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006 第六回 観音(かんのん)会(かい)に赴(おもむ)きて原因(げんいん)を問(と)い 小聖(しょうせい)威(い)を施(ほどこ)して大聖(たいせい)を降(くだ)す

且(しばら)く天神(てんしん)の囲繞(いにょう=取り巻く)と、大聖(たいせい)の安歇(あんけつ=休やすむ)を言(い)わず。話(はな)し表(しめ)す、南海(なんかい)普陀落伽山(ふだらくかさん)の大慈大悲(だいじだいひ=大いなる慈悲)救苦救難(くくぐなん=苦を救い難を救う)霊感観世音菩薩(れいかんかんぜおんぼさつ)は、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)に請(しょう)ぜられて蟠桃大会(ばんとうだいえ)に赴(おもむ)き、大弟子(だいてし)の恵岸行者(えがんぎょうじゃ)と同(とも)に宝閣(ほうかく)の瑶池(ようち)に登(のぼ)るに、那(か)の裡(うち)の荒荒凉凉(こうこうりょうりょう=荒れ果て寂しき)、席面(せきめん=宴の席)の残乱(ざんらん=乱れ散る)せるを見(み)る;幾位(いくにん)の天仙(てんせん)有(あ)りと雖(いえど)も、俱(とも)に就座(しゅうざ)せず、都(みな)那(か)の裡(うち)に在(あ)りて乱紛紛(らんふんぶん=入り乱れ)として講論(こうろん=論じ合う)。菩薩(ぼさつ)衆仙(しゅうせん)と相見(あいまみ)え畢(おわ)るに、衆仙(しゅうせん)前事(ぜんじ=先の出来事)を備(つぶさ)に言(い)う。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「既(すで)に盛会(せいかい)無(な)く、又(また)杯(さかずき)を伝(つた)えずんば、汝(なんじ)等(ら)貧僧(ひんそう)に跟(したが)いて去(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)ゆるも可(よ)し」と。衆仙(しゅうせん)怡然(いぜん=喜びいさん)で随(したが)って往(ゆ)く。通明殿(つうめいでん)の前(まえ)に至(いた)れば、早(は)や四大天師(しだいてんし)・赤脚大仙(せっきゃくだいせん)等(ら)の衆(しゅ)の俱(みな)此(ここ)に在(あ)る有(あ)りて、菩薩(ぼさつ)を迎(むか)え、即(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)の煩悩(ぼんのう=心を悩ま)し、天兵(てんぺい)を調遣(ちょうけん=繰り出だ)し、怪(かい)を擒捕(きんど=擒え捕らう)するも未(いま)だ回(かえ)らざる等(ら)の因(よし)を道(い)う。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「我(われ)玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えんことを要(よう)す、煩(わずら)わしきかな転奏(てんそう=取り次ぎ)せよ」と。天師(てんし)邱弘済(きゅうこうさい)、即(すなわ)ち霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に入(い)り、啓知(けいち=申し奏)して宣入(せんにゅう=召し入れ)す。時(とき)に太上老君(たいじょうろうくん)は上座(じょうざ)に在(あ)り、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)は後(うしろ)に在(あ)り。

菩薩(ぼさつ)衆(しゅう)を引(ひ)きて同(とも)に裡(うち)に入(い)り、玉帝(ぎょくてい)と礼(れい)し畢(おわ)り、又(また)老君(ろうくん)・王母(おうぼ)と相見(あいまみ)え、各(おのおの)坐(ざ)し下(くだ)る。便(すなわ)ち問(と)う、「蟠桃盛会(ばんとうせいかい)は如何(いかん)」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「毎年(まいねん)請(しょう)じて会(かい)すれば、喜喜歓歓(ききかんかん=大いに喜ぶ)なるに、今年(ことし)妖猴(ようこう)の乱(みだれ)を作(な)すに遭(あ)い、甚(はなは)だ是(こ)れ虚(むな)しく邀(むか)うるのみ」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「妖猴(ようこう)は是(こ)れ何(なん)の出処(しゅっしょ=生れ出でし処)なる」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「妖猴(ようこう)は乃(すなわ)ち東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)の石卵(せきらん=石の卵)の化生(けしょう=化けて生れ)せるなり。当時(そのとき)生(うま)れ出(い)づるや、即(すなわ)ち目(め)より金光(きんこう)を運(めぐ)らし、射(さ)して斗府(とふ=星の御殿)に衝(つ)き当(あた)る。始(はじ)めは介意(かいい=気にかく)らざりしが、継(つい)で精(せい)と成(な)り、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)し、自(みずか)ら死籍(しせき=死の帳面)を削(けず)れり。当(まさ)に龍王(りゅうおう)・閻王(えんおう)の啓奏(けいそう=申し上げ)有(あ)り。朕(ちん)擒(とら)え拿(とらえ)んと欲(ほっ)せしに、是(こ)れ長庚星(ちょうこうせい)啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、『三界(さんがい)の間(あいだ)、凡(およ)そ九竅(きゅうきょう=九つの穴)有(あ)る者(もの)は、以(もっ)て仙(せん)と成(な)る可(べ)し』と。朕(ちん)即(すなわ)ち教育(きょういく)を施(ほどこ)して賢(けん)を育(はぐく)み、他(かれ)を上界(じょうかい)に宣(せん)し、御馬監(ぎょばかん)の弼馬温(ひつばおん)の官(かん)に封(ほう)ぜり。那(か)の厮(やつ)は官(かん)の小(ちい)さきを嫌悪(けんお=嫌い憎)み、天宮(てんぐう)に反(そむ)けり。即(すなわ)ち李天王(りてんおう)と哪吒太子(なたたいし)を差(さしむ)けて収降(しゅうこう=降らし服せ)しめ、又(また)詔(みことのり)を降(くだ)して撫安(ぶあん=なだめ安ん)じ、上界(じょうかい)に宣(せん)して、就(すなわ)ち他(かれ)をして箇(ひとつ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』を做(な)さしめたり、只(た)だ是(こ)れ官(かん)有(あ)りて禄(ろく)無(な)きのみ。他(かれ)事(こと)を幹(おこな)い管理(かんり)する無(な)きに因(よ)り、東(ひがし)に遊(あそ)び西(にし)に蕩(ただよ)う。朕(ちん)又(また)別(べつ)に事端(じたん=面倒)を生(しょう)ぜんことを恐(おそ)れ、他(かれ)をして蟠桃園(ばんとうえん)を代(かわ)りて管(つかさど)らしめたり。他(かれ)又(また)法律(ほうりつ)に遵(したが)わず、老樹(ろうじゅ)の大桃(だいとう)を将(も)ちて、尽(ことごと)く行(ことごと)く偸(ぬす)み食(くら)えり。会(かい)を設(もう)くるに及(およ)び、他(かれ)は乃(すなわ)ち無禄(むろく=禄無き)の人員(じんいん)なるをもって、曾(かつ)て他(かれ)を請(しょう)ぜざりしに、他(かれ)は就(すなわ)ち計(けい)を設(もう)けて赤脚大仙(せっきゃくだいせん)を赚哄(かんこう=たぶらかし)し、却(かえ)って自(みずか)ら他(かれ)が相貌(そうぼう)に変(へん)じて会(かい)に入(い)り、仙肴(せんこう=仙の料理)仙酒(せんしゅ)を尽(ことごと)く偸(ぬす)み食(くら)い了(おわ)り、又(また)老君(ろうくん)が仙丹(せんたん)を偸(ぬす)み、又(また)御酒(ぎょしゅ)若干(じゃっかん=いくばくか)を偸(ぬす)み、去(ゆ)きて本山(ほんざん)の衆猴(しゅうこう)と享楽(きょうらく=楽しみを共に)せり。朕(ちん)が心(こころ)此(これ)がために煩悩(はんのう=悩む)す、故(ゆえ)に十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を調(ちょう)し、天羅地網(てんらちもう)を以(もっ)て収伏(しゅうふく=平らげる)せしむ。此(こ)の一日(いちにち)回報(かいほう)を見(み)ざれば、勝負(しょうぶ)の如何(いかん)を知(し)らず」と。

菩薩(ぼさつ)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち恵岸行者(えがんぎょうじゃ)に命(めい)じて曰(いわ)く、「汝(なんじ)可(べ)く速(すみや)かに天宮(てんぐう)を下(くだ)り、花果山(かかざん)に到(いた)り、軍情(ぐんじょう=戦の様子)の如何(いかん)を打探(うちさぐ=探り来た)れ。若(も)し相敵(あいてき=相まみえ)に遇(あ)わば、可(べ)く就(すなわ)ち一功(いっこう=一働き)を相(あい)助(たす)け、務(かなら)ず的実(てきじつ=確か)に回話(かいわ=返事)せよ」と。恵岸行者(えがんぎょうじゃ)衣裙(いうん=衣の裾)を整整(せいせい=きちんと)し、一條(ひとふり)の鉄棍(てっこん=鉄の棒)を執(と)り、雲(くも)に架(が)して闕(けつ=宮門)を離(はな)れ、径(ただ)ちに山前(さんぜん)に至(いた)る。那(か)の天羅地網(てんらちもう)の、密密層層(みつみつそうそう=幾重にも隙無く)、各営門(かくえいもん)に鈴(すず)を提(さ)げ号(ごう=合言葉)を喝(わめ)き、那(か)の山(やま)を囲繞(いにょう)すること水(みず)も泄(も)らさぬほどなるを見(み)る。恵岸(えがん)立(た)ち住(とど)まり、叫(よ)んで曰(いわ)く、「営門(えいもん)を把(と)れる天丁(てんてい=天の兵)よ、煩(わずら)わしきかな汝(なんじ)伝報(でんほう=取次ぎ)せよ。我(われ)は乃(すなわ)ち李天王(りてんおう)の二太子(にたいし)木吒(ぼくた)、南海観音(なんかいかんのん)が大徒弟(だいとてい)恵岸(えがん)、特(こと)に来(きた)りて軍情(ぐんじょう)を打探(うちさぐ)るなり」と。那(か)の営(えい)の裡(うち)の五嶽神兵(ごがくしんぺい)、即(すなわ)ち伝(つた)えて轅門(えんもん=陣の門)の裡(うち)に入(い)る。早(は)や虚日鼠(きょじっそ)・昴日鶏(ぼうじっけい)・星日馬(せいじつば)・房日兎(ぼうじつと)有(あ)りて、言(げん)を将(も)ちて中軍帳(ちゅうぐんちょう=本陣の幕舎)の下(もと)に伝(つた)え到(いた)る。李天王(りてんおう)令旗(れいき=命令の旗)を発(はな)ち、天羅地網(てんらちもう)を開(ひら)かせ、他(かれ)を放(はな)ちて進(い)らしむ。此(こ)の時(とき)東方(とうほう)才(ようや)く亮(あかる)し。恵岸(えがん)旗(はた)に随(したが)って進(すす)み入(い)り、四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)に見(まみ)えて下拝(かはい)す。拝(はい)し訖(おわ)りて、李天王(りてんおう)曰(いわ)く、「孩児(がいじ=我が子)よ、汝(なんじ)那(いず)れの廂(ほとり)より来(きた)れる」と。恵岸(えがん)曰(いわ)く、「愚男(ぐなん=愚かな我が子)は菩薩(ぼさつ)に随(したが)いて蟠桃会(ばんとうえ)に赴(おもむ)きしに、菩薩(ぼさつ)勝会(しょうえい)の荒凉(こうりょう=寂れ)し、瑶池(ようち)の寂寞(せきばく=ひっそり)せるを見(み)て、衆仙(しゅうせん)と愚男(ぐなん)を引(ひ)きて去(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えり。玉帝(ぎょくてい)父王(ふおう)等(ら)の下界(げかい)に妖猴(ようこう)を収伏(しゅうふく)するも、一日(いちにち)回報(かいほう)を見(み)ず、勝負(しょうぶ)未(いま)だ知(し)れずと備(つぶさ)に言(い)えるをもって、菩薩(ぼさつ)因(よ)って愚男(ぐなん)に此(ここ)に到(いた)りて虚実(きょじつ=実の程)を打聴(うちさぐ=探り)れと命(めい)ずるなり」と。李天王(りてんおう)曰(いわ)く、「昨日(きのう)此(ここ)に到(いた)りて営(えい)を安(やすん)じ寨(とりで)を下(くだ)し、九曜星(くようせい)を着(つ)けて挑戦(ちょうせん)せしめたり;此(こ)の厮(やつ)に大(おお)いに神通(じんつう)を弄(ろう=振るわ)れ、九曜星(くようせい)俱(とも)に敗(やぶ)れ走(に)げて回(かえ)れり。後(のち)我(われ)等(ら)親(みずか)ら兵(へい)を提(さ)ぐるに、那(か)の厮(やつ)も也(ま)た陣勢(じんぜい)を排(なら)び開(ひら)けり。我(われ)等(ら)十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)、他(かれ)と混戦(こんせん)して晩(くれ)に至(いた)るに、他(かれ)箇(ひとつ)の分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)いて戦(たたか)い退(しりぞ)けたり。兵(へい)を収(おさ)めて査勘(さかん=調べる)するに及(およ)び、只(た)だ些(いささか)の狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう=獣ども)の類(たぐい)を捉(とら)え得(え)たるのみ、曾(かつ)て他(かれ)が半箇(ひとり)の妖猴(ようこう)をも捉(とら)え得(え)ず。今日(こんにち)は未(いま)だ出戦(しゅっせん)せず」と。

説(と)き了(おわ)らざるに、只(た)だ轅門(えんもん)の外(そと)に人有(ひと)の来(きた)りて報(ほう)じて曰(いわ)く、「那(か)の大聖(たいせい)一群(ひとむれ)の猴精(こうせい=猿の精)を引(ひ)きて、外(そと)の面(ほとり)に在(あ)りて叫喊(きょうかん=喚き叫ぶ)」とを見(み)る。四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)并(ならび)に太子(たいし)正(まさ)に出兵(しゅっぺい)を議(ぎ)す。木吒(ぼくた)曰(いわ)く、「父王(ふおう)、愚男(ぐなん)菩薩(ぼさつ)の吩咐(ふんぷ=言付け)を蒙(こうむ)り、下(くだ)りて消息(しょうそく)を打探(うちさぐ)るに、若(も)し戦(たたか)いに遇(あ)わば、可(べ)く一功(いっこう)を助(たす)くべしと説(い)えり。今(いま)不才(ふさい=未熟な我)願(ねが)わくは往(ゆ)かん、他(かれ)が怎(いか)なる箇(ひとつ)の大聖(たいせい)なるかを看(み)ん!」と。天王(てんおう)曰(いわ)く、「孩児(がいじ)よ、汝(なんじ)菩薩(ぼさつ)に随(したが)いて修行(しゅぎょう)すること此(こ)の幾年(いくとせ)、想(おも)うに必(かなら)ず也(ま)た些(いささか)の神通(じんつう)有(あ)らん、切(かなら)ず須(すべから)く意(こころ)に在(あ)るべし」と。

好(よ)きかな太子(たいし)、双手(そうしゅ=両手)に鉄棍(てっこん)を輪(めぐ)らし、繍衣(しゅうい=刺繍の衣)を一(ひと)束(たば)ね束(たば)ねし、轅門(えんもん)を跳(と)び出(い)で、高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「那(いず)れの箇(ひとつ)か是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)なる」と。大聖(たいせい)如意棒(にょいぼう)を挺(ささ)げ、声(こえ)に応(おう)じて曰(いわ)く、「老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是(こ)れなり。汝(なんじ)は是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)なる、輒(すなわ)ち敢(あ)えて我(われ)を問(と)うや」と。木吒(ぼくた)曰(いわ)く、「吾(われ)は乃(すなわ)ち李天王(りてんおう)の第二(だいに)の太子(たいし)叉(た)、今(いま)観音菩薩(かんのんぼさつ)の宝座(ほうざ)の前(まえ)に在(あ)りて徒弟(とてい)護教(ごきょう=教えを護る者)と為(な)り、法名(ほうみょう)は恵岸(えがん)是(こ)れなり」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)南海(なんかい)に在(あ)りて修行(しゅぎょう)せず、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて我(われ)に見(まみ)えて甚(なん)をか做(な)す」と。木吒(ぼくた)曰(いわ)く、「我(われ)師父(しふ)の差(つか)わされて軍情(ぐんじょう)を打探(うちさぐ)りに来(きた)れるを蒙(こうむ)り、汝(なんじ)が此(か)くの般(ごと)き猖獗(しょうけつ=横暴)なるを見(み)、特(こと)に来(きた)りて汝(なんじ)を擒(とら)えん!」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)敢(あ)えて那(か)の等(ごとき)の大話(おおばなし)を説(い)うか!且(しばら)く走(に)ぐるな!老孫(ろうそん)が此(こ)の一棒(いっぽう)を食(くら)え!」と。木吒(ぼくた)全然(ぜんぜん)懼(おそ)れず、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて手(て)を劈(つんざ)いて相(あい)迎(むか)う。彼(かれ)両箇(ふたり)那(か)の半山(はんざん=山の中腹)に立(た)ち、轅門(えんもん)の外(そと)に在(あ)りて、此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな闘(たたかい):

棍(こん)は棍(こん)に対(たい)すと雖(いえど)も鉄(てつ)各(おのおの)異(こと)なり、兵(へい)は縦(よ)し交(まじ)わるも人(ひと)同(おな)じからず。
一箇(ひとつ)は是(こ)れ太乙散仙(たいおつさんせん)の大聖(たいせい)と呼(よ)ばれ、一箇(ひとつ)は是(こ)れ観音(かんのん)が徒弟(とてい)の正(しょう)の元龍(げんりゅう)なり。
渾鉄棍(こんてっこん=総鉄の棒)は乃(すなわ)ち千錘(せんすい=千度の鍛え)に打(う)たれ、六丁六甲(りくていりっこう)神功(しんこう)を運(めぐ)らす;
如意棒(にょいぼう)は是(こ)れ天河(てんが)に定(さだ)まる、鎮海(ちんかい=海を鎮む)の神珍(しんちん)にして法力(ほうりき)洪(こう=大)なり。
両箇(ふたり)相逢(あいあ)うて真(しん)の対手(てき)、往来(おうらい)の解数(かいすう=技の数)実(じつ)に窮(きわ)まり無(な)し、
此(こ)の箇(ひとつ)の陣手棍(じんしゅこん=陣を張る棒)、万千(ばんせん)の凶(きょう)、腰(こし)を繞(めぐ)り索(さく=縄)を貫(つらぬ)くこと疾(と)きこと風(かぜ)の如(ごと)し;
那(か)の箇(ひとつ)の夾槍棒(きょうそうぼう=槍を挟む棒)、空(むな)しく放(はな)たず、左(ひだり)を遮(さえぎ)り右(みぎ)を擋(ふせ)いで怎(いか)でか相(あい)容(い)れん?
那(か)の陣上(じんじょう)旌旗(せいき)閃閃(せんせん=ひるがえ)り、此(こ)の陣上(じんじょう)駝鼎(だてい=駱駝と鼎の太鼓)冬冬(とうとう=とんとん)たり。
万員(ばんいん=万の)の天将(てんしょう)団団(だんだん=ぐるり)と繞(めぐ)り、一洞(ひとつ)の妖猴(ようこう)簇簇(ぞくぞく=群れ集)まる。
怪霧(かいむ)愁雲(しゅううん)地府(ちふ)に漫(み)ち、狼烟(ろうえん=烽火)煞気(さっき=殺気)天宮(てんぐう)に射(さ)す。
昨朝(さくちょう)の混戦(こんせん)は還(ま)た猶(なお)可(よ)し、今日(こんにち)の争持(そうじ=睨み合い)は更(さら)に又(また)凶(きょう)なり。
堪(た)えて羨(うらや)む猴王(こうおう)の真(しん)の本事(ほんじ)、木吒(ぼくた)復(ま)た敗(やぶ)れて又(また)生(いき)て逃(に)ぐ。

此(こ)の大聖(たいせい)恵岸(えがん)と戦(たたか)うこと五六十合(ごじゅうろくごう)を経(へ)るに、恵岸(えがん)臂膊(ひはく=腕)酸麻(さんま=痺れだる)く、迎(むか)え敵(てき)すること能(あた)わず、一幌(ひとひるがえ)しを虚(から)く幌(ひるがえ)し、陣(じん)を敗(やぶ)りて走(に)ぐ。大聖(たいせい)も也(ま)た猴兵(こうへい)を収(おさ)め、洞門(どうもん)の外(そと)に安(やすん)じ扎(とど)まる。只(た)だ天王(てんおう)が営門(えいもん)の外(そと)に、大小(だいしょう)の天兵(てんぺい)の、太子(たいし)を接(むか)え住(とど)め、大路(たいろ)を譲(ゆず)り開(ひら)き、径(ただ)ちに轅門(えんもん)に入(い)り、四天王(してんおう)・李托塔(りたくとう)・哪吒(なた)に対(たい)し、気哈哈(きははは=息を切らし)として、喘息(ぜんそく=息)未(いま)だ定(さだ)まらず:「好(よ)き大聖(たいせい)!好(よ)き大聖(たいせい)!着実(ちゃくじつ=まこと)に神通広大(じんつうこうだい)!孩児(がいじ)戦(たたか)い過(す)ぎず、又(また)陣(じん)を敗(やぶ)りて来(きた)れるなり!」と。李天王(りてんおう)見(み)て心(こころ)驚(おどろ)き、即(すなわ)ち表(ひょう=奏上文)を写(うつ)して助(たすけ)を求(もと)めしめ、便(すなわ)ち大力鬼王(たいりききおう)と木吒太子(ぼくたたいし)を差(さしむ)けて天(てん)に上(のぼ)り啓奏(けいそう)せしむ。

二人(ふたり)当時(そのとき)敢(あ)えて停留(ていりゅう=留まる)せず、天羅地網(てんらちもう)を闖(つきやぶ)り出(い)で、瑞靄祥雲(ずいあいしょううん=瑞雲)を駕(が)し起(おこ)す。須臾(しばらく)にして、径(ただ)ちに通明殿(つうめいでん)の下(もと)に至(いた)り、四大天師(しだいてんし)に見(まみ)え、霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に引(ひ)き至(いた)り、表章(ひょうしょう=上奏文)を呈(てい=奉)ず。恵岸(えがん)又(また)菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えて施礼(せれい)す。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)打探(うちさぐ)る所(ところ)如何(いかん)」と。恵岸(えがん)曰(いわ)く、「始(はじ)め命(めい)を領(う)けて花果山(かかざん)に到(いた)り、天羅地網(てんらちもう)の門(もん)を叫(よ)び開(ひら)かせ、父親(ちち)に見(まみ)え、師父(しふ)の差(つかわ)し命(めい)ずるの意(こころ)を道(い)えり。父王(ふおう)曰(いわ)く、『昨日(きのう)那(か)の猴王(こうおう)と戦(たたか)うこと一場(ひとくさ)せしが、只(た)だ他(かれ)が虎豹獅象(こひょうしぞう)の類(たぐい)を捉(とら)え得(え)たるのみ、更(さら)に未(いま)だ他(かれ)が一箇(ひとり)の猴精(こうせい)をも捉(とら)えず』と。正(まさ)に講(こう)ずる間(あいだ)、他(かれ)又(また)索戦(さくせん=戦いを求む)す、是(ここ)に於(おい)て弟子(でし)鉄棍(てっこん)を使(つか)いて他(かれ)と戦(たたか)うこと五六十合(ごじゅうろくごう)を経(へ)るに、勝(か)つを取(と)ること能(あた)わず、敗(やぶ)れて営(えい)に走(に)げ回(かえ)れり。父親(ちち)此(これ)に因(よ)って大力鬼王(たいりききおう)を差(さしむ)けて弟子(でし)と同(とも)に上界(じょうかい)に助(たすけ)を求(もと)めしむるなり」と。菩薩(ぼさつ)頭(こうべ)を低(た)れて思忖(しそん=思い巡らす)。

却(さ)て説(つ)ぐ、玉帝(ぎょくてい)表章(ひょうしょう)を拆(ひら)き開(ひら)き、求助(きゅうじょ=救援を求む)の言(げん)有(あ)るを見(み)、笑(わら)って曰(いわ)く、「叵耐(はなはだしいかな)此(こ)の猴精(こうせい)、能(よ)く幾多(いくばく)の大(おお)いなる手段(しゅだん)有(あ)るか、就(すなわ)ち敢(あ)えて十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)に敵(てき)し過(す)ぐるか!李天王(りてんおう)又(また)来(きた)りて助(たすけ)を求(もと)むるに、却(かえ)って那(いず)れの路(みち)の神兵(しんぺい)を将(も)ちて之(これ)を助(たす)けん」と。言(げん)未(いま)だ畢(おわ)らざるに、観音(かんのん)掌(てのひら)を合(がっ)して啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、「陛下(へいか)心(こころ)を寛(ひろ)くせよ、貧僧(ひんそう)一神(いっしん)を挙(あ)げば、可(べ)く此(こ)の猴(さる)を擒(とら)うべし」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「挙(あ)ぐる所(ところ)は何(なん)の神(かみ)なる」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「乃(すなわ)ち陛下(へいか)が令甥(れいせい=甥御)の顕聖二郎真君(けんせいじろうしんくん)、見(ただいま)灌洲(かんしゅう)灌江口(かんこうこう)に居(きょ)し、下方(かほう=下界)の香火(こうか=祭祀)を享受(きょうじゅ=受け)たり。他(かれ)昔日(むかし)曾(かつ)て力(ちから)を以(もっ)て六怪(ろっかい)を誅(ちゅう=討ち)し、又(また)梅山兄弟(ばいざんきょうだい)と帳前(ちょうぜん=陣幕の前)の一千二百(せんにひゃく)の草頭神(そうとうしん=草莽の神)有(あ)り、神通広大(じんつうこうだい)なり。奈(せんかたな)きかな他(かれ)は只(た)だ是(こ)れ調(ちょう=出動命令)を聴(き)いて宣(せん=召し出し)を聴(き)かず、陛下(へいか)可(べ)く一道(ひとすじ)の調兵(ちょうへい)の旨意(しい=勅旨)を降(くだ)し、他(かれ)に着(つ)けて力(ちから)を助(たす)けしめば、便(すなわ)ち可(べ)く擒(とら)うるなり」と。玉帝(ぎょくてい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち調兵(ちょうへい)の旨意(しい)を伝(つた)え、就(すなわ)ち大力鬼王(たいりききおう)を差(さしむ)けて赍(も)たしめ調(ちょう)をさせしむ。

那(か)の鬼王(きおう)旨(し)を領(う)け、即(すなわ)ち雲(くも)を駕(が)し起(おこ)し、径(ただ)ちに灌江口(かんこうこう)に至(いた)る。半箇時辰(はんこじじん=一時の半)を消(しょう=費や)さず、直(ただ)ちに真君(しんくん)の廟(びょう)に到(いた)る。早(は)や門(もん)を把(と)れる鬼判(きはん=鬼の役人)有(あ)りて、裡(うち)に伝報(でんぽう)して曰(いわ)く、「外(そと)に天使(てんし=天子の使い)有(あ)り、旨(し)を捧(ささ)げて至(いた)る」と。二郎(じろう)即(すなわ)ち衆兄弟(しゅうきょうだい)と、門(もん)を出(い)でて旨意(しい)を迎接(げいせつ)し、香(こう)を焚(た)きて旨意(しい)を開読(かいどく=開き読む)。上(かみ)に云(いわ)く:

「花果山(かかざん)の妖猴(ようこう)斉天大聖(せいてんたいせい)乱(みだれ)を作(な)す。宮(きゅう)に在(あ)りて桃(とう)を偸(ぬす)み、酒(しゅ)を偸(ぬす)み、丹(たん)を偸(ぬす)み、蟠桃大会(ばんとうだいえ)を攪乱(かくらん=かき乱)せるに因(よ)り、現(げん)に十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を着(つ)け、一十八架(じゅうはちか)の天羅地網(てんらちもう)を以(もっ)て、山(やま)を囲(かこ)みて収伏(しゅうふく)せんとすれど、未(いま)だ勝(か)つを得(え)ず、今(いま)特(こと)に賢甥(けんせい=賢き甥)と義兄弟(ぎきょうだい)を調(ちょう)して即(すなわ)ち花果山(かかざん)に赴(おもむ)きて力(ちから)を助(たす)け剿除(そうじょ=討ち滅ぼ)せしむ。成功(せいこう)の後(のち)、高(たか)く昇(のぼ)らしめ重(おも)く賞(しょう)せん。」

真君(しんくん)大(おお)いに喜(よろこ)んで曰(いわ)く、「天使(てんし)請(こ)う回(かえ)れ、吾(われ)当(まさ)に就(すなわ)ち去(ゆ)きて刀(かたな)を拔(ぬ)きて相(あい)助(たす)けん」と。鬼王(きおう)回(かえ)りて奏(そう)するは題(だい)せず。

此(こ)の真君(しんくん)即(すなわ)ち梅山六兄弟(ばいざんろくきょうだい)——乃(すなわ)ち康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)の四太尉(したいじょう)、郭申(かくしん)・直健(ちょっけん)の二将軍(にしょうぐん)——を喚(よ)び、殿前(でんぜん)に聚集(しゅうしゅう=集まり)して曰(いわ)く、「適才(さっき)玉帝(ぎょくてい)我(われ)等(ら)を調遣(ちょうけん)して花果山(かかざん)に往(ゆ)きて妖猴(ようこう)を収降(しゅうこう)せしむ、同(とも)に去(ゆ)きて去(ゆ)き来(きた)らん」と。衆兄弟(しゅうきょうだい)俱(みな)忻然(きんぜん=喜びいさん)で往(ゆ)かんと願(ねが)う。即(すなわ)ち本部(ほんぶ)の神兵(しんぺい)を点(てん=召集)じ、鷹(たか)を駕(が)し犬(いぬ)を牽(ひ)き、弩(ど=いしゆみ)を搭(かま)え弓(ゆみ)を張(は)り、狂風(きょうふう)を縦(ほしいまま)にし、霎時(しばらく)にして東洋大海(とうようたいかい)を過(す)ぎ、径(ただ)ちに花果山(かかざん)に至(いた)る。那(か)の天羅地網(てんらちもう)の、密密層層(みつみつそうそう=幾重にも)にして、前進(ぜんしん)すること能(あた)わざるを見(み)る。因(よ)って叫(よ)んで曰(いわ)く、「天羅地網(てんらちもう)を把(と)れる神将(しんしょう)よ聴(き)け:吾(われ)は乃(すなわ)ち二郎顕聖真君(じろうけんせいしんくん)、玉帝(ぎょくてい)の調(ちょう)を蒙(こうむ)りて来(きた)り、妖猴(ようこう)を擒拿(きんど=擒え捕らう)る者(もの)なり、快(すみや)かに営門(えいもん)を開(ひら)きて放行(ほうこう=通す)せよ」と。一時(ひととき)、各神(かくしん)一層(ひとえ)一層(ひとえ)と伝(つた)え入(い)る。四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)俱(とも)に轅門(えんもん)を出(い)でて迎接(げいせつ)し、相見(あいまみ)え畢(おわ)り、勝敗(しょうはい)の事(こと)を問(と)い及(およ)べば、天王(てんおう)上項(じょうこう=上述)の事(こと)を将(も)ちて備(つぶさ)に陳(の)べ一(ひと)通(とお)りせり。真君(しんくん)笑(わら)って曰(いわ)く、「小聖(しょうせい)此(ここ)に来(きた)れるに、必(かなら)ず他(かれ)と箇(ひとつ)の変化(へんげ)を闘(たたか)わん、列公(れっこう=皆様)天羅地網(てんらちもう)を将(も)ちて、頂上(ちょうじょう)を幔(おお)うことを要(よう)せず、只(た)だ四囲(しい=四方)を緊密(きんみつ)にせよ、我(われ)をして賭(かけ)を闘(たたか)わしめよ。若(も)し我(われ)他(かれ)に輸(ま)けなば、列公(れっこう)の相助(そうじょ=加勢)を要(よう)せず、我(われ)自(おのずか)ら兄弟(きょうだい)の扶持(ふじ=支え)有(あ)り;若(も)し他(かれ)に贏(か)たば、也(ま)た列公(れっこう)の綁縛(ほうばく=縛り上げ)を要(よう)せず、我(われ)自(おのずか)ら兄弟(きょうだい)の手(て)を動(うご)かす有(あ)り。只(た)だ請(こ)う、托塔天王(たくとうてんおう)我(われ)と箇(ひとつ)の照妖鏡(しょうようきょう)を使(つか)い、空中(くうちゅう)に住(とど)まり立(た)てよ。恐(おそ)らくは他(かれ)一時(ひととき)陣(じん)を敗(やぶ)りて、他方(たほう=他所)に逃竄(とうざん=逃げかくれ)せん、切(かなら)ず須(すべから)く我(われ)と照耀(しょうよう=照らし)し明白(めいはく)ならしめ、他(かれ)を走(に)がすこと勿(な)かれ」と。天王(てんおう)各(おのおの)四維(しい=四隅)に居(きょ)し、衆天兵(しゅうてんぺい)各(おのおの)挨(おし)け排(なら)びて陣(じん)を列(つら)ね去(さ)り訖(おわ)る。此(こ)の真君(しんくん)四太尉(したいじょう)・二将軍(にしょうぐん)を領(ひき)い、本身(ほんしん=自分)を連(つら)ねて七兄弟(しちきょうだい)、営(えい)を出(い)でて挑戦(ちょうせん)し;衆将(しゅうしょう)に分付(ふんぷ=言付け)して、緊(きつ)く営盤(えいばん=陣営)を守(まも)り、鷹犬(ようけん=鷹と犬)を収(おさ)め全(まった)うせしむ。衆草頭神(しゅうそうとうしん)令(れい)を得(え)て、真君(しんくん)只(た)だ那(か)の水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に到(いた)れば、那(か)の一群(ひとむれ)の猴(さる)の、斉斉整整(せいせいせいせい=きちんと揃い)、排(なら)びて箇(ひとつ)の蟠龍陣勢(ばんりゅうじんぜい=龍のとぐろの陣)を作(な)せるを見(み)る;中軍(ちゅうぐん)の裡(うち)に、一竿(ひとさお)の旗(はた)を立(た)て、上(うえ)に「斉天大聖(せいてんたいせい)」の四字(よんじ)を書(か)けり。真君(しんくん)曰(いわ)く、「那(か)の潑猴(はつこう=暴れ猿)め、怎(いか)でか斉天(せいてん)の職(しょく)を称(とな)うるに起(た)き得(う)る」と。梅山六弟(ばいざんろくてい)曰(いわ)く、「且(しばら)く讃嘆(さんたん=感心)するを休(や)め、戦(いくさ)を叫(よ)ばんに去(ゆ)き来(きた)れ」と。那(か)の営口(えいこう=陣の口)の小猴(しょうこう)真君(しんくん)を見(み)て、急(いそ)ぎ走(はし)り去(さ)りて報(ほう)じ知(し)らしむ。那(か)の猴王(こうおう)即(すなわ)ち金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げ、黄金甲(おうごんこう=黄金の鎧)を整(ととの)え、歩雲履(ほうんり=雲を踏む靴)を登(いただ)き、紫金冠(しきんかん=紫金の冠)を一(ひと)按(おさ)え按(おさ)えし、騰(のぼ)りて営門(えいもん)を出(い)で、急(いそ)ぎ眼(め)を睜(ひら)きて観看(かんがん)すれば、那(か)の真君(しんくん)の相貌(そうぼう)は、果(はた)して是(こ)れ清奇(せいき=清らかに風変わり)に、打扮(よそおい)又(また)秀気(しゅうき=すらりと優美)なり。真(まこと)に是(こ)れ箇(ひとつ)の:

儀容(ぎよう=姿かたち)清秀(せいしゅう)にして貌堂堂(ぼうどうどう=堂々たる)、両耳(りょうじ)肩(かた)に垂(た)れて目(め)に光(ひかり)有(あ)り。
頭(こうべ)に戴(いただ)くは三山飛鳳帽(さんざんひほうぼう)、身(み)に穿(き)るは一領(ひとえ)の淡鵞黄(たんがおう=淡き鵞鳥色)。
縷金(るきん=金糸)の靴(くつ)に盤龍袜(ばんりゅうべつ=龍の絡む足袋)を襯(あてが)い、玉帯(ぎょくたい)団花(だんか=丸い花)八宝(はっぽう)の妝(よそお)い。
腰(こし)に挎(か)くるは弾弓(だんきゅう=弾き弓)新月(しんげつ)の様(さま)、手(て)に執(と)るは三尖両刃槍(さんせんりょうじんそう)。
斧(おの)もて桃山(とうざん)を劈(つんざ)きて曾(かつ)て母(はは)を救(すく)い、弾(たま)もて棕羅(しゅら=棕櫚)の双鳳凰(そうほうおう)を打(う)てり。
力(ちから)もて八怪(はっかい)を誅(ちゅう)して声名(せいめい)遠(とお)く、義(ぎ)もて梅山(ばいざん)に結(むす)びて七聖(しちせい)の行(こう=仲間)。
心(こころ)高(たか)うして天家(てんか=天の御家)の眷(けん=縁者)を認(みと)めず、性(しょう)傲(おご)りて神(しん)に帰(き)して灌江(かんこう)に住(じゅう)す。
赤城(せきじょう)昭恵(しょうけい)英霊聖(えいれいせい)、顕化(けんげ)無辺(むへん)にして号(ごう)して二郎(じろう)と曰(い)う。

大聖(たいせい)見(み)て、笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として、金箍棒(きんこぼう)を将(も)ちて掣(ひっさ)げ起(おこ)し、高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何方(いずこ)の小将(しょうしょう)なる、輒(すなわ)ち敢(あ)えて大胆(だいたん)にも此(ここ)に到(いた)りて挑戦(ちょうせん)するや」と。真君(しんくん)喝(かつ)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)が此(こ)の厮(やつ)は眼(め)有(あ)りて珠(たま=瞳)無(な)く、我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか!吾(われ)は乃(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)の外甥(がいせい=甥)、勅封(ちょくふう)の昭恵霊王(しょうけいれいおう)二郎(じろう)是(こ)れなり。今(いま)上命(じょうめい)を蒙(こうむ)り、此(ここ)に到(いた)りて汝(なんじ)が此(こ)の天宮(てんぐう)に反(そむ)くるの弼馬温(ひつばおん)の猢猻(こしん=猿)を擒(とら)えんとす、汝(なんじ)還(ま)た死活(しかつ=命の程)を知(し)らざるか!」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「我(われ)記(き=覚え)す、玉帝(ぎょくてい)が妹子(いもうと)の凡(ぼん=俗界)を思(おも)いて下界(げかい)に下(くだ)り、楊君(ようくん)と配合(はいごう=夫婦とな)り、一男子(いちだんし=男の子)を生(う)み、曾(かつ)て斧(おの)をして桃山(とうざん)を劈(つんざ)かしめたるは、是(こ)れ汝(なんじ)なるか?我(われ)行(ゆ)かんと欲(ほっ)して汝(なんじ)を幾声(いくこえ)か罵(ののし)れど、曾(かつ)て甚(なん)の冤仇(えんきゅう=恨み)も無(な)きに奈(せんかたな)く、汝(なんじ)を一棒(いっぽう)打(う)たんと要(よう)すれば、汝(なんじ)の性命(せいめい)を惜(おし)む可(べ)し。汝(なんじ)が此(こ)の郎君(ろうくん=若造)小輩(しょうはい=小者)は、可(べ)く急急(いそい)で回(かえ)り去(さ)り、汝(なんじ)が四大天王(しだいてんおう)を喚(よ)びて出(いだ)せ」と。真君(しんくん)言(げん)を聞(き)きて、心(こころ)の中(うち)に大(おお)いに怒(いか)りて曰(いわ)く、「潑猴(はつこう)め!無礼(ぶれい)なるを得(え)ん!吾(われ)が一刀(いっとう)を食(くら)え!」と。大聖(たいせい)身(み)を側(そばだ)てて避(よ)け過(す)ぎ、疾(すみや)かに金箍棒(きんこぼう)を挙(あ)げ、手(て)を劈(つんざ)いて相(あい)還(かえ)す。彼(かれ)両箇(ふたり)の此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな殺(いくさ):

昭恵(しょうけい)の二郎神(じろうしん)、斉天(せいてん)の孫大聖(そんたいせい)、
此(こ)の箇(ひとつ)は心(こころ)高(たか)く敵(てき)を欺(あざむ)く美猴王(びこうおう)、那(か)の箇(ひとつ)は面(おもて)生(な)れて真梁棟(しんりょうとう=真の棟木)を圧伏(おうふく=押し伏す)。
両箇(ふたり)乍(にはか)に相逢(あいあ)い、各人(おのおの)皆(みな)賭(かけ)に興(きょう=興ず)。
従(よ)り来(きた)る未(いま)だ浅(あさ)きと深(ふか)きとを識(し)らざりしが、今日(こんにち)方(はじ)めて軽(かる)きと重(おも)きとを知(し)る。
鉄棒(てつぼう)は飛龍(ひりゅう)に賽(まさ)り、神鋒(しんぽう=神の刃)は舞鳳(ぶほう=舞う鳳)の如(ごと)し。
左(ひだり)を擋(ふせ)ぎ右(みぎ)を攻(せ)め、前(まえ)に迎(むか)え後(うしろ)に映(てら)す。
此(こ)の陣上(じんじょう)梅山六弟(ばいざんろくてい)威風(いふう)を助(たす)け、那(か)の陣上(じんじょう)馬流四将(まりゅうししょう)軍令(ぐんれい)を伝(つた)う。
旗(はた)を揺(ゆす)り鼓(つづみ)を擂(うち)て各(おのおの)心(こころ)を斉(ととの)え、喊(とき)を挙(あ)げ鑼(ら=鉦)を篩(ふる)いて都(みな)興(きょう)を助(たす)く。
両箇(ふたり)の鋼刀(こうとう=鋼の刀)見機(けんき=機を見る)有(あ)り、一来一往(いちらいいちおう)に糸(いと)の縫(ぬいめ)も無(な)し。
金箍棒(きんこぼう)は是(こ)れ海中(かいちゅう)の珍(ちん=宝)、変化飛騰(へんげひとう)して能(よ)く勝(か)つを取(と)る。
若(も)し還(ま)た身(み)慢(おそ)ければ命(いのち)該(まさ)に休(や)むべく、但(た)だ差池(さち=しくじり)を要(よう)すれば蹭蹬(そうとう=つまずき)と為(な)る。

真君(しんくん)大聖(たいせい)と闘(たたか)うこと三百余合(さんびゃくよごう)を経(へ)るに、勝負(しょうぶ)を知(し)らず。那(か)の真君(しんくん)神威(しんい)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、身(み)の高(たか)きこと万丈(ばんじょう)に変(へん)じ得(う)、両隻(ふたつ)の手(て)には、三尖両刃(さんせんりょうじん)の神鋒(しんぽう)を挙(あ)げ持(も)ち、好(よ)きかな便(すなわ)ち華山(かざん)の頂上(ちょうじょう)の峰(みね)に似(に)て、青臉(せいれん=青き顔)獠牙(りょうが=牙むき出し)、朱紅(しゅこう=朱赤)の頭髪(とうはつ)、悪狠狠(あくごんごん=凄まじき)くして、大聖(たいせい)を望(のぞ)みて頭(こうべ)に向(むか)いて就(すなわ)ち砍(き)る。此(こ)の大聖(たいせい)も也(ま)た神通(じんつう)を使(つか)い、二郎(じろう)と身躯(しんく=体躯)を一様(ひとよう)に、嘴臉(しれん=顔つき)を一般(ひとよう)に変(へん)じ得(う)、一條(ひとふり)の如意金箍棒(にょいきんこぼう)を挙(あ)ぐれば、却(かえ)って就(すなわ)ち是(こ)れ崑崙(こんろん)の頂上(ちょうじょう)の擎天(けいてん=天を支う)の柱(はしら)、二郎神(じろうしん)を抵(ふせ)ぎ住(とど)め、唬(おど)ろかされて那(か)の馬(ば)・流(りゅう)の元帥(げんすい)、戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として、旌旗(せいき)を揺(ゆす)ることを得(え)ず;崩(ほう)・巴(は)の二将(にしょう)、虚怯怯(きょきょうきょう=おびえ)て、刀剣(とうけん)を使(つか)うことを得(え)ず。此(こ)の陣上(じんじょう)には、康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)・郭申(かくしん)・直健(ちょっけん)、号令(ごうれい)を伝(つた)え、草頭神(そうとうしん)を撒放(さっぱな=放ち散ら)し、他(かれ)が那(か)の水簾洞(すいれんどう)の外(そと)へ向(むか)いて、鷹犬(ようけん)を縦(ほしいまま)にし、弩(ど)を搭(かま)え弓(ゆみ)を張(は)り、一斉(いっせい)に掩殺(えんさつ=討ってかかる)。憐(あわ)れむ可(べ)し妖猴(ようこう)の四健将(しけんしょう)を衝(つ)き散(ち)らし、霊怪(れいかい)二三千(にさんぜん)を捉拿(とらえとる)!那(か)の猴(さる)どもは、戈(ほこ)を抛(なげう)ち甲(よろい)を棄(す)て、剣(けん)を撇(す)て槍(やり)を抛(なげう)ち;跑(はし)るは跑(はし)り、喊(さけ)ぶは喊(さけ)ぶ;山(やま)に上(のぼ)るは山(やま)に上(のぼ)り、洞(ほら)に帰(かえ)るは洞(ほら)に帰(かえ)る;好(よ)く似(に)たるは夜猫(よま=ふくろう)が宿鳥(しゅくちょう=寝所の鳥)を驚(おどろ)かし、飛(と)び洒(そそ)いで満天(まんてん)の星(ほし)の如(ごと)し。衆兄弟(しゅうきょうだい)勝(か)ちを得(え)たるは題(だい)せず。

却(さ)て説(つ)ぐ、真君(しんくん)と大聖(たいせい)の法天象地(ほうてんしょうち=法は天に象り地に象る)の規模(きぼ)に変(へん)じたるが、正(まさ)に闘(たたか)う時(とき)、大聖(たいせい)忽(たちま)ち本営(ほんえい)の裡(うち)に妖猴(ようこう)の驚(おどろ)き散(ち)るを見(み)、自(みずか)ら心慌(しんこう=心騒ぐ)を覚(おぼ)え、法像(ほうぞう=大身の形)を収(おさ)め、棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて身(み)を抽(ぬ)きて就(すなわ)ち走(に)ぐ。真君(しんくん)他(かれ)が敗(やぶ)れて走(に)ぐるを見(み)て、大歩(たいほ=大股)に赶(お)いつきて曰(いわ)く、「那(いずこ)へ走(はし)る?早(はや)きに趁(つ)けて帰降(きこう=降伏)せば、汝(なんじ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)さん!」と。大聖(たいせい)戦(たたか)いを恋(こい)せず、只(た)だ情(ひたすら)に跑(はし)り起(おこ)る。洞(ほら)の口(くち)に将近(ちかづ)けば、正(まさ)に康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)の四太尉(したいじょう)、郭申(かくしん)・直健(ちょっけん)の二将軍(にしょうぐん)に撞(ぶつ)かり、一斉(いっせい)に衆(しゅう)を帥(ひき)いて擋(ふせ)ぎ住(とど)めて曰(いわ)く、「潑猴(はつこう)め!那(いずこ)へ走(はし)る!」と。大聖(たいせい)慌(あわ)てて手(て)脚(あし)をやり、就(すなわ)ち金箍棒(きんこぼう)を把(と)って繍花針(しゅうかしん=刺繍針)に捏(ひね)り做(な)し、耳(みみ)の内(うち)に蔵(かく)し、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて箇(ひとつ)の麻雀児(すずめ)と作(な)り、樹梢頭(こずえ)に飛(と)びて釘(とど)まり住(とど)まる。那(か)の六兄弟(ろくきょうだい)、慌慌張張(こうこうちょうちょう=あたふた)と、前後(ぜんご)に尋覓(じんべき=探し求)むるに見(み)えず、一斉(いっせい)に吆喝(ようかつ=わめき)して曰(いわ)く、「此(こ)の猴精(こうせい)を走(に)がし了(おわ)れり!此(こ)の猴精(こうせい)を走(に)がし了(おわ)れり!」と。

正(まさ)に嚷(わめ)く処(ところ)、真君(しんくん)到(いた)り、問(と)うて曰(いわ)く、「兄弟(きょうだい)たち、赶(お)いつきて那(いず)れの廂(ほとり)に見(み)えずなりしや」と。衆神(しゅうしん)曰(いわ)く、「才(さい=たったいま)此(ここ)に在(あ)りて囲(かこ)み住(とど)めたるに、就(すなわ)ち見(み)えずなりぬ」と。二郎(じろう)鳳目(ほうもく=鳳凰の眼)を円(まろ)く睜(ひら)いて観看(かんがん)すれば、大聖(たいせい)の変(へん)じて麻雀児(すずめ)と成(な)り、樹(き)の上(うえ)に釘(とど)まるを見(み)るや、就(すなわ)ち法象(ほうぞう)を収(おさ)め、神鋒(しんぽう)を撇(す)て、弾弓(だんきゅう)を卸(おろ)し下(くだ)し、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて箇(ひとつ)の雀鷹児(はいたか)と作(な)り、翅(つばさ)を抖(はら)い開(ひら)き、飛(と)び去(ゆ)きて撲(おそ)い打(う)たんとす。大聖(たいせい)見(み)て、捜(そう=さっと)の一声(ひとこえ)に一翅(ひとつばさ)に飛(と)び起(おこ)り去(さ)り、変(へん)じて一隻(ひとつの)大鷀老(だいじろう=大きな鵜)と作(な)り、天(てん)を衝(つ)いて去(さ)る。二郎(じろう)見(み)て、急(いそ)ぎ翎毛(れいもう=羽根)を抖(はら)い、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一隻(ひとつの)大海鶴(だいかいかく=大きな鶴)と作(な)り、雲霄(うんしょう=雲の空)に鑽(もぐ)り上(のぼ)り来(きた)って嗛(ついば)まんとす。大聖(たいせい)又(また)身(み)を将(も)ちて按(おさ)え下(くだ)し、澗(たに)の中(なか)に入(い)り、変(へん)じて一箇(ひとつの)魚児(うお)と作(な)り、水(みず)の内(うち)に淬(ひた)り入(い)る。二郎(じろう)赶(お)いつきて澗辺(かんぺん=谷のほとり)に至(いた)るに、踪迹(しょうせき=跡)を見(み)ず。心(こころ)の裡(うち)に暗(ひそ)かに想(おも)って曰(いわ)く、「此(こ)の猢猻(こしん)必(かなら)ずや水(みず)の裡(うち)に下(くだ)り去(さ)りて、定(かなら)ず魚蝦(ぎょか=魚や蝦)の類(たぐい)に変(へん)ずるならん。我(われ)が再(ふたた)び変(へん)じ変(へん)じて他(かれ)を拿(とら)うるを待(ま)て」と。果(はた)して一変(ひとへん)じて箇(ひとつ)の魚鷹児(うみわし)に変(へん)じ得(え)、下溜頭(かりゅうとう=流れの下の方)の波面(なみも=波の上)に飄蕩(ひょうとう=漂い)て、片時(しばらく)を等待(たい=待つ)。那(か)の大聖(たいせい)魚児(うお)に変(へん)じ、水(みず)に順(したが)って正(まさ)に游(およ)ぐに、忽(たちま)ち一隻(ひとつ)の飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)の、青鷂(せいよう=青きはしたか)に似(に)たれど毛片(もうへん=羽毛)青(あお)からず;鷺鶿(ろさ=白鷺)に似(に)たれど頂上(ちょうじょう)に纓(えい=房飾り)無(な)く;老鸛(ろうかん=大きなこうのとり)に似(に)たれど腿(あし)又(また)紅(あか)からざるを見(み)る。「想(おも)うに是(こ)れ二郎(じろう)の変化(へんげ)して我(われ)を待(ま)つなり!」と。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を転(てん)じ、一箇(ひとつ)の花(はな=波紋)を打(う)ちて就(すなわ)ち走(に)ぐ。二郎(じろう)看(み)て曰(いわ)く、「花(はな)を打(う)つ魚児(うお)の、鯉魚(りぎょ=鯉)に似(に)たれど尾巴(びば=尾鰭)紅(あか)からず;鱖魚(けつぎょ=鮭のような魚)に似(に)たれど花鱗(かりん=斑の鱗)見(み)えず;黒魚(こくぎょ=黒き魚)に似(に)たれど頭上(ずじょう)に星(ほし)無(な)く;魴魚(ほうぎょ=鯛に似た魚)に似(に)たれど鰓上(さいじょう=えらの上)に針(はり)無(な)し。他(かれ)怎(なん)で我(われ)を見(み)るや回(かえ)り去(さ)れる?必(かなら)ず是(こ)れ那(か)の猴(さる)の変(へん)ぜしなり」と。赶(お)いつき上(のぼ)り、刷(さっ)と一嘴(ひとくち)啄(ついば)む。那(か)の大聖(たいせい)就(すなわ)ち水(みず)の中(なか)より攛(とびだ)し出(いで)、一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一條(ひとすじ)の水蛇(みずへび)と作(な)り、岸(きし)に游(およ)ぎ近(ちか)づき、草(くさ)の中(なか)に鑽(もぐ)り入(い)る。二郎(じろう)他(かれ)を嗛(ついば)むこと着(つ)かざりしが、他(かれ)水響(すいきょう=水の音)の裡(うち)に、一條(ひとすじ)の蛇(へび)の攛(とびだ)し去(さ)るを見(み)、大聖(たいせい)なるを認(みと)め、急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)じ、又(また)一隻(ひとつの)朱繍頂(しゅしゅうちょう=朱の刺繍の頂)の灰鶴(はいかく=灰色の鶴)に変(へん)じ、一箇(ひとつ)の長(なが)き嘴(くちばし)を伸(の)ばし、一把(ひとふり)の尖頭鉄鉗子(せんとうてっかんし=先の尖った鉄の鋏)と相似(あいに)たるを以(もっ)て、径(ただ)ちに来(きた)りて此(こ)の水蛇(みずへび)を食(くら)わんとす。水蛇(みずへび)一(ひと)跳(はね)し、又(また)変(へん)じて一隻(ひとつの)花鴇(かほう=まだらの鳥)と做(な)り、木木樗樗(ぼくぼくちょちょ=ぼんやりと)として、蓼汀(りょうてい=蓼の生える洲)の上(うえ)に立(た)つ。二郎(じろう)他(かれ)の変(へん)じて低賤(ていせん=卑しき)なるを見(み)る——花鴇(かほう)は乃(すなわ)ち鳥(とり)の中(うち)の至(きわ)めて賎(いや)しく至(きわ)めて淫(いん=みだら)なる物(もの)にして、鸞(らん)・鳳(ほう)・鷹(たか)・鴉(からす)をも拘(かかわ)らず都(みな)与(とも)に交群(こうぐん=群れ交わる)——故(ゆえ)に此(ここ)に去(ゆ)きて攏傍(ろうぼう=近づく)せず、即(すなわ)ち原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し、走(はし)り去(ゆ)きて、弾弓(だんきゅう)を取(と)り過(す)ぎて満(み)ちるまで引(ひ)き絞(しぼ)り、一弾子(ひとつぶて=一つの弾)を以(もっ)て他(かれ)を打(う)ちて箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=よろめき)と為(な)せり。

那(か)の大聖(たいせい)機会(きかい)に趁(つ)け、山崖(さんがい=崖)を滚(ころが)り下(くだ)り、那(か)の裡(うち)に伏(ふ)して又(また)変(へん)じ、一(ひとつ)の土地廟児(どじょうびょう=土地神の祠)に変(へん)じ、大(おお)いに口(くち)を張(は)り開(ひら)いて、箇(ひとつ)の廟門(びょうもん=祠の門)に似(に)せ、歯(は)を変(へん)じて門扇(もんせん=扉)と做(な)し、舌(した)を変(へん)じて菩薩(ぼさつ=仏像)と做(な)し、眼(め)を変(へん)じて窓櫺(そうれい=格子窓)と做(な)す。只(た)だ尾巴(びば=尻尾)のみ好(よ)く收拾(しゅうしゅう=始末)せず、後(うしろ)に竪(た)て、変(へん)じて一根(ひとふり)の旗竿(はたざお)と做(な)す。真君(しんくん)赶(お)いつきて崖下(がいか=崖の下)に到(いた)るに、打(う)ち倒(たお)されたる鴇鳥(ほうちょう=まだらの鳥)を見(み)ず、只(た)だ一間(ひとま)の小廟(こびょう)有(あ)るのみ;急(いそ)ぎ鳳眼(ほうがん=鳳の眼)を睜(ひら)き、仔細(しさい)に之(これ)を看(み)るに、旗竿(はたざお)の後(うしろ)に竪(た)てるを見(み)、笑(わら)って曰(いわ)く、「是(こ)れ此(こ)の猢猻(こしん)なり!他(かれ)今(いま)又(また)那(か)の裡(うち)に在(あ)りて我(われ)を哄(たぶらか)す。我(われ)も也(ま)た曾(かつ)て廟宇(びょうう=社)を見(み)たれど、更(さら)に曾(かつ)て一箇(ひとつ)の旗竿(はたざお)の後(うしろ)に竪(た)てるを見(み)ず。断(かなら)ず是(こ)れ此(こ)の畜生(ちくしょう)の弄喧(ろうけん=悪戯)なり!他(かれ)若(も)し我(われ)を哄(たぶらか)して進(すす)み入(い)らしめなば、他(かれ)便(すなわ)ち一口(ひとくち)に咬(か)み住(とど)めん。我(われ)怎(いか)でか肯(あ)えて進(すす)み入(い)らん?我(われ)が拳(こぶし)を掣(ひっさ)げて先(ま)ず窓櫺(そうれい)を搗(つ)き、後(のち)に門扇(もんせん)を踢(け)るを待(ま)て!」と。大聖(たいせい)聴(き)き得(え)て、心(こころ)驚(おどろ)いて曰(いわ)く、「好(よ)き狠(きつ)きかな!好(よ)き狠(きつ)きかな!門扇(もんせん)は是(こ)れ我(われ)が歯(は)なり、窓櫺(そうれい)は是(こ)れ我(われ)が眼(め)なり。若(も)し牙(きば)を打(う)たれ、眼(め)を搗(つ)かれなば、却(かえ)って怎(いか)に生(しょう)じてか好(よ)からん?」と。撲(ぽん)の一声(ひとこえ)に一箇(ひとつ)の虎跳(とらとび=虎の如き跳躍)にて、又(また)空中(くうちゅう)に冒(おど)り出(いで)て見(み)えず。

真君(しんくん)前前後後(ぜんぜんごご)と乱(みだ)りに赶(お)うに、只(た)だ四太尉(したいじょう)・二将軍(にしょうぐん)の斉(ひとしく)擁(おしよ)せて至(いた)りて曰(いわ)く、「兄長(けいちょう=兄貴)よ、大聖(たいせい)を拿(とら)え住(とど)めたるか」とを見(み)る。真君(しんくん)笑(わら)って曰(いわ)く、「那(か)の猴児(こうじ=猿め)才(さい=たったいま)一(ひとつ)の廟宇(びょうう=社)を変(へん)じて我(われ)を哄(たぶらか)せり。我(われ)正(まさ)に他(かれ)が窓櫺(そうれい)を搗(つ)き、他(かれ)が門扇(もんせん)を踢(け)らんとせしに、他(かれ)は就(すなわ)ち一(ひと)縦(おどり)し、又(また)渺(びょう=かすか)として踪迹(しょうせき)無(な)し。怪(あやし)む可(べ)し!怪(あやし)む可(べ)し!」と。衆(しゅう)皆(みな)愕然(がくぜん=呆れ)とし、四望(しぼう=四方を見る)するに更(さら)に形影(けいえい=姿)無(な)し。真君(しんくん)曰(いわ)く、「兄弟(きょうだい)たち此(ここ)に在(あ)りて看守(かんしゅ)し巡邏(じゅんら=巡回)せよ、我(われ)が上(のぼ)り去(ゆ)きて他(かれ)を尋(たず)ぬるを待(ま)て」と。即(すなわ)ち身(み)を縦(はな)ちて雲(くも)を駕(が)し、半空(はんくう)に起(た)つ。那(か)の李天王(りてんおう)の高(たか)く照妖鏡(しょうようきょう)を擎(ささ)げ、哪吒(なた)と雲端(うんたん=雲の端)に住(とど)まり立(た)つを見(み)る、真君(しんくん)曰(いわ)く、「天王(てんおう)よ、曾(かつ)て那(か)の猴王(こうおう)を見(み)たるや」と。天王(てんおう)曰(いわ)く、「曾(かつ)て上(のぼ)り来(きた)らず。我(われ)此(ここ)に在(あ)りて他(かれ)を照(てら)すなり」と。真君(しんくん)那(か)の変化(へんげ)を睹(み)せし、神通(じんつう)を弄(ろう)し、群猴(ぐんこう)を拿(とら)えし一事(いちじ)を説(と)き畢(おわ)り、却(かえ)って曰(いわ)く、「他(かれ)廟宇(びょうう)に変(へん)じ、正(まさ)に打(う)つ処(ところ)にて、就(すなわ)ち走(に)げたり」と。李天王(りてんおう)言(げん)を聞(き)きて、又(また)照妖鏡(しょうようきょう)を把(と)って四方(しほう)を一(ひと)照(てら)し、呵呵(かか)と笑(わら)って曰(いわ)く、「真君(しんくん)よ、快(すみや)かに去(ゆ)け!快(すみや)かに去(ゆ)け!那(か)の猴(さる)箇(ひとつ)の隠身法(いんしんぽう=姿を隠す術)を使(つか)い、営囲(えいい=陣を包む囲み)を走(に)げ出(いで)、汝(なんじ)が那(か)の灌江口(かんこうこう)に去(ゆ)けり」と。二郎(じろう)説(い)うを聴(き)きて、即(すなわ)ち神鋒(しんぽう)を取(と)り、灌江口(かんこうこう)に回(かえ)りて赶(お)い来(きた)る。

却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の大聖(たいせい)已(すで)に灌江口(かんこうこう)に至(いた)り、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて二郎爺爺(じろうじいじい=二郎様)の模様(さま)と作(な)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(くだ)し、径(ただ)ちに廟(びょう)の裡(うち)に入(い)る。鬼判(きはん)相認(あいみとめ)ること能(あた)わず、一箇一箇(めいめい)磕頭(こうとう=額づき)して迎接(げいせつ)す。他(かれ)中間(ちゅうかん=真ん中)に坐(ざ)し、香火(こうか=供物)を点査(てんさ=調べる):李虎(りこ)の拜還(はいかん=願ほどき)の三牲(さんせい=牛・羊・豚)、張龍(ちょうりゅう)の許下(きょか=願掛け)の保福(ほふく=福を祈る願)、趙甲(ちょうこう)の子(こ)を求(もと)むるの文書(ぶんしょ)、銭丙(せんへい)の病(やまい)を告(つ)ぐるの良願(りょうがん=良い願い)を見(み)る。正(まさ)に看(み)る処(ところ)、人有(ひと)りて報(ほう)じて曰(いわ)く、「又(また)一箇(ひとり)の爺爺(じいじい)来(きた)れり」と。衆鬼判(しゅうきはん)急急(いそい)そぎ観看(かんがん)して、驚心(きょうしん=肝を冷やす)せざる無(な)し。真君(しんくん)却(かえ)って曰(いわ)く、「箇(ひとつ)の甚(なん)の斉天大聖(せいてんたいせい)の、才(さい)に此(ここ)に来(きた)れる有(あ)りしや」と。衆鬼判(しゅうきはん)曰(いわ)く、「曾(かつ)て甚(なん)の大聖(たいせい)をも見(み)ず、只(た)だ一箇(ひとり)の爺爺(じいじい)の裡(うち)に在(あ)りて点検(てんけん=調べ)せる有(あ)るのみ」と。真君(しんくん)門(もん)を撞(つ)き入(い)れば、大聖(たいせい)見(み)て、本相(ほんぞう)を現(あらわ)して曰(いわ)く、「郎君(ろうくん)よ嚷(わめ)くを消(よう=要さ)ず、廟宇(びょうう)は已(すで)に孫(そん)に姓(せい)し了(おわ)れり」と。此(こ)の真君(しんくん)即(すなわ)ち三尖両刃(さんせんりょうじん)の神鋒(しんぽう)を挙(あ)げ、臉(かお)を劈(つんざ)いて就(すなわ)ち砍(き)る。那(か)の猴王(こうおう)箇(ひとつ)の身法(しんぽう=身のこなし)を使(つか)い、神鋒(しんぽう)を譲(ゆず)り過(す)ぎ、那(か)の繍花針児(しゅうかしん=刺繍針)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、一(ひと)幌(ひるがえ)し幌(ひるがえ)して、碗来(わんらい=茶碗ほど)の粗(あら)さ細(ほそ)さに、前(まえ)に赶(おい)つき、面(おもて)に対(たい)して相(あい)還(かえ)す。両箇(ふたり)嚷嚷鬧鬧(じょうじょうどうどう=わめき騒ぎ)、打(う)ちて廟門(びょうもん)を出(い)で、半霧半雲(はんむはんうん=半ば霧に半ば雲)にて、且(かつ)行(ゆ)き且(かつ)戦(たたか)い、復(ま)た花果山(かかざん)に打(う)ち到(いた)り、慌(あわ)てて那(か)の四大天王(しだいてんおう)等(ら)の衆(しゅう)をして、提防(ていぼう=警戒)を愈(いよいよ)緊(きつ)からしむ。此(こ)の康(こう)・張(ちょう)太尉(たいじょう)等(ら)真君(しんくん)を迎(むか)え、力(ちから)を合(あわ)せ努(つと)め、那(か)の美猴王(びこうおう)を把(と)って囲繞(いにょう=取り囲む)ことは題(だい)せず。

話(はな)し表(しめ)す、大力鬼王(たいりききおう)既(すで)に真君(しんくん)と六兄弟(ろくきょうだい)を調(ちょう)して兵(へい)を提(と)り魔(ま)を擒(とら)えに去(ゆ)かしめ了(おわ)りて、却(かえ)って上界(じょうかい)に回奏(かいそう=復命)す。玉帝(ぎょくてい)と観音菩薩(かんのんぼさつ)・王母(おうぼ)并(ならび)に衆仙卿(しゅうせんけい)、正(まさ)に霊霄殿(れいしょうでん)に在(あ)りて講話(こうわ=話す)せるに、曰(いわ)く、「既(すで)に是(こ)れ二郎(じろう)已(すで)に去(ゆ)きて戦(いくさ)に赴(おもむ)けり、此(こ)の一日(いちにち)還(ま)た回報(かいほう)を見(み)ず」と。観音(かんのん)掌(てのひら)を合(がっ)して曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)陛下(へいか)と道祖(どうそ=老子)に請(こ)うて南天門(なんてんもん)の外(そと)に出(い)で、親(みずか)ら去(ゆ)きて虚実(きょじつ=実の程)の如何(いかん)を看(み)んことを」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「言(げん)の理(ことわり)有(あ)る」と。即(すなわ)ち駕(が=輿)を擺(なら)べ、道祖(どうそ)・観音(かんのん)・王母(おうぼ)と衆仙卿(しゅうせんけい)を同(とも)にして南天門(なんてんもん)に至(いた)る。早(は)や些(いささか)の天丁(てんてい)・力士(りきし)の接(むか)えて、門(もん)を開(ひら)きて遥(はる)かに観(み)るに、只(た)だ衆天丁(しゅうてんてい)の羅網(らもう)を布(し)き、四面(しめん)を囲(かこ)み住(とど)め;李天王(りてんおう)と哪吒(なた)の、照妖鏡(しょうようきょう)を掣(ひっさ)げ、空中(くうちゅう)に立(た)ち;真君(しんくん)大聖(たいせい)を把(と)って中間(ちゅうかん)に囲繞(いにょう)し、紛紛(ふんふん)として変化(へんげ)を賭(か)け闘(たたか)えるを見(み)る。菩薩(ぼさつ)口(くち)を開(ひら)きて老君(ろうくん)に対(たい)して曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)の挙(あ)げし二郎神(じろうしん)はいかん?果(はた)して神通(じんつう)有(あ)りて、已(すで)に那(か)の大聖(たいせい)を囲困(いこん=囲み込め)り、只(た)だ是(こ)れ未(いま)だ擒拿(きんど=擒え捕らう)を得(え)ず。我(われ)如今(いま)他(かれ)に一功(いっこう)を助(たす)けん、決(けっ)して他(かれ)も拿(とら)え住(とど)めん」と。老君(ろうくん)曰(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)は甚(なん)の兵器(へいき)を将(も)ちて、怎(いか)にして他(かれ)を助(たす)くるや」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「我(われ)那(か)の浄瓶(じょうへい=清き瓶)楊柳(ようりゅう)を将(も)ちて下(くだ)し抛(なげう)て、那(か)の猴頭(さる)を打(う)たん;即(すなわ)ち打(う)ち死(ころ)すことを得(え)ずとも、也(ま)た一(ひと)跌(つまずき)を打(う)て、二郎小聖(じろうしょうせい)をして、好(よ)く去(ゆ)きて他(かれ)を拿(とら)えしめん」と。老君(ろうくん)曰(いわ)く、「汝(なんじ)が此(こ)の瓶(へい)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の磁器(じき=陶器)なるに、准(まさ)に他(かれ)の頭(こうべ)を打(う)つに着(つ)けば便(すなわ)ち好(よ)し、如(も)し他(かれ)が頭(こうべ)を打(う)たずんば、或(あるい)は撞(あた)りて他(かれ)が鉄棒(てつぼう)に着(つ)かば、却(かえ)って打(う)ち砕(くだ)かざらんや?汝(なんじ)且(しばら)く手(て)を動(うご)かすこと莫(な)かれ、我(われ)が老君(ろうくん)他(かれ)に一功(いっこう)を助(たす)くるを待(ま)て」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)に何(なん)の兵器(へいき)有(あ)るか」と。老君(ろうくん)曰(いわ)く、「有(あ)り、有(あ)り、有(あ)り」と。衣袖(いしゅう=袖)を捋(まく)り上(あ)げ、左膊(さはく=左腕)の上(うえ)より、一箇(ひとつ)の圈子(かんし=輪)を取(と)り下(くだ)し、説(と)いて曰(いわ)く、「此(こ)の件(ひとつ)の兵器(へいき)は、乃(すなわ)ち錕鋼(こんこう=良質の鋼)を摶煉(たんれん=鍛え練)れるを、我(われ)の還丹(げんたん=丹薬)を将(も)ちて点成(てんせい=点じて成)し、一身(いっしん)の霊気(れいき)を養(やしな)い就(な)し、善(よ)く能(よ)く変化(へんげ)し、水火(すいか)侵(おか)さず、又(また)能(よ)く諸物(しょぶつ=諸の物)を套(からめと)る;一名(いちめい)ば『金鋼琢(こんごうたく=金剛の輪)』、又(また)名(なづ)けて『金鋼套(こんごうとう=金剛の套)』と曰(い)う。当年(とうねん)函関(かんかん=函谷関)を過(す)ぎしに、胡(こ=胡人)を化(け)して仏(ほとけ)と為(な)せしこと、甚(はなは)だ是(こ)れ他(かれ)に虧(おう=負う)ところ多(おお)し。早晩(ちょうばん=常々)最(もっと)も身(み)を防(ふせ)ぐ可(べ)し。我(われ)が下(くだ)し抛(なげう)て他(かれ)を打(う)つ一下(ひとつ)を待(ま)て」と。話(はな)し畢(おわ)りて、天門(てんもん)の上(うえ)より下(くだ)に向(むか)いて一(ひと)掼(なげうち)すれば、滴流流(てきりゅうりゅう=くるくると)して、径(ただ)ちに花果山(かかざん)の営盤(えいばん=陣営)の裡(うち)に落(お)ち、可可(あたかも)猴王(こうおう)の頭上(ずじょう)に着(つ)いて一下(ひとつ)したり。猴王(こうおう)只(た)だ管(ひたすら)七聖(しちせい)と苦戦(くせん)し、却(かえ)って天上(てんじょう)より此(こ)の兵器(へいき)の墜(お)ち下(くだ)れるを知(し)らず、天霊(てんれい=頭の真上)を打(う)たれ、脚(あし)を立(た)て穏(おだ)やかならず、一跤(ひとたお)れ跌(つまず)き、爬(はい)き起(お)きて就(すなわ)ち跑(はし)らんとするに、二郎爺爺(じろうじいじい)が細犬(さいけん=細身の犬)に赶(お)いつかれ、腿(あし)の膨(ふくらはぎ)の上(うえ)に向(むか)いて一口(ひとくち)、又(また)一(ひと)跌(たおれ)を扯(ひきず)られたり。他(かれ)地(ち)に睡(ね)むり倒(たお)れて、罵(ののし)って曰(いわ)く、「此(こ)の亡人(ぼうじん=ろくでなし)め!汝(なんじ)去(ゆ)きて家長(かちょう=主人)を妨(さまた)げず、却(かえ)って来(きた)りて老孫(ろうそん)を咬(か)むか!」と。急(いそ)ぎ身(み)を翻(ひるがえ)すに爬(はい)き起(お)きず、七聖(しちせい)に一擁(いちよう=どっと押し寄せ)れて按(おさ)え住(とど)められ、即(すなわ)ち縄索(じょうさく=縄)を将(も)ちて捆绑(くんぽう=縛り上げ)られ、勾刀(こうとう=鉤の刀)を使(つか)いて琵琶骨(びわこつ=鎖骨)を穿(つらぬ)かれ、再(ふたた)び変化(へんげ)すること能(あた)わず。

那(か)の老君(ろうくん)金鋼琢(こんごうたく)を収(おさ)め、玉帝(ぎょくてい)と観音(かんのん)・王母(おうぼ)・衆仙(しゅうせん)等(ら)に請(こ)うて、俱(とも)に霊霄殿(れいしょうでん)に回(かえ)る。此(こ)の下(しも)にて四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)の諸神(しょしん)、俱(とも)に兵(へい)を収(おさ)め寨(とりで)を拔(ぬ)き、近(ちか)づき前(まえ)に小聖(しょうせい)に向(むか)いて賀(が)し喜(よろこ)んで、曰(いわ)く、「此(こ)れ小聖(しょうせい)の功(こう)なり!」と。小聖(しょうせい)曰(いわ)く、「此(こ)れは乃(すなわ)ち天尊(てんそん=天子)の洪福(こうふく=大いなる福)、衆神(しゅうしん)の威権(いけん=威光)なるに、我(われ)何(なん)の功(こう)か之(これ)有(あ)らん」と。康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)曰(いわ)く、「兄長(けいちょう)必(かなら)ずしも多(おお)く叙(の)ぶることを要(よう)せず、且(しばら)く此(こ)の厮(やつ)を押(おし)して上界(じょうかい)に去(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)え、旨(し)を請(こ)いて発落(はつらく=沙汰)を請(こ)えよ」と。真君(しんくん)曰(いわ)く、「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)等(ら)未(いま)だ天録(てんろく=天の禄)を受(う)けず、玉帝(ぎょくてい)に面見(めんけん=直に謁す)することを得(え)ず。天甲神兵(てんこうしんぺい=天の兵)をして押(おし)せしめ、我(われ)天王(てんおう)等(ら)と同(とも)に上界(じょうかい)に回旨(かいし=復命)せん。汝(なんじ)等(ら)衆(しゅう)を帥(ひき)いて此(ここ)に在(あ)りて山(やま)を捜(さぐ)り、捜(さぐ)り浄(きよ)め了(おわ)りて後(のち)、仍(な)お灌口(かんこう)に回(かえ)れ。我(われ)が賞(しょう)を請(こ)い、功(こう)を討(こ)い、回(かえ)り来(きた)りて同(とも)に楽(たのし)まんを待(ま)て」と。四太尉(したいじょう)・二将軍(にしょうぐん)、言(げん)に依(よ)って領諾(りょうだく=承る)。此(こ)の真君(しんくん)衆(しゅう)と即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を駕(が)し、凱歌(がいか=凱旋の歌)を唱(うたい)、勝(かっ)てを得(え)て朝天(ちょうてん=天に参る)。多(おお)からず時(とき)ならず、通明殿(つうめいでん)の外(そと)に到(いた)る。天師(てんし)啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、「四大天王(しだいてんおう)等(ら)の衆(しゅう)已(すで)に妖猴(ようこう)斉天大聖(せいてんたいせい)を捉(とら)え了(おわ)れり。此(ここ)に来(きた)りて宣(せん=召し)を聴(き)く」と。玉帝(ぎょくてい)旨(し)を伝(つた)え、即(すなわ)ち大力鬼王(たいりききおう)と天丁(てんてい)等(ら)の衆(しゅう)に命(めい)じて、斬妖台(ざんようだい=妖を斬る台)に押(お)し至(いた)らせ、此(こ)の厮(やつ)を将(も)ちて其(そ)の尸(しかばね)を砕(くだ)き剁(きざ)まんとす。咦(ああ)!正(まさ)に是(こ)れ:

欺誑(ききょう=欺き偽る)して今(いま)刑憲(けいけん=刑罰)の苦(くるしみ)に遭(あ)い、英雄(えいゆう)の気概(きがい=心意気)も時(とき)を等(ま)ちて休(や)む。

畢竟(つい)に那(か)の猴王(こうおう)の性命(せいめい)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。