さて孫大聖(そんたいせい)と猪八戒(ちょはっかい)は正(まさ)に法(ほう)を使(つか)ってかの婦女(ふじょ)たちを定(さだ)めんとしおるに、ふと風(かぜ)の響(ひび)く処(ところ)より沙僧(しゃそう)の嚷(わめ)き闹(さわ)ぐを聞(き)き得(え)、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らす時(とき)、唐僧(とうそう)の見(み)えざるなり。行者言う、「是れ甚(なん)の者(もの)か来(きた)りて師父(しふ)を搶(うば)い往(ゆ)きたる」。沙僧(しゃそう)言う、「是れ一箇の女子(じょし)にて、一陣(ひとむれ)の旋風(つじかぜ)を弄(ろう)し、師父(しふ)を把(と)りて摂(さら)い去(さ)りたり」。
行者は言(こと)を聞(き)き、唿哨(こっしょう=口笛(くちぶえ))して雲端(うんたん)の中(うち)に跳(と)び在(あ)り、手(て)を用(もち)いて涼篷(りょうほう=日除(ひよ)け)を搭(かざ)し、四下裏(しかり=四方(しほう))を観看(かんかん)すれば、只(た)だ見(み)るに一陣(ひとむれ)の灰塵(はいじん)の、風(かぜ)滚滚(こんこん)として、西北(せいほく)の上(うえ)へ向(むか)いて去(さ)るを。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして叫(さけ)んで言う、「兄弟(きょうだい)たち、快(はや)く雲(くも)に駕(が)して我(われ)と同(とも)に師父(しふ)を赶(お)いに往(ゆ)かん!」 八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)は、即(すなわ)ち行嚢(こうのう=荷物(にもつ))を馬(うま)の背(せ)に捎(の)せ、一声(ひとこえ)響(ひび)かせて、皆(みな)半空(はんくう)の裡(うち)に跳(と)び往(ゆ)く。慌(あわ)てたるはかの西梁国(せいりょうこく)の君臣(くんしん)女輩(じょはい)たち、塵埃(じんあい)に跪(ひざまず)き、皆(みな)言う、
「是れ白日(はくじつ)に飛昇(ひしょう=天(てん)に昇(のぼ))せる羅漢(らかん)なり、我(わ)が主(あるじ)驚疑(きょうぎ=驚(おどろ)き疑(うたが))い給(たま)うに及(およ)ばず。唐御弟(とうぎょてい)もまた是れ一箇の道(みち)有る禅僧(ぜんそう)にして、我等(われら)は皆(みな)眼(め)に珠(たま)無(な)く、中華(ちゅうか)の男子(だんし)を錯(あやま)り認(みと)め、枉(むだ)にこの場(ば)の神思(しんし=心遣(こころづか)い)を費(ついや)せり。請(こ)う主公(しゅこう)輦(れん)に上(あが)りて朝(ちょう)に回(かえ)り給(たま)え」と。女王(じょおう)は自(おのずか)ら慚愧(ざんき=恥(は)じ入(い))るを覚(おぼ)え、多官(たかん)は皆(みな)一斉(いっせい)に国(くに)に回(かえ)るは題(だい)せず。
さて孫大聖(そんたいせい)兄弟(きょうだい)三人(さんにん)は空(くう)に騰(のぼ)り霧(きり)を踏(ふ)み、あの陣(ひとむれ)の旋風(つじかぜ)を望(のぞ)んで、一直(いっちょく)に赶(お)い来(きた)るに、前(まえ)に至(いた)るは一座(いちざ)の高山(こうざん)、只(た)だ見(み)るに灰塵(はいじん)は息(や)み静(しず)まり、風頭(ふうとう=風(かぜ)の先(さき))は散(ちら)じて、更(さら)に怪(かい)の何方(いずかた)へ向(むか)えるかを知(し)らず。兄弟(きょうだい)たちは雲霧(うんむ)を按(おさ)え下(おろ)し、路(みち)を找(さが)して尋訪(じんぽう=尋(たず)ね訪(おとず))るに、ふと見(み)るに一壁廂(いっぺきしょう=片側(かたがわ))に、青石(せいせき)の光明(こうみょう)にして、却(かえ)って一箇の屏風(びょうぶ)の形(かたち)に似(に)たり。三人(さんにん)は馬(うま)を牽(ひ)いて石屏(せきへい=石(いし)の屏風(びょうぶ))を転(ま)がり過(よ)ぐれば、石屏(せきへい)の後(うしろ)に二扇(にせん=二枚(にまい))の石門(せきもん)有って、門(もん)の上(うえ)に六箇(むっつ)の大文字(だいもんじ)有り、乃(すなわ)ち是れ「毒敵山琵琶洞(どくてきざんびわどう)」なり。八戒(はっかい)は無知(むち)にして、上前(すすみで)て就(すなわ)ち釘鈀(ていは=熊手(くまで))を使(つか)って門(もん)を筑(う)たんとすれば、行者は急(いそ)ぎ止(とど)めて言う、「兄弟(きょうだい)忙(いそ)ぐ莫(な)かれ、我等(われら)旋風(つじかぜ)に随(したが)いて赶(お)うには便(すなわ)ち此処(ここ)まで赶(お)い到(いた)り、尋(たず)ぬることこの会(ひとしきり)、方(まさ)にこの門(もん)に遇(あ)えるも、又(また)深浅(しんせん=奥行(おくゆ)き)の如何(いかん)を知(し)らず。倘(も)し是れこの門児(もんじ)に非(あら)ずんば、却(かえ)って彼(かれ)の怪(あやし)むを見(み)んことを惹(ひ)かずや。汝(なんじ)の二箇(ふたり)は且(しばら)く馬(うま)を牽(ひ)き、還(また)石屏(せきへい)の前(まえ)に転(てん)じて片時(しばらく)立(た)ち等(ま)て、老孫(ろうそん)の進(すす)み入(い)りて探(さぐ)り探(さぐ)りし、有無虚実(うむきょじつ)を察(さっ)し、却(かえ)って好(よ)く事(こと)を行(おこな)わんを待(ま)て」。沙僧(しゃそう)は説(と)くを聞(き)き、大(おお)いに喜(よろこ)んで言う、
「好(よ)し! 好し! 好し! 正(まさ)に是れ粗中(そちゅう=荒(あら)き中(うち))に細(さい=細心(さいしん))有り、果(はた)して急(きゅう)の処(ところ)より寛(くつろ)ぐ」。彼(かれ)の二人(ふたり)は馬(うま)を牽(ひ)いて頭(こうべ)を回(めぐ)らす。
孫大聖(そんたいせい)は一箇の神通(じんつう)を顕(あらわ)し、訣(けつ=印(いん))を捻(ひね)り、一箇の呪語(じゅご=呪文(じゅもん))を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて蜜蜂児(みつばち)と作(な)る。真(まこと)に軽巧(けいこう=軽(かる)やか)! 汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)を──
翅(はね)薄(うす)くして風(かぜ)に随(したが)うて軟(やわ)らかく、
腰(こし)軽(かる)くして日(ひ)に映(えい)じて纖(ほそ)し。
嘴(くちばし)甜(あま)くして曾(かつ)て蕊(ずい=花(はな)の芯(しん))を觅(もと)め、
尾(お)利(するど)くして善(よ)く蟾(ひきがえる)を降(くだ)す。
蜜(みつ)を醸(かも)す功(こう)何(なん)ぞ浅(あさ)き、
衙(が=役所(やくしょ))に投(とう)じて礼(れい)自(おのずか)ら謙(へりくだ)る。
如今(いま)巧計(こうけい)を施(ほどこ)し、
飛(と)び舞(ま)うて門檐(もんえん=門(もん)の庇(ひさし))に入(い)る。
行者は自(みずか)ら門(もん)の瑕(きず=隙間(すきま))の処(ところ)より潜(もぐ)り将(も)って進(すす)み入(い)り、飛(と)んで二層(にそう)の門(もん)の裡(うち)を過(よ)ぐれば、只(た)だ見(み)るに正(まさ)に当中(まんなか)の花亭子(かていし=花(はな)の亭(てい))の上(うえ)に一箇の女怪(じょかい)の端坐(たんざ)し、左右(さゆう)に幾箇(いくつ)かの彩衣繍服(さいいしゅうふく=彩(いろどり)の衣(ころも)と刺繍(ししゅう)の服(ふく))・丫髻(あけい=少女(しょうじょ)の髪形(かみがた))両揫(りょうしゅう)の女童(じょどう)を列(つら)ね、皆(みな)歓天喜地(かんてんきち=大喜(おおよろこ)び)として、正(まさ)に何(なに)をか講論(こうろん=話(はな)し合(あ))えるかを知(し)らず。この行者は軽軽(けいけい=そっと)と上(うえ)へ飛(と)び往(ゆ)き、かの花亭子(はなのてい)の格子(こうし)の上(うえ)に钉(とま)り、耳(みみ)を側(そばだ)てて纔(ようや)く聴(き)くに、又(また)二箇(ふたり)の総角(そうかく=髪(かみ)を結(ゆ)い)蓬頭(ほうとう=蓬(よもぎ)の如(ごと)き頭(かしら))の女子(じょし)の、二盤(ふたさら)の熱騰騰(ねつとうとう=湯気(ゆげ)立(た)つ)の面食(めんしょく=粉(こな)の食(しょく))を捧(ささ)げ、亭(てい)に上(のぼ)り来(きた)って言うを見る、「奶奶(だいだい=奥方(おくがた))、一盤(ひとさら)は是れ人肉(じんにく)の餡(あん)の荤饃饃(くんまんまん=肉(にく)饅頭(まんじゅう))、一盤(ひとさら)は是れ豆沙(とうしゃ=小豆(あずき)あん)の餡(あん)の素饃饃(そまんまん=精進(しょうじん)の饅頭(まんじゅう))に候(そうろう)」。かの女怪(じょかい)笑って言う、「小(こ)の者(もの)たち、唐御弟(とうぎょてい)を攙(たす)け出(いだ)せ」。
幾箇(いくつ)かの彩衣繍服(あやぎぬ)の女童(じょどう)、後房(こうぼう=奥(おく)の部屋(へや))に向(むか)い走(はし)り、唐僧(とうそう)を扶(たす)け出(いだ)す。かの師父(しふ)は面(おもて)黄(き)く唇(くちびる)白(しろ)く、眼(め)紅(あか)く涙(なみだ)滴(したた)らし、行者は暗(あん)の裡(うち)に嗟嘆(さたん=嘆(なげ))じて言う、「師父(しふ)は毒(どく)に中(あた)られたり!」
かの怪(かい)は亭(てい)を下(お)り、春葱(しゅんそう=春(はる)の葱(ねぎ))の十指(じっし)の繊繊(せんせん)を露(あらわ)し、長老(ちょうろう)を扯(ひ)き住(とど)めて言う、「御弟(ぎょてい)心(こころ)を寛(ひろ)くせよ、我(われ)が此処(ここ)は是れ西梁女国(せいりょうじょこく)の宮殿(きゅうでん)ならず、富貴(ふうき)奢華(しゃか)に比(ひ)せずといえども、其(そ)の実(じつ)は却(かえ)ってまた清閑(せいかん=静(しず)かで閑(ひま))自在(じざい)にして、正(まさ)に好(よ)く念仏(ねんぶつ)看経(かんきょう=経(きょう)を読(よ))むに適(かな)えり。我(われ)汝(なんじ)と一箇の道伴児(どうばんじ=道(みち)の伴(とも))を做(な)さば、真(まこと)に是れ百歳(ひゃくさい)の和諧(わがい=仲睦(なかむつ)まじさ)ならん」。三蔵(さんぞう)は語(かた)らざれば、かの怪(かい)言う、「且(しばら)く煩悶(なやみ)を休(や)めよ。我(われ)知(し)れるに汝(なんじ)は女国(じょこく)の中(うち)に宴(えん)に赴(おもむ)きし時(とき)、曾(かつ)て飲食(いんしょく)を進(すす)め得(え)ざりしを。此処(ここ)に葷素(くんそ=肉(にく)と精進(しょうじん))の面飯(めんぱん=麺(めん)と飯(めし))の二盤(ふたさら)有り、汝(なんじ)の凭(たの)みに些(いささ)か受用(じゅよう=いただ)きて驚(おどろき)を圧(おさ)よ」。
三蔵(さんぞう)は沈思黙想(ちんしもくそう=沈(しず)み思(おも)い黙(もだ)し想(おも))して言う、「我(われ)語(かた)らず、東西(もの)を食(くら)わざらんと待(ま)てども、この怪(かい)はかの女王(じょおう)と同(おな)じからず、女王(じょおう)は還(また)是れ人身(じんしん)にて、行動(こうどう)に礼(れい)を以(も)ってす;この怪(かい)は乃(すなわ)ち是れ妖神(ようしん)なれば、恐(おそ)らくは害(がい)を加(くわ)えんことを、奈何(いかん)せん?
我(わ)が三箇(みっつ)の徒弟(でし)は、我(われ)の困(くるし)み陷(おちい)りて此処(ここ)に在(あ)るを知(し)らず、倘(も)し或(ある)いは害(がい)を加(くわ)えられなば、却(かえ)って枉(むだ)に性命(いのち)を捨(す)てんか」と。心(こころ)を以(も)って心(こころ)に問(と)い、計(けい)の奈(いかん)ともする所(ところ)無(な)く、只(た)だ強(しい)て精神(せいしん)を打(う)ち起(おこ)し、口(くち)を開(ひら)いて言う、「荤(にく)の何如(いかん)?
素(しょうじん)の何如(いかん)?」 女怪(じょかい)言う、「荤(にく)のは是れ人肉(じんにく)の餡(あん)の饃饃(まんじゅう)、素(しょうじん)のは是れ豆沙(あずきあん)の餡(あん)の饃饃(まんじゅう)なり」。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)は素(しょうじん)を食(くら)う」。かの怪(かい)笑って言う、「女童(じょどう)、熱茶(ねっちゃ)を看(だ)し来(きた)り、汝(なんじ)が家長(かちょう=主(あるじ))の爺爺(やや)に素饃饃(しょうじんのまんじゅう)を食(くら)わしめよ」。一女童(いちじょどう)、果(はた)して香茶(こうちゃ)一盞(いっさん)を捧(ささ)げ、長老(ちょうろう)の面前(めんぜん)に放(お)く。
かの怪(かい)は一箇の素饃饃(しょうじんまん)を将(も)って劈(さ)き破(やぶ)り、三蔵(さんぞう)に逓(わた)す。三蔵(さんぞう)は一箇の荤饃饃(にくまん)を囫圇(こつりん=丸(まる)ごと)のまま女怪(じょかい)に逓(わた)す。女怪(じょかい)笑って言う、「御弟(ぎょてい)、汝(なんじ)どうして劈(さ)き破(やぶ)りて我(われ)に与(あた)えざるか」。三蔵(さんぞう)は合掌(がっしょう)して言う、「我(われ)は出家人(しゅっけにん)、敢(あ)えて荤(くん=肉食(にくじき)の戒(かい))を破(やぶ)らず」。かの女怪(じょかい)言う、「汝(なんじ)出家人(しゅっけにん)の敢(あ)えて荤(くん)を破(やぶ)らずんば、どうして前日(ぜんじつ)子母河(しぼが)の辺(ほとり)に在って水(みず)を飲(の)みしこと高(たか)く、今日(こんにち)又(また)好(よ)く豆沙(あずきあん)の餡(あん)を食(くら)うか」。三蔵(さんぞう)言う、「水高(みずたか)ければ船(ふね)去(さ)ること急(きゅう)なり、沙(すな)陷(おちい)れば馬(うま)行(ゆ)くこと遅(おそ)し」。行者は格子眼(こうしがん=格子(こうし)の隙間(すきま))に在って二箇(ふたり)の言語(げんご)の相攀(あいよ)じるを聴(き)き、恐(おそ)らくは師父(しふ)の真性(しんしょう=正(ただ)しき心(こころ))を乱(みだ)さんことを、忍(しの)ぶこと能(あた)わず、本相(ほんそう=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)いて喝(かつ)して言う、「孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))無礼(ぶれい)なり!」 かの女怪(じょかい)は見て、口(くち)より一道(ひとすじ)の烟光(えんこう=煙(けむり)の光(ひかり))を噴(ふ)き、花亭子(はなのてい)を把(と)りて罩(おお)い住(とど)め、教(おし)える、「小(こ)の者(もの)たち、御弟(ぎょてい)を收(おさ)めよ!」 彼(かれ)は却(かえ)って一柄(いっぺい)の三股(みつまた)の鋼叉(こうさ=鋼(はがね)の叉(また))を拿(と)り、亭門(ていもん)を跳(と)び出(い)で、罵(ののし)って言う、「潑猴(はっこう=愚(おろ)かなる猿(さる))の憊懶(はいらん=横着(おうちゃく))なる! どうして敢(あ)えて私(ひそか)に吾(わ)が家(いえ)に入(い)り、我(われ)が容貌(ようぼう)を偷(ぬす)み窺(うかが)うか! 往(ゆ)くな! 老娘(ろうじょう=この女(おんな))の一叉(いっさ)を食(く)らえ!」 この大聖は鉄棒(てつぼう)を使(つか)って架(か)き住(とど)め、且(かつ)戦(たたか)い且(かつ)退(しりぞ)く。
二人(ふたり)は打(う)ちて洞外(どうがい)に出(い)づれば、かの八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)は、正(まさ)に石屏(せきへい)の前(まえ)に在って等候(とうこう)しおるに、ふと彼(かれ)の二箇(ふたり)の争持(そうじ=争(あらそ)い)するを見(み)て、慌(あわ)てたるは八戒(はっかい)、白馬(はくば)を将(も)って牽(ひ)き過(よ)ぎて言う、「沙僧(しゃそう)、汝(なんじ)は只管(ひたすら)行李(こうり)馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ=見張(みは))れ、老猪(ろうちょ=この猪(いのこ))の往(ゆ)きて帮(たす)け打(う)ち帮(たす)け打たんを等(ま)てよ」。好(よ)き呆子(ほうし)、双手(そうしゅ)に鈀(くまで)を挙(あ)げ、赶(お)い上前(うえまえ)に叫(さけ)んで言う、「師兄(しけい=兄弟子(あにでし))は後(うしろ)に靠(よ)り、我(われ)をしてこの潑賤(はっせん=愚(おろ)かなる賎(いや)しき女(おんな))を打(う)たしめよ!」 かの怪(かい)は八戒(はっかい)の来(きた)るを見(み)て、彼(かれ)は又(また)一箇の手段(しゅだん)を使(つか)い、一声(ひとこえ)呼(よ)ばわりて、鼻中(びちゅう=鼻(はな)の内(うち))より火(ひ)を出(いだ)し、口内(こうない)に煙(けむり)を生(しょう)じ、身子(からだ)を把(と)って一抖(ひとゆす)り抖(ゆす)れば、三股叉(みつまた)の飛(と)び舞(ま)うて沖(つ)き迎(むか)う。かの女怪(じょかい)もまた幾隻(いくつ)の手(て)有るかを知(し)らず、頭(こうべ)も無(な)く面(おもて)も無(な)く滚(ころ)がり将(も)って来(きた)る。この行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)は、両辺(りょうへん)より攻(せ)め住(とど)む。かの怪(かい)言う、「孫悟空(そんごくう)、汝(なんじ)好(よ)く進退(しんたい)を識(し)らず! 我(われ)は便(すなわ)ち汝(なんじ)を認(みと)むるに、汝(なんじ)は我(われ)を認(みと)めず。汝(なんじ)がかの雷音寺(らいおんじ)の仏如来(ほとけにょらい)も、還(また)我(われ)を怕(おそ)れるなり、量(はか)るに汝(なんじ)がこの二箇(ふたり)の毛人(もうじん=毛(け)だらけの人(ひと))の、到(いた)り得(う)る処(ところ)ぞ! 皆(みな)上(のぼ)り来(こ)よ、一箇一箇(ひとりひとり)仔細(しさい)に看(み)よ打(う)たん!」 この一場(いちじょう)の怎(いか)でか好戦(こうせん=見事(みごと)な戦(いくさ))なるを見(み)ん──
女怪(じょかい)は威風(いふう)長(たけ)しく、
猴王(こうおう)は気概(きがい=気(き)構(がま)え)興(おこ)る。
天蓬元帥(てんぽうげんすい)功績(こうせき)を争(あらそ)い、
乱(みだ)りに釘鈀(ていは)を挙(あ)げて能(のう)を顕(あらわ)さんと要(よう)す。
かの一箇(ひとり)は手多(ておお)く叉緊(さきん)くして烟光(えんこう)繞(めぐ)り、
この二箇(ふたり)は性急(せいきゅう)にして兵強(へいきょう)く霧気(むき)騰(のぼ)る。
女怪(じょかい)は只(た)だ配偶(はいぐう=配偶者(はいぐうしゃ))を求(もと)むるに因(よ)り、
男僧(だんそう)は怎(いか)でか肯(あ)えて元精(げんせい=男(おとこ)の精気(せいき))を泄(も)らさん!
陰陽(いんよう)対(たい)せずして相持(あいたもち)し闘(たたか)い、
各(おのおの)雄才(ゆうさい)を逞(たくま)しうして恨(うら)み苦(くるしみ)て争(あらそ)う。
陰(いん)は静(しずか)にして栄(えい)を養(やしな)い動動(どうどう=動(うご)かんこと)を思(おも)い、
陽(よう)は収(おさ)まりて息(いこ)い衛(まも)り清清(せいせい=清(きよ)き)を愛(あい)す。
致(いた)りて両処(りょうしょ=両方(りょうほう))に和睦(わぼく)無(な)からしめ、
叉(さ)・鈀(くまで)・鉄棒(てつぼう)にて輸贏(ゆえい=勝敗(しょうぶ))を賭(か)く。
この棒(ぼう)は力(ちから)有り、鈀(くまで)は更(さら)に能(よ)し、
女怪(じょかい)の鋼叉(こうさ)丁(てい)に丁(てい)を対(たい)す。
毒敵山(どくてきざん)の前(まえ)に三(みつ)ながら譲(ゆず)らず、
琵琶洞(びわどう)の外(そと)に両(ふたり)ながら情(なさけ)無(な)し。
かの一箇(ひとり)は唐僧(とうそう)の鳳侶(ほうりょ=鳳凰(ほうおう)の伴(とも))を諧(との)うるを得(う)るを喜(よろこ)び、
この二箇(ふたり)は必(かなら)ず長老(ちょうろう)に随(したが)いて真経(しんきょう)を取(と)らんとす。
天(てん)を驚(おどろ)かし地(ち)を動(うご)かして来(きた)りて相(あい)戦(たたか)い、
只(た)だ殺(あらそ)い得(う)るに日月(じつげつ)光(ひかり)無(な)く星斗(せいと)更(あらた)まるまでなり!
三箇(みっつ)は斗(たたか)い罷(おわ)ること多時(たじ=暫(しばら)く)、勝負(しょうぶ)を分(わ)たず。かの女怪(じょかい)は身(み)を将(も)って一縦(ひととび)し、一箇の倒馬毒樁(とうばどくしょう=馬(うま)を倒(たお)す毒(どく)の杭(くい))を使(つか)い出(いだ)せば、覚(おぼ)えずして大聖(たいせい)の頭皮(とうひ)の上(うえ)を把(と)りて扎(さ)すこと一下(いっか)なり。行者は「苦(くるし)い!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)び、忍耐(にんたい)すること得(え)ず、痛(いたみ)を負(お)いて陣(じん)に敗(やぶ)れて走(はし)る。八戒(はっかい)は事(こと)の諧(とのわ)ざるを見(み)て、鈀(くまで)を拖(ひ)いて身(み)を徹(ひるがえ)して退(しりぞ)く。かの怪(かい)は勝(か)ちを得(え)、鋼叉(こうさ)を收(おさ)む。
行者は頭(こうべ)を抱(いだ)き、眉(まゆ)を皺(しか)め面(おもて)を苦(くる)しめ、「利害(りがい=手強(てごわ)い)! 利害!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。八戒(はっかい)は跟前(こんぜん=前(まえ))に到(いた)りて問(と)うて言う、「哥哥(あにい)、汝(なんじ)どうして正(まさ)に好(よ)き処(ところ)に戦(たたか)い到(いた)りながら、却(かえ)って就(すなわ)ち苦(くるしみ)を叫(さけ)ぶこと天(てん)に連(つら)なるかのように走(に)げて来(きた)れる」。行者は頭(こうべ)を抱(いだ)いて、只(た)だ「疼(いた)い! 疼い! 疼い!」と叫(さけ)ぶ。沙僧(しゃそう)言う、「想(おも)うに是れ汝(なんじ)が頭風(ずふう=頭痛(ずつう))の発(はっ)したるならん」。行者は跳(と)びて言う、「是(こ)れならず! 是れならず!」 八戒(はっかい)言う、「哥哥(あにい)、我(われ)は曾(かつ)て汝(なんじ)の傷(きず)を負(お)えるを見(み)ざるに、却(かえ)って頭痛(ずつう)し、何(なん)ぞや」。行者は哼哼(こうこう=うんうん)として言う、「了不得(たいへん)! 了不得! 我(われ)と彼(かれ)の正(まさ)に然(しか)と打(う)ちおる処(ところ)に、彼(かれ)は我(われ)の彼(かれ)が叉勢(させい=叉(また)の構(かま)え)を破(やぶ)れるを見(み)て、彼(かれ)は就(すなわ)ち身子(からだ)を把(と)って一縦(ひととび)し、是れ何(なん)の兵器(へいき)なるかを知(し)らず、我(われ)が頭(こうべ)の上(うえ)を着(めが)けて扎(さ)すこと一下(いっか)なれば、就(すなわ)ちこの般(ごと)く頭痛(ずつう)の禁(とど)め難(がた)く、此(こ)の故(ゆえ)に陣(じん)に敗(やぶ)れて来(きた)れるなり」。八戒(はっかい)笑って言う、
「只(た)だこの等(ごと)く静(しずか)なる処(ところ)に在って常(つね)に夸口(ここう=自慢(じまん))し、汝(なんじ)が頭(こうべ)は是れ修煉(しゅれん)せしものと説(と)きおるに、却(かえ)ってどうして就(すなわ)ちこの一下(ひとさ)しに禁(た)えざるか」。行者言う、「正(まさ)に是(ぜ)なり、我(われ)がこの頭(こうべ)は修煉(しゅれん)して真(しん)を成(な)してより、蟠桃(ばんとう)仙酒(せんしゅ)・老子(ろうし)の金丹(きんたん)を盗(ぬす)み食(くら)い、大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし時(とき)にも、又(また)玉帝(ぎょくてい)に大力鬼王(だいりききおう)・二十八宿(にじゅうはっしゅく)を差(さ)し遣(つか)わされ、斗牛宮(とぎゅうきゅう)に押(お)し赴(おもむ)かれて処々(しょしょ)に斬(き)られしに、それらの神将(しんしょう)の刀斧鎚剣(とうふついけん=刀(かたな)・斧(おの)・槌(つち)・剣(けん))を使(つか)い、雷(かみなり)打(う)ち火(ひ)焼(や)き、及び老子(ろうし)の我(われ)を把(と)って八卦炉(はっけろ)に安(やす)んじて、鍛煉(たんれん)すること四十九日(よんじゅうくにち)なるに至(いた)るまで、俱(とも)に未(いま)だ傷(きず)を損(そこな)わず。今日(こんにち)この婦人(ふじん)の用(もち)いしは何(なん)の兵器(へいき)なるかを知(し)らず、老孫(ろうそん)が頭(こうべ)を把(と)りて弄(ろう)し傷(きずつ)けるなり!」 沙僧(しゃそう)言う、「汝(なんじ)手(て)を放(はな)て、我(われ)の看(み)るを等(ま)て。破(やぶ)れたること莫(な)かれ!」 行者言う、「破(やぶ)れず! 破れず!」 八戒(はっかい)言う、「我(われ)往(ゆ)きて西梁国(せいりょうこく)に膏薬(こうやく)を討(もと)め、汝(なんじ)に貼(は)らしめん」。行者言う、「又(また)腫(は)れず破(やぶ)れず、どうして膏薬(こうやく)の貼(は)る可(べ)けんや」。八戒(はっかい)笑って言う、「哥(あにい)よ、我(わ)が胎前産後(たいぜんさんご)の病(やまい)は倒(かえ)って曾(かつ)て有(あ)らざるに、汝(なんじ)は倒(かえ)って一箇の脳門癰(のうもんよう=額(ひたい)の出来物(できもの))を弄(ろう)し出(いだ)したり」。沙僧(しゃそう)言う、「二哥(にいさん)且(しばら)く取笑(からかい)を休(や)めよ。如今(いま)天色(てんしょく=空(そら)の色(いろ))は晩(く)れたり、大哥(たいか)は頭(こうべ)を傷(きずつ)け、師父(しふ)は又(また)死活(しかつ)を知(し)らず、怎(いか)でか是れ好(よ)からん」。
行者は哼(うな)って言う、「師父(しふ)は事(こと)無(な)し。我(われ)が進(すす)み入(い)りし時(とき)、蜜蜂児(みつばち)に変(へん)じ做(な)り、内(うち)に飛(と)び入(い)りて、かの婦人(ふじん)の花亭子(はなのてい)の上(うえ)に坐(ざ)せるを見(み)たり。少頃(しばらく)して、二箇(ふたり)の丫鬟(あかん=侍女(じじょ))が、二盤(ふたさら)の饃饃(まんじゅう)を捧(ささ)げ:一盤(ひとさら)は是れ人肉(じんにく)の餡(あん)、荤(くん=肉(にく))の;一盤(ひとさら)は是れ豆沙(あずき)の餡(あん)、素(しょうじん)の。又(また)二箇(ふたり)の女童(じょどう)をして師父(しふ)を扶(たす)け出(いだ)して一個(ひとつ)を食(くら)わせて驚(おどろき)を圧(おさ)めしめ、又(また)師父(しふ)と甚(なん)の道伴児(どうばんじ)かを做(な)さんとす。師父(しふ)は始(はじ)めかの婦人(ふじん)と話(ことば)を答(こた)えず、また饃饃(まんじゅう)を食(くら)わざりしが、後(のち)に彼(かれ)が甜言美語(てんげんびご=甘(あま)い言葉(ことば)と美(うつく)しき言葉(ことば))なるを見(み)て、怎(いか)にしてか、就(すなわ)ち口(くち)を開(ひら)きて語(かた)り、却(かえ)って素(しょうじん)を食(くら)うと説(と)けり。かの婦人(ふじん)は就(すなわ)ち一箇の素(しょうじん)のを将(も)って劈(さ)き開(ひら)きて師父(しふ)に逓(わた)し、師父(しふ)は一箇の囫圇(まるごと)なる荤(にく)のを将(も)ってかの婦人(ふじん)に逓(わた)せり。婦人(ふじん)言う、『怎(どう)して劈(さ)き破(やぶ)らざるか』と。師父(しふ)言う、『出家人(しゅっけにん)は敢(あ)えて荤(くん)を破(やぶ)らず』と。かの婦人(ふじん)言う、『既(すで)に荤(くん)を破(やぶ)らずんば、前日(ぜんじつ)どうして子母河(しぼが)の辺(ほとり)に在って水(みず)を飲(の)むこと高(たか)く、今日(こんにち)又(また)好(よ)く豆沙(あずき)の餡(あん)を食(くら)うか』と。師父(しふ)は彼(かれ)が意(こころ)を解(げ)せず、彼(かれ)に两句(ふたこと)を答(こた)えて言う、『水高(みずたか)ければ船(ふね)去(さ)ること急(きゅう)なり、沙(すな)陷(おちい)れば馬(うま)行(ゆ)くこと遅(おそ)し』と。我(われ)格子(こうし)の上(うえ)に在って聴(き)き得(え)て、恐(おそ)らくは師父(しふ)の性(しょう)を乱(みだ)さんことを、便(すなわ)ち就(すなわ)ち原身(げんしん=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)し、棒(ぼう)を掣(ひ)いて就(すなわ)ち打(う)てり。彼(かれ)もまた神通(じんつう)を使(つか)い、煙霧(えんむ)を噴(ふ)き出(いだ)し、御弟(ぎょてい)を收(おさ)めよと叫(さけ)び、就(すなわ)ち鋼叉(こうさ)を輪(めぐ)らし、老孫(ろうそん)と洞(どう)を打(う)ち出(い)で来(きた)れるなり」。沙僧(しゃそう)は説(と)くを聞(き)き、指(ゆび)を咬(か)んで言う、「この潑賤(はっせん=愚かなる賎(いや)しき女(おんな))もまた何処(いずこ)よりか就(すなわ)ち我等(われら)に随(したが)うて来(きた)れるかを知(し)らず、上項(じょうこう=前項(ぜんこう))の事(こと)を把(と)って皆(みな)知(し)りおるなり!」 八戒(はっかい)言う、「この等(ごと)く説(と)かば、便(すなわ)ち我等(われら)は安歇(あんけつ=休(やす)み)すること成(な)らずや。甚(なん)の黄昏(たそがれ)半夜(よなか)なるを管(かま)わず、且(しばら)く彼(かれ)が門(もん)の上(うえ)に往(ゆ)きて戦(たたかい)を索(もと)め、嚷嚷闹闹(じょうじょうどうどう=喚(わめ)き騒(さわ))ぎ、彼(かれ)を撹(かきみだ)して一箇の睡(ねむ)らざらしめ、彼(かれ)をして我が師父(しふ)を捉弄(とらわれあそ)ばしむること莫(な)からしめよ」。行者言う、「頭痛(ずつう)して、往(ゆ)くを得(え)ず!」 沙僧(しゃそう)言う、「戦(たたかい)を索(もと)むるに及(およ)ばず。一(ひとつ)には師兄(しけい)頭痛(ずつう)し、二(ふたつ)には我(わ)が師父(しふ)は是れ一箇の真僧(しんそう)にして、決(けっ)して色空(しきくう)を以(も)って性(しょう)を乱(みだ)さず、且(しばら)く就(すなわ)ち山坡(さんぱ=坂(さか)の下(した))の、風(かぜ)を閉(と)ずる処(ところ)に在って、この一夜(いちや)を坐(ざ)し、精神(せいしん)を養(やしな)い、天(てん)の明(あ)くるを待(ま)ちて再(ふたた)び理会(りかい=沙汰(さた))を為(な)さん」。遂(つい)に此(ここ)に三箇(みっつ)の弟兄(ていけい)は、白馬(はくば)を拴(つな)ぎ牢(かた)くし、行嚢(こうのう)を守護(しゅご)し、就(すなわ)ち坡(さか)の下(した)に在って安歇(やす)むは題(だい)せず。
さてかの女怪(じょかい)は凶悪(きょうあく)の心(こころ)を放(お)き下(おろ)し、歓愉(かんゆ=喜(よろこ)び)の色(いろ)を重(かさ)ねて整(ととの)え、叫(さけ)んで言う、「小(こ)の者(もの)たち、前後(ぜんご)の門(もん)を把(と)って皆(みな)緊(きつ)く関(とざ)せよ」。又(また)二箇(ふたり)をして更(こう=夜警(やけい))を支(ささ)えしめ、行者を防守(ぼうしゅ=警戒(けいかい))し、但(た)だ門(もん)の響(ひび)くを聴(き)かば、即時(そくじ)に通報(つうほう)せしむ。却(かえ)って又(また)教(おし)える、「女童(じょどう)、臥房(がぼう=寝室(しんしつ))を将(も)って收拾(しゅうしゅう)し斉整(せいせい)にし、燭(しょく=蝋燭(ろうそく))を掌(とも)し香(こう)を焚(た)き、唐御弟(とうぎょてい)を請(しょう)じ来(きた)れ、我(われ)彼(かれ)と交歓(こうかん=睦(むつ)み合(あ))わん」と。遂(つい)に長老(ちょうろう)を後辺(うしろ)より把(と)りて攙(たす)け出(いだ)す。かの女怪(じょかい)は十分(じゅうぶん)の嬌媚(きょうび=艶(なまめ)かしさ)の態(たい)を弄(ろう)し出(いだ)し、唐僧(とうそう)を携(たずさ)え定(さだ)めて言う、「常言(じょうげん)に『黄金(おうごん)は未(いま)だ貴(とうと)しと為(な)さず、安楽(あんらく)は値(あたい)多(おお)し』と。且(しばら)く汝(なんじ)と一時の夫妻児(ふさいじ=夫婦(ふうふ))を做(な)し、耍子(あそび)に去(ゆ)かん」。この長老(ちょうろう)は牙関(がかん=歯(は)の関(かん))を咬(か)み定(さだ)め、声(こえ)もまた透(とお)さず。往(ゆ)かざらんと欲(ほっ)すれども、恐(おそ)らくは彼(かれ)の心(こころ)を生(しょう)じて命(いのち)を害(そこな)わんことを、只(た)だ戦兢兢(おののく)を得(う)るのみ、彼(かれ)に跟(したが)いて歩(あゆみ)を香房(こうぼう=香(かお)る部屋(へや))に入(い)るも、却(かえ)って痴(おろか)なるが如(ごと)く唖(おうし)の如(ごと)く、何処(いずこ)にか頭(こうべ)を挙(あ)げ目(め)を挙(あ)げん、更(さら)に曾(かつ)て彼(かれ)が房裡(うち)の是れ甚(なん)の床鋪(しょうほ=寝台(しんだい))幔帳(まんちょう=帳(とばり))なるかを看(み)ず、また甚(なん)の箱籠(そうろう=長持(ながもち))梳粧(しょしょう=化粧台(けしょうだい))有るかを知(し)らず、かの女怪(じょかい)の説(と)き出(いだ)す所(ところ)の雨意雲情(ういうんじょう=情交(じょうこう)の情(じょう))も、また漠然(ばくぜん)として聴(き)く所(ところ)無(な)し。好(よ)き和尚(おしょう)、真(まこと)に是れ那(か)の──
目(め)悪色(あくしょく=悪(あ)しき色(いろ))を視(み)ず、
耳(みみ)淫声(いんせい=淫(みだ)らな声(こえ))を聴(き)かず。
彼(かれ)はこの錦繍(きんしゅう)の嬌容(きょうよう)を把(と)りて糞土(ふんど)の如(ごと)くし、
金珠(きんじゅ)の美貌(びぼう)を灰塵(かいじん=埃(ほこり))と若(な)す。
一生(いっしょう)只(た)だ参禅(さんぜん)を愛(あい)し、
半歩(はんぽ)も仏地(ぶっち)を離(はな)れず。
何処(いずこ)にか玉(ぎょく)を惜(お)しみ香(かおり)を怜(あわ)れむことを会(え)せん、
只(た)だ修真(しゅうしん)養性(ようしょう)を暁(さと)るのみ。
かの女怪(じょかい)は、活潑潑(かっぱつかっぱつ=生(い)き生(い)き)として、春意(しゅんい)辺(へん)無(な)く;
この長老(ちょうろう)は、死丁丁(していてい=死(し)んだ如(ごと)く)として、禅機(ぜんき)在(あ)る有(あ)り。
一箇(ひとり)は軟玉温香(なんぎょくおんこう=柔(やわ)らかき玉(たま)と温(あたた)かき香(かおり))に似(に)、
一箇は死灰槁木(しかいこうぼく=冷(つめ)たい灰(はい)と枯(か)れ木(き))の如(ごと)し。
かの一箇(ひとり)は、鴛衾(えんきん=鴛鴦(えんおう)の夜着(よぎ))を展(の)べて、淫興(いんきょう=淫(みだ)らな興(きょう))濃濃(のうのう);
この一箇は、褊衫(へんさん=僧衣(そうい))を束(つか)ねて、丹心(たんしん=赤(あか)き心(こころ))耿耿(こうこう)たり。
かの者(もの)は胸(むね)を貼(は)り股(もも)を交(まじ)えて鸞鳳(らんぽう=鸞(らん)と鳳凰(ほうおう))を和(わ)せんと要(よう)し、
この者は壁(かべ)に画(えが)きて山(やま)に帰(かえ)り達摩(だるま)を訪(たず)ねんと欲(ほっ)す。
女怪(じょかい)は衣(い)を解(と)きて、彼(かれ)が肌香膚膩(きこうふじ=肌(はだ)の香(かおり)と膩(あぶら)け)を売弄(ろうろう=見(み)せびらか)し;
唐僧(とうそう)は衽(えり)を斂(おさ)めて、緊(きつ)と糙肉粗皮(そうにくそひ=粗(あら)き肉(にく)と皮(かわ))を藏(ぞう)す。
女怪(じょかい)言う、「我(われ)は枕(まくら)剰(あま)り衾(よぎ)閑(ひま)なり、どうして睡(ねむ)らざるか」。
唐僧(とうそう)言う、「我(われ)は頭(こうべ)光(つるつる)にして服(ふく)異(こと)なれば、怎(いか)でか相(あい)陪(ともな)わん!」
かの者(もの)言う、「我(われ)願(ねが)わくは前朝(ぜんちょう)の柳翠翠(りゅうすいすい)と作(な)らん」。
この者言う、「貧僧(ひんそう)は是れ月闍黎(げつしゃり)に非(あら)ず」。
女怪(じょかい)言う、「我(われ)は美(うつく)しきこと西施(せいし)に若(し)くまた嫋娜(じょうだ=しなやか)なり」。
唐僧(とうそう)言う、「我(わ)が越王(えつおう)は此(こ)れに因(よ)りて久(ひさ)しく尸(しかばね)を埋(うず)めり」。
女怪(じょかい)言う、「御弟(ぎょてい)、汝(なんじ)記(おぼ)えるか『寧(むし)ろ花(はな)の下(した)に死(し)するを教(おし)え、鬼(おに)と做(な)るもまた風流(ふうりゅう)』と」。
唐僧(とうそう)言う、「我(わ)が真陽(しんよう=真(しん)の陽気(ようき))は至宝(しほう)為(た)り、怎(いか)でか軽(かる)く汝(なんじ)がこの粉骷髏(ふんころう=白粉(おしろい)の骸骨(がいこつ))に与(あた)えん」。
彼(かれ)の二箇(ふたり)は散言砕語(さんげんさいご=取(と)り留(と)め無(な)き言葉(ことば))にて、直(ただ)ちに更深(こうしん=夜更(よふ)け)に斗(たたか)い到(いた)るも、唐長老(とうちょうろう)は全(まった)く念(ねん)を動(うご)かさず。かの女怪(じょかい)は扯(ひ)き扯(ひ)き拉(ひ)き拉(ひ)きて放(はな)たざれども、この師父(しふ)は只(た)だ是れ老老成成(ろうろうせいせい=至極(しごく)真面目(まじめ))として肯(うべな)わず。直(ただ)ちに纏(から)み到(いた)ること半夜(よなか)の時候(じこう=頃(ころ))有(あ)りて、かの怪(かい)を把(と)りて悩(いから)しむるに至(いた)り、叫(さけ)ぶ、「小(こ)の者(もの)たち、縄(なわ)を拿(と)り来(こ)よ!」 憐(あわ)れむ可(べ)し一箇の心愛(しんあい=愛(あい)し)の人児(ひと)を、一條(ひとすじ)の縄(なわ)もて、捆(くく)りて一箇の猱獅(どうし=猿(さる)の獅子(しし))の形(かたち)に象(に)せしめ、又(また)拖(ひ)きて房廊(ぼうろう=部屋(へや)と廊下(ろうか))の下(した)に往(ゆ)かしめ、却(かえ)って銀灯(ぎんとう=銀(ぎん)の灯(あかり))を吹(ふ)き滅(け)し、各(おのおの)寝処(しんしょ=寝床(ねどこ))に帰(かえ)る。
一夜(いちや)詞(ことば)無(な)く、覚(おぼ)えずして鶏声(けいせい=鶏(にわとり)の声(こえ))三唱(さんしょう=三度(さんど)の時報(じほう))。かの山坡(さんぱ)の下(した)に在って孫大聖(そんたいせい)は身(み)を欠(か)いて言う、「我(われ)がこの頭(こうべ)は痛(いた)むこと一會(ひとしきり)にして、如今(いま)に到(いた)りてはまた疼(いた)まず麻(しび)れず、只(た)だ是れ些(いささ)か痒(かゆ)きを作(な)す有(あ)るのみ」。八戒(はっかい)笑って言う、「痒(かゆ)かば便(すなわ)ちまた彼(かれ)をして扎(さ)すこと一下(ひとさ)しを教(おし)えんには、何如(いかん)」。行者は一口(ひとくち)啐(つばき)して言う、「放(ほう)! 放! 放!」
八戒(はっかい)又(また)笑って言う、「放! 放! 放! 我が師父(しふ)はこの一夜(いちや)倒(かえ)って浪浪浪(ろうろうろう=浮(う)かれ気味(ぎみ))なり!」 沙僧(しゃそう)言う、「且(しばら)く口(くち)を斗(たたか)わすこと莫(な)かれ、天(てん)亮(あか)るなれば、快(はや)く早(はや)きに赶(お)いつきて妖怪(ようかい)を捉(とら)えに往(ゆ)かん」。行者言う、「兄弟(きょうだい)、汝(なんじ)は只管(ひたすら)此処(ここ)に在って馬(うま)を守(まも)れ、身(み)を動(うご)かすことを得(う)る莫(な)かれ。猪八戒(ちょはっかい)は我(われ)に跟(したが)いて往(ゆ)け」。かの呆子(ほうし)は精神(せいしん)を抖擻(しゅんそう=奮(ふる)い起(おこ))し、一領(ひとそろい)の皂錦直裰(そうきんじきとく=黒(くろ)き錦(にしき)の直裰(じきとく))を束(つか)ね一束(ひとつか)ねし、行者に相随(あいしたが)い、各(おのおの)兵器(へいき)を帯(たい)し、山崖(さんがい=山(やま)の崖(がけ))に跳(と)び上(あが)り、径(ただ)ちに石屏(せきへい)の下(した)に至(いた)る。行者言う、「汝(なんじ)且(しばら)く立(た)ち住(とど)まれ、只(た)だ怕(おそ)らくはこの怪物(かいぶつ)の夜(よる)の裡(うち)に師父(しふ)を傷(そこな)いしならん、先(ま)ず我(われ)の進(すす)み入(い)りて探(さぐ)り探(さぐ)りするを等(ま)て。倘若(も)し彼(かれ)に哄(たぶら)かされて、元陽(げんよう)を喪(うしな)い、真(まこと)に德行(とくぎょう)を虧(そこな)わば、却(かえ)って就(すなわ)ち大衆(たいしゅう)散火(さんか=解散(かいさん));若(も)し性情(せいじょう)を乱(みだ)さず、禅心(ぜんしん)未(いま)だ動(うご)かざれば、却(かえ)って好(よ)く力(ちから)を努(つと)めて相持(あいたもち)し、精怪(せいかい)を打(う)ち殺(ころ)し、師(し)を救(すく)いて西(にし)に去(さ)らん」。八戒(はっかい)言う、「汝(なんじ)好(よ)く痴瘂(ちあ=唖(おうし)の如(ごと)き)なるかな! 常言(じょうげん)に『乾魚(かんうお=干(ほ)し魚(うお))好(よ)く猫児(ねこ)と枕頭(まくら)を作(な)す可(べ)きか』と道(い)う、就(すなわ)ち此(か)くの如(ごと)くならずとも、就(すなわ)ち此(か)くの如(ごと)くならずとも、また汝(なんじ)を抓(つか)むこと兒把(ひとつかみ)は要(よう)するなり!」 行者言う、「胡疑(こぎ=でたらめな疑(うたが)い)乱説(らんせつ)すること莫(な)かれ、我(われ)の往(ゆ)きて看(み)るを待(ま)て」。
好(よ)き大聖、石屏(せきへい)を転(ま)がり、八戒(はっかい)に別(わか)れ、身(み)を揺(ゆ)るがして還(また)一箇の蜜蜂児(みつばち)に変(へん)じ、門裡(もんり)に飛(と)び入(い)れば、かの門裡(うち)に二箇(ふたり)の丫鬟(じじょ)の、頭(こうべ)を梆鈴(ほうれい=拍子木(ひょうしぎ)と鈴(すず))に枕(まくら)し、正(まさ)に然(しか)と睡(ねむ)りおるを見(み)る。却(かえ)って花亭子(はなのてい)に到(いた)りて観看(かんかん)すれば、かの妖精(ようせい)は元来(もと)半夜(よなか)まで弄(ろう)して、皆(みな)辛苦(しんく=疲(つか)れ)れ、一箇一箇(ひとりひとり)皆(みな)天(てん)の暁(あ)くるを知(し)らず、還(また)睡(ねむ)りおるなり。行者は後面(こうめん=裏(うら))に飛(と)び来(きた)り、隐隐(いんいん=かすか)に只(た)だ唐僧(とうそう)の声(こえ)の喚(うめ)くを聴(き)き得(え)、ふと頭(こうべ)を挙(あ)げ、かの步廊(ほろう=歩(ある)きの廊下(ろうか))の下(した)に、師父(しふ)が手足(てあし)を一(ひと)まとめに縛(しば)られて捆(くく)られ在(あ)るを見(み)る。行者は軽軽(そっと)と唐僧(とうそう)の頭(こうべ)の上(うえ)に钉(とま)り、叫(よ)んで言う、「師父(しふ)」。唐僧(とうそう)は声音(こえ)を認(みと)めて、言う、「悟空(ごくう)の来(きた)れるか。我(われ)が命(いのち)を救(すく)え!」 行者言う、「夜来(ゆうべ)の好事(こうじ=良(よ)き事(こと))は如何(いかん)」。三蔵(さんぞう)は歯(は)を咬(か)んで言う、「我(われ)は寧(むし)ろ死(し)するともまた肯(あ)えて此(か)くの如(ごと)くはせじ!」 行者言う、「昨日(きのう)我(われ)は彼(かれ)に相怜(あいあわ)れみ相愛(あいあい)するの意(こころ)有るを見(み)たるに、却(かえ)ってどうして今日(こんにち)汝(なんじ)をこの般(ごと)く挫折(ざせつ=虐(しいた)げ)せるか」。三蔵(さんぞう)言う、
「彼(かれ)は我(われ)を把(と)りて纏(から)むこと半夜(よなか)、我(われ)は衣(い)も解(と)かず帯(おび)も解(と)かず、身(み)未(いま)だ床(とこ)に沾(ふ)れず。彼(かれ)は我(われ)の肯(うべな)いて従(したが)わざるを見(み)て、纔(ようや)く我(われ)を此処(ここ)に捆(くく)れるなり。汝(なんじ)千万(くれぐれ)も我(われ)を救(すく)いて経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめよ!」 彼(かれ)が師徒(しと)たちは正(まさ)に然(しか)と問答(もんどう)しおるに、早(はや)くもかの妖精(ようせい)を驚(おどろ)かし醒(さ)ます。妖精(ようせい)は是(こ)れ下狠(かこん=酷(ひど)きこと)なれども、却(かえ)って還(また)流連(るれん=未練(みれん))不舍(しゃ=捨(す)て難(がた)き)の意(こころ)有り、一覚(ひとねむり)して身(み)を翻(ひるがえ)し、只(た)だ「経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かん」の一句(いっく)を聴(き)き得(え)て、彼(かれ)は就(すなわ)ち床(とこ)を滚(ころ)げ下(お)り来(きた)り、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(さけ)んで言う、「好(よ)き夫妻(ふうふ)を做(な)さずして、却(かえ)って甚(なん)の経(きょう)をか取(と)りに往(ゆ)かんとするか!」 行者は慌(あわ)て、師父(しふ)を撇(す)て、急(いそ)ぎ翅(はね)を展(の)べ、飛(と)び将(も)って出(い)で、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、「八戒(はっかい)」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。かの呆子(ほうし)は石屏(せきへい)を転(ま)がり過(よ)ぎて言う、「あの話児(はなじ=例(れい)の事(こと))は成(な)れるか」。行者笑って言う、「不曾(いまだ)! 不曾! 老師父(ろうしふ)は彼(かれ)に摩弄(まろう=手籠(てご)め)にせられしも従(したが)わず、悩(いか)りて、あそこに捆(くく)り在(あ)り、正(まさ)に我(われ)と前情(ぜんじょう=先(さき)の事(こと))を訴(うった)えおるに、かの怪(かい)驚(おどろ)き醒(さ)め、我(われ)慌(あわ)てて出(い)で来(きた)れるなり」。八戒(はっかい)言う、「師父(しふ)は曾(かつ)て甚(なに)か説(と)きしや」。行者言う、「彼(かれ)は只(た)だ『衣(い)も解(と)かず帯(おび)も解(と)かず、身(み)未(いま)だ床(とこ)に沾(ふ)れず』と説(と)けるのみ」。八戒(はっかい)笑って言う、「好(よ)し! 好し! 好し! 還(また)是れ一箇の真(しん)の和尚(おしょう)なり! 我等(われら)彼(かれ)を救(すく)いに往(ゆ)かん!」
呆子(ほうし)は粗魯(そろ=乱暴(らんぼう))にして、分説(ぶんせつ=弁明(べんめい))を容(い)れず、釘鈀(ていは)を挙(あ)げ、かの石頭門(せきとうもん=石(いし)の門(もん))を望(めが)けて力(ちから)を尽(つ)くして一鈀(ひとくまで)、唿喇喇(こつらら)と筑(う)ちて幾塊(いくかた)と做(な)す。唬(おど)されたるはかの幾箇(いくつ)かの梆鈴(ほうれい)を枕(まくら)にして睡(ねむ)れる丫環(じじょ)たち、二層(にそう)の門外(もんがい)に跑(はし)り至(いた)り、「門(もん)を開(ひら)け! 前門(ぜんもん)は昨日(きのう)のあの二箇(ふたり)の丑(みにく)き男人(おとこ)に打(う)ち破(やぶ)られたり!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。かの女怪(じょかい)は正(まさ)に房門(ぼうもん)を出(い)でんとするに、只(た)だ見(み)るに四五箇(しごこ)の丫鬟(じじょ)の跑(はし)り進(すす)み入(い)りて報(しら)せて言う、「奶奶(おくがた)、昨日(きのう)のあの二箇(ふたり)の丑(みにく)き男人(おとこ)が又(また)来(きた)りて前門(ぜんもん)を把(と)り已(すで)に打(う)ち砕(くだ)けり」。かの怪(かい)は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ叫(さけ)ぶ、「小(こ)の者(もの)たち! 快(はや)く湯(ゆ)を焼(た)きて面(おもて)を洗(あら)い梳粧(しょしょう=化粧(けしょう))せよ!」 叫(さけ)ぶ、「御弟(ぎょてい)を縄(なわ)と連(つれだ)って後房(こうぼう)に抬(かつ)ぎ収(おさ)めよ、我(われ)の彼(かれ)を打(う)ちに往(ゆ)くを等(ま)て!」 好(よ)き妖精(ようせい)、走(はし)り出(い)で来(きた)り、三股叉(みつまた)を挙(あ)げて罵(ののし)って言う、「潑猴(はっこう=愚かなる猿)! 野彘(やてい=野(の)の猪(いのこ))! 老大(ろうだい=大(おお)い)に無知(むち)なり! 汝(なんじ)どうして敢(あ)えて我が門(もん)を打(う)ち破(やぶ)るか!」 八戒(はっかい)は罵(ののし)って言う、「濫淫賤貨(らんいんせんか=淫(みだ)らなる賎(いや)しき女(おんな))! 汝(なんじ)は倒(かえ)って我が師父(しふ)を困陷(こんかん=閉(と)じ込(こ))め、返(かえ)って敢(あ)えて硬嘴(こうし=強(つよ)き口(くち))を為(な)すか! 我が師父(しふ)は是れ汝(なんじ)が哄(たぶら)かし将(も)って来(きた)りて老公(ろうこう=夫(つま))と做(な)す者(もの)なるに、快(はや)く快く送(おく)り出(いだ)して汝(なんじ)を饶(ゆる)さん! 敢(あ)えて再(また)不(ふ)の字(じ)の半箇(なかば)を説(と)かば、老猪(ろうちょ=この猪(いのこ))の一頓(ひとくらい)の鈀(くまで)もて、山(やま)を連(つれだ)って也(また)汝(なんじ)のを筑(う)ち倒(たお)さん!」 かの妖精(ようせい)は那(なん)ぞ分説(べんめい)を容(い)れん、身躯(しんく=体(からだ))を抖擻(しゅんそう)し、前(さき)に依(よ)って法(ほう)を弄(ろう)し、鼻口(びこう=鼻(はな)と口(くち))の内(うち)より煙(けむり)を噴(ふ)き火(ひ)を冒(おか)し、鋼叉(こうさ)を挙(あ)げて就(すなわ)ち八戒(はっかい)を刺(さ)す。八戒(はっかい)は身(み)を側(そば)めて避(かわ)し過(よ)ぎ、鈀(くまで)を着(つ)けて就(すなわ)ち筑(う)ち、孫大聖(そんたいせい)は鉄棒(てつぼう)を使(つか)って力(ちから)を合(あ)わせて相(あい)帮(たす)く。かの怪(かい)は又(また)神通(じんつう)を弄(ろう)し、また是れ幾隻(いくつ)の手(て)なるかを知(し)らず、左右(さゆう)に遮(さえぎ)り攔(さえぎ)り、交鋒(こうほう=矛(ほこ)を交(まじ))えること三五(さんご)の回合(がっごう)、何(なん)の兵器(へいき)なるかを知(し)らず、八戒(はっかい)の嘴唇(しっぴん=唇(くちびる))の上(うえ)を把(と)りて、また扎(さ)すこと一下(いっか)なり。かの呆子(ほうし)は鈀(くまで)を拖(ひ)き、嘴(くち)を捂(おお)い、痛(いたみ)を負(お)うて生(い)きて逃(のが)る。行者もまた却(かえ)って些(いささ)か彼(かれ)を醋(くや)しがり、虚(うつろ)に一棒(いっぽう)を投(な)げ、陣(じん)に敗(やぶ)れて走(はし)る。かの妖精(ようせい)は勝(か)ちを得(え)て回(かえ)り、小(こ)の者(もの)たちをして石塊(せっかい)を搬(はこ)んで前門(ぜんもん)を塁迭(るいじょう=積(つ)み重(かさ)ね)せしむるは題(だい)せず。
さてかの沙和尚(しゃおしょう)は正(まさ)に坡前(さかまえ=坂(さか)の前(まえ))に在って馬(うま)を放(はな)ちおるに、只(た)だ聴(き)くにあそこに猪(いのこ)の哼(うな)る有り、ふと頭(こうべ)を挙(あ)げ、八戒(はっかい)の嘴(くち)を捂(おお)い、哼(うな)り将(も)って来(きた)るを見(み)る。沙僧(しゃそう)言う、「怎(いか)に説(と)くか」。呆子(ほうし)は哼(うな)って言う、「了不得(たいへん)! 了不得! 疼(いた)い疼い疼い!」 説(と)き了(おわ)らぬに、行者也(また)跟前(こんぜん)に到(いた)りて笑って言う、「好(よ)き呆子(ほうし)かな!
昨日(きのう)は我(われ)を咒(のろ)いて是れ脳門癰(のうもんよう)と為(な)せしに、今日(こんにち)は却(かえ)ってまた弄(ろう)して一箇の腫嘴瘟(しゅしおん=腫(は)れ嘴(くち)の病(やまい))を做(な)したるか!」 八戒(はっかい)は哼(うな)って言う、
「忍(しの)び難(がた)し忍び難し! 疼(いた)きこと緊(きつ)し! 利害(てごわい)、利害!」 三人(さんにん)は正(まさ)に然(しか)と難処(なんしょ=苦(くる)しみの処(ところ))に在(あ)るに、只(た)だ見(み)るに一箇の老媽媽児(ろうばばじ=婆(ばあ)さん)の、左手(ひだりて)に一箇の青竹籃児(せいちくらんじ=青竹(あおだけ)の籠(かご))を提(さ)げ、自(みずか)ら南山(なんざん)の路(みち)の上(うえ)より菜(な)を挑(つ)んで来(きた)る有り。沙僧(しゃそう)言う、「大哥(たいか)、あの媽媽(ばあさん)の来(きた)ること近(ちか)づけり、我(われ)の彼(かれ)に一箇の信児(たより)を問(と)わしめ、これが是れ甚(なん)の妖精(ようせい)にて、是れ甚(なん)の兵器(へいき)なるか、この般(ごと)く人(ひと)を傷(そこな)うかを看(み)んを等(ま)てよ」。行者言う、「汝(なんじ)且(しばら)く住(とど)まれ、老孫(ろうそん)の彼(かれ)に問(と)いに往(ゆ)くを等(ま)て」。行者は急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて看(み)るに、只(た)だ見(み)るに頭直上(ずちょくじょう=頭(あたま)の真(ま)上(うえ))に祥雲(しょうこう)の頂(いただき)を蓋(おお)う有り、左右(さゆう)に香霧(こうむ)の身(み)を籠(こ)む有(あ)り。行者は認(みと)め得(え)て、即(すなわ)ち叫(さけ)ぶ、「兄弟(きょうだい)たち、還(また)来(きた)りて頭(こうべ)を叩(たた)かざるか! あの媽媽(ばあさん)は是れ菩薩(ぼさつ)の来(きた)り給(たま)えるなり」。慌(あわ)てたるは猪八戒(ちょはっかい)、痛(いたみ)を忍(しの)んで下拝(げはい)し、沙和尚(しゃおしょう)は馬(うま)を牽(ひ)いて身(み)を躬(くぐ)め、孫大聖(そんたいせい)は合掌(がっしょう)して跪(ひざまず)き、「南無大慈大悲救苦救難霊感観世音菩薩(なむだいじだいひくくきゅうなんれいかんかんぜおんぼさつ)」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。かの菩薩(ぼさつ)は彼等(かれら)の元光(げんこう=本(ほん)の光(ひかり))を認(みと)め得(えた)るを見(み)て、即(すなわ)ち祥雲(しょうこう)を踏(ふ)み、半空(はんくう)に起(た)ち、真象(しんぞう=真(しん)の姿(すがた))を現(あらわ)せば、元来(もと)是れ魚籃(ぎょらん=魚(うお)の籠(かご))の象(かたち)なり。行者は空(くう)の中(うち)に赶(お)い到(いた)り、拝(はい)して告(もう)して言う、「菩薩(ぼさつ)、弟子(でし)の失迎(しつげい=出迎(でむか)えを失(しっ))せる罪(つみ)を恕(ゆる)し給(たま)え! 我等(われら)は力(ちから)を尽(つ)くして師(し)を救(すく)わんとし、菩薩(ぼさつ)の降(くだ)り給(たま)えるを知(し)らざりき、今(いま)魔難(まなん)に遇(あ)いて収(おさ)め難(がた)し、万(まん)が一(ひとつ)にも菩薩(ぼさつ)の搭救(たっきゅう=救(すく)い)搭救を望(のぞ)む!」
菩薩(ぼさつ)言う、「この妖精(ようせい)は十分(じゅうぶん)に利害(りがい=手強(てごわ)し)、彼(かれ)があの三股叉(みつまた)は是れ生成(せいせい=生(う)まれつき)の二隻(ふたつ)の鉗脚(けんきゃく=鋏(はさみ)の脚(あし))なり。人(ひと)を扎(さ)して痛(いた)ましむるは、是れ尾(お)の上(うえ)の一箇の鉤子(こうし=鉤(かぎ))にして、喚(よ)んで倒馬毒(とうばどく)と做(な)す。本身(ほんしん)は是れ一箇の蝎子精(かつしせい=蠍(さそり)の精)なり。彼(かれ)は前者(さきだって)雷音寺(らいおんじ)に在って仏(ほとけ)の経(きょう)を談(だん)ずるを聴(き)きしに、如来(にょらい)見(み)て、合(あた)らず手(て)を用(もち)いて彼(かれ)を推(お)すこと一把(ひとつかみ)ありしかば、彼(かれ)は就(すなわ)ち鉤子(かぎ)を転(てん)じて、如来(にょらい)の左手(ひだりて)の中拇指(ちゅうぼし=中指(なかゆび))の上(うえ)を把(と)りて扎(さ)すこと一下(いっか)なれば、如来(にょらい)もまた疼(いた)みて禁(とど)め難(がた)く、即(すなわ)ち金剛(こんごう)をして彼(かれ)を拿(と)らしめしに、彼(かれ)は却(かえ)って此処(ここ)に在(あ)るなり。若(も)し唐僧(とうそう)を救(すく)い得(う)らんとせば、除(じょ=~の他(ほか))は是れ別(べつ)に一位(いちい)に告(もう)すならんに好(よ)し、我(われ)もまた彼(かれ)に近(ちか)づくことを得(え)ず」。行者は再拝(さいはい)して言う、「望(のぞ)むらくは菩薩(ぼさつ)の指示(しじ)指示し、別(べつ)に何(いず)れの位(くらい)に告(もう)して往(ゆ)かば好(よ)きかを、弟子(でし)即(すなわ)ち往(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)ぜん」。菩薩(ぼさつ)言う、「汝(なんじ)往(ゆ)きて東天門(とうてんもん)の裡(うち)の光明宮(こうみょうきゅう)に昴日星官(ぼうじつせいかん)に告求(こっきゅう)せよ、方(まさ)に能(よ)く降伏(こうぶく)せん」。言(ことば)罷(おわ)り、遂(つい)に化(か)して一道(ひとすじ)の金光(きんこう)と為(な)り、径(ただ)ちに南海(なんかい)に回(かえ)る。
孫大聖(そんたいせい)は纔(ようや)く雲頭(うんとう)を按(おさ)え、八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)に対(むか)って言う、「兄弟(きょうだい)心(こころ)を放(はな)て、師父(しふ)に救星(きゅうせい=救(すく)いの星(ほし))有(あ)り」。沙僧(しゃそう)言う、「是れ何処(いずこ)の救星(きゅうせい)なるか」。行者言う、「纔(さっき)然(しか)と菩薩(ぼさつ)の指示(しじ)有り、我(われ)をして昴日星官(ぼうじつせいかん)に告(もう)し請(しょう)ぜしむ、老孫(ろうそん)往(ゆ)き来(きた)らん」。八戒(はっかい)は嘴(くち)を捂(おお)い哼(うな)って言う、「哥(あにい)よ! 就(すなわ)ち星官(せいかん)に問(と)うて些(いささ)かの止疼(しとう=痛(いた)み止(ど)め)の薬餌(やくじ=薬(くすり))を討(もと)め来(きた)れ!」 行者笑って言う、「薬(くすり)を用(もち)いるを須(もち)いず、只(た)だ昨日(きのう)の疼(いた)み過(す)ぎし夜(よる)の如(ごと)くにすれば便(すなわ)ち好(よ)くならん」。沙僧(しゃそう)言う、「煩(わずらわ)しく叙(の)べるに及(およ)ばず、快(はや)く早(はや)く去(ゆ)け」。好(よ)き行者、急(いそ)ぎ忙(いそ)ぎ筋斗雲(きんとうん)に駕(が)し、須臾(しばらく)にして東天門(とうてんもん)の外(そと)に到(いた)る。ふと増長天王(ぞうちょうてんのう)の面(おもて)に向(むか)って礼(れい)を作(な)して言うを見る、「大聖(たいせい)、何処(いずこ)へか往(ゆ)かれる」。
行者言う、「唐僧(とうそう)を保(まも)りて西方(せいほう)に経(きょう)を取(と)らんとするに因(よ)り、路(みち)に魔障(ましょう=魔(ま)の妨(さまた)げ)の身(み)に纏(まと)うに遇(あ)い、光明宮(こうみょうきゅう)に到(いた)りて昴日星官(ぼうじつせいかん)に見(まみ)えて走走(ちょっと参(まい))らんとす」。ふと又(また)陶(とう)・張(ちょう)・辛(しん)・鄧(とう)の四大元帥(しだいげんすい)の、また何処(いずこ)へか往(ゆ)くを問(と)うを見(み)るに、行者言う、
「昴日星官(ぼうじつせいかん)を尋(たず)ねて妖(よう)を降(くだ)し師(し)を救(すく)わんとす」。四元帥(しげんすい)言う、「星官(せいかん)は今朝(けさ)玉帝(ぎょくてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じて、観星台(かんせいだい)に上(のぼ)りて巡札(じゅんさつ=巡回(じゅんかい))しに往(ゆ)かれたり」。行者言う、「この話(はなし)の有(あ)る可(べ)きか」。辛天君(しんてんくん)言う、「小将(しょうしょう)等(ら)は彼(かれ)と同(とも)に斗牛宮(とぎゅうきゅう)を下(お)りたり、豈(あに)敢(あ)えて假(いつわ)りを説(と)かんや」。陶天君(とうてんくん)言う、「今(いま)已(すで)に許久(だいぶ)なれば、或(ある)いは将(まさ)に回(かえ)らんとす。大聖(たいせい)は還(また)先(ま)ず光明宮(こうみょうきゅう)に往(ゆ)け、如(も)しまだ回(かえ)らずんば、再(ふたた)び観星台(かんせいだい)に往(ゆ)くも可(べ)し」。大聖(たいせい)は遂(つい)に喜(よろこ)び、即(すなわ)ち彼等(かれら)に別(わか)れ、光明宮(こうみょうきゅう)の門首(もんしゅ)に至(いた)れば、果(はた)して是れ人(ひと)無(な)く、復(また)身(み)を抽(ひ)きて就(すなわ)ち走(はし)るに、只(た)だ見(み)るにかの壁廂(かたがわ)に一行(ひとむれ)の兵士(へいし)の擺列(ならびつら)なる有って、後面(うしろ)より星官(せいかん)の来(きた)る。かの星官(せいかん)は還(また)穿(き)たるは是れ駕(が)を拝(はい)する朝衣(ちょうい=朝服(ちょうふく))にして、一身(いっしん)の金縷(きんる)なり。但(た)だ見(み)るに彼(かれ)を──
冠(かんむり)には五嶽(ごがく)の金光(きんこう)の彩(いろどり)を簪(かんざ)し、
笏(しゃく)には山河(さんが)の玉色(ぎょくしょく)の瓊(たま)を執(と)る。
袍(ほう)には七星(しちせい)を挂(か)けて雲(くも)靉靆(あいあい)たり、
腰(こし)には八極(はっきょく)を囲(めぐ)らして宝環(ほうかん)明(あき)らかなり。
叮当(ていとう)たる珮(はい)の響(ひびき)は韻(いん)を敲(たた)くが如(ごと)く、
迅速(じんそく)たる風(かぜ)の声(こえ)は鈴(すず)を擺(ゆす)るに似(に)たり。
翠羽扇(すいうせん)開(ひら)いて昴宿(ぼうしゅく)を来(きた)し、
天香(てんこう)飘(ひるがえ)り袭(おそ)うて門庭(もんてい)に満(み)つ。
前行(さきゆ)くの兵士(へいし)、行者の光明宮(こうみょうきゅう)の外(そと)に立(た)つを見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)じて報(しら)せて言う、「主公(しゅこう)、孫大聖(そんたいせい)が此処(ここ)に在(おわ)します」。かの星官(せいかん)は雲霧(うんむ)を斂(おさ)め朝衣(ちょうふく)を整束(せいそく)し、執事(しつじ=従者(じゅうしゃ))を停(とど)めて左右(さゆう)を分(わ)かたせ、上前(すすみで)て礼(れい)を作(な)して言う、「大聖(たいせい)、何(なん)の用(よう)あって来(きた)れるか」。行者言う、「専(もっぱ)ら来(きた)りて拝(おが)み煩(わずら)わして師父(しふ)の難(なん)を救(すく)わんとす」。星官(せいかん)言う、「何(なん)の難(なん)か。何(いず)れの地方(ちほう)に在(あ)るか」。行者言う、「西梁国(せいりょうこく)毒敵山(どくてきざん)琵琶洞(びわどう)に在(あ)り」。星官(せいかん)言う、「あの山洞(さんどう=山(やま)の洞(ほら))に甚(なん)の妖怪(ようかい)有って、却(かえ)って来(きた)りて小神(しょうしん)を呼喚(こかん=呼(よ)び出(いだ))さるるか」。行者言う、
「観音菩薩(かんのんぼさつ)適才(さっき)顕化(けんげ=姿(すがた)を現(あらわ))し給(たま)いて、是れ一箇の蝎子精(さそりのせい)なるを説(と)き、特に先生(せんせい)を挙(あ)げてこそ方(まさ)に能(よ)く治(なお)し得(う)ると、此(こ)の因(よ)って来(きた)りて請(しょう)ずるなり」。星官(せいかん)言う、「本(もと)玉帝(ぎょくてい)に回奏(かいそう)せんと欲(ほっ)するも、奈何(いかん)ともする無(な)く大聖(たいせい)の此処(ここ)に至(いた)り、又(また)菩薩(ぼさつ)の挙薦(きょせん=推挙(すいきょ))を感(かん)ずれば、恐(おそ)らくは事(こと)を遅誤(ちご=遅(おく)らせ誤(あやま))らんことを、小神(しょうしん)は敢(あ)えて茶(ちゃ)を献(けん)ずるを請(こ)わず、且(しばら)く汝(なんじ)と去(ゆ)きて妖精(ようせい)を降(くだ)し、却(かえ)って再(ふたた)び来(きた)りて旨(むね)を回(かい)さん」。大聖(たいせい)は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち同(とも)に東天門(とうてんもん)を出(い)で、直(ただ)ちに西梁国(せいりょうこく)に至(いた)る。毒敵山(どくてきざん)の遠(とお)からざるを望見(ぼうけん)すれば、行者は指(ゆびさ)して言う、「この山(やま)が便(すなわ)ち是れなり」。星官(せいかん)は雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、行者と石屏(せきへい)の前(まえ)の山坡(さんぱ)の下(した)に至(いた)る。沙僧(しゃそう)は見て言う、「二哥(にいさん)起(た)て、大哥(たいか)が星官(せいかん)を請(しょう)じ得(え)て来(きた)られたり」。かの呆子(ほうし)は還(また)嘴(くち)を捂(おお)いて言う、「罪(つみ)を恕(ゆる)せ罪を恕せ! 病(やまい)身(み)に在(あ)れば、礼(れい)を行(おこな)う能(あた)わず」。星官(せいかん)言う、「汝(なんじ)は是れ修行(しゅぎょう)の者(もの)なるに、何(なん)の病(やまい)か之(これ)有(あ)らん」。八戒(はっかい)言う、「早間(このあいだ)あの妖精(ようせい)と戦(たたか)いを交(まじ)え、彼(かれ)に我(われ)が唇(くちびる)の上(うえ)を着(つ)けて扎(さ)されて、今(いま)に至(いた)るも還(また)疼(いた)むなり」。星官(せいかん)言う、「汝(なんじ)上(うえ)へ来(こ)よ、我(われ)汝(なんじ)と医治(いじ=治療(ちりょう))医治せん」。呆子(ほうし)は纔(ようや)く手(て)を放(はな)ち、口(くち)の裡(うち)に哼哼噴噴(こうこうふんふん=うんうんすうすう)と言う、「千万(くれぐれ)も治(なお)せ! 好(よ)くならば汝(なんじ)に謝(しゃ)せん」。かの星官(せいかん)は手(て)を用(もち)いて嘴唇(くちびる)の上(うえ)を把(と)って一摸(ひとさわ)り摸(さわ)り、一口(ひとくち)の気(いき)を吹(ふ)きかくれば、就(すなわ)ち疼(いた)まず成(な)る。呆子(ほうし)は喜(よろこ)んで下拝(げはい)して言う、「妙(みょう)! 妙!」 行者笑って言う、「星官(せいかん)を煩(わずら)わして我(われ)が頭(こうべ)の上(うえ)をも摸摸(さわり)さわりし給(たま)え」。星官(せいかん)言う、「汝(なんじ)は未(いま)だ毒(どく)に遭(あ)わざるに、彼(かれ)を摸(さわ)りて何(なに)をか為(な)さん」。行者言う、「昨日(きのう)もまた曾(かつ)て遭(あ)いしが、只(た)だ夜(よる)を過(よ)ぎて、纔(ようや)く疼(いた)まずなりしも、如今(いま)また些(いささ)か麻痒(まよう=痺(しび)れと痒(かゆ)み)有り、只(た)だ恐(おそ)らくは天陰(てんいん=曇(くも)り)に発(はっ)せんことを、また治(なお)すを煩(わずら)わさん」。星官(せいかん)は真(まこと)にまた頭(こうべ)の上(うえ)を把(と)って一摸(ひとさわ)り摸り、一口(ひとくち)気(いき)を吹(ふ)きかくれば、也就(すなわ)ち余毒(よどく)を解(と)き、麻(しび)れず痒(かゆ)からず成(な)る。八戒(はっかい)は狠(こんき)を発(はっ)して言う、「哥哥(あにい)、あの潑賤(はっせん=愚かなる賎女(せんじょ))を打(う)ちに往(ゆ)かん!」 星官(せいかん)言う、「是(ぜ)なり是なり、汝(なんじ)の二箇(ふたり)は彼(かれ)を叫(さけ)び出(いだ)せ、我(われ)の好(よ)く彼(かれ)を降(くだ)さんを等(ま)てよ」。
行者と八戒(はっかい)は山坡(さんぱ)に跳(と)び上(あが)り、又(また)石屏(せきへい)の後(うしろ)に至(いた)る。呆子(ほうし)は口(くち)の裡(うち)に乱(みだ)りに罵(ののし)り、手(て)は鈎(かぎ)を撈(すく)うが如(ごと)く、一頓(ひとくらい)の釘鈀(ていは)もて、かの洞門外(どうもんがい)に塁迭(つみかさ)ねたる石塊(せっかい)を把(と)って爬(か)き開(ひら)き、一層門(いっそうもん)に闖(と)び至(いた)り、又(また)一釘鈀(ひとくまで)もて、二門(にもん)を将(も)って筑(う)ちて粉碎(ふんさい)と得(う)る。慌(あわ)てたるはかの門裡(うち)の小妖(しょうよう)、飛(と)んで報(しら)せて言う、「奶奶(おくがた)! あの二箇(ふたり)の丑(みにく)き男人(おとこ)が、又(また)二層門(にそうもん)をも把(と)りて打(う)ち破(やぶ)ったり!」 かの怪(かい)は正(まさ)に唐僧(とうそう)を解放(かいほう)し、素(しょうじん)の茶飯(さはん)を討(もと)めて彼(かれ)に食(くら)わしめんとしおるに、二門(にもん)の打(う)ち破(やぶ)られたるを聴(き)き得(え)て、即便(すなわ)ち花亭子(はなのてい)を跳(と)び出(い)で、叉(また)を輪(めぐ)らして八戒(はっかい)を刺(さ)しに来(きた)る。八戒(はっかい)は釘鈀(ていは)を使(つか)って迎(むか)え架(か)い、行者は傍(かたわら)に在って、又(また)鉄棒(てつぼう)を使(つか)って来(きた)りて打(う)つ。かの怪(かい)は身辺(しんぺん=側(そば))に赶(お)い至(いた)り、毒手(どくしゅ=毒(どく)の手(て))を下(くだ)さんとせしに、彼(かれ)の二箇(ふたり)は方法(ほうほう=やり方(やりかた))を識(し)り得(え)て、頭(こうべ)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(はし)る。かの怪(かい)は石屏(せきへい)の後(うしろ)を赶(お)い過(よ)ぐれば、行者は「昴宿(ぼうしゅく)何処(いずこ)に在(おわ)す」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。只(た)だ見(み)るにかの星官(せいかん)の山坡(さんぱ)の上(うえ)に立(た)ち、本相(ほんそう=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)せば、元来(もと)是れ一隻(いっぴき)の双冠子(そうかんし=二重(にじゅう)の鶏冠(とさか))の大公鶏(だいこうけい)にして、頭(こうべ)を昂(あ)げ起(おこ)すこと約(およ)そ六七尺(ろくしちしゃく)、妖精(ようせい)に対(むか)いて一声(ひとこえ)叫(な)けば、かの怪(かい)は即時(そくじ)に就(すなわ)ち本象(ほんぞう=元(もと)の形(かたち))を現(あらわ)し、是れ一箇の琵琶(びわ)ほどの大(おお)いさの蝎子精(さそりのせい)なり。星官(せいかん)再(ふたた)び一声(ひとこえ)叫(な)けば、かの怪(かい)は渾身(こんしん=身(み)の内(うち))酥軟(そなん=ぐにゃぐにゃ)となり、坡前(さかまえ)に死(し)す。詩(し)有って証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く──
花冠(かかん)繍頸(しゅうけい)団纓(だんえい)の若(ごと)く、
爪(つめ)硬(かた)く距(けづめ)長(なが)くして目(め)睛(ひとみ)を怒(いか)らす。
踴躍(ゆうやく)の雄威(ゆうい)五徳(ごとく)を全(まっと)うし、
崢嶸(そうこう)の壮勢(そうせい)三鳴(さんめい)に羡(うらや)まる。
豈(あに)凡鳥(ぼんちょう=凡(なみ)の鳥(とり))の茅屋(ぼうおく)に啼(な)くに如(し)かんや、
本(もと)是れ天星(てんせい)の聖名(せいめい)を顕(あらわ)す。
毒蝎(どくかつ)枉(むだ)に人道(じんどう)の行(ぎょう)を修(おさ)め、
原(げん)に還(かえ)り本(もと)に反(かえ)って真形(しんぎょう)を見(み)る。
八戒(はっかい)は上前(すすみで)て、一隻(いっぴき)の脚(あし)もてかの怪(かい)の胸背(きょうはい=胸(むね)と背(せ))を躧(ふ)み住(とど)めて言う、
「孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))! 今番(こんばん=今度(こんど))は倒馬毒(とうばどく)を使(つか)うを得(え)じ!」 かの怪(かい)は動(うご)くこともまた動(うご)かず、呆子(ほうし)に一頓(ひとくらい)の釘鈀(ていは)もて、搗(つ)きて一団(ひとたまり)の爛醤(らんしょう=ぐちゃぐちゃの味噌(みそ))と作(な)さる。かの星官(せいかん)は復(また)金光(きんこう)を聚(あつ)め、雲(くも)に駕(が)して去(さ)る。行者と八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)は天(てん)に向(むか)って拱(こまぬ)き謝(しゃ)して言う、「有累(ゆうるい=御(ご)苦労(くろう))有累! 改日(あらためてひ)に宮(きゅう)に赴(おもむ)きて拝酬(はいしゅう=拝(はい)して報(むく))いん」。三人(さんにん)は謝(しゃ)し畢(おわ)り、却(かえ)って纔(ようや)く行李(こうり)馬匹(ばひつ)を收拾(しゅうしゅう)し、皆(みな)洞裡(どうり)に進(すす)み入(い)れば、かの大小(だいしょう)の丫環(じじょ)たち、両辺(りょうへん)に跪(ひざまず)き下(お)りて拝(はい)して言う、「爺爺(やや)たち、我等(われら)は是れ妖邪(ようじゃ)に非(あら)ず、皆(みな)是れ西梁国(せいりょうこく)の女人(にょにん)にして、前者(さきだって)この妖精(ようせい)に摂(さら)われ来(きた)れる者(もの)なり。汝(なんじ)が師父(しふ)は後辺(おく)の香房(こうぼう)の裡(うち)に在って坐(ざ)して哭(な)いておられまする」。行者は言(こと)を聞(き)き、仔細(しさい)に観看(かんかん)すれば、果(はた)して妖気(ようき)の見(み)えざるなり。遂(つい)に後辺(おく)に入(い)りて叫(さけ)んで言う、「師父(しふ)!」 かの唐僧(とうそう)は衆(しゅう)の斉(ひと)しく来(きた)れるを見(み)て、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)して言う、
「賢徒(けんと)よ、汝等(なんじら)に累(るい=御(ご)苦労(くろう))を及(およぼ)せり! かの婦人(ふじん)は如何(いかん)なりしや」。八戒(はっかい)言う、「あの儞(きさま)は元(もと)是れ一箇の大(おお)きなる母(めす)の蝎子(さそり)なり。幸(さいわ)いに観音菩薩(かんのんぼさつ)の指示(しじ)を得(え)、大哥(たいか)の天宮(てんぐう)に往(ゆ)きてかの昴日星官(ぼうじつせいかん)を請(こ)い得(え)て降(くだ)り給(たま)い、あの儞(きさま)を把(と)りて収伏(しゅうふく)せられたり。纔(さっき)老猪(ろうちょ=この猪(いのこ))に筑(う)ちて一箇の泥(どろ)と做(な)されて、方(まさ)に敢(あ)えて深(ふか)く此処(ここ)に入(い)り、師父(しふ)の面(おもて)を見(み)るを得(え)たり」。唐僧(とうそう)は謝(しゃ)するに尽(つ)くる所(ところ)を知(し)らず。又(また)些(いささ)かの素米(そまい=精進(しょうじん)の米(こめ))・素面(そめん=精進(しょうじん)の麺(めん))を尋(たず)ね、飲食(いんしょく)を安排(あんばい)し、一頓(ひとくい)を食(くら)い、それらの摂(さら)われ将(も)って来(きた)られたる女子(じょし)たちを山(やま)の下(した)に赶(お)い下(おろ)し、家(いえ)に回(かえ)る路(みち)を指(ゆびさ)し与(あた)う。一把(ひとつかみ)の火(ひ)を点(つ)け、幾間(いくけん)かの房宇(ぼうう=家(いえ))を把(と)って、焼(や)き毀(こわ)して罄尽(けいじん=残(のこ)らず)し、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて馬(うま)に上(あが)らせ、大路(たいろ)を找(さが)して西(にし)に行(ゆ)く。正(まさ)に是(こ)れ──
塵縁(じんえん)を割断(さつだん)して色相(しきそう)を離(はな)れ、
金海(きんかい)を推(お)し干(ほ)して禅心(ぜんしん)を悟(さと)る。
畢竟(ひっきょう)何年(いずれのとし)の上(うえ)にか才(わずか)に真(しん)を成(な)すことを得(う)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。