(かんぷう)異香(いこう)を送(おく)り、雪(ゆき)漫(み)ちて梅(うめ)の開(ひら)く処(ところ)を見ず。
と。

行者、步(あゆみ)に随(したが)いて荘景(そうけい=村の景)を観看(みわた)しおるに、ただ呀(ぎい)と一声(ひとこえ)、柴扉(さいひ=柴の門)の響(ひび)く処(ところ)より、一人の老者(ろうじゃ)の走出(いできた)るを聴く。手(て)に藜杖(りじょう=杖)を拖(ひ)き、頭(かしら)に羊裘(ようきゅう=羊の毛衣)を頂(いただ)き、身(み)に破衲(はのう=継ぎはぎの衣)を穿(き)、足(あし)に蒲鞋(ほぐつ=藁靴)を踏(ふ)み、杖(つえ)を拄(つ)き、身を仰(あお)げて天(てん)に朝(むか)いて言う、「西北風(せいほくふう)起(お)これば、明日(みょうにち)晴(は)れるであろう」と。

説(いい)了(おわ)らざるに、後辺(うしろ)より一匹(ひとむれ)の哈巴狗児(はっぱくじ=狆)の跑(はし)り出(い)づるあり、行者を望(めが)けて汪汪(わんわん)と乱(みだ)りに吠(ほ)ゆ。老者ようやく頭を転(めぐ)らし来(きた)り、行者の鉢盂(はつう)を捧(ささ)げるを見るや、一箇の問訊(もんじん)を打(な)して言う、「老施主(ろうせしゅ)、我が和尚(おしょう)はこれ東土大唐(とうどだいとう)の欽差(きんさ)として西天(せいてん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(おが)み経を求(もと)むる者なり。适(たまたま)宝方(ほうほう=貴地)を過(よ)ぎりしに、我が師父(しふ)腹中(ふくちゅう)飢餒(きだい=飢え)えたもう。特に尊府(そんぷ=お宅)を造(おとずれ)て一斎(いっさい)を募化(もけ=乞い受)けんとす」と。

老者これを聞き、頭を点(うなず)かせ杖(つえ)を頓(とん=突き)て言う、「長老(ちょうろう)、汝且(しばら)く斎(とき)を化(こ)すを休(や)めよ、汝は路(みち)を錯(あやま)りたり」と。行者言う、「錯(あやま)らず」と。老者言う、「西天(せいてん)の大路(たいろ)は、あの直北(ちょくほく=真北)の下(もと)に在(あ)り。此間(ここ)よりかの処(ところ)に到(いた)るまで千里(せんり)の遥(はるか)あり。なおまた往(ゆ)きて大路(たいろ)を找(たず)ね行(ゆ)かざるか」と。行者笑って言う、「正(まさ)に直北(ちょくほく)の下(もと)なり。我が師父(しふ)は現(いま)大路(たいろ)の上(うえ)に在(あ)りて端坐(たんざ)し、我が斎(とき)を化(こ)すを等(ま)ちたもうなり」と。

かの老者言う、「この和尚(おしょう)、胡(みだ)りに説(い)えり。汝が師父(しふ)の大路(たいろ)の上(うえ)に在りて汝の斎(とき)を化(こ)すを等(ま)つとして、この千里(せんり)の遥(はるか)なるに、すなわち走路(ある)くことを会(え)するとも、また須(かなら)ず六、七日(ろくしちにち)を得(う)べく、走(はし)り回(かえ)るにまた六、七日を要(よう)せんに、却(かえ)って彼を餓(うえ)え殺(ころ)さざらんや」と。行者笑って言う、「老施主(ろうせしゅ)に隠して申さず。我、才(いま)しがた師父(しふ)を離(はな)れて、いまだ一盞(ひとつぎ)の熱茶(ねっちゃ)の時(とき)に上(のぼ)らざるに、却(かえ)ってすでに此(ここ)に走(はし)り到(いた)れり。如今(いま)斎(とき)を化(こ)し畢(おわ)らば、また趁(じゅん)じて往(ゆ)きて午斎(ごさい)を作(な)すべし」と。

老者、説(いう)を聞き、心中(しんちゅう)怕(おそ)れて言う、「この和尚(おしょう)は鬼(おに)なり!鬼なり!」と。急ぎ身を抽(ひ)きて裡(うち)へ往(ゆ)かんとす。行者、一把(ひとつかみ)に扯(ひき)とめて言う、「施主(せしゅ)いずこへか往(ゆ)く。斎(とき)あらば疾(と)く些(いささ)か化(こ)せ」と。老者言う、「方便(ほうべん=都合)ならず!方便ならず!別(べつ)の一家(ひとや)を転(めぐ)り給え!」と。行者言う、「汝この施主(せしゅ)、好(よ)くも事(こと)を会(え)せぬかな!汝、我より此(ここ)に到(いた)るまで千里(せんり)の遥(はるか)ありと申せしに、もしまた一家を転(めぐ)らば、却(かえ)ってまた千里(せんり)あらずや?
真(まこと)にこれ我が師父(しふ)を餓(うえ)え殺(ころ)すなり」
と。かの老者言う、「実(げ)に汝に隠して申さず。我が家(いえ)の老小(ろうしょう=家族)六、七口(ろくしちこう)、才(いま)しがた三升(さんしょう)の米(こめ)を淘(と)いで鍋(なべ)に下(おろ)し、いまだかつて煮(に)熟(じゅく)せざるなり。汝且(しばら)く別(べつ)の処(ところ)へ往(ゆ)きて転転(まわって)また来(きた)れ」と。行者言う、「古人云(いわ)く、『三家(さんか)を走(はし)るは一家(いっか)に坐(ざ)するに如(し)かず』と。我が貧僧(ひんそう)ここに在りて一(ひと)と等(ま)たん」と。

かの老者、纏(まと)わるることの緊(きつ)きを見、惱(いらだ)ちて藜杖(りじょう)を挙(あ)げてすなわち打(う)つ。行者、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、彼の光頭(つるつるあたま)を照(めが)けて七、八下(ななはちした)打(う)たれたれど、ただこれ彼に痒(かゆ)きを拂(はら)わるると当(あ)てるのみ。かの老者言う、「これは一箇の撞頭(どうとう=頭でぶつかる)の和尚(おしょう)なり!」と。行者笑って言う、「老官児(ろうかんじ=じいさん)、汝がいかでか打(う)つに任(まか)すとも、ただ杖数(じょうすう=杖の数)の明白(めいはく)なるを記(き)するを要(よう)す。一杖(ひとつえ)に一升(いっしょう)の米(こめ)、慢慢(ゆっくり)と量(はか)り来(きた)れ」と。

かの老者これを聞き、急ぎ藜杖(りじょう)を投(なげう)ち、跑(はし)りて裡(うち)に入(い)りて門を把(と)りて関(とざ)し、ただ嚷(わめ)く、「有鬼(ゆうき)!有鬼!」と。慌てたるかなかの一家子(いっけ)、戦戦兢兢(おののき)として、前後(ぜんご)の門をばみな関(とざ)し上(あ)げたり。

行者、彼の門を関(とざ)せるを見、心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに想う、「この老賊(ろうぞく=じじい)、才(いま)しがた米(こめ)を淘(と)いで鍋(なべ)に下(おろ)せりと申せしが、虚(きょ)なるか実(じつ)なるかを知らず。常言(ことわざ)に道う、『道(どう)は賢良(けんりょう)を化(か)し、釈(しゃく)は愚(ぐ)を化(か)す』と。且(しばら)く老孫(ろうそん)の進(すす)み入(い)りて視(み)るを待て」と。

好(よ)き大聖かな、訣(けつ)を捻(ひね)り、一箇の隠身遁法(いんしんとんぽう=姿を隠す術)を使(つか)い、径(ただち)に厨中(ちゅうちゅう=台所)に走(はし)り入(い)りて視(み)る処(ところ)、果たしてかの鍋(なべ)の裡(うち)気騰騰(きとうとう=湯気もうもう)として、半鍋(はんなべ)の乾飯(かんぱん=炊いた飯)を煮(に)たり。すなわち鉢盂(はつう)を把(と)って裡(うち)へ一椏(ひとすくい)し、満満(なみなみ)と一鉢盂(ひとはつう)を椏(すく)い、すなわち雲に駕(が)して回(めぐ)り転(てん)ず。これ語(かた)らず。

さて、唐僧(とうそう)圈(わ)の裡(うち)に坐(ざ)して、等候(ま)つこと多時(しばらく)なるに、行者の回(かえ)り来(きた)るを見(み)ず。身を欠(かが)めて悵望(ちょうぼう=嘆き望み)して言う、「この猿(さる)め、いずこへ斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)きしか」と。八戒、旁(かたわら)に在りて笑って言う、「彼がいずこへ戯(たわむ)れに往(ゆ)きしを知(し)らんや!何(なん)の斎(とき)をか化(こ)し、却(かえ)って我らをここに在りて坐牢(ざろう=牢に坐す)せしむるか!」と。三蔵言う、「いかにしてかこれを坐牢(ざろう)と謂(い)う」と。八戒言う、「師父(しふ)、汝は元来(もと)知(し)りたまわず。古人(こじん)地(ち)を划(か)いて牢(ろう)と為(な)せり。彼、棍子(こんす)を以て圈児(わ)を划(か)きしは、鉄壁銅墻(てっぺきどうしょう)よりも強(まさ)ると申せど、もし虎狼妖獣(ころうようじゅう)の来(きた)る時(おり)あらば、いかでか彼を擋(ふせ)ぎ留(とど)め得(え)ん。ただ好(よ)く白々(ただ)と彼に送(おく)りて与(くら)わしむるのみじゃ」と。

三蔵言う、「悟能(ごのう)、汝のいかに処治(しょち)するに任(まか)すか」と。八戒言う、「此間(ここ)はまた風を蔵(かく)さず、また冷(つめた)きを避(さ)けず。もし老豬(ろうちょ=おれ)に依(よ)らば、ただ路(みち)に順(したが)い、西(にし)へ向(むか)いて且(しばら)く行(ゆ)くべし。師兄(しい)斎(とき)を化(こ)し畢(おわ)り、雲に駕(が)すれば、必(かなら)ず来(きた)ること疾(と)し、彼をして趕(お)いつかしめよ。もし斎(とき)あらば、食(くら)いてまた走(ゆ)かん。如今(いま)この一会(ひととき)坐(ざ)して、老大(いた)く脚(あし)が冷(つめた)い!」と。

三蔵この言(こと)を聞くや、すなわちこれ晦気星(わいきせい=不運の星)の宮(きゅう)に進(い)りしなり。遂(つい)に呆子(あほう)に依(よ)り、一斉に圈外(けんがい)に出(い)づ。沙僧、馬を牽(ひ)き、八戒、担(に)を担(にな)い、かの長老(ちょうろう)路に順(したが)いて步行(ほこう)し前進(ぜんしん)す。

いまだ一時(いっとき)ならざるに、かの楼閣(ろうかく)の所(ところ)に到(いた)る。元来(もと)これ坐北向南(ざほくこうなん=北を背に南に向く)の家(いえ)なり。門外(もんがい)に八字(はちじ)の粉墻(ふんしょう=白壁)あり、一座(ひとつ)の倒垂蓮升斗門楼(とうすいれんしょうともんろう=蓮の垂れ飾りと升斗のある門楼)あり、みなこれ五色(ごしき)の装(よそおい)なり。かの門児(もんじ)半(なかば)開き半(なかば)掩(おお)えり。

八戒、すなわち馬を門枕石鼓(もんちんせっこ=門の台石)の上(ほとり)に拴(つな)ぎ、沙僧、担子(たんす=荷)を歇(やす)め、三蔵、風(かぜ)を畏(おそ)れて門限(もんげん=敷居)の上(うえ)に坐(ざ)す。八戒言う、「師父(しふ)、この所(ところ)は想(おも)うに公侯(こうこう)の宅(たく)、相輔(しょうほ=宰相)の家(いえ)ならん。前門(ぜんもん)の外(そと)に人(ひと)無(な)きは、想(おも)うにみな裡(うち)に在りて火(ひ)を烘(あぶ)るならん。汝ら坐(ざ)しておれ、我をして進(すす)み入(い)りて視(み)しめよ」と。唐僧言う、「仔細(つまびらか)にせよ!人家(じんか)を衝撞(しょうどう=ぶつかり)するな」と。呆子(あほう)言う、
「我、暁(さと)れり。正(しょう)なる禅門(ぜんもん)に帰(き)してより、この一向(このところ)また些(いささ)かの礼数(れいすう=礼儀)を学(まな)びたり、あの村莽(そんもう=田舎者の粗暴)の夫(おっと)には比(くら)べざるなり」
と。

かの呆子(あほう)、釘鈀(ていは)を把(と)って腰(こし)の裡(うち)に撒(さ)し入(い)れ、一領(ひとえ)の青錦直裰(せいきんじきとつ)を整(ととの)え一整(ひとととのえ)、斯斯文文(ししぶんぶん=もったいぶりて)、門の裡(うち)に走(はし)り入(い)る。ただ見よ、これ三間(さんげん)の大庁(だいちょう=大広間)、簾櫳(れんろう=簾と窓)高(たか)く控(ひ)き上(あ)げられ、静悄悄(しずか)として全(まった)く人の迹(あと)無(な)く、また桌椅(たくい=机や椅子)・家火(かか=道具)も無し。屏門(へいもん)を転(めぐ)り過(よ)ぎ、裡(うち)へまた走(ゆ)けば、すなわちこれ一座(ひとつ)の穿堂(せんどう=通り抜けの間)、堂(どう)の後(うしろ)に一座の大楼(だいろう=二階建て)あり、楼(ろう)の上(うえ)の窗格(そうかく=窓の格子)半(なかば)開(ひら)き、隐隐(いんいん)として一頂(ひとつ)の黄綾帳幔(こうりょうちょうまん=黄色い綾の帳)の見(み)ゆ。

呆子(あほう)言う、「想(おも)うに人(ひと)の寒(さむ)きを怕(おそ)れて、なお睡(ね)むるならん」と。彼また内外(ないがい)を分(わか)たず、步(あゆみ)を引(ひ)いて楼(ろう)の上(うえ)に走上(のぼ)り、手を用(もち)いて掀(かか)げ開(ひら)いて視(み)るや、呆子をして一箇の躘踵(りゅうしょう=ひっくり返り)を唸(おど)ろかしむ。

元来(もと)あの帳(とばり)の裡(うち)の象牙床(ぞうげしょう=象牙の寝台)の上(うえ)に、白媸媸(はくしし=白っぽく)たる一堆(ひとたまり)の骸骨(がいこつ)、骷髏(されこうべ)の巴斗(はと=大きな斗)ほどの大いさあり、腿挺骨(たいていこつ=脚の骨)の四、五尺(しごしゃく)の長(なが)さあるあり。

呆子(あほう)、性(こころ)を定(さだ)めて、腮辺(ほお)の涙の落(お)つるを止(とど)めえず、骷髏(されこうべ)に向(むか)いて頭を点(うなず)かせ嘆(たん)じて云(いわ)く、
「汝は知(し)らず、いずれの代(だい)いずれの朝(ちょう)の元帥(げんすい)の体(からだ)、いずれの邦(くに)いずれの国(くに)の大将軍(だいしょうぐん)なるを。
当時(そのかみ)豪傑(ごうけつ)強(つよ)きを争(あらそ)いて勝(か)てりしが、今日(こんにち)凄凉(せいりょう)として骨筋(こっきん)を露(あらわ)す。
妻児(さいじ=妻子)の来(きた)りて侍奉(じほう=仕える)するを見(み)ず、いずくんぞ士卒(しそつ=兵)の香(こう)を把(と)って焚(た)くに逢(あ)わんや?
謾(みだ)りにこのごときを観(み)れば真(しん)に嘆(たん)ずるに堪(た)えたり、惜(お)しむべきかな興王覇業(こうおうはぎょう=国を興し覇を唱えし)の人(ひと)よ」
と。

八戒、正(まさ)に才(ようや)く感嘆(かんたん)しおるに、ただ見よ、かの帳幔(ちょうまん)の後(うしろ)より火光(かこう)の一幌(ひとひらめき)あり。呆子(あほう)言う、「想(おも)うに侍奉香火(じほうこうか)の人の後面(うしろ)に在(あ)るならん」と。急ぎ步(あゆみ)を転(てん)じて帳(とばり)を過(よ)ぎて観看(みわた)せば、却(かえ)ってこれ穿楼(せんろう=窓越し)の窗扇(そうせん=窓の扉)の光(ひかり)を透(とお)すなり。

かの壁廂(へきしょう)に一張(ひとつ)の彩漆(さいしつ=色塗り)の桌(つくえ)あり、桌の上(うえ)に乱(みだ)りに幾件(いくえん)かの錦繍綿衣(きんしゅうめんい=錦の綿入れ)を搭(か)けおけり。呆子(あほう)これを提(ひっさ)げ上(あ)げて視(み)るに、却(かえ)ってこれ三件(みつ)の納錦背心児(のうきんはいしんじ=錦の刺し子の肌着)なり。

彼また好歹(よしあし)を管(かま)わず、拿(と)りて楼(ろう)を下(お)り来(きた)り、庁房(ひろま)を出(い)で、径(ただち)に門外(もんがい)に到(いた)りて言う、「師父(しふ)、ここには全(まった)く人煙(じんえん)無(な)く、一所(ひとところ)の亡霊(ぼうれい)の宅(たく)なり。
老豬(ろうちょ)裡(うち)に走(はし)り入(い)り、直(ただち)に高楼(こうろう)の上(うえ)に至(いた)るに、黄綾(こうりょう)の帳(とばり)の内(うち)に一堆(ひとたまり)の骸骨(がいこつ)あり。串楼(せんろう)の旁(かたわら)に三件(みつ)の納錦(のうきん)の背心(はいしん)ありしを、我が拿(と)り来(きた)れり。これまた我らの一程児(ひとほど=旅の)の造化(ぞうか=幸運)なり。この時(とき)天気(てんき)寒冷(かんれい)なれば、正(まさ)に用(よう)に当(あた)る処(ところ)なり。師父、且(しばら)く褊衫(へんさん)を脱(ぬ)ぎ、彼を且(しばら)く下(した)に穿(き)て、受用(じゅよう)し受用し、冷(つめた)きを食(くら)うを免(まぬが)れよ」
と。

三蔵言う、「不可不可(ならぬならぬ)!律(りつ)に云(いわ)く、『公取(こうしゅ)窃取(せっしゅ)みな盗(とう)と為(な)す』と。もしや人(ひと)の覚知(かくち)し、我らに趕(お)いつき、官(かん)に到(いた)らば、断然(だんぜん)として一箇の窃盗(せっとう)の罪(つみ)ならん。なおまた送(おく)り入(い)れて彼に与(あた)え、原処(もとのところ)に搭(か)け置(お)かしめよ!我らここに在りて風(かぜ)を避(さ)け一坐(ひとまどい)し、悟空(ごくう)の来(きた)る時(おり)を等(ま)ちて走路(たびだ)たん。出家人(しゅっけにん)はこのごとき小(ちいさ)きを愛(あい)するな」と。

八戒言う、「四顧(しこ=見回す)に人(ひと)無(な)く、鶏犬(けいけん=鶏や犬)すらまたこれを知(し)らず。ただ我らのみこれを知(し)れるに、孰(たれ)か我を告(つ)げんや。何(なん)の証見(しょうけん=証拠)かあらん。すなわち拾(ひろ)い得(え)たるの一般(ごとし)なり、いずくんぞ何(なん)の公取窃取(こうしゅせっしゅ)をか論(ろん)ぜんや!」と。

三蔵言う、「汝、胡(みだ)りに做(な)すかな!人(ひと)のこれを知(し)らずといえど、天(てん)いずくんぞ蓋(おお)わんや!玄帝(げんてい)の垂訓(すいくん)に云(いわ)く、『暗室(あんしつ=人目なき部屋)に心(こころ)を虧(か)くれば、神目(しんもく=神の目)電(いなずま)の如(ごと)し』と。早(はや)うに趁(じゅん)じて送(おく)り往(ゆ)きて彼に還(かえ)せ、非礼(ひれい)の物(もの)を愛(あい)するな」と。

かの呆子(あほう)、肯(がえん)じて聴(き)かんなど思うな。唐僧に向(むか)いて笑って言う、「師父や、我が人(ひと)と為(な)りてより、また幾件(いくえん)かの背心(はいしん)を穿(き)たれど、いまだこのごとき納錦(のうきん)のを見(み)ざりき。汝、穿(き)たずんば、且(しばら)く老豬(ろうちょ)に穿(き)しめよ、試(こころ)みに新(あらた)にして、脊背(せなか)を晤晤(あっため)ん。師兄(しい)の来(きた)るを等(ま)ちて、脱(ぬ)ぎて彼に還(かえ)して走路(たびだ)たん」と。沙僧言う、「既にこのごとく申さるるならば、我もまた一件(ひとえ)を穿(き)たん」と。

二人、斉(ひと)しく上蓋(じょうがい=上着)の直裰(じきとつ)を脱(ぬ)ぎ、背心(はいしん)を套(かさ)ね上(あ)ぐ。才(ようや)く帯子(たいす=帯)を緊(し)むるや、いかにしてか立(た)ち站(た)つも穩(やす)からず、撲(ぽん)と一跌(ひとたおれ)したり。元来(もと)この背心児(はいしんじ)は綁縛手(ほうばくしゅ=縄目)に賽(まさ)り、霎時間(またたくま)に、彼の二人をして背剪手(はいせんしゅ=後ろ手に縛り)貼心(むねぴったり)に捆(くく)り了(おわ)んぬ。

慌てたるかな三蔵、足(あし)を跌(ふみなら)して報怨(ほうえん=恨み言)し、急ぎ上前(すす)み出でて解(と)かんとすれど、いずくんぞすなわち解(と)き開(ひら)くを得(え)ん。三人(さんにん)かの処(ところ)に在りて吆喝(ようかつ=叫び)の声(こえ)の絶(た)えざるに、却(かえ)って早(はや)くも魔頭(まとう=妖魔の頭)を驚動(きょうどう)したり。

さて、かの一座(ひとつ)の楼房(ろうぼう)は果たして妖精(ようせい)の点化(てんか=化現)せしところにして、終日(ひねもす)ここに在りて人(ひと)を拿(とら)うるなり。彼、洞(どう)の裡(うち)に正(まさ)に坐(ざ)しおるに、忽然(たちまち)怨恨(えんこん)の声(こえ)を聞き、急ぎ門を出(い)でて来(きた)り視(み)れば、果たして幾人(いくたり)かを捆(くく)り住(とど)めたり。

妖魔(ようま)すなわち小妖(しょうよう)を喚(よ)び、同(とも)にかの辺(へん)に到(いた)り、楼台房屋(ろうだいぼうおく)の形(かたち)を収(おさ)め、唐僧(とうそう)を攙(たす)け住(とど)め、白馬(はくば)を牽(ひ)き、行李(こうり)を挑(にな)わせ、八戒・沙僧を将(も)ちて一斉に洞(どう)の裡(うち)に捉(とら)え到(いた)る。

老妖魔(ろうようま)、台(だい)に登(のぼ)りて高(たか)く坐(ざ)し、衆の小妖(しょうよう)唐僧(とうそう)を把(と)って台の辺(ほとり)に推(お)し近(ちか)づけ、地に跪(ひざまず)き伏(ふ)せしむ。妖魔(ようま)問うて言う、「汝は那方(いずかた)の和尚(おしょう)か。
いかにしてこのごとく胆(きも)大(おお)きく、白日(ひるま)に我が衣服(いふく)を偸盗(とうとう=盗み)せるか」
と。

三蔵、涙を滴(したた)らせて告(もう)して曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)はこれ東土大唐(とうどだいとう)の欽差(きんさ)として西天(せいてん)へ往(ゆ)きて経を取る者なり。腹中(ふくちゅう)飢餒(きだい)するにより、大徒弟(だいとてい)をして斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)かしめしがいまだ回(かえ)らず、かれが言語(げんご=言いつけ)に依(よ)るを得(え)ず、誤(あやま)りて仙庭(せんてい=おんみや)に撞(ぶつか)り入(い)りて風(かぜ)を避(さ)けたり。期(き)せずや我がこの二人の徒弟(でし)の小(ちいさ)きを愛(あい)し、この衣物(いぶつ)を拿(と)り出(いだ)せり。貧僧(ひんそう)は決(けっ)して敢えて心(こころ)を壊(やぶ)らず、当(まさ)に送(おく)りて本処(もとのところ)に還(かえ)さしめんとせしに、彼、我が言(こと)を聴(き)かず、これを穿(き)て脊背(せなか)を晤晤(あっため)んと欲し、料(おもんみ)らずや大王(だいおう)の機会(きかい=計略)に中(あた)り、貧僧(ひんそう)を拿(とら)え来(きた)らるるに至(いた)れり。万(よろず)望(のぞ)むらくは慈憫(じびん=あわれみ)して我が残生(ざんしょう=余命)を留(とど)め、真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らしめ、永(とこしえ)に大王(だいおう)の恩情(おんじょう)を注(そそ)ぎ、東土(とうど)に回(かえ)りて千古(せんこ=末永く)に伝揚(でんよう)せんことを!」
と。

かの妖魔(ようま)笑って言う、「我がここには常(つね)に人言(ひとげん=人の言)を聴(き)けり、『人(ひと)の唐僧(とうそう)の肉(にく)一塊(ひとかたまり)を食(くら)えば、髪(かみ)白(しろ)きもまた黒(くろ)く、歯(は)落(お)つるも更(さら)に生(しょう)ず』と。幸(さいわ)いに今日(こんにち)請(こ)わずして自(みずか)ら来(きた)れり。なお汝を饒(ゆる)さんことを指望(しぼう)するか!汝があの大徒弟(だいとてい)は何(なん)と名(な)を喚(よ)び、何方(いずかた)へ斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)きしか」と。

八戒これを聞き、すなわち口を開(ひら)いて称揚(しょうよう=誉めたたえ)て言う、「我が師兄(しい)はすなわち五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がしし斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)なり」と。かの妖魔(ようま)、斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)と聴くや、老大(いた)く些(いささ)か悚懼(しょうく=恐れ)あり。口の内(うち)には言(い)わず、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想う、「久(ひさ)しくかの者(もの)の神通(じんずう)広大(こうだい)なりと聞(き)けり、如今(いま)期(き)せずして会(あ)うとは」と。

教えて言う、「小(こもの)ら、唐僧(とうそう)を捆(くく)り、あの二人が解(と)き下(おろ)せし宝貝(ほうばい=宝)を将(と)り、二条(ふたすじ)の縄(なわ)に換(か)えてまた捆(くく)れ。且(しばら)く後辺(うしろ)に抬(かつ)ぎ置(お)き、我がかの大徒弟(だいとてい)を拿(とら)え住(とど)むるを待(ま)ちて、一発(いっぺん)に刷洗(さっせん=洗い清め)、却(かえ)って好(よ)く凑籠(そうろう=蒸籠に揃え)て蒸(ふか)して食(くら)わん」と。

衆の小妖(しょうよう)、一声に答(こた)え、三人を一斉に捆(くく)り、後辺(うしろ)に抬(かつ)ぎ往(ゆ)き、白馬(はくば)を槽頭(そうとう=槽のほとり)に拴(つな)ぎ、行李(こうり)を屋(いえ)の裡(うち)に挑(にな)い入(い)る。衆の妖(よう)みな兵器(へいき)を磨(と)ぎ、行者の擒拿(きんだ=捕縛)を準備(じゅんび)す。これ語(かた)らず。

さて、孫行者(そんぎょうじゃ)、南荘(なんそう=南の村)の人家(じんか)より一鉢盂(ひとはつう)の斎飯(さいはん)を摂(と)り、雲に駕(が)して旧路(きゅうろ=来た道)に回(めぐ)り返(かえ)る。径(ただち)に山坡(さんぱ=坂)の平(たいら)なる処(ところ)に至(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)せば、早(はや)くも唐僧(とうそう)を見(み)ず、いずこへか往(ゆ)きしかを知(し)らず。棍(こん)の划(か)きし圈子(わ)はなお在(あ)れど、ただ人馬(じんば)の皆(みな)見(み)えざるのみ。かの楼台(ろうだい)の処所(しょしょ=場所)を回(かえ)り看(み)れば、また俱(みな)無(な)く、ただ山根(さんこん=山のふもと)の怪石(かいせき)を見るのみ。

行者、心に驚いて言う、「説(と)くに及(およ)ばず!彼らは定(さだ)めてあの毒手(どくしゅ)に遭(あ)えるなり!」と。急ぎ路に依(よ)りて馬蹄(ばてい=蹄の跡)を看(み)て、西(にし)に向(むか)いて趕(お)う。行(ゆ)くこと五、六里(ごろくり)あるに、正(まさ)に悽愴(せいそう=悲嘆)の際(さい)に、ただ北坡(ほくは=北の坂)の外(そと)に人(ひと)の言語(げんご=話し声)の聞こゆるを。

視(み)る時(おり)、すなわちこれ一人の老翁(ろうおう)あり、氈衣(せんい=毛氈の衣)の体(からだ)を苫(おお)える、暖帽(だんぼう)の頭(かしら)を蒙(おお)える、足下(あしもと)に一双(ひとくつ)の半新半旧(はんしんはんきゅう)の油靴(ゆうか=油を塗った靴)を踏(ふ)み、手に一根(ひとつえ)の龍頭拐棒(りゅうとうかいぼう=竜頭の杖)を持(た)ち、後辺(うしろ)に一人の年幼(としわか)き僮僕(どうぼく)の跟(したが)うあり、一枝(ひとえだ)の臘梅花(ろうばいか=蝋梅)を折(お)り、坡前(はぜん=坂の前)より歌(うた)を念(とな)えつつ走(あゆ)む。

行者、鉢盂(はつう)を放下(おろ)し、觌面(てきめん=面と向かい)て一箇の問訊(もんじん)を道(な)し、叫(よばわ)る、「老公公(ろうこうこう)、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん)し奉(たてまつ)る」と。かの老翁(ろうおう)すなわち礼を返して言う、「長老(ちょうろう)いずこより来(きた)る」と。行者言う、「我ら東土(とうど)より来(きた)り、西天(せいてん)へ往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経を求(もと)む、一行(いっこう)師徒(してい)四衆(ししゅ)なり。我、師父(しふ)の飢(う)えたもうによるをもて、特に化斎(けさい=斎を乞う)に往(ゆ)き、彼の三衆(さんしゅ)をしてあの山坡(さんぱ)の平(たいら)なる処(ところ)に坐(ざ)して相候(あいま)たしめたり。回(かえ)り来(きた)るに及びて見(み)えず、いずこの路上(ろじょう)へか往(ゆ)きしを知(し)らず。公公(こうこう)に動問(どうもん=お尋ね)す、かつて見(み)たもうや否や」と。

老者これを聞き、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)して言う、「汝があの三衆(さんしゅ)に、一箇の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長い嘴に大きな耳)の者(もの)の有るや否や」と。行者言う、「有り有り有り!」と。「また一箇の晦気色顔(わいろのつら)の者(もの)の、一匹(ひとむれ)の白馬(はくば)を牽(ひ)き、一人の白顔(しろいかお)の胖和尚(ふとおしょう)を領(つ)れたる有(あ)るや否や」と。行者言う、「是(しか)り是り是り!」と。

老翁(ろうおう)言う、「汝ら路(みち)を錯(あやま)りたり。汝、彼を尋(たず)ぬるを休(や)めよ、各(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて去(さ)れ」と。行者言う、
「かの白顔(しろいかお)のはこれ我が師父(しふ)、かの怪様(あやしのかたち)のはこれ我が師弟(してい)なり。我、彼と共(とも)に虔心(けんしん)を発(おこ)し、西天(せいてん)に往(ゆ)きて経を取(と)らんと要(もと)むるに、いかでか彼を尋(たず)ね往(ゆ)かざらんや!」
と。

老翁(ろうおう)言う、「我、才(いま)しがたここを過(よ)ぎりしとき、彼の路(みち)を錯(あやま)り走(はし)りて、妖魔(ようま)の口(くち)の裡(うち)に闯(つ)け入(い)り往(ゆ)くを見たり」と。行者言う、「公公(こうこう)の指教(しきょう=お教え)を煩(わずら)わさん、これいかなる妖魔(ようま)にして、何方(いずかた)に居(お)るか、我が好(よ)く門に上(のぼ)りて彼らを取索(しゅさく=取り戻)し、西天(せいてん)へ往(ゆ)かんとす」と。

老翁(ろうおう)言う、「この山(やま)を金兜山(きんとうざん)と喚(よ)ぶ。山前(さんぜん)に一箇の金兜洞(きんとうどう)あり。あの洞(どう)の中(うち)に一箇の独角兕大王(どっかくじだいおう)あり。かの大王(だいおう)神通(じんずう)広大(こうだい)、威武(いぶ)高強(こうきょう)なり。あの三衆(さんしゅ)はこんど断(きっ)として命(いのち)無(な)からん。汝もし尋(たず)ね往(ゆ)かば、ただ汝すらまた保(たも)ち難(がた)からんことを怕(おそ)るるのみ、去(ゆ)かざるの愈(まさ)れるに如(し)かず。我また敢えて汝を阻(はば)まず、また敢えて汝を留(とど)めず、ただ汝が心中(しんちゅう)の度量(たくりょう=思案)に任(まか)すのみ」と。

行者、再拝(さいはい)して称謝(しょうしゃ)して言う、「多く公公(こうこう)の指教(しきょう)を蒙(こうむ)る。我、いずくんぞ尋(たず)ね往(ゆ)かざるの理(ことわり)あらんや!」と。この斎飯(さいはん)を倒(あけ)て彼に与(あた)え、この空(から)の鉢盂(はつう)を自家(じか=自分)で收拾(しゅうしゅう)す。

かの老翁(ろうおう)、拐棒(かいぼう=杖)を放下(おろ)し、鉢盂(はつう)を接(う)けて僮僕(どうぼく)に遞(わた)し、本象(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、双双(ふたりとも)跪(ひざまず)き下(お)り頭を叩(う)って叫(よばわ)る、「大聖(たいせい)、小神(しょうしん)敢えて隠(かく)し瞞(あざむ)かず。我らこの二人はすなわちこれこの山(やま)の山神(さんしん)・土地(とち)なり。ここに在りて大聖(たいせい)を候接(こうせつ)し奉(たてまつ)る。この斎飯(さいはん)は鉢盂(はつう)もろとも小神(しょうしん)収(おさ)め下(おろ)し、大聖(たいせい)の身(み)を軽(かる)くして好(よ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)さしめん。唐僧(とうそう)の難(なん)を救(すく)い出(いだ)したもうを待(ま)ちて、この斎(とき)を以て唐僧(とうそう)に還(かえ)し奉(たてまつ)らば、方(はじ)めて大聖(たいせい)の至(いた)れる恭(きょう=敬い)と至れる孝(こう)とを顕(あらわ)すべきなり」と。

行者、喝(しか)って言う、「汝この毛鬼(もうき=毛むくじゃらの鬼)め、討打(ぶたれ)たいか!既に我の到(いた)るを知(し)りながら、何(なん)ぞ早(はや)く迎(むか)えざりし。またこのごとく頭を藏(かく)し尾(お)を露(あらわ)すは、これいかなる道理(どうり)ぞ」と。土地(とち)言う、「大聖(たいせい)の性急(せいきゅう)なるに、小神(しょうしん)敢えて造次(ぞうじ=軽はずみ)せず、威顔(いがん=お怒り)を犯(おか)さんことを恐(おそ)れたり。これをもて象(すがた)を隠(かく)して告(つ)げ知(し)らせたり」と。

行者、怒(いかり)を息(いこ)うて言う、「汝且(しばら)く打(う)たるるを記(き)せ!好(よ)く生(よく)我が為(ため)に鉢盂(はつう)を収(おさ)め著(お)けよ!我があの妖精(ようせい)を拿(とら)えに往(ゆ)きて来(きた)らんを待て!」と。土地(とち)・山神(さんしん)、遵(したが)い領(りょう=承)す。

この大聖(たいせい)ようやく一束(ひとたば)の虎筋縧(こきんとう=虎の筋の帯)を束(しば)り、虎皮裙(こひくん)を捲(まく)り上(あ)げ、金箍棒(きんこぼう)を執(と)り、径(ただち)に山前(さんぜん)に奔(はし)り、妖洞(ようどう)を找尋(そうじん=探し求)む。山崖(さんがい)を転(めぐ)り過(よ)ぐるに、ただ見よ、あの乱石(らんせき)磷磷(りんりん)、翠崖(すいがい=緑の崖)の辺(ほとり)に両扇(ふたおもて)の石門(せきもん)あり、門外(もんがい)に許多(あまた)の小妖(しょうよう)の、そこに在りて槍(やり)を輪(めぐ)らし剣(けん)を舞(ま)わせるあり。真箇(まこと)にこれ、
烟雲(えんうん)瑞(ずい)を凝(こら)し、苔蘚(たいせん)青(あお)を堆(うずたか)くす。
崚嶒(りょうそう=けわしき)の怪石(かいせき)列(つらな)り、崎嶇(きくう=でこぼこ)の曲道(きょくどう)縈(めぐ)る。
猿(さる)嘯(うそぶ)き鳥(とり)啼(な)いて風景(ふうけい)麗(うるわ)しく、鸞(らん)飛(と)び鳳(ほう)舞(ま)うて蓬瀛(ほうえい=仙境)の若(ごと)し。
向陽(こうよう=日当たり)の幾樹(いくじゅ)の梅(うめ)初(はじ)めて放(ひら)き、暖(あたたか)きを弄(ろう)する千竿(せんかん)の竹(たけ)自(おのずか)ら青(あお)し。
陡崖(とうがい=険しい崖)の下(した)、深澗(しんかん=深い谷)の中(うち)、
陡崖の下には雪(ゆき)粉(こな)を堆(うずたか)くし、深澗の中には水(みず)冰(こおり)を結(むす)ぶ。
両林(りょうりん)の松柏(しょうはく)千年(せんねん)秀(ひい)で、幾簇(いくむら)の山茶(さんさ=椿)一樣(ひとしく)紅(あか)し。
と。

この大聖(たいせい)、観看(みわた)すれど尽(つ)きず、步(あゆみ)を引(ひ)き開(ひら)きて径(ただち)に門前(もんぜん)に至(いた)り、声(こえ)を厲(はげ)しくして高叫(たかよばわ)りす、「かの小妖(しょうよう)、汝疾(と)く進(すす)み入(い)りて汝があの洞主(どうしゅ)に説(つ)げ、我は本(もと)唐朝(とうちょう)聖僧(せいそう)の徒弟(でし)斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)なるが、疾(と)く彼をして我が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)さしめよ。さもなくば汝らの性命(いのち)を喪(うしな)わしめん!」と。

かの伙(むれ)の小妖(しょうよう)、急ぎ洞(どう)の裡(うち)に入(い)りて報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、前面(ぜんめん)に一人の毛顔勾嘴(もうれんこうし=毛だらけの顔に曲がった口)の和尚(おしょう)あり、斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)と称(とな)えて、その師父(しふ)を要(もと)めに来(きた)りまする」と。

かの魔王(まおう)この言(こと)を聞き、満心(まんしん)に歓喜して言う、「正(まさ)に彼の来(きた)るを要(もと)むるところなり!我、本宮(ほんぐう)を離(はな)れて塵世(じんせい)に下降(げこう)してより、更(さら)にかつて武芸(ぶげい)を試(こころ)みたること無し。今日(こんにち)彼の来(きた)るは、必(かなら)ずこれ一箇の対手(たいしゅ=好敵手)ならん」と。すなわち命じて言う、「小(こもの)ら!兵器(へいき)を取出(とりだ)せ」と。

かの洞(どう)の中(うち)の大小(だいしょう)の群魔(ぐんま)、箇箇(おのおの)精神(せいしん)抖擻(とうそう=奮い立ち)、すなわち忙(いそ)ぎ一根(ひとつ)の丈二(じょうに=一丈二尺)の長(なが)き点鋼槍(てんこうそう=鋼の槍)を抬(かつ)ぎ出(いだ)して老怪(ろうかい)に遞(わた)す。老怪(ろうかい)、令(れい)を伝えて教う、「小(こもの)ら、各(おのおの)整齐(せいせい=身支度)を要(よう)せよ。進(すす)む者(もの)は賞(ほうび)、退(しりぞ)く者(もの)は誅(ちゅう=殺)せん!」と。

衆の妖(よう)令を得(え)、老怪(ろうかい)に随(したが)い、騰(とび)いで門を出(い)でて叫(よばわ)る、「孰(たれ)かこれ孫悟空(そんごくう)なる」と。行者、旁(かたわら)に在りて闪(かわ)し過(よ)ぎ、かの魔王(まおう)の生(うま)れつきの好(よ)くも凶醜(きょうしゅう=凶悪醜悪)なるを見る、
独角(どっかく)参差(しんし=でこぼこ)として、双眸(そうぼう=両眼)幌亮(こうりょう=きらきら)たり。
頂上(ちょうじょう)の粗皮(そひ=厚き皮)突(とつ)き出(い)で、耳根(じこん=耳の付け根)の黒肉(こくにく)光(ひか)れり。
舌(した)長(なが)くして時(とき)に鼻(はな)を攪(かきまわ)し、口(くち)闊(ひろ)くして版牙(はんが=前歯)黄(き)なり。
毛皮(もうひ)は青(あお)きこと靛(でん=藍)の似(ごと)く、筋攣(きんれん=すじ)は硬(かた)きこと鋼(はがね)の如(ごと)し。
犀(さい)に比(くら)ぶれば水(みず)に照(てら)すに難(かた)く、象牯(ぞうこ=牡の象)に荒(こう=野)を耕(たがや)さず。
喘月犁雲(ぜんげつりうん=月に喘ぎ雲を犁く)の用(よう)全(まった)く無く、倒(かえ)って天を欺(あざむ)き地を振(ふる)うの強(つよ)きあり。
両隻(ふたつ)の焦筋(しょうきん=焦げた筋)の藍靛手(らんでいしゅ=藍色の手)、雄威(ゆうい)直(なお)点鋼槍(てんこうそう)を挺(つきた)てたり。
細(こま)かにこのごとき凶姿(きょうし)を看(み)れば、枉(むだ)に兕大王(じだいおう)と名称(なづ)けられず!
と。

孫大聖(そんたいせい)、上前(すす)み出でて言う、「汝が孫外公(そんがいこう=孫のじいさん)ここに在(あ)る也(なり)!疾(と)く早(はや)う我が師父(しふ)を還(かえ)せ、両(りょう)ながら毀傷(きしょう=傷つけ)無(な)からん!もし『不(いな)』の字(じ)の半箇(はんこ)をも道(い)わば、我、汝をして死(し)して葬身(そうしん)の地(ところ)無(な)からしめん!」と。

かの魔(ま)喝(しか)って言う、「我が汝を、この大胆(だいたん)なる潑猴精(はつこうせい=暴れ猿の精)め!汝に些(いささ)かの何(なん)の手段(てだて)ありて、敢えてこのごとき大言(たいげん)を出(いだ)すか」と。行者言う、「汝この潑物(はつぶつ)め、これまたいまだ我が老孫(ろうそん)の手段(てだて)を見(み)ざるか!」と。かの妖魔(ようま)言う、「汝が師父(しふ)は我が衣服(いふく)を偸盗(とうとう)せり。実(げ)にこれ我が拿(とら)え住(とど)めたるところ、如今(いま)まさに蒸(ふか)して食(くら)わんとす。汝はこれ何(なん)たる好漢(こうかん=好漢)なるか、すなわち敢えて我が門の上(ほとり)に来(きた)りて取(と)り討(もと)めんとするか!」と。

行者言う、「我が師父(しふ)はすなわち忠良正直(ちゅうりょうしょうじき)の僧(そう)なり。いずくんぞ汝が何(いず)れの妖物(ようぶつ)を偸(ぬす)むの理(ことわり)あらんや」と。妖魔(ようま)言う、「我、山路(さんろ)の辺(ほとり)に一座(ひとつ)の仙荘(せんそう)を点化(てんか)せしに、汝が師父(しふ)潜(ひそ)かに裡(うち)に入(い)り、心(こころ)に情欲(じょうよく)を愛(あい)し、我が三領(みつ)の納錦綿装背心児(のうきんめんそうはいしんじ)を将(と)りて偸(ぬす)み身に穿(き)たり。ただ証拠(しょうこ)あり、これをもて我才(ようや)く彼を拿(とら)えたり。汝、今果たして手段(てだて)あらば、すなわち我と比勢(ひせい=勝負)せよ。もし三合(さんごう)に我に敵(かな)い過(す)ぐれば、汝が師(し)の命(いのち)を饒(ゆる)さん。もし我に敵い過(す)ぐるを得(え)ずんば、汝をして一路(いちろ)に陰(かげ=冥土)に帰(き)せしめん!」と。

行者笑って言う、
「潑物(はつぶつ)め!講口(こうこう=口論)するを須(もち)いず!ただ比勢(ひせい)と申すは、正(まさ)に老孫(ろうそん)の意(こころ)に合(かな)う。走(のぼ)り上(あが)り来(こ)よ、吾が棒(ぼう)を食(くら)え!」
と。

かの怪物(かいぶつ)、何(なん)の赌闘(ととう=勝負)かを怕(おそ)れん、鋼槍(こうそう=鋼の槍)を挺(つきた)てて面(おもて)を劈(つんざ)いて迎(むか)う。この一場(ひとしきり)の好(よ)き殺(たたか)いかな!視よ、あの
金箍棒(きんこぼう)挙(あが)り、長杆槍(ちょうかんそう)迎(むか)う。
金箍棒挙がれば、亮藿藿(りょうかくかく=きらきら)として電(いなずま)の金蛇(きんじゃ)を掣(ひ)くが似(ごと)く、
長杆槍迎(むか)えば、明幌幌(めいこうこう=ぴかぴか)として龍(りゅう)の黒海(こくかい)を離(はな)るるが如(ごと)し。
かの門前(もんぜん)の小妖(しょうよう)鼓(つづみ)を擂(う)ち、陣勢(じんせい)を排(ひら)いて威風(いふう)を助(たす)け、
この壁廂(へきしょう)の大聖(たいせい)功(こう)を施(ほどこ)し、縦横(じゅうおう)を出(いだ)して本事(ほんざい)を逞(たくま)しくす。
彼(か)の処(ところ)に一杆(ひとさお)の槍(やり)、精神(せいしん)抖擻(とうそう=奮い立ち)、
我がここに一条(ひとすじ)の棒(ぼう)、武芸(ぶげい)高強(こうきょう)なり。
正(まさ)にこれ英雄(えいゆう)の英雄漢(えいゆうかん)に遇(あ)い、果たして対手(たいしゅ)の才(はじ)めて対手人(たいしゅじん)に逢(あ)うなり。
かの魔王(まおう)は口(くち)に紫気(しき)を噴(ふ)きて煙霧(えんむ)を盤(めぐ)らし、
この大聖(たいせい)は眼(まなこ)に光華(こうか)を放(はな)ちて繍雲(しゅううん)を結(むす)ぶ。
ただ大唐(だいとう)の僧(そう)に難(なん)あるが為(ため)に、両家(りょうけ)義(ぎ)無(な)く苦(くるし)く争輪(そうりん=争い回る)。
と。

彼の二人、戦(たたか)うこと三十合(さんじっごう)を経(ふ)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。かの魔王(まおう)、孫悟空(そんごくう)の棍法(こんぽう)の斉整(せいせい=整然)、一往一来(いちおういちらい)に些(いささ)かの破綻(はたん=隙)も全(まった)く無きを見、喜ぶこと彼の声を連(つら)ねて喝采(かっさい)して言う、「好(よ)き猴児(さる)かな!好き猴児かな!真箇(まこと)にこれあの天宮(てんぐう)を闹(さわ)がしし本事(ほんざい)なり!」と。

この大聖(たいせい)もまた彼が槍法(そうほう)の乱(みだ)れず、右(みぎ)を遮(さえぎ)り左(ひだり)を擋(ふせ)ぎ、甚(はなは)だ解数(かいすう=手順)あるを愛(め)で、また叫(よばわ)って言う、
「好(よ)き妖精(ようせい)かな!好き妖精かな!果たしてこれ一箇の丹(たん)を偸(ぬす)みし魔頭(まとう)なり!」
と。

二人また闘(たたか)うこと一、二十合(いちにじっごう)なるに、かの魔王(まおう)槍尖(そうせん=槍先)を把(と)って地を点(つ)き、小妖(しょうよう)に喝令(かつれい=命じ)して斉(ひと)しく来(きた)らしむ。かの潑怪(はつかい)ら、箇箇(おのおの)刀(かたな)を拿(と)り杖(つえ)を弄(ろう)し、剣(けん)を執(と)り槍(やり)を輪(めぐ)らし、孫大聖(そんたいせい)を把(と)って中間(ちゅうかん)に囲(かこ)む。

行者、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、ただ叫(よばわ)る、「来(きた)ること好(よ)し!来ること好し!正(まさ)に吾が意(こころ)に合(かな)う!」と。一条の金箍棒(きんこぼう)を使(つか)い、前(まえ)に迎(むか)え後(うしろ)に架(かま)え、東(ひがし)を擋(ふせ)ぎ西(にし)を除(のぞ)けば、かの伙(むれ)の群妖(ぐんよう)、思(おも)いも寄らず肯(がえん)じて退(しりぞ)かんとす。

行者、焦躁(しょうそう=いらいら)するを忍(こら)えきれず、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って将(も)ち起(あ)げ去(や)り、「変(へん)!」と喝(かつ)すれば、すなわち変じて千百条(せんぴゃくじょう)の鉄棒(てつぼう)と作(な)り、好(よ)きかな便(すなわ)ち飛蛇走蟒(ひじゃそうもう=飛ぶ蛇走る蟒)の似(ごと)く、空(くう)に盈(み)ちて裡(うち)より乱(みだ)りに落(お)ち下(くだ)る。

かの伙(むれ)の妖精(ようせい)これを見、箇箇(おのおの)魄散魂飛(はくさんこんぴ=魂も消え飛び)、頭を抱(いだ)き頸(くび)を縮(ちぢ)め、尽(ことごと)く洞(どう)の中(うち)へ逃(に)げて命(いのち)を求(もと)む。

老魔王(ろうまおう)、唏唏(きき)と冷笑(れいしょう)して言う、「かの猿(さる)め、無礼(ぶれい)するな!手段(てだて)を看(み)よ!」と。すなわち忙(いそ)ぎ袖中(しゅうちゅう)より一箇の亮灼灼(りょうしゃくしゃく)白森森(はくしんしん=白くぎらぎら)の圈子(けんす=輪)を取出(とりだ)し、空(くう)を望(めが)けて抛(な)げ上(あ)げ、「著(あた)れ!」と一声叫(よばわ)る。唿喇(こつらつ)と一下(ひとつ)、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って収(おさ)めて一条(ひとすじ)と做(な)し、套(おお)い将(も)ちて去(さ)りぬ。

ここをもて孫大聖(そんたいせい)赤手空拳(せきしゅくうけん)と作(な)り、筋斗(きんと)を翻(う)って性命(いのち)を逃(のが)る。かの妖魔(ようま)勝(かち)を得(え)て洞(どう)に回帰(かいき)し、行者(ぎょうじゃ)朦朧(もうろう)として主張(しゅちょう=方針)を失(うしな)う。これ正(まさ)に、
道(どう)一尺(いっしゃく)高(たか)ければ魔(ま)一丈(いちじょう)高(たか)く、性(せい)乱れ情(じょう)昏(くら)みて家(いえ)を錯認(さくにん=見誤る)。
恨(うら)むべし法身(ほっしん)に坐位(ざい=座)無(な)く、当時(そのとき)行動(こうどう)の念頭(ねんとう)差(たが)えり。
と。畢竟(ひっきょう)この番(たび)いかにしてか結果(けっか)するやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。