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095 第九十五回 仮合(けごう)の真形(しんぎょう)もて玉兎(ぎょくと)を擒(とら)え 真陰(しんいん)正(しょう)に帰(き)して霊元(れいげん)に会(あ)う

話(わ)はかの唐僧(とうそう)の、憂憂愁愁(ゆうゆうしゅうしゅう=いたく案じ)として国王(こくおう)に随(したが)いて後宮(こうきゅう)に至(いた)るを表(あらわ)す。ただ鼓楽(こがく)の天(てん)に喧(かまびす)しく、異香(いこう)の鼻(はな)を撲(う)つを聞(き)くのみ。頭(こうべ)を低(た)れて、敢(あ)えて仰(あお)ぎ視(み)ず。

行者(ぎょうじゃ)、暗(あん)の裡(うち)に欣然(きんぜん)として、かの毗盧帽(びるぼう=僧帽)の頂(いただき)に止(とど)まり、神光(しんこう=神通の光)を運(めぐ)らし、火眼金睛(かがんきんせい)を睜(みは)りて観看(みわた)せば、またただ見(み)よ、あの両班(りょうはん)の彩女(さいじょ)の列(つら)ね並(なら)べる、蕊宮仙府(ずいきゅうせんぷ=仙女の住処)の似(ごと)く、錦帳春風(きんちょうしゅんぷう=錦の帳と春の風)にも勝(まさ)りて強(まさ)れるを。真箇(まこと)にこれ、
娉婷嬝娜(へいていじょうだ=しなやかに美し)、玉質氷肌(ぎょくしつひょうき=玉の質に氷の肌)。
一双双(ひとつがいひとつがい)の嬌(なまめき)は楚女(そじょ)を欺(あざむ)き、一対対(ひとつがいひとつがい)の美(うつくしさ)は西施(せいし)に賽(まさ)る。
雲髻(うんけい=雲の髷)高(たか)く盤(ま)きて彩鳳(さいほう)飛(と)び、蛾眉(がび=蛾の眉)微(かす)かに顕(あらわ)れて遠山(えんざん)低(ひく)し。
笙簧(しょうこう=笙の簧)雑(まじ)り奏(かな)で、簫鼓(しょうこ=簫と鼓)頻(しき)りに吹(ふ)く。
宮商角徵羽(きゅうしょうかくちう=五音)、抑揚高下(よくようこうか)斉(ひと)し。
清歌妙舞(せいかみょうぶ)常(つね)に愛(あい)するに堪(た)え、錦砌花団(きんせいかだん)色色(しきしき)怡(よろこ)ばし。
と。

行者、師父(しふ)の全(まった)く念(ねん)を動(うご)かさざるを見、暗自裡(ひそか)に舌(した)を鳴(な)らし夸称(ほめたた)えて道(いわ)く、
「好(よ)き和尚(おしょう)かな!好き和尚かな!身(み)は錦繍(きんしゅう)に居(きょ)して心(こころ)に愛無(な)く、足(あし)は瓊瑶(けいよう=美玉)を步(あゆ)みて意(こころ)迷(まよ)わず」
と。

少時(しばらく)して、皇后(こうごう)・嬪妃(ひんぴ)公主(こうしゅ)を簇擁(ぞうよう=取囲み)して鳷鵲宮(しじゃくきゅう)を出(い)で、一斉(いっせい)に迎接(げいせつ)し、みな声(こえ)を道(な)して、
「我王(がおう)万歳(ばんぜい)、万万歳(ばんばんぜい)!」
と。慌てたるかな箇(ひとり)の長老(ちょうろう)、戦戦兢兢(おののき)として、措(お)く所(ところ)を知(し)らず。行者すでに早(はや)く知識(し)りて、かの公主の頭頂(ちょうちょう)の上(うえ)に微(かす)かに一点(いってん)の妖氛(ようふん=妖気)の露(あらわ)るるを見るも、却(かえ)ってまた十分(じゅうぶん)には凶悪(きょうあく)ならず。すなわち忙(いそ)ぎ爬(は)い近(ちか)づきて耳朶(じた=耳)の辺(ほとり)に叫(よ)んで道(いわ)く、「師父、公主はこれ箇(ひとつ)の仮(にせ)なり」と。長老言う、「仮ならば、却って如何(いか)でかかれをして相(すがた)を現(あらわ)さしめん」と。行者言う、「法身(ほっしん=法の身)を出(いだ)し、此(ここ)に就(つ)きてかれを拿(とら)えん」と。長老言う、
「不可(なら)ず不可ず!恐(おそ)らくは主駕(しゅが=王の駕)を驚(おどろ)かさん。且(しばら)く君后(くんこう=王と后)の退(しりぞ)き散(さん)ずるを待(ま)ちて、また法力(ほうりき)を使(つか)え」
と。

かの行者一生(いっしょう)性急(せいきゅう)なれば、那裡(いずく)にか容(い)るるを得(え)ん。大(おお)いに一声(ひとこえ)咤(どな)り、本相(ほんぞう=本来の姿)を現し、趕(お)い上前(すす)みて公主(こうしゅ)を揪(つか)まえ住(とど)め、罵(ののし)って道(いわ)く、
「好(よ)き孽畜(げっちく=畜生め)かな!汝(なんじ)ここに在りて仮(いつわ)りを弄(ろう)して真(しん)と成(な)し、ただ此に在りてこの般(ごとき)の受用(じゅよう=享楽)もまた尽(ことごと)く彀(た)れりに、心なお足(た)らず、還(ま)た我が師父(しふ)を騙(あざむ)き、かれが真陽(しんよう=元陽)を破(やぶ)り、汝が淫性(いんせい=淫欲の性)を遂(と)げんと要(もと)むるか!」
と。

唬(おど)されたるかなかの国王、呆呆怔怔(ほうぜん)として、后妃(こうひ)は跌跌爬爬(つまずき這い)、宮娥(きゅうが)・彩女(さいじょ)、一箇(ひとり)として東(ひがし)に隠(かく)れ西(にし)に藏(かく)れ、各(おのおの)性命(せいめい)を顧(かえり)みざるは莫(な)し。好き便(たぐい)かな、
春風蕩蕩(しゅんぷうとうとう)として、秋気瀟瀟(しゅうきしょうしょう)たり。
春風蕩蕩として園林(えんりん)を過(よ)ぐれば、千花(せんか)揺(ゆ)り動き、
秋気瀟瀟として径苑(けいえん=小道の庭)に来(きた)れば、万葉(ばんよう)飄(ただよ)い揺(ゆ)る。
刮(か)り折(お)る牡丹(ぼたん)は傾(かたむ)ける檻(てすり)の下(した)に、吹(ふ)き歪(ゆが)む芍薬(しゃくやく)は欄(らん)の辺に臥(ふ)す。
沼岸(しょうがん=池の岸)の芙蓉(ふよう)乱(みだ)りに撼(ゆる)ぎ、台基(だいき=台の基)の菊蕊(きくずい=菊の蕊)堆(うずたか)く敷(し)く。
海棠(かいどう)力(ちから)無くして塵埃(じんあい)に倒(たお)れ、玫瑰(まいかい=ばら)香(かおり)有(あ)りて野径(やけい)に眠(ねむ)る。
春風吹き折る芰荷楟(きかてい=蓮の茎)、冬雪圧(お)し歪(ゆが)む梅(うめ)の嫩蕊(どんずい=若き蕊)。
石榴(ざくろ)の花弁(かべん)、乱(みだ)れ落(お)ちて内院(ないいん)の東西(とうざい)に、
岸柳(がんりゅう)の枝条(しじょう)、斜(なな)めに垂(た)れて皇宮(こうぐう)の南北(なんぼく)に。
好(よ)き花(はな)の風雨(ふうう)一宵(いっしょう)狂(くる)い、無数(むすう)の残紅(ざんこう=散り残る花)地(ち)に錦(にしき)を敷(し)く。
と。

三藏(さんぞう)いよいよ慌(あわ)てて手(て)足(あし)を失(うしな)い、戦兢兢(おののき)として国王を抱(いだ)き住め、ただ叫んで言う、「陛下(へいか)、怕(おそ)るること莫かれ!怕(おそ)るること莫かれ!これ我が頑徒(がんと=いたずら弟子)の法力(ほうりき)を使い、真假(しんが)を辨(わきま)うるなり」と。

さて、かの妖精(ようせい)事(こと)の諧(ととの)わざるを見(み)、手を振(ふ)りきり脱(のが)れ、衣裳(いしょう)を解(と)き剥(はい)ぎ、捽捽(くしゃくしゃ)と頭(かしら)を揺(ゆす)りて釵環首飾(さかんしゅしょく=簪と耳飾)を落(お)とし、すなわち御花園(ごかえん)の土地廟(とちびょう=土地神の社)に跑(はし)り到(いた)り、一条(ひとすじ)の碓嘴(たいし=臼の嘴)の様(さま)の短棍(たんこん=短き棍)を取出(とりだ)し、急(いそ)ぎ身を転(めぐ)らし来りて乱(みだ)りに行者を打(う)つ。行者すなわち随い来り、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて劈面(まとも)に相(あい)迎(むか)う。かれ両箇(ふたり)吆吆喝喝(わいわい)として、すなわち花園(かえん)に在りて闘(たたか)い起(おこ)り、後(のち)に却って大いに神通(じんずう)を顕(あらわ)し、各雲霧(うんむ)に駕(が)して、空(そら)の中(うち)に殺(あ)い合(あ)う。この一場(ひとくさり)、
金箍(きんこ)の鉄棒名声(めいせい)有り、碓嘴(たいし)の短棍(たんこん)人(ひと)の識(し)る無し。
一箇(ひとつ)は真経(しんきょう)を取(と)らんとて此方(このかた)に到り、一箇は奇花(きか=珍しき花)を愛(あい)するが為(ため)に迹(あと)に住まる。
かの怪(かい)久(ひさ)しく唐聖僧(とうせいそう)を知り、元精(げんせい)の液(えき)を配合(はいごう)せんことを求(もと)む。
旧年(きゅうねん=去年)真の公主を摂(かす)め去(さ)り、人身(じんしん)に変作(へんさく=化し)て欽(つつし)み愛し惜(お)しめり。
今(いま)大聖(たいせい)の妖氛(ようふん)を認(したた)むるに逢(あ)い、活命(かつめい)を救援(きゅうえん)して虚実(きょじつ)を分(わか)たんとす。
短棍(たんこん)凶(きょう)を行(おこな)いて頂(いただき)を投(めが)けて投(な)げ、鉄棒威(い)を施(ほどこ)して面(おもて)を迎(むか)え撃(う)つ。
喧喧嚷嚷(けんけんじょうじょう)として両(ふたり)相(あい)持(たも)ち、雲霧(うんむ)天に満(み)ちて白日(はくじつ)を遮(おお)う。
と。

さて、かの唐僧あの国王(こくおう)を扶(たす)け、ただ叫(よ)んで言う、
「驚くこと莫(な)かれ!請(こ)う娘娘(にゃんにゃん=后)与(と)衆等(みな)に勧(すす)めて怕(おそ)るること莫からしめよ。汝が公主はこれ箇(ひとつ)の仮(いつわ)りて真形(しんぎょう)を作(な)せる者(もの)なり、我が徒弟(でし)のかれを拿(とら)え住(とど)むるを等(ま)ちて、方(はじ)めて好悪(よしあし)を知るべきなり」
と。かの些(それら)の妃子(ひし=妃)に胆(きも)の大(おお)きき者有(あ)り、かの衣服(いふく)・釵環(さかん)を拿(と)りて皇后与(に)与(わた)し看(み)せて、道(いわ)く、
「これ公主(こうしゅ)の穿(き)たる、戴(いただ)けるものなり。今みな投(な)げ下(おろ)し、身を精(はだか)にし、かの和尚(おしょう)与天(てん)の上に在りて争(あらそ)い打つ。必(かなら)ずこれ一箇(ひとつ)の妖邪(ようじゃ)ならん」
と。この時(おり)国王・后妃人等(ひとびと)才(はじ)めて性(しょう=正気)を正(ただ)し、空を仰(あお)ぎ視(み)ることは題(だい)とせず。

さて、かの妖精大聖与闘うこと半日(はんじつ)を経(へ)るに、勝敗(しょうはい)を分(わか)たず。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を把(と)り投(な)げ起し、「変(へん)!」と一声叫べば、すなわち一(ひとつ)を以て十(とお)に変じ、十を以て百(ひゃく)に変じ、百を以て千(せん)に変ず。半(なか)ば天の裡、好似(あたか)も蛇(へび)の游(およ)ぎ蟒(うわばみ)の攪(みだ)るるが如(ごと)く、乱(みだ)りに妖邪を打つ。妖邪慌てて手(て)足(あし)を失(うしな)い、身(み)を将(も)ちて一闪(ひとひらめ)き、一道(ひとすじ)の清風(せいふう)に化(け)し、すなわち碧空(へきくう=青空)の上に奔(はし)りて逃(に)げ走(さ)る。行者一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(とな)え、鉄棒(てつぼう)を将ちて收(おさ)め一根(ひとすじ)と做(な)し、祥光(しょうこう=めでたき光)を縦(はな)ちて一直(ひたすら)に趕い来(きた)る。西天門(せいてんもん)に近づかんとして、かの旌旗(せいき)の熌灼(せんしゃく=きらめく)を望(なが)み見る。行者声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)って道(いわ)く、
「天門(てんもん)を把(まも)る者よ、妖精を擋(ふせ)ぎ住め、かれを放(はな)ちて走(に)がすこと莫(な)かれ!」
と。真箇(まこと)にかの天門(てんもん)の上(うえ)に護国天王(ごこくてんおう)有り、龐劉苟畢(ほうりゅうこうひつ)の四大元帥(よんだいげんすい)を帥(ひき)い領(つ)れ、各(おのおの)兵器(へいき)を展(の)べて攔阻(らんそ=遮り)す。妖邪(ようじゃ)前進(ぜんしん)すること能(あた)わず、急ぎ首(こうべ)を回(めぐ)らし、死(し)を捨(す)て生(いのち)を忘(わす)れ、短棍(たんこん)を使いてまた行者与(と)相(あい)持(たも)つ。この大聖心力(しんりょく)を用(もち)いて鉄棒を輪(めぐ)らし、仔細(つまびらか)に迎(むか)え著(つ)けて看る時、かの短棍児(たんこんじ)の片方(かたほう)壮(たくま)しく、片方(かたほう)細(ほそ)く、却(かえ)って春(はる)の碓臼(たいきゅう=臼)の杵頭(しょとう=杵の頭)の模様(かたち)に似(に)たるを見、叱咤(しった=どなり)一声喝(かつ)して道(いわ)く、
「孽畜(げっちく=畜生)よ!汝の拿(と)れるは是(これ)甚(なん)の器械(きかい=兵器)ぞ、敢えて老孫(ろうそん)与抵敵(ていてき=敵対)するか!疾(と)く早く降伏(こうぶく)せよ、この一棒(ひとぼう)の汝が天霊(てんれい=頭のてっぺん)を打(う)ち砕(くだ)くるを免(まぬが)れよ!」
と。かの妖邪歯(は)を咬(か)みて道(いわ)く、
「汝(なんじ)もまた我がこの兵器(へいき)を知(し)らざるか!我が道(いわ)くを聴(き)け、
仙根(せんこん=仙の根)は是(こ)れ一段(ひとくだり)の羊脂玉(ようしぎょく=羊の脂の玉)、
磨琢(ましたく=磨き彫り)して形(かたち)を成(な)せるは年(とし)を計(かぞ)えず。
混沌(こんとん)開(ひら)けし時(とき)吾(われ)すでに得たり、洪蒙(こうもう=天地未分)判(わか)れ処(さだ)まるに我(われ)当(まさ)に先(さき)んず。
源流(げんりゅう)凡間(ぼんかん)の物(もの)に比(ひ)するに非(あら)ず、本性(ほんしょう)生来(せいらい)上天(じょうてん)に在(あ)り。
一体(いったい)の金光(きんこう)四相(しそう)と和(わ)し、五行(ごぎょう)の瑞気(ずいき)三元(さんげん)と合(がっ)す。
吾(われ)に随(したが)いて久(ひさ)しく蟾宮(せんきゅう=月の宮)の内(うち)に住(じゅう)し、我に伴(ともな)いて常(つね)に桂殿(けいでん=桂の殿)の辺(ほとり)に居(きょ)す。
花(はな)を愛(あい)するに因(よ)りて世境(せいきょう=この世)に垂(くだ)り、故(ゆえ)に天竺(てんじく)に来りて嬋娟(せんけん=美女)に仮(いつわ)る。
君(きみ)与共(とも)に楽(たのし)むに他意(たい)無(な)く、唐僧に配(はい)して宿縁(しゅくえん)を了(おわ)らんと欲(ほっ)す。
汝怎(いか)でか心を欺(あざむ)きて佳偶(かぐう=良き契り)を破り、死(し)を尋(たず)ね趕(お)い戦(たたか)いて凶頑(きょうがん=凶暴)を逞(たくま)しくするか。
この般(ごとき)の器械(きかい)名頭(めいとう=名)大いなり、汝が金箍棒(きんこぼう)の子(こ)の前(まえ)に在り。
広寒宮(こうかんきゅう)の裡(うち)搗薬(とうやく=薬を搗く)の杵(きね)、人を打つこと一下(ひとした)に命(いのち)泉(せん=黄泉)に帰(かえ)る!
と。
」
と。

行者説(いう)を聞き、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)して道(いわ)く、
「好き孽畜(げっちく)かな!汝既(すで)に蟾宮(せんきゅう)の内(うち)に住(じゅう)するとは、すなわち老孫の手段(しゅだん)を知らざるか。汝(なんじ)還た敢(あ)えて此に在りて支吾(しご=言い逃れ)するか。疾(と)く早(はや)く相(すがた)を現(あらわ)し降伏(こうぶく)せよ、汝が性命(せいめい)を饒(ゆる)さん!」
と。かの怪(かい)道(いわ)く、
「我汝を認む、これ五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大鬧(おおさわ)がしし弼馬温(ひつばおん=馬の翁)なり、理(ことわり)当に汝に譲(ゆず)るべし。但(た)だ只(た)だこれ人の親事(しんじ=縁組)を破(やぶ)るは、父母(ふぼ)を殺(ころ)すの仇(あだ)の如(ごと)し、此(ここ)を以て情理(じょうり)甘(あま)んぜず、汝(なんじ)が天(てん)を欺(あざむ)き上(かみ)を罔(あざむ)く弼馬温(ひつばおん)を打たんと要(もと)むるなり!」
と。かの大聖(たいせい)悩(いか)るは是れ弼馬温(ひつばおん)の三字(みつのじ)なり。かれこの言(げん)を聴(き)き得て、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)り、鉄棒を挙(あ)げて劈面(まとも)に就(つ)きてすなわち打(う)つ。かの妖邪杵(きね)を輪(めぐ)らして来り迎(むか)え、すなわち西天門(せいてんもん)の前(まえ)に于(お)いて、発狠(はっこん=猛り)て相(あい)持(たも)つ。この一場(ひとくさり)、
金箍棒(きんこぼう)、搗薬杵(とうやくしょ)、両般(ふたつ)の仙器(せんき)真(まこと)に比(くら)ぶべし。
かの一は婚姻(こんいん)を結(むす)ばんが為(ため)に世間(せけん)に降(くだ)り、この一(ひとつ)は唐僧(とうそう)を保(ほ)するに因りて此に到る。
元来(もと)これ国王の正経(しょうきん=分別)無く、花(はな)を愛して妖邪(ようじゃ)の喜(よろこ)びを引(ひ)き得(え)たり。
如今(いま)恨苦(こんく=恨み苦しみ)の争(あらそい)を致(いた)し、両家(りょうけ)みな頑心(がんしん=頑な心)を把り起(おこ)す。
一沖一撞(いっしょういちどう)輸贏(ゆえい=勝敗)を賭(と)し、劖語劖言(ざんござんげん=刺す言葉)斉(ひと)しく嘴(くち)を闘(たたか)わす。
薬杵(やくしょ)の英雄(えいゆう)世(よ)に罕稀(かんき=稀)なり、鉄棒(てつぼう)の神威(しんい)還(ま)た更(さら)に美(うつく)し。
金光湛湛(きんこうたんたん)として天門(てんもん)を幌(ひらめ)かし、彩霧輝輝(さいむきき)として地里(ちり=地)に連(つら)なる。
来往(らいおう)戦(たたか)うこと十数回(じゅうすうかい)を経(へ)るに、妖邪力(ちから)弱(よわ)くして搪抵(とうてい=支え)難(がた)し。
と。

かの妖精(ようせい)行者(ぎょうじゃ)与(と)また十数回(じゅうすうかい)闘いしが、行者の棒勢(ぼうせい=棒の勢い)の緊密(きんみつ)なるを見(み)、料(おもんみ)らくは勝(か)ち難(がた)しとし、虚(から)く一杵(ひとつき)を投(な)げ、身を将ちて幌一幌(ひとひらめき)すれば、金光万道(ばんどう)として、径(ただち)に正南(せいなん)の上に奔(はし)りて敗走(はいそう)す。大聖随いて後(うしろ)より追襲(ついしゅう)す。忽(たちま)ち一座(ひとつ)の大山(だいざん)に至るに、妖精金光(きんこう)を按(おさ)え、山洞(さんどう=ほら穴)に潜(もぐ)り入(い)り、寂然(せきぜん)として見えず。またかれの身を遁(のが)して国(くに)に回(かえ)り、暗(ひそ)かに唐僧を害(そこな)わんことを恐(おそ)れ、かれこの山(やま)の規模(きぼ=ありさま)を認(したた)め、雲頭(うんとう)を返(かえ)して径に国内(こくない)に転(てん)ず。

この時(おり)申(さる)の時(とき)有(あ)り。かの国王(こくおう)正(まさ)に三藏(さんぞう)を扯(ひき)とめ、戦戦兢兢(おののき)としてただ叫(よ)んで、「聖僧(せいそう)我(われ)を救(すく)え!」と。かの些(それら)の嬪妃(ひんぴ)・皇后(こうごう)もまた正に愴惶(そうこう=慌て)せるに、ただ見よ、大聖の雲端(うんたん)の裡より落(お)ち将(も)ち下(お)り来(きた)り、叫んで道(いわ)く、「師父、我来れるぞ!」と。三藏(さんぞう)言う、「悟空(ごくう)立(た)ち住まれ、聖躬(せいきゅう=王の御身)を驚(おどろ)かすべからず。我汝に問(と)わん、仮の公主の事(こと)は、端的(あて)如何(いかん)」と。行者鳷鵲宮(しじゃくきゅう)の外(そと)に立(た)ち、手を叉(く)みて胸(むね)に当(あ)てて道(いわ)く、
「仮(にせ)の公主は是れ一箇の妖邪なり。初(はじ)めかれ与半日(はんじつ)打ちしに、かれ我(われ)に戦(たたか)い勝(か)つこと能(あた)わず、一道(ひとすじ)の清風(せいふう)に化し、径(ただち)に天門(てんもん)の上へ往(ゆ)きて跑(はし)れり。是(こ)れ我天神(てんじん)を吆喝(おど)して擋(ふせ)がしめたるなり。かれ相(すがた)を現し、また我与十数合(じゅうすうごう)まで闘(たたか)いしが、また身(み)を将ちて金光に化(け)し、正南(せいなん)の上(うえ)一座の山の上に敗(やぶ)れて回れり。我(われ)急(いそ)ぎ山に追(お)い至るも、尋ぬる処(ところ)無く、恐(おそ)らくはかれ此に来りて汝を害(そこな)わんとし、特(とく)に地(ここ)に回顧(かいこ=引き返)するなり」
と。国王説(いう)を聞き、唐僧を扯(ひ)きて問うて道(いわ)く、「既(すで)に仮の公主(こうしゅ)の是れ妖邪(ようじゃ)ならば、我が真(しん)の公主は何処(いずこ)の処に在(あ)るか」と。行者声に応(おう)じて道(いわ)く、「我が仮の公主を拿(とら)え住(とど)むるを待(ま)て、汝(なんじ)がかの真の公主(こうしゅ)は自(おのずか)ら来(きた)らん」と。かの后妃等(こうひら)この言を聞(き)き得て、みな恐惧(きょうく=恐れ)を解(と)き、一箇一箇(ひとりひとり)上前(すす)み出で拝(はい)し告(もう)して道(いわ)く、
「望(のぞ)むらくは聖僧(せいそう)の我が真(しん)の公主を救い得来り、明暗(めいあん)を分(わか)たれ。必(かなら)ず当(まさ)に重(おも)く謝(しゃ)せん」
と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、
「此間(ここ)は是れ我らが話(はな)す処に非(あら)ず。請う陛下(へいか)我が師(し)与(と)宮(きゅう)を出で殿(でん)に上(のぼ)れ、娘娘等(にゃんにゃんら)各各(おのおの)の宮に転(てん)じ、我が師弟(してい)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を召(め)して来り師父(しふ)を保護(ほご)せしめよ。しからば我却って好(よ)く降妖(ごうよう=妖を降)しに去(ゆ)かん。一には内外(ないがい)を分(わ)かち、二(ふたつ)には我が懸心(けんしん=案じ)を免(まぬ)がれ、謹(つつし)んで当に辨明(べんめい)し、以(も)って我が一場(ひとくさり)の心力(しんりょく)を表(あらわ)さん」
と。国王言(げん)に依(よ)り、感謝(かんしゃ)して已(や)まず、遂(つい)に唐僧(とうそう)与手(て)を携(たずさ)えて宮(きゅう)を出(い)で、径に殿の上に至(いた)る。衆(しゅう)の后妃(こうひ)各各(おのおの)宮に回(かえ)る。一壁廂(いっぺきしょう=一方)には素膳(そぜん=精進の膳)を備(そな)えしめ、一壁廂(いっぺきしょう)には八戒・沙僧(さそう)を請(しょう)ず。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、二人(ふたり)早くも至る。行者前事(ぜんじ)を備(つまびらか)に言(い)い、かれ両箇(ふたり)に心(こころ)を用(もち)いて護持(ごじ=守り)することを教(おし)う。この大聖(たいせい)觔斗雲(きんとんうん)に縦(の)り、空(そら)に飛(と)びて去る。かの殿前(でんぜん)の多官(たかん)、一箇一箇(ひとりひとり)空を仰(あお)ぎ礼拜(らいはい)することは題(だい)とせず。

孫大聖(そんたいせい)径(ただち)に正南(せいなん)のかの一座(ひとつ)の山(やま)の上(うえ)に至り、尋找(たずねもと)む。元来(もと)かの妖邪陣(じん)に敗(やぶ)れ、この山に到(いた)り、窩(すみか)の中に潜(もぐ)り入り、門児(もんじ)を将ちて石塊(せっかい=石のかたまり)を使(つか)いて擋塞(とうそく=塞ぎ)し、虚怯怯(きょきょうきょう=おびえ)として藏(かく)れ隠(かく)れて出でず。行者一会(ひととき)尋(たず)ぬるに動静(どうせい=気配)を見(み)ず、心甚(いた)く焦悩(いらだ)ち、訣(けつ)を捻(ひね)り、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、かの山中(さんちゅう)の土地(とち)・山神(さんしん)を喚(よ)び出して審問(しんもん=糺)す。少時(しばらく)して、二神(にしん)至(いた)り、頭を叫(さ)げて道(いわ)く、
「知らず知らず、知(し)らば当(まさ)に遠(とお)く接(むか)えん。万(よろず)望むらくは罪(つみ)を恕(ゆる)されよ!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、
「我(われ)且く汝を打たず。我汝に問(と)わん、この山は甚(なん)と喚ぶ名字(な)なるか。此処(ここ)に多少(いくら)の妖精有るか。従実(ありのまま)に説(い)い来(きた)れ、汝が罪過(ざいか)を饒(ゆる)さん」
と。二神(にしん)告(もう)して道(いわ)く、
「大聖、この山(やま)を喚(よ)んで毛穎山(もうえいざん)と做(な)す。山中(さんちゅう)に只だ三処(みところ)の兔穴(うさぎあな)有るのみ。亘古(ここ=大昔)より今(いま)に至るまで甚(なん)の妖精(ようせい)も無(な)く、乃(すなわ)ちこれ五環(ごかん)の福地(ふくち=幸いの地)なり。大聖妖精を尋ねんと要(もと)めなば、還た是(こ)れ西天(せいてん)の路上(ろじょう)に去きて有(あ)らん」
と。行者道(いわ)く、
「老孫(ろうそん)西天(せいてん)天竺国(てんじくこく)に到りしに、かの国王(こくおう)に一箇の公主有りしが、一箇(ひとり)の妖精に摂(かす)め去られ、荒野(こうや)に抛(なげう)たれたり。かれすなわち変(へん)じて公主(こうしゅ)の模様(すがた)と做(な)り、国王を戯(たわむ)れ哄(たぶら)かし、彩楼(さいろう)を結(むす)び、繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)げ、駙馬(ふば)を招(まね)かんと欲せり。
我唐僧を保(ほ)してその楼(ろう)の下(した)に至りしに、かれ心有りて唐僧を打(う)ち着(あ)て、配偶(はいぐう)と為(な)り、元陽(げんよう)を誘(さそ)い取らんとせり。
是れ我(われ)識破(しきは=見破)し、すなわち宮中(きゅうちゅう)に于(お)いて身を現(あらわ)して捉獲(とら)えたり。かれすなわち人(ひと)の衣(ころも)・首飾(しゅしょく)を脱(ぬ)ぎ、一条(ひとすじ)の短棍(たんこん)を使い、名(な)を搗薬杵(とうやくしょ)と喚び、我与半日(はんじつ)闘いしが、かれすなわち清風(せいふう)に化して去(さ)れり。老孫に趕われ西天門(せいてんもん)に至(いた)り、また十数合(じゅうすうごう)闘(たたか)いしが、かれ料(おもんみ)らくは勝(か)つこと能(あた)わじとし、復(ま)た金光(きんこう)に化(け)し、此処(ここ)に逃(に)げ至れり。如何(いか)にしてか見えざる」
と。二神(にしん)説(いう)を聞き、すなわち行者を引(ひ)きてかの三窟(みつのあな)の中(うち)に去(ゆ)き尋找(たずねもと)む。始(はじ)め山脚(さんきゃく=山の麓)の窟(あな)の辺に看る処(ところ)に、亦(ま)た幾箇(いくたり)かの草兔児(そうとじ=野うさぎ)有(あ)りしが、また驚かされて走(に)げ去れり。絶頂(ぜっちょう=いただき)の上の窟(あな)の中に尋(たず)ね至り看(み)る時、ただ見よ、二塊(ふたつ)の大石頭(おおいし)の、窟門(あなのもん)を将(も)ちて擋(ふさ)ぎ住むるを。土地(とち)道(いわ)く、
「此間(ここ)は必(かなら)ず是れ妖邪の趕(お)い急がれて潜(もぐ)り進(い)りしなり」
と。行者(ぎょうじゃ)すなわち鉄棒を使(つか)いて石塊(せっかい)を捎(はら)い開く。かの妖邪(ようじゃ)果(は)たして裡面(うち)に藏(かく)れおるが、呼(ふう)と一声(ひとこえ)、すなわち跳(おど)り将ち出で来り、薬杵(やくしょ=薬を搗く杵)を挙(あ)げて来り打つ。行者鉄棒を輪(めぐ)らし起して架(ささ)え住む。唬(おど)されたるかなかの山神(さんしん)は倒(さかしま)に退(しりぞ)き、土地(とち)は忙(いそ)ぎ奔(はし)る。かの妖邪口(くち)の裡(うち)囔囔突突(のうのうとつとつ=ぶつぶつ)として、山神(さんしん)・土地(とち)を罵(ののし)りて道(いわ)く、
「孰(たれ)か汝(なんじ)らに教(おし)えてかれを引(ひ)きて此処(ここ)へ来(きた)り尋找(たずね)しむる!」
と。かれ支支撑撑(ししとうとう=ふらふら)として、鉄棒(てつぼう)を抵(ふせ)ぎ、且(しばら)く戦(たたか)い且く退(しりぞ)き、空中(くうちゅう)に奔(はし)り至(いた)る。正(まさ)に危急(ききゅう)の際(おり)に在るに、却って又(ま)た天色(てんしょく=空模様)晩(く)れたり。この行者いよいよ狠性(こんしょう=荒々しさ)を発(はっ)し、毒手(どくしゅ)を下(くだ)し、恨(うら)むらくは一棒(ひとぼう)に打ち殺(ころ)さざるを。忽(たちま)ち九霄碧漢(きゅうしょうへきかん=大空)の間(あいだ)に、人の叫(よ)びて道(いわ)くを聴(き)く、
「大聖(たいせい)、手を動かすこと莫かれ!手を動かすこと莫かれ!棍下(こんか=棒の下)に情(なさけ)を留(とど)めよ!」
と。行者(ぎょうじゃ)首(こうべ)を回(めぐ)らして看る時(おり)、元来(もと)これ太陰星君(たいいんせいくん)の、後(うしろ)に姮娥仙子(こうがせんし=嫦娥)を帯(たい)し、彩雲(さいうん)を降して当面(まのあたり)に到れるなり。慌てたるかな行者鉄棒を收め、身を躬(かが)めて礼(れい)を施(ほどこ)して道(いわ)く、
「老太陰(ろうたいいん)、那裡(いずこ)より来れる。老孫(ろうそん)回避(はいき=遠慮)を失(うしな)えり」
と。太陰(たいいん)道(いわ)く、
「汝与(と)対敵(たいてき)するこの妖邪は、是(こ)れ我が広寒宮(こうかんきゅう)に在りて玄霜(げんそう=仙薬)の仙薬(せんやく)を搗(つ)くの玉兔(ぎょくと=月のうさぎ)なり。かれ私(ひそ)かに玉関金鎖(ぎょくかんきんさ=玉の関と金の錠)を偸(ぬす)み開(ひら)き、宮(きゅう)を走(ぬ)け出(い)でてより、今を経(へ)ること一載(いっさい=一年)なり。我かれが目下(もっか)に命(いのち)を傷(そこな)うの災(わざわい)有るを算(さん)し、特(とく)に来りてかれが性命(せいめい)を救(すく)わんとす。望(のぞ)むらくは大聖老身(ろうしん=この老婆)の顔(かお)を看てかれを饒(ゆる)されよ」
と。

行者喏喏(だくだく)と声(こえ)を連(つら)ね、ただ道(いわ)く、
「不敢(いたしま)ぬ!不敢ぬ!怪(あや)しむらくはかれ搗薬杵(とうやくしょ)を使うを会(え)するなり。元来(もと)これ一箇(ひとつ)の玉兔児(ぎょくとじ=月のうさぎ)なりけるか!老太陰(ろうたいいん)知りたまわずや、かれ天竺国王(てんじくこくおう)の公主を摂(かす)め藏(かく)し、却又(また)仮合(けごう=いつわりの)の真形(しんぎょう)を以て、我が聖僧(せいそう)の師父の元陽(げんよう)を破らんと欲(ほっ)せり。その情(じょう)その罪、実(げ)に何(なん)ぞ甘(あま)んずべき!怎(いか)でかすなわち便(すなわ)ち軽(かる)く恕(ゆる)してかれを饒(ゆる)すべき」
と。太陰(たいいん)道(いわ)く、
「汝もまた知らず。かの国王の公主も、また是れ凡人(ぼんじん)に非(あら)ず、原(もと)これ蟾宮(せんきゅう)の中(うち)の素娥(そが)なり。十八年前(じゅうはちねんぜん)、かれ曾(かつ)て玉兔児(ぎょくとじ)を把(と)りて一掌(ひとつ)打(う)ちたれば、却(かえ)ってすなわち凡(ぼん)を思(おも)いて下界(げかい)に降(くだ)れり。一霊(いちれい)の光(ひかり)、遂(つい)に国王(こくおう)の正宮皇后(せいきゅうこうごう)の腹(はら)に投胎(とうたい)し、当時(そのとき)以(も)って降生(こうしょう)するを得(え)たり。この玉兔児かの一掌(ひとつ)の仇(あだ)を懐(いだ)き、故(ゆえ)に旧年(きゅうねん)広寒(こうかん)を走(ぬ)け出で、素娥を荒野(こうや)に抛(なげう)てり。但(た)だ只(た)だこれ唐僧(とうそう)に配(はい)せんと欲するは該(まさ)にせざるに、この罪(つみ)真(まこと)に逭(のが)るべからず。幸(さいわ)いに汝(なんじ)心(こころ)を留(とど)め、真假(しんが)を識破(しきは)し、却ってまた未(いま)だ曾(かつ)て汝が師(し)を傷損(しょうそん)せず。万(よろず)望むらくは我が面(おもて)を看(み)て、かれの罪を恕(ゆる)されよ、我(われ)かれを收(おさ)めて去かん」
と。行者(ぎょうじゃ)笑って道(いわ)く、
「既(すで)にこれらの因果(いんが)有らば、老孫もまた敢えて抗違(こうい=逆らい)せず。但(た)だ只だこれ汝玉兔児(ぎょくとじ)を收めなば、恐(おそ)らくはかの国王信(しん)ぜじ。敢(あ)えて煩(わずら)わさん、太陰君(たいいんくん)衆の仙妹(せんまい=仙女)と同(とも)に玉兔児を将ちて那廂(あちら)に拿(とら)え到(いた)り、国王に対(むか)い明証(めいしょう)し明証(めいしょう)せよ。一(ひとつ)には老孫(ろうそん)の手段(しゅだん)を顕(あらわ)し、二(ふたつ)にはかの素娥(そが)の下降(げこう)の因由(いんゆ=仔細)を説(と)き、然(しか)る後(のち)かの国王(こくおう)をして素娥の公主(こうしゅ)の身(み)を取(と)らしめ、以(も)って顕報(けんぽう=あらわな報い)の意(こころ)を見(み)しめん」
と。太陰君その言を信(しん)じ、手(て)を用(もち)いて妖邪(ようじゃ)を指(さ)し定(さだ)め、喝(かつ)して道(いわ)く、
「かの孽畜(げっちく=畜生)、還(ま)た正(しょう)に帰(き)して同(とも)に来(きた)らざるか!」
と。玉兔児(ぎょくとじ)一箇の転(ころがり)を打ち、原身(げんしん=本来の身)を現す。真箇(まこと)にこれ、
缺唇(けっしん=欠けた唇)尖歯(せんし=尖れる歯)、長耳(ちょうじ)稀鬚(きしゅ=まばらな髭)。
団身(だんしん=丸き身)一塊(ひとかたまり)毛(け)は玉(ぎょく)の如(ごと)く、展足(てんそく=伸ぶる足)千山(せんざん)蹄(ひづめ)は飛(と)ぶが若(ごと)し。
直鼻(ちょくび=真直ぐな鼻)酥(そ=とろける肌)を垂(た)れ、果(は)たして霜華(そうか=霜の華)の粉膩(ふんじ=白粉)に填(み)つるに賽(まさ)り、
双睛(そうせい=両眼)紅(あか)く映(えい)じて、猶(な)お雪(ゆき)の上に臙脂(えんじ)を点(てん)ずるを欺(あざむ)く。
地(ち)に伏(ふ)すれば、白穣穣(はくじょうじょう=白々と)たる一堆(ひとたまり)の素練(それん=白き練絹)、
腰(こし)を伸(の)ばし開けば、白鐸鐸(はくたくたく)たる一架(ひとかけ)の銀糸(ぎんし=銀の糸)。
幾番(いくたび)か家(や)に清露(せいろ=清き露)を吸(す)い残(のこ)して瑶天(ようてん=美しき天)暁(あけ)ぼの、
搗薬(とうやく)長生(ちょうせい)の玉杵(ぎょくしょ=玉の杵)奇(き)なり。
と。

かの大聖これを見て欣喜(きんき=喜び)に勝(た)えず、雲光(うんこう)を踏(ふ)みて前(まえ)に向(むか)い導(みちび)く。かの太陰君(たいいんくん)衆(しゅう)の姮娥仙子(こうがせんし)を領(ひき)い、玉兔児を帯(たい)し、径に天竺国(てんじくこく)の界(さかい)に転(てん)ず。この時正に黄昏(たそがれ)、月(つき)の上(のぼ)らんとするを見るに、城(しろ)の辺(ほとり)に到り、譙楼(しょうろう=物見やぐら)の上(うえ)に鼓(つづみ)を擂(うち)鳴(な)らすを聞く。かの国王与唐僧なお殿内(でんない)に在(あ)り、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)与多官みな階前(かいぜん=階の前)に在りて、方(はじ)めて退朝(たいちょう)を議(ぎ)するに、ただ見(み)よ、正南(せいなん)の上に一片(ひとひら)の彩霞(さいか)の、光明(こうみょう)昼(ひる)の如(ごと)きを。衆頭(こうべ)を抬(あ)げて看る処、また孫大聖(そんたいせい)の声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)るを聞(き)く、
「天竺(てんじく)の陛下(へいか)、請(こ)う汝がかの皇后・嬪妃(ひんぴ)を出(いだ)し看しめよ。この宝幢(ほうどう=尊き幢)の下(した)は乃ちこれ月宮(げっきゅう)の太陰星君(たいいんせいくん)、両辺(りょうほう)の仙妹(せんまい)は是れ月裡(げつり=月の中)の嫦娥(じょうが)なり。この玉兔児(ぎょくとじ)は却って是(こ)れ汝が家(いえ)の仮(にせ)の公主、今(いま)真相(しんそう)を現(あらわ)せるなり」
と。かの国王急(いそ)ぎ皇后(こうごう)・嬪妃(ひんぴ)与(と)宮娥(きゅうが)・彩女(さいじょ)等の衆(しゅう)を召(め)し、天に朝(むか)いて礼拜(らいはい)し、かれと唐僧及(およ)び多官(たかん)もまた俱(みな)空(そら)を望(のぞ)み拝謝(はいしゃ)す。満城(まんじょう=町中)の各家各戸(かっかかっこ)、一人(ひとり)として香案(こうあん=香の台)を設(もう)けず、頭を叩(う)ち仏(ほとけ)を念(ねん)ぜざるは莫(な)し。正(まさ)にこの観看(みわた)す処に、猪八戒(ちょはっかい)欲心(よくしん=淫欲)を動(うご)かし、忍(しの)ぶこと能(あた)わず空の中に跳(おど)り上(あが)り、霓裳仙子(げいしょうせんし)を把り抱(いだ)き住(とど)めて道(いわ)く、
「姐姐(ねえさん)、我汝(なんじ)与是れ旧(ふる)き相識(そうしき=知り合い)なり。我汝与耍子児(あそび)に去(ゆ)かん」
と。行者上前(すす)み出で八戒を揪(つか)まえ、両掌(ふたつ)打ちて罵(ののし)って道(いわ)く、
「汝この村潑(そんはつ=粗暴)の呆子(あほう)め!此(ここ)は是れ甚(なん)の去処(ところ)ぞ、敢えて淫心(いんしん)を動かすか!」
と。八戒(はっかい)道(いわ)く、「閑(ひま)を拉(ひ)き悶(もん)を散(さん)じて耍子(あそ)ぶのみ!」と。かの太陰君仙幢(せんどう=仙の幢)を転(めぐ)らしめ、衆の嫦娥(じょうが)与(と)玉兔(ぎょくと)を收(おさ)め回し、径(ただち)に月宮(げっきゅう)に上(のぼ)りて去る。

行者八戒を把(と)って塵埃(じんあい=地面)に揪(つか)み落(おと)す。この国王(こくおう)殿(でん)の上に在りて行者(ぎょうじゃ)に謝し、また前因(ぜんいん=これまでの仔細)を問うて道(いわ)く、
「多(おお)く神僧(しんそう)の大法力(だいほうりき)の仮の公主を捉(とら)えたるを感(かん)ず。朕(ちん)が真の公主(こうしゅ)は、却(かえ)って何処(いずこ)の処(ところ)に在(あ)るか」
と。行者道(いわ)く、
「汝(なんじ)がかの真(しん)の公主もまた凡胎(ぼんたい=凡人の胎)に非(あら)ず、すなわちこれ月宮(げっきゅう)の裡の素娥仙子(そがせんし)なり。十八年前(じゅうはちねんぜん)に因(よ)り、かれ玉兔児を将(も)ちて一掌(ひとつ)打(う)ちたれば、すなわち凡(ぼん)を思(おも)いて下界(げかい)に降り、汝が正宮(せいきゅう)の腹(はら)の内(うち)に投胎(とうたい)し、身を生(う)み下(おろ)せり。かの玉兔児(ぎょくとじ)前仇(ぜんきゅう)を懐(いだ)き、此を以て旧年間(きゅうねんかん)に于(お)いて玉関金鎖(ぎょくかんきんさ)を偸(ぬす)み開(ひら)きて走(くだ)り来り、素娥(そが)を把り摂(かす)めて荒野(こうや)に抛(なげう)ち、かれ却って形(かたち)を変じて汝を哄(たぶら)かせり。この段(くだり)の因果(いんが)は、是(こ)れ太陰君(たいいんくん)の親口(みずから)才(いま)しがた我(われ)与(に)説(と)きしなり。今日(こんにち)既(すで)にその仮なる者(もの)を去(さ)れば、明日(みょうにち)御駕(ぎょが=王の駕)を請いその真なる者を尋ねられよ」
と。国王説(いう)を聞き、また心意(しんい)慚惶(ざんこう=恥じ恐れ)し、腮辺(ほおべた)の涙(なみだ)の流(なが)るるを止(とど)めずして道(いわ)く、
「孩児(がいじ=子よ)!我幼(おさな)きより登基(とうき=即位)し、城門(じょうもん)すらもまた曾(かつ)て出(い)でず、却って我をして那裡(いずこ)に去きて汝(なんじ)を尋(たず)ねしめんとするか!」
と。行者笑って道(いわ)く、
「煩悩(はんのう=心配)するを須(もち)いず。汝が公主現(いま)給孤布金寺(きゅうこふきんじ)の裡(うち)に在りて風(ふう=狂気)を装(よそお)えり。今且(しばら)く各散(さん)じ、天明(てんめい)に到らば、我(われ)汝に一箇の真(しん)の公主(こうしゅ)を還(かえ)さん」
と。

衆官(しゅうかん)また拝(はい)し伏(ふく)して奏(もう)して道(いわ)く、
「我王(がおう)且く心を寛(ひろ)くせよ。これらの幾位(いくたり)かの神僧は、乃(すなわ)ちこれ雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)に駕するの神仏(しんぶつ)なり。必(かなら)ず未来過去(みらいかこ)の因由(いんゆ)を知(し)れり。明日(みょうにち)すなわち神僧(しんそう)四衆(ししゅ)を煩(わずら)わし同(とも)に去(ゆ)きて一尋(ひとたず)ねしめば、便(すなわ)ち端的(あて)を知らん」
と。国王言(げん)に依(よ)り、すなわち請じて留春亭(りゅうしゅんてい)に至り斎(とき)を並べ安歇(あんけつ=休ま)しむ。この時(おり)すでに二更(にこう)に近(ちか)し。正にこれ、
銅壺(どうこ=銅の水時計)滴漏(てきろう)して月華(げっか=月の光)明(あき)らかに、
金鐸(きんたく=金の鈴)叮当(ていとう)として風(かぜ)声(こえ)を送(おく)る。
杜宇(とけい=ほととぎす)正(まさ)に啼(な)きて春(はる)去ること半(なかば)、
落花(らっか)路(みち)無くして三更(さんこう)に近し。
御園(ごえん)寂寞(せきばく)たり鞦韆(しゅうせん=ぶらんこ)の影(かげ)、
碧落(へきらく=空)空(むな)しく孚(ただよ)いて銀漢(ぎんかん=天の川)横(よこた)わる。
三市六街(さんしろくがい)に客(きゃく)の走(ゆ)く無く、
一天(いってん)の星斗(せいと=星)夜光(やこう)晴(は)れたり。
と。当夜(そのよ)各(おのおの)寝(い)ぬることは題(だい)とせず。

この一夜(いちや)、国王(こくおう)妖気(ようき)を退(しりぞ)け、陡(にわ)かに精神(せいしん)を長(の)ばし、五更三点(ごこうさんてん)に至りて復(ま)た出でて朝(ちょう)に臨(のぞ)む。

朝(ちょう)罷(や)み、命(めい)じて唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を請(しょう)じ公主を尋ぬることを議(ぎ)せしむ。長老(ちょうろう)随(したが)いて至(いた)り、上(かみ)に朝(むか)いて礼(れい)を行(おこな)う。大聖(たいせい)三人(みたり)も、一同(ともに)一箇(ひとつ)の問訊(もんじん)を打(な)す。国王身を欠(かが)めて道(いわ)く、
「昨(きのう)云(い)える公主の孩児(がいじ=子)のこと、敢(あ)えて神僧を煩(わずら)わし為(ため)に一尋(ひとたず)ね救わんことを請(こ)う」
と。長老(ちょうろう)道(いわ)く、
「貧僧(ひんそう)前日(せんじつ)東(ひがし)より自(よ)り来り、行(ゆ)きて天(てん)の晩(くれ)に至り、一座の給孤布金寺(きゅうこふきんじ)を見しにより、特(とく)に進(すす)み入(い)り宿(やどり)を求(もと)めしに、幸(さいわ)いにかの寺僧(じそう)の相待(あいま)えるを蒙(こうむ)れり。当晚(そのよ)斎(とき)罷(や)みて、月(つき)を步(あゆ)み閑(しずか)に行(ゆ)き、布金(ふきん)の旧園(きゅうえん)に至り基址(きし=基礎の迹)を観看(みわた)せしに、忽(たちま)ち悲声(ひせい)の耳(みみ)に入るを聞けり。その由(よし)を詢問(たず)ぬるに、本寺(ほんじ)の一老僧(いちろうそう)、年(とし)すでに百歳(ひゃくさい)の外(ほか)なるが、かれ左右(そうゆう=側近)を屏退(へいたい=遠ざ)け、細細(つまびらか)に我に向(むか)いて一遍(ひととおり)説(と)きて道(いわ)く、
『悲声(ひせい)なる者(もの)は、乃ち旧年(きゅうねん)春(はる)深(ふか)き時、我正に性月(せいげつ=心の月)を明(あきら)かにせしに、忽然(たちまち)一陣(ひとむれ)の風(かぜ)生(しょう)じて、すなわち悲怨(ひえん)の声有(あ)り。榻(しじ=寝台)を下(お)り園基(えんき=園の跡)の上(うえ)に到(いた)り看(み)る処、乃(すなわ)ちこれ一箇(ひとり)の女子(にょし)なり。その故(ゆえ)を詢問(たず)ぬるに、かの女子(にょし)道(いわ)く、「我(われ)は是れ天竺国(てんじくこく)の国王の公主(こうしゅ)なり。夜間(やかん)月(つき)を玩(もてあそ)び花(はな)を観(み)るに因りて、風(かぜ)に刮(ふ)かれて此に至(いた)れり」と。』
と。かの老僧(ろうそう)多(おお)く人礼(じんれい=人の礼)を知り、すなわち公主を将ちて一間(ひとま)の僻静(へきせい=静かなる)の房(へや)の中(うち)に鎖(と)じ込(こ)め、ただ本寺(ほんじ)の頑僧(がんそう=ならず者僧)の汚染(おせん=辱しめ)せんことを惟(おもんばか)り、只(た)だ説(い)えらくは妖精(ようせい)の我に鎖(と)じらるるなりと。公主この意(こころ)を識(し)り得て、日間(ひるま)は胡言乱語(こげんらんご=たわごと)し、些(いささ)かの茶飯(さはん)を討(こ)いて吃(くら)い、夜深(よふけ)けて人(ひと)の無(な)き処には、父母(ふぼ)を思量(おもんばか)り悲啼(ひてい=泣き悲し)めり。かの老僧もまた曾(かつ)て国(くに)に来(きた)り幾番(いくたび)か尋(たず)ね聞(き)きしに、公主(こうしゅ)の宮に在りて恙(つつが)無きを見るにより、此(ここ)を以て敢えて声(こえ)を揚(あ)げ挙奏(きょそう=上奏)せざりき。我が徒弟(でし)に些(いささ)かの神通(じんずう)有るを見(み)るに因(よ)り、かの老僧(ろうそう)千叮万嘱(せんていばんしょく=くれぐれも頼み)、貧僧(ひんそう)に此に到り査訪(さぼう=調べ尋ね)することを教(おし)えたり。期(き)せずやかれ原(もと)これ蟾宮(せんきゅう)の玉兔(ぎょくと)の妖(よう)と為(な)り、仮合(けごう)の真形(しんぎょう)をもて、変(へん)じて公主の模様(すがた)と作(な)り、かれ却(かえ)って又(ま)た心有りて我が元陽(げんよう)を破(やぶ)らんとせしなり。幸(さいわ)いに我が徒弟(でし)の威(い)を施(ほどこ)し法(ほう)を顕(あらわ)し、真假(しんが)を認め出せしに縁(よ)り、今(いま)すでに太陰星(たいいんせい)に収(おさ)め去られたり。賢(けん)なる公主は現(いま)布金寺(ふきんじ)に在りて風(ふう=狂気)を装(よそお)えるなり」
と。国王(こくおう)この詳細(しょうさい)を説(い)うを見、声を放ちて大いに哭(な)く。早(はや)くも三宮六院(さんきゅうろくいん)を驚動(きょうどう)し、みな来りて前因(ぜんいん)を問(と)い及(およ)ぶ。一人(ひとり)として痛哭(つうこく)せざるは莫し。良久(ややひさしく)して、国王また問うて、
「布金寺(ふきんじ)は城(しろ)を離(はな)るること多遠(いかほど)か」
と。三藏(さんぞう)道(いわ)く、「只だ六十里(ろくじゅうり)の路(みち)有(あ)るのみ」と。国王遂(つい)に旨(むね)を伝(つた)えて、
「東西二宮(とうざいにきゅう)をして殿を守(まも)らしめ、掌朝太師(しょうちょうたいし)をして国(くに)を衛(まも)らしめ、朕(ちん)は正宮皇后(せいきゅうこうごう)と多官・四神僧(ししんそう)を帥(ひき)い、寺(てら)に去き公主(こうしゅ)を取らん」
と。

当時(そのとき)駕(が)を並(なら)べ、一行(いっこう)朝(ちょう)を出づ。なんじ看よ、かの行者(ぎょうじゃ)すなわち空(そら)の中に跳(おど)り上(あが)り、腰(こし)を一扭(ひとひねり)して、先(さき)に寺(てら)の裡に到れり。衆僧(しゅうそう)慌(あわ)てて跪(ひざまず)き接えて道(いわ)く、「老爺(ろうや=だんな)去(さ)りし時(おり)は、衆(みな)与步行(ほこう)せしに、今日(こんにち)何(いずく)よりか天の上より下(お)り来れる」と。行者笑って道(いわ)く、
「汝(なんじ)がかの老師(ろうし)は何処(いずこ)の処(ところ)に在るか。疾(と)くかれを叫び出(いだ)し、香案(こうあん)を排設(はいせつ)し駕を接(むか)えしめよ。天竺国王(てんじくこくおう)・皇后・多官(たかん)与我が師父(しふ)みな来(きた)れるなり」
と。衆僧その意(こころ)を解(げ)せず、すなわちかの老僧を請じ出す。老僧(ろうそう)行者を見るや、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(かはい)して道(いわ)く、「老爺(ろうや)、公主の事(こと)は如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)かの仮(にせ)の公主の繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)げて唐僧に配(はい)せんと欲(ほっ)せしこと、并(ならび)に趕い捉(とら)え賭闘(のっとう=賭け合い)せしこと、太陰星(たいいんせい)与(の)玉兔(ぎょくと)を収(おさ)め去りしの言を、備(つまびらか)に陳(の)べ一遍(ひととおり)せり。かの老僧また磕頭(こうとう)し拝謝(はいしゃ)するに、行者攙(たす)け起(おこ)して道(いわ)く、
「且(しばら)く拝(はい)すること莫(な)かれ、且く拝すること莫かれ、疾(と)く安排(あんばい)して駕(が)を接えよ」
と。衆僧(しゅうそう)才(はじ)めて後房(こうぼう=奥の間)の裡(うち)に鎖(と)じ得たるは是れ一箇の女子(にょし)なるを知(し)る。一箇一箇(ひとりひとり)驚(おどろ)き喜び、すなわちみな香案(こうあん)を設(もう)け、山門(さんもん)の外(そと)に並べ列(つら)ね、袈裟(けさ)を穿(き)、鐘鼓(しょうこ=鐘と鼓)を撞(つ)き起して等候(ま)つ。多(おお)からず時(とき)に、聖駕(せいが=王の駕)早くも到(いた)る。果(は)たして是(こ)れ、
繽紛(ひんぷん)たる瑞靄(ずいあい)天(てん)に満(み)ちて香(こう)ばしく、
一座(ひとつ)の荒山(こうざん)倏(たちま)ち祥(しょう=めでたさ)を被(こうむ)る。
虹(にじ)流(なが)れて千載(せんざい)河海(かがい)を清(きよ)め、
電(いなずま)繞(めぐ)りて長春(ちょうしゅん)禹湯(うとう)に賽(まさ)る。
草木(そうもく)恩(おん)を沾(うるお)いて秀色(しゅうしょく)を添(そ)え、
野花(やか)潤(うるお)いを得(え)て余芳(よほう=余りの香)有り。
古来(こらい)長者(ちょうじゃ)の遺迹(いせき)を留(とど)め、
今喜(よろこ)ぶ明君(めいくん)の宝堂(ほうどう)に降(くだ)れるを。
と。国王(こくおう)山門(さんもん)の外(そと)に到るに、ただ見(み)よ、かの衆僧の斉斉整整(せいせい)として、俯(うつむ)き伏(ふ)し接(むか)え拝(はい)し、また孫行者(そんぎょうじゃ)の中間(ちゅうかん)に立(た)てるを見、国王道(いわ)く、「神僧(しんそう)何(なん)ぞ先(さき)に此に到れる」と。行者笑って道(いわ)く、「老孫腰(こし)を略(ほん)の扭一扭(ひとひねり)するのみ、すなわち到(いた)れり。汝ら怎(いか)でかすでにこの半日(はんじつ)も走(ある)きし」と。随いて後(のち)唐僧等(ら)俱(みな)到る。長老(ちょうろう)駕を引(ひ)き、後面(こうめん)の房(へや)の辺に到るに、かの公主(こうしゅ)還た風(ふう)を装(よそお)いて胡説(こせつ=たわごと)す。老僧(ろうそう)跪(ひざまず)き指(さ)して道(いわ)く、
「この房(へや)の内(うち)がすなわち是れ旧年(きゅうねん)風(かぜ)の吹(ふ)き来らしめたる公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)なり」
と。国王すなわち令(れい)して門(もん)を開かしむ。随(したが)いてすなわち鉄鎖(てっさ=鉄の錠)を解(と)き開(ひら)き、門(もん)を開(あ)く。国王(こくおう)与(と)皇后(こうごう)公主を見るや、形容(かたち)を認(したた)め得、穢汚(けいお=汚れ)を顧(かえり)みず、前(まえ)に近(ちか)づき一把(ひとつかみ)に抱(いだ)き寄(よ)せて道(いわ)く、
「我(わ)が受苦(くるしみ)を蒙(こうむ)れる児(こ)よ!汝怎(いか)でかこの般(ごとき)の折磨(しばく=責め苦)に遭(あ)い、此(ここ)に在りて罪(つみ)を受(う)くるぞ!」
と。真(まこと)にこれ父母(ふぼ)子女(しじょ)の相逢(あいあ)うは、他人(たにん)の与(くら)ぶるに同(おな)じからず、三人(みたり)頭(こうべ)を抱(いだ)きて大(おお)いに哭(な)く。一会(ひととき)哭(な)きて、離情(りじょう=別れし思い)を叙(の)べ畢(おわ)り、すなわち令(れい)して香湯(こうとう=香りの湯)を取(と)らしめ、公主をして沐浴(もくよく)し衣(ころも)を更(あらた)め、輦(くるま)に上(のぼ)りて国(くに)に回(かえ)らしむ。

行者(ぎょうじゃ)また国王に対(むか)い手を拱(きょう)して道(いわ)く、「老孫(ろうそん)還(ま)た一事(いちじ)の奉(たてまつ)る有り」と。国王礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、「神僧事(こと)の吩咐(いいつけ)有(あ)らば、朕(ちん)すなわちこれに従(したが)わん」と。行者道(いわ)く、
「かれがこの山を、名(な)づけて百脚山(ひゃっきゃくざん)と曰(い)う。近来(ちかごろ)説(い)うならくは蜈蚣(むかで=百足)の精(せい)と成(な)り、黒夜(こくや)に人を傷(そこな)い、往来(おうらい)の行旅(こうりょ=旅人)に甚(はなは)だ不便(ふべん)を為(な)すと。我思(おも)うに蜈蚣(むかで)は惟(た)だ鶏(にわとり)のみ以(も)って降伏(こうぶく)すべし。絶大(ぜつだい)の雄鶏(おんどり)千隻(せんせき)を選(えら)び、山中(さんちゅう)に撒(ま)き放(はな)ち、この毒虫(どくちゅう)を除(のぞ)くべし。
すなわちこの山の名(な)を将ちて改換(かいかん)し改換し、文(ふみ)を賜(たま)い一道(ひとすじ)の敕封(ちょくほう=勅命の封)を賜(たま)わば、すなわち当にこの僧(そう)の公主(こうしゅ)を存(ぞん)じ養(やしな)えるの恩(おん)を謝(しゃ)するに当(あ)たるべし」
と。国王(こくおう)甚(いた)く喜び領諾(りょうだく=承知)し、随いて官(かん)を差(さし)し城(しろ)に進(い)り鶏(にわとり)を取らしめ、また山(やま)の名(な)を改(あらた)めて宝華山(ほうかざん)と為(な)し、仍(な)お工部(こうぶ=工匠の司)に料(りょう)を弁(そな)え重(かさ)ねて修(しゅう)せしめ、封号(ふうごう)を賜(たま)い与(あた)え、喚(よ)んで「敕建宝華山給孤布金寺(ちょくけんほうかざんきゅうこふきんじ)」と做(な)せり。かの老僧を把(と)りて「報国僧官(ほうこくそうかん)」に封(ほう)じ、永遠(えいえん)に世襲(せしゅう)せしめ、俸(ほう)三十六石(さんじゅうろっこく)を賜(たま)う。僧衆(そうしゅう)恩(おん)を謝し、駕(が)を送りて朝(ちょう)に回る。公主宮(きゅう)に入(い)り、各各(おのおの)相見(あいまみ)え、筵宴(えんえん)を安排(あんばい)し、公主与悶(もん)を釈(と)き賀(が)を喜(よろこ)ぶ。后妃母子(ぼし)、復(ま)た首(こうべ)を聚(あつ)め団圞(だんらん=円く集い)、国王君臣(くんしん)もまた共(とも)に喜び飲宴(いんえん)すること一宵(いっしょう)なることは題(だい)とせず。

次早(あくるあさ)、国王旨(むね)を伝(つた)え、丹青(たんせい=絵師)を召(め)し聖僧(せいそう)四衆(ししゅ)の喜容(きよう=喜びの姿)を図(えが)き下(おろ)し、華夷楼(かいろう)の上に供養(くよう)せしめ、また公主(こうしゅ)を請(しょう)じて新妝(しんしょう=新たな化粧)を重(かさ)ねて整(ととの)え、殿(でん)に出(い)でて唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)の苦(くるしみ)を救(すく)えるの恩(おん)を謝(しゃ)せしむ。謝し畢(おわ)り、唐僧王(おう)に辞(じ)して西(にし)へ去(ゆ)かんとす。かの国王(こくおう)那裡(いずく)にか肯(あえ)て放たん。大いに佳宴(かえん)を設(もう)け、一連(つづ)けに五、六日(ごろくにち)吃(くら)わせしは、着実(しっか)りと呆子(あほう)を好からしめ、力(ちから)を尽(つく)して肚量(とりょう=腹)を放(はな)ち開いて受用(じゅよう=馳走)せり。国王かれらの仏(ほとけ)を拝(おが)む心(こころ)の重(おも)きを見(み)、苦(くる)しみ留(とど)むるに住まらず、遂(つい)に金銀(きんぎん)二百錠(にひゃくじょう)、宝貝(ほうばい=宝物)各一盤(ひとさら)を取(と)り奉謝(ほうしゃ)せしに、師徒(してい)ら一毫(いちごう=一糸)も受(う)けず。鑾駕(らんが=天子の駕)を並(なら)べしめ、老師父(ろうしふ)を請じて輦(くるま)に登(のぼ)らしめ、官(かん)を差(さし)て遠(とお)く送(おく)らしむ。かの后妃(こうひ)并(ならび)に臣民(しんみん)人等(ひとびと)みな各(おのおの)叩謝(こうしゃ)して尽(つ)きず。前途(ぜんと)に至るに及び、また衆僧(しゅうそう)の叩(こうべ)をいて送るを見、俱(みな)相別(あいわか)るるに忍(しの)びず。行者送(おく)る者の肯(あえ)て回(かえ)らざるを見、己(や)むこと無く、訣(けつ)を捻(ひね)り巽地(そんち=巽の方角)の上(うえ)に向(むか)い一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、一陣(ひとむれ)の暗風(あんぷう)もて、送る人(ひと)の都(みな)が眼目(がんもく=目)を迷(まよ)わしめ、方(はじ)めて纔(ようや)く身を脱(のが)れて去るを得たり。正(まさ)にこれ、
恩波(おんぱ=恩の波)を沐(あ)び浄(きよ)めて性(しょう)に帰(き)し、
金海(きんかい)を出離(しゅつり)して真空(しんくう)を悟(さと)る。
と。畢竟(ひっきょう)前路(ぜんろ)の如何(いかん)を知らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。