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066 第六十六回 諸神(しょしん)、毒手(どくしゅ)に遭(あ)い 弥勒(みろく)、妖魔(ようま)を縛(ばく)す

話(かく)かた孫大聖(そんたいせい)、施(ほどこ)すべき計(はかりごと)無(な)く、一朶(いちだ)の祥雲(しょううん)を縦(ほしいまま)にして筋斗(きんとう)に駕(が)し、直(ただ)ちに南贍部洲(なんせんぶしゅう)へと転(うつ)りて武当山(ぶとうさん)を拝(はい)し、蕩魔天尊(とうまてんそん)を参請(さんせい)して、三蔵(さんぞう)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)・天兵(てんぺい)等(とう)の衆(しゅう)の災(わざわい)を釈(と)かんとす。彼(かれ)は半空(はんくう)に在(あ)りて停止(ていし)する無(な)く、一日(いちにち)ならずして、早(はや)くも祖師(そし)の仙境(せんけい)を望(のぞ)み見(み)、軽(かる)く雲頭(うんとう)を按(あん)じ下(お)ろして、睛(ひとみ)を定(さだ)めて観(み)るに、好(よ)き去処(ところ)なり。

巨鎮(きょちん)は東南(とうなん)に、中天(ちゅうてん)の神岳(しんがく)。
芙蓉峰(ふようほう)は竦傑(しょうけつ=聳(そび)え傑(すぐ))れ、紫蓋嶺(しがいれい)は巍峨(ぎが=高(たか)く聳(そび))れたり。
九江(きゅうこう)の水(みず)尽(つ)きて荊揚(けいよう)遠(とお)く、百越(ひゃくえつ)の山(やま)連(つら)なりて翼軫(よくしん)多(おお)し。
上(かみ)には太虚(たいきょ)の宝洞(ほうどう)、朱陸(しゅりく)の霊台(れいだい)有(あ)り。
三十六宮(さんじゅうろっきゅう)に金磬(きんけい)響(ひび)き、百千萬客(ひゃくせんまんかく)香(こう)を進(すす)めて来(きた)る。
舜(しゅん)巡(めぐ)り禹(う)祷(いの)りて、玉簡(ぎょくかん)金書(きんしょ)なり。
楼閣(ろうかく)には青鳥(せいちょう)飛(と)び、幢幡(どうばん)には赤裾(せききょ)揺(ゆ)る。
地(ち)は名山(めいざん)を設(もう)けて宇宙(うちゅう)に雄(ゆう)たり、天(てん)は仙境(せんけい)を開(ひら)きて空虚(くうきょ)に透(とお)る。
幾樹(いくじゅ)の榔梅(ろうばい)花(はな)正(まさ)に放(ひら)き、満山(まんざん)の瑶草(ようそう)色(いろ)皆(みな)舒(の)ぶ。
竜(りゅう)は澗底(かんてい)に潜(ひそ)み、虎(とら)は崖中(がいちゅう)に伏(ふ)す。
幽含(ゆうがん=幽(かす)かなる含(ふく)み)は訴(うった)うる語(ご)の如(ごと)く、馴鹿(じゅんろく)人(ひと)の行(ゆ)くに近(ちか)し。
白鶴(はっかく)は雲(くも)に伴(ともな)いて老檜(ろうかい)に棲(す)み、青鸞(せいらん)丹鳳(たんぽう)は陽(ひ)に向(むか)いて鳴(な)く。
玉虚師相(ぎょくきょしそう)真仙(しんせん)の地(ち)、金闕仁慈(きんけつじんじ)治世(ちせい)の門(もん)。

上帝祖師(じょうていそし)は、即(すなわ)ち浄楽国王(じょうらくこくおう)と善勝皇后(ぜんしょうこうごう)とが日(ひ)の光(ひかり)を呑(の)む夢(ゆめ)を見(み)、覚(さ)めて孕(はら)む有(あ)りて、胎(たい)を懐(いだ)くこと一十四ヶ月(じゅうよんかげつ)、開皇(かいこう)元年(がんねん)甲辰(こうしん)の歳(とし)三月(さんがつ)初一日(ついたち)午(うま)の刻(こく)に王宮(おうきゅう)に降誕(こうたん)し給(たま)えり。那(そ)の爺(じい)は、幼(おさな)くして勇猛(ゆうもう)、長(ちょう)じて神霊(しんれい)なり。王位(おうい)を統(す)べず、惟(た)だ修行(しゅぎょう)を務(つと)む。父母(ふぼ)禁(きん)ずるに難(がた)く、皇宮(こうきゅう)を棄捨(きしゃ)す。玄(げん)を参(まい)り定(じょう)に入(い)り、此(こ)の山(やま)の中(うち)に在(あ)り。功(こう)完(まった)く行(ぎょう)満(み)ちて、白日(はくじつ)に飛昇(ひしょう)す。玉皇(ぎょっこう)敕号(ちょくごう)して、真武(しんぶ)の名(な)を賜(たま)う。玄虚(げんきょ)上(かみ)に応(おう)じ、亀蛇(きだ)形(かたち)を合(あわ)す。周天(しゅうてん)六合(りくごう)、皆(みな)万霊(ばんれい)と称(しょう)す。幽(ゆう)として察(さっ)せざる無(な)く、顕(けん)として成(な)さざる無(なし)。劫(こう)終(おわ)り劫(こう)始(はじま)るに、魔精(ませい)を剪伐(せんばつ)す。

孫大聖(そんたいせい)、仙境(せんけい)の景致(けいち)を玩(もてあそ)びつつ、早(はや)くも一天門(いってんもん)・二天門(にてんもん)・三天門(さんてんもん)に来(きた)り、却(かえ)って太和宮(たいわきゅう)の外(そと)に至(いた)れば、忽(たちま)ち那(か)の祥光(しょうこう)瑞気(ずいき)の間(あいだ)に、五百(ごひゃく)の霊官(れいかん)の簇(むら)がり擁(よう)するを見(み)る。那(そ)の霊官(れいかん)上前(じょうぜん)に迎(むか)えて道(い)う、「那(そ)の来(きた)るは誰(たれ)ぞ」と。大聖(たいせい)道(い)う、「我(われ)は乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)なり、師相(しそう)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す」と。衆(しゅう)の霊官(れいかん)聞(き)きて、随(したが)って報(ほう)ず。祖師(そし)即(すなわ)ち殿(でん)を下(お)り、太和宮(たいわきゅう)まで迎(むか)え出(い)づ。行者(ぎょうじゃ)礼(れい)を作(な)して道(い)う、「我(われ)に一事(いちじ)有(あ)りて奉労(ほうろう=労(ろう)を奉(たてまつ))らん」と。問(と)う、「何事(なにごと)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くが、路(みち)に険難(けんなん)に遭(あ)う。西牛賀洲(さいごがしゅう)に至(いた)り、山(やま)有(あ)りて小西天(しょうせいてん)と喚(よ)び、小雷音寺(しょうらいおんじ)に一(ひと)りの妖魔(ようま)有(あ)り。我(わ)が師父(しふ)山門(さんもん)に入(い)り得(え)て、阿羅(あら)・掲諦(かいたい)・比丘(びく)・聖僧(しょうそう)の排列(はいれつ)する有(あ)るを見(み)、以(もっ)て真仏(しんぶつ)と為(な)し、身(み)を倒(さかしま)にして拝(おが)まんとせしに、忽(たちま)ち彼(かれ)に拿(とら)えられ縛(いまし)められたり。我(われ)又(また)防閑(ぼうかん=防(ふせ)ぎ閑(まも)る)に失(しっ)し、彼(かれ)が一副(いっぷく)の金鐃(きんどう)を抛(な)げ掛(か)けられて、我(われ)を其(そ)の裡(うち)に罩(おお)われ、纖毫(せんごう=細(こま)き毛筋(けすじ))の縫(ぬい)も無(な)く、口(くち)合(がっ)すること鉗(かん=やっとこ)の如(ごと)し。甚(はなは)だ金頭掲諦(きんとうかいたい)の請奏(せいそう)して玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)し、欽差(きんさ)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)の当夜(とうや)下界(げかい)するに虧(よ)りて、掀(かか)げ掲(あ)ぐるも起(た)たず。幸(さいわ)いに亢金龍(こうきんりゅう)の角(つの)を鐃(どう)の内(うち)に透(とお)し入(い)れて、我(われ)を度(すく)い出(い)だすを得(え)、我(われ)が金鐃(きんどう)を打(う)ち砕(くだ)きて、怪物(かいぶつ)を驚(おどろ)かし醒(さ)ませり。追(お)い戦(たたか)うの間(あいだ)、又(また)一(ひと)つの白布(はくふ)の搭包児(たくほうじ=風呂敷(ふろしき)包(づつ)み)を撒(ま)かれて、我(われ)と二十八宿(にじゅうはっしゅく)并(なら)びに五方(ごほう)の掲諦(かいたい)とを、尽(ことごと)く皆(みな)装(つつ)み去(さ)られ、復(ま)た縄(なわ)を用(もち)いて捆(くく)られたり。是(こ)れ我(われ)当夜(とうや)脱逃(だっとう)して、星辰(せいしん)等(とう)の衆(しゅう)と我(わ)が唐僧(とうそう)等(とう)とを救(すく)えり。後(のち)衣鉢(いはつ)を尋(たず)ね找(さが)す為(ため)、又(また)那(か)の妖(よう)を驚(おどろ)かし醒(さ)まし、天兵(てんぺい)と追(お)い戦(たたか)えり。那(か)の怪(かい)又(また)搭包児(たくほうじ)を拿(と)り出(いだ)し、理弄(りろう=扱(あつか)い弄(もてあそ))するの時(とき)、我(われ)却(かえ)って前音(ぜんいん=以前(いぜん)の音(おと))を知(し)りて、遂(つい)に走(はし)り去(さ)りしに、衆等(しゅうとう)は彼(かれ)に依(よ)って然(しか)しく装(つつ)み去(さ)られたり。我(われ)施(ほどこ)すべき計(はかりごと)無(な)く、特(こと)に来(きた)りて師相(しそう)を拝(はい)し求(もと)め、一(ひと)つの助力(じょりょく)を賜(たま)わらんとす」と。

祖師(そし)道(い)う、「我(われ)当年(とうねん)北方(ほっぽう)に威(い)を鎮(しず)め、真武(しんぶ)の位(くらい)を統摂(とうせつ)し、天下(てんか)の妖邪(ようじゃ)を剪伐(せんばつ)せしは、乃(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)の敕旨(ちょくし)を奉(ほう)じたればなり。後(のち)又(また)髪(かみ)を披(ひら)き跣足(せんそく=素足(すあし))にて、騰蛇(とうだ)神亀(しんき)を踏(ふ)み、五雷神将(ごらいしんしょう)・巨虬(きょきゅう=大(おお)きき虬(みずち))・獅子(しし)・猛獣(もうじゅう)・毒竜(どくりゅう)を領(りょう)して、東北方(とうほくほう)の黒気(こっき)妖氛(ようふん)を収降(しゅうこう)せしは、乃(すなわ)ち元始天尊(げんしてんそん)の符召(ふしょう)を奉(ほう)じたればなり。今日(こんにち)静(しず)かに武当山(ぶとうさん)を享(う)け、太和殿(たいわでん)に安逸(あんいつ)し、一向(ひたすら)海岳(かいがく)平寧(へいねい)にして、乾坤(けんこん)清泰(せいたい)なり。奈何(いかん)せん我(わ)が南贍部洲(なんせんぶしゅう)并(なら)びに北俱蘆洲(ほっくるしゅう)の地(ち)は、妖魔(ようま)剪伐(せんばつ)されて、邪鬼(じゃき)踪(あと)を潜(ひそ)めたり。今(いま)大聖(たいせい)の下降(げこう)を蒙(こうむ)る、行(おこな)わざるを得(え)ざるなり。只(た)だ是(こ)れ上界(じょうかい)に旨意(しい)有(あ)らざれば、擅(ほしいまま)に干戈(かんか)を動(うご)かすを敢(あ)えず。仮若(もし)法(ほう)を以(もっ)て衆神(しゅうしん)を遣(つかわ)さば、又(また)玉帝(ぎょくてい)の見罪(けんざい=罪(つみ)に問(と)わるる)を恐(おそ)れ、十分(じゅうぶん)に大聖(たいせい)を却(しりぞ)けなば、又(また)是(こ)れ我(われ)人情(にんじょう)に逆(さか)らうなり。我(われ)諒(おもんばか)るに、那(か)の西路(せいろ)上(じょう)縦(たと)い妖邪(ようじゃ)有(あ)るも、亦(ま)た大害(たいがい)を為(な)さじ。我(われ)今(いま)亀(き)・蛇(じゃ)の二将(にしょう)并(なら)びに五大神竜(ごだいしんりゅう)を着(つか)わして汝(なんじ)と助力(じょりょく)せしめ、管(きっと)も妖精(ようせい)を擒(とりこ)にし、汝(なんじ)が師(し)の難(なん)を救(すく)わしめん」と。行者(ぎょうじゃ)祖師(そし)を拝謝(はいしゃ)し、即(すなわ)ち亀(き)・蛇(じゃ)・竜神(りゅうじん)と各(おのおの)精鋭(せいえい)の兵(へい)を帯(たい)し、復(ま)た西洲(せいしゅう)の界(さかい)に転(うつ)る。一日(いちにち)ならずして、小雷音寺(しょうらいおんじ)に到(いた)り、雲頭(うんとう)を按(あん)じ下(お)ろし、直(ただ)ちに山門(さんもん)の外(そと)に至(いた)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶ。

却(さ)て説(と)く、那(か)の黄眉大王(こうびだいおう)は衆怪(しゅうかい)を宝閣(ほうかく)の下(もと)に聚(あつ)めて説(い)う、「孫行者(そんぎょうじゃ)此(こ)の両日(りょうじつ)来(きた)らず、又(また)何(いず)れの方(かた)へか往(ゆ)きて兵(へい)を借(か)りたるか知(し)れず」と。説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、前門(ぜんもん)の上(うえ)の小妖(しょうよう)の報(ほう)じて道(い)う、「行者(ぎょうじゃ)、幾(いく)つかの竜蛇亀相(りゅうじゃきそう)を引(ひ)きて、門(もん)の外(そと)に在(あ)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶ」と。妖魔(ようま)道(い)う、「此(こ)の猴児(こうじ=猿(さる)め)怎(いか)でか竜蛇亀相(りゅうじゃきそう)を得(え)たる。此等(これら)の類(たぐい)は、却(かえ)って是(こ)れ何方(いずこ)より来(きた)れる者(もの)ぞ」と。随(したが)って披挂(ひかく=鎧(よろい)を着(つ))し、山門(さんもん)を走出(はしりで)て高(たか)く叫(よ)ぶ、「汝等(なんだち)は那路(いずこ)の竜神(りゅうしん)ぞ、敢(あ)えて吾(わ)が仙境(せんけい)を造(おか)すや」と。五竜(ごりゅう)二将(にしょう)は相貌(そうぼう)崢嶸(そうこう=際立(きわだ))ち、精神(せいしん)抖擻(とそう=奮(ふる)い立(た))ちて喝(かつ)して道(い)う、「那(そ)の潑怪(はつかい=暴(あば)れ怪(かい))め! 我(われ)は乃(すなわ)ち武当山(ぶとうさん)太和宮(たいわきゅう)混元教主(こんげんきょうしゅ)蕩魔天尊(とうまてんそん)の前(まえ)なる五位(ごい)の竜神(りゅうしん)・亀(き)・蛇(じゃ)の二将(にしょう)なり。今(いま)斉天大聖(せいてんたいせい)の相邀(しょうよう=招(まね))き、我(わ)が天尊(てんそん)の符召(ふしょう)を蒙(こうむ)り、此(ここ)に到(いた)りて汝(なんじ)が此(こ)の妖精(ようせい)を捕(とら)えんとす。速(すみや)かに唐僧(とうそう)と天星(てんせい)等(とう)とを送(おく)り出(いだ)さば、汝(なんじ)が一死(いっし)を免(まぬか)れしめん! 然(しか)らずんば、将(まさ)に此(こ)の一山(いっさん)の怪(かい)を、其(そ)の屍(しかばね)を砕(くだ)き劈(つんざ)き、幾間(いくけん)の房(ぼう)を、焼(や)きて灰燼(かいじん)と為(な)さん」と。

那(か)の怪(かい)言(げん)を聞(き)き、心(こころ)の中(うち)大(おおい)に怒(いか)って道(い)う、「此(こ)の畜生(ちくしょう)何(なん)の法力(ほうりき)有(あ)りてか、敢(あ)えて大言(たいげん)を出(いだ)す。走(に)ぐる莫(なか)れ! 吾(わ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え」と。此(こ)の五条(ごじょう)の竜(りゅう)は、雲(くも)を翻(ひるがえ)して雨(あめ)を使(つか)い、那(そ)の両員(りょういん)の将(しょう)は、土(つち)を播(ま)き沙(すな)を揚(あ)げ、各(おのおの)槍刀(そうとう)剣戟(けんげき)を執(と)り、一斉(いっせい)に擁(お)いて攻(せ)む。孫大聖(そんたいせい)又(また)鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて後(うしろ)より随(したが)う。此(こ)の一場(いちば)の好(よ)き殺(たたかい)なり。

凶魔(きょうま)は武(ぶ)を施(ほどこ)し、行者(ぎょうじゃ)は兵(へい)を求(もと)む。
凶魔(きょうま)は武(ぶ)を施(ほどこ)し、擅(ほしいまま)に珍楼(ちんろう)を拠(す)えて仏象(ぶつぞう)を施(し)く。
行者(ぎょうじゃ)は兵(へい)を求(もと)め、遠(とお)く宝境(ほうきょう)に参(まい)りて竜神(りゅうしん)を借(か)る。
亀蛇(きだ)は水火(すいか)を生(しょう)じ、妖怪(ようかい)は刀兵(とうへい)を動(うご)かす。
五竜(ごりゅう)は旨(むね)を奉(ほう)じて西路(せいろ)に来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)は師(し)の為(ため)に後(うしろ)に在(あ)りて収(おさ)む。
剣戟(けんげき)は光明(こうみょう)彩電(さいてん)を揺(ゆ)るがし、槍刀(そうとう)は晃亮(こうりょう=煌(きら)め)き霓虹(げいこう)を閃(ひらめ)かす。
此(こ)の狼牙棒(ろうげぼう)は、強(つよ)く能(よ)く短(みじか)く軟(やわ)らかなり。
彼(か)の金箍棒(きんこぼう)は、意(こころ)の随(まにま)に心(こころ)の如(ごと)し。
只(た)だ聞(き)く、扢撲(こつぼく)の響(ひび)き声(こえ)は爆竹(ばくちく)の如(ごと)く、叮当(ていとう)の音韻(おんいん)は金(かね)を敲(たた)くに似(に)たり。
水火(すいか)斉(ひと)しく来(きた)りて怪物(かいぶつ)を征(う)ち、刀兵(とうへい)共(とも)に簇(むら)がりて精霊(せいれい)を繞(めぐ)る。
喊殺(かんさつ)は狼虎(ろうこ)を驚(おどろ)かし、喧嘩(けんか)は鬼神(きじん)を振(ふる)わす。
渾戦(こんせん=入(い)り乱(みだ)れての戦(たたかい))正(まさ)に勝(しょう)無(な)きの処(ところ)に当(あた)り、妖魔(ようま)又(また)宝(たから)和(なら)びに珍(ちん)を取(と)る。

行者(ぎょうじゃ)、五竜(ごりゅう)二将(にしょう)を帥(ひき)いて、妖魔(ようま)と戦(たたか)うこと半個時辰(はんこじしん=一(ひと)とき)を経(へ)しに、那(か)の妖精(ようせい)即(すなわ)ち搭包(たくほう)を解(と)き下(おろ)して手(て)に在(あ)り。行者(ぎょうじゃ)見(み)て心(こころ)驚(おどろ)き、叫(よ)んで道(い)う、「列位(れっい=皆(みな)さま)、仔細(しさい=用心(ようじん))」と。那(そ)の竜神(りゅうしん)蛇亀(じゃき)は甚(なん)の仔細(しさい)なるかを知(し)らず、一(ひと)り一(ひと)り皆(みな)兵(へい)を停(とど)めて、近(ちか)づき前(まえ)に抵擋(ていとう=防(ふせ))ぐ。那(か)の妖精(ようせい)幌(ひら)りの一声(ひとこえ)、搭包児(たくほうじ)を把(と)って将(まさ)に撇(な)げ起(お)こさんとす。孫大聖(そんたいせい)は五竜(ごりゅう)二将(にしょう)を顧(かえり)みるに遑(いとま)あらず、筋斗(きんとう)に駕(が)して、九霄(きゅうしょう=天(てん)の高(たか)き処(ところ))に跳(と)びて逃脱(だっとう)す。彼(かれ)は箇(こ)の竜神(りゅうしん)亀蛇(きだ)を一(ひと)つの搭包子(たくほうし)に又(また)装(つつ)み将(も)ち去(さ)りたり。妖精(ようせい)勝(かち)を得(え)て寺(てら)に回(かえ)り、亦(ま)た縄(なわ)を以(もっ)て捆(くく)り、抬(かつ)ぎて地窖子(ちこうし=地下(ちか)の穴蔵(あなぐら))の裡(うち)に蓋(おお)い住(こ)めて題(かた)らず。

汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を落(おと)し、山巓(さんてん)の上(うえ)に斜(なな)めに敧(よこた)わり、精(せい)無(な)く采(さい=元気(げんき))無(な)く、懊(なげ)き恨(うら)んで道(い)う、「此(こ)の怪物(かいぶつ)十分(じゅうぶん)に利害(りがい=手強(てごわ))し」と。覚(おぼ)えず眼(まなこ)を合(あわ)せ、睡(ねむ)るが一般(ごと)きに、猛(たけ)く人(ひと)の叫(よ)んで道(い)うを聞(き)く、「大聖(たいせい)、睡(ねぶ)りを推(お)すこと莫(なか)れ、快(すみや)く早(はや)く上(うえ)に緊(いそ)ぎて救(すくい)を求(もと)めよ。汝(なんじ)が師父(しふ)の性命(せいめい)、只(た)だ須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))の間(あいだ)に在(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)り跳(と)び起(お)きて看(み)るに、元来(もと)是(こ)れ日値功曹(にちちこうそう)なり。行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の毛神(もうしん=ちっぽけな神(かみ))、此(こ)の向(かた)那(いず)れの方(かた)に在(あ)りてか血食(けっしょく=生贄(いけにえ))を貪(むさぼ)り図(はか)り、来(きた)りて点卯(てんぼう=点呼(てんこ))せざりしに、今日(こんにち)却(かえ)って来(きた)りて我(われ)を驚(おどろ)かす! 孤拐(ここい=脛(すね))を伸(の)べ過(す)ごせ、老孫(ろうそん)に両棒(りょうぼう)打(う)たしめて悶(もん)を解(と)かしめよ」と。功曹(こうそう)慌(あわ)てて施礼(せれい)して道(い)う、「大聖(たいせい)、汝(なんじ)は是(こ)れ人間(にんげん)の喜仙(きせん=喜(よろこ)びの仙(せん))なるに、何(なん)の悶(もん)か之(こ)れ有(あ)らん! 我等(われら)早(はや)く菩薩(ぼさつ)の旨令(しれい)を奉(ほう)じ、我等(われら)をして暗(あん)に唐僧(とうそう)を護佑(ごゆう=守(まも)り助(たす))けしめ、乃(すなわ)ち土地(どち)等(とう)の神(かみ)と同(おな)じく、暫(しばら)くも左右(さゆう)を離(はな)るるを敢(あ)えざれば、是(こ)れを以(もっ)て常(つね)に来(きた)りて参見(さんけん)するを得(え)ず、怎(いか)でか反(かえ)って見責(けんせき)せらるるや」と。

行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に保護(ほご)するならば、如今(いま)那(か)の衆星(しゅうせい)・掲諦(かいたい)・伽藍(がらん)并(なら)びに我(わ)が師(し)等(とう)は、妖精(ようせい)に何方(いずこ)に困(くるし)められ、甚(なん)の罪苦(ざいく)を受(う)くるぞ」と。功曹(こうそう)道(い)う、「汝(なんじ)が師父(しふ)師弟(してい)は皆(みな)宝殿(ほうでん)の廊下(ろうか)に吊(つる)され、星辰(せいしん)等(とう)の衆(しゅう)は皆(みな)地窖(ちこう=穴蔵(あなぐら))の間(あいだ)に収(おさ)められて罪(つみ)を受(う)けたり。此(こ)の両日(りょうじつ)大聖(たいせい)の消息(しょうそく)を聞(き)かざりしに、却(かえ)って才(さい=たった今(いま))妖精(ようせい)の又(また)神竜(しんりゅう)・亀(き)・蛇(じゃ)を拿(とら)えて、又(また)地窖(ちこう)の裡(うち)へ送(おく)り往(ゆ)くを見(み)、方(はじ)めて大聖(たいせい)の請(こう)じ来(きた)れる兵(へい)なるを知(し)り、小神(しょうしん)特(こと)に来(きた)りて大聖(たいせい)を尋(たず)ぬるなり。大聖(たいせい)労倦(ろうけん=疲(つか)れ)を辞(じ)すること莫(なか)れ、千万(せんまん)再(ふたた)び急(いそ)ぎ急(いそ)ぎ去(ゆ)きて救援(きゅうえん)を求(もと)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて此(ここ)に及(およ)び、覚(おぼ)えず功曹(こうそう)に対(たい)して滴(したた)る涙(なみだ)を流(なが)して道(い)う、「我(われ)如今(いま)天宮(てんきゅう)に上(のぼ)るに愧(は)じ、海蔵(かいぞう)に臨(のぞ)むに羞(はじ)る! 菩薩(ぼさつ)の原由(げんゆ=由縁(ゆえん))を問(と)うを怕(おそ)れ、如来(にょらい)の玉象(ぎょくぞう)を見(み)るに愁(うれ)う! 才(さい=たった今(いま))拿(とら)え去(さ)られしは、乃(すなわ)ち真武師相(しんぶしそう)の亀(き)・蛇(じゃ)・五竜聖衆(ごりゅうしょうしゅう)なり。我(われ)をして再(ふたた)び方(てだて)を求(もと)むる無(な)からしむ、奈何(いかん)せん」と。功曹(こうそう)笑(わら)って道(い)う、「大聖(たいせい)懐(ふところ)を寛(ひろ)くせよ、小神(しょうしん)一処(いっしょ)の精兵(せいへい)を想起(おもいいだ)す、請(しょう)じ来(きた)らば断然(だんぜん)降(くだ)すべし。適才(さっき=たった今(いま))大聖(たいせい)の武当(ぶとう)に至(いた)りしは、是(こ)れ南贍部洲(なんせんぶしゅう)の地(ち)なり。此(こ)の枝(えだ)の兵(へい)も亦(ま)た南贍部洲(なんせんぶしゅう)の盱眙山(こいさん)蠙城(ひんじょう)に在(あ)り、即(すなわ)ち今(いま)の泗洲(ししゅう)是(こ)れなり。那(そこ)に箇(ひと)りの大聖国師王菩薩(たいせいこくしおうぼさつ)有(あ)り、神通(じんつう)広大(こうだい)なり。彼(かれ)が手下(しゅか)に箇(ひと)りの徒弟(とてい)有(あ)り、名(な)を小張太子(しょうちょうたいし)と喚(よ)び、還(また)四大神将(しだいしんしょう)有(あ)り、昔年(せきねん)曾(かつ)て水母娘娘(すいぼにゃんにゃん)を降伏(こうふく)せり。汝(なんじ)今(いま)若(も)し去(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)ぜば、彼(かれ)来(きた)りて恩(おん)を施(ほどこ)し相助(あいたす)け、准(きっと)も怪(かい)を捉(とら)え師(し)を救(すく)うべし」と。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)喜(よろこ)んで道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く去(ゆ)きて我(わ)が師父(しふ)を保護(ほご)し、他(かれ)を傷(きずつ)くること勿(なか)れ、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて請(しょう)ずるを待(ま)て」と。

行者(ぎょうじゃ)筋斗雲(きんとううん)を縦(ほしいまま)に起(おこ)し、怪(かい)の処(ところ)を逃(のが)れ離(はな)れ、直(ただ)ちに盱眙山(こいさん)に奔(はし)る。一日(いちにち)ならずして早(はや)く到(いた)り、細(こま)かに観(み)るに真(まこと)に好(よ)き去処(ところ)なり。

南(みなみ)は江津(こうしん=川(かわ)の渡(わた)し)に近(ちか)く、北(きた)は淮水(わいすい)に臨(のぞ)む。
東(ひがし)は海嶠(かいきょう=海(うみ)の岬(みさき))に通(つう)じ、西(にし)は封浮(ほうふ)に接(せっ)す。
山頂(さんちょう)の上(うえ)には楼観(ろうかん)の崢嶸(そうこう=聳(そび))えたる有(あ)り、山凹(さんおう=谷(たに))の裡(うち)には澗泉(かんせん)の浩涌(こうよう=湧(わ)き上(あ)が)る有(あ)り。
嵯峨(さが=険(けわ)しき)たる怪石(かいせき)、槃秀(ばんしゅう=盤(めぐ)り秀(ひい))づる喬松(きょうしょう)。
百般(ひゃくはん)の果品(かひん)時(とき)に応(おう)じて新(あたら)しく、千様(せんよう)の花枝(かし)日(ひ)を迎(むか)えて放(ひら)く。
人(ひと)は蟻陣(ぎじん=蟻(あり)の列(れつ))の如(ごと)く往来(おうらい)多(おお)く、船(ふね)は雁行(がんこう=雁(かり)の列(れつ))に似(に)て帰(かえ)り去(ゆ)くこと広(ひろ)し。
上辺(うわべ)には瑞岩観(ずいがんかん)・東岳宮(とうがくきゅう)・五顕祠(ごけんし)・亀山寺(きざんじ)有(あ)り、鐘韻(しょういん)香烟(こうえん)碧漢(へきかん=青空(あおぞら))に冲(のぼ)る。
又(また)玻璃泉(はりせん)・五塔峪(ごとうよく)・八仙台(はっせんだい)・杏花園(きょうかえん)有(あ)り、山光(さんこう)樹色(じゅしょく)蠙城(ひんじょう)に映(えい)ず。

白雲(はくうん)横(よこた)われど度(わた)らず、幽鳥(ゆうちょう)倦(う)みて還(ま)た鳴(な)く。
泰嵩衡華(たいすうこうか)の秀(ひい)づるを説(と)くも甚(なん)ぞや、此間(ここ)の仙景(せんけい)は蓬瀛(ほうえい=蓬莱(ほうらい)と瀛洲(えいしゅう))の若(ごと)し。

大聖(たいせい)点玩(てんがん=見(み)て回(まわ)る)し尽(つく)さず、直(ただ)ちに淮河(わいが)を過(す)ぎ、蠙城(ひんじょう)の内(うち)に入(い)り、大聖禅寺(たいせいぜんじ)の山門(さんもん)の外(そと)に到(いた)れば、又(また)見(み)る、那(か)の殿宇(でんう)の軒昂(けんこう=高々(たかだか))とし、長廊(ちょうろう)の彩麗(さいれい=彩(いろど)り美(うつく))しき、一(ひと)つの宝塔(ほうとう)の崢嶸(そうこう)たる有(あ)り。真(まこと)に是(こ)れ、

雲(くも)に插(さ)し漢(かん=天(てん)の川(かわ))に倚(よ)りて高(たか)きこと千丈(せんじょう)、仰(あお)ぎ視(み)れば金瓶(きんぺい)碧空(へきくう)に透(とお)る。
上下(じょうげ)に光(ひかり)有(あ)りて宇宙(うちゅう)に凝(ぎょう)し、東西(とうざい)に影(かげ)無(な)くして簾櫳(れんろう=簾(すだれ)と窓(まど))に映(うつ)る。

風(かぜ)宝鐸(ほうたく=宝(たから)の鈴(すず))を吹(ふ)いて天楽(てんがく)を聞(き)き、日(ひ)は冰虬(ひょうきゅう=氷(こおり)の如(ごと)き虬(みずち))に映(えい)じて梵宮(ぼんきゅう)に対(たい)す。
飛宿(ひしゅく=飛(と)び宿(やど))る霊禽(れいきん)時(とき)に訴(うった)うる語(ご)を為(な)し、遥(はる)かに淮水(わいすい)の渺(びょう=はるか)なること窮(きわま)り無(な)しを瞻(み)る。

行者(ぎょうじゃ)且(か)つ観(み)且(か)つ走(はし)り、直(ただ)ちに二層門(にそうもん)の下(もと)に至(いた)る。那(か)の国師王菩薩(こくしおうぼさつ)早(はや)く已(すで)に之(これ)を知(し)り、即(すなわ)ち小張太子(しょうちょうたいし)と門(もん)を出(い)でて迎迓(げいが=迎(むか)え)う。相見(しょうけん)し叙礼(じょれい)し畢(おわ)りて、行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くが、路(みち)上(じょう)に箇(ひと)つの小雷音寺(しょうらいおんじ)有(あ)り、那(そこ)に箇(ひと)りの黄眉怪(こうびかい)有(あ)りて、仮(いつわ)りて仏祖(ぶつそ)に充(あ)つ。我(わ)が師父(しふ)真偽(しんぎ)を弁(わきま)えずして就(すなわ)ち下拝(げはい)し、彼(かれ)に拿(とら)えられたり。又(また)金鐃(きんどう)を将(もっ)て我(われ)を罩(おお)えしが、幸(さいわ)いに天(てん)の星辰(せいしん)の降(くだ)りて救(すく)い出(いだ)すに虧(よ)れり。是(こ)れ我(われ)金鐃(きんどう)を打(う)ち砕(くだ)き、与(とも)に賭闘(ととう=賭(か)けて闘(たたか))いしに、又(また)一(ひと)つの布搭包児(ふたくほうじ)を将(もっ)て、天神(てんしん)・掲諦(かいたい)・伽藍(がらん)と我(わ)が師父(しふ)・師弟(してい)とを尽(ことごと)く皆(みな)装(つつ)み入(い)れたり。我(われ)前(さき)に武当山(ぶとうさん)に往(ゆ)きて玄天上帝(げんてんじょうてい)の救援(きゅうえん)を請(こう)じ、彼(かれ)五竜(ごりゅう)亀蛇(きだ)を差(つか)わして怪(かい)を拿(とら)えしむるも、又(また)彼(かれ)が一(ひと)つの搭包子(たくほうし)に装(つつ)み去(さ)られたり。弟子(でし)依(よ)る所(ところ)無(な)く倚(たの)む所(ところ)無(な)ければ、故(ゆえ)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)を拝請(はいせい)し、大(おおい)に威力(いりょく)を展(の)べ、将(まさ)に那(か)の水母(すいぼ)を収(おさ)めし神通(じんつう)と、生民(せいみん=民(たみ))を拯(すく)うの妙用(みょうよう)とを以(もっ)て、弟子(でし)と同(とも)に去(ゆ)きて師父(しふ)の一難(いちなん)を救(すく)わん! 経(きょう)を取り得(え)て回(かえ)らば、永(なが)く中国(ちゅうごく)に伝(つた)え、我(わ)が仏(ほとけ)の智慧(ちえ)を揚(あ)げ、般若(はんにゃ)の波羅(はら)を興(おこ)さん」と。

国師王(こくしおう)道(い)う、「汝(なんじ)が今日(こんにち)の事(こと)は、誠(まこと)に我(わ)が仏教(ぶっきょう)の興隆(こうりゅう)なり、理(ことわり)当(まさ)に親(みずか)ら去(ゆ)くべし。奈(さ)るかな時(とき)初夏(しょか)に値(あた)り、正(まさ)に淮水(わいすい)の泛漲(はんちょう=増水(ぞうすい))の時(とき)、新(あらた)に水猿大聖(すいえんたいせい)を収(おさ)めたり。那(か)の奴(やつ)は水(みず)に遇(あ)えば即(すなわ)ち興(おこ)る故(ゆえ)、恐(おそ)らくは我(われ)の去(ゆ)きし後(のち)、彼(かれ)空(すき)に乗(じょう)じて頑(あば)れを生(しょう)じ、治(おさ)むるに神(かみ)無(な)からん。今(いま)小徒(しょうと)に四将(ししょう)を領(りょう)じて汝(なんじ)と去(ゆ)きて助力(じょりょく)せしめ、魔(ま)を煉(ね)り収伏(しゅうふく)せん」と。行者(ぎょうじゃ)称謝(しょうしゃ)し、即(すなわ)ち四将(ししょう)并(なら)びに小張太子(しょうちょうたいし)と同(とも)に、又(また)雲(くも)に駕(が)して小西天(しょうせいてん)に回(かえ)り、直(ただ)ちに小雷音寺(しょうらいおんじ)に至(いた)る。小張太子(しょうちょうたいし)は一(ひと)つの楮白槍(ちょはくそう)を使(つか)い、四大将(しだいしょう)は四把(よんは)の錕鋘剣(こんごけん)を輪(めぐ)らし、孫大聖(そんたいせい)と上前(じょうぜん)に戦(たたかい)を罵(ののし)る。小妖(しょうよう)又(また)去(ゆ)きて報(ほう)じ知(し)らす。那(か)の妖王(ようおう)復(ま)た群妖(ぐんよう)を帥(ひき)い、鼓噪(こそう=鬨(とき)の声(こえ))して出(い)でて道(い)う、「猢猻(こん=猿(さる)め)! 汝(なんじ)今(いま)又(また)何人(なんぴと)を請(しょう)じ得(え)て来(きた)れるや」と。説(い)い了(おわ)らざるに、小張太子(しょうちょうたいし)四将(ししょう)を指揮(しき)して上前(じょうぜん)に喝(かつ)して道(い)う、「潑妖精(はつようせい=暴(あば)れ妖怪(ようかい))め! 汝(なんじ)面上(めんじょう)に肉(にく)無(な)くして、我等(われら)の此(ここ)に在(あ)るを認(みと)めざるか」と。妖王(ようおう)道(い)う、「是(こ)れ那方(いずこ)の小将(しょうしょう)ぞ、敢(あ)えて来(きた)りて彼(かれ)と助力(じょりょく)するや」と。太子(たいし)道(い)う、「吾(われ)は乃(すなわ)ち泗州(ししゅう)大聖国師王菩薩(たいせいこくしおうぼさつ)の弟子(でし)にして、四大神将(しだいしんしょう)を帥領(すいりょう)し、令(れい)を奉(ほう)じて汝(なんじ)を擒(とりこ)にす」と。妖王(ようおう)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の孩児(がいじ=小僧(こぞう))、甚(なん)の武芸(ぶげい)有(あ)りてか、擅(ほしいまま)に敢(あ)えて此(ここ)に到(いた)りて軽薄(けいはく=無礼(ぶれい))するや」と。

太子(たいし)道(い)う、「汝(なんじ)我(わ)が武芸(ぶげい)を知(し)らんと欲(ほっ)せば、我(われ)の道(い)うを待(ま)て。

祖(そ)は西土(せいど)流沙国(るさこく)に居(きょ)し、我(わ)が父(ちち)は原(もと)沙国(さこく)の王(おう)為(た)り。
自幼(じゆう=幼(おさな)きより)一身(いっしん)疾苦(しっく=病(やまい)の苦(くるしみ))多(おお)く、命(めい)は華蓋(かがい=星(ほし)の名(な))に干(かか)り悪星(あくせい)の妨(さまた)ぐる所(ところ)と為(な)る。
師(し)の為(ため)に遠(とお)く長生(ちょうせい)の訣(けつ)を慕(した)い、分(ぶん)有(あ)りて相逢(あいまみ)えて薬(くすり)の方(ほう)を捨(す)てしむ。
半粒(はんりゅう)の丹砂(たんしゃ)病(やまい)を祛(はら)い退(しりぞ)け、願(ねが)わくは修行(しゅぎょう)に従(したが)いて王(おう)と為(な)らず。
学(まな)び成(な)りて不老(ふろう)天寿(てんじゅ)と同(おな)じく、容顔(ようがん)永(ながら)えに少年郎(しょうねんろう)に似(に)たり。
曾(かつ)て龍華会(りゅうげえ)に赶赴(かんぷ=急(いそ)ぎ赴(おもむ))き、曾(かつ)て雲(くも)に騰(のぼ)りて仏堂(ぶつどう)に到(いた)る。
霧(きり)を捉(とら)え風(かぜ)を拿(とら)えて水怪(すいかい)を収(おさ)め、竜(りゅう)を擒(とりこ)にし虎(とら)を伏(ふく)して山場(さんじょう)を鎮(しず)む。
民(たみ)を撫(ぶ)して高(たか)く浮屠塔(ふととう)を立(た)て、海(うみ)を静(しず)めて深(ふか)く舎利(しゃり)の光(ひかり)を明(あき)らむ。
楮白槍(ちょはくそう)の尖(さき)能(よ)く怪(かい)を縛(いまし)め、淡緇衣(たんしい=淡(うす)き黒衣(こくい))の袖(そで)妖(よう)を把(とっ)て降(くだ)す。
如今(いま)静楽(じょうらく)蠙城(ひんじょう)の内(うち)、大地(だいち)に名(な)を揚(あ)げて小張(しょうちょう)と説(い)う。

妖王(ようおう)説(と)き聞(き)き、微微(びび=かすか)に冷笑(れいしょう)して道(い)う、「那(そ)の太子(たいし)よ、汝(なんじ)国家(こっか)を捨(す)て、那(か)の国師王菩薩(こくしおうぼさつ)に従(したが)い、修(おさ)むるは是(こ)れ甚(なん)の長生不老(ちょうせいふろう)の術(じゅつ)ぞ。只(た)だ淮水(わいすい)の水怪(すいかい)を収捕(しゅうほ)するに好(よ)し、却(かえ)って怎(いか)でか孫行者(そんぎょうじゃ)の誑謬(おうびゅう=虚偽(きょぎ))の言(げん)を聴信(ちょうしん)し、千山万水(せんざんばんすい)を越(こ)え、此(ここ)に来(きた)りて命(いのち)を納(おさ)むるや。看(み)よ汝(なんじ)の長生(ちょうせい)し得(う)るや不老(ふろう)なるやを」と。

小張(しょうちょう)言(げん)を聞(き)き、心(こころ)の中(うち)大(おおい)に怒(いか)り、槍(やり)を纏(まと)いて面(おもて)に当(あ)てて便(すなわ)ち刺(さ)す。四大将(しだいしょう)一(いっせい)に擁(お)して斉(ひと)しく攻(せ)め、孫大聖(そんたいせい)鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて上前(じょうぜん)に又(また)打(う)つ。好(よ)き妖精(ようせい)かな、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、彼(か)が那(か)の短(みじか)く軟(やわ)らかなる狼牙棒(ろうげぼう)を輪(めぐ)らし、左(ひだり)を遮(さえぎ)り右(みぎ)を架(か)ぎ、直(ひた)すら挺(つ)き横(よこ)に衝(つ)く。此(こ)の場(ば)の好(よ)き殺(たたかい)なり。

小太子(しょうたいし)、楮白槍(ちょはくそう)、四柄(よんへい)の錕鋘剣(こんごけん)は更(さら)に強(つよ)し。
悟空(ごくう)又(また)金箍棒(きんこぼう)を使(つか)い、心(こころ)を斉(ひとつ)にして囲繞(いにょう=取(と)り囲(かこ))み妖王(ようおう)を殺(あや)めんとす。
妖王(ようおう)は其(そ)れ実(じつ)神通(じんつう)大(だい)にして、分毫(ぶんごう=少(すこ)しも)も懼(おそ)れず左右(さゆう)に搪(ふせ)ぐ。
狼牙棒(ろうげぼう)は是(こ)れ仏中(ぶっちゅう)の宝(たから)、剣(けん)砍(き)り槍(やり)輪(めぐ)るも傷(きずつ)くること莫(な)し。
只(た)だ聞(き)く、狂風(きょうふう)の声(こえ)吼吼(こうこう=吠(ほ)える声(こえ))、又(また)観(み)る、悪気(あくき)混茫茫(こんもうもう=混沌(こんとん)として広(ひろ))し。
那(か)れは意(こころ)有(あ)りて凡(ぼん)を弄(もてあそ)び本事(ほんじ=技(わざ))を弄(ろう)し、此(こ)れは心(こころ)を専(もっぱら)にして仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を取(と)るの章(しょう)なり。
幾番(いくたび)か馳騁(ちてい=駆(か)け巡(めぐ))り、数次(すうじ)張狂(ちょうきょう=暴(あば)れ狂(くる))う。
雲霧(うんむ)を噴(ふ)き、三光(さんこう)を閉(とざ)し、奮怒(ふんぬ)し懊嗔(おうしん=怒(いか)り恨(うら))み各(おのおの)良(よ)からず。
多時(たじ=久(ひさ)しく)三乗(さんじょう)無上(むじょう)の法(ほう)、致(いた)らしむ百芸(ひゃくげい=様々(さまざま)な技(わざ))の苦(くるし)く相(あい)将(ともな)うを。

概(おおむ)ね衆(しゅう)争(あらそ)い戦(たたか)うこと多時(たじ)なるも、勝負(しょうぶ)を分(わ)たず。那(か)の妖精(ようせい)又(また)搭包児(たくほうじ)を解(と)く。行者(ぎょうじゃ)又(また)叫(よ)ぶ、「列位(れっい)、仔細(しさい=用心(ようじん))」と。太子(たいし)并(なら)びに衆等(しゅうとう)は「仔細(しさい)」の意(い)を知(し)らず。那(か)の怪(かい)滑(かつ)の一声(ひとこえ)、四大将(しだいしょう)と太子(たいし)とを、一(ひと)つの搭包(たくほう)に又(また)装(つつ)み将(も)ち入(い)れんとす。只(た)だ是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)預(あらかじ)め知覚(ちかく)して走(はし)りたり。那(か)の妖王(ようおう)勝(かち)を得(え)て寺(てら)に回(かえ)り、又(また)縄(なわ)を取(と)りて捆(くく)り、地窖(ちこう)に送(おく)り、牢(かた)く封(ふう)じ固(かた)く鎖(さ)して題(かた)らず。

此(こ)の行者(ぎょうじゃ)筋斗雲(きんとううん)を縦(ほしいまま)にして空(くう)に起(おこ)り、那(か)の怪(かい)の兵(へい)を回(めぐ)らし門(もん)を閉(と)ざすを見(み)、方(はじ)めて祥光(しょうこう)を按(あん)じ下(お)ろし、西山坡(せいさんぱ)の上(うえ)に立(た)ち、悵望(ちょうぼう=遠(とお)くを眺(なが))めて悲啼(ひてい=悲(かな)しみ泣(な))いて道(い)う。

師父(しふ)よ!
我(われ)禅林(ぜんりん)に秉教(へいきょう=教(おしえ)を奉(ほう))じ入(い)りしより、菩薩(ぼさつ)の難(なん)を脱(のが)れし深(ふか)き恩(おん)を感荷(かんか=感謝(かんしゃ))す。
汝(なんじ)を保(たも)ちて西(にし)より来(きた)りて大道(だいどう)を求(もと)め、相同(あいとも)に輔助(ほじょ)して雷音(らいおん)に上(のぼ)らんとす。
只(た)だ平坦(へいたん)なる羊腸路(ようちょうろ=羊(ひつじ)の腸(はらわた)の如(ごと)き細道(ほそみち))を言(い)いしに、豈(あ)に料(はか)らんや崔嵬(さいかい=高(たか)く険(けわ)しき)たる怪物(かいぶつ)の侵(おか)さんとは。
百計千方(ひゃっけいせんぽう=あらゆる手立(てだ)て)も汝(なんじ)を救(すく)い難(がた)く、東(ひがし)に求(もと)め西(にし)に告(つ)ぐるも枉(ま)げて心(こころ)を労(ろう)す。

大聖(たいせい)正(まさ)に凄惨(せいさん=痛(いた)まし)きの時(とき)に当(あた)り、忽(たちま)ち見(み)る、那(か)の西南(せいなん)の上(うえ)に一朶(いちだ)の彩雲(さいうん)の地(ち)に墜(お)ち、満山頭(まんさんとう)に大雨(たいう)の繽紛(ひんぷん=乱(みだ)れ降(ふ))り、人(ひと)の叫(よ)んで道(い)う有(あ)り、「悟空(ごくう)、我(われ)を認(みと)るるか」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ走(はし)り前(まえ)に看(み)る処(ところ)、那(そ)の箇(こ)の人(ひと)は、

大耳(だいじ)横頤(おうい=張(は)りし顎(あご))方面相(ほうめんそう=四角(しかく)き顔(かお))、肩(かた)査(さ=開(ひら))き腹(はら)満(み)ちて身軀(しんく)胖(ゆた)かなり。
一腔(いっこう=胸(むね)いっぱい)の春意(しゅんい)喜(よろこび)盈盈(えいえい=満(み)ちあふ)れ、両眼(りょうがん)の秋波(しゅうは=澄(す)んだ瞳(ひとみ))光(ひかり)蕩蕩(とうとう=揺(ゆ)らめ)く。
敞袖(しょうしゅう=広(ひろ)き袖(そで))飄然(ひょうぜん)として福気(ふくき)多(おお)く、芒鞋(ぼうかい=藁(わら)の靴(くつ))洒落(しゃらく=軽(かる)やか)として精神(せいしん)壮(さか)んなり。
極楽(ごくらく)場中(じょうちゅう)第一(だいいち)の尊(そん)、南無弥勒(なむみろく)の笑和尚(しょうおしょう)。

行者(ぎょうじゃ)見(み)て、連(つづ)け様(ざま)に下拝(げはい)して道(い)う、「東来仏祖(とうらいぶつそ)何処(いずこ)へか去(ゆ)く。弟子(でし)回避(かいひ)を失(しっ)せり、万罪(ばんざい)! 万罪(ばんざい)」と。仏祖(ぶつそ)道(い)う、「我(われ)此(こ)の来(きた)れるは、専(もっぱ)ら此(こ)の小雷音(しょうらいおん)の妖怪(ようかい)の為(ため)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「多(おお)く老爺(ろうや=仏(ほとけ)さま)の盛徳(せいとく)大恩(だいおん)を蒙(こうむ)る。敢(あ)えて問(と)う、那(か)の妖(よう)は那方(いずこ)の怪物(かいぶつ)、何処(いずこ)の精魔(せいま)ぞ、又(また)知(し)らず彼(かれ)が那(か)の搭包児(たくほうじ)は是(こ)れ件(くだり)の甚(なん)の宝貝(ほうばい=宝(たから))なるか、煩(わずら)わしくも老爺(ろうや)指示(しじ)し給(たま)え」と。仏祖(ぶつそ)道(い)う、「彼(かれ)は是(こ)れ我(わ)が面前(めんぜん)の司磬(しけい=磬(けい)を司(つかさど))る一(ひと)りの黄眉童児(こうびどうじ)なり。

三月三日(さんがつみっか)、我(われ)元始会(げんしえ)に赴(おもむ)くに因(よ)りて、彼(かれ)を宮(きゅう)に留(とど)めて看守(かんしゅ)せしめしに、彼(かれ)我(わ)が此(こ)の幾件(いくけん)かの宝貝(ほうばい)を拐(かどわ)かし来(きた)り、仏(ほとけ)に仮(いつわ)りて精(せい)と成(な)れり。那(か)の搭包児(たくほうじ)は是(こ)れ我(わ)が後天袋(こうてんたい)にして、俗名(ぞくみょう)は人種袋(じんしゅたい)と喚(よ)ぶ。那(か)の条(ひと)つの狼牙棒(ろうげぼう)は是(こ)れ箇(ひと)りの磬(けい)を敲(たた)く槌児(ついじ=槌(つち))なり」と。行者(ぎょうじゃ)説(と)き聞(き)き、高(たか)く一声(ひとこえ)を叫(よ)んで道(い)う、「好(よ)き箇(こ)の笑和尚(しょうおしょう)かな! 汝(なんじ)此(こ)の童児(どうじ)を走(にが)し了(おお)せ、彼(かれ)をして誑(いつわ)りて仏祖(ぶつそ)と称(しょう)せしめ、老孫(ろうそん)を陷害(かんがい)せしむ、未(いま)だ免(まぬか)れず箇(ひと)つの家法(かほう)の謹(つつし)まざるの過(あやまち)有(あ)るを」と。弥勒(みろく)道(い)う、「一(ひと)つには是(こ)れ我(われ)謹(つつし)まずして、人口(じんこう=人(ひと))を走失(そうしつ)せしめ、二(ふた)つには是(こ)れ汝(なんじ)ら師徒(しと)の魔障(ましょう=魔(ま)の障(さわ)り)未(いま)だ完(まった)からず、此(こ)の故(ゆえ)に百霊(ひゃくれい)下界(げかい)して、応(まさ)に難(なん)を受(う)くべきなり。我(われ)今(いま)来(きた)りて汝(なんじ)と彼(かれ)を収(おさ)めんとす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)神通(じんつう)広大(こうだい)なるに、汝(なんじ)又(また)些(いささ)かの兵器(へいき)無(な)し、何(なに)を以(もっ)てか之(これ)を収(おさ)めんや」と。

弥勒(みろく)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)此(こ)の山坡(さんぱ)の下(もと)に一(ひと)つの草庵(そうあん)を設(もう)け、一(ひと)つの田(た)の瓜果(かか=瓜(うり)と果物(くだもの))を此(ここ)に種(う)えん。汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)と索戦(さくせん=戦(たたかい)を求(もと))めよ。交戦(こうせん)の時(とき)、敗(やぶ)るるを許(ゆる)して勝(か)つを許(ゆる)さず、彼(かれ)を我(わ)が此(こ)の瓜田(かでん)の裡(うち)へ引(ひ)き来(きた)れ。我(わ)が他(ほか)の瓜(うり)は皆(みな)是(こ)れ生(なま)なるに、汝(なんじ)却(かえ)って変(へん)じて一(ひと)つの大(おお)いなる熟瓜(じゅくか=熟(じゅく)した瓜(うり))と作(な)れ。彼(かれ)来(きた)りて定(きっと)瓜(うり)を食(くら)わんと欲(ほっ)せば、我(われ)却(かえ)って汝(なんじ)を将(もっ)て彼(かれ)に与(あた)えて食(くら)わしめん。肚中(ちゅう=腹(はら)の裡(うち))に下(くだ)りては、任(まま)に汝(なんじ)の其(そ)の内(うち)に在(あ)りて彼(かれ)を擺布(はいふ=扱(あつか))うに、其(そ)の時(とき)我(われ)の彼(かれ)が搭包児(たくほうじ)を取(と)り得(え)て、彼(かれ)を装(つつ)みて回(かえ)るを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の計(けい)妙(みょう)なると雖(いえど)も、汝(なんじ)却(かえ)って怎(いか)でか変(へん)じたる熟瓜(じゅくか)を認(みと)るるや。彼(かれ)怎(いか)でか就(すなわ)ち肯(あえ)て我(われ)に跟(したが)いて此(ここ)に来(きた)らんや」と。弥勒(みろく)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)治世(ちせい)の尊(そん)として、慧眼(えげん)高明(こうめい)なり、豈(あ)に汝(なんじ)を認(みと)めざらんや! 憑(よ)りて汝(なんじ)甚(なん)の物(もの)に変作(へんさく)するも、我(われ)皆(みな)之(これ)を知(し)る。但(た)だ恐(おそ)らくは那(か)の怪(かい)肯(あえ)て跟(したが)い来(きた)らざらんのみ。我(われ)却(かえ)って汝(なんじ)に一(ひと)つの法術(ほうじゅつ)を教(おし)えん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)断然(だんぜん)是(こ)れ搭包児(たくほうじ)を以(もっ)て我(われ)を装(つつ)まんとす、怎(いか)でか肯(あえ)て跟(したが)い来(きた)らん! 何(なん)の法術(ほうじゅつ)有(あ)りてか来(きた)らしむべきや」と。弥勒(みろく)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)手(て)を伸(の)べ来(きた)れ」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち左手(ひだりて)を舒(の)べ将(も)ち過(す)ごし去(ゆ)かしむ。弥勒(みろく)右手(みぎて)の食指(しょくし=人差(ひとさ)し指(ゆび))を将(もっ)て口(くち)中(ちゅう)の神水(しんすい)に蘸(ひた)し、行者(ぎょうじゃ)が掌(たなごころ)の上(うえ)に一(ひと)つの「禁(きん)」の字(じ)を写(うつ)し、彼(かれ)をして拳(こぶし)を捏(にぎ)らしめ、妖精(ようせい)の面(おもて)に当(あた)りて手(て)を放(はな)たば、彼(かれ)就(すなわ)ち跟(したが)い来(きた)らんと教(おし)う。

行者(ぎょうじゃ)拳(こぶし)を揝(にぎ)り、欣然(きんぜん=喜(よろこ)んで)領教(りょうきょう=教(おしえ)を受(う))け、一隻手(いっせきしゅ=片手(かたて))に鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、直(ただ)ちに山門(さんもん)の外(そと)に至(いた)り、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「妖魔(ようま)よ、汝(なんじ)が孫爺爺(そんやや=孫(そん)のじいさま)又(また)来(きた)れり! 快(すみや)か出(い)で来(きた)りて、汝(なんじ)と箇(ひと)つの上下(じょうげ=勝負(しょうぶ))を見(み)ん」と。小妖(しょうよう)又(また)忙(いそ)がしく奔(はし)り告(つ)ぐ。妖王(ようおう)問(と)うて道(い)う、「彼(かれ)又(また)幾(いく)らの兵(へい)を領(りょう)して来(きた)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶや」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「別(べつ)に甚(なん)の兵(へい)も無(な)く、止(ただ)彼(かれ)一(ひと)りのみ」と。妖王(ようおう)笑(わら)って道(い)う、「那(か)の猴児(こうじ)計(けい)窮(きわ)まり力(ちから)竭(つ)き、人(ひと)を求(もと)むるに処(ところ)無(な)く、断然(だんぜん)是(こ)れ命(いのち)を送(おく)り来(きた)れるなり」と。随(したが)って又(また)結束(けっそく=身支度(みじたく))を整(ととの)え、宝貝(ほうばい)を帯(たい)し、那(か)の軽(かる)く軟(やわ)らかなる狼牙棒(ろうげぼう)を挙(あ)げ、走出(はしりで)て站(た)ちて叫(よ)んで道(い)う、「孫悟空(そんごくう)、今番(こんばん=今度(こんど))掙挫(そうざ=足掻(あが))くを得(え)ざるなり」と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)う、「潑怪物(はつかいぶつ)め! 我(われ)怎(いか)でか掙挫(そうざ)くを得(え)ざるや」と。妖王(ようおう)道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)が計(けい)窮(きわ)まり力(ちから)竭(つ)き、人(ひと)を求(もと)むるに処(ところ)無(な)く、独(ひと)り箇(み)強(し)いて支持(しじ)するを見(み)る。如今(いま)拿(とら)えなば、再(ふたた)び箇(ひと)つの甚(なん)の神兵(しんぺい)の救(すく)い抜(ぬ)くも無(な)し、此(こ)れを以(もっ)て汝(なんじ)を掙挫(そうざ)くを得(え)ずと説(い)うなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の怪(かい)死活(しかつ=生(い)き死(し)に)を知(し)らず! 嘴(くちばし=口(くち))を為(な)す莫(なか)れ! 吾(わ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え」と。那(か)の妖王(ようおう)彼(かれ)が一隻手(いっせきしゅ)に棒(ぼう)を輪(めぐ)らすを見(み)て、忍(しの)ぶあたわず笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の猴児(こうじ)よ、汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の巧(たくみ)を弄(ろう)するを。怎(いか)でか一隻手(いっせきしゅ)に棒(ぼう)を使(つか)いて支吾(しご=受(う)け応(こた))えんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「儿子(じし=この子(こ))め! 汝(なんじ)我(わ)が両手(りょうて)の打(う)つに禁(た)えず。若(も)し是(こ)れ搭包子(たくほうし)を使(つか)わずんば、再(また)三(み)つ五(いつ)つを著(つ)けても、亦(ま)た老孫(ろうそん)が此(こ)の一隻手(いっせきしゅ)に打(う)ち過(す)ぐること能(あた)わじ」と。妖王(ようおう)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「也罷(やば=よしよし)! 也罷(やば)! 我(われ)如今(いま)宝貝(ほうばい)を使(つか)わず、只(た)だ汝(なんじ)と実(じつ)に打(う)ちて、箇(ひと)つの雌雄(しゆう=勝負(しょうぶ))を比(くら)べん」と。即(すなわ)ち狼牙棒(ろうげぼう)を挙(あ)げ、上前(じょうぜん)に来(きた)りて闘(たたか)う。孫行者(そんぎょうじゃ)面(おもて)に迎(むか)いて、拳(こぶし)を把(と)って一(ひと)たび放(はな)ち、双手(そうしゅ=両手(りょうて))に棒(ぼう)を輪(めぐ)らす。那(か)の妖精(ようせい)禁(きん)を著(つ)けられて、退歩(たいほ=後退(こうたい))を思(おも)わず、果(はた)して搭包(たくほう)を弄(ろう)せず、只(た)だ顧(かえり)みて棒(ぼう)を使(つか)いて来(きた)りて趕(お)う。行者(ぎょうじゃ)虚(きょ=空(そら))に幌(ひるがえ)して一下(いっか)、陣(じん)を敗(やぶ)りて就(すなわ)ち走(はし)る。那(か)の妖精(ようせい)直(ひた)すら西山坡(せいさんぱ)の下(もと)に趕(お)い到(いた)る。

行者(ぎょうじゃ)瓜田(かでん)有(あ)るを見(み)、箇(ひと)つの滾(ころび=転(ころ)が)りを打(う)ち、其(そ)の裡(うち)に潜(もぐ)り入(い)り、即(すなわ)ち変(へん)じて一(ひと)つの大(おお)いなる熟瓜(じゅくか)と作(な)る。又(また)熟(じゅく)し又(また)甜(あま)し。那(か)の妖精(ようせい)身(み)を停(とど)めて四(よも)を望(のぞ)むも、行者(ぎょうじゃ)の那方(いずかた)へ去(ゆ)きしを知(し)らず、彼(かれ)却(かえ)って庵(いおり)の辺(ほとり)に趕(お)い至(いた)りて叫(よ)んで道(い)う、「瓜(うり)は誰人(たれ)の種(う)えし所(ところ)ぞ」と。弥勒(みろく)変(へん)じて一(ひと)りの種瓜叟(しゅかそう=瓜(うり)を作(つく)る老人(ろうじん))と作(な)り、草庵(そうあん)を出(い)でて答(こた)えて道(い)う、「大王(だいおう)、瓜(うり)は是(こ)れ小人(しょうにん=私(わたくし))の種(う)えし所(ところ)なり」と。妖王(ようおう)道(い)う、「熟瓜(じゅくか)有(あ)るや」と。弥勒(みろく)道(い)う、「熟(じゅく)せるの有(あ)り」と。妖王(ようおう)叫(よ)ぶ、「熟(じゅく)せるのを箇(ひと)つ摘(つ)み来(きた)れ、我(われ)渴(かわき)を解(と)かん」と。弥勒(みろく)即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)の変(へん)じたる那(か)の瓜(うり)を、双手(そうしゅ)に把(と)って妖王(ようおう)に逓(わた)す。妖王(ようおう)更(さら)に情(じょう=事情(じじょう))を察(さっ)せず、此(ここ)に到(いた)りて手(て)を過(す)ごし接(う)け取(と)り、口(くち)を張(ひら)いて便(すなわ)ち啃(かぶ)りつく。那(か)の行者(ぎょうじゃ)此(こ)の機会(きかい)に乗(じょう)じ、一轂轆(いっこくろく=ころりと)咽喉(いんこう=喉(のど))の下(した)に潜(もぐ)り入(い)り、好歹(こうたい=善(ぜん)し悪(あ)し)を待(ま)つこと得(え)ず、就(すなわ)ち手脚(しゅきゃく=手(て)と足(あし))を弄(ろう)して腸(はらわた)を抓(つか)み腹(はら)を蒯(えぐ)り、根(ね)を翻(ひるがえ)し頭(あたま)を立(た)てること蜻蛉(とんぼ)の如(ごと)く、任(まま)に彼(かれ)の其(そ)の裡(うち)に在(あ)りて擺布(はいふ=勝手(かって)に扱(あつか))う。那(か)の妖精(ようせい)疼(いた)みて傞牙(さが=歯(は)をむき)倈嘴(らいし=口(くち)をゆが)め、眼泪(がんるい)汪汪(おうおう=涙(なみだ)あふ)れ、一(ひと)つの塊(かたまり)の瓜(うり)を種(う)えし地(ち)を、滾(ころ)がし得(え)て箇(ひと)つの麦(むぎ)を打(う)つ場(ば)の似(ごと)くに為(な)し、口(くち)中(ちゅう)只(た)だ叫(よ)ぶ、「罷了(ばりょう=もうだめ)!

罷了(ばりょう)! 誰人(たれ)か我(われ)を救(すく)い一(ひと)たび救(すく)え」と。弥勒(みろく)却(かえ)って本象(ほんぞう=本来(ほんらい)の姿(すがた))を現(あらわ)し、嘻嘻(きき=にこにこ)と笑(わら)って叫(よ)んで道(い)う、「孽畜(げっちく=けだもの)め!

我(われ)を認(みと)るるか」と。那(か)の妖(よう)頭(あたま)を挙(あ)げて看(み)るに、慌(あわ)てて地(ち)に跪(ひざまず)き倒(たお)れ、双手(そうしゅ)に肚(はら)を揉(も)み、頭(あたま)を磕(う)ち脳(のう=頭(あたま))を撞(つ)き、只(た)だ叫(よ)ぶ、「主人公(しゅじんこう)! 我(われ)が命(いのち)を饒(ゆる)せ! 命(いのち)を饒(ゆる)せ! 再(ふたた)び敢(あ)えず」と。弥勒(みろく)上前(じょうぜん)に一把(ひとつかみ)に揪(つか)まえ住(とど)め、彼(かれ)が後天袋児(こうてんたいじ)を解(と)き、彼(かれ)が磬(けい)を敲(たた)く槌児(ついじ)を奪(うば)い、叫(よ)んで道(い)う、「孫悟空(そんごくう)、我(わ)が面(おもて)を看(み)て、彼(かれ)が命(いのち)を饒(ゆる)せ」と。行者(ぎょうじゃ)十分(じゅうぶん)に恨(うら)み苦(くるし)むも、却(かえ)って又(また)左(ひだり)に一拳(いっけん)、右(みぎ)に一脚(いっきゃく)、其(そ)の裡(うち)に在(あ)りて乱(みだ)りに掏(ほじく)り乱(みだ)りに搗(つ)く。那(か)の怪(かい)万分(まんぶん)に疼痛(とうつう)忍(しの)び難(がた)く、地(ち)の下(した)に倒(たお)る。弥勒(みろく)又(また)道(い)う、「悟空(ごくう)、彼(かれ)も亦(ま)た彀(た)くせり、汝(なんじ)彼(かれ)を饒(ゆる)せ」と。行者(ぎょうじゃ)才(はじ)めて叫(よ)ぶ、「汝(なんじ)口(くち)を大(おお)く張(ひら)け、老孫(ろうそん)の出(い)ずるを待(ま)て」と。那(か)の怪(かい)是(こ)れ肚腹(とふく=腹(はら))の絞痛(こうつう)するも、未(いま)だ心(こころ)を傷(きずつ)けず。俗語(ぞくご)に云(い)う、人(ひと)未(いま)だ心(こころ)を傷(きずつ)けざれば死(し)するを得(え)ず、花(はな)残(のこ)り葉(は)落(お)つるは是(こ)れ根(ね)の枯(か)るるなり。彼(かれ)叫(よ)んで口(くち)を張(ひら)けと聞(き)き、即(すなわち)疼(いたみ)を忍(しの)びて、口(くち)を把(と)って大(おお)く張(ひら)く。行者(ぎょうじゃ)方(はじ)めて跳(と)び出(い)で、本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、急(いそ)ぎ棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて還(ま)た打(う)たんとせし時(とき)、早(はや)くも仏祖(ぶつそ)に那(か)の妖精(ようせい)を袋(ふくろ)の裡(うち)に装(つつ)まれ、腰(こし)の間(あいだ)に斜(なな)めに跨(また)がせられ、手(て)に磬槌(けいつい)を執(と)り、罵(ののし)って道(い)う、「孽畜(げっちく)め! 金鐃(きんどう)は偷(ぬす)みて那(いずこ)へか去(ゆ)きし」と。那(か)の怪(かい)却(かえ)って只(た)だ生(せい=命(いのち))を怜(あわれ)まんことを求(もと)め、後天袋(こうてんたい)の内(うち)に在(あ)りて哼哼(こうこう=うんうん)噴噴(ふんふん=ふんふん)と道(い)う、「金鐃(きんどう)は是(こ)れ孫悟空(そんごくう)が打(う)ち破(やぶ)りたり」と。仏祖(ぶつそ)道(い)う、「鐃(どう)破(やぶ)れたり、金(かね)を還(かえ)して我(われ)に来(きた)れ」と。那(か)の怪(かい)道(い)う、「砕金(さいきん=砕(くだ)けた金(かね))は殿(でん)の蓮台(れんだい)の上(うえ)に堆(うずたか)く積(つ)めるなり」と。

那(か)の仏祖(ぶつそ)袋子(たいし)を提(さ)げ、磬槌(けいつい)を執(と)り、嘻嘻(きき)と笑(わら)って叫(よ)んで道(い)う、「悟空(ごくう)、我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)きて金(かね)を尋(たず)ねて我(われ)に還(かえ)さん」と。行者(ぎょうじゃ)此(こ)の法力(ほうりき)を見(み)て、怎(いか)でか違誤(いご=背(そむ)き誤(あやま))つを敢(あ)えん、只(た)だ得(え)ず仏(ほとけ)を引(ひ)きて山(やま)に上(のぼ)り、寺(てら)の内(うち)に回(かえ)り至(いた)り、金碴(きんさ=金(かね)の破片(へん))を収(おさ)め取(と)る。只(た)だ見(み)る、那(か)の山門(さんもん)は緊(きつ)く閉(とざ)されしに、仏祖(ぶつそ)槌(つち)を使(つか)いて一(ひと)たび指(さ)せば、門(もん)開(ひら)きて裡(うち)に入(い)り看(み)るに、那(か)の些(これら)の小妖(しょうよう)は、已(すで)に老妖(ろうよう)の擒(とりこ)にされしを知(し)り、各(おのおの)囊底(のうてい=袋(ふくろ)の底(そこ)=荷物(にもつ))を収拾(しゅうしゅう)し、皆(みな)逃生(とうせい=逃(のが)れて生(い)き)らんとて四散(しさん)せり。行者(ぎょうじゃ)に見(み)る一(ひと)つを打(う)ち一(ひと)つ、見(み)る二(ふた)つを打(う)ち二(ふた)つ、五(ご)七百(しちひゃく)の小妖(しょうよう)を尽(ことごと)く皆(みな)打(う)ち殺(ころ)さる。各(おのおの)原身(げんしん=本来(ほんらい)の姿(すがた))を現(あらわ)して、皆(みな)是(こ)れ些(これら)の山精(さんせい)樹怪(じゅかい)、獣孽(じゅうごう=獣(けもの)の悪(あく))禽魔(きんま=鳥(とり)の魔(ま))なり。仏祖(ぶつそ)金(かね)を将(もっ)て一処(いっしょ)に収集(しゅうしゅう=集(あつ)め)め、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)ずれば、即時(そくじ)に返本還元(へんぽんげんげん=元(もと)の姿(すがた)に返(かえ))し、復(ま)た金鐃(きんどう)一副(いっぷく)を得(え)たり。行者(ぎょうじゃ)に別(わか)れを告(つ)げ、祥雲(しょううん)に駕(が)して直(ただ)ちに極楽世界(ごくらくせかい)に転(うつ)る。

此(こ)の大聖(たいせい)却(かえ)って才(はじ)めて唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)を解(と)き下(おろ)す。那(か)の呆子(ほうず=愚(おろ)か者(もの)=八戒(はっかい))は幾日(いくにち)も吊(つる)され、餓(う)えて慌(あわ)てたり。且(しばら)く大聖(たいせい)に謝(しゃ)せず、却(かえ)って就(すなわ)ち腰(こし)を蝦(えび)の如(ごと)く曲(ま)げ、厨房(ちゅうぼう)に走(はし)り往(ゆ)きて飯(めし)を尋(たず)ねて食(くら)う。元来(もと)那(か)の怪(かい)正(まさ)に午飯(ごはん)を安排(あんばい=用意(ようい))せしが、行者(ぎょうじゃ)の戦(たたかい)を求(もと)むるに因(よ)りて、未(いま)だ食(くら)うを得(え)ざりき。此(こ)の呆子(ほうず)見(み)るに、即(すなわ)ち半鍋(はんなべ=鍋(なべ)の半分(はんぶん))を食(くら)い、却(かえ)って両鉢頭(りょうはちがしら=二(ふた)つの鉢(はち))を拿(と)り出(いだ)して師父(しふ)・師弟(してい)たちを叫(よ)んで各(おのおの)両碗(りょうわん)を食(くら)わせ、然(しか)る後(のち)才(はじ)めて行者(ぎょうじゃ)に謝(しゃ)す。妖怪(ようかい)の原由(げんゆ)を問(と)い及(およ)ばば、行者(ぎょうじゃ)先(ま)ず祖師(そし)の亀(き)・蛇(じゃ)を請(こう)じ、後(のち)に大聖(たいせい)に太子(たいし)を借(か)り、并(なら)びに弥勒(みろく)の収降(しゅうこう)の事(こと)を、細(こま)かに一遍(いっぺん)を陳(の)ぶ。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、謝(しゃ)するに尽(つ)くすべからず、諸天(しょてん)を頂礼(ちょうらい)して道(い)う、「徒弟(とてい)よ、此(これ)らの神聖(しんせい)は、何所(いずこ)に困(くるし)むや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「昨日(きのう)日値功曹(にちちこうそう)老孫(ろうそん)に対(たい)して説(と)きしは、皆(みな)地窖(ちこう)の内(うち)に在(あ)り」と。叫(よ)んで道(い)う、「八戒(はっかい)、我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)きて彼等(かれら)を解脱(げだつ)せん」と。

那(か)の呆子(ほうず)食(しょく)を得(え)て力(ちから)壮(さか)んに、精神(せいしん)を抖擻(とそう=奮(ふる)い起(おこ))し、彼(か)が釘鈀(ていは=熊手(くまで))を尋(たず)ね出(いだ)し、即(すなわ)ち大聖(たいせい)と同(とも)に後(うしろ)に到(いた)り、地窖(ちこう)を打(う)ち開(ひら)き、将(まさ)に衆等(しゅうとう)の縄(なわ)を解(と)かんとし、珍楼(ちんろう)の下(もと)に請(しょう)じ出(いだ)す。三蔵(さんぞう)袈裟(けさ)を披(ひら)き、上(うえ)に向(むか)って一一(いちいち)に拝謝(はいしゃ)す。此(こ)の大聖(たいせい)才(はじ)めて五竜(ごりゅう)二将(にしょう)を送(おく)りて武当(ぶとう)に回(かえ)し、小張太子(しょうちょうたいし)と四将(ししょう)とを送(おく)りて蠙城(ひんじょう)に回(かえ)し、後(のち)に二十八宿(にじゅうはっしゅく)を送(おく)りて天府(てんふ)に帰(かえ)し、掲諦(かいたい)伽藍(がらん)を各(おのおの)境(さかい)に回(かえ)ると発放(はっぽう=解散(かいさん))す。

師徒(しと)たち却(かえ)って寛(くつろ)ぎて半日(はんにち)を住(とど)まり、白馬(はくば)を喂(か)い飽(あ)かしめ、行嚢(こうのう=旅(たび)の荷(に))を収拾(しゅうしゅう)し、次(つぎ)の早(はや)きに至(いた)りて程(みち)に登(のぼ)る。臨行(りんこう=出(で)立(た)ち)の時(とき)、上(うえ)に一把(ひとつかみ)の火(ひ)を放(はな)ち、将(まさ)に那(か)の些(これら)の珍楼(ちんろう)・宝座(ほうざ)・高閣(こうかく)・講堂(こうどう)を、俱(ことごと)く尽(ことごと)く焼(や)きて灰燼(かいじん)と為(な)す。此(ここ)に才(はじ)めて、

掛(か)ける無(な)く牽(ひ)かるる無(な)く難(なん)を逃(のが)れ去(ゆ)き、災(わざわい)を消(け)し障(さわり)を消(け)して身(み)を脱(だっ)して行(ゆ)く。

畢竟(ひっきょう=結局(けっきょく))知(し)らず幾時(いつ)か才(はじ)めて大雷音(だいらいおん)に到(いた)る、且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。