さて、八戒(はっかい)山(やま)を跳(と)び下(お)り、一条(ひとすじ)の小路(こみち)を尋(たず)ね著(あ)て、路(みち)に依(よ)りて前(まえ)に行(ゆ)くこと五、六里(ごろくり)の遠近(おちこち)なるに、忽(たちまち)二箇(ふたり)の女怪(じょかい=女の妖怪)の、かの井(いど)の上(ほとり)に在りて水(みず)を打(く)むを見(み)る。彼(かれ)怎(いか)にして二箇(ふたり)の女怪(じょかい)と認(みと)めしや。彼(かれ)らが頭(こうべ)の上(うえ)に一頂(ひとつ)の一尺二三寸(いっしゃくにさんすん)の高(たか)さ有(あ)る篾絲鬏髻(べっししゅうけい=竹ひごの髷)を戴(いただ)き、甚(はなは)だ時興(じこう=当世風)ならざるを見(み)る。呆子(あほう)近(ちか)づき前(まえ)に往(ゆ)きて一声(ひとこえ)「妖怪(ようかい)」と叫(よ)ぶ。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)きて大(おおい)に怒(いか)り、両人(ふたり)互相(たがい)に説(い)う、
「この和尚(おしょう)は怠(なま)け懶(ものう)し!我(われ)らまた彼(かれ)と与(とも)に相識(そうしき=顔見知り)ならず、平時(へいじ=ふだん)また嘴(くち)を調(ととの)え慣(な)らしこと無(な)きに、彼(かれ)怎麼(いか)にして我(われ)らを叫(よ)んで妖怪(ようかい)と做(な)すか!」
と。かの怪(かい)惱(いらだ)ち、水(みず)を抬(かつ)ぐ杠子(こうす=担ぎ棒)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、頭(かしら)を劈(つんざ)いてすなわち打(う)つ。この呆子(あほう)手(て)に兵器(へいき)無(な)く、遮架(しゃか=受け止め)することを得(え)ず、彼(かれ)に幾下(いくした)かを撈(なぐ)られ、頭(こうべ)を捂(おさ)えて山(やま)の上(うえ)に跑(はし)り来(きた)りて言う、
「哥(あにい)よ、回(かえ)り去(ゆ)かん!妖怪(ようかい)は凶(きょう=手強)し!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「怎麼(いか)に凶(きょう)なるか」
と。八戒(はっかい)言う、
「山凹(やまくぼ)の裡(うち)に二箇(ふたり)の女妖精(じょようせい)井(いど)の上(うえ)に在りて水(みず)を打(く)みおるに、我(われ)只(た)だ彼(かれ)を一声(ひとこえ)叫(よ)びしのみなるに、すなわち彼(かれ)に三、四杠子(さんよんこうす=三、四撃)打(う)たれ了(おわ)んぬ!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)彼(かれ)を叫(よ)んで何(なん)と做(な)せしや」
と。八戒(はっかい)言う、
「我(われ)彼(かれ)を叫(よ)んで妖怪(ようかい)と做(な)せり」
と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、
「打(う)たれたるは還(ま)た少(すくな)し」
と。八戒(はっかい)言う、
「汝(なんじ)が顧(かえりみ)に謝(しゃ)す!頭(かしら)すら都(みな)打(う)ち腫(は)れたるに、なお少(すくな)しと説(い)うか!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
『温柔(おんじゅう=柔らか)なれば天下(てんか)も去(ゆ)き得(う)べく、剛強(ごうきょう)なれば寸步(すんぽ=一步)も移(うつ)し難(がた)し』と。彼(かれ)らは是(こ)れ此(こ)の地(ち)の怪(かい)、我(われ)らは是(こ)れ遠(とお)きより来(きた)れる僧(そう)なり。汝(なんじ)一身(み)都(みな)手(て)なるとも、また略(いささ)か温存(おんぞん=ねんごろ)なるを要(よう)す。汝(なんじ)すなわち往(ゆ)きて彼(かれ)を叫(よ)んで妖怪(ようかい)と做(な)せば、彼(かれ)汝(なんじ)を打(う)たずして、我(われ)を打(う)たんや。人(ひと)は礼楽(れいがく)を将(も)って先(さき)と為(な)す」
と。八戒(はっかい)言う、
「一発(いっそう)暁(さと)らず!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)自幼(おさなき)より山(やま)の中(うち)に在りて人(ひと)を食(くら)いしが、汝(なんじ)両様(ふたよう)の木(き)の有(あ)るを暁(さと)るや否(いな)や」
と。八戒(はっかい)言う、
「知(し)らず、是(こ)れ甚(なん)の木(き)なるか」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「一様(ひとつ)は是(こ)れ楊木(ようぼく=柳の類)、一様(ひとつ)は是(こ)れ檀木(だんぼく=白檀)なり。楊木(ようぼく)は性格(せいかく)甚(はなは)だ軟(やわ)らかなれば、巧匠(こうしょう=細工人)取(と)り来(きた)りて、或(あるい)は聖像(せいぞう)を雕(ほ)り、或(あるい)は如来(にょらい)を刻(きざ)み、金(きん)を装(よそお)い粉(こな)を立(た)て、玉(ぎょく)を嵌(は)め花(はな)を装(よそお)い、万人(ばんにん)香(こう)を焼(た)き礼拝(らいはい)して、多少(いくばく)の無量(むりょう)の福(ふく)を受(う)くるを知(し)らず。かの檀木(だんぼく)は性格(せいかく)剛硬(ごうこう)なれば、油房(ゆぼう=油屋)の裡(うち)に取(と)り去(さ)られ、柞撒(さくさつ=油搾りの楔)と做(な)され、鉄箍(てっこ=鉄の箍)を使(つか)いて頭(かしら)を箍(し)められ、又(また)鉄鎚(てっつい=鉄の槌)を使(つか)いて下(した)へ向(むか)いて打(う)たる。只(た)だ剛強(ごうきょう)なるに因(よ)りて、此(ここ)を以(もっ)てこの苦楚(くそ=苦しみ)を受(う)くるなり」
と。八戒(はっかい)言う、
「哥(あにい)よ、汝(なんじ)がこの好話児(よきはなし)を、早(はや)く我(われ)と与(とも)に説説(いって)くれしならば、却(かえ)って彼(かれ)に打(う)たれざりしものを」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)還(ま)た往(ゆ)きて彼(かれ)に一箇(ひとつ)の端的(たんてき=真相)を問(と)え」
と。八戒(はっかい)言う、
「この去(ゆき)には彼(かれ)我(われ)を認(みと)め了(おわ)んぬ」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)変化(へんげ)して往(ゆ)け」
と。八戒(はっかい)言う、
「哥(あにい)よ、且(しばら)く我(われ)の変(へん)じたる如(ごと)きは、却(かえ)って怎麼(いか)にしてか問(と)わんや」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)変(へん)じて往(ゆ)き、彼(かれ)が跟前(みもと)に到(いた)り、一箇(ひとつ)の礼児(れい)を行(おこな)い、彼(かれ)の多(いか)ほどの年紀(とし)なるかを看(み)よ。若(も)し我(われ)らと与(とも)に差不多(ほぼおなじ)ならば、彼(かれ)を一声(ひとこえ)姑娘(こじょう=お嬢さん)と叫(よ)べ。若(も)し我(われ)らに比(くら)べて些(いささ)か老(おい)たるならば、彼(かれ)を一声(ひとこえ)奶奶(ばあさま)と叫(よ)べ」
と。八戒(はっかい)笑って言う、
「是(こ)れ蹭蹬(そうとう=とんだこと)なるかな!この般(ごと)く許(ばか)り遠(とお)き田地(でんち=土地)に、甚(なん)の親(したしみ)をか認(みと)めんや!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「親(したしみ)を認(みと)むるに非(あら)ず、彼(かれ)が話(こと)を套(たぐ)り出(いだ)さんと要(もと)むるなり。若(も)し是(こ)れ彼(かれ)の師父(しふ)を拿(とら)えしならば、すなわち好(よ)く手(て)を下(くだ)さん。若(も)し彼(かれ)に非(あら)ずんば、却(かえ)って我(われ)らの別(べつ)の処(ところ)に事(こと)を干(な)さんとすることを誤(あやま)らざらんや」
と。八戒(はっかい)言う、
「説(い)えること理(ことわり)有(あ)り、我(われ)の再(また)往(ゆ)かんを等(ま)て」
と。
好(よ)き呆子(あほう)かな、釘鈀(ていは=熊手の杖)を把(と)って腰(こし)の裡(うち)に撒(さ)し入(い)れ、山凹(やまくぼ)を下(くだ)り、身(み)を揺(ゆす)りて一変(ひとへん)し、変(へん)じて一箇(ひとり)の黒胖(こくはん=黒く太りし)の和尚(おしょう)と做(な)り、揺揺擺擺(ようようはいばい=ゆらゆら)と怪(かい)の前(まえ)に近(ちか)づき往(ゆ)き、深深(ふかぶか)と一箇(ひとつ)の大喏(だいじゃ=深き礼)を唱(とな)えて言う、
「奶奶(ばあさま)、貧僧(ひんそう)稽首(けいしゅ=拝礼)し奉(たてまつ)る」
と。かの両箇(ふたり)喜(よろこ)んで言う、
「この和尚(おしょう)は却(かえ)って好(よ)し。会(よ)く一箇(ひとつ)の喏児(じゃじ=礼)を唱(とな)え、また会(よ)く一声(ひとこえ)を称道(しょうどう=呼びかけ)するかな」
と。問うて言う、
「長老(ちょうろう)、那裡(いずこ)より来(きた)れるか」
と。八戒(はっかい)言う、
「那裡(いずこ)よりか来(きた)れる」
と。又(また)問う、
「那裡(いずこ)へか去(ゆ)くか」
と。又(また)言う、
「那裡(いずこ)へか去(ゆ)く」
と。又(また)問う、
「汝(なんじ)甚(なん)と喚(よ)ばるる名字(な)なるか」
と。又(また)答(こた)えて言う、
「我(われ)甚(なん)と喚(よ)ばるる名字(な)なるか」
と。かの怪(かい)笑って言う、
「この和尚(おしょう)好(よ)きは好(よ)けれど、只(た)だ来歴(らいれき=素性)無(な)く、会(よ)く順口話児(じゅんこうわじ=おうむ返し)を説(い)う」
と。八戒(はっかい)言う、
「奶奶(ばあさま)、汝(なんじ)ら水(みず)を打(く)むは怎(いか)にするか」
と。かの怪(かい)言う、
「和尚(おしょう)、汝(なんじ)知(し)らず。我(わ)が家(いえ)の老夫人(ろうふじん=奥方)今夜(こんや)の裡(うち)に一箇(ひとり)の唐僧(とうそう)を洞内(どうない)に摂(さら)い入(い)れて、彼(かれ)を管待(かんたい=もてな)さんとす。我(わ)が洞(どう)の中(うち)の水(みず)干浄(かんじょう=清らか)ならざれば、我(われ)ら両箇(ふたり)を差(つかわ)して此(ここ)に来(きた)りてこの陰陽交媾(いんようこうごう=陰と陽の和合)の好水(こうすい)を打ましめ、素果(そか=果物)・素菜(そさい=精進料理)の筵席(えんせき)を安排(あんぱい)し、唐僧(とうそう)に与(あた)えて食(くら)わせ、晩間(よる)に成親(せいしん=契り)せんと要(もと)むるなり」
と。
かの呆子(あほう)この言(こと)を聞(き)くや、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて山(やま)の上(うえ)に跑(はし)り上(あ)がりて叫(よばわ)る、
「沙和尚(しゃおしょう)、疾(と)く行李(こうり)を拿(と)り将(も)ち来(きた)れ。我(われ)らこれを分(わ)かち了(おわ)らん!」
と。沙僧(しゃそう)言う、
「二哥(にいさん)、又(また)分(わ)かつは怎(いか)にするか」
と。八戒(はっかい)言う、
「分(わ)かたば便(すなわ)ち汝(なんじ)は還(ま)た流沙河(るさが)に去(ゆ)きて人(ひと)を食(くら)い、我(われ)は高老荘(こうろうしょう)に往(ゆ)きて親(したしみ)を探(たず)ね、哥哥(あにい)は花果山(かかざん)に去(ゆ)きて聖(せい)を称(とな)え、白龍馬(はくりゅうば)は大海(たいかい)に帰(き)して龍(りゅう)と成(な)らん。師父(しふ)は已(すで)にこの妖精(ようせい)の洞(どう)の内(うち)に在りて成親(せいしん)したもうなり!我(われ)ら都(みな)各(おのおの)生理(せいり=生業)に安(やす)んじて去(ゆ)かんのみ!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「この呆子(あほう)また胡説(こせつ)せり!」
と。八戒(はっかい)言う、
「汝(なんじ)が児子(むすこ)の胡説(こせつ)こそ!才(いま)しがたあの両箇(ふたり)の水(みず)を抬(かつ)ぎし妖精(ようせい)の、素筵席(そえんせき)を安排(あんぱい)して唐僧(とうそう)に与(あた)えて食(くら)わせ成親(せいしん)すと説(い)えるぞ!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「かの妖精(ようせい)師父(しふ)を把(と)って洞(どう)の裡(うち)に困(とじこ)めおるに、師父(しふ)は眼巴巴(がんぱぱ=目をこらし)と我(われ)らの往(ゆ)きて救(すく)わんことを望(のぞ)みたもうに、汝(なんじ)却(かえ)って此(ここ)に在りてこの般(ごと)き話(こと)を説(い)うか!」
と。八戒(はっかい)言う、
「怎麼(いか)にして救(すく)うか」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)ら両箇(ふたり)馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(にな)い、我(われ)らかの両箇(ふたり)の女怪(じょかい)に跟(したが)いて、一箇(ひとつ)の引子(いんし=手引き)と做(な)し、かの門(もん)の前(まえ)に引(ひ)き到(いた)りて、一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)さん」
と。真箇(まこと)に呆子只(た)だ随行(したがいゆ)くを得(う)るのみ。
行者(ぎょうじゃ)遠(とお)くよりかの両怪(りょうかい)を標(しる)し著(つ)け、漸(ようや)く深山(しんざん)に入(い)ること一、二十里(いちにじゅうり)の遠近(おちこち)なるに、忽然(たちまち)見(み)えずなりぬ。八戒(はっかい)驚(おどろ)いて言う、
「師父(しふ)は是(こ)れ日里鬼(じつりき=昼の鬼)に拿(と)らえ去(さ)られたるか!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)好(よ)き眼力(がんりき=目の冴え)なるかな!怎麼(いか)にしてすなわち彼(かれ)が本相(ほんぞう=正体)を看(み)て出(いだ)し来(きた)れるか」
と。八戒(はっかい)言う、
「あの両箇(ふたり)の怪(かい)、正(まさ)に水(みず)を抬(かつ)ぎて走(ゆ)きおるに、忽然(たちまち)見(み)えずなりぬ。却(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとり)の日里鬼(じつりき)ならずや」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「想(おも)うに是(こ)れ洞(どう)の裡(うち)に潜(くぐ)り入(い)り往(ゆ)きたるならん。我(われ)の往(ゆ)きて看(み)んを等(ま)て」
と。
好(よ)き大聖(たいせい)かな、急(いそ)ぎ火眼金睛(かがんきんせい=火の眼と金の瞳)を睜(みは)り、山(やま)に漫(あまね)く看(み)る処(ところ)、果(はた)して動静(どうじょう=物音)を見(み)ず。只(た)だかの陡崖(とうがい=険しき崖)の前(まえ)に、一座(ひとつ)の玲瓏剔透(れいろうてきとう=透き通るように美しき)、細(こま)やかに花(はな)を粧(よそお)い、五采(ごさい=五色)を堆(うずたか)くし、三檐四簇(さんえんしぞく=三重の軒と四つの飾り)の牌楼(ぱいろう=門)の有(あ)るを見(み)る。彼(かれ)八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)と与(とも)に近(ちか)づき前に往(ゆ)きて観看(みわた)せば、上(うえ)に六箇(むっつ)の大字(だいじ)有(あ)り。乃(すなわ)ち陷空山無底洞(かんくうざんむていどう)なり。行者(ぎょうじゃ)言う、
「兄弟(けいてい)や、この妖精(ようせい)一箇(ひとつ)の架子(かじ=構え)を把(と)ってここに支(ささ)えおるに、これ門(もん)の那裡(いずこ)に向(むか)いて開(ひら)くかを知(し)らざるなり」
と。沙僧(しゃそう)説(い)う、
「遠からず!遠からず!好(よ)く生(よく)尋(たず)ねよ!」
と。都(みな)身(み)を転(てん)じて看(み)る時(おり)、牌楼(ぱいろう)の下(した)、山脚(さんきゃく)の下(もと)に一塊(ひとつ)の大石(たいせき)有(あ)りて、約(おおよそ)十余里(じゅうより)の方円(ほうえん=広がり)有(あ)る。正(まさ)に中間(ちゅうかん)に缸口(こうこう=甕の口)の大(おおい)さの一箇(ひとつ)の洞児(どうじ=穴)有(あ)りて、爬(す)り得(え)て光溜溜(こうりゅうりゅう=つるつる)たり。八戒言う、
「哥よ、これすなわち妖精(ようせい)の出入(でい)りする洞(どう)なり」
と。行者(ぎょうじゃ)看(み)了(おわ)って言う、
「怪(あや)しき哉(かな)!我(わ)が老孫(ろうそん)唐僧(とうそう)を保(たも)つより以来(このかた)、汝(なんじ)ら両箇(ふたり)に瞞(あざむ)き得(え)ざるは、妖精(ようせい)もまた些(いささ)かは拿(とら)えたれど、却(かえ)ってこの般(ごと)き洞府(どうふ=ほら)を見(み)ざりき。八戒、汝(なんじ)先(ま)ず下(した)に往(ゆ)きて試(こころ)みよ、多少(いかほど)の浅深(せんしん=深さ)か有(あ)るを看(み)よ。我(われ)の好(よ)く進(すす)み入(い)りて師父(しふ)を救(すく)わんためなり」
と。八戒頭(こうべ)を揺(ゆす)って言う、
「この難(なん)なるかな!この難なるかな!我(わ)が老豬(ろうちょ)が身子(しんし=体)は夯夯(こうこう=がっしり)たるに、若(も)し脚(あし)を塌(すべ)らして吊(つる)し下(おろ)されなば、知(し)らず二、三年(にさんねん)にしてか底(そこ)に到(いた)ることを得(う)べきや!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「就(すなわ)ち多(いか)ほどの深(ふか)さか有(あ)るか」
と。八戒言う、
「汝(なんじ)看(み)よ!」
と。大聖(たいせい)洞(どう)の辺(ふち)の上(うえ)に伏(ふ)し、仔細(つまびらか)に下(した)へ向(むか)いて看(み)る処(ところ)、咦(ああ)!深(ふか)い哉(かな)!周囲(しゅうい)足(た)るに三百余里(さんびゃくより)有(あ)り。頭(こうべ)を回(めぐ)らして言う、
「兄弟(けいてい)、果(はた)して深(ふか)きこと緊(きつ)し!」
と。八戒言う、
「汝(なんじ)すなわち回(かえ)り去(ゆ)け。師父(しふ)は救(すく)い得(え)ざるなり!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)那裡(いずく)の話(こと)をか説(い)うや!懶惰(らんだ)の意(こころ)を生(しょう)ずる莫(な)かれ、怠荒(たいこう=怠る)の心(こころ)を起(おこ)す休(や)めよ。且(しばら)く行李(こうり)を将(も)ちて歇(やす)め下(おろ)し、馬(うま)を把(と)って牌楼(ぱいろう)の柱(はしら)の上(ほとり)に拴(つな)ぎ、汝(なんじ)釘鈀(ていは)を使(つか)い、沙僧(しゃそう)杖(つえ)を使い、洞門(どうもん)を攔(さえぎ)り住(とど)めよ。我(われ)をして進(すす)み入(い)りて打聴打聴(うちあてに探(さぐ)ら)しめよ。
若(も)し師父(しふ)果(はた)して裡(うち)に在(あ)らば、我(われ)鉄棒(てつぼう)を将(も)ちて妖精(ようせい)を裡(うち)より打(う)ち出(いだ)し、門(もん)の口(くち)に跑(はし)り至(いた)らん。汝(なんじ)ら両箇却(かえ)って外(そと)に在りて擋(ふせ)ぎ住(とど)めよ。これ是(こ)れ裡応外合(りおうがいごう=内と外の呼応)なり。精霊(せいれい)を打(う)ち殺(ころ)して、才(はじ)めて師父(しふ)を救(すく)い得(う)べきなり」
と。二人(ふたり)命(めい)に遵(したが)う。
行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って身(み)を将(も)ちて一縦(ひととび)し、洞(どう)の中(うち)に跳(と)び入(い)る。足下(そっか=足もと)に彩雲(さいうん=彩りの雲)万道(ばんどう=幾万の筋)を生(しょう)じ、身辺(しんぺん=身の回り)に瑞気(ずいき)千層(せんそう)を護(まも)る。多(あま)た時(とき)ならずして、深遠(しんえん)の間(あいだ)に到(いた)る。かの裡(うち)明明朗朗(めいめいろうろう=明るく朗らか)として、一般(ひととおり)に日色(にっしょく=日の光)有(あ)り、風声(ふうせい=風の音)有(あ)り、また花草果木(かそうかぼく)有(あ)り。行者(ぎょうじゃ)喜(よろこ)んで言う、
「好(よ)き処(ところ)なるかな!想(おも)うに老孫(ろうそん)の世(よ)に出(い)でし時(とき)、天(てん)水簾洞(すいれんどう)を賜(たま)われり。ここもまた是(こ)れ一箇(ひとつ)の洞天福地(どうてんふくち=仙境)なり!」
と。正(まさ)に看(み)おる時(おり)、また一座(ひとつ)の二滴水(にてきすい=二重の軒)の門楼(もんろう)有(あ)りて、団団(だんだん=めぐり)都(みな)是(こ)れ松竹(しょうちく=松と竹)、内(うち)に許多(あまた)の房舎(ぼうしゃ=家屋)有(あ)るを見(み)る。また想(おも)うて言う、
「これ必(かなら)ず是(こ)れ妖精(ようせい)が住処(すみか)ならん。我(われ)且(しばら)くかの裡辺(うち)に到(いた)りて打聴打聴(うちあてに探(さぐ)ら)ん。且(しばら)く住(とど)まれ!若(も)しこの般(ごと)く往(ゆ)かば、彼(かれ)我(われ)を認(みと)め了(おわ)んぬ。且(しばら)く変化(へんげ)して往(ゆ)かん」
と。身(み)を揺(ゆす)り訣(けつ=印)を捻(ひね)り、すなわち変(へん)じて一箇(ひとつ)の蒼蠅児(そうおうじ=蠅)と做(な)り、軽軽(かろがろ)と門楼(もんろう)の上(うえ)に飛(と)びて聽(き)き聽(き)く。只(た)だかの怪の草亭(そうてい=草の亭)の内(うち)に高(たか)く坐(ざ)しおるを見(み)る。彼(かれ)がその姿(すがた)は、松林(しょうりん)の裡(うち)に在りて彼(かれ)を救(すく)いし時(とき)、寺(てら)の裡(うち)に在りて彼(かれ)を拿(とら)えし時(とき)に比(くら)ぶるに、便(すなわ)ち是(こ)れ不同(ことなり)なり。いよいよ打扮(よそお)いて俊(しゅん=美し)くなり了(おわ)んぬ、
髪(かみ)雲髻(うんけい=雲の髷)を盤(わ)くこと堆鴉(たいあ=鴉の群れ)の似(ごと)く、身(み)に緑絨(りょくじゅう=緑の毛織)の花比甲(かひこう=刺繍の袖なし)を著(き)る。
一対(ひとくみ)の金蓮(きんれん=纏足)剛(ちょうど)半折(はんせつ=わずか)なるも、十指(じっし=十の指)は春筍(しゅんじゅん=春の筍)の発(い)ずるが如(ごと)し。
団団(だんだん)たる粉面(ふんめん=白粉の顔)は銀盆(ぎんぼん=銀の盆)の若(ごと)く、朱唇(しゅしん=紅き唇)は一(ひとえ)に桜桃(おうとう=さくらんぼ)の滑(なめらか)なるに似(に)たり。
端端正正(たんたんせいせい)たる美人(びじん)の姿(すがた)、月(つき)の裡(うち)の嫦娥(じょうが)すら還(ま)た喜(よろこ)び恰(かな)わんとす。
今朝(こんちょう)取経(しゅきょう)の僧(そう)を拿(とら)え住(とど)むれば、便(すなわ)ち歓娯(かんご=楽しみ)し枕榻(ちんとう=寝床)を同(とも)にせんと要(もと)む。
と。
行者(ぎょうじゃ)且(しばら)く言語(げんご=言葉)せず、彼(かれ)の甚(なん)の話(こと)をか説(い)うを聽(き)く。少時(しばらく)して、桜桃(おうとう)を綻(ひら)き破(やぶ)り、喜孜孜(きしし=嬉しげ)として叫(よばわ)る、
「小(こもの)ら、疾(と)く素筵席(そえんせき=精進の宴)を排(なら)べ来(きた)れ。我(われ)唐僧哥哥(とうそうあにい)と与(とも)に食(くら)いて成親(せいしん=契り)せんとす」
と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑って言う、
「真箇(まこと)にこの話(こと)有(あ)るかな!我(われ)只(た)だ八戒の作耍子(ざれごと)を乱(みだ)りに説(い)うと道(おも)いしに!我(われ)の且(しばら)く飛(と)びて裡(うち)に進(すす)み入(い)りて尋(たず)ね尋(たず)ねし、師父(しふ)の那裡(いずこ)に在(あ)るかを看んを等(ま)て。知(し)らず彼(かれ)が心性(しんしょう=心)の如何(いかん)なるを。假若(もし)彼(かれ)に摩弄(まろう=なぶら)れて動(うご)かされなば、彼(かれ)をここに留(とど)むるもまた罷(よ)からん」
と。すなわち翅(つばさ)を展(の)べて飛(と)びて裡辺(うち)に到(いた)りて看る処(ところ)、かの東廊(とうろう=東の廊下)の下(した)、上(うえ)明(あか)るく下(した)暗(くら)き紅紙(こうし=赤き紙)の格子(こうし)の裡(うち)に、唐僧(とうそう)の坐(ざ)しおるなり。行者(ぎょうじゃ)一頭(いちとう=ひと突き)に格子眼(こうしがん=格子の目)を撞(つ)き破(やぶ)り、飛(と)びて唐僧(とうそう)が光頭(こうとう=剃り頭)の上(うえ)に丁(とま)り著(つ)き、一声(ひとこえ)「師父(しふ)」と叫(よ)ぶ。三蔵(さんぞう)声(こえ)を認(みと)め、叫(よばわ)って言う、
「徒弟(でし)よ、我(わ)が命(いのち)を救(すく)え!」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「師父(しふ)、不済(ふせい=だらしな)きかな!かの妖精(ようせい)筵宴(えんえん)を安排(あんぱい)し、汝(なんじ)と与(とも)に食(くら)いて成親(せいしん)したもうなり。或(あるい)は一男半女(いちなんはんじょ=一児)を生(しょう)ずるも、また是(こ)れ汝(なんじ)和尚(おしょう)の後代(こうだい=子孫)なり。汝(なんじ)何(なん)をか愁(うれ)うるや」
と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)くや、牙(きば)を咬(か)み歯(は)を切(せ)って言う、
「徒弟(でし)よ、我(われ)長安(ちょうあん)を出(い)でてより、両界山(りょうかいざん)の中(うち)に到(いた)りて汝(なんじ)を収(おさ)めしより、一向(これまで)西(にし)へ来(きた)るに、那(いず)れの時辰(とき)か葷(くん=肉食)を動(うご)かし、那(いず)れの一日(いちじつ)か甚(なん)の歪意(わいい=邪な心)か有(あ)りしや。今(いま)この妖精(ようせい)に拿(とら)え住(とど)められ、配偶(はいぐう)を求(もと)めらるるに、我(われ)若(も)し真陽(しんよう=陽の精)を把(と)って喪(うしな)わせなば、我(われ)すなわち身(み)輪廻(りんね)に堕(お)ち、あの陰山(いんざん=冥府の山)の背後(うしろ)に打(う)たれ、永世(えいせい)に身(み)を翻(かえ)すことを得(え)ざらん!」
と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、
「誓(ちか)いを発(おこ)す莫(な)かれ。既(すで)に真心(しんしん)の西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんとする有(あ)らば、老孫(ろうそん)汝(なんじ)を帯(つ)れて去(ゆ)かん」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「進(すす)み来(きた)りし路児(みち)は、我通(ことごと)く忘(わす)れ了(おわ)んぬ」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「汝(なんじ)の忘(わす)れたるを説(い)う莫(な)かれ。彼(かれ)がこの洞(どう)は、進(すす)み入(い)りて出(い)で往(ゆ)くものに比(くら)ぶべからず、是(こ)れ上頭(うえ)より打(う)ちて下(した)へ向(むか)いて潜(くぐ)るなり。如今(いま)汝(なんじ)を救(すく)わんには、底下(した)より打(う)ちて上(うえ)へ向(むか)いて潜(もぐ)らんと要(よう)す。若(も)し是(こ)れ造化(ぞうか=運)高(たか)ければ、洞口(どうこう)に潜(もぐ)り著(あた)りて、すなわち出(い)で往(ゆ)かん。若(も)し是(こ)れ造化(ぞうか)低(ひく)ければ、潜(もぐ)り著(あた)らず、還(ま)た一箇(ひとつ)の悶殺(もんさつ=窒息)の日子(ひ=日)有(あ)らん」
と。三蔵(さんぞう)満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れて言う、
「此(かく)の如(ごと)く艱難(かんなん)ならんには、怎(いか)でか生(い)きて好(よ)からんや」
と。行者(ぎょうじゃ)言う、
「事(こと)無(な)し!事無し!かの妖精(ようせい)酒(さけ)を整治(ととの)えて汝(なんじ)に与(あた)えて食(くら)わしめんに、没奈何(なんともなら)ず、また彼(かれ)の一鍾(ひとさかずき)を食(くら)え。只(た)だ斟(つ)ぐことを些(いささ)か急(いそ)がしめ、斟(つ)ぎて一箇(ひとつ)の喜花児(きかじ=酒の泡)を起(おこ)さしめよ。我の変(へん)じて一箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅうじ=小さき蝉)と作(な)り、喜花(きか)の下(した)に飛(と)びおるを等(ま)て。彼(かれ)我を把(と)って一口(ひとくち)に呑(の)み下(くだ)して肚(はら)の裡(うち)に往(ゆ)かしめなば、我すなわち彼(かれ)が心肝(しんかん=心臓)を捻(ひね)り破(やぶ)り、彼(かれ)が肺腑(はいふ=内臓)を扯(ひ)き断(た)ち、かの妖精(ようせい)を弄(いた)し殺(ころ)さん。汝(なんじ)才(はじ)めて身(み)を脱(だっ)して出(い)で往くことを得(え)ん」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「徒弟(でし)のこの等(ごと)く説(い)うは、只(た)だ是(こ)れ不当人子(ふとうじんし=とんでもない)なり」
と。行者言う、
「只管(ひたすら)善(ぜん)を行(おこ)ない起(おこ)さば、汝(なんじ)が命(いのち)休(や)まん。妖精(ようせい)は乃(すなわ)ち人(ひと)を害(そこな)うの物(もの)なるに、汝(なんじ)彼(かれ)を惜(お)しむこと怎(いか)にせんや!」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「也(ま)た罷(よ)し、也た罷し!汝只(た)だ是(こ)れ我に跟(したが)き著(つ)くことを要(よう)す」
と。正(まさ)に是(こ)れ、
孫大聖(そんたいせい)は唐三蔵(とうさんぞう)を護(まも)り定(さだ)め、経(きょう)を取(と)る僧(そう)は全(まった)く美猴王(びこうおう)に靠(よ)る。
と。
彼(かれ)ら師徒(してい)両箇商量(はかりごと)いまだ定(さだ)まらざるに、早(はや)くもはかの妖精(ようせい)安排(あんぱい)すること停当(ていとう=整い)、東廊(とうろう)の外(そと)に近(ちか)づき往き、門鎖(もんさ=錠)を打ち開(ひら)き、一声(ひとこえ)「長老(ちょうろう)」と叫(よ)ぶ。唐僧(とうそう)敢(あ)えて応(こた)えず。また一声(ひとこえ)叫ぶに、また敢(あ)えて応(こた)えず。彼(かれ)の敢(あ)えて応(こた)えざるは何(なん)の意(こころ)ぞや。想(おも)うに、『口(くち)開(ひら)けば神気(しんき)散(さん)じ、舌(した)動(うご)けば是非(ぜひ)生(しょう)ず』と。却又(また)一条(ひとすじ)の心児(こころ)に想(おも)う、「若(も)し死(し)んだる法児(ほうじ=やり方)に住(とど)まりて口(くち)を開(ひら)かざれば、怕(おそ)らくは彼(かれ)が心(こころ)狠(つれな)くして、頃刻(またたくま)の間(あいだ)にすなわち性命(いのち)を害(そこな)わん」と。正(まさ)に是(こ)れ、
進退(しんたい)両(ふたつ)ながら難(かた)くして心(こころ)口(くち)に問(と)い、三思(さんし)忍耐(にんたい)して口(くち)心(こころ)に問(と)う。
と。正(まさ)に自(おのずか)ら狐疑(こぎ=ためらい)おるに、かの怪また一声(ひとこえ)「長老(ちょうろう)」と叫ぶ。唐僧(とうそう)没奈何(なんともなら)ず、彼に一声(ひとこえ)応(こた)えて言う、
「娘子(じょうし=おまえ)、有(あ)り」
と。
かの長老(ちょうろう)のこの一句(ひとく)の言を応(こた)え出(いだ)したるは、真(まこと)に是(こ)れ肉(にく)千斤(せんきん)を落(おと)すなり。人(ひと)都(みな)説えり、唐僧(とうそう)は是(こ)れ一箇(ひとり)の真心(しんしん)の和尚(おしょう)にして、西天(せいてん)に往きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)むと。怎麼(いか)にしてこの女妖精(にょようせい)と与(とも)に話(こと)を答(こた)うるや。知(し)らず、この時(とき)は正に是れ危急存亡(ききゅうそんぼう)の秋(とき)にして、万分(まんぶん)無奈(むな=どうにもならぬ)より出(い)ずるを。外(そと)に答(こた)うる所有(ところ)有(あ)りと雖(いえど)も、其(そ)の実(じつ)内に欲(ほっ)する所(ところ)無(な)し。妖精(ようせい)長老(ちょうろう)の一声(ひとこえ)応えたるを見(み)、彼門(もん)を推(お)し開(ひら)き、唐僧(とうそう)を把(と)って攙(たす)け起(おこ)し、彼と与(とも)に手(て)を携(たずさ)え背(せ)を挨(よ)せ、頭を交(まじ)え耳(みみ)を接(つ)く。汝視(み)よ、彼のあの千般(せんぱん=種々)の嬌態(きょうたい=あでやかさ)、万種(ばんしゅ=幾万)の風情(ふうぜい)を做出(つくりだ)すを。豈(あ)に知(し)らんや、三蔵(さんぞう)の一腔子(いっこうし=胸いっぱい)の煩悩(ぼんのう)なるを!行者暗(ひそ)かに笑って言う、
「我(わ)が師父(しふ)彼がこの般(ごと)く哄誘(こうゆう=たぶらか)さるるに、只(た)だ怕(おそ)らくは一時(ひととき)に心(こころ)を動(うご)かさん」
と。正に是れ、
真僧(しんそう)魔苦(まく)に嬌娃(きょうあ=美しき女)に遇(あ)い、妖怪(ようかい)娉婷(へいてい=しなやか)にして実(げ)に夸(ほ)むべし。
淡淡(たんたん)たる翠眉(すいび=緑の眉)は柳葉(りゅうよう)を分(わか)ち、盈盈(えいえい)たる丹顔(たんれん=紅き顔)は桃花(とうか)を襯(いろど)る。
繍鞋(しゅうがい=刺繍の靴)微(かす)かに露(あらわ)す双鉤鳳(そうこうほう=鳳のかぎ爪)、雲髻(うんけい)高(たか)く盤(わ)く両鬢(りょうびん)の鴉(からす)。
笑(えみ)を含(ふく)み師(し)と手(て)を携(たずさ)うる処(ところ)、香(こう)蘭麝(らんじゃ)を飄(ひるがえ)して袈裟(けさ)に満(み)つ。
と。
妖精(ようせい)三蔵(さんぞう)を挽(ひき)きて、草亭(そうてい)に行(ゆ)き近(ちか)づきて言う、
「長老(ちょうろう)、我一杯(ひとさかずき)の酒(さけ)を弁(もう)けたり。汝と与(とも)に酌(く)み酌(く)まん」
と。唐僧(とうそう)言う、
「娘子(じょうし)、貧僧(ひんそう)は自(みずか)ら葷(くん=肉食)を用(もち)いず」
と。妖精(ようせい)言う、
「我汝の葷(くん)を食(くら)わざるを知(し)る。洞の中(うち)の水の潔浄(けっじょう=清らか)ならざるに因(よ)り、特に山頭(さんとう=山の頂)に命(めい)じて陰陽交媾(いんようこうごう)の浄水(じょうすい)を取(と)らしめ、些(いささ)かの素果(そか)・素菜(そさい)の筵席(えんせき)を做(つく)り、汝と与(とも)に耍子(あそば)んとす」
と。唐僧(とうそう)彼に跟(したが)いて裡(うち)に進(すす)み入(い)りて観看(みわた)せば、果(はた)して見る、あの、
門(もん)の下(した)に盈(み)つるは、繍(しゅう=刺繍)彩結(さいけつ=飾り結び)を纏(まと)い、
庭(にわ)の中(うち)に満(み)つるは、香(こう)金猊(きんげい=金の香炉)より噴(ふ)く。
擺(なら)べ列(つら)ぬるは黒油(こくゆ)の塁鈿桌(るいでんたく=螺鈿の卓)、朱漆(しゅしつ=朱塗り)の篾絲盤(べっしばん=竹ひごの盆)。
塁鈿桌(るいでんたく)の上(うえ)には、異様(いよう)の珍羞(ちんしゅう=珍味)有り、
篾絲盤(べっしばん)の中には、稀奇(きき=珍しき)の素物(そぶつ=精進物)を盛(も)る。
林檎(りんご)、橄欖(かんらん)、蓮肉(れんにく)、葡萄(ぶどう)、榧(かや)、柰(からなし)、榛(はしばみ)、松(まつ)、茘枝(れいし)、龍眼(りゅうがん)、山栗(さんりつ)、風菱(ふうりょう)、棗児(なつめ)、柿子(かき)、胡桃(くるみ)、銀杏(ぎんなん)、金桔(きんきつ)、香橙(こうとう)、
果子(くだもの)は山に随(したが)いて有り、
蔬菜(そさい=野菜)は更(さら)に時に新(あたら)し。
豆腐(とうふ)、麺筋(めんきん)、木耳(きくらげ)、鮮筍(せんじゅん=生筍)、蘑菇(まこ=茸)、香蕈(こうしん=椎茸)、山薬(さんやく)、黄精(おうせい)。
石花菜(せっかさい)、黄花菜(こうかさい)は、青油(せいゆ)に煎(い)り炒(い)り、
扁豆角(へんとうかく)、豇豆角(こうとうかく)は、熟醤(じゅくしょう=熟した味噌)に調(ととの)え成(な)す。
王瓜(おうか=きゅうり)、瓠子(ふいさ=ひょうたん)、白果(はっか)、蔓菁(まんせい=かぶ)。
鏇皮(せんぴ)の茄子(なすび)は鵜鶉(うずら)の做(つく)り、剔種(てきしゅ)の冬瓜(とうが)は方旦(ほうたん)の名(な)。
爛(くた)くと煨(い)りし芋頭(うとう=里芋)は糖(とう)を拌(ま)じ著(つ)け、
白(みず)にて煮(に)し蘿蔔(らふく=大根)は醋(す)を澆(そそ)ぎて烹(に)る。
椒姜(しょうきょう=山椒と生姜)辛辣(しんらつ=辛き)にして般般(はんばん=いずれも)美(うま)く、
鹹淡(かんたん=塩加減)調和(ちょうわ)して色色(しきしき)平(たい)らかなり。
と。
かの妖精(ようせい)尖尖(せんせん=とがれる)の玉指(ぎょくし=玉の指)を露(あらわ)し、晃晃(こうこう=きらきら)の金杯(きんぱい=金の杯)を捧(ささ)げ、美酒(びしゅ)を満(み)たし斟(つ)いで、唐僧(とうそう)に遞(わた)し、口(くち)の裡(うち)に叫(よばわ)って言う、
「長老哥哥(ちょうろうあにい)の妙人(みょうじん=すばらしき人)、請(こ)う一杯(ひとさかずき)の交歓酒児(こうかんしゅじ=契りの酒)を」
と。三蔵(さんぞう)羞答答(しゅうとうとう=恥ずかしげ)として酒(さけ)を接(う)け、空(くう)を望(のぞ)んで澆奠(ぎょうてん=地に注ぎ供え)し、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに祝(いの)って言う、
「護法(ごほう)の諸天(しょてん)、五方(ごほう)の掲諦(かいだい)、四値(しち)の功曹(こうそう)よ。弟子(でし)陳玄奘(ちんげんじょう)は、東土(とうど)を離(はな)れしよりこのかた、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の列位(れっい=皆さま)の衆神(しゅじん)を差遣(しけん)して暗(ひそ)かに保護(ほご)せしめたもうを蒙(こうむ)り、雷音(らいおん)を拝(おが)み仏(ほとけ)に見(まみ)えて経(きょう)を求めんとす。今(いま)途中(とちゅう)に在りて、妖精(ようせい)に拿え住(とど)められ、強(しい)て成親(せいしん)を逼(せま)られ、この一杯(ひとさかずき)の酒(さけ)を将(も)ちて我に遞(わた)して食(くら)わしむ。
この酒(さけ)果(はた)して是れ素酒(そしゅ=精進の酒)ならば、弟子(でし)勉強(つと)めてこれを食(くら)い、還(ま)た仏(ほとけ)に見(まみ)えて功(こう)を成(な)すことを得(え)ん。若し是れ葷酒(くんしゅ=肉の酒)ならば、弟子(でし)が戒(かい)を破(やぶ)りて、永(とこしえ)に輪廻(りんね)の苦(く)に堕(お)たん!」
と。孫大聖(そんたいせい)は、彼却(かえ)って変(へん)ずること軽巧(けいこう=軽やか)にして、耳根(じこん=耳の付け根)の後(うしろ)に在りて、一箇(ひとつ)の耳報(にほう=耳元の知らせ)の若(ごと)し。但(た)だ彼の説話(せつわ=話す)は、惟(ただ)三蔵(さんぞう)のみ聽(き)きて、別人(ほかのひと)は聞(き)かず。彼師父(しふ)が平素(へいそ=ふだん)葡萄(ぶどう)の做(つく)りし素酒(そしゅ)を好(この)んで食(くら)うを知(し)れば、彼の一鍾(ひとさかずき)を食(くら)うを教(おし)う。
かの師父(しふ)没奈何(なんともなら)ずして食(くら)い、急(いそ)ぎ酒を把(と)って満たし一鍾(ひとさかずき)を斟(つ)いで、妖怪に回(かわ)し与うるに、果して斟ぎて一箇(ひとつ)の喜花児(きかじ=酒の泡)の起(おこ)る有り。行者変(へん)じて一箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅうじ)と作(な)り、軽軽(かろがろ)と喜花(きか)の下に飛(と)び入(い)る。かの妖精(ようせい)手(て)に接(う)けおけど且く食(くら)わず、杯児(はいじ=杯)を把(と)って放(お)き住(とど)め、唐僧(とうそう)と与(とも)に両拝(ふたつ)を拝(おが)み、口(くち)の裡(うち)に嬌嬌怯怯(きょうきょうきょうきょう=あでやかに)と、幾句(いくく)の情話(じょうわ=恋話)を叙(の)ぶ。却(かえ)って才(ようや)く杯(さかずき)を挙(あ)ぐるに、かの花児(はな)已(すで)に散(さん)じて、すなわち虫(むし)を露(あらわ)し出(いだ)せり。妖精(ようせい)もまた是れ行者の変(へん)じたるを認め得(え)ず、只(た)だ以(おも)えらく虫児(ちゅうじ=虫)ならんとし、小指(こゆび)を用(もち)いて挑(つつ)き起(おこ)し、下へ向(むか)いて一弾(ひとはじき)せり。
行者事(こと)の諧(かな)わざるを見、料(おもんみ)るに彼が腹(はら)に入(い)り難(がた)しとし、すなわち変じて一箇(ひとつ)の餓老鷹(がろうよう=飢えた鷲)と做る。真箇(まこと)に是れ、
玉爪(ぎょくそう=玉の爪)、金睛(きんせい=金の瞳)、鉄翮(てっかく=鉄の羽)、
雄姿(ゆうし=雄々しき姿)猛気(もうき=荒々しき気)雲(くも)を摶(つか)む。
妖狐(ようこ=妖しき狐)狡兔(こうと=狡き兎)彼を見て昏(くら)み、
千里(せんり)の山河(さんが)時に遁(のが)る。
飢(う)うる処(ところ)風(かぜ)を迎(むか)えて雀(すずめ)を逐(お)い、
飽(あ)き来(きた)れば高く天門(てんもん)に貼(つ)く。
老拳(ろうけん=鍛えし拳)鋼硬(こうこう)にして最(もっと)も人(ひと)を傷(そこな)い、
志(こころざし)を得て凌霄(りょうしょう=天)を嫌(いと)いて近(ちか)し。
と。
飛(と)び起り上(あが)り、玉爪(ぎょくそう)を輪(めぐ)らし開(ひら)き、响(ひび)く一声に桌席(たくせき=卓と宴)を掀(ひっく)り翻(かえ)し、かの些(いささ)かの素果(そか)・素菜(そさい)・盤碟(ばんじょう=皿)・家火(かか=道具)を把(と)って尽(ことごと)く皆(みな)捽(たたき)き砕(くだ)き、唐僧(とうそう)を撇(す)てて、飛(と)び将(ゆ)きて出(い)で往く。唬(おどろ)かされたるかな妖精(ようせい)心胆(しんたん=心と胆)皆(みな)裂(さ)け、唐僧(とうそう)の骨肉(こつにく)通(すっかり)酥(よわ)る。妖精(ようせい)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として唐僧(とうそう)を摟(いだ)き住めて言う、
「長老哥哥(ちょうろうあにい)、この物(もの)は是れ那裡(いずこ)より来(きた)れるか」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「貧僧(ひんそう)知(し)らず」
と。妖精(ようせい)言う、
「我許多(あまた)の心(こころ)を費(つい)やし、この素宴(そえん=精進の宴)を安排(あんぱい)して汝と与(とも)に耍耍(あそば)んとせしに、却(かえ)って知らずこの扁毛(へんもう=扁き毛)の畜生(ちくしょう)の、那裡(いずこ)より飛(と)び来(きた)りて、我(わ)が家火(かか)を把(と)って打ち砕(くだ)けるとは!」
と。衆(しゅ)の小妖(しょうよう)言う、
「夫人(ふじん)、家火(かか)を打ち砕(くだ)くは猶(なお)可(よ)けれど、些(いささ)かの素品(そひん=精進の品)を将ちて都(みな)地(ち)の上(うえ)に潑(そそ)ぎ散(ちら)し、穢(けが)れて怎(いか)でか用(もち)いんや」
と。三蔵(さんぞう)分明(ぶんめい)に是れ行者の法(ほう)を弄(ろう)せるを暁(さと)れど、彼那裡(いずく)にか敢(あ)えて説わんや。かの妖精(ようせい)言う、
「小(こもの)ら、我知り了(おわ)んぬ。想(おも)うに必(かなら)ず是れ我唐僧(とうそう)を把(と)って困(とじこ)め住むれば、天地(てんち)の容(い)れざるところ、故(ゆえ)にこの物(もの)を降(くだ)せるならん。汝ら砕けたる家火(かか)を将ちて拾(ひろ)い出(いだ)し去(さ)り、別(べつ)に些(いささ)かの酒肴(しゅこう=酒と肴)を安排(あんぱい)せよ。葷素(くんそ=肉か精進か)を拘(かかわ)らず、我天(てん)を指(さ)して媒(なこうど)と為(な)し、地(ち)を指(さ)して訂(いんばり)と作(な)し、然(しか)る後(のち)にまた唐僧と与(とも)に成親せん」
と。依然(もとのごとく)長老(ちょうろう)を把(と)って東廊(とうろう)の裡(うち)に送(おく)り坐(ざ)せしむ。これ語(かた)らず。
さて、行者飛(と)び出(い)で往き、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、洞の口に到(いた)り、一声「門(もん)を開(ひら)け」と叫ぶ。八戒笑って言う、
「沙僧、哥哥(あにい)の来(きた)れるぞ」
と。彼ら二人(ふたり)兵器(へいき)を撒(さ)し開(ひら)く。行者跳(と)び出(い)づるや、八戒上前(すす)み出でて扯(ひき)とめて言う、
「妖精(ようせい)有るか。師父(しふ)有るか」
と。行者言う、
「有り!有り!有り!」
と。八戒言う、
「師父は裡辺(うち)に在りて罪(つみ)を受(う)けたもうか。綁(くく)り著(つ)けられたるか捆(くく)り著(つ)けられたるか。蒸(ふか)さんとするか煮(に)らんとするか」
と。行者言う、
「この事(こと)は倒(かえ)って無(な)し。只(た)だ素宴(そえん=精進の宴)を安排し、彼と与(とも)にあの箇(ひとつ)の事(こと)を干(な)さんと要(もと)むるのみ」
と。八戒言う、
「汝造化(ぞうか=幸運)なり、汝造化なり!汝陪親酒(ばいしんしゅ=婚礼の酒)を食い来(きた)れるかな!」
と。行者言う、
「呆子や!師父の性命(いのち)もまた保(たも)ち難(がた)きに、甚の陪親酒(ばいしんしゅ)をか食わんや!」
と。八戒言う、
「汝怎(いか)にしてすなわち来れるか」
と。行者唐僧に見(まみ)えしと変化(へんげ)を施(ほどこ)ししの上項事(じょうこうじ=以上の次第)を把(と)って一遍(ひととおり)説い了(おわ)り、言う、
「兄弟(きょうだい)ら、再(また)胡思乱想(こしらんそう=とりとめなき思案)する休(や)めよ。師父已(すで)に此間(ここ)に在(あ)り。老孫(ろうそん)この一去(ひとゆき)に、一定(かなら)ず彼を救(すく)い出(いだ)さん」
と。復(また)身(み)を翻(かえ)して裡(うち)に入(い)り、還た変じて一箇の蒼蠅児(そうおうじ=蠅)と做り、門楼(もんろう)の上(うえ)に丁(とま)りてこれを聽(き)く。只(た)だこの妖怪の気(き)を呼呼(ここ)とさせて、亭子(ていじ=亭)の上(うえ)に在りて吩咐(いいつけ)するを聞(き)く、
「小(こもの)ら、葷素(くんそ=肉か精進か)を論(ろん)ぜず、拿(と)り来りて紙(かみ)を焼(た)け。天地(てんち)を煩(わずら)わして媒訂(ばいてい=媒と証)と借(か)り、務(つと)めて彼と与(とも)に成親(せいしん=契り)せんと要(もと)むるなり」
と。行者聽(き)きて暗(ひそ)かに笑って言う、
「この妖精(ようせい)全(まった)く些かの廉恥(れんち)も無(な)し!青天白日(せいてんはくじつ=白昼)に、一箇(ひとり)の和尚を把って家(いえ)の裡(うち)に閉(と)じこめて擺布(とりはから)う。且く忙(いそ)ぐ莫(な)かれ、老孫(ろうそん)の再(また)進み入りて看看(みてみ)んを等(ま)て」
と。嚶(おう)の一声、東廊(とうろう)の下に飛びおるに、かの師父の裡辺(うち)に坐(ざ)し、清滴滴(せいてきてき=はらはら)と腮辺(ほお)に涙(なみだ)を淌(したた)らせおるを見る。行者鑽(もぐ)り将(ゆ)きて入り、彼が頭(こうべ)の上に丁(とま)り、また一声「師父」と叫ぶ。長老(ちょうろう)声(こえ)を認め、跳び起(お)き上(あ)がりて牙(きば)を咬(か)み恨(うら)んで言う、
「猢猻(こそん=猿)め!别人(ほかのひと)の胆(きも)の大(おお)ききは、還た是れ身(み)の胆(きも)を包(つつ)めり。汝が胆(きも)の大(おお)ききは、すなわち是れ胆の身を包(つつ)むなり!汝変化神通(じんずう)を弄(ろう)して家火(かか=道具)を打ち破(やぶ)りしは、能(よ)く幾何(いくばく)の値(あたい)かあらん!闘(たたか)いてかの妖精(ようせい)の淫興(いんきょう=淫らな興)を発(おこ)さしめ、かの処(ところ)に葷素(くんそ)を分(わか)たず安排して、定(かなら)ず我と与に交媾(こうごう=交わり)せんとす。この事怎(いか)にせんや!」
と。行者暗(ひそ)かに陪笑(ばいしょう=つくり笑い)して言う、
「師父、怪(とが)めたもう莫(な)かれ。汝を救う処有り」
と。唐僧言う、
「那裡(いずこ)にか我を救い得(う)るか」
と。行者言う、
「我才(いま)しがた一翅(ひとつばさ)に飛び起り去きし時(おり)、彼が後辺(うしろ)に一箇の花園(かえん)の有るを見たり。汝彼を哄(たぶら)きて園(その)の裡に往きて耍子(あそば)せしめよ。我汝を救わん」
と。唐僧言う、
「園(その)の裡にて怎(いか)に様(さま)にして救うか」
と。行者言う、
「汝彼と与に園(その)の裡に到(いた)り、桃樹(とうじゅ=桃の木)の辺(ほとり)に走(ゆ)き到(いた)らば、すなわち走(ゆ)くこと莫(な)かれ。我の桃枝(とうし=桃の枝)に飛び上(あが)り、変じて一箇の紅桃(こうとう=赤き桃)と作(な)らんを等(ま)て。汝果物(くだもの)を食わんと要(もと)めなば、先(ま)ず紅(あか)き児(もの)を揀(えら)みて摘(つ)み下(おろ)せ。紅(あか)きは是れ我なり。彼必(かなら)ずまた一箇を摘(つ)まんとせん。汝紅(あか)きを把って定(かなら)ず彼に讓(ゆず)れ。彼若し一口(ひとくち)に食わば、我却って彼が肚(はら)の裡に在(あ)り。我の彼が皮袋(ひたい=胃袋)を搗(つ)き破(やぶ)り、彼が肝腸(かんちょう=肝と腸)を扯(ひ)き断(た)ち、彼を弄(いた)し殺(ころ)さんを等て。汝すなわち身を脱(だっ)せん」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「汝若し手段(てだて)有らば、すなわち彼と与に賭闘(ととう=勝負)せば足(た)れるに、只だ彼が肚(はら)の裡に潜(もぐ)らんと要むるは怎にするか」
と。行者言う、
「師父、汝趣(おもむき)を知らず。彼がこの洞は、若し出入(でい)り好くんば、すなわち彼と与に賭闘(ととう)すべし。只だ出入(でい)りの便(べん)ならざるをもて、曲道(きょくどう=曲がりくねりし道)行(ゆ)き難(がた)し。若しすなわち手(て)を動(うご)かさば、彼がこの一窩子(ひとす=一族)、老老小小(ろうろうしょうしょう=老いも若きも)、我すらも都(みな)扯(ひき)り住めなば、却って怎麼にせんや。須(かなら)ず是れこの般く手(て)を捽(はな)ちて干(や)り了らば、大家(みな)才(はじ)めて干浄(かんじょう=きれい)を得べきなり」
と。三蔵(さんぞう)頭(こうべ)を点(うなず)かせて信(しん)じ聽(き)き、只だ叫(よばわ)る、
「汝我に跟(したが)き定(さだ)めよ」
と。行者言う、
「暁れり!暁れり!我汝が頭(こうべ)の上に在(あ)り」
と。
師徒(してい)ら商量(はかりごと)定まり了りて、三蔵(さんぞう)才(ようや)く身を欠(かが)めて起し上(あ)がり、双手(もろて)にかの格子(こうし)を扶(たす)け著けて叫(よばわ)る、
「娘子(じょうし)、娘子(じょうし)」
と。かの妖精聽(き)きて、笑唏唏(しょうきき=にこにこ)として跟前(みもと)に跑(はし)り近づき来りて言う、
「妙人哥哥(みょうじんあにい=すてきな兄さん)、甚の話か説う有る」
と。三蔵(さんぞう)言う、
「娘子(じょうし)、我長安(ちょうあん)を出でてより、一路(いちろ)西(にし)へ来るに、日(ひ)として山ならざるは無(な)く、日(ひ)として水ならざるは無(な)し。昨(きのう)鎮海寺(ちんかいじ)に在りて宿(やど)を投(とう)じ、偶(たまたま)傷風(しょうふう=風邪)の重疾(じゅうしつ=重き病)を得しが、今日(こんにち)汗(あせ)を出(いだ)してより、略(いささ)か才(ようや)く好きに成(な)れり。又(また)娘子(じょうし)が盛情(せいじょう=厚き情)を蒙(こうむ)り、仙府(せんぷ=おん館)に携(たずさ)え入れられ、只だこの一日(いちにち)を坐し了りて、又(また)心神(しんしん=気分)の爽(さわ)やかならざるを覚(おぼ)ゆ。汝我を帯(つ)れて那裡かに略(いささ)か心(こころ)を散(さん)じ、耍耍児(あそび)に往かしめざるか」
と。かの妖精十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)して言う、
「妙人哥哥(みょうじんあにい)は倒(かえ)って些か興趣(きょうしゅ=興味)有るかな。我汝と与に花園(かえん)の裡に往きて耍耍(あそば)ん」
と。叫(よばわ)る、
「小(こもの)ら、鑰匙(かぎ)を拿(と)り来りて園門(えんもん)を打ち開(ひら)き、路径(ろけい=道筋)を掃(は)き清(きよ)めよ」
と。衆妖(しゅうよう)都(みな)跑(はし)り往きて門を打ち開き收拾(しゅうしゅう=ととの)う。
この妖精格子(こうし)を打ち開き、唐僧を攙(たす)け出(いだ)す。汝視(み)よ、かの許多(あまた)の小妖(しょうよう)は、都(みな)是れ油頭粉面(ゆとうふんめん=油をなでつけ白粉を塗りし顔)、嬝娜娉婷(じょうだへいてい=しなやかに美しき)、簇簇擁擁(ぞくぞくようよう=取り巻き)として、唐僧と与に径(ただち)に花園(かえん)の上に去く。好き和尚かな!彼この綺羅(きら=美服)の隊(くみ)の裡に在りて他故(たこ=他事の心)無く、錦繍(きんしゅう=錦)の叢(むら)がりの中に在りて唖聾(あろう=唖と聾)と作(な)る。若しこの鉄(てつ)の打ちしごとき心腸(しんちょう=心)の仏に朝(むか)い往くに非(あら)ずんば、第二(だいに)の酒色(しゅしょく)の凡夫(ぼんぷ)もまた経を取ることを得ざらん。一行(いっこう)都花園(かえん)の外(そと)に到る。かの妖精俏語(しょうご=優しき声)を低(ひく)くして叫(よばわ)る、
「妙人哥哥(みょうじんあにい)、ここに耍耍(あそべ)ば、真(まこと)に心を散(さん)じ悶(もん)を釈(と)くべし」
と。唐僧彼と与に手を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、同(とも)に園内(えんない)に入り、頭を抬(あ)げて観看(みわた)せば、其(そ)の実(じつ)好き箇(ひとつ)の去処(ところ)なり。ただ見よ、あの、
縈回(えいかい=うねりめぐる)の曲径(きょくけい=曲がり道)、紛紛(ふんふん)として尽(ことごと)く蒼苔(そうたい=青き苔)を点(てん)じ、
窈窕(ようちょう=奥深き)の綺窗(きそう=美しき窓)、処処(ところどころ)暗かに繍箔(しゅうはく=刺繍の簾)を籠(こ)む。
微風(びふう)初(はじ)めて動き、軽飄飄(けいひょうひょう)として蜀錦呉綾(しょっきんごりょう=蜀の錦と呉の綾)を展(ひら)き開(あ)き、
細雨(さいう)才(ようや)く収(おさ)まり、嬌滴滴(きょうてきてき=あでやか)として氷肌玉質(ひょうきぎょくしつ=氷と玉の肌)を露(あらわ)す。
日(ひ)鮮杏(せんきょう=鮮き杏)を灼(や)けば、紅(あか)きこと仙子(せんし=仙女)の霓裳(げいしょう=虹の衣)を晒(さら)すが如(ごと)く、
月(つき)芭蕉(ばしょう)に映(えい)ずれば、青(あお)きこと太真(たいしん=楊貴妃)の羽扇(うせん)を揺(ゆ)るが似(ごと)し。
粉墻(ふんしょう=白き塀)四面(しめん)に、万株(ばんしゅ)の楊柳(ようりゅう)黄鸝(こうり=うぐいす)を囀(さえず)らし、
閑館(かんかん=静かなる館)周囲(しゅうい)に、満院(まんいん)の海棠(かいどう)粉蝶(ふんちょう)を飛ばす。
更(さら)に看よ、あの凝香閣(ぎょうこうかく)、青蛾閣(せいがかく)、解酲閣(かいせいかく)、相思閣(そうしかく)の、
層層(そうそう=幾重)に巻(ま)き映(えい)じ、朱簾(しゅれん=朱の簾)の上、鉤(かぎ)蝦鬚(かしゅ=蝦の髭)を控(ひ)くを。
又(また)見よ、あの養酸亭(ようさんてい)、披素亭(ひそてい)、画眉亭(がみてい)、四雨亭(しうてい)の、
箇箇(おのおの)崢嶸(そうこう=そびえ)、華扁(かへん=立派な扁額)の上、字(じ)に鳥篆(ちょうてん=鳥の篆書)を書(しょ)すを。
看よ、あの浴鶴池(よくかくち)、洗觴池(せんしょうち)、怡月池(いげつち)、濯纓池(たくえいち)の、
青萍(せいへい=青き浮草)緑藻(りょくそう)金鱗(きんりん=金の鱗)を耀(かがや)かすを、
又(また)墨花軒(ぼくかけん)、異箱軒(いそうけん)、適趣軒(てきしゅけん)、慕雲軒(ぼうんけん)有りて、
玉斗(ぎょくと=玉の杯)瓊卮(けいし=瓊の杯)緑蟻(りょくぎ=酒の泡)を浮(う)かぶ。
池亭(ちてい)の上下(じょうげ)に、太湖石(たいこせき)、紫英石(しえいせき)、鸚落石(おうらくせき)、錦川石(きんせんせき)有りて、
青青(せいせい)として虎鬚蒲(こしゅほ=虎の髭の菖蒲)を栽(う)え著け、
軒閣(けんかく)の東西(とうざい)に、木仮山(もくかざん)、翠屏山(すいへいざん)、嘯風山(しょうふうざん)、玉芝山(ぎょくしざん)有りて、
処処(ところどころ)に鳳尾竹(ほうびちく)を叢生(そうせい=群がり生え)す。
荼蘼架(ずびか=野ばらの棚)、薔薇架(しょうびか)は、鞦韆架(しゅうせんか=ぶらんこ)に近づきて、渾(すべ)て錦帳羅幃(きんちょうらい=錦の帳と羅の帷)の如く、
松柏亭(しょうはくてい)、辛夷亭(しんいてい)は、木香亭(もっこうてい)に対(むか)いて、却って碧城繍幕(へきじょうしゅうまく=碧き城の刺繍の幕)に似(に)たり。
芍薬欄(しゃくやくらん)、牡丹叢(ぼたんそう)は、朱朱紫紫(しゅしゅしし)として穠華(のうか=艶やか)を闘(あらそ)い、
夜合台(やごうだい)、茉藜檻(まつれいかん)は、歳歳年年(さいさいねんねん)に嫵媚(ぶび=なまめかしき)を生(しょう)ず。
涓涓(けんけん)として露(つゆ)を滴(したた)らす紫含笑(しがんしょう)、画(えが)くに堪(た)え描(えが)くに堪(た)えたり、
艶艶(えんえん)として空(くう)を焼(や)く紅払桑(こうふっそう)、題(だい)するに宜(よろ)しく賦(ふ)するに宜(よろ)し。
景致(けいち)を論(ろん)ずれば、閬苑蓬莱(ろうえんほうらい=仙境)を夸(ほこ)ること休めよ、
芳菲(ほうひ=花の香り)を較(くら)ぶれば、姚黄魏紫(ようこうぎし=牡丹の名品)を数(かぞ)えず。
若し三春(さんしゅん)の閑(ひま)に斗草(とうそう=草合わせ)に到らば、園中(えんちゅう)に只だ玉瓊花(ぎょくけいか)を少(か)くのみ。
と。
長老(ちょうろう)かの怪を携えて、步(あゆみ)を運(はこ)び花園を賞(め)で、看れども尽(つ)きざる奇葩異卉(きはいき=珍しき花)なり。許多の亭閣(ていかく)を行き過(よ)ぎ、真箇(まこと)に是れ漸(ようや)く佳境(かきょう=素晴らしき境地)に入る。忽(たちま)ち頭を抬(あ)げて、桃樹林(とうじゅりん=桃の林)の辺(ほとり)に到るや、行者師父が頭の上を一掐(ひとつまみ)すれば、かの長老すなわち知る。
行者桃樹(とうじゅ)の枝児(えだ)の上に飛び、身を揺りて一変(ひとへん)し、変じて一箇の紅桃児(こうとうじ=赤き桃)と作る。其(そ)の実(じつ)紅(あか)くして愛(あい)すべし。長老妖精に向(むか)いて言う、
「娘子(じょうし)、汝がこの苑内(えんない)は花香(かこう=花の香り)し、枝頭(しとう=枝の先)に果(くだもの)熟(じゅく)す。苑内(えんない)に花香(かこう)れば蜂(はち)競(きそ)いて采(と)り、枝頭(しとう)に果熟(かじゅく)すれば鳥(とり)争(あらそ)いて銜(くわ)う。怎にしてこの桃樹(とうじゅ)の上の果子(くだもの)の青紅(せいこう)の不一(ひとならざる)なるは、何(なん)ぞや」
と。妖精笑って言う、
「天(てん)に陰陽(いんよう)無くんば、日月(じつげつ)明(あき)らかならず。地(ち)に陰陽(いんよう)無くんば、草木(そうもく)生ぜず。
人に陰陽(いんよう)無くんば、男女(だんじょ)を分(わか)たず。
この桃樹(とうじゅ)の上の果子(くだもの)、向陽(こうよう=日当たり)の処の日色(にっしょく)の相烘(あいあぶ)るる有るは先(ま)ず熟(じゅく)して、故(ゆえ)に紅し。背陰(はいおん=日陰)の処の日無きは還た生(なま)にして、故(ゆえ)に青(あお)し。これ陰陽の道理(どうり)なり」
と。三蔵言う、
「娘子(じょうし)が指教(しきょう=お教え)を謝(しゃ)す。其の実貧僧は知らざりき」
と。すなわち前に向いて手を伸(の)べ、一箇の紅桃(こうとう=赤き桃)を摘(つ)めり。妖精もまた往きて一箇の青桃(せいとう=青き桃)を摘む。三蔵身を躬(かが)めて紅桃(こうとう)を将ちて妖怪に奉(たてまつ)って言う、
「娘子、汝色(いろ)を愛(あい)す。請(こ)うこの紅桃(こうとう)を食え、青(あお)きを拿り来りて我に食わせよ」
と。妖精真箇(まこと)に換(か)えて、且く暗かに喜(よろこ)んで言う、
「好き和尚なるかな!果して是れ一箇の真人(しんにん)なり!一日(いちじつ)の夫妻(ふさい)いまだ做さざるに、却ってすでにこの般き恩愛(おんあい)有るかな」
と。かの妖精喜喜歓歓(ききかんかん)として、唐僧を把って親(した)しみ敬(うやま)う。この唐僧青桃(せいとう)を把り過(よ)ぎ来りてすなわち食い、かの妖精喜(よろこ)んで相陪(あいともな)い、紅桃児(こうとうじ)を把って口を張(ひら)いてすなわち咬(か)む。朱唇(しゅしん=紅き唇)を啓(ひら)き、銀牙(ぎんが=白き歯)を露して、いまだ下口(したくち=口に入れる)ならざるに、元来(もと)孫行者(そんぎょうじゃ)は十分(じゅうぶん)に性急(せいきゅう)なれば、轂轆(こくろく=ころり)と一箇の跟頭(きんと=宙返り)に、彼が咽喉(いんこう=のど)の下に翻(う)ち入り、径(ただち)に肚腹(とふく=腹)の中に到る。妖精怕(おそ)れて三蔵に向いて言う、
「長老や、この果子(くだもの)は利害(りがい=手強)し。怎麼にして咬み破るを容(ゆる)さずして、すなわち転(ころ)がり下(くだ)り往きしや」
と。三蔵言う、
「娘子、新(あらた)に園を開きし果子は愛(あい)して食わるるゆえ、去くことの快(すみやか)なるのみ」
と。妖精言う、
「いまだ核子(かくし=種)を吐(は)き出さざるに、彼すなわち攛(と)び下り往き了んぬ」
と。三蔵言う、
「娘子の意(こころ)美(うつくし)く情(じょう)佳(よ)く、喜んで食うことの甚(はなはだ)しきゆえ、核(たね)を吐(は)くに及(およ)ばずして、すなわち下り往きしなり」
と。行者彼が肚(はら)の裡に在りて、本相(ほんぞう=本来の姿)に復(ふく)し、一声叫(よばわ)る、
「師父、彼と与に嘴(くち)を答うる莫かれ。老孫已(すで)に手を得たり!」
と。三蔵言う、
「徒弟(でし)よ、方便(ほどほど)に著けよ」
と。妖精聽(き)きて言う、
「汝那(いず)れの箇(もの)と与に話を説うや」
と。三蔵言う、
「我(わ)が徒弟(でし)孫悟空(そんごくう)と与に話を説うなり」
と。妖精言う、
「孫悟空(そんごくう)は那裡に在(あ)るか」
と。三蔵言う、
「汝が肚(はら)の裡に在り。却って才(いま)しがた食いしあの紅桃(こうとう)の箇(ひとつ)は、これならずや」
と。妖精慌(あわ)てて言う、
「罷(や)みなん、罷みなん!この猴頭(ことう=猿め)我(わ)が肚(はら)の裡に潜(もぐ)り入りたるは、我は是れ死(し)するのみ!孫行者(そんぎょうじゃ)よ!汝千方百計(せんぽうひゃっけい=あの手この手)に我が肚(はら)の裡に潜り入りて怎にするか」
と。行者裡辺に在りて恨(うら)んで言う、
「また怎にもせん!只だ汝が六葉連肝肺(ろくようれんかんぱい=六葉の連なりし肝肺)、三毛七孔心(さんもうしちくしん=三毛七孔の心)を食い、
五臓(ごぞう)都淘(あら)い浄(きよ)めて、弄(いた)して一箇の梆子精(ほうじせい=拍子木の精)と做さんのみ!」
と。妖精説(いう)を聽き、唬(おどろ)いて魂飛魄散(こんぴはくさん=魂も消え飛び)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として唐僧を抱(いだ)き住めて言う、
「長老や!
我只だ道(おも)えり、夙世(しゅくせ=前世)の前縁(ぜんえん)赤縄(せきじょう=赤き綱)を系(か)け、魚水(ぎょすい=魚と水)相和(あいわ)して両意(りょうい)濃(こま)やかなりと。
料(おもんみ)らず鴛鴦(えんおう=おしどり)今(いま)拆(ひき)き散ぜられ、何(なん)ぞ期(き)せん鸞鳳(らんぽう)又西東(ざいとう)に別(わか)れんとは!
藍橋(らんきょう)水漲(みなぎ)りて事を成し難く、仏廟(ぶつびょう)烟(けむり)沈(しず)んで嘉会(かかい=良き契り)空(むな)し。
着意(ちゃくい=心を寄せ)しし一場(ひとしきり)今又別(わか)る、何(いず)れの年(とし)か汝と与に再相逢(あいあ)わん!」
と。行者彼が肚の裡に在りて説うを聽く時、只だ怕るるは長老の慈心(じしん=慈悲の心)の、また彼に哄(たぶら)かされんことを。すなわち拳(こぶし)を輪(めぐ)らし脚(あし)を跳(は)ね、架子(かじ=構え)を支(ささ)え、四平(しへい=四つんばいの構え)を理(ととの)え、ほとんど一箇の皮装児(ひそうじ=皮袋)をも搗(つ)き破らんとす。かの妖精疼痛(とうつう=痛み)を忍(しの)びえず、塵埃(じんあい=地面)に倒(たお)れ臥(ふ)し、半晌家(しばらく)敢(あ)えて言語(げんご=口をきく)せず。行者言語(げんご)せざるを見、想うに是れ死(し)したるならんとし、却って手を把って略か一(ひとつ)に鬆(ゆる)くすれば、彼又気(いき)を回(めぐ)し過(よ)ぎ来り、叫る、
「小ら!那裡に在るか」
と。元来(もと)かの些かの小妖(しょうよう)は、園門(えんもん)より進み入りしより、各人(おのおの)趣(おもむき)を知り、都一処(ひとところ)に在らず、各(おのおの)自(みずか)ら花(はな)を采(と)り草(くさ)を闘(あらそ)いに往き、意に任(まか)せ心に随(したが)いて耍子(あそび)て、かの妖精と唐僧との両箇をして自在(じざい)に情(じょう)を叙(の)べしめたり。忽(たちまち)叫るを聽きて、却って才く都跑り将(きた)り来る。又妖精の地の上に倒(たお)れ、面容(めんよう=顔色)色(いろ)を改(あらた)め、口の裡に哼哼(こうこう=うなり)して爬(は)いこと動かざるを見、連忙(いそぎ)と攙け起し、一処(ひとところ)に囲(かこ)みて言う、
「夫人(ふじん)、怎にして不好(よから)ざるか。想うに是れ急心疼(きゅうしんとう=心臓の激痛)ならんか」
と。妖精言う、
「是(しか)らず!是らず!汝ら問うことを要むる莫かれ。我が肚の裡に已に人有り了んぬ!疾(と)くこの和尚を把って送(おく)り出し、我が性命(いのち)を留(とど)めよ!」
と。かの些かの小妖(しょうよう)、真箇に都来りて扛(かつ)ぎ抬(かきあ)げんとす。行者肚の裡に在りて叫る、
「那れの箇(もの)か敢えて抬がん!要むるは便ち是れ汝自(みずか)ら我が師父を献(けん)じ出し、外辺(そと)に出で到らば、我汝が命(いのち)を饒(ゆる)さん!」
と。かの怪精(かいせい)計(けい)も奈何(いかん)ともすべくなく、只だ命を惜(お)しむの心あり、急ぎ掙(ふる)い起(お)き上(あが)り、唐僧を把って身の背(せ)に負(お)い、步(あゆみ)を踏(ふ)み開き、外(そと)へ向いてすなわち走く。小妖跟いて言う、
「老夫人(ろうふじん)、那裡へか去きたもうや」
と。妖精言う、
「五湖(ごこ)の明月(めいげつ)を留(とど)め得れば、何ぞ金鉤(きんこう=金の釣り針)を下す処無きを愁(うれ)えんや!この厮(やつ)を把って送(おく)り出し、我の別(べつ)に一箇の頭児(あたま=相手)を尋ねんを等て!」
と。好き妖精かな、一(ひと)たび雲光(うんこう=雲の光)を縦(ほしいまま)にして、直(ただち)に洞の口に到る。又叮叮当当(ていていとうとう=がちゃがちゃ)と、兵刃(へいじん=刃物)の乱(みだ)りに響(ひび)くを聞く。三蔵言う、
「徒弟よ、外にて兵器(へいき)の響(ひび)けり」
と。行者言う、
「是れ八戒の鈀(は)を揉(も)めるなり。汝彼を一声叫べ」
と。三蔵すなわち叫る、
「八戒!」
と。八戒聽きて言う、
「沙和尚(しゃおしょう)!師父の出で来れるぞ!」
と。二人(ふたり)鈀(は)と杖(つえ)とを掣(ひっさ)げ開く。妖精唐僧を馱(お)いて出づ。咦(ああ)!正に是れ、
心猿(しんえん)は裡より応(おう)じて邪怪(じゃかい)を降(くだ)し、土木(どぼく=八戒と沙僧)は門を司(つかさど)りて聖僧(せいそう)を接(むか)う。
と。畢竟(ひっきょう)にかの妖精の性命の如何(いかん)なるを知らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽かれよ。