話(わ)に説(い)わく、かの国王(こくおう)早朝(そうちょう=朝早く)に臨(のぞ)みしに、文武(ぶんぶ)の多官(たかん=多くの役人)みな表章(ひょうしょう=上奏文)を執(と)りて啓奏(けいそう=申し上げ)して言う、「主公(しゅこう=君)、望(のぞ)むらくは臣等(しんとう=家来ども)が失儀(しつぎ=不作法)の罪(つみ)を赦(ゆる)したまえ」と。国王言う、「衆卿(しゅうけい=皆の卿)の礼貌(れいぼう=礼儀)は常(つね)の如(ごと)し、何(なん)の失儀(しつぎ)か有(あ)る」と。衆卿(しゅうけい)言う、
「主公(しゅこう)や、知(し)らず何(なん)の故(ゆえ)にか、臣等(しんとう)は一夜(ひとよ)にして頭髪(とうほつ=髪の毛)を把(と)りてみな亡(な)くし了(おわ)りたり」
と。国王この頭髪(とうほつ)の無(な)きの表(ひょう=上奏文)を執(と)り、龍床(りゅうしょう=天子の寝台)を下(お)りて群臣(ぐんしん)に対(たい)して言う、「果(はた)して知らず何の故にか、朕(ちん)が宮中(きゅうちゅう)の大小(だいしょう)の人等(ひとびと)も、一夜(ひとよ)にしてまた尽(ことごと)く頭髪(とうほつ)を亡(な)くし了(おわ)れり」と。君臣(くんしん)たちみな各(おのおの)汪汪(おうおう=涙ぐみ)として涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「これより後(のち)は、再(ふたた)び敢(あ)えて和尚(おしょう)を殺戮(さつりく=殺し)すべからず」と。王(おう)復(ま)た龍位(りゅうい=天子の座)に上(のぼ)り、衆官(しゅうかん)おのおの本班(ほんぱん=持ち場の列)に立(た)つ。王(おう)また言う、「事(こと)有(あ)らんは班(はん=列)を出(い)でて来(きた)りて奏(そう)せよ、事(こと)無(な)きは帘(れん=簾)を卷(ま)きて朝(ちょう)を散(さん)ぜよ」と。ただかの武班(ぶはん=武官の列)の中(うち)より巡城総兵官(じゅんじょうそうへいかん)の闪(かいだ)き出(い)で、文班(ぶんぱん=文官の列)の中より東城兵馬使(とうじょうへいばし)の走(あゆ)み出(い)で、階(きざはし)に当(あた)りて頭(こうべ)を叩(う)って言う、「臣(しん)聖旨(せいし=勅命)を蒙(こうむ)りて城(しろ)を巡(めぐ)り、昨夜(ゆうべ)賊贓(ぞくぞう=盗品)の櫃(ひつ)一箇(ひとつ)と、白馬(はくば)一匹(ひとき)とを得(え)たり。微臣(びしん=わたくしめ)敢(あ)えて擅(ほしいまま)に専(せん)にせず、請(こ)う、旨(みことのり)を請(こ)いて定奪(ていだつ=裁決)を賜(たまわ)れ」と。国王大(おお)いに喜(よろこ)んで言う、
「櫃(ひつ)もろともに取(と)り来(こ)よ」
と。二臣(にしん=二人の臣)すなわち本衙(ほんが=自分の役所)に退(しりぞ)き、斉整(せいせい=揃い)の軍士(ぐんし=兵)を点(てん=召集)じ起(おこ)し、櫃(ひつ)を将(も)ちて抬(かつ)ぎ出(いだ)す。三蔵(さんぞう)内(うち)に在りて、魂(たましい)の体(からだ)に附(つ)かざるばかりにて言う、「徒弟(でし)らよ、この一たび国王(こくおう)の前(まえ)に到(いた)らば、いかにか理(ことわり)を説(と)かん」と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「嚷(わめ)くな!我(われ)すでに打点(たてん=手筈)を停当(ていとう=整え)たり。櫃(ひつ)を開(ひら)く時(とき)に、彼(か)れすなわち我(われ)らを拝(おが)んで師(し)と為(な)さんとす。ただ八戒(はっかい)をして長短(ちょうたん=あれこれ)を争競(そうきょう=争う)すること莫(な)からしめよ」と。八戒言う、「ただただ殺(ころ)さるるを免(まぬか)れなば、すなわちこれ無量(むりょう)の福(ふく)なるに、なお敢(あ)えて争競(そうきょう)せんや!」と。説(いう)了(おわ)らざるに、朝(ちょう)の外(そと)に抬(かつ)ぎ至(いた)り、五鳳楼(ごほうろう=楼門)に入(い)りて、丹墀(たんち=玉座前の庭)の下(もと)に放(お)き置(お)く。二臣(にしん)請(こ)うて国王(こくおう)の開(あ)けて看(み)たまわんことを乞(こ)えば、国王すなわち命(めい)じて打(う)ち開(あ)けしむ。方(はじ)めて蓋(ふた)を掲(あ)ぐるや、豬八戒(ちょはっかい)すなわち忍(しの)びえずして外(そと)へ向(むか)いて一跳(ひとおどり)すれば、嚇(おどろ)かされたるかなかの多官(たかん=役人ら)、胆(きも)戦(おのの)きて、口(くち)に言(い)うことを能(あた)わず。また孫行者(そんぎょうじゃ)の唐僧(とうそう)を攙(たす)け出(いだ)し、沙和尚(さおしょう)行李(こうり)を搬(はこ)び出(いだ)すを見(み)る。八戒(はっかい)総兵官(そうへいかん)の馬(うま)を牽(ひ)けるを見(み)るや、走上(すす)み前(まえ)に出で、「咄(こら)!」と一声(ひとこえ)して言う、
「馬(うま)はこれ我(わ)がものなり!拿(と)りて過(わた)し来(こ)よ!」
と。嚇(おどろ)かされたるかなかの官児(かんじ=役人)、跟頭(とんぼがえり)を翻(う)って地(ち)に倒(たお)れ跌(ふん)まれたり。四衆(ししゅ)みな階(きざはし)の中(うち)に立(た)つ。かの国王(こくおう)これ四箇(よたり)の和尚(おしょう)なるを見(み)、忙(いそ)ぎて龍床(りゅうしょう)を下(お)り、三宮(さんきゅう)の妃后(ひこう=后妃)を宣召(せんしょう=召し寄)せ、金鑾宝殿(きんらんほうでん=玉座の宮)を下(お)り、群臣(ぐんしん)と同(とも)に拝(おが)んで問(と)うて言う、「長老(ちょうろう)はいずこより来(きた)る」と。三蔵(さんぞう)言う、「これ東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かりもと=御世)より差(つか)わされ、西方(せいほう)の天竺国(てんじくこく)の大雷音寺(だいらいおんじ)に往(ゆ)きて活仏(かつぶつ=生ける仏)を拝(おが)み真経(しんきょう)を取(と)らんとする者なり」と。国王言う、
「老師(ろうし)は遠(とお)くより来(きた)られたり、何(なん)の為(ため)にかこの櫃(ひつ)の裡(うち)に安歇(あんけつ=泊まり)したまえる」
と。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)は陛下(へいか)の願心(がんしん=誓願)の和尚(おしょう)を殺(ころ)す有(あ)るを知(し)り、敢(あ)えて明(あきら)かに上国(じょうこく=貴国)に投(とう)ぜず、俗人(ぞくにん=俗体)に扮(よそお)うて、夜(よる)宝方(ほうほう=貴地)の飯店(はんてん=宿屋)の裡(うち)に至(いた)りて宿(やど)を借(か)れり。人(ひと)の原身(げんしん=本来の姿)を識破(しきは=見破)らんことを怕(おそ)るるが故(ゆえ)に、このをもて櫃中(きつちゅう=長持の中)に安歇(あんけつ)せしなり。不幸(ふこう)にして賊(ぞく)に偸(ぬす)み出(いだ)され、総兵(そうへい)に捉獲(そくかく=捕らえ)られて抬(かつ)ぎ来(きた)られたりしが、今(いま)陛下(へいか)が龍顔(りゅうがん=御顔)を見(み)奉(たてまつ)ることを得(え)たるは、いわゆる雲(くも)を撥(わ)りて日(ひ)を見(み)るなり。望(のぞ)むらくは陛下(へいか)貧僧(ひんそう)を赦(ゆる)し放(はな)ちたまえ、これ海(うみ)よりも深(ふか)き恩便(おんべん=御恵)なるべし!」と。国王言う、「老師(ろうし)はこれ天朝(てんちょう)上国(じょうこく)の高僧(こうそう)なるに、朕(ちん)迎迓(げいが=お迎え)を失(うしな)えり。朕(ちん)常(つね)の年(とし)に願(がん)を為(な)して僧(そう)を殺(ころ)さんとせしは、かつて僧(そう)の朕(ちん)を謗(そし)りしに因(よ)りてなり。朕(ちん)天(てん)に願(がん)を許(か)けて、一万(いちまん)の和尚(おしょう)を殺(ころ)して円満(えんまん)を做(な)さんと要(ほっ)せしが、期(き)せずや今夜(こんや)皈依(きえ=帰依)して、朕(ちん)等(とう)をして僧(そう)と為(な)らしむ。如今(いま)君臣(くんしん)后妃(こうひ)の髪(かみ)みな剃(そ)り落(お)とせり。望(のぞ)むらくは老師(ろうし)の高賢(こうけん=尊き賢者)を吝(おし)むこと莫(な)く、願(ねが)わくは門下(もんか=弟子)と為(な)らんことを」と。八戒(はっかい)言(げん)を聴(き)き、呵呵(かか)と大(おお)いに笑(わら)って言う、「既(すで)に要(もと)めて拝(おが)みて門徒(もんと=弟子)と為さらんとせば、何(なん)の贄見(しけん=入門の礼物)の礼(れい)か有(あ)る」と。国王言う、「師(し)もし肯(あ)えて従(したが)わば、願(ねが)わくは国中(こくちゅう)の財宝(ざいほう)を将(も)ちて献(たてまつ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「財宝(ざいほう)を説(い)う莫(な)かれ。我(われ)ら和尚(おしょう)はこれ道(どう)の有(あ)る僧(そう)なり。汝(なんじ)ただ関文(かんぶん=通行証)を把(と)りて倒(さかしま)に換(か)えさせ、我(われ)らを送(おく)りて城(しろ)を出(い)ださしめなば、汝(なんじ)が皇図(こうと=御代)の永(とこしえ)に固(かた)きと、福寿(ふくじゅ)の長(とこしえ)に臻(いた)ることを保(ほ)せん」と。かの国王これを聴(き)き、すなわち光禄寺(こうろくじ=宮中の料理所)をして大(おお)いに筵宴(えんえん=饗宴)を排(ひら)かしめ、君臣(くんしん)合(がっ)し同(どう)じて、拝(はい)して一(いつ)に帰(き)し、即時(すなわ)ち関文(かんぶん)を倒(さかしま)に換(か)え、請(こ)うて三蔵(さんぞう)の国号(こくごう)を改(あらた)め換(か)えんことを求(もと)む。行者(ぎょうじゃ)言う、「陛下(へいか)が法国(ほうこく)の名(な)は甚(はなは)だ好(よ)けれど、ただ滅(めっ)の字(じ)のみ通(つう)ぜず。我(われ)の過(よ)ぎりしよりこのかた、号(ごう)を改(あらた)めて欽法国(きんぽうこく)と做(な)すべし。管(かなら)ず汝(なんじ)に海晏河清(かいあんかせい=世の太平)にして千代(せんだい)も勝(まさ)り、風調雨順(ふうちょううじゅん=順調な天候)にして万方(ばんぽう=四方)も安(やす)きを教(おし)えん」と。国王(こくおう)恩(おん)を謝(しゃ)し、朝鑾駕(ちょうらんが=天子の車駕)を擺(ととの)え整(ととの)えて、唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)でて西(にし)へ去(さ)らしむ。君臣(くんしん)たち善(ぜん)を秉(と)って真(しん)に帰(き)す。これ語(かた)らず。
さて、長老(ちょうろう)欽法国王(きんぽうこくおう)に辞別(じべつ)し、馬上(ばじょう)に在りて欣然(きんぜん)として言う、「悟空(ごくう)、この一法(いっぽう=やり方)は甚(はなは)だ善(よ)く、大(おお)いに功(こう)有(あ)り」と。沙僧(さそう)言う、「哥(あに)や、いずこよりかこの許多(あまた)の整容匠(せいようしょう=髪結い)を尋(たず)ね来(きた)りて、夜(よる)に連(つらな)りてこの許多(あまた)の頭(あたま)を剃(そ)らしめしぞ」と。行者、かの変化(へんげ)を施(ほどこ)し神通(じんずう)を弄(ろう)しし事(こと)を説(と)きて一遍(ひとわたり)を了(おわ)れば、師徒(してい)らみな口(くち)を合(あ)わするに遑(いとま)無(な)く笑(わら)う。正(まさ)に歓喜(かんき)する処(ところ)に、忽然(たちまち)一座(ひとつ)の高山(こうざん)の路(みち)を阻(はば)むを見(み)る。唐僧(とうそう)馬(うま)を勒(ひきし)めて言う、
「徒弟(でし)らよ、汝(なんじ)看(み)よ、この面前(めんぜん)の山勢(さんせい=山の姿)の崔巍(さいぎ=高く険しき)なるを。切(きっ)と須(かなら)ず仔細(つまびらか)にせよ!」
と。行者笑って言う、「放心(ほうしん)せよ!放心せよ!汝(なんじ)が事(こと)無(な)きを保(ほ)せん!」と。三蔵(さんぞう)言う、「事(こと)無(な)しと言(い)う莫(な)かれ。我(われ)かの山峰(さんぽう=峰)の挺立(ていりつ=そびえ立つ)の、遠(とお)く些(いささ)か凶気(きょうき)有(あ)りて、暴雲(ぼううん=荒れ雲)の飛(と)び出(い)づるを見(み)るに、漸(ようや)く驚惶(きょうこう=驚(おどろ)き慌(あわ)て)を覚(おぼ)え、身(み)に満(み)ちて麻木(まぼく=しびれ)、神思(しんし=心)安(やす)からず」と。行者笑って言う、「汝(なんじ)は烏巣禅師(うそうぜんじ)が『多心経(たしんきょう)』を早(はや)くも已(すで)に忘(わす)れたるか」と。三蔵言う、「我(われ)記(おぼ)えたり」と。行者言う、「汝(なんじ)記(おぼ)うと雖(いえど)も、なお四句(よんく)の頌子(じゅす=偈)有(あ)りて、汝(なんじ)却(かえ)って忘(わす)れたるなり」と。三蔵言う、「那(いず)れの四句(よんく)ぞ」と。行者言う、
「仏(ほとけ)は霊山(りょうざん)に在(いま)す、遠(とお)くに求(もと)むる莫(な)かれ。霊山(りょうざん)はただ汝(なんじ)が心頭(しんとう=心)にのみ在(あ)り。
人(ひと)人(ひと)に一箇(ひとつ)の霊山塔(りょうざんとう)有(あ)り、好(よ)く霊山塔(りょうざんとう)の下(もと)に向(むか)いて修(しゅ)せよ」
と。三蔵言う、「徒弟(でし)よ、我(われ)いずくんぞ知(し)らざらんや。
もしこの四句(よんく)に依(よ)らば、千経万典(せんけいばんてん=あらゆる経典)も、ただこれ心(こころ)を修(おさ)むるのみ」
と。行者言う、「説(と)くを要(よう)せず。心(こころ)浄(きよ)ければ孤明独照(こめいどくしょう=明らかに照らし)、心存(しんぞん)なれば万境(ばんきょう)みな清(きよ)し。些(いささ)かも差(たが)え錯(あやま)らば惰懈(だかい=なまけ)と成(な)り、千年万載(せんねんばんさい)も功(こう)を成(な)さじ。ただ一片(ひとかけ)の志誠(しせい=真心)を要(よう)するのみ、雷音(らいおん)はただ眼下(いま)に在(あ)り。汝(なんじ)がこのごとく恐惧(きょうく)し驚惶(きょうこう=慌(あわ)て)て神思(しんし)安(やす)からざるが如(ごと)きは、大道(だいどう)遠(とお)く、雷音(らいおん)もまた遠(とお)し。且(しばら)く胡(みだ)りに疑(うたが)う莫(な)かれ、我(われ)に随(したが)いて去(ゆ)け」と。かの長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)き、心神(しんしん=心)頓(にわか)に爽(さわやか)にして、万慮(ばんりょ=諸の思い)みな休(や)む。
四衆(ししゅ)一同(いちどう)に前進(ぜんしん)す。幾步(いくほ)も行(ゆ)かずして、山(やま)の上(うえ)に到(いた)り、目(め)を挙(あ)げて看(み)る時(とき)、かの山(やま)は真(まこと)に好(よ)き山(やま)なるかな、細(こま)かに看(み)れば色(いろ)班班(はんはん=まだら)たり。ただ見よ、
頂上(ちょうじょう)に雲(くも)飄蕩(ひょうとう=漂い)、崖前(がいぜん)に樹影(じゅえい=木の影)寒(さむ)し。
飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)淅瀝(せきれき=ひそやか)に、走獣(そうじゅう)凶頑(きょうがん=荒々し)。
林内(りんない)に松(まつ)千幹(せんかん)あり、巒頭(らんとう=峰のいただき)に竹(たけ)幾竿(くかん)あり。
吼(ほ)え叫(さけ)ぶはこれ蒼狼(そうろう=青き狼)の食(しょく)を奪(うば)えるにして、咆哮(ほうこう)するはこれ餓虎(がこ=飢えた虎)の餐(さん=食)を争(あらそ)えるなり。
野猿(やえん)は長嘯(ちょうしょう)て鮮果(せんか=新しき実)を尋(たず)ね、麋鹿(びろく)は花(はな)を攀(よ)じて翠嵐(すいらん=緑の山気)に上(のぼ)る。
風(かぜ)灑灑(さいさい=そよそよ)、水(みず)潺潺(せんせん=さらさら)、時(おり)に幽鳥(ゆうちょう)の語(ことば)の間関(かんかん=のどか)なるを聞(き)く。
幾処(いくところ)かの藤蘿(とうら=藤やつた)は牽(ひ)かれまた扯(さ)かれ、渓(たに)に満(み)つるは瑶草(ようそう=仙草)に香蘭(こうらん)を雑(まじ)う。
磷磷(りんりん)たる怪石(かいせき)、削削(さくさく)たる峰岩(ほうがん)。
狐狢(こむじな=狐や狢)は群(むれ)を成(な)して走(はし)り、猴猿(こうえん=猿ども)は隊(たい)を作(な)して頑(たわむ)る。
行客(こうかく=旅人)の正(まさ)に険峻(けんしゅん=険しさ)の多(おお)きを愁(うれ)うるに、奈何(いかに)か古道(こどう=古き道)のまた湾環(わんかん=曲がりくねる)たる!
と。師徒(してい)ら怯怯驚驚(びくびくおびえ)て、正(まさ)に行(ゆ)くの時(とき)、ただ呼呼(こうこう=ひゅうひゅう)と一陣(ひとむれ)の風(かぜ)の起(おこ)るを聴(き)くのみ。三蔵怕(おそ)れて言う、「風(かぜ)起(おこ)れり!」と。行者言う、「春(はる)に和風(わふう=穏やかな風)有(あ)り、夏(なつ)に熏風(くんぷう=薫風)有り、秋(あき)に金風(きんぷう=秋風)有り、冬(ふゆ)に朔風(さくふう=北風)有り。四時(しいつ)にみな風(かぜ)有(あ)りて、風(かぜ)の起(おこ)るを何(なに)をか怕(おそ)れん」と。三蔵言う、「この風(かぜ)の来(きた)ること甚(はなは)だ急(きゅう)なり、決然(けつぜん=きっと)これ天風(てんぷう=天からの風)に非(あら)ず」と。行者言う、「古(いにしえ)より来(きた)れるは、風(かぜ)は地(ち)より起(おこ)り、雲(くも)は山(やま)より出(い)づ。いかにしてか箇(ひとつ)の天風(てんぷう)を得(え)ん」と。説(いう)了(おわ)らざるに、また一陣(ひとむれ)の霧(きり)の起るを見(み)る。かの霧(きり)は真箇(まこと)にこれ、
漠漠(ばくばく)として天(てん)に連(つらな)りて暗(くら)く、蒙蒙(もうもう)として地(ち)を匝(めぐ)りて昏(くら)し。
日色(じつしょく=日の光)は全(まった)く影(かげ)無(な)く、鳥声(ちょうせい=鳥の声)は聞(き)く処(ところ)無(な)し。
宛然(えんぜん)として混沌(こんとん=天地未分)の如(ごと)く、仿佛(ほうふつ)として飛塵(ふじん=舞う埃)に似(に)たり。
山頭(さんとう)の樹(き)を見(み)ず、いずくんぞ采薬(さいやく=薬草を採る)の人(ひと)に逢(あ)わんや?
と。三蔵一発(いよいよ)心(こころ)驚(おどろ)いて言う、
「悟空(ごくう)、風は未(いま)だ定(さだ)まらざるに、いかにしてかまたこのごとく霧(きり)の起るや」
と。行者言う、「且(しばら)く忙(いそ)ぐ莫(な)かれ。請(こ)う、師父(しふ)馬(うま)を下(お)りたまえ。汝(なんじ)ら兄弟(きょうだい)二人(ふたり)ここに在りて保守(ほしゅ=守)せよ、我(われ)が往(ゆ)きて看(み)て是(こ)れ何(なん)の吉凶(きっきょう)なるを待(ま)て」と。
好(よ)き大聖(たいせい)かな、腰(こし)を一躬(ひとこご)みしてすなわち半空(はんくう=空の中ほど)に到(いた)り、手(て)を用(もち)いて眉(まゆ)の上(うえ)に搭(か)ざし、火眼(かがん=火の眼)を円(まる)く睜(みは)り、下(しも)に向(むか)ってこれを観(み)るに、果(はた)してかの懸岩(けんがん=崖)の辺(ほとり)に一箇(ひとり)の妖精(ようせい)の坐(ざ)せるを見(み)る。汝(なんじ)看(み)よ、彼(か)れのいかにか生(しょう)ぜる姿(すがた)なるを、
炳炳(へいへい=あざやか)たる文斑(ぶんぱん=斑紋)は采艶(さいえん=美しい色)多(おお)く、昂昂(こうこう=そびえ)たる雄勢(ゆうせい=雄々しき勢い)は甚(はなは)だ抖擻(とうそう=奮い立つ)。
堅牙(けんが=堅き牙)は口(くち)を出(い)でて鋼鑽(こうさん=鋼の錐)の如(ごと)く、利爪(りそう=鋭き爪)は蹄(ひづめ)に藏(かく)れて玉鉤(ぎょくこう=玉の鉤)に似(に)たり。
金眼(きんがん)円睛(えんせい=丸き瞳)は禽獣(きんじゅう)も怕(おそ)れ、銀鬚(ぎんしゅ=銀の髭)倒(さかしま)に竪(た)てば鬼神(きしん)も愁(うれ)う。
張狂(ちょうきょう=ほしいままに荒れ)し哮吼(こうこう=吼える)して威猛(いもう=威を猛)しく、靄(もや)を噯(は)き風を噴(ふ)いて智謀(ちぼう=知恵)を運(めぐ)らす。
と。またかの左右(そうゆう)の手下(しゅか=手下)に三、四十箇(さんしじゅっこ)の小妖(しょうよう)の擺列(ならび)たるを見(み)るに、彼(か)れそこに在りて逼法(ひっぽう=懸命)に風を噴(ふ)き靄(もや)を噯(は)く。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って言う、「我(わ)が師父(しふ)もまた些(いささ)か先兆(せんちょう=予感)有(あ)りしか。彼(か)れ天風(てんぷう)に非(あら)ずと説(い)いしは、果(はた)して然(しか)り、却(かえ)ってこれ一箇(ひとり)の妖精(ようせい)のここに在りて喧児(けんじ=大騒ぎ)を弄(ろう)せるなり。もし老孫(ろうそん)鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて下(した)に向(むか)いてすなわち打(う)たば、これを搗蒜打(とうさんだ=蒜をつく打ち)と喚(よ)ぶ。打(う)てばすなわち打ち殺さんも、ただ老孫(ろうそん)が名頭(みょうとう=名聞)を壊(こわ)すのみ」と。かの行者(ぎょうじゃ)一生(いっしょう)の豪傑(ごうけつ)にして、再(ま)た暗(あん)に人(ひと)を算計(さんけい=謀る)することを暁(さと)らず。彼(か)れ言う、「我(われ)且(しばら)く回(かえ)り去(さ)り、豬八戒(ちょはっかい)を照顧(しょうこ=相手)し照顧して、彼(か)れをして来(きた)りて先(ま)ずこの妖精(ようせい)と一仗(ひとたたかい)を見させしめん。もし八戒(はっかい)に本事(ほんざい=腕)有(あ)りて、この妖(よう)を打(う)ち倒(たお)さば、彼(か)れが一功(いっこう=手柄)と算(かぞ)えん。もし手段(てだて)無(な)くして、この妖(よう)に拿(とら)えられ往(ゆ)かば、我(われ)の再(ふたた)び往(ゆ)きて彼(か)れを救(すく)うを待(ま)ちて、才(ようや)く好(よ)く名(な)を出(いだ)さん」と。彼(か)れ想(おも)えらく、「八戒(はっかい)は些(いささ)か怠惰(たいだ=なまけ)なるところ有(あ)りて、肯(あ)えて頭(こうべ)を出さず、ただこれ些(いささ)か口緊(こうきん=食い意地)にして、好(よ)く東西(もの)を吃(くら)う。我(われ)に彼(か)れを一(ひと)と哄(たぶらか)さしめよ。彼(か)れのいかにか説(い)うを看(み)ん」と。即時(すなわ)ち雲頭(うんとう)を落下(おろ)し、三蔵が前(まえ)に到(いた)る。三蔵問(と)うて言う、「悟空(ごくう)、風霧(ふうむ=風と霧)の処(ところ)の吉凶(きっきょう)は如何(いかん)」と。行者言う、
「この会子(おり)には明浄(めいじょう=晴れ)れて、何(なん)の風霧(ふうむ)も無(な)し」
と。三蔵言う、「正(まさ)に是(しか)り、些(いささ)か退(しりぞ)き下(おろ)れるを覚(おぼ)ゆ」と。行者笑って言う、「師父(しふ)、我(われ)常時間(つね)には還(かえ)って好(よ)く看(み)るが、この番(たび)は却(かえ)って看(み)り錯(あやま)れり。我(われ)ただ風霧(ふうむ)の中(うち)に妖怪(ようかい)の有(あ)らんことを恐(おそ)ると説(い)いしが、元来(もと)非(しか)らず」と。三蔵言う、「これ何(なに)なる」と。行者言う、「前面(ぜんめん)遠(とお)からず、すなわちこれ一庄村(ひとむら)。村上(むら)の人家(じんか)善(ぜん)を好(この)み、白米(はくまい)の乾飯(かんぱん=炊いた飯)と、白面(はくめん=小麦粉)の饃饃(まんじゅう=饅頭)とを蒸(ふか)して僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)すなり。これらの霧(きり)は、想(おも)うにかの些(これ)らの人家(じんか)が蒸籠(せいろう=蒸し器)の気(けはい=湯気)ならん。またこれ積善(せきぜん=善を積む)の応(いん=報い)なり」と。八戒(はっかい)これを聴(き)き、真実(しんじつ=本当)と認(みと)め、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き過(よ)ぎて悄悄(ひそひそ)として言う、「哥哥(あに)よ、汝(なんじ)先(さき)に其(そ)が斎(とき)を吃(くら)い来(きた)れるか」と。行者言う、「多(おお)くは吃(くら)わず。かの菜蔬(さいそ=惣菜)の太(はなは)だ咸(しおから)きによりて些(いささ)か酌(く)み过(すご)したれば、好(この)んで多(おお)く吃(くら)わざりき」と。八戒言う、「啐(ちぇ)!彼(か)れのいかにか咸(しおから)きに凭(まか)するも、我(われ)もまた肚(はら)を尽(つく)して彼(か)れを一飽(ひとあき)に吃(くら)わん!十分(じゅうぶん)に渇(かわ)きを作(な)さば、すなわち回(かえ)り来(きた)りて水(みず)を吃(の)まん」と。行者言う、「汝(なんじ)吃(くら)わんと要(ほっ)するか」と。八戒言う、「正(まさ)に是(しか)り。我(われ)が肚(はら)の裡(うち)些(いささ)か饥(う)えたれば、先(ま)ず往(ゆ)きて些か吃(くら)わんとすれど、いかなるをか知(し)らず」と。行者言う、「兄弟(きょうだい)よ、題(い)う莫(な)かれ。古書(こしょ)に云(いわ)く、『父(ちち)在(いま)せば、子(こ)自(みずか)ら専(ほしいまま)にするを得(え)ず』と。師父(しふ)またここに在(いま)せば、孰(たれ)か敢えて先(ま)ず去(ゆ)かん」と。八戒笑って言う、「汝(なんじ)もし言語(ものい)わずんば、我(われ)すなわち去(ゆ)かん」と。行者言う、「我(われ)言語(ものい)わず。汝(なんじ)のいかにしてか去(ゆ)くを得(え)るを看ん」と。かの呆子(あほう)は嘴(くち)を吃(く)らわんとする見識(けんしき=知恵)こそ偏(ひとえ)に有(あ)るものを、走(あゆ)み上(すす)みて一箇(ひとつ)の大喏(だいじゃ=深い礼)を唱(とな)えて言う、「師父(しふ)、适才(さっき)師兄(しい)の説(い)えるは、前村(まえむら)に人家(じんか)の僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)す有(あ)りと。汝(なんじ)看よ、この馬(うま)の些か人家(じんか)を打撹(おじゃま)せんとするが如(ごと)きは、すなわち草(くさ)を要(もと)め料(かいば)を要(もと)めて、却(かえ)って事(こと)を費(ついや)さずや。幸(さいわ)いに如今(いま)風霧(ふうむ)明浄(めいじょう)なれば、汝(なんじ)ら且(しばら)く略(しばら)く坐(ざ)したまえ、我(われ)が往(ゆ)きて些かの嫩草児(わかくさ=若草)を尋(たず)ね、先(ま)ず馬を喂(やしな)い喂(やしな)いし、然(しか)して後(のち)かの家子(いえ)へ往(ゆ)きて斎(とき)を化(こ)さんを待(ま)て」と。唐僧(とうそう)歓喜(かんき)して言う、「好しや!汝(なんじ)今日(こんにち)は却(かえ)っていかにしてか肯(あ)えてこのごとく勤謹(きんきん=まめまめし)きや。疾(と)く去(ゆ)け疾く来(こ)よ」と。かの呆子(あほう)暗暗(ひそひそ)に笑(わら)ってすなわち走(ゆ)くに、行者(ぎょうじゃ)趕(お)いつきて扯(ひ)き住(とど)めて言う、「兄弟(きょうだい)よ、彼(か)れがそこにて僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)すは、ただ俊(すぐ)れたるを斎(とき)するのみにて、醜(みにくき)を斎(とき)せず」と。八戒言う、「このごとく説(い)わば、また変化(へんげ)を要(よう)するなり」と。行者言う、「正(まさ)に是(しか)り。汝(なんじ)変(へん)じ変(へん)じて去(ゆ)け」と。好き呆子(あほう)かな、彼(か)れにもまた三十六般(さんじゅうろっぱん=三十六種)の変化(へんげ)有(あ)りて、山凹(やまくぼ)の裡(うち)に走(あゆ)み到(いた)り、訣(けつ)を捻(ひね)り、咒語(じゅご=まじない)を念(とな)え動(うご)かし、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一箇(ひとり)の矮胖(わいほう=低く太りたる)の和尚(おしょう)と做(な)り、手(て)の裡(うち)に一箇(ひとつ)の木魚(もくぎょ=木魚)を敲(たた)き、口(くち)の裡(うち)にて哼阿哼(ふんあふん=ふんふん)として、また経(きょう)を念(とな)うることを会(え)せず、ただ哼(ふん)ずるはこれ「上大人(じょうたいじん)」のみ。
さて、かの怪物(かいぶつ)風を収(おさ)め霧(きり)を斂(おさ)め、群妖(ぐんよう=妖の群れ)に号令(ごうれい)して、大路(たいろ)の口(くち)の上(うえ)に在りて一箇の圈子陣(けんすじん=輪の陣)を擺(ひら)き、専(もっぱ)ら行客(こうかく)を等(ま)つ。この呆子(あほう)は晦気(わいき=不運)にも、多時(しばらく)も経(へ)ざるに中(なか)へ撞(ぶつか)り到(いた)り、群妖(ぐんよう)に囲(かこ)まれて、このは衣服(いふく)を扯(ひ)き住(とど)め、かれは絲縧(しとう=絹の帯)を扯(ひ)き、推推擁擁(すいすいようよう=押し合い)して、一斉(いっせい)に手(て)を下(おろ)す。八戒(はっかい)言う、「扯(ひ)く莫かれ。我(われ)に一家(ひとつ)ずつ吃(くら)い将(も)ち来(きた)らしめよ」と。群妖(ぐんよう)言う、「和尚よ、汝(なんじ)は何(なに)をか吃(くら)わんと要(ほっ)する」と。八戒言う、「汝(なんじ)らがここにて僧に斎を施(ほどこ)せば、我(われ)来(きた)りて斎を吃(くら)うなり」と。群妖言う、「汝(なんじ)がここにて僧に斎を施すと想(おも)うは、我(われ)がここにて専(もっぱ)ら僧を吃(くら)わんと要(ほっ)するを知(し)らざるか。我(われ)らはみなこれ山中(さんちゅう)にて道(どう)を得(え)たる妖仙(ようせん)にして、専ら汝(なんじ)らの和尚を把(と)りて家(いえ)に拿(とら)え到(いた)り、蒸籠(せいろう)に上(のぼ)せて蒸(ふか)し熟(じゅく)して吃(くら)わんとす。汝(なんじ)は却(かえ)ってなお来(きた)りて斎を吃(くら)わんと想(おも)うか!」と。
八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)怕れて、才(ようや)く行者(ぎょうじゃ)を報怨(ほうえん=恨み)して言う、
「この弼馬温(ひつばおん)め、実(げ)に憊懶(はいらん=憎たらし)!
彼(か)れ我(われ)を哄(たぶらか)してこの村(むら)の裡(うち)に僧に斎を施す有(あ)りと説(い)いしに、ここにいずくんぞ村庄(そんそう=村)の人家(じんか)か有(あ)らん、いずこにか何(なん)の僧にか斎を施せん、却(かえ)って元来(もと)これ些かの妖精(ようせい)なるのみ!」
と。かの呆子(あほう)彼(か)れらに扯(ひ)かるること急(きゅう)なるに及びて、すなわち原身(げんしん)を現(あらわ)し、腰間(ようかん=腰のあたり)より釘鈀(ていは)を掣(ひっさ)げ、一頓(ひとしきり)に乱(みだ)りに筑(つ)きて、かの些(これ)らの小妖(しょうよう)を筑(つ)き退(しりぞ)く。小妖(しょうよう)急(いそ)ぎ跑(はし)りて往(ゆ)きて老怪(ろうかい)に報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、禍事(かじ=大変)なり!」と。老妖(ろうよう)言う、「何(なん)の禍事(かじ)か有(あ)る」と。小妖言う、「山前(さんぜん)に一箇(ひとり)の和尚の来(きた)れる有(あ)りて、かつまた生(うま)れつき干浄(かんじょう=きれい)なり。我(われ)家(いえ)に拿(とら)え来(きた)りて彼(か)れを蒸(ふか)して吃(くら)わんと説(い)いしに、もし吃(くら)い了らざれば、些か留(とど)めて天陰(てんいん=雨の日)に防(そな)えんとせしに、期(き)せずや彼(か)れ変化(へんげ)を会(え)するや」と。老妖言う、「何(なに)なる姿(すがた)に変化(へんげ)せるぞ」と。小妖言う、「いずこにか箇(ひとつ)の人相(にんそう=人の形)を成(な)さんや!長嘴(ちょうし=長き鼻)に大耳(だいじ=大きな耳)、背後(はいご=後ろ)にまた鬃(たてがみ)有(あ)り、両手(りょうしゅ)に一根(ひとつ)の釘鈀(ていは)を輪(めぐ)らして、頭(あたま)も無(な)く顔(かお)も無(な)く乱(みだ)りに筑(つ)けば、嚇(おどろ)かされて我(われ)ら跑(に)げ回(かえ)りて大王(だいおう)に報(しら)せに来(きた)れるなり」と。老怪(ろうかい)言う、「怕るる莫かれ、我(われ)が往(ゆ)きて看るを待(ま)て」と。一条(ひとすじ)の鉄杵(てっしょ=鉄の棒)を輪(めぐ)らし、近(ちか)づき前(まえ)に到りて看る時(とき)、呆子(あほう)の果(はた)して醜悪(しゅうあく=醜く恐ろしき)なるを見る。彼(か)れの生(うま)れつけるは、
碓嘴(たいし=臼の嘴)初(はじ)めて長(なが)きこと三尺(さんじゃく)零(あまり)、獠牙(りょうが=伸びた牙)觜(つき)出でて銀釘(ぎんてい=銀の釘)に賽(まさ)る。
一双(ひとつ)の円眼(えんがん=丸き眼)は光(ひかり)電(いなずま)の如く、両耳(りょうじ=両の耳)は風を扇(あお)いで唿唿(こつこつ)と声(ひび)く。
脳後(のうご=後頭)の鬃(たてがみ)長(なが)くして鉄箭(てっせん=鉄の矢)を排(つら)ね、渾身(こんしん=からだじゅう)の皮(ひわ)は糙(あら)くして癩(らい)なるもなお青(あお)し。
手(て)の中(うち)に使(つか)うは一件(ひとつ)の蹊蹺(けいきょう=奇怪)なる物(もの)、九歯釘鈀(きゅうしていは)にて箇箇(おのおの)も驚(おどろ)く。
と。妖精(ようせい)胆(きも)を硬(かた)くして喝(しか)って言う、「汝(なんじ)はいずこより来(きた)れるか、何(なん)と名(な)を叫(よ)ぶや。疾(と)く早(はや)う説(い)え、汝(なんじ)が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」と。八戒(はっかい)笑って言う、「我(わ)が児(こ)よ、汝(なんじ)はまた汝(なんじ)が豬祖宗(ちょそそう=豚のご先祖)を認(みと)めざるか!前(まえ)に上(すす)み来(こ)よ、説(と)きて汝(なんじ)に与(あた)えて聴(き)かせん、
巨口(きょこう=大口)獠牙(りょうが)にして神力(しんりき)大(おお)いなり、玉皇(ぎょくこう)我(われ)を升(のぼ)して天蓬帥(てんぽうすい)とす。
天河(てんが)の八万(はちまん)の兵(へい)を掌管(しょうかん=管轄)し、天宮(てんぐう)に快楽(けいらく)にして自在(じざい)多(おお)し。
ただ酒(さけ)に酔(よ)いて宮娥(きゅうが=宮女)を戯(たわむ)れしに因(よ)りて、その時(とき)すなわち英雄(えいゆう)を把(も)ちて売(う)れり。
一嘴(ひとくち)もて斗牛宮(とぎゅうきゅう)を拱(つ)き倒(たお)し、王母(おうぼ)の霊芝菜(れいしさい=仙草)を吃(くら)えり。
玉皇(ぎょくこう)親(みずか)ら二千錘(にせんすい)を打(う)たれ、吾(われ)を把(も)ちて三天界(さんてんかい)の下(した)に貶(へん)したまえり。
吾(われ)をして志(こころざし)を立(た)てて元神(げんしん=魂)を養(やしな)わしめしに、下方(かほう)に在りて却(かえ)ってまた妖怪(ようかい)と為れり。
正(まさ)に高荘(こうそう)に在りて喜(よろこ)びて親(よわい=縁組)を結(むす)ばんとするに、命(めい)低(ひく)くして孫兄(そんけい)の到れるに撞(ぶつか)れり。
金箍棒(きんこぼう)の下(もと)に其(そ)が降(こう=降伏)を受(う)け、頭(こうべ)を低(た)れて才(ようや)く沙門(しゃもん=仏門)を拝(おが)めり。
馬を背(せお)い包(づつみ)を挑(にな)いて夯工(こうこう=人夫)を做(な)すは、前生(ぜんしょう)に唐僧(とうそう)が債(おいめ=借り)を少(すくな)うせしなり。
鉄脚天蓬(てっきゃくてんぽう)は本姓(ほんせい)豬(ちょ)なり、法名(ほうみょう)を改(あらた)めて豬八戒(ちょはっかい)と作(な)す」
と。かの妖精(ようせい)言(げん)を聞(き)き、喝(しか)って言う、「汝(なんじ)は元来(もと)これ唐僧(とうそう)が徒弟(でし)なるか。我(われ)ひねもす聞けり、唐僧(とうそう)が肉(にく)の好く吃(くら)うべきを、正(まさ)に汝(なんじ)を拿(とら)えんと要(ほっ)するに、汝(なんじ)却(かえ)って撞(ぶつか)り来(きた)れり。我(われ)いずくんぞ肯(あ)えて汝(なんじ)を饒(ゆる)さんや。走(に)ぐる莫かれ!杵(しょ)を見よ!」と。八戒言う、「孽畜(げっちく=畜生め)、汝(なんじ)は元来(もと)これ一箇(ひとり)の染博士(せんはくし=染物職人)が出身(しゅっしん=生まれ)なるか!」と。妖精言う、「我(われ)いかにしてか染博士(せんはくし)ならん」と。八戒言う、「染博士(せんはくし)に非(あら)ずんば、いかにしてか棒槌(ぼうつい=洗濯棒)を使(つか)うことを会(え)せん」と。かの怪(かい)何(なに)の分説(ぶんせつ=言い訳)をも容(い)れん、近(ちか)づき前(まえ)に来(きた)りて乱(みだ)りに打(う)つ。彼の二人(ふたり)、山凹(やまくぼ)の裡(うち)に在りて、この一場(ひとしきり)の好き殺(たたか)いかな、
九歯(きゅうし)の釘鈀(ていは)、一条(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)。
釘鈀(ていは)は解数(かいすう=わざ)を繰(く)り広(ひろ)げて狂風(きょうふう)を滚(まろ)ばし、杵(しょ)は機謀(きぼう=策略)を運(めぐ)らして驟雨(しゅうう=にわか雨)を飛(と)ばす。
一箇(ひとり)はこれ無名(むめい)の悪怪(あくかい)の山程(さんてい=山道)を阻(はば)むにして、一箇はこれ有罪(ゆうざい)の天蓬(てんぽう)の性主(しょうしゅ=本来の主)を扶(たす)くるなり。
性(せい)正(ただ)しければ何(なに)をか怪(かい)と魔(ま)とを愁(うれ)えん、山(やま)高(たか)くして金(きん)の土(ど)を生(しょう)ずるを得(え)ず。
かの杵(しょ)の架(かま)うるは猶(なお)蟒(うわばみ)の潭(ふち)を出ずるが如く、この釘鈀(ていは)の来(きた)るは却って龍(りゅう)の浦(うら)を離(はな)るるに似(に)たり。
喊声(かんせい)叱咤(しった=大声)して山川(さんせん)を振(ふる)わし、吆喝(ようかつ=喚き)の雄威(ゆうい)は地府(じふ=冥府)を驚(おどろ)かす。
両箇(ふたり)の英雄(えいゆう)おのおの能(のう)を逞(たくま)しくし、身(み)を捨(す)てて却って神通(じんずう)を把(も)ちて赌(と)う。
と。八戒威風(いふう)を長(の)ばし、妖精(ようせい)と与(とも)に厮闘(しとう=斬り結ぶ)するに、かの怪(かい)小妖(しょうよう)に喝令(かつれい)して八戒を把(も)ちて一斉(いっせい)に囲(かこ)ましむ。これ語(かた)らず。
さて、行者唐僧(とうそう)が背後(はいご)に在りて、忽然(たちまち)失声(しっせい=思わず声)して冷笑(れいしょう=嘲笑)す。沙僧(さそう)言う、「哥哥(あに)の冷笑(れいしょう)せるは何(なん)の故(ゆえ)ぞ」と。行者言う、「豬八戒(ちょはっかい)は真箇(まこと)に呆(あほう)なるかな!僧に斎を施すと説(い)うを聴くや、すなわち我(われ)に哄(たぶらか)されて往(ゆ)き了り、この早晩(いまごろ)になお回(かえ)り来(きた)らず。もし一頓(ひとしきり)の釘鈀もて妖精(ようせい)を打ち退(しりぞ)けなば、汝(なんじ)看よ、彼れ勝(かち)を得(え)て回(かえ)り、功果(くこう=手柄)を争(あらそ)い嚷(わめ)かん。もし彼れに戦(たたか)い過(す)ぐること能(あた)わずして、彼れに拿(とら)えられ往かば、これ却って我(われ)が晦気(わいき=災い)にして、背前面後(うらおもて=陰になり陽になり)に、知(し)らず幾多(いくた)の弼馬温(ひつばおん)を罵(ののし)れるかを!悟浄(ごじょう)、汝言語(ものい)うこと莫かれ、我(われ)が往きて看るを待(ま)て」と。好き大聖(たいせい)かな、彼れまた長老(ちょうろう)に知(し)らしめず、悄悄(ひそかに)脳後(のうご)より一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう=細毛)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)!」と叫(よばわ)れば、すなわち変じて本身(ほんしん=自分)の姿(すがた)と做(な)り、沙僧(さそう)に陪(ともな)い、長老(ちょうろう)に随(したが)う。其(そ)が真身(しんしん=本体)は一箇の神(しん=霊魂)を出し、空(くう)の中に跳(と)びて観看(みわた)せば、ただかの呆子(あほう)の怪(かい)に囲(かこ)まれて、釘鈀の勢(いきおい)乱(みだ)れ、漸(ようや)く敵(かな)い難(がた)きを見る。行者忍(しの)びえず、雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)して、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)って言う、「八戒、忙(あわ)てるる莫かれ、老孫(ろうそん)の来(きた)れる有り!」と。かの呆子これ行者が声(こえ)なるを聴くや、勢(いきおい)を杖(たの)みて、愈(いよいよ)威風(いふう)を長(の)ばし、一頓(ひとしきり)の釘鈀もて、前に向いて乱(みだ)りに筑(つ)く。かの妖精(ようせい)抵敵(ていてき=防ぎ戦)すること能(あた)わずして言う、「この和尚は先(さき)には不済(ふせい=だめ)なりしが、この会子(おり)にはいかにしてかまた狠(はげ)しきを発(おこ)し起せる」と。八戒言う、「我(わ)が児(こ)よ、我を欺負(きぶ=侮)るべからず!我(わ)が家(いえ)の者(もの)の来(きた)れるなり!」と。一発(いよいよ)前に向いて、頭(あたま)も無く顔(かお)も無く筑(つ)き去(さ)れば、かの妖精(ようせい)抵架(ていか=支え防ぐ)すること能(あた)わず、群妖(ぐんよう)を領(ひき)いて陣(じん)を敗(やぶ)りて去(さ)る。行者妖精(ようせい)の敗(やぶ)れて去(さ)るを見るや、彼れすなわち曾(かつ)て近(ちか)づき前に到らず、雲頭(うんとう)を撥(めぐ)らし転(てん)じて、径(ただち)に本処(もとのところ)に回(かえ)り、毫毛(ごうもう)を把(と)って一抖(ひとゆす)りして、身(み)の上(うえ)に収(おさ)め来(きた)る。長老(ちょうろう)の肉眼凡胎(にくがんぼんたい=並の眼と身)には、いずくんぞ認(みと)め得(え)んや。
しばらくならざるに、呆子勝(かち)を得て、また自(みずか)ら転(めぐ)り来るが、労(つか)れてはかの粘涎(ねんせん=よだれ)と鼻涕(はなみず)、白沫(あわ)を生生(ふつふつ)と吹(ふ)き、気(いき)を呼呼(ここ=はあはあ)としつつ、走(あゆ)み将(も)ち来りて一声(ひとこえ)「師父(しふ)!」と叫(よばわ)る。長老(ちょうろう)これを見、驚訝(きょうが=驚き怪しみ)て言う、「八戒、汝は馬草(ばそう=馬の草)を打(か)りに往きしに、いかにしてかこのごとく狼狽(ろうばい=ひどい姿)にて回り来れる。想(おも)うに山(やま)の上の人家(じんか)に人(ひと)の看護(かんご=番人)有りて、汝の草(くさ)を打(か)るを容(ゆる)さざりしか」と。呆子釘鈀を放下(おろ)し、胸(むね)を捶(う)ち足(あし)を跌(ふみなら)して言う、「師父(しふ)!問(と)うことを要(もと)めたもう莫かれ!説(い)い起せばすなわち生(い)きながら活活(からがら)に人(ひと)を羞(は)じ殺すのみ!」と。長老言う、「何の羞(はじ)の有れるや」と。八戒言う、「師兄(しい)我を捉弄(とらつい=からか)いたり!彼れ先頭(まず)風霧(ふうむ)の裡(うち)には妖精(ようせい)に非(あら)ず、何の凶兆(きょうちょう)も無く、これ一庄村(ひとむら)の人家(じんか)の善(ぜん)を好(この)みて、白米(はくまい)の乾飯(かんぱん)と白面(はくめん)の饃饃(まんじゅう)とを蒸(ふか)して僧に斎を施すなりと説いしを、我すなわち真(まこと)と当(あ)て、肚(はら)の裡の饥(う)えたるを想(おも)い、先ず往きて些か吃わんとし、仮(かり)に草(くさ)を打(か)るを名(な)と倚(たの)みて往きしに、いずくんぞ知らん、若干(あまた)の妖怪(ようかい)有りて、我を把(と)ちて囲(かこ)み、この一会(ひととき)を苦戦(くせん=苦しみ戦)いたり。もし師兄(しい)が哭喪棒(こくそうぼう=悲しみの棒)の相助(あいたす)くるに非(あら)ずんば、我もまた羅網(らもう=網)を脱(のが)れて回り来るを想(おも)うこと莫からん!」と。行者旁(かたわら)に在りて笑って言う、「この呆子め、胡(みだ)りに説うな!汝もし賊(ぞく)と做らば、すなわち一牢(ひとろう)の人(ひと)を攀(まきぞえ)にせんとす。我はここに在りて師父(しふ)を看ておるに、いずくんぞ曾(かつ)て側(そば)を離(はな)れしや」と。長老言う、「是(さ)なり、悟空(ごくう)は曾て我を離(はな)れず」と。かの呆子跳(おど)りて嚷(わめ)いて言う、「師父!汝は暁(さと)りたまわず!彼れに替身(たいしん=身代わり)有るなり!」と。長老言う、「悟空(ごくう)、端的(たしか)に怪(かい)の有るか」と。行者瞞(あざむ)くこと能(あた)わず、身(み)を躬(かが)めて笑って言う、「是(こ)れ一箇把(ひとにぎり)の小妖児(しょうようじ)の有りしのみ、彼れ敢えて我らを惹(さわ)がさず。八戒、汝過(こ)り来れ、一発(ひときわ)汝を照顧(しょうこ=世話)し照顧せん。我ら既(すで)に師父を保(たも)ちて険峻(けんしゅん)なる山路(さんろ)を過(よ)ぎり行(ゆ)くは、すなわち行軍(こうぐん=軍の行進)の一般(ごとし)」と。八戒言う、「行軍(こうぐん)なればすなわちいかん」と。行者言う、「汝一箇(ひとり)の開路将軍(かいろしょうぐん=道開きの将)と做り、前に在りて路(みち)を剖(ひら)け。かの妖精(ようせい)来らざればすなわち罷(や)まん、もし来る時(とき)には、汝彼れと与(とも)に賭闘(ととう=勝負)し、妖精を打ち倒(たお)さば、汝が功果(くこう)と算(かぞ)えん」と。八戒かの妖精が手段(てだて)の彼れと与(とも)に差(たが)うこと多(おお)からざるを量(はか)りて、却って言う、「我すなわち其(そ)が手(て)の内(うち)に死(し)するもまた罷(や)まん、我に先ず走(ゆ)かしめよ!」と。行者笑って言う、「この呆子め、先ず晦気(わいき)なる話(はなし)を説えば、いかにしてか長進(ちょうしん=進歩)を得ん」と。八戒言う、
「哥(あに)や、汝知れるか、公子(こうし)の筵(えん)に登(のぼ)れば、酔(よ)わざればすなわち飽(あ)き、壮士(そうし)の陣(じん)に臨(のぞ)めば、死(し)せざればすなわち傷(きず)つく、を。先ず一句(ひとく)の錯(あやま)れる話児(ことば)を説いて、後(のち)にすなわち威風(いふう)有らん」
と。行者歓喜(かんき)し、すなわち忙(いそ)ぎて馬を背(せお)い、請(こ)うて師父の騎(の)りたまわんことを乞(こ)えば、沙僧(さそう)行李(こうり)を挑(にな)い、八戒に相随(したが)いて、一路(ひとすじ)に山に入(い)る。これ語(かた)らず。
さて、かの妖精数箇(すうこ)の敗残(はいざん=敗れ残り)の小妖(しょうよう)を帥(ひき)いて、径(ただち)に本洞(ほんどう)に回り、かの石崖(せきがい=岩の崖)の上に高(たか)く坐(ざ)して、默默(もくもく)として言(ことば)無し。洞中(どうちゅう)になお許多(あまた)の家(いえ)を看る小妖(しょうよう)有りて、みな前に進(すす)みて問(と)うて言う、「大王(だいおう)は常時(つね)に出で往きては、喜喜歡歓(ききかんかん=大喜び)して回り来りたまいしに、今日(こんにち)はいかにしてか煩悩(はんのう=心の乱れ)したまう」と。老妖(ろうよう)言う、「小(こもの)らよ、我往常(つね)に洞(どう)を出でて山を巡(めぐ)り、いずこの人と獣(けもの)とを管(かま)わず、定(かなら)ず幾箇(いくたり)かを撈(すく)い来りて家(いえ)に帰(かえ)り、汝らを養贍(ようせん=養い賄)えり。今日(こんにち)は造化(ぞうか=運)低(ひく)くして、一箇(ひとり)の対頭(たいとう=敵)に撞(ぶつか)れり」と。小妖(しょうよう)問う、「これ那(いず)れの対頭(たいとう)なる」と。老妖言う、「これ一箇の和尚にして、すなわち東土(とうど)の唐僧(とうそう)が経(きょう)を取(と)るの徒弟、名(な)を豬八戒と喚(よ)ぶものなり。我其(そ)れが一頓(ひとしきり)の釘鈀を被(こうむ)り、我を筑(つ)きて陣(じん)を敗(やぶ)り下(おろ)されり。好(いか)にも悩(なや)ましきかな!我このごろ常(つね)に人の説うを聞けり、唐僧(とうそう)はこれ十世(じっせ)の修行(しゅぎょう)の羅漢(らかん)にして、人其(そ)が肉(にく)一塊(ひとかけら)を吃えば、以(も)って寿命(じゅみょう)を延(の)べて長生(ちょうせい)すべしと。
期(き)せずや其(そ)れ今日(こんにち)我(わ)が山の裡に到りしは、正(まさ)に好く其(そ)れを拿(とら)え住(とど)めて蒸(ふか)して吃うべきに、知らず其(そ)が手下(しゅか=弟子)にこのごとき徒弟の有らんとは!」
と。説(いう)了らざるに、班部(はんぶ=列座)の叢中(そうちゅう=群れの中)より一箇の小妖(しょうよう)の闪(かいだ)き上(あが)る有り、老妖(ろうよう)に対(たい)して哽哽咽咽(こうこうえつえつ=むせび泣き)に三声(みこえ)哭(な)き、また嘻嘻哈哈(ききからから=にこにこ)と三声(みこえ)笑(わら)う。老妖喝(しか)って言う、「汝また哭(な)きまた笑(わら)うは何の故(ゆえ)ぞ」と。
小妖跪(ひざまず)き下(お)りて言う、「大王(だいおう)才(いま)しがた唐僧(とうそう)を吃わんと要すと説われたるが、唐僧(とうそう)が肉(にく)は吃うに中(あた)らず」と。老妖言う、
「人はみな其(そ)が肉(にく)一塊(ひとかけら)を吃えば以(も)って長生不老(ちょうせいふろう)にして、天(てん)と寿(いのち)を同(おなじ)うすべしと説うに、いかにしてか其(そ)れの吃うに中(あた)らざるを説うや」
と。小妖言う、「もし吃うに中(あた)らば、またここに到ることを得じ、別処(よそ)の妖精もまたみな吃い了らん。
其(そ)れが手下(しゅか)に三箇(みたり)の徒弟有るなり」
と。老妖言う、「汝知れるか、これ那(いず)れの三箇(みたり)なるを」と。小妖言う、「其(そ)が大徒弟(だいとてい)はこれ孫行者(そんぎょうじゃ)、三徒弟(さんとてい)はこれ沙和尚(さおしょう)、このは其(そ)が二徒弟(にとてい)の豬八戒なり」と。
老妖(ろうよう)言う、「沙和尚(さおしょう)は豬八戒に比(くら)ぶれば如何(いかん)」と。小妖言う、「また些かも差(たが)うこと多(おお)からず」と。老妖言う、「かの孫行者(そんぎょうじゃ)は彼れに比(くら)ぶれば如何(いかん)」と。小妖舌(した)を吐(だ)して言う、「敢えて説わず!かの孫行者(そんぎょうじゃ)は神通(じんずう)広大(こうだい)、変化(へんげ)多端(たたん)なり!彼れ五百年前(ごひゃくねんぜん)にかつて天宮(てんぐう)を大いに闹(さわ)がし、上方(じょうほう=天界)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)、九曜星官(くようせいかん)、十二元辰(じゅうにげんしん)、五卿四相(ごけいしそう)、東西(とうざい)の星斗(せいと=星々)、南北(なんぼく)の二神(にしん)、五岳四涜(ごがくしとく=山と川の神々)、普天(ふてん)の神将(しんしょう)も、また曾(かつ)て其れに惹(さわ)り過(す)ぐることを得ざりき。汝いずくんぞ敢えて唐僧(とうそう)を吃わんと要するか」と。老妖言う、「汝はいかにしてか其れがこのごとく詳細(しょうさい=詳しき)なるを暁(さと)れる」と。小妖言う、「我当初(そのかみ)獅駝嶺獅駝洞(しだれいしだどう)に在りてかの大王(だいおう)と居住(きょじゅう)せしに、かの大王(だいおう)は好歹(よしあし)を知らず、唐僧(とうそう)を吃わんと要せしを、孫行者に一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)を使(つか)われて、門(もん)を打ちて入(い)り来られ、憐(あわ)れにもすなわち打たれて骨牌名(こっぱいめい=骨牌の名)を犯(おか)すまでに、みな断幺絶六(だんようぜつろく=骨牌の役名、全滅の意)となれり。なお我に些かの見識(けんしき=分別)有りしを頼(たの)みて、後門(うしろもん)より走(に)げて、ここに来り到りて、大王の収留(しゅうりゅう=召し抱え)を蒙(こうむ)りたり。このをもて其が手段(てだて)を知れるなり」と。老妖言を聴き、大いに驚(おどろ)きて色(しき=顔色)を失(うしな)う。これ正に大将軍(だいしょうぐん)の讖語(しんご=予言に当たる語)を怕るるなり。彼れ自家人(じかじん=身内の者)のこのごとく説うを聞けば、いずくんぞ驚(おどろ)かざらんや。
正にみな悚懼(しょうく=恐れ)の際(さい=時)に在(あ)るに、また一箇の小妖前に進(すす)み出でて言う、「大王、悩(なや)む莫かれ、怕るる莫かれ。常言(じょうげん=ことわざ)に道(いわ)く、『事(こと)は緩(ゆる)きより来る』と。もし唐僧を吃わんと要せば、我にひとつの計策(けいさく=計略)を定(さだ)めて其れを拿(とら)えしめよ」と。老妖言う、「汝に何の計(けい)か有る」と。小妖言う、「我に一箇の分瓣梅花計(ぶんべんばいかけい=梅の花びらを分かつ計)有り」と。老妖言う、「いかにしてか分瓣梅花計(ぶんべんばいかけい)と喚(よ)ぶ」と。小妖言う、「如今(いま)洞中(どうちゅう)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)を把ちて将(あ)げ起し、千(せん)の中より百(ひゃく)を選(えら)び、百の中より十(じゅう)を選び、十の中よりただ三箇(みたり)を選ばん。須(かなら)ずこれ能幹(のうかん=有能)にして、変化(へんげ)を会(え)する者有(あ)らば、みな大王が姿(すがた)に変(へん)じ做り、大王が盔(かぶと)を頂(いただ)き、大王が甲(よろい)を貫(つらぬ)き、大王が杵(しょ)を執(と)りて、三処(みところ)に埋伏(まいふく=伏せ)せしめよ。先ず一箇をして豬八戒と戦(たたか)わしめ、また一箇をして孫行者と戦わしめ、また一箇をして沙和尚(さおしょう)と戦わしめて、三箇(みたり)の小妖を舍(す)てて其が弟兄(ていけい=兄弟)三箇(みたり)を調(こう)き開(ひら)かしめ、大王は却って半空(はんくう=空のなかば)に在りて拿雲手(なうんしゅ=雲を掴む手)を伸(の)べ下(おろ)してこの唐僧を捉(とら)えなば、すなわち嚢(ふくろ)を探(さぐ)りて物(もの)を取(と)るが如く、また魚水盆(ぎょすいぼん=金魚鉢)の内(うち)にて蝿(はえ)を捻(つま)むが如く、何の難(かた)きことか有らん!」と。老妖この言を聞き、満心(まんしん)に歓喜(かんき)して言う、「この計(けい)は絶妙(ぜつみょう)なり!絶妙なり!この一去(ひとたびゆき)に、唐僧を拿(とら)え得ざればすなわち罷(や)まん。もし唐僧を拿(とら)えなば、決(けっ)して汝を軽(かろ)んぜじ、すなわち汝を封(ほう)じて前部先鋒(ぜんぶせんぽう=先鋒の将)と做さん」と。小妖頭(こうべ)を叩(う)って恩(おん)を謝(しゃ)し、叫(よばわ)って妖怪(ようかい)を点(てん)ぜしめ、すなわち洞中(どうちゅう)の大小(だいしょう)の妖精を将(も)ちて点じ起し、果(はた)して三箇(みたり)の能(のう)有る小妖を選(えら)び出し、みな老妖に変じ做り、おのおの鉄杵(てっしょ)を執(と)り、唐僧を埋伏(まいふく)して等(ま)つ。これ語(かた)らず。
さて、この唐長老(とうちょうろう)は慮(おもんばか)り無く憂(うれい)無く、八戒に相随(したが)いて大路(たいろ)に上(のぼ)り、行(ゆ)くこと彀(た)るほど多時(しばらく)なるに、ただかの路旁(ろぼう=道ばた)に「撲喇(ほくらつ)」と一声(ひとこえ)の響(ひび)き喨(たか)きがしたるを見るや、一箇の小妖の跳(と)び出で来り、前辺(まえ)へ奔(はし)りて、長老(ちょうろう)を捉(とら)えんと要す。孫行者叫って言う、「八戒!妖精の来れるぞ、何ぞ手(て)を動(うご)かさざる」と。かの呆子真偽(しんぎ=ほんものか偽りか)を認(みと)めず、釘鈀を掣(ひっさ)げて趕(お)いつき乱(みだ)りに筑(つ)けば、かの妖精鉄杵(てっしょ)を使(つか)いて急(いそ)ぎ架(かま)えて相(むか)い迎(むか)う。彼の二人(ふたり)一往一来(いちおういちらいい)に、山坡(さんぱ=坂)の下(した)に在りて正に賭闘(ととう)せるに、またかの草科(そうか=草むら)の裡の響(ひび)くこと一声(ひとこえ)して、また一箇の怪(かい)の跳(と)び出でたるが、すなわち唐僧に奔(はし)り向うを見る。行者言う、「師父!不好了(たいへんだ)!八戒が眼(め)の拙(つたな)きにて、かの妖精を放(はな)ちて汝を拿えに来らしめたり。老孫(ろうそん)の往きて其れを打たんを待(ま)て!」と。急(いそ)ぎ棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて迎(むか)い前(すす)みて喝(しか)って言う、「いずこへか去(ゆ)く!
棒(ぼう)を見よ!」
と。かの妖精更(さら)に話(ことば)を打たず、杵(しょ)を挙(あ)げて迎(むか)う。彼の二人(ふたり)、草坡(そうは=草の坂)の下(した)に在りて一撞一冲(いちとういっしょう=ぶつかり突き)に、正に相持(そうじ=持ちこたえ)せる処(ところ)に、また山の背後(はいご)に「呼(こ)」と風の響(ひび)くを聴くや、また一箇の妖精の跳(と)び出で来り、径(ただち)に唐僧に奔(はし)り向う。沙僧(さそう)これを見、大いに驚(おどろ)いて言う、「師父!大哥(たいか)と二哥(にいか)が眼(め)はみな花(かす)みて、妖精を放(はな)ちて将(も)ち来らせて汝を拿えしめたり!汝馬上(ばじょう)に坐(ざ)しておれ、老沙(ろうさ)の往きて其れを拿えんを待(ま)て!」と。この和尚また好歹(よしあし)を分(わか)たず、すなわち杖(じょう)を掣(ひっさ)げ、真っ向(まとも)にかの妖精が鉄杵(てっしょ)を擋(ふせ)ぎ住(とど)め、恨(うら)み苦(くる)しみて相持(そうじ)す。吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわい)として、乱(みだ)りに嚷(わめ)き乱りに闘(たたか)いつつ、漸(ようや)く調(みちび)き遠(とお)ざかる。かの老怪(ろうかい)半空(はんくう)に在りて、唐僧の独(ひと)り馬上(ばじょう)に坐(ざ)せるを見るや、五爪(ごそう=五本の爪)の鋼鉤(こうこう=鋼の鉤)を伸(の)べ下(おろ)し、唐僧を一把(ひとつかみ)に摑(つか)み住(とど)む。
かの師父馬を捨(す)て、鐙(あぶみ)を脱(ぬ)ぎて、妖精に一陣(ひとむれ)の風とともに径(ただち)に摂(さら)われ往けり。憐(あわ)れむべきかな!これ正に、
禅性(ぜんしょう=禅の心)の魔(ま)に遭(あ)いて正果(しょうか=悟り)を難(なん)じられ、江流(こうりゅう=三蔵の幼名)また苦災星(くさいせい)に遇(あ)う。
と。
老妖風頭(ふうとう=風の先)を按(おろ)し下(おろ)し、唐僧を把ちて洞裡(どうり)に拿え到りて叫る、「先鋒(せんぽう)!」と。かの計(けい)を定(さだ)めし小妖前に進(すす)みて跪(ひざまず)き倒(たお)れ、口(くち)の裡に言う、「不敢(かしこまり)たり!不敢たり!」と。老妖言う、「何としてかこの言(ことば)を出す。大将軍(だいしょうぐん)は一言(いちげん)既(すで)に出でなば、白(しろき)の皂(くろき)を染(そ)むるが如し。当時(そのかみ)唐僧を拿え得ざればすなわち罷(や)まん、唐僧を拿えなば、汝を封(ほう)じて前部先鋒(ぜんぶせんぽう)と為すと説えり。今日(こんにち)汝が果(はた)して妙計(みょうけい)を以(も)て功(こう)を成(な)したれば、いずくんぞ敢えて汝に信(しん)を失(うしな)わんや。汝すなわち唐僧を把(と)ちて来らしめ、小(こもの)らをして水(みず)を挑(にな)わし鍋(なべ)を刷(あら)わし、柴(たきぎ)を搬(はこ)ばせ火(ひ)を焼(た)かせ、其れを把ちて一(ひと)と蒸(ふか)し、我と汝とみな其が肉(にく)一塊(ひとかけら)を吃いて、以(も)って寿命(じゅみょう)を延(の)べ長生(ちょうせい)を図(はか)らん」と。先鋒(せんぽう)言う、「大王、且(しばら)く吃う可(べ)からず」と。老怪(ろうかい)言う、「既(すで)に拿え来りたれば、いかにしてか吃う可(べ)からざる」と。先鋒言う、「大王が其れを吃うは打緊(たいしたこと)ならざれど、豬八戒もまた人情(にんじょう)を做し得、沙和尚(さおしょう)もまた人情を做し得(う)べし。ただ恐(おそ)るるは孫行者がかの主子(しゅす=主)の刮毒(かつどく=執念深き)ならんことを。彼れもし我らの吃い了りしを暁(さと)らば、彼れもまた来りて我らと与(とも)に厮打(しだ=斬り合い)せず、彼れただかの金箍棒(きんこぼう)を把(と)ちて山腰(さんよう=山のふもと)の裡へ一搠(ひとつき)して、一箇の窟窿(あな)を搠(つ)き、山もろともに連(つらな)りて掬(えぐ)り倒(たお)さば、我らの安身(あんしん=身の置き場)の処(ところ)すらもまた之(これ)無からん!」と。老怪(ろうかい)言う、「先鋒(せんぽう)よ、汝が何の高見(こうけん=名案)か有るに凭(まか)す」と。先鋒(せんぽう)言う、「我に依(よ)らば、唐僧を送(おく)りて後園(こうえん=裏庭)に在(お)かしめ、樹(き)の上に绑(しば)りつけ、両三日(りょうさんにち)も其れに飯(はん)を与(あた)うること莫かれ。一(ひとつ)には其が裡の干浄(かんじょう=清らか)なるを図(はか)り、二(ふたつ)には其が三人(みたり)の門前(もんぜん)に来りて尋(たず)ねざるを等(ま)ち、打ち聴きて其れらの回り去(さ)りたるを知りて、我ら却って其れを拿(と)り出し、自自在在(じじざいざい=のびのび)と受用(じゅよう=頂戴)せば、却って好からずや」と。老怪(ろうかい)笑って言う、
「正に是(しか)なり、正是(しか)り!先鋒(せんぽう)の説えるは理(ことわり)有り!」
と。一声(ひとこえ)の号令(ごうれい)に、唐僧を把ちて後園(こうえん)に拿え入(い)れ、一条(ひとすじ)の縄(なわ)もて樹(き)の上に绑(しば)りつけ、衆(しゅう)の小妖みな前辺(まえ)へ往きて聴候(ちょうこう=待機)す。
汝看よ、かの長老の苦(くるしみ)の裡に縄(なわ)の纏(まと)い索(なわ)の绑(しば)るるを捱(こら)え、緊(きっ)と縛(しば)られ牢(かた)く拴(つな)がれて、腮辺(ほお)の涙(なみだ)の流(なが)るるを止(とど)めえず、叫って言う、
「徒弟や!汝らかの山の中に在りて怪(かい)を擒(とら)え、何(いず)れの路(みち)の裡にか妖(よう)を趕(お)いしや。我は潑魔(はつま=暴れ魔)に捉(とら)えられ来りて、ここに在りて災(わざわい)を受(う)く。何日(いつのひ)か相(あい)会(まみ)えん。
痛(いた)ましき哉(かな)、我を殺すものなり!」
と。正に自(みずか)ら両(ふた)つの涙(なみだ)の交流(ながれ)おるに、ただ対面(たいめん=向かい)の樹(き)の上に人の叫れる有るを見る、「長老よ、汝もまた入(い)り来りしか」と。長老性(せい)を正(ただ)して言う、「汝はこれ何人(なんぴと)なる」と。かの人言う、「我はこれこの山の中の樵子(しょうし=木こり)にして、かの山主(さんしゅ=山の主)に先日(せんじつ)拿えられ来り、ここに绑(しば)りつけられおりしが、今(いま)すでに三日(みっか)になりて、算計(さんけい=考え)して我を吃わんとす」と。長老涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「樵夫(しょうふ=木こり)よ、汝が死(し)するはただこれ一身(いっしん)のみにて、何の掛念(かけねん=心残り)も無きに、我却って死(し)するも甚(はなは)だ干浄(かんじょう=さっぱり)ならず」と。樵子(しょうし)言う、「長老よ、汝はこれ一箇の出家人(しゅっけにん)なるに、上(かみ)に父母(ふぼ)無く、下(しも)に妻子(さいし)無ければ、死(し)なばすなわち死なんのみ、何の干浄(かんじょう)ならざることか有らん」と。長老言う、「我は本(もと)これ東土(とうど)より西天(せいてん)へ往きて経(きょう)を取(と)らんとする者なり。唐朝(とうちょう)の太宗皇帝(たいそうこうてい)が御旨(ぎょし=みことのり)を奉(ほう)じて活仏(かつぶつ)を拝(おが)み、真経(しんきょう)を取(と)りて、かの幽冥(ゆうめい=冥土)の主(あるじ)無き孤魂(こごん=迷える魂)を超度(ちょうど=救済)せんと要す。今(いま)もし性命(いのち)を喪(うしな)わば、かの君王(くんおう)の盼(まちこが)けられたるを裏切(うらぎ)らずや、かの臣子(しんし=家来)らを孤負(こふ=裏切)らずや。
かの枉死城(おうしじょう=無実の死者の城)の裡の無限(むげん)の冤魂(えんこん=無念の霊)も、却って大いに望(のぞみ)を失(うしな)いて、永世(えいせい=永遠)に超生(ちょうしょう=救済)を得ざらしめずや。一場(ひとしきり)の功果(くこう=功徳)も尽(ことごと)く風塵(ふうじん=風の塵)と化(か)せん。これこそいかにしてか干浄(かんじょう)を得んや」
と。樵子(しょうし)言を聞き、眼中(がんちゅう)に涙(なみだ)を堕(おと)して言う、「長老、汝が死(し)するもまたただこのごときのみにて、我が死(し)するはまた更(さら)に情(じょう=心)を傷(いた)ましむ。我幼(おさな)きに父(ちち)を失(うしな)い、母(はは)と鳏居(かんきょ=遺された暮らし)して、更(さら)に家業(かぎょう=財産)無く、ただ打柴(たさい=薪を採る)を頼(たの)みて生(しょう)を為せり。老母(ろうぼ)は今年(ことし)八十三歳(はちじゅうさんさい)、ただ我一人(ひとり)のみの奉養(ほうよう=養い)す。もし身(み)を喪(うしな)わば、孰(たれ)か彼れに与(とも)に屍(しかばね)を埋(うず)めて老(ろう=晩年)を送(おく)らんや。苦(くる)しき哉(かな)苦き哉!痛(いた)ましき哉、我を殺すなり!」と。長老言を聞き、声(こえ)を放(はな)って大いに哭(な)いて言う、「憐(あわ)れむべし、憐れむべし!山人(さんじん=山の者)すらなお親(おや)を思(おも)うの意(こころ)有り、いたずらに貧僧(ひんそう)をして経(きょう)を念(とな)うることを会(え)せしむ!君(きみ)に事(つか)うるも親(おや)に事うるも、みなこれ一理(いちり)を同(おなじ)うす。汝は親(おや)が恩(おん)の為(ため)にし、我は君(きみ)が恩(おん)の為(ため)にす」と。これ正に、かの涙(なみだ)の流(なが)るる眼(まなこ)もて涙の流るる眼(まなこ)を観(み)、断腸(だんちょう=断ち切られる腸)の人の断腸(だんちょう)の人を送(おく)る、なり。
且(しばら)く三蔵の身(み)の困苦(くんく=苦しみ)に遭(あ)えるを言(い)わず。さて、孫行者草坡(そうは)の下(した)に在りて小妖を戦(たたか)い退(しりぞ)け、急(いそ)ぎ回りて路旁(ろぼう)に来るに、師父を見ず、ただ白馬(はくば)と行嚢(こうのう=荷物)とのみを存(のこ)す。慌(あわ)てたるかな彼れ、馬を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)いて、山頭(さんとう=山のいただき)に向いて找尋(そうじん=捜し求)む。咦(ああ)!これ正に、
難(なん)有るの江流(こうりゅう)は専(もっぱ)ら難(なん)に遇(あ)い、魔(ま)を降(くだ)すの大聖(たいせい)もまた魔(ま)に遭(あ)う。
と。畢竟(ひっきょう)いまだ師父を尋(たず)ねし下落(げらく=行方)の如何(いかん)なるを知らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。