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097 第九十七回 金(きん)もて外護(げご)に酬(むく)いしに魔毒(まどく)に遭(あ)い 聖(せい)幽魂(ゆうこん)を顕(あらわ)して本原(ほんげん)を救(すく)う

且(しばら)く唐僧(とうそう)等(ら)の華光(かこう)の破屋(はおく=壊れ家)の中(うち)に在りて、苦(くる)しみ夜雨(やう)を奈(いか)んとして身(み)を存(ぞん)ずるを言(い)わず。さて、銅台府(どうだいふ)地霊県(ちれいけん)の城内(じょうない)に一群(ひとむれ)の凶徒(きょうと=凶悪な者)有(あ)るを説(い)わん。宿娼(しゅくしょう=娼家に泊まり)・飲酒(いんしゅ)・賭博(とばく)に因(よ)りて家私(かし=家財)を花費(ついや)し尽(つく)し、計(はかりごと)の過活(かかつ=暮らし)を立つる無(な)く、遂(つい)に十数人(じゅうすうにん)を糾(あつ)めて賊(ぞく)と做(な)り、算(かぞ)えて道(いわ)く、本城(ほんじょう)の那家(いずこのいえ)か是(こ)れ第一箇(だいいち)の財主(ざいしゅ=金持)、那家(いずこのいえ)か是れ第二箇(だいに)の財主、往(ゆ)きて些(いささ)かの金銀(きんぎん)を打劫(うちかす)め用度(ようど=入用)にせんと。内(うち)に一人(ひとり)有りて道(いわ)く、
「緝訪(しゅうほう=捜し訪ね)するをも用(もち)いず、算計(さんけい=計略)を須(もち)いず。只(た)だ今日(こんにち)かの唐朝(とうちょう)の和尚(おしょう)を送(おく)りし寇員外(こういんがい)の家(いえ)の、十分(じゅうぶん)に富厚(ふこう=裕福)なる有るのみ。我らこの夜雨(やう)に乗(じょう)ずれば、街上(がいじょう=町中)の人(ひと)もまた防備(ぼうび)せず、火甲(かこう=夜回り)等もまた巡邏(じゅんら=巡回)せず、此(ここ)に就(つ)きて手(て)を下(くだ)し、かれが些かの資本(しほん=元手)を劫(かす)め、我らまた去(ゆ)きて嫖賭児(ひょうとじ=女買いと賭け)して耍子(あそ)ばんに、豈(あ)に美(び)ならずや!」
と。衆賊(しゅうぞく)歓喜(かんき)し、心(こころ)を斉(ひとしく)し、みな短刀(たんとう)・蒺藜(しつり=まむしぐさ)・拐子(かいす=棍棒)・悶棍(もんこん=棍棒)・麻縄(あさなわ)・火把(たいまつ)を帯(たい)し、雨(あめ)を冒(おか)して前(まえ)に来(きた)り、寇家(こうか)の大門(だいもん)を打(う)ち開(あ)け、吶喊(とっかん=鬨の声)して殺(き)り入(い)る。慌てたるかなかれが家の裡(うち)の、若(も)し大(おお)きくも若し小(ちい)さくも、是れ男(おとこ)も是れ女(おんな)も、倶(みな)隠(かく)れて跡(あと)を留(とど)めず。媽媽児(ままじ=奥方)は床底(とこした)に隠(かく)れ、老頭児(ろうとうじ=爺)は門後(うしろ)に闪(ひそ)み、寇梁(こうりょう)・寇棟(こうとう)与(と)親(みより)の幾箇(いくたり)かの児女(じじょ=子ども)は、みな戦戦兢兢(おののき)として四散(しさん=四方に散り)逃(に)げ走(はし)りて命(いのち)を顧(かえり)みる。かの一群の賊は、刀(かたな)を拿(と)り、火(ひ)を点(とも)し、かれが家の箱籠(そうろう=長持)を打ち開け、かの些(それら)の金銀・宝貝(ほうばい=宝物)・首飾(しゅしょく)・衣裳(いしょう)・器皿(きべい=器)・家火(かか=道具)を把(と)り、尽情(ことごとく)に捜劫(そうごう=捜し奪)う。かの員外(いんがい)割(あきら)め捨(す)つること得(え)ず、命を拚(か)けて、門(もん)を走(ぬ)け出(い)でて衆(しゅう)の強人(ごうにん=盗賊)に対(むか)い哀告(あいこく=嘆願)して道(いわ)く、
「列位(みなさま)の大王(だいおう)、汝(なんじ)らの用(よう)に彀(た)れるものはすなわち罷(や)めよ、還(ま)た幾件(いくえん)かの衣物(いぶつ=衣類)を留めて我(わ)が老漢(ろうかん=この爺)に与(あた)え送終(そうしゅう=葬い)せしめよ」
と。かの衆の強人(ごうにん)那(いずく)にか分説(ぶんせつ=弁解)を容(い)れん。趕(お)い上前(すす)みて、寇員外を把りて撩陰(りょういん=急所)に一脚(ひとあし)踢(け)り翻(ひっくりかえ)して地(ち)に倒(たお)す。憐(あわ)れむべし、
三魂(さんこん)渺渺(びょうびょう)として陰府(いんぷ=冥府)に帰(かえ)り、
七魄(しちはく)悠悠(ゆうゆう)として世人(せじん)に別(わか)る。
と。衆賊手を得、寇家を走(ぬ)け出で、城脚(しろのもと)に順(したが)いて軟梯(なんてい=縄梯子)を做(つく)り、城牆(じょうしょう=城壁)を漫(つた)いて一一(ひとりひとり)系(つな)がれ出で、雨(あめ)を冒(おか)して連夜(よるもすがら)西(にし)へ奔(はし)りて去(さ)る。

かの寇家の僮僕(どうぼく)、賊の退(しりぞ)きしを見(み)て、方(はじ)めて纔(ようや)く頭(こうべ)を出(いだ)す。看(み)るに及(およ)びて、老員外(ろういんがい)すでに地の下(うえ)に死(し)しておれば、声(こえ)を放(はな)ちて哭(な)いて道(いわ)く、
「天(てん)や!主人公(あるじ)すでに打ち殺(ころ)されたり!」
と。衆(しゅう)みな屍(しかばね)に伏(ふ)して哭き、悲悲啼啼(ひひていてい=泣き悲し)む。

四更(よんこう)に将(なんなん)とする時(おり)、かの媽媽(まま)唐僧等(ら)のその斎供(さいく=供物)を受(う)けざるを想(おも)い恨(うら)み、花撲撲(かぼくぼく=華やか)に彼(かれ)を送りしに因りて、この一場(ひとくさり)の災禍(さいか)を惹(ひ)き出せりとし、すなわち妒害(とがい=嫉み害する)の心を生(しょう)じ、かれが四衆(ししゅ)を陷(おとしい)れんと欲(ほっ)し、寇梁を扶(たす)けて道(いわ)く、
「児(こ)や、哭(な)くを須(もち)いず。汝が老子(おやじ)は今日もまた僧(そう)に斎(とき)し、明日(みょうにち)もまた僧に斎せしに、豈(あ)に今日(こんにち)円満(えんまん)を做して、斎するは那(かの)一群(ひとむれ)の送命(そうめい=命を送る)の僧なるを知(し)らんや!」
と。かれが兄弟(きょうだい)道(いわ)く、「母親(ははうえ)、怎(いか)なるか是れ送命(そうめい)の僧(そう)なる」と。媽媽(まま)道(いわ)く、
「賊勢(ぞくせい=賊の勢い)凶勇(きょうゆう=凶猛)にして、房(へや)の裡に殺り進(い)り来りしに、我(われ)すなわち床(とこ)の下(した)に隠(かく)れ、戦兢兢(おののき)として心(こころ)を留(とど)めて灯火(とうか)の処(ところ)に向(むか)い看得(みること)明白(めいはく)なり。汝是(こ)れ誰(たれ)なりと言(い)わんか。火を点ぜしは是れ唐僧、刀(かたな)を持(たも)てるは是れ猪八戒(ちょはっかい)、金銀を搬(はこ)びしは是(こ)れ沙和尚(さおしょう)、汝(なんじ)が老子(おやじ)を打(う)ち殺ししは是れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり」
と。

二子(にし)言(げん)を聴(き)き、真実(しんじつ)と認(したた)めて道(いわ)く、
「母親(ははうえ)既(すで)に看得(みること)明白(めいはく)ならば、必(かなら)ず是れなり。かれ四人(よたり)我が家(いえ)に半月(はんつき)住(じゅう)し、我が家の門戸(もんこ)・牆垣(しょうえん=塀)・窗櫺(そうれい=窓の格子)・巷道(こうどう=路地)を将(も)ちて、倶看熟(なれ)し了(おわ)れり。財(たから)人心(じんしん)を動(うご)かす、此を以てこの夜雨(やう)に乗(じょう)じ、復(ま)た我が家に到(いた)り、既に財物(ざいぶつ)を劫め去り、又(ま)た父(ちち)を害(そこな)えり。この情(じょう)何(なん)ぞ毒(どく)なる!天明(てんめい)を待(ま)ちて府(ふ)に到り失状(しつじょう=盗難届)を遞(てい)し、名(な)を坐(す)えてかれを告(うった)えん」
と。寇棟(こうとう)道(いわ)く、「失状(しつじょう)は如何(いか)に書(か)かん」と。寇梁道(いわ)く、「すなわち母親(ははうえ)の言に依(よ)れ」と。書(か)きて道(いわ)く、
「唐僧(とうそう)火(ひ)を点(とも)じ、八戒(はっかい)殺せと叫(よ)ぶ。
沙和尚(さおしょう)金銀(きんぎん)を劫め出し去り、孫行者(そんぎょうじゃ)我が父親(ちちおや)を打ち殺(ころ)す」
と。一家子(いっけ)吵吵鬧鬧(そうそうとうとう=がやがや)するに、覚(おぼ)えず天暁(あけ)ぼのなり。一壁廂(いっぺきしょう=一方)には親人(しんじん=親族)を伝(つた)え請(しょう)じて棺木(かんぼく=棺)を調(ととの)えしめ、一壁廂(いっぺきしょう)には寇梁(こうりょう)兄弟府(ふ)に赴(おもむ)きて詞(うったえ)を投(とう)ず。

元来(もと)この銅台府の刺史(しし)正堂大人(せいどうたいじん=長官)は、平生(へいぜい)正直(しょうじき)にして、素性(そせい=生まれつき)賢良(けんりょう)なり。
少年(しょうねん)雪案(せつあん=雪の机)に向いて書(しょ)を攻(おさ)め、
早歳(そうさい)金鑾(きんらん=宮中)に在りて策(さく)に対(こた)う。
常(つね)に忠義(ちゅうぎ)の心を懐(いだ)き、毎(つね)に仁慈(じんじ)の念(ねん)を切(せつ)にす。
名(な)は青史(せいし=史書)に揚(あが)りて千年(せんねん)に播(つた)わり、龔黄(こうこう)再(ふたた)び見るが如(ごと)く、
声は黄堂(こうどう=役所)に振(ふる)いて万古(ばんこ)に伝(つた)わり、卓魯(たくろ)重(かさ)ねて生(しょう)ずるが若(ごと)し。
と。当時(そのとき)堂(どう)に坐(ざ)し、一応(いちおう)の事務(じむ)を発放(ほっぽう=処理)し、すなわち令(れい)して放告牌(ほうこくはい=訴えの札)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしむ。この寇梁兄弟(きょうだい)牌(ふだ)を抱(いだ)いて進り、跪(ひざまず)き倒れて高(たか)く叫んで道(いわ)く、
「爺爺(おやかた)、小(わたくし)どもは是(こ)れ強盗(ごうとう)の財(たから)を得、人命(じんめい)を殺傷(せっしょう)せるの重情(じゅうじょう=重大事)を告えんとする者(もの)なり」
と。刺史状(じょう)を接(う)け上(あ)げ、この般(ごとき)この的(まと)を看、如此如彼(かくのごとくあのごとく)するに、すなわち問(と)うて道(いわ)く、
「昨日(きのう)人の伝(つた)え説う有(あ)り、汝が家(いえ)斎僧(さいそう)の円満(えんまん)をし、四衆の高僧(こうそう)に斎(とき)し、乃(すなわ)ち東土唐朝(とうどとうちょう)の羅漢(らかん)なるに、花撲撲(かぼくぼく)として満街(まんがい)の鼓楽(こがく)もて送行(そうこう)したりと。怎でか却(かえ)ってこの般(ごとき)の事情(じじょう)有らんや」
と。寇梁等磕頭(こうとう)して道(いわ)く、
「爺爺(おやかた)、小(わたくし)の父親寇洪(こうこう)の僧に斎すること二十四年(にじゅうよねん)、この四僧(しそう)の遠(とお)く来れるに因(よ)り、恰(あたか)も万僧(ばんそう)の数(かず)を足(た)らしむるをもて、此に因りて円満(えんまん)を做し、かれを留めて半月(はんつき)住(じゅう)せしめたり。かれすなわち路道(みち)・門窗(もんそう=門と窓)を将ちてみな看(み)熟(なれ)し了れり。当日(そのひ)送り出し、当晚(そのよ)復(ま)た回(かえ)り、黒夜(こくや)の風雨(ふうう)に乗(じょう)じ、遂に火を明(あきら)かにし杖(じょう)を執(と)り、房(へや)の裡に殺(き)り進り来(きた)り、金銀財宝(きんぎんざいほう)・衣服(いふく)・首飾(しゅしょく)を劫(かす)め去(さ)り、又た父(ちち)を将ちて地(ち)に打ち殺して倒(たお)せり。
望(のぞ)むらくは爺爺(おやかた)小民(しょうみん=わたくし)与(に)主(あるじ)を做(な)したまわんことを!」
と。刺史言を聞(き)き、すなわち馬歩(ばほ=騎馬と徒歩)の快手(かいしゅ=捕り手)并(ならび)に民壮(みんそう=民兵)人役(じんえき)を点(てん)し起(おこ)し、共(あわ)せて百五十人(ひゃくごじゅうにん)有り、各(おのおの)鋒利(ほうり=鋭き)の器械(きかい=武器)を執(と)り、西門(せいもん)を出(い)でて一直(ひたすら)に来りて唐僧四衆(ししゅ)を趕(お)う。

さて、かれが師徒(してい)らは、かの華光行院(かこうぎょういん)の破屋(はおく)の下(した)に在りて、天暁(てんぎょう)に捱(こら)え至(いた)りて方(はじ)めて纔(ようや)く門を出で、路(みち)に上(のぼ)りて西(にし)へ奔(はし)るを説わん。可可(あたか)もかの些(それら)の強盗当夜(そのよ)寇家(こうか)を打劫め、城外(じょうがい)に系(つな)がれ出で、また西方(せいほう)の大路(たいろ)の上(うえ)に向い、行(ゆ)きて天暁(てんぎょう)を経(へ)て、華光院(かこういん)の西(にし)を走(ゆ)き過(よ)ぐること二十里(にじゅうり)の遠近(きょき=ほど)に、山凹(やまくぼ)の中に藏(かく)れ、金銀等の物(もの)を分撥(ぶんぱつ=分配)す。分(わか)ち未(いま)だ了らざるに、忽(たちま)ち唐僧四衆の路に順(したが)い来るを見、衆賊(しゅうぞく)心(こころ)猶(な)お歇(や)まず、唐僧(とうそう)を指(さ)し定(さだ)めて道(いわ)く、
「那(あれ)は是れ昨日送行(そうこう)せし和尚の来(きた)れるに非(あら)ざるか!」
と。衆賊笑って道(いわ)く、
「来ること好(よ)し!来ること好し!我らもまた是れこの般(ごとき)の天理(てんり)無き売買(ばいばい=商売)を干(な)す者なり。これらの和尚路に縁(よ)りて来り、又た寇家に久(ひさ)しく在(あ)りしが、身辺(しんぺん=身の回り)に多少(いくら)の物有(あ)るを知らず。我ら索性(いっそ)往きてかれを截(さえぎ)り住(とど)め、盤纏(ばんてん=路銀)を奪(うば)い、白馬(はくば)を搶(かす)めて分(わけまえ)に凑(くわ)えなば、却って是(こ)れ心に遂(かな)い意(こころ)に満(み)つるの事(こと)に非ずや?」
と。衆賊(しゅうぞく)遂(つい)に兵器(へいき)を持(たも)ち、吶(とき)と一声(ひとこえ)喊(さけ)び、大路(たいろ)に跑(はし)り上(あが)り、一字児(ひとじ=一列)に広(ひろ)がり開(あ)けて叫んで道(いわ)く、
「和尚(おしょう)、走ること莫(な)かれ!疾(と)く買路銭(ばいろせん=通行料)を留(とど)めて、汝が性命(せいめい)を饒(ゆる)さん!
牙(きば)に半箇(ひとつ)の不(いな)の字(じ)を迸(ほとばし)らせば、一刀(ひとふり)に一箇(ひとり)、決(けっ)して存(ぞん)し留めじ!」
と。唬(おど)されたるかな箇(ひとり)の唐僧馬上(ばじょう)に在りて乱(みだ)りに戦(おのの)き、沙僧(さそう)与八戒心(こころ)慌(あわ)て、行者(ぎょうじゃ)に対い道(いわ)く、
「怎(どう)したるか!怎したるか!苦(くる)しう半夜(よなか)の雨天(うてん)を奈(しの)ぎ、又(ま)た早(はや)くも強徒(きょうと=盗賊)の路(みち)を断(た)つに遇(あ)う、誠(まこと)に謂(い)うところの『禍(わざわい)は単(ひとつ)には行(ゆ)かず』なり!」
と。行者笑って道(いわ)く、
「師父(しふ)怕(おそ)るること莫かれ、兄弟憂(うれ)うること勿(な)かれ。老孫(ろうそん)の往(ゆ)きてかれに一問(ひとと)いするを等(ま)て」
と。

好き大聖(たいせい)かな、虎皮(こひ)の裳(も)を一束(ひとたば)に束(しば)り、錦布(きんぷ)の直裰(じきとつ=法衣)を一振(ひとふるい)し、前(まえ)に走(あゆ)み近(ちか)づき、手を叉(く)みて胸(むね)に当(あ)てて道(いわ)く、「列位は是れ甚(なん)をか做す者ぞ」と。賊徒(ぞくと)喝(かつ)して道(いわ)く、
「この奴(やつ)死活(しご=命)を知らず、敢(あ)えて来(きた)りて我に問うか!汝(なんじ)額顱(がくる=額)の下(した)に眼(め)無く、我の是れ大王爺爺(だいおうやや)なるを認めざるか!疾く買路銭(ばいろせん)を将(も)ち来れ、汝を放ちて過ぎらしめん!」
と。行者言(げん)を聞き、満面(まんめん)に陪笑(つくりわらい)して道(いわ)く、「汝ら元来(もと)是(こ)れ径(みち)を剪(き)るの強盗なりけるか!」と。

賊徒(ぞくと)狠(こん)りを発(はっ)して叫(よ)んで、「殺せ!」と。行者(ぎょうじゃ)仮(かり)に仮に驚恐(おそれ)りて道(いわ)く、
「大王(だいおう)!大王!我(われ)は是れ郷村(ごうそん=田舎)の中(うち)の和尚にて、話(ものい)うことを会(え)せず、衝撞(ぶつか)るるをも怪(とが)むること莫かれ、怪むこと莫かれ!若(も)し買路銭(ばいろせん)を要(もと)めなば、かの三箇(みたり)に問(と)うこと莫(な)かれ、只だ我に消(もと)めよ。我は是れ一箇の帳(ちょう)を管(つかさど)る者(もの)にて、凡(おおよ)そ経銭(きょうせん=読経の謝礼)・布施(ふせ)有れば、何処(いずこ)にて化縁(けえん=喜捨を乞)し、布施(ふせ)せしものも、みな包袱(ほうふく=包み)の中に在り、尽(ことごと)く是(こ)れ我(われ)の出入(しゅつにゅう=出納)を管(つかさど)る。其(そ)の馬(うま)に騎(の)れるは、我が師父なりといえど、かれは却って只だ経(きょう)を念(とな)うるを会(え)するのみ、閑事(かんじ=雑事)を管(かま)えず、財色(ざいしょく=金と色)倶(みな)忘(わす)れて、一毫(いちごう=毛筋ほども)も有らず。其(そ)の黒(くろ)き顔(かお)のは、是れ我が半路(なかみち)に収(おさ)めし一箇の後生(わこうど=若者)にて、只(た)だ馬を養(やしな)うを会(え)するのみ。其(そ)の長嘴(ながきくち)のは、是れ我(われ)が雇(やと)える長工(ちょうこう=日雇い)にて、只だ担(に)を挑(にな)うを会(え)するのみ。汝(なんじ)ら三人(みたり)を放ちて過(よ)ぎらしめよ、我盤纏(ばんてん=路銀)・衣鉢(えはつ)を将ちて尽く汝に送(おく)らん」
と。衆賊説(いう)を聴きて、
「この和尚は倒(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとり)のおとなしき者なり。既(すで)に此(この)如くならば、汝が命(いのち)を饒(ゆる)さん。かの三人を教(おし)えて行李(こうり)を下(おろ)し置(お)かしめ、かれを放(はな)ちて過ぎらしめよ」
と。行者首(こうべ)を回(めぐ)らして一箇(ひとつ)の眼色(がんしょく=目くばせ)を使(つか)えば、沙僧すなわち行李の担子(たんす=荷)を下し捨(す)て、師父与馬を牽(ひ)き、八戒与(と)同(とも)に西(にし)へ径(ただち)に走(ゆ)く。行者頭(こうべ)を低(た)れて包袱(ほうふく)を打(う)ち開け、地に就(つ)きて一把(ひとつかみ)の塵土(じんど=砂埃)を掴(つか)み、上に向(むか)いて一洒(ひとふり)し、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)うるは、乃ち是れ一箇の定身(じょうしん=身体を定むる)の法(ほう)なり。「住(とま)れ!」と一声喝すれば、かの一群の賊(ぞく)共(あわ)せて三十来名(さんじゅうらいめい)、一箇一箇(ひとりひとり)歯(は)を咬(か)み、眼(め)を見開(みひら)き、手(て)を撒(はな)ち、直直(すっく)と站(た)ち定まり、言語(ものい)うこと能(あた)わず、身を動かすことを得(え)ず。行者(ぎょうじゃ)路口(みちくち)に跳(おど)り出(い)でて叫んで道(いわ)く、「師父(しふ)、回り来れ!回り来れ!」と。八戒(はっかい)慌てて道(いわ)く、
「不好(いけ)ぬ、不好ぬ!師兄(しい)我らを供(つき)出し了(おわ)れるぞ!かれが身の上(うえ)に又た銭財(せんざい)無(な)く、包袱の裡(うち)に又た金銀無ければ、必ず是れ師父を叫びて馬(うま)を要め、我らを叫びて是(こ)れ衣服(いふく)を剥(は)がんとするなり」
と。沙僧笑って道(いわ)く、
「二哥(にいさん)乱りに説(い)うこと莫かれ!大哥(あにき)は是れ一箇の了得(りょうとく=腕きき)なる者、向者(さきに)那般(ごとき)の毒魔狠怪(どくまこんかい)をも、また能(よ)く收服(おさめ)し伏(ふく)せたり、これらの幾箇(いくたり)かの毛賊(もうぞく=小盗人)を怕(おそ)れんや。かれが彼処(あそこ)に招呼(よばわ)るは、必(かなら)ず話(ことば)有(あ)らん、疾(と)く回り往きて看看(みみ)ん」
と。

長老(ちょうろう)言を聴き、欣然(きんぜん)として馬を転(めぐ)らし辺前(ほとり)に回(かえ)り至り、叫(よ)んで道(いわ)く、「悟空(ごくう)、甚の事有りて我を叫び回らしむるか」と。行者道(いわ)く、「汝(なんじ)ら看よ、これらの賊は是れ怎に説うか」と。八戒前(まえ)に近づきかれを推(お)して、叫んで道(いわ)く、「強盗(ごうとう)よ、汝怎(いか)でか身(み)を動(うご)かさざる」と。

かの賊渾然(こんぜん=まるで)として知(し)ること無く、言(ものい)わず語(かた)らず。八戒道(いわ)く、「好(すっかり)痴(おろか)になり啞(おし)になり了れるか!」と。行者笑って道(いわ)く、
「是(こ)れ老孫一箇(ひとつ)の定身法(じょうしんぽう)を使(つか)いて定(さだ)め住めたるなり」
と。八戒(はっかい)道(いわ)く、
「既に身を定めたりといえど、未だ曾(かつ)て口(くち)を定(さだ)めず、怎でか声(こえ)をも做さざる」
と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、
「師父請(こ)う馬を下(お)りて坐せ。常言(ことわざ)に道(いわ)く、『只だ錯(あやま)りて拿(とら)うる有るのみ、錯りて放つこと有(な)し』と。兄弟(きょうだい)よ、汝ら賊(ぞく)を把りてみな扳(ひっくりかえ)し倒し捆(くく)り、かれをして一箇の供状(くじょう=自白書)を供(きょう)し出(いだ)さしめ、かれの是れ一箇の雛児(ひな=新米)の強盗なるか、把勢(わざ=手練)の強盗なるかを看ん」
と。沙僧(さそう)道(いわ)く、「縄索(なわ=縄)有(な)し」と。行者すなわち些(いささ)かの毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、変(へん)じて三十条(さんじゅっすじ)の縄索(じょうさく=縄)と作(な)し、一斉(いっせい)に手を下(くだ)し、賊を扳(ひっくりかえ)し、みな手足(しゅそく)を縛(しば)り上げて捆(くく)り住(とど)め、却又(また)念々(ねんねん)と呪(じゅ)を解(と)けば、かの一群(ひとむれ)の賊漸漸(ようやく)に蘇醒(よみがえ)る。

行者唐僧を請(しょう)じて上首(かみざ)に坐(ざ)せしめ、かれ三人(みたり)各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)りて喝(かつ)して道(いわ)く、
「毛賊(もうぞく)よ、汝(なんじ)ら一斉に多少(いくたり)の人有(あ)るか。幾年(いくとせ)売買(ばいばい=商売)を做(な)せるか。打劫(うちかす)めて多少(いくら)の物(もの)有(あ)るか。曾て人口(じんこう=人命)を殺傷(せっしょう)せること有りや。還是(それとも)初犯(しょはん)なるか、却(かえ)って是れ二犯(にはん)、三犯(さんぱん)なるか」
と。衆賊(しゅうぞく)口を開(ひら)いて道(いわ)く、「爺爺(おやかた)命を饒(ゆる)したまえ!」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「叫(よばわ)ること莫かれ!従実(ありのまま)に供(きょう)し来(きた)れ!」と。衆賊道(いわ)く、
「老爺(ろうや)、我らは是(こ)れ久(ひさ)しく慣(な)れて賊(ぞく)を做す者(もの)に非(あら)ず、みな是れ好き人家(じんか)の子弟(してい=子ども)なり。只(た)だ才(さい)無(な)きに因(よ)り、酒(さけ)を飲(の)み銭(ぜに)を賭(か)け、宿娼(しゅくしょう)頑耍(がんしゃ=道楽)して、父祖(ふそ)の家業(かぎょう)を尽(ことごと)く花費(ついや)し了り、一向(このごろ)干(かかわり)無く、又(ま)た銭の用(もち)い無し。銅台府(どうだいふ)の城中(じょうちゅう)の寇員外(こういんがい)の家の資財(しざい)の豪富(ごうふ=大金持)なるを訪(たず)ね知り、昨日(きのう)合(くみ)し仲間(なかま)となり、当晚(そのよ)夜雨(やう)の昏黒(こんこく)に乗(じょう)じ、すなわち往(ゆ)きて打劫めり。劫め得たる些かの金銀(きんぎん)・服飾(ふくしょく)有りて、この路の北(きた)の下(もと)の山凹(やまくぼ)の裡に在りて正(まさ)に分贓(ぶんぞう=分け前)しおるに、忽(たちま)ち老爺たちの来れるを見(み)たり。内中(うち)に寇員外の送行(そうこう)せしと認(したた)むる者有(あ)りて、必ず身辺(しんぺん)に物有(あ)らんとし、又た行李(こうり)の沈重(おもき)と、白馬(はくば)の快(はや)く走(はし)るとを見、人心(じんしん)足(た)らざれば、故(ゆえ)に又た来りて邀截(ようせつ=待ち伏せ)せり。豈(あ)に知らんや老爺(ろうや)に大神通(だいじんずう)の法力(ほうりき)有りて、我らを将ちて困(くるし)め住めらるるとは。万(よろず)望むらくは老爺慈悲(じひ)して、かの劫めし財物を收(おさ)め去り、我(われ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)されよ!」
と。

三藏(さんぞう)是れ寇家の劫(かす)めし財物と説(いう)を聴(き)き、猛然(だしぬけ)に一驚(ひとおどろき)を喫(くら)い、慌(あわ)てて站(た)ち上(あ)がりて道(いわ)く、「悟空、寇(こう)の老員外(ろういんがい)十分(じゅうぶん)に善(ぜん)を好(この)むに、如何でかこの災厄(さいやく)を招(まね)きたるか」と。行者笑って道(いわ)く、
「只だ我らを送りて身を起さしむるが為(ため)に、かの等(ごとき)の彩帳(さいちょう=色とばり)・花幢(かどう=花の幢)を張(は)り、盛(さか)んに鼓楽(こがく)を張(は)り、人の眼目(がんもく)を驚動(きょうどう)せるをもて、此(ここ)を以てこの一群の光棍(こうこん=ごろつき)すなわち往きてかれが家に手を下(くだ)せり。今(いま)又(ま)た幸(さいわ)いに我らに遇い、かれがこの許多(あまた)の金銀・服飾(ふくしょく)を奪い下せり」
と。三藏道(いわ)く、
「我らかれを半月(はんつき)擾(みだ)し、厚恩(こうおん)を感激(かんげき)して以(も)って報(むく)いる無(な)し。如(しか)らずんばこの財物(ざいぶつ)を将(も)ちてかれが家(いえ)に護送(ごそう)し往(ゆ)かば、却って是(こ)れ一件(ひとつ)の好(よ)き事(こと)に非ずや?」
と。行者言に依(よ)り、すなわち八戒・沙僧与山凹(やまくぼ)の裡に去き、かの些(それら)の贓物(ぞうぶつ=盗品)を取(と)り将ち来(きた)り、收拾(しゅうしゅう)して馬(うま)に駄(にな)わせ、又た八戒に教えて一担(ひとに)の金銀を挑(にな)わせ、沙僧に自己(おのれ)が行李を挑(にな)わせり。行者(ぎょうじゃ)この一群(ひとむれ)の強盗(ごうとう)を将ちて一棍(ひとぼう)に尽く打ち殺(ころ)さんと欲(ほっ)せしが、又た唐僧(とうそう)の人の性命(せいめい)を傷(そこな)うを怪(あやし)まんことを恐(おそ)れ、只だ身(み)を将(も)ちて一振(ひとふるい)し、毫毛(ごうもう)を收め上ぐるを得たり。かの一群の賊手(て)足(あし)を鬆(ゆる)め、這(は)い起(お)き上(あが)り、一箇一箇(ひとりひとり)草(くさ)に落(お)ちて逃(に)げ生(い)きて去る。この唐僧步(あゆみ)を転(てん)じ身を回(めぐ)らし、財物を将ちて員外に送り還(かえ)さんとす。この一去(ひとゆき)、却って飛蛾(ひが=飛ぶ蛾)の火(ひ)に投(とう)ずるに似(に)て、反(かえ)ってその殃(わざわい)を受く。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く、
恩(おん)を恩を以て報いるは人間(にんげん)に少(すくな)く、
反(かえ)って恩慈(おんじ=恩と慈しみ)を把(と)りて変(へん)じて仇(あだ)と作(な)す。
水(みず)に下(くだ)りて人(ひと)を救(すく)えば終(つい)に失(うしな)い有(あ)り、
三(みた)び思(おも)いて事を行(おこな)えば却(かえ)って憂(うれい)無し。
と。

三藏師徒(してい)ら金銀(きんぎん)・服飾(ふくしょく)を将ちて拿(も)ち転じ、正に行(ゆ)く処に、忽(たちま)ちかの槍刀(そうとう=槍と刀)の簇簇(ぞくぞく=ぎっしり)として来るを見る。三藏(さんぞう)大いに驚(おどろ)いて道(いわ)く、
「徒弟(でし)よ、汝看(み)よ、かの兵器(へいき)の簇(むらが)り擁(かこ)み相(あい)臨(のぞ)むは、是れ甚(なん)の好歹(よしあし)なるか」
と。

八戒(はっかい)道(いわ)く、
「禍(わざわい)来れるぞ、禍来れるぞ!是れ那放ち去(さ)りし強盗の、兵器(へいき)を取り、又(ま)た些(いくたり)かの人を糾(あつ)め、路を転(てん)じ過(よ)ぎ来(きた)りて我ら与闘(たたか)い殺らんとするなり!」
と。沙僧(さそう)道(いわ)く、
「二哥(にいさん)、那(あ)の来れるは是(こ)れ賊勢(ぞくせい=賊の勢い)に非(あら)ず。大哥(あにき)、汝仔細(つまびらか)にこれを観(み)よ」
と。行者悄悄(こっそり)と沙僧に向い道(いわ)く、
「師父(しふ)の災星(さいせい=災いの星)又た到れり。此は必(かなら)ず是れ官兵(かんぺい)の賊を捕(とら)うるの意(こころ)ならん」
と。説(いい)了(おわ)らざるに、衆の兵卒(へいそつ)辺前(ほとり)に至り、一箇の圈子陣(けんしじん=輪の陣)を撒(ひら)き開(あ)け、かれが師徒(してい)を把りて囲(かこ)み住(とど)めて道(いわ)く、
「好き和尚(おしょう)かな、人家(じんか)の物(もの)を打劫(うちかす)めおきて、還た此に在りて逍遥(しょうよう=うろつき)するか!」
と。一擁(いちど)に上前(すす)み出で、先(ま)ず唐僧を把りて馬より抓(つか)み下(おろ)し、縄(なわ)を用(もち)いて捆(くく)り、又た行者三人をも把(と)りて、また一斉(いっせい)に捆(くく)り、扛子(こうす=棒)を穿(つらぬ)き通(とお)し、両箇(ふたり)して一箇(ひとり)を抬(かつ)ぎ、馬を趕(お)い、担(に)を奪(うば)い、径に府城(ふじょう)に転ず。ただ見(み)よ、
唐三藏(とうさんぞう)は、戦戦兢兢(おののき)として、涙(なみだ)を滴(したた)らせて言(い)い難(がた)し。
猪八戒(ちょはっかい)は、絮絮叨叨(じょじょとうとう=ぶつぶつ)として、心中(しんちゅう)怨(うらみ)を報(ほう)ず。
沙和尚(さおしょう)は、嚢突突(のうとつとつ=もごもご)として、意下(こころ)に躊躇(ちゅうちょ)す。
孫行者(そんぎょうじゃ)は、笑唏唏(しょうきき=にこにこ)として、手段(しゅだん)を施(ほどこ)さんとす。
と。衆(しゅう)の官兵(かんぺい)集(あつま)り擁(かこ)み扛(かつ)ぎ抬(あげ)、須臾(しばらく)の間(あいだ)に城(しろ)の裡(うち)に拿え到(いた)り、径(ただち)に黄堂(こうどう=役所)に解(つな)ぎ上(あ)げて報(しら)せて道(いわ)く、「老爺(ろうや)、民快(みんかい=捕り手)人等(ひとびと)、強盗を捕獲(ほかく)し来れり」と。

かの刺史(しし)端(ただ)しく堂の上に坐し、民快(みんかい)を賞労(しょうろう=労い賞)し、賊贓(ぞくぞう=盗品)を検(あらた)め看、当(まさ)に寇家(こうか)を叫(よ)びて領(うけ)り去らしめ、却って三藏等(ら)を将(も)ちて庁前(ちょうぜん=庁の前)に提(ひき)し近(ちか)づけ、問うて道(いわ)く、
「汝(なんじ)らこの起(ひとくみ)の和尚、口(くち)に称(とな)えて是れ東土(とうど)より遠(とお)く来(きた)り、西天(せいてん)に向い仏(ほとけ)を拝(おが)むと曰(い)いながら、却って元来(もと)是(こ)れ些(いささ)かの法(ほう)を設(もう)けて門路(もんろ=手掛かり)を躧看(しげみ=踏み窺い)、家を打ち舎(やどり)を劫むるの賊(ぞく)なるか!」
と。三藏道(いわ)く、
「大人(たいじん)容(ゆる)して告(もう)すを請う。貧僧(ひんそう)実(げ)に是れ賊に非ず、決(けっ)して敢えて仮(いつわ)らず、随身(ずいしん)に現(いま)通関文牒(つうかんぶんじょう)の照(てら)すべき有り。只(た)だ寇員外(こういんがい)の家の我らに半月(はんつき)斎(とき)し、情意(じょうい=情け)の深(ふか)きこと重(おも)きに因り、我ら路(みち)に強盗(ごうとう)に遇(あ)い、寇家を打劫めし財物を奪い転(てん)じ、寇家に送(おく)り還して恩(おん)に報(むく)いんとせしに、期(き)せずや民快(みんかい)人等(ひとびと)の捉獲(そっかく)し、以(おも)えらくは賊ならんとすれど、実に是れ賊に非(あら)ざるなり。望(のぞ)むらくは大人(たいじん)詳(つまびらか)に察(さっ)せられよ」
と。刺史道(いわ)く、
「汝この奴(やつ)官兵(かんぺい)の捕獲(ほかく)するを見て、却(かえ)って巧言(こうげん=巧みな言葉)もて恩に報(ほう)ずと曰(い)う。既(すで)に路に強盗に遇いしならば、何ぞかれを連(つ)れ来りて、官(かん)に報せ恩(おん)に報いざる。如何(いか)でか只だ是(こ)れ汝ら四衆(ししゅ)のみなる。汝(なんじ)看よ!寇梁(こうりょう)の遞しし失状有りて、名(な)を坐(す)えて汝を告(うった)うるに、汝還(ま)た敢(あ)えて抗弁(こうべん=言い訳)するか」
と。

三藏(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、一(ひと)たび大海(たいかい)の舟(ふね)を烹(に)るが如(ごと)く、魂(たましい)飛(と)び魄(はく)喪(うしな)い、叫んで、
「悟空(ごくう)、汝(なんじ)何ぞ上(のぼ)り来りて折辨(せつべん=弁じ分け)せざるか!」
と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「贓(ぞう=盗品)有(あ)るは是れ実(じつ)なり、折辨(くちごたえ)するは何(なん)の為(ため)ぞ!」と。刺史道(いわ)く、
「正(まさ)に是れなり!贓証(ぞうしょう=証拠の品)現(いま)に存(そん)するに、還た敢えて抵頼(ていらい=言い逃れ)するか」
と。

手下(しゅか=部下)を叫んで、
「脳箍(のうこ=頭の輪)を拿(と)り来(きた)れ、この禿賊(とくぞく=禿げ坊主)の光頭(こうとう=つるつる頭)を把りてかれを一箍(ひとしめ)し、然(しか)る後(のち)にまた打(う)て!」
と。行者慌て、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)って道(いわ)く、
「是(こ)れ我が師父の該(まさ)にこの難(なん)有るべきなりといえど、還(ま)たかれをして十分(じゅうぶん)に苦(くるしみ)を受(う)けしむべからず」
と。かれかの下役(したやく)らの索子(さくす=縄)を收拾(しゅうしゅう)して脳箍(のうこ)を結(むす)ぶを見、すなわち便(すなわ)ち口を開いて道(いわ)く、
「大人(たいじん)且(しばら)く其(そ)の和尚を箍(し)めること莫(な)かれ。昨夜(さくや)寇家(こうか)を打劫(うちかす)めしは、火を点ぜしもまた我、刀(かたな)を持(たも)てるもまた我、財(たから)を劫めしもまた我、人を殺ししもまた我なり。我は是れ一箇の賊頭(ぞくとう=盗賊の頭)、打たんと要(もと)めなば只だ我(われ)を打て、かれら与(と)は干(かかわり)無し。但(た)だ只(た)だ我を放(はな)たざるのみ」
と。刺史(しし)言を聞きてすなわち教(いいつけ)て、「先(ま)ず此(こ)の僧(そう)を箍(し)め起せ」と。

下役(したやく)ら斉(ひと)しく来りて手を上(か)ぐ、行者を把りて脳箍(のうこ)を套(か)せ、收(しめ)め緊(かた)くして一勒(ひとしめ)すれば、ぷつんと索子(なわ)の断(た)ゆるあり。又(ま)た結(むす)び又た箍(し)むるに、又たぷつんと断(た)ゆ。一連(つづ)けに三、四次(さんよじ)箍(し)むるに、かれが頭皮(とうひ=頭の皮)は、皺(しわ)をもまた曾(かつ)て些かも寄(よ)せず。却又(また)索子(なわ)を換(か)えて再(ふたた)び結(むす)ばんとする時、只だ人(ひと)の来り報(しら)せて道(いわ)くを聴く、
「老爺、都下(とか=都より)の陳少保(ちんしょうほ)爺爺(やや)到れり、老爺(ろうや)の郭(くるわ=城外)に出でて迎接(げいせつ)せんことを請(こ)う」
と。かの刺史すなわち刑房吏(けいぼうり=刑の吏)に命(めい)じて、
「賊(ぞく)を把(と)りて監(ひとや)に收(おさ)め、好く生(よく)看轄(かんかつ=監視)せよ。我が上司(じょうし)を接(むか)え過(す)ぐるを待ちて、また行(おこな)いて拷問(ごうもん)せん」
と。

刑房吏(けいぼうり)遂に唐僧(とうそう)四衆を将ちて、監門(かんもん=牢の門)の裡に推し進(い)る。八戒・沙僧自己(おのれ)が行李(こうり)を担(にな)い進れて身に随(したが)う。

三藏道(いわ)く、「徒弟(でし)よ、是れ怎にして起(おこ)りしぞ」と。行者(ぎょうじゃ)笑って道(いわ)く、
「師父、進れ進れ!この裡辺(うち)には狗(いぬ)の叫(ほ)ゆる無(な)ければ、倒(かえ)って好(よ)く耍子(あそ)ぶべし!」
と。憐(あわ)れむべし四衆(ししゅ)を把りて捉(とら)え将ち進(い)り、一箇一箇(ひとりひとり)みな轄床(かっしょう=拷問台)に推(お)し入れ、転肚(てんと=腹の締め)・敵脳(てきのう=頭の締め)・攀胸(はんきょう=胸の締め)を扣(か)け引(ひ)き、禁子(きんす=牢番)ら又(ま)た来(きた)りて乱(みだ)りに打(う)つ。三藏苦痛(くつう)禁(た)え難(がた)く、只だ叫(よ)んで、「悟空!怎(いか)でか好からん!怎でか好からん!」と。行者道(いわ)く、
「かれが打つは是(こ)れ銭(ぜに)を要むるなり。常言(ことわざ)に道(いわ)く、『好き処(ところ)には身(み)を安(やす)んじ、苦(くる)しき処には銭を用(もち)う』と。今かれ与些(いささ)かの銭(ぜに)を与えなば、すなわち罷(や)まん」
と。三藏(さんぞう)道(いわ)く、「我(わ)が銭何(いず)くよりか来らん」と。行者道(いわ)く、
「若し銭(ぜに)無くんば、衣物(いぶつ=衣類)もまた是れなり。かの袈裟(けさ)を把りてかれ与(に)与(あた)え了らば罷(よ)からん」
と。三藏説(いう)を聴くや、すなわち刀(かたな)のその心を刺(さ)すが如く、一時(いっとき)かれが打つに勝(た)えざるを見(み)、只(た)だ口(くち)を開(ひら)いて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、汝に随(したが)わん」と。行者(ぎょうじゃ)すなわち叫んで、
「列位(みなさま)の長官(ちょうかん)、必ずしも打(う)つに及ばず。
我(われ)らが担(にな)い進れし那(かの)二箇(ふたつ)の包袱(ほうふく)の中(うち)に、一件(ひとえ)の錦襴袈裟(きんらんけさ=錦の袈裟)有り、価(あたい)千金(せんきん)なり。汝ら解(と)き開きて拿(と)り去れ」
と。衆の禁子(きんす)言を聴(き)き、一斉に手を動かし、二箇(ふたつ)の包袱を把(と)りて解(と)き看(み)る。

幾件(いくえん)かの布衣(ほい=木綿の衣)有(あ)り、一箇(ひとつ)の引磬(いんけい=鈴)有れど、倶値(あたい)するに足(た)らず、只だ見よ、幾層(いくかさ)もの油紙(ゆし=油紙)の包裹(ほうか=包み)の裡に一物(ひとつのもの)の、霞光(かこう=霞の光)焰焰(えんえん)たる有り、知(し)る是好(よ)き物なるを。振(ふる)い開(ひら)きて看る時(おり)、ただ見よ、
巧妙(こうみょう)なる明珠(めいしゅ=美しき珠)を綴(つづ)り、稀奇(きき=珍しき)仏宝(ぶっぽう)を簇(あつ)む。
盤龍(ばんりゅう=巻ける龍)は繍結(しゅうけつ=刺繍の結び)を鋪(し)き、飛鳳(ひほう=飛ぶ鳳)は錦(にしき)の沿辺(えんぺん=縁)を為す。
と。衆(しゅう)みな争(あらそ)いて看るに、又た本司(ほんし)の獄官(ごくかん=牢の長)を驚動(きょうどう)し、走り来りて喝して道(いわ)く、「汝(なんじ)ら此(ここ)に在りて甚をか嚷(わめ)くか」と。禁子(きんす)ら跪いて道(いわ)く、
「老爹(ろうや)、才(いま)しがた提控(ていこう=係の吏)の送り下しし四箇(よたり)の和尚(おしょう)は、乃(すなわ)ち是れ大勢(おおぜい)の強盗なり。かれ我らが幾下(いくした)かかれを打ちしを見(み)、この二箇(ふたつ)の包袱(ほうふく)を把りて我与与えたり。我ら打ち開きて看(み)るに、この物(もの)の有(あ)るを見て、処置(しょち)すべき無し。若(も)し衆人(みな)の扯(ひ)き破(やぶ)りてこれを分(わ)かたば、実(げ)に是(こ)れ惜(お)しむべく、若し独(ひと)り一人(ひとり)に帰(き)せば、衆人(みな)利(り)無(な)し。幸(さいわ)いに老爹の来(きた)れるに、老爹(ろうや)の凭(よ)りて一箇の劈著(へきちゃく=裁き)を做さるるを請う」
と。獄官(ごくかん)看るに、乃ち是れ一件(ひとえ)の袈裟(けさ)なり。又た別項(べっこう=他)の衣服(いふく)を将(も)ち、并(ならび)に引磬児(いんけいじ=鈴)をも通(とお)し検(あらた)め看、又(ま)た袋(ふくろ)の内(うち)の関文(かんぶん)を打(う)ち開きて一看(ひとみ)すれば、各国(かっこく)の宝印(ほういん=玉璽)花押(かおう=署名)の有るを見、道(いわ)く、
「早く是れ我の来り看(み)たるかな!然らずんば、汝らみな事(こと)を撞(つ)き出さんとせしところなり。この和尚は是(こ)れ強盗(ごうとう)に非ず、切(きっ)とかれが衣物(いぶつ)を動(うご)かすこと莫かれ、明日(みょうにち)太爺(たいや=太守)のまた審(ただ)すを待(ま)ちて、方(はじ)めて端的(あて)を知らん」
と。衆の禁子(きんす)言(げん)を聴き、包袱を将ちてかれ与(に)還(かえ)し、旧(もと)に依(よ)りて包裹(つつ)み、獄官(ごくかん)に交(わた)して收め訖(おわ)らしむ。

漸漸(ようやく)に天(てん)晩(く)れ、楼頭(ろうとう=楼の上)に鼓(つづみ)の起るを聴き、火甲(かこう=夜回り)の更(こう)を巡(めぐ)るを聞(き)く。四更三点(よんこうさんてん)に捱(こら)え至(いた)るに、行者かれらのみな呻吟(うめ)かず、尽(ことごと)く皆(みな)睡(ねむ)りたるを見(み)、かれ暗(ひそ)かに想(おも)って道(いわ)く、
「師父(しふ)は該(まさ)にこの一夜(いちや)の牢獄(ろうごく)の災(わざわい)有るべきなり。老孫(ろうそん)の口を開(ひら)きて折辨(べんじ)せず、法力(ほうりき)を使(つか)わざるは、蓋(けだ)し此(これ)が為(ため)なり。今(いま)四更(よんこう)将(まさ)に尽(つ)きなんとし、災(わざわい)将(まさ)に満(み)たんとす、我(われ)須(かなら)ず往きて打点(したく)し打点し、天明(てんめい)に好(よ)く牢門(ろうもん)を出(い)づべし」
と。なんじ看よ、かれ本事(ほんじ=術)を弄(ろう)し、身を将ちて小一小(ひとちぢみ)し、轄床(かっしょう=拷問台)を脱(ぬ)け出で、身を揺(ゆすぶ)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一箇の蜢虫児(もうちゅうじ=小さき虫)と做(な)り、房檐(ぼうえん=軒)の瓦(かわら)の縫(すきま)より飛び出づ。見よ、あの星光(せいこう)月(つき)皎(あきらか)なるは、正に是れ清和(せいわ)夜静(やせい)の天なり。かれ方向(ほうこう)を認め、径に寇家の門首(もんしゅ=門前)に飛び向(むか)うに、只だ見よ、かの街(まち)の西下(にし)に一家児(ひとや)の灯火(とうか)の明(あきらか)に亮(かがや)けるを。又たかれが門口(もんぐち)に飛(と)び近づき看る時、元来(もと)是れ一箇の豆腐(とうふ)を做(つく)る者にて、一箇(ひとり)の老頭児(ろうとうじ=爺)の火(ひ)を焼(た)き、媽媽児(ままじ=婆)の漿(しる)を絞(しぼ)るを見(み)る。

かの老児(ろうじ)忽(たちま)ち一声(ひとこえ)叫んで道(いわ)く、
「媽媽(まま)、寇(こう)の大官(たいかん=旦那)は且(さ)て是(こ)れ子(こ)有(あ)り財(たから)有れど、只(た)だ是れ寿(いのち)無し。我かれ与小(おさな)き時(とき)同(おな)じく学(まなびや)に在りて書(しょ)を読(よ)みしが、我還たかれ与(よ)り五歳(ごさい)大(おお)いなり。かれが老子(おやじ)を叫(よ)んで寇銘(こうめい)と做し、当時(そのかみ)もまた上千畝(せんげ=千畝)の田地(でんち)に上(のぼ)らず、些かの租帳(そちょう=小作帳)を放ちたれど、また討(とりた)て起さず。かれ二十歳(にじゅっさい)に到りし時(おり)、かの銘老児(めいろうじ=銘爺)死し、かれ家当(かとう=家産)を掌(つかさど)りしが、実に是れまたかれが一歩(いっぽ)の好き運(うん)なり。娶(めと)れる妻(つま)は是(こ)れ那張旺(ちょうおう)の女(むすめ)にて、小名(こな)を叫んで穿針児(せんしんじ)と做すが、却って倒(かえ)って夫(おっと)を旺(さか)えしむ。かれが門(もん)に進りし自(よ)り、田(た)を種(う)うればまた収(みの)り、帳(ちょう)を放てばまた起(おこ)り、買(か)い著(つ)くものに利(り)有り、做(な)し著(つ)くるもの銭を儲(もう)け、かれ今稼(かせ)ぎ得(え)て十万(じゅうまん)の家私(かし=家財)有(あ)るに至れり。かれ四十歳(しじゅっさい)の上(うえ)に到(いた)り、すなわち心(こころ)を回(めぐ)らして善(ぜん)に向い、万僧(ばんそう)に斎せしに、期せずや昨夜(さくや)強盗に踢り殺されたり。憐(あわ)れむべし!今年(ことし)才(わず)かに六十四歳(ろくじゅうよんさい)、正(まさ)に好く享用(きょうよう=楽しみを受)くべきに、何ぞ期(き)せんこの等(ごとく)善(ぜん)に向いて、好(よ)き報(むくい)を得ず、乃(すなわ)ち非命(ひめい=不慮の死)に死(し)せんとは。嘆(たん)ずべし!嘆ずべし!」
と。

行者一一(いちいち)にこれを聴(き)き、却って早(はや)くも五更初点(ごこうしょてん)なり。かれすなわち寇家に飛び入(い)るに、只だ見よ、かの堂屋(どうおく=広間)の裡(うち)にすでに棺材(かんざい=棺)の停(とど)め置(お)かれ、材頭(ざいとう=棺の頭)の辺(ほとり)に灯(ひ)を点(とも)し、香燭(こうしょく=線香と蝋燭)・花果(かか=供物)を並(なら)べ列(つら)ね、媽媽(まま)旁(かたわら)に在りて啼哭(ていこく=泣き悲し)むを。又たかれが両箇の息子(むすこ)もまた来りて拝(おが)み哭き、両箇(ふたり)の嫁(よめ)は両盞(ふたつ)の飯児(めし)を拿(と)りて供献(きょうけん=供え)するを見る。

行者(ぎょうじゃ)すなわちかれが材頭(ざいとう)の上に釘(とど)まり、一声咳嗽(せきばら)するや、唬されたるかなかの両箇の嫁(よめ)は手(て)を査(さぐ)り脚(あし)を舞(ま)わして外(そと)へ跑(に)げ、寇梁兄弟は地(ち)に伏(ふ)して敢(あ)えて動かず、只だ叫んで、
「爹爹(とうちゃん)!嚛(わあ)!嚛!嚛!」
と。那媽媽子(ままこ)は胆(きも)大きく、材頭(ざいとう)を把りて一撲(ひとたたき)して道(いわ)く、「老員外(ろういんがい)、汝活(い)き返(かえ)れるか」と。行者かの員外(いんがい)の声音(こわね=声)を学(まな)んで道(いわ)く、「我(われ)曾て活きず」と。両箇(ふたり)の息子(むすこ)いよいよ慌(あわ)て、住(や)まず叩頭(こうとう)し涙(なみだ)を垂(た)れ、只(た)だ叫(よ)んで、
「爹爹(とうちゃん)!嚛(わあ)!嚛!嚛!」
と。媽媽子(ままこ)胆(きも)を硬(かた)くして又(ま)た問(と)うて道(いわ)く、「員外、汝(なんじ)曾て活きずと曰(い)えど、如何でか話(ものい)う」と。行者道(いわ)く、
「我は是れ閻王(えんおう)の差(つか)わしし鬼使(きし=鬼の使い)の押(お)し将(も)ち来(きた)りて家(いえ)に至り、汝ら与話(はな)しを講(の)ぶる者なり」
と。説って道(いわ)く、
「那(かの)張氏(ちょうし)の穿針児(せんしんじ)は枉口誑舌(おうこうきょうぜつ=嘘をつき)て、無辜(むこ=罪無き者)を陷害(かんがい=陥れ)せるなり」
と。

かの媽媽子(ままこ)かれが小名(こな)を叫ぶを聴き得、慌てて跪(ひざまず)き倒(たお)れ磕頭して道(いわ)く、
「好き老児(ろうじ)かな!この等(ごとき)の大(おお)きなる年紀(とし)になって還(ま)た我が小名児(こな)を叫ぶか。我が那(いず)れの枉口誑舌(おうこうきょうぜつ)に、甚(なん)の無辜(むこ)をか害(そこな)えるか」
と。

行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して道(いわ)く、
「何処(いずこ)に一箇(ひとつ)の甚の『唐僧火を点じ、八戒殺(ころ)せと叫(よ)び、沙僧(さそう)金銀を劫(かす)め出し、行者汝が父親(ちちおや)を打ち殺す』こと有らん。只だ汝(なんじ)が誑言(きょうげん=嘘)に因(よ)りて、かの好き人をして難(なん)を受けしめたり。那唐朝(とうちょう)の四位(よたり)の老師(ろうし)は、路に強徒(きょうと=盗賊)に遇(あ)い、財物(ざいぶつ)を奪(うば)い将ち来り、送り来りて我(われ)に謝(しゃ)せしは、是れ何の等(なんと)の好意(こうい)なるか!汝却(かえ)って仮(にせ)の失状(しつじょう)を捻(ひね)り作(つく)り、息子(むすこ)らをして官に首(つげ)しめ、官府(かんぷ=役所)又た未(いま)だ細(つまびらか)に審さず、又た今(いま)かれらを把(と)りて監禁(かんきん)せり。かの獄神(ごくしん=牢の神)・土地(とち)・城隍(じょうこう=町の神)倶(みな)慌て、坐(ざ)するも立(た)つも寧(やす)からず、閻王に報せたり。閻王(えんおう)転(うたた)鬼使(きし)を差わし我を押(お)し解(つな)ぎて家に来(きた)らせ、汝らを教えて趁(じゅん)じ早くかれを解放(かいほう)し去(さ)らしめんとす。然(しか)らずんば、我を教(おし)えて家に在りて一月(ひとつき)撹(か)き乱し、合門(かもん=家中)の老幼(ろうよう)并(ならび)に鶏狗(けいく=鶏や犬)の類(たぐい)を将ちて、一箇としてもまた存(ぞん)し留(とど)めじ!」
と。寇梁兄弟(きょうだい)又(ま)た磕頭(こうとう)し哀告(あいこく)して道(いわ)く、
「爹爹(とうちゃん)請(こ)う回りたまえ、切(きっ)と老幼(ろうよう)を傷残(しょうざん=傷つけ)したもうこと莫かれ。天明(てんめい)を待ちてすなわち本府(ほんふ)に去(ゆ)き解状(かいじょう=取り下げ状)を投遞(とうてい)し、願(ねが)わくは招(まね)き回(かえ)すことを認(したた)めん、只だ求(もと)むるは存歿(そんぼつ=生者と死者)均(ひと)しく安からんことのみ」
と。行者聴き了りてすなわち叫んで、「紙(かみ)を焼け、我(われ)去かん!」と。かれが一家児(いっけ)みな来りて紙(かみ)を焼(た)く。

行者(ぎょうじゃ)一翅(ひとつばさ)に飛び起(お)き、径(ただち)に又た刺史の住宅(じゅうたく)の裡面(うち)に飛(と)び至(いた)る。頭(こうべ)を低(た)れて観(みわた)せば、かの房内(ぼうない)の裡にすでに灯光(とうこう)有り、刺史(しし)のすでに起(お)き上がれるを見(み)る。かれすなわち中堂(ちゅうどう=中の間)に飛び進(い)りて看(み)る時、只(た)だ見よ、中間(ちゅうかん)の後壁(こうへき)に一軸(ひとまき)の画児(え)の掛(かか)れる有(あ)り、是(こ)れ一箇の官児(かんじ=役人)の、一匹(ひとむれ)の点子馬(てんしば=斑馬)に騎(の)り、幾箇(いくたり)かの従人(じゅうじん=供)有りて、一把(ひとつ)の青傘(せいさん=青い傘)を打(さ)し、一張(ひとつ)の交床(こうしょう=折り椅子)を掲(かか)げたるが、更(さら)に是れ甚(なん)の故事(こじ=故事)なるかを識(し)らず。行者すなわち中間(ちゅうかん)に釘(とど)まる。忽然(たちまち)かの刺史房(へや)の裡より出(い)で来り、腰(こし)を湾(かが)めて梳洗(そせん=身づくろい)す。行者猛(だしぬけ)の裡(うち)に一声(ひとこえ)咳嗽(せきばら)するや、刺史を把りて唬(おど)して慌慌張張(あわてふため)かしめ、房内(ぼうない)に走(はし)り入り梳洗(そせん)し畢(おわ)り、大衣(たいい=礼服)を穿(き)、すなわち出で来(きた)りて画児(え)に対(むか)い香(こう)を焚(た)き祷告(とうこく)して道(いわ)く、
「伯考(はくこう=亡き伯父)姜公乾一(きょうこうけんいつ)の神位(しんい)、甥(おい)の姜坤三(きょうこんさん)祖上(そじょう=先祖)の徳蔭(とくいん=徳の蔭)を蒙(こうむ)り、忝(かたじけな)くも甲科(こうか=科挙)に中(あた)り、今叨(みだ)りに銅台府の刺史(しし)を受(う)け、旦夕(あさゆう)香火(こうか=線香)を侍奉(じほう)して絶(た)ゆること無し。何(なん)の為(ため)ぞ今日声を発(はっ)したまうや。切勿(くれぐれ)邪(じゃ)を為(な)し祟(たた)りを為したもうこと莫(な)かれ、家衆(かしゅう=家族)を唬し恐(おそ)れしめんことを恐(おそ)る」
と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑って道(いわ)く、
「此(こ)れは是れかれが大爺(たいや=大叔父)の神子(しんし=神主)なるか!」
と。すなわち就(すなわ)ち経児(きょうじ=機会)を綽(とら)えて叫んで道(いわ)く、
「坤三(こんさん)の賢(かしこ)き甥(おい)よ、汝(なんじ)官(かん)を做すは祖蔭(そいん=先祖の蔭)を承(う)くといえど、一向(これまで)清廉(せいれん)なりしに、怎でか昨日無知(むち)にして、四箇(よたり)の聖僧(せいそう)を把りて賊と当(あ)て、来因(らいん=事情)を審(ただ)さず、禁内(きんない=牢)に囚(とら)えたる。かの獄神(ごくしん)・土地(とち)・城隍(じょうこう)安(やす)からず、閻君(えんくん)に報(しら)せたれば、閻君(えんくん)鬼使(きし)を差(つか)わし我を押(お)し来らせ汝に対い説(と)かしめ、汝を教えて情(じょう)を推し理(ことわり)を察(さっ)し、疾く疾くかれを解放(かいほう)せしめんとす。然らずんば、すなわち汝(なんじ)を教えて陰司(いんし=冥府)に去(ゆ)きて折証(せっしょう=弁じ)せしめん」
と。刺史説(いう)を聴(き)き、心中(しんちゅう)悚懼(しょうく)して道(いわ)く、「大爺(たいや)請う回りたまえ、此(こ)の甥(おい)堂(どう)に昇(のぼ)り、当(まさ)にすなわち釈放(しゃくほう)せん」と。行者道(いわ)く、
「既に此(この)如(ごと)くならば、紙(かみ)を焼き来れ。我去きて閻君(えんくん)に見(まみ)え回話(かいわ=返事)せん」
と。刺史復(ま)た香(こう)を添(そ)え紙(かみ)を焼(た)きて拝謝(はいしゃ)す。

行者又た飛び出でて看る時(おり)、東方(とうほう)早(はや)くもすでに白(しら)みを発(はっ)す。地霊県(ちれいけん)に飛(と)び到るに及(およ)び、又(ま)たかの合県(ごうけん=県中)の官の却ってみな堂の上(うえ)に在(あ)るを見る。かれ思(おも)って道(いわ)く、
「蜢虫児(もうちゅうじ)の話(ものい)うを、人に見(み)られば、馬脚(ばきゃく=尻尾)を露(あらわ)し出(いだ)さんも好(よ)からず」
と。かれすなわち半空(はんくう)の中に在りて、一箇の大法身(だいほっしん=大いなる法の身)に改(あらた)まり、空(そら)の裡より一隻(いっぽん)の脚(あし)を伸(の)ばし下(おろ)して、一箇の県堂(けんどう=県庁)を把(と)りて躧(ふ)み満(み)たし、口(くち)の裡に叫(よ)んで道(いわ)く、
「衆官(しゅうかん)聴け:吾(われ)は乃ち玉帝(ぎょくてい)の差わしし浪蕩遊神(ろうとうゆうしん=放浪の神)なり。説(いわ)く、汝がこの府監(ふかん=府の牢)の裡(うち)に屈(くつ=不当)に取経(しゅきょう)の仏子(ぶっし=仏弟子)を打ちたるをもて、三界(さんがい)の諸神(しょしん)の安からざるを驚動(きょうどう)し、吾(われ)を教(おし)えて伝説(つたえ)し、趁(じゅん)じ早くかれを放(はな)たしめんとす。若(も)し差池(さじ=手違い)有らば、我(われ)を教えてまた一脚(ひとあし)を来(きた)らしめ、先(ま)ず合府県官(ごうふけんかん=府県の役人)を踢(け)り殺し、後(のち)に四境(しきょう=四方)の居民(きょみん=住民)を躧(ふ)み殺(ころ)し、城池(じょうち=町)を把りてみな踏(ふ)みて灰燼(かいじん=灰)と為(な)さん!」
と。概(おおよそ)県(けん)の官吏(かんり)人等(ひとびと)、慌てて一斉(いっせい)に跪き倒れ、磕頭し礼拜(らいはい)して道(いわ)く、
「上聖(じょうせい)請(こ)う回りたまえ。我ら今(いま)府(ふ)に進り、府尊(ふそん=長官)に稟(もう)し上(たてまつ)り、すなわち教(いいつけ)て放ち出さん。千万(くれぐれ)脚(あし)を動(うご)かしたもうこと莫かれ、下官(げかん=わたくし)を驚(おど)ろかし唬(おど)し殺したもうな」
と。行者(ぎょうじゃ)才(はじ)めて法身(ほっしん)を收(おさ)め、仍(な)お変(へん)じて一箇(ひとつ)の蜢虫児(もうちゅうじ)と做り、監房(かんぼう)の瓦(かわら)の縫児(すきま)より飛び入(い)り、依旧(もとのごとく)轄床(かっしょう)の中間(ちゅうかん)に潜(もぐ)り込(い)りて睡(ねむ)る。

さて、かの刺史(しし)堂(どう)に昇(のぼ)り、才(はじ)めて投文牌(とうぶんはい=訴状受付の札)を抬(かつ)ぎ出さしむるに、早(はや)くも寇梁(こうりょう)兄弟の牌(ふだ)を抱(いだ)き門に跪(ひざまず)き叫び喊(さけ)ぶ有(あ)り。刺史令(れい)じて進らしむるに、二人(ふたり)解状(かいじょう)を将(も)ちて遞(てい)し上(たてまつ)る。刺史これを見て怒(いか)りを発(はっ)して道(いわ)く、

「汝ら昨日(きのう)失状を遞し、すなわち汝(なんじ)与与(あた)えて賊を拿(とら)え来り、汝又た贓(ぞう=盗品)を領(う)け去りしに、怎でか今日(こんにち)又た来りて解状(かいじょう=取り下げ状)を遞(てい)するか」
と。二人(ふたり)涙(なみだ)を滴(したた)らせて道(いわ)く、
「老爺、今夜(こんや)小(わたくし)の父親の魂を顕(あらわ)して道(いわ)く、
『唐朝(とうちょう)の聖僧は、原(もと)賊徒(ぞくと)を将ちて拿え住め、財物を奪い獲(え)て、賊(ぞく)を放ち去り、好意(こうい)もて財物を将ちて我家(わがや)に送(おく)り還して恩に報(むく)いしに、怎(いか)でか反(かえ)ってかれを把りて賊と当(あ)て、獄中(ごくちゅう)に拿(とら)え在らしめて苦(くるしみ)を受けしむるか!
獄中の土地(とち)・城隍(じょうこう)倶安(やす)からず、閻王に報せたり。閻王(えんおう)鬼使(きし)を差(つか)わし我を押(お)し解(つな)ぎて来(きた)らせ、汝を教えて府(ふ)に赴(おもむ)きまた告え、唐僧を釈放(しゃくほう)し、庶(ねがわ)くは災咎(さいきゅう=災い)を免(まぬが)れしめんとす。然(しか)らずんば、老幼(ろうよう)皆(みな)亡(ほろ)びん』
と。此に因りて、特(とく)に来りて一箇の解詞(かいし=取下げ文)を遞す。望むらくは老爺(ろうや)方便(ほうべん=計らい)したまえ!方便したまえ!」
と。刺史(しし)かれがこの話(ことば)を説(い)うを聴き、却って暗(ひそ)かに想(おも)って道(いわ)く、
「かれが那父親(ちちおや)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ熱屍(ねっし=死んで間もない屍)の新鬼(しんき)なれば、魂(たましい)を顕(あらわ)し報応(ほうおう)するも猶(な)お可(よ)し。我(わ)が伯父(おじ)は死し去(さ)ること五、六年(ごろくねん)なるに、怎でか今夜(こんや)もまた来りて魂を顕(あらわ)し、我を教(おし)えて審し放(はな)たしむるか。看るに起るは必(かなら)ず是れ冤枉(えんおう=無実)ならん」
と。正に忖度(そんたく=思案)の間(あいだ)に、只だ見よ、かの地霊県(ちれいけん)の知県(ちけん=県令)等の官(かん)の、急急(いそぎ)に堂に跑(はし)り上(あが)り乱(みだ)りに道(いわ)く、
「老大人(ろうたいじん)、不好(いけ)ませぬ!不好ませぬ!今しがた玉帝(ぎょくてい)の差わしし浪蕩遊神(ろうとうゆうしん)の下界(げかい)し、汝(なんじ)を教えて疾(と)く獄中(ごくちゅう)の好き人(ひと)を放たしむ。昨日拿えし那些(それら)の和尚は、是れ強盗に非(あら)ず、みな是(こ)れ経(きょう)を取(と)るの仏子(ぶっし)なり。若し少(すこ)しくも遅延(ちえん)せば、すなわち我等(われら)の官員(かんいん)を踢り殺さんとし、還た城池(じょうち)の百姓(ひゃくせい)に連(つら)ねて倶(みな)尽く踏(ふ)みて灰燼(かいじん)と為さんとす」
と。刺史又(ま)た大いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、すなわち刑房吏(けいぼうり)を叫びて火速(かそく=至急)に牌(ふだ)を書(したた)め提(ひき)し出(いだ)さしむ。当時(そのとき)監門(かんもん)を開きて提(ひ)き出すに、八戒(はっかい)愁(うれ)えて道(いわ)く、「今日又た怎に打(う)たるるかを知らず」と。行者笑って道(いわ)く、
「管(かま)うな、汝を一下児(ひとくだり)もまた敢えて打たじ。老孫倶すでに干弁(かんべん=手配)し停当(ととの)え了(おわ)れり。堂(どう)に上(のぼ)るに切(きっ)と下跪(ひざまず)くべからず、かれ還(ま)た下(お)り来(きた)りて我らを請(しょう)じて上坐(じょうざ=上座)に坐せしめん。却(かえ)って我(われ)がかれに向(むか)い行李を要(もと)め、馬匹(ばひつ)を要むるを等て。少(すこ)しくも些(すこし)でも欠(か)けなば、我がかれを打つを汝看(み)よ」
と。説(いい)了らざるに、すでに堂口(どうぐち)に至る。かの刺史・知県(ちけん)并(ならび)に府県(ふけん)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)、一見(ひとたびみる)やみな下(お)り来りて迎接(げいせつ)して道(いわ)く、
「聖僧(せいそう)昨日(きのう)来りし時、一(ひとつ)には上司(じょうし)を接(むか)うるに忙迫(ぼうはく=慌ただし)く、二(ふたつ)には又た獲(え)たる所(ところ)の贓(ぞう)を見(み)しをもて、未だ細(つまびらか)に端的(あて)を問うに及ばざりき」
と。唐僧(とうそう)掌(て)を合(あわ)せ身(み)を躬(かが)め、又(ま)た前情(ぜんじょう=これまでの仔細)を将(も)ちて細(こまか)に一遍(ひととおり)陳(の)ぶ。衆官(しゅうかん)満口(まんこう)に認め称(ほ)めて、みな道(いわ)く、「錯(あやま)てり錯てり!怪(とが)むること莫かれ怪むこと莫かれ!」と。又た獄中に曾(かつ)て甚の疏失(そしつ=手落ち)有りしかを問(と)う。行者前(まえ)に近(ちか)づき目(め)を努(つきだ)し見開(みひら)き看て、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く、
「我が白馬(はくば)は是れ堂上(どうじょう)の人の得(え)たるところ、行李(こうり)は是れ獄中(ごくちゅう)の人の得たるところ、疾く疾く我に還(かえ)せ!今日(こんにち)却って是(こ)れ我(われ)が汝(なんじ)らを拷較(ごうこう=拷問)すべきなり!枉(みだ)りに平人(へいじん=罪無き者)を拿(とら)えて賊と做(な)せるは、汝らは箇(いか)なりの甚(なん)の罪(つみ)に該(あた)るか?」
と。府県(ふけん)の官かれが悪(あく)を作(な)すを見、一箇(ひとり)として怕(おそ)れざるは無(な)く、すなわち便(すなわ)ち馬(うま)を收むるを叫んで馬を牽(ひ)き来(きた)らせ、行李を收(おさ)むるを叫んで行李(こうり)を取り来らせ、一一(いちいち)に交付(こうふ)して明白(めいはく)なり。なんじ看よ、かれ三人(みたり)一箇一箇(ひとりひとり)凶(きょう)を逞(たくま)しくするに、衆官(しゅうかん)只だ寇家(こうか)を以て遮飾(しゃしょく=言い繕う)するのみ。三藏勧(すす)め解(と)き了って道(いわ)く、
「徒弟(でし)よ、是れもまた明白(めいはく)を得ず。我ら且(しばら)く寇家に到り、一(ひとつ)には弔問(ちょうもん=弔い問う)し、二(ふたつ)には来りてかれ与(と)対証(たいしょう=突き合せ)し対証し、是れ何人(たれ)か我の賊(ぞく)を做すを見しを看(み)ん」
と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、
「説えるは是(ぜ)なり。老孫(ろうそん)かの死(し)せる者(もの)を把(と)りて叫(よ)び起し、是(こ)れ誰(たれ)かかれを打(う)ちしを看んを等(ま)て」
と。沙僧すなわち府堂(ふどう=府の庁)の上に在りて唐僧を把りて馬に撮(の)せ、吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわい)と、一擁(いちど)に出(い)づ。那些(それら)の府県(ふけん)の多官(たかん)も、また一一(ひとりひとり)倶(みな)寇家に到(いた)る。唬されたるかなかの寇梁兄弟(きょうだい)門前(もんぜん)に在りて住(や)まず磕頭(こうとう)し、庁(ひろま)に接(むか)え進(い)る。只(た)だ見(み)よ、かれが孝堂(こうどう=喪の間)の中(うち)に、一家児(いっけ)みな孝幔(こうまん=喪の幔)の裡に在りて啼哭(ていこく)するを。行者叫んで道(いわ)く、
「那(かの)誑語(きょうご=嘘)を打ちて平人(へいじん)を栽害(さいがい=陥れ)せる媽媽子(ままこ)よ、且(しばら)く哭(な)くこと莫(な)かれ!老孫の汝が老公(おっと)を叫び来(きた)らせ、かれに是れ誰(たれ)の打ち殺(ころ)ししを説わしめ、かれを一羞(ひと恥)し恥(は)ずかしめんを等て!」
と。衆(しゅう)の官員(かんいん)只だ孫行者(そんぎょうじゃ)の説(い)えるは是れ笑話(じょうだん)なりと思(おも)えり。行者道(いわ)く、
「列位の大人(たいじん)、略(いささ)か我が師父に陪(ばい)して坐(ざ)したまえ。八戒・沙僧好く生(よく)保護(ほご)せよ、我が去(ゆ)きてすなわち来らんを等(ま)て」
と。好(よ)き大聖かな、門(もん)を跳(おど)り出で、空(そら)を望(のぞ)んですなわち起(お)き上(あが)る。只だ見よ、
遍地(へんち=地の面)の彩霞(さいか=色とりの霞)の住宅(じゅうたく)を籠(こ)み、
一天(いってん)の瑞気(ずいき)の元神(がんしん=魂)を護(まも)る。
と。衆等(しゅうとう)方(はじ)めて纔(ようや)く是(こ)れ雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)に駕(が)するの仙(せん)の、死を起(おこ)し生(いのち)を回(かえ)すの聖(せい)なるを認(したた)め、此に一一(ひとりひとり)香(こう)を焚(た)き礼拜(らいはい)することは題(だい)とせず。

かの大聖(たいせい)一路(いちろ)觔斗雲(きんとんうん)に、直(ただち)に幽冥(ゆうめい=冥府)の地界(ちかい)に至り、径に森羅殿(しんらでん)の上(うえ)に撞(つ)け入る。慌てたるかなかの、
十代(じゅうだい)の閻君(えんくん)手を拱(きょう)して接(むか)え、
五方(ごほう)の鬼判(きはん=冥官)頭(こうべ)を叩(う)って迎(むか)う。
千株(せんしゅ)の剣樹(けんじゅ=剣の木)みな敧(かたむ)き側(そばだ)ち、
万迭(ばんじょう=幾重)の刀山(とうざん)尽(ことごと)く坦平(たんぺい=平ら)かなり。
枉死城(おうしじょう)の裡魑魅(ちみ=妖)化(け)し、
奈河橋(ながばし)の下(もと)鬼(おに)超生(ちょうしょう=生まれ変わる)。
正(まさ)に是れ、神光(しんこう)一(ひと)たび照(て)らすは天赦(てんしゃ=天の赦し)の如く、
黒暗(こくあん)の陰司(いんし)処処(ところどころ)に明(あきら)かなり。
と。十閻王(じゅうえんおう)大聖を接(う)け下し、相見(あいまみ)えて何の来るや何の干(かかわり)ぞを問う。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、
「銅台府(どうだいふ)地霊県(ちれいけん)の僧に斎(とき)する寇洪の鬼(おに)は、是れ誰(たれ)か收めたる。疾(と)く点(てん)し査(あらた)め来(きた)りて我(われ)与(に)与えよ」
と。十閻王(じゅうえんおう)道(いわ)く、
「寇洪(こうこう)が善士(ぜんし)は、また曾て鬼使(きし)のかれを勾(ひ)く有らず、かれ自家(みずか)ら此(ここ)に到り、地蔵王(じぞうおう)の金衣童子(こんねどうじ=金の衣の童子)に遇い、かれ引(みちび)きて地蔵(じぞう)に見(まみ)えさせたり」
と。行者すなわち別(わか)れを告(つ)げ、径(ただち)に翠雲宮(すいうんぐう)に至(いた)り、地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)に見(まみ)ゆ。菩薩(ぼさつ)かれ与礼(れい)し畢(おわ)り、具(つぶさ)に前事(ぜんじ)を言(い)う。菩薩(ぼさつ)喜んで道(いわ)く、
「寇洪が陽寿(ようじゅ=寿命)は、只(た)だ該(まさ)に卦数(かすう=定めの数)なるのみ、命(いのち)終(おわ)るに床席(しょうせき=寝床)に染(し)まず、世(よ)を棄(す)てて来れり。我かれの僧(そう)に斎して、是(こ)れ一箇の善士(ぜんし)なるに因(よ)り、かれを收(おさ)めて一箇の善縁簿子(ぜんえんぼす=善縁の帳面)を掌(つかさど)るの案長(あんちょう=係長)と做せり。既(すで)に大聖(たいせい)来りて取(と)らんとす、我またかれが陽寿(ようじゅ)を一紀(いっき=十二年)延(の)べ、かれを教えて大聖に跟(したが)い去かしめん」
と。金衣童子(こんねどうじ)遂(つい)に寇洪(こうこう)を領(ひき)い出す。寇洪行者を見るや、声声(こえごえ)に叫(よ)んで道(いわ)く、「老師(ろうし)!老師!我(われ)を一救(ひとすくい)し救(すく)えたまえ!」と。

行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、
「汝(なんじ)強盗(ごうとう)に踢(け)り殺されたり。此は乃ち陰司(いんし)地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)の処(ところ)なり。我老孫(ろうそん)特(とく)に来(きた)りて汝を取りて陽世(ようせ=この世)の間(うち)に到り、この事を対(むか)い明(あきら)かにせんとす。既に菩薩(ぼさつ)の放ち回すを蒙(こうむ)り、又た汝が陽寿(ようじゅ)を一紀(いっき)延(の)べらる。十二年(じゅうにねん)の後(のち)を待(ま)ちて、汝(なんじ)また来れ」
と。かの員外(いんがい)頂礼(ちょうらい=礼拝)して尽(つ)きず。行者菩薩(ぼさつ)に謝(しゃ)し辞(じ)し、かれを将ちて吹(ふ)き化(け)して気(き)と為(な)し、衣袖(いしゅう=袖)の間(あいだ)に掉(おとしい)れ、同(とも)に幽府(ゆうふ=冥府)を去り、復(ま)た陽間(ようかん=この世)に返(かえ)る。雲頭(うんとう)に駕(が)して寇家(こうか)に到(いた)り、すなわち八戒を喚(よ)んで材蓋(ざいがい=棺の蓋)を捎(はら)い開(あ)かせ、かれが魂霊児(こんれいじ=魂)を把りて本身(ほんしん=本体)に推(お)し付(つ)く。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、気(いき)の透(とお)り出でて活(い)き、かの員外材(ひつぎ)より這(は)い出(い)で来り、唐僧四衆に対い磕頭して道(いわ)く、
「師父!師父!寇洪(こうこう)非命(ひめい=不慮の死)に死(し)せしに、師父(しふ)の陰司(いんし)に至りて救(すく)い活かしたもうを蒙(こうむ)る、乃(すなわ)ち是れ再造(さいぞう=再生)の恩(おん)なり!」
と。

言(ことば)もて謝(しゃ)して已(や)まず。首(こうべ)を回(めぐ)らして各官(かっかん)の羅列(られつ=並び居)るを見(み)るに及(およ)び、すなわち又(ま)た磕頭(こうとう)して道(いわ)く、「列位(みなさま)の老爹みな如何(いか)でか舎(やかた)に在(あ)るか」と。かの刺史(しし)道(いわ)く、
「汝が息子(むすこ)始初(はじめ)失状(しつじょう)を遞(てい)し、名(な)を坐(す)えて聖僧を告(うった)えしにより、我すなわち人を差(さし)して捕獲(ほかく)せしめたり。期せずや聖僧(せいそう)路(みち)に汝が家(いえ)を殺(き)り劫めし賊に遇(あ)い、財物(ざいぶつ)を奪(うば)い取(と)り、汝(なんじ)が家に送り還したり。是れ我が下人(げにん=部下)の誤(あやま)りて捉(とら)え、未(いま)だ詳(つまびらか)に審(ただ)すを得(え)ざるに、当(まさ)に監禁(かんきん)に送るべきところなりしが、今夜(こんや)汝の魂(たましい)を顕(あらわ)し、我(わ)が先伯(せんぱく=亡き伯父)もまた家に来(きた)りて訴(うった)え告(もう)し、県中(けんちゅう)又た浪蕩遊神(ろうとうゆうしん)の下界(げかい)するを蒙(こうむ)り、一時(いっとき)にすなわちこの許多(あまた)の顕応(けんのう=霊験)有(あ)るをもて、聖僧を放(はな)ち出(いだ)せり。聖僧(せいそう)却って又た去(ゆ)きて汝を救(すく)い活(い)かしたり」
と。かの員外(いんがい)跪いて道(いわ)く、
「老爹(ろうや)、実(げ)にこの四位(よたり)の聖僧を枉(ま)げたり!あの夜(よ)三十余名(さんじゅうよめい)の強盗有りて、火(ひ)を明(あきら)かにし杖(じょう)を執(と)り、家私(かし=家財)を劫め去りしに、是(こ)れ我(われ)難(なんじ=惜しみ)て捨(す)つること得ず、賊に向い理(ことわり)を説(と)きしに、期(き)せずやかれに一脚(ひとあし)撩陰(りょういん=急所)を踢られて死せり。この四位(よたり)与何(なん)の干(かかわり)か有らん!」
と。

妻子(つま)を叫び過(きた)らせて、「是れ誰人(たれ)の踢(け)り殺ししなるに、汝等(なむら)すなわち敢(あ)えて妄(みだ)りに告えるか。請う老爹罪(つみ)を定めたまえ」と。当時(そのとき)一家(いっけ)の老小(ろうしょう)只だ磕頭するのみ、刺史恩を寛(ひろ)くしてその罪過(ざいか)を免(まぬが)れしむ。寇洪筵宴(えんえん)を安排(あんばい)して府県(ふけん)の厚恩(こうおん)を酬謝(しゅうしゃ)せんとせしが、箇箇(おのおの)未だ坐せずして衙(がかり=役所)に回る。次日(あくるひ)に至り、また斎僧牌(さいそうはい=僧に斎する札)を掛(か)け、又(ま)た款(ねんごろ)に三藏(さんぞう)を留めんとせしが、三藏決(けっ)して肯(あえ)て住(じゅう)せず。却又(また)親友(しんゆう)を請(しょう)じ、旌幢(せいどう=旗と幢)を整(ととの)え、前(さき)の如(ごと)く送行(そうこう)して去(さ)る。咦(ああ)!

正にこれ、
地闢(ひら)けて能(よ)く凶悪(きょうあく)の事(こと)を存(ぞん)し、
天(てん)高(たか)くして善心(ぜんしん)の人を負(そむ)かず。
逍遙(しょうよう)として步(あゆみ)を如来(にょらい)の径(みち)に穩(おだやか)にし、
只だ霊山(りょうざん)の極楽門(ごくらくもん)に到る。
と。畢竟(ひっきょう)仏(ほとけ)に見(まみ)ゆること如何(いかん)を知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。