情欲(じょうよく)の因(よ)る所(ところ)は総(すべ)て一般(いっぱん)、
情(じょう)有(あ)り欲(よく)有(あ)れば自(おの)ずから然(しか)る。
沙門(しゃもん)に修練(しゅうれん)する紛紛(ふんぷん)の士(ひと)よ、
欲(よく)を断(た)ち情(じょう)を忘(わす)るる即(すなわ)ち是(こ)れ禅(ぜん)なり。
須(すべから)く意(い)を著(つ)くべし、心(こころ)の堅(かた)きを要(よう)す、
一塵(いちじん)も染(そ)まざれば月(つき)天(てん)に当(あ)たる。
功(こう)を行(おこな)い歩(あゆみ)を進(すす)めて錯(あやま)りを教(し)むることなかれ、
行(ぎょう)満(み)ち功(こう)完(おわ)れば大覚(だいかく)の仙(せん)なり。
話表(さて)、三蔵(さんぞう)師徒(しと)たちは欲(よく)の網(あみ)を打(う)ち開(ひら)き、情(じょう)の牢(ろう)より跳(と)び出(い)でて、馬(うま)を放(はな)ち西(にし)へ行(ゆ)く。多時(しばらく)行(ゆ)くうち、又(また)夏(なつ)尽(つ)きて秋(あき)の初(はじ)め、新涼(しんりょう=新たなる涼しさ)体(からだ)に透(とお)る。但(ただ)見(み)る那(か)の:
急雨(きゅうう)は残暑(ざんしょ)を収(おさ)め、梧桐(ごどう)は一葉(いちよう)に驚(おどろ)く。
蛍(ほたる)は莎径(さけい=草深き小道)の晩(くれ)に飛(と)び、
蛩(きりぎりす)は月華(げっか=月の光)の明(あき)らけきに語(かた)る。
黄葵(こうき)開(ひら)いて露(つゆ)に映(えい)じ、紅蓼(こうりょう)は沙汀(さてい=砂の渚)に遍(あまね)し。
蒲柳(ほりゅう)は先(ま)ず零落(れいらく)し、寒蝉(かんぜん)は律(りつ)に応(おう)じて鳴(な)く。
三蔵(さんぞう)正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、忽(たちま)ち一坐(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る。峰(みね)は碧空(へきくう)に插(さ)し、真(まこと)に是(こ)れ星(ほし)を摩(ま)し日(ひ)を遮(さえぎ)るばかり。長老(ちょうろう)心中(しんちゅう)に害怕(おそれ)て、悟空(ごくう)を叫(よ)んで道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、前(まえ)の此(こ)の山(やま)、十分(じゅうぶん)に高聳(こうしょう=高くそびゆ)なり。但(ただ)知(し)らず、路(みち)の通(つう)ずること有(あ)りや否(いな)や」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、那(なに)の話(はなし)を説(い)うや。古道(こどう)に曰(いわ)く、山(やま)高(たか)ければ自(おの)ずから客(きゃく)の行(ゆ)く路(みち)有(あ)り、水(みず)深(ふか)ければ自(おの)ずから渡船(とせん)の人(ひと)有(あ)り、豈(あ)に通達(つうたつ)の理(ことわり)無(な)からんや。心(こころ)を放(はな)ちて前(すす)み去(ゆ)くべし」と。長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)きて、喜笑花生(きしょうかせい=喜び笑いて顔に花咲く)し、鞭(むち)を揚(あ)げ馬(うま)を策(さく)して而(しか)して進(すす)み、径(ただ)ちに高岩(こうがん)に上(のぼ)る。
行(ゆ)くこと数里(すうり)ならず、一(ひとり)の老者(ろうじゃ)を見(み)る。鬢(びん)は蓬松(ほうしょう=松のごとく乱れ)、白髪(はくはつ)飄(ひるがえ)り掻(か)く;鬚(ひげ)は稀朗(きろう=まばら)にして、銀糸(ぎんし)擺動(はいどう=揺れ動く)。項(くび)に一串(ひとつな)ぎの数珠(じゅず)を掛(か)け、手(て)に拐杖(かいじょう=杖)を持(も)ちて龍頭(りゅうとう=竜の頭)を現(あらわ)す。遠遠(はるか)に那(か)の山坡(さんぱ=山の斜面)に立(た)ちて高(たか)く呼(よばわ)る、「西進(にしへ進)む長老(ちょうろう)よ、且(しばら)く驊騮(かりゅう=駿馬)を住(とど)め、玉勒(ぎょくろく=玉の轡)を緊(きつ)く兜(あ)てよ。此(こ)の山(やま)の上(うえ)に一伙(ひとくみ)の妖魔(ようま)有(あ)りて、閻浮世上(えんぶせじょう=この世)の人(ひと)を食(く)い尽(つく)せり、前進(ぜんしん)すべからず!」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、大(おお)いに驚(おどろ)きて色(いろ)を失(うしな)う。一(ひとつ)には馬(うま)の足下(あしもと)の平(たいら)ならざるがため、二(ふたつ)には坐(すわ)る箇(こ)の雕鞍(ちょうあん=彫りある鞍)の穏(おだ)やかならざるがため、撲(はた)と馬(うま)より跌下(お)ち、掙挫(あが)くこと動(うご)かず、草(くさ)の中(なか)に睡(ねそべ)りて哼(うな)るのみ。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(すす)みて攙(たす)け起(おこ)して道(い)う、「怕(おそ)るるな怕(おそ)るるな!我(われ)有(あ)り!」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「汝(なんじ)、那(か)の高岩(こうがん)の上(うえ)の老者(ろうじゃ)の、此(こ)の山(やま)の上(うえ)に一伙(ひとくみ)の妖魔(ようま)有(あ)りて閻浮世上(えんぶせじょう)の人(ひと)を食(く)い尽(つく)せりと報(しら)するを聴(き)けるか。誰(たれ)か敢(あ)えて去(ゆ)きて他(かれ)に一箇(ひとつ)の真実(しんじつ)の端的(たんてき=明らかなる事情)を問(と)わん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く地(ち)に坐(すわ)り、我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)に問(と)うを待(ま)て」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「汝(なんじ)が相貌(そうぼう)は醜陋(しゅうろう=醜くいやし)く、言語(げんご)は粗俗(そぞく)なり。怕(おそ)らくは他(かれ)を衝撞(しょうどう=ぶつかりて無礼)して、実信(じっしん=確かなる消息)を問(と)い出(いだ)すこと能(あた)わじ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)、箇(ひとつ)の俊(しゅん=美し)き者(もの)に変(へん)じて去(ゆ)きて他(かれ)に問(と)わん」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「汝(なんじ)変(へん)じて我(われ)に看(み)せよ」と。
好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)し、箇(ひとつ)の干干浄浄(かんかんじょうじょう)の小和尚(こおしょう)と成(な)れり。真(まこと)に是(こ)れ目(め)秀(ひい)で眉(まゆ)清(きよ)く、頭(あたま)円(まる)く臉(かお)正(ただ)しく、行動(こうどう)に斯文(しぶん=上品)の気象(きしょう)有(あ)り、開口(かいこう)に俗類(ぞくるい=俗なる類)の言辞(げんじ)無(な)し。錦衣(きんい)の直裰(じきとつ=法衣)を一抖(ひとゆす)り抖(ゆす)り、歩(あゆみ)を引(ひ)いて前(すす)み出(い)で、唐(とう)の僧(そう)に向(むか)って道(い)う、「師父(しふ)、我(われ)変(へん)ずること好(よ)きや」と。三蔵(さんぞう)見(み)て大(おお)いに喜(よろこ)びて道(い)う、「変(へん)ずること好(よ)し!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「怎(なん)で好(よ)からざらん!只(た)だ我(われ)等(ら)を都(みな)比(ひ)し下(さ)げしのみ。老猪(ろうちょ)は滚(ころ)び上(あが)ること二三年(にさんねん)にして、也(また)此(か)くの般(ごと)き俊俏(しゅんしょう=美しさ)には変(へん)ずること得(え)じ」と。
好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、彼(かれ)等(ら)を離(か)れ去(さ)り、径(ただ)ちに近(ちか)づき前(すす)みて那(か)の老者(ろうじゃ)に対(たい)し躬身(きゅうしん=身をかがめ)て道(い)う、「老公公(ろうこうこう)よ、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん=挨拶)し了(おわ)る」と。那(か)の老児(ろうじ)は他(かれ)が生(う)まれつき俊雅(しゅんが=上品で美し)く、年少(ねんしょう)にして身(み)軽(かる)なるを見(み)て、待答不答(たいとうふっとう=答えるとも答えぬとも)の態(てい)にて他(かれ)に一箇(ひとつ)の礼(れい)を還(かえ)し、手(て)を用(もち)いて他(かれ)が頭(あたま)を摸(さわ)り、笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として問(と)うて道(い)う、「小和尚(こおしょう)よ、汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)等(ら)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より来(きた)れる者(もの)、特(こと)に西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんとす」と。
適(たまた)ま此(こ)の間(あいだ)に到(いた)り、公公(こうこう)の妖怪(ようかい)有(あ)りと報(しら)するを聞(き)くを得(え)たり。我(われ)が師父(しふ)は胆(きも)小(ちい)さく怕懼(おそれ)るるをもって、我(われ)をして来(きた)りて一声(ひとこえ)問(と)わしむ。端的(たんてき)には是(こ)れ甚(なん)の妖精(ようせい)なる、他(かれ)敢(あ)えて此(か)くの般(ごと)く短路(たんろ=道を塞ぐ)す!煩(わずら)わしきかな公公(こうこう)、細(こま)かに説(と)きて我(われ)に之(これ)を知(し)らしめよ。我(われ)好(よ)く他(かれ)をして貶解(へんかい=追い払う)し起(た)ち身(み)ぜしめん」と。那(か)の老児(ろうじ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の小和尚(こおしょう)は年幼(ねんよう)にして、好歹(こうたい=善悪)を知(し)らず、言(げん)幫襯(ほうしん=助け)とならず。那(か)の妖魔(ようま)は神通(じんつう)広大(こうだい)なること得緊(はなはだ)し、怎(なん)で敢(あ)えて他(かれ)を貶解(へんかい)して起身(きしん)すと説(い)わん!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が言(げん)に拠(よ)れば、他(かれ)を護(まも)るの意(こころ)有(あ)るに似(に)たり。必(かなら)ず他(かれ)と親(した)しき有(あ)り、或是(あるいは)緊鄰契友(きんりんけいゆう=近き隣の親しき友)なるか。然(しから)ずんば、怎(なん)で他(かれ)が威智(いち=威勢と知恵)を長(ちょう)じ、他(かれ)が節概(せつがい=気概)を興(おこ)して、肯(あ)えて心(こころ)を傾(かたむ)け胆(たん)を吐(は)きて他(かれ)が一箇(ひとつ)の来歴(らいれき)を説(い)わざる」と。公公(こうこう)点頭(てんどう=うなず)き笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)は倒(かえ)って嘴(くち)を弄(ろう)することを会(え)す!想(おも)うに是(こ)れ汝(なんじ)が師父(しふ)に跟(したが)いて方(ほう)を遊(ゆう)し、到(いた)る処(ところ)にして些(いささ)かの法術(ほうじゅつ)を学(まな)び、或是(あるいは)魍魎(もうりょう)を驅縛(くばく=追い縛る)することを会(え)し、人(ひと)の家(いえ)がためにも宅(たく)を鎮(しず)め邪(じゃ)を降(くだ)すならん。汝(なんじ)未(いま)だ十分(じゅうぶん)の狠怪(こんかい=凶悪なる妖怪)に撞見(であ)わざるのみ!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(なん)の狠(おそろ)しきや」と。公公(こうこう)道(い)う、「那(か)の妖精(ようせい)は一封(ひとふう)の書(ふみ)霊山(りょうざん)に到(いた)れば、五百(ごひゃく)の阿羅(あら)も都(みな)来(きた)りて迎接(げいせつ)す;一紙(ひとひ)の簡(ふだ)天宮(てんぐう)に上(のぼ)れば、十一(じゅういち)の大曜(たいよう)も箇箇(おのおの)相欽(あいしん=互いに敬う)。四海(しかい)の龍(りゅう)は曾(かつ)て他(かれ)と友(とも)と為(な)り、八洞(はっとう)の仙(せん)は常(つね)に他(かれ)と会(かい)を作(な)す。十地(じっち)の閻君(えんくん)は兄弟(きょうだい)を以(もっ)て相称(あいしょう)し、社令城隍(しゃれいじょうこう=土地神と城隍神)は賓朋(ひんぽう=客と友)を以(もっ)て相愛(あいあい)す」と。大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、忍(しの)ぶこと能(あた)わず呵呵(かか)と大笑(たいしょう)し、手(て)を用(もち)いて老者(ろうじゃ)を扯(ひ)いて道(い)う、「説(い)うな!説(い)うな!那(か)の妖精(ようせい)と我(われ)が後生小厮(こうせいしょうし=若者や下男)と兄弟朋友(きょうだいほうゆう)と為(な)るも、也(また)十分(じゅうぶん)の高作(こうさく=大した手柄)ならず。若(も)し我(われ)が小和尚(こおしょう)の来(きた)れるを知(し)らば、他(かれ)は夜(よる)に連(つら)ねて就(すなわ)ち身(み)を搬(うつ)して去(さ)らん!」と。公公(こうこう)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の小和尚(こおしょう)、胡説(こせつ=でたらめ)す!不当人子(ふとうじんし=もってのほか)なり!那(いず)れの神聖(しんせい)か是(こ)れ汝(なんじ)が後生小厮(こうせいしょうし)なる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「実(じつ)に汝(なんじ)に瞞(かく)して説(い)わず、我(われ)が小和尚(こおしょう)は祖(そ)として傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に居(きょ)し、姓(せい)は孫(そん)、名(な)は悟空(ごくう)と曰(い)う。当年(とうねん)也(また)曾(かつ)て妖精(ようせい)と作(な)り、大事(だいじ)を干(おこな)えり。曾(かつ)て衆魔(しゅうま)と会(かい)するに因(よ)り、幾杯(いくばい)かの酒(さけ)を多飲(たいのん)して睡(ねむ)り、夢(ゆめ)の中(なか)に二人(ふたり)の者(もの)の批(ひ=召喚状)を以(もっ)て我(われ)を勾(こう=引きた)きて陰司(いんし=冥府)に到(いた)るを見(み)たり。一時(ひととき)に怒(いか)り発(はっ)し、金箍棒(きんこぼう)を以(もっ)て鬼判(きはん=冥府の役人)を打(う)ち傷(きずつ)け、閻王(えんおう)を唬倒(おどしふ)せぎ、幾(ほと)んど森羅殿(しんらでん)を掀翻(ひっくりかえ)さんとせり。嚇(おど)ろかされて那(か)の掌案(しょうあん=係り)の判官(はんがん)は紙(かみ)を拿(と)り、十(じゅう)の閻王(えんおう)も僉名画字(せんめいがじ=署名捺印)し、我(われ)に他(かれ)を打(う)つを饒(ゆる)さんことを教(おし)え、情願(ねが)って我(われ)と後生小厮(こうせいしょうし)と作(な)らんとせり」と。那(か)の公公(こうこう)説(い)うを聞(き)きて道(い)う、「阿弥陀仏(あみだぶつ)!此(こ)の和尚(おしょう)は此(か)くの般(ごと)き過頭話(かとうわ=大げさな話)を説(い)いて、再(ふたた)び大(おお)きく長(ちょう)ずることを想(おも)う莫(な)かれ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「官児(かんじ)よ、我(われ)が此(か)くの般(ごと)き大(おお)きさも也(また)彀(た)れり」と。公公(こうこう)道(い)う、「汝(なんじ)は年(とし)幾歳(いくつ)なる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)猜(あて)て看(み)よ」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「七八歳(しちはちさい)なるのみならん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「一萬(いちまん)の七八歳(しちはちさい)有(あ)り!我(われ)旧嘴臉(きゅうしれん=元の顔つき)を把(と)り出(いだ)して汝(なんじ)に看(み)せん、汝(なんじ)即(すなわ)ち怪(とが)むること莫(な)かれ」と。公公(こうこう)道(い)う、「怎(なん)で又(また)箇(ひとつ)の嘴臉(しれん=顔つき)有(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)が小和尚(こおしょう)は七十二副(しちじゅうにふ)の嘴臉(しれん)有(あ)り」と。那(か)の公公(こうこう)は不識竅(ふしききょう=要領を得ず)、只管(ただ)他(かれ)に問(と)う。他(かれ)は就(すなわ)ち臉(かお)を把(と)って一抹(ひとぬぐ)い抹(ぬぐ)えば、即(すなわ)ち本象(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、咨牙倈嘴(しがらいし=牙をむき口をとがらす)、両股(りょうこ=両の腿)通紅(つうこう=真っ赤)に、腰間(ようかん)に一條(ひとすじ)の虎皮裙(こひくん=虎の皮の腰巻)を系(むす)び、手(て)に一(ひと)根(ふ)りの金箍棒(きんこぼう)を執(と)り、石崖(せきがい)の下(した)に立(た)てば、就(すなわ)ち箇(ひとつ)の活雷公(かつらいこう=生ける雷神)の象(ごと)し。那(か)の老者(ろうじゃ)見(み)て、嚇(おど)ろかされて面容(めんよう)色(いろ)を失(うしな)い、腿脚(たいきゃく=足腰)酸麻(さんま=しびれだる)くして站(た)つこと穏(おだ)やかならず、撲(はた)と一跌(ひとたお)れ;爬(はい)き起(お)きて、又(また)一箇(ひとつ)の躘蹲(りゅうそん=つまずき)たり。大聖(たいせい)上前(すす)みて道(い)う、「老官児(ろうかんじ)よ、虚驚(きょけい=無用の恐れ)することなかれ、我(われ)等(ら)は面(おもて)悪(あ)しくして人(ひと)善(よ)し。怕(おそ)るるな!怕(おそ)るるな!適間(さっき)汝(なんじ)が好意(こうい)を蒙(こうむ)りて、妖魔(ようま)有(あ)るを報(しら)せり。委(まこと)に幾多(いくばく)の怪(かい)有(あ)るか、一発(いっぺん)に汝(なんじ)を累(わずら)わして説(い)わせ、我(われ)好(よ)く汝(なんじ)を謝(しゃ)せん」と。那(か)の老児(ろうじ)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)て、口(くち)も言(い)うこと能(あた)わず、又(また)耳(みみ)の聾(つんぼ)なるを推(お)して、一句(ひとこと)も応(こた)えず。
行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が言(い)わざるを見(み)て、即(すなわ)ち身(み)を抽(ぬ)いて坡(さか)に回(かえ)る。長老(ちょうろう)道(い)う、「悟空(ごくう)よ、汝(なんじ)来(きた)れるか?問(と)う所(ところ)如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「不打緊(たいしたことなし)!不打緊(たいしたことなし)!西天(さいてん)に便(すなわ)ち箇把(ひとつふたつ)の妖精児(ようせいじ)有(あ)るのみ、只(た)だ此(こ)の地(ち)の人(ひと)は胆(きも)小(ちい)さく、他(かれ)を把(と)って心(こころ)の上(うえ)に放(お)く。没事(ぶじ)没事(ぶじ)!我(われ)有(あ)り!」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「汝(なんじ)曾(かつ)て他(かれ)に此(こ)の処(ところ)は是(こ)れ甚(なん)の山(やま)、甚(なん)の洞(ほら)、幾多(いくばく)の妖怪(ようかい)有(あ)り、那(いず)れの条(みち)か雷音(らいおん)に通(つう)ずると問(と)えるや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「師父(しふ)、我(われ)が説(い)うを怪(とが)むることなかれ。若(も)し変化(へんげ)を賭(か)け、捉掐(そくきょう=からかい)を使(つか)い、人(ひと)を捉弄(からか)うを論(ろん)ずれば、我(われ)等(ら)三五箇(さんごにん)も也(また)師兄(しけい)に如(し)かず;若(も)し老実(ろうじつ=正直)を論(ろん)ずれば、師兄(しけい)の象(ごと)きは就(すなわ)ち一隊伍(ひとくみ)を擺(なら)べても、也(また)我(われ)に如(し)かず」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ!正(まさ)に是(こ)れ!汝(なんじ)は還(ま)だ老実(ろうじつ)なり」と。八戒(はっかい)道(い)う:
「他(かれ)は怎(なん)としても頭(こうべ)を鑽(くぐ)り通(とお)して尾(お)を顧(かえり)みざる者(もの)、両声(ふたこえ)問(と)うて、不狤不魀(ふきつふかつ=要領を得ず)に就(すなわ)ち跑(はし)り回(かえ)り来(きた)れり。老猪(ろうちょ)の去(ゆ)きて他(かれ)に一箇(ひとつ)の実信(じっしん=確かな消息)を問(と)い来(きた)らんを待(ま)て」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「悟能(ごのう)、汝(なんじ)仔細(ょうじん=用心)に着(つ)けよ」と。
好(よ)き哉(かな)呆子(あほう)、釘鈀(ていは=鉞)を把(と)って腰(こし)に撒(さ)し入(い)れ、皂直裰(くろきじきとつ=黒き法衣)を一整(ひとととの)え整(ととの)え、扭扭捏捏(じゅうじゅうねつねつ=もじもじ)として山坡(さんぱ)に奔(はし)り上(のぼ)り、老者(ろうじゃ)に対(たい)して叫(よ)んで道(い)う、「公公(こうこう)、唱喏(しょうじゃく=挨拶)し了(おわ)る」と。那(か)の老児(ろうじ)は行者(ぎょうじゃ)の回(かえ)り去(さ)るを見(み)て、方(はじ)めて杖(つえ)を拄(つ)きて掙(あが)き起(お)き、戦戦兢兢(おののき)として走(に)げ去(さ)らんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち八戒(はっかい)を見(み)て、愈(いよいよ)驚怕(おそれ)て道(い)う、「爺爺(じいじい)や!今夜(こんや)は甚(なん)の悪夢(あくむ)を作(な)せるか、此(か)くの般(ごと)き悪人(あくにん)の伙(くみ)に遇(あ)えるは!為先(さき)の那(か)の和尚(おしょう)は醜(みにく)けれど便(すなわ)ち醜(みにく)く、還(ま)だ三分(さんぶ)の人相(にんそう)有(あ)り;此(こ)の和尚(おしょう)は、怎(なん)で此(か)くの般(ごと)き箇(ひとつ)の碓梃嘴(たいていし=臼の杵のごとき口)、蒲扇(ほせん=蒲の扇)の如(ごと)き耳朶(みみ)、鉄片(てっぺん)の如(ごと)き臉(かお)、毧毛(じゅうもう=縮れ毛)の頸項(けいこう=首)、一分(いちぶ)の人気(ひとけ)も也(また)有(あ)らず!」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の老公公(ろうこうこう)は不興(ふきょう=機嫌悪)く、些(いささ)か人(ひと)を褒貶(ほうへん=褒め貶す)ことを好(この)む。汝(なんじ)は怎(なん)として我(われ)を看(み)るや?醜(みにく)けれど便(すなわ)ち醜(みにく)く、奈看(がまん=見ておれ)よ、再(さ)らに一時(ひととき)を停(とど)めば就(すなわ)ち俊(しゅん=美し)くならん」と。那(か)の老者(ろうじゃ)他(かれ)が人話(ひとのことば)を説(い)い出(いだ)すを見(み)て、只(た)だ開言(かいげん=口を開き)て他(かれ)に問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ唐僧(とうそう)の第二(だいに)の徒弟(とてい)、法名(ほうみょう)を悟能八戒(ごのうはっかい)と叫做(なづ)く。才自(さっき)先(さき)に問(と)える者(もの)を、悟空行者(ごくうぎょうじゃ)と叫做(なづ)き、是(こ)れ我(われ)が師兄(しけい)なり。師父(しふ)は他(かれ)が公公(こうこう)を衝撞(しょうどう=ぶつかりて無礼)せしを怪(とが)めて、未(いま)だ実信(じっしん)を問(と)い得(え)ず、故(ゆえ)に特(こと)に我(われ)をして来(きた)りて拝問(はいもん)せしむ。此(こ)の処(ところ)は果(はた)して是(こ)れ甚(なん)の山(やま)甚(なん)の洞(ほら)、洞(ほら)の裏(うち)は果(はた)して是(こ)れ甚(なん)の妖精(ようせい)、那(いず)こか是(こ)れ西(にし)へ去(ゆ)く大路(たいろ)、煩(わずら)わしきかな公公(こうこう)指示(しじ)指示(しじ)せよ」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「可(まこと)に老実(しょうじき)なるや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)生平(しょうへい=生まれてこのかた)一毫(いちごう)の虚(きょ=うそ)も有(あ)るを敢(あ)えず」と。
老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)才(さっき)来(きた)れる那(か)の和尚(おしょう)の走花弄水(そうかりょうすい=口先ばかり)の象(ごと)きなる莫(な)かれ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)は他(かれ)に象(に)ず」と。
公公(こうこう)杖(つえ)を拄(つ)きて、八戒(はっかい)に対(たい)して説(い)う、「此(こ)の山(やま)を八百里獅駝嶺(しだれい)と叫做(なづ)く。中(なか)に一坐(ひとつ)の獅駝洞(しだどう)有(あ)り、洞(ほら)の裏(うち)に三箇(みたり)の魔頭(まとう)有(あ)り」と。八戒(はっかい)啐(つばき)して一声(ひとこえ)「汝(なんじ)が此(こ)の老児(ろうじ)は却(かえ)って也(また)多心(たしん=疑い深)なり!三箇(みたり)の妖魔(ようま)なるに、也(また)心(こころ)を費(ついや)し労力(ろうりき)して来(きた)りて遭(ひとたび)の信(しらせ)を報(しら)すか!」と。公公(こうこう)道(い)う、「汝(なんじ)怕(おそ)れざるや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)に瞞(かく)して説(い)わず、此(こ)の三箇(みたり)の妖魔(ようま)は、我(われ)が師兄(しけい)は一棍(ひとえ)にて就(すなわ)ち一箇(ひとり)を打死(うちころ)し、我(われ)は一鈀(ひとは)にて就(すなわ)ち一箇(ひとり)を筑(つ)き殺(ころ)し、我(われ)には還(ま)た箇(ひとり)の師弟(してい)有(あ)り、他(かれ)は一(ひとふ)りの降妖杖(ごうようじょう)にて又(また)一箇(ひとり)を打死(うちころ)す。三箇(みたり)都(みな)打死(うちころ)せば、我(われ)が師父(しふ)は就(すなわ)ち過(す)ぎ去(ゆ)かん、何(なん)の難(かた)きこと有(あ)らんや!」と。那(か)の老者(ろうじゃ)笑(わら)って道(い)う:
「此(こ)の和尚(おしょう)は深浅(しんせん=物の程合い)を知(し)らず!那(か)の三箇(みたり)の魔頭(まとう)は、神通(じんつう)広大(こうだい)なること得緊(はなはだ)し!他(かれ)が手下(てした)の小妖(しょうよう)は、南嶺(なんれい=南の峰)の上(うえ)に五千(ごせん)有(あ)り、北嶺(ほくれい=北の峰)の上(うえ)に五千(ごせん)有(あ)り、東(ひがし)の路口(ろぐち)に一萬(いちまん)有(あ)り、西(にし)の路口(ろぐち)に一萬(いちまん)有(あ)り;巡哨(じゅんしょう=見回り)の者(もの)四五千(しごせん)有(あ)り、把門(かどをまも)るのも也(また)一萬(いちまん)有(あ)り;火(ひ)を焼(た)くは無数(むすう)、柴(たきぎ)を打(こ)るのも也(また)無数(むすう):共(あわ)せて計(かぞ)うれば四萬七八千(しよんななせんはっせん)有(あ)り。是(こ)れ都(みな)名字(な)有(あ)りて牌児(ふだ)を帯(お)ぶるの者(もの)にして、専(もっぱ)ら此(ここ)に在(あ)りて人(ひと)を食(く)う」と。那(か)の呆子(あほう)此(こ)の言(げん)を聞(き)くや、戦兢兢(おののき)て跑(はし)り将(やや)あって転(くる)り来(きた)り、唐僧(とうそう)に近(ちか)づくも、且(しばら)くは話(ことば)を回(かえ)さず、鈀(は)を放(おろ)きて、那(か)の処(ところ)に在(あ)りて出恭(しゅっきょう=用便)す。行者(ぎょうじゃ)見(み)て喝(しか)って道(い)う、「汝(なんじ)話(ことば)を回(かえ)さず、却(かえ)って蹲(うずくま)りて那(か)の処(ところ)に在(あ)りて怎(なん)とする」と。八戒(はっかい)道(い)う、「唬(おど)されて屎(くそ)出(い)で来(きた)れり!如今(いま)也(また)説(い)うを消(よう)せず、早(はや)きに児(うち)に各(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて去(ゆ)かんのみ!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の呆根(あほうもの)!我(われ)信(しらせ)を問(と)いて偏(ひとえ)に驚恐(おそれ)ず、汝(なんじ)去(ゆ)きて問(と)えば就(すなわ)ち此(か)くの般(ごと)く慌張失智(あわてふため)くか!」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「端的(つまるところ)如何(いかん)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「此(こ)の老児(ろうじ)説(い)えらく:此(こ)の山(やま)を八百里獅駝嶺(しだれい)と叫做(なづ)き、中(なか)に一坐(ひとつ)の獅駝洞(しだどう)有(あ)り、洞(ほら)の裏(うち)に三箇(みたり)の老妖(ろうよう)有(あ)り、四萬八千(よんまんはっせん)の小妖(しょうよう)有(あ)り、専(もっぱ)ら那(か)の処(ところ)に在(あ)りて人(ひと)を食(く)う。我(われ)等(ら)若(も)し他(かれ)が些(いささ)かの山辺(やまべ)を躙(ふ)まば、就(すなわ)ち是(こ)れ他(かれ)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく)なり、去(ゆ)くことを想(おも)う莫(な)かれ!」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、戦兢兢(おののき)として、毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん=ぞっと)して道(い)う、「悟空(ごくう)、如何(いか)にすべき」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て、大事(だいじ)無(な)し。想(おも)うに是(こ)れ此(ここ)に便(すなわ)ち幾箇(いくたり)かの妖精(ようせい)有(あ)るのみ、只(た)だ此(こ)の地(ち)の人(ひと)は胆(きも)小(ちい)さく、他(かれ)を就(すなわ)ち出(いだ)して許多(あまた)の人(ひと)、許多(あまた)の大(おお)きさを説(い)い、故(ゆえ)に自(おの)ずから驚(おどろ)き自(おの)ずから怪(あやし)む。我(われ)有(あ)り!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)の説(い)うは是(こ)れ那(いず)れの話(はなし)ぞ!我(われ)は汝(なんじ)と同(おな)じからず、我(われ)が問(と)えるは是(こ)れ実(じつ)にして、決(けっ)して虚謬(きょびゅう=偽り)の言(げん)無(な)し。満山満谷(みちあふるる)都(みな)是(こ)れ妖魔(ようま)なるに、怎(なん)で前進(すす)まん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「呆子(あほう)が嘴臉(つら)よ、虚驚(むだおそれ)することなかれ!若(も)し満山満谷(みちあふるる)の魔(ま)を論(ろん)ずれば、只(た)だ老孫(ろうそん)が一路(ひとすじ)の棒(ぼう)を消(よう)するのみ、半夜(よなか)に打(う)ちて罄尽(からから)に尽(ことごと)くさん!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「羞(はじ)ならずや羞(はじ)ならずや、大話(おおげさ)を説(い)う莫(な)かれ!那(か)の妖精(ようせい)は点卯(てんぼう=点呼)するにも也(また)七八日(しちはちにち)を要(よう)すべし、怎(なん)で就(すなわ)ち打(う)ちて罄尽(ことごと)くさん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)説(い)え、怎(いか)に打(う)たんとや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)が抓(つか)み倒(たお)し、捆(くく)り倒(たお)し、定身法(じょうしんぽう=金縛りの術)を使(つか)いて定(さだ)め倒(たお)すに凭(よ)るも、也(また)此(か)くの般(ごと)くの快(はや)きこと有(あ)らず」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「甚(なん)の抓拿捆縛(つかみくくり)を用(もち)いん。我(われ)此(こ)の棍子(こんす=棒)を把(と)って両頭(りょうとう)を一扯(ひとひ)き扯(ひ)きて長(なが)しと叫(よ)ばば、就(すなわ)ち四十丈(しじゅうじょう)の長短(ながさ)有(あ)り;幌(ゆす)りて一幌(ひとゆす)り粗(ふと)しと叫(よ)ばば、就(すなわ)ち八丈(はちじょう)の囲円(まわり)の粗細(ふとさ)有(あ)り。山南(みなみ)へ一滚(ひところ)がりすれば、滚(ころ)し殺(ころ)すこと五千(ごせん);山北(きた)へ一滚(ひところ)がりすれば、滚(ころ)し殺(ころ)すこと五千(ごせん);東(ひがし)より西(にし)へ一滚(ひところ)がりすれば、只(た)だ怕(おそ)らくは四五萬(しごまん)も砑(ひ)きて肉泥爛醤(にくでいらんしょう=肉の泥と醤のごとき)と做(な)さん!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、若(も)し是(こ)れ此(か)くの般(ごと)く赶麺(かんめん=麺を打つ)の如(ごと)く打(う)たば、或是(あるいは)二更(にこう=午後十時ごろ)の時(とき)にも也(また)都(みな)了(おわ)らん」と。沙僧(さそう)旁(かたわら)に在(あ)りて笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、大師兄(だいしけい)の恁様(このような)の神通(じんつう)有(あ)れば、他(かれ)を怕(おそ)るること怎(なん)ぞや!請(こ)う、馬(うま)に上(のぼ)りて走(ゆ)かれよ」と。唐僧(とうそう)彼(かれ)等(ら)が手段(しゅだん)を講論(こうろん)するを見(み)て、没奈何(どうにもなら)ず、只(た)だ心(こころ)を寛(ひろ)うして馬(うま)に上(のぼ)りて而(しか)して走(ゆ)く。
正(まさ)に行(ゆ)く間(あいだ)、那(か)の信(しらせ)を報(しら)せし老者(ろうじゃ)の見(み)えざるに、沙僧(さそう)道(い)う、「他(かれ)は就(すなわ)ち是(こ)れ妖怪(ようかい)にして、故意(わざ)と虎(とら)の威(い)を假(か)りるの狐(きつね)の如(ごと)く来(きた)りて伝報(つたえしら)せしは、我(われ)等(ら)を恐嚇(おど)さんとするのみ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「忙(あわ)てることなかれ、我(われ)の去(ゆ)きて看(み)るを待(ま)て」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、高峰(こうほう)に跳(と)び上(のぼ)り、四顧(しこ=見回)すに無迹(むせき=跡なし)。急(いそ)ぎて面(おもて)を転(めぐ)らし、半空(なかぞら)に彩霞(さいか=色とりどりの雲)の幌亮(こうりょう=きらめく)有(あ)るを見(み)れば、即(すなわ)ち雲(くも)を縦(はし)らせて赶(お)い上(のぼ)り看(み)る時(とき)、乃(すなわ)ち是(こ)れ太白金星(たいはくきんせい)なり。辺(そば)に到(いた)り、手(て)を用(もち)いて扯(ひ)き住(とど)め、口口声声(くちぐちに)只(ただ)他(かれ)が小名(こな=幼名)を叫(よ)んで道(い)う、「李長庚(りちょうこう)!李長庚(りちょうこう)!汝(なんじ)好(よ)く憊懶(はいらん=ずうずうし)き!甚(なん)の話(はなし)有(あ)らば、面(めん)に当(あた)りて来(きた)りて説(い)えば便(すなわ)ち好(よ)し、怎(なん)で山林(さんりん)の老魘(ろうえん=老いし鬼)の様(さま)を装(よそお)いて混(まぎ)らわすや!」と。金星(きんせい)慌(あわ)てて礼(れい)を施(ほどこ)して道(い)う、「大聖(たいせい)、報(しら)するに来(きた)ること遅(おそ)し、乞(こ)う罪(つみ)を免(ゆる)されよ!乞(こ)う罪(つみ)を免(ゆる)されよ!此(こ)の魔頭(まとう)は果(はた)して是(こ)れ神通(じんつう)広大(こうだい)、勢要(せいよう=勢力)崢嶸(そうこう=そびえ立つ)なり。只(た)だ汝(なんじ)が挪移変化(だぎへんげ=身をかわし姿を変ずること)、乖巧(かいこう=賢く巧み)なる機謀(きぼう=策略)を看(み)るのみ、便(すなわ)ち過(す)ぎ去(ゆ)く可(べ)し;若(も)し怠慢(たいまん)些児(すこし)ならば、実(じつ)に去(ゆ)き難(がた)し」と。行者(ぎょうじゃ)謝(しゃ)して道(い)う、「感激(かんげき)!感激(かんげき)!果(はた)して此(こ)の処(ところ)は行(ゆ)き難(がた)し、望(のぞ)むらくは老星(ろうせい)上界(じょうかい=天界)に上(のぼ)り玉帝(ぎょくてい)と説(い)うて声(ひとこえ)かけ、些(いささ)かの天兵(てんぺい)を借(か)りて老孫(ろうそん)を幇助(たす)けしめよ」と。金星(きんせい)道(い)う、「有(あ)り!有(あ)り!有(あ)り!汝(なんじ)只(た)だ口信(くちづて)を帯(お)び去(ゆ)かば、就(すなわ)ち是(こ)れ十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)も、也(また)有(あ)る可(べ)し」と。
大聖(たいせい)金星(きんせい)に別(わか)れ、雲頭(うんとう)を按(お)し下(おろ)して、三蔵(さんぞう)に見(まみ)えて道(い)う、「適才(さっき)の那(か)の老児(ろうじ)は、原(もと)是(こ)れ太白星(たいはくせい)の我(われ)等(ら)がため来(きた)りて信(しらせ)を報(しら)せし者(もの)なり」と。長老(ちょうろう)合掌(がっしょう)して道(い)う、「徒弟(とてい)よ、快(すみや)かに他(かれ)に赶(お)い上(つ)き、他(かれ)に那(いず)こに另(べつ)に箇(ひとつ)の路(みち)有(あ)りて、我(われ)等(ら)転(まわ)りて去(ゆ)かんかと問(と)え」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「転(まわ)る可(べ)からず、此(こ)の山(やま)は径(ただ)ちに過(す)ぐるに八百里(はっぴゃくり)有(あ)り、四囲(あたり)は更(さら)に幾多(いくばく)の路(みち)有(あ)るかを知(し)らず、怎(なん)で転(まわ)ることを得(え)ん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、眼(め)の中(なか)の涙(なみだ)を止(とど)むること能(あた)わずして道(い)う、「徒弟(とてい)よ、此(か)くの般(ごと)き艱難(かんなん)にて、怎(なん)で仏(ほとけ)を拝(はい)せん!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「哭(な)くな哭(な)くな!一(ひとた)び哭(な)かば便(すなわ)ち膿包(のうほう=意気地なし)の行(おこない)なり!他(かれ)が此(こ)の報(しらせ)は、必(かなら)ず幾分(いくぶん)の虚話(きょわ=偽りの話)有(あ)るのみ、只(た)だ我(われ)等(ら)の意(こころ)を着(つ)きて心(こころ)を留(とど)めんことを要(よう)するのみ。誠(まこと)に謂(い)う所(ところ)の、以告者(つぐるもの)の過(あやま)てり、とは是(こ)れなり。汝(なんじ)且(しばら)く馬(うま)より下(お)り来(きた)りて坐(すわ)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う:
「又(また)甚(なん)の商議(そうぎ=相談)有(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「没甚商議(たいした相談なし)、汝(なんじ)且(しばら)く此(ここ)に在(あ)りて心(こころ)を用(もち)いて師父(しふ)を保守(まも)り、沙僧(さそう)は好(よ)く行李馬匹(にもつとうま)を看守(まも)れ、我(われ)が先(ま)ず嶺(みね)に上(のぼ)りて打聴打聴(うちあてに探(さぐ))り、前後(ぜんご)に共(あわ)せて幾多(いくばく)の妖怪(ようかい)有(あ)るかを看(み)、一箇(ひとり)を拿(とら)え、他(かれ)に箇(ひとつ)の詳細(しょうさい)を問(と)い、他(かれ)をして箇(ひとつ)の執結(しゅうけつ=請書)を写(うつ)させ、箇(ひとつ)の花名(かめい=名簿)を開(ひら)かせ、他(かれ)が老老小小(ろうろうしょうしょう=老いも若きも)を一一(いちいち)査(しら)べ明(あき)らかにし、他(かれ)に吩咐(いいつ)けて洞門(どうもん)を関(と)ざし、路(みち)を阻(さえぎ)ることを許(ゆる)さず、却(かえ)って師父(しふ)を請(しょう)じて静静悄悄(しずかにこっそり)と過(す)ぎ去(ゆ)かしめん。然(しか)して後(のち)に方(はじ)めて老孫(ろうそん)が手段(しゅだん)を顕(あらわ)さん!」と。沙僧(さそう)只(た)だ教(おし)えて曰(いわ)く、「仔細(ようじん)!
仔細(ようじん)!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「嘱咐(いいつけ)を消(よう)せず、我(われ)が此(こ)の一去(ひとゆき)は、就(すなわ)ち是(こ)れ東洋大海(とうようたいかい)も也(また)路(みち)を蕩(ひら)き開(あ)け、就(すなわ)ち是(こ)れ鉄裹銀山(てつづつみのぎんざん)も也(また)門(もん)を撞(つ)き透(とお)さん!」と。
好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、唿哨(くちぶえ)一声(ひとこえ)、筋斗雲(きんとうん)を縦(はし)らせ、高峰(こうほう)に跳(と)び上(のぼ)り、藤(つる)を扳(たぐ)り葛(かずら)を負(お)うて、山(やま)を平(な)らかに観看(みわた)せば、那(か)の山(やま)の裏(うち)は静悄(しずか)にして人(ひと)無(な)し。忽(たちま)ち声(こえ)を失(しっ)して道(い)う、「錯(あやま)てり!錯(あやま)てり!該(まさ)に此(こ)の金星(きんせい)の老児(ろうじ)を放(はな)ちて去(ゆ)かしむべからざりしに、他(かれ)原(もと)我(われ)を恐嚇(おど)せしのみ、此(ここ)に那(なん)の甚(なん)の妖精(ようせい)か有(あ)らん!他(かれ)就(すなわ)ち出(い)で来(きた)りて跳風(ちょうふう=風に乗じて跳ねる)し頑耍(たわむ)れせば、必(かなら)ず槍(やり)を拈(と)り棒(ぼう)を弄(もてあそ)び、武芸(ぶげい)を操演(みが)くならんに、如何(いか)にして一箇(ひとり)も無(な)きや」と。正(まさ)に自家(おのれ)揣度(おしはか)るに、只(た)だ山(やま)の背後(うしろ)に、叮叮当当(ていていとうとう)、辟辟剥剥(へきへきはくはく)たる梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)の声(こえ)の聞(き)こゆる有(あ)り。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして看(み)る処(ところ)、原(もと)是(こ)れ箇(ひとり)の小妖児(しょうようじ)にして、一杆(ひとふり)の「令(れい)」の字(じ)の旗(はた)を掮(かつ)ぎ、腰間(ようかん)に鈴子(れいす=鈴)を懸(か)け、手(て)に梆子(ほうす=拍子木)を敲(たた)き持ちて、北(きた)より南(みなみ)へ而(しか)して走(ゆ)く。仔細(つぶさ)に他(かれ)を看(み)れば、一丈二尺(いちじょうにしゃく)の身子(みのたけ)有(あ)り。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「他(かれ)は必(かなら)ず是(こ)れ箇(ひとり)の鋪兵(ほへい=飛脚)にして、想(おも)うに是(こ)れ公文(こうぶん)を送(おく)り報帖(ほうじょう=知らせ書き)を下(くだ)す者(もの)ならん。且(しばら)く我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)が説(い)う些(いささ)かの話(はなし)を聴(き)かん」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、咒(じゅ)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)し、箇(ひとつ)の蠅児(はえ)と変(へん)じ、軽軽(かるがる)と他(かれ)が帽子(ぼうし)の上(うえ)に飛(と)び、耳(みみ)を側(そばだ)てて之(これ)を聴(き)く。只(た)だ見(み)る、那(か)の小妖(しょうよう)大路(たいろ)に上(のぼ)り、梆(ほう)を敲(たた)き、鈴(れい)を揺(ゆ)り、口(くち)の裏(うち)に作念(さねん=唱える)して道(い)う、「我(われ)等(ら)山(やま)を尋(さぐ)る者(もの)は、各人(おのおの)是(こ)れ謹慎(きんしん)して孫行者(そんぎょうじゃ)を堤防(ていぼう=用心)せよ:他(かれ)は蠅(はえ)に変(へん)ずることを会(え)す!」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、暗(ひそ)かに自(おの)ずから驚疑(おどろきたが)いて道(い)う、「此(こ)の奴(やつ)我(われ)を見(み)たるか、若(も)し未(いま)だ見(み)ざらんには、怎(なん)で就(すなわ)ち我(われ)が名字(な)を知(し)り、又(また)我(われ)が蠅(はえ)に変(へん)ずるを会(え)すことを知(し)れる」と。原(もと)那(か)の小妖(しょうよう)も也(また)曾(かつ)て他(かれ)を見(み)ず、只(た)だ那(か)の魔頭(まとう)の怎(いか)にしてか就(すなわ)ち他(かれ)に此(こ)の話(はなし)を吩咐(いいつ)けしが、却(かえ)って是(こ)れ箇(ひとつ)の謡言(ようげん=流言)にして、他(かれ)をして此(か)くの般(ごと)く胡(みだ)りに念(ねん)ぜしむるのみ。行者(ぎょうじゃ)知(し)らず、反(かえ)って他(かれ)の見(み)たるを疑(うたが)い、就(すなわ)ち棒(ぼう)を取(と)り出(いだ)して他(かれ)を打(う)たんと欲(ほっ)せしが、又(また)停(とど)まりて、暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、「曾(かつ)て八戒(はっかい)の金星(きんせい)に問(と)いし時(とき)、他(かれ)の老妖(ろうよう)三箇(みたり)、小妖(しょうよう)四萬七八千名(しよんななせんはっせんめい)有(あ)りと説(い)えるを記(き)えり。此(か)くの般(ごと)き小妖(しょうよう)は、再(さら)に幾萬(いくまん)多(おお)くとも、也(また)不打緊(たいしたことなし)、却(かえ)って知(し)らず、此(こ)の三箇(みたり)の老魔(ろうま)は幾多(いかほど)の大手段(だいしゅだん)有(あ)るや。我(われ)が他(かれ)に一問(ひとと)い問(と)うを待(ま)ちて、手(て)を動(うご)かすも遅(おそ)からず」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)!汝(なんじ)は他(かれ)怎(いか)に去(ゆ)きて問(と)うと道(い)うや?他(かれ)が帽子(ぼうし)より跳(と)び下(お)り来(きた)り、樹(き)の頭(いただき)に釘(とま)り、那(か)の小妖(しょうよう)をして先(ま)ず幾歩(いくあし)か行(ゆ)かしめ、急(いそ)ぎ身(み)を転(めぐ)らし騰那(とうな=身をかわ)し、也(また)箇(ひとり)の小妖児(しょうようじ)に変(へん)じ、他(かれ)に照依(なら)いて梆(ほう)を敲(たた)き、鈴(れい)を揺(ゆ)り、旗(はた)を掮(かつ)ぎ、一般(おなじ)き衣服(いふく)なるも、只(た)だ他(かれ)に比(くら)べて略(ほぼ)三五寸(さんごすん)長(なが)く、口(くち)の裏(うち)も也(また)那(か)くの般(ごと)く念(ねん)じ、赶(お)い上(すす)んで叫(よ)んで道(い)う、「路(みち)を行(ゆ)く者(もの)よ、我(われ)を一等(ひととき)待(ま)て」と。那(か)の小妖(しょうよう)頭(こうべ)を回(めぐ)らして道(い)う、「汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「好(よ)き人(ひと)や!一家人(いっかのもの)も也(また)認(みと)めざるか!」と。小妖(しょうよう)道(い)う:
「我(われ)が家(いえ)に汝(なんじ)無(な)きに」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(なん)で我(われ)無(な)からん?汝(なんじ)認(みと)めて看(み)よ」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「面生(みしらぬ)なり、認(みと)むること得(え)ず!認(みと)むること得(え)ず!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「面生(みしらぬ)なるを知(し)る可(べ)し、我(われ)は是(こ)れ火(ひ)を焼(た)く者(もの)にて、汝(なんじ)が我(われ)と会(あ)うこと少(すくな)し」と。小妖(しょうよう)頭(こうべ)を揺(ゆ)って道(い)う、「無(な)し!無(な)し!我(われ)が洞(ほら)の裏(うち)は就(すなわ)ち是(こ)れ火(ひ)を焼(た)く那(か)の兄弟(きょうだい)も、也(また)此(か)くの般(ごと)き嘴(くち)の尖(とが)れる者(もの)無(な)し」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、「此(こ)の嘴(くち)好(よ)く変(へん)じ過(す)ぎて些(いささ)か尖(とが)れり」と。即(すなわ)ち頭(こうべ)を低(た)れ、手(て)を把(と)って嘴(くち)を捂(おお)いて一揉(ひとも)み揉(も)みて道(い)う、「我(われ)が嘴(くち)は尖(とが)らざるなり」と。真(まこと)に就(すなわ)ち尖(とが)らず。那(か)の小妖(しょうよう)道(い)う、「汝(なんじ)剛才(さっき)は是(こ)れ箇(ひとつ)の尖嘴(とがりくち)なりしに、怎(なん)で揉(も)むこと一揉(ひとつ)にて就(すなわ)ち尖(とが)らざるか。人(ひと)を疑惑(ぎわく=疑わ)しむる子(こと)よ!大(おお)いに認(みと)め難(がた)し!我(われ)が一家(いっか)の者(もの)に非(あら)ず!少会(おめにかかることまれ)少会(まれ)!可疑(あやし)し可疑(あやし)し!我(われ)が那(か)の大王(だいおう)が家法(かほう=家の掟)は甚(はなは)だ厳(きび)しく、火(ひ)を焼(た)くは只(た)だ火(ひ)を焼(た)くを管(つかさど)り、山(やま)を巡(めぐ)るは只(た)だ山(やま)を巡(めぐ)るを管(つかさど)る。終(つい)に然(しか)らずんば汝(なんじ)に火(ひ)を焼(た)かしめ、又(また)汝(なんじ)に来(きた)りて山(やま)を巡(めぐ)らしめんや」と。行者(ぎょうじゃ)口(くち)乖(かしこ)く、就(すなわ)ち趁(つ)け込(こ)みて道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず、大王(だいおう)は我(われ)が火(ひ)を焼(た)くこと好(よ)きを見(み)て、就(すなわ)ち我(われ)を升(しょう)して来(きた)らしめて山(やま)を巡(めぐ)らしむるなり」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「也(また)罷(よ)し!
我(われ)等(ら)が此(こ)の山(やま)を巡(めぐ)る者(もの)は、一班(ひとくみ)に四十名(よんじゅうめい)有(あ)り、十班(じゅっぱん)共(あわ)せて四百名(よんひゃくめい)、各自(おのおの)年貌(ねんぼう=年齢と容貌)、各自(おのおの)名色(めいしょく=名目)有(あ)り。大王(だいおう)は我(われ)等(ら)の班次(くみしだ)を乱(みだ)して、点卯(てんぼう=点呼)し難(がた)からんことを怕(おそ)れ、一家(いっか)に我(われ)等(ら)に一箇(ひとつ)の牌児(ふだ)を与(あた)えて号(しるし)と為(な)す。汝(なんじ)牌児(ふだ)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)只(た)だ他(かれ)が那(か)くの般(ごと)き打扮(いでたち)、那(か)くの般(ごと)き報事(ほうじ=知らせ)するを見(み)て、遂(つい)に他(かれ)が模様(かたち)に照(なら)いて変(へん)ぜしが、未(いま)だ曾(かつ)て他(かれ)が牌児(ふだ)を見(み)ざるに因(よ)り、故(ゆえ)に身上(からだ)に有(あ)らず。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、更(さら)に無(な)しと説(い)わず、就(すなわ)ち満口(くちいっぱい)に応承(うけたまわ)って道(い)う、「我(われ)怎(なん)で牌(ふだ)無(な)からん?但(た)だ只(た)だ是(こ)れ剛才(さっき)領(う)けし新牌(しんぱい)なるのみ。汝(なんじ)が物(もの)を拿(と)り出(いだ)して我(われ)に看(み)せよ」と。那(か)の小妖(しょうよう)那(いず)くんぞ此(こ)の機括(からくり)を知(し)らんや、即(すなわ)ち衣服(いふく)を揭(まく)り上(あ)ぐれば、身(み)に貼(つ)けて箇(ひとつ)の金漆牌児(きんしつはいじ=金塗りの札)を帯(お)び、条(ひとすじ)の絨線縄児(じゅうせんじょうじ=毛糸の紐)を穿(とお)し、扯(ひ)きて行者(ぎょうじゃ)に与(あた)えて看(み)しむ。行者(ぎょうじゃ)那(か)の牌背(ふだのうら)は是(こ)れ「威鎮諸魔(いちんしょま=諸魔を威で鎮む)」の金牌(きんぱい)なるを見(み)、正面(おもて)に三箇(みつ)の真字(しんじ=楷書)有(あ)りて、是(こ)れ「小鑽風(しょうさんぷう)」なり。他(かれ)却(かえ)って心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、「説(い)うを消(よう)せず!但(た)だ是(こ)れ山(やま)を巡(めぐ)る者(もの)は、必(かなら)ず箇(ひとつ)の「風(ふう)」の字(じ)の墜脚(ついきゃく=語尾)有(あ)り」と。便(すなわ)ち道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く衣(ころも)を放(おろ)して過(よぎ)り去(ゆ)き、我(われ)が牌児(ふだ)を拿(と)りて汝(なんじ)に看(み)せんを待(ま)て」と。即(すなわ)ち身(み)を転(めぐ)らし、手(て)を插(さ)し下(くだ)し、尾巴梢児(しっぽのさき)の小毫毛(こもう=細き毛)を一(ひと)根(すじ)抜(ぬ)き下(おろ)し、他(かれ)を捻(ね)って把(と)り、「変(へん)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち箇(ひとつ)の金漆牌児(きんしつはいじ)に変(へん)じ、也(また)箇(ひとつ)の緑絨縄児(りょくじゅうじょうじ=緑の毛糸の紐)を穿(とお)し、上(うえ)に三箇(みつ)の真字(しんじ)を書(か)きて、乃(すなわ)ち「総鑽風(そうさんぷう)」と有(あ)り。拿(と)り出(いだ)して、他(かれ)に与(あた)えて看(み)しむれば、小妖(しょうよう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う:
「長官(ちょうかん)、長官(ちょうかん)、新(あらた)に点(てん)し出(いだ)されし者(もの)とは、実(じつ)に是(こ)れ面生(みしらぬ)なり、言語(げんご)衝撞(ぶつかりて無礼)せしも、怪(とが)むること莫(な)かれ!」と。行者(ぎょうじゃ)礼(れい)を還(かえ)し笑(わら)って道(い)う、「怪(とが)むるは便(すなわ)ち汝(なんじ)を怪(とが)めず、只(た)だ是(こ)れ一件(ひとこと)有(あ)り:見面銭(けんめんせん=顔合わせの祝儀)は却(かえ)って要(い)るなり。毎人(めいにん)五両(ごりょう)を拿(と)り出(いだ)せかし」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「長官(ちょうかん)忙(あわ)てることなかれ、我(われ)が南嶺頭(みなみのみね)に往(ゆ)きて我(われ)が此(こ)の一班(ひとくみ)の人(ひと)と会(あ)い、一総(ひとまとめ)に打発(はら)わんを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)汝(なんじ)と同(とも)に去(ゆ)かん」と。那(か)の小妖(しょうよう)真(まこと)に先(さき)に走(ゆ)き、大聖(たいせい)随(したが)いて後(うしろ)より相(あい)跟(ゆ)く。
不数里(すうりならず)、忽(たちま)ち一坐(ひとつ)の筆峰(ひっぽう=筆の峰)を見(み)る。何(なん)を以(もっ)てか之(これ)を筆峰(ひっぽう)と謂(い)うや?那(か)の山(やま)の頭(いただき)より一條(ひとすじ)の峰(みね)を長(の)ばし出(いだ)せる有(あ)り、約(およ)そ四五丈(しごじょう)の高(たか)さ、筆(ふで)の架(かけ)に插(さ)し在(あ)るが般(ごと)し、故(ゆえ)に以(もっ)て名(な)と為(な)す。行者(ぎょうじゃ)辺前(ほとり)に到(いた)り、尾巴(しっぽ)を把(と)って一掬(ひとつか)み掬(つか)み、跳(と)び上(のぼ)って峰尖児(みねのさき)に坐(すわ)り、叫(よ)んで道(い)う、「鑽風(さんぷう)!都(みな)過(よぎ)り来(きた)れ!」と。那(か)の小鑽風(しょうさんぷう)たち下(した)に在(あ)りて躬身(きゅうしん=身をかがめ)て道(い)う、「長官(ちょうかん)、伺候(しかし=お待ち申す)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)等(ら)大王(だいおう)が我(われ)を点(てん)し出(いだ)されし故(ゆえ)を知(し)れるや」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「大王(だいおう)は唐僧(とうそう)を食(く)わんと要(ほっ)すれど、只(た)だ孫行者(そんぎょうじゃ)が神通(じんつう)広大(こうだい)にして、他(かれ)は変化(へんげ)を会(え)すと説(い)われ、只(た)だ恐(おそ)るるは他(かれ)小鑽風(しょうさんぷう)に変作(へんさく=化け)して、此(ここ)に来(きた)りて路徑(みちすじ)を躙(ふ)み、消息(しょうそく=様子)を打探(さぐ)らんことを、我(われ)を升(しょう)して総鑽風(そうさんぷう)と作(な)し、来(きた)りて汝(なんじ)等(ら)が此(こ)の一班(ひとくみ)に仮(にせ)の者(もの)有(あ)るやを査勘(しらべ)しむるなり」と。小鑽風(しょうさんぷう)連声(れんせい)に応(こた)えて道(い)う、「長官(ちょうかん)、我(われ)等(ら)は俱(みな)是(こ)れ真(まこと)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に是(こ)れ真(まこと)ならば、大王(だいおう)に甚(なん)の本事(ほんざま =腕前)有(あ)るか、汝(なんじ)暁(さと)れるや」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「我(われ)暁(さと)れり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)暁(さと)らば、快(すみや)かに説(と)き来(きた)りて我(われ)に聴(き)かせよ。若(も)し説(と)くこと我(われ)に合(かな)えば、便(すなわ)ち是(こ)れ真(まこと)なり;若(も)し説(と)くこと些児(すこし)も差(たが)えば、便(すなわ)ち是(こ)れ仮(にせ)なり、我(われ)定(かなら)ず拿(とら)え去(ゆ)きて大王(だいおう)に見(まみ)えて処治(しょち=処罰)せしめん」と。那(か)の小鑽風(しょうさんぷう)他(かれ)が高(たか)きに坐(すわ)り、獐(かもしか)を弄(ろう)し智(ちえ)を弄(ろう)し、呼呼喝喝(ここかつかつ=どなりたて)るを見(み)て、没奈何(どうにもなら)ず、只(た)だ実(じつ)を説(と)いて道(い)う、「我(われ)が大王(だいおう)は神通(じんつう)広大(こうだい)、本事(ほんざま)高強(こうきょう)にして、一口(ひとくち)に曾(かつ)て十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を呑(の)めり」と。行者(ぎょうじゃ)説(い)うを聞(き)きて、一声(ひとこえ)を吐(つ)き出(いだ)して道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ仮(にせ)なり!」と。小鑽風(しょうさんぷう)慌(あわ)てて道(い)う、「長官老爺(ちょうかんろうや)よ、我(われ)は是(こ)れ真(まこと)なるに、怎(なん)で仮(にせ)なりと説(い)わるる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に是(こ)れ真(まこと)ならば、如何(いか)にして胡説(でたらめ)す!大王(だいおう)が身子(からだ)能(よ)く幾多(いかほど)の大(おお)きさ有(あ)りて、一口(ひとくち)に都(みな)十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を呑(の)み了(おわ)らんや」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「長官(ちょうかん)原(もと)知(し)らざるか、我(われ)が大王(だいおう)は変化(へんげ)を会(え)す:大(おお)きくならんと要(ほっ)すれば能(よ)く天堂(てんどう=天の宮)を撑(ささ)え、小(ちい)さくならんと要(ほっ)すれば就(すなわ)ち菜子(さいし=菜の種)の如(ごと)し。因(ちな)みに那(か)の年(とし)王母娘娘(おうぼにょうにょう)蟠桃大会(ばんとうたいかい)を設(もう)けて諸仙(しょせん)を邀請(しょうせい=招)ぜしに、他(かれ)曾(かつ)て柬(かん=招き文)を具(そな)えて来(きた)りて請(しょう)ぜず、我(われ)が大王(だいおう)意(こころ)天(てん)と争(あらそ)わんと欲(ほっ)し、玉皇(ぎょくこう)に十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を差(つか)わされ我(われ)が大王(だいおう)を降(くだ)さんとせしに、是(こ)れ我(われ)が大王(だいおう)変化法身(へんげほっしん=変化した法の身)し、大口(おおぐち)を張(は)り開(あ)けて、城門(じょうもん)の一般(ごと)し、力(ちから)を用(もち)いて呑(の)み将(やや)あって去(ゆ)かば、唬(おど)ろかされて衆(しゅう)の天兵(てんぺい)敢(あ)えて鋒(ほこ)を交(まじ)えず、南天門(なんてんもん)を関(と)ざせり、故(ゆえ)に此(こ)れ是(こ)れ一口(ひとくち)に曾(かつ)て十万(じゅうまん)の兵(へい)を呑(の)めり、と」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「若(も)し手頭(てあたり=実際の腕)の話(はなし)を講(こう)ぜば、老孫(ろうそん)も也(また)曾(かつ)て干(おこな)えり」と。又(また)応(こた)えて声(こえ)をあぐ、「二大王(にだいおう)に何(なん)の本事(ほんざま)有(あ)る」と。
小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「二大王(にだいおう)は身(み)の丈(たけ)三丈(さんじょう)、臥蚕眉(がさんび=寝た蚕のごとき眉)、丹鳳眼(たんほうがん=鳳凰の眼)、美人声(びじんのこえ)、匾担牙(へんたんが=天秤棒のごとき牙)、鼻(はな)は蛟龍(こうりゅう)に似(に)たり。人(ひと)と争闘(あらそ)わんには、只(た)だ一(ひと)鼻(はな)の巻(ま)き去(さ)るを消(よう)するのみ、就(すなわ)ち是(こ)れ鉄背銅身(てっぱいどうしん=鉄の背と銅の身)も、也(また)魂(たま)亡(ほろ)び魄(たましい)喪(うしな)わん!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「鼻(はな)の巻(ま)き人(ひと)の妖精(ようせい)も也(また)拿(とら)え好(よ)し」と。又(また)応(こた)えて声(こえ)をあぐ、「三大王(さんだいおう)も也(また)幾多(いくばく)の手段(しゅだん)有(あ)る」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「我(われ)が三大王(さんだいおう)は是(こ)れ凡間(ぼんげん=この世)の怪物(かいぶつ)に非(あら)ず、名号(みょうごう)を雲程万里鵬(うんていばんりのおおとり)と曰(い)い、行動(こうどう)する時(とき)、風(かぜ)を摶(つむじ)らせ海(うみ)を運(めぐ)らせ、北(きた)を振(ふる)わせ南(みなみ)を図(はか)る。身(み)に随(したが)えて一件児(ひとつの)宝貝(ほうばい=宝物)有(あ)り、喚(なづ)けて陰陽二気瓶(いんようにきへい)と做(な)す。假若(もし)人(ひと)を把(と)って瓶(へい)の裏(うち)に装(い)れれば、一時三刻(いっときみとき=ごく短い間)に、化(か)して漿水(しょうすい=どろどろの水)と為(な)る」と。行者(ぎょうじゃ)説(い)うを聴(き)きて、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに驚(おどろ)いて道(い)う、「妖魔(ようま)は倒(かえ)って也(また)怕(おそ)ろしからず、只(た)だ仔細(ようじん)に他(かれ)が瓶児(へい)を防(ふせ)がん」と。又(また)応(こた)えて声(こえ)をあぐ、「三箇(みたり)の大王(だいおう)が本事(ほんざま)は、汝(なんじ)倒(かえ)って也(また)説(と)くこと差(たが)わず、我(われ)が知(し)れる所(ところ)と一般(おなじ)し。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ那(いず)れの箇(ひとり)の大王(だいおう)か唐僧(とうそう)を食(く)わんと要(ほっ)する」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「長官(ちょうかん)、汝(なんじ)知(し)らざるや」と。行者(ぎょうじゃ)喝(しか)って道(い)う、「我(われ)は汝(なんじ)より些児(すこし)も知(し)らざるなり!汝(なんじ)等(ら)の底細(ていさい=内情)を知(し)らざるを恐(おそ)るるに因(よ)り、我(われ)に吩咐(いいつ)けて来(きた)らしめ、着実(じっくり)と汝(なんじ)等(ら)を盤問(といただ)せしむるなり!」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「我(われ)が大大王(だいだいおう)と二大王(にだいおう)は久(ひさ)しく獅駝嶺(しだれい)獅駝洞(しだどう)に住(す)む。三大王(さんだいおう)は此(ここ)に住(す)まず、他(かれ)が原(もと)の住処(すみか)は此(ここ)を離(はな)れて西下(にし)に四百里(よんぴゃくり)の遠近(へだたり)有(あ)り。那(か)の廂(あたり)に一坐(ひとつ)の城(しろ)有(あ)り、喚(なづ)けて獅駝国(しだこく)と做(な)す。他(かれ)五百年前(ごひゃくねんまえ)に此(こ)の城(しろ)の国王(こくおう)及び文武官僚(ぶんぶかんりょう)を食(く)い了(おわ)り、満城(しろじゅう)の大小男女(だいしょうだんじょ)も也(また)尽(ことごと)く他(かれ)に食(く)われて乾浄(きれい)に尽(つく)せり、此(こ)れに因(よ)って上(かみ)は他(かれ)が江山(こうざん=国)を奪(うば)い、如今(いま)は尽(ことごと)く是(こ)れ些(いささか)の妖怪(ようかい)のみ。知(し)らず那(いず)れの年(とし)にか打聴(うちあてに探(さぐ))り得(え)たるは、東土唐朝(とうどとうちょう)より一箇(ひとり)の僧(そう)を差(つか)わし西天(さいてん)に去(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らしむと、那(か)の唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち是(こ)れ十世(じっせ)の修行(しゅぎょう)の好(よ)き人(ひと)にして、人(ひと)他(かれ)が一塊(ひとかけら)の肉(にく)を食(く)えば、就(すなわ)ち寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)して老(お)いずと説(い)う。只(た)だ他(かれ)が一箇(ひとり)の徒弟(とてい)孫行者(そんぎょうじゃ)の十分(じゅうぶん)に利害(りがい=手強き)なるを怕(おそ)れ、自家(ひとり)にては難為(なしがた)く、径(ただ)ちに此(こ)の処(ところ)に来(きた)りて我(われ)が此(こ)の二箇(ふたり)の大王(だいおう)と結(むす)びて兄弟(きょうだい)と為(な)り、意(こころ)を合(あわ)せ心(こころ)を同(おなじう)して、伙(くみ)を打(な)して那(か)の唐僧(とうそう)を捉(とら)えんとす」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、心中(しんちゅう)に大(おお)いに怒(いか)って道(い)う:
「此(こ)の潑魔(はつま=あくたれの妖怪)十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり!我(われ)唐僧(とうそう)を保(まも)りて正果(しょうか=悟りの位)を成(な)さんとするに、他(かれ)怎(なん)で算計(たくら)みて我(われ)が人(ひと)を食(く)わんとす!」と。一声(ひとこえ)恨(うら)みて、鋼牙(こうが=鋼の歯)を咬(か)み響(ひび)かせ、鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)き出(いだ)し、高峰(こうほう)より跳(と)び下(お)り、棍子(ぼう)を把(と)って小妖(しょうよう)が頭(あたま)の上(うえ)に望(むか)いて一砑(ひときし)り砑(きし)れば、憐(あわ)れなるかな、就(すなわ)ち砑(きし)て箇(ひとつ)の肉陀(にくだ=肉の塊)の象(ごと)し!自家(おのれ)見(み)て、又(また)忍(しの)びずして道(い)う:
「咦(ああ)!他(かれ)倒(かえ)って是(こ)れ箇(ひとつ)の好意(こうい)にして、些(いささ)かの家常話児(かじょうばなし=身の上話)を都(みな)我(われ)に与(あた)えて説(い)い了(おわ)りしに、我(われ)怎(なん)で却(かえ)って此(こ)の一下子(ひとくだり)にて就(すなわ)ち他(かれ)を結果(けっか=始末)せしや?也(また)罷(よ)し也(また)罷(よ)し、左右(とにかく)是(こ)れ左右(とにかく)なり!」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、只(た)だ師父(しふ)が路(みち)を阻(さえぎ)らるるがため、没奈何(どうにもなら)ず此(こ)の事(こと)を干(おこな)い出(いだ)せり。就(すなわ)ち他(かれ)が牌児(ふだ)を把(と)って解(と)き下(おろ)し、自家(おの)れが腰(こし)に帯(お)び、「令(れい)」の字(じ)の旗(はた)を背(せ)に掮(かつ)ぎ、腰間(ようかん)に鈴(れい)を掛(か)け、手(て)に梆子(ほうす)を敲(たた)き持ち、風(かぜ)に迎(むか)って訣(けつ)を捻(ねん)じ、口(くち)の裏(うち)に咒語(じゅご)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)じ、変(へん)ずること就(すなわ)ち小鑽風(しょうさんぷう)の模様(かたち)の象(ごと)し。歩(あゆみ)を引(ひ)き回(めぐ)らし、径(ただ)ちに旧路(きゅうろ=元の道)を転(たど)り、洞府(どうふ)を找尋(たずね)し、去(ゆ)きて那(か)の三箇(みたり)の老妖魔(ろうようま)の虚実(きょじつ=実情)を打探(さぐ)らんとす。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ:
千般(せんばん)の変化(へんげ)は美猴王(びこうおう)、
万様(ばんよう)の騰那(とうな=身のかわし)は真(しん)の本事(ほんざま)。
深山(しんざん)に闖入(おしい)り、旧路(きゅうろ)に依(よ)りて正(まさ)に走(ゆ)く処(ところ)、忽(たちま)ち人(ひと)の喊(さけ)び馬(うま)の嘶(いなな)く声(こえ)の聞(き)こゆる有(あ)り。即(すなわ)ち目(め)を挙(あ)げて之(これ)を観(み)れば、原(もと)是(こ)れ獅駝洞(しだどう)の口(ぐち)に万数(ばんすう)の小妖(しょうよう)の槍刀剣戟(そうとうけんげき=武器の類)、旗幟旌旄(きしせいぼう=旗の類)を排列(なら)べたる有(あ)り。此(こ)の大聖(たいせい)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)う、「李長庚(りちょうこう)が言(げん)は、真(まこと)に是(こ)れ不妄(いつわりのみならず)!真(まこと)に是(こ)れ不妄(いつわりのみならず)!」と。
原(もと)此(こ)の擺列(ならび)の些(いささ)かの路数(みちすじ=わけ)有(あ)る:二百五十名(にひゃくごじゅうめい)を一(ひとつ)の大隊伍(たいぐみ)と作(な)す。他(かれ)只(た)だ四十(しじゅう)の雑彩(ざっさい=色とりどり)の長旗(ちょうき)の、風(かぜ)に迎(むか)いて乱舞(みだれま)える有(あ)るを見(み)て、就(すなわ)ち万(ばん)の人数(ひと)の有(あ)るを知(し)り、却(かえ)って又(また)自(おの)ずから揣(おしはか)り自(おの)ずから度(たく)して道(い)う:
「老孫(ろうそん)小鑽風(しょうさんぷう)に変作(へんさく=化)し、此(こ)の一体(ひとたび)中(なか)へ入(はい)らば、那(か)の老魔(ろうま)若(も)し我(われ)に山(やま)を巡(めぐ)るの話(はなし)を問(と)わば、我(われ)必(かなら)ず機(き)に随(したが)って答(こた)えん。倘或(もし)一時(ひととき)にも言語(げんご)の差訛(さか=あやまり)有(あ)りて、我(われ)を認(みと)むる啊(や)あらば、怎(いか)にして体(み)を脱(のが)れん?就(すなわ)ち外(そと)へ跑(に)げ出(いだ)さんと要(ほっ)する時(とき)、那(か)の伙(くみ)の門(もん)を把(まも)る者(もの)に擋(さえぎ)り住(とど)められば、如何(いか)にして門(もん)を出(い)で去(ゆ)くことを得(え)ん?洞(ほら)の裏(うち)の妖王(ようおう)を拿(とら)えんと要(ほっ)せば、必(かなら)ず先(ま)ず門前(もんぜん)の衆怪(しゅうかい)を除(のぞ)かん!」と。汝(なんじ)は他(かれ)怎(いか)にして衆怪(しゅうかい)を除(のぞ)くことを得(え)しと道(い)うや?好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)想(おも)えらく、「那(か)の老魔(ろうま)は曾(かつ)て我(われ)と面(めん)と会(あ)わざるに、就(すなわ)ち我(われ)が老孫(ろうそん)が名頭(なだか=名高きこと)を知(し)れり。我(われ)且(しばら)く我(われ)が此(こ)の名頭(なだか)を倚(たの)み、威風(いふう)を仗(たの)みて、些(いささ)かの大話(おおげさ)を説(い)い、他(かれ)を嚇(おど)して一嚇(ひとおど)し看(み)ん。果(はた)して中土(ちゅうど=中国)の衆僧(しゅそう)に縁(えん)有(あ)り分(ぶん)有(あ)りて、経(きょう)を取りて回(かえ)ることを得(う)れば、此(こ)の一去(ひとゆき)は、只(た)だ我(われ)が幾句(いくく)の英雄(えいゆう)の言(げん)を消(よう)するのみ、就(すなわ)ち那(か)の門前(もんぜん)の若干(そこばく)の怪(かい)を嚇(おど)し退(しりぞ)けん;
假若(もし)衆僧(しゅそう)に縁(えん)無(な)く分(ぶん)無(な)く、真経(しんきょう)を取(と)ること得(え)ざる啊(や)あらば、就(すなわ)ち是(こ)れ縦(たと)い説(と)きて蓮花(れんげ)の現(あらわ)るるとも、也(また)西方(さいほう)の洞外(どうがい)の精(せい)を除(のぞ)くこと得(え)じ」と。心(こころ)口(くち)に問(と)い、口(くち)心(こころ)に問(と)い、此(こ)の計(けい)を思量(しりょう=思いはか)り、梆(ほう)を敲(たた)き、鈴(れい)を揺(ゆ)り、径(ただ)ちに獅駝洞(しだどう)の口(ぐち)に闖(おしい)り到(いた)る。早(はや)くも前営(まえのほう=前の陣)の小妖(しょうよう)に擋(さえぎ)り住(とど)められて道(い)う、「小鑽風(しょうさんぷう)来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)応(こた)えず、頭(こうべ)を低(た)れて就(すなわ)ち走(ゆ)く。走(ゆ)きて二層(にそう)の営(ほう)の裏(うち)に至(いた)るに、又(また)小妖(しょうよう)に扯(ひ)き住(とど)められて道(い)う:
「小鑽風(しょうさんぷう)来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「来(きた)れり」と。衆妖(しゅうよう)道(い)う、「汝(なんじ)今朝(けさ)風(かぜ)を巡(めぐ)りて去(ゆ)きしが、曾(かつ)て甚(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)に撞見(であ)えるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「撞見(であ)えり、正(まさ)に那(か)の処(ところ)に在(あ)りて扛子(こうす=棒)を磨(みが)けるなり」と。
衆妖(しゅうよう)害怕(おそれ)て道(い)う、「他(かれ)は怎(いか)なる箇(ひとつ)の模様(かたち)なる、甚(なん)の扛子(こうす)を磨(みが)くや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「他(かれ)は那(か)の澗(たに)の辺(ほとり)に蹲(うずくま)りて、還(ま)た箇(ひとつ)の開路神(かいろしん=道開きの神)の象(ごと)し;若(も)し站(た)ち上(あ)がらば、好道(おそらく)は十数丈(じゅうすうじょう)の長(なが)さ有(あ)らん!手(て)の裏(うち)に一條(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)を拿(と)り持ちて、就(すなわ)ち碗(わん)ほどの粗細(ふとさ)の一根(ひとふり)の大扛子(だいこうす=大きな棒)の象(ごと)し。那(か)の石崖(せきがい)の上(うえ)に一(ひとつか)みの水(みず)を抄(すく)い、磨(みが)くること一磨(ひとみが)り、口(くち)の裏(うち)又(また)念(ねん)じて曰(いわ)く:『扛子(こうす)よ!此(こ)の一向(このごろ)曾(かつ)て汝(なんじ)を拿(と)り出(いだ)して神通(じんつう)を顕(あらわ)さざりしが、此(こ)の一去(ひとゆき)に就(すなわ)ち十万(じゅうまん)の妖精(ようせい)有(あ)るも、也(また)都(みな)我(われ)に代(かわ)りて打死(うちころ)されん!我(われ)が那(か)の三箇(みたり)の魔頭(まとう)を殺(ころ)して汝(なんじ)を祭(まつ)らんを待(ま)て!他(かれ)磨(みが)きて明(あき)らかならんことを得(え)ば、先(ま)ず汝(なんじ)等(ら)が門前(もんぜん)の一万(いちまん)の精(せい)を打死(うちころ)さん!』と」と。那(か)の小妖(しょうよう)たち此(こ)の言(げん)を聞(き)くや、一箇一箇(ひとりひとり)心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、魂(たましい)散(さん)じ魄(たましい)飛(と)べり。行者(ぎょうじゃ)又(また)道(い)う、「列位(みなさま)よ、那(か)の唐僧(とうそう)が肉(にく)も也(また)多(おお)くは幾斤(いくきん)も無(な)く、也(また)我(われ)が処(ところ)に分(わ)け到(いた)らず、我(われ)等(ら)彼(かれ)がため此(こ)の缸(かめ)を頂(いただ)きて怎(なん)とせん!
如(しか)らずんば我(われ)等(ら)各自(おのおの)散(さん)じて一散(ひとさん)じせばよからん」と。衆妖(しゅうよう)都(みな)道(い)う、「説(い)う所(ところ)是(せ)なり、我(われ)等(ら)各自(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて去(ゆ)かん」と。假若(もし)是(こ)れ些(いささか)の軍民人等(ぐんみんひとびと)にして、聖化(せいか=聖人の教化)に服(ふく)せば、就(すなわ)ち死(し)するも也(また)敢(あ)えて走(に)げじ。原(もと)此(こ)の輩(やから)は都(みな)是(こ)れ些(いささか)の狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう=野獣の類)、走獣飛禽(そうじゅうひきん=けものと鳥)なるに、嗚(お)の一声(ひとこえ)に都(みな)哄然(こうぜん=どっと)として而(しか)して去(さ)れり。此(こ)れ倒(かえ)って孫大聖(そんたいせい)が幾句(いくく)の鋪頭話(ほとうわ=前置きの話)の象(ごと)からず、却(かえ)って就(すなわ)ち楚歌(そか)の声(こえ)の八千(はっせん)の兵(へい)を吹(ふ)き散(ち)らし了(おわ)れるが如(ごと)し!行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに自(おの)ずから喜(よろこ)んで道(い)う、「好(よ)し!老妖(ろうよう)は是(こ)れ死(し)したり!言(げん)を聞(き)きて就(すなわ)ち走(に)ぎ、怎(なん)で敢(あ)えて面(めん)と覿(まみ)えて相(あい)逢(あ)わんや?此(こ)の中(なか)へ入(はい)るにも還(ま)た此(こ)の言(げん)の般(ごと)くならば方(はじ)めて好(よ)し;若(も)し説(い)い差(たが)えて、才(さいわい)此(こ)の伙(くみ)の小妖(しょうよう)の一(ひとり)二(ふたり)の倒(かえ)って中(なか)へ走(はし)り入(い)りて聴(き)かば、却(かえ)って風訊(ふうじん=風聞)を走(に)がさざるや」と。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の:
心(こころ)を古洞(こどう)に存(たも)ちて来(きた)り、
胆(きも)を深門(しんもん)に仗(たの)みて入(い)る。
畢竟(ついに)那(いず)れの箇(ひとり)の老魔頭(ろうまとう)に見(まみ)えて甚(なん)の吉凶(きっきょう)有(あ)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。