却(さ)て説(つ)ぐ、孫大聖(そんたいせい)老魔(ろうま)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて支吾(しご=ごまかし)すること一会(ひとしきり)、那(か)の魔頭(まとう)は塵埃(じんあい=土の上)に倒(たお)れ、声(こえ)も無(な)く気(き)も無(な)く、若(も)し言(い)わずんば、想(おも)うに是(こ)れ死(し)せるならんも、却(しか)し又(また)手(て)を放(はな)ち放(はな)ちす。魔頭(まとう)気(き)を回(かえ)し来(きた)りて、一声(ひとこえ)叫(よ)びて曰(いわ)く、「大慈大悲(だいじだいひ)斉天大聖菩薩(せいてんたいせいぼさつ)!」と。行者(ぎょうじゃ)聞(き)きて道(い)う、「児子(こども)よ、工夫(くふう)を廃(むだ)にするなかれ、幾(いく)つの字(じ)を省(はぶ)き、只(た)だ孫外公(そんがいこう)と叫(よ)べ」と。那(か)の妖魔(ようま)命(いのち)を惜(お)しみ、真(まこと)に叫(よ)ぶ、
「外公(がいこう)!外公(がいこう)!是(こ)れ我(われ)が不是(あやまち=過ち)なり!一差二誤(いっさにご=ちょっとした手違い)に汝(なんじ)を呑(の)みしに、汝(なんじ)今(いま)に却(かえ)って我(われ)を害(がい)す。万(ばん)に望(のぞ)む、大聖(たいせい)の慈悲(じひ)を垂(た)れ、螻蟻(ろうぎ=けらと蟻)も生(せい)を貪(むさぼ)るの意(こころ)を憐(あわ)れみて、我(われ)が命(いのち)を饒(ゆる)さんことを。願(ねが)わくは汝(なんじ)が師父(しふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えん」と。
大聖(たいせい)は英雄(えいゆう)なりと雖(いえど)も、甚(はなは)だ唐僧(とうそう)の進歩(しんぽ=道のり)を思(おも)う。他(かれ)妖魔(ようま)の哀告(あいこく=哀れみ願う)するを見(み)て、奉承(ほうしょう=おだて)を好(この)む人(ひと)なれば、也(また)善念(ぜんねん)に回(かえ)り、叫(よ)んで道(い)う、「妖怪(ようかい)よ、我(われ)汝(なんじ)を饒(ゆる)さん、汝(なんじ)怎(いか)にして我(われ)が師父(しふ)を送(おく)らん」と。老魔(ろうま)道(い)う、「我(われ)が此(こ)の処(ところ)には也(また)甚(なん)の金銀(きんぎん)、珠翠(しゅすい=真珠と翡翠)、瑪瑙(めのう)、珊瑚(さんご)、琉璃(るり)、琥珀(こはく)、玳瑁(たいまい)の珍奇(ちんき)の宝(たから)の相送(おくるもの)とするも有(あ)らず。我(われ)兄弟(きょうだい)三人(さんにん)、一乗(ひとつ)の香藤轎(こうとうきょう=香りの藤の駕籠)を抬(か)きて、汝(なんじ)が師父(しふ)を把(と)って此(こ)の山(やま)を送(おく)り過(こ)えん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「既(すで)に轎(きょう)を抬(か)きて相送(おく)らば、宝(たから)を要(もと)むるに強(まさ)る。汝(なんじ)口(くち)を張(ひら)け、我(われ)出(い)でん」と。那(か)の魔頭(まとう)真(まこと)に就(すなわ)ち口(くち)を張(ひら)く。那(か)の三魔(さんま)近(ちか)づき前(すす)みて、悄悄(しのびやか)に老魔(ろうま)に対(たい)して道(い)う、
「大哥(たいか)よ、他(かれ)が出(い)で来(きた)る時(とき)を等(ま)ちて、口(くち)を把(と)って下(した)へ往(ゆ)きて一咬(ひとかみ)し、猴児(こうじ=猿め)を将(も)って嚼(か)み砕(くだ)き、咽(の)み下(くだ)して肚(はら)に入(い)れなば、却(かえ)って磨害(まがい=苦しめ害する)することを得(え)ざらん」と。
原来(げんらい=もともと)行者(ぎょうじゃ)は裡(うち)に在(あ)りて聴(き)き得(え)たり。便(すなわ)ち先(ま)ず出(い)で去(さ)らず、却(しか)し金箍棒(きんこぼう)を把(と)って伸(の)べ出(いだ)し、他(かれ)を試(こころ)みに一試(ひとため)しす。那(か)の怪(かい)果(はた)して往(ゆ)きて下一口(ひとかみ)、扢喳(こっさつ=がりっ)と一声(ひとこえ)、箇(ひとつ)の門牙(もんが=前歯)を把(と)って都(みな)迸(ほとばし)り砕(くだ)けり。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を抽(ひ)き回(かえ)して道(い)う、「好(よ)きかな妖怪(ようかい)!我(われ)倒(かえ)って汝(なんじ)が性命(いのち)を饒(ゆる)して出(い)でんとするに、汝(なんじ)反(かえ)って我(われ)を咬(か)み、我(われ)が命(いのち)を害(がい)せんと要(ほっ)す!我(われ)出(い)でず、活活(いきながら)に只(た)だ弄(もてあそ)びて汝(なんじ)を殺(ころ)さん!出(い)でず!出(い)でず!」と。老魔(ろうま)三魔(さんま)を報怨(うら)みて道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ自家人(じかのひと=身内)の自家人(じかのひと)を弄(もてあそ)ぶなり。且(しばら)くは他(かれ)を請(しょう)じて出(い)でしめなば好了(よか)りしに、汝(なんじ)却(かえ)って我(われ)に他(かれ)を咬(か)ましむ。他(かれ)倒(かえ)って曾(かつ)て咬(か)み着(つ)かざりしに、却(かえ)って我(われ)が牙齦(がぎん=歯茎)を迸(ひび)割(さ)けて痛(いた)からしむ、是(こ)れ怎(いか)にして起(おこ)れるや!」と。
三魔(さんま)老魔(ろうま)の他(かれ)を怪(とが)むるを見(み)て、他(かれ)又(また)箇(ひとつ)の激将法(げきしょうほう=将を奮い立たせる計)を作(な)し、厲声(れいせい=荒々しき声)に高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、
「孫行者(そんぎょうじゃ)、汝(なんじ)が名(な)を聞(き)くこと轟雷(ごうらい=とどろく雷)の耳(みみ)を貫(つらぬ)くが如(ごと)し。説(い)わく、汝(なんじ)南天門(なんてんもん)の外(そと)に威(い)を施(ほどこ)し、霊霄殿(れいしょうでん)の下(もと)に勢(いきおい)を逞(たくま)しうすと。如今(いま)西天(さいてん)の路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて妖(よう)を降(くだ)し怪(かい)を縛(しば)ると雖(いえど)も、原来(げんらい)是(こ)れ箇(ひとつ)の小輩(しょうはい=小物)の猴頭(こうとう=猿め)なる!」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)何(なん)として小輩(しょうはい)とか為(な)る」と。三怪(さんかい)道(い)う、「好漢(こうかん)は千里(せんり)の客(きゃく)、万里(ばんり)に去(ゆ)きて名(な)を伝(つた)う。汝(なんじ)出(い)で来(きた)り、我(われ)汝(なんじ)と賭闘(ととう=勝負)せば、才(はじ)めて是(こ)れ好漢(こうかん)ならん。怎(いか)にして人(ひと)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて勾当(こうとう=行為)を作(な)すや!小輩(しょうはい)に非(あら)ずして何(なん)ぞや」と。
行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、心(こころ)の裡(うち)に暗(あん)に想(おも)うて道(い)う、「是(ぜ)是(ぜ)是(ぜ)!我(われ)若(も)し如今(いま)他(かれ)が腸(はらわた)を扯(ひ)き断(た)ち、他(かれ)が肝(かんも)を揌(おしつぶ)し破(やぶ)り、此(こ)の怪(かい)を弄(もてあそ)び殺(ころ)さば、何(なん)の難(かた)きこと有(あ)らんや。但(ただ)真(まこと)に是(こ)れ我(われ)が名頭(めいとう=名聞)を壊(こわ)さん。也(また)罷(や)めよ!也(また)罷(や)めよ!汝(なんじ)口(くち)を張(ひら)け、我(われ)出(い)でて汝(なんじ)と比並(ひへい=勝負)せん。但(ただ)只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)が此(こ)の洞(ほら)の口(ぐち)は窄逼(さくひつ=狭苦しく)、家火(かか=道具)を使(つか)うに好(よ)からず、須(すべから)く寛(ひろ)き処(ところ)へ往(ゆ)くべし」と。
三魔(さんま)説(い)うを聞(き)きて、即(すなわ)ち大小(だいしょう)の怪(かい)を点(てん)じ、前前後後(ぜんぜんごご)、三万(さんまん)余(あま)りの精(せい)有(あ)り、都(みな)精鋭(せいえい)の器械(きかい=武器)を執(と)り、洞(ほら)を出(い)でて箇(ひとつ)の三才(さんさい=天地人)の陣勢(じんぜい)を擺(し)き開(ひら)き、専(もっぱ)ら行者(ぎょうじゃ)の口(くち)を出(い)づるを等(ま)ちて、一斉(いっせい)に上(のぼ)りて陣(じん)に就(つ)かんとす。那(か)の二怪(にかい)は老魔(ろうま)を攙(ささ)え、径(ただ)ちに門(もん)の外(そと)に至(いた)りて叫(よ)んで道(い)う、「孫行者(そんぎょうじゃ)!好漢(こうかん)出(い)でよ!此(こ)の間(あいだ)に戦場(せんじょう)有(あ)り、好(よ)く闘(たたか)わん!」と。
大聖(たいせい)他(かれ)が肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて、外(そと)の鴉鳴鵲噪(あめいじゃくそう=烏の鳴き鵲のさえずり)、鶴唳風声(かくれいふうせい=鶴の鳴き風の音)を聞(き)き得(え)て、是(こ)れ寛闊(かんかつ=広々とした)の処(ところ)なるを知(し)り、却(しか)し想(おも)う、「我(われ)出(い)でざれば、是(こ)れ他(かれ)に対(たい)して信(しん)を失(うしな)う。若(も)し出(い)でなば、此(こ)の妖精(ようせい)は人面獣心(じんめんじゅうしん=人の面の獣の心)なり。先(さき)には我(われ)が師父(しふ)を送(おく)らんと説(い)いて、我(われ)を哄(だま)して出(い)でしめて我(われ)を咬(か)み、今(いま)又(また)兵(へい)を此(ここ)に調(てい)す。也(また)罷(や)めよ也(また)罷(や)めよ、他(かれ)に箇(ひとつ)の両全其美(りょうぜんきび=双方とも結構)を与(あた)えん。出(い)づる便(すなわ)ち出(い)でん、還(ま)た他(かれ)が肚(はら)の裡(うち)に箇(ひとつ)の根児(ねっこ)を生(しょう)じ下(おろ)さん」と。
即(すなわ)ち手(て)を転(てん)じ、尾(お)の上(うえ)の毫毛(ごうもう)を把(と)って一根(ひとすじ)抜(ぬ)き、口(くち)に仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち一條(ひとすじ)の縄児(なわ)に変(へん)じ、只(た)だ頭髪(とうはつ)の細(ほそ)さ有(あ)るのみ、倒(かえ)って四十丈(しじゅうじょう)の長短(ながさ)有(あ)り。那(か)の縄児(なわ)は理(おさ)め出(いだ)され、風(かぜ)を見(み)て就(すなわ)ち長(た)けて粗(あら)くなりぬ。一頭(いっとう=一方の端)を把(と)って妖怪(ようかい)の心肝(しんかん=心と肝)の系(つなぎ)に拴(むす)び上(あ)げ、打(う)ちて箇(ひとつ)の活扣児(かつこうじ=生きた結び目)を作(な)せば、那(か)の扣児(こうじ)は扯(ひ)かざれば緊(しま)らず、扯(ひ)き緊(し)めば就(すなわ)ち痛(いた)む。却(しか)し一頭(いっとう)を拿(と)りて笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の一(ひと)たび出(い)でて、他(かれ)我(われ)が師父(しふ)を送(おく)らば便(すなわ)ち罷(や)めん。如(も)し送(おく)らず、乱(みだ)りに刀兵(とうへい=武器)を動(うごか)さば、我(われ)也(また)他(かれ)と打(う)つに工夫(くふう)有(あ)らず、只(た)だ此(こ)の縄児(なわ)を扯(ひ)くを消(よう)するのみ、就(すなわ)ち我(われ)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)るが一般(ごと)し!」と。
又(また)身(み)を把(と)って小小(ちいさく)に変(へん)じ、外(そと)へ向(むか)いて爬(は)い、爬(は)って咽喉(いんこう=のど)の下(した)に到(いた)り、妖精(ようせい)の大(おお)いに方口(ほうこう=四角な口)を張(ひら)き、上下(じょうげ)の鋼牙(こうが=鋼の歯)の、排(なら)ぶこと利刃(りじん=鋭き刃)の如(ごと)きを見(み)、忽(たちま)ち思量(しりょう=考え)して道(い)う、「不好(わる)い!不好(わる)い!若(も)し口(くち)の裡(うち)より出(い)でて此(こ)の縄児(なわ)を扯(ひ)かば、他(かれ)痛(いた)みを怕(おそ)れて、往(ゆ)きて下一嚼(ひとかみ)せば、却(かえ)って咬(か)み断(た)たずや。我(われ)他(かれ)が歯(は)の無(な)き所在(ところ)を打(う)って出(い)でん」と。
好(よ)きかな大聖(たいせい)、縄児(なわ)を理(おさ)えて、他(かれ)が那(そ)の上腭子(じょうがくし=上あご)より前(まえ)へ向(むか)いて爬(は)い、爬(は)って他(かれ)が鼻孔(びこう=鼻の穴)の裡(うち)に到(いた)る。那(か)の老魔(ろうま)の鼻(はな)痒(かゆ)く、「阿啑(あくしゃめ)」と一声(ひとこえ)、箇(ひとつ)の噴嚏(くしゃみ)を打(う)てば、却(かえ)って行者(ぎょうじゃ)を迸(ほとばし)り出(いだ)せり。行者(ぎょうじゃ)風(かぜ)を見(み)て、腰(こし)を把(と)って一躬(ひと)まり躬(かが)めば、就(すなわ)ち長(た)けて三丈(さんじょう)の長短(ながさ)有(あ)り、一只手(かたて)に縄児(なわ)を扯(ひ)き、一只手(かたて)に鉄棒(てつぼう)を拿(と)る。那(か)の魔頭(まとう)好歹(こうたい=善悪)を知(し)らず、他(かれ)の出(い)で来(きた)れるを見(み)て、就(すなわ)ち鋼刀(こうとう=鋼の刀)を挙(あ)げ、臉(かお)を劈(つんざ)いて来(きた)り砍(き)る。此(こ)の大聖(たいせい)一只手(かたて)に鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて相迎(むか)う。又(また)那(か)の二怪(にかい)の槍(やり)を使(つか)い、三怪(さんかい)の戟(ほこ)を使(つか)いて、頭(こうべ)も無(な)く臉(かお)も無(な)く乱(みだ)りに上(かか)るを見(み)る。大聖(たいせい)縄(なわ)を放松(ゆる)め、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて雲(くも)に駕(が)して走(に)げ去(さ)れり。原来(げんらい)那(か)の伙(くみ)の小妖(しょうよう)の囲繞(いにょう=取り巻き)を怕(おそ)れて、事(こと)を幹(おこな)うに好(よ)からざればなり。他(かれ)却(しか)し営(えい)の外(そと)に跳(と)び出(い)で、那(か)の空闊(くうかつ=広々とした)の山頭(さんとう=山のいただき)に去(ゆ)き、雲(くも)を落(おと)し、双手(もろて)に縄(なわ)を把(と)って力(ちから)を尽(つく)して一扯(ひとひき)すれば、老魔(ろうま)の心(こころ)の裡(うち)才(はじ)めて疼(いた)む。他(かれ)疼(いた)みを害(こうむ)って上(うえ)へ一掙(ひとあが)きすれば、大聖(たいせい)復(ま)た下(した)へ一扯(ひとひき)す。衆小妖(しゅうしょうよう)遠遠(はるか)に看(み)て、声(こえ)を斉(そろ)えて高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「大王(だいおう)、他(かれ)を惹(からか)うな!他(かれ)を去(ゆ)かしめよ!此(こ)の猴児(こうじ)は時景(じけい=季節)に按(あて)ず、清明(せいめい)すら未(いま)だ到(いた)らざるに、他(かれ)却(かえ)って那(あ)の処(ところ)にて風箏(たこ)を放(あ)ぐるなり!」と。
大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、力(ちから)を着(つ)けて一蹬(ひとふみ)蹬(ふ)めば、那(か)の老魔(ろうま)は空(くも)の中(なか)より、拍刺刺(はくしし=ばたばた)と紡車児(ぼうしゃじ=糸車)の一般(ごと)く塵埃(じんあい)に跌(たお)れ落(お)ち、就(すなわ)ち那(か)の山坡(さんぱ)の下(した)の死硬(しこう=かちかち)の黄土(おうど)を把(と)って跌(うが)ちて箇(ひとつ)の二尺(にしゃく)の浅深(ふかさ)の坑(あな)を作(な)せり。慌(あわ)てて那(か)の二怪(にかい)三怪(さんかい)一斉(いっせい)に雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(くだ)し、上(すす)み前(まえ)に縄児(なわ)を拿(と)り住(とど)め、坡(さか)の下(した)に跪(ひざまず)きて哀告(あいこく)して道(い)う、
「大聖(たいせい)よ、只(た)だ汝(なんじ)を是(こ)れ箇(ひとつ)の寛洪海量(かんこうかいりょう=度量の広き)の仙(せん)と説(い)いしに、誰(たれ)か知(し)らん、是(こ)れ箇(ひとつ)の鼠腹蝸腸(そふくかちょう=度量の狭き)の輩(やから)なりとは。実実(じつじつ=まこと)に汝(なんじ)を哄(だま)して出(い)でしめ、汝(なんじ)と陣(じん)を見(まみ)えんとせしに、期(き)せずや汝(なんじ)の我(われ)が家兄(かけい)の心(こころ)の上(うえ)に一根(ひとすじ)の縄(なわ)を拴(むす)びたるとは!」と。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)等(ら)の此(こ)の伙(くみ)の潑魔(はつま=悪魔めら)は、十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり。前番(ぜんばん=先ほど)我(われ)を哄(だま)して出(い)でしめば便(すなわ)ち就(すなわ)ち我(われ)を咬(か)み、此(こ)の番(たび)我(われ)を哄(だま)して出(い)でしめて、却(かえ)って又(また)陣(じん)を擺(し)いて我(われ)に敵(てき)す。此(か)くの幾万(いくまん)の妖兵(ようへい)の、我(われ)一箇(ひとり)に戦(たたか)うが似(ごと)きは、理(り)の上(うえ)にも也(また)通(つう)ぜず。扯(ひ)きて去(ゆ)かん!扯(ひ)きて去(ゆ)きて我(われ)が師父(しふ)に見(まみ)えん!」と。
那(か)の怪(かい)一斉(いっせい)に頭(こうべ)を叩(たた)いて道(い)う、「大聖(たいせい)慈悲(じひ)して、我(われ)が性命(いのち)を饒(ゆる)せ、願(ねが)わくは老師父(ろうしふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えんことを!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)等(ら)命(いのち)を要(ほっ)せば、只(た)だ刀(かたな)を拿(と)って縄(なわ)を把(と)って割(き)り断(た)たば罷(や)めり」と。老魔(ろうま)道(い)う、「爺爺(じいじい)や、外(そと)の方(ほう)のを割(き)り断(た)てば、此(こ)の裡(うち)の方(ほう)のは心(こころ)の上(うえ)に拴(むす)ばれ、喉嚨(のど)の裡(うち)又(また)菾菾(てんてん=むかむか)と悪心(おしん=むかつき)す。怎(いか)にしてか是(こ)れ好(よ)からん」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、口(くち)を張(ひら)け、我(われ)の再(ふたた)び入(い)りて縄(なわ)を解(と)き出(いだ)さんを等(ま)て」と。老魔(ろうま)慌(あわ)てて道(い)う、「此(こ)の一(ひと)たび入(い)りて、又(また)肯(あ)えて出(い)でんとせずんば、却(かえ)って難(かた)しや!却(かえ)って難(かた)しや!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)本事(ほんじ=腕)有(あ)りて外辺(そと)より就(すなわ)ち裡(うち)の縄頭(なわがしら)を解(と)くことを得(う)る也(なり)。解(と)き了(おわ)らば実実(じつじつ)に我(われ)が師父(しふ)を送(おく)るや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「但(ただ)解(と)かば就(すなわ)ち送(おく)らん、決(けっ)して敢(あ)えて誑語(きょうご=嘘)を打(い)わず」と。
大聖(たいせい)審(ただ)して是(こ)れ実(じつ)なるを得(え)、即(すなわ)ち便(すなわ)ち身(み)を将(も)って一抖(ひとふる)いし、毫毛(ごうもう)を収(おさ)めれば、那(か)の怪(かい)の心(こころ)就(すなわ)ち疼(いた)まず。是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)の掩様(えんよう=見せかけ)の法児(ほうじ)にして、毫毛(ごうもう)をして他(かれ)が心(こころ)を拴(むす)ばしめ、毫毛(ごうもう)を収(おさ)めたれば、所以(ゆえ)に就(すなわ)ち疼(いた)みを害(こうむ)らざる也(なり)。三箇(みっつ)の妖(よう)身(み)を縦(はな)ちて起(た)ち、謝(しゃ)して道(い)う、
「大聖(たいせい)請(こ)う回(かえ)られよ。上(のぼ)りて唐僧(とうそう)に復(つ)げ、行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう=まとめ)し下(おろ)させよ。我(われ)等(ら)就(すなわ)ち轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて送(おく)らん」と。
衆怪(しゅうかい)干戈(かんか=武器)を偃(ふ)せ、尽(ことごと)く皆(みな)洞(ほら)に帰(かえ)る。
大聖(たいせい)縄(なわ)を収(おさ)め、径(ただ)ちに山(やま)の東(ひがし)に転(かえ)る。遠遠(はるか)に唐僧(とうそう)の地(ち)の上(うえ)に睡(ね)て転(ころ)び打(う)ち痛哭(つうこく=泣き叫ぶ)するを看(み)れば、猪八戒(ちょはっかい)と沙僧(さそう)は包袱(ほうほう=風呂敷包み)を解(と)き、行李(こうり)を将(も)って搭分児(とうぶんじ=分け前)とし、那(あ)の処(ところ)に在(あ)りて分(わか)ちつるなり。行者(ぎょうじゃ)暗暗(ひそか)に嗟嘆(さたん=嘆息)して道(い)う、
「講(い)うを消(よう)せず、是(こ)れ定(さだ)めて八戒(はっかい)の師父(しふ)に対(たい)して『我(われ)は妖精(ようせい)に喫(く)われたり』と説(い)いしならん。師父(しふ)は我(われ)を捨(す)て得(え)ずして痛哭(つうこく)し、那(か)の呆子(あほう)却(かえ)って東西(とうざい=荷物)を分(わか)ちて火(ひ)を散(ち)らすなり。咦(ああ)!是(こ)の意(こころ)なるを知(し)らず、且(しばら)く我(われ)の他(かれ)を一声(ひとこえ)叫(よ)んで看(み)ん」と。
雲頭(うんとう)を落(おと)して叫(よ)んで道(い)う、「師父(しふ)!」と。沙僧(さそう)聞(き)きて、八戒(はっかい)を報怨(うら)みて道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の棺材座子(かんざいざし=棺桶の台)、専一(せんいつ=もっぱら)に人(ひと)を害(がい)す。師兄(しけい)は曾(かつ)て死(し)せざるに、汝(なんじ)却(かえ)って他(かれ)の死(し)せりと説(い)い、此(ここ)に在(あ)りて此(こ)の箇(ひとつ)の勾当(こうとう=行い)を幹(おこな)う。那(いず)れか叫(よ)びて将(も)ち来(きた)らざらん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)分明(ぶんめい=はっきり)と他(かれ)の妖精(ようせい)に一口(ひとくち)に呑(の)まるるを見(み)たり。想(おも)うに是(こ)れ日辰(にっしん=日柄)悪(あ)しく、那(か)の猴子(さる)の来(きた)りて魂(たましい)を顕(あらわ)すならん」と。
行者(ぎょうじゃ)跟前(みもと)に到(いた)り、一把(ひとつかみ)に八戒(はっかい)の臉(かお)を撾(つか)み、一箇(ひとつ)の巴掌(びんた)を打(う)てば箇(ひとつ)の踉蹌(ろうそう=よろめき)とし、道(い)う、「夯貨(ぼんや)!我(われ)甚(なん)の魂(たましい)を顕(あらわ)さん」と。呆子(あほう)臉(かお)を捂(おお)いて道(い)う、「哥哥(あにき)、汝(なんじ)実(じつ)に是(こ)れ那(か)の怪(かい)に喫(く)われたるに、汝(なんじ)、汝(なんじ)怎(いか)にして又(また)活(い)き返(かえ)りたる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の箇(ひとつ)の不済事(ふさいじ=役立たず)の膿包(のうほう=膿の袋)の象(ごと)き者(もの)よ!他(かれ)我(われ)を喫(く)らえば、我(われ)就(すなわ)ち他(かれ)が腸(はらわた)を抓(つか)み、他(かれ)が肺(はい)を捏(つま)み、又(また)此(こ)の條(ひとすじ)の縄児(なわ)を把(と)って他(かれ)が心(こころ)を穿(つらぬ)き住(とど)め、扯(ひ)いて他(かれ)を疼痛(とうつう)禁(しの)び難(がた)からしめ、箇箇(おのおの)頭(こうべ)を叩(たた)きて哀告(あいこく)せしむれば、我(われ)才(はじ)めて他(かれ)が性命(いのち)を饒(ゆる)せり。如今(いま)轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて我(われ)が師父(しふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えんとする也(なり)」と。
那(か)の三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、一骨魯(ひとところが)りに爬(はい)き起(お)き、行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して身(み)を躬(かが)めて道(い)う、「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)を累(つか)れ殺(ころ)し了(おわ)んぬ!若(も)し悟能(ごのう)の言(げん)を信(しん)ぜば、我(われ)已(すで)に絶(た)えたり!」と。行者(ぎょうじゃ)拳(こぶし)を輪(めぐ)らして八戒(はっかい)を打(う)ち罵(ののし)って道(い)う、「此(こ)の箇(ひとつ)の饢糠(のうこう=飯の殻)の呆子(あほう)、十分(じゅうぶん)に懈怠(けたい=怠慢)にして、甚(はなは)だ人(ひと)と成(な)らず。師父(しふ)、汝(なんじ)切(せつ)に惱(なや)むこと莫(な)かれ、那(か)の怪(かい)就(すなわ)ち来(きた)りて汝(なんじ)を送(おく)らんとす」と。沙僧(さそう)也(また)甚(はなは)だ慚愧(ざんき=恥じ)を生(しょう)じ、連忙(すぐさま)遮掩(しゃえん=取り繕い)し、行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し、馬匹(ばひつ)に扣(くつわ)を背(お)わせ、皆(みな)途(みち)の中(なか)に在(あ)りて等候(とうこう=待つ)ことは題(だい)とせず。
却(さ)て説(つ)ぐ、三箇(みっつ)の魔頭(まとう)群精(ぐんせい)を帥(ひき)いて洞(ほら)に回(かえ)る。二怪(にかい)道(い)う、
「哥哥(あにき)、我(われ)只(た)だ是(こ)れ箇(ひとつ)の九頭八尾(きゅうとうび=九つの頭と八つの尾)の孫行者(そんぎょうじゃ)ならんと道(おも)いしに、原来(げんらい)是(こ)れ恁(か)くの般(ごと)き箇(ひとつ)の小小(ちいさき)の猴児(こうじ)なるか!汝(なんじ)他(かれ)を呑(の)むべからざりしに、只(た)だ他(かれ)と闘(たたか)う時(とき)、他(かれ)那(いず)くにか我(われ)汝(なんじ)に闘(たたか)い得(う)ることを得(え)ん!洞(ほら)の裡(うち)の此(こ)の幾万(いくまん)の妖精(ようせい)、唾沫(つばき)を吐(は)くも也(また)湅(ゆ)でて他(かれ)を殺(ころ)すことを得(え)ん。汝(なんじ)却(かえ)って他(かれ)を将(も)って肚(はら)の裡(うち)に呑(の)めば、他(かれ)便(すなわ)ち法(ほう)を弄(ろう)し起(おこ)して、汝(なんじ)をして苦(くるしみ)を受(う)けしむ。怎(いか)で敢(あ)えて他(かれ)と比較(ひかく=勝負)せん?才自(さっき)唐僧(とうそう)を送(おく)らんと説(い)いしは、都(みな)假意(かい=偽り)にして、実(じつ)は兄長(けいちょう)の性命(いのち)の要緊(だいじ)なるを為(な)せばなり、所以(ゆえ)に他(かれ)を哄(だま)して出(い)だせしなり。決(けっ)して他(かれ)を送(おく)らじ!」と。
老魔(ろうま)道(い)う、「賢弟(けんてい)の送(おく)らざるの故(ゆえ)は、何(なん)ぞや」と。二怪(にかい)道(い)う、
「汝(なんじ)我(われ)に三千(さんぜん)の小妖(しょうよう)を与(あた)え、陣勢(じんぜい)を擺(し)き開(ひら)かしめよ。我(われ)本事(ほんじ=腕)有(あ)りて此(こ)の猴頭(こうとう)を拿(とら)え住(とど)めん!」と。
老魔(ろうま)道(い)う、「三千(さんぜん)を説(い)う莫(な)かれ、汝(なんじ)の老営(ろうえい=本陣)を起(おこ)して去(ゆ)くに凭(まか)すも、只(た)だ拿(とら)え住(とど)めば便(すなわ)ち大家(みな)に功(こう)有(あ)らん」と。那(か)の二魔(にま)即(すなわ)ち三千(さんぜん)の小妖(しょうよう)を点(てん)じ、径(ただ)ちに大路(たいろ)の旁(かたわら)に到(いた)りて擺(し)き開(ひら)き、一箇(ひとり)の藍旗手(らんきしゅ=青き旗の持ち手)をして往来(おうらい)して伝報(でんぽう=注進)せしめ、教(おし)えて曰(いわ)く、「孫行者(そんぎょうじゃ)!早(はや)くに出(い)で来(きた)り、我(われ)が二大王爺爺(にだいおうじいじい)と戦(たたか)わんことを!」と。
八戒(はっかい)聞(き)きて笑(わら)って道(い)う、
「哥(あにき)よ、常言(じょうげん=世に言う)に『説謊(うそ)は当郷人(とうきょうじん=地元の者)を瞞(だま)さず』と。就(すなわ)ち来(きた)りて虚頭(きょとう=見せかけ)を弄(ろう)し鬼(おに)を搗(つ)く!怎(いか)にして妖精(ようせい)を降(くだ)せば、就(すなわ)ち轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて師父(しふ)を送(おく)らんと説(い)いしに、又(また)来(きた)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶは、何(なん)ぞや」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「老怪(ろうかい)は已(すで)に我(われ)に降(くだ)され、敢(あ)えて頭(こうべ)を出(いだ)さず、箇(ひとつ)の孫(そん)の字(じ)を聞(き)くも、也(また)頭痛(ずつう)を害(こうむ)る。是(こ)れ定(さだ)めて二妖魔(にようま)の我(われ)等(ら)を送(おく)るに伏気(ふっき=納得)せざるならん、故此(ゆえ)に戦(たたかい)を叫(よ)ぶなり。我(われ)道(おも)うに兄弟(きょうだい)よ、此(こ)の妖精(ようせい)は弟兄(ていけい)三箇(みっつ)有(あ)りて、此(か)くの般(ごと)き義気(ぎき=義理堅さ)有(あ)り。我(われ)が弟兄(きょうだい)也(また)是(こ)れ三箇(みっつ)なるに、些(いささか)の義気(ぎき)も無(な)からんや。我(われ)已(すで)に大魔(だいま)を降(くだ)せり、二魔(にま)出(い)で来(きた)らば、汝(なんじ)就(すなわ)ち他(かれ)と戦(たたか)い戦(たたか)え、未(いま)だ不可(ふか)ならず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「他(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)の!我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)と一仗(ひといくさ)打(う)ち来(きた)らんを待(ま)て!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「去(ゆ)かんと要(ほっ)せば便(すなわ)ち去(ゆ)け」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「哥(あにき)よ、去(ゆ)く便(すなわ)ち去(ゆ)かん。汝(なんじ)那(か)の縄児(なわ)を把(と)って我(われ)に借(か)して使(つか)わしめよ」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)怎(いか)にせんと要(ほっ)する?汝(なんじ)又(また)肚(はら)の裡(うち)に鑽(もぐ)る本事(ほんじ)無(な)く、汝(なんじ)又(また)他(かれ)が心(こころ)の上(うえ)に拴(むす)ぶ本事(ほんじ)無(な)し。他(かれ)を要(もと)めて何(なん)の用(よう)か有(あ)らん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)此(これ)を腰(こし)の間(あいだ)に扣(か)け、箇(ひとつ)の救命索(きゅうめいさく=命綱)を作(な)さんと要(ほっ)す。汝(なんじ)と沙僧(さそう)は後手(うしろて)を扯(ひ)き住(とど)め、我(われ)を放(はな)ちて出(い)でしめ、他(かれ)と戦(たたか)わん。估(おしはか)るに他(かれ)に贏(か)たば、汝(なんじ)便(すなわ)ち放松(ゆる)め、我(われ)他(かれ)を把(と)って拿(とら)え住(とど)めん。若(も)し他(かれ)に輸(ま)けなば、汝(なんじ)我(われ)を把(と)って扯(ひ)き回(かえ)せ、他(かれ)の拉(ひ)きて去(さ)らるるを教(おし)うること莫(な)かれ」と。真(まこと)に行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「也(また)是(こ)れ呆子(あほう)を捉弄(からか)う一番(ひとくさ)り!」と。就(すなわ)ち縄児(なわ)を把(と)って他(かれ)が腰(こし)の裡(うち)に扣(か)け、他(かれ)を撮弄(そくろう=けしかけ)て出(い)でて戦(たたか)わしむ。
那(か)の呆子(あほう)釘鈀(ていは)を挙(あ)げて山崖(さんがい)に跑(はし)り上(のぼ)り、叫(よ)んで道(い)う、「妖精(ようせい)出(い)でよ!汝(なんじ)が猪祖宗(ちょそこ=豚のご先祖)と打(う)ち来(きた)らん!」と。那(か)の藍旗手(らんきしゅ)急(いそ)ぎ報(しら)せて曰(いわ)く、「大王(だいおう)、一箇(ひとり)の長嘴大耳朶(ちょうしだいじた=長き口と大なる耳)の和尚(おしょう)の来(きた)れる有(あ)り」と。二怪(にかい)即(すなわ)ち営(えい)を出(い)で、八戒(はっかい)を見(み)て、更(さら)に話(ことば)を打(い)わず、槍(やり)を挺(つき)けて臉(かお)を劈(つんざ)いて来(きた)り刺(さ)す。此(こ)の呆子(あほう)鈀(は)を挙(あ)げて上(すす)み前(まえ)に迎(むか)え住(とど)む。
他(かれ)両箇(ふたり)山坡(さんぱ)の前(まえ)に手(て)を搭(か)け上(あ)げ、闘(たたか)うこと七八回合(しちはちえごう)に上(のぼ)らざるに、呆子(あほう)の手(て)軟(やわ)らぎ、妖魔(ようま)を架(ささ)うることを得(え)ず、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして叫(よ)ぶ、「師兄(しけい)、不好(わる)い了(な)ったり!救命索(きゅうめいさく)を扯(ひ)き扯(ひ)きせよ、救命索(きゅうめいさく)を扯(ひ)き扯(ひ)きせよ!」と。此(こ)の壁廂(かたわら)の大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、転(うた)た縄(なわ)を把(と)って放松(ゆる)めて抛(な)げ将(も)ち去(ゆ)かしむ。那(か)の呆子(あほう)陣(じん)に敗(やぶ)れ、住(とど)まりて後(うしろ)へ就(つ)いて跪(ひざまず)く。原来(げんらい)那(か)の縄(なわ)は拖(ひ)きて走(はし)るには還(ま)だ覚(おぼ)えざりしが、転(かえ)り来(きた)るに、因(よ)りて松(ゆる)みたれば、倒(かえ)って些(いささか)の脚(あし)を絆(つまず)かすこと有(あ)り、自家(おのれ)絆(つまず)きて一跌(ひとたお)れ、爬(はい)き起(お)きて又(また)一跌(ひとたお)れ。始(はじ)めは還(ま)だ躘踵(りゅうしょう=よろめき)に跌(たお)るるも、後面(あと)は就(すなわ)ち嘴(くち)を地(ち)に搶(つ)けて跌(たお)れたり。妖精(ようせい)に追(お)い上(つ)かれ、鼻子(はな)を捽(ふ)り開(ひら)き、蛟龍(こうりゅう=みずち)の一般(ごと)く、八戒(はっかい)を把(と)って一鼻子(ひとはな)に捲(ま)き住(とど)め、勝(かち)を得(え)て洞(ほら)に回(かえ)る。衆妖(しゅうよう)凱歌(がいか=勝ちどき)を斉(そろ)えて唱(うたい)、一擁(いっせい)にして帰(かえ)る。
此(こ)の坡(さか)の下(した)の三蔵(さんぞう)看(み)て、又(また)行者(ぎょうじゃ)を惱(なや)まして道(い)う、
「悟空(ごくう)、悟能(ごのう)の汝(なんじ)の死(し)せるを呪(のろ)うを怪(とが)むるに怪(け)無し!原来(げんらい)汝(なんじ)等(ら)兄弟(きょうだい)は全(まった)く相親(あいした)しみ相愛(あいあい)するの意(こころ)無(な)く、専(もっぱ)ら相嫉(あいそね)み相妒(あいねた)むの心(こころ)を懐(いだ)く!他(かれ)の那(か)の般(ごと)く説(い)いて、汝(なんじ)に救命索(きゅうめいさく)を扯(ひ)き扯(ひ)きせよと教(おし)うるに、汝(なんじ)怎(いか)にして扯(ひ)かず、還(ま)た索子(さくし=綱)を将(も)って抛(な)げ捨(す)て去(さ)りしや?如今(いま)他(かれ)をして害(がい)を被(こうむ)らしむ、却(かえ)って之(これ)を如何(いかん)せん」と。
行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)也(また)忒(はなは)だ護短(こたん=かばい)し、忒(はなは)だ偏心(へんしん=えこひいき)す!罷(や)めよ、我(われ)が老孫(ろうそん)の拿(とら)え去(さ)らるる時(とき)の象(ごと)きは、汝(なんじ)略(ほぼ)挂念(けねん=気にかけ)ず、左右(とにかく)是(こ)れ命(いのち)を捨(す)つるの材(ざい=材木)なり。此(こ)の呆子(あほう)才(さっき)自(みずか)ら擒(とりこ)に遭(あ)いしに、汝(なんじ)就(すなわ)ち我(われ)を怪(とが)む。也(また)他(かれ)をして些(いささか)の苦悩(くのう)を受(う)けしめ、方(はじ)めて取経(しゅきょう)の難(かた)きを見(み)ん」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)去(ゆ)くに、我(われ)豈(あ)に挂念(けねん)せざらんや。想(おも)うに汝(なんじ)は変化(へんげ=変化の術)を会(え)し、断然(だんぜん=きっと)として身(み)を傷(きずつ)くるに至(いた)らじ。那(か)の呆子(あほう)は生(うま)れつき狼犺(ろうこう=大柄で鈍く)、又(また)騰挪(とうな=身のこなし)を会(え)せず、此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)かば、吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し。汝(なんじ)還(ま)た去(ゆ)きて他(かれ)を一救(ひとすく)い救(すく)え」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)報怨(うら)むことを得(え)ず、我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)を一救(ひとすく)い救(すく)わんを等(ま)て」と。急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて山(やま)に追(お)い上(つ)き、暗(あん)中(ちゅう)に恨(うら)んで道(い)う、「此(こ)の呆子(あほう)我(われ)の死(し)せるを呪(のろ)う、且(しばら)く他(かれ)に箇(ひとつ)の快活(かいかつ=喜び)を与(あた)うること莫(な)かれ!且(しばら)く跟(したが)き去(ゆ)きて那(か)の妖精(ようせい)の怎(いか)に他(かれ)を擺布(はいふ=扱う)するを看(み)、他(かれ)の些(いささか)の罪(つみ)を受(う)くるを等(ま)ちて、再(ふたた)び去(ゆ)きて他(かれ)を救(すく)わん」と。即(すなわ)ち訣(けつ=印)を捻(ねん)じて真言(しんごん)を念(ねん)じ起(おこ)し、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、即(すなわ)ち箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうりょうちゅう=小さな虫)に変(へん)じ、飛(と)び将(も)ち去(ゆ)き、八戒(はっかい)の耳朶(みみ)の根(ね)に釘(とど)まり、那(か)の妖精(ようせい)と同(とも)に洞(ほら)の裡(うち)に到(いた)る。
二魔(にま)三千(さんぜん)の小妖(しょうよう)を帥(ひき)い、大吹大打(だいすいだいだ=大いに吹き大いに打ち)して、洞口(どうこう=洞の入口)に至(いた)りて屯(とん)し下(おろ)し、自(みずか)ら八戒(はっかい)を将(も)って裡(うち)へ拿(とら)え入(い)りて道(い)う、「哥哥(あにき)、我(われ)一箇(ひとり)拿(とら)え来(きた)りたり」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「拿(とら)え来(きた)りて我(われ)に看(み)しめよ」と。他(かれ)鼻子(はな)を放松(ゆる)め、八戒(はっかい)を捽(おと)し下(おろ)して道(い)う、「是(こ)れに非(あら)ずや」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「此(こ)の厮(やつ)は没用(むよう=役立たず)なり」と。
八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)きて道(い)う、「大王(だいおう)、没用(むよう)のを放(はな)ち出(いだ)し、那(か)の有用(ゆうよう=役に立つ)のを尋(たず)ねて捉(とら)え来(きた)らしめよ」と。三怪(さんかい)道(い)う、「没用(むよう)なりと雖(いえど)も、也(また)是(こ)れ唐僧(とうそう)の徒弟(とてい)猪八戒(ちょはっかい)なり。且(しばら)く縛(しば)りて、後辺(うしろ)の池塘(ちとう=池)に送(おく)りて浸(ひた)しおき、毛(け)の浸(ひた)し退(ぬ)くるを待(ま)ちて、腹(はら)を破(やぶ)り開(ひら)き、塩(しお)を以(もっ)て腌(つ)けて晒(ほ)し乾(ほ)し、天陰(てんいん=曇りの日)を等(ま)ちて酒(さけ)の下(さかな)とせん」と。八戒(はっかい)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「罷(や)めよ罷(や)めよ!那(か)の腌(しおづけ)を販(あきな)う妖怪(ようかい)に撞見(であ)いたり!」と。衆怪(しゅうかい)一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)し、呆子(あほう)の手足(てあし)を一括(ひとくく)りに縛(しば)り上(あ)げ、扛扛抬抬(こうこうたいたい=かつぎ上げかつぎ運び)、池塘(ちとう)の辺(ほとり)に送(おく)り至(いた)り、中(なか)へ向(むか)いて一推(ひとお)し、尽(ことごと)く皆(みな)転(かえ)り去(さ)る。
大聖(たいせい)却(しか)し飛(と)び起(お)きて看(み)る処(ところ)、那(か)の呆子(あほう)は四肢(しし=手足)を上(うえ)に朝(む)け、嘴(くち)を尖(とが)らし、半(なか)ば浮(う)き半(なか)ば沈(しず)み、口(くち)の裡(うち)呼呼(ここ)と、着然(じゃくぜん=なるほど)に好(おも)しろく、倒(かえ)って八九(はちきゅう)月(がつ)の霜(しも)を経(ふ)りて子(み)の落(お)ちたる一箇(ひとつ)の大(おお)きなる黒(くろ)き蓮蓬(はすの実)の象(ごと)し。大聖(たいせい)他(かれ)が那(か)の嘴臉(しれん=顔つき)を見(み)て、又(また)他(かれ)を恨(うら)み、又(また)他(かれ)を憐(あわ)れみ、説(い)って道(い)う、「怎(いか)にしてか好(よ)からんや。他(かれ)也(また)是(こ)れ龍華会(りゅうげえ=弥勒の説法会)の上(うえ)の一人(ひとり)なるに、但(ただ)只(た)だ他(かれ)の動(やや)もすれば行李(こうり)を分(わか)ちて火(ひ)を散(ち)らし、又(また)師父(しふ)を攛掇(そんだつ=そそのか)して《緊箍咒(きんこじゅ)》を念(ねん)じて我(われ)を呪(のろ)わしむるを恨(うら)む。我(われ)前日(ぜんじつ)曾(かつ)て沙僧(さそう)の説(い)うを聞(き)き得(え)たり、也(また)些(いささか)の私房(しぼう=へそくり)を蓄(たくわ)えたりと。有(あ)るや否(いな)やを知(し)らず、且(しばら)く我(われ)の他(かれ)を一嚇(ひとおど)し嚇(おど)して看(み)ん」と。
好(よ)きかな大聖(たいせい)、他(かれ)が耳(みみ)の辺(ほとり)に飛(と)び近(ちか)づき、声(こえ)を仮(か)り捏(つく)りて一声(ひとこえ)叫(よ)んで曰(いわ)く、「猪悟能(ちょごのう)!猪悟能(ちょごのう)!」と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(い)う、「晦気(わざわい)や!我(われ)が此(こ)の悟能(ごのう)は観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の起(なづ)けたるところ、唐僧(とうそう)に跟(したが)いてより、又(また)八戒(はっかい)と呼(よ)ばる。此(こ)の間(あいだ)怎(いか)にして人(ひと)の我(われ)の悟能(ごのう)と叫做(なづ)くるを知(し)る」と。呆子(あほう)忍(しの)ぶこと能(あた)わず問(と)うて道(い)う、「是(こ)れ那(た)れか我(われ)が法名(ほうみょう)を叫(よ)ぶ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「是(こ)れ我(われ)なり」と。呆子(あほう)道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ那(た)れぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ勾司人(こうしじん=冥府の使い)なり」と。那(か)の呆子(あほう)慌(あわ)てて道(い)う、「長官(ちょうかん)、汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ五閻王(ごえんおう)の差(つか)わして汝(なんじ)を勾(こう=引きたて)るに来(きた)れるなり」と。那(か)の呆子(あほう)道(い)う、「長官(ちょうかん)、汝(なんじ)且(しばら)く回(かえ)り去(さ)り、上(のぼ)りて五閻王(ごえんおう)に復(つ)げよ。他(かれ)は我(われ)が師兄(しけい)孫悟空(そんごくう)と交(まじ)わること甚(はなは)だ好(よ)し、他(かれ)に我(われ)をして一日児(いちにち)を譲(ゆず)らしめ、明日(あす)来(きた)りて勾(こう)からしめよ」と。
行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「胡説(こせつ=でたらめ)す!閻王(えんおう)三更(さんこう=夜中)の死(し)を注定(さだ)めば、誰(たれ)か敢(あ)えて人(ひと)を留(とど)めて四更(しこう)に到(いた)らしめん!早(はや)くに趁(お)うて我(われ)に跟(したが)き去(ゆ)け、縄(なわ)を套(か)け上(あ)げて扯(ひ)き拉(ひ)かるるを免(まぬが)れよ!」と。呆子(あほう)道(い)う、「長官(ちょうかん)、那(いず)れか方便(ほうべん=情け)に非(あら)ざるは。我(われ)が此(か)くの般(ごと)き嘴臉(しれん)を看(み)て、還(ま)た活(い)きんと想(おも)うや。死(し)するは是(こ)れ一定(いってい=きっと)死(し)す、只(た)だ一日(いちにち)を等(ま)て。此(こ)の妖精(ようせい)我(われ)が師父(しふ)たちを連(つら)ねて拿(とら)え来(きた)り、一会(ひとあい)し、就(すなわ)ち都(みな)了帳(りょうちょう=おしまい)とならん」と。
行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「也(また)罷(や)めよ。我(われ)が此(こ)の批(ひ=召喚状)の上(うえ)に三十人(さんじゅうにん)有(あ)り、都(みな)此(こ)の中(なか)前後(ぜんご)に在(あ)る。我(われ)の拘(こう)し将(も)ち来(きた)りて汝(なんじ)に就(つ)かんを等(ま)て、便(すなわ)ち一日(いちにち)の耽閣(たんかく=遅れ)有(あ)らん。汝(なんじ)盤纏(ばんてん=路銀)有(あ)るや、些(いささ)かを我(われ)に把(と)らせよ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「憐(あわ)れむべきかな!出家人(しゅっけにん)那(いず)れにか甚(なん)の盤纏(ばんてん)か有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「若(も)し盤纏(ばんてん)無(な)くんば索(しば)りて去(ゆ)かん!我(われ)に跟(したが)いて走(はし)れ!」と。呆子(あほう)慌(あわ)てて道(い)う、「長官(ちょうかん)索(しば)ることなかれ、我(われ)暁(さと)る汝(なんじ)が此(こ)の縄児(なわ)の追命縄(ついめいじょう=命を追う綱)と叫做(なづ)くるを。索(しば)り上(あ)ぐれば就(すなわ)ち気(き)を断(た)たんとす。有(あ)り有(あ)り有(あ)り!有(あ)る便(すなわ)ち些(いささか)有(あ)るも、只(た)だ多(おお)からず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いず)れに在(あ)るか?快(はや)く拿(と)り出(いだ)せ!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「憐(あわ)れむべきかな、憐(あわ)れむべきかな!我(われ)自(みずか)ら和尚(おしょう)と作(な)りてより、如今(いま)に到(いた)るまで、些(いささか)の善信(ぜんしん=信心深き)の人(ひと)の家(いえ)の斎僧(さいそう=僧に施す)有(あ)りて、我(われ)が食腸(しょくちょう=食い意地)の大(おお)ききを見(み)て、襯銭(しんせん=布施)の彼(かれ)らに比(くら)べて略(ほぼ)多(おお)きを、我(われ)拿(と)りて此(ここ)に蓄(たくわ)え、零零砕砕(れいれいさいさい=こまごまと)五銭(ごせん)の銀子(ぎんす=銀)有(あ)り。好(よ)く收拾(しゅうしゅう=始末)するに因(よ)りて、前者(さきごろ)城中(じょうちゅう)に到(いた)り、一箇(ひとり)の銀匠(ぎんしょう=銀細工師)に央(たの)みて一処(ひとところ)に煎(と)かしめしに、他(かれ)又(また)天理(てんり=良心)無(な)く、我(われ)が幾分(いくぶ)を偷(ぬす)み、只(た)だ四銭六分(しせんろくぶ)の塊(かたまり)を得(え)たり。汝(なんじ)拿(と)りて去(ゆ)け」と。
行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の呆子(あほう)褲子(ずぼん)も也(また)穿(き)るを得(え)ざるに、却(かえ)って何(いず)れの処(ところ)に蔵(かく)せるか。咄(こら)!汝(なんじ)が銀子(ぎんす)は那(いず)れに在(あ)るか」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)が左(ひだり)の耳朶(みみ)の眼児(あな)の裡(うち)に揌(おしこ)みて在(あ)るなり。我(われ)縛(しば)られて拿(と)ることを得(え)ず、汝(なんじ)自(みずか)ら拿(と)りて去(ゆ)け」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち手(て)を伸(の)べて耳朶(みみ)の竅(あな)の中(なか)より摸(さぐ)り出(いだ)せば、真(まこと)に是(こ)れ塊(ひとくれ)の馬鞍児(ばあんじ=鞍の形)の銀子(ぎんす)にして、足(た)だ四銭五六分(しせんごろくぶ)の重(おも)さ有(あ)り。手(て)の裡(うち)に拿(と)りて、忍(しの)ぶこと能(あた)わず哈哈(はは)と一声(ひとこえ)大笑(たいしょう)す。那(か)の呆子(あほう)是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の声(こえ)と認(みと)め、水(みず)の裡(うち)にて乱(みだ)りに罵(ののし)って道(い)う、「天(てん)の殺(ころ)す弼馬温(ひつばおん)!此(か)くの般(ごと)き苦(くる)しき処(ところ)に到(いた)りて還(ま)た来(きた)りて財物(ざいぶつ)を打詐(ゆす)るか!」と。
行者(ぎょうじゃ)又(また)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の饢糟(のうそう=食い詰め)のを把(と)らん!老孫(ろうそん)師父(しふ)を保(まも)りて、幾多(いくばく)の苦難(くなん)を受(う)けたるを知(し)らず、汝(なんじ)到(かえ)って私房(しぼう=へそくり)を蓄(たくわ)えたり!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「嘴臉(しれん=この面)!是(こ)れ甚(なん)の私房(しぼう)ぞ!都(みな)是(こ)れ歯(は)の上(うえ)より刮(けず)り下(おろ)したるなり。我(われ)捨(す)てて嘴(くち)を買(か)いて喫(くら)わず、留(とど)めて匹(ひき)の布(ぬの)を買(か)いて件(ひとえ)の衣服(きもの)を作(つく)らんとせしに、汝(なんじ)却(かえ)って我(われ)を嚇(おど)して之(これ)を取(と)れり。還(ま)た些(いささか)を分(わか)ちて我(われ)に与(あた)えよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「半分(はんぶん)も也(また)汝(なんじ)に与(あた)うるを得(え)ず!」と。八戒(はっかい)罵(ののし)って道(い)う、「買命銭(ばいめいせん=命を買う金)を汝(なんじ)に譲(ゆず)り与(あた)えん、好(よ)くも也(また)我(われ)を救(すく)い出(いだ)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「急(いそ)ぎを発(はっ)するなかれ、我(われ)の汝(なんじ)を救(すく)わんを等(ま)て」と。銀子(ぎんす)を将(も)って蔵(かく)し、即(すなわ)ち原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて呆子(あほう)を寄(よ)せ集(あつ)め、手(て)を用(もち)いて脚(あし)を提(さ)げ、扯(ひ)き上(あ)げて、縄(なわ)を解(と)く。八戒(はっかい)跳(と)び起(お)き、衣裳(きもの)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、水(みず)を整(ととの)え乾(ほ)し、一抖(ひとふる)い抖(ふる)い、潮漉漉(しめりけ)として身(み)に披(はお)りて道(い)う、「哥哥(あにき)、後門(うらもん)を開(ひら)きて走(に)げ去(さ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「後門(うらもん)の裡(うち)より走(に)ぐるは、是(こ)れ箇(ひとつ)の長進(ちょうしん=進歩)なるか。還(ま)た前門(ぜんもん)を打(う)って上(すす)まん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)が脚(あし)縛(しば)られて麻(しび)れ、跑(はし)ること動(うご)かず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「快(はや)く我(われ)に跟(したが)き来(きた)れ」と。
好(よ)きかな大聖(たいせい)、鉄棒(てつぼう)を把(と)って一路(ひとみち)に解数(げすう=技の数々)を打(う)ち開(ひら)き、打(う)ち将(も)ち出(い)ず。那(か)の呆子(あほう)麻(しびれ)を忍(しの)び、只(た)だ他(かれ)に跟(したが)い定(さだ)まるを得(え)ず、只(た)だ二門(にもん)の下(した)に靠(より)かかるるは是(こ)れ他(かれ)が釘鈀(ていは)なるを見(み)る。上(すす)み前(まえ)に小妖(しょうよう)を推(お)し開(ひら)き、撈(ひっつか)み過(よ)ぎて前(まえ)へ向(むか)い乱(みだ)りに筑(つ)き、行者(ぎょうじゃ)と与(とも)に三四層(さんしそう)の門(もん)を打(う)ち出(い)で、幾多(いくばく)の小妖(しょうよう)を打(う)ち殺(ころ)したるを知(し)らず。那(か)の老魔(ろうま)聞(き)きて、二魔(にま)に対(たい)して道(い)う、「拿(とら)えたる好人(よきひと)かな!拿(とら)えたる好人(よきひと)かな!汝(なんじ)看(み)よ、孫行者(そんぎょうじゃ)は猪八戒(ちょはっかい)を劫(かす)め、門(もん)の上(うえ)にて小妖(しょうよう)を打(う)ち傷(きずつ)くなり!」と。那(か)の二魔(にま)急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ち、槍(やり)を綽(ひっつか)んで手(て)に在(あ)り、門(もん)を赶(お)い出(い)で来(きた)り、声(こえ)に応(こた)えて罵(ののし)って道(い)う、「潑猢猻(はっこそん=この猿め)!此(か)くの般(ごと)き無礼(ぶれい)!怎(いか)で敢(あ)えて我(われ)等(ら)を渺視(みくだ)す」と。
大聖(たいせい)聞(き)き得(え)て、即(すなわ)ち声(こえ)に応(こた)えて站(た)ち下(お)る。那(か)の怪物(かいぶつ)講(はな)すを容(い)れず、槍(やり)を使(つか)いて便(すなわ)ち刺(さ)す。行者(ぎょうじゃ)正(まさ)に是(こ)れ会家(かいか=手だれ)は忙(いそ)がず、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げ、臉(かお)を劈(つんざ)いて相迎(むか)う。他(かれ)両箇(ふたり)洞門(どうもん)の外(そと)に在(あ)りて、此(こ)の一場(ひといくさ)の好(よ)き殺(たたかい):
黄牙老象(こうがろうぞう)人形(ひとのかたち)に変(へん)じ、義(ぎ)を結(むす)びて獅王(しおう)と弟兄(ていけい)と為(な)る。
大魔(だいま)の来(きた)りて説合(せつごう=仲を取り持つ)に因(よ)り、同心(どうしん)計算(けいさん)して唐僧(とうそう)を喫(くら)わんとす。
斉天大聖(せいてんたいせい)神通(じんつう)広(ひろ)く、正(せい)を輔(たす)け邪(じゃ)を除(のぞ)きて精(せい=妖怪)を滅(めっ)せんと要(ほっ)す。
八戒(はっかい)無能(むのう)にして毒手(どくしゅ)に遭(あ)い、悟空(ごくう)拯救(すく)いて門(もん)を出(い)でて行(ゆ)く。
妖王(ようおう)赶(お)い上(つ)きて英猛(えいもう=勇ましさ)を施(ほどこ)し、槍棒(そうぼう=槍と棒)交加(こもごも)に各(おのおの)能(のう)を顕(あらわ)す。
那(か)の一箇(ひとつ)の槍(やり)の来(きた)るは穿林(せんりん=林を抜く)の蟒(うわばみ)に似(に)たるが好(ごと)く、
此(こ)の一箇(ひとつ)の棒(ぼう)の起(おこ)るは出海(しゅっかい=海より出ず)の龍(りゅう)に猶(な)お如(ごと)し。
龍(りゅう)の海門(かいもん)を出(い)ずれば雲(くも)靄靄(あいあい=たなびき)、
蟒(うわばみ)の林樹(りんじゅ)を穿(うが)てば霧(きり)騰騰(とうとう=立ちこめ)たり。
算(かぞ)え来(きた)れば都(みな)唐和尚(とうおしょう)の為(ため)に、恨(うら)み苦(くるし)み相持(あいじ=にらみ合い)て太(はなは)だ情(なさけ)無(な)し。
那(か)の八戒(はっかい)大聖(たいせい)と妖精(ようせい)の交戦(こうせん=戦い合う)するを見(み)て、他(かれ)は山嘴(さんし=山の突端)の上(うえ)に釘鈀(ていは)を豎(た)て、来(きた)りて打(う)つを幫(たす)けず、只管(ただひたすら)呆呆(ぼんやり)として之(これ)を看(み)る。那(か)の妖精(ようせい)行者(ぎょうじゃ)の棒(ぼう)の重(おも)く、満身(まんしん)解数(げすう)、全(まった)く破綻(はたん=隙)無(な)きを見(み)て、就(すなわ)ち槍(やり)を把(と)って架(ささ)え住(とど)め、鼻子(はな)を捽(ふ)り開(ひら)き、来(きた)りて他(かれ)を捲(ま)かんとす。行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が勾当(こうとう=たくらみ)を知(し)り、双手(もろて)に金箍棒(きんこぼう)を把(と)って横(よこ)に起(おこ)し、上(うえ)へ向(むか)いて一挙(ひとあ)げすれば、妖精(ようせい)に一鼻子(ひとはな)にて腰胯(ようこ=腰とまた)を捲(ま)かれ、曾(かつ)て手(て)を捲(ま)かれず。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の両隻手(りょうて)の妖精(ようせい)の鼻頭(びとう=鼻の先)の上(うえ)に在(あ)りて花棒児(かぼうじ=花のような棒さばき)を投(な)げて耍子(あそ)びとするを。八戒(はっかい)見(み)て、胸(むね)を捶(う)って道(い)う、
「咦(おや)!那(か)の妖怪(ようかい)晦気(わざわい)なるかな!我(われ)が此(こ)の夯(どん)なるを捲(ま)くには、手(て)を連(つら)ねて都(みな)捲(ま)かれ、動(うご)くことを得(え)ず。那(か)の程(ほど)の滑(ぬる)きを捲(ま)きて、倒(かえ)って手(て)を捲(ま)かず。他(かれ)が那(か)の両隻手(りょうて)棒(ぼう)を拿(と)りて、只(た)だ消(よう)すらくは鼻(はな)の裡(うち)へ一搠(ひとつき)せば、那(か)の孔(あな)の裡(うち)疼(いた)みて涕(なみだ)を流(なが)さん、怎(いか)で他(かれ)を捲(ま)き住(とど)むることを得(え)んや」と。
行者(ぎょうじゃ)原(もと)此(こ)の意(こころ)無(な)かりしが、倒(かえ)って是(こ)れ八戒(はっかい)の他(かれ)に教(おし)えたるなり。他(かれ)就(すなわ)ち棒(ぼう)を幌(ゆ)り一幌(ひとゆ)り、小(ちいさ)きこと鶏子(けいし=鶏の卵)の如(ごと)く、長(た)けて丈余(じょうよ)有(あ)り、真(まこと)に他(かれ)が鼻孔(びこう)の裡(うち)へ一搠(ひとつき)す。那(か)の妖精(ようせい)怕(おそ)れて、沙(さ)と一声(ひとこえ)、鼻子(はな)を把(と)って捽(ふ)り放(はな)てば、行者(ぎょうじゃ)に手(て)を転(てん)じ過(よ)ぎ来(きた)り、一把(ひとつかみ)に撾(つか)まれ、気力(きりょく)を用(もち)いて前(まえ)へ一拉(ひとひき)すれば、那(か)の妖精(ようせい)疼(いた)みを護(まも)り、手(て)に随(したが)いて歩(あゆみ)を挙(あ)げて跟(したが)い来(きた)る。八戒(はっかい)方(はじ)めて敢(あ)えて近(ちか)づき、釘鈀(ていは)を拿(と)って妖精(ようせい)の胯子(こし=また)に向(むか)いて乱(みだ)りに筑(つ)く。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「不好(わる)い!不好(わる)い!那(か)の鈀(は)の歯児(は)は尖(とが)り、恐(おそ)らくは皮(かわ)を筑(つ)き破(やぶ)り、血(ち)を淌(したた)らしめ出(いだ)さん、師父(しふ)の見(み)て又(また)我(われ)等(ら)の生(いのち)を傷(そこな)うと説(い)わん。只(た)だ柄子(え)を調(ととの)えて来(きた)りて打(う)て」と。真(まこと)に呆子(あほう)鈀(は)の柄(え)を挙(あ)げ、一歩(ひとあし)走(はし)りて、一下(ひとうち)打(う)てば、行者(ぎょうじゃ)鼻子(はな)を牽(ひ)き、就(すなわ)ち両箇(ふたり)の象奴(ぞうど=象使い)の似(ごと)く、坡(さか)の下(した)に牽(ひ)き至(いた)る。只(た)だ見(み)る、三蔵(さんぞう)睛(ひとみ)を凝(こ)らして盼望(ぼうぼう=待ち望む)、他(かれ)両箇(ふたり)の嚷嚷鬧鬧(じょうじょうどうどう=わいわいがやがや)として来(きた)るを見(み)、即(すなわ)ち喚(よ)んで、「悟浄(ごじょう)、汝(なんじ)看(み)よ、悟空(ごくう)の牽(ひ)けるは是(こ)れ甚(なん)ぞ」と。沙僧(さそう)見(み)て笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、大師兄(だいしけい)は妖精(ようせい)を把(と)って鼻子(はな)を揪(つま)み拉(ひ)き来(きた)れる、真(まこと)に愛(あい)殺(ころ)すばかりなり!」と。
三蔵(さんぞう)道(い)う、「善(ぜん)なるかな!善(ぜん)なるかな!那(か)の般(ごと)く大(おお)きなる箇(ひとつ)の妖精(ようせい)!那(か)の般(ごと)く長(なが)き箇(ひとつ)の鼻子(はな)!汝(なんじ)且(しばら)く他(かれ)に問(と)え。他(かれ)若(も)し喜喜歓歓(よろこび)んで我(われ)等(ら)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えんとせば、他(かれ)を饒(ゆる)し、他(かれ)が性命(いのち)を傷(そこな)うこと莫(な)かれ」と。沙僧(さそう)急(いそ)ぎ前(まえ)に縦(はな)ちて迎(むか)え、声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(い)う、「師父(しふ)説(おお)せらく、那(か)の怪(かい)果(はた)して師父(しふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えなば、命(いのち)を傷(そこな)うなかれと教(おし)うるなり」と。那(か)の怪(かい)説(い)うを聞(き)きて、連忙(すぐさま)跪(ひざまず)き下(お)り、口(くち)の裡(うち)嗚嗚(うう)と応(こた)え答(こた)う。原来(げんらい)行者(ぎょうじゃ)に鼻子(はな)を揪(つま)まれ、捏(つま)み潰(つぶ)されて、就(すなわ)ち重(おも)き傷風(かぜ=風邪)の一般(ごと)く、叫(よ)んで道(い)う、「唐老爺(とうろうや)、若(も)し肯(あ)えて命(いのち)を饒(ゆる)さば、即(すなわ)ち便(すなわ)ち轎(きょう)を抬(か)きて相送(おく)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)が師徒(しと=師と弟子)は倶(とも)に是(こ)れ善勝(ぜんしょう=善に勝る)の人(ひと)なり。汝(なんじ)が言(げん)に依(よ)り、且(しばら)く汝(なんじ)が命(いのち)を饒(ゆる)さん。快(はや)く轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)れ。如(も)し再(ふたた)び卦(け=占い)を変(へん)ぜば、拿(とら)え住(とど)めて決(けっ)して再(ふたた)び饒(ゆる)さじ!」と。那(か)の怪(かい)手(て)を脱(のが)るるを得(え)、頭(こうべ)を磕(ぬか)ずきて去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)と同(とも)に唐僧(とうそう)に見(まみ)え、前事(ぜんじ=先の事)を備(つぶさ)に言(い)う。八戒(はっかい)慚愧(ざんき=恥じ)に勝(た)えず、坡(さか)の前(まえ)に在(あ)りて衣服(きもの)を晾晒(ほ)し、等候(とうこう=待つ)ことは題(だい)とせず。
那(か)の二魔(にま)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として洞(ほら)に回(かえ)る。未(いま)だ到(いた)らざる時(とき)、已(すで)に小妖(しょうよう)の老魔(ろうま)三魔(さんま)に報(しら)せて、二魔(にま)の行者(ぎょうじゃ)に鼻子(はな)を揪(つま)まれ拉(ひ)き去(さ)られたると説(い)う有(あ)り。老魔(ろうま)悚懼(しょうく=恐れおののき)、三魔(さんま)と与(とも)に衆(しゅう)を帥(ひき)いて方(はじ)めて出(い)で、二魔(にま)の独(ひと)り回(かえ)るを見(み)て、又(また)皆(みな)接入(しょうにゅう=迎え入れ)し、放回(ほうかい=放ち帰す)の故(ゆえ)を問(と)う。二魔(にま)三蔵(さんぞう)の慈憫善勝(じびんぜんしょう=慈悲深く善に勝る)の言(げん)を把(と)って、衆(しゅう)に対(たい)して一(ひと)わたり説(と)き了(おわ)れば、一箇一箇(おのおの)面(めん)と面(めん)とを見合(みあ)わせ、更(さら)に敢(あ)えて言(い)わず。二魔(にま)道(い)う、「哥哥(あにき)は唐僧(とうそう)を送(おく)るべきや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)那(いず)れの話(はなし)を説(い)うや。汝(なんじ)送(おく)らずんば、我(われ)両箇(ふたり)送(おく)り去(ゆ)かん」と。
三魔(さんま)笑(わら)って道(い)う、「送(おく)る!送(おく)る!送(おく)る!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、此(こ)の話(ことば)は、又(また)却(かえ)って気(き)を尚(たっと)ぶの象(ごと)し。汝(なんじ)送(おく)らずんば、我(われ)両箇(ふたり)送(おく)り去(ゆ)かん」と。三魔(さんま)又(また)笑(わら)って道(い)う、
「二位(ふたり)の兄長(けいちょう)の上(うえ)に在(あ)り。那(か)の和尚(おしょう)倘(も)し我(われ)等(ら)の送(おく)るを要(い)らず、只(た)だ此(か)くの等(ごと)く瞞(かく)し過(す)ごさば、還(ま)た是(こ)れ他(かれ)が造化(ぞうか=幸運)ならん。若(も)し送(おく)るを要(い)らば、我(われ)が調虎離山(ちょうこりざん=虎を調べて山を離る)の計(けい)の正中(まともに)に当(あ)たるを知(し)らざるなり」と。
老怪(ろうかい)道(い)う、「何(なん)をか調虎離山(ちょうこりざん)と為(な)す」と。三怪(さんかい)道(い)う、「如今(いま)満洞(まんどう)の群妖(ぐんよう)を将(も)って点(てん)じ起(おこ)し、万(ばん)の中(なか)より千(せん)を選(えら)び、千(せん)の中(なか)より百(ひゃく)を選(えら)び、百(ひゃく)の中(なか)より十六(じゅうろく)を選(えら)び、又(また)三十(さんじゅう)を選(えら)ばん」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「怎(いか)にして既(すで)に十六(じゅうろく)を要(い)り、又(また)三十(さんじゅう)を要(い)る」と。三怪(さんかい)道(い)う、「三十(さんじゅう)の烹煮(ほうしゃ=煮炊き)を会(え)する者(もの)を要(い)り、彼(かれ)らに些(いささか)の精米(せいまい=白米)、細麺(さいめん=うどん)、竹筍(ちくじゅん=筍)、茶芽(ちゃが=茶の芽)、香蕈(こうしん=しいたけ)、蘑菇(まこ=きのこ)、豆腐(とうふ)、麺筋(めんきん=麩)を与(あた)え、彼(かれ)らをして二十里(にじゅうり)、或(あるい)は三十里(さんじゅうり)に、窩鋪(かほ=仮小屋)を搭(か)き下(おろ)し、茶飯(さはん=食事)を安排(あんばい=用意)し、唐僧(とうそう)を管待(かんたい=もてな)さしめんとす」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「又(また)十六(じゅうろく)を要(い)りて何(なん)の用(よう)か」と。三怪(さんかい)道(い)う、「八箇(はちにん)をして抬(か)かしめ、八箇(はちにん)をして路(みち)を喝(さけ)ばしめん。我(われ)弟兄(きょうだい)相随(あいしたが)いて左右(さゆう)に在(あ)り、他(かれ)を送(おく)ること一程(ひとたび)す。此(ここ)より西(にし)へ去(ゆ)くこと四百余里(しひゃくより)、就(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)が城池(じょうち=城)なり。我(われ)が那(あ)の処(ところ)に自(おのずか)ら接応(せつおう=出迎え)の人馬(じんば)有(あ)り。若(も)し城辺(じょうへん)に至(いた)らば、如此如此(かくかくしかじか)にして、他(かれ)が師徒(しと)をして首尾(しゅび=前後)相顧(あいかえり)みること能(あた)わざらしめん。唐僧(とうそう)を捉(とら)えんと要(ほっ)せば、全(まった)く此(こ)の十六(じゅうろく)の鬼(おに)の功(こう)を成(な)すに在(あ)り」と。
老怪(ろうかい)言(げん)を聞(き)きて、歓欣(かんきん)すること已(や)まず、真(まこと)に是(こ)れ酔(よ)いて方(はじ)めて醒(さ)むるが如(ごと)く、夢(ゆめ)の方(はじ)めて覚(さ)むるが似(ごと)く、道(い)う、「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!」と。即(すなわ)ち衆妖(しゅうよう)を点(てん)じ、先(ま)ず三十(さんじゅう)を選(えら)び、彼(かれ)らに物件(ぶっけん=品物)を与(あた)え、又(また)十六(じゅうろく)を選(えら)び、一頂(ひとつ)の香藤轎子(こうとうきょうす)を抬(か)かしめ、同(とも)に門(もん)を出(い)で来(きた)り、又(また)衆妖(しゅうよう)に吩咐(いいつ)けて曰(いわ)く、「倶(とも)に山(やま)に上(のぼ)りて閑(ひま)に走(ある)くことを許(ゆる)さず!孫行者(そんぎょうじゃ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の多心(たしん=疑い深き)の猴子(さる)なり。若(も)し汝(なんじ)等(ら)の往来(おうらい)するを見(み)なば、他(かれ)必(かなら)ず疑(うたがい)を生(しょう)じ、此(こ)の計(けい)を識破(みやぶ)らん」と。
老怪(ろうかい)遂(つい)に衆(しゅう)を帥(ひき)いて大路(たいろ)の旁(かたわら)に至(いた)り、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「唐老爺(とうろうや)、今日(こんにち)は紅沙(こうさ=凶日)に犯(ふ)れず、請(こ)う老爺(ろうや)早(はや)く早(はや)く山(やま)を過(こ)られよ」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて道(い)う、「悟空(ごくう)、是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)か我(われ)を叫(よ)ぶ」と。行者(ぎょうじゃ)指(ゆび)し定(さだ)めて道(い)う、「那(あ)の廂(かた)なるは是(こ)れ老孫(ろうそん)の降伏(こうぶく)したる妖精(ようせい)の、轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて汝(なんじ)を送(おく)るなり」と。三蔵(さんぞう)掌(て)を合(あ)わせて天(てん)に朝(むか)いて道(い)う、「善(ぜん)なるかな!善(ぜん)なるかな!若(も)し賢徒(けんと=賢き弟子)の此(か)くの般(ごと)き能(のう)に非(あら)ずんば、我(われ)怎(いか)にしてか去(ゆ)くことを得(え)ん」と。径(ただ)ちに前(まえ)に向(むか)い、衆妖(しゅうよう)に対(たい)して礼(れい)を作(な)して道(い)う、「多(おお)く列位(れつい=皆様)の愛(あい)を承(うけたまわ)る。我(われ)が弟子(でし)経(きょう)を取(と)りて東(ひがし)に回(かえ)らば、長安(ちょうあん)に向(むか)いて当(まさ)に善果(ぜんか=善き報い)を伝揚(でんよう)すべし」と。衆妖(しゅうよう)頭(こうべ)を叩(たた)いて道(い)う、「請(こ)う老爺(ろうや)轎(きょう)に上(のぼ)られよ」と。
那(か)の三蔵(さんぞう)は肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡人の目と身)、是(こ)れ計(けい)なるを知(し)らず。孫大聖(そんたいせい)也(また)是(こ)れ太乙金仙(たいいつきんせん)にして、忠正(ちゅうせい)の性(さが)なれば、只(た)だ擒縦(きんしょう=捕らえ放つ)の功(こう)と以(おも)い、妖怪(ようかい)を降(くだ)したるのみ、亦(また)豈(あ)に他(かれ)らの都(みな)異謀(いぼう=異心)有(あ)らんことを期(き)せんや。却(しか)し也(また)曾(かつ)て詳察(しょうさつ=詳しく調べ)せず、尽(ことごと)く師父(しふ)の意(こころ)に著(つ)き、即(すなわ)ち八戒(はっかい)に命(めい)じて行嚢(こうのう=荷物)を将(も)って馬(うま)に捎(お)わせ、沙僧(さそう)と与(とも)に緊(きん)しく随(したが)わしめ、他(かれ)は鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて前(まえ)に向(むか)いて路(みち)を開(ひら)き、吉凶(きっきょう)を顧盼(こはん=見回す)。八箇(はちにん)轎子(きょうす)を抬(か)き上(あ)げ、八箇(はちにん)一(ひとり)ずつ声(こえ)を逓(つぎ)えて喝道(かっどう=道を払う声)す。三箇(みっつ)の妖(よう)轎(きょう)の扛(こう=轅)を扶(たす)け、師父(しふ)喜喜歓歓(よろこび)んで端(ただしく)轎(きょう)の上(うえ)に坐(ざ)し、高(たか)き山(やま)に上(のぼ)り、大路(たいろ)に依(よ)りて行(ゆ)く。
此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)くに、豈(あ)に知(し)らんや歓喜(かんき)の間(あいだ)に愁(うれい)又(また)至(いた)り、経(きょう)に云(い)わく「泰(たい)は極(きわ)まれば否(ひ)還(ま)た生(しょう)ず」と。時運(じうん)相逢(あいあ)いて真(しん)の太歳(たいさい)に値(あ)い、又(また)喪門(そうもん)吊客星(ちょうかくせい=凶星)に値(あ)う。那(か)の伙(くみ)の妖魔(ようま)、同心(どうしん)合意(ごうい)して、左右(さゆう)を侍衛(えい)し、早晚(そうばん)殷勤(いんぎん=ねんごろ)なり。行(ゆ)くこと三十里(さんじゅうり)に斎(とき=食事)を献(ささ)げ、五十里(ごじゅうり)に又(また)斎(とき)し、未(いま)だ晩(くら)からざるに歇(やす)むことを請(こ)い、沿路(えんろ)斉斉整整(せいせいせいせい=きちんと)たり。一日(いちにち)三飡(さんさん=三度の食事)、心(こころ)に遂(したが)い意(こころ)に満(み)つ。良宵(りょうしょう=良き宵)一宿(いっしゅく)、好(よ)き処(ところ)に身(み)を安(やす)んず。西(にし)に進(すす)むこと四百里余程(しひゃくりよてい)、忽(たちま)ち城池(じょうち)の相(あい)近(ちか)づくを見(み)る。
大聖(たいせい)鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、轎(きょう)を離(はな)るること僅(わず)かに一里(いちり)の遥(はる)かに在(あ)りて、城池(じょうち)を見(み)て他(かれ)をして嚇(おどろ)かれて一跌(ひとたお)れし、掙挫(あが)き起(お)きることを得(え)ず。汝(なんじ)道(い)わん、他(かれ)只(た)だ此(か)くの般(ごと)く大胆(だいたん)なるに、如何(いか)にして此(か)くの着(つ)きて唬(おどろ)かれたるを見(み)るかと。原来(げんらい)那(か)の城(しろ)の中(なか)に許多(あまた)の悪気(あくき)有(あ)るを望見(ぼうけん)すれば、乃(すなわ)ち是(こ)れ:
簇簇(ぞくぞく=むらがり)として群(むら)がるは妖魔怪(ようまかい)、四門(しもん)は都(みな)是(こ)れ狼(おおかみ)の精霊(せいれい)。
斑斕(はんらん=まだら)の老虎(ろうこ)は都管(とかん=総管)と為(な)り、
白面(はくめん=白き顔)の雄彪(ゆうひょう=雄の虎)は総兵(そうへい)と作(な)る。
丫叉角(あさまたつの)の鹿(しか)は文引(ぶんいん=通行証)を伝(つた)え、
伶俐(れいり=利口)の狐狸(こり=きつね)は道(みち)を行(ゆ)くに当(あた)る。
千尺(せんしゃく)の大蟒(だいもう)は城(しろ)を囲(かこ)みて走(はし)り、
万丈(ばんじょう)の長蛇(ちょうだ)は路程(ろてい)を占(し)む。
楼(ろう)の下(した)の蒼狼(そうろう=青狼)は令使(れいし=使者)を呼(よ)び、
台(だい)の前(まえ)の花豹(かひょう=豹)は人声(ひとごえ)を作(な)す。
旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(う)つは皆(みな)妖怪(ようかい)、
更(こう)を巡(めぐ)り鋪(ほ=詰め所)に坐(ざ)するは尽(ことごと)く山精(さんせい)。
狡兔(こうと=狡き兎)は門(もん)を開(ひら)きて売買(ばいばい)を弄(ろう)し、
野猪(やちょ=猪)は担(たに)を挑(かつ)ぎて営生(えいせい=生計)を幹(おこな)う。
先年(せんねん)は原(もと)是(こ)れ天朝(てんちょう)の国(くに)なりしが、
如今(いま)は翻(ひるがえ)って虎狼城(ころうじょう)と作(な)る。
那(か)の大聖(たいせい)正(まさ)に悚懼(しょうく=おののき恐る)するに当(あた)り、只(た)だ耳(みみ)の後(うしろ)に風(かぜ)の響(ひび)くを聞(き)く。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして観看(みわた)せば、原来(げんらい)是(こ)れ三魔(さんま)の双手(もろて)に一柄(ひとふり)の画桿方天戟(がかんほうてんげき=絵柄の柄の矛)を挙(あ)げ、大聖(たいせい)が頭(こうべ)の上(うえ)へ向(むか)いて打(う)ち来(きた)るなり。大聖(たいせい)急(いそ)ぎ身(み)を翻(ひるがえ)して爬(はい)き起(お)き、金箍棒(きんこぼう)を使(つか)いて臉(かお)を劈(つんざ)いて相迎(むか)う。他(かれ)両箇(ふたり)各(おのおの)悩怒(のうど=怒り)を懐(いだ)き、気(いき)呼呼(ここ=ふうふう)として、更(さら)に話(ことば)を打(い)わず。歯(は)を咬(か)み、各(おのおの)相争(あいあらそ)わんと要(ほっ)す。
又(また)那(か)の老魔頭(ろうまとう)の、声(こえ)を伝(つた)えて号令(ごうれい=命令)し、鋼刀(こうとう)を挙(あ)げて便(すなわ)ち八戒(はっかい)を砍(き)るを見(み)る。八戒(はっかい)慌(あわ)てて馬(うま)を抛(な)げ捨(す)て、鈀(は)を輪(めぐ)らして前(まえ)へ向(むか)い乱(みだ)りに筑(つ)く。那(か)の二魔(にま)長槍(ちょうそう)を纏(まと)いて沙僧(さそう)に向(むか)いて刺(さ)し来(きた)れば、沙僧(さそう)降妖杖(ごうようじょう)を使(つか)いて架子(かし=構え)を支(ささ)え開(ひら)きて敵(てき)し住(とど)む。三箇(みっつ)の魔頭(まとう)と三箇(みっつ)の和尚(おしょう)、一箇(ひとり)一箇(ひとり)に敵(てき)し、那(か)の山頭(さんとう)に在(あ)りて死(し)を捨(す)て生(いのち)を忘(わす)れて苦(くるし)く戦(たたか)う。
那(か)の十六(じゅうろく)の小妖(しょうよう)却(しか)し号令(ごうれい)を遵(したが)い、各各(おのおの)能(のう)を効(いた)す。白馬(はくば)行嚢(こうのう)を搶(うば)い、三蔵(さんぞう)を把(と)って一擁(いっせい)にし、轎子(きょうす)を抬(か)きて径(ただ)ちに城辺(じょうへん)に至(いた)り、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「大王爺爺(だいおうじいじい)の定(さだ)めし計(けい)、已(すで)に唐僧(とうそう)を拿(とら)え得(え)て来(きた)れり!」と。那(か)の城(しろ)の上(うえ)の大小(だいしょう)の妖精(ようせい)、一箇一箇(おのおの)跑(はし)り下(お)り、城門(じょうもん)を将(も)って大(おお)いに開(ひら)き、各営(かくえい)に吩咐(いいつ)けて旗(はた)を巻(ま)き鼓(つづみ)を息(や)め、喊声(かんせい)を挙(あ)げ鑼(ら)を篩(なら)すことを許(ゆる)さず、説(い)いて曰(いわ)く、「大王(だいおう)原(もと)令(れい)有(あ)りて前(さき)に在(あ)り、唐僧(とうそう)を嚇(おど)すことを許(ゆる)さず。唐僧(とうそう)は恐嚇(きょうかく=脅し)に禁(た)えず、一(ひと)たび嚇(おど)せば就(すなわ)ち肉(にく)酸(す)くして中(なか)に喫(くら)うに適(てき)せず」と。衆精(しゅうせい)都(みな)天(てん)に歓(よろこ)び地(ち)に喜(よろこ)び、三蔵(さんぞう)を邀(むか)え、背(せ)を控(ひか)え身(み)を躬(かが)めて主僧(しゅそう=主の僧)を接(むか)う。唐僧(とうそう)を把(と)って一(ひと)つの轎子(きょうす)にて金鑾殿(きんらんでん)に抬(か)き上(あ)げ、他(かれ)を請(しょう)じて中(なか)に坐(ざ)しめ、一壁廂(いっぽう)にて茶(ちゃ)を献(ささ)げ飯(めし)を献(ささ)げ、左右(さゆう)旋繞(せんにょう=めぐり)す。那(か)の長老(ちょうろう)昏昏沈沈(くらくら)として、眼(め)を挙(あ)ぐるに親(したしき)無(な)し。
畢竟(ひっきょう)性命(いのち)の何(いか)なるを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=語り)を聴(き)け。