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094 第九十四回 四僧(しそう)御花園(ごかえん)に宴楽(えんらく)す 一怪(いっかい)空(むな)しく情欲(じょうよく)を懐(いだ)きて喜(よろこ)ぶ

話(わ)は孫行者(そんぎょうじゃ)三人(みたり)の、宣召官(せんしょうかん=召しの役人)に随(したが)いて午門(ごもん)の外(そと)に至(いた)るを表(あらわ)す。黄門官(こうもんかん)即時(そくじ)に伝奏(でんそう=取次ぎ)して宣(せん)し進(い)らしむ。かの三人(みたり)斉斉(ひとしく)站(た)ち定(さだ)まり、更(さら)に下拝(かはい)せず。国王(こくおう)問(と)いて言う、
「かの三位(みたり)は聖僧(せいそう)駙馬(ふば)の高徒(こうと=高弟)なるか。姓(せい)は甚(なん)と名(な)は誰(たれ)と曰(い)うか。何方(いずかた)に居住(きょじゅう)す。甚(なん)の事(こと)に因(よ)りて出家(しゅっけ)す。何(いず)れの経巻(きょうかん)を取(と)るか」
と。行者(ぎょうじゃ)すなわち前(まえ)に近(ちか)づき、意(こころ)殿(でん)に上(のぼ)らんと欲(ほっ)するに、旁(かたわら)に駕(が)を護(まも)る者有(あ)りて喝(かつ=怒鳴)って言う、「走(はし)ること莫(な)かれ!甚(なん)の話(ことば)か有(あ)らば、立(た)ちて下(もと)より奏(もう)せ」と。行者笑って言う、「我ら出家人(しゅっけにん)は、一歩(いっぽ)を得(う)ればすなわち一歩を進(すす)む」と。随(したが)いて後(のち)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)もまた俱(みな)前(まえ)に近(ちか)づく。

長老(ちょうろう)かれの村魯(そんろ=粗野)にして駕(が)を驚(おどろ)かさんことを恐(おそ)れ、すなわち身(み)を起(おこ)して叫(よ)んで言う、「徒弟(でし)や、陛下(へいか)汝(なんじ)が来因(らいん=由緒)を問(と)いたもう、汝すなわち奏(もう)し上(たてまつ)れ」と。行者、かの師父(しふ)の旁(かたわら)に在りて侍立(じりつ)するを見(み)、忍(しの)ぶこと能(あた)わず一声(ひとこえ)大(おお)いに叫(よ)んで言う、
「陛下(へいか)人(ひと)を軽(かろん)じ己(おのれ)を重(おも)んず!既(すで)に我が師(し)を招(まね)いて駙馬(ふば)と為(な)しながら、いかでかかれをして侍立(じりつ)せしむる。世間(せけん)に女夫(じょぶ=娘の婿)を称(しょう)してこれを貴人(きじん)と謂(い)う、豈(あに)貴人(きじん)の坐(ざ)せざるの理(ことわり)有(あ)らんや!」
と。国王説(い)うを聴(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、殿(でん)を退(しりぞ)かんと欲(ほっ)せしが、観瞻(かんせん=見栄え)を失(うしな)わんことを恐(おそ)れ、ただ胆(きも)を硬(かた)くするを得(え)、近侍(きんじ)の者(もの)に繍墩(しゅうとん=刺繍の腰掛)を取(と)り来(きた)らしめ、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて坐(ざ)せしむ。

行者才(はじ)めて奏(もう)して言う、
「老孫(ろうそん)が祖居(そこ=本貫)は東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)。父(ちち)は天(てん)、母(はは)は地(ち)、石(いし)裂(さ)けて吾(われ)生(しょう)ず。曾(かつ)て至人(しじん=真人)を拝(はい)し、学(まな)びて大道(だいどう)を成(な)せり。復(ま)た仙郷(せんきょう)に転(てん)じ、洞天福地(どうてんふくち=仙人の住処)に嘯聚(しょうしゅ=呼び集まり)す。海(うみ)に下(くだ)りて龍(りゅう)を降(くだ)し、山(やま)に登(のぼ)りて獣(けもの)を擒(とら)う。死名(しみょう=死の帳)を消(け)し、生籍(せいせき=生の帳)に上(のぼ)り、官(かん)に拝(はい)せられて斉天大聖(せいてんたいせい)。瓊楼(けいろう=玉の楼)を玩賞(がんしょう)し、宝閣(ほうかく)を喜(よろこ)び遊(あそ)ぶ。天仙(てんせん)に会(かい)して、日日(ひび)に歌(うた)い歓(よろこ)び;聖境(せいきょう)に居(きょ)して、朝朝(あさあさ)に快楽(かいらく)す。ただ蟠桃宴(ばんとうえん)を乱(みだ)り却(さ)り、大(おお)いに天宮(てんぐう)に反(そむ)きしに因(よ)り、仏(ほとけ)に擒伏(きんぷく=捕らえ従え)らる。五行山(ごぎょうざん)の下(もと)に困(くるし)み圧(おさ)えられ、飢(う)えては鉄弾(てつだん=鉄の丸)を餐(くら)い、渇(かわ)いては銅汁(どうじゅう=銅の汁)を飲(の)み、五百年(ごひゃくねん)未(いま)だ曾(かつ)て茶飯(さはん)を食(くら)わず。幸(さいわ)いに我が師(し)の東土(とうど)を出(い)で、西方(せいほう)を拝(はい)し、観音(かんのん)の教令(きょうれい)によりて天災(てんさい)を脱(だっ)し、大難(たいなん)を離(はな)れ、皈正(きしょう=帰依)して瑜伽門下(ゆがもんか=瑜伽の門下)に在(あ)る。旧諱(きゅうき=旧の諱)を悟空(ごくう)と曰(い)い、称名(しょうみょう)を行者(ぎょうじゃ)と曰(い)う」
と。

国王この般(ごと)く名(な)の重(おも)きを聞(き)き得(え)て、慌(あわ)てて龍床(りゅうしょう=天子の床)を下(お)り、走(はし)り将(も)ち来(きた)り、御手(ぎょしゅ=天子の手)を以て長老(ちょうろう)を挽(ひ)き定(さだ)めて言う、「駙馬(ふば)よ、またこれ朕(ちん)が天縁(てんえん=天の縁)なり、汝がこの仙姻仙眷(せんいんせんけん=仙の姻戚)に遇(あ)うを得(え)たり」と。三蔵(さんぞう)満口(まんこう=口いっぱい)に恩(おん)を謝(しゃ)し、国王に位(くらい)に登(のぼ)らんことを請(こ)う。復(また)問(と)う、「かの位(おかた)はこれ第二(だいに)の高徒(こうと)なるか」と。

八戒(はっかい)嘴(くち)を掬(すく=とがら)め威(い)を揚(あ)げて言う、
「老豬(ろうちょ=おれ)先世(せんせい)に人(ひと)と為(な)り、歓(たのしみ)を貪(むさぼ)り懶(なまけ)を愛(あい)す。一生(いっしょう)混沌(こんとん)、性(せい)を乱(みだ)り心(こころ)を迷(まよ)わす。天(てん)の高(たか)き地(ち)の厚(あつ)きを未(いま)だ識(し)らず、海(うみ)の闊(ひろ)き山(やま)の遥(はる)かなるを明(あきら)め難(がた)し。正(まさ)に幽閑(ゆうかん=静けさ)の際(おり)に在(あ)るに、忽然(たちまち)一箇の真人(しんにん)に遇(あ)う。半句(はんく)の話(ことば)、業網(ごうもう=業の網)を解(と)き開(ひら)き;両三言(りょうさんげん)、災門(さいもん=災いの門)を劈(つんざ)き破(やぶ)る。当時(そのとき)省悟(せいご=悟り)し、立地(ただち)に師(し)に投(とう=従い)し、謹(つつし)みて二八(にはち)の工夫(くふう)を修(おさ)め、敬(つつし)みて三三(さんざん)の前後(ぜんご)を煉(ね)る。行(ぎょう)満(み)て飛昇(ひしょう)し、天府(てんぷ=天の府)を超(こ)ゆるを得(う)。玉帝(ぎょくてい)の厚恩(こうおん)を荷蒙(かもう=蒙)り、官(かん)に天蓬元帥(てんぽうげんすい)を賜(たまわ)り、河兵(かへい=河の兵)を管押(かんおう=統率)し、漢闕(かんけつ=漢の宮)に逍遙(しょうよう)す。ただ蟠桃(ばんとう)に酒(さけ)に酔(よ)いて嫦娥(じょうが)を戯弄(ぎろう=からかい)ししに因(よ)り、官銜(かんがん=官職)を謫(た)れ、貶(へん)に遭(あ)いて臨凡(りんぼん=この世に下る);胎(たい)を錯(あやま)り投(とう)じ、猪象(ちょぞう=豚の姿)に托生(たくしょう)す。福陵山(ふくりょうざん)に住(じゅう)し、悪(あく)を造(な)すこと辺(はて)無(な)し。観音(かんのん)に遇(あ)いて善道(ぜんどう)を指(さ)し明(あきら)かにせらる。仏教(ぶっきょう)に皈依(きえ)し、唐僧(とうそう)を保護(ほご)す。径(ただち)に西天(せいてん)に往(ゆ)き、妙典(みょうてん=妙なる経)を拝(おが)み求(もと)む。法諱(ほうき=戒名)を悟能(ごのう)と曰(い)い、称(しょう)して八戒(はっかい)と為(な)す」
と。

国王言(げん)を聴(き)き、胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)き、敢(あ)えて観覷(かんし=見まわ)せず。この呆子(あほう)ますます精神(せいしん=元気)を弄(ろう=振るい)し、頭(こうべ)を揺(ゆすぶ)り、嘴(くち)を掬(すく)め、耳朶(じた=耳)を撑(つ)き起(おこ)して呵呵(かか)と大笑(たいしょう)す。三蔵(さんぞう)また駕(が)を驚(おどろ)かさんことを怕(おそ)れ、すなわち叱(しか)って言う、「八戒(はっかい)収斂(しゅうれん=慎め)!」と。方(はじ)めて手(て)を叉(く)み拱(きょう)して立(た)ち、仮(かり)に斯文(しぶん=上品)を扭(よそお)う。また問(と)う、「第三位(だいさんい)の高徒(こうと)は、甚(なん)に因(よ)りて皈依(きえ)せるか」と。

沙和尚(さおしょう)合掌(がっしょう)して言う、
「老沙(ろうさ)は原(もと)凡夫(ぼんぷ)に系(かか)わり、輪廻(りんね)を怕(おそ)るるに因(よ)りて道(どう)を訪(たず)ぬ。雲(くも)に游(およ)ぎて海角(かいかく=海の果て)に、浪(なみ)に蕩(たゆた)いて天涯(てんがい=天の果て)に。常(つね)に衣鉢(えはつ)の身(み)に随(したが)うを得(え)、毎(つね)に心神(しんしん)を舎(やど=身)に在りて煉(ね)る。此(ここ)に因(よ)りて虔誠(けんせい)にして、仙侶(せんりょ=仙の友)に逢(あ)うを得(え)たり。孩児(がいじ=嬰児)を養(やしな)い就(な)し、奼女(たじょ=少女)に縁(えん)を配(はい)す。工(こう)三千(さんぜん)に満(み)ち、四相(しそう)を合和(ごうわ)す。天界(てんかい)を超(こ)え、玄穹(げんきゅう=天)を拝(おが)み、官(かん)に巻簾大将(けんれんたいしょう)を授(さず)けられ、鳳輦龍車(ほうれんりゅうしゃ=天子の車)に侍御(じぎょ)し、封号(ふうごう)を将軍(しょうぐん)と曰(い)う。また蟠桃会(ばんとうえ)の上(かみ)に在りて、失手(しっしゅ=手違い)して玻璃盞(はりさん=玻璃の杯)を打(う)ち破(やぶ)りしが為(ため)に、流沙河(るさが)に貶(へん)せられ、頭(かしら)を改(あらた)め面(おもて)を換(か)え、孽(あく)を造(な)し生(いのち)を傷(そこな)う。幸(さいわ)いに喜(よろこ)ぶべきかな、菩薩(ぼさつ)の遠(とお)く東土(とうど)に游(ゆ)き、我に皈依(きえ)を勧(すす)め、唐朝(とうちょう)の仏子(ぶっし)を等候(ま)ち、西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を求(もと)めて果(か)を正(ただ)さんことを。従(したが)いて自新(じしん)を立(た)て、復(ま)た大覚(だいかく)を修(おさ)め、河(かわ)を指(さ)して姓(せい)と為(な)す。法諱(ほうき)を悟浄(ごじょう)と曰(い)い、称(しょう)して沙僧(さそう)と名(な)づく」
と。

国王説(もう)すを見(み)、驚(おどろ)くこと多(おお)く喜(よろこ)ぶこと多(おお)し。喜(よろこ)ぶはこれ女(むすめ)の活仏(かつぶつ=生き仏)を招(まね)きたるなり、驚(おどろ)くはこれ三人(みたり)の実(げ)に乃(すなわ)ち妖神(ようしん)なるなり。正(まさ)に驚喜(きょうき)の間(あいだ)に在(あ)るに、忽(たちまち)正台陰陽官(せいだいおんようかん=天文暦の官)有(あ)りて奏(もう)して言う、「婚期(こんき)すでに本年(ほんねん)本月(ほんげつ)十二日(じゅうににち)に定(さだ)まれり。壬子(じんし)辰良(しんりょう=良き時)、周堂(しゅうどう)通利(つうり=吉)、宜(よろ)しく婚姻(こんいん)を配(はい)すべし」と。国王言う、「今日(こんにち)はこれ何(なん)の日辰(にっしん=日の干支)なるか」と。陰陽官(おんようかん)奏(もう)して言う、「今日(こんにち)は初八(しょはち=八日)、すなわちこれ戊申(ぼしん)の日(ひ)、猿猴(えんこう=猿)果(くだもの)を献(けん)ず、正(まさ)に宜(よろ)しく賢(けん)を進(すす)め事(こと)を納(い)るべし」と。

国王大(おお)いに喜(よろこ)び、すなわち当駕官(とうがかん)に御花園(ごかえん)の館閣楼亭(かんかくろうてい=館や楼閣)を打掃(そうじ)せしめ、且(しばら)く駙馬(ふば)を請(しょう)じて三位(みたり)の高徒(こうと)と同(とも)に安歇(あんけつ=休ま)しめ、後(のち)に合卺(ごうきん=婚礼の杯)の佳筵(かえん=立派な宴)を安排(あんばい)して、公主(こうしゅ)をして匹配(ひっぱい=嫁が)しめんことを待(ま)つ。衆等(しゅうとう)欽(つつし)みて遵(したが)い、国王(こくおう)朝(ちょう)を退(しりぞ)き、多官(たかん)みな散(さん)ずるは題(だい)とせず。

さて、三蔵(さんぞう)師徒(してい)らみな御花園(ごかえん)に到(いた)り、天色(てんしょく=空模様)漸(ようや)く晩(くれ)に、素膳(そぜん=精進の膳)を擺(なら)べたり。八戒喜んで言う、「この一日(いちじつ)もまた該(まさ)に飯(めし)を食(くら)うべきなり」と。管弁人(かんべんにん=係りの者)すなわち素米飯(そまいはん)・麺飯(めんはん)等の物(もの)を、整担(せいたん=荷に整え)て挑(にな)い来(きた)る。かの八戒(はっかい)吃(くら)いてはまた添(た)し、添(た)してはまた吃(くら)い、直(ひたすら)に腸(はらわた)を撑(ふくら)まし腹(はら)を拄(ささ)うるまで吃(くら)いて、方(はじ)めて手(て)を住(とど)む。少頃(しばらく)して、また灯(ともしび)を点(とも)し、鋪蓋(ほがい=寝具)を設(もう)け、各(おのおの)寝(い)に帰(かえ)る。

長老(ちょうろう)左右(そうゆう)に人(ひと)の無(な)きを見(み)、却(かえ)って行者(ぎょうじゃ)を恨(うら)み責(せ)め、怒声(どせい=怒れる声)に叫(よ)んで言う、
「悟空(ごくう)!汝(なんじ)がこの猢猻(こんじん=猿)、番番(つね)に我(われ)を害(そこな)う!我説(い)えり『ただ往(ゆ)きて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんのみ、彩楼(さいろう)の前(まえ)へ向(むか)うこと莫(な)かれ』と。汝(なんじ)いかでか直(ただ)に我を引(ひ)きて往(ゆ)きて看看(みみ)せんと要(もと)めたる。如今(いま)看(み)て好(よ)きかな!却(かえ)ってこの般(ごとき)の事(こと)を惹(ひ)き出(いだ)し来(きた)れり、怎(いか)でか是(ぜ)ならんや」
と。行者陪(つきそ)い笑って言う、
「師父(しふ)説(い)えり『先母(せんぼ)もまた繍毬(しゅうきゅう)を抛打(ほうだ)し、旧縁(きゅうえん)に遇(あ)いて、その夫婦(ふうふ)を成(な)せり』と。似(に)たるに古(いにしえ)を慕(した)うの意(こころ)有(あ)るが、老孫(ろうそん)才(はじ)めて汝(なんじ)を引(ひ)きて去(ゆ)きしなり、またかの給孤布金寺(きゅうこふきんじ)の長老(ちょうろう)の言(げん)を想(おも)いて、此(ここ)に就(つ)きて真假(しんが)を検視(けんし=調べ)せんとす。適(さっ)きにかの国王(こくおう)の面(おもて)を見(み)しに、略(いささ)か些(いくら)かの晦暗(わいあん=くすみ)の色(いろ)有(あ)れど、但(た)だいまだ公主(こうしゅ)の如何(いかん)を見(み)ざるのみ」
と。長老言う、「汝(なんじ)公主(こうしゅ)を見(み)なばすなわち怎(いか)にせんとする」と。行者言う、
「老孫(ろうそん)が火眼金睛(かがんきんせい=火の眼と金の瞳)は、但(た)だ面(おもて)を見(み)れば、すなわち真假(しんが)・善悪(ぜんあく)・富貴(ふうき)・貧窮(ひんきゅう)を認(したた)め得(う)、却(かえ)って好(よ)く施為(せい=手を施)し、邪正(じゃしょう)を辨明(べんめい)せん」
と。沙僧(さそう)と八戒(はっかい)笑って言う、「哥哥(あにき)近日(ちかごろ)また相面(そうめん=人相見)を会(え)するを学(まな)び得(え)たり」と。行者言う、「相面(そうめん)の士(し)は、我が孫子(まご=孫)に当(あ)たるのみ」と。三蔵(さんぞう)喝(かつ)して言う、
「且(しばら)く嘴(くち)を調(ととの)うるを休(や)めよ!ただこれかれ如今(いま)定(かなら)ず我を招(まね)かんと要(もと)むるに、果(は)たして何(なに)を以てかこれを処(しょ)せん」
と。行者言う、
「且(しばら)く十二日(じゅうににち)の会喜(かいき=婚礼)の時(おり)に到(いた)らば、必(かなら)ずかの公主(こうしゅ)の出(い)で来(きた)りて父母(ふぼ)に参拝(さんぱい)せん。老孫(ろうそん)の旁(かたわら)に在りて観看(みわた)すを等(ま)て。若(も)し還(な)おこれ一箇の真(しん)の女人(にょにん)ならば、汝(なんじ)すなわち駙馬(ふば)と做(な)り、国内(こくない)の栄華(えいが)を享(う)け用(もち)うるもまた罷(しか)るべし」
と。

三蔵(さんぞう)言(げん)を聞き、ますます嗔怒(しんど=怒り)を生(しょう)じ、罵(ののし)って言う、
「好(よ)き猢猻(こんじん=猿)め!汝(なんじ)還(ま)た我を害(そこな)うか!却(かえ)ってこれ悟能(ごのう)の説(い)える『我ら十節児(じっせつじ=十の段)はすでに九節七八分(きゅうせつしちはちぶ)まで上(のぼ)れり』と。汝(なんじ)還た熱(あつ)き舌頭(ぜっとう=舌)を把(も)ちて我を鐸(さぐ)るか。疾(と)く早(はや)く夾(はさ)み著(とど)めよ、汝(なんじ)かの臭(くさ)き口(くち)を開(ひら)くを休(や)めよ!再(ふたた)び若(も)し無礼(ぶれい)ならば、我すなわち呪(じゅ)を念(とな)え起(おこ)して、汝(なんじ)をして了当(りょうとう=堪え)ること得(え)ざらしめん!」
と。行者、呪(じゅ)を念(とな)うと説(い)うを聴(き)き、慌(あわ)てて面前(めんぜん)に跪(ひざまず)いて言う、「念(とな)うること莫(な)かれ念うること莫かれ!若(も)し真(しん)の女人(にょにん)ならば、拝堂(はいどう=婚礼の礼)の時(おり)を待(ま)ちて、我ら一斉(いっせい)に皇宮(こうぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、汝(なんじ)を領(ひき)いて去(ゆ)かん」と。

師徒(してい)話(はな)すに、覚(おぼ)えず早(はや)くもすでに更(こう=夜番)に入(い)る。正(まさ)にこれ、
沉沉(ちんちん)たる宮漏(きゅうろう=宮中の水時計)、蔭蔭(いんいん)たる花香(かこう=花の香)。
繍戸(しゅうこ=美しき戸)には珠箔(しゅはく=玉の簾)を垂(た)れ、閑庭(かんてい=静かなる庭)には火光(かこう)を絶(た)つ。
鞦韆索(しゅうせんさく=ぶらんこの綱)冷(つめた)く空(むな)しく影(かげ)を留(とど)め、羌笛(きょうてき=笛)の声(こえ)残(のこ)りて四方(しほう)を静(しず)む。
屋(おく)を繞(めぐ)りて花(はな)有(あ)りて月(つき)の燦(さん)たるを籠(こ)め、空(そら)を隔(へだ)てて樹(き)無(な)くして星芒(せいぼう=星の光)を顕(あらわ)す。
杜鵑(ほととぎす)啼(な)き歇(や)み、蝴蝶(こちょう)の夢(ゆめ)長(なが)し。
銀漢(ぎんかん=天の川)天宇(てんう=天)に横(よこた)わり、白雲(はくうん)故郷(こきょう)に帰(かえ)る。
正(まさ)にこれ離人(りじん=旅人)の情(じょう)の切(せつ)なる処(ところ)、風(かぜ)嫩柳(どんりゅう=若柳)を揺(ゆ)るがして更(さら)に凄涼(せいりょう)たり。
と。八戒言う、「師父(しふ)、夜(よ)深(ふか)し、事(こと)有(あ)らば明早(みょうそう=明朝)また議(ぎ)せん、且(しばら)く睡(ね)よ!且く睡よ!」と。師徒(してい)ら果(は)たして安歇(あんけつ)す。

一宵(いっしょう=一夜)の夜景(やけい)すでに題(だい)し終(おわ)り、早(はや)くもまた金鶏(きんけい=鶏)暁(あけ)を唱(うた)う。五更三点(ごこうさんてん)、国王(こくおう)すなわち殿(でん)に登(のぼ)り朝(ちょう)を設(もう)く。ただ見(み)よ、
宮殿(きゅうでん)軒(のき)を開(ひら)いて紫気(しき)高(たか)く、
風(かぜ)御楽(ぎょがく=天子の音楽)を吹(ふ)いて青霄(せいしょう=青空)に透(とお)る。
雲(くも)移(うつ)り豹尾(ひょうび=豹尾の旗)旌旗(せいき)動(うご)き、
日(ひ)螭頭(ちとう=螭の飾り)を射(い)て玉佩(ぎょくはい)揺(ゆ)る。
香霧(こうむ)細(こまか)かに添(そ)う宮柳(きゅうりゅう=宮中の柳)の緑(みどり)、
露珠(ろしゅ=露)微(かす)かに潤(うるお)す苑花(えんか=庭の花)の嬌(なまめかしき)。
山呼(さんこ=万歳)舞蹈(ぶとう)して千官(せんかん)列(つらな)り、
海晏河清(かいあんかせい=世の泰平)一統(いっとう)の朝(ちょう)。
と。

衆文武(しゅうぶんぶ)百官(ひゃっかん)朝(ちょう)を罷(や)み、また光禄寺(こうろくじ=供宴を司る役所)を宣(せん)じて十二日(じゅうににち)の会喜(かいき)の佳筵(かえん)を安排(あんばい)せしめ、今日(こんにち)且(しばら)く春罍(しゅんらい=春の酒器)を整(ととの)え、駙馬(ふば)を請(しょう)じて御花園(ごかえん)の中(うち)に在りて款玩(かんがん=ゆるりと遊ば)しむ。儀制司(ぎせいし=儀礼の役所)に吩咐(いいつけ)て三位(みたり)の賢親(けんしん=賢き縁者)を領(ひき)いて会同館(かいどうかん)に去(ゆ)きて少(しばら)く坐(ざ)せしめ、光禄寺(こうろくじ)に三席(さんせき)の素宴(そえん)を安排(あんばい)してかの処(ところ)に去(ゆ)きて奉陪(ほうばい=相伴)せしむ。両処(ふたところ)俱(みな)教坊司(きょうぼうし=楽所)をして楽(がく)を奏(かな)でしめ、伏侍(ぶじ=お仕え)して春景(しゅんけい)を賞(しょう)して遅日(ちじつ=長き日)を消(け)さしむ。

八戒(はっかい)聞き得(え)て、声(こえ)に応(おう)じて言う、
「陛下(へいか)、我が師徒(してい)は相会(あいかい)してより、更(さら)に一刻(いっこく)の相離(あいはな)るる無(な)し。今日(こんにち)既(すで)に御花園(ごかえん)に在りて飲宴(いんえん)せらるるならば、我らを帯(ともな)いて去(ゆ)きて両日(ふつか)耍(あそ)ばしめよ、好(よ)く師父(しふ)をして汝が家(いえ)に替(かわ)りて駙馬(ふば)を作(な)さしめん;然(しか)らずんば、この売買(ばいばい)生意(せいい=商売)は弄(な)し成(な)らじ」
と。かの国王(こくおう)かれが醜陋(しゅうろう=醜く)説話(せつわ=物言い)の粗俗(そぞく)なるを見(み)、またかれが頭(こうべ)を扭(ひね)り頸(くび)を捏(つま)み、嘴巴(くち)を掬(すく=とがら)め、耳朶(じた=耳)を揺(ゆすぶ)るを見(み)、すなわち象(さま)の些(いささ)か風気(ふうき=気のふれ)有(あ)るに似(に)たり、なお親事(しんじ=縁組)を攪(かき乱)し破(やぶ)らんことを恐(おそ)れ、ただ依従(いじゅう=従う)するを得(え)、すなわち教(いいつけ)て言う、
「永鎮華夷閣(えいちんかいかく)の裡(うち)に二席(にせき)を安排(あんばい)し、我(われ)と駙馬(ふば)と同(とも)に坐(ざ)せん。留春亭(りゅうしゅんてい)の上(うえ)に三席(さんせき)を安排し、三位(みたり)を請(しょう)じて別(べつ)に坐(ざ)せしめよ、かれ師徒(してい)らの坐次(ざじ=席次)の便(べん)ならざるを恐(おそ)るるなり」
と。かの呆子(あほう)才(はじ)めて上(かみ)に朝(むか)いて一箇の喏(じゃく=拝礼)を唱(とな)え、「多謝(たしゃ)」の声(こえ)を叫(よ)び、各各(おのおの)而(しか)して退(しりぞ)く。また旨(むね)を伝(つた)えて内宮官(ないぐうかん)に宴(えん)を排(なら)ばしめ、三宮六院(さんきゅうろくいん)の后妃(こうひ)と公主(こうしゅ)をして上頭(じょうとう=結髪)しめ、すなわち添妝(てんしょう=嫁入り支度)餪子(なんし=祝いの饌)を為(な)さしめ、以(も)って十二日(じゅうににち)の佳配(かはい=婚礼)を待(ま)つ。

将(まさ)に巳時(みのとき)の前後(ぜんご)に有(あ)らんとするに、かの国王(こくおう)駕(が)を排(なら)べ、唐僧(とうそう)を請(しょう)じてみな御花園(ごかえん)の内(うち)に到(いた)りて観看(みわた)す。好(よ)き去処(ところ)かな、
径(みち)には彩石(さいせき)を鋪(し)き、檻(てすり)には雕欄(ちょうらん=彫刻の欄)を鑿(ほ)る。
径(みち)に彩石(さいせき)を鋪(し)けば、径辺(みちべ)の石畔(いしべ)に奇葩(きは=珍しき花)長(しょう)じ;
檻(てすり)に雕欄(ちょうらん)を鑿(ほ)れば、檻外(かんがい)の欄中(らんちゅう)に異卉(いき=珍しき草)生(しょう)ず。
夭桃(ようとう=若き桃)翡翠(ひすい)を迷(まよ)わし、嫩柳(どんりゅう=若柳)黄鸝(こうり=うぐいす)を閃(ひらめ)かす。
步(あゆ)めば覚(おぼ)ゆ幽香(ゆうこう=幽かな香)の袖(そで)に来(きた)り満(み)つるを、行(ゆ)けば沾(うるお)う清味(せいみ=清き味)の衣(ころも)に上(うえ)多(おお)きを。
鳳台(ほうだい)龍沼(りゅうしょう)有(あ)り、竹閣(ちくかく)松軒(しょうけん)有(あ)り。
鳳台(ほうだい)の上(うえ)に、簫(しょう)を吹(ふ)きて鳳(ほう)を引き来儀(らいぎ)せしめ;
龍沼(りゅうしょう)の間(あいだ)に、魚(うお)を養(やしな)いて龍(りゅう)と化(け)し去(さ)る。
竹閣(ちくかく)に詩(し)有(あ)り、推敲(すいこう)を費(ついや)し尽(つく)して白雪(はくせつ=高雅な詩)を裁(た)ち;
松軒(しょうけん)に文集(ぶんしゅう)有(あ)り、考成(こうせい=成し遂げ)て珠玉(しゅぎょく)を注(ちゅう)し青編(せいへん=書物)に記(しる)す。
假山(かざん=築山)は拳石(けんせき=拳ほどの石)の翠(みどり)、曲水(きょくすい)は碧波(へきは)の深(ふか)し。
牡丹亭(ぼたんてい)、薔薇架(しょうびか)、錦(にしき)を迭(かさ)ね絨(じゅうたん)を鋪(し)き;
茉藜檻(まりかん)、海棠畦(かいどうけい)、霞(かすみ)を堆(うずたか)くし玉(ぎょく)を砌(みが)く。
芍薬(しゃくやく)は異香(いこう)、蜀葵(しょっき)は奇艶(きえん)。
白梨(はくり)紅杏(こうきょう)芳菲(ほうひ=香り)を闘(あらそ)い、紫蕙(しけい)金萱(きんけん)爛熳(らんまん)を争(あらそ)う。
麗春花(れいしゅんか)・木筆花(もくひつか)・杜鵑花(とけんか)、夭夭灼灼(ようようしゃくしゃく=盛んに咲き)たり;
含笑花(がんしょうか)・鳳仙花(ほうせんか)・玉簪花(ぎょくしんか)、戦戦巍巍(せんせんぎぎ=そびえ揺れ)たり。
一処処(ところどころ)紅(くれない)透(とお)りて臙脂(えんじ)潤(うるお)い、一叢叢(むらむら)芳(かおり)濃(こまや)かにして錦繍(きんしゅう)囲(かこ)む。
更(さら)に喜(よろこ)ぶべきは東風(とうふう)の暖(あたたか)きに回(めぐ)る日(ひ)、
満園(まんえん)の嬌媚(きょうび=なまめかしさ)光輝(こうき)を逞(たくま)しくす。
と。

一行(いっこう)の君王(くんおう)几位(いくたり)か、これを観(み)ること良(やや)久(ひさ)し。早(はや)くも儀制司(ぎせいし)の官(かん)有(あ)りて行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)を邀請(ようしょう=招き)て留春亭(りゅうしゅんてい)に入(い)り、国王(こくおう)唐僧(とうそう)を携(たずさ)えて華夷閣(かいかく)に上(のぼ)り、各(おのおの)飲宴(いんえん)す。かの歌舞(かぶ)吹弾(すいだん=演奏)、鋪張(ほちょう=飾り立て)陳設(ちんせつ=設え)は、真(まこと)にこれ、
崢嶸(そうこう=聳え立つ)たる閶闔(しょうこう=宮門)に曙光(しょこう)生(しょう)じ、
鳳閣龍楼(ほうかくりゅうろう)に瑞靄(ずいあい=めでたき靄)横(よこた)わる。
春色(しゅんしょく)細(こまか)かに鋪(し)く花草(かそう)の繍(ぬいとり)、
天光(てんこう)遥(はる)かに射(い)て錦袍(きんぽう)明(あきら)かなり。
笙歌(しょうが)繚繞(りょうじょう=めぐり)て仙宴(せんえん)の如(ごと)く、
杯斝(はいか=杯)飛(と)び伝(つた)えて玉液(ぎょくえき=美酒)清(きよ)し。
君(きみ)悦(よろこ)び臣(しん)歓(よろこ)びて同(とも)に玩賞(がんしょう)し、
華夷(かい)永(とこしえ)に鎮(しず)まり世(よ)康寧(こうねい)なり。
と。

この時(おり)長老(ちょうろう)かの国王(こくおう)の敬重(けいちょう=敬い重んず)るを見(み)、計(けい)の奈(いかん)ともすべき無(な)く、ただ強(し)いて随喜(ずいき=付き合い)するを得(え)ず、誠(まこと)にこれ外(そと)は喜(よろこ)びて内(うち)憂(うれ)うるなり。坐間(ざかん)に壁上(へきじょう)に四面(よんめん)の金屏(きんぺい=金の屏風)の掛(か)かるを見(み)、屏(びょう)の上(うえ)に春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の四景(しけい)を画(えが)き、みな題詠(だいえい=詩を題す)有(あ)り、みなこれ翰林(かんりん)の名士(めいし)の詩(し)なり。

『春景詩(しゅんけいし)』に曰(いわ)く、
周天(しゅうてん)一気(いっき)洪鈞(こうきん=天地の大炉)を転(めぐ)らし、
大地(だいち)熙熙(きき=和やか)として万象(ばんしょう)新(あらた)なり。
桃李(とうり)妍(けん)を争(あらそ)いて花(はな)爛熳(らんまん)、
燕(つばめ)画棟(がとう=彩色の棟)に来(きた)りて香塵(こうじん)を迭(かさ)ぬ。
と。
『夏景詩(かけいし)』に曰(いわ)く、
薫風(くんぷう)拂拂(ふつふつ)として思(おもい)遅遅(ちち=長閑)、
宮院(きゅういん)の榴葵(りゅうき=柘榴と葵)日(ひ)に映(えい)じて輝(かがや)く。
玉笛(ぎょくてき)の音調(おんちょう)午夢(ごむ=昼の夢)を驚(おどろ)かし、
芰荷(きか=蓮)の香(かおり)散(さん)じて庭幃(ていい=庭の帳)に到(いた)る。
と。
『秋景詩(しゅうけいし)』に曰(いわ)く、
金井(きんせい)の梧桐(ごとう)一葉(いちよう)黄(き)ばみ、
珠簾(しゅれん)巻(ま)かざるに夜来(よるきた)りて霜(しも)有(あ)り。
燕(つばめ)社日(しゃにち=祭の日)を知(し)りて巣(す)を辞(じ)し去(さ)り、
雁(かり)芦花(ろか=葦の花)を折(お)りて別郷(べっきょう)を過(よ)ぐ。
と。
『冬景詩(とうけいし)』に曰(いわ)く、
天(てん)雨(う)り雲(くも)飛(と)んで暗淡(あんたん)として寒(さむ)く、
朔風(さくふう=北風)雪(ゆき)を吹(ふ)いて千山(せんざん)に積(つ)む。
深宮(しんきゅう)に自(おの)ずから紅炉(こうろ=赤き炉)の暖(あたたか)き有(あ)り、
報(し)らせ来(きた)る梅(うめ)開(ひら)きて玉(ぎょく)欄(らん)に満(み)つと。
と。

かの国王(こくおう)唐僧(とうそう)の恣(ほしいまま)に詩(し)を看(み)るを見(み)、すなわち言う、
「駙馬(ふば)喜(よろこ)んで詩中(しちゅう)の味(あじ)を玩(もてあそ)ぶ、心(こころ)定(さだ)めて吟哦(ぎんが=詩を吟ず)に善(よ)くするならん。もし珠玉(しゅぎょく=立派な詩)を吝(おし)まざれば、請(こ)う韻(いん)に依(よ)りて各(おのおの)一首(いっしゅ)を和(わ)せんは如何(いかん)」
と。長老(ちょうろう)はこれ景(けい)に対(たい)して情(じょう)を忘(わす)れ、心(こころ)を明(あきら)かにし性(しょう)を見(み)るの意(こころ)有(あ)る者(もの)なれば、国王(こくおう)の欽重(きんちょう=敬い重んず)るを見(み)、前韻(ぜんいん)に和(わ)することを命(めい)ぜらるるに、かれ覚(おぼ)えず忽(たちまち)一句(いっく)を談(かた)りて言う、「日(ひ)暖(あたたか)かに氷(こおり)消(き)えて大地(だいち)の鈞(きん)」と。国王大(おお)いに喜(よろこ)び、すなわち侍衛官(じえいかん)を召(め)して言う、「文房四宝(ぶんぼうしほう=筆・墨・硯・紙)を取(と)り来(きた)らしめ、駙馬(ふば)に請(こ)いて和(わ)し完(おわ)りて録(しる)し下(おろ)さしめ、朕(ちん)が緩緩(ゆるゆる)とこれを味(あじわ)うを俟(ま)て」と。長老(ちょうろう)欣然(きんぜん)として辞(じ)せず、筆(ふで)を挙(あ)げて而(しか)して和(わ)す。

『春景詩(しゅんけいし)』に和(わ)して曰(いわ)く、
日(ひ)暖(あたたか)かに氷(こおり)消(き)えて大地(だいち)の鈞(きん=大炉)、
御園(ごえん)の花卉(かき)また更(あらた)に新(しん)なり。
和風(わふう)膏雨(こうう=恵みの雨)民(たみ)沢(たく)を沾(うるお)し、
海晏河清(かいあんかせい)俗塵(ぞくじん)を絶(た)つ。
と。
『夏景詩(かけいし)』に和して曰(いわ)く、
斗(とう=北斗)南(みなみ)方(かた)を指(さ)して白昼(はくちゅう)遅(おそ)く、
槐雲(かいうん=槐の雲)榴火(りゅうか=柘榴の火)光輝(こうき)を闘(あらそ)う。
黄鸝(こうり)紫燕(しえん)宮柳(きゅうりゅう)に啼(な)き、
巧(たくみ)に双声(そうせい)を転(てん)じて絳幃(こうい=赤き帳)に入(い)る。
と。
『秋景詩(しゅうけいし)』に和して曰(いわ)く、
香(かおり)飄(ただよ)う橘緑(きつりょく)与(と)橙黄(とうこう)、
松柏(しょうはく)青青(せいせい)として霜(しも)の降(ふ)るを喜(よろこ)ぶ。
籬菊(りきく=垣の菊)半(なかば)開(ひら)きて錦繍(きんしゅう)を集(あつ)め、
笙歌(しょうが)の韻(いん)水雲(すいうん)の郷(さと)に徹(とお)る。
と。
『冬景詩(とうけいし)』に和して曰(いわ)く、
瑞雪(ずいせつ)初(はじ)めて晴(は)れて気味(きみ)寒(さむ)く、
奇峰(きほう)巧石(こうせき)玉(ぎょく)の山(やま)を団(まる)む。
炉(ろ)には獣炭(じゅうたん=獣形の炭)を焼(や)きて酥酪(そらく=乳の加工品)を煨(あぶ)り、
袖手(しゅうしゅ=袖に手を入れ)して高歌(こうか)し翠欄(すいらん=緑の欄)に倚(よ)る。
と。

国王和(わ)するを見(み)て大(おお)いに喜(よろこ)び、称(ほ)め唱(うた)って言う、「好(よ)き箇(ひとつ)の『袖手(しゅうしゅ)して高歌(こうか)し翠欄(すいらん)に倚(よ)る』かな!」と。遂(つい)に教坊司(きょうぼうし=楽所)に新詩(しんし)を以て楽(がく)を奏(かな)でしめ、日(ひ)を尽(つく)して而(しか)して散(さん)ず。

行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)留春亭(りゅうしゅんてい)に在りてまた尽(ことごと)く受用(じゅよう=馳走)し、各(おのおの)幾杯(いくはい)かを飲(の)み、またみな些(いささ)か酣(ほろ酔い)の意(こころ)有(あ)り、正(まさ)に去(ゆ)きて長老(ちょうろう)を尋(たず)ねんと欲(ほっ)するに、ただ長老(ちょうろう)すでに国王(こくおう)と同(とも)に一閣(ひとつのたかどの)に在(あ)るを見(み)る。八戒(はっかい)呆性(どうしょう=馬鹿気)発(はっ)し作(おこ)り、声(こえ)に応(おう)じて叫(よ)んで言う、
「好(い)い快活(かいかつ)!好い自在(じざい)!今日(こんにち)もまたこの一下(ひとくだり)を受用(じゅよう)せり!却(かえ)って該(まさ)に飽(ほう=満腹)に趁(じゅん)じて睡(ねむ)りに去(ゆ)くべきなり!」
と。沙僧笑って言う、「二哥(にいさん)忒(はなは)だ修養(しゅうよう)無(な)し、この気(き)の飽飫(ほうよ=満腹)にて、如何(いか)でか睡(ねむ)らん」と。八戒言う、「汝(なんじ)那裡(いずく)にか知(し)らん、俗語(ぞくご)に云(いわ)く『飯(めし)を食(くら)いて挺屍(ていし=大の字に寝る)せざれば、肚裡(とり=腹の裡)に板脂(ばんし=腹の脂)無(な)し』と」と。

唐僧(とうそう)国王(こくおう)と相別(あいわか)れ、ただ謹言(きんげん=慎み)、ただ謹言、既(すで)に亭内(ていない)に至(いた)り、かの三人(みたり)を嗔責(しんせき=叱り責め)て言う、
「この夯貨(こうか=間抜け)、ますます村(そん=野暮)になれり!これをば甚(なん)の去処(ところ)なるか、只管(ひたすら)大呼小叫(だいこしょうきょう=大声をあぐ)る!倘(も)し或(ある)いは国王(こくおう)の悩(いか)りに著(あた)らば、却(かえ)ってかれに性命(せいめい)を傷(そこな)われざらんや」
と。八戒言う、
「没事(へいき)没事!我らはかれと親家礼道(しんかれいどう=親戚づきあい)なるに、かれすなわち好(よ)く生(なま)じ怪(あやし)まじ。常(つね)に言(い)う、『打(う)ちて不断(たえ)ざるは親(おや)、罵(ののし)りて不断ざるは隣(となり)』と。大家(みんな)耍子(あそ)ぶに、かれを怕(おそ)るる怎(いか)なることぞ」
と。長老(ちょうろう)叱(しか)って、教(いいつけ)て言う、「呆子(あほう)を拿(とら)え過(きた)らしめ、かれを二十禅杖(ぜんじょう=禅の杖)打(う)て!」と。行者果(は)たして一把(ひとつかみ)に揪(つか)み翻(ひっくりかえ)し、長老(ちょうろう)杖(じょう)を挙(あ)げてすなわち打(う)つ。呆子(あほう)喊(わめ)き叫(よ)んで言う、「駙馬爺爺(ふばやや=婿どの)!饒罪(じょうざい=お許し)饒罪!」と。旁(かたわら)に陪宴官(ばいえんかん=相伴の官)有(あ)りて勧(すす)め住(とど)むるに、呆子(あほう)爬(は)い将(も)ち起(お)き上(あ)がり、突突囔囔(とつとつのうのう=ぶつぶつ)と道(い)う、「好(よ)き貴人(きじん)!好き駙馬(ふば)!親(しん=縁組)いまだ成(な)らざるに、すでに王法(おうほう)を行(おこな)い起(おこ)せり!」と。行者かれが嘴(くち)を捂(おお)いて言う、「胡説(こせつ=でたらめ)を莫(な)かれ!胡説を莫かれ!疾(と)く早(はや)く睡(ね)に去(ゆ)け」と。かれらまた留春亭(りゅうしゅんてい)に在りて一宿(いっしゅく)を住(じゅう)す。明早(みょうそう=明朝)に到(いた)りて、依旧(もとのごとく)宴楽(えんらく)す。

覚(おぼ)えず楽(たのし)むこと三四日(さんよっか)、正(まさ)に十二日(じゅうににち)の佳辰(かしん=吉日)に値(あた)るに、光禄寺(こうろくじ)三部(さんぶ)の各官(かくかん)有(あ)りて回奏(かいそう=復命)して言う、
「臣等(しんら)八日(ようか)より旨(むね)を奉(ほう)じ、駙馬府(ふばふ)すでに修(しゅう)し完(おわ)り、専(もっぱ)ら妝奩(しょうれん=嫁入り道具)の鋪設(ほせつ=飾り付け)を等(ま)つ。合卺(ごうきん)の宴(えん)もまたすでに完備(かんび)し、葷素(くんそ=肉と精進)共(あわ)せて五百余席(ごひゃくよせき)」
と。国王(こくおう)心(こころ)喜(よろこ)び、正(まさ)に駙馬(ふば)を請(しょう)じて席(せき)に赴(おもむ)かしめんと欲(ほっ)するに、忽(たちまち)内宮官(ないぐうかん)有(あ)りて御前(ごぜん)に対(むか)い啓奏(けいそう)して言う、「万歳(ばんぜい)、正宮娘娘(せいきゅうにゃんにゃん=正后)に請(しょう)有(あ)り」と。

国王遂(つい)に退(しりぞ)きて内宮(ないぐう)に入(い)るに、ただ見(み)よ、かの三宮(さんきゅう)の皇后(こうごう)、六院(ろくいん)の嬪妃(ひんぴ)、公主(こうしゅ)を引(ひ)き領(ひき)いて、みな昭陽宮(しょうようきゅう)に在(あ)りて談笑(だんしょう=語り笑う)するを。真(まこと)にこれ花団錦簇(かだんきんぞく=花の丸に錦の簇り)!かの一片(ひとひら)の富麗(ふうれい)妖嬈(ようじょう=なまめかしさ)は、真(まこと)に天堂(てんどう=天の宮)月殿(げつでん=月の殿)に勝(まさ)り、仙府(せんぷ)瑶宮(ようきゅう=仙人の宮)に亜(つ)がざるなり。『喜会佳姻(きかいかいん)』の新詞(しんし=新しき詞)四首(よんしゅ)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。

『喜詞(きし)』に云(いわ)く、
喜(よろこび)!喜!喜!欣然(きんぜん)として楽しみたり!
婚姻(こんいん)を結(むす)び、恩愛(おんあい)美(うつく)し。
巧(たくみ)なる様(さま)の宮妝(きゅうしょう=宮中の化粧)、嫦娥(じょうが)怎(いか)でか比(くら)べん。
龍釵(りゅうさ=龍の簪)与(と)鳳鑱(ほうさん=鳳凰の簪)、艶艶(えんえん)として金縷(きんる=金の糸)を飛(と)ばす。
桜唇(おうしん=桜の唇)皓歯(こうし=白き歯)朱顔(しゅがん=紅の顔)、
嬝娜(じょうだ=しなやか)として花(はな)の如(ごと)き軽(かる)き体(からだ)。
錦(にしき)重重(じゅうじゅう)たり、五彩(ごさい)の叢中(そうちゅう);
香(かおり)拂拂(ふつふつ)たり、千金(せんきん)の隊裡(たいり)。
と。

『会詞(かいし)』に云(いわ)く、
会(かい)!会!会!妖嬈嬌媚(ようじょうきょうび=なまめかしく艶めかし)。
毛嬙(もうしょう)に賽(まさ)り、楚妹(そまい)を欺(あざむ)く。
国(くに)を傾(かたむ)け城(しろ)を傾(かたむ)け、花(はな)に比(ひ)し玉(ぎょく)に比(ひ)す。
妝飾(しょうしょく=装い)更(さら)に鮮妍(せんけん=鮮やか)に、釵環(さかん=簪と耳飾)多く艶麗(えんれい)。
蘭心(らんしん)蕙性(けいせい=蘭や蕙の心)清高(せいこう)、
粉臉(ふんれん=白粉の顔)氷肌(ひょうき=氷の肌)栄貴(えいき)。
黛眉(たいび=黛の眉)一線(いっせん)遠山(えんざん)微(かす)かなり、
窈窕(ようちょう)嫣姌(えんぜん=しなやか)として錦隊(きんたい)を集(あつ)む。
と。

『佳詞(かし)』に云(いわ)く、
佳(よ)し!佳!佳!玉女(ぎょくじょ)仙娃(せんあ=仙の童女)。
深(ふか)く愛(あい)すべく、実(げ)に堪(た)えて誇(ほこ)るべし。
異香(いこう)馥郁(ふくいく=芳しい)、脂粉(しふん=紅白粉)交(こもご)も加(くわ)わる。
天台(てんだい)福地(ふくち)遠(とお)し、怎(いか)でか国王(こくおう)の家(いえ)に似(に)ん。
笑語(しょうご)紛然(ふんぜん)として嬌態(きょうたい)、笙歌(しょうが)繚繞(りょうじょう=めぐり)として喧嘩(かまびすし)。
花(はな)は錦砌(きんせい=錦の階)に堆(うずたか)く千般(せんばん)の美(うつくしさ)、
人間(にんげん)を見(み)遍(あまね)くとも怎(いか)でかかれに若(し)かん。
と。

『姻詞(いんし)』に云(いわ)く、
姻(いん)!姻!姻!蘭麝(らんじゃ=蘭と麝香)香(かおり)噴(ふ)く。
仙子(せんし)の陣(じん)、美人(びじん)の群(むれ)。
嬪妃(ひんぴ)彩(あやぎぬ)を換(か)え、公主(こうしゅ)妝(よそおい)新(あらた)なり。
雲鬢(うんびん=雲の髪)鴉髻(あけい=烏の髷)を堆(うずたか)くし、霓裳(げいしょう=虹の衣)鳳裙(ほうくん=鳳凰の裳)を圧(おさ)う。
一派(いっぱ)の仙音(せんおん)嘹喨(りょうりょう=響き渡り)、両行(りょうこう)の朱紫(しゅし=朱や紫の官服)繽紛(ひんぷん=入り乱れ)。
当年(そのとし)曾(かつ)て乗鸞(じょうらん=鸞に乗る)の信(しん=契り)を結(むす)び、
今朝(こんちょう)幸(さいわ)いに喜(よろこ)んで佳姻(かいん)に会(あ)う。
と。

さて、国王(こくおう)駕(が)の到(いた)れるに、かの后妃(こうひ)公主(こうしゅ)を引(ひ)き、并(ならび)に彩女(さいじょ)・宮娥(きゅうが)みな来(きた)りて迎接(げいせつ=迎え)す。国王(こくおう)喜孜孜(きしし=にこにこ)として、昭陽宮(しょうようきゅう)に進(い)りて坐(ざ)し下(おろ)す。后妃等(ら)朝拝(ちょうはい)し畢(おわ)り、国王言う、
「公主(こうしゅ)賢女(けんじょ)よ、初八日(しょはちにち)彩(さいろう)を結(むす)び球(たま)を抛(な)げしより、幸(さいわ)いに聖僧(せいそう)に遇(あ)えり、想(おも)うにこれ心愿(しんがん=心の願い)すでに足(た)れるならん。各(おのも)の衙門(がもん)の官(かん)も、また能(よ)く朕(ちん)が心(こころ)を体(たい=察)し、各項(かくこう)の事(こと)みなすでに完備(かんび)せり。今日(こんにち)正(まさ)にこれ佳期(かき=吉日)なれば、早(はや)く合卺(ごうきん)の宴(えん)に赴(おもむ)き、時辰(じしん=時刻)を過(あやま)ち錯(あやま)つこと莫(な)かれ」
と。

かの公主(こうしゅ)前(まえ)に走(はし)り近(ちか)づき身(み)を倒(さかしま)にして下拝(かはい)し、奏(もう)して言う、
「父王(ふおう)、乞(こ)う小女(しょうじょ=わたくし)の万千(ばんせん)の罪(つみ)を赦(ゆる)されよ。一言(いちげん)の啓奏(けいそう)有(あ)り。この幾日(ここ数日)宮官(きゅうかん)の伝(つた)え説(い)うを聞(き)き得(え)たるに、唐聖僧(とうせいそう)に三箇(みたり)の徒弟(でし)有(あ)り、かれら生(うま)れつき十分(じゅうぶん)に醜悪(しゅうあく=醜い)と。小女(わたくし)敢(あ)えてかれに見(まみ)えず、見(み)る時(おり)必(かなら)ず恐惧(きょうく=恐れ)を生(しょう)ぜんことを恐(おそ)る。万(まん)が一にも父王(ふおう)のかれを将(も)ちて発放(ほっぽう=立ち去らせ)て城(しろ)を出(い)だされんことを望(のぞ)むこそ方(はじ)めて好(よ)けれ、然(しか)らずんば弱体(じゃくたい=弱き身)を驚(おどろ)かし傷(そこな)い、反(かえ)って禍害(かがい)を為(な)さん」
と。国王言う、
「孩児(がいじ=子よ)の説(い)わざれば、朕(ちん)幾(ほと)んど忘(わす)れんとせり、果(は)たして生(うま)れつき些(いささ)か醜悪(しゅうあく)なり。連日(れんじつ)かれを御花園(ごかえん)の裡(うち)留春亭(りゅうしゅんてい)に在りて管待(かんたい=もてなし)せしめたり。今日(こんにち)に趁(じゅん)じてすなわち殿(でん)に上(のぼ)り、かれに関文(かんぶん)を打発(ほう=渡し)し、かれをして城(しろ)を出(い)でしめんに、却(かえ)って好(よ)く会宴(かいえん)すべし」
と。公主(こうしゅ)叩頭(こうとう)して恩(おん)を謝(しゃ)し、国王(こくおう)すなわち駕(が)を出(いだ)して殿(でん)に上(のぼ)り、旨(むね)を伝(つた)えて言う、「駙馬(ふば)とかれが三位(みたり)とを請(しょう)ぜよ」と。

元来(もと)かの唐僧(とうそう)指頭(しとう=指)を捏(つま)みて日子(ひにち=日数)を算(かぞ)え、十二日(じゅうににち)に熬(こら)え至(いた)り、天(てん)いまだ明(あき)らかならざるに、すなわちかの三人(みたり)と計較(けいこう=相談)して言う、「今日(こんにち)は却(かえ)ってすでに十二日(じゅうににち)なり、この事(こと)如何(いか)でか区処(くしょ=始末)せん」と。行者言う、
「かの国王(こくおう)は我すでに識(し)れり、かれに些(いささ)か晦気(わいき=不運の気)有(あ)るも、いまだ身(み)に沾(ふ)れざれば、大害(たいがい)と為(な)さず。但(た)だただ公主(こうしゅ)の面(おもて)を見(み)ることを得(え)ざるのみ、若(も)し出(い)で来(きた)るを得(え)なば、老孫(ろうそん)一覷(ひとみ)して、すなわち真假(しんが)を知(し)り、方(はじ)めて動作(どうさ=手を出す)せん、汝(なんじ)ただ管(かま)わず心(こころ)を放(はな)て。かれ如今(いま)必(かなら)ず来(きた)りて請(しょう)じ、我らを打発(ほう)して城(しろ)を出(い)ださんとす、汝(なんじ)自(みずか)ら応承(おうしょう=承諾)して怕(おそ)るること莫(な)かれ。我(われ)身(み)を闪闪(ひらり)と閃(かわ)してすなわち来(きた)り、緊緊(きつきつ)と汝(なんじ)に随(したが)い護(まも)らん」
と。

師徒(してい)ら正(まさ)に講(はな)すに、果(は)たして当駕官(とうがかん)の儀制司(ぎせいし)と同(とも)に来(きた)りて請(しょう)ずるを見(み)る。行者笑って言う、「去(ゆ)かん来(きた)らん!去かん来(きた)らん、必(かなら)ずこれ我らの為(ため)に送行(そうこう=見送り)をし、好(よ)く師父(しふ)を留(とど)めて会合(かいごう=婚礼)ならしめんとするなり」と。八戒言う、
「送行(そうこう)には必(かなら)ず千百両(せんぴゃくりょう)の黄金(おうごん)・白銀(はくぎん)有(あ)らん、我らもまた好(よ)く些(いささか)かの人事(じんじ=土産)を買(か)いて回(かえ)り去(ゆ)き、我がかの丈人(じょうじん=舅)の家(いえ)に到(いた)り、また親(しん)に会(あ)い耍子児(あそび)に去(ゆ)かんかな」
と。沙僧言う、「二哥(にいさん)口(くち)を箝(つぐ)め、乱(みだ)りに説(い)うを休(や)めよ、ただ大哥(あにき)の主張(しゅちょう)に凭(よ)れ」と。遂(つい)に此(ここ)に行李(こうり=荷)・馬匹(ばひつ=馬)を将(も)ちて、みなかの些(それら)の官(かん)に随(したが)いて丹墀(たんち=殿前の庭)の下(もと)に到(いた)る。

国王(こくおう)これを見(み)、行者(ぎょうじゃ)三位(みたり)を請(しょう)じて前(まえ)に近(ちか)づかしめ、言う、
「汝等(なむら)関文(かんぶん)を将(も)ちて拿(も)ち上(あ)ぐべし、朕(ちん)当(まさ)に宝(ほう=玉璽)を用(もち)い花押(かおう=署名)して汝等に交付(こうふ)せん。外(ほか)に多(おお)く盤纏(ばんてん=路銀)を備(そな)え、汝(なんじ)ら三位(みたり)を送(おく)りて早(はや)く霊山(りょうざん)に去(ゆ)きて仏(ほとけ)に見(まみ)えしめん。もし経(きょう)を取(と)りて回(かえ)り来(きた)らば、また重(おも)き謝(しゃ)有(あ)らん。駙馬(ふば)をこの処(ところ)に留(とど)む、懸念(けねん=案じ)するを得(え)ること勿(な)かれ」
と。行者(ぎょうじゃ)称謝(しょうしゃ)し、遂(つい)に沙僧(さそう)をして関文(かんぶん)を取(と)り出(いだ)して遞(わた)し上(たてまつ)らしむ。国王看(み)て、すなわち印(いん)を用(もち)い、花字(かじ=署名)を押(お)し、また黄金(おうごん)十錠(じゅうじょう)、白金(はくぎん)二十錠(にじゅうじょう)を取(と)り、聊(いささ)かに親礼(しんれい=親族の礼)を達(たっ)す。八戒(はっかい)元来(もと)財色(ざいしょく=金と色)の心(こころ)重(おも)ければ、すなわち去(ゆ)きてこれを接(う)けたり。

行者上(かみ)に朝(むか)いて一箇の喏(じゃく=拝礼)を唱(とな)えて言う、「聒噪(かっそう=お騒がせ)聒噪!」と。すなわち身(み)を転(めぐ)らして走(に)げんとせしに、慌(あわ)てたるかな一箇の三蔵(さんぞう)一轂轆(いちこくろく=ころりと)爬(は)い起(お)き、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひき)とどめ、牙根(がこん=歯の根)を咬(か)み響(ひび)かせて言う、「汝(なんじ)らみな我(われ)を顧(かえり)みずしてすなわち去(ゆ)かんとするか!」と。行者、手(て)を以て三蔵(さんぞう)の手掌(しゅしょう=手のひら)を捏(つま)み、一箇の眼色(がんしょく=目くばせ)を投(な)げて言う、「汝(なんじ)はこの処(ところ)に在りて懐(こころ)を寛(ひろ)くして歓(よろこ)び会(あ)え、我等(われら)経(きょう)を取(と)りて、回(かえ)り来(きた)りて汝(なんじ)を看(み)ん」と。かの長老(ちょうろう)信(しん)ずるに似(に)て信(しん)ぜざるが如(ごと)く、肯(あえ)て手(て)を放(はな)たず。多官(たかん)みな見(み)て、以(おも)えらく実(げ)にこれ相別(あいわか)れて去(ゆ)くなりと。

早(はや)くも国王(こくおう)また駙馬(ふば)を請(しょう)じて殿(でん)に上(のぼ)らせ、多官(たかん)をして三位(みたり)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)ださしむるを見(み)、長老(ちょうろう)ただ手(て)を放(はな)ちて殿(でん)に上(のぼ)るを得(え)たり。行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)、衆(しゅう)と同(とも)に朝門(ちょうもん)を出(い)で、各(おのおの)相別(あいわか)る。八戒言う、「我ら当真(ほんとう)に走(に)ぐるか」と。行者言語(ものい)わず、只管(ひたすら)走(ゆ)きて駅(えき)の中(うち)に至(いた)る。駅丞(えきじょう)接(むか)え入(い)れ、茶(ちゃ)を看(だ)し飯(めし)を擺(なら)ぶ。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に対(むか)いて言う、
「汝(なんじ)ら両箇(ふたり)はただこの処(ところ)に在り、切(きっ)と頭(こうべ)を出(いだ)すこと莫(な)かれ。但(た)だ駅丞(えきじょう)の甚(なん)の事情(じじょう)をか問(と)うとも、且(しばら)く含糊(がんこ=曖昧)に答応(こた)え、我(われ)と話(はな)すこと莫(な)かれ、我(われ)師父(しふ)を保(ほ)しに去(ゆ)かんとす」
と。

好(よ)き大聖(たいせい)かな、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)!」と叫(よ)べば、すなわち変じて本身(ほんしん=本来の身)の姿(すがた)と作(な)り、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と同(とも)に駅内(えきない)に在(あ)り、真身(しんしん)は却(かえ)って幌(ひらめ)きて半空(はんくう)に跳(おど)り上(あが)り、変じて一箇の蜜蜂(みつばち)と作(な)れり、其(そ)の実(じつ)小巧(しょうこう=小さく精巧)なり。ただ見(み)よ、
翅(つばさ)黄(き)に口(くち)甜(あま)く尾(お)利(するど)く、風(かぜ)に随(したが)い飄舞(ひょうぶ)して顛狂(てんきょう=狂ったよう)。
最(もっと)も能(よ)く蕊(ずい=花蕊)を摘(つ)み与(と)香(かおり)を偷(ぬす)み、柳(やなぎ)を度(わた)り花(はな)を穿(うが)ちて揺蕩(ようとう=揺れ動く)。
辛苦(しんく)幾番(いくたび)か淘染(とうせん=洗い染め)、飛(と)び来(きた)り飛び去(さ)りて空(むな)しく忙(いそが)し。
釀(かも)し成(な)す濃美(のうび)を自(みずか)ら何(なん)ぞ嘗(な)めん、只(た)だ好(よ)く名状(めいじょう=言い表し)を留存(るいぞん)するのみ。
と。

なんじ看(み)よ、かれ軽軽(かるがる)として朝中(ちょうちゅう)に飛(と)び入(い)る。遠(とお)くかの唐僧(とうそう)の国王(こくおう)の左辺(ひだり)の繍墩(しゅうとん)の上(うえ)に坐(ざ)し、愁眉(しゅうび=愁いの眉)展(の)びず、心(こころ)に焦燥(しょうそう=苛立ち)を存(ぞん)ずるを見(み)る。径(ただち)に飛(と)びてかれが毗盧帽(びるぼう)の上(うえ)に至(いた)り、悄悄(しょうしょう=こっそり)と爬(は)いて耳朶(じた=耳)の辺(ほとり)に及(およ)び、叫(よ)んで言う、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり、切(きっ)と憂慮(ゆうりょ)すること莫(な)かれ」と。この句(く=言葉)は、ただ唐僧(とうそう)のみ聴(き)き得(え)たるに、かの夥(くみ)の凡人(ぼんじん)は、覚(さと)り知(し)ること莫(な)からん。唐僧(とうそう)聴(き)き得(え)て、始(はじ)めて心(こころ)の寛(ひろ)きを覚(おぼ)ゆ。

一時(いっとき)ならずして、宮官(きゅうかん)来(きた)りて請(しょう)じて言う、「万歳(ばんぜい)、合卺(ごうきん)の嘉筵(かえん=めでたき宴)すでに鳷鵲宮(しじゃくきゅう)の中(うち)に排設(はいせつ)せられ、娘娘(にゃんにゃん)与(と)公主(こうしゅ)は、俱(みな)宮(きゅう)に在りて伺候(しこう=お待ち)し、専(もっぱ)ら万歳(ばんぜい)の貴人(きじん)と同(とも)に会親(かいしん)せられんことを請(こ)うなり」と。国王(こくおう)喜(よろこ)ぶことこれ尽(つ)きず、すなわち駙馬(ふば)と同(とも)に宮(きゅう)に進(い)りて去(ゆ)く。正(まさ)にこれかの、
邪主(じゃしゅ=邪なる主)花(はな)を愛(あい)して花(はな)禍(わざわい)を作(な)し、
禅心(ぜんしん)動(うご)きて念(ねん)念(ねん)として愁(うれい)を生(しょう)ず。
と。畢竟(ひっきょう)唐僧(とうそう)の内宮(ないぐう)に在りて怎(いか)でか解脱(げだつ)するを知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。