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065 第六十五回 妖邪(ようじゃ)、仮(いつわ)りて小雷音(しょうらいおん)を設(もう)け 四衆(ししゅう)、皆(みな)大厄難(だいやくなん)に遭(あ)う

這(こ)の回(かい)の因果(いんが)、人(ひと)を勧(すす)めて善(ぜん)を為(な)し、切(せつ)に悪(あく)を作(な)すを休(や)めよ。
一念(いちねん)生(しょう)ずれば、神明(しんめい)照鑑(しょうかん=照(て)らし鑑(かんが)み)し、任(まま)に他(かれ)をして作(な)さしむ。
拙蠢(せつしゅん=愚(おろ)かなる)乖能(かいのう=賢(かしこ)き才(さい))君(きみ)怎(いか)でか学(まな)ばん、両般(りょうはん=二(ふた)つの類(たぐい))還(ま)た是(こ)れ無心(むしん)の薬(くすり)。
生前(せいぜん)に道(みち)有(あ)るに趁(じゅん)じて正(まさ)に該(まさ)に修(おさ)むべく、浪(みだ)りに泊(とど)まること莫(なか)れ。
根源(こんげん)を認(みと)め、本殻(ほんかく=元(もと)の殻(から))を脱(だっ)せよ。
長生(ちょうせい)を訪(たず)ねんには、須(すべから)く把捉(はそく=しっかり掴(つか))すべし。
時時(じじ)に明(あき)らかに見(み)ることを要(よう)し、醍醐(だいご)を斟酌(しんしゃく=酌(く)み分(わ))く。
三関(さんかん)を貫徹(かんてつ)して黒海(こくかい)を填(うず)め、管(きっと)善者(ぜんじゃ)をして鸞鶴(らんかく)に乗(の)らしめん。
那(そ)の其(そ)の間(あいだ)愍故(びんこ=憐(あわれ)みの故(ゆえ))更(さら)に慈悲(じひ)を、極楽(ごくらく)に登(のぼ)らしめん。

唐三蔵(とうさんぞう)の一念(いちねん)の虔誠(けんせい)を表(あらわ)すに、且(しばら)く天神(てんしん)の保護(ほご)を言(い)うことを休(や)め、此(か)くの如(ごと)き草木(そうもく)の霊(れい)すら、尚(なお)来(きた)りて引(みちび)き送(おく)り、雅会(がかい)一宵(いっしょう)にして、荊棘(けいきょく)の針刺(しんし)を脱(だっ)し出(い)で、再(ふたた)び蘿蓏(らら=つる草(くさ))の攀(よじのぼ)り纏(まと)うこと無(な)し。
四衆(ししゅう)西進(せいしん)し、行(ゆ)き彀(た)ること多時(たじ)にして、又(また)冬(ふゆ)の残(のこ)りに値(あた)る。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の三春(さんしゅん)の日(ひ):
物華(ぶっか=万物(ばんぶつ)の華(はな))交泰(こうたい=交(まじ)わり泰(やす))し、
斗柄(とへい=北斗(ほくと)の柄(え))寅(いん)に回(めぐ)る。
草芽(そうが=草(くさ)の芽(め))地(ち)に遍(あまね)く緑(みどり)に、
柳眼(りゅうがん=柳(やなぎ)の芽(め))堤(つつみ)に満(み)ちて青(あお)し。
一嶺(ひとみね)の桃花(とうか)紅錦涴(こうきんわ=紅(あか)い錦(にしき)の汚(けが)れ)の如(ごと)く、
半渓(はんけい=半(なか)ばの谷(たに))の煙水(えんすい)碧羅明(へきらめい=碧(あお)い羅(うすぎぬ)の明(あき)らか)なり。
幾多(いくばく)の風雨(ふうう)、無限(むげん)の心情(しんじょう)。
日(ひ)は花心(かしん=花(はな)の心(しん))を晒(さら)して艶(あで)やかに、
燕(つばめ)苔蕊(たいずい=苔(こけ)の蕊(しべ))を銜(ふく)んで軽(かる)し。
山色(さんしょく)は王維(おうい)が画(え)の濃淡(のうたん)、
鳥声(ちょうせい)は季子(きし)が舌(した)の縦横(じゅうおう)。
芳菲(ほうひ=香(かお)る草花(そうか))繍(ぬいとり)を鋪(し)くも人(ひと)賞(め)づる無(な)く、
蝶(ちょう)舞(ま)い蜂(はち)歌(うた)うは却(かえ)って情(じょう)有(あ)り。
師徒達(しとたち)也(また)自(みずか)ら芳(かおり)を尋(たず)ね翠(みどり)を踏(ふ)み、緩(ゆる)やかに馬歩(ばほ=馬(うま)の歩(あゆみ))に随(したが)う。
正(まさ)に行(ゆ)くの間(あいだ)、忽(たちま)ち一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る。遠(とお)く望(のぞ)めば天(てん)と相(あい)接(せっ)するが与(ごと)し。
三蔵(さんぞう)鞭(むち)を揚(あ)げて指(さ)して道(い)う、
「悟空(ごくう)、那(あ)の座(ざ)の山(やま)は也(また)多少(いくばく)の高(たか)さなるを知(し)らず、便(すなわ)ち青天(せいてん)に接(せっ)し、碧漢(へきかん=碧(あお)い天河(てんが))に透(とお)り衝(つ)くに似(に)たり」と。
行者道(い)う、
「古詩(こし)に云(い)わずや、只(た)だ天(てん)の上(うえ)に在(あ)る有(あ)るのみ、更(さら)に山(やま)の与(とも)に斉(ひと)しきは無(な)し、と。但(た)だ山(やま)の極(きわ)めて高(たか)く、与(とも)に他(かれ)と比並(ひへい)す可(べ)き無(な)きを言(い)うのみ。豈(あ)に天(てん)に接(せっ)するの理(り)有(あ)らんや!」と。
八戒道(い)う、
「若(も)し天(てん)に接(せっ)せずんば、如何(いか)して崑崙山(こんろんさん)を把(と)って天柱(てんちゅう)と号(ごう)せん」と。
行者道(い)う、
「汝(なんじ)知(し)らずや、古(いにしえ)より天(てん)は西北(せいほく)に満(み)たず。崑崙山(こんろんさん)は西北(せいほく)の乾位(けんい=乾(けん)の方角(ほうがく))の上(うえ)に在(あ)り、故(ゆえ)に頂天塞空(ちょうてんそくくう=天(てん)を頂(いただ)き空(くう)を塞(ふさ)ぐ)の意(い)有(あ)り、遂(つい)に天柱(てんちゅう)と名(な)づく」と。
沙僧(さそう)笑(わら)って道(い)う、
「大哥(だいか)這(こ)の好話児(こうわじ=良(よ)い話(はなし))を把(と)って他(かれ)与(と)說(い)うこと莫(なか)れ。他(かれ)聽(き)き去(さ)りて、又(また)别人(べつじん)を降(くだ)さん。我等(われら)且(しばら)く路(みち)を走(はし)らん、那(あ)の山(やま)に上(のぼ)るを等(ま)て、就(すなわ)ち高下(こうげ)を知(し)らん」と。

那(か)の呆子(ほうし)沙僧(さそう)を赶(お)って厮耍厮闘(ししゃしとう=戯(たわむ)れ合(あ)う)し、老師父(ろうしふ)の馬(うま)快(はや)きこと飛(と)ぶが如(ごと)く、須臾(しばらく)にして、那(か)の山崖(さんがい)の辺(ほとり)に到(いた)る。
一步步(いっぽいっぽ)上(うえ)へ向(むか)って行(ゆ)き来(きた)るに、只(た)だ見(み)る那(か)の山(やま):
林中(りんちゅう)風(かぜ)颯颯(さつさつ)として、
澗底(かんてい=谷(たに)の底(そこ))水(みず)潺潺(せんせん)たり。
鴉雀(あじゃく=烏(からす)と雀(すずめ))飛(と)び過(す)ぐるを得(え)ず、
神仙(しんせん)也(また)難(かた)しと道(い)う。
千崖万壑(せんがいばんがく=多(おお)くの崖(がけ)と谷(たに))、
億曲百湾(おくきょくひゃくわん=幾(いく)えも曲(まが)りくね)る。
塵埃(じんあい)滚々(こんこん)として人(ひと)の到(いた)る無(な)く、
怪石(かいせき)森森(しんしん)として看(み)るに厭(あ)かず。
雲(くも)有(あ)る処(ところ)は水(みず)の滉(ひろ)ぐるが如(ごと)く、
樹(き)なる方(ところ)は鳥声(ちょうせい)繁(しげ)し。
鹿(しか)芝(し)を銜(ふく)んで去(ゆ)き、
猿(さる)桃(もも)を摘(つ)んで還(かえ)る。
狐貉(こかく=狐(きつね)と狢(むじな))往来(おうらい)して崖上(がいじょう)に跳(と)び、
麖獐(けいしょう=大鹿(おおしか)と獐(のろ))出入(しゅつにゅう)して嶺頭(れいとう)に頑(たわむ)る。

忽(たちま)ち虎嘯(こしょう=虎(とら)の吠(ほ)え)の胆(きも)を驚(おどろ)かすを聞(き)き、
斑豹(はんぴょう=斑(ぶち)の豹(ひょう))・蒼狼(そうろう=蒼(あお)い狼(おおかみ))路(みち)を把(と)って攔(さえぎ)る。
唐三蔵(とうさんぞう)一見(いっけん)して心(こころ)驚(おどろ)く。孫行者(そんぎょうじゃ)は神通(じんつう)広大(こうだい)なり。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)、一声(ひとこえ)哮吼(こうこう)して、狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)を吓(おど)し過(よ)ぎ、路(みち)を剖(さ)き開(ひら)き、師父(しふ)を引(みちび)きて直(ただ)ちに高山(こうざん)に上(のぼ)る。
嶺頭(れいとう)を過(す)ぎ行(ゆ)き、西(にし)の平(たいら)かなる処(ところ)に下(お)りるに、忽(たちま)ち祥光(しょうこう)藹藹(あいあい)、彩霧(さいむ)紛紛(ふんぷん)として、一所(ひとところ)の楼台殿閣(ろうたいでんかく)有(あ)り、隠隠(いんいん)として鐘磬(しょうけい=鐘(かね)と磬(けい))悠揚(ゆうよう)なるを見(み)る。
三蔵道(い)う、
「徒弟達(とていたち)、是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の去処(ところ)なるを看(み)よ」と。
行者(ぎょうじゃ)頭(あたま)を抬(もた)げ、手(て)を用(もち)いて凉篷(りょうほう=日除(ひよ)け)を搭(か)け、仔細(つまびらか)に観(み)るに、那(か)の壁廂(かたわら)好(よ)き箇(こ)の所在(ところ)! 真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ:
珍楼宝座(ちんろうほうざ=珍(めず)らしき楼(ろう)と宝(たから)の座(ざ))、
上刹名方(じょうさつめいほう=上(じょう)の寺(てら)と名(な)だたる地(ち))。
谷虚(こくきょ=谷(たに)の虚(むな)しき)地籟(ちらい=地(ち)の音(おと))を繁(しげ)くし、
境寂(きょうじゃく=境(さかい)の静(しず)か)天香(てんこう)を散(さん)ず。
青松(せいしょう=青(あお)い松(まつ))雨(あめ)を帯(お)びて高閣(こうかく)を遮(さえぎ)り、
翠竹(すいちく=緑(みどり)の竹(たけ))雲(くも)を留(とど)めて講堂(こうどう)を護(まも)る。
霞光(かこう)縹緲(ひょうびょう)として竜宮(りゅうぐう)顕(あらわ)れ、
彩色(さいしょく)飄颻(ひょうよう)として沙界(しゃかい=仏(ほとけ)の世界(せかい))長(たけ)し。
朱欄玉戸(しゅらんぎょくこ=朱(あか)い欄(らん)と玉(たま)の戸(と))、
画棟雕梁(がとうちょうりょう=絵(え)の棟(むなぎ)と雕(ほ)れる梁(はり))。
経(きょう)を談(だん)じて香(こう)座(ざ)に満(み)ち、
籙(ろく)を語(かた)れば月(つき)窗(まど)に当(あ)たる。
鳥(とり)丹樹(たんじゅ=赤(あか)い木(き))の内(うち)に啼(な)き、
鶴(つる)石泉(せきせん)の旁(かたわら)に飲(の)む。
四囲(しい)に花(はな)発(ひら)いて琪園(きえん=玉(たま)の園(その))秀(ひい)で、
三面(さんめん)に門(もん)開(ひら)いて舎衛(しゃえい)の光(ひかり)あり。
楼台(ろうだい)突兀(とつこつ)として門(もん)嶂(しょう=峰(みね))を迎(むか)え、
鐘磬(しょうけい)虚徐(きょじょ=緩(ゆる)やか)にして声韻(せいいん)長(たけ)し。
窗(まど)開(ひら)けば風(かぜ)細(こま)やかに、
簾(すだれ)巻(ま)けば煙(けむり)茫(ぼう)たり。
僧(そう)の情(じょう)の散淡(さんたん=淡々(たんたん))なる有(あ)り、
俗(ぞく)の意(い)の和昌(わしょう=和(やわ)らぎ栄(さか)ゆ)無(な)し。
紅塵(こうじん=俗世(ぞくせい))到(いた)らざる真(しん)の仙境(せんきょう)、
静土(じょうど)招提(しょうだい=寺(てら))の好(よ)き道場(どうじょう)。

行者(ぎょうじゃ)看(み)て罷(おわ)り、回复(かいふく=返答(へんとう))して道(い)う、
「師父(しふ)、那(あ)の去処(ところ)は是(こ)れ便(すなわ)ち是(こ)れ一座(ひとつ)の寺院(じいん)なれど、却(かえ)って禅光瑞藹(ぜんこうずいあい)の中(うち)に、又(また)些(いささか)の凶気(きょうき)有(あ)るは何(なん)ぞや。此(こ)の景象(けいしょう)を観(み)るに、也(また)雷音(らいおん)に似(に)たれど、却(かえ)って路道(ろどう=道筋(みちすじ))差池(さち=違(たが))えり。我等(われら)那(か)の廂(かたわら)に到(いた)りて、決(けっ)して擅(ほしいまま)に入(い)る可(べ)からず、恐(おそ)らくは毒手(どくしゅ=毒(どく)の手(て))に遭(あ)わん」と。
唐僧道(い)う、
「既(すで)に雷音(らいおん)の景(けい)有(あ)れば、莫(も)しや是(こ)れ霊山(りょうざん)ならずや。汝(なんじ)我(われ)が誠心(せいしん)を誤(あやま)り、我(われ)が来意(らい)を担擱(たんかく=遅(おく)ら)すことを休(や)めよ」と。
行者道(い)う、
「是(こ)れならず、是(こ)れならず! 霊山(りょうざん)の路(みち)も我(われ)也(また)幾遍(いくたび)か走(はし)り過(す)ぎたり、那(あ)れは是(こ)れ這(こ)の路途(ろと)ならんや!」と。
八戒道(い)う、
「縦(たと)い是(こ)れならずんば、也(また)必(かなら)ず箇(ひとり)の好(よ)き人(ひと)の居住(きょじゅう)有(あ)らん」と。
沙僧道(い)う、
「多(おお)く疑(うたが)うを須(もち)いず。此(こ)の条(ひとすじ)の路(みち)は未(いま)だ免(まぬか)れずして那(か)の門首(もんしゅ=門(もん)の前(まえ))より過(よぎ)らん。是(ぜ)と非(ひ)とは一見(いっけん)して知(し)る可(べ)きなり」と。
行者道(い)う、

「悟浄(ごじょう)の說(い)えるは理(り)有(あ)り」と。

那(か)の長老(ちょうろう)馬(うま)に策(むちう)ち鞭(むち)を加(くわ)えて山門(さんもん)の前(まえ)に至(いた)り、雷音寺(らいおんじ)の三箇(みっつ)の大字(だいじ)を見(み)、慌(あわ)て得(え)て馬(うま)より滚(ころ)がり下(お)り、地(ち)の下(した)に倒(たお)れ、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って道(い)う、
「潑猢猻(はつこんそん)! 我(われ)を害(そこな)い殺(ころ)せり! 現(げん)に是(こ)れ雷音寺(らいおんじ)なるに、還(ま)た我(われ)を哄(あざむ)くか!」と。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)いを陪(ともな)って道(い)う、
「師父(しふ)悩(なや)むこと莫(なか)れ。汝(なんじ)再(ふたた)び看(み)よ。山門(さんもん)の上(うえ)は乃(すなわ)ち四箇(よっつ)の字(じ)なるに、汝(なんじ)怎(いか)して只(た)だ三箇(みっつ)を念(よ)み出(いだ)して、倒(かえ)って還(ま)た我(われ)を怪(あやし)むや」と。
長老(ちょうろう)戦兢兢(せんせんきょうきょう)として爬(は)い起(お)きて再(ふたた)び看(み)れば、真(まこと)に箇(こ)れ四箇(よっつ)の字(じ)にして、乃(すなわ)ち小雷音寺(しょうらいおんじ)なり。
三蔵道(い)う、
「就(すなわ)ち是(こ)れ小雷音寺(しょうらいおんじ)とても、必(かなら)ず也(また)箇(ひとり)の仏祖(ぶっそ)の内(うち)に在(ましま)す有(あ)らん。経(きょう)の上(うえ)に三千諸仏(さんぜんしょぶつ)を言(い)う、想(おも)うに是(こ)れ一方(いっぽう)に在(あ)らざるならん。観音(かんのん)の南海(なんかい)に在(ましま)すが似(ごと)く、普賢(ふげん)は峨眉(がび)に在(ましま)し、文殊(もんじゅ)は五台(ごだい)に在(ましま)す。這(こ)れは那(いず)れの一位(いちい)の仏祖(ぶっそ)の道場(どうじょう)なるを知(し)らず。

古人(こじん)云(い)う、仏(ほとけ)有(あ)り経(きょう)有(あ)り、方(ほう)無(な)く宝(たから)無(な)し、と。我等(われら)進(すす)み去(ゆ)く可(べ)し」と。
行者道(い)う、
「進(すす)み入(い)る可(べ)からず。此(こ)の処(ところ)吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し。若(も)し禍患(かかん)有(あ)らば、汝(なんじ)我(われ)を怪(あやし)むこと莫(なか)れ」と。
三蔵道(い)う、
「就(すなわ)ち是(こ)れ仏(ほとけ)無(な)くとも、也(また)必(かなら)ず箇(ひとつ)の仏象(ぶつぞう=仏像(ぶつぞう))有(あ)らん。我(われ)が弟子(でし)の心愿(しんがん)は仏(ほとけ)に遇(あ)えば仏(ほとけ)を拝(はい)す。如何(いか)でか汝(なんじ)を怪(あやし)まん」と。
即(すなわ)ち八戒(はっかい)に命(めい)じて袈裟(けさ)を取(と)らしめ、僧帽(そうぼう)に換(か)え、衣冠(いかん)を結束(けっそく)し、歩(あゆみ)を挙(あ)げて前進(ぜんしん)す。
只(た)だ山門(さんもん)の裡(うち)に人(ひと)の叫(さけ)んで道(い)う有(あ)るを聽(き)く、
「唐僧(とうそう)、汝(なんじ)自(みずか)ら東土(とうど)より来(きた)りて我(わ)が仏(ほとけ)に拝見(はいけん)すと、怎(いか)して還(ま)た這(かく)の等(ごと)く怠慢(たいまん)なる」と。
三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き即便(すなわ)ち下拝(げはい)し、八戒(はっかい)也(また)頭(あたま)を磕(ぬかず)き、沙僧(さそう)也(また)跪(ひざまず)き倒(たお)る。惟(ただ)大聖(たいせい)のみ馬(うま)を牽(ひ)き行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)して後(うしろ)に在(あ)り。
方(はじ)めて二層門(にそうもん)の内(うち)に入(い)り到(いた)るや、就(すなわ)ち如来大殿(にょらいだいでん)を見(み)る。殿門(でんもん)の外(そと)宝台(ほうだい)の下(した)に、五百羅漢(ごひゃくらかん)、三千掲諦(さんぜんかいだい)、四金剛(しこんごう)、八菩薩(はちぼさつ)、比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)、無数(むすう)の聖僧(せいそう)・道者(どうしゃ)を擺(なら)べ列(つら)ぬ。真(まこと)に箇(こ)れ也(また)香花(こうか)艶麗(えんれい)、瑞気(ずいき)繽紛(ひんぷん)たり。
慌(あわ)て得(え)て那(か)の長老(ちょうろう)と八戒(はっかい)・沙僧(さそう)は、一步一拝(いっぽいっぱい=一歩(いっぽ)ごとに一拝(いっぱい))、霊台(れいだい)の間(あいだ)に拝(はい)し上(のぼ)る。行者(ぎょうじゃ)は公然(こうぜん)として拝(はい)せず。
又(また)蓮台座(れんだいざ)の上(うえ)より声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う有(あ)るを聞(き)く、
「那(そ)の孫悟空(そんごくう)、如来(にょらい)に見(まみ)えて怎(いか)して拝(はい)せざる」と。
知(し)らずや行者(ぎょうじゃ)は又(また)仔細(つまびらか)に観(み)て、是(こ)れ仮(にせ)と見得(みえと)け、遂(つい)に馬匹(ばひつ)・行嚢(こうのう)を捨(す)て、棒(ぼう)を手(て)に掣(と)って喝(かつ)して道(い)う、
「汝(なんじ)が這(こ)の一群(ひとむれ)の孽畜(げっちく)、十分(じゅうぶん)に胆大(たんだい)なり! 怎(いか)して仮(いつわ)りて仏名(ぶつみょう)に倚(よ)り、如来(にょらい)の清徳(せいとく)を敗壊(はいかい)するや! 走(はし)ること莫(なか)れ!」と。

双手(もろて)に棒(ぼう)を輪(ふる)い、上前(すす)みて便(すなわ)ち打(う)つ。
只(た)だ半空(はんくう)の中(うち)に叮狢(ていかく=かちん)たる一声(ひとこえ)を聽(き)き、一副(ひとくみ)の金鐃(きんどう=金(きん)の鉦(かね))を撇(なげう)ち下(おろ)し、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って頭(あたま)より帯(つな)ぎて足(あし)に至(いた)るまで、金鐃(きんどう)の内(うち)に合(がっ)す。
慌(あわ)て得(え)て箇(ひとり)の猪八戒(ちょはっかい)、沙和尚(さおしょう)は連(つる)れて鈀(は)・杖(つえ)を使(つか)い起(おこ)さんとせしが、就(すなわ)ち些(これら)の阿羅(あら)・掲諦(かいだい)、聖僧(せいそう)・道者(どうしゃ)に一斉(いっせい)に近(ちか)づき前(すす)みて囲(かこ)み繞(まと)われり。
他(かれ)二箇(ふたり)措手(そしゅ)及(およ)ばず、尽(ことごと)く皆(みな)拿(とら)えられ、三蔵(さんぞう)を将(も)って捉(とら)え住(とど)め、一斉(いっせい)に都(みな)縄(なわ)を纏(まと)い索(くさり)を绑(しば)り、緊(きつ)く縛(しば)り牢(ろう)に栓(かんぬき)さる。

原来(もと)那(か)の蓮花座(れんかざ)の上(うえ)に仏祖(ぶっそ)を装(よそお)える者(もの)は乃(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひとり)の妖王(ようおう)にして、衆(しゅう)の阿羅(あら)等(ら)は都(みな)是(こ)れ些(いささか)の小怪(しょうかい)なり。
遂(つい)に仏祖(ぶっそ)の体象(たいぞう=姿(すがた))を収(おさ)め、依然(いぜん)として妖身(ようしん)を現(あらわ)し、三衆(さんしゅう)を将(も)って後辺(こうへん)に抬(かつ)ぎ入(い)れて收藏(しゅうぞう)し、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って金鐃(きんどう)の裡(うち)に合(がっ)して永(なが)く開(ひら)き放(はな)たず、只(た)だ宝台(ほうだい)の上(うえ)に擱(お)き在(あ)り、三昼夜(さんちゅうや)を限(かぎ)りて膿血(のうけつ=膿(うみ)と血(ち))と化(か)さんとす。
化(か)し了(おわ)りて後(のち)、才(わず)かに鉄籠(てつろう=鉄(てつ)の籠(かご))を将(も)って他(かれ)三箇(みたり)を蒸(ふか)して受用(じゅよう=食(く)ら)わんとす。
此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ:
碧眼(へきがん=青(あお)い眼(め))の猢児(こじ=猿(さる)の子(こ))真假(しんか)を識(し)り、
禅機(ぜんき)象(かたち)を見(み)て金身(こんしん)を拝(はい)す。
黄婆(こうば)盲目(もうもく)にして同(とも)に参礼(さんらい)し、
木母(もくぼ)痴心(ちしん)にして共(とも)に話(はなし)を論(ろん)ず。
邪怪(じゃかい)強(つよ)きを生(しょう)じて本性(ほんしょう)を欺(あざむ)き、
魔頭(まとう)悪(あく)を懐(いだ)きて天人(てんにん)を詐(あざむ)く。
誠(まこと)に是(こ)れ道(みち)小(ちい)さくして魔頭(まとう)大(おお)いなり、
旁門(ぼうもん=邪道(じゃどう))に錯(あやま)り入(い)りて枉(むだ)に身(み)を費(つい)やす。
那(そ)の時(とき)群妖(ぐんよう)は唐僧(とうそう)三衆(さんしゅう)を将(も)って後(うしろ)に收藏(しゅうぞう)し、馬(うま)を把(と)って後辺(こうへん)に拴(つな)ぎ、他(かれ)が袈裟(けさ)・僧帽(そうぼう)を把(と)って行李担(こうりたん)の内(うち)に安(やすん)じ、亦(また)收藏(しゅうぞう)し、一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))厳(きび)しく緊(きん)ずることは題(あげつら)わず。

却(かえ)って說(い)う、行者(ぎょうじゃ)は金鐃(きんどう)の裡(うち)に合(がっ)せられ、黒洞洞(こくどうどう=真(ま)っ暗(くら))として、燥(そう=いらだち)得(え)て満身(まんしん)に汗(あせ)を流(なが)し、左(ひだり)に拱(もが)き右(みぎ)に撞(つ)けども、出(い)づるを得(え)ず。急(きゅう)となりて鉄棒(てつぼう)を使(つか)って乱(みだ)りに打(う)てど、動(うご)かすこと分毫(ぶんごう=少(すこ)し)も得(え)んと想(おも)うこと莫(なか)れ。
彼(かれ)が心(こころ)の裡(うち)に算計(さんけい=工夫(くふう))を没(な)くし、身(み)を将(も)って外(そと)へ向(む)かって一掙(ひとふんば)りし、却(かえ)って那(か)の金鐃(きんどう)を掙(も)ぎ破(やぶ)らんと要(よう)し、遂(つい)に一箇(ひとつ)の訣(けつ)を捻(ねん)じて、就(すなわ)ち長(たか)さ千百丈(せんびゃくじょう)有(あ)るに長(たか)くなる。那(か)の金鐃(きんどう)也(また)他(かれ)の身(み)に随(したが)って長(たか)くなり、全(まった)く些(いささか)の瑕縫(かほう=隙間(すきま))の光明(こうみょう)も無(な)し。
却(かえ)って又(また)訣(けつ)を捻(ねん)じて身子(しんし=体(からだ))を把(と)って下(した)へ向(む)かって一小(ひとちい)さくし、小(ちい)さきこと芥菜子児(かいさいしじ=芥子粒(けしつぶ))の如(ごと)くにすれば、那(か)の鐃(どう)也(また)就(すなわ)ち身(み)に随(したが)って小(ちい)さくなり、更(さら)に些些(いささか)の孔竅(こうきょう=穴(あな))も没(な)し。
他(かれ)又(また)鉄棒(てつぼう)を把(と)って一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)じよ!」と叫(さけ)ぶ。即(すなわ)ち変(へん)じて幡竿(ばんかん=旗竿(はたざお))の一樣(ごと)くに做(な)り、金鐃(きんどう)を撑(ささ)え住(とど)む。
他(かれ)却(かえ)って脳後(のうご=後頭部(こうとうぶ))の毫毛(ごうもう)の長(なが)きを選(えら)んで二根(ふたみ)抜(ぬ)き下(おろ)し、「変(へん)じよ!」と叫(さけ)ぶ。即(すなわ)ち変(へん)じて梅花頭(ばいかとう)五瓣(ごべん)の鑿(のみ)と做(な)り、棒(ぼう)の下(した)に挨(すりよ)りて、千百下(せんびゃくか)鑽(き)りしが、只(た)だ鑽(き)り得(え)て蒼蒼(そうそう)と响(ひび)き魀(た)るのみ、再(ふたた)び些(いささか)も鑽(き)り動(うご)かさず。
行者(ぎょうじゃ)急(きゅう)となり、却(かえ)って箇(ひとつ)の訣(けつ)を捻(ねん)じ、一声(ひとこえ)「唵囒静法界(おんらんじょうほっかい)、乾元亨利貞(けんげんこうりてい)」の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、那(か)の五方掲諦(ごほうかいだい)、六丁六甲(りくていりっこう)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうがらん)を拘(よ)び得(え)て、都(みな)金鐃(きんどう)の外(そと)に在(あ)らしめ道(い)わしむ、
「大聖(たいせい)、我等(われら)は倶(とも)に師父(しふ)を保護(ほご)し、妖魔(ようま)の傷害(しょうがい)を教(さしむ)けず。汝(なんじ)又(また)我等(われら)を拘喚(よびよ)して甚(なん)をか做(な)さしむる」と。
行者道(い)う、
「我(われ)が那(あ)の師父(しふ)は、我(われ)が勧解(かんかい=諫(いさ)め)を聽(き)かず。就(すなわ)ち他(かれ)を弄(ろう)し殺(ころ)すも也(また)虧(か)けず! 但(た)だ只(た)だ汝等(なんじら)怎(いか)にして快(はや)く法(ほう)を作(な)して這(こ)の鐃鈸(どうばち=鉦(かね)と銅鑼(どら))を掀(あ)げ開(ひら)き、我(われ)を放(はな)ち出(いだ)して、再(ふたた)び処治(しょち=始末(しまつ))を作(な)さん。這(こ)の里面(うち)光(ひかり)通(つう)ぜず、満身(まんしん)暴燥(ばくそう=いらだち)、却(かえ)って悶(もん)じ殺(ころ)さるるに非(あら)ずや」と。
衆神(しゅうしん)真(まこと)に鐃(どう)を掀(あ)ぐれど、就(すなわ)ち長(は)じ就(な)れるの一般(ごと)く、揭(あ)ぐること分毫(ぶんごう)も得(え)んと想(おも)うこと莫(な)かれ。
金頭掲諦(きんとうかいだい)道(い)う、
「大聖(たいせい)、這(こ)の鐃鈸(どうばち)は是(こ)れ件(ひとつ)の甚(なん)の宝貝(ほうばい)なるを知(し)らず、上(うえ)を帯(つな)ぎて下(した)に至(いた)るまで、合(がっ)して一塊(ひとかたまり)と成(な)れり。小神(しょうしん)力(ちから)薄(うす)く、掀(あ)げ動(うご)かすこと能(あた)わず」と。
行者道(い)う、
「我(われ)里面(うち)に在(あ)りて、知(し)らず多少(いくばく)の神通(じんつう)を使(つか)いしも、也(また)動(うご)かすを得(え)ず」と。

掲諦(かいだい)言(げん)を聞(き)き、即(すなわ)ち六丁神(りくていしん)をして唐僧(とうそう)を保護(ほご)せしめ、六甲神(りっこうしん)をして金鐃(きんどう)を看守(かんしゅ)せしめ、衆伽藍(しゅうがらん)をして前後(ぜんご)を照察(しょうさつ=見張(みは))せしめ、他(かれ)却(かえ)って祥光(しょうこう)を縦(はな)ち起(おこ)し、須臾(しばらく)の間(あいだ)に南天門(なんてんもん)の裡(うち)に闖(つ)け入(い)り、宣召(せんしょう=召(め)し)を待(ま)たず、直(ただ)ちに霊霄宝殿(れいしょうほうでん)の下(もと)に上(のぼ)り、玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えて俯伏(ふふく=伏(ふ)し拝(はい))して啓奏(けいそう)して道(い)う、
「主公(しゅこう)、臣(しん)は乃(すなわ)ち五方掲諦使(ごほうかいだいし)なり。今(いま)斉天大聖(せいてんたいせい)の唐僧(とうそう)を保(たも)ちて経(きょう)を取(と)る有(あ)り、路(みち)一山(ひとやま)に遇(あ)い、名(な)を小雷音寺(しょうらいおんじ)と曰(い)う。

唐僧(とうそう)霊山(りょうざん)と錯(あやま)り認(みと)めて進(すす)みて拝(はい)せしに、原来(もと)是(こ)れ妖魔(ようま)の仮(いつわ)りに設(もう)くる所(ところ)にして、他(かれ)が師徒(しと)を困(くるし)め陷(おとしい)れ、大聖(たいせい)を将(も)って一副(ひとくみ)の金鐃(きんどう)の内(うち)に合(がっ)し、進退(しんたい)門(もん)無(な)く、看(み)る看(み)る死(し)に至(いた)らんとす。特に来(きた)りて啓奏(けいそう)す」と。
即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて、

「二十八宿星辰(にじゅうはっしゅくせいしん)を差(つか)わし、快(はや)く去(ゆ)きて厄(やく)を釈(と)き妖(よう)を降(くだ)せ」と。
那(か)の星宿(せいしゅく)少(すこ)しも緩(ゆる)やかにすることを敢(あ)えず、掲諦(かいだい)に随(したが)って同(とも)に、天門(てんもん)を出(い)で、山門(さんもん)の内(うち)に至(いた)る。
二更(にこう)の時分(じぶん)有(あ)りて、那(か)の些(これら)の大小(だいしょう)の妖精(ようせい)は、唐僧(とうそう)を獲(え)しに因(よ)り、老妖(ろうよう)倶(とも)に犒賞(こうしょう=ねぎら)いし、各(おのおの)去(ゆ)きて睡(ねむ)る。
衆星宿(しゅうせいしゅく)更(さら)に驚張(きょうちょう=騒(さわ)ぎ立(た))てず、都(みな)鐃鈸(どうばち)の外(そと)に到(いた)りて報(ほう)じて道(い)う、
「大聖(たいせい)、我等(われら)は是(こ)れ玉帝(ぎょくてい)の差(つか)わして二十八宿(にじゅうはっしゅく)を来(きた)らしめ、此(ここ)に到(いた)りて汝(なんじ)を救(すく)うなり」と。
行者(ぎょうじゃ)說(い)うを聽(き)きて大(おお)いに喜(よろこ)び、便(すなわ)ち教(おし)えて、
「兵器(へいき)を動(うご)かして打(う)ち破(やぶ)れ、老孫(ろうそん)就(すなわ)ち出(い)で来(きた)らんとす!」と。
衆星宿道(い)う、
「敢(あ)えて打(う)たず。此(こ)の物(もの)は乃(すなわ)ち渾金(こんきん=総金(そうきん))の宝(たから)、打(う)てば必(かなら)ず响(ひび)かん。响(ひび)く時(とき)妖魔(ようま)を驚(おどろ)かし動(うご)かさば、却(かえ)って救(すく)い拔(ぬ)き難(がた)し。

我等(われら)の兵器(へいき)を用(もち)いて他(かれ)を捎(さぐ)るを等(ま)て、汝(なんじ)が那(あ)の処(ところ)に但(た)だ些(いささか)の光(ひかり)の処(ところ)有(あ)るを見(み)ば就(すなわ)ち走(はし)れ」と。
行者道(い)う、

「正(まさ)に是(こ)れなり」と。
汝(なんじ)看(み)よ、彼等(かれら)の槍(やり)を使(つか)うは槍(やり)を使(つか)い、剣(けん)を使(つか)うは剣(けん)を使(つか)い、刀(かたな)を使(つか)うは刀(かたな)を使(つか)い、斧(おの)を使(つか)うは斧(おの)を使(つか)い、扛(か)ぐは扛(か)ぎ、抬(かつ)ぐは抬(かつ)ぎ、掀(あ)ぐるは掀(あ)げ、捎(さぐ)るは捎(さぐ)り、三更(さんこう)の天気(てんき)に弄(ろう)し到(いた)るも、漠然(ばくぜん)として動(うご)かず、就(すなわ)ちは铸(い)て成(な)れる囫圇(こつりん=丸(まる)ごと)の一般(ごと)し。
那(か)の行者(ぎょうじゃ)は裡(うち)に在(あ)りて、東(ひがし)に張(み)り張(み)り、西(にし)に望(のぞ)み望(のぞ)み、爬(は)い過(よ)ぎ来(きた)り、滚(ころ)び過(よ)ぎ去(ゆ)くも、些(いささか)の光(ひかり)の亮(あき)らかなるを見(み)んと想(おも)うこと莫(な)かれ。
亢金龍(こうきんりゅう)道(い)う、
「大聖(たいせい)や、且(しばら)く焦躁(しょうそう=いらだち)を休(や)めよ。此(こ)の宝(たから)を観(み)るに定(さだ)めて是(こ)れ箇(ひとつ)の如意(にょい)の物(もの)、断(たぶん)然(しか)じて也(また)能(よ)く変化(へんげ)す。汝(なんじ)那(あ)の里面(うち)に在(あ)りて、那(か)の合縫(ごうほう=合(あ)わさり目(め))の処(ところ)に於(お)いて、手(て)を用(もち)いて摸(さぐ)り着(つ)けよ。我(われ)の角尖児(かくせんじ=角(つの)の先(さき))を使(つか)って拱(もぐ)り進(い)らしむるを等(ま)て、汝(なんじ)変化(へんげ)して、松(ゆる)き処(ところ)に順(したが)いて身(み)を脱(のが)れん」と。
行者(ぎょうじゃ)言(げん)に依(よ)り、真(まこと)に里面(うち)に在(あ)りて乱(みだ)りに摸(さぐ)る。
這(こ)の星宿(せいしゅく)身(み)を把(と)って小(ちい)さく変(へん)じれば、那(か)の角尖児(かくせんじ)は就(すなわ)ち箇(ひとつ)の針尖(しんせん=針(はり)の先(さき))の一樣(ごと)く、鐃(どう)の合縫口(ごうほうこう)の上(うえ)に順(したが)って、伸(の)ばし将(も)って進(い)り去(ゆ)く。憐(あわ)れむべし千斤(せんきん)の力(ちから)を使(つか)い尽(つ)くして、方(はじ)めて裏面(りめん)を穿透(かんつう=突(つ)き通(とお))すを得(え)たり。
却(かえ)って本身(ほんしん)と角(つの)とを将(も)って法象(ほうぞう)を使(つか)い、「長(たか)くなれ! 長(たか)くなれ! 長(たか)くなれ!」と叫(さけ)べば、角(つの)は就(すなわ)ち碗(わん)の来(きた)るが如(ごと)きの粗細(そさい)に長(たか)くなる。
那(か)の鐃口(どうこう=鉦(かね)の口(くち))は倒(かえ)って也(また)金(きん)の铸(い)たるに象(に)ず、皮肉(ひにく)の長(は)じ成(な)れるに好(よ)く似(に)て、亢金龍(こうきんりゅう)の角(つの)に順(したが)って、緊緊(きんきん)と噙(ふく)み住(とど)め、四下裡(あたり)に更(さら)に一絲(ひとすじ)の抜縫(ばっぽう=抜(ぬ)く隙間(すきま))も無(な)し。
行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が角(つの)を摸(さぐ)り着(つ)けて叫(さけ)んで道(い)う、
「不済事(ふざいじ=駄目(だめ))なり! 上下(じょうげ)に一毫(いちごう)の松(ゆる)き処(ところ)も没(な)し!

没奈何(なんともならず)、汝(なんじ)些(いささ)かの疼(いたみ)を忍(しの)びて、我(われ)を帯(つ)れて出(い)で去(ゆ)け」と。
好(よ)き大聖(たいせい)、即(すなわ)ち金箍棒(きんこぼう)を将(も)って一把(ひとふり)の鋼鑿(こうさく=鋼(はがね)の鑿(のみ))に変(へん)じ、他(かれ)が那(あ)の角尖(かくせん)の上(うえ)に一箇(ひとつ)の孔竅(こうきょう)を穿(うが)ち、身子(しんし)を把(と)って箇(ひとつ)の芥菜子児(かいさいしじ)の似(ごと)くに変(へん)じ、那(か)の錐穴(きりあな)の裡(うち)に拱(もぐ)り在(あ)りて蹲(うずくま)り、叫(さけ)んで、
「角(つの)を扯(ひ)き出(いだ)せ! 角(つの)を扯(ひ)き出(いだ)せ!」と。
這(こ)の星宿(せいしゅく)又(また)知(し)らず多少(いくばく)の力(ちから)を費(つい)やしし、方(はじ)めて才(わず)かに抜(ぬ)き出(いだ)し、力(ちから)尽(つ)き筋(すじ)柔(やわ)らぐを使(つか)い得(え)て、地(ち)の下(した)に倒(たお)る。

行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って自(みずか)ら他(かれ)が角尖(かくせん)の錐穴(きりあな)の裡(うち)より潜(もぐ)り出(い)で、原身(げんしん)を現(あらわ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(と)り出(いだ)し、鐃鈸(どうばち)を照(めが)けて当(あた)たる一声(ひとこえ)打(う)ち去(ゆ)けば、就(すなわ)ち銅山(どうざん)を崩(くず)し倒(たお)すが如(ごと)く、金鐃(きんどう)を咋(か)み開(ひら)く。可惜(あたら)箇(ひとつ)の仏門(ぶつもん)の器(うつわ)を把(と)って、打(う)ち做(な)して千百塊(せんびゃくかい)の散碎(さんさい=砕(くだ)け散(ち))の金(きん)と為(な)す!
唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)驚張(きょうちょう)し、五方掲諦(ごほうかいだい)髪(かみ)を竪(た)て、大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)皆(みな)夢(ゆめ)より醒(さ)む。
老妖王(ろうようおう)睡(ねむ)りの裡(うち)に慌張(こうちょう)し、急(いそ)ぎ起(お)きて衣(ころも)を披(き)鼓(つづみ)を擂(う)ち、群妖(ぐんよう)を聚(あつ)め点(てん)じ、各(おのおの)器械(きかい)を執(と)る。

此(こ)の時(とき)天(てん)将(まさ)に黎明(れいめい)ならんとす。一斉(いっせい)に赶(お)い宝台(ほうだい)の下(した)に到(いた)り、只(た)だ孫行者(そんぎょうじゃ)と列宿(れっしゅく)の砕(くだ)け破(やぶ)れたる金鐃(きんどう)の外(そと)に囲(かこ)み在(あ)るを見(み)、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、即(すなわ)ち令(れい)じて、
「小(こ)の者達(ものたち)! 緊(きつ)く前門(ぜんもん)を関(とざ)し、人(ひと)を放(はな)ち出(いだ)すこと莫(なか)れ!」と。
行者(ぎょうじゃ)說(い)うを聽(き)き、即(すなわ)ち星衆(せいしゅう)を携(たずさ)え、雲(くも)に駕(が)して九霄(きゅうしょう)の空(そら)の裡(うち)に跳(と)び在(あ)る。
那(か)の妖王(ようおう)砕金(さいきん)を収(おさ)め、妖卒(ようそつ)を排(なら)べ開(ひら)き、山門(さんもん)の外(そと)に列(つら)ぬ。
妖王(ようおう)恨(うら)みを懐(いだ)き、没奈何(なんともならず)披掛(ひかけ)し、一根(ひとすじ)の短軟狼牙棒(たんなんろうがぼう=短(みじか)く軟(やわ)らかき狼牙(ろうが)の棒(ぼう))を使(つか)い、営(えい)を出(い)でて高(たか)く叫(さけ)んで、
「孫行者(そんぎょうじゃ)! 好男子(こうなんし=真(しん)の男(おとこ))は遠(とお)く走(はし)り高(たか)く飛(と)ぶ可(べ)からず! 快(はや)く前(まえ)に向(むか)い来(きた)りて我(われ)と三合(さんごう)交戦(こうせん)せよ!」と。
行者(ぎょうじゃ)忍(しの)び得(え)ず、即(すなわ)ち星衆(せいしゅう)を引(みちび)き、雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、那(か)の妖精(ようせい)の怎(いか)に生(しょう)ずる形(かたち)なるを観(み)るに、但(た)だ見(み)る他(かれ):
頭(あたま)を蓬(みだ)らせて、一条(ひとすじ)の扁薄金箍(へんはくきんこ=扁(ひら)たく薄(うす)い金(きん)の箍(たが))を勒(し)め、
眼(め)を光(ひか)らせて、両道(ふたすじ)の黄眉(こうび=黄色(きいろ)い眉(まゆ))の竪(た)てるを簇(あつ)む。
懸胆鼻(けんたんび=胆(きも)を懸(か)けたる鼻(はな))、孔竅(こうきょう=鼻(はな)の穴(あな))開(ひら)き査(さ)たり、
四方口(しほうこう=四角(しかく)い口(くち))、牙歯(がし)尖(とが)りて利(するど)し。
一副(ひとそろい)の叩結連環鎧(こうけつれんかんがい=鎧(よろい))を穿(き)、
一条(ひとすじ)の生絲穗縦(せいしすいじょう=生糸(きいと)の房(ふさ)付(つ)きの帯(おび))を勒(し)む。
脚(あし)に烏喇鞋(うらつがい=皮(かわ)の靴(くつ))一対(いっつい)を踏(ふ)み、
手(て)に狼牙棒(ろうがぼう)一根(ひとすじ)を執(と)る。
此(こ)の形(かたち)獣(けもの)に似(に)て獣(けもの)に如(し)かず、
相貌(そうぼう)人(ひと)に非(あら)ざれど却(かえ)って人(ひと)に似(に)たり。
行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を挺(ささ)げて喝(かつ)して道(い)う、
「汝(なんじ)は是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の怪物(かいぶつ)なるに、擅(ほしいまま)に敢(あ)えて仏祖(ぶっそ)を仮装(けそう=装(よそお))い、山頭(さんとう)を侵(おか)し占(し)め、虚(むな)しく小雷音寺(しょうらいおんじ)を設(もう)くるや!」と。
那(か)の妖王道(い)う、
「這(こ)の猴児(こうじ)は也(また)是(こ)れ我(われ)が姓名(せいめい)を知(し)らざるか、故(ゆえ)に来(きた)りて仙山(せんざん)を冒(おか)し犯(おか)す。此(こ)の処(ところ)を喚(よ)んで小西天(しょうせいてん)と做(な)す。我(われ)修行(しゅぎょう)して、正果(しょうか)を得(え)たるに因(よ)り、天(てん)の宝閣珍楼(ほうかくちんろう=宝(たから)の楼閣(ろうかく))を与(あた)うる有(あ)り。我(われ)が名(な)は乃(すなわ)ち是(こ)れ黄眉老仏(こうびろうぶつ)、此(ここ)の里(さと)の人(ひと)は知(し)らず、但(た)だ我(われ)を称(とな)えて黄眉大王(こうびだいおう)、黄眉爺爺(こうびじいさま)と為(な)す。
一向(ひたすら)久(ひさ)しく汝(なんじ)の西(にし)に往(ゆ)くを知(し)り、些(いささか)の手段(しゅだん)有(あ)るを、此(こ)れを以(もっ)て象(かたち)を設(もう)け能(のう)を顕(あらわ)し、汝(なんじ)が師父(しふ)を誘(いざな)い進(い)らしめ、汝(なんじ)と箇(ひとつ)の賭賽(とさい=賭(か)け)を打(う)たんと要(よう)す。如(も)し若(も)し我(われ)に闘(たたか)い勝(か)つを得(え)ば、汝(なんじ)が師徒(しと)を饒(ゆる)し、汝等(なんじら)をして箇(ひとつ)の正果(しょうか)を成(な)さしめん。如(も)し若(も)し能(あた)わずんば、汝等(なんじら)を将(も)って打(う)ち殺(ころ)し、我(われ)の去(ゆ)きて如来(にょらい)に見(まみ)え経(きょう)を取(と)り、中華(ちゅうか)に果正(かしょう)するを等(ま)てん」と。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、
「妖精(ようせい)海口(かいこう=大口(おおぐち))を須(もち)いず、既(すで)に賭(か)けんと要(ほっ)せば、快(はや)く上(のぼ)り来(きた)りて棒(ぼう)を領(う)けよ!」と。
那(か)の妖王(ようおう)喜孜孜(きしし=大喜(おおよろこ)び)として、狼牙棒(ろうがぼう)を使(つか)って抵(ふせ)ぎ住(とど)む。這(こ)の一場(いちじょう)好殺(こうさつ):
両条(ふたすじ)の棒(ぼう)、一(ひと)ならず、
將(は)た起來(おこ)れば形状(けいじょう)有(あ)りて說(い)わん:
一条(ひとすじ)は短軟(たんなん)仏家(ぶっけ)の兵(へい)、
一条(ひとすじ)は堅硬(けんこう)海蔵(かいぞう=海(うみ)の蔵(くら))に蔵(ぞう)す。
都(みな)随心(ずいい)変化(へんげ)の功(こう)有(あ)り、
今番(こんばん)相(あい)遇(あ)いて強壮(きょうそう)を争(あらそ)う。
短軟(たんなん)の狼牙(ろうが)雑錦(ざっきん)に妝(よそお)い、
堅硬(けんこう)の金箍(きんこ)蛟竜(こうりゅう)の象(かたち)。
若(も)し粗(あら)く若(も)し細(ほそ)く実(まこと)に誇(ほこ)る可(べ)く、
要(よう)するに短(みじか)く要(よう)するに長(なが)く甚(はなは)だ停当(ていとう=程(ほど)よ)し。
猴(さる)と魔(ま)と、斉(ひと)しく仗(たたか)いを打(う)ち、
這(こ)の場(ば)真(まこと)に箇(こ)れ虚誑(きょきょう=偽(いつわ)り)無(な)し。
馴猴(じゅんこう=馴(な)れたる猿(さる))教(きょう)を秉(と)って心猿(しんえん)と作(な)り、
潑怪(はつかい)天(てん)を欺(あざむ)きて仮象(けぞう=偽(にせ)の姿(すがた))を弄(ろう)す。

嗔嗔恨恨(しんしんこんこん=怒(いか)り恨(うら)み)各(おのおの)情(なさけ)無(な)く、
悪悪凶凶(あくあくきょうきょう)都(みな)様(よう)有(あ)り。
那(か)の一箇(ひとつ)は当頭(とうとう)に手(て)起(おこ)して放(はな)つを松(ゆる)めず、
這(こ)の一箇(ひとつ)は架(か)し捨(す)てて劈面(へきめん=面(おもて)を割(さ)く)推(お)し讓(ゆず)り難(がた)し。
雲(くも)を噴(ふ)き日(ひ)を照(て)らして昏(くら)く、
霧(きり)を吐(は)き峰(みね)の嶂(しょう=屏風(びょうぶ))を遮(さえぎ)る。
棒(ぼう)来(きた)り棒(ぼう)去(ゆ)きて両(ふた)りながら相(あい)迎(むか)え、
生(せい)を忘(わす)れ死(し)を忘(わす)るるは三蔵(さんぞう)に因(よ)る。
看(み)よ他(かれ)二箇(ふたり)の五十回合(ごじゅうがっごう)闘(たたか)い経(へ)て、輸贏(ゆえい)を見(み)ず。

那(か)の山門(さんもん)の口(くち)に、鑼(どら)を鳴(な)らし鼓(つづみ)を擂(う)ち、衆妖精(しゅうようせい)吶喊(とっかん=鬨(とき)の声(こえ))して旗(はた)を揺(ゆ)る。
這(こ)の壁廂(かたわら)に二十八宿(にじゅうはっしゅく)の天兵(てんぺい)と五方掲諦(ごほうかいだい)の衆聖(しゅうせい)有(あ)り、各(おのおの)器械(きかい)を掮(かつ)ぎ、一声(ひとこえ)吆喝(ようかつ)して、那(か)の魔頭(まとう)を把(と)って中(なか)に囲(かこ)む。吓(おどろ)かし得(え)て那(か)の山門外(さんもんがい)の群妖(ぐんよう)鼓(つづみ)を擂(う)ち難(がた)く、戦兢兢(せんせんきょうきょう)として手(て)軟(やわ)らぎて鑼(どら)を敲(たた)かず。
老妖魔(ろうようま)公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、一只(かたて)の手(て)に狼牙棒(ろうがぼう)を使(つか)って衆兵(しゅうへい)を架(か)し、一只(かたて)の手(て)に去(ゆ)きて腰間(ようかん)より一条(ひとすじ)の旧白布搭包児(きゅうはくふたっぽうじ=古(ふる)い白(しろ)い布(ぬの)の袋(ふくろ))を解(と)き下(おろ)し、上(うえ)に向(むか)って一抛(ひとなげ)すれば、滑(かつ)たる一声(ひとこえ)响喨(きょうりょう=響(ひび)き)して、孫大聖(そんたいせい)、二十八宿(にじゅうはっしゅく)と五方掲諦(ごほうかいだい)を、一搭包児(ひとふくろ)に通(ことごと)く装(つ)み将(も)って去(ゆ)き、肩(かた)に挎(か)け、歩(あゆみ)を運(はこ)びて身(み)を回(めぐ)らす。衆(しゅう)の小妖(しょうよう)箇箇(めいめい)歓然(かんぜん)として勝(か)ちを得(え)て回(かえ)る。
老妖(ろうよう)小(こ)の者達(ものたち)に教(さしず)して三五十条(さんごじゅうじょう)の麻索(まさく=麻(あさ)の縄(なわ))を取(と)らしめ、搭包(たっぽう)を解(と)き開(ひら)き、一箇(ひとり)を拿(とら)えては一箇(ひとり)を捆(くく)り、一箇箇(めいめい)都(みな)骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、皮膚(ひふ)窳皺(わしゅう=萎(しぼ)み皺(しわ)む)。
捆(くく)り了(おわ)りて後辺(こうへん)に抬(かつ)ぎ去(ゆ)き、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、倶(とも)に之(これ)を地(ち)に擲(なげう)つ。
妖王(ようおう)又(また)筵(うたげ)を排(なら)べて暢飲(ちょういん=思(おも)う存分(ぞんぶん)飲(の))むを命(めい)じ、旦(あした)より暮(くれ)に至(いた)って方(はじ)めて散(さん)じ、各(おのおの)寝処(しんしょ=寝(ね)る所(ところ))に帰(かえ)ることは題(あげつら)わず。

却(かえ)って說(い)う、孫大聖(そんたいせい)と衆神(しゅうしん)は夜半(やはん)に捆(くく)られ至(いた)り、忽(たちま)ち悲泣(ひきゅう=悲(かな)しみ泣(な)く)の声(こえ)有(あ)るを聞(き)く。
耳(みみ)を側(そばだ)てて聽(き)く時(とき)、却(かえ)って原来(もと)是(こ)れ三蔵(さんぞう)の声音(こえ)にして、哭(な)いて道(い)う、
「悟空(ごくう)や!
我(われ)自(みずか)ら恨(うら)む当時(そのかみ)伊(かれ)に聽(き)かざりしを、
今日(こんにち)災危(さいき=災(わざわい)の危(き))に遭(あ)うを致(いた)せるを。
金鐃(きんどう)の内(うち)汝(なんじ)を傷(そこな)い、
麻縄(まじょう=麻(あさ)の縄(なわ))我(われ)を捆(くく)るも誰(たれ)か知(し)らん。
四人(よにん)遭逢(そうほう)して命(めい)の苦(くる)しきに縁(よ)り、
三千(さんぜん)の功行(こうぎょう)尽(ことごと)く傾(かたむ)き頽(くず)る。
何(なん)に由(よ)りてか迍邅(ちゅんたん=行(ゆ)き悩(なや)み)の難(なん)を解(と)き得(え)て、
坦蕩(たんとう=広々(ひろびろ))たる西方(せいほう)に去(ゆ)きて復(ま)た帰(かえ)らん!」と。
行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聽(き)き、暗(ひそ)かに自(みずか)ら憐(あわれ)みて道(い)う、
「那(か)の師父(しふ)は是(こ)れ未(いま)だ吾(われ)が言(げん)を聽(き)かざりしと雖(いえど)も、今(いま)此(こ)の毒(どく)に遭(あ)うも、然(しか)りと雖(いえど)も患難(かんなん)の中(うち)に於(お)いて、還(ま)た老孫(ろうそん)を憶(おも)い念(ねん)ずるの意(い)有(あ)り。此(こ)の夜静(やせい)かに妖(よう)眠(ねむ)り、人(ひと)の防備(ぼうび)無(な)きに趁(じゅん)じ、且(しばら)く去(ゆ)きて衆等(しゅとう)を解脱(げだつ)して生(いき)を逃(のが)れしめん」と。
好(よ)き大聖(たいせい)、箇(ひとつ)の遁身法(とんしんぽう=身(み)を逃(のが)る術(じゅつ))を使(つか)い、身(み)を将(も)って一小(ひとちい)さくし、縄(なわ)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、唐僧(とうそう)の身辺(しんぺん)に走近(ちかづ)き、声(こえ)を叫(さけ)んで「師父(しふ)」と。
長老(ちょうろう)声音(こえ)を認(みと)め得(え)、叫(さけ)んで道(い)う、

「汝(なんじ)何(なん)の為(ため)に此(ここ)に到(いた)れる」と。
行者(ぎょうじゃ)悄(ひっそ)りと前項(ぜんこう=先(さき)の件(けん))の事(こと)を把(と)って一遍(ひととおり)告(つ)げる。長老(ちょうろう)甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(い)う、
「徒弟(とてい)! 快(はや)く我(われ)を一救(ひとすく)いせよ! 向后(こののち)の事(こと)は但(た)だ汝(なんじ)が処(しょ)に任(まか)す、再(ふたた)び強(し)いざらん!」と。
行者(ぎょうじゃ)才(わず)かに手(て)を動(うご)かし、先(ま)ず師父(しふ)を解(と)き、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を放(はな)ち、又(また)二十八宿(にじゅうはっしゅく)、五方掲諦(ごほうかいだい)を箇箇(めいめい)解(と)き、又(また)馬(うま)を牽(ひ)き過(よ)ぎ来(きた)りて、快(はや)く先(さき)に走(はし)り出(い)で去(ゆ)くを教(おし)う。
方(はじ)めて門(もん)を出(い)でしに、却(かえ)って行李(こうり)の何処(いずこ)に在(あ)るを知(し)らず、又(また)来(きた)りて找尋(そうじん=探(さが)し求(もと))む。
亢金龍(こうきんりゅう)道(い)う、
「汝(なんじ)は好(よ)く物(もの)を重(おも)んじ人(ひと)を軽(かろん)ず! 既(すで)に汝(なんじ)が師父(しふ)を救(すく)いたるが就(すなわ)ち彀(た)れるに、又(また)還(ま)た甚(なん)の行李(こうり)をか尋(たず)ぬる」と。
行者道(い)う、
「人(ひと)固(もと)より要緊(ようきん=肝心(かんじん))なれど、衣鉢(いはつ=法衣(ほうえ)と鉢(はつ))は尤(とりわけ)要緊(ようきん)なり。包袱(ほうふく=包(つつ)み)の中(うち)に通関文牒(つうかんぶんちょう)、錦襴袈裟(きんらんけさ)、紫金鉢盂(しきんはつう=紫(むらさき)の金(きん)の鉢(はつ))有(あ)り、倶(とも)に是(こ)れ仏門(ぶつもん)の至宝(しほう)なり、如何(いか)でか要(い)らざらんや!」と。

八戒道(い)う、
「哥哥(あに)、汝(なんじ)去(ゆ)きて找尋(そうじん)せよ、我等(われら)先(さき)に路上(ろじょう)に去(ゆ)きて汝(なんじ)を等(ま)たん」と。
汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の星衆(せいしゅう)の、唐僧(とうそう)を簇擁(ぞくよう)し、箇(ひとつ)の摂法(せっぽう)を使(つか)い、共(とも)に神通(じんつう)を弄(ろう)し、一陣(ひとむれ)の風(かぜ)に垣囲(えんい=塀(へい)の囲(かこ)い)を撮(つま)み出(いだ)し、大路(たいろ)を奔(はし)って山坡(さんぱ=山(やま)の坂(さか))を下(お)り、却(かえ)って平(たいら)かなる処(ところ)に屯(たむろ)して等候(ま)つ。

約(およ)そ三更(さんこう)の時分(じぶん)、孫大聖(そんたいせい)軽(かる)く挪(うご)かし慢(ゆる)やかに歩(あゆ)み、里面(うち)に走(はし)り入(い)る。原来(もと)一層層(いっそうそう)の門戸(もんこ)甚(はなは)だ緊(きん)なり。
他(かれ)就(すなわ)ち高楼(こうろう)に爬(は)い上(のぼ)りて看(み)る時(とき)、窗牖(そうゆう=窓(まど))皆(みな)関(とざ)さる。下(お)り去(ゆ)かんと欲(ほっ)すれど、又(また)窗櫺児(そうれいじ=窓(まど)の桟(さん))の响(ひび)かんことを恐(おそ)れ、敢(あ)えて推(お)し動(うご)かさず。
訣(けつ)を捻(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)じ、箇(ひとつ)の仙鼠(せんそ=仙(せん)の鼠(ねずみ))に変(へん)ず、俗名(ぞくみょう=俗(ぞく)の名(な))蝙蝠(こうもり)。
汝(なんじ)道(い)わんや他(かれ)の怎(いか)に生(しょう)ずる形(かたち)なるか:
頭(あたま)尖(とが)りて還(ま)た鼠(ねずみ)に似(に)たり、
眼(め)亮(あき)らかなるも亦(また)之(これ)の如(ごと)し。
翅(つばさ)有(あ)って黄昏(たそがれ)に出(い)で、
光(ひかり)無(な)くして白昼(はくちゅう)に居(お)る。
身(み)を蔵(かく)して瓦穴(がけつ=瓦(かわら)の穴(あな))を穿(うが)ち、
食(しょく)を覓(もと)めて蚊児(ぶんじ=蚊(か))を撲(う)つ。
偏(ひとえ)に晴明(せいめい)の月(つき)を喜(よろこ)び、
飛騰(ひとう)最(もっと)も時(とき)を識(し)る。
他(かれ)封(ふう)ぜざる瓦口(がこう=瓦(かわら)の口(くち))の椽子(てんし=垂木(たるき))の下(した)に順(したが)って、潜(もぐ)り将(も)って進(い)り去(ゆ)き、門(もん)を越(こ)え戸(と)を過(す)ぎ、中間(ちゅうかん)に到(いた)りて看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る、那(か)の第三重(だいさんじゅう)の楼窗(ろうそう=楼(ろう)の窓(まど))の下(した)に、熌灼灼(せんしゃくしゃく=きらきら)たる一道(ひとすじ)の毫光(ごうこう)有(あ)り。是(こ)れ灯燭(とうしょく=灯(あかり)と蝋燭(ろうそく))の光(ひかり)に非(あら)ず、香火(こうか)の光(ひかり)に非(あら)ず、又(また)飛霞(ひか=飛(と)ぶ霞(かすみ))の光(ひかり)に非(あら)ず、掣電(せつでん=稲妻(いなずま))の光(ひかり)に非(あら)ず。
他(かれ)半(なか)ば飛(と)び半(なか)ば跳(と)び、光(ひかり)の前(まえ)に近(ちか)づきて看(み)る時(とき)、却(かえ)って是(こ)れ包袱(ほうふく)の光(ひかり)を放(はな)てるなり。
那(か)の妖精(ようせい)唐僧(とうそう)の袈裟(けさ)を把(と)って脱(ぬ)がせ、曾(かつ)て折(お)らず、就(すなわ)ち乱乱(みだれ)として揌(おしこ)みて包袱(ほうふく)の内(うち)に在(あ)らしむ。
那(か)の袈裟(けさ)は本(もと)是(こ)れ仏宝(ぶっぽう)にして、上辺(うえ)に如意珠(にょいじゅ)、摩尼珠(まにじゅ)、紅瑪瑙(こうめのう)、紫珊瑚(しさんご)、舎利子(しゃりし)、夜明珠(やめいじゅ)有(あ)り、此(こ)れを以(もっ)て透(とお)るの光彩(こうさい)有(あ)るなり。

他(かれ)此(こ)の衣鉢(いはつ)を見(み)て、心中(しんちゅう)一喜(いっき)し、就(すなわ)ち本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、拿(と)り将(も)って過(よぎ)り来(きた)り、也(また)担縄(たんじょう=担(にな)い縄(なわ))の偏正(へんせい=曲(ま)がり正(ただ)しき)を管(かん)せず、肩(かた)に抬(かつ)ぎ上(あ)げ、下(した)へ向(む)かって就(すなわ)ち走(はし)る。不期(はからず)も一頭(いっとう=片方(かたほう))を脱(ぬ)かし、撲(ぽ)と楼板(ろうばん=床板(ゆかいた))の上(うえ)に落(お)ち、唿喇(こつらつ)たる一声(ひとこえ)响喨(きょうりょう)す。
噫(ああ)! 有(あ)るか此(かく)の如(ごと)き事(こと):可可(あたかも)の老妖精(ろうようせい)の楼下(ろうか)に在(あ)りて睡(ねむ)り居(お)りしが、一声(ひとこえ)の响(ひびき)に他(かれ)を把(と)って驚(おどろ)かし醒(さ)まし、跳(と)び起(お)きて乱(みだ)りに叫(さけ)んで道(い)う、
「人(ひと)有(あ)り了(ぬ)! 人(ひと)有(あ)り了(ぬ)!」と。
那(か)の些(これら)の大小(だいしょう)の妖(よう)都(みな)起(お)き、灯(あかり)を点(つ)け火(ひ)を打(う)ち、一斉(いっせい)に吆喝(ようかつ)し、前後(ぜんご)に去(ゆ)きて看(み)る。
或(あるい)は来(きた)りて報(ほう)じて道(い)う、
「唐僧(とうそう)走(はし)れり!」と。
又(また)或(あるい)は来(きた)りて報(ほう)じて道(い)う、
「行者(ぎょうじゃ)・衆人(しゅうじん)倶(とも)に走(はし)れり!」と。
老妖(ろうよう)急(いそ)ぎ号令(ごうれい)を伝(つた)えて、教(さしず)して、

「拿(とら)えよ! 各門(かくもん)の上(うえ)謹慎(きんしん=油断(ゆだん)するな)!」と。
行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聽(き)き、又(また)他(かれ)が羅網(らもう=網(あみ))に遭(あ)わんことを恐(おそ)れ、包袱(ほうふく)を挑(にな)い成(な)さず、筋斗(きんと)を縦(はな)って就(すなわ)ち楼窗(ろうそう)の外(そと)に跳(と)び出(い)でて走(はし)る。

那(か)の妖精(ようせい)前前後後(ぜんぜんごご)に、唐僧(とうそう)等(ら)を尋(たず)ぬるに着(つ)かず。又(また)天色(てんしょく)の将(まさ)に明(あ)けんとするを見(み)、棒(ぼう)を取(と)り、衆(しゅう)を帥(ひき)いて来(きた)りて赶(お)う。
只(た)だ見(み)る、那(か)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)と五方掲諦(ごほうかいだい)等(ら)の神(かみ)の、雲霧(うんむ)騰騰(とうとう)として、山坡(さんぱ)の下(した)に屯(たむろ)し住(とど)まるを。
妖王(ようおう)一声(ひとこえ)喝(かつ)して、
「何処(いずこ)へか去(ゆ)く! 吾(われ)来(きた)れるなり!」と。
角木蛟(かくぼくこう)急(いそ)ぎ喚(よ)んで、
「兄弟達(きょうだいたち)! 怪物(かいぶつ)来(きた)れるなり!」と。
亢金龍(こうきんりゅう)、女土蝠(じょどふく)、房日兔(ぼうじっと)、心月狐(しんげっこ)、尾火虎(びかこ)、箕水豹(きすいひょう)、斗木獬(とぼくかい)、牛金牛(ぎゅうきんご)、氐土貉(ていどかく)、虚日鼠(きょじっそ)、危月燕(きげつえん)、室火猪(しつかちょ)、壁水㺄(へきすいゆ)、奎木狼(けいぼくろう)、婁金狗(ろうきんく)、胃土彘(いどてい)、昴日雞(ぼうじっけい)、畢月烏(ひつげつう)、觜火猴(しかこう)、参水猿(しんすいえん)、井木犴(せいぼくかん)、鬼金羊(ききんよう)、柳土獐(りゅうどしょう)、星日馬(せいじつば)、張月鹿(ちょうげつろく)、翼火蛇(よくかだ)、軫水蚓(しんすいいん)、
金頭掲諦(きんとうかいだい)、銀頭掲諦(ぎんとうかいだい)、六甲(りっこう)、六丁(りくてい)等(ら)の神(かみ)、護教伽藍(ごきょうがらん)を領(ひき)い、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)と同(とも)に、—唐三蔵(とうさんぞう)を領(ひき)いず、白龍馬(はくりゅうば)を捨(す)て—各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)り、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せて上(のぼ)る。
這(こ)の妖王(ようおう)見(み)て、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)し、一声(ひとこえ)哨子(しょうじ=呼子(よびこ))を叫(さけ)べば、四五千(しごせん)の大小(だいしょう)の妖精(ようせい)有(あ)り、一箇箇(めいめい)威強(いきょう=威(い)と強(つよ)さ)力(ちから)勝(まさ)り、西山坡(せいさんぱ)の上(うえ)に渾戦(こんせん=入(い)り乱(みだ)れて戦(たたか))す。好殺(こうさつ)なり:
魔頭(まとう)潑悪(はつあく=暴(あば)れ悪(あ)し)にして真性(しんせい)を欺(あざむ)き、
真性(しんせい)温柔(おんじゅう)なれば怎(いか)でか魔(ま)に奈何(いかん)せん。
百計(ひゃっけい)施(ほどこ)して為(な)すも苦(くるしみ)を脱(だっ)し難(がた)く、
千方(せんぽう)妙用(みょうよう)するも和(わ)する能(あた)わず。
諸天(しょてん)来(きた)りて擁護(ようご)し、
衆聖(しゅうせい)干戈(かんか=武器(ぶき))を助(たす)く。
情(なさけ)を留(とど)めて木母(もくぼ)を虧(そこな)い、
志(こころざし)を定(さだ)めて黄婆(こうば)を感(かん)ぜしむ。
渾戦(こんせん)天(てん)を驚(おどろ)かし并(ならび)に地(ち)を振(ふる)わせ、
強(あら)く争(あらそ)いて網(あみ)を設(もう)け与(と)羅(あみ)を張(は)る。
那(か)の壁廂(かたわら)旗(はた)を揺(ゆ)り吶喊(とっかん)し、
這(こ)の壁廂(かたわら)鼓(つづみ)を擂(う)ち鑼(どら)を篩(ふる)う。
槍刀(そうとう)密密(みつみつ)として寒光(かんこう)蕩(あふ)れ、
剣戟(けんげき)紛紛(ふんぷん)として殺気(さっき)多(おお)し。
妖卒(ようそつ)凶(きょう)にして還(ま)た勇(ゆう)なれば、
神兵(しんぺい)怎(いか)でか奈何(いかん)せん!
愁雲(しゅううん)日月(じつげつ)を遮(さえぎ)り、
惨霧(さんむ)山河(さんが)を罩(おお)う。
苦(くるし)く引(ひ)き苦(くるし)く挽(ひ)きて来(きた)りて相(あい)戦(たたか)うは、
皆(みな)三蔵(さんぞう)の弥陀(みだ)を拝(はい)せるに因(よ)る。

那(か)の妖精(ようせい)倍(ますます)勇猛(ゆうもう)を加(くわ)え、衆(しゅう)を帥(ひき)いて上前(すす)みて掩殺(えんさつ=襲(おそ)い殺(ころ))す。
正(まさ)に那(か)の勝敗(しょうはい)を分(わ)かたざるの際(きわ)に在(あ)りしに、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)の一声(ひとこえ)叱咤(しった=叱(しか)り)して道(い)う、
「老孫(ろうそん)来(きた)れるなり!」と有(あ)るを聞(き)く。
八戒(はっかい)迎(むか)えて道(い)う、
「行李(こうり)は如何(いかん)」と。
行者道(い)う、
「老孫(ろうそん)の性命(いのち)几乎(ほとんど)免(まぬか)れ難(がた)かりしに、却(かえ)って便(すなわ)ち甚(なん)の行李(こうり)をか說(い)わん!」と。
沙僧(さそう)宝杖(ほうじょう)を執(と)って道(い)う、
「且(しばら)く叙話(じょわ=語(かた)り合(あ)い)を休(や)め、快(はや)く去(ゆ)きて妖精(ようせい)を打(う)たん!」と。
那(か)の星宿(せいしゅく)、掲諦(かいだい)、丁甲(ていこう)等(ら)の神(かみ)は、群妖(ぐんよう)に垓心(がいしん=戦(いくさ)の真(ま)ん中(なか))に囲(かこ)まれて渾(こん)じて殺(ころ)し合(あ)い、老妖(ろうよう)棒(ぼう)を使(つか)って来(きた)りて他(かれ)三箇(みたり)を打(う)つ。
這(こ)の行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)は棍杖(こんじょう=棒(ぼう)と杖(つえ))を捨(す)て開(ひら)き、釘鈀(ていは)を輪(ふる)って抵(ふせ)ぎ住(とど)む。
真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ地(ち)暗(くら)く天(てん)昏(くら)く、勝(か)つを取(と)るを得(え)ず。只(た)だ殺(ころ)し得(え)て、太陽星(たいようせい)は西(にし)の山根(さんこん=山(やま)の根元(こんげん))に没(ぼっ)し、太陰星(たいいんせい)は東(ひがし)の海嶠(かいきょう=海(うみ)の嶺(みね))に生(しょう)ずるまでなり。
那(か)の妖(よう)天(てん)の晩(く)るるを見(み)、箇(ひとつ)の哨子(しょうじ)を打(う)ち、群妖(ぐんよう)に各各(めいめい)心(こころ)を留(とど)めしめ、他(かれ)却(かえ)って宝貝(ほうばい)を取(と)り出(いだ)す。
孫行者(そんぎょうじゃ)看(み)ること分明(ぶんめい)なり。那(か)の怪(かい)搭包(たっぽう)を解(と)き下(おろ)し、手(て)の中(うち)に拿(と)る。
行者(ぎょうじゃ)一声(ひとこえ)「不好(わる)し了(ぬ)! 走(はし)らん!」と道(い)うや、他(かれ)就(すなわ)ち八戒(はっかい)・沙僧(さそう)、諸天(しょてん)等(ら)の衆(しゅう)を顧(かえり)みるを得(え)ず、一路(ひとみち)に筋斗(きんと)して、九霄(きゅうしょう)の空(そら)の裡(うち)に跳(と)び上(のぼ)る。
衆神(しゅうしん)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)は其(そ)の意(い)を解(かい)せず、他(かれ)に抛(な)げ上(あ)げ去(さ)られ、又(また)都(みな)裡面(うち)に装(つ)まれ、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)を走(はし)らしむるのみ。
那(か)の妖王(ようおう)兵(へい)を収(おさ)めて寺(てら)に回(かえ)り、又(また)縄索(じょうさく)を取(と)り出(いだ)すを教(さしず)し、旧(もと)に照(しょう=のっと)りて绑(しば)る。
唐僧(とうそう)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)を将(も)って梁(はり)に懸(か)け高(たか)く吊(つる)し、白馬(はくば)を後辺(こうへん)に拴(つな)ぎ、諸神(しょしん)亦(また)倶(とも)に縛(しば)られ、地窖子(ちこうし=穴蔵(あなぐら))の内(うち)に抬(かつ)ぎ入(い)れ、蓋(ふた)を封(ふう)じ鎖(さ)す。
那(か)の衆妖(しゅうよう)遵依(じゅんい=言(い)いつけに従(したが))し、一一(いちいち)収(おさ)むることは題(あげつら)わず。

却(かえ)って說(い)う、行者(ぎょうじゃ)九霄(きゅうしょう)に跳(と)び在(あ)りて、性命(いのち)を全(まっと)うし、妖兵(ようへい)の旗号(きごう=旗(はた)の印(しるし))を張(は)らずして回(まわ)り転(てん)ずるを見(み)、已(すで)に衆等(しゅとう)の擒(とら)えられたるを知(し)る。
他(かれ)却(かえ)って祥光(しょうこう)を按(おさ)え下(おろ)し、那(か)の東山(とうざん)の頂(いただき)の上(うえ)に落(お)ち、牙(きば)を咬(か)みて怪物(かいぶつ)を恨(うら)み、涙(なみだ)を滴(したた)らして唐僧(とうそう)を想(おも)い、面(おもて)を仰(あお)ぎて天(てん)を朝(あお)ぎ望(のぞ)み、悲(かなし)み嗟(なげ)いて忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)い、叫(さけ)んで道(い)う、
「師父(しふ)や! 汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの世(よ)の裡(うち)にか這(こ)の迍邅(ちゅんたん)の難(なん)を造(つく)り下(おろ)し、今生(こんじょう)の裡(うち)に步步(ほほ)妖精(ようせい)に遇(あ)う。此(かく)の如(ごと)き般(ごと)くの苦楚(くそ=苦(くるしみ))も逃(のが)れ難(がた)し、怎(いか)にして生(しょう)ぜんか是(こ)れ好(よ)き!」と。
独(ひと)り一箇(ひとり)、嗟嘆(さたん=嘆(なげ)き)すること多時(たじ)にして、復(ま)た又(また)神(しん)を寧(やすん)じ思慮(しりょ=思(おもい)巡(めぐ)ら)し、心(こころ)を以(もっ)て心(こころ)に問(と)うて道(い)う、
「這(こ)の妖魔(ようま)は是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の搭包子(たっぽうし=袋(ふくろ))なるを知(し)らず、那(かく)の般(ごと)く許多(あまた)の物件(ぶっけん)を装(つ)み得(う)るや。如今(いま)天神(てんしん)天将(てんしょう)の許多(あまた)の人(ひと)を将(も)って又(また)都(みな)装(つ)み進(い)れたり。我(われ)天(てん)に救(すくい)を求(もと)めんと待(ま)てど、奈何(いかん)せん玉帝(ぎょくてい)の怪(あやし)み見(み)んことを恐(おそ)る。我(われ)記(おぼ)うるに箇(ひとり)の北方真武(ほっぽうしんぶ)有(あ)り、号(ごう)して蕩魔天尊(とうまてんそん)と曰(い)う。他(かれ)如今(いま)現(げん)に南贍部洲(なんせんぶしゅう)武当山(ぶとうざん)の上(うえ)に在(ましま)す。我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)を請(しょう)じ来(きた)り、師父(しふ)の難(なん)を搭救(たっきゅう)するを等(ま)てん」と。
正(まさ)に是(こ)れ:

仙道(せんどう)未(いま)だ成(な)らずして猿馬(えんば=心(こころ)の猿(さる)と意(い)の馬(うま))散(さん)じ、
心神(しんしん)主(あるじ)無(な)くして五行(ごぎょう)枯(か)る。

畢竟(つい)に此(こ)の去(ゆ)きての端的(たんてき=結末(けつまつ))の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。