却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の錦衣官(きんいかん)仮(かり)の唐僧(とうそう)を把(と)って館駅(かんえき)より扯(ひ)き出(いだ)し、羽林軍(うりんぐん)と囲囲繞繞(いいにょうにょう=幾重にも取巻き)、直(ただ)ちに朝門(ちょうもん)の外(そと)に至(いた)り、黄門官(こうもんかん)に対(たい)して言(い)う、「我(われ)等(ら)已(すで)に唐僧(とうそう)を請(しょう)じて此(ここ)に到(いた)れり、煩(わずら)わしきかな転奏(てんそう)せよ」と。黄門官(こうもんかん)急(いそ)ぎ朝(ちょう)に進(すす)み、言(げん)に依(よ)りて昏君(くんくん)に奏上(そうじょう)すれば、遂(つい)に請(しょう)じて進(い)らしむ。衆官(しゅうかん)都(みな)階下(かいか)に在(あ)りて跪拝(きはい=ひざまずき拝)するに、惟(た)だ仮(かり)の唐僧(とうそう)のみ階心(かいしん=階段の中央)に挺立(ていりつ=直立)し、口(くち)の中(うち)に高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「比丘王(びくおう)、我(われ)が貧僧(ひんそう)を請(しょう)ずるは何(なん)の説(ことば)有(あ)るや」と。君王(くんおう)笑(わら)って曰(いわ)く、「朕(ちん)一疾(いっしつ=病)を得(え)て、日(ひ)を纏綿(てんめん=長引き)て久(ひさ)しく愈(い)えず。幸(さいわ)いに国丈(こくじょう)の一方(いっぽう=一つの処方)を賜(たま)い得(え)て、薬餌(やくじ=薬)俱(とも)に已(すで)に完備(かんび)せるが、只(た)だ一味(いちみ)の引子(いんし)を少(か)くのみ、特(こと)に長老(ちょうろう)を請(しょう)じて些(いささか)の薬引(やくいん)を求(もと)む。若(も)し病(やまい)の愈(い)ゆるを得(う)れば、長老(ちょうろう)と祠堂(しどう=廟)を修建(しゅうけん)し、四時(しいじ)に祭(まつ)りを奉(ほう)じ、永(とこしえ)に伝国(でんこく)の香火(こうか=祭祀)と為(な)さん」と。仮(かり)の唐僧(とうそう)曰(いわ)く、「我(われ)は乃(すなわ)ち出家人(しゅっけにん)、只(た)だ身(み)のみ此(ここ)に至(いた)る、陛下(へいか)の国丈(こくじょう)に問(と)いて甚(なん)の東西(もの)を要(よう)して引(いん)と作(な)すかを知(し)らず」と。昏君(くんくん)曰(いわ)く、「特(こと)に長老(ちょうろう)の心肝(しんかん)を求(もと)む」と。仮(かり)の唐僧(とうそう)曰(いわ)く、「陛下(へいか)に瞞(かく)して説(い)わず、心(こころ)は便(すなわ)ち幾箇(いくつ)か有(あ)れど、要(よう)する所(ところ)の甚(なん)の色様(しきさま=色合い)なるかを知(し)らず」と。那(か)の国丈(こくじょう)旁(かたわら)に在(あ)りて指(ゆびさ)し定(さだ)めて曰(いわ)く、「那(か)の和尚(おしょう)、汝(なんじ)の黒心(こくしん)を要(よう)す」と。仮(かり)の唐僧(とうそう)曰(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くならば、快(すみや)かに刀(かたな)を取(と)り来(きた)れ。胸腹(きょうふく)を剖(さ)き開(ひら)き、若(も)し黒心(こくしん)有(あ)らば、謹(つつし)んで命(めい)を奉(ほう)ぜん」と。那(か)の昏君(くんくん)歓喜(かんぎ)して相謝(あいしゃ)し、即(すなわ)ち当駕官(とうがかん)に着(つ)けて一把(ひとふり)の牛耳短刀(ぎゅうじたんとう)を取(と)らしめ、仮(かり)の僧(そう)に逓(わた)す。
仮(かり)の僧(そう)刀(かたな)を手(て)に接(う)け、衣服(いふく)を解(と)き開(ひら)き、胸膛(きょうどう=胸)を忝(あ)げ起(おこ)し、左手(ひだりて)を将(も)ちて腹(はら)を抹(なで)、右手(みぎて)に刀(かたな)を持(も)ち、唿喇(こつらつ)の響(ひびき)一声(ひとこえ)、腹(はら)の皮(かわ)を把(と)って剖(さ)き開(ひら)けば、那(か)の裡頭(うち)より就(すなわ)ち骨都都(こつとつと=ぼこぼこ)と一堆(ひとまとまり)の心(こころ)を滚(ころが)り出(いだ)せり。唬(おど)ろかされて文官(ぶんかん)は色(いろ)を失(うしな)い、武将(ぶしょう)は身(み)麻(しび)る。国丈(こくじょう)殿上(でんじょう)に在(あ)りて之(これ)を見(み)て曰(いわ)く、「此(こ)れ是(こ)れ一箇(ひとり)の多心(たしん=心の多き)の和尚(おしょう)なり!」と。仮(かり)の僧(そう)那(か)の心(こころ)どもを将(も)ち、血(ち)淋淋(りんりん=したたる)たるを、一箇一箇(ひとつひとつ)撿(えら)り開(ひら)きて衆(しゅ)に与(あた)えて観看(かんがん)せしむるに、却(かえ)って都(みな)是(こ)れ些(いささか)の紅心(こうしん)・白心(はくしん)・黄心(おうしん)・慳貪心(けんどんしん=けちで貪る心)・利名心(りめいしん=名利の心)・嫉妒心(しっとのこころ)・計較心(けいかくしん=損得勘定の心)・好勝心(こうしょうしん=負けん気)・望高心(ぼうこうしん=立身を望む心)・侮慢心(ぶまんしん=侮りあなどる心)・殺害心(さつがいしん)・狠毒心(こんどくしん=残忍な心)・恐怖心(きょうふしん)・謹慎心(きんしんしん=慎み深き心)・邪妄心(じゃもうしん=邪まな心)・無名隠暗(むみょういんあん=名も無く暗き)の心(こころ)、種種(しゅじゅ)の不善(ふぜん)の心(こころ)にして、更(さら)に一箇(ひとつ)の黒心(こくしん)も無(な)し。那(か)の昏君(くんくん)唬(おど)ろかされて呆呆掙掙(たいたいそうそう=ぼうぜん)とし、口(くち)も言(い)うこと能(あた)わず、戦兢兢(おののき)て教(おし)えて曰(いわ)く、「収(おさ)め去(さ)れ!収(おさ)め去(さ)れ!」と。那(か)の「仮(かり)の唐僧(とうそう)」忍耐(にんたい)すること住(とど)まらず、法(ほう)を収(おさ)め、本相(ほんぞう)を現(あらわ)す。昏君(くんくん)に対(たい)して曰(いわ)く、「陛下(へいか)は全(まった)く眼力(がんりき)無(な)し!我(われ)和尚家(おしょうか)は都(みな)是(こ)れ一片(ひときれ)の好心(こうしん)なるに、惟(た)だ汝(なんじ)が此(こ)の国丈(こくじょう)のみ是(こ)れ一箇(ひとつ)の黒心(こくしん)にして、好(よ)く薬引(やくいん)と做(な)るべし。汝(なんじ)信(しん)ぜずんば、我(われ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて他(かれ)のを取(と)り出(いだ)して看(み)しめん」と。
那(か)の国丈(こくじょう)聴(き)きて、急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(ひら)きて仔細(しさい)に観看(かんがん)すれば、那(か)の和尚(おしょう)の面皮(めんぴ=顔つき)を変(か)え、那(か)の般(ごとき)の模様(さま)に非(あら)ざるを見(み)る。咦(ああ)!当年(とうねん)の孫大聖(そんたいせい)と認(みと)む、五百年前(ごひゃくねんまえ)旧(ふる)くより名(な)有(あ)り。却(かえ)って身(み)を抽(ぬ)き、雲(くも)に騰(のぼ)りて就(すなわ)ち起(た)たんとするに、行者(ぎょうじゃ)筋斗(きんと)を翻(ひるがえ)し、空中(くうちゅう)に跳(おど)りて喝(かつ)して曰(いわ)く:
「那(いずこ)へ走(はし)る!吾(われ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え!」と。那(か)の国丈(こくじょう)即(すなわ)ち蟠龍拐杖(ばんりゅうかいじょう=龍の巻きつく杖)を使(つか)い来(きた)りて迎(むか)う。彼(かれ)両箇(ふたり)半空(はんくう)に在(あ)りて此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな殺(いくさ):
如意棒(にょいぼう)、蟠龍拐(ばんりゅうかい)、虚空(こくう)一片(いっぺん)の雲(くも)靉靉(あいあい=たなびく)。
原(もと)来(もと)国丈(こくじょう)は是(こ)れ妖精(ようせい)にして、故(ゆえ)に怪女(かいじょ=化け物の女)を将(も)ちて嬌色(きょうしょく=なまめかしき色)と称(とな)う。
国主(こくしゅ)は歓(かん)を貪(むさぼ)りて病(やまい)身(み)に染(し)み、妖邪(ようじゃ)は児童(じどう)を把(と)って宰(ほふ)らんとす。
相逢(あいあ)うて大聖(たいせい)神通(じんつう)を顕(あらわ)し、怪(かい)を捉(とら)え人(ひと)を救(すく)いて難(なん)を将(も)ちて解(と)かんとす。
鉄棒(てつぼう)頭(こうべ)に当(あた)りて着実(ちゃくじつ)に凶(きょう)に、拐棍(かいこん=杖)迎(むか)え来(きた)って喝采(かっさい)するに堪(た)えたり。
殺(ころ)して那(か)の満天(まんてん)の霧気(むき)は城池(じょうち)を暗(くら)くし、城(しろ)の裡(うち)の人家(じんか)都(みな)色(いろ)を失(うしな)わしむ。
文武(ぶんぶ)の多官(たかん)魂魄(こんぱく)飛(と)び、嬪妃(ひんひ)繍女(しゅうじょ=女官)容顔(ようがん)改(あらた)まる。
唬(おど)ろかされて那(か)の比丘(びく)の昏主(くんしゅ)身(み)を乱(みだ)して蔵(かく)れ、戦戦兢兢(おののき)として布擺(ふはい=取り計らい)没(な)し。
棒(ぼう)起(おこ)れば猶(なお)虎(とら)の山(やま)を出(い)づるが如(ごと)く、拐(かい)輪(めぐ)れば却(かえ)って龍(りゅう)の海(うみ)を離(はな)るるに似(に)たり。
今番(こんばん)大(おお)いに比丘城(びくじょう)を鬧(さわ)がし、致(いた)して邪正(じゃしょう)をして分(わか)るること明白(めいはく)ならしむ。
那(か)の妖精(ようせい)行者(ぎょうじゃ)と苦戦(くせん)すること二十余合(にじゅうよごう)、蟠龍拐(ばんりゅうかい)は金箍棒(きんこぼう)を抵(ふせ)ぐこと住(とど)まらず、一拐(ひとつえ)を虚(うつ)ろに幌(ひるがえ)し、身(み)を将(も)ちて化(へん)じて一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と作(な)し、皇宮内院(こうきゅうないいん)に落(お)ち入(い)り、進貢(しんこう)せる妖后(ようこう=妖の后)を把(と)って宮門(きゅうもん)より帯(つ)れ出(いだ)し、併(あわ)せて寒光(かんこう)と化(へん)じ、去(ゆ)く方(かた)を知(し)らず。
大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(お)とし、宮殿(きゅうでん)の下(もと)に到(いた)り、多官(たかん)に対(たい)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)等の好(よ)き国丈(こくじょう)なるかな!」と。多官(たかん)一斉(いっせい)に礼拜(れいはい)し、神僧(しんそう)に感謝(かんしゃ)すれば、行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「且(しばら)く拝(おが)むを休(や)め、且(しばら)く去(ゆ)きて汝(なんじ)が那(か)の昏主(くんしゅ)の何(いずこ)に在(あ)るかを看(み)よ」と。多官(たかん)曰(いわ)く、「我(わ)が主(あるじ)は争戦(そうせん)するを見(み)て、驚恐(きょうきょう=おそれ)て潜(ひそ)み蔵(かく)れ、那(いず)れの座(ざ)の宮中(きゅうちゅう)に去(ゆ)きしやを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち命(めい)じて曰(いわ)く、「快(すみや)かに尋(たず)ねよ!美后(びこう)に拐(かどわ)かさるること莫(な)からしめよ!」と。多官(たかん)言(げん)を聴(き)きて、内外(ないがい)を分(わ)たず、行者(ぎょうじゃ)と同(とも)に先(ま)ず美后宮(びこうきゅう)に奔(はし)るに、漠然(ばくぜん)として踪(あと)無(な)く、美后(びこう)すら也(ま)た通(ことごと)く見(み)えず。正宮(せいきゅう)・東宮(とうきゅう)・西宮(せいきゅう)・六院(ろくいん)、概(おおむ)ね衆(すべ)ての后妃(こうひ)、都(みな)来(きた)りて大聖(たいせい)に拝謝(はいしゃ)す。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「且(しばら)く請(こ)う起(た)て、謝(しゃ)するに到(いた)らざるなり、且(しばら)く去(ゆ)きて汝(なんじ)が主公(しゅこう=主君)を尋(たず)ねよ」と。
少時(しばらくして)、四五箇(よいつにん)の太監(たいかん=宦官)の、那(か)の昏君(くんくん)を攙(たす)けて謹身殿(きんしんでん)の後面(こうめん=裏)より来(きた)るを見(み)る。衆臣(しゅうしん)地(ち)に俯伏(ふふく=うつぶし)し、斉(ひとしく)声(こえ)を啓(あ)げて奏(そう)して曰(いわ)く、「主公(しゅこう)!主公(しゅこう)!神僧(しんそう)の此(ここ)に到(いた)るを得(え)て、真仮(しんが)を弁明(べんめい)す感(かん)じたり。那(か)の国丈(こくじょう)は乃(すなわ)ち是(こ)れ一箇(ひとり)の妖邪(ようじゃ)にして、美后(びこう)すら亦(ま)た見(み)えず」と。国王(こくおう)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を請(しょう)じて皇宮(こうきゅう)を出(い)で、宝殿(ほうでん)に到(いた)りて拝謝(はいしゃ)し了(おわ)りて曰(いわ)く、「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)早間(そうちょう)に来(きた)れるの模様(さま)は、那(か)の般(ごと)く俊偉(しゅんい=凛々しく偉い)なりしに、此(こ)の時(とき)如何(いか)にして就(すなわ)ち形容(けいよう=姿)を改(あらた)めたる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って曰(いわ)く、「陛下(へいか)に瞞(かく)して説(い)わず、早間(そうちょう)に来(きた)れる者(もの)は、是(こ)れ我(われ)が師父(しふ)、乃(すなわ)ち唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)三蔵(さんぞう)なり。我(われ)は是(こ)れ他(かれ)が徒弟(とてい)孫悟空(そんごくう)、還(ま)た二箇(ふたり)の師弟(してい)有(あ)り、猪悟能(ちょごのう)沙悟浄(しゃごじょう)と曰(い)い、見(ただいま)金亭館駅(きんていかんえき)に在(あ)り。汝(なんじ)の妖言(ようげん)を信(しん)じ、我(われ)が師父(しふ)の心肝(しんかん)を取(と)りて薬引(やくいん)と做(な)さんとせるを知(し)るに因(よ)り、是(こ)れ老孫(ろうそん)師父(しふ)の模様(さま)に変(へん)じ作(な)り、特(こと)に此(ここ)に来(きた)りて妖(よう)を降(くだ)すなり」と。那(か)の国王(こくおう)説(い)うを聞(き)きて、即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)えて閣下(かっか)の太宰(たいさい=宰相)に着(つ)け、快(すみや)かに駅(えき)の中(うち)に去(ゆ)きて師(し)衆(しゅう)を請(しょう)じて朝(ちょう)に来(きた)らしむ。
那(か)の三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)の相(すがた)を現(あらわ)し、空中(くうちゅう)に在(あ)りて妖(よう)を降(くだ)すと聴(き)きて、嚇(おど)ろかされて魂(たましい)飛(と)び魄(たま)散(ち)り、幸(さいわ)いに八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)の護持(ごじ=守り)有(あ)り、彼(かれ)は又(また)臉(かお)の上(うえ)に一片子(ひときれ)の臊泥(そうでい=臭き泥)を戴(いただ)き、正(まさ)に悶悶(もんもん)として快(こころよ)からざるに、只(た)だ人(ひと)の叫(よ)んで曰(いわ)く、「法師(ほうし)、我(われ)等(ら)は乃(すなわ)ち比丘国(びくこく)の王(おう)の差(つか)わしし閣下(かっか)の太宰(たいさい)、特(こと)に請(しょう)じて朝(ちょう)に入(い)り恩(おん)を謝(しゃ)せしむるなり」とを聴(き)く。八戒(はっかい)笑(わら)って曰(いわ)く、「師父(しふ)、怕(おそ)るるな怕(おそ)るるな!此(こ)れは又(ま)た汝(なんじ)を請(しょう)じて心(こころ)を取(と)らんとするに非(あら)ず、想(おも)うに是(こ)れ師兄(しけい)勝(か)ちを得(え)て、汝(なんじ)を請(しょう)じて酬謝(しゅうしゃ=恩返し)するならん」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「得勝(とくしょう)して来(きた)り請(しょう)ずるとは雖(いえど)も、但(た)だ我(われ)が此(こ)の臊(くさ)き臉(かお)は、怎(いか)でか人(ひと)に見(まみ)えん」と。八戒(はっかい)曰(いわ)く、「没奈何(しかたなし)、我(われ)等(ら)且(しばら)く去(ゆ)きて師兄(しけい)に見(まみ)えば、自(おのずか)ら解釈(かいしゃく=説明)有(あ)らん」と。真(まこと)に那(か)の長老(ちょうろう)計(はかりごと)無(な)く、只(た)だ八戒(はっかい)に扶(たす)けられ沙僧(しゃそう)担(に)を挑(かつ)ぎ、馬(うま)を牽(ひ)き、同(とも)に駅庭(えきてい)の上(ほとり)に去(ゆ)くを得(え)たり。那(か)の太宰(たいさい)見(み)て、害怕(おそれ)て曰(いわ)く、「爺爺(じいじい)や!此(こ)れ都(みな)妖頭怪脳(ようとうかいのう=妖怪の頭に化け物の脳)の類(たぐい)に相(あい)似(に)たり!」と。沙僧(しゃそう)曰(いわ)く、「朝士(ちょうし)、醜陋(しゅうろう=醜き)を怪(とが)むることなかれ、我(われ)等(ら)は乃(すなわ)ち是(こ)れ生成(せいせい=生まれつき)の遺体(いたい=親から授かりし身)なり。若(も)し我(われ)が師父(しふ)来(きた)りて我(われ)が師兄(しけい)に見(まみ)えば、他(かれ)は就(すなわ)ち俊(しゅん=美しく)ならん」と。彼(かれ)三人(さんにん)衆(しゅう)と朝(ちょう)に来(きた)り、宣召(せんしょう=召し)を待(ま)たず、直(ただ)ちに殿下(でんか)に至(いた)る。行者(ぎょうじゃ)見(み)て、即(すなわ)ち身(み)を転(てん)じて殿(でん)を下(くだ)り、面(おもて)に迎(むか)いて師父(しふ)の泥(どろ)の臉子(しれん=面)を把(と)って抓(つか)み下(くだ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「正(ただし)くなれ!」と叫(よ)べば、那(か)の唐僧(とうそう)即時(そくじ)に原身(げんしん)に復(ふく)し、精神(せいしん)愈(いよいよ)爽利(そうり=すこやか)なるを覚(おぼ)ゆ。国王(こくおう)殿(でん)を下(くだ)りて親(みずか)ら迎(むか)え、口(くち)に称(とな)えて曰(いわ)く、「法師(ほうし)老仏(ろうぶつ)」と。師徒(しと)たち馬(うま)を把(と)って拴(つな)ぎ住(とど)め、都(みな)殿(でん)に上(のぼ)り来(きた)りて相見(あいまみ)ゆ。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「陛下(へいか)は那(か)の怪(かい)の何方(いずこ)より来(きた)れるかを知(し)るや?老孫(ろうそん)をして去(ゆ)きて汝(なんじ)と一併(いっぺい=共に)擒(とら)え来(きた)らしめ、後患(こうがん=後の患い)を剪除(せんじょ=絶や)せよ」と。三宮六院(さんきゅうろくいん)、諸嬪(しょひん)群妃(ぐんひ)、都(みな)那(か)の翡翠屏(ひすいびょう)の後(うしろ)に在(あ)りて、行者(ぎょうじゃ)の後患(こうがん)を剪除(せんじょ)すと説(い)うを聴(き)きて、也(ま)た内外(ないがい)男女(だんじょ)の嫌(けん=隔て)を避(さ)けず、一斉(いっせい)に出(い)で来(きた)りて拝告(はいこく=拝み願う)して曰(いわ)く、「万(よろず)に望(のぞ)む、神僧(しんそう)老仏(ろうぶつ)大(おお)いに法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、草(くさ)を斬(き)り根(ね)を除(のぞ)き、他(かれ)を把(と)って剪除(せんじょ)し尽絶(じんぜつ=絶やし尽く)さば、誠(まこと)に莫大(ばくだい)の恩(おん)と為(な)し、自(おのずか)ら当(まさ)に重(おも)く報(むく)いるべし!」と。行者(ぎょうじゃ)忙忙(そうそう=いそいそ)と礼(れい)に答(こた)え、只(た)だ国王(こくおう)に他(かれ)が住居(じゅうきょ=住みか)を説(い)わしむ。
国王(こくおう)羞(はじ)を含(ふく)んで告(もう)して曰(いわ)く、「三年前(さんねんまえ)他(かれ)到(いた)りし時(とき)、朕(ちん)曾(かつ)て他(かれ)に問(と)えり。他(かれ)説(い)えるには、城(しろ)を離(はな)るること遠(とお)からず、只(た)だ南(みなみ)に向(むか)いて去(ゆ)く七十里(しちじゅうり)の路(みち)に在(あ)り、一座(ひとつ)の柳林坡(りゅうりんぱ)湾華荘(わんかそう)の上(ほとり)有(あ)りと。国丈(こくじょう)年(とし)老(お)いて児(こ)無(な)く、只(た)だ後妻(こうさい)の生(う)める一女(ひとりのむすめ)有(あ)り、年(とし)正(まさ)に十六(じゅうろく)、曾(かつ)て人(ひと)に配(はい=嫁が)せず、願(ねが)わくは進(すす)めて朕(ちん)に与(あた)えんと。朕(ちん)那(か)の女(むすめ)の貌(かたち)の娉婷(へいてい=しなやか)なるに因(よ)り、遂(つい)に納(い)れて、寵幸(ちょうこう=寵愛)して宮(きゅう)に在(あ)り。期(き)せざりき疾(やまい)を得(え)、太医(たいい)屡(しばしば)薬(くすり)するも功(こう)無(な)し。他(かれ)我(われ)に仙方(せんぽう)有(あ)りと説(い)い、只(た)だ小児(しょうじ)の心(こころ)を用(もち)いて湯(ゆ)に煎(せん)じて引(いん)と為(な)すのみと。是(こ)れ朕(ちん)不才(ふさい=無能)にして、軽(かろ)く其(そ)の言(げん)を信(しん)じ、遂(つい)に民間(みんかん)の小児(しょうじ)を選(えら)び、今日(こんにち)の午時(うまのとき)に定(さだ)めて刀(かたな)を開(ひら)きて心(こころ)を取(と)らんとせしに、料(はか)らずも神僧(しんそう)下降(げこう)し、恰恰(あたかも)又(また)籠児(ろうじ=籠)の都(みな)見(み)えざるに遇(あ)えり。他(かれ)は就(すなわ)ち神僧(しんそう)十世(じっせ)に修真(しゅうしん)し、元陽(げんよう)未(いま)だ泄(もら)さず、其(そ)の心(こころ)を得(う)れば小児(しょうじ)の心(こころ)より更(さら)に万倍(まんばい)を加(くわ)うと説(い)えり。一時(ひととき)誤(あやま)りて犯(おか)せしは、神僧(しんそう)の妖魔(ようま)を識透(しきとう=見抜く)を知(し)らざりしなり。敢(あ)えて広(ひろ)く大法(だいほう)を施(ほどこ)し、其(そ)の後患(こうがん)を剪(き)らんことを望(のぞ)めば、朕(ちん)傾国(けいこく=国を傾くる)の資(し=財)を以(もっ)て酬謝(しゅうしゃ)せん!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って曰(いわ)く、「実(じつ)に相瞞(かく)さず、籠(かご)の中(なか)の小児(しょうじ)は、是(こ)れ我(われ)が師(し)の慈悲(じひ)にして、我(われ)をして蔵(かく)さしめたり。汝(なんじ)且(しばら)く甚(なん)の資財(しざい)相謝(あいしゃ)するとかを題(だい)すること休(や)め、我(われ)が妖怪(ようかい)を捉(とら)えるを待(ま)て、是(こ)れ我(われ)が功行(くぎょう=功徳)なり」と。叫(よ)んで曰(いわ)く、「八戒(はっかい)、我(われ)に跟(したが)いて去(ゆ)き来(きた)れ」と。八戒(はっかい)曰(いわ)く、「謹(つつし)んで兄命(けいめい)に依(よ)らん。
但(た)だ只(た)だ是(こ)れ腹中(ふくちゅう)空虚(くうきょ=空っぽ)にして、好(よ)く力(ちから)を着(つ)くること難(がた)し」と。国王(こくおう)即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)えて教(おし)えて曰(いわ)く、「光禄寺(こうろくじ)快(すみや)かに斎供(さいく)を弁(べん)ぜよ」と。一時(ひととき)ならずして斎(とき)到(いた)る。八戒(はっかい)尽(ことごと)く一餐(ひとくい)に飽(あ)き、精神(せいしん)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、行者(ぎょうじゃ)に随(したが)いて雲(くも)に駕(が)して起(た)つ。
唬(おど)ろかされて那(か)の国王(こくおう)・妃后(ひこう)、并(ならび)に文武(ぶんぶ)の多官(たかん)、一箇一箇(めいめい)空(くう)に向(むか)いて礼拜(れいはい)し、都(みな)曰(いわ)く、「是(こ)れ真仙真仏(しんせんしんぶつ)の凡(ぼん=この世)に降臨(こうりん)するなり!」と。那(か)の大聖(たいせい)八戒(はっかい)を携(たずさ)え、径(ただ)ちに南方(なんぽう)七十里(しちじゅうり)の地(ち)に到(いた)り、風雲(ふううん)を住(とど)め下(くだ)し、妖(よう)の処(ところ)を找尋(そうじん=探し求)む。但(た)だ只(た)だ見(み)る一股(ひとすじ)の清渓(せいけい=清き谷川)、両辺(りょうへん)岸(きし)を夾(はさ)み、岸(きし)の上(うえ)に千千万万(せんせんばんばん)の楊柳(ようりゅう)有(あ)りて、更(さら)に清華荘(せいかそう)の何(いずこ)に在(あ)るかを知(し)らず。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の:
万頃(ばんけい)の野田(やでん)観(み)れど尽(つ)きず、千堤(せんてい)の烟柳(えんりゅう=霞める柳)踪(あと)を隠(かく)して無(な)し。
孫大聖(そんたいせい)尋覓(じんべき=探し求)むるに着(つ)かず、即(すなわ)ち訣(けつ)を捻(ねん)じ、一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の真言(しんごん)を念(ねん)じ、一箇(ひとり)の当坊(とうぼう=当地)の土地(とち)を拘(こう=呼び)出(いだ)せば、戦戦兢兢(おののき)て近(ちか)づき前(まえ)に跪(ひざまず)き下(くだ)り、叫(よ)んで曰(いわ)く、「大聖(たいせい)、柳林坡(りゅうりんぱ)の土地(とち)叩頭(こうとう=額づく)し奉(たてまつ)る」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)怕(おそ)るるな、我(われ)汝(なんじ)を打(う)たず。我(われ)汝(なんじ)に問(と)わん:柳林坡(りゅうりんぱ)に一箇(ひとつ)の清華荘(せいかそう)有(あ)りと、何方(いずこ)に在(あ)るか」と。土地(とち)曰(いわ)く、「此(こ)の間(あいだ)に一箇(ひとつ)の清華洞(せいかどう)有(あ)るのみ、曾(かつ)て一箇(ひとつ)の清華荘(せいかそう)有(あ)らず。小神(しょうしん)知(し)り了(おわ)れり、大聖(たいせい)想(おも)うに是(こ)れ自(みずか)ら比丘国(びくこく)より来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ。比丘国(びくこく)の王(おう)一箇(ひとり)の妖精(ようせい)に哄(だま)されたり、是(こ)れ老孫(ろうそん)那(か)の廂(ほとり)に到(いた)り、妖怪(ようかい)なるを識(し)り得(え)、当時(そのとき)那(か)の怪(かい)を戦(たたか)い退(しりぞ)けしに、一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と化(へん)じ、去(ゆ)く方(かた)を知(し)らず。比丘王(びくおう)に問(と)うに及(およ)び、他(かれ)説(い)えるには、三年前(さんねんまえ)美女(びじょ)を進(すす)めし時(とき)、曾(かつ)て其(そ)の由(よし)を問(と)えば、怪(かい)は城南(じょうなん)七十里(しちじゅうり)の柳林坡(りゅうりんぱ)清華荘(せいかそう)に居住(きょじゅう)すと言(い)えりと。適(さっき)此(ここ)に尋(たず)ね到(いた)るに、只(た)だ林坡(りんぱ=柳の林の坂)を見(み)るのみにして、清華荘(せいかそう)を見(み)ず、是(こ)れを以(もっ)て汝(なんじ)に問(と)う」と。土地(とち)叩頭(こうとう)して曰(いわ)く、「望(のぞ)むらくは大聖(たいせい)罪(つみ)を恕(ゆる)せ。比丘王(びくおう)も亦(ま)た我(われ)が地(ち)の主(あるじ)なり、小神(しょうしん)理(ことわり)に当(あた)りて鑑察(かんさつ=見張る)すべしと雖(いえど)も、奈何(いかん)とも妖精(ようせい)の神威(しんい)法(ほう)大(だい)にして、若(も)し我(われ)他(かれ)が事(こと)を泄漏(ろうえい=漏ら)さば、就(すなわ)ち来(きた)りて欺凌(りょう=いじめ)す、故(ゆえ)に此(こ)れ未(いま)だ獲(え)ざるなり。大聖(たいせい)今(いま)来(きた)らば、只(た)だ那(か)の南岸(なんがん)の九叉頭(きゅうさとう=九つ又)の一棵(ひとふり)の楊樹(ようじゅ=柳)の根(ね)の下(した)に去(ゆ)き、左(ひだり)に三転(みつめぐ)り、右(みぎ)に三転(みつめぐ)りし、両手(りょうて)を用いて斉(ひとしく)樹(き)の上(うえ)を撲(たた)き、連(つら)ねて三声(みこえ)『開門(かいもん)』と叫(よ)べば、即(すなわ)ち清華洞府(せいかどうふ)を現(あらわ)さん」と。
大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち土地(とち)に令(れい)じて回(かえ)り去(さら)しめ、八戒(はっかい)と溪(たに)を跳(と)び過(す)ぎ来(きた)り、那(か)の棵(ひとふり)の楊樹(ようじゅ)を尋(たず)ぬ。
果(はた)して九条(きゅうじょう)の叉枝(さしえだ=分かれ枝)有(あ)りて、総(すべ)て一棵(ひとふり)の根(ね)の上(うえ)に在(あ)り。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)に吩咐(ふんぷ)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)且(しばら)く遠遠(とおく)に站(た)ち定(さだ)まれ、我(われ)が門(もん)を開(ひら)かしめ、那(か)の怪(かい)を尋(たず)ね着(つ)け、赶(お)い将(も)ちて出(いだ)すを待(ま)て、汝(なんじ)却(かえ)って接応(せつおう=応援)せよ」と。八戒(はっかい)命(めい)を聞(き)きて、即(すなわ)ち樹(き)を離(はな)るること半里(はんり)の遠近(あたり)に有(あ)りて立(た)ち下(くだ)る。此(こ)の大聖(たいせい)土地(とち)の言(げん)に依(よ)り、樹根(じゅこん)を繞(めぐ)り、左(ひだり)に三転(みつめぐ)り、右(みぎ)に三転(みつめぐ)りし、双手(そうしゅ=両手)斉(ひとしく)其(そ)の樹(き)を撲(たた)き、叫(よ)んで曰(いわ)く、「開門(かいもん)!開門(かいもん)!」と。霎時間(しばらくして)、一声(ひとこえ)の響喨(きょうりょう=高らか)なること唿喇喇(こつらつらつ)、門(もん)両扇(ふたまど)に開(ひら)き、更(さら)に樹(き)の踪迹(しょうせき=姿)を見(み)ず。那(か)の裡辺(うち)光(ひかり)明(あき)らかに霞采(かさい=彩り)有(あ)りて、亦(ま)た人烟(じんえん=人家)無(な)し。行者(ぎょうじゃ)神威(しんい)に趁(つ)け、撞(つ)き将(も)ちて進(すす)み入(い)るに、但(た)だ見(み)る那(か)の裡(うち)好(よ)き箇(ひとつ)の去処(ところ):
烟霞(えんか)幌亮(こうりょう=きらめき)、日月(じつげつ)明(あかり)を偸(ぬす)む。
白雲(はくうん)常(つね)に洞(ほら)より出(い)で、翠蘚(すいせん=緑の苔)乱(みだ)れて庭(にわ)に漫(み)つ。
一径(いっけい)の奇花(きか)艶(つや)を争(あらそ)い、遍階(へんかい=階のあちこち)の瑶草(ようそう=瑞草)芳栄(ほうえい=香り栄ゆ)を闘(あらそ)う。
温暖(おんだん)の気(き)、景(けい)常(つね)に春(はる)、渾(すべて)闐苑(かいえん=仙人園)の如(ごと)く、蓬瀛(ほうえい=蓬莱と瀛洲)に亜(つ)がず。
滑凳(かつとう=滑らかな腰掛)に長蔓(ちょうまん=長き蔓)攀(よ)じ、平橋(へいきょう)に乱藤(らんとう)挂(か)かる。
蜂(はち)紅蕊(こうずい=紅き蕊)を銜(ふく)んで岩窟(がんくつ)に来(きた)り、蝶(ちょう)幽蘭(ゆうらん=奥ゆかしき蘭)に戯(たわむ)れて石屏(せきびょう=石の屏風)を過(す)ぐ。
行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ歩(ほ)を運(はこ)び、行(ゆ)きて前辺(まえ)に近(ちか)づき細(こま)かに看(み)れば、石屏(せきびょう)の上(うえ)に四箇(よっつ)の大字(だいじ)有(あ)りて曰(いわ)く、「清華仙府(せいかせんぷ)」と。
他(かれ)忍(しの)ぶこと能(あた)わず、石屏(せきびょう)を跳(と)び過(す)ぎて看(み)る処(ところ)、只(た)だ見(み)る那(か)の老怪(ろうかい)懐中(かいちゅう=ふところ)に一箇(ひとり)の美女(びじょ)を摟(いだ)き、喘嘘嘘(ぜんしょしょ=はあはあ息をし)て、正(まさ)に比丘国(びくこく)の事(こと)を講(こう)じ、斉(ひとしく)声(こえ)を挙(あ)げて叫(よ)んで曰(いわ)く、「好(よ)き機会(きかい)来(きた)れり!三年(さんねん)の事(こと)、今日(こんにち)完(まっと)うするを得(う)るに、那(か)の猴頭(さる)に破(やぶ)られたり!」と。行者(ぎょうじゃ)身(み)に跑(はし)り近(ちか)づき、棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)等(ら)が此(こ)の伙(くみ)の毛団(もうだん=毛むくじゃらの輩)を把(と)らえん、甚(なん)の好(よ)き機会(きかい)か有(あ)らん!吾(われ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え!」と。那(か)の老怪(ろうかい)美人(びじん)を放(はな)ち捨(す)て、蟠龍拐(ばんりゅうかい)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、急(いそ)ぎ架(か=受け止め)て相(あい)迎(むか)う。彼(かれ)両箇(ふたり)洞前(どうぜん)に在(あ)りて、此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな殺(いくさ)、前(さき)に比(くら)べて又(また)甚(はなは)だ不同(こと)なり:
棒(ぼう)挙(あが)れば金光(きんこう)迸(ほとばし)り、拐(かい)輪(めぐ)れば凶気(きょうき)発(はっ)す。
那(か)の怪(かい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)無知(むち)にして敢(あ)えて我(われ)が門(もん)に進(すす)み来(きた)るか!」と。
行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「我(われ)意(こころ)有(あ)りて邪怪(じゃかい)を降(くだ)さん!」と。
那(か)の怪(かい)曰(いわ)く、「我(われ)国主(こくしゅ)を恋(こ)うるは汝(なんじ)に干(かかわり)無(な)し、怎(なん)で欺心(ぎしん=心を欺き)て来(きた)りて展抹(てんまつ=危害を加う)するや」と。
行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「僧(そう)は政教(せいきょう)を修(おさ)めて本(もと)より慈悲(じひ)なり、児童(じどう)の活(い)きながら殺(ころ)さるるに忍(しの)びざるなり」と。
語(ご)去(さ)り言(げん)来(きた)りて各(おのおの)仇(あだ)を恨(うら)み、棒(ぼう)迎(むか)え拐(かい)架(か)して当心(とうしん=真っ向)に札(さ)す。
琪花(きか=美しき花)を促損(そくそん=踏みにじ)るは生(いのち)を顧(かえり)みるがため、翠苔(すいたい=緑の苔)を踢破(てきは=蹴り破る)は把滑(はかつ=足をすべらす)に因(よ)る。
只(た)だ殺(たたか)いて那(か)の洞中(どうちゅう)の霞采(かさい)をして光明(こうみょう)を欠(か)かしめ、岩上(がんじょう)の芳菲(ほうひ=芳しき草花)を俱(とも)に掩圧(えんあつ=押し伏せ)らしむ。
乒乓(ひんぽう=激しき音)に驚(おど)ろかされて鳥(とり)も飛(と)ぶこと難(がた)く、吆喝(ようかつ=喚き声)に嚇(おど)されて美人(びじん)散(ち)る。
只(た)だ老怪(ろうかい)と猴王(こうおう)のみ存(のこ)り、呼呼(ここ)として狂風(きょうふう)地(ち)を捲(ま)きて刮(ふ)く。
看(み)る看(み)る殺(たたか)いて洞門(どうもん)を出(い)で来(きた)るに、又(また)悟能(ごのう)の呆性(あいしょう=愚かなる性)の発(はっ)するに撞(ぶつ)かる。
原(もと)来(もと)八戒(はっかい)外辺(そと)に在(あ)りて、彼(かれ)等(ら)の裡(うち)に嚷鬧(じょうどう=わめき騒ぐ)を聴(き)き、激(しげき)されて彼(かれ)が心(こころ)痒(かゆ)くして撓(か)くこと難(がた)く、釘鈀(ていは=鉞)を掣(ひっさ)げ、一棵(ひとふり)の九叉楊樹(きゅうさようじゅ)を把(と)って刨(ほ)り倒(たお)し、鈀(ていは)を使(つか)いて幾下(いくつ)か筑(つつ)けば、筑(つつ)きて那(か)の鮮血(せんけつ)直(ただち)に冒(あぶく)し出(いだ)し、嚶嚶(えいえい)として似乎(あたか)も声(こえ)有(あ)るが如(ごと)し。他(かれ)曰(いわ)く、「此(こ)の樹(き)は成(な)りて精(せい)と為(な)れり!此(こ)の樹(き)は成(な)りて精(せい)と為(な)れり!」と。按(おさ)えて地(ち)の下(した)に在(あ)りて、又(また)正(まさ)に筑(つつ)く処(ところ)、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)の怪(かい)を引(つ)れて出(い)で来(きた)るを見(み)る。那(か)の呆子(あほう)話(ことば)を打(い)わず、赶(お)いつき前(まえ)に、鈀(ていは)を挙(あ)げて就(すなわ)ち筑(つつ)く。那(か)の老怪(ろうかい)行者(ぎょうじゃ)と戦(たたか)うに已(すで)に是(こ)れ敵(てき)し難(がた)きに、八戒(はっかい)の鈀(ていは)の来(きた)るを見(み)て、愈(いよいよ)心慌(しんこう=心あわただ)しく、陣(じん)を敗(やぶ)り、身(み)を将(も)ちて一幌(ひとひるがえ)し、化(へん)じて一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と成(な)り、径(ただ)ちに東(ひがし)を投(さ)して走(はし)る。彼(かれ)両箇(ふたり)決(けっ)して放松(ゆる)めず、東(ひがし)に向(むか)って赶(お)い来(きた)る。
正(まさ)に喊殺(かんさつ=喚き叫んで戦う)の際(さい)に当(あた)り、又(また)鸞鶴(らんかく=鸞と鶴)の声(こえ)の鳴(な)り、祥光(しょうこう=瑞光)の縹緲(ひょうびょう=たなびく)を聞(き)き得(え)、目(め)を挙(あ)げて之(これ)を視(み)れば、乃(すなわ)ち是(こ)れ南极老人星(なんきょくろうじんせい=南極老人星)なり。那(か)の老人(ろうじん)寒光(かんこう)を把(と)って罩(おお)い住(とど)め、叫(よ)んで曰(いわ)く、「大聖(たいせい)慢(ゆる)やかに来(きた)れ、天蓬(てんぽう)赶(お)うことを休(や)めよ、老道(ろうどう)此(ここ)に在(あ)りて施礼(せれい)するなり」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち礼(れい)に答(こた)えて曰(いわ)く、「寿星(じゅせい)兄弟(きょうだい)、那(いずこ)より来(きた)れる」と。八戒(はっかい)笑(わら)って曰(いわ)く、「肉頭老児(にくとうろうじ=まるまるとした爺)、寒光(かんこう)を罩(おお)い住(とど)めたれば、必(かなら)ず妖怪(ようかい)を捉(とら)え住(とど)めたり」と。寿星(じゅせい)陪(とも)に笑(わら)って曰(いわ)く、「此(ここ)に在(あ)り、此(ここ)に在(あ)り、望(のぞ)むらくは二公(にこう=お二人)他(かれ)が命(いのち)を饒(ゆる)せ」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「老怪(ろうかい)は老弟(ろうてい)と相干(あいかかわり)無(な)きに、何(なん)の為(ため)に来(きた)りて人情(にんじょう=口添え)を説(い)うや」と。寿星(じゅせい)笑(わら)って曰(いわ)く、「他(かれ)は是(こ)れ我(われ)が一副(ひとくみ)の脚力(きゃくりょく=乗物)なるが、意(おも)わず走(はし)り将(も)ち来(きた)りて、此(こ)の妖怪(ようかい)を成(な)せり」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「既(すで)に是(こ)れ老弟(ろうてい)の物(もの)ならば、只(た)だ他(かれ)をして本相(ほんぞう)を現(あらわ)し出(いだ)して看(み)ることを教(おし)えよ」と。寿星(じゅせい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち寒光(かんこう)を把(と)って放(はな)ち出(いだ)し、喝(かつ)して曰(いわ)く、「孽畜(げっちく=畜生め)!快(すみや)かに本相(ほんぞう)を現(あらわ)せ、汝(なんじ)が死罪(しざい)を饒(ゆる)さん!」と。那(か)の怪(かい)一箇(ひとつ)の翻身(ほんしん=身の翻し)を打(う)てば、原(もと)来(もと)是(こ)れ一隻(ひとつの)白鹿(はくろく)なり。寿星(じゅせい)拐杖(かいじょう)を拿(と)り起(おこ)して曰(いわ)く、「此(こ)の孽畜(げっちく)め!我(われ)の拐棒(かいぼう=杖)すら也(ま)た偷(ぬす)み来(きた)れり!」と。那(か)の隻(ひとつ)の鹿(しか)地(ち)に俯伏(ふふく=うつぶ)し、口(くち)も言(い)うこと能(あた)わず、只(た)だ管(ひたすら)叩頭(こうとう)して涙(なみだ)を滴(したた)らす。但(た)だ見(み)る他(かれ)は:
一身(いっしん)玉簡(ぎょくかん=玉の札)の如(ごと)くにして斑斑(はんはん=まだら)たり、両角(りょうかく)参差(しんし=ふぞろい)として七汊湾(しちさわん=七つに曲がる)なり。
幾度(いくたび)か飢(う)うる時(とき)薬圃(やくほ=薬草園)を尋(たず)ね、朝(あした)に渴(かわ)く処(ところ)有(あ)らば雲潺(うんせん=雲のせせらぎ)を飲(の)む。
年(とし)深(ふか)くして飛騰(ひとう=飛び騰る)の法(ほう)を学(まな)び得(え)、日(ひ)久(ひさ)しくして変化(へんげ)の顔(かお)を修(おさ)め成(な)す。
今(いま)主人(しゅじん)の呼喚(こかん=呼ぶ)の処(ところ)を見(み)て、身(み)を現(あらわ)し珉耳(みんじ=玉のごとき耳)を垂れしめて塵寰(じんかん=俗世)に伏(ふ)す。
寿星(じゅせい)行者(ぎょうじゃ)に謝(しゃ)し了(おわ)り、就(すなわ)ち鹿(しか)に跨(またが)りて行(ゆ)かんとするに、行者(ぎょうじゃ)一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて曰(いわ)く、「老弟(ろうてい)、且(しばら)く慢(ゆる)やかに走(はし)れ、還(ま)た両件(ふたつ)の事(こと)未(いま)だ完(まっと)うせざる有(あ)り」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「還(ま)た甚(なん)の未(いま)だ完(まっと)うせざるの事(こと)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「還(ま)た美人(びじん)の未(いま)だ獲(え)ざる有(あ)り、是(こ)れ一箇(ひとつ)の甚(なん)の怪物(かいぶつ)なるかを知(し)らず;還(ま)た又(また)同(とも)に比丘城(びくじょう)に到(いた)りて那(か)の昏君(くんくん)に見(まみ)え、現相(げんそう=姿を現わし)して旨(し)を回(かえ)さんことを要(よう)す」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの等(ごと)く説(い)わば、我(われ)且(しばら)く寧耐(ねいたい=辛抱)せん。汝(なんじ)天蓬(てんぽう)と洞(ほら)に下(くだ)りて那(か)の美人(びじん)を擒捉(きんどく=生け捕り)し来(きた)り、同(とも)に去(ゆ)きて現相(げんそう)するも可(よ)し」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「老弟(ろうてい)略(いささか)等等児(しばらくまて)、我(われ)等(ら)去(ゆ)き了(おわ)れば就(すなわ)ち来(きた)らん」と。
那(か)の八戒(はっかい)精神(せいしん)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、行者(ぎょうじゃ)に随(したが)って径(ただ)ちに清華仙府(せいかせんぷ)に入(い)り、吶声(だんせい=大声)を挙(あ)げて叫(よ)んで曰(いわ)く、「妖精(ようせい)を拿(とら)えよ!妖精(ようせい)を拿(とら)えよ!」と。那(か)の美人(びじん)戦戦兢兢(おののき)て、正(まさ)に自(みずか)ら逃(のが)るること難(がた)きに、又(また)喊声(かんせい=喚き声)の大(おお)いに振(ふる)うを聴(き)きて、即(すなわ)ち石屏(せきびょう)の裡(うち)に転(てん)ずるに、又(また)後門(うしろもん)の出頭(しゅっとう=出る口)と箇(ひとつ)も無(な)く、八戒(はっかい)の喝声(かつせい)に「那(いずこ)へ走(はし)る!我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の漢子(おとこ)を哄(だま)すの臊精(そうせい=淫らな妖)を把(と)らえん!鈀(ていは)を看(み)よ!」と遭(あ)う。那(か)の美人(びじん)手(て)の中(うち)又(また)兵器(へいき)無(な)く、迎(むか)え敵(てき)すること能(あた)わず、身(み)を将(も)ちて一閃(ひとひるがえ)し、化(へん)じて一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と成(な)り、外(そと)に向(むか)いて就(すなわ)ち走(はし)るに、大聖(たいせい)寒光(かんこう)を抵(ふせ)ぎ住(とど)められ、乒乓(ひんぽう)と一棒(いっぽう)、那(か)の怪(かい)脚(あし)を立(た)て住(とど)めること能(あた)わず、塵埃(じんあい)に倒(たお)れ、本相(ほんぞう)を現(あらわ)せば、原(もと)来(もと)是(こ)れ一箇(ひとつの)白面狐狸(はくめんこり=白い顔の狐)なり。呆子(あほう)手(て)を忍(しの)ぶこと能(あた)わず、鈀(ていは)を挙(あ)げて頭(こうべ)に照(むか)いて一筑(ひとつつき)、憐(あわ)れむべし那(か)の箇(ひとつ)の城(しろ)を傾(かたむ)け国(くに)を傾(かたむ)くる千般(せんばん)の笑(えみ)を把(と)って、化(け)して毛団(もうだん=毛むくじゃらの塊)狐狸(こり)の形(かたち)と成(な)さしむ!行者(ぎょうじゃ)叫(よ)んで曰(いわ)く、「他(かれ)を打(う)ち爛(ただ)らすこと莫(な)かれ、且(しばら)く他(かれ)が此(こ)の身(み)を留(とど)めて昏君(くんくん)に見(まみ)えしめん」と。
那(か)の呆子(あほう)穢汚(えお=汚らわしき)を嫌(きら)わず、一把(ひとつかみ)に尾子(お=尻尾)を揪(つか)み住(とど)め、拖拖扯扯(ただだしゃしゃ=引きずり)て、行者(ぎょうじゃ)に跟随(ずいすい)して門(もん)を出(い)で得(え)たるに、只(た)だ見(み)る那(か)の寿星老児(じゅせいろうじ)手(て)を鹿(しか)の頭(こうべ)に摸(さす)り着(つ)けて罵(ののし)って曰(いわ)く、「好(よ)き孽畜(げっちく)なるかな!汝(なんじ)怎(なん)として主(あるじ)を背(そむ)きて逃(に)げ去(さ)り、此(ここ)に在(あ)りて精(せい)を成(な)せるや!若(も)し我(われ)の来(きた)るに非(あら)ざれば、孫大聖(そんたいせい)定(かなら)ず汝(なんじ)を打(う)ち殺(ころ)せり」と。行者(ぎょうじゃ)跳(おど)り出(い)でて曰(いわ)く、「老弟(ろうてい)甚(なん)と説(い)うや」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「我(われ)鹿(しか)を嘱(いいつ)くるなり!我(われ)鹿(しか)を嘱(いいつ)くるなり!」と。八戒(はっかい)箇(ひとつの)死(し)せる狐狸(こり)を鹿(しか)の面前(めんぜん)に掼(なげう)ちて曰(いわ)く、「此(こ)れは是(こ)れ汝(なんじ)が娘(むすめ)なるか」と。那(か)の鹿(しか)頭(こうべ)を点(うなず)かし脳(こうべ)を幌(ゆす)り、嘴(くち)を伸(の)ばして他(かれ)を幾(いく)たびか聞(か)ぎ、呦呦(ゆうゆう)と声(こえ)を発(はっ)し、眷恋(けんれん=慕わしむ)して捨(す)てざるの意(こころ)有(あ)るが似(ごと)きに、寿星(じゅせい)劈頭(へきとう=真っ向)より一掌(ひとつちょう)を撲(う)たれて曰(いわ)く、「孽畜(げっちく)め!汝(なんじ)命(いのち)を得(う)れば足(た)れり、又(また)他(かれ)を聞(か)ぐは怎(なん)とせる」と。即(すなわ)ち勒袍(ろくほう=袍を締むる)の腰帯(ようたい)を解(と)き下(くだ)し、鹿(しか)を把(と)って頸項(けいこう=首)を扣(か)え住(とど)め、牽(ひ)き将(も)ち起(おこ)して曰(いわ)く、「大聖(たいせい)、我(われ)汝(なんじ)と比丘国(びくこく)に相(あい)見(まみ)えに去(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「且(しばら)く住(とど)まれ!索性(いっそのこと)此(こ)の辺(ほとり)を把(と)って都(みな)一箇(ひとつ)の干浄(かんじょう=きれい)に掃(はら)わん、庶(ねが)わくは他年(たねん=後の年)に復(ま)た妖孽(ようげつ)を生(しょう)ずることを免(まぬが)れん」と。八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)きて、鈀(ていは)を挙(あ)げて柳樹(りゅうじゅ)を将(も)ちて乱(みだ)りに筑(つつ)く。行者(ぎょうじゃ)又(また)一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の真言(しんごん)を念(ねん)じ、依然(いぜん)として当坊(とうぼう)の土地(とち)を拘(こう)し出(いだ)し、叫(よ)んで曰(いわ)く、「些(いささか)の枯柴(こさい=枯れ木)を尋(たず)ね来(きた)り、烈火(れっか=激しき火)を点(とも)し起(おこ)し、汝(なんじ)が此(こ)の方(ほう)と妖患(ようかん=妖の患い)を消除(しょうじょ=取り除)き、欺凌(りょう=いじめ)を免(まぬ)がれしめよ」と。那(か)の土地(とち)即(すなわ)ち身(み)を転(てん)じ、陰風(いんぷう)颯颯(さつさつ)として、陰兵(いんぺい)を帥(ひき)い起(おこ)し、些(いささか)の迎霜草(げいそうそう)・秋青草(しゅうせいそう)・蓼節草(りょうせつそう)・山蕊草(さんずいそう)・簍蒿柴(ろうこうさい)・龍骨柴(りゅうこつさい)・芦荻柴(ろてきさい)を搬取(はんしゅ=運び取)るに、都(みな)是(こ)れ隔年(かくねん=一昨年)干(ひ)し透(とお)れる枯焦(こしょう=枯れ焦げ)の物(もの)なれば、火(ひ)を見(み)ること油膩(ゆじ=油っこき)の一般(ごと)の如(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)叫(よ)んで曰(いわ)く:
「八戒(はっかい)、必(かなら)ずしも樹(き)を筑(つつ)かずとも、但(た)だ此(こ)の物(もの)を得(え)て洞(ほら)の裡(うち)に填塞(てんそく=詰め込)み、火(ひ)を放(はな)ち起(おこ)さば、焼(や)きて箇(ひとつ)の干浄(かんじょう)を得(え)ん」と。火(ひ)一(ひとたび)起(おこ)れば、果(はた)して一座(ひとつ)の清華(せいか)の妖怪(ようかい)の宅(いえ)を把(と)って、焼(や)いて火池坑(かちこう=火の池の穴)と作(な)せり。
此(ここ)に於(おい)て才(ようや)く土地(とち)を喝退(かつたい=叱り退け)し、寿星(じゅせい)と同(とも)に鹿(しか)を牽(ひ)き、狐狸(こり)を拖(ひきず)り、一斉(いっせい)に殿前(でんぜん)に回(かえ)り到(いた)り、国王(こくおう)に対(たい)して曰(いわ)く、「此(こ)れは是(こ)れ汝(なんじ)が美后(びこう)なるが、他(かれ)と耍子児(あそび=戯れ)するか」と。那(か)の国王(こくおう)胆戦心驚(たんせんしんきょう=肝を冷やし驚く)。又(また)只(た)だ孫大聖(そんたいせい)の寿星(じゅせい)を引(つ)れ、白鹿(はくろく)を牽(ひ)き、都(みな)殿前(でんぜん)に到(いた)るを見(み)て、唬(おど)ろかされて那(か)の国(くに)の裡(うち)の君臣(くんしん)妃后(ひこう)、一斉(いっせい)に下拝(かはい)す。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に国王(こくおう)を攙(たす)け住(とど)めて笑(わら)って曰(いわ)く、「且(しばら)く我(われ)を拝(おが)むことを休(や)めよ、此(こ)の鹿児(しか)こそ却(かえ)って是(こ)れ国丈(こくじょう)なるぞ、汝(なんじ)只(た)だ他(かれ)を拝(おが)めば便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。那(か)の国王(こくおう)羞愧(しゅうき=恥じ入る)に地(ところ)無(な)く、只(た)だ曰(いわ)く、「神僧(しんそう)の我(われ)が一国(いっこく)の小児(しょうじ)を救(すく)えるに感謝(かんしゃ)す、真(まこと)に天恩(てんおん)なり!」と。即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)えて光禄寺(こうろくじ)に教(おし)えて素宴(そえん=精進の宴)を安排(あんばい)せしめ、大(おお)いに東閣(とうかく)を開(ひら)き、南極老人(なんきょくろうじん)と唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を請(しょう)じ、共(とも)に坐(ざ)して恩(おん)を謝(しゃ)せしむ。三蔵(さんぞう)寿星(じゅせい)に拝見(はいけん)し、沙僧(しゃそう)も亦(ま)た礼(れい)を以(もっ)て見(まみ)え、都(みな)問(と)うて曰(いわ)く、「白鹿(はくろく)は既(すで)に是(こ)れ老寿星(ろうじゅせい)の物(もの)なるに、如何(いか)にして此(こ)の間(あいだ)に到(いた)りて害(がい)を為(な)すを得(え)たるや」と。寿星(じゅせい)笑(わら)って曰(いわ)く、「前者(さきに)、東華帝君(とうかていくん)我(われ)が荒山(こうざん=拙き山)を過(す)ぎしに、我(われ)留(とど)めて坐(ざ)して棋(き)を打(う)てり、一局(いっきょく)未(いま)だ終(おわ)らざるに、此(こ)の孽畜(げっちく)走(に)げ去(さ)れり。客(きゃく)の去(さ)るに及(およ)びて他(かれ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、我(われ)因(よ)りて指(ゆび)を屈(ま)げて詢算(じゅんさん=占い算え)し、他(かれ)の此(こ)の処(ところ)に走(はし)れるを知(し)り、特(こと)に来(きた)りて他(かれ)を尋(たず)ぬるに、正(まさ)に孫大聖(そんたいせい)の威(い)を施(ほどこ)すに遇(あ)えり。若(も)し果(はた)して来(きた)ること遅(おそ)からんには、此(こ)の畜(ちく)休(やん)なんとせり」と。
叙(じょ=語らい)了(おわ)らざるに、只(た)だ報(ほう)じて曰(いわ)く、「宴(えん)已(すで)に完備(かんび)せり」と。好(よ)き素宴(そえん)なるかな:
五彩(ごさい)門(もん)に盈(み)ち、異香(いこう)座(ざ)に満(み)つ。
桌(たく=卓)に繍緯(しゅうい=刺繍の帷)を挂(か)けて錦艶(きんえん=錦の艶)を生(しょう)じ、地(ち)に紅毯(こうたん=赤い絨毯)を鋪(し)いて霞光(かこう)を幌(ひるがえ)す。
宝鴨(ほうおう=鴨形の香炉)の内(うち)、沈檀(じんだん=沈香と白檀)香(こう)嫋(たなび)き;御筵(ぎょえん=御前の宴)の前(まえ)、蔬品(そひん=精進の品)香(こう)馨(かお)る。
看盤(かんばん=飾り皿)に高果(こうか=高く盛る菓子)楼台(ろうだい)を砌(きず)き、龍纏(りゅうてん=龍の絡む)闘糖(とうとう=砂糖細工)走獣(そうじゅう=走る獣)を擺(なら)ぶ。
鴛鴦錠(えんおうじょう=鴛鴦形の菓子)、獅仙糖(しせんとう=獅子の砂糖菓子)、模(かたち)に似(に)て様(さま)に似(に)たり;鸚鵡杯(おうむはい)、鷺鶿杓(ろさしゃく=鷺の柄杓)、相(あい)如(し)くして形(かたち)に如(に)たり。
席前(せきぜん)の果品(かひん=果物)般般(はんはん=いずれも)盛(さか)んに、案上(あんじょう)の斎肴(さいこう=精進の菜)件件(けんけん=一つ一つ)精(せい)なり。
魁円(かいえん=龍眼)繭栗(けんりつ=栗)、鮮荔(せんれい=仏手柑)桃子(とうし=桃)。
棗児(なつめ)柿餅(しへい=干し柿)味(あじ)甘甜(かんてん)に、松子(しょうし=松の実)葡萄(ぶどう)香(こう)膩酒(じしゅ=甘美なる酒)。
幾般(いくとおり)の蜜食(みつしょく=蜜菓子)、数品(すひん)の蒸酥(じょうそ=蒸し菓子)。
油札(ゆさつ=油で揚ぐる)糖澆(とうきょう=蜜かけ)、花団(かだん=花のように)錦砌(きんせい=錦を積む)。
金盤(きんばん)に高(たか)く大饃饃(だいもうもう=大きな蒸し饅頭)を塁(つ)み、銀碗(ぎんわん)に満(み)ちて香稻飯(こうとうはん=香る米の飯)を盛(も)る。
辣煼煼(らつそうそう=辛く)なる湯水粉条(とうすいふんじょう=汁粉の麺)、香噴噴(こうふんふん=香り立つ)として相連(あいつらな)りて添換(てんかん=継ぎ足し)の美(び)なり。
説(い)い尽(つく)さず蘑菇(まこ=茸)・木耳(もくじ=きくらげ)・嫩筍(どんじゅん=若竹の子)・黄精(おうせい=ナルコユリ)、十香(じっこう)の素菜(そさい)、百味(ひゃくみ)の珍羞(ちんしゅう=珍味)。
往来(おうらい)綽摸(しゃくもく=取り分くる)て曾(かつ)て停(とど)まらず、進退(しんたい=出し入れ)諸般(しょはん=種々)皆(みな)盛設(せいせつ=盛大に設け)たり。
当時(そのとき)坐次(ざじ=席次)を叙(じょ=定)めて、寿星(じゅせい)首席(しゅせき)、長老(ちょうろう)次席(じせき)、国王(こくおう)前席(ぜんせき)、行者(ぎょうじゃ)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)側席(そくせき)、旁(かたわら)に又(また)両三個(にさんにん)の太師(たいし)有(あ)りて左右(さゆう)に相陪(あいともな)う。即(すなわ)ち教坊司(きょうぼうし=楽所)に命(めい)じて楽(がく)を動(うご)かしむ。国王(こくおう)紫霞杯(しかしはい=紫の霞の杯)を擎(ささ)げ、一一(いちいち)酒(さけ)を奉(ほう)ずるに、惟(た)だ唐僧(とうそう)のみ飲(の)まず。八戒(はっかい)行者(ぎょうじゃ)に向(むか)いて曰(いわ)く、「師兄(しけい)、果子(かじ=果物)は汝(なんじ)に譲(ゆず)らん、湯飯(とうはん=汁と飯)等(ら)は須(すべから)く我(われ)をして用(もち)うるを受(う)けしめよ」と。那(か)の呆子(あほう)好歹(こうたい=善し悪し)を分(わか)たず、一斉(いっせい)に乱(みだ)りに上(のぼ)り、但(た)だ来(きた)るものを食(くら)いて箇(ひとつ)の精空(せいくう=すっからかん)と為(な)す。一席(ひとくみ)の筵宴(えんえん)已(すで)に畢(おわ)れば、寿星(じゅせい)告辞(こくじ=暇乞い)す。那(か)の国王(こくおう)又(また)近(ちか)づき前(まえ)に寿星(じゅせい)に跪拝(きはい)し、病(やまい)を祛(はら)い年(とし)を延(の)ぶるの法(ほう)を求(もと)めば、寿星(じゅせい)笑(わら)って曰(いわ)く、「我(われ)鹿(しか)を尋(たず)ぬるに因(よ)りて、丹薬(たんやく)を帯(お)び来(きた)らず。汝(なんじ)に修養(しゅよう=養生)の方(ほう)を伝(つた)えんと欲(ほっ)すれど、汝(なんじ)は又(また)筋(すじ)衰(おとろ)え神(しん)敗(やぶ)れて、還丹(げんたん=丹を還す)すること能(あた)わず。我(われ)が此(こ)の衣袖(いしゅう=袖)の中(なか)に、只(た)だ三箇(みっつ)の棗児(なつめ)有(あ)るのみ、是(こ)れ東華帝君(とうかていくん)と茶(ちゃ)を献(たてまつ)らんとするものにして、我(われ)未(いま)だ曾(かつ)て食(くら)わざりしものなり、今(いま)汝(なんじ)に送(おく)らん」と。国王(こくおう)之(これ)を呑(の)めば、漸(ようや)く身(み)軽(かろ)く病(やまい)退(しりぞ)くを覚(おぼ)ゆ。後(のち)に長生(ちょうせい)を得(う)る者(もの)は、皆(みな)此(こ)れに原(もとづ)けり。八戒(はっかい)看(み)て就(すなわ)ち叫(よ)んで曰(いわ)く、「老寿(ろうじゅ)、火棗(かそう=火棗)有(あ)らば、我(われ)に幾箇(いくつ)か送(おく)りて食(くら)わしめよ」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「未(いま)だ帯(お)び得(う)ざりき、改日(ひをあらため)て我(われ)汝(なんじ)に幾斤(いくきん)かを送(おく)らん」と。遂(つい)に東閣(とうかく)を出(い)で、謝意(しゃい)を道(い)い了(おわ)り、白鹿(はくろく)を一声(ひとこえ)に喝(かつ)し起(おこ)し、飛(と)んで背(せ)に跨(またが)り、雲(くも)を踏(ふ)んで去(さ)る。此(こ)の朝中(ちょうちゅう)の君王(くんおう)妃后(ひこう)、城中(じょうちゅう)の黎庶(れいしょ=庶民)居民(きょみん)、各各(おのおの)香(こう)を焚(た)き礼拜(れいはい)するは題(だい)せず。
三蔵(さんぞう)叫(よ)んで曰(いわ)く、「徒弟(とてい)、收拾(しゅうしゅう=支度)して王(おう)に辞(じ)せん」と。那(か)の国王(こくおう)又(また)苦(くる)しみ留(とど)めて教(おしえ)を求(もと)めば、行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く:
「陛下(へいか)、此(これ)より色欲(しきよく)は少(すくな)く貪(むさぼ)り、陰功(いんこう=陰徳)を多(おお)く積(つ)め。凡(およ)そ百事(ひゃくじ)に長(ちょう)を将(も)ちて短(たん)を補(おぎな)えば、自(おのずか)ら以(もっ)て病(やまい)を祛(はら)い年(とし)を延(の)ぶるに足(た)れり、就(すなわ)ち是(こ)れ教(おしえ)なり」と。遂(つい)に両盤(ふたさら)の散金(さんきん=小粒の金)碎銀(さいぎん=銀の切れ端)を拿(と)り出(いだ)し、奉(たてまつ)って路費(ろひ=旅費)と為(な)す。唐僧(とうそう)堅(かた)く辞(じ)し、分文(ぶんもん=一文)も受(う)けず。国王(こくおう)已(や)むこと無(な)く、命(めい)じて鑾駕(らんが=天子の乗物)を擺(なら)べ、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて鳳輦(ほうれん=鳳の輦)龍車(りゅうしゃ=龍の車)に端坐(たんざ=正しく坐)せしめ、王(おう)と嬪后(ひんこう)と、俱(とも)に輪(りん)を推(お)し轂(こく=車輪)を転(てん)じ、方(はじ)て送(おく)りて朝(ちょう)を出(いだ)す。六街三市(ろくがいさんし)、百姓(ひゃくせい)群黎(ぐんれい=万民)、亦(ま)た皆(みな)盞(さかずき)に浄水(じょうすい)を添(そ)え、炉(ろ)に真香(しんこう=清き香)を降(くだ)し、又(また)送(おく)りて城(しろ)を出(いだ)す。忽(たちま)ち半空(はんくう)の中(うち)に一声(ひとこえ)の風(かぜ)の響(ひびき)有(あ)るを聴(き)きて、路(みち)の両辺(りょうへん)に一千百十一箇(せんひゃくじゅういちひとつ)の鵞籠(がろう)を落(おと)し下(くだ)し、内(うち)に小児(しょうじ)の啼哭(ていこく)する有(あ)り、暗(あん)の中(うち)に原(もと)の護(まも)れる城隍(じょうこう)・土地(とち)・社令(しゃれい)・真官(しんかん)・五方掲諦(ごほうかいてい)・四値功曹(しちこうそう)・六丁六甲(りくていりっこう)・護教伽藍(ごきょうがらん)等(ら)の衆(しゅ)有(あ)りて、声(こえ)に応(おう)じて高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「大聖(たいせい)、我(われ)等(ら)前に吩咐(ふんぷ)を蒙(こうむ)りて、小児(しょうじ)鵞籠(がろう)を摂(ひき)し去(さ)りしに、今(いま)大聖(たいせい)の功(こう)成(な)りて行(ぎょう)を起(おこ)すを知(し)り、一一(いちいち)送(おく)り来(きた)るなり」と。那(か)の国王(こくおう)妃后(ひこう)と一応(いちおう)の臣民(しんみん)、又(また)俱(とも)に下拝(かはい)す。行者(ぎょうじゃ)空(くう)に望(のぞ)んで曰(いわ)く、「列位(れつい=皆様)を労(ろう)すること有(あ)り、請(こ)う各(おのおの)祠(ほこら)に帰(かえ)れ、我(われ)民間(みんかん)に着(つ)けて祭祀(さいし)して汝(なんじ)に謝(しゃ)せしめん」と。呼呼淅淅(ここせきせき)、陰風(いんぷう)又(また)起(おこ)りて退(しりぞ)く。行者(ぎょうじゃ)城(しろ)の裡(うち)の人家(じんか)に叫(よ)んで来(きた)りて小児(しょうじ)を認領(にんりょう=引き取り)せしむ。
当時(そのとき)伝播(でんぱ)し、俱(みな)来(きた)りて各(おのおの)籠(かご)の中(なか)の児(こ)を認(みと)め出(いだ)し、歓歓喜喜(かんかんきき=大喜び)で、抱(いだ)き出(いだ)して哥哥(にいにい)と叫(よ)び、肉児(にくじ=いとし子)と叫(よ)び、跳(おど)るは跳(おど)り、笑(わら)うは笑(わら)い、都(みな)叫(よ)んで曰(いわ)く、「唐朝(とうちょう)の爺爺(じいじい)を扯(ひ)き住(とど)めて、我(われ)が家(いえ)に到(いた)りて児(こ)を救(すく)えるの恩(おん)を奉謝(ほうしゃ)せしめよ!」と。大(だい)と無(な)く小(しょう)と無(な)く、若(も)しは男(おとこ)若(も)しは女(おんな)、都(みな)他(かれ)が相貌(そうぼう)の醜(みにく)きを怕(おそ)れず、猪八戒(ちょはっかい)を抬(かつ)ぎ、沙和尚(しゃおしょう)を扛(にな)い、孫大聖(そんたいせい)を頂(いただ)き、唐三蔵(とうさんぞう)を撮(ささ)え、馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(かつ)ぎ、一擁(いちよう=どっと)して城(しろ)に回(かえ)るに、那(か)の国王(こくおう)も也(ま)た禁止(きんし)すること能(あた)わず。此(こ)の家(いえ)も也(ま)た宴(えん)を開(ひら)き、那(あ)の家(いえ)も也(ま)た席(せき)を設(もう)く。請(しょう)じ及(およ)ばざる者(もの)は、或(あるい)は僧帽(そうぼう=僧の帽子)・僧鞋(そうあい=僧の靴)・褊衫(へんさん=法衣)・布袜(ほべつ=布の足袋)を做(つく)り、裡裡外外(うちうちそとそと)、大小(だいしょう)の衣裳(いしょう)、都(みな)来(きた)りて相送(あいおく)る。
此(か)くの如(ごと)く盤桓(ばんかん=逗留)すること将(まさ)に一箇月(ひとつき)有(あ)らんとして、才(ようや)く城(しろ)を離(はな)るるを得(え)たり。又(また)影神(えいしん=肖像)を伝(つた)え下(くだ)し、牌位(はいび=位牌)を立(た)て起(おこ)し、頂礼(ちょうれい=礼拝)して香(こう)を焚(た)きて供養(くよう)する有(あ)り。此(こ)れ才(はじ)めて是(こ)れ:
陰功(いんこう)高(たか)く塁(つ)みて恩山(おんざん)重(おも)く、千千万万人(せんぜんばんばんにん)を救(すく)い活(い)かす。
畢竟(つい)に向後(こうご)又(また)甚(なん)の事体(じたい)有(あ)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。