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072 第七十二回 盤糸洞(ばんしどう)七情(しちじょう)本(もと)を迷(まよ)わし 濯垢泉(たくこうせん)八戒(はっかい)形(かたち)を忘(わす)る

話表(さて)、三蔵(さんぞう)朱紫国王(しゅしこくおう)に別(わか)れ、鞍馬(あんば=鞍と馬)を整頓(ととの)えて西(にし)に進(すす)む。多少(いくばく)かの山原(さんげん=山と野)を行(ゆ)き彀(わた)り、無窮(むきゅう)の水道(すいどう=川筋)を歴(へ)て尽(つ)くし、覚(おぼ)えずして秋(あき)去(さ)り冬(ふゆ)残(のこ)り、又(また)春光明媚(しゅんこうめいび=春の光の美しさ)に値(あ)う。師徒(してい)たち正(まさ)に路(みち)に在(あ)りて青(あお)を踏(ふ)み景(けい)を玩(もてあそ)ぶに、忽(たちま)ち一座(ひとつ)の庵林(あんりん=庵の森)を見(み)る。三蔵(さんぞう)鞍(くら)を滚(ころ)がして馬(うま)を下(お)り、大道(だいどう)の旁(かたわら)に站(た)ち立(た)つ。行者(ぎょうじゃ)問(と)うて道(い)う、「師父(しふ)、此(こ)の路(みち)は平坦(へいたん)にして邪(よこしま)無(な)し、何(なん)の因(ゆえ)にか走(ゆ)かざる」と。八戒(はっかい)道(い)う、「師兄(しけい)好(いか)に通情(つうじょう=情を通わすこと)ならざる! 師父(しふ)馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて坐(ざ)し得(え)て困(つか)れたり、也(また)彼(かれ)を下(お)り来(きた)らしめて風(かぜ)を関関(くうぐう=外気に当たる)さしむるは是(よ)し」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「是(こ)れ風(かぜ)を関(くう)ぐるには非(あら)ず。我(われ)看(み)るに那(か)の処(ところ)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の人家(じんか)なり、意(こころ)に自(みずか)ら去(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき=食事)を化(こ)して喫(きっ)せんと欲(ほっ)す」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、師父(しふ)の說(い)えるは是(こ)れ那裡(いずこ)の話(はなし)ぞ。汝(なんじ)斎(とき)を喫(きっ)せんと要(よう)せば、我(われ)自(みずか)ら去(ゆ)きて化(こ)さん。俗語(ぞくご)に云(いわ)く、一日(いちじつ)師(し)と為(な)れば終身(しゅうしん)父(ちち)と為(な)ると。豈(あ)に弟子(でし)たる者(もの)の高(たか)く坐(ざ)し、師父(しふ)をして去(ゆ)きて斎(とき)を化(こ)さしむるの理(り)有(あ)らんや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「是(こ)れ此(か)くの等(ごとき)說(いいよう)には非(あら)ず。平日(へいじつ)の間(あいだ)は一(ひと)たび望(のぞ)めば辺(ほとり)無(な)く際(きわ)無(な)く、汝等(なんじら)遠(とお)きも無(な)く近(ちか)きも無(な)く去(ゆ)きて斎(とき)を化(こ)す。今日(こんにち)人家(じんか)逼(せま)り近(ちか)し、以(もっ)て叫(よ)び応(こた)うべし、也(また)我(われ)をして去(ゆ)きて一箇(ひとつ)を化(こ)し来(きた)らしめよ」と。

八戒(はっかい)道(い)う、「師父(しふ)主張(しゅちょう=考え)無(な)し。常言(じょうげん)に道(い)う、三人(さんにん)出外(しゅつがい)すれば小(ちいさ)なる児(もの)苦(くる)しむと。汝(なんじ)況(いわ)んや是(こ)れ一箇(ひとり)の父輩(ふはい=親の世代)なるに、我等(われら)俱(とも)に是(こ)れ弟子(でし)なり。古書(こしょ)に云(いわ)く、事(こと)有(あ)れば弟子(でし)其(そ)の労(ろう)に服(ふく)すと。我(われ)が老猪(ろうちょ=この豚)の去(ゆ)くを等(ま)て」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「徒弟(とてい)よ、今日(こんにち)天気(てんき)晴明(せいめい)にして、那(か)の風雨(ふうう)の時(とき)と同(おな)じからず。那(か)の時節(じせつ)は、汝等(なんじら)必(かなら)ず遠(とお)く去(ゆ)かん。此(こ)の箇(ひとつ)の人家(じんか)は、我(われ)の去(ゆ)くを等(ま)て、斎(とき)有(あ)るも斎(とき)無(な)きも、以(もっ)て就(すなわ)ち回(かえ)りて路(みち)を走(ゆ)くべし」と。沙僧(しゃそう)旁(かたわら)に在(あ)りて笑(わら)って道(い)う、「師兄(しけい)、必(かなら)ずしも多(おお)く講(い)うに及(およ)ばず、師父(しふ)の心性(しんせい=気質)此(か)くの如(ごと)し、必(かなら)ずしも違拗(いごう=逆らう)に及(およ)ばず。若(も)し彼(かれ)を悩(なや)ましめたらば、就(すなわ)ち斎(とき)を化(こ)し将(も)ち来(きた)るも、彼(かれ)也(また)喫(くら)わざるなり」と。

八戒(はっかい)言(げん)に依(よ)り、即(すなわ)ち鉢盂(はつう=鉢)を取(と)り出(い)だし、彼(かれ)と衣帽(いぼう=衣と帽)を換(か)う。歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、直(ただ)ちに那(か)の荘前(しょうぜん=荘の前)に至(いた)りて観看(みわた)せば、却(かえ)って也(また)好(よ)き座(ひとつ)の住場(じゅうじょう=住まい)なり。但(た)だ見(み)る──

石橋(せっきょう)高(たか)く聳(そび)え、
古樹(こじゅ)森(しん)として斉(ととの)う。
石橋(せっきょう)高(たか)く聳(そび)えて、潺潺(せんせん=さらさら)たる流水(りゅうすい)長溪(ちょうけい=長き谷川)に接(つらな)り、
古樹(こじゅ)森(しん)として斉(ととの)いて、聒聒(かつかつ=がやがや)たる幽禽(ゆうきん=奥山の鳥)遠岱(えんたい=遠き山)に鳴(な)く。

橋(はし)の那辺(かなた)に数椽(すうてん=数軒)の茅屋(ぼうおく=茅葺きの家)有(あ)り、清清雅雅(せいせいがが=清らかに雅やか)として仙庵(せんあん=仙人の庵)の若(ごと)し。又(また)那(か)の一(ひとつ)の蓬窓(ほうそう=蓬の窓)有(あ)り、白白明明(はくはくめいめい=清々と明るく)として道院(どういん=道観)を欺(あなど)る。窓前(そうぜん)に忽(たちま)ち四(よたり)の佳人(かじん=美人)を見(み)る、都(みな)那(か)の処(ところ)に在(あ)りて鳳(ほう)を刺(し)し鸞(らん)を描(えが)きて針線(しんせん=針仕事)を做(な)す。長老(ちょうろう)那(か)の人家(じんか)に箇(ひとり)の男児(だんじ)も無(な)く、只(た)だ四箇(よたり)の女子(じょし)有(あ)るを見(み)て、敢(あえ)て進(すす)み入(い)らず、身(み)を将(もっ)て立(た)ち定(さだ)め、喬林(きょうりん=高き林)の下(した)に閃(ひそ)む。只(た)だ見(み)る、那(か)の女子(じょし)の、一箇箇(めいめい)──

閨心(けいしん=閨の心)は堅(かた)きこと石(いし)の似(ごと)く、
蘭性(らんせい=蘭の性)は喜(よろこ)ぶこと春(はる)の如(ごと)し。
嬌臉(きょうれん=あでやかな顔)は紅霞(こうか=赤き霞)に襯(そえ)られ、
朱唇(しゅしん=紅き唇)は絳脂(こうし=濃き紅)を勻(あまね)くす。
蛾眉(がび=蛾の眉)は月(つき)を横(よこ)たえて小(ちいさ)く、
蝉鬢(ぜんびん=蝉の羽の鬢)は雲(くも)を迭(かさ)ねて新(あたら)し。
若(も)し花間(かかん=花の間)に到(いた)りて立(た)たば、
遊蜂(ゆうほう)も錯(あやま)りて真(しん)と認(みと)めん。

少(すこ)しく停(とど)まること半箇時辰(はんこじしん=一時間)有(あ)り、一発(いっそう)静悄悄(しんとしずか)として、鷄犬(けいけん=鶏と犬)も声(こえ)無(な)し。自家(みずか)ら思慮(しりょ=思い)て道(い)う──

「我(われ)若(も)し一頓(ひととき)の斎飯(さいはん=斎の飯)を化(こ)すの本事(ほんじ=腕)無(な)くんば、也(また)那(か)の徒弟(とてい)に我(われ)を笑(わら)わしめん、敢(あえ)て道(い)わん、師(し)と為(な)る者(もの)の斎(とき)を化(こ)し出(いだ)し得(え)ざるならば、徒(と)と為(な)る者(もの)の怎(どう)して能(よ)く去(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)まん、と」と。

長老(ちょうろう)計(けい)も奈何(いかん)とも無(な)く、也(また)幾分(いくぶん)かの不是(ふぜ=悪びれ)を帯(お)び、歩(あゆみ)を趨(はや)めて橋(はし)に上(のぼ)り、又(また)幾歩(いくほ)かを走(あゆ)めば、只(た)だ見(み)る、那(か)の茅屋(ぼうおく)の裡(うち)に一座(ひとつ)の木香亭子(もっこうていし=木香の亭)有(あ)り、亭子(ていし)の下(した)に又(また)三箇(みたり)の女子(じょし)有(あ)りて那(か)の処(ところ)に在(あ)りて気毬(ききゅう=蹴鞠)を踢(け)る哩(なり)。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の三箇(みたり)の女子(じょし)は、那(か)の四箇(よたり)に比(くら)ぶれば又(また)生(うま)れ得(え)て異(こと)なれり。但(た)だ見(み)る、那(か)の──

飄揚(ひょうよう=ひるがえる)翠袖(すいしゅう=緑の袖)、
揺曳(ようえい=揺れ動く)緗裙(しょうくん=薄黄の裳)。
飄揚(ひょうよう)の翠袖(すいしゅう)は、低(ひく)く玉筍(ぎょくじゅん=美しき指)の繊繊(せんせん=ほっそり)を籠(こ)め、
揺曳(ようえい)の緗裙(しょうくん)は、半(なか)ば金蓮(きんれん=纏足)の窄窄(さくさく=こまやか)を露(あらわ)す。
形容(けいよう)体勢(たいせい)十分(じゅうぶん)に全(まった)く、
動静(どうせい)脚跟(きゃくこん=足取り)千様(せんよう=千通り)に躙(ふ)む。
拿頭(なとう=球を受ける)過論(かろん=技の競い)高低(こうてい)有(あ)り、
張泛(ちょうはん=蹴り上げ)送(おく)り来(きた)り真(しん)にして又(また)楷(かい=ただし)し。
身(み)を転(てん)じて踢(け)るは一箇(ひとつ)の出墻花(しゅっしょうか=塀を出る花)、
歩(あゆみ)を退(しりぞ)けて翻(ひるがえ)せば大過海(たいかかい=大海を渡る)と成(な)る。
軽(かる)く一団(ひとかたまり)の泥(どろ)を接(う)け、
単槍(たんそう)急(きゅう)に対(たい)して拐(かい=蹴る)。
明珠(めいしゅ)仏頭(ぶっとう)に上(のぼ)り、
実(まこと)捏(つま)み来(きた)りて尖靴(せんか=先の尖った靴)。
窄磚(さくせん=狭き煉瓦)偏(ひとえ)に会(よ)く拿(と)り、
臥魚(がぎょ=寝た魚)脚(あし)を将(もっ)て跘(から)む。
平腰(へいよう)折膝(せっしつ)蹲(うずくま)り、
扭頂(ちゅうちょう)翹跟(ぎょうこん=踵を上げ)躙(ふ)む。
扳凳(はんとう=腰掛け)能(よ)く喧泛(けんはん=盛んに蹴る)、
披肩(ひけん=肩をはためく)甚(はなは)だ脱洒(だっさい=軽やか)。
絞襠(こうとう=股をからめ)往来(おうらい)に任(まか)せ、
鎖項(さこう=首を鎖す)揺擺(ようはい=揺れ)に随(したが)う。
踢(け)るは是(こ)れ黄河(こうが)の水(みず)の倒(さかしま)に流(なが)れ、
金魚灘(きんぎょたん)の上(うえ)に買(か)う。
那(か)の箇(ひとり)錯(あやま)り認(みと)めて是(こ)れ頭児(とうじ=頭)とし、
此(こ)の箇(ひとり)身(み)を転(てん)じて就(すなわ)ち拐(かい)を打(う)つ。
端然(たんぜん=きちんと)捧(ささ)げて臁(れん=脛)に上(あ)げ、
周正(しゅうせい)尖(せん)来(きた)りて潠(そそ)ぐ。
跟(きびす)を提(さ)げ草鞋(そうかい=わらじ)を潠(そそ)ぎ、
倒(さかしま)に挿(さ)し入(い)れて頭(かしら)を回(めぐ)らし采(と)る。
歩(あゆみ)を退(しりぞ)け泛肩(はんけん=肩を浮かす)妝(よそお)い、
鉤児(こうじ=鉤)只(た)だ一歹(いったい=一つの技)。
版簍(はんろう=籠)下(くだ)り来(きた)りて長(たけ)たかく、
便(すなわ)ち奪門(だつもん=門を奪う)を把(と)って揣(おさ)む。
美心(びしん=心よい時)に踢(け)り到(いた)る時(とき)、
佳人(かじん)斉(ひとし)く喝采(かっさい)す。
一箇箇(めいめい)汗(あせ)流(なが)れて粉膩(ふんじ=白粉のあぶら)羅裳(らしょう=薄絹の裳)に透(とお)り、
興(きょう)懶(ものう)く情(こころ)疏(おろそか)にして方(はじ)めて海(かい=やめ)と叫(よ)ぶ。

言(げん)尽(つ)くさず、又(また)詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く──

蹴踘(しききく=蹴鞠)当場(とうじょう)三月(さんがつ)の天(てん)、
仙風(せんぷう)吹(ふ)き下(おろ)す素(しろき)嬋娟(せんけん=美人)。
汗(あせ)粉面(ふんめん)を沾(うるお)して花(はな)露(つゆ)を含(ふく)み、
塵(ちり)蛾眉(がび)を染(そ)めて柳(やなぎ)煙(けむり)を帯(お)ぶ。
翠袖(すいしゅう)低(ひく)く垂(た)れて玉筍(ぎょくじゅん)を籠(こ)め、
緗裙(しょうくん)斜(ななめ)に曳(ひ)かれて金蓮(きんれん)を露(あらわ)す。
幾回(いくたび)か踢(け)り罷(や)んで嬌(あでやか)に力(ちから)無(な)く、
雲鬢(うんびん)蓬松(ほうしょう=乱れ)て宝髻(ほうけい=髪飾り)偏(かたよ)る。

三蔵(さんぞう)看(み)ること時辰(じしん=時間)の久(ひさ)しきを得(え)、只(た)だ得(え)て走(あゆ)みて橋頭(きょうとう=橋のたもと)に上(のぼ)り、声(こえ)に応(こた)えて高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)、貧僧(ひんそう)此(ここ)に在(あ)り、縁(えん)に随(したが)いて些(いささ)かを布施(ふせ=施し)し、斎(とき)を喫(きっ)せん」と。那(か)の些(これらの)女子(じょし)聴(き)き得(え)て、一箇箇(めいめい)喜喜歡歡(よろこびよろこび)て針線(しんせん)を抛(なげう)ち、気毬(ききゅう)を撇(す)て、都(みな)笑笑吟吟(にこにこ)として接(むか)えて門(もん)を出(い)で来(きた)りて道(い)う、「長老(ちょうろう)、迎(むか)うるを失(うしな)えり。今(いま)荒荘(こうそう=粗末な荘)に到(いた)らるるも、決(けっ)して路(みち)を攔(さえぎ)りて僧(そう)に斎(とき)を供(そな)えざること敢(あえ)てせず、請(こ)う裡(うち)に坐(ざ)せよ」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)くや、心(こころ)の中(なか)に暗(ひそか)に道(い)う、「善(ぜん)なる哉(かな)、善(ぜん)なる哉(かな)! 西方(さいほう)は正(まさ)に是(こ)れ仏地(ぶっち)なり! 女流(にょりゅう)すら尚且(なお)かつ僧(そう)に斎(とき)を供(そな)うるに意(こころ)を注(そそ)ぐ、男子(だんし)豈(あ)に虔(つつし)みて心(こころ)を仏(ほとけ)に向(む)けざらんや」と。長老(ちょうろう)向前(すす)みて問訊(もんじん=挨拶)し了(おわ)り、相(あい)随(したが)いて衆女(しゅうじょ)と茅屋(ぼうおく)に入(い)り、木香亭(もっこうてい)を過(よぎ)りて看(み)る処(ところ)──呀(ああ)!

原来(なんと)、那(か)の裡辺(うち)には甚(なん)の房廊(ぼうろう=部屋と廊下)も無(な)く、只(た)だ見(み)る、那(か)の──

巒頭(らんとう=峰の頂)高(たか)く聳(そび)え、
地脈(ちみゃく=地の筋)遥(はる)かに長(なが)し。
巒頭(らんとう)高(たか)く聳(そび)えて雲煙(うんえん)に接(つらな)り、
地脈(ちみゃく)遥(はる)かに長(なが)くして海岳(かいがく=海と山)に通(つう)ず。
門(もん)は石橋(せっきょう)に近(ちか)く、九曲九湾(きゅうきょくきゅうわん=九つの曲がり九つの湾)流水(りゅうすい)顧(かえり)み、
園(その)には桃李(とうり)を栽(う)え、千株千顆(せんしゅせんか=千本千個)穠華(のうか=花の盛り)を闘(きそ)う。
藤薜(とうへい=藤と蔦)掛(か)かり懸(かか)る三五樹(さんごじゅ=三本五本の木)、
芝蘭(しらん)香(こう)散(さん)じて万千花(ばんせんか=無数の花)。
遠(とお)く洞府(どうふ=仙人の洞)を観(み)れば蓬島(ほうとう=蓬莱)を欺(あなど)り、
近(ちか)く山林(さんりん)を睹(み)れば太華(たいか=華山)を圧(おさ)う。
正(まさ)に是(こ)れ妖仙(ようせん)の隠(かく)れ処(どころ)を尋(たず)ぬる、
更(さら)に隣舎(りんしゃ=隣家)無(な)く独(ひと)り家(いえ)を成(な)す。

一箇(ひとり)の女子(じょし)有(あ)りて上前(すす)み、石頭門(せきとうもん=石の門)を把(と)って推(お)し開(ひら)くこと両扇(りょうせん=二枚)、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて裡(うち)に坐(ざ)せしむ。那(か)の長老(ちょうろう)只(た)だ得(え)て進(すす)み入(い)るに、忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)る時(とき)、鋪設(しきもう)くるは都(みな)是(こ)れ石桌(せきたく=石の卓)、石凳(せきとう=石の腰掛)、冷気(れいき)陰陰(いんいん=ひんやり)たり。長老(ちょうろう)心(こころ)に驚(おどろ)き、暗(ひそか)に自(みずか)ら思忖(しじゅん=思い)て道(い)う、「此(こ)の去処(ところ)は吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し、断然(だんぜん)として善(よ)からず」と。衆女子(しゅうじょし)喜笑吟吟(にこやか)に都(みな)道(い)う、「長老(ちょうろう)請(こ)う坐(ざ)せ」と。長老(ちょうろう)奈何(いかん)とも無(な)く、只(た)だ得(え)て坐(ざ)し了(おわ)るも、少時(しばらく)の間(あいだ)に、一箇(ひとつ)の冷禁(れいきん=寒気)を打(う)つ。

衆女子(しゅうじょし)問(と)うて道(い)う、「長老(ちょうろう)は是(こ)れ何(いず)れの宝山(ほうざん=お寺)ぞ。甚(なん)の縁(えん)を化(こ)す。還是(それとも)橋(はし)を修(しゅう)し路(みち)を補(おぎな)うか、寺(てら)を建(た)て塔(とう)を礼(らい)するか、還是(それとも)仏(ほとけ)を造(つく)り経(きょう)を印(いん)するか。請(こ)う、縁簿(えんぼ=勧進帳)を出(いだ)し来(きた)りて看(み)しめよ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ縁(えん)を化(こ)すの和尚(おしょう)に非(あら)ず」と。女子(じょし)道(い)う、「既(すで)に縁(えん)を化(こ)さずんば、此(ここ)に到(いた)りて何(なん)の干(かかわり)ぞ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)より差(つか)わされ西天(さいてん)大雷音(だいらいおん)に去(ゆ)きて経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。適(たまたま)宝方(ほうほう=貴地)を過(よぎ)るに、腹間(ふくかん=腹のうち)飢(う)え餒(かつ)えたり。特に檀府(だんぷ=檀那の家)に造(いた)り、一斎(ひとときの食事)を募化(ぼけ=乞い受け)し、貧僧(ひんそう)就(すなわ)ち行(ゆ)かんとす也(なり)」と。衆女子(しゅうじょし)道(い)う、「好(よ)し! 好(よ)し! 好(よ)し! 常言(じょうげん)に道(い)う、遠(とお)くより来(きた)れる和尚(おしょう)は好(よ)く経(きょう)を看(み)ると。妹妹(いもうと)たち! 怠慢(たいまん)するべからず、快(すみや)かに斎(とき)を弁(ととの)え来(きた)れ」と。

此(こ)の時(とき)三箇(みたり)の女子(じょし)有(あ)りて陪(ともな)い着(つ)き、言(ことば)来(きた)り語(ことば)去(さ)り、些(いささ)かの因縁(いんねん)を論(ろん)じ說(と)く。那(か)の四箇(よたり)は厨中(ちゅうちゅう=台所)に到(いた)り、衣(ころも)を撩(まく)り袖(そで)を斂(おさ)め、火(ひ)を炊(た)き鍋(なべ)を刷(あら)う。汝(なんじ)道(い)うや、彼等(かれら)の安排(ととの)えるは是(こ)れ些(これ)の甚(なん)の東西(もの)ぞ。原来(なんと)、是(こ)れ人油(じんゆ)の炒(い)り煉(ね)り、人肉(じんにく)の煎(い)り熬(こうが)にして、熬(こうが)し得(え)て黒糊(こくこ=黒き糊)と為(な)し麺筋(めんきん=麩)の様子(かたち)に充(あ)て、剜(えぐ)りし人脳(じんのう)を煎(い)って豆腐(とうふ)の塊片(かいへん=かけら)と作(な)せり。両盤(ふたつ)の盤(さら)を捧(ささ)げて石桌(せきたく)の上(うえ)に到(いた)りて放(お)き下(おろ)し、長老(ちょうろう)に対(むか)いて道(い)う、「請(さあ)、倉卒間(そうそつかん=急なこと)に、曾(かつ)て好(よ)き斎(とき)を備(そな)えず、且(しばら)く将就(おゆるし)て些(いささ)かを喫(くら)いて腹(はら)を充(み)たしめよ。後面(のち)に還(ま)た添換(てんかん=おかわり)の来(きた)る有(あ)らん也(よ)」と。

那(か)の長老(ちょうろう)一(ひと)たび聞(か)ぎ一(ひと)たび聞(か)ぐに、那(か)の腥膻(せいせん=生臭さ)を見(み)て、敢(あえ)て口(くち)を開(ひら)かず、身(み)を欠(かが)めて掌(て)を合(あわ)せて道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)、貧僧(ひんそう)は是(こ)れ胎裡素(たいりそ=生まれつきの精進)なり」と。衆女子(しゅうじょし)笑(わら)って道(い)う、「長老(ちょうろう)、此(こ)れは是(こ)れ素(そう=精進)のもの」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「阿弥陀仏(あみだぶつ)! 若(も)し此(か)くの等(ごとき)の素(そう)の如(ごと)きならば、我(われ)が和尚(おしょう)喫(くら)いて、世尊(せそん)に見(まみ)ゆるを想(おも)うこと莫(なか)れ、経巻(きょうかん)を取(と)るを得(え)じ」と。衆女子(しゅうじょし)道(い)う、「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)出家人(しゅっけにん)なるに、切(きっ)して人(ひと)を揀(えら)みて布施(ふせ)を受(う)くること莫(なか)れ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「怎(いか)でか敢(あえ)て、怎(いか)でか敢(あえ)て! 我(われ)が和尚(おしょう)大唐(だいとう)の旨意(しい)を奉(ほう)じ、一路(いちろ)西(にし)より来(きた)るに、微生(びせい=小さき命)も損(そこな)わず、苦(くるしみ)を見(み)れば就(すなわ)ち救(すく)い、穀粒(こくりゅう)に遇(あ)えば手(て)に拈(つま)みて口(くち)に入(い)れ、糸縷(しる=糸くず)に逢(あ)えば聯(つら)ね綴(つづ)りて身(み)を遮(おお)えり。怎(いか)でか敢(あえ)て主(あるじ)を揀(えら)みて布施(ふせ)を受(う)けん!」と。衆女子(しゅうじょし)笑(わら)って道(い)う、「長老(ちょうろう)は人(ひと)を揀(えら)みて布施(ふせ)を受(う)けざるも、却(かえ)って只(た)だ些(いささ)かの上門怪人(じょうもんかいじん=押しかけて人を責める)有(あ)り。粗淡(そたん=粗末)なるを嫌(きら)うこと莫(なか)れ、些(いささ)かを喫(くら)いて罷(や)めよ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「実(じつ)に是(こ)れ敢(あえ)て喫(くら)わず、戒(かい)を破(やぶ)らんことを恐(おそ)る。菩薩(ぼさつ)の生(せい)を養(やしな)わんよりは生(せい)を放(はな)つに若(し)かず、我(われ)が和尚(おしょう)を放(はな)ちて出(い)で去(さ)らしめよ」と。

那(か)の長老(ちょうろう)掙(あが)き着(つ)きて走(に)げんと要(よう)するに、那(か)の女子(じょし)門(もん)を攔(さえぎ)り住(とど)め、怎(どう)して肯(あえ)て放(はな)たん、俱(とも)に道(い)う、「上門(じょうもん=押しかけ)の売買(ばいばい=商い)を、倒(かえ)って好(よ)く做(な)さずとは! 屁(へ)を放(はな)ち了(おわ)りて、却(かえ)って手(て)を使(つか)いて掩(おお)う、汝(なんじ)は那裡(いずこ)へか往(ゆ)く」と。彼等(かれら)一箇箇(めいめい)都(みな)些(いささ)かの武芸(ぶげい)を会(え)し、手(て)と足(あし)又(また)活(いきいき)として、長老(ちょうろう)を把(と)って扯(ひ)き住(とど)め、順手牽羊(じゅんしゅけんよう=手に任せて羊を引く)と、撲(ばたり)と掼(なげ)倒(たお)して地(ち)に在(あ)らしむ。衆人(しゅうじん)按(おさ)え住(とど)め、縄(なわ)を将(もっ)て捆(くく)り了(おわ)り、梁(うつばり)に懸(か)けて高(たか)く吊(つる)す。此(こ)の吊(つるし)に箇(ひとつ)の名色(めいしょく=名)有(あ)り、「仙人指路(せんにんしろ=仙人が路を指す)」と叫(い)う。原来(すなわち)、一(かた)の手(て)を前(まえ)に向(む)かわせ、糸(いと)を牽(ひ)きて吊(つ)り起(おこ)し、一(かた)の手(て)は腰(こし)を攔(から)げて捆(くく)り住(とど)め、縄(なわ)を将(もっ)て吊(つ)り起(おこ)し、両(ふた)つの脚(あし)は後(うしろ)へ向(む)かわせて一条(ひとすじ)の縄(なわ)にて吊(つ)り起(おこ)し、三条(みすじ)の縄(なわ)にて長老(ちょうろう)を把(と)って梁(うつばり)の上(うえ)に吊(つる)す。却(かえ)って是(こ)れ脊背(せきはい=背中)を上(うえ)に向(む)け、肚皮(とひ=腹)を下(した)に向(む)く。那(か)の長老(ちょうろう)疼(いたみ)を忍(しの)び、涙(なみだ)を噙(ふく)み、心(こころ)の中(なか)に暗(ひそか)に恨(うら)んで道(い)う、「我(われ)が和尚(おしょう)の此(か)くの等(ごとき)命苦(めいく=不運)よ! 只(た)だ是(こ)れ好(よ)き人家(じんか)にて一頓(ひととき)の斎(とき)を化(こ)して喫(くら)うと說(い)うに、豈(あ)に知(し)らんや火坑(かこう=火の穴)に落(お)ちたるを! 徒弟(とてい)よ! 速(すみや)かに来(きた)りて我(われ)を救(すく)え、還(ま)た面(おもて)を見(み)るを得(え)ん、但(た)だ両箇時辰(ふたとき)遅(おく)るれば、我(わ)が命(いのち)休(おわ)らん!」と。

那(か)の長老(ちょうろう)苦悩(くのう)すると雖(いえど)も、却(かえ)って還(ま)た心(こころ)を留(とど)めて那(か)の些(これらの)女子(じょし)を看(み)る。那(か)の些(これらの)女子(じょし)彼(かれ)を把(と)って吊(つ)るすこと停当(ととの)い得(え)て、便(すなわ)ち去(ゆ)きて衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ剥(は)ぐ。長老(ちょうろう)心(こころ)に驚(おどろ)き、暗(ひそか)に自(みずか)ら忖(はか)って道(い)う、「此(こ)れ一(ひと)たび衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ了(おわ)らば、是(こ)れ我(われ)を打(う)たんとする情(こころ)ならん、或者(あるいは)夾生児(きょうせいじ=半煮え)に我(われ)を喫(くら)うの情(こころ)も也(また)有(あ)る哩(ぞ)」と。原来(なんと)、那(か)の女子(じょし)たち只(た)だ上身(じょうしん)の羅衫(らさん=薄絹の上着)を解(と)き了(おわ)り、肚腹(とふく=腹)を露(あらわ)し、各(おのおの)神通(じんつう)を顕(あらわ)す。一箇箇(めいめい)腰眼(ようがん=腰のあたり)の中(なか)より糸縄(しじょう=糸の綱)を冒(ほとばし)らしめ、鴨蛋(おうたん=鴨の卵)の粗細(そさい=太さ)有(あ)り、骨都都(こつとつ=わらわら)として、玉(ぎょく)を迸(ほとばし)らせ銀(ぎん)を飛(と)ばせ、時下(そのとき)荘門(しょうもん)を把(と)って瞞(おお)い了(おわ)るは不題(さておき)。

却説(さて)、那(か)の行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)は、都(みな)大道(だいどう)の旁(かたわら)に在(あ)り。彼(か)の二人(ふたり)は都(みな)馬(うま)を放(はな)ち担(に)を看(み)るに、惟(た)だ行者(ぎょうじゃ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の頑皮(がんぴ=いたずら者)にして、彼(かれ)且(しばら)く樹(き)を跳(と)び枝(えだ)を攀(よ)じ、葉(は)を摘(つ)み果(み)を尋(たず)ぬ。忽(たちま)ち頭(かしら)を回(めぐ)らせば、只(た)だ一片(ひとひら)の光亮(こうりょう=光)を見(み)る。慌(あわ)てて樹(き)より跳(と)び下(お)り来(きた)り、吆喝(わめ)いて道(い)う、「不好(いかん)、不好(いかん)! 師父(しふ)の造化(ぞうけ=運)の低(ひく)きや!」と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を用(もち)いて指(さ)して道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の荘院(しょういん=荘の構え)は如何(いかん)」と。八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)共(とも)に目(め)を以(もっ)て之(これ)を視(み)るに、那(か)の一片(ひとひら)は雪(ゆき)の如(ごと)くにして又(また)亮(あかる)きこと雪(ゆき)の如(ごと)く、銀(ぎん)に似(に)て又(また)光(ひか)ること銀(ぎん)の似(ごと)し。八戒(はっかい)道(い)う、「罷(しまっ)た罷(しまっ)た! 師父(しふ)妖精(ようせい)に遇(あ)い着(つ)きたる! 我等(われら)快(すみや)かに去(ゆ)きて彼(かれ)を救(すく)わん也(よ)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)嚷(わめ)くこと莫(なか)れ、汝等(なんじら)都(みな)怎(どう)したるも見(み)ざるに、老孫(ろうそん)の去(ゆ)き来(きた)るを等(ま)て」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「哥哥(あにき)仔細(つつしみ)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)自(おの)ずから処(しょ=考え)有(あ)り」と。

好(よ)き大聖(たいせい)、虎皮裙(こひくん=虎皮の腰巻)を一(ひと)たび束(つか)ね一(ひと)たび束(つか)ね、金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、脚(あし)を曳(ひ)き開(ひら)き、両三步(にさんぽ)跑(はし)りて前辺(まえ)に到(いた)り、那(か)の糸縄(しじょう)の纏(まと)えること千百層(せんびゃくそう)の厚(あつ)さ有(あ)り、穿通道道(せんせんどうどう=行き交い連なり)て、却(かえ)って経緯(けいい=縦糸と横糸)の勢(いきおい)に似(に)たるを見(み)る。手(て)を用(もち)いて一(ひと)たび按(おさ)え一(ひと)たび按(おさ)うるに、些(いささ)か粘(ねば)り軟(やわ)らかくして人(ひと)に沾(くっつ)く。行者(ぎょうじゃ)更(さら)に是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるかを知(し)らず、彼(かれ)即(すなわ)ち棒(ぼう)を挙(あ)げて道(い)う、「此(こ)の一棒(いっぽう)は、幾千層(いくせんそう)と說(い)わず、就(すなわ)ち幾万層(いくまんそう)有(あ)るも、也(また)打(う)ち断(た)たん!」と。正(まさ)に打(う)たんと欲(ほっ)するに、又(また)手(て)を停(とど)め住(とど)めて道(い)う、「若(も)し是(こ)れ硬(かた)きならば便(すなわ)ち打(う)ち断(た)つべし。此(こ)の軟(やわ)らかきは、只(た)だ好(よ)く打(う)ちて匾(ひらた)くするのみならん。假如(もし)彼(かれ)を驚(おどろ)かして、老孫(ろうそん)を纏(まと)い住(とど)めなば、反(かえ)って不美(ふび=面白くない)を為(な)さん。我(われ)が且(しばら)く彼(かれ)に一(ひと)たび問(と)い、再(また)た打(う)たんを等(ま)て」と。

汝(なんじ)道(い)うや、彼(かれ)は誰(たれ)に問(と)うと。即(すなわ)ち一箇(ひとつ)の訣(けつ=印)を捻(ひね)り、一箇(ひとつ)の咒(じゅ=呪)を念(とな)えて、一箇(ひとり)の土地老児(どちろうじ=土地神の翁)を拘(まね)き得(え)て廟(やしろ)の裡(うち)に在(あ)りて磨(ひきうす)を推(お)すが一般(ごと)くに乱(みだ)りに転(まわ)らしむ。土地婆児(どちばじ=土地神の婆)道(い)う、「老児(ろうじ=おじいさん)、汝(なんじ)転(まわ)るは怎(どう)した。好道(よもや)是(こ)れ羊児風(ようじふう=てんかん)の発(おこ)れるならん!」と。土地(どち)道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず! 汝(なんじ)知(し)らず! 一箇(ひとり)の斉天大聖(せいてんたいせい)の来(きた)れる有(あ)り、我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)を接(むか)えざりしに、彼(かれ)彼処(あそこ)に在(あ)りて我(われ)を拘(まね)く哩(ぞ)」と。婆児(ばじ)道(い)う、「汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)に見(まみ)えれば便(すなわ)ち了(よ)し、却(かえ)って如何(いかん)として此(ここ)に在(あ)りて打転(くるくるまわ)る」と。土地(どち)道(い)う、「若(も)し去(ゆ)きて彼(かれ)に見(まみ)ゆれば、彼(かれ)が那(そ)の棍子(こんし=棒)の好(いか)に不重(おもから)ざる、彼(かれ)は汝(なんじ)の好歹(よしあし)を管(かま)わず就(すなわ)ち打(う)つ哩(ぞ)!」と。婆児(ばじ)道(い)う、「彼(かれ)汝(なんじ)の此(か)くの等(ごと)く老(お)いたるを見(み)て、那裡(いずく)でか就(すなわ)ち汝(なんじ)を打(う)たん」と。土地(どち)道(い)う、「彼(かれ)一生(いっしょう)好(よ)く銭(ぜに)無(な)き酒(さけ)を喫(くら)い、偏(ひとえ)に老年人(ろうねんじん)を打(う)つ」と。両口児(ふたり)講(はな)すこと一会(ひとしきり)、奈何(いかん)とも無(な)く只(た)だ得(え)て走(あゆ)みて出(い)で去(ゆ)き、戦兢兢(おののき)て路(みち)の旁(かたわら)に跪(ひざまず)きて叫(よ)んで道(い)う、「大聖(たいせい)、当境(とうきょう=当地)の土地(どち)叩頭(こうべをたた)く」と。

行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く起(た)て上(あが)れ、假忙(けもう=慌てるまね)すること要(い)らず。我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)を打(う)たず、寄(あず)けて那(か)の処(ところ)に下(おろ)さん。我(われ)汝(なんじ)に問(と)う、此間(ここ)は是(こ)れ甚(なん)の地方(ところ)ぞ」と。土地(どち)道(い)う、「大聖(たいせい)は那(いず)れの廂(ほう)より来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は東土(とうど)自(よ)り西(にし)へ往(ゆ)く」と。土地(どち)道(い)う、「大聖(たいせい)東(ひがし)より来(きた)るに、曾(かつ)て那(か)の山嶺(さんれい)の上(うえ)に在(あ)りしか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「正(まさ)に那(か)の山嶺(さんれい)の上(うえ)に在(あ)り、我等(われら)が行李(こうり=荷物)と馬匹(ばひつ=馬)は還(ま)た都(みな)那(か)の嶺(みね)の上(うえ)に歇(やす)めて在(あ)るに非(あら)ずや!」と。土地(どち)道(い)う、「那(か)の嶺(みね)は盤糸嶺(ばんしれい)と叫(い)い、嶺下(れいか)に洞(ほら)有(あ)りて盤糸洞(ばんしどう)と叫(い)い、洞(ほら)の裡(うち)に七箇(ななつ)の妖精(ようせい)有(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「是(こ)れ男怪(だんかい)か女怪(じょかい)か」と。土地(どち)道(い)う、「是(こ)れ女怪(じょかい)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)に多少(どれほど)の神通(じんつう)有(あ)る」と。土地(どち)道(い)う、「小神(しょうしん)は力(ちから)薄(うす)く威(い)短(みじか)く、彼(かれ)の多少(どれほど)の手段(てだて)有(あ)るかを知(し)らず。只(た)だ知(し)る、那(か)の正南(せいなん=真南)の上(うえ)に、此(ここ)を離(はな)るること三里(さんり)の遥(はるか)有(あ)りて、一座(ひとつ)の濯垢泉(たくこうせん)有(あ)り、乃(すなわ)ち天生(てんせい)の熱水(ねっすい=温湯)にして、原(もと)是(こ)れ上方(じょうほう=天界)の七仙姑(しちせんこ)の浴池(よくち)なり。妖精(ようせい)の此(ここ)に到(いた)りて居住(きょじゅう)せる自(よ)り、彼(かれ)が濯垢泉(たくこうせん)を占(し)めたるに、仙姑(せんこ)は更(さら)に曾(かつ)て彼(かれ)と争競(そうきょう=争う)せず、平白地(あっさり)と就(すなわ)ち讓(ゆず)りて彼(かれ)に与(あた)え了(おわ)れり。我(われ)見(み)るに天仙(てんせん)も妖魔怪(ようまかい)を惹(ひ)かざれば、必(かなら)ず精霊(せいれい)に大能(だいのう=大いなる力)有(あ)るならん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の泉(いずみ)を占(し)めて何(なん)の干(かかわり)ぞ」と。土地(どち)道(い)う、「此(こ)の怪(かい)浴池(よくち)を占(し)めて、一日(いちじつ)に三遭(みたび)、出(い)で来(きた)りて澡(み)を洗(あら)う。如今(いま)巳時(しじ=午前十時)已(すで)に過(す)ぎ、午時(ごじ=正午)将(まさ)に来(きた)らんとす啞(ぞ)」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聴(き)いて道(い)う、「土地(どち)、汝(なんじ)且(しばら)く回(かえ)り去(さ)れ、我(われ)が自(みずか)ら彼(かれ)を拿(と)らんを等(ま)て」と。那(か)の土地老児(どちろうじ)一箇(ひとつ)の頭(こうべ)を磕(ぬか)ずき、戦兢兢(おののき)て本廟(ほんびょう=元の社)に回(かえ)り去(さ)れり。

此(こ)の大聖(たいせい)独(ひと)り神通(じんつう)を顕(あらわ)し、身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、一箇(ひとつ)の麻蝿児(まだらはえ)と変(へん)じ作(な)り、路(みち)の旁(かたわら)の草梢(くさき=草の先)の上(うえ)に釘(とま)りて等待(まつ)。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、只(た)だ聴(き)く呼呼吸吸(こきゅうこきゅう=ひたひた)たる声(こえ)、猶(なお)蚕(かいこ)の葉(は)を食(くら)うが如(ごと)く、却(かえ)って海(うみ)の潮(しお)を生(しょう)ずるに似(に)たり。只(た)だ好(よ)く半盞茶(はんさんちゃ=茶一碗の半分)の時(とき)有(あ)るのみにして、糸縄(しじょう)皆(みな)尽(つ)き、依然(もとのごと)く荘村(しょうそん)を現(あらわ)し出(いだ)し、還(ま)た当初(とうしょ=初め)の模様(ありさま)に象(に)たり。又(また)聴(き)く呀(ぎい)との一声(ひとこえ)、柴扉(さいひ=柴の扉)の響(ひび)く処(ところ)、裡辺(うち)に笑語(しょうご)喧嘩(けんか=にぎやか)として、七箇(ななたり)の女子(じょし)の走(あゆ)み出(い)づる。行者(ぎょうじゃ)暗(やみ)の中(なか)に在(あ)りて細(こま)かに看(み)るに、彼等(かれら)のー箇箇(めいめい)手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、肩(かた)を挨(よ)せ袂(たもと)を執(と)り、說(いう)有(あ)り笑(わら)う有(あ)りて、橋(はし)を走(わた)り過(す)ぎて来(きた)るを見(み)る。果(はた)して是(こ)れ標致(ひょうち=美しい)。但(た)だ見(み)る──

玉(ぎょく)に比(くら)べれば香(かおり)尤(なお)勝(まさ)り、
花(はな)の如(ごと)くにして語(ことば)更(さら)に真(まこと)なり。
柳眉(りゅうび=柳の眉)は遠岫(えんしゅう=遠き峰)を横(よこ)たえ、
檀口(だんこう=檀の口)は桜唇(おうしん=桜の唇)を破(ひら)く。
釵頭(さとう=簪の頭)に翡翠(ひすい)翹(あ)がり、
金蓮(きんれん=纏足)絳裙(こうくん=紅の裳)に閃(ひらめ)く。
却(かえ)って嫦娥(じょうが=月の仙女)の下界(げかい)に臨(のぞ)むに似(に)、
仙子(せんし)の凡塵(ぼんじん=人の世)に落(お)つるが如(ごと)し。

行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「怪(あや)しむるに得(え)ず、我(わ)が師父(しふ)の来(きた)りて斎(とき)を化(こ)さんと要(よう)せしは、原来(もと)是(こ)れ此(か)くの一般(ごとき)の好処(よいところ)有(あ)ればなり。此(こ)の七箇(ななたり)の美人児(びじん)は、假若(もし)我(わ)が師父(しふ)を留住(とど)めんに、喫(くら)わんと要(よう)するも一頓(ひととき)の喫(くら)いに彀(た)らず、用(もち)いんと要(よう)するも両日(ふつか)の用(もちい)に彀(た)らず、手(て)を動(うご)かして輪流(かわるがわる)に一(ひと)たび擺布(あしら)えば就(すなわ)ち是(こ)れ死(し)せるなり。且(しばら)く我(われ)が去(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひと)たび聴(き)き、彼(かれ)の怎(いか)に算計(たくら)むかを看(み)んを等(ま)て」と。好(よ)き大聖(たいせい)、嚶(ぶん)との一声(ひとこえ)、飛(と)びて那(か)の前面(まえ)を走(ゆ)く女子(じょし)の雲髻(うんけい=雲のような髷)の上(うえ)に釘(とま)り住(とど)まる。才(やっ)と橋(はし)を過(わた)り来(きた)るに、後辺(うしろ)の者(もの)走(すす)みて前(まえ)に向(むか)い来(きた)りて呼(よ)んで道(い)う、「姐姐(ねえさん)、我等(われら)澡(み)を洗(あら)い了(おわ)りて、来(きた)りて那(か)の胖(ふと)りし和尚(おしょう)を蒸(ふか)して喫(くら)わんと去(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の怪物(かいぶつ)の好(いか)に算計(たくらみ)無(な)きや! 煮(に)れば還(ま)た些(いささ)かの柴(たきぎ)を省(はぶ)くに、怎(なん)ぞや転(かえ)って蒸(ふか)して喫(くら)わんと要(よう)する!」と。那(か)の些(これらの)女子(じょし)花(はな)を采(つ)み草(くさ)を闘(きそ)わして南(みなみ)へ来(きた)り、多(おお)からずして、浴池(よくち)に到(いた)れり。但(た)だ見(み)る、一座(ひとつ)の門墻(もんしょう=門と塀)、十分(じゅうぶん)に壮麗(そうれい)にして、地(ち)に遍(あまね)き野花(やか)は香(かおり)艶艶(えんえん=なまめかしく)、旁(ほとり)に満(み)つる蘭蕙(らんけい=蘭)は密(みっ)として森森(しんしん=茂る)。後面(うしろ)の一箇(ひとり)の女子(じょし)、走(すす)みて前(まえ)に上(のぼ)り、唿哨(こっしょう=口笛)の一声(ひとこえ)、両扇(ふたつ)の門児(もん)を把(と)って推(お)し開(ひら)けば、那(か)の中間(なか)に果(はた)して一塘(ひとつ)の熱水(ねっすい)有(あ)り。

此(こ)の水(みず)は開闢(かいびゃく=天地のはじめ)以(い)来自(よ)り、太陽星(たいようせい)に原貞(げんてい=もと)十(とお)有(あ)りしが、後(のち)羿(げい)の善(よ)く弓(ゆみ)を開(ひら)くに被(あ)いて、九烏(きゅうう=九つの烏)を射(い)て落(おと)し地(ち)に墜(つ)らしめ、止(た)だ金烏(きんう)一星(いっせい)を存(のこ)せり。乃(すなわ)ち太陽(たいよう)の真火(しんか)也(なり)。天地(てんち)に九処(ここのかしょ)の湯泉(とうせん=温泉)有(あ)り、俱(とも)に是(こ)れ衆烏(しゅうう=多くの烏)の化(け)せし所(ところ)なり。那(か)の九陽泉(きゅうようせん)は、乃(すなわ)ち香冷泉(こうれいせん)、伴山泉(はんざんせん)、温泉(おんせん)、東合泉(とうごうせん)、満山泉(まんざんせん)、孝安泉(こうあんせん)、広汾泉(こうふんせん)、湯泉(とうせん)、此(こ)の泉(いずみ)は乃(すなわ)ち濯垢泉(たくこうせん)なり。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く──
一気(いっき)に冬夏(とうか)無(な)く、
三秋(さんしゅう)永(なが)く春(はる)を注(そそ)ぐ。
炎波(えんぱ)鼎(かなえ)の沸(たぎ)るが如(ごと)く、
熱浪(ねつろう)湯(ゆ)の新(あたら)しきに似(に)たり。
分溜(ぶんりゅう=分かれ流れ)禾稼(かか=穀物)を滋(うるお)し、
停流(ていりゅう=溜まり流れ)俗塵(ぞくじん=俗の塵)を蕩(あら)う。
涓涓(けんけん=ちょろちょろ)珠涙(しゅるい)泛(うか)び、
滾滾(こんこん=わきわき)玉団津(ぎょくだんしん=玉の塊)なり。
潤滑(じゅんかつ)原(もと)釀(かも)したるに非(あら)ず、
清平(せいへい)還(ま)た自(おのず)から温(あたた)かなり。
瑞祥(ずいしょう)本地(ほんち)の秀(ひい)で、
造化(ぞうか)は乃(すなわ)ち天真(てんしん=自然)なり。
佳人(かじん)の洗(あら)う処(ところ)氷肌(ひょうき=氷の肌)滑(なめら)かに、
塵煩(じんぱん=俗のわずらい)を滌蕩(あらいはら)いて玉体(ぎょくたい)新(あたら)し。

那(か)の浴池(よくち)は約(およ)そ五丈(ごじょう)余(あまり)の闊(ひろ)さ、十丈(じゅうじょう)多(あまり)の長(なが)さ、内(うち)に四尺(よんしゃく)の深浅(ふかさ)有(あ)り。但(た)だ見(み)る、水(みず)清(きよ)くして底(そこ)を徹(とお)す。底(そこ)の下(した)の水(みず)は一(ひと)たび珠(たま)を滚(ころが)し玉(ぎょく)を泛(うか)べるに似(に)て、骨都都(こつとつ=ぶくぶく)と冒(わ)き上(あ)がり将(まさ)に来(きた)らんとし、四面(しめん)に六七箇(むななつ)の孔竅(こうきょう=穴)有(あ)りて通流(つうりゅう)す。流(なが)れ去(さ)ること二三里(にさんり)の遥(はるか)、田(た)の裡(うち)に淌(したた)り到(いた)るも、還(ま)た是(こ)れ温(ぬる)き水(みず)なり。池(いけ)の上(うえ)に又(また)三間(みま)の亭子(ていし=亭)有(あ)り、亭子(ていし)の中(なか)の後壁(こうへき=奥の壁)に近(ちか)く一張(ひとつ)の八只脚(はっせききゃく=八本脚)の板凳(ばんとう=長椅子)を放(お)きて在(あ)り。両山頭(りょうさんとう=両端)に二箇(ふたつ)の描金彩漆(びょうきんさいしつ=金彩の塗り)の衣架(いか=衣掛け)を放(お)けり。行者(ぎょうじゃ)暗(やみ)の中(なか)に在(あ)りて喜(よろこ)ぶこと嚶嚶(ぶんぶん)、一(ひと)たび翅(つばさ)を飛(と)ばして那(か)の衣架(いか)の頭(てっぺん)に釘(とま)り住(とど)まる。

那(か)の些(これらの)女子(じょし)水(みず)の又(また)清(きよ)く又(また)熱(あつ)きを見(み)て、便(すなわ)ち洗浴(みあらい)せんと要(よう)し、即(すなわ)ち一斉(いっせい)に衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ了(おわ)り、衣架(いか)のの上(うえ)に搭(か)く。一斉(いっせい)に下(お)り去(ゆ)くを、行者(ぎょうじゃ)に看(み)らる──

褪(ぬぎ)て紐扣児(ちゅうこうじ=留め金)を放(はな)ち、
解(と)きて羅帯結(らたいけつ=絹の帯の結び)を開(ひら)く。
酥胸(そきょう=柔らかき胸)白(しろ)きこと銀(ぎん)に似(に)、
玉体(ぎょくたい)渾(すべ)て雪(ゆき)の如(ごと)し。
肘膊(ちゅうはく=腕)は凝胭(ぎょうえん=凝れる紅)に賽(まさ)り、
香肩(こうけん=香る肩)は粉捏(ふんでつ=白粉をこねし)かと疑(うたが)う。
肚皮(とひ=腹)軟(やわ)らかに又(また)綿(わた)の如(ごと)く、
脊背(せきはい=背中)光(ひか)りて還(ま)た潔(きよ)し。
膝腕(しつわん=膝)半(なか)ば団(まる)きを囲(かこ)み、
金蓮(きんれん)三寸(さんずん)に窄(せば)し。
中間(なか)の一段(ひとくだり)の情(じょう)、
風流穴(ふうりゅうけつ=色香の処)を露(あらわ)す。

那(か)の女子(じょし)都(みな)跳(と)びて水(みず)の下(した)に去(ゆ)き、一箇箇(めいめい)浪(なみ)を躍(おど)り波(なみ)を翻(ひるがえ)し、水(みず)を負(お)うて頑耍(あそ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)若(も)し彼(かれ)を打(う)たば、只(た)だ此(こ)の棍子(こんし)を把(と)って池(いけ)の中(なか)に往(ゆ)きて一(ひと)たび攪(かきまわ)すを消(よう)するのみ、就(すなわ)ち『滚湯(こんとう=煮え湯)を老鼠(ねずみ)に潑(そそ)ぐ』と叫(い)いて、一窩児(ひとくれ)都(みな)是(こ)れ死(し)ならん。怜(あわ)れむべし! 怜(あわ)れむべし! 打(う)てば便(すなわ)ち彼(かれ)を打(う)ち殺(ころ)すも、只(た)だ是(こ)れ老孫(ろうそん)が名頭(めいとう=名)を低(ひく)くせん。常言(じょうげん)に道(い)う、男(おとこ)は女(おんな)と闘(たたか)わずと。我(われ)が此(か)くの般(ごとき)一箇(ひとり)の漢子(おとこ)、此(こ)の幾箇(いくたり)かの丫頭(あま)を打(う)ち殺(ころ)さば、着実(じっさい)に不済(よろしから)ず。彼(かれ)を打(う)つこと要(い)らず、只(た)だ彼(かれ)に一箇(ひとつ)の絶後計(ぜつごけい=後を絶つ計)を送(おく)り、彼(かれ)をして身(み)を動(うご)かすを得(え)ず、水(みず)を出(い)づるを得(え)ざらしめば、多少(いかに)か是(こ)れ好(よ)からん」と。好(よ)き大聖(たいせい)、訣(けつ)を捏(ひね)り、箇(ひとつ)の咒(じゅ)を念(とな)え、身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、一箇(ひとつ)の餓(う)えたる老鷹(ろうよう=鷲)と変(へん)じ作(な)る。但(た)だ見(み)る──

毛(け)は猶(なお)霜雪(そうせつ)の如(ごと)く、
眼(め)は明星(みょうじょう=明けの明星)の若(ごと)し。
妖狐(ようこ)の見(み)る処(ところ)魂(たましい)皆(みな)喪(うしな)い、
狡兔(こうと=賢き兎)の逢(あ)う時(とき)胆(きも)尽(ことごと)く驚(おどろ)く。
鋼爪(こうそう=鋼の爪)鋒芒(ほうぼう=切っ先)快(こころよ)く、
雄姿(ゆうし=雄々しき姿)猛気(もうき)横(ほしいまま)なり。
老拳(ろうけん=拳)を使(つか)いて口腹(こうふく=食い扶持)に供(そな)え、
親手(みずからのて)を辞(じ)せずして飛騰(ひとう=飛び立つ)を逐(お)わしむ。
万里(ばんり)の寒空(かんくう)上下(じょうげ)に随(したが)い、
雲(くも)を穿(うが)ち物(もの)を検(えら)ぶは他(かれ)の行(ゆ)くに任(まか)す。

呼(さっ)との一翅(ひとつばさ)、飛(と)びて前(まえ)に向(むか)い、利爪(りそう=鋭き爪)を輪(ふる)い并(あわ)せ、那(か)の衣架(いか)の上(うえ)に搭(か)きたる七套(ななそろい)の衣服(いふく)を把(と)って、情(こころ)を尽(つく)して彫(くわ)え去(さ)り、径(ただ)ちに嶺頭(れいとう=嶺の頂)に転(めぐ)り、本相(ほんそう=元の姿)を現(あらわ)し出(いだ)して八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)に来(きた)り見(まみ)えて道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ」と。那(か)の呆子(あほう)迎(むか)え着(つ)きて沙僧(しゃそう)に対(むか)い笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)原来(もと)は是(こ)れ典当鋪(てんとうほ=質屋)の裡(うち)に拿了去(とられゆ)きたるなり」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「怎(どう)して見(み)え得(う)る」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)見(み)ざるか、師兄(しけい)が彼(かれ)が些(これら)の衣服(いふく)を都(みな)搶(うば)い将(も)ち来(きた)れるを」と。行者(ぎょうじゃ)放(お)き下(おろ)して道(い)う、「此(こ)れは是(こ)れ妖精(ようせい)の穿(き)たる衣服(いふく)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「怎(どう)して就(すなわ)ち此(か)くの許多(たくさん)有(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「七套(ななそろい)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「如何(いかん)として此(か)くの般(ごと)く剥(は)ぎ得(え)て容易(たやす)く、又(また)剥(は)ぎ得(え)て干浄(きれい)なる」と。

行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いず)くんぞ曾(かつ)て剥(は)ぐを用(もち)いん。原来(もと)、此(こ)の処(ところ)は盤糸嶺(ばんしれい)と喚(よ)び做(な)し、那(か)の荘村(しょうそん)は盤糸洞(ばんしどう)と喚(よ)び做(な)す。洞(ほら)の中(なか)に七箇(ななたり)の女怪(じょかい)有(あ)りて、我(わ)が師父(しふ)を把(と)って拿(と)らえ住(とど)め、洞(ほら)の裡(うち)に吊(つる)し、都(みな)濯垢泉(たくこうせん)に向(むか)いて去(ゆ)きて洗浴(みあらい)す。那(か)の泉(いずみ)は却(かえ)って是(こ)れ天地(てんち)の産(う)み成(な)せる一塘子(ひとつ)の熱水(ねっすい)なり。彼等(かれら)都(みな)算計(たくら)み着(つ)きて澡(み)を洗(あら)い了(おわ)りて師父(しふ)を把(と)って蒸(ふか)し喫(くら)わんと要(よう)す。是(こ)れ我(われ)彼(かれ)に跟(したが)いて那(か)の処(ところ)に到(いた)り、彼(かれ)の衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎて水(みず)に下(お)りしを見(み)るに、我(われ)彼(かれ)を打(う)たんと要(よう)せしが、棍子(こんし)を汚(けが)さんことを恐(おそ)れ、又(また)名頭(めいとう)を低(ひく)くせんことを怕(おそ)れ、是(ここ)を以(もっ)て曾(かつ)て棍(こん)を動(うご)かさず、只(た)だ変じて一箇(ひとつ)の餓(う)えたる老鷹(ろうよう)と做(な)り、彼(かれ)が衣服(いふく)を彫(くわ)え去(さ)れり。彼等(かれら)都(みな)辱(はずかしめ)を忍(しの)び羞(はじ)を含(ふく)み、敢(あえ)て頭(こうべ)を出(いだ)さず、水(みず)の中(なか)に蹲(うずくま)る哩(ぞ)。我等(われら)快(すみや)かに去(ゆ)きて師父(しふ)を解(と)き下(おろ)し路(みち)を走(ゆ)かん」と。

八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「師兄(しけい)、汝(なんじ)凡(およ)そ事(こと)を干(おこな)うに、只(た)だ根(ね)を留(とど)むるを要(よう)す。既(すで)に妖精(ようせい)を見(み)ながら、如何(いかん)として打(う)ち殺(ころ)さず、却(かえ)って就(すなわ)ち去(ゆ)きて師父(しふ)を解(と)かんとす! 彼(かれ)如今(いま)縦然(たと)い羞(はじ)を蔵(かく)して出(い)でざるも、晩間(よる)に到(いた)れば必定(かなら)ず出(い)で来(きた)らん。彼(かれ)が家(いえ)の裡(うち)に還(ま)た旧(ふる)き衣服(いふく)有(あ)り、一套(ひとそろい)を穿(き)て上(あ)げ、来(きた)りて我等(われら)を赶(お)わん。縦然(たと)い赶(お)わざるも、彼(かれ)久(ひさ)しく此(ここ)に住(じゅう)すれば、我等(われら)経(きょう)を取(と)り了(おわ)りて、還(ま)た那(か)の条(すじ)の路(みち)自(よ)り回(かえ)り去(ゆ)かん。常言(じょうげん)に道(い)う、寧(むし)ろ路辺(ろへん)の銭(ぜに)を少(すくな)くするも、路辺(ろへん)の拳(こぶし)を少(すくな)くすること莫(なか)れと。那(か)の時節(じせつ)、彼(かれ)攔(さえぎ)り住(とど)めて吵鬧(そうとう=騒ぎ)なば、却(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとり)の仇人(きゅうじん)ならずや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)の如何(いかん)に主張(しゅちょう)するに凭(まか)す」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)に依(よ)れば、先(ま)ず妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)し了(おわ)り、再(ふたた)び去(ゆ)きて師父(しふ)を解放(ときはな)たん、此(こ)れ乃(すなわ)ち草(くさ)を斬(き)り根(ね)を除(のぞ)くの計(けい)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ彼(かれ)を打(う)たず。汝(なんじ)打(う)たんと要(よう)せば、汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)を打(う)て」と。

八戒(はっかい)精神(せいしん)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、歓天喜地(よろこびて)釘鈀(ていは=熊手)を挙(あ)げ、歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、径直(ただち)に跑(はし)りて那(か)の処(ところ)に到(いた)る。忽(ふと)と門(もん)を推(お)し開(ひら)きて看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る、那(か)の七箇(ななたり)の女子(じょし)の、水(みず)の裡(うち)に蹲(うずくま)りて、口(くち)のの中(なか)に乱(みだ)りに那(か)の鷹(たか)を罵(ののし)る哩(なり)、道(い)う、「此(こ)の箇(ひとつ)の匾毛畜生(へんもうちくしょう=扁たき毛の畜生)! 猫嚼頭(びょうしゃくとう=猫にかじられた頭)の亡人(もうじん=死に損ない)! 我等(われら)が衣服(いふく)を把(と)って都(みな)彫(くわ)え去(さ)り、我等(われら)をして怎(どう)して手(て)を動(うご)かさんと教(おし)うる」と。八戒(はっかい)忍(しの)びずして笑(わら)って道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)、此(ここ)に在(あ)りて澡(み)を洗(あら)う哩(なり)、也(また)我(われ)が和尚(おしょう)を携帯(ともな)いて洗洗(あらわせ)しむるは何如(いかん)」と。那(か)の怪(かい)見(み)るや怒(いかり)を作(な)して道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の和尚(おしょう)、十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり! 我等(われら)は是(こ)れ在家(ざいけ)の女流(にょりゅう)、汝(なんじ)は是(こ)れ一箇(ひとり)の出家(しゅっけ)の男子(だんし)なり。古書(こしょ)に云(いわ)く、七年(しちねん)にして男女(だんじょ)席(せき)を同(おなじ)うせずと。汝(なんじ)好(よ)く我等(われら)と同(おな)じ塘(いけ)に澡(み)を洗(あら)わんとす」と。八戒(はっかい)道(い)う、「天気(てんき)炎熱(えんねつ=暑い)にして、奈何(いかん)とも無(な)し、将就(おゆるし)て我(われ)を容(い)れて洗洗(あらわせ)しめよ。那裡(いずこ)にか甚(なん)の書担児(しょたんじ=書物の文句)を調(とな)えん、同席(どうせき)の同席(どうせき)ならざるの!」と。

呆子(あほう)說(いう)を容(い)れず、釘鈀(ていは)を投(な)げ打(う)ち、皂錦直裰(そうきんじきとく=黒の錦の法衣)を脱(ぬ)ぎ、撲(ざん)と跳(と)びて水(みず)の下(した)に来(きた)る。那(か)の怪(かい)心(こころ)の中(なか)に煩悩(はんのう=いらだち)、一斉(いっせい)に上前(すす)みて打(う)たんと要(よう)す。知(し)らず、八戒(はっかい)は水勢(すいせい=泳ぎ)の極(きわ)めて熟(な)れたるを。水(みず)の裡(うち)に到(いた)りて身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、一箇(ひとつ)の鮎魚精(ねんぎょせい=なまずの精)に変(へん)じ做(な)る。那(か)の怪(かい)就(すなわ)ち都(みな)魚(うお)を摸(さぐ)り、赶(お)い上(のぼ)るも彼(かれ)を拿(と)らえ住(とど)めず。東辺(ひがし)を摸(さぐ)れば、忽(たちま)ち又(また)西(にし)へ漬(つ)けて去(ゆ)き、西辺(にし)を摸(さぐ)れば、忽(たちま)ち又(また)東(ひがし)へ漬(つ)けて去(ゆ)く。滑扢虀(かつこつさい=つるつる)として、只(た)だ那(か)の腿襠(たいとう=股の間)の裡(うち)に在(あ)りて乱(みだ)りに鑽(もぐ)る。原来(もと)、那(か)の水(みず)に攙胸(さんきょう=胸までの深さ)の深(ふか)さ有(あ)り、水(みず)の上(うえ)に一(ひと)たび盤(まと)いしが、又(また)水(みず)の底(そこ)に在(あ)りて盤(まと)い、都(みな)盤(まと)い倒(たお)れて、喘嘘嘘(ぜいぜい)として、精神(せいしん)倦怠(けんたい=疲れ)たり。

八戒(はっかい)却(かえ)って才(はじ)めて跳(と)び将(も)ちて上(うえ)に来(きた)り、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、直裰(じきとく=法衣)を穿(き)て、釘鈀(ていは)を執(と)りて喝(かつ)して道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ那(いず)れの者(もの)ぞ。汝(なんじ)我(われ)を把(と)って鮎魚精(なまず)に当(あ)てたる哩(ぞ)!」と。那(か)の怪(かい)見(み)るや、心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)きて八戒(はっかい)に対(むか)いて道(い)う、「汝(なんじ)先(さき)に来(きた)れるは是(こ)れ一箇(ひとり)の和尚(おしょう)なるに、水(みず)の裡(うち)に到(いた)りて鮎魚(なまず)に変(へん)じ作(な)り、汝(なんじ)を拿(と)らえ住(とど)むるに及(およ)ばざるに、却(かえ)って又(また)此(か)くの般(ごとき)打扮(いでたち)をす。汝(なんじ)端(たし)かに是(こ)れ何(いずこ)自(よ)り此(ここ)に到(いた)れる。是(こ)れ必(かなら)ず名(な)を留(とど)めよ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「此(こ)の伙(くみ)の潑怪(はつかい)め、当真(ほんとう)に我(われ)を認(みと)め得(え)ざる! 我(われ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)の経(きょう)を取(と)る唐長老(とうちょうろう)の徒弟(とてい)、乃(すなわ)ち天蓬元帥(てんぽうげんすい)悟能八戒(ごのうはっかい)是(こ)れなり。汝(なんじ)我(わ)が師父(しふ)を把(と)って洞(ほら)の裡(うち)に吊(つる)し、算計(たくら)みて彼(かれ)を蒸(ふか)して受用(じゅよう=味わう)せんとす! 我(わ)が師父(しふ)の又(また)好(よ)く蒸(ふか)して喫(くら)わるるか。快(すみや)かに早(はや)く頭(こうべ)を伸(の)べ出(いだ)し来(きた)れ、各(おのおの)一(ひと)たび鈀(ていは)を打(う)ち込(こ)まん、汝(なんじ)をして根(ね)を断(た)たしめん!」と。

那(か)の些(これらの)妖(よう)此(こ)の言(げん)を聞(き)くや、魂(たましい)飛(と)び魄(たま)散(ち)り、就(すなわ)ち水(みず)の中(なか)に在(あ)りて跪(ひざまず)き拝(おが)んで道(い)う、「望(ねがわ)くは老爺(ろうや=旦那)方便方便(おはからい)を! 我等(われら)眼(め)有(あ)りて珠(たま)無(な)く、誤(あやま)りて汝(なんじ)が師父(しふ)を捉(とら)えしも、彼(かれ)を那(か)の処(ところ)に吊(つる)せりと雖(いえど)も、曾(かつ)て敢(あえ)て刑(けい)を加(くわ)えて苦(くるしみ)を受(う)けしめず。望(ねがわ)くは慈悲(じひ)もて我(わ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)されよ、情願(ねがわ)くは些(いささ)かの盤費(ぱんひ=路銀)を貼(つ)け、汝(なんじ)が師父(しふ)を送(おく)りて西天(さいてん)に去(ゆ)かしめん也(よ)」と。八戒(はっかい)頭(こうべ)を揺(ゆ)って道(い)う、「此(こ)の話(はなし)を說(い)うこと莫(なか)れ! 俗語(ぞくご)に說(い)い得(え)て好(よ)し、曾(かつ)て糖(あめ)を売(う)る君子(くんし)に哄(たぶら)かされしに、今(いま)に到(いた)るまで口(くち)の甜(あま)き人(ひと)を信(しん)ぜずと。是(こ)れ便(すなわ)ち一(ひと)たび鈀(ていは)を打(う)ち込(こ)み、各人(めいめい)路(みち)を走(ゆ)かん!」と。呆子(あほう)一(ひと)えに粗夯(そこう=粗野)にして、手段(てだて)を顕(あらわ)し、那(いず)くんぞ香(かおり)を怜(あわ)れみ玉(たま)を惜(おし)むの心(こころ)有(あ)らん。鈀(ていは)を挙(あ)げ、好歹(よしあし)を分(わか)たず、赶(お)いて前(まえ)に上(のぼ)り乱(みだ)りに打(う)ち込(こ)む。那(か)の怪(かい)手(て)と足(あし)を慌(あわ)て、那裡(いずく)にか甚(なん)の羞恥(しゅうち)を顧(かえり)みん、只(た)だ是(こ)れ性命(せいめい)の要緊(だいじ)なるのみ。随(したが)いて手(て)を用(もち)いて羞(はじ)の処(ところ)を捂(おお)い、跳(と)びて水(みず)を出(い)で来(きた)り、都(みな)跑(はし)りて亭子(ていし)の裡(うち)に在(あ)りて站(た)ち立(た)ち、法(ほう)を作(な)し出(いだ)す。臍孔(さいこう=臍の穴)の中(なか)より骨都都(こつとつ=わらわら)と糸縄(しじょう)を冒(ほとばし)らしめ、天(てん)を瞞(おお)いて一箇(ひとつ)の大(おお)いなる糸篷(しほう=糸の覆い)を搭(か)け、八戒(はっかい)を把(と)って中(なか)に罩(おお)う。

那(か)の呆子(あほう)忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げるに、天(てん)と日(ひ)を見(み)ず、即(すなわ)ち身(み)を抽(ひ)きて外(そと)へ向(むか)いて便(すなわ)ち走(に)げんとするも、那裡(いずく)でか脚(あし)の歩(あゆみ)を挙(あ)げ得(え)ん! 原来(もと)、絆脚索(はんきゃくさく=足払いの綱)を放(はな)ち、地(ち)に満(み)つるは都(みな)是(こ)れ糸縄(しじょう)にして、脚(あし)を動(うご)かし脚(あし)を動(うご)かせば、一箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=つまずき)を跌(つまず)く。左辺(ひだり)へ去(ゆ)けば、一箇(ひとつ)の面(おもて)を地(ち)に磕(ぶ)つけ、右辺(みぎ)へ去(ゆ)けば、一箇(ひとつ)の倒栽葱(とうさいそう=逆さま)し、急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)ずれば、又(また)一箇(ひとつ)の嘴(くち)を地(ち)に搵(つ)け、忙(いそ)ぎ爬(は)い起(お)きれば、又(また)一箇(ひとつ)の竪蜻蜓(たてとんぼ=逆立ち)を跌(つまず)く。也(また)多少(いくつ)の跟頭(ころび)を跌(つまず)きしを知(し)らず、一箇(ひとり)の呆子(あほう)を把(と)って跌(つまず)かしめ得(え)て身(み)麻(しび)れ脚(あし)軟(よわ)く、頭(あたま)暈(くら)み眼(め)花(かすみ)、爬(は)うにも也(また)爬(は)い動(うご)かず、只(た)だ地(ち)の下(した)に睡(ふ)して呻吟(うめ)く。那(か)の怪物(かいぶつ)却(かえ)って彼(かれ)を将(もっ)て困(くるし)め住(とど)め、也(また)彼(かれ)を打(う)たず、也(また)彼(かれ)を傷(そこな)わず、一箇箇(めいめい)跳(と)びて門(もん)を出(い)で来(きた)り、糸篷(しほう)を将(もっ)て天光(てんこう=日の光)を遮(おお)い、各(おのおの)本洞(ほんどう=元の洞)に回(かえ)る。石橋(せっきょう)の上(うえ)に到(いた)りて站(た)ち下(お)り、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、霎時間(またたくま)に糸篷(しほう)を把(と)って収(おさ)め了(おわ)り、赤条条(まるはだか)として、洞(ほら)の裡(うち)に跑(はし)り入(い)り、那(か)の話(もの=局部)を捂(おお)いて、唐僧(とうそう)の面前(めんぜん)自(よ)り笑嘻嘻(にこにこ)として跑(はし)り過(よ)ぎ去(ゆ)く。

石房(せきぼう=石の部屋)に走(あゆ)み入(い)り、幾件(いくつ)かの旧衣(きゅうい=古着)を取(と)りて穿(き)て了(おわ)り、径(ただ)ちに後門口(こうもんこう=裏口)に至(いた)りて立(た)ち定(さだ)まり叫(よ)ぶ、「孩児(こども)たち何(いずこ)にか在(あ)る」と。原来(もと)、那(か)の妖精(ようせい)一箇(ひとり)に一箇(ひとり)の児子(こども)有(あ)るも、却(かえ)って是(こ)れ彼(かれ)が養(やしな)えるに非(あら)ず、都(みな)是(こ)れ彼(かれ)が結拝(けっぱい=義兄弟の契り)の乾児子(かんじし=義理の子)なり。名(な)有(あ)りて蜜(みつ)、螞(ま)、蜍(じょ)、班(はん)、蜢(もう)、蜡(ろう)、蜻(せい)と喚(よ)び做(な)す。蜜(みつ)は是(こ)れ蜜蜂(みつばち)、螞(ま)は是(こ)れ螞蜂(まほう=雀蜂)、蜍(じょ)は是(こ)れ蜍蜂(じょほう=蜂の一種)、班(はん)は是(こ)れ班毛(はんもう=斑蝥)、蜢(もう)は是(こ)れ牛蜢(ぎゅうもう=牛虻)、蜡(ろう)は是(こ)れ抹蜡(まつろう=虻の一種)、蜻(せい)は是(こ)れ蜻蜓(とんぼ)なり。原来(もと)、那(か)の妖精(ようせい)天(てん)に幔(とばり)を張(は)り網(あみ)を結(むす)び、此(こ)の七般(ななとおり)の虫蛭(ちゅうしつ=虫けら)を擄(から)め住(とど)め、却(かえ)って彼(かれ)を喫(くら)わんと要(よう)せしに、古(いにしえ)に云(いわ)く、禽(とり)に禽言(きんげん=鳥の言葉)有(あ)り、獣(けもの)に獣語(じゅうご=獣の言葉)有(あ)りと。当時(とうじ)此(こ)の些(これらの)虫(むし)哀(あわれ)み告(つ)げて命(いのち)を饒(ゆる)さんことを請(こ)い、願(ねが)わくは拝(おが)みて母(はは)と為(な)さんとす。遂(つい)に此(ここ)に春(はる)は百花(ひゃっか)を采(つ)みて怪物(かいぶつ)に供(そな)え、夏(なつ)は諸卉(しょき=諸々の草花)を尋(たず)ねて妖精(ようせい)に孝(こう)す。忽(たちま)ち一声(ひとこえ)の呼喚(よばわり)を聞(き)くや、都(みな)面前(めんぜん)に到(いた)りて問(と)う、「母親(ははおや)に何(なん)の使令(しれい=おおせ)有(あ)る」と。衆怪(しゅうかい)道(い)う、「児(こ)よ、早間(けさ)我等(われら)誤(あやま)りて唐朝(とうちょう)自(よ)り来(きた)れる和尚(おしょう)を惹(ひ)きしに、才然(ついさっき)彼(かれ)が徒弟(とてい)に被(あ)いて池(いけ)の裡(うち)に攔(さえぎ)り住(とど)められ、多少(いかほど)の醜(はじ)を出(いだ)し、幾(あわや)か性命(せいめい)を喪(うしな)わんとせし! 汝等(なんじら)努力(つとめ)よ、快(すみや)かに門前(もんぜん)に出(い)で去(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひと)たび退(しりぞ)けよ。如(も)し勝(か)ち得(う)るの後(のち)は、汝(なんじ)が舅舅(おじ)の家(いえ)に到(いた)りて来(きた)り我(われ)に会(あ)うべし」と。那(か)の些(これらの)怪(かい)既(すで)に生(いき)を逃(のが)るるを得(え)て、彼(かれ)が師兄(しけい)の処(ところ)に往(ゆ)きて、孽嘴(げっし=災いの口)を生(しょう)じて災(わざわい)を為(な)すは不題(さておき)。汝(なんじ)看(み)よ、此(こ)の些(これらの)虫蛭(ちゅうしつ)、一箇箇(めいめい)拳(こぶし)を摩(す)り掌(てのひら)を擦(こす)り、出(い)で来(きた)りて敵(てき)を迎(むか)う。

却説(さて)、八戒(はっかい)跌(つまず)き得(え)て頭(あたま)昏(くら)く脳(のう)昏(くら)く、猛(ふと)と頭(こうべ)を抬(あ)げて糸篷(しほう)と糸索(しさく)の俱(とも)に無(な)きを見(み)るや、彼(かれ)才(はじ)めて一步(ひとあし)一探(ひとさぐ)りに爬(は)い将(も)ちて起(た)ち上(あ)がり、疼(いたみ)を忍(しの)んで原路(もとのみち)を找(たず)ね回(かえ)り、行者(ぎょうじゃ)に見(まみ)え、手(て)を用(もち)いて扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「哥哥(あにき)、我(わ)が頭(あたま)は腫(は)れ、顔(かお)は青(あお)めるや否(いな)や」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)怎(どう)して来(きた)れる」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)那(か)の厮(やつ)に被(あ)いて糸縄(しじょう)を将(もっ)て罩(おお)われ住(とど)められ、絆脚索(はんきゃくさく)を放(はな)たれ、多少(いくつ)の跟頭(ころび)を跌(つまず)きしを知(し)らず、跌(つまず)かれて我(わ)が腰(こし)拖(ひ)かれ背(せ)折(お)れ、寸歩(すんほ)も移(うつ)り難(がた)し。却(かえ)って才(いま)しがた糸篷(しほう)と索子(さくし=綱)の俱(とも)に空(むな)しく、方(はじ)めて性命(せいめい)を得(え)て回(かえ)り来(きた)れる也(なり)」と。沙僧(しゃそう)見(み)るや道(い)う、「罷(しまっ)た、罷(しまっ)た! 汝(なんじ)禍(わざわい)を闖(おこ)し下(くだ)したる也(なり)! 那(か)の怪(かい)一定(かなら)ず洞(ほら)の裡(うち)に往(ゆ)きて師父(しふ)を傷(そこな)い害(そこな)わん。我等(われら)快(すみや)かに去(ゆ)きて彼(かれ)を救(すく)わん!」と。

行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)くや急(いそ)ぎ歩(あゆみ)を曳(ひ)きて便(すなわ)ち走(ゆ)く。八戒(はっかい)馬(うま)を牽(ひ)き着(つ)きて急急(いそい)で来(きた)りて荘前(しょうぜん)に到(いた)るに、但(た)だ見(み)る、那(か)の石橋(せっきょう)の上(うえ)に七箇(ななたり)の小妖児(しょうようじ)有(あ)りて擋(さえぎ)り住(とど)めて道(い)う、「慢(ゆる)く来(きた)れ、慢(ゆる)く来(きた)れ! 吾等(われら)此(ここ)に在(あ)り!」と。行者(ぎょうじゃ)看(み)了(おわ)って道(い)う、「好(おか)しや! 干浄(まったく)都(みな)是(こ)れ些(これら)の小人児(こびと)なる! 長(たけ)の也(また)只(た)だ二尺五六寸(にしゃくごろくすん)有(あ)るのみ、三尺(さんしゃく)に満(み)たず。重(おも)さの也(また)只(た)だ八九斤(はちきゅうきん)有(あ)るのみ、十斤(じっきん)に満(み)たず」と。喝(かつ)して道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。那(か)の怪(かい)道(い)う、「我(われ)は乃(すなわ)ち七仙姑(しちせんこ)の児子(こ)なり。汝(なんじ)我(わ)が母親(ははおや)を欺辱(ぎじょく=辱しめ)ながら、還(ま)た敢(あえ)て無知(むち)にして、我(わ)が門(もん)に打(う)ち上(のぼ)る! 走(に)ぐること要(い)らず! 仔細(つつしめ)!」と。好(よ)き怪物(かいぶつ)! 一箇箇(めいめい)手(て)の之(これ)を舞(ま)い、足(あし)の之(これ)を蹈(ふ)み、乱(みだ)りに打(う)ち将(も)ちて来(きた)る。八戒(はっかい)見(み)るや嗔(いかり)を生(しょう)じ、本(もと)跌(つまず)きて悩(なや)み了(おわ)りし性子(せいし=気性)なるに、又(また)那(か)の伙(くみ)の虫蛭(ちゅうしつ)の小巧(こぢんまり)せるを見(み)て、就(すなわ)ち狠(こわ)みを発(はっ)して鈀(ていは)を挙(あ)げて来(きた)りて打(う)ち込(こ)まんとす。

那(か)の些(これらの)怪(かい)呆子(あほう)の凶猛(きょうもう)なるを見(み)るや、一箇箇(めいめい)本象(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、飛(と)び将(も)ちて起(た)ち去(ゆ)き、声(こえ)を叫(よ)んで「変(へん)ぜよ!」と。須臾(またたく)の間(あいだ)に、一箇(ひとつ)は十箇(とお)に変(へん)じ、十箇(とお)は百箇(もも)に変(へん)じ、百箇(もも)は千箇(ち)に変(へん)じ、千箇(ち)は万箇(よろず)に変(へん)じ、箇箇(おのおの)都(みな)変じて無窮(むきゅう)の数(かず)と成(な)る。只(た)だ見(み)る──

天(てん)に満(み)ちて飛(と)ぶ抹蜡(まつろう)、
地(ち)に遍(あまね)く舞(ま)う蜻蜓(とんぼ)。
蜜螞(みつま)は頭額(とうがく=額)を追(お)い、
蜍蜂(じょほう)は眼睛(まなこ)を扎(さ)す。
班毛(はんもう)は前後(ぜんご)に咬(か)み、
牛蜢(ぎゅうもう)は上下(じょうげ)に叮(さ)す。
面(おもて)を撲(う)つこと漫漫(まんまん=一面)として黒(くろ)く、
翛翛(しゅくしゅく=ひらひら)として神鬼(しんき)驚(おどろ)く。

八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(い)う、「哥(あにき)よ、只(た)だ経(きょう)の取(と)り好(やす)しと說(い)うに、西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)にて、虫児(むし)までも人(ひと)を欺負(あなど)る哩(ぞ)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)、怕(おそ)るること要(い)らず、快(すみや)かに上前(すす)みて打(う)て!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「頭(あたま)を撲(う)たれ顔(かお)を撲(う)たれ、渾身(こんしん)上下(じょうげ)、都(みな)叮(さ)さるること十数層(じゅうすうそう)の厚(あつ)さ有(あ)り、却(かえ)って怎(どう)して打(う)たん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「事(こと)無(な)し! 事(こと)無(な)し! 我(われ)自(おの)ずから手段(てだて)有(あ)り!」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「哥(あにき)よ、甚(なん)の手段(てだて)有(あ)るならば、快(すみや)かに使(つか)い出(いだ)して罷(や)めよ! 一会子(ひととき)にして光頭(あたま)の上(うえ)にも都(みな)叮(さ)されて腫(は)れなん!」と。

好(よ)き大聖(たいせい)、一把(ひとつかみ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、嚼(か)みて粉砕(ふんさい)に得(し)、噴(ふ)き将(も)ちて出(い)だし去(ゆ)けば、即(すなわ)ち些(これら)の黄(こう)、麻(ま)、鴏(てき)、白(はく)、雕(ちょう)、魚(ぎょ)、鷂(よう)に変(へん)じ做(な)る。八戒(はっかい)道(い)う、「師兄(しけい)、又(また)甚(なん)の市語(しご=符丁)を打(う)つ、黄(き)啊(だの)、麻(ま)啊(だの)哩(よ)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず、黄(こう)は是(こ)れ黄鷹(こうよう)、麻(ま)は是(こ)れ麻鷹(まよう)、鴏(てき)は是(こ)れ鴏鷹(てきよう)、白(はく)は是(こ)れ白鷹(はくよう)、雕(ちょう)は是(こ)れ雕鷹(ちょうよう)、魚(ぎょ)は是(こ)れ魚鷹(ぎょよう=鵜)、鷂(よう)は是(こ)れ鷂鷹(ようよう=はいたか)なり。那(か)の妖精(ようせい)の児子(こども)は是(こ)れ七様(ななとおり)の虫(むし)、我(わ)が毫毛(ごうもう)は是(こ)れ七様(ななとおり)の鷹(たか)」と。鷹(たか)は最(もっと)も能(よ)く虫(むし)を啄(ついば)み、一嘴(ひとくち)に一箇(ひとつ)、爪(つめ)もて打(う)ち翅(つばさ)もて敲(たた)き、須臾(またたく)の間(あいだ)に、打(う)ち得(え)て罄尽(けいじん=残らず)し、空(そら)に満(み)つるも跡(あと)無(な)く、地(ち)に積(つ)むこと尺余(しゃくよ=一尺余り)。

三兄弟(さんきょうだい)方(はじ)めて橋(はし)を闖(とお)り過(す)ぎ去(ゆ)き、径(ただ)ちに洞(ほら)の裡(うち)に入(い)るに、只(た)だ見(み)る、老師父(ろうしふ)の那(か)の処(ところ)に吊(つる)されて哼哼(うう)と哭(な)く哩(なり)。八戒(はっかい)近(ちか)づき前(すす)みて道(い)う、「師父(しふ)、汝(なんじ)は是(こ)れ此(ここ)に来(きた)りて吊(つる)されて耍子(あそ)ばんと要(よう)せるに、我(われ)をして多少(いくつ)の跟頭(ころび)を跌(つまず)かしめたるを知(し)らざる哩(ぞ)!」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「且(しばら)く師父(しふ)を解(と)き下(おろ)して再(また)說(い)わん」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち縄索(じょうさく=縄)を将(もっ)て挑(ほじく)り断(た)ち、唐僧(とうそう)を放(おろ)し下(おろ)す。都(みな)問(と)うて道(い)う、「妖精(ようせい)は那裡(いずこ)へか去(さ)れる」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「那(か)の七箇(ななつ)の怪(かい)都(みな)赤条条(まるはだか)として後辺(うしろ)へ向(むか)い児子(こども)を叫(よ)びに去(ゆ)けり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)たち、我(われ)に跟(したが)い来(きた)りて尋(たず)ね去(ゆ)かん」と。三人(さんにん)各(おのおの)兵器(へいき)を持(じ)し、後園(こうえん=裏庭)の裡(うち)に往(ゆ)きて尋(たず)ぬる処(ところ)、踪跡(しょうせき)を見(み)ず。都(みな)那(か)の桃李(とうり)の樹(き)の上(うえ)に到(いた)りて尋(たず)ね遍(あまね)くするも見(み)えず。八戒(はっかい)道(い)う、「去(い)った! 去(い)った!」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「必(かなら)ずしも彼(かれ)を尋(たず)ぬるに及(およ)ばず、我(われ)が師父(しふ)を扶(たす)けて去(ゆ)かんを等(ま)て」と。

弟兄(きょうだい)たち復(ま)た前面(まえ)に来(きた)りて唐僧(とうそう)を請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしめて道(い)う、「師父(しふ)、下次(このつぎ)斎(とき)を化(こ)すには、還(ま)た我等(われら)をして去(ゆ)かしめよ」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「徒弟(とてい)よ、以後(いご)は就(すなわ)ち是(こ)れ餓(うえ)え死(し)するも、也(また)再(ふたた)び自(みずか)ら専(ほしいまま)にせず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝等(なんじら)師父(しふ)を扶(たす)けて走(ある)かしめよ。老猪(ろうちょ=この豚)が一頓(ひとおもい)に鈀(ていは)もて彼(かれ)が此(こ)の房子(いえ)を打(う)ち倒(たお)し、彼(かれ)の来(きた)る時(とき)に安身(やすら)ぐ処(ところ)無(な)からしめんを等(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「打(う)ち倒(たお)すは還(ま)た力(ちから)を費(つい)やす、些(いささ)かの柴(たきぎ)を尋(たず)ね来(きた)りて、彼(かれ)に一箇(ひとつ)の断根(だんこん=根絶やし)を与(あた)うるに若(し)かず」と。好(よ)き呆子(あほう)、些(いささ)かの朽(く)ちたる松(まつ)、破(やぶ)れたる竹(たけ)、乾(かわ)ける柳(やなぎ)、枯(か)れたる藤(ふじ)を尋(たず)ね、一把(ひとつかみ)の火(ひ)を点(つ)け上(あ)げ、烘烘(こうこう=めらめら)として都(みな)焼(や)き得(え)て干浄(きれい)なり。師徒(してい)却(かえ)って才(はじ)めて心(こころ)を放(はな)ちて前(まえ)に来(きた)る。

咦(ああ)! 畢竟(つまるところ)、此(こ)の去(ゆ)くに、那(か)の怪(かい)の吉凶(きっきょう)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説き明かし)を聴(き)け。