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088 第八十八回 禅(ぜん)玉華(ぎょくか)に到(いた)りて法会(ほうえ)を施(ほどこ)し 心猿(しんえん)木母(もくぼ)門人(もんじん)を授(さず)く

話(はな)し説(と)くは、唐僧(とうそう)喜喜歓歓(ききかんかん)として郡侯(ぐんこう)に別(わか)れ、馬上(ばじょう)に在りて行者(ぎょうじゃ)に向(むか)いて言う、「賢徒(けんと)よ、この一場(ひとしきり)の善果(ぜんか)は、真(まこと)に比丘国(びくこく)にて児童(じどう)を搭救(たっきゅう=救い)ししに勝(まさ)る、みな汝(なんじ)が功(こう)なり」と。沙僧(さそう)言う、「比丘国(びくこく)にはただ一千百十一箇(せんひゃくじゅういっこ)の小児(しょうじ)を救(すく)い得(え)しのみ、いかんでかこの一場(ひとしきり)の大雨(たいう)の、滂沱(ぼうだ=ざんざん)として浸潤(しんじゅん)し、活(いか)し彀(あまね)くる者(もの)万万千千(ばんばんせんせん)の性命(いのち)なるに似(に)んや!弟子(でし)もまた暗(ひそ)かに自(みずか)ら大師兄(だいしけい)の法力(ほうりき)の天(てん)に通(つう)じ、慈恩(じおん)の地(ち)を蓋(おお)うを称賛(しょうさん)す」と。八戒(はっかい)笑って言う、「兄(あに)が恩(おん)も有(あ)り、善(ぜん)も有(あ)れど、却(かえ)ってただこれ外(そと)に仁義(じんぎ)を施(ほどこ)し、内(うち)に禍心(かしん=禍の心)を包(つつ)む。ただ老豬(ろうちょ=おれ)と走(ゆ)かば、すなわち人(ひと)を作践(さくせん=虐げ)んと要(もと)む」と。行者言う、「我(われ)いずこに在りてか汝(なんじ)を作践(さくせん)せる」と。八戒言う、「彀(あま)ねしなり!彀ねしなり!常(つね)に我(われ)を顧(かえり)みて捆(くく)られしめ、顧みて吊(つる)されしめ、顧みて煮(に)られしめ、顧みて蒸(ふか)されしめり!今(いま)鳳仙郡(ほうせんぐん)に恩恵(おんけい)を万万(ばんばん)の人(ひと)に施(ほどこ)ししならば、すなわち半年(はんとし)を住(じゅう)して、我(われ)を帯挈(たいけつ=引き連れ)て幾頓(いくど)かの自在(じざい=気まま)の飽飯(ほうはん)を食(くら)わしむべきに、却(かえ)ってただ只管(ひたすら)催趱(さいさん=急がせ)て路(みち)を行(ゆ)かしむ!」と。長老(ちょうろう)これを聞(き)き、喝(しか)って言う、「この呆子(あほう)め、いかんしてかただ嘴(くち)を擄(かきこ)むことをのみ思量(しりょう)するか!疾(と)く路(みち)を走(あゆ)め、また斗口(とうこう=口論)する莫(な)かれ!」と。

八戒(はっかい)敢(あ)えて言(い)わず、嘴(くち)を掬掬(きくきく=すぼめ)し、行嚢(こうのう=荷)を挑(にな)い、哈哈(はは)と打(う)ちて、師徒(してい)ら大路(たいろ)の上(うえ)に奔(はし)り上(あ)がる。

この時(とき)光景(こうけい)梭(おさ)の如(ごと)く、また深秋(しんしゅう=晩秋)の候(ころ)に値(あた)る。ただ見よ、
水痕(すいこん=水の跡)収(おさ)まり、山骨(さんこつ=山の骨)痩(や)せたり。
紅葉(こうよう)紛紛(ふんぷん)として飛(と)び、黄花(おうか)の時候(じこう)なり。
霜晴(そうせい)にして夜(よる)の長(なが)きを覚(さと)り、
月白(げっぱく)にして窗(まど)を穿(うが)ちて透(とお)る。
家家(いえいえ)に煙火(えんか=炊煙)夕陽(せきよう)多(おお)く、
処処(しょしょ)に湖光(ここう=湖の光)寒水(かんすい)溜(したた)る。
白蘋(はくひん=白き浮草)香(かんば)しく、紅蓼(こうりょう=赤き蓼)茂(しげ)し。
桔(きつ)緑(みどり)に橙(とう)黄(き)なり、柳(やなぎ)衰(おとろ)えて谷(こく)秀(ひい)づ。
荒村(こうそん)に雁(かり)落(お)ちて蘆花(ろか=芦の花)を砕(くだ)き、
野店(やてん)に鶏声(けいせい)菽豆(しゅくず=豆)を収(おさ)む。
と。

四衆(ししゅ)行(ゆ)くこと彀(あま)ねく多時(しばらく)にして、また城垣(じょうえん=城壁)の影影(えいえい)たるを見(み)、長老(ちょうろう)鞭(むち)を挙(あ)げて遥(はるか)に指(さ)し叫(よばわ)る、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)あの処(ところ)にまた一座(ひとつ)の城池(じょうち)の有(あ)るを看(み)よ、却(かえ)ってこれいずれの去処(ところ)なるを知(し)らず」と。行者言う、「汝(なんじ)と我(われ)と俱(みな)未(いま)だかつて到(いた)らず、何(なに)を以(も)ってかこれを知(し)らん。且(しばら)く辺前(ほとり)に行(ゆ)き至(いた)りて人(ひと)に問(と)わん」と。

説(いい)了(おわ)らざるに、忽(たちま)ち樹叢(じゅそう=木立)の裡(うち)より一人の老者(ろうじゃ)の走出(いできた)るを見(み)る。手(て)に竹杖(ちくじょう)を持(た)し、身(み)に軽衣(けいい=薄き衣)を着(き)、足(あし)に一対(ひとくつ)の棕鞋(そうぐつ=棕櫚の靴)を踏(ふ)み、腰(こし)に一条(ひとすじ)の扁帯(へんたい=平帯)を束(しば)る。慌(あわ)てたるかな唐僧(とうそう)、鞍(くら)を滚(ころが)して馬(うま)を下(お)り、上前(すす)み出でて一箇の問訊(もんじん)を道(な)す。

かの老者(ろうじゃ)杖(つえ)を扶(たす)けにして礼(れい)を返(かえ)して言う、「長老(ちょうろう)はいずかたより来(きた)れる」と。唐僧(とうそう)掌(て)を合(あわ)せて言う、「貧僧(ひんそう)は東土唐朝(とうどとうちょう)より雷音(らいおん)に差(つかわ)され仏(ほとけ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)めんとし来(きた)れる者(もの)なり。今(いま)宝方(ほうほう=貴地)に至(いた)り、遥(はるか)に城垣(じょうえん)を望(なが)むれど、これいずれの去処(ところ)なるを知(し)らず。特に老施主(ろうせしゅ)に問(と)うて指教(しきょう=お教え)を請(こ)う」と。かの老者(ろうじゃ)これを聞(き)き、口(くち)に称(とな)えて言う、「有道(うどう=道有る)の禅師(ぜんじ)よ、我(われ)がこの敝処(へいしょ=僻地)は、すなわちこれ天竺国(てんじくこく)の下郡(かぐん)にして、地名(ちめい)を玉華県(ぎょくかけん)と曰(い)う。県中(けんちゅう)の城主(じょうしゅ)は、すなわちこれ天竺(てんじく)皇帝(こうてい)の宗室(そうしつ=一族)にして、玉華王(ぎょくかおう)に封(ほう)ぜられたり。この王(おう)甚(はなは)だ賢(けん)にして、専(もっぱ)ら僧道(そうどう)を敬(うやま)い、重(かさ)ねて黎民(れいみん)を愛(あい)す。老禅師(ろうぜんじ)もし往(ゆ)きて相見(しょうけん)せば、必(かなら)ず重(おも)き敬(けい)有(あ)らん」と。三蔵(さんぞう)謝(しゃ)し了(おわ)る。かの老者(ろうじゃ)径(ただち)に樹林(じゅりん)を穿(つらぬ)きて去(さ)る。

三蔵(さんぞう)才(ようや)く身(み)を転(てん)じて徒弟(でし)に向(むか)いて前事(ぜんじ=先の事)を備(つぶさ)に言(い)う。彼(かれ)三人(さんにん)欣喜(きんき=喜び)し、師父(しふ)を扶(たす)けて馬(うま)に上(のぼ)らしむ。

三蔵(さんぞう)言う、「多(おお)き路(みち)に非(あら)ず、馬(うま)に乗(の)るを須(もち)いず」と。四衆(ししゅ)遂(つい)に步(あゆみ)て城辺(じょうへん)の街道(がいどう)に至(いた)りて観看(みわた)す。元来(もと)かの関廂(かんしょう=城下町)の人家(じんか)、買(か)いを做(な)し売(う)りを做(な)す者(もの)、人煙(じんえん=人出)湊集(そうしゅう=密集)し、生意(せいい=商い)もまた甚(はなは)だ茂盛(もせい=盛ん)なり。その声音(こえ)と相貌(すがた)を観(み)るに、中華(ちゅうか)と異(こと)なること無(な)し。三蔵(さんぞう)吩咐(いいつけ)て言う、「徒弟(でし)ら謹慎(きんしん=慎み)せよ、切(きっ)と放肆(ほうし=ほしいまま)すべからず」と。かの八戒(はっかい)頭(こうべ)を低(た)れ、沙僧(さそう)顔(かお)を掩(おお)い、ただ孫行者(そんぎょうじゃ)のみ師父(しふ)を攙(たす)けり。両辺(りょうへん)の人(ひと)みな来(きた)りて争(あらそ)い看(み)、斉(ひと)しく声(こえ)を挙(あ)げて叫(よばわ)る、「我(われ)らがここにはただ降龍伏虎(ごうりゅうふっこ=龍を降し虎を伏す)の高僧(こうそう)有(あ)るのみ、未(いま)だかつて降豬伏猴(こうちょふっこう=豚を降し猿を伏す)の和尚(おしょう)を見(み)ず」と。八戒(はっかい)忍(しの)びえず、嘴(くち)を把(と)って一掬(ひとすくい)して言う、「汝(なんじ)らかつて降豬王(こうちょおう=豚の王を降す)の和尚(おしょう)を見(み)たるや」と。唬(おどろ)かされたるかな満街(まんがい)の人(ひと)、跌跌蹡蹡(てってきしょうしょう=よろめき)として、みな両辺(りょうへん)に向(むか)いて闪(かわ)し過(よ)ぐ。行者笑って言う、「呆子(あほう)よ、疾(と)く嘴(くち)を蔵(かく)せ、装扮(そうふん=扮装)する莫(な)かれ、仔細(つまびらか)に脚下(あしもと)に橋(はし)を過(わた)れ」と。かの呆子(あほう)頭(こうべ)を低(た)れて、ただ笑(わら)うのみ。吊橋(つりばし)を過(よ)ぎ、城門(じょうもん)の内(うち)に入(い)れば、またかの大街(だいがい)の上(うえ)の酒楼(しゅろう=酒楼)歌館(かかん=歌の館)、熱鬧繁華(ねっとうはんか=賑わい華やか)なるを見(み)、果たしてこれ神州(しんしゅう=中華)の都邑(とゆう=都会)なり。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く、
錦城(きんじょう)鉄甕(てつおう=鉄の甕)万年(ばんねん)に堅(かた)く、
水(みず)に臨(のぞ)み山(やま)に依(よ)りて色色(しきしき)鮮(あざ)やかなり。
百貨(ひゃっか)湖(こ)に通(つう)じて船(ふね)市(いち)に入(い)り、
千家(せんか)酒(さけ)を沽(か)いて店(みせ)に帘(れん=暖簾)を垂(た)る。
楼台(ろうだい)処処(しょしょ)に人煙(じんえん)広(ひろ)く、
巷陌(こうはく=小路)朝朝(ちょうちょう)に客賈(かくこ=商人)喧(かしま)し。
長安(ちょうあん)の風景(ふうけい)の好(よ)きに亜(つ)がざるのみならず、
鶏鳴(けいめい)犬吠(けんばい)もまた般般(はんばん=同様)なり。
と。

三蔵(さんぞう)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで言う、「人(ひと)の西域(せいいき)の諸番(しょばん=諸国)を言(い)えど、更(さら)にかつてこの処(ところ)に到(いた)らず。細(こま)かにこの景(けい)を観(み)れば、我が大唐(だいとう)と何(なん)の異(こと)ならんや!所謂(いわゆる)極楽世界(ごくらくせかい)とは、誠(まこと)にこれをこの謂(いい)なり」と。また人の説(い)うを聴(き)けば、白米(はくまい)四銭(よんせん)一石(いっこく)、麻油(まゆ)八厘(はちりん)一斤(いっきん)と、真(まこと)にこれ五穀豊登(ごこくほうとう)の処(ところ)なり。行(ゆ)くこと彀(あま)ねく多時(しばらく)にして、方(はじ)めて玉華王府(ぎょくかおうふ)に到(いた)る。府門(ふもん)の左右(そうゆう)に長史府(ちょうしふ)・審理庁(しんりちょう)・典膳所(てんぜんしょ)・待客館(たいかくかん)有り。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)よ、此間(ここ)はこれ府(ふ)なり、我が進(い)り往(ゆ)きて、王(おう)に朝(ちょう)し牒(ちょう=文牒)を験(あらため)て行(ゆ)かんを等(ま)て」と。八戒言う、「師父(しふ)の進(い)り往(ゆ)かば、我らは好(よ)く衙門前(がもんぜん=役所の前)に在りて站(た)ち立(た)つべきか」と。三蔵言う、「汝(なんじ)この門(もん)の上(うえ)に『待客館(たいかくかん)』の三字(さんじ)の有るを看(み)ざるか!汝らみなかの処(ところ)に往(ゆ)きて坐下(ざげ)せよ、草料(そうりょう=秣)の有るを看(み)て、些(いささ)か買(か)いて馬(うま)に喂(く)わせよ。我王(おう)に見(まみ)えて、もし斎(とき)を賜(たま)わらんには、すなわち来(きた)りて汝らを喚(よ)びて同(とも)に享(う)けしめん」と。行者言う、「師父(しふ)放心(ほうしん)して前(まえ)に去(ゆ)かれよ、老孫(ろうそん)自(おのずか)ら当(まさ)に理会(りかい=処理)せん」と。かの沙僧(さそう)行李(こうり)を把(と)って館中(かんちゅう)に挑(にな)い至(いた)る。館中(かんちゅう)に館(かん)を看(み)るの人役(じんやく=係り)有り、彼(かれ)らの面貌(めんぼう)の醜陋(しゅうろう=醜き)なるを見(み)、敢(あ)えて彼(かれ)に問(と)わず、また敢(あ)えて彼(かれ)をして出(い)で往(ゆ)かしめず、ただ彼(かれ)をして坐下(ざげ)せしむるを得(う)のみ。これを題(だい)せず。
さて老師父(ろうしふ)衣帽(いぼう)を換(か)え、関文(かんぶん=通関文牒)を拿(と)り、径(ただち)に王府(おうふ)の前(まえ)に至(いた)れば、早(はや)くも引礼官(いんれいかん)の迎(むか)えて問うて言う、「長老(ちょうろう)いずこよりか来(きた)る」と。三蔵言う、「東土大唐(とうどだいとう)より大雷音(だいらいおん)に差(つかわ)され仏祖(ぶっそ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)めんとし来(きた)れるの僧(そう)なり。今(いま)貴地(きち)に到(いた)り、関文(かんぶん)を倒換(とうかん=書換え)せんと欲(ほっ)し、特に来りて千歳(せんざい=王子)に朝参(ちょうさん)す」と。引礼官(いんれいかん)すなわち為(ため)に伝奏(でんそう)す。かの王子(おうじ)果たして賢達(けんだつ)にして、すなわち旨(むね)を伝(つた)えて召(め)し進(い)らしむ。三蔵殿下(でんか)に至(いた)りて礼(れい)を施(ほどこ)せば、王子すなわち上殿(じょうでん)に請(しょう)じて坐(ざ)を賜(たま)う。三蔵関文(かんぶん)を将(も)ちて献(けん)じ上(あ)ぐれば、王子これを看(み)、また各国(かっこく)の印信(いんしん=印)と手押(しゅおう=署名)の有るを見、すなわち欣然(きんぜん)として宝印(ほういん)を将(も)ちて押(お)し、花字(かじ=花押)を押(お)し、折(おり)て案(あん)に収(おさ)む。問うて言う、「国師(こくし)長老(ちょうろう)よ、汝がかの大唐(だいとう)よりこの処(ところ)に至るまで、諸邦(しょほう)を歴遍(れきへん=巡り)て、共(あわ)せて幾多(いくた)の路程(ろてい)か有る」と。三蔵言う、
「貧僧(ひんそう)また未(いま)だ程途(ていと=道程)を記(き)せず。ただ先年(せんねん)観音菩薩(かんのんぼさつ)の我が王(おう)の御前(ごぜん)に身(み)を顕(あらわ)したもうを蒙(こうむ)り、かつて頌子(じゅす=偈)を留(とど)めて、西方(せいほう)十万八千里(じゅうまんはっせんり)と曰(い)えり。貧僧(ひんそう)路(みち)に在りて、已(すで)に一十四遍(いちじゅうよんべん)の寒暑(かんしょ)を経(ふ)れり」
と。王子笑って言う、「十四遍(じゅうよんべん)の寒暑(かんしょ)は、すなわち十四年(じゅうよんねん)なり。想(おも)うに途(みち)中(ちゅう)に何(なん)の耽擱(たんかく=遅れ)か有りしならん」と。三蔵言う、「一言(いちげん)に尽(つく)し難(がた)し!万蟄千魔(ばんちつせんま=幾万の難)に、また幾許(いくばく)の苦楚(くそ=苦しみ)を受(う)けしを知(し)らず、才(ようや)く宝方(ほうほう)に到(いた)り得(え)たり!」と。かの王子(おうじ)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)す。すなわち典膳官(てんぜんかん)をして素斎(そさい=精進料理)を備(そな)えて管待(かんたい=もてな)さしむ。三蔵言う、
「啓(もう)し上(あ)ぐ、殿下(でんか)、貧僧(ひんそう)に三箇(みたり)の小徒(しょうと)有りて、外(そと)に在りて候(ま)てり。敢(あ)えて斎(とき)を領(う)けず、ただ行程(こうてい)の遅(おく)れ誤(あやま)るを恐(おそ)るるのみ」
と。王子教う、「当殿官(とうでんかん)よ、疾(と)く往(ゆ)きて長老(ちょうろう)が三位(さんい)の徒弟(でし)を請(しょう)じ、府(ふ)に進(い)れて同(とも)に斎(とき)を食(くら)わしめよ」と。当殿官(とうでんかん)随(したが)って外(そと)に出(い)でて相請(しょうせい)すれど、みな言う、「未(いま)だかつて見ず、未だかつて見ず」と。跟随(したがう)の人有りて言う、「待客館(たいかくかん)の中(うち)に三箇(みたり)の醜貌(しゅうぼう=醜き貌)の和尚(おしょう)の坐(ざ)しおるは、想(おも)うに必(かなら)ずこれならん」と。当殿官(とうでんかん)衆(しゅう)と同(とも)に館中(かんちゅう)に至り、すなわち館(かん)を看る者(もの)に問うて言う、「孰(たれ)かこれ大唐(だいとう)の経(きょう)を取(と)る僧(そう)の高徒(こうと)なる。我が主(しゅ)に旨(むね)有り、請(しょう)じて斎(とき)を食(くら)わしめんとす」と。八戒(はっかい)正(まさ)に坐(ざ)して打盹(とろん=居眠り)しおるに、一箇の「斎(とき)」の字(じ)を聴(き)くや、忍(しの)びえず身(み)を跳(おど)らかし起(おこ)して答(こた)えて言う、「我らは是(しか)なり!我らは是なり!」と。当殿官(とうでんかん)一(ひと)たび見るや、魂(たましい)飛(と)び魄(はく)喪(うしな)い、みな戦戦(おののき)として言う、「これ一箇の豬魈(ちょしょう=豚の妖怪)なり!豬魈(ちょしょう)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)これを聴(き)き、一把(ひとつかみ)に八戒(はっかい)を扯(ひ)き住(とど)めて言う、「兄弟(きょうだい)よ、斯文(しぶん=上品)を放(はな)て、村野(そんや=粗暴)を撒(ちら)す莫(な)かれ」と。かの衆官(しゅうかん)行者(ぎょうじゃ)を見、また言う、「これ一箇の猴精(こうせい=猿の精)なり!猴精(こうせい)なり!」と。沙僧(さそう)手(て)を拱(く)んで言う、「列位(れっい)驚恐(きょうきょう=恐れ)するを得(え)る莫(な)かれ。我ら三人(さんにん)みなこれ唐僧(とうそう)の徒弟(でし)なり」と。衆官(しゅうかん)これを見、また言う、「竈君(そうくん=かまどの神)なり!竈君(そうくん)なり!」と。孫行者(そんぎょうじゃ)すなわち八戒に教えて馬(うま)を牽(ひ)かしめ、沙僧(さそう)に担(に)を挑(にな)わせ、衆(しゅう)と同(とも)に玉華王府(ぎょくかおうふ)に入(い)る。当殿官(とうでんかん)先(ま)ず入(い)りて啓(もう)し知(し)らす。かの王子(おうじ)目(め)を挙(あ)げてかの等(ごと)き醜悪(しゅうあく=醜き)なるを見、却(かえ)ってまた心中(しんちゅう)に害怕(おそれ)る。三蔵掌(て)を合(あわ)せて言う、「千歳(せんざい)放心(ほうしん)したまえ、頑徒(がんと=愚かな弟子)らは貌(かたち)醜(みにく)しといえど、却(かえ)ってみな心(こころ)良(よ)し」と。八戒上(かみ)に向(むか)いて一箇の喏(だく=合図の声)を唱(とな)えて言う、「貧僧(ひんそう)問訊(もんじん)し了(おわ)んぬ」と。王子いよいよ心(こころ)の驚(おどろ)くを覚(さと)る。三蔵言う、「頑徒(がんと)らはみな山野(さんや)の中(うち)より収(おさ)め来りし者(もの)なれば、礼(れい)を行(おこな)うことを会(え)せず、万(よろず)望(のぞ)むらくは罪(つみ)を赦(ゆる)されたんことを」と。王子(おうじ)驚恐(きょうきょう)を奈(しの)び、典膳官(てんぜんかん)に教えて衆(しゅう)の僧官(そうかん)を請(しょう)じて暴紗亭(ぼうしゃてい)に往きて斎(とき)を食(くら)わしむ。三蔵恩(おん)を謝(しゃ)し、王(おう)に辞(じ)して殿(でん)を下(お)り、同(とも)に亭内(ていない)に至り、八戒を埋怨(まんえん=恨み)て言う、「汝この夯貨(こうか=鈍物)め、全(まった)く一毫(いちごう=少し)の礼体(れいたい=礼儀)をも知(し)らず!索性(いっそ)口(くち)を開(ひら)かざるならば、すなわちまた罷(や)まんに、いかんしてかかの般(ごと)く粗魯(そろ=粗野)なるか!一句(いっく)の話(はなし)に、足(た)って泰山(たいざん)を冲(つ)き倒(たお)さんばかりなり!」と。行者笑って言う、「なおこれ我の喏(だく)を唱(とな)わざりしが好(よ)きなり、また些(いささ)かの力(ちから)を省(はぶ)く」と。沙僧(さそう)言う、「彼(かれ)の喏(だく)を唱(とな)うるはまた斉(ひと)しく等(ま)たず、予(あらかじ)めすなわち一箇の嘴(くち)を抒(のば)し出(いだ)して吆喝(ようかつ=喚く)せり」と。八戒言う、「活(まこと)に淘気(とうき=厄介)なり!活に淘気なり!師父(しふ)先日(せんじつ)我に教えて、人に見(まみ)ゆれば一箇の問訊(もんじん)を打(な)すはこれ礼(れい)なりとせり。今日(こんにち)問訊(もんじん)を打(な)せば、また好(よ)からずと説(い)う、我をしていかんが乾(な)さしめんとするか!」と。三蔵言う、「我汝に人に見(まみ)ゆれば一箇の問訊(もんじん)を打(な)せと教(おし)えしのみ、未(いま)だかつて汝に王子(おうじ)に見(まみ)ゆればすなわちこの処(ところ)に就(つ)きて歪纏(わいてん=絡みつく)せよと教(おし)えず!常言(ことわざ)に道(いわ)く、『物(もの)に幾等(いくとう)かの物(もの)有り、人に幾等(いくとう)かの人有り』と、いかんしてか箇(かく)の貴賤(きせん)を分(わか)たざるや」と。正(まさ)に説(い)う処に、かの典膳官(てんぜんかん)の人役(じんやく)を帯(ひき)い領(い)るる、桌椅(たくい=机と椅子)を調(ととの)え開(ひら)き、斎を擺(なら)べ上(あ)ぐるを見れば、師徒(してい)ら却(かえ)って言語(ものい)わず、各各(おのおの)斎を食(くら)う。

さてかの王子(おうじ)殿(でん)を退(しりぞ)きて宮(きゅう)に進(い)るに、宮中(きゅうちゅう)に三箇(みたり)の小王子(しょうおうじ)有り、彼が面容(めんよう=顔色)の色(いろ)を改(あらた)むるを見、すなわち問うて言う、「父王(ふおう)は今日(こんにち)何(なん)の故(ゆえ)にかこの驚恐(きょうきょう)有る」と。王子言う、「适(さき)ほど東土大唐(とうどだいとう)より仏(ほとけ)を拝(おが)みて経(きょう)を取(と)らんとし来れる一箇の和尚(おしょう)有り、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せしに、却って一表(いっぴょう=風采)凡(およ)ばず。我彼を留(とど)めて斎を食(くら)わしめしに、彼徒弟(でし)の府前(ふぜん)に在(あ)ると説(い)うにより、我すなわち命(めい)じて請(しょう)ぜしめたり。少時(しばらく)にして進(い)り来るに、我に大礼(たいれい)を行(おこな)わず、一箇の問訊(もんじん)を打(な)すのみなるに、我已(すで)に快(こころよ)からず。頭(こうべ)を抬(あ)げて看るに及(およ)んで、箇箇(おのおの)醜(みにく)きこと妖魔(ようま)に似(に)たれば、心中(しんちゅう)に覚(おぼ)えず驚駭(きょうがい=驚き)せり。此(これ)の故(ゆえ)に面容(めんよう)の色(いろ)を改(あらた)むるなり」と。元来(もと)かの三箇(みたり)の小王子(しょうおうじ)は衆(しゅう)に比(くら)べて同(おな)じからず、箇箇(おのおの)武(ぶ)を好(この)み強(つよ)きを好(この)めば、すなわち拳(こぶし)を伸(の)べ袖(そで)を擄(まく)りて言う、「敢(あ)えてはかの山(やま)の裡(うち)より走(はし)り来れる妖精(ようせい)の、人の象(すがた)を仮装(かそう=装い)するならんか、我らをして兵器(へいき)を拿(と)りて出(い)で往きて看しめよ!」と。好(よ)き王子かな、大(だい)の箇(ひとり)は一条(ひとすじ)の斉眉棍(せいびこん=眉に斉しき棍)を拿(と)り、第二(だいに)の箇(ひとり)は一把(ひとつ)の九歯鈀(きゅうしは=九歯の鈀)を輪(めぐ)らし、第三(だいさん)の箇(ひとり)は一根(ひとつ)の烏油黒棒子(うゆこくぼうす=黒光りの棒)を使(つか)い、雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)・気昂昂(きこうこう=意気高く)として王府(おうふ)を走出(いで)で、吆喝(ようかつ=喚き)して言う、「何(なん)たる経(きょう)を取(と)るの和尚(おしょう)か!いずこに在(あ)るか」と。時に典膳(てんぜん)の官員(かんいん)人等(ひとびと)有り、跪(ひざまず)き下(お)りて言う、「小王(しょうおう)よ、彼らはこの暴紗亭(ぼうしゃてい)に在りて斎を食いおりまする」と。小王子(しょうおうじ)好歹(よしあし)を分(わか)たず、闯(つ)け将(も)ちて進り往き、喝(しか)って言う、「汝らは人か是(こ)れ怪(かい)か、疾(と)く早(はや)く説(い)い来れ、汝が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」と。唬(おどろ)かされたるかな三蔵、面容(めんよう)に色(いろ)を失(うしな)い、飯碗(はんわん)を投げ捨て、身(み)を躬(かが)めて言う、「貧僧(ひんそう)はすなわちこれ唐朝(とうちょう)より来りて経(きょう)を取(と)る者(もの)、人なり、怪(かい)に非(あら)ざるなり」と。小王子(しょうおうじ)言う、「汝はなおまた人に象(に)たれど、かの三箇(みたり)の醜(みにく)きは、断然(だんぜん)としてこれ怪(かい)ならん!」と。八戒ただ只管(ひたすら)飯(めし)を食いて睬(かえりみ)ず。沙僧と行者(ぎょうじゃ)身(み)を欠(かが)めて言う、「我らは俱(みな)これ人なり。面(おもて)醜(みにく)しといえど心(こころ)良(よ)く、身夯(にぶ)しといえど性(せい)善(よ)し。汝ら三箇(みたり)は却ってこれいずこよりか来れる、却ってこの様(さま)に海口(かいこう=大口)をききて軽狂(けいきょう=軽薄)なるか」と。旁(かたわら)に典膳(てんぜん)等の官(かん)有りて言う、「三位(さんい)はこれ我が王(おう)の子(こ)の小殿下(しょうでんか)なり」と。

八戒碗(わん)を投げ捨てて言う、「小殿下(しょうでんか)よ、各(おのおの)兵器(へいき)を拿(と)るはいかんするか。これ我らと打(う)たんと要(もと)むるならんか」と。
二王子(におうじ)步(あゆみ)を掣(ひら)き開(ひら)き、双手(もろて)に鈀(は)を舞(ま)わして、すなわち八戒を打(う)たんとす。八戒嘻嘻(きき)として笑って言う、「汝がかの鈀(は)はただ我がこの鈀(は)の孫(まご)と做(な)るを好(よ)しとするのみ!」と。すなわち衣(い)を掲(かか)げ、腰間(ようかん)より鈀(は)を取(と)り出(いだ)し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、金光(きんこう)万道(ばんどう)、解数(かいすう=技)を繰り広げれば、瑞気(ずいき)千条(せんじょう)有り、一箇の王子をして手(て)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れて、敢(あ)えて舞(ま)い弄(ろう)せざらしむ。行者(ぎょうじゃ)大(だい)の箇(ひとり)の一条(ひとすじ)の斉眉棍(せいびこん)を使(つか)いて、跳(おど)り阿(あ)跳(おど)りするを見、すなわち耳朶(みみ)の裡(うち)より金箍棒(きんこぼう)を取(と)り出(いだ)し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来(ばかり)の粗細(ふとさ)、丈二三(じょうにさん)の長短(ながさ)有り、地(ち)に着(つ)きて一搗(ひとつき)すれば、搗(つ)きて三尺(さんじゃく)の深浅(ふかさ)有り、かの処に竪(た)てて、笑って言う、「我この棍子(こんす=棒)を把(と)って汝に送(おく)らん!」と。

かの王子これを聴(き)き、すなわち自(みずか)らの棍(こん)を投げ捨て、往きてかの棒(ぼう)を取らんとし、双手(もろて)に気力(きりょく)を尽(つく)して一(ひと)たび拔(ぬ)かんとすれど、想(おも)うに分毫(ぶんごう=わずか)も動(うご)かし得(え)ず、再(ふたた)びまた一端(ひとたび)を端(もちあ)げ、一揺(ひとゆす)りを揺(ゆす)るに、すなわち根(ね)を生(しょう)じたるが一般(ごと)し。第三(だいさん)の箇(ひとり)莽性(もうせい=荒々しき性)を撒(ちら)し起(おこ)し、烏油杆棒(うゆかんぼう=黒光りの棒)を使(つか)いて打(う)ち来るに、沙僧に一手(ひとて)にて劈(つ)き開(ひら)かれ、降妖宝杖(ごうようほうじょう)を取り出(いだ)され、拈(ひね)りて一拈(ひとひねり)、艶艶(えんえん=あでやか)として光(ひかり)生(しょう)じ、紛紛(ふんぷん)として霞(かすみ)亮(あきら)かなり。唬(おどろ)かされたるかなかの典膳(てんぜん)等の官(かん)、箇箇(おのおの)呆呆掙掙(たいたいそうそう=ぼうぜん)として、口(くち)に言(い)う能(あた)わず。三箇の小王子(しょうおうじ)一斉(いっせい)に下(お)り拝(はい)して言う、「神師(しんし)よ!神師よ!我ら凡人(ぼんじん)の識(し)らざるところ、万(よろず)望(のぞ)むらくは一審(ひとしきり)施展(しぜん=披露)したまえ、我ら好く拝授(はいじゅ=拝んで習)けん」と。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)み、軽軽(かるがる)と棒(ぼう)を把(と)って拿(と)り起(あ)げて言う、「ここは窄狭(さくきょう=狭く)して、好く手(て)を展(の)ばさず、我が空(くう)の中(うち)に跳(おど)り上(あ)がりて、一路児(ひととおり)耍(あそ)びて汝らに看看(みら)れんを等(ま)て」と。好き大聖(たいせい)かな、唿哨(こっしょう=一声)と一声(ひとこえ)、觔斗(きんと)を将(も)ちて一縦(ひととび)し、両隻(ふたつ)の脚(あし)に五色(ごしき)の祥雲(しょううん)を踏(ふ)み、半空(はんくう)に起(た)ち、地(ち)を離(はな)るること約(およ)そ三百步(さんびゃくほ)の高下(たかさ)にして、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って撒花蓋頂(さっかがいちょう=花を撒き頂を覆う)・黄龍転身(こうりゅうてんしん)と繰り開(ひら)き、一上(いちじょう)一下(いちげ)、左(ひだり)に旋(めぐ)り右(みぎ)に転(てん)ず。初(はじ)めの時(おり)は人と棒(ぼう)と錦上(きんじょう)に花(はな)を添(そ)うるに似(に)たれど、次(つぎ)の後(のち)には人見えず、ただ一天(いってん)に棒(ぼう)の滚(ころが)るのみ。八戒底(した)に在りて一声(ひとこえ)采(さい)を喝(い)り、また手足(しゅそく)を忍(しの)びえず、声(こえ)を厲(はげ)しくして喊(よばわ)る、「老豬(ろうちょ=おれ)をも往きて耍(あそ)ばしめよ!」と。好き呆子(あほう)かな、風頭(ふうとう=風)を駕(が)し起(おこ)し、また半空(はんくう)に到り、鈀(は)を繰り開(ひら)き、上三(かみさん)下四(しもよん)、左五(ひだりご)右六(みぎろく)、前七(まえなな)後八(うしろはち)と、満身(まんしん)の解数(かいすう=技)、ただ聴く呼呼(ここ)たる風(かぜ)の響(ひび)きを。正(まさ)に使(つか)うて熱鬧(ねっとう=盛ん)なる処に到れば、沙僧長老に向(むか)いて言う、「師父(しふ)よ、老沙(ろうさ)をも往きて操演(そうえん=演武)し操演(そうえん)せしめよ」と。好き和尚(おしょう)かな、双(ふたつ)の脚(あし)を揃(そろ)えて一跳(ひととび)し、杖(じょう)を輪(めぐ)らし、また空(くう)の中(うち)に起(た)てば、ただ見よ、かの鋭気(えいき)氤氳(いんうん=立ちこめ)、金光(きんこう)縹緲(ひょうびょう=かすか)たり。双手(もろて)に降妖杖(ごうようじょう)を使(つか)いて、一箇の丹鳳朝陽(たんぽうちょうよう)・餓虎撲食(がこぼくしょく=飢えた虎の飛びかかり)を繰り出(いだ)し、緊(きつ)と迎(むか)え慢(ゆる)と擋(ふせ)ぎ、捷(すみやか)に転(てん)じ忙(いそが)しく攛(つ)く。弟兄(けいてい)三箇すなわち神通(じんずう)を展(の)べ、みなかの半空(はんくう)の中(うち)に在りて一斉(いっせい)に威(い)を揚(あ)げ武(ぶ)を耀(かがや)かす。これ才(はじ)めてこれ、
真禅(しんぜん)の景象(けいしょう)は凡(およ)び同(おな)じからず、
大道(だいどう)の縁由(えんゆう=由縁)太空(たいくう)に満(み)つ。
金木(きんもく)威(い)を施(ほどこ)して法界(ほっかい)に盈(み)ち、
刀圭(とうけい)展転(てんてん)して円通(えんつう)に合(がっ)す。
神兵(しんぺい)精鋭(せいえい)にして時(じ)に随(したが)って顕(あらわ)れ、
丹器(たんき=丹の器)花生(かせい)じて到る処崇(たっと)し。
天竺(てんじく)は高(たか)しといえどなお性(せい)を戒(いまし)め、
玉華(ぎょくか)の王子は総(すべ)て中(ちゅう)に帰(き)す。
と。

唬(おどろ)かされたるかなかの三箇の小王子(しょうおうじ)、塵埃(じんあい=地べた)に跪(ひざまず)く。暴紗亭(ぼうしゃてい)の大小(だいしょう)の人員(じんいん)、并(なら)びに王府(おうふ)の裡(うち)の老王子(ろうおうじ)、満城(まんじょう)の軍民(ぐんみん)男女(だんじょ)、僧尼(そうに)道俗(どうぞく)、一応(いちおう)の人等(ひとびと)、家家(いえいえ)に仏(ほとけ)を念(ねん)じ頭(こうべ)を磕(う)ち、戸戸(こここ)に香(こう)を拈(ひね)りて礼拝(らいはい)す。果たしてこれ、
象(すがた)を見て真(しん)に帰(き)して衆僧(しゅそう)を度(わた)し、
人間(にんげん)に福(ふく)を作(な)して清平(せいへい=泰平)を享(う)く。
今(いま)より果(か)を正(ただ)して菩提(ぼだい)の路(みち)、
尽(ことごと)くこれ参禅(さんぜん)し仏(ほとけ)を拝(おが)む人なり。
と。

彼ら三箇各(おのおの)雄才(ゆうさい)を逞(たくま)しくし、一路(ひととおり)を使(つか)い了(おわ)り、祥雲(しょううん)を按(おろ)し下(おろ)し、兵器(へいき)を収(おさ)め、唐僧(とうそう)の面前(めんぜん)に到りて問訊し、師(し)の恩(おん)を謝(しゃ)し、各各(おのおの)坐下(ざげ)す。これを題(だい)せず。

かの三箇の小王子急(いそ)ぎ宮裡(きゅうり)に回(かえ)り、老王(ろうおう)に告奏(こくそう)して言う、「父王(ふおう)万千(ばんせん)の喜(よろこび)あり!今(いま)莫大(ばくだい)の功(こう)有り!适(さき)ほどかつて半空(はんくう)の中(うち)に舞(ま)い弄(ろう)するを見たもうや否(いな)や」と。老王(ろうおう)言う、「我才(いま)しがた半空(はんくう)の霞彩(かさい=彩雲)を見、すなわち宮院(きゅういん)の内(うち)に於(お)いて汝が母親(ははおや)等衆(とうしゅ)と同(とも)に香(こう)を焚(た)きて啓(もう)し拝(おが)めり、更(さら)にいずこの神仙(しんせん)の降(くだ)り聚(あつま)れるなるを知らざりしなり」と。小王子言う、「いずこの神仙(しんせん)にも非(あら)ず、すなわちこれかの経を取る僧(そう)が三箇の醜(みにく)き徒弟なり。一箇(ひとり)は金箍鉄棒(きんこてつぼう)を使い、一箇(ひとり)は九歯釘鈀(きゅうしていは)を使い、一箇(ひとり)は降妖宝杖(ごうようほうじょう)を使いて、我ら三人(さんにん)の兵器(へいき)を把(と)って、比(くら)ぶるに通(まる)きに分毫(ぶんごう=少し)も無(な)からしめたり。我ら彼に一路(ひととおり)を使わしめしに、彼地上(ちじょう)の窄狭(さくきょう=狭き)を嫌(いと)いて、好く支吾(しご=応対)せずとし、我が空(くう)の中に起(た)ちて、一路(ひととおり)を使いて汝に看看(みら)れんとせり。彼すなわち各(おのおの)雲頭(うんとう)を駕(が)し、満空(まんくう)に祥雲(しょううん)縹緲(ひょうびょう)として、瑞気(ずいき)氤氳(いんうん)たり。才(ようや)く然(しか)る後(のち)に落(お)ち下(くだ)り、みな暴紗亭(ぼうしゃてい)の裡(うち)に坐(ざ)せり。児(こ)の十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)するところは、彼を拝(はい)して師(し)と為(な)し、彼が手段(てだて)を学(まな)び、我が邦(くに)を保護(ほご)せんと欲(ほっ)するにあり、これ誠(まこと)に莫大(ばくだい)の功(こう)なり!父王(ふおう)いかんが以為(おも)うかを知らず」と。老王(ろうおう)これを聞(き)き、心(こころ)に信(しん)じ願(ねがい)に従(したが)う。

当時(そのとき)父子(ふし)四人(よたり)、駕(が)を擺(なら)べず、蓋(かさ)を張(は)らず、步行(ほこう)して暴紗亭(ぼうしゃてい)に到る。彼が四衆(ししゅ)行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し、府(ふ)に進りて斎を謝(しゃ)し、王に辞(じ)して起(た)ち行(ゆ)かんと欲(ほっ)せしに、偶(たまたま)玉華王(ぎょくかおう)父子(ふし)の亭(てい)に上(のぼ)り来りて身を倒(さかしま)にし下(お)りて拝(はい)するを見、慌(あわ)てたるかな長老、身を舒(の)ばし、地(ち)に撲(う)ちて礼(れい)を返(かえ)し、行者ら旁(かたわら)に闪(かわ)し過(よ)ぎて、微微(びび)として冷笑(れいしょう)す。

衆(しゅう)拝(はい)し畢(おわ)り、四衆(ししゅ)を請(しょう)じて府堂(ふどう)の上(うえ)に進りて坐(ざ)せしむ。四衆(ししゅ)欣然(きんぜん)として入(い)る。老王(ろうおう)身を起(おこ)して言う、「唐老師父(とうろうしふ)よ、孤(こ=私)に一事(いちじ)の奉求(ほうきゅう=お願い)する有り、知らず三位(さんい)の高徒(こうと)は能(よ)く容(い)るるや否(いな)や」と。三蔵言う、
「ただ千歳(せんざい)の吩咐(いいつけ)に凭(よ)らん、小徒(しょうと)敢えて従(したが)わざること無(な)からん」
と。老王(ろうおう)言う、「孤(こ)先(さき)に列位(れっい)を見し時(おり)、ただこれ唐朝(とうちょう)より遠(とお)く来れる行脚(あんぎゃ)の僧(そう)と以為(おも)えり、実(げ)にこれ肉眼(にくがん)凡胎(ぼんたい=凡夫)にして、多(おお)く軽褻(けいせつ=軽んじ)を致(いた)せり。适(さき)ほど孫師(そんし)・豬師(ちょし)・沙師(さし)の空(くう)に在りて舞(ま)い起(おこ)るを見、方(はじ)めてこれ仙(せん)か是(こ)れ仏(ほとけ)なるを知れり。孤(こ)が三箇の犬子(けんし=愚息)は、一生(いっしょう)武芸(ぶげい)を弄(ろう)することを好(この)む。今(いま)謹(つつし)んで虔心(けんしん=真心)を発(おこ)し、拝(はい)して門徒(もんと)と為(な)り、些(いささ)かの武芸(ぶげい)を学(まな)ばんと欲(ほっ)す。万(よろず)望(のぞ)むらくは老師(ろうし)の天地(てんち)の心(こころ)を開き、普(あまね)く慈舟(じしゅう=慈悲の船)を運(めぐ)らして小児(しょうじ)を伝度(でんど=お導き)したまえ、必(かなら)ず傾城(けいじょう=都を傾く)の資(し=財)を以(も)って奉謝(ほうしゃ)せん」と。行者これを聞(き)き、忍(しの)びえず呵呵(かか)として笑って言う、「汝この殿下(でんか)は、好くも事(こと)を会(え)せぬかな!我ら出家人(しゅっけにん)は、幾箇(いくにん)かの徒弟を伝(つた)えんことを得(え)んことを巴(ねが)わざるは無し。汝が令郎(れいろう=息子)既(すで)に善(ぜん)に従(したが)うの心(こころ)有らば、切(きっ)と分毫(ぶんごう=少し)の利(り)を説(い)い起(おこ)すべからず、ただただ情(じょう)を以(も)って相(あい)処(お)らば、足(た)って愛(あい)と為(な)すなり」と。王子これを聴(き)き、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)し、随(したが)って大(おお)いに筵宴(えんえん)を排(なら)ぶるを命(めい)じ、すなわち本府(ほんぷ)の正堂(せいどう)に於(お)いて擺列(はいれつ)せしむ。噫!一声(ひとこえ)の旨意(しい)にして、即刻(そくこく)に俱(みな)完(まっとう)す。ただ見よ、かの、
結彩(けっさい=飾り)飄颻(ひょうよう=ひるがえ)り、香烟(こうえん)馥郁(ふくいく=芳し)たり。
戧金(そうきん=金象眼)の桌子(たくす=机)に鮫綃(こうしょう=鮫の絹)を掛(か)くるは、人の眼目(がんもく)を幌(くらま)し、
彩漆(さいしつ)の椅児(いじ=椅子)に錦繍(きんしゅう)を鋪(し)くは、座(ざ)の風光(ふうこう)を添(そ)う。
樹果(じゅか=木の実)新鮮(しんせん)にして、茶湯(ちゃとう)香(こう)ばしく噴(ふ)く。
三五道(さんごどう=三品五品)の閑食(かんしょく=菓子)清甜(せいてん=甘い)、
一両餐(いちりょうさん)の饅頭(まんじゅう)豊潔(ほうけつ=豊かで清らか)なり。
蒸酥(じょうそ)蜜煎(みっせん=蜜漬け)更(さら)に奇(き)なるかな、
油札(ゆさつ)糖澆(とうぎょう=飴かけ)真(まこと)に美(うつく)しきかな。
幾瓶(いくびん)かの香糯(こうだ=香り糯)の素酒(そしゅ)有り、斟(つ)ぎ出(いだ)せば瓊漿(けいしょう=仙酒)に賽(まさ)り、
幾番(いくたび)かの陽羨(ようせん)の仙茶(せんちゃ)を献(けん)ず、手(て)に捧(ささ)げ到れば香(かおり)丹桂(たんけい)を欺(あざむ)く。
般般(はんはん)品品(ひんぴん)みな斉(ととの)い備(そなわ)り、
色色(しきしき)行行(こうこう)尽(ことごと)く奇(き)を出す。
と。

一壁廂(いっぺきしょう=一方)に承応(しょうおう=抱え)の歌舞(かぶ)吹弾(すいだん=演奏)、撮弄(さつろう=手品)演戯(えんぎ=芝居)を叫(よ)ばしむ。彼が師徒(してい)ら并(なら)びに王の父子(ふし)、一日(いちじつ)を尽(つく)して楽(たの)しむ。覚(おぼ)えず天(てん)晩(くら)れ、酒席(しゅせき)散(さん)ずるや、また即(すなわ)ち暴紗亭(ぼうしゃてい)に床幃(しょうい=寝台)を鋪設(ほせつ=敷き)し、師(し)を請じて安宿(あんしゅく)せしめ、明早(みょうそう=明朝)に竭誠(けっせい=誠を尽く)して香(こう)を焚(た)き、再(ふたた)び拝(はい)して武芸(ぶげい)を伝(つた)うることを求(もと)めんと待(ま)たしむ。衆(しゅう)みな聴(き)き従(したが)い、すなわち香湯(こうとう=香水)を備(そな)えて師(し)を請じて沐浴(もくよく)せしめ、衆却って寝(い)に帰(かえ)る。この時(とき)の、
衆鳥(しゅうちょう)高(たか)く栖(すま)いて万籟(ばんらい=万物の音)沉(しず)み、
詩人(しじん)榻(とうこ=寝台)を下(お)りて哦吟(がぎん=詩吟)を罷(や)む。
銀河(ぎんが)光(ひかり)を顕(あらわ)して天(てん)弥(いよい)よ亮(あきら)かに、
野径(やけい=野の径)荒涼(こうりょう)として草(くさ)更(さら)に深(ふか)し。
砧杵(ちんしょ=砧)叮咚(ていとう=とんとん)と別院(べついん)を敲(たた)き、
関山(かんざん)杳窵(ようちょう=遠く)として郷心(きょうしん=望郷)を動(うご)かす。
寒蛩(かんきょう=寒の蟋蟀)声(こえ)朗(ほがら)かにして人の意(こころ)を知り、
嚦嚦(れきれき=さえずり)として床頭(しょうとう=枕もと)に夢魂(むこん=夢)を破(やぶ)る。
と。

一宵(いっしょう)の晩景(ばんけい)題(だい)し過(す)ぐ。明早(みょうそう=明朝)、かの老王(ろうおう)父子(ふし)また来りてこの長老に相見(しょうけん)す。昨日(きのう)の相見(しょうけん)はなおこれ王礼(おうれい)なりしが、今日(こんにち)はすなわち師礼(しれい)を行(おこな)う。かの三箇の小王子行者・八戒・沙僧に対(たい)して面(おもて)に向(む)かいて頭(こうべ)を叩(う)ち、拝して問うて言う、「尊師(そんし)の兵器(へいき)を、また借(か)し出して弟子(でし)らに看看(みら)れたまえ」と。

八戒これを聞(き)き、欣然(きんぜん)として釘鈀(ていは)を取り出し、地(ち)の上(うえ)に抛(な)げ置(お)く。沙僧宝杖(ほうじょう)を将(も)ちて抛(な)げ出し、墻辺(かきべ=塀のほとり)に倚(よ)せかく。二王子(におうじ)と三王子(さんおうじ)跳(おど)り起(お)きて往きてすなわち拿(と)らんとすれど、すなわち蜻蛉(とんぼ)の石柱(せきちゅう)を撼(ゆるが)すが如(ごと)く、箇箇(おのおの)掙(あが)きて紅頭赤臉(こうとうせきれん=赤面)となるも、想(おも)うに半分毫(はんぶんごう=少し)も拿り動(うご)かし得(え)ず。大王子(だいおうじ)これを見、叫(よばわ)って言う、「兄弟(きょうだい)よ、力(ちから)を費(ついや)す莫(な)かれ。師父の兵器(へいき)は、みなこれ神兵(しんぺい)にして、幾許(いくばく)の重(おも)さか有るを知らず!」と。八戒笑って言う、
「我が鈀(は)もまた多(おお)くの重(おも)さ有らず、ただ一蔵(いちぞう)の数(かず)有るのみ、柄(え)を連(あわ)せて五千四十八斤(ごせんしじゅうはっきん)なり」
と。三王子(さんおうじ)沙僧に問うて言う、「師父の宝杖(ほうじょう)は多重(おも)さか」と。沙僧笑って言う、「またこれ五千四十八斤(ごせんしじゅうはっきん)なり」と。大王子(だいおうじ)行者の金箍棒(きんこぼう)を求(もと)めて看んとす。行者耳朶(みみ)の裡(うち)に往きて一箇の針児(しんじ=針)を取り出し、風(かぜ)に迎(むか)いて幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)すれば、すなわち碗(わん)来(ばかり)の粗細(ふとさ)有り、直直(すくすく)と面前(めんぜん)に竪(た)て立(た)つ。かの王父子(ふし)みな皆(みな)悚懼(しょうく=恐れ)、衆官員(しゅうかんいん)箇箇(おのおの)心驚(おどろ)く。三箇の小王子礼拝(らいはい)して言う、「豬師(ちょし)・沙師(さし)の兵(へい)は、みな身に随(したが)えて衣(い)の下(した)に帯(お)び、すなわちこれを取るを得(う)。孫師(そんし)は何(なん)の故(ゆえ)にか自(みずか)ら耳(みみ)の中より取り出し、風(かぜ)に見(まみ)ゆればすなわち長(の)ぶるは、何(なん)ぞや」と。行者笑って言う、
「汝知らず、我がこの棒(ぼう)はこれ凡間(ぼんげん)に等閑(なおざり)に有るべき者に非(あら)ざるを。この棒(ぼう)は、
鴻濛(こうもう=混沌)初(はじ)めて判(わか)るるや陶鎔(とうよう=鋳溶か)しし鉄(くろがね)、
大禹(だいう)神人(しんじん)の親(みずか)ら設(もう)けたる所(ところ)。
湖海江河(こかいこうが)の浅(あさ)きと深(ふか)きとを共(とも)にし、
かつてこの棒を将(も)ちてこれを知ること切(せつ)なり。
山(やま)を開き水(みず)を治(おさ)めて太平(たいへい)の時(とき)、
流(なが)れ落(お)ちて東洋(とうよう)に鎮海闕(ちんかいけつ=海を鎮むる宮)に在(あ)り。
日(ひ)久(ひさ)しく年(とし)深(ふか)くして彩霞(さいか)を放(はな)ち、
能(よ)く消(き)え能(の)び能(ひか)ることを得(う)。
老孫(ろうそん)分(ぶん)有りて取り将ち来り、
変化(へんげ)方(かた)無(な)くして口訣(くけつ=呪文)に随(したが)う。
大(だい)ならんと要(もと)むれば宇宙(うちゅう)の間(あいだ)に弥(あまね)く、
小(しょう)ならんと要(もと)むれば却って針児(しんじ)の節(ふし)に似(に)たり。
棒の名(な)は如意(にょい)にして号(な)は金箍(きんこ)、
天上(てんじょう)人間(にんげん)に一絶(いちぜつ=無双)と称(とな)う。
重(おも)さ一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃっきん)なるべきに、
或(あるい)は粗(ふと)く或(あるい)は細(ほそ)くして能(よ)く生滅(しょうめつ)す。
またかつて我を助(たす)けて天宮(てんぐう)を闹(さわ)がし、
またかつて我に随(したが)いて地闕(ちけつ=地府)を攻(せ)めたり。
虎(とら)を伏(ふく)し龍(りゅう)を降(くだ)して処処(しょしょ)に通(つう)じ、
魔(ま)を煉(ね)り怪(かい)を蕩(はら)いて方方(ほうぼう)に徹(とお)る。
頭(こうべ)を挙(あ)げて一指(ひとさし)すれば太陽(たいよう)昏(くら)み、
天地(てんち)鬼神(きしん)みな胆(きも)を怯(おびや)かす。
混沌(こんとん)より仙伝(せんでん)して今に到るまで、
元来(もと)これ凡間(ぼんげん)の鉄(くろがね)に非(あら)ざるなり」
と。かの王子これを聞(き)き、箇箇(おのおの)頂礼(ちょうらい)すること尽(つ)くる無(な)し。三箇前(まえ)に進(すす)みて重重(かさねがさね)に拝礼(はいれい)し、虔心(けんしん=真心)に授(さず)けを求(もと)む。行者言う、「汝ら三人(さんにん)いずれの般(ひ)の武芸(ぶげい)を学(まな)ばんとするかを知らず」と。王子道(いわ)く、
「願(ねが)わくは棍(こん)を使う者はすなわち棍(こん)を学(まな)び、
鈀を使うに慣(な)れたる者はすなわち鈀を学(まな)び、
杖(じょう)を用(もち)うるを愛(あい)する者はすなわち杖(じょう)を学(まな)ばん」
と。行者笑って言う、「教(おし)うるはまた容易(たやす)けれど、ただ汝らに力量(りきりょう=力)無(な)く、我らが兵器を使うを得ざれば、恐(おそ)らくはこれを学んで精(くわ)しからず、虎(とら)を画(えが)きて成(な)らず反(かえ)って狗(いぬ)に類(るい)するが如(ごと)きならん。古人(こじん)云(いわ)く、『教訓(きょうくん)厳(きび)しからざるは師(し)の惰(おこたり)、学問(がくもん)成(な)らざるは子(こ)の罪(つみ)』と。汝ら既(すで)に誠心(せいしん)有らば、往きて香(こう)を焚(た)き来りて天地(てんち)を拝(おが)め、我先(ま)ず汝らに些(いささ)かの神力(しんりき)を伝(つた)え、然(しか)る後(のち)に武芸(ぶげい)を授(さず)くべし」と。三箇の小王子これを聞き、満心(まんしん)に歓喜(かんぎ)し、すなわち親(みずか)ら香案(こうあん=香炉の台)を抬(かつ)ぎ、手(て)を沐(あら)い香(こう)を焚(た)き、天(てん)に向(むか)いて礼拝(らいはい)す。拝し畢(おわ)りて師(し)を請じて法(ほう)を伝(つた)えしむ。行者身を転(てん)じ下り来り、唐僧(とうそう)に向いて礼(れい)を行(おこな)いて言う、「尊師(そんし)に告(もう)す、弟子(でし)の罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ。当年(とうねん)両界山(りょうかいざん)に在りて師父の大徳(だいとく)を蒙(こうむ)り弟子(でし)を救(すく)い脱(のが)れたもうしより、沙門(しゃもん)に秉教(へいきょう=教えを受け)し、一向(ひたすら)西(にし)に来れり。かつて重(おも)く師恩(しおん)に報(むく)いずといえど、またかつて水(みず)を渡(わた)り山(やま)に登(のぼ)り、心力(しんりょく)を竭(つく)し尽(つく)せり。今仏国(ぶっこく)の郷(さと)に来り、幸(さいわ)いに賢王(けんおう)の三子(さんし)に遇(あ)い、投(なげう)ちて我らを拝し、武芸(ぶげい)を学ばんと欲(ほっ)す。彼既(すで)に我らの徒弟と為(な)らば、すなわちこれ我が師の徒孫(とそん=弟子の弟子)なり。謹(つつし)んで我が師に稟(もう)し上(あ)げ、庶(こいねが)わくは好く伝授(でんじゅ)せんことを」と。三蔵十分(じゅうぶん)に大(おお)いに喜(よろこ)ぶ。八戒・沙僧行者の礼を行(おこな)うを見、またかの身を転(てん)じて三蔵に朝(むか)いて頭を磕(う)ちて言う、「師父よ、我ら愚魯(ぐろ=愚かに)して、拙口鈍腮(せっこうどんさい=口下手)にして、話(はなし)を説うを会(え)せず。望(のぞ)むらくは師父の高(たか)く法位(ほうい)に坐(ざ)したまい、我ら二人(ふたり)をもして各(おのおの)一箇の徒弟を招(まね)きて耍(あそ)ばしめたまえ、またこれ西方(せいほう)の路(みち)の上(うえ)の憶念(おくねん=記念)ならん」と。三蔵みな欣然(きんぜん)としてこれを允(ゆる)す。

行者才(ようや)く三箇の王子に教えて、すなわち暴紗亭の後(うしろ)の静室(せいしつ=静かな部屋)の間(あいだ)に於(お)いて罡斗(こうと=星の座)を画(か)き、三人(さんにん)をしてみなその内(うち)に俯伏(ふふく=うつぶし)せしめ、箇箇目(め)を瞑(つぶ)りて神(しん)を寧(やす)んぜしむ。ここに却って暗(ひそ)かに真言(しんごん)を念(ねん)じ動(どう)じ、呪語(じゅご)を誦(ず)し動(どう)じ、仙気(せんき)を将ちて彼ら三人(さんにん)の心腹(しんぷく=胸中)の中に吹(ふ)き入(い)れ、元神(がんじん=魂)を把って本舎(ほんしゃ=元の宿)に収(おさ)め帰(かえ)し、口訣(くけつ=呪文)を伝(つた)え与(あた)え、各(おのおの)万千(ばんせん)の膂力(りょりょく=腕力)を授(さず)け得(う)しめ、火候(かこう=修行の段階)を運(めぐ)らし添(そ)えて、却って一箇の脱胎換骨(だったいかんこつ)の法(ほう)の象(ごと)し。子午周天(しごしゅうてん=気の巡り)を運(めぐ)らし遍(あまね)くして、かの三箇の小王子方(はじ)めて才(ようや)く蘇醒(よみがえ)り、一斉(いっせい)に爬(はい)き将ちて起(お)き上がり、顔(かお)を抹抹(ぬぐい)ぬぐい、精神(せいしん)抖擻(とうそう=奮い立ち)、箇箇骨(ほね)壮(さか)んに筋(すじ)強(つよ)し。大王子(だいおうじ)はすなわち金箍棒(きんこぼう)を拿り得(う)し、二王子(におうじ)はすなわち九歯鈀(きゅうしは)を掄(ふる)い得(う)し、三王子(さんおうじ)はすなわち降妖杖(ごうようじょう)を挙(あ)げ得。老王これを見、歓喜(かんぎ)勝(た)うること無く、また素宴(そえん)を排(なら)べて、彼が師徒(してい)四衆(ししゅ)に啓謝(けいしゃ=感謝)す。すなわち筵前(えんぜん)に在りて各(おのおの)伝え各授(さず)く。棍(こん)を学ぶ者は棍(こん)を演(えん)じ、鈀を学ぶ者は鈀を演(えん)じ、杖(じょう)を学ぶ者は杖(じょう)を演(えん)ず。幾箇(いくつ)かの転身(てんしん)を打(う)ち、幾般(いくつ)かの解数(かいすう=技)を繰り出すといえど、終(つい)にこれ些(いささ)か力(ちから)を著(つ)くること有りて、一路(ひととおり)を走(つか)えば、すなわち喘気嘘嘘(ぜいききょきょ=息を切らし)、耐(た)え久(ひさ)しきこと能(あた)わず。蓋(けだ)し彼(か)が兵器にはみな変化(へんげ)有りて、その進退(しんたい)攻揚(こうよう=攻め揚ぐ)は、消(き)えるに随い長(の)ぶるに随い、みな変化(へんげ)自然(しぜん)の妙(みょう)有れば、この等(ごと)きは終(つい)にこれ凡夫(ぼんぷ)にして、豈(あ)に以(も)って遽(にわ)かに及(およ)ぶことを得んや。当(まさ)にその日(ひ)筵宴(えんえん)を散(さん)ず。

次日(よくじつ)、三箇の王子また来りて称謝(しょうしゃ)して言う、「感(かん)じて神師(しんし)の膂力(りょりょく)を授(さず)け賜(たま)うを蒙(こうむ)れり。縦(たと)い師の神器(しんき)を輪(ふる)い得るといえど、ただ転換(てんかん=扱い)の艱難(かんなん=難き)あるのみ。意(こころ)に工匠(こうしょう)を命(めい)じて師の神器(しんき)の式様(しきよう=型)に依(よ)り、斤両(きんりょう=目方)を減削(げんさく)し、一般(おなじ)なるを打造(だぞう=打ち造ら)しめんと欲(ほっ)す。未(いま)だ師父の肯(がえん)じて容(い)るるや否(いな)やを知らず」と。八戒言う、「好し!好し!好し!説うこと話(はなし)に象(に)たり。我らの器械(きかい)は、一(ひとつ)には汝らの使うを得ざるところ、二(ふたつ)には我ら法(ほう)を護(まも)り魔(ま)を降(くだ)すを要(よう)すれば、正(まさ)に別(べつ)に造(つく)り別(べつ)に造(つく)るべきなり」と。王子また随って鉄匠(てっしょう=鍛冶)を宣召(せんしょう=召し)し、鋼鉄(こうてつ)万斤(ばんきん)を買(か)い弁(ととの)え、すなわち王府(おうふ)の内(うち)の前院(ぜんいん)に於(お)いて廠(しょう=小屋)を搭(たて)り、炉(ろ)を支(つか)えて鋳造(ちゅうぞう)せしむ。先(ま)ず一日(いちじつ)に鋼鉄(こうてつ)を将ちて煉(ね)り熟(じゅく)し、次日(よくじつ)行者三人を請じて金箍棒(きんこぼう)・九歯鈀(きゅうしは)・降妖杖(ごうようじょう)をみな取り出し、篷廠(ほうしょう=作業小屋)の間(あいだ)に放(お)きて、様(かた)を看て造作(ぞうさ=製作)せしめ、此(ここ)に遂(つい)て昼夜(ちゅうや)に収めず。

噫!この兵器は元来(もと)彼らが身に随うるの宝(たから)にして、一刻(いっとき)も離(はな)るべからざる者なるを、各身に蔵(かく)せば、自(おのずか)ら許多(あまた)の光彩(こうさい)の体(からだ)を護(まも)る有り。今廠院(しょういん=作業場)の中に放(お)きて幾日(いくにち)かなれば、かの霞光(かこう)は万道(ばんどう)の天(てん)を衝(つ)く有り、瑞気(ずいき)は千般(せんぱん)の地(ち)を罩(おお)う有り。その夜(よる)一箇の妖精(ようせい)有り、城(しろ)を離(はな)るることただ七十里(しちじゅうり)の遠近(きんきょ)にして、山(やま)を豹頭山(ひょうとうざん)と喚(よ)び、洞(どう)を虎口洞(ここうどう)と喚(よ)ぶ。夜(よる)坐するの間(あいだ)、忽(たちま)ち霞光(かこう)瑞気(ずいき)を見、すなわち雲頭(うんとう)を駕(が)して而(しか)して看る。元来(もと)これ州城(しゅうじょう)の光彩(こうさい)なり。彼雲(くも)を按(おろ)し下(おろ)して近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)みて観看(みわた)せば、すなわちこれこの三般(みつ)の兵器の光(ひかり)を放(はな)つなり。妖精(ようせい)また喜(よろこ)びまた愛(め)でて言う、「好き宝貝(ほうばい=宝)かな!好き宝貝かな!これいずれの人の用(もち)うるものなるに、今ここに放(お)き置(お)けるは、またこれ我が縁法(えんぽう=因縁)なり。拿り去(さ)らんよ!拿り去(さ)らんよ!」と。彼が愛心(あいしん=欲心)一(ひと)たび動(うご)き、威風(いふう)を弄(ろう)し起し、三般(みつ)の兵器を将ちて、一股(ひとまとめ)にこれを収め、径(ただち)に本洞(ほんどう)に転(てん)ず。正(まさ)にこれ、
道(どう)は須臾(しばし)も離(はな)るべからず、
離(はな)るべきは道(どう)に非(あら)ざるなり。
神兵(しんぺい)尽(ことごと)く空(くう)に落(お)ち、
枉(むだ)に参修(さんしゅ=修行)の者を費(ついや)す。
と。畢竟(ひっきょう)いかんしてかこの兵器を尋(たず)ね得るを知らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。