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054 第五十四回 法性(ほっしょう)、西(にし)より来(きた)りて女国(じょこく)に逢(あ)い 心猿(しんえん)、計(けい)を定(さだ)めて烟花(えんか)を脱(のが)る

さて三蔵(さんぞう)師徒(しと)は村舎(そんしゃ)の人家(じんか)に別(わか)れ、路(みち)に依(よ)りて西(にし)に進(すす)むに、三四十里(さんしじゅうり)に上(のぼ)らずして、早(はや)くも西梁国(せいりょうこく)の界(さかい)に到(いた)る。唐僧(とうそう)は馬(うま)の上(うえ)に在って指(ゆびさ)して言う、「悟空(ごくう)、前方(まえ)に城池(じょうち=城(しろ))の相近(ちか)づき、市井(しせい=町(まち))の上(うえ)に人語(じんご)喧嘩(けんか=賑(にぎ)やか)なるは、想(おも)うに是れ西梁女国(せいりょうじょこく)ならん。汝等(なんじら)は須(すべか)らく仔細(しさい)なるを要(よう)し、規矩(きく=礼儀(れいぎ))を謹(つつし)み慎(つつし)み、切(きっ)と情懐(じょうかい=情(じょう)の心(こころ))を放蕩(ほうとう=奔放(ほんぽう))にし、法門(ほうもん)教旨(きょうし=教(おしえ)の趣旨(しゅし))を紊乱(びんらん=乱(みだ))すこと休(や)めよ」。三人(さんにん)は言(こと)を聞(き)き、謹(つつし)んで厳命(げんめい)に遵(したが)う。言(ことば)未(いま)だ尽(つ)きざるに、却(かえ)って東関廂街口(とうかんしょうがいこう=東門(ひがしもん)外(がい)の町(まち)の入口(いりぐち))に至(いた)る。かの処(ところ)の人(ひと)は皆(みな)是れ長裙(ちょうくん=長(なが)い裾(すそ))短襖(たんおう=短(みじか)い襖(あお))、粉面油頭(ふんめんゆとう=白粉(おしろい)の顔(かお)と油(あぶら)の髪(かみ))、老(おい)少(わかき)を分(わ)たず、尽(ことごと)く是れ婦女(ふじょ)にして、正(まさ)に両街(りょうがい)の上(うえ)に在って買(かい)を做(な)し売(ばい)を做(な)しおるに、ふと彼(かれ)ら四衆(ししゅう)の来(きた)れるを見(み)て、一斉(いっせい)に皆(みな)掌(てのひら)を鼓(う)って呵呵(かか)と、容(かたち)を整(ととの)えて歓笑(かんしょう)して言う、「人種(じんしゅ=男(おとこ))が来(き)た! 人種が来た!」 慌(あわ)てたるはかの三蔵(さんぞう)、馬(うま)を勒(ひ)けども行(ゆ)き難(がた)く、須臾(しばらく)の間(あいだ)に就(すなわ)ち街道(がいどう=通(とお)り)を塞(ふさ)ぎ満(みた)し、惟(た)だ笑語(しょうご=笑(わら)い声(ごえ))を聞(き)くのみ。八戒(はっかい)は口(くち)の裡(うち)に乱(みだ)りに嚷(わめ)いて言う、「我(われ)は是れ一箇の銷猪(しょうちょ=去勢(きょせい)した豚(ぶた))ぞ!

我は是れ一箇の銷猪ぞ!」 行者言う、「呆子(ほうし=間抜(まぬ)け)、胡談(こだん=でたらめ)を言(い)うこと莫(な)かれ、旧(もと)の嘴顔(しれん=顔(かお)つき)を拿(と)り出(いだ)せば便(すなわ)ち是れなり」。八戒(はっかい)は真(まこと)に頭(こうべ)を把(と)って上(うえ)へ両揺(ふたゆす)り揺(ゆす)り、一双(ひとそろ)いの蒲扇(ほせん=蒲(がま)の扇(おうぎ))の耳(みみ)を竪(た)て起(おこ)し、蓮蓬(れんぽう=蓮(はす)の実(み))の吊搭(ちょうとう=垂(た)れ下(さが))りし唇(くちびる)を扭(ね)じ動(うご)かし、一声(ひとこえ)の喊(とき)を発(はっ)すれば、それらの婦女(ふじょ)たちを唬(おど)して跌跌爬爬(てっていはは=転(ころ)びまく)らしむ。詩(し)有って証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く──

聖僧(しょうそう)仏(ほとけ)を拝(はい)して西梁(せいりょう)に到(いた)れば、
国内(こくない)衠陰(しょんいん=ことごとく陰(いん))にして世(よ)に陽(よう)少(すくな)し。
農士工商(のうしこうしょう)皆(みな)女輩(じょはい=女(おんな))にして、
漁樵耕牧(ぎょしょうこうぼく)尽(ことごと)く紅妝(こうそう=紅(べに)の粧(よそお)い)なり。

嬌娥(きょうが=美(うつく)しき女(おんな))路(みち)に満(み)ちて人種(おとこ)を呼(よ)び、
幼婦(ようふ=若(わか)き女(おんな))街(まち)に盈(み)ちて粉郎(ふんろう=白粉(おしろい)の郎(おとこ))を接(むか)う。
是(こ)れ悟能(ごのう)の丑相(しゅうそう=醜(みにく)き姿(すがた))を施(ほどこ)さざれば、
烟花(えんか=色里(いろざと))に囲(かこ)まれ困(くるし)められて苦(くるしみ)当(あた)り難(がた)からん!

遂(つい)に此(ここ)に衆(しゅう)は皆(みな)恐惧(きょうく=恐(おそ)れ)、敢(あ)えて上前(すすみで)ず、一箇一箇(ひとりひとり)皆(みな)手(て)を捻(ひね)り腰(こし)を縮(ちぢ)め、頭(こうべ)を揺(ゆす)り指(ゆび)を咬(か)み、戦戦兢兢(おののき)として、街旁(がいぼう=通(とお)りの端(はし))路下(ろか=路(みち)の下(した))に排(なら)び塞(ふさ)がり、皆(みな)唐僧(とうそう)を看(み)る。孫大聖(そんたいせい)も却(かえ)ってまた丑相(みにくきすがた)を弄(ろう)し出(いだ)して路(みち)を開(ひら)く。沙僧(しゃそう)もまた吓虎(かくこ=脅(おど)し)を装(よそお)いて維持(いじ=取(と)り締(し)ま)り、八戒(はっかい)は馬(うま)を采(と)り、嘴(くち)を掬(すく)い、耳(みみ)を擺(ゆす)る。

一行(いっこう)前(すす)み進(すす)むに、又(また)見(み)るにかの市井(まち)の上(うえ)の房屋(ぼうおく=家(いえ))の斉(ひと)しく整(ととの)い、鋪面(ほめん=店(みせ)の構(かま)え)の軒昂(けんこう=立派(りっぱ))なる、一般(いっぱん)に塩(しお)を売(う)り米(こめ)を売(う)る有(あ)り、酒肆(しゅし=酒屋(さかや))茶房(さぼう=茶屋(ちゃや))、鼓角楼台(こかくろうだい=太鼓(たいこ)と角笛(つのぶえ)の楼台(ろうだい))貨殖(かしょく=商(あきな)い)を通(つう)じ、旗亭(きてい=旗(はた)の亭(てい))候館(こうかん=待合(まちあい)の館(やかた))に簾櫳(れんろう=簾(すだれ))を挂(か)く。師徒(しと)たちは転(ま)がり抹角(まっかく=角(かど)を曲(ま)が)り、ふと見(み)るに一箇の女官(にょかん)の街下(がいか=街(まち)の下(した))に侍立(じりつ)し、高声(こうせい)に叫(さけ)んで言う有り、「遠(とお)くより来(きた)れる使客(しきゃく=使(つかい)の客(きゃく))、擅(ほしいまま)に城門(じょうもん)に入(い)る可(べ)からず、請(こ)うて館駅(かんえき)に投(とう)じて名(な)を簿(ぼ)に注(しる)し上(のぼ)し、下官(げかん)の名(な)を執(と)りて駕(が)に奏(そう)し、引(いん=通行証(つうこうしょう))を験(あらた)めて放行(ほうこう)するを待(ま)て」。

三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)いて馬(うま)を下(お)り、観看(かんかん)するにかの衙門(がもん=役所(やくしょ))の上(うえ)に一扁(いっぺん=一枚(いちまい)の扁額(へんがく))有って、上(うえ)に「迎陽駅(げいようえき)」の三字(さんじ)を書(か)けり。長老(ちょうろう)言う、「悟空(ごくう)、あの村舎(むら)の人家(じんか)の伝言(つて)は是(こ)れ実(まこと)なり、果(はた)して迎陽(げいよう)の駅(えき)有り」。沙僧(しゃそう)笑って言う、

「二哥(にいさん)、汝(なんじ)は却(かえ)って往(ゆ)きて照胎泉(しょうたいせん)の辺(ほとり)に照(てら)して、双影(そうえい=二重(にじゅう)の影(かげ))の有るや否(いな)やを看(み)よ」。八戒(はっかい)言う、「我(われ)を弄(からか)うこと莫(な)かれ!

我(われ)は自(おのずか)らあの盞児(さかずき)の落胎泉(らくたいせん)の水(みず)を飲(の)みてより、已(すで)に此(ここ)に胎(たい)を打(う)ち下(おろ)したれば、還(また)彼(かれ)を照(てら)して怎(なん)ぞや」。三蔵(さんぞう)は頭(こうべ)を回(めぐ)らして吩咐(ふんぷ=言(い)いつ)けて言う、「悟能(ごのう)、謹言(きんげん=慎(つつし)んで言(い)え)! 謹言!」 遂(つい)に上前(すすみで)てかの女官(にょかん)と礼(れい)を作(な)す。女官(にょかん)は路(みち)を引(みちび)き、彼等(かれら)を請(しょう)じて皆(みな)駅内(えきない)に進(すす)み入(い)らしめ、正庁(せいちょう)に坐(ざ)せしめ、即(すなわ)ち茶(ちゃ)を看(だ)すを喚(よ)ぶ。又(また)見(み)るにかの手下(しゅか)の者(もの)は尽(ことごと)く是れ三綹(さんりゅう=三(み)つ分(わ)け)の髪(かみ)を梳(と)かし、両截(りょうせつ=二(ふた)つ切(ぎ))りの衣(い)を穿(き)るの類(たぐい)にして、汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の茶(ちゃ)を拿(と)る者(もの)もまた笑(わら)う。少頃(しばらく)にして茶(ちゃ)罷(おわ)り、女官(にょかん)は身(み)を欠(か)いて問(と)うて曰(いわ)く、「使客(しきゃく)は何処(いずこ)より来(きた)れるか」。行者言う、「我等(われら)は乃(すなわ)ち東土大唐王(とうどだいとうおう)の駕下(がか=御代(みよ))の欽差(きんさ=勅使(ちょくし))の、西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。我が師父(しふ)は便(すなわ)ち是れ唐王(とうおう)の御弟(ぎょてい)、号(ごう)して唐三蔵(とうさんぞう)と曰(い)い、我(われ)は乃(すなわ)ち彼(かれ)が大徒弟(だいとてい)孫悟空(そんごくう)、この二箇(ふたり)は是れ我が師弟(してい)の猪悟能(ちょごのう)・沙悟浄(しゃごじょう)、一行(いっこう)馬(うま)を連(つれだ)って五口(ごく=五名(ごめい))なり。身(み)に随(したが)えて通行文牒(つうこうぶんちょう)有り、乞(こ)う照験(しょうけん=照合(しょうごう))して放行(ほうこう)し給(たま)え」。かの女官(にょかん)は筆(ふで)を執(と)って書き罷(おわ)り、下(お)り来(きた)りて頭(こうべ)を叩(たた)いて言う、「老爺(ろうや)罪(つみ)を恕(ゆる)し給(たま)え、下官(げかん)は乃(すなわ)ち迎陽駅(げいようえき)の駅丞(えきじょう)なり、実(じつ)に上邦(じょうほう=大国(たいこく))の老爺(ろうや)なるを知(し)らず、知(し)らば当(まさ)に遠(とお)く迎(むか)う可(べ)かりしを」。拝(はい)し畢(おわ)りて身(み)を起(おこ)し、即(すなわ)ち管事(かんじ=係(かかり))の者(もの)に令(れい)じて飲饌(いんせん=飲食(いんしょく))を安排(あんばい)せしめ、言う、「爺爺(やや)たちは一時(ひととき)寛(くつろ)ぎ坐(ざ)し、下官(げかん)の城(しろ)に進(すす)み入(い)りて我(わ)が王(おう)に啓奏(けいそう)し、関文(かんぶん=通行証(つうこうしょう))を倒換(とうかん=書(か)き換(か))え、領給(りょうきゅう=下賜(かし))を打発(ほっぱつ=支給(しきゅう))し、老爺(ろうや)たちを送(おく)りて西(にし)に進(すす)ましめんを待(ま)て」。三蔵(さんぞう)は欣然(きんぜん)として坐(ざ)するは題(だい)せず。

且(しばら)く説(と)くはかの駅丞(えきじょう)は衣冠(いかん)を整(ととの)え、径(ただ)ちに城中(じょうちゅう)の五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に入(い)り、黄門官(こうもんかん)に向かって言う、

「我(われ)は是れ迎陽館駅(げいようかんえき)の丞(じょう)なり、事(こと)有って駕(が)に見(まみ)えんとす」。黄門(こうもん)は即時(そくじ)に啓奏(けいそう)し、旨(むね)を降(くだ)して伝宣(でんせん)して殿(でん)に至(いた)らしめ、問(と)うて曰(いわ)く、「駅丞(えきじょう)に何(なん)の事(こと)有って奏(そう)し来(きた)れるか」。駅丞(えきじょう)言う、「微臣(びしん)駅(えき)に在(あ)りて、東土大唐王(とうどだいとうおう)の御弟(ぎょてい)唐三蔵(とうさんぞう)を接(むか)え得(えた)り。三箇(みっつ)の徒弟(でし)有って、名(な)を孫悟空(そんごくう)・猪悟能(ちょごのう)・沙悟浄(しゃごじょう)と喚(よ)び、馬(うま)を連(つれだ)って五口(ごめい)、西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を取(と)らんと欲(ほっ)す。特に来(きた)りて主公(しゅこう=主君(しゅくん))に啓奏(けいそう)す、彼(かれ)をして関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)えて放行(ほうこう)することを許(ゆる)さる可(べ)きか」。女王(じょおう)は奏(そう)を聞(きこ)し召(め)されて心(こころ)に満(み)つるまで喜(よろこ)び、衆(しゅう)の文武(ぶんぶ)に対(むか)って言う、「寡人(かじん=我(われ))夜来(やらい=昨夜(さくや))夢(ゆめ)に金屏(きんぺい=金(きん)の屏風(びょうぶ))の彩艶(さいえん)を生(しょう)じ、玉鏡(ぎょくきょう=玉(ぎょく)の鏡(かがみ))の光明(こうみょう)を展(の)ぶるを見(み)たり、乃(すなわ)ち是れ今日(こんにち)の喜兆(きちょう=吉兆(きっちょう))なり」。衆(しゅう)の女官(にょかん)は丹墀(たんち=殿前(でんぜん)の庭(にわ))に擁(かこ)み拝(はい)して言う、「主公(しゅこう)、怎(いか)でか是れ今日(こんにち)の喜兆(きっちょう)なるを見(み)んとする」。女王(じょおう)言う、「東土(とうど)の男人(だんじん)、乃(すなわ)ち唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)なり。我(わ)が国中(こくちゅう)は混沌(こんとん)の開闢(かいびゃく=天地(てんち)の始(はじ))まれるの時(とき)より、累代(るいだい)の帝王(ていおう)に、更(さら)に曾(かつ)て一箇の男人(おとこ)の此処(ここ)に至(いた)れるを見(み)ず。幸(さいわい)に今(いま)唐王(とうおう)の御弟(ぎょてい)の降(くだ)り給(たま)えるは、想(おも)うに是れ天(てん)の賜(たま)えるならん。寡人(かじん)は一国(いっこく)の富(とみ)を以(も)って、願(ねが)わくは御弟(ぎょてい)を招(まね)きて王(おう)と為(な)し、我(われ)は願(ねが)わくは后(きさき)と為(な)り、彼(かれ)と陰陽(いんよう)配合(はいごう)し、子(こ)を生(う)み孫(まご)を生(う)み、永(とこしな)えに帝業(ていぎょう)を伝(つた)えん、却(かえ)って是れ今日(こんにち)の喜兆(きっちょう)ならずや」。衆(しゅう)の女官(にょかん)は拝舞(はいぶ)して称揚(しょうよう)し、歓悦(かんえつ)せざるは無(な)し。駅丞(えきじょう)又(また)奏(そう)して言う、「主公(しゅこう)の論(ろん)は、乃(すなわ)ち万代(ばんだい)に家(いえ)を伝(つた)うるの好(よ)しきなり。但(た)だ只(た)だ是れ御弟(ぎょてい)の三徒(さんと)は凶悪(きょうあく)にして、相貌(そうぼう)を成(な)さず」。女王(じょおう)言う、「卿(けい)は御弟(ぎょてい)の怎(いか)なる形(かたち)なるを、彼(かれ)が徒弟(でし)の怎(いか)に凶丑(きょうしゅう=醜(みにく)き)なるを見(み)しや」。駅丞(えきじょう)言う、「御弟(ぎょてい)は相貌堂堂(そうぼうどうどう)として、丰姿(ほうし=姿(すがた))英俊(えいしゅん=秀(ひい)で)たり、誠(まこと)に是れ天朝(てんちょう)上国(じょうこく)の男児(だんじ)、南贍中華(なんせんちゅうか)の人物(じんぶつ)なり。かの三徒(さんと)は却(かえ)って是れ形容(けいよう)獰悪(どうあく)にして、相貌(そうぼう)精(せい)の如(ごと)し」。女王(じょおう)言う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、彼(かれ)が徒弟(でし)を把(と)りて彼(かれ)に領給(りょうきゅう)を与(あた)え、関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、彼(かれ)を打発(ほっぱつ)して西天(せいてん)に往(ゆ)かしめ、只(た)だ御弟(ぎょてい)を留(とど)め置(お)かば、何(なん)の不可(ふか)か有らん」。衆官(しゅうかん)拝奏(はいそう)して言う、「主公(しゅこう)の言(こと)は極(きわ)めて当(とう)を得(えた)り、臣等(しんら)は此(これ)を欽(つつし)み此を遵(したが)わん。

但(た)だ只(た)だ是れ匹配(ひっぱい=娶(めと)り合(あ)い)の事(こと)、媒(なこうど)無(な)くんば可(べ)からず、古(いにしえ)より道(い)う『姻縁(いんえん)の配合(はいごう)は紅葉(こうよう)に凭(よ)り、月老(げつろう)の夫妻(ふさい)は赤縄(せきじょう)に系(かか)る』と」。女王(じょおう)言う、「卿(けい)の奏(そう)する所(ところ)に依(よ)らば、就(すなわ)ち当駕(とうが=当番(とうばん))の太師(たいし)をして媒(なこうど)を作(な)さしめ、迎陽駅丞(げいようえきじょう)をして主婚(しゅこん)せしめ、先(ま)ず駅中(えきちゅう)に往(ゆ)きて御弟(ぎょてい)と親(しん)を求(もと)めしめよ。彼(かれ)の許可(きょか)するを待(ま)ちて、寡人(かじん)は却(かえ)って駕(が)を擺(し)きて城(しろ)を出(い)でて迎(むか)えん」。かの太師(たいし)駅丞(えきじょう)は旨(むね)を領(りょう)じて朝(ちょう)を出(い)づ。

さて三蔵(さんぞう)師徒(しと)たちは駅庁(えきちょう=駅(えき)の広間(ひろま))の上(うえ)に在って正(まさ)に斎飯(さいはん)を享(う)けおるに、只(た)だ見(み)るに外(そと)の者(もの)の報(しら)ずる有り、「当駕(とうばん)の太師(たいし)が我等(われら)が本官(ほんかん)の老姆(ろうぼ)と来(きた)れり」と。三蔵(さんぞう)言う、「太師(たいし)の来(きた)れるは却(かえ)って是れ何(なん)の意(こころ)ぞ」。八戒(はっかい)言う、「怕(おそ)らくは是れ女王(じょおう)の我等(われら)を請(しょう)ぜんとするならん」。行者言う、「是れ相(あい)請(しょう)ずるに非(あら)ず、便(すなわ)ち是れ親(しん)を説(と)くならん」。

三蔵(さんぞう)言う、「悟空(ごくう)、假如(も)し放(はな)たずして、強(し)いて成親(せいしん=夫婦(ふうふ)の契(ちぎ)り)を逼(せま)らば、却(かえ)って怎(いか)でか是れ好(よ)からん」。行者言う、

「師父(しふ)は只管(ひたす)ら彼(かれ)に允(ゆる)し給(たま)え、老孫(ろうそん)に自(おのずか)ら処治(しょち=始末(しまつ))有(あ)るのみ」。

説(と)き了(おわ)らぬに、二(ふたり)の女官(にょかん)は早(はや)くも至(いた)り、長老(ちょうろう)に対(むか)いて下拝(げはい)す。長老(ちょうろう)は一一(いちいち)礼(れい)を返(かえ)して言う、「貧僧(ひんそう)は出家人(しゅっけにん)なり、何(なん)の徳(とく)能(のう)有って、敢(あ)えて大人(たいじん)の下拝(げはい)を労(ろう)せん」。かの太師(たいし)は長老(ちょうろう)の相貌(そうぼう)の軒昂(けんこう=立派(りっぱ))なるを見(み)て、心(こころ)の中(うち)にひそかに喜(よろこ)んで言う、「我(わ)が国中(こくちゅう)に実(じつ)に造化(ぞうか=幸運(こううん))有り、この男子(だんし)は、却(かえ)ってまた我(わ)が王(おう)の夫(つま)と做(な)るを得(う)べし」。二官(にかん)は拝(はい)し畢(おわ)りて起(た)ち上(あが)り、左右(さゆう)に侍立(じりつ)して言う、「御弟(ぎょてい)爺爺(やや)、万千(ばんせん)の喜(よろこ)びなり!」

三蔵(さんぞう)言う、「我(われ)は出家人(しゅっけにん)、喜(よろこび)は何処(いずこ)よりか来(きた)らん」。太師(たいし)は身(み)を躬(くぐ)めて言う、「此処(ここ)は乃(すなわ)ち西梁女国(せいりょうじょこく)、国中(こくちゅう)自(おのずか)ら来(きた)って一箇の男子(おとこ)も没(な)し。今(いま)幸(さいわい)に御弟(ぎょてい)爺爺(やや)の降臨(こうりん)せるを、臣(しん)は我(わ)が王(おう)の旨意(しい)を奉(ほう)じて、特に来(きた)りて親(しん)を求(もと)むるなり」。三蔵(さんぞう)言う、「善(よ)い哉(かな)! 善い哉! 我(われ)が貧僧(ひんそう)は只身(たびと)にて貴地(きち)に来(きた)り到(いた)れるのみ、又(また)児女(じにょ=子供(こども))の相随(したが)うも無(な)く、止(た)だ頑徒(がんと=愚(おろ)かなる弟子(でし))三箇(みっつ)有るのみ、大人(たいじん)の求(もと)むるは是れ何(いず)れの箇の親事(しんじ)なるかを知(し)らず」。駅丞(えきじょう)言う、

「下官(げかん)纔(さっき)朝(ちょう)に進(すす)み入(い)りて啓奏(けいそう)せしに、我(わ)が王(おう)は十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、『夜来(ゆうべ)一箇の吉夢(きちむ)を得(え)て、金屏(きんぺい)の彩艶(さいえん)を生(しょう)じ、玉鏡(ぎょくきょう)の光明(こうみょう)を展(の)ぶるを夢(ゆめ)に見(み)たり』と道(のたま)い、御弟(ぎょてい)の乃(すなわ)ち中華(ちゅうか)上国(じょうこく)の男児(だんじ)なるを知(し)り、我(わ)が王(おう)は願(ねが)わくは一国(いっこく)の富(とみ)を以(も)って、御弟(ぎょてい)爺爺(やや)を招贅(しょうぜい=婿(むこ)に迎(むか)え)して夫(つま)と為(な)し、南面(なんめん)に坐(ざ)して孤(こ=王(おう)の自称(じしょう))と称(とな)えさせんとし、我(わ)が王(おう)は願(ねが)わくは帝后(ていごう)と為(な)らんとす。旨(むね)を伝(つた)えて太師(たいし)をして媒(なこうど)を作(な)さしめ、下官(げかん)をして主婚(しゅこん)せしめ、此(こ)の故(ゆえ)に特に来(きた)りてこの親事(しんじ)を求(もと)むるなり」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、頭(こうべ)を低(た)れて語(かた)らず。太師(たいし)言う、「大丈夫(だいじょうふ)は時(とき)に遇(あ)えば錯(あやま)つ可(べ)からず、この如(ごと)き招贅(むこいれ)の事(こと)は、天下(てんか)に雖(いえど)も有(あ)り;国(くに)を托(たく)するの富(とみ)は、世上(せじょう)に実(じつ)に稀(まれ)なり。請(こ)う御弟(ぎょてい)速(すみやか)に允(ゆる)し給(たま)え、庶幾(こいねがわ)くは好(よ)く回奏(かいそう)せん」。長老(ちょうろう)は愈々(いよいよ)痴瘂(ちあ=唖(おうし)の如(ごと)く)たり。

八戒(はっかい)は傍(かたわら)に在って碓挺嘴(たいていし=杵(きね)の如(ごと)き嘴(くちばし))を掬(すく)いて叫(さけ)んで言う、「太師(たいし)、汝(なんじ)往(ゆ)きて国王(こくおう)に上復(じょうふく=申(もう)し上(あ)げ)せよ:『我が師父(しふ)は乃(すなわ)ち久(ひさ)しく修(おさ)めて道(みち)を得(えた)る羅漢(らかん)なれば、決(けっ)して汝(なんじ)が国(くに)を托(たく)するの富(とみ)を愛(あい)せず、また汝(なんじ)が国(くに)を傾(かたむ)くるの容(かたち)をも愛(あい)せず、些(いささ)か早(はや)く関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、彼(かれ)を打発(ほっぱつ)して西(にし)に往(ゆ)かしめ、我(われ)を此処(ここ)に留(とど)めて招贅(むこいれ)せしめよ』と、如何(いかん)」。太師(たいし)は説(と)くを聞(き)き、胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)き、敢(あ)えて回話(かいわ=返答(へんとう))せず。駅丞(えきじょう)言う、「汝(なんじ)は是れ一箇の男身(だんしん=男(おとこ)の体(からだ))なるといえども、但(た)だ只(た)だ形容(けいよう)醜陋(しゅうろう)にして、我(わ)が王(おう)の意(こころ)に中(あた)らず」。八戒(はっかい)笑って言う、「汝(なんじ)は甚(はなは)だ通変(つうへん=臨機応変(りんきおうへん))ならず、常言(じょうげん)に『粗柳簸箕(そりゅうはき=粗(あら)き柳(やなぎ)は箕(み)を簸(ひる))細柳斗(さいりゅうと=細(ほそ)き柳(やなぎ)は斗(ます)』と道(い)う、世上(せじょう)誰(たれ)か男児(おとこ)の醜(みにく)きを見(み)んや」。行者言う、「呆子(ほうし)、胡談(でたらめ)を得(う)る莫(な)かれ、師父(しふ)の尊意(そんい)に任(まか)せよ、行(おこな)う可(べ)きは則(すなわ)ち行い、止(や)む可(べ)きは則ち止め、媒妁(ばいしゃく=仲人(なこうど))の工夫(くふう=手間(てま))を担閣(たんかく=遅(おく)ら)すこと莫(な)かれ」。三蔵(さんぞう)言う、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)の怎(いか)に説(と)くも好(よ)し!」 行者言う、「老孫(ろうそん)に依(よ)りて説(と)かば、汝(なんじ)が此処(ここ)に在(あ)るもまた好(よ)し、古(いにしえ)より道(い)う『千里(せんり)の姻縁(いんえん)は線(いと)の牽(ひ)くに似(に)たり』と、何処(いずこ)にまたこの般(ごと)き相応(そうおう=釣合(つりあ)い)の処(ところ)有らんや」。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)よ、我等(われら)が此処(ここ)に在って富貴(ふうき)を貪図(たんず=貪(むさぼ)り図(はか))らば、誰(たれ)か却(かえ)って西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らん。那(なん)ぞ我(わ)が大唐(だいとう)の帝主(ていしゅ)を望(のぞみ)を壊(こわ)さざらんや」。太師(たいし)言う、「御弟(ぎょてい)上(かみ)に在(あ)れ、微臣(びしん)敢(あ)えて言(こと)を隠(かく)さず。我(わ)が王(おう)の旨意(しい)は、元(もと)只(た)だ御弟(ぎょてい)を求(もと)めて親(しん)と為(な)すを教(おし)えるのみ、汝(なんじ)が三位(さんい)の徒弟(でし)をして会親(かいしん=親戚(しんせき)の会(かい))の筵宴(えんえん)に赴(おもむ)かしめ、領給(りょうきゅう)を発付(ほっぷ=支給(しきゅう))し、関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)えて、西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめんとす」。行者言う、「太師(たいし)の説(と)くは理(り)有り、我等(われら)は作難(さくなん=難(なん)じ渋(しぶ))るに及(およ)ばず、情願(ねが)わくは師父(しふ)を留(とど)め置(お)き、汝(なんじ)が主(あるじ)と夫(つま)と為(な)らしめ、関文(つうこうしょう)を快(はや)く換(か)え、我等(われら)を打発(ほっぱつ)して西(にし)に去(さ)らしめ、経(きょう)を取(と)りて回(かえ)り来(きた)るを待(ま)ちて、好(よ)く此処(ここ)に到(いた)りて爺娘(やじょう=父母(ふぼ))に拝(はい)し、盤纏(ばんてん=旅費(りょひ))を討(もと)め、大唐(だいとう)に回(かえ)らん」。かの太師(たいし)と駅丞(えきじょう)は行者に対(むか)いて礼(れい)を作(な)して言う、「多謝(たしゃ)老師(ろうし)の玉成(ぎょくせい=成就(じょうじゅ))の恩(おん)!」 八戒(はっかい)言う、「太師(たいし)、切(きっ)と口(くち)の裡(うち)に菜碟児(さいてつ=菜(さい)の皿(さら))を擺(なら)ぶることを要(よう)する莫(な)かれ、既(すで)に我等(われら)の許諾(きょだく)せる上(うえ)は、且(しばら)く汝(なんじ)が主(あるじ)をして先(ま)ず一席(いっせき)を安排(あんばい)せしめ、我等(われら)と一鍾(ひとさかずき)の肯酒(こうしゅ=承諾(しょうだく)の酒(さけ))を飲(の)ましめよ、如何(いかん)」。太師(たいし)言う、「有(あ)り有り有り、就(すなわ)ち筵宴(えんえん)を擺設(はいせつ)し来(きた)らしめん」。かの駅丞(えきじょう)と太師(たいし)は歓天喜地(かんてんきち=大喜(おおよろこ)び)して女主(じょしゅ)に回奏(かいそう)するは題(だい)せず。

さて唐長老(とうちょうろう)は一把(ひとつかみ)に行者を扯(ひ)き住(とど)め、罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)この猿頭(えんとう=猿(さる)め)、我(われ)を弄(ろう)し殺(ころ)すなり!

どうしてこの般(ごと)き話(はなし)を説(と)き出(いだ)し、我(われ)をして此処(ここ)に在って婚(こん)を招(まね)かしめ、汝等(なんじら)は西天(せいてん)に仏(ほとけ)を拝(はい)し、我(われ)は就(すなわ)ち死(し)するともまた敢(あ)えて此(か)くの如(ごと)くせじ」。行者言う、「師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て、老孫(ろうそん)豈(あに)汝(なんじ)が性情(せいじょう)を知(し)らざらんや、但(た)だ只(た)だ是れ此(こ)の地(ち)に到(いた)り、此(こ)の人(ひと)に遇(あ)いては、将(まさ)に計(けい)に就(つ)きて計(けい)を将(も)ちいざるを得(え)ざるのみ!」 三蔵(さんぞう)言う、「怎(いか)なるをか将計就計(しょうけいしゅうけい)と做(な)すか」。行者言う、「汝(なんじ)若(も)し住(とど)まる法児(ほうじ=やり方(やりかた))を使(つか)いて彼(かれ)に允(ゆる)さざれば、彼(かれ)は便(すなわ)ち肯(あ)えて関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)えず、我等(われら)を放(はな)ちて路(みち)を走(はし)らしめず。倘(も)し或(ある)いは意(こころ)悪(あ)しく心(こころ)毒(どく)にして、多くの者(もの)を喝令(かつれい)して汝(なんじ)が肉(にく)を割(さ)らせ、甚(なん)の香袋(こうたい)かを做(つく)らしめば、我等(われら)豈(あに)善報(ぜんぽう=良(よ)い報(むく)い)有(あ)らんや。一定(きっと)降魔蕩怪(ごうまとうかい)の神通(じんつう)を使(つか)い出(いだ)さざるを得(え)ず。汝(なんじ)知(し)れるか、我等(われら)の手脚(しゅきゃく=手足(てあし))はまた重(おも)く、器械(きかい=武器(ぶき))はまた凶(きょう)なり、但(た)だ手(て)を動(うご)かし兒(ちょっと)するも、この一国(いっこく)の人(ひと)を尽(ことごと)く打(う)ち殺(ころ)さん。彼(かれ)らは我等(われら)を阻(へだ)て擋(さえぎ)るといえども、却(かえ)って是れ怪物(かいぶつ)妖精(ようせい)に非(あら)ず、還(また)是れ一国(いっこく)の人身(じんしん=人(ひと)の身(み))なり;汝(なんじ)は又(また)平素(へいそ=日頃(ひごろ))是れ一箇の善(ぜん)を好(この)み慈悲(じひ)なる人(ひと)にて、路(みち)の上(うえ)に一霊(いちれい=一(ひと)つの魂(たましい))も損(そこな)わず、若(も)し無限(むげん)の平人(へいじん=一般(いっぱん)の人(ひと))を打(う)ち殺(ころ)さば、汝(なんじ)が心(こころ)怎(いか)でか忍(しの)ばん!

誠(まこと)に不善(ふぜん)を為(な)すなり」。三蔵(さんぞう)は説(と)くを聞(き)きて、言う、「悟空(ごくう)、この論(ろん)は最(もっと)も善(よ)し。但(た)だ恐(おそ)らくは女主(じょしゅ)の我(われ)を招(まね)きて内(うち)に入(い)れ、夫婦(ふうふ)の礼(れい)を行(おこな)わんと要(よう)し、我(われ)怎(いか)でか肯(あ)えて元陽(げんよう=男(おとこ)の精気(せいき))を喪(うしな)い、仏家(ぶっけ)の徳行(とくぎょう)を敗壊(はいかい)し;真精(しんせい)を走(はし)らせ、本教(ほんきょう)の人身(じんしん)を墜落(ついらく)せんや」。行者言う、「今日(こんにち)親事(しんじ)を允(ゆる)しなば、彼(かれ)は一定(きっと)皇帝(こうてい)の礼(れい)を以(も)って、駕(が)を擺(し)きて城(しろ)を出(い)でて汝(なんじ)を迎(むか)えん。汝(なんじ)は更(さら)に辞(じ)を推(お)すことを要(よう)せず、就(すなわ)ち彼(かれ)が鳳輦龍車(ほうれんりゅうしゃ=鳳凰(ほうおう)と龍(りゅう)の車(くるま))に坐(ざ)し、宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、面(おもて)を南(みなみ)にして坐(ざ)し、女王(じょおう)に向(むか)い御宝(ぎょほう)の印信(いんしん=印(いん))を取(と)り出(いだ)さしめ、我等(われら)兄弟(きょうだい)を宣(せん)して朝(ちょう)に進(すす)み入(い)らしめ、通行文牒(つうこうぶんちょう)を把(と)りて印(いん)を用(もち)いしめ、再(ふたた)び女王(じょおう)を請(こ)うて一箇の手字花押(しゅじかおう=自署(じしょ)と花押(かおう))を写(うつ)させ、僉押(せんおう=連署(れんしょ))して交付(こうふ)して我等(われら)に与(あた)えしめよ。一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))に筵宴(えんえん)を擺(なら)ばしめ、就(すなわ)ち女王(じょおう)と会喜(かいき=祝(いわ)いの宴(うたげ))するに当(あ)て、就(すなわ)ち我等(われら)と送行(そうこう=見送(みおく)り)を為(な)さしめよ。筵宴(えんえん)の已(すで)に畢(おわ)るを待(ま)ちて、再(ふたた)び駕(が)を排(なら)ばしめ、只(た)だ我等(われら)三人(さんにん)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)で、回(かえ)り来(きた)りて女王(じょおう)と配合(はいごう)せんと説(と)け。彼(かれ)が君臣(くんしん)を哄(たぶら)かして歓悦(かんえつ)せしめ、更(さら)に阻(へだ)て擋(さえぎ)るの心(こころ)無(な)からしめ、また毒悪(どくあく)の念(ねん)を起(おこ)さざらしめ、却(かえ)って城外(じょうがい)に送(おく)り出(いだ)すを待(ま)ちて、汝(なんじ)は龍車鳳輦(りゅうしゃほうれん)を下(お)り、沙僧(しゃそう)をして左右(さゆう)に伺候(しこう=控(ひか)え)しめ、汝(なんじ)の白馬(はくば)に騎(の)るを伏侍(ぶくじ)せしめ、老孫(ろうそん)は却(かえ)って一箇の定身法(じょうしんぽう=身動(みうご)きを封(ふう)ずる法(ほう))を使(つか)い、彼(かれ)が君臣(くんしん)人等(じんとう)をして皆(みな)動(うご)くこと能(あた)わざらしめ、我等(われら)は大路(たいろ)に順(したが)いて只管(ひたすら)に西(にし)に向(むか)いて行(ゆ)かん。行(ゆ)くこと一昼夜(いっちゅうや)ならば、我(われ)は却(かえ)って一箇の呪(じゅ)を念(ねん)じ、術法(じゅっぽう)を解(と)き、還(また)彼(かれ)が君臣(くんしん)たちをして蘇生(そせい)し城(しろ)に回(かえ)らしめん。一(ひとつ)には彼(かれ)らの性命(しょうみょう)を傷(そこな)わず、二(ふたつ)には汝(なんじ)が元神(げんしん=魂(たましい))を損(そこな)わず。これを假親脱網(かりしんだつもう=偽(いつわ)りの婚姻(こんいん)にて網(あみ)を脱(のが)る)の計(けい)と做(な)す、豈(あに)一挙両全(いっきょりょうぜん)の美(び)に非(あら)ずや」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、酔(よ)いしが方(まさ)に醒(さ)め、夢(ゆめ)の初(はじ)めて覚(さ)むるが如(ごと)く、楽(たのし)んで以(も)って憂(うれい)を忘(わす)れ、称謝(しょうしゃ)尽(つ)くる所(ところ)を知(し)らずして言う、「深(ふか)く賢徒(けんと)の高見(こうけん)を感(かん)ず」。四衆(ししゅう)は心(こころ)を同(おな)じくし意(い)を合(あ)わせ、正(まさ)に自(おのずか)ら商量(しょうりょう=相談(そうだん))するは題(だい)せず。

さてかの太師(たいし)と駅丞(えきじょう)は宣詔(せんしょう=召(め)し)を等(ま)たず、直(ただ)ちに朝門(ちょうもん)に入(い)り白玉階(はくぎょくかい=白玉(はくぎょく)の階(きざはし))の前(まえ)に奏(そう)して言う、

「主公(しゅこう)の佳夢(かむ=良(よ)き夢(ゆめ))は最(もっと)も準(かな)えり、魚水(ぎょすい=夫婦(ふうふ))の歓(よろこび)は就(な)れり」。女王(じょおう)は奏(そう)を聞(きこ)し召(め)され、珠簾(しゅれん=珠(たま)の簾(すだれ))を巻(ま)き、龍床(りゅうしょう)を下(お)り、桜唇(おうしん=桜(さくら)の唇(くちびる))を啓(ひら)き、銀歯(ぎんし=銀(ぎん)の歯(は))を露(あらわ)し、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として嬌声(きょうせい=嬌(なまめ)かしき声(こえ))に問(と)うて曰(いわ)く、「賢卿(けんけい)、御弟(ぎょてい)に見(まみ)えて、怎(いか)に説(と)き来(きた)れるか」。

太師(たいし)言う、「臣(しん)等(ら)駅(えき)に到(いた)り、御弟(ぎょてい)に拝見(はいけん)し畢(おわ)り、即(すなわ)ち求親(きゅうしん)の事(こと)を備(つぶさ)に言(い)えり。御弟(ぎょてい)には還(また)推托(すいたく=辞退(じたい))の辞(ことば)有りしが、幸(さいわい)に彼(かれ)が大徒弟(だいとてい)の慨然(がいぜん)として見允(けんいん=承諾(しょうだく))し、願(ねが)わくは彼(かれ)が師父(しふ)を留(とど)めて我(わ)が王(おう)と夫(つま)と為(な)さしめ、面(おもて)を南(みなみ)にして帝(てい)と称(とな)えしめ、只(た)だ先(ま)ず関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、彼(かれ)が三人(さんにん)を打発(ほっぱつ)して西(にし)に去(さ)らしめんことを教(おし)えるのみ;経(きょう)を取(と)り得(えて)回(かえ)り来(きた)らば、好(よ)く此処(ここ)に到(いた)りて爺娘(ふぼ)に拝認(はいにん)し、盤費(りょひ)を討(もと)めて大唐(だいとう)に回(かえ)らんとす」。女王(じょおう)笑って言う、「御弟(ぎょてい)にはまた何(なん)の説(ことば)か有(あ)る」。

太師(たいし)奏(そう)して言う、「御弟(ぎょてい)は言(い)わず、願(ねが)わくは我(わ)が主(あるじ)に配(はい)せんとす、只(た)だ是れ彼(かれ)があの二徒弟(にてい)が、先(ま)ず席(せき)の肯酒(こうしゅ)を食(くら)わんと要(よう)するのみ」。女王(じょおう)は言(こと)を聞(きこ)し召(め)され、即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて光禄寺(こうろくじ)に宴(えん)を排(なら)ばしめ、一壁廂(いっぽう)に大駕(たいが)を排(なら)ばしめ、城(しろ)を出(い)でて夫君(ふくん=夫(つま))を迎(むか)えしむ。衆(しゅう)の女官(にょかん)は即(すなわ)ち王命(おうめい)を欽遵(きんじゅん=謹(つつし)んで遵(したが))い、宮殿(きゅうでん)を掃除(そうじ)し、庭台(ていだい=庭(にわ)と台(だい))を鋪設(ふせつ)す。一班児(ひとむれ)の宴(えん)を擺(なら)ぶ者(もの)は、火速(かそく=大急(おおいそ)ぎ)に安排(あんばい)し;一班児の駕(が)を擺(なら)ぶ者(もの)は、流星(りゅうせい)の如(ごと)く整備(せいび)す。汝(なんじ)看(み)よかの西梁国(せいりょうこく)は是れ婦女(ふじょ)の邦(くに)なるといえども、かの鑾輿(らんよ=天子(てんし)の車(くるま))は中華(ちゅうか)の盛(さかん)なるに亜(つ)がず、但(た)だ見(み)るに──

六龍(ろくりゅう)彩(いろどり)を噴(ふ)き、
双鳳(そうほう)祥(しょう)を生(しょう)ず。
六龍(ろくりゅう)彩(いろどり)を噴(ふ)きて車(くるま)を扶(たす)けて出(い)で、
双鳳(そうほう)祥(しょう)を生(しょう)じて輦(れん)に駕(が)して来(きた)る。
馥蘛(ふくいく=芳(かんば)し)たる異香(いこう)藹(あい)たり、
氤氳(いんうん)たる瑞気(ずいき)開(ひら)く。
金魚(きんぎょ)玉佩(ぎょくはい)多官(たかん)擁(かこ)み、
宝髻(ほうけい)雲鬟(うんかん)衆女(しゅうじょ)排(なら)ぶ。
鴛鴦(えんおう)の掌扇(しょうせん)鑾駕(らんが)を遮(さえぎ)り、
翡翠(ひすい)の珠簾(しゅれん)鳳釵(ほうさ)を影(えい)ず。
笙歌(しょうか)音(おと)美(うつく)しく、
弦管(げんかん)声(こえ)諧(との)う。
一片(いっぺん)の歓情(かんじょう)碧漢(へきかん)を冲(つ)き、
無辺(むへん)の喜気(きき)霊台(れいだい)より出(い)づ。
三檐(さんえん)の羅蓋(らがい)天宇(てんう)を揺(ゆる)がし、
五色(ごしき)の旌旗(せいき)御階(ぎょかい)に映(えい)ず。
此(こ)の地(ち)自(おのずか)ら来(きた)りて合卺(ごうきん=盃(さかずき)を交(か)わすこと無(な)きに、
女王(じょおう)今日(こんにち)男才(だんさい=男(おとこ)の才(さい))に配(はい)す。

多(おお)からず時(とき)にして、大駕(たいが)は城(しろ)を出(い)で、早(はや)くも迎陽館駅(げいようかんえき)に到(いた)る。忽(たちま)ち人(ひと)有って三蔵(さんぞう)師徒(しと)に報(しら)せて言う、

「駕(が)が到(いた)られたり」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち三徒(さんと)と衣(い)を整(ととの)えて庁(ひろま)を出(い)でて駕(が)を迎(むか)う。女王(じょおう)は簾(すだれ)を巻(ま)き輦(れん)を下(お)りて言う、「那(いず)れの一位(いちい)か是れ唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)なる」。太師(たいし)指(ゆびさ)して言う、「あの駅門外(えきもんがい)の香案前(こうあんぜん=香(こう)の案(あん)の前(まえ))に襴衣(らんい=襴(らん)のある衣(ころも))を穿(き)たる者(もの)が便(すなわ)ち是れなり」。女王(じょおう)は鳳目(ほうもく)を閃(ひらめ)かし、蛾眉(がび)を簇(あつ)め、仔細(しさい)に観看(かんかん)すれば、果(はた)して一表非凡(いっぴょうひぼん=並(なみ)ならぬ風采(ふうさい))なり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)を──

丰姿(ほうし)英偉(えいい)にして、
相貌(そうぼう)軒昂(けんこう)たり。
歯白(はしろ)くして銀(ぎん)を砌(みが)くが如(ごと)く、
唇紅(くちあか)くして口(くち)四方(しほう)なり。
頂(いただき)平(たいら)かに額(ひたい)闊(ひろ)く天倉(てんそう)満(み)ち、
目秀(めひい)で眉清(まゆきよ)く地閣(ちかく=顎(あご))長(なが)し。
両耳(りょうじ)に輪(りん)有って真(まこと)の傑士(けっし)、
一身(いっしん)俗(ぞく)ならず是れ才郎(さいろう)なり。
好(よ)き箇の妙齢(みょうれい)聡俊(そうしゅん)風流(ふうりゅう)の子(し)、
西梁(せいりょう)の窈窕(ようちょう=奥(おく)ゆかしき)の娘(むすめ)に配(はい)す可(べ)し。

女王(じょおう)は看(み)てあの心(こころ)歓(よろこ)び意(こころ)美(うるわ)しきの外(ほか)、覚(おぼ)えず淫情(いんじょう=色情(しきじょう))汲汲(きゅうきゅう=湧(わ)き上(あが)り)、愛欲(あいよく)恣恣(しし=勝手(かって)まま)に、桜桃(おうとう=桜(さくら)んぼ)の小口(こぐち)を展(の)べ放(はな)ち、呼(よ)んで言う、「大唐(だいとう)の御弟(ぎょてい)、還(また)来(きた)りて鳳(ほう)を占(し)め鸞(らん)に乗(の)らざるか」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、耳(みみ)紅(あか)く面(おもて)赤(あか)く、羞(は)ずかしげにして敢(あ)えて頭(こうべ)を挙(あ)げず。猪八戒(ちょはっかい)は傍(かたわら)に在って、嘴(くち)を掬(すく)い、眼(まなこ)を饧(とろ)けさせてかの女王(じょおう)を観看(かんかん)すれば、却(かえ)ってまた嫋娜(じょうだ=しなやか)にして、真(まこと)に眉(まゆ)は翠羽(すいう=翡翠(かわせみ)の羽(はね))の如(ごと)く、肌(はだえ)は羊脂(ようし=羊(ひつじ)の脂(あぶら))に似(に)たり。

顔(かお)には桃花(とうか)の花弁(はなびら)を襯(そ)え、
鬢(びん)には金鳳(きんぽう)の糸(いと)を堆(うずたか)くす。
秋波(しゅうは=秋(あき)の波(なみ)の如(ごと)き眼(まなこ))湛湛(たんたん)として妖嬈(ようじょう=艶(なまめ)かし)の態(たい)、
春筍(しゅんじゅん=春(はる)の筍(たけのこ)の如(ごと)き指(ゆび))繊繊(せんせん)として妖媚(ようび)の姿(すがた)。
斜(なな)めに軃(た)るる紅綃(こうしょう=紅(べに)の絹(きぬ))彩艶(さいえん)を飘(ひるがえ)し、
高(たか)く簪(かんざ)す珠翠(しゅすい=珠(たま)と翡翠(ひすい))光輝(こうき)を顕(あらわ)す。
昭君(しょうくん)の美貌(びぼう)を説(と)くも甚(なん)ぞや、
果(はた)して是れ西施(せいし)に賽(まさ)れり。
柳腰(りゅうよう=柳(やなぎ)の腰(こし))微(かす)かに展(の)べて金珮(きんぱい=金(きん)の帯飾(おびかざ)り)鳴(な)り、
蓮歩(れんぽ=蓮(はす)の歩(あゆ)み)軽(かる)く動(うご)いて玉肢(ぎょくし=玉(ぎょく)の肢体(したい))を移(うつ)す。
月裡(げつり)の嫦娥(じょうが)も此処(ここ)に到(いた)り難(がた)く、
九天(きゅうてん)の仙子(せんし)も怎(いか)でか斯(か)くの如(ごと)くならん。
宮妝(きゅうしょう=宮中(きゅうちゅう)の粧(よそおい))巧様(こうよう=巧(たく)みな様(さま))凡類(ぼんるい)に非(あら)ず、
誠然(まこと)に王母(おうぼ)の瑤池(ようち)に降(くだ)れるなり。

かの呆子(ほうし)は好(よ)き処(ところ)に看(み)到(いた)り、忍(しの)ぶこと能(あた)わずして口(くち)嘴(くちばし)に涎(よだれ)を流(なが)し、心頭(しんとう=胸(むね)の内(うち))に鹿(しか)を撞(つ)かれ、一時(ひととき)の間(あいだ)に骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、好(よ)く便(すなわ)ち雪獅子(せっしし=雪(ゆき)の獅子(しし))の火(ひ)に向(むか)えるに似(に)て、覚(おぼ)えずして都(みな)化(か)し去(さ)らんとす。

只(た)だ見(み)るにかの女王(じょおう)の近(ちか)づき前(すす)み来(きた)り、一把(ひとつかみ)に三蔵(さんぞう)を扯(ひ)き住(とど)め、俏語(しょうご=艶(なまめ)かしき言葉(ことば))嬌声(きょうせい)にて、叫(さけ)んで言う、

「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、請(こ)う龍車(りゅうしゃ)に上(あが)り、我(われ)と同(とも)に金鑾宝殿(きんらんほうでん)に上(のぼ)り、夫婦(ふうふ)を匹配(はいごう)しに往(ゆ)かん」。この長老(ちょうろう)は戦兢兢(おののき)として立(た)ち站(た)つこと住(とど)まらず、酔(よ)えるが如(ごと)く痴(おろか)なるに似(に)たり。行者は側(そば)に在って教(おし)えて言う、「師父(しふ)は太(はなは)だ謙(へりくだ)るに及(およ)ばず、請(こ)う師娘(しじょう=師(し)の奥方(おくがた))と共(とも)に輦(れん)に上(あが)り、快(はや)く快く関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、我等(われら)の経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くを等(ま)てよ」。長老(ちょうろう)は敢(あ)えて言(ことば)を返(かえ)さず、行者を把(と)って両抹(ふたなで)抹(な)で、止(とど)むること能(あた)わずして涙(なみだ)を落(おと)せば、行者言う、「師父(しふ)切(きっ)と煩悶(なやみ)給(たま)うこと莫(な)かれ、この般(ごと)き富貴(ふうき)、受用(じゅよう=享(う)け)けずして還(また)怎(なに)をか待(ま)たんや」。三蔵(さんぞう)は没及奈何(いかんともするなく)、只(た)だ依従(いじゅう)するを得(う)るのみ、涙(なみだ)を揩(ぬぐ)い、強(しい)て歓容(かんよう=喜(よろこ)びの顔(かお))を整(ととの)え、歩(あゆみ)を移(うつ)して近(ちか)づき前(すす)み、女主(じょしゅ)と──

同(とも)に素手(そしゅ=白(しろ)き手(て))を携(たずさ)え、
共(とも)に龍車(りゅうしゃ)に坐(ざ)す。
かの女主(じょしゅ)は喜孜孜(きしし=嬉(うれ)しげ)として夫妻(ふさい)に配(はい)せんと欲(ほっ)し、
この長老(ちょうろう)は憂惶惶(ゆうこうこう=憂(うれ)い恐(おそ)れ)として只(た)だ仏(ほとけ)を拝(はい)せんと思(おも)う。
一箇(ひとり)は洞房花燭(どうぼうかしょく=新婚(しんこん)の床(とこ))に鴛侶(えんりょ=鴛鴦(えんおう)の伴(とも))を交(まじ)えんと要(よう)し、
一箇は西宇霊山(せいうりょうざん)に世尊(せそん)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す。
女帝(じょてい)は真情(しんじょう)、聖僧(しょうそう)は假意(かりそめ)の心(こころ)。
女帝の真情(まごころ)は、指(ゆび)し望(のぞ)むに和諧(わがい=仲睦(なかむつ)まじ)く倶(とも)に老(お)いんことを;
聖僧の假意(かりそめ)は、牢(かた)く情意(じょうい)を藏(ぞう)して元神(げんしん)を養(やしな)う。
一箇(ひとり)は男身(おとこ)を見るを喜(よろこ)び、恨(うら)むらくは白昼(はくちゅう)に頭(こうべ)を並(なら)べて伉儷(こうれい=夫婦(ふうふ))を諧(との)えざらんことを;
一箇は女色(じょしょく)に逢(あ)うを怕(おそ)れ、只(た)だ思量(しりょう=思(おも)う)に即時(ただち)に網(あみ)を脱(のが)れて雷音(らいおん=雷音寺(らいおんじ))に上(のぼ)らんことを。
二箇(ふたり)和会(わかい=睦(むつ)み合(あ))いて同(とも)に輦(れん)に登(のぼ)るも、
豈(あに)料(はか)らんや唐僧(とうそう)に各(おのおの)心(こころ)有(あ)らんとは!

それらの文武官(ぶんぶかん)は、主公(しゅこう)と長老(ちょうろう)の同(とも)に鳳輦(ほうれん)に登(のぼ)り、肩(かた)を並(なら)べて坐(ざ)するを見(み)て、一箇一箇(ひとりひとり)眉(まゆ)に花(はな)咲(さ)き眼(まなこ)笑(わら)い、儀従(ぎじゅう=儀仗(ぎじょう)の従者(じゅうしゃ))を撥転(はってん)し、復(また)城中(じょうちゅう)に入(い)る。孫大聖(そんたいせい)は纔(ようや)く沙僧(しゃそう)をして行李(こうり)を挑(かつ)がせ、白馬(はくば)を牽(ひ)かせ、大駕(たいが)の後辺(うしろ)に随(したが)いて同(とも)に行(ゆ)かしむ。猪八戒(ちょはっかい)は前(まえ)へ向(むか)いて乱(みだ)りに跑(はし)り、先(さき)に五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に到(いた)り、嚷(わめ)いて言う、「好(よ)き自在(じざい=気楽(きらく))! 好(よ)き現成(げんせい=出来合(できあ)い)! これでは弄(ろう)し成(な)らぬ! これでは弄し成らぬ! 喜酒(きしゅ=祝(いわ)いの酒(さけ))を食(くら)うて進(すす)みて親(しん)と為(な)るこそ是(ぜ)なれ!」 唬(おど)されたるは些(いささ)かの儀従(ぎじゅう)を執(と)り導(みちび)くの女官(にょかん)たち、一箇一箇(ひとりひとり)駕(が)の辺(ほとり)に回(かえ)り至(いた)って言う、

「主公(しゅこう)、あの一個(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長(なが)き嘴(くちばし)と大(おお)きき耳(みみ))の者(もの)が、五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に在って喜酒(いわいざけ)を食(くら)わんと嚷(わめ)いておりまする」。女主(じょしゅ)は奏(そう)を聞(きこ)し召(め)され、長老(ちょうろう)と香肩(こうけん=香(かお)る肩(かた))に倚(よ)り、桃腮(とうさい=桃(もも)の頬(ほお))を偎(よ)せ、檀口(だんこう=檀(まゆみ)の口(くち))を開(ひら)き、俏声(しょうせい=艶(なまめ)かしき声(こえ))に叫(さけ)んで言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、長嘴大耳(ながきくちばしとおおききみみ)の者(もの)は是れ汝(なんじ)が何(いず)れの箇の高徒(こうと)なるか」。三蔵(さんぞう)言う、「是れ我(わ)が第二(だいに)の徒弟(でし)なり、彼(かれ)は生(うま)れつき食腸(しょくちょう=食(く)い意地(いじ))寛大(かんだい)にして、一生(いっしょう)口(くち)の肥(こ)ゆるを図(はか)る。須(すべか)らく先(ま)ず些(いささ)かの酒食(しゅしょく)を安排(あんばい)して彼(かれ)に食(くら)わしめ、方(まさ)に事(こと)を行(おこな)う可(べ)けれ」。女主(じょしゅ)は急(いそ)ぎ問(と)う、「光禄寺(こうろくじ)の筵宴(えんえん)を安排(あんばい)し完(おわ)れるや否(いな)や」。女官(にょかん)奏(そう)して言う、「已(すで)に完(おわ)り、葷素(くんそ=肉(にく)と精進(しょうじん))の両様(りょうよう=二通(ふたとお)り)を東閣(とうかく=東(ひがし)の閣(たかどの))の上(うえ)に設(もう)けました」。女王(じょおう)又(また)問(と)う、「怎(いか)にして両様(ふたとおり)なるか」。女官(にょかん)奏(そう)して言う、「臣(しん)は恐(おそ)らくは唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)と高徒(こうと)等(ら)の平素(ひごろ)斎(とき)を食(くら)わんことを、故(ゆえ)に葷素(にくとしょうじん)の両様(ふたとおり)有(あ)るなり」。女王(じょおう)は却(かえ)って又(また)笑吟吟(にこにこ)として、長老(ちょうろう)の香腮(こうさい=香(かお)る頬(ほお))に偎(よ)せて言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、汝(なんじ)は葷(にく)を食(くら)うか素(しょうじん)を食(くら)うか」。

三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)は素(しょうじん)を食(くら)えども、但(た)だ是れ未(いま)だ酒(さけ)を戒(いまし)めず、須(すべか)らく幾杯(いくはい)かの素酒(そしゅ=精進(しょうじん)の酒(さけ))を得(え)て、我(わ)が二徒弟(にてい)に些(いささ)か食(くら)わしめよ」。説(と)き未(いま)だ了(おわ)らぬに、太師(たいし)啓奏(けいそう)して言う、「請(こ)う東閣(とうかく)に赴(おもむ)きて宴(えん)に会(え)し、今宵(こんしょう)は吉日良辰(きちじつりょうしん=吉日(きちじつ)の良(よ)き辰(とき))なれば、就(すなわ)ち御弟(ぎょてい)爺爺(やや)と成親(せいしん=夫婦(ふうふ)の契(ちぎ)り)することを得(う)べく、明日(みょうにち)天(てん)は黄道(こうどう=吉日(きちじつ))を開(ひら)かば、請(こ)う御弟(ぎょてい)爺爺(やや)の宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、面(おもて)を南(みなみ)にして年号(ねんごう)を改(あらた)め位(くらい)に即(つ)き給(たま)え」。女王(じょおう)は大(おお)いに喜(よろこ)び、即(すなわ)ち長老(ちょうろう)と手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、龍車(りゅうしゃ)を下(お)り、共(とも)に端門(たんもん)の裡(うち)に入(い)る。但(た)だ見(み)るにかの──

風(かぜ)仙楽(せんがく)を飘(ひるがえ)して楼台(ろうだい)を下(くだ)り、
閶闔(しょうこう=宮門(きゅうもん))の中間(ちゅうかん)に翠輦(すいれん=翡翠(ひすい)の輦(れん))来(きた)る。
鳳闕(ほうけつ=鳳凰(ほうおう)の門(もん))大(おお)いに開(ひら)いて光(ひかり)藹藹(あいあい)たり、
皇宮(こうきゅう)閉(と)じずして錦(にしき)排排(はいばい)と並(なら)ぶ。
麒麟殿(きりんでん)の内(うち)炉煙(ろえん)嫋(ただよ)い、
孔雀屏(くじゃくへい)の辺(ほとり)房影(ぼうえい)回(めぐ)る。
亭閣(ていかく)崢嶸(そうこう=聳(そび)え)えて上国(じょうこく)の如(ごと)く、
玉堂金馬(ぎょくどうきんば)更(さら)に奇(き)なる哉(かな)!

既(すで)に東閣(とうかく)の下(した)に至(いた)れば、又(また)聞(き)こゆるは一派(いっぱ)の笙歌(しょうか)の声韻(せいいん)の美(うつく)しく、又(また)見(み)るは両行(りょうこう=二列(にれつ))の紅粉(こうふん=紅(べに)の粉(おしろい))の貌(かたち)の嬌嬈(じょうじょう=艶(なまめ)かし)きを。正中堂(せいちゅうどう=中央(ちゅうおう)の間(ま))に両般(ふたとおり)の盛宴(せいえん)を排設(ならべもう)く:左辺(さへん)の上首(じょうしゅ=上座(かみざ))は是れ素筵(そえん=精進(しょうじん)の膳(ぜん))、右辺(うへん)の上首は是れ葷筵(くんえん=肉(にく)の膳(ぜん))、下(しも)の両路(りょうろ=両側(りょうがわ))は尽(ことごと)く是れ単席(たんせき=一人(ひとり)の席(せき))なり。かの女王(じょおう)は袍袖(ほうしゅう=袍(ほう)の袖(そで))を斂(おさ)め、十指(じっし)尖尖(せんせん=先(さき)細(ほそ)く)、玉杯(ぎょくはい)を奉(ささ)げて、便(すなわ)ち来(きた)りて席(せき)を安(やす)んず。行者は近(ちか)づき前(すす)みて言う、「我(われ)が師徒(しと)は皆(みな)是れ素(しょうじん)を食(くら)う。先(ま)ず請(こ)う師父(しふ)をして左手(ひだりて)の素席(そせき)に坐(ざ)せしめ、転(うつ)りて下(しも)に三席(さんせき)を、左右(さゆう)に分(わか)ち、我(われ)が兄弟(きょうだい)たちの好(よ)く坐(ざ)するをせよ」。太師(たいし)喜(よろこ)んで言う、「是(ぜ)なり、是なり。師徒(しと)は即(すなわ)ち父子(ふし)なり、肩(かた)を並(なら)ぶ可(べ)からず」。衆(しゅう)の女官(にょかん)は連(つづ)き忙(いそ)ぎ席面(せきめん=席(せき)の配置(はいち))を調(ととの)う。女王(じょおう)は一一(いちいち)杯(さかずき)を伝(つた)え、彼(かれ)が弟兄(ていけい=兄弟(きょうだい))三位(さんい)を安(やす)んず。行者は又(また)唐僧(とうそう)と一箇の眼色(がんしょく=目配(めくば)せ)を投(な)げ、師父(しふ)をして礼(れい)を返(かえ)さしむ。三蔵(さんぞう)は下(お)り来(きた)り、却(かえ)ってまた玉杯(ぎょくはい)を擎(ささ)げ、女王(じょおう)と席(せき)を安(やす)んず。それらの文武官(ぶんぶかん)は、上(かみ)に向(むか)って皇恩(こうおん)を拝謝(はいしゃ)し、各(おのおの)品従(ひんじゅう=位(くらい)の順(じゅん))に依(よ)り、両辺(りょうへん)に分(わか)れて坐(ざ)し、纔(ようや)く音楽(おんがく)を住(とど)めて酒(さけ)を請(しょう)ず。

かの八戒(はっかい)は好歹(よしあし)を管(かま)わず、肚子(はら)を放(はな)ち開(ひら)き、只管(ひたすら)に情(こころ)のままに食(くら)い起(お)こる。また甚(なん)の玉屑米飯(ぎょくせつべいはん=玉(ぎょく)の屑(くず)の如(ごと)き白米(はくまい)の飯(めし))・蒸餅(じょうへい=蒸(む)し餅(もち))・糖糕(とうこう=砂糖(さとう)の糕(こう))・蘑菇(まこ=茸(きのこ))・香蕈(こうしん=香(かお)り茸(たけ))・筍芽(じゅんが=筍(たけのこ)の芽(め))、木耳(もくじ=木(き)くらげ)・黄花菜(こうかさい)・石花菜(せっかさい=心太(ところてん))・紫菜(しさい=海苔(のり))・蔓菁(まんせい=蕪(かぶ))・芋頭(うとう=里芋(さといも))・蘿菔(らふく=大根(だいこん))・山薬(さんやく=山芋(やまいも))・黄精(おうせい=鳴子百合(なるこゆり))なるをも管(かま)わず、一骨辣(いっこつらつ=一息(ひといき))に噇(くら)いて箇の罄尽(けいじん=空(から)っぽ)と為(な)し、五七杯(ごしちはい)の酒(さけ)を飲(の)む。口(くち)の裡(うち)に嚷(わめ)いて言う、「添(そ)え換(か)えるを看(み)よ! 大觥(だいこう=大(おお)きな杯(さかずき))を拿(と)り来(こ)れ! また幾觥(いくさかずき)か飲(の)みて、各人(おのおの)事(こと)を干(な)さんに往(ゆ)かん」。沙僧(しゃそう)問(と)うて言う、

「好(よ)き筵席(えんせき)を食(くら)わずして、還(また)甚(なん)の事(こと)をか干(な)さんとする」。呆子(ほうし)笑って言う、「古人(こじん)云(いわ)く『弓(ゆみ)を造(つく)る者は弓を造り、箭(や)を造る者は箭を造る』と。我等(われら)如今(いま)招(まね)く者は招き、嫁(とつ)ぐ者は嫁ぎ、経(きょう)を取(と)る者は還(また)経を取りに往(ゆ)き、路(みち)を走(はし)る者は還また路を走らん、只管(ひたすら)に杯(さかずき)を貪(むさぼ)りて事(こと)を誤(あやま)る莫(な)かれ、早(はや)く兒(ちょっと)関文(つうこうしょう)を打発(ほっぱつ)せよ、正(まさ)に是れ『将軍(しょうぐん)馬(うま)を下(お)りず、各自(かくじ)前程(ぜんてい=行(ゆ)く先(さき))に奔(はし)る』なり」。女王(じょおう)は説(と)くを聞(きこ)し召(め)され、即(すなわ)ち大杯(おおさかずき)を取(と)り来(きた)らしむ。近侍官(きんじかん)は連(つづ)き忙(いそ)ぎ幾箇(いくつ)かの鸚鵡杯(おうむはい)・鸕鶿杓(ろじしゃく)・金叵羅(きんぱら)・銀鑿落(ぎんさくらく)・玻璃盞(はりさん)・水晶盆(すいしょうぼん)・蓬莱碗(ほうらいわん)・琥珀鍾(こはくしょう)を取(と)り、玉液(ぎょくえき)を満(み)たし斟(つ)ぎ、瓊漿(けいしょう)を連(つづ)け注(そそ)ぎ、果(はた)して皆(みな)各(おのおの)一巡(いちめぐり)を飲(の)む。

三蔵(さんぞう)は身(み)を欠(か)いて起(た)ち、女王(じょおう)に対(むか)い合掌(がっしょう)して言う、「陛下(へいか)、多(おお)く盛設(せいせつ=立派(りっぱ)な饗応(きょうおう))を蒙(こうむ)り、酒(さけ)は已(すで)に彀(た)れり。請(こ)う宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、天(てん)の早(はや)きに赶(お)いつき、彼(かれ)の三人(さんにん)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)だし給(たま)え」。女王(じょおう)は言(こと)に依(よ)り、長老(ちょうろう)を携(たずさ)え、筵宴(えんえん)を散(さん)じ、金鑾宝殿(きんらんほうでん)に上(のぼ)り、即(すなわ)ち長老(ちょうろう)をして位(くらい)に即(つ)かしめんとす。三蔵(さんぞう)言う、

「不可(ふか)! 不可! 適(さっき)太師(たいし)の言(い)い過(す)ぐしたるは、明日(みょうにち)天(てん)黄道(こうどう)を開(ひら)かば、貧僧(ひんそう)は纔(ようや)く敢(あ)えて位(くらい)に即(つ)き孤(こ)と称(とな)えんとす。

今日(こんにち)は即(すなわ)ち関文(つうこうしょう)に印(いん)し、彼(かれ)を打発(ほっぱつ)して去(さ)らしめよ」。女王(じょおう)は言(こと)に依(よ)り、仍(な)お龍床(りゅうしょう)に坐(ざ)し、即(すなわ)ち金交椅(きんこうい=金(きん)の椅子(いす))一張(いっちょう)を取(と)り、龍床(りゅうしょう)の左手(ひだり)に放(お)き、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて坐(ざ)せしめ、徒弟(でし)たちを叫(よ)んで通行文牒(つうこうぶんちょう)を拿(と)り上(あ)げ来(きた)らしむ。大聖(たいせい)は便(すなわ)ち沙僧(しゃそう)をして包(つつみ)を解(と)かしめ、関文(ぶんちょう)を取(と)り出(いだ)さしむ。大聖(たいせい)は関文(ぶんちょう)を双手(そうしゅ)にて捧(ささ)げ上(あ)ぐ。かの女王(じょおう)は細(こま)かに一番(ひとわたり)看(み)るに、上(うえ)に大唐皇帝(だいとうこうてい)の宝印(ほういん)九顆(きゅうか=九個(きゅうこ))有り、下(しも)に宝象国(ほうしょうこく)の印(いん)、烏鶏国(うけいこく)の印(いん)、車遅国(しゃちこく)の印(いん)有り。女王(じょおう)は看(み)て罷(おわ)り、嬌滴滴(きょうてきてき=嬌(なまめ)かしげ)として笑語(しょうご)して言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)は又(また)陳(ちん)を姓(せい)とするか」。三蔵(さんぞう)言う、「俗家(ぞくけ)は陳(ちん)を姓とし、法名(ほうみょう)は玄奘(げんじょう)なり。我(われ)が唐王(とうおう)の聖恩(せいおん)に因(よ)り御弟(ぎょてい)と認(みと)められ、我(われ)に姓(せい)を賜(たまわ)りて唐(とう)と為(な)せしなり」。女王(じょおう)言う、「関文(ぶんちょう)の上(うえ)に如何(いかん)として高徒(こうと)の名(な)無きは」。三蔵(さんぞう)言う、「三箇(みっつ)の頑徒(がんと)は、是れ我(わ)が唐朝(とうちょう)の人物(じんぶつ)に非(あら)ず」。女王(じょおう)言う、「既(すで)に汝(なんじ)が唐朝(とうちょう)の人物に非(あら)ざれば、何(なん)の為(ため)にか肯(あ)えて汝(なんじ)に随(したが)いて来(きた)れる」。三蔵(さんぞう)言う、「大(おお)きなる箇の徒弟(でし)は、祖貫(そこ=本籍(ほんせき))東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)の人氏(じんし=者(もの));第二(だいに)の者は乃(すなわ)ち西牛賀洲(さいごがしゅう)烏斯荘(うしそう)の人氏;第三(だいさん)の者は乃(すなわ)ち流沙河(るさが)の人氏なり。彼(かれ)の三人(さんにん)は皆(みな)罪(つみ)の天条(てんじょう=天(てん)の掟(おきて))を犯(おか)すに因(よ)り、南海(なんかい)の観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の彼(かれ)が苦(くるしみ)を解脱(げだつ)し、善(ぜん)を秉(と)りて皈依(きえ)し、功(こう)を以(も)って罪(つみ)を折(せっ)し、情願(ねが)わくは我(われ)を保護(ほご)して西天(せいてん)に上(のぼ)りて経(きょう)を取(と)らんとせるなり。皆(みな)是れ途(みち)の中(うち)に収(おさ)め得(え)たる者(もの)なるが故(ゆえ)に、此(こ)れを以(も)って未(いま)だ法名(ほうみょう)を牒(ちょう)に注(しる)さざるなり」。女王(じょおう)言う、「我(われ)汝(なんじ)と法名(ほうみょう)を添(そ)え注(しる)さんは、好(よ)きか」。三蔵(さんぞう)言う、「但(た)だ陛下(へいか)の尊意(そんい)に凭(よ)れ」。女王(じょおう)は即(すなわ)ち筆硯(ひつけん=筆(ふで)と硯(すずり))を取(と)り来(きた)らしめ、香翰(こうかん=香(かお)る筆(ふで))を濃(こまやか)に磨(す)り、香毫(こうごう=香(かお)る毛(もう))に飽(あ)くまで潤(うるお)い、牒文(ちょうぶん)の後(うしろ)に、孫悟空(そんごくう)・猪悟能(ちょごのう)・沙悟浄(しゃごじょう)三人(さんにん)の名諱(めいい=実名(じつみょう))を写(うつ)し上(あ)げ、却(かえ)って纔(ようや)く御印(ぎょいん)を取(と)り出(いだ)し、端端正正(たんたんせいせい)と印(いん)し、又(また)一箇の手字花押(しゅじかおう)を画(えが)き、伝(つた)えて将(も)って下(おろ)す。孫大聖(そんたいせい)は接(う)け、沙僧(しゃそう)をして包裹(ほうか=包(くる)み)停当(ていとう=整(ととの)え)せしむ。かの女王(じょおう)は又(また)碎金碎銀(さいきんさいぎん=金(きん)と銀(ぎん)の端金(はがね))一盤(いちばん=一(ひと)つの盆(ぼん))を賜(たま)い出(いだ)し、龍床(りゅうしょう)を下(お)りて行者に逓(わた)して言う、「汝(なんじ)の三人(さんにん)はこれを将(も)って権(かり)に路費(ろひ=旅費(りょひ))と為(な)し、早(はや)く西天(せいてん)に上(のぼ)れ。汝等(なんじら)の経(きょう)を取(と)りて回(かえ)り来(きた)るを待(ま)ちて、寡人(かじん)には還(また)重(おも)き謝(しゃ)有(あ)るべし」。行者言う、「我等(われら)は出家人(しゅっけにん)、金銀(きんぎん)を受(う)けず、途(みち)の中(うち)に自(おのずか)ら乞化(こつけ=托鉢(たくはつ))の処(ところ)有(あ)り」。女王(じょおう)は彼(かれ)の受(う)けざるを見(み)て、又(また)綾錦(りょうきん=綾(あや)と錦(にしき))十匹(じゅっぴき)を取(と)り出(いだ)し、行者に対(むか)いて言う、「汝等(なんじら)の行色(ぎょうしょく=旅(たび)の支度(したく))匆匆(そうそう=慌(あわ)ただし)く、裁制(さいせい=仕立(した)て)するに及(およ)ばず、これを将(も)って路(みち)の上(うえ)に一着(ひとそろい)の衣服(いふく)を做(つく)りて寒(かん)を遮(さえぎ)らんにせよ」。行者言う、「出家人(しゅっけにん)は綾錦(りょうきん)を穿(き)るを得(え)ず、自(おのずか)ら護体(ごたい=身(み)を守(まも)る)の布衣(ふい=布(ぬの)の衣(ころも))有(あ)り」。女王(じょおう)は彼(かれ)の受(う)けざるを見(み)て、教(おし)える、「御米(ぎょまい)三升(さんじょう)を取(と)り、路(みち)に在って権(かり)に一飯(いっぱん)と為(な)せ」と。八戒(はっかい)は飯(めし)の字(じ)を説(と)くを聞(き)きて、便(すなわ)ち就(すなわ)ちこれを接(う)け、包袱(ほうふく=風呂敷(ふろしき))の間(あいだ)に捎(さしはさ)む。行者言う、「兄弟(きょうだい)、行李(こうり)は現(げん)に今(いま)沉重(ちんじゅう=重(おも)い)なるに、且(しばら)く倒(あに)気力(きりょく)有って米(こめ)を挑(かつ)がんや」。八戒(はっかい)笑って言う、「汝(なんじ)何処(いずこ)でか知(し)らん、米(こめ)の好(よ)きは是れ一箇の日消貨(にちしょうか=日々(にちにち)消(き)ゆる品(しな))にして、只(た)だ一頓飯(ひときりのめし)を消(しょう)するのみにて、就(すなわ)ち帳(ちょう)を了(おわ)らん」。遂(つい)に此(ここ)に合掌(がっしょう)して恩(おん)を謝(しゃ)す。

三蔵(さんぞう)言う、「敢(あ)えて陛下(へいか)の貧僧(ひんそう)と相同(あいともな)い彼(かれ)の三人(さんにん)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)で、我(われ)の彼等(かれら)に幾句(いくく)を嘱付(しょくふ=言(い)い含(ふく))め、彼(かれ)をして好(よ)く生(い)きて西(にし)に去(さ)らしむるを待(ま)ち、我(われ)は却(かえ)って回(かえ)り来(きた)り、陛下(へいか)と永(とこしな)えに栄華(えいが)を受(う)け、掛(か)ける無(な)く牽(ひ)く無(な)く、方(まさ)に会(あ)いて鸞(らん)と交(まじ)わり鳳(ほう)と友(とも)とならんことを得(う)べし」。女王(じょおう)は是(こ)れ計(けい)なるを知(し)らず、便(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて駕(が)を擺(なら)ばしめ、三蔵(さんぞう)と並(なら)びて香肩(こうけん)に倚(よ)り、同(とも)に鳳輦(ほうれん)に登(のぼ)り、西城(せいじょう)を出(い)でて去(さ)る。満城(まんじょう)の皆(みな)中(うち)に盞(さかずき)に浄水(じょうすい)を添(そ)え、炉(ろ)に真香(しんこう)を降(くだ)し、一(ひとつ)には女王(じょおう)の鑾駕(らんが)を看(み)、二(ふたつ)には御弟(ぎょてい)の男身(おとこ)を看(み)んとす。老(おい)も無(な)く小(わかき)も無(な)く、尽(ことごと)く是れ粉容嬌面(ふんようきょうめん=白粉(おしろい)の顔(かお)に嬌(なまめ)かしき面(おもて))・緑鬢雲鬟(りょくびんうんかん=緑(みどり)の鬢(びん)に雲(くも)の髪(かみ))の輩(ともがら)なり。多(おお)からず時(とき)にして、大駕(たいが)は城(しろ)を出(い)で、西関(せいかん)の処(ところ)に到(いた)れば、行者(ぎょうじゃ)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)、心(こころ)を同(おな)じくし意(い)を合(あ)わせ、結束(けっそく=支度(したく))を整(ととの)え、径(ただ)ちに鑾輿(らんよ)を迎(むか)え、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(さけ)んで言う、「かの女王(じょおう)は遠(とお)く送(おく)るに及(およ)ばず、我等(われら)は此処(ここ)に就(つ)きて拝別(はいべつ)せん」。長老(ちょうろう)は慢(ゆっ)くりと龍車(りゅうしゃ)を下(お)り、女王(じょおう)に対(むか)い手(て)を拱(こまぬ)いて言う、「陛下(へいか)は請(こ)う回(かえ)り給(たま)え、貧僧(ひんそう)をして経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめよ」。女王(じょおう)は言(こと)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、唐僧(とうそう)を扯(ひ)き住(とど)めて言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、我(われ)は願(ねが)わくは一国(いっこく)の富(とみ)を将(も)って、汝(なんじ)を招(まね)きて夫(つま)と為(な)し、明日(みょうにち)高(たか)く宝位(ほうい)に登(のぼ)り、位(くらい)に即(つ)きて君(きみ)と称(とな)え、我(われ)は願(ねが)わくは君(きみ)の后(きさき)と為(な)らんとす、喜筵(きえん=祝(いわ)いの宴(うたげ))も通(すべ)て皆(みな)食(くら)い了(おわ)れるに、如何(いかん)として却又(また)変卦(へんか=変(か)わり)し給(たま)えるか」。

八戒(はっかい)は説(と)くを聞(き)き、一箇の風(ふう=狂(くる)い)を発(はっ)し、嘴(くち)を把(と)って乱(みだ)りに扭(ねじ)り、耳(みみ)を乱(みだ)りに揺(ゆす)り、駕(が)の前(まえ)に闖(と)び至(いた)り、嚷(わめ)いて言う、

「我等(われら)和尚家(おしょうけ=僧(そう)の身(み))と汝(なんじ)がこの粉骷髏(ふんころう=白粉(おしろい)の骸骨(がいこつ))と甚(なん)の夫妻(ふうふ)をか做(な)さん! 我が師父(しふ)を放(はな)ちて路(みち)を走(はし)らしめよ!」 かの女王(じょおう)は彼(かれ)のあの等(ごと)く撒潑(さっぱつ=暴(あば)れ)弄醜(ろうしゅう=醜(みにく)き態(てい))するを見(み)て、唬(おど)されて魂(たましい)飛(と)び魄(はく)散(ちら)り、輦駕(れんが)の之中(うち)に跌(ころ)び入(い)る。沙僧(しゃそう)は却(かえ)って三蔵(さんぞう)を把(と)りて人(ひと)の叢(むらがり)より搶(うば)い出(いだ)し、馬(うま)に上(あが)るを伏侍(ぶくじ)す。只(た)だ見(み)るにかの路傍(みちばた)より一箇の女子(じょし)閃(ひら)りと出(い)で、喝(かつ)して言う、

「唐御弟(とうぎょてい)、何処(いずこ)へか走(に)ぐる! 我(われ)と汝(なんじ)と風月(ふうげつ=色事(いろごと))を耍(あそ)ばんに去(ゆ)かん!」 沙僧(しゃそう)は罵(ののし)って言う、「賊輩(ぞくはい=盗人(ぬすびと)ども)の無知(むち)なる!」 宝杖(ほうじょう)を掣(ひ)いて頭(こうべ)を劈(さ)いて就(すなわ)ち打(う)つ。かの女子(じょし)は一陣(ひとむれ)の旋風(せんぷう=辻風(つじかぜ))を弄(ろう)し、嗚(う)の一声(ひとこえ)に、唐僧(とうそう)を把(と)りて摂(さら)い将(も)って去(さ)り、影(かげ)無(な)く踪(あと)無(な)く、何処(いずこ)に落(お)ちたるかを知(し)らず。咦(ああ)! 正(まさ)に是(こ)れ──

烟花(えんか=色里(いろざと))の網(あみ)を脱(のが)れ得(う)るも、
又(また)風月(ふうげつ)の魔(ま)に遇(あ)う。

畢竟(ひっきょう)かの女子(じょし)の是(こ)れ人(ひと)なるか怪(かい)なるか、老師父(ろうしふ)の性命(しょうみょう)の死(し)を得(う)るか生(い)を得(う)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。