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062 第六十二回 垢(あか)を滌(あら)いて心(こころ)を洗(あら)うは惟(ただ)塔(とう)を掃(は)き、魔(ま)を縛(しば)りて正(しょう)に帰(かえ)るは乃(すなわ)ち身(み)を修(おさ)む

十二時中(じゅうにじちゅう=一日中(いちにちじゅう))忘(わす)るるを得(え)ず、
行功(ぎょうこう=修行(しゅぎょう)の功(こう))百刻(ひゃっこく)全(まった)く収(おさ)む。
五年(ごねん)十万八千周(じゅうまんはっせんしゅう)、
神水(しんすい)を涸(か)らしむるを休(や)め教(し)め、
火光(かこう)の愁(うれ)いを縦(ほしいまま)にすること莫(なか)れ。
水火(すいか)調停(ちょうてい)して損(そん)じる処(ところ)無(な)く、
五行(ごぎょう)聯絡(れんらく)して鉤(かぎ)の如(ごと)し。
陰陽(いんよう)和合(わごう)して雲楼(うんろう)に上(のぼ)り、
鸞(らん)に乗(の)って紫府(しふ=仙界(せんかい))に登(のぼ)り、
鶴(つる)に跨(またが)って瀛洲(えいしゅう=仙境(せんきょう))に赴(おもむ)く。

這(こ)の一篇(いっぺん)の詞(し)は、牌名(はいめい=曲名(きょくめい))「臨江仙(りんこうせん)」。単(ひとえ)に唐三蔵(とうさんぞう)の師徒(しと)四衆(ししゅう)の、水火既済(すいかきせい)して、本性(ほんしょう)清涼(せいりょう)にして、純陰(じゅんいん)の宝扇(ほうせん)を借(か)り得(え)、燥火(そうか=乾(かわ)いた火(ひ))を扇(あお)ぎ息(き)えて山(やま)を過(す)ぎ、一日(いちにち)ならずして行(ゆ)きて八百(はっぴゃく)の程(てい)を過(す)ぎしことを道(い)う。師徒達(しとたち)散誕逍遥(さんたんしょうよう=気儘(きまま)に逍遙(しょうよう))し、西(にし)を望(のぞ)んで去(ゆ)く。
正(まさ)に秋末冬初(しゅうまつとうしょ=秋(あき)の終(お)わり冬(ふゆ)の初(はじ)め)の時序(じじょ=時候(じこう))に値(あた)り、些(いささ)か見(み)たり:
野菊(やぎく)の残英(ざんえい=残(のこ)りし花(はな))落(お)ち、
新梅(しんばい=新(あたら)しき梅(うめ))の嫩蕊(どんずい=若(わか)き蕊(しべ))生(しょう)ず。
村村(そんそん)禾稼(かか=穀物(こくもつ))を納(おさ)め、
処処(しょしょ)香羹(こうこう=香(かお)る羹(あつもの))を食(くら)う。
平林(へいりん)木(き)落(お)ちて遠山(えんざん)現(あらわ)れ、
曲澗(きょくかん=曲(まが)りくねる谷(たに))霜(しも)濃(こ)くして幽壑(ゆうがく=深(ふか)い谷(たに))清(きよ)し。
応鍾(おうしょう=陰暦十月(いんれきじゅうがつ))の気(き)、
蟄(ちっ=冬眠(とうみん)の虫(むし))を閉(と)じ営(えい=営(いとな))み、
純陰(じゅんいん)陽(よう)を生(しょう)じ、
月帝(げってい)玄溟(げんめい=玄(げん)の溟(めい))、
水徳(すいとく)盛(さか)んにして、
舜日(しゅんじつ=舜(しゅん)の日(ひ))晴(は)れを憐(あわ)れむ。

地気(ちき)下降(げこう)し、
天気(てんき)上昇(じょうしょう)す。
虹(にじ)は影(かげ)を蔵(かく)して見(み)えず、
池沼(ちしょう=池(いけ)と沼(ぬま))漸(ようや)く氷(こおり)を生(しょう)ず。
懸崖(けんがい=険(けわ)しい崖(がけ))に索(つな)を挂(か)くる藤花(とうか=藤(ふじ)の花(はな))敗(やぶ)れ、
松竹(しょうちく)寒(かん)を凝(こ)らして色(いろ)更(さら)に青(あお)し。

四衆(ししゅう)行(ゆ)き彀(た)ること多時(たじ=久(ひさ)し)く、前(まえ)又(また)城池(じょうち=城(しろ)の近(ちか)づくに遇(あ)う。
唐僧(とうそう)馬(うま)を勒(おさ)えて徒弟(とてい)を叫(よ)びて、
「悟空(ごくう)、汝(なんじ)那(か)の廂(かたわら)の楼閣(ろうかく)の崢嶸(そうこう=そびえ立(た)つ)なるを看(み)よ、是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の去処(ところ)ぞ」と。
行者(ぎょうじゃ)頭(あたま)を抬(もた)げて観(み)るに、乃(すなわ)ち是(こ)れ一座(ひとつ)の城池(じょうち)なり。真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ:
竜蟠(りゅうばん=竜(りゅう)のうずくまる)の形勢(けいせい)、
虎踞(こきょ=虎(とら)のうずくまる)の金城(きんじょう=堅(かた)き城(しろ))。

四垂(しすい=四方(しほう))の華蓋(かがい=天子(てんし)の傘(かさ))近(ちか)く、
百転(ひゃくてん)の紫墟(しきょ=紫(むらさき)の墟(おか))平(たい)らかなり。
玉石(ぎょくせき)の橋欄(きょうらん)に巧獣(こうじゅう=巧(たく)みな獣(けもの))を排(なら)べ、
黄金(おうごん)の台座(だいざ)に賢明(けんめい)を列(つら)ぬ。

真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ神洲(しんしゅう)の都会(とかい)、
天府(てんふ)の瑶京(ようけい=玉(たま)の都(みやこ))。
万里(ばんり)の邦畿(ほうき=国(くに)の都(みやこ)の周辺(しゅうへん))固(かた)く、
千年(せんねん)の帝業(ていぎょう)隆(さか)んなり。
蛮夷(ばんい)拱服(きょうふく=恭(うやうや)しく従(したが))いて君恩(くんおん)遠(とお)く、
海岳(かいがく)朝元(ちょうげん=元(げん)に朝(ちょう)す)して聖会(せいかい)盈(み)つ。
御階(ぎょかい=天子(てんし)の階段(かいだん))清潔(せいけつ)に、
輦路(れんろ=天子(てんし)の通(とお)る道(みち))清寧(せいねい)たり。
酒肆(しゅし=酒屋(さかや))歌声(かせい)闹(にぎ)やかに、
花楼(かろう=遊郭(ゆうかく))喜気(きき)生(しょう)ず。
未央宮(びおうきゅう)の外(そと)長春樹(ちょうしゅんじゅ)、
応(まさ)に朝陽(ちょうよう)の彩鳳(さいほう)の鳴(な)くを許(ゆる)すべし。

行者道(い)う、
「師父(しふ)、那(あ)の座(ざ)の城池(じょうち)は、是(こ)れ一国(いっこく)の帝王(ていおう)の所(ところ)なり」と。
八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、

「天下(てんか)の府(ふ)には府城(ふじょう)有(あ)り、県(けん)には県城(けんじょう)有(あ)るに、怎(いか)して就(すなわ)ち是(こ)れ帝王(ていおう)の所(ところ)と見(み)えんや」と。
行者道(い)う、

「汝(なんじ)知(し)らずや、帝王(ていおう)の居(きょ)は、府県(ふけん)と自(おの)ずから是(こ)れ同(おな)じからず。汝(なんじ)看他(かれ)の四面(しめん)に十数座(じゅうすうざ)の門(もん)有(あ)り、周囲(しゅうい)百十余里(ひゃくじゅうより)有(あ)り、楼台(ろうだい)高(たか)く聳(そび)え、雲霧(うんむ)繽紛(ひんぷん=賑(にぎ)やか)たるを。帝京邦国(ていけいほうこく)に非(あら)ずんば、何(なん)を以(もっ)てか此(こ)の壮麗(そうれい)有(あ)らんや」と。
沙僧道(い)う、
「哥哥(あに)は眼(め)明(あき)らかにして、帝王(ていおう)の処(ところ)と識(し)り得(え)ると雖(いえど)も、却(かえ)って甚(なん)と喚(よ)ばるる名色(みょうしき=名称(めいしょう))ぞ」と。
行者道(い)う、
「又(また)牌匾(はいへん=看板(かんばん))・旌号(せいごう=旗(はた)の印(しるし))無(な)し、何(なん)を以(もっ)てか之(これ)を知(し)らん。須(すべから)く城中(じょうちゅう)に到(いた)りて詢(たず)ね問(と)い、方(はじ)めて知(し)る可(べ)きなり」と。
長老(ちょうろう)馬(うま)に策(むちう)ち、須臾(しばらく)にして門(もん)に到(いた)る。馬(うま)を下(お)り橋(はし)を過(す)ぎ、門(もん)を進(い)りて観(み)るに、只(た)だ見(み)る、六街三市(ろくがいさんし=町(まち)の大通(おおどお)りと市場(いちば))、貨殖(かしょく=商品(しょうひん))通(つう)じ財(ざい)を為(な)し、又(また)衣冠(いかん=身(み)なり)の隆盛(りゅうせい)なる、人物(じんぶつ)の豪華(ごうか)なるを見(み)る。
正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽(たちま)ち十数箇(じゅうすうこ)の和尚(おしょう)の、一箇箇(めいめい)枷(かせ)を披(き)鎖(くさり)を戴(いただ)き、門(もん)に沿(そ)いて乞化(こつけ=托鉢(たくはつ))し、著実(じゃくじつ=実(じつ)に)藍縷(らんる=ぼろぼろ)不堪(たま)らざるを見(み)る。
三蔵歎(たん)じて曰(いわ)く、
「兔(うさぎ)死(し)して狐(きつね)悲(かな)しみ、物(もの)其(そ)の類(たぐい)を傷(いた)む」と。
叫(よ)んで、
「悟空(ごくう)、汝(なんじ)上前(すす)み出(い)でて他(かれ)に一声(ひとこえ)問(と)え、何(なん)の為(ため)に這(かく)の等(ごと)く罪(つみ)に遭(あ)う」と。
行者(ぎょうじゃ)言(げん)に依(よ)り、即(すなわ)ち叫(さけ)んで、
「那(そ)の和尚(おしょう)、汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの寺(てら)の裡(うち)の者(もの)なる。甚(なん)の事(こと)の為(ため)に枷(かせ)を披(き)鎖(くさり)を戴(いただ)く」と。
衆僧(しゅうそう)跪(ひざまず)き倒(たお)れて道(い)う、
「爺爺(じいさま)、我等(われら)は是(こ)れ金光寺(きんこうじ)の屈(くつ)を負(お)える和尚(おしょう)なり」と。
行者道(い)う、
「金光寺(きんこうじ)は何方(いずこ)に坐落(ざいらく=在(あ))る」と。
衆僧道(い)う、
「隅頭(ぐうとう=角(かど))を転(まわ)り過(す)ぎれば就(すなわ)ち是(こ)れ」と。
行者(ぎょうじゃ)他(かれ)を将(も)って唐僧(とうそう)の前(まえ)に帯(つ)れ在(あ)り、問(と)うて道(い)う、
「怎(いか)にして屈(くつ)を負(お)えるか、汝(なんじ)說(い)え、我(われ)聽(き)かん」と。
衆僧道(い)う、
「爺爺(じいさま)、汝等(なんじら)の那(いず)の方(ほう)より来(きた)れるを知(し)らねど、我等(われら)些(いささ)か面善(めんぜん=見覚(みおぼ)え)有(あ)るに似(に)たり。此(こ)の問(とい)は此(ここ)に在(あ)りて奉告(ほうこく)するを敢(あ)えず。請(こう)う、荒山(こうざん=我(わ)が寺(てら))に到(いた)り、具(つぶさ)に苦楚(くそ=苦(くる)しみ)を說(い)わん」と。
長老道(い)う、
「也(また)是(こ)れなり。我等(われら)且(しばら)く他(かれ)が那(あ)の寺(てら)の中(うち)へ到(いた)り、仔細(つまびら)かに縁由(えんゆ=いきさつ)を詢(たず)ねん」と。
同(とも)に山門(さんもん)に至(いた)る。門(もん)の上(うえ)に横(よこ)に七箇(ななつ)の金字(きんじ)を写(うつ)して「勅建護国金光寺(ちょくけんごこくきんこうじ)」と有(あ)り。
師徒達(しとたち)門(もん)を進(い)り得(え)て来(きた)りて観(み)るに、但(た)だ見(み)る那(か)の:
古殿(こでん)香灯(こうとう)冷(つめ)たく、
虚廊(きょろう=空虚(くうきょ)な廊下(ろうか))葉(は)を掃(は)く風(かぜ)。
雲(くも)を凌(しの)ぐ千尺(せんしゃく)の塔(とう)、
性(せい)を養(やしな)う幾株(いくしゅ)の松(まつ)。
満地(まんち)の落花(らっか)客(かく)の過(よぎ)る無(な)く、
檐前(えんぜん)の蛛網(ちゅうもう=蛛(くも)の巣(す))任(まま)に攀(よじのぼ)り籠(こも)る。
鼓(つづみ)を空(むな)しく架(か)け、
鐘(かね)を枉(むだ)に懸(か)く、
絵壁(かいへき=絵(え)の壁(かべ))塵(ちり)多(おお)く彩象(さいぞう=彩色(さいしき)の像(ぞう))朦(もう=ぼんやり)たり。
講座(こうざ)幽然(ゆうぜん)として僧(そう)見(み)えず、
禅堂(ぜんどう)静(しず)かなり矣(かな)、鳥(とり)常(つね)に逢(あ)う。
凄凉(せいりょう=寂(さび)しさ)嘆息(たんそく)に堪(た)え、
寂寞(じゃくまく)苦(くる)しみ窮(きわ)まり無(な)し。
仏前(ぶつぜん)香炉(こうろ)の設(もう)け有(あ)りと雖(いえど)も、
灰(はい)冷(つめ)たく花(はな)残(のこ)って事事(ことごと)空(むな)し。

三蔵(さんぞう)心(こころ)酸(さん=痛(いた))み、止(とど)むるを得(え)ずして眼中(がんちゅう)より涙(なみだ)を出(いだ)す。
衆僧達(しゅうそうたち)枷鎖(かさ)を頂(いただ)き、正殿(せいでん)を将(も)って推(お)し開(ひら)き、長老(ちょうろう)を請(しょう)じて殿(でん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(はい)せしむ。
長老(ちょうろう)殿(でん)に進(い)り、心香(しんこう=心(こころ)の香(こう))を奉(ほう)じ、歯(は)を叩(か)みて三咂(さんさつ=三度(みたび)すす)る。
却(かえ)って後面(こうめん)に転(うつ)り、那(か)の方丈(ほうじょう)の檐柱(えんちゅう=庇(ひさし)の柱(はしら))の上(うえ)に又(また)六七箇(ろくしちこ)の小和尚(こおしょう)の鎖(さ)れ在(あ)るを見(み)、三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ見(み)るに忍(しの)びず。
方丈(ほうじょう)に到(いた)り、衆僧(しゅうそう)俱(とも)に来(きた)りて頭(あたま)を叩(ぬかず)きて問(と)うて道(い)う、
「列位(れっい)の老爺(ろうや)、象貌(ぞうぼう=姿(すがた)・顔(かお)付(つ)き)一(ひと)ならず、是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より来(きた)れるなる可(べ)きや」と。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、
「這(こ)の和尚(おしょう)何(なん)の未卜先知(みぼくせんち=占(うらな)い先知(さきし)り)の法(ほう)有(あ)るか。我等(われら)正(まさ)に是(こ)れなり。汝(なんじ)怎(いか)にして認(みと)め得(え)し」と。
衆僧道(い)う、
「爺爺(じいさま)、我等(われら)何(なん)の未卜先知(みぼくせんち)の法(ほう)有(あ)らん、只(た)だ痛(いた)く屈苦(くっく=屈(くつ)の苦(くる)しみ)を負(お)い、分(わか)ち明(あき)らかにする処(ところ)無(な)く、日逐家(ひごと)只(た)だ是(こ)れ天(てん)を叫(よ)び地(ち)を叫(よ)ぶのみ。

想(おも)うに是(こ)れ天神(てんしん)を驚(おどろ)かし動(うご)かせしならん。昨日(きのう)夜間(やかん)、各人(めいめい)都(みな)一夢(ひとゆめ)を得(え)、說(い)う、箇(ひとり)の東土大唐(とうどだいとう)より来(きた)れる聖僧(せいそう)有(あ)りて、我等(われら)が性命(いのち)を救(すく)い得(え)、庶(ねが)わくは此(こ)の冤苦(えんく=無実(むじつ)の苦(くる)しみ)伸(の)ぶ可(べ)しと。今日(こんにち)果(はた)して老爺(ろうや)の這(かく)の般(ごと)き異象(いしょう=異(こと)なる姿(すがた))を見(み)る。故(ゆえ)に認(みと)め得(え)たるなり」と。
三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、
「汝等(なんじら)が此(ここ)は是(こ)れ何(いず)れの地方(ちほう)なる。何(なん)の冤屈(えんくつ)有(あ)る」と。
衆僧(しゅうそう)跪(ひざまず)きて告(もう)す、
「爺爺(じいさま)、此(こ)の城(しろ)名(な)を祭賽国(さいさいこく)と喚(よ)び、乃(すなわ)ち西邦(せいほう=西(にし)の国(くに))の大(おお)いなる去処(ところ)なり。当年(とうねん)四夷(しい=四方(しほう)の異民族(いみんぞく))の朝貢(ちょうこう)有(あ)り。南(みなみ)は月陀国(げつだこく)、北(きた)は高昌国(こうしょうこく)、東(ひがし)は西梁国(せいりょうこく)、西(にし)は本鉢国(ほんぱつこく)にして、年年(ねんねん)美玉(びぎょく)明珠(めいしゅ)、嬌妃(きょうひ=美(うつく)しい妃(きさき))駿馬(しゅんめ=駿馬(しゅんめ))を進貢(しんこう)す。我(われ)が此(ここ)は干戈(かんか=武器(ぶき))を動(うごか)さず、征討(せいとう)に去(ゆ)かざるに、他(かれ)が那(あ)の処(ところ)自然(おのずから)拝(はい)して上邦(じょうほう=宗主国(そうしゅこく))と為(な)す」と。
三蔵道(い)う、
「既(すで)に拝(はい)して上邦(じょうほう)と為(な)すならば、想(おも)うに是(こ)れ汝(なんじ)が這(こ)の国王(こくおう)の道(みち)有(あ)りて、文武(ぶんぶ)賢良(けんりょう)なるならん」と。
衆僧道(い)う、
「爺爺(じいさま)、文(ぶん)也(また)賢(けん)ならず、武(ぶ)也(また)良(りょう)ならず、国君(こくくん)也(また)是(こ)れ道(みち)有(あ)るに非(あら)ず。我(われ)が這(こ)の金光寺(きんこうじ)は、自来(もと)宝塔(ほうとう)の上(うえ)に祥雲(しょううん)籠(こも)り罩(おお)い、瑞靄(ずいあい=瑞(めでた)い靄(もや))高(たか)く升(のぼ)り、夜(よる)は霞光(かこう=霞(かすみ)の光(ひかり))を放(はな)つこと万里(ばんり)に人(ひと)の曾(かつ)て見(み)る有(あ)り。昼(ひる)は彩気(さいき=彩(いろ)の気(き))を噴(ふ)くこと四国(しこく)の同(とも)に瞻(み)ざるは無(な)し。此(こ)れを以(もっ)て天府神京(てんふしんけい)と以(おも)い、四夷(しい)朝貢(ちょうこう)す。
只(た)だ是(こ)れ三年(さんねん)の前(まえ)、孟秋(もうしゅう=陰暦七月(いんれきしちがつ))朔日(さくじつ=一日(ついたち))、夜半(やはん)子時(ねのこく)に、一場(ひとしき)りの血雨(けつう=血(ち)の雨(あめ))を下(くだ)せり。天明(てんめい)の時(とき)、家家(いえいえ)害怕(おそれ)て、戸戸(こここ)悲(かなしみ)を生(しょう)ず。
衆公卿(しゅうこうけい)国王(こくおう)に奏上(そうじょう)せしが、天公(てんこう)の甚(なん)の事(こと)の見責(けんせき=咎(とが)め)なるを知(し)らず。当時(そのかみ)道士(どうし)を延請(えんせい=招(まね))きて醮(さい=祭祀(さいし))を打(う)たせ、和尚(おしょう)に経(きょう)を看(み)しめ、天(てん)に答(こた)え地(ち)に謝(しゃ)せしむ。
誰(たれ)か暁(し)らん、我(われ)が這(こ)の寺(てら)の裡(うち)の黄金宝塔(おうごんほうとう)の汚(けが)されしを。這(こ)の両年(りょうねん)外国(がいこく)来(きた)りて朝貢(ちょうこう)せず。
我(われ)が王(おう)征伐(せいばつ)せんと欲(ほっ)するに、衆臣(しゅうしん)諫(いさ)めて道(い)う、我(われ)が寺(てら)の裡(うち)の僧人(そうにん)塔(とう)の上(うえ)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)めり、此(こ)れを以(もっ)て祥雲瑞靄(しょううんずいあい)無(な)く、外国(がいこく)朝(ちょう)せざるなり、と。
昏君(くんくん=暗(くら)い君(きみ))は更(さら)に理(り)を察(さっ)せず、那(か)の些(いささ)かの贓官(ぞうかん=汚職(おしょく)役人(やくにん))、我(われ)が僧衆(そうしゅう)を将(も)って拿(とら)え去(さ)り、千般(せんぱん=あれこれ)拷打(ごうだ=拷問(ごうもん))し、万様(ばんよう=さまざま)追求(ついきゅう=追及(ついきゅう))せり。
当時(そのかみ)此(ここ)に三輩(さんぱい=三世代(さんせだい))の和尚(おしょう)有(あ)りしが、前(さき)の両輩(りょうぱい)は已(すで)に拷打(ごうだ)に過(す)ぎて死(し)ねり。如今(いま)又(また)我(われ)が輩(ともがら)を捉(とら)えて罪(つみ)を問(と)い枷鎖(かさ)す。
老爺(ろうや)上(うえ)に在(ましま)す、我等(われら)怎(なん)ぞ敢(あ)えて心(こころ)を欺(あざむ)きて塔中(とうちゅう)の宝(たから)を盗(ぬす)まんや! 万(よろず)望(のぞ)むらくは爺爺(じいさま)憐(あわれ)み念(おも)い、方(もの)は類(たぐい)を以(もっ)て聚(あつ)まり、物(もの)は群(むれ)を以(もっ)て分(わか)る、大慈大悲(だいじだいひ)を捨(す)てて広(ひろ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、我等(われら)が性命(いのち)を拯救(すく)い給(たま)え!」と。

三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、頭(こうべ)を点(うなず)かして歎(たん)じて道(い)う、
「這(こ)の椿(たね)の事(こと)暗昧(あんまい=暗(くら)く)明(あき)らかにし難(がた)し。一則(ひとつ)は是(こ)れ朝廷(ちょうてい)の政(まつりごと)を失(うしな)い、二来(ふたつ)は是(こ)れ汝等(なんじら)の災(わざわい)有(あ)るなり。既(すで)に然(しか)らば天(てん)血雨(けつう)を降(くだ)して宝塔(ほうとう)を汚(けが)せり、那(そ)の時節(じせつ)何(なん)ぞ本(ほん)を啓(ひら)き君(きみ)に奏(そう)して、苦(くるしみ)を受(う)くるを致(いた)さざりし」と。
衆僧道(い)う、
「爺爺(じいさま)、我等(われら)凡人(ぼんじん)、怎(いか)でか天意(てんい)を知(し)らん。況(いわ)んや前輩(ぜんぱい)俱(とも)に未(いま)だ辨(わきま)え得(え)ざるに、我等(われら)如何(いか)に之(これ)を処(しょ)せんや」と。
三蔵道(い)う、
「悟空(ごくう)、今日(こんにち)甚(なん)の時分(じぶん)なる」と。

行者道(い)う、
「申時(さるのこく)前後(ぜんご)有(あ)り」と。
三蔵道(い)う、
「我(われ)君(きみ)に面(まみ)えて関文(かんぶん=通行証(つうこうしょう))を倒換(とうかん=書(か)き換(か))えんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん、這(こ)の衆僧(しゅうそう)の事(こと)、明白(めいはく)を得(え)ざれば、君(きみ)に対(たい)して言(げん)を奏(そう)し難(がた)し。我(われ)当時(そのかみ)長安(ちょうあん)を離(はな)れ、法門寺(ほうもんじ)の裡(うち)に在(あ)りて願(がん)を立(た)てたり。上(のぼ)りて西方(せいほう)に逢(あ)うては廟(びょう)に逢(あ)えば香(こう)を焼(た)き、寺(てら)に遇(あ)えば仏(ほとけ)を拝(はい)し、塔(とう)を見(み)れば塔(とう)を掃(は)かん、と。
今日(こんにち)此(ここ)に至(いた)り、屈(くつ)を受(う)くる僧人(そうにん)の有(あ)るに遇(あ)うは、乃(すなわ)ち宝塔(ほうとう)の累(るい=厄介(やっかい))に因(よ)る。汝(なんじ)我(われ)が為(ため)に一柄(ひとえ)の新(あたら)しき笤帚(ほうき)を弁(ととの)えよ。我(われ)の沐浴(もくよく)するを待(ま)ちて、上(のぼ)り去(ゆ)きて掃(は)い掃(は)わん。即(すなわ)ち這(こ)の汚穢(おわい=汚(けが)れ)の事(こと)の何如(いかん)、光(ひかり)を放(はな)たざる故(ゆえ)の何如(いかん)を看(み)、端的(たんてき=真相(しんそう))を訪(たず)ね著(あ)てて、方(はじ)めて好(よ)く君(きみ)に面(まみ)えて言(げん)を奏(そう)し、他等(かれら)が這(こ)の苦難(くなん)を解救(かいきゅう)するなり」と。
此(こ)の些(これら)の枷鎖(かさ)の和尚(おしょう)聽(き)き說(おわ)り、連(つる)れて厨房(ちゅうぼう)に往(ゆ)きて把(ひとえ)の厨刀(ちゅうとう=包丁(ほうちょう))を取(と)り、八戒(はっかい)に遞(わた)して道(い)う、
「爺爺(じいさま)、汝(なんじ)此(こ)の刀(かたな)を将(も)って那(か)の柱(はしら)の上(うえ)に鎖(さ)され在(あ)る小和尚(こおしょう)の鉄鎖(てっさ=鉄(てつ)の鎖(くさり))を打(う)ち開(ひら)き、他(かれ)を去(ゆ)かしめて斎飯(さいはん=精進料理(しょうじんりょうり))・香湯(こうとう=香(かお)る湯(ゆ))を安排(あんばい=用意(ようい))し、老爺(ろうや)の進斎(しんさい=食事(しょくじ))・沐浴(もくよく)を伏侍(ぶじ=お世話(せわ))せしめよ。我等(われら)且(しばら)く街(まち)に上(のぼ)りて把(ひとえ)の新(あたら)しき笤帚(ほうき)を化(こじ=求(もと))め来(きた)りて、老爺(ろうや)に与(あた)えて塔(とう)を掃(は)かしめん」と。
八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、

「鎖(くさり)を開(ひら)くに何(なん)の難(かた)き有(あ)らんや。刀斧(とうふ=刀(かたな)と斧(おの))を用(もち)いず、我(われ)が那(あ)の一位(ひとり)の毛臉(もうれん=毛(け)の顔(かお))の老爺(ろうや)をして教(さしむ)けよ、他(かれ)は是(こ)れ鎖(くさり)を開(ひら)くの積年(せきねん=古参(こさん))なり」と。
行者(ぎょうじゃ)真(まこと)に近(ちか)づき前(すす)み、箇(ひとつ)の解鎖法(かいさほう=錠(じょう)を外(はず)す術(じゅつ))を施(ほどこ)し、手(て)を将(も)って一抹(ひとぬぐ)いすれば、幾把(いくつ)の鎖(くさり)も俱(とも)に退(しりぞ)き落(お)つ。
那(か)の小和尚(こおしょう)達(たち)俱(とも)に厨中(ちゅうちゅう)に跑(はし)り到(いた)り、鍋竈(かそう=釜(かま)と竈(かまど))を浄(きよ)め刷(みが)き、茶飯(さはん=茶(ちゃ)と飯(めし))を安排(あんばい)す。
三蔵(さんぞう)の師徒達(しとたち)斎(とき=斎食(さいしょく))を喰(く)い、漸(ようや)く天(てん)昏(く)るるに、只(た)だ見(み)る、那(か)の枷鎖(かさ)の和尚(おしょう)の、両把(ふたつ)の笤帚(ほうき)を拿(と)って進(い)り来(きた)るを。三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ喜(よろこ)ぶ。

正(まさ)に說(い)う処(ところ)、一箇(ひとり)の小和尚(こおしょう)灯(あかり)を点(つ)け、来(きた)りて洗澡(せんそう=入浴(にゅうよく))を請(しょう)ず。
此(こ)の時(とき)満天(まんてん)の星月光輝(せいげつこうき=星(ほし)と月(つき)の光(ひかり))、譙楼(しょうろう=物見櫓(ものみやぐら))の上(うえ)更鼓(こうこ=夜(よる)の刻(こく)を告(つ)げる太鼓(たいこ))斉(ひと)しく発(はっ)す。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の:
四壁(しへき)寒風(かんぷう)起(おこ)り、
万家(ばんか)灯火(とうか)明(あき)らかなり。
六街(ろくがい)戸牖(こゆう=窓(まど))を関(とざ)し、
三市(さんし)門庭(もんてい)を閉(と)ず。
釣艇(ちょうてい=釣(つ)り舟(ぶね))深樹(しんじゅ)に帰(かえ)り、
耕犁(こうり=鋤(すき))短縄(たんじょう)を罷(や)む。
樵夫(しょうふ=木樵(きこり))柯斧(かふ=斧(おの))を歇(やす)め、
学子(がくし)書(しょ)を誦(しょう)ずる声(こえ)。

三蔵(さんぞう)沐浴(もくよく)し畢(おわ)り、小袖(こそで)の褊衫(へんさん=袖(そで)の狭(せま)い法衣(ほうえ))を穿(き)、環絛(かんじょう=環(わ)の帯(おび))を束(たば)ね、足下(そっか)に一足(ひとそく)の軟公鞋(なんこうがい=柔(やわ)らかい靴(くつ))に換(か)え、手(て)の裡(うち)に一把(ひとえ)の新(あたら)しき笤帚(ほうき)を拿(と)り、衆僧(しゅうそう)に向(むか)って道(い)う、
「汝等(なんじら)安寝(あんしん=安(やす)らかに眠(ねむ))れ、我(われ)の塔(とう)を掃(は)き去(ゆ)き来(きた)るを待(ま)て」と。
行者道(い)う、
「塔(とう)の上(うえ)は既(すで)に血雨(けつう)の汚(けが)す所(ところ)と為(な)り、又(また)況(いわ)んや日久(ひさ)しくして光(ひかり)無(な)ければ、悪物(あくぶつ=悪(あ)しき者(もの))を生(しょう)ずるを恐(おそ)る。一則(ひとつ)には夜静(やせい=夜(よる)の静(しず)けさ)にして風寒(ふうかん=風(かぜ)の冷(つめ)たさ)有(あ)り、又(また)箇(ひとり)の伴侶(はんりょ)無(な)ければ、自(みずか)ら去(ゆ)けば差池(さち=過(あやま)ち)有(あ)らんことを恐(おそ)る。老孫(ろうそん)汝(なんじ)と同(とも)に上(のぼ)らんは如何(いかん)」と。
三蔵道(い)う、
「甚(はなは)だ好(よ)し! 甚(はなは)だ好(よ)し!」と。
両人(ふたり)各(おのおの)一把(ひとえ)を把(と)り、先(ま)ず大殿(だいでん)の上(うえ)に到(いた)り、琉璃灯(るりとう=瑠璃(るり)の灯(あかり))を点(つ)け起(おこ)し、香(こう)を焼(た)き、仏前(ぶつぜん)に拝(はい)して道(い)う、
「弟子(でし)陳玄奘(ちんげんじょう)、東土大唐(とうどだいとう)の差(つかい)を奉(ほう)じ霊山(りょうざん)に往(ゆ)き我(わ)が仏如来(ほとけにょらい)に参見(さんけん)して経(きょう)を取(と)らんとす。今(いま)祭賽国(さいさいこく)金光寺(きんこうじ)に至(いた)り、本僧(ほんそう)の宝塔(ほうとう)の汚(けが)され、国王(こくおう)の僧(そう)の宝(たから)を盗(ぬす)みしを疑(うたが)い、冤(えん)を銜(ふく)みて罪(つみ)を取(と)り、上下(じょうげ)明(あき)らかにし難(がた)きと言(い)うに遇(あ)う。弟子(でし)誠(まこと)を竭(つ)くして塔(とう)を掃(は)く。望(のぞ)むらくは我(わ)が仏(ほとけ)の威霊(いれい)、早(はや)く塔(とう)を汚(けが)せるの原因(げんいん)を示(しめ)し、凡夫(ぼんぷ)の冤屈(えんくつ)を致(いた)すこと莫(なか)れ」と。
祝(いの)り罷(おわ)り、行者(ぎょうじゃ)と塔門(とうもん)を開(ひら)き、下層(かそう)より上(うえ)を望(のぞ)みて而(しか)して掃(は)く。
只(た)だ見(み)る、這(こ)の塔(とう)は、真(まこと)に是(こ)れ崢嶸(そうこう)として漢(かん=天の川(あまのがわ))に倚(よ)り、突兀(とつこつ=高(たか)く聳(そび)え)として空(くう)を凌(しの)ぐ。
正(まさ)に五色琉璃塔(ごしきるりとう)、
千金舎利峰(せんきんしゃりほう)と喚(よ)ばる。
梯(てい=階段(かいだん))転(めぐ)ること窟(くつ=穴(あな))を穿(うが)つが如(ごと)く、
門(もん)開(ひら)くこと籠(かご)を出(い)づるに似(に)たり。
宝瓶(ほうへい)影(かげ)天辺(てんぺん)の月(つき)を射(い)て、
金鐸(きんたく=金(きん)の鈴(すず))声(こえ)海上(かいじょう)の風(かぜ)を伝(つた)う。
但(た)だ見(み)る那(か)の虚檐拱斗(きょえんきょうと=庇(ひさし)と斗栱(ときょう))、絶頂(ぜっちょう)に雲(くも)を留(とど)む。
虚檐拱斗(きょえんきょうと)は、作(つく)り成(な)せる巧石(こうせき)の花(はな)を穿(うが)つ鳳(ほう)、
絶頂留雲(ぜっちょうりゅううん)は、造(つく)り就(な)せる浮屠(ふと=仏塔(ぶっとう))の霧(きり)を繞(めぐ)る竜(りゅう)。
遠(とお)く眺(なが)めれば千里(せんり)の外(そと)を観(み)る可(べ)く、
高(たか)く登(のぼ)れば九霄(きゅうしょう=天(てん)の高(たか)き処(ところ))の中(うち)に在(あ)るに似(に)たり。
層層(そうそう)の門(もん)の上(うえ)の琉璃灯(るりとう)は、塵(ちり)有(あ)りて火(ひ)無(な)く、
步步(ほほ)の檐前(えんぜん)の白玉欄(はくぎょくらん)は、垢(あか)積(つも)りて虫(むし)飛(と)ぶ。
塔心(とうしん)の裡(うち)、仏座(ぶつざ)の上(うえ)、香烟(こうえん)尽(ことごと)く絶(た)え、
窓櫺(そうれい=窓(まど)の桟(さん))の外(そと)、神(かみ)の面前(めんぜん)、蛛網(ちゅうもう)牽(ひ)き蒙(おお)う。
炉(ろ)の裡(うち)に鼠糞(そふん=鼠(ねずみ)の糞(ふん))多(おお)く、
盞(さん=灯皿(ひさら))の内(うち)に油熔(ゆよう=溶(と)けた油(あぶら))少(すくな)し。
只(た)だ中間(ちゅうかん)の宝(たから)を暗(あん=ひそか)に失(うしな)えるに因(よ)りて、
僧人(そうにん)を苦(くる)しめ殺(ころ)して命(いのち)落空(らくくう=空(むな)し)くす。
三蔵(さんぞう)心(こころ)を発(おこ)して塔(とう)を将(も)って掃(は)かんとし、
管(きっと)旧時(きゅうじ=昔(むかし))の容(かたち)を重(かさ)ねて見(み)るを教(し)めん。

唐僧(とうそう)帚子(ほうき)を将(も)って一層(ひとつ)を掃(は)き、又(また)一層(ひとつ)に上(のぼ)る。此(か)くの如(ごと)く掃(は)きて第七層(だいななそう)の上(うえ)に至(いた)るに、却(かえ)って早(はや)く二更(にこう=二(ふた)つ目(め)の刻(こく))の時分(じぶん)なり。
那(か)の長老(ちょうろう)漸(ようや)く困倦(こんけん=疲(つか)れと眠気(ねむけ))を覚(おぼ)ゆ。行者道(い)う、
「困(ねむ)きならば、汝(なんじ)且(しばら)く坐(ざ)し在(あ)れ、老孫(ろうそん)の汝(なんじ)に替(かわ)りて掃(は)くを等(ま)て」と。
三蔵道(い)う、
「這(こ)の塔(とう)は是(こ)れ多少(いく)つの層数(そうすう)なる」と。
行者道(い)う、
「怕(おそ)らくは十三層(じゅうさんそう)有(あ)らざらんや」と。
長老(ちょうろう)労倦(ろうけん=疲労(ひろう))を耽(たのし)みて道(い)う、
「是(かなら)ず掃(は)き了(おわ)りて、方(はじ)めて本願(ほんがん=元(もと)の願(がん))に趁(かな)わん」と。
又(また)三層(さんそう)掃(は)き、腰(こし)酸(さん=だる)く腿(あし)痛(いた)み、就(すなわ)ち十層(じっそう)の上(うえ)に在(あ)りて坐(ざ)し倒(たお)れて道(い)う、
「悟空(ごくう)、汝(なんじ)我(われ)に替(かわ)りて那(か)の三層(さんそう)を把(と)って掃(は)き浄(きよ)めて下(お)り来(きた)れ」と。
行者(ぎょうじゃ)精神(せいしん)を抖擻(しんぼう)し、第十一層(だいじゅういっそう)に登(のぼ)り、霎時(しばらく)にして又(また)第十二層(だいじゅうにそう)に上(のぼ)る。
正(まさ)に掃(は)く処(ところ)、只(た)だ塔頂(とうちょう)の上(うえ)に人(ひと)の言語(げんご=話(はな)す声(こえ))有(あ)るを聽(き)く。
行者道(い)う、
「怪(あや)しき哉(かな)! 怪(あや)しき哉(かな)!

這(こ)の早晚(ころ)三更(さんこう=三(みっ)つ目(め)の刻(こく))の時分(じぶん)なるに、怎(いか)して人(ひと)の這(こ)の頂(いただき)の上(うえ)に在(あ)りて言語(げんご)するを得(え)し。断(たぶん)乎(か)是(こ)れ邪物(じゃぶつ=邪(よこしま)な者(もの))ならん! 且(しばら)く看(み)て去(ゆ)かん」と。

好(よ)き猴王(こうおう)、軽軽(けいけい)と笤帚(ほうき)を挟(わきばさ)み、衣服(いふく)を撒(まく)り起(おこ)し、前門(ぜんもん)より潜(もぐ)り出(い)で、雲頭(うんとう)を踏(ふ)んで観(み)るに、只(た)だ見(み)る、第十三層(だいじゅうさんそう)の塔心(とうしん)の裡(うち)に二箇(ふたり)の妖精(ようせい)の坐(ざ)し在(あ)りて、面前(めんぜん)に一盤(ひとさら)の下飯(げはん=おかず)、一隻(ひとつ)の碗(わん)、一把(ひとつ)の壺(つぼ)を放(お)き、那(か)の処(ところ)に在(あ)りて拳(けん)を猜(あて)り酒(さけ)を喰(の)み居(お)るなり。
行者(ぎょうじゃ)箇(ひとつ)の神通(じんつう)を施(ほどこ)し、笤帚(ほうき)を捨(す)て、金箍棒(きんこぼう)を掣(と)り出(いだ)し、塔門(とうもん)を攔(さえぎ)り住(とど)めて喝(かつ)して道(い)う、
「好(よ)き怪物(かいぶつ)! 塔(とう)の上前(うえ)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)みしは原来(もと)是(こ)れ汝(なんじ)なり!」と。
両箇(ふたり)の怪物(かいぶつ)慌(あわ)て、急(いそ)ぎ身(み)を起(おこ)し、壺(つぼ)を拿(と)り碗(わん)を拿(と)って乱(みだ)りに掼(なげつ)けらんとすれど、行者(ぎょうじゃ)に鉄棒(てつぼう)を横(よこ)たえて攔(さえぎ)り住(とど)められ道(い)う、
「我(われ)若(も)し汝(なんじ)を打(う)ち殺(ころ)さば、人(ひと)の供状(きょうじょう=自白(じはく))する無(な)からん」と。
只(た)だ棒(ぼう)を把(と)って逼(せま)り将(ゆ)く。那(か)の怪(かい)壁(かべ)に貼(は)り付(つ)き、掙(もが)き動(うご)くことを得(え)んと想(おも)うこと莫(なか)れ、口(くち)の裡(うち)只(た)だ「命(いのち)を饒(ゆる)せ、命(いのち)を饒(ゆる)せ! 我(われ)が事(こと)に干(かかわ)らず! 自(おの)ずから宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)めるの那(か)の処(ところ)に在(あ)る有(あ)り」と叫(さけ)ぶのみ。
行者(ぎょうじゃ)箇(ひとつ)の拿法(だほう=捕(とら)える術(じゅつ))を施(ほどこ)し、一只(かたて)の手(て)で抓(つか)み将(も)って過(よぎ)り来(きた)り、径(ただ)ちに第十層(だいじっそう)の塔中(とうちゅう)に拿(とら)え下(おろ)す。報(ほう)じて道(い)う、
「師父(しふ)、宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)めるの賊(ぞく)を拿(とら)え住(とど)めたり!」と。
三蔵(さんぞう)正(まさ)に自(おの)ずから盹睡(とんすい=うたた寝(ね))し居(お)りしが、忽(たちま)ち此(こ)の言(げん)を聞(き)き、又(また)驚(おどろ)き又(また)喜(よろこ)んで道(い)う、
「是(こ)れ何処(いずこ)より拿(とら)え来(きた)れる」と。
行者(ぎょうじゃ)怪物(かいぶつ)を把(と)って前(まえ)に揪(ひっつか)み到(いた)らせ跪(ひざまず)かしめ道(い)う、
「他(かれ)は塔頂(とうちょう)の上(うえ)に在(あ)りて拳(けん)を猜(あて)り酒(さけ)を喰(の)み耍子(あそ)び居(お)りしを、是(こ)れ老孫(ろうそん)喧嘩(けんか)の声(こえ)を聽(き)き得(え)、一(ひと)たび雲(くも)を縦(はな)ち、頂(いただき)の上(うえ)に跳(と)び到(いた)りて攔(さえぎ)り住(とど)め、未(いま)だ力(ちから)を著(つ)けず。但(た)だ一棒(いっぽう)に打(う)ち殺(ころ)しては、人(ひと)の供状(きょうじょう)する無(な)からんことを恐(おそ)る。故此(このゆえ)軽軽(かるがる)と捉(とら)え来(きた)れるなり。師父(しふ)他(かれ)が箇(ひとつ)の口詞(こうし=供述(きょうじゅつ))を取(と)り、他(かれ)の是(こ)れ何処(いずこ)の妖精(ようせい)なる、偷(ぬす)める宝貝(ほうばい)の何処(いずこ)に在(あ)るかを看(み)給(たま)え」と。
那(か)の怪物(かいぶつ)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)とし、口(くち)に「命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と叫(さけ)び、遂(つい)に実(じつ)に従(したが)って供(きょう)して道(い)う、
「我(われ)二箇(ふたり)は是(こ)れ乱石山(らんせきざん)碧波潭(へきはたん)の万聖竜王(ばんせいりゅうおう)の差(つか)わして来(きた)りて塔(とう)を巡(めぐ)らしむるなり。他(かれ)を奔波児灞(ほんぱじは)と喚(よ)び做(な)し、我(われ)を灞波児奔(ははじほん)と喚(よ)び做(な)す。他(かれ)は是(こ)れ鮎魚怪(ねんぎょかい=鯰(なまず)の怪(かい))、我(われ)は是(こ)れ黒魚精(こくぎょせい=黒魚(くろうお)の精(せい))なり。
我(われ)が万聖老竜(ばんせいろうりゅう)一箇(ひとり)の女児(むすめ)を生(う)み、就(すなわ)ち万聖公主(ばんせいこうしゅ)と喚(よ)び做(な)す。那(か)の公主(こうしゅ)は花容月貌(かようげつぼう=花(はな)の容(かたち)月(つき)の貌(かお))にして、二十分(にじゅっぷん)の人才(じんさい)有(あ)り、一箇(ひとり)の駙馬(ふば=娘婿(むすめむこ))を招(まね)き得(え)、九頭駙馬(きゅうとうふば)と喚(よ)び做(な)し、神通(じんつう)広大(こうだい)なり。
前年(ぜんねん)竜王(りゅうおう)と此(ここ)に来(きた)り、大(おお)いなる法力(ほうりき)を顕(あらわ)し、一陣(ひとむれ)の血雨(けつう)を下(くだ)し、宝塔(ほうとう)を汚(けが)し、塔中(とうちゅう)の舎利子(しゃりし)の仏宝(ぶっぽう)を偷(ぬす)めり。公主(こうしゅ)又(また)大羅天(だいらてん)の上(うえ)霊霄殿(れいしょうでん)の前(まえ)に去(ゆ)き、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の九葉霊芝草(きゅうようれいしそう)を偷(ぬす)み、那(か)の潭(ふち)の底(そこ)に養(やしな)い在(あ)るが、金光霞彩(きんこうかさい=金(きん)の光(ひかり)と霞(かすみ)の彩(いろ))、昼夜(ちゅうや)光明(こうみょう)なり。
近日(ちかごろ)聞(き)くならく、箇(ひとり)の孫悟空(そんごくう)の西天(せいほう)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)く有(あ)り、他(かれ)神通(じんつう)広大(こうだい)にして、路(みち)に沿(そ)いて専(もっぱ)ら人(ひと)の不是(ふぜ=過(あやま)ち)を尋(たず)ぬと說(い)う。此(こ)れを以(もっ)て此(こ)の些(これら)の時(とき)常(つね)に我等(われら)を差(つか)わし此(ここ)に来(きた)りて巡攔(じゅんらん=見張(みは)り)し、若(も)し還(ま)た那(か)の孫悟空(そんごくう)の到(いた)る時(とき)有(あ)らば、好(よ)く準備(じゅんび)せんとすなり」と。
行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、嘻嘻(きき)と冷笑(れいしょう=冷(ひ)ややかに笑(わら))って道(い)う、
「那(か)の孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))等(ら)の這(かく)の等(ごと)く無礼(ぶれい)なりとは。怪(あや)しむらくは前日(せんじつ)牛魔王(ぎゅうまおう)を請(しょう)じて那(か)の処(ところ)に在(あ)りて会(え)に赴(おもむ)かしめしが、原来(もと)他(かれ)は這(こ)の一群(ひとむれ)の潑魔(はつま=悪(わる)ぢえの魔(ま))と交(まじ)わりを結(むす)び、専(もっぱ)ら良(よ)からざる事(こと)を幹(な)すなり!」と。

說(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、八戒(はっかい)と両三箇(にさんこ)の小和尚(こおしょう)の、塔下(とうか)より両箇(ふたつ)の灯篭(とうろう)を提(さ)げて、走(はし)り上(のぼ)り来(きた)りて道(い)う、
「師父(しふ)、塔(とう)を掃(は)きて去(ゆ)きて睡(ねむ)らず、此(ここ)に在(あ)りて甚(なん)を講(こう=話(はな))じ居(お)る」と。
行者道(い)う、
「師弟(してい)、汝(なんじ)の来(きた)れるは正(まさ)に好(よ)し。塔(とう)の上前(うえ)の宝貝(ほうばい)は、乃(すなわ)ち万聖老竜(ばんせいろうりゅう)の偷(ぬす)み去(さ)れるなり。今(いま)此(こ)の二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)をして塔(とう)を巡(めぐ)らしめ、我等(われら)の来(きた)れる消息(しょうそく)を探(さぐ)り聽(き)かしめ居(お)りしを、却(かえ)って才(わず)かに我(われ)が拿(とら)え住(とど)めたるなり」と。
八戒道(い)う、
「何(なん)と喚(よ)ばるる名字(みょうじ=名(な))なる、甚(なん)の妖精(ようせい)なる」と。
行者道(い)う、
「才(わず)かに然(しか)じて口詞(こうし)を供(きょう)せり。一箇(ひとり)を奔波児灞(ほんぱじは)と喚(よ)び做(な)し、一箇(ひとり)を灞波児奔(ははじほん)と喚(よ)び做(な)す。一箇(ひとり)は是(こ)れ鮎魚怪(ねんぎょかい)、一箇(ひとり)は是(こ)れ黒魚精(こくぎょせい)なり」と。
八戒(はっかい)鈀(は)を掣(と)りて就(すなわ)ち打(う)たんとし、道(い)う、
「既(すで)に是(こ)れ妖精(ようせい)ならば、口詞(こうし)を取(と)り了(おわ)りて、打(う)ち殺(ころ)さずして何(なに)をか待(ま)たん」と。
行者道(い)う、
「汝(なんじ)知(し)らずや、且(しばら)く活(い)けるを留(とど)め、好(よ)く皇帝(こうてい)に見(まみ)えて話(はなし)を講(こう)じ、又(また)好(よ)く鑿眼(さくがん=手掛(てがか)り)と做(な)して賊(ぞく)を尋(たず)ね宝(たから)を追(お)わん」と。
好(よ)き呆子(ほうし)、真(まこと)に鈀(は)を収(おさ)め、一家(ひとり)に一箇(ひとり)、都(みな)抓(つか)んで塔(とう)を下(お)り来(きた)る。
那(か)の怪(かい)只(た)だ「命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と叫(さけ)ぶ。
八戒道(い)う、
「正(まさ)に汝(なんじ)が鮎魚(ねんぎょ=鯰(なまず))・黒魚(こくぎょ)を要(よう)して些(いささ)かの鮮湯(せんとう=新鮮(しんせん)な汁(しる))を做(つく)り、那(か)の冤屈(えんくつ)を負(お)える和尚(おしょう)に与(あた)えて喰(く)わしめんとす」と。
両三箇(にさんこ)の小和尚(こおしょう)喜喜歡歓(ききかんかん)として、灯篭(とうろう)を提(さ)げて長老(ちょうろう)を引(みちび)いて塔(とう)を下(お)る。
一箇(ひとり)先(さき)に跑(はし)りて衆僧(しゅうそう)に報(ほう)じて道(い)う、
「好(よ)し了(ぬ)! 好(よ)し了(ぬ)! 我等(われら)青天(せいてん=青(あお)い空(そら))を見(み)るを得(え)たり! 宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)める妖怪(ようかい)は、已(すで)に是(こ)れ爺爺達(じいさまたち)の捉(とら)え将(も)ち来(きた)れるなり!」と。
行者(ぎょうじゃ)教(さしず)して、
「鉄索(てっさく=鉄(てつ)の鎖(くさり))を拿(も)ち来(きた)れ、琵琶骨(びわこつ=鎖骨(さこつ))を穿(とお)し、此(ここ)に鎖(さ)し在(あ)れ。汝等(なんじら)看守(かんしゅ)せよ、我等(われら)睡(ねむ)りに去(ゆ)きて、明日(みょうにち)又(また)理会(りかい=取(と)り計(はから))いを做(な)さん」と。
那(か)の些(これら)の和尚(おしょう)都(みな)緊緊(きんきん)と之(これ)を守(まも)り、三蔵達(さんぞうたち)をして安寝(あんしん)せしむ。

覚(おぼ)えずして天(てん)暁(あけ)る。長老道(い)う、
「我(われ)悟空(ごくう)と入朝(にゅうちょう)し、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し去(ゆ)き来(きた)らん」と。
長老即(すなわ)ち錦襴袈裟(きんらんけさ)を穿(き)、毗盧帽(びるぼう)を戴(いただ)き、威儀(いぎ)を整(ととの)え束(たば)ね、歩(あゆみ)を運(はこ)びて前進(ぜんしん)す。行者(ぎょうじゃ)也(また)虎皮裙(こひくん)を一束(ひとしば)り束(たば)ね、綿布直裰(めんぷじきとつ=木綿(もめん)の法衣(ほうえ))を一整(ひとととの)えし、関文(かんぶん)を取(と)りて同(とも)に去(ゆ)く。
八戒道(い)う、
「怎(いか)して這(こ)の両箇(ふたり)の妖賊(ようぞく)を帯(つ)れざる」と。
行者道(い)う、
「我等(われら)の奏(そう)し過(す)ぐるを待(ま)て、自(おの)ずから駕帖(がじょう=勅命(ちょくめい))有(あ)りて人(ひと)をして他(かれ)を提(ひ)き来(きた)らしめん」と。
遂(つい)に朝門(ちょうもん)の外(そと)に行(ゆ)き至(いた)る。看(み)れども尽(つ)きざるは那(か)の朱雀黄竜(しゅじゃくこうりゅう)、清都絳闕(せいとこうけつ=都(みやこ)の宮殿(きゅうでん))なり。
三蔵(さんぞう)東華門(とうかもん)に到(いた)り、閣門大使(かくもんたいし)に向(むか)って礼(れい)を做(な)して道(い)う、
「大人(たいじん)の転奏(てんそう=取(と)り次(つ)ぎ)を煩(わずら)わさん。貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より西天(せいほう)に経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされし者(もの)なり、意(こころ)君(きみ)に面(まみ)え、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)す」と。
那(か)の黄門官(こうもんかん)果(はた)して之(これ)と通報(つうほう)し、階前(かいぜん)に至(いた)りて奏(そう)して道(い)う、
「外面(がいめん)に二箇(ふたり)の異容異服(いよういふく=異(こと)なる姿(すがた)と服(ふく))の僧人(そうにん)有(あ)り、称(とな)えて言(い)う、南贍部洲(なんせんぶしゅう)東土唐朝(とうどとうちょう)より西方(せいほう)に差(つか)わされ仏(ほとけ)を拝(はい)して経(きょう)を求(もと)めんとし、我(わ)が王(おう)に朝(ちょう)し関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)すと」と。
国王(こくおう)言(げん)を聞(き)き、旨(むね)を伝(つた)えて宣(せん=召(め)す)を教(し)む。
長老即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を引(みちび)いて入朝(にゅうちょう)す。文武百官(ぶんぶひゃっかん)、行者(ぎょうじゃ)を見(み)て、驚(おどろ)き怕(おそ)れざるは無(な)く、或(あるい)は是(こ)れ猴和尚(こうおしょう=猿(さる)の僧(そう))と說(い)い、或(あるい)は是(こ)れ雷公嘴和尚(らいこうしおしょう)と說(い)い、箇箇(めいめい)悚然(しょうぜん)として、敢(あ)えて久(ひさ)しく視(み)ず。

長老(ちょうろう)階前(かいぜん)に在(あ)りて舞蹈(ぶとう=舞(ま)い蹈(ふ))み山呼(さんこ=万歳(ばんぜい)を唱(とな))うるの行(ぎょう)の拝(はい)をなす。大聖(たいせい)は手(て)を叉(く)み、斜(なな)めに旁(かたわら)に立(た)ち、公然(こうぜん)として動(うご)かず。
長老(ちょうろう)啓奏(けいそう)して道(い)う、
「臣僧(しんそう)は乃(すなわ)ち南贍部洲(なんせんぶしゅう)東土大唐国(とうどだいとうこく)より差(つか)わされ来(きた)り、西方(せいほう)天竺国(てんじくこく)大雷音寺(だいらいおんじ)の仏(ほとけ)を拝(はい)し真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)る者(もの)なり。路(みち)宝方(ほうぼう=貴国(きこく))を経(へ)て、敢(あ)えて擅(ほしいまま)に過(す)ぎず、随身(ずいしん)の関文(かんぶん)有(あ)り、験(けん)を倒(か)えて方(はじ)めて行(ゆ)かんことを乞(こ)う」と。
那(か)の国王(こくおう)言(げん)を聞(き)きて大(おお)いに喜(よろこ)ぶ。旨(むね)を伝(つた)えて唐朝聖僧(とうちょうせいそう)を金鑾殿(きんらんでん)に上(のぼ)らしめ、繍墩(しゅうとん=刺繍(ししゅう)の褥(しとね))を安(やす)んじて坐(ざ)を賜(たま)うを教(し)む。
長老(ちょうろう)独(ひと)り殿(でん)に上(のぼ)り、先(ま)ず関文(かんぶん)を将(も)って捧(ささ)げ上(あ)ぐるを、然(しか)る後(のち)恩(おん)を謝(しゃ)して敢(あ)えて坐(ざ)す。
那(か)の国王(こくおう)関文(かんぶん)を将(も)って一遍(ひととおり)看(み)て、心中(しんちゅう)喜悦(きえつ)して道(い)う、
「汝(なんじ)が大唐王(だいとうおう)の疾(やまい)有(あ)るに似(に)たるも、能(よ)く高僧(こうそう)を選(えら)み、路途(ろと)の遥遠(ようえん)なるを避(さ)けず、我(わ)が仏(ほとけ)を拝(はい)して経(きょう)を取(と)らしむるは。寡人(かじん)が此(ここ)の和尚(おしょう)は、専心(せんしん)只(た)だ是(こ)れ賊(ぬすびと)を做(な)し、国(くに)を敗(やぶ)り君(きみ)を傾(かたむ)くのみ!」と。
三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、掌(て)を合(がっ)して道(い)う、
「怎(いか)でか国(くに)を敗(やぶ)り君(きみ)を傾(かたむ)くと見(み)えんや」と。
国王道(い)う、
「寡人(かじん)が這(こ)の国(くに)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ西域(せいいき)の上邦(じょうほう)なり。常(つね)に四夷(しい)の朝貢(ちょうこう)有(あ)るは、皆(みな)国内(こくない)に箇(ひとつ)の金光寺(きんこうじ)有(あ)り、寺内(じない)に一座(ひとつ)の黄金宝塔(おうごんほうとう)有(あ)り、塔(とう)の上(うえ)に光彩(こうさい)の天(てん)を衝(つ)く有(あ)るに因(よ)る。近(ちか)ごろ本寺(ほんじ)の賊僧(ぞくそう)に其(そ)の中(うち)の宝(たから)を暗(あん=ひそか)に窃(ぬす)まれ、三年(さんねん)光彩(こうさい)有(あ)ること無(な)く、外国(がいこく)も這(こ)の二年(にねん)也(また)来(きた)りて朝(ちょう)せず。寡人(かじん)心(こころ)に之(これ)を痛(いた)み恨(うら)めり」と。
三蔵(さんぞう)掌(て)を合(がっ)し笑(わら)って道(い)う、
「万歳(ばんぜい)、毫厘(ごうり)を差(たが)えば、千里(せんり)を失(うしな)う、とは。

貧僧(ひんそう)昨晚(さくばん)天府(てんふ=貴(き)らの都(みやこ))に到(いた)り、一(ひと)たび城門(じょうもん)を進(い)れば、就(すなわ)ち十数箇(じゅうすうこ)の枷紐(かちゅう=枷(かせ)と紐(ひも))の僧(そう)を見(み)たり。何(なん)の罪(つみ)なるを問(と)い及(およ)ぼせば、他(かれ)道(い)う、是(こ)れ金光寺(きんこうじ)の冤屈(えんくつ)を負(お)える者(もの)なりと。寺(てら)に到(いた)りて細(こま)かに審(つまびらか)にするに、更(さら)に本寺(ほんじ)の僧人(そうにん)の事(こと)に干(かかわ)らず。貧僧(ひんそう)夜(よる)に入(い)りて塔(とう)を掃(は)き、已(すで)に那(か)の宝(たから)を偷(ぬす)める妖賊(ようぞく)を獲(え)たり」と。
国王大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、
「妖賊(ようぞく)は安(いず)こに在(あ)る」と。
三蔵道(い)う、
「現(げん)に小徒(しょうと)に鎖(さ)されて金光寺(きんこうじ)の裡(うち)に在(あ)り」と。
那(か)の国王(こくおう)急(いそ)ぎ金牌(きんぱい)を降(くだ)し、
「錦衣衛(きんいえい)に金光寺(きんこうじ)に快(はや)く到(いた)り妖賊(ようぞく)を取(と)り来(きた)らしめ、寡人(かじん)親(みずか)ら審(つまびらか)にせん」と。
三蔵(さんぞう)又(また)奏(そう)して道(い)う、
「万歳(ばんぜい)、錦衣衛(きんいえい)有(あ)ると雖(いえど)も、還(ま)た小徒(しょうと)の去(ゆ)くを得(え)て方(はじ)めて可(よ)し」と。
国王道(い)う、
「高徒(こうと)は何処(いずこ)に在(あ)る」と。
三蔵(さんぞう)手(て)を将(も)って指(さ)して道(い)う、
「那(か)の玉階(ぎょくかい=玉(たま)の階(きざはし))の旁(かたわら)に立(た)つ者(もの)は便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。
国王(こくおう)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、
「聖僧(せいそう)此(かく)の如(ごと)き豊姿(ほうし=立派(りっぱ)な姿(すがた))なるに、高徒(こうと)は怎(いか)して這(かく)の等(ごと)き象貌(ぞうぼう)なる」と。
孫大聖(そんたいせい)聽(き)きて、声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、

「陛下(へいか)、人(ひと)は貌(かたち)に由(よ)って相(そう)ず可(べ)からず、海水(かいすい)は斗(ます)を以(もっ)て量(はか)る可(べ)からず。若(も)し豊姿(ほうし)を愛(あい)する者のみならば、如何(いか)でか妖賊(ようぞく)を捉(とら)え得(え)んや」と。
国王(こくおう)言(げん)を聞(き)き、驚(おどろ)きを回(めぐ)らして喜(よろこび)と作(な)して道(い)う、
「聖僧(せいそう)の說(い)えるは是(ぜ)なり。朕(ちん)が此(ここ)は人材(じんざい)を選(えら)ばず、只(た)だ賊(ぞく)を獲(え)宝(たから)を得(え)て塔(とう)に帰(かえ)すを上(じょう)と為(な)すのみ」と。
再(ふたた)び当駕官(とうがかん)をして車蓋(しゃがい=車(くるま)の傘(かさ))を看(み)しめ、錦衣衛(きんいえい)に好(よ)く生(よく)聖僧(せいそう)を伏侍(ぶじ)して妖賊(ようぞく)を取(と)りに去(ゆ)かしむ。
那(か)の当駕官(とうがかん)即(すなわ)ち大轎(だいきょう=大(おお)きな駕籠(かご))一乗(いちじょう)、黄傘(おうさん=黄色(きいろ)い傘(かさ))一柄(ひとえ)を備(そな)え、錦衣衛(きんいえい)校尉(こうい=近衛(このえ))を点(てん)じ起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)を将(も)って八(や)つに抬(かつ)ぎ八(や)つに綽(つる)べ、大(おお)いに四声(よんせい)路(みち)を喝(かつ)し、径(ただ)ちに金光寺(きんこうじ)に至(いた)る。

此(これ)より満城(まんじょう)の百姓(ひゃくせい)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、聖僧(せいそう)及(および)那(か)の妖賊(ようぞく)を看(み)ざる処(ところ)無(な)く人(ひと)無(な)し。

八戒(はっかい)、沙僧(さそう)は喝道(かつどう=道(みち)を開(ひら)く声(こえ))を聽(き)き、只(た)だ是(こ)れ国王(こくおう)の差官(さかん=遣(つか)わしの官(かん))と說(い)い、急(いそ)ぎ出(い)でて迎(むか)うに、原来(もと)是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の轎(きょう=駕籠(かご))の上(うえ)に坐(ざ)し居(お)るなり。
呆子(ほうし)面(めん)と向(むか)って笑(わら)って道(い)う、
「哥哥(あに)、汝(なんじ)本身(ほんしん=本物(ほんもの)の身分(みぶん))を得(え)たり」と。
行者(ぎょうじゃ)轎(きょう)を下(お)り、八戒(はっかい)を攙(たす)けて道(い)う、
「我(われ)怎(いか)して本身(ほんしん)を得(え)し」と。
八戒道(い)う、
「汝(なんじ)黄傘(おうさん)を打(さ)し、八人(はちにん)の轎(きょう)に抬(かつ)がれ居(お)るは、却(かえ)って是(こ)れ猴王(こうおう)の職分(しょくぶん)ならずや。故(ゆえ)に汝(なんじ)の本身(ほんしん)を得(え)たりと說(い)う」と。
行者道(い)う、

「且(しばら)く取笑(しゅしょう=冗談(じょうだん))すること莫(なか)れ」と。
遂(つい)に二箇(ふたり)の妖物(ようぶつ)を解(と)き下(おろ)し、押(お)して国王(こくおう)に見(まみ)ゆ。
沙僧道(い)う、
「哥哥(あに)、也(また)小弟(しょうてい)を帯挈(たいけつ=引(ひ)き連(つ)れ)て帯挈(たいけつ)よ」と。
行者道(い)う、
「汝(なんじ)只(た)だ此(ここ)に在(あ)りて行李(こうり)・馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ)せよ」と。
那(か)の枷鎖(かさ)の僧(そう)道(い)う、
「爺爺達(じいさまたち)は都(みな)去(ゆ)きて皇恩(こうおん=王(おう)の恩(おん))を承(う)くる、我等(われら)の此(ここ)に在(あ)りて看守(かんしゅ)するを等(ま)て」と。
行者道(い)う、
「既(すで)に此(か)くの如(ごと)しなれば、我(われ)の去(ゆ)きて国王(こくおう)に奏(そう)し過(す)ぐるを等(ま)て、却(かえ)って来(きた)りて汝(なんじ)を放(はな)たん」と。
八戒(はっかい)一箇(ひとり)の妖賊(ようぞく)を揪(ひっつか)み、沙僧(さそう)一箇(ひとり)の妖賊(ようぞく)を揪(ひっつか)み、孫大聖(そんたいせい)は依(よ)りて旧(もと)の如(ごと)く轎(きょう)に坐(ざ)し、頭搭(とうとう=先払(さきばら)い)を擺(なら)べ開(ひら)き、二箇(ふたり)の妖怪(ようかい)を押(お)し当朝(とうちょう)に赴(おもむ)く。
須臾(しばらく)にして白玉階(はくぎょくかい)に至(いた)り、国王(こくおう)に向(むか)って道(い)う、
「那(か)の妖賊(ようぞく)は已(すで)に取(と)り来(きた)れり」と。
国王(こくおう)遂(つい)に龍床(りゅうしょう=王(おう)の寝台(しんだい))を降(くだ)り、唐僧(とうそう)及(および)文武(ぶんぶ)の多官(たかん)と同(とも)に之(これ)を目視(み)る。
那(か)の怪(かい)の一箇(ひとり)は是(こ)れ暴腮烏甲(ぼうさいうこう=むくれた腮(あご)と黒(くろ)い甲(こう))、尖嘴利牙(せんしりが=尖(とが)った嘴(くちばし)と鋭(するど)い牙(きば))、一箇(ひとり)は是(こ)れ滑皮大肚(かっぴだいと=つるつるの皮(かわ)と大(おお)きな腹(はら))、巨口長鬚(きょこうちょうしゅ=大(おお)きな口(くち)と長(なが)い髭(ひげ))、然(しか)りと雖(いえど)も是(こ)れ足(あし)有(あ)りて行(ゆ)くことを得(う)るも、大抵(おおかた)是(こ)れ変(へん)じ成(な)れる人(ひと)の象(かたち)なり。
国王(こくおう)問(と)うて曰(いわ)く、
「汝(なんじ)は是(こ)れ何方(いずこ)の賊怪(ぞくかい)、那(いず)れの処(ところ)の妖精(ようせい)なる。幾年(いくとせ)か吾(わ)が国土(こくど)を侵(おか)し、何年(なんねん)か我(わ)が宝貝(ほうばい)を盗(ぬす)みし。一盤(ひとくち)に共(とも)に多少(いくばく)の賊徒(ぞくと)有(あ)りて、都(みな)何(なん)と喚(よ)ばるる名字(みょうじ)なる。実(じつ)に従(したが)って一一(いちいち)供(きょう)し来(きた)れ!」と。
二怪(にかい)上(うえ)に向(むか)って跪(ひざまず)き、頸(くび)の内(うち)血(ち)淋淋(りんりん=したたる)たれど、更(さら)に疼痛(とうつう=痛(いた)み)を知(し)らず、供(きょう)して道(い)う、
「三載(さんさい)の外(ほか)、七月(しちがつ)初一日(ついたち)、箇(ひとり)の万聖竜王(ばんせいりゅうおう)有(あ)りて、許多(あまた)の親戚(しんせき)を帥(ひき)い領(い)れ、住居(じゅうきょ)するは本国(ほんごく)の東南(とうなん)に在(あ)り、此(ここ)を離(はな)るること路(みち)百十(ひゃくじゅう)有(あ)り、潭(ふち)を碧波(へきは)と号(ごう)し、山(やま)を乱石(らんせき)と名(な)づく。
女(むすめ)を生(う)みて多嬌(たきょう=甚(はなは)だ艶(あだ))に、妖嬈美色(ようじょうびしょく=妖(あや)しく艶(なま)めかしい美(び)の色(いろ))、一箇(ひとり)の九頭駙馬(きゅうとうふば)を招贅(しょうせい=婿(むこ)に迎(むか))し、神通(じんつう)無敵(むてき)なり。
他(かれ)汝(なんじ)が塔(とう)の上前(うえ)の珍奇(ちんき=珍(めず)らしき奇(き))なるを知(し)り、竜王(りゅうおう)と合盤(ごうばん=ぐる)に為(な)りて賊(ぞく)を做(な)し、先(ま)ず血雨(けつう)一場(ひとしき)りを下(くだ)し、後(のち)に舎利(しゃり)を把(と)って偷(ぬす)み訖(おわ)んぬ。
見今(いま)龍宮(りゅうぐう)を照(て)らし耀(かがや)かし、縦(たと)い黑夜(こくや=暗(くら)い夜(よる))と雖(いえど)も白日(はくじつ)の如(ごと)く明(あき)らかなり。
公主(こうしゅ)能(のう)を施(ほどこ)し、寂寂密密(じゃくじゃくみつみつ=ひそやかに)と、又(また)王母(おうぼ)の霊芝(れいし)を偷(ぬす)み、潭中(たんちゅう)に在(あ)りて宝物(ほうもつ)を温養(おんよう=温(ぬく)め養(やしな))う。
我(われ)二箇(ふたり)は是(こ)れ賊頭(ぞくとう=盗賊(とうぞく)の頭(かしら))に非(あら)ず、乃(すなわ)ち竜王(りゅうおう)の差(つか)わして来(きた)れる小卒(しょうそつ=下(した)っぱの兵(へい))なり。今夜(こんや)擒(とら)えられ、供(きょう)する所(ところ)は実(じつ)なり」と。
国王道(い)う、
「既(すで)に供(きょう)を取(と)り了(おわ)りながら、如何(いか)して自家(じか=自分(じぶん))の名字(みょうじ)を供(きょう)せざる」と。

那(か)の怪道(い)う、
「我(われ)を奔波児灞(ほんぱじは)と喚(よ)び做(な)し、他(かれ)を灞波児奔(ははじほん)と喚(よ)び做(な)す。奔波児灞(ほんぱじは)は是(こ)れ箇(ひとつ)の鮎魚怪(ねんぎょかい)、灞波児奔(ははじほん)は是(こ)れ箇(ひとつ)の黒魚精(こくぎょせい)なり」と。
国王(こくおう)錦衣衛(きんいえい)に好(よ)く生(よく)収監(しゅうかん=牢(ろう)に収(おさ))めしめ、旨(むね)を伝(つた)えて、

「金光寺(きんこうじ)の衆僧(しゅうそう)の枷鎖(かさ)を赦(ゆる)し、快(はや)く光禄寺(こうろくじ)をして宴(うたげ)を排(なら)べ、就(すなわ)ち麒麟殿(きりんでん)の上(うえ)に於(お)いて聖僧(せいそう)の賊(ぞく)を獲(え)し功(こう)を謝(しゃ)し、議(はか)りて聖僧(せいそう)に賊首(ぞくしゅ)を捕擒(ほきん)するを請(こ)わん」と。

光禄寺(こうろくじ)即時(そくじ)に葷素(くんそ=肉(にく)と精進(しょうじん))両様(りょうよう)の筵席(えんせき)を備(そな)う。国王(こくおう)唐僧(とうそう)四衆(ししゅう)を請(しょう)じて麒麟殿(きりんでん)に上(のぼ)り叙坐(じょざ=席(せき)に着(つ))し、問(と)うて道(い)う、
「聖僧(せいそう)の尊号(そんごう)は」と。
唐僧(とうそう)掌(て)を合(がっ)して道(い)う、
「貧僧(ひんそう)俗家(ぞくか=俗(ぞく)の家(いえ))の姓(せい)は陳(ちん)、法名(ほうみょう)を玄奘(げんじょう)と申(もう)す。君(きみ)の姓(せい)を賜(たま)わるを蒙(こうむ)りて唐(とう)と為(な)し、賤号(せんごう=拙(つたな)い号(ごう))を三蔵(さんぞう)と」と。
国王(こくおう)又(また)問(と)う、
「聖僧(せいそう)の高徒(こうと)は何(なん)の号(ごう)なる」と。
三蔵道(い)う、
「小徒(しょうと)は俱(とも)に号(ごう)無(な)し。第一箇(だいいっこ)の名(な)を孫悟空(そんごくう)、第二箇(だいにこ)の名(な)を猪悟能(ちょごのう)、第三箇(だいさんこ)の名(な)を沙悟浄(さごじょう)と。此(こ)れは乃(すなわ)ち南海観世音菩薩(なんかいかんぜおんぼさつ)の起(つ)け給(たま)える名字(みょうじ)なり。貧僧(ひんそう)を拝(はい)して師(し)と為(な)せるに因(よ)り、貧僧(ひんそう)又(また)悟空(ごくう)を将(も)って行者(ぎょうじゃ)と喚(よ)び、悟能(ごのう)を八戒(はっかい)と喚(よ)び、悟浄(ごじょう)を和尚(おしょう)と喚(よ)ぶ」と。
国王(こくおう)聽(き)き畢(おわ)り、三蔵(さんぞう)を請(しょう)じて上席(じょうせき)に坐(ざ)し、孫行者(そんぎょうじゃ)を側首(そくしゅ=脇(わき))の左席(させき)に坐(ざ)し、猪八戒(ちょはっかい)・沙和尚(さおしょう)を側首(そくしゅ)の右席(うせき)に坐(ざ)し、倶(とも)に是(こ)れ素果(そか=精進(しょうじん)の果物(くだもの))、素菜(そさい)、素茶(そさ)、素飯(そはん)なり。前面(ぜんめん)の一席(いっせき)の葷(くん=肉(にく))のには、国王(こくおう)坐(ざ)し、下首(かしゅ=下座(げざ))に百十席(ひゃくじゅうせき)の葷(くん)の有(あ)りて、文武(ぶんぶ)の多官(たかん)坐(ざ)す。
衆臣(しゅうしん)君恩(くんおん)を謝(しゃ)し、徒(と=弟子(でし))は師(し)に罪(つみ)を告(つ)げ、坐(ざ)し定(さだ)まる。
国王(こくおう)盞(さかずき)を把(と)れば、三蔵(さんぞう)敢(あ)えて酒(さけ)を飲(の)まず、他(かれ)三箇(みたり)は各(おのおの)安席酒(あんせきしゅ=席(せき)を安(やす)んずる酒(さけ))を受(う)く。
下辺(したべ)に只(た)だ管弦(かんげん=管楽器(かんがっき)と弦楽器(げんがっき))の斉(ひと)しく奏(そう)するを聽(き)くは、乃(すなわ)ち是(こ)れ教坊司(きょうぼうし=宮中(きゅうちゅう)の楽所(がくしょ))の楽(がく)を動(うごか)すなり。
汝(なんじ)看(み)よ、八戒(はっかい)の食嗓(しょくそう=食(しょく)の喉(のど))を放(はな)ち開(ひら)き、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ虎咽狼呑(こえんろうどん=虎(とら)の咽(のど)・狼(おおかみ)の呑(の)み)、一席(いっせき)の果菜(かさい=果物(くだもの)と菜(さい))の類(たぐい)を将(も)って喰(く)い得(え)て罄尽(けいじん=残(のこ)らず)す。
少頃(しばらく)の間(あいだ)に、添(そ)え換(か)うる湯飯(とうはん=汁(しる)と飯(めし))又(また)来(きた)り、又(また)喰(く)い得(え)て一毫(いちごう=少(すこ)し)も剰(あま)さず。巡酒(じゅんしゅ=酌(しゃく)を廻(めぐ)らす)の来(きた)るに、又(また)杯杯(はいばい)に辞(じ)せず。
這(こ)の場(ば)の筵席(えんせき)、直(ただ)に楽(たの)しんで午後(ごご)に到(いた)りて方(はじ)めて散(さん)ず。
三蔵(さんぞう)盛宴(せいえん)を謝(しゃ)するに、国王(こくおう)又(また)留(とど)めて道(い)う、
「這(こ)の一席(いっせき)は聊(いささ)か聖僧(せいそう)の怪(かい)を獲(え)し功(こう)を表(あらわ)す」と。
光禄寺(こうろくじ)に教(さしず)して、
「快(はや)く席(せき)を建章宮(けんしょうきゅう)の裡(うち)に翻(うつ)し到(いた)し、再(ふたた)び聖僧(せいそう)を請(しょう)じて賊首(ぞくしゅ)を定(さだ)め捕(とら)え、宝(たから)を取(と)り塔(とう)に帰(かえ)すの計(けい)を議(はか)らん」と。
三蔵道(い)う、
「既(すで)に賊(ぞく)を捕(とら)え宝(たから)を取(と)らんと要(よう)せば、再(ふたた)び宴(うたげ)する労(ろう)を要(よう)せず。貧僧等(ひんそうら)は此(ここ)に就(つ)きて王(おう)に辞(じ)し、就(すなわ)ち妖怪(ようかい)を擒捉(きんそく)し去(ゆ)かん」と。
国王(こくおう)肯(うべな)わず、一定(きっと)建章宮(けんしょうきゅう)に請(しょう)じ到(いた)り、又(また)一席(いっせき)を喰(く)う。
国王(こくおう)酒(さけ)を挙(あ)げて道(い)う、
「那(いず)れの位(くらい)の聖僧(せいそう)か衆(しゅう)を帥(ひき)いて出師(すいし=出陣(しゅつじん))し、妖(よう)を降(くだ)し賊(ぞく)を捕(とら)えん」と。
三蔵道(い)う、
「大徒弟(だいとしてい)の孫悟空(そんごくう)をして去(ゆ)かしめん」と。
大聖(たいせい)手(て)を拱(きょう=拱(こまぬ))いて応(おう)じ承(うけたまわ)る。
国王道(い)う、

「孫長老(そんちょうろう)既(すで)に去(ゆ)かば、多少(いくばく)の人馬(じんば)を用(もち)い、幾時(いつ)か出城(しゅつじょう)せん」と。
八戒(はっかい)忍(しの)び得(え)ず高声(こうせい)に叫(さけ)んで道(い)う、

「何処(いずこ)に甚(なん)の人馬(じんば)を用(もち)いん! 又(また)何処(いずこ)に甚(なん)の時辰(じしん)を管(かん)せん! 如今(いま)の酒(さけ)に酔(よ)い飯(めし)に飽(あ)くるに趁(じゅん)じ、我(われ)師兄(しけい)と共(とも)に去(ゆ)き、手(て)到(いた)れば擒(とら)え来(きた)らん!」と。
三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(い)う、
「八戒(はっかい)の此(こ)の一向(このごろ)勤緊(きんきん=精(せい)を出(だ)す)なるかな!」と。
行者道(い)う、
「既(すで)に此(か)くの如(ごと)しなれば、沙僧(さそう)の弟(おとうと)をして師父(しふ)を保護(ほご)せしめ、我(われ)二箇(ふたり)去(ゆ)き来(きた)らん」と。
那(か)の国王道(い)う、

「二位(ふたり)の長老(ちょうろう)既(すで)に人馬(じんば)を用(もち)いずんば、兵器(へいき)を用(もち)うる可(べ)きや」と。
八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、
「汝(なんじ)が家(いえ)の兵器(へいき)は、我等(われら)用(もち)うるを得(え)ず。我(われ)が弟兄(ていけい=兄弟(きょうだい))自(おの)ずから随身(ずいしん)の器械(きかい=武具(ぶぐ))有(あ)り」と。
国王(こくおう)說(い)うを聞(き)き、即(すなわ)ち大觥(だいこう=大(おお)きな杯(さかずき))を取(と)り来(きた)り、二位(ふたり)の長老(ちょうろう)に与(あた)えて送行(そうこう=見送(みおく)り)す。
孫大聖道(い)う、
「酒(さけ)は喰(の)まざる。只(た)だ錦衣衛(きんいえい)をして二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を拿(と)り来(きた)らしめ、我等(われら)他(かれ)を帯(つ)れ去(ゆ)きて鑿眼(さくがん=手掛(てがか)り)と做(な)さん」と。
国王(こくおう)旨(むね)を伝(つた)え、即時(そくじ)に提(ひ)き出(いだ)す。
二人(ふたり)二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を挟(わきばさ)み、風頭(ふうとう=風(かぜ)の先(さき))に駕(が)し、箇(ひとつ)の摂法(せっぽう=人(ひと)を連(つ)れ去(さ)る術(じゅつ))を施(ほどこ)し、径(ただ)ちに東南(とうなん)に上(のぼ)りて去(ゆ)く。
噫(ああ)! 他那(かれ)の:

君臣(くんしん)一見(いっけん)して風霧(ふうむ=風(かぜ)と霧(きり))に騰(のぼ)り、
才(はじ)めて師徒(しと)の是(こ)れ聖僧(せいそう)なるを識(し)る。

畢竟(つい)に此(こ)の去(ゆ)きて如何(いか)に擒獲(きんかく=捕(と)らえ獲(え))るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。