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067 第六十七回 駝羅(だら)を拯(すく)いて禅性(ぜんしょう)穏(やす)らぎ 穢汚(えお)を脱(だっ)して道心(どうしん)清(きよ)し

話(かく)かた三蔵(さんぞう)四衆(ししゅう)、小西天(しょうせいてん)を逃(のが)れ離(はな)れ、欣然(きんぜん=喜(よろこ)んで)として路(みち)に上(のぼ)る。行(ゆ)くこと箇(ひと)つの月(つき)の程途(ていと=道(みち)のり)を経(へ)て、正(まさ)に是(こ)れ春(はる)深(ふか)く花(はな)放(ひら)くの時(とき)、見(み)るに幾処(いくところ)かの園林(えんりん)も皆(みな)緑(みどり)暗(くら)く、一番(いちばん)の風雨(ふうう)又(また)黄昏(たそがれ)なり。

三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(たづな)めて道(い)う、「徒弟(とてい)よ、天色(てんしょく=空(そら)の色(いろ))晩(く)れたり。那(いず)れの条(みち)の路(みち)の上(うえ)へ往(ゆ)きて宿(やど)を求(もと)めんか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)放心(ほうしん=心(こころ)を安(やす))んぜよ。若(も)し是(こ)れ借宿(しゃくしゅく=宿(やど)を借(か))る処(ところ)無(な)くんば、我(われ)三人(さんにん)都(すべ)て些(いささ)かの本事(ほんじ=技(わざ))有(あ)り。八戒(はっかい)をして草(くさ)を砍(き)らしめ、沙和尚(しゃおしょう)に松(まつ)を扳(へ)し折(お)らしめ、老孫(ろうそん)は木匠(もっしょう=大工(だいく))を作(な)すことを会(え)すれば、就(すなわ)ち此(こ)の路(みち)の上(うえ)に箇(ひと)つの蓬庵(ほうあん=草(くさ)の庵(いおり))を搭(つく)り、好道(こうどう=とにかく)也(また)年把(ねんぱ=一年(いちねん)ばかり)は住(す)むを得(う)るに、汝(なんじ)忙(いそ)ぐこと怎(なん)ぞや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あに)よ、此(こ)の箇(こ)の所(ところ)、豈(あ)に是(こ)れ住場(じゅうじょう=住(す)むに適(かな)える場(ば))ならんや!

満山(まんざん)に虎豹(こひょう)狼虫(ろうちゅう)多(おお)く、遍地(へんち)に魑魅魍魎(ちみもうりょう)有(あ)り。
白日(はくじつ)の裡(うち)尚且(なお)且(か)つ行(ゆ)き難(がた)きに、黑夜(こくや=暗(くら)き夜(よる))怎(いか)でか生(い)きて敢(あ)えて宿(やど)らんや」と。

行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「呆子(ほうず=愚(おろ)か者(もの))め! 愈々(いよいよ)長進(ちょうしん=進歩(しんぽ))せざるなり! 是(こ)れ老孫(ろうそん)が海口(かいこう=大風呂敷(おおぶろしき))ならず、只(た)だ此(こ)の条(ひと)つの棒子(ぼうし=棒(ぼう))の手(て)の裡(うち)に揝(にぎ)らるれば、就(すなわ)ち是(こ)れ天(てん)の塌(お)ち下(くだ)り来(きた)るとも、也(また)撑(ささ)え住(とど)むるを得(う)」と。

師徒(しと)たち正(まさ)に然(しか)く講論(こうろん=論(あげつら))うに、忽(たちま)ち一(ひと)つの山荘(さんそう)の遠(とお)からざるを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「好(よ)し! 宿(やど)る処(ところ)有(あ)り」と。長老(ちょうろう)問(と)う、「何処(いずこ)に在(あ)るか」と。行者(ぎょうじゃ)指(さ)して道(い)う、「那(か)の樹(き)の叢(くさむら)の裡(うち)は是(こ)れ箇(ひと)つの人家(じんか=人(ひと)の家(いえ))ならずや。我等(われら)去(ゆ)きて宿(やど)を一宵(いっしょう=ひとよ)借(か)り、明早(みょうそう=明日(あす)の朝(あさ))路(みち)を走(はし)らん」と。長老(ちょうろう)欣然(きんぜん)として馬(うま)を促(うなが)し、荘門(そうもん)の外(そと)に至(いた)りて馬(うま)を下(お)りる。只(た)だ見(み)る、那(か)の柴扉(さいひ=柴(しば)の扉(とびら))は緊(きつ)く閉(とざ)されたり。長老(ちょうろう)門(もん)を敲(たた)いて道(い)う、「開門(かいもん)、開門(かいもん)」と。裡(うち)に一(ひと)りの老者(ろうじゃ)有(あ)り、手(て)に藜杖(りじょう=藜(あかざ)の杖(つえ))を拖(ひ)き、足(あし)に蒲鞋(ほかい=藁(わら)の沓(くつ))を踏(ふ)み、頭(あたま)に烏巾(うきん=黒(くろ)き頭巾(ずきん))を頂(いただ)き、身(み)に素服(そふく=白(しろ)き衣(ころも))を穿(つらぬ)き、門(もん)を開(ひら)いて便(すなわ)ち問(と)う、「是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)か此(ここ)に在(あ)りて大呼小叫(だいこしょうきょう=大声(おおごえ)をあげ)する」と。三蔵(さんぞう)掌(てのひら)を胸(むね)に当(あ)て合(あわ)せ、身(み)を躬(くぐ)ませて施礼(せれい)して道(い)う、「老施主(ろうせしゅ)よ、貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土(とうど)より西天(せいてん)へ経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされし者(もの)なり。適(たまた)ま貴地(きち)に到(いた)り、天(てん)晩(く)れたれば特(こと)に尊府(そんぷ)を造(おとず)れて宿(やど)を一宵(いっしょう)仮(かり)んとす、万(よろず)望(のぞ)むらくは方便(ほうべん=便宜(べんぎ))方便(ほうべん)」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「和尚(おしょう)、汝(なんじ)西(にし)へ行(ゆ)かんと欲(ほっ)するも、却(かえ)って是(こ)れ去(ゆ)くを得(え)ざるなり。此処(ここ)は乃(すなわ)ち小西天(しょうせいてん)にして、若(も)し大西天(だいせいてん)に到(いた)らんには、路途(ろと)甚(はなは)だ遠(とお)し。且(しばら)く前(まえ)へ去(ゆ)くの艱難(かんなん)を道(い)うは休(や)めよ、只(た)だ此(こ)の地方(ちほう)も、已(すで)に此(か)くの如(ごと)く過(すご)し難(がた)し」と。三蔵(さんぞう)問(と)う、「怎(いか)でか過(すご)し難(がた)きや」と。老者(ろうじゃ)手(て)の指(ゆび)を用(もち)いて指(さ)して道(い)う、「我(わ)が此(こ)の庄村(そうそん)より西(にし)へ去(ゆ)くこと三十余里(さんじゅうより)、一(ひと)つの条(すじ)の稀柿衕(きしどう=柿(かき)の泥道(どろみち))有(あ)り、山(やま)の名(な)を七絶(しちぜつ)と曰(い)う」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「何(なん)をか七絶(しちぜつ)と為(な)すや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「此(こ)の山(やま)の径過(けいか=通(とお)り抜(ぬ)け)は八百里(はっぴゃくり)有(あ)りて、満山(まんざん)尽(ことごと)く是(こ)れ柿果(しか=柿(かき)の実(み))なり。

古(いにしえ)に云(い)う、柿樹(しじゅ=柿(かき)の木(き))に七絶(しちぜつ)有(あ)り。一(ひと)つには益寿(えきじゅ=寿命(じゅみょう)を益(えき))し、二(ふた)つには多陰(たいん=陰(かげ)多(おお))く、三(みっ)つには鳥(とり)の巣(す)無(な)く、四(よっ)つには虫(むし)無(な)く、五(いつ)つには霜葉(そうよう=霜(しも)の葉(は))玩(もてあそ)ぶべく、六(むっ)つには嘉実(かじつ=良(よ)き実(み))、七(なな)つには枝葉(しよう)肥大(ひだい)なり。故(ゆえ)に七絶山(しちぜつさん)と名(な)づく。我(わ)が此(こ)の敝処(へいしょ=鄙(ひな)びた処(ところ))は地(ち)広(ひろ)く人(ひと)稀(まれ)にして、那(か)の深山(しんざん)は亘古(こうこ=大昔(おおむかし)より)人(ひと)の走到(そうとう=歩(ある)き到(いた))ること無(なし)。每年家(まいとし=毎年(まいとし))熟(じゅく)し爛(ただ)れたる柿(かき)の路(みち)の上(うえ)に落(お)ちて、将(まさ)に一(ひと)つの条(すじ)の夹石胡同(きょうせきこうず=石(いし)の挟(はさ)まれたる小路(こうじ))を尽(ことごと)く皆(みな)填(うず)め満(み)たし、又(また)雨露(うろ)雪霜(せっそう)に被(こうむ)り、霉(かび)を経(へ)て夏(なつ)を過(す)ごし、作(な)して一路(いちろ)の汚穢(おわい=汚(けが)れ)と成(な)る。此(こ)の方(ほう)の人家(じんか)、俗(ぞく)に呼(よ)んで稀屎衕(きしどう=屎(くそ)だらけの道(みち))と為(な)す。但(た)だ西風(せいふう)の刮(ふ)けば、一(ひと)つの股(すじ)の穢気(えき=臭(くさ)き気(き))有(あ)り、是(こ)れ東圊(とうせい=厠(かわや))を淘(あら)うも也(また)此(か)くの般(ごと)き悪臭(あくしゅう)に似(に)ざるなり。如今(いま)正(まさ)に春(はる)深(ふか)きに値(あた)り、東南風(とうなんふう)大(おおい)に作(おこ)る、故(ゆえ)に以(もっ)て還(ま)た聞(き)こえざるなり」と。

三蔵(さんぞう)心(こころ)の中(うち)煩悶(はんもん=煩(わずら)い悶(もだ))えて言(い)わず。行者(ぎょうじゃ)忍(しの)ぶあたわず、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の老児(ろうじ)甚(はなは)だ通便(つうべん=融通(ゆうずう))ならず! 我等(われら)遠(とお)くより来(きた)りて宿(やど)を投(とう)ぜんとするに、汝(なんじ)就(すなわ)ち此(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の話(はなし)を説(と)き出(いだ)して人(ひと)を唬(おど)す。十分(たと)い汝(なんじ)が家(いえ)の窄逼(さくひつ=狭(せま)き)にして睡(ねむ)る処(ところ)無(な)くとも、我等(われら)此(こ)の樹(き)の下(した)に在(あ)りて蹲(うずくま)り一(ひと)たび蹲(うずくま)れば、也(また)就(すなわ)ち此(こ)の宵(よい)を過(すご)さんに、何故(なにゆえ)に此(か)くの般(ごと)く絮聒(じかつ=くどくど言(い))うや」と。那(か)の老者(ろうじゃ)彼(かれ)が相貌(そうぼう)の醜陋(しゅうろう=醜(みにく)き)なるを見(み)、便(すなわ)ち也(また)口(くち)を擰(ひね)り住(とど)め、驚嘬嘬(きょうさいさい=おびえすく)みて、胆(きも)を硬(かた)くし、一声(ひとこえ)を喝(かつ)し、藜杖(りじょう)を用(もち)いて指(さ)し定(さだ)めて道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の奴(やつ)め、骨撾顔(こっかれん=痩(や)せこけた顔(かお))、磕額頭(こうがくとう=出(で)っ張(ぱ)りし額(ひたい))、塌鼻子(とうびし=潰(つぶ)れし鼻(はな))、凹頡腮(おうけつさい=窪(くぼ)みし頬(ほお))、毛眼毛睛(もうがんもうせい=毛深(けぶか)き眼(まなこ))、癆病鬼(ろうびょうき=労咳(ろうがい)の病人(びょうにん))、高低(こうてい=分別(ふんべつ))を知(し)らず、箇(ひと)つの嘴(くちばし)を尖(とが)らせて、敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)が老人家(ろうじんか=この年寄(としより))を衝撞(しょうどう=衝(つ)き当(あ)た)るか」と。行者(ぎょうじゃ)陪(ばい)して笑(わら)って道(い)う、「老官児(ろうかんじ=旦那(だんな)どの)よ、汝(なんじ)元来(もと)眼(め)有(あ)りて珠(たま=瞳(ひとみ))無(な)く、我(わ)が此(こ)の癆病鬼(ろうびょうき)を識(し)らざるなり! 相法(そうほう)に云(い)う、形容(けいよう)古怪(こかい)にして、石(いし)の中(うち)に美玉(びぎょく)の蔵(ぞう=隠(かく)れ)有(あ)りと。汝(なんじ)若(も)し言(げん)と貌(ぼう)とを以(もっ)て人(ひと)を取(と)らば、乾浄(かんじょう=すっかり)差(たが)えり。我(われ)醜(みにく)きは便(すなわ)ち醜(みにく)けれど、却(かえ)って倒(かえっ)て些(いささ)かの手段(しゅだん)有(あ)り」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ那方(いずこ)の人氏(じんし)、姓(せい)は甚(なん)と名(な)は誰(たれ)ぞ、何(なん)の手段(しゅだん)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、

我(われ)祖(そ)は東勝大神洲(とうしょうだいしんしゅう)に居(きょ)し、花果山(かかざん)の前(まえ)に自幼(じゆう=幼(おさな)きより)修(おさ)む。
身(み)は霊台方寸(れいだいほうすん)の祖(そ)を拝(はい)し、学(まな)び成(な)りて武芸(ぶげい)甚(はなは)だ全周(ぜんしゅう=完璧(かんぺき))なり。
也(また)能(よ)く海(うみ)を攪(かき)まわして竜母(りゅうぼ)を降(くだ)し、善(よ)く会(え)すれば山(やま)を担(にな)いて日頭(にっとう=日(ひ))を趕(お)う。
怪(かい)を縛(いまし)め魔(ま)を擒(とりこ)にして第一(だいいち)と称(しょう)し、星(ほし)を移(うつ)し斗(と=星座(せいざ))を換(か)うれば鬼神(きじん)も愁(うれ)う。
天(てん)を偷(ぬす)み地(ち)を転(てん)じて英名(えいめい)大(だい)なり、我(われ)は是(こ)れ変化無窮(へんげむきゅう)の美石猴(びせきこう)なり。

老者(ろうじゃ)言(げん)を聞(き)き、嗔(いかり)を回(めぐ)らして喜(よろこび)と作(な)し、身(み)を躬(くぐ)ませて便(すなわ)ち教(おし)う、「請(しょう)じて寒舎(かんしゃ=拙宅(せったく))に入(い)りて安置(あんち=休(やす))まれ」と。遂(つい)に此(ここ)に、四衆(ししゅう)馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)いて一斉(いっせい)に進(すす)み入(い)れば、只(た)だ見(み)る、那(か)の荊針(けいしん=茨(いばら)の針(はり))棘刺(きょくし=刺(とげ))、両辺(りょうへん)に鋪設(ほせつ=敷(し)き並(なら))べられ、二層門(にそうもん)は是(こ)れ磚石(せんせき=煉瓦(れんが)と石(いし))の塁(かさ)ねたる牆壁(しょうへき=塀(へい))、又(また)是(こ)れ荊棘(けいきょく)の苫蓋(せんがい=萱(かや)ぶき)にして、裡(うち)に入(い)りて才(はじ)めて是(こ)れ三間(さんげん)の瓦房(がぼう=瓦(かわら)ぶきの家(いえ))なり。老者(ろうじゃ)便(すなわ)ち椅(いす)を扯(ひ)きて安坐(あんざ)せしめ茶(ちゃ)を待(ま)たしめ、又(また)飯(めし)を弁(べん)ぜしむ。少頃(しばらく)して、桌子(たくし=食卓(しょくたく))を移(うつ)し過(す)ごし、許多(あまた)の麺筋(めんきん=麩(ふ))・豆腐(とうふ)・芋苗(うびょう=芋(いも)の若葉(わかば))・蘿白(らはく=大根(だいこん))・辣芥(らっかい=辛(から)し菜(な))・蔓菁(まんせい=蕪(かぶ))・香稲米飯(こうとうべいはん=香(かお)る米(こめ)の飯(めし))・醋焼葵湯(さくしょうきとう=酢(す)で煮(に)た葵(あおい)の汁(しる))を擺(なら)べ、師徒(しと)たち尽(ことごと)く一餐(いっさん)に飽(あ)く。食(くら)い畢(おわ)りて、八戒(はっかい)行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き過(す)ごして背(そむ)いて云(い)う、「師兄(しけい)よ、此(こ)の老児(ろうじ)始(はじめ)は留宿(りゅうしゅく)を肯(がえん)ぜざりしに、今(いま)返(かえっ)て此(こ)の盛齋(せいさい=豪勢(ごうせい)な斎食(さいじき))を設(もう)くるは、何(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の箇(こ)能(よ)く幾(いく)らの銭(せん)に値(あたい)せん! 明日(みょうにち)に到(いた)らば、還(ま)た彼(かれ)をして十果十菜(じっかじっさい=十(とお)の果物(くだもの)と十(とお)の菜(さい))を我等(われら)に送(おく)らしめん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「羞(はじ)を知(し)らず! 憑(よ)りて汝(なんじ)が那(か)の幾句(いくく)かの大話(たいわ=大言(たいげん))にて、彼(かれ)を哄(だま)して一頓(ひとくぎり)の飯(めし)を食(くら)い、明日(みょうにち)却(かえ)って路(みち)を跑(はし)らんとす、彼(かれ)又(また)管待(かんたい=もてな)して送(おく)ること怎(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「忙(いそ)ぐこと莫(なか)れ、我(われ)自(おのずか)ら箇(ひと)つの処治(しょち=手立(てだ)て)有(あ)り」と。

多(あま)たの時(とき)ならずして、漸漸(ぜんぜん=次第(しだい)に)黄昏(たそがれ)となり、老者(ろうじゃ)又(また)灯(あかり)を掌(とも)すを叫(よ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)身(み)を躬(くぐ)ませて問(と)うて道(い)う、「公公(こうこう=おじいさん)の高姓(こうせい=お名(な))は」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「李(り)と姓(せい)す」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「貴地(きち)は想(おも)うに就(すなわ)ち是(こ)れ李家荘(りかそう)ならん」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「然(しか)らず、此(ここ)は喚(よ)んで駝羅荘(だらそう)と做(な)し、共(あわ)せて五百(ごひゃく)余(あま)りの人家(じんか)の居住(きょじゅう)有(あ)り。別姓(べっせい)俱(とも)に多(おお)けれど、惟(た)だ我(われ)のみ李(り)を姓(せい)とす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「李施主(りせしゅ)よ、府上(ふじょう)に何(なん)の善意(ぜんい)有(あ)りて、我等(われら)に盛齋(せいさい)を賜(たま)うや」と。那(か)の老者(ろうじゃ)身(み)を起(お)こして道(い)う、「才(さい=たった今(いま))汝(なんじ)の妖怪(ようかい)を拿(とら)うることを会(え)すと説(と)くを聞(き)き得(え)たり。我(わ)が此(ここ)に却(かえ)って箇(ひと)つの妖怪(ようかい)有(あ)り、累(わずら)わしくも汝(なんじ)が我等(われら)に代(かわ)りて拿(とら)うることを替(か)え、自(おのずか)ら重謝(じゅうしゃ=手厚(てあつ)き礼(れい))有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち上(うえ)に朝(むか)って箇(ひと)の喏(じゃく=合掌(がっしょう)一礼(いちれい))を唱(うた)って道(い)う、「照顧(しょうこ=世話(せわ))を承(うけたまわ)りたり」と。

八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の禍(わざわい)を惹(ひ)くを。妖怪(ようかい)を拿(とら)うると説(と)くを聞(き)けば、就(すなわ)ち是(こ)れ彼(かれ)が外公(がいこう=母方(ぼうほう)の祖父(そふ))も也(また)此(か)くの般(ごと)く親熱(しんねつ)ならず、預(あらかじ)め就(すなわ)ち箇(ひと)の喏(じゃく)を唱(うた)う」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)知(し)らず、我(われ)が箇(ひと)の喏(じゃく)を唱(うた)うは就(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひと)の定銭(ていせん=手付(てつ)け金(きん))を下(おろ)したるにして、彼(かれ)再(ふたた)び去(ゆ)きて别人(べつじん)を請(しょう)ぜざるなり」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「此(こ)の猴児(こうじ)凡(およ)そ事(こと)便(すなわ)ち自専(じせん=独(ひと)り決(き)め)せんとす。倘或(もし)那(か)の妖精(ようせい)の神通(じんつう)広大(こうだい)にして、汝(なんじ)彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)むること能(あた)わずんば、豈(あ)に是(こ)れ我(われ)が出家(しゅっけ)の人の誑語(おうご=嘘(うそ))を打(い)うものならずや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)怪(とが)むること莫(なか)れ、我(われ)の再(ま)た問(と)いて看(み)るを待(ま)て」と。那(か)の老者(ろうじゃ)道(い)う、「還(ま)た甚(なん)をか問(と)うや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の貴処(きしょ)は、地勢(ちせい)清平(せいへい=穏(おだ)やか)にして、又(また)許多(あまた)の人家(じんか)の居住(きょじゅう)有(あ)り、更(さら)に是(こ)れ偏僻(へんぺき=辺鄙(へんぴ))の方(かた)ならず、甚(なん)の妖精(ようせい)有(あ)りてか、敢(あ)えて汝(なんじ)が此(こ)の高門大戸(こうもんだいこ=大(おお)きな家(いえ))に上(のぼ)らんや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「実(じつ)に汝(なんじ)に瞞(あざむ)きて説(い)かず。我(わ)が此(ここ)は久(ひさ)しく康寧(こうねい=安(やす)らか)なり。只(た)だ此(こ)の三年(さんねん)六月(ろくがつ)の間(あいだ)、忽然(こつぜん)として一陣(いちじん)の風(かぜ)起(おこ)り、那(そ)の時(とき)人家(じんか)甚(はなは)だ忙(いそが)しく、麦(むぎ)を打(う)つ者(もの)は場(ば)の上(うえ)に在(あ)り、秧(なえ)を插(さ)す者(もの)は田(た)の裡(うち)に在(あ)り、俱(とも)に慌(あわ)てることを著(つ)け、只(た)だ天(てん)の変(へん)じたると説(い)えり。誰(たれ)か知(し)らん、風(かぜ)の過(す)ぐる処(ところ)、箇(ひと)つの妖精(ようせい)有(あ)りて人家(じんか)の牧放(ぼくほう=放(はな)し飼(が))いの牛馬(ぎゅうば)を将(もっ)て食(くら)い、猪羊(ちょよう=豚(ぶた)と羊(ひつじ))を食(くら)い、鶏鵞(けいが=鶏(にわとり)と鵞鳥(がちょう))を見(み)れば囫圇(こつりん=丸呑(まるの)み)に咽(の)み、男女(だんじょ)に遇(あ)えば夹活(きょうかつ=生(い)きた儘(まま))に吞(の)む。那(そ)の次(つぎ)より、此(こ)の二年(にねん)常(つね)に来(きた)りて傷害(しょうがい)す。長老(ちょうろう)よ、汝(なんじ)若(も)し手段(しゅだん)有(あ)らば、彼(かれ)を拿(とら)え、此(こ)の土(ど)を掃(そう)じ浄(きよ)めば、我等(われら)決然(けつぜん)として重(おも)く謝(しゃ)し、敢(あ)えて軽慢(けいまん=疎(おろそ)か)にせず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の箇(こ)は却(かえ)って是(こ)れ拿(とら)え難(がた)し」と。八戒(はっかい)道(い)う、「真(まこと)に是(こ)れ拿(とら)え難(がた)し、拿(とら)え難(がた)し! 我等(われら)は乃(すなわ)ち行脚僧(あんぎゃそう=旅(たび)の僧(そう))にして、宿(やど)を一宵(いっしょう)借(か)り、明日(みょうにち)路(みち)を走(はし)らんとす、甚(なん)の妖精(ようせい)をか拿(とら)えんや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)は元来(もと)是(こ)れ飯(めし)を騙(かた)りて食(くら)うの和尚(おしょう)なり! 初(はじ)めに見(み)し時(とき)口(くち)を夸(ほこ)り舌(した)を弄(ろう)し、斗(と)を換(か)え星(ほし)を移(うつ)し、妖(よう)を降(くだ)し怪(かい)を縛(いまし)むることを会(え)すと説(い)い、此(こ)の事(こと)を説(と)き起(おこ)すに及(およ)べば、就(すなわ)ち推却(すいきゃく=辞退(じたい))して拿(とら)え難(がた)しとす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「老児(ろうじ)よ、妖精(ようせい)は好(よ)く拿(とら)う。只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)が此(こ)の方(ほう)の人家(じんか)の心(こころ)斉(ひとつ)ならざるなり、故(ゆえ)に以(もっ)て拿(とら)え難(がた)し」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「怎(いか)でか人心(じんしん)の斉(ひとつ)ならざるを見(み)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「妖精(ようせい)攪擾(かくじょう=かき乱(みだ))して三年(さんねん)にもなれど、也(また)幾(いく)らの生霊(せいれい=命(いのち))をか傷害(しょうがい)せしを知(し)らず。

我(われ)想(おも)うに、毎家(まいか=家(いえ)ごと)に只(た)だ銀(ぎん)一両(いちりょう)を出(いだ)さしめば、五百家(ごひゃっか)は五百両(ごひゃくりょう)の銀子(ぎんす)を湊(あつ)むべく、那(いずこ)へ到(いた)らずとも、也(また)一(ひと)りの法官(ほうかん=呪術(じゅじゅつ)を行う道士(どうし))を尋(たず)ね出(いだ)して妖(よう)を把(とっ)て拿(とら)えしめんに、却(かえ)って怎(いか)でか就(すなわ)ち甘(あまん)じて彼(かれ)が三年(さんねん)の磨折(ませつ=苦(くる)しめ)を受(う)くるや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「若(も)し銭(せん)を使(つか)うを論(あげつら)い説(と)かば、好道(こうどう=とにかく)也(また)人(ひと)を羞(はじ)し殺(ころ)すなり! 我等(われら)が那(いず)れの家(いえ)か三(み)つ五(いつ)つの両(りょう)の銀子(ぎんす)を花費(かひ=費(ついや))さざらんや! 前年(ぜんねん)音(たよ)りを訪(たず)ねて山南(さんなん)の裡(うち)に箇(ひと)りの和尚(おしょう)有(あ)るを着(し)り、彼(かれ)を請(しょう)じて此(ここ)に到(いた)りて妖(よう)を拿(とら)えしむるも、未(いま)だ勝(かち)を得(え)ず」と。

行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の和尚(おしょう)怎(いか)でか拿(とら)えしや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、

那(か)の箇(こ)の僧伽(そうぎゃ=僧(そう))は、領(えり)の袈裟(けさ)を披(ひら)く。
先(ま)ず「孔雀(くじゃく)」を談(だん)じ、後(のち)に「法華(ほっけ)」を念(ねん)ず。
香(こう)は炉(ろ)の内(うち)に焚(た)かれ、手(て)に鈴(すず)を把(と)って拿(と)る。
正(まさ)に然(しか)く念(ねん)ずる処(ところ)、妖邪(ようじゃ)を驚(おどろ)かし動(うご)かす。
風(かぜ)生(しょう)じ雲(くも)起(おこ)り、径(ただ)ちに荘家(そうか=村(むら)の家(いえ))に至(いた)る。
僧(そう)と怪(かい)と闘(たたか)い、其(そ)れ実(じつ)に堪(た)えて夸(ほ)むべし。
一(ひと)たび逓(かわ)るに一拳(いっけん)を搗(つ)き、一(ひと)たび逓(かわ)るに一把(ひとつかみ)を抓(つか)む。
和尚(おしょう)還(ま)た相応(そうおう=応(こた))ず、相応(そうおう)ずるも頭髪(とうはつ)没(な)し。
須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))に妖怪(ようかい)勝(か)ち、径直(けいちょく=真(ま)っ直(す))ぐに煙霞(えんか)に返(かえ)り、元来(もと)は干(ひ)からびた疤(やけどの痕(あと))なり。
我等(われら)近(ちか)づき前(まえ)に看(み)れば、光頭(こうとう=坊主(ぼうず)頭(あたま))の打(う)たるること箇(ひと)の爛(くず)れたる西瓜(すいか)の似(ごと)し。

行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)けば、虧(そこない)を食(くら)いたるなり」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)は只(た)だ一(ひと)つの命(いのち)を拚(か)けたるのみ、還(ま)た是(こ)れ我等(われら)の虧(そこない)を食(くら)うなり。彼(かれ)と棺木(かんぼく=棺(ひつぎ))を買(か)いて殯葬(ひんそう=葬(ほうむ))ることを与(あた)え、又(また)些(いささ)かの銀子(ぎんす)を彼(かれ)が徒弟(とてい)に与(あた)えたり。那(か)の徒弟(とてい)心(こころ)還(ま)だ歇(や)まず、至今(いまに至(いた)る)ま亦(ま)た告状(こくじょう=訴(うった)え)せんとし、干浄(かんじょう=けり)を得(え)ず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「再(ま)た曾(かつ)て甚(なん)の人を請(しょう)じて彼(かれ)を拿(とら)えしむること有(あ)りしか」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「旧年(きゅうねん=昨年(さくねん))又(また)一(ひと)りの道士(どうし)を請(しょう)じたり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の道士(どうし)怎(いか)でか彼(かれ)を拿(とら)えしや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、

那(か)の道士(どうし)は、頭(あたま)に金冠(きんかん)を戴(いただ)き、身(み)に法衣(ほうい)を穿(つらぬ)く。
令牌(れいはい)敲(たた)き響(ひび)き、符水(ふすい)施為(せいい=呪(まじな)いを施(ほどこ))す。
神(かみ)を駆(か)り将(しょう)を使(つか)い、妖魑(ようち)を拘(とら)え到(いた)らしむ。
狂風(きょうふう)滾滾(こんこん),黒霧(こくむ)迷迷(めいめい)。
即(すなわ)ち道士(どうし)と、両個(ふたり)相持(そうじ=対(たい)じ合(あ))う。
闘(たたか)いて天(てん)の晩(く)るるに到(いた)り、怪(かい)は雲霓(うんげい=雲(くも)と虹(にじ))に返(かえ)る。
乾坤(けんこん)清朗朗(せいろうろう=澄(す)みき)り、我等(われら)衆人(しゅうじん)斉(ひとしく)す。
出(い)で来(きた)りて道士(どうし)を尋(たず)ぬれば、渰死(えんし=溺(おぼ)れ死(じ))して山溪(さんけい=谷川(たにがわ))に在(あ)り。
撈(すく)い得(え)て上(うえ)に来(きた)りて大家(たいか=皆(みな))看(み)れば、却(かえ)って一(ひと)つの落湯鶏(らくとうけい=湯(ゆ)に落(お)ちし鶏(にわとり))の如(ごと)し。

行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)けば、也(また)虧(そこない)を食(くら)いたるなり」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)も也(また)只(た)だ一(ひと)つの命(いのち)を捨(す)てたるのみ、我等(われら)又(また)悶数(もんすう=多額(たがく))の銭糧(せんりょう=金(かね)と粮(かて))を使(つか)いて彀(たく)せり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「打緊(たいしたこと)ならず、打緊(たいしたこと)ならず、我(われ)の汝(なんじ)に替(かわ)りて彼(かれ)を拿(とら)え来(きた)るを待(ま)て」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)若(も)し果(はた)して手段(しゅだん)有(あ)りて彼(かれ)を拿(とら)うるを得(う)れば、我(われ)幾(いく)つかの本荘(ほんそう)の長者(ちょうじゃ)を請(しょう)じて汝(なんじ)と箇(ひと)つの文書(ぶんしょ)を写(うつ)さしめん。若(も)し勝(かち)を得(う)れば、憑(よ)りて汝(なんじ)が幾(いく)らの銀子(ぎんす)を要(もと)めて相(あい)謝(しゃ)するも、半分(はんぶん)も少(すくな)からず。如(も)し若(も)し虧(そこない)有(あ)らば、切(きっ)して我等(われら)と放頼(ほうらい=難癖(なんくせ)をつけ)ること莫(なか)れ、各(おのおの)天命(てんめい)を聴(き)かん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の老児(ろうじ)は人(ひと)に頼(たの)まれて怕(おそ)るることを怕(おそ)れたり。我等(われら)は是(こ)れ那(か)の様(よう)の人(ひと)ならず、快(すみや)か長者(ちょうじゃ)を請(しょう)じ去(ゆ)け」と。

那(か)の老者(ろうじゃ)満心(まんしん)歓喜(かんき)し、即(すなわ)ち家僮(かどう=召使(めしつか)い)に命(めい)じて幾(いく)つかの左隣右舎(されんうしゃ)・表弟姨兄(ひょうていいけい)・親家朋友(しんかほうゆう=親戚(しんせき)・朋友(ほうゆう))を請(しょう)ぜしむ。共(あわ)せて八九位(はちきゅうい)の老者(ろうじゃ)有(あ)り、都(すべ)て来(きた)りて相見(しょうけん)す。唐僧(とうそう)に会(あ)い、妖(よう)を拿(とら)うるの一事(いちじ)を言及(げんきゅう)すれば、欣然(きんぜん)たらずんば無(なし)。衆老(しゅうろう)問(と)う、「是(こ)れ那(いず)れの一位(いちい)の高徒(こうと)か去(ゆ)きて拿(とら)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を叉(さしはさ)んで道(い)う、「是(こ)れ我(わ)が小和尚(しょうおしょう)なり」と。衆老(しゅうろう)悚然(しょうぜん=おびえ)て道(い)う、「不済(ふせい=駄目(だめ))! 不済(ふせい)! 那(か)の妖精(ようせい)は神通(じんつう)広大(こうだい)にして、身体(しんたい)狼犺(ろうこう=図体(ずうたい)が大(おお)き)い。汝(なんじ)が此(こ)の長老(ちょうろう)は、痩痩(そうそう=痩(や)せこけ)小小(しょうしょう=ちんまり)として、還(ま)た彼(かれ)が歯(は)の縫(すきま)を填(うず)むるに彀(た)らざるなり」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「老官児(ろうかんじ)よ、汝(なんじ)人(ひと)を估(はか)り出(いだ)すことを得(え)ず。我(われ)小(ちい)さきは小(ちい)さけれど、結実(けつじつ=中身(なかみ)が詰(つ)ま)れり。都(すべ)て是(こ)れ磨刀水(まとうすい=刀(かたな)を研(と)ぐ水(みず))を食(くら)いたる者(もの)にして、秀気(しゅうき=優(すぐ)れた気(き))は内(うち)に在(あ)るなり」と。衆老(しゅうろう)説(と)くを見(み)て、只(た)だ得(え)ず依従(いじゅう)して道(い)う、「長老(ちょうろう)よ、妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)めば、汝(なんじ)は幾(いく)らの謝礼(しゃれい)を要(もと)むるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「何(なん)ぞ必(かなら)ずしも甚(なん)の謝礼(しゃれい)を要(もと)むると説(い)わんや! 俗語(ぞくご)に云(い)う、金子(きんす)を説(と)けば眼(め)を幌(くらま)し、銀子(ぎんす)を説(と)けば傻白(しゃはく=白(しろ)ぼ)け、銅銭(どうせん)を説(と)けば腥気(せいき=生臭(なまぐさ))しと。我等(われら)は乃(すなわ)ち徳(とく)を積(つ)むの和尚(おしょう)にして、決(けっ)して銭(せん)を要(もと)めず」と。

衆老(しゅうろう)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、都(すべ)て是(こ)れ戒(かい)を受(う)けたる高僧(こうそう)なり。既(すで)に銭(せん)を要(もと)めずんば、豈(あ)に空(むな)しく労(ろう)するの理(ことわり)有(あ)らんや! 我等(われら)各家(かっか)は俱(とも)に魚田(ぎょでん=魚(うお)と田(た))を以(もっ)て活(い)きと為(な)す。若(も)し果(はた)して妖孽(ようごう=妖(よう)の災(わざわい))を降(くだ)し、地方(ちほう)を浄(きよ)めなば、我等(われら)毎家(まいか)に汝(なんじ)に両畝(りょうほ=二(ふた)つの畝(うね))の良田(りょうでん)を送(おく)り、共(あわ)せて一千畝(いっせんほ)を湊(あつ)め、一処(いっしょ)に坐落(ざらく=所在(しょざい))せしめ、汝(なんじ)ら師徒(しと)の其(そ)の上(うえ)に寺院(じいん)を起(おこ)し蓋(おお)い、坐(ざ)を打(う)ち禅(ぜん)を参(さん)ぜば、方(ほう)の上(うえ)に雲游(うんゆう=雲(くも)の如(ごと)く巡(めぐ))るに強(まさ)れり」と。行者(ぎょうじゃ)又(また)笑(わら)って道(い)う、「愈々(いよいよ)停当(ていとう=穏当(おんとう))ならず! 但(た)だ田(た)を要(もと)めたりと説(い)わば、就(すなわ)ち馬(うま)を養(やしな)い当差(とうさい=夫役(ぶえき)に当(あた))り、糧(かて)を納(おさ)め草(くさ)を弁(べん)じ、黄昏(たそがれ)に睡(ねむ)るを得(え)ず、五鼓(ごこ=明(あ)け方(がた))に眠(ねむ)るを得(え)ず、好(よ)く倒(かえっ)て人(ひと)を弄(もてあそ)び殺(ころ)すなり」と。衆老(しゅうろう)道(い)う、「諸般(しょはん=あれこれ)要(もと)めずんば、却(かえ)って何(なに)を将(もっ)てか謝(しゃ)せんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)出家(しゅっけ)の人(ひと)は、但(た)だ只(た)だ一茶一飯(いっさいいっぱん)なるも、便(すなわ)ち是(こ)れ謝(しゃ)したるなり」と。衆老(しゅうろう)喜(よろこ)んで道(い)う、「此(こ)の箇(こ)容易(ようい)なり。但(た)だ知(し)らず汝(なんじ)怎(いか)でか彼(かれ)を拿(とら)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)但(た)だ来(きた)らば、我(われ)就(すなわ)ち彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)めん」と。衆老(しゅうろう)道(い)う、「那(か)の怪(かい)大(おお)いなるなり! 上(うえ)は天(てん)を拄(つ)き、下(した)は地(ち)を拄(つ)き、来(く)る時(とき)は風(かぜ)、去(ゆ)く時(とき)は霧(きり)、汝(なんじ)却(かえ)って怎(いか)でか生(いき)て彼(かれ)に近(ちか)づくを得(え)んや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「若(も)し風(かぜ)を呼(よ)び霧(きり)に駕(が)するの妖精(ようせい)を論(あげつら)わば、我(われ)彼(かれ)を把(と)って孫子(まご)に当(あ)てんのみ。若(も)し身体(しんたい)の長大(ちょうだい)なるを説(と)かば、彼(かれ)を打(う)つの手段(しゅだん)有(あ)り」と。

正(まさ)に講(こう=話(はな))ずる処(ところ)、只(た)だ聞(き)く、呼呼(ここ)と風(かぜ)の響(ひび)くを。慌(あわ)てる那(か)の八九箇(はちきゅうこ)の老者(ろうじゃ)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)て道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)は塩醤口(えんしょうこう=言霊(ことだま)の口(くち))なり! 妖精(ようせい)を説(と)けば、妖精(ようせい)就(すなわ)ち来(きた)れり」と。那(か)の老李(ろうり)腰門(ようもん=裏(うら)の門(もん))を開(ひら)き、幾(いく)つかの親戚(しんせき)と唐僧(とうそう)とを連(つら)ねて都(すべ)て叫(よ)ぶ、「進(はい)れ来(きた)れ! 進(はい)れ来(きた)れ! 妖怪(ようかい)の来(きた)れるなり」と。唬(おどろ)かされて那(か)の八戒(はっかい)も也(また)進(はい)らんとし、沙僧(しゃそう)も也(また)進(はい)らんとす。行者(ぎょうじゃ)両(ふた)つの手(て)に二(ふた)りを扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「汝等(なんだち)忒(はなは)だ循理(じゅんり=道理(どうり)に循(したが))わず! 出家(しゅっけ)の人(ひと)の、怎(いか)でか内外(ないがい)を分(わか)たざるや! 站(た)ち住(とど)まれ! 走(はし)ること莫(なか)れ! 我(われ)と天井(てんせい=中庭(なかにわ))へ去(ゆ)き、看(み)よ是(こ)れ箇(ひと)の甚(なん)の妖精(ようせい)なるかを」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あに)よ、彼等(かれら)は都(すべ)て是(こ)れ帳(ちょう=経験(けいけん))を経(へ)たる者(もの)にして、風(かぜ)の響(ひび)けば便(すなわ)ち是(こ)れ妖(よう)の来(きた)るなり。彼等(かれら)都(すべ)て去(ゆ)きて隠(かく)るるに、我等(われら)又(また)彼(かれ)と親(した)しき有(あ)るに非(あら)ず、又(また)相識(そうしき=知(し)り合(あ))うに非(あら)ず、又(また)是(こ)れ交契(こうけい=親交(しんこう))の故人(こじん)に非(あら)ず、彼(かれ)を看(み)て甚(なん)をか做(な)さんや」と。元来(もと)行者(ぎょうじゃ)は力量(りきりょう=力(ちから))大(だい)にして、説(と)くを容(い)れず、一把(ひとつかみ)に拉(ひ)いて天井(てんせい)の裡(うち)に站(た)ち下(おろ)さる。那(か)の陣(じん)の風(かぜ)愈々(いよいよ)大(おおい)なり、好(よ)き風(かぜ)なり。

樹(き)を倒(たお)し林(はやし)を摧(くだ)いて狼虎(ろうこ)憂(うれ)い、江(こう=大川(おおかわ))を播(ま)き海(うみ)を攪(かきまわ)して鬼神(きじん)愁(うれ)う。
華岳(かがく)の三峰(さんぽう)の石(いし)を掀(かか)げ翻(ひるがえ)し、乾坤(けんこん)の四部洲(しぶしゅう)を提(ひっさ)げ起(おこ)す。
村舎(そんしゃ)の人家(じんか)皆(みな)戸(と)を閉(とざ)し、満荘(まんそう=村中(むらじゅう))の児女(じじょ=子供(こども)たち)尽(ことごと)く頭(あたま)を蔵(かく)す。
黒雲(こくうん)漠漠(ばくばく)として星漢(せいかん=天(あま)の川(がわ))を遮(さえぎ)り、灯火(とうか)光(ひかり)無(な)くして遍地(へんち)幽(かす)かなり。

慌(あわ)てる那(か)の八戒(はっかい)は戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、之(これ)を地(ち)に伏(ふ)し、嘴(くちばし)を把(と)って土(つち)を拱(ほ)じ開(ひら)き、地(ち)の下(した)に埋(うず)もれて、却(かえ)って釘(くぎ)を釘(う)たれたるが一般(ごと)し。沙僧(しゃそう)は頭(あたま)と顔(かお)とを蒙(おお)いて、眼(め)も也(また)睜(みは)り難(がた)し。

行者(ぎょうじゃ)風(かぜ)を聞(き)いて怪(かい)を認(みと)め、一霎時(いっしょうじ=またたく間(あいだ))に風(かぜ)の頭(かしら)の過(す)ぐる処(ところ)、只(た)だ見(み)る、那(か)の半空(はんくう)の中(うち)に隐隐(いんいん=かすか)として両盞(りょうさん=二(ふた)つ)の灯(あかり)の来(きた)るを。即(すなわ)ち頭(あたま)を低(た)れて叫(よ)んで道(い)う、「兄弟(けいてい)たち! 風(かぜ)過(す)ぎたり、起(お)きて看(み)よ」と。那(か)の呆子(ほうず)嘴(くちばし)を扯(ひ)き出(いだ)し、灰土(はいどち=灰(はい)と土(つち))を抖(はら)い、顔(かお)を仰(あお)ぎて天(てん)に朝(むか)って一(ひと)たび望(のぞ)み、両盞(りょうさん)の灯光(とうこう)有(あ)るを見(み)て、忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしの)って笑(わら)って道(い)う、「好(よ)き耍子(しゃし=遊(あそ)び)かな! 好(よ)き耍子(しゃし)かな! 元来(もと)是(こ)れ箇(ひと)の行止(ぎょうし=行儀(ぎょうぎ))有(あ)るの妖精(ようせい)なり! 該(まさ)に彼(かれ)と朋友(ほうゆう)を做(な)すべし」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「此(か)くの般(ごと)きに黑夜(こくや)にして、又(また)曾(かつ)て觌面(てきめん=面(めん)と向(むか))って相逢(あいまみ)えず、怎(いか)でか就(すなわ)ち好歹(こうたい=善(ぜん)し悪(あ)し)を知(し)るや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「古人(こじん)に云(い)う、夜行(やこう)には燭(しょく)を以(もっ)てし、燭(しょく)無(な)ければ則(すなわ)ち止(とど)まると。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が一対(いっつい)の灯籠(とうろう)を打(う)ちて路(みち)を引(みちび)くを、必(かなら)ず是(こ)れ箇(ひと)の好(よ)き者(もの)ならん」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「汝(なんじ)錯(あやま)って看(み)たり、那(あ)れは是(こ)れ一対(いっつい)の灯籠(とうろう)ならず、是(こ)れ妖精(ようせい)の両隻(りょうせき=二(ふた)つ)の眼(まなこ)の亮(ひか)るなり」と。此(こ)の呆子(ほうず)就(すなわ)ち唬(おどろ)きて三寸(さんずん)矮(ひく)くなって道(い)う、「爺爺(やや=おやおや)! 眼(まなこ)の此(か)くの般(ごと)きに大(おお)いなる有(あ)るか、知(し)らず口(くち)の幾(いく)らの大(おお)いなる有(あ)るかを」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)懼(おそ)るること莫(なか)れ。汝(なんじ)二(ふた)りは師父(しふ)を護持(ごじ)せよ、老孫(ろうそん)の上(うえ)に去(ゆ)きて彼(かれ)に箇(ひと)つの口气(こうき=息(いき)の音(おと))を討(とう=尋(たず))ね、彼(かれ)の是(こ)れ甚(なん)の妖精(ようせい)なるかを看(み)るを待(ま)て」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、我等(われら)を供(おお)せ出(いだ)すこと莫(なか)れ」と。

好(よ)き行者(ぎょうじゃ)かな、身(み)を縦(ほしいまま)にして箇(ひと)の唿哨(こっしょう=口笛(くちぶえ))を打(う)ちて空(くう)に跳(と)び到(いた)り、鉄棒(てつぼう)を執(と)り厳(おごそ)かに声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(い)う、「慢(おそ)し! 慢(おそ)し! 吾(われ)此(ここ)に在(あ)り」と。那(か)の怪(かい)見(み)て、身軀(しんく)を挺(つ)き住(とど)め、一(ひと)つの根(ほこ)の長槍(ちょうそう)を将(もっ)て乱(みだ)りに舞(ま)う。行者(ぎょうじゃ)棍(こん)の勢(いきおい)を執(と)りて問(と)うて道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ那方(いずこ)の妖怪(ようかい)、何処(いずこ)の精霊(せいれい)ぞ」と。那(か)の怪(かい)更(さら)に答(こた)えず、只(た)だ是(こ)れ槍(やり)を舞(ま)う。行者(ぎょうじゃ)又(また)問(と)い、又(また)答(こた)えず、只(た)だ是(こ)れ槍(やり)を舞(ま)う。行者(ぎょうじゃ)暗(あん)かに笑(わら)って道(い)う、「好(よ)くは是(こ)れ耳(みみ)聾(つんぼ)に口(くち)唖(おし)なるか! 走(に)ぐる莫(なか)れ! 棍(こん)を看(み)よ」と。那(か)の怪(かい)更(さら)に怕(おそ)れず、乱(みだ)りに槍(やり)を舞(ま)って遮攔(しゃらん=遮(さえぎ))る。那(か)の半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて、一(ひと)たび来(きた)り一(ひと)たび往(ゆ)き、一(ひと)たび上(のぼ)り一(ひと)たび下(くだ)り、闘(たたか)いて三更(さんこう=真夜中(まよなか))の時分(じぶん)に到(いた)るも、未(いま)だ勝敗(しょうはい)を見(み)ず。八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)は李家(りけ)の天井(てんせい)の裡(うち)に在(あ)りて看(み)ること明白(めいはく)にして、元来(もと)那(か)の怪(かい)は只(た)だ是(こ)れ槍(やり)を舞(ま)って遮架(しゃか=受(う)け止(と))むるのみ、更(さら)に半分(はんぶん)の児(じ)の攻殺(こうさつ=攻(せ)め殺(ころ))すも無(な)く、行者(ぎょうじゃ)が一(ひと)つの条(すじ)の棒(ぼう)は那(か)の怪(かい)の頭(あたま)の上(うえ)を離(はな)れず。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「沙僧(しゃそう)よ、汝(なんじ)此(ここ)に在(あ)りて護持(ごじ)せよ、老猪(ろうちょ=この豚(ぶた)=八戒(はっかい))を去(ゆ)きて帮(たす)けて打(う)ち帮(たす)けんとす。那(か)の猴(さる)をして独(ひと)り此(こ)の功(こう)を幹(や)りて、頭(かしら=一番(いちばん))の鐘(かね)の酒(さけ)を領(う)けしむること莫(なか)れ」と。好(よ)き呆子(ほうず)かな、就(すなわ)ち雲頭(うんとう)を跳(と)び起(おこ)し、趕(お)い上(か)って就(すなわ)ち築(つ)く。那(か)の怪物(かいぶつ)又(また)一(ひと)つの条(すじ)の槍(やり)を使(つか)って抵(ふせ)ぎ住(とど)む。両条(りょうじょう=二(ふた)つの)の槍(やり)、便(すなわ)ち飛蛇(ひだ=飛(と)ぶ蛇(へび))掣電(せつでん=稲妻(いなずま))の如(ごと)し。八戒(はっかい)夸奨(こしょう=褒(ほ)め称(たた))えて道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)は好(よ)き槍法(そうほう)かな! 是(こ)れ山後槍(さんごそう)ならず、乃(すなわち)是(こ)れ纏糸槍(てんしそう)、也(また)是(こ)れ馬家槍(ばかそう)ならず、却(かえ)って叫(よ)んで做(な)すに箇(ひと)の軟柄槍(なんへいそう)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「呆子(ほうず)め胡談(こだん=でたらめ)を言(い)うな! 那(いずこ)に箇(ひと)の甚(なん)の軟柄槍(なんへいそう)有(あ)らんや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が槍尖(そうせん=穂先(ほさき))を出(いだ)して我等(われら)を架(か)ぎ住(とど)むるを、槍柄(そうへい=柄(え))を見(み)ず、収(おさ)めて何処(いずこ)に在(あ)るかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「或(ある)いは是(こ)れ箇(ひと)の軟柄槍(なんへいそう)ならん。但(た)だ此(こ)の怪物(かいぶつ)は還(ま)た会(え)して話(はな)さず、想(おも)うに是(こ)れ未(いま)だ人道(じんどう=人(ひと)の道(みち))に帰(き)せず、陰気(いんき)還(ま)た重(おも)きなれば、只(た)だ怕(おそ)るらくは天(てん)の明(あか)るき時(とき)陽気(ようき)勝(まさ)れば、彼(かれ)必(かなら)ず走(はし)らんとす。但(た)だ走(はし)る時(とき)、一定(きっと)趕(お)い上(か)り、彼(かれ)を放(はな)つべからず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ! 正(まさ)に是(こ)れ」と。

又(また)闘(たたか)うこと多時(たじ=久(ひさ)しき)なるに、覚(おぼ)えず東方(とうほう)発白(はっぱく=白(しら)み)す。那(か)の怪(かい)恋戦(れんせん=戦(たたかい)にこだわ)るを敢(あ)えず、頭(かしら)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(はし)る。行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)と一斉(いっせい)に趕(お)い来(きた)り、忽(たちま)ち汚穢(おわい)の気(き)の熏(くゆ)りて人(ひと)を襲(おそ)うを聞(き)く。乃(すなわち)是(こ)れ七絶山(しちぜつさん)の稀柿衕(きしどう)なり。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ那(いず)れの家(いえ)の毛廁(もうし=厠(かわや))を淘(あら)うか! 哏(ふん)! 臭気(しゅうき)聞(き)き難(がた)し」と。行者(ぎょうじゃ)鼻(はな)を捂(おお)いて只(た)だ叫(よ)ぶ、「快(すみや)か妖精(ようせい)を趕(お)え! 快(すみや)か妖精(ようせい)を趕(お)え」と。那(か)の怪物(かいぶつ)山(やま)を攛(とび)ぎ過(す)ぎて、本象(ほんぞう)を現(あらわ)す。乃(すなわち)是(こ)れ一(ひと)つの条(すじ)の紅鱗(こうりん=赤(あか)き鱗(うろこ))の大蟒(だいもう=大(おお)きき大蛇(おろち))なり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)を。

眼(まなこ)は暁星(ぎょうせい=明(あ)けの明星(みょうじょう))を射(い)り、鼻(はな)は朝霧(あさぎり)を噴(ふ)く。
密密(みつみつ)として牙(きば)は鋼剣(こうけん)を排(なら)べ、彎彎(わんわん=かがみ)として爪(つめ)は金鉤(きんこう)に曲(ま)がる。
頭(あたま)に一(ひと)つの条(すじ)の肉角(にくかく=肉(にく)の角(つの))を戴(いただ)き、好(よ)く便(すなわち)千千(せんぜん=幾千(いくせん))の塊(かたまり)の瑪瑙(めのう)の集(あつ)め成(な)せるに似(に)たり。
身(み)に一派(いっぱ=一面(いちめん))の紅鱗(こうりん)を披(ひら)き、却(かえ)って万万(ばんばん=幾万(いくまん))の片(ひら)の胭脂(えんじ=べに)の砌(つ)み就(な)せるが如(ごと)し。
地(ち)に盤(めぐ)れば只(た)だ疑(うたが)う錦被(きんぴ=錦(にしき)の布団(ふとん))かと、空(くう)に飛(と)べば錯(あやま)って認(みと)む虹霓(こうげい=虹(にじ))かと。
歇(やす)み臥(ふ)す処(ところ)は腥気(せいき=生臭(なまぐさ)き気(き))の天(てん)に冲(のぼ)る有(あ)り、行動(こうどう)する時(とき)は赤雲(せきうん)の体(たい)を罩(おお)う有(あ)り。
大(おお)いなるか大(おお)いならざるか、両辺(りょうへん)の人(ひと)は東西(とうざい)を見(み)ず。
長(なが)きか長(なが)からざるか、一(ひと)つの座(ざ)の山(やま)を跨(また)がりて南北(なんぼく)を占(し)む。

八戒(はっかい)道(い)う、「元来(もと)是(こ)れ此(か)くの般(ごと)く箇(ひと)の長蛇(ちょうだ=長(なが)き蛇(へび))なり! 若(も)し人(ひと)を食(くら)わんとせば、一頓(ひとくぎり)にも也(また)五百箇(ごひゃくこ)を得(え)て、還(ま)た飽(あ)き足(た)らざらん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の軟柄槍(なんへいそう)は乃(すなわち)是(こ)れ両条(りょうじょう)の信子(しんし=蛇(へび)の舌(した))なり。我等(われら)彼(かれ)を趕(お)いて軟(やわ)らげ、後(うしろ)より打(う)ち出(いだ)さん」と。此(こ)の八戒(はっかい)身(み)を縦(ほしいまま)にして趕(お)い上(か)り、将(まさ)に鈀(は=熊手(くまで))を以(もっ)て便(すなわ)ち築(つ)かんとす。那(か)の怪物(かいぶつ)一(ひと)つの頭(かしら)を窟(あな)の裡(うち)に潜(もぐ)り込(こ)ませ、還(ま)た七八尺(しちはっせき)の長(なが)き尾巴(びは=尾(お))を外(そと)に残(のこ)して在(あ)り。八戒(はっかい)鈀(は)を放(おろ)し、一把(ひとつかみ)に撾(つか)んで道(い)う、「着(つ)けり!

着(つ)けり」と。力(ちから)を尽(つ)くして外(そと)へ向(むか)って乱(みだ)りに引(ひ)くも、一毫(いちごう=少(すこ)しも)も引(ひ)き動(うご)かすことを想(おも)うこと莫(なか)れ。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「呆子(ほうず)め!

彼(かれ)を放(はな)ちて入(い)らしめよ、自(おのずか)ら処置(しょち)有(あ)らん。此(か)くの如(ごと)く倒(さかしま)に蛇(へび)を引(ひ)くこと莫(なか)れ」と。八戒(はっかい)真(まこと)に箇(こ)手(て)を撒(はな)てば、那(か)の怪(かい)縮(ちぢ)み入(い)れり。八戒(はっかい)怨(うら)んで道(い)う、「才(さい=たった今(いま))手(て)を放(はな)たざりし時(とき)、半截子(はんせつし=半分(はんぶん))は已(すで)に是(こ)れ我等(われら)のものなりしに!

是(こ)の般(ごと)く縮(ちぢ)み了(おお)せなば、却(かえ)って怎(いか)でか彼(かれ)を出(いだ)すを得(え)ん。是(こ)れは是(こ)れ「蛇(へび)を弄(もてあそ)ぶこと無(な)し」と叫(よ)ばるるに非(あら)ずや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の奴(やつ)は身体(しんたい)狼犺(ろうこう)にして、窟穴(けっけつ=穴(あな))窄小(さくしょう=狭(せま))ければ、断然(だんぜん)として身(み)を転(めぐ)らすを得(え)ず。一定(きっと)是(こ)れ箇(ひと)の照直(しょうちょく=真(ま)っ直(す))ぐに攛(と)びる者(もの)にして、定(かなら)ず箇(ひと)の後門(こうもん=裏(うら)の出口(でぐち))の出頭(しゅっとう=頭(あたま)の出(で))る有(あ)り。汝(なんじ)快(すみや)か後門(こうもん)の外(そと)へ去(ゆ)きて攔(さえぎ)り住(とど)め、我(われ)の前門(ぜんもん)の外(そと)に在(あ)りて打(う)つを待(ま)て」と。那(か)の呆子(ほうず)真(まこと)に箇(こ)一溜烟(いちりゅうえん=一筋(ひとすじ)の煙(けむり)の如(ごと)く)、山(やま)を跑(はし)り過(す)ぎて去(ゆ)けば、果(はた)して箇(ひと)つの孔窟(こうくつ=穴(あな))有(あ)るを見(み)、彼(かれ)就(すなわ)ち脚(あし)を扎(すえ=踏(ふ)み)め定(さだ)む。還(ま)た曾(かつ)て站(た)ち穏(おだ)やかならざるに、不期(おもいがけず)も行者(ぎょうじゃ)が前門(ぜんもん)の外(そと)に在(あ)りて棍子(こんし)を使(つか)って裡(うち)へ向(むか)って一(ひと)たび搗(つ)けば、那(か)の怪物(かいぶつ)疼(いたみ)を護(まも)りて、径(ただ)ちに後門(こうもん)より攛(と)び出(い)づ。八戒(はっかい)未(いま)だ防備(ぼうび)を曾(かつ)てせざりしに、彼(かれ)が一(ひと)つの尾巴(びは=尾(お))に一(ひと)たび打(う)たれて跌(つまず)き、掙挫(そうざ=もが)き起(お)くること能(あた)わず、地(ち)の下(した)に睡(やす)みて疼(いたみ)を忍(しの)ぶ。行者(ぎょうじゃ)窟(くつ)の中(うち)に物(もの)無(な)きを見(み)、棍(こん)を搴(かか)げて、穿(つらぬ)き進(すす)みて妖怪(ようかい)を趕(お)えと叫(よ)ぶ。那(か)の八戒(はっかい)吆喝(ようかつ=呼(よ)ばわ)るを聴(き)き、自(みずか)ら害羞(はずかし)く、疼(いたみ)を忍(しの)んで爬(は)い起(お)き、鈀(は)を使(つか)いて乱(みだ)りに撲(う)つ。行者(ぎょうじゃ)見(み)て笑(わら)って道(い)う、「妖怪(ようかい)は走(はし)り去(さ)れり、汝(なんじ)還(ま)た甚(なん)のをか撲(う)つぞ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「老猪(ろうちょ)は此(ここ)に在(あ)りて草(くさ)を打(う)ちて蛇(へび)を驚(おどろ)かすなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「活(い)き呆子(ほうず)め! 快(すみや)か趕(お)い上(か)れ」と。

二(ふた)り澗(たに)を趕(お)い過(す)ぎて去(ゆ)けば、那(か)の怪(かい)の盤(めぐ)りて一(ひと)つの団(かたまり)と做(な)り、頭(あたま)を竪(た)て起(おこ)し、巨口(きょこう=大(おお)きき口(くち))を張(ひら)きて、八戒(はっかい)を吞(の)まんとせるを見(み)る。八戒(はっかい)慌(あわ)てて後(うしろ)へ便(すなわ)ち退(しりぞ)く。此(こ)の行者(ぎょうじゃ)反(かえっ)て迎(むか)い上前(じょうぜん)にせられ、彼(かれ)が一口(ひとくち)に之(これ)を吞(の)まる。

八戒(はっかい)胸(むね)を捶(う)ち脚(あし)を跌(ふ)みて大(おおい)に叫(よ)んで道(い)う、「哥(あに)よ! 汝(なんじ)を傾(たお)し了(おお)せるなり」と。行者(ぎょうじゃ)は妖精(ようせい)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)り、鉄棒(てつぼう)を支(つ)かえて道(い)う、「八戒(はっかい)愁(うれ)うるな、我(われ)彼(かれ)に箇(ひと)の橋児(きょうじ=橋(はし))を搭(か)けしめて汝(なんじ)に看(み)せん」と。那(か)の怪物(かいぶつ)腰(こし)を躬(くぐ)ませ起(おこ)せば、便(すなわ)ち一(ひと)つの条(すじ)の路東虹(ろとうこう=路(みち)の東(ひがし)に架(か)かる虹(にじ))の似(ごと)し。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ橋(はし)に象(かたど)れるは然(しか)れど、只(た)だ是(こ)れ人(ひと)の敢(あ)えて走(はし)る無(な)し」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)再(ま)た彼(かれ)に箇(ひと)の船児(せんじ=船(ふね))を変(へん)ぜしめて汝(なんじ)に看(み)せん」と。肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて鉄棒(てつぼう)を将(もっ)て肚皮(とひ=腹(はら)の皮(かわ))を撑(つ)き張(は)る。那(か)の怪物(かいぶつ)肚皮(とひ)を地(ち)に貼(は)り付(つ)け、頭(あたま)を翹(あ)げ起(おこ)せば、便(すなわ)ち一(ひと)つの隻(せき=艘(そう))の贛保船(かんほせん=赣(かん)の保(ほ)の船(ふね))の似(ごと)し。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ船(ふね)に象(かたど)れるは然(しか)れど、只(た)だ是(こ)れ桅篷(いほう=帆柱(ほばしら)と帆(ほ))有(あ)らず、好(よ)く風(かぜ)を使(つか)わず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)路(みち)を讓(ゆず)り開(ひら)け、我(われ)の彼(かれ)に箇(ひと)の風(かぜ)を使(つか)わしめて汝(なんじ)に看(み)せんを待(ま)て」と。又(また)其(そ)の裡(うち)に在(あ)りて力(ちから)を尽(つく)して鉄棒(てつぼう)を脊背(せきはい=背中(せなか))の上(うえ)より一(ひと)たび搠(つ)き将(も)ち出(いだ)せば、約(およそ)五七丈(ごしちじょう)の長(なが)さ有(あ)り、便(すなわ)ち一(ひと)つの根(ほこ)の桅杆(いかん=帆柱(ほばしら))の似(ごと)し。那(か)の奴(やつ)疼(いたみ)を忍(しの)び命(いのち)を掙(あが)き、前(まえ)へ一(ひと)たび攛(と)べば、風(かぜ)を使(つか)うよりも更(さら)に快(はや)く、旧路(きゅうろ=元(もと)の道(みち))を攛(と)び回(かえ)り、山(やま)を下(くだ)ること二十余里(にじゅうより)有(あ)りて、却(かえ)って才(はじ)めて塵埃(じんあい=土(つち))の裡(うち)に倒(たお)れ、動(うご)き盪(ゆ)るること得(え)ずして、嗚呼(うこ=ああ)として喪(うしな)われたり。八戒(はっかい)後(うしろ)に随(したが)って趕(お)い上(か)り来(きた)り、又(また)鈀(は)を挙(あ)げて乱(みだ)りに築(つ)く。行者(ぎょうじゃ)那(か)の物(もの)を把(と)って一(ひと)つの大(おお)いなる洞(あな)を穿(うが)ち、鑽(もぐ)り将(も)ち出(い)でて道(い)う、「呆子(ほうず)め! 彼(かれ)死(し)するも也(また)死(し)したり、汝(なんじ)還(ま)た彼(かれ)を築(つ)いて怎(なん)ぞや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あに)よ、汝(なんじ)知(し)らずや我(わ)が老猪(ろうちょ)は一生(いっしょう)好(この)んで死蛇(しだ=死(し)んだ蛇(へび))を打(う)つことを」と。遂(つい)に此(ここ)に兵器(へいき)を収(おさ)め、尾巴(びは=尾(お))を抓(つか)み、倒(さかしま)に拉(ひ)き将(も)ち来(きた)る。

却(さ)て説(と)く、那(か)の駝羅荘(だらそう)の上(うえ)の李老児(りろうじ)と衆等(しゅうとう)とは唐僧(とうそう)に対(たい)して道(い)う、「汝(なんじ)が那(か)の二(ふた)りの徒弟(とてい)、一(ひと)つの夜(よる)回(かえ)らざれば、断然(だんぜん)として命(いのち)を傾(たお)し了(おお)せるなり」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「決(けっ)して妨(さまた)げること無(な)し、我等(われら)出(い)で去(ゆ)きて看(み)ん」と。須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))の間(あいだ)に、只(た)だ見(み)る、行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)と一(ひと)つの条(すじ)の大蟒(だいもう)を拖(ひ)きて、吆吆喝喝(ようようかつかつ=喚(わめ))きつつ前(まえ)に来(きた)るを。衆人(しゅうじん)却(かえ)って才(はじ)めて歓喜(かんき)す。満荘(まんそう)の上(うえ)の老幼(ろうよう=老(お)いも若(わか)きも)男女(だんじょ)都(すべ)て来(きた)りて跪拝(きはい=ひざまずき拝(おが))して道(い)う、「爺爺(やや)! 正(まさ)に是(こ)れ此(こ)の妖精(ようせい)の、此(ここ)に在(あ)りて人(ひと)を傷(きずつ)くるなり。今(いま)幸(さいわ)いに老爺(ろうや)の法(ほう)を施(ほどこ)し、怪(かい)を斬(き)り邪(じゃ)を除(のぞ)き給(たま)いて、我(われ)が輩(ともがら)各(おのおの)安生(あんせい=安(やす)らかに生(い))きるを得(う)るなり」と。衆家(しゅか=どの家(いえ)も)都(すべ)て是(こ)れ感激(かんげき)し、東(ひがし)に請(しょう)じ西(にし)に邀(むか)え、各各(おのおの)酬謝(しゅうしゃ=礼(れい)を返(かえ))す。師徒(しと)たち留(とど)め住(お)かれて五(ご)六(ろく)七日(しちにち)、苦(くるし)く辞(じ)するも奈何(いかん)ともしがたく、方(はじ)めて肯(がえん)じて放(はな)ち行(ゆ)かしむ。又(また)各家(かっか)は彼等(かれら)の銭物(せんぶつ=金品(きんぴん))を要(もと)めざるを見(み)、都(すべ)て些(いささ)かの乾糧(かんりょう=干(ほ)し飯(めし))・果品(かひん)を弁(べん)じ、驢(ろば)に騎(の)り馬(うま)に圧(お)し、花紅(かこう=花(はな)と紅布(あかぬの))彩旗(さいき=色(いろ)とりどりの旗(はた))にて、尽(ことごと)く来(きた)りて餞行(せんこう=送別(そうべつ))す。此(こ)の処(ところ)の五百(ごひゃく)の人家(じんか)に、到(いた)って七八百人(しちはっぴゃくにん)の相送(そうそう=見送(みおく))り有(あ)り。

一路上(いちろじょう)喜喜歓歓(ききかんかん=喜(よろこ)び勇(いさ))み、時(とき)ならずして七絶山(しちぜつさん)稀柿衕(きしどう)の口(くち)に到(いた)る。三蔵(さんぞう)那(か)の般(ごと)きの悪穢(あくわい=酷(ひど)き汚(けが)れ)を聞(き)き、又(また)路道(ろどう=道(みち))の填塞(てんそく=塞(ふさ)が)るるを見(み)て、道(い)う、「悟空(ごくう)、此(か)くの如(ごと)くんば怎(いか)でか生(いき)て度(わた)るを得(え)ん」と。行者(ぎょうじゃ)鼻(はな)を捂(おお)いて道(い)う、「此(こ)の箇(こ)は却(かえ)って難(かた)しなり」と。三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)の難(かた)しと説(と)くを見(み)、便(すなわ)ち就(すなわ)ち眼(めん)の中(うち)に涙(なみだ)を垂(た)る。李老児(りろうじ)と衆(しゅう)と上前(じょうぜん)に道(い)う、「老爺(ろうや)心(こころ)を焦(こが)すを得(う)ること勿(なか)れ。我等(われら)此(ここ)に送(おく)り到(いた)れるは、都(すべ)て已(すで)に意思(いし=考(かんが)え)を約(やく)し定(さだ)めたり。汝(なんじ)が高徒(こうと)の我等(われら)と妖精(ようせい)を降(くだ)し、一(ひと)つの荘(むら)の禍害(かがい)を除(のぞ)き給(たま)いしなれば、我等(われら)各(おのおの)虔心(けんしん=敬(うやま)う心(こころ))を弁(べん)じ、別(べつ)に一(ひと)つの条(すじ)の好(よ)き路(みち)を開(ひら)きて、老爺(ろうや)を送(おく)りて過(す)ぎ去(ゆ)かしめん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の老児(ろうじ)、俱(とも)に之(これ)を言(い)うこと欠当(けっとう=不適当(ふてきとう))なり。汝(なんじ)初(はじ)めに然(しか)く此(こ)の山(やま)の径過(けいか)に八百里(はっぴゃくり)有(あ)りと説(と)きしが、汝等(なんだち)又(また)是(こ)れ大禹(だいう)の神兵(しんぺい)ならず、那(いずこ)に会(え)して山(やま)を開(ひら)き路(みち)を鑿(うが)たんや! 若(も)し我(わ)が師父(しふ)を過(す)ぎ去(ゆ)かしめんと欲(ほっ)せば、還(ま)た我等(われら)の力(ちから)を著(つ)くるを須(ま)つべく、汝等(なんだち)は都(すべ)て成(な)ることを得(え)ず」と。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)りて道(い)う、「悟空(ごくう)、怎(いか)でか力(ちから)を著(つ)くべきや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「眼下(がんか=今(いま)すぐ)に就(すなわ)ち山(やま)を過(す)ぎんとせば、却(かえ)って也(また)是(こ)れ難(かた)く、若(も)し再(ま)た条(すじ)の路(みち)を開(ひら)かんと説(と)かば、又(また)難(かた)しなり。須(すべから)く是(こ)れ還(ま)た旧(きゅう)の胡同(こうず=小路(こうじ))より過(す)ぎ去(ゆ)くべけれど、只(た)だ恐(おそ)らくは人(ひと)の飯(めし)を管(つかさど)る無(な)からんことを」と。李老児(りろうじ)道(い)う、「長老(ちょうろう)何処(いずこ)の話(はなし)をか説(と)くや! 憑(よ)りて汝(なんじ)ら四人(よにん)の幾(いく)らの時(とき)を担擱(たんかく=滞在(たいざい))するも、我等(われら)俱(とも)に養(やしな)い起(おこ)すを得(う)るに、怎(いか)でか人(ひと)の飯(めし)を管(つかさど)る無(な)しと説(い)わんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、汝等(なんだち)去(ゆ)きて両石(りょうこく=二(ふた)つの石(こく))の米(こめ)の乾飯(かんぱん=干(ほ)し飯(めし))を弁(べん)じ得(え)、再(ま)た些(いささ)かの蒸餅(じょうへい=蒸(む)し餅(もち))・饃饃(まんとう=饅頭(まんじゅう))を作(つく)り来(きた)らしめよ。我(わ)が那(か)の長嘴(ちょうし=長(なが)き嘴(くちばし))の和尚(おしょう)の飽(あ)き食(くら)いて、大猪(だいちょ=大(おお)きき豚(ぶた))に変(へん)じ、旧(きゅう)の路(みち)を拱(ほじ)り開(ひら)き、我(わ)が師父(しふ)の馬(うま)に騎(の)りたるに、我等(われら)扶持(ふじ=支(ささ))えて、管情(かんじょう=きっと)も過(す)ぎ去(ゆ)かん」と。八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「哥哥(あに)よ、汝等(なんだち)は都(すべ)て箇(ひと)の干浄(かんじょう=清潔(せいけつ))を図(はか)らんと欲(ほっ)すれど、怎(いか)でか独(ひと)り老猪(ろうちょ)のみをして臭(しゅう=臭(くさ)き仕事(しごと))を出(いだ)さしむるや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「悟能(ごのう)よ、汝(なんじ)果(はた)して本事(ほんじ)有(あ)りて胡同(こうず)を拱(ほじ)り開(ひら)き、我(われ)を領(ひき)いて山(やま)を過(す)がば、汝(なんじ)に此(こ)の場(ば)の頭功(とうこう=一番(いちばん)の手柄(てがら))を注(しる)さん」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)の在上(ざいじょう=御前(ごぜん))、列位(れっい)の施主(せしゅ)たちも都(すべ)て此(ここ)に在(あ)るに、笑(わら)い話(はな)すこと休(や)めよ。我(わ)が老猪(ろうちょ)は本来(ほんらい)三十六般(さんじゅうろくはん)の変化(へんげ)有(あ)れど、若(も)し軽巧(けいこう)華麗(かれい)飛騰(ひとう=飛(と)び騰(のぼ))の物(もの)に変(へん)ずると説(と)かば、委実(いじつ=実(じつ)に)能(あた)わず。若(も)し山(やま)に変(へん)じ、樹(き)に変(へん)じ、石塊(せっかい=石(いし)のかたまり)に変(へん)じ、土墩(どとん=土(つち)の塚(つか))に変(へん)じ、癩象(らいぞう=大(おお)きき象(ぞう))・科猪(かちょ=子(こ)豚(ぶた))・水牛(すいぎゅう)・駱駝(らくだ)に変(へん)ずると説(と)かば、真(まこと)に箇(こ)に皆(みな)会(え)す。只(た)だ是(こ)れ身体(しんたい)の変(へん)じて大(おお)いなるに、肚腸(とちょう=腹(はら)の腸(はらわた))愈々(いよいよ)大(おお)いなれば、須(すべから)く是(こ)れ飽(あ)き食(くら)いて、才(はじ)めて好(よ)く事(こと)を幹(や)るべし」と。衆人(しゅうじん)道(い)う、「東西(もの)有(あ)り! 東西(もの)有(あ)り! 我等(われら)都(すべ)て乾糧(かんりょう)・果品(かひん)・焼餅(しょうへい)・餶飿(こっとん=饅頭(まんじゅう)の類(たぐい))の此(ここ)に在(あ)るを帯(たい)し得(え)たり。元(もと)山(やま)を開(ひら)きて相送(そうそう)らんとす。且(しばら)く都(すべ)て拿(と)り出(いだ)して、憑(よ)りて汝(なんじ)の用(もち)いに受(う)けしめん。変化(へんげ)して、行動(こうどう)するの時(とき)を待(ま)ちて、我等(われら)再(ま)た人(ひと)を著(つか)わして回(かえ)り去(ゆ)きて飯(めし)を作(つく)り送(おく)り来(きた)らしめん」と。八戒(はっかい)満心(まんしん)歓喜(かんき)し、皂直裰(そうじっとく=黒(くろ)き袍(ほう))を脱(ぬ)ぎ、九歯鈀(きゅうしは=九(ここの)つの歯(は)ある熊手(くまで))を放(おろ)し、衆(しゅう)に対(たい)して道(い)う、「笑(わら)い話(はな)すこと休(や)めよ、老猪(ろうちょ)が此(こ)の場(ば)の臭功(しゅうこう=臭(くさ)き手柄(てがら))を幹(や)るを看(み)よ」と。

好(よ)き呆子(ほうず)かな、訣(けつ=呪文(じゅもん))を捻(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)って一(ひと)たび変(へん)じ、果(はた)して変(へん)じて一(ひと)つの大猪(だいちょ=大(おお)きき豚(ぶた))と做(な)る。真(まこと)に箇(こ)是(こ)れ、

嘴(くちばし)長(なが)く毛(け)短(みじか)く半脂膘(はんしひょう=半分(はんぶん)は脂身(あぶらみ))。
自幼(じゆう)山(やま)の中(うち)に薬苗(やくびょう=薬草(やくそう))を食(くら)う。
黒面(こくめん=黒(くろ)き顔(かお))環睛(かんせい=丸(まる)き眼(まなこ))は日月(じつげつ)の如(ごと)く、円頭(えんとう=丸(まる)き頭(あたま))大耳(だいじ=大(おお)きき耳(みみ))は芭蕉(ばしょう)に似(に)たり。
修(おさ)め成(な)れる堅骨(けんこつ=堅(かた)き骨(ほね))は天寿(てんじゅ)と同(おな)じく、煉(ね)り就(な)せる粗皮(そひ=厚(あつ)き皮(かわ))は鉄牢(てつろう=鉄(てつの牢(ろう))に比(くら)べし。
齆齆(おうおう=鼻(はな)の詰(つま)りし音(おと))として鼻音(びおん)呱詁(こかつ=ぶうぶう)と叫(よ)び、喳喳(ささ=がやがや)として喉(のど)響(ひび)き噴喁哮(ふんぐうこう=むしゃむしゃ哮(たけ))る。
白蹄(はくてい=白(しろ)き蹄(ひづめ))四隻(しせき=四本(よんほん))高(たか)きこと千尺(せんせき)、剣鬣(けんりょう=剣(けん)の如(ごと)き鬣(たてがみ))長身(ちょうしん=長(なが)き身(み))百丈(ひゃくじょう)に饒(あま)り。
人間(にんげん)の肥豕彘(ひしき=肥(こ)えたる豚(ぶた))のを見(み)るより、未(いま)だ今日(こんにち)の老猪魈(ろうちょしょう=老猪(ろうちょ)の妖怪(ようかい))を観(み)ず。
唐僧(とうそう)等(とう)の衆(しゅう)斉(ひとし)く称賛(しょうさん)し、天蓬(てんぽう)の法力(ほうりき)の高(たか)きを羡(うらや)み美(ほ)めたり。

孫行者(そんぎょうじゃ)八戒(はっかい)の此(か)くの如(ごと)くに変(へん)じたるを見(み)、即(すなわ)ち那(か)の些(これら)の相送(そうそう)の人等(じんとう)に命(めい)じて、快(すみや)か乾糧(かんりょう)等の物(もの)を将(もっ)て一処(いっしょ)に推(おし)せ集(あつ)め、八戒(はっかい)をして用(もち)いに受(う)けしむ。那(か)の呆子(ほうず)生熟(せいじゅく=生(なま)と熟(じゅく))を分(わか)たず、一(ひと)つの澇(ろう=がつがつ)に之(これ)を食(くら)い、却(かえ)って上前(じょうぜん)に路(みち)を拱(ほじ)る。行者(ぎょうじゃ)沙僧(しゃそう)をして脚(あし)を脱(ぬ)がしめ、好(よ)く生(いき)て担(に)を挑(にな)わせ、師父(しふ)を請(しょう)じて雕鞍(ちょうあん=飾(かざ)り鞍(くら))に穏(おだ)やかに坐(ざ)せしめ、彼(かれ)也(また)靴(くつ)と鞋(わらじ)とを脱(ぬ)ぎ、衆人(しゅうじん)に吩咐(ふんぷ=言(い)い含(ふく))めて回(かえ)らしむ、「若(も)し情(じょう=恩(おん))有(あ)らば、快(すみや)か早(はや)く些(いささ)かの飯(めし)を送(おく)り来(きた)りて我(わ)が師弟(してい)の接力(せつりき=力(ちから)を継(つ))がしめよ」と。那(か)の些(これら)の人(ひと)に七八百(しちはっぴゃく)の相送(そうそう)の随行(ずいこう)有(あ)り、多(おお)くは一半(いっぱん=半分(はんぶん))に騾馬(らば)の有(あ)る者(もの)は、飛星(ひせい=星(ほし)を飛(と)ばすが如(ごとく))に荘(むら)に回(かえ)りて飯(めし)を作(つく)り、還(ま)た三百人(さんびゃくにん)の歩行(ふこう=歩(ある))く者(もの)有(あ)りて、山(やま)の下(もと)に立(た)ちて遥(はる)かに他(かれ)らの行(ゆ)くを望(のぞ)む。元来(もと)此(こ)の荘(むら)より山(やま)へ至(いた)ること三十余里(さんじゅうより)有(あ)り、飯(めし)を取りに回(かえ)るを待(ま)つに又(また)三十余里(さんじゅうより)、往回(おうかい)の担擱(たんかく=滞(とどこお))り、約(およそ)百里(ひゃくり)の遥(はる)けき有(あ)るに、他(かれ)ら師徒(しと)たちは已(すで)に此(ここ)に去(ゆ)くこと遠(とお)し。衆人(しゅうじん)捨(す)てず、騾馬(らば)を催趲(さいさん=急(いそが))しめて胡同(こうず)に進(すす)み、連夜(れんや)に趕(お)い至(いた)りて、次日(よくじつ=翌日(よくじつ))に方(はじ)めて才(はじ)めて趕(お)い上(か)り、叫(よ)んで道(い)う、「経(きょう)を取(と)るの老爺(ろうや)、慢(おそ)し慢(おそ)し! 我等(われら)飯(めし)を送(おく)り来(きた)れるなり」と。長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)き、謝(しゃ)するに尽(つく)すべからずして道(い)う、「真(まこと)に是(こ)れ善信(ぜんしん=信仰(しんこう)篤(あつ)き)の人(ひと)なり」と。八戒(はっかい)をして住(とど)まらしめ、再(ま)た些(いささ)かの飯食(はんしょく)を食(くら)いて神(しん=気力(きりょく))を壮(さか)んならしむ。那(か)の呆子(ほうず)拱(ほじ)ること両日(りょうにち)にして、正(まさ)に飢餓(きが)の際(さい)に在(あ)り。那(か)の許多(あまた)の人(ひと)は何(なん)ぞ七(しち)八石(はっこく)の飯食(はんしょく)有(あ)るを止(とど)めんや。彼(かれ)也(また)米飯(べいはん)・麺飯(めんはん)を論(あげつら)わず、収(おさ)め積(つ)み来(きた)りて一(ひと)つの澇(ろう)に之(これ)を用(もち)い、飽(ほう)に餐(くら)うこと一頓(ひとくぎり)、却(かえ)って又(また)上前(じょうぜん)に路(みち)を拱(ほじ)る。三蔵(さんぞう)と行者(ぎょうじゃ)・沙僧(しゃそう)と衆人(しゅうじん)に謝(しゃ)し、手(て)を分(わか)ち両(ふた)つに別(わか)る。正(まさ)に是(こ)れ、

駝羅荘(だらそう)の客(きゃく)は家(いえ)に回(かえ)り去(ゆ)き、八戒(はっかい)山(やま)を開(ひら)いて衕(どう)を過(す)ぎ来(きた)る。
三蔵(さんぞう)心(こころ)誠(まこと)なれば神力(しんりき)擁(よう=支(ささ))え、悟空(ごくう)法(ほう)顕(あらわ)れて怪魔(かいま)衰(おとろ)う。
千年(せんねん)の稀柿(きし)今朝(こんちょう)浄(きよ)く、七絶(しちぜつ)の胡同(こうず)此(こ)の日(ひ)開(ひら)く。
六欲(ろくよく)塵情(じんじょう=俗(ぞく)の情(じょう))皆(みな)剪絶(せんぜつ=断(た)ち絶(た))え、平安(へいあん)無阻(むそ=妨(さまた)げ無(な))く蓮台(れんだい)を拝(はい)す。

此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)きて還(ま)た幾(いく)らの路程(ろてい=道(みち)のり)有(あ)るかを知(し)らず、還(ま)た甚(なん)の妖怪(ようかい)に遇(あ)うか、且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。