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064 第六十四回 荊棘嶺(けいきょくれい)に悟能(ごのう)努力(どりょく)し 木仙庵(もくせんあん)に三蔵(さんぞう)詩(し)を談(だん)ず

祭賽国(さいさいこく)の国王(こくおう)の唐三蔵(とうさんぞう)師徒(しと)の宝(たから)を獲(え)怪(かい)を擒(とら)えし恩(おん)を謝(しゃ)せるを表(あらわ)すに、贈(おく)る所(ところ)の金玉(きんぎょく)は、分毫(ぶんごう=少(すこ)しも)受(う)けず。却(かえ)って当駕官(とうがかん)に命(めい)じて、四位(よにん)の常(つね)に穿(き)る衣服(いふく)に照(しょう)し依(よ)り、各(おのおの)二套(ふたく)を作(つく)らしめ、鞋襪(がいべつ=靴(くつ)と靴下(くつした))各(おのおの)二足(にそく)、絛環(じょうかん=帯(おび)と環(わ))各(おのおの)二条(にじょう)を作(つく)らしめ、外(ほか)に乾糧(かんりょう=乾(ほ)し糧(かて))・烘炒(こうしょう=炒(い)った物(もの))を備(そな)え、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し、大(おお)いに鑾駕(らんが)を排(なら)べ、文武(ぶんぶ)の多官(たかん)を并(あわ)せ、満城(まんじょう)の百姓(ひゃくせい)、伏龍寺(ふくりゅうじ)の僧人(そうにん)、大(おお)いに吹(ふ)き大(おお)いに打(う)ち、四衆(ししゅう)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)づ。
約(およ)そ二十里(にじゅうり)にして、先(ま)ず国王(こくおう)に辞(じ)す。衆人(しゅうじん)又(また)二十里(にじゅうり)送(おく)りて辞(じ)し回(かえ)る。伏龍寺(ふくりゅうじ)の僧人(そうにん)は五六十里(ごろくじゅうり)送(おく)りて回(かえ)らず、或(あるい)は同(とも)に西天(せいてん)に上(のぼ)らんと要(よう)し、或(あるい)は修行(しゅぎょう)して伏侍(ぶじ)せんと要(よう)す。
行者(ぎょうじゃ)皆(みな)肯(あ)えんで回(かえ)らざるを見(み)、遂(つい)に箇(ひとつ)の手段(しゅだん)を弄(ろう)し、毫毛(ごうもう)を把(と)って三四十根(さんしじゅうこん)抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)じよ!」と叫(さけ)ぶ。
都(みな)変(へん)じて斑斕(はんらん=斑(ぶち)の)猛虎(もうこ)と為(な)り、前路(ぜんろ)を攔(さえぎ)り、哮吼(こうこう=吠(ほ)え)し踊躍(ゆうやく=跳(と)び)る。
衆僧(しゅうそう)方(はじ)めて懼(おそ)れ、敢(あ)えて前進(ぜんしん)せず。大聖(たいせい)才(わず)かに師父(しふ)を引(みちび)き馬(うま)に策(むちう)ちて去(ゆ)く。
少時(しばらく)の間(あいだ)に、去(ゆ)くこと遠(とお)きを得(え)て、衆僧人(しゅうそうにん)声(こえ)を放(はな)ちて大(おお)いに哭(な)き、都(みな)喊(さけ)んで、
「恩(おん)有(あ)り義(ぎ)有(あ)るの老爺(ろうや)! 我等(われら)縁(えん)無(な)く、肯(あ)えんで我等(われら)を度(ど)し給(たま)わざるなり!」と。

且(しばら)く衆僧(しゅうそう)の啼哭(ていこく=泣(な)き叫(さけ)ぶ)を說(い)わず、却(かえ)って說(い)う、師徒(しと)四衆(ししゅう)、大路(たいろ)の上(うえ)に走(はし)り上(のぼ)り、却(かえ)って才(わず)かに毫毛(ごうもう)を収(おさ)め回(かえ)し、一直(いっちょく)に西(にし)へ去(ゆ)く。
正(まさ)に是(こ)れ時序(じじょ=季節(きせつ))遷(うつ)り易(やす)く、又(また)早(はや)くも冬(ふゆ)残(のこ)り春(はる)至(いた)り、暖(あたた)かならず寒(さむ)からず、正(まさ)に好(よ)く逍遙(しょうよう)として路(みち)を行(ゆ)く。
忽(たちま)ち一条(ひとすじ)の長(なが)き嶺(みね)を見(み)る。嶺頂(れいちょう=嶺(みね)の頂(いただき))の上(うえ)是(こ)れ路(みち)なり。
三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(おさ)えて観(み)るに、那(か)の嶺(みね)の上前(うえ)荊棘(けいきょく=茨(いばら))丫叉(あさ=枝(えだ)が叉(また)になる)、薜蘿(へきら=つた)牽(ひ)き繞(まと)い、是(こ)れ道路(どうろ)の痕跡(こんせき)有(あ)ると雖(いえど)も、左右(さゆう)は却(かえ)って都(みな)是(こ)れ荊刺(けいし=茨(いばら)の刺(とげ))・棘針(きょくしん=茨(いばら)の針(はり))なり。
唐僧(とうそう)叫(よ)んで、
「徒弟(とてい)、這(こ)の路(みち)怎(いか)にして生(しょう)じて走(はし)り得(う)べき」と。
行者道(い)う、
「怎(いか)でか走(はし)り得(え)ざらん」と。

又(また)道(い)う、
「徒弟(とてい)や、路痕(ろこん=道(みち)の痕(あと))は下(した)に在(あ)り、荊棘(けいきょく)は上(うえ)に在(あ)り。只(た)だ是(こ)れ蛇虫(だちゅう=蛇(へび)と虫(むし))の地(ち)に伏(ふ)して而(しか)して游(およ)ぐを除(のぞ)きてこそ、方(はじ)めて去(ゆ)く可(べ)けれ。若(も)し汝等(なんじら)走(はし)らば、腰(こし)も也(また)伸(の)ばし難(がた)く、我(われ)をして如何(いか)でか馬(うま)に乗(の)らしめん」と。
八戒道(い)う、
「打緊(だいじ)ならず。我(われ)が鈀柴手(はししゅ=鈀(は)で柴(しば)を刈(か)る手(て))を出(いだ)さんを等(ま)て。釘鈀(ていは)を将(も)って荊棘(けいきょく)を分(わ)け開(ひら)き、馬(うま)に乗(の)るを說(い)わず、轎(かご)を抬(かつ)ぐと雖(いえど)も也(また)汝(なんじ)の過(す)ぎ去(ゆ)くを包(請(う)け合(あ))わん」と。
三蔵道(い)う、
「汝(なんじ)力(ちから)有(あ)ると雖(いえど)も、長遠(ちょうえん=長(なが)き道(みち))熬(た)え難(がた)し。却(かえ)って多少(いくばく)の遠近(えんきん)なるを知(し)らず、怎(いか)でか這(かく)の許多(あまた)の精神(せいしん)を費(つい)やすを得(え)ん」と。
行者道(い)う、
「商量(しょうりょう)を須(もち)いず、我(われ)の去(ゆ)きて看(み)るを等(ま)て」と。

身(み)を将(も)って一縦(ひととび)し、半空(はんくう)に跳(と)び在(あ)りて看(み)る時(とき)、一望(いちぼう)際(きわ)り無(な)し。真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ:
地(ち)を匝(めぐ)り天(てん)に遠(とお)く、
煙(けぶり)を凝(こ)らし雨(あめ)を帯(お)ぶ。
夾道(きょうどう=道(みち)の両側(りょうがわ))柔茵(じゅういん=柔(やわ)らかき敷物(しきもの))乱(みだ)れ、
漫山(まんざん=山(やま)一面(いちめん))翠蓋(すいがい=緑(みどり)の蓋(おおい))張(は)る。
密密搓搓(みつみつささ=びっしりと)初(はじ)めて葉(は)を発(はっ)し、
攀攀扯扯(はんはんしゃしゃ=からみつき)正(まさ)に芬芳(ふんぽう=香(かお)り)なり。
遥(はる)かに望(のぞ)めば何(いず)こをか尽(つ)くる所(ところ)と知(し)らず、
近(ちか)く観(み)れば一(ひと)に緑雲(りょくうん=緑(みどり)の雲(くも))の茫(ぼう=広(ひろ)がる)たるに似(に)たり。
蒙蒙茸茸(もうもうじょうじょう=ふさふさと)、
郁郁蒼蒼(いくいくそうそう=青々(あおあお)と茂(しげ))る。
風声(ふうせい)飄(ひるがえ)って索索(さくさく)と、
日影(にちえい)映(うつ)して煌煌(こうこう)たり。
那(そ)の中間(ちゅうかん)に松(まつ)有(あ)り柏(かしわ)有(あ)りて還(ま)た竹(たけ)有(あ)り、
梅(うめ)多(おお)く柳(やなぎ)多(おお)くして更(さら)に桑(くわ)多(おお)し。
薜蘿(へきら)古樹(こじゅ=古(ふる)き木(き))に纏(まと)い、
藤葛(とうかつ=藤(ふじ)と葛(くず))垂楊(すいよう=柳(やなぎ))を繞(めぐ)る。
盤団(ばんだん=まるくかたまり)すること架(たな)の似(ごと)く、
聯絡(れんらく)すること床(とこ)の如(ごと)し。
花(はな)の開(ひら)く処(ところ)有(あ)りて真(まこと)に錦(にしき)を布(し)き、
無端(むたん=わけもなく)卉(くさ)発(ひら)いて遠(とお)く香(かおり)を生(しょう)ず。
人(ひと)と為(な)りて誰(たれ)か荊棘(けいきょく)に遭(あ)わざらん、
那(なん)ぞ西方(せいほう)の荊棘(けいきょく)の長(なが)きを見(み)ん!
行者(ぎょうじゃ)看(み)ること多時(たじ=久(ひさ)しい)にして、雲頭(うんとう)を将(も)って按(おさ)え下(おろ)して道(い)う、
「師父(しふ)、這(こ)の去処(ところ)遠(とお)し!」と。
三蔵(さんぞう)問(と)う、
「多少(いくばく)の遠(とお)さ有(あ)る」と。
行者道(い)う、
「一望(いちぼう)際(きわ)り無(な)く、千里(せんり)の遥(はる)かなるに似(に)たり」と。
三蔵(さんぞう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、
「怎(いか)にして生(しょう)ぜんか是(こ)れ好(よ)き」と。
沙僧(さそう)笑(わら)って道(い)う、
「師父(しふ)愁(うれ)うること莫(なか)れ。我等(われら)也(また)焼荒(しょうこう=野焼(のや)き)する者(もの)に学(まな)び、一把(ひとつかみ)の火(ひ)を放(はな)ち、荊棘(けいきょく)を焼(や)き絶(た)えて過(す)ぎ去(ゆ)かん」と。
八戒道(い)う、
「乱(みだ)りに談(だん)ずること莫(なか)れ!

焼荒(しょうこう)は須(すべから)く十来月(じゅうらいげつ=十月(じゅうがつ)頃(ごろ))に在(あ)るべし、草(くさ)衰(おとろ)え木(き)枯(か)るるに、方(はじ)めて好(よ)く火(ひ)を引(ひ)く可(べ)し。如今(いま)正(まさ)に是(こ)れ蕃盛(はんせい=茂(しげ)り栄(さか)える)の時(とき)なり、怎(いか)でか焼(や)き得(え)ん!」と。
行者道(い)う、
「就(すなわ)ち是(こ)れ焼(や)き得(う)るも、也(また)人(ひと)を怕(おそ)らしむ」と。
三蔵道(い)う、
「這(かく)の般(ごと)くして怎(いか)でか度(わた)るを得(え)ん」と。
八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、
「度(わた)るを得(え)んと要(ほっ)せば、還(ま)た我(われ)に依(よ)れ」と。
好(よ)き呆子(ほうし)、箇(ひとつ)の訣(けつ)を捻(ねん)じ、箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、腰(こし)を把(と)って一躬(ひとゆが)めし、「長(たか)くなれ!」と叫(さけ)ぶ。
就(すなわ)ち長(たか)くなりて二十丈(にじゅうじょう)の高下(こうげ)有(あ)る身(み)の躯(からだ)と為(な)り、釘鈀(ていは)を把(と)って一幌(ひとゆす)りし、「変(へん)じよ!」と教(さしむ)く。
就(すなわ)ち変(へん)じて三十丈(さんじゅうじょう)の長短(ちょうたん)有(あ)る鈀柄(はへい=鈀(は)の柄(え))と為(な)り、歩(あゆみ)を運(はこ)びて、双手(もろて)に鈀(は)を使(つか)い、荊棘(けいきょく)を将(も)って左右(さゆう)に摟(わ)け開(ひら)いて、
「師父(しふ)請(こう)う我(われ)に跟(したが)い来(きた)れ也(なり)!」と。
三蔵(さんぞう)見(み)て甚(はなは)だ喜(よろこ)び、即(すなわ)ち馬(うま)に策(むちう)ちて緊(きつ)く随(したが)う。後面(こうめん)に沙僧(さそう)行李(こうり)を挑(にな)い、行者(ぎょうじゃ)也(また)鉄棒(てつぼう)を使(つか)って撥(か)き開(ひら)く。
這(こ)の一日(いちにち)未(いま)だ手(て)を住(とど)めず、行(ゆ)くこと百十里(ひゃくじゅうり)有(あ)り、将(まさ)に天(てん)晩(く)れんとするに、一塊(ひとくれ)の空闊(くうかつ=広(ひろ)く空(あ)く)の処(ところ)の、当路(とうろ=道(みち)の中(なか))に一通(ひとつ)の石碣(せっけつ=石碑(せきひ))有(あ)るを見(み)る。上(うえ)に三箇(みっつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「荊棘嶺(けいきょくれい)」、下(した)に二行(ふたくだり)十四箇(じゅうよんこ)の小字(しょうじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「荊棘(けいきょく)蓬攀(ほうはん)八百里(はっぴゃくり)、古来(こらい)路(みち)有(あ)れど人(ひと)行(ゆ)くこと少(すくな)し」と。
八戒(はっかい)見(み)て笑(わら)って道(い)う、
「我(われ)が老猪(ろうちょ)の他(かれ)に上(うえ)へ两句(ふたく)を添(そ)えんを等(ま)て:自今(いまより)八戒(はっかい)能(よ)く開(ひら)き破(やぶ)り、直(ただ)ちに西方(せいほう)に透(とお)りて路(みち)尽(ことごと)く平(たい)らかなり!」と。
三蔵(さんぞう)欣然(きんぜん)として馬(うま)を下(お)りて道(い)う、
「徒弟(とてい)や、汝(なんじ)を労(つか)れしめたり! 我等(われら)は就(すなわ)ち此(ここ)に在(あ)りて今宵(こんしょう)を住(とど)まり過(す)ごし、明日(みょうにち)天光(てんこう=明(あ)かるくなる)を待(ま)ちて再(ふたた)び走(はし)らん」と。
八戒道(い)う、
「師父(しふ)住(とど)まること莫(なか)れ。此(こ)の天色(てんしょく)の晴明(せいめい)なるに趁(じゅん)じ、我等(われら)興(きょう)有(あ)り、夜(よる)を連(つら)ねて路(みち)を摟(わ)け開(ひら)きて他(かれ)が娘(はは)を走(はし)らしめよ!」と。
那(か)の長老(ちょうろう)只(た)だ相従(したが)うを得(え)るのみ。

八戒(はっかい)上前(すす)みて努力(どりょく)し、師徒達(しとたち)人(ひと)は手(て)を住(とど)めず、馬(うま)は蹄(ひづめ)を停(とど)めず、又(また)一日一夜(いちにちいちや)行(ゆ)くに、却(かえ)って又(また)天色(てんしょく)晩(く)れたり。
那(か)の前面(ぜんめん)蓬蓬結結(ほうほうけつけつ=もじゃもじゃと茂(しげ))り、又(また)風(かぜ)の竹韻(ちくいん=竹(たけ)の音(おと))を敲(たた)き、颯颯(さつさつ)たる松声(しょうせい=松(まつ)の音(おと))を聞(き)く。
却(かえ)って好(よ)く又(また)一段(ひとくだり)の空地(くうち)有(あ)りて、中間(ちゅうかん)乃(すなわ)ち是(こ)れ一座(ひとつ)の古廟(こびょう)なり。廟門(びょうもん)の外(そと)に、松柏(しょうはく=松(まつ)と柏(かしわ))の青(あお)を凝(こ)らし、桃梅(とうばい=桃(もも)と梅(うめ))の麗(うるわ)しきを闘(たたか)わす有(あ)り。
三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)り、三箇(みたり)の徒弟(とてい)と同(とも)に看(み)るに、只(た)だ見(み)る:
岩前(がんぜん)の古廟(こびょう)寒流(かんりゅう)を枕(まくら)とし、
落目(らくもく=沈(しず)む日(ひ))荒煙(こうえん)廃丘(はいきゅう=廃(すた)れた丘(おか))を鎖(とざ)す。
白鶴(はくかく)の叢中(そうちゅう)歳月(さいげつ)深(ふか)く、
緑蕪(りょくぶ=緑(みどり)の草(くさ))の台下(たいか)自(おの)ずから春秋(しゅんじゅう)たり。

竹(たけ)青珮(せいはい=青(あお)い佩玉(はいぎょく))を揺(ゆ)るがして語(ことば)を聞(き)くかと疑(うたが)い、
鳥(とり)余音(よいん)を弄(もてあそ)んで愁(うれい)を訴(うった)うるに似(に)たり。
鶏犬(けいけん=鶏(にわとり)と犬(いぬ))通(つう)ぜず人迹(じんせき=人(ひと)の跡(あと))少(すくな)く、
閑花(かんか)野蔓(やまん=野(の)のつる)牆頭(しょうとう=塀(へい)の上(うえ))を繞(めぐ)る。
行者(ぎょうじゃ)看(み)て道(い)う、
「此(こ)の地(ち)吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し、久(ひさ)しく坐(ざ)すべからず」と。
沙僧道(い)う、

「師兄(しけい)疑(うたがい)を差(たが)えり。這(かく)の如(ごと)き杳(よう)として人煙(じんえん)無(な)きの処(ところ)に、又(また)箇(ひとつ)の怪獣(かいじゅう)妖禽(ようきん)無(な)し、他(かれ)の怎(なん)をか怕(おそ)れん」と。
說(い)い了(おわ)らざるに、忽(たちま)ち一陣(ひとむれ)の陰風(いんぷう)を見(み)る。廟門(びょうもん)の後(うしろ)より、一箇(ひとり)の老者(ろうじゃ)の転(まわ)り出(い)づる有(あ)り。頭(あたま)に角巾(かくきん=角(つの)形(がた)の頭巾(ずきん))を戴(いただ)き、身(み)に淡服(たんぷく=淡(あわ)い色(いろ)の服(ふく))を穿(き)、手(て)に拐杖(かいじょう=杖(つえ))を把(と)り、足(あし)に芒鞋(ぼうがい=藁(わら)の靴(くつ))を踏(ふ)む。後(うしろ)に一箇(ひとり)の青臉獠牙(せいれんりょうが=青(あお)い顔(かお)と牙(きば))・紅鬚赤身(こうしゅせきしん=赤(あか)い髭(ひげ)と裸(はだか)の身(み))の鬼使(きし=鬼(おに)の使(つか)い)の跟(したが)う有(あ)り。頭(あたま)に一盤(ひとさら)の面餅(めんぺい=小麦粉(こむぎこ)の餅(もち))を頂(いただ)き、跪(ひざまず)きて道(い)う、
「大聖(たいせい)、小神(しょうしん)は乃(すなわ)ち荊棘嶺(けいきょくれい)の土地(どち)なり。大聖(たいせい)の此(ここ)に到(いた)るを知(し)り、以(もっ)て接待(せったい)する無(な)ければ、特に蒸餅(じょうへい=蒸(む)した餅(もち))一盤(ひとさら)を備(そな)え、老師父(ろうしふ)に奉上(ほうじょう)し、各(おのおの)一餐(いっさん)を請(こ)う。此(こ)の地(ち)八百里(はっぴゃくり)、更(さら)に人家(じんか)無(な)し。聊(いささ)か些(いささ)かを喰(く)うて飢(うえ)を充(あ)てん」と。
八戒(はっかい)歓喜(かんき)し、上前(すす)みて手(て)を舒(の)べ、就(すなわ)ち餅(もち)を取(と)らんと欲(ほっ)す。
知(し)らずや行者(ぎょうじゃ)は端詳(たんしょう=じっくり見(み)る)すること已(すで)に久(ひさ)しく、一声(ひとこえ)喝(かつ)して、
「且(しばら)く住(とど)まれ! 這(こ)の厮(やつ)は是(こ)れ好(よ)き人(ひと)に非(あら)ず! 無礼(ぶれい)なるを得(え)ること莫(なか)れ! 汝(なんじ)は是(こ)れ甚(なん)の土地(どち)なるに、来(きた)りて老孫(ろうそん)を誑(あざむ)くや! 棍(こん)を看(み)よ!」と。
那(か)の老者(ろうじゃ)他(かれ)の打(う)ち来(きた)るを見(み)、身(み)を将(も)って一転(ひとまわ)りし、化(か)して一陣(ひとむれ)の陰風(いんぷう)と為(な)り、呼(こ)たる一声(ひとこえ)、箇(ひとり)の長老(ちょうろう)を把(と)って摂(さら)い将(も)って起(お)こし去(ゆ)く。飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ふわふわと)、何(いずこ)へか摂(さら)い去(ゆ)けるを知(し)らず。
慌(あわ)て得(え)て那(か)の大聖(たいせい)跟(あと)を尋(たず)ぬる処(ところ)無(な)く、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)倶(とも)に相(あい)顧(かえり)みて色(いろ)を失(うしな)い、白馬(はくば)も亦(また)只(た)だ自(おの)ずから驚(おどろ)き吟(いなな)く。
三兄弟(さんきょうだい)連(つら)ねて馬(うま)四口(よんく)、恍恍忽忽(こうこうこつこつ=ぼんやり)として、遠(とお)く高(たか)く張(は)りて、並(なみ)に一毫(いちごう)の下落(げらく=行方(ゆくえ))も無(な)く、前後(ぜんご)に找尋(そうじん=探(さが)し求(もと))むることは題(あげつら)わず。

却(かえ)って說(い)う、那(か)の老者(ろうじゃ)鬼使(きし)と同(とも)に、長老(ちょうろう)を把(と)って一座(ひとつ)の煙霞石屋(えんかせきおく=霞(かすみ)の石(いし)の家(いえ))の前(まえ)に抬(かつ)ぎ到(いた)り、軽軽(かるがる)と放(お)し下(おろ)し、他(かれ)と手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)けて道(い)う、
「聖僧(せいそう)怕(おそ)るること莫(なか)れ。我等(われら)は是(こ)れ歹人(あくにん=悪(わる)い者(もの))に非(あら)ず、乃(すなわ)ち荊棘嶺(けいきょくれい)の十八公(じゅうはちこう)是(こ)れなり。風清(ふうせい=風(かぜ)清(きよ)く)月霽(げっせい=月(つき)晴(は)るる)の宵(よい)なるに因(よ)り、特に汝(なんじ)を請(しょう)じ来(きた)りて友(とも)に会(え)し詩(し)を談(だん)じ、情懐(じょうかい=心(こころ)の思(おも)い)を消遣(しょうけん=晴(は)ら)さんとすのみ」と。
那(か)の長老(ちょうろう)却(かえ)って才(わず)かに性(せい)を定(さだ)め、眼(め)を睜(みひら)いて仔細(つまびらか)に観(み)るに、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ:
漠漠(ばくばく)たる煙雲(えんうん)去所(きょしょ=行(ゆ)く所(ところ))、
清清(せいせい)たる仙境(せんきょう)人家(じんか)。
正(まさ)に好(よ)く身(み)を潔(きよ)めて修煉(しゅれん)し、
宜(よろ)しく竹(たけ)を種(う)え花(はな)を栽(う)うべし。
毎(つね)に翠岩(すいがん=緑(みどり)の岩(いわ))の鶴(つる)の来(きた)るを見(み)、
時(とき)に青沼(せいしょう=青(あお)い沼(ぬま))の蛙(かえる)の鳴(な)くを聞(き)く。
更(さら)に天台(てんだい)の丹竈(たんそう=丹(たん)の竈(かまど))に賽(まさ)り、
仍(なお)華岳(かがく)の明霞(めいか)を期(き)す。
耕雲(こううん=雲(くも)を耕(たがや)し)釣月(ちょうげつ=月(つき)を釣(つ)る)を說(い)うこと甚(なん)ぞ、
此間(ここ)の隠逸(いんいつ=隠(かく)れ棲(す)む)は誇(ほこ)るに堪(た)えり。
坐(ざ)すること久(ひさ)しければ幽懐(ゆうかい=奥深(おくふか)き思(おも)い)海(うみ)の如(ごと)く、
朦朧(もうろう)として月(つき)上(のぼ)りて窗紗(そうしゃ=窓(まど)の紗(しゃ))を照(て)らす。

三蔵(さんぞう)正(まさ)に自(みずか)ら点(てん)じ看(み)るに、漸(ようや)く月(つき)明(あき)らかに星(ほし)朗(ほがら)かなり。只(た)だ人語(じんご=人(ひと)の話(はな)す)の相(あい)談(だん)じて、都(みな)道(い)う、
「十八公(じゅうはちこう)聖僧(せいそう)を請(しょう)じ得(え)て来(きた)れり」と聽(き)く。
長老(ちょうろう)頭(あたま)を抬(もた)げて観(み)るに、乃(すなわ)ち三箇(みたり)の老者(ろうじゃ)なり。前(まえ)の者(もの)は霜姿(そうし=霜(しも)の如(ごと)き姿(すがた))豊采(ほうさい=豊(ゆた)かな風采(ふうさい))、第二(だいに)は緑鬢(りょくびん=緑(みどり)の鬢(びん))婆娑(ばさ=揺(ゆ)らぐ)、第三(だいさん)は虚心(きょしん=中空(なかぞら))黛色(たいしょく=黛(まゆずみ)の色(いろ))なり。各各(めいめい)面貌(めんぼう=顔(かお)付(つ)き)、衣服(いふく)倶(とも)に相(あい)同(おな)じからず、都(みな)来(きた)りて三蔵(さんぞう)と礼(れい)を做(な)す。
長老(ちょうろう)礼(れい)を還(かえ)して道(い)う、
「弟子(でし)何(なん)の徳行(とくぎょう)有(あ)りて、敢(あ)えて列位(れっい)の仙翁(せんおう)の下愛(かあい=目(め)をかけられる)を労(ろう)するや」と。
十八公(じゅうはちこう)笑(わら)って道(い)う、
「一向(ひたすら)聖僧(せいそう)の道(みち)有(あ)ると聞(き)き知(し)り、多時(たじ=久(ひさ)しく)等候(ま)ち居(お)りしが、今(いま)幸(さいわい)に一遇(いちぐう=ひとたび会(あ))う。如(も)し果(はた)して珠玉(しゅぎょく=珠(たま)の言葉(ことば))を吝(おし)まず、寛(くつろ)ぎ坐(ざ)して懐(ふところ)を叙(の)べば、禅機(ぜんき)の真派(しんぱ=真(しん)の流(なが)れ)を見(み)るに足(た)らん」と。
三蔵(さんぞう)身(み)を躬(かが)めて道(い)う、
「敢(あ)えて仙翁(せんおう)の尊号(そんごう)を問(と)う」と。
十八公道(い)う、
「霜姿(そうし)の者(もの)を孤直公(こちょくこう)と号(ごう)し、緑鬢(りょくびん)の者(もの)を凌空子(りょうくうし)と号(ごう)し、虚心(きょしん)の者(もの)を拂雲叟(ふつうんそう)と号(ごう)し、老拙(ろうせつ=拙者(せっしゃ))を号(ごう)して勁節(けいせつ)と曰(い)う」と。
三蔵道(い)う、
「四翁(しおう)の尊寿(そんじゅ)は幾何(いくばく)なる」と。
孤直公(こちょくこう)道(い)う、
我(われ)が歳(とし)今(いま)千歳(せんさい)の古(いにしえ)を経(へ)て、
天(てん)を撑(ささ)え葉(は)茂(しげ)りて四時(しいじ=四季(しき))春(はる)なり。
香枝(こうし=香(かお)る枝(えだ))郁郁(いくいく)として竜蛇(りゅうだ)の状(かたち)、
碎影(さいえい=砕(くだ)けた影(かげ))重重(ちょうちょう)として霜雪(そうせつ)の身(み)。
幼(おさな)きより堅剛(けんごう)にして能(よ)く老(お)いるに耐(た)え、
今(いま)より正(まさ)しく直(なお)くして真(しん)を修(おさ)むるを喜(よろこ)ぶ。
烏(からす)栖(すま)い鳳(ほう)宿(やど)るは凡(なみ)の輩(やから)に非(あら)ず、
落落森森(らくらくしんしん=まばらに茂(しげ))として俗塵(ぞくじん)に遠(とお)し。
凌空子(りょうくうし)笑(わら)って道(い)う、
吾(われ)が年(とし)千載(せんざい)風霜(ふうそう)に傲(おご)り、
高幹(こうかん=高(たか)き幹(みき))霊枝(れいし=霊(れい)なる枝(えだ))力(ちから)自(おの)ずから剛(つよ)し。
夜静(よるしずか)に声(こえ)有(あ)ること雨滴(うてき=雨(あめ)のしたたり)の如(ごと)く、
秋晴(あきは)れて蔭影(いんえい)雲(くも)の張(は)るに似(に)たり。
盤根(ばんこん=張(は)る根(ね))已(すで)に長生(ちょうせい)の訣(けつ)を得(え)、
命(めい)を受(う)けては尤(とりわけ)不老(ふろう)の方(ほう)に宜(よろ)し。
鶴(つる)を留(とど)め竜(りゅう)に化(か)するは俗(ぞく)の輩(やから)に非(あら)ず、
蒼蒼爽爽(そうそうそうそう=青々(あおあお)として爽(さわ)やか)として仙郷(せんきょう)に近(ちか)し。
拂雲叟(ふつうんそう)笑(わら)って道(い)う、

歳寒(さいかん=寒(かん)の歳(とし))虚(むな)しく度(わた)りて千秋(せんしゅう)有(あ)り、
老景(ろうけい=老(お)いの景(けい))瀟然(しょうぜん=寂(さび)しく)として清(きよ)くして更(さら)に幽(ゆう)なり。
囂塵(ごうじん=騒(さわ)がしき塵(ちり))を雑(まじ)えざれば終(つい)に冷淡(れいたん)に、
霜雪(そうせつ)を飽(あ)くまで経(へ)て自(おの)ずから風流(ふうりゅう)なり。
七賢(しちけん)を侶(とも)と作(な)して同(とも)に道(みち)を談(だん)じ、
六逸(りくいつ)を朋(とも)と為(な)して共(とも)に唱酬(しょうしゅう=詩(し)を唱和(しょうわ))す。
玉(たま)を戛(たた)き金(きん)を敲(たた)くは瑣瑣(ささ=些細(ささい))ならず、
天然(てんねん)の情性(じょうせい)と仙(せん)と游(あそ)ぶ。

勁節(けいせつ)十八公(じゅうはちこう)笑(わら)って道(い)う、
我(われ)亦(また)千年(せんねん)約(およ)そ余(あまり)有(あ)り、
蒼然(そうぜん=深(ふか)き緑(みどり))として貞秀(ていしゅう=貞(てい)しく秀(ひい))でて自(おの)ずから如如(にょにょ=おのずから)たり。
憐(あわれ)むに堪(た)えたり雨露(うろ)の生成(せいせい)の力(ちから)、
乾坤(けんこん=天地(てんち))の造化(ぞうか)の機(き)を借(か)り得(え)たり。
万壑(ばんがく=多(おお)くの谷(たに))の風煙(ふうえん)惟(ただ)我(われ)のみ盛(さか)んに、
四時(しいじ)の洒落(しゃらく=心(こころ)の晴(は)れやか)は吾(われ)の疏(まば)らなるを讓(ゆず)る。
翠影(すいえい)を盖(おお)い張(は)りて仙客(せんかく)を留(とど)め、
博弈(ばくえき=碁(ご)を打(う)ち)し琴(こと)を調(しら)べて道書(どうしょ)を講(こう)ず。

三蔵(さんぞう)称(とな)えて謝(しゃ)して道(い)う、
「四位(よにん)の仙翁(せんおう)、倶(とも)に高寿(こうじゅ)を享(う)く、但(た)だ勁節翁(けいせつおう)は又(また)千歳余(せんさいよ)なり。高年(こうねん)にして道(みち)を得(え)、豊采(ほうさい)清奇(せいき=清(きよ)く奇(き))なるは、得(え)ずんば非(あら)ずや漢(かん)の時の四皓(しこう)なるか」と。
四老(しろう)道(い)う、
「過奨(かしょう=過(すぎ)た褒(ほ)め)を承(うけたまわ)る! 過奨(かしょう)を承(うけたまわ)る! 吾等(われら)は是(こ)れ四皓(しこう)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち深山(しんざん)の四操(しそう=四(よ)つの節操(せっそう))なり。敢(あ)えて聖僧(せいそう)に問(と)う、妙齢(みょうれい=御年(おんとし))幾何(いくばく)なる」と。
三蔵(さんぞう)掌(て)を合(がっ)し身(み)を躬(かが)めて答(こた)えて曰(いわ)く、
四十年前(しじゅうねんまえ)母胎(ぼたい)を出(い)ず、
未(いま)だ産(う)まれざるの時(とき)命(めい)已(すで)に災(わざわい)あり。
生(いき)を逃(のが)れ水(みず)に落(お)ちて波(なみ)に随(したが)い滚(ころ)がり、
幸(さいわい)に金山(きんざん)に遇(あ)いて本骸(ほんがい=元(もと)の骸(むくろ))を脱(のが)る。

性(せい)を養(やしな)い経(きょう)を看(み)て懈怠(けたい)無(な)く、
心(こころ)を誠(まこと)にして仏(ほとけ)を拝(はい)して敢(あ)えて俄(にわか)に捱(おしくら)せんや。
今(いま)皇上(こうじょう)の差(つかわ)して西(にし)に去(ゆ)くを蒙(こうむ)り、
路(みち)仙翁(せんおう)の下愛(かあい)の来(きた)るに遇(あ)う。

四老(しろう)倶(とも)に称(とな)えて道(い)う、
「聖僧(せいそう)は母(はは)の胎(たい)を出(い)でしより、即(すなわ)ち仏教(ぶっきょう)に従(したが)い、果然(はた)して是(こ)れ小(ちい)さきより修行(しゅぎょう)し、真(しん)に中正(ちゅうせい)にして道(みち)有(あ)るの上僧(じょうそう)なり。我等(われら)幸(さいわい)に台顔(たいがん=御(お)顔(かお))に接(せっ)す、敢(あ)えて大教(だいきょう=立派(りっぱ)な教(おし)え)を求(もと)め、禅法(ぜんぽう)を以(もっ)て一二(いちに)を指教(しきょう)するを望(のぞ)み、生平(せいへい=生涯(しょうがい))を慰(なぐさ)むるに足(た)らんことを」と。
長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)き、慨然(がいぜん)として懼(おそ)れず、即(すなわ)ち衆(しゅう)に向(むか)って言(い)いて曰(いわ)く、

「禅(ぜん)とは是(こ)れ静(しずか)なり、法(ほう)とは是(こ)れ度(わたす)なり。静中(せいちゅう)の度(ど)、悟(さと)りに非(あら)ざれば成(な)らず。
悟(さと)るとは、心(こころ)を洗(あら)い慮(おもんぱかり)を滌(あら)い、俗(ぞく)を脱(だっ)し塵(ちり)を離(はな)るる是(こ)れなり。
夫(そ)れ人身(じんしん)得(え)難(がた)く、中土(ちゅうど)生(しょう)じ難(がた)く、正法(しょうぼう)遇(あ)い難(がた)し。此(こ)の三者(さんしゃ)を全(まった)うすれば、幸(さいわい)より大(おお)いなるは莫(な)し。
至徳(しとく)妙道(みょうどう)、渺漠(びょうばく)として希夷(きい)、六根(ろっこん)六識(ろくしき)、遂(つい)に掃除(そうじ)す可(べ)し。
菩提(ぼだい)とは、死(し)せず生(しょう)ぜず、余(あまり)無(な)く欠(か)け無(な)く、空色(くうしき)包羅(ほうら)し、聖凡(せいぼん)倶(とも)に遣(や)る。
真(しん)を訪(たず)ねて元始(げんし)の鉗鎚(けんつい=鍛(きた)える道具(どうぐ))を了(おわ)え、実(じつ)を悟(さと)って牟尼(むに)の手段(しゅだん)を了(おわ)る。
象罔(ぞうもう=形(かたち)無(な)きもの)を発揮(はっき)し、涅槃(ねはん)を踏(ふ)み砕(くだ)く。
必(かなら)ず覚中(かくちゅう)の覚(かく)を覚(さと)り、悟中(ごちゅう)の悟(ご)を悟(さと)り、一点(いってん)の霊光(れいこう)全(まった)く保護(ほご)す可(べ)し。
烈焰(れつえん)を放(はな)ち開(ひら)いて婆娑(ばさ=この世(よ))を照(て)らし、
法界(ほっかい)縦横(じゅうおう)として独(ひと)り露(あら)わる。
幽微(ゆうび)を至(いた)し、更(さら)に固(かた)く守(まも)り、
玄関(げんかん)口(くち)に說(い)うも誰(たれ)か人(ひと)を度(わた)さん。
我(われ)本(もと)元(げん)より大覚禅(だいかくぜん)を修(おさ)め、
縁(えん)有(あ)り志(こころざし)有(あ)りて方(はじ)めて記(き)して悟(さと)る。」

四老(しろう)耳(みみ)を側(そばだ)てて受(う)け、無辺(むへん)の喜悦(きえつ)を生(しょう)じ、一箇箇(めいめい)稽首(けいしゅ=頭(あたま)を下(さ)げ)し皈依(きえ)し、身(み)を躬(かが)めて拝謝(はいしゃ)して道(い)う、

「聖僧(せいそう)は乃(すなわ)ち禅機(ぜんき)の悟本(ごぼん=悟(さと)りの本(もと))なり!」と。
拂雲叟(ふつうんそう)道(い)う、
「禅(ぜん)は静(しずか)なりと雖(いえど)も、法(ほう)は度(わた)すと雖(いえど)も、須(すべから)く性(せい)を定(さだ)め心(こころ)を誠(まこと)にして、縦(たと)い大覚(だいかく)の真仙(しんせん)と為(な)るも、終(つい)に無生(むしょう)の道(みち)に坐(ざ)す。我等(われら)が之(これ)の玄(げん)、又(また)大(おお)いに同(おな)じからざるなり」と。
三蔵云(い)う、
「道(みち)は乃(すなわ)ち常(つね)に非(あら)ず、体用(たいよう=本体(ほんたい)と作用(さよう))合一(ごういつ)、如何(いか)にして同(おな)じからざる」と。
拂雲叟(ふつうんそう)笑(わら)って云(い)う、

「我等(われら)生来(せいらい)堅実(けんじつ)にして、体用(たいよう)は爾(なんじ)に比(くら)べて同(おな)じからず。
天地(てんち)に感(かん)じて以(もっ)て身(み)を生(しょう)じ、雨露(うろ)を蒙(こうむ)って而(しか)して色(いろ)を滋(やしな)う。
風霜(ふうそう)を笑(わら)い傲(おご)り、日月(じつげつ)を消磨(しょうま=費(つい)や)す。
一葉(いちよう)も凋(しぼ)まず、千枝(せんし)も節操(せっそう)あり。
此(こ)の話(はなし)の沖虚(ちゅうきょ=虚(むな)しきに冲(あた)らず、爾(なんじ)は梵語(ぼんご)を執持(しゅうじ=固執(こしつう))するが似(ごと)し。
道(みち)なる者(もの)は、本(もと)中国(ちゅうごく)に安(やす)んずるに、反(かえ)って来(きた)りて西方(せいほう)に証(しょう)を求(もと)む。
空(むな)しく草鞋(そうがい=藁(わら)の靴(くつ))を費(つい)やし、箇(ひとつ)の甚(なん)をか尋(たず)ぬるを知(し)らず。
石獅子(いしじし)の心肝(しんかん)を剜(えぐ)り、野狐涎(やこぜん=野狐(やこ)の涎(よだれ))に骨髄(こつずい)を灌(そそ)がれ徹(とお)る。
本(もと)を忘(わす)れて禅(ぜん)を参(さん)じ、妄(みだ)りに仏果(ぶっか)を求(もと)むるは、都(みな)我(われ)が荊棘嶺(けいきょくれい)の葛藤謎語(かっとうめいご=葛(くず)の謎(なぞ)の言葉(ことば))、蘿苽渾言(らこんげん=つる草(くさ)の混(こん)じり言(ごん))に似(に)たり。
此(こ)の般(ごと)き君子(くんし)、怎(いか)でか生(しょう)じて接引(せついん=導(みちび)き引(ひ)く)せん。這(か)くの等(ごと)き規模(きぼ=法(のり))、如何(いか)でか印授(いんじゅ=印(いん)を授(さず))けん。
必(かなら)ず須(すべから)く見前(けんぜん=眼前(がんぜん))の面目(めんもく=本当(ほんとう)の顔(かお))を検点(けんてん=点検(てんけん))し、静中(せいちゅう)に自(おの)ずから生涯(しょうがい)有(あ)るべし。
底(そこ)無(な)き竹籃(ちくらん=竹(たけ)の籠(かご))の水(みず)を汲(く)み、根(ね)無(な)き鉄樹(てつじゅ=鉄(てつ)の木(き))の花(はな)を生(しょう)ず。
霊宝峰(れいほうほう)の頭(いただき)に牢(かた)く脚(あし)を着(つ)け、帰(かえ)り来(きた)りて雅会(がかい)に龍華(りゅうげ)に上(のぼ)らん」と。
三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、頭(あたま)を叩(ぬかず)きて拝謝(はいしゃ)す。十八公(じゅうはちこう)手(て)を用(もち)いて攙(たす)け扶(たす)け、孤直公(こちょくこう)身(み)を将(も)って扯(ひ)き起(おこ)す。
凌空子(りょうくうし)箇(ひとつ)の哈哈(ははは)を打(う)って道(い)う、
「拂雲(ふつうん)の言(げん)、分明(ぶんめい)に漏泄(ろうせつ=漏(も)らし)せり。聖僧(せいそう)請(こう)う起(た)ち給(たま)え、尽(ことごと)くは信(しん)ず可(べ)からず。我等(われら)此(こ)の月明(げつめい)に趁(じゅん)じ、原(もと)修持(しゅじ)を講論(こうろん)するが為(ため)に非(あら)ず、且(しばら)く自(みずか)ら吟哦(ぎんが=詩(し)を吟(ぎん)じ)し逍遙(しょうよう)し、襟懐(きんかい=胸(むね)の内(うち))を放蕩(ほうとう=思(おも)うままに)せんとすなり」と。
拂雲叟(ふつうんそう)笑(わら)って石屋(せきおく)を指(さ)して道(い)う、
「若(も)し吟哦(ぎんが)せんと要(ほっ)せば、且(しばら)く小庵(しょうあん)に入(い)りて一茶(いっさ)するは何如(いかん)」と。

長老(ちょうろう)真(まこと)に身(み)を欠(かが)め、石屋(せきおく)の前(まえ)に向(むか)って観(み)るに、門(もん)の上(うえ)に三箇(みっつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「木仙庵(もくせんあん)」。
遂(つい)に此(ここ)に同(とも)に入(い)り、又(また)坐次(ざじ=席次(せきじ))を叙(の)ぶるに、忽(たちま)ち那(か)の赤身(せきしん)の鬼使(きし)の、一盤(ひとさら)の茯苓膏(ぶくりょうこう=茯苓(ぶくりょう)の膏(こう))を捧(ささ)げ、五盞(いつつ)の香湯(こうとう=香(かお)る湯(ゆ))を将(も)って奉上(ほうじょう)するを見(み)る。
四老(しろう)唐僧(とうそう)を請(しょう)じて先(さき)に喰(く)わしむるに、三蔵(さんぞう)驚(おどろ)き疑(うたが)い、敢(あ)えて便(すなわ)ち喰(く)らわず。那(か)の四老(しろう)一斉(いっせい)に享用(きょうよう=味(あじ)わい)するに、三蔵(さんぞう)却(かえ)って才(わず)かに二塊(ふたきれ)を喰(く)らい、各(おのおの)香湯(こうとう)を飲(の)んで収(おさ)め去(さ)らしむ。
三蔵(さんぞう)心(こころ)を留(とど)めて偷(ぬす)み看(み)るに、只(た)だ見(み)る、那(か)の処(ところ)玲瓏(れいろう=透(す)き通(とお)る)として光彩(こうさい)有(あ)ること、月下(げっか)の一般(ごと)く:
水(みず)は石(いし)の辺(ほとり)より自(おの)ずから流(なが)れ出(い)で、
香(かおり)は花(はな)の裡(うち)より飄(ひるがえ)り来(きた)る。
満座(まんざ)清虚(せいきょ=清(きよ)く虚(むな)しき)雅致(がち=雅(が)な趣(おもむき))、
全(まった)く半点(はんてん)の塵埃(じんあい=塵(ちり))も無(な)し。
那(か)の長老(ちょうろう)此(こ)の仙境(せんきょう)を見(み)て。

以(おも)えらく意(い)を得(え)たりとし、情(じょう)楽(たの)しく懐(ふところ)開(ひら)け、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、忍(しの)び得(え)ずして一句(ひとく)を念(ねん)じて道(い)う、
「禅心(ぜんしん)月(つき)に似(に)て迥(はる)かに塵(ちり)無(な)し」と。
勁節老(けいせつろう)笑(わら)って即(すなわ)ち聯(つら)ねて道(い)う、
「詩興(しきょう)天青(てんせい=天(てん)の青(あお))の如(ごと)く更(さら)に新(あたら)し」と。
孤直公道(い)う、
「好句(こうく)漫(みだ)りに錦繍(きんしゅう)を摶(つく)るを裁(さい)す」と。
凌空子道(い)う、
「佳文(かぶん)点(てん)ぜずして奇珍(きちん)を唾(は)く」と。
拂雲叟道(い)う、
「六朝(りくちょう)一(ひと)たび洗(あら)いて繁華(はんか)尽(つ)き、
四始(しし)重(かさ)ねて刪(けず)りて雅頌(がしょう)分(わか)つ」と。
三蔵道(い)う、
「弟子(でし)一時(ひととき)口(くち)を失(しっ)し、胡(みだ)りに幾字(いくじ)を談(だん)じ、誠(まこと)に所謂(いわゆる)班門(はんもん)に斧(おの)を弄(ろう)す。適(たまたま)列仙(れっせん)の言(げん)を聞(き)くに、清新(せいしん)飄逸(ひょういつ)、真(まこと)の詩翁(しおう)なり」と。
勁節老道(い)う、
「聖僧(せいそう)閑叙(かんじょ=無駄話(むだばなし))を須(もち)いず、出家人(しゅっけにん)は全始全終(ぜんしぜんしゅう=終始(しゅうし)全(まった)し)。既(すで)に起句(きく)有(あ)らば、何(なん)ぞ結句(けっく)無(な)からんや。望(のぞ)むらくは之(これ)を卒(お)え成(な)さんことを」と。
三蔵道(い)う、
「弟子(でし)能(あた)わず、十八公(じゅうはちこう)の結(むす)んで篇(へん)を成(な)すを煩(わずら)わさんは妙(みょう)なり」と。
勁節道(い)う、
「汝(なんじ)は好(よ)き心腸(しんちょう=心(こころ))なるかな! 汝(なんじ)の起(おこ)せる句(く)なるに、如何(いか)して肯(あ)えんで結果(けっか=結(むす)び)せざる。珠璣(しゅき=珠(たま))を慳吝(けんりん=惜(お)し)むは、道理(どうり)に非(あら)ざるなり」と。
三蔵(さんぞう)只(た)だ後(のち)の二句(にく)を続(つづ)くるを得(え)て云(いわ)く、
「半枕(はんちん)の松風(しょうふう)茶(ちゃ)未(いま)だ熟(じゅく)せず、
吟懐(ぎんかい=詩(し)を吟(ぎん)ずる思(おも)い)瀟洒(しょうしゃ)として満腔(まんこう=胸(むね)いっぱい)春(はる)」と。

十八公道(い)う、
「好(よ)きかな『吟懐(ぎんかい)瀟洒(しょうしゃ)として満腔(まんこう)の春(はる)』!」と。
孤直公道(い)う、
「勁節(けいせつ)、汝(なんじ)深(ふか)く詩味(しみ)を知(し)る、此(こ)れを以(もっ)て只管(ひたすら)咀嚼(そしゃく=味(あじ)わう)。何(なん)ぞ再(ふたた)び一篇(いっぺん)を起(おこ)さざる」と。
十八公(じゅうはちこう)亦(また)慨然(がいぜん)として辞(じ)せず道(い)う、
「我(われ)は却(かえ)って是(こ)れ頂針(ちょうしん=前(まえ)の句(く)の末字(まつじ)を次(つぎ)の句(く)の頭(かしら)とす)の字(じ)を以(もっ)て起(おこ)さん:
春(はる)栄(さか)え華(はな)やかならず冬(ふゆ)枯(か)れず、
雲(くも)来(きた)り霧(きり)往(ゆ)くも只(た)だ無(な)きが如(ごと)し」と。
凌空子道(い)う、
「我(われ)亦(また)前(まえ)に体(のっと)りて頂針(ちょうしん)二句(にく):
風(かぜ)無(な)くして婆娑(ばさ)の影(かげ)を揺曳(ようえい=揺(ゆ)り曳(ひ))き、
客(かく)有(あ)りて福寿(ふくじゅ)の図(ず)を欣(よろこ)び憐(あわれ)む」と。
拂雲叟(ふつうんそう)亦(また)頂針(ちょうしん)して道(い)う、
「図(ず)は西山(せいざん)の堅節(けんせつ)の老(ろう)に似(に)て、
清(きよ)きこと南国(なんごく)の没心(ぼっしん)の夫(おっと)の如(ごと)し」と。

孤直公(こちょくこう)亦(また)頂針(ちょうしん)して道(い)う、
「夫(それ)側葉(そくよう=傍(かたわら)の葉(は))に因(よ)りて梁棟(りょうとう=梁(はり)と棟(むなぎ))と称(とな)えられ、
台(うてな)は横柯(おうか=横(よこ)の枝(えだ))の為(ため)に憲烏(けんう=烏(からす)の憲(のり))と作(な)る」と。

長老(ちょうろう)聽(き)きて、讃嘆(さんたん)して已(や)まず道(い)う、
「真(まこと)に是(こ)れ陽春白雪(ようしゅんはくせつ=高(たか)ぶしき詩(し))、浩気(こうき)霄(そら)を衝(つ)く! 弟子(でし)不才(ふさい)なれど、敢(あ)えて再(ふたた)び两句(ふたく)を起(おこ)さん」と。
孤直公道(い)う、
「聖僧(せいそう)は乃(すなわ)ち道(みち)有(あ)るの士(し)、大養(たいよう=大(おお)いに養(やしな)う)の人(ひと)なり。再(ふたた)び相(あい)聯句(れんく)するを須(もち)いず、請(こ)う全篇(ぜんぺん)を賜教(しきょう)せよ、庶(ねが)わくは我等(われら)亦(また)好(よ)く勉強(べんきょう)して而(しか)して和(わ)せん」と。
三蔵(さんぞう)已(や)むを得(え)ず、只(た)だ笑(わら)って一律(いちりつ)を吟(ぎん)じて曰(いわ)く、
杖錫(じょうしゃく=錫杖(しゃくじょう))を西(にし)に来(きた)して法王(ほうおう)を拝(はい)し、
願(ねが)わくは妙典(みょうてん)を求(もと)めて遠(とお)く伝(つた)え揚(あ)げん。
金芝(きんし)三秀(さんしゅう)詩壇(しだん)の瑞(ずい)、
宝樹(ほうじゅ)千花(せんか)蓮蕊(れんずい)の香(かおり)。
百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)須(すべから)く歩(あゆみ)を進(すす)むべく、
十方世界(じっぽうせかい)に行蔵(ぎょうぞう=出処進退(しゅっしょしんたい))を立(た)てん。
修(おさ)め成(な)す玉象(ぎょくぞう)荘厳(しょうごん)の体(たい)、
極楽門前(ごくらくもんぜん)是(こ)れ道場(どうじょう)。
四老(しろう)聽(き)き畢(おわ)り、倶(とも)に極(きわ)めて賛揚(さんよう)す。
十八公道(い)う、
「老拙(ろうせつ)無能(むのう)なれど、大胆(だいたん)にして僭越(せんえつ=身分(みぶん)を越(こ))し、也(また)勉(つと)めて一首(いっしゅ)を和(わ)せん」と。
云(いわ)く,

「勁節(けいせつ)孤高(ここう)として木王(もくおう)を笑(わら)い、
霊椿(れいちん=霊(れい)なる椿(つばき))は我(われ)が名(な)の揚(あ)がるに似(に)ず。
山空(やまむな)しくして百丈(ひゃくじょう)竜蛇(りゅうだ)の影(かげ)、
泉(いずみ)千年(せんねん)の琥珀(こはく)を泌(しみだ)して香(かお)る。
乾坤(けんこん)に与(くみ)して気概(きがい)を生(しょう)ずるを解(かい)し、
風雨(ふうう)に因(よ)って行蔵(ぎょうぞう)を化(か)するを喜(よろこ)ぶ。
衰残(すいざん=衰(おとろ)え残(のこ)る)自(みずか)ら愧(は)ず仙骨(せんこつ)無(な)きことを、
惟(ただ)苓膏(れいこう=茯苓(ぶくりょう)の膏(こう))の寿場(じゅじょう=長寿(ちょうじゅ)の場(ば))を結(むす)ぶ有(あ)るのみ」と。

孤直公道(い)う、
「此(こ)の詩(し)起句(きく)豪雄(ごうゆう)、聯句(れんく)力(ちから)有(あ)り、但(た)だ結句(けっく)自(みずか)ら謙(へりくだ)ること太(はなは)だ過(す)ぎたり。羨(うらや)むに堪(た)えり! 羨(うらや)むに堪(た)えり! 老拙(ろうせつ)也(また)一首(いっしゅ)を和(わ)せん」と。
云(いわ)く、
「霜姿(そうし)常(つね)に喜(よろこ)ぶ禽王(きんおう=鳥(とり)の王(おう))の宿(やど)るを、
四絶堂前(しぜつどうぜん)大器(たいき)揚(あ)がる。
露(つゆ)重(おも)く珠纓(しゅえい=珠(たま)の纓(えい))翠蓋(すいがい)を蒙(こうむ)り、
風(かぜ)軽(かる)く石歯(せきし=石(いし)の歯(は))寒香(かんこう)を砕(くだ)く。
長廊(ちょうろう)夜静(よるしずか)にして吟声(ぎんせい)細(こま)やかに、
古殿(こでん)秋陰(しゅういん)淡影(たんえい)を蔵(ぞう)す。
元日(がんじつ)春(はる)を迎(むか)えて曾(かつ)て寿(ことぶき)を献(けん)じ、
老(お)い来(きた)りて傲(おご)りを山場(さんじょう=山(やま)の場(ば))に寄(よ)す」と。
凌空子(りょうくうし)笑(わら)って言(い)いて曰(いわ)く、
「好詩(こうし)! 好詩(こうし)! 真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ月脇天心(げっきょうてんしん=月(つき)の脇(わき)と天(てん)の心(こころ))、老拙(ろうせつ)何(なん)ぞ能(よ)く和(わ)するを為(な)さん。但(た)だ空(むな)しく過(す)ぐ可(べ)からず、也(また)須(すべから)く幾句(いくく)を扯談(しゃだん=つまらぬことを言(い))すべし」と。
曰(いわ)く、
「梁棟(りょうとう)の材(ざい)帝王(ていおう)に近(ちか)く、
太清宮外(たいせいきゅうがい)声(こえ)の揚(あが)る有(あ)り。
晴軒(せいけん=晴(は)れた軒(のき))恍若(こうじゃく=さながら)青気(せいき)の来(きた)るが如(ごと)く、
暗壁(あんぺき=暗(くら)き壁(かべ))尋常(じんじょう)に翠香(すいこう)を度(わた)す。
壮節(そうせつ=壮(さか)んな節(せつ))凛然(りんぜん)として千古(せんこ)秀(ひい)で、
深根(しんこん)結(むす)ばれて九泉(きゅうせん)に蔵(ぞう)す。
凌雲(りょううん)の勢(いきお)い婆娑(ばさ)の影(かげ)を盖(おお)い、
群芳(ぐんぽう=多(おお)くの花(はな))の艶麗(えんれい)の場(ば)に在(あ)らず」と。
拂雲叟道(い)う、
「三公(さんこう)の詩(し)、高雅(こうが)清淡(せいたん)、正(まさ)に是(こ)れ錦繍(きんしゅう)の囊(ふくろ)を放(はな)ち開(ひら)くなり。我(われ)身(み)に力(ちから)無(な)く、我(われ)腹(はら)に才(さい)無(な)し。三公(さんこう)の教(おしえ)を得(え)、茅塞(ぼうそく=塞(ふさ)がり)頓(にわか)に開(ひら)く。已(や)むを得(え)ず、也(また)幾句(いくく)を打油(だゆ=下手(へた)な詩(し)を作(つく))す、幸(さいわい)に哂(わら)うこと勿(なか)れ」と。
詩(し)に曰(いわ)く、

「淇澳園中(きおうえんちゅう)聖王(せいおう)を楽しみ、
渭川(いせん)千畝(せんぼ)任(まま)に分(わか)ち揚(あ)ぐ。
翠筠(すいいん=緑(みどり)の竹(たけ))湘娥(しょうが)の涙(なみだ)を染(そ)めず、
班籜(はんたく=斑(ぶち)の筍(たけのこ))漢史(かんし)の香(かおり)を伝(つた)うるに堪(た)えたり。
霜葉(そうよう)自来(もと)顔(かお)改(あらた)めず、
煙梢(えんしょう=煙(けむり)の梢(こずえ))此(ここ)より色(いろ)何(なん)ぞ蔵(かく)さん。
子猷(しゆう)世(よ)を去(さ)りて知音(ちいん=心(こころ)の友(とも))少(すくな)く、
亘古(こうこ=古(いにしえ)より)名(な)を翰墨場(かんぼくじょう=文(ぶん)の場(ば))に留(とど)む」と。

三蔵道(い)う、
「衆仙老(しゅうせんろう)の詩(し)、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ鳳(ほう)を吐(は)き珠(たま)を噴(ふ)く、游夏(ゆうか)も賛(さん)ずること莫(な)し。厚愛(こうあい)高情(こうじょう)、之(これ)を感(かん)ずること極(きわ)まれり。但(た)だ夜(よる)已(すで)に深沈(しんちん)し、三箇(みたり)の小徒(しょうと)、何処(いずこ)にか我(われ)を等(ま)ち居(お)るを知(し)らず。意(おも)うに弟子(でし)久(ひさ)しく留(とど)まる能(あた)わず、敢(あ)えて此(ここ)に告(つ)げ回(かえ)りて尋訪(じんぼう)せん。尤(とりわけ)天窮(てんきゅう=この上(うえ)なく)の至愛(しあい)を、老仙(ろうせん)の帰路(きろ)を指示(しじ)するを望(のぞ)む」と。
四老(しろう)笑(わら)って道(い)う、
「聖僧(せいそう)慮(おもんばか)ること勿(なか)れ。我等(われら)也(また)是(こ)れ千載(せんざい)の奇逢(きほう=稀(まれ)な出会(であ)い)、況(いわ)んや天光(てんこう)晴爽(せいそう)にして、夜(よる)深(ふか)しと雖(いえど)も却(かえ)って月明(げつめい)昼(ひる)の如(ごと)し。再(ふたた)び寛(くつろ)ぎ坐(ざ)し坐(ざ)し、天暁(てんぎょう)を待(ま)てば自(おの)ずから当(まさ)に遠(とお)く嶺(みね)を過(す)ぎて送(おく)らん、高徒(こうと)は一定(きっと)相(あい)会(え)す可(べ)きなり」と。

正(まさ)に話(はな)す間(あいだ)、只(た)だ石屋(せきおく)の外(そと)に、二箇(ふたり)の青衣(せいい=青(あお)い衣(ころも))の女童(じょどう=侍女(じじょ))の、一対(ひとくみ)の絳紗灯籠(こうしゃとうろう=紅(あか)い紗(しゃ)の灯籠(とうろう))を挑(にな)い、後(うしろ)に一箇(ひとり)の仙女(せんにょ)を引(みちび)くを見(み)る。
那(か)の仙女(せんにょ)一枝(ひとえだ)の杏花(きょうか=杏(あんず)の花(はな))を拈(ひね)り、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこと)として門(もん)を進(い)りて相見(そうけん)す。

那(か)の仙女(せんにょ)怎(いか)に生(しょう)ずる形(かたち)なるか。他(かれ)生(う)まれ得(え)て:
青姿(せいし=青(あお)い姿(すがた))翡翠(ひすい)を妝(よそお)い、
丹臉(たんれん=赤(あか)い顔(かお))胭脂(えんじ)に賽(まさ)る。
星眼(せいがん=星(ほし)の眼(め))光(ひかり)還(また)彩(あや)あり、
蛾眉(がび=蛾(が)の眉(まゆ))秀(ひい)でて又(また)斉(ととの)う。
下(した)には一条(ひとすじ)の五色梅(ごしきばい)の浅紅(せんこう=淡(あわ)い紅(べに))の裙子(くんす=スカート)を襯(した)にし、
上(うえ)には一件(ひとえ)の煙裏火(えんりか=煙(けむり)の裡(うち)の火(ひ))の比甲(ひこう=袖(そで)無(な)しの上着(うわぎ))の軽衣(けいい)を穿(き)る。
弓鞋(きょうがい=曲(ま)がった靴(くつ))に鳳嘴(ほうし=鳳凰(ほうおう)の嘴(くちばし))を彎(ま)げ、
綾襪(りょうべつ=綾(あや)の靴下(くつした))に錦(にしき)を繍(ぬ)い泥(でい)を泥(ぬ)る。
妖嬈(ようじょう=なまめかし)く嬌(あだ)なること天台女(てんだいじょ)に似(に)て、
当年(とうねん)の俏(あだ)なる妲姫(だっき)に亜(つ)がず。
四老(しろう)身(み)を欠(かが)めて問(と)うて道(い)う、
「杏仙(きょうせん)何(いずこ)より来(きた)れる」と。
那(か)の女子(じょし)衆(しゅう)に向(むか)って万福(ばんぷく=婦人(ふじん)の礼(れい))を道(い)えて道(い)う、
「佳客(かかく=良(よ)き客(きゃく))の此(ここ)に在(あ)りて賡酬(こうしゅう=詩(し)を唱和(しょうわ))すると知(し)り、特に来(きた)りて相(あい)訪(おとず)る。敢(あ)えて一見(いっけん)を求(もと)む」と。
十八公(じゅうはちこう)唐僧(とうそう)を指(さ)して道(い)う、
「佳客(かかく)此(ここ)に在(あ)り、何(なん)ぞ見(まみ)えんことを求(もと)むるを労(ろう)せん!」と。
三蔵(さんぞう)身(み)を躬(かが)め、敢(あ)えて言語(げんご)せず。
那(か)の女子(じょし)叫(さけ)んで、
「快(はや)く茶(ちゃ)を献(けん)じ来(きた)れ」と。
又(また)二箇(ふたり)の黄衣(こうい=黄色(きいろ)い衣(ころも))の女童(じょどう)有(あ)り、一箇(ひとつ)の紅漆丹盤(こうしつたんばん=赤(あか)い漆(うるし)の膳(ぜん))を捧(ささ)げ、盤内(ばんない)に六箇(むっつ)の細磁茶盂(さいじちゃう=細(こま)かき磁器(じき)の茶碗(ちゃわん))有(あ)り、盂内(うない)に幾品(いくひん)の異果(いか=珍(めず)らしき果物(くだもの))を設(もう)け、横(よこ)に匙児(しじ=匙(さじ))を担(にな)い、一把(ひとつ)の白鉄(はくてつ=白(しろ)い鉄(てつ))に黄銅(おうどう)を嵌(は)めたる茶壺(ちゃこ=茶(ちゃ)の急須(きゅうす))を提(さ)ぐ。壺内(こない)香茶(こうちゃ)鼻(はな)を噴(ふ)く。
茶(ちゃ)を斟(つ)ぎて、那(か)の女子(じょし)微(かす)かに春葱(しゅんそう=春(はる)の葱(ねぎ)のような指(ゆび))を露(あらわ)し、磁盂(じう)を捧(ささ)げて先(さき)に三蔵(さんぞう)に奉(ほう)じ、次(つぎ)に四老(しろう)に奉(ほう)じ、然(しか)る後(のち)一盞(ひとつ)は、自(みずか)ら取(と)りて而(しか)して陪(ばい)す。

凌空子道(い)う、
「杏仙(きょうせん)何(なん)ぞ坐(ざ)せざる」と。
那(か)の女子(じょし)方(はじ)めて去(ゆ)きて坐(ざ)す。
茶(ちゃ)畢(おわ)り身(み)を欠(かが)めて問(と)うて道(い)う、
「仙翁(せんおう)今宵(こんしょう)の盛楽(せいらく=盛(さか)んな楽し(たの)しみ)、佳句(かく)一二(いちに)を請(こ)うて教(おし)えを賜(たま)わるは如何(いかん)」と。
拂雲叟道(い)う、
「我等(われら)皆(みな)鄙俚(ひり=卑(いや)しい)の言(げん)なるに、惟(ただ)聖僧(せいそう)は真(しん)の盛唐(せいとう)の作(さく)、甚(はなは)だ嘉(よ)しと羨(うらや)む可(べ)し」と。
那(か)の女子道(い)う、
「如(も)し教(おしえ)を吝(おし)まずんば、一観(いっかん)を賜(たま)わらんことを乞(こ)う」と。
四老(しろう)即(すなわ)ち長老(ちょうろう)の前詩(ぜんし)後詩(こうし)并(なら)びに禅法論(ぜんぽうろん)を以(もっ)て、一遍(ひととおり)宣(の)ぶ。
那(か)の女子(じょし)満面(まんめん)に春風(しゅんぷう)を帯(お)びて衆(しゅう)に向(むか)って道(い)う、
「妾身(しょうしん=わたくし)不才(ふさい)にして、当(まさ)に醜(しこ=醜態(しゅうたい))を献(けん)ずべからず。但(た)だ此(こ)の佳句(かく)を聆(き)けば、似(に)たり虚(むな)しくす可(べ)からず。勉強(べんきょう)して後詩(こうし)を将(も)って奉和(ほうわ)一律(いちりつ)せんは如何(いかん)」と。
遂(つい)に朗吟(ろうぎん)して道(い)う、
「上蓋(じょうがい=上(うえ)に蓋(おお)い)名(な)を漢武王(かんぶおう)に留(とど)め、
周時(しゅうじ)孔子(こうし)壇場(だんじょう)を立(た)つ。
董仙(とうせん)我(われ)を愛(あい)して林(はやし)を成(な)し積(つ)み、
孫楚(そんそ)曾(かつ)て寒食(かんしょく)の香(かおり)を憐(あわれ)めり。
雨(あめ)紅姿(こうし)を潤(うるお)して嬌(あだ)にして且(か)つ嫩(わか)く、
煙(けむり)翠色(すいしょく)を蒸(む)して顕(あらわれ)て還(また)蔵(かく)る。
自(みずか)ら知(し)る過熟(かじゅく)微酸(びさん)の意(い)、
落(お)つる処(ところ)年々(ねんねん)麦場(ばくじょう)に伴(ともな)う」と。
四老(しろう)詩(し)を聞(き)き、人人(めいめい)称(とな)えて賀(が)し、都(みな)道(い)う、
「清雅(せいが)脱塵(だつじん=塵(ちり)を脱(だっ)す)、句内(くない)に春意(しゅんい)を含(ふく)む。好(よ)きかな『雨(あめ)紅姿(こうし)を潤(うるお)して嬌(あだ)にして且(か)つ嫩(わか)し、雨(あめ)紅姿(こうし)を潤(うるお)して嬌(あだ)にして且(か)つ嫩(わか)し』!」と。
那(か)の女子(じょし)笑(わら)って悄(ひっそ)りと答(こた)えて道(い)う、
「惶恐(こうきょう=恐縮(きょうしゅく))! 惶恐(こうきょう)! 適(たまたま)聖僧(せいそう)の章(しょう)を聞(き)くに、誠(まこと)に然(しか)り錦心繍口(きんしんしゅうこう=錦(にしき)の心(こころ)と繍(ぬいとり)の口(くち))。如(も)し珠玉(しゅぎょく)を吝(おし)まずんば、一闋(いっけつ)を賜(たま)わり教(おし)えを賜(たま)わるは如何(いかん)」と。
唐僧(とうそう)敢(あ)えて答(こた)えず。
那(か)の女子(じょし)漸(ようや)く見愛(けんあい=好(この)み愛(あい)す)の情(じょう)有(あ)り、挨挨軋軋(あいあいあつあつ=すり寄(よ)り)と、漸(ようや)く坐(ざ)の辺(ほとり)に近(ちか)づき、声(こえ)を低(ひく)くし悄(ひっそ)りと語(かた)りて呼(よ)んで道(い)う、
「佳客(かかく)莫者(ばくしゃ=ためらうこと)れ、此(こ)の良宵(りょうしょう=良(よ)き宵(よい))に趁(じゅん)じ、耍子(あそ)ばずして待(ま)ちて怎(いか)にせんと要(よう)する。人生(じんせい)の光景(こうけい)、能(よ)く幾何(いくばく)か有(あ)らん」と。
十八公道(い)う、
「杏仙(きょうせん)尽(ことごと)く仰高(ぎょうこう=高(たか)きを仰(あお)ぐ)の情(じょう)有(あ)り、聖僧(せいそう)豈(あ)に俯就(ふしゅう=身(み)を低(ひく)くす)の意(い)無(な)からんや。如(も)し憐(あわれ)みを見(み)えずんば、是(こ)れ趣(おもむき)を知(し)らざるなり」と。
孤直公道(い)う、
「聖僧(せいそう)は乃(すなわ)ち道(みち)有(あ)り名(な)有(あ)るの士(し)、決(けっ)して苟且(こうしょ=いいかげん)に事(こと)を行(おこな)わず。此(か)くの如(ごと)き様(よう)の挙措(きょそ=振(ふ)る舞(ま)い)は、是(こ)れ我等(われら)の罪過(ざいか)を取(と)るなり。人(ひと)の名(な)を汚(けが)し、人(ひと)の徳(とく)を壊(こわ)すは、遠達(えんたつ=遠(とお)く達(たっ)する)に非(あら)ず。果(はた)して是(こ)れ杏仙(きょうせん)の意(い)有(あ)らば、拂雲叟(ふつうんそう)と十八公(じゅうはちこう)をして媒(なこうど)を做(な)さしめ、我(われ)と凌空子(りょうくうし)と保親(ほしん=仲人(なこうど))を做(な)し、此(こ)の姻眷(いんけん=縁組(えんぐみ))を成(な)さば、何(なん)ぞ美(うつく)しからざらんや!」と。

三蔵(さんぞう)言(げん)を聽(き)き、遂(つい)に顔色(かおいろ)を変(か)え、跳(と)び起(お)きて高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、
「汝等(なんじら)皆(みな)是(こ)れ一類(いちるい)の邪物(じゃぶつ)、這(かく)の般(ごと)く我(われ)を誘(いざな)う! 当時(そのかみ)只(た)だ砥礪(しれい=磋琢(さたく))の言(げん)を以(もっ)て、玄(げん)を談(だん)じ道(みち)を談(だん)ず可(べ)かりしに、如今(いま)怎(いか)して美人局(びじんきょく=美人局(つつもたせ))を以(もっ)て来(きた)りて貧僧(ひんそう)を騙(だま)し害(そこな)わんとする! 是(こ)れ何(なん)の道理(どうり)ぞ!」と。
四老(しろう)三蔵(さんぞう)の怒(いか)りを発(はっ)するを見(み)、一箇箇(めいめい)指(ゆび)を咬(か)みて驚(おどろき)を担(にな)い、再(ふたた)び復(ま)た言(い)わず。
那(か)の赤身(せきしん)の鬼使(きし)暴躁(ばくそう=激(はげ)しい怒(いか)り)すること雷(かみなり)の如(ごと)くして道(い)う、
「這(こ)の和尚(おしょう)好(いか)にして抬挙(たいきょ=目(め)をかける)を識(し)らざる! 我(われ)が這(こ)の姉(あね)、那(いず)れの些(ところ)か好(よ)からざる。他(かれ)が人材(じんざい)俊雅(しゅんが=優(すぐ)れて雅(みやび))、玉質(ぎょくしつ=玉(たま)の質(しつ))嬌姿(きょうし=艶(あだ)な姿(すがた))。必(かなら)ずしも那(か)の女工(にょこう=裁縫(さいほう))針指(しんし=針仕事(はたらき))を說(い)わず、只(た)だ這(こ)の一段(ひとくだり)の詩才(しさい)のみにても、也(また)汝(なんじ)に配(はい)するに過(す)ぎたり。汝(なんじ)怎(いか)して這(かく)の等(ごと)く推辞(すいじ=辞退(じたい))する。錯過(あやまちす)ぐるを休(や)めよ! 孤直公(こちょくこう)の言(げん)甚(はなは)だ当(あた)れり。如(も)し果(はた)して苟合(こうごう=苟(かりそめ)の結婚(けっこん))す可(べ)からずんば、我(われ)の再(ふたた)び汝(なんじ)の与(ため)に主婚(しゅこん=媒酌(ばいしゃく))するを待(ま)て」と。

三蔵(さんぞう)大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、彼等(かれら)の怎(いか)に胡(みだ)りに談(だん)じ乱(みだ)りに講(こう)ずると雖(いえど)も、只(た)だ是(こ)れ従(したが)わず。
鬼使(きし)又(また)道(い)う、

「汝(なんじ)が這(こ)の和尚(おしょう)、我等(われら)好言好語(こうげんこうご=穏(おだ)やかな言葉(ことば))なるに、汝(なんじ)聽(き)き従(したが)わず。若(も)し是(こ)れ我等(われら)村野(そんや=野蛮(やばん))の性(さが)を発(はっ)するならば、還(かえ)って汝(なんじ)を把(と)って摂(さら)い去(ゆ)き、汝(なんじ)をして和尚(おしょう)做(な)るを得(え)ず、老婆(ろうば=妻(つま))娶(めと)るを得(え)ざらしめ、却(かえ)って枉(むだ)に人(ひと)と為(な)ること一世(いっせい)ならずや」と。
那(か)の長老(ちょうろう)心(こころ)金石(きんせき)の如(ごと)く、堅(かた)く執(と)って従(したが)わず。暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、
「我(われ)が徒弟達(とていたち)は何処(いずこ)にか我(われ)を尋(たず)ぬるを知(し)らず!」と。
一声(ひとこえ)說(い)うや、止(とど)むるを得(え)ずして眼中(がんちゅう)より涙(なみだ)を堕(お)とす。
那(か)の女子(じょし)笑(わら)いを陪(ともな)い、身(み)の辺(ほとり)に挨(すりよ)り至(いた)り、翠袖(すいしゅう=緑(みどり)の袖(そで))の中(うち)より一箇(ひとつ)の蜜合綾(みつごうりょう=蜜(みつ)色(いろ)の綾(あや))の汗巾児(かんきんじ=汗拭(あせぬぐ)いの手巾(てぬぐい))を取(と)り出(いだ)し、他(かれ)が涙(なみだ)を揩(ぬぐ)わんとし、道(い)う、
「佳客(かかく)煩悩(ぼんのう)を得(う)ること勿(なか)れ。我(われ)汝(なんじ)と玉(たま)に倚(よ)り香(こう)に偎(す)り、耍子(あそ)びに去(ゆ)かん」と。
長老(ちょうろう)咄(とつ)たる一声(ひとこえ)吆喝(ようかつ)し、身(み)を跳(と)び起(お)こして就(すなわ)ち走(はし)らんとするに、那(か)の些(これら)の人(ひと)に引(ひ)き引(ひ)き摺(ず)り摺(ず)り、天明(てんめい)まで嚷(わめ)かれる。

忽(たちま)ち那(か)の処(ところ)に叫声(きょうせい=呼(よ)ぶ声(こえ))の、
「師父(しふ)! 師父(しふ)! 汝(なんじ)那(いず)れの方(ほう)にか言語(げんご)し居(お)る」と有(あ)るを聽(き)く。
原来(もと)那(か)の孫大聖(そんたいせい)と八戒(はっかい)・沙僧(さそう)は、馬(うま)を牽(ひ)き、担(にな)いを挑(にな)い、一夜(いちや)曾(かつ)て脚(あし)を住(とど)めず、荊(いばら)を穿(うが)ち棘(おどろ)を度(わた)り、東(ひがし)に尋(たず)ね西(にし)に找(さが)し、却(かえ)って好(よ)く半(なか)ば雲(くも)に半(なか)ば霧(きり)に、八百里(はっぴゃくり)の荊棘嶺(けいきょくれい)を過(す)ぎて西(にし)に下(お)りしに、唐僧(とうそう)の吆喝(ようかつ)するを聽(き)き、却(かえ)って就(すなわ)ち一声(ひとこえ)喊(さけ)べるなり。
那(か)の長老(ちょうろう)門(もん)を掙(もが)き出(い)で、声(こえ)を叫(さけ)んで、
「悟空(ごくう)、我(われ)此(ここ)に在(あ)り、快(はや)く来(きた)りて我(われ)を救(すく)え! 快(はや)く来(きた)りて我(われ)を救(すく)え!」と。
那(か)の四老(しろう)と鬼使(きし)、那(か)の女子(じょし)と女童(じょどう)は、幌(ゆ)る一幌(ひとゆる)ぎに都(みな)見(み)えずなりぬ。
須臾(しばらく)の間(あいだ)に、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)倶(とも)に辺前(へんぜん=傍(そば))に到(いた)りて道(い)う、
「師父(しふ)、汝(なんじ)怎(いか)して此(ここ)に到(いた)り得(え)し」と。
三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)を扯(ひっつか)んで道(い)う、
「徒弟(とてい)や、多(おお)く汝等(なんじら)を労(つか)れしめたり! 昨日(きのう)晩間(ばんかん)見(み)し那(あ)の老者(ろうじゃ)の、土地(どち)の斎(とき)を送(おく)るの事(こと)を言(い)いしは、是(こ)れ汝(なんじ)の一声(ひとこえ)喝(かつ)して打(う)たんとせしに、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を把(と)って此(こ)の方(ほう)に抬(かつ)ぎ来(きた)れり。
他(かれ)我(われ)と手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、門(もん)を走(はし)り入(い)りて、又(また)三箇(みたり)の老者(ろうじゃ)の、此(ここ)に来(きた)りて我(われ)に会(え)するを見(み)、倶(とも)に我(われ)を聖僧(せいそう)と做(な)し、一箇箇(めいめい)言談(げんだん)清雅(せいが)にして、極(きわ)めて善(よ)く詩(し)を吟(ぎん)ず。
我(われ)他(かれ)と賡和(こうわ)し相(あい)攀(よじのぼ)り、夜半(やはん)の時候(じこう)有(あ)ると覚(おぼ)えしに、又(また)一箇(ひとり)の美貌(びぼう)の女子(じょし)の灯火(とうか)を執(と)り、也(また)此(ここ)に来(きた)りて我(われ)に会(え)し、一首(いっしゅ)の詩(し)を吟(ぎん)じ、我(われ)を称(とな)えて佳客(かかく)と做(な)せり。
我(われ)が相貌(そうぼう)を見(み)て、配偶(はいぐう=配偶者(はいぐうしゃ))を求(もと)めんと欲(ほっ)するに因(よ)り、我(われ)方(はじ)めて省悟(せいご=悟(さと))し、正(まさ)に従(したが)わざる時(とき)、又(また)他(かれ)が做媒(なこうど)の做媒(なこうど)し、保親(ほしん)の保親(ほしん)し、主婚(しゅこん)の主婚(しゅこん)し、我(われ)誓(ちか)いを立(た)てて肯(うべな)わず、正(まさ)に掙(もが)きて走(はし)らんと欲(ほっ)し、他(かれ)と嚷鬧(じょうどう=言(い)い争(あらそ))いしに、不期(はからず)も汝等(なんじら)到(いた)れり。一則(ひとつ)には天明(てんめい)し、二来(ふたつ)には還(また)是(こ)れ汝(なんじ)を怕(おそ)れて、只(た)だ才(わず)かに還(ま)た引(ひ)き引(ひ)き摺(ず)り摺(ず)り居(お)りしが、忽然(たちまち)にして就(すなわ)ち見(み)えずなりぬ」と。
行者道(い)う、

「汝(なんじ)既(すで)に他(かれ)と叙話(じょわ=語(かた)り合(あ))し詩(し)を談(だん)じしならば、就(すなわ)ち曾(かつ)て他(かれ)に箇(ひとつ)の名字(みょうじ)を問(と)わざりしや」と。
三蔵道(い)う、
「我(われ)曾(かつ)て他(かれ)が之(これ)の号(ごう)を問(と)えり。那(か)の老者(ろうじゃ)を十八公(じゅうはちこう)と喚(よ)び做(な)し、号(ごう)して勁節(けいせつ)と。第二(だいに)を号(ごう)して孤直公(こちょくこう)、第三(だいさん)を号(ごう)して凌空子(りょうくうし)、第四(だいよん)を号(ごう)して拂雲叟(ふつうんそう)。那(か)の女子(じょし)は、人(ひと)他(かれ)を称(とな)えて杏仙(きょうせん)と做(な)す」と。
八戒道(い)う、

「此(こ)の物(もの)何処(いずこ)に在(あ)る。才(わず)か那(いず)れの方言(ほうげん=方角(ほうがく))へか去(ゆ)きし」と。
三蔵道(い)う、
「去(ゆ)く向(ゆ)くの方(ほう)は、何所(いずこ)なるを知(し)らず、但(た)だ只(た)だ詩(し)を談(だん)ぜし処(ところ)は、此(ここ)を去(さ)ること遠(とお)からず」と。

他(かれ)三人(みたり)師父(しふ)と同(とも)に看(み)る処(ところ)、只(た)だ一座(ひとつ)の石崖(せきがい=岩(いわ)の崖(がけ))有(あ)り、崖(がけ)の上(うえ)に木仙庵(もくせんあん)の三字(さんじ)有(あ)り。

三蔵道(い)う、
「此間(ここ)正(まさ)に是(こ)れなり」と。
行者(ぎょうじゃ)仔細(つまびらか)に之(これ)を観(み)るに、却(かえ)って原来(もと)是(こ)れ一株(ひとかぶ)の大檜樹(だいかいじゅ=大(おお)きな桧(ひのき))、一株(ひとかぶ)の老柏(ろうはく=老(お)いた柏(かしわ))、一株(ひとかぶ)の老松(ろうしょう=老(お)いた松(まつ))、一株(ひとかぶ)の老竹(ろうちく=老(お)いた竹(たけ))。竹(たけ)の後(うしろ)に一株(ひとかぶ)の丹楓(たんぷう=赤(あか)い楓(かえで))有(あ)り。
再(ふたた)び崖(がけ)の那(か)の辺(ほとり)を看(み)れば、還(ま)た一株(ひとかぶ)の老杏(ろうきょう=老(お)いた杏(あんず))、二株(ふたかぶ)の臘梅(ろうばい=蝋梅(ろうばい))、二株(ふたかぶ)の丹桂(たんけい=赤(あか)い桂(かつら))有(あ)り。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、
「汝(なんじ)曾(かつ)て妖怪(ようかい)を見(み)しや」と。
八戒道(い)う、
「未(いま)だ見(み)ず」と。
行者道(い)う、
「汝(なんじ)知(し)らずや、就(すなわ)ち是(こ)れ此(こ)の幾株(いくかぶ)の樹木(じゅもく)の此(ここ)に在(あ)りて精(せい)を成(な)せるなり」と。
八戒道(い)う、
「哥哥(あに)怎(いか)にして成精(せいせい=精(せい)と化(か))せる者(もの)の是(こ)れ樹(き)なるを知(し)れる」と。
行者道(い)う、
「十八公(じゅうはちこう)は乃(すなわ)ち松樹(しょうじゅ)、孤直公(こちょくこう)は乃(すなわ)ち柏樹(はくじゅ)、凌空子(りょうくうし)は乃(すなわ)ち檜樹(かいじゅ)、拂雲叟(ふつうんそう)は乃(すなわ)ち竹竿(ちっかん)、赤身鬼(せきしんき)は乃(すなわ)ち楓樹(ふうじゅ)、杏仙(きょうせん)は即(すなわ)ち杏樹(きょうじゅ)、女童(じょどう)は即(すなわ)ち丹桂(たんけい)・臘梅(ろうばい)なり」と。
八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、好歹(よしあし)を論(ろん)ぜず、一頓(ひとくれ)の釘鈀(ていは)、三五(さんご)の長嘴(ちょうし=長(なが)い嘴(くちばし))、拱(ほじく)りを連(つら)ね筑(つ)きを帯(お)び、両棵(ふたかぶ)の臘梅(ろうばい)、丹桂(たんけい)、老杏(ろうきょう)、楓楊(ふうよう=楓(かえで))を把(と)って倶(とも)に地(ち)に揮(なげう)ち倒(たお)す。果然(はた)して那(か)の根(ね)の下(した)倶(とも)に鮮血(せんけつ)淋漓(りんり)たり。
三蔵(さんぞう)近(ちか)づき前(すす)みて扯(ひっつか)み住(とど)めて道(い)う、
「悟能(ごのう)、他(かれ)を傷(そこな)う可(べ)からず! 他(かれ)は気候(きこう=修練(しゅうれん)の力(ちから))を成(な)せりと雖(いえど)も、却(かえ)って曾(かつ)て我(われ)を傷(そこな)わず。我等(われら)路(みち)を找(さが)して去(ゆ)かん」と。
行者道(い)う、
「師父(しふ)彼(かれ)を惜(お)しむ可(べ)からず、恐(おそ)らくは日後(じつご)大怪(たいかい)と成(な)りて、人(ひと)を害(そこな)うこと浅(あさ)からざらんことを」と。
那(か)の呆子(ほうし)索性(さっしょう=思(おも)い切(き))って一頓(ひとくれ)の鈀(は)にて、松(まつ)・柏(かしわ)・檜(ひのき)・竹(たけ)を将(も)って一斉(いっせい)に皆(みな)筑(つ)き倒(たお)し、却(かえ)って才(わず)かに師父(しふ)を請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしめ、大路(たいろ)に順(したが)いて一斉(いっせい)に西(にし)に行(ゆ)く。

畢竟(つい)に前(まえ)に去(ゆ)きて如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。