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092 第九十二回 三僧(さんそう)大(おお)いに青龍山(せいりゅうざん)に戦(たたか)う 四星(しせい)犀牛怪(さいぎゅうかい)を挟捉(きょうそく=挟み撃ちにして捕らう)す

さて、孫大聖(そんだいせい)は二弟(にいてい=二人の弟分)を挟(さしはさ)み同(ともな)い、風(かぜ)を滚(ころ)がし、雲(くも)に駕(が)して、東北(とうほく)艮(ごん=北東の方角)の地(ち)へ向(むか)い、瞬(またた)く間(ま)に青龍山(せいりゅうざん)玄英洞(げんえいどう)の洞口(どうこう)に至(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)せり。八戒(はっかい)、すなわち釘鈀(ていは=九本歯の熊手)を以て門(もん)を築(う)たんと欲(ほっ)す。行者言う、「且(しばら)く消停(しょうてい=待て)。我をして進(すす)み入(い)りて師父(しふ)の生死(せいし)の如何(いかん)を見(み)とどけしめよ、しかる後(のち)に好(よ)く彼と争持(そうじ=戦い争)うべし」と。沙僧言う、
「この門(もん)は緊(きつ)く閉(と)ざされたり、いかでか進(い)ることを得(え)ん」
と。行者言う、「我に自(おの)ずから法力(ほうりき)あり」と。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、棒(ぼう)を収(おさ)め、訣(けつ=印)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご=呪文)を念(とな)え、「変(へん)!」と叫(よ)べば、すなわち変じて一箇(ひとつ)の火焰虫(かえんちゅう=蛍)と作(な)れり。真(まこと)にまた疾伶(しつれい=素早く利口)なり!なんじ看(み)よ、あの
翅(つばさ)を展(の)べれば星(ほし)流(なが)れて光(ひかり)燦(さん)たり、古(いにしえ)に云(いわ)く「腐草(ふそう=腐れた草)蛍(ほたる)と為(な)る」と。
神通(じんつう)の変化(へんげ)は軽(かろ)からず、自(おの)ずから徘徊(はいかい)の性(しょう)有(ゆう)す。
石門(せきもん)に飛(と)び近(ちか)づきて懸(か)けて看(み)れば、旁辺(ぼうへん=脇)の瑕縫(かほう=隙間)に風(かぜ)を穿(うが)つ。
身(み)を一縦(ひとおど)りせしめて幽庭(ゆうてい=奥庭)に到(いた)り、妖魔(ようま)の動静(どうじょう)を打探(たんさ=探)る。
と。

彼自(みずか)ら飛(と)び入(い)るに、ただ見(み)よ、幾頭(いくとう)かの牛(うし)の横敧(おうき=横向き)直倒(ちょくとう=真っ直ぐ倒れ)し、一箇一箇(おのおの)呼吼(ここう=吼えること)雷(かみなり)の如(ごと)く、尽(ことごと)く皆(みな)睡(ね)り熟(じゅく)したるを。また中庁(ちゅうちょう=中の広間)の裡(うち)に至(いた)るに、全(まった)く消息(しょうそく=手掛かり)無し。四下(あたり)の門戸(もんこ)は通(つう)じ関(とざ)され、かの三箇(みたり)の妖精(ようせい)のいずこに睡(ね)れるを知(し)らず。才(いま)しがた庁房(ちょうぼう=広間の部屋)を転(めぐ)り過(す)ぎ、後(うしろ)へ向(むか)いてまた照(てら)すに、ただ啼泣(ていきゅう=泣き叫び)の声(こえ)の聞(き)こゆるは、すなわちこれ唐僧(とうそう)の後房(こうぼう=奥の部屋)の檐柱(のきばしら=軒の柱)に鎖(つな)がれて哭(な)くるなり。行者、暗々(ひそか)にその何(なに)を哭(な)くを聴(き)けば、ただ見よ、彼の哭(な)きて曰(いわ)く、
「一(ひと)たび長安(ちょうあん)を別(わか)れて十数年(じゅうすうねん)、
山(やま)に登(のぼ)り水(みず)を渉(わた)りて苦(くるしみ)熬煎(とうせん=苦しみ悶える)。
幸(さいわ)いに西域(せいいき)に来(きた)りて佳節(かせつ=めでたい節句)に逢(あ)い、喜(よろこ)んで金平(きんぺい)に到(いた)りて上元(じょうげん=正月十五夜)に遇(あ)う。
灯中(とうちゅう=灯の裡)の仮仏像(けぶつぞう=偽の仏像)を識(し)らざりしは、概(おおむ)ね命裡(めいり=運命の内)に災愆(さいけん=災いの過ち)有(あ)るに因(よ)る。
賢徒(けんと=賢き弟子)追襲(ついしゅう)して威武(いぶ=勇ましき武)を施(ほどこ)す、但(た)だ願(ねが)わくは英雄(えいゆう)の大権(たいけん)を展(の)べんことを」
と。

行者、言(げん)を聞き、満心(まんしん=心いっぱい)歓喜(かんき)し、翅(つばさ)を展(ひろ)げ、師(し)の前(まえ)に飛(と)び近(ちか)づく。唐僧、涙(なみだ)を揩(ぬぐ)いて言う、「呀(ああ)!西方(せいほう)の景象(けいしょう=風景)は同じからず、この時(とき)は正月(しょうがつ)、蟄虫(ちっちゅう=冬籠りの虫)始(はじ)めて振(ふる)うに、何為(なんす)れぞすでに蛍(ほたる)の飛(と)ぶこと有(あ)るや」と。行者、忍(しの)ぶこと能(あた)わず、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり!」と声(こえ)を叫(あ)ぐ。

唐僧喜んで言う、「悟空(ごくう)、我が心(こころ)に『正月(しょうがつ)にいかでか蛍火(けいか=蛍の光)を得(え)ん』と説(おも)いしが、元来(もと)これ汝(なんじ)なりしか」と。行者すなわち本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)して言う、
「師父や、汝(なんじ)が為(ため)に真偽(しんぎ)を識(し)らざりしより、幾多(いくた)の路程(ろてい)を誤(あやま)り、幾多(いくた)の心力(しんりょく=心の労)を費(ついや)せり。我が一行(ひとくみ)『好(よ)き人(ひと)に非(あら)ず』と説(い)えども、汝すなわち下拝(かはい=跪き拝)し、却(かえ)ってこの怪(かい)に灯光(とうこう=灯の光)を侮暗(ぶあん=暗くけが)され、酥合香油(そごうこうゆ=酥合香の油)を盗取(とうしゅ=盗み取)られ、汝までをも摂(かどわ)かし将(も)ち来(きた)られたり。我、当(まさ)に八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に吩咐(いいつけ)て寺(てら)に回(かえ)り看守(かんしゅ=見張り)せしめ、我すなわち風(かぜ)を聞(き)きてこの間(かん)まで追(お)い至(いた)れり。地名(ちめい)を識(し)らざりしが、幸(さいわ)いに四値功曹(しちこうそう=四方を守る功曹神)の伝報(でんぽう=知らせ)に遇(あ)い、この山(やま)を名(な)づけて青龍山(せいりゅうざん)玄英洞(げんえいどう)と曰(い)うと説(つ)げり。我、日間(ひるま)この怪と闘(たたか)いて天(てん)の晩(くれ)に至(いた)り方(はじ)めて回(かえ)り、師弟(してい=弟子)の輩(ともがら)にこの情(じょう)を細(こまか)に道(かた)り、却(かえ)ってすなわち睡(ね)むることを曾(かつ)てせず、彼(かれ)両箇(ふたり)と同(とも)にこの処(ところ)に来(きた)れり。我、夜(よ)の深(ふか)きに交戦(こうせん)するに便(べん)ならざるを恐(おそ)れ、また師父の下落(げらく=行方)を知(し)らざれば、変化(へんげ)して進(すす)み入(い)り来(きた)りて師情(しじょう=師の様子)を打聴(うちょう=探)る所以(ゆえん)なり」
と。

唐僧喜んで言う、「八戒(はっかい)・沙僧(さそう)は如今(いま)外辺(そと)に在(あ)るか」と。行者言う、「外辺(そと)に在り。才子(さっき)老孫(ろうそん)の看(み)し時(おり)には、妖精(ようせい)みな睡(ね)りたり。我且(しばら)く鎖(くさり)を解(と)き、門(もん)を搠(つ)き開(あ)け、汝(なんじ)を帯(ともな)いて出(い)でん」と。唐僧、頭(こうべ)を点(うなず)かせて称謝(しょうしゃ=感謝)す。

行者、一箇(ひとつ)の解鎖法(かいさほう=錠を外す術)を使(つか)い、手(て)を以(も)って一抹(ひとぬぐ)いすれば、かの鎖(くさり)早(はや)くも自(おの)ずから開(ひら)けり。師父(しふ)を領(ひき)いて前(まえ)へ向(むか)いて正(まさ)に走(ゆ)かんとするに、忽然(たちまち)妖王(ようおう)の中庁(ちゅうちょう)の内房(ないぼう=奥座敷)の裡(うち)に在りて叫(よばわ)るを聴(き)く、
「小(ちいさ)き者(もの)ども、門戸(もんこ)を緊(きつ)く閉(と)ざし、火燭(かしょく=火の元)に小心(しょうしん=用心)せよ。この会(おり)いかでか更(こう=夜回り)を叫(よ)ばず巡邏(じゅんら=見回り)せざるか、梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)みな響(ひび)かざるは何(なん)ぞや」
と。元来(もと)かの夥(くみ)の小妖(しょうよう=子分の妖)は一日(いちじつ)征戦(せいせん)して、俱(みな)辛苦辛苦(しんくしんく=くたくた)に睡(ね)りたりしが、叫喚(きょうかん=呼び声)を聴(き)きて、却(かえ)って才(いま)醒(さ)めたり。梆鈴(ほうれい)の響(ひび)く処(ところ)、幾箇(いくたり)かの器械(きかい=武器)を執(と)る者(もの)、鑼(どら)を敲(たた)きて後(うしろ)より走(ゆ)くが、可可(ちょうど)かの師徒(してい)両箇(ふたり)に撞(ぶ)つかり遇(あ)えり。

衆小妖(しゅうしょうよう)一斉(いっせい)に喊(わめ)いて言う、「好(よ)き和尚(おしょう)かな!鎖(くさり)を扭(ひね)り開(あ)けていずこへか往(ゆ)かんとするぞ」と。行者、分説(ぶんせつ=弁明)を容(い)れず、棒(ぼう)を掣(ひ)き出(いだ)し幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来(ばかり)の粗細(そさい=太さ)として、すなわち打(う)つ。棒(ぼう)の起(お)こる処(ところ)、二箇(ふたり)を打死(うちころ)し、その余(よ)の者、器械(きかい)を投(な)げ捨(す)て、中庁(ちゅうちょう)に近(ちか)づきて門(もん)を打(う)ちて叫(よ)ぶ、「大王(だいおう)!いけない!いけない!毛臉和尚(もうれんおしょう=毛だらけ顔の坊主)が家(うち)の裡(うち)に在りて人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)せり!」と。

かの三怪(さんかい)、聴(き)きつけ、一轂轆(いちこくろく=ころりと)爬(は)い将(も)ち起(お)き上(あ)がり、ただ「拿住(とらえよ)!拿住!」と教(よばわ)る。唬(おど)ろかされてかの唐僧(とうそう)は手(て)軟(よわ)く脚(あし)軟(よわ)し。行者もまた師父(しふ)を顧(かえり)みず、一路(ひとみち)棒(ぼう)を以て、前(まえ)へ向(むか)いて滚(ころ)がり来(きた)る。衆小妖(しゅうしょうよう)遮架(しゃか=防ぎ止め)すること住(た)えず、彼が為(ため)に三両箇(さんりょうこ)を放倒(たお)され、両三箇(りょうさんこ)を推倒(おしたお)され、幾層(いくかさ)ねの門(もん)を打(う)ち開(あ)けられ、径(ただち)に自(みずか)ら出(い)で来(きた)り、叫(よ)んで言う、「兄弟(けいてい)どもいずこに在(あ)る」と。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)、正(まさ)に鈀杖(はじょう=熊手と杖)を挙(あ)げて等候(ま)ちおるに、言う、「哥哥(あにき)、如何(いかん)」と。行者、変化(へんげ)して裡(うち)に入(い)り師父(しふ)を解放(かいほう)し正(まさ)に走(ゆ)かんとせしに、妖(よう)に驚覚(けいかく=気づか)れ、師父を顧(かえり)みるに得(え)ず、打(う)ち出(い)で来(きた)れる事(こと)をば、講説(こうせつ=語り説き)して一遍(ひととおり)語(かた)るは題(だい)とせず。

かの妖王(ようおう)、唐僧(とうそう)を把(とら)え捉(とら)え、依然(もとのごとく)鉄索(てっさく=鉄の鎖)を使(もち)いて鎖(つな)ぎ、刀(かたな)を執(と)り、斧(おの)を輪(めぐ)らし、灯火(とうか)斉(ひと)しく明(あきら)かにして問(と)いて言う、
「汝(なんじ)この厮(やつ)いかでか鎖(くさり)を開(あ)けし、かの猴子(さる)はいかにして進(い)ることを得(え)しか、疾(と)く早(はや)く供(きょう=白状)し来(きた)れ、汝の命(いのち)を饒(ゆる)さん!然(しか)らずんば、すなわち一刀(いっとう)両段(りょうだん=真っ二つ)!」
と。慌(あわ)てたるかなかの唐僧(とうそう)、戦戦兢兢(おののき)として跪(ひざまず)いて言う、
「大王爺爺(だいおうやや=大王さま)!我が徒弟(でし)の孫悟空(そんごくう)は、かれ七十二般(しちじゅうにばん)の変化(へんげ)を会(え)す。才(さっ)きに一箇(ひとつ)の火焰虫(かえんちゅう=蛍)に変(へん)じ、飛(と)び進(い)り来(きた)りて我を救(すく)わんとせり。期(おも)わざりき大王(だいおう)の知覚(ちかく=気づく)するところとなり、小大王(しょうだいおう=子分の頭)等(ら)に撞見(そうけん=出くわ)さる。これ我が徒弟の好歹(こうたい=善し悪し)を知(し)らざるにて、二箇(ふたり)を打傷(うちきずつ)けしに、衆(みな)皆(みな)喊叫(かんきょう=叫び)し、兵(へい)を挙(あ)げ火(ひ)を著(つ)くるに、かれ遂(つい)に我を顧(かえり)みるに得(え)ず、走(に)げ出(い)で去(さ)れり」
と。

三箇(みたり)の妖王(ようおう)、呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して言う、「早(はや)くも驚覚(けいかく=気づき)したれば、未(いま)だ曾(かつ)て走(に)げず!」と。小(ちいさ)き者(もの)どもに吩咐(いいつけ)て前後(ぜんご)の門(もん)をば緊緊(きつきつ)と関閉(とざ)さしめ、また喧嘩(けんか=かまびすしきこと)を為(な)さず。沙僧言う、「門(もん)を閉(と)ざして喧嘩(けんか)せざるは、想(おも)うにこれ暗(あん=ひそか)に我が師父(しふ)を弄(もてあそ)ばんとするならん。我ら手(て)を動(うご)かさん」と。行者言う、「説(い)うところ是(ぜ)なり、疾(と)く早(はや)く門(もん)を打(う)て」と。

かの呆子(あほう)、神通(じんつう)を売弄(まいろう=誇示)し、鈀(ていは)を挙(あ)げ力(ちから)を尽(つく)して築(う)ち去(さ)れば、かの石門(せきもん)をば築(う)ちて粉碎(ふんさい=粉々)と為(な)し、却(かえ)ってまた厲声(れいせい=荒々しき声)を挙(あ)げて喊罵(ののし)って言う、「油(あぶら)を盗(ぬす)める賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)!疾(と)く吾(わ)が師(し)を送(おく)り出(い)だせや」と。唬(おど)ろかされてかの門内(もんない)の小妖(しょうよう)、滚(ころ)がり将(も)ち進(い)り去(ゆ)きて報(ほう)じて言う、「大王(だいおう)、いけない!いけない!前門(ぜんもん)を和尚(おしょう)に打(う)ち破(やぶ)られたり!」と。

三箇(みたり)の妖王(ようおう)十分(じゅうぶん)に煩悩(はんのう=腹立たしく)して言う、「この厮(やつ)着実(じゃつじつ=まったく)無礼(ぶれい)なり!」と。すなわち披挂(ひかけ=甲冑)を取(と)り来(きた)らしめ結束(けっそく=身支度)し、各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)り、小妖(しょうよう)を帥(ひき)いて門(もん)を出(い)でて敵(てき)を迎(むか)う。この時(とき)約(およ)そ三更(さんこう=真夜中)の時候(じこう=頃)にして、半天(はんてん)の中(うち)月(つき)明(あきら)かにして昼(ひる)の如(ごと)し。走(い)で出(い)で来(きた)り、更(さら)に話(ことば)を打(か)けず、すなわち兵(へい)を輪(めぐ)らす。ここに行者(ぎょうじゃ)は鉞斧(えっぷ=まさかり)を抵(ふせ)ぎ留(とど)め、八戒(はっかい)は大刀(だいとう)に敵(てき)し留(とど)め、沙僧(さそう)は大棍(だいこん)を迎(むか)え留(とど)む。

この場(ば)の好(よ)き殺(たたかい=合戦)かな、
僧(そう)三衆(みたり)、棍・杖・鈀(こんじょうは)、三箇(みたり)の妖魔(ようま)胆気(たんき=度胸)加(くわ)わる。
鉞斧(えっぷ)・鋼刀(こうとう)・藤紇褡(とうこつとう=藤の鞭)、ただ風響(ふうきょう=風の音)と塵沙(じんさ=砂煙)とを聞(き)くのみ。
初(はじ)めに交(まじ)わる幾合(いくがっ)には愁霧(しゅうむ=愁いの霧)を噴(ふ)き、次後(そののち)飛騰(ひとう)して彩霞(さいか=彩りの霞)を散(ちら)す。
釘鈀(ていは)の解数(げすう=技の数々)は身(み)に随(したが)いて滚(ころ)がり、鉄棒(てつぼう)の英豪(えいごう=雄々しさ)は更(さら)に誇(ほこ)るべし。
降妖宝杖(ごうようほうじょう=妖を降す宝の杖)は人間(にんげん)に少(すくな)く、妖怪(ようかい)の頑心(がんしん=頑な心)はかれを譲(ゆず)らず。
鉞斧(えっぷ)の口(こう)明(あきら)かにして尖鐏(せんそん=穂先)利(するど)く、藤条(とうじょう=藤の枝)の節(ふし)懞(もう=覆われ)て一身(いっしん)花(はな)なり。
大刀(だいとう)幌亮(こうりょう=きらめき)て門扇(もんせん=扉)の如(ごと)く、和尚(おしょう)の神通(じんつう)は偏(ひと)えにかれに賽(まさ)る。
この壁廂(かたわら)は師(し)の性命(せいめい)に因(よ)りて狠(はげ)しく発(はっ)して打(う)ち、かの壁廂(かたわら)は唐僧(とうそう)を放(はな)たじと劈臉(へきれん=面を割らんばかり)に撾(つか)む。
斧(おの)剁(き)り棒(ぼう)迎(むか)えて勝負(しょうぶ)を争(あらそ)い、鈀(は)輪(めぐ)り刀(かたな)砍(き)りて両(ふた)ながら交搽(こうさ=交錯)す。
扢撻(こつとう=ぶつかり合い)の藤条(とうじょう)は怪(かい)を降(くだ)す杖(じょう)、翻翻復復(はんぷく)として豪華(ごうか=華やかさ)を逞(たくま)しくす。
三僧(さんそう)三怪(さんかい)、賭闘(ととう=勝負を競い)て多時(しばらく)なるに、輸贏(ゆえい=勝敗)を見(み)ず。
と。

かの辟寒大王(へきかんだいおう)、一声(ひとこえ)喊(わめ)いて、「小(ちいさ)き者(もの)ども上(のぼ)り来(きた)れ!」と叫(よ)ぶ。衆精(しゅうせい=妖ども)各(おのおの)兵刃(へいじん=刃物)を執(と)りて斉(ひと)しく来(きた)り、早(はや)くも一箇(ひとり)の八戒(はっかい)を絆(つまず)かせ地(ち)に倒(たお)し、幾箇(いくたり)かの水牛精(すいぎゅうせい)に揪揪扯扯(きゅうきゅうしゃしゃ=つかみ引かれ)て、洞裡(どうり)に拖(ひ)き入(い)れられ捆(くく)られたり。沙僧(さそう)、八戒(はっかい)を没(うしな)えるを見(み)て、ただかの群牛(ぐんぎゅう)の喊(わめ)きを発(はっ)し嚨声(ろうせい=どよめく声)するを見る。すなわち宝杖(ほうじょう)を掣(ひ)き、辟塵大王(へきじんだいおう)を望(めが)けて虚(きょ=空しく)架子(かし=構え)を投(な)げ出(いだ)して走(に)げんとせしに、また群精(ぐんせい)の一擁(いちよう=どっと押し寄)せて来(きた)るに遇(あ)い、一箇の躘踵(りゅうしょう=よろめき)を拉(ひ)かれ、急(いそ)ぎ掙(あが)かんとするに起(お)きず、また捉(とら)え去(さ)られ捆(くく)られたり。行者、難為(なんい=あしきこと)なるを覚(さと)り、觔斗雲(きんとんうん)を縦(ほしいまま)にし、身(み)を脱(だっ)して去(さ)れり。

当時(そのとき)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を拖(ひ)きて唐僧(とうそう)の前(まえ)に至(いた)らしむ。唐僧これを見(み)、満眼(まんがん=目いっぱい)に涙(なみだ)を垂(た)れて言う、
「憐(あわ)れむべし汝(なんじ)二人(ふたり)もまた毒手(どくしゅ=毒の手)に遭(あ)えるを!悟空(ごくう)いずこに在(あ)るや」
と。沙僧言う、「師兄(しけい)は我らを捉(とら)えらるるを見(み)て、かれすなわち走(に)げたり」と。唐僧言う、「かれ既(すで)に走(に)げたれば、必(かなら)ずかしこへ往(ゆ)きて救(すくい)を求(もと)めん。但(た)だ我等(われら)は何日(いつのひ)にか方(はじ)めて網(あみ)を脱(だっ)することを得(え)んを知(し)らず」と。師徒(してい)ら凄凄惨惨(せいせいさんさん=いたく悲しむ)なるは題(だい)とせず。

さて、行者(ぎょうじゃ)觔斗雲(きんとんうん)に駕(が)してまた慈雲寺(じうんじ)に至(いた)れば、寺僧(じそう)接(むか)えして来(きた)りて問(と)う、「唐老爺(とうろうや=唐のご老師)は救(すく)い得(え)たるか」と。行者言う、
「難救(なんきゅう)!難救!かの妖精(ようせい)神通(じんつう)広大(こうだい)にして、我が弟兄(ていけい=兄弟)三箇(みたり)、かれが三箇と闘(たたか)うこと多時(しばらく)なりしが、かれが小妖(しょうよう)を呼(よ)ばしめて先(ま)ず八戒(はっかい)を捉(とら)え、後(のち)に沙僧(さそう)を捉(とら)えしめ、老孫(ろうそん)は幸(さいわ)いに走(に)げ脱(だっ)せり」
と。衆僧(しゅうそう)懼(おそ)れて言う、「爺爺(やや=お方)これほどに騰雲駕霧(とううんがむ=雲に乗る術)を会(え)しながら、なお捉獲(そっかく=捕らえる)することを得(え)ざれば、想(おも)うに老師父(ろうしふ)も傾害(けいがい=害せられ)られたるならん」と。行者言う、
「不妨(さしつかえ)なし!不妨なし!我が師父(しふ)には自(おの)ずから伽藍(がらん=寺の守護神)・掲諦(かいたい=護法神)・丁甲(ていこう=六丁六甲の神)等の神(かみ)の暗(あん=ひそか)に護佑(ごゆう=守り助く)る有(あ)り、却(かえ)ってまた曾(かつ)て草還丹(そうかんたん=人参果)を食(くら)いたれば、料(はか)らくは命(いのち)を傷(そこな)わじ、ただかの妖精(ようせい)に本事(ほんじ=腕)あるのみ。汝等(なむら)好(よ)く馬匹(ばひつ=馬)と行李(こうり=荷)を看(み)まもり、老孫が天(てん)に上(のぼ)りて救兵(きゅうへい)を求(もと)め来(きた)るを等(ま)て」
と。衆僧(しゅうそう)胆(きも)を怯(ひる)ませて言う、「爺爺(やや)また能(よ)く天に上(のぼ)るか」と。行者笑って言う、
「天宮(てんぐう)は元来(もと)これ我が旧家(きゅうか=古き家)なり。当年(そのとし)我、斉天大聖(せいてんたいせい)と作(な)りしが、蟠桃会(ばんとうえ=仙桃の宴)を乱(みだ)りしに因(よ)りて、我が仏(ほとけ)に収降(しゅうこう=降し従え)られ、如今(いま)奈何(いかん)ともする無(な)く、唐僧(とうそう)を保(ほ)して経(きょう)を取(と)り、功(こう)を将(も)ちて罪(つみ)を折(しゃく)す。一路(いちろ)上(かみ)に正(しょう)を輔(たす)け邪(じゃ)を除(のぞ)く。我が師父には該(まさ)にこの難(なん)有(あ)るべく、汝等の却(かえ)って知(し)らざるところなり」
と。衆僧この言(げん)を聴(き)き、また磕頭礼拝(がいとうらいはい=額ずき拝み)す。行者、門(もん)を出(い)で得(え)しが、一箇(ひとつ)の唿哨(こっしょう=口笛)を打(な)せば、即時(そくじ)に見(み)えずなりぬ。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、早(はや)くも西天門(せいてんもん)の外(そと)に至(いた)るに、忽然(たちまち)太白金星(たいはくきんせい)と増長天王(ぞうちょうてんのう)、殷(いん)・朱(しゅ)・陶(とう)・許(きょ)の四大霊官(しだいれいかん)の講話(こうわ=話し合い)するを見(み)る。彼ら行者の来(きた)るを見(み)、みな慌(あわ)てて施礼(せれい=礼をなし)て言う、「大聖(たいせい)いずこへか去(ゆ)く」と。行者言う、
「唐僧(とうそう)を保(ほ)して天竺国(てんじくこく)の東界(とうかい)金平府(きんぺいふ)旻天県(びんてんけん)に至(いた)りしに、我が師(し)を本県(ほんけん)の慈雲寺(じうんじ)の僧(そう)に留(とど)められて元宵(げんしょう=正月十五夜)を賞(しょう)せしめられたり。金灯橋(きんとうきょう)に比(いた)るに、金灯(きんとう)三盞(さんさん=三つ)有(あ)り、灯(ともしび)を点(とも)すに酥合香油(そごうこうゆ=酥合香の油)を用(もち)い、価(あたい)白金(はくきん=銀)五万余両(ごまんよりょう)より貴(たっと)く、年々(ねんねん)諸仏(しょぶつ)の降祥(こうしょう=瑞祥を降す)して受用(じゅよう=享受)する有(あ)りと。正(まさ)に看(み)る時(おり)、果たして三尊(さんぞん)の仏像(ぶつぞう)の降臨(こうりん)するに遇(あ)い、我が師(し)好歹(こうたい=善し悪し)を識(し)らず、橋(はし)に上(のぼ)りてすなわち拝(おが)めり。我『好(よ)き人(ひと)に非(あら)ず』と説(い)えども、早(はや)くもかれが灯光(とうこう=灯の光)を侮暗(ぶあん=暗くけが)し、油(あぶら)を并(あわ)せて我が師を一風(いっぷう=一陣の風)に摂(かどわ)かし去(さ)られたり。我、風(かぜ)に随(したが)いて追襲(ついしゅう)し、天(てん)の暁(あけ)に至(いた)りて一山(ひとやま)に到(いた)るに、幸(さいわ)いに四功曹(しこうそう=四人の功曹神)の報(ほう)ずるに遇(あ)い、かの山(やま)を名(な)づけて青龍山(せいりゅうざん)と曰(い)い、山に玄英洞(げんえいどう)有(あ)り、洞に三怪(さんかい)有(あ)り、名(な)を辟寒大王(へきかんだいおう)・辟暑大王(へきしょだいおう)・辟塵大王(へきじんだいおう)と曰(い)うと。老孫(ろうそん)急(いそ)ぎ門(もん)に上(のぼ)りて尋討(じんとう=捜し討ち)し、かれと賭闘(ととう=勝負)すること一陣(ひとくさり)なるも未(いま)だ勝(か)たず。これ我、変化(へんげ)して裡(うち)に入(い)り、師父(しふ)の鎖(つな)がれて未(いま)だ傷(そこな)われざるを見(み)、随(したが)いて解(と)きて出(い)でんと欲(ほっ)せしが、またかれが知覚(ちかく=気づく)するところとなり、我遂(つい)に走(に)げたり。後(のち)また八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と同(とも)に苦戦(くせん)せしが、またかれが二箇(ふたり)を将(も)ちて捉(とら)え捆(くく)らしめられたり。老孫ここに因(よ)りて特に玉帝(ぎょくてい)に啓(もう)し、かれが来歴(らいれき=素性)を査(さぐ)り、命(めい)を請(こ)いて将(しょう)を降(くだ)してこれを服(ふく)せしめんとす」
と。

金星(きんせい)呵呵(かか)と冷笑(れいしょう=せせら笑い)して言う、「大聖(たいせい)既(すで)に妖怪(ようかい)と相持(そうじ=相争い)しながら、豈(あに)かれが出処(しゅっしょ=素性)を看(み)出(いだ)さざらんや」と。行者言う、
「認(みと)むるは便(すなわ)ち認(みと)む、これ一夥(ひとくみ)の牛精(ぎゅうせい=牛の精)なり。ただかれ大(おお)いに神通(じんつう)有(ゆう)して、急(にわか)には降(くだ)すこと能(あた)わざるなり」
と。金星言う、
「かれはこれ三箇(みたり)の犀牛(さいぎゅう)の精(せい)なり。かれ天文(てんぶん=天の星象)の象(かたち)有(あ)るに因(よ)り、累年(るいねん=幾年も)修悟(しゅうご=修行悟道)して真(しん)を成(な)し、また能(よ)く雲(くも)を飛(と)ばし霧(きり)を歩(あゆ)む。その怪(かい)極(きわ)めて清浄(しょうじょう=清いこと)を愛(あい)し、常(つね)に自(みずか)らの影身(えいしん=影)を嫌(きら)い、毎(つね)に水(みず)に下(くだ)りて洗浴(せんよく=沐浴)せんと欲(ほっ)す。かれが名色(めいしょく=名の種類)もまた多(おお)し。兕犀(じさい)有(あ)り、雄犀(ゆうさい)有(あ)り、牯犀(こさい)有(あ)り、斑犀(はんさい)有(あ)り、また胡冒犀(こぼうさい)・堕羅犀(だらさい)・通天花文犀(つうてんかぶんさい)有(あ)り、みなこれ一孔(いっこう=一角)三毛(さんもう)二角(にかく)にして、江海(こうかい=川と海)の中(うち)に行(ゆ)きて、能(よ)く水道(すいどう)を開(ひら)く。かの辟寒(へきかん)・辟暑(へきしょ)・辟塵(へきじん)の如(ごと)きは、みな角(つの)に貴気(きき=尊き気)有(あ)れば、故(ゆえ)にこれを以て名(な)と為(な)し而(しか)して大王(だいおう)と称(しょう)するなり。もしこれを拿(とら)えんと要(もと)めなば、ただ四木禽星(しもくきんせい=木徳の四星)が面(まのあた)り見(み)ゆればすなわち伏(ふく)すのみ」
と。行者連(れん)なりて唱喏(しょうじゃく=拝礼)し問(と)いて言う、「これ那(いず)れの四木禽星(しもくきんせい)なるか。煩(わずら)わしけれど長庚老(ちょうこうろう=太白金星)一一(いちいち=逐一)明示(めいじ=明らかに示)し給え」と。金星笑って言う、「この星(ほし)は斗牛宮(とぎゅうきゅう)の外(そと)に在り、乾坤(けんこん=天地)に羅布(らふ=布き並ぶ)。汝、往(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に奏聞(そうもん=申し上げ)せば、すなわち分暁(ぶんぎょう=明らか)なるを見(み)ん」と。

行者拱拱手(きょうきょうしゅ=手を拱き)て称謝(しょうしゃ)し、径(ただち)に天門(てんもん)の裡(うち)へ入(い)り去(ゆ)く。

一時(いっとき)ならずして、通明殿(つうめいでん)の下(もと)に到(いた)り、先(ま)ず葛(かつ)・邱(きゅう)・張(ちょう)・許(きょ)の四大天師(しだいてんし)に見(まみ)ゆ。天師問(と)いて言う、「何(いず)くへか往(ゆ)く」と。行者言う、
「近(ちか)ごろ金平府(きんぺいふ)の地方(ちほう)に行(ゆ)き至(いた)りしに、我が師(し)の禅性(ぜんしょう=禅の心)を寛放(かんぽう=ゆるめ)し、元夜(げんや=十五夜)に灯(ともしび)を観(み)るに因(よ)り、妖魔(ようま)の摂(かどわ)かし去(さ)るに遇(あ)えり。老孫(ろうそん)収降(しゅうこう=降し従え)すること能(あた)わず、特に来(きた)りて玉帝(ぎょくてい)に奏聞(そうもん)して救(すくい)を求(もと)む」
と。四天師(してんし)すなわち行者を領(ひき)いて霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に至(いた)り啓奏(けいそう=申し上げ)す。各各(おのおの)礼(れい)を畢(おわ)り、その事(こと)を備(つぶさ)に言(い)えば、玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて言う、「那路(いずく)の天兵(てんぺい)を点(てん=選び)じて相助(あいたす)けしむべきか」と。行者奏(もう)して言う、
「老孫、才(いま)しがた西天門(せいてんもん)に到(いた)り、長庚星(ちょうこうせい=太白金星)に遇(あ)えるに、かの怪(かい)は犀牛(さいぎゅう)の精(せい)と成(な)りしものにして、惟(た)だ四木禽星(しもくきんせい)のみ以(も)って降伏(ごうぶく)すべしと説(い)えり」
と。玉帝すなわち許天師(きょてんし)を差(つかわ)して行者と同(とも)に斗牛宮(とぎゅうきゅう)に往(ゆ)き、四木禽星(しもくきんせい)を点(てん)じて下界(げかい)に降(くだ)り収降(しゅうこう)せしめしむ。

宮(きゅう)の外(そと)に至(いた)るに及(およ)び、早(はや)くも二十八宿(にじゅうはっしゅく)の星辰(せいしん)の来(きた)り接(むか)うる有(あ)り。天師言う、「吾(われ)聖旨(せいし=勅命)を奉(ほう)じ、四木禽星(しもくきんせい)を点(てん)じて孫大聖(そんだいせい)と下界(げかい)に降(くだ)り妖(よう)を降(くだ)さしめんとす」と。旁(かたわら)よりすなわち角木蛟(かくぼくこう)・斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)・井木犴(せいぼくかん)の閃(ひらめ)き過(す)ぎて、声(こえ)に応(おう)じて呼(よばわ)りて言う、「孫大聖(そんだいせい)、我等(われら)を点(てん)じていずこに妖(よう)を降(くだ)さんとするか」と。行者笑って言う、
「元来(もと)これ汝(なんじ)らなりしか。この長庚老児(ちょうこうろうじ=金星のじいさま)は却(かえ)って隠匿(いんとく=隠し)たり。我その意(こころ)を解(げ)せず、早(はや)く二十八宿(にじゅうはっしゅく)の中(うち)の四木(しもく)と説(い)わば、老孫(ろうそん)径(ただち)に来(きた)りて相請(しょうせい=請い)しに、また何(なん)ぞ必(かなら)ずしも旨意(しい=勅命)を労煩(ろうはん=煩わ)すべけんや」
と。四木(しもく)言う、
「大聖(たいせい)、那裡(いずく)の話(ことば)をか説(い)う!我等旨意(しい)を奉(ほう)ぜずんば、誰(たれ)か敢(あ)えて擅(ほしいまま)に離(はな)れんや。端(つまびらか)のこれ那方(いずかた)なるか。疾(と)く早(はや)く去(ゆ)き来(きた)れ」
と。行者言う、「金平府(きんぺいふ)の東北(とうほく)艮(ごん=北東)の地(ち)、青龍山(せいりゅうざん)玄英洞(げんえいどう)に在(あ)り、犀牛(さいぎゅう)の精(せい)と成(な)れるなり」と。

斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)・角木蛟(かくぼくこう)言う、「若(も)し果たして犀牛(さいぎゅう)の精(せい)と成(な)れるならば、我らを須(もち)いず、只(た)だ井宿(せいしゅく)を消(へら)して去(ゆ)かしめんのみ。かれ能(よ)く山(やま)に上(のぼ)りて虎(とら)を食(くら)い、海(うみ)に下(くだ)りて犀(さい)を擒(とら)う」と。行者言う、
「かの犀(さい)は望月(ぼうげつ=月を望む)の犀(さい)に比(くら)ぶべからず、すなわちこれ修行(しゅぎょう)して道(どう)を得(う)る、みな千年(せんねん)の寿(ことぶき)有(あ)る者(もの)なり。須(かなら)ず四位(よにん)の同(とも)に去(ゆ)くを得(え)てこそ好(よ)けれ、切(きっ)と推調(すいちょう=辞退)すること莫(な)かれ。倘(も)し一時(ひととき)に一位(ひとり)にしてかれを拿(とら)え住(とど)むること能(あた)わざらば、却(かえ)ってまた事(こと)を費(ついや)さざらんや」
と。天師言う、「汝ら説(い)うはこれ甚(なん)の話(ことば)ぞ!旨意(しい=勅命)に汝四人(よにん)を着(つ)かしむるに、豈(あに)去(ゆ)かざるべけんや。趁(じゅん)じ早(はや)く飛行(ひこう)せよ、我は旨(むね)を回(かえ)し去(ゆ)かんとす」と。かの天師遂(つい)に行者に別(わか)れて去(ゆ)く。

四木(しもく)言う、「大聖(たいせい)必(かなら)ずしも遅疑(ちぎ=ためらい)するに及(およ)ばず。汝先(ま)ず去(ゆ)きて戦(たたかい)を索(もと)め、かれを引(ひ)き出(いだ)せ、我ら随(したが)いて後(のち)より手(て)を動(うご)かさん」と。行者すなわち前(まえ)に近(ちか)づきて罵(ののし)って言う、「油(あぶら)を盗(ぬす)める賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)!我が師(し)を還(かえ)せ!」と。元来(もと)かの門(もん)は八戒(はっかい)に築(う)ち破(やぶ)られたるを、幾箇(いくたり)かの小妖(しょうよう)が幾塊(いくきれ)かの板児(いた=板)を弄(ろう=工面)して搪(ふさ)ぎ住(とど)めたるが、裡辺(うち)に在りて罵詈(ばり=罵り)を聴(き)きつけ、急(いそ)ぎ跑(はし)り進(い)りて報(ほう)じて言う、「大王(だいおう)、孫和尚(そんおしょう)が外辺(そと)に在りて罵(ののし)れり!」と。辟塵児(へきじんじ)言う、
「かれ敗陣(はいじん=敗走)し去(さ)りしに、この一日(いちじつ)いかでかまた来(きた)れる。想(おも)うにこれかしこより些(いささ)かの救兵(きゅうへい)を求(もと)め来(きた)れるならん」
と。辟寒(へきかん)・辟暑(へきしょ)言う、「かれが甚(なん)の救兵(きゅうへい)か怕(おそ)るること有(あ)らん!疾(と)く披挂(ひかけ=甲冑)を取(と)り来(きた)れ!小(ちいさ)き者(もの)ども、みな要(かなら)ず心(こころ)を用(もち)いて囲繞(いにょう=取囲)み、休(た)だかれを走(に)がし去(さ)らしむること莫(な)かれ」と。

かの夥(くみ)の精(せい)、死活(しかつ=命の危うさ)を知(し)らず、一箇一箇(おのおの)各(おのおの)槍刀(そうとう=槍と刀)を執(と)り、旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(うち)て、洞(ほら)を走(い)で出(い)で来(きた)り、行者に対(むか)いて喝(かつ=怒鳴)って言う、「汝(なんじ)が箇(ひとり)の怕(おそ)れず打(う)たるる猢猻児(こんじんじ=猿公)、汝また来(きた)れりか!」と。行者最(もっと)も悩(なや)ますはこれこの猢猻(こんじん=猿)の二字(にじ=二文字)なり、牙(きば)を咬(か)み狠(はげ)しく発(はっ)して鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げてすなわち打(う)つ。三箇(みたり)の妖王(ようおう)、小妖(しょうよう)を調(ちょう=整え)しめ、一箇の圈子陣(けんしじん=輪の陣)を跑(はし)りて、行者を垓心(がいしん=真ん中)に圈(かこ)む。かの壁廂(かたわら)に四木禽星(しもくきんせい)が一箇一箇(おのおの)各(おのおの)兵刃(へいじん)を輪(めぐ)らして言う、「孽畜(げっちく=畜生め)!手(て)を動(うご)かすを休(や)めよ!」と。

かの三箇(みたり)の妖王(ようおう)、かれ四星(よんせい)を看(み)て、自(おの)ずから懼(おそ)れ、俱(みな)言う、「いけない!いけない!かれ降手児(こうしゅじ=降す手)を尋(たず)ね将(も)ち来(きた)れり!小(ちいさ)き者(もの)ども、各(おのおの)性命(せいめい)を顧(かえり)みて走(に)げんか」と。ただ呼呼吼吼(ここうこう=うなり吼え)と、喘喘呵呵(ぜんぜんかか=あえぎあえぎ)と聴(き)こゆるのみ。衆小妖(しゅうしょうよう)みな本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)せり。元来(もと)これかの山牛精(さんぎゅうせい)・水牛精(すいぎゅうせい)・黄牛精(こうぎゅうせい)の、山(やま)に満(み)ちて乱(みだ)りに跑(はし)るなり。かの三箇(みたり)の妖王(ようおう)も、また本相(ほんそう)を現(あらわ)し、手(て)を放下(おろ)し来(きた)れば、またこれ四隻(よつ)の蹄子(ていし=蹄)にして、すなわち鉄炮(てっぽう=鉄の筒)の一般(ごと)く、径(ただち)に東北(とうほく)の上(かた)へ向(むか)いて跑(はし)る。

この大聖(たいせい)井木犴(せいぼくかん)・角木蛟(かくぼくこう)を帥(ひき)いて緊(きつ)と追(お)い急(いそ)ぎ趕(お)い、略(いささか)も放(はな)たず。惟(た)だ斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)は東山凹(とうざんおう=東の山くぼ)の裡(うち)、山頭(さんとう=山の頂)、山澗(さんかん=谷川)、山谷(さんこく=谷間)に在りて、些(いささ)かの牛精(ぎゅうせい)をや打(う)ち死(ころ)し、や活(い)け捉(とら)え、尽(ことごと)く皆(みな)収(おさ)め浄(きよ)めたり。却(かえ)って玄英洞(げんえいどう)の裡(うち)に向(むか)いて唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を解(と)き放(はな)てり。沙僧(さそう)これ二星(にせい)なるを認(した)め、随(したが)いて同(とも)に拝謝(はいしゃ=拝み感謝)し、因(よ)りて問(と)う、「二位(ふたり)いかでかこの処(ところ)に到(いた)りて相救(あいすく)いし」と。二星(にせい)言う、
「吾等(われら)はこれ孫大聖(そんだいせい)の玉帝(ぎょくてい)に奏(もう)して旨(むね)を請(こ)いて調(ちょう=召集)せられ、怪(かい)を収(おさ)めて汝(なんじ)を救(すく)いに来(きた)れるなり」
と。唐僧また滴涙(てきるい=涙を落と)して言う、「我が悟空(ごくう)徒弟(でし)はいかでか進(い)り来(きた)らざる」と。二星言う、
「かの三箇(みたり)の老怪(ろうかい)はこれ三頭(みつ)の犀牛(さいぎゅう)なり。かれ吾等(われら)を見(み)、各各(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて、東北(とうほく)艮(ごん)の方(かた)へ向(むか)いて逃遁(とうとん=逃げ走)せり。孫大聖(そんだいせい)井木犴(せいぼくかん)・角木蛟(かくぼくこう)を帥(ひき)いて追(お)い趕(お)い去(ゆ)けり。我二星(にせい)群牛(ぐんぎゅう)を掃蕩(そうとう=掃き清め)てこの処(ところ)に到(いた)り、特に来(きた)りて聖僧(せいそう)を解放(かいほう)するなり」
と。

唐僧復(ま)た頓首(とんしゅ=額ずき)して拝謝(はいしゃ)し、天(てん)に朝(むか)いてまた拝(おが)む。八戒(はっかい)攙(たす)け起(おこ)して言う、
「師父(しふ)、礼(れい)多(おお)ければ必(かなら)ず詐(いつわ)り有(あ)り、ただに只管(ひたすら)拝(おが)むを須(もち)いず。四星官(しせいかん)は一(ひとつ)にはこれ玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)、二(ふたつ)にはこれ師兄(しけい)の人情(にんじょう=手前がら)なり。今既(すで)に群妖(ぐんよう)を掃蕩(そうとう)したれど、なお老妖(ろうよう)の如何(いかん)に降伏(ごうぶく)せらるるを知(し)らず。我ら且(しばら)く些(いささ)かの細軟(さいなん=柔らかき財物)の東西(どうざい=品々)を收拾(しゅうしゅう=取集め)て出(いだ)し、この洞(ほら)を掀翻(きんぽん=引っ繰り返)し、以(も)ってその根(こん)を絶(た)ち、寺(てら)に回(かえ)りて師兄(しけい)を等候(ま)たん」
と。奎木狼(けいぼくろう)言う、「天蓬元帥(てんぽうげんすい)の説(い)うところ理(り)有(あ)り。汝と巻簾大将(けんれんたいしょう=沙僧)は汝が師(し)を保護(ほご)して寺(てら)に回(かえ)り安歇(あんけつ=休み)せしめよ、吾等(われら)がまた艮(ごん=北東)の方(かた)に還(かえ)りて敵(てき)を迎(むか)うを待(ま)て」と。八戒言う、「正(まさ)に是(ぜ)、正に是、汝二位(ふたり)また協同(きょうどう=力を合せ)して一捉(ひととらえ)し、必(かなら)ず剿尽(そうじん=討ち尽く)してこそ、方(はじ)めて好(よ)く旨(むね)を回(かえ)すべし」と。二星官(にせいかん)即時(そくじ)に追襲(ついしゅう)す。

八戒(はっかい)と沙僧(さそう)、かれが洞内(どうない)の細軟(さいなん)の宝貝(ほうばい=宝物)をば、珊瑚(さんご)・瑪瑙(めのう)・珍珠(ちんじゅ=真珠)・琥珀(こはく)・琗琚(さいきょ=宝石の名)・宝貝(ほうばい)・美玉(びぎょく)・良金(りょうきん=良質の金)の多(おお)く有(あ)るを、一石(いっこく)を搜(さが)し出(いだ)し、外辺(そと)に搬(はこ)び出(いだ)し、師父(しふ)を請(しょう)じて山崖(さんがい=山の崖)の上(うえ)に到(いた)りて坐(ざ)せしめ、かれまた進(すす)み入(い)りて火(ひ)を放(はな)ち来(きた)り、一座(ひとつ)の洞(ほら)を焼(や)きて灰燼(かいじん=灰)と成(な)し、却(かえ)って才(いま)唐僧(とうそう)を領(ひき)いて路(みち)を找(たず)ねて金平(きんぺい)の慈雲寺(じうんじ)へ回(かえ)り去(ゆ)く。正(まさ)にこれ、
経(きょう)に云(いわ)く「泰極(たいきょく=安泰の極み)なれば還(ま)た否(ひ=塞がり)を生(しょう)ず」と、好(よ)き処(ところ)に凶(きょう)に逢(あ)うは実(げ)にこれ有(あ)るなり。
と。
愛(め)でて花灯(かとう=花灯籠)を賞(しょう)すれば禅性(ぜんしょう=禅の心)乱(みだ)れ、
喜(よろこ)んで美景(びけい)を遊(あそ)べば道心(どうしん=道の心)漓(うす)し。
大丹(たいたん=内丹)は古(いにしえ)より宜(よろ)しく長(とこしえ)に守(まも)るべし、
一失(いっしつ=ひとたび失う)は元来(もと)到底(とうてい)虧(か)くるなり。
牢(かた)く閉(と)じ牢く拴(つな)いで曠蕩(こうとう=ゆるがせ)なるを休(や)めよ、
須臾(しゅゆ=つかの間)の懈怠(けたい=怠り)にも参差(しんし=くい違い)を見(み)る。
と。

且(しばら)くかの三衆(みたり)の命(いのち)を得(え)て寺(てら)に回(かえ)るを言(い)わず、却(かえ)って斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)二星官(にせいかん)の雲(くも)に駕(が)して直(ただち)に東北(とうほく)艮(ごん=北東)の方(かた)へ妖怪(ようかい)を趕(お)い来(きた)るを表(あらわ)す。二人(ふたり)かの半空(はんくう=中空)に在りて、尋(たず)ね看(み)るに見(み)えず、直(ひたすら)に西洋大海(せいようたいかい=西の大海)に到(いた)るまで、遠(とお)く孫大聖(そんだいせい)の海上(かいじょう)に在りて吆喝(ようかつ=呼ばわり)するを望(なが)み見る。かの両箇(ふたり)雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)して言う、「大聖(たいせい)、妖怪(ようかい)はいずこへか去(ゆ)きし」と。行者恨(うら)んで言う、
「汝(なんじ)ら両箇(ふたり)はいかでか来(きた)りて追(お)い降(くだ)さざる。この会子(おり)に却(かえ)って冒冒失失(ぼうぼうしっしつ=出し抜け)に甚(なん)をか問(と)う」
と。斗木獬(とぼくかい)言う、
「我、大聖(たいせい)と井(せい)・角(かく)二星(にせい)の妖魔(ようま)を戦(たたか)い敗(やぶ)りて追(お)い趕(お)うを見(み)、料(はか)らくは必(かなら)ず擒拿(きんだ=捕らえ)せんと。我二人(ふたり)は却(かえ)ってすなわち群精(ぐんせい)を掃蕩(そうとう=掃き清め)し、玄英洞(げんえいどう)に入(い)りて汝が師父(しふ)・師弟(してい)を救(すく)い出(いだ)せり。山(やま)を搜(さが)し、洞(ほら)を焼(や)き、汝が師父(しふ)を汝が二弟(にいてい)に付托(ふたく=託し)けて府城(ふじょう)の慈雲寺(じうんじ)へ領(ひき)い回(かえ)らしめたり。多時(しばらく)車駕(しゃが=お出まし)の回(めぐ)り転(てん)ずるを見(み)ざれば、故(ゆえ)にまた追尋(ついじん=追い尋ね)てこの処(ところ)に到(いた)れるなり」
と。行者、言(げん)を聞き、方(はじ)めて喜(よろこ)び謝(しゃ)して言う、
「如此(かくのごと)くならば、却(かえ)ってこれ功(こう)有(あ)り、多累(たるい=かたじけな)!多累!但(た)だかの三箇(みたり)の妖魔(ようま)は、我がこの間(かん)に趕(お)い到(いた)らしめられ、かれすなわち鑽(くぐ)りて海(うみ)の下(もと)へ去(ゆ)けり。当(まさ)に井(せい)・角(かく)二星(にせい)有(あ)りて、緊緊(きんきん)と追(お)い拿(とら)え、老孫(ろうそん)をして岸辺(がんぺん)に在りて抵擋(ていとう=防ぎ止め)せしめたり。汝(なんじ)ら両箇(ふたり)既(すで)に来(きた)らば、且(しばら)く岸辺(がんぺん)に在りて把截(はせつ=遮り塞)げ、老孫がまた去(ゆ)き来(きた)るを等(ま)て」
と。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、棒(ぼう)を掄(ふる)い、訣(けつ=印)を捻(ひね)り、水径(すいけい=水の道)を辟(ひら)き、直(ただち)に波濤(はとう=波)の深処(しんしょ=深み)に入(い)るに、ただ見(み)よ、かの三箇(みたり)の妖魔(ようま)の水底(すいてい)に在りて井木犴(せいぼくかん)・角木蛟(かくぼくこう)と舎死忘生(しゃしぼうしょう=死を捨て生を忘れ)して苦闘(くとう)するを。かれ跳(おど)りて前(まえ)に近(ちか)づき喊(わめ)いて言う、「老孫(ろうそん)来(きた)れり!」と。かの妖精(ようせい)二星官(にせいかん)を抵(ふせ)ぎ留(とど)めて、措手(そしゅ=手を措く)に及(およ)ばず、正(まさ)に危難(きなん)の処(ところ)に在(あ)るに、忽然(たちまち)行者の叫喊(きょうかん=叫び)を聴(き)き、残生(ざんしょう=残りの命)を顧(かえり)み、頭(こうべ)を撥(めぐ)らし転(てん)じて海心(かいしん=海の真ん中)へ向(むか)いて飛(と)ぶが如(ごと)く跑(はし)る。元来(もと)この怪(かい)の頭(あたま)の上(うえ)の角(つの)は、極(きわ)めて能(よ)く水(みず)を分(わ)かつ。ただ花花花(かかか=ざぶざぶ)と聞(き)こえて、明路(めいろ=明るき道)を衝(つ)き開(ひら)く。この後辺(うしろ)に二星官(にせいかん)并(ならび)に孫大聖(そんだいせい)の力(ちから)を并(あわ)せてこれを追(お)う。

さて、西海(せいかい)の中(うち)に一箇(ひとり)の海(うみ)を探(さぐ)る夜叉(やしゃ)と、海(うみ)を巡(めぐ)る介士(かいし=甲羅の武者)有(あ)りて、遠(とお)く犀牛(さいぎゅう)の水勢(すいせい=水の勢い)を分(わ)かち開(ひら)くを見(み)、また孫大聖(そんだいせい)と二天星(にてんせい)とを認(したた)め、すなわち水晶宮(すいしょうきゅう)に赴(おもむ)きて龍王(りゅうおう)に対(むか)い慌慌張張(こうこうちょうちょう=あわてふためき)て報(ほう)じて言う、「大王(だいおう)!三頭(みつ)の犀牛(さいぎゅう)有(あ)り、斉天大聖(せいてんたいせい)和(ならび)に二位(ふたり)の天星(てんせい)に趕(お)い来(きた)られたり!」と。老龍王(ろうりゅうおう)敖順(ごうじゅん)、言(げん)を聴(き)き、すなわち太子(たいし)摩昂(まこう)を喚(よ)んで言う、
「疾(と)く水兵(すいへい)を点(てん=召集)せよ。想(おも)うにこれ犀牛精(さいぎゅうせい)の辟寒(へきかん)・辟暑(へきしょ)・辟塵児(へきじんじ)の三箇(みたり)の孫行者(そんぎょうじゃ)を惹(ひきおこ)したるならん。今既(すで)に海(うみ)に至(いた)れば、快快(すみやか)に刀(かたな)を抜(ぬ)きて相助(あいたす)けよ」
と。敖摩昂(ごうまこう)令(れい)を得(え)、すなわち忙(いそ)ぎ兵(へい)を点(てん)ず。頃刻(しばらく)の間(ま)に、亀(かめ)・鼈(べつ=すっぽん)・黿(げん=大すっぽん)・鼉(だ=わに)、鯾魚(べんぎょ)・白(はく)・鰾(ひょう)・鯉(こい)、与(ならび)に蝦兵蟹卒(かへいかいそつ=海老と蟹の兵)等(ら)、各(おのおの)槍刀(そうとう=槍と刀)を執(と)り、一斉(いっせい)に吶喊(とっかん=鬨の声)し、水晶宮(すいしょうきゅう)の外(そと)に騰(のぼ)り出(い)でて、犀牛精(さいぎゅうせい)を擋(ふせ)ぎ住(とど)む。犀牛精(さいぎゅうせい)前進(ぜんしん)すること能(あた)わず、急(いそ)ぎ後(うしろ)へ退(しりぞ)かんとせしに、また井(せい)・角(かく)二星(にせい)并(ならび)に大聖(たいせい)の攔阻(らんそ=遮り止め)する有(あ)り、慌(あわ)ててかれ群(むれ)を失(うしな)い、各各(おのおの)生(いのち)を逃(のが)れんとし、四散(しさん)に奔走(ほんそう=逃げ惑)う。早(はや)くも一箇(ひとつ)の辟塵児(へきじんじ)をば、老龍王(ろうりゅうおう)の兵(へい)を領(ひき)いて囲(かこ)み住(とど)めたり。孫大聖(そんだいせい)これを見(み)て心(こころ)歓(よろこ)び、叫(よ)んで言う、「消停(しょうてい=ゆるゆる)せよ消停せよ!活(い)けるを捉(とら)えよ、死(し)せるを要(もと)むること莫(な)かれ」と。摩昂(まこう)令(れい)を聴(き)き、一擁(いちよう=どっと)して上前(のぼりまえ)し、辟塵児(へきじんじ)を扳(ひっくりかえ)して地(ち)に翻(たお)し、鉄鉤子(てっこうじ=鉄の鉤)を用(もち)いて鼻(はな)を穿(つらぬ)き、蹄(ひづめ)を集(あつ)めて捆(くく)り倒(たお)せり。

老龍王(ろうりゅうおう)また号令(ごうれい)を伝(つた)え、兵(へい)を分(わか)ってかの両箇(ふたり)を趕(お)わしめ、二星官(にせいかん)を協助(けつじょ=助け)て擒拿(きんだ=捕らえ)せしむ。即時(そくじ)に小龍王(しょうりゅうおう=摩昂)衆(しゅう)を帥(ひき)いて前(まえ)に来(きた)るに、ただ見(み)よ、井木犴(せいぼくかん)が原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)し、辟寒児(へきかんじ)を按(おさ)え住(とど)め、大口小口(だいこうしょうこう=がぶがぶ)と啃(かじ)り食(くら)いおるを。摩昂(まこう)高(たか)く叫(よ)んで言う、
「井宿(せいしゅく)!井宿!かれを咬(か)み殺(ころ)すこと莫(な)かれ、孫大聖(そんだいせい)は活(い)けるを要(もと)め、死(し)せるを要(もと)めずと申(もう)されり」
と。数喊(すかん=幾度も)連(つづ)けて喊(よ)ばわるも、すでにこれかれが頸項(けいこう=首)を咬(か)み断(た)ちたり。摩昂(まこう)蝦兵蟹卒(かへいかいそつ)に吩咐(いいつけ)て、かの死(し)せる犀牛(さいぎゅう)を抬(かつ)ぎて水晶宮(すいしょうきゅう)に転(めぐ)らし入(い)れしめ、却(かえ)ってまた井木犴(せいぼくかん)と同(とも)に前(まえ)へ向(むか)いて追(お)い趕(お)う。ただ見(み)よ、角木蛟(かくぼくこう)がかの辟暑児(へきしょじ)を倒(さかしま)に趕(お)い回(かえ)し来(きた)れるが、只(た)だ井宿(せいしゅく)に撞(ぶ)つかり遇(あ)えり。摩昂(まこう)亀(かめ)・鼈(べつ)・黿(げん)・鼉(だ)を帥(ひき)い、簸箕陣(はきじん=箕の形の陣)を撒(ひろ)げ開(ひら)いて囲(かこ)み住(とど)むるに、かの怪(かい)ただ「饒命(じょうめい=命ばい)!饒命!」と教(よばわ)るのみ。井木犴(せいぼくかん)前(まえ)に走(はし)り近(ちか)づき、一把(ひとつかみ)に耳朶(じた=耳)を揪(つか)まえ、かれが刀(かたな)を奪(うば)い、叫(よ)んで言う、
「汝(なんじ)を殺(ころ)さず!汝を殺さず!孫大聖(そんだいせい)に拿(とら)え与(わた)して発落(はつらく=裁き)に往(ゆ)かんとす」
と。当(まさ)に即(すなわ)ち干戈(かんか=武器)を倒(さかしま)にし、復(ま)た水晶宮(すいしょうきゅう)の外(そと)に至(いた)りて報(ほう)じて言う、「都(みな)捉(とら)え来(きた)れり」と。

行者(ぎょうじゃ)、一箇(ひとつ)は頭(こうべ)を断(た)たれて血淋淋(けつりんりん=血だらけ)に地(ち)に倒(たお)れ、一箇(ひとつ)は井木犴(せいぼくかん)に耳朶(じた=耳)を拖(ひ)かれて地(ち)に推(お)し跪(ひざまず)かれたるを見(み)、前(まえ)に近(ちか)づき仔細(つまびらか)に看(み)て言う、「この頭(こうべ)は兵刀(へいとう=刃物)の傷(きず)に非(あら)ざるなり」と。摩昂(まこう)笑って言う、「我が喊(よ)ぶことの緊(きつ)きに非(あら)ずんば、身(み)までも井星官(せいせいかん)に食(くら)われたるならん」と。行者言う、
「既(すで)に如此(かくのごと)くならば、また罷(しか)るべし。鋸子(きょす=鋸)を取(と)り来(きた)らしめ、かれがこの両隻(ふたつ)の角(つの)を鋸(のこぎ)り下(お)ろし、皮(かわ)を剥(は)ぎて帯(たい=持ち)ち去(ゆ)かん。犀牛(さいぎゅう)の肉(にく)は還(ま)た龍王(りゅうおう)の賢父子(けんぷし=賢き父と子)に留(とど)めてこれを享(う)けしめん」
と。また辟塵児(へきじんじ)の鼻(はな)を穿(つらぬ)きて、角木蛟(かくぼくこう)をして牽(ひ)かしめ、辟暑児(へきしょじ)もまた鼻を穿(つらぬ)きて、井木犴(せいぼくかん)をして牽(ひ)かしめ、言う、
「かれを帯(ともな)いて金平府(きんぺいふ)に上(のぼ)り、かの刺史官(ししかん=長官)に見(まみ)え、その由(よし)を明(あきら)かに究(きわ)め、かれに積年(せきねん=長年)仮仏(けぶつ=偽りの仏)と称(しょう)して民(たみ)を害(そこな)いし罪(つみ)を問(と)い、然(しか)る後(のち)に的決(てきけつ=とどめの裁き)せん」
と。

衆等(しゅうとう)言(げん)に遵(したが)い、龍王(りゅうおう)父子(ふし)に辞(じ=別れ)し、みな西海(せいかい)を出(い)で、犀牛(さいぎゅう)を牽(ひ)き、奎(けい)・斗(と)二星(にせい)に会(あ)い、雲霧(うんむ)に駕(が)して、径(ただち)に金平府(きんぺいふ)に転(めぐ)る。行者、祥光(しょうこう=めでたき光)を足(あし)に踏(ふ)み、半空(はんくう)の中(うち)に在りて叫(よ)んで言う、
「金平府(きんぺいふ)の刺史(しし=長官)、各(おのも)の佐貳郎官(さじろうかん=副官)并(ならび)に府城(ふじょう)の内外(ないがい)の軍民(ぐんみん)人等(じんとう)聴(き)け。吾(われ)は乃(すなわ)ち東土大唐(とうどだいとう)より西天(せいてん)に差(つかわ)され経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くの聖僧(せいそう)なり。汝(なんじ)らがこの府県(ふけん)の每年家(まいとし=年ごと)金灯(きんとう)を供献(ぐけん=献じ供え)し、諸仏(しょぶつ)の降祥(こうしょう=瑞祥を降す)に仮充(かじゅう=偽り充て)せしは、すなわちこの犀牛(さいぎゅう)の怪(かい)なり。我等この地(ち)を過(よ)ぎ、元夜(げんや=十五夜)に灯(ともしび)を観(み)るに因(よ)り、この怪(かい)の灯油(とうゆ)を并(あわ)せて我が師父(しふ)を摂(かどわ)かし去(さ)るを見(み)、これ我が天神(てんしん)を請(こ)いて収伏(しゅうふく=降し従え)せしむるなり。今既(すで)に山洞(さんどう)を掃清(そうせい=掃き清め)、妖魔(ようま)を剿尽(そうじん=討ち尽く)して、害(がい)を為(な)すこと得(え)ざらしめたれば、以後(いご)汝らが府県(ふけん)は再(ふたた)び金灯(きんとう)を供献(ぐけん)して民(たみ)を労(ろう)し財(ざい)を傷(そこな)うこと莫(な)かれ」
と。かの慈雲寺(じうんじ)の裡(うち)に、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)方(まさ)に唐僧(とうそう)を保(ほ)して山門(さんもん)を進(い)り得(え)しが、ただ行者の半空(はんくう)に在りて言(げん)を語(かた)るを聴(き)きつけ、すなわち師父(しふ)を撇(す)て、担子(たんす=荷)を投(な)げ捨(す)て、風雲(ふううん)を縦(ほしいまま)にして空(そら)の中(うち)に起(お)こり到(いた)り、行者に妖(よう)を降(くだ)しし事(こと)を問(と)う。行者言う、「かの一頭(ひとつ)は井星(せいせい)に咬(か)み殺(ころ)され、すでに角(つの)を鋸(のこぎ)り皮(かわ)を剥(は)いで帯(たい)ち来(きた)れり、両頭(ふたつ)は活(い)けて拿(とら)えてここに在(あ)り」と。

八戒(はっかい)言う、
「この両箇(ふたり)は索性(そっこう=いっそ)この城(しろ)の下(もと)に推(お)し落(お)とし、官員(かんいん)人等(じんとう)と看(み)せ、我らの聖(せい)なるか神(しん)なるかをまた認(したた)めしめよ。左右(さい)は四位(よにん)の星官(せいかん)を煩(わずら)わして雲(くも)を収(おさ)め地(ち)に下(くだ)り、同(とも)に府堂(ふどう=役所の庁)に到(いた)り、この怪(かい)を的決(てきけつ=裁き)せん。すでにこれ情(じょう)真(しん)にして罪(つみ)当(あた)れり、再有(また)何(なん)の講(こう=申し開き)か有(あ)らん!」
と。四星(しせい)言う、「天蓬帥(てんぽうすい)近来(ちかごろ)理(り)を知(し)り律(りつ=法)を明(あきら)かにす、却(かえ)って好(よ)きかな!」と。八戒言う、「この幾年(いくとせ)が和尚(おしょう)と作(な)りしに因(よ)りて、また略(ほぼ)些(いささ)かを学(まな)び得(え)たり」と。

衆神(しゅうしん)果(は)たして犀牛(さいぎゅう)を推(お)し落(お)とし、一簇(ひとむら)の彩雲(さいうん)は、府堂(ふどう)の上(うえ)に降(くだ)り至(いた)る。唬(おど)ろかされたるかなこの府県(ふけん)の官員(かんいん)、城裡城外(じょうりじょうがい=市内市外)の人等(じんとう)、みな家毎(いえごと)に香案(こうあん=香炉の台)を設(もう)け、戸毎(やどごと)に天神(てんしん)を拝(おが)む。少時(しばらく)の間(ま)に、慈雲寺(じうんじ)の僧(そう)は長老(ちょうろう)を轎(かご)を用(もち)いて抬(かつ)ぎて府門(ふもん)に進(い)り、行者に会(あ)い、口(くち)の中(うち)に「謝(しゃ)」の字(じ)を離(はな)たずして言う、
「上宿(じょうしゅく=当直)の星官(せいかん)の労(ろう)を有(いただ)きて我等(われら)を救(すく)い出(いだ)されたり。賢徒(けんと=汝が弟子)の見(み)えざるに因(よ)り、懸懸(けんけん=絶えず気にかけ)として念(ねん)としおるに、今幸(さいわ)いに勝(かち)を得(え)て回(かえ)れり!然(しか)れどもこの怪(かい)は何方(いずかた)へ趕(お)い向(むか)いてこそ才(はじ)めて捕獲(ほかく)せられしかを知(し)らず」
と。行者言う、
「前日(せんじつ)尊師(そんし=老師)に別(わか)れてより、老孫(ろうそん)天(てん)に上(のぼ)りて査訪(さぼう=調べ訪ね)し、太白金星(たいはくきんせい)の妖魔(ようま)の犀牛(さいぎゅう)なるを識(し)りて四木禽星(しもくきんせい)を請(しょう)ずべきを指示(しじ=示し)されしを蒙(こうむ)れり。当時(そのとき)玉帝(ぎょくてい)に奏聞(そうもん)し、旨(むね)の差委(さい=任じ遣わ)さるるを蒙(こうむ)り、直(ただち)に洞口(どうこう)に至(いた)りて交戦(こうせん)せり。妖王(ようおう)走(に)げたりしが、また斗(と)・奎(けい)二宿(にしゅく)の尊師(そんし)を救(すく)い出(いだ)されしを蒙(こうむ)れり。老孫(ろうそん)井(せい)・角(かく)二宿(にしゅく)と力(ちから)を并(あわ)せて妖(よう)を追(お)い、直(ひたすら)に西洋大海(せいようたいかい)に趕(お)い到(いた)りしに、また龍王(りゅうおう)の子(こ)を遣(つかわ)して兵(へい)を帥(ひき)いて相助(あいたす)けしめられしに虧(よ)りて、捕獲(ほかく)してこの処(ところ)に到(いた)り審究(しんきゅう=取り調べ)する所以(ゆえん)なり」
と。長老(ちょうろう)讃揚(さんよう=褒め称え)して称謝(しょうしゃ)して已(や)まず。またかの府県(ふけん)の正官(せいかん=長官)并(ならび)に佐貳首領(さじしゅりょう=副官や役人の長)の、みなかの処(ところ)に在りて宝燭(ほうしょく=立派な蝋燭)を高(たか)く焼(とも)し、斗(と=枡)に満(み)ちて香(こう)を焚(た)き、上(かみ)に朝(むか)いて礼拜(らいはい=拝礼)するを見(み)る。少頃(しばらく)の間(ま)に、八戒(はっかい)性(しょう=気)を発(はっ)し起(おこ)し、戒刀(かいとう=戒めの刀)を掣(ひ)き出(いだ)し、辟塵児(へきじんじ)の頭(こうべ)を一刀(いっとう)に砍(き)り下(お)ろし、また一刀(ひとふり)して辟暑児(へきしょじ)の頭(こうべ)をも砍(き)り下(お)ろし、随(したが)いて鋸子(きょす=鋸)を取(と)りて四隻(よっつ)の角(つの)を鋸(のこぎ)り下(お)ろせり。孫大聖(そんだいせい)更(さら)に主張(しゅちょう=考え)有(あ)り、すなわち教(いいつ)けて言う、
「四位(よにん)の星官(せいかん)、この四隻(よっつ)の犀角(さいかく=犀の角)を将(も)ちて上界(じょうかい)へ拿(も)ち去(ゆ)き、玉帝(ぎょくてい)に進貢(しんこう=献上)し、聖旨(せいし=勅命)を回繳(かいしゃく=返納)せよ」
と。自(みずか)らが帯(たい=持)ち来(きた)れる二隻(ふたつ)は、「一隻(ひとつ)を府堂(ふどう)の鎮庫(ちんこ=蔵の守り)に留(とど)め、以(も)って向後(こうご=以後)灯油(とうゆ)の徴(ちょう=取立て)を免(まぬが)るるの証(あかし)と作(な)し、我ら一隻(ひとつ)を帯(たい)ち去(ゆ)きて、霊山(りょうざん)の仏祖(ぶっそ)に献(けん)ぜん」と。四星(しせい)心中(しんちゅう)大(おお)いに喜(よろこ)び、即時(そくじ)に大聖(たいせい)に拝別(はいべつ)し、忽(たちまち)彩雲(さいうん)に駕(が)して回奏(かいそう=復命)し去(ゆ)く。

府県(ふけん)の官(かん)はかの師徒(してい)四衆(ししゅ)を留住(りゅうじゅう=引き留)め、大(おお)いに素宴(そえん=精進の宴)を排(なら)べ、遍(あまね)く郷官(きょうかん=在野の官人)を請(しょう)じて陪奉(ばいほう=相伴)せしむ。一壁廂(こなた)には告示(こくじ=触れ)を出給(しゅっきゅう=発し与え)し、軍民(ぐんみん)人等(じんとう)に暁諭(ぎょうゆ=言い聞か)せて、下年(かねん=翌年)より金灯(きんとう)を点設(てんせつ=設け点す)を許(ゆる)さず、永(とこしえ)に油(あぶら)を買(か)う大戸(たいこ=金持)の役(えき)を蠲(まぬか)れしむ。一壁廂(あなた)には屠子(とし=屠殺人)を叫(よ)んで犀牛(さいぎゅう)の皮(かわ)を宰剥(さいはく=剥ぎ)がしめ、硝熟(しょうじゅく=なめし)て熏乾(くんかん=燻し乾か)し、鎧甲(がいこう=鎧)を制造(せいぞう=作り)らせ、肉(にく)をば普(あまね)く官員(かんいん)人等(じんとう)に給(きゅう=与)えしむ。また一壁廂(こなた)には差障(さしょう=差し支え)無(な)き枉罰(おうばつ=科料)の錢糧(せんりょう=銭と糧)を動支(どうし=支出)し、民間(みんかん)の空地(くうち)を買(か)い、四星(しせい)の妖(よう)を降(くだ)ししの廟(びょう=社)を起建(きけん=建て起こ)し、また唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)の為(ため)に生祠(せいし=生き神を祀る祠)を建立(こんりゅう)し、各各(おのおの)碑(いしぶみ)を樹(た)て文(ぶん)を刻(きざ)み、用(も)って千古(せんこ)に伝(つた)え、以(も)って報謝(ほうしゃ=報い感謝)と為(な)す。師徒(してい)ら索性(そっこう=いっそ)懐(こころ)を寛(ひろ)くして領受(りょうじゅ=受け)け、またかの二百四十家(にひゃくよんじっか)の灯油(とうゆ)の大戸(たいこ)に、この家(いえ)は酬(むく)い、かの家(いえ)は請(しょう)じと、略(いささか)も虚(むな)しき刻(とき)無(な)し。八戒(はっかい)遂心満意(すいしんまんい=思うさま)して受用(じゅよう=頂戴)し、洞裡(どうり=洞の裡)より搜(さが)し来(きた)れる宝物(ほうもつ)を、毎様(それぞれ)各(おのおの)些須(さしょ=少々)を袖(そで)に籠(こも)らせ、以(も)って各家(かくか)の斎筵(さいえん=斎の宴)の賞(しょう=祝儀)と為(な)す。

住(とどま)ること経(ふ)ること一箇月(いっかげつ)なるに、猶(な)お起(た)ちて身(み)を動(うご)かすことを得(え)ず。長老(ちょうろう)吩咐(いいつけ)て言う、
「悟空(ごくう)、余剰(よじょう=残り)の宝物(ほうもつ)を、尽(ことごと)く慈雲寺(じうんじ)の僧(そう)に送(おく)り、以(も)って酬礼(しゅうれい=礼の品)と為(な)せ。かの大戸(たいこ)の人家(じんか)を瞞(あざむ)き、天(てん)の明(あき)らかならざるに走(に)げんか。只管(ひたすら)楽しみを貪(むさぼ)りて経(きょう)を取(と)るを誤(あやま)り、仏祖(ぶっそ)の罪(つみ)を見(み)らるるを惹(ひ)き起(お)こし、また災厄(さいやく)を生(しょう)ぜば、深(ふか)く便(べん)ならざるなり」
と。行者随(したが)いて前件(ぜんけん=先の品々)を一一(いちいち)に処分(しょぶん=始末)す。

次日(よくじつ)五更(ごこう=明け方)に早(はや)く起(お)き、八戒(はっかい)を喚(よ)んで馬(うま)を備(そな)えしむ。かの呆子(あほう)、自在(じざい=気儘)の酒飯(しゅはん)を食(くら)い、睡(ねむ)りて夢夢乍(むむさく=うつらうつら)として言う、「この早(はや)きに馬(うま)を備(そな)うるは怎(いか)なることぞ」と。行者喝(かつ)して言う、「師父(しふ)の走路(ゆく=歩め)と教(おし)えらるるぞ!」と。呆子(あほう)顔(かお)を抹抹(なでなで=こすり)て言う、「またこれこの長老(ちょうろう)の正経(しょうきょう=分別)無(な)きなり!二百四十家(にひゃくよんじっか)の大戸(たいこ)みな請(しょう)ずるに、才(いま)だ三十幾頓(さんじゅういくとん)の飽(ほう)きし斎(とき)を食(くら)いたるのみ、怎(いか)でかまた老豬(ろうちょ=おれ)をして餓(うえ)を忍(しの)ばしむるを弄(ろう=為す)るか!」と。長老(ちょうろう)言(げん)を聴(き)きて罵(ののし)って言う、「饢糟(のうそう=食い詰め)の夯貨(こうか=間抜け)!胡説(こせつ=でたらめ)を莫(な)かれ!疾(と)く早(はや)く起(お)き来(きた)れ!再(ふたた)び若(も)し嘴(くち)を強(し)いて、悟空(ごくう)に金箍棒(きんこぼう)を拿(と)らせて牙(きば)を打(う)たしめん!」と。

かの呆子(あほう)、打(う)たんと説(い)うを聴(き)き、手(て)と脚(あし)を慌(あわ)てて言う、「師父(しふ)今番(こんばん=こたび)は変(かわ)りたり。常時(つね)は我を疼(いたわ)り我を愛(あい)し、我(われ)の蠢夯(しゅんこう=鈍くまぬけ)なるを念(おも)いて我を護(まも)り、哥(あに)が打(う)たんと欲(ほっ)する時(おり)には、かれまた勧解(かんかい=なだめ)せしに、今日(こんにち)いかでか狠(はげ)しく発(はっ)して転(うた)た打(う)てと教(おし)えらるるや」と。行者言う、「師父(しふ)は汝(なんじ)が嘴(くち)の為(ため)に路程(ろてい)を誤(あやま)りしを怪(あやし)みたもう。疾(と)く早(はや)く行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し馬(うま)を備(そな)えて、打(う)たるるを免(まぬか)れよ!」と。かの呆子(あほう)真(まこと)に打(う)たるるを怕(おそ)れ、跳(おど)り起(お)きて衣服(いふく)を穿(き)、沙僧(さそう)を吆喝(ようかつ=呼ばわり)して言う、「疾(と)く起(お)きよ!打(う)ち将(も)ち来(きた)れり!」と。沙僧(さそう)もまた随(したが)いて跳(おど)り起(お)き、各各(おのおの)收拾(しゅうしゅう)して皆(みな)完(おわ)る。長老(ちょうろう)手(て)を揺(ゆすぶ)って言う、「寂寂悄悄(せきせきしょうしょう=しんと静かに)に、寺僧(じそう)を驚動(きょうどう=騒がす)すること莫(な)かれ」と。連(はや)く馬(うま)に上(のぼ)り、山門(さんもん)を開(ひら)かせ、路(みち)を找(たず)ねて去(ゆ)く。この一去(ひとゆき)、正(まさ)にいわゆる、
暗(あん=ひそか)に玉籠(ぎょくろう=玉の籠)を放(はな)てば彩鳳(さいほう=色とりの鳳)飛(と)び、
私(ひそか)に金鎖(きんさ=金の錠)を開(ひら)けば蛟龍(こうりゅう=みずち)走(はし)る。
と。畢竟(ひっきょう)天明(てんめい=夜明け)の時(おり)、酬謝(しゅうしゃ=報い感謝)の家(いえ)の端的(たんてき=結末)の如何(いかん)は知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。