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089 第八十九回 黄獅精(こうしせい)虚(むな)しく釘鈀(ていは)の宴(うたげ)を設(もう)け 金木土(きんもくど)計(けい)して豹頭山(ひょうとうざん)を鬧(さわ)がす

さて、かの院(いん=屋敷)の裡(うち)に在(あ)る幾人(いくたり)かの鉄匠(てっしょう=鍛冶職人)、連日(れんじつ)の辛苦(しんく)に因(よ)りて、夜(よる)に及びては俱(みな)自(おのずか)ら睡(ねむ)り了(おわ)んぬ。天明(てんめい)に及(およ)びて起(お)き出で、打(う)ち造(つく)らんとせしに、篷下(ほうか=天幕の下)に三般(みつ)の兵器(へいき)の見(み)えざるを覚(さと)り、箇箇(おのおの)呆掙神驚(ほうせいしんきょう=呆然として魂を消す)し、四下(しげ=あたりじゅう)を尋(たず)ね求(もと)めたり。ただ見よ、かの三人(みたり)の王子(おうじ)、宮(きゅう)を出でて来(きた)り看るに、かの鉄匠(てっしょう)ら一斉(いっせい)に頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて言う、「小主(しょうしゅ)よ、神師(しんし)の三般の兵器、都(すべ)ていずこへか往きしを知(し)らず!」と。

小王子(しょうおうじ)これを聴(き)き、心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)きて言う、「想(おも)うに師父(しふ)が昨夜(よべ)收拾(かたづ)けて往き給(たも)うたるならん」と。急(いそ)ぎ暴紗亭(ぼうさてい)に奔(はし)りて看る時(おり)、白馬(はくば)の尚(なお)廊下(ろうか)に在(あ)るを視(み)、忍(しの)びえずして叫(よばわ)りて言う、「師父はなお睡(ねむ)り給えるか!」と。沙僧(さそう)言う、「已(すで)に起(お)き給えり」と。すなわち房門(ぼうもん)を開(ひら)きて、王子(おうじ)をして裡(うち)に入りて看しむるに、兵器(へいき)の見(み)えざるを以(も)て、慌慌張張(こうこうちょうちょう=慌てふためき)て問うて言う、「師父の兵器は都(みな)収(おさ)め来(きた)られたるか」と。

行者(ぎょうじゃ)跳(おど)り起(お)きて言う、「未(いま)だ収(おさ)めず!」と。王子(おうじ)言う、「三般(みつ)の兵器(へいき)、昨夜(よべ)都(みな)見(み)えずなりたり」と。八戒(はっかい)忙(いそ)ぎて爬(はい)起きて言う、「我が鈀(は=釘鈀)は在(あ)るか」と。小王(しょうおう)言う、「适才(さきほど)我ら出で来(きた)りしに、ただ衆人(しゅうじん)の前後(ぜんご)を尋(たず)ね求(もと)むれど見えざるを見たり。弟子(でし)は師父(しふ)の収め給(たも)うたるかと恐(おそ)れ、却って才(いま)しがた来りて問うなり。老師(ろうし)の宝貝(ほうばい=宝物)は、俱(みな)これ能(よ)く長(の)び能く消(き)ゆれば、想(おも)うに身辺(しんぺん)に藏(かく)して弟子を哄(たぶら)かし給うならん」と。

行者(ぎょうじゃ)言う、「委(まこと)に未(いま)だ収(おさ)めず。都(みな)往きて尋(たず)ね来(こ)よ」と。随(したが)いて院中(いんちゅう)の篷下(ほうか)に至(いた)るに、果(はた)して蹤影(しょうえい=跡形)を見(み)ず。八戒(はっかい)言う、「定(かなら)ずこの伙(むれ)の鉄匠(てっしょう)が偸(ぬす)みたり!疾(と)く拿(と)り出(いだ)せ!略(いささ)か遅(おく)るることあらば、すなわち都打(う)ち殺(ころ)さん!打ち殺さん!」と。

かの鉄匠(てっしょう)ら、慌(あわ)てて頭(こうべ)を磕(ぬかず)き涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「爺爺(おおじいさま)!我ら連日(れんじつ)辛苦(しんく)し、夜(よる)に睡(ねむ)りて、天明(てんめい)に及びて起(お)き来(きた)りしに、遂(つい)に見(み)えざるなり。我らはこれ一概(いちがい)の凡人(ぼんじん)、いかでか拿(と)り動(うご)かすことを得(え)ん。望(のぞ)むらくは爺爺命(いのち)を饒(ゆる)し給(たも)え!饒し給え!」と。

行者(ぎょうじゃ)、語(ことば)無(な)くして暗(ひそ)かに恨(うら)みて想(おも)う、「還(やは)りこれ我らの不是(あやまち)なり。既(すで)に式様(かたち)を看(み)了(おわ)らば、すなわち身辺(しんぺん)に収(おさ)め置(お)くべかりしに、いかでか却って此(ここ)に放(ほう)り放(お)きしや!かの宝貝(ほうばい)は霞彩(かさい=霞の彩)光(ひかり)を生(しょう)ずれば、想うに甚(いず)れの歹人(たいじん=悪党)をか驚動(きょうどう)し、昨夜(よべ)窃(ぬす)み去(さ)られたるならん」と。八戒(はっかい)、信(しん)ぜずして言う、「兄(あに)上は何(なん)の話(はなし)をか説(い)う!このごとき太平(たいへい)の境界(きょうがい)、また曠野(こうや=広き野)深山(しんざん)にも非(あら)ざるに、いかでか歹人(たいじん)の来(きた)るを得(え)ん!定(かなら)ずこれ鉄匠(てっしょう)が心(こころ)を欺(あざむ)きしなり。彼らは我らの兵器(へいき)の光彩(こうさい)なるを見、これ三件(みつ)の宝貝と認(みと)め、連夜(れんや=夜を継いで)王府(おうふ)を走(はし)り出で、人(ひと)を伙(くみ)して来り、抬(かつ)ぐは抬ぎ、拉(ひ)くは拉き、偸(ぬす)み出(いだ)して往きしなり!拿(と)り過(きた)りて打(う)て呀(や)!打て呀!」と。

衆(しゅう)の匠(たくみ)ら、ただ頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて誓(ちか)いを立(た)つるのみ。正(まさ)に嚷(わめ)く処(ところ)に、ただ老王子(ろうおうじ)の出で来(きた)るを見(み)、前事(ぜんじ)を問(と)い及(およ)ぶや、却ってまた人色(じんしょく=血の気)無(な)く、半晌(しばらく)沈吟(ちんぎん=思い沈み)して道(いわ)く、「神師(しんし)の兵器(へいき)は、本(もと)凡(ぼん)に同(おな)じからず。すなわち百十余人(ひゃくじゅうよにん)ありとも、また禁挫(きんざ=挫き止め)て動(うご)かすべからず。況(いわ)んや孤(こ=余)は此(こ)の城(しろ)に在(あ)ること、今(いま)已(すで)に五代(ごだい)なり。大胆(だいたん)の海口(かいこう=大言壮語)に非(あら)ざれど、孤(こ)もまた頗(すこぶ)る一箇の賢名(けんめい=誉れ)の外(そと)に在るあり。この城中の軍民(ぐんみん=兵と民)・匠作(しょうさく=職人)人等(ひとども)、また頗る孤が法度(はっと=掟)を懼(おそ)る。断(きっ)として敢えて心(こころ)を欺(あざむ)かず。望(のぞ)むらくは神師再(ふたた)び思(おも)われたもうことを」と。

行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「再思(さいし=考え直し)を用(もち)いず、また苦(くる)しく鉄匠(てっしょう)を頼(き)み着(つ)くるを須(もち)いず。我、殿下(でんか)に問(と)わん。汝がこの州城(しゅうじょう)の四面(しめん)に、かならず甚(いず)れの山林(さんりん)妖怪(ようかい)かあるや」と。王子(おうじ)言う、「神師(しんし)のこの問(とい)、甚(はなは)だ是(ぜ)にして理(ことわり)あり。孤(こ)がこの州城の北(きた)に、一座(ひとつ)の豹頭山(ひょうとうざん)あり。山中(さんちゅう)に一座の虎口洞(ここうどう)あり。往往(おうおう=しばしば)人の言(い)えるには洞内(どうない)に仙(せん)ありと、また言えるには虎狼(ころう=虎や狼)ありと、また言えるには妖怪ありと。孤未(いま)だ曾(かつ)て端(たん=真相)を訪(たず)ね得(え)ず、果(はた)していずれの物(もの)なるを知(し)らず」と。行者笑って言う、「消(もち)いて講(の)ぶるを須いず。定(かなら)ずかの方(ほう)の歹人(たいじん)の、俱(みな)これ宝貝(ほうばい)なるを知りて、一夜(ひとよ)の裡(うち)に偸(ぬす)み将(も)ち去(さ)りしなり」と。

叫(よばわ)りて言う、「八戒(はっかい)・沙僧(さそう)よ、汝ら都(みな)此(ここ)に在りて師父(しふ)を保(たも)ち、城池(じょうち=城郭)を護(まも)れ。老孫(ろうそん)が尋(たず)ね訪(おとず)れ往き来(きた)るを等(ま)て」と。また鉄匠(てっしょう)らに叫りて、炉火(ろか=炉の火)を住(とど)むること莫(な)からしめ、一一(いちいち)に煉造(れんぞう=鍛え造)らしむ。

好(よ)き猴王(こうおう)かな、三蔵(さんぞう)に辞(じ)し了(おわ)り、唿哨(こっしょう=口笛)一声(ひとこえ)、形影(けいえい=姿かたち)見(み)えずして、早(はや)くも豹頭山(ひょうとうざん)の上に跨(またが)り到(いた)る。元来(もと)かの城(しろ)と相去(へだた)ることただ七十里(しちじゅうり)、一瞬(いっしゅん)にしてすなわち到る。径(ただち)に山峰(さんぽう)に上(のぼ)り観看(みわた)せば、果(はた)して些(いささ)かの妖気(ようき)あり。真箇(まこと)にこれ、
龍脈(りゅうみゃく)悠長(ゆうちょう)として、地形(ちけい)遠大(えんだい)なり。
尖峰(せんぽう)挺挺(ていてい)として天(てん)に插(さ)し入りて高(たか)く、陡澗(とうかん=険しき谷)沉沉(ちんちん)として流水(りゅうすい)緊(せわ)し。
山前(さんぜん)に瑶草(ようそう=美しき草)の茵(しとね)を鋪(し)くあり、山後(さんごう)に奇花(きか)の錦(にしき)を布(し)くあり。
喬松(きょうしょう=高き松)老柏(ろうはく=古き柏)、古樹(こじゅ)修復(しゅうふく=古木の茂り)、
出鴉(しゅつあ=烏)山鵲(さんじゃく=鵲)乱(みだ)りに飛(と)び鳴(な)き、野鶴(やかく=野の鶴)野猿(やえん)皆嘯唳(しょうれい=鳴き叫ぶ)。
懸崖(けんがい=懸けたる崖)の下に、麋鹿(びろく=大鹿)双双(そうそう)たり、峭壁(しょうへき=そそりつ壁)の前(まえ)に、獾狐(かんこ=穴熊と狐)対対(ついがい)たり。
一起一伏(いっきいっぷく)として遠(とお)く龍(りゅう)来(きた)り、九曲九湾(きゅうきょくきゅうわん)として地脈(ちみゃく)を潜(ひそ)む。
埂頭(こうとう=畦の端)相(あい)接(つらな)るは玉華州(ぎょっかしゅう)、万古千秋(ばんこせんしゅう)興勝(こうしょう=栄え)の処(ところ)。
と。

行者(ぎょうじゃ)正(まさ)に然(しか)く看(み)おる時(おり)、忽(たちま)ち山(やま)の背後(うしろ)に人の言語(げんご=話し声)の聞(きこ)ゆるを。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らしてこれを視れば、すなわち二人の狼頭怪妖(ろうとうかいよう=狼の頭の化物)、朗朗(ろうろう=はきはき)と話(はな)し説(と)きて、西北(せいほく)の上(かた)へ向(むか)い往くなり。行者揣(おしはか)って言う、「これ定(かなら)ず巡山(じゅんざん=山を見回る)の怪物(かいぶつ)ならん。老孫(ろうそん)が彼に跟(したが)い往きて聴(き)き、彼の甚(なに)をか説(い)うを看るを等(ま)て」と。訣(けつ=印)を捻(ひね)り、一箇の呪(じゅ)を念(とな)え、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、変じて一箇の蝴蝶児(こちょうじ=蝶)と作(な)り、翅(つばさ)を展開(ひら)き、翩翩翻翻(へんぺんほんほん=ひらひらと)、径(ただち)に自(みずか)ら趕(お)いつけり。果(はた)して変じて様范(ようはん=見本)有るを得(え)たり、
一双(ひとつがい)の粉翅(ふんし=白き翅)、両道(ふたすじ)の銀鬚(ぎんしゅ=銀の触角)。
風(かぜ)に乗(の)りて飛(と)び去(ゆ)くこと急(いそ)ぎ、日(ひ)に映(えい)じて舞(ま)い来(きた)ること徐(おもむろ)なり。
水(みず)を渡(わた)り墻(かき)を過(よ)ぐるに能(よ)く疾俏(しっしょう=すばしこ)く、香(こう)を偸(ぬす)み絮(わた)を弄(ろう)して甚(はなは)だ歓娯(かんぐ=楽しむ)。
体(からだ)軽(かる)くして偏(ひとえ)に鮮花(せんか)の味(あじ)を愛(あい)し、雅態(がたい=優雅な姿)芳情(ほうじょう=香しき情)巻舒(けんじょ=伸び縮み)に任(まか)す。
と。

彼(かれ)飛(と)びてかの妖精(ようせい)の頭(かしら)の直上(ちょくじょう)に在り、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ふらふらと)として、彼の話(はなし)を説(い)うを聴(き)く。かの妖(よう)猛(たけ)く叫(よばわ)りて言う、「二哥(にいさん)よ、我が大王(だいおう)連日(れんじつ)僥倖(ぎょうこう=幸運)なり。前月(せんげつ)の裡(うち)に一箇の美人児(びじんじ)を得(え)、洞内(どうない)に在りて盤桓(ばんかん=遊び暮らし)、十分(じゅうぶん)に快楽(かいらく)なり。昨夜(よべ)の裡にまた三般(みつ)の兵器(へいき)を得(えた)り。果(はた)してこれ無価(むか=値のつけられぬ)の宝(たから)なり。明朝(みょうちょう)宴(えん)を開(ひら)きて釘鈀会(ていはえ)を慶(よろこ)び、我ら都(みな)受用(じゅよう=恩恵)に与(あずか)らん」と。

この者言う、「我らもまた些(いささ)かの僥倖(ぎょうこう)あり。この二十両(にじゅうりょう)の銀子(ぎんす=銀)を拿(と)りて猪羊(ちょよう=豚と羊)を買(か)いに往くに、如今(いま)乾方集(けんぽうしゅう)の上(ほとり)に到(いた)れり。先(ま)ず幾壺(いくこ)の酒児(さけ)を吃(の)み、把(も)ちて東西(品物)に一箇の花帳児(かちょうじ=水増しの勘定)を開(つ)け、他(かれ)の二三両(にさんりょう)の銀子(ぎんす)を落(おと)し、綿衣(めんい=綿入れ)を買いて寒(かん)を過(すご)さんに、却ってこれ好(よ)からずや」と。

二人の怪(かい)説説笑笑(せつせつしょうしょう=話し笑い)して、大路(たいろ)に上(のぼ)り、急(いそ)ぎ走(はし)ること飛(と)ぶが如(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)、釘鈀会(ていはえ)を慶(よろこ)ばんとすと聴(き)き、心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに喜(よろこ)ぶ。彼を打(う)ち殺(ころ)さんと欲(ほっ)すれど、争奈(いかんせん)彼の事(こと)を管(かま)わず、況(いわ)んや手中(しゅちゅう)にまた兵器(へいき)無(な)し。彼すなわち前辺(まえ)へ飛び往き、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、路口(ろこう=道の辻)の上(ほとり)に在りて立(た)ち定(さだ)む。かの怪、看る看る身辺(みぎわ)に走り到(いた)るや、彼が一口(ひとくち)の法唾(ほうだ=呪いの唾)を噴(ふ)き将(も)ち去(ゆ)かれ、一声の「唵吽吒唎(おんうんたら)」を念(とな)え、すなわち一箇の定身法(じょうしんほう=体を固める術)を使(つか)いて、二人の狼頭精(ろうとうせい)を把(と)って定め住(とど)めたり。眼(まなこ)は睜睜(せいせい=見開き)たれど口(くち)もまた開(ひら)き難(がた)く、直挺挺(ちょくていてい=棒のように)として双脚(そうきゃく=両の脚)站(た)ち住まれり。
また彼を将(も)ちて扳(ひっくり)返(かえ)し倒(たお)し、衣(ころも)を揭(まく)り捜撿(そうけん=身ぐるみ捜す)するに、果(はた)して二十両(にじゅうりょう)の銀子(ぎんす=銀)の有るあり、一条(ひとすじ)の搭包児(とうほうじ=布の包み)を以(も)て腰間(ようかん)の裙帯(くんたい=裳の帯)の上に打(むす)び着(つ)けられ、また各(おのおの)一箇の粉漆(ふんしつ=白き漆)の牌児(はいじ=札)を掛(か)けたるあり。一箇には「刁鑽古怪(ちょうさんこかい)」と写(うつ)し著(つ)け、一箇には「古怪刁鑽(こかいちょうさん)」と写し著けたり。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、彼が銀子(ぎんす)を取り、彼が牌児(はいじ)を解(と)き、返(かえ)りて跨步(またがり)て州城(しゅうじょう)に回至(たちかえ)る。王府(おうふ)の中(うち)に到(いた)り、王子(おうじ)・唐僧(とうそう)並(なら)びに大小(だいしょう)の官員(かんいん=役人)・匠作(しょうさく=職人)人等(ひとども)に見(まみ)え、前事(ぜんじ)を具(つぶさ)に言(い)う。八戒(はっかい)笑って言う、「想(おも)うにこれ老豬(ろうちょ=おれ)が宝貝(ほうばい)の、霞彩(かさい=霞の彩)光明(こうみょう)なるをもて、猪羊(ちょよう=豚と羊)を買(か)い、筵席(えんせき)を治(ととの)えて慶賀(けいが)するならん。ただ如今(いま)いかにしてか彼をして来(きた)らしめん」と。

行者(ぎょうじゃ)言う、「我ら兄弟(きょうだい)三人(みたり)俱(みな)往かん。この銀子(ぎんす)は猪羊(ちょよう)を買弁(ばいべん=買い調え)するものなれば、且(しばら)くこの銀子を将(も)ちて匠人(しょうじん=職人)に賞(ほうび)し、殿下(でんか)をして幾箇(いくつ)かの猪羊を尋(たず)ね求(もと)めしめよ。八戒(はっかい)、汝(なんじ)変じて刁鑽古怪(ちょうさんこかい)と作(な)れ、我は変じて古怪刁鑽(こかいちょうさん)と作らん、沙僧(さそう)は装(よそお)いて一箇の猪羊を販(あきな)う客人(きゃくじん=商人)と作り、かの虎口洞(ここうどう)の裡(うち)に走(はし)り入り、便(べん=好機)を得(う)る処(ところ)に於(おい)て、各人(おのおの)兵器(へいき)を拿(と)り、かの妖邪(ようじゃ)を打(う)ち絶(た)えしめ、回(かえ)り来(きた)りて却って收拾(しゅうしゅう=支度)して走路(たびだ)たん」と。

沙僧(さそう)笑って言う、「妙(みょう)なるかな、妙なるかな、妙なるかな!遅(おそ)かるべからず!疾(と)く走(ゆ)かん!」と。老王(ろうおう)果(はた)してこの計(けい)に依(よ)り、すなわち管事(かんじ=取り締まり)の者に教(いいつ)けて七八口(しちはちこう)の猪(い)、四五腔(しごこう)の羊(ひつじ)を買弁(ばいべん)せしめたり。

かの三人(みたり)、師父(しふ)に辞(じ)し、城外(じょうがい)に在りて大(おお)いに神通(じんずう)を顕(あらわ)す。八戒(はっかい)言う、「兄(あに)上、我、未(いま)だ曾(かつ)てかの刁鑽古怪(ちょうさんこかい)を見(み)ざれば、いかにしてか彼が模様(すがた)に変(へん)ずることを得(え)ん」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「かの怪(かい)は老孫(ろうそん)が定身法(じょうしんほう)を使(つか)いてかの処(ところ)に定(さだ)め住(とど)められたれば、明日(みょうにち)のこの時(とき)に到(いた)るまで方(はじ)めて醒(さ)めん。我、彼が模様を記(き)し憶(おぼ)えたり。汝、站(た)ち下(お)れ、我が汝に変ずるを教(おし)えんを等(ま)て。如此如彼(かくかくしかじか)せば、すなわちこれ彼が模様ならん」と。

かの呆子(あほう)、真箇(まこと)に口(くち)の裡(うち)に呪(じゅ)を念(とな)え、行者(ぎょうじゃ)一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)けば、霎時(またたくま)にすなわち変じてかの刁鑽古怪(ちょうさんこかい)と一般無二(そっくり)に作(な)り、一箇の粉牌児(ふんぱいじ=白き札)を将(も)ちて腰間(ようかん)に帯(お)び着(つ)けたり。行者すなわち変じて古怪刁鑽(こかいちょうさん)と作り、腰間にもまた一箇の牌児(はいじ)を帯び着けたり。沙僧(さそう)は装(よそお)いて一箇の猪羊(ちょよう)を販(あきな)う客人(きゃくじん)に象(に)せしめ、一起児(ひとむれ)猪羊を趕(お)い立(た)て、大路(たいろ)に上(のぼ)り、径(ただち)に山(やま)へ奔(はし)り来(きた)る。多(おお)からずして、山凹(やまくぼ)の裡に入り、また一箇の小妖(しょうよう)に遇(あ)えり。

彼の生(うま)れ得(え)たる嘴顔(しれん=顔つき)もまた恁地(かく)まで凶悪(きょうあく)なるかな!看よ、あの
円滴溜(えんてきりゅう=まんまる)たる両隻(ふたつ)の眼(まなこ)、灯(ひ)の幌亮(こうりょう=きらめく)が如(ごと)く、
紅剌瞔(こうらっかく=赤く逆立つ)たる一頭(ひとあたま)の毛(け)、火(ひ)の光(ひかり)を飄(ひるがえ)すに似(に)たり。
糟鼻子(そうびし=赤らみし鼻)、猱猍口(どうらいこう=獣の口)、獠牙(りょうが=牙)尖利(せんり=鋭く)、
査耳朵(さじとう=開きたる耳)、砍額頭(かんがくとう=切り立つ額)、青顔(せいれん=青き顔)泡浮(ほうふ=むくみ)たり。
身(み)に一件(ひとえ)の浅黄衣(せんこうい=淡き黄の衣)を穿(き)、足(あし)に一双(ひとくつ)の莎蒲履(さほり=藁沓)を踏(ふ)む。
雄雄糾糾(ゆうゆうきゅうきゅう=勇み猛り)として凶神(きょうしん)の若(ごと)く、急急忙忙(きゅうきゅうぼうぼう=慌ただしく)悪鬼(あっき)の如(ごと)し。
と。

かの怪(かい)、左脇(さわき)の下に一箇の彩漆(さいしつ=色塗り)の請書匣児(せいしょこうじ=招待状の箱)を挟(わきばさ)み、行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)を迎(むか)えて叫(よばわ)りて言う、「古怪刁鑽(こかいちょうさん)、汝ら二人来(きた)れるか。幾口(いくくち)の猪羊(ちょよう)を買(か)いしや」と。行者言う、「この趕(お)い立てたるがこれに非(あら)ずや」と。かの怪、沙僧(さそう)に向(むか)いて言う、「此位(このかた)は孰(たれ)なる」と。行者言う、「すなわちこれ猪羊を販(あきな)う客人(きゃくじん)にして、なお彼に幾両(いくりょう)かの銀子(ぎんす)を少(か)くし、彼を帯(つ)れ来(きた)りて家(いえ)に至(いた)りて取(と)らしめんとなり。汝はいずこへか往く」と。かの怪言う、「我は竹節山(ちくせつざん)へ往きて老大王(ろうだいおう)を請(しょう)じて明朝(みょうちょう)会(かい)に赴(おもむ)かしめんとす」と。

行者(ぎょうじゃ)、彼が口气(こうき=話しぶり)を綽(とら)えて、すなわち問う、「共(あわ)せて幾人(いくたり)をか請(しょう)ずる」と。かの怪(かい)言う、「老大王(ろうだいおう)を請じて首席(しゅせき)に坐(ざ)せしめ、本山(ほんざん)の大王(だいおう)并(なら)びに頭目(とうもく=頭領)等衆(とうしゅう)を連(あわ)せて、約(およ)そ四十余位(しじゅうよい)あり」と。正(まさ)に説(い)う処(ところ)に、八戒(はっかい)言う、「往かん、往かん!猪羊(ちょよう)都(みな)四散(しさん=散り散り)に走(はし)り了(おわ)んぬ!」と。行者言う、「汝、往きて邀(と)め著(お)けよ、我が彼の帖児(じょうじ=請帖)を討(もと)め取(と)りて看るを等(ま)て」と。

かの怪(かい)、自家人(じかじん=身内)と看るや、すなわち揭(あ)け開(ひら)きて取(と)り出(いだ)し、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。行者展開(ひろ)げて看る時(おり)、上に写(うつ)して曰(いわ)く、
「明辰(みょうしん=明日の朝)敬(つつし)んで肴酌(こうしゃく=酒肴)を治(ととの)え、釘鈀(ていは)の嘉会(かかい=佳き宴)を慶(よろこ)ばんとす。尊(そん)を屈(くっ)して山を過(よ)ぎ一叙(いちじょ=一堂に会)せられんことを。幸(さいわ)いに外(ほか)せず、至感(しかん=かたじけなき)至感!右(みぎ)、祖翁(そおう=御祖父)九霊元聖(きゅうれいげんせい)老大人(ろうだいじん)の尊前(そんぜん)に啓(もう)す。門下(もんか)の孫(まご)黄獅(こうし)、頓首百拝(とんしゅひゃっぱい)」
と。行者(ぎょうじゃ)看(み)了(おわ)り、仍(な)おかの怪(かい)に遞(わた)す。かの怪、匣(はこ)の内(うち)に放(お)き置(お)き、径(ただち)に東南(とうなん)の上(かた)へ往き了んぬ。

沙僧(さそう)問うて言う、「兄(あに)上、帖児(じょうじ)の上には甚(いず)れの話頭(わとう=話柄)をか写(うつ)しし」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「すなわちこれ釘鈀会(ていはえ)を慶(よろこ)ぶの請帖(せいじょう)にして、名字(な)には『門下(もんか)の孫(まご)黄獅(こうし)頓首百拝(とんしゅひゃっぱい)』と写し、請(しょう)ずるは祖翁(そおう)九霊元聖(きゅうれいげんせい)老大人(ろうだいじん)なり」と。沙僧笑って言う、「黄獅は想(おも)うにかならず一箇の金毛獅子(きんもうしし)の精(せい)と成(な)りしならん。ただ九霊元聖のいずれの物(もの)なるを知(し)らず」と。

八戒(はっかい)これを聴(き)き、笑って言う、「これ老豬(ろうちょ=おれ)が貨(たから=商品)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「いかでか汝が貨(たから)と見(み)えし」と。八戒言う、「古人(こじん)云(いわ)く、『癩母猪(らいぼちょ=疥癬の雌豚)専(もっぱ)ら金毛獅子(きんもうしし)を趕(お)う』と。故(ゆえ)にこれ老豬(ろうちょ)が貨物(かもつ=商品)なるを知(し)るなり」と。かの三人(みたり)説説笑笑(せつせつしょうしょう=語り笑い)し、猪羊(ちょよう)を趕い立てて、却ってすなわち虎口洞(ここうどう)の門(もん)を望(なが)み見る。ただ見よ、かの門児(もんじ)の外(そと)は、
周囲(しゅうい)に山(やま)翠(みどり)を繞(めぐ)らし、一脈(いちみゃく=ひとすじ)の気(き)城(しろ)に連(つらな)る。
峭壁(しょうへき=絶壁)に青蔓(せいまん=青き蔓)を扳(よ)じ登らせ、高崖(こうがい)に紫荊(しけい=紫の荊)を掛(か)く。
鳥声(ちょうせい)は深樹(しんじゅ)に匝(めぐ)り、花影(かえい)は洞門(どうもん)に迎(むか)う。
桃源洞(とうげんどう)に亜(おと)らず、宜(よろ)しく世情(せいじょう=俗世)を避(さ)くべし。
と。
漸漸(ようや)く門口(もんこう)に近(ちか)づくに、また一叢(ひとむら)の大大小小(だいだいしょうしょう=大小さまざま)の雑項妖精(ざっこうようせい=雑多な化物)の、かの花樹(かじゅ=花の木)の下に在りて頑耍(がんしゃ=戯れ遊)ぶを見る。忽(たちまち)八戒(はっかい)が「呵(あ)!呵!」と猪羊(ちょよう)を趕(お)い立(た)つるの到(いた)るを聴(き)くや、都(みな)来(きた)りて迎(むか)え、すなわち猪(い)を捉(とら)うるは猪を捉え、羊(ひつじ)を捉うるは羊を捉え、一斉(いっせい)に捆(くく)り倒(たお)したり。早(はや)くも裡(うち)の妖王(ようおう)を驚動(きょうどう)し、十数箇(じゅうすうこ)の小妖(しょうよう)を領(つ)れ、出で来りて問うて言う、「汝ら二人来(きた)れるか。幾許(いくばく)の猪羊をか買(か)いし」と。

行者(ぎょうじゃ)言う、「八口(はちこう)の猪(い)、七腔(しちこう)の羊(ひつじ)を買(か)い、共(あわ)せて十五箇(じゅうごこ)の牲口(せいこう=家畜)なり。猪の銀(ぎん)は該(まさ)に一十六両(いちじゅうろくりょう)、羊の銀は該に九両(きゅうりょう)なるべく、前(さき)に銀二十両(にじゅうりょう)を領(う)けたれば、仍(な)お五両(ごりょう)を欠(か)く。この者はすなわちこれ客人(きゃくじん)にして、跟(したが)い来(きた)りて銀子(ぎんす)を找(もと)むるなり」と。

妖王(ようおう)これを聴(き)き、すなわち喚(よばわ)りて言う、「小(こもの)ら、五両(ごりょう)の銀子(ぎんす)を取(と)りて、彼を打発(ほっぱつ=追い払)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「この客人(きゃくじん)は、一(ひとつ)には銀子を找(もと)めに来(きた)り、二(ふたつ)には嘉会(かかい=佳き宴)を看(み)んと要(もと)むるなり」と。

かの妖(よう)大(おお)いに怒(いか)りて罵(ののし)りて言う、「汝(なんじ)この刁鑽児(ちょうさんじ)の憊癩(はいらい=惰け者)め!汝、東西(しなもの)を買(か)い了(おわ)らばそれまでなるに、また人(ひと)に与(むか)いて甚(なに)の会(かい)の会ならざるをか説(い)うや!」と。八戒(はっかい)上前(すす)み出でて言う、「主人公(しゅじんこう)は宝貝(ほうばい)を得(えた)もう。誠(まこと)にこれ天下(てんか)の奇珍(きちん=珍奇の品)なれば、すなわち彼をして看(み)しむるも、怕(おそ)るるに何(なに)かあらん」と。

かの怪(かい)咄(とっ)と一声(ひとこえ)して言う、「汝(なんじ)この古怪(こかい)もまた悪(にく)むべきかな!我がこの宝貝(ほうばい)は、すなわちこれ玉華州(ぎょっかしゅう)の城中(じょうちゅう)より得(え)来(きた)れるものなり。倘(も)しこの客人(きゃくじん)看(み)て、かの州(しゅう)の中(うち)に往きて伝説(でんせつ=言い触らし)、人(ひと)の知(し)るところと為(な)さば、かの王子(おうじ)一時(あるとき)来りて訪(たず)ね求(もと)めんに、却ってこれを如何(いかん)せん」と。

行者(ぎょうじゃ)言う、「主公(しゅこう)よ、この客人(きゃくじん)はすなわちこれ乾方集(けんぽうしゅう)の後辺(うしろ)の人(ひと)にして、州(しゅう)を去(さ)ること許(ばか)り遠(とお)く、また彼が城中(じょうちゅう)の人にも非(あら)ざれば、いずくへか往きて伝説(でんせつ)せん。二(ふたつ)には彼が肚裡(ふく=腹)もまた饥(う)えたり、我ら二人も未(いま)だ曾(かつ)て飯(めし)を食(くら)わず。家(いえ)の中(うち)に現成(げんじょう=出来合い)の酒飯(しゅはん)あらば、彼に些(いささ)か賞(あた)えて食わせ、打発(ほっぱつ)して往かしめよ」と。

説(い)い了(おわ)らざるに、一箇の小妖(しょうよう)あり、五両(ごりょう)の銀子(ぎんす)を取り、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。行者銀子を将(も)ちて沙僧(さそう)に遞して言う、「客人(きゃくじん)よ、銀子を収(おさ)めよ。我、汝と与(とも)に後面(うしろ)に入りて些(いささ)かの飯(めし)を食(くら)い来(きた)らん」と。

沙僧(さそう)胆(きも)に仗(よ)り、八戒(はっかい)・行者(ぎょうじゃ)と同(とも)に洞内(どうない)に入り、二層(にそう)の廠庁(しょうちょう=広間)の上に到(いた)る。ただ見よ、正(しょう)中(ちゅうおう)の桌(つくえ)の上に、高々(たかだか)と一柄(ひとふり)の九歯釘鈀(きゅうしていは)を供養(くよう=祀り)し、真箇(まこと)にこれ光彩(こうさい)目(め)に映(えい)じ、東山頭(とうざんとう=東の壁際)に一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)の靠(もた)せ掛(か)くるあり、西山頭(せいざんとう=西の壁際)に一条の降妖杖(ごうようじょう)の靠せ掛くるあり。かの怪王(かいおう)後(うしろ)に随(したが)い着(つ)きて言う、「客人(きゃくじん)よ、あの中間(なか)に光(ひかり)を放(はな)ちて亮(あきら)かなるはすなわちこれ釘鈀(ていは)なり。汝、看るは看るとも、ただ出で往きて、千万(くれぐれ)も人(ひと)に与(むか)いて説(い)う莫(なか)れ」と。沙僧頭を点(うなず)かせて称謝(しょうしゃ=礼を言)し了(おわ)んぬ。

噫(ああ)!これ正(まさ)に「物(もの)主(あるじ)を見れば、必(かなら)ず取(と)らる」と曰(い)うところなり。かの八戒(はっかい)は一生(いっしょう)これ箇(ひとつ)の魯夯(ろぼう=粗野で鈍き)の人(ひと)なれば、彼、釘鈀(ていは)を見るや、いずくんぞ彼と与(むか)いて甚(なに)の情節(じょうせつ=挨拶)をか叙(の)べん。跑(はし)り上(あ)がりて拿(と)り下(おろ)し、手(て)の中(うち)に輪(ふ)り、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、解数(かいすう=技の限り)を繰(く)り広(ひろ)げ、妖精(ようせい)を望(めが)けて劈顔(まっこう)よりすなわち筑(つ)く。この行者(ぎょうじゃ)・沙僧(さそう)もまた両山頭(りょうさんとう=両の壁際)に奔(はし)り至(いた)り、各(おのおの)器械(きかい=武器)を拿り、原身(げんしん=本来の身)を現す。三兄弟(さんきょうだい)一斉(いっせい)に乱(みだ)りに打(う)てば、慌(あわ)てたるかなかの怪王(かいおう)、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)きて闪(かわ)し過(よ)ぎ、後辺(うしろ)に転(めぐ)り入り、一柄(ひとふり)の四明鏟(しめいさん)を取り、杆(え)長(なが)く鐏(そん=柄尻の金具)利(するど)く、天井(てんじょう=中庭)の中(なか)に趕(お)い到(いた)り、彼が三般(みつ)の兵器(へいき)を支(つ)え住(とど)め、声(こえ)を厲(はげ)しくして喝(かつ)して言う、「汝(なんじ)らは甚(いず)れの人にして、敢えて虚頭(きょとう=たぶらかし)を弄(ろう)し、我が宝貝(ほうばい)を騙(だま)すか」と。

行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って言う、「我(われ)この賊毛団(ぞくもうだん=毛むくじゃらの賊)めを把(と)らえん!汝、我を認(みと)むるを得(え)ざるか!我らはすなわちこれ東土(とうど)聖僧(せいそう)唐三蔵(とうさんぞう)が徒弟(でし)なり。玉華州(ぎょっかしゅう)に至(いた)りて関文(かんぶん=通行証)を倒換(とうかん=書換え)するに因(よ)り、賢王(けんおう)の彼が三人(みたり)の王子(おうじ)をして我らを拝(はい)して師(し)と為(な)し、武芸(ぶげい)を学(まな)ばしめ、我らが宝貝(ほうばい)を将(も)ちて様(かた)と作(な)し、如式(じょしき=同形)の兵器(へいき)を打造(うちつく)らしむるを蒙(こうむ)れり。院中(いんちゅう)に放(お)き置(お)くに因り、汝(なんじ)この賊毛団(ぞくもうだん)が夤夜(いんや=深夜)に城(しろ)に入りて偸(ぬす)み来(きた)りしに被(かぶ)られ、却って我をして虚頭(きょとう)を弄(ろう)して汝が宝貝を騙(だま)すと説(い)わしむるか!走(に)ぐること莫(なか)れ!すなわち我らがこの三件(みつ)の兵器を将ちて、各(おのおの)汝に奉承(ほうしょう=御馳走)し、幾下(いくした)か嘗(あじわ)わせしめん!」と。

かの妖精(ようせい)すなわち鏟(さん)を挙(あ)げて来(きた)り敵(てき)す。この一場(ひとしきり)、天井(てんじょう)の中(なか)より前門(ぜんもん)へ闘(たたか)い出(い)づ。視よ、あの三僧(さんそう)一怪(いっかい)を囲(かこ)めるを!好(よ)き殺(たたか)いかな、
呼呼(ここ)として棒(ぼう)は風(かぜ)の若(ごと)く、滚滚(こんこん)として鈀(は)は雨(あめ)の如(ごと)し。
降妖杖(ごうようじょう)挙(あが)れば満天(まんてん)に霞(かすみ)あり、四明鏟(しめいさん)伸(の)ぶれば雲(くも)綺(き=錦)を生(しょう)ず。
と。

好似(あたか)も三仙(さんせん=三人の仙)の大丹(たいたん=仙丹)を煉(ね)るがごとく、火光(かこう)彩(さい)を幌(ひるがえ)して神鬼(しんき)を驚(おどろ)かす。
行者(ぎょうじゃ)威(い)を施(ほどこ)して甚(はなは)だ能(のう)あり、妖精(ようせい)宝(たから)を盗(ぬす)みて多(おお)く礼(れい)無(な)し!
天蓬(てんぽう)八戒(はっかい)神通(じんずう)を顕(あらわ)し、大将(たいしょう)沙僧(さそう)英(えい)にして更(さら)に美(うつく)し。
兄弟(きょうだい)意(い)を合(がっ)して機謀(きぼう=策略)を運(めぐ)らし、虎口洞(ここうどう)の中(うち)に闘(たたか)いを興(おこ)す。
と。

かの怪(かい)豪強(ごうきょう=強暴)にして巧(こう)を弄(ろう)し乖(かい=悪賢)く、四箇(よたり)の英雄(えいゆう)堪(た)えて厮(あい)比(くら)ぶべし。当時(そのとき)殺(たたか)いて日頭(にっとう=太陽)の西(にし)に至(いた)るに、妖邪(ようじゃ)力(ちから)軟(よわ)くして相(あい)抵(ふせ)ぎ難(がた)し。

彼ら豹頭山(ひょうとうざん)に在りて戦闘(せんとう)すること多時(しばらく)なるに、かの妖精(ようせい)抵敵(ていてき=防ぎ戦)しえず、沙僧(さそう)の前(まえ)に向(むか)いて一声(ひとこえ)「鏟(さん)を看よ!」と喊(さけ)ぶ。沙僧身法(しんぽう=身のこなし)を譲(ゆず)りて避(よ)け過(よ)ぐれば、妖精空(すき)を得(え)て走(に)げ、東南(とうなん)の巽宮(そんきゅう)の上(かた)に向い、風(かぜ)に乗(の)って飛(と)び去(さ)りぬ。

八戒(はっかい)步(あゆみ)を引(ひ)きて趕(お)わんと要(もと)むるに、行者(ぎょうじゃ)言う、「且(しばら)く彼をして往かしめよ。古(いにしえ)より道(いわ)く、『窮寇(きゅうこう=追い詰められし賊)は追(お)う莫(なか)れ』と。且くただ来(きた)りて彼が帰路(きろ=戻る道)を断(た)たん」と。八戒言に依(よ)る。三人(みたり)径(ただち)に洞口(どうこう)に至(いた)り、かの百十箇(ひゃくじゅっこ)の若大若小(だいなるもしょうなるも)の妖精(ようせい)を、尽(ことごと)く皆打(う)ち殺(ころ)せり。元来(もと)これ都(みな)些(いささ)かの虎狼彪豹(ころうひょうひょう=虎・狼・彪・豹)、馬鹿山羊(ばろくさんよう=鹿や山羊)なり。大聖(たいせい)一箇の手法(しゅほう=術)を使(つか)い、彼が洞(どう)の裡(うち)の細軟物件(さいなんぶっけん=貴重品)并(なら)びに打ち殺しし雑項(ざっこう=雑多)の獣身(じゅうしん=獣の骸)と、趕い来りし猪羊(ちょよう)とを、通(ことごと)く皆帯(つ)れ出(いだ)せり。沙僧(さそう)すなわち乾柴(かんさい=枯れ木)を取(と)り出して火(ひ)を放(はな)ち起(お)こし、八戒二箇(ふたつ)の耳(みみ)をして風(かぜ)を扇(あお)がしめ、一箇の巣穴(そうけつ=ねぐら)を霎時(またたくま)に焼(や)きて干浄(かんじょう=きれいさっぱり)ならしめ、却って帯れ出しし諸物(しょぶつ=品々)を将(も)ちて、すなわち州城(しゅうじょう)に転(てん)じ回(かえ)る。

この時(おり)城門(じょうもん)尚(なお)開(ひら)き、人家(じんか)未(いま)だ睡(ねむ)らず、老王(ろうおう)父子(ふし)と唐僧(とうそう)俱(みな)暴紗亭(ぼうさてい)に在りて盼望(ぼうぼう=待ちわび)しおる。ただ彼らが撲哩撲剌(ぼくりぼくらつ=どさどさ)と一院子(いちいんじ=庭いっぱい)の死獣(しじゅう=獣の骸)・猪羊(ちょよう)及(およ)び細軟物件(さいなんぶっけん)を投(な)げ下(おろ)し、一斉(いっせい)に叫(よばわ)りて言う、「師父(しふ)、我ら已(すで)に勝(かち)を得(え)て回(かえ)り来(きた)れり!」とを見る。

かの殿下(でんか)喏喏(だくだく=へつらい)として相(あい)謝(しゃ)し、唐長老(とうちょうろう)満心(まんしん)に歓喜(かんき)し、三人(みたり)の小王子(しょうおうじ)地(ち)に跪(ひざまず)き拝(はい)するを、沙僧(さそう)攙(たす)け起(お)こして言う、「且(しばら)く謝すること莫(なか)れ、都(みな)近(ちか)づき前(まえ)に在りてかの物件(ぶっけん)を看よ」と。王子(おうじ)言う、「この物(もの)は俱(みな)いずこよりか来(きた)れる」と。

行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「かの虎狼彪豹(ころうひょうひょう)、馬鹿山羊(ばろくさんよう)は、都(みな)これ精(せい)と成(な)りし妖怪(ようかい)なり。我ら兵器(へいき)を取りて、打(う)ちて門(もん)の外(そと)へ出(いだ)されたり。かの老妖(ろうよう)は一箇の金毛獅子(きんもうしし)にして、彼、一柄(ひとふり)の四明鏟(しめいさん)を使(つか)い、我らと与(とも)に天(てん)の晩(くれ)るまで戦(たたか)い、陣(じん)に敗(やぶ)れて生(いのち)を逃(のが)れ、東南(とうなん)の上(かた)へ走(はし)り往き了(おわ)んぬ。我ら曾(かつ)て彼を趕(お)わず、却って彼が帰路(きろ)を掃除(そうじ=掃き清め)、これらの群妖(ぐんよう)を打ち殺(ころ)し、彼がこれらの物件(ぶっけん)を捜尋(そうじん=捜し求)め、帯(つ)れ将(も)ち来(きた)れるなり」と。老王(ろうおう)これを聴(き)き、また喜(よろこ)びまた憂(うれ)う。

喜(よろこ)ぶはこれ勝(かち)を得(え)て回(かえ)り来(きた)れるを、憂(うれ)うるはかの妖(よう)の日後(のちのひ)仇(あだ)を報(むく)いんことを。行者(ぎょうじゃ)言う、「殿下(でんか)放心(ほうしん=心安かれ)。我已(すで)にこれを慮(おもんばか)ること熟(じゅく)し、これを処(しょ)すること当(とう)を得たり。一定(かなら)ず汝と与(とも)に掃除(そうじ)して尽(ことごと)く絶(た)えしめ、方(はじ)めて起(た)ち行(ゆ)かん。決(けっ)して後(のち)に害(がい)を貽(のこ)すに至(いた)らず。我、午間(ごかん=昼)往きし時(おり)、一箇の青顔紅毛(せいれんこうもう=青き顔に赤き毛)の小妖(しょうよう)の請書(せいしょ=招待状)を送(おく)るに撞(であ)えり。我、彼が帖(じょう)の子(うえ)に『明辰(みょうしん)敬(つつし)んで肴酌(こうしゃく)を治(ととの)え、釘鈀(ていは)の嘉会(かかい)を慶(よろこ)ばんとす。尊車(そんしゃ=貴人の車)の従者(じゅうしゃ)を屈(くっ)して山を過(よ)ぎ一叙(いちじょ)せられんことを。幸(さいわ)いに外(ほか)せず、至感(しかん)至感!右(みぎ)祖翁(そおう)九霊元聖(きゅうれいげんせい)老大人(ろうだいじん)の尊前(そんぜん)に啓(もう)す』と写(うつ)しあるを看たり。名字(な)はこれ門下(もんか)の孫(まご)黄獅(こうし)頓首百拝(とんしゅひゃっぱい)なり。才(さい)しがたかの妖精(ようせい)陣(じん)に敗(やぶ)れしにより、必(かなら)ず彼が祖翁の処(ところ)へ往きて話(はなし)を会(かい)せり。明辰(みょうちょう)断然(だんぜん)として我らを尋(たず)ねて仇を報いん。当(まさ)に情(こころ)を尽(つ)くして汝と与に掃蕩(そうとう=掃き平らげ)して干浄(かんじょう=きれい)にせん」と。老王(ろうおう)称謝(しょうしゃ)し了(おわ)り、晩斎(ばんさい)を擺(ととの)え上(あ)ぐ。師徒(してい)ら斎(とき)し畢(おわ)り、各(おのおの)寝処(しんしょ=寝所)に帰(かえ)る。これ語(かた)らず。
さて、かの妖精(ようせい)果(はた)して東南方(とうなんぽう)へ向(むか)い、竹節山(ちくせつざん)へ奔(はし)り到(いた)る。かの山(やま)の中(うち)に一座(ひとつ)の洞天(どうてん=仙洞)の処(ところ)あり、名(な)を九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)と喚(よ)ぶ。洞中(どうちゅう)の九霊元聖(きゅうれいげんせい)はすなわちこれ彼が祖翁(そおう=祖父)なり。当夜(そのよ)足(あし)風(かぜ)を停(とど)めず、行(ゆ)くこと五更(ごこう=明け方)の時分(じぶん)に至(いた)り、洞口(どうこう)に到り、門(もん)を敲(たた)いて入る。小妖(しょうよう)見(み)て言う、「大王(だいおう)、昨晚(ゆうべ)青顔児(せいれんじ)の請書(せいしょ)を下(くだ)ししあり、老爺(ろうや)彼を留(とど)めて今朝(けさ)に住(と)まらしめ、彼と与(とも)に往きて汝が釘鈀会(ていはえ)に赴(おもむ)かんと欲(ほっ)せり。汝、いかにしてかまた絶早(ひどく早く)親(みずか)ら来(きた)りて邀(しょう)請(せい)するや」と。

妖精(ようせい)言う、「好(よ)く説(い)えり、好く説えり!会(かい)成(な)るを得(え)ず!」と。正(まさ)に説う処(ところ)に、青顔児(せいれんじ)の裡辺(うち)より走出(いできた)るを見(み)て言う、「大王(だいおう)、汝、来(きた)れるはいかん。老大王(ろうだいおう)爺爺(じいさま)起(お)き給(たも)えばすなわち我と与(とも)に往きて会に赴(おもむ)かんとす」と。妖精慌張張(こうちょうちょう=慌てふためき)として、ただ手(て)を揺(ゆ)りて言(い)わず。少頃(しばらく)して、老妖(ろうよう)起き来り、喚(よ)び入る。この妖精兵器(へいき)を捨(す)て、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(はい)し、腮辺(ほお)の涙(なみだ)の落(お)つるを止(とど)むること能(あた)わず。

老妖(ろうよう)言う、「賢孫(けんそん=賢き孫)よ、汝、昨日(きのう)柬(かん=請帖)を下(くだ)し、今朝(けさ)正(まさ)に来(きた)りて会(かい)に赴(おもむ)かんと欲(ほっ)するに、汝、また親(みずか)ら来れり。何(なん)を以(も)てか悲(かなし)みを発(おこ)し煩悩(ぼんのう=心を悩ます)する」と。妖精(ようせい)頭を叩(う)って言う、「小孫(しょうそん)前夜(ぜんや)月(つき)に対(むか)いて閑行(かんこう=散策)しおるに、ただ玉華州(ぎょっかしゅう)の城中(じょうちゅう)に光彩(こうさい)の空(くう)を衝(つ)くあるを見たり。急(いそ)ぎ往きて看る時(おり)、すなわちこれ王府(おうふ)の院中(いんちゅう)の三般(みつ)の兵器(へいき)の光(ひかり)を放(はな)つなり。一件(ひとつ)はこれ九歯滲金釘鈀(きゅうししんきんていは)、一件はこれ宝杖(ほうじょう)、一件はこれ金箍棒(きんこぼう)なり。小孫すなわち神法(しんぽう=神通の術)を使(つか)いて摂(と)り来り、名(な)を立(た)てて釘鈀嘉会(ていはかかい)と曰(い)い、小(こもの)らをして猪羊(ちょよう)果品(かひん=果物)等の物(もの)を買(か)わせ、宴(えん)を設(もう)けて会を慶(よろこ)び、祖爺爺(そやや=御祖父さま)を請(しょう)じてこれを賞(め)で、以て一楽(いちらく=一つの楽しみ)と為(な)さんとせり。昨(きのう)青顔(せいれん)を差(つか)わして柬(かん)を送(おく)らしめし後(のち)、ただ元(もと)猪羊を買いに差わされし刁鑽児(ちょうさんじ)等の、幾箇(いくつ)かの猪羊を趕(お)い、また一箇の販売(あきない)の客人(きゃくじん)を帯(つ)れ来りて銀子(ぎんす)を找(もと)むるを見たり。彼、定(かなら)ず会を看に往かんと要(もと)むるも、これ小孫彼が外面(そと)に伝説(でんせつ)するを恐(おそ)れ、彼をして看しめざりき。彼、また肚中(ふくちゅう)饥(う)えたりと説(い)い、些(いささ)かの飯(めし)を討(もと)めて食(くら)わんことを請(こ)うに因(よ)り、彼をして後辺(うしろ)に在りて飯を食わしめたり。

彼、裡辺(うち)に走(はし)り到(いた)り、兵器(へいき)を見るや、これ我が物(もの)なりと説(い)えり。三人(みたり)すなわち各(おのおの)一件(ひとつ)を搶(うば)い去(さ)り、原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)す。一箇(ひとり)はこれ毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし=毛だらけの顔に雷公の嘴)の和尚(おしょう)、一箇はこれ長嘴大耳朶(ちょうしだいじだ=長き嘴に大なる耳)の和尚、一箇はこれ晦気色顔(わいろのつら)の和尚なり。彼ら都(みな)好歹(よしあし)を分(わか)たず、一声(ひとこえ)喊(さけ)んで乱(みだ)りに打つ。これ小孫(しょうそん)急(いそ)ぎ四明鏟(しめいさん)を取りて趕(お)い出で彼と与(とも)に相持(あいじ=組み合い)、甚(いず)れの人(ひと)にして敢えて虚頭(きょとう=たぶらかし)を弄(ろう)するかと問うに、彼、道(いわ)く、東土大唐(とうどだいとう)より西天(せいてん)へ差(つか)わされ往く唐僧(とうそう)が徒弟(でし)にして、州城(しゅうじょう)を過(よ)ぎりて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)するに因(よ)り、王子(おうじ)に留(とど)められ、武芸(ぶげい)を習学(しゅうがく)し、彼がこの三件(みつ)の兵器を将(も)ちて様子(かた)と作(な)し打造(うちつく)らしめ、院内(いんない)に放(お)き置(お)くを、我偸(ぬす)み来(きた)れりと。遂(つい)に此(ここ)に不忿(ふふん=おさまらず)して相持(あいじ)す。かの三人の和尚の甚(なん)と名(な)を喚(よ)ぶを知(し)らざれど、却って真(まこと)に本事(ほんざい=腕)あり。小孫一人(ひとり)彼ら三人に敵(てき)し過(す)ぐること能(あた)わず。ここをもて敗(やぶ)れて祖爺(そや)の処(ところ)へ走(に)げ来れるなり。望(のぞ)むらくは刀(かたな)を抜(ぬ)きて相(あい)助(たす)け、かの和尚を拿(とら)えて仇(あだ)を報(むく)い、庶(ねがわ)くは我が祖(そ)の孫(まご)を愛(あい)するの意(こころ)を見んことを!」と。

老妖(ろうよう)この言(げん)を聞(き)き、片時(しばらく)黙想(もくそう=黙って思案)し、笑って言う、「元来(もと)これ彼(かれ)なり。我が賢孫(けんそん)よ、汝、錯(あやま)りて彼を惹(ひ)きしなり!」と。妖精(ようせい)言う、「祖爺(そや)は彼の孰(たれ)なるを知(し)り給(たも)うか」と。

老妖(ろうよう)言う、「かの長嘴大耳(ちょうしだいじ)の者はすなわちこれ猪八戒(ちょはっかい)、晦気色顔(わいろのつら)の者はすなわちこれ沙和尚(さおしょう)にして、この二人(ふたり)は猶(なお)可(よ)し。かの毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし)の者をば孫行者(そんぎょうじゃ)と喚(よ)ぶ。この人(ひと)は実(げ)に神通(じんずう)広大(こうだい)にして、五百年前(ごひゃくねんぜん)曾(かつ)て天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)もまた曾て拿(とら)え住(とど)むること能(あた)わざりき。彼、専(もっぱ)ら意(こころ)に人を尋(たず)ぬる者にして、彼はすなわちこれ箇(ひとつ)の、山(やま)を捜(さぐ)り海(うみ)を掲(あば)き、洞(どう)を破(やぶ)り城(しろ)を攻(せ)め、禍(わざわい)を闯(つ)くるの都頭(ととう=頭目)なり!汝、いかにしてか彼を惹(ひ)きしや。也(また)罷(よ)し、我、汝と与(とも)に往きて、かの厮(やつ)を玉華(ぎょっか)の王子(おうじ)とも都(みな)擒(とりこ)め来(きた)り、汝に替(かわ)りて気(いき)を出(いだ)さん!」と。かの妖精(ようせい)これを聴(き)き、すなわち頭を叩(う)って謝(しゃ)す。

当時(そのとき)老妖(ろうよう)猱獅(どうし)・雪獅(せっし)・狻猊(さんげい)・白沢(はくたく)・伏狸(ふくり)・摶象(でんぞう)の諸孫(しょそん=孫たち)を点(てん)し、各(おのおの)鋒利(ほうり=鋭き)の器械(きかい=武器)を執(と)らせ、黄獅(こうし)引(い)ん領(みちび)き、各狂風(きょうふう)を縦(ほしいまま)にし、径(ただち)に豹頭山(ひょうとうざん)の界(さかい)に至(いた)る。ただ聞(きこ)ゆるは煙火(えんか=煙)の気(き)の鼻(はな)を撲(う)ち、また哭泣(こっきゅう=泣き叫ぶ)の声(こえ)の有るを。仔細(つまびらか)に看る時(おり)、元来(もと)これ刁鑽(ちょうさん)・古怪(こかい)の二人(ふたり)の、かの処(ところ)に在りて主公(しゅこう)を叫(よ)び主公を哭(な)くるなり。

妖精(ようせい)近(ちか)づき前(まえ)に在りて喝(かつ)して言う、「汝らは真(まこと)の刁鑽児(ちょうさんじ)なるか、仮(にせ)の刁鑽児なるか」と。二怪(にけ)跪(ひざまず)き倒(たお)れ、涙(なみだ)を噙(ふく)みて頭を叩(う)って言う、「我らいかでか仮ならん。昨日(きのう)この早晚(頃)に銀子(ぎんす)を領(う)けて猪羊(ちょよう)を買(か)いに往き、山(やま)の西辺(にし)の大衝(だいしょう=大きな谷)の内(うち)に走(あゆ)み至(いた)るに、一箇の毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし)の和尚(おしょう)に遇(あ)えり。彼、我らに一口(ひとくち)啐(つば)き掛(か)けたるに、我らすなわち脚(あし)軟(よわ)く口(くち)強(こわ)ばり、言語(げんご=物言い)する能(あた)わず、步(あゆみ)を移(うつ)す能わず、彼に将(も)ちて扳(ひっくり)返(かえ)され、銀子を捜(さぐ)り去(さ)られ、牌児(はいじ)を解(と)き去られたり。我ら二人(ふたり)昏昏沉沉(こんこんちんちん=もうろうと)して、此(こ)の時(とき)に到(いた)るまで方(はじ)めて醒(さ)めたり。家(いえ)に到りて、煙火(えんか)未(いま)だ息(や)まず、房舎(ぼうしゃ=家屋)尽(ことごと)く皆焼(や)かれ、また主公(しゅこう)并(なら)びに大小(だいしょう)の頭目(とうもく)の見(み)えざるを見る。故(ゆえ)に此(ここ)に在りて心(こころ)を傷(いた)め痛(いた)く哭(な)くるなり。この火(ひ)のいかにして起(おこ)りしを知(し)らず!」と。

かの妖精(ようせい)この言(げん)を聞(き)き、涙(なみだ)の泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)きを止(とど)むること能(あた)わず、双脚(そうきゃく=両足)斉(ひと)しく跌(ふみなら)し、喊声(かんせい=叫び声)天(てん)を振(ふる)い、恨(うら)んで言う、「かの禿厮(とくし=禿げ坊主)め!十分(じゅうぶん)に悪(あく)を作(な)せり!いかにしてかこのごとき毒事(どくじ=酷き仕業)を乾(し)出(いだ)し、我が洞府(どうふ)を焼(や)き尽(つく)し、美人(びじん)を焼き殺(ころ)し、家当(かとう=家財)老小(ろうしょう=家族)を一(ひとつ)に空(むな)しうせんや!気(いき)我を殺すなり、気我を殺すなり!」と。

老妖(ろうよう)猱獅(どうし)をして彼を扯(ひき)寄(よ)せしめて言う、「賢孫(けんそん)よ、事(こと)已(すで)に此(ここ)に至(いた)れり。徒(いたずら)に悩(なや)むも益(えき)無(な)し。且(しばら)く鋭気(えいき=気勢)を養(やしな)い全(まっと)うし、州城(しゅうじょう)の裡(うち)に到(いた)りてかの和尚(おしょう)を拿(とら)え往かん」と。

かの妖精(ようせい)猶(なお)哭(な)くことを住(とど)めんと肯(がえん)ぜずして言う、「老爺(ろうや)よ!我があの們(ほど)の山場(さんば=山の縄張り)は、一日(いちじつ)に治(おさ)めたるに非(あら)ざるに、今(いま)この禿厮(とくし)に被(かぶ)りて尽(ことごと)く毀(こぼ)たれたり。我、却ってこの命(いのち)を要(もと)めて甚(なに)をか做(な)さん!」と。掙(あが)き起(お)きて、石崖(せきがい=岩の崖)の上へ往きて頭(かしら)を撞(ぶ)ち脳(のう)を磕(う)たんとするを、雪獅(せっし)・猱獅(どうし)等(ら)の苦(くる)しく勧(すす)むるに被りて方(はじ)めて止(や)む。当時(そのとき)此(こ)の処(ところ)を捨(す)て、都(みな)州城(しゅうじょう)へ奔(はし)る。

ただ聴(きこ)ゆるは、かの風(かぜ)滚滚(こんこん)、霧(きり)騰騰(とうとう)として、来(きた)ること甚(はなは)だ近(ちか)し。唬(おど)されたるかなかの城外(じょうがい)の各(おのおの)の関廂(かんしょう=門前町)の人等(ひとども)、男(おのこ)を拖(ひ)き女(おんな)を挟(わきばさ)み、家私(かし=家財)を顧(かえり)みるに遑(いとま)あらず、都(みな)州城(しゅうじょう)の中(うち)へ往き走(はし)り、城門(じょうもん)に走入(はしりい)りて、門(もん)を将(も)ちて閉(とざ)したり。

人(ひと)の王府(おうふ)の中(うち)に報(しら)せ入れて道(いわ)く、「禍事(かじ=一大事)!禍事(かじ)!」と。かの王子(おうじ)・唐僧(とうそう)等(ら)、正(まさ)に暴紗亭(ぼうさてい)に在りて早斎(そうさい)を吃(くら)いおるに、人の禍事を報するを聴(き)き、却って門(もん)を出でて来(きた)り問う。衆人(しゅうじん)道く、「一群(ひとむれ)の妖精(ようせい)、沙(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走(はし)らせ、霧(きり)を噴(ふ)き風(かぜ)を掀(あお)りて、来りて城(しろ)に近(ちか)づけり!」と。

老王(ろうおう)大(おお)いに驚(おどろ)いて言う、「いかにしてか好(よ)からん」と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「都(みな)放心(ほうしん=心安かれ)!都放心せよ!これこれ虎口洞(ここうどう)の妖精(ようせい)の、昨日(きのう)陣(じん)に敗(やぶ)れ、東南方(とうなんぽう)へ往きてかの甚(いず)れの九霊元聖児(きゅうれいげんせいじ)を伙(くみ)し来(きた)れるなり。我が兄弟(きょうだい)らと与(とも)に出で往かんを等(ま)て。吩咐(いいつけ)て四門(しもん)を関(とざ)さしめ、汝(なんじ)ら人夫(にんぷ=人足)を点(てん)じて城池(じょうち)を看守(かんしゅ=守ら)せよ」と。

かの王子(おうじ)果(はた)して令(れい)を伝(つた)えて四門(しもん)を把(と)りて閉(とざ)し、人夫(にんぷ)を点(てん)じ起(お)こして城(しろ)に上(のぼ)らしむ。彼が父子(ふし)并(なら)びに唐僧(とうそう)は城楼(じょうろう=物見櫓)の上に在りて点札(てんさつ=検閲し配置)し、旌旗(せいき=旗)日(ひ)を蔽(おお)い、炮火(ほうか=大砲)天(てん)に連(つらな)る。行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)は、却って半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧の半ば)にて、城を出でて敵(てき)を迎(むか)う。これ正(まさ)に、
慧兵(けいへい=智慧の兵器)を失(うしな)うは不謹(ふきん=慎まざる)に縁(よ)り、頓(にわ)かに魔(ま)をして起(おこ)らしめ衆邪(しゅうじゃ=多くの邪)を凶(きょう)ならしむ。
と。畢竟(ひっきょう)この場(ひとしきり)の勝敗(しょうぶ)いかんは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。