話(かたり)に表(あらわ)す、寇員外(こういんがい)既(すで)に回生(かいせい=蘇生)を得(え)て、復(ま)た幢幡(どうばん=幢と幟)・鼓楽(こがく)を整理(せいり)し、僧道(そうどう=僧と道士)・親友(しんゆう)、依旧(もとのごとく)送行(そうこう)するは題(だい)せず。さて唐僧(とうそう)の四衆(ししゅ)を言(い)わん。大路(たいろ)に上(のぼ)りしに、果(は)たして西方(せいほう)の仏地(ぶっち)は、他(た)の処(ところ)と同(おな)じからず。些(いささ)かの琪花(きか=美しい花)・瑶草(ようそう=美しい草)・古柏(こはく=古き柏)・蒼松(そうしょう=蒼き松)を見(み)たり。過(よ)ぎゆく地方(ちほう)は、家毎(いえごと)に善(ぜん)に向(むか)い、戸毎(へごと)に僧(そう)に斎(とき)し、山下(さんか)に人(ひと)の修行(しゅぎょう)するに逢(あ)う毎(ごと)に、また林間(りんかん=林の中)に客(きゃく)の経(きょう)を誦(ず)するを見る。師徒(してい)ら夜(よる)に宿(やど)り暁(あかつき)に行(ゆ)き、また六、七日(ろくしちにち)を経(へ)て、忽然(たちまち)一帯(ひとつら)の高楼(こうろう)、幾層(いくかさね)の傑閣(けっかく=勝れた楼閣)を見る。真(まこと)にこれ
天(てん)を衝(つ)くこと百尺(ひゃくしゃく)、漢(かん=天の川)に聳(そび)えて空(くう)を凌(しの)ぐ。
頭(こうべ)を低(た)れて落日(らくじつ)を観(み)、手(て)を引(ひ)きて飛星(ひせい=流れ星)を摘(つま)まんとす。
豁達(かったつ)なる窗軒(そうけん=窓と軒)は宇宙(うちゅう)を呑(の)み、嵯峨(さが)たる棟宇(とうう=棟と軒)は雲屏(うんぺい=雲の屏風)に接(せっ)す。
黄鶴(こうかく)の信(たより)来(きた)りて秋樹(しゅうじゅ)老(お)い、彩鸞(さいらん)の書(ふみ)到(いた)りて晩風(ばんぷう)清(きよ)し。
これ乃(すなわ)ち霊宮(れいきゅう)・宝闕(ほうけつ)、琳館(りんかん=美しき館)・珠庭(しゅてい=珠の庭)なり。
真堂(しんどう)に道(どう)を談(だん)じ、宇宙(うちゅう)に経(きょう)を伝(つた)う。
花(はな)は春(はる)に向(むか)いて来(きた)りて美(うつく)しく、松(まつ)は雨(あめ)過(す)ぎて青(あお)みに臨(のぞ)む。
紫芝(しし=紫の霊芝)・仙果(せんか)は年々(ねんねん)秀(ひい)で、丹鳳(たんぽう)は儀(ぎ)を翔(か)けて万(よろず)の感(かん)霊(れい)あり。
と。
三蔵(さんぞう)、鞭(むち)を挙(あ)げて遥(はる)かに指(ゆびさ)して道(いわ)く、「悟空(ごくう)、好(よ)き処(ところ)なるかな!」と。行者道(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)はかの仮(かり)の境界(きょうがい)、仮(かり)の仏像(ぶつぞう)の処に在(あ)りては、却(かえ)って強(あなが)ちに下拝(げはい=伏し拝む)せんと要(もと)めたるに、今日(こんにち)この真(しん)の境界(きょうがい)、真(しん)の仏像(ぶつぞう)の処に到(いた)りては、却(かえ)っていまだ馬(うま)を下(お)りず。これ怎(いか)に言(い)うや」と。三蔵、言(げん)を聞(き)き、慌(あわ)てて身(み)を翻(ひるがえ)して跳(おど)り下(お)りしに、すでにかの楼閣(ろうかく)の門首(もんしゅ=門の前)に到れり。
只(た)だ見る、一人(ひとり)の道童(どうどう)の、斜(なな)めに山門(さんもん)の前(まえ)に立(た)ちて叫(よばわ)りて道(いわ)く、「かの来れるは、莫(も)しや東土(とうど)の取経(しゅきょう=経を取りし)の人(ひと)ならずや」と。
長老(ちょうろう)急(いそ)ぎ衣(ころも)を整(ととの)え、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、彼(かれ)が身(み)に錦衣(きんい)を披(き)、手(て)に玉麈(ぎょくしゅ=玉の払子)を揺(ゆ)るを見る。
身に錦衣(きんい)を披(き)、宝閣(ほうかく)・瑶池(ようち)に常(つね)に宴(えん)に赴(おもむ)き、
手に玉麈(ぎょくしゅ)を揺(ゆ)り、丹台(たんだい)・紫府(しふ)に毎(つね)に麈(しゅ=払子)を揮(ふる)う。
肘(ひじ)に仙籙(せんろく=仙籍の録)を懸(か)け、足(あし)に履鞋(りぐつ=沓)を踏(ふ)む。
飄然(ひょうぜん)たる真の羽士(うし=道士)、秀麗(しゅうれい)にして実(げ)に奇(き)なるかな。
長生(ちょうせい)を煉(ね)り就(な)して勝境(しょうきょう=勝れた境地)に居(きょ)し、永寿(えいじゅ)を修(しゅ)し成(な)して塵埃(じんあい)を脱(だっ)す。
聖僧(せいそう)霊山(れいざん)の客(きゃく)を識(し)らざれど、当年(とうねん)金頂(きんちょう)の大仙(たいせん)来れり。
と。
孫大聖(そんたいせい)彼(かれ)を認(したた)め得(え)、すなわち叫(よ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)、これ乃(すなわ)ち霊山(れいざん)の麓(ふもと)玉真観(ぎょくしんかん)の金頂大仙(きんちょうたいせん)なり。彼我らを接(むか)えに来れるなり」と。三蔵、方(はじ)めて才(ようや)く醒悟(せいご=さとり)し、進(すす)み前(まえ)に施礼(せれい=礼を施す)。
大仙(たいせん)笑って道(いわ)く、「聖僧(せいそう)今年(ことし)才(ようや)く到れり。我(われ)観音菩薩(かんのんぼさつ)に哄(たぶらか)されたり。彼十年前(じゅうねんまえ)に仏(ほとけ)の金旨(きんし=金の勅旨)を領(う)けて、東土(とうど)に向かい取経(しゅきょう)の人を尋(たず)ねしに、元(もと)二、三年(にさんねん)にして我が処に到ると言えり。我(われ)年年(ねんねん)等候(ま)てど、渺(びょう)として消息(しょうそく)無(な)かりしに、意(おも)わずや今年(ことし)才(ようや)く相逢(あいまみ)えるなり」と。三蔵、掌(て)を合(あ)わせて道(いわ)く、
「大仙の盛意(せいい=厚き意)を労(ろう)せしめ、感激(かんげき)!感激(かんげき)!」
と。遂(つい)にこの四衆(ししゅ)、馬を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、同(とも)に観(かん)の裡(うち)に入(い)り、却ってまた大仙と一一(ひとりひとり)相見(しょうけん=面会)す。すなわち茶(ちゃ)を看(だ)し斎(とき)を擺(もう)けしめ、また小童児(こわっぱ=童子)をして香湯(こうとう=香りの湯)を焼(わ)かしめて聖僧に沐浴(もくよく)せしめ、好(よ)く仏地(ぶっち)に登(のぼ)らしむ。正(まさ)にこれ
功(こう)満(み)ち行(ぎょう)完(おわ)りて宜(よろ)しく沐浴(もくよく)すべく、本性(ほんしょう)を煉(ね)り馴(な)らして天真(てんしん=天の真)に合(がっ)す。
千辛万苦(せんしんばんく)今(いま)方(はじ)めて息(やす)み、九戒三皈(きゅうかいさんき=九つの戒と三つの帰依)始(はじ)めて自(おのずか)ら新(あらた)なり。
魔(ま)尽(つ)きて果(は)たして仏地に登(のぼ)り、災(わざわい)消(き)えて故(ゆえ)に沙門(しゃもん)を見るを得たり。
塵(ちり)を洗(あら)い垢(あか)を滌(すす)ぎて全(まった)く染(そ)まる無(な)く、本(もと)に反(かえ)り原(げん)に還(かえ)りて身を壊(そこ)なわず。
と。
師徒(してい)ら沐浴しおわるに、覚(おぼ)えず天色(てんしょく)将(まさ)に晩(くら)れんとす。すなわち玉真観(ぎょくしんかん)に于(おい)て安歇(あんけつ=安らかに休む)す。
次(つぎ)の早(あさ)、唐僧(とうそう)衣服(いふく)を換(か)え、錦襴袈裟(きんらんけさ=錦の袈裟)を披、毗盧帽(びるぼう=毗盧の帽)を戴(いただ)き、手に錫杖(しゃくじょう)を持(たも)ち、堂(どう)に登りて大仙に拝辞(はいじ=別れを告げる)す。大仙笑って道(いわ)く、「昨日(きのう)は襤縷(らんる=ぼろ)なりしに、今日(こんにち)は鮮明(せんめい)なり。この相(すがた)を観(み)れば、真の仏子(ぶっし=仏の子)なり」と。三蔵、拝別(はいべつ)してすなわち行(ゆ)かんとす。大仙道(いわ)く、「且(しばら)く住(とど)まれ、我が汝を送(おく)らんを等(ま)て」と。行者道(いわ)く、「汝の送(おく)るを須(もち)いず。老孫(ろうそん)路(みち)を認(したた)めたり」と。大仙道(いわ)く、「汝が認むるは是(こ)れ雲路(うんろ=雲の道)なり。聖僧いまだ雲路(うんろ)に登らず。当(まさ)に本路(ほんろ=もとの道)に従(したが)いて行くべし」と。行者道く、「この講(い)えるところ是(ぜ)なり。老孫(ろうそん)幾遭(いくたび)か走(ゆ)きしといえど、只(た)だ雲(くも)に来り雲(くも)に去(さ)るのみにして、実(げ)にかつてこの地(ち)を踏(ふ)みしこと曾(かつ)て無し。既(すで)に本路(ほんろ)有(あ)らば、還(かえ)って煩(わずら)わし汝に送らしめん。我が師父の仏(ほとけ)を拝(おが)む心(こころ)重(おも)し。幸(さいわ)いに遅疑(ちぎ=ためらい)する勿(な)かれ」と。
かの大仙笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として、唐僧の手を携(たずさ)え、旃壇(せんだん)の上(うえ)の法門(ほうもん)に接引(せついん=導き入)る。元来(もと)この路(みち)は山門(さんもん)を出(い)でず、すなわち観宇(かんう=観の建物)の中堂(ちゅうどう)より後門(こうもん)を穿(うが)ち出(い)づるのみ。大仙霊山を指(ゆびさ)して道(いわ)く、「聖僧、汝、視(み)よ、かの半天(なかぞら)の中(うち)に祥光(しょうこう)五色(ごしき)、瑞靄(ずいあい=めでたい靄)千重(せんちょう)の有(あ)るは、すなわちこれ霊鷲高峰(りょうじゅこうほう=霊鷲山の高き峰)、仏祖(ぶっそ)の聖境(せいきょう)なり」と。唐僧これを見てすなわち拝(おが)まんとす。行者笑って道(いわ)く、「師父、いまだ拝む処に到らず。常言(じょうげん=諺)に道(いわ)く、『山(やま)を望(のぞ)んで馬を走(はし)らせ倒(たお)す』と。此(ここ)を離(はな)れてかの鎮(まち)に至(いた)るまで、なお許(ばか)りも遠(とお)し。いかにしてすなわち拝まんや!もし頂上(ちょうじょう)まで拝み到らば、幾許(いくばく)の頭を磕(う)つことを得んや」と。大仙道(いわ)く、
「聖僧、汝と大聖(たいせい)・天蓬(てんぽう)・巻簾(けんれん)の四位(しい)は、すでにここに福地(ふくち=福の地)に到り、霊山を望(のぞ)み見たり。我回去(かえ)らんとす」
と。三蔵、遂(つい)に拝辞(はいじ)して去(さ)る。
大聖(たいせい)唐僧等(ら)を引(ひ)きて、徐徐(おもむろ)に步(あゆみ)を緩(ゆる)め、霊山に登る。五、六里(ごろくり)を上(のぼ)らざるに、一道(ひとすじ)の活水(かっすい=流れる水)を見る。滚浪(こんろう=湧き立つ波)飛流(ひりゅう=飛ぶ流れ)、約(およ)そ八、九里(はちきゅうり)の広(ひろ)さ、四(あた)りに人迹(じんせき)無し。三蔵(さんぞう)心(こころ)驚(おどろ)いて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、この路の来れるは差(たが)えり。敢(あえ)て莫(も)しや大仙の錯(あやま)り指ししに非(あら)ざるか。この水(みず)この般(ごと)く広闊(こうかつ=広く)、この般(ごと)く洶涌(きょうゆう=湧き立ち)、また舟楫(しゅうしゅう=舟と櫂)を見ず。いかにしてか渡(わた)るべき」と。行者笑って道(いわ)く、「差(たが)えず!汝、視(み)よ、かの壁廂(へきしょう=向こう側)に是(こ)れ一座(ひとつ)の大橋(だいきょう)に非(あら)ざるか。かの橋(はし)の上(うえ)より行き過(す)ぎてこそ、方(はじ)めて正果(しょうか=悟りの果)を成すべきなり」と。
長老(ちょうろう)等(ら)また近(ちか)づき前に看(み)る時(おり)、橋(はし)の辺(ほとり)に一(ひとつ)の扁(へん=額)有り。扁(へん)の上に『凌雲渡(りょううんと)』の三字(さんじ)有り。元来(もと)これ一根(ひとつ)の独木橋(どくぼくきょう=丸木橋)なり。正(まさ)にこれ
遠(とお)く看(み)れば空(くう)に横(よこた)わること玉棟(ぎょくとう=玉の棟)の如(ごと)く、近(ちか)く観れば水(みず)を断(た)つ一(ひとつ)の枯槎(こさ=枯れ木の筏)。
維河(いが=黄河を繋ぐ)架海(かかい=海に架く)すら還(な)お容(た)易(やす)し、独木単梁(どくぼくたんりょう=一本木の梁)人怎(いか)でか蹅(ふ)まん!
万丈(ばんじょう)の虹霓(こうげい=虹)平(たいら)かに影(かげ)を臥(ふ)せ、千尋(せんじん)の白練(はくれん=白き絹)天涯(てんがい)に接(せっ)す。
十分(じゅうぶん)に細滑(さいかつ=細く滑らか)にして渾(すべ)て渡(わた)り難(がた)し、是(こ)れ神仙(しんせん)の彩霞(さいか=彩りの霞)を步(あゆ)むを除(のぞ)きては。
と。
三蔵心驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)いて道(いわ)く、「悟空、この橋は是(こ)れ人の走(あゆ)むべきに非ず。我ら別(べつ)に路径(ろけい=道筋)を尋(たず)ねて去(ゆ)かん」と。行者笑って道(いわ)く、「正に是(こ)れ路なり!正に是れ路なり!」と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(いわ)く、「これが路ならば、那箇(たれ)か敢(あえ)て走(あゆ)まんや。水面(すいめん)また広(ひろ)く、波浪(はろう)また涌(わ)き、独(ひと)り一根(ひとつ)の木(ぼく)のみにして、また細(ほそ)くまた滑(なめ)らかなり。怎(いか)でか脚(あし)を動(うご)かさん」と。行者道く、「汝ら都(みな)站(た)ち下れ。老孫の個(ひと)の児(み)を歩(あゆ)みて汝に看(み)せんを等(ま)て」と。
好き大聖かな、步(あゆみ)を引き開(あ)けて独木橋(どくぼくきょう)に跳(と)び上(あ)がり、揺揺擺擺(ようようはいはい=ゆらゆら)として、須臾(しばらく)にして跑(はし)り将(も)ちて過(よ)ぎ去り、かの辺(かなた)に在(あ)りて招呼(しょうこ=手招き)して道(いわ)く、「過(わた)り来(こ)よ!過(わた)り来(こ)よ!」と。唐僧手を揺(ゆ)る。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)指(ゆび)を咬(か)んで道(いわ)く、「難(かた)し!難(かた)し!難し!」と。行者またかの辺(かなた)より跑(はし)り過(かえ)り来り、八戒を拉(ひ)きて道(いわ)く、「呆子(あほう)、我に跟(したが)いて歩(あゆ)め、我に従(したが)って歩(あゆ)め!」と。かの八戒地(ち)に臥(ふ)し倒(たお)れて道(いわ)く、「滑(なめら)かなり!滑(なめら)かなり!滑かなり!歩(あゆ)むを得ず!汝、我を饒(ゆる)せ!我をして風霧(ふうむ=風と霧)に駕(が)して過ぎ去らしめよ!」と。行者按(おさ)え住(とど)めて道(いわ)く、「これ甚(なん)の去処(ところ)ぞ、汝の風霧(ふうむ)に駕(が)するを許(ゆる)さんや。必(かなら)ずこの橋の上より歩(あゆ)み過ぎてこそ、方(はじ)めて仏と成るべきなり」と。八戒道(いわ)く、「哥(あに)や、仏做(な)り得ざるもまた罷(や)めよ、実に是(こ)れ歩(あゆ)むを得ざるなり!」と。
彼が両箇(ふたり)、かの橋の辺(ほとり)に在りて、滚滚爬爬(ころび這い)、扯扯拉拉(引き合い)の耍闘(たわむれ)をなす。沙僧(さそう)走(ゆ)き去りて勧解(かんかい=なだめ解)し、才(ようや)く手を撒(はな)ち脱(のが)れたり。
三蔵(さんぞう)頭(こうべ)を回(めぐ)らすに、忽然(たちまち)かの下溜(かりゅう=下りの流れ)の中(うち)に一人(ひとり)の、一隻(ひとつ)の船(ふね)を撑(さ)して来(きた)り、叫(よばわ)るを道(いわ)く、「渡(わた)りに上(のぼ)れ!渡(わた)りに上(のぼ)れ!」と。長老(ちょうろう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「徒弟(でし)よ、乱(みだ)りに頑(たわむ)るるを得(え)ず。那(かの)処(ところ)に一隻(ひとつ)の渡船児(とせんじ=渡し船)の来(きた)れる有(あ)り」と。彼(かれ)が三人(みたり)跳(おど)り起(お)きて站(た)ち定(さだ)め、同(とも)に眼(まなこ)を開(ひら)いて観看(みわた)せば、かの船児(ふね)の来ること至(いた)って近(ちか)し。元来(もと)これ一隻の無底(むてい=底なき)の船児(ふね)なり。行者(ぎょうじゃ)の火眼金睛(かがんきんせい=火の眼と金の瞳)には、早(はや)くすでにこれ接引仏祖(せついんぶっそ=導き入れる仏)なるを認(したた)めたり。また『南無宝幢光王仏(なむほうどうこうおうぶつ)』と称(よ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って題破(だいは=言い破る)せず、只管(ひたすら)叫(よばわ)りて道(いわ)く、「この辺(へん)に来(こ)よ!撑(さ)し攏(よ)せて来(こ)よ!」と。霎時(またたくま)に撑(さ)し近(ちか)づき岸(きし)に到(いた)り、また叫(よばわ)る、「渡りに上れ!渡りに上れ!」と。
三蔵(さんぞう)これを見(み)て、また心(こころ)驚(おどろ)いて道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの無底(むてい)の破船児(はせんじ=壊れ船)、いかにしてか人(ひと)を渡さんや」と。仏祖(ぶっそ)道(いわ)く、
「我がこの船(ふね)は鴻蒙(こうもう=天地開闢)初判(しょはん=初めの分かれ)の時(とき)より声名(せいめい)有(あ)り、幸(さいわ)いに我(われ)撑(さ)し来りて変更(へんこう)せず。
浪(なみ)有り風(かぜ)有るも還(な)お自(おのずか)ら穩(やす)く、終(おわり)無(な)く始(はじめ)無(な)く升平(しょうへい=泰平)を楽(たの)しむ。
六塵(ろくじん=六つの汚れ)染(そ)まらずよく一(いつ)に帰(き)し、万劫(ばんごう=永遠)安然(あんぜん)として自在(じざい)に行(ゆ)く。
無底船児(むていせんじ=底なき船)海(うみ)を過(よ)ぎ難(がた)きも、今来古往(こんらいこおう)群生(ぐんしょう=衆生)を渡す」
と。孫大聖(そんたいせい)掌(て)を合(あ)わせて称謝(しょうしゃ)して道(いわ)く、「盛意(せいい)を承(う)けて吾(わ)が師(し)を接引(せついん)せらる。
師父(しふ)、船に上り去(ゆ)け。彼(かれ)がこの船児は無底(むてい)なりといえど、却(かえ)って穩(やす)く、縦(たと)い風浪(ふうろう)有るも、また翻(ひっくりかえ)るを得(え)ざるなり」
と。長老(ちょうろう)なお自(おのずか)ら驚疑(きょうぎ=驚き疑う)。行者膊子(うで)を叉(さしはさ)み、上(うえ)へ向(むか)いて一(ひと)と推(お)す。かの師父(しふ)脚(あし)を踏(ふ)み住(とど)むることを得ず、轂轆(ころころ)と水(みず)の裡(うち)に跌(たお)れしに、早(はや)くも撑船(さしふね)の人(ひと)に一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き起(お)こされ、船の上(うえ)に站(た)ちたり。師父なお衣服(いふく)を抖(はら)い、鞋脚(あいくつ=靴と足)を垛(お)ろし、行者を抱怨(ほうえん=恨み言)す。行者却って沙僧(さそう)・八戒(はっかい)を引(ひ)き、馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)わせ、また船に上り、都(みな)舟旱舟唐(しゅうかんしゅうとう=船の乾ける処と湿れる処)の上に立(た)つ。かの仏祖(ぶっそ)軽軽(かるがる)と力(ちから)を用(もち)いて撑(さ)し開(あ)く。只(た)だ見(み)る、上溜頭(じょうりゅうとう=上りの流れ)より一箇(ひとつ)の死屍(しし=死骸)の泱(なが)れ下(くだ)るを。長老これを見て大(おお)いに驚(おどろ)く。行者笑って道(いわ)く、「師父怕(おそ)るる莫(な)かれ。那(かの)れは元来(もと)汝(なんじ)なり」と。八戒(はっかい)また道(いわ)く、「是(こ)れ汝なり、是れ汝なり!」と。沙僧(さそう)手(て)を拍(う)ってまた道(いわ)く、「是(こ)れ汝なり、是れ汝なり!」と。かの撑船(さしふね)の、号子(こうす=掛け声)を打(う)ちてまた道(いわ)く、「那(かの)れは是(こ)れ汝なり!賀(が)すべし賀すべし!」と。
彼ら三人(みたり)、また一斉(いっせい)に声(こえ)を相和(あいわ)す。船を撑(さ)して、一時(いっとき)ならずして穩穩当当(やすやす)と凌雲仙渡(りょううんせんと=凌雲の仙人の渡し)を過(よ)ぎたり。三蔵才(ようや)く身(み)を転(てん)じ、軽軽(かるがる)と彼岸(ひがん)に跳(と)び上(あ)がる。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く、
胎胞(たいほう=母体)骨肉(こつにく)の身(み)を脱却(だっきゃく)し、相(あい)親(した)しみ相(あい)愛(あい)するは是(こ)れ元神(がんじん=もとの霊)なり。
今朝(けさ)行(ぎょう)満(み)ちて方(はじ)めて仏(ほとけ)と成(な)り、当年(とうねん)の六六(ろくろく=三十六)の塵(ちり)を洗(あら)い浄(きよ)む。
と。これ誠(まこと)にいわゆる広大(こうだい)智慧(ちえ)、彼岸(ひがん)無極(むきょく)の法(ほう)に登(のぼ)るなり。
四衆(ししゅ)岸(きし)に上りて頭(こうべ)を回(めぐ)らせば、無底船児(むていせんじ)すら却って不知去向(ゆくえ)なり。行者方(はじ)めてこれ接引仏祖(せついんぶっそ)なりと言(い)う。三蔵方(はじ)めて才(ようや)く省悟(せいご=さとり)し、急(いそ)ぎ身を転(てん)じ、反(かえ)って三箇(みたり)の徒弟(でし)に謝(しゃ)す。行者道(いわ)く、
「両(ふたつ)ながら相謝(あいしゃ)せず、彼此(ひし=お互い)皆(みな)扶持(ふじ=助け合い)なり。我等(われら)師父の解脱(げだつ)に虧(よ)るところ有り、門路(もんろ=道筋)を借(か)りて功(く)を修(しゅ)し、幸(さいわ)いに正果(しょうか)を成(な)せり。師父もまた我等(われら)の保護(ほご)に頼(よ)り、教(きょう)を秉(と)り伽持(かじ=加持)せられて、喜(よろこ)んで凡胎(ぼんたい=凡夫の身)を脱(だっ)せり。師父、汝、視(み)よ、この面前(めんぜん)の花草(かそう=花と草)・松篁(しょうこう=松と竹)、鸞鳳(らんぽう)・鶴鹿(かくろく)の勝境(しょうきょう)は、かの妖邪(ようじゃ)の顕化(けんか=現れ化せし)の処(ところ)に比(くら)ぶれば、孰(いず)れか美(び)、孰(いず)れか悪(あく)ぞ。何(いず)れか善(ぜん)、何(いず)れか凶(きょう)ぞ」
と。三蔵称謝(しょうしゃ)して已(や)まず。
一箇一箇(ひとりひとり)身軽(かる)く体(からだ)快(こころよ)く、步(あゆみ)を霊山(れいざん)に上れば、早くもかの雷音古刹(らいおんこさつ=雷音の古き寺)を見る。
頂(いただき)は霄漢(しょうかん=天の川)の中(うち)に摩(す)れ、根(ね)は須弥(しゅみ=須弥山)の脈(みゃく)に接(せっ)す。
巧峰(こうほう=巧みな峰)排列(はいれつ)し、怪石(かいせき)参差(しんし=入り乱れ)たり。
懸崖(けんがい=懸けた崖)の下(もと)に瑶草(ようそう)・琪花(きか)、曲径(きょくけい=曲がり道)の旁(かたわら)に紫芝(しし)・香蕙(こうけい=香る蕙)。
仙猿(せんえん)果(くだもの)を摘(つ)みて桃林(とうりん)に入(い)るは、却って火(ひ)の金(きん)を焼(や)くに似(に)たり。
白鶴(はくかく)松(まつ)に栖(すま)いて枝頭(しとう=枝の先)に立(た)つは、渾(すべ)て烟(けむり)の玉(ぎょく)を捧(ささ)ぐるが如(ごと)し。
彩鳳(さいほう)双双(そうそう)たり、青鸞(せいらん)対対(ついつい)たり。
彩鳳(さいほう)双双(そうそう)として、日(ひ)に向(むか)いて一(ひと)たび鳴(な)けば天下(てんか)に瑞(めでた)く、
青鸞(せいらん)対対(ついつい)として、風(かぜ)を迎(むか)えて耀(かがや)き舞(ま)うは世間(せけん)に稀(まれ)なり。
また見る、かの黄森森(こうしんしん=黄色く生い茂る)たる金瓦(きんが=金の瓦)の鴛鴦(えんおう)を迭(かさ)ね、明幌幌(めいこうこう=明るく輝く)たる花磚(かせん=模様の煉瓦)の瑪瑙(めのう)を鋪(し)けるを。
東(ひがし)に一行(ひとすじ)、西(にし)に一行(ひとすじ)、尽(ことごと)く皆(みな)これ蕊宮(ずいきゅう=花の宮)・珠闕(しゅけつ=珠の門)。
南(みなみ)に一帯(ひとすじ)、北(きた)に一帯(ひとすじ)、看(み)れども了(おわ)らざるは宝閣(ほうかく)・珍楼(ちんろう=宝の楼)。
天王殿(てんのうでん)の上に霞光(かこう)を放(はな)ち、護法堂(ごほうどう)の前(まえ)に紫焰(しえん=紫の炎)を噴(ふ)く。
浮屠塔(ふととう=仏塔)顕(あらわ)れ、優鉢花(うはつげ=優鉢羅の花)香(かんば)し。
正(まさ)にこれ地(ち)勝(すぐ)れて天(てん)の別(わか)るるかと疑(うたが)われ、雲(くも)閑(しず)かにして昼(ひる)の長(なが)きを覚(おぼ)ゆ。
紅塵(こうじん=俗世)到(いた)らずして諸縁(しょえん)尽(つ)き、万劫(ばんごう)虧(か)くる無き大法堂(だいほうどう)なり。
と。
師徒(してい)ら逍逍遙遙(しょうしょうようよう=のんびり)として、霊山(れいざん)の巓(いただき)に走(あゆ)み上れば、また見る、青松林(せいしょうりん)の下(もと)に優婆(うば=在家信者)を列(つら)ね、翠柏叢(すいはくそう=緑の柏の茂み)の中に善士(ぜんじ=善き士)を排(なら)ぶるを。長老すなわち便(すべ)に施礼(せれい)せしに、慌てたるかなかの優婆塞(うばそく=在家の男信者)・優婆夷(うばい=在家の女信者)・比丘僧(びくそう)・比丘尼(びくに)、掌(て)を合(あ)わせて道(いわ)く、「聖僧(せいそう)且(しばら)く行礼(ぎょうれい=礼を行う)を休(や)めよ。牟尼(むに=釈迦)に見(まみ)えてより、却って来りて相叙(そうじょ=語り合わ)ん」と。行者笑って道(いわ)く、「早し!早し!且(しばら)く上位(じょうい)の者(ひと)を拝(おが)みに去(ゆ)かん」と。
かの長老手(て)を舞(ま)い足(あし)を蹈(ふ)み、行者に随(したが)いて、直(ただち)に雷音寺(らいおんじ)の山門(さんもん)の外(そと)に至(いた)る。かの廂(ひさし)に四大金剛(しだいこんごう)有りて、迎(むか)え住(とど)めて道(いわ)く、「聖僧(せいそう)来れるか」と。三蔵身を躬(くぐ)めて道(いわ)く、「是(こ)れ弟子(でし)玄奘(げんじょう)の到れるなり」と。答(こた)え畢(おわ)りてすなわち門(もん)に入(い)らんと欲(ほっ)す。金剛(こんごう)道(いわ)く、「聖僧少(しばら)く待(ま)て、稟(もう)し過(お)えてより再(ま)た進(すす)むを容(ゆる)せ」と。かの金剛(こんごう)、一箇(ひとり)をして山門(さんもん)を転(めぐ)りて二門(にもん)の上(ほとり)の四大金剛(しだいこんごう)に報(ほう)ぜしめ、唐僧(とうそう)の到れるを言(い)わしむ。二門(にもん)の上(ほとり)また三門(さんもん)の上に伝(つた)え入れて、唐僧(とうそう)の到れるを言う。三山門(さんさんもん)の内(うち)は元(もと)打供(だく=供養をなす)の神僧(しんそう)なりしが、唐僧の到れるを聞(き)く時(おり)、急(いそ)ぎ大雄殿(だいゆうでん)の下に至り、如来至尊釈迦牟尼文仏(にょらいしそんしゃかむにもんぶつ)に報(ほう)じて道(いわ)く、「唐朝(とうちょう)の聖僧宝山(ほうざん)に到りて経(きょう)を取りに来れり」と。仏爺爺(ほとけさま)大いに喜び、すなわち八菩薩(はちぼさつ)・四金剛(しこんごう)・五百阿羅(ごひゃくあら)・三千掲諦(さんぜんかいたい)・十一大曜(じゅういちたいよう)・十八伽藍(じゅうはちがらん)を召(め)し聚(あつ)め、両行(りょうこう=二列)に排列(はいれつ)し、却って金旨(きんし)を伝(つた)えて、唐僧を召(め)し進(い)らしむ。那(か)の裡(うち)、一層(ひとへ)一節(ひとふし)ごとに、欽(つつし)んで仏旨(ぶっし)に依(よ)りて、叫(よばわ)りて道(いわ)く、「聖僧進(い)り来よ」と。
この唐僧(とうそう)規(のり)を循(したが)い矩(さしがね)を蹈(ふ)み、悟空(ごくう)・悟能(ごのう)・悟浄(ごじょう)と同(とも)に、馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、径(ただち)に山門(さんもん)に入(い)る。正(まさ)にこれ
当年(とうねん)志(こころざし)を奮(ふる)って欽差(きんさ=勅使)を奉(ほう)じ、牒(じょう)を領(う)けて王(おう)に辞(じ)して玉階(ぎょくかい=玉の階)を出(い)づ。
清暁(せいぎょう=明け方)山(やま)に登(のぼ)りて霧露(むろ)を迎(むか)え、黄昏(たそがれ)石(いし)を枕(まくら)として雲霾(うんばい=雲靄)に臥(ふ)す。
禅(ぜん)を挑(にな)いて遠(とお)く三千(さんぜん)の水(みず)を步(あゆ)み、錫(しゃく)を飛(と)ばして長(なが)く万里(ばんり)の崖(がけ)を行(ゆ)く。
念々(ねんねん)心(こころ)に在(あ)りて正果(しょうか)を求(もと)め、今朝(こんちょう)始(はじ)めて如来(にょらい)に見(まみ)えるを得(え)たり。
と。
四衆(ししゅ)大雄宝殿(だいゆうほうでん)の殿前(でんぜん)に到(いた)り、如来(にょらい)に対(むか)いて身(み)を倒(さかしま)にし下拝(げはい)す。拝(おが)み畢(おわ)り、また左右(そうゆう)に向(むか)いて再拝(さいはい)す。各各(おのおの)三匝(さんそう=三巡)已(すで)に遍(あまね)くし、復(ま)た仏祖(ぶっそ)に向(むか)いて長跪(ちょうき=長く跪く)し、通関文牒(つうかんぶんじょう=通行の証文)を将(も)ちて奉上(ほうじょう)す。如来一一(ひとつひとつ)看(み)て、還(かえ)して三蔵(さんぞう)に遞(わた)す。三蔵(さんぞう)首(こうべ)を俯(ふ)して礼(れい)を作(な)し、啓上(けいじょう=申し上げ)して道(いわ)く、「弟子(でし)玄奘(げんじょう)、東土大唐(とうどだいとう)皇帝(こうてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じ、遥(はる)かに宝山(ほうざん)に詣(もう)で、真経(しんきょう)を拝(おが)み求(もと)めて、以(も)って衆生(しゅじょう)を済(すく)わんとす。我(わ)が仏祖(ぶっそ)の恩(おん)を垂(た)れ、早(はや)く国(くに)に賜(たま)わり回(かえ)らんことを望(のぞ)む」と。
如来方(はじ)めて憐憫(れんびん=憐れみ)の口(くち)を開(ひら)き、大(おお)いに慈悲(じひ)の心(こころ)を発(おこ)し、三蔵に対(むか)いて言(いわ)く、
「汝(なんじ)が那(かの)東土(とうど)は乃(すなわ)ち南贍部洲(なんせんぶしゅう)なり。只(た)だ天(てん)高(たか)く地(ち)厚(あつ)く、物(もの)広(ひろ)く人(ひと)稠(みつ)なれば、多(おお)く貪(むさぼ)り多(おお)く殺(ころ)し、多く淫(いん)し多く誑(いつわ)り、多く欺(あざむ)き多く詐(いつわ)る。仏教(ぶっきょう)に遵(したが)わず、善縁(ぜんえん)に向かわず、三光(さんこう=日月星)を敬(けい)せず、五穀(ごこく)を重(おも)んぜず。忠(ちゅう)ならず孝(こう)ならず、義(ぎ)なく仁(じん)なく、心を瞞(あざむ)き己(おのれ)を昧(くら)まし、大斗小秤(だいとしょうびょう=大きい枡と小さい秤)を用(もち)い、命(いのち)を害(そこな)い牲(にえ)を殺(ころ)す。無辺(むへん)の孽(げき=罪業)を造(つく)り下(くだ)し、罪(つみ)盈(み)ち悪(あく)満(み)ちて、地獄(じごく)の災(わざわい)有(あ)るを致(いた)し、永(なが)く幽冥(ゆうめい=冥府)に堕(お)ちて、かの許多(あまた)の碓搗磨舂(たいとうましょう=臼搗き碾き)の苦(くるしみ)を受(う)け、畜類(ちくるい=畜生)に変化(へんげ)す。かの許多(あまた)の毛(け)を披(き)り角(つの)を頂(いただ)くの形(かたち)有(あ)りて、身(み)を将(も)ちて債(おいめ)を還(かえ)し、肉(にく)を将(も)ちて人(ひと)を飼(やしな)う。その永(なが)く阿鼻(あび=無間地獄)に堕(お)ちて超升(ちょうしょう=昇り抜く)を得(え)ざるものは、皆(みな)この故(ゆえ)なり。孔氏(こうし=孔子)彼(か)に在(あ)りて仁義礼智(じんぎれいち)の教(おしえ)を立(た)て下(くだ)し、帝王(ていおう)相継(あいつ)ぎ、徒流絞斬(ずるこうざん=流罪絞罪斬罪)の刑(けい)を治(おさ)むる有りといえども、その愚昧(ぐまい=愚か)にして明(あき)らかならず、放縦(ほうしょう=勝手気儘)にして忌(い)む所(ところ)無(な)きの輩(やから)をいかにせんや!我(われ)今(いま)経(きょう)三蔵有り、以(も)って苦悩(くのう)を超脱(ちょうだつ)し、災愆(さいけん=災い過ち)を釈(と)き解(と)くべし。三蔵とは、法(ほう)一蔵(いちぞう)有りて天(てん)を談(だん)じ、論(ろん)一蔵(いちぞう)有りて地(ち)を説(と)き、経(きょう)一蔵有りて鬼(おに)を度(ど)す。共計(あわせ)三十五部(さんじゅうごぶ)、該(か)な一万五千一百四十四巻(いちまんごせんひゃくよんじゅうよんかん)。真(まこと)にこれ修真(しゅうしん=真を修むる)の径(みち)、正善(せいぜん)の門(もん)なり。凡(およ)そ天下(てんか)四大部洲(しだいぶしゅう)の天文(てんもん)・地理(ちり)・人物(じんぶつ)・鳥獣(ちょうじゅう)・花木(かぼく)・器用(きよう)・人事(じんじ)、般(くさぐさ)として載(の)せざるは無(な)し。汝等(なんじら)遠(とお)く来(きた)れるに、待(ま)ちて全(まった)く汝に付(ふ)し与(あた)えて取(と)り去(さ)らしめんと欲(ほっ)すれど、但(た)だ那(かの)方(ほう)の人、愚蠢(ぐどん=愚か)村強(そんきょう=粗暴)にして、真言(しんごん)を毀謗(きぼう=謗り)し、我(わ)が沙門(しゃもん)の奥旨(おうし=奥深い旨)を識(し)らず」
と。叫(よばわ)りて道(いわ)く、
「阿難(あなん)・迦葉(かしょう)、汝(なんじ)が両箇(ふたり)、彼(かれ)が四衆(ししゅ)を引(ひ)きて、珍楼(ちんろう)の下(もと)に到(いた)り、先(ま)ず斎食(さいじき)を将(も)ちて彼を待(もてな)せ。斎(とき)罷(おわ)らば、宝閣(ほうかく)を開(ひら)き、我が那(かの)三蔵経(さんぞうきょう)の中(うち)三十五部(さんじゅうごぶ)の内(うち)より、各(おのおの)幾巻(いくかん)かを検(えら)びて彼に与(あた)え、彼をして東土(とうど)に伝流(でんる)し、永く洪恩(こうおん=大恩)を注(そそ)がしめよ」
と。二尊者(にそんじゃ)すなわち仏旨(ぶっし)を奉じ、彼(かれ)が四衆を領(ひき)いて楼(ろう)の下(もと)に至(いた)る。看(み)れども尽(つ)きざるはかの奇珍異宝(きちんいほう=珍しい宝)、擺列(はいれつ)して窮(きわ)まり無し。只(た)だ見(み)る、かの供(く)を設(もう)くるの諸神(しょしん)、斎宴(さいえん)を鋪排(ほはい=並べ整え)、並(な)みに皆(みな)これ仙品(せんぴん)・仙肴(せんこう)・仙茶(せんちゃ)・仙果(せんか)、珍饈(ちんしゅう=珍味)百味(ひゃくみ)、凡世(ぼんせい)と同(おな)じからず。師徒(してい)ら仏恩(ぶっとん)を頂礼(ちょうらい)し、心に随(したが)いて享用(きょうよう=味わう)。実(げ)にこれ
宝焔(ほうえん=宝の焔)金光(きんこう)目(め)に映(うつ)りて明(あき)らか、異香(いこう)奇品(きひん)更(さら)に微精(びせい=精妙)なり。
千層(せんそう)の金閣(きんかく)麗(うるわ)しきこと窮(きわ)まり無く、一派(いっぱ)の仙音(せんのん)耳(みみ)に入(い)りて清(きよ)し。
素味(そみ=精進の味)仙花(せんか)人の罕(まれ)に見(み)るところ、香茶(こうちゃ)異食(いしょく)長生(ちょうせい)を得(う)。
向来(これまで)千般(せんぱん)の苦(くるしみ)を受(う)け尽(つく)し、今日(こんにち)栄華(えいが)にして道(どう)の成(な)れるを喜(よろこ)ぶ。
と。
この番(たび)八戒(はっかい)を造化(ぞうか=幸運)し、沙僧(さそう)を便宜(べんぎ=得)させたり。仏祖の処(ところ)の正寿長生(しょうじゅちょうせい)、脱胎換骨(だったいかんこつ=生まれ変わる)の饌(せん=供物)、尽(ことごと)く彼をして受用(じゅよう=享け用い)せしむ。二尊者(にそんじゃ)四衆に陪奉(ばいほう=お供)して餐(さん=食事)し畢(おわ)り、却(かえ)って宝閣(ほうかく)に入り、門(もん)を開きて登(のぼ)り看(み)る。那(か)の廂(ひさし)に霞光瑞気(かこうずいき)有りて、千重(せんちょう)を籠罩(ろうちょう=覆い)い、彩霧祥雲(さいむしょううん)万道(ばんどう)を遮漫(しゃまん=覆い)えり。経櫃(きょうき=経の櫃)の上(うえ)、宝篋(ほうきょう=宝の筺)の外(そと)、都(みな)紅簽(こうせん=赤き札)を貼(は)り、楷書(かいしょ)にて経巻(きょうかん)の名目(めいもく)を著(しる)せり。乃(すなわ)ちこれ
『涅槃経(ねはんきょう)』一部(いちぶ)、七百四十八巻(ななひゃくよんじゅうはちかん)。
『菩薩経(ぼさつきょう)』一部、一千二十一巻(いっせんにじゅういっかん)。
『虚空蔵経(こくうぞうきょう)』一部、四百巻(よんひゃくかん)。
『首楞厳経(しゅりょうごんきょう)』一部、百十巻(ひゃくじゅうかん)。
『恩意経大集(おんいきょうだいしゅう)』一部、五十巻(ごじゅっかん)。
『決定経(けつじょうきょう)』一部、百四十巻(ひゃくよんじゅっかん)。
『宝蔵経(ほうぞうきょう)』一部、四十五巻(よんじゅうごかん)。
『華厳経(けごんきょう)』一部、五百巻(ごひゃくかん)。
『礼真如経(らいしんにょきょう)』一部、九十巻(きゅうじゅっかん)。
『大般若経(だいはんにゃきょう)』一部、九百十六巻(きゅうひゃくじゅうろっかん)。
『大光明経(だいこうみょうきょう)』一部、三百巻(さんびゃくかん)。
『未曾有経(みぞううきょう)』一部、一千百十巻(いっせんひゃくじゅっかん)。
『維摩経(ゆいまきょう)』一部、百七十巻(ひゃくななじゅっかん)。
『三論別経(さんろんべっきょう)』一部、二百七十巻(にひゃくななじゅっかん)。
『金剛経(こんごうきょう)』一部、百巻(ひゃっかん)。
『正法論経(しょうぼうろんきょう)』一部、百二十巻(ひゃくにじゅっかん)。
『仏本行経(ぶつほんぎょうきょう)』一部、八百巻(はっぴゃくかん)。
『五龍経(ごりゅうきょう)』一部、三十二巻(さんじゅうにかん)。
『菩薩戒経(ぼさつかいきょう)』一部、百十六巻(ひゃくじゅうろっかん)。
『大集経(だいしゅうきょう)』一部、百三十巻(ひゃくさんじゅっかん)。
『摩竭経(まがつきょう)』一部、三百五十巻(さんびゃくごじゅっかん)。
『法華経(ほけきょう)』一部、百巻(ひゃっかん)。
『瑜伽経(ゆがきょう)』一部、百巻。
『宝常経(ほうじょうきょう)』一部、二百二十巻(にひゃくにじゅっかん)。
『西天論経(せいてんろんきょう)』一部、百三十巻(ひゃくさんじゅっかん)。
『僧祇経(そうぎきょう)』一部、百五十七巻(ひゃくごじゅうななかん)。
『仏国雑経(ぶっこくぞうきょう)』一部、一千九百五十巻(いっせんきゅうひゃくごじゅっかん)。
『起信論経(きしんろんきょう)』一部、一千巻(いっせんかん)。
『大智度経(だいちどきょう)』一部、一千八十巻(いっせんはちじゅっかん)。
『宝威経(ほういきょう)』一部、一千二百八十巻(いっせんにひゃくはちじゅっかん)。
『本閣経(ほんかくきょう)』一部、八百五十巻(はっぴゃくごじゅっかん)。
『正律文経(しょうりつもんきょう)』一部、二百巻(にひゃくかん)。
『大孔雀経(だいくじゃくきょう)』一部、二百二十巻(にひゃくにじゅっかん)。
『維識論経(ゆいしきろんきょう)』一部、百巻。
『具舎論経(ぐしゃろんきょう)』一部、二百巻(にひゃくかん)。
と。
阿難(あなん)・迦葉(かしょう)、唐僧(とうそう)を引(ひ)きて経名(きょうめい)を看(み)しめ遍(あまね)くし、唐僧に対いて道(いわ)く、「聖僧(せいそう)東土より此(ここ)に到る、些(いささ)かの甚(なん)の人事(じんじ=心付け)か我らに送(おく)る有るや。疾(と)く拿(と)り出(いだ)せ、好(よ)く経を伝(つた)えて汝に与えて去(ゆ)かしめん」と。三蔵言(げん)を聞(き)いて道(いわ)く、「弟子(でし)玄奘(げんじょう)、来路(らいろ)迢遥(ちょうよう=遥か)、かつて備(そな)え得ざりき」と。二尊者笑って道(いわ)く、
「好(よ)し、好し、好し!白手(せきしゅ=手ぶら)にて経を伝(つた)えて世(よ)を継(つ)がば、後人(こうじん)当(まさ)に餓(うえ)え死(し)なんとす!」
と。行者(ぎょうじゃ)彼の口(くち)を講(い)いて扭捏(じゅうねつ=もじもじ)し、肯(がえん)じて経を伝えざるを見、彼忍(しの)ぶこと能(あた)わずして叫噪(きょうそう=喚き立て)りて道(いわ)く、「師父(しふ)、我ら去(ゆ)きて如来に告(うった)え、彼をして自家(みずか)ら来(きた)りて経を把(と)りて老孫(ろうそん)に与えしめよ」と。阿難道(いわ)く、「喚(わめ)く莫(な)かれ!これ甚(なん)の去処(ところ)ぞ、汝なお撒野放刁(さつやほうとう=乱暴を働く)するや。この辺(へん)に到り来りて経を接(う)けよ」と。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)性子(しょうし=気性)を耐(た)え住(とど)め、行者(ぎょうじゃ)を勧(すす)め住(とど)め、身を転(てん)じて来りて接(う)く。一巻一巻(ひとまきひとまき)包(つつみ)の裡(うち)に収(おさ)め、馬(うま)の上(うえ)に馱(の)せ、また両担(ふたに)を捆(くく)り、八戒と沙僧と挑(にな)い、却(かえ)って宝座(ほうざ)の前(まえ)に来りて叩頭(こうとう)し、如来に謝(しゃ)し、一直(ひたすら)に門を出(い)づ。一位(ひとり)の仏祖に逢(あ)えば両拝(りょうぱい)し、一尊(ひとり)の菩薩(ぼさつ)を見れば両拝(りょうぱい)す。また大門(だいもん)に到り、比丘僧(びくそう)・尼(に)、優婆夷(うばい)・塞(そく)を拝み、一一(ひとりひとり)相辞(そうじ=別れを告げ)、山(やま)を下(お)りて路(みち)に奔(はし)るは題(だい)せず。
さてかの宝閣(ほうかく)の上(うえ)に一尊(ひとり)の燃灯古仏(ねんとうこぶつ)有(あ)り。彼(かれ)閣(かく)の上(うえ)に在(あ)りて、暗暗(ひそか)にかの経(きょう)を伝(つた)うるの事(こと)を聴(き)き、心中(しんちゅう)甚(はなは)だ明(あき)らかなり。元(もと)これ阿難(あなん)・迦葉(かしょう)の無字(むじ=字なき)の経(きょう)を将(も)ちて伝(つた)え去(さ)らしむるなり。却(かえ)って自(おのずか)ら笑(わら)って云(いわ)く、
「東土(とうど)の衆僧(しゅそう)愚迷(ぐめい=愚か)にして、無字(むじ)の経を識(し)らず、却(かえ)って聖僧(せいそう)のこの場(ひとくさり)の跋渉(ばっしょう=苦しい旅)を枉(むだ)に費(ついや)さざらんや?」
と。問(と)いて道(いわ)く、「座辺(ざへん=座の傍)に誰(たれ)か此(ここ)に在(あ)る」と。只(た)だ見(み)る、白雄尊者(びゃくゆうそんじゃ)の闪(ひらめ)き出(い)づるを。古仏(こぶつ)吩咐(いいつけ)て道(いわ)く、「汝、神威(しんい)を作(な)し起(おこ)し、飛星(ひせい=飛ぶ星)のごとく唐僧(とうそう)に趕(お)いつき、かの無字(むじ)の経を把(と)りて奪(うば)い、彼をして再(ま)た来(きた)りて有字(うじ=字ある)の真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らしめよ」と。
白雄尊者(びゃくゆうそんじゃ)、すなわち狂風(きょうふう)に駕(が)し、雷音寺(らいおんじ)の山門(さんもん)の外(そと)を滚(ころが)り離(はな)れ、大(おお)いに神威(しんい)を作(な)す。かの陣(ひとむれ)の好(よ)き風(かぜ)かな、真(まこと)にこれ
仏前(ぶつぜん)の勇士(ゆうし)、巽二風神(そんじふうじん=風の神)に比(くら)ぶるに非(あら)ず。
仙竅(せんきょう=仙の孔)怒号(どごう=吠えたけ)るは、遠(とお)く吹嘘(すいきょ=吹く息)の少女(しょうじょ)に賽(まさ)る。
この一陣(ひとむれ)、魚龍(ぎょりゅう)皆(みな)穴(あな)を失(うしな)い、江海(こうかい)波濤(はとう)を逆(さかしま)にす。
玄猿(げんえん)果(くだもの)を捧(ささ)げて来(きた)り献(けん)ずるに難(かた)く、黄鶴(こうかく)雲(くも)を回(めぐ)らして旧巣(きゅうそう)を找(たず)ぬ。
丹鳳(たんぽう)の清音(せいおん)鳴(な)いて美(うつく)しからず、錦鶏(きんけい)喔運(あくうん=鳴き声)叫(な)いて声(こえ)嘈(さわが)し。
青松(せいしょう)枝(えだ)折(お)れ、優鉢花(うはつげ)飄(ひるがえ)る。
翠竹(すいちく)竿竿(かんかん=一本一本)倒(たお)れ、金蓮(こんれん)朵朵(だだ=一輪一輪)揺(ゆ)る。
鐘声(しょうせい)遠(とお)く三千里(さんぜんり)を送(おく)り、経韻(きょういん)軽(かる)く万壑(ばんがく=万の谷)高(たか)し。
崖(がけ)の下(もと)の奇花(きか)美色(びしょく)を残(そこな)い、路傍(ろぼう)の瑶草(ようそう)鮮苗(せんびょう)を偃(ふ)す。
彩鸞(さいらん)翅(つばさ)を舞(ま)わすに難(かた)く、白鹿(はくろく)山崖(さんがい)に隠(かく)る。
蕩蕩(とうとう)たる異香(いこう)宇宙(うちゅう)に漫(み)ち、清清(せいせい)たる風気(ふうき)雲霄(うんしょう)に徹(とお)る。
と。
かの唐長老(とうちょうろう)正(まさ)に行(ゆ)く間(あいだ)、忽然(たちまち)香風(こうふう)の滚滚(ころころ)たるを聞(き)き、只(た)だこれ仏祖(ぶっそ)の禎祥(ていしょう=めでたい兆)ならんと思(おも)い、いまだ提防(ていぼう=用心)せざりき。また響(ひび)き一声(ひとこえ)の聞(き)こゆるありて、半空(なかぞら)より一隻(ひとつ)の手(て)を伸(の)べ下(くだ)し、馬(うま)の馱(の)せる経を将(も)ちて、軽軽(かるがる)と搶(うば)い去(さ)る。唬(おどろ)かされたるかな三蔵(さんぞう)、胸(むね)を捶(う)ちて叫喚(きょうかん=叫び喚)ぶ。八戒(はっかい)地(ち)を滚(ころが)りて来りて追(お)い、沙和尚(さおしょう)経担(きょうたん=経の荷)を護(まも)り守(まも)り、孫行者(そんぎょうじゃ)急(いそ)ぎ飛(と)ぶが如(ごと)くに趕(お)い去(ゆ)く。
かの白雄尊者、行者(ぎょうじゃ)の趕いつくこと近(ちか)きを見(み)、彼(かれ)が棍頭(こんとう=棒の先)に眼(まなこ)無(な)く、一時(ひととき)に好歹(よしあし)を分(わか)たずして、身体(しんたい)を打(う)ち傷(そこな)わんことを恐(おそ)れ、すなわち経包(きょうほう=経の包み)を将(も)ちて捽(ひ)き砕(くだ)き、塵埃(じんあい)に抛(なげう)ち落(お)とす。行者(ぎょうじゃ)経包(きょうほう)の破(やぶ)れ落(お)ち、また香風(こうふう)に吹(ふ)かれて飄零(ひょうれい=散り零れ)るを見、却ってすなわち雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)し、経を顧(かえり)みて追(お)い趕わず。かの白雄尊者風(かぜ)を収(おさ)め霧(きり)を斂(おさ)め、回(かえ)りて古仏(こぶつ)に報(ほう)ずるは題(だい)せず。
八戒(はっかい)追い趕いに去(ゆ)き、経本(きょうほん)の落ち下(くだ)れるを見、遂(つい)に行者と収拾(しゅうしゅう=拾い集め)し背負(お)いて、来りて唐僧(とうそう)に見(まみ)ゆ。
唐僧満眼(まんがん)涙(なみだ)を垂(た)れて道(いわ)く、「徒弟(でし)や!この極楽世界(ごくらくせかい)にも、また凶魔(きょうま)の欺(あざむ)き害(そこな)う有(あ)るなり!」と。沙僧(さそう)抱(いだ)きし散経(さんきょう=散った経)を接(う)け、打(う)ち開(あ)けて看(み)る時(おり)、元来(もと)雪白(せっぱく=真っ白)にして、並(なみ)に半点(はんてん)の字迹(じせき)も無(な)し。慌(あわ)てて三蔵(さんぞう)に遞(わた)して道(いわ)く、「師父(しふ)、この一巻(ひとまき)には字(じ)が無し」と。行者また一巻(ひとまき)を打ち開(あ)けて看(み)るに、また字(じ)が無し。八戒一巻を打ち開くるに、また字が無し。三蔵叫(よばわ)りて道(いわ)く、「通(ことごと)く打ち開けて来りて看(み)よ」と。
巻巻(まきまき)俱(みな)これ白紙(はくし)なり。長老(ちょうろう)短嘆長吁(たんたんちょうく=短く嘆き長く溜息)して道(いわ)く、「我(わ)が東土(とうど)の人(ひと)は果(は)たして福(ふく)無きかな!この般(ごと)き無字の空本(くうほん=空の本)、取り去りて何(なん)の用(よう)かあらん。怎(いか)でか敢(あえ)て唐王(とうおう)に見(まみ)えんや!君(きみ)を誑(あざむ)くの罪(つみ)、誠(まこと)に誅(ちゅう)するを容(ゆる)されざるなり!」と。行者早(はや)くすでにこれを知(し)り、唐僧に対(むか)いて道(いわ)く、「師父(しふ)、言(い)い消(つく)すに及(およ)ばず。これすなわち阿難(あなん)・迦葉(かしょう)の那厮(やつ)が、我に人事(じんじ)を要(もと)めて有(な)きに因(よ)り、故(ゆえ)にこの白紙(はくし)の本子(ほんす=本)を将(も)ちて我らに与(あた)えて来れるなり。疾(と)く回(かえ)り行(ゆ)きて如来(にょらい)の前(まえ)に告(うった)え、彼に掯財作弊(こうざいさくへい=金を強請り不正を働く)の罪(つみ)を問(と)え」と。八戒嚷(わめ)いて道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ!正に是れ!彼を告(うった)えて行(ゆ)かん!」と。四衆(ししゅ)急急(いそぎ)に山(やま)に回り、好(よ)き步(あゆみ)も無く、忙忙(そうそう)とまた雷音(らいおん)に転(てん)じ上(のぼ)る。
多(おお)からずして、山門(さんもん)の外(そと)に到(いた)るに、衆(しゅう)皆(みな)手(て)を拱(こまぬ)きて相迎(むか)え、笑って道(いわ)く、「聖僧(せいそう)は是(こ)れ経を換(か)えに来れるか」と。三蔵頭(こうべ)を点(うなず)かせて称謝(しょうしゃ)す。衆金剛(しゅこんごう)また阻擋(そとう=遮り止め)せず、彼をして進(い)らしめ、直(ただち)に大雄殿(だいゆうでん)の前(まえ)に至(いた)る。行者嚷(わめ)いて道(いわ)く、
「如来(にょらい)!我が師徒(してい)ら万蜇千魔(ばんてつせんま=万の螫と千の魔)、千辛万苦(せんしんばんく)を受(う)け、東土より拝(おが)みて此(ここ)の処(ところ)に到(いた)り、如来の吩咐(いいつけ)を蒙(こうむ)りて経を伝えられしに、阿難・迦葉に掯財(こうざい=金を強請る)せられて遂(と)げず、通同(つうどう=ぐる)に作弊(さくへい=不正を働き)、故意(わざ)と無字の白紙の本児(ほんじ=本)を将(も)ちて我らに拿(と)らしめて去らしむ。我ら彼を拿(と)り行(ゆ)きて何(なん)の用(よう)かあらん!如来の敕治(ちょくち=敕して治むる)を望(のぞ)む!」
と。仏祖(ぶっそ)笑って道(いわ)く、
「汝(なんじ)且(しばら)く喚(わめ)くを休(や)めよ。彼が両箇(ふたり)の汝に人事(じんじ)を要(もと)めし情(じょう)、我(われ)すでに知(し)れり。但(た)だ只(た)だこれ経軽(かる)がるしく伝うべからず、また空(むな)しく取(と)るを以(も)ってすべからず。向時(そのかみ)衆比丘聖僧(しゅびくしょうそう)山(やま)を下(お)りしに、かつてこの経を将(も)ちて舎衛国(しゃえいこく)の趙長者(ちょうちょうじゃ)の家(いえ)に在りて、彼が為(ため)に一遍(ひとまわり)を誦(ず)し、彼が家(いえ)の生者(しょうじゃ)の安全(あんぜん)、亡者(もうじゃ)の超脱(ちょうだつ)を保(ほ)し、只(た)だ彼が三斗三升(さんとさんしょう)の米粒黄金(べいりゅうおうごん=米粒ほどの黄金)を討(と)り得(え)て回り来れり。我(われ)なお彼らに忒(はなは)だ売(う)り賤(やす)くして、後代(こうだい)の児孫(じそん)に使用(しよう)の銭(ぜに)無からしむと言(い)えり。汝(なんじ)如今(いま)空手(くうしゅ)にて来り取る。ここを以(も)って白本(はくほん=白き本)を伝えたり。白本(はくほん)とは、乃(すなわ)ち無字真経(むじしんきょう)なり。却ってまた是(こ)れ好し。汝が那(かの)東土の衆生(しゅじょう)の愚迷(ぐめい)にして悟(さと)らざるに因(よ)り、只(た)だこの経を以ってこれに伝うべきのみ」
と。すなわち叫(よばわ)りて道(いわ)く、「阿難・迦葉、疾(と)く有字(うじ)の真経(しんきょう)を将(も)ちて、毎部(まいぶ)の中(うち)より各(おのおの)幾巻(いくかん)かを検(えら)びて彼に与(あた)え、此に来りて数(かず)を報(ほう)ぜよ」と。
二尊者(にそんじゃ)復(ま)た四衆(ししゅ)を領(ひき)いて、珍楼宝閣(ちんろうほうかく)の下(もと)に到(いた)り、なお唐僧(とうそう)に些(いささ)かの人事(じんじ)を要(もと)む。
三蔵(さんぞう)奉(たてまつ)る物(もの)無(な)く、すなわち沙僧(さそう)に命(めい)じて紫金鉢盂(しきんはつう=紫金の鉢)を取(と)り出(いだ)さしめ、両手(りょうて)にて奉上(ほうじょう)して道(いわ)く、
「弟子(でし)委(まこと)にこれ窮寒(きゅうかん=貧しく)路遥(みちとお)く、かつて人事(じんじ)を備(そな)え得(え)ざりき。この鉢盂(はつう)は乃(すなわ)ち唐王(とうおう)の親手(みずから)賜(たま)わるところ、弟子(でし)をしてこれを持(たも)ちて、路(みち)に沿(したが)いて斎(とき)を化(こ)せしむ。今(いま)特に奉上(ほうじょう)し、聊(いささ)か寸心(すんしん=微衷)を表(あらわ)す。万(よろず)尊者(そんじゃ)の軽褻(けいせつ=軽んじ汚す)を鄙(いや)しみず、これを収(おさ)め下(くだ)されんことを望(のぞ)む。回朝(かいちょう=朝廷に帰る)の後(のち)唐王(とうおう)に奏上(そうじょう)せば、定(かなら)ず厚謝(こうしゃ)有(あ)るべし。ただ有字(うじ)の真経(しんきょう)を賜(たま)わり下(くだ)されば、庶(ねがわく)は欽差(きんさ)の意(こころ)、遠渉(えんしょう=遠き渡渉)の労(ろう)を孤(みなしご)にせざらん」
と。かの阿難(あなん)接(う)けて、ただ微微(びび)として笑(わら)う。かの珍楼(ちんろう)を管(つかさど)るの力士(りきし)、香積(こうしゃく=香の供物)を管るの庖丁(ほうてい=料理人)、閣(かく)を看(み)るの尊者(そんじゃ)、汝(なんじ)は彼(かれ)の顔(かお)を抹(なで)、我(われ)は彼の背(せ)を撲(たた)き、指(ゆび)を弾(はじ)く者(もの)、唇(くちびる)を扭(ねじ)る者、一箇一箇(ひとりひとり)笑って道(いわ)く、「羞(は)じずや!羞じずや!取経(しゅきょう)の人事を需索(じゅさく=強請り求)むるとは!」と。須臾(しばらく)にして顔(かお)の皮(かわ)をさえ羞(は)じて皺(しわ)よらしめたれど、ただ鉢盂(はつう)を拿(と)りて放(はな)たず。迦葉(かしょう)却(かえ)って才(ようや)く閣(かく)に進(すす)みて経(きょう)を検(えら)び、一一(ひとつひとつ)査(しら)べて三蔵(さんぞう)に与(あた)う。三蔵却(かえ)って叫(よばわ)りて道(いわ)く、「徒弟(でし)ら、汝ら都(みな)好(よ)く生(つまびらか)に看(み)よ、前番(ぜんぱん=前の度)の似(ごと)き莫(な)かれ」と。彼(かれ)が三人(みたり)一巻(ひとまき)を接(う)けては一巻(ひとまき)を看(み)るに、却って都(みな)これ有字(うじ=字ある)なり。五千四十八巻(ごせんよんじゅうはちかん)を伝(つた)え、乃(すなわ)ち一蔵(いちぞう)の数(かず)なり。収拾(しゅうしゅう)して斉整(せいせい=整い)にし、馬(うま)の上(うえ)に馱(の)せ、残(のこ)りはまた一担(ひとに)に装(つ)み、八戒(はっかい)挑(にな)う。自己(おのれ)の行嚢(こうのう=旅の嚢)、沙僧(さそう)挑(にな)う。行者(ぎょうじゃ)馬(うま)を牽(ひ)き、唐僧(とうそう)錫杖(しゃくじょう)を拿(と)り、毗盧帽(びるぼう)を一(ひと)と按(おさ)え、錦袈裟(きんけさ)を一(ひと)と抖(はら)い、才(ようや)く喜喜歡歡(ききかんかん=大いに喜び)て、我(わ)が仏如来(にょらい)の前(まえ)に到(いた)る。正(まさ)にこれ
大蔵(だいぞう)の真経(しんきょう)滋味(じみ)甜(あま)く、如来(にょらい)の造就(ぞうしゅう=造り成す)甚(はなは)だ精厳(せいげん)なり。
須(かなら)ず知(し)れ玄奘(げんじょう)の山(やま)に登(のぼ)るの苦(く)、笑(わら)うべし阿難(あなん)の却って銭(ぜに)を愛(あい)するを。
先次(さき)に未詳(みしょう)なりしは古仏(こぶつ)に虧(よ)り、後來(こうらい)真実(しんじつ)にして始(はじ)めて安然(あんぜん)たり。
今(いま)に至(いた)るまで意(い)を得(え)て東土(とうど)に伝(つた)わり、大衆(だいしゅ)均(ひとし)く雨露(うろ)を将(も)ちて沾(うるお)う。
と。
阿難・迦葉(かしょう)唐僧を引(ひ)きて来(きた)りて如来(にょらい)に見(まみ)ゆ。如来高(たか)く蓮座(れんざ)に昇(のぼ)り、降龍(ごうりゅう)・伏虎(ふっこ)の二大羅漢(にだいらかん)に指令(しれい)して雲磬(うんけい=雲の磬)を敲(たた)き響(ひび)かせ、遍(あまね)く三千諸仏(さんぜんしょぶつ)・三千掲諦(さんぜんかいたい)・八金剛(はちこんごう)・四菩薩(しぼさつ)・五百尊羅漢(ごひゃくそんらかん)・八百比丘僧(はっぴゃくびくそう)・大衆優婆塞(だいしゅうばそく)・比丘尼(びくに)・優婆夷(うばい)を請(しょう)じ、各天各洞(かくてんかくどう)、福地(ふくち)・霊山(れいざん)、大小(だいしょう)の尊者・聖僧(しょうそう)、坐(ざ)すべきは請(しょう)じて宝座(ほうざ)に登(のぼ)らしめ、立(た)つべきは両旁(りょうぼう=両側)に侍立(じりつ)す。一時間(ひととき)、天楽(てんがく)遥(はる)かに聞(きこ)え、仙音(せんのん)嘹喨(りょうりょう=高らか)にして、満空(まんくう)に祥光(しょうこう)迭迭(じょうじょう)とし、瑞気(ずいき)重重(じゅうじゅう)たり。諸仏(しょぶつ)畢(ことごと)く集(つど)い、如来に参見(さんけん)す。如来問(と)いて道(いわ)く、「阿難・迦葉、多少(いくばく)の経巻(きょうかん)を彼に伝えたるか。一一(ひとつひとつ)数(かず)を報(ほう)ずべし」と。二尊者(にそんじゃ)すなわち開報(かいほう)して道(いわ)く、
「現(いま)唐朝(とうちょう)に付(ふ)し去(や)るは『涅槃経(ねはんきょう)』四百巻(よんひゃくかん)、『菩薩経(ぼさつきょう)』三百六十巻(さんびゃくろくじゅっかん)、『虚空蔵経(こくうぞうきょう)』二十巻(にじゅっかん)、『首楞厳経(しゅりょうごんきょう)』三十巻(さんじゅっかん)、『恩意経大集(おんいきょうだいしゅう)』四十巻(よんじゅっかん)、『決定経(けつじょうきょう)』四十巻(よんじゅっかん)、『宝蔵経(ほうぞうきょう)』二十巻(にじゅっかん)、『華厳経(けごんきょう)』八十一巻(はちじゅういっかん)、『礼真如経(らいしんにょきょう)』三十巻(さんじゅっかん)、『大般若経(だいはんにゃきょう)』六百巻(ろっぴゃくかん)、『金光明品経(こんこうみょうほんきょう)』五十巻(ごじゅっかん)、『未曾有経(みぞううきょう)』五百五十巻(ごひゃくごじゅっかん)、『維摩経(ゆいまきょう)』三十巻、『三論別経(さんろんべっきょう)』四十二巻(よんじゅうにかん)、『金剛経(こんごうきょう)』一巻(いっかん)、『正法論経(しょうぼうろんきょう)』二十巻、『仏本行経(ぶつほんぎょうきょう)』百十六巻(ひゃくじゅうろっかん)、『五龍経(ごりゅうきょう)』二十巻、『菩薩戒経(ぼさつかいきょう)』六十巻(ろくじゅっかん)、『大集経(だいしゅうきょう)』三十巻、『摩竭経(まがつきょう)』百四十巻(ひゃくよんじゅっかん)、『法華経(ほけきょう)』十巻(じゅっかん)、『瑜伽経(ゆがきょう)』三十巻、『宝常経(ほうじょうきょう)』百七十巻(ひゃくななじゅっかん)、『西天論経(せいてんろんきょう)』三十巻、『僧祇経(そうぎきょう)』百十巻(ひゃくじゅっかん)、『仏国雑経(ぶっこくぞうきょう)』一千六百三十八巻(いっせんろっぴゃくさんじゅうはちかん)、『起信論経(きしんろんきょう)』五十巻(ごじゅっかん)、『大智度経(だいちどきょう)』九十巻(きゅうじゅっかん)、『宝威経(ほういきょう)』百四十巻(ひゃくよんじゅっかん)、『本閣経(ほんかくきょう)』五十六巻(ごじゅうろっかん)、『正律文経(しょうりつもんきょう)』十巻(じゅっかん)、『大孔雀経(だいくじゃくきょう)』十四巻(じゅうよんかん)、『維識論経(ゆいしきろんきょう)』十巻、『具舎論経(ぐしゃろんきょう)』十巻。在蔵(ざいぞう)の総経(そうきょう)、共(あわ)せて三十五部(さんじゅうごぶ)、各部(かくぶ)の中(うち)より五千四十八巻(ごせんよんじゅうはちかん)を検(えら)び出(いだ)し、東土(とうど)の聖僧(せいそう)に与(あた)えて唐(とう)に伝留(でんりゅう)せしむ。現(いま)倶(みな)収拾整頓(しゅうしゅうせいとん)して人馬(じんば)の馱担(だたん)の上(うえ)に在(あ)り、専(もっぱ)ら謝恩(しゃおん)を等(ま)つ」
と。
三蔵四衆(ししゅ)馬を拴(つな)ぎ、担(に)を歇(やす)め、一箇一箇(ひとりひとり)掌(て)を合(あ)わせ身(み)を躬(くぐ)め、上(かみ)に朝(むか)いて礼拜(らいはい)す。如来唐僧に対(むか)いて言(いわ)く、
「この経(きょう)の功徳(くどく)、称(はか)り量(はか)るべからず。我(わ)が門(もん)の亀鑑(きかん=手本)と為(な)るといえど、実(げ)に乃(すなわ)ち三教(さんきょう)の源流(げんりゅう)なり。もし汝(なんじ)が那(かの)南贍部洲(なんせんぶしゅう)に到り、一切(いっさい)の衆生(しゅじょう)に示(しめ)さば、軽(かる)がるしく慢(あなど)るべからず。沐浴斎戒(もくよくさいかい)に非(あら)ざれば、巻(かん)を開(ひら)くべからず。これを宝(たから)としこれを重(おも)んぜよ!けだしこの内(うち)に仙(せん)と成(な)り道(どう)を了(おわ)るの奥妙(おうみょう)有(あ)り、万化(ばんか=万の変化)を発明(はつめい)するの奇方(きほう)有るなり」
と。三蔵叩頭(こうとう)して恩(おん)を謝(しゃ)し、信受(しんじゅ)奉行(ぶぎょう)し、依然(もとのごと)く仏祖(ぶっそ)に対(むか)いて遍(あまね)く三匝(さんそう)礼(れい)し、謹(つつし)みて帰誠(きせい=帰依の誠)を承(う)け、経を領(う)けて去(さ)る。三山門(さんさんもん)に去(ゆ)き到り、一一(ひとりひとり)また衆聖(しゅせい)に謝(しゃ)するは題(だい)せず。
如来唐僧を打発(ほっぱつ=送り出す)し去(さ)らしめしに因(よ)りて、才(ようや)く伝経(でんきょう)の会(え)を散(さん)ず。旁(かたわら)また観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の閃上(ひらめきいで)て、掌(て)を合(あ)わせて仏祖(ぶっそ)に啓(けい)して道(いわ)く、
「弟子当年(とうねん)金旨(きんし)を領(う)けて東土に向(むか)い取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ねしに、今すでに功(こう)を成(な)せり。共計(あわせ)て一十四年(じゅうよねん)を得(う)、乃(すなわ)ち五千四十日(ごせんよんじゅうにち)なり。なお八日(ようか)を少(か)き、蔵数(ぞうすう)に合(がっ)せず。我が世尊(せそん)の早(はや)く聖僧(せいそう)に賜わりて東(ひがし)に回(かえ)り西(にし)に転(てん)じ、須(かなら)ず八日(ようか)の内(うち)に在(あ)らしめ、庶(ねがわく)は蔵数(ぞうすう)を完(まっと)うし、弟子の金旨(きんし)を繳還(きょうかん=返納)するを准(ゆる)されんことを望(のぞ)む」
と。如来大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「言(い)う所(ところ)甚(はなは)だ当(とう)なれり。金旨を繳(かえ)すを准(ゆる)さん」と。すなわち八大金剛(はちだいこんごう)を叫(よ)び、吩咐(いいつけ)て道(いわ)く、
「汝等(なんじら)疾(と)く神威(しんい)を使(つか)い、聖僧を駕送(がそう)して東(ひがし)に回(かえ)らしめ、真経を把(と)りて伝留(でんりゅう)せしめ、すなわち聖僧を引(ひ)きて西(にし)に回らしめ、須(かなら)ず八日の内に在りて、以(も)って一蔵(いちぞう)の数を完(まっと)うせよ。遅違(ちい=遅れ違う)を得ること莫(な)かれ」
と。
金剛(こんごう)すなわち唐僧に趕(お)いつき、叫(よばわ)りて道(いわ)く、「経を取(と)れる者(もの)、我に跟(したが)いて来(こ)よ!」と。唐僧等(ら)倶(みな)身(み)軽(かる)く体(からだ)健(すこやか)にして、蕩蕩飄飄(とうとうひょうひょう)として、金剛(こんごう)に随(したが)い、雲(くも)に駕(が)して起(た)つ。これ才(はじ)めて是(こ)れ
性(せい)を見(み)心(こころ)を明(あき)らかにして仏祖に参(まい)り、
功(こう)完(おわ)り行(ぎょう)満(み)ちてすなわち飛昇(ひしょう)す。
と。
畢竟(つい)にいかにしてか東土に回りて怎(いか)に伝授(でんじゅ)するかを知(し)らず。且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。