却説(さて)孫大聖(そんたいせい)は惱悶(なやみくよくよ)として、空(そら)の中(なか)に起(た)ち、花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に回(かえ)らんと欲(ほっ)すれど、本洞(ほんどう)の小妖(しょうよう)の見笑(みわら)いし、「我(われ)の爾(なんじ)より出(い)でて爾(なんじ)に反(かえ)るは、大丈夫(だいじょうふ)の器(うつわ)に非(あら)ず」と笑(わら)わんことを恐(おそ)る。天宮(てんぐう)へ投奔(とうほん)せんと欲(ほっ)すれど、又(また)天宮(てんぐう)の内(うち)久(ひさ)しく住(す)むを容(い)れざらんことを恐(おそ)る。海島(かいとう)に投(とう)ぜんと欲(ほっ)すれど、却(かえ)って又(また)那(か)の三島(さんとう)の諸仙(しょせん)に見(まみ)ゆるを羞(は)ず。龍宮(りゅうぐう)へ奔(はし)らんと欲(ほっ)すれど、又(また)気(き)を伏(ふく)して龍王(りゅうおう)に求告(きゅうこく)するに服(ふく)せず。真個(まこと)に是(こ)れ依(よ)る所(ところ)無(な)く倚(よ)る所(ところ)無(な)く、苦(くる)しみ自(みずか)ら忖量(そんりょう)して道(いわ)く、「罷(や)めよ! 罷(や)めよ! 罷(や)めよ! 我(われ)還(ま)た往(ゆ)きて我(わ)が師父(しふ)に見(まみ)えん、是(こ)れ還(ま)た正果(しょうか)ならん」と。遂(つい)に雲頭(うんとう)を按下(おしくだ)し、径(ただ)ちに三蔵(さんぞう)の馬前(ばぜん)に至(いた)りて侍立(じりつ)して道(いわ)く、「師父(しふ)、弟子(でし)のこの遭(たび)を恕(ゆる)せ!
向後(こののち)再(ふたた)び敢(あえ)て凶(きょう)を行(おこ)なわず、一一(ことごとく)師父(しふ)の教誨(きょうかい)を受(う)けん。千万(くれぐれ)も還(ま)た我(われ)を得(え)て汝(なんじ)を保(ほ)し西天(さいてん)へ往(ゆ)かしめ給(たま)え」
と。唐僧(とうそう)見(み)て、更(さら)に答(こた)えず、馬(うま)を兜(おさ)え、即(すなわ)ち《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ、顛(てん)し来(きた)り倒(とう)し去(さ)り、又(また)念(ねん)ずること二十余遍(にじゅうよへん)有(あ)り、大聖(たいせい)を咒(じゅ)し倒(たお)して地(ち)に在(あ)らしめ、箍児(こじ)の肉(にく)の裡(うち)に陷(おちい)ること一寸来(いっすんばかり)の深浅(ふかさ)有(あ)り、方(ようや)く口(くち)を住(とど)めて道(いわ)く、「汝(なんじ)回(かえ)り去(さ)らず、又(また)来(きた)りて我(われ)に纏(まと)わるは怎(なん)とする」と。行者(ぎょうじゃ)只(た)だ教(いわ)く、
「念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ! 我(われ)は是(こ)れ日(ひ)を過(す)ごす処(ところ)有(あ)るなり、只(た)だ怕(おそ)るるは汝(なんじ)の我(われ)無(な)くして西天(さいてん)へ往(ゆ)き得(え)ざるを」
と。三蔵(さんぞう)怒(いか)りを発(はっ)して道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの猢猻(こじん)は生(せい)を殺(ころ)し命(いのち)を害(そこな)い、我(われ)を連累(れんるい)すること多少(いくばく)ぞ。如今(いま)実(げ)に汝(なんじ)を要(い)らず! 我(われ)の往(ゆ)き得(う)るも往(ゆ)き得(え)ざるも、汝(なんじ)の事(こと)に干(かか)わらず! 早(はや)く走(に)げよ! 早(はや)く走(に)げよ! 些(すこ)しも遅(おく)るれば、我(われ)又(また)真言(しんごん)を念(ねん)ぜん、この番(たび)は決(けっ)して口(くち)を住(とど)めず、汝(なんじ)の脳漿(のうしょう)を把(も)って都(みな)勒(し)め出(いだ)さん!」と。大聖(たいせい)疼痛(とうつう)忍(しの)び難(がた)く、師父(しふ)の更(さら)に心(こころ)を回(かえ)さざるを見(み)、没奈何(なすべ)なく、只(た)だ又(また)筋斗雲(きんとうん)に駕(が)し、空(そら)の中(なか)に起(た)ち、忽然(たちまち)省(さと)り悟(さと)って道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)我(わ)が心(こころ)に負(そむ)けり。我(われ)且(しばら)く普陀崖(ふだがい)に向(むか)いて観音菩薩(かんのんぼさつ)に告(うった)え訴(うった)えんと往(ゆ)かん」と。
好(よ)きかな大聖(たいせい)、筋斗(きんと)を撥(はね)回(めぐ)らし、那(なん)ぞ一箇時辰(いちじしん)を消(しょう)せん、早(つと)に南洋(なんよう)の大海(たいかい)に至(いた)り、祥光(しょうこう)を住(とど)め下(おろ)し、直(ただ)ちに落伽山(らかさん)の上(うえ)に到(いた)り、紫竹林(しちくりん)の裡(うち)に撞入(つきい)る。忽(たちま)ち木吒行者(もくたぎょうじゃ)の迎(むか)うる面(おもて)に作礼(されい)するを見(み)て道(いわ)く、
「大聖(たいせい)何処(いずこ)へ往(ゆ)く」と。行者道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えんとす」と。木吒(もくた)即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を引(みちび)きて潮音洞(ちょういんどう)の口(くち)に至(いた)る。又(また)善財童子(ぜんざいどうじ)の作礼(されい)して道(いわ)く、「大聖(たいせい)何(なん)の用(よう)か有(あ)りて告(もう)す所(ところ)ぞ」と。行者道(いわ)く、「事(こと)有(あ)りて菩薩(ぼさつ)に告(もう)さんとす」と。
善財(ぜんざい)一箇(ひとつ)の告(うったえ)の字(じ)を聴(き)き、笑(わら)って道(いわ)く、「好(よ)き刁嘴(ねじくち)の猴児(こうじ)よ、還(ま)た当時(そのかみ)我(われ)の唐僧(とうそう)を拿(と)らえしに汝(なんじ)に欺(あざむ)かれしに象(に)たり! 我(わ)が菩薩(ぼさつ)は是(こ)れ箇(ひとり)の大慈大悲(だいじだいひ)、大願大乗(だいがんだいじょう)、救苦救難(くくぐなん)、無辺無量(むへんむりょう)の聖善(せいぜん)の菩薩(ぼさつ)なり。甚(なん)の不是(あやまり)の処(ところ)有(あ)りてか、汝(なんじ)彼(かれ)を告(うった)えんとする」と。行者(ぎょうじゃ)は満懐(いっぱい)の悶気(もんき)有(あ)り、一(ひと)たび此(こ)の言(こと)を聞(き)くや、心中(しんちゅう)怒(いかり)を発(はっ)し、咄(とつ)の一声(ひとこえ)、善財童子(ぜんざいどうじ)を喝(かつ)して箇(ひとつ)の倒退(とうたい)をさせ、道(いわ)く、「この背義忘恩(はいぎぼうおん)の小畜生(しょうちくしょう)、着実(まこと)に愚魯(ぐろ)なり! 汝(なんじ)の那(そ)の時節(とき)に作怪(さっかい)して精(せい)と成(な)りしに、我(われ)菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて汝(なんじ)を収(おさ)め、迦持(かじ)に皈正(きせい)せしめ、如今(いま)この等(よう)の極楽(ごくらく)長生(ちょうせい)、自在逍遥(じざいしょうよう)、天(てん)と寿(じゅ)を同(おな)じうするを得(え)たるに、還(ま)た老孫(ろうそん)に拝謝(はいしゃ)せず、転(うたた)倒(さかしま)に這般(かくのごと)く侮慢(ぶまん)す! 我(われ)は是(こ)れ事(こと)有(あ)りて来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に告(もう)し求(もと)めんとするに、却(かえ)って怎(どう)して我(われ)の刁嘴(ねじくち)にして菩薩(ぼさつ)を告(うった)えんとすと説(い)うや」と。善財(ぜんざい)陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「還(ま)た是(こ)れ箇(ひとり)の急(せ)き猴子(こうし)なり。我(われ)汝(なんじ)と作笑耍子(ざれごと)せるに、汝(なんじ)怎(どう)して就(すなわ)ち臉(かお)を変(か)えたる」と。
正(まさ)に講(はな)す処(ところ)、只(た)だ見(み)る、白鸚哥(はくおうか)の飛(と)び来(きた)り飛(と)び去(さ)る。是(こ)れ菩薩(ぼさつ)の呼喚(よびたま)うなるを知(し)り、木吒(もくた)と善財(ぜんざい)遂(つい)に前(まえ)に進(すす)みて引導(いんどう)し、宝蓮台(ほうれんだい)の下(した)に至(いた)る。行者(ぎょうじゃ)菩薩(ぼさつ)を望見(みわた)すや、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)し、止(とど)むること能(あた)わず涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)く、声(こえ)を放(はな)って大(おお)いに哭(な)けり。菩薩(ぼさつ)は木吒(もくた)と善財(ぜんざい)に扶(たす)け起(おこ)さしめて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、甚(なん)の傷感(しょうかん)の事(こと)有(あ)るか、明(あき)らけく説(と)き来(きた)れ。哭(な)くな哭(な)くな、我(われ)汝(なんじ)と苦(く)を救(すく)い災(わざわい)を消(け)さん」と。行者(ぎょうじゃ)涙(なみだ)を垂(た)れて再(ふたた)び拝(おが)んで道(いわ)く、「当年(とうねん)弟子(でし)人(ひと)と為(な)りしより、曾(かつ)て那(いず)れの気(き)を受(う)けしや。自(おのず)から菩薩(ぼさつ)の天災(てんさい)を解脱(げだつ)せられ、教(きょう)を沙門(しゃもん)に秉(と)るを蒙(こうむ)りしより、唐僧(とうそう)を保護(ほご)して西天(さいてん)へ往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)め、我(わ)が弟子(でし)身(み)を捨(す)て命(いのち)を拚(かけ)て、彼(かれ)の魔障(ましょう)を救(すく)い解(と)きしは、老虎(ろうこ)の口(くち)の裡(うち)より脆骨(ぜいこつ)を奪(うば)い、蛟竜(こうりゅう)の背(せ)の上(うえ)に生鳞(せいりん)を掲(はが)すが如(ごと)し。只(た)だ真正(しんせい)に帰(き)して正果(しょうか)を成(な)し、業(ごう)を洗(あら)い邪(じゃ)を除(のぞ)かんことを指(ゆび)し望(のぞ)みしに、怎(どう)して知(し)らん、那(か)の長老(ちょうろう)は義(ぎ)に背(そむ)き恩(おん)を忘(わす)れ、直(ただ)に一片(いっぺん)の善縁(ぜんえん)を迷(まよ)わし、更(さら)に皂白(そうびゃく)の苦(く)を察(さっ)せざるとは!」と。菩薩道(いわ)く、「且(しばら)く那(か)の皂白(そうびゃく)の原因(げんいん)を説(と)きて我(われ)に聴(き)かしめよ」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち那(か)の草寇(そうこう)を打(う)ち殺(ころ)せし前後始終(ぜんごしじゅう)を、細(こま)かに陳(の)べ一遍(ひとわたり)せり。
却説(さて)唐僧(とうそう)は彼(かれ)の多人(たにん)を打(う)ち殺(ころ)せしに因(よ)り、心(こころ)に怨恨(えんこん)を生(しょう)じ、皂白(そうびゃく)を分(わか)たず、遂(つい)に《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ、彼(かれ)を趕(お)うこと幾次(いくたび)か、天(てん)に上(のぼ)るに路(みち)無(な)く、地(ち)に入(い)るに門(もん)無(な)く、特(こと)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に告(うった)え訴(うった)うるなり。
菩薩道(いわ)く、「唐三蔵(とうさんぞう)は旨(むね)を奉(ほう)じて西(にし)に投(とう)じ、一心(いっしん)に善(ぜん)を秉(と)りて僧(そう)と為(な)らんことを要(よう)し、決(けっ)して軽(かる)がるしく性命(いのち)を傷(そこな)わず。汝(なんじ)の如(ごと)き無量(むりょう)の神通(じんつう)有(あ)るもの、何(なん)の苦(くる)しみか許多(あまた)の草寇(そうこう)を打(う)ち殺(ころ)すや! 草寇(そうこう)は是(こ)れ不良(ふりょう)なりと雖(いえど)も、到底(つまるところ)是(こ)れ箇(ひとつ)の人身(じんしん)なり、打(う)ち殺(ころ)すべからず。那(か)の妖禽怪獣(ようきんかいじゅう)、鬼魅精魔(きみせいま)と同(おな)じからず。那(か)の者を打(う)ち殺(ころ)すは、是(こ)れ汝(なんじ)の功績(こうせき)なり。この人身(じんしん)を打(う)ち殺(ころ)すは、還(ま)た是(こ)れ汝(なんじ)の不仁(ふじん)なり。但(た)だ祛(はら)い退(しりぞ)け散(ちら)さば、自然(おのず)から汝(なんじ)の師父(しふ)を救(すく)い得(え)たり。我(わ)が公論(こうろん)に拠(よ)れば、還(ま)た是(こ)れ汝(なんじ)の不善(ふぜん)なり」と。行者(ぎょうじゃ)涙(なみだ)を噙(ふく)みて叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「縦(たとい)是(こ)れ弟子(でし)の不善(ふぜん)なりとも、也(ま)た当(まさ)に功(こう)を将(も)って罪(つみ)を折(しょう)すべく、這般(かくのごと)く我(われ)を逐(お)うべからず。万(よろず)菩薩(ぼさつ)の大慈悲(だいじひ)を捨(ほどこ)し、《松箍児咒(しょうこじじゅ)》を将(も)って念(ねん)じ念(ねん)じ、金箍(きんこ)を褪(ぬ)ぎ下(おろ)し、交(かわ)して汝(なんじ)に還(かえ)し、我(われ)を放(はな)ち仍(よ)りて水簾洞(すいれんどう)へ往(ゆ)きて生(せい)を逃(のが)れしめ給(たま)え!」と。菩薩笑(わら)って道(いわ)く、「《緊箍児咒(きんこじじゅ)》は、本(もと)是(こ)れ如来(にょらい)の我(われ)に伝(つた)えしものなり。当年(とうねん)我(われ)を東土(とうど)に差(つか)わして取経人(しゅきょうにん)を尋(たず)ねしめ、我(われ)に三件(さんけん)の宝貝(ほうばい)を賜(たま)えり。乃(すなわ)ち是(こ)れ錦襕袈裟(きんらんけさ)、九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)、金緊禁(きんきんきん)三箇(みっつ)の箍児(こじ)、咒語(じゅご)三篇(さんぺん)を秘授(ひじゅ)せられたり。却(かえ)って甚(なん)の《松箍児咒(しょうこじじゅ)》も無(な)し」と。行者道(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)告辞(こくじ)して菩薩(ぼさつ)を去(さ)らん」と。
菩薩道(いわ)く、「汝(なんじ)我(われ)に辞(じ)して何処(いずこ)へか往(ゆ)く」と。行者道(いわ)く、「我(われ)西天(さいてん)に上(のぼ)り、如来(にょらい)を拝(おが)み告(もう)し、《松箍児咒(しょうこじじゅ)》を念(ねん)ぜんことを求(もと)めんと往(ゆ)くなり」と。菩薩道(いわ)く、「汝(なんじ)且(しばら)く住(とど)まれ、我(われ)汝(なんじ)と祥晦(しょうかい)の如何(いかん)を看(み)ん」と。行者道(いわ)く、「看(み)るを消(もち)いず、只(た)だこの様(よう)に不祥(ふしょう)なるも亦(ま)た彀(た)れり」と。菩薩道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)を看(み)ず、唐僧(とうそう)の祥晦(しょうかい)を看(み)るなり」と。
好(よ)きかな菩薩(ぼさつ)、端坐(たんざ)して蓮台(れんだい)に在(あ)り、心(こころ)を三界(さんがい)に運(めぐ)らし、慧眼(えげん)遥(はる)かに観(み)て、遍(あまね)く宇宙(うちゅう)に周(あまね)し、霎時間(しばらく)にして口(くち)を開(ひら)いて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)の那(か)の師父(しふ)は頃刻(しばらく)の際(あいだ)に、就(すなわ)ち身(み)を傷(そこな)うの難(なん)有(あ)らんとす。久(ひさ)しからずして便(すなわ)ち来(きた)りて汝(なんじ)を尋(たず)ぬべし。汝(なんじ)只(た)だ此(こ)の処(ところ)に在(あ)れ、我(われ)をして唐僧(とうそう)と説(と)かしめ、彼(かれ)をして還(ま)た汝(なんじ)と同(とも)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)り、正果(しょうか)を了(おわ)らしめん」と。孫大聖(そんたいせい)は只(た)だ皈依(きえ)するを得(え)、敢(あえ)て造次(ぞうじ)せず、宝蓮台(ほうれんだい)の下(した)に侍立(じりつ)す。是(こ)れを題(あげ)ず。
却説(さて)唐長老(とうちょうろう)は行者(ぎょうじゃ)を趕(お)い回(かえ)してより、八戒(はっかい)に馬(うま)を引(みちび)かせ、沙僧(さそう)に担(にない)を挑(にな)わせ、馬(うま)を連(つら)ねて四口(よったり)、西(にし)へ奔(はし)ること五十里(ごじゅうり)の遠近(あたり)に上(のぼ)らざるに、三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(よ)りて道(いわ)く、「徒弟(でてい)よ、五更(ごこう)の時(とき)村舎(そんしゃ)を出(い)でてより、又(また)那(か)の弼馬温(ひつばおん)に気惱(きのう)を着(つ)けられ、この半日(はんじつ)飢(う)えて又(また)飢(う)え、渇(かわ)きて又(また)渇(かわ)く。那(た)れか往(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(か)し来(きた)りて我(われ)に喫(く)わしめん」と。八戒道(いわ)く、「師父(しふ)且(しばら)く馬(うま)を下(お)りることを請(こう)ぜよ、我(われ)をして近隣(きんりん)の庄村(そうそん)有(あ)るや無(な)きやを看(み)しめ、斎(とき)を化(か)さんと往(ゆ)かん」と。三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、馬(うま)より滚(まろ)び下(お)りぬ。呆子(ほうし)雲頭(うんとう)を縦(はな)ち起(おこ)し、半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)りて仔細(つまびらか)に観(み)わたせば、一望(いちぼう)尽(ことごと)く是(こ)れ山嶺(さんれい)、人(ひと)の家(いえ)有(あ)らんと思(おも)うこと莫(な)かれ。八戒(はっかい)雲(くも)を按下(おしくだ)し来(きた)り、三蔵(さんぞう)に対(むか)いて道(いわ)く、「却(かえ)って化斎(けさい)する処(ところ)無(な)し。一望(いちぼう)の間(あいだ)、全(まった)く荘舎(そうしゃ)無(な)し」と。三蔵道(いわ)く、「既(すで)に化斎(けさい)の処(ところ)無(な)くんば、且(しばら)く些(いささ)かの水(みず)を得(え)て渇(かわ)きを解(と)くも亦(ま)た可(よ)し」と。八戒道(いわ)く、「我(われ)をして南山(なんざん)の澗(たに)の下(した)へ往(ゆ)きて些(すこ)しの水(みず)を取(と)り来(きた)らしめよ」と。沙僧(さそう)即(すなわ)ち鉢盂(はつう)を取(と)り、八戒(はっかい)に遞(わた)せば、八戒(はっかい)鉢盂(はつう)を托(たく)し、雲霧(うんむ)を駕(が)し起(おこ)して去(さ)れり。
那(か)の長老(ちょうろう)は路旁(みちばた)に坐(ざ)し、等(ま)つこと彀(た)ゆるまでに多時(しばらく)なるも、回(かえ)り来(きた)らず。憐(あわ)れむべし、口(くち)乾(かわ)き舌(した)苦(にが)く熬(た)え難(がた)し。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、
神(しん)を保(たも)ち気(き)を養(やしな)うを之(こ)れ精(せい)と謂(い)い、
情性(じょうしょう)原来(もと)一(いつ)の形(かたち)を稟(う)く。
心乱(みだ)れ神昏(くら)みて諸病(しょびょう)作(おこ)り、
形(かたち)衰(おとろ)え精(せい)敗(やぶ)れて道元(どうげん)傾(かたむ)く。
三花(さんか)就(な)らずして空(むな)しく労碌(ろうろく)し、
四大(しだい)蕭条(しょうじょう)として枉(むだ)に争(あらそ)いを費(つい)やす。
土木(どぼく)功(こう)無(な)く金水(きんすい)絶(た)え、
法身(ほっしん)疏懶(そらん)にして何(いず)れの時(とき)か成(な)らん!
沙僧(さそう)旁(かたわら)に在(あ)りて、三蔵(さんぞう)の飢渇(きかつ)忍(しの)び難(がた)く、八戒(はっかい)の又(また)水(みず)を取(と)り来(きた)らざるを見(み)、只(た)だ行嚢(こうのう)を穏(おだ)やかにし、白馬(はくば)を牢(かた)く拴(つな)ぎて道(いわ)く、
「師父(しふ)、汝(なんじ)自(みずか)ら在(あ)れ、我(われ)をして往(ゆ)きて水(みず)を催(うなが)し来(きた)らしめよ」
と。長老(ちょうろう)涙(なみだ)を含(ふく)みて言(こと)無(な)く、但(た)だ頭(こうべ)を点(うなず)かして相(あい)答(こた)う。沙僧(さそう)急(いそ)ぎて雲光(うんこう)に駕(が)し、亦(ま)た南山(なんざん)へ向(むか)いて去(さ)れり。
那(か)の師父(しふ)は独(ひと)り煉(ね)り自(みずか)ら熬(た)え、困苦(こんく)太(はなは)だ甚(はなはだ)し。正(まさ)に愴惶(そうこう)の際(きわ)に在(あ)りて、忽(たちま)ち一声(ひとこえ)の響(ひび)き亮(あき)らけきを聴(き)く。唬(おど)ろかされたる長老(ちょうろう)身(み)を欠(か)がめて看(み)る処(ところ)、原来(もと)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の路旁(みちばた)に跪(ひざまず)き、双手(もろて)に一箇(ひとつ)の磁杯(じはい)を捧(ささ)げて道(いわ)く、「師父(しふ)、老孫(ろうそん)無(な)くんば、汝(なんじ)水(みず)すらも亦(ま)た彀(た)ること能(あた)わざるなり。この一杯(ひとはい)の好(よ)き凉水(すずみず)、汝(なんじ)且(しばら)く一口(ひとくち)水(みず)を喫(の)んで渇(かわ)きを解(と)け、我(われ)をして再(ま)た往(ゆ)きて斎(とき)を化(か)さしめよ」と。長老道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)の水(みず)を喫(の)まず! 立地(そのば)に渇(かわ)き死(し)するとも、我(われ)当(まさ)に命(めい)に任(まか)せん! 汝(なんじ)を要(い)らず! 汝(なんじ)去(さ)れ!」と。行者道(いわ)く、「我(われ)無(な)くんば汝(なんじ)西天(さいてん)へ往(ゆ)き得(え)ざるなり」と。三蔵道(いわ)く、「往(ゆ)き得(う)るも往(ゆ)き得(え)ざるも、汝(なんじ)の事(こと)に干(かか)わらず! 潑猢猻(はつこじん)!
只(た)だ管(ひたす)ら来(きた)りて我(われ)に纏(まと)わりて甚(なん)とせん!」
と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)臉(かお)を変(か)え、怒(いかり)を発(はっ)して嗔(いかり)を生(しょう)じ、長老(ちょうろう)を喝(かつ)し罵(ののし)って道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの狠心(こんしん)の潑禿(はっとく)、十分(じゅうぶん)に我(われ)を賤(いやし)む!」と。鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、磁杯(じはい)を捨(す)て、長老(ちょうろう)の脊背(せなか)の上(うえ)を望(めが)けて砑(お)すこと一下(ひとつ)、那(か)の長老(ちょうろう)昏暈(こんうん)して地(ち)に在(あ)り、言(ことば)を能(あた)わず。彼(かれ)に兩個(ふたつ)の青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)を手(て)の中(なか)に提(ひっさ)げられ、筋斗雲(きんとうん)に駕(が)せられ、何処(いずこ)へか知(し)れず去(さ)りぬ。
却説(さて)八戒(はっかい)は鉢盂(はつう)を托(たく)し、只(た)だ山南(さんなん)の坡下(はした)へ奔(はし)る。忽(たちま)ち山凹(やまくぼ)の間(あいだ)に、一座(いちざ)の草舎(そうしゃ)の人家(じんか)有(あ)るを見(み)る。原来(もと)在先(さき)に看(み)し時(とき)、山(やま)の高(たか)きに遮(さえぎ)られ、未(いま)だ見(み)得(え)ざりしなり。今(いま)辺前(ほとり)に来(きた)り到(いた)りて、方(はじ)めて是(こ)れ人(ひと)の家(いえ)なるを知(し)る。呆子(ほうし)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、「我(われ)若(も)し是(こ)の如(ごと)き醜(みにく)き嘴臉(しれん)ならば、決然(かなら)ず我(われ)を怕(おそ)れ、枉(むだ)に神思(しんし)を労(ろう)し、断然(かなら)ず斎飯(さいはん)を化(か)し得(え)じ。須(かなら)ず是(こ)れ変(へん)じて好(よ)からん! 須(かなら)ず是(こ)れ変(へん)じて好(よ)からん!」と。好(よ)きかな呆子(ほうし)、訣(けつ)を捻(ひね)り、一箇(ひとつ)の咒(じゅ)を念(ねん)じ、身(み)を把(も)って揺(ゆ)るがすこと七八揺(ななはちゆ)り、一箇(ひとり)の食癆病(しょくろうびょう)の黄胖(おうはん)の和尚(おしょう)に変作(へんさく)し、口裡(くちのうち)に哼哼噴噴(こうこうふんふん)と、門前(もんぜん)に挨(すりよ)り近(ちか)づき、叫(さけ)んで道(いわ)く、「施主(せしゅ)、厨中(くりや)に剩飯(のこりめし)有(あ)り、路上(みち)に飢(う)えたる人(ひと)有(あ)り。貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土(とうど)より往(ゆ)きて西天(さいてん)に取経(しゅきょう)する者(もの)なり。我(わ)が師父(しふ)路(みち)に在(あ)りて飢(う)え渇(かわ)けり。家中(いえなか)に鍋巴(なべこげ)冷飯(ひやめし)有(あ)らば、千万(なにとぞ)些(すこ)しを化(か)して口(くち)を救(すく)え」と。
原来(もと)那(か)の家(いえ)の子(もの)の男人(おとこ)は家(いえ)に在(あ)らず、都(みな)秧(なえ)を插(さ)し穀(こく)を種(う)えんと往(ゆ)き去(さ)り、只(た)だ両箇(ふたり)の女人(おんな)の家(いえ)に在(あ)る有(あ)るのみ。正(まさ)に才(いま)し方(まさ)に午飯(ごはん)を煮(に)し、両盆(ふたつ)に盛(も)り起(おこ)し、却(しか)るに收拾(しゅうしゅう)して田(た)へ送(おく)り下(おろ)さんとし、鍋(なべ)の裡(うち)に還(ま)た些(すこ)しの飯(めし)と鍋巴(なべこげ)有(あ)りて、未(いま)だ盛(も)らざりしなり。那(か)の女人(おんな)は彼(かれ)の這(か)くの如(ごと)き病容(びょうよう)を見(み)、却(かえ)って又(また)東土(とうど)より西天(さいてん)へ往(ゆ)くの話(ことば)を説(と)くを聞(き)き、只(た)だ恐(おそ)るるは彼(かれ)の是(こ)れ病(やまい)に昏(くら)みて胡説(こせつ)せしを、又(また)怕(おそ)るるは跌(つまず)き倒(たお)れて門首(かど)に死(し)せんことを、只(た)だ哄哄翕翕(こうこうきゅうきゅう)と、些(すこ)しの剩飯(のこりめし)鍋巴(なべこげ)を将(も)って、満満(いっぱい)に一鉢(ひとつ)を与(あた)えたり。呆子(ほうし)拿(と)り転(めぐ)り来(きた)り、本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、径(ただ)ちに旧路(きゅうろ)に回(かえ)る。正(まさ)に走(はし)る間(あいだ)、人(ひと)の「八戒(はっかい)」と呼(よ)ぶを聴(き)く。八戒(はっかい)頭(こうべ)を挙(あ)げて看(み)る時(とき)、却(かえ)って是(こ)れ沙僧(さそう)の山崖(さんがい)の上(うえ)に立(た)ちて喊(さけ)ぶなり。「此処(ここ)へ来(きた)れ! 此処(ここ)へ来(きた)れ!」と。崖(がけ)を下(くだ)りて及(およ)び、前(まえ)に迎(むか)え至(いた)りて道(いわ)く、「この澗(たに)の裡(うち)に好(よ)き清水(しみず)有(あ)るに舀(く)まず、汝(なんじ)何処(いずこ)へか往(ゆ)き去(さ)りし」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)此処(ここ)に到(いた)り、山凹子(やまくぼ)に人(ひと)の家(いえ)有(あ)るを見(み)、我(われ)往(ゆ)きてこの一鉢(ひとつ)の干飯(ひやめし)を化(か)し来(きた)れり」と。沙僧道(いわ)く、「飯(めし)も亦(ま)た用(もち)いる所(ところ)なれど、只(た)だ師父(しふ)の渇(かわ)くこと緊(きゅう)なりしに、怎(どう)して水(みず)を得(え)て往(ゆ)かん」と。八戒道(いわ)く、「水(みず)を要(い)るも亦(ま)た易(やす)し。汝(なんじ)衣襟(えり)を将(も)って来(きた)りてこの飯(めし)を兜(つつ)め、我(われ)をして鉢盂(はつう)を使(つか)いて水(みず)を舀(く)ましめよ」と。
二人(ふたり)歓歓喜喜(よろこびうれい)として、路(みち)の上(うえ)に回(かえ)り至(いた)りしに、只(た)だ見(み)る、三蔵(さんぞう)の面(かお)地(ち)に磕(つ)き、塵埃(じんあい)の中(なか)に倒(たお)れ、白馬(はくば)は韁(たづな)を撒(はな)ち、路旁(みちばた)に在(あ)りて長(なが)く嘶(いなな)き跑(はし)り跳(おど)り、行李(こうり)の担(にない)は踪影(そうえい)見(み)えず。慌(あわ)てたる八戒(はっかい)は脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)ち、大(おお)いに呼(よ)び小(こ)さく叫(さけ)んで道(いわ)く、「講(い)うを消(もち)いず! 講(い)うを消(もち)いず! 這(こ)れは還(ま)た是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の趕(お)い走(に)がせし余党(よとう)の、此(ここ)に来(きた)りて師父(しふ)を打(う)ち殺(ころ)し、行李(こうり)を搶(うば)い去(さ)りしなるべし!」と。沙僧道(いわ)く、「且(しばら)く往(ゆ)きて馬(うま)を把(も)って拴(つな)ぎ止(とど)めよ!」と。只(た)だ叫(さけ)んで、「怎(いか)にせば好(よ)からん! 怎(いか)にせば好(よ)からん! 這(こ)れ誠(まこと)に所謂(いわゆる)半途(はんと)にして廃(はい)し、中道(ちゅうどう)にして止(や)むなり!」と。一声(ひとこえ)「師父(しふ)!」と叫(さけ)び、満眼(まんがん)に珠(たま)を抛(なげうち)、傷心(しょうしん)して痛(いた)く哭(な)けり。八戒道(いわ)く、「兄弟(けいてい)且(しばら)く哭(な)くを休(や)めよ。如今(いま)事(こと)已(すで)に此(ここ)に到(いた)れり、取経(しゅきょう)の事(こと)は、且(しばら)く説(と)くこと莫(な)かれ。汝(なんじ)師父(しふ)の尸霊(しれい)を看(み)て、我(われ)をして馬(うま)を騎(の)りて那(か)の府州県(ふしゅうけん)の郷村店集(きょうそんてんしゅう)へ到(いた)りて売(う)りて幾両(いくりょう)かの銀子(ぎんす)と作(な)し、一口(ひとつ)の棺木(かんぼく)を買(か)い、師父(しふ)を把(も)って埋(うず)め、我(われ)両箇(ふたり)各(おのおの)道路(みち)を尋(たず)ねて散伙(さんか)せん」と。沙僧(さそう)は実(げ)に舍(す)つるに忍(しの)びず、唐僧(とうそう)の身体(からだ)を扳(ひき)え転(めぐ)らし、臉(かお)を以(もっ)て臉(かお)を温(あたた)め、一声(ひとこえ)哭(な)いて、「苦命(くめい)の師父(しふ)よ!」と。只(た)だ見(み)る、那(か)の長老(ちょうろう)の口鼻(くちはな)の裡(うち)より熱気(ねっき)を吐(は)き出(いだ)し、胸前(むなさき)温暖(おんだん)なり。連(つづ)けて叫(さけ)んで、「八戒(はっかい)、汝(なんじ)来(きた)れ! 師父(しふ)は未(いま)だ命(いのち)を傷(そこな)われざるなり!」と。那(か)の呆子(ほうし)才(はじ)めて前(まえ)に近(ちか)づき扶(たす)け起(おこ)す。長老(ちょうろう)蘇醒(そせい)し、一会(しばらく)呻吟(しんぎん)して、罵(ののし)って道(いわ)く、「好(よ)き潑猢猻(はつこじん)、我(われ)を打(う)ち殺(ころ)すもまた!」と。沙僧(さそう)・八戒(はっかい)問(と)うて道(いわ)く、「是(こ)れ那(いず)れの猢猻(こじん)ぞ」と。長老(ちょうろう)言(い)わず、只(た)だ嘆息(たんそく)し、却(かえ)って水(みず)を討(こう)て幾口(いくくち)か喫(の)み、才(はじ)めて説(と)く、「徒弟(でてい)よ、汝等(なんじら)剛(いま)し方(まさ)に去(さ)りしに、那(か)の悟空(ごくう)更(さら)に来(きた)りて我(われ)に纏(まと)われり。是(こ)れ我(われ)堅(かた)く執(と)りて収(おさ)めざりしに、彼(かれ)遂(つい)に我(われ)を将(も)って一棒(いっぽう)打(う)ち、青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)都(みな)搶(うば)い去(さ)れり」と。八戒(はっかい)聴(き)きて、口中(こうちゅう)の牙(きば)を咬(か)み響(ひび)かせ、心頭(しんとう)の火(ひ)を発(はっ)して道(いわ)く、「叵耐(こらえが)たきこの潑猴子(はつこうし)、怎(どう)して敢(あえ)て這般(かくのごと)く無礼(ぶれい)ならん!」と。沙僧(さそう)に教(いわ)く、「汝(なんじ)師父(しふ)に伏侍(ぶじ)せよ、我(われ)をして彼(かれ)の家(いえ)へ到(いた)りて包袱(ほうふく)を討(こう)ぜしめよ!」と。沙僧道(いわ)く、「汝(なんじ)且(しばら)く怒(いかり)を発(はっ)するを休(や)めよ。我等(われら)師父(しふ)を扶(たす)けて那(か)の山凹(やまくぼ)の人家(じんか)に到(いた)りて些(いささ)かの熱(あたたか)き茶湯(ちゃとう)を化(か)し、先(さき)に化(か)せし飯(めし)を将(も)って熱(あたた)め、師父(しふ)を調理(ちょうり)し、再(ま)た往(ゆ)きて彼(かれ)を尋(たず)ねん」と。八戒(はっかい)言(こと)に依(したが)い、師父(しふ)を扶(たす)けて馬(うま)に上(のぼ)らせ、鉢盂(はつう)を拿(と)り、冷飯(ひやめし)を兜(つつ)み、直(ただ)ちに那(か)の家(いえ)の門首(かど)に至(いた)る。只(た)だ見(み)る、那(か)の家(いえ)に只(た)だ一箇(ひとり)の老婆子(ろうばし)の家(いえ)に在(あ)る有(あ)るのみ、忽(たちま)ち彼等(かれら)を見(み)、慌(あわ)てて隠(かく)れ過(よ)ぎぬ。沙僧(さそう)掌(てのひら)を合(あわ)せて道(いわ)く、「老母親(ろうぼしん)、我等(われら)は是(こ)れ東土唐朝(とうどとうちょう)より西天(さいてん)へ差(つか)わされし者(もの)なり。師父(しふ)些(すこ)し不快(ふかい)有(あ)り、特(こと)に府上(ふじょう)を拝(おが)み、一口(ひとくち)の熱(あたたか)き茶湯(ちゃとう)を化(か)し、彼(かれ)に与(あた)えて飯(めし)を喫(く)わしめん」と。那(か)の媽媽(ばば)道(いわ)く、「適才(さっき)一箇(ひとり)の食癆病(しょくろうびょう)の和尚(おしょう)有(あ)り、東土(とうど)より差(つか)わされしと説(い)いて、已(すで)に斎(とき)を化(か)して去(さ)りぬ。又(また)一箇(ひとり)の甚(なん)の東土(とうど)の者有(あ)らん。我(われ)人(ひと)の家(いえ)に在(あ)らず、請(こう)じて別(べつ)に転転(めぐ)り給(たま)え」と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)き、八戒(はっかい)に扶(たす)けられ、馬(うま)を下(お)りて身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、「老婆婆(ろうばば)、我(わ)が弟子(でし)に三箇(さんにん)の徒弟(でてい)有(あ)り、意(い)を合(あわ)せ心(こころ)を同(おなじう)し、我(われ)を保護(ほご)して天竺国(てんじくこく)の大雷音(だいらいおん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めしむ。只(た)だ我(わ)が大徒弟(だいと)の孫悟空(そんごくう)と喚(よ)ぶ者の一生(いっしょう)凶悪(きょうあく)にして、善道(ぜんどう)に遵(したが)わざるに因(よ)り、是(こ)れ我(われ)逐(お)い回(かえ)せり。図(はか)らざりき、彼(かれ)暗々(ひそか)に走(はし)り来(きた)り、我(わ)が背(せ)の上(うえ)を着(つ)けて一棒(いっぽう)打(う)ち、我(わ)が行嚢(こうのう)衣鉢(いばつ)を将(も)って搶(うば)い去(さ)れり。如今(いま)一箇(ひとり)の徒弟(でてい)を着(つかわ)して彼(かれ)を尋(たず)ねて取(と)り討(こう)ぜんとす。因(よ)って那(か)の空路(くうろ)の上(うえ)は是(こ)れ坐(ざ)する処(ところ)に非(あら)ざれば、特(こと)に来(きた)りて老婆婆(ろうばば)の府上(ふじょう)に権(かり)に一時(いっとき)安息(あんそく)せん。行李(こうり)を討(と)り将(も)って来(きた)らば就(すなわ)ち行(ゆ)かん、決(けっ)して敢(あえ)て久(ひさ)しく住(す)まじ」と。那(か)の媽媽(ばば)道(いわ)く、「剛才(さっき)一箇(ひとり)の食癆病(しょくろうびょう)の黄胖(おうはん)の和尚(おしょう)有(あ)り、彼(かれ)斎(とき)を化(か)して去(さ)りぬ。也(ま)た東土(とうど)より西天(さいてん)へ往(ゆ)くと説(い)えり、怎(どう)して又(また)一起(ひとくみ)有(あ)らん」と。
八戒(はっかい)忍不住(たえず)笑(わら)って道(いわ)く、「就(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)なり。我(われ)生(うま)れつき嘴(くち)長(なが)く耳(みみ)大(おお)ききに因(よ)り、汝(なんじ)が家(いえ)の怕(おそ)れて斎(とき)を与(あた)えざらんことを恐(おそ)る。故(ゆえ)に那(か)の如(ごと)き形(かたち)に変作(へんさく)せしなり。汝(なんじ)信(しん)ぜずんば、我(わ)が兄弟(けいてい)の衣兜(ふところ)の裡(うち)は是(こ)れ汝(なんじ)が家(いえ)の鍋巴飯(なべこげめし)ならずや」と。那(か)の媽媽(ばば)認(みと)めて果(はた)して是(こ)れ彼(かれ)の与(あた)えし飯(めし)なるを知(し)り、遂(つい)に彼(かれ)を拒(こば)まず、彼等(かれら)を留(とど)めて坐(ざ)せしめ、却(かえ)って一確(ひとつ)の熱(あたたか)き茶(ちゃ)を焼(わか)し、沙僧(さそう)に遞(わた)して飯(めし)を泡(ひた)さしむ。沙僧(さそう)即(すなわ)ち冷飯(ひやめし)を将(も)って泡(ひた)し、師父(しふ)に遞(わた)す。師父(しふ)幾口(いくくち)か喫(く)い、性(しょう)を定(さだ)むること多時(しばらく)にして道(いわ)く、「那(た)れか往(ゆ)きて行李(こうり)を討(こう)ぜん」と。八戒道(いわ)く、
「我(われ)前年(ぜんねん)師父(しふ)の彼(かれ)を趕(お)い回(かえ)せしに因(よ)り、我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)を尋(たず)ぬること一次(ひとたび)有(あ)り、彼(かれ)の花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)を認(みと)めたり。我(われ)をして往(ゆ)かしめよ! 我(われ)をして往(ゆ)かしめよ!」
と。長老道(いわ)く、「汝(なんじ)往(ゆ)くを得(え)ず。那(か)の猢猻(こじん)は原(もと)汝(なんじ)と和(わ)せず、汝(なんじ)又(また)説話(せつわ)麁魯(そろ)なり。或(も)しは一言両句(ひとことふたこと)の間(あいだ)に、些(すこ)しの差池(たがい)有(あ)らば、彼(かれ)就(すなわ)ち汝(なんじ)を打(う)たんとす。悟浄(ごじょう)を着(つかわ)して往(ゆ)かしめよ」と。沙僧(さそう)応承(おうしょう)して道(いわ)く、「我(われ)往(ゆ)かん、我(われ)往(ゆ)かん」と。長老(ちょうろう)又(また)沙僧(さそう)に吩咐(いいつ)けて道(いわ)く、「汝(なんじ)那(あ)の処(ところ)に到(いた)らば、須(かなら)ず一箇(ひとつ)の頭勢(けはい)を看(み)よ。彼(かれ)若(も)し肯(あえ)て汝(なんじ)に包袱(ほうふく)を与(あた)えんには、汝(なんじ)就(すなわ)ち仮(かり)に謝(しゃ)して拿(と)り来(きた)れ。若(も)し肯(あえ)ずんば、切(せつ)に彼(かれ)と争競(そうきょう)すること莫(な)かれ、径(ただ)ちに南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に至(いた)り、此(こ)の情(こと)を将(も)って告訴(こくそ)し、菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて往(ゆ)きて彼(かれ)に問(と)いて要(もと)めよ」と。沙僧(さそう)一一(ことごとく)聴(き)き従(したが)い、八戒(はっかい)に向(むか)いて道(いわ)く、「我(われ)今(いま)彼(かれ)を尋(たず)ねて往(ゆ)かん、汝(なんじ)千万(くれぐれ)も僝僽(うらむ)こと莫(な)かれ、好(よ)く生(よ)く師父(しふ)を供養(くよう)せよ。この人家(じんか)に亦(ま)た撒潑(さっぱつ)すべからず、恐(おそ)らくは彼(かれ)の飯(めし)を供(きょう)ずるを肯(あえ)ぜざらんことを。我(われ)往(ゆ)きて就(すなわ)ち回(かえ)らん」と。八戒(はっかい)頭(こうべ)を点(うなず)かして道(いわ)く、「我(われ)理会(りかい)し得(う)たり。但(た)だ汝(なんじ)往(ゆ)きて、討(と)り得(う)るも討(と)り得(え)ざるも、次(つぎ)の早(あさ)に回(かえ)り来(きた)れ。弄(な)し做(な)すこと尖担(せんたん)の柴(たきぎ)を担(にな)いて両頭(りょうとう)脱(だっ)するが如(ごと)きこと莫(な)かれ」と。沙僧(さそう)遂(つい)に訣(けつ)を捻(ひね)り、雲光(うんこう)を駕(が)し起(おこ)し、直(ただ)ちに東勝神洲(とうしょうしんしゅう)へ奔(はし)り去(さ)る。真個(まこと)に是(こ)れ、
身(み)は神飛(しんぴ)に在(あ)りて舎(すみか)を守(まも)らず、
炉(ろ)有(あ)りて火(ひ)無(な)く怎(どう)して丹(たん)を焼(や)かん。
黄婆(こうば)主(あるじ)に別(わか)れて金老(きんろう)を求(もと)め、
木母(ぼくぼ)師(し)を延(まね)くも病顔(びょうがん)を奈何(いかん)ともせん。
此(こ)の去(ゆ)くや何日(いずれのひ)にか返(かえ)るを知(し)らず、
這(こ)の回(たび)は幾時(いつ)にか還(かえる)を量(はか)り難(がた)し。
五行(ごぎょう)生克(しょうこく)情(じょう)順(したが)う無(な)く、
只(た)だ心猿(しんえん)の復(また)関(かん)に進(すす)むを待(まつ)のみ。
那(か)の沙僧(さそう)は半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて、行(ゆ)くこと三昼夜(さんちゅうや)を経(へ)て、方(ようや)く東洋(とうよう)の大海(たいかい)に到(いた)り、忽(たちま)ち波浪(はろう)の声(こえ)を聞(き)き、頭(こうべ)を低(た)れて観(み)わたせば、真個(まこと)に是(こ)れ黒霧(こくむ)天(てん)に漲(みなぎ)りて陰気(いんき)盛(さか)ん、滄溟(そうめい)日(ひ)を銜(ふく)んで暁光(ぎょうこう)寒(かん)なり。
彼(かれ)も亦(ま)た観玩(かんがん)する心(こころ)無(な)く、仙山(せんざん)を望(のぞ)みて瀛洲(えいしゅう)を渡(わた)り、東方(とうほう)へ向(むか)いて直(ただ)ちに花果山(かかざん)の界(さかい)に抵(いた)る。海風(かいふう)に乗(の)り、水勢(すいせい)を踏(ふ)み、又(また)多時(しばらく)にして、却(かえ)って高峰(こうほう)の戟(ほこ)を排(なら)べ、峻壁(しゅんぺき)の屏(びょうぶ)を懸(か)くるを望見(みわた)し、即(すなわ)ち峰頭(ほうとう)に至(いた)り、雲(くも)を按(おさ)えて路(みち)を找(たず)ねて山(やま)を下(くだ)り、水簾洞(すいれんどう)を尋(たず)ぬ。歩(あゆみ)を前(まえ)に近(ちか)づくるに、只(た)だ一派(ひとは)の喧声(けんせい)を聴(き)く。見(み)れば那(か)の山中(さんちゅう)に無数(むすう)の猴精(こうせい)有(あ)り、滔滔(とうとう)として乱(みだ)りに嚷(わめ)く。沙僧(さそう)又(また)前(まえ)に近(ちか)づき仔細(つまびらか)に再(ふたた)び看(み)れば、原来(もと)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の石台(せきだい)の上(うえ)に高(たか)く坐(ざ)し、双手(もろて)に一張(ひとひろ)の紙(かみ)を扯(ひ)き、朗朗(ろうろう)として念(よ)むを聞(き)く。
「東土大唐(とうどだいとう)王皇帝李(おうこうていり)、駕前(がぜん)に敕命(ちょくめい)して御弟聖僧(ぎょていせいそう)陳玄奘法師(ちんげんじょうほっし)を、西方天竺国(さいほうてんじくこく)娑婆霊山(しゃばりょうぜん)大雷音寺(だいらいおんじ)に上(のぼ)りて、専(もっぱ)ら如来仏祖(にょらいぶっそ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)めしむ。
朕(ちん)促病(そくびょう)の身(み)を侵(おか)し、魂(たましい)地府(ちふ)に遊(あそ)ぶに因(よ)り、幸(さいわい)に陽数(ようすう)の臻(いた)りて長(なが)き有(あ)り、冥君(めいくん)の放送(ほうそう)して回生(かいしょう)せしむるを感(かん)ず。広(ひろ)く善会(ぜんね)を陳(の)べ、度亡(どもう)の道場(どうじょう)を修建(しゅうけん)す。盛(さかん)に救苦救難(くくぐなん)観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の金身(こんしん)出現(しゅつげん)し、西方(さいほう)に仏(ほとけ)有(あ)り経(きょう)有(あ)りて、幽亡(ゆうもう)を度(ど)し超脱(ちょうだつ)すべきを指示(しじ)せられしを蒙(こうむ)る。特(こと)に法師玄奘(ほっしげんじょう)を着(つかわ)し、遠(とお)く千山(せんざん)を歴(へ)て、経偈(きょうげ)を詢(たず)ね求(もと)めしむ。
倘(も)し西邦(さいほう)の諸国(しょこく)を過(す)ぐるに、善縁(ぜんえん)を滅(めっ)せず、牒(じょう)に照(てら)して施行(せこう)せよ。
大唐貞観(だいとうじょうがん)一十三年(じゅうさんねん)秋吉日(あききちじつ)御前文牒(ごぜんぶんじょう)。
大国(たいこく)を別(わか)れてより以来(このかた)、諸邦(しょほう)を経(へ)度(わた)り、中途(ちゅうと)に大徒弟孫悟空行者(だいとそんごくうぎょうじゃ)、二徒弟猪悟能八戒(にとちょごのうはっかい)、三徒弟沙悟浄和尚(さんとさごじょうおしょう)を収(おさ)め得(えた)り」
と。念(よ)みては頭(はじめ)より又(また)念(よ)む。沙僧(さそう)聴(き)けば是(こ)れ通関文牒(つうかんぶんじょう)なり。止(とど)むること能(あた)わず前(まえ)に近(ちか)づき、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで、「師兄(しけい)、師父(しふ)の関文(かんぶん)を汝(なんじ)それを念(よ)んで怎(なん)とする」と。
那(か)の行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き急(いそ)ぎて頭(こうべ)を挙(あ)ぐるも、是(こ)れ沙僧(さそう)なるを認(みと)めず、叫(いわ)く、「拿(と)れ! 拿(と)れ!」と。衆猴(しゅうこう)一斉(いっせい)に囲繞(いじょう)し、沙僧(さそう)を把(も)って拖(ひ)き拖(ひ)き扯(ひ)き扯(ひ)き、拿(と)り近(ちか)づき前(まえ)に来(きた)らせ、喝(かつ)して道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何人(なんぴと)ぞ、擅(ほしいまま)に敢(あえ)て吾(わ)が仙洞(せんどう)に近(ちか)づくか」と。沙僧(さそう)彼(かれ)の臉(かお)を変(か)え、相(あい)認(みと)めんとせざるを見(み)、只(た)だ上(うえ)に向(むか)って行礼(ぎょうれい)して道(いわ)く、「上(うえ)に告(もう)す師兄(しけい)、前者(さきだって)実(げ)に是(こ)れ師父(しふ)の性(しょう)暴(あら)く、師兄(しけい)を錯(あやま)り怪(あやし)み、師兄(しけい)を把(も)って幾遍(いくへん)か咒(じゅ)し、逐(お)いて家(いえ)へ趕(お)い回(かえ)せり。一(ひとつ)には弟等(ていら)未(いま)だ曾(かつ)て勧解(かんかい)せざりしに、二(ふたつ)には又(また)師父(しふ)の飢渇(きかつ)の為(ため)に水(みず)を尋(たず)ね斎(とき)を化(か)さんと往(ゆ)けり。図(はか)らざりき師兄(しけい)の好意(こうい)以(もっ)て復(ま)た来(きた)りしに、又(また)師父(しふ)の法(ほう)を執(と)りて留(とど)めざるを怪(あや)しみ、遂(つい)に師父(しふ)を把(も)って打(う)ち倒(たお)し、昏暈(こんうん)して地(ち)に在(あ)らしめ、行李(こうり)を将(も)って搶(うば)い去(さ)れり。後(のち)に師父(しふ)を救(すく)い転(めぐ)らし、特(こと)に来(きた)りて兄(あに)を拝(おが)む。若(も)し師父(しふ)を恨(うら)まずんば、還(ま)た昔日(むかし)の解脱(げだつ)の恩(おん)を念(おも)い、小弟(しょうてい)と同(とも)に行李(こうり)を将(も)って回(かえ)りて師父(しふ)に見(まみ)え、共(とも)に西天(さいてん)に上(のぼ)り、この正果(しょうか)を了(おわ)らん。倘(も)し怨恨(えんこん)の深(ふか)くして、肯(あえ)て同(とも)に往(ゆ)かずんば、千万(なにとぞ)包袱(ほうふく)を把(も)って弟(おとうと)に賜(たま)え。兄(あに)は深山(しんざん)に在(あ)りて桑楡(そうゆ)の晩景(ばんけい)を楽(たの)しむも、亦(ま)た誠(まこと)に両全(りょうぜん)の美(び)ならん」
と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)して道(いわ)く、「賢弟(けんてい)、この論(ろん)は甚(はなは)だ我(わ)が意(い)に合(がっ)せず。我(われ)の唐僧(とうそう)を打(う)ち、行李(こうり)を搶(うば)いしは、我(われ)の西方(さいほう)に上(のぼ)らざるに因(よ)らず、亦(ま)た我(われ)の此(こ)の地(ち)に居(お)るを愛(あい)するに因(よ)らず。我(われ)今(いま)牒文(じょうぶん)を熟読(じゅくどく)せり。我(われ)自(みずか)ら西方(さいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)め、東土(とうど)に送(おく)り上(のぼ)せ、我(われ)独(ひと)り功(こう)を成(な)し、那(か)の南贍部洲(なんせんぶしゅう)の人(ひと)をして我(われ)を立(た)てて祖(そ)と為(な)し、万代(ばんだい)に名(な)を伝(つた)えしめん」と。沙僧笑(わら)って道(いわ)く、「師兄(しけい)の言(げん)えるは当(とう)を欠(か)けり。自来(もとより)箇(ひとつ)の孫行者(そんぎょうじゃ)の経(きょう)を取(と)るの説(せつ)は無(な)し。我(わ)が仏如来(ほとけにょらい)三蔵真経(さんぞうしんきょう)を造(つく)り下(おろ)し、原(もと)観音菩薩(かんのんぼさつ)をして東土(とうど)へ往(ゆ)きて取経人(しゅきょうにん)を尋(たず)ねて経(きょう)を求(もと)めしめ、我等(われら)をして苦(くる)しく千山(せんざん)を歴(へ)、諸国(しょこく)を詢(たず)ね、那(か)の取経人(しゅきょうにん)を保護(ほご)せしむるを要(よう)す。菩薩(ぼさつ)曾(かつ)て言(い)えり、取経人(しゅきょうにん)は乃(すなわ)ち如来(にょらい)の門生(もんしょう)、号(ごう)して金蝉長老(きんせんちょうろう)と曰(い)う。只(た)だ彼(かれ)の仏祖(ぶっそ)の経(きょう)を談(だん)ずるを聴(き)かざるに因(よ)り、霊山(りょうぜん)より貶(へん)し下(おろ)され、東土(とうど)に転生(てんしょう)し、彼(かれ)をして西方(さいほう)に果(か)を正(ただ)し、大道(だいどう)を復(また)修(しゅう)せしむ。路(みち)の上(うえ)に遇(あ)う所(ところ)に該(まさ)に這般(かくのごと)き魔障(ましょう)有(あ)りて、我等(われら)三人(さんにん)を解脱(げだつ)し、彼(かれ)と護法(ごほう)を做(な)さしむ。兄(あに)若(も)し唐僧(とうそう)を得(え)て往(ゆ)かずんば、那(いず)れの仏祖(ぶっそ)か肯(あえ)て経(きょう)を汝(なんじ)に伝(つた)えん! 却(かえ)って是(こ)れ空(むな)しく一場(ひとくさり)の神思(しんし)を労(ろう)するに非(あら)ずや」と。
那(か)の行者道(いわ)く、「賢弟(けんてい)、汝(なんじ)原来(もと)懞懂(もうとう)にして、但(た)だ其(そ)の一(いつ)を知(し)りて、其(そ)の二(に)を知(し)らず。諒(おもんみ)るに汝(なんじ)の説(と)く所(ところ)は、汝(なんじ)に唐僧(とうそう)有(あ)りて、我(われ)と同(とも)に保護(ほご)すと。我(われ)に就(すなわ)ち唐僧(とうそう)無(な)からんや。我(われ)此処(ここ)に別(べつ)に一箇(ひとり)の道(みち)有(あ)る真僧(しんそう)を選(えら)び在(あ)らしめ、老孫(ろうそん)独力(どくりょく)で扶持(ふじ)せんに、何(なん)の不(しか)ることか有(あ)らん! 已(すで)に明日(みょうにち)出(い)で立(た)ちて去(ゆ)かんと選(えら)び定(さだ)めり。汝(なんじ)信(しん)ぜずんば、我(われ)をして請(しょう)じ来(きた)りて汝(なんじ)に看(み)せしめん」と。叫(いわ)く、「小(こ)の者たち、早(はや)く老師父(ろうしふ)を請(しょう)じて出(いだ)せ」と。
果(はた)して跑(はし)り進(い)り往(ゆ)き、一匹(いっぴき)の白馬(はくば)を牽(ひ)き出(いだ)し、一箇(ひとり)の唐三蔵(とうさんぞう)を請(しょう)じ出(いだ)せり。一箇(ひとり)の八戒(はっかい)の行李(こうり)を挑(にな)う跟(したが)い、一箇(ひとり)の沙僧(さそう)の錫杖(しゃくじょう)を拿(と)れる有(あ)り。這(こ)の沙僧(さそう)見(み)て大(おお)いに怒(いか)りて道(いわ)く、「我(わ)が老沙(ろうさ)は行(ゆ)くも名(な)を更(あらた)めず、坐(すわ)るも姓(せい)を改(あらた)めず、何処(いずこ)にか又(また)一箇(ひとり)の沙和尚(さおしょう)有(あ)らん! 無礼(ぶれい)すること莫(な)かれ! 我(わ)が一杖(いちじょう)を喫(く)らえ!」と。好(よ)きかな沙僧(さそう)、双手(もろて)に降妖杖(ごうようじょう)を挙(あ)げ、一箇(ひとり)の仮(にせ)の沙僧(さそう)を把(も)って頭(こうべ)より劈(つんざ)くこと一下(ひとつ)、打(う)ち殺(ころ)せり。原来(もと)是(こ)れ一箇(ひとり)の猴精(こうせい)なり。那(か)の行者(ぎょうじゃ)惱(いか)り、金箍棒(きんこぼう)を輪(めぐ)らし、衆猴(しゅうこう)を率(ひき)い、沙僧(さそう)を把(も)って囲(かこ)めり。沙僧(さそう)東(ひがし)に衝(つ)き西(にし)に撞(あた)り、打(う)ちて路口(ろこう)を出(い)で、雲霧(うんむ)を縦(はな)ちて生命(いのち)を逃(のが)れて道(いわ)く、「這(こ)の潑猴(はつこう)此(か)くの如(ごと)く憊懶(はいらん)なり、我(われ)菩薩(ぼさつ)に告(うった)えんと往(ゆ)かん!」と。
那(か)の行者(ぎょうじゃ)は沙僧(さそう)の一箇(ひとり)の猴精(こうせい)を打(う)ち殺(ころ)し、沙和尚(さおしょう)を逼(せま)って走(に)がし去(さ)らしめしを見(み)、彼(かれ)も亦(ま)た来(きた)りて追(お)い趕(お)わず、洞(どう)に回(かえ)りて小(こ)の者たちに、打(う)ち殺(ころ)せし妖尸(ようし)を把(も)って一辺(いっぺん)に拖(ひ)き、皮(かわ)を剥(は)ぎ、肉(にく)を取(と)って煎(い)り炒(い)り、椰子酒(やししゅ)・葡萄酒(ぶどうしゅ)を将(も)って、衆猴(しゅうこう)と同(とも)に都(みな)喫(く)えり。別(べつ)に一箇(ひとり)の変化(へんげ)を会(え)する妖猴(ようこう)を選(えら)び、還(ま)た一箇(ひとり)の沙和尚(さおしょう)に変(へん)ぜしめ、新(あらた)めて教(おし)え道(みちび)き、西方(さいほう)に上(のぼ)らんとす。是(こ)れを題(あげ)ず。
沙僧(さそう)一(ひと)たび雲(くも)に駕(が)して東海(とうかい)を離(はな)れ、行(ゆ)くこと一昼夜(いっちゅうや)を経(へ)て、南海(なんかい)に到(いた)る。正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、早(つと)に落伽山(らかさん)の遠(とお)からざるを見(み)、急(いそ)ぎて前(まえ)に至(いた)り低(ひく)く雲霧(うんむ)を停(とど)めて観(み)わたす。好(よ)き去処(ところ)なるかな! 果(はた)して是(こ)れ、
乾(けん)を包(つつ)むの奥(おく)、坤(こん)を括(くく)るの区(く)なり。
百川(ひゃくせん)を会(あつ)めて日(ひ)を浴(あ)び星(ほし)を滔(あら)い、
衆流(しゅうりゅう)を帰(き)して風(かぜ)を生(しょう)じ月(つき)を漾(ただよ)わす。
潮(しお)発(はっ)して騰凌(とうりょう)し大鯤(だいこん)化(け)し、
波(なみ)翻(ひるがえ)りて浩蕩(こうとう)として巨鰲(きょごう)遊(あそ)ぶ。
水(みず)西北海(せいほくかい)に通(つう)じ、浪(なみ)正東洋(しょうとうよう)に合(がっ)す。
四海(しかい)相連(あいれん)じて地脈(ちみゃく)を同(おなじう)し、
仙方洲島(せんぽうしゅうとう)各(おのおの)仙宮(せんぐう)有(あ)り。
満地(まんち)の蓬莱(ほうらい)を言(い)うを休(や)めよ、且(しばら)く普陀雲洞(ふだうんどう)を看(み)よ。
好(よ)き景致(けいち)なるかな!
山頭(さんとう)の霞彩(かさい)元精(げんせい)を壮(さかん)にし、
岩下(がんか)の祥風(しょうふう)月晶(げっしょう)を漾(ただよ)わす。
紫竹林(しちくりん)の中(うち)に孔雀(くじゃく)飛(と)び、
緑楊枝(りょくようし)の上(うえ)に霊鸚(れいおう)語(かた)る。
琪花(きか)瑶草(ようそう)年々(ねんねん)秀(ひい)で、
宝樹(ほうじゅ)金蓮(こんれん)歳々(さいさい)生(しょう)ず。
白鶴(はっかく)幾番(いくたび)か頂上(ちょうじょう)に朝(ちょう)し、
素鸞(そらん)数次(すうじ)山亭(さんてい)に到(いた)る。
遊魚(ゆうぎょ)も亦(ま)た真性(しんしょう)を修(しゅう)することを解(げ)し、
浪(なみ)を躍(おど)り波(なみ)を穿(うが)ちて経(きょう)を聴(き)く。
沙僧(さそう)徐(しず)かに落伽山(らかさん)に歩(あゆ)み、仙境(せんけい)を玩看(がんがん)するに、只(た)だ見(み)る、木吒行者(もくたぎょうじゃ)の当面(まのあたり)に相迎(むか)えて道(いわ)く、「沙悟浄(さごじょう)、汝(なんじ)唐僧(とうそう)を保(ほ)して経(きょう)を取(と)らずして、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて何(なん)の干(かか)わりか有(あ)る」と。沙僧(さそう)作礼(されい)し畢(おわ)りて道(いわ)く、
「一事(いちじ)有(あ)りて特(こと)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に朝見(ちょうけん)せんとす、煩(わずら)わしくも引見(いんけん)引見(いんけん)せよ」
と。木吒(もくた)情(じょう)に是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)を尋(たず)ぬるなるを知(し)り、更(さら)に題(あ)げ起(おこ)さず、即(すなわ)ち先(さき)に進(い)り往(ゆ)きて菩薩(ぼさつ)に対(むか)いて道(いわ)く、「外(そと)に唐僧(とうそう)の小徒弟(しょうでてい)沙悟浄(さごじょう)の朝拝(ちょうはい)せる有(あ)り」と。孫行者(そんぎょうじゃ)台下(だいか)に在(あ)りて聴(き)き、笑(わら)って道(いわ)く、「這(こ)れは定(かなら)ず是(こ)れ唐僧(とうそう)に難(なん)有(あ)りて、沙僧(さそう)の菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じに来(きた)れるなるべし」と。菩薩(ぼさつ)即(すなわ)ち木吒(もくた)に命(めい)じて門外(もんがい)より呼(よ)び進(い)らしむ。
這(こ)の沙僧(さそう)身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)し、拝(おが)み畢(おわ)りて頭(こうべ)を挙(あ)げ正(まさ)に前事(ぜんじ)を告(もう)さんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち孫行者(そんぎょうじゃ)の旁(かたわら)に立(た)てるを見(み)、説話(せつわ)するを等(ま)つこと能(あた)わず、就(すなわ)ち降妖杖(ごうようじょう)を掣(ひっさ)げて行者(ぎょうじゃ)を望(めが)けて劈面(へきめん)に便(すなわ)ち打(う)つ。這(こ)の行者(ぎょうじゃ)更(さら)に手(て)を回(かえ)さず、身(み)を側(そば)めて避(かわ)し過(よ)ぐ。沙僧(さそう)口裡(くちのうち)に乱(みだ)りに罵(ののし)って道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)を把(も)って箇(ひとり)の十悪(じゅうあく)を犯(おか)し造反(ぞうはん)せる潑猴(はつこう)とせしに、汝(なんじ)又(また)来(きた)りて菩薩(ぼさつ)を影瞞(えいまん)す!」と。菩薩(ぼさつ)喝(かつ)して道(いわ)く、「悟浄(ごじょう)手(て)を動(うご)かすこと莫(な)かれ、甚(なん)の事(こと)有(あ)るも先(ま)ず我(われ)と説(と)け」と。沙僧(さそう)宝杖(ほうじょう)を収(おさ)め、再(ふたた)び台下(だいか)に拝(おが)み、気沖冲(いきりた)って菩薩(ぼさつ)に対(むか)いて道(いわ)く、
「この猴(さる)一路(いちろ)凶(きょう)を行(おこ)なうこと、数(かぞ)うべからず。前日(せんじつ)山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)りて二箇(ふたり)の路(みち)を剪(き)る強人(ごうじん)を打(う)ち殺(ころ)し、師父(しふ)彼(かれ)を怪(あや)しめり。図(はか)らざりき晩間(よる)に就(つ)ち賊(ぞく)の窩主(あくしゅ)の家(いえ)に宿(やど)り、又(また)一伙(いっか)の賊人(ぞくじん)を把(も)って尽(ことごと)く打(う)ち殺(ころ)し、又(また)血(ち)淋漓(りんり)たる一箇(ひとつ)の人(ひと)の頭(こうべ)を提(さ)げ来(きた)りて師父(しふ)に与(あた)えて看(み)せり。師父(しふ)唬(おど)ろかされて馬(うま)より跌(つまず)き下(お)り、彼(かれ)を幾句(いくく)か罵(ののし)り、彼(かれ)を趕(お)い回(かえ)せり。分別(わかれ)の後(のち)、師父(しふ)飢渇(きかつ)太(はなは)だ甚(はなはだ)しく、八戒(はっかい)をして水(みず)を尋(たず)ねしめしに、久(ひさ)しく等(ま)てども来(きた)らず、又(また)我(われ)をして彼(かれ)を尋(たず)ねしめり。図(はか)らざりき孫行者(そんぎょうじゃ)の我等(われら)二人(ふたり)の在(あ)らざるを見(み)、復(ま)た回(かえ)り来(きた)りて師父(しふ)を把(も)って一鉄棍(ひとてっこん)打(う)ち、両箇(ふたつ)の青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)を搶(うば)い去(さ)れり。我等(われら)回(かえ)り来(きた)り、師父(しふ)を将(も)って救(すく)い醒(さま)し、特(こと)に彼(かれ)の水簾洞(すいれんどう)に往(ゆ)きて彼(かれ)を尋(たず)ねて包袱(ほうふく)を討(こう)じしに、想(おも)わざりき彼(かれ)臉(かお)を変(か)え、肯(あえ)て我(われ)を認(みと)めず、師父(しふ)の関文(かんぶん)を将(も)って念(よ)んで又(また)念(よ)めり。我(われ)彼(かれ)に念(よ)んで甚(なん)と做(な)すと問(と)えば、彼(かれ)説(いわ)く、唐僧(とうそう)を保(ほ)せず、我(われ)自(みずか)ら西天(さいてん)に上(のぼ)りて経(きょう)を取(と)り、東土(とうど)に送(おく)り上(のぼ)せ、それを我(わ)が功果(こうか)と算(かぞ)え、我(われ)を立(た)てて祖(そ)と為(な)し、万古(ばんこ)に伝(つた)え揚(あ)げんと。我(われ)又(また)説(いわ)く、唐僧(とうそう)無(な)くんば、那(た)れか肯(あえ)て経(きょう)を汝(なんじ)に伝(つた)えんやと。彼(かれ)説(いわ)く、我(われ)已(すで)に一箇(ひとり)の道(みち)有(あ)る真僧(しんそう)を選(えら)べりと。及(およ)び請(しょう)じ出(いだ)せば、果(はた)して是(こ)れ一匹(いっぴき)の白馬(はくば)、一箇(ひとり)の唐僧(とうそう)、後(うしろ)に八戒(はっかい)・沙僧(さそう)の跟(したが)える有(あ)り。我(われ)道(いわ)く、我(われ)は便(すなわ)ち是(こ)れ沙和尚(さおしょう)なり、何処(いずこ)にか又(また)一箇(ひとり)の沙和尚(さおしょう)有(あ)らんと。是(こ)れ我(われ)前(まえ)に趕(お)い進(すす)み、彼(かれ)をして我(わ)が一宝杖(いっぽうじょう)を喫(く)らわしめたるに、原来(もと)是(こ)れ箇(ひとり)の猴精(こうせい)なりき。彼(かれ)就(すなわ)ち衆(しゅう)を率(ひき)いて我(われ)を拿(と)らえんとし、是(こ)れ我(われ)特(こと)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に告(うった)え請(しょう)ずるなり。彼(かれ)の筋斗雲(きんとうん)を使(つか)うを知(し)らず、預(あらかじ)め此(こ)の処(ところ)に到(いた)れるか、又(また)彼(かれ)の甚(なん)の巧語花言(こうごかげん)を将(も)ってか、菩薩(ぼさつ)を影瞞(えいまん)せるを知(し)らず」
と。菩薩道(いわ)く、「悟浄(ごじょう)、人(ひと)を頼(き)めること莫(な)かれ。悟空(ごくう)此(ここ)に到(いた)りて今(いま)已(すで)に四日(よっか)なり、我(われ)更(さら)に曾(かつ)て彼(かれ)を放(はな)ちて回(かえ)らしめず。彼(かれ)に何処(いずこ)にか別(べつ)に唐僧(とうそう)を請(しょう)じ、自(みずか)ら往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)るの意(い)有(あ)らんや」と。沙僧道(いわ)く、「見如今(いま)水簾洞(すいれんどう)に一箇(ひとり)の孫行者(そんぎょうじゃ)有(あ)り、怎(どう)して敢(あえ)て欺(あざむ)き誑(いつわ)らんや」と。
菩薩道(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、汝(なんじ)急(いそ)ぎを発(はっ)するを休(や)めよ。悟空(ごくう)をして汝(なんじ)と同(とも)に花果山(かかざん)へ往(ゆ)きて看看(みみ)せしめん。是(こ)れ真(しん)なれば難(なん)じて滅(めっ)し難(がた)く、是(こ)れ仮(か)なれば易(やす)く除(のぞ)かれん。那(あ)の処(ところ)に到(いた)らば自(おのず)から分暁(ぶんぎょう)を見(み)ん」と。這(こ)の大聖(たいせい)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち沙僧(さそう)と菩薩(ぼさつ)に辞(じ)す。この一去(いっきょ)、那(か)の、
花果山前(かかざんぜん)に皂白(そうびゃく)を分(わか)ち、
水簾洞口(すいれんどうこう)に真邪(しんじゃ)を弁(べん)ぜん。
畢竟(はてさて)如何(いか)にか分辨(ぶんべん)するやは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。