話(かく)かた孫大聖(そんたいせい)、近侍(きんじ)の宦官(かんがん)と同(とも)に皇宮内院(こうきゅうないいん)に到(いた)り、直(ただ)ちに寝宮(しんきゅう)の門(もん)の外(そと)に至(いた)りて立(た)ち定(さだ)まり、三(みっ)つの条(すじ)の金線(きんせん)を将(もっ)て宦官(かんがん)に拿(と)らせて裡(うち)の面(めん)に入(い)らしめ、吩咐(ふんぷ=言(い)い含(ふく))めて道(い)う、「内宮(ないきゅう)の妃后(ひごう)或(あるい)は近侍(きんじ)の太監(たいかん)をして、先(ま)ず聖躬(せいきゅう=天子(てんし)の御体(みからだ))の左手首(ひだりてくび)の下(した)に、寸関尺(すんかんしゃく=脉(みゃく)の三(みっ)つの部位(ぶい))の三部(さんぶ)の上(うえ)に按(あん)じて系(か)けしめ、却(かえ)って線(いと)の頭(かしら)を将(もっ)て窓櫺児(そうれいじ=格子窓(こうしまど))より穿(つらぬ)き出(いだ)して我(われ)に与(あた)えよ」と。
真(まこと)に箇(こ)那(か)の宦官(かんがん)此(こ)の言(げん)に依(よ)り、国王(こくおう)を請(しょう)じて竜床(りゅうしょう)に坐(ざ)せしめ、寸関尺(すんかんしゃく)に按(あん)じて金線(きんせん)の一頭(いっとう=一方(いっぽう)の端(はし))を以(もっ)て系(か)け、一頭(いっとう)を理(ととの)えて窓(まど)の外(そと)に出(いだ)す。行者(ぎょうじゃ)線(いと)の頭(かしら)を接(う)け、自(みずか)らが右手(みぎて)の大指(おおゆび)を以(もっ)て先(ま)ず食指(しょくし=人差(ひとさ)し指(ゆび))を托(たく)し、寸脉(すんみゃく)を看(み)る。次(つぎ)に中指(なかゆび)を将(もっ)て大指(おおゆび)に按(あん)じ、関脉(かんみゃく)を看(み)る。又(また)大指(おおゆび)を将(もっ)て無名指(むめいし=薬指(くすりゆび))を托(たく)し定(さだ)め、尺脉(しゃくみゃく)を看(み)る。自家(じか=自分(じぶん))の呼吸(こきゅう)を調停(ちょうてい=整(ととの))え、四気五鬱(しきごうつ)・七表八里九候(しちひょうはちりきゅうこう)・浮中沈(ふちゅうちん)・沈中浮(ちんちゅうふ)を分(わか)ち定(さだ)め、虚実(きょじつ)の端(たん=要(かなめ))を弁(べん)じ明(あき)らかにす。又(また)左手(ひだりて)を解(と)き下(おろ)して、前(さき)に依(よ)りて右手首(みぎてくび)の下(した)の部位(ぶい)に系(か)けしむ。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち左手(ひだりて)の指(ゆび)を以(もっ)て、一一(いちいち)に頭(かしら)より診視(しんし)し畢(おわ)り、却(かえ)って身(み)を将(もっ)て一(ひと)たび抖(ふる)わし、金線(きんせん)を把(と)って身(み)の上(うえ)に収(おさ)め来(きた)り、厳(おごそ)かに声(こえ)を高(たか)くして呼(よ)んで道(い)う、
陛下(へいか)が左手(ひだりて)の寸脉(すんみゃく)は強(つよ)くして緊(きん=締(し)まり))、関脉(かんみゃく)は渋(しぶ)くして緩(かん=ゆる)く、尺脉(しゃくみゃく)は芤(こう=中空(なかぞら))にして且(か)つ沈(しず)む。
右手(みぎて)の寸脉(すんみゃく)は浮(う)いて滑(なめらか)、関脉(かんみゃく)は遅(おそ)くして結(けつ=滞(とどこお))り、尺脉(しゃくみゃく)は数(さく=速(はや))にして牢(ろう=固(かた))し。
夫(そ)れ左寸(さすん)の強(つよ)くして緊(きん)なるは、中虚(ちゅうきょ=内(うち)の虚(きょ))の心痛(しんつう)なり。
関(かん)の渋(しぶ)くして緩(かん)なるは、汗(あせ)出(い)でて肌(はだ)の麻(しび)るるなり。
尺(しゃく)の芤(こう)にして沈(しず)むは、小便(しょうべん)赤(あか)くして大便(だいべん)に血(ち)を帯(お)ぶるなり。
右寸(うすん)の寸脉(すんみゃく)浮(う)いて滑(なめらか)なるは、内結(ないけつ)経閉(けいへい)なり。
関(かん)の遅(おそ)くして結(けつ)るは、宿食(しゅくしょく=古(ふる)き食物(しょくもつ))の留飲(りゅういん=滞(とどこお)り)なり。
尺(しゃく)の数(さく)にして牢(ろう)なるは、煩満(はんまん=胸(むね)のつかえ)と虚寒(きょかん)との相持(あいじ=相(あい)対(たい))するなり。
此(こ)の貴恙(きよう=御病気(ごびょうき))を診(み)るに是(こ)れ一箇(ひとつ)の驚恐(きょうきょう)憂思(ゆうし=思(おも)い患(わずら)い)にして、号(な)して双鳥失群(そうちょうしつぐん=二羽(にわ)の鳥(とり)の群(むれ)を失(うしな)う)の証(しょう)と為(な)す。
那(か)の国王(こくおう)内(うち)に在(ましま)して言(げん)を聞(き)き満心(まんしん)歓喜(かんき)し、精神(せいしん)を打(う)ち起(おこ)して声(こえ)を高(たか)くして応(こた)えて道(い)う、「指下(しげ=指(ゆび)の下(した))明白(めいはく)なり! 指下(しげ)明白(めいはく)なり! 果(はた)して是(こ)れ此(こ)の疾(やまい)なり! 請(こ)う外(そと)の面(めん)に出(い)でて薬(くすり)を用(もち)い来(きた)れ」と。大聖(たいせい)却(かえ)って才(はじ)めて歩(ほ)を緩(ゆる)めて宮(きゅう)を出(い)づ。早(はや)くも旁(かたわら)に在(あ)りて聴(き)きしの太監(たいかん)の、已(すで)に先(さき)に衆(しゅう)に対(たい)して報(ほう)じ知(し)らせたり。須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))にして行者(ぎょうじゃ)出(い)で来(きた)る。唐僧(とうそう)即(すなわ)ち如何(いかん)と問(と)う。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「脉(みゃく)を診(み)了(おわ)り、如今(いま)証(しょう)に対(たい)して薬(くすり)を制(つく)らんとす」と。衆官(しゅうかん)上前(じょうぜん)に道(い)う、「神僧長老(しんそうちょうろう)、適才(さっき)双鳥失群(そうちょうしつぐん)の証(しょう)と説(と)かれしは、何(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「雌雄(しゆう=雌(めす)と雄(おす))の二鳥(にちょう)有(あ)りて、元(もと)一処(いっしょ)に在(あ)りて同(とも)に飛(と)べるが、忽(たちま)ち暴風驟雨(ぼうふうしゅうう=激(はげ)しき嵐(あらし))に驚(おどろ)かされ散(ち)り、雌(めす)は雄(おす)を見(み)ること能(あた)わず、雄(おす)も雌(めす)を見(み)ること能(あた)わず、雌(めす)は乃(すなわ)ち雄(おす)を想(おも)い、雄(おす)も亦(また)雌(めす)を想(おも)う。此(こ)れ是(こ)れ双鳥失群(そうちょうしつぐん)ならずや」と。
衆官(しゅうかん)説(と)くを聞(き)き、斉(ひとし)く声(こえ)を喝采(かっさい=叫(さけ)んで褒(ほ))んで道(い)う、「真(まこと)に是(こ)れ神僧(しんそう)! 真(まこと)に是(こ)れ神医(しんい)なり」と。称賛(しょうさん)して已(や)まず。当(まさ)に太医官(たいいかん)の問(と)うて道(い)う有(あ)り、「病勢(びょうせい)は已(すで)に看(み)い出(いだ)されたれど、但(た)だ知(し)らず何(なん)の薬(くすり)を用(もち)いて之(これ)を治(ぢ)するかを」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「必(かなら)ずしも方(ほう=処方(しょほう))を執(と)らず、薬(くすり)を見(み)れば就(すなわ)ち要(よう)す」と。医官(いかん)道(い)う、「経(きょう)に云(い)う、薬(くすり)に八百八味(はっぴゃくはちみ)有(あ)り、人(ひと)に四百四病(しひゃくしびょう)有(あ)りと。病(やまい)は一(ひと)りの人(ひと)の身(み)に在(あ)らずんば、薬(くすり)豈(あ)に全(ことごと)く用(もち)うるの理(ことわり)有(あ)らんや! 如何(いかん)ぞ薬(くすり)を見(み)れば就(すなわ)ち要(よう)すと」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「古人(こじん)に云(い)う、薬(くすり)は方(ほう)を執(と)らず、宜(よろ)しきに合(がっ)して而(しか)して用(もち)うと。此(こ)の故(ゆえ)に全(まった)く薬品(やくひん)を徴(あつ)めて、而(しか)して随(したが)って加減(かげん)するなり」と。
那(か)の医官(いかん)復(ま)た再(ふたた)び言(い)わず、即(すなわ)ち朝門(ちょうもん)の外(そと)に出(い)で、本衙(ほんが=自(みずか)らの役所(やくしょ))の当値(とうち=当直(とうちょく))の人(ひと)を差(つか)わし、遍(あまね)く満城(まんじょう=町中(まちじゅう))の生熟薬鋪(せいじゅくやくほ=生薬(しょうやく)・熟薬(じゅくやく)の店(みせ))に暁(つ)げしめ、即(すなわ)ち薬品(やくひん)を将(もっ)て、毎味(まいみ=味(み)ごと)に各(おのおの)三斤(さんきん)を弁(べん)じて、行者(ぎょうじゃ)に送(おく)らしむ。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此間(ここ)は是(こ)れ薬(くすり)を制(つく)る処(ところ)ならず。諸薬(しょやく)の数(かず)并(なら)びに薬(くすり)を制(つく)る一応(いちおう)の器皿(きべい=器(うつわ))を将(もっ)て、都(すべ)て会同館(かいどうかん)に送(おく)り入(い)れ、我(わ)が師弟(してい)二(ふた)りに交(わた)して収(おさ)め下(おろ)さしめよ」と。医官(いかん)命(めい)を聴(き)き、即(すなわ)ち八百八味(はっぴゃくはちみ)の毎味(まいみ)三斤(さんきん)及(およ)び薬碾(やくてん=薬(くすり)の碾(ひきうす))・薬磨(やくま=薬(くすり)の臼(うす))・薬羅(やくら=薬(くすり)の篩(ふるい))・薬乳(やくにゅう)并(なら)びに乳鉢(にゅうばち)・乳槌(にゅうつい)の類(たぐい)を都(すべ)て館(かん)の中(うち)に送(おく)り至(いた)らしめ、一一(いちいち)に交付(こうふ)して収(おさ)め訖(おわ)る。
行者(ぎょうじゃ)殿(でん)の上(うえ)に往(ゆ)きて師父(しふ)を請(しょう)じて同(とも)に館(かん)の中(うち)に至(いた)りて薬(くすり)を制(つく)らんとす。那(か)の長老(ちょうろう)正(まさ)に自(みずか)ら身(み)を起(おこ)さんとするに、忽(たちま)ち内宮(ないきゅう)の旨(むね)を伝(つた)うる有(あ)りて、閣下(かっか=閣僚(かくりょう))をして法師(ほうし)を留(とど)め住(お)かしめ、同(とも)に文華殿(ぶんかでん)に宿(しゅく)せしめ、明朝(みょうちょう=明日(あす)の朝(あさ))の薬(くすり)を服(の)みし後(のち)の、病(やまい)の痊(い)ゆるを待(ま)ちて酬謝(しゅうしゃ=礼(れい)を返(かえ))し、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)して送行(そうこう)せんとす。三蔵(さんぞう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)う、「徒弟(とてい)よ、此(こ)の意(い)は是(こ)れ我(われ)を留(とど)めて当頭(とうとう=人質(ひとじち))と做(な)さんとするなり。若(も)し好(よ)く医(いや)せば、歓喜(かんき)して起(た)ちて送(おく)らん。若(も)し好(よ)く医(いや)せずんば、我(わ)が命(いのち)休(きゅう=終(おわ))らん。汝(なんじ)須(すべから)く仔細(しさい=心(こころ)を込(こ))め上心(じょうしん=心(こころ)を留(とど))め、精虔(せいけん=真心(まごころ))に制度(せいど=調剤(ちょうざい))せよ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)放心(ほうしん)して此(ここ)に在(あ)りて受用(じゅよう=もてなし)せよ、老孫(ろうそん)自(おのずか)ら医国(いこく)の手(て)有(あ)り」と。
好(よ)き大聖(たいせい)かな、三蔵(さんぞう)に別(わか)れを告(つ)げ、衆臣(しゅうしん)に辞(じ)し、径(ただ)ちに館(かん)の中(うち)に至(いた)る。八戒(はっかい)迎(むか)えて笑(わら)って道(い)う、「師兄(しけい)よ、我(われ)汝(なんじ)を知(し)れり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)甚(なん)をか知(し)るや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)が経(きょう)を取(と)るの事(こと)の果(は)たさず、生涯(しょうがい=商売(しょうばい))を做(な)さんと欲(ほっ)するも本(もとで=元手(もとで))無(な)きを知(し)る。今日(こんにち)此(こ)の処(ところ)の富庶(ふしょ=豊(ゆた)か)なるを見(み)、法(ほう)を設(もう)けて薬鋪(やくほ=薬屋(くすりや))を開(ひら)かんとす」と。行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して道(い)う、「胡説(こせつ=でたらめ)を言(い)うな! 国王(こくおう)を医(いや)し好(よ)くして、意(こころ)を得(う)る処(ところ)に朝(ちょう)に辞(じ)して路(みち)を走(はし)らんに、甚(なん)の薬鋪(やくほ)をか開(ひら)かんや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「終(つい)に然(しか)らずんば、此(こ)の八百八味(はっぴゃくはちみ)の薬(くすり)、毎味(まいみ)三斤(さんきん)、共計(あわ)せて二千四百二十四斤(にせんよんひゃくにじゅうよんきん)、只(た)だ一(ひと)りの人(ひと)を医(いや)すに、能(よ)く幾(いく)らを用(もち)うるか。幾(いく)らの年代(ねんだい)を経(へ)て方(はじ)めて食(くら)い得(え)了(おお)せるかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いずく)んぞ用(もち)うること許(ばか)り多(おお)からんや。彼(かれ)が那(か)の太医院(たいいいん)の官(かん)は都(すべ)て是(こ)れ些(これら)の愚盲(ぐもう=愚(おろ)かで暗(くら))の輩(やから)なれば、故(ゆえ)に以(もっ)て此(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の薬品(やくひん)を取(と)らせ、他(かれ)をして捉摸(ついも=目星(めぼし))を付(つ)くる処(ところ)無(な)からしめ、我(われ)の用(もち)うるは那(いず)れの幾味(いくみ)なるかを知(し)り難(がた)く、我(わ)が神妙(しんみょう)の方(ほう)を識(し)らざらしむるなり」と。
正(まさ)に説(と)く処(ところ)、只(た)だ見(み)る、二(ふた)りの館使(かんし)の、面(おもて)に当(あた)りて跪(ひざまず)き下(おろ)して道(い)う、「請(こ)う神僧老爺(しんそうろうや)の晩斎(ばんさい=夕食(ゆうしょく))に進(すす)め」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「早間(そうかん=朝方(あさがた))那(か)の般(ごと)く我(われ)を待(ま)ちしに、如今(いま)却(かえ)って跪(ひざまず)きて之(これ)を請(しょう)ずるは、何(なん)ぞや」と。館使(かんし)叩頭(こうとう)して道(い)う、「老爺(ろうや)の来(きた)り給(たま)いし時(とき)、下官(かかん=私(わたくし))眼(め)有(あ)りて珠(たま)無(な)く、尊顔(そんがん)を識(し)らざりき。今(いま)老爺(ろうや)の大(おおい)に三折(さんせつ)の肱(こう)を展(の)べ、我(わ)が一国(いっこく)の主(あるじ)を治(ぢ)し給(たま)うを聞(き)く。若(も)し主上(しゅじょう)の病(やまい)愈(い)ゆれば、老爺(ろうや)江山(こうざん)に分(ぶん)有(あ)り、我(われ)が輩(ともがら)は皆(みな)臣子(しんし=家来(けらい))なり、礼(れい)当(まさ)に拝(おが)みて請(しょう)ずべきなり」と。行者(ぎょうじゃ)説(と)くを見(み)て、欣然(きんぜん)として堂(どう)に登(のぼ)りて上(うえ)に坐(ざ)し、八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に分(わか)れて坐(ざ)し、斎(とき)を擺(なら)べ上(あ)ぐ。沙僧(しゃそう)便(すなわ)ち問(と)うて道(い)う、「師兄(しけい)よ、師父(しふ)は那(いずこ)に在(ましま)すや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)は国王(こくおう)に留(とど)め住(お)かれて当頭(とうとう)と做(な)されたり。只(た)だ病(やまい)を医(いや)し好(よ)くするを待(ま)ちて、方(はじ)めて酬謝(しゅうしゃ)し送行(そうこう)するなり」と。沙僧(しゃそう)又(また)問(と)う、「些(いささ)かの受用(じゅよう)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「国王(こくおう)豈(あ)に受用(じゅよう)無(な)からんや! 我(われ)の来(きた)りし時(とき)、彼(かれ)已(すで)に三箇(みっつ)の閣老(かくろう=宰相(さいしょう))の左右(さゆう)に陪侍(ばいじ=付(つ)き添(そ))う有(あ)りて、文華殿(ぶんかでん)に請(しょう)じ入(い)られ去(ゆ)きしなり」と。
八戒(はっかい)道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、還(ま)た是(こ)れ師父(しふ)の大(おおい)なるなり。彼(かれ)は倒(かえっ)て閣老(かくろう)の陪侍(ばいじ)有(あ)るに、我等(われら)は只(た)だ二(ふた)りの館使(かんし)の奉承(ほうしょう=機嫌(きげん)を取(と))るを得(う)るのみ。且(しばら)く他(かれ)を管(かま)うこと莫(なか)れ、老猪(ろうちょ)をして一頓(ひとくぎり)の飽(ほう)飯(めし)を食(くら)わしめよ」と。兄弟(けいてい)たち遂(つい)に此(ここ)に自(おのずか)ら在(あ)るがままに受用(じゅよう)すること一番(いちばん)なり。
天色(てんしょく)已(すで)に晩(く)るるに、行者(ぎょうじゃ)館使(かんし)を叫(よ)んで道(い)う、「家火(かか=器物(きぶつ))を収(おさ)めよ、多(おお)く些(いささ)かの油蠟(ゆろう=油(あぶら)と蠟燭(ろうそく))を弁(べん)ぜよ。我等(われら)夜(よる)の静(しず)かなる時(とき)に到(いた)りて方(はじ)めて好(よ)く薬(くすり)を制(つく)らん」と。館使(かんし)果(はた)して若干(じゃっかん)の油蠟(ゆろう)を送(おく)り、各(おのおの)散(さん)ずるを命(めい)ず。半夜(はんや=真夜中(まよなか))に至(いた)り、天街(てんがい=帝都(ていと)の街(まち))人(ひと)静(しず)かにして、万籟(ばんらい=万(よろず)の音(おと))声(こえ)無(なし)。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、何(なん)の薬(くすり)をか制(つく)る。早(はや)くに趕(いそ)ぎて事(こと)を幹(や)れ、我(われ)瞌睡(こうすい=眠(ねむ))けり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)大黄(だいおう)を将(もっ)て一両(いちりょう)を取(と)り来(きた)り、碾(ひ)きて細末(さいまつ=細(こま)かき粉(こな))と為(な)せ」と。沙僧(しゃそう)乃(すなわ)ち道(い)う、
大黄(だいおう)は味(あじ)苦(にが)く、性(せい)寒(かん)にして毒(どく)無(な)し。其(そ)の性(せい)沈(しず)んで而(しか)して浮(う)かず、其(そ)の用(よう)走(はし)って而(しか)して守(まも)らず、諸鬱(しょつ=諸(もろもろ)の鬱(うっ))を奪(うば)いて壅滞(ようたい=滞(とどこお)り)無(な)く、禍乱(からん)を定(さだ)めて太平(たいへい)を致(いた)す、之(これ)に名(な)づけて将軍(しょうぐん)と曰(い)う。此(こ)れ行薬(ぎょうやく=効(き)き目(め)の早(はや)き薬(くすり))なるのみ、但(た)だ恐(おそ)らくは久病(きゅうびょう)虚弱(きょじゃく)なれば、此(これ)を用(もち)う可(べ)からず。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「賢弟(けんてい)知(し)らず、此(こ)の薬(くすり)は痰(たん)を利(り=通(とお))し気(き)を順(じゅん=整(ととの))え、肚中(ちゅう=腹(はら)の裡(うち))の凝滞(ぎょうたい)の寒熱(かんねつ)を蕩(あら)う。汝(なんじ)我(われ)を管(かま)うこと莫(なか)れ、汝(なんじ)去(ゆ)きて一両(いちりょう)の巴豆(はず)を取(と)り、殻(から)を去(さ)り膜(まく)を去(さ)り、捶(つ)きて油毒(ゆどく)を去(さ)り、碾(ひ)きて細末(さいまつ)と為(な)して来(きた)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う、
巴豆(はず)は味(あじ)辛(から)く、性(せい)熱(ねつ)にして毒(どく)有(あ)り。堅積(けんせき=硬(かた)き積(つ)まり)を削(けず)り、肺腑(はいふ=五臓(ごぞう))の沈寒(ちんかん)を蕩(あら)い、閉塞(へいそく)を通(つう)じ、水穀(すいこく=飲食(いんしょく))の道路(どうろ)を利(り)す。乃(すなわ)ち是(こ)れ関(かん)を斬(き)り門(もん)を奪(うば)うの将(しょう)にして、軽(かる)がろしく用(もち)う可(べ)からず。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)也(また)知(し)らず、此(こ)の薬(くすり)は結(けつ)を破(やぶ)り腸(はらわた)を宣(の)べ、能(よ)く心膨(しんぼう=胸(むね)の張(は)り)水脹(すいちょう=腹水(ふくすい))を理(おさ)む。
快(すみや)か制(つく)り来(きた)れ、我(われ)還(ま)た佐使(さし=補助(ほじょ)の薬(くすり))の味(み)の之(これ)を輔(たす)くる有(あ)り」と。彼(かれ)二(ふた)り即時(そくじ)に二(ふた)つの薬(くすり)を将(もっ)て碾(ひ)き細(こま)かにして道(い)う、「師兄(しけい)よ、還(ま)た那(いず)れの幾十味(いくじゅうみ)を用(もち)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「用(もち)うること要(い)らず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「八百八味(はっぴゃくはちみ)、毎味(まいみ)三斤(さんきん)なるに、只(た)だ此(こ)の二両(にりょう)を用(もち)うるは、誠(まこと)に人(ひと)を起(おどろ)かし奪(うば)うを為(な)すなり」と。行者(ぎょうじゃ)一(ひと)つの花磁盞子(かじさんし=花(はな)模様(もよう)の磁器(じき)の杯(さかずき))を将(もっ)て道(い)う、「賢弟(けんてい)講(こう)ずること莫(なか)れ、汝(なんじ)此(こ)の箇(こ)の盞児(さんじ=杯(さかずき))を拿(と)り、鍋臍灰(かせいばい=鍋(なべ)の底(そこ)の灰(はい))を将(もっ)て半盞(はんさん=杯(さかずき)の半分(はんぶん))を刮(こそ)ぎ過(す)ごし来(きた)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「要(もと)めて怎(いか)にするや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「薬(くすり)の内(うち)に用(もち)うるを要(よう)す」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「小弟(しょうてい)曾(かつ)て薬(くすり)の内(うち)に鍋灰(かはい=鍋(なべ)の灰(はい))を用(もち)うるを見(み)ず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「鍋灰(かはい)は名(な)づけて百草霜(ひゃくそうそう)と為(な)し、能(よ)く百病(ひゃくびょう)を調(ととの)う、汝(なんじ)知(し)らざるなり」と。
那(か)の呆子(ほうず)真(まこと)に箇(こ)半盞(はんさん)を刮(こそ)ぎ、又(また)碾(ひ)き細(こま)かにせり。行者(ぎょうじゃ)又(また)盞子(さんし)を将(もっ)て、彼(かれ)に逓(わた)して道(い)う、「汝(なんじ)再(ま)た去(ゆ)きて我等(われら)が馬尿(ばにょう=馬(うま)の尿(いばり))を半盞(はんさん)等(はか)り来(きた)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「要(もと)めて怎(いか)にするや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「薬(くすり)を丸(まる)めんと要(よう)す」と。沙僧(しゃそう)又(また)笑(わら)って道(い)う、「哥哥(あに)よ、此(こ)の事(こと)は是(こ)れ耍子(しゃし=戯(たわむ)れ)ならず。馬尿(ばにょう)は腥臊(せいそう=生臭(なまぐさ)く臭(くさ))し、如何(いか)でか薬品(やくひん)に入(い)るを得(え)んや。我(われ)只(た)だ見(み)る、醋糊(さくこ=酢(す)の糊(のり))を以(もっ)て丸(まる)と為(な)し、陳米糊(ちんべいこ=古米(ふるごめ)の糊(のり))を以(もっ)て丸(まる)と為(な)し、煉蜜(れんみつ=練(ね)り蜜(みつ))を以(もっ)て丸(まる)と為(な)し、或(あるい)は只(た)だ是(こ)れ清水(せいすい)を以(もっ)て丸(まる)と為(な)すのみ、那(いずく)んぞ曾(かつ)て馬尿(ばにょう)を以(もっ)て丸(まる)と為(な)すを見(み)しか。那(か)の東西(もの)腥腥臊臊(せいせいそうそう=生臭(なまぐさ)く臭(くさ))く、脾虚(ひきょ=脾(ひ)の弱(よわ))き人(ひと)は、一(ひと)たび聞(か)げば就(すなわ)ち吐(は)かん。再(ま)た巴豆(はず)大黄(だいおう)を服(の)ませて、人(ひと)をして上(うえ)へ吐(は)かせ下(した)へ瀉(くだ)らしむるは、是(こ)れ耍子(しゃし)ならんか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、
汝(なんじ)就裡(しゅうり=内情(ないじょう))を知(し)らず、我(わ)が那(か)の馬(うま)は是(こ)れ凡馬(ぼんば=並(なみ)の馬(うま))ならず、彼(かれ)は本(もと)是(こ)れ西海(せいかい)の竜身(りゅうしん=竜(りゅう)の身(み))なり。若(も)し彼(かれ)の肯(あえ)て去(ゆ)きて便溺(べんにょう=小便(しょうべん))するを得(う)れば、憑(よ)りて汝(なんじ)が何(なん)の疾(やまい)なるも、之(これ)を服(の)めば即(すなわ)ち愈(い)ゆ。但(た)だ急(いそ)ぎては得(う)可(べ)からざるのみ。
八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、真(まこと)に箇(こ)去(ゆ)きて馬(うま)の辺(ほとり)に到(いた)る。那(か)の馬(うま)は斜(ななめ)に地(ち)に伏(ふ)して睡(ねむ)れるなり。呆子(ほうず)一頓脚(いっとんきゃく=一(ひと)蹴(け))り踢(け)り起(おこ)し、肚(はら)の下(した)に襯(あてが=差(さ)し入(い))れて、半(なか)ばの会(かい=しばらく)を等(ま)つに、全(まった)く尿(いばり)を撒(ひ)り出(いだ)すを見(み)ず。彼(かれ)跑(はし)り将(も)ち来(きた)りて行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して説(い)う、「哥(あに)よ、且(しばら)く去(ゆ)きて皇帝(こうてい)を医(いや)するは莫(なか)れ、且(しばら)く快(すみや)か去(ゆ)きて馬(うま)を医(いや)して医(いや)せよ。那(か)の亡人(もうじん=死(し)に損(そこな)いめ)は干(ひ)からびて結(むす)ぼれたり、尿(いばり)の一点儿(いってんじ=一滴(ひとしずく))も出(いだ)さるるを想(おも)うこと莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)かん」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「我(われ)也(また)去(ゆ)きて看看(かんかん=ちょっと見(み))ん」と。
三(み)りの人(ひと)都(すべ)て馬(うま)の辺(ほとり)に到(いた)れば、那(か)の馬(うま)跳(と)び将(も)ち起(お)き、口(くち)より人言(じんげん=人(ひと)の言葉(ことば))を吐(は)き、厳(おごそ)かに声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(い)う、「師兄(しけい)よ、汝(なんじ)豈(あ)に知(し)らざるや。我(われ)は本(もと)是(こ)れ西海(せいかい)の飛竜(ひりゅう)なりしが、天条(てんじょう=天(てん)の掟(おきて))を犯(おか)したるに因(よ)り、観音菩薩(かんのんぼさつ)我(われ)を救(すく)い給(たま)いて、我(われ)を将(もっ)て角(つの)を鋸(のこぎ)り引(ひ)かれ、鱗(うろこ)を退(しりぞ)けられ、変(へん)じて馬(うま)と作(な)り、師父(しふ)を駄(にな)いて西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)き、功(こう)を将(もっ)て罪(つみ)を折(せっ=償(つぐな))わんとす。我(われ)若(も)し水(みず)を過(す)ぎて尿(いばり)を撒(ひ)らば、水(みず)の中(うち)の游魚(ゆうぎょ=泳(およ)ぐ魚(うお))の食(くら)いて竜(りゅう)と成(な)らん。山(やま)を過(す)ぎて尿(いばり)を撒(ひ)らば、山(やま)の中(うち)の草頭(そうとう=草(くさ)の類(たぐい))味(あじ)を得(え)て、変(へん)じて霊芝(れいし=霊(れい)なる芝(しば))と作(な)り、仙僮(せんどう=仙人(せんにん)の童(わらべ))の采(と)り去(ゆ)きて長寿(ちょうじゅ)ならん。我(われ)怎(いか)でか肯(あえ)て此(こ)の塵俗(じんぞく=俗世(ぞくせ))の処(ところ)に在(あ)りて軽(かる)がろしく抛(なげう)たんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)よ謹(つつし)んで言(い)え、此間(ここ)は乃(すなわ)ち西方(せいほう)の国王(こくおう)にして、塵俗(じんぞく)に非(あら)ず、亦(また)軽(かる)き抛棄(ほうき)に非(あら)ざるなり。常言(じょうげん)に道(い)う、衆毛(しゅうもう=多(おお)くの毛(け))裘(きゅう=皮衣(かわごろも))を集(あつ)むと。要与(ともに)す此(こ)の本国(ほんごく)の王(おう)の病(やまい)を治(ぢ)せんとす。好(よ)く医(いや)する時(とき)は、大家(たいか=皆(みな))光輝(こうき=誉(ほま)れ)有(あ)り、然(しか)らずんば、恐(おそ)らくは善(よ)く此(こ)の地(ち)を離(はな)るるを得(え)ざらん」と。
那(か)の馬(うま)才(はじ)めて一声(ひとこえ)「等(ま)て」と叫(よ)ぶ。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が前(まえ)へ一(ひと)たび撲(う)ち撲(う)ち、後(うしろ)へ一(ひと)たび蹲(しゃが)み蹲(しゃが)み、咬(か)み得(え)て那(か)の満口(まんこう)の牙(きば)の齕支支(こつしし=ぎしぎし)と響(ひび)き喨(りょう=高(たか))く、僅(わず)かに几点児(いくてんじ=数滴(すうてき))を努(ふんば)り出(いだ)し、身(み)を将(もっ)て立(た)ち起(お)こす。八戒(はっかい)道(い)う、「此(こ)の箇(こ)の亡人(もうじん)め! 就(すなわ)ち是(こ)れ金汁子(きんじゅうし=黄金(おうごん)の汁(しる))なるとも、再(ま)た些(いささ)か撒(ひ)り給(たま)わんにも罷(よ)からん」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)少(すくな)き半盞(はんさん)有(あ)るを見(み)て道(い)う、「彀(た)りたり! 彀(た)りたり! 拿(と)りて去(ゆ)け」と。沙僧(しゃそう)方(はじ)めて才(はじ)めて歓喜(かんき)す。
三(み)りの人(ひと)庁(ちょう=広間(ひろま))の上(うえ)に回(かえ)り至(いた)り、前項(ぜんこう=先程(さきほど))の薬餌(やくじ=薬(くすり))を将(もっ)て一処(いっしょ)に攪和(かくわ=かき混(ま))ぜ、三箇(みっつ)の大(おお)いなる丸子(がんし=丸薬(がんやく))を搓(まろ)めり。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)よ、忒(はなは)だ大(おお)きし」と。八戒(はっかい)道(い)う、「只(た)だ核桃(かくとう=胡桃(くるみ))の大(おお)いさ有(あ)るのみ、若(も)し我(われ)が食(くら)うを論(あげつら)わば、還(ま)た一口(ひとくち)に彀(た)らざるなり」と。遂(つい)に此(ここ)に一(ひと)つの小(ちい)さき盒児(ごうじ=小箱(こばこ))の裡(うち)に収(おさ)む。兄弟(けいてい)たち衣(ころも)を連(つら)ねて睡(ねむ)り下(おろ)し、一(ひと)つの夜(よる)詞(ことば)無(なし)。
早(はや)く是(こ)れ天暁(てんぎょう=夜明(よあ)け)にして、却(さ)て説(と)く、那(か)の国王(こくおう)病(やまい)を耽(ふけ=患(わずら))いて朝(ちょう)を設(もう)け、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて見(まみ)え、即(すなわ)ち衆官(しゅうかん)に命(めい)じて快(すみや)か会同館(かいどうかん)に往(ゆ)きて神僧孫長老(しんそうそんちょうろう)を参拝(さんぱい)し薬(くすり)を取(と)り来(きた)らしむ。多官(たかん)館(かん)の中(うち)に随(したが)い至(いた)り、行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して地(ち)に拝伏(はいふく)して道(い)う、「我(わ)が王(おう)特(こと)に臣等(しんとう)を命(めい)じて妙剤(みょうざい=妙(たえ)なる薬(くすり))を拝(おが)み領(う)けしむ」と。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)をして盒児(ごうじ)を取(と)り来(きた)らしめ、蓋(ふた)の子(こ)を掲(あ)け開(ひら)き、多官(たかん)に逓(わた)す。多官(たかん)啓(けい)して問(と)う、「此(こ)の薬(くすり)は何(なん)と名(な)づくるか。好(よ)く王(おう)に見(まみ)えて回話(かいわ=復命(ふくめい))せん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)れを烏金丹(うきんたん)と名(な)づく」と。八戒(はっかい)二(ふた)りは暗(あん)かの裡(うち)に作笑(さくしょう=忍(しの)び笑(わら))いて道(い)う、「鍋灰(かはい)の拌(ま)ぜたるに、怎(いか)でか是(こ)れ烏金(うきん=黒(くろ)き金(かね))ならざらん」と。多官(たかん)又(また)問(と)うて道(い)う、「何(なん)の引子(いんし=薬(くすり)を飲(の)み下(くだ)す物(もの))を用(もち)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「薬引児(やくいんじ)の両般(りょうはん=二通(ふたとお)り)都(すべ)て下(くだ)す可(べ)し。一(ひと)つの般(とおり)の易(やす)く取(と)るべき有(あ)るは、乃(すなわ)ち六物(ろくぶつ=六(むっ)つの品(しな))の煎湯(せんとう=煎(せん)じ汁(じる))を以(もっ)て送(おく)り下(くだ)すなり」と。多官(たかん)問(と)う、「是(こ)れ何(なん)の六物(ろくぶつ)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、
半空(はんくう)に飛(と)ぶの老鴉屁(ろうあへ=烏(からす)の屁(へ))、緊水(きんすい=急流(きゅうりゅう))に負(お)うの鯉魚尿(りぎょにょう=鯉(こい)の尿(いばり))、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の搽臉粉(されんぷん=顔(かお)に塗(ぬ)る白粉(おしろい))、老君(ろうくん)が炉(ろ)の裡(うち)の煉丹灰(れんたんばい=丹(たん)を煉(ね)りし灰(はい))、玉皇(ぎょっこう)の戴(いただ)き破(やぶ)りし頭巾(ずきん)三塊(さんかい=三(みっ)つ)を要(よう)し、還(ま)た五根(ごこん=五本(ごほん))の困竜鬚(こんりゅうしゅ=眠(ねむ)れる竜(りゅう)の髭(ひげ))を要(よう)す。
六物(ろくぶつ)煎湯(せんとう)して此(こ)の薬(くすり)を送(おく)らば、汝(なんじ)が王(おう)の憂病(ゆうびょう=患(わずら)いの病(やまい))等時(とき)に除(のぞ)かれん。
多官(たかん)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「此(こ)の物(もの)は乃(すなわ)ち世間(せけん)に無(な)き所(ところ)の者(もの)なり。請(こ)う問(と)わん、那(か)の一般(いっぱん=もう一(ひと)つ)の引子(いんし)は是(こ)れ何(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「無根水(むこんすい=根(ね)無(な)き水(みず))を用(もち)いて送(おく)り下(くだ)せ」と。
衆官(しゅうかん)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の箇(こ)は易(やす)く取(と)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(いか)でか易(やす)く取(と)るを見(み)るや」と。多官(たかん)道(い)う、「我(わ)が此(ここ)の人家(じんか)の俗論(ぞくろん=言(い)い伝(つた))に、若(も)し無根水(むこんすい)を用(もち)いなば、一(ひと)つの碗盞(わんさん=碗(わん)と杯(さかずき))を将(もっ)て、井(いど)の辺(ほとり)或(あるい)は河(かわ)の下(もと)に到(いた)り、水(みず)を舀(く)んで急(いそ)ぎ步(あゆみ)を転(めぐ)らし、更(さら)に地(ち)に落(お)とさず、亦(また)頭(あたま)を回(めぐ)らさず、家(いえ)に到(いた)りて病人(びょうにん)に与(あた)えて薬(くすり)を食(の)ましむれば便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「井中(せいちゅう)河内(かだい)の水(みず)は、倶(とも)に是(こ)れ根(ね)有(あ)るの者(もの)なり。我(わ)が此(こ)の無根水(むこんすい)は、是(こ)れ此(こ)の論(ろん)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ天上(てんじょう)より落(お)ち下(くだ)る者(もの)にして、地(ち)に沾(ふ)れずして就(すなわ)ち食(の)む、才(はじ)めて叫(よ)んで無根水(むこんすい)と做(な)す」と。多官(たかん)又(また)道(い)う、「此(こ)れ也(また)容易(ようい)なり。天陰(てんいん=曇(くも)り)の雨(あめ)の降(ふ)る時(とき)を等(ま)ちて、再(ま)た薬(くすり)を食(の)めば便(すなわ)ち罷(よ)からん」と。遂(つい)に行者(ぎょうじゃ)に拝謝(はいしゃ)し、薬(くすり)を将(もっ)て持(たも)ち回(かえ)りて献(たてまつ)る。国王(こくおう)大(おおい)に喜(よろこ)び、即(すなわ)ち近侍(きんじ)に命(めい)じて接(う)け上(あ)げ来(きた)らしむ。看(み)て道(い)う、「此(こ)れは是(こ)れ甚(なん)の丸子(がんし)ぞ」と。多官(たかん)道(い)う、「神僧(しんそう)の説(と)くには是(こ)れ烏金丹(うきんたん)にして、無根水(むこんすい)を用(もち)いて送(おく)り下(くだ)せと」と。国王(こくおう)便(すなわ)ち宮人(きゅうじん)をして無根水(むこんすい)を取(と)らしむ。衆官(しゅうかん)道(い)う、「神僧(しんそう)の説(と)くには、無根水(むこんすい)は是(こ)れ井中(せいちゅう)河中(かちゅう)の者(もの)ならず、乃(すなわ)ち是(こ)れ天上(てんじょう)より落(お)ち下(くだ)りて地(ち)に沾(ふ)れざる者(もの)の才(はじ)めて是(こ)れなりと」と。国王(こくおう)即(すなわ)ち当駕官(とうがかん=当直(とうちょく)の官(かん))を喚(よ)んで旨(むね)を伝(つた)え、法官(ほうかん=祈祷師(きとうし))を請(しょう)じて雨(あめ)を求(もと)めしむ。
衆官(しゅうかん)遵依(じゅんい)して榜(ぼう)を出(いだ)すことは題(かた)らず。
却(さ)て説(と)く、行者(ぎょうじゃ)会同館(かいどうかん)の庁(ちょう)の上(うえ)に在(あ)りて猪八戒(ちょはっかい)を叫(よ)んで道(い)う、「適間(さっき)彼(かれ)に天(てん)より落(お)つるの水(みず)に非(あら)ざれば才(はじ)めて薬(くすり)を用(もち)う可(べ)しと允(ゆる)ししが、此(こ)の時(とき)急(いそ)がわしきに、怎(いか)でか箇(ひと)の雨水(うすい)を得(え)ん。我(われ)看(み)るに此(こ)の王(おう)は、倒(かえっ)て也(また)是(こ)れ箇(ひと)の大賢大徳(だいけんだいとく=大(おお)いに賢(かしこ)く大(おお)いに徳(とく)有(あ))るの君(きみ)なり。我(われ)汝(なんじ)と彼(かれ)に些(いささ)かの雨(あめ)を助(たす)けて薬(くすり)を下(くだ)さんには如何(いかん)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「怎(いか)なる様(よう)に助(たす)くるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)我(わ)が左辺(さへん=左側(ひだりがわ))に在(あ)りて立(た)ち下(おろ)し、箇(ひと)の輔星(ほせい=補佐(ほさ)の星(ほし))と做(な)れ」と。又(また)沙僧(しゃそう)を叫(よ)んで、「汝(なんじ)我(わ)が右辺(うへん=右側(みぎがわ))に在(あ)りて立(た)ち下(おろ)し、箇(ひと)の弼宿(ひっしゅく=助(たす)けの宿(しゅく))と做(な)れ、老孫(ろうそん)の彼(かれ)に些(いささ)かの無根水(むこんすい)を助(たす)くるを等(ま)て」と。
好(よ)き大聖(たいせい)かな、罡訣(こうけつ=護符(ごふ)の印(いん))を步(ふ)み、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)ずれば、早(はや)くも見(み)る、那(か)の正東(せいとう=真東(まひがし))の上(うえ)に、一朶(いちだ)の烏雲(ううん)の、漸(ようや)く頭頂(とうちょう=頭(あたま)の上(うえ))に近(ちか)づくを。叫(よ)んで道(い)う、「大聖(たいせい)、東海竜王(とうかいりゅうおう)敖広(ごうこう)来(きた)り見(まみ)ゆ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「事(こと)無(な)きに敢(あ)えて捻煩(ねんぱん=煩(わずら)わ)さず、汝(なんじ)を請(しょう)じ来(きた)りて些(いささ)かの無根水(むこんすい)を助(たす)けて国王(こくおう)と薬(くすり)を下(くだ)さしめん」と。竜王(りゅうおう)道(い)う、「大聖(たいせい)の呼喚(こかん=お呼(よ)び)の時(とき)、曾(かつ)て水(みず)を用(もち)うと説(と)かざりしかば、小竜(しょうりゅう)只(た)だ身(み)のみ来(きた)りて、曾(かつ)て雨器(うき=雨(あめ)を降(ふ)らす道具(どうぐ))を帯(たい)し来(きた)らず、亦(また)未(いま)だ風雲雷電(ふううんらいでん)有(あ)らず、怎(いか)でか生(いき)て雨(あめ)を降(ふ)らさんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「如今(いま)風雲雷電(ふううんらいでん)を用(もち)うるに著(つ)かず、亦(また)多(おお)くの雨(あめ)を須(ま)たず、只(た)だ些須(さしゅ=少(すこ)し)の薬(くすり)を引(ひ)くの水(みず)を要(よう)するのみなり」と。竜王(りゅうおう)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)の二(ふた)つの噴涕(ふんてい=くしゃみ)を打(う)ち、些(いささ)かの涎津溢(ぜんしんいつ=よだれ)を吐(は)きて、彼(かれ)に与(あた)えて薬(くすり)を食(の)ましめんを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に喜(よろこ)んで道(い)う、「最好(さいこう)! 最好(さいこう)! 必(かなら)ずしも遅疑(ちぎ=ためら)うこと莫(なか)れ、早(はや)きに趁(じゅん)じて事(こと)を行(おこな)え」と。
那(か)の老竜(ろうりゅう)空(くう)の中(うち)に在(あ)りて、漸漸(ぜんぜん)として烏雲(ううん)を低(ひく)く下(おろ)し、直(ただ)ちに皇宮(こうきゅう)の上(うえ)に至(いた)り、身(み)を隠(かく)し象(すがた)を潜(ひそ)め、一口(ひとくち)の津唾(しんだ=つば)を噀(ふ)けば、遂(つい)に化(か)して甘霖(かんりん=恵(めぐ)みの雨(あめ))と作(な)る。那(か)の満朝(まんちょう)の官(かん)斉(ひとし)く声(こえ)を喝采(かっさい)して道(い)う、「我(わ)が主(あるじ)万千(ばんせん)の喜(よろこび)有(あ)り! 天公(てんこう=天(てん)の公(こう))甘雨(かんう)を降(くだ)し来(きた)り給(たま)えるなり」と。国王(こくおう)即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて教(おし)う、「器皿(きべい=器(うつわ))を取(と)りて盛(も)れ。宮内(きゅうない)の外(そと)及(およ)び官(かん)の大小(だいしょう)を拘(こだわ)らず、都(すべ)て等(ひとし)く仙水(せんすい=仙人(せんにん)の水(みず))を貯(たくわ)え、寡人(かじん)を拯救(すく)え」と。
汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の文武(ぶんぶ)の多官(たかん)并(なら)びに三宮六院(さんきゅうろくいん)の妃嬪(ひひん)と三千(さんぜん)の彩女(さいじょ)、八百(はっぴゃく)の嬌娥(きょうが=美(うつく)しき女(おんな))の、一(ひと)り一(ひと)り杯(さかずき)を擎(ささ)げ盞(さかずき)を托(たく)し、碗(わん)を挙(あ)げ盤(ばん)を持(たも)ち、等(ま)ちて甘雨(かんう)を接(う)く。那(か)の老竜(ろうりゅう)半空(はんくう)に在(あ)りて、津涎(しんぜん=つば)を運(はこ)び化(か)し、王宮(おうきゅう)の前後(ぜんご)を離(はな)れずして、将(まさ)に一箇時辰(いっこじしん=二時間(にじかん))有(あ)らんとして、竜王(りゅうおう)大聖(たいせい)に辞(じ)して海(うみ)に回(かえ)る。衆臣(しゅうしん)杯(さかずき)盂(さかずき)碗(わん)盞(さかずき)を将(もっ)て収(おさ)め来(きた)るに、也(また)一点(いってん)両点(りょうてん)を等(ま)ち得(え)たる者(もの)有(あ)り、也(また)三点(さんてん)五点(ごてん)を等(ま)ち得(え)たる者(もの)有(あ)り、也(また)一点(いってん)も曾(かつ)て等(ま)ち得(え)ざる者(もの)有(あ)り、共(あわ)せて一処(いっしょ)に合(がっ)して、約(およそ)三盞(さんさん=三杯(さんばい))の多(おお)き有(あ)り、総(すべ)て御案(ぎょあん=天子(てんし)の卓(つくえ))に献(たてまつ)る。真(まこと)に箇(こ)是(こ)れ、異香(いこう=異(こと)なる香(かおり))満(み)ちて金鑾殿(きんらんでん)を襲(おそ)い、佳味(かみ=良(よ)き味(あじ))熏(くゆ)りて天子(てんし)の庭(にわ)に飄(ひるがえ)る。
那(か)の国王(こくおう)法師(ほうし)に辞(じ)し、烏金丹(うきんたん)と甘雨(かんう)とを将(たも)ちて宮中(きゅうちゅう)に至(いた)り、先(ま)ず一丸(いちがん)を吞(の)み、一盞(いっさん)の甘雨(かんう)を食(の)み、再(ま)た一丸(いちがん)を吞(の)み、又(また)一盞(いっさん)の甘雨(かんう)を飲(の)む。三次(さんじ)にして、三丸(さんがん)倶(とも)に吞(の)み了(おお)え、三盞(さんさん)の甘雨(かんう)倶(とも)に送(おく)り下(くだ)す。多(あま)たの時(とき)ならずして、腹中(ふくちゅう)作響(さくきょう=音(おと)を立(た))て、轆轤(ろくろ=滑車(かっしゃ))の声(こえ)の如(ごと)くにして絶(た)えず。即(すなわ)ち浄桶(じょうとう=おまる)を取(と)り、連(つづ)けて三五次(さんごじ)を行(おこな)い、些(いささ)かの米飲(べいいん=米(こめ)の粥(かゆ))を服(の)み、竜床(りゅうしょう)の上(うえ)に敧(よこた)わる。
二(ふた)りの妃子(ひし)有(あ)りて、浄桶(じょうとう)を将(もっ)て撿(ひろ)い看(み)るに、説(と)き尽(つく)すべからず那(か)の穢汚(えお=汚(けが)れ)痰涎(たんぜん=痰(たん)と涎(よだれ))の、内(うち)に糯米饭塊(すいべいはんかい=餅(もち)米(ごめ)の飯(めし)の塊(かたまり))一団(いちだん=ひと塊(かたまり))有(あ)り。妃子(ひし)竜床(りゅうしょう)の前(まえ)に近(ちか)づき来(きた)りて報(ほう)じて道(い)う、「病根(びょうこん=病(やまい)の根(ね))都(すべ)て行(くだ)り下(おろ)されたり」と。国王(こくおう)此(こ)の言(げん)を聞(き)き甚(はなは)だ喜(よろこ)び、又(また)一次(いちじ)の米飯(べいはん)を進(すす)む。少頃(しばらく)して、漸(ようや)く心胸(しんきょう=胸(むね)の裡(うち))の寛泰(かんたい=広(ひろ)びろ)として、気血(けっけつ)の調和(ちょうわ)するを覚(おぼ)え、就(すなわ)ち精神(せいしん)抖擻(とそう=奮(ふる)い起(おこ))り、脚力(きゃくりょく=足(あし)の力(ちから))強健(きょうけん)なり。竜床(りゅうしょう)を下(お)り、朝服(ちょうふく)を穿(つらぬ)き、即(すなわ)ち宝殿(ほうでん)に登(のぼ)りて唐僧(とうそう)に見(まみ)え、輒(すなわ)ち身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)す。那(か)の長老(ちょうろう)忙(いそ)がしく還礼(かんれい=礼(れい)を返(かえ))す。拝(はい)し畢(おわ)りて御手(おて)を以(もっ)て攙(たす)け、便(すなわ)ち閣下(かっか)に教(おし)う、「快(すみや)か簡帖(かんじょう=招待状(しょうたいじょう))を具(そな)え、帖(じょう)の上(うえ)に朕(ちん)再拝頓首(さいはいとんしゅ=謹(つつし)んで再(ふたた)び拝(はい)し頭(こうべ)を地(ち)に頓(つ)く)の字様(じよう=文字(もじ))を写(うつ)し、官(かん)を差(つか)わして法師(ほうし)の高徒(こうと)三位(さんい)を奉請(ほうせい)せよ。一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))には大(おおい)に東閣(とうかく)を開(ひら)き、光禄寺(こうろくじ)に宴(うたげ)を排(なら)べて酬謝(しゅうしゃ)せしめよ」と。多官(たかん)旨(むね)を領(りょう)し、簡(かん)を具(そな)うるは簡(かん)を具(そな)え、宴(うたげ)を排(なら)ぶるは宴(うたげ)を排(なら)ぶ。正(まさ)に是(こ)れ、国家(こっか)に倒山(とうざん=山(やま)を倒(たお))すの力(ちから)有(あ)れば、霎時(しょうじ=またたく間(あいだ))に倶(とも)に完(まった)し。
却(さ)て説(と)く、八戒(はっかい)官(かん)の簡(かん)を投(とう=届(とど))くるを見(み)、喜(よろこ)ぶこと自(みずか)ら勝(た)えずして道(い)う、「哥(あに)よ、果(はた)して是(こ)れ好(よ)き妙薬(みょうやく)なり! 今(いま)来(きた)りて酬謝(しゅうしゃ)するは、乃(すなわ)ち兄長(けいちょう=兄(あに))の功(こう)なり」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「二哥(にあに)何処(いずこ)の話(はなし)をか説(と)くや! 常言(じょうげん)に道(い)う、一人(ひとり)の福(ふく)有(あ)れば、一屋(いちおく=家(いえ)じゅう)を帯挈(たいけつ=引(ひ)き立(た))つと。我等(われら)此(ここ)に在(あ)りて薬(くすり)を合(がっ)するは、倶(とも)に是(こ)れ功(こう)有(あ)るの人(ひと)なれば、只(た)だ管(かま)わず受用(じゅよう)に去(ゆ)け、再(ま)た多(おお)く話(はな)すこと休(や)めよ」と。
咦! 汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)ら兄弟(けいてい)たちの倶(とも)に歓歓喜喜(かんかんきき=大喜(おおよろこ))び、径(ただ)ちに朝(ちょう)に入(い)り来(きた)るを。衆官(しゅうかん)接(う)け引(ひ)きて、東閣(とうかく)に上(のぼ)れば、早(はや)くも唐僧(とうそう)・国王(こくおう)・閣老(かくろう)の、已(すで)に都(すべ)て那(そこ)に在(ましま)して筵宴(えんえん=宴(うたげ))を安排(あんばい)せるを見(み)る。
此(こ)の行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)とは、師父(しふ)に対(たい)して箇(ひと)の喏(じゃく=合掌(がっしょう)一礼(いちれい))を唱(うた)い、随(したが)って衆官(しゅうかん)都(すべ)て至(いた)る。只(た)だ見(み)る、那(か)の上(うえ)の面(めん)に四張(よんはり)の素(そ=精進(しょうじん))の桌面(たくめん=卓(つくえ))有(あ)りて、都(すべ)て是(こ)れ「吃一看十(きっいちかんじゅう=一(ひと)つを食(くら)いて十(とお)を看(み)る)」の筵席(えんせき)なり。前(まえ)の面(めん)に一張(いっちょう)の葷(くん=肉食(にくじき))の桌面(たくめん)有(あ)りて、也(また)是(こ)れ「吃一看十(きっいちかんじゅう)」の珍饈(ちんしゅう=ごちそう)なり。左右(さゆう)に四五百張(しごひゃくちょう)の単(たん=一(ひと)つ)の桌面(たくめん)有(あ)り、真(まこと)に箇(こ)排(なら)び得(え)て斉整(せいせい=整然(せいぜん))たり。
古(いにしえ)に云(い)う、珍饈百味(ちんしゅうひゃくみ)、美禄千鍾(びろくせんしょう=良(よ)き酒(さけ)幾千杯(いくせんぱい))と。
瓊膏酥酪(けいこうそらく=玉(たま)の如(ごと)き膏(こう)と酥酪(そらく))、錦縷肥紅(きんるひこう=錦(にしき)の糸(いと)の如(ごと)き肥(こ)えたる赤(あか)き肉(にく))。
宝妝花(ほうしょうか=宝(たから)の飾(かざ)りの花(はな))彩(さい)艶(えん=美(うつく)しく艶(なまめ)か)しく、果品(かひん)味(あじ)香(かんば)しく濃(こま)やかなり。
闘糖(とうとう=砂糖細工(さとうざいく))竜纏(りゅうてん=竜(りゅう)の絡(から)み)列(つら)なりて獅仙(しせん=獅子(しし)と仙人(せんにん))、餅錠(へいじょう=餅(もち)の塊(かたまり))拖炉(たろ=炉(ろ)を曳(ひ))きて擺(なら)びて鳳侶(ほうりょ=鳳凰(ほうおう)の番(つが)い)。
葷(くん)には猪(ぶた)羊(ひつじ)鶏(にわとり)鵞(がちょう)魚(うお)鴨(あひる)の般般(はんはん=あれこれ)の肉(にく)有(あ)り、素(そ)には蔬肴(そこう=野菜(やさい)の料理(りょうり))笋芽(じゅんが=筍(たけのこ)の若芽(わかめ))木耳(もくじ)并(なら)びに蘑菇(まこ=茸(きのこ))有(あ)り。
幾様(いくよう)の香(かんば)しき湯餅(とうへい=汁(しる)麺(めん))、数次(すうじ)の透(す)き通(とお)れる酥糖(そとう=砂糖菓子(さとうがし))。
滑(なめ)らかに軟(やわ)らかき黄粱飯(こうりょうはん=粟(あわ)の飯(めし))、清(すがすが)しく新(あたら)しき菰米糊(こべいこ=真菰(まこも)の実(み)の粥(かゆ))。
色色(しきしき)の粉湯(ふんとう=粉(こな)の汁(しる))香(かんば)しく又(また)辣(から)く、般般(はんはん)の添(そえ)換(か)え美(うつく)しく還(ま)た甜(あま)し。
君臣(くんしん)盞(さかずき)を挙(あ)げて方(はじ)めて席(せき)に安(やす)んじ、名分(めいぶん=身分(みぶん))品級(ひんきゅう=位階(いかい))に慢(ゆる)るとして壺(つぼ)を伝(つた)う。
那(か)の国王(こくおう)御手(おて)に杯(さかずき)を擎(ささ)げ、先(ま)ず唐僧(とうそう)と安坐(あんざ)せんとす。三蔵(さんぞう)道(い)う、「貧僧(ひんそう)は飲酒(いんしゅ)を会(え)せず」と。国王(こくおう)道(い)う、「素酒(そしゅ=精進(しょうじん)の酒(さけ))なれば、法師(ほうし)此(こ)の一杯(いっぱい)を飲(の)まんには如何(いかん)」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「酒(さけ)は乃(すなわ)ち僧家(そうか=僧(そう)の家(いえ))の第一戒(だいいっかい)なり」と。国王(こくおう)甚(はなは)だ意(い)に過(す)ぎずして道(い)う、「法師(ほうし)飲(の)むを戒(いまし)めなば、却(かえ)って何物(なにもの)を以(もっ)てか敬(うやまい)と為(な)さんや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「頑徒(がんと)三衆(さんしゅう)の代(かわ)りて飲(の)ましめよ」と。国王(こくおう)却(かえ)って才(はじ)めて歓喜(かんき)し、金卮(きんし=金(きん)の杯(さかずき))を転(めぐ)らして、行者(ぎょうじゃ)に逓(わた)す。行者(ぎょうじゃ)酒(さけ)を接(う)け、衆(しゅう)に対(たい)して礼(れい)し畢(おわ)り、一杯(いっぱい)を食(の)む。国王(こくおう)彼(かれ)の食(の)むこと爽利(そうり=爽(さわ)やか)なるを見(み)、又(また)一杯(いっぱい)を奉(たてまつ)る。行者(ぎょうじゃ)辞(じ)せず、又(また)之(これ)を食(の)む。国王(こくおう)笑(わら)って道(い)う、「箇(ひと)の三宝鍾児(さんぽうしょうじ=三宝(さんぽう)の杯(さかずき))を食(の)め」と。行者(ぎょうじゃ)辞(じ)せず、又(また)之(これ)を食(の)む。国王(こくおう)又(また)斟(つ)ぎ上(あ)ぐるを叫(よ)んで、「箇(ひと)の四季杯児(しきはいじ=四季(しき)の杯(さかずき))を食(の)め」と。
八戒(はっかい)旁(かたわら)に在(あ)りて酒(さけ)の彼(かれ)に到(いた)らざるを見(み)、忍(しの)び得(え)て彼(かれ)は啯啯(かくかく=ごくんごくん)として唾(つば)を咽(の)み、又(また)那(か)の国王(こくおう)の苦(くるし)く行者(ぎょうじゃ)に勧(すす)むるを見(み)、彼(かれ)就(すなわ)ち叫(よ)び将(も)ち起(おこ)って道(い)う、「陛下(へいか)、食(の)みたる薬(くすり)也(また)我(われ)に虧(よ)れる有(あ)り、那(か)の薬(くすり)の裡(うち)に馬(うま)が——」と。此(こ)の行者(ぎょうじゃ)説(と)くを聞(き)き、恐(おそ)らくは呆子(ほうず)の消息(しょうそく=秘密(ひみつ))を走(にが)さんことを怕(おそ)れ、却(かえ)って手(て)の中(うち)の酒(さけ)を将(もっ)て八戒(はっかい)に逓(わた)す。八戒(はっかい)接(う)けて就(すなわ)ち食(の)み、却(かえ)って言(げん)せず。国王(こくおう)問(と)うて道(い)う、「神僧(しんそう)の薬(くすり)の裡(うち)に馬(うま)有(あ)りと説(と)かれしは、是(こ)れ甚(なん)の馬(うま)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)口(くち)を接(う)け来(きた)って道(い)う、「我(わ)が此(こ)の兄弟(けいてい)は、是(こ)れ此(か)くの般(ごと)く口(くち)が敞(ひら=軽(かる))く、但(た)だ箇(ひと)の経験(けいけん)有(あ)る好(よ)き方児(ほうじ=処方(しょほう))有(あ)れば、彼(かれ)就(すなわ)ち人(ひと)に説(と)き与(あた)えんとす。陛下(へいか)早間(そうかん)に食(の)み給(たま)いし薬(くすり)の内(うち)に、馬兜鈴(ばとうれい)有(あ)り」と。国王(こくおう)衆官(しゅうかん)に問(と)うて道(い)う、「馬兜鈴(ばとうれい)は是(こ)れ何(なん)の品味(ひんみ)なるか、能(よ)く何(なん)の証(しょう)をか医(いや)すや」と。時(とき)に太医院(たいいいん)の官(かん)の旁(かたわら)に在(あ)りて道(い)う、
主公(しゅこう)、兜鈴(とうれい)は味(あじ)苦(にが)く寒(かん)にして毒(どく)無(な)く、喘(ぜん=喘息(ぜんそく))を定(さだ)め痰(たん)を消(け)するに大(おおい)に功(こう)有(あ)り。
気(き)を通(つう)ずるは最(もっと)も能(よ)く血蠱(けっこ=血(ち)の塊(かたまり))を除(のぞ)き、虚(きょ)を補(おぎな)い嗽(せき)を寧(やす)んじて又(また)中(ちゅう)を寛(ひろ)くす。
国王(こくおう)笑(わら)って道(い)う、「用(もち)いて当(まさ)に当(あた)れり! 用(もち)いて当(まさ)に当(あた)れり! 猪長老(ちょちょうろう)再(ま)た一杯(いっぱい)を飲(の)め」と。呆子(ほうず)亦(また)言(げん)せず、却(かえ)って也(また)箇(ひと)の三宝鍾(さんぽうしょう)を食(の)めり。国王(こくおう)又(また)沙僧(しゃそう)に酒(さけ)を逓(わた)し、也(また)三杯(さんぱい)を食(の)み、却(かえ)って倶(とも)に叙坐(じょざ=席(せき)に着(つ))く。
飲宴(いんえん)すること多時(たじ=久(ひさ)しき)にして、国王(こくおう)又(また)大爵(だいしゃく=大(おお)きき杯(さかずき))を擎(ささ)げて行者(ぎょうじゃ)に奉(たてまつ)る。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「陛下(へいか)請(こ)う坐(ざ)せよ、老孫(ろうそん)巡(めぐ)りに依(よ)りて痛(いた)く飲(の)み、決(けっ)して敢(あ)えて推辞(すいじ=辞退(じたい))せず」と。国王(こくおう)道(い)う、「神僧(しんそう)の恩(おん)は山(やま)の如(ごと)く重(おも)く、寡人(かじん)酬謝(しゅうしゃ)し尽(つく)すべからず。好(よ)し悪(あ)しくも此(こ)の一巨觥(いっきょこう=一(ひと)つの大(おお)きき杯(さかずき))を進(すす)めよ、朕(ちん)話(はなし)有(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「甚(なん)の話(はなし)か有(あ)りて説(と)かれよ、老孫(ろうそん)好(よ)く飲(の)まん」と。国王(こくおう)道(い)う、「寡人(かじん)に数載(すうさい=幾年(いくとせ))の憂疑病(ゆうぎびょう=患(わずら)いの病(やまい))有(あ)りしが、神僧(しんそう)が一貼(いってん=一服(いっぷく))の霊丹(れいたん)に打通(だつう=通(とお))され、故(ゆえ)に以(もっ)て就(すなわ)ち好(よ)くなれり」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「昨日(きのう)老孫(ろうそん)陛下(へいか)を看(み)て、已(すで)に是(こ)れ憂疑(ゆうぎ=患(わずら)い)の疾(やまい)なるを知(し)れり。但(た)だ知(し)らず、憂(うれ)え驚(おどろ)くは何事(なにごと)なるかを」と。国王(こくおう)道(い)う、「古人(こじん)に云(い)う、家(いえ)の醜(はじ)は外(そと)に談(だん)ず可(べ)からずと。奈(さ)るかな神僧(しんそう)は是(こ)れ朕(ちん)が恩主(おんしゅ=恩人(おんじん))なれば、惟(た)だ笑(わら)わざるを以(もっ)て方(はじ)めて之(これ)を告(つ)ぐ可(べ)し」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(いか)でか敢(あ)えて笑(わら)わん、請(こ)う説(と)くに妨(さまた)げ無(な)し」と。
国王(こくおう)道(い)う、「神僧(しんそう)東(ひがし)より来(きた)るに、幾箇(いくつ)の邦国(ほうこく)をか経(へ)てしを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「経(へ)て五六処(ごろくしょ)有(あ)り」と。又(また)問(と)う、「他国(たこく)の后(きさき)は、是(こ)れ何(なん)と称(しょう)呼(こ)するかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「国王(こくおう)の后(きさき)は、都(すべ)て正宮(せいきゅう)・東宮(とうきゅう)・西宮(せいきゅう)と称(しょう)す」と。国王(こくおう)道(い)う、「寡人(かじん)は是(こ)れ此(か)くの如(ごと)く称呼(しょうこ)せず。正宮(せいきゅう)を将(もっ)て金聖宮(きんせいきゅう)と称(しょう)し、東宮(とうきゅう)を玉聖宮(ぎょくせいきゅう)と称(しょう)し、西宮(せいきゅう)を銀聖宮(ぎんせいきゅう)と称(しょう)す。現今(げんこん=現在(げんざい))只(た)だ銀(ぎん)・玉(ぎょく)の二后(にごう=二人(ふたり)の后(きさき))の宮中(きゅうちゅう)に在(ましま)す有(あ)るのみ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「金聖宮(きんせいきゅう)は何(なん)に因(よ)りてか宮中(きゅうちゅう)に在(ましま)さざるや」と。国王(こくおう)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)う、「在(ましま)さざること已(すで)に三年(さんねん)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いず)れの廂(かた)へか去(ゆ)きしや」と。
国王(こくおう)道(い)う、「三年前(さんねんまえ)、正(まさ)に端陽(たんよう=端午(たんご))の節(せつ)に値(あた)り、朕(ちん)と嬪后(ひんごう=后(きさき)たち)と都(すべ)て御花園(ぎょかえん)の海榴亭(かいりゅうてい)の下(もと)に在(あ)りて粽(ちまき)を解(と)き艾(よもぎ)を插(さ)し、菖蒲(しょうぶ)雄黄酒(ゆうおうしゅ=菖蒲(しょうぶ)と雄黄(ゆうおう)の酒(さけ))を飲(の)み、闘龍舟(とうりゅうしゅう=竜舟(りゅうしゅう)の競漕(きょうそう))を看(み)たり。忽然(こつぜん)として一陣(いちじん)の風(かぜ)至(いた)り、半空(はんくう)の中(うち)に一箇(ひとり)の妖精(ようせい)の現(あらわ)れ出(い)で、自(みずか)ら賽太歳(さいたいさい)と称(しょう)し、彼(かれ)が麒麟山(きりんざん)獬豸洞(かいちどう)に居住(きょじゅう)し、洞中(どうちゅう)に夫人(ふじん)の少(すくな)きが、我(わ)が金聖宮(きんせいきゅう)の貌(かお)美(うつく)しく姿(すがた)嬌(なまめ)かしきを生(う)み得(え)たるを訪(たず)ね出(いだ)し、箇(ひと)の夫人(ふじん)と做(な)さんとし、朕(ちん)に快(すみや)か早(はや)く送(おく)り出(いだ)さしめんことを説(と)き、若(も)し三声(さんせい)に献(たてまつ)り出(いだ)さざれば、就(すなわ)ち先(ま)ず寡人(かじん)を食(くら)い、後(のち)に衆臣(しゅうしん)を食(くら)い、将(まさ)に満城(まんじょう)の黎民(れいみん=民(たみ))を尽(ことごと)く皆(みな)食(くら)い絶(た)さんとす。那(そ)の時節(じせつ)、朕(ちん)却(かえ)って国(くに)を憂(うれ)え民(たみ)を憂(うれ)え、奈(いかん)ともする無(な)く金聖宮(きんせいきゅう)を将(もっ)て海榴亭(かいりゅうてい)の外(そと)に推(お)し出(いだ)せしに、那(か)の妖(よう)に一声(ひとこえ)響(ひび)かせて摂(さら)い将(も)ち去(ゆ)かれたり。寡人(かじん)此(こ)の為(ため)に驚恐(きょうきょう)を著(つ)け、那(か)の粽子(ちまき)を把(と)って内(うち)に凝滞(ぎょうたい)せしめ、況(いわん)や又(また)昼夜(ちゅうや)憂思(ゆうし)の息(や)まざるに、故(ゆえ)に以(もっ)て此(こ)の苦疾(くしつ=苦(くる)しき病(やまい))を三年(さんねん)成(な)せり。今(いま)神僧(しんそう)の霊丹(れいたん)を得(え)て服(の)みし後(のち)、数次(すうじ)を行(おこな)いしは、尽(ことごと)く是(こ)れ那(か)の三年前(さんねんまえ)の積滞(せきたい=積(つ)もり滞(とどこお))りの物(もの)なれば、故(ゆえ)に以(もっ)て此(こ)の会(かい=今(いま))体(たい)健(すこ)やかに身(み)軽(かる)く、精神(せいしん)旧(もと)の如(ごと)し。今日(こんにち)の命(いのち)は、皆(みな)神僧(しんそう)の賜(たま)える所(ところ)にして、豈(あ)に但(た)だ泰山(たいざん)の重(おも)きの如(ごと)きのみならんや」と。
行者(ぎょうじゃ)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)、満心(まんしん)喜悦(きえつ)し、那(か)の巨觥(きょこう=大(おお)きき杯(さかずき))の酒(さけ)を将(もっ)て、両口(りょうこう=二口(ふたくち))に之(これ)を吞(の)み、笑(わら)って国王(こくおう)に問(と)うて曰(いわ)く、「陛下(へいか)元来(もと)是(こ)れ此(か)くの如(ごと)く驚(おどろ)き憂(うれ)え給(たま)いしか! 今(いま)老孫(ろうそん)に遇(あ)い、幸(さいわい)にして愈(い)ゆるを得(う)。但(た)だ知(し)らず、金聖宮(きんせいきゅう)の国(くに)に回(かえ)るを要(よう)し給(たま)うや否(いな)やを」と。那(か)の国王(こくおう)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)う、「朕(ちん)切切(せつせつ=切(せつ)に)と思(おも)い思(おも)うこと、昼(ひる)無(な)く夜(よる)無(な)し。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ一箇(ひとり)の能(よ)く妖精(ようせい)を獲(とら)うる者有(あ)らざるのみ。豈(あ)に彼(かれ)の国(くに)に回(かえ)るを要(よう)せざるの理(ことわり)有(あ)らんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(わ)が老孫(ろうそん)汝(なんじ)と去(ゆ)きて妖邪(ようじゃ)を伏(ふく)せんに、其(そ)の時(とき)如何(いかん)」と。国王(こくおう)跪(ひざまず)き下(おろ)して道(い)う、「若(も)し朕(ちん)が后(きさき)を救(すく)い得(う)れば、朕(ちん)願(ねが)わくは三宮九嬪(さんきゅうきゅうひん)を領(ひき)いて、城(しろ)を出(い)でて民(たみ)と為(な)り、一(ひと)つの国(くに)の江山(こうざん)を尽(ことごと)く神僧(しんそう)に付(ふ)し、汝(なんじ)をして帝(みかど)と為(な)らしめん」と。
八戒(はっかい)旁(かたわら)に在(あ)りて此(こ)の言(げん)を出(いだ)し此(こ)の礼(れい)を行(おこな)うを見(み)、忍(しの)ぶあたわず呵呵(かか=げらげら)と大(おおい)に笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の皇帝(こうてい)は体統(たいとう=威厳(いげん))を失(うしな)えり! 怎(いか)でか老婆(ろうば=女房(にょうぼう))の為(ため)には江山(こうざん)を要(よう)せず、和尚(おしょう)に跪(ひざまず)くや」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ上前(じょうぜん)し、国王(こくおう)を将(もっ)て攙(たす)け起(おこ)して道(い)う、「陛下(へいか)、那(か)の妖精(ようせい)は金聖宮(きんせいきゅう)を得(え)て去(ゆ)きし後(のち)、此(こ)の一向(ひたすら)再(ま)た曾(かつ)て来(きた)りしや」と。国王(こくおう)道(い)う、「彼(かれ)前年(ぜんねん)五月節(ごがつせつ=端午(たんご))に金聖宮(きんせいきゅう)を摂(さら)い、十月(じゅうがつ)の間(あいだ)に来(きた)りて、二箇(ふたり)の宮娥(きゅうが=宮女(きゅうじょ))を取(と)らんとし、是(こ)れ娘娘(にゃんにゃん)に伏侍(ふくじ=仕(つか))えしめんと説(と)き、朕(ちん)即(すなわ)ち二箇(ふたり)を献(たてまつ)り出(いだ)せり。旧年(きゅうねん=昨年(さくねん))三月(さんがつ)の間(あいだ)に至(いた)り、又(また)来(きた)りて二箇(ふたり)の宮娥(きゅうが)を要(もと)め、七月(しちがつ)の間(あいだ)に、又(また)二箇(ふたり)を要(もと)め去(ゆ)き、今年(ことし)二月(にがつ)の裡(うち)に、又(また)二箇(ふたり)を要(もと)め去(ゆ)けり。幾時(いつ)に到(いた)りてか又(また)来(きた)らんとするかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)の此(か)くの如(ごと)く頻(しき)りに来(きた)るに似(に)たるに、汝等(なんだち)彼(かれ)を怕(おそ)るるや」と。国王(こくおう)道(い)う、「寡人(かじん)彼(かれ)の来(きた)ること多遭(たそう=度々(たびたび))なるを見(み)、一(ひと)つには懼(おそ)れ怕(おそ)れ、二(ふた)つには又(また)傷害(しょうがい)の意(い)有(あ)るを恐(おそ)る。旧年(きゅうねん)四月(しがつ)の内(うち)に、是(こ)れ朕(ちん)工(たくみ=大工(だいく))を命(めい)じて一(ひと)つの座(ざ)の避妖楼(ひようろう=妖(よう)を避(さ)くる楼(ろう))を起(おこ)させ、但(た)だ風(かぜ)の響(ひび)くを聞(き)き、是(こ)れ彼(かれ)の来(きた)れるを知(し)れば、即(すなわ)ち二后(にごう)九嬪(きゅうひん)と楼(ろう)の裡(うち)に入(い)りて避難(ひなん)するなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「陛下(へいか)棄(す)て給(たま)わずんば、老孫(ろうそん)を携(たずさ)えて那(か)の避妖楼(ひようろう)を去(ゆ)きて看(み)ること一番(いちばん)するは如何(いかん)」と。
那(か)の国王(こくおう)即(すなわ)ち左手(ひだりて)を将(もっ)て行者(ぎょうじゃ)を携(たずさ)えて席(せき)を出(い)づ。衆官(しゅうかん)亦(また)皆(みな)身(み)を起(おこ)す。猪八戒(ちょはっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、汝(なんじ)理(り)に達(たっ)せず! 此(か)くの般(ごと)き御酒(ぎょしゅ=王(おう)の酒(さけ))も食(の)まず、席(せき)を揺(ゆる)がし坐(ざ)を破(やぶ)りて、且(しばら)く去(ゆ)きて甚(なん)をか看(み)んとするや」と。国王(こくおう)説(と)くを聞(き)き、情(じょう=実情(じつじょう))を知(し)るに八戒(はっかい)は是(こ)れ嘴(くち=食(く)い気(け))の為(ため)なるを、即(すなわ)ち当駕官(とうがかん)に命(めい)じて二張(にちょう)の素(そ)の桌面(たくめん)を抬(かつ)がせ、酒(さけ)を看(み=供(きょう))じて避妖楼(ひようろう)の外(そと)に在(あ)りて伺候(しこう=控(ひか))えしむ。呆子(ほうず)却(かえ)って才(はじ)めて嚷(わめ)かず、師父(しふ)沙僧(しゃそう)と同(とも)に笑(わら)って道(い)う、「席(せき)を翻(ひるがえ)して去(ゆ)かん」と。
一(ひと)つの行(ぎょう=連(つら))の文武官(ぶんぶかん)の引導(いんどう=先導(せんどう))し、那(か)の国王(こくおう)并(なら)びに行者(ぎょうじゃ)の相(あい)攙(たす)け、皇宮(こうきゅう)を穿(つらぬ)き過(す)ぎて御花園(ぎょかえん)の後(うしろ)に到(いた)るも、更(さら)に楼台(ろうだい)殿閣(でんかく)を見(み)ず。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「避妖楼(ひようろう)何(いずこ)に在(あ)るや」と。説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、二(ふた)りの太監(たいかん)の、二根(にこん=二本(にほん))の紅漆(こうしつ=赤(あか)い漆(うるし))の扛子(こうし=棒(ぼう))を拿(と)り、那(か)の空地(くうち=空(あ)き地(ち))へ往(ゆ)きて一(ひと)つの塊(かたまり)の四方(しほう)の石板(せきばん)を掬(すく)い起(おこ)すを。
国王(こくおう)道(い)う、「此間(ここ)便(すなわ)ち是(こ)れなり。此(こ)の底下(そこ)に三丈(さんじょう)余(あま)りの深(ふか)さ有(あ)り、槃(めぐら)し成(な)せる九間(きゅうげん)の朝殿(ちょうでん)にして、内(うち)に四箇(よっつ)の大(おお)いなる缸(かめ)有(あ)り、缸(かめ)の内(うち)に清油(せいゆ=清(きよ)き油(あぶら))を満(み)たし注(そそ)ぎ、灯火(とうか)を点(とも)して、昼夜(ちゅうや)息(や)まず。寡人(かじん)風(かぜ)の響(ひび)くを聴(き)けば、就(すなわ)ち裡辺(うち)へ入(い)りて避(さ)け隠(かく)れ、外(そと)の面(めん)には人(ひと)を着(つか)わして石板(せきばん)を蓋(おお)わしむ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「那(か)の妖精(ようせい)は還(ま)た是(こ)れ汝(なんじ)を害(そこな)わず、若(も)し汝(なんじ)を害(そこな)わんと欲(ほっ)せば、此(ここ)怎(いか)でか逃(のが)るるを得(え)んや」と。
正(まさ)に説(と)く間(あいだ)、只(た)だ見(み)る、那(か)の正南(せいなん=真南(まみなみ))の上(うえ)に呼呼(ここ)として、吹(ふ)き得(え)て風(かぜ)響(ひび)き、土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)ぐ。唬(おどろ)かされて那(か)の多官(たかん)斉(ひとし)く声(こえ)を報怨(ほうえん=怨(うら)み言(ごと))して道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)は塩醤口(えんしょうこう=言霊(ことだま)の口(くち))なり、甚(なん)の妖精(ようせい)をか講(こう=話(はな))じ起(おこ)せば、妖精(ようせい)就(すなわ)ち来(きた)れり」と。慌(あわ)てて那(か)の国王(こくおう)行者(ぎょうじゃ)を放(おろ)し、即(すなわ)ち地穴(ちけつ=地中(ちちゅう)の穴(あな))に鑽(もぐ)り入(い)り、唐僧(とうそう)也(また)就(すなわ)ち跟(したが)い入(い)り、衆官(しゅうかん)亦(また)隠(かく)るること干浄(かんじょう=すっかり)なり。八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)也(また)都(すべ)て隠(かく)れんとせしが、行者(ぎょうじゃ)に左右(さゆう)の手(て)を以(もっ)て彼(かれ)二(ふた)りを扯(ひ)き住(とど)められて道(い)う、「兄弟(けいてい)たち、怕(おそ)るることを得(う)ること莫(なか)れ、我(われ)汝(なんじ)と彼(かれ)を一(ひと)たび認(みと)め、是(こ)れ箇(ひと)の甚(なん)の妖精(ようせい)なるかを看(み)ん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ扯淡(しゃたん=でたらめ)ならんか! 彼(かれ)を認(みと)めて怎(なん)ぞや。衆官(しゅうかん)隠(かく)れ、師父(しふ)蔵(かく)れ、国王(こくおう)避(さ)けり、我等(われら)去(ゆ)かずんば罷(よ)からん、炫(てら)すは是(こ)れ那家(いずこ)の世(よ)ぞ」と。
那(か)の呆子(ほうず)左(ひだり)に掙(あが)き右(みぎ)に掙(あが)くも、掙(あが)きて手(て)を脱(のが)るるを得(え)ず、行者(ぎょうじゃ)に拿(と)らえ定(さだ)められて多時(たじ=久(ひさ)しき)なるに、只(た)だ見(み)る、那(か)の半空(はんくう)の裡(うち)より一箇(ひとり)の妖精(ようせい)の閃(ひらめ)き出(い)づるを。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の怎(いか)なる生(しょう=どん)な形姿(けいし=姿(すがた))なるかを。
九尺(きゅうせき)の長身(ちょうしん)悪獰(あくどう=凶悪(きょうあく))多(おお)く、一双(いっそう=二(ふた)つ)の環眼(かんがん=丸(まる)き眼(まなこ))金灯(きんとう=金(きん)の灯(あかり))を閃(ひらめ)かす。
両輪(りょうりん=二(ふた)つ)の査耳(さじ=開(ひら)きし耳(みみ))は撑扇(とうせん=支(ささ)えたる扇(おうぎ))の如(ごと)く、四箇(よっつ)の鋼牙(こうが=鋼(はがね)の牙(きば))は插釘(そうてい=打(う)ち込(こ)みし釘(くぎ))に似(に)たり。
鬢(びん=もみあげ)に紅毛(こうもう=赤(あか)き毛(け))繞(まと)い眉(まゆ)に焰(ほのお)を竪(た)て、鼻(はな)は精准(せいじゅん=高(たか)く)垂(た)れ孔(あな)開(ひら)きて明(あき)らかなり。
髭髯(しぜん=口髭(くちひげ)と顎髭(あごひげ))幾縷(いくろう=幾筋(いくすじ))の朱砂線(しゅしゃせん=朱砂(しゅしゃ)の糸(いと))、顴骨(かんこつ=頬骨(きょうこつ))崚嶒(りょうそう=ごつごつ)として満面(まんめん)青(あお)し。
両臂(りょうひ=両腕(りょううで))に紅筋(こうきん=赤(あか)き筋(すじ))藍靛手(らんでんしゅ=藍(あい)の手(て))、十条(じゅうじょう=十本(じゅっぽん))の尖爪(せんそう=尖(とが)りし爪(つめ))把(と)って槍(やり)を擎(ささ)ぐ。
豹皮(ひょうひ=豹(ひょう)の皮(かわ))の裙子(くんし=腰巻(こしまき))腰間(ようかん)に系(か)け、赤脚(せっきゃく=裸足(はだし))蓬頭(ほうとう=蓬(よもぎ)の如(ごと)き頭(あたま))鬼形(きけい=鬼(おに)の姿(すがた))の若(ごと)し。
行者(ぎょうじゃ)見(み)て道(い)う、「沙僧(しゃそう)よ、汝(なんじ)彼(かれ)を認(みと)むる可(べ)きか」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「我(われ)又(また)曾(かつ)て彼(かれ)と相識(そうしき=知(し)り合(あ))わず、那(いずく)んぞ認(みと)むる可(べ)きや」と。又(また)問(と)う、「八戒(はっかい)よ、汝(なんじ)彼(かれ)を認(みと)むる可(べ)きか」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)又(また)曾(かつ)て彼(かれ)と茶(ちゃ)を会(かい=催(もよお))し酒(さけ)を会(かい)せず、又(また)是(こ)れ賓朋(ひんぽう=客(きゃく)や朋友(ほうゆう))邻里(りんり=隣人(りんじん))に非(あら)ず、我(われ)怎(いか)でか彼(かれ)を認(みと)むる可(べ)きや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)却(かえ)って東岳天斉(とうがくてんせい)の手下(しゅか)の門(もん)を把(まも)る那(か)の箇(こ)の醮面金睛鬼(しょうめんきんせいき=黒(くろ)き顔(かお)の金(きん)の瞳(ひとみ)の鬼(おに))に象(かたど)れるかな」と。八戒(はっかい)道(い)う、「然(しか)らず! 然(しか)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)怎(いか)でか彼(かれ)の然(しか)らざるを知(し)るや」と。八戒(はっかい)道(い)う、
我(われ)豈(あ)に知(し)らざらんや、鬼(おに)は乃(すなわ)ち陰霊(いんれい=陰(いん)の霊(れい))にして、一日(いちにち)の晩(くれ)に至(いた)り、申酉戌亥(しんゆうじゅつがい=午後(ごご)四時(よじ)から夜中(よなか)十二時(じゅうにじ))の時(とき)に交(まじ)わるに方(はじ)めて出(い)づ。今日(こんにち)還(ま)た巳(し=午前(ごぜん)十時(じゅうじ))の時(とき)に在(あ)り、那(いずく)に鬼(おに)の敢(あ)えて出(い)で来(くる)ること有(あ)らんや。就(すなわ)ち是(こ)れ鬼(おに)なるも、也(また)会(え)して雲(くも)に駕(が)せず。縦(たと)い会(え)して風(かぜ)を弄(ろう)するも、也(また)只(た)だ是(こ)れ一陣(いちじん)の旋風(せんぷう)のみ、此(か)くの般(ごと)きの狂風(きょうふう)有(あ)らんや。或(あるい)は彼(かれ)就(すなわ)ち是(こ)れ賽太歳(さいたいさい)ならんか。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「好(よ)き呆子(ほうず)かな! 倒(かえっ)て也(また)些(いささ)かの論頭(ろんとう=論(ろん)の筋道(すじみち))有(あ)り! 既(すで)に此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、汝(なんじ)二(ふた)りは此(ここ)に在(あ)りて護持(ごじ)せよ、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて彼(かれ)に箇(ひと)の名号(みょうごう=名(な))を問(と)い、好(よ)く国王(こくおう)と金聖宮(きんせいきゅう)を救(すく)い取(と)りて朝(ちょう)に来(きた)らしめんを待(ま)て」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)去(ゆ)くは自(おのずか)ら去(ゆ)け、切(きっ)して我等(われら)を供(おお)せ出(いだ)すこと莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)昂然(こうぜん=悠然(ゆうぜん))として答(こた)えず、急(いそ)ぎ祥光(しょうこう)を縦(ほしいまま)にし、跳(と)び将(も)ち上(うえ)へ去(ゆ)く。咦! 正(まさ)に是(こ)れ、
邦(くに)を安(やす)んずるには先(ま)ず君王(くんおう)の病(やまい)を却(しりぞ)け、道(みち)を守(まも)るには須(すべから)く愛悪(あいお=好(この)み悪(にく))の心(こころ)を除(のぞ)くべし。
畢竟(ひっきょう)此(こ)の去(ゆ)きて、空(くう)の中(うち)に到(いた)り、勝敗(しょうはい)如何(いかん)、怎(いか)でか妖怪(ようかい)を擒(とりこ)にし、金聖宮(きんせいきゅう)を救(すく)い得(う)るかを知(し)らず。且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。