詩に曰(いわ)く、
霊台(れいだい)に物(もの)無(な)きを之(こ)れ清(せい)と謂(い)い、
寂寂(せきせき)として全(まった)く一念(いちねん)の生(しょう)ずること無(な)し。
猿馬(えんば)を牢(ろう)に収(おさ)め放蕩(ほうとう)を休(や)めよ、
精神(せいしん)を謹慎(きんしん)して崢嶸(そうろう)たること莫(な)かれ。
六賊(ろくぞく)を除(のぞ)き、三乗(さんじょう)を悟(さと)れば、
万縁(ばんえん)都(すべ)て罷(や)みて自(おのず)から分明(ぶんみょう)なり。
色邪(しきじゃ)永(とこしえ)に滅(めっ)して真界(しんかい)を超(こ)え、
坐(ざ)して西方(さいほう)極楽(ごくらく)の城(しろ)を享(う)く。
さて、唐三蔵(とうさんぞう)は釘(くぎ)を咬(か)み鉄(てつ)を嚼(か)み、死(し)を以(もっ)て命(いのち)を留(とど)めて一箇(ひとつ)の壊(やぶ)れざるの身(み)を得(え)、行者の等(ら)が蝎子精(かつしせい)を打(う)ち殺(ころ)して琵琶洞(びわどう)より救(すく)い出(いだ)ししを蒙(こうむ)り感(かん)ず。一路(いちろ)詞(ことば)無(な)く、又(また)早(つと)に是(こ)れ朱明(しゅめい)の時節(じせつ)なり。但(た)だ那(か)の、
熏風(くんぷう)時(とき)に送(おく)る野蘭(やらん)の香(かおり)、
濯雨(たくう)才(いま)し方(まさ)に晴(は)れて新竹(しんちく)凉(すず)し。
艾葉(がいよう)山(やま)に満(み)ちて客(かく)の采(と)る無(な)く、
蒲花(ほか)澗(たに)に盈(み)ちて自(おのず)から芳(かんば)しさを争(あらそ)う。
海榴(かいりゅう)嬌艶(きょうえん)にして遊蜂(ゆうほう)喜(よろこ)び、
渓柳(けいりゅう)陰(かげ)濃(こまや)かにして黄雀(こうじゃく)狂(くる)う。
長路(ちょうろ)那(なん)ぞ能(よ)く角黍(かくしょ)を包(つつ)まん、
龍舟(りゅうしゅう)応(まさ)に汨羅江(べきらこう)に吊(とむら)うべし。
を覚(おぼ)ゆ。
彼(かれ)の師徒(しと)たちは端陽(たんよう)の景(けい)を賞(しょう)し、中天(ちゅうてん)の節(せつ)を虚(むな)しく度(わた)りしが、忽(たちま)ち又(また)一座(いちざ)の高山(こうざん)の路(みち)を阻(はば)むを見(み)る。長老(ちょうろう)は馬(うま)を勒(よ)りて頭(かしら)を回(めぐ)らし、叫(さけ)んで道(い)わく、「悟空(ごくう)、前(まえ)に山(やま)有(あ)り、恐(おそ)らくは又(また)妖怪(ようかい)を生(しょう)ぜん。是(こ)れ必(かなら)ず謹(つつし)み防(ふせ)げ」と。行者等(ら)道(いわ)く、「師父(しふ)御安心(ごあんしん)あれ、我等(われら)皈命(きめい)して誠(まこと)を投(とう)ずる身(み)、何(なん)の妖怪(ようかい)をか怕(おそ)れん」と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)いて甚(はなは)だ喜(よろこ)び、鞭(むち)を加(くわ)えて駿馬(しゅんめ)を催(うなが)し、轡(くつわ)を放(はな)って蛟竜(こうりゅう)を趲(はや)ましむ。須臾(しゅゆ)にして山崖(さんがい)に上(のぼ)り、頭(こうべ)を挙(あ)げて観(み)れば、真個(まこと)に是(こ)れ、頂巓(ちょうてん)の松柏(しょうはく)雲(くも)に接(せっ)して青(あお)く、石壁(せきへき)の荊榛(けいしん)野藤(やとう)を掛(か)く。万丈(ばんじょう)崔巍(さいぎ)たり、千層(せんそう)懸削(けんさく)たり。
万丈(ばんじょう)崔巍(さいぎ)として峰嶺(ほうれい)峻(たか)く、
千層(せんそう)懸削(けんさく)として壑崖(がくがい)深(ふか)し。
蒼苔(そうたい)碧蘚(へきせん)陰石(いんせき)に鋪(し)き、
古檜(こかい)高槐(こうかい)大林(だいりん)を結(むす)ぶ。
林(はやし)の深(ふか)き処(ところ)、幽禽(ゆうきん)を聴(き)けば、
巧(たくみ)なる声(こえ)の襕睆(らんかん)たるは実(げ)に吟(ぎん)ずるに堪(た)えたり。
澗内(かんない)の水流(みずながれ)は玉(たま)を瀉(そそ)ぐが如(ごと)く、
路旁(みちばた)の花(はな)の落(お)つるは金(きん)を堆(つ)むに似(に)たり。
山勢(さんせい)悪(あ)しく、行(ゆ)くに堪(た)えず、
十歩(じっぽ)全(まった)く半歩(はんぽ)の平(たいら)かなるも無し。
狐狸(こり)麋鹿(びろく)双(そう)を成(な)して遇(あ)い、
白鹿(はくろく)玄猿(げんえん)対(つい)を作(な)して迎(むか)う。
忽(たちま)ち虎嘯(こしょう)の人胆(じんたん)を驚(おどろ)かすを聞(き)き、
鶴鳴(かくめい)の耳(みみ)を振(ふる)わせて天庭(てんてい)に透(とお)る。
黄梅(こうばい)紅杏(こうきょう)供食(きょうしょく)に堪(た)えたり、
野草(やそう)閑花(かんか)名(な)を識(し)らず。
四衆(ししゅう)山(やま)に入(い)り、緩(ゆる)やかに行(ゆ)くこと良(やや)久(ひさ)しく、山頭(さんとう)を過(す)ぎ、西坡(せいは)を下(くだ)れば、乃(すなわ)ち是(こ)れ一段(いちだん)の平陽(へいよう)の地(ち)なり。猪八戒(ちょはっかい)は精神(せいしん)を売弄(ろう)し、沙和尚(さおしょう)に担子(たんす)を挑(にな)わせ、彼(かれ)は双手(もろて)に鈀(は)を挙(あ)げ、前(まえ)に進(すす)みて馬(うま)を追(お)う。那(か)の馬(うま)は更(さら)に彼(かれ)を懼(おそ)れず、那(か)の呆子(ほうし)の嗒笞笞(とうちち)と追(お)うに任(まか)せ、只(た)だ緩(ゆる)やかに行(ゆ)いて緊(はや)からず。行者道(いわ)く、「兄弟(けいてい)、汝(なんじ)彼(かれ)を追(お)うて怎(なん)とする。彼(かれ)をして緩(ゆる)やかに行(ゆ)かしめて罷(や)めよ」と。八戒道(いわ)く、「天色(てんしょく)将(まさ)に晩(く)れんとす。山(やま)に上(のぼ)りてよりこの一日(いちじつ)を行(ゆ)き、肚裡(はらのうち)餓(う)えたり。大家(みんな)些(すこ)し歩(あゆ)みを動(うご)かし、人(ひと)の家(いえ)を尋(たず)ねて些(いささ)かの斎(とき)を化(か)して喫(く)わん」と。行者言(こと)を聞(き)いて道(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)彼(かれ)をして速(はや)く行(ゆ)かしめん」と。金箍棒(きんこぼう)を幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、一声(ひとこえ)喝(かつ)すれば、那(か)の馬(うま)は韁(たづな)を溜(すべ)らせ、飛(と)ぶが如(ごと)く箭(や)に似(に)て、平路(へいろ)に順(したが)って前(まえ)へと往(ゆ)き去(さ)れり。汝(なんじ)ら馬(うま)の八戒(はっかい)を怕(おそ)れず、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)を怕(おそ)るるは何(なん)ぞや。行者は五百年前(ごひゃくねんぜん)曾(かつ)て玉帝(ぎょくてい)より大羅天(だいらてん)御馬監(ぎょばかん)に封(ほう)ぜられ馬(うま)を養(やしな)い、官名(かんみょう)弼馬温(ひつばおん)たり。故此(このゆえ)伝(つた)え留(とど)めて今(いま)に至(いた)るまで、是(こ)れ馬(うま)皆(みな)猴子(こうし)を懼(おそ)る。那(か)の長老(ちょうろう)は韁口(たづなくち)を挽(ひ)き留(とど)むる能(あた)わず、只(た)だ鞍橋(あんきょう)を扳(ひ)き緊(かた)くし、彼(かれ)をして一路(いちろ)轡頭(くつわがしら)を放(はな)たしめ、二十里(にじゅうり)ばかり向(むこ)うの開(ひら)けた田地(でんち)にして、方(ようや)く歩(あゆみ)を緩(ゆる)めて行(ゆ)けり。
正(まさ)に走(はし)る処(ところ)、忽(たちま)ち一棒(いっぽう)の鑼声(らせい)を聴(き)く。路(みち)の両辺(りょうへん)より三十余人(さんじゅうよにん)閃(ひら)めき出(い)で、一箇一箇(めいめい)槍刀棍棒(そうとうこんぼう)を持(もち)、路口(ろこう)を遮(さえぎ)りて道(い)わく、「和尚(おしょう)! 何処(いずこ)へ往(ゆ)く!」と。唬(おど)ろかされたるは箇(こ)の唐僧(とうそう)、戦兢兢(せんきょうきょう)として、坐(すわ)りも穏(おだ)やかならず、馬(うま)より跌(つまず)き下(お)り、路旁(みちばた)の草科(そうか)の裡(うち)に蹲(うずくま)り、只(た)だ叫(さけ)んで、「大王(だいおう)命(いのち)を饒(ゆる)せ! 大王(だいおう)命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と。那(か)の頭(かしら)たる二人(ふたり)の大漢(だいかん)道(いわ)く、「汝(なんじ)を打(う)たず、只(た)だ盤纏(ばってん)有(あ)らば留下(とど)めよ」と。長老(ちょうろう)方(ようや)く省(さと)り悟(さと)り、彼(かれ)の是(こ)れ一伙(いっか)の強人(ごうじん)なるを知(し)る。却(しか)りて身(み)を欠(か)がめ頭(こうべ)を挙(あ)げて観(み)れば、但(た)だ那(か)の、一箇(ひとり)は青臉(せいれん)獠牙(りょうが)にして太歳(たいさい)を欺(あざむ)き、一箇(ひとり)は暴睛(ぼうせい)圜眼(かんがん)にして喪門(そうもん)に賽(まさ)る。鬢辺(びんぺん)の紅髪(こうはつ)は飄火(ひょうか)の如(ごと)く、頷下(がんか)の黄鬚(こうしゅ)は針(はり)を插(さ)すに似(に)たり。彼(かれ)の両箇(ふたり)の頭(こうべ)には虎皮(こひ)の花磕脳(かこうのう)を戴(いただ)き、腰(こし)には貂裘(ちょうきゅう)の彩戦裙(さいせんくん)を系(し)めり。一箇(ひとり)は手中(しゅちゅう)に狼牙棒(ろうがぼう)を執(と)り、一箇(ひとり)は肩(かた)に扢撻藤(こつたつとう)を横(よこ)たえて担(にな)う。果(はた)して巴山虎(はさんこ)に亜(つ)がず、真個(まこと)に出水龍(しゅっすいりゅう)の猶(ごと)し。
三蔵(さんぞう)彼(かれ)の這般(かくのごと)き凶悪(きょうあく)を見(み)、只(た)だ起(た)ち上(あ)がりて、掌(てのひら)を合(あ)わせて胸(むね)に当(あ)てて道(い)わく、
「大王(だいおう)、貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土(とうど)の唐王(とうおう)より西天(さいてん)へ差(つか)わされし取経(しゅきょう)の者(もの)なり。長安(ちょうあん)を別(わか)れてより、年(とし)深(ふか)く日(ひ)久(ひさ)しく、些(いささ)かの盤纏(ばってん)も有(あ)れど亦(ま)た使(つか)い尽(つく)せり。出家人(しゅっけにん)は専(もっぱ)ら乞化(こつけ)を以(もっ)て由(よ)す所(ところ)と為(な)す、那(いず)くにか箇(こ)の財帛(ざいはく)を得(え)ん。
万(よろず)大王(だいおう)の方便(ほうべん)方便(ほうべん)を望(のぞ)み、貧僧(ひんそう)をして過(す)ぎ往(ゆ)かしめ給(たま)え!」
と。那(か)の二箇(ふたり)の賊(ぞく)は衆(しゅう)を率(ひき)いて前(まえ)に進(すす)みて道(いわ)く、
「我等(われら)は此処(ここ)に在(あ)りて一片(いっぺん)の虎心(こしん)を起(おこ)し、要路(ようろ)を截(さえぎ)り、専(もっぱ)ら些(いささ)かの財帛(ざいはく)を要(もと)む。甚(なん)の方便(ほうべん)方便(ほうべん)ぞ。汝(なんじ)果(はた)して財帛(ざいはく)無(な)くんば、早(はや)く衣服(ころも)を脱(ぬ)ぎ下(お)ろし、白馬(はくば)を留下(とど)めて、汝(なんじ)を過(す)ぎ往(ゆ)かしめん!」
と。三蔵道(いわ)く、「阿弥陀仏(あみだぶつ)! 貧僧(ひんそう)のこの衣服(ころも)は、是(こ)れ東家(とうか)に布(ぬの)を化(か)し、西家(せいか)に針(はり)を化(か)し、零零砕砕(れいれいさいさい)と化(か)し来(きた)れるものなり。汝(なんじ)若(も)し剥(は)ぎ去(さ)らば、豈(あ)に我(われ)を害(そこな)い殺(ころ)さずや。只(た)だ是(こ)の世(よ)に在(あ)りて好漢(こうかん)と作(な)れば、那(か)の世(よ)に在(あ)りて畜生(ちくしょう)に変(へん)ずるのみ!」と。那(か)の賊(ぞく)言(こと)を聞(き)いて大(おお)いに怒(いか)り、大棍(だいこん)を掣(ひっさ)げ、前(まえ)に進(すす)みて就(すなわ)ち打(う)つ。
這(こ)の長老(ちょうろう)は口内(こうない)に言(い)わず、心中(しんちゅう)暗(あん)に想(おも)うて道(い)わく、「憐(あわ)れむべし! 汝(なんじ)は只(た)だ汝(なんじ)の棍子(こんす)を説(と)くのみ、未(いま)だ我(わ)が徒弟(でてい)の棍子(こんす)を知(し)らざるなり!」と。那(か)の賊(ぞく)は那(なん)ぞ分説(ぶんせつ)を容(い)れん、棒(ぼう)を挙(あ)げ、頭(かしら)も無(な)く臉(かお)も無(な)く打(う)ち来(きた)る。長老(ちょうろう)は一生(いっしょう)説謊(うそ)を言(い)うことをせざるも、這(こ)の急難(きゅうなん)の処(ところ)に遇(あ)い、没奈何(なすべ)なく、只(た)だ一箇(ひとつ)の誑語(おうご)を打(だ)して道(いわ)く、「二位(ふたり)の大王(だいおう)、且(しばら)く手(て)を動(うご)かすこと莫(な)かれ。我(われ)に一箇(ひとり)の小徒弟(しょうでてい)有(あ)り、後面(うしろ)に在(あ)りて就(まも)なく到(いた)らん。彼(かれ)の身(み)上(うえ)に幾両(いくりょう)かの銀子(ぎんす)有(あ)り、把(と)って汝(なんじ)に与(あた)えん」と。那(か)の賊道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は是(こ)れ亦(ま)た虧(そん)を喫(く)うべからず。且(しばら)く捆(くく)り起(おこ)せ」と。
衆(しゅう)の婁羅(ろうら)一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)し、一条(ひとすじ)の縄(なわ)を把(も)って捆(くく)り、高高(たかだか)と樹(き)の上(うえ)に吊(つる)せり。
却説(さて)三箇(さんにん)の撞禍精(どうかせい)、随後(あと)より趕(お)い来(きた)る。八戒(はっかい)は呵呵(かか)と大(おお)いに笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)の去(ゆ)くこと好(よ)く速(はや)きかな、何処(いずこ)に在(あ)りてか我等(われら)を待(ま)つらん」と。忽(たちま)ち長老(ちょうろう)の樹(き)の上(うえ)に在(あ)るを見(み)、彼(かれ)又(また)説(い)わく、「汝(なんじ)看(み)よ、師父(しふ)は待(ま)つは便(すなわ)ち罷(や)めり、却(しか)るに又(また)這般(かくのごと)き心腸(しんちょう)有(あ)り、樹(き)に爬(よ)じ上(のぼ)り、藤児(つる)を扯(ひ)いて鞦韆(ぶらんこ)を打(う)ちて耍子(あそ)ぶり!」と。行者(ぎょうじゃ)見(み)て道(いわ)く、「呆子(ほうし)、乱談(らんだん)すること莫(な)かれ。師父(しふ)の吊(つる)され在(あ)るは那処(あそこ)に非(あら)ずや。汝(なんじ)両箇(ふたり)は緩(ゆる)やかに来(きた)れ、我(われ)をして往(ゆ)きて看(み)しめよ」と。
好(よ)きかな大聖(たいせい)、急(いそ)ぎて高坡(こうは)に登(のぼ)り細(こま)かに看(み)れば、是(こ)れ一伙(いっか)の強人(ごうじん)なるを認(みと)め、心中(しんちゅう)暗(あん)に喜(よろこ)んで道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 買売(あきない)門(もん)に上(のぼ)れり!」と。即(すなわ)ち歩(あゆみ)を転(てん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、乾乾淨淨(からりと清(きよ)き)一箇(ひとり)の小和尚(こおしょう)と作(な)り、一領(ひとえ)の緇衣(しい)を穿(き)、年紀(とし)只(た)だ二八(じゅうろく)ばかり、肩(かた)に一箇(ひとつ)の藍布(らんぷ)の包袱(ほうふく)を背負(お)い、歩(あゆみ)を運(はこ)びて前辺(まえ)に到(いた)り、叫(さけ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)、這(こ)れは怎(いか)なる説話(せつわ)ぞ。這(こ)れは都(すべ)て些(これら)の甚(なん)の歹人(あくにん)ぞ」と。三蔵道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、還(ま)だ我(われ)を救(すく)わずして、還(ま)た甚(なん)をか問(と)う」と。行者道(いわ)く、「是(こ)れ干(かか)わる所(ところ)の勾当(こうとう)は甚(なん)ぞ」と。三蔵道(いわ)く、「この一伙(いっか)の路(みち)を攔(さえぎ)る者(もの)、我(われ)を攔(さえぎ)り止(とど)め、買路銭(ばいろせん)を要(もと)む。身辺(みのほとり)に物(もの)無(な)きに因(よ)り、遂(つい)に我(われ)を此処(ここ)に吊(つる)し、只(た)だ汝(なんじ)の来(きた)るを待(ま)ちて计较(けいきょう)计较(けいきょう)せんとす。然(しか)らずんば、この一匹(いっぴき)の馬(うま)を把(と)って彼(かれ)に送(おく)り与(あた)えんか」と。行者言(こ
と)を聞(き)いて笑(わら)って道(いわ)く、
「師父(しふ)は不済(ふさい)なり。天下(てんか)にも亦(ま)た和尚(おしょう)有(あ)れど、汝(なんじ)が如(ごと)き皮(ひ)の松(ゆる)きは却(かえ)って少(すくな)し。唐太宗(とうたいそう)の汝(なんじ)を西天(さいてん)に差(つか)わして仏(ほとけ)に見(まみ)えしむるに、誰(たれ)か汝(なんじ)にこの龍馬(りゅうば)を人(ひと)に送(おく)らしめし」
と。三蔵道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、似(か)くの如(ごと)く吊(つる)し起(おこ)され、打(う)たれて要(もと)めらるるに、怎(いか)にせば是(よ)からん」と。行者道(いわ)く、「汝(なんじ)怎(いか)に彼(かれ)と説(と)き来(きた)れる」と。三蔵道(いわ)く、「彼(かれ)我(われ)を打(う)つこと急(きゅう)なりしに、没奈何(なすべ)なく、汝(なんじ)を供(きょう)し出(いだ)せり」と。行者道(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)は好(よ)く没搭撒(ぼったいら)しき、汝(なんじ)我(われ)を供(きょう)して怎(なん)とする」と。三蔵道(いわ)く、「我(われ)は汝(なんじ)の身辺(みのほとり)に些(いささ)かの盤纏(ばってん)有(あ)りと説(い)い、且(しばら)く彼(かれ)に我(われ)を打(う)つこと莫(な)からしめんとて、是(こ)れ一時(いっとき)の救難(きゅうなん)の話(ことば)なり」と。行者道(いわ)く、「好(よ)し! 好(よ)し! 好(よ)し! 汝(なんじ)の抬挙(たいあげ)を承(う)けたまわる。正(まさ)に是(こ)の様(よう)に供(きょう)せよ。若(も)し肯(あえ)て一月(いちげつ)に七八十遭(ななじゅうはちじゅうそう)供(きょう)し得(う)れば、老孫(ろうそん)愈々(いよいよ)買売(あきない)有(あ)らん」
と。
那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)は行者(ぎょうじゃ)の彼(かれ)の師父(しふ)と話(はな)すを見(み)、勢(せい)を撒開(ひら)き、囲(かこ)み将(も)って上(のぼ)り来(きた)りて道(いわ)く、「小和尚(こおしょう)、汝(なんじ)の師父(しふ)は汝(なんじ)の腰(こし)の裡(うち)に盤纏(ばってん)有(あ)りと説(い)えり。趁早(はや)く拿出(とりだ)せ、汝等(なんじら)の性命(いのち)を饒(ゆる)さん! 若(も)し半箇(ひとこと)の不字(いな)を道(い)わば、就(すなわ)ち都(みな)汝(なんじ)の残生(ざんせい)を送(おく)らん!」と。行者(ぎょうじゃ)は包袱(ほうふく)を放下(おろ)して道(いわ)く、「列位(れつい)の長官(ちょうかん)、嚷(さわ)ぐこと莫(な)かれ。盤纏(ばってん)は些(いささ)かこの包袱(ほうふく)の此(なか)に在(あ)り。多(おお)からず、只(た)だ馬蹄金(ばていきん)二十来錠(にじゅうらいじょう)、粉面銀(ふんめんぎん)二三十錠(にさんじゅうじょう)、散砕(さんさい)のものは未(いま)だ数(かず)を見(み)ず。要(い)る時(とき)は就(すなわ)ち包(つつみ)ながら拿(と)り去(さ)れ。切(せつ)に我(わ)が師父(しふ)を打(う)つこと莫(な)かれ。古書(こしょ)に云(いわ)く、徳(とく)は本(もと)なり、財(たから)は末(すえ)なりと。此(こ)れは是(こ)れ末事(まつじ)なり。我等(われら)出家人(しゅっけにん)は、自(おのず)から化(か)する処(ところ)有(あ)り。若(も)し箇(ひとり)の斎僧(さいそう)の長者(ちょうじゃ)に遇(あ)わば、襯銭(しんせん)も亦(ま)た有(あ)り、衣服(ころも)も亦(ま)た有(あ)り、能(よ)く幾何(いくばく)を用(もち)いん。只(た)だ我(わ)が師父(しふ)を放下(おろ)さんことを望(のぞ)む、我(われ)就(すなわ)ち一併(いっぺい)に奉承(ほうしょう)せん」と。那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)言(こと)を聞(き)いて、都(みな)甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、「這(こ)の老和尚(ろうおしょう)は慳吝(けんりん)なるに、這(こ)の小和尚(こおしょう)は却(かえ)って還(ま)た慷慨(こうがい)なり」と。教(い)わく、「放(おろ)し下(おろ)せ」と。那(か)の長老(ちょうろう)は性命(いのち)を得(え)、馬(うま)に跳(と)び上(のぼ)り、行者(ぎょうじゃ)を顧(かえり)みるに暇(いとま)あらず、鞭(むち)を操(と)って、一直(ひたすら)に旧路(きゅうろ)へ跑(はし)り回(かえ)れり。
行者(ぎょうじゃ)忙(いそ)ぎて叫(さけ)んで道(いわ)く、「路(みち)を錯(あやま)り走(はし)れり」と。包袱(ほうふく)を提(ひっさ)げ、就(すなわ)ち追(お)い去(さ)らんとす。那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「何処(いずこ)へ往(ゆ)く。盤纏(ばってん)を将(も)って留下(とど)めよ、刑(けい)を動(うご)かすを免(まぬか)れん!」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「説(と)き開(ひら)かん、盤纏(ばってん)は須(かなら)ず三分(さんぶん)に之(こ)れを分(わ)かつべし」と。那(か)の賊頭(ぞくとう)道(いわ)く、「這(こ)の小和尚(こおしょう)は忒(はなは)だ乖(かしこ)し、就(すなわ)ち彼(かれ)の師父(しふ)を瞞(だま)して些(すこ)しを留(とど)め起(お)こさんとす。也(ま)た罷(よ)し、拿出(とりだ)して看(み)よ。若(も)し多(おお)からん時(とき)は、也(ま)た些(すこ)しを分(わ)かち汝(なんじ)に与(あた)えて背地(うら)に果子(くだもの)を買(か)いて喫(く)わしめん」と。行者道(いわ)く、「哥(あに)や、是(こ)れ這(か)くの如(ごと)く説(と)くに非(あら)ず。我(われ)が那処(あそこ)に甚(なん)の盤纏(ばってん)か有(あ)らん。説(い)わく汝(なんじ)両箇(ふたり)の别人(たにん)の金銀(きんぎん)を打劫(だちごく)するは、是(こ)れ必(かなら)ず些(すこ)しを我(われ)と分(わ)かてと」と。那(か)の賊(ぞく)言(こと)を聞(き)いて大(おお)いに怒(いか)り、罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は死活(しかつ)を知(し)らず! 汝(なんじ)は却(かえ)って我(われ)に与(あた)えず、反(かえ)って我(われ)に要(もと)む! 走(に)ぐること莫(な)かれ! 看(み)よ打(う)たん!」と。一条(ひとすじ)の撻撻藤棍(たつたつとうこん)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)の光頭(こうとう)を照(めが)けて七八下(ななはっか)打(う)てり。行者(ぎょうじゃ)は只(た)だ知(し)らざるを当(あ)て、且(しばら)く満面(まんめん)に陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「哥(あに)や、若(も)し是(こ)くの如(ごと)く打(う)たば、来年(らいねん)の春(はる)を打(う)ち罷(や)むに到(いた)るまで打(う)つとも、亦(ま)た当真(ほんとう)とはせざるなり」と。那(か)の賊(ぞく)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は好(よ)く硬頭(かたあたま)なり!」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「不敢(かたじけな)し不敢(かたじけな)し、過奨(かしょう)を承(う)けたまわる。也(ま)た将就(おおめ)に看(み)るに堪(た)えたり」と。那(か)の賊(ぞく)は那(なん)ぞ分説(ぶんせつ)を容(い)れん、両三箇(にさんにん)一斉(いっせい)に乱打(らんだ)す。行者道(いわ)く、「列位(れつい)怒(いか)りを息(やす)めよ、我(われ)をして拿出(とりだ)さしめよ」と。
好(よ)きかな大聖(たいせい)、耳(みみ)の中(なか)を摸(さぐ)って一(ひと)さぐり、一箇(ひとつ)の繍花針(しゅうかしん)を拔出(ぬきいだ)して道(いわ)く、「列位(れつい)、我(われ)出家人(しゅっけにん)は、果(はた)して曾(かつ)て盤纏(ばってん)を帯(お)び得(え)ず、只(た)だこの針(はり)のみ汝(なんじ)に送(おく)らん」と。那(か)の賊道(いわ)く、「晦気(わざわい)なるかな! 一箇(ひとり)の富貴(ふうき)の和尚(おしょう)を放(はな)ちて、却(かえ)ってこの窮(まずし)き禿驢(とくろ)を拿(と)らえるとは。汝(なんじ)好(よ)くも裁縫(しほう)を做(な)すことを会(え)するか、我(われ)針(はり)を要(もと)めて甚(なん)とせん」と。行者(ぎょうじゃ)は要(い)らずと説(い)うを聞(き)き、就(すなわ)ち手中(しゅちゅう)に拈(ひね)り、幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、碗(わん)来(ほど)の粗(あら)さ細(ほそ)さの一条(ひとすじ)の棍子(こんす)に変(へん)ぜしむ。那(か)の賊(ぞく)怕(おそ)れて道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は生(うま)れつき小(ちい)さけども、却(かえ)って術法(じゅっぽう)を弄(ろう)することを会(え)す」と。行者(ぎょうじゃ)は棍子(こんす)を地(ち)の下(した)に插(さ)し込(い)れて道(いわ)く、「列位(れつい)拿(と)り動(うご)かし得(う)れば、就(すなわ)ち汝(なんじ)に送(おく)らん」と。二箇(ふたり)の賊(ぞく)前(まえ)に進(すす)みて奪(うば)い取(と)らんとす。憐(あわ)れむべし、蜻蛉(とんぼ)の石柱(せきちゅう)を撼(ゆる)がすが如(ごと)く、半分毫(すこし)も弄(ろう)し動(うご)かさんと思(おも)うこと莫(な)かれ。この条(ひとすじ)の棍(こん)は本(もと)是(こ)れ如意金箍棒(にょいきんこぼう)、天秤(てんびん)に称(はか)りたる一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃくきん)の重(おも)さなり。那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)怎(どう)して知(し)り得(え)ん。
大聖(たいせい)は前(まえ)に進(すす)み出(い)で、軽軽(かるがる)と拿起(とりあ)げ、一箇(ひとつ)の蟒翻身拗歩勢(もうほんしんようほせい)を繰(く)り出(いだ)し、強人(ごうじん)を指(ゆびさ)して道(いわ)く、「汝等(なんじら)都(みな)造化(ぞうけ)低(ひく)し、我(わ)が老孫(ろうそん)に遇(あ)えり!」と。那(か)の賊(ぞく)前(まえ)に進(すす)み来(きた)り、又(また)五六十下(ごろくじっか)打(う)てり。行者笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)も亦(ま)た手(て)を打(う)ち困(つか)らしめたり。且(しばら)く老孫(ろうそん)をして一棒(いっぽう)打(う)たしめよ、却(かえ)って当真(ほんとう)とすること莫(な)かれ」と。汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)は棍子(こんす)を展開(ひろ)げ、幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、井欄(いどばた)の粗(あら)さ七八丈(しちはちじょう)の長(なが)さ有(あ)り、蕩(どう)と一棍(いっこん)、一箇(ひとり)を打(う)ち倒(たお)して地(ち)に在(あ)らしめ、唇(くちびる)を土(つち)に揞(おしつ)け、再(ふたた)び声(こえ)を作(な)さず。那(か)の箇(ひとり)の開言(かいげん)して罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の禿厮(とくし)は老大(おおい)に無礼(ぶれい)なり! 盤纏(ばってん)無(な)きのみか、転(うたた)我(われ)が一人(ひとり)を傷(そこな)う!」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「且(しばら)く消停(やすら)え、且(しばら)く消停(やすら)え! 我(われ)をして一箇一箇(ひとりひとり)打(う)ち来(きた)らしめ、一発(いっそ)汝(なんじ)をして根(ね)を断(た)たしめん!」と。蕩(どう)と亦(ま)た一棍(いっこん)、第二(だいに)の者を亦(ま)た打(う)ち殺(ころ)せり。唬(おど)ろかされたるは那(か)の衆(しゅう)の婁羅(ろうら)、槍(やり)を撇(す)て棍(こん)を棄(す)て、四路(よつじ)に生命(いのち)を逃(のが)れて走(に)げ去(さ)れり。
却説(さて)唐僧(とうそう)は馬(うま)に騎(の)り、東(ひがし)へ向(むか)いて正(まさ)に跑(はし)る。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「師父(しふ)何処(いずこ)へ往(ゆ)く、路(みち)を錯(あやま)り走(はし)れり」と。長老(ちょうろう)馬(うま)を兜(おさ)えて道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、趁早(はや)く往(ゆ)きて汝(なんじ)の師兄(しけい)と説(い)え、彼(かれ)をして棍下(こんか)に情(なさけ)を留(とど)め、那些(これら)の強盗(ごうとう)を打(う)ち殺(ころ)すこと莫(な)からしめよ」と。八戒道(いわ)く、「師父(しふ)住(とど)まれ、我(われ)をして往(ゆ)かしめよ」と。呆子(ほうし)一路(いちろ)前辺(まえ)へ跑(はし)り到(いた)り、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「哥哥(あに)、師父(しふ)の汝(なんじ)に人(ひと)を打(う)つこと莫(な)かれと教(おし)うるなり」と。行者道(いわ)く、「兄弟(けいてい)、那(いず)くにか曾(かつ)て人(ひと)を打(う)てる」と。八戒道(いわ)く、「那些(かの)強盗(ごうとう)は何処(いずこ)へ往(ゆ)き去(さ)りし」と。行者道(いわ)く、「別(ほか)の者は都(みな)散(ちら)りたり、只(た)だ両箇(ふたり)の頭(かしら)のみ此処(ここ)に在(あ)りて睡(ねむ)れるなり」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)両箇(ふたり)の遭瘟(そうおん)の者、好(よ)くも是(こ)れ夜(よる)を熬(こ)らえしか、這般(かくのごと)く辛苦(くろう)せしに、別処(よそ)へ往(ゆ)きて睡(ね)らず、却(かえ)って此処(ここ)に睡(ねむ)るとは!」と。呆子(ほうし)身辺(そば)に行(ゆ)き到(いた)り、看(み)て道(いわ)く、「倒(かえ)って我(われ)と是(こ)れ一起(いっしょ)なり。乾淨(きれい)に口(くち)を張(ひら)きて睡(ねむ)り、些(すこ)しの粘涎(よだれ)を淌(たら)し出(いだ)せり」と。行者道(いわ)く、「是(こ)れ老孫(ろうそん)が一棍子(ひとこんす)にて豆腐(とうふ)を打(う)ち出(いだ)せしなり」と。八戒道(いわ)く、「人(ひと)の頭(あたま)に又(また)豆腐(とうふ)有(あ)りや」と。行者道(いわ)く、「脳(のう)を打(う)ち出(いだ)せしなり!」と。八戒(はっかい)は脳(のう)を打(う)ち出(いだ)せしと聞(き)き、慌(あわ)てて跑(はし)り回(かえ)り、唐僧(とうそう)に対(むか)いて道(いわ)く、「散(ちら)りて伙(くみ)を成(な)さざるなり!」と。三蔵道(いわ)く、「善(ぜん)なるかな! 善(ぜん)なるかな! 何(いず)れの条(すじ)の路(みち)の上(うえ)へ往(ゆ)き去(さ)りし」と。八戒道(いわ)く、
「打(う)つや打(う)つや直脚(ちょくきゃく)にして了(おわ)れり、又(また)何処(いずこ)へか往(ゆ)き走(はし)らん」
と。三蔵道(いわ)く、「汝(なんじ)怎(いか)にして散伙(さんか)と説(い)う」と。八戒道(いわ)く、「打(う)ち殺(ころ)せり、散伙(さんか)ならずして是(こ)れ甚(なん)ぞ」と。三蔵問(と)う、「打(う)たれて怎(いか)なる有様(ありさま)ぞ」と。八戒道(いわ)く、「頭(あたま)の上(うえ)に二箇(ふたつ)の大(おお)きなる窟窿(くつろう)を打(う)たれたり」と。三蔵教(いわ)く、「包(つつみ)を解(と)き開(ひら)き、幾文(いくもん)かの襯銭(しんせん)を取(と)り、早(はや)く那処(あそこ)へ往(ゆ)きて二箇(ふたつ)の膏薬(こうやく)を討(こう)て、彼(かれ)両箇(ふたり)に与(あた)えて貼(は)らしめよ」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、
「師父(しふ)は好(よ)く没正経(むしょうじょう)なり。膏薬(こうやく)は只(た)だ活人(かつじん)の瘡腫(そうしゅ)に貼(は)るを得(う)るのみ、那(いず)くにか好(よ)く死人(しにん)の窟窿(くつろう)に貼(は)るを得(え)ん」
と。三蔵道(いわ)く、「真(まこと)に打(う)ち殺(ころ)せしか」と。就(すなわ)ち惱(なや)み起(おこ)り、口裡(くちのうち)に絶(た)えず絮絮叨叨(じょじょとうとう)と、猢猻(こじん)長(なが)し、猴子(こうし)短(みじか)しと、馬(うま)を兜回(めぐ)らし、沙僧(さそう)・八戒(はっかい)と死人(しにん)の前(まえ)に至(いた)り、那(か)の血(ち)淋漓(りんり)たる、山坡(さんぱ)の下(した)に倒臥(とうが)せるを見(み)る。
這(こ)の長老(ちょうろう)は甚(はなは)だ見(み)るに忍(しの)びず、即(すなわ)ち八戒(はっかい)に着(い)わく、「早(はや)く釘鈀(ていは)を使(つか)い、一箇(ひとつ)の坑子(あな)を築(つ)いて埋(うず)めん、我(われ)彼(かれ)の為(ため)に一巻(ひとまき)の倒頭経(とうとうきょう)を念(ねん)ぜん」と。八戒道(いわ)く、「師父(しふ)は人(ひと)を左使(さし)し給(たま)えり。行者(ぎょうじゃ)人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)せしに、還(ま)た彼(かれ)をして往(ゆ)かしめ焼(や)き埋(うず)ましむべきに、怎(どう)して老猪(ろうちょ)をして土工(どこう)を做(な)さしむる」と。行者(ぎょうじゃ)は師父(しふ)に罵(ののし)られて惱(いか)り、八戒(はっかい)を喝(かつ)して道(いわ)く、「潑(はつ)なる懶(ものぐさ)夯貨(ほうか)! 趁早(はや)く往(ゆ)きて埋(うず)めよ! 些(すこ)しも遅(おく)るれば、就(すなわ)ち是(こ)れ一棍(いっこん)ぞ!」と。呆子(ほうし)慌(あわ)て、山坡(さんぱ)の下(した)に往(ゆ)きて築(つ)くこと三尺(さんじゃく)の深(ふか)さに及(いた)りしが、下面(した)は都(みな)是(こ)れ石脚(せききゃく)石根(せきこん)、鈀歯(はし)を扛(ささ)え止(とど)む。呆子(ほうし)は鈀(は)を捨(す)て、便(すなわ)ち嘴(くち)を把(も)って拱(ほ)る。拱(ほ)って軟(やわ)らかき処(ところ)に到(いた)り、一嘴(ひとくち)に二尺五(にしゃくご)有(あ)り、両嘴(ふたくち)に五尺(ごしゃく)の深(ふか)さ有(あ)り、二箇(ふたり)の賊(ぞく)の尸(しかばね)を埋(うず)め、盤(めぐ)らして一箇(ひとつ)の墳堆(ふんたい)と作(な)せり。
三蔵叫(いわ)く、「悟空(ごくう)、香燭(こうしょく)を取(と)り来(きた)れ、我(われ)をして祷祝(とうしゅく)せしめ、好(よ)く経(きょう)を念(ねん)ぜん」と。行者(ぎょうじゃ)は嘴(くち)を努(つきだ)して道(いわ)く、「好(よ)くも趣(おもむき)を知(し)らず! この半山(はんざん)の中(なか)、前(まえ)に村(むら)に巴(つか)えず、後(うしろ)に店(みせ)に着(つ)かず、那(いず)くに香燭(こうしょく)を討(こう)や。就(たとい)銭(せん)有(あ)るも亦(ま)た買(か)うに処(ところ)無(な)し」と。三蔵(さんぞう)恨恨(こんこん)として道(いわ)く、「猴頭(こうとう)過(す)ぎ去(さ)れ! 我(われ)をして土(つち)を撮(つま)みて香(こう)を焚(た)き祷告(とうこく)せしめよ」と。
是(こ)れ是(こ)れ三蔵(さんぞう)鞍(くら)を離(はな)れて野冢(やちょう)に悲(かな)しみ、聖僧(せいそう)善念(ぜんねん)を以(もっ)て荒墳(こうふん)に祝(しゅく)す。祝(しゅく)して云(いわ)く、
「拝(おが)み惟(おもんみ)るに好漢(こうかん)よ、祷(いの)りの原因(げんいん)を聴(き)け。
念(おも)うに我(わ)が弟子(でし)は、東土(とうど)の唐人(とうじん)なり。
太宗皇帝(たいそうこうてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じ、西方(さいほう)に上(のぼ)りて経文(きょうもん)を求(もと)む。
適(たまた)ま此(こ)の地(ち)に来(きた)り、爾等(なんじら)多人(たにん)に逢(あ)えり。
何(いず)れの府(ふ)・何(いず)れの州(しゅう)・何(いず)れの県(けん)なるを知(し)らざるも、都(みな)此(こ)の山内(さんない)に在(あ)りて党(とう)を結(むす)び群(ぐん)を成(な)せり。
我(われ)好話(こうわ)を以(もっ)て、殷勤(いんきん)に哀告(あいこく)せり。
爾等(なんじら)聴(き)かず、返(かえ)って善(ぜん)に生(しよう)じて嗔(いかり)を生(しょう)ず。
却(しか)るに行者(ぎょうじゃ)に遭(あ)い、棍下(こんか)に身(み)を傷(そこな)えり。
切(つつし)み念(おも)うに尸骸(しがい)暴露(ばくろ)せり、吾(われ)随(したが)いて土(つち)を掩(おお)い墳(ふん)を盤(めぐ)らせり。
青竹(せいちく)を折(お)りて香燭(こうしょく)と為(な)す、光彩(こうさい)無(な)きも、心(こころ)の勤(つと)め有(あ)り。
頑石(がんせき)を取(と)りて施食(せじき)と作(な)す、滋味(じみ)無(な)きも、誠(まこと)の真(しん)有(あ)り。
汝(なんじ)森羅殿(しんらでん)の下(もと)に到(いた)りて詞(うったえ)を興(おこ)し、樹(き)を倒(たお)して根(ね)を尋(たず)ぬるとも、
彼(かれ)は孫(そん)を姓(せい)とし、我(われ)は陳(ちん)を姓(せい)とし、各(おのおの)異姓(いせい)に居(お)れり。
冤(えん)に頭(かしら)有(あ)り、債(さい)に主(ぬし)有(あ)り、切(せつ)に我(わ)が取経(しゅきょう)の僧人(そうにん)を告(うった)うること莫(な)かれ」
と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)は推(お)して乾淨(きれい)にせり。彼(かれ)の打(う)ちし時(とき)却(かえ)って我等(われら)両箇(ふたり)も亦(ま)た無(な)かりしなり」と。三蔵(さんぞう)真個(まこと)に又(また)土(つち)を撮(つま)みて祷告(とうこく)して道(いわ)く、「好漢(こうかん)よ状(うったえ)を告(もう)さば、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)を告(うった)えよ、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)の事(こと)にも亦(ま)た干(かか)わらざるなり」と。
大聖(たいせい)言(こと)を聞(き)きて、忍不住(たえず)笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)の老人家(ろうじんか)は忒(はなは)だ情義(じょうぎ)無(な)し。汝(なんじ)の取経(しゅきょう)の為(ため)に、我(われ)多少(いくばく)の殷勤(いんきん)労苦(ろうく)を費(つい)やせしを、如今(いま)この両箇(ふたり)の毛賊(もうぞく)を打(う)ち殺(ころ)せしに、汝(なんじ)は却(かえ)って彼(かれ)をして往(ゆ)きて老孫(ろうそん)を告(うった)えしめんとす。我(われ)手(て)を動(うご)かして打(う)てるとは雖(いえど)も、却(かえ)って只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)の為(ため)なり。汝(なんじ)西天(さいてん)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らずんば、我(われ)汝(なんじ)と徒弟(でてい)と作(な)らず、怎(どう)して此処(ここ)に来(きた)り、会(あた)も人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)すこと有(あ)らんや。索性(いっそ)我(われ)をして彼(かれ)を祝(しゅく)せしめよ」と。
鉄棒(てつぼう)を攥(にぎ)り、那(か)の墳(ふん)を望(めが)けて三下(みつ)搗(つ)き、道(いわ)く、「遭瘟(そうおん)の強盗(ごうとう)よ、汝(なんじ)聴(き)け! 我(われ)汝(なんじ)に前(まえ)に七八棍(ななはちこん)、後(うしろ)に七八棍(ななはちこん)打(う)たれ、我(われ)をして疼(いた)みも痒(かゆ)みもせざらしめたり。性子(しょうし)を触(ふ)れて惱(いか)らしめ、一差二誤(いっさにご)に汝(なんじ)を打(う)ち殺(ころ)せり。尽(ことごと)く汝(なんじ)の何処(いずこ)へ往(ゆ)きて告(うった)うるに任(まか)す。我(わ)が老孫(ろうそん)は実(げ)に是(こ)れ怕(おそ)れず。玉帝(ぎょくてい)は我(われ)を認(みと)め、天王(てんのう)は我(われ)に随(したが)う。二十八宿(にじゅうはっしゅく)は我(われ)を懼(おそ)れ、九曜星官(くようせいかん)は我(われ)を怕(おそ)る。府県城隍(ふけんじょうこう)は我(われ)に跪(ひざまず)き、東岳天斉(とうがくてんせい)は我(われ)を怖(おそ)る。十代閻君(じゅうだいえんくん)は曾(かつ)て我(われ)と僕従(ぼくじゅう)と為(な)り、五路猖神(ごろしょうしん)は曾(かつ)て我(われ)と後生(こうせい)と当(な)れり。三界五司(さんがいごし)、十方諸宰(じっぽうしょさい)を論(あげつら)わず、都(みな)我(われ)と情(なさけ)深(ふか)く面熟(めんじゅく)なり。汝(なんじ)の何処(いずこ)へ往(ゆ)きて告(うった)うるに随(したが)え!」と。
三蔵(さんぞう)は這般(かくのごと)き悪話(あくわ)を説(と)き出(いだ)すを見(み)、却(かえ)って又(また)心(こころ)驚(おどろ)いて道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、我(わ)がこの祷祝(とうしゅく)は汝(なんじ)をして好生(こうせい)の徳(とく)を体(たい)し、良善(りょうぜん)の人(ひと)と為(な)らしめんとするに、汝(なんじ)怎(どう)して就(すなわ)ち真(まこと)に受(う)け起(おこ)すや」と。行者道(いわ)く、「師父(しふ)、此(こ)れは是(こ)れ好(よ)く耍子(あそ)ぶ勾当(こうとう)に非(あら)ず。且(しばら)く汝(なんじ)と早(はや)く宿(やど)を尋(たず)ねて往(ゆ)かん」と。那(か)の長老(ちょうろう)は只(た)だ嗔(いかり)を懐(いだ)いて馬(うま)に上(のぼ)る。
孫大聖(そんたいせい)に不睦(ふぼく)の心(こころ)有(あ)り、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に亦(ま)た嫉妒(しっと)の意(い)有(あ)り、師徒(しと)都(みな)面(おもて)是(ぜ)にして背(せ)は非(ひ)なり。大路(たいろ)に依(よ)りて西(にし)へ向(むか)いて正(まさ)に走(はし)るに、忽(たちま)ち路北(ろくほく)の下(もと)に一座(いちざ)の荘院(そういん)有(あ)るを見(み)る。三蔵(さんぞう)鞭(むち)を用(も)って指(さ)し定(さだ)めて道(いわ)く、「我等(われら)那処(あそこ)へ到(いた)りて宿(やど)を借(か)らん」と。八戒道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り」と。遂(つい)に荘舎(そうしゃ)の辺(ほとり)に至(いた)りて馬(うま)を下(お)る。看(み)れば、却(かえ)って也(ま)た好(よ)き箇(こ)の住場(すまい)かな、但(た)だ、
野花(やか)径(みち)に盈(み)ち、雑樹(ざつじゅ)扉(と)を遮(おお)う。
遠岸(えんがん)山水(さんすい)を流(なが)し、平畦(へいけい)麦葵(ばくき)を種(う)う。
蒹葭(けんか)露(つゆ)潤(うるお)いて軽鴎(けいおう)宿(やど)り、
楊柳(ようりゅう)風(かぜ)微(かす)かにして倦鳥(けんちょう)栖(すま)う。
青柏(せいはく)松(まつ)と間(まじ)えて翠碧(すいへき)を争(あらそ)い、
紅蓬(こうほう)蓼(たで)に映(えい)じて芳菲(ほうひ)を闘(たたか)わす。
村犬(そんけん)吠(ほ)え、晩鶏(ばんけい)啼(な)く、
牛羊(ぎゅうよう)食(くら)い飽(あ)きて牧童(ぼくどう)帰(かえ)る。
爨煙(さんえん)霧(きり)を結(むす)んで黄粱(こうりょう)熟(じゅく)し、
正(まさ)に是(こ)れ山家(さんか)の入暮(いりくれ)の時(とき)なり。
長老(ちょうろう)前(まえ)に進(すす)む。忽(たちま)ち那(か)の村舎(そんしゃ)の門(もん)の裡(うち)より一箇(ひとり)の老者(ろうじゃ)走出(かけい)でるを見(み)、即(すなわ)ち彼(かれ)と相見(そうけん)し、問訊(もんじん)を道(い)えり。那(か)の老者(ろうじゃ)問(と)うて道(いわ)く、「僧家(そうけ)何処(いずこ)より来(きた)れる」と。三蔵道(いわ)く、「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土大唐(とうどだいとう)より欽差(きんさ)せられ西天(さいてん)へ往(ゆ)きて経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。適(たまた)ま宝方(ほうぼう)を過(す)ぎるに、天色(てんしょく)将(まさ)に晩(く)れんとす。特(こと)に来(きた)りて檀府(だんぷ)に一宵(いっしょう)の宿(やど)を告(もう)さん」と。老者笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)が貴処(きしょ)より我(わ)が此処(ここ)に到(いた)る、程途(ていと)迢逓(ちょうてい)たり、怎(どう)して水(みず)を渉(わた)り山(やま)に登(のぼ)り、独(ひと)り此処(ここ)に到(いた)れる」と。三蔵道(いわ)く、「貧僧(ひんそう)に還(ま)た三箇(さんにん)の徒弟(でてい)有(あ)りて同(とも)に来(きた)れり」と。老者問(と)う、「高徒(こうと)何処(いずこ)に在(あ)る」と。三蔵(さんぞう)手(て)を用(も)って指(さ)して道(いわ)く、「那(か)の大路(たいろ)の旁(かたわら)に立(た)てるは便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。老者(ろうじゃ)猛(にわ)かに頭(こうべ)を挙(あ)げ、彼等(かれら)の面貌(めんぼう)の醜陋(しゅうろう)なるを見(み)、急(いそ)ぎて身(み)を回(めぐ)らし裡(うち)へ向(むか)って就(すなわ)ち走(はし)る。三蔵(さんぞう)に扯(ひ)き止(とど)められて道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、千万(くれぐれ)も慈悲(じひ)あれ、一宿(いっしゅく)を借(か)りんことを告(もう)す!」と。老者(ろうじゃ)は戦兢兢(せんきょうきょう)として口(くち)を鉗(とざ)して言(い)い難(がた)く、頭(こうべ)を揺(ゆ)り、手(て)を擺(ふ)りて道(いわ)く、「不不不(いやいやいや)人(ひと)の形(かたち)に象(に)ず! 是是是(これこれこれ)幾箇(いくたり)かの妖精(ようせい)なり!」と。三蔵(さんぞう)陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「施主(せしゅ)切(せつ)に恐懼(きょうく)するを休(や)めよ。我(わ)が徒弟(でてい)は生(うま)れつき是(こ)の如(ごと)き相貌(そうぼう)にして、妖精(ようせい)に非(あら)ざるなり!」と。老者道(いわ)く、「爺爺(おおかた)や、一箇(ひとり)は夜叉(やしゃ)、一箇(ひとり)は馬面(ばめん)、一箇(ひとり)は雷公(らいこう)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「雷公(らいこう)は我(わ)が孫(まご)なり、夜叉(やしゃ)は我(わ)が曾孫(ひまご)なり、馬面(ばめん)は我(わ)が玄孫(やしゃご)なり!」と。那(か)の老者(ろうじゃ)聴(き)きて、魄(たましい)散(ちら)り魂(たま)飛(と)び、面容(めんよう)色(いろ)を失(うしな)い、只(た)だ進(い)り往(ゆ)かんとす。三蔵(さんぞう)彼(かれ)を攙(ささ)え、同(とも)に草堂(そうどう)に到(いた)り、陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、彼等(かれら)を怕(おそ)るること莫(な)かれ。彼等(かれら)は都(みな)是(こ)の如(ごと)く麁魯(そろ)にして、説話(せつわ)を会(え)せざるのみ」と。
正(まさ)に勧解(かんかい)する処(ところ)、只(た)だ見(み)る、後面(うしろ)より一箇(ひとり)の婆婆(ばば)走出(かけい)で、五六歳(ごろくさい)の一人(ひとり)の小児(しょうじ)を携(たずさ)え、道(いわ)く、「爺爺(じいさま)、何為(なんす)れぞ這般(かくのごと)く驚恐(きょうきょう)する」と。老者(ろうじゃ)才(はじ)めて叫(いわ)く、「媽媽(ばあさま)、茶(ちゃ)を看(も)て来(きた)れ」と。
那(か)の婆婆(ばば)は真個(まこと)に孩児(こども)を置(お)き、裏面(うち)に入(い)りて二鍾(ふたつ)の茶(ちゃ)を捧(ささ)げ出(いだ)せり。茶(ちゃ)罷(や)みて、三蔵(さんぞう)は却(かえ)って下(お)り来(きた)り、婆婆(ばば)に対(むか)いて礼(れい)を作(な)して道(いわ)く、「貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より西天(さいてん)へ差(つか)わされし取経(しゅきょう)の者(もの)なり。才(いま)し方(まさ)に貴処(きしょ)に到(いた)り、尊府(そんぷ)に拝(おが)み求(もと)めて宿(やど)を借(か)らんとす。是(こ)れ我(わ)が三箇(さんにん)の徒弟(でてい)の貌(かたち)醜(みにく)きに因(よ)り、老家長(ろうかちょう)見(み)て虚驚(きょきょう)せられしなり」と。婆婆道(いわ)く、「貌(かたち)の醜(みにく)きを見(み)て這(か)くの如(ごと)く虚驚(きょきょう)せば、若(も)し老虎(ろうこ)豺狼(さいろう)を見(み)ば、却(かえ)って怎(いか)にせば好(よ)からん」と。老者道(いわ)く、「媽媽(ばあさま)や、人面(じんめん)の醜陋(しゅうろう)なるは還(ま)た可(よ)し、只(た)だ言語(げんご)の吓(おど)すこと一入(ひとしお)なるのみ。我(われ)彼(かれ)の夜叉(やしゃ)・馬面(ばめん)・雷公(らいこう)に象(に)たると説(い)えば、彼(かれ)吆喝(さけ)んで道(いわ)く、雷公(らいこう)は彼(かれ)の孫(まご)なり、夜叉(やしゃ)は彼(かれ)の曾孫(ひまご)なり、馬面(ばめん)は彼(かれ)の玄孫(やしゃご)なりと。我(われ)此(こ)の言(こと)を聴(き)き、故然(ゆえに)悚懼(しょうく)せるなり」と。唐僧道(いわ)く、「不是(いいえ)不是(いいえ)、雷公(らいこう)に象(に)たるは我(わ)が大徒(だいと)の孫悟空(そんごくう)、馬面(ばめん)に象(に)たるは我(わ)が二徒(にと)の猪悟能(ちょごのう)、夜叉(やしゃ)に象(に)たるは我(わ)が三徒(さんと)の沙悟浄(さごじょう)なり。彼等(かれら)は是(こ)れ醜陋(しゅうろう)なりと雖(いえど)も、却(かえ)って也(ま)た教(きょう)を沙門(しゃもん)に秉(と)り、善果(ぜんか)に皈依(きえ)せり。甚(なん)の悪魔毒怪(あくまどくかい)ならず、彼(かれ)を怕(おそ)れて怎(どう)せよ」と。公婆(こうば)両箇(ふたり)、彼等(かれら)の名号(みょうごう)を説(と)き沙門(しゃもん)に皈正(きせい)せし言(こと)を聞(き)き、却(かえ)って才(はじ)めて性(しょう)を定(さだ)め驚(おどろき)を回(かえ)し、教(いわ)く、「請(しょう)じ来(きた)れ、請(しょう)じ来(きた)れ」と。長老(ちょうろう)門(もん)を出(い)でて呼(よ)び来(きた)り、又(また)吩咐(いいつ)けて道(いわ)く、「適才(さっき)この老者(ろうじゃ)は甚(はなは)だ汝等(なんじら)を悪(にく)めり。今(いま)進(い)り往(ゆ)きて相見(そうけん)するに、切(せつ)に礼(れい)に抗(あらが)うこと莫(な)かれ、各(おのおの)尊重(そんちょう)するを要(よう)せよ」と。八戒道(いわ)く、「我(われ)は俊秀(しゅんしゅう)なり、我(われ)は斯文(しぶん)なり、師兄(しけい)の撒潑(さっぱつ)には比(くら)べず」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、
「嘴(くち)長(なが)く、耳(みみ)大(おお)きく、臉(かお)醜(みにく)きに非(あら)ずんば、便(すなわ)ち亦(ま)た一箇(ひとり)の好男子(こうだんし)なるべし」
と。沙僧道(いわ)く、「争(あらそ)い講(と)くこと莫(な)かれ、此処(ここ)は是(こ)れ那(か)の乖(かしこ)を抓(つか)み俏(しゃれ)を弄(ろう)するの処(ところ)に非(あら)ず。且(しばら)く進(い)れ! 且(しばら)く進(い)れ!」と。
遂(つい)に此(ここ)に行嚢(こうのう)馬匹(ばひつ)を把(も)って、都(みな)草堂(そうどう)の上(うえ)に到(いた)り、斉同(ともに)一箇(ひとつ)の喏(じゃく)を唱(とな)え、坐(ざ)し定(さだ)めり。那(か)の媽媽児(ばば)は賢慧(けんけい)にして、即(すなわ)ち便(すべから)く小児(しょうじ)を携(たずさ)え転(めぐ)らし、飯(めし)を煮(に)るを吩咐(いいつ)け、一頓(ひとくい)の素斎(そさい)を安排(あんばい)し、彼(かれ)の師徒(しと)に喫(く)わしめたり。漸漸(ようや)く晩(く)れて、又(また)灯(ともしび)を掌(とも)し起(おこ)し、都(みな)草堂(そうどう)の上(うえ)に在(あ)りて閑叙(かんじょ)す。
長老(ちょうろう)才(はじ)めて問(と)う、「施主(せしゅ)の高姓(こうせい)は」と。老者道(いわ)く、「楊(よう)と姓(せい)とす」と。又(また)年紀(とし)を問(と)う。老者道(いわ)く、「七十四歳(しちじゅうよんさい)なり」と。又(また)問(と)う、「幾位(いくたり)の令郎(れいろう)ぞ」と。老者道(いわ)く、「只(た)だ一箇(ひとり)を得(う)るのみ。適才(さっき)媽媽(ばあさま)の携(たずさ)えしは小孫(こまご)なり」と。
長老、「令郎(れいろう)を請(しょう)じて相見(そうけん)し拝揖(はいゆう)せしめよ」と。老者道(いわ)く、「那(かの)厮(やつ)は拝(はい)するに中(あた)らず。老拙(ろうせつ)命(めい)苦(くる)しく、彼(かれ)を養(やしな)い着(つ)けず、如今(いま)家(いえ)に在(あ)らざるなり」と。三蔵道(いわ)く、「何方(いずかた)に生理(せいり)するや」と。老者(ろうじゃ)頭(こうべ)を点(うなず)かして嘆(たん)じて、
「憐(あわ)れむべし! 憐(あわ)れむべし! 若(も)し肯(あえ)て何方(いずかた)かに生理(せいり)せば、是(こ)れ吾(わ)が幸(こう)なり! 那(かの)厮(やつ)は専(もっぱ)ら悪念(あくねん)を生(しょう)じ、本等(ほんとう)を務(つと)めず、専(もっぱ)ら好(この)んで家(いえ)を打(う)ち道(みち)を截(さえぎ)り、人(ひと)を殺(ころ)し火(ひ)を放(はな)つ! 相交(まじわ)るは都(みな)是(こ)れ些(これら)の狐群狗党(こぐんくとう)なり! 五日(いつか)の前(まえ)より出(い)で去(さ)り、今(いま)に至(いた)るまで未(いま)だ回(かえ)らず」
と。三蔵(さんぞう)説(と)くを聞(き)き、敢(あえ)て言喘(げんぜん)せず、心中(しんちゅう)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、「或(ある)いは悟空(ごくう)の打(う)ち殺(ころ)せしが是(こ)れならん」と。長老(ちょうろう)神思(しんし)安(やす)からず、身(み)を欠(か)がめて道(いわ)く、「善(ぜん)なるかな! 善(ぜん)なるかな! 如此(かくのごと)き賢(けん)なる父母(ふぼ)に、何(なん)ぞ悪逆(あくぎゃく)の児(こ)を生(う)める」と。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)みて道(いわ)く、「老官児(ろうかんじ)、似(か)くの如(ごと)き不良(ふりょう)不肖(ふしょう)、姦盗邪淫(かんとうじゃいん)の子(こ)は、父母(ふぼ)を連累(れんるい)す、彼(かれ)を要(もち)いて何(なん)の用(よう)か有(あ)らん! 我(われ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて彼(かれ)を尋(たず)ね来(きた)りて打(う)ち殺(ころ)さしめよ」と。老者道(いわ)く、「我(われ)も亦(ま)た彼(かれ)を送(おく)らんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん更(さら)に以次(いじ)の人丁(じんてい)無(な)し。縦(たとい)不才(ふさい)なりとも、一定(かなら)ず還(ま)た彼(かれ)を留(とど)めて老漢(ろうかん)と土(つち)を掩(おお)わしめん」と。沙僧(さそう)と八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「師兄(しけい)、閑事(かんじ)を管(つかさど)ること莫(な)かれ。汝(なんじ)と我(われ)は是(こ)れ官府(かんふ)に非(あら)ず。他家(たか)の不肖(ふしょう)は、我(われ)と何(なん)の干(かか)わりか有(あ)らん! 且(しばら)く施主(せしゅ)に告(もう)し、一束(ひとたば)の草(わら)を賜(たま)い、那(あ)の廂(かた)に在(あ)りて鋪(とこ)を打(う)ちて睡(ねむ)り、天明(てんめい)に路(みち)を走(はし)らん」と。老者(ろうじゃ)即(すなわ)ち身(み)を起(おこ)し、沙僧(さそう)をして後園(こうえん)へ到(いた)りて二箇(ふたつ)の稲草(わら)を拿(と)らしめ、彼等(かれら)をして園中(えんちゅう)の草団瓢(そうだんぴょう)の内(うち)に安歇(あんけつ)せしめたり。行者(ぎょうじゃ)は馬(うま)を牽(ひ)き、八戒(はっかい)は行李(こうり)を挑(にな)い、長老(ちょうろう)と同(とも)に皆(みな)団瓢(だんぴょう)の内(うち)に到(いた)りて安歇(あんけつ)す。是(こ)れを題(あげ)ず。
却説(さて)那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)の内(うち)に果(はた)して老楊(ろうよう)の子(こ)有(あ)り。天早(あさ)に山前(さんぜん)に在(あ)りて行者(ぎょうじゃ)に二箇(ふたり)の賊首(ぞくしゅ)を打(う)ち殺(ころ)されしより、彼等(かれら)は都(みな)四散(しさん)して生命(いのち)を逃(のが)れ、約摸(おおよそ)四更(しこう)の時候(じこう)に到(いた)り、又(また)結坐(けっし)して一伙(いっか)と作(な)り、門前(もんぜん)に在(あ)りて門(もん)を打(う)つ。老者(ろうじゃ)門(もん)の響(ひび)くを聴(き)き、即(すなわ)ち衣(ころも)を披(はお)りて道(いわ)く、「媽媽(ばあさま)、那(かの)厮(やつ)ら来(きた)れり」と。
媽媽道(いわ)く、「既(すで)に来(きた)らば、汝(なんじ)往(ゆ)きて門(もん)を開(ひら)き、彼(かれ)を家(いえ)に放(い)れ来(きた)らしめよ」と。老者(ろうじゃ)方(ようや)く門(もん)を開(ひら)けば、只(た)だ見(み)る、那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)都(みな)嚷(わめ)いて道(いわ)く、「餓(う)えたり! 餓(う)えたり!」と。這(こ)の老楊(ろうよう)の子(こ)は忙(いそ)ぎて裏面(うち)に入(い)り、彼(かれ)の妻(つま)を呼(よ)び起(おこ)し、米(こめ)を打(つ)いて飯(めし)を煮(に)る。却(しか)るに厨下(くりや)に柴(たきぎ)無(な)く、後園(こうえん)へ往(ゆ)きて柴(たきぎ)を拿(と)り厨房(くりや)に到(いた)り、妻(つま)に問(と)うて道(いわ)く、「後園(こうえん)の白馬(はくば)は何処(いずこ)のものぞ」と。其(そ)の妻(つま)道(いわ)く、「是(こ)れ東土(とうど)の取経(しゅきょう)の和尚(おしょう)なり。昨晚(さくばん)此(ここ)に至(いた)りて宿(やど)を借(か)り、公公婆婆(じいさまばあさま)彼(かれ)を管待(かんたい)して一頓(ひとくい)の晩斎(ばんさい)を与(あた)え、草団瓢(そうだんぴょう)の内(うち)に在(あ)りて睡(ねむ)るを教(おし)えり」と。
那(かの)厮(やつ)言(こと)を聞(き)き、草堂(そうどう)を走出(かけい)で、手(て)を拍(う)ち掌(てのひら)を打(う)って笑(わら)って道(いわ)く、「兄弟(けいてい)たち、造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 冤家(うんか)我(わ)が家(いえ)の裡(うち)に在(あ)り!」と。衆(しゅう)の賊道(いわ)く、「那(いず)れの冤家(うんか)ぞ」と。那(かの)厮(やつ)道(いわ)く、「却(かえ)って是(こ)れ我等(われら)の頭(かしら)を打(う)ち殺(ころ)せし和尚(おしょう)なるが、我(わ)が家(いえ)に来(きた)りて宿(やど)を借(か)り、現(いま)草団瓢(そうだんぴょう)の裡(うち)に睡(ねむ)れるなり」と。衆(しゅう)の賊道(いわ)く、
「却(かえ)って好(よ)し! 却(かえ)って好(よ)し! 此等(これら)の禿驢(とくろ)を拿(と)らえ、一箇一箇(ひとりひとり)剁(きざ)みて肉醤(にくしょう)と成(な)さば、一(ひとつ)には那(か)の行嚢(こうのう)白馬(はくば)を得(え)、二(ふたつ)には我等(われら)の頭(かしら)の為(ため)に仇(あだ)を報(むく)いん!」
と。那(かの)厮(やつ)道(いわ)く、「且(しばら)く忙(いそ)ぐこと莫(な)かれ。汝等(なんじら)且(しばら)く往(ゆ)きて刀(かたな)を磨(と)げ。我(われ)をして飯(めし)の熟(に)えるを待(ま)ち、大家(みんな)飽(あ)くまで喫(く)い、一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)さん」と。真個(まこと)に那些(かの)賊(ぞく)は刀(かたな)を磨(と)ぐは刀(かたな)を磨(と)ぎ、槍(やり)を磨(と)ぐは槍(やり)を磨(と)ぐ。
那(か)の老児(ろうじ)此(こ)の言(こと)を聴(き)き、悄(しの)びやかに後園(こうえん)に走(はし)り到(いた)り、唐僧(とうそう)の四位(よたり)を呼(よ)び起(おこ)して道(いわ)く、「那(かの)厮(やつ)衆(しゅう)を領(ひき)いて来(きた)れり。汝等(なんじら)の此(ここ)に在(あ)るを知(し)り、害(がい)を図(はか)らんと欲(ほっ)す。我(わ)が老拙(ろうせつ)汝(なんじ)の遠(とお)くより来(きた)れるを念(おも)い、傷害(しょうがい)するに忍(しの)びず。早(はや)く行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)せよ、我(われ)汝(なんじ)を送(おく)りて後門(うしろど)より出(い)ださん!」と。三蔵(さんぞう)聴(き)きて、戦兢兢(せんきょうきょう)として叩頭(こうとう)し老者(ろうじゃ)に謝(しゃ)し、即(すなわ)ち八戒(はっかい)を喚(よ)んで馬(うま)を牽(ひ)かしめ、沙僧(さそう)に担(にな)いを挑(にな)わせ、行者(ぎょうじゃ)に九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)を拿(と)らしめたり。老者(ろうじゃ)は後門(うしろど)を開(ひら)き、彼(かれ)を放(はな)ち去(さ)らしめ、依(よ)りて旧(もと)の如(ごと)く悄(しの)びやかに前(まえ)に来(きた)りて睡(ねむ)り下(お)れり。
却説(さて)那(かの)厮(やつ)ら刀槍(とうそう)を磨(と)ぎ速(はや)くし、飯食(めし)を喫(く)い飽(あ)きし時(とき)、巳(すで)に五更(ごこう)の天気(てんき)なり。一斉(いっせい)に園中(えんちゅう)に来(きた)りて看(み)る処(ところ)、却(かえ)って見(み)えず。即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて灯(ともしび)を点(とも)し火(ひ)を着(つ)け、尋(たず)ぬること彀(た)ゆるまでに多時(しばらく)、四(よも)に踪跡(そうせき)無(な)く、只(た)だ後門(うしろど)の開(ひら)けるを見(み)て、都(みな)道(いわ)く、「後門(うしろど)より走(に)げたり! 走(に)げたり!」と。一声(ひとこえ)喊(さけ)び発(はっ)し、「趕(お)い将(つ)って上(うえ)に拿(と)り来(きた)れ」と。一箇一箇(めいめい)飛(と)ぶが如(ごと)く箭(や)に似(に)て、一直(ひたすら)に東方(とうほう)の日出(ひので)まで趕(お)い到(いた)りしに、却(かえ)って才(はじ)めて唐僧(とうそう)を望(みわた)せり。那(か)の長老(ちょうろう)忽(たちま)ち喊声(かんせい)を聴(き)き、頭(こうべ)を回(めぐ)らして観(み)れば、後面(うしろ)に二三十人(にさんじゅうにん)有(あ)り、槍刀(そうとう)簇簇(ぞくぞく)として来(きた)る。便(すなわ)ち叫(さけ)んで、「徒弟(でてい)や、賊兵(ぞくへい)追(お)い至(いた)れり、怎(いか)に奈何(いかん)せん!」と。行者道(いわ)く、「放心(ほうしん)せよ! 放心(ほうしん)せよ! 老孫(ろうそん)彼等(かれら)を了(おわ)らしめんと来(きた)る!」と。三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(よ)りて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、切(せつ)に人(ひと)を傷(そこな)うこと莫(な)かれ、只(た)だ彼(かれ)を吓(おど)し退(しりぞ)けて便(すなわ)ち罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)は那(なん)ぞ肯(あえ)て信(しん)を聴(き)かん、急(いそ)ぎて棒(ぼう)を掣(ひっさ)げ首(こうべ)を回(めぐ)らして相(むか)い迎(むか)えて道(いわ)く、「列位(れつい)何処(いずこ)へ往(ゆ)く」と。衆(しゅう)の賊(ぞく)罵(ののし)って道(いわ)く、「禿厮(とくし)無礼(ぶれい)なり! 我(わ)が大王(だいおう)の命(いのち)を還(かえ)せ!」と。那(かの)厮(やつ)ら圈子陣(けんしじん)を成(な)して行者(ぎょうじゃ)を中(なか)に囲(かこ)み、槍刀(そうとう)を挙(あ)げて乱(みだ)りに砍(き)り乱(みだ)りに搠(つ)く。這(こ)の大聖(たいせい)は金箍棒(きんこぼう)を幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、碗(わん)来(ほど)の粗(あら)さにし、那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)を打(う)ちて星(ほし)の落(お)ち雲(くも)の散(ち)るが如(ごと)くならしむ。湯(ふ)るる者は就(すなわ)ち死(し)し、挽(ふ)るる者は就(すなわ)ち亡(ほろ)ぶ。搕(あ)たる者は骨(ほね)折(お)れ、擦(す)るる者は皮(ひ)傷(きず)つく。乖(かしこ)き些(もの)は跑(に)げ脱(のが)れて幾箇(いくたり)か有(あ)り、痴(おろ)かなる些(もの)は都(みな)閻王(えんおう)に見(まみ)えたり!
三蔵(さんぞう)は馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて、許多(あまた)の人(ひと)を打(う)ち倒(たお)すを見(み)、慌(あわ)てて馬(うま)を放(はな)ちて西(にし)へ奔(はし)る。猪八戒(ちょはっかい)と沙和尚(さおしょう)は、鞭鐙(べんとう)に緊(かた)く随(したが)いて去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)は那(か)の死(し)なずして傷(きず)を帯(お)びたる賊人(ぞくじん)に問(と)うて道(いわ)く、「那(いず)れか是(こ)れ那(か)の楊老児(ようろうじ)の子(こ)ぞ」と。那(か)の賊(ぞく)哼哼(うんうん)と告(もう)して道(いわ)く、「爺爺(おおかた)、那(か)の黄(き)を穿(き)たるが是(こ)れなり!」と。行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に進(すす)み、刀(かたな)を奪(うば)い過(よ)ぎ、箇(ひとり)の黄(き)を穿(き)たる者の頭(こうべ)を割(き)り下(おろ)し、血(ち)淋漓(りんり)たるを手(て)の中(なか)に提(さ)げ、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、雲歩(うんぽ)を運(はこ)びて、唐僧(とうそう)の馬前(ばぜん)に趕(お)い着(つ)き、頭(こうべ)を提(ひっさ)げて道(いわ)く、「師父(しふ)、是(こ)れ楊老児(ようろうじ)の逆子(ぎゃくし)なり。老孫(ろうそん)将(も)って首級(しゅきゅう)を取(と)り来(きた)れり」と。三蔵(さんぞう)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、慌(あわ)てて馬(うま)より跌(つまず)き下(お)り、罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の潑猢猻(はつこじん)唬(おど)ろかし殺(ころ)すも我(われ)なり! 早(はや)く拿(と)り過(よ)ぎよ! 早(はや)く拿(と)り過(よ)ぎよ!」と。八戒(はっかい)前(まえ)に進(すす)み、人(ひと)の頭(こうべ)を一脚(ひとあし)にて路旁(みちばた)に踢(け)り下(おろ)し、釘鈀(ていは)を使(つか)って些(すこ)しの土(つち)を築(つ)いて蓋(おお)えり。沙僧(さそう)は担子(たんす)を放下(おろ)し、唐僧(とうそう)を攙(ささ)えて道(いわ)く、「師父(しふ)請(こう)起(た)て」と。那(か)の長老(ちょうろう)は地(ち)の下(した)に在(あ)りて正(ただ)しく性(しょう)をし、心中(しんちゅう)に《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ起(おこ)し、箇(こ)の行者(ぎょうじゃ)を勒(し)めて耳(みみ)紅(あか)く面(かお)赤(あか)く、眼(め)脹(は)れ頭(あたま)昏(くら)ませ、地(ち)の下(した)に在(あ)りて滚(まろ)ばしめ、只(た)だ教(いわ)く、「念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。那(か)の長老(ちょうろう)念(ねん)ずること十余遍(じゅうよへん)に彀(た)ゆるも、還(ま)た口(くち)を住(とど)めず。行者(ぎょうじゃ)は筋斗(きんと)を翻(ひるがえ)し、蜻蛉(とんぼ)を竪(た)て、疼痛(とうつう)禁(とど)め難(がた)く、只(た)だ叫(さけ)んで、「師父(しふ)我(わ)が罪(つみ)を饒(ゆる)せ! 話(ことば)有(あ)らば便(すなわ)ち説(い)え、念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。三蔵(さんぞう)却(かえ)って才(はじ)めて口(くち)を住(とど)めて道(いわ)く、「話(ことば)を説(と)くこと無(な)し、我(われ)汝(なんじ)を跟(したが)うるを要(い)らず、汝(なんじ)回(かえ)り去(さ)れ!」と。行者(ぎょうじゃ)疼(いた)みを忍(しの)びて叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「師父(しふ)、怎(なん)すれぞ就(すなわ)ち我(われ)を趕(お)い去(さ)るや」と。三蔵道(いわ)く、「汝(なんじ)が這(こ)の潑猴(はつこう)、凶悪(きょうあく)太(はなは)だ甚(はなはだ)し、是(こ)れ箇(ひとり)の取経(しゅきょう)の人(ひと)に非(あら)ず。昨日(きのう)山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)りて、那(か)の両箇(ふたり)の賊頭(ぞくとう)を打(う)ち殺(ころ)せしを、我(われ)已(すで)に汝(なんじ)の不仁(ふじん)を怪(あや)しめり。晩(く)るるに及(およ)びて老者(ろうじゃ)の家(いえ)に到(いた)り、彼(かれ)の斎(とき)を賜(たま)い宿(やど)を借(か)らるるを蒙(こうむ)り、又(また)彼(かれ)の後門(うしろど)を開(ひら)きて我等(われら)をして性命(いのち)を逃(のが)れしむるを蒙(こうむ)れり。彼(かれ)が子(こ)の不肖(ふしょう)なるは、我(われ)と干(かか)わり無(な)しと雖(いえど)も、亦(ま)た該(まさ)に就(すなわ)ち彼(かれ)の首(こうべ)を梟(くびき)るべからず。況(いわ)んや又(また)多人(たにん)を殺(ころ)し、多少(いくばく)の生命(いのち)を壊(そこな)い、天地(てんち)の多少(いくばく)の和気(わき)を傷(そこな)えり。屡次(たびたび)汝(なんじ)を勧(すす)むるに、更(さら)に一毫(いちごう)の善念(ぜんねん)も無(な)し。汝(なんじ)を要(もち)いて何(なん)と為(な)さん! 早(はや)く走(に)げよ! 早(はや)く走(に)げよ! 又(また)真言(しんごん)を念(ねん)ぜらるるを免(まぬか)れよ!」と。行者(ぎょうじゃ)怕(おそ)れ、只(た)だ教(いわ)く、「念(ねん)ずるな、念(ねん)ずるな! 我(われ)去(ゆ)かん!」と。去(さ)ると説(い)う声(こえ)の下(もと)に、一路(いちろ)の筋斗雲(きんとうん)、影(かげ)無(な)く踪(あと)無(な)く、遂(つい)に見(み)えずなりぬ。咦(ああ)! 這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ、
心(こころ)に凶狂(きょうきょう)有(あ)れば丹(たん)熟(じゅく)せず、
神(しん)に定位(ていい)無(な)ければ道(みち)成(な)り難(がた)し。
畢竟(はてさて)那(か)の大聖(たいせい)の何方(いずかた)へ投(とう)じ往(ゆ)くやは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。