却(さ)て説(つ)ぐ、孫大聖(そんたいせい)洞(ほら)の口(ぐち)より入(い)り、両辺(りょうべ)を観看(みわた)せば、只(た)だ見(み)る:
骷髏(ころう=しゃれこうべ)は嶺(みね)の若(ごと)く、骸骨(がいこつ)は林(はやし)の如(ごと)し。
人(ひと)の頭髪(とうはつ)は躙(ふ)みて氈片(せんぺん=毛氈の切れ端)と成(な)り、
人(ひと)の皮肉(ひにく)は爛(ただ)れて泥塵(でいじん=泥と塵)と作(な)る。
人(ひと)の筋(すじ)は樹(き)の上(うえ)に纏(まと)われ、乾(かわ)き焦(こ)げて晃亮(こうりょう=きらきら)と銀(ぎん)の如(ごと)し。
真(まこと)に是(こ)れ尸山血海(しざんけっかい=屍の山と血の海)、
果(はた)して然(しか)り腥臭(せいしゅう=生臭さ)は聞(き)くに難(かた)し。
東辺(ひがし)の小妖(しょうよう)は、活(い)ける人(ひと)を拿(とら)えて肉(にく)を剮(えぐ)り;
西下(にし)の潑魔(はつま=あくたれ妖怪)は、人(ひと)の肉(にく)を把(と)って鮮(あざ)やかに煮(に)え鮮(あざ)やかに烹(に)る。
若(も)し美猴王(びこうおう)の此(か)くの般(ごと)き英雄(えいゆう)の胆(きも)に非(あら)ずんば、
第二(だいに)の凡夫(ぼんぷ=並みの人)も也(また)他(かれ)が門(もん)に入(い)ることを得(え)じ。
不多時(しばらくならず)、行(ゆ)きて二層(にそう)の門(もん)の裏(うち)に入(い)り看(み)る時(とき)、呀(ああ)!此(ここ)は却(かえ)って外(そと)に比(くら)べて不同(ことなり):清奇幽雅(せいきゆうが=清らかに雅びやか)、秀麗寛平(しゅうれいかんぺい=美しく広く平らか)なり;左右(さゆう)に瑶草仙花(ようそうせんか=仙草と仙花)有(あ)り、前後(ぜんご)に喬松翠竹(きょうしょうすいちく=高き松と緑の竹)有(あ)り。又(また)行(ゆ)くこと七八里(しちはちり)の遠近(へだたり)にして、才(はじ)めて三層(さんそう)の門(もん)に到(いた)る。身(み)を闪(ひるがえ)し眼(め)を偷(ぬす)みて看(み)る処(ところ)、那(か)の上面(かみ)に三箇(みたり)の老妖(ろうよう)の高(たか)く坐(すわ)れる有(あ)り、十分(じゅうぶん)に獰悪(どうあく=凶悪)なり。中(なか)の那(か)の箇(ひとり)の生(う)まれつきは:
鑿牙鋸歯(さくがきょし=のみの牙とのこぎりの歯)、円頭方面(えんとうほうめん=丸き頭と四角き顔)。
声(こえ)吼(ほ)ゆること雷(かみなり)の若(ごと)く、眼光(がんこう)電(いなずま)の如(ごと)し。
鼻(はな)を仰(あお)ぎて天(てん)に朝(むか)い、赤眉(せきび=赤き眉)は焰(ほのお)を飄(ひるがえ)す。
但(た)だ行(ゆ)く処(ところ)、百獣(ひゃくじゅう)心(こころ)慌(あわ)て;
若(も)し坐(すわ)り下(おろ)せば、群魔(ぐんま)胆(きも)戦(おのの)く。
此(こ)の一箇(ひとり)は是(こ)れ獣中(けもののなか)の王(おう)、青毛獅子怪(せいもうししかい)なり。
左手下(ひだりて)の那(か)の箇(ひとり)の生(う)まれつきは:
鳳目金睛(ほうもくきんせい=鳳凰の目と金の瞳)、黄牙粗腿(こうがそたい=黄なる牙と太き腿)。
長鼻銀毛(ちょうびぎんもう=長き鼻と銀の毛)、頭(あたま)を看(み)れば尾(お)に似(に)たり。
円額皺眉(えんがくしゅうび=丸き額と皺だる眉)、身軀(しんく=からだ)磊磊(らいらい=ごつごつ)。
細声(ほそごえ)は窈窕佳人(ようちょうかじん=しとやかなる美人)の如(ごと)く、
玉面(ぎょくめん=玉のごとき顔)は牛頭悪鬼(ごずあっき)に似(に)たり。
此(こ)の一箇(ひとり)は是(こ)れ歯(は)を蔵(かく)し身(み)を修(おさ)むること多年(たねん)の黄牙老象(こうがろうぞう)なり。
右手下(みぎて)の那(か)の一箇(ひとり)の生(う)まれつきは:
金翅鯤頭(きんしくんとう=金の翼と鯤の頭)、星睛豹眼(せいせいひょうがん=星の瞳と豹の眼)。
北(きた)を振(ふる)わせ南(みなみ)を図(はか)り、剛強(ごうきょう)勇敢(ゆうかん)なり。
変生翱翔(へんせいこうしょう=変化して翔けり)、鷃(うずら)は笑(わら)い龍(りゅう)は惨(いた)む。
風(かぜ)を摶(つむじ)らせて翮(つばさ)をふるえば百鳥(ひゃくちょう)頭(こうべ)を蔵(かく)し、
利爪(りそう=鋭き爪)を舒(の)べれば諸禽(しょきん=鳥ども)胆(きも)を喪(うしな)う。
此(こ)れは是(こ)れ雲程九万(うんていきゅうまん=九万里を翔ける)の大鵬鵰(たいほうちょう)なり。
那(か)の両下(りょうわき)に列(つら)なるに百十(ひゃくじゅう)の大小(だいしょう)の頭目(とうもく)有(あ)り、一箇一箇(ひとりひとり)全装(まるごしら)えに披挂(よろいかぶと)し、介冑(かいちゅう=よろいかぶと)整(ととの)いて斉(ひと)しく、威風凛凛(いふうりんりん=いかめしく)、殺気騰騰(さっきとうとう=殺気みなぎる)。
行者(ぎょうじゃ)見(み)て、心中(しんちゅう)に歓喜(よろこ)び、些児(すこし)も怕(おそ)れず、大踏歩(おおまた)に径(ただ)ちに門(もん)を入(い)り、梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)を把(と)って卸(おろ)し下(くだ)し、上(かみ)に朝(むか)いて声(こえ)を叫(あ)ぐ、「大王(だいおう)」と。三箇(みたり)の老魔(ろうま)笑呵呵(にこにこ)として問(と)うて道(い)う、「小鑽風(しょうさんぷう)よ、汝(なんじ)来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)声(こえ)に応(こた)えて道(い)う、「来(きた)れり」と。「汝(なんじ)去(ゆ)きて山(やま)を巡(めぐ)り、孫行者(そんぎょうじゃ)が下落(ゆくえ)を打聴(うちあて)せしこと何如(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「大王(だいおう)上(かみ)に在(いま)す、我(われ)も也(また)敢(あ)えて説(い)い起(おこ)さず」と。老魔(ろうま)道(い)う、「怎(なん)で敢(あ)えて説(い)わざる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)大王(だいおう)の命(めい)を奉(ほう)じ、梆鈴(ほうれい)を敲(たた)き、正(まさ)に然(しか)として走(ゆ)く処(ところ)、猛(はげ)しく頭(こうべ)を抬(あ)ぐるに只(た)だ一箇(ひとり)の人(ひと)の、那(か)の処(ところ)に蹲(うずくま)りて扛子(こうす=棒)を磨(みが)くるを見(み)る。還(ま)た箇(ひとつ)の開路神(かいろしん)の象(ごと)し、若(も)し站(た)ち将(やや)あって起(お)き上(あ)がらば、足(た)ること十数丈(じゅうすうじょう)の長短(ながさ)有(あ)らん。他(かれ)那(か)の澗崖(かんがい=谷の岸)の石(いし)の上(うえ)に就(つ)きて、一(ひとつか)みの水(みず)を抄(すく)い、磨(みが)くること一磨(ひとみが)り、口(くち)の裏(うち)又(また)一声(ひとこえ)念(ねん)じて、他(かれ)が那(か)の扛子(こうす)は此(ここ)に到(いた)りて還(ま)た曾(かつ)て箇(ひとつ)の神通(じんつう)を顕(あらわ)さず、他(かれ)磨(みが)き明(あき)らかならんことを要(よう)し、就(すなわ)ち来(きた)りて大王(だいおう)を打(う)たんと説(い)う。我(われ)此(こ)れに因(よ)って他(かれ)は是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なるを知(し)り、特(こと)に来(きた)りて報(しら)せ知(し)らす」と。那(か)の老魔(ろうま)此(こ)の言(げん)を聞(き)きて、渾身(こんしん=からだじゅう)是(こ)れ汗(あせ)、唬(おど)ろかされて戦(おのの)くこと呵呵(くく)として道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、我(われ)説(い)えり、唐僧(とうそう)を惹(さわ)がすこと莫(な)かれと。他(かれ)が徒弟(とてい)は神通(じんつう)広大(こうだい)にして、預(あらかじ)め作(な)して準備(じゅんび)し、棍(ぼう)を磨(みが)きて我(われ)等(ら)を打(う)たんとす、却(かえ)って怎(いか)にして是(こ)れ好(よ)からん」と。教(おし)えて曰(いわ)く、「小(こ)の者(もの)たちよ、洞外(どうがい)の大小(だいしょう)を把(と)って都(みな)叫(よ)び入(い)れ、門(もん)を関(と)ざして、他(かれ)を過(す)ぎ去(ゆ)かしめよ」と。那(か)の頭目(とうもく)の中(なか)に知(し)れる者(もの)の報(しら)せて曰(いわ)く、「大王(だいおう)、門外(もんがい)の小妖(しょうよう)は、已(すで)に都(みな)散(さん)じ了(おわ)れり」と。老魔(ろうま)道(い)う、「怎(なん)で都(みな)散(さん)じたるか?想(おも)うに是(こ)れ風声(ふうせい=風聞)の不好(よくなき)なるを聞(き)きたるならん、快(すみや)かに早(はや)く門(もん)を関(と)ざせ!快(すみや)かに早(はや)く門(もん)を関(と)ざせ!」と。衆妖(しゅうよう)乒乓(ひんぽう=ばたばた)と前後(ぜんご)の門(もん)を把(と)って尽(ことごと)く皆(みな)牢(かた)く拴(とざ)し緊(きつ)く閉(と)ざせり。行者(ぎょうじゃ)自(おの)ずから心(こころ)に驚(おどろ)いて道(い)う、「此(こ)の一体(ひとたび)門(もん)を関(と)ざさば、他(かれ)再(ふたた)び我(われ)に家長里短(かちょうりたん=身の上のあれこれ)の事(こと)を問(と)わば、我(われ)対(こた)え来(きた)ること得(え)ず、却(かえ)って風(かぜ)を走(にが)して了(おわ)り、他(かれ)に拿(とら)え住(とど)められんや?且(しばら)く再(ふたた)び他(かれ)を嚇(おど)して一嚇(ひとおど)し、他(かれ)をして門(もん)を開(あ)かしめ、好(よ)く跑(に)げ去(さ)らん」と。又(また)上前(すす)みて道(い)う、「大王(だいおう)、他(かれ)は還(ま)た説(い)う所(ところ)不好(よくなき)有(あ)り」と。老魔(ろうま)道(い)う、「他(かれ)又(また)甚(なん)と説(い)える」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「他(かれ)説(い)えらく、大大王(だいだいおう)を拿(とら)えて皮(かわ)を剥(は)ぎ、二大王(にだいおう)を剮(えぐ)りて骨(ほね)を削(そ)ぎ、三大王(さんだいおう)の筋(すじ)を抽(ぬ)かんと。汝(なんじ)等(ら)若(も)し門(もん)を関(と)ざして出(い)で去(ゆ)かざる啊(や)あらば、他(かれ)は変化(へんげ)を会(え)し、一時(ひととき)に箇(ひとつ)の蠅児(はえ)に変(へん)じて、門(もん)の縫(すきま)より自(おの)ずから飛(と)び入(い)り、我(われ)等(ら)を把(と)って都(みな)拿(とら)え出(いだ)さん、却(かえ)って怎(いか)にして是(こ)れ好(よ)からん」と。老魔(ろうま)道(い)う、「兄弟(きょうだい)たち仔細(ようじん)せよ、我(われ)が此(こ)の洞(ほら)の裏(うち)は、年(とし)を遞(わた)りて家(や)に箇(ひとつ)の蠅(はえ)も無(な)かりしが、但(た)だ是(こ)れ蠅(はえ)の飛(と)び入(い)り来(きた)れる有(あ)らば、就(すなわ)ち是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「就(すなわ)ち箇(ひとつ)の蠅(はえ)に変(へん)じて他(かれ)を嚇(おど)して一嚇(ひとおど)し、好(よ)く門(もん)を開(あ)かしめん」と。大聖(たいせい)旁(かたわら)に闪(ひるがえ)し、手(て)を伸(の)ばして脳後(のうご=後頭部)に往(ゆ)きて一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち変(へん)じて一箇(ひとつ)の金蠅(きんばえ=黄金の蠅)と做(な)り、飛(と)び去(ゆ)きて老魔(ろうま)の劈臉(まのあたり)を望(めが)けて一頭(ひとあたま)撞(ぶつか)り了(おわ)る。那(か)の老怪(ろうかい)慌(あわ)てて道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ!不停当(ただならず)!那(あ)の話児(やつ)が門(もん)を入(い)りて来(きた)れり!」と。
嚇(おど)ろかされて那(か)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)は、一箇一箇(ひとりひとり)丫鈀(あは=またぐわ)や掃帚(ほうき)を把(と)って、都(みな)上前(すす)みて乱(みだ)れて蠅(はえ)を撲(はた)く。此(こ)の大聖(たいせい)忍(しの)ぶこと能(あた)わず、赥赥(きつきつ=くすくす)として笑(わら)い声(こえ)を出(いだ)せり。乾浄(あにからんや)他(かれ)笑(わら)うべきに宜(よろ)しからず、此(こ)の一笑(ひとわらい)に笑(わら)いて原(もと)の嘴臉(つら)を出(いだ)し来(きた)り、却(かえ)って那(か)の第三(だいさん)の老妖魔(ろうようま)に跳(と)び上前(すす)まれ、一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)められて道(い)われる、「哥哥(あに)よ、険(あやう)く些児(すこ)しく他(かれ)に瞞(だま)されんとせし!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、誰(たれ)か誰(たれ)を瞞(だま)す」と。三怪(さんかい)道(い)う、「剛才(さっき)の此(こ)の回話(へんじ)せし小妖(しょうよう)は、小鑽風(しょうさんぷう)に非(あら)ず、他(かれ)就(すなわ)ち是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり。必(かなら)ず小鑽風(しょうさんぷう)に撞見(であ)い、他(かれ)を怎(いか)にしてか打(う)ち殺(ころ)したるを知(し)らず、却(かえ)って変化(へんげ)して来(きた)りて我(われ)等(ら)を哄(だま)すのみ」と。行者(ぎょうじゃ)慌(あわ)てて道(い)う、「他(かれ)我(われ)を認(みと)めたり!」と。即(すなわ)ち手(て)を把(と)って摸(さぐ)り摸(さぐ)り、老怪(ろうかい)に対(たい)して道(い)う、「我(われ)怎(なん)で是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)ならんや?我(われ)は是(こ)れ小鑽風(しょうさんぷう)なり、大王(だいおう)認(みと)め誤(あやま)てり」と。老魔(ろうま)笑(わら)って道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、他(かれ)は是(こ)れ小鑽風(しょうさんぷう)なり。他(かれ)は一日(いちじつ)に三次(さんじ)も面前(めんぜん)に在(あ)りて点卯(てんぼう=点呼)せらるるに、我(われ)他(かれ)を認(みと)めり」と。又(また)問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)牌児(ふだ)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「有(あ)り」と。
衣服(いふく)を擄(まく)り上(あ)げて、就(すなわ)ち牌子(ふだ)を拿(と)り出(いだ)す。老怪(ろうかい)一発(いよいよ)認(みと)めて実(じつ)として道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、他(かれ)を屈(くじ)く莫(な)かれ」と。
三怪(さんかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、汝(なんじ)曾(かつ)て他(かれ)を見(み)ざりしか、他(かれ)才子(さっき)身(み)を闪(ひるがえ)し、一声(ひとこえ)笑(わら)いたるに、我(われ)他(かれ)を見(み)れば就(すなわ)ち箇(ひとつ)の雷公嘴(らいこうし=雷神の口)を露(あらわ)し出(いだ)せり。我(われ)の扯(ひ)き住(とど)むるを見(み)て、他(かれ)又(また)変(へん)じて箇(ひとつ)の此(か)くの般(ごと)き模様(かたち)を作(な)せり」と。
叫(よばわ)って曰(いわ)く、「小(こ)の者(もの)たちよ、縄(なわ)を拿(と)り来(きた)れ!」と。衆頭目(しゅうとうもく)即(すなわ)ち縄索(じょうさく=綱)を取(と)る。三怪(さんかい)行者(ぎょうじゃ)を把(と)って扳(ひ)き翻(かえ)し倒(たお)し、四馬(よんば)の蹄(ひづめ)の般(ごと)く手足(てあし)を一(ひとつ)に縛(くく)り上(あ)げ、衣裳(いしょう)を揭(まく)り上(あ)げて看(み)る時(とき)、足足(まさしく)是(こ)れ箇(ひとつ)の弼馬温(ひつばおん)なり。原(もと)行者(ぎょうじゃ)に七十二般(しちじゅうにはん=七十二種)の変化(へんげ)有(あ)り、若(も)し是(こ)れ飛禽(ひきん=空飛ぶ鳥)、走獣(そうじゅう=けもの)、花木(かぼく=草花と木)、器皿(きべい=器)、昆虫(こんちゅう)の類(たぐい)に変(へん)ずれば、却(かえ)って就(すなわ)ち身(み)を連(つら)ねて滚(ころが)り去(さ)る;但(た)だ人物(じんぶつ=人間)に変(へん)ずるには、却(かえ)って只(た)だ是(こ)れ頭(あたま)と臉(かお)のみ変(へん)じて、身子(からだ)は変(へん)じ過(す)ぐること能(あた)わず。果(はた)して然(しか)り、一身(いっしん)の黄毛(こうもう=黄なる毛)、両塊(ふたつ)の紅股(こうこ=赤き尻)、一條(ひとすじ)の尾巴(しっぽ)なり。老妖(ろうよう)看(み)て道(い)う、「是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の身子(からだ)、小鑽風(しょうさんぷう)の臉皮(かおのかわ)、是(こ)れ他(かれ)なり!」と。教(おし)えて曰(いわ)く、「小(こ)の者(もの)たちよ、先(ま)ず酒(さけ)を安排(もう)け来(きた)り、汝(なんじ)が三大王(さんだいおう)に箇(ひとつ)の得功(とくこう=手柄)の杯(さかずき)を遞(わた)さん。既(すで)に孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)え倒(たお)したれば、唐僧(とうそう)は坐(そら)に定(さだま)りて是(こ)れ我(われ)等(ら)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく)なり」と。三怪(さんかい)道(い)う、「且(しばら)く酒(さけ)を食(の)むことなかれ。孫行者(そんぎょうじゃ)は溜撒(りゅうさつ=すばしこ)く、他(かれ)逃遁(とうとん=逃げ隠れ)の法(ほう)を会(え)し、只(た)だ怕(おそ)らくは走(に)げ去(さ)らん。小(こ)の者(もの)たちに教(おし)えて瓶(へい)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしめ、孫行者(そんぎょうじゃ)を把(と)って瓶(へい)の裏(うち)に装(い)れ了(おわ)りて、我(われ)等(ら)才(はじ)めて好(よ)く酒(さけ)を食(の)まん」と。老魔(ろうま)大(おお)いに笑(わら)って道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ!正(まさ)に是(こ)れ!」と。即(すなわ)ち三十六箇(さんじゅうろくにん)の小妖(しょうよう)を点(てん)じ、裏(うち)に入(い)りて庫房(こぼう=倉庫)の門(もん)を開(あ)かしめ、瓶(へい)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしむ。汝(なんじ)説(い)え、那(か)の瓶(へい)の幾(いか)ほどの大(おお)きさ有(あ)るや?只(た)だ二尺四寸(にしゃくよんすん)の高(たか)さを得(え)るのみ。怎(なん)で三十六人(さんじゅうろくにん)の抬(かつ)ぐを用(もち)うるに当(あ)たらんや?那(か)の瓶(へい)は乃(すなわ)ち是(こ)れ陰陽二気(いんようにき)の宝(たから)にして、内(うち)に七宝八卦(しちほうはっけ)、二十四気(にじゅうしき)有(あ)り、三十六人(さんじゅうろくにん)を要(よう)するは、天罡(てんこう)の数(かず)に按(あん)じて、才(はじ)めて抬(かつ)ぎ動(うご)かすことを得(う)るなり。一時(ひととき)ならずして、宝瓶(ほうへい)を抬(かつ)ぎ出(いだ)し、三層(さんそう)の門外(もんがい)に放(お)き、展(の)べて乾浄(きれい)にし、蓋(ふた)を揭(あ)け開(ひら)き、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って縄索(なわ)を解(と)き、衣服(いふく)を剥(は)ぎ、那(か)の瓶(へい)の中(なか)の仙気(せんき)に就(つ)きて、飕(ひゅう)の一声(ひとこえ)、吸(す)い入(い)れて裏面(うち)に入(い)れ、蓋(ふた)を将(と)って蓋(おお)い上(あ)げ、封皮(ふうひ=封印の紙)を貼(は)り了(おわ)り、却(かえ)って去(ゆ)きて酒(さけ)を食(の)みて道(い)う、「猴児(さるよ)今番(こんばん=今度こそ)我(われ)が宝瓶(ほうへい)の裏(うち)に入(い)り了(おわ)りぬ、再(ふたた)び想(おも)う莫(な)かれ那(か)の西方(さいほう)の路(みち)を!若(も)し還(ま)た能(よ)く彀(た)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんには、除(のぞ)くは是(こ)れ背(せ)を転(てん)じ車(くるま)を揺(ゆ)り、再(ふたた)び去(ゆ)きて胎(たい)に投(とう)じ舎(やど)を奪(うば)わんのみ」と。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)は、一箇一箇(ひとりひとり)笑呵呵(にこにこ)として都(みな)去(ゆ)きて功(こう)を賀(が)す。是(こ)れを題(だい)とせず。
却(さ)て説(つ)ぐ、大聖(たいせい)瓶(へい)の中(なか)に到(いた)り、那(か)の宝貝(ほうばい)に身(み)を将(と)って束(たば)ねて小(ちい)さくせられ、索性(いっそ)変化(へんげ)して、当(まなか)に蹲(うずくま)る。半晌(しばらく)、倒(かえ)って還(ま)た蔭涼(いんりょう=涼しき日陰)なり。忽(たちま)ち声(こえ)を失(しっ)して笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)は外(そと)に虚名(きょめい=虚しい名)有(あ)りて、内(うち)に実事(じっじ=実質)無(な)し。怎(なん)で人(ひと)に告誦(つげて=触れ込み)て此(こ)の瓶(へい)は人(ひと)を装(い)れ、一時三刻(いっときみとき=ごく短き間)に、化(か)して膿血(のうけつ=膿と血)と為(な)ると説(い)うや?若(も)し此(か)くの般(ごと)く涼快(すずし)きに似(に)たらば、就(すなわ)ち住(す)むこと七八年(しちはちねん)に上(のぼ)るも也(また)無事(ぶじ)ならん!」と。咦(ああ)!大聖(たいせい)原(もと)那(か)の宝貝(ほうばい)の根由(こんゆ=由来)を知(し)らざりき:假若(もし)人(ひと)を装(い)れて一年(いちねん)語(かた)らざれば、一年(いちねん)蔭涼(すずし)く、但(た)だ人(ひと)の言(げん)の聞(き)こゆるを聞(き)けば、就(すなわ)ち火(ひ)の来(きた)りて焼(や)く有(あ)り。大聖(たいせい)未(いま)だ説(い)い完(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、満瓶(へいいっぱい)都(みな)是(こ)れ火焰(かえん)なり。幸(さいわ)いなるかな他(かれ)に本事(ほんざま=腕)有(あ)り、中(なか)に坐(すわ)り、避火訣(ひよけのけつ=火を避ける印)を捻(ねん)じ、全然(まったく)惧(おそ)れず。耐(こら)うること半箇時辰(はんこじしん=一時半)に到(いた)り、四囲(あたり)より四十条(よんじゅっすじ)の蛇(へび)の鑽(もぐ)り出(い)でて咬(か)む有(あ)り。行者(ぎょうじゃ)手(て)を輪(ふる)い開(ひら)き、抓(つか)み将(やや)あって過(よぎ)り来(きた)り、力(ちから)を尽(つ)くして一揝(ひとつかみ)、揝(つか)みて八十段(はちじゅっだん=八十切れ)と做(な)す。少時間(しばし)、又(また)三條(みすじ)の火龍(かりゅう=火の竜)の出(い)で来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って上下(うえした)に盤繞(めぐりまと)う有(あ)り。着実(いよいよ)に禁(こら)え難(がた)く、自(おの)ずから慌張(あわて)て措(おきどころ)無(な)きを覚(おぼ)えて道(い)う、「別事(ほかのこと)は処(しょ)し好(よ)し、此(こ)の三條(みすじ)の火龍(かりゅう)は難為(なんぎ=手強)し。再(さ)らに一会(ひととき)過(す)ぎて出(い)でずんば、火気(かき)をして心(こころ)に攻(せ)め入(い)らしめ、怎(いか)にせん」と。他(かれ)想(おも)って道(い)う、「我(われ)身子(からだ)を把(と)って長(なが)きこと一長(ひとなが)し、券(やぶ)り破(やぶ)らんかし」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、咒(じゅ)を念(ねん)じ声(こえ)をあげ、「長(なが)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち長(た)きこと丈数(じょうすう=一丈余)の高下(たかさ)と成(な)る。那(か)の瓶(へい)は身(み)に緊(きつ)く靠(よ)りて、也(また)就(すなわ)ち長(なが)く起(お)き上(あ)がり、他(かれ)身子(からだ)を把(と)って往(ゆ)きて下(した)へ一(ひと)小(ちい)さくすれば、那(か)の瓶児(へい)も也(また)就(すなわ)ち小(ちい)さく下(お)り来(きた)れり。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)に驚(おどろ)いて道(い)う、「難(かた)し!難(かた)し!難(かた)し!怎(なん)で我(われ)長(なが)ずれば他(かれ)も也(また)長(なが)じ、我(われ)小(ちい)さくすれば他(かれ)も也(また)小(ちい)さくなるや?之(これ)を如何(いかん)!」と。説(い)い了(おわ)らざるに、孤拐(ここう=踝)の上(うえ)に些(いささ)かの疼痛(とうつう=痛み)有(あ)り、急(いそ)ぎ手(て)を伸(の)ばして摸(さぐ)り摸(さぐ)れば、却(かえ)って火(ひ)に焼(や)かれて軟(やわ)らかくせられたり。自(おの)ずから心(こころ)焦(じれ)って道(い)う、「怎(いか)にして好(よ)からん?孤拐(くるぶし)焼(や)かれて軟(やわ)らかくなり了(おわ)れり!弄(いた)ずるに箇(ひとつ)の残疾(ざんしつ=からだの不自由)の之人(ひと)を作(な)さんとす!」と。忍(しの)ぶこと能(あた)わずして涙(なみだ)を吊(つ)り下(おろ)せり。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ:
魔(ま)に遭(あ)い苦(く)に遇(あ)いて三蔵(さんぞう)を懐(おも)い、
難(なん)に着(つ)き危(き)に臨(のぞ)みて聖僧(せいそう)を慮(おもんぱか)る。
道(い)いて曰(いわ)く、「師父(しふ)よ!当年(とうねん)正(しょう)に皈(かえ)りしに、観音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)むるを蒙(こうむ)り、天災(てんさい)を離(まぬか)れ、我(われ)汝(なんじ)と苦(くる)しみて諸山(しょざん)を歴(へ)め、多(あまた)の怪(かい)を収殄(しゅうてん=平らげ)し、八戒(はっかい)を降(くだ)し、沙僧(さそう)を得(え)、千辛万苦(せんしんばんく=辛苦のかぎり)、指望(のぞ)みては同(とも)に西方(さいほう)を証(あか)し、共(とも)に正果(しょうか)を成(な)さんとせり。何期(なんと)今日(こんにち)此(こ)の毒魔(どくま)に遭(あ)い、老孫(ろうそん)誤(あやま)りて此(ここ)に入(い)り、性命(しょうみょう=命)を傾(けい)し、汝(なんじ)を半山(なかやま)の中(なか)に撇(さ)りて、前進(すす)むこと能(あた)わざらんとは!想(おも)うに是(こ)れ我(われ)が昔日(むかし)名(な)高(たか)かりしが故(ゆえ)に、故(ゆえ)に今朝(こんちょう)の難(なん)有(あ)るのみ!」と。正(まさ)に此(ここ)に凄愴(せいそう=いたましくかなし)むに、忽(たちま)ち想(おも)い起(おこ)す、菩薩(ぼさつ)当年(とうねん)蛇盤山(じゃばんざん)に在(あ)りて曾(かつ)て我(われ)に三根(みすじ)の救命毫毛(きゅうめいごうもう=命を救う毛)を賜(たま)えり、有(あ)るや無(な)きやを知(し)らず、且(しばら)く我(われ)が尋(たず)ねて一尋(ひとたず)ね看(み)ん。即(すなわ)ち手(て)を伸(の)ばして渾身(からだじゅう)を摸(さぐ)ること一把(ひとつかみ)、只(た)だ見(み)る、脳後(のうご=後頭部)に三根(みすじ)の毫毛(ごうもう)有(あ)り、十分(じゅうぶん)に挺硬(ていこう=剛く硬し)。忽(たちま)ち喜(よろこ)んで道(い)う、「身上(からだ)の毛(け)は都(みな)彼(か)くの如(ごと)く軟熟(なんじゅく=柔らかにこなれ)なるに、只(た)だ此(こ)の三根(みすじ)のみ此(か)くの般(ごと)く硬槍(こうそう=槍のごとく硬し)、必(かなら)ず是(こ)れ我(われ)が命(いのち)を救(すく)う者(もの)ならん」と。即便(すなわ)ち歯(は)を咬(か)み、疼(いたみ)を忍(しの)び、毛(け)を抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)!」と叫(よ)べば、一根(ひとすじ)は即(すなわ)ち変(へん)じて金剛鑽(こんごうさん=金剛石の錐)と作(な)り、一根(ひとすじ)は変(へん)じて竹片(ちくへん=竹のへぎ板)と作(な)り、一根(ひとすじ)は変(へん)じて綿縄(めんじょう=綿の縄)と作(な)る。篾片弓児(べっぺんきゅうじ=竹ひごの弓)を扳(ひ)き張(は)り、那(か)の鑽(きり)を牽(ひ)きて、瓶(へい)の底(そこ)を照(めが)けて颼颼(しゅうしゅう)と一頓(ひとくぎ)り鑽(うが)てば、鑽(うが)ちて一箇(ひとつ)の眼孔(あな)を成(な)し、光(ひかり)の亮(あきら)けきを誘(みちび)き入(い)る。喜(よろこ)んで道(い)う、「造化(さいわい)!造化(さいわい)!却(かえ)って好(よ)く出(い)で去(ゆ)かん!」と。才(はじ)めて変化(へんげ)して身(み)を出(いだ)さんとせしに、那(か)の瓶(へい)復(ま)た蔭涼(すずし)くなり了(おわ)れり。怎(なん)で就(すなわ)ち涼(すず)しくなるや?原(もと)他(かれ)に鑽(うが)たれ、陰陽(いんよう)の気(き)を把(と)って泄(も)らされ了(おわ)り、故(ゆえ)に此(これ)に遂(つい)に涼(すず)しきなり。
好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め、身(み)を将(と)って一(ひと)小(ちい)さくし、就(すなわ)ち変(へん)じて箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅうじ=蝉の小さき虫)と做(な)る。十分(じゅうぶん)に軽巧(けいこう=身軽)にして、細(ほそ)きこと鬚髪(しゅはつ=髭と髪の毛)の如(ごと)く、長(なが)きこと眉毛(まゆげ)に似(に)たり。孔(あな)の中(なか)より自(おの)ずから鑽(もぐ)り出(い)で、且(しばら)く還(ま)た走(に)げ去(さ)らず、径(ただ)ちに飛(と)んで老魔(ろうま)が頭(あたま)の上(うえ)に在(あ)りて釘(とま)る。那(か)の老魔(ろうま)正(まさ)に酒(さけ)を飲(の)めるが、猛然(にわか)に杯児(さかずき)を放(おろ)き下(くだ)して道(い)う、「三弟(さんてい)よ、孫行者(そんぎょうじゃ)は此(こ)の回(たび)化(とけ)たりや否(いな)や」と。三魔(さんま)笑(わら)って道(い)う、「還(ま)た此(こ)の時(とき)に到(いた)らんや」と。老魔(ろうま)教(おし)えて令(れい)を伝(つた)え、瓶(へい)を抬(かつ)ぎ上(のぼ)さしめ来(きた)らしむ。
那(か)の下(しも)に在(あ)る三十六箇(さんじゅうろくにん)の小妖(しょうよう)即便(すなわ)ち瓶(へい)を抬(かつ)がんとせしに、瓶(へい)は就(すなわ)ち軽(かる)きこと許多(あまた)なり。慌(あわ)てて衆(しゅう)の小妖(しょうよう)をして報(しら)せて道(い)わしむ、「大王(だいおう)、瓶(へい)軽(かる)くなり了(おわ)れり!」と。老魔(ろうま)喝(しか)って道(い)う、「胡説(でたらめ)す!宝貝(ほうばい)は乃(すなわ)ち是(こ)れ陰陽二気(いんようにき)の全功(ぜんこう=完全なる働き)なるに、如何(いかん)ぞ軽(かる)からん!」と。内(うち)の中(なか)に一箇(ひとり)の勉強(つとめし=無理して)の小妖(しょうよう)有(あ)り、瓶(へい)を把(と)って提(さ)げ上(あ)げ来(きた)りて道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、此(こ)れ不軽(かるから)ずや」と。老魔(ろうま)蓋(ふた)を揭(あ)けて看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る、裏面(うち)透亮(すきとお)りて明(あき)らかなり。忍(しの)ぶこと能(あた)わずして声(こえ)を失(しっ)して叫(よ)んで道(い)う:
「此(こ)の瓶(へい)の裏(うち)空者(くうしゃ=からっぽ)なるは、控(こう)なるなり!」と。大聖(たいせい)他(かれ)が頭(あたま)の上(うえ)に在(あ)りて、也(また)忍(しの)ぶこと能(あた)わず一声(ひとこえ)道(い)う、「我(われ)が児(こ)よ、捜者(そうしゃ=捜す)とは、走(そう=逃ぐ)なるなり!」と。衆怪(しゅうかい)聴(き)きて道(い)う、「走(に)げたるか走(に)げたるか!」と。即(すなわ)ち令(れい)を伝(つた)えて曰(いわ)く、「門(もん)を関(と)ざせ門(もん)を関(と)ざせ!」と。
那(か)の行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(と)って一抖(ひとゆす)りし、剥(は)ぎ去(さ)られし衣服(いふく)を収(おさ)め、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、洞外(どうがい)に跳(と)び出(い)づ。頭(こうべ)を回(めぐ)らして罵(ののし)って道(い)う、「妖精(ようせい)よ無礼(ぶれい)することなかれ!瓶子(へい)は鑽(うが)ち破(やぶ)られ、人(ひと)を装(い)るること能(あた)わず、只(た)だ好(よ)く拿(と)りて出恭(しっきょう=大便)に出(だ)すのみ!」と。喜喜歓歓(よろこびよろこび)、嚷嚷鬧鬧(わめきたて)りて、雲頭(うんとう)を踏(ふ)み、径(ただ)ちに唐僧(とうそう)の処(ところ)に転(かえ)る。那(か)の長老(ちょうろう)正(まさ)に那(か)の処(ところ)に在(あ)りて土(つち)を撮(つま)みて香(こう)と為(な)し、空(そら)を望(のぞ)んで祷祝(とうしゅく=祈願)す。行者(ぎょうじゃ)且(しばら)く雲頭(うんとう)を停(とど)め、他(かれ)が祷祝(いの)る甚(なん)なるを聴(き)く。那(か)の長老(ちょうろう)合掌(がっしょう)して天(てん)に朝(むか)いて道(い)う:
「祈(ねが)わくは請(しょう)ぜん雲霞(うんか)の衆位(しゅい)の仙(せん)、
六丁六甲(りくていりっこう)と諸天(しょてん)とよ。
願(ねが)わくは賢徒(けんと=賢き弟子)孫行者(そんぎょうじゃ)を保(まも)れ、
神通(じんつう)広大(こうだい)にして法(ほう)辺(ほとり)無(な)し」と。
大聖(たいせい)此(か)くの般(ごと)き言語(げんご)を聴(き)き得(え)て、更(さら)に努力(どりょく)を加(くわ)え、雲光(うんこう)を収(おさ)め斂(おさ)め、近(ちか)づき前(すす)んで叫(よ)んで道(い)う、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり!」と。長老(ちょうろう)攙(たす)け住(とど)めて道(い)う、「悟空(ごくう)よ労碌(ろうろく=骨折り)なり、汝(なんじ)遠(とお)く高山(こうざん)を探(さぐ)り、許久(ひさし)く回(かえ)らず、我(われ)甚(はなは)だ憂慮(ゆうりょ=案じ)たり。端的(つまるところ)此(こ)の山(やま)の中(なか)に何(なん)の吉凶(きっきょう)有(あ)りしや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、才(さい)が此(こ)の一去(ひとゆき)は、一(ひとつ)には是(こ)れ東土(とうど)の衆僧(しゅそう)に縁(えん)有(あ)り分(ぶん)有(あ)り、二(ふたつ)には来(きた)るは是(こ)れ師父(しふ)が功徳(くどく)の無量無辺(むりょうむへん=はかりしれぬ)なるがため、三(みっつ)には也(また)弟子(でし)が法力(ほうりき)に虧(よ)れり!」と。前項(さき)の鑽風(さんぷう)に妝(よそお)いしこと、瓶(へい)の裏(うち)に陥(おちい)りしこと及び脱身(だっしん)の事(こと)を将(と)って、細(こま)かに一遍(ひとわたり)陳(の)べ了(おわ)り、「今(いま)尊師(そんし)の面(おもて)を見(み)るを得(う)るは、実(じつ)に両世(ふたよ)の人之(ひと)なり!」と。長老(ちょうろう)感謝(かんしゃ)して尽(つ)きざるに道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の番(たび)曾(かつ)て妖精(ようせい)と賭闘(とけい=勝負)せざりしか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う:
「曾(かつ)てず」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「此(か)くの般(ごと)くんば我(われ)を保(まも)りて山(やま)を過(す)ぐること得(え)ざるか」と。行者(ぎょうじゃ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の勝(まさ)ることを好(この)むの人(ひと)なるに、叫(よ)び喊(さけ)んで道(い)う、「我(われ)怎(なん)で汝(なんじ)を保(まも)りて山(やま)を過(す)ぐることを得(え)ざらんや」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「曾(かつ)て他(かれ)と箇(ひとつ)の勝負(しょうぶ)を見(み)ず、只(た)だ此(か)くの般(ごと)く含糊(あいまい)ならば、我(われ)怎(なん)で敢(あ)えて前進(すす)まん!」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、汝(なんじ)也(また)忒(はなは)だ通変(つうへん=臨機応変)ならず。常言(じょうげん=世の習わし)に道(い)う、単糸(たんし=一本の糸)は線(いと)とならず、孤掌(こしょう=片方の手のひら)は鳴(な)り難(がた)し、と。那(か)の魔(ま)は三箇(みたり)、小妖(しょうよう)は千万(せんまん)、老孫(ろうそん)一人(ひとり)をして、怎(いか)にして他(かれ)と賭闘(とけい)せしめんや」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「寡(すくな)きは衆(おお)きに敵(てき)せず、是(こ)れ汝(なんじ)一人(ひとり)にても也(また)処(しょ)し難(がた)し。八戒(はっかい)、沙僧(さそう)も他(かれ)等(ら)也(また)都(みな)本事(ほんざま)有(あ)り、他(かれ)等(ら)をして都(みな)去(ゆ)かしめ、汝(なんじ)と協力(きょうりょく)して心(こころ)を同(おなじう)し、山路(さんろ)を掃(はら)い浄(きよ)め、我(われ)を保(まも)りて過(す)ぎ去(ゆ)かしめよ」と。行者(ぎょうじゃ)沈吟(ちんぎん=思案)して道(い)う、「師(し)の言(げん)最(もっと)も当(とう)れり。沙僧(さそう)をして汝(なんじ)を保護(まも)らしめ、八戒(はっかい)をして我(われ)に跟(したが)いて去(ゆ)かしめん」と。那(か)の呆子(あほう)慌(あわ)てて道(い)う、「哥哥(あに)は眼色(めつき=見る目)無(な)し!我(われ)又(また)粗夯(そぼう=粗野で鈍)く、甚(なん)の本事(ほんざま)も無(な)く、路(みち)を走(ゆ)けば風(かぜ)を扛(かつ)ぐのみ、汝(なんじ)に跟(したが)いて何(なん)の益(えき)か有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)甚(なん)の本事(ほんざま)無(な)しといえども、好道(それでも)也(また)是(こ)れ箇(ひとり)の人(ひと)なり。俗(ぞく)に云(い)う、屁(へ)を放(ひ)りて風(かぜ)を添(そ)う、と。汝(なんじ)も也(また)我(われ)が些(いささ)かの胆気(たんき=度胸)を壮(ます)こと可(べ)し」と。八戒(はっかい)道(い)う、「也(また)罷(よ)し也(また)罷(よ)し、汝(なんじ)の帯挈(たいけつ=引き立て)を望(のぞ)む。但(た)だ只(た)だ急溜(きゅうりゅう=急場)の処(ところ)にて、我(われ)を捉弄(からか)うこと莫(な)かれ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「八戒(はっかい)意(こころ)に在(あ)れ、我(われ)と沙僧(さそう)は此(ここ)に在(あ)らん」と。
那(か)の呆子(あほう)神威(しんい)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)と狂風(きょうふう)を縦(はし)らせ、雲霧(うんむ)を駕(が)し、高山(こうざん)に跳(と)び上(のぼ)り、即(すなわ)ち洞(ほら)の口(ぐち)に至(いた)る。早(はや)くも那(か)の洞門(どうもん)の緊(きつ)く閉(と)ざされ、四顧(あたり)に人(ひと)無(な)きを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)上前(すす)み、鉄棒(てつぼう)を執(と)り、声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「妖怪(ようかい)よ門(もん)を開(あ)け!快(すみや)かに出(い)で来(きた)りて老孫(ろうそん)と打(う)たん耶(や)!」と。那(か)の洞(ほら)の裏(うち)の小妖(しょうよう)報(しら)せ入(い)るるに、老魔(ろうま)心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)いて道(い)う、「幾年(いくとせ)も都(みな)猴児(さる)の狠(おそろ)しきを説(い)えり、話(はなし)虚(むな)しく伝(つた)わらず果(はた)して是(こ)れ真(まこと)なり!」と。二(に)の老怪(ろうかい)旁(かたわら)に在(あ)りて問(と)うて道(い)う、「哥哥(あに)よ、怎(なん)と説(い)うや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「那(か)の行者(ぎょうじゃ)は早間(あさ)小鑽風(しょうさんぷう)に変(へん)じて混(まぎ)り入(い)り来(きた)りしを、我(われ)等(ら)相(あい)識(し)ること能(あた)わざりき。幸(さいわい)なるかな三(さん)の賢弟(けんてい)の認(みと)め得(え)て、他(かれ)を把(と)って瓶(へい)の裏(うち)に装(い)れたり。他(かれ)本事(わざ)を弄(ろう)して、瓶児(へい)を鑽(うが)ち破(やぶ)り、却(かえ)って又(また)衣服(いふく)を摂(と)り去(さ)りて走(に)げ了(おわ)れり。如今(いま)外(そと)に在(あ)りて戦(いくさ)を叫(よばわ)る、誰(たれ)か敢(あ)えて他(かれ)と箇(ひとつ)の頭仗(かしらて=先陣)を打(う)たん」と。更(さら)に一人(ひとり)の答(こた)うる無(な)く、又(また)問(と)うに又(また)人(ひと)の答(こた)うる無(な)く、都(みな)是(こ)れ那(か)の聾(つんぼ)を装(よそお)い唖(おし)を推(お)す者(もの)なり。老魔(ろうま)怒(いか)りを発(はっ)して道(い)う、「我(われ)等(ら)西方(さいほう)の大路(たいろ)の上(うえ)に在(あ)りて、忝(かたじけな)くも箇(ひとつ)の醜名(しゅうめい=悪名)を着(つ)けたり。今日(こんにち)孫行者(そんぎょうじゃ)の此(か)くの般(ごと)く藐視(べっし=見くだす)するに、若(も)し出(い)で去(ゆ)きて他(かれ)と陣(いくさ)を見(まみ)えずんば、也(また)名頭(なだか=名)を低(ひく)うせん。我(われ)が此(こ)の老(お)いし性命(いのち)を捨(す)てて去(ゆ)き、他(かれ)と戦(たたか)うこと三合(さんごう=三太刀)を待(ま)て!三合(さんごう)戦(たたか)い過(す)ぐることを得(う)れば、唐僧(とうそう)は還(ま)た是(こ)れ我(われ)等(ら)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく);戦(たたか)い過(す)ぐること得(え)ざらんには、那(そ)の時(とき)門(もん)を関(と)ざし、他(かれ)をして過(す)ぎ去(ゆ)かしめん」と。遂(つい)に披挂(ひかけ=よろい)を取(と)って結束(けっそく=身支度)し了(おわ)り、門(もん)を開(あ)けて前(すす)み走(ゆ)く。
行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)門(もん)の旁(かたわら)に在(あ)りて観看(みまも)るに、真(まこと)に是(こ)れ好(よ)き箇(ひとつ)の怪物(かいぶつ)なり:
鉄額銅頭(てつがくどうとう=鉄の額と銅の頭)に宝盔(ほうき=宝のかぶと)を戴(いただ)き、
盔纓(きえい=かぶとの飾り毛)飄舞(ひょうぶ=ひるがえり舞う)して甚(はなは)だ光輝(こうき)あり。
輝輝(きらきら)と電(いなずま)を掣(ひ)きて双睛(そうせい=両の目)亮(あきら)かに、
亮亮(ぴかぴか)と霞(かすみ)を鋪(し)きて両鬢(りょうびん)飛(と)ぶ。
勾爪(こうそう=かぎ爪)は銀(ぎん)の如(ごと)く尖(とが)りて且(か)つ利(するど)く、
鋸歯(きょし=のこぎりの歯)は鑿(のみ)に似(に)て密(みっ)しくして還(ま)た斉(ひと)し。
身(み)に金甲(きんこう=金のよろい)を披(き)て糸(いと)の縫(ぬいめ)無(な)く、
腰(こし)に龍縧(りゅうとう=竜の帯)を束(たば)ねて見機(けんき=見どころ)有(あ)り。
手(て)に鋼刀(こうとう=鋼の刀)を執(と)りて明晃晃(めいこうこう=きらきら)たり、
英雄(えいゆう)威武(いぶ)世間(せけん)に稀(まれ)なり。
一声(ひとこえ)吆喝(ようかつ=どなり)して雷(かみなり)の震(ふる)うが如(ごと)く、
問(と)うて道(い)う「門(もん)を敲(たた)く者(もの)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。
大聖(たいせい)身(み)を転(めぐ)らして道(い)う、「是(こ)れ汝(なんじ)が孫老爺(そんろうや)の斉天大聖(せいてんたいせい)なる也(なり)」と。老魔(ろうま)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なるか?大胆(だいたん)なる潑猴(はっこう=あくたれ猿)!我(われ)汝(なんじ)を惹(さわ)がざるに、汝(なんじ)却(かえ)って何(なん)の故(ゆえ)に此(ここ)に在(あ)りて戦(いくさ)を叫(よばわ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「風(かぜ)有(あ)れば方(はじ)めて浪(なみ)起(お)こり、潮(しお)無(な)ければ水(みず)自(おの)ずから平(たいら)かなり。汝(なんじ)我(われ)を惹(さわ)がざれば、我(われ)好(よ)く汝(なんじ)を尋(たず)ねんや?」と。
只(た)だ汝(なんじ)等(ら)の狐群狗党(こぐんくとう=狐と犬の仲間)の、結(むす)びて一伙(ひとくみ)と為(な)り、我(われ)が師父(しふ)を食(く)わんと算計(たくら)むに因(よ)るのみ、故(ゆえ)に此(ここ)に来(きた)りて施為(しい=はたらき)するなり。
老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)此(か)くの般(ごと)く雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=いきりたつ)として、我(われ)が門(もん)に嚷(わめ)き上(のぼ)るは、莫(も)しや是(こ)れ打(う)たんと要(ほっ)するか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ」と。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)猖獗(しょうけつ=ほしいままに)するなかれ!我(われ)若(も)し妖兵(ようへい)を調(つの)り出(いだ)し、陣勢(じんせい)を擺(し)き開(ひら)き、旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(う)ちて、汝(なんじ)と交戦(まみ)えなば、我(われ)をして是(こ)れ坐家虎(ざかこ=居すくみの虎)にして、汝(なんじ)を欺(あなど)る者(もの)と顕(あらわ)さん。我(われ)只(た)だ汝(なんじ)と一箇(ひとり)に一箇(ひとり)を対(たい)せんのみ、幫丁(ほうてい=加勢)を許(ゆる)さず!」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて叫(よ)ぶ、「猪八戒(ちょはっかい)過(よぎ)り去(ゆ)け、他(かれ)の老孫(ろうそん)を把(と)って怎(いか)にするを看(み)よ!」と。那(か)の呆子(あほう)真(まこと)に箇(ひとつ)に旁(かたわら)に闪(ひるがえ)る。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)過(よぎ)り来(きた)れ、先(ま)ず我(われ)と箇(ひとつ)の樁児(とうじ=的)を作(な)し、我(われ)をして力(ちから)を尽(つ)くして光頭(こうとう=丸坊主の頭)に着(つ)けて三刀(さんとう)を砍(き)らしめよ。就(すなわ)ち汝(なんじ)をして唐僧(とうそう)を過(す)ぎ去(ゆ)かしめん;假若(もし)禁(こら)うること得(え)ざらば、快(すみや)かに汝(なんじ)が唐僧(とうそう)を送(おく)り来(きた)り、我(われ)と一頓(ひとくい)の下飯(げはん=ご飯のおかず)を作(な)せ!」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて笑(わら)って道(い)う、「妖怪(ようかい)よ、汝(なんじ)が洞(ほら)の裏(うち)に若(も)し紙筆(しひつ)有(あ)らば、取(と)り出(いだ)し来(きた)り、汝(なんじ)と箇(ひとつ)の合同(ごうどう=証文)を立(た)てん。自今日(こんにち)より起(おこ)り、就(すなわ)ち砍(き)ること明年(みょうねん)に到(いた)るも、我(われ)も也(また)汝(なんじ)と当(あて)に真(まこと)とせず!」と。那(か)の老魔(ろうま)威風(いふう)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、丁字歩(ていじほ=丁字の歩み)に站(た)ち定(さだ)め、双手(もろて)に刀(かたな)を挙(あ)げ、大聖(たいせい)が劈頂(いただき)を望(めが)けて就(すなわ)ち砍(き)る。此(こ)の大聖(たいせい)頭(あたま)を把(と)って上(うえ)へ一(ひと)迎(むか)えせしむるに、只(た)だ扢扠(こっさ=ごきっ)の一声(ひとこえ)の響(ひび)きの聞(き)こゆるのみ、頭皮児(とうひじ=頭の皮)は紅(あか)くも也(また)紅(あか)からず。那(か)の老魔(ろうま)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「此(こ)の猴(さる)は好(よ)き箇(ひとつ)の硬頭児(こうとうじ=硬き頭)なるかな!」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず、老孫(ろうそん)は是(こ)れ:
生(う)まれつき銅頭鉄脳蓋(どうとうてつのうがい=銅の頭と鉄の脳)にして、
天地乾坤(てんちけんこん)も世上(よのなか)に無(な)し。
斧(おの)に砍(き)られ鎚(つち)に敲(たた)かるるも砕(くだ)くることを得(え)ず、
幼年(ようねん)曾(かつ)て老君(ろうくん)が炉(ろ)に入(い)れり。
四斗(しと)の星官(せいかん)監臨(かんりん)し適(あた)り、
二十八宿(にじゅうはっしゅく)工夫(くふう=手間)を用(もち)えり。
水(みず)に浸(ひた)さるること幾番(いくたび)も壊(やぶ)るることを得(え)ず、
周囲(まわり)に扢搭(こっとう=こぶ)の板筋(はんきん=板のごとき筋)を鋪(し)けり。
唐僧(とうそう)は還(ま)た堅固(けんご)ならざることを恐(おそ)れ、
預(あらかじ)め又(また)紫金箍(しきんこ=金の輪)を上(のぼ)せたり」と。
老魔(ろうま)道(い)う、「猴児(さるよ)嘴(くち)を説(い)うことなかれ!我(われ)が此(こ)の二刀(にとう=二太刀目)の来(きた)るを看(み)よ、決(けっ)して汝(なんじ)が性命(いのち)を容(ゆる)さず!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(なん)の見(み)るべきも無(な)し、左右(とにかく)也(また)只(た)だ此(か)くの般(ごと)く砍(き)るのみならん」と。老魔(ろうま)道(い)う、「猴児(さるよ)、汝(なんじ)は此(こ)の刀(かたな)を知(し)らず:
金火炉中(きんかろちゅう)に造(つく)られ、神功(しんこう)百煉(ひゃくれん)に熬(ね)られたり。
鋒刃(ほうじん=切っ先)は三略(さんりゃく)に依(よ)り、剛強(ごうきょう)は六韜(りくとう)に按(あん)ず。
却(かえ)って蒼蠅(はえ)が尾(お)に似(に)、猶(なお)白蟒(はくもう=白き大蛇)が腰(こし)の如(ごと)し。
山(やま)に入(い)れば雲(くも)蕩蕩(とうとう=ゆらめき)、
海(うみ)に下(くだ)れば浪(なみ)滔滔(とうとう=寄せくる)。
琢磨(たくま=みがき)すること遍数(へんすう=回数)無(な)く、煎熬(せんごう=煮えたぎる)こと几百遭(いくひゃくそう=幾百度)。
深山(しんざん)古洞(こどう)に放(お)かれ、陣(いくさ)に上(のぼ)りて功労(こうろう=手柄)有(あ)り。
汝(なんじ)が此(こ)の和尚(おしょう)が天霊蓋(てんれいがい=頭のてっぺん)を攙(ささ)えんに、一削(ひとけず)りに就(すなわ)ち是(こ)れ二箇(ふたつ)の瓢(ひさご)ならん!」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)は眼色(めつき=見る目)無(な)し!老孫(ろうそん)を把(と)って認(みと)めて箇(ひとつ)の瓢頭(ひょうとう=ひさご頭)と做(な)すか!也(また)罷(よ)し、誤(あやま)りて砍(き)り誤(あやま)りて讓(ゆず)らん、汝(なんじ)に再(ふたた)び一刀(ひとたち)を砍(き)らしめ、怎(いか)なるを看(み)ん」と。那(か)の老魔(ろうま)刀(かたな)を挙(あ)げて又(また)砍(き)れば、大聖(たいせい)頭(あたま)を把(と)って迎(むか)うること一迎(ひとむか)え、乒乓(ひんぽう)と劈(つんざ)きて両半箇(ふたつ)と做(な)す。大聖(たいせい)地(ち)に就(つ)いて箇(ひとつ)の滚(ころが)りを打(う)ち、変(へん)じて二箇(ふたり)の身子(からだ)と做(な)る。那(か)の妖(よう)一見(ひとみ)して慌(あわ)て、手(て)を按(おさ)えて鋼刀(こうとう)を下(おろ)す。猪八戒(ちょはっかい)遠(とお)くより望(のぞ)み見(み)て、笑(わら)って道(い)う、「老魔(ろうま)は好(よ)く両刀(ふたたち)を砍(き)りし者(もの)なるかな!却(かえ)って是(こ)れ四人(よたり)ならずや?」と。老魔(ろうま)行者(ぎょうじゃ)を指(さ)し定(さだ)めて道(い)う、「汝(なんじ)分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)うことを能(よ)くすると聞(き)けるが、怎(なん)で此(こ)の法児(ほう)を把(と)り出(いだ)して我(われ)が面前(めんぜん)に在(あ)りて使(つか)うや」と。大聖(たいせい)道(い)う、「何(なん)をか分身法(ぶんしんぽう)と為(な)す」と。老魔(ろうま)道(い)う、「為甚(なん)ぞ先(さき)に汝(なんじ)を一刀(ひとたち)砍(き)りて動(うご)かざりしに、如今(いま)汝(なんじ)を一刀(ひとたち)砍(き)れば、就(すなわ)ち是(こ)れ二箇(ふたり)の人(ひと)なるや」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「妖怪(ようかい)よ、汝(なんじ)切(けっ)して怕(おそ)るること莫(な)かれ。砍(き)ること一万刀(いちまんとう)に上(のぼ)れば、還(かえ)すに二萬(にまん)の箇(ひと)の人(ひと)を与(あた)えん!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の猴児(さるよ)、汝(なんじ)は只(た)だ分身(ぶんしん)するを会(え)するのみ、身(み)を収(おさ)むることを会(え)せず。汝(なんじ)若(も)し本事(わざ)有(あ)りて収(おさ)めて一箇(ひとつ)と做(な)さば、我(われ)を打(う)つこと一棍(ひとえ)を去(ゆ)かしめよ」と。大聖(たいせい)道(い)う、「説(い)うに謊(うそ)を許(ゆる)さず、汝(なんじ)三刀(さんとう)を砍(き)らんと要(ほっ)して、只(た)だ我(われ)を砍(き)ること両刀(ふたたち)なり;我(われ)に教(おし)えて一棍(ひとえ)を打(う)たしむるに、若(も)し打(う)つこと棍半(こんなかば)ならば、就(すなわ)ち孫(そん)を姓(せい)とせず!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ」と。
好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、就(すなわ)ち身(み)を把(と)って摟(かか)え上(あ)げ来(きた)り、箇(ひとつ)の滚(ころが)りを打(う)てば、依然(もとのごと)く一箇(ひとつ)の身子(からだ)なり。棒(ぼう)を掣(ひ)いて劈頭(いただき)を就(すなわ)ち打(う)てば、那(か)の老魔(ろうま)刀(かたな)を挙(あ)げて架(ささ)え住(とど)めて道(い)う、「潑猴(はっこう)無礼(ぶれい)なり!甚(なん)の様(よう)なる箇(ひとつ)の哭喪棒(こくそうぼう=葬式の棒)なるか、敢(あ)えて門(もん)に上(のぼ)りて人(ひと)を打(う)つや」と。大聖(たいせい)喝(しか)って道(い)う、「汝(なんじ)若(も)し我(われ)が此(こ)の条(ひとすじ)の棍(ぼう)を問(と)わば、天上(てんじょう)地下(ちか)に、都(みな)名声(めいせい)有(あ)り」と。
老魔(ろうま)道(い)う、「怎(いか)にして名声(めいせい)を見(み)んや」と。他(かれ)道(い)う:
「棒(ぼう)は是(こ)れ九転(くてん)の鑌鉄(ひんてつ=純鋼)の煉(ね)られたるもの、
老君(ろうくん)が手(て)ずから炉(ろ)の中(なか)に煅(たた)かれしなり。
禹王(うおう)求(もと)め得(え)て神珍(しんちん)と号(なづ)け、
四海八河(しかいはちか=あまねき川)も定験(ていけん=証拠)と為(な)る。
中(なか)に星斗(せいと=星)を暗(あん)に鋪陳(ほちん=ちりば)め、
両頭(りょうとう)に黄金(おうごん)の片(ひら)を箝裹(かんか=はさみ包)めり。
花紋(かもん)密(みっ)に布(し)かれて鬼神(きしん)も驚(おどろ)き、
上(うえ)に龍紋(りゅうもん)と鳳篆(ほうてん=鳳凰の篆書)を造(つく)れり。
名号(みょうごう)は霊陽棒(れいようぼう)一条(ひとすじ)、
深(ふか)く海蔵(かいぞう=海の蔵)に蔵(かく)れて人(ひと)見(み)ること難(かた)し。
形(かたち)を成(な)し変化(へんげ)して飛騰(ひとう=飛び上がら)んと要(ほっ)し、
飄颻(ひょうよう=ひるがえる)として五色(ごしき)の霞光(かこう)現(あらわ)る。
老孫(ろうそん)道(みち)を得(え)て取(と)りて山(やま)に帰(かえ)り、
無窮(むきゅう)の変化(へんげ)に経験(けいけん)多(おお)し。
時(とき)として大(おお)ききを要(よう)すれば甕(かめ)より来(きた)りて粗(ふと)く、
或(あるい)は小(ちい)さきこと些微(ささい)にして鉄線(てっせん=針金)の如(ごと)し。
粗(ふと)きこと南嶽(なんがく)の如(ごと)く細(ほそ)きこと針(はり)の如(ごと)く、
長短(ちょうたん)は吾(われ)が心意(しんい)に随(したが)いて変(へん)ず。
軽軽(かるがる)と挙動(きょどう=持ちあげ)すれば彩雲(さいうん)生(しょう)じ、
亮亮(ぴかぴか)と飛騰(ひとう)すること閃電(せんでん=稲妻)の如(ごと)し。
攸攸(ゆうゆう)たる冷気(れいき)人(ひと)に逼(せま)りて寒(かん)く、
条条(じょうじょう)の殺霧(さつむ=殺気の霧)空(そら)の中(なか)に現(あらわ)る。
龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)して謹(つつし)んで身(み)に随(したが)え、
天涯海角(てんがいかいかく=地の果て)も都(みな)游(めぐ)り遍(あまね)し。
曾(かつ)て此(こ)の棍(ぼう)を将(と)って天宮(てんぐう)を闹(さわが)し、
威風(いふう)もて蟠桃(ばんとう)の宴(うたげ)を打(う)ち散(ちら)せり。
天王(てんのう)と賭闘(とけい)して未(いま)だ曾(かつ)て贏(か)たず、
哪吒(なた)と敵(てき)に対(たい)して交(まじ)え戦(たたか)うこと難(かた)し。
棍(ぼう)は諸神(しょしん)を打(う)って隠(かく)れ蔵(くら)るる所(ところ)無(な)く、
天兵(てんぺい)十万(じゅうまん)も都(みな)逃(に)げ竄(のが)れり。
雷霆(らいてい)の衆将(しゅうしょう)霊霄(れいしょう)を護(まも)るに、
身(み)を飛(と)ばして打(う)ちて通明殿(つうめいでん)に上(のぼ)れり。
朝(ちょう)を掌(つかさど)る天使(てんし)尽(ことごと)く皆(みな)驚(おどろ)き、
駕(が)を護(まも)る仙卿(せんけい)は俱(とも)に攪乱(こうらん=かき乱さ)る。
棒(ぼう)を挙(あ)げて北斗宮(ほくとぐう)を掀(ひっくりかえ)し翻(かえ)し、
首(こうべ)を回(めぐ)らして南极院(なんきょくいん)を振(ふる)い開(ひら)けり。
金闕(きんけつ)の天皇(てんのう)棍(ぼう)の凶(きょう)なるを見(み)て、
特(こと)に如来(にょらい)を請(しょう)じて我(われ)と見(まみ)えしめたり。
兵家(へいか)の勝負(しょうぶ)は自(おの)ずから然(しか)るも、
困苦(こんく)災危(さいき)は弁(わきま)うるに由(よし)無(な)し。
整整(ただただ)挨排(あいはい=受け忍ぶこと)五百年(ごひゃくねん)、
南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の勧(すす)めに虧(よ)りたり。
大唐(だいとう)に箇(ひとり)の出家(しゅっけ)の僧(そう)有(あ)り、
天(てん)に対(たい)して洪誓願(こうせいがん=大誓願)を発(おこ)せり。
枉死城(おうしじょう=むなしく死にし者の町)の中(なか)に鬼魂(きこん)を度(わた)し、
霊山会(りょうざんえ)の上(ほとり)に経巻(きょうかん)を求(もと)めんとす。
西方(さいほう)一路(いちろ)に妖魔(ようま)有(あ)りて、
行動(こうどう)するに甚(はなは)だ是(こ)れ不方便(ふべん)なり。
已(すで)に知(し)れり、鉄棒(てつぼう)の世(よ)に双(ならび)無(な)きを、
我(われ)に途(みち)中(なか)に在(あ)りて侶伴(りょはん=連れ合い)と為(な)ることを央(こ)えり。
邪魔(じゃま)も湯(ふ)れること着(つ)けば幽冥(ゆうめい=冥府)に赴(おもむ)き、
肉(にく)は紅塵(こうじん=ちり)と化(か)し骨(ほね)は面(こな)と化(か)す。
処処(ところどころ)の妖精(ようせい)棒(ぼう)の下(もと)に亡(ほろ)び、
万(ばん)を論(かぞ)え千(せん)を成(な)すも打(う)ち算(かぞう)ること無(な)し。
上方(じょうほう)には斗牛宮(とぎゅうぐう)を撃(う)ち壊(こわ)し、
下方(かほう)には森羅殿(しんらでん)を圧(お)し損(そこな)えり。
天将(てんしょう)曾(かつ)て九曜(くよう)を将(ひき)いて追(お)い、
地府(じふ)にて催命判(さいめいはん=命を急がせる判官)を打(う)ち傷(きずつ)けたり。
半空(なかぞら)より投(な)げ下(おろ)して山川(さんせん)を震(ふる)わし、
太歳(たいさい)が新(あらた)に磨(みが)ける剣(けん)に勝(まさ)れり。
全(まった)く此(こ)の棍(ぼう)を凭(たの)みて唐僧(とうそう)を保(まも)り、
天下(てんか)の妖魔(ようま)を都(みな)打(う)ち遍(あまね)し!」と。
那(か)の魔(ま)言(げん)を聞(き)きて、戦兢兢(おののき)て性命(いのち)を捨(す)て、刀(かたな)を挙(あ)げて就(すなわ)ち砍(き)る。猴王(こうおう)笑吟吟(にこにこ)として鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて前(まえ)に迎(むか)う。他(かれ)の二箇(ふたり)は先(ま)ず時(とき)に洞(ほら)の前(まえ)に在(あ)りて撑持(ささえあ)い、然(しか)る後(のち)跳(と)び起(お)き去(ゆ)きて、都(みな)半空(なかぞら)の裏(うち)に在(あ)りて厮殺(しさつ=斬り合い)す。此(こ)の一場(ひとくさ)の好(よ)き殺(たたかい):
天河(てんが)の底(そこ)を定(さだ)むる神珍棒(しんちんぼう)、
棒(ぼう)の名(な)は如意(にょい)とて世間(せけん)に高(たか)し。
手段(しゅだん)を誇(ほこ)り称(とな)えて魔頭(まとう)悩(なや)み、
大捍刀(だいかんとう=大きな刀)を擎(ささ)げて法力(ほうりき)豪(すぐれ)たり。
門外(もんがい)の争持(そうじ=競い合い)は還(ま)た近(ちか)づく可(べ)きも、
空(そら)の中(なか)の賭闘(とけい=勝負)怎(なん)で相(あい)饒(ゆる)さんや!
一箇(ひとり)は心(こころ)に随(したが)えて面目(めんもく=姿)を更(あらた)め、
一箇(ひとり)は地(ち)に立(た)ちて身腰(しんよう=身の丈)を長(の)ばす。
殺(たたか)いて満天(てんじょう)の雲気(うんき)をして重(おも)からしめ、
遍野(へんや=野のあまねく)に霧(きり)を飄飄(ひょうひょう=たちこめ)らしむ。
那(か)の一個(ひとり)は幾番(いくたび)も意(こころ)を立(た)てて三蔵(さんぞう)を食(く)わんとし、
此(こ)の一個(ひとり)は広(ひろ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)して唐朝(とうちょう)を保(まも)る。
都(みな)仏祖(ぶっそ)の経典(きょうてん)を伝(つた)うるに因(よ)りて、邪正(じゃしょう)分(わか)れ明(あき)らかにして恨(うら)み苦(くるし)み交(まじわ)る。那(か)の老魔(ろうま)と大聖(たいせい)斗(たたか)うこと二十余合(にじゅうよごう)を経(へ)て、輸贏(しゅえい=勝敗)を分(わか)たず。原(もと)八戒(はっかい)下(しも)に在(あ)りて他(かれ)の二箇(ふたり)の戦(たたか)うこと好(よ)き処(ところ)に到(いた)るを見(み)て、忍(しの)ぶこと能(あた)わず、鈀(は)を掣(ひ)いて風(かぜ)を架(か)け、跳(と)び将(やや)あって起(お)き去(ゆ)き、妖魔(ようま)の劈臉(まのあたり)を望(めが)けて就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の魔(ま)慌(あわ)てて、八戒(はっかい)が是(こ)れ箇(ひとつ)の虖頭性子(ことうしょうし=見かけ倒しの性分)にして、冒冒失失(もうもうしっしつ=無鉄砲)に人(ひと)を唬(おど)すのみなるを知(し)らず、他(かれ)只(た)だ嘴(くち)長(なが)く耳(みみ)大(おお)きく、手(て)硬(かた)く鈀(は)凶(きょう)なりと道(おも)い、陣(じん)を敗(やぶ)り、刀(かたな)を棄(す)て、頭(こうべ)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(に)ぐ。大聖(たいせい)喝(しか)って道(い)う、「赶(お)い上(つ)け!赶(お)い上(つ)け!」と。此(こ)の呆子(あほう)威風(いふう)を仗(たの)み、釘鈀(ていは)を挙(あ)げ、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて怪(かい)を赶(お)い下(くだ)り去(ゆ)く。老魔(ろうま)他(かれ)の赶(お)うこと相近(ちかづ)けるを見(み)て、坡(さか)の前(まえ)に立(た)ち定(さだ)まり、風頭(かぜかみ=風上)に迎(むか)い、幌(ゆす)ること一幌(ひとゆす)りに原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)し、大口(おおぐち)を張(は)り開(ひら)き、就(すなわ)ち来(きた)りて八戒(はっかい)を呑(の)まんとす。八戒(はっかい)害怕(おそれ)て、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きて草(くさ)の裏(うち)へ一鑽(もぐ)り、也(また)荊針棘刺(けいしんきょくし=茨の棘)を管(かま)うこと得(え)ず、也(また)頭(あたま)を刮(す)り破(やぶ)る疼(いたみ)を顧(かえり)みること得(え)ず、戦兢兢(おののき)として、草(くさ)の裏(うち)に在(あ)りて梆声(ほうせい=拍子木の音)を聴(き)く。随(したが)いて行者(ぎょうじゃ)赶(お)い到(いた)るに、那(か)の怪(かい)也(また)口(くち)を張(は)りて来(きた)りて呑(の)まんとせしが、却(かえ)って他(かれ)が機関(からくり)に中(あた)り、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、迎(むか)って将(やや)あって上(すす)み、老魔(ろうま)に一口(ひとくち)に之(これ)を呑(の)まる。唬(おど)ろかされて箇(ひとつ)の呆子(あほう)草(くさ)の裏(うち)に在(あ)りて囊囊咄咄(のうのうとつとつ=ぶつぶつ)として埋怨(うらみて=恨みごと)道(い)う、「此(こ)の弼馬温(ひつばおん)は、進退(しんたい)を識(し)らず!那(か)の怪(かい)来(きた)りて汝(なんじ)を食(く)わんとするに、汝(なんじ)如何(いかん)ぞ走(に)げず、反(かえ)って去(ゆ)きて他(かれ)を迎(むか)うるや!此(こ)の一口(ひとくち)に肚(はら)の中(なか)に呑(の)まれて、今日(こんにち)は還(ま)た是(こ)れ箇(ひとり)の和尚(おしょう)なるも、明日(あす)は就(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひとつ)の大恭(だいきょう=大便)なるのみ!」と。那(か)の魔(ま)勝(か)ち得(え)て去(さ)る。此(こ)の呆子(あほう)才(はじ)めて草(くさ)より鑽(もぐ)り出(い)で、旧路(きゅうろ)を溜(ぬすみ)り回(かえ)る。
却(さ)て説(つ)ぐ、三蔵(さんぞう)那(か)の山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)りて、正(まさ)に沙僧(さそう)と盼望(みまも)れるに、只(た)だ見(み)る、八戒(はっかい)の喘呵呵(あえぎあえぎ)として跑(は)しり来(きた)るを。三蔵(さんぞう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「八戒(はっかい)、汝(なんじ)怎(なん)で此(か)くの般(ごと)き狼狽(ろうばい=みじめ)なるや?悟空(ごくう)如何(いかん)ぞ見(み)えざる」と。
呆子(あほう)哭哭啼啼(なきなき)として道(い)う、「師兄(しけい)妖精(ようせい)に一口(ひとくち)に呑(の)み下(おろ)され了(おわ)れり!」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聴(き)きて、唬(おど)ろかされて地(ち)に倒(たお)れ、半晌(しばらく)の間(あいだ)に脚(あし)を跌(ふみ)り胸(むね)を拳(う)ちて道(い)う、「徒弟(とてい)よ!只(た)だ汝(なんじ)善(よ)く妖(よう)を降(くだ)すことを会(え)し、我(われ)を領(みちび)きて西天(さいてん)に仏(ほとけ)に見(まみ)えんと説(い)えるに、怎(なん)で知(し)らん今日(こんにち)此(こ)の怪(かい)の手(て)に死(し)せんとは!苦(くるし)い哉(かな)苦(くるし)い哉(かな)!我(われ)が弟子(でし)同衆(どうしゅう)の功労(こうろう)は、如今(いま)都(みな)化(か)して塵土(じんど=ちりつち)と作(な)り了(おわ)れり!」と。那(か)の師父(しふ)十分(じゅうぶん)に苦痛(くつう=くるしみ)す。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の呆子(あほう)は、他(かれ)也(また)来(きた)りて師父(しふ)を勧解(なだ)めず、却(かえ)って叫(よ)んで曰(いわ)く、「沙和尚(さおしょう)よ、汝(なんじ)行李(にもつ)を拿(と)り将(やや)あって来(きた)り、我(われ)の二箇(ふたり)に分(わ)かち了(おわ)らん」と。沙僧(さそう)道(い)う、「二哥(にい)よ、分(わか)ちて怎(なん)とする」と。八戒(はっかい)道(い)う、「分(わか)れ開(ひら)きて、各人(おのおの)散火(さんか=解散)せん:汝(なんじ)は流沙河(りゅうさが)に往(ゆ)き、還(ま)た去(ゆ)きて人(ひと)を食(く)え;我(われ)は高老荘(こうろうしょう)に往(ゆ)き、我(われ)が渾家(こんか=女房)を看(み)ん。白馬(はくば)を将(と)って売(う)り、師父(しふ)に与(あた)えて箇(ひとつ)の壽器(じゅき=棺おけ)を買(か)い、終(つい)を送(おく)らん」と。長老(ちょうろう)気(いき)を呼呼(ふうふう)とさせ、此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、皇天(こうてん=天よ)と叫(よ)び、声(こえ)を放(はな)ちて大(おお)いに哭(な)く。且(しばら)く是(こ)れを題(だい)とせず。
却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の老魔(ろうま)行者(ぎょうじゃ)を呑(の)み、以(おも)えらく計(けい)を得(え)たりと、径(ただ)ちに本洞(ほんどう)に回(かえ)る。衆妖(しゅうよう)迎(むか)えて出戦(しゅっせん)の功(こう)を問(と)うに、老魔(ろうま)道(い)う、「一箇(ひとり)を拿(とら)え来(きた)れり」と。二魔(じま)喜(よろこ)んで道(い)う、「哥哥(あに)の拿(とら)えしは是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。老魔(ろうま)道(い)う、「是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり」と。二魔(じま)道(い)う、「何(いず)この処(ところ)に拿(とら)うるや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「我(われ)に一口(ひとくち)に腹(はら)の裡(うち)に呑(の)まれ在(あ)るなり」と。第三(だいさん)の魔頭(まとう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「大哥(だいか)よ、我(われ)は就(すなわ)ち曾(かつ)て汝(なんじ)に吩咐(いいつ)けざりしが、孫行者(そんぎょうじゃ)は中(なか)にして食(く)う可(べ)からず!」と。那(か)の大聖(たいせい)肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて道(い)う、「忒(はなは)だ中(なか)にして食(く)う可(べ)し!又(また)飢(うえ)を禁(こら)え、再(ふたた)び餓(うう)るること得(え)ず」と。慌(あわ)てて那(か)の小妖(しょうよう)道(い)う、「大王(だいおう)、不好(たいへん)なり!孫行者(そんぎょうじゃ)が汝(なんじ)が肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて話(はな)すなり!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「他(かれ)が話(はな)すを怕(おそ)るるか!本事(わざ)有(あ)りて他(かれ)を食(く)いしに、本事(わざ)無(な)くして他(かれ)を擺布(あしら)うこと成(な)らざらんや?
汝(なんじ)等(ら)快(すみや)かに去(ゆ)きて些(いささか)の塩白湯(えんぱくとう=塩を入れた白湯)を焼(わ)かし、我(われ)の灌(そそ)ぎ下(くだ)して肚(はら)に去(ゆ)かしめ、他(かれ)を噦(は)き出(いだ)さしめ、慢慢(ゆっくり)と煎(せん)じて酒(さけ)の肴(さかな)に食(く)わんを待(ま)て」と。小妖(しょうよう)真(まこと)に半盆(はんぼん)の塩湯(えんとう=塩湯)を冲(と)き了(おわ)る。老怪(ろうかい)一飲(いちいん)にして乾(ほ)し、口(くち)を洼(くぼ)め、着実(しっか)と一嘔(ひとつは)きすれば、那(か)の大聖(たいせい)は肚(はら)の裡(うち)に根(ね)を生(しょう)じ、動(うご)くことも也(また)動(うご)かず、却(かえ)って又(また)喉(のど)を攔(さえぎ)り、外(そと)へ向(むか)いて又(また)吐(は)けば、吐(は)きて頭(あたま)暈(くら)み眼(め)花(かす)み、黄胆(おうたん=胆汁)も都(みな)破(やぶ)れたるに、行者(ぎょうじゃ)越発(いよいよ)動(うご)かず。老魔(ろうま)喘息(あえぎ)了(おわ)り、声(こえ)を叫(あ)ぐ、「孫行者(そんぎょうじゃ)よ、汝(なんじ)出(い)で来(きた)らざるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「早(はや)し!正(まさ)に好(よ)く出(い)で来(きた)らざるなり!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)怎(なん)で出(い)でざる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の妖精(ようせい)は、甚(はなは)だ通変(つうへん=臨機応変)ならず。我(われ)自(みずか)ら和尚(おしょう)と做(な)りてより、十分(じゅうぶん)に淡薄(たんぱく=質素)なり:如今(いま)秋(あき)涼(すず)しく、我(われ)還(ま)た箇(ひとつ)の単直裰(たんじきとつ=一重の法衣)を穿(き)るのみ。此(こ)の肚(はら)の裡(うち)は倒(かえ)って暖(あたた)かにして、又(また)風(かぜ)を透(とお)さず、我(われ)の冬(ふゆ)を住(す)ごし過(す)ぐるを待(ま)ちて才(はじ)めて好(よ)く出(い)で来(きた)らん」と。衆妖(しゅうよう)説(い)うを聴(き)きて、都(みな)道(い)う、「大王(だいおう)、孫行者(そんぎょうじゃ)は汝(なんじ)が肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて冬(ふゆ)を過(す)ごさんとす!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「他(かれ)冬(ふゆ)を過(す)ごさんと要(ほっ)せば、我(われ)就(すなわ)ち禅(ぜん=座禅)を打(う)ち起(おこ)し、箇(ひとつ)の搬運法(はんうんぽう=運搬の術)を使(つか)い、一冬(ひとふゆ)も飯(めし)を食(く)わず、就(すなわ)ち那(か)の弼馬温(ひつばおん)を餓(うえ)し殺(ころ)さん!」と。大聖(たいせい)道(い)う、「我(われ)が児(こ)よ、汝(なんじ)事(こと)を知(し)らず!老孫(ろうそん)唐僧(とうそう)を保(まも)りて経(きょう)を取(と)りに、広(ひろ)き裡(うち)より過(す)ぐるに、箇(ひとつ)の折迭鍋児(せつちょうなべ=折りたたみの鍋)を帯(お)び来(きた)り、中(なか)に入(い)りて雑砕(ざっさい=もつ煮)を煮(に)て食(く)わん。汝(なんじ)が此(こ)の裡辺(うち)の肝腸肚肺(かんちょうとはい=肝や腸や胃や肺)を細細(こまごまと)に受用(じゅよう=味わい)し、還(ま)た清明(せいめい=清明節)に到(いた)るまで盤纏(ばんてん=路銀)に彀(た)るなり!」と。那(か)の二魔(じま)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「哥(あに)よ、此(こ)の猴(さる)は他(かれ)干(や)り出(いだ)すを得(う)る者(もの)なり!」と。
三魔(さんま)道(い)う、「哥(あに)よ、雑砕(もつ)を食(く)わるるは也(また)罷(よ)し、知(し)らず那(いず)こに在(あ)りて鍋(なべ)を支(つか)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「三叉骨(さんさこつ=みぞおちの骨)の上(うえ)に好(よ)く鍋(なべ)を支(つか)う」と。三魔(さんま)道(い)う、「不好(たいへん)なり!假若(もし)鍋(なべ)を支(つか)い起(おこ)し、火(ひ)を焼(た)きて動(うご)かし烟(けむり)が鼻孔(びこう=鼻の穴)の裡(うち)に到(いた)り煼(いぶ)り、嚏噴(くしゃみ)を打(う)たんか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「没事(へいき)!老孫(ろうそん)が金箍棒(きんこぼう)を把(と)って頂門(ちょうもん=頭のてっぺん)の裡(うち)へ一搠(ひとつつ)き、箇(ひとつ)の窟窿(くうろん=穴)を搠(つつ)き開(あ)けんを待(ま)て:一(ひとつ)には天窓(てんそう=天窓)に当(あ)て、二(ふたつ)には来(きた)りて烟洞(えんどう=煙出し)に当(あ)てん」と。老魔(ろうま)説(い)うを聴(き)きて、怕(おそ)れずと説(い)えども、却(かえ)って也(また)心(こころ)驚(おどろ)き、只(た)だ胆(きも)を硬(かた)くして叫(よ)ばしむ、「兄弟(きょうだい)たちよ、怕(おそ)るるな、我(われ)が那(か)の薬酒(やくしゅ=毒入りの酒)を拿(と)り来(きた)らしめ、我(われ)の幾鍾(いくさかずき)を吃(の)み下(おろ)し、猴児(さる)を薬(くすり)し殺(ころ)して了(おわ)らんを待(ま)て!」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんまえ)大(おお)いに天宮(てんぐう)を闹(さわが)せし時(とき)、老君(ろうくん)が丹(たん=丹薬)、玉皇(ぎょくこう)が酒(さけ)、王母(おうぼ)が桃(もも)、及び鳳髄龍肝(ほうずいりゅうかん=鳳凰の髄と竜の肝)を食(く)えり、那(いず)れの様(よう)の物(もの)か我(われ)曾(かつ)て食(く)わざりし有(あ)らん?是(こ)れ甚(なん)の薬酒(やくしゅ)なるか、敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)を薬(くすり)せんとす」と。那(か)の小妖(しょうよう)真(まこと)に薬酒(やくしゅ)を将(と)って二壺(ふたつぼ)篩(こ)し、満満(いっぱい)に一鍾(ひとさかずき)を斟(つ)ぎ、老魔(ろうま)に遞(わた)す。老魔(ろうま)手(て)の中(なか)に接(う)くるに、大聖(たいせい)肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて就(すなわ)ち酒香(しゅこう=酒の香り)を聞(か)ぎ得(え)て、道(い)う、「他(かれ)に与(あた)えて吃(の)ますな!」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、頭(あたま)を把(と)って一扭(ひとひね)り、変(へん)じて箇(ひとつ)の喇叭口子(らっぱぐち=喇叭の口)と做(な)し、他(かれ)が喉(のど)の下(した)に張(は)り付(つ)く。那(か)の怪(かい)啯(ごく)と咽(の)み下(くだ)せば、行者(ぎょうじゃ)に啯(ごく)と接(う)け食(く)わる。第二(だいに)の鍾(さかずき)を咽(の)み下(くだ)せば、行者(ぎょうじゃ)に啯(ごく)と又(また)接(う)け食(く)わる。一(ひとつづ)きに咽(の)むこと七八鍾(しちはちさかずき)も、都(みな)是(こ)れ他(かれ)の接(う)け食(く)える所(ところ)なり。老魔(ろうま)鍾(さかずき)を放(おろ)いて道(い)う、「食(の)まず、此(こ)の酒(さけ)は常時(つね)に二鍾(ふたさかずき)を食(の)めば、腹中(ふくちゅう)火(ひ)の如(ごと)くなるに、却(かえ)って才(さい)七八鍾(しちはちさかずき)を食(の)みたるに、臉(かお)の紅(あか)くも也(また)紅(あか)からず!」と。原(もと)此(こ)の大聖(たいせい)は多(おお)くの酒(さけ)を食(の)まず、他(かれ)が七八鍾(しちはちさかずき)を接(う)けて食(く)い、肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて酒風(しゅふう=酔っ払いの乱行)を撒(ま)き起(おこ)し、住(や)むこと無(な)く架子(かじ=構え)を支(つ)え、四平(しへい=仁王立ち)を跌(ふみ)り、飛脚(ひきゃく=飛び蹴り)を踢(け)り、肝花(かんか=肝臓)を抓(つか)み住(とど)めて秋千(ぶらんこ)を打(う)ち、蜻艇(せいてい=とんぼ返り)を竪(た)て、根頭(もんどり)を翻(う)ちて乱舞(みだれま)う。那(か)の怪物(かいぶつ)疼痛(とうつう=痛み)の禁(こら)うること難(かた)く、地(ち)の下(した)に倒(たお)れ了(おわ)れり。
畢竟(ついに)死活(しかつの=生死)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。