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099 第九十九回 九九(くく)の数(かず)完(おわ)りて魔(ま)を剗(けず)り尽(つく)し 三三(さんさん)行(ぎょう)満(み)ちて道(どう)根(ね)に帰(かえ)る

話(かたり)に表(あらわ)す、八金剛(はちこんごう)既(すで)に唐僧(とうそう)を送(おく)りて国(くに)に回(かえ)らしむるは題(だい)せず。

かの三層(さんそう)の門(もん)の下(もと)に、五方掲諦(ごほうかいたい)・四値功曹(しちこうそう)・六丁六甲(りくていりっこう)・護教伽藍(ごきょうがらん)有(あ)り。観音菩薩(かんのんぼさつ)の前(まえ)に行(ゆ)き向(むか)いて啓(けい)して道(いわ)く、
「弟子等(でしら)向(さき)に菩薩(ぼさつ)の法旨(ほうし)を蒙(こうむ)り、暗(あん)中(ちゅう)に聖僧(せいそう)を保護(ほご)せり。今日(こんにち)聖僧(せいそう)行(ぎょう)満(み)ち、菩薩(ぼさつ)仏祖(ぶっそ)の金旨(きんし)を繳(かえ)したもう。我等(われら)菩薩の法旨(ほうし)を繳(かえ)すを准(ゆる)されんことを望(のぞ)む」
と。菩薩また甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、「繳すを准(ゆる)す、繳すを准す」と。また問(と)いて道(いわ)く、「那(かの)唐僧(とうそう)の四衆(ししゅ)、一路(いちろ)の心行(しんぎょう)は如何(いかん)」と。諸神(しょしん)道(いわ)く、
「委(まこと)に心(こころ)虔(つつし)く志(こころざし)誠(まこと)なり。料(はか)るに菩薩の洞察(どうさつ)を逃(のが)るること能(あた)わざらん。但(た)だ只(た)だこれ唐僧の受(う)けしところの苦(くるしみ)、真(しん)に言(い)うべからず。彼(かれ)が一路(いちろ)に歴(へ)しきたれる災愆患難(さいけんかんなん)、弟子(でし)すでに謹(つつし)みてここに記(しる)せり。これすなわち彼(かれ)が災難(さいなん)の簿子(ぼし)なり」
と。菩薩頭(かしら)より一遍(ひとまわり)看(み)おわる。上(うえ)に著(しる)して道(いわ)く、
「掲諦(かいたい)を差(つかわ)さるるを蒙(こうむ)り、皈依(きえ)の旨(むね)を奉(ほう)ず。謹(つつし)みて唐僧の難(なん)の数(かず)を記(しる)して清(きよ)くす。
金蝉(きんせん)貶(へん)に遭(あ)う第一難(だいいちなん)。
胎(たい)を出(い)でて幾(ほとん)ど殺(ころ)さる第二難(だいになん)。
満月(まんげつ)に江(こう)に抛(なげう)たる第三難(だいさんなん)。
親(おや)を尋(たず)ねて冤(えん)を報(ほう)ず第四難(だいよんなん)。
城(しろ)を出(い)でて虎(とら)に逢(あ)う第五難(だいごなん)。
坑(あな)に落(お)ちて従者(じゅうじゃ)を折(お)る第六難(だいろくなん)。
双叉嶺(そうされい)の上(うえ)第七難(だいしちなん)。
両界山(りょうかいざん)の頭(ほとり)第八難(だいはちなん)。
陡澗(とうかん)に馬(うま)を換(か)う第九難(だいきゅうなん)。
夜(よる)火(ひ)に焼(や)かる第十難(だいじゅうなん)。
袈裟(けさ)を失(うしな)う第十一難(だいじゅういちなん)。
八戒(はっかい)を収(おさ)め降(くだ)す第十二難(だいじゅうになん)。
黄風怪(こうふうかい)阻(はば)む第十三難(だいじゅうさんなん)。
霊吉(れいきつ)を請(こ)い求(もと)む第十四難(だいじゅうよんなん)。
流沙(りゅうさ)渡(わた)り難(がた)し第十五難(だいじゅうごなん)。
沙僧(さそう)を収(おさ)め得(う)第十六難(だいじゅうろくなん)。
四聖(しせい)顕化(けんか)す第十七難(だいじゅうしちなん)。
五荘観(ごそうかん)の中(うち)第十八難(だいじゅうはちなん)。
人参(にんじん)活(い)かし難(がた)し第十九難(だいじゅうきゅうなん)。
心猿(しんえん)を貶(へん)し退(しりぞ)く第二十難(だいにじゅうなん)。
黒松林(こくしょうりん)に失散(しっさん)す第二十一難(だいにじゅういちなん)。
宝象国(ほうぞうこく)に書(ふみ)を捎(おく)る第二十二難(だいにじゅうになん)。
金鑾殿(きんらんでん)に虎(とら)と変(へん)ず第二十三難(だいにじゅうさんなん)。
平頂山(へいちょうざん)に魔(ま)に逢(あ)う第二十四難(だいにじゅうよんなん)。
蓮花洞(れんかどう)に高(たか)く懸(か)かる第二十五難(だいにじゅうごなん)。
烏鶏国(うけいこく)に主(しゅ)を救(すく)う第二十六難(だいにじゅうろくなん)。
魔に化(け)し身(み)と為(な)さる第二十七難(だいにじゅうしちなん)。
号山(ごうざん)に怪(かい)に逢う第二十八難(だいにじゅうはちなん)。
風(かぜ)聖僧を攫(さら)う第二十九難(だいにじゅうきゅうなん)。
心猿(しんえん)害(がい)に遭(あ)う第三十難(だいさんじゅうなん)。
聖(せい)を請(しょう)じて妖(よう)を降(くだ)す第三十一難(だいさんじゅういちなん)。
黒河(こくが)に沈没(ちんぼつ)す第三十二難(だいさんじゅうになん)。
車遅(しゃち)に搬運(はんうん)す第三十三難(だいさんじゅうさんなん)。
大(おお)いに賭(か)けて輸贏(ゆえい)す第三十四難(だいさんじゅうよんなん)。
道(どう)を払(はら)い僧(そう)を興(おこ)す第三十五難(だいさんじゅうごなん)。
路(みち)に大水(たいすい)に逢う第三十六難(だいさんじゅうろくなん)。
身(み)天河(てんが)に落(お)つ第三十七難(だいさんじゅうしちなん)。
魚籃(ぎょらん)身を現(あらわ)す第三十八難(だいさんじゅうはちなん)。
金山(きんざん)に怪(かい)に遇(あ)う第三十九難(だいさんじゅうきゅうなん)。
普天(ふてん)の神(かみ)伏(ふく)し難し第四十難(だいしじゅうなん)。
仏(ほとけ)に根源(こんげん)を問(と)う第四十一難(だいしじゅういちなん)。
水(みず)を食(くら)いて毒(どく)に遭う第四十二難(だいしじゅうになん)。
西梁国(せいりょうこく)に婚(こん)に留(とど)む第四十三難(だいしじゅうさんなん)。
琵琶洞(びわどう)に苦(くるしみ)を受(う)く第四十四難(だいしじゅうよんなん)。
また心猿を貶す第四十五難(だいしじゅうごなん)。
獼猴(びこう)弁(べん)じ難し第四十六難(だいしじゅうろくなん)。
路(みち)火焰山(かえんざん)に阻(はば)まる第四十七難(だいしじゅうしちなん)。
芭蕉扇(ばしょうせん)を求(もと)め取(と)る第四十八難(だいしじゅうはちなん)。
魔王(まおう)を収め縛(ばく)す第四十九難(だいしじゅうきゅうなん)。
賽城(さいじょう)に塔(とう)を掃(は)く第五十難(だいごじゅうなん)。
宝(たから)を取りて僧(そう)を救(すく)う第五十一難(だいごじゅういちなん)。
棘林(きょくりん)に吟詠(ぎんえい)す第五十二難(だいごじゅうになん)。
小雷音(しょうらいおん)に難(なん)に遇(あ)う第五十三難(だいごじゅうさんなん)。
諸天神(しょてんじん)困(こん)に遭う第五十四難(だいごじゅうよんなん)。
稀柿衕(きしどう)に穢(けが)れ阻まる第五十五難(だいごじゅうごなん)。
朱紫国(しゅしこく)に医(い)を行(おこな)う第五十六難(だいごじゅうろくなん)。
疲癃(ひろう)を拯(すく)い救う第五十七難(だいごじゅうしちなん)。
妖(よう)を降して后(きさき)を取(と)る第五十八難(だいごじゅうはちなん)。
七情(しちじょう)迷没(めいぼつ)す第五十九難(だいごじゅうきゅうなん)。
多目(ため)傷(きず)に遭う第六十難(だいろくじゅうなん)。
路獅駝(しだ)に阻まる第六十一難(だいろくじゅういちなん)。
怪三色(さんしょく)に分(わか)る第六十二難(だいろくじゅうになん)。
城(まち)の裡(うち)に災(わざわい)に遇う第六十三難(だいろくじゅうさんなん)。
仏(ほとけ)を請(しょう)じて魔を収む第六十四難(だいろくじゅうよんなん)。
比丘(びく)に子(こ)を救う第六十五難(だいろくじゅうごなん)。
真邪(しんじゃ)を弁(べん)じ認(したた)む第六十六難(だいろくじゅうろくなん)。
松林(しょうりん)に怪を救う第六十七難(だいろくじゅうしちなん)。
僧房(そうぼう)に病(やまい)に臥(ふ)す第六十八難(だいろくじゅうはちなん)。
無底洞(むていどう)に困(こん)に遭う第六十九難(だいろくじゅうきゅうなん)。
滅法国(めっぽうこく)に難じて行(ゆ)く第七十難(だいななじゅうなん)。
隠霧山(いんむざん)に魔に遇う第七十一難(だいななじゅういちなん)。
鳳仙郡(ほうせんぐん)に雨(あめ)を求む第七十二難(だいななじゅうになん)。
兵器(へいき)を失(うしな)い落(おと)す第七十三難(だいななじゅうさんなん)。
会慶(かいけい)に釘鈀(ていは)を慶(よろこ)ぶ第七十四難(だいななじゅうよんなん)。
竹節山(ちくせつざん)に難に遭う第七十五難(だいななじゅうごなん)。
玄英洞(げんえいどう)に苦を受く第七十六難(だいななじゅうろくなん)。
犀牛(さいぎゅう)を趕(お)い捉(とら)う第七十七難(だいななじゅうしちなん)。
天竺(てんじく)に婚(こん)を招(まね)く第七十八難(だいななじゅうはちなん)。
銅台府(どうだいふ)に監禁(かんきん)さる第七十九難(だいななじゅうきゅうなん)。
凌雲渡(りょううんと)に胎(たい)を脱(だっ)す第八十難(だいはちじゅうなん)。
路十万八千里(じゅうまんはっせんり)を経(へ)たり。聖僧の難を歴(へ)しし簿(ぼ)、分明(ぶんめい)なり」
と。

菩薩難簿(なんぼ)の目(もく)を将(も)ちて一遍(ひとまわり)過(よ)ぎり、急(いそ)ぎ声(こえ)を伝(つた)えて道(いわ)く、
「仏門(ぶつもん)の中(うち)九九(くく)は真(しん)に帰(かえ)る。聖僧八十難(はちじゅうなん)を受けたり。なお一難(いちなん)を少(か)き、この数を完成(かんせい)するを得(え)ず」
と。すなわち掲諦(かいたい)に令(れい)して道(いわ)く、「金剛(こんごう)に趕(お)いつき、また一難(いちなん)を生(しょう)ぜよ」と。

この掲諦令(れい)を得(え)、雲(くも)に飛(と)び一駕(いちが)して東(ひがし)へ来(きた)る。一昼夜(いっちゅうや)にして八大金剛(はちだいこんごう)に趕いつき、耳(みみ)に附(つ)けて低(ひく)く言(い)いて道(いわ)く、「如此如此(かくかく)、謹みて菩薩の法旨を遵(したが)え、違誤(いご)あるを得ること莫(な)かれ」と。

八金剛(はちこんごう)この言(げん)を聞(き)くや、刷(さっ)と風(かぜ)を将(も)ちて按(おろ)し下(おろ)し、彼が四衆(ししゅ)を、馬(うま)と経(きょう)とに連(つら)ねて、墜落(ついらく)して地(ち)に下(くだ)らしむ。噫(ああ)!正(まさ)にこれ
九九真に帰るも道行(どうぎょう)難(かた)く、篤志(とくし)を堅持(けんじ)して玄関(げんかん)に立(た)つ。
必(かなら)ず苦(くるし)みて練(ね)りてこそ邪魔(じゃま)退(しりぞ)き、定(かなら)ず修持(しゅじ)してこそ正法(しょうぼう)還(かえ)る。
経章(きょうしょう)を把(と)りて容易(ようい)と当(あ)てる莫(な)かれ、聖僧の許多般(あまた)を過(よ)ぎるは難(かた)し。
古来(こらい)妙(みょう)に参同契(さんどうけい)に合(がっ)し、毫髪(ごうはつ)差殊(さしゅ)あれば丹(たん)を結(むす)ばず。
と。

三蔵(さんぞう)凡地(ぼんち)を脚(あし)に踏(ふ)みしに、自(おのずか)ら心(こころ)の驚(おどろ)くを覚(おぼ)ゆ。八戒(はっかい)呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して道(いわ)く、「好(よ)し!好し!好し!これ正(まさ)にこれ速(はや)からんと要(もと)めて却(かえ)って遅(おそ)きを得(う)るなり」と。沙僧(さそう)道(いわ)く、「好し!好し!好し!これ我らが行(あゆ)むこと些(いささ)か速(はや)かりしに因(よ)り、我らをしてここに在りて歇(やす)ましむるなり」と。大聖(たいせい)道(いわ)く、「俗語(ぞくご)に云(いわ)く、『十日(とおか)灘頭(たんとう)に坐(ざ)し、一日(いちじつ)に九灘(きゅうたん)を行(ゆ)く』と」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「汝(なんじ)ら三人(みたり)且(しばら)く嘴(くち)を闘(たたか)わすを休(や)め、方向(ほうこう)を認(したた)め、これが甚(なん)の地方(ちほう)なるを看(み)よ」と。

沙僧(さそう)頭(こうべ)を転(てん)じて四望(しぼう=見回す)して道(いわ)く、「是(こ)れここなり!是れここなり!師父(しふ)、汝(なんじ)水(みず)の響(ひび)くを聴(き)け」と。行者道(いわ)く、「水(みず)の響(ひび)くは、想(おも)うに汝が祖家(そこ=故郷)ならん」と。八戒道(いわ)く、「彼(かれ)が祖家(そこ)は乃(すなわ)ち流沙河(るさが)なり」と。沙僧道(いわ)く、「非(ひ)なり、非なり。これ通天河(つうてんが)なり」と。三蔵道(いわ)く、「徒弟(でし)や、仔細(つまびらか)にかの岸(きし)を看(み)よ」と。

行者(ぎょうじゃ)身(み)を縦(はな)ちて跳(と)び起(お)き、手(て)を用(もち)いて涼篷(りょうほう=日除け)を搭(か)し、仔細(つまびらか)に看(み)て、下(お)り来(きた)りて道(いわ)く、
「師父(しふ)、これ通天河(つうてんが)の西岸(せいがん)なり」
と。三蔵道(いわ)く、
「我(われ)記(おぼ)え起(お)こせり。東岸(とうがん)の辺(ほとり)に元(もと)一箇(ひとつ)の陳家荘(ちんかそう)有(あ)りき。かの年(とし)ここに到(いた)りしに、汝が彼(かれ)が児女(じじょ=子ども)を救(すく)いしに虧(よ)り、深(ふか)く我らを感(かん)じて、船(ふね)を造(つく)りて相送(おく)らんと要(もと)めしに、幸(さいわ)いに白黿(はくげん)の伏(ふ)し渡(わた)すところと為(な)れり。我(われ)記(おぼ)うるに西岸(せいがん)の上(うえ)は四(あた)りに人烟(じんえん)無(な)かりき。この番(たび)は如何(いかん)せん」
と。八戒道(いわ)く、
「只(た)だ凡人(ぼんじん)の常(つね)に作弊(さくへい)すると説(い)えりしに、元来(もと)この仏(ほとけ)の面前(めんぜん)の金剛(こんごう)までもまた作弊(さくへい)するを説(い)わんとは。彼仏旨(ぶっし)を奉(ほう)じて、我らを送(おく)りて東(ひがし)に回(かえ)らしむべきに、怎(いか)してこの半路(なかみち)に到(いた)りてすなわち我らを捨(す)て下(おろ)すや。如今(いま)豈(あ)に進退両難(しんたいりょうなん)ならずや!怎(いか)でか過(よ)ぎ去(さ)らん!」
と。沙僧道(いわ)く、
「二哥(にい)抱怨(ほうえん=恨み言)するを休(や)めよ。我が師父はすでに道(どう)を得(え)たもう。前(さき)に凌雲渡(りょううんと)に在りてすでに凡胎(ぼんたい)を脱(だっ)したれば、今番(こんたび)は断(だん)じて水に落(お)ちたまわず。師兄(しい)に汝と我とに皆(みな)摂法(せっぽう=運ぶ術)を作(な)し起(おこ)さしめ、師父を把(と)りて駕(が)し過(よ)ぎ去(さ)らしめよ」
と。行者(ぎょうじゃ)頻頻(ひんぴん)として暗(ひそ)かに笑(わら)いて道(いわ)く、「駕(が)し去(ゆ)かず!駕し去かず!」と。汝看(み)よ、彼怎(いか)してすなわち「駕し去かず」と説うや。もし肯(あえ)て神通(じんつう)を使(つか)い出(いだ)し、飛昇(ひしょう)の奥妙(おうみょう)を説(と)き破(やぶ)らば、師徒(してい)ら一千箇(いっせん)の河(かわ)にてもすなわち過ぎ去らん。只(た)だ心(こころ)の裡(うち)に明白(めいはく)なるに因(よ)るのみ、唐僧(とうそう)の九九(くく)の数(かず)いまだ完(まっと)うせず、なお一難(いちなん)の有(あ)るべきを該(あた)ると知(し)ればなり。故(ゆえ)にここに羈留(けいりゅう)せらる。

師徒(してい)ら口(くち)の裡(うち)に紛紛(ふんぷん)と講(い)い、足下(あしもと)に徐徐(おもむろ)に行(ゆ)き、直(ただち)に水辺(すいへん)に至(いた)る。忽然(たちまち)人(ひと)の叫(よばわ)るを聴(き)く、「唐聖僧(とうせいそう)、唐聖僧!この辺(へん)に来(こ)よ、この辺に来よ!」と。四衆(ししゅ)皆(みな)驚(おどろ)く。頭(こうべ)を挙(あ)げて観看(みわた)せば、四(あた)りに人迹(じんせき)無(な)く、また舟船(しゅうせん)も無きに、却(かえ)ってこれ一箇(ひとつ)の大(おお)いなる白頼頭黿(はくらいとうげん)の、岸(きし)の辺(ほとり)に在りて頭を探(のぞ)かせ出(いだ)して叫(よばわ)りて道(いわ)く、「老師父(ろうしふ)、我汝をこの幾年(いくとせ)等(ま)ちたりしに、却って才(ようや)く回(かえ)り来(きた)れるか」と。行者笑って道(いわ)く、「老黿(ろうげん)、向年(むかし)汝を累(わずらわ)せしに、今歳(ことし)また相逢(あいまみ)えるを得(え)たり」と。三蔵と八戒(はっかい)・沙僧都(みな)喜(よろこ)ぶこと尽(つ)きず。行者道(いわ)く、「老黿(ろうげん)、汝果(は)たして接待(せったい)の心有らば、岸に上(のぼ)り来(こ)よ」と。

かの黿(げん)すなわち身(み)を縦(はな)ちて河(かわ)を爬(はい)上(のぼ)り来る。行者馬(うま)を把(と)りて彼が身の上(うえ)に牽(ひ)き上(あ)げしめ、八戒なお馬(うま)の尾(お)の後(うしろ)に蹲(うずくま)り、唐僧(とうそう)馬の頸(くび)の左(ひだり)に立(た)ち、沙僧右(みぎ)に立(た)ち、行者一脚(いっきゃく)は老黿の項(うなじ)を踏(ふ)み、一脚(いっきゃく)は老黿の頭を踏みて叫(よばわ)りて道(いわ)く、
「老黿、好(よ)く生(つまびらか)に穩(やす)らかに行(あゆ)めよ」
と。かの老黿四足(しそく)を蹬(ふ)み開(あ)け、水面(すいめん)を踏むこと平地(へいち)を行くが如(ごと)く、彼が師徒四衆(ししゅ)を、馬を連(つら)ねて五口(いつこう=五つ)を、身の上に載(の)せ、径(ただち)に東岸(とうがん)に回りて来る。誠(まこと)にいわゆる
不二門(ふにもん)の中(うち)法(ほう)奥玄(おうげん)、諸魔(しょま)戦(おのの)き退(しりぞ)きて人天(にんでん)を識(し)る。
本来(ほんらい)の面目(めんもく)今(いま)方(はじ)めて見(み)え、一体(いったい)の原因(げんいん)始(はじ)めて全(まっと)うするを得(う)。
三乗(さんじょう)を秉(と)り証(あか)して出入(しゅつにゅう)に随(したが)い、丹(たん)九転(きゅうてん)して周旋(しゅうせん)に任(まか)す。
包(つつみ)を担(にな)い杖(つえ)を飛(と)ばすは通(つう)にして講(い)うを休め、幸(さいわ)いに元(げん)に還(かえ)りて老黿に遇(あ)う。
と。

老黿彼らを載(の)せて、波(なみ)を躧(ふ)み浪(なみ)を踏み、行くこと多半日(たはんじつ)を経(へ)、将(まさ)に天(てん)の晩(くら)れんとするに次(およ)び、好く東岸に近(ちか)づきしに、忽然(たちまち)問(と)いて曰(いわ)く、
「老師父(ろうしふ)、我向年(むかし)曾(かつ)て汝に央(たの)みて西方(せいほう)に到りて我(わ)が仏如来(にょらい)に見(まみ)え、我が為(ため)に帰着(きちゃく=落着)の事(こと)を問(と)い、なお幾許(いくばく)の年寿(ねんじゅ)の有るかを問わしめたりき。果(は)たして曾(かつ)て問いたもうや否(いな)や」
と。元来(もと)かの長老(ちょうろう)、西天(せいてん)の玉真観(ぎょくしんかん)に到りて沐浴(もくよく)し、凌雲渡(りょううんと)に胎(たい)を脱(だっ)し、霊山(れいざん)に步(あゆみ)上り、専(もっぱ)ら仏(ほとけ)を拝(おが)み、諸仏(しょぶつ)・菩薩(ぼさつ)・聖僧(しょうそう)等(ら)の衆(しゅう)に参(まい)るに心を専(もっぱ)らにし、意念(いねん=思い)只(た)だ経(きょう)を取(と)るに在(あ)りて、他事(たじ)は一毫(いちごう)も理(ことわ)らず。ここを以(も)って曾て老黿の年寿(ねんじゅ)を問い得ず、言(げん)の答(こた)うる可(べ)き無く、却ってまた敢(あえ)て欺(あざむ)き、誑語(おうご=嘘)を打(う)つこと能(あた)わず、半晌(はんしょう=しばらく)沈吟(ちんぎん=思い沈む)して、曾て答(こた)え応(おう)ぜざりき。

老黿すなわち曾て替(かわ)りて問わざりしを知(し)り、彼すなわち身を将(も)ちて一(ひと)と幌(ひるがえ)し、唿喇(こつらつ=ざんぶ)と水の裡に淬(つ)かり下(くだ)り去り、彼が四衆を馬と経(きょう)とに連(つら)ねて、通(ことごと)く皆水に落(お)とし入(い)れたり。咦(ああ)!還(かえ)って喜(よろこ)ぶべし、唐僧胎(たい)を脱し、道(どう)を成(な)したれば、もし前番(ぜんぱん=前の度)の似(ごと)くならば、すでに底(そこ)に沈(しず)めり。また幸いに白馬(はくば)は是(こ)れ龍(りゅう)なり、八戒・沙僧は水を善(よ)くし、行者笑巍巍(しょうぎぎ=にこにこ)として大神通(だいじんつう)を顕(あらわ)し、唐僧を把(と)りて水より扶(たす)け出し駕して、かの東岸に登(のぼ)らしむ。ただ経包(きょうほう)・衣服(いふく)・鞍轡(あんび=鞍と轡)倶(みな)濡(ぬ)れたり。

師徒方(はじ)めて岸に登(のぼ)りて整理(せいり)しおるに、忽(たちま)ちまた一陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)、天色(てんしょく)昏暗(こんあん)として、雷烟(らいてん=雷と電)倶(とも)に作(おこ)り、石(いし)を走(はし)らせ沙(すな)を飛(と)ばす。但(た)だ見(み)よ、かの
一陣(ひとむれ)の風(かぜ)、乾坤(けんこん=天地)を播蕩(はとう=揺り動か)し、
一声(ひとこえ)の雷(かみなり)、山川(さんせん)を振動(しんどう)さす。
一箇の閃(いなずま)、雲(くも)を鑽(うが)ちて火(ひ)を飛ばし、
一天(いってん)の霧(きり)、大地(だいち)を遮漫(しゃまん=覆い)う。
風気(ふうき)呼号(こごう=吠えたけ)び、雷声(らいせい)激烈(げきれつ)たり。
閃(いなずま)は紅綃(こうしょう=赤き絹)を掣(ひ)き、霧(きり)は星月(せいげつ)を迷(まよ)わす。
風(かぜ)の鼓(ふ)き起(おこ)すところの塵沙(じんさ=砂埃)面(おもて)を撲(う)ち、
雷(かみなり)に驚きし虎豹(こひょう)形(かたち)を蔵(かく)し、
閃に幌(ひるがえ)りし飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)叫(な)き噪(さわ)ぎ、
霧に漫(み)てられたる樹木(じゅもく)踪(あと)無し。
かの風の掻(か)き回(まわ)しつるは通天河の波浪(はろう)をして翻騰(ほんとう=逆巻き)せしめ、
かの雷の振(ふる)いしは通天河の魚龍(ぎょりゅう)をして胆(きも)を喪(うしな)わしめ、
かの閃の照(てら)ししは通天河をして徹底(てってい)に光明(こうみょう)ならしめ、
かの霧の盖(おお)いしは通天河の岸崖(がんがい)をして昏惨(こんさん)からしめたり。
好き風かな!山(やま)を頽(くず)し石(いし)を烈(さ)きて松篁(しょうこう=松と竹)倒(たお)る。
好き雷かな!蟄(ちっ)を驚かし人(ひと)を傷(そこな)いて威勢(いせい)豪(すぐ)れたり。
好き閃かな!天(てん)に流(なが)れ野(の)を照(てら)して金蛇(きんじゃ=金の蛇)走(はし)る。
好き霧かな!混混(こんこん)として空(くう)に漫(み)ちて九霄(きゅうしょう=大空)を蔽(おお)う。
と。唬(おどろ)かされたるかな三蔵経包(きょうほう)を按(おさ)え住(とど)め、沙僧経担(きょうたん)を圧(おさ)え住(とど)め、八戒白馬(はくば)を牽(ひ)き住め、行者却って両手(りょうて)に鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし起し、左右(そうゆう)に護持(ごじ)す。

元来(もと)かの風(かぜ)・霧(きり)・雷(かみなり)・閃(いなずま)は、乃(すなわ)ち些(いささ)かの陰魔(いんま=陰の魔)の号(さけび)を作(な)し、取(と)り得(え)しところの経(きょう)を奪(うば)わんと欲(ほっ)するなり。労攘(ろうじょう=騒ぎ)すること一夜(いちや)、直(ただち)に天明(てんめい)に到(いた)りて、却(かえ)って才(ようや)く止息(しそく=止み息む)。長老(ちょうろう)一身(いっしん)に水衣(すいい=濡れ衣)を着(き)け、戦兢兢(おののき)として道(いわ)く、「悟空(ごくう)、これ怎(いか)なる起(おこ)りぞ」と。行者(ぎょうじゃ)気(き)を呼呼(ここ)と吐(は)きて道(いわ)く、
「師父(しふ)、汝(なんじ)就裏(うちのわけ)を知(し)らず。我等(われら)汝(なんじ)を保護(ほご)してこの経(きょう)を取り獲(え)しは、乃(すなわ)ち天地造化(てんちぞうか)の功(こう)を奪(うば)うなり。以(も)って乾坤(けんこん)と並(なら)び久(ひさ)しく、日月(じつげつ)と同(とも)に明(あき)らかにして、寿(いのち)に長春(ちょうしゅん)を享(う)け、法身(ほっしん)朽(く)ちざるべし。ここを以(も)って天地(てんち)の容(い)れず、鬼神(きしん)の忌(い)むところと為(な)り、来(きた)りて暗(ひそ)かにこれを奪わんと欲(ほっ)するのみ。一(ひとつ)にはこの経は水(みず)に湿(ぬ)れ透(とお)りたればなり。二(ふたつ)には汝が正法身(しょうほっしん)の圧(おさ)え住(とど)むるに因(よ)り、雷(かみなり)轟(とどろ)くこと能(あた)わず、電(いなずま)照(てら)すこと能(あた)わず、霧(きり)迷(まよ)わすこと能わず。またこれ老孫(ろうそん)の鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、純陽(じゅんよう)の性(しょう)を使(つか)いて護持(ごじ)し住(とど)めたるに、天明(てんめい)に及(およ)びて陽気(ようき)また盛(さか)んなれば、ここを以って奪い去(さ)ること能わざるなり」
と。三蔵(さんぞう)・八戒(はっかい)・沙僧(さそう)方(はじ)めて才(ようや)く省悟(せいご=さとり)、各(おのおの)謝(しゃ)すること尽(つ)きず。

少頃(しばらく)にして太陽(たいよう)高(たか)く照(て)らせば、却(かえ)って経を高崖(こうがい=高き崖)の上(うえ)に移(うつ)し、包(つつみ)を開(ひら)いて晒晾(さいりょう=干す)。今(いま)に至(いた)るまでかの処(ところ)の晒経(さいきょう)の石(いし)なお存(そん)す。彼らまた衣鞋(いぐつ=衣と靴)を都(みな)崖(がけ)の旁(かたわら)に晒(ほ)し、立(た)つは立ち、坐(ざ)するは坐し、躍(おど)るは跳る。真(まこと)にこれ
一体(いったい)純陽(じゅんよう)にして陽(ひ)に向(むか)うを喜(よろこ)び、陰魔(いんま)敢(あえ)て強梁(きょうりょう=乱暴)を逞(たくま)しうせず。
須(かなら)ず知(し)れ水(みず)の勝(まさ)りて真経(しんきょう)の伏(ふく)するを、風(かぜ)・雷・閃(いなずま)・霧の光(ひかり)を怕(おそ)れず。
これ自(これ)より清平(せいへい)にして正覚(しょうがく)に帰(かえ)り、今(いま)従(よ)り安泰(あんたい)にして仙郷(せんきょう)に到(いた)る。
晒経石(さいきょうせき)の上(うえ)に踪迹(しょうせき=跡)を留(とど)め、千古(せんこ)に魔(ま)のこの方(ほう)に到る無(な)し。
と。

彼(かれ)が四衆(ししゅ)経本(きょうほん)を検看(けんかん)し、一一(ひとつひとつ)晒(ほ)しおるに、早(はや)くも幾箇(いくたり)かの打魚人(だぎょにん=漁師)の、河辺(かへん)を過(よ)ぎり来(きた)り、頭(こうべ)を挙(あ)げて見(み)るあり。内(うち)に認(したた)むる者(もの)有(あ)りて道(いわ)く、「老師父(ろうしふ)は是(こ)れ先年(せんねん)この河(かわ)を過(よ)ぎりて西天(せいてん)に経を取りに往(ゆ)きたもうしなならずや」と。八戒道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、正に是れ。汝らは那(いずこ)の人(ひと)ぞ、怎(いか)してか我らを認(したた)むる」と。漁人(ぎょじん)道(いわ)く、「我らは是(こ)れ陳家荘(ちんかそう)の上(かみ)の者(もの)なり」と。八戒道(いわ)く、「陳家荘(ちんかそう)此(ここ)を離(はな)るること多少(いかほど)の遠(とお)さか有(あ)る」と。漁人(ぎょじん)道(いわ)く、「この沖(みなと)を過ぎて南(みなみ)に二十里(にじゅうり)有れば、すなわちこれなり」と。八戒道く、
「師父(しふ)、我ら経を把(と)りて陳家荘の上(かみ)に搬(はこ)び往(ゆ)きて晒さん。彼(かれ)が那(かの)処(ところ)に住坐(じゅうざ=住まい)有り、また食(く)うを得(う)る有れば、彼が家(いえ)をして我らの為(ため)に衣服(いふく)を漿(のりつ)けしめんに、却って好(よ)からずや」
と。三蔵道(いわ)く、「往くを罷(や)めよ。ここに在りて晒し乾(ほ)さば、すなわち収拾(しゅうしゅう)して路(みち)を找(たず)ねて回(かえ)らん」と。

かの幾箇(いくたり)かの漁人南(みなみ)の沖(みなと)を過ぎり行(ゆ)くに、恰(あたか)も陳澄(ちんとう)に遇(あ)い、叫(よばわ)りて道(いわ)く、「二老官(にろうかん)、先年(せんねん)汝が家(いえ)に在りて児子(じし=子ども)に替(かわ)りて祭(まつ)られし老師父(ろうしふ)の回(かえ)り来れるぞ」と。陳澄(ちんとう)道(いわ)く、「汝那(いずこ)に在りてか見(み)し」と。漁人回りて指(ゆびさ)して道(いわ)く、「都(みな)かの石(いし)の上に在りて経を晒したもう」と。陳澄随(したが)いて幾箇かの佃戸(でんこ=小作人)を帯(たい)し、沖を過ぎり来りて望(のぞ)み見、跑(はし)り近(ちか)づき前(まえ)に跪(ひざまず)きて道(いわ)く、
「老爺(ろうや=旦那)経を取りて回り、功(こう)成(な)り行(ぎょう)満(み)ちたもうに、怎(いか)してか舎下(しゃか=お宅)に到らず、却ってここに在りて盤弄(ばんろう)したもうや。疾(と)く請(しょう)ず、疾く請じて舎(いえ)に到れ」
と。行者道(いわ)く、「経の晒し乾(ほ)さるるを等(ま)ちて、汝と去(ゆ)かん」と。陳澄また問(と)いて道(いわ)く、「老爺(ろうや)の経典(きょうてん)・衣物(いぶつ)は、如何(いか)してか濡(ぬ)れたる」と。三蔵道(いわ)く、
「昔年(むかし)白黿(はくげん)の西(にし)へ載(の)せ渡(わた)してくれしに虧(よ)り、今年(ことし)また彼が東(ひがし)へ馱せ渡してくれるを蒙(こうむ)れり。すでに岸(きし)に近(ちか)づきしに、彼に昔年(むかし)仏祖(ぶっそ)の寿年(じゅねん)を問(と)わんことを托(たく)せられし事(こと)を問われしに、我(われ)本(もと)曾(かつ)て問い得(え)ざりしを以って、彼遂(つい)に水の内(うち)に淬(つか)りたり。ここを以って濡(ぬ)れたるなり」
と。また前後(ぜんご)の事(こと)を将(も)ちて細(こま)かに一遍(ひとまわり)説(と)き聞(き)かす。

かの陳澄拝請(はいせい=請い拝む)すること甚(はなは)だ懇(ねんごろ)なれば、三蔵(さんぞう)已(や)むを得ず、遂(つい)に経巻(きょうかん)を収拾(しゅうしゅう)す。期(おも)わずや石の上に仏本行経(ぶつほんぎょうきょう)の幾巻(いくまき)かを把(と)りて沾(ねば)り住め、遂に経の尾(お)を沾(ねば)り破(やぶ)らしめたり。ここを以って今に至(いた)るまで本行経(ほんぎょうきょう)の全(まった)からざるは、晒経石(さいきょうせき)の上になお字迹(じせき)の有るが故(ゆえ)なり。

三蔵懊悔(おうかい=悔い嘆)いて道(いわ)く、「これ我らが怠慢(たいまん)にして、曾(かつ)て看顧(かんこ)し得ざりしなり!」と。行者笑って道(いわ)く、
「ここに在(あ)らず!ここに在らず!けだし天地(てんち)は全(まった)からず。この経は元(もと)これ全全(まったく)なりしが、今沾り破(やぶ)られたるは、乃(すなわ)ち不全(ふぜん)の奥妙(おうみょう)に応(おう)ずるなり。豈(あ)に人力(じんりき)の与(あずか)り能うところならんや!」
と。師徒(してい)ら果(は)たして収拾し畢(おわ)り、陳澄と同(とも)に荘(むら)に赴(おもむ)く。

かの荘(むら)の上の人家(じんか)、一箇(ひとり)は十(とお)に伝(つた)え、十箇(とお)は百(ひゃく)に伝え、百箇(ひゃく)は千(せん)に伝え、若(も)しは老(お)い若(も)しは幼(おさな)きも、都来りて接(むか)え看(み)る。陳清(ちんせい)聞(き)き説(い)うや、すなわち香案(こうあん=香の台)を門前(もんぜん)に擺(もう)けて迎迓(げいが=迎える)し、また鼓楽(こがく)を命(めい)じて吹(ふ)き打(う)たしむ。少頃(しばらく)にして到れば迎(むか)え入(い)れ、陳清(ちんせい)合家(がっか=一家)の人眷(じんけん=家族)を領(ひき)いて倶(みな)出(い)で来りて拝見(はいけん)し、昔日(むかし)女児(じょじ=娘)を救(すく)いし恩(おん)を拝謝(はいしゃ)し、随(したが)いて茶(ちゃ)を看(だ)し斎(とき)を擺(もう)けしむ。三蔵自(おのずか)ら仏祖(ぶっそ)の仙品(せんぴん)・仙肴(せんこう)を受(う)け、また凡胎(ぼんたい)を脱(だっ)して仏(ほとけ)と成(な)りたれば、全く凡間(ぼんかん)の食(しょく)を思(おも)わず。二老(にろう)苦(くる)しみ勧(すす)むるに、奈(いか)んともすべくなく、略(いささ)か彼が意(こころ)を見るのみ。孫大聖(そんたいせい)自(もと)より煙火食(えんかしょく)を食(くら)わざるが、また道(いわ)く、「彀(た)れり」と。沙僧(さそう)もまた甚(はなは)だ食(くら)わず、八戒(はっかい)もまた前番(ぜんぱん)の似(ごと)くならずして、すなわち碗(わん)を放下(おろ)す。行者道(いわ)く、「呆子(あほう)もまた食わざるか」と。八戒道く、「怎(いか)なるか、脾胃(ひい=胃腸)一時(ひととき)にしてすなわち弱(よわ)れり」と。

遂にこの斎筵(さいえん=斎の宴)を収(おさ)めしが、また取経(しゅきょう)の事を問う。三蔵また先(ま)ず玉真観(ぎょくしんかん)に至りて沐浴(もくよく)し、凌雲渡(りょううんと)に胎(たい)を脱(だっ)し、雷音寺(らいおんじ)に到りて如来(にょらい)に参(まい)り、珍楼(ちんろう)に賜宴(しえん)を蒙(こうむ)り、宝閣(ほうかく)に経を伝(つた)えられ、始(はじ)め二尊者(にそんじゃ)に人事(じんじ)を索(もと)められて遂(と)げず、故(ゆえ)に無字(むじ)の経を伝えられ、後(のち)また如来(にょらい)に拝(おが)み告(うった)えて、始(はじ)めて一蔵(いちぞう)の数(かず)を授(さず)けられしこと、並(なら)びに白黿(はくげん)の水に淬(つか)り、陰魔(いんま)の暗(ひそ)かに奪いし事を、細細(こまごま)と一遍(ひとまわり)陳(の)べ尽(つ)くし、すなわち拝別(はいべつ)せんと欲す。

かの二老(にろう)が挙家(きょか=一家)、怎(いか)でか肯(がえん)じて放(はな)たん。且(しばら)く道(いわ)く、
「向(さき)に児女(じじょ)を救拔(きゅうばつ)せられしを蒙り、深恩(しんおん)いまだ報(ほう)ずる莫(な)し。すでに一座(ひとつ)の院宇(いんう=寺院)を創建(そうけん)し、名(な)づけて救生寺(きゅうせいじ)と曰(い)い、専(もっぱ)ら香火(こうか=香と灯)を侍奉(じほう)して絶(た)ゆること無(な)からしむ」
と。また原(もと)祭(まつり)に替(かわ)りし児女(じじょ)なる陳関保(ちんかんぽう)・一秤金(いっしょうきん)を喚(よ)び出(いだ)して叩謝(こうしゃ)せしめ、復(ま)た請(しょう)じて寺(てら)に至りて観看(みわた)せしむ。三蔵却ってまた経包児(きょうほうじ)を彼が家の堂前(どうぜん)に収(おさ)め、彼が為(ため)に『宝常経(ほうじょうきょう)』一巻(いっかん)を念(ねん)じて与(あた)う。後(のち)寺(てら)の中(うち)に至れば、只(た)だ見る、陳家(ちんか)また饌(せん=供物)をここに設(もう)くるを。いまだ坐(ざ)せざるに、また一(ひと)の起(おこ)り有りて請じ、いまだ箸(はし)を挙(あ)げざるに、また一(ひと)の起り有りて請じ、絡繹(らくえき)として絶(た)えず、争(あらそ)いて手(て)に上(のぼ)らず。三蔵倶(みな)敢(あえ)て辞(じ)せず、略略(ほぼ)意(こころ)を見るのみ。

只(た)だ見る、かの一座(ひとつ)の寺果(は)たして蓋(おお)い得て斉整(せいせい=整い)なり。
山門(さんもん)紅粉(こうふん=紅の塗料)膩(あぶら)けきは、多く施主(せしゅ)の功に頼(よ)る。
一座の楼台(ろうだい)ここ従(よ)り立(た)ち、両廊(りょうろう)の房宇(ぼうう)今従り興(おこ)る。
朱紅(しゅこう)の隔扇(かくせん=襖)、七宝(しっぽう)玲瓏(れいろう)たり。
香気(こうき)雲漢(うんかん=天の川)に飄(ひるがえ)り、清光(せいこう)太空(たいくう)に満(み)つ。
幾株(いくしゅ)かの嫩柏(どんはく=若き柏)なお水を澆(そそ)がれ、数幹(すうかん)の喬松(きょうしょう)いまだ叢(むらがり)を結(むす)ばず。
活水(かっすい)前(まえ)に迎(むか)い、通天(つうてん)迭迭(じょうじょう)として波浪(はろう)を翻(ひるがえ)し、
高崖(こうがい)後(うしろ)に倚(よ)り、山脈(さんみゃく)重重(じゅうじゅう)として地龍(ちりゅう)に接(せっ)す。
と。三蔵看(み)畢(おわ)り、才(ようや)く高楼(こうろう)に上(のぼ)れば、楼(ろう)の上果たして彼が四衆(ししゅ)の象(すがた)を装塑(そうそ)したり。八戒これを見、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)いて道(いわ)く、「兄長(けいちょう=兄貴)の相児(すがた)は甚(はなは)だ象(に)たり」と。沙僧道(いわ)く、「二哥(にい)、汝のまた象(に)ること緊(した)し。ただ師父のまた忒(はなはだ)俊(うるわ)しきのみ」と。三蔵道く、「却って好(よ)し!却って好し!」と。遂に楼(ろう)を下(お)り来れば、下(しも)の前殿(ぜんでん)・後廊(こうろう)になお斎(とき)を擺けて候(ま)ち請ずる有り。

行者却って問いて道(いわ)く、「向日(むかし)の大王廟児(だいおうびょうじ)は如何(いかん)なれり」と。衆老(しゅうろう)道(いわ)く、「那(かの)廟(びょう)当年(とうねん)拆(こわ)されたり。老爺(ろうや)、この寺自(みずか)ら建立(こんりゅう)せられし後、年年(ねんねん)成熟(せいじゅく)し、歳歳(さいさい)豊登(ほうとう=豊作)にして、却ってこれ老爺の福庇(ふくひ=福の蔭)なり」と。行者笑って道(いわ)く、
「これ天(てん)の賜(たまもの)なるのみ、我らと何(なん)の与(かかわり)かあらん!ただただ我らが今従り去(さ)りし後、この一荘(ひとむら)の上の人家(じんか)を保(ほ)して、子孫(しそん)繁衍(はんえん)、六畜(りくちく)安生(あんせい)ならしめ、年年(ねんねん)風調(ととの)い雨(あめ)順(したが)い、歳歳(さいさい)雨(あめ)順(したが)い風調(ととの)わん」
と。衆等(しゅら)却って叩頭(こうとう)し拝謝(はいしゃ)す。只(た)だ見る、かの前前後後(ぜんぜんごご)に、更(さら)に果(くだもの)を献(けん)じ斎を献(けん)ずるの、限(かぎ)り無き人家有るを。八戒笑って道(いわ)く、
「我が蹭蹬(そうとう=不運)なるかな!かの時節(おり)食い得(う)べかりしに、却って人家の十請(じっせい)を連(つら)ねて請ずる無かりき。今日(こんにち)食うを得ざるに、却って一家(いっか)いまだ了(おわ)らざるに、また一家(いっか)なるなり」
と。彼が気(き)の満つるを饒(ゆる)すも、略(いささ)か手(て)を動(うご)かせばまた八、九盤(はちきゅうばん)の素食(そしょく)を食い過(す)ぎ、縦(たと)い胃(い)を傷(そこな)うもまた二、三十箇(にさんじゅっこ)の饅頭(まんじゅう)を食い、すでに皆(みな)尽(ことごと)く飽(あ)きたるに、また人(ひと)の来りて相邀(さそ)う有れば、三蔵道く、「弟子(でし)何(なん)の能(のう)かあらん、至愛(しあい)を感(かん)じ蒙る!今夕(こんゆう)暫(しばら)く停(とど)まり、明早(みょうそう=明朝)また領(う)けんことを望(のぞ)む」と。

時(とき)すでに深夜(しんや)なり。三蔵真経(しんきょう)を守(まも)り定(さだ)め、暫(しばら)くも離(はな)るるを敢てせず、すなわち楼の下(もと)に于(おい)て打坐(たざ=坐禅)して看守(かんしゅ)す。

三更(さんこう)に将(なんな)んとするに及(およ)び、三蔵悄悄(しのびやか)に叫(よ)んで道(いわ)く、
「悟空(ごくう)、ここの人家は、我らが道(どう)成り事完(おわ)りしを識(し)れり。古(いにしえ)より道(い)う、『真人(しんじん)は相(すがた)を露(あらわ)さず、相(すがた)を露(あらわ)さば真人(しんじん)に非(あら)ず』と。久(ひさ)しく淹(とど)まりて大事(だいじ)を失(うしな)わんことを恐(おそ)る」
と。行者道く、「師父の説(い)えるところ理(ことわり)有り。我らこの深夜(しんや)に趁(じゅん)じ、人皆(みな)熟睡(じゅくすい)するに、寂寂(じゃくじゃく=静か)として去らん」と。八戒却ってまた覚(さと)り知り、沙僧尽(ことごと)く自(おのずか)ら分明(ぶんめい)に、白馬(はくば)もまた意(い)を会(かい)す能う。遂にここに身(み)を起し、軽軽(かるがる)と馱垜(だだ=荷鞍)を挙げ上(あ)げ、担(に)を担(にな)い、廡廊(ぶろう)従り載(の)せ出(いだ)す。山門(さんもん)に到れば、只(た)だ見る、門(もん)の上に鎖(じょう)有るを。行者また一箇(ひとつ)の解鎖法(かいさほう)を使(つか)い、二門(にもん)・大門(だいもん)を開(あ)け、路(みち)を找(たず)ねて東(ひがし)を望みて去る。

只(た)だ聴(き)く、半空(なかぞら)の中(うち)に八大金剛(はちだいこんごう)の叫(よばわ)る有り、「逃(に)げ行(ゆ)く者、我に従(したが)いて来(こ)よ!」と。かの長老(ちょうろう)香風(こうふう)の蕩蕩(とうとう)たるを聞くや、空(くう)の中に起(た)つ。これ正(まさ)に
丹(たん)成りて本来(ほんらい)の面(おもて)を識(し)り、体(からだ)健(すこやか)にして如如(にょにょ)として主人(しゅじん)を拝(おが)む。
と。

畢竟(つい)に怎(いか)にしてか那(かの)唐王(とうおう)に見(まみ)えるを知らず。且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。