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058 第五十八回 二心(にしん)大乾坤(だいけんこん)を攪(か)き乱(みだ)し 一体(いったい)真寂滅(しんじゃくめつ)を修(しゅ)し難(がた)し

這(こ)の行者(ぎょうじゃ)と沙僧(さそう)は菩薩(ぼさつ)に拝(おが)み辞(じ)し、両道(ふたすじ)の祥光(しょうこう)を縦(はな)ち起(おこ)し、南海(なんかい)を離(はな)る。原来(もと)行者(ぎょうじゃ)の筋斗雲(きんとうん)は速(はや)く、沙和尚(さおしょう)の仙雲(せんうん)は覚(おぼ)えず遅(おそ)し。行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち先(さき)に行(ゆ)かんとす。沙僧(さそう)扯(ひ)き止(とど)めて道(いわ)く、「大哥(あに)この等(よう)に頭(こうべ)を蔵(かく)し尾(お)を露(あらわ)して、先(さき)に往(ゆ)きて根(ね)を安(やす)んずるに及(およ)ばず。小弟(しょうてい)をして汝(なんじ)と一同(いっしょ)に走(はし)らしめよ」と。

大聖(たいせい)は本(もと)是(こ)れ良(りょう)の心(こころ)なれど、沙僧(さそう)に却(かえ)って疑(うたがい)の意(い)有(あ)り。真個(まこと)に二人(ふたり)同(とも)に雲(くも)に駕(が)して去(さ)る。多時(しばらく)ならずして、果(はた)して花果山(かかざん)を見(み)、雲頭(うんとう)を按下(おしくだ)し、二人(ふたり)洞外(どうがい)に在(あ)りて細(こま)かに看(み)れば、果(はた)して一箇(ひとり)の行者(ぎょうじゃ)の、石台(せきだい)の上(うえ)に高(たか)く坐(ざ)し、群猴(ぐんこう)と酒(さけ)を飲(の)み楽(たのしみ)を作(な)せるを見(み)る。形(かたち)大聖(たいせい)と異(こと)なること無(な)し。也(ま)た是(こ)れ黄髪(こうはつ)金箍(きんこ)、金睛火眼(きんせいかがん)。身(み)に穿(き)たるも也(ま)た是(こ)れ錦布(きんぷ)の直裰(じきとつ)、腰(こし)に系(し)めたるは虎皮裙(こひくん)。手中(しゅちゅう)に也(ま)た一条(ひとすじ)の金箍鉄棒(きんこてつぼう)を拿(と)り、足下(あしもと)に也(ま)た一双(ひとそろい)の麂皮靴(きひか)を踏(ふ)む。也(ま)た是(こ)れこの等(よう)の毛臉(もうれん)雷公嘴(らいこうし)、朔腮(さくさい)別土星(べつどせい)、査耳(さじ)額顱(がくろ)闊(ひろ)く、獠牙(りょうが)外(そと)に向(むか)いて生(お)う。

這(こ)の大聖(たいせい)怒(いかり)を発(はっ)し、一(ひと)たび手(て)を撒(はな)ち、沙和尚(さおしょう)を撇(す)て、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて前(まえ)に進(すす)み、罵(ののし)って道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何等(なんら)の妖邪(ようじゃ)ぞ、敢(あえ)て我(わ)が相貌(そうぼう)を変(へん)じ、敢(あえ)て我(わ)が児孫(じそん)を占(し)め、擅(ほしいまま)に吾(わ)が仙洞(せんどう)に居(お)り、擅(ほしいまま)にこの威福(いふく)を作(な)す!」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)見(み)て、公然(おおっぴら)に答(こた)えず、亦(ま)た鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて来(きた)りて迎(むか)う。二行者(にぎょうじゃ)一処(いっしょ)に在(あ)りて、果(はた)して是(こ)れ真偽(しんぎ)を分(わか)たず。好(よ)きかな打(う)つかな、

二条(ふたすじ)の棒(ぼう)、二(ふたり)の猴精(こうせい)、
この場(ば)の相敵(あいあらそ)いは実(げ)に軽(かろ)んずべからず。
都(みな)唐(とう)の御弟(ぎょてい)を護持(ごじ)せんことを要(よう)し、
各(おのおの)功績(こうせき)を施(ほどこ)して英名(えいめい)を立(た)てんとす。
真猴(しんこう)は実(げ)に沙門(しゃもん)の教(おしえ)を受(う)け、
仮怪(けかい)は虚(むな)しく仏子(ぶっし)の情(じょう)を称(とな)う。
蓋(けだ)し神通(じんつう)の変化(へんげ)多(おお)きを為(な)し、
真(しん)無(な)く仮(か)無(な)く両(ふたり)相(あい)平(たいら)かなり。
一箇(ひとり)は是(こ)れ混元一気(こんげんいっき)の斉天大聖(せいてんたいせい)、
一箇(ひとり)は是(こ)れ久(ひさ)しく煉(ね)りし千霊(せんれい)の縮地精(しゅくちせい)。
この者は是(こ)れ如意金箍棒(にょいきんこぼう)、
那(か)の者は是(こ)れ随心鉄杆兵(ずいしんてっかんぺい)。
隔(へだ)て架(か)え遮(さえぎ)り攔(ふせ)ぐに勝敗(しょうはい)無(な)く、
撑(ささ)え持(たも)ち抵(あた)り敵(てき)するに輸贏(ゆえい)没(な)し。
先前(さき)には洞外(どうがい)に手(て)を交(まじ)えしが、
少頃(しばらく)にして争持(そうじ)は半空(はんくう)に起(おこ)る。

彼(かれ)の二箇(ふたり)各(おのおの)雲光(うんこう)を踏(ふ)み、跳(おど)り闘(たたか)って九霄(きゅうしょう)の雲内(うんない)に上(のぼ)る。沙僧(さそう)は旁(かたわら)に在(あ)りて、敢(あえ)て手(て)を下(くだ)さず、彼等(かれら)のこの一場(ひとくさり)を戦(たたか)うを見(み)るに、誠(まこと)に然(しか)り真偽(しんぎ)を認(みと)め難(がた)し。刀(かたな)を抜(ぬ)いて相助(あいたす)けんと欲(ほっ)すれど、又(また)真(しん)の者を傷(そこな)わんことを恐(おそ)る。忍耐(にんたい)すること良(やや)久(ひさ)しく、且(しばら)く身(み)を縦(はな)ちて山崖(さんがい)に跳(と)び下(お)り、降妖宝杖(ごうようほうじょう)を使(つか)い、水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に打(う)ち近(ちか)づき、群妖(ぐんよう)を驚(おどろ)かし散(ちら)し、石凳(せきとう)を掀(ひっく)り返(かえ)し、酒(さけ)を飲(の)み肉(にく)を食(く)らえる器皿(きべい)を、尽(ことごと)く打(う)ち砕(くだ)き、彼(かれ)の青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)を尋(たず)ぬるに、四下(あたり)の裡(うち)全(まった)く見(み)えず。

原来(もと)彼(かれ)の水簾洞(すいれんどう)は本(もと)是(こ)れ一股(ひとすじ)の瀑布(ばくふ)飛泉(ひせん)の、洞門(どうもん)を遮(さえぎ)り掛(か)けるなり。遠(とお)く看(み)れば一条(ひとすじ)の白布(はくふ)の簾(すだれ)の如(ごと)く、近(ちか)く看(み)れば乃(すなわ)ち是(こ)れ一股(ひとすじ)の水脈(すいみゃく)なり。故(ゆえ)に水簾洞(すいれんどう)と曰(い)う。沙僧(さそう)は進(すす)む歩(みち)の来歴(らいれき)を知(し)らず、故此(このゆえ)尋(たず)ぬるに難(かた)し。即(すなわ)ち便(すべから)く雲(くも)を縦(はな)ち、九霄(きゅうしょう)の雲裡(うんり)に趕(お)い着(つ)き、宝杖(ほうじょう)を輪(めぐ)らすも、又(また)手(て)を下(くだ)すに好(よ)からず。

大聖道(いわ)く、「沙僧(さそう)、汝(なんじ)既(すで)に力(ちから)を助(たす)くるを得(え)ずんば、且(しばら)く師父(しふ)に回復(かいふく)せよ。我等(われら)の這般(かくのごとく)這般(かくのごとく)なるを説(と)け、老孫(ろうそん)をしてこの妖(よう)と南海(なんかい)落伽山(らかさん)の菩薩(ぼさつ)の前(まえ)に打(う)ち上(のぼ)りて箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を弁(べん)ぜしめよ」と。道(い)い罷(おわ)るや、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く説(と)く。沙僧(さそう)二箇(ふたり)の相貌(そうぼう)・声音(せいおん)、更(さら)に一毫(いちごう)の差別(さべつ)も無(な)く、皂白(そうびゃく)分(わか)ち難(がた)きを見(み)、只(た)だ言(こと)に依(したが)い、雲頭(うんとう)を撥(はね)転(めぐ)らし、唐僧(とうそう)に回復(かいふく)す。是(こ)れを題(あげ)ず。

汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)は、且(か)つ行(ゆ)き且(か)つ闘(たたか)い、直(ただ)ちに嚷(わめ)きて南海(なんかい)に到(いた)り、径(ただ)ちに落伽山(らかさん)に至(いた)り、打(う)ち打(う)ち罵(ののし)り罵(ののし)り、喊声(かんせい)絶(た)ゆること無(な)し。早(つと)に護法(ごほう)の諸天(しょてん)を驚(おどろ)かし、即(すなわ)ち潮音洞(ちょういんどう)の裡(うち)に報(ほう)じ入(い)れて道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)、果(はた)して二箇(ふたり)の孫悟空(そんごくう)の打(う)ち将(つ)って来(きた)れるなり」と。那(か)の菩薩(ぼさつ)は木吒行者(もくたぎょうじゃ)・善財童子(ぜんざいどうじ)・龍女(りゅうにょ)と蓮台(れんだい)を降(くだ)り、門(もん)を出(い)でて喝(かつ)して道(いわ)く、「那(かの)孽畜(げっちく)何処(いずこ)へか走(に)ぐる!」と。

この二箇(ふたり)遞(たがい)に相(あい)揪(ひ)き止(とど)めて道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)、この厮(やつ)果(はた)して弟子(でし)の形(かたち)に象(に)たり。才(いま)し方(まさ)に水簾洞(すいれんどう)より打(う)ち起(おこ)り、戦闘(せんとう)すること多時(しばらく)なるも、勝負(しょうぶ)を分(わか)たず。沙悟浄(さごじょう)は肉眼(にくがん)愚蒙(ぐもう)にして、分(わか)ち識(し)ることを能(あた)わず、力(ちから)有(あ)れども助(たす)くるに難(かた)し。是(こ)れ弟子(でし)彼(かれ)をして西路(せいろ)へ回(かえ)り往(ゆ)きて師父(しふ)に回復(かいふく)せしめ、我(われ)この厮(やつ)と宝山(ほうざん)に打(う)ち到(いた)り、菩薩(ぼさつ)の慧眼(えげん)を借(か)り、弟子(でし)と箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を認(みと)め、邪正(じゃしょう)を弁明(べんめい)せよ」

と。道(い)い罷(おわ)るや、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く一遍(ひとわたり)説(と)く。衆(しゅう)の諸天(しょてん)と菩薩(ぼさつ)都(みな)看(み)ること良(やや)久(ひさ)しきも、認(みと)め得(う)んと思(おも)うこと莫(な)かれ。菩薩道(いわ)く、「且(しばら)く手(て)を放(はな)て、両辺(りょうへん)に站(た)ち下(おろ)せ、我(われ)をして再(ま)た看(み)しめよ」と。果(はた)して手(て)を撒(はな)ち、両辺(りょうへん)に站(た)ち定(さだ)む。此(こ)の辺(かた)説(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ真(しん)なり!」と。那(か)の辺(かた)説(いわ)く、「彼(かれ)は是(こ)れ仮(か)なり!」と。

菩薩(ぼさつ)木吒(もくた)と善財(ぜんざい)を喚(よ)んで前(まえ)に進(すす)ませ、悄(ひそ)かに吩咐(いいつ)けて、「汝等(なんじら)一箇(ひとり)は一箇(ひとり)を帮(たす)け止(とど)めよ。我(われ)をして暗(ひそ)かに《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ、那(いず)れの疼(いた)みを害(こうむ)るかを看(み)て便(すなわ)ち是(こ)れ真(しん)、疼(いた)まざるは便(すなわ)ち是(こ)れ仮(か)ならん」と。彼(かれ)の二人(ふたり)果(はた)して各(おのおの)一箇(ひとり)を帮(たす)く。菩薩(ぼさつ)暗(ひそ)かに真言(しんごん)を念(ねん)ずれば、二箇(ふたり)一斉(いっせい)に疼(いた)みを喊(さけ)び、都(みな)頭(こうべ)を抱(いだ)き、地(ち)の下(した)に滚(まろ)び、只(た)だ叫(さけ)んで、「念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。菩薩(ぼさつ)念(ねん)ぜざれば、彼(かれ)の二箇(ふたり)又(また)一斉(いっせい)に揪(ひ)き止(とど)め、旧(もと)に照(てら)して嚷(わめ)き闘(たたか)う。菩薩(ぼさつ)計(けい)も奈何(いかん)ともなく、即(すなわ)ち諸天(しょてん)木吒(もくた)に令(めい)じ、前(まえ)に進(すす)みて力(ちから)を助(たす)けしむ。衆神(しゅうしん)真(しん)の者を傷(そこな)わんことを恐(おそ)れ、亦(ま)た敢(あえ)て手(て)を下(くだ)さず。

菩薩(ぼさつ)一声(ひとこえ)「孫悟空(そんごくう)」と叫(さけ)べば、二箇(ふたり)一斉(いっせい)に答(こた)う。菩薩道(いわ)く、「汝(なんじ)当年(とうねん)官(かん)弼馬温(ひつばおん)に拝(はい)せられ、大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がしし時(とき)、神将(しんしょう)皆(みな)汝(なんじ)を認(みと)め得(う)。汝(なんじ)且(しばら)く上界(じょうかい)へ往(ゆ)きて分辨(ぶんべん)し回話(かいわ)せよ」と。這(こ)の大聖(たいせい)恩(おん)を謝(しゃ)し、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た恩(おん)を謝(しゃ)す。

二人(ふたり)扯(ひ)き扯(ひ)き拉(ひ)き拉(ひ)き、口裡(くちのうち)に絶(た)えず嚷(わめ)き闘(たたか)い、径(ただ)ちに南天門(なんてんもん)の外(そと)に至(いた)る。慌(あわ)てたるは那(か)の広目天王(こうもくてんのう)、馬趙温関(ばちょうおんかん)四大天将(しだいてんしょう)を率(ひき)い、及(およ)び門(もん)を把(まも)る大小(だいしょう)の衆神(しゅうしん)、各(おのおの)兵器(へいき)を使(つか)って遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「何処(いずこ)へか走(に)ぐる! 此間(ここ)は是(こ)れ争闘(そうとう)の処(ところ)ならんや」と。大聖道(いわ)く、

「我(われ)唐僧(とうそう)を保護(ほご)して西天(さいてん)へ経(きょう)を取(と)らんと往(ゆ)くに因(よ)り、路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて賊徒(ぞくと)を打(う)ち殺(ころ)せしを、那(か)の三蔵(さんぞう)我(われ)を趕(お)い回(かえ)せり。我(われ)径(ただ)ちに普陀崖(ふだがい)に到(いた)りて観音菩薩(かんのんぼさつ)に見(まみ)えて苦(く)を訴(うった)えしに、想(おも)わざりきこの妖精(ようせい)何時(いつ)にか就(すなわ)ち我(わ)が形(かたち)に変作(へんさく)し、唐僧(とうそう)を打(う)ち倒(たお)し、包袱(ほうふく)を搶(うば)い去(さ)れり。沙僧(さそう)の花果山(かかざん)に至(いた)りて尋(たず)ね討(こう)じしに、只(た)だこの妖精(ようせい)の我(わ)が巢穴(そうけつ)を占(し)めたるを見(み)しのみ。後(のち)普陀崖(ふだがい)に到(いた)りて菩薩(ぼさつ)に告(うった)え請(しょう)じしに、又(また)我(われ)の台下(だいか)に侍立(じりつ)せるを見(み)、沙僧(さそう)誑(いつわ)って我(われ)の筋斗雲(きんとうん)に駕(が)せしと説(と)き、又(また)先(さき)に菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に在(あ)りて遮飾(しゃしょく)せりと。菩薩(ぼさつ)は却(かえ)って是(こ)れ箇(ひとり)の正明(せいみょう)にして、沙僧(さそう)の言(げん)を聴(き)かず、我(われ)に命(めい)じて彼(かれ)と同(とも)に花果山(かかざん)へ到(いた)りて看験(かんけん)せしめたり。原来(もと)この妖精(ようせい)果(はた)して老孫(ろうそん)の形(かたち)に象(に)たり。才(いま)し方(まさ)に水簾洞(すいれんどう)より打(う)ちて普陀山(ふださん)に到(いた)りて菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えしに、菩薩(ぼさつ)も亦(ま)た識(し)り認(みと)むるに難(かた)し。故(ゆえ)に此(ここ)に打(う)ち到(いた)れり。諸天(しょてん)の眼力(がんりき)を煩(わずら)わし、我(われ)と箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を認(みと)めよ」

と。説(と)き罷(おわ)るや、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く這般(かくのごと)く一遍(ひとわたり)説(と)く。衆(しゅう)の天神(てんしん)看(み)ること彀(た)ゆるまでに多時(しばらく)なるも、亦(ま)た弁(べん)ずること能(あた)わず。彼(かれ)の二箇(ふたり)吆喝(さけ)んで道(いわ)く、「汝等(なんじら)既(すで)に認(みと)むる能(あた)わずんば、路(みち)を開(ひら)け、我等(われら)をして往(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えしめよ!」と。衆神(しゅうしん)搪抵(とうてい)し得(え)ず、天門(てんもん)を放(はな)ち開(ひら)き、直(ただ)ちに霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に至(いた)る。

馬元帥(ばげんすい)張葛許邱(ちょうかつきょきゅう)の四天師(してんし)と同(とも)に奏(そう)して道(いわ)く、「下界(げかい)に一般(ひとくさり)の二箇(ふたり)の孫悟空(そんごくう)有(あ)り、天門(てんもん)に打(う)ち進(い)り、口(くち)に王(おう)に見(まみ)えんと称(しょう)す」と。説(と)き了(おわ)らざるに、二箇(ふたり)直(ただ)ちに嚷(わめ)き将(つ)って進(い)り来(きた)る。唬(おど)ろかされたるは那(か)の玉帝(ぎょくてい)、即(すなわ)ち宝殿(ほうでん)に降(くだ)り立(た)ち、問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)二箇(ふたり)何(なん)の事(こと)に因(よ)りてか擅(ほしいまま)に天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がし、朕(ちん)の前(まえ)に嚷(わめ)き至(いた)って死(し)を尋(たず)ぬる」と。

大聖(たいせい)口(くち)に称(しょう)して、「万歳(ばんぜい)! 万歳(ばんぜい)! 臣(しん)今(いま)命(めい)に皈(き)し、教(きょう)を沙門(しゃもん)に秉(と)り、再(ふたた)び敢(あえ)て心(こころ)を欺(あざむ)き上(うえ)を誑(いつわ)らず。只(た)だこの妖精(ようせい)の臣(しん)の形(かたち)に変作(へんさく)せるに因(よ)るのみ」と。如此如彼(かくかくしかじか)と、前情(ぜんじょう)を把(も)って備(つぶさ)に一遍(ひとわたり)陳(の)べ、「指望(こいねがわく)は臣(しん)と箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を弁(べん)ぜんことを!」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く一遍(ひとわたり)陳(の)ぶ。

玉帝(ぎょくてい)即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて托塔李天王(たくとうりてんのう)を宣(せん)し、教(おし)えて、「照妖鏡(しょうようきょう)を把(も)って来(きた)りてこの厮(やつ)の誰(たれ)か真(しん)誰(たれ)か仮(か)を照(てら)し、彼(かれ)をして仮(か)滅(めっ)し真(しん)存(そん)ぜしめよ」と。天王(てんのう)即(すなわ)ち鏡(かがみ)を取(と)りて照(てら)し止(とど)め、玉帝(ぎょくてい)を請(しょう)じて衆神(しゅうしん)と同(とも)に観(み)わたさしむ。鏡中(きょうちゅう)は乃(すなわ)ち是(こ)れ二箇(ふたり)の孫悟空(そんごくう)の影(かげ)、金箍(きんこ)衣服(ころも)、毫髪(ごうはつ)も差(たが)わず。玉帝(ぎょくてい)も亦(ま)た弁(べん)じ出(いだ)し得(え)ず、殿外(でんがい)に趕(お)い出(いだ)す。這(こ)の大聖(たいせい)呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)し、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も哈哈(はは)と歓喜(かんき)し、頭(こうべ)を揪(ひ)き頸(くび)を抹(な)で、復(ま)た天門(てんもん)を打(う)ち出(い)で、西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)に墜落(ついらく)して道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)と師父(しふ)に見(まみ)えんと往(ゆ)かん! 我(われ)汝(なんじ)と師父(しふ)に見(まみ)えんと往(ゆ)かん!」と。

却説(さて)那(か)の沙僧(さそう)は花果山(かかざん)より彼(かれ)の二箇(ふたり)に辞(じ)し、又(また)行(ゆ)くこと三昼夜(さんちゅうや)にして、本荘(ほんそう)に回(かえ)り至(いた)り、前事(ぜんじ)を把(も)って唐僧(とうそう)に一遍(ひとわたり)説(と)けり。唐僧(とうそう)自家(おのれ)悔(く)い恨(うら)んで道(いわ)く、「当時(そのかみ)只(た)だ是(こ)れ孫悟空(そんごくう)の我(われ)を一棍(ひとこん)打(う)ち、包袱(ほうふく)を搶(うば)い去(さ)りしと説(い)いしに、豈(あ)に知(し)らんや却(かえ)って是(こ)れ妖精(ようせい)の仮(かり)に変(へん)ぜる行者(ぎょうじゃ)なりしとは!」と。沙僧(さそう)又(また)告(もう)して道(いわ)く、「この妖(よう)又(また)仮(かり)に一箇(ひとり)の長老(ちょうろう)、一匹(いっぴき)の白馬(はくば)に変(へん)じ、又(また)一箇(ひとり)の八戒(はっかい)の我等(われら)の包袱(ほうふく)を挑(にな)える有(あ)り、又(また)一箇(ひとり)の我(われ)に変作(へんさく)せる有(あ)り。我(われ)忍不住(たえず)惱怒(のうど)し、一杖(いちじょう)にて打(う)ち殺(ころ)せしに、原来(もと)是(こ)れ一箇(ひとり)の猴精(こうせい)なりき。此(こ)れに因(よ)りて驚(おどろ)き散(ちら)り、又(また)菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に到(いた)りて苦(く)を訴(うった)う。菩薩(ぼさつ)我(われ)に着(つかわ)して師兄(しけい)と又(また)同(とも)に往(ゆ)きて識(し)り認(みと)めしめしに、那(か)の妖(よう)果(はた)して師兄(しけい)と一般(おなじ)き形(かたち)なり。我(われ)力(ちから)を助(たす)くるに難(かた)く、故(ゆえ)に先(さき)に来(きた)りて師父(しふ)に回復(かいふく)す」と。

三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)う。八戒(はっかい)は哈哈(はは)と大(おお)いに笑(わら)って道(いわ)く、「好好好(よしよしよし)! 這(こ)の施主(せしゅ)の家(いえ)の婆婆(ばば)の言(げん)に応(おう)ぜり! 彼(かれ)幾起(いくくさり)かの取経(しゅきょう)の者有(あ)りと説(い)えり。這(こ)れは却(かえ)って又(また)起(ひとくさり)ならずや」と。

那(か)の家(いえ)の子(もの)の老老小小(ろうろうしょうしょう)、都(みな)来(きた)りて沙僧(さそう)に問(と)う、「汝(なんじ)この幾日(いくにち)何処(いずこ)へか盤纏(ばってん)を討(こう)じに往(ゆ)きし」と。沙僧笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)東勝神洲(とうしょうしんしゅう)花果山(かかざん)へ往(ゆ)きて大師兄(だいしけい)を尋(たず)ねて行李(こうり)を取(と)り討(こう)じ、又(また)南海普陀山(なんかいふださん)に到(いた)りて観音菩薩(かんのんぼさつ)を拝見(はいけん)し、却(かえ)って又(また)花果山(かかざん)へ到(いた)り、方(ようや)く転(めぐ)り回(かえ)りて此(ここ)に至(いた)れり」と。那(か)の老者(ろうじゃ)又(また)問(と)う、「往返(おうへん)に多少(いくばく)の路程(ろてい)有(あ)る」と。沙僧道(いわ)く、「約(およそ)二十余万里(にじゅうよばんり)有(あ)り」と。老者道(いわ)く、「爺爺(おおかた)や、この幾日(いくにち)にして、就(すなわ)ち這(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の路(みち)を走(はし)りしとは、只(た)だ雲(くも)に駕(が)するを除(のぞ)くのみ、方(はじ)めて能(よ)く彀(た)り到(いた)るを得(え)ん!」と。八戒道(いわ)く、「雲(くも)に駕(が)せずんば、如何(いか)にか海(うみ)を過(わた)らん」と。沙僧道(いわ)く、「我等(われら)の走路(みちゆき)は那(なん)ぞ算(かぞ)うるに足(た)らん。若(も)し我(わ)が大師兄(だいしけい)ならば、只(た)だ一二日(いちにじつ)を消(しょう)するのみ、往(ゆ)き回(かえ)ることも亦(ま)た可(よ)し」と。那(か)の家(いえ)の子(もの)言(こと)を聴(き)き、都(みな)是(こ)れ神仙(しんせん)なりと説(と)く。八戒道(いわ)く、「我等(われら)神仙(しんせん)ならずと雖(いえど)も、神仙(しんせん)は還(ま)た是(こ)れ我等(われら)の晩輩(ばんぱい)なり!」と。

正(まさ)に説(と)く間(あいだ)、只(た)だ半空(はんくう)の中(なか)に喧嘩(けんか)し人(ひと)の嚷(わめ)くを聴(き)く。慌(あわ)てて都(みな)出(い)で来(きた)りて看(み)れば、却(かえ)って是(こ)れ二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)の打(う)ち将(つ)って来(きた)るなり。八戒(はっかい)見(み)て、忍不住(たえず)手(て)の痒(かゆ)きを覚(おぼ)えて道(いわ)く、「我(われ)をして往(ゆ)きて認(みと)め認(みと)め看(み)しめよ」と。好(よ)きかな呆子(ほうし)、急(いそ)ぎて身(み)を縦(はな)ちて跳(と)び起(おこ)り、空(そら)を望(のぞ)んで高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「師兄(しけい)嚷(わめ)くこと莫(な)かれ、我(わ)が老猪(ろうちょ)来(きた)れり!」と。那(か)の二箇(ふたり)一斉(いっせい)に応(こた)えて道(いわ)く、「兄弟(けいてい)、来(きた)りて妖精(ようせい)を打(う)て! 来(きた)りて妖精(ようせい)を打(う)て!」と。那(か)の家(いえ)の子(もの)又(また)驚(おどろ)き又(また)喜(よろこ)んで道(いわ)く、「是(こ)れ幾位(いくたり)かの雲(くも)に騰(の)り霧(きり)を駕(が)する羅漢(らかん)の我(わ)が家(いえ)に歇(やす)めるなり! 就(すなわ)ち是(こ)れ斎僧(さいそう)を発願(ほつがん)せる者も、亦(ま)た這(か)くの如(ごと)き好(よ)き人(ひと)を斎(とき)するに斎(あ)たらず」と。更(さら)に茶飯(さはん)を計較(けいきょう)せず、愈々(いよいよ)供養(くよう)し、又(また)説(いわ)く、「この二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)は只(た)だ怕(おそ)らくは闘(たたか)い出(いだ)して不好(わるき)を来(きた)し、地(ち)覆(くつがえ)り天(てん)翻(ひるがえ)り、禍(わざわい)を那処(あそこ)に作(な)さんことを!」と。三蔵(さんぞう)那(か)の老者(ろうじゃ)の当面(まのあたり)には是(こ)れ喜(よろこ)び、背後(うしろ)には是(こ)れ憂(うれい)なるを見(み)、即(すなわ)ち言(こと)を開(ひら)いて道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)放心(ほうしん)せよ、憂嘆(ゆうたん)を生(しょう)ずること莫(な)かれ。貧僧(ひんそう)徒弟(でてい)を収伏(しゅうふく)し、悪(あく)を去(さ)りて善(ぜん)に帰(き)せば、自然(おのず)から汝(なんじ)に謝(しゃ)せん」と。那(か)の老者(ろうじゃ)満口(くちいっぱい)に答(こた)えて道(いわ)く、「不敢(かたじけな)し! 不敢(かたじけな)し!」と。

沙僧道(いわ)く、「施主(せしゅ)講(い)うことを休(や)めよ。師父(しふ)此処(ここ)に坐(ざ)し在(お)わせ、我(われ)をして二哥(にい)と往(ゆ)かしめ、一家(それぞれ)一箇(ひとり)を扯(ひ)き来(きた)りて汝(なんじ)が面前(めんぜん)に到(いた)らしめん。汝(なんじ)就(すなわ)ち那(か)の話児(ことば)を念(ねん)じ、那(いず)れの疼(いた)みを害(こうむ)るかを看(み)て便(すなわ)ち是(こ)れ真(しん)、疼(いた)まざるは便(すなわ)ち是(こ)れ仮(か)なり」と。三蔵道(いわ)く、「言(げん)えること極(きわ)めて当(とう)を得(う)」と。沙僧(さそう)果(はた)して半空(はんくう)に起(た)ちて道(いわ)く、「二位(ふたり)手(て)を住(とど)めよ、我(われ)汝(なんじ)と師父(しふ)の面前(めんぜん)に到(いた)りて箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を弁(べん)ぜんと往(ゆ)かん」と。這(こ)の大聖(たいせい)手(て)を放(はな)ち、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た手(て)を放(はな)つ。沙僧(さそう)一箇(ひとり)を攙(ささ)え止(とど)め、叫(さけ)んで道(いわ)く、「二哥(にい)、汝(なんじ)も亦(ま)た一箇(ひとり)を攙(ささ)えよ」と。果(はた)して攙(ささ)え止(とど)め、雲頭(うんとう)を落(おと)し下(おろ)し、径(ただ)ちに草舎(そうしゃ)の門外(もんがい)に至(いた)る。三蔵(さんぞう)見(み)て、就(すなわ)ち《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)ずれば、二人(ふたり)一斉(いっせい)に苦(くる)しみを叫(さけ)んで道(いわ)く、「我等(われら)這(か)くの如(ごと)く苦(くる)しみ闘(たたか)うに、汝(なんじ)還(ま)た我(われ)を咒(じゅ)して怎(なん)とする。念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。那(か)の長老(ちょうろう)は本心(ほんしん)慈善(じぜん)なれば、遂(つい)に口(くち)を住(とど)めて念(ねん)ぜず、却(かえ)って亦(ま)た真偽(しんぎ)を認(みと)め得(え)ず。彼(かれ)の二箇(ふたり)手(て)を掙(もが)き脱(ぬ)け、依然(もとのごと)く又(また)打(う)つ。

這(こ)の大聖道(いわ)く、「兄弟(けいてい)たち、師父(しふ)を保(ほ)せよ、我(われ)をして彼(かれ)と閻王(えんおう)の前(まえ)に打(う)ち到(いた)りて折弁(せつべん)せしめよ!」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く説(と)く。二人(ふたり)抓(ひっか)き抓(ひっか)き挜(おさ)え挜(おさ)え、須臾(しばらく)にして又(また)見(み)えずなりぬ。八戒道(いわ)く、「沙僧(さそう)、汝(なんじ)既(すで)に水簾洞(すいれんどう)に到(いた)りて、仮(にせ)の八戒(はっかい)の行李(こうり)を挑(にな)えるを見(み)しに、怎(どう)して搶(うば)い将(も)って来(きた)らざりし」と。沙僧道(いわ)く、「那(か)の妖精(ようせい)我(われ)の宝杖(ほうじょう)を使(つか)いて彼(かれ)の仮(にせ)の沙僧(さそう)を打(う)つを見(み)、彼(かれ)就(すなわ)ち乱(みだ)りに囲(かこ)み上(のぼ)り来(きた)りて拿(と)らえんとせり。是(こ)れ我(われ)性命(いのち)を顧(かえり)みて走(に)げたり。菩薩(ぼさつ)に告(うった)うるに及(およ)び、行者(ぎょうじゃ)と復(ま)た洞口(どうこう)に至(いた)りしに、彼(かれ)の二箇(ふたり)空(そら)の中(なか)に在(あ)りて打(う)てり。是(こ)れ我(われ)往(ゆ)きて彼(かれ)の石凳(せきとう)を掀(ひっく)り返(かえ)し、彼(かれ)の小妖(しょうよう)を打(う)ち散(ちら)ししに、只(た)だ一股(ひとすじ)の瀑布(ばくふ)の泉水(せんすい)の流(なが)るるを見(み)しのみにして、竟(つい)に洞門(どうもん)の何処(いずこ)に開(ひら)けるを知(し)らず、行李(こうり)を尋(たず)ぬるに着(つ)かず、故(ゆえ)に空手(くうしゅ)にて師命(しめい)に回復(かいふく)せしなり」と。八戒道(いわ)く、「汝(なんじ)原来(もと)暁(さと)らざるなり。

我(われ)前年(ぜんねん)彼(かれ)を請(しょう)じに往(ゆ)きし時(とき)、先(さき)に洞門(どうもん)の外(そと)に在(あ)りて相見(そうけん)し、後(のち)我(われ)彼(かれ)を説(と)き泛(あふ)らしめしに、彼(かれ)就(すなわ)ち跳(と)び下(お)り、洞裡(どうり)へ往(ゆ)きて衣(ころも)を換(か)え来(きた)りし時(とき)、我(われ)彼(かれ)の身(み)を将(も)って水(みず)の裡(うち)に一(ひと)たび潜(もぐ)るを見(み)たり。那(か)の一股(ひとすじ)の瀑布(ばくふ)の水流(すいりゅう)は、就(すなわ)ち是(こ)れ洞門(どうもん)なり。想必(おもうに)那(か)の怪(かい)我等(われら)の包袱(ほうふく)を将(も)って那(か)の裡(うち)に収(おさ)めたるならん」

と。三蔵道(いわ)く、「汝(なんじ)既(すで)にこの門(もん)を知(し)らば、汝(なんじ)彼等(かれら)の都(みな)家(いえ)に在(あ)らざるに趁(じゅん)じ、先(さき)に彼(かれ)の洞裡(どうり)に到(いた)りて包袱(ほうふく)を取(と)り出(いだ)せ。我等(われら)西天(さいてん)へ往(ゆ)かん。彼(かれ)来(きた)るとも、我(われ)已(すで)に彼(かれ)を用(もち)いじ」と。八戒道(いわ)く、「我(われ)往(ゆ)かん」と。沙僧(さそう)説(いわ)く、「二哥(にい)、彼(かれ)の那(か)の洞前(どうぜん)に千数(せんすう)の小猴(しょうこう)有(あ)り、汝(なんじ)一人(ひとり)にては恐(おそ)らくは彼(かれ)を弄(ろう)し得(え)ず、反(かえ)って不美(ふび)を為(な)さん」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「怕(おそ)れず! 怕(おそ)れず!」と。急(いそ)ぎて門(もん)を出(い)で、雲霧(うんむ)を縦(はな)ち、径(ただ)ちに花果山(かかざん)に上(のぼ)りて行李(こうり)を尋(たず)ね取(と)らんとす。是(こ)れを題(あげ)ず。

却説(さて)那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)又(また)打(う)ち嚷(わめ)きて陰山(いんざん)の背後(はいご)に到(いた)る。唬(おど)ろかされたるは那(か)の満山(まんざん)の鬼(おに)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、蔵(かく)れ蔵(かく)れ逃(のが)れ逃(のが)れす。先(さき)に跑(に)げし者有(あ)り、陰司門(いんしもん)の裡(うち)に撞入(つきい)り、森羅宝殿(しんらほうでん)に報(ほう)じ上(のぼ)せて道(いわ)く、

「大王(だいおう)、背陰山(はいんざん)の上(うえ)に、二箇(ふたり)の斉天大聖(せいてんたいせい)有(あ)りて打(う)ち得(え)て来(きた)れり!」

と。慌(あわ)てたるは那(か)の第一殿(だいいちでん)の秦広王(しんこうおう)、二殿(にでん)の楚江王(そこうおう)、三殿(さんでん)の宋帝王(そうていおう)、四殿(しでん)の卞城王(べんじょうおう)、五殿(ごでん)の閻羅王(えんらおう)、六殿(ろくでん)の平等王(びょうどうおう)、七殿(しちでん)の泰山王(たいざんおう)、八殿(はちでん)の都市王(としおう)、九殿(きゅうでん)の仵官王(ごかんおう)、十殿(じゅうでん)の転輪王(てんりんおう)に伝(つた)え報(ほう)ず。一殿(いちでん)より一殿(いちでん)に転(てん)じ、霎時間(しばらく)にして十王(じゅうおう)会(かい)し斉(そろ)い、又(また)人(ひと)をして地蔵王(じぞうおう)に飛報(ひほう)せしむ。尽(ことごと)く森羅殿(しんらでん)の上(うえ)に在(あ)りて、陰兵(いんぺい)を点(てん)じ聚(あつ)め、真假(しんか)を擒(とら)えんと等(ま)つ。

只(た)だ那(か)の強風(きょうふう)滚滚(こんこん)、惨霧(さんむ)漫漫(まんまん)たるを聴(き)く。二行者(にぎょうじゃ)一(ひと)たび翻(ひるがえ)り一(ひと)たび滚(まろ)びつつ、森羅殿(しんらでん)の下(した)に打(う)ち至(いた)る。陰君(いんくん)前(まえ)に近(ちか)づきて遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「大聖(たいせい)何(なん)の事(こと)有(あ)りてか、我(わ)が幽冥(ゆうめい)を鬧(さわ)がす」と。這(こ)の大聖道(いわ)く、

「我(われ)唐僧(とうそう)を保(ほ)して西天(さいてん)に経(きょう)を取(と)らんと往(ゆ)くに因(よ)り、路(みち)西梁国(さいりょうこく)を過(す)ぎ、一山(いちざん)に至(いた)りしに、強賊(ごうぞく)の我(わ)が師(し)を截劫(せつごう)する有(あ)り。是(こ)れ老孫(ろうそん)幾箇(いくたり)かを打(う)ち殺(ころ)せしに、師父(しふ)我(われ)を怪(あや)しみ、我(われ)を把(も)って逐(お)い回(かえ)せり。我(われ)随(したが)って南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に到(いた)りて訴(うった)え告(もう)せしに、那(か)の妖精(ようせい)怎(いか)にしてか就(すなわ)ち気(き)の口(くち)を綽(つか)み、仮(かり)に我(わ)が形(かたち)に変作(へんさく)し、半路(なかみち)に在(あ)りて師父(しふ)を打(う)ち倒(たお)し、行李(こうり)を搶(うば)い奪(うば)えり。師弟(してい)沙僧(さそう)、我(わ)が本山(ほんざん)へ向(むか)いて包袱(ほうふく)を取(と)り討(こう)じしに、この妖(よう)仮(かり)に師(し)の名(な)を立(た)て、西天(さいてん)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんとす。沙僧(さそう)跑(に)げ遁(のが)れて南海(なんかい)に至(いた)りて菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えしに、我(われ)正(まさ)に側(かたわら)に在(あ)り。彼(かれ)原因(げんいん)を備(つぶさ)に説(と)き、菩薩(ぼさつ)又(また)我(われ)に命(めい)じて彼(かれ)と同(とも)に花果山(かかざん)に至(いた)りて観(み)わたさしむ。果(はた)してこの厮(やつ)に我(わ)が巢穴(そうけつ)を占(し)められたり。我(われ)彼(かれ)と菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に争(あらそ)い弁(べん)じて到(いた)りしに、其実(じつ)相貌(そうぼう)・言語(げんご)等(ら)俱(とも)に一般(おなじ)く、菩薩(ぼさつ)も亦(ま)た真假(しんか)を弁(べん)ずるに難(かた)し。又(また)この厮(やつ)と天堂(てんどう)に打(う)ち上(のぼ)りしに、衆神(しゅうしん)も亦(ま)た果(はた)して弁(べん)じ難(がた)く、我(わ)が師(し)に見(まみ)ゆるに因(よ)り、我(わ)が師(し)《緊箍咒(きんこじゅ)》を念(ねん)じて試験(しけん)せしに、我(われ)と一般(おなじ)く疼痛(とうつう)せり。故此(このゆえ)幽冥(ゆうめい)に鬧(さわ)ぎ至(いた)れり。陰君(いんくん)の我(われ)と生死簿(しょうじぼ)を査看(さかん)し、仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)の是(こ)れ何(なん)の出身(しゅっしん)なるを看(み)、早(はや)く彼(かれ)の魂魄(こんぱく)を追(お)わんことを望(のぞ)み、二心(にしん)の沌乱(とんらん)を教(おし)うるを免(まぬが)れん」

と。那(か)の怪(かい)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く一遍(ひとわたり)説(と)く。

陰君(いんくん)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち簿(ぼ)を管(つかさど)る判官(はんがん)を喚(よ)んで一一(ことごとく)頭(はじめ)より査勘(さかん)せしむるに、更(さら)に箇(ひとつ)の仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)の名(な)も無(な)し。再(ふたた)び毛虫(もうちゅう)の文簿(ぶんぼ)を看(み)るに、那(か)の猴子(こうし)一百三十条(ひゃくさんじゅうじょう)は已(すで)に是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)の幼年(ようねん)に道(みち)を得(え)し時(とき)、大(おお)いに陰司(いんし)を鬧(さわ)がし、死名(しみょう)を消(け)して一筆(いっぴつ)に之(こ)れを勾(こう)し、自(おのず)から後(のち)来(きた)る凡是(およそ)猴属(こうぞく)の者、尽(ことごと)く名号(みょうごう)無(な)し。

査勘(さかん)し畢(おわ)りて当殿(とうでん)に回報(かいほう)し、陰君(いんくん)各(おのおの)笏(しゃく)を執(と)りて行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて説(いわ)く、「大聖(たいせい)、幽冥(ゆうめい)の処(ところ)既(すで)に名号(みょうごう)の査(しら)ぶべき無(な)くんば、汝(なんじ)還(ま)た陽間(ようかん)へ往(ゆ)きて折弁(せつべん)せよ」と。正(まさ)に説(と)く処(ところ)、只(た)だ地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)の道(いわ)くを聴(き)く、

「且(しばら)く住(とど)まれ! 且(しばら)く住(とど)まれ! 我(われ)をして諦聴(たいちょう)をして汝(なんじ)と箇(ひとつ)の真假(しんか)を聴(き)かしめよ」

と。原来(もと)那(か)の諦聴(たいちょう)は是(こ)れ地蔵菩薩(じぞうぼさつ)の経案(きょうあん)の下(した)に伏(ふ)せる一箇(ひとつ)の獣(けもの)の名(な)なり。彼(かれ)若(も)し地(ち)の下(した)に伏(ふ)さば、一霎時(ひととき)にして、四大部洲(しだいぶしゅう)の山川社稷(さんせんしゃしょく)、洞天福地(どうてんふくち)の間(あいだ)の、蠃虫(らちゅう)鱗虫(りんちゅう)毛虫(もうちゅう)羽虫(うちゅう)昆虫(こんちゅう)、天仙(てんせん)地仙(ちせん)神仙(しんせん)人仙(じんせん)鬼仙(きせん)を将(も)って、善悪(ぜんあく)を顧鑒(こかん)し、賢愚(けんぐ)を察聴(さっちょう)することを可(よ)しとす。

那(か)の獣(けもの)地蔵(じぞう)の鈞旨(きんし)を奉(ほう)じ、就(すなわ)ち森羅庭院(しんらていいん)の中(なか)に於(お)いて、地(ち)に俯伏(ふふく)し、須臾(しばらく)にして頭(こうべ)を抬(もた)げ起(おこ)し、地蔵(じぞう)に対(むか)いて道(いわ)く、「怪(かい)の名(な)は是(こ)れ有(あ)れど、但(た)だ当面(まのあたり)に説(と)き破(やぶ)るべからず、又(また)力(ちから)を助(たす)けて彼(かれ)を擒(とら)うること能(あた)わず」と。地蔵道(いわ)く、「当面(まのあたり)に説(と)き出(いだ)さば便(すなわ)ち怎(いか)にせん」と。諦聴道(いわ)く、「当面(まのあたり)に説(と)き出(いだ)さば、恐(おそ)らくは妖精(ようせい)の悪(あく)を発(はっ)し、宝殿(ほうでん)を騒擾(そうじょう)し、陰府(いんぷ)をして安(やす)からざらしめん」と。又(また)問(と)う、「何(なん)と為(な)すか力(ちから)を助(たす)けて擒(とら)え拿(とら)うること能(あた)わざる」と。諦聴道(いわ)く、「妖精(ようせい)の神通(じんつう)は、孫大聖(そんたいせい)と二(ふたつ)無(な)し。幽冥(ゆうめい)の神(かみ)に、能(よ)く幾何(いくばく)の法力(ほうりき)か有(あ)らん。故此(このゆえ)擒(とら)え拿(とら)うること能(あた)わず」と。地蔵道(いわ)く、「似(か)くの如(ごと)くんば怎(いか)にしてか祛除(きょじょ)せん」と。諦聴(たいちょう)言(いわ)く、「仏法(ぶっぽう)無辺(むへん)なり」と。

地蔵(じぞう)早(はや)く已(すで)に省(さと)り悟(さと)り、即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて道(いわ)く、「汝(なんじ)二箇(ふたり)の形容(けいよう)一(いつ)の如(ごと)く、神通(じんつう)二(ふたつ)無(な)し。若(も)し弁明(べんめい)せんことを要(よう)せば、須(かなら)ず雷音寺(らいおんじ)の釈迦如来(しゃかにょらい)の那(か)の処(ところ)に到(いた)りて、方(はじ)めて明白(めいはく)を得(う)べし」と。二箇(ふたり)一斉(いっせい)に嚷(わめ)いて道(いわ)く、「説(と)ける所(ところ)は是(ぜ)なり! 説(と)ける所(ところ)は是(ぜ)なり! 我(われ)汝(なんじ)と西天(さいてん)の仏祖(ぶっそ)の前(まえ)に折弁(せつべん)せんと往(ゆ)かん!」と。那(か)の十殿(じゅうでん)の陰君(いんくん)送(おく)り出(いだ)し、地蔵(じぞう)に謝(しゃ)し、翠雲宮(すいうんぐう)に回(かえ)り上(のぼ)り、鬼使(きし)に着(つかわ)して幽冥(ゆうめい)の関隘(かんあい)を閉(と)ざさしむ。是(こ)れを題(あげ)ず。

看(み)よ、那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)は、雲(くも)を飛(と)ばし霧(きり)に奔(はし)り、西天(さいてん)に打(う)ち上(のぼ)る。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、

人(ひと)に二心(にしん)有(あ)れば禍災(かさい)を生(しょう)じ、
天涯海角(てんがいかいかく)に疑猜(ぎさい)を致(いた)す。
宝馬(ほうば)三公(さんこう)の位(くらい)を思(おも)わんと欲(ほっ)し、
又(また)金鑾(きんらん)一品(いっぴん)の台(うてな)を憶(おも)う。
南征北討(なんせいほくとう)休歇(きゅうけつ)無(な)く、
東擋西除(とうとうさいじょ)未(いま)だ定(さだ)まらずや。
禅門(ぜんもん)須(かなら)ず無心(むしん)の訣(けつ)を学(まな)び、
静(しず)かに嬰児(えいじ)を養(やしな)いて聖胎(せいたい)を結(むす)べ。

彼(かれ)の二箇(ふたり)那(か)の半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて、扯(ひ)き扯(ひ)き拉(ひ)き拉(ひ)き、抓(ひっか)き抓(ひっか)き挜(おさ)え挜(おさ)え、且(か)つ行(ゆ)き且(か)つ闘(たたか)い、直(ただ)ちに大西天(だいさいてん)霊鷲仙山(りょうじゅうせんざん)雷音宝刹(らいおんほうさつ)の外(そと)に嚷(わめ)き至(いた)る。早(つと)に那(か)の四大菩薩(しだいぼさつ)、八大金剛(はちだいこんごう)、五百阿羅(ごひゃくあら)、三千掲諦(さんぜんかいたい)、比丘尼(びくに)・比丘僧(びくそう)・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)の諸(もろもろ)の大聖衆(だいしょうしゅ)の、都(みな)七宝蓮台(しっぽうれんだい)の下(した)に到(いた)りて、各(おのおの)如来(にょらい)の説法(せっぽう)を聴(き)けるを見(み)る。

那(か)の如来(にょらい)正(まさ)に這(こ)れを講(こう)ず。

有(う)に非(あら)ざる中(うち)に有(う)有(あ)り、
無(む)に非(あら)ざる中(うち)に無(む)有(あ)り。
色(しき)に非(あら)ざる中(うち)に色(しき)有(あ)り、
空(くう)に非(あら)ざる中(うち)に空(くう)有(あ)り。
有(う)を非(ひ)として有(う)と為(な)し、
無(む)を非(ひ)として無(む)と為(な)す。
色(しき)を非(ひ)として色(しき)と為(な)し、
空(くう)を非(ひ)として空(くう)と為(な)す。
空(くう)即(すなわ)ち是(こ)れ空(くう)、
色(しき)即(すなわ)ち是(こ)れ色(しき)。
色(しき)に定色(じょうしき)無(な)く、色(しき)即(すなわ)ち是(こ)れ空(くう)。
空(くう)に定空(じょうくう)無(なく)、空(くう)即(すなわ)ち是(こ)れ色(しき)。
空(くう)を知(し)りて空(くう)ならず、
色(しき)を知(し)りて色(しき)ならず。

と。名(なづ)けて照了(しょうりょう)と為(な)し、始(はじ)めて妙音(みょうおん)に達(たっ)す。

概(おおむ)ね衆(しゅう)稽首(けいしゅ)して皈依(きえ)し、流通(るつう)読誦(どくじゅ)の際(きわ)に、如来(にょらい)天花(てんげ)を降(くだ)して普(あまね)く繽紛(ひんぷん)と散(さん)じ、即(すなわ)ち宝座(ほうざ)を離(はな)れ、大衆(だいしゅ)に対(むか)いて道(いわ)く、「汝等(なんじら)俱(とも)に是(こ)れ一心(いっしん)なれど、且(しばら)く二心(にしん)の競(きそ)い闘(たたか)いて来(きた)るを看(み)よ」と。大衆(だいしゅう)目(め)を挙(あ)げて之(こ)れを看(み)れば、果(はた)して是(こ)れ二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)の、天(てん)に吆(さけ)び地(ち)に喝(かつ)し、雷音勝境(らいおんしょうきょう)に打(う)ち至(いた)るなり。慌(あわ)てたるは那(か)の八大金剛(はちだいこんごう)、前(まえ)に進(すす)みて遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「汝等(なんじら)何処(いずこ)へか往(ゆ)かんと欲(ほっ)する」と。

這(こ)の大聖道(いわ)く、「妖精(ようせい)我(わ)が形(かたち)に変作(へんさく)せり。宝蓮台(ほうれんだい)の下(した)に至(いた)りて、如来(にょらい)を煩(わずら)わして我(われ)が為(ため)に箇(ひとつ)の虚実(きょじつ)を弁(べん)ぜん」と。衆金剛(しゅこんごう)抵擋(ていとう)し得(え)ず、直(ただ)ちに台下(だいか)に嚷(わめ)き至(いた)り、仏祖(ぶっそ)の前(まえ)に跪(ひざまず)きて拝(おが)み告(もう)して道(いわ)く、

「弟子(でし)唐僧(とうそう)を保護(ほご)し、来(きた)って宝山(ほうざん)を造(たず)ね、真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らんとし、一路(いちろ)の上(うえ)に魔(ま)を煉(ね)り怪(かい)を縛(しば)るに、幾許(いくばく)の精神(せいしん)を費(つい)やせるを知(し)らず。前(さき)に中途(ちゅうと)に至(いた)り、偶(たまた)ま強徒(ごうと)の劫(かす)め虜(とりこ)にするに遇(あ)い、委(まこと)に是(こ)れ弟子(でし)二次(にど)に幾人(いくたり)かを打(う)ち傷(そこな)えり。師父(しふ)我(われ)を怪(あや)しみて趕(お)い回(かえ)し、同(とも)に如来(にょらい)の金身(こんしん)を拝(おが)むを容(い)れず。弟子(でし)無奈(なすべ)なく、只(た)だ南海(なんかい)に投奔(とうほん)し、観音(かんのん)に見(まみ)えて苦(く)を訴(うった)う。図(はか)らざりきこの妖精(ようせい)、仮(かり)に弟子(でし)の声音(せいおん)相貌(そうぼう)に変(へん)じ、師父(しふ)を将(も)って打(う)ち倒(たお)し、行李(こうり)を把(も)って搶(うば)い去(さ)れり。師弟(してい)悟浄(ごじょう)我(わ)が山(やま)に尋(たず)ね至(いた)るに、この妖(よう)に仮(かり)に巧言(こうげん)を捏(つく)られ、真僧(しんそう)の経(きょう)を取(と)るの故(ゆえ)有(あ)りと説(と)かれたり。悟浄(ごじょう)身(み)を脱(のが)れて南海(なんかい)に至(いた)り、詳細(しょうさい)を備(つぶさ)に説(と)く。観音(かんのん)之(こ)れを知(し)り、遂(つい)に弟子(でし)に令(めい)じて悟浄(ごじょう)と同(とも)に再(ふたた)び我(わ)が山(やま)に至(いた)らしむ。此(こ)れに因(よ)り、両人(ふたり)真假(しんか)を比(くら)べ並(なら)べ、南海(なんかい)に打(う)ち至(いた)り、又(また)天宮(てんぐう)に打(う)ち到(いた)り、又(また)曾(かつ)て唐僧(とうそう)に打(う)ち見(まみ)え、冥府(めいふ)に打(う)ち見(まみ)えしも、俱(とも)に能(よ)く弁認(べんにん)する莫(な)し。故此(このゆえ)大胆(だいたん)に軽(かる)がるしく造(たず)ぬ。千(なにとぞ)大(おお)いに方便(ほうべん)の門(もん)を開(ひら)き、広(ひろ)く慈憫(じびん)の念(ねん)を垂(た)れ、弟子(でし)と邪正(じゃしょう)を弁明(べんめい)し、庶(こいねがわく)は好(よ)く唐僧(とうそう)を保護(ほご)して親(みずか)ら金身(こんしん)を拝(おが)み、経(きょう)を取(と)りて東土(とうど)に回(かえ)り、永(とこしえ)に大教(だいきょう)を揚(あ)げん」

と。大衆(だいしゅう)彼(かれ)の二張(ふたつ)の口(くち)の一樣(おなじ)き声(こえ)にて俱(とも)に一遍(ひとわたり)説(と)くを聴(き)くに、衆(しゅう)も亦(ま)た弁(べん)ぜず、惟(ただ)如来(にょらい)のみ則(すなわ)ち通(つう)じて之(こ)れを知(し)る。正(まさ)に道(い)い破(やぶ)らんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち南下(なんか)の彩雲(さいうん)の間(あいだ)より、観音(かんのん)の来(きた)りて、我(わ)が仏(ほとけ)に参拝(さんぱい)するを見(み)る。

我(わ)が仏(ほとけ)掌(てのひら)を合(あわ)せて道(いわ)く、「観音尊者(かんのんそんじゃ)、汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)、誰(たれ)か是(こ)れ真(しん)に誰(たれ)か是(こ)れ仮(か)ぞ」と。菩薩道(いわ)く、「前日(せんじつ)弟子(でし)の荒境(こうきょう)に在(あ)りしに、委(まこと)に弁(べん)ずること能(あた)わず。彼(かれ)又(また)天宮(てんぐう)地府(ちふ)に至(いた)るも、亦(ま)た俱(とも)に認(みと)め難(がた)し。特(こと)に来(きた)りて如来(にょらい)に拝(おが)み告(もう)す、千万(なにとぞ)彼(かれ)と弁明(べんめい)弁明(べんめい)せよ」と。如来笑(わら)って道(いわ)く、「汝等(なんじら)の法力(ほうりき)広大(こうだい)なるも、只(た)だ能(よ)く普(あまね)く周天(しゅうてん)の事(こと)を閲(けみ)し、能(よ)く遍(あまね)く周天(しゅうてん)の物(もの)を識(し)らず、亦(また)能(よ)く広(ひろ)く周天(しゅうてん)の種類(しゅるい)を会(え)せざるなり」と。菩薩(ぼさつ)又(また)周天(しゅうてん)の種類(しゅるい)を請(こ)い示(しめ)す。如来(にょらい)才(はじ)めて道(いわ)く、

「周天(しゅうてん)の内(うち)に五仙(ごせん)有(あ)り、乃(すなわ)ち天地神人鬼(てんちしんじんき)なり。五虫(ごちゅう)有(あ)り、乃(すなわ)ち蠃鱗毛羽昆(らりんもううこん)なり。この厮(やつ)は天(てん)に非(あら)ず地(ち)に非(あら)ず神(しん)に非(あら)ず人(ひと)に非(あら)ず鬼(おに)に非(あら)ず、亦(また)蠃(ら)に非(あら)ず鱗(りん)に非(あら)ず毛(もう)に非(あら)ず羽(う)に非(あら)ず昆(こん)に非(あら)ず。又(また)四猴(しこう)の世(よ)を混(こん)ずる者有(あ)りて、十類(じゅうるい)の種(たね)に入(い)らず」

と。菩薩道(いわ)く、「敢(あ)えて問(と)う、是(こ)れ那(いず)れの四猴(しこう)ぞ」と。如来道(いわ)く、

「第一(だいいち)は是(こ)れ霊明石猴(れいみょうせきこう)、変化(へんげ)に通(つう)じ、天時(てんじ)を識(し)り、地利(ちり)を知(し)り、星(ほし)を移(うつ)し斗(と)を換(か)う。
第二(だいに)は是(こ)れ赤尻馬猴(せっきばこう)、陰陽(いんよう)を暁(さと)り、人事(じんじ)を会(え)し、出入(しゅつにゅう)に善(よ)く、死(し)を避(さ)け生(せい)を延(の)ぶ。
第三(だいさん)は是(こ)れ通臂猿猴(つうびえんこう)、日月(じつげつ)を拿(と)り、千山(せんざん)を縮(ちぢ)め、休咎(きゅうきゅう)を弁(べん)じ、乾坤(けんこん)を摩弄(まろう)す。
第四(だいし)は是(こ)れ六耳獼猴(ろくじびこう)、音(おと)を聆(き)くに善(よ)く、理(ことわり)を察(さっ)すること能(よ)く、前後(ぜんご)を知(し)り、万物(ばんぶつ)皆(みな)明(あき)らかなり。
この四猴(しこう)なる者は、十類(じゅうるい)の種(たね)に入(い)らず、両間(りょうかん)の名(な)に達(たっ)せず。我(われ)観(み)るに仮(にせ)の悟空(ごくう)は乃(すなわ)ち六耳獼猴(ろくじびこう)なり。この猴(さる)若(も)し一処(ひとところ)に立(た)てば、能(よ)く千里(せんり)の外(そと)の事(こと)を知(し)り、凡(およそ)人(ひと)の説話(せつわ)するも、亦(ま)た之(こ)れを知(し)ることを能(よ)くす。故此(このゆえ)音(おと)を聆(き)くに善(よ)く、理(ことわり)を察(さっ)すること能(よ)く、前後(ぜんご)を知(し)り、万物(ばんぶつ)皆(みな)明(あき)らかなり。真(しん)の悟空(ごくう)と同象(どうぞう)同音(どうおん)なる者は、六耳獼猴(ろくじびこう)なり」

と。那(か)の獼猴(びこう)如来(にょらい)の彼(かれ)が本象(ほんぞう)を説(と)き出(いだ)すを聞(き)き得(え)、胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)き、急(いそ)ぎて身(み)を縦(はな)ち、跳(と)び起(おこ)りて就(すなわ)ち走(に)ぐ。如来(にょらい)彼(かれ)の走(に)ぐるを見(み)て、即(すなわ)ち大衆(だいしゅ)に令(めい)じて手(て)を下(くだ)さしむ。早(つと)に四菩薩(しぼさつ)、八金剛(はちこんごう)、五百阿羅(ごひゃくあら)、三千掲諦(さんぜんかいたい)、比丘僧(びくそう)、比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)、優婆夷(うばい)、観音(かんのん)、木吒(もくた)有(あ)りて、一斉(いっせい)に囲繞(いじょう)す。孫大聖(そんたいせい)も亦(ま)た前(まえ)に進(すす)まんとせしに、如来道(いわ)く、「悟空(ごくう)手(て)を動(うご)かすを休(や)めよ、我(われ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて彼(かれ)を擒(とら)えしめよ」と。

那(か)の獼猴(びこう)毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん)として、脱(のが)るるに難(かた)きを料(おもんばか)り、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、一箇(ひとつ)の蜜蜂児(みつばち)に変作(へんさく)し、上(うえ)へ向(むか)いて便(すなわ)ち飛(と)ぶ。如来(にょらい)金鉢盂(きんはつう)を将(も)って撇(な)げ起(おこ)し去(さ)れば、正(まさ)に那(か)の蜂児(みつばち)を蓋(おお)いて、落(お)ち下(くだ)り来(きた)る。大衆(だいしゅう)知(し)らず、以(おも)えらく走(に)げたりと。如来笑(わら)って云(いわ)く、「大衆(だいしゅう)言(い)うこと莫(な)かれ、妖精(ようせい)未(いま)だ走(に)げず、見(いま)我(わ)がこの鉢盂(はつう)の下(した)に在(あ)り」と。大衆(だいしゅう)一斉(いっせい)に前(まえ)に進(すす)み、鉢盂(はつう)を把(も)って揭(はぐ)り起(おこ)せば、果(はた)して本象(ほんぞう)を現(あらわ)して、是(こ)れ一箇(ひとり)の六耳獼猴(ろくじびこう)なり。孫大聖(そんたいせい)忍不住(たえず)、鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、頭(こうべ)より劈(つんざ)くこと一下(ひとつ)、打(う)ち殺(ころ)して、今(いま)に至(いた)るまでこの一種(いっしゅ)を絶(た)てり。如来(にょらい)忍(しの)びず、一声(ひとこえ)、

「善(ぜん)なるかな! 善(ぜん)なるかな!」

と。大聖道(いわ)く、「如来(にょらい)彼(かれ)を慈憫(じびん)すべからず。彼(かれ)我(わ)が師父(しふ)を打(う)ち傷(そこな)い、我(わ)が包袱(ほうふく)を搶(うば)い奪(うば)えり。律(りつ)に依(よ)りて彼(かれ)を問(と)うに得財傷人(とくざいしょうにん)、白昼搶奪(はくちゅうごうだつ)を以(もっ)てせば、也(ま)た該(まさ)に箇(ひとつ)の斬罪(ざんざい)なるべし!」と。如来道(いわ)く、「汝(なんじ)自(みずか)ら速(はや)く往(ゆ)きて唐僧(とうそう)を保護(ほご)し、此(ここ)に来(きた)りて経(きょう)を求(もと)めしめよ」と。大聖(たいせい)叩頭(こうとう)し謝(しゃ)して道(いわ)く、「上(うえ)に如来(にょらい)に告(もう)し知(し)らしめよ。那(か)の師父(しふ)は定(かなら)ず是(こ)れ我(われ)を要(い)らず。我(われ)この去(ゆ)くに、若(も)し収(おさ)め留(とど)めずんば、却(かえ)って又(また)一番(ひとくさり)の神思(しんし)を労(ろう)せずや! 如来(にょらい)の方便(ほうべん)を望(のぞ)み、松箍児咒(しょうこじじゅ)を把(も)って一(ひと)たび念(ねん)じ、この金箍(きんこ)を褪(ぬ)ぎ下(おろ)し、如来(にょらい)に交(かわ)し還(かえ)し、我(われ)を放(はな)ちて還俗(げんぞく)し去(さ)らしめ給(たま)え」と。如来道(いわ)く、「汝(なんじ)乱(みだ)りに想(おも)うを休(や)めよ、切(せつ)に刁(ねじ)くるを放(はな)つこと莫(な)かれ。我(われ)観音(かんのん)に教(おし)えて汝(なんじ)を送(おく)り往(ゆ)かしめん、彼(かれ)の収(おさ)めざらんことを怕(おそ)るること莫(な)かれ。好(よ)く生(よ)く彼(かれ)を保護(ほご)して往(ゆ)け、那(そ)の時(とき)功(こう)成(な)って極楽(ごくらく)に帰(き)し、汝(なんじ)も亦(ま)た蓮台(れんだい)に坐(ざ)せん」と。

那(か)の観音(かんのん)旁(かたわら)に在(あ)りて聴(き)き説(と)き、即(すなわ)ち掌(てのひら)を合(あわ)せて聖恩(せいおん)を謝(しゃ)し、悟空(ごくう)を領(ひき)い、輒(すなわ)ち雲(くも)に駕(が)して去(さ)る。随後(あとより)木吒行者(もくたぎょうじゃ)、白鸚哥(はくおうか)も、一同(いっしょ)に趕(お)い上(のぼ)る。多時(しばらく)ならずして、中途(ちゅうと)の草舎(そうしゃ)の人家(じんか)に到(いた)る。沙和尚(さおしょう)看(み)て、急(いそ)ぎて師父(しふ)を請(しょう)じて門(もん)を拝(おが)みて迎接(げいせつ)す。菩薩道(いわ)く、「唐僧(とうそう)、前日(せんじつ)汝(なんじ)を打(う)ちしは、乃(すなわ)ち仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)六耳獼猴(ろくじびこう)なり。幸(さいわい)に如来(にょらい)知識(しき)有(あ)りて、已(すで)に悟空(ごくう)に打(う)ち殺(ころ)されたり。汝(なんじ)今(いま)須(かなら)ず是(こ)れ悟空(ごくう)を収(おさ)め留(とど)めよ。一路(いちろ)の上(うえ)魔障(ましょう)未(いま)だ消(しょう)えず、須(かなら)ず彼(かれ)を得(え)て汝(なんじ)を保護(ほご)せしめて、才(はじ)めて霊山(りょうざん)に到(いた)り、仏(ほとけ)に見(まみ)えて経(きょう)を取(と)るを得(う)べし。再(ふたた)び嗔(いか)り怪(あや)しむこと莫(な)かれ」と。三蔵(さんぞう)叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「謹(つつし)んで教旨(きょうし)を遵(したが)わん」と。

正(まさ)に拝(おが)み謝(しゃ)する時(とき)、只(た)だ正東(しょうとう)の上(うえ)に狂風(きょうふう)滚滚(こんこん)たるを聴(き)く。衆(しゅう)目(め)を注(そそ)いで之(こ)れを視(み)れば、乃(すなわ)ち猪八戒(ちょはっかい)の両箇(ふたつ)の包袱(ほうふく)を背負(お)い、風(かぜ)に駕(が)して至(いた)れるなり。呆子(ほうし)菩薩(ぼさつ)を見(み)て、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)して道(いわ)く、「弟子(でし)前日(せんじつ)師父(しふ)に別(わか)れて花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に至(いた)りて包袱(ほうふく)を尋(たず)ね得(え)しに、果(はた)して一箇(ひとり)の仮(にせ)の唐僧(とうそう)・仮(にせ)の八戒(はっかい)を見(み)、都(みな)弟子(でし)に打(う)ち殺(ころ)され、原来(もと)是(こ)れ二箇(ふたり)の猴身(こうしん)なりき。却(かえ)って裡(うち)に入(い)り、方(はじ)めて包袱(ほうふく)を尋(たず)ね着(つ)け、当時(そのとき)査点(さてん)せしに、一物(いちもつ)も少(すくな)からず。却(かえ)って風(かぜ)に駕(が)して此(ここ)に転(めぐ)り来(きた)れり。更(さら)に二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)の下落(いずこ)なるを知(し)らざりしなり」と。菩薩(ぼさつ)如来(にょらい)の怪(あやしき)を識(し)れる事(こと)を把(も)って、一遍(ひとわたり)説(と)けり。那(か)の呆子(ほうし)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、称謝(しょうしゃ)すること尽(つ)きず。

師徒(しと)たち拝(おが)み謝(しゃ)し了(おわ)り、菩薩(ぼさつ)海(うみ)に回(かえ)り、却(かえ)って都(みな)旧(もと)に照(てら)して意(い)を合(あわ)せ心(こころ)を同(おなじう)し、冤(えん)を洗(あら)い怒(いかり)を解(と)く。又(また)那(か)の村舎(そんしゃ)の人家(じんか)に謝(しゃ)し、行嚢(こうのう)馬匹(ばひつ)を整(ととの)え束(つか)ね、大路(たいろ)を找(たず)ねて西(にし)へ向(むか)う。正(まさ)に是(こ)れ、

中道(ちゅうどう)分離(ぶんり)して五行(ごぎょう)乱(みだ)れ、
妖(よう)を降(くだ)し聚(あつま)り会(かい)して元明(げんみょう)を合(がっ)す。
神(しん)心舎(しんしゃ)に帰(き)して禅(ぜん)方(まさ)に定(さだ)まり、
六識(ろくしき)祛(はら)い降(くだ)って丹(たん)自(おのず)から成(な)る。

畢竟(はてさて)この去(ゆ)くに、三蔵(さんぞう)の何時(いつ)にか仏(ほとけ)に面(まみ)えて経(きょう)を求(もと)め得(う)るやは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。