さて、比丘国(びくこく)の君臣(くんしん=君と臣)・黎庶(れいしょ=民衆)、唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)づるに、二十里(にじゅうり)の遠(とお)きに及(およ)ぶも、なお肯(がえん)じて捨(す)てず。三蔵(さんぞう)、勉(つと)めて輦(れん=天子の車)を下(お)り、馬(うま)に乗(の)りて辞別(じべつ)して行(ゆ)く。目送(もくそう)する者(もの)、直(ただ)に蹤影(しょうえい=姿かたち)の見(み)えざるに至(いた)るまで、方(はじ)めて回(かえ)る。
四衆(ししゅ)行(ゆ)くこと多時(しばらく)なるに、また冬(ふゆ)の残(のこ)りと春(はる)の尽(つ)くるを過(す)ぎ、野花(やか)・山樹(さんじゅ)の看(み)れども尽(つ)きざる、景物(けいぶつ)芳菲(ほうひ=芳しい)なるを賞(め)でおるに、前面(ぜんめん)にまた一座(ひとつ)の高山峻嶺(こうざんしゅんれい=高い山と険しい嶺)を見(み)る。三蔵(さんぞう)、心に驚(おどろ)きて問(と)うて言う、
「徒弟(でし)よ、前面(ぜんめん)の高山(こうざん)に、路(みち)ありや路無(な)きや。是(こ)れ必(かなら)ず小心(しょうしん=心を細かく)せよ!」
と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、
「師父(しふ)のこの言(こと)、また長路(ちょうろ=長い旅路)を走(ゆ)く者(もの)の似(ごと)くならず、却(かえ)って公子王孫(こうしおうそん=貴族の子弟)の、井(い)に坐(ざ)して天(てん)を観(み)るの類(たぐい)に似(に)たり。古道(こどう=古い言い伝え)に曰(いわ)く、『山(やま)は路(みち)を妨(さまた)げず、路(みち)自(みずか)ら山(やま)に通(つう)ず』と。何(なん)を以(もっ)てか路(みち)の有(あ)る無(な)きを言(い)うや」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「既(すで)に山(やま)の路(みち)を妨(さまた)げざるは然(しか)りといえど、但(ただ)恐(おそ)らくは険峻(けんしゅん=けわしき)の間(あいだ)に怪物(かいぶつ)を生(しょう)じ、密林(みつりん)の深(ふか)き処(ところ)に妖精(ようせい)を出(いだ)さん」
と。八戒(はっかい)言う、
「放心(ほうしん)せよ、放心(ほうしん)せよ!ここは極楽(ごくらく)に相近(あいちか)づくこと遠(とお)からず、管(かなら)ず太平無事(たいへいぶじ)を取(と)らん!」
と。師徒(してい)正(まさ)に説(かた)りおるに、覚(おぼ)えずして山脚(さんきゃく=山のふもと)に到(いた)りぬ。行者(ぎょうじゃ)、金箍棒(きんこぼう)を取出(とりだ)し、石崖(せきがい=岩の崖)の上(うえ)に走上(のぼ)りて叫(よばわ)って言う、
「師父(しふ)、此間(ここ)は乃(すなわ)ち山(やま)を転(めぐ)るの路児(ろじ=小道)なり。忒(はなは)だ步(あゆ)むに好(よ)し。疾(と)く来(こ)よ、疾(と)く来(こ)よ!」
と。長老(ちょうろう)、只(た)だ懐(ふところ)を放(はな)ちて馬(うま)を策(むちう)つを得(う)るのみ。沙僧(しゃそう)、教(おし)えて言う、
「二哥(にいさん)、汝(なんじ)担子(たんす=荷)を把(と)って一肩(ひとがた=片方の肩)に挑(にな)え」
と。真箇(まこと)に八戒(はっかい)、担子(たんす=荷)を接(う)けて挑(にな)い上(あ)ぐ。沙僧(しゃそう)、繮縄(こうじょう=手綱)を攏(と)り、老師父(ろうしふ)は雕鞍(ちょうあん=彫刻の鞍)に穩(やす)らかに坐(ざ)し、行者(ぎょうじゃ)に随(したが)いて都(みな)山崖(さんがい)の上(うえ)の大路(たいろ)に奔(はし)る。ただ見よ、あの山(やま)、
雲霧(うんむ)峰頂(ほうちょう=峰の頂)を籠(こ)め、潺湲(せんかん=せせらぎ)澗中(かんちゅう=谷の中)に涌(わ)く。
百花(ひゃっか)香(こう)路(みち)に満(み)ち、万樹(ばんじゅ)密(みつ)にして叢叢(そうそう)たり。
梅(うめ)青(あお)く李(すもも)白(しろ)く、柳(やなぎ)緑(みどり)に桃(もも)紅(くれない)なり。
杜鵑(ほととぎす)啼(な)く処(ところ)春(はる)将(まさ)に暮(く)れんとし、紫燕(しえん=燕)呢喃(じなん=さえずり)して社(やしろ)已(すで)に終(おわ)る。
峨峨(がが)たる石(いし)、翠蓋(すいがい=緑の傘)の松(まつ)。
崎嶇(きくう=でこぼこ)の嶺道(れいどう=嶺の道)、突兀(とつこつ=そびえ)として玲瓏(れいろう=あきらか)たり。
削壁(さくへき=削った壁)・懸崖(けんがい=懸かる崖)峻(けわ)しく、藤蘿(とうら=藤やつる)・草木(そうもく)穠(こま)やかなり。
千巌(せんがん=幾千の巌)秀(ひい)でを競(きそ)うて戟(ほこ)を排(なら)ぶるが如(ごと)く、万壑(ばんがく=幾万の谷)流(ながれ)を争(あらそ)いて遠(とお)く浪(なみ)洪(おお)し。
と。
老師父(ろうしふ)緩(ゆる)やかに山景(さんけい)を観(み)おるに、忽(たちま)ち啼鳥(ていちょう=鳴く鳥)の声(こえ)を聞(き)き、また思郷(しきょう=故郷を偲ぶ)の念(ねん)を起(おこ)す。馬(うま)を兜(たぐ)りて叫(よばわ)って言う、
「徒弟(でし)よ!
我(われ)天牌(てんぱい=宮中)より旨意(しい=勅旨)を伝(つた)えられ、錦屏風(きんびょうぶ)の下(もと)に関文(かんぶん=通行の証)を領(う)けたり。
灯(ともしび)を観る十五(じゅうご=十五日)に東土(とうど)を離(はな)れ、才(ようや)く唐王(とうおう)と天地(てんち)を分(わか)ちたり。
甫(はじ)めて能(よ)く龍虎(りゅうこ)風雲(ふううん)会(かい)せしが、却(かえ)ってまた師徒(してい)馬軍(ばぐん)に拗(さから)う。
巫山(ふざん)の峰(みね)十二(じゅうに)を行(ゆ)き尽(つ)くしぬ。何(いず)れの時(とき)か聖君(せいくん)に対(たい)して当今(とうぎん)に見(まみ)えん」
と。
行者(ぎょうじゃ)言う、
「師父(しふ)、汝(なんじ)常(つね)に思郷(しきょう)を以(もっ)て念(ねん)と為(な)すは、全(まった)く出家人(しゅっけにん)の似(ごと)くならず。放心して且(しばら)く走(ゆ)け、多(あま)た憂(うれ)うる莫(な)かれ。古人(こじん)云(いわ)く、『生(せい)の富貴(ふうき)を求(もと)めんと欲(ほっ)せば、須(かなら)ず死(し)の工夫(くふう=苦労)を下(くだ)せ』と」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「徒弟(でし)よ、既(すで)に説(い)えるところ理(ことわり)有(あ)りといえど、但(ただ)西天(せいてん)の路(みち)のなおいずこに在(あ)るかを知(し)らざるのみ!」
と。八戒(はっかい)言う、
「師父(しふ)、我が仏如来(ぶつにょらい)はあの三蔵経(さんぞうきょう)を捨(す)つるに忍(しの)びず、我(われ)らの取(と)りに往(ゆ)かんと要(もと)むるを知(し)りて、想(おも)うに是(こ)れ搬(はこ)び去(さ)りたるならん。然(しか)らずんば、如何(いか)にか只管(ひたすら)到(いた)らざるのみなるや」
と。沙僧(しゃそう)言う、
「胡談(こだん=たわごと)すること莫(な)かれ!只管(ひたすら)大哥(たいけ=長兄)に跟(したが)いて走(ゆ)き、只(た)だ工夫(くふう=時を重ね)を把(と)って彼(かれ)を捱(お)せ。終(つい)に須(かなら)ず之(これ)に到(いた)るの日(ひ)あらん」
と。
師徒正(まさ)に自(おのずか)ら閑叙(かんじょ=のんびり語らい)おるに、また一派(ひとむれ)の黒松(こくしょう=黒き松)の大林(だいりん=大いなる林)を見(み)る。唐僧(とうそう)、怕(おそ)れてまた叫(よばわ)って言う、
「悟空(ごくう)、我(われ)ら才(いま)しがたあの崎嶇(きくう=でこぼこ)の山路(さんろ)を過(よ)ぎりしに、怎麼(いか)にしてまたこの深黒(しんこく=深く黒き)の松林(しょうりん=松の林)に遇(あ)うや。是(こ)れ必(かなら)ず意(こころ)に在(あ)るべし」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「彼(かれ)を怕(おそ)るること怎(いか)にせんや!」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「那裡(いずく)の話(こと)をか説(い)うや!直中(ちょくちゅう)の直(ちょく=正直)を信(しん)ぜずんば、須(かなら)ず仁(じん)の中(うち)の不仁(ふじん)を防(ふせ)げ。我(われ)も汝(なんじ)と与(とも)に好幾処(いくところか)の松林(しょうりん)を走(ゆ)き過(よ)ぎりたれど、この林(はやし)の深遠(しんえん)なるには似(に)ず。汝(なんじ)視(み)よ、
東西(とうざい)に密(みっ)に擺(なら)べ、南北(なんぼく)に成行(なりゆき=列を成す)。
東西(とうざい)に密(みっ)に擺(なら)べば雲霄(うんしょう=雲の空)を徹(とお)し、南北(なんぼく)に成行(なりゆき)なれば碧漢(へきかん=青き天)を侵(おか)す。
密査(みっさ=びっしり)の荊棘(けいきょく=茨)周囲(しゅうい)に結(むす)び、蓼却(りょうきゃく=蓼の類)纏枝(てんし=枝に絡む)上下(じょうげ)に盤(めぐ)る。
藤(ふじ)来(きた)りて葛(くず)を纏(まと)い、葛(くず)去(ゆ)きて藤(ふじ)を纏(まと)う。
藤(ふじ)来(きた)りて葛(くず)を纏(まと)えば、東西(とうざい)の客旅(かくたび=旅人)行(ゆ)き難(がた)く、
葛(くず)去(ゆ)きて藤(ふじ)を纏えば、南北の経商(けいしょう=商人)怎(いか)でか進(すす)まん。
この林中(りんちゅう)に半年(はんとし)住(す)まば、那(いず)れか日月(じつげつ)を分(わ)たん。
数里(すうり)行(ゆ)くとも、斗星(とせい=北斗の星)を見(み)ず。
汝(なんじ)視(み)よ、あの背陰(はいおん=日陰)の処(ところ)の千般(せんぱん=種々)の景(けい)、向陽(こうよう=日当たり)の所(ところ)の万叢(ばんそう=幾万の株)の花(はな)を。
またあの千年(せんねん)の槐(えんじゅ)、万載(ばんさい)の桧(ひのき)、耐寒(たいかん=寒に耐う)の松(まつ)、山桃果(さんとうか=山桃の実)、野芍薬(やしゃくやく)、旱芙蓉(かんふよう=乾地の芙蓉)の、一塊々(いっかいかい=かたまりごと)に密に砌(み)ぎ重(かさ)ね堆(うずたか)く、乱紛紛(らんふんふん)として神仙(しんせん)も画(えが)き難(がた)し。
また聽(き)け、百鳥(ひゃくちょう)の声(こえ)を。鸚鵡(おうむ)哨(さえず)り、杜鵑(ほととぎす)啼(な)き、喜鵲(かささぎ)枝(えだ)を穿(うが)ち、烏鴉(うあ=からす)反哺(はんぽ=親に餌を返す)、黄鸝(こうり=うぐいす)飛(と)び舞(ま)い、百舌(もず)調音(ちょうおん=音を整う)、鷓鴣(しゃこ)鳴(な)き、紫燕(しえん=燕)語(かた)り、八哥児(はっかじ=九官鳥)は人(ひと)の説話(せつわ=話しぶり)を学(まな)び、画眉郎(がびろう=画眉鳥)もまた会(よ)く経(きょう)を看(み)る。
また見よ、あの大虫(たいちゅう=虎)の尾(お)を擺(ふ)り、老虎(ろうこ=虎)の牙(きば)を磕(か)み、多年(たねん)の狐狢(こかく=狐と狢)の娘子(じょうし=女房)に粧(よそお)い、日久(ひさ)しき蒼狼(そうろう=青狼)の吼(ほ)えて林(はやし)を振(ふる)わすを。
就(すなわ)ち托塔天王(たくとうてんおう)の此(ここ)に到(いた)るとも、縦(たと)い会(よ)く妖(よう)を降(くだ)すとも、また魂(たましい)を失(うしな)わん!」
と。
孫大聖(そんたいせい)、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて上前(すす)み出でて臂(ひじ)もて大路(たいろ)を開(ひら)き、唐僧(とうそう)を引(ひ)きて径(ただち)に深林(しんりん)に入(い)り、逍逍遙遙(しょうしょうようよう=のんびり)として、行(ゆ)くこと半日(はんじつ)を経(ふ)るも、いまだ林(はやし)を出(い)づるの路(みち)を見(み)ず。唐僧(とうそう)叫(よばわ)って言う、
「徒弟(でし)よ、一向(これまで)西(にし)へ来(きた)るに、無数(むすう)の山林(さんりん)の崎険(きけん=けわしき)ありしが、幸(さいわ)いに此間(ここ)の清雅(せいが=清らかに優雅)なるを得(え)て、一路(いちろ)太平(たいへい)なり。この林中(りんちゅう)の奇花異卉(きかいき=珍しき花)は、実(げ)に能(よ)く人(ひと)の情意(じょうい=こころ)を可(よ)みす。我(われ)ここに在りて坐(ざ)せんと要(もと)む。一(ひとつ)には馬(うま)を歇(やす)め、二(ふたつ)には腹中(ふくちゅう)飢(う)えたり。汝(なんじ)かの処(ところ)に往(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(こ)し来(きた)りて我(われ)に食(くら)わせよ」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「師父(しふ)、請(こ)う馬(うま)を下(お)りよ。老孫(ろうそん)斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)きて来(きた)らん」
と。かの長老(ちょうろう)果(はた)して馬(うま)を下(お)りたり。八戒(はっかい)、馬(うま)を将(も)ちて樹(き)の上(ほとり)に拴(つな)ぎ、沙僧(しゃそう)、行李(こうり=荷物)を歇(やす)め下(おろ)し、鉢盂(はつう=托鉢の器)を取(と)り出(いだ)して行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。
行者(ぎょうじゃ)言う、
「師父(しふ)、穩(やす)らかに坐(ざ)して、驚怕(きょうは=驚き恐る)るるを要(もと)むる莫(な)かれ。我(われ)往(ゆ)きてすなわち来(きた)らん」
と。三蔵(さんぞう)は松陰(しょういん=松の木陰)の下(した)に端坐(たんざ)す。八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)は却(かえ)って風(かぜ)を尋(たず)ね果(くだもの)を覓(もと)めて閑耍(かんしゃ=気ままに遊ぶ)に往(ゆ)く。
さて、大聖(たいせい)筋斗(きんと=宙返り)を縦(ほしいまま)にして、半空(はんくう=空の半ば)に到(いた)り、雲光(うんこう=雲の光)を佇(とど)め定(さだ)め、頭(こうべ)を回(めぐ)らして観看(みわた)せば、ただ松林(しょうりん)の中(うち)に祥雲(しょううん=めでたき雲)縹緲(ひょうびょう=たなびき)、瑞靄(ずいあい=めでたき靄)氤氳(いんうん=立ちこめ)るを見(み)る。彼(かれ)忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)いて叫(よばわ)る、
「好(よ)しや!好(よ)しや!」
と。汝(なんじ)彼(かれ)の好(よ)しと叫(よばわ)るは何(なん)を做(な)すとか謂(い)うや。元来(もと)唐僧(とうそう)を夸奨(ほめたた)うるなり。説(いわ)く、彼(かれ)は是(こ)れ金蟬長老(こんぜんちょうろう)の転世(てんせい=生まれ変わり)、十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の好人(こうにん)なれば、此(ここ)を以(もっ)てこの祥瑞(しょうずい=めでたき瑞相)の頭(こうべ)を罩(おお)える有(あ)りと。
「若(も)し我(わ)が老孫(ろうそん)は、方(まさ)に五百年前(ごひゃくねんぜん)天宮(てんぐう)を大鬧(おおさわ)がししの時(とき)、雲(くも)に遊(あそ)びて海角(かいかく=海の果て)に到(いた)り、天涯(てんがい=天の果て)に放蕩(ほうとう=勝手気まま)し、群精(ぐんせい=群れなす精)を聚(あつ)めて自(みずか)ら斉天大聖(せいてんたいせい)と称(とな)え、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)せ、死籍(しせき=死の帳簿)を消(け)し了(おわ)んぬ。頭(こうべ)には三額(さんがく)の金冠(きんかん)を戴(いただ)き、身(み)には黄金(おうごん)の鎧甲(がいこう=鎧)を穿(き)、手(て)には金箍棒(きんこぼう)を執(と)り、足(あし)には步雲履(ほうんり=雲を踏む靴)を踏(ふ)み、手下(しゅか)に四万七千(よんまんななせん)の群怪(ぐんかい)有(あ)りて、都(みな)我(われ)を称(よ)んで大聖爺爺(たいせいやや=大聖さま)と做(な)し、着実(ちゃくじつ)に人(ひと)と為(な)りたり。如今(いま)天災(てんさい)を脱却(だっきゃく)し、小(しょう)に做(な)り低(ひく)きに伏(ふく)して、汝(なんじ)と与(とも)に徒弟(でし)と為(な)れり。想(おも)うに師父(しふ)の頭頂(とうちょう=頭の上)に祥雲瑞靄(しょううんずいあい)の罩(おお)い定(さだ)まる有(あ)れば、径(ただち)に東土(とうど)に回(かえ)らば、必(かなら)ず些(いささ)かの好処(こうしょ=良きこと)有(あ)らん、老孫(ろうそん)もまた必(かなら)ず一箇(ひとつ)の正果(しょうか=悟りの位)を得(え)ん」
と。正(まさ)に自家(じか=我が身)この等(ごと)く夸念(ほめおも)う中間(なか)に、忽然(たちまち)林南(りんなん=林の南)の下(もと)に一股(ひとすじ)の黒気(こっき=黒き気)の、骨都都(こつとつ=むくむく)と冒(のぼ)り将(きた)るを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に驚(おどろ)いて言う、
「あの黒気(こっき)の裡(うち)に必ず邪(じゃ)有(あ)らん!我(わ)があの八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)は却(かえ)って何(なん)の黒気(こっき)をもか放(はな)たんや」
と。かの大聖(たいせい)、半空(はんくう)の裡(うち)に在りて、詳察(しょうさつ=詳しく見る)すること定(さだ)まらず。
さて、三蔵(さんぞう)林中(りんちゅう)に坐して、明心見性(みょうしんけんしょう=心を明らかにし性を見る)し、かの『摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)』を諷念(ふうねん=唱え誦)しおるに、忽(たちま)ち嚶嚶(おうおう=か細き)の「人(ひと)を救(すく)え」と叫(よ)ぶ声(こえ)を聽(き)く。三蔵(さんぞう)大(おおい)に驚いて言う、
「善(ぜん)なるかな!善(ぜん)なるかな!この等(ごと)き深林(しんりん)の裡(うち)に、何(なん)の人(ひと)か叫(よ)ぶ有(あ)る。想(おも)うに是(こ)れ狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)に唬(おど)し倒(たお)されたるならん、我(われ)の看(み)るを待(ま)て」
と。かの長老(ちょうろう)身(み)を起(おこ)し步(あゆみ)を挪(うつ)し、千年(せんねん)の柏(かしわ)を穿(うが)ち過(よ)ぎ、万年(ばんねん)の松を隔(へだ)て起(おこ)し、葛に附(つ)き藤を攀(よ)じて、近(ちか)づき前(まえ)に之(これ)を視(み)れば、ただあの大樹(たいじゅ)の上(ほとり)に一箇(ひとり)の女子(にょし=女)の綁(くく)り著(つ)けられたるを見(み)る。上半截(じょうはんせつ=上半身)は葛藤(かっとう=つる)を以(も)ちて樹(き)の上(うえ)に綁(くく)り著(つ)けられ、下半截(かはんせつ=下半身)は土(つち)の裡(うち)に埋(うず)められたり。長老(ちょうろう)脚(あし)を立(た)て定(さだ)め、彼(かれ)に一旬(ひとこと)を問(と)うて言う、
「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)何(なん)の事(こと)か有(あ)りて、此間(ここ)に綁(くく)り著(つ)けらるるや」
と。咦(ああ)!分明(ぶんめい)にこの厮(やつ)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の妖怪(ようかい)なるに、長老(ちょうろう)は肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡夫の眼)なれば、却(かえ)って認(みと)むることを得(え)ず。
かの怪(かい)彼(かれ)の来(きた)りて問(と)うを見(み)、涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)し。汝(なんじ)視(み)よ、彼(かれ)の桃腮(とうさい=桃の頬)に涙(なみだ)を垂(た)るるは、沈魚落雁(ちんぎょらくがん=魚を沈め雁を落とす)の容(かたち)有(あ)り。星眼(せいがん=星の眼)に悲(かなしみ)を含(ふく)むは、閉月羞花(へいげつしゅうか=月を閉じ花を羞じる)の貌(かんばせ)有(あ)り。長老(ちょうろう)実(げ)に敢(あ)えて近(ちか)づき前(まえ)に往(ゆ)かず、また口(くち)を開(ひら)いて問(と)うて言う、
「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)端(つまびらか)に何(なん)の罪過(ざいか=罪)か有(あ)る。説(つ)げて貧僧(ひんそう)に与(あた)えよ、却(かえ)って好(よ)く汝(なんじ)を救(すく)わん」
と。かの妖精(ようせい)、巧語花言(こうごかげん=巧みな言葉)、虚情仮意(きょじょうけい=偽りの情)、忙忙(いそぎ)として応(こた)えて言う、
「師父(しふ)、我(わ)が家(いえ)は貧婆国(ひんばこく)に住(す)み、此(ここ)を離(はな)るること二百余里(にひゃくより)あり。父母(ふぼ)堂(どう)に在(あ)りて、十分(じゅうぶん)に善(ぜん)を好(この)み、一生(いっしょう)の間(あいだ)親(しん)を和(わ)し友(とも)を愛(あい)す。時(とき)に清明(せいめい)に遇(あ)い、諸親(しょしん=親族)及び本家(ほんけ)の老小(ろうしょう=老いも若きも)を邀(むか)えて先塋(せんえい=先祖の墓)を拝掃(はいそう=掃き清め拝)し、一行(いっこう)の轎馬(きょうば=駕籠と馬)、都(みな)荒郊野外(こうこうやがい=荒れ野原)に到(いた)りぬ。塋前(えいぜん=墓の前)に至(いた)り、祭礼(さいれい)を擺(ひら)き開(あ)け、剛(はじ)めて紙馬(しば=紙の馬)を焼化(しょうか=焼き)せしに、只(た)だ鑼(どら)の鳴(な)り鼓(つづみ)の響(ひび)くを聞(き)くのみならず、一伙(ひとむれ)の強人(ごうじん=盗賊)の跑(はし)り出(い)で、刀(かたな)を持(た)ち杖(つえ)を弄(ろう)し、喊殺(かんさつ=ときの声)して前(まえ)に来(きた)るに、慌(あわ)てたるかな我(われ)ら魂飛魄散(こんぴはくさん=魂も飛び散る)せり。
父母諸親(ふぼしょしん)は、馬(うま)を得(え)轎(かご)を得(え)し者(もの)は、各(おのおの)性命(いのち)を逃(のが)れたり。奴奴(どど=わたし)は年幼(としわか)く、跑(はし)ること能(あた)わず、唬(おどろ)きて地(ち)に倒(たお)れしを、衆(しゅう)の強人(ごうじん)に拐(かどわ)かされて山内(さんない)に来(きた)れり。大大王(だいだいおう)は夫人(ふじん)に做(な)さんとし、二大王(にだいおう)は妻室(さいしつ=妻)に做(な)さんとし、第三第四(だいさんだいし)は都(みな)我(わ)が美色(びしょく)を愛(あい)して、七八十家(しちはちじっか)一斉(いっせい)に争吵(あらそ)い、大家(みな)都(みな)忿気(ふんき)を平(たい)らげず、是(ここ)を以(もっ)て奴奴(どど)を林間(りんかん)に綁(くく)り、衆(しゅう)の強人(ごうじん)は散盤(さんばん=散り散り)に去(さ)りぬ。今(いま)已(すで)に五日五夜(いつかごや)、看(み)る看(み)る命(いのち)尽きて、久(ひさ)しからずして身亡(みうしな)われんとす!知(し)らず、是(こ)れ那世(いず)れの世(よ)の祖宗(そそう)の徳(とく)を積(つ)みしにか、今日(こんにち)老師父(ろうしふ)の此(ここ)に到(いた)りたもうに遇(あ)う。千万(くれぐれ)も大慈悲(だいじひ)を発(おこ)し、我(わ)が一命(いちみょう)を救(すく)いたまえ。九泉(きゅうせん=黄泉)の下(もと)に在りても、決(けっ)して恩(おん)を忘(わす)れじ!」
と。説(いい)了(おわ)るや、涙(なみだ)雨(あめ)の如(ごと)く下(くだ)る。
三蔵(さんぞう)真箇(まこと)に慈心(じしん=慈悲の心)なれば、また忍(しの)びえずして涙(なみだ)を吊(おと)し下(くだ)し、声(こえ)を哽咽(こうえつ=むせび)らせて叫(よばわ)る、
「徒弟(でし)よ」
と。かの八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)正(まさ)に林中に在りて花(はな)を尋(たず)ね果(くだもの)を覓(もと)めおるに、猛(にわか)に師父(しふ)の叫(よばわ)るの悽愴(せいそう=いたましき)を聽(き)く。呆子(あほう)言う、
「沙和尚(しゃおしょう)、師父(しふ)は此(ここ)に在りて親(したしみ)を認(みと)めたまえるか」
と。沙僧(しゃそう)笑って言う、
「二哥(にいさん)の胡纏(こてん=たわごと)よ!我(われ)らこの時(とき)を走(ゆ)きしに、好人(こうにん)すらもまたかつて一人(ひとり)をも撞見(であ)わず、親(したしみ)いずくよりか来(きた)らん」
と。八戒(はっかい)言う、
「親に非(あら)ずんば、師父(しふ)は那裡(いずく)にか人(ひと)と与(とも)に哭(な)かんや。我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に往(ゆ)きて看(み)ん」
と。沙僧真箇(まこと)に旧処(もとのところ)に回(めぐ)り転(てん)じ、馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(にな)い、跟前(みもと)に至(いた)りて叫(よばわ)る、
「師父(しふ)、怎(いか)に説(い)うや」
と。唐僧(とうそう)手(て)を用(もち)いてかの樹(き)の上(うえ)を指(ゆびさ)し定め、叫(よばわ)って言う、
「八戒(はっかい)、あの女菩薩(にょぼさつ)を解(と)き下(おろ)し来(きた)りて、彼(かれ)の命(いのち)を救(すく)え」
と。呆子(あほう)好歹(よしあし)を分(わか)たず、すなわち往(ゆ)きて手(て)を動(うご)かす。
さて、かの大聖半空(はんくう)の裡(うち)に在りて、またあの黒気(こっき)の濃厚(のうこう)にして、祥光(しょうこう=めでたき光)を把(と)って情(ことごと)く蓋(おお)えるを見(み)、声を道(い)う、
「好(よ)からず、好(よ)からず!黒気祥光(しょうこう)を罩い暗(くら)ませり。怕(おそ)らくは是(こ)れ妖邪(ようじゃ)の俺(われ)が師父(しふ)を害(そこな)わんとするに非(あら)ざるか!
斎(とき)を化(こ)すはなお是(こ)れ小事(しょうじ)なれど、且(しばら)く我(わ)が師父(しふ)を看(み)に往(ゆ)かん」
と。すなわち雲頭(うんとう)を返(かえ)し、林(はやし)の裡(うち)に按(おろ)し落(おろ)せば、ただ八戒(はっかい)の乱(みだ)りに縄児(なわ)を解(と)くを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)上前(すす)み出で、一把(ひとつかみ)に耳(みみ)を揪(つか)み住(とど)め、撲(ぽん)と一跌(ひとたおれ)に捽(たお)したり。呆子(あほう)頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)るや、爬(は)い起(お)きて説(い)う、
「師父(しふ)我(われ)に人(ひと)を救(すく)えと教(おし)えたもうに、汝(なんじ)怎(いか)でか汝(なんじ)の力(ちから)有(あ)るを恃(たの)みて、我(われ)を将(も)ちてこの一跌(ひとたおれ)に掼(たお)すや!」
と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、
「兄弟(けいてい)、彼(かれ)を解(と)く莫(な)かれ。彼(かれ)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の妖怪(ようかい)にして、喧(たわごと)を弄(ろう)して我(われ)らを騙(あざむ)くなり」
と。三蔵(さんぞう)喝(しか)って言う、
「汝(なんじ)この潑猴(はつこう=暴れ猿)め、また来(きた)りて胡説(こせつ=たわごと)す!怎(いか)でかこの等(ごと)き一箇(ひとり)の女子(じょし)を、すなわち彼(かれ)の是(こ)れ妖怪(ようかい)なるを認(みと)むるか!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「師父(しふ)、元来(もと)知(し)りたまわず。これ都(みな)老孫(ろうそん)の干(し)たる買売(ばいばい=商売)、人肉(にんにく)を食(くら)わんと想(おも)うの法児(ほうじ=手口)なれば、汝(なんじ)の那裡(いずく)にか認(みと)め得(う)るや!」
と。八戒(はっかい)嘴(くち)を唝(つきだ)して言う、
「師父、この弼馬温(ひつばおん=馬の世話役)の汝(なんじ)を哄(たぶら)かすを信(しん)ずる莫(な)かれ!この女子(じょし)は乃(すなわ)ち此間の人家(じんか)なり。我(われ)ら東土(とうど)より遠(とお)く来(きた)りて、与(とも)に相較(あらそ)わず、また親眷(しんけん=親族)にも非(あら)ざるに、如何(いか)にか彼(かれ)を説(い)いて是(こ)れ妖精(ようせい)と為(な)さんや!彼(かれ)我(われ)らを打発(ほうむ)りて前(まえ)に去(さ)らしめ、彼(かれ)は却(かえ)って筋斗(きんと)を翻(う)ち、神法(しんぽう=神通の法)を弄して転(めぐ)り来(きた)りて彼(かれ)と与(とも)に巧事(こうじ=あしきこと)を干(な)さんとし、倒踏門(とうとうもん=婿入り)をもせんとす」
と。行者(ぎょうじゃ)喝(しか)って言う、
「夯貨(こうか=鈍もの)め!乱談(らんだん=でたらめ)する莫(な)かれ!我(わ)が老孫(ろうそん)一向(これまで)西(にし)へ来(きた)るに、那裡(いずく)にか甚(なん)の怠(なま)け懶(ものう)き処(ところ)か有(あ)らん。汝(なんじ)がこの色(いろ)を重(おも)んじ生(いのち)を軽(かろん)じ、利(り)を見(み)て義(ぎ)を忘(わす)るる糟粕(そうはく=かす)のごとき、好歹(よしあし)を識(し)らずして、人家(ひとのため)に哄(たぶら)かされて女婿(むこ)を招(まね)かれ、樹(き)の上(うえ)に綁(くく)り著(つ)けられんとするならん!」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「也(ま)た罷(よ)し、也た罷し。八戒(はっかい)や、汝(なんじ)が師兄(しい)は常時(つね)にもまた看ること差(たが)えず。既(すで)にこの等(ごと)く説(い)わば、彼(かれ)を管(かま)うこと莫かれ、我(われ)ら去(ゆ)かん」
と。行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に喜(よろこ)んで言う、
「好(よ)し了(おわ)んぬ!師父は是(こ)れ命(いのち)有(あ)る者(もの)と為(な)れり!請(こ)う馬に上(のぼ)り、松林(しょうりん)の外(そと)に出(い)でよ、人家(じんか)有(あ)りて斎(とき)を化して汝(なんじ)に食(くら)わせん」
と。四人(よにん)果(はた)して一路(いちろ)に前進(ぜんしん)し、かの怪(かい)を把(と)って撇(す)てたり。
さて、かの怪(かい)樹の上(うえ)に綁り著(つ)けられ、牙(きば)を咬(か)み歯(は)を恨(うら)んで言う、
「幾年家(いくねんか)人の孫悟空(そんごくう)の神通広大(じんずうこうだい)なりと説(い)うを聞(き)きしが、今日(こんにち)彼(かれ)に見(まみ)ゆるに、果して話(こと)の虚(きょ)を伝(つた)えず。かの唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち童身(どうしん=穢れなき身)にして修行(しゅぎょう)し、一点(いってん)の元陽(げんよう=陽の気)もいまだ泄(も)らさず。正(まさ)に彼(かれ)を拿(とら)え往(ゆ)きて配合(はいごう=契り)し、太乙金仙(たいつきんせん)を成(な)さんと欲(ほっ)せしに、知(し)らずこの猴(さる)に吾(わ)が法(ほう)を識破(しきは=見破)られ、彼(かれ)を将(も)ちて救(すく)い去(さ)られたり。若(も)し縄(なわ)を解(と)きて、我(われ)を放(はな)ち下(おろ)さしめなば、手(て)に随(したが)いて捉(とら)え将(も)ち往(ゆ)かんに、却(かえ)って是(こ)れ我(わ)が人児(ひとこ=妾)とならざらんや。今(いま)彼(かれ)が一篇(ひとふで)の散言砕語(さんげんさいご=とりとめなき言葉)に帯(つ)れ去(ゆ)かれぬは、却又(また)これ労(ろう)して功(こう)無(な)きに非(あら)ざるか?
我(われ)の再(ふたた)び彼(かれ)を両声(ふたこえ)叫(よ)ばしめ、如何(いか)なるかを看るを等(ま)て」
と。好き妖精(ようせい)かな、縄索(じょうさく=縄)を動(うご)かさず、幾声(いくこえ)かの善言善語(ぜんげんぜんご=うるわしき言葉)を把(と)り、一陣(ひとむれ)の順風(じゅんぷう=追い風)を用(もち)いて、嚶嚶(おうおう)として唐僧(とうそう)の耳内(じない=耳の裡)に吹(ふ)き込(い)る。汝(なんじ)叫(よばわ)るの甚(なん)なるかと謂(い)うや。彼(かれ)叫って言う、
「師父や、汝(なんじ)活人(かつじん=生ける人)の性命(いのち)を放(お)きてなお救(すく)わず、心(こころ)を昧(くら)まして仏(ほとけ)を拝(おが)み何(なん)の経(きょう)をか取(と)らんとするか」
と。
唐僧(とうそう)馬上(ばじょう)に在りて又(また)この般(ごと)く叫るを聽(き)くや、すなわち馬を勒(てづな)めて叫る、
「悟空(ごくう)、往(ゆ)きてあの女子(じょし)を救(すく)い下(おろ)し来(きた)れ」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「師父、路を走(ゆ)きながら、怎麼(いか)にしてまた彼(かれ)のことを想起(おもいだ)したもうや」
と。唐僧(とうそう)言う、
「彼(かれ)またかの処(ところ)に在りて叫るなり」
と。行者(ぎょうじゃ)問う、
「八戒(はっかい)、汝(なんじ)聽(き)くや否(いな)や」
と。八戒言う、
「耳(みみ)大(おお)きければ遮(おお)われ了(おわ)んぬ、かつて聽(き)かず」
と。また問う、
「沙僧、汝(なんじ)聽(き)くや否や」
と。沙僧言う、
「我(われ)担(に)を挑(にな)いて前(まえ)に走(ゆ)けば、心(こころ)に在(あ)らず、またかつて聽(き)かず」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「老孫(ろうそん)もまたかつて聽(き)かず。師父、彼(かれ)は何(なん)と叫るや。偏(ひとえ)に汝(なんじ)のみ聽く」
と。唐僧言う、
「彼(かれ)の叫るは理(ことわり)有(あ)り。活人(かつじん=生ける人)の性命(いのち)をなお救(すく)わずんば、心を昧(くら)まして仏(ほとけ)を拝(おが)みて何の経(きょう)をか取(と)らんと説(い)えり。人(ひと)の命(いのち)一(ひとつ)を救(すく)うは、七級(しちきゅう)の浮屠(ふと=仏塔)を造(つく)るに勝(まさ)る。疾(と)く往(ゆ)きて彼(かれ)を救(すく)い下せ、経(きょう)を取り仏(ほとけ)を拝(おが)むにも強(まさ)れり」
と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、
「師父の善(ぜん)を将(も)ち起(おこ)さんとせしならば、すなわち薬(くすり)の医(い)する無(な)し。汝(なんじ)想(おも)え、汝(なんじ)東土(とうど)を離(はな)れてより、一路(いちろ)西(にし)へ来(きた)り、却(かえ)ってまた幾重(いくえ)かの山場(さんば=山道)を過(よ)ぎり、許多(あまた)の妖怪(ようかい)に遇(あ)い、常(つね)に汝を把(と)らえ将ちて洞(どう)の裡(うち)に入(い)れしを、老孫来(きた)りて汝を救(すく)い、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて常に千千万万(せんぜんばんばん)を打(う)ち殺(ころ)せり。今日一箇(ひとり)の妖精の性命(いのち)すら捨て忍(しの)びずして、往きて彼(かれ)を救わんとするか」
と。唐僧言う、
「徒弟(でし)や、古人(こじん)云(いわ)く、『善の小(ちいさ)きを以(もっ)てして為(な)さざること勿(な)かれ、悪(あく)の小(ちいさ)きを以(もっ)てして之(これ)を為(な)せ』と。還(ま)た往きて彼を救い救わん」
と。行者言う、
「師父既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、只(た)だこの担児(たんじ=荷)は、老孫却(かえ)って担(にな)い起すことを得(え)ず。
汝彼を救わんと要(もと)めなば、我(われ)もまた敢(あ)えて苦(くるし)く汝を勧(すす)めず。勧(すす)むること一会(ひととき)なれば、汝また惱(いか)らん。任(まか)せて汝の往きて救うに」
と。唐僧言う、
「猴頭(ことう=猿め)多言(たげん)する莫かれ!汝坐しておれ、我(われ)と八戒との彼を救いに往くを等(ま)て」
と。
唐僧林の裡(うち)に回り至(いた)り、八戒に教(おし)えて上半截(じょうはんせつ)の縄子(なわ)を解かしめ、鈀(は=熊手)を用(もち)いて下半截(かはんせつ)の身子(しんし=体)を筑(ほり)出(いだ)さしむ。かの怪鞋(くつ)を跌跌(はきなお)し、裙(もすそ)を束束(ととの)え、喜孜孜(きしし=喜び勇み)として唐僧に跟(したが)いて松林(しょうりん)を出(い)で、行者に見(まみ)ゆるや、行者は只(た)だ冷笑(れいしょう=あざわらい)の止(や)まざるのみ。唐僧罵(ののし)って言う、
「潑猴頭(はつことう=暴れ猿め)!汝笑(わら)うは怎(いか)にせんや」
と。行者言う、
「我(われ)笑うは汝の時(とき)来れば好友(こうゆう)に逢(あ)い、運(うん)去れば佳人(かじん=美人)に遇(あ)うを」
と。三蔵(さんぞう)また罵(ののし)って言う、
「潑猢猻(はつこそん=暴れ猿め)!
胡説(こせつ=でたらめ)すな!我娘(はは)の肚皮(なか)を出(い)でしより、すなわち和尚(おしょう)と做れり。如今(いま)旨(むね)を奉(ほう)じて西(にし)へ来り、虔心(けんしん=つつしみ篤き心)に仏(ほとけ)を礼(らい)して経(きょう)を求む。また是(こ)れ利禄(りろく=名利)の輩(やから)に非(あら)ざるに、何の運(うん)の退(しりぞ)く時か有(あ)らん!」
と。行者笑って言う、
「師父、汝自幼(おさなき)より僧(そう)と為ると雖(いえど)も、却(かえ)って只(た)だ会(よ)く経を看仏を念(とな)うるのみにして、かつて王法条律(おうほうじょうりつ=国の法)を見(み)ず。この女子(じょし)生(うま)れつき年少(ねんしょう)にして標致(ひょうち=美しい)。我と汝とは乃(すなわ)ち出家人(しゅっけにん)なるに、彼と同(とも)に一路を行(ゆ)かば、倘(も)し或(ある)いは歹人(あくにん=悪人)に遇い、我らを把(と)らえて官司(かんし=役所)に送(おく)らば、何(いず)れの取経拝仏(しゅきょうはいぶつ)をか論(ろん)ぜん、且(ま)ず都打(う)ちて姦情(かんじょう=不義)と做さん。縦(たと)いこの事(こと)無(な)きも、また一箇(ひとつ)の拐帯人口(かいたいじんこう=人を拐かし連れ去る)の罪(つみ)を問(と)わん。師父は度牒(どちょう=僧籍の証)を追(お)われ、小死(しょうし=やや重き刑)に打(う)たれ、八戒は当(まさ)に充軍(じゅうぐん=流罪)を問わるべく、沙僧もまた擺站(はいざん=駅役の刑)を問われ、我(わ)が老孫もまた干浄(かんじょう=無罪)を得(う)べからず。我が口(くち)の能(よ)くするを饒(ゆる)すとも、怎(いか)でか折弁(せつべん=弁明)するも、また一箇(ひとつ)の不応(ふおう=不心得)を問われん」
と。三蔵(さんぞう)喝って言う、
「胡説(こせつ)する莫かれ!終(つい)に然(しか)らず、我彼の命を救いて、何の貽累(いるい=累を及ぼす)か成(な)さんや!彼を帯(つ)れて往かん、凡(およ)そ事(こと)有(あ)らば、都我が身(み)の上(うえ)に在(あ)り」
と。行者言う、
「師父は事(こと)有(あ)らば汝に在(あ)りと説えど、却って知りたまわざるは、汝彼を救うに非(あら)ずして、反(かえ)って是(こ)れ彼を害(そこな)うなり」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「我彼を救いて林を出(い)だし、其(そ)の活命(かつめい=生きる)を得(え)しむるは、怎でか反(かえ)って是(こ)れ彼を害(そこな)うとならんや」
と。行者言う、
「彼当時(そのかみ)林間(りんかん)に綁り著けられ、或(ある)いは三五日(さんごにち)、十日半月(じゅうにちはんつき)にして、飯(めし)を食うこと無(な)く餓(う)え死(し)なば、還(ま)た一箇(ひとつ)の完全(かんぜん)なる身体(しんたい)を得(え)て陰(かげ=冥土)に帰(き)せん。如今彼を帯(つ)れ出(いだ)さば、汝の坐(の)るは是(こ)れ一箇の快馬(かいば=速き馬)、路を行(ゆ)くこと風(かぜ)の如(ごと)く、我ら只(た)だ汝に随(したが)うを得(う)るのみ。かの女子(じょし)は脚(あし)小く、步(あゆみ)を挪(うつ)すこと艱難(かんなん)なれば、怎でか跟い上(あ)がりて走(ゆ)くことを得んや。一時(ひとたび)彼を把(と)って捨(す)て下さば、若(も)し狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)に遇わば、一口(ひとくち)に之を呑(の)まん、却って是(こ)れ反って其(そ)の生(いのち)を害うに非(あら)ざるか」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「正(まさ)に是(しか)りや、この事は却って汝の想うに虧(よ)りたり。如何にか処置(しょち)せん」
と。行者笑って言う、
「彼を抱(いだ)き上げ来り、汝と与に同じく馬に騎(の)りて走(ゆ)かん」
と。三蔵(さんぞう)沈吟(ちんぎん=思い案じ)て言う、
「我那裡にか好く彼と与に同馬(どうば=同じ馬)ならん!……彼怎でか生(い)きて去かん」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「八戒に彼を馱(お)いて走かしめん」
と。行者笑って言う、
「呆子(あほう)、造化(ぞうか=幸運)到(いた)れり!」
と。八戒言う、
「遠路(えんろ)に軽担(けいたん=軽き荷)無(な)し。我に人(ひと)を馱(お)えと教えて、何の造化(ぞうか)か有(あ)らん」
と。行者言う、
「汝があの嘴(くち)長(なが)ければ、彼を馱(お)いて、嘴(くち)を転し過ぎ来り、私情(しじょう=密事)の話児(はなし)を計較(はから)わば、却って便益(べんえき=都合)ならずや」
と。八戒この言(こと)を聞(き)くや、胸(むね)を捶(う)ち爆跳(ばくちょう=跳ねあがり)て言う、
「好からず!好からず!師父は我を幾下(いくした)か打(う)たんとせば、寧(むし)ろ疼(いたみ)を忍(しの)ばん。彼を背(せお)いては決(けっ)して干浄(かんじょう)を得べからず、師兄(しい)は一生(いっしょう)贓(ぬれぎぬ)を人(ひと)に埋(き)するを会くす。我馱うこと成(な)らず!」
と。三蔵言う、
「也(ま)た罷(よ)し、也た罷し。我もまた還た幾步(いくあゆみ)かを走くことを得ん。我の下(お)りるを等(ま)ちて、慢慢(ゆるゆる)と同(とも)に走き、八戒をして空馬(くうば=荷なき馬)を牽(ひ)かしめん」
と。行者大に笑って言う、
「呆子は倒(かえ)って買売(ばいばい=得な役)有り、師父汝を願(かえり)みて馬を牽(ひ)かしむるなり」
と。三蔵言う、
「この猴頭(ことう)また胡説(こせつ)せり!古人云く、『馬千里(せんり)を行くも、人無(な)くんば自ら往くこと能(あた)わず』と。假如(もし)我路の上(うえ)に在りて慢(おそ)く走かば、汝好く我を捨てて去かんや。我若(も)し慢(おそ)くんば、汝らもまた慢し。大家(みな)一処(ひとところ)にこの女菩薩と同に山(やま)を下(くだ)り往き、或いは庵観寺院(あんかんじいん)、人家の処(ところ)に到らば、彼をかの処(ところ)に留(とど)めん。是(こ)れもまた我らの彼を救う一場(ひとしきり)なり」
と。行者言う、
「師父の説えるは理有り。疾(と)く請(こ)う前進(ぜんしん)せよ」
と。三蔵步(あゆみ)を運んで前に走き、沙僧担(に)を挑い、八戒空馬(くうば)を牽(ひ)き、行者棒(ぼう)を拿(と)り、女子(じょし)を引(ひ)きて、一行(いっこう)前進す。
上(のぼ)ること二三十里(にさんじゅうり)ならざるに、天色(てんしょく=空模様)将(まさ)に晩(くら)れんとして、また一座(ひとつ)の楼台殿閣(ろうだいでんかく=高楼と殿閣)を見(み)る。三蔵言う、
「徒弟(でし)よ、かの処は必ず是(こ)れ一座の庵観寺院(あんかんじいん)ならん。此(ここ)に就(つ)いて宿(やど)を借(か)り、明日(みょうにち)早(はや)く行かん」
と。行者言う、
「師父の説えるは是(ぜ)なり。各各(おのおの)些(いささ)か走(あゆ)みを動(うご)かせ」
と。霎時(またたくま)に門首(もんしゅ=門の前)に到る。吩咐(いいつけ)て言う、
「汝ら略(いささ)か遠(とお)くに站(た)ちおれ、我の先(まえ)に往きて宿(やど)を借(か)るを等て。若(も)し方便(ほうべん=都合)の処有らば、人を著(つかわ)し来りて汝を叫ばしめん」
と。衆人(しゅじん)は俱(みな)柳陰(りゅういん=柳の陰)の下(した)に立(た)つ。惟(ただ)行者のみ鉄棒を拿(と)り、かの女子を轄(さしず)す。
長老(ちょうろう)步(あゆみ)を運んで近づき前に往けば、只だあの門(もん)の東(ひがし)に倒(たお)れ西に歪(ゆが)み、零零落落(れいれいらくらく=散り散り)たるを見る。推(お)し開(ひら)いて看る時(おり)、忍びえず心中(しんちゅう)悽慘(せいさん=いたまし)し。
長廊(ちょうろう=長き廊下)寂静(じゃくじょう=静か)に、古刹(こさつ=古き寺)蕭疏(しょうそ=さびれ)たり。
苔蘚(たいせん=こけ)庭(にわ)に盈(み)ち、蒿蓁(こうしん=よもぎ)径(みち)に満(み)つ。
惟(ただ)蛍火(けいか=蛍の光)の飛(と)びて灯(ともしび)と為る有るのみ、只だ蛙声(あせい=蛙の声)の漏(ろう=水時計)に代(か)わる有るのみ。
長老忽然(たちまち)涙を吊(おと)し下す。真箇(まこと)に是れ、
殿宇(でんう=殿舎)凋零(ちょうれい=衰え)えて倒塌(とうとう=崩れ)れ、廊房(ろうぼう=廊下の部屋)寂寞(じゃくまく)として傾頽(けいたい=傾き崩る)。
断磚破瓦(だんせんはが=割れ瓦)十余堆(じゅうよたい=十あまりの山)、尽(ことごと)く是れ些(いささ)かの歪梁折柱(わいりょうせっちゅう=曲がりし梁と折れし柱)なり。
前後(ぜんご)尽(ことごと)く青草(せいそう)を生(しょう)じ、塵(ちり)は朽爛(きゅうらん=朽ち)し香厨(こうちゅう=庫裏)を埋(うず)む。
鐘楼(しょうろう)崩壊(ほうかい)して鼓(つづみ)に皮(かわ)無(な)く、琉璃(るり)の香灯(こうとう)破損(はそん)せり。
仏祖(ぶっそ)の金身(こんしん=金の御体)色(いろ)を没(うしな)い、羅漢(らかん)倒(たお)れ臥(ふ)して東西に在り。
観音(かんのん)淋(ぬ)れ壊(やぶ)れて尽(ことごと)く泥(どろ)と成(な)り、楊柳(ようりゅう)の浄瓶(じょうへい)地(ち)に墜(お)つ。
日中(にっちゅう)並(なみ)に僧(そう)の入(い)る無(な)く、夜間(やかん)尽く狐狸(こり=狐と狸)を宿(やど)らしむ。只だ風の響(ひび)きて吼(ほ)えること雷(かみなり)の如(ごと)きを聽くのみ、都是れ虎豹(こひょう)の身(み)を蔵(かく)すの処なり。
四下(あたり)の墻垣(しょうえん=塀)皆(みな)倒(たお)れ、また門扇(もんせん=扉)の関(とざ)し居(お)るも亦(また)無(な)し。
と。
詩(し)有りて証(しょう)と為す。詩(し)に曰(いわ)く、
多年(たねん)の古刹(こさつ)人の修(おさ)むる無く、狼狽(ろうばい)凋零(ちょうれい)として倒(たお)るるも更(さら)に休(や)まず。
猛風(もうふう)吹(ふ)きて伽藍(がらん)の面(おもて)を裂(さ)き、大雨(たいう)澆(そそ)ぎて仏像(ぶつぞう)の頭(かしら)を残(そこな)う。
金剛(こんごう)跌損(てっそん=つまずき損じ)して淋洒(りんしゃ=雨に打たる)に随い、土地(とち)に房(ぼう=部屋)無くして夜(よる)も収(おさ)めず。
更(さら)に両般(りょうはん=二つの)嘆(たん)ずるに堪(た)えたる処有り、銅鐘(どうしょう=銅の鐘)地(ち)に著きて懸楼(けんろう=吊るす楼)無し。
と。
三蔵胆(きも)を硬(かた)くして、走きて二層門(にそうもん=二つ目の門)に入(い)れば、かの鐘鼓楼(しょうころう=鐘楼と鼓楼)の俱(みな)倒れたるを見る。止(た)だ一口(ひとつ)の銅鐘(どうしょう)の、地(ち)の下(もと)に札(さし)立てらるる有るのみ。上半截(じょうはんせつ)は雪(ゆき)の如(ごと)く白(しろ)く、下半截(かはんせつ)は靛(でん=藍)の如く青(あお)し。元来(もと)是れ日久(ひさ)しく年深(としふか)くして、上辺(うえ)は雨(あめ)に淋(ぬ)れて白く、下辺(した)は是れ土気(どき=土の気)の上の銅青(どうせい=緑青)なり。三蔵手(て)を用いて鐘(かね)を摸(さす)り著け、高(たか)く叫って言う、
「鐘(かね)や!汝も亦(また)かつて高楼(こうろう)に懸(か)かり掛(かか)りて吼え、亦(また)かつて遠く彩梁(さいりょう=彩色の梁)に鳴(な)り響(ひび)けり。
亦(また)かつて鶏(にわとり)の啼くやすなわち暁(あかつき)を報(しら)せ、亦かつて天(てん)の晩(くら)きに黄昏(たそがれ)を送れり。
知らず、銅(どう)を化(か)せし道人(どうにん)は何(いず)れの処に帰(き)し、銅(どう)を鋳(い)しし匠作(しょうさく=職人)は那辺(いずく)に存(そん)するを。
想うに彼が二命(にみょう=二人の命)陰府(いんぷ=冥府)に帰してより、彼は踪迹(しょうせき=行方)無く汝は声無し」
と。長老高声(こうせい)に贊嘆(さんたん=感嘆)するに、覚(おぼ)えず寺(てら)の裡(うち)の人を驚動(きょうどう)したり。
かの裡辺(うち)に一箇(ひとり)の香火(こうか=香と灯明)を侍奉(じほう)する道人(どうにん)有り。彼人語(ひとげん=人の声)を聽くや、爬(は)い起(お)き来り、一塊(ひとかけ)の断磚(だんせん=割れ瓦)を拾(ひろ)い、鐘(かね)の上を照(めが)けて打(う)ち将(ゆ)かんとす。かの鐘(かね)当(とう)と一声(ひとこえ)響(ひび)きたれば、かの長老をして唬(おどろ)きて一跌(ひとたおれ)せしめ、身(み)を掙(ふる)い起して走かんとするに、又(また)樹根(じゅこん=木の根)に絆(つまず)きて、撲(ぽん)と又(また)是れ一跌(ひとたおれ)なり。長老地の下(うえ)に倒れ、頭(こうべ)を抬(あ)げて又(また)叫って言う、
「鐘(かね)や!貧僧(ひんそう)正に然(しか)として汝を感嘆(かんたん)せしに、忽ち叮当(ていとう=ちんがら)と一声(ひとこえ)響けり。
想うに是れ西天(せいてん)の路上(ろじょう)に人の到る無く、日久しく年(とし)多(おお)くして変(へん)じて精(せい)と作(な)りたるならん」
と。かの道人(どうにん)趕(お)い上前(すす)み出で、一把(ひとつかみ)に攙(たす)け住(とど)めて言う、
「老爺(ろうや=だんな)、請(こ)う起(お)きたまえ。鐘の精(せい)と成るの事に干(かかわ)らず、却って才(いま)しがたは是れ我の打ちて鐘を響かせしなり」
と。三蔵頭を抬げて彼の姿(すがた)の醜黒(しゅうこく=醜く黒き)なるを見、言う、
「汝は莫(も)し是れ魍魎妖邪(もうりょうようじゃ=物の怪)ならんか。我は是れ尋常(じんじょう=並)の人に非ず、我は是れ大唐(だいとう)より来れる者にして、我が手下(しゅか)に龍(りゅう)を降し虎(とら)を伏する徒弟有り。汝若し彼に撞(ぶつ)からば、性命存(ながら)え難からん!」
と。道人(どうにん)跪(ひざまず)き下りて言う、
「老爺(ろうや)、怕(おそ)るるを休(や)めたまえ。我は是れ妖邪に非ず、我は是れこの寺(てら)の裡(うち)の香火(こうか)を侍奉(じほう)する道人(どうにん)なり。却って才しがた老爺(ろうや)の善言(ぜんげん=うるわしき言葉)を以(もっ)て相贊(あいほ)めたもうを聽き、すなわち出で来りて迎(むか)えんと欲せしが、恐(おそ)らくは是れ一箇の邪鬼(じゃき)の門(もん)を敲(たた)くならんと。此を以て一塊(ひとかけ)の断磚(だんせん)を拾(ひろ)い、鐘を把って一下(ひとつ)打ちて驚(おどろき)を圧(おさ)え、方(はじ)めて敢(あ)えて出で来れり。老爺(ろうや)、請う起(お)きたまえ」
と。かの唐僧方めて然として性(せい=気を確か)を正(ただ)して言う、
「住持(じゅうじ)、険(あやう)くも我を唬(おどろ)かし殺(ころ)すところなり。汝我を帯れて裡(うち)に入(い)れ」
と。
かの道人唐僧を引(ひ)き定め、直(ただち)に三層門(さんそうもん=三つ目の門)の裡に至(いた)りて看る処、外辺(そと)に比(くら)ぶるに甚(はなは)だ是れ不同(ことな)り。ただ見よ、あの
青磚(せいせん=青煉瓦)砌(み)ぎ就(な)して彩雲墻(さいうんしょう=彩雲の塀)と為し、緑瓦(りょくが=緑の瓦)蓋(おお)い成して琉璃殿(るりでん)と為す。
黄金(おうごん)聖像(せいぞう)を装(よそお)い、白玉(はくぎょく)階台(かいだい=階段)を造(つく)る。
大雄殿(だいおうでん)の上に青光(せいこう)舞(ま)い、毗盧閣(びるかく)の下に鋭気(えいき)を生(しょう)ず。
文殊殿(もんじゅでん)は、采(さい=飾り)を結(むす)びて雲(くも)を飛(と)ばし、輪蔵堂(りんぞうどう)は、花を描(えが)きて翠(みどり)を堆(うずたか)くす。
三檐(さんえん=三重の軒)の頂上(ちょうじょう)に宝瓶(ほうへい=宝の甕)尖(とが)り、五福楼(ごふくろう)の中(うち)に繍蓋(しゅうがい=刺繍の天蓋)平(たい)らかなり。
千株(せんしゅ)の翠竹(すいちく=緑の竹)禅榻(ぜんとう=禅の床)を揺(ゆ)り、万種(ばんしゅ)の青松(せいしょう)仏門(ぶつもん)に映(えい)ず。
碧雲宮(へきうんぐう)の裡に金光(きんこう)を放ち、紫霧(しむ=紫の霧)の叢中(そうちゅう)に瑞靄(ずいあい)を飄(ひるがえ)す。
朝(あした)に四野(しや=四方の野)の香風(こうふう)の遠きを聞き、暮(ゆうべ)に山高(やまたか)きに画鼓(がこ=彩られた鼓)の鳴るを聽(く)。
応(まさ)に朝陽(ちょうよう=朝日)に破衲(はのう=継ぎはぎの衣)を補(つくろ)う有るべく、豈(あ)に対月(たいげつ=月に向かい)て残経(ざんきょう=読みさしの経)を了る無からんや。
また只だ見よ、半壁(はんぺき=壁の半ば)の灯光(とうこう)の後院(こういん)を明(あか)るくし、一行(ひとすじ)の香霧(こうむ)の中庭(ちゅうてい)を照(てら)すを。
と。
三蔵これを見て敢(あ)えて進(すす)み入(い)らず、叫る、
「道人、汝がこの前辺(まえ)は十分(じゅうぶん)に狼狽(ろうばい)し、後辺(うしろ)はこの等く斉整(せいせい=整然)なるは、何ぞや」
と。道人笑って言う、
「老爺(ろうや)、この山中(さんちゅう)に多く妖邪強寇(ようじゃごうこう=妖怪や盗賊)有りて、天色(てんしょく)清明(せいめい=晴れ)なれば山に沿(そ)いて打劫(だごう=追いはぎ)し、天(てん)陰(くも)ればすなわち来りて寺(てら)の裡に身を蔵(かく)す。彼に仏像(ぶつぞう)を把って推(お)し倒されて墊坐(てんざ=座ぶとん)にせられ、木植(ぼくしょく=材木)を搬(はこ)び来られて火(ひ)を焼(た)かる。本寺(ほんじ)の僧人(そうにん)軟弱(なんじゃく)にして、敢えて彼と与に講論(こうろん=言い争う)せず。此を以(も)ってこの前辺(まえ)の破房(はぼう=壊れ家)を把って都かの些(いささ)かの強人に舎(すて)て与(あた)え安歇(あんけい=休ま)しめ、従新(あらた)めて別(べつ)に些かの施主(せしゅ=檀那)を化(か)し、かの一所(ひとつ)の寺院(じいん)を蓋(きず)き得たり。清(きよ)と混(まじわり)と各(おのおの)一なるは、これ西方(せいほう)の事情(じじょう)なり」
と。三蔵言う、
「元来(もと)是れ此(かく)の如くなりしか」
と。
正に行く間に、また山門(さんもん)の上に五箇(いつつ)の大字(だいじ)有るを見る。乃(すなわ)ち鎮海禅林寺(ちんかいぜんりんじ)なり。才(ようや)く步を挙(あ)げて門(もん)の裡に跨(また)ぎ入(い)らんとするに、忽(たちまち)一箇(ひとり)の和尚(おしょう)の走(あゆ)み来るを見る。汝視よ、彼の怎なる姿(すがた)をか生(しょう)ずるを、
頭(かしら)には左笄(さけい=左の簪)の絨錦帽(じゅうきんぼう=毛織の錦の帽)を戴(いただ)き、一対(ひとくみ)の銅圈(どうけん=銅の輪)耳根(じこん=耳の付け根)に墜(さが)る。
身には頗羅(はら=毛織物)の毛線服(もうせんぷく=毛糸の衣)を著(き)、一双(ひとくみ)の白眼(はくがん=白き眼)の亮(あきら)かなること銀(ぎん)の如し。
手の中(うち)に撥浪鼓(はつろうこ=振り鼓)を揺(ゆ)り動かし、口に番経(ばんきょう=異国の経)を念(とな)うるも聽きて真(まこと)ならず。
三蔵元来認めざるは、これ西方(せいほう)の路上(ろじょう)の喇嘛僧(らまそう=チベット僧)なり。
と。
かの喇嘛和尚(らまおしょう)門を走出(いで)で来り、三蔵の眉清目秀(びせいもくしゅう=眉目秀麗)、額(ひたい)闊(ひろ)く頂(てっぺん)平(たいら)か、耳(みみ)肩(かた)に垂(た)れ、手膝(ひざ)を過(す)ぐるを見、好(あたか)も羅漢(らかん)の凡(よ)に臨(のぞ)めるが似(ごと)く、十分に俊雅(しゅんが=優雅)なり。彼走(すす)み上前み出でて扯(ひき)とめ、満面(まんめん)に笑唏唏(しょうきき=にこにこ)として彼と与に手を捻(ひね)り脚を捻(ひね)り、彼の鼻(はな)を摸(さす)り、彼の耳を揪(ひ)きて、以て親近(しんきん)の意(こころ)を示(しめ)す。携(たずさ)えて方丈(ほうじょう=寺の主の居間)の中(うち)に至り、礼(れい)を行(おこな)い畢(おわ)りて却って問う、
「老師父、何れよりか来る」
と。三蔵言う、
「弟子(でし)は乃ち東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かか=御代)の欽差(きんさ=勅使)として、西方天竺国(てんじくこく)大雷音寺(だいらいおんじ)に往きて仏を拝み経を取る者なり。
适(たまたま)行きて宝方(ほうほう=貴地)に至りしに天(てん)晩(くら)れたれば、特に上刹(じょうさつ=おん寺)に奔(はし)りて宿を一宵(ひとよ)借り、明日(みょうにち)早(はや)く行かんとす。方便(ほうべん)一二(いちに=いささか)を垂れたまわんことを望(のぞ)む」
と。かの和尚(おしょう)笑って言う、
「不当人子(ふとうじんし=とんでもない)!不当人子!我らは是れ好(この)んで意を以て出家(しゅっけ)せんと要めたるには非ず。皆(みな)父母(ふぼ)の身を生ずるに因(よ)り、命(めい)華蓋(かがい=凶星)に犯(おか)し、家(いえ)の裡に養(やしな)い住(お)くことを得ず、才く舎(す)て断(た)ちて出家(しゅっけ)せしなり。既に仏門(ぶつもん)の弟子(でし)と做りたれば、切(きっ)に脱空(だっくう=嘘)の話(こと)を説う莫かれ」
と。三蔵言う、
「我は是れ老実(ろうじつ=正直)の話を説う」
と。和尚(おしょう)言う、
「かの東土より西天に到るまで、多少(いくばく)の路程(ろてい)か有る!路の上に山有り、山の中に洞(どう)有り、洞の内(うち)に精有り。汝がこの単身(たんしん=ひとりみ)にして、また生(うま)れつき嬌嫩(きょうどん=かよわ)きは、那裡にか経を取る者の似くならんや!」
と。三蔵言う、
「院主(いんしゅ=寺の主)の見るところも亦是(また)是(ぜ)なり。貧僧一人(ひとり)にて、豈(あ)に能く此に到らんや。我に三人(みたり)の徒弟有りて、山に逢(あ)えば路を開き、水(みず)に遇えば橋(はし)を畳(かさ)ね、我が弟子を保(たも)てば、是(ここ)を以て上刹(じょうさつ)に到るを得たり」
と。かの和尚(おしょう)言う、
「三位(さんい)の高徒(こうと)いずこに在るか」
と。三蔵言う、
「現(いま)山門(さんもん)の外(そと)に在りて伺候(しこう=控え)おる」
と。かの和尚慌(あわ)てて言う、
「師父、汝は知らず、我がここには虎狼(ころう=虎や狼)・妖賊(ようぞく=妖怪や盗賊)・鬼怪(きかい)の人を傷(そこな)う有り。白日(ひるま)の裡に敢えて遠く出でず、いまだ天の晩くるを経(ふ)ざるに、すなわち門戸(もんこ=門)を関(とざ)し了んぬ。この早晚(こんな時刻)に人を把って外辺(そと)に放(お)き置(お)くとは!」
と。叫る、
「徒弟よ、疾く往きて請(しょう)じ将ちて入(い)れ来れ」
と。
二箇(ふたり)の小喇嘛児(しょうらまじ=小坊主)有りて外へ跑(はし)り出で、行者を見て唬きて一跌し、八戒を見て又是れ一跌し、爬い起きて後(うしろ)へ飛ぶが如く跑(はし)りて言う、
「爺爺(やや=おじいさま)!造化(ぞうか=運)低(ひく)くなりたり!汝が徒弟は見えず、只だ三、四箇(みつよつ)の妖怪のあの門首(もんしゅ=門前)に站(た)ちおる有るのみ」
と。三蔵問うて言う、
「怎なる姿なるか」
と。小和尚(こおしょう)言う、
「一箇(ひとり)は雷公嘴(らいこうし=雷神の嘴)、一箇は碓挺嘴(たいていし=杵のような嘴)、一箇は青顔獠牙(せいれんりょうが=青き顔に牙)なり。旁(かたわら)に一箇の女子有るは、倒(かえ)って是れ一箇の油頭粉面(ゆとうふんめん=油でなでつけ白粉を塗りし顔)なり」
と。三蔵笑って言う、
「汝認めざるなり。あの三箇(みつ)の醜(みにく)きは、是れ我が徒弟にして、あの一箇の女子は、是れ我松林の裡より命を救い来れるなり」
と。かの喇嘛(らま)言う、
「爺爺(やや)や、この等く好く俊(しゅん=美し)き師父なるに、怎麼にしてこの般(ごと)き醜(みにく)き徒弟をか尋ねたもうや」
と。三蔵言う、
「彼ら醜(みにく)きは醜(みにく)きながら、却って俱用(よう)有り。汝疾く彼らを請(しょう)じて入れ来れ。若し再(ふたた)び些か遅(おく)るること有らば、あの雷公嘴(らいこうし)のやや些か禍(わざわい)を闖(おか)すこと有りて、是れ人の生(う)み父母の養(やしな)えるに非ざれば、彼すなわち打ちて進(すす)み入らん」
と。かの小和尚(こおしょう)即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ跑り出で、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として跪(ひざまず)き下りて言う、
「列位(れっい=皆さま)の老爺、唐老爺(とうろうや)の請(しょう)じたもうなり」
と。八戒笑って言う、
「哥(あにい)よ、彼請ずるは便(すなわ)ち罷(や)みぬるに、却ってこの般く戦戦兢兢(おののく)は、何ぞや」
と。行者言う、
「我らの醜陋(しゅうろう=醜き)なるを見て怕るるなり」
と。八戒言う、
「是れ扯淡(しゃたん=でたらめ)なるかな!我らは乃ち生成(うまれつき)のものなるに、那(いず)れの箇(もの)か好んで醜からんと要めんや!」
と。行者言う、
「あの醜きを把って且く略(いささ)か收拾(しゅうしゅう=ととのえ)收拾せよ!」
と。呆子真箇に嘴を把って懐(ふところ)の裡に揣(おしこ)み、頭を低(た)れて馬を牽き、沙僧担(に)を挑い、行者後面(うしろ)に在りて棒(ぼう)を拿り、かの女子を轄(さしず)して、一行進(すす)み入る。倒塌(とうとう=崩れ)たる房廊(ぼうろう=部屋と廊下)を穿ち過ぎ、三層門(さんそうもん)の裡に入る。馬を拴(つな)ぎ、担を歇め、方丈(ほうじょう)の中に進み入り、喇嘛僧(らまそう)と相見(まみ)え、坐次(ざじ=座席)を分つ。かの和尚裡辺(うち)に入り、七八十(しちはちじゅう)の小喇嘛(しょうらま=小坊主)を引き出し来り、礼(れい)を見え畢(おわ)りて、收拾(ととの)えて斎を弁(もう)けて管待(かんたい=もてな)す。正に是れ、
功(こう)を積(つ)むは須ず慈悲(じひ)の念に在り、仏法(ぶっぽう)興(おこ)る時僧(そう)僧を贊(ほ)む。
と。畢竟(ひっきょう)にいかにしてか寺を離るるやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽かれよ。