第一回 霊根(れいこん)育(はぐく)み孕(はら)みて源流(げんりゅう)流(なが)れ出で 心性(しんしょう)修持(しゅうじ)して大道(だいどう)生(しょう)ず 詩(し)に曰く、 混沌(こんとん)未(いま)だ分(わか)れざれば天地(てんち)乱(みだ)れ、茫茫渺渺(ぼうぼうびょうびょう)として人(ひと)の見る無し。 盤古(ばんこ)の鴻濛(こうもう)を破(やぶ)りてよりこの方(かた)、開闢(かいびゃく)茲(これ)より清濁(せいだく)辨(べん)ず。 群生(ぐんしょう)を覆載(ふくさい)して至仁(しじん)を仰(あお)ぎ、万物(ばんぶつ)を発明(はつめい)して皆善(ぜん)を成(な)す。 造化(ぞうか)会元(かいげん)の功(こう)を知らんと欲(ほっ)せば、須(かなら)ず『西遊釈厄伝(さいゆうしゃくやくでん)』を看(み)るべし。 と。 蓋(けだ)し聞く、天地(てんち)の数(かず)は、十二万九千六百(じゅうにまんきゅうせんろっぴゃく)歳(さい)を以(もっ)て一元(いちげん)と為す、と。この一元(いちげん)を分(わか)ちて十二会(じゅうにえ)と為すは、すなわち子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゅつ)・亥(がい)の十二支(じゅうにし)なり。毎会(まいえ)一万八百(いちまんはっぴゃく)歳(さい)に該(あた)る。且(しばら)く一日(いちじつ)に就(つ)きてこれを論(ろん)ぜよ。 子(ね)の時は陽気(ようき)を得、丑(うし)はすなわち鶏(にわとり)鳴(な)く。寅(とら)は未(いま)だ光(ひかり)を通(つう)ぜず、卯(う)はすなわち日出づ。辰(たつ)の時は食(しょく)の後、巳(み)はすなわち挨排(あいはい=順を追う)す。日は午(うま)にして天中(てんちゅう)に在り、未(ひつじ)はすなわち西(にし)に蹉(すべ)る。申(さる)の時は晡(ほ=夕暮れ)にして日は酉(とり)に落つ。戌(いぬ)は黄昏(たそがれ)にして、人(ひと)は亥(い)に定(さだ)まる。 大数(たいすう)に譬(たと)うるに、もし戌会(じゅつえ)の終(おわ)りに到(いた)らば、すなわち天地(てんち)昏蒙(こんもう)として万物(ばんぶつ)否(へい=塞が)る。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)を去(さ)りて、亥会(がいえ)の初(はじめ)に交(まじ)われば、すなわち黑暗(こくあん)に当(あ)たり、而(しか)して両間(りょうかん=天地の間)の人物(じんぶつ)俱(とも)に無し。故(ゆえ)に混沌(こんとん)と曰(い)う。又五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、亥会(がいえ)将(まさ)に終(おわ)らんとし、貞(てい)の下より元(げん)を起(おこ)し、子(し)の会(え)に近づきて、復(ま)た漸(ようや)く開明(かいめい)す。 邵康節(しょうこうせつ)曰く、 「冬至(とうじ)は子(し)の半(なかば)、天心(てんしん)改(あらた)め移(うつ)ること無し。 一陽(いちよう)初めて動(うご)く処、万物(ばんぶつ)未(いま)だ生(しょう)ぜざる時」 と。 ここに到(いた)りて、天(てん)始(はじ)めて根(ね)有り。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、正に子会(しえ)に当(あ)たり、軽清(けいせい)上騰(じょうとう)して、日(じつ)有り、月(げつ)有り、星(せい)有り、辰(しん)有り。日(じつ)・月(げつ)・星(せい)・辰(しん)をこれ四象(ししょう)と謂(い)う。故(ゆえ)に曰く、天(てん)は子(し)に開(ひら)く、と。 又五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)を経(へ)て、子会(しえ)将(まさ)に終(おわ)らんとし、丑(ちゅう)の会(え)に近づきて、漸(ようや)く堅実(けんじつ)なり。易(えき)に曰く、 「大いなるかな乾元(けんげん)、至(いた)れるかな坤元(こんげん)! 万物(ばんぶつ)資(と)りて生(しょう)じ、乃ち天(てん)に順(したが)いて承(う)く」 と。 ここに至(いた)りて、地(ち)始(はじ)めて凝結(ぎょうけつ)す。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、正に丑会(ちゅうえ)に当(あ)たり、重濁(じゅうだく)下凝(かぎょう)して、水有り、火有り、山有り、石有り、土(つち)有り。水(すい)・火(か)・山(さん)・石(せき)・土(ど)をこれ五形(ごぎょう)と謂(い)う。故(ゆえ)に曰く、地(ち)は丑(ちゅう)に闢(ひら)く、と。 又五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)を経(へ)て、丑会(ちゅうえ)終(おわ)りて寅会(いんえ)の初(はじめ)、万物(ばんぶつ)を発生(はっせい)す。暦(れき)に曰く、 「天気(てんき)下降(かこう)し、地気(ちき)上昇(じょうしょう)す。 天地(てんち)交合(こうごう)して、群物(ぐんぶつ)皆生(しょう)ず」 と。 ここに至(いた)りて、天(てん)清(きよ)く地(ち)爽(さわ)やかに、陰陽(いんよう)交合(こうごう)す。再(ふたた)び五千四百(ごせんよんひゃく)歳(さい)にして、正に寅会(いんえ)に当(あ)たり、人(ひと)を生(しょう)じ、獣(けもの)を生(しょう)じ、禽(とり)を生(しょう)ず。正に天地人(てんちじん)を謂(い)い、三才(さんさい)定位(ていい)す。故(ゆえ)に曰く、人(ひと)は寅(いん)に生(しょう)ず、と。 盤古(ばんこ)の開闢(かいびゃく)を感(かん)じ、三皇(さんこう)世(よ)を治(おさ)め、五帝(ごてい)倫(りん)を定(さだ)めて、世界(せかい)の間(あいだ)、遂(つい)に分(わか)れて四大部洲(しだいぶしゅう)と為る。曰く東勝神洲(とうしょうしんしゅう)、曰く西牛賀洲(さいごがしゅう)、曰く南贍部洲(なんせんぶしゅう)、曰く北倶蘆洲(ほっくるしゅう)。この書(しょ)は単(ひとえ)に東勝神洲(とうしょうしんしゅう)を表(あらわ)す。 海外(かいがい)に一つの国土(こくど)有り、名(な)を傲来国(ごうらいこく)と曰(い)う。国(くに)大海(たいかい)に近く、海中(かいちゅう)に一座(ひとつ)の山有り、喚(よ)んで花果山(かかざん)と為す。この山は乃ち十洲(じっしゅう)の祖脈(そみゃく)、三島(さんとう)の来龍(らいりゅう)にして、清濁(せいだく)を開(ひら)きてより立(た)ち、鴻濛(こうもう)判(わか)れて後に成(な)る。真に個(こ)の好き山かな!詞賦(しふ)有りて証(あかし)と為す。賦(ふ)に曰く、 勢(いきおい)は汪洋(おうよう)を鎮(しず)め、威(い)は瑤海(ようかい)を寧(やす)んず。 勢(いきおい)汪洋(おうよう)を鎮(しず)むれば、潮(しお)涌(わ)きて銀山(ぎんざん)魚(うお)穴(あな)に入る。 威(い)瑤海(ようかい)を寧(やす)んずれば、波(なみ)翻(ひるがえ)りて雪浪(せつろう)蜃(しん)淵(ふち)を離(はな)る。 木火方隅(ぼくかほうぐう)高く積(つ)み上(あ)げ、東海(とうかい)の処崇巓(すうてん)聳(そび)ゆ。 丹崖(たんがい)怪石(かいせき)、削壁(さくへき)奇峰(きほう)。 丹崖(たんがい)の上、彩鳳(さいほう)双(ふた)つ鳴(な)き、削壁(さくへき)の前、麒麟(きりん)独(ひと)り臥(ふ)す。 峰頭(ほうとう)時に錦鶏(きんけい)の鳴(な)くを聴き、石窟(せっくつ)毎(つね)に龍(りゅう)の出入(しゅつにゅう)するを観(み)る。 林中(りんちゅう)に寿鹿(じゅろく)仙狐(せんこ)有り、樹上(じゅじょう)に霊禽(れいきん)玄鶴(げんかく)有り。 瑤草(ようそう)奇花(きか)謝(しゃ)せず、青松(せいしょう)翠柏(すいはく)長(とこしな)えに春(はる)なり。 仙桃(せんとう)常(つね)に結果(けっか)し、修竹(しゅうちく)毎(つね)に雲(くも)を留(とど)む。 一條(ひとすじ)の澗壑(かんがく)藤蘿(とうら)密(みつ)に、四面(しめん)の原堤(げんてい)草色(そうしょく)新なり。 正にこれ百川(ひゃくせん)の会(あい)する処の擎天柱(けいてんちゅう)、万劫(ばんごう)移(うつ)る無き大地(だいち)の根(ね)。 と。 かの山、正に頂上(ちょうじょう)に当(あ)たる処に、一塊(ひとかたまり)の仙石(せんせき)有り。その石三丈六尺五寸(さんじょうろくしゃくごすん)の高さ有り、二丈四尺(にじょうよんしゃく)の囲(まわ)り有り。三丈六尺五寸(さんじょうろくしゃくごすん)の高さは、周天(しゅうてん)三百六十五度(さんびゃくろくじゅうごど)に按(あん)じ、二丈四尺(にじょうよんしゃく)の囲(まわ)りは、政暦(せいれき)二十四気(にじゅうしき)に按(あん)ず。上に九竅八孔(きゅうきょうはっこう)有るは、九宮八卦(きゅうきゅうはっけ)に按(あん)ず。四面(しめん)に更(さら)に樹木(じゅもく)の蔭(かげ)を遮(さえぎ)る無く、左右(さゆう)に却って芝蘭(しらん)の相(あい)襯(そ)うる有り。 蓋(けだ)し開闢(かいびゃく)より以来(このかた)、毎(つね)に天真(てんしん)地秀(ちしゅう)、日精(にっせい)月華(げっか)を受(う)け、これを感(かん)ずること既(すで)に久(ひさ)しく、遂(つい)に霊通(れいつう)の意(こころ)有り。内(うち)に仙胞(せんぽう)を育(はぐく)み、一日(あるひ)迸(ほとばし)り裂(さ)けて、一つの石卵(せきらん)を産(さん)ず、円球(えんきゅう)の様(さま)の大いさに似(に)たり。風に見(あ)うるに因(よ)りて、化(け)して一個(ひとつ)の石猴(せっこう)と作(な)り、五官(ごかん)俱(とも)に備(そな)わり、四肢(しし)皆全(まった)し。すなわち便(すなわ)ち爬(は)うことを学(まな)び走(はし)ることを学(まな)び、四方(しほう)を拝(おが)めり。目(め)に両道(ふたすじ)の金光(きんこう)を運(めぐ)らし、射(い)て斗府(とふ=星宿の府)を衝(つ)く。 高天(こうてん)の上聖(じょうせい)大慈仁者(だいじにんじゃ)玉皇大天尊(ぎょっこうだいてんそん)玄穹高上帝(げんきゅうこうじょうてい)を驚(おどろ)かし、金闕雲宮(きんけつうんきゅう)霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に駕座(がざ)して仙卿(せんけい)を集(あつ)めたもうに、金光(きんこう)の焰焰(えんえん)たる有るを見、すなわち千里眼(せんりがん)・順風耳(じゅんぷうじ)に命(めい)じて南天門(なんてんもん)を開(ひら)きて観看(みわた)せしめたもう。二将(にしょう)果して旨(むね)を奉(ほう)じて門外(もんがい)に出で、看(み)ること真(しん)に、聴くこと明(あき)らかなり。須臾(しばらく)して回(かえ)り報(ほう)じて言う、 「臣(しん)、旨(むね)を奉(ほう)じて金光(きんこう)の処を観(み)聴(ちょう)するに、乃ち東勝神洲(とうしょうしんしゅう)海東(かいとう)傲来(ごうらい)小国(しょうこく)の界(さかい)に、一座(ひとつ)の花果山(かかざん)有り。山上(さんじょう)に一つの仙石(せんせき)有り、石一卵(ひとつ)を産(さん)じ、風に見(あ)いて一つの石猴(せっこう)と化(け)し、かの処に在りて四方(しほう)を拝(おが)み、眼(め)に金光(きんこう)を運(めぐ)らして斗府(とふ)を射衝(いしょう)す。如今水食(すいしょく)を服餌(ふくじ=飲み食い)すれば、金光(きんこう)将(まさ)に潜(ひそ)み息(や)まんとす」 と。玉帝(ぎょくてい)恩慈(おんじ)を垂(た)れ賜(たま)いて曰く、 「下方(かほう)の物(もの)は、乃ち天地(てんち)の精華(せいか)の生(しょう)ずるところ、異(い)と為すに足(た)らず」 と。 かの猴(さる)、山中(さんちゅう)に在りて、却って能(よ)く行走(いき)跳跃(おどり)、草木(そうもく)を食(くら)い、澗泉(かんせん)を飲み、山花(さんか)を採(と)り、樹果(じゅか)を覓(もと)む。狼虫(ろうちゅう)を伴(とも)と為し、虎豹(こひょう)を群(むれ)と為し、獐鹿(しょうろく)を友(とも)と為し、獼猿(みえん)を親(したしみ)と為す。夜(よる)は石崖(せきがい)の下に宿り、朝(あした)は峰洞(ほうどう)の中に遊(あそ)ぶ。真にこれ、 「山中(さんちゅう)に甲子(かっし=暦日)無く、寒(かん)尽(つ)きて年(とし)を知らず」 と。 一朝(あるあさ)天気(てんき)炎熱(えんねつ)にして、群猴(ぐんこう)と共(とも)に暑(あつさ)を避(さ)け、皆松陰(しょういん)の下に在りて戯(たわむ)れ耍(あそ)ぶ。汝看(み)よ、彼(か)れらが一箇一箇(おのおの)の、 樹(き)を跳び枝(えだ)を攀(よ)じ、花を採(と)り果(み)を覓(もと)め、 弾子(だんす=つぶて)を抛(なげ)う ち、邷么児(わようじ=子供の遊び)を為し、 沙窩(さか=砂場)を跑(はし)り、宝塔(ほうとう)を砌(きず)き、 蜻蜓(とんぼ)を趕(お)い、虫(むし)を撲(う)ち、 老天(ろうてん)を参(はい)し、菩薩(ぼさつ)を拝(おが)み、 葛藤(かっとう)を扯(ひ)き、草帓(そうばつ=藁の頭巾)を編(あ)み、 虱子(しらみ)を捉(と)らえ、咬(か)み又掐(つね)り、 毛衣(もうい=毛並み)を理(ととの)え、指甲(つめ)を剔(せい)し、 挨(よ)るは挨(よ)り、擦(こす)るは擦(こす)り、 推(お)すは推(お)し、圧(おさ)えるは圧(おさ)え、 扯(ひ)くは扯(ひ)き、拉(たぐ)るは拉(たぐ)る。 青松(せいしょう)の林下(りんか)に彼をして任(まま)に戯(たわむ)れしめ、緑水(りょくすい)の澗辺(かんべん)に随(したが)いて洗濯(せんたく)す。 と。 一群(ひとむれ)の猴子(こうじ)、一会(ひととき)耍(あそ)びて、却ってかの山澗(さんかん)の中に往きて洗澡(からだをあら)う。かの股(ひとすじ)の澗水(かんすい)の奔流(ほんりゅう)するを見るに、真に個(こ)の滚瓜(こんか=転がる瓜)の涌(わ)き濺(はね)るに似(に)たり。古(いにしえ)に云(いわ)く、 「禽(とり)に禽言(きんげん)有り、獣(けもの)に獣語(じゅうご)有り」 と。 衆猴(しゅうこう)皆道(いわ)く、 「この股(ひとすじ)の水は知らずいずこの水なる。我ら今日(こんにち)閑(ひま)に趁(じゅん)じて事(こと)無きに、澗辺(かんべん)に順(したが)い上(のぼ)りて溜頭(りゅうとう=上流)に源流(げんりゅう)を尋ね看(み)、耍子(たわむれ)に往かんかな!」 と。一声(ひとこえ)喊(さけ)べば、皆男(お)を拖(ひ)き女(むすめ)を挈(たずさ)え、弟を呼(よ)び兄(あに)を呼(よ)び、一斉(いっせい)に跑(はし)り来り、澗(たに)に順(したが)いて山を爬(よ)じ、直(ただち)に源流(げんりゅう)の処に至(いた)れば、乃ちこれ一股(ひとすじ)の瀑布飛泉(ばくふひせん)なり。ただ見よ、かの、 一派(ひとは)の白虹(はくこう)起こり、千尋(せんじん)の雪浪(せつろう)飛ぶ。 海風(かいふう)吹(ふ)けども断(た)ゆること無く、江月(こうげつ)照(て)らして還(ま)た依(よ)る。 冷気(れいき)青嶂(せいしょう)を分(わか)ち、余流(よりゅう)翠微(すいび)を潤(うるお)す。 潺湲(せんかん)として瀑布(ばくふ)と名(な)づけ、真に帘帷(れんい=垂れ幕)を掛(か)くるに似(に)たり。 と。 衆猴(しゅうこう)手(て)を拍(う)って称揚(しょうよう)して道(いわ)く、 「好き水かな!好き水かな!元来(もと)この処遠く山脚(さんきゃく)の下に通(つう)じ、直(ただ)ちに大海(たいかい)の波(なみ)に接(せつ)す」 と。又道(いわ)く、 「あの箇(ひと)にして本事(ほんじ=腕)有り、潜(くぐ)り入りて箇(ひと)つの源頭(げんとう)を尋ね出だし、身体(しんたい)を傷(そこな)わざる者あらば、我等(われら)すなわち彼を拝(はい)して王と為さん」 と。連(つづ)けて三声(みこえ)呼(よ)ばわるに、忽然(たちまち)叢雑(そうざつ=茂み)の中より一名(ひとり)の石猴(せっこう)の跳び出づるを見るや、声(こえ)に応(こた)えて高く叫んで道(いわ)く、 「我進(い)らん!我進(い)らん!」 と。好き猴(さる)かな、またこれ彼の、 今日(こんにち)芳名(ほうめい)顕(あらわ)れ、時来って大運(たいうん)通(つう)ず。 縁(えん)有りてこの地(ち)に居(お)り、王遣(つかわ)されて仙宮(せんきゅう)に入る。 と。 汝看(み)よ、彼は目(め)を瞑(つぶ)り身(み)を蹲(うずくま)らせ、身(み)を一縦(ひとおどり)さして、径(ただち)に瀑布泉(ばくふせん)の中に跳び入る。忽然(たちまち)睛(ひとみ)を睜(みは)り頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、かの裡(うち)却って水無く波(なみ)無く、明明朗朗(めいめいろうろう)として一架(ひとつ)の橋梁(きょうりょう)有り。彼身(み)を住(とど)め、神(こころ)を定(さだ)め、仔細(つまびらか)に再(ふたた)び看(み)れば、元来(もと)これ一座(ひとつ)の鉄板橋(てっぱんきょう)なり。橋下(きょうか)の水、石竅(せっきょう=岩の穴)の間(あいだ)を衝(つ)き貫(つらぬ)き、倒(さかさま)に掛(かか)りて流(なが)れ出で、橋門(きょうもん)を遮(さえぎ)り閉(とざ)せり。却って又身(み)を欠(かが)めて橋頭(きょうとう)に上(のぼ)り、再(ふたた)び走(ゆ)き再(ふたた)び看(み)れば、却って人家(じんか)の住処(すみか)有る一般(ごと)く、真に個(こ)の好き所在(ところ)かな。ただ見よ、かの、 翠蘚(すいせん)藍(あい)を堆(うずたか)くし、白雲(はくうん)玉(ぎょく)を浮(うか)べ、光(ひかり)片片(へんぺん)の烟霞(えんか)を揺(ゆ)る。 虚窗(きょそう)静室(せいしつ)、滑凳(かつとう)板(いた)花を生(しょう)ず。 乳窟(にゅうくつ)龍珠(りゅうじゅ)倚(よ)り掛(かか)り、縈回(えいかい)として満地(まんち)奇葩(きは)。 鍋竈(かそう)崖(がけ)に傍(そばだ)ちて火迹(かせき)存(そん)し、樽罍(そんらい=酒器)案(あん)に靠(よ)りて肴渣(こうさ=料理の残り)見ゆ。 石座(せきざ)石床(せきしょう)真に愛(あい)すべく、石盆(せきぼん)石碗(せきわん)更(さら)に誇(ほこ)るに堪(た)えたり。 又見よ、あの一竿(ひとさお)両竿(ふたさお)の修竹(しゅうちく)、三点(みつ)五点(いつつ)の梅花(ばいか)。 幾樹(いくじゅ)かの青松(せいしょう)常(つね)に雨を帯(お)び、渾然(こんぜん)として人家(じんか)に像(に)たり。 と。 看(み)ること多時(しばらく)にして、橋(はし)の中間(ちゅうかん)を跳び過ぎ、左右(さゆう)を観看(みわた)せば、ただ正に当中(まなか)に一つの石碣(せっけつ)有るを見る。碣(けつ)の上に一行(ひとくだり)の楷書(かいしょ)の大字(だいじ)有り、鐫(きざ)みて、 「花果山(かかざん)福地(ふくち)、水簾洞(すいれんどう)洞天(どうてん)」 と著(しる)せり。石猴(せっこう)喜(よろこ)び自(おの)ずから勝(た)えず、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて外へ便(すなわ)ち走(ゆ)き、復(ま)た目(め)を瞑(つぶ)り身(み)を蹲(うずくま)らせ、水外(すいがい)に跳び出で、両箇(ふたつ)の呵呵(かか=笑い声)を打ちて道(いわ)く、 「大造化(だいぞうか=大幸運)!大造化(だいぞうか)!」 と。衆猴(しゅうこう)彼を把(と)りて囲(かこ)み住(とど)め、問うて道(いわ)く、 「裡(うち)はいかがか。水の深さどれほどか」 と。石猴(せっこう)道(いわ)く、 「水無し!水無し!元来(もと)これ一座(ひとつ)の鉄板橋(てっぱんきょう)なり。橋(はし)の彼方(かなた)はこれ一座(ひとつ)の天造地設(てんぞうちせつ)の家当(かとう=家財)なり」 と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、 「いかにしてか箇(ひと)の家当(かとう)と見えん」 と。石猴(せっこう)笑って道(いわ)く、 「この股(ひとすじ)の水は、乃ち橋下(きょうか)より石橋(せっきょう)を衝(つ)き貫(つらぬ)き、倒(さかさま)に掛(かか)り下(くだ)りて来り、門戸(もんこ)を遮(さえぎ)り閉(とざ)するなり。橋辺(きょうへん)に花有り樹(き)有り、乃ちこれ一座(ひとつ)の石房(せきぼう)なり。房内(ぼうない)に石窩(せきか)・石竈(せきそう)・石碗(せきわん)・石盆(せきぼん)・石床(せきしょう)・石凳(せきとう)有り。中間(ちゅうかん)に一塊(ひとかたまり)の石碣(せっけつ)有りて、『花果山(かかざん)福地(ふくち)、水簾洞(すいれんどう)洞天(どうてん)』と鐫(きざ)めり。真に個(こ)にこれ我らの安身(あんしん)の処なり。裡(うち)且(か)つこれ寛闊(かんかつ=広々)として、千百口(せんびゃくこう)の老小(ろうしょう=老少)を容(い)るるを得(う)。我ら皆進(い)り住まば、老天(ろうてん)の気(き)を受(う)くるを省(はぶ)かん。この裡(うち)は、 風刮(ふ)けば処有りて隠(かく)れ、雨降(ふ)れば好く身(み)を存(たも)つ。 霜雪(そうせつ)全(まった)く懼(おそ)れ無く、雷声(らいせい)永(とこしな)えに聞こえず。 烟霞(えんか)常(つね)に照耀(しょうよう)し、祥瑞(しょうずい)毎(つね)に蒸薫(じょうくん)す。 松竹(しょうちく)年(とし)ごとに秀(ひい)で、奇花(きか)日ごとに新なり」 と。 衆猴(しゅうこう)これを聴きて、箇箇(おのおの)歓喜(かんぎ)す。皆道(いわ)く、 「汝還(また)先(ま)ず走(ゆ)き、我らを帯(みちび)きて進(い)らん、進(い)らん!」 と。石猴(せっこう)却又(かえって)目(め)を瞑(つぶ)り身(み)を蹲(うずくま)らせ、裡(うち)へ一跳(ひとおどり)し、叫んで道(いわ)く、 「皆我に随(したが)いて進(い)れ!進(い)れ!」 と。あの猴(さる)ら、胆(きも)の大ききは、皆跳(と)び入(はい)り了(おわ)んぬ。胆(きも)の小さきは、一箇一箇(めいめい)頭(こうべ)を伸(の)べ頸(くび)を縮(ちぢ)め、耳(みみ)を抓(か)き腮(ほお)を撓(か)き、大声(たいせい)に叫び喊(わめ)き、一会(ひととき)纏(まと)うて、皆も亦(ま)た進(い)り了(おわ)んぬ。 橋頭(きょうとう)を跳び過ぎて、一箇一箇(おのおの)盆(ぼん)を搶(あらそ)い碗(わん)を奪(うば)い、竈(かまど)を占(し)め床(とこ)を争(あらそ)い、搬(はこ)び過(きた)り、移(うつ)し去(さ)る。正にこれ猴性(こうせい=猿の性)の頑劣(がんれつ=手に負えぬ)にして、再(ふたた)び一箇(ひとり)の寧(やす)らかなる時無く、ただ搬(はこ)び得て力倦(ちからつか)れ神疲(こころつか)れて方(はじ)めて止(や)む。石猴(せっこう)端(ただ)しく上面(じょうめん)に坐して道(いわ)く、 「列位(れっい=皆の衆)や、『人(ひと)にして信(しん)無からば、其(そ)の可(か)なるを知らず』と。汝ら才(いま)しがた、本事(ほんじ)有りて進(い)り得、出で得(ゆ)き、身体(しんたい)を傷(そこな)わざる者あらば、すなわち彼を拝(はい)して王と為さんと説(い)えり。我如今進(い)りて又出で、出でて又進(い)り、この一箇(ひとつ)の洞天(どうてん)を尋ね得て列位(れっい)と安眠(あんみん)穩睡(おんすい)し、各(おのおの)成家(せいか)の福(ふく)を享(う)けんに、何(なん)ぞ我を拝(はい)して王と為さざるか」 と。衆猴(しゅうこう)これを聴きて、すなわち拱伏(きょうふく=うやうやしく伏す)して違(たが)うこと無し。一箇一箇(めいめい)歯(よわい)を序(つい)で班(つらね)を排(なら)べ、上に朝(むか)いて礼拜(らいはい)し、皆「千歳大王(せんざいだいおう)」と称(しょう)す。これ自(よ)り、石猴(せっこう)高く王位(おうい)に登(のぼ)り、「石(せき)」の字(じ)を隠(かく)し、遂(つい)に美猴王(びこうおう)と称(しょう)す。詩(し)有りて証(あかし)と為す。詩(し)に曰く、 三陽(さんよう)交泰(こうたい)して群生(ぐんしょう)を産(さん)じ、仙石(せんせき)の胞(ほう)に日月(じつげつ)の精(せい)を含(ふく)む。 卵(らん)を借(か)りて猴(さる)と化(け)し大道(だいどう)を完(まっと)うし、他(た)の名姓(めいせい)を仮(か)りて丹成(たんせい)に配(はい)す。 内観(ないかん)して識(し)らざるは相(そう)無きに因(よ)り、外合(がいごう)して明(あき)らかに知るは形(かたち)有るを作(な)す。 歴代(れきだい)人人(ひとびと)皆これに属(ぞく)し、王と称(しょう)じ聖(せい)と称(しょう)じて縦横(じゅうおう)に任す。 と。 美猴王(びこうおう)、一群(ひとむれ)の猿猴(えんこう)・獼猴(みこう)・馬猴(ばこう)等(ら)を領(ひき)い、君臣(くんしん)佐使(さし=補佐)を分派(ぶんぱ)し、朝(あした)には花果山(かかざん)に遊(あそ)び、暮(ゆうべ)には水簾洞(すいれんどう)に宿り、契(ちぎり)を合(がっ)し情(じょう)を同(おなじ)くし、飛鳥(ひちょう)の叢(むら)に入らず、走獣(そうじゅう)の類(たぐい)に従(したが)わず、独(ひと)り自(みずか)ら王と為りて、歓楽(かんらく)に勝(た)えず。これを以(もっ)て、 春(はる)は百花(ひゃっか)を採(と)りて飲食(いんしょく)と為し、 夏(なつ)は諸果(しょか)を尋ねて生涯(しょうがい)と作(な)す。 秋(あき)は芋栗(うりつ)を収(おさ)めて時節(じせつ)を延(の)べ、 冬(ふゆ)は黄精(おうせい)を覓(もと)めて歳華(さいか=年月)を度(わた)る。 と。 美猴王(びこうおう)天真(てんしん)の楽(たのしみ)を享(う)くること、何期(およそ)三五百載(さんごひゃくさい)有り。一日(あるひ)、群猴(ぐんこう)と喜宴(きえん)の間(あいだ)に在りて、忽然(たちまち)憂(うれ)い悩(なや)み、涙(なみだ)を堕(おと)し来る。衆猴(しゅうこう)慌(あわ)てて羅拜(らはい=列んで拝す)して道(いわ)く、 「大王(だいおう)、何為(なんす)れぞ煩悩(はんのう)したもうか」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「我歓喜(かんき)の時に在りといえども、却って一點(ひとしずく)の遠慮(えんりょ)有り。此を以(もっ)て煩悩(はんのう)す」 と。衆猴(しゅうこう)又笑って道(いわ)く、 「大王(だいおう)好くも足(た)るを知らざるかな!我等(われら)日々(ひび)歓会(かんかい)し、仙山(せんざん)福地(ふくち)、古洞(こどう)神州(しんしゅう)に在りて、麒麟(きりん)の轄(かつ=支配)に伏せず、鳳凰(ほうおう)の管(かん)に伏せず、又人間(にんげん)の王位(おうい)の拘束(こうそく)する所(ところ)に伏せず、自由自在(じゆうじざい)にして、乃ちこれ無量(むりょう)の福(ふく)なるに、何(なん)の遠慮(えんりょ)有りてか憂(うれ)うるや」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「今日(こんにち)人王(じんのう)の法律(ほうりつ)に帰(き)せず、禽獣(きんじゅう)の威服(いふく)を懼(おそ)れずといえども、将来(しょうらい)年老(としお)い血衰(ちおとろ)えて、暗中(あんちゅう)に閻王老子(えんおうろうし)の管(かん)する所(ところ)有り、一旦(いったん)身亡(みほろ)びなば、あに枉(むな)しく世界(せかい)の中に生(しょう)じ、天人(てんにん)の内(うち)に久(ひさ)しく住(じゅう)することを得ざらんや」 と。衆猴(しゅうこう)この言(げん)を聞き、一箇一箇(めいめい)面(かお)を掩(おお)うて悲啼(ひてい=嘆き泣き)、俱(とも)に無常(むじょう)を以(もっ)て慮(おもんばか)りと為す。 ただ見よ、かの班部(はんぶ=列座)の中より、忽然(たちまち)一箇(ひとり)の通背猿猴(つうはいえんこう)跳び出で、声(こえ)を厲(はげ)しくして高く叫んで道(いわ)く、 「大王(だいおう)もしこの般(ごと)き遠慮(えんりょ)有らば、真に所謂(いわゆる)道心(どうしん)開発(かいはつ)なり!如今五虫(ごちゅう=すべての生類)の内(うち)に、惟(た)だ三等(さんとう)の名色(みょうしき=種別)有りて、閻王老子(えんおうろうし)の管(かん)する所(ところ)に伏せず」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「汝あの三等(さんとう)の人(ひと)を知れるか」 と。猿猴(えんこう)道(いわ)く、 「乃ちこれ仏(ほとけ)と仙(せん)と神聖(しんせい)の三者(さんしゃ)にして、輪廻(りんね)を逃(のが)れ、不生不滅(ふしょうふめつ)、天地(てんち)山川(さんせん)と寿(いのち)を斉(ひと)しくす」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「この三者(さんしゃ)はいずこに居(お)るや」 と。猿猴(えんこう)道(いわ)く、 「彼らただ閻浮世界(えんぷせかい)の中、古洞(こどう)仙山(せんざん)の内(うち)に在り」 と。猴王(こうおう)これを聞き、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)し、道(いわ)く、 「我明日(あす)すなわち汝等(なんじら)に辞(じ)して山を下(くだ)り、海角(かいかく=海の果て)を雲遊(うんゆう)し、天涯(てんがい)を遠く渉(わた)り、必(かなら)ずこの三者(さんしゃ)を訪ね、箇(ひと)つの不老長生(ふろうちょうせい)を学(まな)びて、常(つね)に閻君(えんくん)の難(なん)を逃(のが)れん」 と。噫(ああ)!この一句(ひとこと)、頓(とみ)に輪廻(りんね)の網(あみ)を跳び出でしめ、遂(つい)に斉天大聖(せいてんたいせい)の成(な)るを致(いた)せり。衆猴(しゅうこう)掌(て)を鼓(う)って称揚(しょうよう)し、皆道(いわ)く、 「善(よ)きかな!善(よ)きかな!我等(われら)明日(あす)嶺(みね)を越(こ)え山に登(のぼ)り、広(ひろ)く些かの果品(かひん)を尋ね、大いに筵宴(えんえん)を設(もう)けて大王(だいおう)を送(おく)らん」 と。 次日(あくるひ)、衆猴(しゅうこう)果して往きて仙桃(せんとう)を採(と)り、異果(いか)を摘み、山薬(さんやく)を刨(ほ)り、黄精(おうせい)を劚(き)り、芝蘭(しらん)香蕙(こうけい)、瑤草(ようそう)奇花(きか)、般般件件(はんはんけんけん=品々)、整然(せいぜん)と、石凳(せきとう)石桌(せきたく)を擺(ひら)き開(あ)け、仙酒(せんしゅ)仙肴(せんこう)を排列(はいれつ)す。ただ見よ、かの、 金丸珠弾(きんがんしゅだん)、紅綻黄肥(こうてんこうひ)。 金丸珠弾(きんがんしゅだん)の臘桜桃(ろうおうとう)は、色(いろ)真に甘美(かんび)なり。 紅綻黄肥(こうてんこうひ)の熟梅子(じゅくばいし)は、味(あじ)果して香酸(こうさん)なり。 鮮(あたら)しき龍眼(りゅうがん)は、肉(にく)甜(あま)く皮(かわ)薄(うす)し。 火荔枝(かれいし)は、核(さね)小さく嚢(ふくろ)紅(あか)し。 林檎(りんご)の碧実(へきじつ)は枝(えだ)を連(つら)ねて献(たてまつ)り、枇杷(びわ)の緗苞(そうほう)は葉(は)を帯(お)びて擎(ささ)ぐ。 兔頭(うさぎがしら)の梨子(なし)・鶏心(とりごころ)の棗(なつめ)は、渇(かつ)を消(け)し煩(わずらい)を除(のぞ)いて更(さら)に酲(えい=酔い)を解(と)く。 香桃(こうとう)爛杏(らんきょう)は、美甘甘(びかんかん=甘美)として玉液瓊漿(ぎょくえきけいしょう)に似(に)たり。 脆李(ぜいり)楊梅(ようばい)は、酸蔭蔭(さんいんいん=酸っぱさ)として脂酥膏酪(しそこうらく)の如(ごと)し。 紅嚢(こうのう)黒子(こくし)の熟西瓜(じゅくすいか)、四瓣(よつびら)黄皮(こうひ)の大柿子(だいしし)。 石榴(ざくろ)裂(さ)け破(やぶ)れて、丹砂(たんさ)の粒(つぶ)は火晶珠(かしょうじゅ)を現(あらわ)し、 芋栗(うりつ)剖(さ)き開(ひら)けて、堅硬(けんこう)の肉団(にくだん)は金瑪瑙(きんめのう)なり。 胡桃(くるみ)銀杏(ぎんなん)は茶(ちゃ)を伝(つた)うべく、椰子(やし)葡萄(ぶどう)は酒を作(な)すべし。 榛(はしばみ)・松・榧(かや)・奈(からなし)満盤(まんばん)に盛(も)り、橘(たちばな)・蔗(しょ)・柑(かん)・橙(だいだい)案(あん)に盈(み)ちて擺(なら)ぶ。 熟(よく)煨(い)りたる山薬(さんやく)、爛(よく)煮(に)たる黄精(おうせい)。 搗(つ)き砕(くだ)ける茯苓(ぶくりょう)并(ならび)に薏苡(よくい)、石鍋(せきか)の微火(びか)に漫(ゆっくり)と羹(あつもの)を炊(た)く。 人間(にんげん)に縦(たと)い珍饈(ちんしゅう=珍味)の味(あじ)有りとも、いずくんぞ山猴(さんこう)の楽しみの更(さら)に寧(やす)らかなるに比(くら)べんや。 と。 群猴(ぐんこう)美猴王(びこうおう)を尊(たっと)んで上坐(じょうざ)せしめ、各(おのおの)歯肩(しかた=年齢順)に依(よ)りて下辺(かへん)に排(なら)ぶ。一箇一箇(めいめい)順繰(じゅんぐ)りに上前(すす)み出で、酒を奉(たてまつ)り、花を奉(たてまつ)り、果(み)を奉(たてまつ)りて、痛(いた)く飲むこと一日(いちじつ)なりき。 次日(あくるひ)、美猴王(びこうおう)早く起き、教(おし)えて言う、 「小さき者どもよ、我に替(か)わって些かの枯松(こしょう=枯れ松)を折(お)り、編(あ)んで筏子(いかだ)と作(な)し、箇(ひと)つの竹竿(たけざお)を取りて篙(さお)と作(な)し、些かの果品(かひん)の類(たぐい)を收拾(ととの)えよ。我将(まさ)に往かんとす」 と。果して独(ひと)り筏(いかだ)に登(のぼ)り、力(ちから)を尽(つ)くして撑(さ)し開(あ)け、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう)として、径(ただち)に大海(たいかい)の波中(はちゅう)に向(むか)い、天風(てんぷう)に趁(じゅん)じて、来りて南贍部洲(なんせんぶしゅう)の地界(ちかい)を渡(わた)らんとす。この一去(ひとゆき)、正にこれかの、 天産(てんさん)の仙猴(せんこう)道行(どうぎょう)隆(さか)んなり、山を離(はな)れ筏(いかだ)に駕(が)して天風(てんぷう)に趁(じゅん)ず。 洋(わたつみ)を飄(ただよ)い海を過(わた)りて仙道(せんどう)を尋ね、志(こころざし)を立(た)て心(こころ)を潜(ひそ)めて大功(たいこう)を建(た)つ。 分(ぶん)有り縁(えん)有れば俗願(ぞくがん)を休(や)め、憂(うれい)無く慮(おもい)無くして元龍(げんりゅう)に会(あ)わん。 料(おもんみ)るに必(かなら)ず知音(ちいん=理解者)の者に遇(あ)い、源流(げんりゅう)を説(と)き破(やぶ)れば万法(ばんぽう)通(つう)ぜん。 と。 またこれ彼の運(うん)至(いた)り時来れるなり。木筏(もくばつ)に登(のぼ)りし自(よ)り後、連日(れんじつ)東南風(とうなんふう)緊(きつ)くして、彼を送(おく)りて西北岸(せいほくがん)の前に到(いた)らしむ。乃ちこれ南贍部洲(なんせんぶしゅう)の地界(ちかい)なり。篙(さお)を持(じ)して水を試(こころ)み、偶(たまたま)浅水(せんすい)を得、筏子(いかだ)を棄(す)て、岸(きし)に跳び上(あ)がり来る。ただ見よ、海辺(うみべ)に人(ひと)の魚(うお)を捕(と)り、雁(かり)を打ち、蛤(はまぐり)を挖(ほ)り、塩(しお)を淘(と)う有り。彼近く前に走(ゆ)き、箇(ひと)つの把戯(はぎ=芸)を弄(ろう)し、虎(とら)のまねを装(よそお)うて、かの人(ひと)らを嚇(おど)かし、筐(かご)を捨(す)て網(あみ)を棄(す)てて、四散(しさん)に奔(はし)り跑(に)げしむ。かの跑(に)げ得ざる者を将(も)ちて一箇(ひとり)拿(とら)え住(とど)め、彼の衣裳(いしょう)を剥(は)ぎ、また人(ひと)の穿(き)るを学(まな)びて身(み)に著(つ)け、揺揺擺擺(ようようはいはい=ゆらゆら)として、州(しゅう)を穿(い)り府(ふ)を過ぎ、市廛(しってん=市場)の中に在りて、人(ひと)の礼(れい)を学(まな)び、人(ひと)の話(ことば)を学(まな)ぶ。朝(あさ)に餐(くら)い夜(よる)に宿り、一つの心(こころ)に裡(うち)に仏仙神聖(ぶっせんしんせい)の道(みち)を訪問(ほうもん)し、箇(ひと)つの長生不老(ちょうせいふろう)の方(ほう)を覓(もと)む。見るに世人(せじん)は皆これ名(な)を為し利(り)を為すの徒(と)にして、更(さら)に一箇(ひとり)の身命(しんめい)の為(ため)にする者無し。正にこれかの、 名(な)を争(あらそ)い利(り)を奪(うば)うは幾時(いつ)か休(や)まん、早く起き遅(おそ)く眠(ね)れて自由(じゆう)ならず! 驢(ろば)騾(らば)に騎(の)りて駿馬(しゅんめ)を思い、官(かん)は宰相(さいしょう)に居(お)りて王侯(おうこう)を望(のぞ)む。 ただ衣食(いしょく)の労碌(ろうろく=苦労)を耽(ふけ)るを愁(うれ)うるのみ、何(なん)ぞ閻君(えんくん)の就(すなわ)ち取り勾(かぎ)るを怕(おそ)れんや。 子を継(つ)ぎ孫(まご)を蔭(かげ)どりて富貴(ふうき)を図(はか)り、更(さら)に一箇(ひとり)の肯(あえ)て頭(こうべ)を回(めぐ)らす者無し! と。 猴王(こうおう)仙道(せんどう)を参訪(さんぼう)するに、縁(えん)有りて遇(あ)うことを得ず。南贍部洲(なんせんぶしゅう)に在りて、長城(ちょうじょう)を串(つらぬ)き、小県(しょうけん)を遊(あそ)びて、覚(おぼ)えず八九年余(はちくねんよ)なり。忽然(たちまち)行きて西洋大海(せいようたいかい)に至(いた)る。彼想(おも)うに海外(かいがい)に必(かなら)ず神仙(しんせん)有らん、と。独(ひと)り箇(ひとり)前に依(よ)りて筏(いかだ)を作(つく)り、又西海(せいかい)を飄(ただよ)い過ぎ、直(ただち)に西牛賀洲(さいごがしゅう)の地界(ちかい)に至(いた)る。岸(きし)に登(のぼ)りて遍(あまね)く訪ぬること多時(しばらく)にして、忽然(たちまち)一座(ひとつ)の高山(こうざん)の秀麗(しゅうれい)にして、林麓(りんろく=山すその林)幽深(ゆうしん)なるを見る。彼また狼虫(ろうちゅう)を怕(おそ)れず、虎豹(こひょう)を懼(おそ)れず、山頂(さんちょう)に登(のぼ)りて観看(みわた)す。果して好き山かな、 千峰(せんぽう)戟(ほこ)を排(なら)べ、万仞(ばんじん)屏(びょうぶ)を開(ひら)く。 日暎(て)らして嵐光(らんこう)軽(かる)く翠(みどり)を鎖(とざ)し、雨収(おさ)まりて黛色(たいしょく)冷(つめた)く青(あお)を含(ふく)む。 枯藤(ことう)老樹(ろうじゅ)に纏(まと)い、古渡(こと)幽程(ゆうてい)を界(さか)う。 奇花(きか)瑞草(ずいそう)、修竹(しゅうちく)喬松(きょうしょう)。 修竹(しゅうちく)喬松(きょうしょう)は、万載(ばんさい)常青(じょうせい)にして福地(ふくち)を欺(あざむ)き、 奇花(きか)瑞草(ずいそう)は、四時(しいじ)謝(しゃ)せずして蓬瀛(ほうえい=仙境)に賽(まさ)る。 幽鳥(ゆうちょう)の啼(な)く声(こえ)近く、源泉(げんせん)の響(ひび)き溜清(りゅうせい)なり。 重重(じゅうじゅう)の谷壑(こくがく)に芝蘭(しらん)繞(めぐ)り、処処(しょしょ)の巉崖(さんがい=けわしい崖)に苔蘚(たいせん)生(しょう)ず。 起伏(きふく)の巒頭(らんとう)龍脈(りゅうみゃく)好し、必(かなら)ず高人(こうじん)の姓名(せいめい)を隠(かく)せる有らん。 と。 正に観看(みわた)しおる間(あいだ)に、忽然(たちまち)林深(りんしん)の処に人(ひと)の言語(ことば)有るを聞き得、急(いそ)ぎ步(あゆみ)を趨(はや)め、林中(りんちゅう)に穿(くぐ)り入り、耳(みみ)を側(そばだ)てて聴けば、元来(もと)これ歌唱(かしょう)の声(こえ)なり。歌(うた)に曰く、 「観棋(かんき)柯(えだ)は爛(ただ)れ、伐木(ばんぼく)丁丁(ていてい)たり、雲辺(うんぺん)谷口(こくこう)を徐(しず)かに行く。 薪(たきぎ)を売(う)りて酒を沽(か)い、狂笑(きょうしょう)して自(おの)ずから情(じょう)を陶(たの)しむ。 蒼径(そうけい)秋(あき)高くして月に対(むか)い、松根(しょうこん=松の根)を枕(まくら)として、一覚(ひとねむり)に天明(てんめい)す。 旧林(きゅうりん)を認(みと)め、崖(がけ)に登(のぼ)り嶺(みね)を過ぎ、斧を持(たも)ちて枯藤(ことう)を断(た)つ。 収(おさ)め来って一担(ひとにな)と成(な)し、市上(しじょう)に行歌(ぎょうか=歌い歩き)して、米三升(さんしょう)に易(か)う。 更(さら)に些子(しゃし=わずか)の争競(そうきょう=争い)無く、時価(じか)平平(へいへい)たり。 機謀(きぼう=たくらみ)巧算(こうさん=巧みな計算)を会(え)せず、栄辱(えいじょく)没(な)く、恬淡(てんたん)として生(いのち)を延(の)ぶ。 相逢(あいまみ)う処、仙(せん)に非(あら)ざればすなわち道(どう)、静坐(せいざ)して『黄庭(こうてい)』を講(こう)ず」 と。 美猴王(びこうおう)この言(げん)を聴き得て、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)し、道(いわ)く、 「神仙(しんせん)は元来(もと)ここに蔵(かく)れたもうか!」 と。急(いそ)ぎ跳びて裡(うち)に入り、仔細(つまびらか)に再(ふたた)び看(み)れば、乃ちこれ一人の樵子(しょうし=木こり)にして、かの処に在りて斧を挙(あ)げて柴(たきぎ)を砍(き)る。ただ彼の打扮(だはん=身なり)の非常(ひじょう)なるを看(み)よ、 頭上(ずじょう)に箬笠(じゃくりつ=笠)を戴(いただ)く、乃ちこれ新筍(しんじゅん)の初めて脱(ぬ)けしの籜(たく=筍の皮)なり。 身上(しんじょう)に布衣(ふい)を穿(き)る、乃ちこれ木綿(もくめん)の拈(よ)り就(な)ししの紗(しゃ=うすぎぬ)なり。 腰間(ようかん)に環縧(かんじょう=輪の組紐)を繫(か)く、乃ちこれ老蚕(ろうさん=年経た蚕)の口(くち)より吐(は)きしの糸(いと)なり。 足下(そっか)に草履(そうり)を踏(ふ)む、乃ちこれ枯莎(こさ=枯れすげ)の槎(き)り就(な)ししの爽(そう=わらじ)なり。 手(て)に衠鋼斧(じゅんこうふ=純鋼の斧)を執(と)り、担(にない)に火麻縄(かまなわ=麻縄)を挽(ひ)く。 松を扳(ひ)き枯樹(こじゅ)を劈(さ)く、いずくんぞこの樵(きこり)の能(よ)くするに似(に)んや。 と。 猴王(こうおう)近づき前(すす)み出でて叫(よばわ)って道(いわ)く、 「老神仙(ろうしんせん)!弟子(でし)起手(きしゅ=拝礼)したてまつる」 と。かの樵漢(しょうかん=木こり)慌(あわ)てて斧を捨(す)て、身(み)を転(めぐ)らして礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、 「当(あた)らずや人(ひと)!当(あた)らずや人(ひと)!我は拙漢(せっかん=愚かな者)にして衣食(いしょく)全(まった)からず、いずくんぞ敢えて『神仙(しんせん)』の二字(にじ)を当(あ)てんや」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「汝神仙(しんせん)に非(あら)ざれば、いかにして神仙(しんせん)の話(ことば)を説(い)い出(いだ)せるか」 と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、 「我何(なん)の神仙話(しんせんばなし)をか説(い)える」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「我才(いま)しがた林辺(りんぺん)に来り至(いた)り、ただ汝の、 『相逢(あいまみ)う処、仙(せん)に非(あら)ざればすなわち道(どう)、静坐(せいざ)して『黄庭(こうてい)』を講(こう)ず』 と説(い)うを聴けり。『黄庭(こうてい)』は乃ち道徳(どうとく)の真言(しんごん)なるに、神仙(しんせん)に非(あら)ずして何(なん)ぞや」 と。樵夫(しょうふ)笑って道(いわ)く、 「実に汝に隠(かく)して申(もう)さず。この詞(し)の名(な)を『満庭芳(まんていほう)』と做(な)すは、一人の神仙(しんせん)の我に教(おし)えたまいしものなり。かの神仙(しんせん)は我が舎下(しゃか=わが家)と隣(とな)りと為る。彼我が家事(かじ)の労苦(ろうく)にして、日常(にちじょう)煩悩(はんのう)するを見、我に教(おし)えて、煩悩(はんのう)の時に遇(あ)わば、すなわちこの詞(し)を把(と)って念(とな)えよ、一(ひとつ)には心(こころ)を散(さん)じ、二(ふたつ)には困(くるしみ)を解(と)かん、と。我才(いま)しがた些かの足(た)らざる処有りて思慮(しりょ)せしに、此を以(もっ)て念念(ねんねん=つぶやき)せり。期(よも)や汝に聴かれんとは」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「汝の家(いえ)既(すで)に神仙(しんせん)と隣(とな)りと為らば、何(なん)ぞ彼に従(したが)いて修行(しゅぎょう)せず、箇(ひと)つの不老(ふろう)の方(ほう)を学(まな)び得て、却って好からずや」 と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、 「我が一生(いっしょう)の命苦(めいく=宿命の苦しみ):自(みずか)ら幼(おさな)きより父母(ふぼ)の養育(よういく)を蒙(こうむ)りて八九歳(はちきゅうさい)に至(いた)り、才(ようや)く人事(じんじ=ものの分别)を知りしに、幸(さいわ)いならずも父喪(うしな)われ、母親(ははおや)居孀(きょそう=寡婦)と為る。再(ふたた)び兄弟姉妹(けいていしまい)無く、ただ我一人のみ。奈何(いかん)ともする無く、早晩(ちょうばん)侍奉(じほう=仕えまつ)る。如今母老(お)いたれば、一発(いっそう)敢えて抛(す)て離(はな)るること能(あた)わず。却又(かえって)田園(でんえん)荒蕪(こうぶ)れ、衣食(いしょく)足(た)らず。ただ両束(ふたたば)の柴薪(さいしん=たきぎ)を斫(き)り、市廛(しってん=市場)の間(あいだ)に挑(にな)い向(むか)い、幾文(いくもん)かの銭(ぜに)に売(う)り、幾升(いくしょう)かの米を糴(か)い、自(みずか)ら炊(かし)ぎ自(みずか)ら造(つく)り、些かの茶飯(さはん)を安排(あんばい=整え)て、老母(ろうぼ)を供養(くよう)するを得(う)るのみ。此を以(もっ)て修行(しゅぎょう)すること能(あた)わざるなり」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「汝の説(い)い起こすところに拠(よ)れば、乃ちこれ一人の行孝(こうこう=孝を行う)の君子(くんし)にして、向后(のち)必(かなら)ず好き処有らん。ただ望(のぞ)むらくは汝我にかの神仙(しんせん)の住処(すみか)を指(ゆびさ)し示(しめ)せ、却って好く拝訪(はいほう=訪問)し往かん」 と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、 「遠からず、遠からず。この山を霊台方寸山(れいだいほうすんさん)と叫(よ)ぶ。山中(さんちゅう)に一座(ひとつ)の斜月三星洞(しゃげつさんせいどう)有り。かの洞中(どうちゅう)に一人の神仙(しんせん)有り、名(な)を須菩提祖師(しゅぼだいそし)と称(しょう)す。かの祖師(そし)の出(いだ)し去(さ)りし徒弟(とてい=弟子)、またその数(かず)を計(かぞ)えず、見今なお三四十人(さんしじゅっぷり)の彼に従(したが)いて修行(しゅぎょう)する有り。汝あの条(すじ)の小路(こうじ)に順(したが)い、南(みなみ)に向(むか)いて七八里(しちはちり)の遠近(おちこち)を行かば、すなわちこれ彼が家(いえ)なり」 と。猴王(こうおう)手(て)を用(もち)いて樵夫(しょうふ)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、 「老兄(ろうけい)、汝すなわち我と同(とも)に往き去(さ)れ。もし還(かえ)って好き処を得(う)れば、決(けっ)して汝が指引(しえん=導き)の恩(おん)を忘(わす)れじ」 と。樵夫(しょうふ)道(いわ)く、 「汝この漢子(かんす=おのこ)、甚(はなは)だ通変(つうへん=融通)ならず。我方(いま)しがたこの般(ごと)く汝に説(と)き了(おわ)るに、汝還(ま)た省(さと)らざるか。假若(もし)我汝与(とも)に去(ゆ)かば、却って我が生意(せいい=商売)を誤(あやま)らずや。老母(ろうぼ)を何人(たれ)か奉養(ほうよう)せん。我は柴(たきぎ)を斫(き)らんと要(ほっ)す、汝自(みずか)ら去(ゆ)け、自(みずか)ら去(ゆ)け!」 と。 猴王(こうおう)説(いう)を聴き、ただ相(あい)辞(じ)するを得(う)。深林(しんりん)を出で、路徑(ろけい=道筋)を找(たず)ね上(あ)げ、一(ひとつ)の山坡(さんぱ=坂)を過ぎ、約(およ)そ七八里(しちはちり)の遠さ有りて、果して一座(ひとつ)の洞府(どうふ)を望(のぞ)み見る。身(み)を挺(の)ばして観看(みわた)せば、真に好き去処かな!ただ見よ、 烟霞(えんか)彩(いろどり)を散(さん)じ、日月(じつげつ)光(ひかり)を揺(ゆ)る。 千株(せんしゅ)の老柏(ろうはく)、万節(ばんせつ)の修篁(しゅうこう=竹林)。 千株(せんしゅ)の老柏(ろうはく)は、雨を帯(お)びて半空(はんくう)に青冉冉(せいぜんぜん=青々)たり。 万節(ばんせつ)の修篁(しゅうこう)は、烟(えん)を含(ふく)みて一壑(いちがく)に色蒼蒼(しきそうそう)たり。 門外(もんがい)に奇花(きか)錦(にしき)を布(し)き、橋辺(きょうへん)に瑤草(ようそう)香(こう)を噴(ふ)く。 石崖(せきがい)突兀(とつこつ=そびえ)として青苔(せいたい)潤(うるお)い、懸壁(けんぺき)高く張(は)りて翠蘚(すいせん)長(なが)し。 時に仙鶴(せんかく)の唳(な)くを聞き、毎(つね)に鳳凰(ほうおう)の翔(か)けるを見る。 仙鶴(せんかく)唳(な)く時、声(こえ)九皋(きゅうこう=深い沢)に振(ふる)いて霄漢(しょうかん=大空)遠し。 鳳凰(ほうおう)翔(か)け起(た)つとき、翎毛(れいもう=羽根)五色(ごしき)にして彩雲(さいうん)光(ひか)る。 玄猿(げんえん)白鹿(はくろく)隠見(いんけん=見え隠れ)に随(したが)い、金獅(こんし)玉象(ぎょくぞう)行蔵(ぎょうぞう=出没)に任す。 細(こま)やかに霊福地(れいふくち)を観(み)れば、真に個(こ)に天堂(てんどう)に賽(まさ)る! と。 又見よ、かの洞門(どうもん)の緊(かた)く閉(と)ざされて、静悄悄(しずか)として杳(はるか)に人迹(じんせき=人の跡)無きを。忽然(たちまち)頭(こうべ)を回(めぐ)らせば、崖頭(がいとう)に一つの石碑(せきひ)の立(た)てる有り、約(およ)そ三丈余(さんじょうよ)の高さ、八尺余(はっしゃくよ)の闊(ひろ)さ、上に一行(ひとくだり)の十箇(とお)の大字(だいじ)有り、乃ちこれ、 「霊台方寸山(れいだいほうすんさん)、斜月三星洞(しゃげつさんせいどう)」 なり。美猴王(びこうおう)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)して道(いわ)く、 「此間(ここ)の人(ひと)は果して朴実(ぼくじつ=素朴)なり。果してこの山この洞(ほら)有り」 と。看(み)ること勾(た)るるほど多時(しばらく)なるに、敢えて門(かど)を敲(たた)かず。且(しばら)く往きて松枝(しょうし)の梢頭(しょうとう=こずえ)の上に跳び上(あ)がり、松子(しょうし=松の実)を摘みて食(くら)いて戯(たわむ)れ耍(あそ)ぶ。 少頃間(しばらく)にして、ただ呀(ぎい)と一声(ひとこえ)の聴こゆる有れば、洞門(どうもん)の開(ひら)くる処より、裡(うち)より一人の仙童(せんどう)の走(あゆ)み出づる。真に個(こ)の丰姿(ほうし=姿かたち)英偉(えいい)にして、像貌(ぞうぼう=顔かたち)清奇(せいき)、尋常(じんじょう)の俗子(ぞくし=凡夫)に比(くら)べて同(おな)じからず。ただ彼を看(み)よ、 髽髻(そうけい=髪の結い方)は双糸(そうし)を綰(わ)き、寛袍(かんぽう=広い袍)は両袖(りょうしゅう)に風有り。 貌(かたち)和(やわ)らぎて身(み)自(おの)ずから別(べつ)なり、心(こころ)と相(そう)と俱(とも)に空(くう)なり。 物外(もつがい=俗世の外)の長年(ちょうねん)の客(きゃく)、山中(さんちゅう)の永寿(えいじゅ)の童(わらべ)。 一塵(いちじん)全(まった)く染(そ)まらず、甲子(かっし=年月)の翻騰(ほんとう=巡る)に任す。 と。 かの童子(どうじ)門(かど)を出で得て来り、高く叫(よばわ)って道(いわ)く、 「甚(いず)れの人(ひと)かこの処に在りて掻擾(そうじょう=騒がす)する」 と。猴王(こうおう)撲(ぽん)と樹(き)を跳び下(お)り来り、上前(すす)み出でて身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、 「仙童(せんどう)よ、我はこれ箇(ひと)つの道(みち)を訪ね仙(せん)を学(まな)ぶの弟子(でし)なり、更(さら)に敢えてこの処に在りて掻擾(そうじょう)せず」 と。仙童(せんどう)笑って道(いわ)く、 「汝はこれ箇(ひと)の道(みち)を訪ぬる者か」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「是(しか)り」 と。童子(どうじ)道(いわ)く、 「我が家(いえ)の師父(しふ)、正に才(いま)しがた榻(とう=寝台)を下(お)り、壇(だん)に登(のぼ)りて道(どう)を講(こう)ぜり。未(いま)だ原由(げんゆ=理由)を説(い)い出(いだ)さざるに、すなわち我に出でて門(かど)を開(ひら)けと教(おし)えたもう。説(いわ)く、『外に箇(ひと)の修行(しゅぎょう)の者の来れる有り、往きて接待(せったい)せよ』と。想(おも)うに必(かなら)ずこれ汝ならん」 と。猴王(こうおう)笑って道(いわ)く、 「是(これ)我なり、是(これ)我なり」 と。童子(どうじ)道(いわ)く、 「汝我に跟(したが)いて進(い)れ」 と。 この猴王(こうおう)衣(ころも)を整(ととの)え端粛(たんしゅく=つつしみ)して、童子(どうじ)に随(したが)い径(ただち)に洞天(どうてん)の深処(しんしょ)に入りて観看(みわた)す。一層一層(いちそういちそう)の深閣(しんかく)瓊楼(けいろう)、一進一進(いっしんいっしん)の珠宮(しゅきゅう)貝闕(ばいけつ)、あの静室(せいしつ)幽居(ゆうきょ)の尽(つ)くし説(い)い得ざるところ、直(ただち)に瑶台(ようだい)の下に至(いた)る。かの菩提祖師(ぼだいそし)の端(ただ)しく台上(だいじょう)に坐したもうを見る。両辺(りょうへん)に三十人(さんじゅっぷり)の小仙(しょうせん)有りて台下(だいか)に侍立(じりつ)す。果してこれ、 大覚金仙(だいかくきんせん)垢(あか)無き姿(すがた)、西方(せいほう)妙相(みょうそう)祖菩提(そぼだい)。 不生不滅(ふしょうふめつ)三三(さんざん)の行(ぎょう)、全気全神(ぜんきぜんしん)万万(ばんばん)の慈(じ)。 空寂(くうじゃく)自然(じねん)として変化(へんげ)に随(したが)い、真如(しんにょ)本性(ほんしょう)為すに任す。 天(てん)与(とも)に寿(いのち)を同(おなじ)くする荘厳(そうごん)の体(からだ)、劫(こう)を歴(へ)て心(こころ)を明(あき)らむる大法師(だいほっし)。 と。 美猴王(びこうおう)一見(いちげん)するや、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)し、頭(こうべ)を磕(う)つことその数(かず)を計(かぞ)えず、口中(こうちゅう)にただ道(いわ)く、 「師父(しふ)!師父(しふ)!我が弟子(でし)志心(ししん=こころざし)に朝礼(ちょうれい)したてまつる!志心(ししん)に朝礼(ちょうれい)したてまつる!」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝は那方(いずかた)の人氏(じんし)か。且(しばら)く箇(ひと)の郷貫(きょうかん=郷里)姓名(せいめい)を説(と)きて明白(めいはく)にせよ、しかる後に拝(おが)め」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「弟子(でし)は東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の人氏(じんし)なり」 と。祖師(そし)喝令(かつれい=叱り命じ)して言う、 「趕(お)い出(いだ)せ!彼は本(もと)これ箇(ひと)の詐(いつわ)りを撒(ま)き虚(きょ)を搗(つ)くの徒(と)なり、いずくんぞ甚(なん)の道果(どうか)をか修(しゅ)せん!」 と。猴王(こうおう)慌(あわ)てて頭(こうべ)を磕(う)つこと住(や)まずして道(いわ)く、 「弟子(でし)はこれ実(まこと)の言(げん)なり、決(けっ)して虚詐(きょさ=いつわり)有らず」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝既(すで)に実(まこと)ならば、いかにして東勝神洲(とうしょうしんしゅう)と説(い)うか。あの去処より我がここに到(いた)るまで、両重(ふたえ)の大海(たいかい)、一座(ひとつ)の南贍部洲(なんせんぶしゅう)を隔(へだ)つ。いかにしてかすなわちここに到(いた)り得(う)べき」 と。猴王(こうおう)頭(こうべ)を叩(たた)いて道(いわ)く、 「弟子(でし)洋(わたつみ)を飄(ただよ)い海を過(わた)り、界(かい)に登(のぼ)り方(ほう)に遊(あそ)びて、十数箇(じゅうすうこ)の年頭(ねんとう=年)有りて、方(はじ)めてここを訪ね到(いた)れり」 と。 祖師(そし)道(いわ)く、 「既(すで)にこれ漸(ようや)く行き来れるならばまた可(よ)し。汝の姓(せい)は甚(なん)ぞや」 と。猴王(こうおう)又道(いわ)く、 「我に性(せい)無し。人(ひと)(もし)我を罵(ののし)るも、我また悩(なや)まず。(もし)我を打つも、我また瞋(いか)らず、ただ箇(ひと)の礼(れい)を陪(ともな)うのみにしてすなわち罷(や)む。一生(いっしょう)性(せい)無し」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「この性(せい)に非(あら)ざるなり。汝が父母(ふぼ)は元来(もと)姓(せい)を甚(なん)とす」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「我また父母(ふぼ)無し」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「既(すで)に父母(ふぼ)無からば、想(おも)うにこれ樹(き)の上に生(しょう)ぜしか」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「我は樹(き)に生(しょう)ぜしには非(あら)ざれども、却ってこれ石の裡(うち)より長(なり)出でたり。我ただ記(おぼ)えるに、花果山(かかざん)の上に一塊(ひとかたまり)の仙石(せんせき)有り、その年(とし)石破(やぶ)れて、我すなわち生(しょう)ぜり」 と。祖師(そし)言(げん)を聞き、暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、 「この般(ごと)く説(い)わば、却ってこれ天地(てんち)の生成(せいせい)せしところなり。汝起(た)ちて走(あゆ)め、我看(み)ん」 と。猴王(こうおう)身(み)を縦(はな)ちて跳び起き、拐呀拐(かいあかい=よろよろ)と両遍(にど)走(あゆ)めり。祖師(そし)笑って道(いわ)く、 「汝が躯(からだ)はこれ鄙陋(ひろう=みすぼら)しけれども、却って箇(ひと)の松果(まつのみ)を食(くら)う猢猻(こしゅん=猿)に像(に)たり。我汝が為(ため)に身(み)の上に就(つ)きて箇(ひと)の姓氏(せいし)を取らん。すなわち思うに汝に『猢(こ)』を姓(せい)とせしめんとす。猢(こ)の字(じ)は獣傍(けものへん)を去(さ)りたれば、乃ちこれ古月(こげつ)なり。古(こ)は、老(お)いるなり。月(げつ)は、陰(いん)なり。老陰(ろういん)は化育(かいく=生成)すること能(あた)わず。汝に『猻(しゅん)』を姓(せい)とせしめんは却って好し。猻(しゅん)の字(じ)は獣傍(けものへん)を去(さ)りたれば、乃ちこれ子系(しけい)なり。子(し)は、児男(じなん=男児)なり。系(けい)は、嬰細(えいさい=嬰児のごとき細き)なり。正に嬰児(えいじ)の本論(ほんろん)に合(がっ)す。汝に『孫(そん)』を姓(せい)とせしめん」 と。猴王(こうおう)説(いう)を聴き、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)し、上に朝(むか)いて頭(こうべ)を叩(たた)いて道(いわ)く、 「好し!好し!好し!今日(こんにち)方(はじ)めて姓(せい)を知れり。万(よろず)に望(のぞ)むらくは師父(しふ)の慈悲(じひ)を!既(すで)に姓(せい)有らば、再(ふたた)び乞(こ)う、箇(ひと)の名(な)を賜(たま)われ、却って好く呼喚(よば)るべし」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「我が門中(もんちゅう)に十二(じゅうに)の字(じ)有り、分(わか)ちて名(な)を起こすに、汝に到(いた)りて乃ち第十輩(だいじゅっぱい)の小徒(しょうと)なり」 と。猴王(こうおう)道(いわ)く、 「あの十二(じゅうに)の字(じ)は何(なん)ぞや」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「乃ちこれ広大智慧真如性海穎悟円覚(こうだいちえしんにょしょうかいえいごえんかく)の十二字(じゅうにじ)なり。汝に排(なら)び到(いた)れば、正に『悟(ご)』の字(じ)に当(あた)る。汝に与(あた)うるに箇(ひと)の法名(ほうみょう)を『孫悟空(そんごくう)』と做(な)さんは好からずや」 と。猴王(こうおう)笑って道(いわ)く、 「好し!好し!好し!自今(じこん)すなわち孫悟空(そんごくう)と做(な)さん!」 と。正にこれ、 鴻濛(こうもう)初めて闢(ひら)けて原(もと)姓(せい)無く、頑空(がんくう=固き空)を打ち破(やぶ)るには須(かなら)ず悟空(ごくう)ならん。 と。畢竟(ひっきょう)向后(のち)些か何(なん)の道果(どうか)を修(しゅ)するやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第二回 菩提(ぼだい)の真妙理(しんみょうり)を悟徹(ごてつ)し 魔(ま)を断(た)ち本(ほん)に帰りて元神(がんしん)に合(がっ)す 話(わ)に表(あらわ)すは、美猴王(びこうおう)姓名(せいめい)を得て、怡然(いぜん=喜び)として踊躍(ようやく=躍り上がり)、菩提(ぼだい)の前に向(むか)いて礼(れい)を作(な)して啓謝(けいしゃ=申し上げて謝す)せしこと。かの祖師(そし)すなわち大衆(だいしゅ)に命(めい)じて孫悟空(そんごくう)を引きて二門(にもん)の外に出だし、彼に洒掃(さいそう=掃き清め)応対(おうたい=受け答え)、進退(しんたい)周旋(しゅうせん=立ち居振る舞い)の節(せつ)を教(おし)えしむ。衆仙(しゅうせん)奉行(ぶぎょう)して出づ。悟空(ごくう)門外(もんがい)に到(いた)り、又大衆(だいしゅ)の師兄(しけい=兄弟子)たちに拝(おが)み、すなわち廊廡(ろうぶ=渡り廊下)の間(あいだ)に寝処(しんじょ=寝所)を安排(あんばい)す。次早(あくるあさ)、衆(しゅう)の師兄(しけい)と言語(げんご)礼貌(れいぼう=言葉遣いと作法)を学(まな)び、経(きょう)を講(こう)じ道(どう)を論(ろん)じ、字(じ)を習(なら)い香(こう)を焚(た)き、毎日(まいにち)この如(ごと)し。閑(ひま)なる時にはすなわち地(ち)を掃(は)き園(その)を鋤(す)き、花を養(やしな)い樹(き)を修(おさ)め、柴(たきぎ)を尋ね火を燃(も)やし、水を挑(にな)い漿(しょう=飲み物)を運(はこ)ぶ。凡(およ)そ用(もち)うる所(ところ)の物(もの)、備(そな)わらざるは一つも無し。洞中(どうちゅう)に在ること覚(おぼ)えず倏(たちまち)六七年(ろくしちねん)なり。 一日(あるひ)、祖師(そし)壇(だん)に登(のぼ)りて高く坐し、諸仙(しょせん)を喚(よ)び集(あつ)めて、大道(だいどう)を開講(かいこう)す。真に個(こ)の、 天花(てんげ)乱(みだ)れ墜(お)ち、地(ち)金蓮(こんれん)を涌(わ)かす。 妙(みょう)に三乗(さんじょう)の教(おしえ)を演(の)べ、精微(せいび)に万法(ばんぽう)全(まった)し。 慢(ゆる)やかに麈尾(しゅび=鹿の尾の払子)を揺(ゆ)りて珠玉(しゅぎょく)を噴(ふ)き、響(ひびき)雷霆(らいてい)を振(ふる)わして九天(きゅうてん)を動(うご)かす。 一会(ひととき)は道(どう)を説(と)き、一会(ひととき)は禅(ぜん)を講(こう)じ、三家(さんか=三教)配合(はいごう)して本(もと)如然(にょぜん)たり。 一字(いちじ)を開明(かいめい)して誠(まこと)に帰(き)するの理(り)を、無生(むしょう)を指引(しえん)して性玄(せいげん=性の玄妙)を了(さと)らしむ。 と。 孫悟空(そんごくう)旁(かたわら)に在りて講(こう)を聞くに、喜(よろこ)ぶこと彼をして耳(みみ)を抓(か)き腮(ほお)を撓(か)き、眉(まゆ)に花咲(さ)き眼(め)に笑(え)みを含(ふく)ましむ。忍(しの)ぶること能(あた)わずして手(て)これを舞(ま)い、足(あし)これを蹈(ふ)む。忽然(たちまち)祖師(そし)に見らるるところと為り、孫悟空(そんごくう)を叫(よ)んで道(いわ)く、 「汝班中(はんちゅう=列の中)に在りて、いかにして顛狂(てんきょう=狂い)躍舞(やくぶ=跳ね舞い)し、我が講(こう)ずるを聴かざるか」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「弟子(でし)誠心(せいしん)にして聴講(ちょうこう)し、老師父(ろうしふ)の妙音(みょうおん)の処を聴き至(いた)り、喜(よろこ)び自(おの)ずから勝(た)えず。故(ゆえ)に覚(おぼ)えずこの踊跃(ようやく=躍り)の状(さま)を作(な)せり。望(のぞ)むらくは師父(しふ)罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ!」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝既(すで)に妙音(みょうおん)を識(し)らば、我且(しばら)く汝に問わん、汝洞中(どうちゅう)に到(いた)りて多少(いくばく)の時を経(へ)たるか」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「弟子(でし)本來(もと)懵懂(もうとう=無知)にして、多少(いくばく)の時節(じせつ)なるを知らず。ただ記(おぼ)えるに、竈下(そうか=竈の下)に火無く、常(つね)に山後(さんご=山の裏)に往きて柴(たきぎ)を打ち、一山(ひとやま)の好き桃樹(とうじゅ)を見、我かの処に在りて七次(ななつび)飽桃(ほうとう=桃を腹いっぱい)を食(くら)えり」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「あの山を爛桃山(らんとうざん)と喚(よ)ぶ。汝既(すで)に七次(ななつび)食(くら)いたらば、想(おも)うにこれ七年(しちねん)ならん。汝今我より些か何(なん)の道(みち)をか学(まな)ばんと要(ほっ)するか」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「但(た)だ尊師(そんし)の教誨(きょうかい)に憑(よ)らん、ただ些かの道気(どうき)有らば、弟子(でし)すなわち便(すなわ)ち学(まな)ばん」 と。 祖師(そし)道(いわ)く、 「『道(どう)』の字(じ)の門中(もんちゅう)に三百六十(さんびゃくろくじゅう)の傍門(ぼうもん=末の門)有り、傍門(ぼうもん)皆正果(しょうか=正しい成果)有り。知らず汝はいずれの門(もん)をか学(まな)ばんとす」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「尊師(そんし)の意思(いし)に憑(よ)らん。弟子(でし)心(こころ)を傾(かたむ)けて聴従(ちょうじゅう)せん」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「我汝に箇(ひと)つの『術(じゅつ)』の字(じ)の門中(もんちゅう)の道(みち)を教(おし)えんはいかが」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「術門(じゅつもん)の道(みち)はいかに説(い)うか」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「術(じゅつ)の字(じ)の門中(もんちゅう)は、乃ちこれ些かの請仙扶鸞(せいせんふらん=仙を招き鸞に託す)、問卜揲蓍(もんぼくせっし=卜占)、能(よ)く吉(きち)に趨(おもむ)き凶(きょう)を避(さ)くるの理(り)を知るなり」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「この般(ごと)くして長生(ちょうせい)を得(う)べけんや」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「能(あた)わず!能(あた)わず!」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「学(まな)ばず!学(まな)ばず!」 と。 祖師(そし)道(いわ)く、 「汝に『静(せい)』の字(じ)の門中(もんちゅう)の道(みち)を教(おし)えんはいかが」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「静(せい)の字(じ)の門中(もんちゅう)は、これ甚(なん)の正果(しょうか)か」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「これは休粮守谷(きゅうりょうしゅこく=穀を断ち丹田を守る)、清静無為(せいじょうむい)、参禅打坐(さんぜんだざ=座禅)、戒語持斎(かいごじさい=語を慎み斎を保つ)、或(あるい)は睡功(すいこう=眠りの行)、或(あるい)は立功(りっこう=立ちの行)、并(ならび)に入定(にゅうじょう)坐関(ざかん=関に坐す)の類(たぐい)なり」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「この般(ごと)くしてもまた長生(ちょうせい)すべけんや」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「また『窯頭土坯(ようとうどひ=窯の土坯)』に似(に)たり」 と。悟空(ごくう)笑って道(いわ)く、 「師父(しふ)果して些か滴(てき=小言)有り。一行(いっこう)に我市語(しご=仲間の符丁)を打つことを会(え)ずと説(い)わる。いかにしてこれを『窯頭土坯(ようとうどひ)』と謂(い)うか」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「すなわちあの窯頭(ようとう=窯元)の上に、磚瓦(せんが=煉瓦と瓦)の坯(ひ=生地)を造(つく)り成(な)すが如(ごと)し。已(すで)に形(かたち)を成(な)せりといえども、未(いま)だ水火(すいか)の煅煉(たんれん=焼き締め)を経(へ)ず。一朝(あるあさ)大雨(たいう)滂沱(ぼうだ=どしゃ降り)なれば、彼必(かなら)ず濫(みだ)れん」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「また長遠(ちょうえん)ならず。学(まな)ばず!学(まな)ばず!」 と。 祖師(そし)道(いわ)く、 「汝に『動(どう)』の字(じ)の門中(もんちゅう)の道(みち)を教(おし)えんはいかが」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「動門(どうもん)の道(みち)は、却又(かえって)いかなるか」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「これは有為有作(ういうさ=作為)、采陰補陽(さいいんほよう)、攀弓踏弩(はんきょうとうど=弓を引き弩を踏む)、摩臍過気(ませいかき=臍を摩り気を巡らす)、用方炮制(ようほうほうせい=薬を調合)、焼茅打鼎(しょうぼうだてい=丹炉を焼く)、紅鉛(こうえん=経血)を進(すす)め、秋石(しゅうせき=尿から製す薬)を煉(ね)り、并(ならび)に婦乳(にゅうにゅう=人乳)を服(ふく)するの類(たぐい)なり」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「この如(ごと)きもまた長生(ちょうせい)を得(う)べけんや」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「これ長生(ちょうせい)を欲(ほっ)するも、また『水中(すいちゅう)に月を撈(すく)う』が如(ごと)し」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「師父(しふ)又来れり!いかにして『水中(すいちゅう)に月を撈(すく)う』と叫(よ)ぶか」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「月は長空(ちょうくう)に在り、水中(すいちゅう)に影(かげ)有り。然(しか)りといえども見ることは得(う)るも、ただ撈摸(ろうも=すくい取る)の処無く、到底(つい)にただ空(くう)を成(な)すのみ」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「また学(まな)ばず!学(まな)ばず!」 と。 祖師(そし)言(げん)を聞き、咄(とっ)と一声(ひとこえ)、高台(こうだい)を跳び下(お)り、手(て)に戒尺(かいしゃく=戒めの尺)を持(じ)し、悟空(ごくう)を指(ゆびさ)し定(さだ)めて道(いわ)く、 「汝この猢猻(こしゅん=猿)め、この般(ごと)くも学(まな)ばず、あの般(ごと)くも学(まな)ばず、却っていかんと待(ま)つか」 と。上前(すす)み出で、悟空(ごくう)の頭上(ずじょう)を将(も)ちて三下(みつ)打ち、手(て)を背(せ)に倒(さかしま)にし、裡(うち)に走(あゆ)み入り、中門(ちゅうもん)を将(も)ちて関(とざ)し、大衆(だいしゅ)を撇(す)てて去(さ)る。唬(おど)されたるかな、あの一班(ひとくぎり)の講(こう)を聴ける者ら、人人(ひとびと)驚懼(きょうく=驚き恐れ)、皆悟空(ごくう)を怨(うら)んで道(いわ)く、 「汝この潑猴(はっこう=暴れ猿)め、十分(じゅうぶん)に無状(むじょう=無作法)なり!師父(しふ)汝に道法(どうほう)を伝(つた)えたもうに、いかにして学(まな)ばず、却って師父(しふ)与(と)口(くち)を頂(いただ)きて争(あらそ)うか。この番(たび)彼を衝撞(しょうどう=ぶつかり)せり、知らず幾時(いつ)か才(ようや)く出で来らんや!」 と。この時俱(とも)に甚(はなは)だ彼を報怨(ほうえん=恨み)し、又彼を鄙賤(ひせん=卑しみ)嫌悪(けんお)す。悟空(ごくう)些かもまた悩(なや)まず、ただ満面(まんめん)に笑(えみ)を陪(ともな)う。元来(もと)かの猴王(こうおう)は、已(すで)に盤中(ばんちゅう=盆の中)の謎(なぞ)を打破(だは)して、暗々(ひそか)に心(こころ)に在り。此を以(もっ)て衆人(しゅうじん)与(と)争競(そうきょう=争い)せず、ただ忍耐(にんたい)して言(ことば)無きのみ。祖師(そし)彼を三下(みつ)打ちしは、彼に三更(さんこう=真夜中)の時分(じぶん)心(こころ)を存(ぞん)ぜしむるを教(おし)うるなり。手(て)を背(せ)に倒(さかしま)にし、裡(うち)に走(あゆ)み入り、中門(ちゅうもん)を将(も)ちて関(とざ)し上(あ)げしは、彼に後門(こうもん)より進歩(しんぽ=進み入る)ことを教(おし)え、秘処(ひしょ=奥まった所)に彼に道(みち)を伝(つた)うるなり。 当日(そのひ)悟空(ごくう)衆等(しゅうとう)与(と)喜(よろこ)び歓(たのし)み、三星仙洞(さんせいせんどう)の前に在りて、天色(てんしょく=空模様)を盼望(ぼうぼう=待ち望み)、急(いそ)ぐも晩(くれ)に到(いた)ること能(あた)わず。黄昏(たそがれ)の時に及(いた)りて、却って衆(しゅう)与(と)就寝(しゅうしん)し、眼(め)を合(がっ)するを仮(かり)に装(よそお)い、息(いき)を定(さだ)め神(こころ)を存(ぞん)す。山中(さんちゅう)に又支更(しこう=夜回り)伝箭(でんせん=時を告げる矢)無ければ、時分(じぶん)を知らず、ただ自(みずか)ら家(うち)の鼻孔(びこう)の中の出入(しゅつにゅう)の気(き)を将(も)ちて調(ととの)え定(さだ)む。約(およ)そ子(ね)の時の前後(ぜんご)に到(いた)り、軽軽(そっと)起き上(あ)がり、衣服(いふく)を穿(き)、前門(ぜんもん)を偷(ぬす)み開(あ)け、大衆(だいしゅ)を逃(のが)れ離(はな)れ、外に走(あゆ)み出でて、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)す。正にこれかの、 月明(あき)らかに清露(せいろ)冷(つめた)く、八極(はっきょく=八方の果て)迥(はるか)にして塵(ちり)無し。 深樹(しんじゅ)に幽禽(ゆうきん)宿り、源頭(げんとう)に水溜汾(すいりゅうふん=水の流れ)す。 飛蛍(ひけい)光(ひかり)影(かげ)を散(さん)じ、過雁(かがん)字(じ)を雲(くも)に排(なら)ぶ。 正に三更(さんこう)の候(ころ)に直(あた)り、応(まさ)に道真(どうしん=道の真)を訪ぬべきなり。 と。 汝看(み)よ、彼旧路(きゅうろ)より径(ただち)に後門(こうもん)の外に至(いた)るに、ただあの門(もん)の半(なかば)開(ひら)き半(なかば)掩(おお)えるを見る。悟空(ごくう)喜(よろこ)んで道(いわ)く、 「老師父(ろうしふ)果して我与(に)道(みち)を伝(つた)えんと注意(ちゅうい)したもう。此を以(もっ)て門(かど)を開(ひら)きたもうなり」 と。すなわち步(あゆみ)を曳(ひ)きて近づき前(すす)み、身(み)を側(かたむ)けて門裡(もんり)に進(い)り得、ただ祖師(そし)の寝榻(しんとう=寝台)の下に走(あゆ)み到(いた)る。祖師(そし)の身軀(しんく=からだ)を蜷局(けんきょく=丸め)て、裡(うち)に朝(むか)いて睡(ねむ)り了(おわ)れるを見る。悟空(ごくう)敢えて驚動(きょうどう)せず、すなわち榻前(とうぜん)に跪(ひざまず)く。かの祖師(そし)多からず時にして覚(さ)め来り、両足(りょうそく)を舒(の)べ開(ひら)き、口中(こうちゅう)に自(おの)ずから吟(ぎん)じて道(いわ)く、 「難(かた)し!難(かた)し!難(かた)し!道(みち)は最(もっと)も玄(げん)なり、金丹(きんたん)を把(と)って等閑(とうかん=並)と作(な)す莫(な)かれ。 至人(しじん=真の師)に遇(あ)いて妙訣(みょうけつ)を伝(つた)えられずんば、空(むな)しく言い口(くち)困(つか)れ舌(した)乾(かわ)かん!」 と。 悟空(ごくう)声(こえ)に応(こた)えて叫(よばわ)って道(いわ)く、 「師父(しふ)、弟子(でし)ここに在りて跪(ひざまず)き候(ま)つこと多時(ひさ)し」 と。祖師(そし)声(こえ)の悟空(ごくう)なるを聞き得て、すなわち起(た)ちて衣(ころも)を披(はお)り、盤坐(ばんざ)して喝(かつ)して道(いわ)く、 「この猢猻(こしゅん)め!汝前辺(ぜんぺん)に在りて去(ゆ)きて睡(ね)むらず、却って我がこの後辺(こうへん)に来りて甚(なん)をか作(な)すか」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「師父(しふ)昨日(きのう)壇前(だんぜん)に衆(しゅう)に対(むか)いて相允(しょういん=請け合い)、弟子(でし)に三更(さんこう)の時候(じこう)に、後門(こうもん)の裡(うち)より我に道理(どうり)を伝(つた)えんと教(おし)えたまえり。此を以(もっ)て大胆(だいたん)にも径(ただち)に老爺(ろうや=師)の榻下(とうか)に拝(はい)したてまつる」 と。祖師(そし)説(いう)を聴き、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)し、暗(ひそ)かに自(みずか)ら尋思(じんし=思案)して道(いわ)く、 「この厮(やつ)果してこれ箇(ひと)の天地(てんち)の生成(せいせい)せしものなり!然(しか)らずんば、いかにしてかすなわち我が盤中(ばんちゅう)の暗謎(あんめい)を打破(だは)せんや」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「此間(ここ)に更(さら)に六耳(ろくじ=他人の耳)無く、止(た)だただ弟子(でし)一人のみ。望(のぞ)むらくは師父(しふ)大いに慈悲(じひ)を捨(す)てて、我与(に)長生(ちょうせい)の道(みち)を伝(つた)えたまえ、永(とこしな)えに恩(おん)を忘(わす)れじ!」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝今縁(えん)有り、我また喜(よろこ)んで説(と)かん。既(すで)に盤中(ばんちゅう)の暗謎(あんめい)を識(し)り得たれば、汝近づき前(すす)み来れ、仔細(つまびらか)にこれを聴け、当(まさ)に汝与(に)長生(ちょうせい)の妙道(みょうどう)を伝(つた)うべし」 と。悟空(ごくう)頭(こうべ)を叩(たた)いて謝(しゃ)し、耳(みみ)を洗(あら)いて心(こころ)を用(もち)い、榻下(とうか)に跪(ひざまず)く。祖師(そし)云(いわ)く、 「顕密(けんみつ)円通(えんつう)の真妙訣(しんみょうけつ)、生命(せいめい)を惜(お)しみ修(しゅ)するに他(た)の説(せつ)無し。 都来(とらい=すべて)総(すべ)てこれ精気神(せいきしん)、謹(つつし)み固(かた)く牢(かた)く蔵(ぞう)して漏泄(ろうせつ)するを休(や)めよ。 漏泄(ろうせつ)を休(や)めよ、体中(たいちゅう)に蔵(ぞう)せよ、汝吾(わ)が伝(つたえ)を受(う)けて道(みち)自(おの)ずから昌(さか)んならん。 口訣(くけつ)記(き)し来るに多く益(えき)有り、邪欲(じゃよく)を屏除(へいじょ=払い除け)して清涼(せいりょう)を得ん。 清涼(せいりょう)を得、光(ひかり)皎潔(こうけつ)なり、好く丹台(たんだい=丹田)に向(むか)いて明月(めいげつ)を賞(め)でよ。 月には玉兔(ぎょくと=うさぎ)を蔵(ぞう)し日には烏(からす)を蔵(ぞう)し、自(おの)ずから亀蛇(きだ)の相(あい)盤結(ばんけつ)する有らん。 相(あい)盤結(ばんけつ)し、性命(せいめい)堅(かた)し、却って能(よ)く火裡(かり)に金蓮(こんれん)を種(う)う。 五行(ごぎょう)を集簇(しゅうぞく=寄せ集め)して顛倒(てんとう=逆さま)に用(もち)い、功(こう)完(おわ)らば随(したが)って仏(ほとけ)和(と)仙(せん)と作(な)らん」 と。 この時根源(こんげん)を説(と)き破(やぶ)れば、悟空(ごくう)心霊(しんれい)福至(ふくし=幸至)り、切切(せつせつ=つぶさ)に口訣(くけつ)を記(き)し了(おわ)り、祖師(そし)に対(むか)いて深恩(しんおん)を拝謝(はいしゃ)し、すなわち後門(こうもん)を出でて観看(みわた)す。ただ見よ、東方(とうほう)の天色(てんしょく)微(かす)かに白(しろ)みを舒(の)べ、西路(せいろ)に金光(きんこう)大いに明(あき)らかなり。旧路(きゅうろ)に依(よ)りて、前門(ぜんもん)に転(てん)じ到(いた)り、軽軽(そっと)推(お)し開(ひら)いて進(い)り、原(もと)の寝(しん)の処に坐し、故(わざ)と床鋪(しょうほ=寝床)を将(も)ちて揺(ゆ)り響(ひび)かせて道(いわ)く、 「天光(あけ)た!天光(あけ)た!起きよ!」 と。あの大衆(だいしゅ)は還(ま)だ正に睡(ねむ)りおるなり。悟空(ごくう)已(すで)に好事(こうじ=よいこと)を得たるを知らず。当日(そのひ)起きて打混(だこん=雑じり合い)、暗々(ひそか)に維持(いじ=保ち)し、子前(しぜん=子の刻前)午後(ごご)に、自(みずか)ら息(いき)を調(ととの)う。 却って早くも三年(さんねん)を過(す)ごし、祖師(そし)復(ま)た宝座(ほうざ)に登(のぼ)り、衆(しゅう)与(と)説法(せっぽう)す。談(だん)ずるはこれ公案(こうあん=禅の課題)比語(ひご=譬え)、論(ろん)ずるはこれ外像(げぞう=外の姿)包皮(ほうひ=包む皮)なり。忽然(たちまち)問いて言う、 「悟空(ごくう)いずこに在るか」 と。悟空(ごくう)近づき前(すす)み出でて跪(ひざまず)きて言う、 「弟子(でし)有り」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝この一向(このところ)些か何(なん)の道(みち)をか修(しゅ)し来れるか」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「弟子(でし)近来(ちかごろ)法性(ほっしょう)頗(すこぶ)る通(つう)じ、根源(こんげん)また漸(ようや)く堅固(けんご)なり」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝既(すで)に法性(ほっしょう)に通(つう)じ、根源(こんげん)を会(え)し得て、已(すで)に神体(しんたい)に注(ちゅう)せり。却ってただこれ『三災利害(さんさいりがい)』を防備(ぼうび)せよ」 と。悟空(ごくう)説(いう)を聴き、沈吟(ちんぎん=思い沈む)すること良久(ひさしく)して道(いわ)く、 「師父(しふ)の言(げん)謬(あやま)れり。我嘗(かつ)て聞く、道(みち)高く徳(とく)隆(さか)んなれば、天(てん)与(と)寿(いのち)を同(おなじ)くし、水火既済(すいかきせい=水火調和)して、百病(ひゃくびょう)生(しょう)ぜずと。却っていかにして箇(ひと)の『三災利害(さんさいりがい)』有らんや」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「これは乃ち非常(ひじょう)の道(みち)なり。天地(てんち)の造化(ぞうか)を奪(うば)い、日月(じつげつ)の玄機(げんき)を侵(おか)す。丹(たん)成(な)りし後、鬼神(きじん)容(い)れ難(がた)し。顔(かお)を駐(とど)め寿(いのち)を益(ます)といえども、五百年(ごひゃくねん)の後に到(いた)らば、天(てん)雷災(らいさい)を降(くだ)して汝を打たん。須(かなら)ず性(せい)を見(けん)じ心(こころ)を明(あき)らかにして、予(あらかじ)め逃避(とうひ=避け隠れ)することを要(よう)す。逃(のが)れ過(す)ごさば、寿(いのち)天(てん)与(と)斉(ひと)しく、逃(のが)れ過(す)ごさずんば、このまま命(いのち)を絶(た)たん。再(ふたたび)び五百年(ごひゃくねん)の後、天(てん)火災(かさい)を降(くだ)して汝を焼(や)かん。この火はこれ天火(てんか)に非(あら)ず、またこれ凡火(ぼんか=普通の火)にも非(あら)ず、喚(よ)んで『陰火(いんか)』と做(な)す。自(みずか)らの身(み)の湧泉穴(ゆうせんけつ=足の裏の穴位)の下より焼(や)き起(おこ)り、直(ただち)に泥垣宮(でいえんきゅう=頭頂の泥丸)に透(とお)り、五臓(ごぞう)灰(はい)と成(な)り、四肢(しし)皆朽(く)ちて、千年(せんねん)の苦行(くぎょう)をば俱(とも)に虚幻(きょげん=空虚)と為さん。再(ふたた)び五百年(ごひゃくねん)、又風災(ふうさい)を降(くだ)して汝を吹(ふ)かん。この風はこれ東南西北風(とうなんせいほくふう)に非(あら)ず、和薫金朔風(わくんきんさくふう=四季の風)にも非(あら)ず、また花柳松竹風(かりゅうしょうちくふう=花や松に吹く風)にも非(あら)ず、喚(よ)んで『贔風(ひふう)』と做(な)す。囟門(しんもん=頭の泉門)の中より吹(ふ)き入りて六腑(ろっぷ)を過ぎ、丹田(たんでん)を穿(うが)ち、九竅(きゅうきょう)を通(つう)じて、骨肉(こつにく)消疏(しょうそ=痩せ衰え)、その身(み)自(おの)ずから解(と)けん。此を以(もっ)て皆逃(のが)れ過(す)ごすことを要(よう)するなり」 と。 悟空(ごくう)説(いう)を聞き、毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん=ぞっとして)し、頭(こうべ)を叩(たた)き礼拜(らいはい)して道(いわ)く、 「万(よろず)に望(のぞ)むらくは老爺(ろうや=師)憐(あわ)れみを垂(た)れて、三災(さんさい)を逃避(とうひ)するの法(ほう)を伝(つた)えたまえ。到底(つい)に敢えて恩(おん)を忘(わす)れじ」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「これまた難(なん)無けれども、ただ汝他(た)の人(ひと)与(と)同(おな)じからず。故(ゆえ)に伝(つた)うることを得ず」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「我もまた頭(こうべ)円(まろ)かにして天(てん)を頂(いただ)き、足(あし)方(ほう)にして地(ち)を履(ふ)み、一般(ひとしく)九竅四肢(きゅうきょうしし)、五臓六腑(ごぞうろっぷ)有り。何(なん)を以(もっ)てか人(ひと)与(と)同(おな)じからざらんや」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝人(ひと)に像(に)たるといえども、却って人(ひと)より腮(ほお)少(すくな)し」 と。元来(もと)あの猴子(こうじ=猿)は孤拐面(ここわいめん=頬のこけた面)にして、凹臉(おうれん=くぼんだ顔)尖嘴(せんし=とがった口)なり。悟空(ごくう)手(て)を伸(の)べて一摸(ひとさわり)し、笑って道(いわ)く、 「師父(しふ)成算(せいさん=見込み)無し!我腮(ほお)少(すくな)しといえども、却って人(ひと)よりこの箇(ひと)の嗉袋(そたい=喉の袋)多し。また以(もっ)て准折(じゅんせつ=相殺)し過(す)ぐべし」 と。祖師(そし)説(いわ)く、 「また可(よ)し。汝あの一般(ひとくさ)を学(まな)ばんと要(ほっ)するか。一般(ひとくさ)の天罡数(てんこうすう=三十六)有りて、三十六般(さんじゅうろっぱん)の変化(へんげ)に該(あた)り、一般(ひとくさ)の地煞数(ちさつすう=七十二)有りて、七十二般(しちじゅうにぱん)の変化(へんげ)に該(あた)る」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「弟子(でし)願(ねが)わくは多き裡(うち)より撈摸(ろうも=選り取り)、箇(ひと)つの地煞変化(ちさつへんげ)を学(まな)ばん」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「既(すで)にこの如(ごと)くならば、上前(すす)み来れ、汝に口訣(くけつ)を伝(つた)えん」 と。遂(つい)に耳(みみ)に附(つ)けて低(ひく)く言う、知らず些か何(なん)の妙法(みょうほう)をか説(い)いしや。この猴王(こうおう)またこれ彼の、一竅(いっきょう)通(つう)ずる時百竅(ひゃっきょう)通(つう)ずるなり。当時(そのとき)口訣(くけつ)を習(なら)い、自(みずか)ら修(しゅ)し自(みずか)ら煉(ね)りて、七十二般(しちじゅうにぱん)の変化(へんげ)を将(も)ちて、皆学(まな)び成(な)し了(おわ)んぬ。 忽(たちまち)一日(あるひ)、祖師(そし)衆門人(しゅうもんじん)与(と)三星洞(さんせいどう)の前に在りて晩景(ばんけい=夕景色)を戯(たわむ)れ玩(もてあそ)ぶ。祖師(そし)道(いわ)く、 「悟空(ごくう)、事(こと)成(な)り了(おわ)れるか未(いま)だか」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「多く師父(しふ)の海恩(かいおん=広大な恩)を蒙(こうむ)り、弟子(でし)功果(こうか)完備(かんび)し、已(すで)に霞挙(かきょ=霞に乗って昇る)飛昇(ひしょう)することを能(よ)くす」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝試(こころ)みに飛挙(ひきょ)して我に看(み)せよ」 と。 悟空(ごくう)本事(ほんじ=腕)を弄(ろう)し、身(み)を一聳(ひとそびやか)し、箇(ひと)つの連扯跟頭(れんしゃこんとう=続けざまの宙返り)を打ちて、地(ち)を跳び離(はな)るること五六丈(ごろくじょう)有り、雲霞(うんか)を踏(ふ)みて勾(およそ)頓飯(とんぱん=食事ひと時)の功夫(くふう=程)を去(ゆ)くに、返復(はんぷく)すること三里(さんり)の遠近(おちこち)に上(のぼ)らず、面前(めんぜん)に落ちて、手(て)を叉(さしはさ)んで道(いわ)く、 「師父(しふ)、これすなわち飛挙(ひきょ)騰雲(とううん)なり」 と。祖師(そし)笑って道(いわ)く、 「これ算(かぞ)えて騰雲(とううん)と得(う)べからず、ただ算(かぞ)えて爬雲(はうん=這う雲)のみ。古(いにしえ)より道(いわ)く、『神仙(しんせん)は朝(あした)に北海(ほっかい)に遊(あそ)び暮(ゆうべ)に蒼梧(そうご)に至る』と。この如(ごと)き汝が半日(はんにち)に、去(ゆ)くこと三里(さんり)に上(のぼ)らざれば、すなわち爬雲(はうん)也算(かぞ)えてまだ可(よ)からざるなり!」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「いかにして『朝(あした)に北海(ほっかい)に遊(あそ)び暮(ゆうべ)に蒼梧(そうご)に至る』と為すか」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「凡(およ)そ騰雲(とううん)の輩(やから)、早辰(あした)北海(ほっかい)より起こり、東海(とうかい)・西海(せいかい)・南海(なんかい)を遊(あそ)び過ぎ、復(ま)た蒼梧(そうご)に転(てん)ず。蒼梧(そうご)とは却ってこれ北海(ほっかい)零陵(れいりょう)の語話(ごわ=言い方)なり。四海(しかい)の外を将(も)ちて、一日(いちじつ)に都(すべ)て遊(あそ)び遍(あまね)くして、方(はじ)めて算(かぞ)えて騰雲(とううん)と得(う)べし」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「これ却って難(かた)し!却って難(かた)し!」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「世上(せじょう)に難事(なんじ)無く、ただ心(こころ)有る人(ひと)を怕(おそ)るるのみ」 と。悟空(ごくう)この言(げん)を聞き得て、頭(こうべ)を叩(たた)き礼拜(らいはい)し、啓(もう)して道(いわ)く、 「師父(しふ)、『人(ひと)と為るには須(かなら)ず徹(てっ)すべし』と。索性(いっそ)大いなる慈悲(じひ)を捨(す)てて、この騰雲(とううん)の法(ほう)を、一発(いっぺん)に我に伝(つた)えたまえ。決(けっ)して敢えて恩(おん)を忘(わす)れじ」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「凡(およ)そ諸仙(しょせん)の騰雲(とううん)は、皆足(あし)を跌(ふみ)って起こるに、汝は却ってこの般(ごと)くならず。我才(いま)しがた汝の去(ゆ)くを見るに、連扯(れんしゃ)にして方(はじ)めて跳び上(あ)がれり。我今ただ汝がこの勢(いきおい)に就(つ)きて、汝に箇(ひと)つの『觔斗雲(きんとうん)』を伝(つた)えん」 と。悟空(ごくう)又礼拜(らいはい)して懇求(こんぐ=切に請う)。祖師(そし)却って又箇(ひと)つの口訣(くけつ)を伝(つた)えて道(いわ)く、 「この朶(ひとひら)の雲(くも)、訣(けつ)を捻(ひね)り、真言(しんごん)を念(ねん)じ動(どう)じ、拳(こぶし)を握(にぎ)り緊(し)めて、身(み)に対(むか)って一抖(ひとふるい)し、跳び将(まさ)に起こらんとすれば、一觔斗(ひとまわり)にすなわち十万八千里(じゅうまんはっせんり)の路(みち)有るなり!」 と。大衆(だいしゅ)説(いう)を聴き、一箇一箇(めいめい)嘻嘻(きき)と笑って道(いわ)く、 「悟空(ごくう)造化(ぞうか=幸運)なり!もしこの法(ほう)を会(え)得(う)れば、人家(じんか)与(の)鋪兵(ほへい=飛脚)と為り、文書(ぶんしょ)を送(おく)り、報単(ほうたん=知らせ書き)を遞(わた)し、いずこを管(かま)わず都(すべ)て飯(めし)を食う處(ところ)を尋ね得ん!」 と。師徒(してい)ら天昏(てんこん=日暮れ)れて各(おのおの)洞府(どうふ)に帰る。この一夜(ひとよ)、悟空(ごくう)すなわち神(しん)を運(めぐ)らし法(ほう)を煉(ね)りて、觔斗雲(きんとうん)を会(え)得(う)。日ごとに家(ずっと)拘束(こうそく)無く自在(じざい)逍遙(しょうよう)としてこの一(ひとつ)の長生(ちょうせい)の美(よ)きかな。 一日(あるひ)、春(はる)帰り夏(なつ)至(いた)り、大衆(だいしゅ)皆松樹(しょうじゅ)の下に在りて会講(かいこう=集まり語る)すること多時(ひさ)し。大衆(だいしゅ)曰く、 「悟空(ごくう)、汝はこれ那世(いずれのよ)に修(しゅ)し来れるの縁法(えんぽう=縁)か。前日(せんじつ)師父(しふ)耳(みみ)を拊(う)ちて低(ひく)く言い、汝に伝(つた)えたもう三災(さんさい)を逃(のが)るる変化(へんげ)の法(ほう)を、皆会(え)得(う)したるか」 と。悟空(ごくう)笑って道(いわ)く、 「諸兄長(しょけいちょう=兄さん方)に隠(かく)して申(もう)さず。一(ひとつ)にはこれ師父(しふ)の伝授(でんじゅ)、二(ふたつ)に来るはまた我が昼夜(ちゅうや)殷勤(いんぎん=励む)による。あの幾般(いくつ)かも皆会(え)了(おわ)んぬ」 と。大衆(だいしゅ)道(いわ)く、 「この良時(よきとき)に趁(じゅん)じ、汝試(こころ)みに演(えん)じ演(えん)じ、我等(われら)をして看看(みみ)せしめよ」 と。悟空(ごくう)説(いう)を聞き、精神(せいしん)を抖搜(とうそう=奮い起こ)し、手段(しゅだん=技)を売弄(ろうろう=ひけらか)して道(いわ)く、 「衆(しゅう)の師兄(しけい)、箇(ひと)つの題目(だいもく=お題)を出(いだ)されたい。我に甚(なん)をか変化(へんげ)せよと要(よう)するか」 と。大衆(だいしゅ)道(いわ)く、 「すなわち棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)に変(へん)じよ」 と。悟空(ごくう)訣(けつ)を捻(ひね)り、呪語(じゅご)を念(ねん)じ動(どう)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)し、すなわち変(へん)じて一棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)と做(な)る。真に個(こ)の、 郁郁(いくいく)として烟(けむり)を含(ふく)みて四時(しいじ)を貫(つらぬ)き、雲(くも)を凌(しの)ぎ直(ただち)に上(のぼ)って貞姿(ていし=清らかな姿)を秀(ひい)でさす。 全(まった)く一點(いってん)の妖猴(ようこう)の像(かたち)無く、尽(ことごと)くこれ霜(しも)を経(へ)て雪(ゆき)に耐(た)うるの枝(えだ)なり。 と。 大衆(だいしゅ)これを見て、掌(てのひら)を鼓(う)って呀呀(がが=わあわあ)と大いに笑う。皆道(いわ)く、 「好き猴児(こうじ)かな!好き猴児(こうじ)かな!」 と。覚(おぼ)えずして嚷鬧(じょうどう=騒ぎ立て)、祖師(そし)を驚動(きょうどう)したてまつる。 祖師(そし)急(いそ)ぎ杖(つえ)を引(ひ)きて門(かど)を出で来りて問うて道(いわ)く、 「是(こ)れ何人(なんぴと)かこの処に在りて喧嘩(けんか=騒ぐ)する」 と。大衆(だいしゅ)呼(よばわ)るを聞き、慌(あわ)てて検束(けんそく=慎み)し、衣(ころも)を整(ととの)えて向前(すす)み出づ。悟空(ごくう)また本相(ほんそう=元の姿)を現(あらわ)し、叢中(そうちゅう)に雑(まじ)って道(いわ)く、 「尊師(そんし)に啓上(けいじょう)す。我等(われら)ここに在りて会講(かいこう)す、更(さら)に外姓(がいせい=部外者)の喧嘩(けんか)するは無し」 と。祖師(そし)怒(いか)って喝(かつ)して道(いわ)く、 「汝等(なんじら)大呼小叫(だいこしょうきょう=わめき叫び)、全(まった)く箇(ひと)の修行(しゅぎょう)の体段(たいだん=体裁)に像(に)ず!修行(しゅぎょう)の人(ひと)は、口(くち)開(ひら)けば神気(しんき)散(さん)じ、舌(した)動(うご)けば是非(ぜひ)生(しょう)ず。いかにしてこの処に在りて嚷(わめ)き笑うか」 と。大衆(だいしゅ)道(いわ)く、 「敢えて師父(しふ)を瞞(あざむ)かず。适才(たまたま)孫悟空(そんごくう)変化(へんげ)を演(えん)じて耍子(たわむれ)せり。彼に棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)に変(へん)じよと教(おし)えしに、果してこれ棵(ひとくき)の松樹(しょうじゅ)なり。弟子(でし)ら俱(とも)に称揚(しょうよう)し喝采(かっさい=誉めそやし)せしかば、故(ゆえ)に声(こえ)を高うして尊師(そんし)を驚(おどろ)かし冒(おか)したてまつれり。望(のぞ)むらくは乞(こ)う、罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝等(なんじら)起(た)ちて去(ゆ)け」 と。叫(よばわ)って言う、 「悟空(ごくう)、過ぎ来れ!我汝に問わん、甚(なん)の精神(せいしん)を弄(ろう)し、甚(なん)の松樹(しょうじゅ)に変(へん)ずるか。この工夫(くふう=技)、好くも人前(ひとまえ)に在りて売弄(ろうろう=ひけらか)すべきか。假如(もし)汝他(た)の人有(た)るを見なば、彼に求(もと)めざらんや?他(た)の人(ひと)汝に有るを見なば、必(かなら)ず汝に求(もと)めん。汝もし禍(わざわい)を畏(おそ)れなば、却って彼に伝(つた)うることを要(よう)せん。もし彼に伝(つた)えずんば、必(かなら)ず加害(かがい)せん。汝が性命(せいめい)また保(たも)つべからず」 と。悟空(ごくう)叩(こうべをう)って道(いわ)く、 「ただ望(のぞ)むらくは師父(しふ)罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ!」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「我また汝を罪(つみ)せざれども、但(た)だただ汝去(ゆ)け」 と。悟空(ごくう)この言(げん)を聞き、満眼(まんがん)に涙(なみだ)を堕(おと)して道(いわ)く、 「師父(しふ)、我にいずこへ往けと教(おし)えたもうか」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝あの処より来れるなれば、便(すなわ)ちあの処より去(ゆ)くがこれなり」 と。悟空(ごくう)頓(とみ)に然(しか)と醒(さ)め悟(さと)って道(いわ)く、 「我東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)より来れり」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝疾(と)く回(かえ)り去(ゆ)け、汝が性命(せいめい)を全(まっと)うせよ。もしこの間(あいだ)に在らば、断然(だんぜん)として不可(ふか)なり!」 と。悟空(ごくう)罪(つみ)を領(りょう)して言う、 「尊師(そんし)に上告(じょうこく)す。我また家(いえ)を離(はな)れて二十年(にじゅうねん)有り。旧日(きゅうじつ)の児孫(じそん=子孫)を回顧(かいこ=顧みる)といえども、但(た)だ念(おも)うは師父(しふ)の厚恩(こうおん)未(いま)だ報(ほう)ぜざれば、敢えて去(ゆ)かず」 と。祖師(そし)道(いわ)く、 「いずくに甚(なん)の恩義(おんぎ)か有らん。汝ただ禍(わざわい)を惹(ひ)かず、我を牽帯(けんたい=巻き添え)にせざるがそれのみ!」 と。 悟空(ごくう)奈(いか)んともする無きを見、ただ拝辞(はいじ=拝して辞す)するを得、衆(しゅう)与(と)相別(あいわか)る。祖師(そし)道(いわ)く、 「汝この去(ゆき)に、定(かなら)ず不良(ふりょう=悪事)を生(しょう)ぜん。汝いかにして禍(わざわい)を惹(ひ)き凶(きょう)を行うとも、却って我が徒弟(とてい=弟子)なりと説(い)うことを許(ゆる)さず。汝半箇(はんぶん)の字(じ)を説(い)い出(いだ)さば、我すなわちこれを知らん。汝この猢猻(こしゅん)を把(と)りて皮(かわ)を剥(は)ぎ骨(ほね)を銼(やすりか)け、神魂(しんこん=魂)を将(も)ちて九幽(きゅうゆう=九つの冥府)の処に貶(おと)し、汝をして万劫(ばんごう)に身(み)を翻(かえ)すことを得ざらしめん!」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「決(けっ)して敢えて師父(しふ)の一字(いちじ)を提起(ていき=口に)せず、ただこれ我が自家(じか=自分)に会(え)得(う)したるなりと説(い)わんのみ」 と。 悟空(ごくう)謝(しゃ)し了(おわ)る。すなわち身(み)を抽(ひ)き、訣(けつ)を捻(ひね)り、箇(ひと)つの連扯(れんしゃ=続けざまの宙返り)を投(なげう)ち、觔斗雲(きんとうん)を縦(はな)ち起(おこ)して、径(ただち)に東海(とうかい)に回(かえ)る。那里(いずく)に一箇時辰(いっとき=二時間)を消(しょう)せんや、早くも花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)を見る。美猴王(びこうおう)自(みずか)ら楽(たのし)みを知り、暗々(ひそか)に自(みずか)ら称(しょう)じて道(いわ)く、 「去(ゆ)きし時は凡骨(ぼんこつ)凡胎(ぼんたい)重(おも)かりしが、道(みち)を得て身(み)軽(かる)く体(からだ)また軽(かる)し。 世(よ)を挙(こぞ)りて人(ひと)の肯(あえ)て志(こころざし)を立(た)つる無けれど、志(こころざし)を立(た)てて玄(げん)を修(しゅ)すれば玄(げん)自(おの)ずから明(あき)らかなり。 当時(そのかみ)海を過(わた)るに波(なみ)進(すす)み難(がた)かりしが、今日(こんにち)来回(らいかい)甚(はなは)だ行き易(やす)し。 別語(べつご=別れの言葉)叮嚀(ていねい=念押し)して還(ま)た耳(みみ)に在るに、何期(よもや)頃刻(しばらく)にして東溟(とうめい=東の海)を見んとは」 と。 悟空(ごくう)雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)し、直(ただち)に花果山(かかざん)に至(いた)る。路(みち)を找(たず)ねて走(あゆ)むに、忽然(たちまち)鶴唳(かくれい=鶴の鳴き)猿啼(えんてい=猿の泣き)を聴き得(う)。鶴唳(かくれい)の声(こえ)霄漢(しょうかん=大空)の外に衝(つ)き、猿啼(えんてい)の悲切(ひせつ)甚(はなは)だ情(じょう)を傷(いた)ましむ。すなわち口(くち)を開(ひら)いて叫(よばわ)って道(いわ)く、 「孩児(がいじ=子ども)らよ、我来れり!」 と。かの崖下(がいか)石坎(せっかん=岩のくぼみ)の辺(ほとり)、花草(かそう)の中、樹木(じゅもく)の裡(うち)より、大きなるも小さきも之(これ)猴(さる)、跳び出づること千千万万(せんぜんばんばん)、箇(ひと)りの美猴王(びこうおう)を把(と)って中(なか)に囲(かこ)み、頭(こうべ)を叩(たた)いて叫(よばわ)って道(いわ)く、 「大王(だいおう)、汝好くも心(こころ)広(ひろ)きかな!いかにして一たび去(ゆ)きて許(あま)りに久(ひさ)しきや。我等(われら)を把(と)って俱(とも)にここに閃(とりのこ)し、汝を望(のぞ)むこと誠(まこと)に飢(う)え渇(かわ)きの如(ごと)し!近来(ちかごろ)一りの妖魔(ようま)にこの処に在りて欺虐(ぎぎゃく=虐げ)られ、強(しい)て我等(われら)が水簾洞府(すいれんどうふ)を占(し)めんと要(よう)す。これ我等(われら)死(し)を捨(す)て生(いのち)を忘(わす)れ、彼与(と)争闘(そうとう)せしなり。これらの時(おり)、あの厮(やつ)に我等(われら)が家火(かか=道具)を搶(うば)われ、許多(あまた)の子姪(してつ=子や甥)を捉(とら)えられ、我等(われら)をして昼夜(ちゅうや)眠(ねむ)り無く家業(かぎょう=家の財)を看守(かんしゅ=見張)らしむ。幸(さいわ)いに大王(だいおう)の来れるを得(えた)り!大王(だいおう)もし再(ふたた)び年載(ねんさい=一年)も来らずんば、我等(われら)山洞(さんどう)までも尽(ことごと)く他(た)の人有(ひと)の属(ぞく)とならん!」 と。 悟空(ごくう)説(いう)を聞き、心中(しんちゅう)大いに怒(いか)って道(いわ)く、 「是(これ)何(なん)の妖魔(ようま)か、輒(すなわ)ち敢えて無状(むじょう=無礼)なるや!汝且(しばら)く細細(つまびらか)に説(と)き来れ、我彼を尋ねて仇(あだ)を報(ほう)ぜんと待(ま)て」 と。衆猴(しゅうこう)頭(こうべ)を叩(たた)いて言う、 「大王(だいおう)に告上(こくじょう)す。あの厮(やつ)自(みずか)ら混世魔王(こんせいまおう)と称(しょう)し、住居(じゅうきょ=住まい)は直北(ちょくほく=真北)の下に在り」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「此間(ここ)より彼があの処に到(いた)るまで、多少(いくばく)の路程(ろてい=道のり)有るか」 と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、 「彼来る時は雲(くも)、去(ゆ)く時は霧(きり)、或(あるい)は風或(あるい)は雨、或(あるい)は電(いなずま)或(あるい)は雷(かみなり)。我等(われら)多少(いくばく)の路(みち)有るかを知らず」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「既(すで)にこの如(ごと)くならば、汝ら休(や)めて怕(おそ)るるな、且(しばら)く自(みずか)ら戯(たわむ)れ耍(あそ)べ。我彼を尋ねて去(ゆ)き来らんを等(ま)て!」 と。 好き猴王(こうおう)かな、身(み)を一縦(ひとおどり)し、跳び起(おこ)り去(ゆ)き、一路(ひとみち)觔斗(きんとう)して、直(ただち)に北下(ほくか=北の方)に至(いた)りて観看(みわた)せば、一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見る。真にこれ十分(じゅうぶん)に険峻(けんしゅん=けわし)なり。好き山かな、 筆峰(ひっぽう)挺立(ていりつ)し、曲澗(きょくかん)深沉(しんちん)なり。 筆峰(ひっぽう)挺立(ていりつ)して空霄(くうしょう=大空)を透(とお)り、曲澗(きょくかん)深沉(しんちん)して地戸(ちこ=地の門)に通(つう)ず。 両崖(りょうがい)の花木(かぼく)奇(き)を争(あらそ)い、幾処(いくところ)かの松篁(しょうこう=松と竹)翠(みどり)を闘(たたか)わす。 左辺(さへん)に龍(りゅう)有り、熟熟馴馴(じゅくじゅくじゅんじゅん=おとなしく)たり、 右辺(うへん)に虎(とら)有り、平平伏伏(へいへいふくふく=おとなしく伏す)。 毎(つね)に鉄牛(てつぎゅう=鉄の牛)の耕(たがや)すを見、常(つね)に金銭(きんせん)の種(たね)有り。 幽禽(ゆうきん)睍睆(けんかん=美わしき声)の声(こえ)、丹鳳(たんぽう=赤き鳳)朝陽(ちょうよう)に立(た)つ。 石磷磷(りんりん=ごつごつ)として、波(なみ)浄浄(じょうじょう=清らか)に、古怪(ここあい)蹺蹊(きょうけい=奇怪)にして真に悪獰(あくどう=凶悪)なり。 世上(せじょう)の名山(めいざん)無数多(むすうた)にして、花開(ひら)き花謝(しゃ)して蘩(しげ)く還(ま)た衆(おお)し。 争(いか)でかこの景(けい)の永(とこしな)えに長存(ちょうぞん)し、八節(はっせつ)四時(しいじ)渾(ことごと)く動(うご)かざるに如(し)かんや。 誠(まこと)にこれ三界(さんがい)の坎源山(かんげんざん)、五行(ごぎょう)を滋養(じよう)する水臓洞(すいぞうどう)! と。 美猴王(びこうおう)正に黙(だま)って景致(けいち=景色)を看(み)おるに、ただ人(ひと)の言語(ことば)有るを聴き得(う)。径(ただち)に自(みずか)ら山を下(お)りて尋ね覓(もと)むれば、元来(もと)かの陡崖(とうがい=急な崖)の前は、乃ちこれあの水臓洞(すいぞうどう)なり。洞門外(どうもんがい)に幾箇(いくたり)かの小妖(しょうよう)の跳舞(ちょうぶ=跳ね舞う)有りしが、悟空(ごくう)を見てすなわち走(に)ぐ。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「走(に)ぐるを休(や)めよ!汝が口中(こうちゅう)の言(ことば)を借(か)り、我が心内(しんない)の事(こと)を伝(つた)えん。我は乃ちこれ正南方(しょうなんぽう=真南)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の洞主(どうしゅ)なり。汝が家(いえ)の甚(なん)の混世鳥魔(こんせいちょうま)か、屡次(しばしば)我が児孫(じそん)を欺(あざむ)く。我特(こと)に尋ね来れり、彼与(と)箇(ひと)の上下(じょうげ=勝負)を見んと要(よう)す!」 と。 かの小妖(しょうよう)説(いう)を聴き、疾(と)く忙(いそ)ぎて洞裡(どうり)に跑(はし)り入り、報(ほう)じて道(いわ)く、 「大王(だいおう)!禍事(かじ=一大事)なり!」 と。魔王(まおう)道(いわ)く、 「甚(なん)の禍事(かじ)か有る」 と。小妖(しょうよう)道(いわ)く、 「洞外(どうがい)に猴頭(こうとう=猿)の花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の洞主(どうしゅ)と称(しょう)する者有り。彼説(いわ)く、汝屡次(しばしば)彼が児孫(じそん)を欺(あざむ)けり、特(こと)に来りて汝を尋ね、箇(ひと)の上下(じょうげ)を見んとす、と」 と。魔王(まおう)笑って道(いわ)く、 「我常(つね)に聞く、あの猴精(こうせい=猿の精)ら彼らに箇(ひと)の大王(だいおう)有りて、出家(しゅっけ)して修行(しゅぎょう)に去(ゆ)けりと。想(おも)うにこれ今番(こんど)来れるならん。汝ら彼のいずかたに怎生(いか)に打扮(だはん=身なり)せるを見、甚(なん)の器械(きかい=武器)有るか」 と。小妖(しょうよう)道(いわ)く、 「彼また甚(なん)の器械(きかい)も無く、箇(ひと)つの頭(こうべ)を光(まる)め、一領(ひとえ)の紅色(こうしょく)の衣(ころも)を穿(き)、一條(ひとすじ)の黄縧(おうじょう=黄色い帯)を勒(し)め、足下(そっか)に一対(ひとくみ)の烏靴(うか=黒靴)を踏(ふ)む。僧(そう)に非(あら)ず俗(ぞく)に非(あら)ず、また道士(どうし)神仙(しんせん)に像(に)ず、赤手空拳(せきしゅくうけん=素手)にして、門外(もんがい)に在りて叫(よばわ)れり」 と。魔王(まおう)説(いう)を聞いて言う、 「我が批掛(ひが=よろい)兵器(へいき)を取り来れ!」 と。かの小妖(しょうよう)即時(すなわち)取り出(いだ)す。かの魔王(まおう)甲冑(かっちゅう)を穿(き)、刀(かたな)を手(て)に綽(と)り、衆妖(しゅよう)与(と)門(かど)を出で得て来り、すなわち声(こえ)を高くして叫(よばわ)って道(いわ)く、 「あの箇(ひと)が水簾洞(すいれんどう)の洞主(どうしゅ)なるか」 と。 悟空(ごくう)急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて観看(みわた)せば、ただかの魔王(まおう)の、 頭(こうべ)に烏金盔(うきんかい=黒金の兜)を戴(いただ)き、日に暎(て)りて光明(こうみょう)なり。 身(み)に皁羅袍(そうらほう=黒絽の袍)を掛(か)け、風を迎(むか)えて飄蕩(ひょうとう=ひるがえる)。 下に黒鉄甲(こくてっこう=黒鉄の鎧)を穿(き)著(つ)け、皮条(ひじょう=革紐)を緊(かた)く勒(し)む。 足(あし)に花褶靴(かとうか=模様ある靴)を踏(ふ)み著(つ)け、雄(ゆう)なること上将(じょうしょう)の如(ごと)し。 腰(こし)広(ひろ)きこと十囲(じっい=十抱え)、身(み)の高さ三丈(さんじょう)、 手(て)に一口(ひとふり)の刀(かたな)を執(と)り、鋒刃(ほうじん=切っ先)多く明亮(めいりょう)なり。 称(しょう)して混世魔(こんせいま)と為し、磊落(らいらく=あからさま)なる凶(きょう)の模様(すがた)なり。 と。 猴王(こうおう)喝(かつ)して道(いわ)く、 「この潑魔(はつま=暴れ者)め、この般(ごと)く眼(め)大きくして、老孫(ろうそん=おれ)を見えざるか!」 と。魔王(まおう)これを見て、笑って道(いわ)く、 「汝が身(み)は四尺(ししゃく)に満(み)たず、年(とし)は三旬(さんじゅん=三十)に過(す)ぎず、手内(しゅない)に又兵器(へいき)無し。いかにして胆(きも)大きく猖狂(しょうきょう=奔放)にして、我を尋ねて甚(なん)の上下(じょうげ=勝負)をか見んと要(よう)するか」 と。悟空(ごくう)罵(ののし)って道(いわ)く、 「汝この潑魔(はつま)め、元来(もと)眼(め)無し!汝我を小さしと量(はか)るが、大きくならんは却って難(かた)からず。汝我に兵器(へいき)無しと量(はか)るが、我が両手(りょうしゅ)は天辺(てんぺん)の月を勾(か)き著(つ)けたり!汝怕(おそ)るる莫(な)かれ、ただ老孫(ろうそん)が一拳(ひとこぶし)を食(くら)え!」 と。一縦(ひとおどり)し、跳び上(あ)がりて、臉(かお)を劈(つんざ)いてすなわち打つ。かの魔王(まおう)手(て)を伸(の)べて架(ささ)え住(とど)めて道(いわ)く、 「汝この般(ごと)く矮小(わいしょう=ちんちくりん)にして、我この般(ごと)く高長(こうちょう=背高)なり。汝拳(こぶし)を使(つか)わんと要(よう)し、我刀(かたな)を使(つか)わんと要(よう)す。刀(かたな)を使(つか)えばすなわち汝を殺(ころ)さんが、また人(ひと)の笑いを食(くら)わん。我をして刀(かたな)を放(お)き下(おろ)さしめ、汝与(と)路拳(ろけん=一通りの拳)を使(つか)いて看看(みみ)せよ」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「説(い)えること是(ぜ)なり。好き漢子(おのこ)かな!走(き)て来れ!」 と。かの魔王(まおう)架子(かし=構え)を投(なげう)ち開(ひら)いてすなわち打てば、この悟空(ごくう)鑽(くぐ)り入(はい)りて相(あい)撞(ぶつか)り相(あい)迎(むか)う。彼の両人(ふたり)拳(こぶし)で捶(なぐ)り脚(あし)で踢(け)り、一冲(いっしょう)一撞(いちどう=突き合い)す。元来(もと)長拳(ちょうけん=遠間の拳)は空大(くうだい=大ぶり)にして、短簇(たんぞく=接近戦)は堅牢(けんろう)なり。かの魔王(まおう)悟空(ごくう)に短肋(たんろく=脇腹)を掏(えぐ)られ、襠(また)を撞(つ)かれ、幾下(いくつ)かの筋節(きんせつ=急所)を打たれて、彼をして打たるること重(おも)からしむ。彼閃(よ)け過ぎ、あの板(いた)ほどの大いさなる鋼刀(こうとう)を拿(と)り上(あ)げ、悟空(ごくう)を望(めが)けて頭(こうべ)を劈(つんざ)いてすなわち砍(き)る。悟空(ごくう)急(いそ)ぎ身(み)を撤(ひ)けば、彼一箇(ひと)の空(くう)を砍(き)れり。悟空(ごくう)彼の凶猛(きょうもう)なるを見、すなわち身外身法(しんがいしんぽう=身外身の術)を使(つか)い、一把(ひとつかみ)の毫毛(ごうもう=体毛)を抜(ぬ)き、口中(こうちゅう)に投(なげ)れて嚼(か)み砕(くだ)き、空中(くうちゅう)を望(めが)けて噴(ふ)き去(さ)り、一声(ひとこえ)「変(へん)じよ!」と叫(よばわ)れば、すなわち変(へん)じて三二百(さんにひゃく)の小猴(しょうこう)と做(な)り、周囲(しゅうい)に集簇(しゅうぞく=群れ集まる)す。 元来(もと)人(ひと)仙体(せんたい)を得(う)れば、出神(しゅっしん=神通)変化(へんげ)して、方(ほう)の知らざる無し。この猴王(こうおう)道(みち)を了(さと)りし自(よ)り後、身上(しんじょう)に八万四千(はちまんよんせん)の毛羽(もうう=毛)有り、根根(いちいち)能(よ)く変(へん)じて、物(もの)に感(かん)じて心(こころ)に随(したが)う。あの小猴(しょうこう)ら、眼(め)乖(かしこ)くして能(よ)く跳び、刀(かたな)来れども砍(き)り著(あ)てられず、槍(やり)去(ゆ)けども傷(そこな)うことを得ず。汝看(み)よ、彼ら前に踊(おど)り後(うしろ)に躍(おど)り、鑽(くぐ)り上(あ)がりて、魔王(まおう)を把(と)って囲繞(いにょう=取巻)し、抱(いだ)くは抱(いだ)き、扯(ひ)くは扯(ひ)き、襠(また)を鑽(くぐ)るは襠(また)を鑽(くぐ)り、脚(あし)を扳(ひ)くは脚(あし)を扳(ひ)き、踢(け)り打ち毛(け)を抜(ぬ)き、眼(め)を抉(えぐ)り、鼻(はな)を捻(ひね)り、抬(も)ち上(あ)げて弄(なぶ)る。直(ただち)に打ちて箇(ひと)の寄集(きしゅう=寄せ集め)と做(な)し了(おわ)んぬ。この悟空(ごくう)才(ようや)く往きて彼が刀(かたな)を奪(うば)い得て来り、小猴(しょうこう)を分(わ)け開(ひら)き、頂門(ちょうもん=頭上)を照(めが)けて一下(ひとうち)、砍(き)って両段(りょうだん)と為す。衆(しゅう)を領(ひき)いて洞中(どうちゅう)に討(う)ち入(はい)り、あの大きなるも小さきも妖精(ようせい)を将(も)ちて、尽(ことごと)く皆剿滅(そうめつ=討ち滅ぼ)す。却って毫毛(ごうもう)を把(と)って一抖(ひとふるい)し、身(み)の上に収(おさ)め来る。又あの身(み)の上に収(おさ)め上(あ)がらざる者を見れば、却ってこれかの魔王(まおう)の水簾洞(すいれんどう)の中にて擒(とら)え去(さ)りし小猴(しょうこう)なり。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「汝等(なんじら)何為(なんす)れてここに到(いた)れるか」 と。約(およ)そ三五十箇(さんごじゅっこ)有りて、皆涙(なみだ)を含(ふく)んで道(いわ)く、 「我等(われら)大王(だいおう)の仙(せん)を修(しゅ)しに去(ゆ)かれし後、この両年(ふたとせ)彼に争吵(そうそう=奪い合わ)れ、我等(われら)を把(と)って皆ここに摂(つれ)し将(も)ち来れり。あれは我等(われら)が洞中(どうちゅう)の家火(かか=道具)に非(あら)ずや。石盆(せきぼん)・石碗(せきわん)も皆この厮(やつ)に拿(と)り来られたり」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「既(すで)にこれ我等(われら)が家火(かか)ならば、汝ら皆搬(はこ)び出だし去(さ)れ」 と。すなわち洞裡(どうり)に火を放(はな)ち起(おこ)して、あの水臓洞(すいぞうどう)を把(と)って焼(や)きて枯乾(こかん=からから)にし、尽(ことごと)く一体(いったい)に帰(き)せしむ。衆(しゅう)に対(むか)いて道(いわ)く、 「汝等(なんじら)我に跟(したが)いて回(かえ)り去(ゆ)け」 と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、 「大王(だいおう)、我等(われら)来りし時、ただ耳辺(じへん)に風声(ふうせい)の聴こゆるのみにして、虚飄飄(きょひょうひょう=ふわふわ)としてこの地(ち)に到(いた)れり。更(さら)に路徑(ろけい=道筋)を識(し)らず。今いかにしてか回郷(かいきょう=故郷に帰る)を得んや」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「これは彼の弄(ろう)しし箇(ひと)の術法(じゅっぽう=術)なり。何(なん)の難(かた)きことか有らん!我如今一竅(いっきょう)通(つう)じ、百竅(ひゃっきょう)通(つう)ず。我また弄(ろう)することを会(え)たり。汝ら皆眼(め)を合(がっ)せよ、怕(おそ)るる休(な)かれ!」 と。 好き猴王(こうおう)かな、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)じ、一陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)を駕(が)して、雲頭(うんとう)を落(おと)し下(おろ)す。叫(よばわ)って言う、 「孩児(がいじ=子ども)ら、眼(め)を睜(みは)れ」 と。衆猴(しゅうこう)脚(あし)実地(じっち)を履(ふ)めば、これ郷里(きょうり=故郷)なるを認(みと)め、箇箇(おのおの)歓喜(かんぎ)し、皆洞門(どうもん)の旧路(きゅうろ)に奔(はし)る。かの洞(ほら)に在りし衆猴(しゅうこう)、皆一斉(いっせい)に簇擁(ぞくよう=取巻き)して同(とも)に入り、班(くみ)を分(わか)ち歯(よわい)を序(つい)で、猴王(こうおう)を礼拜(らいはい)す。酒果(しゅか=酒と果物)を安排(あんばい)し、風を接(むか)えて喜(よろこ)びを賀(が)し、魔(ま)を降(くだ)し子を救(すく)いし事(こと)を啓問(けいもん)す。悟空(ごくう)備(つぶさ)に細(こま)やかにこれを言い了(おわ)るに、衆猴(しゅうこう)称揚(しょうよう)して尽(つ)きずして道(いわ)く、 「大王(だいおう)あの方(かた)に去(ゆ)き到(いた)りて、意(おも)わずこの般(ごと)き手段(しゅだん=技)を学(まな)び得(えた)るとは!」 と。悟空(ごくう)又道(いわ)く、 「我当年(そのとし)汝等(なんじら)与(と)別(わか)れ、波(なみ)に随(したが)い流(ながれ)に逐(お)うて、東洋大海(とうようたいかい)を飄(ただよ)い過ぎ、径(ただち)に南贍部洲(なんせんぶしゅう)に至(いた)り、人(ひと)の像(すがた)を学(まな)び成(な)し、この衣(ころも)を著(き)、この履(くつ)を穿(は)き、擺擺揺揺(はいはいようよう=ゆらゆら)として、雲遊(うんゆう)すること八九年余(はちくねんよ)。更(さら)に曾(かつ)て道(みち)有らず。又西洋大海(せいようたいかい)を渡(わた)り、西牛賀洲(さいごがしゅう)の地界(ちかい)に到(いた)り、訪問(ほうもん)すること多時(ひさ)しく、幸(さいわ)いに一(ひとり)の老祖(ろうそ)に遇(あ)い、我に天(てん)与(と)寿(いのち)を同(おなじ)くするの真功果(しんこうか)、不死長生(ふしちょうせい)の大法門(だいほうもん)を伝(つた)えたまえり」 と。衆猴(しゅうこう)称賀(しょうが=祝い)して、皆道(いわ)く、 「万劫(ばんごう)に逢(あ)い難(がた)きなり!」 と。悟空(ごくう)又笑って道(いわ)く、 「小さき者どもよ、また喜(よろこ)ぶべきは我がこの一門(いちもん)皆姓氏(せいし)有ることなり」 と。衆猴(しゅうこう)道(いわ)く、 「大王(だいおう)はいずかの姓(せい)か」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「我今孫(そん)を姓(せい)とし、法名(ほうみょう)を悟空(ごくう)とす」 と。衆猴(しゅうこう)説(いう)を聞き、掌(てのひら)を鼓(う)って忻然(きんぜん=喜び)として道(いわ)く、 「大王(だいおう)は老孫(ろうそん)なり。我等(われら)は皆これ二孫(にそん)・三孫(さんそん)・細孫(さいそん)・小孫(しょうそん)——一家孫(いっかそん)・一国孫(いっこくそん)・一窩孫(いっかそん)なり!」 と。皆来って老孫(ろうそん)を奉承(ほうしょう=もてな)し、大盆(だいぼん)小碗(しょうわん)の、椰子酒(やしざけ)・葡萄酒(ぶどうしゅ)・仙花(せんか)・仙果(せんか)、真に個(こ)にこれ合家(がっか=一家)歓楽(かんらく)なり!咦(ああ)! 一姓(いっせい)を貫通(かんつう)じて身(み)本(ほん)に帰り、ただ栄(さか)えて仙籙(せんろく=仙籍)に名(な)を遷(うつ)さんことを待(ま)つ。 と。畢竟(ひっきょう)いかにしてか結果(けっか)し、この界(かい)に居(お)りて終始(しゅうし)いかんは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第三回 四海(しかい)千山(せんざん)皆(みな)拱伏(きょうふく)し 九幽(きゅうゆう)十類(じゅうるい)尽(ことごと)く名(な)を除(のぞ)く さて、美猴王(びこうおう)は故里(こくり)に栄(さか)え帰(かえ)り、混世魔王(こんせいまおう)を剿(せいばい)てよりこの方、一口(ひとふり)の大刀(だいとう)を奪(うば)い取(と)れり。 日々(ひび)に武芸(ぶげい)を操演(そうえん)し、小猴(しょうこう)らに教(おし)えて、竹(たけ)を砍(き)りて標(ひょう=ほこ先)と為し、木(き)を削(けず)りて刀(かたな)と為し、旗幡(きばん)を治(つく)り、哨子(しょうす=呼び笛)を打り、一つ進みては一つ退(しりぞ)き、営(えい)を安(やす)んじ寨(さい)を下して、頑耍(がんしゃ)すること多時(しばらく)なりき。 忽然(たちまち)、静坐(せいざ)の処に在りて、思想(おもんばか)りて道(いわ)く、 「我等(われら)この処に在りて、恐(おそ)らくは作耍(さしゃ)の真(まこと)と成(な)り、或は人王(じんのう)を驚動(きょうどう)し、或は禽王(きんおう)・獣王(じゅうおう)のこの犯頭(はんとう=罪科の的)を認(みと)め、我らが兵(へい)を操(あやつ)りて反(はん)を造(な)すと説いて、師(し)を興(おこ)して来りて相(あい)殺(ころ)さんずることあらんに、汝等(なんじら)は皆これ竹竿(ちくかん)・木刀(ぼくとう)なるに、いかにしてか対敵(たいてき)せん。須(かなら)ず鋒利(ほうり)の剣戟(けんげき)を得(う)るべし。如今(いま)奈何(いかん)せん」 と。 衆猴説を聞きて、箇箇(おのおの)驚恐(きょうきょう)して道(いわ)く、 「大王(だいおう)の見(けん)るところ甚だ長(た)けたり。ただ取(と)るべき処の無きのみ」 と。 正に説いおる間(あいだ)に、四箇(よたり)の老猴(ろうこう)の転(めぐ)り上み出づる有り。二箇(ふたり)はこれ赤尻馬猴(せっこうばこう=赤き尻の馬猴)、二箇(ふたり)はこれ通背猿猴(つうはいえんこう)にして、走みて面前(めんぜん)に到(いた)りて道(いわ)く、 「大王(だいおう)、もし鋒利(ほうり)の器械(きかい)を治(つく)らんと要(ほっ)せば、甚だ是容易(ようい)なり」 と。悟空道(いわ)く、 「いかにしてか容易(ようい)と見えん」 と。四猴(しこう)道(いわ)く、 「我らがこの山(やま)より、東(ひがし)に向いて去(ゆ)くこと二百里(にひゃくり)の水面(すいめん)有り、かの方は乃ち傲来国(ごうらいこく)の界(さかい)なり。かの国界(こっかい)の中に一の王位(おうい)有り、満城(まんじょう)の軍民(ぐんみん)その数(かず)計(かぞ)えず、必(かなら)ずや金銀銅鉄(きんぎんどうてつ)等の匠作(しょうさく=鍛冶職人)有らん。大王(だいおう)もしかの処に去(ゆ)き、或は買(か)い或は造(つく)りて些(いささ)かの兵器(へいき)を得、我等(われら)に教演(きょうえん)しめ、山場(さんじょう)を守護(しゅご)せしめば、誠(まこと)に所謂(いわゆる)泰(たい)を保(たも)ち長久(ちょうきゅう)なるの機(き)なり」 と。悟空説を聞き、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんぎ)して道(いわ)く、 「汝等(なんじら)はこの処に在りて頑耍(がんしゃ)せよ、我去(ゆ)きて来らん」 と。 好き猴王(こうおう)かな、急(いそ)ぎ觔斗雲(きんとうん=宙返りの雲)を縦(はな)ち、霎時間(しばらく)にして二百里(にひゃくり)の水面(すいめん)を過(す)ぎたり。果(はた)してかの方に一座(ひとつ)の城池(じょうち)有り、六街三市(ろくがいさんし=町筋と市場)、万戸千門(ばんこせんもん)、来たり往(ゆ)きて、人(ひと)皆光天化日(こうてんかじつ=白日の下)の下に在り。悟空心中(しんちゅう)に想(おも)うて道(いわ)く、 「この処に定ず現成(げんせい)の兵器有らん。我下(くだ)り往(ゆ)きて彼(かれ)より幾件(いくつ)かを買(か)わんと待(ま)たんよりは、却(かえ)って一箇(ひとつ)の神通(じんつう)を使(つか)いて彼(かれ)より幾件(いくつ)かを覓(もと)め出さんの、倒(かえ)って好からん」 と。彼(かれ)すなわち訣(けつ=印の結び)を捻(ねん)起し、呪語(じゅご)を念動(ねんどう)し、巽地(そんち=東南の方角)に向いて一息(ひといき)を吸(す)い込(こ)み、呼(ふ)っと吹(ふ)き将(も)ち去(ゆ)けば、すなわちこれ一陣(ひとむれ)の風(かぜ)、沙(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走らせ、好く人(ひと)を驚(おどろ)かすかな。 詩(し)に曰(いわ)く、 砲雲(ほううん=砲のごとき雲)の起こる処、乾坤(けんこん)を蕩(ゆるが)し、 黒霧(こくむ)陰霾(いんばい)として、大地(だいち)昏(くら)し。 江海(こうかい)波(なみ)翻(ひるがえ)りて、魚蟹(ぎょかい)怕(おそ)れ、 山林(さんりん)樹(き)折(お)れて、虎狼(ころう)奔(はし)る。 諸般(しょはん)の買売(ばいばい)に、商旅(しょうりょ=旅の商人)無く、 各様(かくよう)の生涯(しょうがい)に、人(ひと)を見ず。 殿上(でんじょう)の君王(くんおう)は、内院(ないいん)に帰(かえ)り、 階前(かいぜん)の文武(ぶんぶ)は、衙門(がもん=役所)に転(まわ)る。 千秋(せんしゅう)の宝座(ほうざ)は、都吹(ふ)き倒(たお)され、 五鳳(ごほう)の高楼(こうろう)は、幌動(こうどう)して根(ね)を動かす。 と。 風(かぜ)の起こる処、かの傲来国(ごうらいこく)の君王(くんおう)を驚(おどろ)かし散(さん)じ、三街六市(さんがいろくし=町々)、都慌(あわ)てて門(かど)を関(とざ)し戸(と)を閉(と)じ、敢(あ)えて走る者無し。 悟空才(ようや)く雲頭(うんとう)を按(おろ)し下し、径(ただち)に朝門(ちょうもん)の裡(うち)に闖入(ちんにゅう)り、直(ただち)に兵器館(へいきかん)・武庫(ぶこ)の中を尋(たず)ね到(いた)り、門扇(もんせん)を打ち開(あ)けて看(み)(み)るに、かの裡(うち)に無数(むすう)の器械(きかい)有り。曰(いわ)く、刀(とう)、槍(そう)、剣(けん)、戟(げき)、斧(ふ)、鉞(えつ)、毛(もう=毛鎌)、鎌(れん)、鞭(べん)、鈀(は=くまで)、撾(さ)、簡(かん=鉄の笏)、弓(きゅう)、弩(ど=いしゆみ)、叉(さ)、矛(ぼう)、件件(けんけん)俱(とも)に備(そな)われり。一見(いちげん)して甚だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、 「我一人(ひとり)にして能く幾何(いくばく)かを拿り得(う)べき。還(かえ)って一箇(ひとつ)の分身法(ぶんしんぽう=身(み)を分かつ術)を使(つか)いて、搬(はこ)び将(も)ち去(さ)らんか」 と。 好き猴王(こうおう)かな、すなわち一把(ひとつかみ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、口(くち)に入れて嚼(か)み爛(ただ)らし、噴(ふ)き将(も)ち出し、呪語(じゅご)を念動(ねんどう)し、声(こえ)を叫んで、 「変(へん)ぜよ!」 と。変(へん)じて千百(せんびゃく)の小猴(しょうこう)と為り、都乱(みだ)りに搬(はこ)び乱(みだ)りに搶(あらそ)う。力(ちから)の有(あ)る者は五七件(ごしちけん)を拿り、力(ちから)の小(ちい)さき者は三二件(さんにけん)を拿り、尽数(ことごと)く搬(はこ)びて箇(ひとつ)の罄浄(けいじょう=すっからかん)と為せり。径(ただち)に雲頭(うんとう)を踏(ふ)み、一箇(ひとつ)の摂法(せっぽう=物を引き寄せる術)を弄(ろう)し、狂風(きょうふう)を喚(よ)び転(てん)じ、小猴(しょうこう)を帯領(たいりょう)し、俱(とも)に本処(ほんじょ)に回(かえ)れり。 さて、かの花果山(かかざん)の大小(だいしょう)の猴児(こうじ)は、正にかの洞門外(どうもんがい)に在りて頑耍(がんしゃ)しおるに、忽(たちま)ち風声(ふうせい)の響(ひび)く処を聞き得、半空中(はんくうちゅう)に、丫丫叉叉(ああささ=ごちゃごちゃ)として、辺(へん)無く岸(きし)無きの猴精(こうせい)の在るを見、唬(おどろ)かされて都乱(みだ)りに跑(はし)り乱(みだ)りに隠(かく)る。少時(しばらく)にして、美猴王雲頭(うんとう)を按(おろ)し落(おと)し、雲霧(うんむ)を収(おさ)め、身(み)を一抖(ひとゆす)りすれば、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め了んぬ。兵器(へいき)を乱(みだ)りに山前(さんぜん)に堆(うずたか)く積(つ)み、叫って道(いわ)く、 「小(ちい)さき者どもよ!都来りて兵器(へいき)を領け!」 と。衆猴看(み)(み)るに、ただ悟空(ごくう)の独(ひと)り平陽(へいよう)の地(ち)に立(た)てるを見、俱(とも)に跑(はし)り来りて叩頭(こうべをたたき)して故(ゆえ)を問(と)う。悟空前(さき)に狂風(きょうふう)を使(つか)い、兵器(へいき)を搬(はこ)びし一応(いちおう)の事(こと)を説き了んぬ。衆猴称謝(しょうしゃ)し畢(おわ)り、都往(ゆ)きて刀(かたな)を搶(あらそ)い剣(つるぎ)を奪(うば)い、斧(おの)を撾(と)り槍(ほこ)を争(あらそ)い、弓(ゆみ)を扯(ひ)き弩(ど)を扳(ひ)き、吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわいがやがや)として、耍(あそ)ぶこと一日(いちじつ)なりき。 次日(あくるひ)、依前(いぜん)営(えい)を排(なら)ぶ。悟空群猴(ぐんこう)を会聚(かいしゅう)するに、計(かぞ)えて四万七千余口(しよんまんななせんよこう)有り。早(はや)くも満山(まんざん)の怪獣(かいじゅう)を驚動(きょうどう)せしめ、都これ些(いささ)かの狼(おおかみ)・虫(むし)・虎(とら)・豹(ひょう)・麂(き=のろ)・獐(しょう)・狐(きつね)・狸(たぬき)・獾(かん=あなぐま)・貉(かく)・獅(しし)・象(ぞう)・狻猊(さんげい=獅子に似た獣)・猩猩(しょうじょう)・熊(くま)・鹿(しか)・野豕(やし=いのしし)・山牛(さんぎゅう)・羚羊(れいよう)・青兕(せいじ=青き犀)・狡児(こうじ)・神獒(しんごう)……各様(かくよう)の妖王(ようおう)、共(あわ)せて七十二洞(しちじゅうにどう)有り、都来りて猴王(こうおう)を参拝(さんぱい)して尊(とうと)びと為す。毎年(まいねん)貢(みつぎ)を献(たてまつ)り、四時(しいじ)に点卯(てんぼう=点呼)し、班(つらね)に随(したが)いて操演(そうえん)するも有り、節(せつ)に随(したが)いて征糧(せいりょう)るも有り、斉斉整整(せいせいせいせい)として、一の花果山(かかざん)を把ちて造(つく)りて鉄桶金城(てっとうきんじょう=鉄の桶と金の城)に似(に)せたり。各路(かくろ)の妖王(ようおう)、又金鼓(きんこ)を進る有り、彩旗(さいき)を進る有り、盔甲(かいこう)を進る有り、紛紛攘攘(ふんぷんじょうじょう=ぞくぞくと入り乱れ)、日逐家(ひごとに)習舞(しゅうぶ)興師(こうし)す。 美猴王正に喜(よろこ)びおる間(あいだ)に、忽(たちま)ち衆(しゅう)に向いて説いて道(いわ)く、 「汝等(なんじら)は弓弩(きゅうど)に熟諳(じゅくあん)し、兵器(へいき)に精通(せいつう)せり。奈何(いかん)ぞ、我がこの一口(ひとふり)の刀(かたな)は著実(ちゃくじつ)榔槺(ろうこう=鈍重で使いにくく)、我が意(こころ)に遂(したが)わず。奈何(いかん)せん」 と。四(よたり)の老猴(ろうこう)上前(すす)み出(い)でて啓奏(けいそう)して道(いわ)く、 「大王(だいおう)は乃ちこれ仙聖(せんせい)なり、凡兵(ぼんぺい)はこれ用に堪(た)えず。ただ知(し)らざるは、大王(だいおう)の水裡(すいり)に能く去(ゆ)き得(う)るや否(いな)や」 と。悟空道(いわ)く、 「我、道(みち)を聞きてよりこの方、七十二般(しちじゅうにはん)の地煞変化(ちさつへんげ=地上の凶星の変化)の功(こう)有り、觔斗雲(きんとうん)は莫大(ばくだい)の神通有り、善(よ)く能く隠身遁身(おんしんとんしん=身(み)を隠し逃れ)し、起法摂法(きほうせっぽう=術を起こし物を招き寄せ)す。天(てん)に上るに路(みち)有り、地(ち)に入るに門(もん)有り、日月(じつげつ)を歩(あゆ)んで影(かげ)無く、金石(きんせき)に入って障(さわ)り無し。水(みず)も溺(おぼ)らす能わず、火(ひ)も焚(や)く能わず。あの些(いささ)か去(ゆ)き得ざる児(ところ)か有らんや」 と。四猴(しこう)道(いわ)く、 「大王既にこの神通有らば、我らがこの鉄板橋(てっぱんきょう)の下、水(みず)は東海龍宮(とうかいりゅうぐう)に通(つう)ず。大王(だいおう)もし肯(あえ)て下り去(ゆ)き、老龍王(ろうりゅうおう)を尋(たず)ね著て、彼(かれ)に問(と)いて件(ひとつ)の甚の兵器(へいき)かを要(もと)めば、却(かえ)って心(こころ)に趁(かな)わずや」 と。悟空言(げん)を聞きて甚だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、 「我去(ゆ)きて来らん」 と。 好き猴王(こうおう)かな、跳りて橋頭(きょうとう)に至(いた)り、一箇(ひとつ)の閉水法(へいすいほう=水を押し開く術)を使(つか)い、訣(けつ)を捻(ねん)じ、撲(ぽ)と波中(はちゅう)に鑽(もぐ)り入り、水路(すいろ)を分(わ)け開(ひら)き、径(ただち)に東洋(とうよう)の海底(かいてい)に入る。正に行(ゆ)く間(あいだ)に、忽(たちま)ち一箇(ひとり)の巡海(じゅんかい)の夜叉(やしゃ=鬼神)の、遮(さえぎ)り止(とど)めて問(と)うて道(いわ)く、 「あの水(みず)を推(お)し来るは、是れ何の神聖(しんせい)ぞ。箇(ひとつ)の明白(めいはく)を説け、好く通報(つうほう)し迎接(げいせつ)すべし」 と。悟空道(いわ)く、 「吾(われ)は乃ち花果山天生(てんせい)の聖人(せいじん)孫悟空(そんごくう)にして、汝(なんじ)が老龍王(ろうりゅうおう)の緊隣(きんりん=近き隣人)なり。何為(なんす)れぞ識(し)らざるか」 と。かの夜叉(やしゃ)説を聴(き)き、急(いそ)ぎ水晶宮(すいしょうきゅう)に転(まわ)りて伝報(でんぽう)して道(いわ)く、 「大王(だいおう)、外(そと)に箇(ひとり)の花果山天生(てんせい)の聖人(せいじん)孫悟空(そんごくう)有り、口(くち)に大王(だいおう)の緊隣(きんりん)なりと称(しょう)し、将(まさ)に宮(きゅう)に到らんとす」 と。東海龍王(とうかいりゅうおう)敖広(ごうこう)すなわち忙(いそ)ぎ起ち上がり、龍子(りゅうし)・龍孫(りゅうそん)・蝦兵(かへい=海老の兵)・蟹将(かいしょう=蟹の将)与に宮(きゅう)を出(い)でて迎(むか)えて道(いわ)く、 「上仙(じょうせん)、請(こ)う進れ、請(こ)う進れ」 と。直(ただち)に宮裡(きゅうり)に至(いた)りて相見(しょうけん)し、上坐(じょうざ)に坐(ざ)し、茶(ちゃ)を献(たてまつ)り畢(おわ)りて、問(と)うて道(いわ)く、 「上仙(じょうせん)は、何時(いつ)道(みち)を得、何の仙術(せんじゅつ)を授(さず)かりたもうか」 と。悟空道(いわ)く、 「我、生身(しょうしん)よりこの方、家(いえ)を出(い)でて修行(しゅぎょう)し、一箇(ひとつ)の無生無滅(むしょうふめつ=生無く滅無し)の体(からだ)を得たり。近(ちか)ごろ児孫(じそん)に教演(きょうえん)しめ、山洞(さんどう)を守護(しゅご)するに因(よ)りて、奈何(いかん)ぞ件(ひとつ)の兵器無きを。久(ひさ)しく賢隣(けんりん)の瑶宮貝闕(ようきゅうばいけつ=玉の宮・貝の門)に楽(たのし)みを享(う)けたもうと聞けば、必(かなら)ずや多餘(たよ)の神器(しんき=霊妙な武具)有らん。特に来りて告求(こくきゅう)すること一件(ひとつ)のみ」 と。 龍王説を見て、好く推辞(すいじ)するに難(かた)く、すなわち鱖都司(けつとし=鱖の都司)に著して一把(ひとふり)の大捍刀(だいかんとう)を取(と)り出し奉上(ほうじょう)せしむ。悟空道(いわ)く、 「老孫(ろうそん)は刀(かたな)を使(つか)うことを会(え)せず。乞(こ)う、別(べつ)に一件(ひとつ)を賜(たま)われ」 と。龍王又鮁大尉(はつたいい=鮁の大尉)に著し、鱔力士(ぜんりきし=鱔の力士)を領いしめ、一捍(ひとふり)の九股叉(きゅうこさ=九又のさすまた)を抬(かつ)ぎ出さしむ。悟空跳り下り来り、手(て)の中に接(う)け、一路(ひととおり)を使(つか)い、放下(おろ)して道(いわ)く、 「軽(かる)し!軽(かる)し!軽(かる)し!又手(て)に趁(かな)わず!再(ふたた)び乞(こ)う、別(べつ)に一件(ひとつ)を賜(たま)われ」 と。龍王笑って道(いわ)く、 「上仙(じょうせん)、汝看(み)もせずや。この叉(さ)は三千六百斤(さんぜんろっぴゃくきん)の重(おも)さ有る哩(ぞ)」 と。悟空道(いわ)く、 「手(て)に趁(かな)わず!手(て)に趁(かな)わず!」 と。龍王心中(しんちゅう)恐懼(きょうく)し、又鯾提督(べんていとく)・鯉総兵(りそうへい)に著して一柄(ひとふり)の画桿方天戟(がかんほうてんげき=絵を描いた柄の方天戟)を抬(かつ)ぎ出さしむ。かの戟(げき)は七千二百斤(ななせんにひゃくきん)の重(おも)さ有り。悟空見るや、跑(はし)り近(ちか)づき前(すす)みて手(て)の中に接(う)け、幾箇(いくつ)かの架子(かし)を構(かま)え、両箇(ふたつ)の解数(げすう=技の型)を撒(ひろ)げ、中間(ちゅうかん)に插(さし)立(た)てて道(いわ)く、 「也(ま)た還(な)お軽(かる)し!軽(かる)し!軽(かる)し!」 と。老龍王一発(いっそう)怕(おそ)れて道(いわ)く、 「上仙(じょうせん)、我が宮中(きゅうちゅう)にただこの一根(ひとふり)の戟(げき)の重(おも)き有るのみ、再(ふたた)び甚の兵器(へいき)も無し」 と。悟空笑って道(いわ)く、 「古人云(いわ)く、『愁(うれ)うるなかれ海龍王(かいりゅうおう)に宝(たから)無きを』と。汝再(ふたた)び去(ゆ)きて尋(たず)ね尋(たず)ね看(み)(み)よ。もし意(こころ)に可(かな)う者有らば、一一(いちいち)価(あたい)を奉(たてまつ)らん」 と。龍王道(いわ)く、 「委的(いってき)再無し」 と。 正に説う処に、後面(うしろ)より龍婆(りゅうば=龍王(りゅうおう)の妻)・龍女(りゅうにょ=龍王(りゅうおう)の娘)の閃(ひらめ)き過(よ)ぎて道(いわ)く、 「大王(だいおう)、此(こ)の聖(せい)を観看(み)(みわた)するに、決(けっ)して小可(しょうか)に非(あら)ず。我らがこの海蔵(かいぞう)の中に、あの一塊(ひとかたまり)の天河定底(てんがていてい=天の川の底を定めし)の神珍鉄(しんちんてつ=霊妙なる珍しき鉄)有り、この幾日(ここ数日)、霞光(かこう)艶艶(えんえん)として、瑞気(ずいき)騰騰(とうとう)、敢(あえ)て莫(も)し是れ該(まさ)に出現(しゅつげん)して、此(こ)の聖(せい)に遇(あ)うべきか」 と。龍王道(いわ)く、 「那是(それは)大禹(だいう)の水(みず)を治(おさ)めし時(とき)、江海(こうかい)の浅深(せんしん)を定めし一箇(ひとつ)の定子(ていし=水位を測る柱)にして、一塊(ひとかたまり)の神鉄(しんてつ)なり、能く何の用にか中らん」 と。龍婆(りゅうば)道(いわ)く、 「他用(よう)を用うると用いざるとを管(かま)う莫(な)かれ。且(しばら)く彼(かれ)に送り与え、彼(かれ)の怎(いか)に改造(かいぞう)するとも任(まか)せ、宮門(きゅうもん)の外(そと)へ送り出してすなわち了らん」 と。 老龍王言(げん)に依(よ)り、尽(ことごと)く悟空(ごくう)に向いて説き了んぬ。悟空道(いわ)く、 「拿り出して我看(み)(み)ん」 と。龍王手(て)を揺(ゆ)って道(いわ)く、 「扛(かつ)ぐも動かず!抬(かつ)ぐも動かず!須(かなら)ず上仙親(みずか)ら去(ゆ)きて看(み)たまえ」 と。悟空道(いわ)く、 「何れの処にか在る。汝我を引(みちび)いて去(ゆ)け」 と。龍王果(はた)して引導(いんどう)して海蔵(かいぞう)の中間(ちゅうかん)に至れば、忽(たちま)ち金光(きんこう)万道(ばんどう)を見る。龍王指(ゆび)し定めて道(いわ)く、 「あの光(ひかり)を放(はな)つは便(すなわ)ち是れなり」 と。悟空衣(ころも)を撩(まく)り上げて上前(すす)み、一把(ひとつかみ)摸(さぐ)りしに、乃ちこれ一根(ひとふり)の鉄柱子(てっちゅうし=鉄の柱)にして、約(およ)そ斗(と)来(ほど)の粗(あら)さ、二丈余(にじょうよ)の長(なが)さ有り。彼力(ちから)を尽(つ)くして両手(りょうて)に撾(つか)みて道(いわ)く、 「忒(はなは)だ粗(あら)く忒(はなは)だ長(なが)し些(すこ)し。再(ふたた)び短(みじか)く細(ほそ)く些(すこ)くして方めて用うべし」 と。説い畢(おわ)るや、かの宝貝(ほうばい)すなわち幾尺(いくしゃく)か短(みじか)くなり、一囲(ひとまわり)細(ほそ)くなりぬ。悟空又一つ顛(ゆすぶ)って道(いわ)く、 「再(ふたた)び細(ほそ)き些(すこ)しは更(さら)に好し!」 と。かの宝貝真(まこと)に箇(こ)に又幾分(いくぶん)か細(ほそ)くなりぬ。悟空十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)し、海蔵(かいぞう)を拿り出して看(み)(み)るに、元来(もと)両頭(りょうとう)は是れ二箇(ふたつ)の金箍(きんこ)、中間(ちゅうかん)は乃ち一段(ひとくだり)の烏鉄(うてつ)なり。箍(こ)に緊(きっ)と挨(そ)えて鐫(きざ)み成(な)せる一行(ひとくだり)の字(じ)有り、喚(よ)んで「如意金箍棒(にょいきんこぼう=意のままの金の箍の棒)」と做し、重(おも)さ一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃくきん)なり。心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、 「想(おも)うに必(かなら)ずこの宝貝(ほうばい)は人(ひと)の意(こころ)の如からん!」 と。一辺(かたわら)に走(ゆ)き、一辺(かたわら)に心思(おもい)口念(くちずさ)み、手(て)に顛(ゆすぶ)って道(いわ)く、 「再(ふたた)び短(みじか)く細(ほそ)く些(すこ)しは更(さら)に妙(たえ)なり!」 と。外面(そと)へ拿り出せば、ただ二丈(にじょう)の長短(ながさ)にして、碗口(わんこう=茶碗の口)の粗細(あらさ)有りのみ。汝看(み)(み)よ、彼(かれ)の神通(じんつう)を弄(ろう)して、解数(げすう)を繰(く)り広(ひろ)げ、水晶宮(すいしょうきゅう)の裡(うち)を打ち転(めぐ)る。唬(おどろ)かされて、老龍王(ろうりゅうおう)は胆戦心驚(たんせんしんきょう=肝をつぶし心驚き)、小龍子(しょうりゅうし)は魂飛魄散(こんひはくさん=魂も飛び散る)し、亀・鱉・黿・鼉(き・べつ・げん・だ=龜・鼈・大鼈・大鰐)は皆頸(くび)を縮(ちぢ)め、魚・蝦・鼇・蟹(ぎょ・か・ごう・かい)は尽(ことごと)く頭(こうべ)を蔵(かく)せり。 悟空宝貝(ほうばい)を手(て)の中に執(と)り、水晶宮(すいしょうきゅう)の殿上(でんじょう)に坐(ざ)す。龍王(りゅうおう)に向いて笑って道(いわ)く、 「多謝(たしゃ)す、賢隣(けんりん)の厚意(こうい)」 と。龍王道(いわ)く、 「不敢(かたじけな)し、不敢(かたじけな)し」 と。悟空道(いわ)く、 「この塊(かたまり)の鉄(てつ)は好用(よろ)しといえども、還た一説(いっせつ)有り」 と。龍王道(いわ)く、 「上仙(じょうせん)、還た甚の説か有る」 と。悟空道(いわ)く、 「当時(そのかみ)この鉄(てつ)無からんには、倒(かえ)って也た罷(や)まん。如今(いま)手(て)の中に既に他(これ)を拿り著てるに、身(み)の上に衣服(いふく)の相(あい)趁(かな)う無し。奈何(いかん)せん。汝(なんじ)がこの処に若(も)し披掛(ひかく=冑と鎧)有らば、索性(いっそ)我に一件(ひとつ)を送り、一総(いっそう=まとめて)奉謝(ほうしゃ)せん」 と。龍王道(いわ)く、 「この箇(これ)は却って是れ無し」 と。悟空道(いわ)く、 「『一客(いっかく)は二主(にしゅ)を犯(おか)さず』と。若(も)し無くんば、我也た定ずこの門(かど)を出(い)でじ」 と。龍王道(いわ)く、 「煩(わずら)わしくも上仙(じょうせん)、再(ふたた)び一海(ひとつの海)を転(めぐ)りたまえ、或はこれ有らん」 と。悟空又道(いわ)く、 「『三家(さんか)を走るは一家(いっか)に坐(ざ)するに如かず』と。千万(くれぐれ)も一件(ひとつ)を告求(こくきゅう)す」 と。龍王道(いわ)く、 「委的(いってき)に無し。如し有らば即(すなわ)ち当に奉承(ほうしょう=献上)せん」 と。悟空道(いわ)く、 「真箇(まこと)に無くんば、すなわち汝与にこの鉄(てつ)を試(こころ)みん!」 と。龍王慌(あわ)てて道(いわ)く、 「上仙(じょうせん)、切(きっ)と手(て)を動かす莫(な)かれ!切(きっ)と手(て)を動かす莫(な)かれ!我が舎弟(しゃてい=弟)の処に可(あ)る有るかを看(み)(み)て、当に一副(ひとそろい)を送らんと待(ま)て」 と。悟空道(いわ)く、 「令弟(れいてい=貴殿の弟)は何にか在る」 と。龍王道(いわ)く、 「舎弟(しゃてい)は乃ち南海龍王(なんかいりゅうおう)敖欽(ごうきん)、北海龍王(ほっかいりゅうおう)敖順(ごうじゅん)、西海龍王(せいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)是なり」 と。悟空道(いわ)く、 「我が老孫(ろうそん)は去かず!去かず!俗語(ぞくご)に謂(い)う、『三を賒(か)けば二を見るに敵(てき)せず』と。ただ望(のぞ)むらくは汝(なんじ)の高(たか)きに随(したが)い低(ひく)きに就(つ)きて一副(ひとそろい)を送らんことの便(たよ)りならん」 と。老龍(ろうりゅう)道(いわ)く、 「上仙(じょうせん)の去くを須(もち)いず。我がこの処に一面(ひとつ)の鉄鼓(てっこ=鉄の太鼓)、一口(ひとつ)の金鐘(きんしょう=金の鐘)有り。凡(およ)そ緊急(きんきゅう)の事(こと)有れば、鼓(つづみ)を擂(う)ち得て響(ひび)き、鐘(かね)を撞(つ)き得て鳴(な)らば、舎弟(しゃてい)らすなわち頃刻(けいこく=またたく間)に至(いた)らん」 と。悟空道(いわ)く、 「既に是の如くならば、快(すみや)か些(に)去(ゆ)きて鼓(つづみ)を擂(う)ち鐘(かね)を撞(つ)け!」 と。真箇(まこと)にかの鼉将(だしょう=鼉の将)すなわち去(ゆ)きて鐘(かね)を撞(つ)き、鱉帥(べっすい=鼈の帥)すなわち来りて鼓(つづみ)を擂(う)てり。 少時(しばらく)にして、鐘鼓(しょうこ=鐘と太鼓)の響(ひび)く処、果(はた)してかの三海(さんかい=三つの海)の龍王(りゅうおう)を驚動(きょうどう)せしめ、須臾(しばらく)にして来り到(いた)り、一斉(いっせい)に外面(そと)に在りて会(かい)し著えり。 敖欽(ごうきん)道(いわ)く、 「大哥(たいか=兄上)、甚の緊事(きんじ)有りてか、鼓(つづみ)を擂(う)ち鐘(かね)を撞(つ)く」 と。老龍(ろうりゅう)道(いわ)く、 「賢弟(けんてい)よ!好く説えず!箇(ひとり)の花果山(かかざん)の甚の天生聖人(てんせいせいじん)とか有り、早間(あさ)に来りて我を認(みと)めて隣(となり)と做し、後(のち)に来りて一件(ひとつ)の兵器(へいき)を要(もと)め、鋼叉(こうさ)を献(たてまつ)れば小(ちい)さしと嫌(いや)がり、画戟(かくげき)を奉(たてまつ)れば軽(かる)しと嫌(いや)がれり。一塊(ひとかたまり)の天河定底(てんがていてい)の神珍鉄(しんちんてつ)を将ちて、自ら手(て)に拿り出し、些(いささ)かの解数(げすう=技の型)を繰(く)り広(ひろ)げたり。如今(いま)宮中(きゅうちゅう)に坐(ざ)して、又甚(なん)の披掛(ひかく)かを索(もと)めんとす。我が処に有(あ)ること無し。故(ゆえ)に鐘(かね)を響(ひび)かし鼓(つづみ)を鳴(な)らして、賢弟(けんてい)を請(しょう)じ来れり。汝等(なんじら)に甚の披掛(ひかく)か有らば、彼(かれ)に一副(ひとそろい)を送り、打ち発(はな)ちて門(かど)を出して罷(や)まんのみ」 と。敖欽(ごうきん)言(げん)を聞き、大(おおい)に怒(いか)って道(いわ)く、 「我ら兄弟(きょうだい)、兵(へい)を点(てん)じ起し、彼(かれ)を拿えんずるは是ならずや!」 と。老龍(ろうりゅう)道(いわ)く、 「拿うると説う莫(な)かれ!あの塊(かたまり)の鉄(てつ)は、些(いささ)か挽(ひ)き著けばすなわち死(し)し、些(いささ)か磕(ぶ)ち著てればすなわち亡(ほろ)び、挨々(あいあい=ちょいと触れ)すれば皮(ひ)破(やぶ)れ、擦々(さつさつ=ちょいと擦れ)ば筋(すじ)傷(いた)まん!」 と。西海龍王(せいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)説く、 「二哥(にいさん)、彼与に手(て)を動かすべからず。且(しばら)く只(た)だ一副(ひとそろい)の披掛(ひかく)を凑(あつ)めて彼(かれ)に与え、打ち発(はな)ちて彼(かれ)の門(かど)を出(い)で了らしめ、表(ひょう)を啓(ひら)きて上に奏(そう)し上らば、天(てん)自から誅(ちゅう)したもうべし」 と。北海龍王(ほっかいりゅうおう)敖順(ごうじゅん)道(いわ)く、 「説えるは是なり。我がこの処に一双(ひとくい)の藕糸歩雲履(ぐうしほうんり=蓮の糸の雲を踏む沓)有る哩(ぞ)」 と。西海龍王(せいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)道(いわ)く、 「我は一副(ひとそろい)の鎖子黄金甲(さしおうごんこう=鎖かたびらの黄金の鎧)を帯(たい)せり哩(ぞ)」 と。南海龍王(なんかいりゅうおう)敖欽(ごうきん)道(いわ)く、 「我に一頂(ひとつ)の鳳翅紫金冠(ほうししきんかん=鳳凰の羽の紫金の冠)有る哩(ぞ)」 と。老龍(ろうりゅう)大(おおい)に喜(よろこ)び、引(みちび)きて水晶宮(すいしょうきゅう)に入れて相見(しょうけん)せしめ、此(これ)を以(もっ)て奉上(ほうじょう)せり。悟空金冠(きんかん)・金甲(きんこう)・雲履(うんり)を那(あ)の穿戴(たんたい=身(み)に着け)め停当(ていとう=整い)にし、如意棒(にょいぼう)を使(つか)い動かし、一路(ひとすじ)に打ち出(い)でて、衆龍(しゅうりゅう=龍たち)に向いて道(いわ)く、 「聒噪(かくそう=お騒がせ)!聒噪(かくそう)!」 と。四海龍王(しかいりゅうおう)甚だ是れ平(たいら)ならず、一辺(かたわら)に進表(しんぴょう=上表を奉る)を商議(しょうぎ)して上に奏(そう)すと題(い)えり。 汝看(み)(み)よ、この猴王(こうおう)、水道(すいどう=水の道)を分(わ)け開(ひら)き、径(ただち)に鉄板橋(てっぱんきょう)の頭(ほとり)に回(かえ)り、攛(のぼ)り上がるに、ただ四箇(よたり)の老猴(ろうこう)の衆猴を領いて、皆橋辺(きょうへん)に在りて等候(ま)ちおるを見る。忽然(たちまち)悟空(ごくう)の波外(はがい=波の外)に跳り出づるを見るに、身(み)の上に更(さら)に一點(ひとしずく)の水湿(みずぬれ=濡れ)無く、金燦燦(きんさんさん=きらきら)として、橋(はし)を走(のぼ)り上がり来る。唬(おどろ)かされて衆猴一斉(いっせい)に跪(ひざまず)き下って道(いわ)く、 「大王(だいおう)、好き華彩(かさい=華やかさ)なる哉(かな)!好き華彩(かさい)なる哉(かな)!」 と。悟空満面(まんめん)に春風(しゅんぷう)を帯(お)び、高(たか)く宝座(ほうざ)に登(のぼ)り、鉄棒(てつぼう)を将ちて当中(まなか)に竪(た)てり。あの些(こ)の猴(さる)らは好歹(よしあし)を知(し)らず、都来りてかの宝貝(ほうばい)を拿らんとすれども、却って便(すなわ)ち蜻蜓(せいてい=とんぼ)の鉄樹(てつじゅ=鉄の木)を撼(ゆるが)すに似(に)て、分毫(ぶんごう=すこしも)も禁動(きんどう=動か)す能わず。一箇一箇(おのおの)指(ゆび)を咬(か)み舌(した)を伸(の)べて道(いわ)く、 「爺爺(やや=おおじいさま)や!この般(ほど)に重(おも)きを、虧(あに)くんじ汝(なんじ)の怎(いか)にしてか拿り来れるや」 と。悟空近(ちか)づき前(すす)み、手(て)を舒(の)べ開(ひら)いて一把(ひとつかみ)に撾(つか)み起し、衆(しゅう)に向い笑って道(いわ)く、 「物(もの)各(おのおの)主(あるじ)有り。この宝貝(ほうばい)は海蔵(かいぞう)の中に鎮(しず)まること、也た幾千百年(いくせんびゃくねん)なるを知(し)らざるに、可可(ここ=ちょうど)今歳(こんさい=今年)光(ひかり)を放(はな)てり。龍王(りゅうおう)は只(た)だ認(みと)めて一塊(ひとかたまり)の黒鉄(こくてつ)と做し、又喚(よ)んで天河鎮底(てんがていてい)の神珍(しんちん)と做せり。あの厮每(しばい=奴ら)扛(かつ)ぎ抬(かつ)ぐも動かず、我に請(こ)うて親(みずか)ら去(ゆ)きてこれを拿らしめたり。かの時(とき)この宝(たから)は二丈余(にじょうよ)の長(なが)さ、斗(と=枡)来(ほど)の粗細(あらさ)有りしに、我彼(かれ)を一把(ひとつかみ)撾(つか)みて、意(こころ)に大(おお)きしと嫌(いや)がれば、他(かれ)すなわち許(あまた)小(ちい)さくなり、再(ふたた)び小(ちい)さくせよと教(おし)うれば、他(かれ)又許(あまた)小(ちい)さくなり、再(ふたた)び小(ちい)さくせよと教(おし)うれば、他(かれ)又許(あまた)小(ちい)さくなりぬ。急(いそ)ぎ天光(てんこう=空の光)に向いて看(み)(み)る処、上に一行(ひとくだり)の字(じ)有り、乃ち『如意金箍棒(にょいきんこぼう)、一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃくきん)』なり。汝等都站(た)ち開(あ)け、我が再(ふたた)び他(かれ)を叫んで一変(ひとへん)せしめんを等(ま)て」 と。彼(かれ)かの宝貝(ほうばい)を手(て)の中に顛(の)せて、叫んで、 「小(ちいさ)かれ!小(ちいさ)かれ!小(ちいさ)かれ!」 と。即時(すなわ)ちに小(ちいさ)くして一箇(ひとつ)の繍花針(しゅうかしん=縫い針)の児(ごと)きに做り、以(もっ)て耳朶(じた=耳)の裡(うち)に揌(おしこ)み蔵(かく)すべし。衆猴駭然(がいぜん=肝を潰し)として、叫んで道(いわ)く、 「大王(だいおう)!還た拿り出して耍耍(あそば)せよ!」 と。猴王真箇(まこと)に耳朶(じた)の裡(うち)より拿り出し、掌(てのひら)の上に托(の)せ放(お)いて叫んで、 「大(おお)きかれ!大(おお)きかれ!大(おお)きかれ!」 と。即(すなわ)ち又大(おお)きく斗(と)来(ほど)の粗細(あらさ)、二丈(にじょう)の長短(ながさ)に做りぬ。彼弄(あそ)びて歓喜(かんぎ)の処に到(いた)り、橋(はし)に跳り上がり、洞外(どうがい)に走み出(い)で、宝貝(ほうばい)を手(て)の中に攥(にぎ)り、一箇(ひとつ)の法天象地(ほうてんしょうち=天を法とし地に象る)の神通(じんつう)を做し、腰(こし)を一躬(ひとこうが)めして、声(こえ)を叫んで、 「長(たか)かれ!」 と。彼(かれ)すなわち長(たか)きこと高万丈(こうばんじょう)と為り、頭(こうべ)は泰山(たいざん)の如く、腰(こし)は峻嶺(しゅんれい=けわしき嶺)の如く、眼(め)は閃電(せんでん=稲妻)の如く、口(くち)は血盆(けつぼん=血の盆)に似(に)たり、牙(きば)は剣戟(けんげき)の如し。手(て)の中のあの棒(ぼう)は、上は三十三天(さんじゅうさんてん=忉利天)に抵(いた)り、下は十八層(じゅうはっそう)の地獄(じごく)に至(いた)る。些(いささ)かの虎豹狼虫(こひょうろうちゅう)、満山(まんざん)の群怪(ぐんかい)、七十二洞(しちじゅうにどう)の妖王(ようおう)を把ちて、都唬(おどろ)かされて磕頭(かしらをう)ち礼拜(らいはい)し、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として魄散魂飛(はくさんこんひ)せしめたり。霎時(しばらく)にして法像(ほうぞう=法の姿)を収(おさ)め、宝貝(ほうばい)を還(かえ)って一箇(ひとつ)の繍花針(しゅうかしん)の児(ごと)きに変(へん)ぜしめ、耳(みみ)の内(うち)に蔵(かく)し、復(ま)た洞府(どうふ)に帰(かえ)る。慌(あわ)ててかの各洞(かくどう=洞ごと)の妖王(ようおう)、都来りて参賀(さんが=参じて祝う)せり。 この時(とき)遂(つい)に大(おおい)に旗鼓(きこ=旗と太鼓)を開(ひら)き、銅鑼(どうら=銅の鑼)を響(ひび)き振(ふる)わし、広(ひろ)く珍饈百味(ちんしゅうひゃくみ=ご馳走の数々)を設(もう)け、満(み)ち斟(く)む椰液萄漿(やえきとうしょう=椰子と葡萄の酒)、衆(しゅう)与に飲宴(いんえん)すること多時(しばらく)なり。却又(かえって)前(さき)に依(よ)りて教演(きょうえん=教え練る)。猴王(こうおう)かの四箇(よたり)の老猴(ろうこう)を将ちて健将(けんしょう=勇将)に封(ほう)じ、二箇(ふたり)の赤尻馬猴(せっこうばこう)を将ちて喚(よ)んで馬・流(ば・りゅう)の二元帥(にげんすい)と做し、二箇(ふたり)の通背猿猴(つうはいえんこう)を喚(よ)んで崩・芭(ほう・は)の二将軍(にしょうぐん)と做す。あの営(えい)を安(やす)んじ寨(さい=とりで)を下し、賞罰(しょうばつ)の諸事(しょじ=諸々の事)を将ちて、都四健将(しけんしょう)に付与(ふよ)して維持(いじ)せしむ。彼心(こころ)を放下(おろ)し、日逐(ひごと)雲(くも)を騰(あ)げ駕霧(がむ=霧に乗り)、四海(しかい)を遨遊(ごうゆう=遊び歩き)、千山(せんざん)に行楽(こうらく)す。武芸(ぶげい)を施(ほどこ)しては遍(あまね)く英豪(えいごう=英傑)を訪(たず)ね、神通(じんつう)を弄(ろう)しては広(ひろ)く賢友(けんゆう)を交(まじわ)る。この時(とき)又七箇(ななたり)の弟兄(ていけい=義兄弟)と会(あ)えり。乃ち牛魔王(ぎゅうまおう)、蛟魔王(こうまおう)、鵬魔王(ほうまおう)、獅駝王(しだおう)、獼猴王(みこうおう)、狨王(じゅうおう)にして、自家(みずから)の美猴王(びこうおう)を連(つら)ねて七箇(ななたり)なり。日逐(ひごと)文(ぶん)を講(こう)じ武(ぶ)を論(ろん)じ、斝(か=酒杯)を走(めぐ)らし觴(しょう=盃)を伝(つた)え、弦歌吹舞(げんかすいぶ=琴や歌や笛や舞)、朝(あした)に去(ゆ)き暮(ゆうべ)に回(かえ)り、般(たぐい)の楽(たのし)まざるは無し。あの万里(ばんり)の遥(はるか)を把ちて、只(た)だ庭闈(ている=父母の居室)の路(みち)と当てるのみ。所謂(いわゆる)、 「点頭(てんとう=うなずく)して径(ただち)に三千里(さんぜんり)を過(す)ぎ、腰(こし)を扭(ひね)れば八百(はっぴゃく)有餘(あまり)の程(ほど)」 なり。 一日(あるひ)、本洞(ほんどう)に在りて四健将(しけんしょう)に吩咐(いいつけ)て筵宴(えんえん=酒宴)を安排(あんばい=整え)し、六王(ろくおう=六人の王)を請(しょう)じて赴(おもむ)き飲(の)ましめ、牛(うし)を殺(ころ)し馬(うま)を宰(つぶさ)にし、天(てん)を祭(まつ)り地(ち)を享(きょう)し、衆怪(しゅうかい=妖怪ども)を著して跳舞(ちょうぶ=跳ね舞い)歓歌(かんか=楽しげに歌わ)しめ、俱(とも)に吃(くら)いて酩酊(めいてい=泥酔)大酔(たいすい)す。六王(ろくおう)を送り出し、却又(かえって)大小(だいしょう)の頭目(とうもく=かしら)を賞労(しょうろう=労い賞し)、鉄板橋(てっぱんきょう)の辺(ほとり)松陰(しょういん=松の陰)の下に在りて、霎時間(しばらく)にして睡(ねむ)り著れり。四健将(しけんしょう)衆(しゅう)を領いて囲(かこ)み護(まも)り、敢(あ)えて声(こえ)を高(たか)うせず。 ただ見よ、かの美猴王睡(ねむ)り裡(うち)に両人(ふたり)の一張(ひとひら)の批文(ひぶん=召喚状)を拿り、上に「孫悟空(そんごくう)」の三字(さんじ)有るが、身(み)に近(ちか)づき走み来るを。分説(ぶんせつ=弁明)を容(い)れず、縄(なわ)を套(か)け上げ、すなわち美猴王(びこうおう)の魂霊児(こんれいじ=魂)を把ちて索(たぐ)り去(さ)り、踉踉蹌蹌(ろうろうそうそう=よろよろ)と、直(ただち)に一座(ひとつ)の城(しろ)の辺(ほとり)に帯(つ)れ到(いた)る。猴王漸(ようや)く酒(さけ)の醒(さ)むるを覚(おぼ)え、忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(み)(みわた)せば、かの城(しろ)の上に一の鉄牌(てっぱい=鉄の札)有り、牌(はい)の上に三箇(みつ)の大字(だいじ)有り、乃ち「幽冥界(ゆうめいかい=冥界)」なり。美猴王頓然(とんぜん=たちまち)醒悟(せいご=さとり)て道(いわ)く、 「幽冥界(ゆうめいかい)は乃ち閻王(えんおう)の居(お)る所(ところ)なるに、何為(なんす)れぞ此(ここ)に到れるか」 と。あの両人(ふたり)道(いわ)く、 「汝今(いま)陽寿(ようじゅ=現世の寿命)該(まさ)に終(おわ)るべし。我ら両人(ふたり)批(ひぶん)を領けて、汝(なんじ)を勾(かぎ)りに来れり」 と。猴王説を聴(き)きて、道(いわ)く、 「我が老孫(ろうそん)は三界(さんがい=欲界・色界・無色界)の外(そと)に超出(ちょうしゅつ)し、五行(ごぎょう=木火土金水)の中に在らず。已(すで)に彼(かれ)の管轄(かんかつ=支配)に伏(ふく)せざるに、怎(いか)にして朦朧(もうろう=おぼろげ)として、又敢(あ)えて来りて我を勾(かぎ)るか」 と。あの二箇(ふたり)の勾死人(こうしにん=死を勾る者)只管(ひたすら)扯々拉々(しゃしゃらつらつ=引っぱりたぐり)、定ず彼(かれ)を拖(ひ)きて裡(うち)へ進れんとす。かの猴王性(せい)を悩(なや)まし起し、耳朶(じた=耳)の中より宝貝(ほうばい)を掣(ひ)き出し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来(ほど)の粗細(あらさ)と為し、略(ほん)の手(て)を挙(あ)ぐれば、二箇(ふたり)の勾死人(こうしにん)を把ちて打ちて肉醤(にくしょう=肉のなめし)と為せり。自らその索(なわ)を解(と)き、手(て)を放(はな)ち開(ひら)き、棒(ぼう)を掄(ふる)って、打ちて城中(じょうちゅう)に入る。唬(おどろ)かされて、あの牛頭鬼(ごずき=牛の頭の鬼)は東(ひがし)に隠(かく)れ西(にし)に蔵(かく)れ、馬面鬼(めんめんき=馬の顔の鬼)は南(みなみ)に奔(はし)り北(きた)に跑(に)げ、衆(しゅう)の鬼卒(きそつ=下っ端の鬼)は森羅殿(しんらでん)に奔(はし)り上がりて、報(ほう)じて、 「大王(だいおう)!禍事(かじ=一大事)!禍事(かじ)!外面(そと)に一箇(ひとり)の毛臉雷公(もうれんらいこう=毛だらけの顔の雷神)、打ち将ち来れり!」 と。慌(あわ)ててあの十代冥王(じゅうだいみょうおう=十人の冥界の王)、急(いそ)ぎ衣(ころも)を整(ととの)えて来り看(み)(み)るに、彼(かれ)の相貌(そうぼう=顔かたち)の凶悪(きょうあく)なるを見、すなわち班次(はんじ=序列)を排(なら)べ下して、声(こえ)に応(こた)えて高(たか)く叫んで道(いわ)く、 「上仙名(な)を留(とど)めたまえ!上仙名(な)を留(とど)めたまえ!」 と。猴王道(いわ)く、 「汝既に我を認(みと)め得ざるに、怎(いか)にして人(ひと)を差(つかわ)して来りて我を勾(かぎ)らしむるか」 と。十王(じゅうおう)道(いわ)く、 「不敢(かたじけな)し!不敢(かたじけな)し!想(おも)うに是れ人(ひと)を差(つかわ)し誤(あやま)りたるならん」 と。猴王道(いわ)く、 「我は本(もと)花果山水簾洞(すいれんどう)天生(てんせい)の聖人(せいじん)孫悟空(そんごくう)なり。汝等(なんじら)は是れ甚の官位(かんい)ぞ」 と。十王(じゅうおう)身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、 「我等(われら)は是れ陰間(いんかん=冥界)の天子(てんし)十代(じゅうだい)の冥王(みょうおう)なり」 と。悟空道(いわ)く、 「快(すみや)か名を報(ほう)ぜよ、打たるるを免(まぬか)れん!」 と。十王(じゅうおう)道(いわ)く、 「我等(われら)は是れ秦広王(しんこうおう)、初江王(しょこうおう)、宋帝王(そうていおう)、五官王(ごかんおう)、閻羅王(えんらおう)、平等王(びょうどうおう)、泰山王(たいざんおう)、都市王(としおう)、卞城王(べんじょうおう)、転輪王(てんりんおう)なり」 と。悟空道(いわ)く、 「汝等既に王位(おうい)に登(のぼ)り、乃ち霊顕感応(れいけんかんのう=霊験あらたか)の類(たぐい)なるに、何為(なんす)れぞ好歹(よしあし)を知(し)らざるか。我が老孫(ろうそん)は仙(せん)を修(おさ)め道(みち)を了り、天(てん)与に寿(いのち)を斉(ひと)しくし、三界(さんがい)の外(そと)に超升(ちょうしょう=昇り出(い)で)、五行(ごぎょう)の中を跳り出(い)でたり。何為(なんす)れぞ人(ひと)を著して我を拘(とら)うるか」 と。十王(じゅうおう)道(いわ)く、 「上仙怒(いかり)を息(いこ)えたまえ。普天下(ふてんか=天下すべて)、同(おな)じ名同(おな)じ姓(せい)の者多(おお)し。敢(あえ)て是れあの勾死人(こうしにん)の錯(あやま)りて走れるならんか」 と。悟空道(いわ)く、 「胡説(こせつ=でたらめ)!胡説(こせつ)!常言(じょうげん=世の常の言葉)に道(い)う、『官(かん)差(たが)い吏(り)差(たが)うも、来人(らいじん=使いの者)は差(たが)わず』と。汝快(すみや)か生死簿子(せいしぼし=生死の帳面)を取(と)り来りて我看(み)(み)ん!」 と。十王(じゅうおう)言(げん)を聞き、すなわち請(しょう)じて殿上(でんじょう)に登(のぼ)りて査看(み)(さかん=調べ見)せしむ。 悟空如意棒(にょいぼう)を執(と)り、径(ただち)に森羅殿(しんらでん)の上に登(のぼ)り、正に中間(まなか)の南面(なんめん)に坐(ざ)し上がる。十王すなわち掌案(しょうあん=帳面を司る)の判官(はんがん)に命(めい)じて文簿(ぶんぼ=帳簿)を取り出して査(しら)べしむ。かの判官(はんがん)敢(あ)えて怠慢(たいまん)せず、すなわち司房(しぼう=役所の部屋)の裡(うち)に到(いた)り、五六簿(ごろくぼ=五、六冊)の文書(ぶんしょ)并(ならび)に十類(じゅうるい)の簿子(ぼし=帳面)を捧(ささ)げ出し、逐一(ちくいち=一つ一つ)に査看(み)(さかん)す。裸虫(らちゅう=毛なき虫)・毛虫(もうちゅう)・羽虫(うちゅう)・昆虫(こんちゅう)・鱗介(りんかい=魚や貝)の属(たぐい)に、俱(とも)に彼(かれ)の名無(な)し。又猴属(こうぞく=猿の類)の類(たぐい)に看(み)(み)るに、元来(もと)この猴は人(ひと)の相(かたち)に似(に)て人(ひと)の名に入らず、裸虫(らちゅう)に似(に)て国界(こっかい)に居(お)らず、走獣(そうじゅう)に似(に)て麒麟(きりん)の管(かん)に伏(ふく)せず、飛禽(ひきん)に似(に)て鳳凰(ほうおう)の轄(かつ=支配)を受(う)けず。別(べつ)に箇(ひとつ)の簿子(ぼし)有り、悟空親(みずか)ら検閲(けんえつ=調べ読み)し、直(ただち)にあの魂(こん)の字(じ)一千三百五十号(いっせんさんびゃくごじゅうごう)の上に到(いた)りて、方めて孫悟空(そんごくう)の名字(みょうじ)を注(しる)せり。乃ち天産(てんさん)の石猴(せっこう)にして、該(まさ)に寿(じゅ)三百四十二歳(さんびゃくよんじゅうにさい)にして善終(ぜんしゅう=天寿を全うす)す、と。悟空道(いわ)く、 「我也(ま)た寿数(じゅすう=寿命)の幾何(いくばく)かを記(き)せず。且(しばら)く只(た)だ名字(みょうじ)を消(け)し了らばすなわち罷(や)まん!筆(ふで)を取りて過(わた)せ!」 と。かの判官(はんがん)慌(あわ)てて筆(ふで)を捧(ささ)げ、飽(たっぷ)り濃墨(のうぼく)を掭(つ)けり。悟空簿子(ぼし)を拿(と)り過(よこ)し、猴属(こうぞく)の類(たぐい)を把ちて、但(ただ)名の有る者は、一概(いちがい)にこれを勾(かぎ)れり。簿子(ぼし)を捽(つか)み下して道(いわ)く、 「了帳(りょうちょう=決着)!了帳(りょうちょう)!今番(こんばん=こんどこそ)汝(なんじ)の管(かん)するに伏(ふく)せじ!」 と。一路(ひとすじ)に棒(ぼう)を打い、幽冥界(ゆうめいかい)を打ち出づ。あの十王敢(あ)えて相近(ちかよ)らず、都翠雲宮(すいうんきゅう)に去(ゆ)き、同(とも)に地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)を拝(はい)し、表(ひょう)を啓(ひら)きて上に奏聞(そうもん)せんことを商量(しょうぎ=相談)す。話下(わか=語るところ)に在らず。 この猴王城中(じょうちゅう)を打ち出づるに、忽然(たちまち)一箇(ひとつ)の草紇繨(そうこつたつ=草の結び目)に絆(つまず)き、一箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=よろめき)を跌(ふ)みて、猛(たら)ちに醒(さ)め来れば、乃ちこれ南柯(なんか)の一夢(いちむ=槐の南の枝の夢)なり。才(ようや)く腰(こし)を伸(の)ばさんと覚(おぼ)ゆるに、ただ四健将(しけんしょう)与に衆猴の高(たか)く叫んで道(いわ)く、 「大王(だいおう)、多少(いくら)の酒(さけ)を吃(くら)いて、この一夜(ひとよ)睡(ねむ)りて、還(ま)た醒(さ)め来らざるか」 と。悟空道(いわ)く、 「睡(ねむ)りは還(ま)た小可(しょうか=些事)なり。我両人(ふたり)の此に来りて我を勾(かぎ)り、我を把ちて幽冥界(ゆうめいかい)の城門(じょうもん)の外(そと)に帯(つ)れ到(いた)るを夢(ゆめ)に見、却(かえ)って才(ようや)く醒悟(せいご)して、是れ我神通を顕(あらわ)し、直(ただち)に森羅殿(しんらでん)に嚷(わめ)き到(いた)り、かの十王与に争吵(そうそう=言い争い)、我らの生死簿(せいしぼ)を将(も)ちて看(み)了り、但(ただ)我等(われら)が名号(みょうごう)の有るは、俱(とも)に是れ我勾(かぎ)り了んぬ。都あの厮(し=奴)が轄(かつ)する所(ところ)に伏(ふく)せじ」 と。語(つ)げ畢(おわ)れば、衆猴磕頭(かしらをう)ちて礼謝(れいしゃ)す。此より山猴(さんこう=山の猿)に都老(お)いざる者有(あ)り、陰司(いんし=冥界)に名無(な)きを以(もっ)ての故(ゆえ)なり。美猴王前事(ぜんじ)を言(い)い畢(おわ)り、四健将(しけんしょう)各洞(かくどう)の妖王(ようおう)に報(ほう)じ知(し)らしむれば、都来りて賀喜(がき=祝い喜ぶ)せり。幾日(いくにち)ならずして、六箇(ろくたり)の義兄弟(ぎきょうだい)又来(きた)りて拝賀(はいが)し、一たび銷名(しょうめい=名を消す)の故(ゆえ)を聞けば、又箇箇(おのおの)歓喜(かんぎ)し、毎日(まいにち)聚(あつま)り楽(たのし)むと提要(ていよう=取り上げ)せず。 さて、かの高天(こうてん)上聖(じょうせい)大慈仁者(だいじにんじゃ)玉皇大天尊(ぎょくこうだいてんそん)玄穹高上帝(げんきゅうこうじょうてい)を表(あらわ)し啓(ひら)く。一日(あるひ)、金闕雲宮(きんけつうんきゅう)霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に駕坐(がざ)し、文武(ぶんぶ)の仙卿(せんけい)を聚集(しゅうしゅう)して早朝(そうちょう)する際(おり)に、忽(たちまち)邱弘済真人(きゅうこうさいしんじん)の啓奏(けいそう)して道(いわ)く、 「万歳(ばんぜい)、通明殿(つうめいでん)の外(そと)に、東海龍王(とうかいりゅうおう)敖広(ごうこう)の表(ひょう)を進る有り、天尊(てんそん)の宣詔(せんしょう=召しの宣旨)を聴(き)く」 と。玉皇(ぎょっこう)旨(むね)を伝(つた)えて、 「宣(せん)し来らしめよ」 と。敖広(ごうこう)宣(せん)じられて霊霄殿(れいしょうでん)の下に至(いた)り、礼拜(らいはい)し畢(おわ)る。旁(かたわら)に引奏(いんそう=取り次ぎ)の仙童(せんどう)有り、表文(ひょうぶん)を接(う)け上る。玉皇(ぎょっこう)頭(かしら)より看(み)過(す)ぐ。表(ひょう)に曰(いわ)く、 「水元(すいげん=水を司る)下界(げかい)東勝神洲(とうしょうしんしゅう)東海(とうかい)の小龍臣(しょうりゅうしん)敖広(ごうこう)、大天聖主(だいてんせいしゅ)玄穹高上帝君(げんきゅうこうじょうていくん)に啓奏(けいそう)す。 近(ちか)ごろ花果山(かかざん)に生(しょう)じ水簾洞(すいれんどう)に住(じゅう)する妖仙(ようせん)孫悟空(そんごくう)なる者の、小龍(しょうりゅう)を欺虐(ぎぎゃく=侮り虐げ)、強(あなが)ちに水宅(すいたく=水の館)に坐(ざ)し、兵器(へいき)を索(もと)めては法(ほう)を施(ほどこ)し威(い)を施(ほどこ)し、披掛(ひかく)を要(もと)めては凶(きょう)を騁(はせ)り勢(せい)を騁(はせ)るに因(よ)りて、水族(すいぞく=水の族)を驚(おどろ)かし傷(そこな)い、亀鼉(きだ=龜と大鰐)を唬(おどろ)かし走(に)がせたり。南海龍(なんかいりゅう)は戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき恐れ)、西海龍(せいかいりゅう)は凄凄惨惨(せいせいさんさん=痛ましげ)、北海龍(ほっかいりゅう)は首(こうべ)を縮(ちぢ)めて帰降(きこう=降伏)せり。 臣(しん)敖広(ごうこう)身(み)を舒(の)べて下拝(げはい)し、神珍(しんちん)の鉄棒(てつぼう)、鳳翅(ほうし)の金冠(きんかん)与に那(か)の鎖子甲(さしかん)、歩雲履(ほうんり)を献(たてまつ)り、礼(れい)を以(もっ)て送り出せり。他(かれ)仍(な)お武芸(ぶげい)を弄(ろう)し神通(じんつう)を顕(あらわ)し、但(た)だ云(いわ)く『聒噪(かくそう)!聒噪(かくそう)!』と。果然(はた)して敵(てき)無く、甚だ制(せい)し難(がた)し。 臣(しん)今(いま)啓奏(けいそう)す。伏(ふ)して聖裁(せいさい=聖上の裁断)を望(のぞ)む。懇(ねんご)ろに天兵(てんぺい)を乞(こ)い、この妖孽(ようげつ=妖の災い)を収(おさ)め、庶(ねがわ)くは海岳(かいがく=海と山)を清寧(せいねい)ならしめ、下元(かげん=下界)を安泰(あんたい)ならしめよ。奉奏(ほうそう)。」 と。 聖帝(せいてい)覧(み)畢(おわ)り、旨(むね)を伝(つた)えて、 「龍神(りゅうしん)をして海(うみ)に回(かえ)らしめよ。朕(ちん)すなわち将(しょう)を遣(つかわ)して擒(とりこ)に擒(と)らしめん」 と。老龍王頓首(とんしゅ=頭を地に打ちつけ)して謝(しゃ)し去る。下面(かめん=下の方)又葛仙翁天師(かつせんおうてんし)の啓奏(けいそう)して道(いわ)く、 「万歳(ばんぜい)、冥司(めいし=冥界の役所)の秦広王(しんこうおう)の、幽冥教主(ゆうめいきょうしゅ)地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)の表文(ひょうぶん)を齎(も)ち奉(たてまつ)りて進上(しんじょう)する有り」 と。旁(かたわら)に伝言玉女(でんごんぎょくにょ)有り、表文(ひょうぶん)を接(う)け上る。玉皇(ぎょっこう)亦(ま)た頭(かしら)より看(み)過(す)ぐ。表(ひょう)に曰(いわ)く、 「幽冥(ゆうめい)の境界(きょうがい)は、乃ち地の陰司(いんし)なり。天に神(しん)有りて地に鬼(き)有り、陰陽(いんよう)転輪(てんりん=輪廻)す。禽(とり)に生(しょう)有りて獣(けもの)に死(し)有り、雌雄(しゆう)反復(はんぷく)す。生生化化(せいせいかけ=生まれ生まれ化し)、女(おんな)を孕(はら)み男(おとこ)を成(な)すは、此れ自然(じねん)の数(かず)にして、易(か)うる能わざるなり。 今(いま)花果山水簾洞(すいれんどう)の天産(てんさん)の妖猴(ようこう)孫悟空(そんごくう)有り、強(あなが)ちに行(おこな)い凶(きょう)を逞(たくま)しくし、拘喚(こうかん=召し出し)に服(ふく)せず。神通(じんつう)を弄(ろう)して九幽(きゅうゆう=九つの冥界)の鬼使(きし=鬼の使い)を打ち絶(た)ち、勢力(せいりょく)を恃(たの)んで十代(じゅうだい)の慈王(じおう)を驚(おどろ)かし傷(そこな)う。森羅(しんら)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、強(あなが)ちに名号(みょうごう)を銷(け)せり。 此れに因(よ)りて猴属(こうぞく)の類(たぐい)に拘(こう=縛り)無く、獼猴(みこう)の畜(ちく=獣)に寿(じゅ)多(おお)く、輪廻(りんね)を寂滅(じゃくめつ)せしめ、各(おのおの)生死(しょうじ)無からしむ。 貧僧(ひんそう)表(ひょう)を具(そな)えて、天威(てんい)を冒涜(ぼうとく=けが)す。伏(ふ)して神兵(しんぺい)を調遣(ちょうけん=派遣)し、この妖(よう)を収降(しゅうこう=降し従え)、陰陽(いんよう)を整理(せいり)し、永(とこしな)えに地府(じふ=冥界)を安(やす)んぜんことを乞(こ)う。謹奏(きんそう)。」 と。 玉皇(ぎょっこう)覧(み)畢(おわ)り、旨(むね)を伝(つた)えて、 「冥君(みょうくん)をして地府(じふ)に回帰(かいき)せしめよ。朕(ちん)すなわち将(しょう)を遣(つかわ)して擒(と)らしめ擒(とら)えん」 と。秦広王(しんこうおう)亦(ま)た頓首(とんしゅ)して謝(しゃ)し去る。 大天尊(だいてんそん)衆(しゅう)の文武(ぶんぶ)仙卿(せんけい)を宣(せん)して、問うて曰(いわ)く、 「この妖猴(ようこう)は是れ何年(なんねん)の生育(せいいく)にして、何代(なんだい)の出生(しゅっしょう)なるに、却(かえ)ってすなわちこの般(ごと)く道(みち)有るか」 と。一言(ひとこと)未(いま)だ已(おわ)らざるに、班中(はんちゅう)より千里眼(せんりがん)・順風耳(じゅんぷうじ)の閃(ひらめ)き出(い)でて道(いわ)く、 「この猴は乃ち三百年前(さんびゃくねんぜん)の天産(てんさん)の石猴(せっこう)なり。当時(とうじ)以(もっ)て然(しか)るを為さざりしに、この幾年(ここ数年)何方(いずかた)に在りてか仙(せん)に修煉(しゅうれん=修め錬)し成(な)りしを知(し)らず、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)し、強(あなが)ちに死籍(しせき=死の帳)を銷(け)せり」 と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、 「那路(いずれ)の神将(しんしょう)か下界(げかい)に収伏(しゅうふく=降し従え)に往(ゆ)かん」 と。言未(いま)だ已(おわ)らざるに、班中(はんちゅう)より太白長庚星(たいはくちょうこうせい)の閃(ひらめ)き出(い)で、首(こうべ)を俯(うつむ)けて啓奏(けいそう)して道(いわ)く、 「上聖(じょうせい)三界(さんがい)の中、凡(およ)そ九竅(きゅうきょう=九つの孔)有る者は、皆仙(せん)を修(おさ)むべし。奈何(いかん)ぞこの猴は乃ち天地(てんち)の育成(いくせい)せし体(からだ)、日月(じつげつ)の孕(はら)み就(な)しし身なり。他(かれ)也(ま)た天を頂(いただ)き地を履(ふ)み、露(つゆ)を服(き)り霞(かすみ)を餐(くら)う。今(いま)既に仙道(せんどう)を修(おさ)め成(な)りて、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)すの能有り、人(ひと)与に何ぞ以(もっ)てか異(こと)ならんや。 臣(しん)陛下(へいか)に啓(もう)す、生化(せいか=生み化す)の慈恩(じおん)を念(おも)いたまいて、一道(ひとすじ)の招安(しょうあん=召し慰撫)の聖旨(せいし)を降(くだ)し、他(かれ)を把ちて宣(せん)し上界(じょうかい)に来らしめ、他(かれ)に一箇(ひとつ)の大小(だいしょう)の官職(かんしょく)を授(さず)け、他(かれ)与に籍名(せきめい)を籙(ろく=仙籍の帳)に在らしめ、この間(あいだ)に拘束(こうそく)したまえ。若(も)し天命(てんめい)を受(う)けば、後(のち)に升賞(しょうしょう=昇進と恩賞)し、若(も)し天命(てんめい)に違(たが)わば、此に就(つ)きて擒(とら)え擒(とら)えよ。一には衆(しゅう)を動かし師(し)を労(ろう)せず、二には仙(せん)を収(おさ)むるに道(みち)有るなり」 と。玉帝(ぎょくてい)言を聞きて甚だ喜(よろこ)び、道(いわ)く、 「卿(けい)の奏(そう)する所(ところ)に依(よ)らん」 と。すなわち文曲星官(ぶんきょくせいかん)に著して詔(みことのり)を修(しゅう=したため)しめ、太白金星(たいはくきんせい)に著して招安(しょうあん)せしむ。 金星(きんせい)旨(むね)を領し、南天門(なんてんもん)の外(そと)に出(い)で、祥雲(しょううん=めでたき雲)を按(おろ)し下し、直(ただち)に花果山水簾洞(すいれんどう)に至る。衆(しゅう)の小猴(しょうこう)に向いて道(いわ)く、 「我は乃ち天差(てんさ=天より遣わされし)の天使(てんし)なり。聖旨(せいし)此に在り、汝(なんじ)が大王(だいおう)を請(しょう)じて上界(じょうかい)に上らんとす。快(すみや)か快(すみや)か報(ほう)じ知(し)らせよ!」 と。 洞外(どうがい)の小猴(しょうこう)、一層一層(いっそういっそう)に洞天(どうてん)の深処(しんしょ)に伝(つた)えて道(いわ)く、 「大王(だいおう)、外面(そと)に一箇(ひとり)の老人(ろうじん)有り、一角(いっかく)の文書(ぶんしょ)を背(せお)い、上天(じょうてん)の差(つかわ)し来れる天使(てんし)なりと云(い)い、聖旨(せいし)有りて汝(なんじ)を請(しょう)ずと」 と。美猴王聴(き)き得(え)て大(おおい)に喜(よろこ)び、道(いわ)く、 「我この両日(ここ二、三日)、正に思量(しりょう=思案)して天に上りて走走(ある)かんと欲(ほっ)するに、却(かえ)ってすなわち天使(てんし)の来りて請(しょう)ずる有り」 と。叫って、 「快(すみや)か請(しょう)じて進れよ!」 と。 猴王急(いそ)ぎ衣冠(いかん=衣と冠)を整(ととの)え、門外(もんがい)に出(い)でて迎接(げいせつ)す。金星(きんせい)径(ただち)に当中(まなか)に入り、南(みなみ)に面(めん)して立(た)ち定まりて道(いわ)く、 「我は是れ西方(せいほう)の太白金星(たいはくきんせい)なり。玉帝(ぎょくてい)の招安(しょうあん)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じ、下界(げかい)に汝(なんじ)を請(しょう)じて天に上り、仙籙(せんろく=仙籍)を拝受(はいじゅ)せしめんとす」 と。悟空笑って道(いわ)く、 「多感(たかん=かたじけなし)、老星(ろうせい)の降臨(こうりん)したもうこと」 と。教(おし)えて、 「小(ちい)さき者どもよ!筵宴(えんえん)を安排(あんばい)して款待(かんたい=もてな)せよ」 と。金星(きんせい)道(いわ)く、 「聖旨(せいし)身に在り、敢(あ)えて久(ひさ)しく留(とど)まらず。すなわち請(こ)う、大王同(とも)に往(ゆ)かん。栄遷(えいせん=栄ある昇進)の後(のち)を待(ま)ちて、再(ふたた)び従容(しょうよう=ゆるり)と叙(じょ=語らい)せん」 と。悟空道(いわ)く、 「光顧(こうこ=来訪)を承(う)けたまわりて、空(むな)しく退(しりぞ)けん!空(むな)しく退(しりぞ)けん!」 と。すなわち四健将(しけんしょう)を喚(よ)んで吩咐(ふんふ=言い含め)して、 「謹(つつし)みて児孫(じそん=子や孫)を教演(きょうえん)せよ。我天に上りて去(ゆ)きて路(みち)を看(み)(み)て、却(かえ)って好く汝等(なんじら)を帯(たい)して上りて同(とも)に居住(きょじゅう)せしめんことを待(ま)て」 と。四健将(しけんしょう)諾(だく)を領す。この猴王金星(きんせい)与に雲頭(うんとう)を縦(はな)ち起し、空霄(くうしょう=大空)の上に升(のぼ)る。正に是れ那(か)の、 高(たか)く上品(じょうほん=最上位)天仙(てんせん)の位(くらい)に遷(うつ)り、 名は雲班(うんぱん=雲の列)宝録(ほうろく=仙籍)の中に列(つらな)る。 と。畢竟(ひっきょう)授(さず)かるる箇(ひとつ)の甚の官爵(かんしゃく)なるかは知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第四回 官(かん)弼馬温(ひつばおん)に封(ほう)じて心(こころ)何ぞ足(た)らん 名斉天(せいてん)に注(しる)されて意(い)未(いま)だ寧(やす)からず かの太白金星(たいはくきんせい)と美猴王(びこうおう)は、同(とも)に洞天(どうてん)の深処(しんしょ=奥深く)を出(い)で、一斉(いっせい)に雲(くも)に駕(が)して起つ。元来(もと)悟空(ごくう)の觔斗雲(きんとうん)は衆(しゅう)に比(くら)べて同(おな)じからず、十分(じゅうぶん)に快疾(かいしつ=すこぶる速)なるを以(もっ)て、箇(ひとつ)の金星(きんせい)を脳後(のうご=後ろ)に撇(さ)り置(お)き、先(ま)ず南天門(なんてんもん)の外(そと)に至る。正に雲(くも)を収(おさ)めて前進(ぜんしん)せんと欲(ほっ)するに、増長天王(ぞうちょうてんのう)の龐(ほう)・劉(りゅう)・苟(こう)・畢(ひつ)・鄧(とう)・辛(しん)・張(ちょう)・陶(とう)を領い、一路(ひとすじ)の大力天丁(だいりきてんてい=大力の天の兵)、槍刀剣戟(そうとうけんげき)を以(もっ)て天門(てんもん)を遮(さえぎ)り止(とど)め、肯(あえ)て放(い)れ進れざるに遇(あ)う。猴王道(いわ)く、 「この金星(きんせい)の老児(ろうじ=老いぼれ)は、乃ち姦詐(かんさ=悪賢しき)の徒(やから)なり!既に老孫(ろうそん)を請(しょう)ずるに、いかにして人(ひと)をして刀(かたな)を動かし槍(ほこ)を動かし、門路(もんろ=門の道)を阻塞(そさい=ふさぎ)せしむるか」 と。正に嚷(わめ)く間(あいだ)に、金星(きんせい)倏(たちまち)到る。悟空(ごくう)すなわち覿面(てきめん=まのあたり)に向いて発狠(はっこん=いきりたって)道(いわ)く、 「汝(なんじ)この老児(ろうじ)、怎(いか)にして我を哄(たぶら)かすか。汝(なんじ)の玉帝(ぎょくてい)の招安(しょうあん)の旨意(しい)を奉(ほう)じて請(しょう)じに来ると説く被(ひ)に、却(かえ)って怎(いか)にしてこれらの人(ひと)をして天門(てんもん)を阻(はば)み止(とど)め、老孫(ろうそん)を放(い)れて進らしめざらしむるか」 と。金星(きんせい)笑って道(いわ)く、 「大王怒(いかり)を息(いこ)えたまえ。汝自ら来りて未(いま)だこの天堂(てんどう)に到らず、却又(かえって)名無(な)く、衆(しゅう)の天丁(てんてい)又汝(なんじ)与に素(もと)より相識(そうしき)ならず。他(かれ)怎(いか)でか肯(あえ)て汝(なんじ)の擅(ほしいまま)に入(い)るを放(ゆる)さん。如今(いま)天尊(てんそん)に謁(えつ)し、仙籙(せんろく=仙籍)を授(さず)かり、官名(かんめい)を注(しる)さるるを等(ま)て、向后(のち)汝(なんじ)の出入(しゅつにゅう)に随(したが)わば、誰(たれ)か復(ま)た遮(さえぎ)らんや」 と。悟空道(いわ)く、 「この等(よう)に説わば、也(ま)た罷(や)めん。我は進らじ」 と。金星(きんせい)又手(て)を用いて扯(ひ)き止(とど)めて道(いわ)く、 「汝還(ま)た我と同(とも)に進れ」 と。 天門(てんもん)に近(ちか)づくに将(まさ)にせんとして、金星(きんせい)高(たか)く叫んで道(いわ)く、 「あの天門(てんもん)の天将(てんしょう)、大小(だいしょう)の吏兵(りへい=役人と兵)、路を放(はな)ち開け。此れは乃ち下界(げかい)の仙人(せんにん)にして、我玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じて彼(かれ)を宣(せん)し来れるなり」 と。この増長天王(ぞうちょうてんのう)と衆(しゅう)の天丁(てんてい)、俱(とも)に才(ようや)く兵(へい)を斂(おさ)めて退避(たいひ)す。猴王始(はじ)めてその言を信(しん)ず。金星(きんせい)と同(とも)に緩(ゆる)やかに步(あゆ)みて裡(うち)に入(い)りて観看(み)(みわた)す。真箇(まこと)に是れ、 初(はじ)めて上界(じょうかい)に登(のぼ)り、乍(たちま)ち天堂(てんどう)に入(い)る。 金光(きんこう)万道(ばんどう)紅霓(こうげい=赤き虹)を滚(ころが)し、瑞気(ずいき)千条(せんじょう)紫霧(しむ)を噴(ふ)く。 ただ見よ、あの南天門(なんてんもん)は、碧沉沉(へきちんちん=深き碧)として琉璃(るり)の造(つく)り成(な)し、明幌幌(めいこうこう=明るく輝き)として宝玉(ほうぎょく)の妝(よそお)い成(な)れり。 両辺(りょうへん)に数十員(すうじゅういん)の鎮天元帥(ちんてんげんすい=天を鎮める元帥)を擺(なら)べ、一員一員(ひとりひとり)梁(はり)を頂(いただ)き柱(はしら)に靠(よ)り、銑(せん=ほこ)を持(たも)ち旄(ぼう=旗)を擁(いだ)く。 四下(あたり)に十数箇(じゅうすうこ)の金甲(きんこう)の神人(しんじん)を列(つら)ね、一箇一箇(めいめい)戟(げき)を執(と)り鞭(べん)を懸(か)け、刀(かたな)を持(たも)ち剣(けん)を仗(つ)く。 外廂(がいしょう=外側)は猶(な)お可(よ)し、内(うち)に入れば人(ひと)を驚(おどろ)かす。 裡壁(りへき=内の壁)の廂(しょう=片側)に幾根(いくつ)かの大柱(たいちゅう)有り、柱(はしら)の上に纏繞(てんじょう=まとい巻き)するは、金鱗(きんりん)日に耀(かがや)く赤鬚龍(せきしゅりゅう=赤き髭の龍)。 又幾座(いくつ)かの長橋(ちょうきょう)有り、橋(はし)の上に盤旋(ばんせん=めぐり舞う)するは、彩羽(さいう)空(くう)に凌(しの)ぐ丹頂鳳(たんちょうほう=丹頂の鳳)。 明霞(めいか)幌幌(こうこう)として天光(てんこう)に映(えい)じ、碧霧(へきむ)蒙蒙(もうもう)として斗口(とこう=星宿の口)を遮(おお)う。 この天の上に三十三座(さんじゅうさんざ)の天宮(てんきゅう)有り。乃ち遣雲宮(けんうんきゅう)、毗沙宮(びしゃきゅう)、五明宮(ごみょうきゅう)、太陽宮(たいようきゅう)、化楽宮(けらくきゅう)……一宮一宮(ひとつひとつ)脊(せ)に金穏獣(きんおんじゅう=金の穩定の獣)を呑(の)む。 又七十二重(しちじゅうにじゅう)の宝殿(ほうでん)有り。乃ち朝会殿(ちょうかいでん)、凌虚殿(りょうきょでん)、宝光殿(ほうこうでん)、天王殿(てんのうでん)、霊官殿(れいかんでん)……一殿一殿(ひとつひとつ)柱(はしら)に玉麒麟(ぎょくきりん)を列(つら)ぬ。 寿星台(じゅせいだい)の上に、千千年(せんぜんねん)卸(お)ろさざるの名花(めいか)有り。 煉薬炉(れんやくろ=薬を煉る炉)の辺に、万万載(ばんばんさい)常青(つねあお)の瑞草(ずいそう)有り。 又あの朝聖楼(ちょうせいろう)の前(まえ)に至れば、絳紗衣(こうさい=絳の紗の衣)、星辰(せいしん)燦爛(さんらん)たり。 芙蓉冠(ふようかん)、金璧(きんへき)輝煌(きこう)たり。 玉簪珠履(ぎょくしんしゅり=玉の簪と珠の沓)、紫綬金章(しじゅきんしょう=紫の組紐と金の印)。 金鐘(きんしょう)撞(つ)き動けば、三曹(さんそう)の神表(しんぴょう)丹墀(たんち=宮殿の朱の階段)に進み、 天鼓(てんこ)鳴(な)りし時(とき)、万聖(ばんせい)王(おう)に朝(ちょう)して玉帝(ぎょくてい)に参(さん)ず。 又あの霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に至れば、金釘(きんてい)玉戸(ぎょくこ)に集(あつ)まり、彩鳳(さいほう)朱門(しゅもん)に舞(ま)う。 複道回廊(ふくどうかいろう=重なりたる道と巡れる廊)、処処(しょしょ)玲瓏剔透(れいろうてきとう=透き通るほど精緻)たり。 三檐四簇(さんえんしぞく=三重の軒と四つの簇)、層層(そうそう)に龍鳳(りゅうほう)翱翔(こうしょう)す。 上に箇(ひとつ)の有り、紫巍巍(しぎぎ=紫高く)、明幌幌(めいこうこう)、円々(まるまる)として、亮灼灼(りょうしゃくしゃく=明るく輝き)、大金葫蘆頂(だいきんころとう=大いなる金の瓢箪の頂)。 下に天妃(てんひ)の掌扇(しょうせん=手(て)に持つ扇)を懸(か)くる有り、玉女(ぎょくにょ)の仙巾(せんきん=仙の布)を捧(ささ)ぐる有り。 悪狠狠(あくごんごん=凄まじき)なるは、朝(ちょう)を掌(つかさど)るの天将(てんしょう)。 気昂昂(きこうこう=気高き)なるは、駕(が)を護(まも)るの仙卿(せんけい)。 正に中間(まなか)に、琉璃盤(るりばん)の内(うち)に、許多(あまた)の重重畳畳(ちょうちょうじょうじょう=幾重にも重なる)の太乙丹(たいいつたん=太乙の丹薬)を放(お)き、 瑪瑙瓶(めのうへい=瑪瑙の瓶)の中に、幾枝(いくえだ)かの弯弯曲曲(わんわんきょくきょく=くねくねと曲がれる)の珊瑚樹(さんごじゅ)を插(さ)す。 正に是れ、 天宮(てんきゅう)の異物(いぶつ)は般般(はんはん=ことごとく)有り、世上(せじょう)に彼(かれ)の如きは件件(けんけん)無し。 金闕銀鑾(きんけつぎんらん=金の門と銀の鈴)并(ならび)に紫府(しふ=紫の宮)、 琪花瑶草(きかようそう=美しき花と瑶の草)曁(および)瓊葩(けいは=玉のごとき花)。 朝王(ちょうおう)の玉兔(ぎょくと=月の兎)は壇辺(だんべん)を過(よ)ぎり、 参聖(さんせい)の金烏(きんう=日の烏)は底(そこ)に著きて飛(と)ぶ。 猴王分(ぶん)有りて天境(てんきょう)に来り、人間(にんげん)の點(ひとしずく)の汚泥(おでい)にも堕(お)ちず。 と。 太白金星(たいはくきんせい)、美猴王(びこうおう)を領いて、霊霄殿(れいしょうでん)の外(そと)に到る。宣詔(せんしょう)を等(ま)たず、直(ただち)に御前(ごぜん)に至(いた)り、上に朝(むか)いて礼拜(らいはい)す。悟空身(み)を挺(の)ばして旁(かたわら)に在り、且(しばら)く朝礼(ちょうれい)せず、ただ耳(みみ)を側(そばだ)てて金星(きんせい)の啓奏(けいそう)するを以(もっ)て聴(き)く。金星(きんせい)奏(そう)して道(いわ)く、 「臣(しん)聖旨(せいし)を領し、已(すで)に妖仙(ようせん)を宣(せん)して到らしめ了んぬ」 と。玉帝(ぎょくてい)簾(すだれ)を垂(た)れて問うて曰(いわ)く、 「那箇(いずれ)か是れ妖仙(ようせん)なる」 と。悟空却(かえ)って才(ようや)く身(み)を躬(かが)めて応(こた)えて道(いわ)く、 「老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是なり」 と。仙卿(せんけい)ら都大(おおい)に驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)って道(いわ)く、 「この野猴(やこう=野良猿)!怎(いか)にして拝伏(はいふく)し参見(さんけん)せず、輙(すなわ)ち敢(あ)えてこの等(よう)に『老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是なり』と応(こた)えて道(い)えるか。却(かえ)って当に死(し)すべし!当に死(し)すべし!」 と。玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて道(いわ)く、 「かの孫悟空(そんごくう)は乃ち下界(げかい)の妖仙(ようせん)にして、初(はじ)めて人身(じんしん)を得(え)たるのみ、朝礼(ちょうれい)を知(し)らず。且(しばら)く姑(しばら)くその罪を恕(ゆる)せ」 と。衆(しゅう)の仙卿(せんけい)声(こえ)を叫んで、 「謝恩(しゃおん=恩に謝す)!」 と。猴王却(かえ)って才(ようや)く上に朝(むか)いて大喏(だいじゃく=大なる礼)を一つ唱(とな)う。玉帝(ぎょくてい)文選武選(ぶんせんぶせん=文・武の銓衡)の仙卿(せんけい)を宣(せん)して、かの処(ところ)の甚の官職(かんしょく)を少(か)くするかを看(み)、孫悟空(そんごくう)を著して除授(じょじゅ=任命)せしむ。旁(かたわら)より武曲星君(ぶきょくせいくん)転(めぐ)り過(よ)ぎて、啓奏(けいそう)して道(いわ)く、 「天宮(てんきゅう)の裡各宮各殿(かくきゅうかくでん)、各方各処(かっぽうかくしょ)、都官(かん)を少(か)かず。ただ御馬監(ぎょばかん=御馬司)に箇(ひとり)の正堂管事(せいどうかんじ=長官)を欠(か)くのみ」 と。玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて道(いわ)く、 「すなわち他(かれ)を除(じょ)して箇(ひとつ)の『弼馬温(ひつばおん)』を做さしめんか」 と。衆臣(しゅうしん)謝恩(しゃおん)を叫ぶに、他(かれ)也(ま)たただ上に朝(むか)いて大喏(だいじゃく)を一つ唱(とな)う。玉帝(ぎょくてい)又木徳星官(もくとくせいかん)を差(つかわ)して彼(かれ)を送りて御馬監(ぎょばかん)に去(ゆ)きて任(にん)に到らしむ。 当時(そのかみ)猴王歓歓喜喜(かんきかんぎ=大いに喜び)として、木徳星官(もくとくせいかん)与に径(ただち)に去(ゆ)きて任(にん)に到る。事畢(おわ)り、木徳星官(もくとくせいかん)宮(きゅう)に回る。彼監裡(かんり=監のうち)に在りて、監丞(かんじょう)・監副(かんふく)・典簿(てんぼ)・力士(りきし)、大小(だいしょう)の官員(かんいん)人等(じんとう)を会聚(かいしゅう)し、本監(ほんかん)の事務(じむ)を査明(さめい=調べ明らか)にするに、ただ天馬(てんま=天の馬)千匹(せんびき)有るのみ。乃ち是れ、 驊騮(かりゅう)騏驥(きき)、騄駬(りょくじ)繊離(せんり)。 龍媒(りゅうばい)紫燕(しえん)、挾翼(きょうよく)驌驦(しゅくそう)。 駃騠(けってい)銀騔(ぎんか)、騕褭(ようじょう)飛黄(ひこう)。 騊駼(とうと)翻羽(ほんう)、赤兔(せきと)超光(ちょうこう)。 逾輝(ゆき)弥景(びけい)、騰霧(とうむ)勝黄(しょうこう)。 追風(ついふう)絶地(ぜっち)、飛翻(ひほん)奔霄(ほんしょう)。 逸飄(いっぴょう)赤電(せきでん)、銅爵(どうしゃく)浮雲(ふうん)。 驄瓏虎(そうろうこ)、絶塵(ぜつじん)紫鱗(しりん)。 四極大宛(しきょくだいえん)、八駿九逸(はっしゅうきゅういつ)、千里絶群(せんりぜつぐん)。 ——此等(これら)の良馬(りょうば)は、一箇一箇(めいめい)、 風(かぜ)に嘶(いなな)き電(いなずま)を逐(お)いて精神(せいしん)壮(さか)んに、 霧(きり)を踏(ふ)み雲(くも)に登って気力(きりょく)長(たけ)なし。 と。 この猴王文簿(ぶんぼ=帳簿)を査看(み)(さかん)し、馬数(ばすう)を点明(てんめい=点検明了)にす。本監(ほんかん)の中、典簿(てんぼ)は草料(そうりょう=馬草と秣)を征備(せいび=取り揃え)るを管(つかさど)り、力士官(りきしかん)は馬匹(ばひつ)を刷洗(さっせん=洗い清め)、草(くさ)を扎(たば)ね、水(みず)を飲(の)ましめ、料(かいば)を煮(に)るを管(つかさど)り、監丞(かんじょう)・監副(かんふく)は輔佐(ほさ)して催辦(さいべん=督促)す。弼馬(ひつば=馬を司る者)昼夜(ちゅうや)睡(ねむ)らず、馬匹(ばひつ)を滋養(じよう=肥やし養)う。日間(ひるま)の舞弄(ぶろう=遊び戯れ)は猶(な)お可(よ)し、夜間(よる)の看(み)管(かんかん=見張り)は殷勤(いんぎん=こまやか)にして、ただ馬の睡(ねむ)る有れば、趕(お)い起して草(くさ)を吃(くら)わせ、走ぐる有れば、捉(つか)まえ将(も)ち来(きた)りて槽(そう=飼い桶)に靠(よ)らしむ。あの天馬(てんま)ら彼(かれ)を見るや、耳(みみ)を泯(なだ)め蹄(ひづめ)を集(あつ)め、倒(かえ)って養(やしな)われて肉膘(にくひょう=肉づき)肥(こ)え満(み)てり。 覚(おぼ)えず半月(はんげつ)有餘(あまり)なり。一朝(あるあさ)の間暇(かんか=暇)に、衆の監官(かんかん)都酒席(しゅせき)を安排(あんばい)し、一には彼与に接風(せっぷう=到着を祝う)し、一には彼与に賀喜(がき=祝い喜ぶ)す。正に歓飲(かんいん)の間に在りて、猴王忽(たちま)ち杯(さかずき)を停(とど)めて問うて曰(いわ)く、 「我がこの『弼馬温(ひつばおん)』は是れ箇(ひとつ)の甚の官銜(かんがん=官職名)ぞ」 と。衆曰(いわ)く、 「官名(かんめい)すなわち此のみ」 と。又問(と)うて、 「この官は是れ箇(なん)の幾品(いくほん)ぞ」 と。衆道(いわ)く、 「品従(ひんじゅう=位階)有ること無し」 と。猴王道(いわ)く、 「品(ほん)無きは、想(おも)うに大なるの極(きわみ)ならん」 と。衆道(いわ)く、 「大ならず、大ならず。ただ喚(よ)んで『未入流(みにゅうりゅう=位階に入らぬ者)』と做すのみ」 と。猴王道(いわ)く、 「怎(いか)にして『未入流(みにゅうりゅう)』と叫ばるるか」 と。衆道(いわ)く、 「末等(ばっとう=最下級)なり。この様(よう)の官児(かんじ=官職)は、最(もっと)も低(ひく)く最(もっと)も小さく、ただ彼(かれ)に与えて馬を看(み)さしむるのみ。堂尊(どうそん=貴殿)の任(にん)に到(いた)りしよりこの方、この等(よう)に殷勤(いんぎん)にして、馬を喂(やしな)いて肥(こ)えしむるも、ただ箇(ひとつ)の『好し』の字(じ)を道(い)わるるに落(お)つのみ。如し稍(や)や些(いささ)かの尪羸(おうるい=痩せ衰え)有らば、還(ま)た見責(けんせき=咎め)を受(う)け、再(ふたた)び十分(じゅうぶん)に傷損(しょうそん=傷み損じ)あらば、還(ま)た罰贖(ばっしょく=罰金)を問い罪を問わる」 と。猴王此(これ)を聞き、覚(おぼ)えず心頭(しんとう=胸のうち)に火(ひ)起り、歯(は)を咬(か)んで大に怒(いか)って道(いわ)く、 「この般(ほど)に老孫(ろうそん)を藐視(びょうし=見下げ)すか!老孫(ろうそん)はあの花果山に在りて、王(おう)と称(しょう)じ祖(そ)と称(しょう)ずるに、怎(いか)にして我を哄(たぶら)かして来(きた)りて他(かれ)に替(か)わりて馬を養(やしな)わしむるか。馬を養(やしな)う者は、乃ち後生(こうせい=若輩)小輩(しょうはい=身分の低き者)の下賤(げせん)の役(えき)なるに、豈(あ)に是れ我を待(あしら)うところならんや。他(かれ)を做さじ!他(かれ)を做さじ!我将(まさ)に去かんとす!」 と。忽喇(こつらつ=がらり)と一声(ひとこえ)、公案(こうあん=役所の机)を把ちて推(お)し倒(たお)し、耳(みみ)の中より宝貝(ほうばい)を取り出し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来の粗細(あらさ)と為し、一路(ひとすじ)に解数(げすう=技の型)を繰(く)り、直(ただち)に御馬監(ぎょばかん)を打ち出(い)で、径(ただち)に南天門(なんてんもん)に至る。衆の天丁(てんてい)は他(かれ)の仙籙(せんろく)を受(う)けて乃ち箇(ひとつ)の弼馬温(ひつばおん)なるを知れば、敢(あ)えて阻当(そとう=阻止)せず、他(かれ)をして天門(てんもん)を打ち出(い)でて去らしめたり。 須臾(しばらく)にして雲頭(うんとう)を按(おろ)し落(おと)し、花果山の上に回り至る。ただ見よ、あの四健将(しけんしょう)与各洞(かくどう)の妖王(ようおう)の、かの処(ところ)に在りて兵卒(へいそつ)を操演(そうえん)しおるを。この猴王声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫んで道(いわ)く、 「小さき者どもよ!老孫(ろうそん)来れり!」 と。一群(ひとむれ)の猴都(みな)来(きた)りて叩頭(こうべをうち)し、迎接(げいせつ)して洞天(どうてん)の深処(しんしょ)に進れ、請(こ)うて猴王高(たか)く宝位(ほうい)に登らしめ、一壁廂(いっぺきしょう=一方では)酒(さけ)を弁(もう)けて接風(せっぷう)し、都道(いわ)く、 「恭喜(きょうき=おめでとう)大王(だいおう)、上界(じょうかい)に去くこと十数年(じゅうすうねん)、想(おも)うに必(かなら)ず意(い)を得(え)て栄(さか)え帰(かえ)りたもうならん」 と。猴王道(いわ)く、 「我才(ようや)く半月(はんげつ)有餘(あまり)なるに、那(いずく)にか十数年(じゅうすうねん)有らん」 と。衆猴道(いわ)く、 「大王(だいおう)、汝天(てん)に在るときは、時辰(じしん=時のたつ)を覚(おぼ)えず。天の上の一日(いちじつ)は、すなわち下界(げかい)の一年(いちねん)なり哩(ぞ)。請(こ)う問わん、大王(だいおう)の官は何の職(しょく)に居(お)るか」 と。猴王手(て)を揺(ゆ)って道(いわ)く、 「好く説えず!好く説えず!活活(かつかつ=生きながら)に人を羞(はじ)らかし殺(ころ)すかな!かの玉帝(ぎょくてい)は人を用うることを会(え)せず、他(かれ)老孫(ろうそん)のこの般(ごと)き模様(すがた)を見て、我を封(ほう)じて箇(ひとつ)の甚の『弼馬温(ひつばおん)』と做せり。元来(もと)是れ他(かれ)与に馬を養(やしな)う者にして、未入流(みにゅうりゅう)の品(ほん)の類(たぐい)なり。我初(はじ)めて任(にん)に到(いた)りし時は知らず、ただ御馬監(ぎょばかん)の中に在りて頑耍(がんしゃ=たわむれ遊ぶ)せしのみ。今日(こんにち)同寮(どうりょう)に問うに及(およ)んで、始(はじ)めて是れこの等(よう)に卑賤(ひせん)なるを知れり。老孫(ろうそん)心中(しんちゅう)大に悩(なや)み、席面(せきめん=宴の席)を推(お)し倒(たお)し、官銜(かんがん)を受(う)けず、此に因(よ)りて走げ下り来れり」 と。衆猴道(いわ)く、 「来れること好し!来れること好し!大王(だいおう)この福地洞天(ふくちどうてん)の処(ところ)に在りて王(おう)と為り、多少(いかに)尊重(そんちょう)にして快楽(けらく)なるに、怎(いか)でか肯て去(ゆ)きて他(かれ)与に馬夫(ばふ=馬の世話係)と做らんや」 と。教(おし)えて、 「小さき者どもよ!快(すみや)か酒(さけ)を弁(もう)けて、大王与に悶(もん)を釈(と)けよ」 と。 正に飲酒(いんしゅ)歓会(かんかい)の間に、人の来(きた)り報(ほう)じて道(いわ)く、 「大王(だいおう)、門外(もんがい)に二箇(ふたり)の独角鬼王(どっかくきおう=一角の鬼の王)有り、大王(だいおう)に見えんと要(ほっ)す」 と。猴王道(いわ)く、 「他(かれ)を教(おし)えて進れよ」 と。かの鬼王(きおう)衣(ころも)を整(ととの)えて洞中(どうちゅう)に跑(はし)り入(い)り、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)す。美猴王他(かれ)に問うて、 「汝我に見えて何の干(かかわり)か有る」 と。鬼王(きおう)道(いわ)く、 「久(ひさ)しく大王(だいおう)の賢(けん)を招(まね)くと聞けども、由(よし)を得(え)て見ゆること無し。今(いま)大王(だいおう)の天録(てんろく=天の禄)を授(さず)かり、意(い)を得(え)て栄(さか)え帰(かえ)りたもうを見、特に赭黄袍(しゃこうほう=赭き黄の袍)一件(ひとつ)を献(たてまつ)りて、大王与に慶(けい)を称(たた)えんとす。肯て鄙賤(ひせん=卑しき)を棄(す)てず小人(しょうじん=私)を収納(しゅうのう)したまわば、亦(ま)た犬馬(けんば)の労(ろう)を効(いた)すを得(う)べし」 と。猴王大(おおい)に喜(よろこ)び、赭黄袍(しゃこうほう)を将(も)ちて穿(き)起せば、衆等(しゅとう=皆の者)欣然(きんぜん)として班(つらね)を排(なら)べ朝拝(ちょうはい)す。すなわち鬼王(きおう)を将(も)ちて前部総督先鋒(ぜんぶそうとくせんぽう=前部総督の先鋒)に封(ほう)ず。鬼王(きおう)謝恩(しゃおん)し畢(おわ)り、復(ま)た啓(もう)して道(いわ)く、 「大王天(てん)に在すこと許久(ひさしく)、授(さず)かりたもう所(ところ)は何の職(しょく)ぞ」 と。猴王道(いわ)く、 「玉帝(ぎょくてい)賢(けん)を軽(かろ)んじ、我を封(ほう)じて箇(ひとつ)の甚の『弼馬温(ひつばおん)』と做せり!」 と。鬼王(きおう)言を聴(き)き、又奏(そう)して道(いわ)く、 「大王(だいおう)この神通有りながら、いかにして他(かれ)与に馬を養(やしな)わんや。すなわち箇(ひとつ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』と做るも、何の可(いか)ならざるか有らん」 と。猴王説を聞きて歓喜(かんぎ)勝(た)えず、連(つづ)けて幾箇(いくつ)かの、 「好し!好し!好し!」 と道(い)い、四健将(しけんしょう)に教(おし)えて、 「すなわち我に替(か)わりて快(すみや)か箇(ひとつ)の旌旗(せいき=旗さしもの)を置(しつら)え、旗(はた)の上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四大字(よんだいじ)を写(うつ)し、竿(さお)を立(た)てて張(は)り掛(か)けよ。此自り以后(このかた)、ただ我を称(しょう)して斉天大聖(せいてんたいせい)と為し、再(ふたた)び大王(だいおう)と称(しょう)ずるを許(ゆる)さず。亦(ま)た各洞(かくどう)の妖王(ようおう)に伝(つた)えて、一体(いったい=ことごとく)知悉(ちしつ=承知)せしむべし」 と。此れ話下(わか=語るところ)に在らず。 さて、かの玉帝(ぎょくてい)次日(あくるひ)朝(ちょう)を設(もう)くるに、ただ見よ、張天師(ちょうてんし)の御馬監(ぎょばかん)の監丞(かんじょう)・監副(かんふく)を引(ひ)きて丹墀(たんち)の下に在りて拝奏(はいそう=拝し奏上)して道(いわ)く、 「万歳(ばんぜい)、新任(しんにん)の弼馬温(ひつばおん)孫悟空(そんごくう)、官の小さきを嫌(いや)がり、昨日(きのう)反(かえ)って天宮(てんきゅう)を下りて去り了んぬ」 と。正に説う間に、又南天門(なんてんもん)の外(そと)の増長天王(ぞうちょうてんのう)の衆の天丁(てんてい)を領いて、亦(ま)た奏(そう)して道(いわ)く、 「弼馬温(ひつばおん)何の故(ゆえ)にか知らず、天門(てんもん)を走げ出(い)でて去り了んぬ」 と。玉帝(ぎょくてい)言を聞き、すなわち旨(むね)を伝(つた)えて、 「両路(りょうろ=両方)の神元(しんげん=神の兵)をして各(おのおの)本職(ほんしょく)に帰(かえ)らしめよ。朕(ちん)天兵(てんぺい)を遣(つかわ)してこの怪(かい)を擒(とら)え擒(とら)えん」 と。班部(はんぶ=列座)の中より托塔李天王(たくとうりてんのう)与に哪吒三太子(なたさんたいし)の閃(ひらめ)き上み、班(つらね)を越(こ)えて奏上(そうじょう)して道(いわ)く、 「万歳(ばんぜい)、微臣(びしん=拙臣)不才(ふさい=非才)なれども、旨(むね)を請(こ)いてこの妖怪(ようかい)を降(くだ)さん」 と。玉帝(ぎょくてい)大に喜(よろこ)び、すなわち托塔天王李靖(たくとうてんのうりせい)を降魔大元帥(ごうまだいげんすい=魔を降す大元帥)に封(ほう)じ、哪吒三太子(なたさんたいし)を三壇海会大神(さんだんかいえだいしん)に封(ほう)じ、即刻(そくこく)に師(し)を興(おこ)して下界(げかい)に下らしむ。 李天王(りてんのう)与に哪吒(なた)叩頭(こうべをうち)して謝(しゃ)し辞(じ)し、径(ただち)に本宮(ほんきゅう)に至(いた)り、三軍(さんぐん)を点(てん)じ起し、衆の頭目(とうもく)を帥(ひき)い、巨霊神(きょれいしん)を著して先鋒(せんぽう)と為し、魚肚将(ぎょとしょう=魚の腹の将)をして後(うしろ)を掠(かす)めしめ、薬叉将(やくしゃしょう=薬叉の将)をして兵(へい)を催(うなが)さしむ。一霎時(ひととき)にして南天門(なんてんもん)の外(そと)に出(い)で、径(ただち)に花果山(かかざん)に来(きた)り到る。平陽(へいよう=平地)の処(ところ)を選(えら)んで営寨(えいさい=陣営)を安(やす)んじ、令(れい)を伝(つた)えて巨霊神(きょれいしん)をして挑戦(ちょうせん=戦いを挑ま)せしむ。巨霊神(きょれいしん)令(れい)を得(え)、結束(けっそく=身支度)を整斉(せいせい)し、宣花斧(せんかふ)を輪(ふる)いて、水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に到る。ただ見よ、小洞門(しょうどうもん)の外(そと)に、許多(あまた)の妖魔(ようま)有り、都これ些(いささ)かの狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)の類(たぐい)にして、丫丫叉叉(ああささ=ごちゃごちゃ)と、槍(ほこ)を輪(ふる)い剣(けん)を舞(ま)わし、かの処(ところ)に在りて跳り闘(たたか)い咆哮(ほうこう=ほえたけ)るを。この巨霊神(きょれいしん)喝(かつ=しかりつけ)して道(いわ)く、 「あの業畜(ごうちく=畜生め)!快(すみや)か早(はや)く去(ゆ)きて弼馬温(ひつばおん)に報(ほう)じ知らせよ。吾(われ)は乃ち上天(じょうてん)の大将(たいしょう)にして、玉帝(ぎょくてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じて此に到(いた)りて収伏(しゅうふく)す。他(かれ)をして早(はや)く早(はや)く出(い)で来(きた)りて降(こう)を受(う)けしめよ。汝等(なんじら)の皆傷(きずつ)き残(そこな)わるるを免(まぬか)れんとならば」 と。あの些(こ)の怪(かい)ら、奔奔波波(ほんぽはぽ=右往左往)として洞中(どうちゅう)に伝(つた)え報(ほう)じて道(いわ)く、 「禍事(かじ=一大事)なり!禍事(かじ)なり!」 と。猴王問(と)うて、 「甚の禍事(かじ)か有る」 と。衆妖(しゅうよう)道(いわ)く、 「門外(もんがい)に一員(ひとり)の天将(てんしょう)有り、口(くち)に大聖(たいせい)の官銜(かんがん)を称(しょう)し、玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じて此に来(きた)りて収伏(しゅうふく)すと道(い)い、早(はや)く出(い)で去(ゆ)きて降(こう)を受(う)け、我等(われら)が性命(せいめい=命)を傷(そこな)わるるを免(まぬか)れんことを教(おし)う」 と。猴王説を聴(き)き、教(おし)えて、 「我が披掛(ひかく=冑と鎧)を取り来れ!」 と。すなわち紫金冠(しきんかん=紫金の冠)を戴(いただ)き、黄金甲(おうごんこう=黄金の鎧)を貫(つらぬ)き、歩雲鞋(ほうんかい=雲を踏む沓)を登き、手(て)に如意金箍棒(にょいきんこぼう)を執(と)り、衆を領いて門(かど)を出(い)で、陣勢(じんせい)を擺(ひら)き開く。この巨霊神(きょれいしん)睛(ひとみ)を睜(みは)りて観看(み)(みわた)す。真(まこと)に好き猴王(こうおう)かな、 身に金甲(きんこう)を穿(き)れば亮堂堂(りょうどうどう=ぴかぴか)とし、 頭(こうべ)に金冠(きんかん)を戴(いただ)けば光(ひかり)映映(えいえい)たり。 手(て)に金箍棒(きんこぼう)一根(ひとふり)を挙(あ)げ、 足(あし)に雲鞋(うんかい)を踏(ふ)めば皆相(あい)称(かな)えり。 一双(ふたつ)の怪眼(かいがん)は明星(みょうじょう=明けの星)に似(に)、 両耳(りょうじ)肩(かた)を過(す)ぎて査(さ)えて又た硬(かた)し。 挺挺(ていてい=すっくと)たる身才(しんさい=体つき)変化(へんげ)多(おお)く、 声音(せいおん)響(ひび)き亮(あき)らけきこと鐘磬(しょうけい=鐘と磬)の如し。 尖嘴咨牙(せんししが=尖れる嘴に剥ける牙)の弼馬温(ひつばおん)、 心(こころ)高(たか)く斉天聖(せいてんせい)と做らんと欲(ほっ)す。 と。 巨霊神(きょれいしん)声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫んで道(いわ)く、 「あの潑猴(はっこう=暴れ猿)!汝我を認(みと)むるか」 と。大聖(たいせい)言を聴(き)き、急(いそ)ぎ問うて道(いわ)く、 「汝(なんじ)は是れ那路(いずれ)の毛神(もうしん=毛むくじゃらの神)ぞ。老孫(ろうそん)曾(かつ)て汝(なんじ)に会(あ)わず。汝快(すみや)か名を報(ほう)ぜよ」 と。巨霊神(きょれいしん)道(いわ)く、 「我汝があの欺心(ぎしん=心欺く)の猢猻(こしゅん=猿)めを把らえん!汝(なんじ)は是れ我を認(みと)め得(え)ざるか!我は乃ち高上(こうじょう=崇高)の神霊(しんれい)托塔李天王(たくとうりてんのう)の部下(ぶか)の先鋒(せんぽう)、巨霊天将(きょれいてんしょう)なり!今(いま)玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)を奉(ほう)じて此に到(いた)りて汝(なんじ)を収降(しゅうこう)す。汝快(すみや)か装束(しょうぞく=身なり)を卸(おろ)し、天恩(てんおん=天の恩)に帰順(きじゅん)せよ。この満山(まんざん)の諸畜(しょちく=獣ども)の誅(ちゅう=殺され)を遭(あ)うを免(まぬか)れしめん。若(も)し箇(ひとつ)の半(なかば)の『不(いな)』の字(じ)を道(い)わば、汝(なんじ)をして頃刻(けいこく=またたく間)に化(け)して齏粉(さいふん=粉みじん)と為らしめん!」 と。 猴王説を聴(き)き、心中(しんちゅう)大に怒(いか)って道(いわ)く、 「潑毛神(はつもうしん=暴れ者の毛神)、大口(たいこう=大言)を誇(ほこ)るを休(や)め、長舌(ちょうぜつ=長い舌)を弄(ろう)すること少(すくな)くせよ!我本(もと)一棒(ひとぼう)に汝(なんじ)を打ち殺(ころ)さんと待(ま)てども、人の去(ゆ)きて信(しん)を報(ほう)ずる者無きを恐(おそ)る。且(しばら)く汝(なんじ)の性命(せいめい)を留(とど)め、快(すみや)く早(はや)く天に回り、玉皇(ぎょっこう)に向いて説え、『他(かれ)甚だ賢(けん)を用いず』と。老孫(ろうそん)無窮(むきゅう=限りなき)の本事(ほんじ=腕)有るに、何為(なんす)れぞ我をして他(かれ)に替(か)わりて馬を養(やしな)わしむるか。汝我がこの旌旗(せいき=旗)の上の字号(じごう=文字)を看(み)(み)よ。若(も)しこの字号(じごう)に依(よ)りて官を升(しょう)ぜば、我すなわち刀兵(とうへい=武力)を動かさず、自然(じねん)に天地(てんち)清泰(せいたい=安らか)ならん。如し依(よ)らずんば時間(ただち)に、すなわち霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上り、他(かれ)の竜床(りゅうしょう=龍の寝床)をして定ず坐し得(え)ざらしめん!」 と。 この巨霊神(きょれいしん)此の言を聞き、急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて風(かぜ)に迎(むか)いて観看(み)(みわた)するに、果(はた)して門外(もんがい)に一の高竿(こうかん=高い竿)の竪(た)てる有り、竿(さお)の上に旌旗(せいき)一面(ひとひら)有り、上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四大字(よんだいじ)を写(うつ)せり。巨霊神(きょれいしん)三声(みこえ)冷笑(れいしょう=冷ややかに笑い)して道(いわ)く、 「この潑猴(はっこう)、この等(よう)に人事(じんじ=物の分別)を知らず、輙(すなわ)ち敢(あ)えて無状(ぶじょう=無礼)なるかな、汝(なんじ)すなわち斉天大聖(せいてんたいせい)と做らんと欲(ほっ)すとは!好きに吾(わ)が一斧(ひとおの)を吃(くら)え!」 と。劈頭(へきとう=真っ向)よりすなわち砍(き)り将(も)ち去く。かの猴王正に是れ、 「会家(かいか=手練れ)は忙(いそ)がず」 とて、金箍棒(きんこぼう)を将(も)ちて手(て)に応(おう)じて相(あい)迎(むか)う。この一場(ひとくさり)の好き殺(たたか)いかな、 棒(ぼう)は如意(にょい)と名け、斧(おの)は宣花(せんか)と号(ごう)す。 他(かれ)の両箇(ふたり)乍(たちま)ち相(あい)逢(あ)いて、深浅(しんせん=力量のほど)を知らず。 斧(おの)と棒(ぼう)、左右(さゆう)に交加(こうか=交わり)す。 一箇(ひとり)は神妙(しんみょう=霊妙)を暗(ひそ)かに蔵(かく)し、一箇(ひとり)は大口(たいこう)に称(しょう)え誇(ほこ)る。 法(ほう)を使(つか)い動かせば、雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(つ)き、 手(て)を展(の)べ開けば、土(つち)を播(ま)き沙(すな)を揚(あ)ぐ。 天将(てんしょう)の神通(じんつう)は即(すなわ)ち道(みち)有り、猴王(こうおう)の変化(へんげ)は実(げ)に涯(かぎ)り無し。 棒(ぼう)を挙(あ)ぐるは却(かえ)って龍(りゅう)の水(みず)に戯(たわむ)るるが如く、 斧(おの)の来るは猶(な)お鳳(ほう)の花(はな)を穿(うが)つに似(に)たり。 巨霊(きょれい)の名望(めいぼう)天下(てんか)に伝(つた)われども、元来(もと)本事(ほんじ)は他(かれ)に如かず。 大聖(たいせい)軽軽(けいけい=軽々)と鉄棒(てつぼう)を輪(ふる)い、 頭(こうべ)に著てること一下(ひとくだり)に満身(まんしん)麻(しび)る。 と。 巨霊神(きょれいしん)祇(ただ)他(かれ)に敵(てき)し住(とど)まること能わず、猴王(こうおう)の劈頭(へきとう)より一棒(ひとぼう)を被(こうむ)り、慌(あわ)てて斧(おの)を将(も)ちて架(か)ぎ隔(へだ)つるに、呵嚓(かさつ=がしゃん)と一声(ひとこえ)、箇(ひとつ)の斧柄(ふへい=斧の柄)を把ちて打ちて両截(ふたつ)と做し、急(いそ)ぎ身(み)を撤(ひ)いて陣(じん)を敗(やぶ)りて逃生(とうせい=逃げ延び)る。猴王笑って道(いわ)く、 「膿包(のうほう=うみ袋め)!膿包(のうほう)!我已(すで)に汝(なんじ)を饒(ゆる)せり。汝快(すみや)く去(ゆ)きて信(しん)を報(ほう)ぜよ!快(すみや)く去(ゆ)きて信(しん)を報(ほう)ぜよ!」 と。 巨霊神(きょれいしん)営門(えいもん)に回り至(いた)り、径(ただち)に托塔天王(たくとうてんのう)に見え、忙(いそ)ぎ哈哈(はは=あはあは)と下跪(ひざまず)いて道(いわ)く、 「弼馬温(ひつばおん)果(はた)して是れ神通広大(こうだい)なり!末将(まっしょう=拙者)他(かれ)与に戦(たたか)うを得(え)ず、陣(じん)を敗(やぶ)りて回り来(きた)りて罪を請(こ)う」 と。李天王(りてんのう)怒(いかり)を発(はっ)して道(いわ)く、 「この厮(し=奴)吾(わ)が鋭気(えいき=鋭き気)を挫(くじ)けり。推(お)し出してこれを斬(き)れ!」 と。旁(かたわら)より哪吒太子(なたいし)閃(ひらめ)き出(い)で、拝(おが)み告(もう)して、 「父王(ぶおう)怒(いかり)を息(いこ)えたまえ。且(しばら)く巨霊(きょれい)の罪を恕(ゆる)し、孩児(がいじ=私め)の師(し)を出すこと一遭(ひとたび)を待(ま)ちて、すなわち深浅(しんせん)を知らん」 と。天王(てんのう)諫(いさめ)を聴(い)れ、且(しばら)く営(えい)に回りて罪を待(ま)ち事を管(つかさど)らしむ。 この哪吒太子(なたいし)は、甲冑(かっちゅう=冑と鎧)を斉整(せいせい)にし、営盤(えいばん=陣営)を跳り出(い)で、水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に撞(つ)き至る。かの悟空正に兵(へい)を収(おさ)めんと来るに、哪吒(なた)の来るの勇猛(ゆうもう=勇ましき)なるを見る。好き太子(たいし)かな、 総角(そうかく=髪の角)才(わず)かに囟(しん=泉門)を遮(おお)い、 披毛(ひもう=垂れ毛)未(いま)だ肩(かた)を蓋(おお)わず。 神奇(しんき=霊妙)にして敏悟(びんご=聡き)なること多(おお)く、 骨秀(こっしゅう=骨格秀で)更(さら)に清妍(せいけん=清らかに美し)し。 誠(まこと)に天上(てんじょう)の麒麟子(きりんし=麒麟の子)と為り、 果(はた)して煙霞(えんか)の彩鳳仙(さいほうせん=彩りの鳳凰の仙)なり。 龍種(りゅうしゅ=龍の種)自然(じねん)に俗相(ぞくそう=凡俗の相)に非(あら)ず、 妙齢(みょうれい=若き齢)端(ただ)しく塵凡(じんぼん=塵の凡人)に類(るい)せず。 身に六般(ろっぱん=六種)の神器械(しんきかい=神の武器)を帯(たい)し、 飛騰(ひとう)変化(へんげ)広(ひろ)くして辺り無し。 今(いま)玉皇(ぎょっこう)の金口(きんこう=玉の口)の詔(みことのり)を受(う)け、 勅(みことの)りして海会(かいえ)と号(ごう)し三壇(さんだん)と封(ほう)ぜらる。 と。 悟空迎(むか)え近(ちか)づき前(すす)み来(きた)りて問うて曰(いわ)く、 「汝(なんじ)は誰家(たがいえ)の小哥(しょうか=若君)ぞ。吾(わ)が門(かど)に闖(つ)け近(ちか)づき、何の事の干(かかわり)か有る」 と。哪吒(なた)喝(かつ)して道(いわ)く、 「潑妖猴(はつようこう=暴れ妖猿)!豈(あ)に我を認(みと)めざるか。我は乃ち托塔天王(たくとうてんのう)の三太子(さんたいし)哪吒(なた)是なり。今(いま)玉帝(ぎょくてい)の欽差(きんさ=勅命)を奉(ほう)じて此に至(いた)りて汝(なんじ)を捉(とら)えん」 と。悟空笑って道(いわ)く、 「小太子(しょうたいし)よ、汝(なんじ)が乳歯(にゅうし=乳の歯)は未(いま)だ退(ぬ)けず、胎毛(たいもう=産毛)未(いま)だ乾(かわ)かざるに、怎(いか)でか敢(あ)えてこの般(ごと)き大話(たいわ=大言)を説えるか。我且(しばら)く汝(なんじ)の性命(せいめい)を留(とど)めて汝(なんじ)を打たじ。汝(なんじ)ただ我が旌旗(せいき)の上の是れ甚の字号(じごう)なるかを看(み)、玉帝(ぎょくてい)に拝(はい)し上れ。是の般(ごと)き官銜(かんがん)ならば、再(ふたた)び衆を動かすを須(もち)いず、我自から皈依(きえ=帰依)せん。若(も)し我が心(こころ)に遂(かな)わざれば、定ず霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上らん」 と。哪吒(なた)頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)(み)る処(ところ)、乃ち「斉天大聖(せいてんたいせい)」の四字(よじ)なり。哪吒(なた)道(いわ)く、 「この妖猴(ようこう)能く幾許(いくばく)の神通(じんつう)か有りて、すなわち敢(あ)えてこの名号(みょうごう)を称(しょう)ずるか!怕(おそ)るること莫(な)かれ!吾(わ)が一剣(ひとつるぎ)を吃(くら)え!」 と。悟空道(いわ)く、 「我ただ站(た)ち下りて動かず、汝(なんじ)の幾剣(いくつ)かを砍(き)るに任(まか)せんのみ」 と。かの哪吒(なた)奮怒(ふんぬ=奮い怒り)、大に一声(ひとこえ)喝(かつ)し、 「変(へん)ぜよ!」 と叫ぶ。即(すなわ)ち変(へん)じて三頭六臂(さんとうろっぴ=三つの頭と六つの腕)と做り、悪狠狠(あくごんごん=凄まじく)、手(て)に六般(ろっぱん)の兵器(へいき)を持(たも)ち著く。乃ち是れ斬妖剣(ざんようけん=妖(よう)を斬る剣)、砍妖刀(かんようとう=妖(よう)を砍る刀)、縛妖索(ばくようさく=妖(よう)を縛る綱)、降妖杵(ごうようしょ=妖(よう)を降す杵)、繍球児(しゅうきゅうじ=刺繍の毬)、火輪児(かりんじ=火の輪)にして、丫丫叉叉(ああささ=ごちゃごちゃ)と、面(かお)を撲(う)ちて打ち来る。悟空見(み)て、心(こころ)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、 「この小哥(しょうか)倒(かえ)って也(ま)た些(いささ)かの手段(しゅだん)を弄(ろう)することを会(え)す!無礼(ぶれい)なる莫(な)かれ、我が神通(じんつう)を看(み)(み)よ!」 と。好き大聖(たいせい)かな、声(こえ)を喝(かつ)して、 「変(へん)ぜよ!」 と。也(ま)た変(へん)じて三頭六臂(さんとうろっぴ)と做り、金箍棒(きんこぼう)を把ちて幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、也(ま)た変(へん)じて三条(さんじょう)と做し、六隻(ろっぴき)の手(て)に三条(みすじ)の棒(ぼう)を拿りて架(か)ぎ住(とど)む。この場(ひとくさり)の闘(たたか)い、真箇(まこと)に是れ地動き山(やま)揺(ゆる)ぐ、好き殺(たたか)いかな、 六臂(ろっぴ)の哪吒太子(なたいし)、天生(てんせい)の美石猴王(びせきこうおう)。 相逢(あいまみ)うるは真(しん)の対手(たいしゅ=好敵手)、正に本源流(ほんげんりゅ=同じ源流)に遇(あ)う。 那箇(かちら)は蒙(こうむ)り差(つかわ)されて下界(げかい)に来(きた)り、 此箇(こちら)は心(こころ)を欺(あざむ)いて斗牛(とぎゅう=星宿)を鬧(さわ)がす。 斬妖(ざんよう)の宝剣(ほうけん)は鋒芒(ほうぼう=切っ先)快(こころよ)く、 砍妖(かんよう)の刀(かたな)は狠(こん=苛烈)にして鬼神(きしん)も愁(うれ)う。 縛妖(ばくよう)の索子(さくす=綱)は飛蟒(ひもう=飛ぶ大蛇)の如く、 降妖(ごうよう)の大杵(だいしょ=大なる杵)は狼頭(ろうとう=狼の頭)に似(に)たり。 火輪(かりん)電(いなずま)を掣(ひ)きて烘烘(こうこう=ぱちぱち)と艶(あで)やかに、 往往来来(おうおうらいらい)として繍球(しゅうきゅう)を滚(ころが)す。 大聖(たいせい)三條(みすじ)の如意棒(にょいぼう)、 前(まえ)に遮(さえぎ)り後(うしろ)に擋(ふせ)ぎて機謀(きぼう=はかりごと)を運(めぐ)らす。 苦(くる)しみ争(あらそ)うこと数合(すうごう=幾合)も高下(こうげ=優劣)無く、 太子(たいし)心(こころ)中肯(あえ)て休(や)まじとす。 あの六件(ろっけん)の兵器(へいき)を把ちて多く変(へん)ぜしめ、 百千万億(ひゃくせんまんおく)として頭(こうべ)を照(てら)して投(なげう)つ。 猴王懼(おそ)れず呵呵(かか=からから)と笑い、 鉄棒(てつぼう)翻騰(ほんとう=舞い翻り)して自から運籌(うんちゅう=策を巡ら)す。 一を以(もっ)て千(せん)と化(け)し千(せん)を万(まん)と化(け)し、 満空(まんくう=空いっぱい)に乱(みだ)りに舞(ま)いて飛虬(ひきゅう=飛ぶ龍)に賽(まさ)る。 唬(おどろ)かされて各洞(かくどう)の妖王(ようおう)都戸(と)を閉(とざ)し、 遍山(へんざん)の鬼怪(きかい)尽(ことごと)く頭(こうべ)を蔵(かく)す。 神兵(しんぺい)の怒気(どき)は雲(くも)惨惨(さんさん=もの寂しく)、 金箍(きんこ)の鉄棒(てつぼう)は響(ひび)き颼颼(しゅうしゅう=ひゅうひゅう)たり。 かの壁廂(へきしょう=向こう側)、天丁(てんてい)吶喊(とっかん=鬨の声)して人人(ひとびと)怕(おそ)れ、 この壁廂(へきしょう=こちら側)、猴怪(こうかい)旗(はた)を揺(ゆ)りて箇箇(おのおの)憂(うれ)う。 発狠(はっこん=いきりたち)して両家(りょうけ)斉(ひと)しく勇(ゆう)を闘(たたか)わす。 と。 三太子(さんたいし)与に悟空各(おのおの)神威(しんい=神の威)を騁(はせ)り、三十回合(さんじゅうがい)を闘(たたか)えり。かの太子(たいし)の六般(ろっぱん)の兵器(へいき)は、変(へん)じて千千万万(せんぜんまんまん)と做り、孫悟空(そんごくう)の金箍棒(きんこぼう)は、化作(かさ)して万万千千(ばんばんせんぜん)と做る。半空(はんくう)の中、雨点(うてん=雨のしずく)流星(りゅうせい=流れ星)の似(ごと)くにして、勝負(しょうぶ)を分(わか)たず。元来(もと)悟空(ごくう)は手疾(しゅしつ=手早く)眼快(がんかい=目敏き)にして、正にあの混乱(こんらん)の時に在りて、他(かれ)一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下し、声(こえ)を叫んで、 「変(へん)ぜよ!」 と。すなわち変(へん)じて他(かれ)の本相(ほんそう=本来の姿)と做り、手(て)に棒(ぼう)を挺(つ)き立(た)てて哪吒(なた)に演(えん)じかけ、他(かれ)の真身(しんしん=真の身)は、却(かえ)って一縦(ひとおどり)に哪吒(なた)の脳後(のうご=後頭)に趕(お)い至(いた)り、左膊(さはく=左の腕)の上に著てて一棒(ひとぼう)打ち来る。哪吒(なた)正に法(ほう)を使(つか)う間に、棒頭(ぼうとう=棒の先)の風(かぜ)の響(ひび)くを聴(き)き得(え)、急(いそ)ぎ避閃(たせん=身(み)をかわし)んとせしに、手(て)を措(お)くこと能わず、他(かれ)の一下(ひとくだり)を著けられて、痛(いたみ)を負(お)いて逃(に)げ走る。法(ほう)を収(おさ)め、六件(ろっけん)の兵器(へいき)を把ちて、依旧(いきゅう=もとのごとく)身に帰(かえ)し、陣(じん)を敗(やぶ)りて回りぬ。 かの陣上(じんじょう)の李天王(りてんのう)早已(はやく)より看(み)(み)て、急(いそ)ぎ兵(へい)を提(さ)げて戦(たたかい)を助(たす)けんと欲(ほっ)す。覚(おぼ)えず太子(たいし)倏(たちまち)面前(めんぜん)に至(いた)り、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として報(ほう)じて道(いわ)く、 「父王(ぶおう)!弼馬温(ひつばおん)真箇(まこと)に本事(ほんじ=腕)有り!孩児(がいじ)この般(ごと)きの法力(ほうりき)も、也(ま)た他(かれ)与に戦(たたか)うに過(す)ぎず、已(すで)に他(かれ)の膊(うで)を打ち傷(そこな)われ了んぬ」 と。天王(てんのう)大に驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)って道(いわ)く、 「この厮(し=奴)恁(いか)なる神通(じんつう)なるか、いかにしてか勝(か)ちを取らん」 と。太子(たいし)道(いわ)く、 「他(かれ)洞門外(どうもんがい)に一竿(ひとさお)の旗(はた)を竪(た)て、上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四字(よじ)を写(うつ)し、親(みずか)ら口(くち)に誇(ほこ)り称(しょう)して、玉帝(ぎょくてい)にすなわち他(かれ)を封(ほう)じて斉天大聖(せいてんたいせい)と做さば万事(ばんじ)俱(とも)に休(や)まんと、若(も)し是の号(ごう)に非(あら)ざれば、定ず霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上らんと教(おし)うる哩(ぞ)」 と。天王(てんのう)道(いわ)く、 「既に然(しか)らば、且(しばら)く他(かれ)与に相持(そうじ=睨み合い)するを要(もと)めず、且(しばら)く上界(じょうかい)に去(ゆ)き、この言を将(も)ちて回奏(かいそう=復命奏上)し、更(さら)に多く天兵(てんぺい)を遣(つかわ)してこの厮(し)を囲(かこ)み捉(とら)えんに、未(いま)だ遅(おそ)きに為らざるなり」 と。太子(たいし)痛(いたみ)を負(お)いて復(ま)た戦(たたか)う能わず、故(ゆえ)に天王(てんのう)と同(とも)に天に回りて啓奏(けいそう)すと題(い)えり。 汝看(み)(み)よ、かの猴王勝(か)ちを得(え)て山(やま)に帰(かえ)れば、あの七十二洞(しちじゅうにどう)の妖王(ようおう)与にあの六弟兄(ろくていけい=六人の義兄)俱(とも)に来(きた)りて賀喜(がき=祝い喜ぶ)。洞天福地(どうてんふくち)に在りて、飲(の)み楽(たのし)むこと比(くら)ぶる無し。彼却(かえ)って六弟兄(ろくていけい)に向いて説いて、 「小弟(しょうてい=私)既に斉天大聖(せいてんたいせい)と称(しょう)ず。汝等(なんじら)も亦(ま)た以(もっ)て大聖(たいせい)と称(しょう)すべし」 と。内(うち)に牛魔王(ぎゅうまおう)有り、忽然(たちまち)声(こえ)を高(たか)うして叫んで道(いわ)く、 「賢弟(けんてい)の言えるところ理(ことわり)有り。我すなわち称(しょう)じて箇(ひとつ)の平天大聖(へいてんたいせい)と做らん」 と。蛟魔王(こうまおう)道(いわ)く、 「我は覆海大聖(ふくかいたいせい)と称(しょう)ぜん」 と。鵬魔王(ほうまおう)道(いわ)く、 「我は混天大聖(こんてんたいせい)と称(しょう)ぜん」 と。獅駝王(しだおう)道(いわ)く、 「我は移山大聖(いざんだいせい)と称(しょう)ぜん」 と。獼猴王(みこうおう)道(いわ)く、 「我は通風大聖(つうふうたいせい)と称(しょう)ぜん」 と。狨王(じゅうおう)道(いわ)く、 「我は駆神大聖(くしんたいせい)と称(しょう)ぜん」 と。この時七大聖(しちだいせい)自ら作(な)し自ら為し、自ら称(しょう)じ自ら号(ごう)し、耍(たわむ)れ楽(たのし)むこと一日(いちじつ)にして、各(おのおの)散(さん)じ訖(おわ)んぬ。 さて、かの李天王(りてんのう)与に三太子(さんたいし)衆将(しゅしょう=将たち)を領い、直(ただち)に霊霄殿(れいしょうでん)に至る。啓奏(けいそう)して道(いわ)く、 「臣等(しんら)聖旨(せいし)を奉(ほう)じて師(し)を出し下界(げかい)に下り、妖仙(ようせん)孫悟空(そんごくう)を収伏(しゅうふく)せんとせしに、期(おも)わざりき彼(かれ)の神通広大(こうだい)にして、勝(か)ちを取る能わざるを。仍(な)お万歳(ばんぜい)の兵(へい)を添(そ)えて剿除(そうじょ=討ち滅ぼ)したまわんことを望(のぞ)む」 と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、 「諒(おもんみ)るに一の妖猴(ようこう)に、多少(いくら)の本事(ほんじ)か有らん。還(ま)た兵(へい)を添(そ)うるを要(よう)せんや」 と。太子(たいし)又前(すす)み近(ちか)づきて奏(そう)して道(いわ)く、 「万歳(ばんぜい)の臣(しん)が死罪(しざい)を赦(ゆる)したまわんことを望(のぞ)む!かの妖猴(ようこう)一條(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)を使(つか)い、先(ま)ず巨霊神(きょれいしん)を敗(やぶ)り、又臣(しん)が臂膊(ひはく=腕)を打ち傷(そこな)えり。洞門外(どうもんがい)に一竿(ひとさお)の旗(はた)を立(た)て、上に『斉天大聖(せいてんたいせい)』の四字(よじ)を書(しょ)し、是の官職(かんしょく)を彼(かれ)に封(ほう)ぜば、すなわち兵(へい)を休(や)めて来(きた)りて投(とう)ぜんと、若(も)しこの官に非(あら)ざれば、還(ま)た霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に打ち上らんと道(い)えるなり」 と。玉帝(ぎょくてい)言を聞き、驚訝(けいが=驚き怪しみ)して道(いわ)く、 「この妖猴(ようこう)何ぞ敢(あ)えてこの般(ごと)く狂妄(きょうもう=ほしいままに乱暴)ならん!衆将(しゅしょう)に著して即刻(そくこく)にこれを誅(ちゅう)せしめよ」 と。正に説う間に、班部(はんぶ)の中又太白金星(たいはくきんせい)の閃(ひらめ)き出(い)でて奏(そう)して道(いわ)く、 「かの妖猴(ようこう)はただ言を出すを知りて、大小(だいしょう=分のほど)を知らず。兵(へい)を加(くわ)えて他(かれ)与に争闘(そうとう)せんと欲(ほっ)せば、想(おも)うに一時(いっとき)には収伏(しゅうふく)し難(がた)く、反(かえ)って又師(し)を労(ろう)せん。万歳(ばんぜい)の大に恩慈(おんじ=恩と慈しみ)を捨(す)てて、還(ま)た招安(しょうあん)の旨意(しい)を降(くだ)し、すなわち他(かれ)をして箇(ひとつ)の斉天大聖(せいてんたいせい)と做らしむるに如かず。ただ他(かれ)に箇(ひとつ)の空銜(くうがん=空名の官職(かんしょく))を加(くわ)え、官有りて禄(ろく)無からしめんのみ」 と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、 「怎(いか)にして『官有りて禄(ろく)無し』と喚(よ)ぶか」 と。金星(きんせい)道(いわ)く、 「名は是れ斉天大聖(せいてんたいせい)にして、ただ他(かれ)与に事を管(つかさど)らせず、他(かれ)与に俸禄(ほうろく=禄の給与)を与えず、且(しばら)く天壌(てんじょう=天地)の間に養(やしな)い、彼(かれ)が邪心(じゃしん=邪なる心)を収(おさ)め、狂妄(きょうもう)を生(しょう)ぜざらしめば、庶(ねがわ)くは乾坤(けんこん=天下)安靖(あんせい)にして、海宇(かいう=海内の)清寧(せいねい=安らか)なるを得(う)べし」 と。玉帝(ぎょくてい)言を聞きて道(いわ)く、 「卿(けい)の奏(そう)する所(ところ)に依(よ)らん」 と。すなわち命(めい)じて詔書(しょうしょ=勅書)を降(くだ)し、仍(な)お金星(きんせい)を著して領け去かしむ。 金星(きんせい)復(ま)た南天門(なんてんもん)を出(い)で、直(ただち)に花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に至(いた)りて観看(みわた)す。この番(たび)は前(さき)と比(くら)べて同(おな)じからず、威風(いふう)凛凛(りんりん=いかめしく)、殺気(さっき)森森(しんしん=ものものしく)、各様(かくよう=さまざま)の妖精(ようせい)、般(たぐい)の有(あ)らざるは無(な)し。一箇一箇(めいめい)都(みな)剣(けん)を執(と)り槍(ほこ)を拈(ひね)り、刀(かたな)を拿(と)り杖(つえ)を弄(ろう)して、かの処(ところ)に在りて咆哮(ほうこう)跳躍(ちょうやく=跳ね躍る)。一(ひと)たび金星(きんせい)を見(み)るや、皆(みな)上前(すす)み出(い)でて手(て)を動(うご)かす。金星(きんせい)道(いわ)く、 「あの衆(しゅう)の頭目(とうもく=かしら)来(きた)れ!汝(なんじ)を煩(わずら)わして去(ゆ)きて汝(なんじ)が大聖(たいせい)に報(ほう)じてこれを知(し)らしめよ。吾(われ)は乃(すなわ)ち上帝(じょうてい)の遣(つかわ)し来(きた)れる天使(てんし)にして、聖旨(せいし)此(ここ)に在りて他(かれ)を請(しょう)ずるなり」 と。衆妖(しゅうよう)すなわち跑(はし)り入(い)りて報(ほう)じて道(いわ)く、 「外面(そと)に一(ひとり)の老者(ろうじゃ)有り、他(かれ)上界(じょうかい)の天使(てんし)なりと説(い)い、旨意(しい)有りて汝(なんじ)を請(しょう)ずと」 と。悟空(ごくう)道(いわ)く、 「来(きた)れること好(よ)し!来(きた)れること好(よ)し!想(おも)うに是(こ)れ前番(ぜんばん=前のたび)来(きた)れるあの太白金星(たいはくきんせい)ならん。かの次(たび)我を請(しょう)じて上界(じょうかい)に上(のぼ)らしめ、官爵(かんしゃく)は堪(た)えざりしといえども、却(かえ)って也(ま)た天上(てんじょう)を一(ひと)たび走(ある)き、あの天門(てんもん)内外(ないがい)の路(みち)を認(みと)め得(え)たり。今番(こんばん=こんど)又(また)来(きた)れるは、定(かなら)ず好意(こうい)有らん」 と。衆(しゅう)の頭目(とうもく)に教(おし)えて大(おおい)に旗鼓(きこ=旗と太鼓)を開(ひら)かしめ、隊(たい)を擺(なら)べて迎接(げいせつ)せしむ。大聖(たいせい)すなわち群猴(ぐんこう)を帯(たい)し引(みちび)き、冠(かんむり)を頂(いただ)き甲(よろい)を貫(つらぬ)き、甲(よろい)の上(うえ)に赭黄袍(しゃこうほう)を罩(おお)い、足(あし)に雲履(うんり=雲の沓)を踏(ふ)み、急(いそ)ぎ洞門(どうもん)を出(い)で、身(み)を躬(かが)めて礼(れい)を施(ほどこ)し、高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、 「老星(ろうせい)請(こ)う進(い)れ、我が失迎(しつげい=出迎えを失し)の罪(つみ)を恕(ゆる)せ」 と。 金星(きんせい)步(あゆみ)を趨(はや)めて前(すす)み、径(ただち)に洞内(どうない)に入(い)り、南(みなみ)に面(めん)して立(た)ち著(お)りて道(いわ)く、 「今(いま)大聖(たいせい)に告(つ)ぐ。前者(さきだって)大聖(たいせい)の官(かん)の小(ちい)さきを嫌悪(けんお=憎み)し、御馬監(ぎょばかん)を逃(のが)れ離(はな)れしに因(よ)りて、当(まさ)に本監(ほんかん)の中(うち)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)の玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)ずる有りき。玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて道(いわ)く、『凡(およ)そ官(かん)を授(さず)かるる者(もの)は、皆(みな)卑(いや)しきより尊(たっと)きに由(よ)る。何為(なんす)れぞ小(ちい)さきを嫌(いや)がるか』と。すなわち李天王(りてんのう)の哪吒(なた)を領(ひき)いて下界(げかい)に戦(たたかい)を取(と)らしむる有り。大聖(たいせい)が神通(じんつう)を知(し)らざりしかば、故(ゆえ)に敗北(はいぼく)を遭(あ)い、天(てん)に回(かえ)りて奏(そう)して道(いわ)く、『大聖(たいせい)一竿(ひとさお)の旗(はた)を立(た)てて、「斉天大聖(せいてんたいせい)」と做(な)らんと欲(ほっ)す』と。衆(しゅう)の武将(ぶしょう)は還(ま)た支吾(しご=言い逃れ)せんとせしも、是(こ)れ老漢(ろうかん=この老いぼれ)が力(ちから)めて大聖(たいせい)が為(ため)に罪(つみ)を冒(おか)して奏聞(そうもん)し、師旅(しりょ=軍旅)を興(おこ)すを免(まぬか)れ、大王(だいおう)を請(こ)うて録(ろく=仙籍)を授(さず)けしめたるなり。玉帝(ぎょくてい)奏(そう)を准(ゆる)したもう。此(ここ)に因(よ)りて来(きた)りて請(しょう)ずるなり」 と。悟空(ごくう)笑って道(いわ)く、 「前番(ぜんばん)は勤労(きんろう=骨折り)なり、今(いま)又(また)愛(あい)を蒙(こうむ)る。多謝(たしゃ)!多謝(たしゃ)!ただ知(し)らざるは、上天(じょうてん)に此(こ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』の官銜(かんがん)有るや否(いな)や」 と。金星(きんせい)道(いわ)く、 「老漢(ろうかん)この銜(かんがん)を以(もっ)て奏(そう)し准(ゆる)されたればこそ、方(はじ)めて敢(あ)えて旨(むね)を領(りょう)して来(きた)れるなり。如(も)し遂(と)げざること有らば、ただ老漢(ろうかん)を坐罪(ざざい=罪に当て)するのみ」 と。 悟空(ごくう)大(おおい)に喜(よろこ)び、懇(ねんご)ろに留(とど)めて飲宴(いんえん)せんとせしも肯(うべな)わず、遂(つい)に金星(きんせい)与(とも)に祥雲(しょううん)を縦(はな)ちて、南天門(なんてんもん)の外(そと)に到(いた)る。あの些(こ)の天丁天将(てんていてんしょう)、都(みな)手(て)を拱(こまぬ)いて相(あい)迎(むか)う。径(ただち)に霊霄殿(れいしょうでん)の下(もと)に入(い)る。金星(きんせい)拝(はい)して奏(そう)して道(いわ)く、 「臣(しん)詔(みことのり)を奉(ほう)じて弼馬温(ひつばおん)孫悟空(そんごくう)を宣(せん)し、已(すで)に到(いた)らしめ了(おわ)んぬ」 と。玉帝(ぎょくてい)道(いわ)く、 「かの孫悟空(そんごくう)過(こ)ち来(きた)れ。今(いま)汝(なんじ)を宣(せん)して箇(ひとつ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』と做(な)し、官品(かんぽん=官位)は極(きわま)れり。ただ切(きっ)と胡為(こい=勝手な振る舞い)するべからず」 と。この猴(さる)も亦(ま)たただ上(かみ)に朝(むか)いて喏(じゃく=礼)を一(ひと)つ唱(とな)えて、謝恩(しゃおん)を道(い)うのみ。玉帝(ぎょくてい)すなわち工幹官(こうかんかん=工匠の役人)の張(ちょう)・魯(ろ)の二班(にはん=二人の工匠)に命(めい)じて、蟠桃園(ばんとうえん)の右首(うしゅ=右側)に、一座(ひとつ)の斉天大聖府(せいてんたいせいふ)を起(おこ)さしめ、府内(ふない)に箇(ふたつ)の二司(にし=二つの司)を設(もう)く。一(ひとつ)を安静司(あんせいし=安らかに静むる司)と名(なづ)け、一(ひとつ)を寧神司(ねいしんし=神を寧んずる司)と名(なづ)く。司(し)に俱(とも)に仙吏(せんり=仙の役人)有りて、左右(さゆう)に扶持(ふじ=補佐)す。又(また)五斗星君(ごとせいくん)を差(つかわ)して悟空(ごくう)を送(おく)りて任(にん)に到(いた)らしめ、外(ほか)に御酒(ぎょしゅ=御料の酒)二瓶(にへい)、金花(きんか)十朶(じゅうだ)を賜(たま)い、他(かれ)をして心(こころ)を安(やす)んじ志(こころざし)を定(さだ)め、再(ふたた)び胡為(こい)せざらしむ。かの猴王(こうおう)信受奉行(しんじゅぶぎょう=信じ受けて奉じ行い)、即日(そのひ)に五斗星君(ごとせいくん)与(とも)に府(ふ)に到(いた)り、酒瓶(しゅへい)を打(う)ち開(あ)けて、衆(しゅう)与(とも)に尽(ことごと)く飲(の)む。星官(せいかん)を送(おく)って本宮(ほんきゅう)に回(かえ)り転(てん)ぜしめ、彼(かれ)才(ようや)く心(こころ)に遂(かな)い意(い)に満(み)ち、地(ち)に喜(よろこ)び天(てん)に歓(よろこ)び、天宮(てんきゅう)に在(あ)りて快楽(けらく)し、掛(かか)る無(な)く礙(さわ)り無(な)し。正(まさ)に是(こ)れ、 仙名(せんめい)永(とこしな)えに長生録(ちょうせいろく=長生の帳)に注(しる)され、 輪廻(りんね)に堕(お)ちずして万古(ばんこ)に伝(つた)う。 と。畢竟(ひっきょう)向后(のち)如(いか)なるかは知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第五回 蟠桃(ばんとう)を乱(みだ)して大聖(たいせい)丹(たん)を偸(ぬす)み 天宮(てんきゅう)に反(はん)して諸神(しょしん)怪(かい)を捉(とら)う 話(かたり)に表(あらわ)す、かの斉天大聖(せいてんたいせい)は、畢竟(ひっきょう)是(こ)れ箇(ひとり)の妖猴(ようこう=妖の猿)にして、更(さら)に官銜(かんがん=官職の名)・品従(ひんじゅう=位階)の何(なん)たるを知(し)らず、也(ま)た俸禄(ほうろく=禄)の高低(こうてい)を較(くら)べることなく、但(た)だ只だ名(な)を注(しる)さるれば便(すなわ)ち了(おわ)らしむ。かの斉天府(せいてんふ)の下(もと)の二司(にし=二つの司)の仙吏(せんり=仙の役人)、早晚(ちょうばん=朝な夕な)伏侍(ふくじ)し、只だ日(ひ)に三餐(さんさん=三度の飯)を食い、夜(よる)は一榻(いっとう=一つの床)に眠(ねむ)るを知るのみ。事(こと)の牽縈(けんえい)無く、自由自在(じゆうじざい)たり。閑(ひま)なる時節(じせつ=折)には友(とも)に会(あ)い宮(きゅう)を游(あそ)び、朋を交(まじ)えて義(ぎ)を結(むす)ぶ。三清(さんせい)に見(まみ)えば箇(ひとつ)の「老(ろう)」の字(じ)を称(しょう)し、四帝(してい)に逢えば箇の「陛下(へいか)」を道(い)う。かの九曜星(くようせい)・五方将(ごほうしょう)・二十八宿(にじゅうはっしゅく)・四大天王(してんのう)・十二元辰(じゅうにげんしん)・五方五老(ごほうごろう)・普天星相(ふてんせいそう=天の星々)・河漢群神(かかんぐんしん)与に、俱に只だ弟兄(ていけい=兄弟)を以(もっ)て相(あい)待(ま)ち、彼此(ひし=互い)称呼(しょうこ=呼び合)う。今日(こんにち)は東(ひがし)に游(ゆ)き、明日(みょうにち)は西(にし)に蕩(さまよ)い、雲(くも)去(さ)り雲来(きた)り、行踪(こうしょう=行方)定(さだ)まらず。 一日(あるひ)、玉帝(ぎょくてい)早朝(そうちょう)す。班部(はんぶ=殿上の列)の中(うち)より許旌陽真人(きょせいようしんじん)閃(ひらめ)き出でて、俯伏(ふふく=平伏)して啓奏(けいそう)して道(いわ)く、 「今(いま)斉天大聖(せいてんたいせい)有(あ)り、事(こと)無(な)きに閑游(かんゆう)、天上(てんじょう)の衆(しゅう)の星宿(せいしゅく)と交(まじ)わりを結(むす)び、高低(こうてい)を論(ろん)ぜず、俱(とも)に朋友(ほうゆう)と称(しょう)す。後(のち)に閑中(かんちゅう=閑に乗じ)事を生ぜんことを恐(おそ)る。若(も)し彼(かれ)に一箇(ひとつ)の事を与(あた)えて管(かん)せしむるに如(し)かず。庶(ねがわ)くは別(べつ)に事端(じたん=事の端)を生ずるを免(まぬか)れん」 と。玉帝(ぎょくてい)言(げん)を聞(き)き、即時(そくじ)に宣詔(せんしょう=詔を宣ぶ)す。かの猴王(こうおう)、欣欣然(きんきんぜん)として至(いた)り、道く、 「陛下(へいか)、老孫(ろうそん)を詔(め)すは、何(なん)の昇賞(しょうしょう)か有る」 と。玉帝(ぎょくてい)道く、 「朕(ちん)汝(なんじ)が身(み)閑(ひま)にして事無きを見れば、汝に件の執事(しつじ=役目)を与う。汝且(しばら)く権(かり)にかの蟠桃園(ばんとうえん)を管せよ。早晚(ちょうばん)好(よ)く意(こころ)を用(もち)いよ」 と。大聖(たいせい)歓喜(かんき)して恩(おん)を謝(しゃ)し、上(うえ)に朝(ちょう)して唱喏(しょうじゃく=唱名拝礼)して退(しりぞ)く。 彼窮忙(きゅうぼう)を待(ま)つこと能わず、即(すなわ)ち蟠桃園(ばんとうえん)の内(うち)に入(い)りて査勘(さかん=検分)す。本園(ほんえん)の中に箇(ひとり)の土地(とち=土地神)有(あ)りて攔(さえぎ)り止(とど)め、問(と)うて道(いわ)く、 「大聖(たいせい)、何(いず)れにか往(ゆ)く」 と。大聖(たいせい)道く、 「吾(われ)玉帝(ぎょくてい)の点差(てんさ=任命)を奉(ほう)じ、蟠桃園(ばんとうえん)を代(かわ)りて管(かん)す。今(いま)来(きた)りて査勘(さかん)するなり」 と。かの土地(とち)連忙(れんぼう=あわてて)施礼(せれい=礼を行い)、即ちかの一班(ひとくみ)の鋤樹力士(じょじゅりきし)・運水力士(うんすいりきし)・修桃力士(しゅうとうりきし=桃を手入れする力士)・打掃力士(だそうりきし)を呼(よ)び、都(すべ)て来りて大聖(たいせい)に見(まみ)え磕頭(かとう)せしめ、彼(かれ)を引(ひ)きて進らしむ。ただ見よ、かの 夭夭灼灼(ようようしゃくしゃく=花の盛んに咲くさま)、顆顆株株(かかしゅしゅ=実の鈴なりのさま)。 夭夭灼灼(ようようしゃくしゃく)として花(はな)樹(き)に盈(み)ち、 顆顆株株(かかしゅしゅ)として果(くだもの)枝(えだ)を圧(おさ)う。 果(くだもの)枝頭(しとう)を圧えて錦弾(きんだん=錦の弾丸)を垂(た)れ、 花樹上(じゅじょう)に盈ちて胭脂(えんじ=紅)を簇(むらが)らす。 時(とき)に開(ひら)き時に結(むす)びて千年(せんねん)に熟(じゅく)し、 夏(なつ)無(な)く冬(ふゆ)無く万載(ばんさい)に遅(おそ)し。 先(ま)ず熟せるは、酡顔(だがん=赭らむ顔)・酔臉(すいれん=酔える面)。 還だ生(なま)なるは、蒂(へた)を帯(お)ぶる青皮(せいひ=青き皮)。 烟(けむり)を凝(こ)らして肌(はだ)緑(みどり)を帯び、 日に映(うつ)じて丹姿(たんし=紅の姿)を顕(あらわ)す。 樹下(じゅか)の奇葩(きは=珍しき花)并(なら)びに異卉(いき=異しき草)、 四時(しいじ=四季)に謝(しぼ)まず色(いろ)斉斉(せいせい=揃い)たり。 左右(さゆう)の楼台(ろうだい=高楼)并びに館舎(かんしゃ=館)、 盤空(ばんくう)常(つね)に見(み)る雲霓(うんげい=虹)の罩(おお)えるを。 是れ玄都(げんと=仙人の都)の凡俗(ぼんぞく)の種(たね)に非(あら)ず、 瑶池(ようち)の王母(おうぼ)自(みずか)ら栽培(さいばい)す。 大聖(たいせい)看玩(かんがん=見て遊ぶ)すること多時(たじ=久しく)、土地(とち)に問(と)うて道(いわ)く、 「この樹(き)に多少(いくばく)の株数(しゅすう=本数)か有(あ)る」 と。土地道く、 「三千六百株(さんぜんろっぴゃくしゅ)有り。前面(ぜんめん)の一千二百株(いっせんにひゃくしゅ)は、花(はな)微(かす)かに果(くだもの)小(ちいさ)く、三千年(さんぜんねん)に一熟(いちじゅく)し、人(ひと)喰(くら)えば仙(せん)を成(な)し道(どう)を了(お)え、体(たい)健(すこや)かに身軽(かろ)し。中間(ちゅうかん)の一千二百株は、層花(そうか)・甘実(かんじつ=甘き実)、六千年(ろくせんねん)に一熟(いちじゅく)し、人喰えば霞挙(かきょ=霞に乗ず)飛昇(ひしょう=飛び昇る)、長生(ちょうせい)不老(ふろう)なり。後面(こうめん)の一千二百株は、紫紋(しもん=紫の紋)・緗核(そうかく=浅黄の核)、九千年(きゅうせんねん)に一熟(いちじゅく)し、人喰えば天地(てんち)与(とも)に寿(じゅ)を斉しくし、日月(じつげつ)与に庚(こう=年の齢)を同(おなじ)くす」 と。大聖(たいせい)言(げん)を聞き、歓喜(かんき)無任(ぶにん)。当日(とうじつ)株数(しゅすう=本数)を査明(さめい)にし、亭閣(ていかく=亭と楼閣)を点看(てんかん=見て回り)、府(ふ)に回(かえ)る。此(これ)より後(のち)、三五日(さんごにち)に一次(ひとたび)賞玩(しょうがん=観賞)し、也(ま)た友を交(まじ)えず、也た他(よそ)に游(あそ)ばず。 一日(あるひ)、かの老樹(ろうじゅ=古き樹)の枝頭(しとう=枝の先)に、桃(もも)の熟(じゅく)すること大半(たいはん)なるを見(み)るや、彼(かれ)心裏(しんり=心中)に箇(ひとつ)の新(あたら)しきを嘗(な)めんと欲(ほっ)す。奈何(いかん)せん、本園(ほんえん)の土地(とち)・力士(りきし)并(なら)びに斉天府(せいてんふ)の仙吏(せんり)の緊随(きんずい)して便(べん)ならざるを。忽(たちま)ち一計(いっけい)を設(もう)けて道(いわ)く、 「汝等(なんじら)且(しばら)く門外(もんがい)に出(い)でて伺候(しこう=待ち仕え)せよ。我(われ)をしてこの亭(てい)の上(うえ)に在(あ)りて少時(しょうじ=しばし)憩(いこ)わしめよ」 と。かの衆仙(しゅうせん)果(はた)して退(しりぞ)く。ただ見よ、かの猴王(こうおう)冠(かんむり)を脱(ぬ)ぎ服(ふく)を着(き)るや、大樹(たいじゅ)に爬(よ)じ登(のぼ)り、かの熟透(じゅくとう=熟し透る)の大桃(だいとう)を揀(えら)び、許多(あまた)を摘(つ)み、就(すなわ)ち樹枝(じゅし=枝)の上に在りて自在(じざい)に受用(じゅよう=頂戴)す。一飽(いっぽう=腹一杯)を喫(くら)いて、却(かえ)って跳(おど)り下(お)り、冠(かんむり)を簪(さ)し服を著、衆等(しゅとう)の儀従(ぎじゅう=供回り)を喚びて府(ふ)に回る。三二日(さんににち)を遅(うしな)いて、又(ま)た去(ゆ)きて法(ほう)を設けて桃(もも)を偸(ぬす)み、尽(ことごと)く他(かれ)の享用(きょうよう)とす。 一朝(あるあさ)、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)宴(えん)を設(もう)け、宝閣(ほうかく=宝の楼閣)を大(おお)いに開(ひら)き、瑶池(ようち)の中(うち)に「蟠桃勝会(ばんとうしょうえ)」を做(な)す。即ちかの紅衣仙女(こういせんにょ)・素衣仙女(そいせんにょ)・青衣仙女(せいいせんにょ)・皂衣仙女(そういせんにょ)・紫衣仙女(しいせんにょ)・黄衣仙女(こういせんにょ)・緑衣仙女(りょくいせんにょ)を着(つかわ)し、各(おのおの)花籃(かりん=花の籠)を頂(いただ)き、蟠桃園(ばんとうえん)に去きて桃を摘(つ)ませて会(え)を建(た)てしむ。七衣仙女(しちいせんにょ=七色の衣の仙女)直(ただ)ちに園門首(えんもんしゅ=園門の前)に至(いた)るに、ただ見よ、蟠桃園(ばんとうえん)の土地(とち)・力士(りきし)、斉天府(せいてんふ)の二司(にし)の仙吏(せんり)と同(とも)に、都(すべ)てかの処(ところ)に在(あ)りて門(もん)を把(と)る。仙女(せんにょ)近(ちか)づき前(すす)みて道(いわ)く、 「我等(われら)王母(おうぼ)の懿旨(いし=后の仰せ)を奉(ほう)じ、此(ここ)に到りて桃(もも)を携(たずさ)え宴(えん)を設(もう)く」 と。土地道く、 「仙娥(せんが=仙女)且(しばら)く住(とど)まれ。今歳(こんさい)は往年(おうねん=例年)に比(くら)ぶべからず。玉帝(ぎょくてい)点差(てんさ)して斉天大聖(せいてんたいせい)此に在りて督理(とくり=監督)せしむ。須(かなら)ず是(こ)れ大聖(たいせい)に報(し)らせて知らしむるに方(はじ)めて敢(あえ)て園(その)を開(ひら)かん」 と。仙女(せんにょ)道く、 「大聖(たいせい)何(いず)れにか在(ま)す」 と。土地道く、 「大聖(たいせい)は園内(えんない)に在せど、困倦(こんけん)に因(よ)り、自家(みずか)ら亭子(ていじ=亭)の上(うえ)に在りて睡(ねむ)れるなり」 と。仙女(せんにょ)道く、 「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くならば、彼(かれ)を尋(たず)ねて去(ゆ)かん、遅延(ちえん=遅れる)すべからず」 と。 土地(とち)即(すなわ)ち与(とも)に同に進(すす)む。花亭(かてい=花の亭)に尋ね至(いた)るに見(み)えず、只(た)だ衣冠(いかん=衣と冠)の亭(てい)に在(あ)る有るのみにして、何れにか往けるを知らず。四下裏(しかり)都(すべ)て尋ぬる処(ところ)無(な)し。元来(もと)大聖(たいせい)は一會(ひとしきり)耍(あそ)び、幾箇(いくつ)かの桃(もも)を喫(くら)い、二寸(にすん)長(たけ)の箇(ひとり)の児(こ)に変做(へんじ=変じ)て、かの大樹(たいじゅ)の梢頭(しょうとう=こずえ)の濃葉(のうよう=茂れる葉)の下(した)に在りて睡り込みたり。七衣仙女(しちいせんにょ)道(いわ)く、 「我等(われら)旨(むね)を奉(ほう)じて前(さき)に来(きた)れど、大聖(たいせい)を尋ぬるに見えず、怎(いか)で敢(あえ)て空(むな)しく回(かえ)らん」 と。旁(かたわら)に仙吏(せんり)有りて道く、 「仙娥(せんが)既(すで)に旨を奉じて来らば、必(かなら)ずしも遅疑(ちぎ=ためらう)するに及(およ)ばず。我(わ)が大聖(たいせい)は閑游(かんゆう)に慣れたれば、想(おも)うに是れ園(その)を出(い)でて友(とも)に会いに去(ゆ)きたるならん。汝等(なんじら)且(しばら)く去きて桃を摘(つ)め。我等汝(なんじ)に替(かわ)りて回話(かいわ=返事)を為(な)さん」 と。 かの仙女(せんにょ)言(げん)に依(よ)り、樹林(じゅりん)の下に入りて桃(もも)を摘む。先(ま)ず前樹(ぜんじゅ=前の樹)に在(あ)りて二籃(にらん=二籠)を摘み、又た中樹(ちゅうじゅ=中の樹)に在りて三籃(さんらん)を摘む。後樹(こうじゅ=後の樹)の上(うえ)に到(いた)りて摘取(てきしゅ=摘み取る)に、ただ見よ、かの樹(き)の上の花果(かか)稀疏(きそ=まばら)にして、只(た)だ幾箇(いくつ)かの毛蒂(もうてい=毛ある蒂)・青皮(せいひ)の有るのみ。元来(もと)熟(じゅく)せるは都(すべ)て猴王(こうおう)の喫(くら)いたるなり。七仙女(しちせんにょ)東西(とうざい=あちこち)を張望(ちょうぼう=見廻す)するに、只だ南枝(なんし=南の枝)の上に一箇(ひとつ)の半紅半白(はんこうはんはく=半ば赤く半ば白き)の桃子(とうじ)の有るのみを見(み)る。青衣女(せいいにょ)手(て)を用(もち)いて枝(えだ)を扯(ひ)き下(おろ)し、紅衣女(こういにょ)之(これ)を摘(つ)み、却(かえ)って枝子を将(もっ)て上に向(むか)いて一放(いっぱう)。元来かの大聖(たいせい)変化(へんげ)して、正(まさ)に此(この)枝に睡(ねむ)りたるが、彼(かれ)に驚(おどろ)かされて醒(さ)む。大聖(たいせい)即(すなわ)ち本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し、耳朶(じた=耳)の内(うち)より金箍棒(きんこぼう)を掣き出(いだ)し、幌(ゆ)るがすこと一幌(いっこう)、碗来(わんらい=茶碗ほど)の粗細(そさい=太さ)となし、咄(とつ)の一声(ひとこえ)に道(いわ)く、 「汝(なんじ)は是(こ)れ那方(いずかた)の怪物(かいぶつ)ぞ、敢(あえ)て大胆(だいたん)にも我(わ)が桃(もも)を偸(ぬす)み摘むか」 と。慌(あわ)てたるかの七仙女(しちせんにょ)一斉(いっせい)に跪(ひざまず)き下(お)りて道く、 「大聖(たいせい)怒(いかり)を息(いこ)えたまえ。我等(われら)は是れ妖怪(ようかい)に非(あら)ず、乃ち王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の差(つかわ)し来(きた)れる七衣仙女(しちいせんにょ)にして、仙桃(せんとう)を摘取(てきしゅ)し、宝閣(ほうかく)を大(おお)いに開(ひら)き、「蟠桃勝会(ばんとうしょうえ)」を做(な)さんとするなり。適(たまた)ま此(この)間(かん)に至(いた)り、先(ま)ず本園(ほんえん)の土地(とち)等の神(かみ)に見(まみ)えしに、大聖(たいせい)を尋(たず)ぬるに見(み)えず。我等王母(おうぼ)の懿旨(いし)に遅(おく)れんことを恐(おそ)る、是(ここ)を以(もっ)て大聖(たいせい)を待つこと得(え)ず、故(ゆえ)に先ず此に在(あ)りて桃を摘(つ)めり。万(よろず)に望(のぞ)むらくは罪(つみ)を恕(ゆる)されたい」 と。大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)き、嗔を回(めぐ)らして喜(よろこび)を作し、道(いわ)く、 「仙娥(せんが)請(こう)う、起(た)て。王母閣(かく)を開きて宴(えん)を設(もう)くるに、請(しょう)ずるは是(こ)れ誰(たれ)ぞ」 と。仙女(せんにょ)道く、 「上会(じょうえ=上の会)自(おのずか)ら旧規(きゅうき=古き掟)有り。請ずるは是れ、西天(さいてん)の仏老(ぶつろう=仏)・菩薩(ぼさつ)・羅漢(らかん)、南方(なんぽう)の南極観音(なんきょくかんのん)、東方(とうほう)の崇恩聖帝(すうおんせいてい)、十洲三島(じっしゅうさんとう)の仙翁(せんおう)、北方(ほっぽう)の北極玄霊(ほっきょくげんれい)、中央(ちゅうおう)の黄極黄角大仙(こうきょくこうかくたいせん)、これを五方五老(ごほうごろう)と曰(い)う。還(ま)た五斗星君(ごとせいくん)有り、上八洞(じょうはっとう)の三清(さんせい)・四帝(してい)・太乙天仙(たいいつてんせん)等の衆(しゅう)、中八洞(ちゅうはっとう)の玉皇(ぎょくこう)・九塁(きゅうるい)・海岳(かいがく)の神仙(しんせん)、下八洞(げはっとう)の幽冥教主(ゆうめいきょうしゅ)・注世地仙(ちゅうせいちせん)。各宮各殿(かくきゅうかくでん)の大小(だいしょう)の尊神(そんしん)、俱(とも)に一斉(いっせい)に蟠桃嘉会(ばんとうかえ)に赴(おもむ)く」 と。大聖(たいせい)笑って道(いわ)く、 「我(われ)を請(しょう)ず可(べ)きか」 と。仙女(せんにょ)説く、 「曽(かつ)て説うを聴(き)きたること有(あ)らず」 と。大聖(たいせい)道く、 「我乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)なり。就ち我(わ)が老孫(ろうそん)を請じて箇(ひとつ)の尊席(そんせき=上座)を做(な)さしむるも、何(なん)の不可(ふか)か有らん」 と。仙女(せんにょ)道く、 「此(こ)れは是れ上会(じょうえ)の会規(かいき=会の掟)なり。今会(こんかい)は如何(いか)なるかを知(し)らず」 と。大聖(たいせい)道く、 「この言(げん)も也(ま)た是(ぜ)なり、汝等(なんじら)を怪(あやし)むに難(かた)し。汝(なんじ)且(しばら)く立(た)ち下(お)りて、老孫(ろうそん)の先ず去(ゆ)きて箇の消息(しょうそく=知らせ)を打聴(だちょう=探り聞く)し、老孫(ろうそん)を請ずると請ぜざるとを見(み)んを待て」 と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、訣(けつ=印)を捻(ねん)じ、声(こえ)の呪語(じゅご=呪文)を念じ、衆仙女(しゅせんにょ)に向(むか)って道(いわ)く、 「住(とど)まれ!住まれ!住まれ!」 と。これ元来(もと)是れ箇の定身法(じょうしんぽう)にして、かの七衣仙女(しちいせんにょ)を一箇一箇(めいめい)睖睖睜睜(りょうりょうせいせい=目を剥きぼんやり)とし、眼(め)を白(しろ)くし、都(すべ)て桃樹(とうじゅ)の下(した)に立たしむ。 大聖(たいせい)朶(ひとひら)の祥雲(しょううん=瑞雲)を縱(はな)ち、園内(えんない)を跳(と)び出(い)で、竟(つい)に瑶池(ようち)の路(みち)の上(うえ)に奔(はし)りて去く。正(まさ)に行く時(とき)、ただ見よ、かの壁廂(へきしょう=向こう側)に 一天(いってん)の瑞靄(ずいあい=瑞しき雲)光(ひかり)揺曳(ようえい=たなびく)、 五色(ごしき)の祥雲(しょううん)飛びて絶(た)えず。 白鶴(はっかく)声を鳴(な)して九皋(きゅうこう=九つの沢)に振(ふる)い、 紫芝(しし=紫の霊芝)色(いろ)秀(ひい)でて千葉(せんよう)を分(わか)つ。 中間(ちゅうかん)に一尊(いっそん)の仙(せん)を現(あらわ)す、 相貌(そうぼう=顔かたち)天然(てんねん)にして丰采(ほうさい=風采)別(こと)なり。 神(しん)は虹霓(こうげい=虹)を舞(ま)わせて漢霄(かんしょう=天の空)を幌(ゆるが)し、 腰(こし)に宝籙(ほうろく=仙の札)を懸(か)けて生滅(しょうめつ)無し。 名称(みょうしょう)は赤脚大羅仙(せききゃくだいらせん)、 特に蟠桃(ばんとう)に赴(おもむ)きて寿節(じゅせつ=寿の祝)を添(そ)う。 かの赤脚大仙(せききゃくだいせん)、覿面(てきめん)に大聖(たいせい)と撞見(であ)う。大聖(たいせい)頭(こうべ)を低れて計(けい)を定(さだ)め、真仙(しんせん)を賺哄(たぶらか)さんとす。彼(かれ)は暗(ひそ)かに去(ゆ)きて会(え)に赴かんと欲(ほっ)し、却(かえ)って問(と)うて、 「老道(ろうどう)何(いず)れにか往く」 と。大仙(たいせん)道(いわ)く、 「王母(おうぼ)の見招(けんしょう=招き)を蒙(こうむ)り、蟠桃嘉会(ばんとうかえ)に赴かんと去くなり」 と。大聖(たいせい)道く、 「老道(ろうどう)は知(し)らず。玉帝(ぎょくてい)は老孫(ろうそん)が觔斗雲(きんとうん)の疾(はや)きに因(よ)り、老孫(ろうそん)をして五路(ごろ=五方)に列位(れつい=皆々)を邀請(ようせい=招か)しめ、先(ま)ず通明殿(つうめいでん)の下(もと)に至(いた)りて演礼(えんれい=礼を習う)し、後(のち)に方(はじ)めて宴(えん)に赴(おもむ)かしむるなり」 と。大仙(たいせん)は是(こ)れ箇(ひとり)の光明正大(こうみょうせいだい=正々堂々)の人人(ひと)なれば、就(すなわ)ち彼の誑語(きょうご=偽りの言)を以(もっ)て真(しん)と作(な)し、道く、 「常年(じょうねん=例年)は就ち瑶池(ようち)に在(あ)りて演礼(えんれい)し恩(おん)を謝(しゃ)するに、如何(いか)なれば先ず通明殿(つうめいでん)に去(ゆ)きて演礼(えんれい)し、方めて瑶池に去きて会(え)に赴くか」 と。無奈(よんどころな)く、只(た)だ得て祥雲(しょううん)を撥転(はってん=めぐらし)し、径(ただ)ちに通明殿(つうめいでん)に往きて去(さ)る。 大聖(たいせい)雲(くも)に駕(が)し、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご=呪文)を念(ねん)じ、身(み)を揺るがして一変(いっぺん)し、就ち赤脚大仙(せききゃくだいせん)の模様(すがた)に変做(へんじ)て、前(まえ)に瑶池に奔(はし)る。多(おお)からず時(とき)にして、直ちに宝閣(ほうかく)に至(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え住(とど)め、軽軽(けいけい=そっと)歩(あゆみ)を移(うつ)し、裏面(りめん=中)に走り入(い)る。ただ見よ、かの処(ところ)に 瓊香(けいこう=玉の香)繚繞(りょうじょう=たちこめ)、 瑞靄(ずいあい)繽紛(ひんぷん=乱れ舞う)。 瑶台(ようだい=玉の台)に彩結(さいけつ)を鋪(し)き、 宝閣(ほうかく)に氤氳(いんうん)を散(さん)ず。 鳳翥(ほうしょ=鳳の翔る)鸞騰(らんとう=鸞の騰る)形(かたち)縹緲(ひょうびょう=かすか)、 金花(きんか)玉萼(ぎょくがく=玉の萼)影(かげ)浮沈(ふちん=浮き沈む)。 上(うえ)に排(なら)ぶるは九鳳丹霞扆(きゅうほうたんかい=九鳳の紅霞の屏風)、 八宝紫霓墩(はっぽうしげいとん=八宝の紫虹の腰掛)。 五彩(ごさい)描金(びょうきん=金描き)の桌(つくえ)、 千花(せんか)碧玉(へきぎょく)の盆(ぼん)。 桌の上に有(あ)るは竜肝(りゅうかん=竜の肝)和びに鳳髄(ほうずい=鳳の髄)、 熊掌(ゆうしょう=熊の掌)与(とも)に猩唇(しょうしん=猩猩の唇)。 珍饈(ちんしゅう=珍味)百味(ひゃくみ)般般(はんはん=いちいち)に美(うつく)しく、 異果(いか=異しき果)嘉肴(かこう=良き肴)色色(しきしき)に新(あたら)し。 かの処(ところ)に鋪設(ほせつ=設え)ること斉斉整整(せいせいせいせい=整然)たれど、却(かえ)って未(いま)だ仙(せん)の来(きた)る有らず。この大聖(たいせい)点看(てんかん=見て回る)すること尽(つ)きざるに、忽(たちま)ち一陣(ひとむれ)の酒香(しゅこう=酒の香)の鼻(はな)を撲(う)つを聞(き)き得(え)、忽(にわか)に頭(こうべ)を転(てん)ずるに、右壁廂(うへきしょう=右の側)の長廊(ちょうろう=長い廊下)の下(した)に、幾箇(いくにん)かの造酒(ぞうしゅ=酒を醸す)の仙官(せんかん)、糟(そう=酒粕)を盤(はこ)ぶ力士(りきし)、幾箇(いくにん)かの運水(うんすい)の道人(どうにん=道士)、焼火(しょうか=火を焚く)の童子(どうじ)を領(ひき)い、かの処に在(あ)りて缸(かめ)を洗(あら)い甕(おおがめ)を刷(みが)き、已(すで)に玉液瓊漿(ぎょくえきけいしょう=玉の如き美酒)・香醪佳醸(こうろうかじょう)を造(つく)り成(な)せるを見(み)る。大聖(たいせい)口角(こうかく=口の端)より涎(よだれ)の流(なが)るるを止(とど)むること能(あた)わず、就(すなわ)ち去(ゆ)きて喫(くら)わんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん、那些(これら)の人(ひと)都(すべ)て此(ここ)に在り。彼(かれ)就ち箇(ひとつ)の神通(じんつう=神力)を弄(ろう=あやつ)り、毫毛(ごうもう=身の毛)を把(と)って幾根(すこし)を抜(ぬ)き下(お)ろし、口(くち)の中(うち)に投(な)げ入(い)れて嚼(か)み砕(くだ)き、将(もっ)て噴(ふ)き出(いだ)し、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)じて、「変(へん)ぜよ!」と叫(さけ)ぶ。即ち幾箇(いくつ)かの瞌睡虫(かっすいちゅう=眠り虫)に変做(へんじ)て、衆人(しゅじん=人々)の臉(かお)の上(うえ)に奔(はし)る。汝(なんじ)看よ、かの伙(ひとくみ)の人、手(て)軟(やわ)らぎ頭(こうべ)低(た)れ、眉(まゆ)を閉じ眼(め)を合(あわ)せ、執事(しつじ=持ち場)を捨(す)て、都て去きて盹睡(とんすい=居眠り)す。大聖(たいせい)却(かえ)って些(いささか)の百味八珍(ひゃくみはっちん)・佳肴異品(かこういひん=優れし肴)を拿り、長廊(ちょうろう)の裏面に走り入り、缸(かめ)に就(つ)き、甕(おおがめ)に挨(よ)り、量(りょう)を放(はな)ち開(あ)けて、一番(ひとしきり)痛飲(つういん)す。喫(くら)うこと勾るること多時(たじ=久しく)、酕醄(もうとう)として酔えり。自(みずか)ら揣(はか)り自ら摸(さぐ)りて道(いわ)く、 「好からず!好からず!再(また)会(しばら)く過ぎて、請(しょう)ぜられたる客(きゃく)の来(きた)らば、却って我(われ)を怪(あやし)まざらんや。一時(ひとたび)拿(とら)え住(と)められんに、怎生(いかん)せんことか是(こ)れ好からん。早(はや)く府中(ふちゅう)に回りて去(ゆ)きて睡(ねむ)るに如(し)かず」 と。 好き大聖(たいせい)かな、揺揺擺擺(ようようはいばい)し、酒(さけ)を仗(たの)み、任情(にんじょう)に乱(みだ)りに撞(ぶつか)り、一(ひと)たび会くして路(みち)を差(たが)えたり。是れ斉天府(せいてんふ)に非(あら)ずして、却(かえ)って兜率天宮(とそつてんぐう)なり。一たび見(み)るや、頓然(とんぜん=にわかに)醒悟(せいご)道く、 「兜率宮(とそつきゅう)は是れ三十三天(さんじゅうさんてん)の上(うえ)、乃(すなわ)ち離恨天(りこんてん)の太上老君(たいじょうろうくん)の処(ところ)なるに、如何(いか)にして錯(あやま)りて此(この)間(かん)に到(いた)れるか。——也(ま)た罷(や)めん!也た罷めん!一向(ひたすら)此の老(ろう)を望(おとず)れんと欲(ほっ)せしも、曽(かつ)て得(え)て来(きた)らず、今(いま)この残歩(ざんぽ)に趁(じ)じて、就ち彼(かれ)を一望(いちぼう)するも亦た好(よ)からん」 と。即ち衣(ころも)を整(ととの)えて撞(つ)き進(い)るに、かの処に老君(ろうくん)見えず、四(あたり)に人迹(じんせき=人影)無(な)し。元来(もと)かの老君(ろうくん)は燃灯古仏(ねんとうこぶつ)与(とも)に、三層(さんそう)の高閣(こうかく=高楼)の朱陵丹台(しゅりょうたんだい=朱陵の丹の台)の上に在(あ)りて道(どう)を講(こう)じ、衆(しゅう)の仙童(せんどう=仙の童)・仙将(せんしょう)・仙官(せんかん)・仙吏(せんり)、都(すべ)て左右(さゆう)に侍立(じりつ)して聴講(ちょうこう)。この大聖(たいせい)直(ただ)ちに丹房(たんぼう=丹の室)の裏面(うち)に至り、尋訪(じんぽう=尋ね訪う)れど遇わず、ただ見よ、丹竈(たんそう=丹の竈)の旁(かたわら)に、炉(ろ)の中に火(ひ)有り。炉の左右に五箇(いつつ)の葫芦(ころ=瓢箪)を安放(あんぽう=据え置き)たるが、葫芦(ころ)の裏は都て煉就(れんじゅう)の金丹(きんたん)なり。大聖(たいせい)喜(よろこ)んで道(いわ)く、 「この物(もの)乃(すなわ)ち仙家(せんか=仙の家)の至宝(しほう)なり。老孫(ろうそん)道を了(お)えてより以来(このかた)、内外相同(ないがいそうどう=内と外と同じき)の理(り)を識破(しきは=見破)れり。也(ま)た些(いささか)の金丹(きんたん)を要(もと)めて人(ひと)を済(すく)わんと欲(ほっ)せしも、期(き)せずして家(いえ)に到(いた)れば暇(いとま)無(な)かりき。今日(こんにち)縁(えん)有(あ)りて、却又(かえって)この物に撞着(であ)う。老子(ろうし)の在らざるに趁(じ)じて、我(われ)をして他(かれ)の幾丸(いくつ)を喫(くら)いて新(あたら)しきを嘗めしめよ」 と。彼就ちかの葫芦を把(と)って都(すべ)て傾け出(いだ)し、就ち都て喫うこと、炒豆(しょうず=炒り豆)を喫うが相似(ごと)し。 一時間(ひととき)にして丹(たん)満(み)ち酒(さけ)醒(さ)む。又た自(みずか)ら揣度(したく=推し量り)て道く、 「好(よ)からず!好からず!この場(ば)の禍(わざわい)は、天(てん)よりも還お大(おお)いなり。若(も)し玉帝(ぎょくてい)を驚動(きょうどう=騒がせ)せば、性命(せいめい=命)存(ながら)え難(がた)し。走(はし)れ!走れ!走れ!下界(げかい)に去(ゆ)きて王(おう)と為るに如(し)かず」 と。彼就(すなわ)ち兜率宮(とそつきゅう)を跑り出(い)で、旧路(きゅうろ=元の道)を行かず、西天門(さいてんもん)より、箇(ひとつ)の隠身法(おんしんぽう)を使(つか)いて逃(に)げ去る。即ち雲頭(うんとう)を按(おさ)えて、花果山(かかさん)の界(さかい)に回(かえ)り至(いた)る。ただ見よ、かの旌旗(せいき=旗幟)閃灼(せんしゃく=きらめき)、戈戟(かげき)光輝(こうき=光り輝く)は、元来(もと)是(こ)れ四健将(しけんしょう)与(とも)に七十二洞妖王(しちじゅうにどうようおう)、かの処(ところ)に在(あ)りて武芸(ぶげい)を演習(えんしゅう=訓練)するなり。大聖(たいせい)高(たか)く叫(よばわ)って道(いわ)く、 「小(ちいさ)き者(もの)どもよ!我(われ)来(きた)れるぞ!」 と。衆怪(しゅうかい)器械(きかい=武器)を捨(す)て、跪(ひざまず)き倒(たお)れて道く、 「大聖(たいせい)は好(よ)くも心(こころ)を寛(ゆる)くせられたり!我等(われら)を捨て下(お)かれて許久(きょきゅう=久しく)、来りて相(あい)顧(かえり)みたまわずとは」 と。大聖(たいせい)道く、 「多(おお)き時(とき)に非(あら)ず!多き時に非ず!」 と。且(か)つ説(と)き且つ行(ゆ)き、径(ただ)ちに洞天(どうてん)の深処(しんしょ=奥深く)に入(い)る。四健将(しけんしょう)打掃(だそう=掃き清め)して安歇(あんけつ=休ま)しめ、叩頭礼拝(こうとうらいはい)し畢(おわ)る。俱に道く、 「大聖(たいせい)天(てん)に在(ま)しますことこの百十年(ひゃくじゅうねん)、実(まこと)に何(なん)の職(しょく)を受(う)けられしか」 と。大聖(たいせい)笑って道く、 「我記(おぼ)うるに才(わず)かに半年(はんとし)の光景(こうけい=ほど)なるに、怎(いか)にして就(すなわ)ち百十年(ひゃくじゅうねん)の話(はなし)を説うか」 と。健将(けんしょう)道(いわ)く、 「天に在(あ)ること一日(いちじつ)は、即ち下方(かほう=下界)に在ること一年(いちねん)なり」 と。大聖(たいせい)道く、 「且(しばら)く喜(よろこ)べ、この番(たび)玉帝(ぎょくてい)相愛(あいあい=目をかけ)られ、果(はた)して「斉天大聖(せいてんたいせい)」に封(ほう)ぜられ、一座(ひとつ)の斉天府(せいてんふ)を起(おこ)され、又た安静(あんせい)・寧神(ねいしん)の二司(にし)を設(もう)けられ、司(し)に仙吏(せんり)を設けて侍衛(じえい=側仕え)せしむ。向后(のち)我(われ)が事(こと)無(な)きを見(み)て、我をして蟠桃園(ばんとうえん)を看管(かんかん=管理)せしむ。近(ちか)ごろ王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)「蟠桃大会(ばんとうたいえ)」を設くるに因(よ)り、未(いま)だ曽(かつ)て我を請(しょう)ぜず、是(ここ)に我他(かれ)の請ずるを待(ま)たず、先ず瑶池(ようち)に赴(おもむ)き、他の那(かの)仙品(せんぴん)・仙酒(せんしゅ=仙の酒)は、都(すべ)て是(こ)れ我が偸(ぬす)み喫(くら)いたるなり。瑶池を走(はし)り出(い)で、踉踉踉蹌蹌(ろうろうそうそう=よろめき)として老君(ろうくん)の宮闕(きゅうけつ=宮殿)に誤(あやま)り入り、又た他の五箇(いつつ)の葫芦(ころ)の金丹(きんたん)をも也た偸み喫えり。但(た)だ玉帝(ぎょくてい)の罪(つみ)に見(まみ)えんことを恐(おそ)るるのみにして、方(はじ)めて天門(てんもん)を走り出でて来(きた)れるなり」 と。 衆怪(しゅうかい)言(げん)を聞(き)きて大(おお)いに喜(よろこ)ぶ。即(すなわ)ち酒果(しゅか=酒と果物)を安排(あんばい=整え)て接風(せっぷう)し、椰酒(やしゅ=椰子の酒)を将(もっ)て一石碗(いっせきわん=石の碗)に満(み)ち斟(つ)いで奉(たてまつ)る。大聖(たいせい)一口(ひとくち)喝(の)みて、即ち牙(きば)を咨(む)き嘴(くち)を咧(ひんま)げて道(いわ)く、 「好(よ)く喫えず!好く喫えず!」 と。崩(ほう)・芭(は)の二将(にしょう=二人の将)道く、 「大聖(たいせい)は天宮(てんきゅう)に在(ま)して、仙酒(せんしゅ)・仙肴(せんこう=仙の肴)を喫(くら)われたれば、是(ここ)を以て椰酒(やしゅ)の甚(はなは)だ美口(びこう=口に美味)ならざるなり。常言(じょうげん=世の諺)に道(い)う、『美(うつく)しきと美しきならざるとは、郷中(きょうちゅう=故郷)の水(みず)』と」 と。大聖(たいせい)道く、 「汝等(なんじら)は是(こ)れ即ち『親(した)しきと親しからざるとは、故郷(こきょう)の人(ひと)』なり。我(われ)今朝(けさ)瑶池(ようち)の中(うち)に在(あ)りて受用(じゅよう=頂戴)せし時(とき)、かの長廊(ちょうろう)の下に、許多(あまた)の瓶罐(びんかん=瓶と壺)有りて、都(すべ)て是れ那(かの)玉液瓊漿(ぎょくえきけいしょう)なるを見(み)たり。汝等(なんじら)は都て曽(かつ)て嘗(な)めたること無し。我が再(また)去(ゆ)きて他(かれ)の幾瓶(いくびん)を偸(ぬす)み回(かえ)りて、汝等(なんじら)各(おのおの)半杯(はんぱい)を飲(の)み、一箇一箇(めいめい)也(ま)た長生不老(ちょうせいふろう)とならんを待て」 と。衆猴(しゅこう)歓喜(かんき)勝(た)えず。大聖(たいせい)即(すなわ)ち洞門(どうもん)を出で、又た一觔斗(ひとまわり)を翻(ひるがえ)し、箇(ひとつ)の隠身法(おんしんぽう)を使(つか)い、径(ただ)ちに蟠桃会(ばんとうえ)に至(いた)る。瑶池の宮闕(きゅうけつ)に進(すす)み入(い)るに、只だ見よ、かの幾箇(いくにん)かの造酒(ぞうしゅ)・盤糟(ばんそう=糟を運ぶ)・運水(うんすい)・焼火(しょうか)の者(もの)、還だ鼾睡(かんすい=高鼾き)して未(いま)だ醒(さ)めず。彼大(おお)いなるを将(もっ)て左右(さゆう)の脇下(わきした)より二箇(ふたつ)を挟(さしはさ)み、両手(りょうて)に二箇を提げ、即ち雲頭(うんとう)を撥転(はってん=めぐらし)て回り来(きた)り、衆猴(しゅこう)と洞中(どうちゅう)に在(あ)りて会い、就ち箇の「仙酒会(せんしゅえ)」を做(な)し、各(おのおの)幾杯(いくはい)を飲(の)み、快楽(けらく)なることは題(だい)せず。 却説(さて)かの七衣仙女(しちいせんにょ)、大聖(たいせい)の定身法術(じょうしんぽうじゅつ)を受(う)けてより自(おのずか)ら、一周天(いっしゅうてん=天の一周)に方(はじ)めて能(よ)く解脱(げだつ=解き放た)る。各(おのおの)花籃(かりん)を提げ、王母(おうぼ)に回奏(かいそう=復命奏上)し、説(つ)げて道(いわ)く、 「斉天大聖(せいてんたいせい)法術(ほうじゅつ)を使(つか)いて我等(われら)を困住(こんじゅう=閉じ込め)たれば、此(ここ)を以て来ること遅(おそ)かりき」 と。王母問(と)うて道く、 「汝等(なんじら)多少(いくばく)の蟠桃(ばんとう)を摘みたるか」 と。仙女(せんにょ)道く、 「只(た)だ二籃(にらん)の小桃(しょうとう)と、三籃(さんらん)の中桃(ちゅうとう)有るのみ。後面(こうめん)に至(いた)れば、大桃(だいとう)半箇(ひとつ)も也(ま)た無し。想(おも)うに都(すべ)て大聖(たいせい)の偸(ぬす)み喫(くら)いたるならん。正(まさ)に尋(たず)ぬる間(あいだ)に及(およ)びしに、期(き)せずして大聖(たいせい)走(はし)り将(もっ)て出(い)で来(きた)り、凶(きょう)を行(おこな)い殴打(おうだ)、又た宴(えん)を設(もう)けて誰(たれ)を請(しょう)ずるかを問う。我等上会(じょうえ)の事(こと)を把って一遍(ひととおり)説げるや、彼(かれ)就(すなわ)ち我等を定住(じょうじゅう=金縛り)し、何(いず)れにか向(むか)うを知(し)らず。只だ今(いま)に到りて、才(ようや)く醒(さ)め解けて回(かえ)り来れるなり」 と。 王母(おうぼ)言(げん)を聞き、即ち去(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)え、前事(ぜんじ=先の事)を備陳(びちん)す。説(つ)げ了(おわ)らざるに、又たかの造酒(ぞうしゅ)の一班(ひとくみ)の人(ひと)、仙官(せんかん)等同(とも)に来りて奏(そう)するを見(み)る、 「何(なん)の人人なるかを知らず、「蟠桃大会(ばんとうたいえ)」を攪乱(かくらん=かき乱し)、玉液瓊漿(ぎょくえきけいしょう)を偸(ぬす)み喫(くら)い、その八珍百味(はっちんひゃくみ)も亦(ま)た俱に偸み喫えり」 と。又た四箇(よにん)の大天師(だいてんし)有(あ)りて来(きた)りて奏上(そうじょう)す、 「太上道祖(たいじょうどうそ)来られたり」 と。玉帝(ぎょくてい)即ち王母与に出(い)でて迎う。老君(ろうくん)朝礼(ちょうれい=拝謁)し畢り、道(いわ)く、 「老道(ろうどう)が宮中(きゅうちゅう)に、些(いささか)の「九転金丹(きゅうてんきんたん)」を煉(ね)り、陛下(へいか)の「丹元大会(たんげんたいえ)」を做(な)さるるを伺候(しこう=待ち仕え)せしに、期(き)せずして賊(ぞく)に偸み去(さ)られたり。特(こと)に啓(もう)し上げて陛下の之(これ)を知(し)ろしめさんとす」 と。玉帝(ぎょくてい)奏を見て、悚懼(しょうく)く。少時(しばし)にして、又た斉天府(せいてんふ)の仙吏(せんり)有りて叩頭(こうとう=額づき)して道く、 「孫大聖(そんたいせい)執事(しつじ=持ち場)を守(まも)らず、昨日(きのう)より自(みずか)ら出でて游(あそ)び、今(いま)に至(いた)るまで未だ転(かえ)らず、更(さら)に何(いず)れにか向(むか)うを知らず」 と。玉帝(ぎょくてい)又(ま)た疑思(ぎし=疑念)を添(そ)う。只(た)だ見よ、かの赤脚大仙(せききゃくだいせん)又た俯伏(ふふく)して上奏(じょうそう)して道く、 「臣(しん)王母(おうぼ)の詔(みことのり)を蒙(こうむ)り、昨日会(え)に赴(おもむ)かんとせしに、偶(たまた)ま斉天大聖(せいてんたいせい)に遇(あ)い、臣に対って言(い)う、『万歳(ばんざい)旨(むね)有りて、彼(かれ)をして臣等(しんら)を邀え、先ず通明殿(つうめいでん)に赴きて演礼(えんれい)し、方(はじ)めて会に赴かしむ』と。臣他の言語(げんご=言葉)に依(よ)り、即(すなわ)ち返りて通明殿(つうめいでん)の外(そと)に至るに、万歳(ばんざい)の龍車鳳輦(りゅうしゃほうれん=天子の車)を見(み)ず、又た急(いそ)ぎ此(ここ)に来(きた)りて俟候(しこう=お待ち)するなり」 と。玉帝(ぎょくてい)愈(いよいよ)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く、 「この厮(やつ)旨意(しい=み旨)を仮(かり)に伝(つた)え、賢卿(けんけい=賢き卿)を賺哄(たぶらか)せり。快(すみや)かに糾察霊官(きゅうさつれいかん)を着(つかわ)してこの厮の踪跡(しょうせき=行方)を緝訪(しゅうほう=捜し訪ね)せしめよ!」 と。 霊官(れいかん)旨を領(りょう)し、即ち殿(でん)を出でて遍(あまね)く訪(たず)ね、尽(ことごと)くその詳細(しょうさい)を得(う)。回奏(かいそう)して道く、 「天宮(てんきゅう)を攪乱(かくらん)せる者(もの)は、乃ち斉天大聖(せいてんたいせい)なり」 と。又(ま)た前事(ぜんじ)を将(もっ)て尽(ことごと)く一遍(ひととおり)訴(うった)う。玉帝(ぎょくてい)大いに悩(なや)む。即(すなわ)ち四大天王(してんのう)を差し、李天王(りてんのう)并(なら)びに哪吒太子(なたたいし)に協同(きょうどう=力を合わ)せしめ、二十八宿(にじゅうはっしゅく)・九曜星官(くようせいかん)・十二元辰(じゅうにげんしん)・五方掲諦(ごほうかいたい)・四値功曹(しちこうそう)・東西星斗(とうざいせいと)・南北二神(なんぼくにしん)・五岳四瀆(ごがくしとく)・普天星相(ふてんせいそう)を点(てん=選び)し、共(あわ)せて十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)、一十八架(いっじゅうはっか)の天羅地網(てんらちもう=天地の網)を布(し)きて下界(げかい)に降(くだ)り、花果山(かかさん)に去(ゆ)きて囲困(いこん=包み囲み)、定(かなら)ずかの厮(やつ)を捉獲(そくかく=捕らえ)て処治(しょち=処罰)せんとす。衆神(しゅうしん)即時(そくじ)に興師(こうし=軍を起こ)し、天宮(てんきゅう)を離(はな)る。この一去(ひとたび)に、ただ見よ、かの 黄風(こうふう=黄なる風)滚滚(こんこん)天(てん)を遮(おお)いて暗(くら)く、 紫霧(しむ=紫の霧)騰騰(とうとう=立ち昇り)地(ち)を罩いて昏し。 只(た)だ妖猴(ようこう)の上帝(じょうてい=玉帝)を欺(あなど)るが為(ため)に、 致(いた)らしめて衆聖(しゅうせい=諸の聖)を凡塵(ぼんじん=下界)に降さしむ。 四大天王(してんのう)、五方掲諦(ごほうかいたい)、 四大天王(してんのう)権(けん=かり)に総制(そうせい=総べ治む)、 五方掲諦(ごほうかいたい)多兵(たへい)を調(ととの)う。 李托塔(りたくとう)中軍(ちゅうぐん)に号(ごう=軍令)を掌(つかさど)り、 悪(あ)しき哪吒(なた)前部(ぜんぶ)の先鋒(せんぽう)たり。 羅睺星(らごうせい)頭(かしら)と為(な)りて検点(けんてん=引き締む)し、 計都星(けいとせい)後(しりえ)に随(したが)いて崢嶸(そうろう)。 太陰星(たいいんせい=月)精神(せいしん=気魄)抖擻(とそう)し、 太陽星(たいようせい=日)照耀(しょうよう=照り輝く)こと分明(ぶんめい)なり。 五行星(ごぎょうせい)偏(ひとえ)に能(よ)く豪傑(ごうけつ)たり、 九曜星(くようせい)最(もっと)も相争(あいあらそ)うを喜(この)む。 元辰星(げんしんせい)子午卯酉(しごぼうゆう)、 一箇一箇(めいめい)都(すべ)て是(こ)れ大力天丁(だいりきてんてい)なり。 五瘟五岳(ごおんごがく)東西(とうざい)に擺(なら)び、 六丁六甲(りくていりっこう)左右(さゆう)に行(ゆ)く。 四瀆龍神(しとくりゅうしん)上下(じょうげ)を分(わか)ち、 二十八宿(にじゅうはっしゅく)密密層層(みつみつそうそう=びっしり)たり。 角亢氐房(かくこうていぼう)総領(そうりょう=総帥)と為り、 奎婁胃昴(けいろういぼう)慣(つね)に翻騰(ほんとう=跳ね回る)。 斗牛女虚危室壁(とぎゅうじょきしつへき)、 心尾箕星(しんびきせい)箇箇(おのおの)能くし、 井鬼柳星張翼軫(せいきりゅうせいちょうよくしん)、 槍(ほこ)を輪(めぐら)し剣(けん)を舞(ま)いて威霊(いれい)を顕(あらわ)す。 雲(くも)を停(とど)め霧(きり)を降(くだ)して凡世(ぼんせい=下界)に臨(のぞ)み、 花果山(かかさん)の前(まえ)に営(えい)を扎(す)う。 と。詩(し)に曰(いわ)く、 天産(てんさん)の猴王(こうおう)変化(へんげ)多(おお)く、 丹(たん)を偸(ぬす)み酒(さけ)を偸みて山窩(さんか=山の窪地)に楽しむ。 只(た)だ蟠桃会(ばんとうえ)を攪乱(かくらん)せるに因(よ)りて、 十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)網羅(もうら=網)を布く。 と。当時(そのとき)李天王(りてんのう)令(れい)を伝(つた)え、衆(しゅう)の天兵(てんぺい)をして営を扎えしめ、かの花果山(かかさん)を囲(かこ)むこと水(みず)の泄(も)るるも通(とお)らざるが如(ごと)くならしむ。上下(じょうげ)に十八架(じゅうはっか)の天羅地網(てんらちもう)を布き、先ず九曜悪星(くようあくせい)を差(つかわ)して出戦(しゅっせん)せしむ。九曜(くよう)即(すなわ)ち兵(へい)を提(ひっさ)げて径(ただ)ちに洞外(どうがい)に至(いた)るに、只だ見よ、かの洞外(どうがい)の大小(だいしょう)の群猴(ぐんこう=猿の群れ)の跳躍(ちょうやく=跳ね回り)し頑耍(がんしゃ=戯れる)あり。星官(せいかん)厳声(げんせい=厳しき声)を高(たか)くして叫(よばわ)って道(いわ)く、 「那(そ)の小妖(しょうよう=小さき妖)よ!汝(なんじ)が那(かの)大聖(たいせい)は何(いず)れに在(あ)るか。我等(われら)乃ち上界(じょうかい)の差調(さちょう)の天神(てんしん)、此(ここ)に到りて汝がこの造反(ぞうはん=反逆)の大聖(たいせい)を降(くだ)さんとす。彼(かれ)をして快(すみや)かに来(きた)りて帰降(きこう=降伏)せしめよ。若し半箇(かけら)の「不(いな)」の字(じ)を道(い)わば、汝等(なんじら)をして一概(いちがい=残らず)誅(ちゅう=殺さ)に遭わしめん」 と。かの小妖(しょうよう)慌(あわ)てて伝(つた)え入れて道く、 「大聖(たいせい)、禍事(かじ=一大事)なり!禍事(かじ)なり!外(そと)に九箇(ここのつ)の凶神(きょうしん)有り、口(くち)に上界(じょうかい)より来れる天神(てんしん)と称(しょう)し、大聖(たいせい)を収降(しゅうこう=降伏させ)せんとす」 と。 かの大聖(たいせい)正(まさ)に七十二洞妖王(しちじゅうにどうようおう)并(なら)びに四健将(しけんしょう)与(とも)に仙酒(せんしゅ)を分(わか)ち飲(の)めるに、一(ひと)たびこの報(ほう=知らせ)を聞(き)くや、公然(こうぜん=平気で)理(り=取り合)めずして道(いわ)く、 「今朝(けさ)酒(さけ)有(あ)れば今朝酔(よ)わん、門前(もんぜん)の是(ぜ)と非(ひ)とを管(かま)うる莫(な)かれ!」 と。説(つ)げ了(おわ)らざるに、一起(ひとむれ)の小妖(しょうよう)又(ま)た跳(おど)り来(きた)りて道く、 「かの九箇(ここのつ)の凶神(きょうしん)、悪言(あくげん)潑語(はつご=罵り言葉)にて、門前(もんぜん)に在りて罵戦(ばせん)するなり」 と。大聖(たいせい)笑って道く、 「彼(かれ)を睬う莫かれ。『詩酒(ししゅ=詩と酒)且(しばら)く今日(こんにち)の楽(たのしみ)を図(はか)り、功名(こうみょう)は幾時(いつ)に成るかを問(と)うを休(や)めよ』」 と。説ぐこと猶お未(いま)だ了らざるに、又た一起(ひとむれ)の小妖(しょうよう)来りて報(ほう)じて、 「爺爺(おじいさま)!かの九箇(ここのつ)の凶神(きょうしん)已(すで)に門(もん)を打(う)ち破(やぶ)り、殺り進(い)り来れるなり!」 と言う。大聖(たいせい)怒(いか)って道く、 「この潑毛神(はつもうしん)め、老大(ろうだい=いたく)無礼(ぶれい)なり!本来(もと)彼与(とも)に計較(けいかく=争う)せざりしに、如何にして門に上(のぼ)り来りて我(われ)を欺(あなど)るか」 と。即(すなわ)ち独角鬼王(どっかくきおう)に命(めい)じ、七十二洞妖王(しちじゅうにどうようおう)を領帥(りょうすい=率い)て出陣(しゅつじん)せしめ、老孫(ろうそん)は四健将(しけんしょう)を領(ひき)いて後(しりえ)に随(したが)わんとす。かの鬼王(きおう)疾(すみやか)に妖兵(ようへい)を帥い、門を出でて迎敵(げいてき=迎え撃つ)も、却(かえ)って九曜悪星(くようあくせい)に一斉(いっせい)に掩殺(えんさつ)れ、鉄板橋頭(てっぱんきょうとう=鉄板橋のたもと)に抵住(ていじゅう=押し留め)られ、能(よ)く出づること莫(な)し。 正(まさ)に嚷(わめ)く間(あいだ)に、大聖(たいせい)到(いた)る。一声(ひとこえ)「開路(かいろ)!」と叫(さけ)び、鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)き開(あ)け、幌(ゆ)るがすこと一幌(いっこう)、碗来(わんらい)の粗細(そさい)・丈二(じょうに=一丈二尺)の長短(ちょうたん)となし、架子(か=構え)を捨(す)て開けて、打(う)ち将(もっ)て出(い)づ。九曜星(くようせい)那箇(いずれ)か敢(あえ)て抵(ふせ)がん、一時(ひととき)にして打ち退(しりぞ)く。かの九曜星(くようせい)陣勢(じんぜい=陣形)を立(た)て住(とど)めて道(いわ)く、 「汝(なんじ)この死活(しかつ=生き死に)を知(し)らざる弼馬温(ひつばおん)め!汝十悪(じゅうあく=十の大罪)の罪(つみ)を犯(おか)せり。先(ま)ず桃(もも)を偸(ぬす)み、後(のち)に酒を偸み、蟠桃大会(ばんとうたいえ)を攪乱(かくらん)し、又た老君(ろうくん)の仙丹(せんたん)を窃み、又た御酒(ぎょしゅ=御料の酒)を将て此(この)処(ところ)に偸み来(きた)りて享楽(きょうらく=楽しみ)す。汝罪に罪を加(くわ)うるを、豈(あに)之(これ)を知らざらんや」 と。大聖(たいせい)笑って道く、 「この幾椿(いくつか)の事(こと)、実(まこと)に有(あ)り!実に有り!但だ如今(いま)汝は怎(いか)にせんとするか」 と。九曜星(くようせい)道く、 「吾(われ)玉帝(ぎょくてい)の金旨(きんし=尊きみ旨)を奉(ほう)じ、衆(しゅう)を帥(ひき)いて此(ここ)に到(いた)りて汝を収降(しゅうこう)す。快(すみや)かに早(はや)く皈依(きえ=帰依)せよ!これらの生霊(せいれい)をして命(いのち)を納(おさ)めしむるを免(まぬか)れしめん。然(しか)らずんば、就(すなわ)ち此山(やま)を踏(ふ)み平(たいら)げ、此洞(ほら)を掀翻(けんぽん)さんのみ」 と。大聖(たいせい)大(おお)いに怒って道(いわ)く、 「量(はか)るに汝(なんじ)これらの毛神(もうしん)に、何(なん)の法力(ほうりき=法の力)か有りて、敢(あえ)て浪言(ろうげん=大言壮語)を出(いだ)すか。走(に)ぐる莫(な)かれ、請(こう)う、老孫(ろうそん)が一棒(ひとぼう)を喫(くら)え!」 と。この九曜星(くようせい)一斉(いっせい)に踊躍(ようやく=躍り出)す。かの美猴王(びこうおう)分毫(ぶんごう=毫も)懼(おそ)れず、金箍棒(きんこぼう)を掄(ふる)い起(おこ)し、左(ひだり)を遮(さえぎ)り右(みぎ)を擋(ふせ)ぎ、かの九曜星(くようせい)を戦(たたか)いて筋疲(きんぴ=筋疲れ)力軟(りきなん=力尽き)らしめ、一箇一箇(めいめい)器械(きかい=武器)を倒(さかしま)に拖(ひ)き、陣(じん)を敗(やぶ)って走ぐ。急(いそ)ぎ中軍(ちゅうぐん)の帳下(ちょうか=陣幕の下)に入(い)り、托塔天王(たくとうてんのう)に対(むか)って道く、 「かの猴王(こうおう)果(はた)して十分(じゅうぶん)に驍勇(ぎょうゆう=勇猛)なり!我等(われら)彼(かれ)と戦いて過(す)ぐること能(あた)わず、陣を敗って来(きた)れるなり」 と。李天王(りてんのう)即(すなわ)ち四大天王(してんのう)与(とも)に二十八宿(にじゅうはっしゅく)を調(てん=動員)し、一路(ひとすじ)に出師(すいし=出陣)して来りて闘う。大聖(たいせい)也(ま)た公然(こうぜん)として懼れず、独角鬼王(どっかくきおう)・七十二洞妖王(しちじゅうにどうようおう)与に四箇(よにん)の健将(けんしょう)を調(てん)し出(いだ)し、洞門外(どうもんがい)に於(おい)て陣勢(じんぜい)を列(つら)ね成(な)す。汝(なんじ)看(み)よ、この場(ば)の混戦(こんせん)、好(よ)くも人(ひと)を驚(おどろ)かすかな、 寒風(かんぷう=寒き風)颯颯(さつさつ)、 怪霧(かいむ=怪しき霧)陰陰(いんいん=どんより)。 那壁廂(なへきしょう=向こう側)旌旗(せいき)彩(いろどり)を飛(と)ばし、 這壁廂(しゃへきしょう=こちら側)戈戟(かげき)輝(かがやき)を生(しょう)ず。 滚滚(こんこん)として盔(かぶと)明(あき)らかに、 層層(そうそう)として甲(よろい)亮(ひか)る。 滚滚(こんこん)の盔の明らかなるは太陽(たいよう)に映(うつ)じて、 天を撞(つ)くの銀磬(ぎんけい=銀の鐘)の如(ごと)し。 層層(そうそう)の甲の亮るは岩崖(がんがい=岩の崖)を砌て、 地(ち)を圧(おさ)うるの氷山(ひょうざん)に似(に)たり。 大捍刀(だいかんとう=大刀)、雲(くも)を飛ばし電(いなずま)を掣(ひ)き、 楮白槍(ちょはくそう=白き槍)、霧(きり)を度(わた)り雲を穿(うが)つ。 方天戟(ほうてんげき)、虎眼鞭(こがんべん)、 麻林(まりん=麻の林)に擺(なら)び列(つら)ぬ。 青銅剣(せいどうけん)、四明鏟(しめいさん=四明の鏟)、 密樹(みつじゅ=茂れる樹)に陣(じん)を排ぶ。 彎弓硬弩(わんきゅうこうど=強き弓)・彫翎箭(ちょうれいせん)、 短棍(たんこん)・蛇矛(じゃぼう=蛇の矛)は魂(たましい)を挟(はさ)み了(おわ)る。 大聖(たいせい)が一條(ひとふり)の如意棒(にょいぼう)、 翻来覆去(ほんらいふくきょ=翻り返り)て天神(てんしん)と戦(たたか)う。 殺(あや)めて那(か)の空中(くうちゅう)に鳥(とり)の過(よぎ)る無(な)く、 山内(さんない)に虎狼(ころう)の奔(はし)るあり。 砂(すな)を揚(あ)げ石(いし)を走らせて乾坤(けんこん=天地)黒(くろ)く、 土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を飛(と)ばして宇宙(うちゅう)昏(くら)し。 只(た)だ聴(き)く、兵兵撲撲(ひょうひょうぼくぼく=バタバタ)として天地(てんち)を驚(おどろ)かし、 煞煞威威(さつさついい=凄まじく)として鬼神(きしん)を振(ふる)わす。 この一場(ひとくさり)、辰時(たつどき)より陣を布(し)き、混(い)り殺めて日(ひ)の西山(せいざん)に落(お)つるに到(いた)る。かの独角鬼王(どっかくきおう)与(とも)に七十二洞(しちじゅうにどう)の妖怪(ようかい)、尽(ことごと)く衆(しゅう)の天神(てんしん)に捉拿(そくだ=捕らえ)られ去(さ)られ、只だ四健将(しけんしょう)与にかの群猴(ぐんこう)を走(にが)し、水簾洞(すいれんどう)の底(そこ)に深(ふか)く蔵(かく)るるのみ。この大聖(たいせい)が一條(ひとふり)の棒(ぼう)、四大天神(してんしん)与に李托塔(りたくとう)・哪吒太子(なたたいし)を抵(ふせ)ぎ住(とど)め、俱に半空(はんくう=空中)に在(あ)りて——殺(たたか)うこと勾るること多時(たじ=久しく)、大聖(たいせい)天色(てんしょく=空模様)の将(まさ)に晩(く)れんとするを見(み)、即(すなわ)ち毫毛(ごうもう)を一把(ひとつかみ)拉き、口(くち)の中(うち)に投(な)げ在り、嚼(か)み将(もっ)て出(いだ)し、一声(ひとこえ)「変(へん)ぜよ!」と叫(さけ)ぶ。就ち千百(せんびゃく)の大聖(たいせい)に変じ、都(すべ)て使(つか)うは是(こ)れ金箍棒(きんこぼう)にして、哪吒太子(なたたいし)を打(う)ち退(しりぞ)け、五箇(いつにん)の天王(てんのう)を戦い敗(やぶ)る。 大聖(たいせい)勝(かち)を得(え)て、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め、急(いそ)ぎ身を転(てん)じて洞(ほら)に回(かえ)るに、早(は)や又(ま)た鉄板橋頭(てっぱんきょうとう)に、四箇(よにん)の健将(けんしょう)の衆(しゅう)を領(ひき)いてかの大聖(たいせい)を叩迎(こうげい=拝み迎う)るを見る。哽哽咽咽(こうこうえつえつ)と大哭(たいこく)すること三声(みこえ)、又た唏唏哈哈(ききはは=げらげら)と大笑(たいしょう)すること三声。大聖(たいせい)道(いわ)く、 「汝等(なんじら)我(われ)に見(まみ)えて、又た哭(な)き又た笑(わら)うは、何(なん)ぞや」 と。四健将(しけんしょう)道く、 「今朝(けさ)衆の将(しょう)を帥いて天王(てんのう)与(とも)に交戦(こうせん)せしに、七十二洞妖王(しちじゅうにどうようおう)与に独角鬼王(どっかくきおう)を把(と)って、尽(ことごと)く衆神(しゅうしん)に捉(とら)えられ、我等(われら)は生(いき)て逃(のが)れたれば、此(ここ)を以(もっ)て当(まさ)に哭くべし。這に大聖(たいせい)の勝(かち)を得(え)て回り来(きた)り、未(いま)だ曽(かつ)て傷損(しょうそん=傷つく)こと無きを見(み)れば、此を以て当に笑うべし」 と。大聖(たいせい)道く、 「勝負(しょうぶ)は乃(すなわ)ち兵家(へいか=軍師)の常(つね)なり。古人(こじん)云(い)わく、『人(ひと)を殺(ころ)すこと一万(いちまん)なれば、自(みずか)ら三千(さんぜん)を損(そこな)う』と。況んや捉え去(さ)られたる頭目(とうもく=かしら)は乃ち虎・豹(ひょう)・狼虫(ろうちゅう=狼と虫)・獾獐(かんしょう=穴熊と鹿)・狐狢(こむじな=狐と狢)の類(たぐい)にして、我(わ)が同類(どうるい)の者(もの)は未だ一箇(ひとり)も傷われず、何(なん)ぞ煩悩(はんのう=苦にする)を須(もち)いん。彼(かれ)は我(われ)に箇(ひとつ)の分身法(ふんしんぽう=分身の術)を使(つか)われて殺(しりぞ)けられたりと雖(いえど)も、彼還(ま)た我が山(やま)の脚(ふもと)に在(あ)りて営(えい)を安(やす)んぜんとす。我等(われら)且(しばら)く緊緊(きんきん=固く)防守(ぼうしゅ=守り)し、一頓(ひとしきり)飽食(ほうしょく)し、心(こころ)を安んじて睡(ねむ)り、精神(せいしん=気力)を養(やしな)え。天明(てんめい=夜明け)には我の箇の大神通(だいじんつう)を使いて、これらの天将(てんしょう)を拿(とら)え、衆(しゅう)与(とも)に仇(あだ)を報(ほう)ずるを見(み)よ」 と。四将(ししょう)と衆猴(しゅこう)椰酒(やしゅ)を将(もっ)て幾碗(いくわん)か喫(くら)い、心を安んじて睡ることは題(だい)せず。 かの四大天王(してんのう)兵(へい)を収(おさ)め戦(たたかい)を罷(や)め、衆各(おのおの)功(こう)を報ず。虎豹(こひょう=虎と豹)を拿住(だじゅう=捕らえ)たる有り、獅象(しぞう=獅子と象)を拿住(だじゅう)したる有り、狼虫狐狢(ろうちゅうこむじな)を拿住(だじゅう)したる有り、更(さら)に曽(かつ)て一箇(ひとり)の猴精(こうせい=猿の精)をも捉えず。当時(そのとき)果(はた)して又(ま)た轅営(えんえい=本陣)を安(やす)んじ、大寨(だいさい=大きき砦)を下(くだ)し、功を得(え)たるの将(しょう)を賞労(しょうろう=労い賞し)、天羅地網(てんらちもう)の兵に吩咐(ふんふ=言いつけ)、箇箇(おのおの)鈴(すず)を提(ひっさ)げ号(ごう=合言葉)を喝(とな)え、花果山(かかさん)を囲困(いこん)して、専(もっぱ)ら明早(みょうそう=明朝)の大戦(たいせん)を待つ。各人(かくじん)令(れい)を得、一処一処(いちいち)謹(つつし)み守(まも)る。此(こ)れ正(まさ)に是れ、 妖猴(ようこう)乱(らん)を作(な)して天地(てんち)を驚(おどろ)かし、 網(あみ)を布(し)き羅(うすもの)を張(は)りて昼夜(ちゅうや)看(みまも)る。 と。畢竟(ひっきょう)天暁(てんぎょう=夜明け)の後(のち)如何(いか)に処治(しょち)するかは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第六回 観音(かんのん)会(かい)に赴(おもむ)きて原因(げんいん)を問(と)い 小聖(しょうせい)威(い)を施(ほどこ)して大聖(たいせい)を降(くだ)す 且(しばら)く天神(てんしん)の囲繞(いにょう=取り巻く)と、大聖(たいせい)の安歇(あんけつ=休やすむ)を言(い)わず。話(はな)し表(しめ)す、南海(なんかい)普陀落伽山(ふだらくかさん)の大慈大悲(だいじだいひ=大いなる慈悲)救苦救難(くくぐなん=苦を救い難を救う)霊感観世音菩薩(れいかんかんぜおんぼさつ)は、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)に請(しょう)ぜられて蟠桃大会(ばんとうだいえ)に赴(おもむ)き、大弟子(だいてし)の恵岸行者(えがんぎょうじゃ)と同(とも)に宝閣(ほうかく)の瑶池(ようち)に登(のぼ)るに、那(か)の裡(うち)の荒荒凉凉(こうこうりょうりょう=荒れ果て寂しき)、席面(せきめん=宴の席)の残乱(ざんらん=乱れ散る)せるを見(み)る;幾位(いくにん)の天仙(てんせん)有(あ)りと雖(いえど)も、俱(とも)に就座(しゅうざ)せず、都(みな)那(か)の裡(うち)に在(あ)りて乱紛紛(らんふんぶん=入り乱れ)として講論(こうろん=論じ合う)。菩薩(ぼさつ)衆仙(しゅうせん)と相見(あいまみ)え畢(おわ)るに、衆仙(しゅうせん)前事(ぜんじ=先の出来事)を備(つぶさ)に言(い)う。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「既(すで)に盛会(せいかい)無(な)く、又(また)杯(さかずき)を伝(つた)えずんば、汝(なんじ)等(ら)貧僧(ひんそう)に跟(したが)いて去(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)ゆるも可(よ)し」と。衆仙(しゅうせん)怡然(いぜん=喜びいさん)で随(したが)って往(ゆ)く。通明殿(つうめいでん)の前(まえ)に至(いた)れば、早(は)や四大天師(しだいてんし)・赤脚大仙(せっきゃくだいせん)等(ら)の衆(しゅ)の俱(みな)此(ここ)に在(あ)る有(あ)りて、菩薩(ぼさつ)を迎(むか)え、即(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)の煩悩(ぼんのう=心を悩ま)し、天兵(てんぺい)を調遣(ちょうけん=繰り出だ)し、怪(かい)を擒捕(きんど=擒え捕らう)するも未(いま)だ回(かえ)らざる等(ら)の因(よし)を道(い)う。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「我(われ)玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えんことを要(よう)す、煩(わずら)わしきかな転奏(てんそう=取り次ぎ)せよ」と。天師(てんし)邱弘済(きゅうこうさい)、即(すなわ)ち霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に入(い)り、啓知(けいち=申し奏)して宣入(せんにゅう=召し入れ)す。時(とき)に太上老君(たいじょうろうくん)は上座(じょうざ)に在(あ)り、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)は後(うしろ)に在(あ)り。 菩薩(ぼさつ)衆(しゅう)を引(ひ)きて同(とも)に裡(うち)に入(い)り、玉帝(ぎょくてい)と礼(れい)し畢(おわ)り、又(また)老君(ろうくん)・王母(おうぼ)と相見(あいまみ)え、各(おのおの)坐(ざ)し下(くだ)る。便(すなわ)ち問(と)う、「蟠桃盛会(ばんとうせいかい)は如何(いかん)」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「毎年(まいねん)請(しょう)じて会(かい)すれば、喜喜歓歓(ききかんかん=大いに喜ぶ)なるに、今年(ことし)妖猴(ようこう)の乱(みだれ)を作(な)すに遭(あ)い、甚(はなは)だ是(こ)れ虚(むな)しく邀(むか)うるのみ」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「妖猴(ようこう)は是(こ)れ何(なん)の出処(しゅっしょ=生れ出でし処)なる」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「妖猴(ようこう)は乃(すなわ)ち東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)の石卵(せきらん=石の卵)の化生(けしょう=化けて生れ)せるなり。当時(そのとき)生(うま)れ出(い)づるや、即(すなわ)ち目(め)より金光(きんこう)を運(めぐ)らし、射(さ)して斗府(とふ=星の御殿)に衝(つ)き当(あた)る。始(はじ)めは介意(かいい=気にかく)らざりしが、継(つい)で精(せい)と成(な)り、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)し、自(みずか)ら死籍(しせき=死の帳面)を削(けず)れり。当(まさ)に龍王(りゅうおう)・閻王(えんおう)の啓奏(けいそう=申し上げ)有(あ)り。朕(ちん)擒(とら)え拿(とらえ)んと欲(ほっ)せしに、是(こ)れ長庚星(ちょうこうせい)啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、『三界(さんがい)の間(あいだ)、凡(およ)そ九竅(きゅうきょう=九つの穴)有(あ)る者(もの)は、以(もっ)て仙(せん)と成(な)る可(べ)し』と。朕(ちん)即(すなわ)ち教育(きょういく)を施(ほどこ)して賢(けん)を育(はぐく)み、他(かれ)を上界(じょうかい)に宣(せん)し、御馬監(ぎょばかん)の弼馬温(ひつばおん)の官(かん)に封(ほう)ぜり。那(か)の厮(やつ)は官(かん)の小(ちい)さきを嫌悪(けんお=嫌い憎)み、天宮(てんぐう)に反(そむ)けり。即(すなわ)ち李天王(りてんおう)と哪吒太子(なたたいし)を差(さしむ)けて収降(しゅうこう=降らし服せ)しめ、又(また)詔(みことのり)を降(くだ)して撫安(ぶあん=なだめ安ん)じ、上界(じょうかい)に宣(せん)して、就(すなわ)ち他(かれ)をして箇(ひとつ)の『斉天大聖(せいてんたいせい)』を做(な)さしめたり、只(た)だ是(こ)れ官(かん)有(あ)りて禄(ろく)無(な)きのみ。他(かれ)事(こと)を幹(おこな)い管理(かんり)する無(な)きに因(よ)り、東(ひがし)に遊(あそ)び西(にし)に蕩(ただよ)う。朕(ちん)又(また)別(べつ)に事端(じたん=面倒)を生(しょう)ぜんことを恐(おそ)れ、他(かれ)をして蟠桃園(ばんとうえん)を代(かわ)りて管(つかさど)らしめたり。他(かれ)又(また)法律(ほうりつ)に遵(したが)わず、老樹(ろうじゅ)の大桃(だいとう)を将(も)ちて、尽(ことごと)く行(ことごと)く偸(ぬす)み食(くら)えり。会(かい)を設(もう)くるに及(およ)び、他(かれ)は乃(すなわ)ち無禄(むろく=禄無き)の人員(じんいん)なるをもって、曾(かつ)て他(かれ)を請(しょう)ぜざりしに、他(かれ)は就(すなわ)ち計(けい)を設(もう)けて赤脚大仙(せっきゃくだいせん)を赚哄(かんこう=たぶらかし)し、却(かえ)って自(みずか)ら他(かれ)が相貌(そうぼう)に変(へん)じて会(かい)に入(い)り、仙肴(せんこう=仙の料理)仙酒(せんしゅ)を尽(ことごと)く偸(ぬす)み食(くら)い了(おわ)り、又(また)老君(ろうくん)が仙丹(せんたん)を偸(ぬす)み、又(また)御酒(ぎょしゅ)若干(じゃっかん=いくばくか)を偸(ぬす)み、去(ゆ)きて本山(ほんざん)の衆猴(しゅうこう)と享楽(きょうらく=楽しみを共に)せり。朕(ちん)が心(こころ)此(これ)がために煩悩(はんのう=悩む)す、故(ゆえ)に十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を調(ちょう)し、天羅地網(てんらちもう)を以(もっ)て収伏(しゅうふく=平らげる)せしむ。此(こ)の一日(いちにち)回報(かいほう)を見(み)ざれば、勝負(しょうぶ)の如何(いかん)を知(し)らず」と。 菩薩(ぼさつ)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち恵岸行者(えがんぎょうじゃ)に命(めい)じて曰(いわ)く、「汝(なんじ)可(べ)く速(すみや)かに天宮(てんぐう)を下(くだ)り、花果山(かかざん)に到(いた)り、軍情(ぐんじょう=戦の様子)の如何(いかん)を打探(うちさぐ=探り来た)れ。若(も)し相敵(あいてき=相まみえ)に遇(あ)わば、可(べ)く就(すなわ)ち一功(いっこう=一働き)を相(あい)助(たす)け、務(かなら)ず的実(てきじつ=確か)に回話(かいわ=返事)せよ」と。恵岸行者(えがんぎょうじゃ)衣裙(いうん=衣の裾)を整整(せいせい=きちんと)し、一條(ひとふり)の鉄棍(てっこん=鉄の棒)を執(と)り、雲(くも)に架(が)して闕(けつ=宮門)を離(はな)れ、径(ただ)ちに山前(さんぜん)に至(いた)る。那(か)の天羅地網(てんらちもう)の、密密層層(みつみつそうそう=幾重にも隙無く)、各営門(かくえいもん)に鈴(すず)を提(さ)げ号(ごう=合言葉)を喝(わめ)き、那(か)の山(やま)を囲繞(いにょう)すること水(みず)も泄(も)らさぬほどなるを見(み)る。恵岸(えがん)立(た)ち住(とど)まり、叫(よ)んで曰(いわ)く、「営門(えいもん)を把(と)れる天丁(てんてい=天の兵)よ、煩(わずら)わしきかな汝(なんじ)伝報(でんほう=取次ぎ)せよ。我(われ)は乃(すなわ)ち李天王(りてんおう)の二太子(にたいし)木吒(ぼくた)、南海観音(なんかいかんのん)が大徒弟(だいとてい)恵岸(えがん)、特(こと)に来(きた)りて軍情(ぐんじょう)を打探(うちさぐ)るなり」と。那(か)の営(えい)の裡(うち)の五嶽神兵(ごがくしんぺい)、即(すなわ)ち伝(つた)えて轅門(えんもん=陣の門)の裡(うち)に入(い)る。早(は)や虚日鼠(きょじっそ)・昴日鶏(ぼうじっけい)・星日馬(せいじつば)・房日兎(ぼうじつと)有(あ)りて、言(げん)を将(も)ちて中軍帳(ちゅうぐんちょう=本陣の幕舎)の下(もと)に伝(つた)え到(いた)る。李天王(りてんおう)令旗(れいき=命令の旗)を発(はな)ち、天羅地網(てんらちもう)を開(ひら)かせ、他(かれ)を放(はな)ちて進(い)らしむ。此(こ)の時(とき)東方(とうほう)才(ようや)く亮(あかる)し。恵岸(えがん)旗(はた)に随(したが)って進(すす)み入(い)り、四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)に見(まみ)えて下拝(かはい)す。拝(はい)し訖(おわ)りて、李天王(りてんおう)曰(いわ)く、「孩児(がいじ=我が子)よ、汝(なんじ)那(いず)れの廂(ほとり)より来(きた)れる」と。恵岸(えがん)曰(いわ)く、「愚男(ぐなん=愚かな我が子)は菩薩(ぼさつ)に随(したが)いて蟠桃会(ばんとうえ)に赴(おもむ)きしに、菩薩(ぼさつ)勝会(しょうえい)の荒凉(こうりょう=寂れ)し、瑶池(ようち)の寂寞(せきばく=ひっそり)せるを見(み)て、衆仙(しゅうせん)と愚男(ぐなん)を引(ひ)きて去(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えり。玉帝(ぎょくてい)父王(ふおう)等(ら)の下界(げかい)に妖猴(ようこう)を収伏(しゅうふく)するも、一日(いちにち)回報(かいほう)を見(み)ず、勝負(しょうぶ)未(いま)だ知(し)れずと備(つぶさ)に言(い)えるをもって、菩薩(ぼさつ)因(よ)って愚男(ぐなん)に此(ここ)に到(いた)りて虚実(きょじつ=実の程)を打聴(うちさぐ=探り)れと命(めい)ずるなり」と。李天王(りてんおう)曰(いわ)く、「昨日(きのう)此(ここ)に到(いた)りて営(えい)を安(やすん)じ寨(とりで)を下(くだ)し、九曜星(くようせい)を着(つ)けて挑戦(ちょうせん)せしめたり;此(こ)の厮(やつ)に大(おお)いに神通(じんつう)を弄(ろう=振るわ)れ、九曜星(くようせい)俱(とも)に敗(やぶ)れ走(に)げて回(かえ)れり。後(のち)我(われ)等(ら)親(みずか)ら兵(へい)を提(さ)ぐるに、那(か)の厮(やつ)も也(ま)た陣勢(じんぜい)を排(なら)び開(ひら)けり。我(われ)等(ら)十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)、他(かれ)と混戦(こんせん)して晩(くれ)に至(いた)るに、他(かれ)箇(ひとつ)の分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)いて戦(たたか)い退(しりぞ)けたり。兵(へい)を収(おさ)めて査勘(さかん=調べる)するに及(およ)び、只(た)だ些(いささか)の狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう=獣ども)の類(たぐい)を捉(とら)え得(え)たるのみ、曾(かつ)て他(かれ)が半箇(ひとり)の妖猴(ようこう)をも捉(とら)え得(え)ず。今日(こんにち)は未(いま)だ出戦(しゅっせん)せず」と。 説(と)き了(おわ)らざるに、只(た)だ轅門(えんもん)の外(そと)に人有(ひと)の来(きた)りて報(ほう)じて曰(いわ)く、「那(か)の大聖(たいせい)一群(ひとむれ)の猴精(こうせい=猿の精)を引(ひ)きて、外(そと)の面(ほとり)に在(あ)りて叫喊(きょうかん=喚き叫ぶ)」とを見(み)る。四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)并(ならび)に太子(たいし)正(まさ)に出兵(しゅっぺい)を議(ぎ)す。木吒(ぼくた)曰(いわ)く、「父王(ふおう)、愚男(ぐなん)菩薩(ぼさつ)の吩咐(ふんぷ=言付け)を蒙(こうむ)り、下(くだ)りて消息(しょうそく)を打探(うちさぐ)るに、若(も)し戦(たたか)いに遇(あ)わば、可(べ)く一功(いっこう)を助(たす)くべしと説(い)えり。今(いま)不才(ふさい=未熟な我)願(ねが)わくは往(ゆ)かん、他(かれ)が怎(いか)なる箇(ひとつ)の大聖(たいせい)なるかを看(み)ん!」と。天王(てんおう)曰(いわ)く、「孩児(がいじ)よ、汝(なんじ)菩薩(ぼさつ)に随(したが)いて修行(しゅぎょう)すること此(こ)の幾年(いくとせ)、想(おも)うに必(かなら)ず也(ま)た些(いささか)の神通(じんつう)有(あ)らん、切(かなら)ず須(すべから)く意(こころ)に在(あ)るべし」と。 好(よ)きかな太子(たいし)、双手(そうしゅ=両手)に鉄棍(てっこん)を輪(めぐ)らし、繍衣(しゅうい=刺繍の衣)を一(ひと)束(たば)ね束(たば)ねし、轅門(えんもん)を跳(と)び出(い)で、高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「那(いず)れの箇(ひとつ)か是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)なる」と。大聖(たいせい)如意棒(にょいぼう)を挺(ささ)げ、声(こえ)に応(おう)じて曰(いわ)く、「老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是(こ)れなり。汝(なんじ)は是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)なる、輒(すなわ)ち敢(あ)えて我(われ)を問(と)うや」と。木吒(ぼくた)曰(いわ)く、「吾(われ)は乃(すなわ)ち李天王(りてんおう)の第二(だいに)の太子(たいし)叉(た)、今(いま)観音菩薩(かんのんぼさつ)の宝座(ほうざ)の前(まえ)に在(あ)りて徒弟(とてい)護教(ごきょう=教えを護る者)と為(な)り、法名(ほうみょう)は恵岸(えがん)是(こ)れなり」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)南海(なんかい)に在(あ)りて修行(しゅぎょう)せず、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて我(われ)に見(まみ)えて甚(なん)をか做(な)す」と。木吒(ぼくた)曰(いわ)く、「我(われ)師父(しふ)の差(つか)わされて軍情(ぐんじょう)を打探(うちさぐ)りに来(きた)れるを蒙(こうむ)り、汝(なんじ)が此(か)くの般(ごと)き猖獗(しょうけつ=横暴)なるを見(み)、特(こと)に来(きた)りて汝(なんじ)を擒(とら)えん!」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)敢(あ)えて那(か)の等(ごとき)の大話(おおばなし)を説(い)うか!且(しばら)く走(に)ぐるな!老孫(ろうそん)が此(こ)の一棒(いっぽう)を食(くら)え!」と。木吒(ぼくた)全然(ぜんぜん)懼(おそ)れず、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて手(て)を劈(つんざ)いて相(あい)迎(むか)う。彼(かれ)両箇(ふたり)那(か)の半山(はんざん=山の中腹)に立(た)ち、轅門(えんもん)の外(そと)に在(あ)りて、此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな闘(たたかい): 棍(こん)は棍(こん)に対(たい)すと雖(いえど)も鉄(てつ)各(おのおの)異(こと)なり、兵(へい)は縦(よ)し交(まじ)わるも人(ひと)同(おな)じからず。 一箇(ひとつ)は是(こ)れ太乙散仙(たいおつさんせん)の大聖(たいせい)と呼(よ)ばれ、一箇(ひとつ)は是(こ)れ観音(かんのん)が徒弟(とてい)の正(しょう)の元龍(げんりゅう)なり。 渾鉄棍(こんてっこん=総鉄の棒)は乃(すなわ)ち千錘(せんすい=千度の鍛え)に打(う)たれ、六丁六甲(りくていりっこう)神功(しんこう)を運(めぐ)らす; 如意棒(にょいぼう)は是(こ)れ天河(てんが)に定(さだ)まる、鎮海(ちんかい=海を鎮む)の神珍(しんちん)にして法力(ほうりき)洪(こう=大)なり。 両箇(ふたり)相逢(あいあ)うて真(しん)の対手(てき)、往来(おうらい)の解数(かいすう=技の数)実(じつ)に窮(きわ)まり無(な)し、 此(こ)の箇(ひとつ)の陣手棍(じんしゅこん=陣を張る棒)、万千(ばんせん)の凶(きょう)、腰(こし)を繞(めぐ)り索(さく=縄)を貫(つらぬ)くこと疾(と)きこと風(かぜ)の如(ごと)し; 那(か)の箇(ひとつ)の夾槍棒(きょうそうぼう=槍を挟む棒)、空(むな)しく放(はな)たず、左(ひだり)を遮(さえぎ)り右(みぎ)を擋(ふせ)いで怎(いか)でか相(あい)容(い)れん? 那(か)の陣上(じんじょう)旌旗(せいき)閃閃(せんせん=ひるがえ)り、此(こ)の陣上(じんじょう)駝鼎(だてい=駱駝と鼎の太鼓)冬冬(とうとう=とんとん)たり。 万員(ばんいん=万の)の天将(てんしょう)団団(だんだん=ぐるり)と繞(めぐ)り、一洞(ひとつ)の妖猴(ようこう)簇簇(ぞくぞく=群れ集)まる。 怪霧(かいむ)愁雲(しゅううん)地府(ちふ)に漫(み)ち、狼烟(ろうえん=烽火)煞気(さっき=殺気)天宮(てんぐう)に射(さ)す。 昨朝(さくちょう)の混戦(こんせん)は還(ま)た猶(なお)可(よ)し、今日(こんにち)の争持(そうじ=睨み合い)は更(さら)に又(また)凶(きょう)なり。 堪(た)えて羨(うらや)む猴王(こうおう)の真(しん)の本事(ほんじ)、木吒(ぼくた)復(ま)た敗(やぶ)れて又(また)生(いき)て逃(に)ぐ。 此(こ)の大聖(たいせい)恵岸(えがん)と戦(たたか)うこと五六十合(ごじゅうろくごう)を経(へ)るに、恵岸(えがん)臂膊(ひはく=腕)酸麻(さんま=痺れだる)く、迎(むか)え敵(てき)すること能(あた)わず、一幌(ひとひるがえ)しを虚(から)く幌(ひるがえ)し、陣(じん)を敗(やぶ)りて走(に)ぐ。大聖(たいせい)も也(ま)た猴兵(こうへい)を収(おさ)め、洞門(どうもん)の外(そと)に安(やすん)じ扎(とど)まる。只(た)だ天王(てんおう)が営門(えいもん)の外(そと)に、大小(だいしょう)の天兵(てんぺい)の、太子(たいし)を接(むか)え住(とど)め、大路(たいろ)を譲(ゆず)り開(ひら)き、径(ただ)ちに轅門(えんもん)に入(い)り、四天王(してんおう)・李托塔(りたくとう)・哪吒(なた)に対(たい)し、気哈哈(きははは=息を切らし)として、喘息(ぜんそく=息)未(いま)だ定(さだ)まらず:「好(よ)き大聖(たいせい)!好(よ)き大聖(たいせい)!着実(ちゃくじつ=まこと)に神通広大(じんつうこうだい)!孩児(がいじ)戦(たたか)い過(す)ぎず、又(また)陣(じん)を敗(やぶ)りて来(きた)れるなり!」と。李天王(りてんおう)見(み)て心(こころ)驚(おどろ)き、即(すなわ)ち表(ひょう=奏上文)を写(うつ)して助(たすけ)を求(もと)めしめ、便(すなわ)ち大力鬼王(たいりききおう)と木吒太子(ぼくたたいし)を差(さしむ)けて天(てん)に上(のぼ)り啓奏(けいそう)せしむ。 二人(ふたり)当時(そのとき)敢(あ)えて停留(ていりゅう=留まる)せず、天羅地網(てんらちもう)を闖(つきやぶ)り出(い)で、瑞靄祥雲(ずいあいしょううん=瑞雲)を駕(が)し起(おこ)す。須臾(しばらく)にして、径(ただ)ちに通明殿(つうめいでん)の下(もと)に至(いた)り、四大天師(しだいてんし)に見(まみ)え、霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に引(ひ)き至(いた)り、表章(ひょうしょう=上奏文)を呈(てい=奉)ず。恵岸(えがん)又(また)菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えて施礼(せれい)す。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)打探(うちさぐ)る所(ところ)如何(いかん)」と。恵岸(えがん)曰(いわ)く、「始(はじ)め命(めい)を領(う)けて花果山(かかざん)に到(いた)り、天羅地網(てんらちもう)の門(もん)を叫(よ)び開(ひら)かせ、父親(ちち)に見(まみ)え、師父(しふ)の差(つかわ)し命(めい)ずるの意(こころ)を道(い)えり。父王(ふおう)曰(いわ)く、『昨日(きのう)那(か)の猴王(こうおう)と戦(たたか)うこと一場(ひとくさ)せしが、只(た)だ他(かれ)が虎豹獅象(こひょうしぞう)の類(たぐい)を捉(とら)え得(え)たるのみ、更(さら)に未(いま)だ他(かれ)が一箇(ひとり)の猴精(こうせい)をも捉(とら)えず』と。正(まさ)に講(こう)ずる間(あいだ)、他(かれ)又(また)索戦(さくせん=戦いを求む)す、是(ここ)に於(おい)て弟子(でし)鉄棍(てっこん)を使(つか)いて他(かれ)と戦(たたか)うこと五六十合(ごじゅうろくごう)を経(へ)るに、勝(か)つを取(と)ること能(あた)わず、敗(やぶ)れて営(えい)に走(に)げ回(かえ)れり。父親(ちち)此(これ)に因(よ)って大力鬼王(たいりききおう)を差(さしむ)けて弟子(でし)と同(とも)に上界(じょうかい)に助(たすけ)を求(もと)めしむるなり」と。菩薩(ぼさつ)頭(こうべ)を低(た)れて思忖(しそん=思い巡らす)。 却(さ)て説(つ)ぐ、玉帝(ぎょくてい)表章(ひょうしょう)を拆(ひら)き開(ひら)き、求助(きゅうじょ=救援を求む)の言(げん)有(あ)るを見(み)、笑(わら)って曰(いわ)く、「叵耐(はなはだしいかな)此(こ)の猴精(こうせい)、能(よ)く幾多(いくばく)の大(おお)いなる手段(しゅだん)有(あ)るか、就(すなわ)ち敢(あ)えて十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)に敵(てき)し過(す)ぐるか!李天王(りてんおう)又(また)来(きた)りて助(たすけ)を求(もと)むるに、却(かえ)って那(いず)れの路(みち)の神兵(しんぺい)を将(も)ちて之(これ)を助(たす)けん」と。言(げん)未(いま)だ畢(おわ)らざるに、観音(かんのん)掌(てのひら)を合(がっ)して啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、「陛下(へいか)心(こころ)を寛(ひろ)くせよ、貧僧(ひんそう)一神(いっしん)を挙(あ)げば、可(べ)く此(こ)の猴(さる)を擒(とら)うべし」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「挙(あ)ぐる所(ところ)は何(なん)の神(かみ)なる」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「乃(すなわ)ち陛下(へいか)が令甥(れいせい=甥御)の顕聖二郎真君(けんせいじろうしんくん)、見(ただいま)灌洲(かんしゅう)灌江口(かんこうこう)に居(きょ)し、下方(かほう=下界)の香火(こうか=祭祀)を享受(きょうじゅ=受け)たり。他(かれ)昔日(むかし)曾(かつ)て力(ちから)を以(もっ)て六怪(ろっかい)を誅(ちゅう=討ち)し、又(また)梅山兄弟(ばいざんきょうだい)と帳前(ちょうぜん=陣幕の前)の一千二百(せんにひゃく)の草頭神(そうとうしん=草莽の神)有(あ)り、神通広大(じんつうこうだい)なり。奈(せんかたな)きかな他(かれ)は只(た)だ是(こ)れ調(ちょう=出動命令)を聴(き)いて宣(せん=召し出し)を聴(き)かず、陛下(へいか)可(べ)く一道(ひとすじ)の調兵(ちょうへい)の旨意(しい=勅旨)を降(くだ)し、他(かれ)に着(つ)けて力(ちから)を助(たす)けしめば、便(すなわ)ち可(べ)く擒(とら)うるなり」と。玉帝(ぎょくてい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち調兵(ちょうへい)の旨意(しい)を伝(つた)え、就(すなわ)ち大力鬼王(たいりききおう)を差(さしむ)けて赍(も)たしめ調(ちょう)をさせしむ。 那(か)の鬼王(きおう)旨(し)を領(う)け、即(すなわ)ち雲(くも)を駕(が)し起(おこ)し、径(ただ)ちに灌江口(かんこうこう)に至(いた)る。半箇時辰(はんこじじん=一時の半)を消(しょう=費や)さず、直(ただ)ちに真君(しんくん)の廟(びょう)に到(いた)る。早(は)や門(もん)を把(と)れる鬼判(きはん=鬼の役人)有(あ)りて、裡(うち)に伝報(でんぽう)して曰(いわ)く、「外(そと)に天使(てんし=天子の使い)有(あ)り、旨(し)を捧(ささ)げて至(いた)る」と。二郎(じろう)即(すなわ)ち衆兄弟(しゅうきょうだい)と、門(もん)を出(い)でて旨意(しい)を迎接(げいせつ)し、香(こう)を焚(た)きて旨意(しい)を開読(かいどく=開き読む)。上(かみ)に云(いわ)く: 「花果山(かかざん)の妖猴(ようこう)斉天大聖(せいてんたいせい)乱(みだれ)を作(な)す。宮(きゅう)に在(あ)りて桃(とう)を偸(ぬす)み、酒(しゅ)を偸(ぬす)み、丹(たん)を偸(ぬす)み、蟠桃大会(ばんとうだいえ)を攪乱(かくらん=かき乱)せるに因(よ)り、現(げん)に十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を着(つ)け、一十八架(じゅうはちか)の天羅地網(てんらちもう)を以(もっ)て、山(やま)を囲(かこ)みて収伏(しゅうふく)せんとすれど、未(いま)だ勝(か)つを得(え)ず、今(いま)特(こと)に賢甥(けんせい=賢き甥)と義兄弟(ぎきょうだい)を調(ちょう)して即(すなわ)ち花果山(かかざん)に赴(おもむ)きて力(ちから)を助(たす)け剿除(そうじょ=討ち滅ぼ)せしむ。成功(せいこう)の後(のち)、高(たか)く昇(のぼ)らしめ重(おも)く賞(しょう)せん。」 真君(しんくん)大(おお)いに喜(よろこ)んで曰(いわ)く、「天使(てんし)請(こ)う回(かえ)れ、吾(われ)当(まさ)に就(すなわ)ち去(ゆ)きて刀(かたな)を拔(ぬ)きて相(あい)助(たす)けん」と。鬼王(きおう)回(かえ)りて奏(そう)するは題(だい)せず。 此(こ)の真君(しんくん)即(すなわ)ち梅山六兄弟(ばいざんろくきょうだい)——乃(すなわ)ち康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)の四太尉(したいじょう)、郭申(かくしん)・直健(ちょっけん)の二将軍(にしょうぐん)——を喚(よ)び、殿前(でんぜん)に聚集(しゅうしゅう=集まり)して曰(いわ)く、「適才(さっき)玉帝(ぎょくてい)我(われ)等(ら)を調遣(ちょうけん)して花果山(かかざん)に往(ゆ)きて妖猴(ようこう)を収降(しゅうこう)せしむ、同(とも)に去(ゆ)きて去(ゆ)き来(きた)らん」と。衆兄弟(しゅうきょうだい)俱(みな)忻然(きんぜん=喜びいさん)で往(ゆ)かんと願(ねが)う。即(すなわ)ち本部(ほんぶ)の神兵(しんぺい)を点(てん=召集)じ、鷹(たか)を駕(が)し犬(いぬ)を牽(ひ)き、弩(ど=いしゆみ)を搭(かま)え弓(ゆみ)を張(は)り、狂風(きょうふう)を縦(ほしいまま)にし、霎時(しばらく)にして東洋大海(とうようたいかい)を過(す)ぎ、径(ただ)ちに花果山(かかざん)に至(いた)る。那(か)の天羅地網(てんらちもう)の、密密層層(みつみつそうそう=幾重にも)にして、前進(ぜんしん)すること能(あた)わざるを見(み)る。因(よ)って叫(よ)んで曰(いわ)く、「天羅地網(てんらちもう)を把(と)れる神将(しんしょう)よ聴(き)け:吾(われ)は乃(すなわ)ち二郎顕聖真君(じろうけんせいしんくん)、玉帝(ぎょくてい)の調(ちょう)を蒙(こうむ)りて来(きた)り、妖猴(ようこう)を擒拿(きんど=擒え捕らう)る者(もの)なり、快(すみや)かに営門(えいもん)を開(ひら)きて放行(ほうこう=通す)せよ」と。一時(ひととき)、各神(かくしん)一層(ひとえ)一層(ひとえ)と伝(つた)え入(い)る。四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)俱(とも)に轅門(えんもん)を出(い)でて迎接(げいせつ)し、相見(あいまみ)え畢(おわ)り、勝敗(しょうはい)の事(こと)を問(と)い及(およ)べば、天王(てんおう)上項(じょうこう=上述)の事(こと)を将(も)ちて備(つぶさ)に陳(の)べ一(ひと)通(とお)りせり。真君(しんくん)笑(わら)って曰(いわ)く、「小聖(しょうせい)此(ここ)に来(きた)れるに、必(かなら)ず他(かれ)と箇(ひとつ)の変化(へんげ)を闘(たたか)わん、列公(れっこう=皆様)天羅地網(てんらちもう)を将(も)ちて、頂上(ちょうじょう)を幔(おお)うことを要(よう)せず、只(た)だ四囲(しい=四方)を緊密(きんみつ)にせよ、我(われ)をして賭(かけ)を闘(たたか)わしめよ。若(も)し我(われ)他(かれ)に輸(ま)けなば、列公(れっこう)の相助(そうじょ=加勢)を要(よう)せず、我(われ)自(おのずか)ら兄弟(きょうだい)の扶持(ふじ=支え)有(あ)り;若(も)し他(かれ)に贏(か)たば、也(ま)た列公(れっこう)の綁縛(ほうばく=縛り上げ)を要(よう)せず、我(われ)自(おのずか)ら兄弟(きょうだい)の手(て)を動(うご)かす有(あ)り。只(た)だ請(こ)う、托塔天王(たくとうてんおう)我(われ)と箇(ひとつ)の照妖鏡(しょうようきょう)を使(つか)い、空中(くうちゅう)に住(とど)まり立(た)てよ。恐(おそ)らくは他(かれ)一時(ひととき)陣(じん)を敗(やぶ)りて、他方(たほう=他所)に逃竄(とうざん=逃げかくれ)せん、切(かなら)ず須(すべから)く我(われ)と照耀(しょうよう=照らし)し明白(めいはく)ならしめ、他(かれ)を走(に)がすこと勿(な)かれ」と。天王(てんおう)各(おのおの)四維(しい=四隅)に居(きょ)し、衆天兵(しゅうてんぺい)各(おのおの)挨(おし)け排(なら)びて陣(じん)を列(つら)ね去(さ)り訖(おわ)る。此(こ)の真君(しんくん)四太尉(したいじょう)・二将軍(にしょうぐん)を領(ひき)い、本身(ほんしん=自分)を連(つら)ねて七兄弟(しちきょうだい)、営(えい)を出(い)でて挑戦(ちょうせん)し;衆将(しゅうしょう)に分付(ふんぷ=言付け)して、緊(きつ)く営盤(えいばん=陣営)を守(まも)り、鷹犬(ようけん=鷹と犬)を収(おさ)め全(まった)うせしむ。衆草頭神(しゅうそうとうしん)令(れい)を得(え)て、真君(しんくん)只(た)だ那(か)の水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に到(いた)れば、那(か)の一群(ひとむれ)の猴(さる)の、斉斉整整(せいせいせいせい=きちんと揃い)、排(なら)びて箇(ひとつ)の蟠龍陣勢(ばんりゅうじんぜい=龍のとぐろの陣)を作(な)せるを見(み)る;中軍(ちゅうぐん)の裡(うち)に、一竿(ひとさお)の旗(はた)を立(た)て、上(うえ)に「斉天大聖(せいてんたいせい)」の四字(よんじ)を書(か)けり。真君(しんくん)曰(いわ)く、「那(か)の潑猴(はつこう=暴れ猿)め、怎(いか)でか斉天(せいてん)の職(しょく)を称(とな)うるに起(た)き得(う)る」と。梅山六弟(ばいざんろくてい)曰(いわ)く、「且(しばら)く讃嘆(さんたん=感心)するを休(や)め、戦(いくさ)を叫(よ)ばんに去(ゆ)き来(きた)れ」と。那(か)の営口(えいこう=陣の口)の小猴(しょうこう)真君(しんくん)を見(み)て、急(いそ)ぎ走(はし)り去(さ)りて報(ほう)じ知(し)らしむ。那(か)の猴王(こうおう)即(すなわ)ち金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げ、黄金甲(おうごんこう=黄金の鎧)を整(ととの)え、歩雲履(ほうんり=雲を踏む靴)を登(いただ)き、紫金冠(しきんかん=紫金の冠)を一(ひと)按(おさ)え按(おさ)えし、騰(のぼ)りて営門(えいもん)を出(い)で、急(いそ)ぎ眼(め)を睜(ひら)きて観看(かんがん)すれば、那(か)の真君(しんくん)の相貌(そうぼう)は、果(はた)して是(こ)れ清奇(せいき=清らかに風変わり)に、打扮(よそおい)又(また)秀気(しゅうき=すらりと優美)なり。真(まこと)に是(こ)れ箇(ひとつ)の: 儀容(ぎよう=姿かたち)清秀(せいしゅう)にして貌堂堂(ぼうどうどう=堂々たる)、両耳(りょうじ)肩(かた)に垂(た)れて目(め)に光(ひかり)有(あ)り。 頭(こうべ)に戴(いただ)くは三山飛鳳帽(さんざんひほうぼう)、身(み)に穿(き)るは一領(ひとえ)の淡鵞黄(たんがおう=淡き鵞鳥色)。 縷金(るきん=金糸)の靴(くつ)に盤龍袜(ばんりゅうべつ=龍の絡む足袋)を襯(あてが)い、玉帯(ぎょくたい)団花(だんか=丸い花)八宝(はっぽう)の妝(よそお)い。 腰(こし)に挎(か)くるは弾弓(だんきゅう=弾き弓)新月(しんげつ)の様(さま)、手(て)に執(と)るは三尖両刃槍(さんせんりょうじんそう)。 斧(おの)もて桃山(とうざん)を劈(つんざ)きて曾(かつ)て母(はは)を救(すく)い、弾(たま)もて棕羅(しゅら=棕櫚)の双鳳凰(そうほうおう)を打(う)てり。 力(ちから)もて八怪(はっかい)を誅(ちゅう)して声名(せいめい)遠(とお)く、義(ぎ)もて梅山(ばいざん)に結(むす)びて七聖(しちせい)の行(こう=仲間)。 心(こころ)高(たか)うして天家(てんか=天の御家)の眷(けん=縁者)を認(みと)めず、性(しょう)傲(おご)りて神(しん)に帰(き)して灌江(かんこう)に住(じゅう)す。 赤城(せきじょう)昭恵(しょうけい)英霊聖(えいれいせい)、顕化(けんげ)無辺(むへん)にして号(ごう)して二郎(じろう)と曰(い)う。 大聖(たいせい)見(み)て、笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として、金箍棒(きんこぼう)を将(も)ちて掣(ひっさ)げ起(おこ)し、高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何方(いずこ)の小将(しょうしょう)なる、輒(すなわ)ち敢(あ)えて大胆(だいたん)にも此(ここ)に到(いた)りて挑戦(ちょうせん)するや」と。真君(しんくん)喝(かつ)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)が此(こ)の厮(やつ)は眼(め)有(あ)りて珠(たま=瞳)無(な)く、我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか!吾(われ)は乃(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)の外甥(がいせい=甥)、勅封(ちょくふう)の昭恵霊王(しょうけいれいおう)二郎(じろう)是(こ)れなり。今(いま)上命(じょうめい)を蒙(こうむ)り、此(ここ)に到(いた)りて汝(なんじ)が此(こ)の天宮(てんぐう)に反(そむ)くるの弼馬温(ひつばおん)の猢猻(こしん=猿)を擒(とら)えんとす、汝(なんじ)還(ま)た死活(しかつ=命の程)を知(し)らざるか!」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「我(われ)記(き=覚え)す、玉帝(ぎょくてい)が妹子(いもうと)の凡(ぼん=俗界)を思(おも)いて下界(げかい)に下(くだ)り、楊君(ようくん)と配合(はいごう=夫婦とな)り、一男子(いちだんし=男の子)を生(う)み、曾(かつ)て斧(おの)をして桃山(とうざん)を劈(つんざ)かしめたるは、是(こ)れ汝(なんじ)なるか?我(われ)行(ゆ)かんと欲(ほっ)して汝(なんじ)を幾声(いくこえ)か罵(ののし)れど、曾(かつ)て甚(なん)の冤仇(えんきゅう=恨み)も無(な)きに奈(せんかたな)く、汝(なんじ)を一棒(いっぽう)打(う)たんと要(よう)すれば、汝(なんじ)の性命(せいめい)を惜(おし)む可(べ)し。汝(なんじ)が此(こ)の郎君(ろうくん=若造)小輩(しょうはい=小者)は、可(べ)く急急(いそい)で回(かえ)り去(さ)り、汝(なんじ)が四大天王(しだいてんおう)を喚(よ)びて出(いだ)せ」と。真君(しんくん)言(げん)を聞(き)きて、心(こころ)の中(うち)に大(おお)いに怒(いか)りて曰(いわ)く、「潑猴(はつこう)め!無礼(ぶれい)なるを得(え)ん!吾(われ)が一刀(いっとう)を食(くら)え!」と。大聖(たいせい)身(み)を側(そばだ)てて避(よ)け過(す)ぎ、疾(すみや)かに金箍棒(きんこぼう)を挙(あ)げ、手(て)を劈(つんざ)いて相(あい)還(かえ)す。彼(かれ)両箇(ふたり)の此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな殺(いくさ): 昭恵(しょうけい)の二郎神(じろうしん)、斉天(せいてん)の孫大聖(そんたいせい)、 此(こ)の箇(ひとつ)は心(こころ)高(たか)く敵(てき)を欺(あざむ)く美猴王(びこうおう)、那(か)の箇(ひとつ)は面(おもて)生(な)れて真梁棟(しんりょうとう=真の棟木)を圧伏(おうふく=押し伏す)。 両箇(ふたり)乍(にはか)に相逢(あいあ)い、各人(おのおの)皆(みな)賭(かけ)に興(きょう=興ず)。 従(よ)り来(きた)る未(いま)だ浅(あさ)きと深(ふか)きとを識(し)らざりしが、今日(こんにち)方(はじ)めて軽(かる)きと重(おも)きとを知(し)る。 鉄棒(てつぼう)は飛龍(ひりゅう)に賽(まさ)り、神鋒(しんぽう=神の刃)は舞鳳(ぶほう=舞う鳳)の如(ごと)し。 左(ひだり)を擋(ふせ)ぎ右(みぎ)を攻(せ)め、前(まえ)に迎(むか)え後(うしろ)に映(てら)す。 此(こ)の陣上(じんじょう)梅山六弟(ばいざんろくてい)威風(いふう)を助(たす)け、那(か)の陣上(じんじょう)馬流四将(まりゅうししょう)軍令(ぐんれい)を伝(つた)う。 旗(はた)を揺(ゆす)り鼓(つづみ)を擂(うち)て各(おのおの)心(こころ)を斉(ととの)え、喊(とき)を挙(あ)げ鑼(ら=鉦)を篩(ふる)いて都(みな)興(きょう)を助(たす)く。 両箇(ふたり)の鋼刀(こうとう=鋼の刀)見機(けんき=機を見る)有(あ)り、一来一往(いちらいいちおう)に糸(いと)の縫(ぬいめ)も無(な)し。 金箍棒(きんこぼう)は是(こ)れ海中(かいちゅう)の珍(ちん=宝)、変化飛騰(へんげひとう)して能(よ)く勝(か)つを取(と)る。 若(も)し還(ま)た身(み)慢(おそ)ければ命(いのち)該(まさ)に休(や)むべく、但(た)だ差池(さち=しくじり)を要(よう)すれば蹭蹬(そうとう=つまずき)と為(な)る。 真君(しんくん)大聖(たいせい)と闘(たたか)うこと三百余合(さんびゃくよごう)を経(へ)るに、勝負(しょうぶ)を知(し)らず。那(か)の真君(しんくん)神威(しんい)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、身(み)の高(たか)きこと万丈(ばんじょう)に変(へん)じ得(う)、両隻(ふたつ)の手(て)には、三尖両刃(さんせんりょうじん)の神鋒(しんぽう)を挙(あ)げ持(も)ち、好(よ)きかな便(すなわ)ち華山(かざん)の頂上(ちょうじょう)の峰(みね)に似(に)て、青臉(せいれん=青き顔)獠牙(りょうが=牙むき出し)、朱紅(しゅこう=朱赤)の頭髪(とうはつ)、悪狠狠(あくごんごん=凄まじき)くして、大聖(たいせい)を望(のぞ)みて頭(こうべ)に向(むか)いて就(すなわ)ち砍(き)る。此(こ)の大聖(たいせい)も也(ま)た神通(じんつう)を使(つか)い、二郎(じろう)と身躯(しんく=体躯)を一様(ひとよう)に、嘴臉(しれん=顔つき)を一般(ひとよう)に変(へん)じ得(う)、一條(ひとふり)の如意金箍棒(にょいきんこぼう)を挙(あ)ぐれば、却(かえ)って就(すなわ)ち是(こ)れ崑崙(こんろん)の頂上(ちょうじょう)の擎天(けいてん=天を支う)の柱(はしら)、二郎神(じろうしん)を抵(ふせ)ぎ住(とど)め、唬(おど)ろかされて那(か)の馬(ば)・流(りゅう)の元帥(げんすい)、戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として、旌旗(せいき)を揺(ゆす)ることを得(え)ず;崩(ほう)・巴(は)の二将(にしょう)、虚怯怯(きょきょうきょう=おびえ)て、刀剣(とうけん)を使(つか)うことを得(え)ず。此(こ)の陣上(じんじょう)には、康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)・郭申(かくしん)・直健(ちょっけん)、号令(ごうれい)を伝(つた)え、草頭神(そうとうしん)を撒放(さっぱな=放ち散ら)し、他(かれ)が那(か)の水簾洞(すいれんどう)の外(そと)へ向(むか)いて、鷹犬(ようけん)を縦(ほしいまま)にし、弩(ど)を搭(かま)え弓(ゆみ)を張(は)り、一斉(いっせい)に掩殺(えんさつ=討ってかかる)。憐(あわ)れむ可(べ)し妖猴(ようこう)の四健将(しけんしょう)を衝(つ)き散(ち)らし、霊怪(れいかい)二三千(にさんぜん)を捉拿(とらえとる)!那(か)の猴(さる)どもは、戈(ほこ)を抛(なげう)ち甲(よろい)を棄(す)て、剣(けん)を撇(す)て槍(やり)を抛(なげう)ち;跑(はし)るは跑(はし)り、喊(さけ)ぶは喊(さけ)ぶ;山(やま)に上(のぼ)るは山(やま)に上(のぼ)り、洞(ほら)に帰(かえ)るは洞(ほら)に帰(かえ)る;好(よ)く似(に)たるは夜猫(よま=ふくろう)が宿鳥(しゅくちょう=寝所の鳥)を驚(おどろ)かし、飛(と)び洒(そそ)いで満天(まんてん)の星(ほし)の如(ごと)し。衆兄弟(しゅうきょうだい)勝(か)ちを得(え)たるは題(だい)せず。 却(さ)て説(つ)ぐ、真君(しんくん)と大聖(たいせい)の法天象地(ほうてんしょうち=法は天に象り地に象る)の規模(きぼ)に変(へん)じたるが、正(まさ)に闘(たたか)う時(とき)、大聖(たいせい)忽(たちま)ち本営(ほんえい)の裡(うち)に妖猴(ようこう)の驚(おどろ)き散(ち)るを見(み)、自(みずか)ら心慌(しんこう=心騒ぐ)を覚(おぼ)え、法像(ほうぞう=大身の形)を収(おさ)め、棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて身(み)を抽(ぬ)きて就(すなわ)ち走(に)ぐ。真君(しんくん)他(かれ)が敗(やぶ)れて走(に)ぐるを見(み)て、大歩(たいほ=大股)に赶(お)いつきて曰(いわ)く、「那(いずこ)へ走(はし)る?早(はや)きに趁(つ)けて帰降(きこう=降伏)せば、汝(なんじ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)さん!」と。大聖(たいせい)戦(たたか)いを恋(こい)せず、只(た)だ情(ひたすら)に跑(はし)り起(おこ)る。洞(ほら)の口(くち)に将近(ちかづ)けば、正(まさ)に康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)の四太尉(したいじょう)、郭申(かくしん)・直健(ちょっけん)の二将軍(にしょうぐん)に撞(ぶつ)かり、一斉(いっせい)に衆(しゅう)を帥(ひき)いて擋(ふせ)ぎ住(とど)めて曰(いわ)く、「潑猴(はつこう)め!那(いずこ)へ走(はし)る!」と。大聖(たいせい)慌(あわ)てて手(て)脚(あし)をやり、就(すなわ)ち金箍棒(きんこぼう)を把(と)って繍花針(しゅうかしん=刺繍針)に捏(ひね)り做(な)し、耳(みみ)の内(うち)に蔵(かく)し、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて箇(ひとつ)の麻雀児(すずめ)と作(な)り、樹梢頭(こずえ)に飛(と)びて釘(とど)まり住(とど)まる。那(か)の六兄弟(ろくきょうだい)、慌慌張張(こうこうちょうちょう=あたふた)と、前後(ぜんご)に尋覓(じんべき=探し求)むるに見(み)えず、一斉(いっせい)に吆喝(ようかつ=わめき)して曰(いわ)く、「此(こ)の猴精(こうせい)を走(に)がし了(おわ)れり!此(こ)の猴精(こうせい)を走(に)がし了(おわ)れり!」と。 正(まさ)に嚷(わめ)く処(ところ)、真君(しんくん)到(いた)り、問(と)うて曰(いわ)く、「兄弟(きょうだい)たち、赶(お)いつきて那(いず)れの廂(ほとり)に見(み)えずなりしや」と。衆神(しゅうしん)曰(いわ)く、「才(さい=たったいま)此(ここ)に在(あ)りて囲(かこ)み住(とど)めたるに、就(すなわ)ち見(み)えずなりぬ」と。二郎(じろう)鳳目(ほうもく=鳳凰の眼)を円(まろ)く睜(ひら)いて観看(かんがん)すれば、大聖(たいせい)の変(へん)じて麻雀児(すずめ)と成(な)り、樹(き)の上(うえ)に釘(とど)まるを見(み)るや、就(すなわ)ち法象(ほうぞう)を収(おさ)め、神鋒(しんぽう)を撇(す)て、弾弓(だんきゅう)を卸(おろ)し下(くだ)し、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて箇(ひとつ)の雀鷹児(はいたか)と作(な)り、翅(つばさ)を抖(はら)い開(ひら)き、飛(と)び去(ゆ)きて撲(おそ)い打(う)たんとす。大聖(たいせい)見(み)て、捜(そう=さっと)の一声(ひとこえ)に一翅(ひとつばさ)に飛(と)び起(おこ)り去(さ)り、変(へん)じて一隻(ひとつの)大鷀老(だいじろう=大きな鵜)と作(な)り、天(てん)を衝(つ)いて去(さ)る。二郎(じろう)見(み)て、急(いそ)ぎ翎毛(れいもう=羽根)を抖(はら)い、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一隻(ひとつの)大海鶴(だいかいかく=大きな鶴)と作(な)り、雲霄(うんしょう=雲の空)に鑽(もぐ)り上(のぼ)り来(きた)って嗛(ついば)まんとす。大聖(たいせい)又(また)身(み)を将(も)ちて按(おさ)え下(くだ)し、澗(たに)の中(なか)に入(い)り、変(へん)じて一箇(ひとつの)魚児(うお)と作(な)り、水(みず)の内(うち)に淬(ひた)り入(い)る。二郎(じろう)赶(お)いつきて澗辺(かんぺん=谷のほとり)に至(いた)るに、踪迹(しょうせき=跡)を見(み)ず。心(こころ)の裡(うち)に暗(ひそ)かに想(おも)って曰(いわ)く、「此(こ)の猢猻(こしん)必(かなら)ずや水(みず)の裡(うち)に下(くだ)り去(さ)りて、定(かなら)ず魚蝦(ぎょか=魚や蝦)の類(たぐい)に変(へん)ずるならん。我(われ)が再(ふたた)び変(へん)じ変(へん)じて他(かれ)を拿(とら)うるを待(ま)て」と。果(はた)して一変(ひとへん)じて箇(ひとつ)の魚鷹児(うみわし)に変(へん)じ得(え)、下溜頭(かりゅうとう=流れの下の方)の波面(なみも=波の上)に飄蕩(ひょうとう=漂い)て、片時(しばらく)を等待(たい=待つ)。那(か)の大聖(たいせい)魚児(うお)に変(へん)じ、水(みず)に順(したが)って正(まさ)に游(およ)ぐに、忽(たちま)ち一隻(ひとつ)の飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)の、青鷂(せいよう=青きはしたか)に似(に)たれど毛片(もうへん=羽毛)青(あお)からず;鷺鶿(ろさ=白鷺)に似(に)たれど頂上(ちょうじょう)に纓(えい=房飾り)無(な)く;老鸛(ろうかん=大きなこうのとり)に似(に)たれど腿(あし)又(また)紅(あか)からざるを見(み)る。「想(おも)うに是(こ)れ二郎(じろう)の変化(へんげ)して我(われ)を待(ま)つなり!」と。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を転(てん)じ、一箇(ひとつ)の花(はな=波紋)を打(う)ちて就(すなわ)ち走(に)ぐ。二郎(じろう)看(み)て曰(いわ)く、「花(はな)を打(う)つ魚児(うお)の、鯉魚(りぎょ=鯉)に似(に)たれど尾巴(びば=尾鰭)紅(あか)からず;鱖魚(けつぎょ=鮭のような魚)に似(に)たれど花鱗(かりん=斑の鱗)見(み)えず;黒魚(こくぎょ=黒き魚)に似(に)たれど頭上(ずじょう)に星(ほし)無(な)く;魴魚(ほうぎょ=鯛に似た魚)に似(に)たれど鰓上(さいじょう=えらの上)に針(はり)無(な)し。他(かれ)怎(なん)で我(われ)を見(み)るや回(かえ)り去(さ)れる?必(かなら)ず是(こ)れ那(か)の猴(さる)の変(へん)ぜしなり」と。赶(お)いつき上(のぼ)り、刷(さっ)と一嘴(ひとくち)啄(ついば)む。那(か)の大聖(たいせい)就(すなわ)ち水(みず)の中(なか)より攛(とびだ)し出(いで)、一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一條(ひとすじ)の水蛇(みずへび)と作(な)り、岸(きし)に游(およ)ぎ近(ちか)づき、草(くさ)の中(なか)に鑽(もぐ)り入(い)る。二郎(じろう)他(かれ)を嗛(ついば)むこと着(つ)かざりしが、他(かれ)水響(すいきょう=水の音)の裡(うち)に、一條(ひとすじ)の蛇(へび)の攛(とびだ)し去(さ)るを見(み)、大聖(たいせい)なるを認(みと)め、急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)じ、又(また)一隻(ひとつの)朱繍頂(しゅしゅうちょう=朱の刺繍の頂)の灰鶴(はいかく=灰色の鶴)に変(へん)じ、一箇(ひとつ)の長(なが)き嘴(くちばし)を伸(の)ばし、一把(ひとふり)の尖頭鉄鉗子(せんとうてっかんし=先の尖った鉄の鋏)と相似(あいに)たるを以(もっ)て、径(ただ)ちに来(きた)りて此(こ)の水蛇(みずへび)を食(くら)わんとす。水蛇(みずへび)一(ひと)跳(はね)し、又(また)変(へん)じて一隻(ひとつの)花鴇(かほう=まだらの鳥)と做(な)り、木木樗樗(ぼくぼくちょちょ=ぼんやりと)として、蓼汀(りょうてい=蓼の生える洲)の上(うえ)に立(た)つ。二郎(じろう)他(かれ)の変(へん)じて低賤(ていせん=卑しき)なるを見(み)る——花鴇(かほう)は乃(すなわ)ち鳥(とり)の中(うち)の至(きわ)めて賎(いや)しく至(きわ)めて淫(いん=みだら)なる物(もの)にして、鸞(らん)・鳳(ほう)・鷹(たか)・鴉(からす)をも拘(かかわ)らず都(みな)与(とも)に交群(こうぐん=群れ交わる)——故(ゆえ)に此(ここ)に去(ゆ)きて攏傍(ろうぼう=近づく)せず、即(すなわ)ち原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し、走(はし)り去(ゆ)きて、弾弓(だんきゅう)を取(と)り過(す)ぎて満(み)ちるまで引(ひ)き絞(しぼ)り、一弾子(ひとつぶて=一つの弾)を以(もっ)て他(かれ)を打(う)ちて箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=よろめき)と為(な)せり。 那(か)の大聖(たいせい)機会(きかい)に趁(つ)け、山崖(さんがい=崖)を滚(ころが)り下(くだ)り、那(か)の裡(うち)に伏(ふ)して又(また)変(へん)じ、一(ひとつ)の土地廟児(どじょうびょう=土地神の祠)に変(へん)じ、大(おお)いに口(くち)を張(は)り開(ひら)いて、箇(ひとつ)の廟門(びょうもん=祠の門)に似(に)せ、歯(は)を変(へん)じて門扇(もんせん=扉)と做(な)し、舌(した)を変(へん)じて菩薩(ぼさつ=仏像)と做(な)し、眼(め)を変(へん)じて窓櫺(そうれい=格子窓)と做(な)す。只(た)だ尾巴(びば=尻尾)のみ好(よ)く收拾(しゅうしゅう=始末)せず、後(うしろ)に竪(た)て、変(へん)じて一根(ひとふり)の旗竿(はたざお)と做(な)す。真君(しんくん)赶(お)いつきて崖下(がいか=崖の下)に到(いた)るに、打(う)ち倒(たお)されたる鴇鳥(ほうちょう=まだらの鳥)を見(み)ず、只(た)だ一間(ひとま)の小廟(こびょう)有(あ)るのみ;急(いそ)ぎ鳳眼(ほうがん=鳳の眼)を睜(ひら)き、仔細(しさい)に之(これ)を看(み)るに、旗竿(はたざお)の後(うしろ)に竪(た)てるを見(み)、笑(わら)って曰(いわ)く、「是(こ)れ此(こ)の猢猻(こしん)なり!他(かれ)今(いま)又(また)那(か)の裡(うち)に在(あ)りて我(われ)を哄(たぶらか)す。我(われ)も也(ま)た曾(かつ)て廟宇(びょうう=社)を見(み)たれど、更(さら)に曾(かつ)て一箇(ひとつ)の旗竿(はたざお)の後(うしろ)に竪(た)てるを見(み)ず。断(かなら)ず是(こ)れ此(こ)の畜生(ちくしょう)の弄喧(ろうけん=悪戯)なり!他(かれ)若(も)し我(われ)を哄(たぶらか)して進(すす)み入(い)らしめなば、他(かれ)便(すなわ)ち一口(ひとくち)に咬(か)み住(とど)めん。我(われ)怎(いか)でか肯(あ)えて進(すす)み入(い)らん?我(われ)が拳(こぶし)を掣(ひっさ)げて先(ま)ず窓櫺(そうれい)を搗(つ)き、後(のち)に門扇(もんせん)を踢(け)るを待(ま)て!」と。大聖(たいせい)聴(き)き得(え)て、心(こころ)驚(おどろ)いて曰(いわ)く、「好(よ)き狠(きつ)きかな!好(よ)き狠(きつ)きかな!門扇(もんせん)は是(こ)れ我(われ)が歯(は)なり、窓櫺(そうれい)は是(こ)れ我(われ)が眼(め)なり。若(も)し牙(きば)を打(う)たれ、眼(め)を搗(つ)かれなば、却(かえ)って怎(いか)に生(しょう)じてか好(よ)からん?」と。撲(ぽん)の一声(ひとこえ)に一箇(ひとつ)の虎跳(とらとび=虎の如き跳躍)にて、又(また)空中(くうちゅう)に冒(おど)り出(いで)て見(み)えず。 真君(しんくん)前前後後(ぜんぜんごご)と乱(みだ)りに赶(お)うに、只(た)だ四太尉(したいじょう)・二将軍(にしょうぐん)の斉(ひとしく)擁(おしよ)せて至(いた)りて曰(いわ)く、「兄長(けいちょう=兄貴)よ、大聖(たいせい)を拿(とら)え住(とど)めたるか」とを見(み)る。真君(しんくん)笑(わら)って曰(いわ)く、「那(か)の猴児(こうじ=猿め)才(さい=たったいま)一(ひとつ)の廟宇(びょうう=社)を変(へん)じて我(われ)を哄(たぶらか)せり。我(われ)正(まさ)に他(かれ)が窓櫺(そうれい)を搗(つ)き、他(かれ)が門扇(もんせん)を踢(け)らんとせしに、他(かれ)は就(すなわ)ち一(ひと)縦(おどり)し、又(また)渺(びょう=かすか)として踪迹(しょうせき)無(な)し。怪(あやし)む可(べ)し!怪(あやし)む可(べ)し!」と。衆(しゅう)皆(みな)愕然(がくぜん=呆れ)とし、四望(しぼう=四方を見る)するに更(さら)に形影(けいえい=姿)無(な)し。真君(しんくん)曰(いわ)く、「兄弟(きょうだい)たち此(ここ)に在(あ)りて看守(かんしゅ)し巡邏(じゅんら=巡回)せよ、我(われ)が上(のぼ)り去(ゆ)きて他(かれ)を尋(たず)ぬるを待(ま)て」と。即(すなわ)ち身(み)を縦(はな)ちて雲(くも)を駕(が)し、半空(はんくう)に起(た)つ。那(か)の李天王(りてんおう)の高(たか)く照妖鏡(しょうようきょう)を擎(ささ)げ、哪吒(なた)と雲端(うんたん=雲の端)に住(とど)まり立(た)つを見(み)る、真君(しんくん)曰(いわ)く、「天王(てんおう)よ、曾(かつ)て那(か)の猴王(こうおう)を見(み)たるや」と。天王(てんおう)曰(いわ)く、「曾(かつ)て上(のぼ)り来(きた)らず。我(われ)此(ここ)に在(あ)りて他(かれ)を照(てら)すなり」と。真君(しんくん)那(か)の変化(へんげ)を睹(み)せし、神通(じんつう)を弄(ろう)し、群猴(ぐんこう)を拿(とら)えし一事(いちじ)を説(と)き畢(おわ)り、却(かえ)って曰(いわ)く、「他(かれ)廟宇(びょうう)に変(へん)じ、正(まさ)に打(う)つ処(ところ)にて、就(すなわ)ち走(に)げたり」と。李天王(りてんおう)言(げん)を聞(き)きて、又(また)照妖鏡(しょうようきょう)を把(と)って四方(しほう)を一(ひと)照(てら)し、呵呵(かか)と笑(わら)って曰(いわ)く、「真君(しんくん)よ、快(すみや)かに去(ゆ)け!快(すみや)かに去(ゆ)け!那(か)の猴(さる)箇(ひとつ)の隠身法(いんしんぽう=姿を隠す術)を使(つか)い、営囲(えいい=陣を包む囲み)を走(に)げ出(いで)、汝(なんじ)が那(か)の灌江口(かんこうこう)に去(ゆ)けり」と。二郎(じろう)説(い)うを聴(き)きて、即(すなわ)ち神鋒(しんぽう)を取(と)り、灌江口(かんこうこう)に回(かえ)りて赶(お)い来(きた)る。 却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の大聖(たいせい)已(すで)に灌江口(かんこうこう)に至(いた)り、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて二郎爺爺(じろうじいじい=二郎様)の模様(さま)と作(な)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(くだ)し、径(ただ)ちに廟(びょう)の裡(うち)に入(い)る。鬼判(きはん)相認(あいみとめ)ること能(あた)わず、一箇一箇(めいめい)磕頭(こうとう=額づき)して迎接(げいせつ)す。他(かれ)中間(ちゅうかん=真ん中)に坐(ざ)し、香火(こうか=供物)を点査(てんさ=調べる):李虎(りこ)の拜還(はいかん=願ほどき)の三牲(さんせい=牛・羊・豚)、張龍(ちょうりゅう)の許下(きょか=願掛け)の保福(ほふく=福を祈る願)、趙甲(ちょうこう)の子(こ)を求(もと)むるの文書(ぶんしょ)、銭丙(せんへい)の病(やまい)を告(つ)ぐるの良願(りょうがん=良い願い)を見(み)る。正(まさ)に看(み)る処(ところ)、人有(ひと)りて報(ほう)じて曰(いわ)く、「又(また)一箇(ひとり)の爺爺(じいじい)来(きた)れり」と。衆鬼判(しゅうきはん)急急(いそい)そぎ観看(かんがん)して、驚心(きょうしん=肝を冷やす)せざる無(な)し。真君(しんくん)却(かえ)って曰(いわ)く、「箇(ひとつ)の甚(なん)の斉天大聖(せいてんたいせい)の、才(さい)に此(ここ)に来(きた)れる有(あ)りしや」と。衆鬼判(しゅうきはん)曰(いわ)く、「曾(かつ)て甚(なん)の大聖(たいせい)をも見(み)ず、只(た)だ一箇(ひとり)の爺爺(じいじい)の裡(うち)に在(あ)りて点検(てんけん=調べ)せる有(あ)るのみ」と。真君(しんくん)門(もん)を撞(つ)き入(い)れば、大聖(たいせい)見(み)て、本相(ほんぞう)を現(あらわ)して曰(いわ)く、「郎君(ろうくん)よ嚷(わめ)くを消(よう=要さ)ず、廟宇(びょうう)は已(すで)に孫(そん)に姓(せい)し了(おわ)れり」と。此(こ)の真君(しんくん)即(すなわ)ち三尖両刃(さんせんりょうじん)の神鋒(しんぽう)を挙(あ)げ、臉(かお)を劈(つんざ)いて就(すなわ)ち砍(き)る。那(か)の猴王(こうおう)箇(ひとつ)の身法(しんぽう=身のこなし)を使(つか)い、神鋒(しんぽう)を譲(ゆず)り過(す)ぎ、那(か)の繍花針児(しゅうかしん=刺繍針)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、一(ひと)幌(ひるがえ)し幌(ひるがえ)して、碗来(わんらい=茶碗ほど)の粗(あら)さ細(ほそ)さに、前(まえ)に赶(おい)つき、面(おもて)に対(たい)して相(あい)還(かえ)す。両箇(ふたり)嚷嚷鬧鬧(じょうじょうどうどう=わめき騒ぎ)、打(う)ちて廟門(びょうもん)を出(い)で、半霧半雲(はんむはんうん=半ば霧に半ば雲)にて、且(かつ)行(ゆ)き且(かつ)戦(たたか)い、復(ま)た花果山(かかざん)に打(う)ち到(いた)り、慌(あわ)てて那(か)の四大天王(しだいてんおう)等(ら)の衆(しゅう)をして、提防(ていぼう=警戒)を愈(いよいよ)緊(きつ)からしむ。此(こ)の康(こう)・張(ちょう)太尉(たいじょう)等(ら)真君(しんくん)を迎(むか)え、力(ちから)を合(あわ)せ努(つと)め、那(か)の美猴王(びこうおう)を把(と)って囲繞(いにょう=取り囲む)ことは題(だい)せず。 話(はな)し表(しめ)す、大力鬼王(たいりききおう)既(すで)に真君(しんくん)と六兄弟(ろくきょうだい)を調(ちょう)して兵(へい)を提(と)り魔(ま)を擒(とら)えに去(ゆ)かしめ了(おわ)りて、却(かえ)って上界(じょうかい)に回奏(かいそう=復命)す。玉帝(ぎょくてい)と観音菩薩(かんのんぼさつ)・王母(おうぼ)并(ならび)に衆仙卿(しゅうせんけい)、正(まさ)に霊霄殿(れいしょうでん)に在(あ)りて講話(こうわ=話す)せるに、曰(いわ)く、「既(すで)に是(こ)れ二郎(じろう)已(すで)に去(ゆ)きて戦(いくさ)に赴(おもむ)けり、此(こ)の一日(いちにち)還(ま)た回報(かいほう)を見(み)ず」と。観音(かんのん)掌(てのひら)を合(がっ)して曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)陛下(へいか)と道祖(どうそ=老子)に請(こ)うて南天門(なんてんもん)の外(そと)に出(い)で、親(みずか)ら去(ゆ)きて虚実(きょじつ=実の程)の如何(いかん)を看(み)んことを」と。玉帝(ぎょくてい)曰(いわ)く、「言(げん)の理(ことわり)有(あ)る」と。即(すなわ)ち駕(が=輿)を擺(なら)べ、道祖(どうそ)・観音(かんのん)・王母(おうぼ)と衆仙卿(しゅうせんけい)を同(とも)にして南天門(なんてんもん)に至(いた)る。早(は)や些(いささか)の天丁(てんてい)・力士(りきし)の接(むか)えて、門(もん)を開(ひら)きて遥(はる)かに観(み)るに、只(た)だ衆天丁(しゅうてんてい)の羅網(らもう)を布(し)き、四面(しめん)を囲(かこ)み住(とど)め;李天王(りてんおう)と哪吒(なた)の、照妖鏡(しょうようきょう)を掣(ひっさ)げ、空中(くうちゅう)に立(た)ち;真君(しんくん)大聖(たいせい)を把(と)って中間(ちゅうかん)に囲繞(いにょう)し、紛紛(ふんふん)として変化(へんげ)を賭(か)け闘(たたか)えるを見(み)る。菩薩(ぼさつ)口(くち)を開(ひら)きて老君(ろうくん)に対(たい)して曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)の挙(あ)げし二郎神(じろうしん)はいかん?果(はた)して神通(じんつう)有(あ)りて、已(すで)に那(か)の大聖(たいせい)を囲困(いこん=囲み込め)り、只(た)だ是(こ)れ未(いま)だ擒拿(きんど=擒え捕らう)を得(え)ず。我(われ)如今(いま)他(かれ)に一功(いっこう)を助(たす)けん、決(けっ)して他(かれ)も拿(とら)え住(とど)めん」と。老君(ろうくん)曰(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)は甚(なん)の兵器(へいき)を将(も)ちて、怎(いか)にして他(かれ)を助(たす)くるや」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「我(われ)那(か)の浄瓶(じょうへい=清き瓶)楊柳(ようりゅう)を将(も)ちて下(くだ)し抛(なげう)て、那(か)の猴頭(さる)を打(う)たん;即(すなわ)ち打(う)ち死(ころ)すことを得(え)ずとも、也(ま)た一(ひと)跌(つまずき)を打(う)て、二郎小聖(じろうしょうせい)をして、好(よ)く去(ゆ)きて他(かれ)を拿(とら)えしめん」と。老君(ろうくん)曰(いわ)く、「汝(なんじ)が此(こ)の瓶(へい)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の磁器(じき=陶器)なるに、准(まさ)に他(かれ)の頭(こうべ)を打(う)つに着(つ)けば便(すなわ)ち好(よ)し、如(も)し他(かれ)が頭(こうべ)を打(う)たずんば、或(あるい)は撞(あた)りて他(かれ)が鉄棒(てつぼう)に着(つ)かば、却(かえ)って打(う)ち砕(くだ)かざらんや?汝(なんじ)且(しばら)く手(て)を動(うご)かすこと莫(な)かれ、我(われ)が老君(ろうくん)他(かれ)に一功(いっこう)を助(たす)くるを待(ま)て」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)に何(なん)の兵器(へいき)有(あ)るか」と。老君(ろうくん)曰(いわ)く、「有(あ)り、有(あ)り、有(あ)り」と。衣袖(いしゅう=袖)を捋(まく)り上(あ)げ、左膊(さはく=左腕)の上(うえ)より、一箇(ひとつ)の圈子(かんし=輪)を取(と)り下(くだ)し、説(と)いて曰(いわ)く、「此(こ)の件(ひとつ)の兵器(へいき)は、乃(すなわ)ち錕鋼(こんこう=良質の鋼)を摶煉(たんれん=鍛え練)れるを、我(われ)の還丹(げんたん=丹薬)を将(も)ちて点成(てんせい=点じて成)し、一身(いっしん)の霊気(れいき)を養(やしな)い就(な)し、善(よ)く能(よ)く変化(へんげ)し、水火(すいか)侵(おか)さず、又(また)能(よ)く諸物(しょぶつ=諸の物)を套(からめと)る;一名(いちめい)ば『金鋼琢(こんごうたく=金剛の輪)』、又(また)名(なづ)けて『金鋼套(こんごうとう=金剛の套)』と曰(い)う。当年(とうねん)函関(かんかん=函谷関)を過(す)ぎしに、胡(こ=胡人)を化(け)して仏(ほとけ)と為(な)せしこと、甚(はなは)だ是(こ)れ他(かれ)に虧(おう=負う)ところ多(おお)し。早晩(ちょうばん=常々)最(もっと)も身(み)を防(ふせ)ぐ可(べ)し。我(われ)が下(くだ)し抛(なげう)て他(かれ)を打(う)つ一下(ひとつ)を待(ま)て」と。話(はな)し畢(おわ)りて、天門(てんもん)の上(うえ)より下(くだ)に向(むか)いて一(ひと)掼(なげうち)すれば、滴流流(てきりゅうりゅう=くるくると)して、径(ただ)ちに花果山(かかざん)の営盤(えいばん=陣営)の裡(うち)に落(お)ち、可可(あたかも)猴王(こうおう)の頭上(ずじょう)に着(つ)いて一下(ひとつ)したり。猴王(こうおう)只(た)だ管(ひたすら)七聖(しちせい)と苦戦(くせん)し、却(かえ)って天上(てんじょう)より此(こ)の兵器(へいき)の墜(お)ち下(くだ)れるを知(し)らず、天霊(てんれい=頭の真上)を打(う)たれ、脚(あし)を立(た)て穏(おだ)やかならず、一跤(ひとたお)れ跌(つまず)き、爬(はい)き起(お)きて就(すなわ)ち跑(はし)らんとするに、二郎爺爺(じろうじいじい)が細犬(さいけん=細身の犬)に赶(お)いつかれ、腿(あし)の膨(ふくらはぎ)の上(うえ)に向(むか)いて一口(ひとくち)、又(また)一(ひと)跌(たおれ)を扯(ひきず)られたり。他(かれ)地(ち)に睡(ね)むり倒(たお)れて、罵(ののし)って曰(いわ)く、「此(こ)の亡人(ぼうじん=ろくでなし)め!汝(なんじ)去(ゆ)きて家長(かちょう=主人)を妨(さまた)げず、却(かえ)って来(きた)りて老孫(ろうそん)を咬(か)むか!」と。急(いそ)ぎ身(み)を翻(ひるがえ)すに爬(はい)き起(お)きず、七聖(しちせい)に一擁(いちよう=どっと押し寄せ)れて按(おさ)え住(とど)められ、即(すなわ)ち縄索(じょうさく=縄)を将(も)ちて捆绑(くんぽう=縛り上げ)られ、勾刀(こうとう=鉤の刀)を使(つか)いて琵琶骨(びわこつ=鎖骨)を穿(つらぬ)かれ、再(ふたた)び変化(へんげ)すること能(あた)わず。 那(か)の老君(ろうくん)金鋼琢(こんごうたく)を収(おさ)め、玉帝(ぎょくてい)と観音(かんのん)・王母(おうぼ)・衆仙(しゅうせん)等(ら)に請(こ)うて、俱(とも)に霊霄殿(れいしょうでん)に回(かえ)る。此(こ)の下(しも)にて四大天王(しだいてんおう)と李天王(りてんおう)の諸神(しょしん)、俱(とも)に兵(へい)を収(おさ)め寨(とりで)を拔(ぬ)き、近(ちか)づき前(まえ)に小聖(しょうせい)に向(むか)いて賀(が)し喜(よろこ)んで、曰(いわ)く、「此(こ)れ小聖(しょうせい)の功(こう)なり!」と。小聖(しょうせい)曰(いわ)く、「此(こ)れは乃(すなわ)ち天尊(てんそん=天子)の洪福(こうふく=大いなる福)、衆神(しゅうしん)の威権(いけん=威光)なるに、我(われ)何(なん)の功(こう)か之(これ)有(あ)らん」と。康(こう)・張(ちょう)・姚(よう)・李(り)曰(いわ)く、「兄長(けいちょう)必(かなら)ずしも多(おお)く叙(の)ぶることを要(よう)せず、且(しばら)く此(こ)の厮(やつ)を押(おし)して上界(じょうかい)に去(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)え、旨(し)を請(こ)いて発落(はつらく=沙汰)を請(こ)えよ」と。真君(しんくん)曰(いわ)く、「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)等(ら)未(いま)だ天録(てんろく=天の禄)を受(う)けず、玉帝(ぎょくてい)に面見(めんけん=直に謁す)することを得(え)ず。天甲神兵(てんこうしんぺい=天の兵)をして押(おし)せしめ、我(われ)天王(てんおう)等(ら)と同(とも)に上界(じょうかい)に回旨(かいし=復命)せん。汝(なんじ)等(ら)衆(しゅう)を帥(ひき)いて此(ここ)に在(あ)りて山(やま)を捜(さぐ)り、捜(さぐ)り浄(きよ)め了(おわ)りて後(のち)、仍(な)お灌口(かんこう)に回(かえ)れ。我(われ)が賞(しょう)を請(こ)い、功(こう)を討(こ)い、回(かえ)り来(きた)りて同(とも)に楽(たのし)まんを待(ま)て」と。四太尉(したいじょう)・二将軍(にしょうぐん)、言(げん)に依(よ)って領諾(りょうだく=承る)。此(こ)の真君(しんくん)衆(しゅう)と即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を駕(が)し、凱歌(がいか=凱旋の歌)を唱(うたい)、勝(かっ)てを得(え)て朝天(ちょうてん=天に参る)。多(おお)からず時(とき)ならず、通明殿(つうめいでん)の外(そと)に到(いた)る。天師(てんし)啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、「四大天王(しだいてんおう)等(ら)の衆(しゅう)已(すで)に妖猴(ようこう)斉天大聖(せいてんたいせい)を捉(とら)え了(おわ)れり。此(ここ)に来(きた)りて宣(せん=召し)を聴(き)く」と。玉帝(ぎょくてい)旨(し)を伝(つた)え、即(すなわ)ち大力鬼王(たいりききおう)と天丁(てんてい)等(ら)の衆(しゅう)に命(めい)じて、斬妖台(ざんようだい=妖を斬る台)に押(お)し至(いた)らせ、此(こ)の厮(やつ)を将(も)ちて其(そ)の尸(しかばね)を砕(くだ)き剁(きざ)まんとす。咦(ああ)!正(まさ)に是(こ)れ: 欺誑(ききょう=欺き偽る)して今(いま)刑憲(けいけん=刑罰)の苦(くるしみ)に遭(あ)い、英雄(えいゆう)の気概(きがい=心意気)も時(とき)を等(ま)ちて休(や)む。 畢竟(つい)に那(か)の猴王(こうおう)の性命(せいめい)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第七回 八卦炉中(はっけろちゅう)より大聖(たいせい)逃(に)げ 五行山下(ごぎょうさんか)に心猿(しんえん)定(さだ)まる 富貴功名(ふうきこうみょう)は、前縁(ぜんえん)の分定(ぶんじょう=定め分)めるところ、人(ひと)たるもの切(かなら)ず心(こころ)を欺(あざむ)くこと莫(な)かれ。 正大光明(せいだいこうみょう)にして、忠良(ちゅうりょう)の善果(ぜんか)は弥(いよいよ)深(ふか)し。 些些(ささ=些か)の狂妄(きょうもう=誇り妄る)には天(てん)譴(けん=咎め)を加(くわ)え、眼前(がんぜん)に遇(あ)わずとも時(とき)を待(ま)ちて臨(のぞ)む。 東君(とうくん=東の君)に問(と)う、何(なに)に因(よ)りてか、如今(いま)禍害(かがい)相(あい)侵(おか)すと。 只(た)だ心(こころ)高(たか)くして罔極(もうきょく=極まり無き)を図(はか)り、上下(じょうげ)を分(わ)かたず規箴(きしん=規範)を乱(みだ)すが為(ため)なり。 話(はな)し表(しめ)す、斉天大聖(せいてんたいせい)の衆天兵(しゅうてんぺい)に押(お)され去(さ)られて斬妖台(ざんようだい)の下(もと)に至(いた)り、降妖柱(こうようちゅう=妖を降す柱)に綁(くく)り着(つ)けられ、刀(かたな)に砍(き)られ斧(おの)に剁(きざ)まれ、槍(やり)に刺(さ)され剣(けん)に刳(えぐ)られど、想(おも)うに其(そ)の身(み)に傷(きず)を及(およ)ぼすこと莫(な)し。南斗星(なんとせい)火部(かぶ=火の部門)の衆神(しゅうしん)に令(れい)を奮(ふる)わせ、火(ひ)を放(はな)って煨焼(わいしょう=熾し焼)かしむるに、亦(ま)た焼(や)き着(つ)くこと能(あた)わず。又(また)雷部(らいぶ=雷の部門)の衆神(しゅうしん)を着(つ)けて、雷屑釘(らいせつてい=雷の欠片の釘)を以(もっ)て打(う)たしむるに、愈(いよいよ)発(はなはだ)しく一毫(いちごう=一分)も傷損(しょうそん)すること能(あた)わず。那(か)の大力鬼王(たいりききおう)衆(しゅう)と啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、「万歳(ばんぜい)、此(こ)の大聖(たいせい)は何(いず)れの処(ところ)にて此(こ)の護身(ごしん)の法(ほう)を学(まな)び得(え)たるかを知(し)らず、臣等(しんら)刀(かたな)を以(もっ)て砍(き)り斧(おの)を以(もっ)て剁(きざ)み、雷(いかづち)に打(う)たれ火(ひ)に焼(や)かれど、一毫(いちごう)も傷損(しょうそん)すること能(あた)わず、却(かえ)って之(これ)を如何(いかん)」と。玉帝(ぎょくてい)言(げん)を聞(き)きて曰(いわ)く、「此(こ)の厮(やつ)が此(か)くの等(ごと)く此(か)くの等(ごと)くなるを、怎(いか)にしてか処治(しょじ=処置)せん」と。太上老君(たいじょうろうくん)即(すなわ)ち奏(そう)して曰(いわ)く、「那(か)の猴(さる)蟠桃(ばんとう)を食(くら)い、御酒(ぎょしゅ)を飲(の)み、又(また)仙丹(せんたん)を盗(ぬす)めり、——我(われ)が那(か)の五壷(ごこ=五つの壷)の丹(たん)は、生(なま)有(あ)り熟(じゅく)有(あ)るに、彼(かれ)に都(みな)肚(はら)の裡(うち)に吃(くら)われ了(おわ)れり。三昧火(さんまいか=三昧の火)を運用(うんよう)し、煅(た)きて一塊(ひとかたまり)と成(な)し、故(ゆえ)に以(もっ)て渾(すべ)て金鋼(こんごう)の躯(み=体)と做(な)り、急(にわか)には傷(そこな)うこと能(あた)わず。若(も)し老道(ろうどう=老いたる道者)に与(あた)えて領(う)け去(さら)しめ、『八卦炉(はっけろ)』の裡(うち)に放(お)き入(い)れ、文武火(ぶんぶか=文火と武火)を以(もっ)て煅煉(たんれん=鍛え練る)するに如(し)かず。我(われ)が丹(たん)を煉(ね)り出(いだ)さば、他(かれ)が身(み)自(おのずか)ら灰燼(かいじん=灰)と為(な)らん」と。玉帝(ぎょくてい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち六丁(りくてい)・六甲(りっこう)に教(おし)えて、他(かれ)を解(と)き下(くだ)させ、老君(ろうくん)に付(ふ)し与(あた)う。老君(ろうくん)旨(し)を領(う)けて去(さ)り訖(おわ)る。一壁廂(いっぺきしょう=片方にて)二郎顕聖(じろうけんせい)を宣(せん)し、金花(きんか=金の花)百朶(ひゃくだ)、御酒(ぎょしゅ)百瓶(ひゃっぺい)、還丹(げんたん)百粒(ひゃくりゅう)、異宝(いほう)明珠(めいじゅ=珠)、錦繍(きんしゅう)等(ら)の件(くだり)を賞賜(しょうし=与え賜う)し、義兄弟(ぎきょうだい)と分(わか)ち享(う)けしむ。真君(しんくん)恩(おん)を謝(しゃ)し、灌江口(かんこうこう)に回(かえ)るは題(だい)せず。 那(か)の老君(ろうくん)兜率宮(とそつぐう)に到(いた)り、大聖(たいせい)を将(も)ちて縄索(じょうさく)を解(と)き去(さ)り、琵琶骨(びわこつ)を穿(つらぬ)けるの器(うつわ)を放(はな)ち、八卦炉(はっけろ)の裡(うち)に推(お)し入(い)れ、炉(ろ)を看(みまも)る道人(どうにん)と、火(ひ)を架(かま)える童子(どうじ)に命(めい)じて、火(ひ)を将(も)ちて煽(あお)り起(おこ)して煅煉(たんれん)せしむ。原(もと)来(もと)那(か)の炉(ろ)は是(こ)れ乾(けん)・坎(かん)・艮(ごん)・震(しん)・巽(そん)・離(り)・坤(こん)・兌(だ)の八卦(はっけ)なり。他(かれ)は即(すなわ)ち身(み)を将(も)ちて「巽宮(そんぐう)」の位(くらい)の下(した)に鑽(もぐ)り在(あ)らしむ。巽(そん)は乃(すなわ)ち風(かぜ)なり、風(かぜ)有(あ)れば則(すなわ)ち火(ひ)無(な)し。只(た)だ是(こ)れ風(かぜ)の烟(けむり)を攪(かきまわ)し来(きた)るのみにて、一双(ふたつ)の眼(め)を把(と)って熏(くゆら)して紅(あか)くし、弄(な)して箇(ひとつ)の老害眼病(ろうがいがんびょう=慢性の眼病)を做(な)し、故(ゆえ)に喚(よ)んで「火眼金睛(かがんきんせい)」と作(な)す。 真(まこと)に箇(ひとつ)の光陰(こういん=月日)迅速(じんそく=速き)にして、覚(おぼ)えず七七四十九日(しちしちしじゅうくにち)、老君(ろうくん)が火候(かこう=火の加減)俱(とも)に全(まった)し。忽(たちま)ち一日(いちにち)、炉(ろ)を開(ひら)きて丹(たん)を取(と)る。那(か)の大聖(たいせい)双手(そうしゅ=両手)に眼(め)を侮(おお)い、正(まさ)に自(みずか)ら揉搓(じゅうさ=こすり)し流涕(りゅうてい=涙を流す)せるに、只(た)だ炉頭(ろとう=炉の口)の声(こえ)の響(ひび)くを聴(き)き得(え)、猛(たけ)く睛(ひとみ)を睜(ひら)きて光明(こうみょう)を見(み)るや、他(かれ)は就(すなわ)ち忍(しの)ぶこと能(あた)わず、身(み)を将(も)ちて一縦(ひとおどり)し、丹炉(たんろ=丹の炉)を跳(と)び出(いで)、唿喇(こつらつ)の一声(ひとこえ)、八卦炉(はっけろ)を蹬(ふみたお)し倒(たお)し、外(そと)に向(むか)いて就(すなわ)ち走(はし)る。慌(あわ)てて那(か)の火(ひ)を架(かま)える者(もの)・炉(ろ)を看(みまも)る者(もの)、丁甲(ていこう=六丁六甲)の一班(ひとくみ)の者(もの)と来(きた)りて扯(ひきとど)めんとするに、他(かれ)に一箇一箇(ひとりひとり)都(みな)放(たお)し倒(たお)され、好(よ)く似(に)たるは癲癇(てんかん=癲癇持ち)の白額虎(はくがくこ=白き額の虎)、風狂(ふうきょう=狂い立つ)の独角龍(どっかくりゅう=一角の龍)。老君(ろうくん)赶(お)いつきて一把(ひとつかみ)に抓(つか)まんとするに、他(かれ)に一(ひと)捽(つかみ)されて、捽(つか)まれて箇(ひとつ)の倒栽葱(とうさいそう=逆さまに転ぶ)と為(な)り、身(み)を脱(のが)れて走(に)げ了(おわ)れたり。即(すなわ)ち去(ゆ)きて耳(みみ)の中(うち)より如意棒(にょいぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)いて一(ひと)幌(ひるがえ)し幌(ひるがえ)して、碗来(わんらい=茶碗ほど)の粗(あら)さ細(ほそ)さに、依然(いぜん)として手(て)の中(うち)に拿(と)り在(あ)り、好歹(こうたい=善し悪し)を分(わか)たず、却(かえ)って又(また)大(おお)いに天宮(てんぐう)を乱(みだ)し、打(う)ちて那(か)の九曜星(くようせい)をして門(もん)を閉(と)じ戸(と)を閉(と)ざさしめ、四天王(してんおう)をして影(かげ)無(な)く形(かたち)無(な)からしむ。好(よ)き猴精(こうせい)なるかな!詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く: 混元(こんげん)に体(たい)正(ただし)くして先天(せんてん)に合(がっ)し、万劫千番(ばんごうせんばん=幾劫幾度)も只(た)だ自然(じねん)なり。 渺渺(びょうびょう=かすか)として無為(むい)なるは渾(すべて)太乙(たいいつ)、如如(にょにょ)として動(うご)かざるは号(なづ)けて初玄(しょげん)と曰(い)う。 炉中(ろちゅう)に久(ひさ)しく煉(ね)るは鉛汞(えんこう=鉛と水銀)に非(あら)ず、物外(ぶつがい=物の外)の長生(ちょうせい)は是(こ)れ本仙(ほんせん)なり。 変化(へんげ)窮(きわ)まり無(な)くして還(ま)た変化(へんげ)し、三皈五戒(さんきごかい)も総(すべ)て言(い)うを休(や)めよ。 又(また)詩(し)に曰(いわ)く: 一点(いってん)の霊光(れいこう)太虚(たいきょ=大空)に徹(とお)り、那(か)の條(ひとふり)の拄杖(しゅじょう=杖)も亦(ま)た之(これ)の如(ごと)し: 或(あるい)は長(なが)く或(あるい)は短(みじか)く人(ひと)の用(もち)うるに随(したが)い、横(よこ)に竪(たて)に横(よこ)に排(なら)びて巻(ま)き舒(の)ぶるに任(まか)す。 又(また)詩(し)に曰(いわ)く: 猿猴(えんこう)の道体(どうたい)人心(じんしん)を配(はい)し、心(こころ)は即(すなわ)ち猿猴(えんこう)にして意(い)の深(ふか)きを思(おも)う。 大聖(たいせい)の斉天(せいてん)なるは仮(かり)の論(ろん)に非(あら)ず、官(かん)に封(ほう)ぜられし「弼馬(ひつば)」は是(こ)れ知音(ちいん=心の友)なり。 馬猿(ばえん)合(がっ)して心(こころ)と意(い)を作(な)し、緊(かた)く縛(ばく)し牢(ろう=堅)く拴(つな)いで外(ほか)に尋(たず)ぬること莫(な)かれ。 万相(ばんそう)真(しん)に帰(き)して一理(いちり)に従(したが)い、如来(にょらい)契(けい=約)を同(おなじ)うして双林(そうりん)に住(じゅう)す。 此(こ)の一(ひと)番(たび)、猴王(こうおう)上下(じょうげ)を分(わ)かたず、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて東(ひがし)に打(う)ち西(にし)に敵(てき)し、更(さら)に一神(いっしん)の擋(ふせ)ぐ可(べ)き無(な)し。只(た)だ通明殿(つうめいでん)の裡(うち)に打(う)ち到(いた)り、霊霄殿(れいしょうでん)の外(そと)に至(いた)る。幸(さいわ)いに佑聖真君(ゆうせいしんくん)の佐使(さし=補佐)の王霊官(おうれいかん)の殿(でん)を執(と)れる有(あ)り。他(かれ)大聖(たいせい)の縦横(じゅうおう=奔放に暴れる)するを見(み)、金鞭(きんべん=金の鞭)を掣(ひっさ)げて近(ちか)づき前(まえ)に擋(ふせ)ぎ住(とど)めて曰(いわ)く、「潑猴(はつこう)め何処(いずこ)へ往(ゆ)く!吾(われ)此(ここ)に在(あ)る有(あ)り、切(かなら)ず猖狂(しょうきょう=暴れ狂う)すること莫(な)かれ!」と。此(こ)の大聖(たいせい)分説(ぶんせつ=弁明)を由(ゆる)さず、棒(ぼう)を挙(あ)げて就(すなわ)ち打(う)つ。那(か)の霊官(れいかん)鞭(べん)を起(おこ)して相(あい)迎(むか)う。両箇(ふたり)霊霄殿(れいしょうでん)の前(まえ)に在(あ)りて厮渾(しこん=入り乱れ)むこと一処(ひとところ)。好(よ)きかな殺(いくさ): 赤胆忠良(せきたんちゅうりょう=赤き胆の忠義)にして名誉(めいよ)大(おお)いなり、天(てん)を欺(あざむ)き上(かみ)を誑(たぶらか)して声名(せいめい)壊(やぶ)る。 一(ひとつ)は低(ひく)く一(ひとつ)は好(よ)く幸(さいわい)に相持(そうじ=睨み合い)し、豪傑(ごうけつ)英雄(えいゆう)同(とも)に賭(かけ)を賽(あらそ)う。 鉄棒(てつぼう)は凶(きょう)に、金鞭(きんべん)は快(かい=鋭)し、正直無私(しょうじきむし)に怎(いか)でか忍耐(にんたい)せん? 此(こ)の箇(ひとつ)は是(こ)れ太乙雷声応化尊(たいいつらいせいおうけそん)、那(か)の箇(ひとつ)は是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)の猿猴怪(えんこうかい)。 金鞭(きんべん)鉄棒(てつぼう)両家(りょうか=双方)能(よ)くし、都(みな)是(こ)れ神宮(しんぐう)仙器械(せんきかい=仙の武器)なり。 今日(こんにち)霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に在(あ)りて威風(いふう)を弄(ろう=振る)い、各(おのおの)雄才(ゆうさい=雄々しき才)を展(の)べて真(まこと)に愛(あい)す可(べ)し。 一箇(ひとつ)は心(こころ)を欺(あざむ)きて斗牛宮(とぎゅうきゅう)を奪(うば)わんと要(よう)し、一箇(ひとつ)は力(ちから)を竭(つく)して玄聖界(げんせいかい=玄聖の境)を匡扶(きょうふ=助け支う)。 苦(くる)しみ争(あらそ)いて譲(ゆず)らず神通(じんつう)を顕(あらわ)し、鞭(べん)棒(ぼう)往来(おうらい)して勝敗(しょうはい)無(な)し。 他(かれ)両箇(ふたり)一処(ひとところ)に闘(たたか)い在(あ)りて、勝敗(しょうはい)未(いま)だ分(わ)かれざるに、早(は)や佑聖真君(ゆうせいしんくん)の、又(また)将佐(しょうさ=部将)を差(さしむ)けて文(ふみ)を雷府(らいふ=雷の府)に発(はな)たせ、三十六員(さんじゅうろくいん)の雷将(らいしょう)を調(ちょう)して斉(ひとしく)来(きた)らせ、大聖(たいせい)を把(と)って垓心(がいしん=囲みの中)に囲(かこ)み、各(おのおの)凶悪(きょうあく)を騁(のび=振う)て鏖戦(おうせん=激しく戦う)する有(あ)り。那(か)の大聖(たいせい)全(まった)く一毫(いちごう)の懼(おそ)れる色(いろ)無(な)く、一條(ひとふり)の如意棒(にょいぼう)を使(つか)い、左(ひだり)を遮(さえぎ)り右(みぎ)を擋(ふせ)ぎ、後(うしろ)に架(かま)え前(まえ)に迎(むか)う。一時(ひととき)、那(か)の衆雷将(しゅうらいしょう)の刀槍剣戟(とうそうけんげき=刀・槍・剣・戟)、鞭簡撾錘(べんかんたつい=鞭・簡・撾・槌)、鉞斧金瓜(えつふきんか=鉞・斧・金瓜)、旄鎌月鏟(ぼうれんげっさん=旄・鎌・月鏟)の、来(きた)ることの甚(はなは)だ緊(きつ)きを見(み)るや、他(かれ)即(すなわ)ち身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて三頭六臂(さんとうろっぴ)と做(な)り;如意棒(にょいぼう)を把(と)って一(ひと)幌(ひるがえ)し幌(ひるがえ)して、三條(みすじ)に変(へん)じ作(な)し;六隻(みっつ)の手(て)三條(みすじ)の棒(ぼう)を使(つか)い開(ひら)けば、好(よ)きかな便(すなわ)ち紡車児(ぼうしゃ=糸巻車)の一般(ごと)に、滴流流(てきりゅうりゅう=くるくる)と、那(か)の垓心(がいしん)の裡(うち)に在(あ)りて飛(と)び舞(ま)う。衆雷神(しゅうらいしん)近(ちか)づき相(あい)得(う)ること莫(な)し。真(まこと)に是(こ)れ箇(ひとつ)の: 円陀陀(えんだだ=丸々と)、光灼灼(こうしゃくしゃく=きらきら)と、亘古(こんこ=大昔)より常(つね)に存(そん)するも人(ひと)怎(いか)でか学(まな)ばん? 火(ひ)に入(い)れば焚(や)くことを能(あた)わず、水(みず)に入(い)れば何(いつ)か曾(かつ)て溺(おぼ)れん? 光明(こうみょう)一顆(ひとつぶ)の摩尼珠(まにじゅ=如意宝珠)、剣戟刀槍(けんげきとうそう)も傷(きず)つけ着(つ)かず。 也(ま)た能(よ)く善(ぜん)にし、也(ま)た能(よ)く悪(あく)にす、眼前(がんぜん)の善悪(ぜんあく)他(かれ)に憑(まか)して作(な)す。 善(ぜん)の時(とき)は仏(ほとけ)と成(な)り仙(せん)と成(な)るも、悪(あく)の処(ところ)には毛(け)を披(かぶ)り并(かつ)角(つの)を帯(お)ぶ。 変化(へんげ)窮(きわ)まり無(な)く天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がし、雷将(らいしょう)神兵(しんぺい)も捉(とら)う可(べ)からず。 当時(そのとき)衆神(しゅうしん)大聖(たいせい)を把(と)って一処(ひとところ)に集(あつま)り在(あ)らしむれど、却(かえ)って身(み)に近(ちか)づくこと能(あた)わず、乱(みだ)りに嚷(わめ)き乱(みだ)りに闘(たたか)いて、早(は)や玉帝(ぎょくてい)を驚(おどろ)かし動(うご)かせり。遂(つい)に旨(し)を伝(つた)えて遊奕霊官(ゆうえきれいかん)と翊聖真君(よくせいしんくん)を着(つ)けて西方(さいほう)に上(のぼ)り、仏老(ぶつろう=仏の長老)を請(しょう)じて降伏(ごうぶく)せしむ。 那(か)の二聖(にせい)旨(し)を得(え)て、径(ただ)ちに霊山勝境(りょうざんしょうきょう=霊山の勝れた地)に到(いた)り、雷音宝刹(らいおんほうさつ=雷音寺)の前(まえ)に至(いた)り、四金剛(しこんごう)・八菩薩(はちぼさつ)に対(たい)して礼(れい)し畢(おわ)り、即(すなわ)ち煩(わずら)わしきかな転達(てんだつ=取り次ぎ)せよと請(こ)う。衆神(しゅうしん)随(したが)って宝蓮台(ほうれんだい)の下(もと)に至(いた)り啓知(けいち=申し上げ)すれば、如来(にょらい)召(め)して請(しょう)ず。二聖(にせい)仏(ほとけ)に礼(れい)すること三匝(さんそう=三度めぐり)、台下(だいか=台の下)に侍立(じりつ=かしこまり立つ)。如来(にょらい)問(と)う、「玉帝(ぎょくてい)に何事(なにごと)有(あ)りて、煩(わずら)わしきかな二聖(にせい)の下臨(かりん=降臨)せしや」と。二聖(にせい)即(すなわ)ち啓(もう)して曰(いわ)く、「向時(そのかみ)花果山(かかざん)に一猴(ひとつのさる)を産(う)み、那(か)の裡(うち)に在(あ)りて神通(じんつう)を弄(ろう)し、衆猴(しゅうこう)を聚(あつ)めて世界(せかい)を攪乱(かくらん)せり。玉帝(ぎょくてい)招安(しょうあん=招き安んずる)の旨(し)を降(くだ)し、『弼馬温(ひつばおん)』に封(ほう)ぜしに、他(かれ)官(かん)の小(ちい)さきを嫌(きら)いて反(そむ)き去(さ)れり。当(まさ)に李天王(りてんおう)・哪吒太子(なたたいし)を遣(つか)わして擒拿(きんど=擒え捕らう)せしめしが未(いま)だ獲(え)ず、復(ま)た他(かれ)を招安(しょうあん)して、『斉天大聖(せいてんたいせい)』に封(ほう)じ做(な)し、先(ま)ず官(かん)有(あ)りて禄(ろく)無(な)からしめたり。彼(かれ)をして蟠桃園(ばんとうえん)を代(かわ)りて管(つかさど)らしむるに、他(かれ)即(すなわ)ち桃(とう)を偸(ぬす)み;又(また)瑶池(ようち)に走(はし)り至(いた)り、肴(こう=料理)を偸(ぬす)み、酒(しゅ)を偸(ぬす)み、大会(だいえ)を攪乱(かくらん)し;酒(さけ)に仗(よ)りて又(また)暗(ひそ)かに兜率宮(とそつぐう)に入(い)り、老君(ろうくん)の仙丹(せんたん)を偸(ぬす)み、天宮(てんぐう)を反(そむ)き出(いで)たり。玉帝(ぎょくてい)復(ま)た十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を遣(つか)わししも、亦(ま)た収伏(しゅうふく)すること能(あた)わず。後(のち)観世音(かんぜおん)の二郎真君(じろうしんくん)と他(かれ)が義兄弟(ぎきょうだい)を挙(あ)げて追殺(ついさつ=追い討つ)せしに、他(かれ)変化(へんげ)多端(たたん=様々)なりしが、老君(ろうくん)の金鋼琢(こんごうたく)を抛(なげう)ちて重(おも)く打(う)たしめしに虧(おう=負う)て、二郎(じろう)方(はじ)めて拿(とら)え住(とど)むるを得(え)たり。解(と)きて御前(ごぜん)に赴(おもむ)かせ、即(すなわ)ち命(めい)じて之(これ)を斬(き)らんとせしに、刀(かたな)に砍(き)られ斧(おの)に剁(きざ)まれ、火(ひ)に焼(や)かれ雷(いかづち)に打(う)たるるも、俱(とも)に傷(そこな)うこと能(あた)わざれば、老君(ろうくん)奏(そう)して准(ゆる)され領(う)け去(さ)り、火(ひ)を以(もっ)て煅煉(たんれん=鍛え練)せり。四十九日(しじゅうくにち)に鼎(かなえ=炉)を開(ひら)くに、他(かれ)は却又(また)八卦炉(はっけろ)を跳(と)び出(いで)、天丁(てんてい)を打(う)ち退(しりぞ)け、径(ただ)ちに通明殿(つうめいでん)の裡(うち)に入(い)り、霊霄殿(れいしょうでん)の外(そと)に至(いた)る;佑聖真君(ゆうせいしんくん)の佐使(さし)の王霊官(おうれいかん)に擋(ふせ)がれて苦戦(くせん)し、又(また)三十六員(さんじゅうろくいん)の雷将(らいしょう)を調(ちょう)せられて、他(かれ)を垓心(がいしん)に困(くるし)ましめられしも、終(つい)に近(ちか)づき相(あい)得(う)ること能(あた)わず。事(こと)緊急(きんきゅう)に在(あ)り、此(これ)に因(よ)りて、玉帝(ぎょくてい)特(こと)に如来(にょらい)を請(しょう)じて駕(が=帝)を救(すく)わんとす」と。如来(にょらい)詔(みことのり)を聞(き)きて、即(すなわ)ち衆菩薩(しゅうぼさつ)に対(たい)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)等(ら)此(ここ)に在(あ)りて法堂(ほうどう=説法の堂)に穏(おだやか)かに坐(ざ)し、禅位(ぜんい=坐禅の座)を乱(みだ)ることを得(え)ず、我(われ)が魔(ま)を煉(ね)り駕(が)を救(すく)いに去(ゆ)き来(きた)るを待(ま)て」と。 如来(にょらい)即(すなわ)ち阿難(あなん)・迦葉(かしょう)の二尊者(にそんじゃ)を喚(よ)び相随(あいずい=伴)わせ、雷音(らいおん)を離(はな)れ、径(ただ)ちに霊霄門(れいしょうもん)の外(そと)に至(いた)る。忽(たちま)ち喊声(かんせい=喚き声)の耳(みみ)を震(ふる)わすを聴(き)く、乃(すなわ)ち是(こ)れ三十六員(さんじゅうろくいん)の雷将(らいしょう)の大聖(たいせい)を囲困(いこん=囲み込む)なるなり。仏祖(ぶっそ)法旨(ほうし=仏の命)を伝(つた)えて曰(いわ)く、「雷将(らいしょう)に教(おし)えて干戈(かんか=武器)を停息(ていそく=収め)しめ、営所(えいしょ=陣)を放(はな)ち開(ひら)かせ、那(か)の大聖(たいせい)を叫(よ)んで出(い)で来(きた)らしめ、我(われ)をして他(かれ)に何(なん)の法力(ほうりき)有(あ)るかを問(と)わしめよ」と。衆将(しゅうしょう)果(はた)して退(しりぞ)く。大聖(たいせい)も也(ま)た法像(ほうぞう=変化した姿)を収(おさ)め、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)して近(ちか)づき前(まえ)に、怒気(どき=怒り)昂昂(こうこう=漲り)として、声(こえ)を厳(いか)しくし高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの方(かた)の善士(ぜんし=善き人)なる、敢(あ)えて来(きた)りて刀兵(とうへい=武器)を止(とど)め住(とど)めて我(われ)を問(と)うや」と。如来(にょらい)笑(わら)って曰(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ西方(さいほう)極楽世界(ごくらくせかい)の釈迦牟尼尊者(しゃかむにそんじゃ)、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)なり。今(いま)汝(なんじ)が猖狂(しょうきょう=暴れ)し村野(そんや=無礼)にして、屡(しばしば)天宮(てんぐう)に反(そむ)くと聞(き)く、何(いず)れの方(かた)の生長(せいちょう=生れ育ち)なるか、何年(なんねん)に道(みち)を得(え)たるか、何(なん)の為(ため)に此(か)くの等(ごとき)暴横(ぼうおう=横暴)なるを知(し)らず」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「我(われ)本(もと): 天地(てんち)生成(せいせい)の霊混仙(れいこんせん)、花果山(かかざん)中(ちゅう)の一老猿(いちろうえん)。 水簾洞(すいれんどう)の裡(うち)に家業(かぎょう=住家)と為(な)し、友(とも)を拝(はい)し師(し)を尋(たず)ねて太玄(たいげん)を悟(さと)る。 長生(ちょうせい)を煉(ね)り就(な)して多少(たしょう)の法(ほう)、変化(へんげ)を学(まな)び来(きた)って広(ひろ)く無辺(むへん)なり。 凡間(ぼんげん=この世)の地(ち)の窄(せま)きを嫌(きら)うに因(よ)り、心(こころ)を立(た)て端(まさ)に瑶天(ようてん=美しき天)に住(じゅう)せんと要(よう)す。 霊霄宝殿(れいしょうほうでん)は他(かれ)が久(ひさ)しきに非(あら)ず、歴代(れきだい)の人王(じんおう)も分(ぶん=分け前)有(あ)りて伝(つた)う。 強者(きょうしゃ)を尊(とうと)しと為(な)し該(まさ)に我(われ)に譲(ゆず)るべく、英雄(えいゆう)只(た)だ此(ここ)に敢(あ)えて先(さき)を争(あらそ)う」と。 仏祖(ぶっそ)言(げん)を聴(き)きて、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう=冷ややかに笑い)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)が那(か)の厮(やつ)は乃(すなわ)ち是(こ)れ一箇(ひとつの)猴子(さる)の精(せい)と成(な)れるなるに、焉(いずくん)ぞ敢(あ)えて心(こころ)を欺(あざむ)き、玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)の尊位(そんい=尊き位)を奪(うば)わんと要(よう)するや?他(かれ)は幼(おさな)きより修持(しゅじ=修行)し、苦(くる)しみて一千七百五十劫(いっせんななひゃくごじゅうごう)を歴(へ)たり。毎劫(ごうごと)に該(まさ)に十二万九千六百年(じゅうにまんきゅうせんろっぴゃくねん)なり。汝(なんじ)算(かぞ)えよ、他(かれ)該(まさ)に多少(たしょう)の年数(ねんすう)を経(へ)て、方(はじ)めて能(よ)く此(こ)の無極(むきょく)の大道(だいどう)を享受(きょうじゅ=受け享)くるべきか?汝(なんじ)が那(か)の初世(しょせい=生れ初め)の人(ひと)と為(な)れる畜生(ちくしょう)の、如何(いか)でか此(こ)の大言(たいげん=大ぼら)を出(いだ)すや!不当人子(ふとうじんし=もってのほか)なり!不当人子(ふとうじんし)なり!汝(なんじ)が寿算(じゅさん=寿命)を折(おり)て了(おわ)れり!早(はや)きに趁(つ)けて皈依(きえ=帰依)せよ、切(かなら)ず胡説(こせつ=でたらめ)すること莫(な)かれ!但(た)だ恐(おそ)らくは毒手(どくしゅ=凶手)に遭(あ)いて、性命(せいめい)頃刻(けいこく=たちまち)にして休(や)まん、汝(なんじ)が本来(ほんらい)の面目(めんもく=本来の顔)を惜(おし)む可(べ)し!」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「他(かれ)年(とし)久(ひさ)しく修(おさめ)長(たけ)ると雖(いえど)も、也(ま)た応(まさ)に久(ひさ)しく此(ここ)に占(し=占拠)むべきに非(あら)ず。常言(じょうげん=世の諺)に道(い)わく、『皇帝(こうてい)輪流(りんりゅう=順繰り)に做(な)し、明年(みょうねん)我(われ)が家(いえ)に到(いた)る』と。只(た)だ他(かれ)をして搬(はこ)び出(いだ)さしめ、天宮(てんぐう)を将(も)ちて我(われ)に譲(ゆず)らば、変(かわ)りて罷(や)まん。若(も)し還(ま)た譲(ゆず)らずんば、定(かなら)ず攪乱(かくらん)を要(よう)し、永(とこしえ)に清平(せいへい=太平)ならず!」と。仏祖(ぶっそ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)生長(せいちょう)変化(へんげ)の法(ほう)を除(のぞ)きて、再(また)何(なん)の能(ちから)有(あ)るか、敢(あ)えて天宮(てんぐう)の勝境(しょうきょう)を占(し)めんとや」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「我(われ)が手段(しゅだん)多(おお)し!我(われ)に七十二般(しちじゅうにはん)の変化(へんげ)有(あ)り、万劫(ばんごう)にも老(お)いず長生(ちょうせい)なり。筋斗雲(きんとうん)を駕(が)することを会(え)し、一縦(ひとおどり)十万八千里(じゅうまんはっせんり)。如何(いか)でか天位(てんい=天の位)に坐(ざ)するを得(え)ざらんや」と。仏祖(ぶっそ)曰(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)と箇(ひとつ)の賭賽(とさい=賭け)を打(う)たん;汝(なんじ)若(も)し本事(ほんじ=才)有(あ)りて、一筋斗(ひとおどり)に我(われ)が此(こ)の右手(みぎて)の掌中(しょうちゅう=掌の内)を打(う)ち出(いだ)さば、汝(なんじ)が贏(かち)と算(かぞ)えん、再(ふたた)び刀兵(とうへい)を動(うごか)して苦(くる)しみ戦(たたか)うを要(よう)せず、就(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)を請(しょう)じて西方(さいほう)に到(いた)りて居住(きょじゅう)せしめ、天宮(てんぐう)を把(と)って汝(なんじ)に譲(ゆず)らん;若(も)し手(て)の掌(たなごころ)を打(う)ち出(いだ)すことを得(え)ずんば、汝(なんじ)還(ま)た下界(げかい)に下(くだ)りて妖(よう)と為(な)り、再(ふたた)び幾劫(いくごう)かを修(おさ)め、却(かえ)って来(きた)りて争(あらそ)い吵(さわ)げ」と。 那(か)の大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、暗(ひそ)かに笑(わら)って曰(いわ)く、「此(こ)の如来(にょらい)は十分(じゅうぶん)に好(よ)く呆(あほう)ずる!我(われ)が老孫(ろうそん)の一筋斗(ひとおどり)は去(ゆ)くこと十万八千里(じゅうまんはっせんり)。彼(かれ)が那(か)の手(て)の掌(たなごころ)は、方円(ほうえん=縦横)一尺(いっしゃく)に満(み)たざるに、如何(いか)でか跳(と)び出(いで)ざるを得(え)んや」と。急(いそ)ぎ声(こえ)を発(はっ)して曰(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)く説(い)わば、汝(なんじ)做(な)して主張(しゅちょう=取り決め)するを得(う)るか」と。仏祖(ぶっそ)曰(いわ)く、「做(な)し得(う)る!做(な)し得(う)る!」と。右手(みぎて)を伸(の)べ開(ひら)けば、却(かえ)って箇(ひとつ)の荷叶(かよう=蓮の葉)の大小(おおいさちいさき)に似(に)たり。那(か)の大聖(たいせい)如意棒(にょいぼう)を収(おさ)め、神威(しんい)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、身(み)を将(も)ちて一縦(ひとおどり)し、仏祖(ぶっそ)が手(て)の心裡(うち)に站(た)ち、却(かえ)って一声(ひとこえ)道(い)う、「我(われ)出(い)で去(ゆ)かん!」と。汝(なんじ)看(み)よ他(かれ)一路(ひとみち)の雲光(うんこう=雲の光)、影(かげ)無(な)く形(かたち)無(な)くして去(さ)れり。仏祖(ぶっそ)慧眼(けいがん=慧き眼)を以(もっ)て観看(かんがん)すれば、那(か)の猴王(こうおう)の風車子(ふうしゃ=風車)の一般(ごとき)に相似(あいに)て住(とど)まらず、只(た)だ管(ひたすら)前進(ぜんしん)するを見(み)る。大聖(たいせい)行(ゆ)く時(とき)、忽(たちま)ち五根(いつつ)の肉紅(にくこう=肉色の赤)の柱子(はしら)の、一股(ひとすじ)の青気(せいき=青き気)を撑(ささ)ぐる有(あ)るを見(み)る。他(かれ)曰(いわ)く、「此(こ)の間(あいだ)は乃(すなわ)ち尽頭路(じんとうろ=行き止まり)なり。此(こ)の番(たび)回(かえ)り去(さ)らんに、如来(にょらい)証(あかし)と作(な)り、霊霄殿(れいしょうでん)は定(かなら)ず是(こ)れ我(われ)が坐(ざ)する所(ところ)なり」と。又(また)思量(しりょう=思い巡ら)して説(い)わく、「且(しばら)く住(とど)まれ!我(われ)が些(いささか)の記号(きごう=印)を留(とど)むるを待(ま)て、方(はじ)めて好(よ)く如来(にょらい)と話(はなし)を説(い)わん」と。一根(ひとふり)の毫毛(ごうもう=細き毛)を拔(ぬ)き下(くだ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)じよ!」と叫(よ)べば、変(へん)じて一管(ひとふで)の濃墨双毫筆(のうぼくそうごうひつ=濃き墨の双毫筆)と作(な)り、那(か)の中間(ちゅうかん=真ん中)の柱子(はしら)の上(うえ)に一行(ひとくだり)の大字(だいじ)を写(うつ)して云(いわ)く、「斉天大聖(せいてんたいせい)、此(ここ)に到(いた)りて一游(ひとあそび=一度の遊び)」と。写(うつ)し畢(おわ)りて、毫毛(ごうもう)を収(おさ)む。又(また)荘尊(そうそん=慎み)ならず、却(かえ)って第一根(だいいちこん)の柱子(はしら)の根下(ねもと)に在(あ)りて一泡(ひとふくろ)の猴尿(こうにょう=猿の小便)を撒(ま)けり。筋斗雲(きんとうん)を翻(ひるがえ)し転(てん)じ、径(ただ)ちに本処(ほんしょ=元の地)に回(かえ)り、如来(にょらい)が掌(たなごころ)に站(た)ちて曰(いわ)く、「我(われ)已(すで)に去(ゆ)き、今(いま)来(きた)れり。汝(なんじ)玉帝(ぎょくてい)に教(おし)えて天宮(てんぐう)を我(われ)に譲(ゆず)らしめよ」と。 如来(にょらい)罵(ののし)って曰(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の尿精(にょうせい=小便たれ)の猴子(さる)を把(と)らえん!汝(なんじ)正(まさ)に好(よ)く曾(かつ)て我(われ)が掌(たなごころ)を離(はな)れざるなり!」と。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ知(し)らざるなり。我(われ)去(ゆ)きて天(てん)の尽頭(じんとう=果て)に到(いた)り、五根(いつつ)の肉紅柱(にくこうちゅう)の一股(ひとすじ)の青気(せいき)を撑(ささ)ぐるを見(み)、我(われ)箇(ひとつ)の記(しるし)を那(か)の裡(うち)に留(とど)めり、汝(なんじ)敢(あ)えて我(われ)と同(とも)に去(ゆ)きて看(み)るや」と。如来(にょらい)曰(いわ)く、「去(ゆ)くを消(よう=要さ)ず、汝(なんじ)只(た)だ自(みずか)ら頭(こうべ)を低(た)れて看(み)よ」と。那(か)の大聖(たいせい)火眼金睛(かがんきんせい)を睜(ひら)き円(まろ)くし、頭(こうべ)を低(た)れて看(み)る時(とき)、原(もと)来(もと)仏祖(ぶっそ)が右手(みぎて)の中指(なかゆび)に「斉天大聖(せいてんたいせい)、此(ここ)に到(いた)りて一游(ひとあそび)」と写(うつ)せる有(あ)り。大指(おおゆび=親指)の丫(また=股)の裡(うち)に、還(ま)た些(いささか)の猴尿(こうにょう)の臊気(そうき=臭気)有(あ)り。大聖(たいせい)大(おお)いに喫驚(びっくり)して曰(いわ)く、「此(か)くの等(ごとき)の事(こと)有(あ)らんとは!此(か)くの等(ごとき)の事(こと)有(あ)らんとは!我(われ)此(こ)の字(じ)を将(も)ちて撑天柱(ちょうてんちゅう=天を支える柱)の上(うえ)に写(うつ)せしに、如何(いか)でか却(かえ)って他(かれ)が手指(てゆび)の上(うえ)に在(あ)るや?莫非(もしくは)箇(ひとつ)の未卜先知(みぼくせんち=占わず先知る)の法術(ほうじゅつ)有(あ)るか?我(われ)決(けっ)して信(しん)ぜず!信(しん)ぜず!我(われ)が再(ふたた)び去(ゆ)き来(きた)るを待(ま)て!」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて又(また)跳(と)び出(いで)んと要(よう)するに、仏祖(ぶっそ)掌(たなごころ)を翻(ひるがえ)して一(ひと)撲(うち)し、此(こ)の猴王(こうおう)を把(と)って西天門(さいてんもん)の外(そと)に推(お)し出(いだ)し、五指(ごし=五本の指)を将(も)ちて化(け)して金(こん)・木(もく)・水(すい)・火(か)・土(ど)の五座(いつつ)の聯山(れんざん=連なる山)と作(な)し、喚(よ)んで名(な)づけて「五行山(ごぎょうさん)」と曰(い)い、軽軽(かるがる)しく他(かれ)を把(と)って圧(おさ)え住(とど)む。衆雷神(しゅうらいしん)と阿難(あなん)・迦葉(かしょう)、一箇一箇(めいめい)掌(てのひら)を合(がっ)して称揚(しょうよう=称え讃え)して曰(いわ)く、「善哉(ぜんざい)!善哉(ぜんざい)! 当年(とうねん)卵(らん)より化(け)して人(ひと)と為(な)るを学(まな)び、志(こころざし)を立(た)てて修行(しゅぎょう)し果(はた)して道(みち)真(しん)なり。 万劫(ばんごう)にも移(うつ)ること無(な)く勝境(しょうきょう)に居(きょ)す、一朝(いっちょう)変(へん)有(あ)れば精神(せいしん)散(さん)ず。 天(てん)を欺(あざむ)き上(かみ)を罔(あざむ)きて高位(こうい)を思(おも)い、聖(せい)を凌(しの)ぎ丹(たん)を偸(ぬす)みて大倫(たいりん=大いなる道)を乱(みだ)る。 悪貫満盈(あくかんまんえい=悪の極まる)にして今(いま)報(むくい)有(あ)り、何日(いつのひ)か身(み)を翻(ひるがえ)すを得(う)るを知(し)らず」と。 如来仏祖(にょらいぶっそ)妖猴(ようこう)を殄滅(てんめつ=滅ぼ)し了(おわ)り、即(すなわ)ち阿難(あなん)・迦葉(かしょう)を喚(よ)んで同(とも)に西方極楽世界(さいほうごくらくせかい)に転(てん=帰)ぜんとするに、時(とき)に天蓬(てんぽう)・天佑(てんゆう)の急(いそ)ぎ霊霄宝殿(れいしょうほうでん)を出(い)でて道(い)う有(あ)り、「請(こ)う如来(にょらい)少(しばら)く待(た)て、我(われ)が主(あるじ)の大駕(たいが=御輿)来(きた)るなり」と。仏祖(ぶっそ)言(げん)を聞(き)きて、首(こうべ)を回(めぐ)らして瞻仰(せんごう=仰ぎ見る)。須臾(しばらく)にして、果(はた)して八景鸞輿(はっけいらんよ=八景の鸞の輿)、九光宝蓋(きゅうこうほうがい=九光の宝の傘)を見(み)る;声(こえ)には玄歌(げんか=玄妙の歌)妙楽(みょうがく)を奏(そう)し、咏哦(えいが=詠誦)して無量(むりょう)の神章(しんしょう=神の章)あり;宝花(ほうか)を散(ちら)し、真香(しんこう)を噴(ふ)き、直(ただ)ちに仏前(ぶつぜん)に至(いた)りて謝(しゃ)して曰(いわ)く、「多(おお)く大法(だいほう)を蒙(こうむ)りて妖邪(ようじゃ)を収殄(しゅうてん=滅ぼし収)めたり。望(のぞ)むらくは如来(にょらい)少(しばら)く一日(いちにち)を停(とど)まり、諸仙(しょせん)を請(しょう)じて一会(ひとくみ)の筵(えん)を做(な)して奉謝(ほうしゃ)せしめん」と。如来(にょらい)敢(あ)えて違悖(いはい=背く)せず、即(すなわ)ち掌(てのひら)を合(がっ)して謝(しゃ)して曰(いわ)く、「老僧(ろうそう)大天尊(だいてんそん)の宣命(せんめい=勅命)を承(うけたまわ)りて此(ここ)に来(きた)れるに、何(なん)の法力(ほうりき)か有(あ)らん?還(かえ)って是(こ)れ天尊(てんそん)と衆神(しゅうしん)の洪福(こうふく)なるに、敢(あ)えて労(ろう)を致(いた)して謝(しゃ)せられんや」と。玉帝(ぎょくてい)旨(し)を伝(つた)え、即(すなわ)ち雲部衆神(うんぶしゅうしん)を着(つ)けて、分(わか)ち頭(かしら=手分け)して三清(さんせい)・四御(しぎょ)・五老(ごろう)・六司(ろくし)・七元(しちげん)・八極(はっきょく)・九曜(くよう)・十都(じっと)・千真万聖(せんしんばんせい)を請(しょう)じ、此(ここ)に来(きた)りて会(えん)に赴(おもむ)かせ、同(とも)に仏恩(ぶっとん=仏の恩)を謝(しゃ)せしむ。又(また)四大天師(しだいてんし)・九天仙女(きゅうてんせんにょ)に命(めい)じて、大(おお)いに玉京金闕(ぎょくけいきんけつ)・太玄宝宮(たいげんほうきゅう)・洞陽玉館(どうようぎょくかん)を開(ひら)き、如来(にょらい)を請(しょう)じて七宝霊台(しっぽうれいだい)に高(たか)く坐(ざ)せしめ。各(かく)の班(はん=組)の座位(ざい=座)を調設(ちょうせつ=設け整え)し、龍肝鳳髄(りゅうかんほうずい=龍の肝・鳳凰の髄)、玉液(ぎょくえき=霊液)蟠桃(ばんとう)を安排(あんばい=整える)。 一時(ひととき)ならずして、那(か)の玉清元始天尊(ぎょくせいげんしてんそん)・上清霊宝天尊(じょうせいれいほうてんそん)・太清道徳天尊(たいせいどうとくてんそん)・五鬙真君(ごそうしんくん)・五斗星君(ごとせいくん)・三官四聖(さんかんしせい)・九曜真君(くようしんくん)・左輔(さほ)・右弼(ゆうひつ)・天王(てんおう)・哪吒(なた)・玄虚(げんきょ)の一応(いちおう=全て)の霊通(れいつう)、対対(ついつい)と旌旗(せいき)、双双(そうそう)と幡蓋(ばんがい)して、都(みな)明珠異宝(めいじゅいほう=珠と珍宝)、寿果奇花(じゅかきか=長寿の果と奇なる花)を捧(ささ)げ、仏前(ぶつぜん)に向(むか)いて拜献(はいけん=拝み献じ)して曰(いわ)く、「如来(にょらい)が無量(むりょう)の法力(ほうりき)を感(かん)じ奉(たてまつ)り、妖猴(ようこう)を収伏(しゅうふく)せられたり。大天尊(だいてんそん)の宴(えん)を設(もう)けらるるを蒙(こうむ)り、我(われ)等(ら)を呼喚(こかん=お呼び)して皆(みな)来(きた)りて陳謝(ちんしゃ=申し述べ謝)せしむ。請(こ)う如来(にょらい)此(こ)の会(えん)を将(も)ちて一名(いちめい)を立(た)てよ、如何(いかん)」と。如来(にょらい)衆神(しゅうしん)の託(たく=頼み)を領(う)けて曰(いわ)く、「今(いま)名(な)を立(た)てんと欲(ほっ)せば、可(べ)く箇(ひとつ)の『安天大会(あんてんだいえ)』を作(な)すべし」と。各仙老(かくせんろう=仙の長老たち)異口同音(いくどうおん=異口同音)に、俱(とも)に道(い)わく、「好(よ)き箇(ひとつ)の『安天大会(あんてんだいえ)』!好(よ)き箇(ひとつ)の『安天大会(あんてんだいえ)』!」と。言(げん)訖(おわ)り、各(おのおの)座位(ざい)に坐(ざ)し、斝(か=杯)を走(はし)らせ觴(さかずき)を伝(つた)え、花(はな)を簪(さ)し瑟(しつ=琴)を鼓(う)ち、果(はた)して好(よ)き会(えん)なるなり。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く: 宴(えん)は蟠桃(ばんとう)を設(もう)けて猴(さる)攪乱(かくらん)せしが、安天大会(あんてんだいえ)は蟠桃(ばんとう)に勝(まさ)る。 龍旗(りゅうき)鸞輅(らんろ=鸞の車)祥光(しょうこう)藹(あい=たなび)き、宝節(ほうせつ)幢幡(どうばん=旗)瑞気(ずいき)飄(ひるがえ)る。 仙楽(せんがく)玄歌(げんか)音韻(いんいん=音のひびき)美(うつく)しく、鳳簫(ほうしょう)玉管(ぎょくかん=玉の笛)響(ひびき)声(こえ)高(たか)し。 瓊香(けいこう=玉の香)繚繞(りょうじょう=たなびき)て群仙(ぐんせん)集(あつま)り、宇宙(うちゅう)清平(せいへい)にして聖朝(せいちょう)を賀(が)す。 衆(しゅう)皆(みな)暢然(ちょうぜん=のびのび)として喜(よろこ)び会(えん)するに、只(た)だ王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の一班(ひとくみ)の仙子(せんし)・仙娥(せんが=仙女)・美姫(びき=美女)・美女(びじょ)を引(ひ)きて、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ひらひらと)舞(ま)いて仏前(ぶつぜん)に向(むか)い、施礼(せれい)して曰(いわ)く、「前(さき)に妖猴(ようこう)に蟠桃(ばんとう)の一会(ひとくみ)を攪乱(かくらん)せられしに、今(いま)如来(にょらい)の大法(だいほう)を蒙(こうむ)りて頑猴(がんこう=手に負えぬ猿)を鏈鎖(れんさ=鎖にて縛)せられ、『安天大会(あんてんだいえ)』を慶喜(きょうき=喜び祝う)するも、物(もの)の謝(しゃ)す可(べ)き無(な)し、今(いま)是(こ)れ我(われ)浄手(じょうしゅ=手を清め)して親(みずか)ら大株(たいしゅ=大きな木)の蟠桃(ばんとう)数枚(すうまい)を摘(つ)みて奉献(ほうけん=捧げ奉る)」と。真(まこと)に是(こ)れ箇(ひとつ)の: 半紅半緑(はんこうはんりょく)甘香(かんこう=甘き香)を噴(ふ)き、艶麗(えんれい)の仙根(せんこん=仙の根)万載(ばんざい)も長(なが)し。 堪(た)えて笑(わら)う武陵源(ぶりょうげん=桃源)の種(たね)の上(ほとり)は、争(いか)でか天府(てんふ)の更(さら)に奇(き)にして強(つよ)きに如(し)かん! 紫紋(しもん=紫の模様)嬌嫩(きょうどん=柔らかに愛らし)く寰中(かんちゅう=世の中)に少(すくな)く、緗核(そうかく=薄き黄色の核)清甜(せいてん=清く甘し)きは世(よ)に双(そう=並ぶもの)無(な)し。 寿(じゅ)を延(の)べ年(とし)を延(の)べて能(よ)く体(たい)を易(か)え、縁(えん)有(あ)りて食(くら)う者(もの)は自(おのずか)ら常(つね)に非(あら)ず。 仏祖(ぶっそ)掌(てのひら)を合(がっ)して王母(おうぼ)に向(むか)いて謝(しゃ)し訖(おわ)る。王母(おうぼ)又(また)仙姫(せんき)・仙子(せんし)を着(つ)けて唱(うた)うは唱(うたい)、舞(ま)うは舞(ま)わしむ。満会(まんえ=会の皆)の群仙(ぐんせん)、又(また)皆(みな)賞賛(しょうさん=讃える)。正(まさ)に是(こ)れ: 縹緲(ひょうびょう=たなびく)として天香(てんこう)座(ざ)に満(み)ち、繽紛(ひんぷん=乱れ舞う)たる仙蕊(せんずい=仙の蕊)仙花(せんか)。 玉京金闕(ぎょくけいきんけつ)大(おお)いに栄華(えいが)にして、異品奇珍(いひんきちん)も価(あたい)無(な)し。 対対(ついつい)天(てん)と与(とも)に寿(じゅ)を斉(ひと)しくし、双双(そうそう)万劫(ばんごう)に増加(ぞうか)す。 桑田滄海(そうでんそうかい)更(こう=転)じ差(たが)うに任(まか)すも、他(かれ)自(おのずか)ら驚(おどろ)き無(な)く訝(いぶか)り無(な)し。 王母(おうぼ)正(まさ)に仙姫(せんき)仙子(せんし)をして歌舞(かぶ)せしめ、觥籌(こうちゅう=酒杯と箸)交(こもご)も錯(みだ)るるに、多(おお)からず時(とき)ならず、忽(たちま)ち又(また)聞(き)こゆるは: 一陣(ひとむれ)の異香(いこう=異なる香)鼻(はな)を嗅(か)いで来(きた)り、満堂(まんどう)の星(ほし)と宿(やど=星宿)を驚(おどろ)かし動(うご)かす。 天仙(てんせん)仏祖(ぶっそ)杯(さかずき)を把(と)って停(とど)め、各各(おのおの)頭(こうべ)を抬(あ)げて目(め)を迎(むか)え候(うかが)う。 霄漢(しょうかん=大空)の間(あいだ)に老人(ろうじん)現(あらわ)れ、手(て)に霊芝(れいし=霊芝草)を捧(ささ)げて藹繍(あいしゅう=美しき刺繍)を飛(と)ばす。 葫蘆(ころ=瓢箪)に万年丹(まんねんたん)を蔵蓄(ぞうちく=蔵め蓄え)、宝録(ほうろく=宝の帳)に千紀寿(せんきじゅ=千年の寿)を名(な)書(しる)す。 洞裡(どうり=洞の裡)の乾坤(けんこん)自由(じゆう)に任(まか)せ、壷中(こちゅう=瓢箪の中)の日月(じつげつ)成就(じょうじゅ)に随(したが)う。 四海(しかい)に遨遊(ごうゆう=遊び歩)きて清閑(せいかん=閑雅)を楽(たのし)み、十洲(じっしゅう)に散淡(さんたん=気ままに)として輳(あつま)りを容(い)る。 曾(かつ)て蟠桃(ばんとう)に赴(おもむ)きて幾遭(いくたび)か酔(よ)い、醒(さ)むる時(とき)明月(めいげつ)は還(ま)た旧(もと)の依(ごと)し。 長頭(ちょうとう)大耳(だいじ)短身躯(たんしんく)、南极(なんきょく)の方(かた)に老寿(ろうじゅ)と称(とな)う。 寿星(じゅせい)又(また)到(いた)る。玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えて礼(れい)し畢(おわ)り、又(また)如来(にょらい)に見(まみ)え、申謝(しんしゃ=申し述べ謝)して曰(いわ)く、「始(はじ)め那(か)の妖猴(ようこう)の老君(ろうくん)に引(ひ)かれて兜率宮(とそつぐう)に至(いた)り煅煉(たんれん)せらると聞(き)き、以(もっ)て必(かなら)ず平安(へいあん)を致(いた)さんと思(おも)いしに、期(き)せずんば他(かれ)又(また)反(そむ)き出(いで)たり。如来(にょらい)の善(よ)く此(こ)の怪(かい)を伏(ふく)するに干(あずか)り、宴(えん)を設(もう)けて奉謝(ほうしゃ)すると聞(き)き、故(ゆえ)に此(これ)に聞風(ふうをきき=噂を聞き)て来(きた)れり。更(さら)に他物(たぶつ)の献(けん)ず可(べ)き無(な)く、特(こと)に紫芝(しし=紫の霊芝)瑶草(ようそう=仙草)、碧藕(へきぐう=碧き蓮根)金丹(きんたん)を具(そな)えて奉上(ほうじょう=捧げ奉る)」と。詩(し)に曰(いわ)く: 碧藕(へきぐう)金丹(きんたん)釈迦(しゃか)に奉(たてまつ)れば、如来(にょらい)が万寿(ばんじゅ)恒沙(ごうじゃ=ガンジス河の砂)の若(ごと)し。 清平(せいへい)永楽(えいらく)三乗(さんじょう)の錦(にしき)、康泰(こうたい)長生(ちょうせい)九品(きゅうほん)の花(はな)。 無相門中(むそうもんちゅう)の真法王(しんほうおう)、色空天(しきくうてん)の上(ほとり)は是(こ)れ仙家(せんけ)なり。 乾坤(けんこん)大地(だいち)皆(みな)称(とな)えて祖(そ)とし、丈六金身(じょうろくこんじん=一丈六尺の金の身)福寿(ふくじゅ)賒(ゆたか)なり。 如来(にょらい)欣然(きんぜん=喜びいさん)で領(うけ)て謝(しゃ)す。寿星(じゅせい)座(ざ)を得(え)て、依然(いぜん)として斝(か=杯)を走(はし)らせ觴(さかずき)を伝(つた)う。只(た)だ赤脚大仙(せっきゃくだいせん)の又(また)至(いた)るを見(み)る。玉帝(ぎょくてい)の前(まえ)に向(むか)いて俯囟(ふしん=額を地に着け)して礼(れい)し畢(おわ)り、又(また)仏祖(ぶっそ)に対(たい)して謝(しゃ)して曰(いわ)く、「深(ふか)く法力(ほうりき)を感(かん)じ、妖猴(ようこう)を降伏(ごうぶく)せられたり。物(もの)の以(もっ)て敬(けい)を表(あらわ)す可(べ)き無(な)く、特(こと)に交梨(こうり=梨の一種)二顆(ふたつ)、火棗(かそう=火棗)数枚(すうまい)を具(そな)えて奉献(ほうけん)す」と。詩(し)に曰(いわ)く: 大仙(だいせん)赤脚(せっきゃく)にして棗梨(そうり)香(かん)じ、弥陀(みだ)を敬献(けいけん=謹んで捧ぐ)する寿算(じゅさん)長(なが)し。 七宝蓮台(しっぽうれんだい)山(やま)の様(さま)に穏(おだ)やかに、千金(せんきん)の花座(かざ)錦(にしき)の般(ごと)き妝(よそおい)。 寿(じゅ)天地(てんち)と同(おな)じとは言(げん)謬(あやま)りに非(あら)ず、福(ふく)洪波(こうは=大波)に比(ひ)するとは話(ことば)豈(あ)に狂(くる)たるや。 福寿(ふくじゅ)期(とき)の如(ごと)きは真(まこと)に箇(ひとつ)の是(こ)れ、清閑(せいかん)極楽(ごくらく)那(あ)の西方(さいほう)なり。 如来(にょらい)又(また)称(とな)えて謝(しゃ)し了(おわ)る。阿難(あなん)・迦葉(かしょう)を叫(よ)んで、各(おのおの)献(けん)ずる所(ところ)の物(もの)を、一一(いちいち)収(おさ)め起(おこ)させ、方(はじ)めて玉帝(ぎょくてい)の前(まえ)に向(むか)いて宴(えん)を謝(しゃ)す。衆(しゅう)各(おのおの)酩酊(めいてい=泥酔)するに、只(た)だ一箇(ひとり)の巡視霊官(じゅんしれいかん)の来(きた)りて報(ほう)じて曰(いわ)く、「那(か)の大聖(たいせい)頭(こうべ)を伸(の)ばし出(いだ)せり」とを見(み)る。仏祖(ぶっそ)曰(いわ)く、「妨(さまた)げず、妨(さまた)げず」と。袖(そで)の中(なか)より只(た)だ一枚(ひとひら)の帖(じょう=紙札)を取(と)り出(いだ)すに、上(うえ)に六箇(むっつ)の金字(きんじ)有(あ)りて曰(いわ)く、「唵(おん)・嘛(ま)・呢(に)・叭(ぱ)・咪(み)・吽(うん)」と。阿難(あなん)に逓(わた)して、那(か)の山頂上(さんちょうじょう)に貼(は)るを叫(よ)ばしむ。此(こ)の尊者(そんじゃ)即(すなわ)ち帖(じょう)を領(う)け、天門(てんもん)を拿(と)り出(いだ)し、那(か)の五行山(ごぎょうさん)の頂上(ちょうじょう)に到(いた)り、緊緊(きつきつ)と一塊(ひとかたまり)の四方石(しほうせき)の上(うえ)に貼(は)り着(つ)く。那(か)の座(ひとつ)の山(やま)は即(すなわ)ち根(ね)を生(しょう)じ縫(ぬいめ)を合(がっ)し、可(べ)く呼吸(こきゅう)の気(き)を運用(うんよう)して、手(て)を爬(は)い出(いだ)し、以(もっ)て揺掙揺掙(ようそうようそう=もがき動かす)す可(べ)きのみ。阿難(あなん)回(かえ)りて報(ほう)じて曰(いわ)く、「已(すで)に帖(じょう)を将(も)ちて貼(は)り了(おわ)れり」と。 如来(にょらい)即(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)衆神(しゅうしん)に辞(じ)し、二尊者(にそんじゃ)と天門(てんもん)の外(そと)に出(いで)、又(また)一箇(ひとつ)の慈悲心(じひしん)を発(おこ)し、真言咒語(しんごんじゅご)を念動(ねんどう)し、五行山(ごぎょうさん)に一尊(ひとりの)土地神祗(とちしんぎ)を召(め)し、五方掲諦(ごほうかいてい)に会(え)し同(とも)にして、此(こ)の山(やま)に居住(きょじゅう)して監押(かんおう=見張る)せしむ。但(た)だ他(かれ)が飢(う)うる時(とき)は、他(かれ)に鉄丸子(てつがんし=鉄の団子)を与(あた)えて食(くら)わし;渴(かわ)く時(とき)は、他(かれ)に溶化(ようか=溶かし)たる銅汁(どうじゅう=銅の汁)を与(あた)えて飲(の)ましむ。他(かれ)が災愆(さいけん=災いの期)の満(み)つる日(ひ)を待(ま)てば、自(おのずか)ら人(ひと)の他(かれ)を救(すく)う有(あ)らん。正(まさ)に是(こ)れ: 妖猴(ようこう)大胆(だいたん)に天宮(てんぐう)に反(そむ)けしも、却(かえ)って如来(にょらい)の伏手(ふくしゅ=手を伏せる)に降(くだ)さる。 渴(かわ)けば溶銅(ようどう=溶けた銅)を飲(の)みて歳月(さいげつ)を挨(しの)ぎ、飢(う)うれば鉄弾(てつだん=鉄の弾)を餐(くら)いて時光(じこう=時)を度(わた)る。 天災(てんさい)苦(くるし)く困(くるし)めて磨折(ませつ=苦しめ)に遭(あ)い、人事(じんじ)凄凉(せいりょう=もの寂し)くして命(いのち)の長(なが)きを喜(よろこ)ぶ。 若(も)し英雄(えいゆう)の重(ふたた)び展掙(てんそう=身を起こす)を得(う)るに至(いた)らば、他年(たねん=後の年)仏(ほとけ)に奉(ほう)じて西方(さいほう)に上(のぼ)らん。 又(また)詩(し)に曰(いわ)く: 豪強(ごうきょう)を逞(たくま)しうして大(おお)いに事(こと)を興(おこ)し、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)して乖能(かいのう=悪賢き才)を弄(ろう)す。 桃(とう)を偸(ぬす)み酒(しゅ)を偸(ぬす)みて天府(てんふ)に游(あそ)び、録(ろく=天録)を受(う)け恩(おん)を承(うけたまわ)って玉京(ぎょっけい)に在(あ)り。 悪(あく)貫(つらぬ)き満(み)ち盈(み)ちて身(み)受(う)けて困(くるし)めど、善根(ぜんこん)絶(た)えずして気(き)還(ま)た升(のぼ)る。 果(はた)して如来(にょらい)が手(て)を脱(のが)るるを得(う)るは、且(しばら)く唐朝(とうちょう)の聖僧(せいそう)の出(い)ずるを待(ま)て。 畢竟(つい)に何年(なんねん)何月(なんげつ)に、方(はじ)めて災殃(さいよう=災い)満(み)つるを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第八回 我(わ)が仏(ほとけ)経(きょう)を造(つく)りて極楽(ごくらく)に伝(つた)へ 観音(かんのん)旨(し)を奉(ほう)じて長安(ちょうあん)に上(のぼ)る 試(こころ)みに禅関(ぜんかん=禅の関)に問(と)ふ、参求(さんぐ=参じ求む)すること無数(むすう)、往往(おうおう=とかく)にして到頭(とうとう=ついに)虚(むな)しく老(お)ゆ。 磨磚(ません=磚を磨)して鏡(かがみ)を作(つく)り、雪(ゆき)を積(つ)んで粮(かて=糧)と為(な)し、幾多(いくばく)の年少(ねんしょう=若き者)を迷(まよ)わし了(おわ)れるか? 毛(け)も大海(たいかい)を呑(の)み、芥(け=芥子粒)も須弥(しゅみ=須弥山)を納(い)るとは、金色頭陀(こんじきずだ=金色の頭陀)の微笑(びしょう)なり。 悟(さと)る時(とき)十地三乗(じっちさんじょう)を超(こ)ゆれど、四生六道(ししょうろくどう)を凝滞(ぎょうたい=滞ら)し了(おわ)る。 誰(たれ)か絶想崖前(ぜっそうがいぜん=想いを絶つ崖)の、無陰樹(むいんじゅ=陰無き樹)の下(もと)に、杜宇(とう=ほととぎす)一声(ひとこえ)の春暁(しゅんぎょう=春のあけぼの)を聴(き)き得(う)るや? 曹渓(そうけい)の路(みち)険(けわ)しく、鷲嶺(じゅれい=霊鷲山)の雲(くも)深(ふか)く、此(こ)の処(ところ)故人(こじん)の音(おと)杳(よう=遠し)。 千丈(せんじょう)の冰崖(ひょうがい=氷の崖)、五葉(ごよう)の蓮(はす)開(ひら)き、古殿(こでん)の簾(すだれ)垂(た)れて香(こう)嫋(たなび)く。 那(か)の時節(とき)、源流(げんりゅう)を識(し)り破(やぶ)らば、便(すなわ)ち龍王(りゅうおう)の三宝(さんぽう)を見(み)ん。 此(こ)の一篇(いっぺん)の詞(し)は、名(な)づけて『蘇武慢(そぶまん)』と曰(い)う。話(はな)し表(しめ)す、我(わ)が仏(ほとけ)如来(にょらい)は、玉帝(ぎょくてい)に辞別(じべつ)し、回(かえ)りて雷音宝刹(らいおんほうさつ)に至(いた)るに、但(た)だ見(み)る那(か)の三千諸仏(さんぜんしょぶつ)・五百阿羅(ごひゃくあら)・八大金剛(はちだいこんごう)・無辺(むへん)の菩薩(ぼさつ)の、一箇一箇(めいめい)都(みな)幢幡(どうばん=旗)宝蓋(ほうがい=傘)を執(と)り、異宝(いほう)仙花(せんか)を擺(なら)べ列(つら)ねて霊山仙境(りょうざんせんきょう)に在(あ)り、娑羅双林(しゃらそうりん=沙羅双樹)の下(もと)に接迎(せつげい=迎える)するを。如来(にょらい)祥雲(しょううん)を駕(が)し住(とど)め、衆(しゅう)に対(たい)して曰(いわ)く、「我(われ)甚深(じんじん)の般若(はんにゃ)を以(もっ)て、遍(あまね)く三界(さんがい)を観(み)る。根本(こんぽん)性原(しょうげん=性の源)は、畢竟(ひっきょう)寂滅(じゃくめつ)なり。虚空(こくう)の相(すがた)と同(おな)じく、一(ひとつ)も所有(しょゆう)する無(な)し。乖猴(かいこう=逆らう猿)を殄伏(てんぷく=滅ぼし伏)せるも、是(こ)の事(こと)識(し)る莫(な)し、名(な)づけて生死(しょうじ)の始(はじめ)とし、法相(ほっそう)是(か)くの如(ごと)し」と。説(と)き罷(や)みて、舎利(しゃり)の光(ひかり)を放(はな)てば、満空(まんくう)に白虹(はくこう=白き虹)四十二道(しじゅうにどう)有(あ)りて、南北(なんぼく)通(つう)じ連(つら)なる。大衆(だいしゅ)見(み)て、身(み)を皈(き=帰)し礼拜(れいはい)す。少頃(しばらく)の間(あいだ)に、慶雲彩霧(けいうんさいむ=瑞雲と彩りの霧)を聚(あつ)め、上品蓮台(じょうぼんれんだい)に登(のぼ)り、端然(たんぜん=いかめしく)として坐(ざ)し下(くだ)る。那(か)の三千諸仏(さんぜんしょぶつ)・五百羅漢(ごひゃくらかん)・八金剛(はちこんごう)・四菩薩(しぼさつ)、掌(てのひら)を合(がっ)して近(ちか)づき前(まえ)に礼(れい)し畢(おわ)り、問(と)うて曰(いわ)く、「天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がし蟠桃(ばんとう)を攪乱(かくらん)せし者(もの)は、何(なん)なるや」と。如来(にょらい)曰(いわ)く、「那(か)の厮(やつ)は乃(すなわ)ち花果山(かかざん)の産(う)みし一(ひとつの)妖猴(ようこう)にして、罪悪(ざいあく)天(てん)に滔(みなぎ)り、名状(めいじょう=言い表す)す可(べ)からず、概(おおむ)ね天神将(てんしんしょう)も、俱(とも)に能(よ)く降伏(ごうぶく)する莫(な)く、二郎(じろう)の捉獲(そくかく=擒える)と、老君(ろうくん)の火(ひ)を用(もち)いて煅煉(たんれん)すると雖(いえど)も、亦(ま)た能(よ)く傷損(しょうそん)する莫(な)し。我(われ)去(ゆ)きし時(とき)、正(まさ)に雷将(らいしょう)の中間(ちゅうかん)に在(あ)りて、威(い)を揚(あ)げ武(ぶ)を耀(かがや)かし、精神(せいしん)を売弄(ろう=ひけらか)せるを、我(われ)兵戈(へいか=武器)を止(とど)め住(とど)めて、他(かれ)が来歴(らいれき)を問(と)えば、他(かれ)神通(じんつう)有(あ)り、変化(へんげ)を会(え)し、又(また)筋斗雲(きんとうん)を駕(が)して、一去(ひとたびゆけば)十万八千里(じゅうまんはっせんり)と言(い)えり。我(われ)他(かれ)と箇(ひとつ)の賭賽(とさい=賭け)を打(う)ちしに、他(かれ)我(われ)が手(て)を出(い)づることを得(え)ず、却(かえ)って他(かれ)を一把(ひとつかみ)に抓(つか)み住(とど)め、指(ゆび)を指(さ)して五行山(ごぎょうさん)に化(け)し、封圧(ふうあつ=封じ圧し)して他(かれ)を那(か)の裡(うち)に在(あ)らしめたり。玉帝(ぎょくてい)大(おお)いに金闕瑶宮(きんけつようきゅう=金の宮と瑶の館)を開(ひら)き、我(われ)を請(しょう)じて首席(しゅせき)に坐(ざ)せしめ、『安天大会(あんてんだいえ)』を立(た)てて我(われ)を謝(しゃ)せしが、却(かえ)って方(はじ)めて駕(が)に辞(じ)して回(かえ)れり」と。大衆(だいしゅ)言(げん)を聴(き)きて喜悦(きえつ=喜び楽し)み、極口(きょくこう=口を極め)して称揚(しょうよう=称え讃う)。謝(しゃ)し罷(や)みて、各(おのおの)班(はん=組)に分(わ)かれて退(しりぞ)き、各(おのおの)乃(すなわ)ち事(こと)を執(と)り、共(とも)に天真(てんしん=天の真)を楽(たのし)む。果(はた)して是(こ)れ: 瑞靄(ずいあい=瑞けき靄)天竺(てんじく)に漫(み)ち、虹光(こうこう)世尊(せそん)を擁(よう=囲む)。 西方(さいほう)第一(だいいち)と称(とな)え、無相(むそう)法王(ほうおう)の門(もん)なり! 常(つね)に見(み)る玄猿(げんえん=黒猿)の果(くだもの)を献(けん)じ、麋鹿(びろく=大鹿)の花(はな)を銜(ふく)むを; 青鸞(せいらん)舞(ま)い、彩鳳(さいほう)鳴(な)き;霊亀(れいき)寿(じゅ)を捧(ささ)げ、仙鶴(せんかく)芝(しば=霊芝)を擒(とら)う。 浄土袛園(じょうどしおん=浄土の祇園)を安享(あんきょう=安らかに享け)、龍宮法界(りゅうぐうほっかい)を受用(じゅよう=享け用う)。 日日(ひび)花(はな)開(ひら)き、時時(じじ=いつも)果(くだもの)熟(じゅく)し、静(しず)けきに習(なら)い真(しん)に帰(き)し、禅(ぜん)に参(さん)じて果(か)正(ただ)し。 不滅不生(ふめつふしょう)にして、不増不減(ふぞうふげん)なり。 烟霞(えんか)縹緲(ひょうびょう)として来往(らいおう)に随(したが)い、寒暑(かんしょ)侵(おか)すこと無(な)くして年(とし)を記(き)せず。 詩(し)に曰(いわ)く: 去(さ)り来(きた)ること自在(じざい)にして優游(ゆうゆう=ゆったり)なるに任(まか)せ、也(ま)た恐怖(きょうふ)無(な)く也(ま)た愁(うれ)い無(な)し。 極楽場中(ごくらくじょうちゅう)俱(とも)に坦蕩(たんとう=広々と)たり、大千(だいせん)の処(ところ)に春秋(しゅんじゅう=年月)没(な)し。 仏祖(ぶっそ)一月(ひとつき)の間(あいだ)霊山(りょうざん)大雷音宝刹(だいらいおんほうさつ)に居(きょ)す。一日(いちにち)、諸仏(しょぶつ)・阿羅(あら)・掲諦(かいてい)・菩薩(ぼさつ)・金剛(こんごう)・比丘僧(びくそう)・尼(に)等(ら)の衆(しゅ)を喚(よ)び聚(あつ)め、曰(いわ)く、「乖猿(かいえん=逆らう猿)を伏(ふく)し、天(てん)を安(やすん)じし後(のち)、我(われ)が処(ところ)年月(ねんげつ)を知(し)らざるも、料(はか)るに凡間(ぼんげん)に半千年(はんせんねん=五百年)有(あ)るならん、今(いま)孟秋(もうしゅう=初秋)の望日(ぼうじつ=十五日)に値(あ)う。我(われ)に一(ひとつ)の宝盆(ほうぼん=宝の鉢)有(あ)り、百様(ひゃくよう)の花(はな)、千般(せんぱん)の異果(いか=珍しき果)等(ら)の物(もの)を具(そな)え設(もう)けて、汝(なんじ)等(ら)と此(こ)の『盂蘭盆会(うらぼんえ)』を享(う)けんとするは如何(いかん)」と。慨衆(がいしゅう=大衆)一箇一箇(めいめい)掌(てのひら)を合(がっ)し、仏(ほとけ)に礼(れい)すること三匝(さんそう=三巡)して、領会(りょうえ=承知)す。如来(にょらい)却(かえ)って宝盆(ほうぼん)の中(うち)の花果(かか=花と果)の品物(ひんぶつ)を将(も)ちて、阿難(あなん)に着(つ)けて捧(ささ)げ走(はし)らしめ、迦葉(かしょう)に着(つ)けて布散(ふさん=配り)せしむ。大衆(だいしゅ)感激(かんげき)し、各(おのおの)詩(し)を献(けん)じて伸謝(しんしゃ=述べ謝す)。 福(ふく)の詩(し)に曰(いわ)く: 福聖(ふくしょう)光(ひかり)耀(かがや)きて性尊前(しょうそんぜん)にあり、福(ふく)弥遠(びえん)を納(い)れて深(ふか)くして更(さら)に綿(めん=長)し。 福徳(ふくとく)無疆(むきょう=限り無く)地久(ちきゅう=地の久しき)と同(おな)じく、福縁(ふくえん)慶(よろこび)有(あ)りて天(てん)と連(つら)なる。 福田(ふくでん)広(ひろ)く種(う)えて年年(ねんねん)に盛(さか)んに、福海(ふくかい)洪(こう=大)く深(ふか)くして歳歳(さいさい)に堅(かた)し。 福(ふく)乾坤(けんこん)に満(み)ちて福蔭(ふくいん=福の蔭)多(おお)く、福(ふく)無量(むりょう)に増(ま)して永(とこしえ)に周全(しゅうぜん=満ち足る)。 禄(ろく)の詩(し)に曰(いわ)く: 禄(ろく)重(おも)きこと山(やま)の如(ごと)くにして彩鳳(さいほう)鳴(な)き、禄(ろく)時(とき)の泰(やす)きに随(したが)いて長庚(ちょうこう=金星)を視(み)る。 禄(ろく)万斛(ばんこく)を添(そ)えて身(み)康健(こうけん)に、禄(ろく)千鐘(せんしょう)を享(う)けて也(ま)た太平(たいへい)なり。 禄俸(ろくほう)天(てん)と斉(ひと)しくして還(ま)た永(とこしえ)に固(かた)く、禄名(ろくめい)海(うみ)に似(に)て更(さら)に澄清(ちょうせい=澄み清)し。 禄思(ろくし)遠(とお)く継(つ)がれて瞻仰(せんごう=仰ぎ見る)多(おお)く、禄爵(ろくしゃく)無辺(むへん)にして万国(ばんこく)栄(さか)う。 寿(じゅ)の詩(し)に曰(いわ)く: 寿星(じゅせい)彩(いろどり)を献(けん)じて如来(にょらい)に対(たい)し、寿域(じゅいき=寿の境)の光華(こうか)此(これ)より開(ひら)く。 寿果(じゅか)盤(ばん)に満(み)ちて瑞靄(ずいあい)を生(しょう)じ、寿花(じゅか)新(あらた)に采(と)りて蓮台(れんだい)に插(さ)す。 寿詩(じゅし)清雅(せいが)にして奇妙(きみょう)多(おお)く、寿曲(じゅきょく)音(おん)を調(ととの)えて美才(びさい=美しき才)に按(あん)ず。 寿命(じゅみょう)延長(えんちょう)して日月(じつげつ)と同(おな)じく、寿(じゅ)山海(さんかい)の如(ごと)くにして更(さら)に悠(ゆう=遥か)なる哉(かな)。 衆菩薩(しゅうぼさつ)献(けん)じ畢(おわ)り、因(よ)って如来(にょらい)に請(こ)うて根本(こんぽん)を明示(めいじ)し、源流(げんりゅう)を指解(しげ=指し説)かんことを。那(か)の如来(にょらい)微(かす)かに善口(ぜんく=善き口)を開(ひら)き、大法(だいほう)を敷演(ふえん=説き広め)、正果(しょうか)を宣揚(せんよう=宣べ揚ぐ)、講(こう)ずる所(ところ)は是(こ)れ三乗(さんじょう)の妙典(みょうてん)、五蘊(ごうん)の得厳(とくごん=厳かなるを得る)。但(た)だ見(み)る那(か)の天龍(てんりゅう)同(とも)に繞(めぐ)り、花雨(かう=花の雨)繽紛(ひんぷん=乱れ降る)を。正(まさ)に是(こ)れ: 「禅心(ぜんしん)朗(あき)らかにして千江(せんこう=幾千の川)の月(つき)を照(てら)し、真性(しんしょう)情(じょう)を涵(ひた)して万里(ばんり)の天(てん)なり。」 如来(にょらい)講(こう)じ罷(や)み、衆(しゅう)に対(たい)して言(げん)を回(めぐ)らして曰(いわ)く、「我(われ)四大部洲(しだいぶしゅう)を現(あらわ)すに、衆生(しゅじょう)の善悪(ぜんあく)、各(おのおの)方(ほう)一(ひとつ)ならず:東勝神洲(とうしょうしんしゅう)なる者(もの)は、天(てん)を敬(うやま)い地(ち)を礼(れい)し、心(こころ)爽(さわ)やかにして気(き)平(たい)らかなり;北巨蘆洲(ほっきょろしゅう)なる者(もの)は、親(した)しく生(い)くるを好(この)むと雖(いえど)も、只(た)だ糊口(ここう=口を糊する)に因(よ)り、性(しょう)拙(つたな)く情(じょう)流(なが)れ、作践(さくせん=踏みにじる)多(おお)からず;我(わ)が西牛賀洲(さいごがしゅう)なる者(もの)は、貪(むさぼ)らず殺(ころ)さず、気(き)を養(やしな)い霊(たま)を潜(ひそ)め、上真(じょうしん=真の仙)無(な)しと雖(いえど)も、人人(ひとびと)寿(じゅ)を固(かた)くす;但(た)だ那(か)の南贍部洲(なんせんぶしゅう)なる者(もの)は、淫(いん)を貪(むさぼ)り禍(わざわい)を楽(たのし)み、殺(ころ)すこと多(おお)く争(あらそ)うこと多(おお)く、正(まさ)に所謂(いわゆる)口舌(こうぜつ=言い争い)の凶場(きょうじょう=凶の場)、是非(ぜひ)の悪海(あくかい)なり。我(われ)今(いま)三蔵(さんぞう)の真経(しんきょう)有(あ)り、以(もっ)て人(ひと)をして善(ぜん)を為(な)さしむ可(べ)し」と。 諸菩薩(しょぼさつ)言(げん)を聞(き)きて、掌(てのひら)を合(がっ)して皈依(きえ=帰依)し、仏前(ぶつぜん)に向(むか)いて問(と)うて曰(いわ)く、「如来(にょらい)に哪(いず)れの三蔵(さんぞう)の真経(しんきょう)有(あ)るか」と。如来(にょらい)回(こた)えて曰(いわ)く、「我(われ)に法(ほう)一蔵(いちぞう)有(あ)り、天(てん)を談(だん)じ;論(ろん)一蔵(いちぞう)有(あ)り、地(ち)を説(と)き;経(きょう)一蔵(いちぞう)有(あ)り、鬼(おに)を度(ど=済度)す;三蔵(さんぞう)共計(きょうけい=合わせ)三十五部(さんじゅうごぶ)、該(まさ)に一万五千一百四十四巻(いちまんごせんひゃくしじゅうよんかん)なり、乃(すなわ)ち是(こ)れ修真(しゅうしん)の径(みち)、正善(しょうぜん)の門(もん)なり。我(われ)待(ま)たんと要(よう)するは之(これ)を東土(とうど)に送(おく)り上(のぼ)さんとするに、叵耐(はなはだしいかな)那(か)の方(かた)の衆生(しゅじょう)は愚蠢(ぐどん=愚か)にして、真言(しんごん)を毀謗(きぼう=謗る)し、我(われ)が法門(ほうもん)の要旨(ようし)を識(し)らず、瑜迦(ゆか=瑜伽)の正宗(せいしゅう)を怠慢(たいまん=疎かに)す。怎(いか)にして一箇(ひとりの)法力(ほうりき)有(あ)る者(もの)を得(え)て、東土(とうど)に去(ゆ)きて一箇(ひとりの)善信(ぜんしん=信心ある者)を尋(たず)ね、他(かれ)をして苦(くる)しみて千山(せんざん)を歴(へ)、遠(とお)く万水(ばんすい)を経(へ)て、我(われ)が処(ところ)に到(いた)りて真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らしめ、永(とこしえ)に東土(とうど)に伝(つた)え、他(かれ)が衆生(しゅじょう)を勧(すす)めば、却(かえ)って乃(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひとつ)の山(やま)の大(おお)いなるの福縁(ふくえん)、海(うみ)の深(ふか)きの善慶(ぜんけい=善き慶び)なるに、誰(たれ)か肯(あ)えて去(ゆ)きて一遭(ひとたび)を走(はし)り来(きた)らんや」と。当(まさ)に観音菩薩(かんのんぼさつ)有(あ)り、行(ゆ)きて蓮台(れんだい)に近(ちか)づき、仏(ほとけ)に礼(れい)すること三匝(さんそう)し、道(い)わく、「弟子(でし)不才(ふさい=未熟)なれど、願(ねが)わくは東土(とうど)に上(のぼ)りて一箇(ひとりの)取経(しゅきょう=経を取りに)の者(もの)を尋(たず)ね来(きた)らん」と。諸衆(しょしゅう)頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(かんがん)すれば、那(か)の菩薩(ぼさつ)は: 理(り)四徳(しとく)を円(まどか)にし、智(ち)金身(こんしん=金の身)に満(み)つ。 纓珞(えいらく=珠の飾り)珠翠(しゅすい=珠と翡翠)を垂(た)れ、香環(こうかん=香る環)宝(ほう)を結(むす)んで明(あき)らかなり。 烏雲(ううん=黒き雲)巧(たくみ)に迭(かさ)ねて盤龍髻(ばんりゅうけい=龍のとぐろの髪)、繍帯(しゅうたい=刺繍の帯)軽(かる)く飄(ひるがえ)りて彩鳳(さいほう)の翎(はね)のごとし。 碧玉(へきぎょく)の紐(ひも)、素羅袍(そらほう=白き薄絹の袍)、祥光(しょうこう)籠(こも)り罩(おお)う;錦絨裙(きんじゅくん=錦の毛衣の裳)、金落索(きんらくさく=金の鎖)、瑞気(ずいき)遮(さえぎ)り迎(むか)う。 眉(まゆ)は小月(しょうげつ=三日月)の如(ごと)く、眼(め)は双星(そうせい=二つの星)に似(に)たり。 玉面(ぎょくめん=玉の顔)天生(てんせい=生れつき)の喜(よろこび)、朱唇(しゅしん=赤き唇)一点(いってん)の紅(くれない)。 浄瓶(じょうへい=清き瓶)の甘露(かんろ)年年(ねんねん)に盛(さか)んに、斜(なな)めに插(さ)す垂楊(すいよう=柳)歳歳(さいさい)に青(あお)し。 八難(はちなん=八つの難)を解(と)き、群生(ぐんしょう=衆生)を度(ど=済度)し、大(おお)いなる慈憫(じびん=憐れみ)あり。 故(ゆえ)に太山(たいざん)を鎮(しず)め、南海(なんかい)に居(きょ)し、苦(くるしみ)を救(すく)い声(こえ)を尋(たず)ね、万(よろず)称(とな)うれば万(よろず)応(こた)え、千(ち)聖(ひじり)にして千(ち)霊(たま)なり。 蘭心(らんしん=蘭の心)紫竹(しちく)を欣(よろこ)び、蕙性(けいせい=フジバカマの性)香藤(こうとう=香る藤)を愛(あい)す。 他(かれ)は是(こ)れ落伽山(らくかさん)上の慈悲主(じひしゅ)、潮音洞(ちょうおんどう)裡(うち)の活観音(かつかんのん)なり。 如来(にょらい)見(み)て、心(こころ)の中(うち)に大(おお)いに喜(よろこ)び、道(い)わく、「別(べつ)の箇(ひとり)は是(こ)れ也(ま)た去(ゆ)くことを得(え)ず、須(すべから)く是(こ)れ観音尊者(かんのんそんじゃ)の、神通広大(じんつうこうだい)なるにして、方(はじ)めて去(ゆ)く可(べ)し」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「弟子(でし)此(ここ)より東土(とうど)に去(ゆ)くに、甚(なん)の言語(ことば)の吩咐(ふんぷ=言付け)有(あ)るや」と。如来(にょらい)道(い)わく、「此(こ)の一去(ひとたびゆき)に、要(よう)す路道(ろどう=道筋)を踏(ふ)み看(み)るべし、霄漢(しょうかん=大空)の中(うち)に行(ゆ)くを許(ゆる)さず、須(すべから)く是(こ)れ半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧の半ば)なるべし;山水(さんすい)を目(め)に過(よぎ)らせ、謹(つつし)んで程途(ていと=道程)の遠近(えんきん)の数(かず)を記(き)し、那(か)の取経(しゅきょう)の人(ひと)に叮嚀(ていねい=念押し)せよ。但(た)だ恐(おそ)らくは善信(ぜんしん)の行(ゆ)くこと難(がた)からん、我(われ)汝(なんじ)に五件(いつつ)の宝貝(ほうばい=宝)を与(あた)えん」と。即(すなわ)ち阿難(あなん)・迦葉(かしょう)に命(めい)じて、「錦襴袈裟(きんらんけさ=錦の袈裟)」一領(ひとえ)、「九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう=九つの環の錫杖)」一根(ひとふり)を取(と)り出(いだ)さしめ、菩薩(ぼさつ)に対(たい)して言(げん)を回(めぐ)らして曰(いわ)く、「此(こ)の袈裟(けさ)・錫杖(しゃくじょう)は、可(べ)く那(か)の取経(しゅきょう)の人(ひと)の親(みずか)ら用(もち)うるに与(あた)うべきなり。若(も)し肯(あ)えて堅心(けんしん=固き心)にて此(ここ)に来(きた)らば、我(われ)が袈裟(けさ)を穿(き)れば輪廻(りんね)に堕(お)つるを免(まぬが)れ;我(われ)が錫杖(しゃくじょう)を持(と)れば毒害(どくがい)に遭(あ)わず」と。 此(こ)の菩薩(ぼさつ)皈依(きえ)して拜(おが)み領(う)くるに、如来(にょらい)又(また)三箇(みっつ)の箍児(こじ=輪)を取(と)り、菩薩(ぼさつ)に逓(わた)して道(いわ)く、「此(こ)の宝(ほう)は喚(よ)んで『緊箍児(きんこじ=締め輪)』と做(な)す、一様(ひとよう)に三箇(みっつ)なると雖(いえど)も、但(た)だ只(た)だ是(こ)れ用(もち)うる各(おのおの)同(おな)じからず。我(われ)に『金緊禁(こんきんきん)』の咒語(じゅご)三篇(さんぺん)有(あ)り。仮(かり)に若(も)し路(みち)の上(ほとり)にて神通広大(じんつうこうだい)の妖魔(ようま)に撞見(であ)わば、汝(なんじ)須(すべから)く是(こ)れ他(かれ)を勧(すす)めて学(まな)び好(よ)くならしめ、那(か)の取経(しゅきょう)の人(ひと)に跟(したが)いて箇(ひとつの)徒弟(とてい)と做(な)らしめよ。他(かれ)若(も)し使喚(しかん=使い)に伏(ふく)せずんば、可(べ)く此(こ)の箍児(こじ)を将(も)ちて他(かれ)に与(あた)えて頭(こうべ)の上(うえ)に帯(お)かしむれば、自然(おのずか)ら肉(にく)を見(み)て根(ね)を生(しょう)ず。各(おのおの)用(もち)うる所(ところ)の咒語(じゅご)に依(よ)りて一(ひと)念(とな)え念(とな)えば、眼(め)脹(は)れ頭(こうべ)痛(いた)み、脳門(のうもん=脳天)皆(みな)裂(さ)け、管(きっと)て他(かれ)をして我(われ)が門(もん)に入(い)らしめん」と。 那(か)の菩薩(ぼさつ)言(げん)を聞(き)きて、躍踊(やくしょう=跳ね喜び)して礼(れい)を作(な)して退(しりぞ)き、即(すなわ)ち恵岸行者(えがんぎょうじゃ)を喚(よ)んで随(したが)いて行(ゆ)かしむ。那(か)の恵岸(えがん)は一條(ひとふり)の渾鉄棍(こんてっこん=総鉄の棒)を使(つか)うに、重(おも)さ千斤(せんきん)有(あ)り、只(た)だ菩薩(ぼさつ)の左右(さゆう)に在(あ)りて箇(ひとつ)の降魔(ごうま)の大力士(だいりきし)と作(な)る。菩薩(ぼさつ)遂(つい)に錦襴袈裟(きんらんけさ)を将(も)ちて一箇(ひとつの)包裹(ほうか=包み)を作(な)し、他(かれ)に令(れい)じて背(せお)わしむ。菩薩(ぼさつ)金箍(きんこ)を将(も)ちて蔵(かく)し、錫杖(しゃくじょう)を執(と)り、径(ただ)ちに霊山(りょうざん)を下(くだ)る。此(こ)の一去(ひとたびゆき)に、分教(ぶんきょう=次第)有(あ)り: 仏子(ぶっし)還(ま)た来(きた)りて願(がん)を帰(き=果た)し、金蝉長老(きんせんちょうろう)栴檀(せんだん)を裹(つつ)む。 那(か)の菩薩(ぼさつ)山(やま)の脚(ふもと)下(した)に到(いた)るに、玉真観(ぎょくしんかん)の金頂大仙(きんちょうだいせん)の、観門(かんもん=観の門)の首(ほとり)に在(あ)りて接(むか)え住(とど)め、菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて茶(ちゃ)を献(けん)ぜしむ有(あ)り。菩薩(ぼさつ)敢(あ)えて久(ひさ)しく停(とど)まらず、大仙(だいせん)に対(たい)して曰(いわ)く、「今(いま)如来(にょらい)の法旨(ほうし)を領(う)け、東土(とうど)に上(のぼ)りて取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ねに去(ゆ)かん」と。大仙(だいせん)道(い)わく、「取経(しゅきょう)の人(ひと)は幾時(いつ)方(はじ)めて到(いた)るや」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「未(いま)だ定(さだ)まらず、約莫(おおよそ)二三年(にさんねん)の間(あいだ)に、或(あるい)は此(ここ)に至(いた)る可(べ)し」と。遂(つい)に大仙(だいせん)に辞(じ)し、半雲半霧(はんうんはんむ)して、約(おおよ)く程途(ていと)を記(き)す。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く: 万里(ばんり)相(あい)尋(たず)ぬるも自(みずか)ら言(い)わず、却(かえ)って云(い)わく誰(たれ)か意(い)の全(まっと)うし難(がた)きを得(え)んと? 人(ひと)を求(もと)むること忽(たちま)ち若(も)し渾(すべて)此(か)くの如(ごと)くならば、是(こ)れ我(われ)が平生(へいぜい)豈(あ)に偶然(ぐうぜん)ならんや? 道(みち)を伝(つた)うるに方(ほう)有(あ)りて成(な)るは是(こ)れ語(ことば)、説(と)き明(あき)らかにして信(しん)無(な)き也(ま)た虚伝(きょでん=虚しい伝え)なり。 願(ねが)わくは肝胆(かんたん=心の底)を傾(かたむ)けて相識(そうしき=知己)を尋(たず)ね、料(おもんばか)るに前頭(まえ=先)必(かなら)ず縁(えん)有(あ)らん。 師徒(しと)二人(ふたり)正(まさ)に走(はし)る間(あいだ)、忽然(たちま)ち弱水(じゃくすい=渡り難き水)三千(さんぜん)を見(み)る、乃(すなわ)ち是(こ)れ流沙河(るさが)の界(さかい)なり。菩薩(ぼさつ)道(い)わく: 「徒弟(とてい)よ、此(こ)の処(ところ)は却(かえ)って是(こ)れ行(ゆ)くこと難(がた)し。取経(しゅきょう)の人(ひと)は濁骨凡胎(だくこつぼんたい=穢れた骨の凡なる身)なるに、如何(いか)でか渡(わた)るを得(え)ん」と。恵岸(えがん)道(い)わく、「師父(しふ)、汝(なんじ)看(み)よ河(かわ)の多(いか)ほど遠(とお)きかを」と。那(か)の菩薩(ぼさつ)雲(くも)を停(とど)め歩(ほ)を住(とど)めて看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る: 東(ひがし)は沙磧(しゃせき=砂漠)に連(つら)なり、西(にし)は諸番(しょばん=諸の蛮地)に抵(いた)り;南(みなみ)は烏戈(うか=西域の国)に達(たっ)し、北(きた)は韃靼(だったん=タタール)に通(つう)ず。 径過(けいか=通り過ぐる)に八百里(はっぴゃくり)の遥(はるか)有(あ)り、上下(じょうげ)に千万里(せんまんり)の遠(とお)き有(あ)り。 水(みず)の流(なが)るるは一(ひと)に地(ち)の身(み)を翻(ひるがえ)すに似(に)て、浪(なみ)の滚(まく)るるは却(かえ)って山(やま)の背(せ)を聳(そび)やかすが如(ごと)し。 洋洋浩浩(ようようこうこう=広々と)として、漠漠茫茫(ばくばくぼうぼう=果てしなく)、十里(じゅうり)遥(はるか)に万丈(ばんじょう)の洪(おおみず)を聞(き)く。 仙槎(せんさ=仙人の筏)も此(ここ)に到(いた)ること難(がた)く、蓮葉(れんよう=蓮の葉)も能(よ)く浮(うか)ぶこと莫(な)し。 衰草(すいそう=枯れ草)斜陽(しゃよう=夕日)曲浦(きょくほ=曲がりくねる入江)に流(なが)れ、黄雲(こううん)日(ひ)を影(かげ)して長堤(ちょうてい=長き堤)を暗(くら)くす。 那(いず)くに客商(かくしょう=旅の商人)の来往(らいおう)を得(う)んや?何(いつ)か曾(かつ)て漁叟(ぎょそう=漁師)の依栖(いせい=寄り住む)有(あ)らんや? 平沙(へいさ=平らかな砂)に雁(かり)の落(お)つる無(な)く、遠岸(えんがん=遠き岸)に猿(さる)の啼(な)く有(あ)り。 只(た)だ是(こ)れ紅蓼花(こうりょうか=紅き蓼の花)の蘩(しげ)くして景色(けいしき)を知(し)り、白蘋香(はくひんこう=白き浮草の香)の細(こまか)にして依依(いい=揺らぐ)に任(まか)す。 菩薩(ぼさつ)正(まさ)に然(しか)く点看(てんかん=眺め見)せるに、只(た)だ那(か)の河(かわ)の中(なか)に、潑剌(はつらつ=ぴちゃり)と一声(ひとこえ)響(ひびき)亮(たか)く、水波(すいは)の裡(うち)より一箇(ひとりの)妖魔(ようま)の跳(おど)り出(い)で来(きた)るを見(み)る、十分(じゅうぶん)に醜悪(しゅうあく=醜く悪し)なり。他(かれ)が生(うま)れ得(え)るは: 青(あお)からず、黒(くろ)からず、晦気色(かいきしょく=どんよりとした色)の臉(かお); 長(なが)からず、短(みじか)からず、赤脚(せっきゃく=裸足)の筋躯(きんく=筋張る体)。 眼光(がんこう=眼の光)閃鑠(せんしゃく=きらめく)こと、好(よ)く灶底(そうてい=竈の底)の双灯(そうとう=二つの灯)に似(に)たり; 口角(こうかく=口元)丫叉(あさ=割れる)して、就(すなわ)ち屠家(とか=屠殺屋)の火鉢(ひばち)の如(ごと)し。 獠牙(りょうが=むき出の牙)は剣刃(けんじん=剣の刃)を撑(ささ)え、紅発(こうはつ=赤き髪)乱(みだ)れて蓬松(ほうしょう=蓬のごとく)たり。 一声(ひとこえ)の叱咤(しった=叱り声)は雷吼(らいこう=雷の咆え)の如(ごと)く、両脚(りょうきゃく=両足)の奔波(ほんぱ=駆ける)は滚風(こんぷう=巻く風)に似(に)たり。 那(か)の怪物(かいぶつ)手(て)に一根(ひとふり)の宝杖(ほうじょう=宝の杖)を執(と)り、岸(きし)に上(のぼ)りて就(すなわ)ち菩薩(ぼさつ)を捉(とら)えんとするに、却(かえ)って恵岸(えがん)の渾鉄棒(こんてっこん)を掣(ひっさ)げて擋(ふせ)ぎ住(とど)められ、一声(ひとこえ)喝(かつ)して曰(いわ)く、「休(や)め!」と。那(か)の怪物(かいぶつ)就(すなわ)ち宝杖(ほうじょう)を持(も)ち定(さだ)めて来(きた)りて迎(むか)う。両箇(ふたり)流沙河(るさが)の辺(ほとり)に在(あ)りて、此(こ)の一場(ひとくさ)の悪(あ)しき殺(いくさ)、真(まこと)に箇(ひとつ)の驚(おどろ)かすべき人(ひと)なり: 木吒(ぼくた)の渾鉄棒(こんてっこん)、護法(ごほう=法を護る)に神通(じんつう)を顕(あらわ)し;怪物(かいぶつ)の降妖杖(ごうようじょう)、力(ちから)を努(つと)めて英雄(えいゆう)を逞(たくま)しうす。 双条(ふたすじ)の銀蟒(ぎんもう=銀の大蛇)河辺(かへん)に舞(ま)い、一対(ひとくみ)の神譜(しんぷ=神の譜)岸上(がんじょう)に冲(つきあが)る。 那(か)の箇(ひとつ)は威(い)流沙(るさ)を鎮(しず)めて本事(ほんじ)を施(ほどこ)し、此(こ)の箇(ひとつ)は力(ちから)観音(かんのん)を保(まも)りて大功(たいこう)を建(た)つ。 那(か)の箇(ひとつ)は波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を躍(おど)らせ、此(こ)の箇(ひとつ)は霧(きり)を吐(は)き雲(くも)を噴(ふ)く。 波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を躍(おど)らせて乾坤(けんこん)暗(くら)く、霧(きり)を吐(は)き雲(くも)を噴(ふ)きて日月(じつげつ)昏(くら)し。 那(か)の降妖杖(ごうようじょう)は、好(よ)く便(すなわ)ち出山(しゅつざん=山を出づる)の白虎(びゃっこ)に似(に)たり;此(こ)の渾鉄棒(こんてっこん)は、却(かえ)って就(すなわ)ち臥道(がどう=道に臥す)の黄龍(こうりゅう)の如(ごと)し。 那(か)の使(つか)い将(も)ち来(きた)るは、蛇(へび)を尋(たず)ね草(くさ)を撥(かきわ)け;此(こ)の投(な)げ開(ひら)き去(さ)るは、鷂(はしたか)を撲(おそ)い松(まつ)を分(わ)く。 只(た)だ殺(たたか)いて昏漠漠(こんばくばく=薄暗く)、星辰(せいしん)燦爛(さんらん=燦め)き;霧騰騰(むとうとう=霧もうもう)として、天地(てんち)朦朧(もうろう=かすむ)。 那(か)の箇(ひとつ)は久(ひさ)しく弱水(じゃくすい)に住(じゅう)して惟(た)だ他(かれ)のみ狠(おそろ)しく、此(こ)の箇(ひとつ)は初(はじ)めて霊山(りょうざん)を出(い)でし第一(だいいち)の功(こう)なり。 他(かれ)両箇(ふたり)来来往往(らいらいおうおう)、戦(たたか)うこと数十合(すうじゅうごう)に上(のぼ)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。那(か)の怪物(かいぶつ)鉄棒(てつぼう)を架(かま)え住(とど)めて道(い)わく、「汝(なんじ)は那(いず)れの裡(うち)の和尚(おしょう)なる、敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)と抵敵(ていてき=敵対)するや」と。木吒(ぼくた)道(い)わく、「我(われ)は是(こ)れ托塔天王(たくとうてんおう)の二太子(にたいし)木吒(ぼくた)にして恵岸行者(えがんぎょうじゃ)、今(いま)我(われ)が師父(しふ)を保(まも)りて東土(とうど)に往(ゆ)きて取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ねに去(ゆ)く。汝(なんじ)は是(こ)れ何(なん)の怪(かい)なる、敢(あ)えて大胆(だいたん)にも路(みち)を阻(ふさ)ぐや」と。那(か)の怪(かい)方(はじ)めて醒悟(せいご=目覚め)して道(い)わく、「我(われ)記(き=覚え)す、汝(なんじ)南海観音(なんかいかんのん)に踉(したが)いて紫竹林(しちくりん)の中(うち)に在(あ)りて修行(しゅぎょう)せしを、汝(なんじ)何(なん)の為(ため)に此(ここ)に来(きた)れるや」と。木吒(ぼくた)道(いわ)く、「那(あ)の岸(きし)の上(うえ)に在(あ)るは是(こ)れ我(われ)が師父(しふ)ならずや」と。 怪物(かいぶつ)言(げん)を聞(き)きて、声(こえ)を連(つら)ねて喏喏(だくだく=へいへい)とし;宝杖(ほうじょう)を収(おさ)め、木吒(ぼくた)をして揪(つか)み去(さら)しめ、観音(かんのん)を見(み)て頭(こうべ)を納(さ)げ下(くだ)して拜(はい)す。告(もう)して道(い)わく、「菩薩(ぼさつ)、我(われ)が罪(つみ)を恕(ゆる)せ、我(われ)をして訴告(そこく=申し訴え)せしめよ。我(われ)は是(こ)れ妖邪(ようじゃ)に非(あら)ず、我(われ)は是(こ)れ霊霄殿(れいしょうでん)の下(もと)にて鑾輿(らんよ=天子の輿)を侍(さぶら)うの巻簾大将(かんれんたいしょう)なり。只(た)だ蟠桃会(ばんとうえ)の上(ほとり)に在(あ)りて、手(て)を失(しっ)して玻璃盞(はりさん=ガラスの杯)を打(う)ち砕(くだ)けしに因(よ)り、玉帝(ぎょくてい)我(われ)を把(と)って八百(はっぴゃく)打(う)ち、下界(げかい)に貶(へん=落と)し来(きた)り、此(か)くの般(ごとき)模様(さま)に変(へん)ぜり。又(また)七日(なのか)に一次(ひとたび)、飛剣(ひけん=飛ぶ剣)を将(も)ちて来(きた)りて我(われ)が胸脅(きょうきょう=胸と脇腹)を穿(つらぬ)くこと百余下(ひゃくよか)して方(はじ)めて回(かえ)ると教(おし)う、故(ゆえ)に此(こ)れ此(か)くの般(ごと)く苦悩(くのう)す。没奈何(どうにもならず)、飢寒(きかん=飢えと寒さ)忍(しの)び難(がた)く、三二日(さんににち)の間(あいだ)に、波濤(はとう=波)を出(いで)て一箇(ひとりの)行人(こうじん=旅人)を尋(たず)ねて食用(しょくよう)す。期(き)せずんば今日(こんにち)無知(むち)にして、大慈菩薩(だいじぼさつ)に衝撞(しょうどう=ぶつかり)せり」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「汝(なんじ)天(てん)に在(あ)りて罪(つみ)有(あ)り、既(すで)に貶(おと)し下(くだ)されしに、今(いま)又(また)此(か)くの等(ごと)く生(いのち)を傷(そこな)うは、正(まさ)に所謂(いわゆる)罪上(ざいじょう)に罪(つみ)を加(くわ)うるなり。我(われ)今(いま)仏旨(ぶっし)を領(う)け、東土(とうど)に上(のぼ)りて取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ぬ。汝(なんじ)何(なん)ぞ我(われ)が門(もん)に入(い)り来(きた)り、善果(ぜんか)に皈依(きえ)し、那(か)の取経(しゅきょう)の人(ひと)に跟(したが)いて箇(ひとつの)徒弟(とてい)と做(な)り、西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拜(おが)み経(きょう)を求(もと)めざるや?我(われ)飛剣(ひけん)をして来(きた)りて汝(なんじ)を穿(つらぬ)かざらしめん。那(か)の時節(とき)功(こう)成(な)りて罪(つみ)を免(まぬが)れ、汝(なんじ)が本職(ほんしょく=元の職)に復(ふく)せん、心(こころ)の裡(うち)如何(いかん)」と。那(か)の怪(かい)道(い)わく、「我(われ)願(ねが)わくは正果(しょうか)に皈(き)せん」と。又(また)前(まえ)に向(むか)いて道(い)わく、「菩薩(ぼさつ)、我(われ)此(こ)の間(あいだ)に在(あ)りて人(ひと)を食(くら)うこと無数(むすう)、向(さき)より幾次(いくたび)か取経(しゅきょう)の人(ひと)の来(きた)れる有(あ)りしが、都(みな)我(われ)に食(くら)われ了(おわ)れり。凡(およ)そ食(くら)う所(ところ)の人頭(じんとう=人の首)は、流沙(るさ)に抛(なげう)ち落(おと)せば、竟(つい)に水底(すいてい)に沈(しず)む。此(こ)の水(みず)は、鵞毛(がもう=鵞鳥の羽)も也(ま)た浮(うか)ぶこと能(あた)わず。惟(た)だ九箇(ここのつ)の取経(しゅきょう)の人(ひと)の骷髏(ころう=髑髏)のみ、水(みず)の面(おもて)に浮(うか)びて、再(ふたた)び沈(しず)むこと能(あた)わず。我(われ)以(おも)うに異物(いぶつ=珍しき物)なれば、索児(さくじ=紐)を将(も)ちて穿(つらぬ)きて一処(ひとところ)に在(あ)らしめ、閑(ひま)なる時(とき)拿(と)り来(きた)りて頑耍(がんしゃ=戯れ遊ぶ)す。此(こ)の去(ゆき)に、但(た)だ恐(おそ)らくは取経(しゅきょう)の人(ひと)の此(ここ)に到(いた)るを得(え)ざらん、却(かえ)って是(こ)れ反(かえ)って我(われ)が前程(ぜんてい=将来)を誤(あやま)れるに非(あら)ざるか」と。菩薩(ぼさつ)曰(いわ)く、「豈(あ)に到(いた)らざるの理(ことわり)有(あ)らんや?汝(なんじ)可(べ)く骷髏児(ころうじ=髑髏)を将(も)ちて頭項(とうこう=首)の下(した)に挂(か)け、取経(しゅきょう)の人(ひと)を等候(とうこう=待)て、自(おのずか)ら用(もち)うる処(ところ)有(あ)らん」と。怪物(かいぶつ)道(い)わく、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くならば、願(ねが)わくは教誨(きょうかい=教え)を領(う)けん」と。菩薩(ぼさつ)方(はじ)めて他(かれ)と摩頂受戒(まちょうじゅかい=頭を摩で戒を受く)し、沙(さ=砂)を指(さ)して姓(せい)と為(な)し、就(すなわ)ち沙(さ)を姓(せい)とし了(おわ)り、法名(ほうみょう)を起(おこ)して、叫做(なづ)けて箇(ひとつの)沙悟浄(しゃごじょう)とす。当時(そのとき)沙門(しゃもん)に入(い)り、菩薩(ぼさつ)を送(おく)りて河(かわ)を過(わた)らしめ、他(かれ)心(こころ)を洗(あら)い慮(おもい)を滌(すす)ぎ、再(ふたた)び生(いのち)を傷(そこな)わず、専(もっぱ)ら取経(しゅきょう)の人(ひと)を等(ま)つ。 菩薩(ぼさつ)他(かれ)と別(わか)れ、木吒(ぼくた)と同(とも)に径(ただ)ちに東土(とうど)に奔(はし)る。行(ゆ)くこと多時(たじ=久しく)なるに、又(また)一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)るに、山(やま)の上(うえ)に悪気(あくき)の遮(さえぎ)り漫(み)つる有(あ)りて、歩(ほ)を上(のぼ)らしめず。正(まさ)に雲(くも)を駕(が)して山(やま)を過(す)がんと欲(ほっ)するに、覚(おぼ)えず狂風(きょうふう)の起(おこ)る処(ところ)に、又(また)一箇(ひとりの)妖魔(ようま)の閃(ひらめ)き上(のぼ)る有(あ)り。他(かれ)が生(うま)れ得(え)るは又(また)甚(はなは)だ凶険(きょうけん=凶悪)なり: 巻(ま)き上(あ)がる蓮蓬(れんぽう=蓮の実のさや)の吊搭嘴(ちょうとうし=垂れ下がる口)、耳(みみ)は蒲扇(ほせん=蒲の扇)の如(ごと)くにして金睛(きんせい=金の瞳)を顕(あらわ)す。 獠牙(りょうが)鋒利(ほうり=鋭き)にして鋼挫(こうざ=鋼のやすり)の如(ごと)く、長嘴(ちょうし=長き口)張(は)り開(ひら)けば火盆(かぼん=火の鉢)に似(に)たり。 金盔(きんかい=金の兜)緊(きつ)く腮辺(さいへん=頬の辺り)の帯(おび)を系(むす)び、勒甲(ろっこう=鎧を締む)の糸縧(しとう=絹の組紐)は蟒(うわばみ)の鱗(うろこ)を退(ぬ)くがごとし。 手(て)に執(と)るは釘鈀(ていは=鉞)、龍(りゅう)の爪(つめ)を探(さぐ)らせ、腰(こし)に挎(か)くるは彎弓(わんきゅう=曲がり弓)に月(つき)の十輪(じゅうりん)の如(ごと)し。 糾糾(きゅうきゅう=猛々しき)たる威風(いふう)は太歳(たいさい=歳星)を欺(あざむ)き、昂昂(こうこう=おごそか)たる志気(しき)は天神(てんしん)を圧(おさ)う。 他(かれ)撞(つ)き上(のぼ)り来(きた)りて、好歹(こうたい=善し悪し)を分(わ)かたず、菩薩(ぼさつ)を望(のぞ)みて、釘鈀(ていは)を挙(あ)げて就(すなわ)ち筑(つつ)くに、木吒行者(ぼくたぎょうじゃ)に擋(ふせ)ぎ住(とど)められ、一声(ひとこえ)大(おお)いに喝(かつ)して道(い)わく、「那(か)の潑怪(はつかい)め、無礼(ぶれい)なるを得(う)ん!棒(ぼう)を看(み)よ!」と。妖魔(ようま)道(い)わく、「此(こ)の和尚(おしょう)死活(しかつ)を知(し)らず!鈀(ていは)を看(み)よ!」と。両箇(ふたり)山(やま)の底(そこ)の下(した)に在(あ)りて、一(ひと)冲(つき)し一(ひと)撞(ぶつか)り、輸贏(ゆえい=勝ち負け)を賭(か)け闘(たたか)う。真(まこと)に箇(ひとつ)の好(よ)きかな殺(いくさ): 妖魔(ようま)は凶猛(きょうもう)に、恵岸(えがん)は威能(いのう=威の力)あり。 鉄棒(てつぼう)は心(しん=胸)を分(わ)かちて搗(つ)き、釘鈀(ていは)は面(おもて)を劈(つんざ)いて迎(むか)う。 土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて天地(てんち)暗(くら)く、砂(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走(はし)らせて鬼神(きしん)驚(おどろ)く。 九歯(きゅうし)の鈀(ていは)、光耀耀(こうようよう=きらきら)として、双環(そうかん=二つの環)響(ひび)き亮(たか)し;一條(ひとふり)の棒(ぼう)、黒悠悠(こくゆうゆう=黒々)として、両手(りょうて)飛(と)び騰(あが)る。 此(こ)の箇(ひとつ)は是(こ)れ天王(てんおう)の太子(たいし)、那(か)の箇(ひとつ)は是(こ)れ元帥(げんすい)の精霊(せいれい)なり。 一箇(ひとつ)は普陀(ふだ)に在(あ)りて護法(ごほう)と為(な)り、一箇(ひとつ)は山洞(さんどう)に在(あ)りて妖精(ようせい)と作(な)る。 此(こ)の場(ば)の相遇(そうぐう)に高下(こうげ=優劣)を争(あらそ)うも、那(いず)れの箇(ひとつ)か虧輸(きしゅ=敗け)し那(いず)れの箇(ひとつ)か贏(か)つを知(し)らず。 他(かれ)両箇(ふたり)正(まさ)に好(よ)き処(ところ)に殺(たたか)い到(いた)るに、観世音(かんぜおん)半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて、蓮花(れんか=蓮の花)を抛(なげ)下(おろ)して、鈀杖(はじょう=鈀と杖)を隔(へだ)て開(ひら)く。怪物(かいぶつ)見(み)て心(こころ)驚(おどろ)き、便(すなわ)ち問(と)う、「汝(なんじ)は那(いず)れの裡(うち)の和尚(おしょう)なる、敢(あ)えて甚(なん)の『眼前花(がんぜんか=目の前の花)』を弄(ろう)して我(われ)を哄(たぶらか)すや」と。木吒(ぼくた)道(い)わく、「我(われ)汝(なんじ)が箇(ひとつの)肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡人の眼と身)の潑物(はつぶつ=暴れ者)を把(と)らえん!我(われ)は是(こ)れ南海菩薩(なんかいぼさつ)の徒弟(とてい)なり。此(こ)れは是(こ)れ我(われ)が師父(しふ)の抛(なげ)し来(きた)れる蓮花(れんか)なるに、汝(なんじ)也(ま)た認(みと)め得(え)ざるか!」と。那(か)の怪(かい)道(い)わく、「南海菩薩(なんかいぼさつ)とは、是(こ)れ三災(さんさい)を掃(はら)い八難(はちなん)を救(すく)うの観世音(かんぜおん)なるか」と。木吒(ぼくた)道(い)わく、「他(かれ)に非(あら)ずんば誰(たれ)か是(こ)れならん」と。怪物(かいぶつ)釘鈀(ていは)を撇(す)て、頭(こうべ)を納(さ)げ下(くだ)して礼(れい)して道(い)わく、「老兄(ろうけい)よ、菩薩(ぼさつ)は那(いずこ)に在(あ)るか?煩(わずら)わしきかな汝(なんじ)引見(いんけん=引き合わせ)し引見(いんけん)せよ」と。木吒(ぼくた)面(おもて)を仰(あお)ぎて指(さ)して道(い)わく、「那(あ)れは是(こ)れならずや」と。怪物(かいぶつ)上(かみ)に向(むか)いて磕頭(こうとう=額づき)、声(こえ)を厳(いか)しくし高(たか)く叫(よ)んで道(い)わく、「菩薩(ぼさつ)よ、罪(つみ)を恕(ゆる)せ!罪(つみ)を恕(ゆる)せ!」と。 観音(かんのん)雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(くだ)し、前(まえ)に来(きた)りて問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)は那(いず)れの裡(うち)に在(あ)りて成(な)れるの野豕(やし=野生の豚)なる、何方(いずこ)に在(あ)りて作(な)せるの老彘(ろうてい=老いた豚)なる、敢(あ)えて此(こ)の間(あいだ)に在(あ)りて我(われ)を擋(ふせ)ぐや」と。那(か)の怪(かい)道(い)わく、「我(われ)は是(こ)れ野豕(やし)に非(あら)ず、亦(ま)た是(こ)れ老彘(ろうてい)に非(あら)ず、我(われ)本(もと)是(こ)れ天河(てんが)の裡(うち)の天蓬元帥(てんぽうげんすい)なり。只(た)だ酒(さけ)を帯(お)びて嫦娥(じょうが=月の仙女)を戯弄(ぎろう=からかい)せしに因(よ)り、玉帝(ぎょくてい)我(われ)を把(と)って二千錘(にせんすい)打(う)ち、塵凡(じんぼん=俗世)に貶(おと)し下(くだ)せり。一霊(いちれい=一つの霊)の真性(しんしょう)、竟(つい)に来(きた)りて舎(しゃ=宿)を奪(うば)いて投胎(とうたい=生れ変る)せんとせしが、期(き)せずんば道路(どうろ)を錯(あやま)り、箇(ひとつの)母猪(ぼちょ=雌豚)の胎(はら)の裡(うち)に投(とう)じ、此(か)くの般(ごとき)模様(さま)に変(へん)ぜり。是(こ)れ我(われ)母猪(ぼちょ)を咬(か)み殺(ころ)し、群彘(ぐんてい=豚の群れ)を打(う)ち死(ころ)し、此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて山場(さんじょう=山の縄張り)を占(し)め、人(ひと)を食(くら)いて日(ひ)を度(わた)れり。期(き)せずんば菩薩(ぼさつ)に撞(ぶつ)かれり、万(よろず)望(のぞ)むらくは拔救(ばっきゅう=救い上げ)せよ、拔救(ばっきゅう)せよ」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「此(こ)の山(やま)は叫做(なづ)けて甚(なん)の山(やま)と云(い)うや」と。怪物(かいぶつ)道(いわ)く、「叫做(なづ)けて福陵山(ふくりょうざん)と云(い)う。山(やま)の中(なか)に一(ひとつ)の洞(ほら)有(あ)り、叫做(なづ)けて雲桟洞(うんさんどう)と云(い)う。洞(ほら)の裡(うち)に原(もと)箇(ひとりの)卵二姐(らんにしゃ)有(あ)り。他(かれ)我(われ)に些(いささか)の武芸(ぶげい=武術)有(あ)るを見(み)、我(われ)を招(まね)いて家長(かちょう=亭主)と做(な)らしめ、又(また)喚(よ)んで『倒蹅門(とうさもん=婿入り)』と做(な)す。一年(いちねん)に上(のぼ)らざるに、他(かれ)死(し)し、一洞(ひとつ)の家当(かとう=家財)を将(も)ちて、尽(ことごと)く我(われ)が受用(じゅよう=享け用う)に帰(き)せり。此(ここ)に在(あ)ること日久(ひひさ)しく年深(としふか)く、箇(ひとつ)の身(み)を贍(やしな)うの勾当(こうとう=仕事)無(な)く、只(た)だ是(こ)れ本等(ほんとう=本来の分)に依(よ)りて人(ひと)を食(くら)いて日(ひ)を度(わた)る。万(よろず)望(のぞ)むらくは菩薩(ぼさつ)罪(つみ)を恕(ゆる)せ」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「古人(こじん)云(い)わく、『若(も)し前程(ぜんてい=立身)有(あ)らんと要(よう)せば、前程(ぜんてい)無(な)きを做(な)すこと莫(な)かれ』と。汝(なんじ)既(すで)に上界(じょうかい)にて法(ほう)に違(たが)い、今(いま)又(また)凶心(きょうしん=凶悪の心)を改(あらた)めず、生(いのち)を傷(そこな)い孽(ごう=罪)を造(つく)るは、却(かえ)って是(こ)れ二罪(にざい)俱(とも)に罰(ばっ)せられざるか」と。那(か)の怪(かい)道(い)わく、「前程(ぜんてい)!前程(ぜんてい)!若(も)し汝(なんじ)に依(よ)らば、我(われ)をして風(かぜ)を嗑(す)わしめん!常言(じょうげん)に道(い)わく、『官法(かんぽう=法)に依(よ)れば打(う)ち殺(ころ)され、仏法(ぶっぽう)に依(よ)れば餓(う)え殺(ころ)さる』と。去(ゆ)かん!去(ゆ)かん!還(かえ)って一箇(ひとりの)行人(こうじん)を捉(とら)え、肥膩膩(ひじじ=脂ぎりぎり)に他(かれ)が家(いえ)の娘(むすめ)を食(くら)うに如(し)かざるなり!管(かま)うもんか何(なん)の二罪(にざい)、三罪(さんざい)、千罪(せんざい)、万罪(ばんざい)を!」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「『人(ひと)に善願(ぜんがん=善き願い)有(あ)れば、天(てん)必(かなら)ず之(これ)に従(したが)う』と。汝(なんじ)若(も)し肯(あ)えて正果(しょうか)に帰依(きえ)せば、自(おのずか)ら身(み)を養(やしな)うの処(ところ)有(あ)らん。世(よ)に五穀(ごこく)有(あ)り、尽(ことごと)く能(よ)く飢(うえ)を済(すく)うに、何(なん)の為(ため)に人(ひと)を食(くら)いて日(ひ)を度(わた)るや」と。 怪物(かいぶつ)言(げん)を聞(き)きて、夢(ゆめ)より方(はじ)めて覚(さ)むるが如(ごと)し。菩薩(ぼさつ)に向(むか)いて施礼(せれい)して道(い)わく、「我(われ)正(しょう)に従(したが)わんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)とも『天(てん)に罪(つみ)を得(う)れば、祷(いの)る所(ところ)無(な)し』」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く、「我(われ)仏旨(ぶっし)を領(う)け、東土(とうど)に上(のぼ)りて取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ぬ。汝(なんじ)可(べ)く他(かれ)に跟(したが)いて箇(ひとつの)徒弟(とてい)と做(な)り、西天(さいてん)に往(ゆ)きて一遭(ひとたび)を走(はし)り来(きた)り、功(こう)を将(も)ちて罪(つみ)を折(せっ=償)かば、管(きっと)て汝(なんじ)をして災瘴(さいしょう=災いの瘴気)を脱離(だつり=逃れ)せしめん」と。那(か)の怪(かい)口(くち)に満(み)ちて道(い)わく、「願(ねが)わくは随(したが)わん!願(ねが)わくは随(したが)わん!」と。菩薩(ぼさつ)才(はじ)めて他(かれ)と摩頂受戒(まちょうじゅかい)し、身(み)を指(さ)して姓(せい)と為(な)し、就(すなわ)ち猪(ちょ)を姓(せい)とし、他(かれ)に替(かわ)りて箇(ひとつ)の法名(ほうみょう)を起(おこ)して、就(すなわ)ち叫做(なづ)けて猪悟能(ちょごのう)とす。遂(つい)に此(ここ)に命(めい)を領(う)けて真(しん)に帰(き)し、斎(とき=精進食)を持(たも)ち素(そ=菜食)を把(と)り、五葷三厭(ごくんさんえん=五種の葷菜と三種の忌物)を断絶(だんぜつ)し、専(もっぱ)ら那(か)の取経(しゅきょう)の人(ひと)を候(ま)つ。 菩薩(ぼさつ)却(かえ)って木吒(ぼくた)と、悟能(ごのう)に辞(じ)し、半(なかば)興(おこ)し雲霧(うんむ)して前(まえ)に来(きた)る。正(まさ)に走(はし)る処(ところ)、只(た)だ空中(くうちゅう)に一條(ひとすじ)の玉龍(ぎょくりゅう)の叫喚(きょうかん=叫び喚ぶ)有(あ)るを見(み)る。菩薩(ぼさつ)近(ちか)づき前(まえ)に問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)は是(こ)れ何(なん)の龍(りゅう)なる、此(ここ)に在(あ)りて罪(つみ)を受(う)くるや」と。那(か)の龍(りゅう)道(い)わく、「我(われ)は是(こ)れ西海龍王(さいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)の子(こ)なり。殿上(でんじょう)の明珠(めいじゅ)を焼(や)きしを縦(ほしいまま)にせしに因(よ)り、我(われ)が父王(ふおう)天庭(てんてい)に表奏(ひょうそう=上奏)し、忤逆(ぎょぎゃく=親に逆らう)を告(つ)げたり。五帝(ごてい)我(われ)を把(と)って空中(くうちゅう)に吊(つる)し、三百(さんびゃく)打(う)ちて、日(ひ)ならずして誅(ちゅう=殺さ)れんとす。望(のぞ)むらくは菩薩(ぼさつ)搭救(とうきゅう=救い)せよ搭救(とうきゅう)せよ」と。 観音(かんのん)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち木吒(ぼくた)と南天門(なんてんもん)の裡(うち)に撞(つ)き上(のぼ)る。早(は)や邱(きゅう)・張(ちょう)の二天師(にてんし)の接(むか)えて、問(と)うて道(い)わく、「何(いずこ)へ往(ゆ)くや」と有(あ)る。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「貧僧(ひんそう)玉帝(ぎょくてい)に一面(ひとおもて)見(まみ)えんことを要(よう)す」と。二天師(にてんし)即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて上奏(じょうそう)すれば、玉帝(ぎょくてい)遂(つい)に殿(でん)を下(くだ)りて迎接(げいせつ)す。菩薩(ぼさつ)上前(すす)みて礼(れい)し畢(おわ)りて道(い)わく、「貧僧(ひんそう)仏旨(ぶっし)を領(う)けて東土(とうど)に上(のぼ)り取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ぬるに、路(みち)に孽龍(げつりゅう=罪ある龍)の懸(つる)し吊(つる)されしに遇(あ)えり、特(こと)に来(きた)りて啓奏(けいそう)し、他(かれ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)して、貧僧(ひんそう)に賜(たま)い、他(かれ)をして取経(しゅきょう)の人(ひと)と箇(ひとつの)脚力(きゃくりょく=乗物)を做(な)らしめられんことを」と。玉帝(ぎょくてい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)えて赦宥(しゃゆう=許す)し、天将(てんしょう)を差(さしむ)けて解放(かいほう=解き放ち)、菩薩(ぼさつ)に送(おく)り与(あた)う。菩薩(ぼさつ)恩(おん)を謝(しゃ)して出(い)づ。此(こ)の小龍(しょうりゅう)頭(こうべ)を叩(たた)いて活命(かつめい=命を救わる)の恩(おん)を謝(しゃ)し、菩薩(ぼさつ)が使喚(しかん=使い)に聴従(ちょうじゅう)す。菩薩(ぼさつ)他(かれ)を把(と)って深澗(しんかん=深き谷)の中(なか)に送(おく)り入(い)れ、只(た)だ取経(しゅきょう)の人(ひと)の来(きた)るを等(ま)ち、変(へん)じて白馬(はくば)と做(な)り、西方(さいほう)に上(のぼ)りて功(こう)を立(た)てんとす。小龍(しょうりゅう)命(めい)を領(う)けて身(み)を潜(ひそ)むるは題(だい)せず。 菩薩(ぼさつ)木吒行者(ぼくたぎょうじゃ)を帯(たい=伴)い引(ひ)きて此(こ)の山(やま)を過(す)ぎ、又(また)東土(とうど)に奔(はし)る。行(ゆ)くこと多(おお)からず時(とき)ならず、忽(たちま)ち金光(きんこう)万道(ばんどう)、瑞気(ずいき)千条(せんじょう)を見(み)る。木吒(ぼくた)道(い)わく、「師父(しふ)、那(あ)の光(ひかり)を放(はな)つ処(ところ)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ五行山(ごぎょうさん)にして、如来(にょらい)の『圧帖(あつじょう=押さえの札)』の那(か)の裡(うち)に有(あ)るを見(み)る」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「此(こ)れ却(かえ)って是(こ)れ那(か)の蟠桃会(ばんとうえ)を攪乱(かくらん)し天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がせし斉天大聖(せいてんたいせい)の、今(いま)乃(すなわ)ち此(ここ)に圧(おさ)えらるるなり」と。木吒(ぼくた)道(い)わく、「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ」と。師徒(しと)俱(とも)に山(やま)に上(のぼ)り来(きた)り、帖子(じょう=札)を観看(かんがん)すれば、乃(すなわ)ち是(こ)れ「唵(おん)・嘛(ま)・呢(に)・叭(ぱ)・咪(み)・吽(うん)」の六字(ろくじ)の真言(しんごん)なり。菩薩(ぼさつ)看(み)り罷(や)みて、嘆惜(たんせき=嘆き惜し)むこと已(や)まず、一首(ひとつ)の詩(し)を作(な)す、詩(し)に曰(いわ)く: 堪(た)えて嘆(なげ)く妖猴(ようこう)の公(こう)を奉(ほう)ぜざるを、当年(とうねん)狂妄(きょうもう)にして英雄(えいゆう)を逞(たくま)しうす。 心(こころ)を欺(あざむ)きて蟠桃会(ばんとうえ)を攪乱(かくらん)し、大胆(だいたん)に兜率宮(とそつぐう)を私行(しこう=勝手に歩む)。 十万(じゅうまん)の軍中(ぐんちゅう)に敵手(てきしゅ)無(な)く、九重(きゅうちょう)の天上(てんじょう)に威風(いふう)有(あ)り。 自(みずか)ら我(わ)が仏(ほとけ)如来(にょらい)の困(くるし)めに遭(あ)いしより、何日(いつのひ)か舒伸(じょしん=伸び伸びと)して再(ふたた)び功(こう)を顕(あらわ)さん! 師徒(しと)たち正(まさ)に話(はな)し説(い)う処(ところ)、早(は)や那(か)の大聖(たいせい)を驚(おどろ)かし動(うご)かせり。大聖(たいせい)山(やま)の根下(ねした=麓)に在(あ)りて、高(たか)く叫(よ)んで道(い)わく: 「是(こ)れ那(いず)れの箇(ひとり)か山(やま)の上(うえ)に在(あ)りて詩(し)を吟(ぎん)じ、我(われ)が短(たん=欠点)を揭(あば)ける」と。菩薩(ぼさつ)言(げん)を聞(き)きて、径(ただ)ちに山(やま)を下(くだ)り来(きた)りて尋(たず)ね着(つ)く。只(た)だ見(み)る那(か)の石崖(せきがい=岩壁)の下(した)に、土地(とち)・山神(さんしん)・大聖(たいせい)を監押(かんおう)するの天将(てんしょう)有(あ)りて、都(みな)来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に拜(おが)み接(むか)え、那(か)の大聖(たいせい)の面前(めんぜん)に引(ひ)き至(いた)る。看(み)る時(とき)、他(かれ)は原(もと)来(もと)石匣(せきこう=石の箱)の中(なか)に圧(おさ)えられ、口(くち)は能(よ)く言(い)うも、身(み)は動(うご)くこと能(あた)わず。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「姓孫(せいそん=孫姓)の者(もの)よ、汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(う)るか」と。大聖(たいせい)火眼金睛(かがんきんせい)を睜(ひら)き、頭(こうべ)を点(うなず)かせて高(たか)く叫(よ)んで道(い)わく、「我(われ)怎(なん)で認(みと)め得(え)ざらんや。汝(なんじ)の好(よ)きは是(こ)れ那(か)の南海普陀落伽山(なんかいふだらくかさん)救苦救難(くくぐなん)大慈大悲(だいじだいひ)南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)なり。看顧(かんこ=見舞い)を承(うけたまわ)る!看顧(かんこ)を承(うけたまわ)る!我(われ)此(ここ)に在(あ)りて日(ひ)を度(わた)ること年(とし)の如(ごと)く、更(さら)に一箇(ひとりの)相知(そうち=心の通う者)の来(きた)りて我(われ)を一(ひと)看(みま)う有(あ)ること無(な)し。汝(なんじ)那(いずこ)より来(きた)れるや」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「我(われ)仏旨(ぶっし)を奉(ほう)じ、東土(とうど)に上(のぼ)りて取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ねに去(ゆ)くに、此(ここ)を経過(けいか)せるをもって、特(こと)に残歩(ざんぽ=足を留め)して汝(なんじ)を看(み)る」と。大聖(たいせい)道(い)わく、「如来(にょらい)我(われ)を哄(たぶらか)し、我(われ)を把(と)って此(こ)の山(やま)に圧(おさ)え、五百余年(ごひゃくよねん)なり、展掙(てんそう=身を起こす)すること能(あた)わず、万(よろず)望(のぞ)むらくは菩薩(ぼさつ)方便(ほうべん=計らい)一二(ひとつふたつ)し、我(われ)が老孫(ろうそん)を救(すく)いし一救(ひとすくい)せよ!」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「汝(なんじ)が此(こ)の厮(やつ)は罪業(ざいごう)弥(いよいよ)深(ふか)し、汝(なんじ)を救(すく)い出(いだ)さば、恐(おそ)らくは汝(なんじ)又(また)禍害(かがい)を生(しょう)ぜん。反(かえ)って美(び)と為(な)らず」と。大聖(たいせい)道(い)わく、「我(われ)已(すで)に悔(く)いることを知(し)れり、但(た)だ願(ねが)わくは大慈悲(だいじひ)の箇(ひとつ)の門路(もんろ=道)を指(さ)し、情願(ねが)って修行(しゅぎょう)せん」と。此(こ)れ才(はじ)めて是(こ)れ: 人心(じんしん)に一念(いちねん)を生(しょう)ずれば、天地(てんち)尽(ことごと)く皆(みな)知(し)る。善悪(ぜんあく)若(も)し報(むくい)無(な)からんには、乾坤(けんこん)必(かなら)ず私(わたくし)有(あ)らん。 那(か)の菩薩(ぼさつ)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、心(こころ)に満(み)ちて喜(よろこ)び、大聖(たいせい)に対(たい)して道(い)わく、「聖経(せいきょう=聖なる経)に云(い)わく、『其(そ)の言(げん)の善(ぜん)を出(いだ)せば、則(すなわ)ち千里(せんり)の外(そと)も之(これ)に応(こた)う;其(そ)の言(げん)の不善(ふぜん)を出(いだ)せば、則(すなわ)ち千里(せんり)の外(そと)も之(これ)に適(さから)う』と。汝(なんじ)既(すで)に此(こ)の心(こころ)有(あ)らば、我(われ)が東土(とうど)大唐国(だいとうこく)に到(いた)りて一箇(ひとりの)取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ね来(きた)り、他(かれ)をして汝(なんじ)を救(すく)わしむるを待(ま)て。汝(なんじ)可(べ)く他(かれ)に跟(したが)いて箇(ひとつの)徒弟(とてい)と做(な)り、教(きょう)を秉(と)り伽持(かじ=加持)し、我(わ)が仏門(ぶつもん)に入(い)り、再(ふたた)び正果(しょうか)を修(おさめ)んことは、如何(いかん)」と。大聖(たいせい)声(こえ)を連(つら)ねて道(い)わく、「願(ねが)わくは去(ゆ)かん!願(ねが)わくは去(ゆ)かん!」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「既(すで)に善果(ぜんか)有(あ)らば、我(われ)汝(なんじ)と箇(ひとつ)の法名(ほうみょう)を起(おこ)さん」と。大聖(たいせい)道(い)わく、「我(われ)已(すで)に名(な)有(あ)り、叫做(なづ)けて孫悟空(そんごくう)と曰(い)う」と。菩薩(ぼさつ)又(また)喜(よろこ)んで道(い)わく、「我(われ)前(まえ)にも也(ま)た二人(ふたり)の帰降(きこう=降参)せる有(あ)りしが、正(まさ)に是(こ)れ『悟(ご)』の字(じ)の排行(はいこう=輩行)なり。汝(なんじ)今(いま)也(ま)た是(こ)れ『悟(ご)』の字(じ)なれば、却(かえ)って他(かれ)と相(あい)合(がっ)す、甚(はなは)だ好(よ)し、甚(はなは)だ好(よ)し。此(か)くの等(ごと)くんば也(ま)た叮囑(ていしょく=念押し)を消(よう=要さ)ず、我(われ)去(ゆ)かん」と。那(か)の大聖(たいせい)の性(しょう)を見(み)て心(こころ)を明(あき)らかにして仏教(ぶっきょう)に帰(き)し、此(こ)の菩薩(ぼさつ)の情(こころ)を留(とど)め意(い)に在(あ)りて神譜(しんぷ=神の譜)を訪(たず)ぬ。 他(かれ)木吒(ぼくた)と此(こ)の処(ところ)を離(はな)れ、一直(ひたすら)東(ひがし)へ来(きた)り、一日(いちにち)ならずして就(すなわ)ち長安(ちょうあん)大唐国(だいとうこく)に到(いた)る。霧(きり)を斂(おさ)め雲(くも)を収(おさ)め、師徒(しと)たち変(へん)じて二箇(ふたりの)疥癩(かいらい=瘡癩)の游僧(ゆそう=巡礼僧)と作(な)り、長安城裡(ちょうあんじょうり)に入(い)るに、竟(つい)に天(てん)の晩(く)るるを覚(おぼ)えず。大市街(だいしがい=大通り)の旁(かたわら)に行(ゆ)き至(いた)るに、一座(ひとつ)の土地廟祠(とじょうびょうし=土地神の祠)を見(み)る、二人(ふたり)径(ただ)ちに進(すす)むに、唬(おど)ろかされて那(か)の土地(とち)は心(こころ)慌(あわ)て、鬼兵(きへい)は胆(きも)戦(おのの)く。是(こ)れ菩薩(ぼさつ)なるを知(し)り、頭(こうべ)を叩(たた)いて接(むか)え入(い)る。那(か)の土地(とち)又(また)急(いそ)ぎ走(はし)りて城隍(じょうこう)社令(しゃれい)及(および)長安城(ちょうあんじょう)の各廟(かくびょう)の神祇(しんぎ)に報(ほう)じ、都(みな)来(きた)りて参見(さんけん)し、告(もう)して道(い)わく、「菩薩(ぼさつ)、衆神(しゅうしん)が接(むか)えしことの遅(おそ)きの罪(つみ)を恕(ゆる)せ」と。菩薩(ぼさつ)道(い)わく、「汝(なんじ)等(ら)消息(しょうそく)を走(はし)らせ漏(も)らす可(べ)からず。我(われ)仏旨(ぶっし)を奉(ほう)じ、特(こと)に此(こ)の処(ところ)に来(きた)りて取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋訪(じんぽう=尋ね訪)ぬ。汝(なんじ)が廟宇(びょうう)を借(か)り、権(かり)に幾日(いくにち)か住(じゅう)し、真僧(しんそう)を訪(たず)ね着(つ)くを待(ま)ちて即(すなわ)ち回(かえ)らん」と。衆神(しゅうしん)各(おのおの)本処(ほんしょ=元の所)に帰(かえ)り、箇(ひとつの)土地(とち)を把(と)って城隍廟(じょうこうびょう)の裡(うち)に赶(お)い去(さ)りて暫(しばら)く住(じゅう)せしめ、他(かれ)が師徒(しと)たちは真形(しんけい=本来の姿)を隠遁(いんとん=隠す)。 畢竟(つい)に那(いず)れの箇(ひとつの)取経(しゅきょう)の者(もの)を尋(たず)ね出(いだ)すかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第九回 陳光蕊(ちんこうずい)任(にん)に赴(おもむ)きて災(さい)に逢(あ)い 江流僧(こうりゅうそう)仇(あだ)を復(ふく)して本(もと)に報(ほう)ず 話(はな)し表(しめ)す、陝西(せんせい)の大国(たいこく)長安城(ちょうあんじょう)は、乃(すなわ)ち歴代(れきだい)の帝王(ていおう)の都(みやこ)を建(た)てしの地(ち)なり。周(しゅう)・秦(しん)・漢(かん)以来(いらい)、三州(さんしゅう)は花(はな)の錦(にしき)に似(に)て、八水(はっすい=八つの川)は城(しろ)を繞(めぐ)りて流(なが)れ、真(まこと)に箇(ひとつ)の名勝(めいしょう)の邦(くに)と是(こ)れ謂(い)うべきところ。彼(か)の時(とき)是(こ)れ大唐(だいとう)の太宗皇帝(たいそうこうてい)の位(くらい)に登(のぼ)り、改元(かいげん)して貞観(じょうがん)とし、已(すで)に極(きょく)に登(のぼ)ること十三年(じゅうさんねん)、歳(とし)己巳(きし)に在(あ)り、天下(てんか)太平(たいへい)にして、八方(はっぽう)貢(みつぎ)を進(すす)め、四海(しかい)臣(しん)と称(とな)う。忽(たちま)ち一日(いちにち)、太宗(たいそう)位(くらい)に登(のぼ)り、文武(ぶんぶ)の衆官(しゅかん)を聚集(しゅうしゅう=集め)し、朝拝(ちょうはい)し礼(れい)し畢(おわ)るに、魏征丞相(ぎちょうじょうしょう)の班(はん=列)を出(い)でて奏(そう)して道(い)わく、「方今(ほうこん=今)天下(てんか)太平(たいへい)にして、八方(はっぽう)宁静(ねいせい=穏やか)なれば、応(まさ)に古法(こほう)に依(よ)り、選場(せんじょう=科挙の場)を開立(かいりつ)し、賢士(けんし)を招(まね)き取(と)り、人材(じんざい)を擢用(てきよう=抜擢し)い、以(もっ)て化理(かり=教化)を資(たす)くべし」と。太宗(たいそう)道(い)わく: 「賢卿(けんけい)の奏(そう)ずるところ理(ことわり)有(あ)り」と。就(すなわ)ち招賢(しょうけん=賢を招く)の文榜(ぶんぼう=掲示)を伝(つた)え、天下(てんか)に頒布(はんぷ=布告)す:各府州県(かくふしゅうけん)に、軍民(ぐんみん)の人等(ひとども)を拘(かかわ)らず、但(た)だ読書(どくしょ)の儒流(じゅりゅう=儒学者)の、文義(ぶんぎ)明暢(めいちょう=明らかに暢び)、三場(さんじょう=三度の試験)に精通(せいつう)せる者(もの)有(あ)らば、前(まえ)に赴(おもむ)きて長安(ちょうあん)に就(つ)きて応試(おうし=受験)せよ。 此(こ)の榜(ぼう=掲示)海州(かいしゅう)の地方(ちほう)に行(ゆ)き至(いた)るに、一人(ひとり)の姓(せい)は陳(ちん)、名(な)は萼(がく)、表字(ひょうじ=あざな)を光蕊(こうずい)と曰(い)う者有(ひと)り、此(こ)の榜(ぼう)を見(み)て、即時(そくじ)に家(いえ)に回(かえ)り、母(はは)の張氏(ちょうし)に対(たい)して道(い)わく、「朝廷(ちょうてい)黄榜(こうぼう=勅の掲示)を頒(わか)ち下(くだ)し、南省(なんしょう)を開(ひら)きて賢才(けんさい)を考取(こうしゅ=試験で取る)すると詔(みことの)れり、孩児(がいじ=この子)意(こころ)に前(まえ)に去(ゆ)きて応試(おうし)せんと欲(ほっ)す。倘(も)し一官半職(いっかんはんしょく=何がしかの官職)を得(う)れば、親(おや)を顕(あらわ)し名(な)を揚(あ)げ、妻(つま)を封(ほう)じ子(こ)を蔭(かげ)し、門閭(もんりょ=門前)を光耀(こうよう=輝か)すは、乃(すなわ)ち児(こ)の志(こころざし)なり。特(こと)に此(ここ)に母親(はは)に禀告(りんこく=申し上げ)して前(まえ)に去(ゆ)かん」と。張氏(ちょうし)道(い)わく、「我(わ)が児(こ)は読書人(どくしょじん)なるに、『幼(おさな)くして学(まな)び、壮(さか)んにして行(おこな)う』とは、正(まさ)に該(まさ)に此(か)くの如(ごと)くなるべし。但(た)だ去(ゆ)きて挙(きょ=科挙)に赴(おもむ)かば、路(みち)の上(ほとり)須(すべから)く小心(しょうじん=用心)を要(よう)し、官(かん)を得(え)なば、早(はや)く早(はや)く回(かえ)り来(きた)れ」と。光蕊(こうずい)便(すなわ)ち家僮(かどう=召使)に吩咐(ふんぷ)して行李(こうり=荷物)を收拾(しゅうしゅう=整え)させ、即(すなわ)ち母親(はは)に拜(おが)み辞(じ)し、程(みち)を趲(はや)めて前進(ぜんしん)す。長安(ちょうあん)に到(いた)れば、正(まさ)に大(おお)いに選場(せんじょう)を開(ひら)くに値(あ)い、光蕊(こうずい)就(すなわ)ち場(じょう)に進(すす)む。考(こう)し畢(おわ)り、中選(ちゅうせん)す。廷試(ていし=宮中試験)の三策(さんさく)に及(およ)び、唐王(とうおう)御筆(ぎょひつ=帝自らの筆)を以(もっ)て親(みずか)ら状元(じょうげん)を賜(たま)い、馬(うま)に跨(またが)りて街(まち)を游(ゆ)ぐこと三日(みっか)なり。 期(き)せずんば丞相(じょうしょう)殷開山(いんかいざん)が門首(もんしゅ=門前)に游(あそ)び到(いた)るに、丞相(じょうしょう)の生(う)める一女(ひとりのむすめ)有(あ)り、名(な)を喚(よ)んで温嬌(おんきょう)と曰(い)い、又(また)名(な)づけて満堂嬌(まんどうきょう)と曰(い)い、未(いま)だ曾(かつ)て婚配(こんぱい=嫁ぐ)せず、正(まさ)に高(たか)く彩楼(さいろう=飾り楼)を結(むす)び、繍球(しゅうきゅう=刺繍の球)を抛(な)げ打(う)たせて婿(むこ)を卜(ぼく=占う)。適(あたか)も陳光蕊(ちんこうずい)の楼(ろう)の下(した)を経過(けいか)するに値(あ)い、小姐(しょうじゃ=令嬢)一目(ひとめ)見(み)て光蕊(こうずい)の人材(じんざい=風格)の衆(ひと)に出(い)で、新科(しんか=新たな科)の状元(じょうげん)なるを知(し)り、心(こころ)の内(うち)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、就(すなわ)ち繍球(しゅうきゅう)を将(も)ちて抛(な)げ下(おろ)せば、恰(あたか)も光蕊(こうずい)が烏紗帽(うしゃぼう=黒紗の冠)に打(う)ち着(つ)けり。猛(たけ)く一派(ひとむれ)の笙簫(しょうしょう=笙と簫)の細楽(さいがく=細やかな楽)を聴(き)き得(え)、十数箇(じゅうすうこの)婢妾(ひしょう=侍女)の楼(ろう)を下(くだ)り来(きた)り、光蕊(こうずい)が馬頭(ばとう)を把(と)って挽(ひ)き住(とど)め、状元(じょうげん)を迎(むか)えて相府(しょうふ=丞相邸)に入(い)れて婚(こん)を成(な)さしむ。那(か)の丞相(じょうしょう)と夫人(ふじん)、即時(そくじ)に堂(どう)に出(い)で、賓人(ひんじん=仲人)を喚(よ)んで礼(れい)を賛(たす)けしめ、小姐(しょうじゃ)を将(も)ちて光蕊(こうずい)に配(はい=娶合わせ)す。天地(てんち)を拜(おが)み、夫妻(ふさい)交(こもごも)拜(はい)し畢(おわ)り、又(また)岳丈(がくじょう=妻の父)・岳母(がくぼ=妻の母)を拜(おが)む。丞相(じょうしょう)吩咐(ふんぷ)して酒席(しゅせき)を安排(あんばい)し、一宵(ひとよ)歓(よろこ)んで飲(の)む。二人(ふたり)同(とも)に素手(しゅしゅ=白き手)を携(たずさ)え、共(とも)に蘭房(らんぼう=閨房)に入(い)る。 次日(よくじつ)五更(ごこう=明け方)の三点(さんてん)、太宗(たいそう)金鑾宝殿(きんらんほうでん)に駕坐(がざ=出御)し、文武(ぶんぶ)の衆臣(しゅうしん)朝(ちょう)に趋(すす)む。太宗(たいそう)同(ともに)道(い)わく、「新科(しんか)の状元(じょうげん)陳光蕊(ちんこうずい)は応(まさ)に何(なん)の官(かん)を授(さず)くべきや」と。魏征丞相(ぎちょうじょうしょう)奏(そう)して道(い)わく、「臣(しん)所属(しょぞく)の州郡(しゅうぐん)を査(しら)ぶるに、江州(こうしゅう)に官(かん)を欠(か)く有(あ)り。乞(こ)う、我(わ)が主(あるじ)他(かれ)に此(こ)の職(しょく)を授(さず)けられよ」と。太宗(たいそう)就(すなわ)ち命(めい)じて江州(こうしゅう)の州主(しゅうしゅ=長官)と為(な)し、即(すなわ)ち收拾(しゅうしゅう)して身(み)を起(おこ)し、限期(げんき=期限)を誤(あやま)ること勿(な)からしむ。光蕊(こうずい)恩(おん)を謝(しゃ)して朝(ちょう)を出(い)で、相府(しょうふ)に回(かえ)り到(いた)り、妻(つま)と商議(しょうぎ=相談)し、岳丈(がくじょう)岳母(がくぼ)に拜(おが)み辞(じ)し、妻(つま)と同(とも)に前(まえ)に江州(こうしゅう)の任(にん)に赴(おもむ)く。 長安(ちょうあん)を離(はな)れて途(みち)に登(のぼ)るに、正(まさ)に是(こ)れ暮春(ぼしゅん=晩春)の天気(てんき)、和風(わふう=穏やかな風)は柳(やなぎ)を吹(ふ)いて緑(みどり)にし、細雨(さいう=小雨)は花(はな)を点(そそ)いで紅(くれない)なり。光蕊(こうずい)便(すなわ)ち道(みち)より家(いえ)に回(かえ)り、妻(つま)と同(とも)に母親(はは)の張氏(ちょうし)に交拜(こうはい=挨拶)す。張氏(ちょうし)道(い)わく、「我(わ)が児(こ)を恭喜(きょうき=祝う)す、且(か)つ又(また)娶親(しゅしん=嫁を娶る)して回(かえ)り来(きた)れるを」と。光蕊(こうずい)道(い)わく、「孩児(がいじ)母親(はは)の福庇(ふくひ=福の蔭)を叨頼(とうらい=忝くも蒙)り、忝(かたじけな)くも状元(じょうげん)に中(あた)り、欽(きん=帝より)に游街(ゆうがい=街を巡る)を賜(たま)い、丞相(じょうしょう)殷(いん)が府門(ふもん)の前(まえ)を経過(けいか)するに、抛(な)げ打(う)つ繍球(しゅうきゅう)の適中(てきちゅう=的中)せるに遇(あ)い、丞相(じょうしょう)の即(すなわ)ち小姐(しょうじゃ)を将(も)ちて孩児(がいじ)を招(まね)いて婿(むこ)と為(な)せるを蒙(こうむ)れり。朝廷(ちょうてい)孩児(がいじ)を除(じょ=任命)して江州(こうしゅう)の州主(しゅうしゅ)と為(な)せり、今(いま)来(きた)りて母親(はは)を接(むか)え取(と)り、同(とも)に去(ゆ)きて任(にん)に赴(おもむ)かん」と。張氏(ちょうし)大(おお)いに喜(よろこ)び、行程(こうてい=旅支度)を收拾(しゅうしゅう)す。路(みち)に在(あ)ること数日(すうじつ)、前(まえ)に万花店(ばんかてん)の劉小二(りゅうしょうじ)が家(いえ)に至(いた)りて安(やすん)じ下(おろ)すに、張氏(ちょうし)の身体(しんたい)忽然(たちま)ち病(やまい)に染(し)み、光蕊(こうずい)と道(い)わく、「我(われ)身(み)の上(うえ)安(やす)からず、且(しばら)く店(たな)の中(うち)に在(あ)りて両日(ふつか)調養(ちょうよう=養生)して去(ゆ)かん」と。光蕊(こうずい)命(めい)に遵(したが)う。次日(よくじつ)の早朝(そうちょう)に至(いた)り、店(たな)の門前(もんぜん)に一人(ひとり)の箇(ひとつ)の金色鯉魚(こんじきりぎょ=黄金色の鯉)を提(さ)げて叫(よ)んで売(う)る有(あ)るを見(み)る、光蕊(こうずい)即(すなわ)ち一貫銭(いっかんせん)を将(も)ちて買(か)い、待(ま)って烹(に)て母親(はは)に与(あた)えて食(くら)わしめんと欲(ほっ)するに、只(た)だ鯉魚(りぎょ)の眼(め)を閃閃(せんせん=きらきら)と眨(またた)かせるを見(み)、光蕊(こうずい)驚異(きょうい=怪しみ)して道(い)わく、「聞(き)くならく魚蛇(ぎょだ=魚と蛇)の眼(め)を眨(またた)かせるは、必(かなら)ず是(こ)れ等閑(とうかん=並)の物(もの)に非(あら)ずと!」と。遂(つい)に漁人(ぎょじん=漁師)に問(と)うて道(い)わく、「此(こ)の魚(うお)は那(いずこ)より打(と)り来(きた)れるや」と。漁人(ぎょじん)道(い)わく、「府(ふ)を離(はな)るる十五里(じゅうごり)の洪江(こうこう)の内(うち)より打(と)り来(きた)れるなり」と。光蕊(こうずい)就(すなわ)ち魚(うお)を把(と)って洪江(こうこう)の裡(うち)に送(おく)り去(さ)りて生(いのち)を放(はな)ち了(おわ)る。店(たな)に回(かえ)りて母親(はは)に対(たい)して此(こ)の事(こと)を道(い)い知(し)らしむれば、張氏(ちょうし)道(い)わく、「放生(ほうじょう=生を放つ)は好(よ)き事(こと)なり、我(われ)が心(こころ)甚(はなは)だ喜(よろこ)ぶ」と。光蕊(こうずい)道(い)わく、「此(こ)の店(たな)に已(すで)に三日(みっか)住(じゅう)せり、欽限(きんげん=勅命の期限)緊急(きんきゅう)なり、孩児(がいじ)意(こころ)に明日(みょうにち)身(み)を起(おこ)さんと欲(ほっ)するも、母親(はは)の身体(しんたい)の好(よ)き与否(いな)やを知(し)らず」と。 張氏(ちょうし)道(い)わく、「我(われ)が身子(み=体)快(こころよ)からず、此(こ)の時(とき)路(みち)の上(ほとり)炎熱(えんねつ=暑い)なれば、恐(おそ)らくは病(やまい)を添(そ)えん。汝(なんじ)可(べ)く此(ここ)に間(ひとま)の房屋(ぼうおく=家)を賃(か)り、我(われ)と暫(しばら)く住(じゅう)せよ。些(いささか)の盤纏(ばんてん=路銀)を此(ここ)に付(ふ)し、汝(なんじ)両口(ふたり)先(ま)ず上(のぼ)りて任(にん)に去(ゆ)き、秋(あき)の涼(すず)しきを候(ま)ちて却(かえ)って来(きた)りて我(われ)を接(むか)えよ」と。光蕊(こうずい)妻(つま)と商議(しょうぎ)し、就(すなわ)ち屋宇(おくう=家)を租(か)り、盤纏(ばんてん)を母親(はは)に付(ふ)し与(あた)え、妻(つま)と同(とも)に拜(おが)み辞(じ)して前(まえ)に去(ゆ)く。 途路(とろ=道中)艱苦(かんく=苦しみ)、暁(あかつき)に行(ゆ)き夜(よる)に宿(やど)り、覚(おぼ)えず已(すで)に洪江(こうこう)の渡口(とこう=渡し場)に到(いた)る。只(た)だ稍水(しょうすい=船頭)の劉洪(りゅうこう)・李彪(りひょう)の二人(ふたり)の、船(ふね)を撑(さ)して岸(きし)に到(いた)りて迎接(げいせつ)するを見(み)る。也(ま)た是(こ)れ光蕊(こうずい)が前生(ぜんしょう=前世)に合当(ごうとう=まさに)に此(こ)の災難(さいなん)有(あ)るべきに、此(こ)の冤家(えんか=仇)に撞(ぶつ)かれるなり。光蕊(こうずい)家僮(かどう)に令(れい)じて行李(こうり)を将(も)ちて船(ふね)の上(うえ)に搬(はこ)ばしめ、夫妻(ふさい)正(まさ)に斉斉(せいせい=揃い)に船(ふね)に上(のぼ)るに、那(か)の劉洪(りゅうこう)眼(め)を睜(ひら)きて殷小姐(いんしょうじゃ)が面(おもて)の満月(まんげつ)の如(ごと)く、眼(め)の秋波(しゅうは=秋の波)に似(に)て、桜桃(おうとう=さくらんぼ)の小口(こぐち)、緑柳(りょくりゅう=青柳)の蛮腰(ばんよう=細腰)なる、真(まこと)に箇(ひとつ)の魚(うお)を沈(しず)め雁(かり)を落(おと)すの容(かたち)有(あ)り、月(つき)を閉(と)じ花(はな)を羞(はじ)らわすの貌(かたち)あるを見(み)、陡(にわか)に狼心(ろうしん=狼の心)を起(おこ)し、遂(つい)に李彪(りひょう)と計(けい)を設(もう)け、船(ふね)を将(も)ちて人烟(じんえん=人家)無(な)き処(ところ)に撑(さ)し至(いた)り、夜静(よるしずか)の三更(さんこう)を候(ま)ち、先(ま)ず家僮(かどう)を将(も)ちて殺(ころ)し、次(つい)に光蕊(こうずい)を将(も)ちて打(う)ち殺(ころ)し、尸首(ししゅ=死骸)を把(と)って都(みな)水(みず)の裡(うち)に推(お)し去(さ)り了(おわ)る。小姐(しょうじゃ)他(かれ)の夫(おっと)を打(う)ち殺(ころ)せるを見(み)て、也(ま)た便(すなわ)ち身(み)を将(も)ちて水(みず)に赴(おもむ)かんとするに、劉洪(りゅうこう)一把(ひとつかみ)に抱(いだ)き住(とど)めて道(い)わく、「汝(なんじ)若(も)し我(われ)に従(したが)わば、万事(ばんじ)皆(みな)休(や)まん!若(も)し従(したが)わざる時(とき)は、一刀(いっとう)両断(りょうだん)なり!」と。那(か)の小姐(しょうじゃ)計(はかりごと)を尋(たず)ぬるに無(な)く、只(た)だ権(かり)に時(とき)に順(したが)って応承(おうしょう=承知)し、劉洪(りゅうこう)に順(したが)えり。那(か)の賊(ぞく)船(ふね)を把(と)って南岸(なんがん)に渡(わた)し、船(ふね)を李彪(りひょう)に付(ふ)して自(みずか)ら管(つかさど)らしめ、他(かれ)は就(すなわ)ち光蕊(こうずい)が衣冠(いかん=衣と冠)を穿(き)し、官憑(かんぴょう=辞令)を帯(お)び、小姐(しょうじゃ)と同(とも)に江州(こうしゅう)に往(ゆ)きて任(にん)に上(のぼ)り去(さ)れり。 却(さ)て説(つ)ぐ、劉洪(りゅうこう)が殺(ころ)しし家僮(かどう)の尸首(ししゅ)は、水(みず)に順(したが)って流(なが)れ去(さ)り、惟(た)だ陳光蕊(ちんこうずい)の尸首(ししゅ)のみ、水底(すいてい)に沈(しず)みて動(うご)かず。洪江口(こうこうこう)の巡海夜叉(じゅんかいやしゃ=海を巡る夜叉)有(あ)りて之(これ)を見(み)、星(ほし)の如(ごと)く飛(と)びて龍宮(りゅうぐう)に報(ほう)じ入(い)るに、正(まさ)に龍王(りゅうおう)の殿(でん)に升(のぼ)るに値(あ)い、夜叉(やしゃ)報(ほう)じて道(い)わく、「今(いま)洪江口(こうこうこう)に何人(なんぴと)か一箇(ひとりの)読書(どくしょ)の士子(しし=学士)を打(う)ち殺(ころ)し、尸(しかばね)を将(も)ちて水底(すいてい)に撇(す)てたるを知(し)らず」と。龍王(りゅうおう)尸(しかばね)を将(も)ちて抬(かつ)ぎ来(きた)らしめ、面前(めんぜん)に放(お)き、仔細(しさい)に一(ひと)看(み)して道(い)わく、「此(こ)の人(ひと)正(まさ)に是(こ)れ我(われ)を救(すく)えるの恩人(おんじん)なるに、如何(いか)にして人(ひと)に謀(たばか)り殺(ころ)されしや?常言(じょうげん)に道(い)わく、恩(おん)を将(も)ちて恩(おん)に報(ほう)ずと。 我(われ)今日(こんにち)須(すべから)く他(かれ)が性命(せいめい)を救(すく)い、以(もっ)て日前(にちまえ=先日)の恩(おん)に報(ほう)ぜんと索(もと)む」と。即(すなわ)ち牒文(じょうぶん=公文)一道(ひとすじ)を写(うつ)し下(くだ)し、夜叉(やしゃ)を差(さしむ)けて径(ただ)ちに洪州(こうしゅう)の城隍(じょうこう)土地(とち)の処(ところ)に往(ゆ)きて投(とう)じ下(くだ)さしめ、秀才(しゅうさい)の魂魄(こんぱく)を取(と)り来(きた)らしめ、他(かれ)の性命(せいめい)を救(すく)わんと要(よう)す。 城隍(じょうこう)土地(とち)遂(つい)に小鬼(しょうき)を喚(よ)んで陳光蕊(ちんこうずい)の魂魄(こんぱく)を把(と)って夜叉(やしゃ)に交付(こうふ=渡)して去(さら)しめ、夜叉(やしゃ)魂魄(こんぱく)を帯(お)びて水晶宮(すいしょうきゅう)に到(いた)り、龍王(りゅうおう)に禀見(りんけん=申し見ゆ)す。龍王(りゅうおう)問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)が此(こ)の秀才(しゅうさい)、姓(せい)は甚(なん)と名(な)は誰(たれ)なる?何方(いずこ)の人氏(じんし=出身)なる?何(なん)に因(よ)りて此(ここ)に到(いた)り、人(ひと)に打(う)ち殺(ころ)されしや」と。光蕊(こうずい)礼(れい)を施(ほどこ)して道(い)わく、「小生(しょうせい=私)は陳萼(ちんがく)、表字(ひょうじ)を光蕊(こうずい)、海州(かいしゅう)弘農県(こうのうけん)の人(ひと)に系(かか)わる。忝(かたじけな)くも新科(しんか)の状元(じょうげん)に中(あた)り、叨(かたじけな)くも江州(こうしゅう)の州主(しゅうしゅ)を授(さず)かり、妻(つま)と同(とも)に任(にん)に赴(おもむ)き、江(こう)の辺(ほとり)に行(ゆ)き至(いた)りて船(ふね)に上(のぼ)るに、料(はか)らずんば稍子(しょうす=船頭)の劉洪(りゅうこう)、我(われ)が妻(つま)を貪(むさぼ)り謀(たばか)り、我(われ)を将(も)ちて打(う)ち殺(ころ)して尸(しかばね)を抛(なげう)てり、乞(こ)う大王(だいおう)我(われ)を救(すく)いて一(ひと)救(すく)いせよ!」と。龍王(りゅうおう)言(げん)を聞(き)きて道(い)わく、「原(もと)来(もと)此(か)くの如(ごと)くなり、先生(せんせい)、汝(なんじ)が前者(さきに)放(はな)ちし所(ところ)の金色鯉魚(こんじきりぎょ)即(すなわ)ち我(われ)なり、汝(なんじ)は是(こ)れ我(われ)を救(すく)えるの恩人(おんじん)なるに、汝(なんじ)今(いま)難(なん)有(あ)るに、我(われ)豈(あ)に汝(なんじ)を救(すく)わざるの理(ことわり)有(あ)らんや?」と。就(すなわ)ち光蕊(こうずい)が尸身(ししん=死体)を把(と)って一壁(ひとかたわら)に安置(あんち)し、口(くち)の内(うち)に一顆(ひとつぶ)の定顔珠(ていがんじゅ=顔を保つ珠)を含(ふく)ませ、壊(そこな)い損(そこな)うことを休(や)めしめ、日後(にちご)好(よ)く魂(たましい)を還(かえ)して仇(あだ)を報(ほう)ぜしむ。又(また)道(い)わく、「汝(なんじ)今(いま)が真魂(しんこん=真の魂)は、権(かり)に且(しばら)く我(われ)が水府(すいふ=水の宮)の中(うち)に在(あ)りて箇(ひとつの)都領(とりょう=頭領)を做(な)せ」と。光蕊(こうずい)頭(こうべ)を叩(たた)いて拜(おが)み謝(しゃ)し、龍王(りゅうおう)宴(えん)を設(もう)けて相待(あいまつ=饗応)するは題(だい)せず。 却(さ)て説(つ)ぐ、殷小姐(いんしょうじゃ)劉賊(りゅうぞく)を痛(いた)く恨(うら)み、肉(にく)を食(くら)い皮(かわ)に寝(い)ねざるを恨(うら)むがごとくなるも、只(た)だ身(み)に孕(はらみ)を有(たも)つに因(よ)り、未(いま)だ男女(だんじょ)を知(し)らず、万(よろず)已(や)むことを得(え)ざるをもって、権(かり)に且(しばら)く勉強(べんきょう=無理に)して相(あい)従(したが)う。転(うたた)として盼(みまわ)す間(あいだ)、覚(おぼ)えず已(すで)に江州(こうしゅう)に到(いた)る。 吏書(りしょ=役所の書記)門皂(もんそう=門番)たち、俱(みな)来(きた)りて迎接(げいせつ)す。所属(しょぞく)の官員(かんいん)、公堂(こうどう=役所)に宴(えん)を設(もう)けて相叙(しょうじょ=語らう)。劉洪(りゅうこう)道(い)わく、「学生(がくせい=私)此(ここ)に到(いた)れるは、全(まった)く諸公(しょこう=皆様)の大力(だいりき=大きな力)の匡持(きょうじ=支え)に頼(よ)る」と。属官(ぞっかん)答(こた)えて道(い)わく、「堂尊(どうそん=奉行)の大魁(たいかい=首席)の高才(こうさい=優れた才)、自然(おのずか)ら民(たみ)を視(み)ること子(こ)の如(ごと)く、訟(うったえ)簡(かん=少な)く刑(けい)清(きよ)し。我(われ)等(ら)が合属(がっぞく=配下)頼(たの)む所(ところ)有(あ)り、何(なん)ぞ必(かなら)ずしも過(すぎ)て謙(けん)せんや」と。公宴(こうえん)已(すで)に罷(や)み、衆人(しゅうじん)各(おのおの)散(さん)ず。 光陰(こういん)迅速(じんそく)なり。一日(いちにち)、劉洪(りゅうこう)公事(くじ)にて遠(とお)く出(い)で、小姐(しょうじゃ)衙(が=役所)に在(あ)りて婆婆(ばば=姑)・夫(おっと)を思念(しねん=思い慕)い、花亭(かてい=花の亭)の上(うえ)に在(あ)りて感嘆(かんたん)せるに、忽然(たちま)ち身体(しんたい)困倦(こんけん=疲れだる)く、腹内(ふくない)疼痛(とうつう=痛み)し、地(ち)に暈悶(うんもん=気を失い)し、覚(おぼ)えず一子(ひとりのこ)を生(う)み下(おろ)す。耳(みみ)の辺(ほとり)に人(ひと)の嘱(いいつ)けて曰(いわ)く有(あ)り、「満堂嬌(まんどうきょう)、吾(われ)が叮囑(ていしょく=申し付け)を聴(き)け。吾(われ)は乃(すなわ)ち南極星君(なんきょくせいくん)、観音菩薩(かんのんぼさつ)の法旨(ほうし)を奉(ほう)じ、特(こと)に此(こ)の子(こ)を送(おく)りて汝(なんじ)に与(あた)う、異日(いじつ)声名(せいめい)遠大(えんだい)にして、等閑(とうかん=並)に比(くら)ぶるに非(あら)ず。劉賊(りゅうぞく)若(も)し回(かえ)らば、必(かなら)ず此(こ)の子(こ)を害(そこな)わん、汝(なんじ)可(べ)く心(こころ)を用(もち)いて保護(ほご)せよ。汝(なんじ)が夫(おっと)已(すで)に龍王(りゅうおう)の相救(あいすく)うを得(え)たり、日後(にちご)夫妻(ふさい)相会(あいかい)し、子母(しぼ=母と子)団円(だんえん)し、冤(えん)を雪(すす)ぎ仇(あだ)を報(ほう)ずること日(ひ)有(あ)らん。謹(つつし)んで吾(われ)が言(げん)を記(き)せ、快(すみや)かに醒(さ)めよ快(すみや)かに醒(さ)めよ!」と。言(げん)訖(おわ)りて去(さ)る。小姐(しょうじゃ)醒(さ)め来(きた)り、句句(くく=一言一句)記(き)し得(え)、子(こ)を将(も)ちて抱(いだ)き定(さだ)めるも、計(はかりごと)を施(ほどこ)すこと無(な)し。忽然(たちま)ち劉洪(りゅうこう)回(かえ)り来(きた)り、一目(ひとめ)此(こ)の子(こ)を見(み)て、便(すなわ)ち淹(おぼら)し殺(ころ)さんと要(よう)するに、小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「今日(こんにち)天色(てんしょく=空模様)已(すで)に晩(く)れたり、容(ゆる)して明日(みょうにち)を待(ま)ちて江(こう)の中(なか)に抛(な)げ去(さら)ん」と。幸(さいわ)いに喜(よろこ)ぶべきは次早(よくあさ)劉洪(りゅうこう)忽(たちま)ち緊急(きんきゅう)の公事(くじ)有(あ)りて遠(とお)く出(いで)しに、小姐(しょうじゃ)暗(ひそ)かに思(おも)わく、「此(こ)の子(こ)若(も)し賊人(ぞくにん)の回(かえ)り来(きた)るを待(ま)たば、性命(せいめい)休(や)まん!如(し)かざるは早(はや)きに趁(つ)けて江(こう)の中(なか)に抛棄(ほうき)し、其(そ)の生死(しょうし)を聴(ゆる=任せ)んか。倘(も)し或(あるい)は皇天(こうてん=天)の憐(あわれ)みを見(み)て、人(ひと)の救(すく)い得(う)る有(あ)りて、此(こ)の子(こ)を収養(しゅうよう)せば、他日(たじつ)に還(ま)た相(あい)逢(あ)うを得(え)ん」と。但(た)だ識認(しきにん=見分け)し難(がた)からんことを恐(おそ)れ、即(すなわ)ち手指(てゆび)を咬(か)み破(やぶ)り、血書(けっしょ=血で書いた文)一紙(ひとひら)を写(うつ)し下(くだ)し、父母(ふぼ)の姓名(せいめい)・跟脚原由(こんきゃくげんゆ=身元と由来)を、備(つぶさ)に細(こま)かに開載(かいさい=書き載す);又(また)此(こ)の子(こ)が左脚(ひだりあし)の上(うえ)の一小指(ひとつのこゆび)を、口(くち)を用(もち)いて咬(か)み下(おろ)し、以(もっ)て記験(きけん=印)と為(な)す。貼身(てんしん=肌着)の汗衫(かんさん=下着)一件(ひとえ)を取(と)り、此(こ)の子(こ)を包裹(ほうか=包み)し、空(すき)に乗(じょう=乗じ)じて衙門(がもん=役所)を抱(いだ)き出(いだ)す。幸(さいわ)いに喜(よろこ)ぶべきは官衙(かんが=役所)の江(こう)を離(はな)るること遠(とお)からざるに、小姐(しょうじゃ)江辺(こうへん)に到(いた)り、大(おお)いに一場(ひとくさ)哭(な)く。正(まさ)に抛棄(ほうき)せんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち江岸(こうがん)の岸側(がんそく=岸の傍)に一片(ひとひら)の木板(もくはん)の飄(ただよ)い起(おこ)るを見(み)、小姐(しょうじゃ)即(すなわ)ち天(てん)に朝(むか)いて拜祷(はいとう=拝み祈り)、此(こ)の子(こ)を安(やすん)じて板(いた)の上(うえ)に在(あ)らしめ、帯(おび)を用(もち)いて縛(くく)り住(とど)め、血書(けっしょ)を胸(むね)の前(まえ)に系(か)け、江(こう)の中(なか)に推(お)し放(はな)ち、其(そ)の之(ゆく)所(ところ)に聴(まか)す。小姐(しょうじゃ)涙(なみだ)を含(ふく)んで衙(が)に回(かえ)るは題(だい)せず。 却(さ)て説(つ)ぐ、此(こ)の子(こ)木板(もくはん)に乗(の)りて江(こう)を流(なが)れ、金山寺(きんざんじ)の前(まえ)に漂(ただよ)い着(つ)く。寺(てら)の法明(ほうみょう)長老(ちょうろう)、早(はや)く起(お)きて経(きょう)を誦(しょう=読誦)し居(お)りしに、忽(たちま)ち江岸(こうがん)の傍(ほとり)に一片(ひとひら)の木板(もくはん)の漂(ただよ)い来(きた)り、上(うえ)に嬰児(えいじ=赤子)の哭(な)き声(ごえ)有(あ)るを聞(き)く。長老(ちょうろう)急(いそ)ぎて小僧(こぞう)を喚(よ)び、板(いた)を撈(すく)い上(あ)げしめ、見(み)れば果(はた)して一(ひと)りの孩児(がいじ=赤ん坊)なり。長老(ちょうろう)大(おお)いに喜(よろこ)び、急(いそ)ぎて衣(ころも)を解(と)きて包裹(ほうか=包み)を開(ひら)き、血書(けっしょ=血で書いた文)一紙(ひとひら)と汗衫(かんさん=肌着)一件(ひとえ)を見(み)出(いだ)す。長老(ちょうろう)読(よ)み罷(おわ)り、此(こ)の子(こ)の来歴(らいれき=いきさつ)を知(し)り、嘆(たん)じて曰(いわ)く、「此(こ)は天(てん)の我(われ)に授(さず)くる所(ところ)なり」と。即(すなわ)ち乳(ち)を乞(こ)いて養(やしな)い、江流(こうりゅう)と名(な)づく。光陰(こういん)箭(や)の如(ごと)く、覚(おぼ)えず江流(こうりゅう)年(とし)十八(じゅうはち)に満(み)ち、長老(ちょうろう)彼(かれ)をして削髪(さくはつ=剃髪)して修行(しゅぎょう)せしめ、法名(ほうみょう)を玄奘(げんじょう)と取(と)る。玄奘(げんじょう)生来(せいらい)聡明(そうめい)、経典(きょうてん)を誦(しょう)し、仏法(ぶっぽう)に通(つう)ず。 一日(あるひ)、暮春(ぼしゅん=晩春)の天気(てんき)、衆人(しゅうじん)同(とも)に松陰(しょういん=松の木陰)の下(した)に在(あ)りて、経(きょう)を講(こう)じ禅(ぜん)に参(さん)じ、奥妙(おうみょう=深い妙)を談説(だんせつ=語り合う)。那(か)の酒肉和尚(しゅにくおしょう=酒肉を食う僧)、恰(あたか)も玄奘(げんじょう)に難(なんな)じ倒(たお)さる。和尚(おしょう)大(おお)いに怒(いか)り、罵(ののし)って道(い)わく、「汝(なんじ)此(こ)の業畜(ごうちく=畜生)、姓名(せいめい)も亦(ま)た知(し)らず、父母(ふぼ)も亦(ま)た識(し)らず、還(ま)た此(ここ)に在(あ)りて甚(なに)の鬼(おに)を搗(つ)きしむるか!」と。玄奘(げんじょう)彼(かれ)に此(か)くの如(ごと)き言語(げんご)を罵(ののし)り出(いだ)され、寺(てら)に入(い)りて師父(しふ=師)に跪(ひざまず)き告(つ)げ、眼涙(がんるい)双(ふた)つながら流(なが)して曰(いわ)く、「人(ひと)天地(てんち)の間(あいだ)に生(うま)れ、陰陽(いんよう)を稟(う)けて五行(ごぎょう)に資(と)る、尽(ことごと)く父(ちち)に生(うま)れ母(はは)に養(やしな)わるるに由(よ)る、豈(あ)に人(ひと)として世(よ)に在(あ)りて父母(ふぼ)無(な)き者(もの)有(あ)らんや?」と。再三(さいさん)哀告(あいこく=嘆願)し、父母(ふぼ)の姓名(せいめい)を問(と)い求(もと)む。長老(ちょうろう)道(い)わく、「汝(なんじ)真(まこと)に父母(ふぼ)を尋(たず)ねんと要(よう)せば、我(われ)に随(したが)いて方丈(ほうじょう)の裡(うち)に到(いた)る可(べ)し」と。玄奘(げんじょう)便(すなわ)ち随(したが)いて方丈(ほうじょう)に到(いた)る。長老(ちょうろう)重梁(じゅうりょう=二重の梁)の上(うえ)に到(いた)り、一(ひと)つの小匣児(こばこ)を取(と)り下(おろ)し、開(ひら)き来(きた)りて、血書(けっしょ)一紙(ひとひら)・汗衫(かんさん)一件(ひとえ)を取(と)り出(いだ)し、玄奘(げんじょう)に付与(ふよ=与える)。玄奘(げんじょう)血書(けっしょ)を将(も)ちて拆(ひら)き開(あ)けて之(これ)を読(よ)み、才(はじ)めて備(つぶさ)に細(こま)かに父母(ふぼ)の姓名(せいめい)並(なら)びに冤仇(えんきゅう=恨み)の事迹(じせき)を暁(さと)り得(う)。玄奘(げんじょう)読(よ)み罷(おわ)り、覚(おぼ)えず地(ち)に哭(な)き倒(たお)れて曰(いわ)く、「父母(ふぼ)の仇(あだ)、報復(ほうふく)する能(あた)わず、何(なん)を以(もっ)て人(ひと)と為(な)らんや?十八年(じゅうはちねん)の来(らい)、生身(せいしん=実の)の父母(ふぼ)を識(し)らず、今日(こんにち)に至(いた)りて方(まさ)に母(はは)有(あ)るを知(し)る。此(こ)の身(み)若(も)し師父(しふ)の撈救(ろうきゅう=救い上げ)・扶養(ふよう)に非(あら)ざれば、安(いずく)んぞ今日(こんにち)有(あ)らんや?容(ゆる)して弟子(でし)の去(ゆ)きて母(はは)を尋(たず)ね見(み)ん、然(しか)る後(のち)頭(かしら)に香盆(こうぼん=香の盆)を頂(いただ)き、殿宇(でんう=堂宇)を重建(ちょうけん=建て直し)、師父(しふ)の深恩(しんおん)を報答(ほうとう=恩返し)せん」と。師父(しふ)道(い)わく、「汝(なんじ)去(ゆ)きて母(はは)を尋(たず)ねんと要(よう)せば、此(こ)の血書(けっしょ)と汗衫(かんさん)を帯(たい)して前(まえ)に去(ゆ)く可(べ)し、只(た)だ化縁(けえん=托鉢)と為(な)し、径(ただ)ちに江州(こうしゅう)の私衙(しが=役所の奥)に往(ゆ)かば、才(はじ)めて汝(なんじ)が母(はは)の相見(しょうけん)を得(え)ん」と。 玄奘(げんじょう)師父(しふ)の言語(げんご)を領(う)け、便(すなわ)ち化縁(けえん)の和尚(おしょう)と為(な)り、径(ただ)ちに江州(こうしゅう)に至(いた)る。適値(たまたま)劉洪(りゅうこう)事(こと)有(あ)りて外(そと)に出(い)でしに、亦(ま)た是(こ)れ天(てん)の彼(かれ)をして母子(ぼし)相会(しょうかい)せしむるなり。玄奘(げんじょう)便(すなわ)ち直(ただ)ちに私衙(しが)の門口(もんこう)に至(いた)りて抄化(しょうけ=托鉢して唱える)。那(か)の殷小姐(いんしょうじゃ)、原来(もと)夜間(やかん)一夢(ひとゆめ)を得(え)て、月(つき)の欠(か)けて再(ふたた)び円(まる)きを夢(ゆめ)み、暗(ひそ)かに想(おも)わく、「我(わ)が婆婆(ばば=姑)音信(いんしん=便り)を知(し)らず、我(わ)が夫(おっと)は此(こ)の賊(ぞく)に謀殺(ぼうさつ)せられ、我(わ)が子(こ)は江(こう)の中(なか)に抛(な)げられしが、倘(も)し或(あるい)は人(ひと)の収養(しゅうよう)する有(あ)らば、算(かぞ)うるに已(すで)に十八歳(じゅうはっさい)有(あ)らん、或(あるい)は今日(こんにち)天(てん)の相会(しょうかい)せしむるも亦(ま)た未(いま)だ知(し)る可(べ)からず」と。正(まさ)に沉吟(ちんぎん=思案)の間(あいだ)、忽(たちま)ち私衙(しが)の前(まえ)に人(ひと)の経(きょう)を念(ねん)じ、連(つづ)けて「抄化(しょうけ)」と叫(よ)ぶを聞(き)く。小姐(しょうじゃ)又(また)便(ついで)に乗(じょう)じて出(い)で来(きた)りて問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)は何(いず)れの処(ところ)より来(きた)れるか?」と。玄奘(げんじょう)答(こた)えて道(い)わく、「貧僧(ひんそう=拙僧)は乃(すなわ)ち金山寺(きんざんじ)法明(ほうみょう)長老(ちょうろう)の徒弟(とてい=弟子)なり」と。小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「汝(なんじ)既(すで)に金山寺(きんざんじ)長老(ちょうろう)の徒弟(とてい)ならば——」と、衙(が)の裡(うち)に進(すす)み来(きた)らしめ、斎飯(さいはん=精進料理)を将(も)ちて玄奘(げんじょう)に与(あた)えて食(くら)わしむ。仔細(しさい=詳しく)に其(そ)の挙止(きょし=立ち居振る舞い)・言談(げんだん=話しぶり)を看(み)るに、好(あたか)しく夫(おっと)と一般(いっぱん=同じ)なり。小姐(しょうじゃ)従婢(じゅうひ=侍女)を将(も)ちて打(う)ち発(はな)し開(ひら)き去(さらし)め、問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)此(こ)の小師父(しょうしふ)、還(ま)た是(こ)れ自幼(じよう=幼少より)出家(しゅっけ)せるか?還(ま)た是(こ)れ中年(ちゅうねん)出家(しゅっけ)せるか?姓(せい)は甚(なに)と名(な)づけ、誰(たれ)と称(しょう)す。父母(ふぼ)有(あ)るや否(いな)や?」と。玄奘(げんじょう)答(こた)えて道(い)わく、「我(われ)も亦(ま)た自幼(じよう)出家(しゅっけ)に非(あら)ず、我(われ)も亦(ま)た中年(ちゅうねん)出家(しゅっけ)に非(あら)ず、我(われ)説(と)き起(お)こさば、冤(えん)は天(てん)より来(きた)るが如(ごと)く大(だい)に、仇(あだ)は海(うみ)の様(よう)に深(ふか)し!我(わ)が父(ちち)は人(ひと)に謀(はか)り殺(ころ)され、我(わ)が母(はは)は賊人(ぞくにん)に占(せん=奪い取)られて妻(つま)と為(な)れり。我(わ)が師父(しふ)法明(ほうみょう)長老(ちょうろう)、我(われ)をして江州(こうしゅう)衙内(がない=役所の中)に在(あ)りて母(はは)を尋(たず)ね取(と)らしむ」と。小姐(しょうじゃ)問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)が母(はは)姓(せい)は甚(なに)か?」と。玄奘(げんじょう)道(い)わく、「我(わ)が母(はは)は殷(いん)と姓(せい)とし、名(な)を温嬌(おんきょう)と喚(よ)び、我(わ)が父(ちち)は陳(ちん)と姓(せい)とし名(な)を光蕊(こうずい)と為(な)し、我(わ)が小名(しょうみょう=幼名)を江流(こうりゅう)と叫(よ)び、法名(ほうみょう)を取(と)りて玄奘(げんじょう)と為(な)す」と。小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「温嬌(おんきょう)は就(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)なり。但(た)だ汝(なんじ)今(いま)何(なん)の憑拠(ひょうきょ=証拠)有(あ)るか?」と。玄奘(げんじょう)是(こ)れ他(かれ)が母(はは)なるを聴(き)き、双膝(そうしつ=両膝)を跪(ひざまず)き下(おろ)し、哀哀(あいあい=痛ましく)と大(おお)いに哭(な)いて曰(いわ)く、「我(わ)が娘(はは)若(も)し信(しん)ぜざれば、血書(けっしょ)・汗衫(かんさん)の証(あかし)と為(な)る有(あ)り!」と。温嬌(おんきょう)取(と)り過(よ)ぎて一(ひと)たび看(み)るに、果然(かぜん=果たして)是(こ)れ真(しん)なり。母子(ぼし)相(あい)抱(いだ)きて哭(な)き、便(すなわ)ち叫(よ)んで曰(いわ)く、「我(わ)が児(こ)、快(すみや)かに去(い)ね!」と。玄奘(げんじょう)道(い)わく、「十八年(じゅうはちねん)生身(せいしん)の父母(ふぼ)を識(し)らざりしに、今朝(けさ)才(はじ)めて母(はは)に見(まみ)ゆ、孩児(がいじ=この子)をして如何(いか)んぞ割捨(かっしゃ=思い切り)せしめんや?」と。小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「我(わ)が児(こ)、汝(なんじ)火速(かそく=大急ぎ)に身(み)を抽(ぬき)んで前(まえ)に去(い)ね!劉賊(りゅうぞく)若(も)し回(かえ)らば、彼(かれ)必(かなら)ず汝(なんじ)が性命(せいめい)を害(そこな)わん!我(われ)明日(みょうにち)仮(かり)に一病(ひとやまい)を装(よそお)い、只(た)だ先年(せんねん=以前)曾(かつ)て百双(ひゃくそう=百足)の僧鞋(そうあい=僧の靴)を舎(ほどこ)さんと許(ちか)いしと説(と)き、汝(なんじ)が寺(てら)に来(きた)りて願(がん)を還(かえ)さん。那(そ)の時節(じせつ)、我(われ)話(はなし)の汝(なんじ)と説(と)く有(あ)らん」と。玄奘(げんじょう)言(げん)に依(よ)りて拝別(はいべつ)す。 却(さ)て説(つ)ぐ、小姐(しょうじゃ)子(こ)を見(み)し後(のち)より、心内(しんない)一憂(ひとゆう)一喜(ひとよし)、忽(たちま)ち一日(あるひ)病(やまい)を推(お)し、茶飯(さはん=食事)も食(くら)わず、床(とこ)の上(うえ)に臥(ふ)す。劉洪(りゅうこう)衙(が)に帰(かえ)り、其(そ)の原故(げんこ=わけ)を問(と)う。小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「我(われ)幼(おさな)き時(とき)曾(かつ)て一願(ひとがん)を許(ちか)い下(くだ)し、僧鞋(そうあい)一百双(ひゃくそう)を舎(ほどこ)さんと許(ちか)えり。昨(きのう)五日(いつか)の前(まえ)、箇(ひと)りの和尚(おしょう)の手(て)に利刃(りじん=鋭い刃)を執(と)り、僧鞋(そうあい)を索(もと)めんと要(よう)するを夢(ゆめ)み、便(すなわ)ち身(み)の快(こころよ)からざるを覚(おぼ)ゆ」と。劉洪(りゅうこう)道(い)わく、「此(こ)れ些(ささ)やかなる小事(しょうじ)、何(なん)ぞ早(はや)く説(い)わざる」と。随(したが)いて堂(どう)に升(のぼ)り、王左衙(おうさが=王左役)・李右衙(りゆうが=李右役)に吩咐(ふんふ=命じ)して曰(いわ)く、「江州(こうしゅう)城内(じょうない)の百姓(ひゃくせい)、毎家(ごけ=各家)僧鞋(そうあい)一双(ひとく)を弁(ととの)う可(べ)く、五日(いつか)の内(うち)に完納(かんのう)を限(かぎ)る」と。 百姓(ひゃくせい)俱(みな)派(はい=割当)に依(よ)りて完納(かんのう)し訖(おわ)る。小姐(しょうじゃ)劉洪(りゅうこう)に対(むか)いて道(い)わく、「僧鞋(そうあい)已(すで)に做(つく)り完(おわ)りぬ。此(ここ)に甚(なに)の寺院(じいん)有(あ)りて、好(よ)く願(がん)を還(かえ)しに去(ゆ)く可(べ)きか?」と。劉洪(りゅうこう)道(い)わく、「此(こ)の江州(こうしゅう)に箇(ひと)つの金山寺(きんざんじ)・焦山寺(しょうざんじ)有(あ)り、汝(なんじ)の那(いず)れの寺(てら)に去(ゆ)くを聴(ゆる)す」と。小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「久(ひさ)しく金山寺(きんざんじ)の好(よ)き箇(ひと)の寺院(じいん)なるを聞(き)けり、我(われ)便(すなわ)ち金山寺(きんざんじ)に往(ゆ)かん」と。劉洪(りゅうこう)即(すなわ)ち王(おう)・李(り)の二衙(にが=二人の役人)を喚(よ)び、船(ふね)を弁(ととの)え下(おろ)さしむ。小姐(しょうじゃ)心腹(しんぷく=腹心)の人(ひと)を帯(たい)し、同(とも)に船(ふね)に上(のぼ)る。稍水(そうすい=船頭)船(ふね)を撐(さ)し開(ひら)き、便(すなわ)ち金山寺(きんざんじ)に投(とう)じて去(ゆ)く。 却(さ)て説(つ)ぐ、玄奘(げんじょう)寺(てら)に回(かえ)り、法明(ほうみょう)長老(ちょうろう)に見(まみ)え、前項(ぜんこう=先の件)を説(と)き了(おわ)る。長老(ちょうろう)甚(はなは)だ喜(よろこ)ぶ。次日(よくじつ)、只(た)だ一(ひと)りの丫鬟(あかん=侍女)の先(さき)に到(いた)り、夫人(ふじん)の寺(てら)に来(きた)りて願(がん)を還(かえ)すと説(い)うを見(み)る。衆僧(しゅうそう)都(みな)寺(てら)を出(い)でて迎接(げいせつ)す。小姐(しょうじゃ)径(ただ)ちに寺門(じもん)に進(すす)み、菩薩(ぼさつ)を参(さん)し、大(おお)いに斎襯(さいしん=供物)を設(もう)け、丫鬟(あかん)を喚(よ)びて僧鞋(そうあい)・暑袜(しょべつ=夏の足袋)を将(も)ち、盤(ばん)の内(うち)に托(たく=載せ)さしむ。法堂(ほうどう)に来(きた)り到(いた)り、小姐(しょうじゃ)復(また)心香(しんこう=心の香)を拈(ひね)りて礼拝(らいはい)し、便(すなわ)ち法明(ほうみょう)長老(ちょうろう)をして分俵(ぶんぴょう=配分)して衆僧(しゅうそう)に与(あた)え訖(おわ)らしむ。玄奘(げんじょう)衆僧(しゅうそう)の散(さん)じ、法堂(ほうどう)の上(うえ)に更(さら)に一人(ひとり)も無(な)きを見(み)、彼(かれ)却(かえっ)て近(ちか)く前(まえ)に跪(ひざまず)き下(おろ)る。小姐(しょうじゃ)彼(かれ)をして鞋袜(あいべつ=靴下)を脱(ぬ)がしめて看(み)しむるに、那(か)の左脚(ひだりあし)の上(うえ)に果然(かぜん)一(ひと)つの小指頭(こゆび)を少(か)きを看(み)る。当時(そのとき)両(ふた)り又(また)抱(いだ)き住(とど)めて哭(な)き、長老(ちょうろう)の養育(よういく)の恩(おん)を拝謝(はいしゃ)す。法明(ほうみょう)道(い)わく、「汝(なんじ)今(いま)母子(ぼし)相会(しょうかい)す、奸賊(かんぞく)の之(これ)を知(し)るを恐(おそ)る、速(すみや)かに速(すみや)かに身(み)を抽(ぬき)んで回(かえ)り去(さら)ば、庶(ねがわ)くば其(そ)の禍(わざわい)を免(まぬが)れん」と。小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「我(わ)が児(こ)、我(われ)汝(なんじ)に一隻(ひとつ)の香環(こうかん=香りの環)を与(あた)う。汝(なんじ)径(ただ)ちに洪州(こうしゅう)西北(せいほく)の地方(ちほう)に到(いた)れ、約(およ)そ一千五百里(せんごひゃくり)の程(ほど)有(あ)り、那(かしこ)に箇(ひと)つの万花店(ばんかてん)有(あ)り、当時(そのかみ)婆婆(ばば)張氏(ちょうし)を那(かしこ)に留(とど)め置(お)けり、是(こ)れ汝(なんじ)が父(ちち)の生身(せいしん)の母(はは)なり。我(われ)又(また)一封(ひとふう)の書(ふみ)を写(うつ)して汝(なんじ)に与(あた)う、径(ただ)ちに唐王(とうおう)の皇城(こうじょう)の内(うち)、金殿(きんでん)の左辺(さへん=左側)に到(いた)れ、殷開山(いんかいざん)丞相(じょうしょう)の家(いえ)は、是(こ)れ汝(なんじ)が母(はは)の生身(せいしん)の父母(ふぼ)なり。汝(なんじ)我(わ)が書(ふみ)を将(も)ちて外公(がいこう=母方の祖父)に逓(わた)し、外公(がいこう)をして唐王(とうおう)に奏上(そうじょう)せしめ、人馬(じんば)を統領(とうりょう)し、此(こ)の賊(ぞく)を擒(とら)え殺(ころ)して、父(ちち)の為(ため)に仇(あだ)を報(ほう)ぜば、那(そ)の時(とき)才(はじ)めて老娘(ろうじょう=この母)の身(み)を救(すく)い出(いだ)すを得(え)ん。我(われ)今(いま)敢(あえ)て久(ひさ)しく停(とどま)らず、誠(まこと)に賊漢(ぞくかん=賊)の我(われ)が帰(かえ)るの遅(おそ)きを怪(あやし)まんことを恐(おそ)る」と。便(すなわ)ち寺(てら)を出(い)で舟(ふね)に登(のぼ)りて去(さ)る。 玄奘(げんじょう)哭(な)きて寺(てら)の中(なか)に回(かえ)り、師父(しふ)に告(つ)げ過(おわ)り、即時(そくじ)に拝別(はいべつ)し、径(ただ)ちに洪州(こうしゅう)に往(ゆ)く。万花店(ばんかてん)に来(きた)り到(いた)り、那(か)の店主(てんしゅ)劉小二(りゅうしょうじ)に問(と)うて道(い)わく、「昔年(せきねん=以前)江州(こうしゅう)の陳客官(ちんかっかん=陳の客)一(ひと)りの母(はは)の汝(なんじ)が店(みせ)の中(なか)に住(す)みし有(あ)り、如今(いま)好(よ)きか?」と。劉小二(りゅうしょうじ)道(い)わく、「他(かれ)原(もと)我(わ)が店(みせ)の中(なか)に在(あ)りき。後(のち)眼(め)を昏(くら)まし、三四年(さんよねん)並(なら)びに店租(てんそ=店賃)の我(われ)に還(かえ)す無(な)く、如今(いま)南門頭(なんもんとう=南門のあたり)の箇(ひと)つの破瓦窯(はがよう=壊れた瓦窯)の裡(うち)に在(あ)り、毎日(まいにち)街(まち)に上(のぼ)りて叫化(きょうけ=物乞い)して日(ひ)を度(わた)る。那(か)の客官(かっかん)一(ひと)たび去(さ)りてより許久(あまた)し、如今(いま)に到(いた)るまで杳(よう)として信息(しんそく=便り)無(な)く、何(なん)の為(ため)かを知(し)らず」と。玄奘(げんじょう)聴(き)き罷(おわ)り、即時(そくじ)に問(と)いて南門頭(なんもんとう)の破瓦窯(はがよう)に到(いた)り、婆婆(ばば)を尋(たず)ね着(あて)る。婆婆(ばば)道(い)わく、「汝(なんじ)が声(こえ)好(あたか)しく我(わ)が児(こ)陳光蕊(ちんこうずい)に似(に)たり」と。玄奘(げんじょう)道(い)わく、「我(われ)は陳光蕊(ちんこうずい)に非(あら)ず、我(われ)は陳光蕊(ちんこうずい)の子(こ)なり。温嬌(おんきょう)小姐(しょうじゃ)は是(こ)れ我(わ)が娘(はは)なり」と。婆婆(ばば)道(い)わく、「汝(なんじ)が爹娘(ふぼ=父母)如何(いかん)ぞ来(きた)らざる?」と。玄奘(げんじょう)道(い)わく、「我(わ)が爹爹(ちち)は強盗(ごうとう)に打(う)ち殺(ころ)され、我(わ)が娘(はは)は強盗(ごうとう)に霸占(はせん=奪い占め)られて妻(つま)と為(な)れり」と。婆婆(ばば)道(い)わく、「汝(なんじ)如何(いか)にして我(われ)を尋(たず)ね来(きた)るを暁(さと)れるか?」と。玄奘(げんじょう)道(い)わく、「是(こ)れ我(わ)が娘(はは)の我(われ)をして婆婆(ばば)を尋(たず)ね来(きた)らしむるなり。我(わ)が娘(はは)書(ふみ)の此(ここ)に在(あ)る有(あ)り、又(また)香環(こうかん)一隻(ひとつ)有(あ)り」と。那(か)の婆婆(ばば)書(ふみ)と香環(こうかん)を接(う)け取(と)り、声(こえ)を放(はな)って痛(いた)く哭(な)いて曰(いわ)く、「我(わ)が児(こ)功名(こうみょう)の為(ため)に此(ここ)に到(いた)り、我(われ)只(た)だ他(かれ)の義(ぎ)に背(そむ)き恩(おん)を忘(わす)れたりと道(おも)いしに、那(なん)ぞ知(し)らん他(かれ)人(ひと)に謀(はか)り殺(ころ)されんとは!且(しばら)く喜(よろこ)ぶべきは皇天(こうてん)の憐(あわれ)み念(おも)い、我(わ)が児(こ)の後(のち)を絶(た)たず、今日(こんにち)還(ま)た孫(まご)の我(われ)を尋(たず)ね来(きた)る有(あ)るを」と。玄奘(げんじょう)問(と)うて曰(いわ)く、「婆婆(ばば)の眼(め)、如何(いか)にして都(みな)昏(くら)みたるか?」と。婆婆(ばば)道(い)わく、「我(われ)汝(なんじ)が父(ちち)を思量(しりょう=思い)に因(よ)り、終日(ひねもす)懸望(けんぼう=待ちわび)、他(かれ)の来(きた)るを見(み)ず、此(こ)れに因(よ)って両眼(りょうがん)都(みな)哭(な)きて昏(くら)み了(おわ)る」と。玄奘(げんじょう)便(すなわ)ち倒(たお)れ跪(ひざまず)きて天(てん)に向(むか)いて祷告(とうこく)して曰(いわ)く、「玄奘(げんじょう)一十八歳(じゅうはっさい)、父母(ふぼ)の仇(あだ)報復(ほうふく)する能(あた)わず。今日(こんにち)母命(ぼめい=母の命)を領(う)けて婆婆(ばば)を尋(たず)ね来(きた)るを念(おも)え。天(てん)若(も)し弟子(でし)の誠意(せいい)を憐(あわれ)み鑑(かんが)みば、我(わ)が婆婆(ばば)の双眼(そうがん)の復明(ふくめい)を保(たも)て!」と。祝(いの)り罷(おわ)り、便(すなわ)ち舌先(したさき)を将(も)ちて婆婆(ばば)の眼(め)を舔(ねぶ)る。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、双眼(そうがん)舔(ねぶ)り開(ひら)き、仍(な)お初(はじめ)の如(ごと)く復(かえ)る。婆婆(ばば)小和尚(こおしょう)を覷(み)て道(い)わく、「汝(なんじ)果(はた)して是(こ)れ我(わ)が孫(まご)なり!恰(あたか)も我(わ)が子(こ)光蕊(こうずい)の形容(けいよう=姿)と無二(むに=同じ)なり!」と。婆婆(ばば)又(また)喜(よろこ)び又(また)悲(かなし)む。玄奘(げんじょう)便(すなわ)ち婆婆(ばば)を領(ひき)いて窯門(ようもん)を出(い)で、還(ま)た劉小二(りゅうしょうじ)の店(みせ)の内(うち)に到(いた)り、些(いささ)かの房銭(ぼうせん=家賃)を将(も)ちて屋(いえ)一間(ひとま)を賃(か)りて婆婆(ばば)と栖身(せいしん=身を寄せる)す;又(また)盤纏(ばんてん=路銀)を将(も)ちて婆婆(ばば)に与(あた)えて道(い)わく、「我(われ)此(こ)れより去(ゆ)きて只(た)だ月余(げつよ=一月余)にして便(すなわ)ち回(かえ)らん」と。 随即(すなわ)ち婆婆(ばば)に辞(じ)し、径(ただ)ちに京城(けいじょう)に往(ゆ)く。皇城(こうじょう)東街(とうがい)の殷丞相(いんじょうしょう)府上(ふじょう=屋敷)を尋(たず)ね着(あて)、門上(もんじょう=門番)の人(ひと)と道(い)わく、「小僧(こそう)は是(こ)れ親戚(しんせき)なり、相公(そうこう=旦那)を探(たず)ね来(きた)る」と。門上(もんじょう)の人(ひと)丞相(じょうしょう)に稟(ひん=申し)げ知(し)らしむ。丞相(じょうしょう)道(い)わく、「我(われ)和尚(おしょう)と並(なみ)に親眷(しんけん=親族)無(な)し」と。夫人(ふじん)道(い)わく、「我(われ)昨夜(さくや)我(わ)が娘(むすめ)満堂嬌(まんどうきょう)の家(いえ)に来(きた)るを夢(ゆめ)みしは、莫(も)し是(こ)れ婿(むこ)の書信(しょしん=手紙)の回(かえ)り来(きた)る有(あ)るか」と。丞相(じょうしょう)便(すなわ)ち小和尚(こおしょう)を請(しょう)じて庁(ひろま)の上(うえ)に来(きた)らしむ。小和尚(こおしょう)丞相(じょうしょう)と夫人(ふじん)に見(まみ)え、地(ち)に哭(な)き拝(はい)し、便(すなわ)ち懐中(かいちゅう)より一封(ひとふう)の書(ふみ)を取(と)り出(いだ)し、丞相(じょうしょう)に逓(わた)す。丞相(じょうしょう)拆(ひら)き開(あ)け、頭(はじめ)より読(よ)み罷(おわ)り、声(こえ)を放(はな)って痛(いた)く哭(な)く。夫人(ふじん)問(と)うて道(い)わく、「相公(そうこう)、何(なん)の事故(じこ)有(あ)るか?」と。丞相(じょうしょう)道(い)わく、「此(こ)の和尚(おしょう)は是(こ)れ我(われ)と汝(なんじ)が外甥(がいせい=孫)なり。婿(むこ)の陳光蕊(ちんこうずい)は賊(ぞく)に謀(はか)り殺(ころ)され、満堂嬌(まんどうきょう)は賊(ぞく)に強(し)いて占(せん)められて妻(つま)と為(な)れり」と。夫人(ふじん)聴(き)き罷(おわ)り、亦(ま)た痛哭(つうこく)して止(や)まず。丞相(じょうしょう)道(い)わく、「夫人(ふじん)休(や)めて煩悩(はんのう=悩み)を得(う)るな、来朝(みょうちょう=明朝)主上(しゅじょう=帝)に奏(そう)じ知(し)らせ、親(みずか)ら兵(へい)を統(す)べ、定(かなら)ず女婿(じょせい=婿)と仇(あだ)を報(ほう)ぜんと要(よう)す」と。 次日(よくじつ)、丞相(じょうしょう)朝(ちょう)に入(い)り、唐王(とうおう)に啓奏(けいそう)して曰(いわ)く、「今(いま)臣(しん)が婿(むこ)状元(じょうげん)陳光蕊(ちんこうずい)有(あ)り、家小(かしょう=家族)を帯(たい)し江州(こうしゅう)に任(にん)に赴(おもむ)きしが、稍水(そうすい)劉洪(りゅうこう)に打(う)ち殺(ころ)され、女(むすめ)を占(せん)めて妻(つま)と為(な)し、臣(しん)が婿(むこ)に假冒(かもう=成り済まし)、官(かん)を為(な)すこと多年(たねん)、事(こと)異変(いへん)に属(ぞく)す。乞(こ)う、陛下(へいか)立(ただ)ちどころに人馬(じんば)を発(はっ)し、賊寇(ぞくこう=賊)を剿除(そうじょ=討伐)せられんことを」と。唐王(とうおう)奏(そう)を見(み)て大(おお)いに怒(いか)り、便(すなわ)ち御林軍(ごりんぐん)六万(ろくまん)を発(はっ)し、殷丞相(いんじょうしょう)をして兵(へい)を督(とく=統率)して前(まえ)に去(ゆ)かしむ。丞相(じょうしょう)旨(し)を領(う)けて朝(ちょう)を出(い)で、即(すなわ)ち教場(きょうじょう=練兵場)の内(うち)に往(ゆ)きて兵(へい)を点(てん=点呼)し、径(ただ)ちに江州(こうしゅう)に向(むか)って進発(しんぱつ)す。暁(あかつき)に行(ゆ)き夜(よる)宿(しゅく)し、星(ほし)落(お)ち鳥(とり)飛(と)ぶ。覚(おぼ)えず已(すで)に江州(こうしゅう)に到(いた)る。殷丞相(いんじょうしょう)の兵馬(へいば)、俱(みな)北岸(きたぎし)に在(あ)りて営寨(えいさい=陣営)を下(おろ)す。星夜(せいや=夜を徹し)金牌(きんぱい)下戸(かこ=使い)を令(れい)じて江州(こうしゅう)の同知(どうち=副知事)・州判(しゅうはん=判官)の二人(ふたり)を喚(よ)び到(いた)らしめ、丞相(じょうしょう)彼(かれ)らに対(むか)いて此(こ)の事(こと)を説(と)き知(し)らせ、彼(かれ)らをして兵(へい)を提(ひっさ)げて相(あい)助(たす)け、一同(いちどう)に江(こう)を過(わた)って去(ゆ)かしむ。天(てん)未(いま)だ明(あき)らかならざるに、便(すなわ)ち劉洪(りゅうこう)が衙門(がもん)を囲(かこ)み了(おわ)る。劉洪(りゅうこう)正(まさ)に夢(ゆめ)の中(なか)に在(あ)り、火炮(かほう=大砲)一響(いっきょう)・金鼓(きんこ=鉦と太鼓)斉(ひと)しく鳴(な)るを聴(き)き、衆兵(しゅうへい)私衙(しが)に殺(さっ)し入(い)るに、劉洪(りゅうこう)措手(そしゅ=手を施す)及(およ)ばず、早(はや)くも擒(とら)え住(とど)めらる。丞相(じょうしょう)軍令(ぐんれい)を伝(つた)え下(くだ)し、劉洪(りゅうこう)一干(いっかん=一味)の人犯(にんぱん=罪人)を法場(ほうじょう=処刑場)に縛(ばく)し赴(おもむ)かせ、衆軍(しゅうぐん)をして俱(みな)城外(じょうがい)に在(あ)りて営(えい)を安(やすん)ぜしめて去(さら)しむ。 丞相(じょうしょう)直(ただ)ちに衙内(がない)の正庁(せいちょう=正面の間)に入(い)りて坐(ざ)し、小姐(しょうじゃ)を請(しょう)じて出(い)で来(きた)りて相見(しょうけん)す。小姐(しょうじゃ)出(い)でんと欲(ほっ)するも、父(ちち)に見(まみ)ゆるを羞(は)じ、便(すなわ)ち自(みずか)ら縊(くび)れんとす。玄奘(げんじょう)之(これ)を聞(き)き知(し)り、急急(いそい)に母(はは)を将(も)ちて解(と)き救(すく)い、双膝(そうしつ)を跪(ひざまず)き下(おろ)し、母(はは)に対(むか)いて道(い)わく、「児(こ)と外公(がいこう)と、兵(へい)を統(す)べて此(ここ)に至(いた)り、父(ちち)の為(ため)に仇(あだ)を報(ほう)ず。今日(こんにち)賊(ぞく)已(すで)に擒捉(きんぞく=捕縛)せらるるに、母(はは)何(なん)の故(ゆえ)にか反(かえっ)て死(し)を尋(たず)ねんと要(よう)する?母(はは)若(も)し死(し)せば、孩児(がいじ)豈(あ)に能(よ)く存(そん)せんや?」と。丞相(じょうしょう)亦(ま)た衙(が)に進(すす)みて勧解(かんかい=なだめ)す。 小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「吾(われ)聞(き)けり、婦人(ふじん)は一(ひと)に従(したが)いて終(おわ)ると。痛(いた)き哉(かな)、夫(おっと)已(すで)に賊人(ぞくにん)の殺(ころ)す所(ところ)と為(な)れるに、豈(あ)に靦顔(てんがん=厚かましい顔)して賊(ぞく)に従(したが)う可(べ)けんや?止(た)だ遺腹(いふく=遺腹の子)の身(み)に在(あ)るに因(よ)り、只(た)だ恥(はじ)を忍(しの)びて偷生(とうせい=苟くも生きる)を得(う)るのみ。今(いま)幸(さいわ)いに児(こ)已(すで)に長大(ちょうだい)し、又(また)老父(ろうふ)の兵(へい)を提(ひっさ)げて仇(あだ)を報(ほう)ずるを見(み)る、女(むすめ)と為(な)る者(もの)、何(なん)の面目(めんもく=顔)の相見(しょうけん)する有(あ)らん!惟(た)だ一死(いっし)有(あ)るのみ、以(もっ)て夫(おっと)に報(ほう)ぜん」と。 丞相(じょうしょう)道(い)わく、「此(こ)れ我(わ)が児(こ)の盛衰(せいすい)を以(もっ)て節(せつ)を改(あらた)むるに非(あら)ず、皆(みな)已(や)むことを得(え)ざるに出(い)づるに因(よ)る、何(なん)ぞ恥(はじ)と為(な)るを得(え)んや!」と。 父子(ふし)相(あい)抱(いだ)きて哭(な)き、玄奘(げんじょう)亦(ま)た哀哀(あいあい)として止(や)まず。丞相(じょうしょう)涙(なみだ)を拭(ぬぐ)いて道(い)わく、「汝(なんじ)二人(ふたり)且(しばら)く煩悩(はんのう)を休(や)めよ、我(われ)今(いま)已(すで)に仇賊(きゅうぞく)を擒捉(きんぞく)せり、且(しばら)く去(ゆ)きて発落(はつらく=処分)し来(きた)らん」と。即(すなわ)ち身(み)を起(おこ)して法場(ほうじょう)に到(いた)るに、恰好(あたか)も江州(こうしゅう)の同知(どうち)亦(ま)た哨兵(しょうへい)を差(さし)し向(む)けて水賊(すいぞく)李彪(りひょう)を拿獲(なかく=捕らえ)し解(つれ)し到(いた)る。丞相(じょうしょう)大(おお)いに喜(よろこ)び、便(すなわ)ち軍牢(ぐんろう=獄卒)をして劉洪(りゅうこう)・李彪(りひょう)を押(お)し過(よ)ぎらせ、每人(めいじん=各人)痛(いた)く一百(ひゃく)の大棍(だいこん=太い棒)を打(う)たしめ、供状(きょうじょう=自白書)を取(と)り、先年(せんねん)陳光蕊(ちんこうずい)を謀(はか)り殺(ころ)せし情由(じょうゆ=事情)を招(しょう=白状)さしむ。先(ま)ず李彪(りひょう)を木驢(もくろ=木の驢馬)の上(うえ)に釘(くぎ)付(づ)け、市曹(しそう=市場)に推(お)し去(ゆ)き、千刀(せんとう=千の刀)に剮(かい=切り刻み)し、首(くび)を梟(きょう=晒し首)し示衆(ししゅう=衆に見せしめ)し訖(おわ)る;劉洪(りゅうこう)を将(も)ちて洪江渡口(こうこうとこう)先年(せんねん)陳光蕊(ちんこうずい)を打(う)ち殺(ころ)せし処(ところ)に拿(つれ)て到(いた)り、丞相(じょうしょう)小姐(しょうじゃ)・玄奘(げんじょう)と、三人(みたり)親(みずか)ら江辺(こうへん)に到(いた)り、空(くう=天)を望(のぞ)んで祭奠(さいてん=供養)し、活(い)きながら劉洪(りゅうこう)の心肝(しんかん=心臓と肝)を剜(えぐ)り取(と)り、光蕊(こうずい)を祭(まつ)り、祭文(さいぶん)一道(ひとつ)を焼(や)く。 三人(みたり)江(こう)を望(のぞ)んで痛(いた)く哭(な)くに、早(はや)くも已(すで)に水府(すいふ=竜宮)を驚動(きょうどう)せり。巡海(じゅんかい)の夜叉(やしゃ)有(あ)り、祭文(さいぶん)を将(も)ちて龍王(りゅうおう)に呈(てい=差し出)す。龍王(りゅうおう)看(み)ること罷(おわ)り、便(すなわ)ち鱉元帥(べつげんすい=鼈の将軍)を差(さし)し向(む)けて光蕊(こうずい)を請(しょう)じ来(きた)らしめ、道(い)わく、「先生(せんせい)、恭喜(きょうき=おめでとう)!恭喜(きょうき)!今(いま)先生(せんせい)の夫人(ふじん)・公子(こうし=若君)・岳丈(がくじょう=義父)有(あ)り、俱(みな)江辺(こうへん)に在(あ)りて汝(なんじ)を祭(まつ)る、我(われ)今(いま)汝(なんじ)を送(おく)りて還魂(げんこん=生き返り)し去(ゆ)かんとす。再(また)如意珠(にょいじゅ)一顆(ひとつ)・走盤珠(そうばんじゅ=転がる珠)二顆(ふたつ)・鮫綃(こうしょう=鮫の絹)十端(じったん)・明珠玉帯(めいしゅぎょくたい)一条(ひとすじ)有(あ)り、奉送(ほうそう=贈呈)す。汝(なんじ)今日(こんにち)便(すなわ)ち夫妻(ふさい)・子母(しぼ)相会(しょうかい)する可(べ)し」と。光蕊(こうずい)再三(さいさん)拝謝(はいしゃ)す。龍王(りゅうおう)便(すなわ)ち夜叉(やしゃ)をして光蕊(こうずい)が身屍(しんし=死体)を将(も)ちて江口(こうこう)より送(おく)り出(いだ)して還魂(げんこん)せしめ、夜叉(やしゃ)命(めい)を領(う)けて去(ゆ)く。 却(さ)て説(つ)ぐ、殷小姐(いんしょうじゃ)夫(おっと)を哭(な)き奠(まつ)ること一場(ひとくさ)り、又(また)身(み)を将(も)ちて水(みず)に赴(おもむ)きて死(し)なんと欲(ほっ)す。慌(あわ)て得(て)玄奘(げんじょう)命(いのち)を拚(か)けて扯(ひ)き住(とど)む。正(まさ)に倉皇(そうこう=慌ただし)の際(さい)に、忽(たちま)ち水面上(すいめんじょう)に一(ひと)つの死屍(しし)の浮(う)かび来(きた)り、江岸(こうがん)の旁(ほとり)に近(ちか)づくを見(み)る。小姐(しょうじゃ)忙(いそ)ぎて前(まえ)に向(むか)いて認(みと)め看(み)るに、夫(おっと)の屍首(ししゅ=死体)なるを認(みと)め得(え)、一発(いっそう)嚎啕(ごうとう=声を上げ)して大哭(だいこく)して已(や)まず。衆人(しゅうじん)俱(みな)来(きた)りて観(み)る。只(た)だ光蕊(こうずい)の拳(こぶし)を舒(の)べ脚(あし)を伸(の)ばし、身子(しんし=体)漸漸(ぜんぜん)と展動(てんどう=動き)し、忽(たちま)ち地(ち)に爬(は)い起(お)き来(きた)りて坐(ざ)するを見(み)る。衆人(しゅうじん)驚駭(きょうがい=驚き)に勝(た)えず。光蕊(こうずい)眼(め)を睜(ひら)き、早(はや)くも殷小姐(いんしょうじゃ)と丈人(じょうじん=義父)殷丞相(いんじょうしょう)・小和尚(こおしょう)の同(とも)に身辺(しんぺん)に在(あ)りて啼哭(ていこく=泣く)するを見(み)る。光蕊(こうずい)道(い)わく、「汝(なんじ)ら為何(なにゆえ)に此(ここ)に在(あ)るか?」と。小姐(しょうじゃ)道(い)わく、「汝(なんじ)賊人(ぞくにん)に打(う)ち殺(ころ)されしに因(よ)り、後(のち)妾身(しょうしん=私)此(こ)の子(こ)を生(う)み下(おろ)し、幸(さいわ)いに金山寺(きんざんじ)の長老(ちょうろう)の扶養(ふよう)して長大(ちょうだい)せるに遇(あ)い、我(われ)を尋(たず)ねて相会(しょうかい)せしむ。我(われ)彼(かれ)をして外公(がいこう)を尋(たず)ねしめ、父親(ちち)之(これ)を知(し)り、朝廷(ちょうてい)に奏聞(そうもん)し、兵(へい)を統(す)べて此(ここ)に到(いた)り、賊人(ぞくにん)を拿(とら)え住(とど)む。先程(さっき)生(い)きながら心肝(しんかん)を取(と)り、空(くう)を望(のぞ)んで我(わ)が夫(おっと)を祭奠(さいてん)せしに、我(わ)が夫(おっと)の怎(いか)にして又(また)還魂(げんこん)を得(う)るを知(し)らず」と。光蕊(こうずい)道(い)わく、「皆(みな)我(われ)と汝(なんじ)が昔年(せきねん)万花店(ばんかてん)に在(あ)りし時、那(か)の金色(こんじき)の鯉(こい)一尾(ひとつ)を買(か)い放(はな)ちしに因(よ)る、誰(たれ)か知(し)らん那(か)の鯉(こい)は就(すなわ)ち是(こ)れ此(こ)の処(ところ)の龍王(りゅうおう)なり。後(のち)逆賊(ぎゃくぞく)我(われ)を水(みず)の中(なか)に推(お)し入(い)れしに、全(まった)く彼(かれ)の我(われ)を救(すく)うを得(え)しに虧(よ)り、方(まさ)に又(また)我(われ)に還魂(げんこん)を賜(たま)い、宝物(ほうもつ)を送(おく)り、俱(みな)身(み)の上(うえ)に在(あ)り。更(さら)に汝(なんじ)の此(こ)の子(こ)を生(う)みしを想(おも)わざりき、又(また)岳丈(がくじょう)の我(われ)が為(ため)に仇(あだ)を報(ほう)ずるを得(え)たり。真(まこと)に是(こ)れ苦(く)尽(つ)きて甘(かん)来(きた)る、莫大(ばくだい)の喜(よろこ)びなり!」と。 衆官(しゅうかん)之(これ)を聞(き)き知(し)り、都(みな)来(きた)りて賀(が)を喜(よろこ)ぶ。丞相(じょうしょう)便(すなわ)ち酒席(しゅせき)を安(あん)じ排(はい)して、所属(しょぞく)の官員(かんいん)に答謝(とうしゃ)せしめ、即日(そくじつ)軍馬(ぐんば)を回程(かいてい=帰途)せしむ。万花店(ばんかてん)に来(きた)り到(いた)るや、那(か)の丞相(じょうしょう)令(れい)を伝(つた)えて営(えい)を安(やすん)ず。光蕊(こうずい)便(すなわ)ち玄奘(げんじょう)と同(とも)に劉家(りゅうか)の店(みせ)に到(いた)りて婆婆(ばば)を尋(たず)ぬ。那(か)の婆婆(ばば)当夜(そのよ)一夢(ひとゆめ)を得(え)、枯木(こぼく=枯れ木)の花(はな)を開(ひら)き、屋後(おくや=家の裏)の喜鵲(かささぎ)の頻頻(ひんぴん=しきり)に喧噪(けんそう=騒ぐ)を夢(ゆめ)み、想(おも)わく、「莫(も)し是(こ)れ我(わ)が孫(まご)の来(きた)るか」と。説(い)うこと猶(な)お未(いま)だ了(おわ)らざるに、只(た)だ店門(てんもん)の外(そと)に、光蕊(こうずい)父子(ふし)の斉(ひと)しく到(いた)るを見(み)る。小和尚(こおしょう)指(ゆび)しして道(い)わく、「此(こ)れ是(こ)れ俺(われ)が婆婆(ばば)に非(あら)ずや?」と。光蕊(こうずい)老母(ろうぼ)を見(み)、連忙(れんぼう=大急ぎ)に拝(はい)し倒(たお)る。母子(ぼし)頭(かしら)を抱(いだ)いて痛(いた)く哭(な)くこと一場(ひとくさ)り、上項(じょうこう=先の件)の事(こと)を説(と)き了(おわ)る。小二(しょうじ)の店銭(てんせん=宿賃)を算(さん)し還(かえ)し、起程(きてい=出発)して京城(けいじょう)に回(かえ)る。相府(しょうふ=丞相府)に進(すす)み入(い)り、光蕊(こうずい)小姐(しょうじゃ)と婆婆(ばば)・玄奘(げんじょう)を同(とも)にし、都(みな)来(きた)りて夫人(ふじん)に見(まみ)ゆ。夫人(ふじん)之(これ)を勝(た)えざるほど喜(よろこ)び、家僮(かどう=召使)に吩咐(ふんふ)し、大(おお)いに筵宴(えんえん=宴)を排(はい)して慶賀(けいが)す。 丞相(じょうしょう)道(い)わく、「今日(こんにち)此(こ)の宴(えん)は取(と)りて団円会(だんえんかい)と名(な)づく可(べ)し」と。真正(まこと)に合家(がっか=一家)歓楽(かんらく)なり。 次日(よくじつ)早朝(そうちょう)、唐王(とうおう)殿(でん)に登(のぼ)る。殷丞相(いんじょうしょう)班(はん=列)を出(い)で、前後(ぜんご)の事情(じじょう)を備(つぶさ)に細(こま)かに啓奏(けいそう)し、並(なら)びに光蕊(こうずい)の才(さい)の大用(たいよう=大任)に可(べ)きを薦(すす)む。唐王(とうおう)奏(そう)を准(じゅん=許可)し、即(すなわ)ち陳萼(ちんがく)を升(しょう)じて学士(がくし)の職(しょく)と為(な)し、朝(ちょう)に随(したが)いて政(まつりごと)を理(おさ)めしむ。玄奘(げんじょう)意(こころ)を安禅(あんぜん=禅に安んじ)に立(た)て、洪福寺(こうふくじ)の内(うち)に送(おく)りて修行(しゅぎょう)せしむ。後(のち)に殷小姐(いんしょうじゃ)畢竟(ひっきょう=ついに)従容(しょうよう=静かに)自尽(じじん=自ら命を絶つ)し、玄奘(げんじょう)自(みずか)ら金山寺(きんざんじ)の中(なか)に到(いた)りて法明(ほうみょう)長老(ちょうろう)に報答(ほうとう)す。後來(ごらい)事体(じたい=ことは)の若何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第十回 老龍王(ろうりゅうおう)拙計(せっけい=拙い計)もて天条(てんじょう=天の掟)を犯(おか)し 魏丞相(ぎじょうしょう)遺書(いしょ)して冥吏(めいり=冥府の役人)に托(たく)す  詩(し)に曰(いわ)く、   都城(とじょう)大国(たいこく)実(まこと)に観(み)るに堪(た)えたり   八水(はっすい)周流(しゅうりゅう=巡り流れ)して四山(しざん)を繞(めぐ)る   多少(たしょう)の帝王(ていおう)此(ここ)に興(おこ)り   古来(こらい)天下(てんか)長安(ちょうあん)を説(と)く  此(こ)れ単(ひとえ)に表(あらわ)すは陝西(せんせい)の大国(たいこく)長安城(ちょうあんじょう)、乃(すなわ)ち歴代(れきだい)帝王(ていおう)の都(みやこ)を建(た)つるの地(ち)なり。周(しゅう)・秦(しん)・漢(かん)より以来(このかた)、三州(さんしゅう)花(はな)錦(にしき)に似(に)て、八水(はっすい)城(しろ)を繞(めぐ)りて流(なが)る。三十六条(さんじゅうろくじょう)の花柳巷(かりゅうこう=花街)、七十二座(しちじゅうにざ)の管弦楼(かんげんろう=音曲の楼)。華夷図(かいず=中華と夷狄の図)の上(うえ)に看(み)れば、天下(てんか)最(もっと)も頭(かしら)と為(な)り、真(まこと)に是(こ)れ奇勝(きしょう=勝れて奇特)の方(ところ)なり。今(いま)却(かえっ)て是(こ)れ大唐(だいとう)太宗(たいそう)文皇帝(ぶんこうてい)の基(き)に登(のぼ)り、改元(かいげん)して龍集(りゅうしゅう=歳名)貞観(じょうかん)と為(な)す。此(こ)の時(とき)已(すで)に極(きょく)に登(のぼ)ること十三年(じゅうさんねん)、歳(とし)己巳(きし)に在(あ)り。且(しばら)く他(かれ)が駕前(がぜん=御前)に有(あ)る安邦定国(あんぽうていこく=国を安んじ定むる)の英豪(えいごう)と、那(か)の創業争疆(そうぎょうそうきょう=国を興し疆を争う)の傑士(けっし)とを説(と)かず。  却(さ)て説(つ)ぐ、長安城(ちょうあんじょう)外(そと)涇河(けいが)の岸辺(きしべ)に、両(ふた)りの賢人(けんじん)有(あ)り:一(ひと)りは是(こ)れ漁翁(ぎょおう=漁夫)、名(な)を張稍(ちょうしょう)と喚(よ)び;一(ひと)りは是(こ)れ樵子(しょうし=木こり)、名(な)を李定(りてい)と喚(よ)ぶ。他(かれ)の両(ふた)りは是(こ)れ科(か)に登(のぼ)らざる進士(しんし)、字(じ)を識(し)る能(あた)うの山人(さんじん=隠者)なり。一日(あるひ)、長安城(ちょうあんじょう)の裡(うち)に在(あ)りて、肩(かた)の上(うえ)の柴(しば)を売(う)り、籃(かご)の中(なか)の鯉(こい)を貨(う)り、同(とも)に酒館(しゅかん=居酒屋)の中(なか)に入(い)り、半酣(はんかん=ほろ酔い)まで喫(きっ)し、各(おのおの)一瓶(ひとびん)を携(たずさ)え、涇河(けいが)の岸辺(きしべ)に順(したが)い、徐(しず)かに歩(あゆ)みて回(かえ)る。張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「李兄(りけい)、我(われ)想(おも)うに那(か)の名(な)を争(あらそ)う者(もの)は、名(な)に因(よ)りて体(たい)を喪(うしな)い;利(り)を奪(うば)う者(もの)は、利(り)の為(ため)に身(み)を亡(ほろぼ)し;爵(しゃく)を受(う)くる者(もの)は、虎(とら)を抱(いだ)いて眠(ねむ)り;恩(おん)を承(う)くる者(もの)は、蛇(へび)を袖(そで)にして走(はし)る。算(かぞ)え起(おこ)せば、還(ま)た我(われ)等(ら)が水秀山青(すいしゅうさんせい=水清く山青し)、逍遥自在(しょうようじざい=気ままにのんびり)、淡薄(たんぱく=淡々)を甘(あまん)じ、縁(えん)に随(したが)いて過(すご)すに如(し)かざるなり」と。李定(りてい)道(い)わく、「張兄(ちょうけい)の説(と)く所(ところ)理(り)有(あ)り。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)が那(そ)の水秀(すいしゅう)は、我(わ)が山青(さんせい)に如(し)かず」と。張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「汝(なんじ)が山青(さんせい)は我(わ)が水秀(すいしゅう)に如(し)かず。一(ひと)つの《蝶恋花(ちょうれんか)》の詞(し)の証(あかし)と為(な)る有(あ)り。詞(し)に曰(いわ)く、   烟波(えんぱ=煙る波)万里(ばんり)扁舟(へんしゅう=小舟)小(ちいさ)く   静(しず)かに孤篷(こほう=孤りの帆)に依(よ)り、西施(せいし)声音(せいおん=声)繞(めぐ)る   慮(おもんぱかり)を滌(あら)い心(こころ)を洗(あら)えば名利(みょうり)少(すく)なし   閑(しず)かに蓼穂(りょうすい=蓼の穂)・蒹葭(けんか=葦)の草(くさ)を攀(よ)ず   数点(すうてん)の沙鴎(さおう=洲の鴎)道(みち)を楽(たの)しむに堪(た)えたり   柳岸(りゅうがん=柳の岸)芦湾(ろわん=芦の入江)、妻子(さいし)同(とも)に歓笑(かんしょう)す   一覚(ひとねむり)安眠(あんみん)風浪(ふうろう)俏(しず)かなり   栄(さかえ)無(な)く辱(はじ)無(な)く煩悩(はんのう)無(な)し  李定(りてい)道(い)わく、「汝(なんじ)が水秀(すいしゅう)は、我(わ)が山青(さんせい)に如(し)かず。亦(ま)た箇(ひと)つの《蝶恋花(ちょうれんか)》の詞(し)の証(あかし)と為(な)る有(あ)り、詞(し)に曰(いわ)く、   雲林(うんりん)一段(いちだん)松花(しょうか=松の花)満(み)ち   黙(しず)かに鶯啼(おうてい=鶯の鳴き)を聴(き)き、巧舌(こうぜつ=巧みな舌)調管(ちょうかん=笛)の如(ごと)し   紅痩(こうそう=紅は痩せ)緑肥(りょくひ=緑は肥ゆ)春(はる)正(まさ)に暖(あたた)かなり   倏然(しゅくぜん=たちまち)として夏至(げし)に至(いた)り光陰(こういん)転(うつ)る   又(また)秋(あき)の来(きた)るに値(あ)いて容易(ようい)に換(かわ)り、黄花香(こうかこう=菊の香)は、玩(もてあそ)ぶに堪(た)えたり   迅速(じんそく)たる厳冬(げんとう=厳しい冬)指(ゆび)を拈(ひね)るが如(ごと)し   逍遥(しょうよう)四季(しき)人(ひと)の管(かん=干渉)する無(な)し  漁翁(ぎょおう)道(い)わく、「汝(なんじ)が山青(さんせい)は我(わ)が水秀(すいしゅう)に如(し)かず、些(いささ)かの好物(こうぶつ=美味)を受用(じゅよう=享受)す、一(ひと)つの《鷓鴣天(しゃこてん)》の証(あかし)と為(な)る有(あ)り、   仙郷(せんきょう)雲水(うんすい)生涯(しょうがい)に足(た)れり   櫓(ろ)を擺(あやつ)り舟(ふね)を横(よこた)えて便(すなわ)ち是(こ)れ家(いえ)   活(い)きながら鮮鱗(せんりん=生きた魚)を剖(さ)きて緑鱉(りょくべつ=青鼈)を烹(に)り   旋(ただ)ちに紫蟹(しがい=紫の蟹)を蒸(ふか)し紅蝦(こうか=赤蝦)を煮(に)る   青蘆笋(せいろしゅん=青き蘆の筍)、水荇芽(すいこうが=水草の芽)   菱角(りょうかく=菱の実)鶏頭(けいとう=芡の実)更(さら)に夸(ほ)む可(べ)し   嬌藕(きょうぐう=柔き蓮根)老蓮(ろうれん=古き蓮)芹葉(きんよう=芹の葉)嫩(やわ)らかに   慈菇(じこ=慈姑)茭白(こうはく=マコモ)鳥英花(ちょうえいか=鳥英の花)  樵夫(しょうふ)道(い)わく、「汝(なんじ)が水秀(すいしゅう)は我(わ)が山青(さんせい)に如(し)かず、些(いささ)かの好物(こうぶつ)を受用(じゅよう)す、亦(ま)た一(ひと)つの《鷓鴣天(しゃこてん)》の証(あかし)と為(な)る有(あ)り、   崔巍(さいがい=そびえ立つ)峻嶺(しゅんれい=険しき峰)天涯(てんがい)に接(つらな)り   草舎(そうしゃ=草の家)茅庵(ぼうあん=萱の庵)是(こ)れ我(わ)が家(いえ)   腌臘(えんろう=塩漬け乾物)の鶏鵝(けいが=鶏と鵞鳥)は蟹鱉(かいべつ)に強(まさ)り   獐豝(しょうは=獐と雌猪)兔鹿(とろく=兎と鹿)は魚蝦(ぎょか)に勝(まさ)る   香椿葉(こうちんよう=香椿の葉)、黄楝芽(おうれんが=黄楝の芽)   竹笋(ちくじゅん=竹の子)山茶(さんさ=山茶)更(さら)に夸(ほ)む可(べ)し   紫李(しり=紫の李)紅桃(こうとう=赤き桃)梅杏(ばいきょう=梅と杏)熟(じゅく)し   甜梨(てんり=甘き梨)酸棗(さんそう=酸き棗)木樨花(もくせいか=木犀の花)  漁翁(ぎょおう)道(い)わく、「汝(なんじ)が山青(さんせい)は真(まこと)に我(わ)が水秀(すいしゅう)に如(し)かず、又(また)《天仙子(てんせんし)》一首(ひとつ)有(あ)り、   一葉(いちよう)の小舟(しょうしゅう)寓(やど)る所(ところ)に随(したが)い   万迭(ばんじょう=幾重もの)烟波(えんぱ)恐惧(きょうく=恐れ)無(な)し   鉤(はり)を垂(た)れ網(あみ)を撒(う)ちて鮮鱗(せんりん)を捉(とら)え   醤膩(しょうじ=醤の脂)無(な)けれど、偏(ひとえ)に味(あじ)有(あ)り   老妻(ろうさい)稚子(ちし=幼子)団円会(だんえんかい=団欒の集い)   魚多(うおおお)く又(また)長安市(ちょうあんし)に貨(う)り   香醪(こうろう=芳き酒)に換(か)えて箇(ひと)りの醉(よい)を喫(きっ)す   蓑衣(さい=蓑)当(あ)てて被(ふすま)と為(な)し秋江(しゅうこう)に臥(ふ)す   鼾鼾(かんかん=ぐうぐう)と睡(ねむ)り、憂慮(ゆうりょ)無(な)し   人間(にんげん)の栄(さかえ)と貴(たっと)びを恋(こい)せず  樵子(しょうし)道(い)わく、「汝(なんじ)が水秀(すいしゅう)は還(ま)た我(わ)が山青(さんせい)に如(し)かず、亦(ま)た《天仙子(てんせんし)》一首(ひとつ)有(あ)り、   茆舎(ぼうしゃ=萱の家)数椽(すうてん=数本の垂木)山下(さんか)に蓋(おお)い   松竹梅蘭(しょうちくばいらん)真(まこと)に愛(あい)す可(べ)し   林(はやし)を穿(うが)ち嶺(みね)を越(こ)えて乾柴(かんさい=乾き柴)を覓(もと)め   人(ひと)の怪(あやし)むも無(な)く、我(わ)が売(う)るに従(したが)い   或(あるい)は少(すくな)く或(あるい)は多(おお)きは世界(せかい)に憑(よ)る   銭(ぜに)を将(も)ちて酒(さけ)を沽(か)えば心(こころ)に随(したが)いて快(こころよ)し   瓦鉢(がはつ=土の鉢)磁甌(じおう=磁器の碗)殊(こと)に自在(じざい)なり   酕醄(もうとう=泥酔)して醉(よ)い了(おわ)り松陰(しょういん)に臥(ふ)す   掛礙(かいげ=心の妨げ)無(な)く、利害(りがい)無(な)し   人間(にんげん)の興(おこり)と敗(やぶれ)とを管(かん=構)せず  漁翁(ぎょおう)道(い)わく、「李兄(りけい)、汝(なんじ)が山中(さんちゅう)は我(われ)が水上(すいじょう)の生意(せいい=生業)の快活(かいかつ=楽しい)に如(し)かず、一(ひと)つの《西江月(せいこうげつ)》の証(あかし)と為(な)る有(あ)り、   紅蓼(こうりょう=赤き蓼)花(はな)繁(しげ)く月(つき)に映(えい)じ   黄蘆(こうろ=黄ばむ蘆)葉(は)乱(みだ)れて風(かぜ)に揺(ゆ)る   碧天(へきてん=碧き空)清遠(せいえん=清く遠し)楚江(そこう)空(むな)し   一潭(いったん=ひとつの淵)の星(ほし)を牽(ひ)き攪(みだ)して動(うご)く   網(あみ)に入(い)る大魚(たいぎょ)隊(たい)を作(な)し   鉤(はり)を吞(の)む小鱖(しょうけつ=小さき鮭)叢(むら)を成(な)す   得来(とくらい=得たる)を烹煮(ほうしゃ=煮炊き)すれば味(あじ)偏(ひとえ)に濃(こ)し   江湖(こうこ)を笑傲(しょうごう=笑い誇り)して打哄(だこう=騒ぐ)  樵夫(しょうふ)道(い)わく、「張兄(ちょうけい)、汝(なんじ)が水上(すいじょう)は還(ま)た我(わ)が山中(さんちゅう)の生意(せいい)の快活(かいかつ)に如(し)かず、亦(ま)た《西江月(せいこうげつ)》の証(あかし)と為(な)る有(あ)り。   敗葉(はいよう=枯れ葉)枯藤(ことう=枯れ葛)路(みち)に満(み)ち   破梢(はしょう=折れ梢)老竹(ろうちく=古き竹)山(やま)に盈(み)つ   女蘿(じょら=松蘿)乾葛(かんかつ=乾き葛)乱(みだ)れて牽攀(けんぱん=絡み攀じ)   折(お)り取(と)りて縄(なわ)を収(おさ)め担(に)を殺(す)ぐ   虫蛀(ちゅうしゅ=虫の食い)空心(くうしん=空洞)の楡柳(ゆりゅう=楡と柳)   風(かぜ)は断頭(だんとう=折れ梢)の松楠(しょうなん=松と楠)を吹(ふ)く   采(と)り来(きた)りて堆積(たいせき)し冬寒(とうかん=冬の寒さ)に備(そな)う   酒(さけ)に換(か)え銭(ぜに)に換(か)えて俺(おれ)に従(したが)う  漁翁(ぎょおう)道(い)わく、「汝(なんじ)が山中(さんちゅう)は比(くら)べ過(す)ぐ可(べ)きと雖(いえど)も、還(ま)た我(わ)が水秀(すいしゅう)の幽雅(ゆうが=幽玄優雅)に如(し)かず、一(ひと)つの《臨江仙(りんこうせん)》の証(あかし)と為(な)る有(あ)り、   潮(しお)落(お)ちて旋(ただ)ちに孤艇(こてい=孤りの舟)を移(うつ)し去(ゆ)き   夜(よる)深(ふか)く棹(さお)を罷(や)めて歌(うた)い来(きた)る   蓑衣(さい)残月(ざんげつ=有明月)甚(はなは)だ幽(ゆう)なる哉(かな)   宿鴎(しゅくおう=眠る鴎)驚(おどろ)きて起(た)たず   天際(てんさい=空の果て)彩雲(さいうん)開(ひら)く   蘆洲(ろしゅう=芦の洲)に困臥(こんが=疲れて臥し)箇(ひと)の事(こと)も無(な)く   三竿(さんかん=三竿の高さ)日(ひ)上(のぼ)るも還(ま)た捱(たえしの)ぶ   心(こころ)に随(したが)い意(い)を尽(つく)して自(おのずか)ら安排(あんばい=整える)   朝臣(ちょうしん)は寒(さむ)くして漏(ろう=時刻)を待(ま)つ   争(いか)でか我(わ)が寛懐(かんかい=広き胸)に似(に)んや  樵夫(しょうふ)道(い)わく、「汝(なんじ)が水秀(すいしゅう)の幽雅(ゆうが)は、還(ま)た我(わ)が山青(さんせい)の更(さら)に幽雅(ゆうが)なるに如(し)かず、亦(ま)た《臨江仙(りんこうせん)》の証(あかし)と為(な)る可(べ)し、   蒼径(そうけい=蒼き径)秋高(しゅうこう=秋空高し)斧(おの)を曳(ひ)きて去(ゆ)き   晩涼(ばんりょう=夕涼)担(に)を抬(あ)げて回(かえ)り来(きた)る   野花(やか=野の花)鬢(びん)に插(さ)して更(さら)に奇(き)なる哉(かな)   雲(くも)を撥(か)き分(わ)けて路(みち)を尋(たず)ね出(い)で   月(つき)を待(ま)ちて門(かど)を叫(よ)び開(ひら)く   稚子(ちし)山妻(さんさい=山の妻)欣(よろこ)んで笑(え)み接(むか)え   草床(そうしょう=草の床)木枕(ぼくちん=木の枕)敧(かたむ)けて捱(たえしの)ぶ   梨(なし)を蒸(ふか)し黍(きび)を炊(かし)ぎて旋(ただ)ちに鋪排(ほはい=並べ整う)   甕中(おうちゅう=甕の中)新醸(しんじょう=新酒)熟(じゅく)し   真(まこと)に箇(こ)の幽懐(ゆうかい=幽玄の胸)を壮(ます)  漁翁(ぎょおう)道(い)わく、「此(こ)れ都(みな)我(われ)ら両(ふた)りが生意(せいい)、身(み)を贍(やしな)うの勾当(こうとう=稼ぎ)なれど、汝(なんじ)却(かえっ)て我(わ)が閑(ひま)の時節(じせつ)の好処(こうしょ=良さ)有(あ)ること無(な)し、詩(し)の証(あかし)と為(な)る有(あ)り、詩(し)に曰(いわ)く、   閑(しず)かに看(み)る天辺(てんぺん=空の果て)白鶴(はっかく)の飛(と)ぶを   舟(ふね)を溪畔(けいはん=谷のほとり)に停(とど)めて蒼扉(そうひ=蒼き門)を掩(おお)う   篷(ほう=帆)に倚(よ)りて子(こ)に教(おし)えて釣線(ちょうせん=釣糸)を搓(よ)らしめ   棹(さお)を罷(や)めて妻(つま)と同(とも)に網(あみ)を晒(ほ)して囲(かこ)む   性(せい)定(さだ)まれば果然(かぜん)浪(なみ)の静(しず)かなるを知(し)り   身(み)安(やす)んずれば自(おのずか)ら是(こ)れ風(かぜ)の微(かす)かなるを覚(おぼ)ゆ   緑蓑(りょくさ=緑の蓑)青笠(せいりゅう=青き笠)時(とき)に随(したが)いて着(つ)く   朝中(ちょうちゅう)の紫綬衣(しじゅい=紫の綬の衣)を掛(か)くるに勝(まさ)る  樵夫(しょうふ)道(い)わく、「汝(なんじ)が那(そ)の閑時(かんじ=暇な時)は又(また)我(わ)が閑時(かんじ)の好(よ)きに如(し)かず、亦(ま)た詩(し)の証(あかし)と為(な)る有(あ)り、詩(し)に曰(いわ)く、   閑(しず)かに観(み)る縹緲(ひょうびょう=かすか)たる白雲(はくうん)の飛(と)ぶを   独(ひと)り茅庵(ぼうあん)に坐(ざ)して竹扉(ちくひ=竹の門)を掩(おお)う   事(こと)無(な)ければ児(こ)を訓(おし)えて巻(まき)を開(ひら)きて読(よ)ませ   時(とき)有(あ)れば客(きゃく)に対(むか)って棋(ご)を把(と)りて囲(かこ)む   喜(よろこ)び来(きた)れば杖(つえ)を策(つ)いて芳径(ほうけい=芳しき径)に歌(うたい)   興(きょう)到(いた)れば琴(きん)を携(たずさ)えて翠微(すいび=山の翠)に上(のぼ)る   草履(そうり=藁沓)麻絛(まちょう=麻の帯)粗布(そふ=粗き布)の被(ふすま)   心(こころ)寛(ひろ)きは羅衣(らい=薄絹の衣)を着(つ)くるに強(まさ)る  張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「李定(りてい)、我(われ)ら両(ふた)りは真(まこと)に是(こ)れ微吟(びぎん=低き吟)も相(あい)狎(なれ)る可(べ)く、檀板(だんばん=拍子木)と金樽(きんそん=金の杯)とを共(とも)にするを須(もち)いず。但(た)だ散道詞章(さんどうししょう=詞章を詠じ散らす)は、稀罕(きかん=珍し)と為(な)さず、且(しばら)く各(おのおの)幾句(いくく)を聯(つら)ねん、我(われ)らが漁樵(ぎょしょう=漁夫と木こり)の攀話(はんわ=語らい)の如何(いかん)を看(み)んか」と。李定(りてい)道(い)わく、「張兄(ちょうけい)の言(げん)最(もっと)も妙(みょう)なり、請(こ)う、兄(けい)先(ま)ず吟(ぎん)ぜよ」と。   舟(ふね)は緑水(りょくすい)烟波(えんぱ)の内(うち)に停(とど)まり   家(いえ)は深山(しんざん)曠野(こうや=広き野)の中(なか)に住(す)む   偏(ひとえ)に愛(あい)す溪橋(けいきょう=谷の橋)春水(しゅんすい)の漲(みなぎ)るを   最(もっと)も怜(あわれ)む岩岫(がんしゅう=岩の峰)暁雲(ぎょううん=朝雲)の蒙(おお)えるを   龍門(りゅうもん)の鮮鯉(せんり=新鮮な鯉)時(とき)に烹煮(ほうしゃ)し   虫(むし)の蛀(く)える乾柴(かんさい)日(ひ)に燎烘(りょうこう=焼き焙る)   釣網(ちょうもう=釣と網)多般(たはん=さまざま)老(おい)を贍(やしな)うに堪(た)え   担縄(たんじょう=担いと縄)二事(にじ)終(おわり)を容(い)る可(べ)し   小舟(しょうしゅう)に仰臥(ぎょうが=仰向けに臥し)飛雁(ひがん=飛ぶ雁)を観(み)   草径(そうけい=草の径)に斜(ななめ)に攲(よ)って唳鴻(れいこう=鳴く鴻)を聴(き)く   口舌(こうぜつ=口論)の場中(じょうちゅう)我(わ)が分(ぶん)無(な)く   是非(ぜひ)の海内(かいだい)吾(わ)が踪(あと)少(すく)なし   溪辺(けいへん)に掛(か)け晒(ほ)す繒(しょう=網)は錦(にしき)の如(ごと)く   石上(せきじょう)に重(かさ)ね磨(みが)く斧(おの)は鋒(きっさき)に似(に)たり   秋月(しゅうげつ)暉暉(きき=耀くさま)常(つね)に独(ひと)り釣(つ)り   春山(しゅんざん)寂寂(じゃくじゃく)人(ひと)の逢(あ)う無(な)し   魚多(うおおお)ければ酒(さけ)に換(か)えて妻(つま)と同(とも)に飲(の)み   柴(しば)剩(あま)れば壷(つぼ)を沽(か)いて子(こ)と共(とも)に叢(つど)う   自(みずか)ら唱(うたい)自(みずか)ら斟(そそ)いで放蕩(ほうとう=気まま)に随(したが)い   長歌(ちょうか)長嘆(ちょうたん)顛風(てんぷう=荒れ風)に任(まか)す   兄(あに)を呼(よ)び弟(おと)を喚(よ)んで船伙(せんか=舟仲間)を邀(むか)え   友(とも)を挈(ひっさ)げ朋(ほう)を携(たずさ)えて野翁(やおう=野の翁)に聚(あつま)る   行令(こうれい=酒令)猜拳(さいけん=拳あて)頻(しき)りに盞(さかずき)を逓(わた)し   牌(はい)を拆(ひら)き字(じ)を道(い)いて漫(みだ)りに鐘(かね)を伝(つた)う   蝦(えび)を烹(に)蟹(かに)を煮(に)て朝朝(ちょうちょう=毎朝)楽しみ   鴨(かも)を炒(い)り鶏(とり)を熬(あぶ)り日日(にちにち)豊(ゆた)かなり   愚婦(ぐふ=愚かなる妻)茶(ちゃ)を煎(せん)じて情(じょう)散誕(さんたん=おおらか)   山妻(さんさい)飯(めし)を造(つく)りて意(い)従容(しょうよう=のんびり)   暁(あかつき)に来(きた)り杖(つえ)を挙(あ)げて軽浪(けいろう=軽き波)を淘(あら)い   日(ひ)出(い)づれば柴(しば)を担(にな)いて大衝(だいしょう=大通り)を過(す)ぐ   雨後(うご)蓑(みの)を披(き)て活鯉(かつり=生きた鯉)を擒(とら)え   風前(ふうぜん)斧(おの)を弄(もてあそ)んで枯松(こしょう=枯れ松)を伐(き)る   踪(あと)を潜(ひそ)め世(よ)を避(さ)けて痴蠢(ちしゅん=愚か)を妝(よそお)い   姓(せい)を隠(かく)し名(な)を埋(うず)めて唖聾(あろう=唖と聾)と作(な)る  張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「李兄(りけい)、我(われ)才(わずか)に僭先(せんせん=僭越ながら先んじ)じて句(く)を起(おこ)せり、今(いま)我(わ)が兄(けい)に到(いた)る、亦(ま)た先(ま)ず一聯(いちれん)を起(おこ)せ、小弟(しょうてい)も亦(ま)た当(まさ)に之(これ)を続(つ)ぐ可(べ)し」と。   風月(ふうげつ)に佯狂(ようきょう=狂を装う)山野(さんや)の漢(おのこ)   江湖(こうこ)に寄傲(きごう=傲りを寄せる)老余丁(ろうよてい=老いし者)   清閑(せいかん)分(ぶん)有(あ)って瀟洒(しょうしゃ=洒脱)に随(したが)い   口舌(こうぜつ)聞(き)こゆる無(な)く太平(たいへい)を喜(よろこ)ぶ   月夜(げつや)身(み)は茅屋(ぼうおく)に眠(ねむ)りて穏(おだや)かに   天昏(てんこん=空暗し)体(たい)は箬蓑(じゃくさ=竹の蓑)を蓋(おお)いて軽(かろ)し   情(じょう)を忘(わす)れて松梅(しょうばい)の友(とも)と結識(けっしき=交わり)し   意(い)を楽(たの)しんで鴎鷺(おうろ=鴎と鷺)の盟(ちかい)と相交(あいまじわ)る   名利(みょうり)心頭(しんとう=胸のうち)算計(さんけい=計算)無(な)く   干戈(かんか=武器)耳畔(じばん=耳のほとり)声(こえ)を聞(き)かず   時(とき)に随(したが)い一酌(いっしゃく=一杯)香醪(こうろう)の酒(さけ)   日(ひ)を度(わた)して三餐(さんさん=三度)野菜(やさい)の羹(あつもの)   両束(りょうそく=二束)の柴薪(さいしん=薪)活計(かっけい=生業)と為(な)し   一竿(いっかん=ひと竿)の釣線(ちょうせん)是(こ)れ営生(えいせい=暮らし)   閑(しず)かに稚子(ちし)を呼(よ)んで鋼斧(こうふ=鋼の斧)を磨(みが)かせ   静(しず)かに憨児(かんじ=愚かなる子)を喚(よ)んで旧繒(きゅうしょう=古き網)を補(おぎな)わしむ   春(はる)到(いた)れば楊柳(ようりゅう)の緑(みどり)を観(み)るを愛(あい)し   時(とき)融(と)ければ荻蘆(てきろ=荻と蘆)の青(あお)きを看(み)るを喜(よろこ)ぶ   夏天(かてん)暑(あつさ)を避(さ)けて新竹(しんちく=新しき竹)を修(おさ)め   六月(ろくがつ)涼(すずみ)を乗(と)って嫩菱(どんりょう=柔き菱)を摘(つ)む   霜降(そうこう)鶏肥(とりこ)えて常日(じょうじつ)に宰(ほふ)り   重陽(ちょうよう)蟹壮(かにこ)えて時(とき)に及(およ)んで烹(に)る   冬(ふゆ)来(きた)り日(ひ)上(のぼ)るも還(ま)た沉睡(ちんすい=深く眠)し   数九(すうきゅう=冬至から九日ずつ)天高(てんこう)自(おのずか)ら蒸(む)さず   八節(はっせつ=八つの節気)山中(さんちゅう)性(せい)を放(はな)つに随(したが)い   四時(しいじ=四季)湖裏(こり=湖の中)情(じょう)を陶(たのし)むに任(まか)す   薪(たきぎ)を采(と)るに自(おのずか)ら仙家(せんか=仙人の)興(きょう)有(あ)り   釣(つり)を垂(た)るるに全(まった)く世俗(せぞく)の形(かたち)無(な)し   門外(もんがい)野花(やか)香(こう)艶艶(えんえん=艶やか)   船頭(せんとう)緑水(りょくすい)浪(なみ)平平(へいへい=穏やか)   身(み)安(やす)んじて三公(さんこう)の位(くらい)を説(い)わず   性(せい)定(さだ)まりて十里(じゅうり)の城(しろ)に強(まさ)る   十里(じゅうり)の城(しろ)高(たか)くして閫令(こんれい=軍令)を防(ふせ)ぎ   三公(さんこう)の位(くらい)顕(あらわ)れて宣声(せんせい=布告の声)を聴(き)く   山(やま)を楽(たの)しみ水(みず)を楽(たの)しむは真(まこと)に是(こ)れ罕(まれ)なり   天(てん)を謝(しゃ)し地(ち)を謝(しゃ)し神明(しんめい)を謝(しゃ)す  他(かれ)の二人(ふたり)既(すで)に各(おのおの)詞章(ししょう)を道(い)い、又(また)相(あい)聯(つら)ねて詩句(しく)有(あ)り、那(か)の分路(ぶんろ=別れ道)の去処(ところ)に行(ゆ)き到(いた)り、躬(み)を躬(かが)めて作別(さくべつ=別れを告ぐ)。張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「李兄(りけい)呵(や)、途中(とちゅう)保重(ほじゅう=大切に)!山(やま)に上(のぼ)りて仔細(しさい=よくよく)虎(とら)を看(み)よ。假若(もし)些(いささ)かの凶険(きょうけん=危難)有(あ)らば、正(まさ)に是(こ)れ明日(みょうにち)街頭(がいとう)に故人(こじん)少(すくな)からんか!」と。李定(りてい)言(げん)を聞(き)き、大(おお)いに怒(いか)って道(い)わく、「汝(なんじ)此(こ)の厮(やつ)は憊懶(はいらん=怠け者)なるかな!好(よ)き朋友(ほうゆう=友)も亦(ま)た生死(しょうし)を替(かわ)るを得(う)るに、汝(なんじ)怎(いか)んぞ我(われ)を呪(のろ)うか?我(われ)若(も)し虎(とら)に遇(あ)いて害(そこな)いを遭(あわ)ば、汝(なんじ)必(かなら)ず浪(なみ)に遇(あ)いて江(こう)を翻(ひるがえ)さん!」と。張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「我(われ)永世(えいせい)にも亦(ま)た江(こう)を翻(ひるがえ)すを得(え)じ」と。李定(りてい)道(い)わく、「天(てん)に測(はか)りがたき風雲(ふううん)有(あ)り、人(ひと)に暫時(ざんじ=つかのま)の禍福(かふく)有(あ)り。汝(なんじ)怎(いか)んぞ就(すなわ)ち事(こと)無(な)きを保(たも)ち得(う)るか?」と。張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「李兄(りけい)、汝(なんじ)此(か)くの如(ごと)く説(と)くと雖(いえど)も、汝(なんじ)還(ま)た捉摸(そくまく=見込み)有(あ)らず;我(わ)が生意(せいい=生業)の捉摸(そくまく)有(あ)るに若(し)かず、定(かなら)ず此(か)くの如(ごと)き事(こと)を遭(あわ)じ」と。李定(りてい)道(い)わく、「汝(なんじ)が那(そ)の水面上(すいめんじょう)の営生(えいせい=暮らし)は、極(きわ)めて凶(きょう)に極(きわ)めて険(けん)、隠隠暗暗(いんいんあんあん=目に見えず暗し)、甚(なに)の捉摸(そくまく)有(あ)るか?」と。張稍(ちょうしょう)道(い)わく、「汝(なんじ)は是(こ)れ暁(さと)らざるなり。此(こ)の長安城(ちょうあんじょう)の裡(うち)、西門街(せいもんがい)の上(うえ)に、一(ひと)りの卦(け=易)を売(う)る先生(せんせい)有(あ)り。我(われ)毎日(まいにち)他(かれ)に一尾(ひとつ)の金色(こんじき)の鯉(こい)を送(おく)れば、他(かれ)便(すなわ)ち我(われ)と袖(そで)に一課(いっか)を伝(つた)え、方位(ほうい)に依(よ)らば、百下(ひゃっか)百着(ひゃくちゃく=百発百中)なり。今日(こんにち)我(われ)又(また)去(ゆ)きて卦(け)を買(か)いしに、他(かれ)我(われ)をして涇河湾頭(けいがわんとう=涇河の入り江)の東辺(とうへん)に網(あみ)を下(おろ)し、西岸(せいがん)に釣(つり)を抛(な)げしめ、定(かなら)ず満載(まんさい)の魚蝦(ぎょか)を得(え)て帰(かえ)らしむ。明日(みょうにち)城(しろ)に上(のぼ)り来(きた)り、銭(ぜに)に売(う)り酒(さけ)を沽(か)い、再(ふたた)び老兄(ろうけい)と相叙(しょうじょ=語ら)わん」と。二人(ふたり)此(ここ)より叙別(じょべつ=語らい別る)。  此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ路上(ろじょう)に話(はな)し、草裡(そうり=草の中)に人(ひと)有(あ)るなり。原来(もと)此(こ)の涇河(けいが)の水府(すいふ=竜宮)に一(ひと)りの水(みず)を巡(めぐ)る夜叉(やしゃ)有(あ)り、百下百着(ひゃっかひゃくちゃく)の言(げん)を聴(き)き了(おわ)り、急(いそ)ぎて水晶宮(すいしょうきゅう)に転(てん)じ、慌(あわ)てて龍王(りゅうおう)に報(ほう)じて道(い)わく、「禍事(かじ=大変)なるかな!禍事(かじ)なるかな!」と。龍王(りゅうおう)問(と)う、「甚(なに)の禍事(かじ)有(あ)るか?」と。夜叉(やしゃ)道(い)わく、「臣(しん)水(みず)を巡(めぐ)りて河辺(かへん)に去(ゆ)き到(いた)りしに、只(た)だ両(ふた)りの漁樵(ぎょしょう=漁夫と木こり)の攀話(はんわ=語らい)を聴(き)き得(う)。相別(あいわか)るる時(とき)、言語(げんご)甚(はなは)だ是(こ)れ利害(りがい=手痛し)。那(か)の漁翁(ぎょおう)説(と)く:長安城(ちょうあんじょう)の裡(うち)西門街(せいもんがい)の上(うえ)に、箇(ひと)りの卦(け)を売(う)る先生(せんせい)有(あ)りて、算(かぞ)うること最(もっと)も准(たしか)なり。他(かれ)毎日(まいにち)他(かれ)に鯉魚(りぎょ)一尾(ひとつ)を送(おく)れば、他(かれ)便(すなわ)ち袖(そで)に一課(いっか)を伝(つた)えて、他(かれ)をして百下百着(ひゃっかひゃくちゃく)ならしむ。若(も)し此(か)くの如(ごと)く算(かぞ)うるの准(たしか)なるに依(よ)らば、却(かえっ)て水族(すいぞく)を将(も)ちて尽(ことごと)く打(う)ち了(おわ)らざらんや?何(なん)を以(もっ)て水府(すいふ)を壮観(そうかん=立派に見せ)し、何(なん)を以(もっ)て浪(なみ)に躍(おど)り波(なみ)を翻(ひるがえ)して大王(だいおう)の威力(いりょく)を輔(たす)けんや?」と。龍王(りゅうおう)甚(はなは)だ怒(いか)り、急(いそ)ぎて剣(けん)を提(ひっさ)げて便(すなわ)ち長安城(ちょうあんじょう)に上(のぼ)り、此(こ)の卦(け)を売(う)る者(もの)を誅滅(ちゅうめつ)せんと要(よう)す。旁(かたわ)らより龍子龍孫(りゅうしりゅうそん=竜の子や孫)・蝦臣蟹士(かしんかいし=蝦の臣・蟹の士)・鰣軍師(じぐんし=鰣の軍師)・鱖少卿(けつしょうけい=鮭の少卿)・鯉太宰(りたいさい=鯉の太宰)の閃(ひらめ)き過(よ)ぎり、一斉(いっせい)に啓奏(けいそう)して道(い)わく、「大王(だいおう)且(しばら)く怒(いかり)を息(いこ)え。常言(じょうげん=諺)に道(い)わく、耳(みみ)を過(よ)ぎるの言(げん)、聴信(ちょうしん=信じ聴く)す可(べ)からずと。大王(だいおう)此(こ)の去(ゆ)くに、必(かなら)ず雲(くも)の従(したが)う有(あ)り、必(かなら)ず雨(あめ)の助(たす)け有(あ)らん、恐(おそ)らくは長安(ちょうあん)の黎庶(れいしょ=民草)を驚(おどろ)かし、上天(じょうてん)の責(せめ)を見(み)ん。大王(だいおう)隠顕(いんけん=隠れ現れ)測(はか)りがたく、変化(へんか)方(かた)無(な)し、但(た)だ只(た)だ一秀士(しゅうし=風雅の士)に変(へん)じ、長安城(ちょうあんじょう)内(ない)に到(いた)り、一番(ひととおり)訪問(ほうもん=訪ね問う)せよ。果(はた)して此(こ)の輩(やから)有(あ)らば、容(ゆる)して誅滅(ちゅうめつ)を加(くわ)うるも遅(おそ)からず;若(も)し此(こ)の輩(やから)無(な)くんば、是(こ)れ妄(みだ)りに他人(たにん)を害(そこな)うに非(あら)ずや?」と。龍王(りゅうおう)奏(そう)に依(よ)り、遂(つい)に宝剣(ほうけん)を棄(す)て、亦(ま)た雲雨(うんう)を興(おこ)さず、岸(きし)の上(うえ)に出(い)で、身(み)を揺(ゆすぶ)って一変(いっぺん)し、変(へん)じて一(ひと)りの白衣秀士(はくいしゅうし=白き衣の士)と作(な)る、真(まこと)に箇(こ)の豊姿英偉(ほうしえいい=姿豊かに偉なり)、聳壑昂霄(しょうがくこうしょう=谷に聳え空に昂る)。歩履(ほり=歩み)端祥(たんしょう=端整)、規(き)に循(したが)い矩(のり)を蹈(ふ)む。言語(げんご)は孔孟(こうもう)に遵(したが)い、礼貌(れいぼう)は周文(しゅうぶん)を体(たい=体現)す。身(み)には玉色(ぎょくしょく)の羅襴服(ららんぷく=羅の礼服)を穿(き)、頭(かしら)には逍遥(しょうよう)一字巾(いちじきん=一字の頭巾)を戴(いただ)く。路(みち)に上(のぼ)り来(きた)りて雲歩(うんぽ=雲の歩み)を開(ひら)き、径(ただ)ちに長安城(ちょうあんじょう)西門(せいもん)の大街(だいがい=大通り)の上(うえ)に到(いた)る。  只(た)だ一簇(ひとむら)の人(ひと)の、擠擠雑雑(せいせいざつざつ=押し合い雑然)、鬧鬧哄哄(どうどうこうこう=騒々しく賑わう)を見(み)る。内(うち)に高談闊論(こうだんかつろん=大いに論ずる)の道(い)う有(あ)り、「龍(たつ)に属(ぞく)するは本命(ほんめい=本命星)、虎(とら)に属(ぞく)するは相衝(そうしょう=ぶつかる)。寅辰巳亥(いんしんみがい)、合局(ごうきょく=吉の組み合わせ)と称(しょう)すと雖(いえど)も、但(た)だ只(た)だ怕(おそ)るるは是(こ)れ日(ひ)の歳君(さいくん=その年の星)を犯(おか)すなり」と。龍王(りゅうおう)言(げん)を聞(き)き、情(こころ)に是(こ)れ那(か)の卜(ぼく)を売(う)るの処(ところ)なるを知(し)り、上(のぼ)り前(まえ)に走(はし)り、衆人(しゅうじん)を分(わ)け開(ひら)き、裡(うち)を望(のぞ)みて観(み)るに、只(た)だ見(み)ゆ、   四壁(しへき)珠璣(しゅき=珠玉)、満堂(まんどう)綺繍(きしゅう=美しき刺繍)   宝鴨(ほうおう=鴨形の香炉)香(こう)断(た)ゆる無(な)く、磁瓶(じへい)水(みず)恁(か)くも清(きよ)し   両辺(りょうへん)に羅列(られつ)す王維(おうい)の画(え)   座上(ざじょう)に高(たか)く懸(か)く鬼谷(きこく)の形(かたち)   端渓硯(たんけいけん=端渓の硯)、金烟墨(きんえんぼく=金烟の墨)   相(あい)襯(あ)いて霜毫(そうごう=白き筆)の大筆(だいひつ)   火珠林(かじゅりん)・郭璞数(かくはくすう=郭璞の術)   謹(つつし)んで台政新経(たいせいしんけい)に対(たい=照合)す   六爻(りっこう=六爻)熟諳(じゅくあん=精通)、八卦(はっけ)精通(せいつう)   天地(てんち)の理(り)を知(し)る能(あた)い、鬼神(きじん)の情(じょう)を暁(さと)るに善(よ)し   一槃(いっぱん=ひとまとめ)の子午(しご=十二支)安排(あんばい)定(さだ)まり   満腹(まんぷく)の星辰(せいしん=星々)布列(ふれつ)清(きよ)し   真(まこと)に箇(こ)の那(か)の未来事(みらいじ)、過去事(かこじ)   観(み)ること月鏡(げっきょう=月の鏡)の如(ごと)し   幾家(いくいえ)か興(おこ)り、幾家(いくいえ)か敗(やぶ)るるを   鑑(かんが)みること神明(しんめい)の若(ごと)し   凶(きょう)を知(し)り吉(きち)を定(さだ)め、死(し)を断(だん)じ生(しょう)を言(い)う   談(だん)を開(ひら)けば風雨(ふうう)迅(はや)く、筆(ふで)を下(くだ)せば鬼神(きじん)驚(おどろ)く   招牌(しょうはい=看板)に字(じ)有(あ)り姓(せい)名(な)を書(か)く   神課先生(しんかせんせい)袁守誠(えんしゅせい)  此(こ)の人(ひと)は誰(たれ)なるか?原来(もと)是(こ)れ当朝(とうちょう=今の朝廷)欽天監(きんてんかん=天文台)台正(だいせい=長官)先生(せんせい)袁天罡(えんてんこう)の叔父(おじ)、袁守誠(えんしゅせい)是(こ)れなり。那(か)の先生(せんせい)果然(かぜん=果たして)相貌(そうぼう=容貌)稀奇(きき=珍しく)、儀容(ぎよう=姿)秀麗(しゅうれい)、名(な)は大国(たいこく)に揚(あ)がり、術(じゅつ)は長安(ちょうあん)に冠(かんむり)たり。龍王(りゅうおう)門(もん)に入(い)り来(きた)り、先生(せんせい)と相見(しょうけん)す。礼(れい)畢(おわ)り、龍(りゅう)を請(しょう)じて上座(じょうざ)に坐(ざ)し、童子(どうじ)茶(ちゃ)を献(けん=捧ぐ)。先生(せんせい)問(と)うて曰(いわ)く、「公(こう)来(きた)りて何事(なにごと)を問(と)うか?」と。龍王(りゅうおう)曰(いわ)く、「請(こ)う、天上(てんじょう)の陰晴(いんせい=晴れ曇り)の事(こと)の如何(いかん)を卜(ぼく)せよ」と。先生(せんせい)即(すなわ)ち袖(そで)に一課(いっか)を伝(つた)え、断(だん)じて曰(いわ)く、「雲(くも)は山頂(さんちょう)を迷(まよ)わせ、霧(きり)は林梢(りんしょう=林の梢)を罩(おお)う。若(も)し雨沢(うたく=恵みの雨)を占(うらな)わば、准(かなら)ず明朝(みょうちょう)に在(あ)り」と。龍(りゅう)曰(いわ)く、「明日(みょうにち)甚(いず)れの時(とき)に雨(あめ)降(ふ)るか?雨(あめ)多少(たしょう)の尺寸(せきすん=寸法)有(あ)るか?」と。先生(せんせい)道(い)わく、「明日(みょうにち)辰時(しんじ)に雲(くも)を布(し)き、巳時(しじ)に雷(かみなり)を発(はっ)し、午時(ごじ)に雨(あめ)降(ふ)り、未時(びじ)に雨(あめ)足(た)り、共(あわ)せて水(みず)三尺三寸零(さんじゃくさんすんれい)四十八点(しじゅうはってん)を得(う)」と。龍王(りゅうおう)笑(わら)って曰(いわ)く、「此(こ)の言(げん)戯(ぎ=冗談)と作(な)す可(べ)からず。如(も)し明日(みょうにち)雨(あめ)有(あ)りて、汝(なんじ)が断(だん)じたる時辰(じしん=時刻)・数目(すうぼく=数量)に依(よ)らば、我(われ)課金(かきん=占い料)五十両(ごじゅうりょう)を送(おく)りて奉謝(ほうしゃ=謝礼)せん。若(も)し雨(あめ)無(な)く、或(あるい)は時辰(じしん)・数目(すうぼく)に依(よ)らざれば、我(われ)汝(なんじ)と実(じつ)に説(と)かん、定(かなら)ず汝(なんじ)が門面(もんめん=店構え)を打(う)ち壊(こわ)し、汝(なんじ)が招牌(しょうはい)を扯(ひ)き砕(くだ)き、即時(そくじ)に長安(ちょうあん)より赶(お)い出(いだ)し、此(ここ)に在(あ)りて衆(しゅう)を惑(まど)わすを許(ゆる)さざらん!」と。先生(せんせい)欣然(きんぜん=喜び)として答(こた)えて曰(いわ)く、「此(こ)れ一定(いちじょう)汝(なんじ)に任(まか)す。請(さ)らば、請(さ)らば。明朝(みょうちょう)雨(あめ)の後(のち)来(きた)りて会(かい)せん」と。  龍王(りゅうおう)辞別(じべつ)し、長安(ちょうあん)を出(い)で、水府(すいふ)に回(かえ)る。大小(だいしょう)の水神(すいしん)接(むか)え着(つ)き、問(と)うて曰(いわ)く、「大王(だいおう)那(か)の卦(け)を売(う)る者(もの)を訪(たず)ぬること如何(いかん)?」と。龍王(りゅうおう)道(い)わく、「有(あ)る、有(あ)る、有(あ)る!但(た)だ是(こ)れ一(ひと)りの掉嘴口(ちょうしこう=おしゃべり)討春(とうしゅん=春を売る)の先生(せんせい)なるのみ。我(われ)他(かれ)に何時(いつ)雨(あめ)の降(ふ)るを問(と)えば、他(かれ)便(すなわ)ち明日(みょうにち)雨(あめ)降(ふ)ると説(い)い、他(かれ)に甚(なに)の時辰(じしん)、甚(なに)の雨数(うすう=雨量)を問(と)えば、他(かれ)便(すなわ)ち辰時(しんじ)に雲(くも)を布(し)き、巳時(しじ)に雷(かみなり)を発(はっ)し、午時(ごじ)に雨(あめ)降(ふ)り、未時(びじ)に雨(あめ)足(た)り、水(みず)三尺三寸零(さんじゃくさんすんれい)四十八点(しじゅうはってん)を得(う)と説(い)う。我(われ)他(かれ)と箇(ひと)の賭賽(とさい=賭け)を打(う)てり、若(も)し果(はた)して他(かれ)が言(げん)の如(ごと)くならば、他(かれ)に謝金(しゃきん)五十両(ごじゅうりょう)を送(おく)らん;如(も)し略(ほん)の些(ささ)やかに差(たが)わば、便(すなわ)ち他(かれ)が門面(もんめん)を打(う)ち破(やぶ)り、他(かれ)を赶(お)いて身(み)を起(た)たしめ、長安(ちょうあん)に在(あ)りて衆(しゅう)を惑(まど)わすを許(ゆる)さじ」と。衆水族(しゅうすいぞく)笑(わら)って曰(いわ)く、「大王(だいおう)は是(こ)れ八河(はっか)の都総管(とそうかん=総監)、司雨(しう=雨を司る)の大龍神(だいりゅうじん)なり、雨(あめ)の有(あ)る無(な)きは、惟(た)だ大王(だいおう)之(これ)を知(し)る、他(かれ)怎(いか)んぞ敢(あえ)て此(か)くの如(ごと)く胡言(こげん=出鱈目)を言(い)わんや?那(か)の卦(け)を売(う)る者(もの)は定(かなら)ず是(こ)れ輸(やぶ)れたり!定(かなら)ず是(こ)れ輸(やぶ)れたり!」と。  此(こ)の時(とき)龍子龍孫(りゅうしりゅうそん)と那(か)の魚鯽蟹士(ぎょせきかいし=魚・鮒・蟹の士)と正(まさ)に歓笑(かんしょう)して此(こ)の事(こと)を談(だん)じ未(いま)だ畢(おわ)らざるに、只(た)だ半空(はんくう=空の中)に叫(よ)ぶを聴(き)く、「涇河(けいが)の龍王(りゅうおう)、旨(し)を接(う)けよ」と。衆(しゅう)頭(かしら)を抬(あ)げて上(うえ)を看(み)れば、是(こ)れ一(ひと)りの金衣力士(こんいりきし=金の衣の力士)、手(て)に玉帝(ぎょくてい)の勅旨(ちょくし)を擎(ささ)げ、径(ただ)ちに水府(すいふ)に投(とう)じて来(きた)る。慌(あわ)て得(て)龍王(りゅうおう)衣(ころも)を整(ととの)え端粛(たんしゅく=謹み粛み)、香(こう)を焚(た)いて旨(し)を接(う)く。金衣力士(こんいりきし)空(くう)に回(かえ)って去(ゆ)く。龍王(りゅうおう)恩(おん)を謝(しゃ)し、封(ふう)を拆(ひら)きて看(み)る時(とき)、上(うえ)に写(うつ)して曰(いわ)く、「八河総(はっかそう)に勅命(ちょくめい)し、雷(かみなり)を駆(か)り電(いなずま)を掣(ひ)いて行(ゆ)け;明朝(みょうちょう)雨沢(うたく)を施(ほどこ)し、普(あまね)く長安城(ちょうあんじょう)を済(すく)え」と。旨意(しい)の上(うえ)の時辰(じしん)・数目(すうぼく=数量)、那(か)の先生(せんせい)の判断(はんだん)せる者(もの)と毫髪(ごうはつ=毛筋ほど)も差(たが)わず、唬(おど)し得(て)那(か)の龍王(りゅうおう)魂(たましい)飛(と)び魄(たましい)散(さん)ず。少頃(しばらく)して蘇醒(そせい=正気に返り)、衆水族(しゅうすいぞく)に対(むか)いて曰(いわ)く、「塵世(じんせい=人の世)の上(うえ)に此(か)くの如(ごと)き霊人(れいじん=霊妙の人)有(あ)り!真(まこと)に箇(こ)は是(こ)れ能(よ)く天(てん)に通(つう)じ地(ち)に徹(てっ)す、却(かえっ)て他(かれ)に輸(やぶ)れざらんや!」と。鰣軍師(じぐんし)奏(そう)して云(い)わく、「大王(だいおう)心(こころ)を安(やすん)ぜよ。他(かれ)に贏(か)たんと要(よう)するに何(なん)の難処(なんしょ=難しさ)有(あ)らんや?臣(しん)小計(しょうけい=小さき計)有(あ)り、管(きっと)那(か)の厮(やつ)が口嘴(こうし=口)を滅(ほろぼ)さしめん」と。龍王(りゅうおう)計(けい)を問(と)う。軍師(ぐんし)道(い)わく、「雨(あめ)を行(おこな)うに時辰(じしん)を差(たが)え、点数(てんすう)を少(すく)なくせば、便(すなわ)ち是(こ)れ那(か)の厮(やつ)が断卦(だんけ=占い)の准(たしか)ならざるなり、怕(おそ)れずんば他(かれ)に贏(か)たざらんや?那(そ)の時(とき)招牌(しょうはい)を捽(ひっつか)み砕(くだ)き、他(かれ)を赶(お)いて路(みち)を跑(はし)らしめん、果(はた)して何(なん)の難(なん)か有(あ)らんや?」と。龍王(りゅうおう)他(かれ)が奏(そう)する所(ところ)に依(よ)り、果(はた)して憂(うれ)えず。  次日(よくじつ)に至(いた)り、風伯(ふうはく=風の神)・雷公(らいこう=雷の神)・雲童(うんどう=雲の童子)・電母(でんぼ=電の女神)を点札(てんさつ=点呼)し、直(ただ)ちに長安城(ちょうあんじょう)九霄(きゅうしょう=天の高き)の空(そら)の上(うえ)に至(いた)る。他(かれ)那(か)の巳時(しじ)に挨(もちこた)えて方(まさ)に雲(くも)を布(し)き、午時(ごじ)に雷(かみなり)を発(はっ)し、未時(びじ)に雨(あめ)を落(おと)し、申時(しんじ)に雨(あめ)止(や)み、却(かえっ)て只(た)だ三尺零四十点(さんじゃくれいしじゅってん)を得(え)しのみ、他(かれ)が一(ひと)つの時辰(じしん)を改(あらた)め、他(かれ)が三寸八点(さんすんはってん)を剋(へら)し、雨(あめ)の後(のち)衆将(しゅうしょう)を発放(はっぽう=解散)し班師(はんし=帰還)す。他(かれ)又(また)雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おと)し、還(ま)た白衣秀士(はくいしゅうし)に変(へん)じ、那(か)の西門裡(せいもんり)の大街(だいがい)の上(うえ)に到(いた)り、袁守誠(えんしゅせい)の卦鋪(けほ=占いの店)に撞(つ)き入(い)り、分説(ぶんせつ=弁明)を容(い)れず、便(すなわ)ち他(かれ)が招牌(しょうはい)・筆(ふで)・硯(すずり)等(とう)を将(も)ちて一斉(いっせい)に捽(ひっつか)み砕(くだ)く。那(か)の先生(せんせい)椅(いす)の上(うえ)に坐(ざ)し、公然(こうぜん=平然)として動(うご)かず。此(こ)の龍王(りゅうおう)又(また)門板(もんばん=戸板)を輪(ふる)い起(おこ)して便(すなわ)ち打(う)ち、罵(ののし)って道(い)わく、「此(こ)の妄(みだ)りに禍福(かふく)を言(い)う妖人(ようじん)、擅(ほしいまま)に衆心(しゅうしん=人の心)を惑(まど)わす潑漢(はつかん=悪漢)なるかな!汝(なんじ)卦(け)も又(また)霊(たま)ならず、言(げん)も又(また)狂謬(きょうびゅう=狂い誤れり)す!今日(こんにち)雨(あめ)の降(ふ)るの時辰(じしん)・点数(てんすう)を説(と)きて俱(みな)相対(あいたい=合致)せざるに、汝(なんじ)還(ま)た危然(きぜん=どっか)と高(たか)く坐(ざ)す、早(はや)きに趁(つ)けて去(い)ね、汝(なんじ)が死罪(しざい)を饒(ゆる)さん!」と。守誠(しゅせい)猶(な)お公然(こうぜん)として分毫(ぶんごう=毫ほど)も懼(おそ)れず、面(おもて)を仰(あお)ぎ天(てん)に朝(むか)いて冷笑(れいしょう)して道(いわ)く、「我(われ)怕(おそ)れず!我(われ)怕(おそ)れず!我(われ)に死罪(しざい)無(な)し、只(た)だ怕(おそ)るるは汝(なんじ)倒(かえっ)て箇(ひと)の死罪(しざい)有(あ)るかな!別人(べつじん)は好(よ)く瞞(だま)すも、只(た)だ是(こ)れ我(われ)を瞞(だま)し難(がた)きのみ。我(われ)汝(なんじ)を認(みと)め得(え)たり、汝(なんじ)は秀士(しゅうし)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ涇河(けいが)の龍王(りゅうおう)なり。汝(なんじ)玉帝(ぎょくてい)の勅旨(ちょくし)に違(そむ)き、時辰(じしん)を改(あらた)め、点数(てんすう)を剋(へら)し、天条(てんじょう)を犯(おか)せり。汝(なんじ)那(か)の剮龍台(かろうだい=竜を刻む台)の上(うえ)に在(あ)りて、恐(おそ)らくは一刀(いっとう)を免(まぬが)れ難(がた)からん、汝(なんじ)還(ま)た此(ここ)に在(あ)りて我(われ)を罵(ののし)るか?」と。龍王(りゅうおう)説(と)くを見(み)、心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん=身の毛がよだつ)、急(いそ)ぎ門板(もんばん)を棄(す)て、衣(ころも)を整(ととの)え礼(れい)に伏(ふく)し、先生(せんせい)に向(むか)いて跪(ひざまず)き下(おろ)りて道(いわ)く、「先生(せんせい)怪(とが)むるなかれ。前言(ぜんげん)は之(これ)を戯(たわむ)れしのみ、豈(あ)に知(し)らんや仮(かり)を作(な)して真(しん)と成(な)し、果然(かぜん)天条(てんじょう)に違犯(いはん)せり、奈何(いかん)?望(のぞ)むらくは先生(せんせい)我(われ)を救(すく)うて一救(ひとすく)いせよ!然(しか)らずんば、我(われ)死(し)すとも亦(ま)た汝(なんじ)を放(はな)たじ」と。守誠(しゅせい)曰(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)を救(すく)うを得(え)ず、只(た)だ一条(ひとすじ)の生路(せいろ=生きる道)を指(さし)して汝(なんじ)に与(あた)え、投生(とうしょう=生を受け直す)せしめんのみ」と。龍(りゅう)曰(いわ)く、「願(ねが)わくは指教(しきょう=教え)を求(もと)めん」と。先生(せんせい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)明日(みょうにち)午時三刻(ごじさんこく)、当(まさ)に人曹官(じんそうかん=人間界の役)魏征(ぎちょう)の処(ところ)に赴(おもむ)きて斬(きら)るるを聴(き)く可(べ)し。汝(なんじ)果(はた)して性命(せいめい)を要(よう)せば、須(すべから)く当(まさ)に急急(いそい)に去(ゆ)きて当今(とうきん=今の)唐太宗(とうたいそう)皇帝(こうてい)に告(つ)ぐるを可(よ)しとす。那(か)の魏征(ぎちょう)は是(こ)れ唐王(とうおう)駕下(がか=配下)の丞相(じょうしょう)なり、若(も)し他(かれ)が箇(ひと)の人情(にんじょう=情け)を討(こ)う得(う)れば、方(まさ)に事(こと)無(な)きを保(たも)たん」と。龍王(りゅうおう)言(げん)を聞(き)き、拝(はい)し辞(じ)して涙(なみだ)を含(ふく)みて去(ゆ)く。覚(おぼ)えず紅日(こうじつ=赤き日)西(にし)に沈(しず)み、太陰星(たいいんせい=月)上(のぼ)る、但(た)だ見(み)ゆ、   烟(けむり)は凝(こ)り山紫(さんし=山は紫)帰鴉(きあ=帰る鴉)倦(つか)れ   遠路(えんろ)の行人(こうじん=旅人)旅店(りょてん=宿)に投(とう)ず   渡頭(ととう=渡し場)の新雁(しんがん=新しき雁)眭沙(せいさ=砂浜)に宿(やど)り   銀河(ぎんが)現(あら)わる 更籌(こうちゅう=時を告げる)を催(うなが)し   孤村(こそん)の灯火(とうか)光(ひかり)焰(ほのお)無(な)し   風(かぜ)は炉烟(ろえん=炉の煙)を裊(たなび)かせ道院(どういん=道観)清(きよ)し   蝴蝶(こちょう)の夢中(むちゅう)人(ひと)見(み)えず   月(つき)は花影(かえい)を移(うつ)して欄干(らんかん)に上(のぼ)る   星光(せいこう)乱(みだ)れ 漏声(ろうせい=水時計の音)換(かわ)り   覚(おぼ)えず深沉(しんちん=夜更け)にして夜(よる)已(すで)に半(なか)ばなり  此(こ)の涇河(けいが)の龍王(りゅうおう)も亦(ま)た水府(すいふ)に回(かえ)らず、只(た)だ空(くう=空)の中(なか)に在(あ)り、子時(しじ)の前後(ぜんご)に到(いた)るを等(ま)ち、雲頭(うんとう)を収(おさ)め、霧角(むかく=霧の角)を斂(おさ)め、径(ただ)ちに皇宮(こうきゅう)の門首(もんしゅ=門前)に来(きた)る。此(こ)の時(とき)唐王(とうおう)正(まさ)に夢(ゆめ)に宮門(きゅうもん)の外(そと)に出(い)で、月(つき)を歩(あゆ)み花陰(かいん=花の陰)に在(あ)りしに、忽然(たちま)ち龍王(りゅうおう)変(へん)じて人相(じんそう=人の姿)と作(な)り、上(のぼ)り前(まえ)に跪(ひざまず)き拝(はい)す。口(くち)に叫(よ)んで曰(いわ)く、「陛下(へいか)、我(われ)を救(すく)え!我(われ)を救(すく)え!」と。太宗(たいそう)云(い)わく、「汝(なんじ)は是(こ)れ何人(なんびと)なるか?朕(ちん)当(まさ)に汝(なんじ)を救(すく)わん」と。龍王(りゅうおう)云(い)わく、「陛下(へいか)は是(こ)れ真龍(しんりゅう=真の竜)、臣(しん)は是(こ)れ業龍(ごうりゅう=業の竜)なり。臣(しん)天条(てんじょう)を犯(おか)ししに因(よ)り、陛下(へいか)が賢臣(けんしん)人曹官(じんそうかん)魏征(ぎちょう)の処(ところ)に斬(きら)るるに当(あ)たる、故(ゆえ)に来(きた)りて拝(はい)し求(もと)む、望(のぞ)むらくは陛下(へいか)我(われ)を救(すく)うて一救(ひとすく)いせよ!」と。太宗(たいそう)曰(いわ)く、「既(すで)に魏征(ぎちょう)の処(ところ)に斬(きら)るるならば、朕(ちん)以(もっ)て汝(なんじ)を救(すく)う可(べ)し。汝(なんじ)心(こころ)を安(やすん)じて前(まえ)に去(い)ね」と。龍王(りゅうおう)歓喜(かんき)し、叩(ぬかず)き謝(しゃ)して去(ゆ)く。  却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の太宗(たいそう)夢(ゆめ)醒(さ)めし後(のち)、念念(ねんねん=一心に)心(こころ)に在(あ)り。早(はや)くも已(すで)に五鼓三点(ごこさんてん=明け方)に至(いた)り、太宗(たいそう)朝(ちょう)を設(もう)け、両班(りょうはん=左右の列)の文武(ぶんぶ)官員(かんいん)を聚集(しゅうしゅう=集める)。但(た)だ見(み)ゆるは那(か)の、   烟(けむり)は鳳闕(ほうけつ=鳳凰の門)を籠(こ)め、香(こう)は龍楼(りゅうろう)に藹(ただよ)い   光(ひかり)揺(ゆ)れて丹扆(たんい=赤き屏風)動(うご)き、雲(くも)は翠華(すいか=翠の旗)を払(はら)いて流(なが)る   君臣(くんしん)相契(あいけい=契り合い)堯舜(ぎょうしゅん)に同(おな)じ   礼楽(れいがく)威厳(いげん)漢周(かんしゅう)に近(ちか)し   侍臣(じしん)の灯(ともしび)、宮女(きゅうじょ)の扇(おうぎ)、双々(そうそう)映(えい)じて彩(いろど)り   孔雀屏(くじゃくびょう)・麒麟殿(きりんでん)、処処(しょしょ)光(ひかり)浮(うか)ぶ   山呼(さんこ)して万歳(ばんぜい)を唱(とな)え、華祝(かしゅく)して千秋(せんしゅう)を祈(いの)る   静鞭(せいべん=静かの鞭)三下(さんげ)響(ひび)き、衣冠(いかん)冕旒(べんりゅう=天子の冠)を拝(はい)す   宮花(きゅうか)燦爛(さんらん)天香(てんこう)襲(および)   堤柳(ていりゅう)軽柔(けいじゅう)御楽(ぎょがく)謳(うた)う   珍珠簾(ちんじゅれん)・翡翠簾(ひすいれん)、金鉤(きんこう)高(たか)く控(ひか)え   龍風扇(りゅうふうせん)・山河扇(さんがせん)、宝輦(ほうれん=天子の車)停留(ていりゅう)す   文官(ぶんかん)英秀(えいしゅう=秀で)、武将(ぶしょう)抖擻(とそう=奮い立つ)   御道(ぎょどう)高下(こうげ)を分(わか)ち、丹墀(たんち=赤き階)品流(ひんりゅう=位階)を列(なら)ぶ   金章紫綬(きんしょうしじゅ=金印と紫の綬)三象(さんぞう=三公)に乗(じょう)じ   地久天長(ちきゅうてんちょう)万々秋(ばんばんしゅう)  衆官(しゅうかん)朝賀(ちょうが)已(すで)に畢(おわ)り、各(おのおの)班(はん=列)を分(わか)つ。唐王(とうおう)鳳目龍睛(ほうもくりゅうせい=鳳の目竜の瞳)を閃(ひらめ)かせ、一一(いちいち)頭(かしら)より観(み)るに、只(た)だ那(か)の文官(ぶんかん)の内(うち)は是(こ)れ房玄齢(ぼうげんれい)・杜如晦(とじょかい)・徐世勣(じょせいせき)・許敬宗(きょけいそう)・王珪(おうけい)等(とう)、武官(ぶかん)の内(うち)は是(こ)れ馬三宝(ばさんぽう)・段志賢(だんしけん)・殷開山(いんかいざん)・程咬金(ていこうきん)・劉洪紀(りゅうこうき)・胡敬徳(こけいとく)・秦叔宝(しんしゅくほう)等(とう)、一箇一箇(いっこいっこ=めいめい)威儀(いぎ)端粛(たんしゅく)なるを見(み)るも、却(かえっ)て魏征(ぎちょう)丞相(じょうしょう)の見(み)えざるを見(み)る。唐王(とうおう)徐世勣(じょせいせき)を召(め)して殿(でん)に上(のぼ)らせ、道(い)わく、「朕(ちん)夜間(やかん)一(ひと)つの怪夢(けいむ=怪しき夢)を得(え)、一(ひと)りの人(ひと)の面(おもて)を迎(むか)えて拝謁(はいえつ=拝謁)し、口(くち)に涇河(けいが)の龍王(りゅうおう)なりと称(しょう)し、天条(てんじょう)を犯(おか)して人曹官(じんそうかん)魏征(ぎちょう)の処(ところ)に斬(きら)るるに当(あ)たると称(しょう)し、寡人(かじん=私)に拝告(はいこく)して他(かれ)を救(すく)わんことを乞(こ)う、朕(ちん)已(すで)に許諾(きょだく)せり。今日(こんにち)班前(はんぜん=列の前)に独(ひと)り魏征(ぎちょう)を見(み)ざるは、何(なん)ぞや?」と。世勣(せいせき)対(こた)えて曰(いわ)く、「此(こ)の夢(ゆめ)告(つ)ぐること准(たしか)なり、須臾(しばらく)して魏征(ぎちょう)来(きた)り朝(ちょう)せば、陛下(へいか)他(かれ)をして門(もん)を出(い)でしむることなかれ。此(こ)の一日(いちにち)を過(す)ごさば、夢中(むちゅう)の龍(りゅう)を救(すく)う可(べ)し」と。唐王(とうおう)大(おお)いに喜(よろこ)び、即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)え、当駕官(とうがかん=当直の官)をして魏征(ぎちょう)を宣(せん)して朝(ちょう)に入(い)らしむ。  却(さ)て説(つ)ぐ、魏征(ぎちょう)丞相(じょうしょう)府(ふ)に在(あ)りて、夜(よる)乾象(けんしょう=天象)を観(み)、正(まさ)に宝香(ほうこう=尊き香)を爇(た)き居(お)りしに、只(た)だ九霄(きゅうしょう)に鶴唳(かくれい=鶴の鳴き)の聞(き)こゆる有(あ)るを聞(き)く、是(こ)れ天(てん)の仙使(せんし=仙の使者)を差(さし)し向(む)け、玉帝(ぎょくてい)の金旨(きんし=金の勅)一道(ひとすじ)を捧(ささ)げ、他(かれ)をして午時三刻(ごじさんこく)に、夢(ゆめ)に涇河(けいが)の老龍(ろうりゅう)を斬(き)らしむ。此(こ)の丞相(じょうしょう)天恩(てんおん)を謝(しゃ)し、斎戒(さいかい=物忌み)沐浴(もくよく)し、府(ふ)の中(なか)に在(あ)りて慧剣(けいけん=智慧の剣)を試(こころ)み、元神(げんしん=精神)を運(めぐ)らす、此(こ)れに因(よ)って曾(かつ)て朝(ちょう)に入(い)らず。当駕官(とうがかん)の旨(し)を赍(もたら)して来(きた)り宣(せん)するを見(み)るや、惶懼(こうく=恐れ)に任(た)えず、又(また)敢(あえ)て君命(くんめい)に違(そむ)き遅(おく)るること無(な)く、只(た)だ急急(いそい)に衣(ころも)を整(ととの)え帯(おび)を束(つか)ね、旨(し)と同(とも)に朝(ちょう)に入(い)り、御前(ごぜん)に在(あ)りて頭(かしら)を叩(たた)いて罪(つみ)を請(こ)う。唐王(とうおう)道(い)わく、「卿(けい)を赦(ゆる)して罪(つみ)無(な)からしむ」と。那(そ)の時(とき)諸臣(しょしん)未(いま)だ朝(ちょう)を退(しりぞ)かず、此(ここ)に至(いた)りて、却(かえっ)て命(めい)じて簾(すだれ)を巻(ま)き朝(ちょう)を散(さん)ぜしむ。独(ひと)り魏征(ぎちょう)を留(とど)め、金鑾(きんらん)に宣(せん)し上(のぼ)せ、便殿(びんでん=控えの殿)に召(め)し入(い)れ、先(ま)ず安邦(あんぽう)の策(さく)・定国(ていこく)の謀(はかりごと)を談論(だんろん)す。巳末午初(みまつごしょ=巳の終り午の初め)の時候(じこう)に近(ちか)づくや、却(かえっ)て宮人(きゅうじん)に命(めい)じ、大棋(たいぎ=碁)を取(と)り過(よ)ぎ来(きた)らしめ、「朕(ちん)賢卿(けんけい)と対弈(たいえき=碁を打つ)すること一局(ひとくさ)りせん」と。衆嬪妃(しゅうひんひ=多くの妃)随(したが)って棋枰(きへい=碁盤)を取(と)り、御案(ぎょあん=天子の机)に鋪設(ほせつ=敷き設く)。魏征(ぎちょう)恩(おん)を謝(しゃ)し、即(すなわ)ち唐王(とうおう)と対弈(たいえき)す。一逓一着(いっていいっちゃく=一手ずつ)、陣勢(じんせい)を擺(ひら)き開(あ)く。正(まさ)に《爛柯経(らんかけい)》に合(かな)いて云(い)わく、   博弈(えき=碁)の道(みち)、謹厳(きんげん=慎み厳しき)を貴(たっと)ぶ   高者(こうしゃ=上手)は腹(はら=中央)に在(あ)り、下者(げしゃ=下手)は辺(へん=端)に在(あ)り、中者(ちゅうしゃ)は角(かど)に在(あ)り、此(こ)れ棋家(きか)の常法(じょうほう)なり   法(ほう)に曰(いわ)く、「寧(むし)ろ一子(いっし)を輸(ま)くるも、一先(いっせん=先手)を失(うしな)わず」   左(ひだり)を撃(う)てば則(すなわ)ち右(みぎ)を視(み)、後(うしろ)を攻(せ)めば則(すなわ)ち前(まえ)を瞻(み)る   先(さき)にして而(しか)も後(おく)るる有(あ)り、後(おく)れて而(しか)も先(さき)んずる有(あ)り   両生(りょうしょう=共に生きる)は断(た)つ勿(なか)れ、皆活(かいかつ=共に活きる)は連(つな)ぐ勿(なか)れ   闊(ひろ)きは太(はなは)だ疏(まば)らなる可(べ)からず、密(みっ)なるは太(はなは)だ促(せま)き可(べ)からず   其(そ)の子(こ)に恋(こい)して生(い)きるを求(もと)めんよりは、之(これ)を棄(す)てて勝(か)つを取(と)るに若(し)かず   其(そ)の事(こと)無(な)くして独(ひと)り行(ゆ)かんよりは、之(これ)を固(かた)めて自(みずか)ら補(おぎな)うに若(し)かず   彼(かれ)衆(おお)く我(われ)寡(すくな)ければ、先(ま)ず其(そ)の生(い)きるを謀(はか)り   我(われ)衆(おお)く彼(かれ)寡(すくな)ければ、務(つと)めて其(そ)の勢(いきおい)を張(は)れ   善(よ)く勝(か)つ者(もの)は争(あらそ)わず、善(よ)く陣(じん=布陣)する者(もの)は戦(たたか)わず   善(よ)く戦(たたか)う者(もの)は敗(やぶ)れず、善(よ)く敗(やぶ)るる者(もの)は乱(みだ)れず   夫(そ)れ棋(ご)は始(はじ)め正(せい)を以(もっ)て合(あ)い、終(おわ)り奇(き)を以(もっ)て勝(か)つ   凡(およ)そ敵(てき)の事(こと)無(な)くして自(みずか)ら補(おぎな)う者(もの)は、侵絶(しんぜつ=侵入し絶やす)の意(い)有(あ)り   小(しょう)を棄(す)てて救(すく)わざる者(もの)は、大(だい)を図(はか)るの心(こころ)有(あ)り   手(て)に随(したが)いて下(くだ)す者(もの)は、謀(はかりごと)無(な)きの人(ひと)なり   思(おも)わずして応(こた)うる者(もの)は、敗(やぶれ)を取(と)るの道(みち)なり   《詩(し)》に云(い)わく、『惴惴(ずいずい=恐れるさま)小心(しょうしん)、谷(たに)に臨(のぞ)むが如(ごと)し』と、此(こ)れを謂(い)うなり  詩(し)に曰(いわ)く、   棋盤(きばん)は地(ち)と為(な)り子(こ)は天(てん)と為(な)る   色(いろ)は陰陽(いんよう)に按(したが)いて造化(ぞうか)全(まった)し   玄微(げんび=奥深き)通変(つうへん=変化に通ずる)の処(ところ)に下(くだ)り到(いた)れば   当時(とうじ)の爛柯仙(らんかせん)を笑(わら)い夸(ほ)む  君臣(くんしん)両(ふた)り此(こ)の棋(ご)に対弈(たいえき)し、正(まさ)に午時三刻(ごじさんこく)に下(くだ)り到(いた)るや、一盤(いちばん)の残局(ざんきょく=終わらぬ碁)未(いま)だ終(おわ)らざるに、魏征(ぎちょう)忽然(たちま)ち案(あん=机)の辺(ほとり)に踏(ふ)み伏(ふ)し、鼾鼾(かんかん=ぐうぐう)と盹睡(とんすい=居眠り)す。太宗(たいそう)笑(わら)って曰(いわ)く、「賢卿(けんけい)は真(まこと)に是(こ)れ社稷(しゃしょく=国)を匡扶(きょうふ=助け支う)するの心(こころ)労(ろう)し、江山(こうざん=国)を創立(そうりつ)するの力(ちから)倦(つか)れたり、此(こ)れに因(よ)って覚(おぼ)えず盹睡(とんすい)するなり」と。太宗(たいそう)他(かれ)の眠(ねむ)るに任(まか)せ、更(さら)に呼(よ)び喚(よ)ばず。  多(あま)からずして、魏征(ぎちょう)醒(さ)め来(きた)り、地(ち)に俯(うつぶ)し伏(ふ)して道(い)わく、「臣(しん)万死(ばんし)に当(あ)たる可(べ)し!臣(しん)万死(ばんし)に当(あ)たる可(べ)し!却(かえっ)て才(ただいま)暈困(うんこん=眩み疲れ)し、為(な)す所(ところ)を知(し)らず、望(のぞ)むらくは陛下(へいか)臣(しん)が君(きみ)を慢(あなど)るの罪(つみ)を赦(ゆる)されんことを!」と。太宗(たいそう)道(い)わく、「卿(けい)何(なん)の慢罪(まんざい)有(あ)るか?且(しばら)く起(た)ち来(きた)れ、残棋(ざんき)を払(はら)い退(しりぞ)け、卿(けい)と従(あらた)めて新(あら)たに更(あらた)めて着(う)たん」と。魏征(ぎちょう)恩(おん)を謝(しゃ)し、却(かえっ)て才(いま)子(こ)を手(て)に拈(ひね)りしに、只(た)だ朝門(ちょうもん)の外(そと)に、大(おお)いに呼(よ)び小(ちい)さく叫(さけ)ぶを聞(き)く。原来(もと)是(こ)れ秦叔宝(しんしゅくほう)・徐茂功(じょもこう)等(とう)、一(ひと)つの血(ち)の淋(したた)る頭(かしら)の龍(りゅう)の首(くび)を将(ひっさ)げ、帝前(ていぜん)に擲(なげう)ち、啓奏(けいそう)して道(い)わく、「陛下(へいか)、海(うみ)浅(あさ)く河(かわ)枯(か)るるは曾(かつ)て見(み)る有(あ)り、此(か)くの如(ごと)き異事(いじ=奇妙な事)は却(かえっ)て聞(き)く無(な)し」と。太宗(たいそう)と魏征(ぎちょう)身(み)を起(おこ)して道(い)わく、「此(こ)の物(もの)何(いず)くより来(きた)れるか?」と。叔宝(しゅくほう)・茂功(もこう)道(い)わく、「千歩廊(せんぽろう=長い廊)の南(みなみ)、十字街頭(じゅうじがいとう=十字路)、雲端(うんたん=雲の端)の裡(うち)より此(こ)の顆(ひとつ)の龍頭(りゅうとう)落(お)ち下(くだ)る、微臣(びしん=私)敢(あえ)て奏(そう)せざること無(な)し」と。唐王(とうおう)驚(おどろ)きて魏征(ぎちょう)に問(と)う、「此(こ)れ是(こ)れ何(なん)の説(いいわけ)なるか?」と。魏征(ぎちょう)身(み)を転(てん)じ頭(かしら)を叩(たた)いて道(い)わく、「是(こ)れ臣(しん)が才(ただいま)一夢(ひとゆめ)に斬(き)れるなり」と。唐王(とうおう)言(げん)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)わく、「賢卿(けんけい)盹睡(とんすい)の時(とき)、又(また)曾(かつ)て身(み)を動(うごか)し手(て)を動(うごか)すを見(み)ず、又(また)刀剣(とうけん)無(な)きに、如何(いか)んぞ却(かえっ)て此(こ)の龍(りゅう)を斬(き)れるか?」と。魏征(ぎちょう)奏(そう)して道(い)わく、「主公(しゅこう)、臣(しん)の身(み)は君前(くんぜん)に在(あ)り、夢(ゆめ)は陛下(へいか)を離(はな)る。身(み)君前(くんぜん)に在(あ)りて残局(ざんきょく)に対(たい)し、眼(め)を合(あわ)せて朦朧(もうろう)たり;夢(ゆめ)陛下(へいか)を離(はな)れて瑞雲(ずいうん=瑞雲)に乗(じょう)じ、神(しん)を出(いだ)して抖擻(とそう=奮い立つ)。那(か)の条(ひとつ)の龍(りゅう)、剮龍台(かろうだい)の上(うえ)に在(あ)りて、天兵(てんぺい)の将(しょう)に其(そ)の中(なか)に綁縛(ほうばく=縛りつけ)らる。是(ここ)に臣(しん)道(い)わく、『汝(なんじ)天条(てんじょう)を犯(おか)せり、当(まさ)に死罪(しざい)に合(かな)う。我(われ)天命(てんめい)を奉(ほう)じ、汝(なんじ)が残生(ざんせい=余命)を斬(き)らん』と。龍(りゅう)哀苦(あいく=哀しみ苦しむ)を聞(き)き、臣(しん)精神(せいしん)を抖(ふる)う。龍(りゅう)哀苦(あいく)を聞(き)きて、爪(つめ)を伏(ふ)し鱗(うろこ)を収(おさ)めて甘(あまん)じて死(し)を受(う)く;臣(しん)精神(せいしん)を抖(ふる)い、衣(ころも)を撩(まく)り進(すす)み歩(あゆ)んで霜鋒(そうほう=白刃)を挙(あ)ぐ。扢扠(こっさ=ずさり)一声(ひとこえ)刀(かたな)の過(よぎ)る処(ところ)、龍頭(りゅうとう)此(こ)れに因(よ)って虚空(こくう)に落(お)つ」と。  太宗(たいそう)言(げん)を聞(き)き、心(こころ)の中(うち)悲喜(ひき)一(ひと)つならず。喜(よろこ)ぶは、魏征(ぎちょう)の好臣(こうしん=良き臣)を夸(ほ)め奨(すす)め、朝(ちょう)中(ちゅう)に此(こ)の豪傑(ごうけつ)有(あ)れば、甚(なに)の江山(こうざん)の穏(やす)からざるを愁(うれ)えんや?悲(かなし)むは、夢(ゆめ)の中(うち)曾(かつ)て龍(りゅう)を救(すく)わんと許(ゆる)ししに、期(き)せず竟(つい)に誅(ちゅう)せらるるを致(いた)せり。只(た)だ強(し)いて精神(せいしん)を打(う)ち起(おこ)し、旨(し)を伝(つた)えて叔宝(しゅくほう)をして龍頭(りゅうとう)を市曹(しそう=市場)に懸(か)け挂(か)けしめ、長安(ちょうあん)の黎庶(れいしょ=民草)に暁諭(ぎょうゆ=告げ知ら)す。一壁廂(いっぺきしょう=一方)魏征(ぎちょう)を賞(しょう)し、衆官(しゅうかん)散(さん)じ訖(おわ)る。  当晩(そのばん)宮(きゅう)に回(かえ)り、心(こころ)の中(うち)只(た)だ是(こ)れ憂悶(ゆうもん=憂い悩み)、那(か)の夢中(むちゅう)の龍(りゅう)の、哭(な)き啼(な)きて哀(あわれ)に生(い)きんことを求(もと)めしを想(おも)うに、豈(あ)に知(し)らんや無常(むじょう=死)は、此(こ)の患(わずらい)を免(まぬが)れ難(がた)きを。思念(しねん=思い)ること多時(たじ=久しく)、漸(ようや)く神魂(しんこん=心身)の倦怠(けんたい=疲れだるき)を覚(おぼ)え、身体(しんたい)安(やす)んぜず。当夜(そのよ)二更(にこう)の時分(じぶん)に、只(た)だ宮門(きゅうもん)の外(そと)に号泣(ごうきゅう=泣き叫ぶ)の声(こえ)有(あ)るを聞(き)く、太宗(たいそう)愈(いよいよ)驚恐(きょうきょう=恐れ)す。正(まさ)に朦朧(もうろう=うつらうつら)と睡(ねむ)る間(あいだ)、又(また)那(か)の涇河(けいが)の龍王(りゅうおう)の、手(て)に一(ひと)つの血(ち)の淋(したた)る首級(しゅきゅう=首)を提(ひっさ)げ、高(たか)く叫(よ)ぶを見(み)る、「唐太宗(とうたいそう)!我(わ)が命(いのち)を還(かえ)せ!我(わ)が命(いのち)を還(かえ)せ!汝(なんじ)昨夜(さくや)満口(まんこう=口にいっぱい)に我(われ)を救(すく)わんと許諾(きょだく)せしに、怎(いか)んぞ天明(てんめい)の時(とき)反(かえっ)て人曹官(じんそうかん)を宣(せん)して来(きた)りて我(われ)を斬(き)らしむるか?汝(なんじ)出(い)で来(こ)よ!汝(なんじ)出(い)で来(こ)よ!我(われ)汝(なんじ)と閻君(えんくん=閻魔)の処(ところ)に到(いた)りて折弁(せつべん=言い争い)せん!」と。他(かれ)太宗(たいそう)を扯(ひ)き住(とど)め、再三(さいさん)嚷鬧(じょうどう=騒ぎ立て)て放(はな)たず。太宗(たいそう)口(くち)を箝(ふさ)がれて言(い)い難(がた)く、只(た)だ掙(あが)き得(て)汗(あせ)の体(たい)に流(なが)るるのみ。正(まさ)に那(か)の難分難解(なんぶんなんかい=もつれ合う)の時(とき)に在(あ)りしに、只(た)だ正南(せいなん=真南)の上(うえ)に香雲(こううん=香しき雲)の繚繞(りょうじょう=たなびき)、彩霧(さいむ=彩りの霧)の飄颻(ひょうよう=漂う)し、一(ひと)りの女真人(にょしんじん=女の真人)の前(まえ)に上(のぼ)り来(きた)り、楊柳枝(ようりゅうし=柳の枝)を手(て)を用(もち)いて一(ひと)たび擺(ふ)るを見(み)る、那(か)の首(くび)無(な)き龍(りゅう)、悲悲啼啼(ひひていてい=悲しげに泣き)、径(ただ)ちに西北(せいほく)に向(むか)いて去(ゆ)く。原来(もと)此(こ)れ是(こ)れ観音菩薩(かんのんぼさつ)、仏旨(ぶっし)を領(う)け、東土(とうど=東の地)に上(のぼ)り、取経(しゅきょう=経を取る)の人(ひと)を尋(たず)ね、此(ここ)に長安城(ちょうあんじょう)都土地廟(ととちびょう=土地神の廟)の裡(うち)に住(じゅう)し、夜(よる)鬼泣(ききゅう=鬼の泣き)神号(しんごう=神の叫び)を聞(き)き、特(こと)に来(きた)りて業龍(ごうりゅう)を喝退(かったい=叱り退け)、皇帝(こうてい)を救脱(きゅうだつ=救い出し)たり。那(か)の龍(りゅう)径(ただ)ちに陰司(いんし=冥府)地獄(じごく)に到(いた)りて具(つぶさ)に告(つ)ぐるは題(だい=述べること)せず。  却(さ)て説(つ)ぐ、太宗(たいそう)蘇(よみがえ)り回(かえ)り来(きた)り、只(た)だ「鬼(おに)有(あ)り!鬼(おに)有(あ)り!」と叫(よ)ぶ。慌(あわ)て得(て)那(か)の三宮(さんきゅう)皇后(こうごう)、六院(ろくいん)嬪妃(ひんひ)、近侍(きんじ)太監(たいかん=宦官)と、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として、一夜(ひとよ)眠(ねむ)り無(な)し。覚(おぼ)えず五更三点(ごこうさんてん=明け方)、那(か)の満朝(まんちょう)文武(ぶんぶ)多官(たかん=多くの官)は、都(みな)朝門(ちょうもん)の外(そと)に在(あ)りて朝(ちょう)を候(うかが)う。天明(てんめい)を等(ま)つも、猶(な)お朝(ちょう)に臨(のぞ)まざるを見(み)ず、唬(おど)し得(て)一箇一箇(いっこいっこ)驚懼(きょうく=恐れ)し踌躇(ちゅうちょ=ためらう)。日(ひ)の三竿(さんかん)に上(のぼ)るに及(およ)びて、方(まさ)に旨意(しい)の出(い)で来(きた)る有(あ)りて道(い)わく、「朕(ちん)心(こころ)快(こころよ)からず、衆官(しゅうかん)朝(ちょう)を免(めん)ず」と。覚(おぼ)えず倏(たちま)ち五七日(ごしちにち)、衆官(しゅうかん)憂惶(ゆうこう=憂え恐れ)、都(みな)正(まさ)に門(もん)を撞(つ)きて駕(が)に見(まみ)え安(やす)きを問(と)わんと要(よう)するに、只(た)だ太后(たいごう)の旨(し)有(あ)りて、医官(いかん)を召(め)して宮(きゅう)に入(い)り薬(くすり)を用(もち)いしむるを見(み)る。衆人(しゅうじん)朝門(ちょうもん)に在(あ)りて信(たより)を討(こ)うて等(ま)つ。少時(しばらく)して医官(いかん)出(い)で来(きた)る、衆(しゅう)何(なん)の疾(やまい)なるかを問(と)う。医官(いかん)道(い)わく、「皇上(こうじょう)の脈気(みゃくき=脈)正(ただ)しからず、虚(きょ)にして而(しか)も又(また)数(さく=頻数)、狂言(きょうげん=たわごと)に鬼(おに)を見(み)る;又(また)十動一代(じゅうどういちだい=脈が十打で一停止)と診(み)得(う)れば、五臓(ごぞう)に気(き)無(な)く、恐(おそ)らくは不諱(ふき=死)は只(た)だ七日(なのか)の内(うち)に在(あ)らんのみ」と。衆官(しゅうかん)言(げん)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)う。  正(まさ)に愴惶(そうこう=慌ただし)の間(あいだ)、又(また)太后(たいごう)の旨(し)有(あ)りて徐茂功(じょもこう)・護国公(ごこくこう)・尉遅公(いっちこう)を宣(せん)して駕(が)に見(まみ)えしむと聞(き)く。三公(さんこう)旨(し)を奉(ほう)じ、急(いそ)ぎ入(い)りて分宮楼(ぶんきゅうろう)の下(した)に到(いた)る。拝(はい)し畢(おわ)り、太宗(たいそう)色(いろ)を正(ただ)しくし強(し)いて言(い)って道(い)わく、「賢卿(けんけい)、寡人(かじん)十九歳(じゅうきゅうさい)に兵(へい)を領(りょう)し、南征北伐(なんせいほくばつ)、東擋西除(とうとうせいじょ=東を防ぎ西を除く)、苦(くる)しく数載(すうさい=幾年)を歴(へ)し、更(さら)に曾(かつ)て半点(はんてん)の邪祟(じゃすい=邪気)を見(み)ず、今日(こんにち)却(かえっ)て反(かえっ)て鬼(おに)を見(み)る!」と。尉遅公(いっちこう)道(い)わく、「江山(こうざん)を創立(そうりつ)し、人(ひと)を殺(ころ)すこと数(かず)無(な)し、何(なん)ぞ鬼(おに)を怕(おそ)れんや?」と。太宗(たいそう)道(い)わく、「卿(けい)は是(こ)れ信(しん)ぜず。朕(ちん)が此(こ)の寝宮(しんきゅう=寝室)の門(もん)の外(そと)、夜(よる)に入(い)れば便(すなわ)ち磚(かわら)を抛(な)げ瓦(かわら)を弄(もてあそ)び、鬼魅(きび=妖怪)の号(さけ)び呼(よ)ぶ、着然(ちゃくぜん=まことに)難処(なんしょ=始末に負え)なり。白日(はくじつ)は猶(な)お可(よ)し、昏夜(こんや=宵)は禁(とど)め難(がた)し」と。叔宝(しゅくほう)道(い)わく、「陛下(へいか)心(こころ)を寛(ひろ)くせよ、今晩(こんばん)臣(しん)敬徳(けいとく)と宮門(きゅうもん)を把(たも)り守(まも)らん、甚(なに)の鬼祟(きすい=妖怪)の有(あ)るかを看(み)ん」と。太宗(たいそう)奏(そう)を准(じゅん=許)す。茂功(もこう)恩(おん)を謝(しゃ)して出(い)づ。当日(そのひ)天(てん)晩(く)れ、各(おのおの)披掛(ひかけ=武具)を取(と)り、他(かれ)の両(ふた)り介冑(かいちゅう=甲冑)整(ととの)い、金瓜鉞斧(きんかえっぷ=金の瓜・鉞の斧)を執(と)り、宮門(きゅうもん)の外(そと)に在(あ)りて把(と)り守(まも)る。好(よ)き将軍(しょうぐん)なるかな!汝(なんじ)看(み)よ他(かれ)の怎(いか)に生(な)る打扮(だはん=身なり)なるかを、   頭(かしら)に戴(いただ)く金盔(きんかい=金の兜)光(ひかり)爍爍(しゃくしゃく=きらきら)   身(み)に披(き)る鎧甲(がいこう=鎧)龍鱗(りゅうりん=竜の鱗)   護心(ごしん)宝鏡(ほうきょう=心を護る鏡)祥雲(しょううん)を幌(ひるがえ)し   獅蛮(しまん=獅子と蛮の帯)収(おさ)め緊(かた)く扣(か)け、繍帯(しゅうたい=刺繍の帯)彩霞(さいか)新(あらた)なり   此(こ)の一箇(ひとり)は鳳眼(ほうがん)天(てん)に朝(むか)いて星斗(せいと=星々)怕(おそ)れ   那(か)の一箇(ひとり)は環睛(かんせい=丸き眼)電(いなずま)を映(えい)じて月光(げっこう)浮(うか)ぶ   他(かれ)本(もと)是(こ)れ英雄豪傑(えいゆうごうけつ)の旧勲臣(きゅうくんしん=古き功臣)なるも   只(た)だ落(お)ち得(て)千年(せんねん)戸尉(こい=門衛)と称(しょう)せられ、万古(ばんこ)門神(もんしん)と作(な)る  二将軍(にしょうぐん)門(もん)の旁(かたわら)に侍立(じりつ=控え立つ)、一夜(ひとよ)天(てん)晩(く)るるも、更(さら)に曾(かつ)て一点(いってん)の邪祟(じゃすい)を見(み)ず。是(こ)の夜(よる)、太宗(たいそう)宮(きゅう)に在(あ)りて、安(やす)んじ寝(ね)て事(こと)無(な)く、暁(あかつき)に来(きた)り二将軍(にしょうぐん)を宣(せん)し、重重(じゅうじゅう=手厚く)賞(しょう)い労(ねぎら)って道(い)わく、「朕(ちん)疾(やまい)を得(え)しより、数日(すうじつ)睡(ねむ)るを得(え)ざりしに、今夜(こんや)二将軍(にしょうぐん)の威勢(いせい=威風)に仗(よ)りて甚(はなは)だ安(やす)し。卿(けい)且(しばら)く出(い)でて安息(あんそく=休み)し安息(あんそく)せよ、晩間(ばんかん=夕刻)を待(ま)ちて再(ふたた)び一(ひとたび)護衛(ごえい)せよ」と。二将(にしょう)恩(おん)を謝(しゃ)して出(い)づ。遂(つい)に此(こ)の二三夜(にさんや)把(と)り守(まも)ること倶(みな)安(やす)し、只(た)だ是(こ)れ御膳(ぎょぜん=食事)減損(げんそん=減る)し、病(やまい)転(うたた)じて重(おも)きを覚(おぼ)ゆ。太宗(たいそう)又(また)二将(にしょう)の辛苦(しんく=労苦)に忍(しの)びず、又(また)叔宝(しゅくほう)・敬徳(けいとく)と杜(と)・房(ぼう)の諸公(しょこう=皆)を宣(せん)して宮(きゅう)に入(い)れ、吩咐(ふんふ)して道(い)わく、「此(こ)の両日(りょうにち)朕(ちん)安(やす)きを得(う)ると雖(いえど)も、却(かえっ)て只(た)だ秦(しん)・胡(こ)の二将軍(にしょうぐん)の徹夜(てつや)の辛苦(しんく)を難(なん)とするのみ。朕(ちん)巧手(こうしゅ=巧みな手)の丹青(たんせい=絵師)を召(め)し、二将軍(にしょうぐん)の真容(しんよう=肖像)を伝(うつ)し写(うつ)させ、門(もん)の上(うえ)に貼(は)り、他(かれ)を労(ろう)するを免(まぬが)れしめんと欲(ほっ)す、如何(いかん)?」と。衆臣(しゅうしん)即(すなわ)ち旨(し)に依(よ)り、両(ふた)りの真(しん=肖像)を写(うつ)す会(あ)う者(もの)を選(えら)び、胡(こ)・秦(しん)の二公(にこう)をして前(さき)の如(ごと)く披掛(ひかけ)せしめ、照様(しょうよう=その通り)に画(えが)き了(おわ)り、門(もん)の上(うえ)に貼(は)るに、夜間(やかん)も亦(ま)た即(すなわ)ち事(こと)無(な)し。  此(か)くの如(ごと)く二三日(にさんにち)、又(また)後宰門(こうさいもん=裏門)に乒乒乓乓(ひんぴんぽんぽん=ばたばた)と磚瓦(せんが=煉瓦と瓦)の乱(みだ)れ響(ひび)くを聞(き)く。暁(あかつき)に来(きた)り急(いそ)ぎ衆臣(しゅうしん)を宣(せん)して曰(い)わく、「連日(れんじつ)前門(ぜんもん)は幸(さいわ)いに事(こと)無(な)きも、今夜(こんや)後門(こうもん)又(また)響(ひび)く、却(かえっ)て又(また)寡人(かじん)を驚(おどろ)かし殺(ころ)さんとするか!」と。茂功(もこう)進(すす)み前(まえ)に奏(そう)して道(い)わく、「前門(ぜんもん)の安(やす)からざるは、敬徳(けいとく)・叔宝(しゅくほう)の護衛(ごえい)するなり;後門(こうもん)の安(やす)からざるは、当(まさ)に魏征(ぎちょう)をして護衛(ごえい)せしむ可(べ)し」と。太宗(たいそう)奏(そう)を准(じゅん)じ、又(また)魏征(ぎちょう)を宣(せん)して今夜(こんや)後門(こうもん)を把(と)り守(まも)らしむ。征(ちょう)旨(し)を領(う)け、当夜(そのよ)結束(けっそく=身支度)整(ととの)い、那(か)の龍(りゅう)を誅(ちゅう)せし宝剣(ほうけん)を提(ひっさ)げ、後宰門(こうさいもん)の前(まえ)に侍立(じりつ)す、真(まこと)に箇(こ)の好(よ)き英雄(えいゆう)なる哉(かな)!他(かれ)怎(いか)に生(な)る打扮(だはん)なるか、   熟絹(じゅくけん=練り絹)の青巾(せいきん)抹額(まつがく=額当て)   錦袍(きんぽう=錦の袍)玉帯(ぎょくたい)腰(こし)に垂(た)れ   兜風(とうふう=風を兜う)氅袖(しょうしゅう=広袖)采霜(さいそう=霜の色)飄(ひるがえ)り   圧(あ)っして壘荼(るいと=茶の神)の神貌(しんぼう=神の姿)に賽(まさ)る   烏靴(うか=黒き靴)を脚(あし)に踏(ふ)み坐折(ざせつ=折り曲げ)し   利刃(りじん=鋭き刃)を手(て)に持(た)ち凶驍(きょうぎょう=猛々し)   両眼(りょうがん)を円(まる)く睜(ひら)きて四辺(しへん=あたり)を瞧(み)る   那(いず)れの邪神(じゃしん)か敢(あえ)て到(いた)らんや  一夜(ひとよ)通明(つうめい=明け方まで)、亦(ま)た鬼魅(きび)無(な)し。前後(ぜんご)の門(もん)に事(こと)無(な)しと雖(いえど)も、只(た)だ是(こ)れ身体(しんたい)漸(ようや)く重(おも)し。一日(あるひ)、太后(たいごう)又(また)旨(し)を伝(つた)え、衆臣(しゅうしん)を召(め)して殯殮(ひんれん=葬儀)の後事(こうじ)を商議(しょうぎ=相談)す。太宗(たいそう)又(また)徐茂功(じょもこう)を宣(せん)し、国家(こっか)の大事(だいじ)を吩咐(ふんふ)し、劉蜀主(りゅうしょくしゅ=劉備)の孤(こ)を托(たく)するの意(い)に仿(なら)うを叮囑(ていしょく=念押し)す。言(げん)畢(おわ)り、沐浴(もくよく)し更衣(こうい=着替え)し、時(とき)を待(ま)つのみ。旁(かたわ)らより魏征(ぎちょう)閃(ひらめ)き出(い)で、手(て)に龍衣(りゅうい=天子の衣)を扯(ひ)き、奏(そう)して道(い)わく、「陛下(へいか)心(こころ)を寛(ひろ)くせよ、臣(しん)一事(いちじ)有(あ)り、管(きっと)陛下(へいか)の長生(ちょうせい=長生き)を保(たも)たん」と。太宗(たいそう)道(い)わく、「病勢(びょうせい)已(すで)に膏肓(こうこう=病の極み)に入(い)り、命(いのち)将(まさ)に危(あや)うからんとす、如何(いか)んぞ保(たも)ち得(う)るか?」と。魏征(ぎちょう)云(い)わく、「臣(しん)書(ふみ)一封(ひとふう)有(あ)り、陛下(へいか)に進(しん=献)じ、冥司(めいし=冥府)に捎(つた)え去(ゆ)き、酆都(ほうと)判官(はんがん)崔珏(さいかく)に付(ふ)せよ」と。太宗(たいそう)道(い)わく、「崔珏(さいかく)は是(こ)れ誰(たれ)なるか?」と。魏征(ぎちょう)云(い)わく、「崔珏(さいかく)は乃(すなわ)ち是(こ)れ太上先皇帝(たいじょうせんこうてい=先の帝)駕前(がぜん)の臣(しん)、先(ま)ず茲州令(じしゅうれい=茲州の長官)を受(う)け、後(のち)礼部侍郎(れいぶじろう)に升(のぼ)る。在日(ざいじつ=生前)臣(しん)と八拝(はっぱい=義兄弟の契り)して交(まじわ)りを為(な)し、相知(あいし)ること甚(はなは)だ厚(あつ)し。他(かれ)如今(いま)已(すで)に死(し)し、現(げん)に陰司(いんし)に在(あ)りて生死(しょうし)の文簿(ぶんぼ=帳簿)を掌(つかさど)る酆都(ほうと)判官(はんがん)と作(な)り、夢中(むちゅう)常(つね)に臣(しん)と相会(しょうかい)す。此(こ)の去(ゆ)くに若(も)し此(こ)の書(ふみ)を将(も)ちて他(かれ)に付(ふ)せば、他(かれ)微臣(びしん)の薄分(はくぶん=薄き縁)を念(おも)い、必(かなら)ず陛下(へいか)を放(はな)ちて回(かえ)り来(きた)らしめん。管(きっと)魂魄(こんぱく)をして陽世(ようせい=現世)に還(かえ)らしめ、定(かなら)ず龍顔(りゅうがん=天子の顔)を取(と)りて帝都(ていと)に転(てん)ぜしめん」と。太宗(たいそう)言(げん)を聞(き)き、接(う)けて手(て)の中(なか)に在(あ)り、袖(そで)の裡(うち)に籠(こ)め入(い)れ、遂(つい)に目(め)を瞑(つぶ)りて亡(ほろ)ぶ。那(か)の三宮六院(さんきゅうろくいん)・皇后(こうごう)嬪妃(ひんひ)・侍長(じちょう)儲君(ちょくん=皇太子)及(および)両班(りょうはん)文武(ぶんぶ)、俱(みな)哀(あい)を挙(あ)げ孝(こう)を戴(いただ)き、又(また)白虎殿(びゃっこでん)の上(うえ)に在(あ)りて、梓宮(しきゅう=棺)を停(とど)め置(お)くは題(だい)せず。  畢竟(ひっきょう=結局)太宗(たいそう)の如何(いかん)にして還魂(げんこん)するかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第十一回 地府(ちふ)に遊(あそ)びて太宗(たいそう)還魂(かんこん)し 瓜果(かか)を進(すす)めて劉全(りゅうぜん)続配(ぞくはい)す 詩(し)に曰く、 百歳(ひゃくさい)の光陰(こういん)は水(みず)の流(なが)るるが似(ごと)し、 一生(いっしょう)の事業(じぎょう)は浮漚(ふこう=水泡)に等(ひと)し。 昨朝(さくちょう)は面(おもて)の上(うえ)に桃花(とうか)の色(いろ)、 今日(こんにち)は頭(かしら)の辺(ほとり)に雪片(せっぺん)浮(う)かぶ。 白蟻(はくぎ)の陣(じん)残(のこ)りて方(はじ)めてこれ幻(まぼろし)、 子規(しき)の声(こえ)切(せつ)にして頭(こうべ)を回(めぐ)らさんとす。 古来(こらい)陰騭(いんしつ)は能(よ)く寿(じゅ)を延(の)べし、 善(ぜん)は憐(あわ)れみを求(もと)めずして天(てん)自(おの)ずから周(あまね)し。 と。 話(かたり)に表(あらわ)す、かの太宗(たいそう)、渺渺茫茫(びょうびょうぼうぼう=茫漠として果てなきさま)として、魂霊(こんれい=霊魂)径(ただ)ちに五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)を出(い)づ。ただ見れば、かの御林軍馬(ごりんぐんば)、大駕(たいが)を請(しょう)じて朝(ちょう)を出(い)で、采猟(さいりょう=狩り)に赴(おもむ)かんとす。太宗(たいそう)、欣然(きんぜん)としてこれに従(したが)い、縹緲(ひょうびょう=かすか)として去(さ)る。行(ゆ)くこと多時(たじ)にして、人馬(じんば)俱(とも)に無(な)し。独(ひと)り箇(ひとり)のみ、荒郊(こうこう)・草野(そうや)の間(あいだ)に散歩(さんぽ)す。正(まさ)に驚惶(きょうこう)して道路(どうろ)を尋(たず)ね難(がた)きに、ただ見よ、かの一辺(いっぺん=彼方)に、一人(ひとり)有りて声を高(たか)うし大(おお)いに叫(さけ)んで曰く、「大唐(だいとう)の皇帝(こうてい)、此処(ここ)へ来(きた)れ!此処(ここ)へ来(きた)れ!」と。太宗(たいそう)、言(げん)を聞(き)きて頭(こうべ)を挙(あ)げ観(み)れば、ただ見よ、かの人(ひと): 頭(かしら)に烏紗(うしゃ)を頂(いただ)き、腰(こし)に犀角(さいかく)を囲(めぐ)らす。 頭に烏紗(うしゃ)を頂(いただ)きて軟帯(なんたい)飄(ひるがえ)り、 腰に犀角(さいかく)を囲(めぐ)らして金廂(きんしょう)顕(あら)わる。 手(て)に牙笏(がこつ)を擎(ささ)げて祥靄(しょうあい=瑞雲)凝(こ)り、 身(み)に羅袍(らほう)を着(つ)けて瑞光(ずいこう=瑞の光)隠(かく)る。 脚(あし)に一双(いっそう)の粉底靴(ふんていか)を踏(ふ)み、雲(くも)に登(のぼ)り霧(きり)を促(うなが)し、 懐(ふところ)に一本(いっぽん)の生死簿(せいしぼ)を揣(いだ)き、存亡(そんぼう)を注定(ちゅうじょう)。 鬢髪(びんぱつ=鬢の髪)蓬松(ほうしょう=乱れ蓬)として耳(みみ)の上(うえ)に飄(ひるがえ)り、 胡鬚(こしゅ=髭)飛舞(ひぶ)して腮(あご)の旁(かたわら)を繞(めぐ)る。 昔日(せきじつ=むかし)は曾(かつ)て唐国(とうこく)の相(しょう=宰相)たりしも、 如今(にょこん=いま)は案(あん)を掌(つかさど)りて閻王(えんおう)に侍(じ)す。 太宗(たいそう)、彼方(かなた)に行(ゆ)き到(いた)れば、ただ見よ、かれ路傍(ろぼう)に跪拝(きはい)して、口(くち)に「陛下(へいか)、臣(しん)が失誤(しつご=手違い)遠迎(えんげい)の罪(つみ)を赦(ゆる)されよ!」と称(しょう)す。太宗(たいそう)問(と)うて曰く、「汝(なんじ)はこれ何人(なんぴと)ぞ。何(なん)の事(こと)に因(よ)りて前(まえ)に来(きた)り接拝(せっぱい)するや」と。かの人(ひと)曰く、「微臣(びしん=拙者)は半月前(はんげつまえ)に、森羅殿(しんらでん)の上(うえ)に在(あ)りて、涇河(けいが)の鬼龍(きりゅう)の、陛下(へいか)の許救(きょきゅう)反誅(はんちゅう)の故(ゆえ)を告(つ)ぐるを見(み)たり。第一殿(だいいちでん)の秦広大王(しんこうだいおう)、即(すなわ)ち鬼使(きし)を差(さ)し向(む)けて陛下(へいか)を催請(さいせい)し、三曹(さんそう=天・地・人の三つの官署)の対案(たいあん)を要(よう)す。臣(しん)は既にこれを知(し)れり、故(ゆえ)に此間(ここ)に来(きた)りて候接(こうせつ)。期(き)せざりき、今日来(きた)ること遅(おそ)きとは。願(ねが)わくは乞(こ)う、罪(つみ)を恕(ゆる)されよ、罪(つみ)を恕(ゆる)されよ」と。太宗(たいそう)曰く、「汝(なんじ)が姓(せい)は甚(なん)と名(な)づけ、誰(たれ)ぞ。これ何(なん)の官職(かんしょく)ぞ」と。かの人(ひと)曰く、「微臣(びしん)の存日(ぞんじつ)には、陽曹(ようそう=この世)に在(あ)りて先君(せんくん=先の君)の駕前(がぜん=御前)に侍(じ)し、茲州(じしゅう)の令(れい=長官)と為(な)り、後(のち)に礼部侍郎(れいぶじろう)を拝(はい=拝命)せられき。姓(せい)は崔(さい)、名(な)は珏(かく)。今(いま)陰司(いんし=冥府)に在(あ)りて、酆都(ほうと)の掌案判官(しょうあんはんがん=書類を掌る判官)を受(う)けたり」と。太宗(たいそう)大いに喜(よろこ)び、即(すなわ)ち近(ちか)づき御手(おんて=帝の手)を以(もっ)て忙(いそ)ぎて攙(たす)け起(おこ)して曰く、「先生(せんせい)、遠労(えんろう)なり。朕(ちん)が駕前(がぜん)の魏徴(ぎちょう)に、書(ふみ)一封(いっぷう)有り、正(まさ)に先生(せんせい)に寄(よ)せんとせしに、却(かえっ)て好(よ)く相(あい)遇(あ)えり」と。判官(はんがん)、恩(おん)を謝(しゃ)して、書(ふみ)の何処(いずく)に在(あ)るやを問(と)う。太宗(たいそう)即(すなわ)ち袖中(しゅうちゅう=袖の中)より取(と)り出(いだ)して渡(わた)し与(あた)う。崔珏(さいかく)、拝(はい)して接(う)け了(おわ)り、封(ふう)を拆(ひら)きて看(み)る。其(そ)の書(ふみ)に曰く: 「辱(かたじけな)き愛弟(あいでい)魏徴(ぎちょう)、頓首(とんしゅ)し書(しょ)を拝(はい)して、大都案(だいとあん)契兄(けいけい)崔老先生(さいろうせんせい)の台下(たいか=尊前)に奉(ほう)ず: 憶(おも)えば昔(むかし)の交遊(こうゆう=交わり)、音容(おんよう=声と姿)なお在(あ)るが如(ごと)し。 倏爾(しゅくじ)として数載(すうさい=幾年)、清教(せいきょう)を聞(き)かず。 常(つね)にただこれ節令(せつれい=節句)に遇(あ)う毎(ごと)に蔬品(そひん)を設(もう)けて祭(まつ)りを奉(ほう)ずるのみ、未(いま)だ享(う)くるや否(いな)やを卜(ぼく)せず。 また棄(す)てられざるを承(う)け、夢中(むちゅう)に臨示(りんじ)ありて、始(はじ)めて我(わ)が兄長(けいちょう)大人(たいじん)の高遷(こうせん=栄転)を知(し)れり。 奈何(いかん)せん、陰陽(いんよう=冥と現)両(ふたつ)ながら隔(へだ)たり、天各(おのおの)一方(いっぽう)、面覿(めんてき)すること能(あた)わず。 今我(わ)が太宗文皇帝(たいそうぶんこうてい)の倏然(しゅくぜん=にわか)として故(ゆえ)ありしに因(よ)り、料(はか)るにこれ三曹(さんそう)に対案(たいあん)し、必然(ひつぜん)ず兄長(けいちょう)と相(あい)会(かい)するを得(う)べし。 万(よろず)祈(いの)らくは生日(せいじつ)の交情(こうじょう)を俯念(ふねん)し、方便(ほうべん=便宜)一二(いちに)を図(はか)り、我(わ)が陛下(へいか)をして陽(よう=この世)に回(かえ)らしめ給(たま)わば、殊(こと)に愛(め)でたきかな。 容(ゆる)して再(ふたた)び修謝(しゅうしゃ)せん。不尽(ふじん)。」 と。 かの判官(はんがん)、書(ふみ)を看(み)て了(おわ)り、満心(まんしん)歓喜(かんき)して曰く、「人曹官魏徴(じんそうかんぎちょう=人間界の役人たる魏徴)の、前日(ぜんじつ)夢中(むちゅう)に老龍(ろうりゅう)を斬(き)りし一事(いちじ)は、臣既に早(はや)くこれを知(し)り、甚(はなは)だこれ誇奬(こしょう)して尽(つ)きざるところなり。またかれが早晚(ちょうばん)臣が子孫(しそん)を看顧(かんこ=顧みる)するを蒙(こうむ)れり。今日既(すで)に書(ふみ)の来(きた)る有れば、陛下(へいか)は心(こころ)を寛(くつろ)げさせられよ、微臣(びしん)は管(かなら)ず陛下(へいか)を送(おく)りて陽(よう)に還(かえ)し、重(かさ)ねて玉闕(ぎょっけつ)に登(のぼ)らしめん」と。太宗(たいそう)、称謝(しょうしゃ)し了(おわ)る。 二人(ふたり)正(まさ)に説(と)き語(かた)る間に、ただ見よ、かの彼方(かなた)に一対(いっつい)の青衣童子(せいいどうじ)有り、幢幡(どうばん=幢と幡)・宝蓋(ほうがい)を執(と)り、高(たか)く叫んで曰く、「閻王(えんおう)の請(しょう)あり、請(しょう)あり」と。太宗(たいそう)遂(つい)に崔判官(さいはんがん)と並(なら)びて二童子(どうじ)と共(とも)に歩(あゆみ)を挙げて前進(ぜんしん)す。忽(たちま)ち一座(ひとつ)の城(しろ)を見(み)る、城門(じょうもん)の上(うえ)に一面(いちめん)の大牌(だいはい)を掛(か)け、上(うえ)に「幽冥地府鬼門関(ゆうめいちふきもんかん)」の七箇(ななつ)の大金字(だいきんじ)を写(うつ)せり。かの青衣(せいい)、幢幡(どうばん)をもって揺(ゆ)り動(うご)かし、太宗(たいそう)を引(ひ)きて径(ただ)ちに城中(じょうちゅう)に入(い)らしめ、街(まち)に順(したが)いて走(はし)る。ただ見よ、かの街(まち)の旁(かたわら)に先主李淵(せんしゅりえん)・先兄建成(せんけいけんせい)・故弟元吉(こていげんきつ)有りて、上(すす)み前(まえ)に出(い)でて曰く、「世民(せいみん)来(きた)れり!世民(せいみん)来(きた)れり!」と。かの建成(けんせい)・元吉(げんきつ)は即(すなわ)ち来(きた)りて揪(ひっつか)み打(う)ちて命(いのち)を索(もと)む。太宗(たいそう)、避(さ)けんと欲(ほっ)するも及(およ)ばず、かれに扯(ひ)き住(とど)めらる。幸(さいわ)いに崔判官(さいはんがん)の、一(ひとり)の青面獠牙(せいめんろうが=青い顔に牙むき出し)の鬼使(きし)を喚(よ)び、建成(けんせい)・元吉(げんきつ)を喝退(かったい)せしむる有りて、太宗(たいそう)方(はじ)めて身(み)を脱(のが)れて去(さ)るを得(え)たり。行(ゆ)くこと数里(すうり)ならずして、一座(ひとつ)の碧瓦楼台(へきがろうだい)を見(み)る、真箇(まこと)に壮麗(そうれい)たり。但(た)だ見よ: 飄飄(ひょうひょう)として万迭(ばんじょう)彩霞(さいか)堆(つみ)かさなり、 隠隠(いんいん)として千条(せんじょう=千筋)紅霧(こうむ=赤い霧)現(あら)わる。 耿耿(こうこう)として檐(のき)は獣頭(じゅうとう=獣の頭)を飛(とば)し、 輝輝(きき)として瓦(かわら)は鴛鴦片(えんおうへん)を迭(かさ)ぬ。 門(もん)には幾路(いくすじ)かの赤金釘(せっきんてい)を鑽(うが)ち、 檻(てすり)には一横(ひとよこ)の白玉段(はくぎょくだん)を設(もう)く。 窗牖(そうゆう=窓)は光(ひかり)に近(ちか)づきて暁烟(ぎょうえん=朝もや)を放(はな)ち、 簾櫳(れんろう=すだれ)は幌亮(こうりょう)きて紅電(こうでん=赤い光)を穿(うが)つ。 楼台(ろうだい)高く聳(そび)えて青霄(せいしょう=青空)に接(せっ)し、 廊廡(ろうぶ=廊下)平(たい)らかに排(なら)びて宝院(ほういん=宝の院)に連(つら)なる。 獣鼎(じゅうてい)の香雲(こううん)は御衣(ぎょい=帝の衣)を襲(おそ)い、 絳紗(こうしゃ=紅の紗)の灯火(とうか)は宮扇(きゅうせん)を明(てら)す。 左辺(さへん)には猛烈(もうれつ)として牛頭(ごず)を擺(なら)べ、 右下(みぎした)には崢嶸(そうこう)として馬面(めず)を羅(つら)ぬ。 亡(ぼう)を接(むか)え鬼(おに)を送(おく)りて金牌(きんぱい=金の札)を転(めぐ)らし、 魄(たま)を引(ひ)き魂(たましい)を招(まね)いて素練(それん=白き絹)を垂(た)る。 喚(よ)んで陰司(いんし)総会門(そうかいもん=すべての集まる門)と作(な)し、 下方(かほう=下界)の閻老(えんろう=閻魔)の森羅殿(しんらでん)なり。 太宗(たいそう)正(まさ)に外面(がいめん=外の方)に在(あ)りて観(み)る処(ところ)に、ただ見よ、かの壁廂(へきしょう)に環珮(かんぱい)叮当(ていとう)、仙香(せんこう)奇異(きい)として、外(そと)に両対(りょうつい)の提燭(ていしょく)有り、後面(うしろ)には却(かえっ)てこれ十代閻王(じゅうだいえんおう=十代の冥王)の階(きざはし)を降(くだ)りて至(いた)るなり。かの十王(じゅうおう)はこれ秦広王(しんこうおう)・初江王(しょこうおう)・宋帝王(そうていおう)・仵官王(ごかんおう)・閻羅王(えんらおう)・平等王(びょうどうおう)・泰山王(たいざんおう)・都市王(としおう)・卞城王(べんじょうおう)・転輪王(てんりんおう)なり。十王(じゅうおう)、森羅宝殿(しんらほうでん)に出(い)で在(あ)りて、控背(こうはい)躬身(きゅうしん)、太宗(たいそう)を迎迓(げいが=迎える)す。太宗(たいそう)謙下(けんか)り、敢(あえ)て前(すす)み行(ゆ)かず。十王(じゅうおう)曰く、「陛下(へいか)はこれ陽間(ようかん=この世)の人王(にんのう=人の王)、我(われ)らはこれ陰間(いんかん=冥土)の鬼王(きおう=鬼の王)、分(ぶん)の当(あた)りて然(しか)る所(ところ)、何(なん)ぞ過(す)ぎて譲(ゆず)るを須(もち)いんや」と。太宗(たいそう)曰く、「朕(ちん)は麾下(きか)に罪を得(え)たり、豈(あ)に敢(あえ)て陰陽(いんよう)人鬼(じんき)の道(みち)を論(ろん)ぜんや」と。これを遜(ゆず)ること已(や)まず。太宗(たいそう)前(すす)みて行(ゆ)き、径(ただ)ちに森羅殿の上(うえ)に入(い)り、十王(じゅうおう)と礼(れい)を畢(おわ)り、賓主(ひんしゅ)を分(わか)ちて坐(ざ)し定(さだ)まる。 約(およ)そ片時(へんじ)有りて、秦広王(しんこうおう)手(て)を拱(こまね)きて進(すす)み言(げん)して曰く、「涇河(けいが)の鬼龍(きりゅう)、陛下(へいか)の救(すく)いを許(ゆる)しながら反(かえ)ってこれを殺(ころ)せしことを告(つ)ぐ、何(なん)ぞや」と。太宗(たいそう)曰く、「朕(ちん)は曾(かつ)て夜(よる)夢(ゆめ)に老龍(ろうりゅう)の救(すくい)を求(もと)むるに遇(あ)い、実(じつ)にこれかれに事(こと)無(な)からんことを允(ゆる)したり。期(き)せざりき、かれが罪を犯(おか)して刑(けい)に当(あた)り、我(わ)がかの人曹官魏徴(じんそうかんぎちょう)の処斬(しょざん=斬る)すべきに該(あた)れるを。朕(ちん)は魏徴(ぎちょう)を殿(でん)に宣(せん)して棋(ご)を着(う)たしむるも、かれが一夢(いちむ)にして斬(き)りしを知(し)らざりき。これかの人曹官(じんそうかん)の神機(しんき)を出没(しゅつぼつ=めぐら)せしなり、またこれかの龍王(りゅうおう)の罪を犯(おか)して死(し)に当(あた)れるなり、豈(あ)にこれ朕(ちん)が過(あやまち)ならんや」と。十王(じゅうおう)言(げん)を聞(き)き、伏礼(ふくれい)て曰く、「かの龍(りゅう)の未(いま)だ生(うま)れざる前(さき)より、南斗星(なんとせい)の死簿(しぼ)の上(うえ)に既に、人曹(じんそう)の手に遭(あ)い殺(ころ)さるべく注定(ちゅうじょう=定め記)されたり、我(われ)ら早(はや)く既にこれを知(し)れり。但(た)だただこれかれ此処(ここ)に在(あ)りて折弁(せつべん)、定(かなら)ず陛下(へいか)の此処に来(きた)るを要(よう)し、三曹(さんそう)対案(たいあん)せんとす。これ我(われ)らかれを輪蔵(りんぞう)に送(おく)り入れ、転生(てんしょう)して去(さ)らしめたり。今また陛下降臨(へいかこうりん)の労(ろう)有り、願(ねが)わくは乞(こ)う、我(われ)が催促(さいそく)の罪を恕(ゆる)されよ」と。 言(げん)畢(おわ)り、生死簿(せいしぼ)を掌(つかさど)る判官(はんがん)に命(めい)じて曰く、「急(いそ)ぎ簿子(ぼし=帳簿)を取(と)り来(きた)り、陛下(へいか)の陽寿(ようじゅ)・天禄(てんろく=天の禄)の該(あ)たる幾何(いくばく)なるかを看(み)よ」と。崔判官(さいはんがん)急(いそ)ぎ司房(しぼう)に転(うつ)り、天下万国(てんかばんこく)の国王(こくおう)の天禄総簿(てんろくそうぼ)をもって、先(ま)ず逐一(ちくいち)検閲(けんえつ)す。ただ見よ、南贍部洲(なんせんぶしゅう)大唐(だいとう)太宗皇帝(たいそうこうてい)の、貞観(じょうかん)一十三年(じゅうさんねん)と注定(ちゅうじょう)せるを。崔判官(さいはんがん)一驚(いっきょう)を吃(きっ)し、急ぎ濃墨(のうぼく)の大筆(だいひつ)を取り、「一(いち)」の字(じ)の上(うえ)に両画(りょうかく=二画)を添(そ)え、却(かえっ)て簿子(ぼし)をもって呈上(ていじょう)す。十王(じゅうおう)頭より一(ひと)とおり看(み)るに、太宗(たいそう)の名下(みょうか=名の下)に三十三年(さんじゅうさんねん)と注定(ちゅうじょう)せるを見(み)る。閻王(えんおう)驚(おどろ)き問(と)う、「陛下(へいか)の登基(とうき=即位)より幾(いく)年(とし)なりや」と。太宗(たいそう)曰く、「朕(ちん)位(くらい)に即(つ)きて、今一十三年(じゅうさんねん)なり」と。閻王曰く、「陛下(へいか)は心(こころ)を寛(くつろ)げ慮(おもんばか)る勿(な)かれ、なお二十年(にじゅうねん)の陽寿(ようじゅ)有り。この一(ひとたび)来(きた)れるは既に対案(たいあん)明白(めいはく)なり、請(こ)う、本(もと)に返(かえ)り陽(よう)に還(かえ)られよ」と。太宗(たいそう)言を聞き、躬身(きゅうしん)して称謝(しょうしゃ)す。十閻王(じゅうえんおう)、崔判官・朱太尉(しゅたいい)の二人(ふたり)を差(さ)し、太宗(たいそう)を送(おく)りて還魂(かんこん)せしむ。太宗(たいそう)、森羅殿を出(い)ずるに、また手を起して十王に問うて曰く、「朕(ちん)が宮中(きゅうちゅう)の老少(ろうしょう)は安否(あんぴ)如何(いかん)」と。十王曰く、「俱(とも)に安(やす)し。但(た)だ恐(おそ)らくは御妹(ぎょまい=帝の妹)、寿(じゅ)は永(なが)からざるに似(に)たり」と。太宗また再拝(さいはい)して啓謝(けいしゃ)、「朕(ちん)陽世(ようせ=この世)に回(かえ)らば、物(もの)の酬謝(しゅうしゃ)すべき無(な)し、惟(た)だ瓜果(かか)を答(こた)うるのみ」と。十王喜んで曰く、「我(わ)が処(ところ)に頗(すこぶ)る東瓜(とうか=冬瓜)・西瓜(せいか=すいか)有れど、ただ南瓜(なんか)を少(すくな)しとす」と。太宗曰く、「朕(ちん)回(かえ)り去(さ)れば即(すなわ)ち送(おく)り来(きた)らん、即(すなわ)ち送り来(きた)らん」と。此処より遂(つい)に相(あい)揖(ゆう)して別(わか)る。 かの太尉(たいい)一首(いっしゅ)の引魂幡(いんこんばん)を執り、前(まえ)に在(あ)りて路(みち)を引く。崔判官後(うしろ)に従(したが)いて太宗を保(ほ=守)し、径(ただ)ちに幽司(ゆうし=冥府)を出(い)づ。太宗目(め)を挙げて看(み)るに、旧路(きゅうろ)ならず、判官(はんがん)に問うて曰く、「この路(みち)は差(たが)えりや」と。判官(はんがん)曰く、「差(たが)えず。陰司(いんし)の裡(うち)はこの般(ごと)く、去(ゆ)く路有りて、来る路無(な)し。如今(にょこん=いま)陛下(へいか)を送りて『転輪蔵(てんりんぞう)』より出身(しゅっしん)せしむ、一(ひとつ)には請(こ)うて陛下(へいか)に地府(ちふ)を游観(ゆうかん=巡り見)せしめ、一(ひとつ)には陛下(へいか)をして転託(てんたく)超生(ちょうしょう)せしめんと教(おし)うればなり」と。太宗ただかれ両箇(ふたり)の、路を引きて前(まえ)に来るに随(したが)うを得(う)。 径(ただ)ちに数里(すうり)を行(ゆ)き、忽(たちま)ち一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る、陰雲(いんうん)地(ち)に垂(た)れ、黒霧(こくむ)空(そら)を迷(まよ)わす。太宗曰く、「崔先生(さいせんせい)、かの廂(ほとり)はこれ什(なん)の山(やま)ぞ」と。判官(はんがん)曰く、「乃(すなわ)ち幽冥背陰山(ゆうめいはいいんざん=冥界の日の当たらぬ山)なり」と。太宗悚懼(しょうく)て曰く、「朕(ちん)如何(いか)にか去くを得(う)べき」と。判官(はんがん)曰く、「陛下は心(こころ)を寛げよ、臣等(しんら)の引率(いんそつ)有り」と。太宗戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき恐れ)として、二人(ふたり)に相(あい)随(したが)い、山岩(さんがん=岩山)の上に得(た)り登り、頭を挙げて観(み)る。ただ見よ: 形(かたち)多(おお)く凸凹(とつおう)、 勢(いきおい)更(さら)に崎嶇(きく=けわし)。 峻(けわ)しきこと蜀嶺(しょくれい=蜀の嶺)の如(ごと)く、 高きこと廬岩(ろがん)に似(に)たり。 陽世(ようせ)の名山(めいざん)に非(あら)ず、 実(じつ)に陰司(いんし)の険地(けんち)なり。 荊棘(けいきょく=いばら)叢叢(そうそう)て鬼怪(きかい)を蔵(かく)し、 石崖(せきがい=岩がけ)磷磷(りんりん)として邪魔(じゃま)を隠(かく)す。 耳畔(じばん)には獣鳥(じゅうちょう)の噪(さわ)ぐを聞かず、 眼前(がんぜん)には惟(た)だ鬼妖(きよう=鬼と妖)の行くを見(み)る。 陰風(いんぷう)颯颯(さつさつ)たり、黒霧(こくむ)漫漫(まんまん)たり。 陰風(いんぷう)颯颯(さつさつ)たるは、これ神兵(しんぺい)の口内(こうない)より哨(ふ)き来る烟(けむり)なり、 黒霧漫漫(まんまん)たるは、これ鬼祟(きすい)の暗中(あんちゅう)に噴(ふ)き出(いだ)す気(いき)なり。 一望(いちぼう)高低(こうてい)景色(けいしょく)無(な)く、 相(あい)看(み)る左右(さゆう)尽く猖亡(しょうぼう)。 彼処(そこ)には山もまた有り、峰(みね)もまた有り、嶺(みね)もまた有り、洞(ほら)もまた有り、澗(たに)もまた有るも、 ただこれ山は草(くさ)を生(しょう)ぜず、峰(みね)は天に插(さ)さず、嶺(みね)は客(かく)を行かしめず、洞(ほら)は雲を納(い)れず、澗(たに)は水(みず)を流(なが)さず。 岸前(がんぜん=岸の前)皆(みな)魍魎(もうりょう=山の精)、 嶺下(れいか=嶺の下)尽く神魔(しんま=神と魔)。 洞中(どうちゅう)には野鬼(やき)を収(おさ)め、 澗底(かんてい=谷底)には邪魂(じゃこん)を隠(かく)す。 山前山後(さんぜんさんご)、牛頭(ごず)・馬面(めず)乱(みだ)れて喧呼(けんこ)、 半掩半蔵(はんえんはんぞう=半ば隠れ半ば潜み)、餓鬼(がき)・窮魂(きゅうこん)時(とき)に対(むか)いて泣(な)く。 催命(さいめい)の判官(はんがん)、急急忙忙(きゅうきゅうぼうぼう)として信票(しんぴょう=召喚状)を伝(つた)え、 追魂(ついこん)の太尉(たいい)、吆吆喝喝(ようようかつかつ)て公文(こうぶん)を趲(はや)む。 急脚子(きゅうきゃくし)は、旋風(せんぷう)滾滾(こんこん)たり、 勾司人(こうしじん)は、黒霧紛紛(ふんぷん)たり。 太宗全(まった)くかの判官(はんがん)の保護(ほご)に靠(よ)り、陰山(いんざん)を過(す)ぐ。 前進(ぜんしん)して、また許多(あまた)の衙門(がもん=役所)を歴(へ)るに、一処一処(ひとところひとところ)俱にこれ悲声(ひせい)の耳(みみ)を振(ふる)わし、悪怪(あっかい)の心(こころ)を驚かす。太宗また曰く、「これはこれ何処(いずこ)ぞ」と。判官(はんがん)曰く、「これはこれ陰山(いんざん)の背後(はいご)の十八層地獄(じゅうはっそうじごく)なり」と。太宗曰く、「これ那(いず)れの十八層(じゅうはっそう)ぞ」と。判官曰く、「汝(なんじ)我が説(と)くを聴(き)け: 吊筋獄(ちょうきんごく)、幽枉獄(ゆうおうごく)、火坑獄(かこうごく)、 寂寂寥寥(せきせきりょうりょう)、煩煩悩悩(はんはんのうのう)、 尽く皆(みな)これ生前(せいぜん)に千般(せんぱん)の業(ごう)を作(な)し下(おろ)し、 死後(しご)通(み)な来りて罪名(ざいみょう)を受(う)くるなり。 酆都獄(ほうとごく)、抜舌獄(ばつぜつごく)、剥皮獄(はくひごく)、 哭哭啼啼(こくこくていてい)、凄凄惨惨(せいせいさんさん)、 ただ不忠不孝(ふちゅうふこう)天理(てんり)を傷(そこな)い、仏口蛇心(ぶっくじゃしん=仏の口に蛇の心)にてこの門に堕(お)つるに因(よ)る。 磨挨獄(まあいごく)、碓搗獄(たいとうごく)、車崩獄(しゃほうごく)、 皮開肉綻(ひかいにくたん)、抹嘴咨牙(まっししが)、 乃(すなわ)ちこれ心(こころ)を瞞(あざむ)き己(おのれ)を昧(くら)まして公道(こうどう)ならず、 巧語花言(こうごかげん)暗(あん)に人(ひと)を損(そこな)うなり。 寒氷獄(かんひょうごく)、脱殻獄(だっかくごく)、抽腸獄(ちゅうちょうごく)、 垢面蓬頭(こうめんほうとう=汚れし面に乱れ髪)、愁眉皺眼(しゅうびしゅうがん=愁いし眉に皺よる目)、 都(すべ)てこれ大斗小秤(だいとしょうしょう=大きます小さはかり)にて痴蠢(ちしゅん)を欺(あざむ)き、 災屯(さいてん=災難)をして累(るい=累禍)を自身(じしん)に致(いた)さしむるなり。 油鍋獄(ゆかごく)、黑暗獄(こくあんごく)、刀山獄(とうざんごく)、 戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)、悲悲切切(ひひせつせつ)、 皆(みな)強暴(きょうぼう=暴虐)の良善(りょうぜん=善き者)を欺(あざむ)くに因(よ)り、 頭を蔵(かく)し頸(くび)を縮(ちぢ)めて苦(くる)しく伶仃(れいてい)なるなり。 血池獄(けっちごく)、阿鼻獄(あびごく)、秤杆獄(しょうかんごく)、 脱皮露骨(だっぴろこつ)、折臂断筋(せっぴだんきん)、 またただ財(たから)を謀(はか)り命(いのち)を害(そこな)い、畜(ちく)を宰(ほふ)り生(いのち)を屠(ほふ)るが為(ため)のみ、 堕落(だらく)すること千年(せんねん)も釈(と)き解(あか)し難(がた)く、沈淪(ちんりん)すること永世(えいせい)に身(み)を翻(かえ)さず。 一箇一箇(ひとりひとり)緊縛牢拴(きんばくろうせん=きつく縛られ)られ、縄(なわ)に纏(まと)われ索(つな)に綁(しば)られ、 些(ちっと)の赤髪鬼(せきはつき)・黒臉鬼(こくれんき)を差(さ)し向け、長槍短剣(ちょうそうたんけん)を執らしめ、 牛頭鬼(ごずき)・馬面鬼(めずき)には、鉄簡(てっかん=鉄の笏)・銅錘(どうすい=銅の槌)を持(た)しめ、 ただ打(う)ちて皺眉苦面(しゅうびくめん=眉を寄せ苦しき面)血(ち)淋淋(りんりん)たらしめ、 地を叫(よ)び天を叫ぶも救応(きゅうおう)無(な)からしむ。 正(まさ)にこれ人生(じんせい)却(かえっ)て心(こころ)を把(と)りて欺(あざむ)く莫(な)かれ、 神鬼(しんき)昭彰(しょうしょう=明らか)にして誰(たれ)か過(ゆる)されん。 善悪(ぜんあく)到頭(とうとう)終(つい)に報(むくい)有り、 ただ来るの早(はや)き与(と)遅きを争(あらそ)うのみ。」 と。 太宗説(と)くを聴(き)き了(おわ)り、心中(しんちゅう)驚惨(きょうさん)。 進(すす)み前(まえ)にまた走ること多時(たじ)ならず、一伙(ひとくみ=一群)の鬼卒(きそつ=鬼の卒)の、各(おのおの)幢幡(どうばん)を執り、路傍(ろぼう)に跪(ひざまず)き下(くだ)りて曰く、「橋梁使者(きょうりょうししゃ)来り接(むか)う」と。判官喝令(かつれい)して起(た)ち去(さ)らしめ、上(すす)み前に出(い)でて太宗を引き、金橋(きんきょう=金の橋)より過(わた)る。太宗また見よ、かの一辺(いっぺん)に一座(ひとつ)の銀橋(ぎんきょう=銀の橋)有り、橋(はし)の上に幾箇(いくたり)かの忠孝賢良(ちゅうこうけんりょう=忠孝・賢良)の輩(ともがら)・公平正大(こうへいせいだい)の人行(ゆ)き、亦(ま)た幢幡(どうばん)の接引(せついん)する有り。かの壁廂(へきしょう)にまた一橋(ひとつばし)有り、寒風(かんぷう)滾滾(こんこん)として、血浪(けつろう)滔滔(とうとう)として、号泣(ごうきゅう)の声絶(た)えず。太宗問うて曰く、「那(か)の座(ひとつ)の橋(はし)はこれ何の名色(みょうしょく=名)ぞ」と。判官曰く、「陛下、那(か)れを喚(よ)んで奈河橋(なかばし)と作(な)す。若(も)し陽間(ようかん)に到(いた)らば、切(きっ)し須(かなら)ず伝記(でんき=記し伝う)せられよ。那(か)の橋の下(した)は都てこれ些(これら)の: 奔流(ほんりゅう)浩浩(こうこう)の水、 険峻(けんしゅん)窄窄(さくさく=狭々)の路。 儼(げん)として匹練(ひつれん)の長江(ちょうこう)に搭(わた)せるが如く、 却(かえっ)て火坑(かこう=火の穴)の上界(じょうかい)に浮(うか)べるに似(に)たり。 陰気(いんき)人(ひと)に逼(せま)りて寒(かん)骨(ほね)に透(とお)り、 腥風(せいふう)鼻(はな)を撲(う)ちて味(あじ)心(こころ)に鑽(きりとお)る。 波(なみ)翻(ひるがえ)り浪(なみ)滚(まろ)ぶも、往来(おうらい)に并(あわ)せて渡人船(わたりぶね)没(な)し、 赤脚(せききゃく=裸足)蓬頭(ほうとう=乱れ髪)として、出入(しゅつにゅう)尽く皆(みな)作業鬼(さぎょうき)なり。 橋長(なが)さ数里(すうり)、闊(ひろ)さただ三皻(さんさ)。 高さ百尺(ひゃくしゃく)有り、深(ふか)さ却(かえっ)て千重(せんじゅう=幾重)なり。 上に扶手欄杆(ふしゅらんかん=手すり)無(な)く、 下に人(ひと)を搶(かす)めとる悪怪(あっかい)有り。 枷杻(かちゅう)身(み)に纏(まと)われ、奈河(なか)の険路(けんろ)に打(う)ち上(あ)げらる。 汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の橋辺(きょうへん)の神将(しんしょう)の甚(はなは)だ凶頑(きょうがん)なるを、 河内(かない)の孽魂(げっこん)の真(まこと)に苦悩(くのう)なるを。 丫杈樹(あさじゅ)の上に、掛(か)くるはこれ青紅黄紫(せいこうおうし)の色(いろ)の絲衣(しい=絹の衣)、 壁斗崖(へきとがい)の前に、蹲(うずくま)るはこれ公婆(こうば=舅姑)を毀罵(きば=罵る)せし淫潑婦(いんはつふ)なり。 銅蛇(どうじゃ)・鉄狗(てっく)任(まま)に争(あらそ)い餐(くら)い、 永(なが)く奈河(なか)に堕(お)ちて出路(しゅつろ=出る道)無(な)し。」 と。 詩(し)に曰く、 時(とき)に鬼哭(きこく)与(と)神号(しんごう)を聞き、 血水(けっすい)渾波(こんぱ=濁る波)万丈(ばんじょう)高し。 無数(むすう)の牛頭(ごず)并(なら)びに馬面(めず)、 獰獰(どうどう)として奈河橋(なかばし)を把守(はしゅ=守)る。 と。 正に説(と)き語(かた)る間に、那(か)の幾箇(いくたり)かの橋梁使者(きょうりょうししゃ)は、早く既に回り去(さ)りぬ。太宗心また驚惶(きょうこう)して、頭を点(うなず)かせ暗に嘆(たん)じ、黙黙(もくもく)として悲傷(ひしょう)し、判官・太尉(たいい)に相(あい)随(したが)い、早くも奈河(なか)の悪水(あくすい)・血盆(けつぼん=血の池)の苦界(くかい)を過(す)ぎたり。前にまた枉死城(おうしじょう=無実の死を遂げし者の城)に到(いた)るに、ただ哄哄(こうこう)と人(ひと)の嚷(わめ)くを聴(き)く、分明(ぶんめい)と「李世民(りせいみん)来れり!李世民(りせいみん)来れり!」と説(い)う。太宗叫ぶを聴き、心驚き胆(きも)戦(おのの)く。一伙(ひとくみ)の腰を拖(ひ)き臂(うで)を折(お)りし、足(あし)有りて頭無(な)き鬼魅(きみ=鬼の類)の、進み前(まえ)に出(い)でて攔(さえぎ)り住(とど)むるを見(み)る。都(みな)叫んで曰く、「我が命(いのち)を還(かえ)せ!我が命(いのち)を還(かえ)せ!」と。慌(あわ)てさせらるるかの太宗、隠(かく)れ隠(かく)れし、ただ「崔先生(さいせんせい)我(われ)を救(すく)え!崔先生(さいせんせい)我(われ)を救(すく)え!」と叫ぶ。判官曰く、「陛下、那(か)の些(これら)の人(ひと)は都(みな)これ那(か)の六十四処(ろくじゅうよんしょ=六十四箇所)の烟塵(えんじん)・七十二処(しちじゅうにしょ)の草寇(そうこう=野盗)、衆王子(しゅうおうじ)・衆頭目(しゅうとうもく)の鬼魂(きこん=鬼の魂)なり。尽くこれ枉死(おうし)の冤業(えんごう)にして、収(おさ)むる無(な)く管(つかさど)る無く、超生(ちょうしょう)を得(え)ず、また銭鈔(せんしょう=金銭)の盤纏(ばんてん=路銀)無く、都(みな)これ孤寒(こかん)の餓鬼(がき)なり。陛下些(いささ)かの銭鈔(せんしょう)を得(え)てかれらに与(あた)え給(たま)わば、我(われ)方(はじ)めて救(すく)い得るなり」と。太宗曰く、「寡人(かじん=われ)は空身(くうしん=手ぶら)にて此処に到(いた)れり、却(かえっ)て那辺(いずく)にか銭鈔(せんしょう)を得べき」と。判官曰く、「陛下、陽間(ようかん)に一人(ひとり)有りて、金銀(きんぎん)若干(じゃっかん)か、我がこの陰司(いんし)の裡(うち)に在りて寄放(きほう)。陛下名を出(いだ)して一約(いちやく=証文)を立(た)てらるべく、小判(しょうはん=小職)は保(ほ=保証)と作(な)るべし、且(しばら)くかれが一庫(いっこ=一蔵)を借(か)り、これらの餓鬼(がき)に給散(きゅうさん)すれば、方(はじ)めて過(す)ぎ去るを得べし」と。太宗問うて曰く、「この人はこれ誰(たれ)ぞ」と。判官曰く、「かれはこれ河南(かなん)開封府(かいほうふ)の人氏(じんし=者)、姓(せい)は相(そう)、名は良(りょう)と曰(い)う。かれが十三庫(じゅうさんこ)の金銀(きんぎん)此処に在り。陛下若(も)し借用(しゃくよう)し過(す)ごされば、陽間に到(いた)りてかれに還(かえ)し給(たま)えば便(すなわ)ち了(おわ)らん」と。太宗甚(はなは)だ喜び、情願(ねが)って名を出し借用(しゃくよう)す。遂(つい)に文書(ぶんしょ=証文)を立てて判官に与(あた)え、かれが金銀一庫(いっこ)を借(か)り、太尉をして尽く行(おこな)い給散(きゅうさん)せしむ。判官復(また)吩咐(ふんふ)して曰く、「これらの金銀は、汝等(なんじら)均(ひと)しく分(わか)ちて用度(ようど=入用)に充(あ)て、汝らの大唐(だいとう)の爺爺(おやかた=お上)を放(はな)ちて過(す)ぎ去らしめよ。かれの陽寿(ようじゅ)はなお早きなり。我は十王の鈞語(きんご=仰せ)を領(う)けたり、かれを送りて還魂(かんこん)し、かれをして陽間に到りて一箇(ひとつ)の『水陸大会(すいりくだいえ)』を做(な)し、汝等(なんじら)を度(ど=救い)して超生(ちょうしょう)せしめんと教(おし)うればなり。再(ふたた)び事を生ずること休(や)めよ」と。衆鬼(しゅうき=鬼ども)言を聞き、金銀を得て、俱に唯唯(いい)として退(しりぞ)く。判官太尉に令(れい)して引魂幡(いんこんばん)を揺(ゆ)り動(うご)かしめ、太宗を領(ひき)いて枉死城(おうしじょう)の中(うち)を出で離(はな)れしめ、平陽大路(へいようたいろ)の上に奔(はし)り登り、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ふわりふわり)として去る。 前進(ぜんしん)すること多時(たじ)にして、却(かえっ)て「六道輪廻(ろくどうりんね=六つの道の輪廻)」の所に来り到る。また見よ、かの雲に騰(のぼ)るは身(み)に霞帔(かひ)を披(はお)り、籙(ろく=道籙)を受(う)くるは腰に金魚(きんぎょ)を掛(か)け、僧尼道俗(そうにどうぞく=僧・尼・道士・俗人)、走獣飛禽(そうじゅうひきん=獣と鳥)、魑魅魍魎(ちみもうりょう)、滔滔(とうとう)として都かの輪廻(りんね)の下に奔(はし)り走り、各(おのおの)其(そ)の道(みち)に進(すす)む。唐王(とうおう)問うて曰く、「この意(こころ)は如何(いかん)」と。判官曰く、「陛下は心を明(あき)らかにし性(せい=本性)を見(み)るべし、これ必(かなら)ず記(き)し了(おわ)り、陽間の人に伝(つた)えて知(し)らしめられよ。これを喚(よ)んで『六道輪廻(ろくどうりんね)』と作(な)す。善(ぜん)を行う者(もの)は、仙道(せんどう=仙の道)に升化(しょうけ)、忠(ちゅう)を尽(つく)す者(もの)は、貴道(きどう=貴き道)に超生(ちょうしょう)し、孝(こう)を行う者(もの)は、福道(ふくどう=福の道)に再生(さいせい)し、公平(こうへい)なる者(もの)は、人道(じんどう=人の道)に還生(かんせい)し、徳(とく)を積(つ)む者(もの)は、富道(ふどう=富の道)に転生(てんしょう)し、悪毒(あくどく)なる者(もの)は、鬼道(きどう=鬼の道)に沈淪(ちんりん)す」と。唐王(とうおう)説くを聴き、頭を点(うなず)かせ嘆(たん)じて曰く: 「善(ぜん)なる哉(かな)真(まこと)に善なる哉(かな)! 善を作(な)せば果(はた)して災(わざわい)無し! 善心(ぜんしん)常(つね)に切切(せつせつ=切実)たり、 善道(ぜんどう)大いに開開(かいかい)。 悪念(あくねん)を興(おこ)さしむる莫(な)かれ、 これ必(かなら)ず刁乖(ちょうかい=悪賢さ)少かれ。 報応(ほうおう=報い)不(ず)と休(い)う莫(な)かれ、 神鬼(しんき)に安排(あんばい=手配)有るなり。」 と。 判官唐王(とうおう)を送りて直(ただ)ちに那(か)の「超生貴道門(ちょうしょうきどうもん)」に至(いた)り、唐王(とうおう)を拝(はい)し呼(よ)んで曰く、「陛下よ、此間(ここ)は乃(すなわ)ち出頭(しゅっとう)の処(ところ)なり、小判(しょうはん)は告回(こっかい)し、朱太尉(しゅたいい)をして再(ふたた)び一程(ひとみち)を送らしめん」と。唐王(とうおう)謝(しゃ)して曰く、「先生(せんせい)の遠踄(えんぽ)の労(ろう)有り」と。判官曰く、「陛下陽間に到らば、千万(よろず)に一箇(ひとつ)の『水陸大会(すいりくだいえ)』を做(な)し、那(か)の主(あるじ)無き冤魂(えんこん)を超度(ちょうど)し給(たま)え、切(きっ)し忘(わす)るること勿(な)かれ。若(も)し陰司の裡(うち)に報怨(ほうえん)の声無からんに於(おい)ては、陽世間(ようせかん)の方(はじ)めて太平(たいへい)の慶(よろこび)を享(う)くるを得べし。凡百(ぼんぴゃく=すべて)不善(ふぜん)の処は、倶(とも)に一一(いちいち)に改(あらた)め過(あやま)つべし。普(あまね)く世人(せじん)に諭(さと)して善を為(な)さしめば、管(かなら)ず汝(なんじ)が後代(こうだい=後の代)を綿長(めんちょう=長く続く)ならしめ、江山(こうざん=国)をして永(なが)く固(かた)からしめん」と。唐王(とうおう)一一(いちいち)准奏(じゅんそう)し、崔判官に辞(じ)し、朱太尉に随(したが)いて、同(とも)に門に入り来る。かの太尉門の裡(うち)に一匹(いっぴき)の海騮馬(かいりゅうば)の、鞍韂(あんぜん)斉(ととの)い備(そなわ)れるを見るや、急ぎ唐王(とうおう)に請(こ)うて馬(うま)に上(のぼ)らせ、太尉左右(さゆう)より扶(たす)け持(も)つ。馬(うま)行くこと箭(や)の如く、早くも渭水河(いすいが)の辺(ほとり)に到り着(つ)く。ただ見よ、かの水面(すいめん)の上に一対(いっつい)の金色(こんじき)の鯉魚(りぎょ=鯉)の、河(かわ)の裡(うち)に在りて波(なみ)を翻(ひるがえ)し跳(おど)り闘(たたか)うを。唐王(とうおう)見て心喜び、馬を兜(たぐ)り寄(よ)せて貪(むさぼ)り看て舎(す)て難し。太尉曰く、「陛下、些(いささ)か趱(はや)め動(うご)かせられよ、早きに趁(お)い時辰(じしん=刻限)を趕(お)って城に入り去らんとす」と。かの唐王ただ管(ひたす)ら貪(むさぼ)り看て、肯(あえ)て前進(ぜんしん)せず、太尉に脚(あし)を撮(つま)み挙げられ、高く呼ばれて曰く、「なおも走らずして、何をか等(ま)つ!」と。ぽんと一声(ひとこえ)、那(か)の渭河(いが)に望(むか)いて馬より推(お)し下(くだ)され、却(かえっ)て就(すなわ)ち陰司を脱れ、径(ただ)ちに陽世(ようせ=この世)に回れり。 さて、かの唐王の駕下(がか=御側)に徐茂功(じょもこう)・秦叔宝(しんしゅくほう)・胡敬徳(こけいとく)・段志賢(だんしけん)・馬三宝(ばさんぽう)・程咬金(ていこうきん)・高士廉(こうしれん)・李世勣(りせいせき)・房玄齢(ぼうげんれい)・杜如晦(とじょかい)・蕭瑀(しょうう)・傅奕(ふえき)・張道源(ちょうどうげん)・張士衡(ちょうしこう)・王珪(おうけい)等の両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)有りて、倶(とも)に那(か)の東宮太子(とうぐうたいし=皇太子)与皇后(こうごう)・嬪妃(ひんひ=妃)・宮娥(きゅうが=宮女)・侍長(じちょう=女官長)を保(ほ)し、都那(か)の白虎殿(びゃっこでん)の上に在りて挙哀(きょあい)す。一壁廂(ひとまず)は哀詔(あいしょう=喪の詔)を伝(つた)うるを議(ぎ)し、天下(てんか)に暁諭(ぎょうゆ)し、太子(たいし)を扶(たす)けて登基(とうき=即位)せんと欲(ほっ)す。時(とき)に魏徴(ぎちょう)傍(かたわら)に在りて曰(いわ)く、「列位(れっい=皆々)且(しばら)く住(とど)まれ。不可(ふか=いけぬ)なり!不可(ふか)なり!假若(もし)州県(しゅうけん=地方)を驚動(きょうどう)さば、恐らくは不測(ふそく)を生ぜん。且(しばら)く再(ふたた)び一日(いちじつ)を按候(あんこう)せよ、我が主(しゅ)は必(かなら)ず還魂(かんこん)するなり」と。下辺(した)より許敬宗(きょけいそう)閃(ひらめ)き上りて曰く、「魏丞相(ぎじょうしょう)の言甚(はなは)だ謬(あやま)れり。古(いにしえ)より云(い)う、『潑水(はすい)は収(おさ)め難く、人逝(ゆ)きて返(かえ)らず』と。汝如何(いか)にして還(な)おこの等(ごとき)の虚言(きょげん=偽り)を説き、人心(じんしん)を惑乱(わくらん=乱す)するは、これ何の道理(どうり)ぞ!」と。魏徴曰く、「許先生(きょせんせい)に瞞(あざむ)かずして言(い)わば、下官(かかん=拙者)は幼(おさな)きより仙術(せんじゅつ)を授(さず)かり得て、推算(すいさん)最(もっと)も明らかなり、管(かなら)ず陛下の死(し)せざるを取りき」と。 正に講(こう)ずる処に、ただ棺中(かんちゅう)より声を連(つら)ねて大いに叫ぶを聴く、「淹(おぼ)れ殺(ころ)さるるかな我よ!淹(おぼ)れ殺(ころ)さるるかな我よ!」と。唬(おど)ろかさるる文官武将(ぶんかんぶしょう)は心慌(あわ)て、皇后(こうごう)嬪妃(ひんひ)は胆(きも)戦(おのの)く。一箇一箇(ひとりひとり): 面(おもて)は秋後(しゅうご=秋の後)の黄桑葉(おうそうよう)の如く、 腰は春前(しゅんぜん=春の前)の嫩柳条(どんりゅうじょう)に似(に)たり。 儲君(ちょくん=皇太子)は脚軟(やわ)らぎ、喪杖(そうじょう=喪の杖)を扶けて哀儀(あいぎ=喪の儀)を尽(つく)し難く、 侍長(じちょう)は魂飛(と)び、怎(いか)でか梁冠(りょうかん=喪の冠)を戴(いただ)きて孝礼(こうれい=喪の礼)に遵(したが)わん。 嬪妃(ひんひ)は打跌(だてつ)、彩女(さいじょ)は欹斜(きしゃ)。 嬪妃(ひんひ)の打跌(だてつ)するは、却(かえっ)て狂風(きょうふう)の敗芙蓉(はいふよう)を吹(ふ)き倒(たお)すが如く、 彩女(さいじょ)の欹斜(きしゃ)するは、好(よ)く驟雨(しゅうう)の嬌菡萏(きょうかんたん)を衝(う)ち歪(ゆが)むるに似(に)たり。 衆臣(しゅうしん)悚懼(しょうく)、骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)る。 戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)、痴痴瘂瘂(ちちああ)。 一座(ひとつ)の白虎殿(びゃっこでん)を把(と)りて却(かえっ)て断梁橋(だんりょうきょう=梁の折れし橋)に像(に)せしめ、 鬧喪台(どうそうだい)は就(すなわ)ち倒塌寺(とうとうじ)の如し。 この時(とき)衆宮人(しゅうきゅうじん)走りて精光(せいこう)と去り、那箇(たれ)か敢(あえ)て霊(れい=霊柩)に近(ちか)づき柩(ひつぎ)を扶けん。多(おお)くは正直(しょうじき)なる徐茂功(じょもこう)、理烈(りれつ)の魏丞相(ぎじょうしょう)、胆量(たんりょう=度胸)有る秦瓊(しんけい)、忒(い)た猛撞(もうとう)の敬徳(けいとく)に頼(よ)り、進み前(まえ)に来(きた)りて棺材(かんざい=棺)を扶け持(も)ち、叫んで曰く、「陛下に何の心に放ち下(おろ)し難き処か有りて、我らに説き与(あた)えられよ、鬼を弄(ろう)びて眷族(けんぞく=一族)を驚駭(きょうがい=驚かす)こと莫(な)かれ」と。魏徴曰く、「鬼を弄(ろう)ずるには非ず、これ乃(すなわ)ち陛下の還魂(かんこん)なり。快(すみ)やかに器械(きかい=道具)を取り来れ!」と。棺蓋(かんがい)を打(う)ち開(あ)くれば、果(はた)して太宗の裏面(うち)に坐せるを見る。還(な)お「淹(おぼ)れ死(し)にたり我よ!これ誰(たれ)か救(すく)い撈(すく)い上ぐる」と叫ぶ。茂功(もこう)等(ら)進み前(まえ)に出でて扶(たす)け起(おこ)して曰く、「陛下蘇醒(そせい=目覚め)して怕(おそ)るる莫(な)かれ、臣等(しんら)都此処に在りて護駕(ごが)するなり」と。唐王方(はじ)めて纔(ようや)く眼(まなこ)を開(ひら)いて曰く、「朕(ちん)適(さっ)きまで好(よ)く苦(くる)しみたりしは:陰司の悪鬼(あっき)の難(なん)を避(さ)け過ぎしとおもえば、また水面(すいめん)の喪身(そうしん)の災(わざわい)に遭(あ)えり」と。衆臣曰く、「陛下は心を寛げ懼(おそ)るる勿(な)かれ、何の水災(すいさい)か来れる有るや」と。唐王曰く、「朕馬に騎(の)りて、正に渭水河(いすいが)の辺に行き至(いた)りしに、双頭魚(そうとうぎょ)の戯(たわむ)るるを見たり。朱太尉の心を欺(あざむ)くに被(こうむ)り、朕をもって馬より推(お)し下され、河の中(うち)に跌落(てつらく=落ち込)み、殆(ほと)んど淹(おぼ)れ死(し)にしぬ」と。魏徴曰く、「陛下は鬼気(きき=鬼の気)なお未(いま)だ解(と)けず」と。急ぎ太医院(たいいいん=御医局)に命(めい)じて安神定魄(あんじんていはく=魂を鎮め安んずる)の湯薬(とうやく=煎じ薬)を進(すす)ましめ、また粥膳(しゅくぜん=粥の膳)を安排(あんばい=整う)す。連(つづ)けて一二(いちに)次(じ=度)服(ふく)して、方(はじ)めて本(もと)に反(かえ)り原(げん)に還(かえ)り、人事(じんじ=人の事)を知(し)り得。—計(かぞ)うれば唐王の死し去りしは、既に三昼夜(さんちゅうや)にして、復(ま)た陽間に回りて君(きみ)と為(な)れり。詩(し)の証(あかし)と為(な)る有り: 万古(ばんこ)の江山(こうざん)幾(いく)たびか変(へん)じ更(あらた)まる、 歴来(れきらい)数代(すうだい)の敗(やぶれ)与成(なる)あり。 周秦漢晋(しゅうしんかんしん)に奇事(きじ)多しと雖(いえど)も、 誰(たれ)か唐王の死して復(ま)た生(い)くるに似(に)たる。 当(まさ)に其(そ)の日(ひ)、天色(てんしょく=空模様)既に晩(く)れたれば、衆臣王(おう)に請(こ)うて寝(しん=寝所)に帰(かえ)らせ、各各(おのおの)散(さん)じ訖(おわ)る。次早(あくるあさ)、孝衣(こうい=喪服)を脱(ぬ)ぎ却(す)て、彩服(さいふく)に換(か)え、一箇一箇(ひとりひとり)紅袍(こうほう=赤き袍)・烏帽(うぼう=黒き帽)、一箇一箇(ひとりひとり)紫綬(しじゅ=紫の綬)・金章(きんしょう=金の印)、那(か)の朝門(ちょうもん=宮門)の外に在りて宣召(せんしょう)を候(うかが)う。 さて太宗は安神定魄(あんじんていはく)の剤(ざい=薬)を服(ふく)しより、連(つづ)けて数次(すうじ=幾度)の粥湯(しゅくとう=粥の汁)を進み、衆臣に扶けられて寝室(しんしつ)に入り、一夜(いちや)穏(やすら)かに睡(ねむ)り、精神(せいしん)を保養(ほよう)し、天明(てんめい=夜明け)に至(いた)りて方(はじ)めて起ち、威儀(いぎ=威容)を抖擻(とそう)す。汝看よ、かれ怎(いか)に打扮(だはん=身支度)せるを: 一頂(いっちょう)の沖天冠(ちゅうてんかん)を戴(いただ)き、 一領(いちりょう)の赭黄袍(しゃこうほう)を穿(き)る。 一条(いちじょう)の藍田碧玉帯(らんでんへきぎょくたい=藍田の碧玉の帯)を系(むす)び、 一対(いっつい)の創業無憂履(そうぎょうむゆうり=国を興し憂い無き沓)を踏(ふ)む。 貌(かたち)堂堂(どうどう)として、当朝(とうちょう)に賽(まさ)り過ぎ、 威(い)烈烈(れつれつ)として、今日を重ねて興(おこ)す。 好(よ)き一箇(ひとり)の清平(せいへい)有道(ゆうどう=道有る)の大唐王(だいとうおう)、 起死回生(きしかいせい)の李陛下(りへいか)なるかな! 唐王金鑾宝殿(きんらんほうでん=金鑾殿)に上り、両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)を聚(あつ)め、山呼(さんこ)既に畢(おわ)り、品(ひん=位階)に依(したが)いて班(はん=列)を分(わか)つ。ただ旨(むね)を伝(つた)うるを聴く、「事有らば班(はん)を出で来り奏(そう)せよ、事無くんば退朝(たいちょう)せよ」と。かの東廂(とうしょう=東の廊)より徐茂功(じょもこう)・魏徴・王珪(おうけい)・杜如晦(とじょかい)・房玄齢(ぼうげんれい)・袁天罡(えんてんこう)・李淳風(りじゅんぷう)・許敬宗(きょけいそう)等(ら)閃(ひらめ)き過ぎ、西廂(せいしょう=西の廊)より殷開山(いんかいざん)・劉洪基(りゅうこうき)・馬三宝(ばさんぽう)・段志賢(だんしけん)・程咬金(ていこうきん)・秦叔宝(しんしゅくほう)・胡敬徳(こけいとく)・薛仁貴(せつじんき)等(ら)閃(ひらめ)き過ぎ、一斉(いっせい)に進み前(まえ)に出で、白玉階(はくぎょくかい)の前に在りて、俯伏(ふふく=平伏)し啓奏(けいそう)して曰く、「陛下の前朝(ぜんちょう=先の朝)の一夢(いちむ=ひと夢)は、如何(いか)にして許久(あまた=久しく)して方(はじ)めて覚(さ)め給(たま)いし」と。太宗曰く: 「日前(このごろ)魏徴が書(ふみ)を接(う)け得しより、朕は神魂(しんこん=霊魂)の殿を出づるを覚(さと)れり。ただ羽林軍(うりんぐん)の朕を請(しょう)じて猟(かり)に出でしむるを見たり。正に行く時、人馬(じんば)踪(あと)無く、また那(か)の先君父王(せんくんふおう)与先兄弟(せんきょうだい)の争(あらそ)い嚷(わめ)くを見たり。正に解(と)き難き処に、一人の烏帽(うぼう)・皂袍(そうほう=黒き袍)なるを見る、乃(すなわ)ちこれ判官崔珏(はんがんさいかく)にして、先兄弟(せんきょうだい)を喝退(かったい)せり。朕魏徴が書(ふみ)をもってかれに伝(つた)え渡(わた)せり。正に看る時、また青衣(せいい)の幢幡(どうばん)を執り、朕を引きて内(うち)に入り、森羅殿の上に到り、十代閻王(じゅうだいえんおう)与叙坐(じょざ)せるを見る。かれは那(か)の涇河龍(けいがりゅう)の我が救(すくい)を許(ゆる)しながら反(かえっ)て殺(ころ)せしと誣告(ぶこく)せし事を説く。これに於(おい)て朕前言(ぜんげん)をもって一遍(いっぺん)を陳具(ちんぐ)せり。かれは既に三曹(さんそう)に対(たい)し案(あん)を過ごし了(おわ)れりと説き、急ぎ生死文簿(せいしぶんぼ)を取りて我が陽寿(ようじゅ)を検(けん)し看るを命(めい)ず。時に崔判官の簿子(ぼし)を伝え上ぐる有り、閻王看て、寡人(かじん)に三十三年(さんじゅうさんねん)の天禄(てんろく)有り、纔(わず)かに一十三年(じゅうさんねん)を過ぎたれば、還(な)お我に二十年(にじゅうねん)の陽寿(ようじゅ)該(あた)ると道(い)い、即(すなわ)ち朱太尉・崔判官を着(つ)けて、朕を送りて回らしめたり。朕十王与作別(さくべつ)し、かれに瓜果(かか)を送りて恩(おん)を謝(しゃ)せんことを允(ゆる)せり。森羅殿を自(より)出でしより、那(か)の陰司の裡(うち)に、不忠不孝(ふちゅうふこう)、非礼非義(ひれいひぎ)、五穀(ごこく)を作践(さくせん)、明(あからさま)に欺(あざむ)き暗に騙(だま)し、大斗小秤(だいとしょうしょう)、姦盗詐偽(かんとうさぎ)、淫邪(いんじゃ)欺罔(ぎもう=欺く)の徒(ともがら)の、那(か)の些(これら)の磨(ま)し焼(や)き舂(うすつ)き鑢(やすりがけ)するの苦(くるしみ)、煎熬(せんごう)・吊剥(ちょうはく)の刑(けい)を受(う)くる、千千万万(せんせんばんばん)有りて、之(これ)を看るに足(た)らず。また枉死城(おうしじょう)の中を過ぎ着(つ)くに、無数(むすう)の冤魂(えんこん)有り、尽く都これ六十四処(ろくじゅうよんしょ)の烟塵(えんじん)の草寇(そうこう)、七十二処(しちじゅうにしょ)の叛賊(はんぞく)の魂霊(こんれい)にして、朕(ちん)が来路(らいろ=来し道)を遮(さえぎ)り住(とど)めたり。幸(さいわ)いに崔判官の保(ほ=保証)と作(な)りしに虧(よ)り、河南(かなん)の相老児(そうろうじ)の金銀一庫(いっこ)を借(か)り得、鬼魂(きこん)を買(か)い転(てん)じて、方(はじ)めて前進(ぜんしん)するを得(え)たり。崔判官は朕に陽世(ようせ)に回らば、千万(よろず)に一場(ひとくさり)の『水陸大会(すいりくだいえ)』を作(な)し、那(か)の主無き孤魂(ここん)を超度(ちょうど)すべきを教(おし)え、この言を叮嚀(ていねい=念押し)して分別(ぶんべつ=別れ)せり。那(か)の『六道輪廻(ろくどうりんね)』の下を出づるに、朱太尉の朕に請(こ)うて馬に上らしむる有り。飛ぶにも相似(に)たり、渭水河(いすいが)の辺に行き到りしに、我那(か)の水面(すいめん)の上に双頭魚(そうとうぎょ)の戯(たわむ)るる有るを見たり。正に歓喜(かんき)の処に、かれ我が脚をもって撮(つま)み、水の中に推(お)し下し、朕方(はじ)めて還魂(かんこん)するを得たり」と。 衆臣この言を聞き、称賀(しょうが)せざるは無く、此処に遂(つい)に編行(へんこう)伝報(でんぽう=知らせ)し、天下(てんか)の各(おのおの)の府県(ふけん)の官員(かんいん=役人)の、表(ひょう)を上(たてまつ)りて慶(よろこび)を称(しょう)することは不題(ふだい=措く)。 さて太宗また旨(むね)を伝えて天下(てんか)の罪人(ざいにん)を赦(ゆる)し、また獄中(ごくちゅう)の重犯(じゅうはん)を査(さぐ)らしむ。時に審官(しんかん)の刑部(けいぶ)の絞斬(こうざん)の罪人(ざいにん)をもって、査(しら)ぶるに四百余名(よんひゃくよめい)有りて呈上(ていじょう=差し出)す。太宗放ち赦(ゆる)して家(いえ)に帰(かえ)り、父母(ふぼ)兄弟(きょうだい)に拝辞(はいじ)、産(さん=財産)を親戚(しんせき)・子姪(してつ=甥ら)に託(たく)し、明年(みょうねん)の今日(こんにち)、曹(そう=役所)に赴(おもむ)き、仍(な)お応(あた)るべきの罪を領(う)けしむ。衆犯(しゅうはん)恩を謝(しゃ)して退(しりぞ)く。また恤孤(じゅっこ)の榜文(ぼうぶん=掲示)を出し、また宮中(きゅうちゅう)の老幼(ろうよう)の彩女(さいじょ)の共(あわ)せて三千人(さんぜんにん)有るを査(しら)べ、旨(むね)を出して軍(ぐん=兵士)に配(はい=嫁が)す。此処自(よ)り、内外(ないがい)倶(とも)に善(よ)し。詩(し)の証(あかし)と為(な)る有り: 大国(たいこく)唐王の恩徳(おんとく)洪(おお)いなり、 道(みち)は堯舜(ぎょうしゅん)を過ぎて万民(ばんみん)豊(ゆた)かなり。 死囚(ししゅう)四百(よんひゃく)皆(みな)獄(ひとや)を離(はな)れ、 怨女(えんじょ)三千(さんぜん)宮(きゅう)を放たる。 天下(てんか)の多くの官(かん)は上寿(じょうじゅ)を称(しょう)し、 朝中(ちょうちゅう)の衆宰(しゅうさい=大臣ら)は元龍(げんりゅう=天子)を賀(が)す。 善心(ぜんしん)一念(いちねん)なれば天応(こた)えて佑(たす)け、 福蔭(ふくいん)応(まさ)に十七宗(じゅうしちそう=十七代)に伝うべし。 太宗既(すで)に宮女(きゅうじょ)を放ち、死囚(ししゅう)を出し畢(おわ)り、また御製(ぎょせい)の榜文(ぼうぶん)を出し、遍(あまね)く天下(てんか)に伝う。榜(ぼう)に曰く: 「乾坤(けんこん=天地)浩大(こうだい)にして、日月(じつげつ)照鑒(しょうかん)分明(ぶんめい)なり、 宇宙(うちゅう)寛洪(かんこう)にして、天地(てんち)奸党(かんとう=悪党)を容(い)れず。 心を使(つか)い術(じゅつ)を用(もち)うれば、果報(かほう=報い)ただ今生(こんじょう)に在り、 善を布(し)き浅(あさ)く求(もと)むれば、福(ふく)を獲(う)ることは後世(ごせ)を言(い)うを休(や)めよ。 千般(せんぱん)の巧計(こうけい)も、本分(ほんぶん)に人と為(な)るに如(し)かず、 万種(ばんしゅ)の強徒(きょうと=強き徒)も、怎(いか)でか縁(えん)に随(したが)い節倹(せっけん=倹しく)するに似(に)たる。 心に慈善(じぜん)を行わば、何ぞ努(つと)めて経(きょう)を看るを須(もち)いんや、 意(こころ)に人を損(そこな)わんと欲(ほっ)せば、如来(にょらい)の一蔵(いちぞう=一切経)を空(むな)しく読(よ)むのみ!」 と。 この時自(よ)り、蓋(けだ)し天下(てんか)に善を行わざる者(もの)一人も無し。一壁廂(かたわら)にはまた招賢(しょうけん)の榜(ぼう)を出し、人を招(まね)いて瓜果(かか)を陰司の裡(うち)に進め到らしむ。一壁廂(かたわら)には宝蔵庫(ほうぞうこ=宝物蔵)の金銀一庫(いっこ)をもって、鄂国公(がくこくこう)胡敬徳(こけいとく)を差(さ)し向けて河南(かなん)開封府(かいほうふ)に上らせ、相良(そうりょう)を訪(たず)ねて債(しゃく=借り)を還(かえ)さしむ。 榜(ぼう)を張(は)ること数日(すうじつ)、一(ひとり)の命(めい)に赴き瓜果を進めんとする賢者(けんじゃ)有り、本(もと)これ均州(きんしゅう)の人なり。姓(せい)は劉(りゅう)、名は全(ぜん)と曰(い)い、家に万貫(ばんがん=莫大)の資(し=財)有り。ただ妻(つま)の李翠蓮(りすいれん)が門首(もんしゅ=門の前)に在りて金釵(きんさ)を抜(ぬ)きて僧(そう)に斎(とき=施し)せしに因(よ)り、劉全(りゅうぜん)かれを幾句(いくく)罵(ののし)り、かれが婦道(ふどう=妻の道)に遵(したが)わず、擅(ほしいまま)に閨門(けいもん=奥の門)を出づると説きしかば、李氏(りし)気(き)を忍(しの)ぶに過ぎず、自(みずか)ら縊(くび)れて死ぬ。一双(いっそう)の児女(じじょ=児と女)を撇(す)て下し、年幼くして昼夜(ちゅうや)悲啼(ひてい)。劉全(りゅうぜん)また見るに忍(しの)びず、奈何(いかん)ともすべくなく、遂(つい)に性命(せいめい=命)を舎(す)て、家縁(かえん=家財)を棄(す)て、児女(じじょ)を撇(す)て、情願(ねが)って死を以(もっ)て瓜(うり)を進めんとし、皇榜(こうぼう)をもって掲(はが)し了(おわ)り、来りて唐王に見(まみ)ゆ。王旨意(しい=仰せ)を伝え、かれをして金亭館(きんていかん)の裡(うち)に赴(おもむ)かしめ、一対(いっつい)の南瓜(なんか)を頭に頂(いただ)き、黄銭(こうせん=紙銭)を袖(そで)に帯(お)び、薬物(やくぶつ=毒薬)を口(くち)に噙(ふく)ましむ。 かの劉全(りゅうぜん)果(はた)して毒(どく)を服(ふく)して死し、一点(いってん)の魂霊(こんれい=霊魂)は、瓜果を頂(いただ)き、早くも鬼門関(きもんかん)の上に到り着(つ)く。門を把(と)る鬼使喝(かつ=叱り)して曰く、「汝はこれ甚(なん)の人ぞ、敢(あえ)てこの処に来るか」と。劉全(りゅうぜん)曰く、「我は大唐(だいとう)太宗皇帝(たいそうこうてい)の欽差(きんさ=勅命)を奉(ほう)じ、特に瓜果を十代閻王(じゅうだいえんおう)に進めて用(もち)いられんとす」と。かの鬼使(きし)欣然(きんぜん)として接引(せついん)す。劉全(りゅうぜん)径(ただ)ちに森羅宝殿(しんらほうでん)に至(いた)り、閻王に見(まみ)え、瓜果をもって進め上りて曰く、「唐王の旨意(しい=仰せ)を奉(ほう)じ、遠(とお)く瓜果を進め、以(もっ)て十王の寛宥(かんゆう)の恩を謝(しゃ)せんとす」と。閻王大いに喜んで曰く、「好(よ)き一箇(ひとり)の信(しん)有り徳(とく)有る太宗皇帝(たいそうこうてい)なるかな!」と。此処に遂(つい)に瓜果を収(おさ)め了(おわ)る。便(すなわ)ち那(か)の瓜(うり)を進むる人の姓名(せいめい)、那方(いずかた)の人氏(じんし=者)なるかを問う。劉全(りゅうぜん)曰く、「小人(しょうじん)はこれ均州城(きんしゅうじょう)の民籍(みんせき=戸籍)の者(もの)なり。姓(せい)は劉(りゅう)、名は全(ぜん)と曰(い)う。妻(つま)の李氏(りし)の縊(くび)れ死にし、児女(じじょ=児と女)を撇(す)て下し、人の看管(かんかん)する無きに因(よ)り、小人(しょうじん)は情願(ねが)って家を舎(す)て子(こ)を棄(す)て、躯(み=身)を捐(す)てて国(くに)に報(むく)い、特に我が王の為(ため)に瓜果を進貢(しんこう)し、衆大王(しゅうだいおう)の厚恩(こうおん=厚き恩)を謝(しゃ)せんとす」と。十王言を聞き、即(すなわ)ち劉全(りゅうぜん)が妻(つま)の李氏(りし)を査勘(さかん)することを命(めい)ず。かの鬼使速(すみ)やかに取り来りて森羅殿の下に在らしめ、劉全(りゅうぜん)と夫妻(ふさい=夫婦)相(あい)会(かい)せしむ。前言(ぜんげん)を訴(うった)え畢(おわ)り、十王の恩宥(おんゆう)を回謝(かいしゃ)す。かの閻王却(かえっ)て生死簿子(せいしぼし)を検(けん=繰り)て看る時、かれ夫妻(ふさい)等(ども)は都登仙(とうせん)の寿(じゅ=寿命)有り、急ぎ鬼使を差(さ)し送り回さしむ。鬼使啓(けい)し上って曰く、「李翠蓮(りすいれん)の陰(いん=冥土)に帰(かえ)ること日久(ひさ)しく、尸首(ししゅ)存(そん)する無し、魂将(まさ)に何(なに)にか附(つ)かん」と。閻王曰く、「唐(とう)の御妹(ぎょまい)李玉英(りぎょくえい)は、今該(あた)って促死(そくし)すべし、汝かれが尸首(ししゅ)を借(か)り、かれをして還魂(かんこん)して去らしむべし」と。かの鬼使命(めい)を領(う)け、即(すなわ)ち将(まさ)に劉全(りゅうぜん)夫妻(ふさい)の二人(ふたり)を還魂(かんこん)せしめ、同に陰司を出でて去らんとす。 と。畢竟(ひっきょう)夫妻(ふさい)二人(ふたり)の如何(いか)にして還魂(かんこん)するかは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第十二回 唐王(とうおう)秉誠(へいせい)して大会(だいえ)を修(おさ)め 観音(かんのん)顕像(けんぞう)して金蝉(きんせん)を化(け)す 話(かたり)に表(あらわ)す、かの鬼使(きし)、劉全夫妻(ふさい)の二人(ふたり)と同じく陰司(いんし)を出でしに、かの陰風(いんぷう)繞繞(じょうじょう=まとわりつくさま)として、径(ただ)ちに長安(ちょうあん)の大国(たいこく)に到れり。すなわち劉全が魂霊(こんれい=霊魂)をば金亭館(きんていかん)の裡へ推(お)し入れ、翠蓮(すいれん)が魂霊(こんれい)をば皇宮(こうぐう)の内院(ないいん)へ帯(たい)し入れたり。 ただ見よ、かの玉英宮主(ぎょくえいきゅうしゅ=玉英の姫宮)、正に花陰(かいん)の下(もと)に在りて、徐歩(じょほ)して緑苔(りょくたい)を行(ゆ)く処(ところ)なるに、鬼使(きし)に満懐(まんかい)に撲(う)たれ、地(ち)に推(お)し倒(たお)されて、活(い)きながらかれが魂(たましい)を捉(とら)えらる。しかして翠蓮(すいれん)が魂霊(こんれい)をば玉英(ぎょくえい)の身内(みうち=体内)へ推(お)し入れたり。鬼使(きし)の陰司(いんし)に回(まわ)り転(てん)ずることは、ここには題(だい)せず。 さて、宮院(きゅういん=御殿)のうちの大小(だいしょう)の侍婢(じひ)、玉英(ぎょくえい)の跌死(てっし)するを見て、急(いそ)ぎ金鑾殿(きんらんでん)に走(は)せ行(ゆ)き、三宮(さんぐう)の皇后(こうごう)に報(ほう)じて言う、「宮主(きゅうしゅ)娘娘(にゃんにゃん)、跌(つまず)きて死(し)にたり!」と。皇后(こうごう)大いに驚(おどろ)き、随(したが)いて太宗(たいそう)に報(ほう)ず。太宗(たいそう)言を聞き、頭(こうべ)を点(うなず)かして嘆(たん)じて曰(のたま)わく、「この事(こと)、信(しん)にこれ有るかな。朕、曾(かつ)て十代(じゅうだい)の閻君(えんくん)に『老幼(ろうよう)は安(やす)きか』と問いしに、かれ曰く、『俱に安(やす)し。但だ恐(おそ)らくは御妹の寿(じゅ=命)の促(みじか)からんことを』と。果(はた)してその言に中(あた)れり」と。 合宮(ごうきゅう)の人皆(みな)来りて悲切(ひせつ)き、尽(ことごと)く花陰(かいん)の下(もと)に到りて看る時(とき)、ただ見よ、かの宮主(きゅうしゅ)には微微(びび)に気(いき)有り。唐王(とうおう)曰く、「哭(な)く莫(な)かれ!哭く莫かれ!かれを驚(おどろ)かすこと休(や)めよ」と。すなわち前に進みて御手(おんて)もて頭(かしら)を扶(たす)け起(おこ)して、叫(よ)んで曰く、「御妹よ、蘇醒(そせい)け、蘇醒け」と。 かの宮主(きゅうしゅ)、忽(たちまち)翻身(ほんしん)して叫んで曰く、「丈夫(おっと)よ、慢行(ゆっくり)せよ、我を一等(ひととき)待(ま)て!」と。太宗(たいそう)曰く、「御妹よ、これ我等(ら)此処(ここ)に在り」と。宮主(きゅうしゅ)頭を挙(あ)げ眼(め)を睜(ひら)きて観(み)て曰く、「汝はこれ誰人(たれ)ぞ、敢(あえ)て来りて我を扯(ひ)くや」と。太宗曰く、「これ汝が皇兄(こうけい=兄君)・皇嫂(こうそう=兄嫁)なり」と。宮主(きゅうしゅ)曰く、「我は那(いず)くにか箇(ひとつ)の什(なん)の皇兄・皇嫂を得んや!我が娘家(じょうか=実家)は李(り)を姓(せい)とし、我が乳名(にゅうめい=幼名)をば李翠蓮(りすいれん)と喚(よ)び做(な)す。我が丈夫(おっと)は劉(りゅう)を姓とし名(な)を全(ぜん)と曰う。両口児(ふたり)は都(みな)これ均州(きんしゅう)の人氏(じんし=者)なり。我は三箇月(みつき)前に、金釵(きんさ)を抜(ぬ)きて門首(もんしゅ)に在りて僧に斎(とき=施し)せしを因(もっ)て、我が丈夫(おっと)は我の擅(ほしいまま)に内門(ないもん)を出で、婦道(ふどう)に遵(したが)わざるを怪(あや)しみ、我を幾句(いくこえ)か罵(ののし)りたり。これ我気(き)胸膛(きょうどう)に塞(ふさ)がり、白綾帯(はくりょうたい)もて梁(はり)に懸(か)けて縊死(いし)し、一双(ひとつがい)の児女(じじょ)を撇(さ)て下(おろ)して、昼夜(ちゅうや)悲啼(ひてい)ましめたり。今(いま)我が丈夫(おっと)の唐王(とうおう)の欽差(きんさ)として陰司(いんし)に赴(おもむ)き瓜果(かか)を進むるに因(よ)り、閻王(えんおう)憐憫(れんびん)みて、我が夫妻(ふさい)の回り来るを放(ゆる)せり。かれは前に在りて走(はし)る。我の来ること遅(おそ)きに因(よ)り、かれに赶(おいつ)き上(あ)がらず、我一跌(ひとたびつまず)きて絆(つまず)けり。汝等(なんじら)無礼(ぶれい)なり!姓名(せいめい)を知(し)らずして、怎(いか)でか敢えて我を扯(ひ)くや!」と。 太宗(たいそう)言を聞き、衆の宮人(きゅうじん)に曰く、「想(おも)うにこれ御妹は跌(つまず)きて昏(くら)み、胡説(こせつ)うなるべし」と。旨(し=勅旨)を伝(つた)えて太医院(たいいいん)に湯薬(とうやく)を進めしめ、玉英(ぎょくえい)を扶(たす)けて宮中(きゅうちゅう)に入らしむ。 唐王(とうおう)殿(でん)に当(あた)りしに、忽(たちまち)当駕官(とうがかん)有りて奏(そう)して言(まお)す、「万歳(ばんぜい)、今(いま)瓜果(かか)を進むる人の劉全還魂(かんこん=蘇生)し、朝門(ちょうもん=宮門)の外(そと)に在りて旨(し)を等(ま)てり」と。唐王大いに驚き、急(いそ)ぎ旨を伝えて、劉全を召(め)し進(い)らしむれば、丹墀(たんち)に俯伏(ふふく)す。太宗(たいそう)問うて曰く、「瓜果(かか)を進むるの事(こと)は如何(いかん)」と。劉全曰く、「臣、瓜果を頂(いただ)き、径(ただ)ちに鬼門関(きもんかん)に至り、森羅殿(しんらでん)に引(ひ)き上(あ)げられ、かの十代(じゅうだい)の閻君(えんくん)に見(まみ)え、瓜果を奉上(ほうじょう)り、我が王(おう)の殷勤(いんきん)に致謝(ししゃ)するの意(こころ)を備言(びげん)せり。閻君(えんくん)甚(はなは)だ喜び、多(あま)た我が王(おう)に拝上(はいじょう)げて曰く、『真(まこと)に箇(これ)信(しん)有り徳(とく)有る太宗皇帝(たいそうこうてい)なり!』と」と。唐王曰く、「汝は陰司(いんし)に在りて什(なに)を見し来れるや」と。劉全曰く、「臣は曾(かつ)て遠行(えんこう)かず、甚(なん)の見し所(ところ)も無し。只だ聞くを得たるは、閻王(えんおう)の臣に郷貫(きょうかん=郷里)・姓名(せいめい)を問えるのみ。臣は家(いえ)を棄(す)て子(こ)を捨(す)て、妻(つま)の縊死(いし)せるに因(よ)り、願って来りて瓜(か)を進めんとせるの事(こと)を説(と)き一遍(ひととおり)せり。かれ急(いそ)ぎ鬼使(きし)を差(さ)し向(む)けて、我が妻(つま)を引(ひ)き過(わた)らしめ、すなわち森羅殿(しんらでん)の下(もと)に在りて相会(しょうかい)わしめたり。一壁廂(ひとまず)また死生文簿(しせいぶんぼ)を検看(けんかん)して、我が夫妻(ふさい)は都(みな)登仙(とうせん)の寿(じゅ)有りと曰(のたま)い、すなわち鬼使(きし)を差(さ)し向けて送り回さしめたり。臣は前に在りて走(はし)り、我が妻(つま)は後(うしろ)に行(ゆ)きしが、幸(さいわ)いに還魂(かんこん)するを得たり。但だ妻(つま)の何所(いずこ)に投(とう)せしを知(し)らず」と。 唐王(とうおう)驚(おどろ)き問うて曰く、「かの閻王(えんおう)は曾(かつ)て汝が妻(つま)の什(なに)をか曰えるや」と。劉全曰く、「閻王(えんおう)は曾て什(なに)をも曰わず、只だ鬼使(きし)の曰えるを聞くを得たるのみ。曰く、『李翠蓮(りすいれん)は陰(かげ)に帰(かえ)りし日(ひ)久(ひさ)しく、屍首(ししゅ)存(そん)する無し』と。閻王(えんおう)曰く、『唐(とう)の御妹の李玉英(りぎょくえい)は今(いま)当(まさ)に促死(そくし=早死)すべし、翠蓮(すいれん)をしてすなわち玉英(ぎょくえい)の屍(しかばね)を借(か)りて還魂(かんこん)し去かしめよ』と。臣は『唐御妹(とうぎょまい)』のこれ甚(なん)の地方(ところ)なる、家(いえ)の居(お)る何処(いずこ)なるを知(し)らず、我は未(いま)だ曾(かつ)て得て去きて找尋(そうじん)めざるなり」と。 唐王(とうおう)奏(そう)を聞き、満心(まんしん)に歓喜(かんぎ)し、当(まさ)に多官(たかん=諸臣)に対(たい)して曰く、「朕は閻君(えんくん)に別(わか)れし時(とき)、曾(かつ)て宮中(きゅうちゅう)の事(こと)を問いしに、かれは老幼(ろうよう)俱に安(やす)しと曰えるも、但だ恐(おそ)らくは御妹の寿(じゅ)の促(みじか)からんことを。しかるに才(ただいま)御妹の玉英(ぎょくえい)は花陰(かいん)の下(もと)に跌(つまず)き死(し)し、朕急(いそ)ぎ扶(たす)けて看しに、須臾(しゅゆ)にして蘇醒(そせい)し、口(くち)に『丈夫(おっと)よ、慢行(ゆっくり)せよ、我を一等(ひととき)待(ま)て!』と叫(よ)べり。朕は只だこれかれ跌(つまず)き昏(くら)みて胡言(こげん)うなるべしと道(おも)えり。またかれに詳細(しょうさい)を問いしに、かれが説(と)く言(ことば)は、劉全と一般(ひとおなじ)なり」と。 魏徴(ぎちょう)奏(そう)して曰く、「御妹は偶爾(ぐうじ=偶然)に寿(じゅ)促(みじか)く、少(すこ)しく蘇醒(そせい)して即(すなわ)ちこの話(ことば)を説(と)く。これこれ劉全が妻(つま)の屍(しかばね)を借(か)りて還魂(かんこん)するの事(こと)なり。この事(こと)もまた有るべし。請(こ)う、宮主(きゅうしゅ)を出だして、かれに甚(なん)の言(ことば)を説(と)く有るかを看られよ」と。唐王(とうおう)曰く、「朕才(ただいま)太医院(たいいいん)に命(めい)じて薬(くすり)を進めしめしが、如何(いかん)なるを知(し)らず」と。すなわち妃嬪(ひひん)に教(おし)えて宮(きゅう)に入りて請(しょう=招)かしむ。 かの宮主(きゅうしゅ)は裡に在りて乱(みだ)りに嚷(わめ)いて曰く、「我は什(なに)の薬(くすり)をか喫(くら)わんや!此処(ここ)は那(いず)くにかこれ我が家(いえ)ならん!我が家(いえ)はこれ清涼(せいりょう)の瓦屋(がおく)、この害黄病(おうびょう=黄疸)の房子(ぼうし=建物)のごときには似(に)ず、花裡狐哨(かりこうしょう)の門扇(もんせん=扉)よ!我を出(いだ)せ!我を出せ!」と。 正に嚷(わめ)く処(ところ)に、ただ見よ、四(よ)つ五(いつ)つの女官(にょかん)、両(ふた)つ三(み)つの太監(たいかん=宦官)、かれを扶(たす)けて、直(ただ)ちに殿上(でんじょう)に至る。唐王(とうおう)曰く、「汝は汝が丈夫(おっと)を認(みし)る得(う)るか」と。玉英(ぎょくえい)曰く、「那(いず)くんの話(ことば)を説(と)くや、我ら両箇(ふたり)は小児(しょうじ)よりの結髪(けっぱつ)の夫妻(ふさい)、かれと男(おのこ)を生(う)み女(おんな)を育(はぐく)めり、怎(いか)でか認(みし)らざるを得んや」と。唐王(とうおう)内官(ないかん=宦官)を叫(よ)んでかれを攙(たす)けて下(くだ)らしむ。かの宮主(きゅうしゅ)宝殿(ほうでん)を下(くだ)り、直(ただ)ちに白玉階(はくぎょくかい)の前に至り、劉全を見るや、一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き捉(とら)えて曰く、「丈夫(おっと)よ、汝は那(いず)くへ往(ゆ)かんとする、すなわち我を一等(ひととき)等(ま)たざるか!我は一跌(ひとたびつまず)き、かの些(これら)の道理(どうり)無き人どもに囲(かこ)まれて我に嚷(わめ)かる。これこれ怎(いか)なる説(こと)ぞ!」と。 かの劉全は、かれが説(と)く話(ことば)のこれ妻(つま)の言(ことば)なるを聴(き)けども、その人を観(み)れば妻(つま)の面(おもて)に非(あら)ざれば、敢えて相認(みし)らず。唐王(とうおう)曰く、「これ正に『山(やま)崩(くず)れ地(ち)裂(さ)くるは人の見る有るも、生(い)き捉(とら)えて死(し)に替(か)うるは却(かえっ)て難逢(なんぽう)』なり!」と。好きかな、一箇(ひとり)の道(みち)有る君王(くんのう=君主)かな、すなわち御妹の妝奩(しょうれん)・衣物(いぶく=衣服)・首飾(しゅしょく)を、尽(ことごと)く劉全に賞賜(しょうし)し、就(すなわ)ち陪嫁(ばいか)の一般(ごとく)なり。またかれに永(なが)く差徭(さよう)を免(まぬか)るるの御旨(ぎょし=勅旨)を賜(たま)い、かれをして御妹を帯領(たいりょう)れて回り去(さ)らしむ。かれ夫妻(ふさい)両箇(ふたり)は、すなわち階前(かいぜん)に在りて恩を謝(しゃ)し、歓歓喜喜(かんかんきき)して郷(さと)に還(かえ)る。詩(し)有りて証(あかし)と做(な)す。曰く、 人生(じんせい)人死(じんし)はこれ前縁(ぜんえん)、 短短長長(たんたんちょうちょう)各(おのおの)年(とし)有り。 劉全は瓜(か)を進めて陽世(ようせ)に回り、 屍(しかばね)を借(か)りて魂(たましい)を還(かえ)す李翠蓮(りすいれん)。 と。 かれ両箇(ふたり)は君王(くんのう)に辞(じ)し、径(ただ)ちに均州(きんしゅう)の城里(じょうり)に来るに、旧(もと)の家業(かぎょう=家産)・児女(じじょ)の俱に好きを見る。両口児(ふたり)は善果(ぜんか)を宣揚(せんよう)することは題(だい)せず。 さて、かの尉遅公(いちこう)、金銀(きんぎん)一庫(ひとくら)を将(ひっさ)げ、河南(かなん)の開封府(かいほうふ)に上りて相良(そうりょう)を訪看(ほうかん)るに、原(もと)来(もと)は水(みず)を売(う)って活(わざ)と為し、妻(つま)の張氏(ちょうし)と同(とも)に門首(もんしゅ)に在りて烏盆(うぼん)・瓦器(がき=陶器)を販売(はんばい)して営生(えいせい)てり。但だ些(いささ)かの錢児(せんじ=銭)を赚(もう)くるを得れば、只だ盤纏(ばんてん=路銀)を以て足(た)れりと為し、その多少(たしょう)は斎僧(さいそう)・布施(ふせ=喜捨)し、金銀紙錠(きんぎんしてい)を買(か)いて、記庫(きこ)して焚焼(ふんしょう=焼く)せり。故(ゆえ)にこの善果(ぜんか)の身(み)に臻(いた)る有るなり。陽世間(ようせかん)にはこれ一条(ひとすじ)の善(ぜん)を好(この)む窮漢(きゅうかん)なるも、那世裡(かしょ)には却(かえっ)てこれ積玉堆金(せきぎょくたいきん)の長者(ちょうじゃ=富豪)なり。 尉遅公(いちこう)金銀(きんぎん)を将(ひっさ)げてかれが門(かど)に送り上(あ)ぐれば、唬(おどろ)かされてかの相公(そうこう)・相婆(そうば)は魂飛魄散(こんひはくさん=魂も飛び魄も散る)す。また兼(か)ねて本府(ほんふ)の官員(かんいん=役人)有りて、茅舎(ぼうしゃ)の外(そと)に車馬(しゃば)の駢集(べんしゅう)するを、かの老(おい)たる両口子(ふたり)は痴(おろか)なるが如(ごと)く唖(おし)なるが如く、地(ち)に跪(ひざまず)きて、只だ磕頭(かいとう)し礼拝(らいはい=拝む)するのみ。尉遅公(いちこう)曰く、「老人家(ろうじんか)、請(こ)う起(た)てよ。我はこれ欽差官(きんさかん=勅使)なるも、却(かえっ)て我が王(おう)の金銀(きんぎん)を賚(も)ち来りて汝に送り還(かえ)すなり」と。 かれ戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき恐れ)として答(こた)えて曰く、「小的(せがれ)には甚(なん)の金銀(きんぎん)の放債(ほうさい)せるも無し、如何(いか)でか敢えてこの明(あき)らかならざるの財(たから)を受けんや」と。尉遅公(いちこう)曰く、「我もまた汝のこれ箇(ひとり)の窮漢(きゅうかん)なるを訪(たず)ね得たり。ただ汝の斎僧布施(さいそうふせ)して、その用(よう)を尽(つく)し、すなわち金銀紙錠(きんぎんしてい)を買弁(ばいべん)え、陰司(いんし)に焼(や)き記(しる)せしをもって、陰司(いんし)の裡には汝が積(つ)み下(おろ)せる錢鈔(せんしょう=紙銭)有るなり。これ我が太宗皇帝(たいそうこうてい)の死(し)して三日(みっか)にして、還魂(かんこん)して復(また)生(い)き、曾(かつ)てかの陰司(いんし)の裡に在りて汝が金銀(きんぎん)一庫(ひとくら)を借(か)りしを、今(いま)これ数(かず)に照(しょう)らして送り還(かえ)すなり。汝一一(いちいち)収(おさ)め下(くだ)せ、我の好く去きて旨(し=勅旨)を回すを等(ま)てよ」と。 かの相良(そうりょう)両口児(ふたり)は只だ朝天(ちょうてん)礼拝(らいはい)して、那(いず)くんぞ敢えて受けん。曰く、「小的(せがれ)若(も)しこれらの金銀(きんぎん)を受けば、すなわち死(し)の快(はや)からん。是(か)くのごとく紙(かみ)を焼(や)きて庫(くら)に記(しる)すといえども、これ乃(すなわ)ち冥冥(めいめい)の事(こと)なり、況(いわ)んや万歳(ばんぜい)爺爺(やや=帝)の那世裡(かしょ)に金銀(きんぎん)を借(か)りしに、何(なん)の証拠(しょうこ)か有らん。我は決(けっ)して敢えて受けず」と。尉遅公(いちこう)曰く、「陛下(へいか)の曰(おお)せらく、汝が物(もの)を借(か)りしは、崔判官(さいはんがん)の作保(さくほ)有りて証(あかし)と為すべしと。汝収(おさ)め下(くだ)せ」と。相良(そうりょう)曰く、「死(し)するもまたこれ敢えて受けざる所(ところ)なり」と。 尉遅公(いちこう)かれが苦苦(くく)推辞(すいじ=辞退)するを見て、只得(やむなく)本(ほん)を具(つぶさ)にし人を差(さ)し啓奏(けいそう)ぐ。太宗(たいそう)本(ほん)を見て、相良(そうりょう)の金銀(きんぎん)を受けざるを知(し)り、曰く、「これ誠(まこと)に善良(ぜんりょう)の長者(ちょうじゃ)と為るかな!」と。すなわち旨(し)を伝(つた)えて胡敬徳(こけいとく)に教(おし)え、金銀(きんぎん)を以てかれが為(ため)に寺院(じいん)を修理(しゅうり=修繕)し、生祠(せいし)を起盖(きがい)し、僧を請(しょう)じて善(ぜん)を做(な)さしめ、就(すなわ)ちかれに還(かえ)すの一般(ごとく)と為せと。旨意(しい=勅意)の到る日(ひ)、敬徳(けいとく)闕(けつ=宮門)を望(のぞ)んで恩を謝(しゃ)し、旨(し)を宣(せん)じて衆皆(みな)これを知(し)る。すなわち金銀(きんぎん)を将(もっ)て城里(じょうり)の軍民(ぐんみん)の無礙(むげ)の地基(ちき=土地)一段(ひとくぎり)、周囲(しゅうい)五十畝(ごじっぽ)の広闊(こうかつ=広さ)有るを買(か)い得、その上に在りて工(こう)を興(おこ)し、寺院(じいん)を起盖(きがい)して、名(な)を「敕建相国寺(ちょくけんしょうこくじ=勅建の相国寺)」と曰う。左(ひだり)には相公(そうこう)・相婆(そうば)の生祠(せいし)有り、碑(いしぶみ)を鐫(きざ)み石(いし)に刻(きざ)み、上に「尉遅公監造(いちこうかんぞう)」と写(うつ)せり。すなわち今(いま)の大相国寺(だいしょうこくじ)はこれなり。 工(こう)完(おわ)りて回奏(かいそう)するに、太宗(たいそう)甚(はなは)だ喜ぶ。 しかしてまた多官(たかん=諸臣)を聚集(しゅうしゅう=集め)し、榜(ほう)を出(いだ)して僧を招(まね)き、「水陸大会(すいりくだいえ=水陸道場の大法会)」を修建(しゅうけん)て、冥府(めいふ=冥界)の孤魂(こごん)を超度(ちょうど)さんとす。榜(ほう)を天下(てんか)に行(おこな)い、各処(かくしょ=各地)の官員(かんいん)に着(つ)けて道(みち)有るの高僧(こうそう)を推選(すいせん)し、長安(ちょうあん)に上りて会(え=法会)を做(な)さしむ。那(いず)くんぞ一箇月(ひとつき)の期(き)を消(へ)さん、天下(てんか)の多(おお)くの僧俱に到れり。 唐王(とうおう)旨(し=勅旨)を伝(つた)え、太史丞(たいしじょう)の傅奕(ふえき)に着(つ)けて高僧(こうそう)を選挙(せんきょ)げ、仏事(ぶつじ)を修建(しゅうけん)せしむ。傅奕(ふえき)旨(し)を聞くや、すなわち疏(そ)を上(たてまつ)りて浮屠(ふと=仏教)を止(とど)め、言を以て仏無しと為す。表(ひょう)に曰く、 「西域(せいいき)の法(ほう)は、君臣(くんしん)父子(ふし)無く、三途(さんず)六道(ろくどう)を以て、愚蠢(ぐどん)を蒙誘(もうゆう)く。既往(きおう)の罪(つみ)を追(お)い、将来(しょうらい)の福(ふく)を窺(うかが)い、口(くち)に梵言(ぼんごん=サンスクリットの経文)を誦(とな)えて、以て偷免(とうめん)を図(はか)る。且(か)つ生死(しょうじ)寿夭(じゅよう)は、本(もと)これ自然(しぜん)よりし、刑徳(けいとく)威福(いふく)は、これ人主(じんしゅ=君主)に系(かか)る。今(いま)聞くならく、俗徒(ぞくと)の矯托(きょうたく)して、皆(みな)仏に由(よ)ると云(い)うと。五帝(ごてい)・三王(さんおう)自(よ)り、未(いま)だ仏法(ぶっぽう)有らざりき、君(きみ)明(あき)らかに臣忠(ちゅう)にして、年祚(ねんそ)長久(ちょうきゅう)なり。漢明帝(かんめいてい)に至りて始(はじ)めて胡神(こしん)を立(た)つるも、然(しか)れども惟(た)だ西域(せいいき)の桑門(そうもん)のみ、自(みずか)らその教(おしえ)を伝(つた)う。実(じつ)に乃(すなわ)ち夷(い)の中国(ちゅうごく)を犯(おか)すなり、信(しん)と為すに足(た)らず」 と。 太宗(たいそう)言を聞き、すなわちこの表(ひょう)を擲(なげう)ちて群臣(ぐんしん)に付(ふ)してこれを議(ぎ)せしむ。 時(とき)に宰相(さいしょう)の蕭瑀有り、班(つらね)を出で俯伏(ふふく)して奏(そう)して曰く、「仏法(ぶっぽう)は屡朝(るちょう)より興(おこ)り、善(ぜん)を弘(ひろ)め悪(あく)を遏(とど)め、冥(くら)きに国家(こっか)を助(たす)け、理(ことわり)として廃棄(はいき)する無きなり。仏は聖人(せいじん)なり。聖(せい)に非(あら)ざる者は法(ほう)無し、請(こ)う、厳刑(げんけい)に置(お)かれよ」と。 傅奕(ふえき)と蕭瑀と論弁(ろんべん)う。傅奕言(い)う、礼(れい)は本(もと)親(おや)に事(つか)え君(きみ)に事(つか)うるよりし、而(しか)るに仏は親(おや)に背(そむ)きて出家(しゅっけ)し、匹夫(ひっぷ)を以て天子(てんし)に抗(あらが)い、継体(けいたい)を以て所親(しょしん)に悖(もと)ると。蕭瑀は空桑(くうそう)より生(うま)れず、乃(すなわ)ち無父(むふ)の教(おしえ)に遵(したが)う。正に所謂(いわゆる)「孝(こう)に非(あら)ざる者は親(おや)無し」なりと。蕭瑀但だ掌(て)を合(がっ)して曰く、「地獄(じごく)の設(もう)くるは、正にこれこの人の為(ため)なり」と。 太宗(たいそう)太僕卿(たいぼくけい)の張道源(ちょうどうげん)、中書令(ちゅうしょれい)の張士衡(ちょうしこう)を召(め)し、仏事(ぶつじ)の福(ふく)を営(いとな)むは、その応(おう=効験)如何(いかん)と問う。二臣(にしん)対(こた)えて曰く、「仏は清浄(しょうじょう)仁恕(じんじょ)に在り、果(か)は正(ただ)しく仏は空(くう)なり。周武帝(しゅうぶてい)は三教(さんきょう)を以て分次(ぶんじ=序列)せり。大慧禅師(だいえぜんじ)は讃(さん)の幽遠(ゆうえん)有り、衆を歴(へ)て供養(くよう)するも而(しか)も顕(あらわ)れざるは無く、五祖(ごそ)は投胎(とうたい=受胎)し、達摩(だるま)は現像(げんぞう)せり。古(いにしえ)自(よ)り、皆(みな)三教(さんきょう)の至尊(しそん)にして毀(やぶ)るべからず、廃(はい)すべからずと云(い)う。伏(ふ)して乞(こ)う、陛下(へいか)の聖鑒(せいかん)明裁(めいさい)あれ」と。 太宗(たいそう)甚(はなは)だ喜んで曰く、「卿(けい)が言は理(ことわり)に合(かな)えり。再(ふたた)び陳(のべ)る所(ところ)有る者は、これを罪(つみ)せん」と。すなわち魏徴(ぎちょう)と蕭瑀・張道源(ちょうどうげん)に着(つ)け、諸仏(しょぶつ)を邀請(ようせい)じ、一(ひとり)の大徳行(だいとくぎょう)有る者を選挙(せんきょ)して壇主(だんしゅ)と做(な)し、道場(どうじょう)を設建(せっけん)てしむ。衆は皆(みな)頓首(とんしゅ)して恩を謝(しゃ)して退(しりぞ)く。 この時(とき)自(よ)り法律(ほうりつ=法令)を出(いだ)せり。但だ僧を毀(そし)り仏を謗(そし)る者有れば、その臂(ひじ)を断(た)つと。 次日(よくじつ)、三位(さんい=三人)の朝臣(ちょうしん)、衆僧(しゅうそう)を聚(あつ)め、かの山川壇(さんせんだん)の裡に在りて、逐一(ちくいち)頭(かしら)より従(よ)りて査選(させん)ぶ。内(うち)一(ひとり)の徳行(とくぎょう)有るの高僧(こうそう)を選(えら)び得たり。 汝はかれのこれ誰人(たれ)なるを道(い)わんや。 霊通(れいつう)本諱(ほんき)号(ごう)して金蝉(きんせん)と曰う、 只だ無心(むしん)に仏の講(こう=説法)を聴(き)くに因(よ)り、 転託(てんたく)して塵凡(じんぼん)に苦(くる)しみ磨(ま=苦難)を受け、 世俗(せぞく)に降生(こうしょう)りて羅網(らもう=網)に遭(あ)う。 投胎(とうたい)し落地(らくち)してすなわち凶(きょう=凶事)に逢(あ)い、 未(いま)だ出でざるの前(さき)に悪党(あくとう)に臨(のぞ)む。 父(ちち)はこれ海州(かいしゅう)の陳状元(ちんじょうがん)、 外公(がいこう)は総管(そうかん)当朝(とうちょう)の長(ちょう)なり。 出身(しゅっしん)命(めい)落江星(らくこうせい)を犯(おか)し、 水(みず)に順(したが)い波(なみ)に随(したが)いて浪(ろう=波)を泱(ただよ)う。 海島(かいとう)金山(きんざん)に大縁(たいえん)有り、 遷安(せんあん)和尚(おしょう)かれを将(ひきう)けて養(やしな)う。 年(とし)方(まさ)に十八(じゅうはち)にして親娘(しんじょう)を認(みし)り、 特(こと)に京都(けいと=都)に赴(おもむ)きて外長(がいちょう)を求(もと)む。 総管(そうかん)は山(やま)を開(ひら)き大軍(たいぐん)を調(ちょう=動員)し、 洪州(こうしゅう)に寇(こう=賊)を剿(せいばい)し凶党(きょうとう)を誅(ちゅう=討)す。 状元(じょうがん)の光蕊(こうずい)は天羅(てんら)を脱(のが)れ、 子父(しふ)相逢(あいあ)いて賀奨(がしょう)に堪(た)えたり。 復(ま)た当今(とうこん)に謁(えっし)て主恩(しゅおん)を受け、 凌煙閣(りょうえんかく)の上に賢名(けんめい)響(ひび)く。 恩官(おんかん)を受けず願って僧と為り、 洪福(こうふく)沙門(しゃもん=仏門)に将(まさ)に道(みち)を訪(と)わんとす。 小字(しょうじ=幼名)を江流(こうりゅう)と曰い古仏(こぶつ)の児(こ)なり、 法名(ほうみょう=戒名)を喚(よ)んで陳玄奘(ちんげんじょう)と做(な)す。 と。 当日(そのひ)衆に対(たい)して玄奘法師(げんじょうほうし)を挙(あ)げ出(いだ)す。この人は幼(おさな)き自(よ)り僧と為り、娘胎(じょうたい)を出づるや、すなわち斎(とき=精進)を持(たも)ち戒(かい)を受く。かれが外公(がいこう)は当朝(とうちょう)一路(いちろ)の総管(そうかん)の殷開山(いんかいざん)なり。かれが父(ちち)の陳光蕊(ちんこうずい)は状元(じょうがん)に中(あた)り、官(かん)は文淵殿大学士(ぶんえんでんだいがくし)に拝(はい)せらる。一心(いっしん)に栄華(えいが)を愛(あい)せず、只だ修持(しゅじ=修行)寂滅(じゃくめつ=涅槃)を喜ぶ。 査(しら)ぶるに、かれが根源(こんげん=素姓)また好く、徳行(とくぎょう)また高(たか)し。千経万典(せんきょうばんてん=あらゆる経典)に通(つう)ぜざるは無く、仏号仙音(ぶつごうせんのん=仏の名号と仙の音声)に会(え=会得)せざるは般(たぐい=類)無し。当時(そのとき)三位(さんい)は御前(ごぜん)に引(ひ)き至れば、塵(ちり)を揚(あ)げ舞蹈(ぶとう)す。拝(はい)し罷(おわ)りて奏(そう)して曰く、「臣瑀(う)等(ら)、聖旨(せいし)を蒙(こうむ)り、高僧(こうそう)一名(ひとり)の陳玄奘(ちんげんじょう)を選(えら)び得たり」と。 太宗(たいそう)その名(な)を聞き、良久(りょうきゅう)沈思(ちんし)んで曰く、「これ学士(がくし)の陳光蕊(ちんこうずい)が児(こ)の玄奘(げんじょう)なるか」と。江流児(こうりゅうじ)叩頭(こうとう)して曰く、「臣は正にこれなり」と。太宗(たいそう)喜んで曰く、「果(はた)してこれを挙(あ)ぐるに錯(あやま)ち無し。誠(まこと)に徳行(とくぎょう)有り禅心(ぜんしん)有るの和尚(おしょう)と為るかな。朕は汝に左僧綱(さそうごう)・右僧綱(うそうごう)・天下大闡都僧綱(てんかだいせんとそうごう)の職(しょく)を賜(たま)わん」と。玄奘(げんじょう)頓首(とんしゅ)して恩を謝(しゃ)し、大闡(だいせん)の官爵(かんしゃく)を受く。また五彩織金袈裟(ごさいしょくきんけさ)一件(ひとえ)、毗盧帽(びるぼう)一頂(ひとつ)を賜(たま)う。かれに教(おし)えて心(こころ)を用(もち)いて再(ふたた)び明僧(みょうそう)を拝(はい)し、闍黎(じゃり)班首(はんしゅ)に排次(はいじ)べ、旨意(しい=勅意)を書弁(しょべん)え、化生寺(けしょうじ)に前赴(のぼむ)き、吉日良時(きちじつりょうじ=佳き日と佳き刻)を擇(えら)び定(さだ)め、経法(きょうほう)を開演(かいえん)かしむ。 玄奘(げんじょう)再拝(さいはい)して旨(し)を領(う)けて出づ。すなわち化生寺(けしょうじ)の裡に到り、多僧(たそう)を聚集(しゅうしゅう)し、禅榻(ぜんとう)を打造(だぞう)り、功徳(くどく)を装修(しゅうしゅう)え、音楽(おんがく=仏楽)を整理(せいり)う。選(えら)び得たる大小(だいしょう)の明僧(めいそう)計(あまた)一千二百名(いっせんにひゃくめい)、上中下(じょうちゅうげ)の三堂(さんどう)に分派(ぶんぱ)す。諸所(しょしょ)の仏前(ぶつぜん)の物件(ぶっけん=仏具)皆(みな)斉(ととの)い、頭頭(ずず)次(ついで=順序)有り。 選(えら)ぶに本年(ほんねん)九月(くがつ)初三日(みっか=三日)に到る。黄道良辰(こうどうりょうしん)に、七七四十九日(しちしちしじゅうくにち)の「水陸大会(すいりくだいえ)」を開啟(かいけい)す。すなわち表(ひょう)を具(つぶさ)にして申奏(しんそう)ぐれば、太宗(たいそう)及び文武(ぶんぶ)・国戚(こくせき=外戚)・皇親(こうしん=皇族)は、俱に期(き)に至りて会(え=法会)に赴(おもむ)き、香(こう)を拈(ひね)りて講(こう=説法)を聴(き)く。詩(し)有りて証(あかし)と做(な)す。詩に曰く、 龍集(りゅうしゅう=龍の年次、歳をいう)貞観(じょうかん)正に十三(じゅうさん)、 王(おう)大衆(だいしゅ=多衆)を宣(せん)して把(もっ)て経(きょう)を談(だん)ず。 道場(どうじょう)開演(かいえん)して無量法(むりょうほう)、 雲霧(うんむ)光(ひかり)を乗(じょう)じて大願龕(たいがんがん)に至る。 御敕(ぎょちょく=勅命)恩を垂(た)れて上刹(じょうさつ)を修(おさ)め、 金蝉(きんせん)殻(から)を脱(だっ)して西涵(せいかん)を化(け)す。 普(あまね)く善果(ぜんか)を施(ほどこ)して沈設(ちんせつ)を超(こ)え、 教(おしえ)を秉(と)りて宣揚(せんよう)し前後(ぜんご)三(みたび)なり。 と。 貞観(じょうかん)十三年(じゅうさんねん)、歳(とし)己巳(きし)に次(つ)ぐ。九月(くがつ)甲戌(こうじゅつ)、初三日(みっか)、癸卯(きぼう)の良辰(りょうしん)なり。陳玄奘(ちんげんじょう)大闡法師(だいせんほうし)、一千二百名(いっせんにひゃくめい)の高僧(こうそう)を聚集(しゅうしゅう)し、都(すべ)て長安城(ちょうあんじょう)の化生寺(けしょうじ)に在りて諸品(しょほん=諸々)の妙経(みょうきょう)を開演(かいえん)す。 かの皇帝(こうてい)、早朝(そうちょう)已(すで)に畢(おわ)り、文武(ぶんぶ)の多官(たかん)を帥(ひき)い、鳳輦龍車(ほうれんりゅうしゃ=鳳の輦と龍の車)に乗(じょう)じ、金鑾宝殿(きんらんほうでん)を出で離(はな)れ、径(ただ)ちに寺(てら)に上りて香(こう)を拈(ひね)る。 怎(いか)でかかの鑾駕(らんが)を見んや。真箇(まこと)にこれ: 一天(いってん)の瑞気(ずいき)、 万道(ばんどう)の祥光(しょうこう)。 仁風(じんぷう)軽(かる)く淡蕩(たんとう)、 化日(かにち)麗(うるわ)しく非常(ひじょう)。 千官(せんかん)の環珮(かんぱい)前後(ぜんご)を分(わか)ち、 五衛(ごえい)の旌旗(せいき=旗幟)両旁(りょうぼう=両側)に列(つら)ぬ。 金瓜(きんか)を執(と)り、斧鉞(ふえつ)を擎(ささ)ぐ、双双対対(そうそうついつい=二つ並び二つ対し)。 絳紗燭(こうしゃしょく)、御炉香(ぎょろこう)、靄靄堂堂(あいあいどうどう)。 龍飛(りゅうひ)し鳳舞(ほうぶ)し、鶚薦(がくせん)鷹揚(おうよう)。 聖明(せいめい)の天子(てんし)正(ただ)しく、忠義(ちゅうぎ)の大臣(だいじん)良(よ)し。 介福(かいふく)千年(せんねん)舜禹(しゅんう)を過(す)ぎ、 昇平(しょうへい=泰平)万代(ばんだい)堯湯(ぎょうとう)を賽(こ)う。 また見よ、かの曲柄傘(きょくへいさん)、滾龍袍(こんりゅうほう)、輝光(きこう)相(あい)射(さ)し、 玉連環(ぎょくれんかん)、彩鳳扇(さいほうせん)、瑞靄(ずいあい)飄揚(ひょうよう)。 珠冠(しゅかん)玉帯(ぎょくたい)、紫綬(しじゅ)金章(きんしょう)。 護駕軍(ごがぐん)千隊(せんたい)、 扶輿将(ふよしょう)両行(りょうこう=二列)。 この皇帝(こうてい)沐浴(もくよく)して虔誠(けんせい=篤く)に仏を尊敬(そんけい)し、 善果(ぜんか)に皈依(きえ=帰依)して喜んで香(こう)を拈(ひね)る。 と。 唐王(とうおう)の大駕(たいが)、早(はや)くも寺前(じぜん)に到る。吩咐(いいつけ)て音楽(おんがく)響器(きょうき)を住(とど)めしめ、車輦(しゃれん=車)を下(おり)り、多官(たかん)を引(ひ)きて、仏を拝(はい)し香(こう)を拈(ひね)る。三匝(さんそう)已(すで)に畢(おわ)り、頭(こうべ)を挙(あ)げて観(み)れば、果(はた)して好き一座(ひとつ)の道場(どうじょう)なり。但だ見よ: 幢幡(どうばん)飄舞(ひょうぶ)、宝蓋(ほうがい)飛輝(ひき)。 幢幡(どうばん)飄舞(ひょうぶ)して、空(そら)に凝(こ)る道道(どうどう)の彩霞(さいか)を揺(ゆ)らし、 宝蓋(ほうがい)飛輝(ひき)して、日(ひ)に映(えい)ずる翩翩(へんへん)の紅電(こうでん)を徹(とお)す。 世尊(せそん=釈迦)の金像(きんぞう)貌(ぼう=姿)臻臻(しんしん)、 羅漢(らかん)の玉容(ぎょくよう)威烈烈(いれつれつ)。 瓶(へい=花瓶)には仙花(せんか)を插(さ)し、炉(ろ)には檀降(だんこう)を焚(た)く。 瓶に仙花を插して、錦樹(きんじゅ)輝輝(きき)として宝刹(ほうさつ=仏寺)に漫(あまね)く、 炉に檀降を焚いて、香雲(こううん)靄靄(あいあい)として清霄(せいしょう)に透(とお)る。 時新(じしん)の果品(かひん=果物)朱盤(しゅばん)に砌(つ)み、 奇様(きよう)の糖酥(とうそ)彩案(さいあん)に堆(つ)む。 高僧(こうそう)羅列(られつ)ねて真経(しんきょう)を誦(とな)え、 願わくは孤魂(こごん)を抜(すく)いて苦難(くなん)を離(はな)れしめんとす。 と。 太宗(たいそう)文武(ぶんぶ)は俱に各(おのおの)香(こう)を拈(ひね)り、仏祖(ぶっそ)の金身(こんしん)を拝(はい)し、羅漢(らかん)に参(さん=参拝)す。また見よ、かの大闡都綱(だいせんとこう)の陳玄奘法師(ちんげんじょうほうし)の、衆僧(しゅうそう)を引(ひ)きて唐王(とうおう)に羅拝(らはい)せるを。礼(れい)畢(おわ)り、班(つらね)を分(わか)ちて各(おのおの)禅位(ぜんい=座)に安(やす)んず。法師は済孤榜文(さいこぼうぶん=孤魂を済う榜文)を献上(けんじょう)して太宗(たいそう)に看しむ。榜(ぼう)に曰く、 「至徳(しとく)渺茫(びょうぼう)、禅宗(ぜんしゅう)寂滅(じゃくめつ=涅槃)なり。清浄霊通(しょうじょうれいつう)、三界(さんがい)に周流(しゅうりゅう)る。千変万化(せんぺんばんか)、陰陽(いんよう)を統摂(とうせつ)む。体用(たいゆう)真常(しんじょう)、窮極(きゅうきょく)無きのみ。彼(か)の孤魂(こごん)を観(み)るに、深(ふか)く宜(よろ)しく哀愍(あいみん)むべし。これ太宗(たいそう)の聖命(せいめい)を奉(ほう)じ、諸僧(しょそう)を選集(せんしゅう)し、禅(ぜん)に参(さん)じ法(ほう)を講(こう)ず。大いに方便門庭(ほうべんもんてい=便宜の門と庭)を開(ひら)き、広(ひろ)く慈悲舟楫(じひしゅうしゅう=慈悲の船と櫂)を運(めぐ)らし、普(あまね)く苦海(くかい)の群生(ぐんしょう)を済(すく)い、沈痾(ちんあ)六趣(ろくしゅ=六道)を脱免(だつめん)せしむ。真路(しんろ)に引(ひ)き帰(かえ)し、普(あまね)く鴻濛(こうもう)を玩(もてあそ)ばしむ。動止(どうし)無為(むい)にして、純素(じゅんそ=純朴)を混成(こんせい)す。この良因(りょういん)を仗(たの)みて、清都絳闕(せいとこうけつ)に邀賞(ようしょう)られんことを、我が勝会(しょうえ)に乗(じょう)じて、地獄(じごく)の樊籠(はんろう)を脱離(だつり)し、早(はや)く極楽(ごくらく)に登(のぼ)りて任(まま)に逍遥(しょうよう)み、西方(さいほう)に来往(らいおう)して随(まか)せ自在(じざい)ならんことを」 と。 詩(し)に曰く、 一炉(いろ)の永寿香(えいじゅこう)、 幾巻(すこしのまき)の超生籙(ちょうしょうろく)。 無辺(むへん)の妙法(みょうほう)宣(の)べ、 無際(むさい)の天恩(てんおん)沐(こうむ)る。 冤孽(えんごう)尽(ことごと)く消除(しょうじょ)かれ、 孤魂(こごん)皆(みな)獄(ごく)を出づ。 願わくは我が邦家(ほうか)を保(たも)ち、 清平(せいへい)に万年(まんねん)の福(ふく)あれ。 と。 太宗(たいそう)看て、満心(まんしん)に歓喜(かんぎ)す。衆僧(しゅうそう)に曰く、「汝等(なんじら)丹衷(たんちゅう=真心)を秉(と)り立(た)て、切(せつ)に仏事(ぶつじ)を怠慢(たいまん)ること休(や)めよ。後(のち)功(こう)の成(な)り完備(かんび=整)うを待(ま)ちて、各各(おのおの)福(ふく)の帰(き)する有るべし。朕当(まさ)に重(おも)く賞(しょう)し、決(けっ)して空(むな)しく労(ろう)せしめじ」と。 かの一千二百(いっせんにひゃく)の僧、一斉(いっせい)に頓首(とんしゅ)して称謝(しょうしゃ=感謝)す。当日(そのひ)三斎(さんさい)已(すで)に畢(おわ)り、唐王(とうおう)駕(が=車駕)を回す。七日(なのか)の正会(しょうえ)を待(ま)ちて、復(ま)た拈香(ねんこう)を請(こ)わんとす。 時(とき)に天色(てんしょく)将(まさ)に晚(く)れんとす。各官(かっかん=諸官)は俱に退(しりぞ)く。怎(いか)でか好き晚(くれ)なるを見んや。汝看よ、かの: 万里(ばんり)の長空(ちょうくう=大空)淡(あわ)く輝(かがやき)を落(おと)し、 帰鴉(きあ)数点(すうてん)下(くだ)りて栖(すみか)に遅(おそ)し。 満城(まんじょう)の灯火(とうか)人烟(じんえん)静(しず)かに、 正にこれ禅僧(ぜんそう)の入定(にゅうじょう)の時(とき)なり。 と。 一宿(いっしゅく=一夜)の晩景(ばんけい)は題(だい)し過(す)ぐ。次早(よくあさ)、法師また座(ざ)に升(のぼ)り、衆を聚(あつ)めて経(きょう)を誦(とな)うることは題(だい)せず。 さて、南海(なんかい)普陀山(ふださん)の観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)は、如来(にょらい)の仏旨(ぶっし)を領(う)けし自(よ)り、長安城(ちょうあんじょう)に在りて取経(しゅきょう)の善人(ぜんにん)を訪察(ほうさつ)するに、日久(ひひさ)未(いま)だ真実(しんじつ=真の)徳行(とくぎょう)有る者に逢(あ)わず。 忽(たちまち)聞くならく、太宗(たいそう)は善果(ぜんか)を宣揚(せんよう)し、高僧(こうそう)を選挙(せんきょ)し、大会(だいえ)を開建(かいけん)むと。また見るならく、法師壇主(だんしゅ)たるは乃(すなわ)ち江流児(こうりゅうじ)和尚(おしょう)にして、正にこれ極楽(ごくらく)中(ちゅう)より降(くだ)り来れる仏子(ぶっし)なり、またこれかれが原(もと)引(ひ)き送りて投胎(とうたい=受胎)せし長老(ちょうろう)なりと。菩薩(ぼさつ)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)し、すなわち仏の賜(たま)える宝貝(ほうばい=宝物)を将(ひっさ)げて長街(ちょうがい)に捧(ささ)げ上し、木叉(もくしゃ)と貨売(かばい)く。 汝はかれがこれ何(なん)の宝貝(ほうばい)なるを道(い)わんや。一件(ひとつ)の錦襴異宝袈裟(きんらんいほうけさ)、九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)有り。また那(か)の金(きん)・緊(きん)・禁(きん)の三箇(みつ)の箍児(こじ)有りて、密密(みつみつ)蔵(かく)し収(おさ)め、以て後(のち)の用(よう)を俟(ま)つ。只だ袈裟(けさ)・錫杖を将(もっ)て出売(しゅつばい)すのみ。 長安城(ちょうあんじょう)の裡に、かの選(えら)び中(あた)らざる愚僧(ぐそう)有りて、倒(かえっ)て幾貫(いくかん)の村鈔(そんしょう)有り。菩薩(ぼさつ)の変化(へんげ)じて箇(ひとつ)の疥癩(かいらい)の形容(けいよう=姿)と為り、身(み)には破衲(はのう)を穿(き)、赤脚(せききゃく=裸足)光頭(こうとう)なるを見て、袈裟(けさ)を捧(ささ)げ定(さだ)めて艶艶(えんえん)に生光(せいこう)ずるを、かれ前に進みて問うて曰く、「那(そ)の癩和尚(らいおしょう)よ、汝が袈裟(けさ)は多少(いくら)の価錢(あたい)を売(う)らんと要(もと)むるや」と。菩薩(ぼさつ)曰く、「袈裟(けさ)の価値(あたい)は五千両(ごせんりょう)、錫杖の価値は二千両(にせんりょう)なり」と。 かの愚僧(ぐそう)笑(わら)って曰く、「この両箇(ふたり)の癩和尚(らいおしょう)はこれ瘋子(ふうし)なり!これ傻子(ばか)なり!この両件(ふたつ)の粗物(そぶつ)が、すなわち七千両(ななせんりょう)の銀子(ぎんし=銀)に売(う)るるを得(う)るは、只だ身(み)に穿(き)て上へ長生不老(ちょうせいふろう=長生きして老いず)ならんことを除(のぞ)き、就(すなわ)ち仏と成(な)り祖(そ=祖師)と作(な)るを得るとも、またこれ許多(あまた)に値(あたい)するを得ず!拿(と)って去(さ)れ!売(う)り成(な)らず!」と。 かの菩薩(ぼさつ)は更(さら)に争(あらそ)い吵(さわ)がず、木叉(もくしゃ)と前へ向(むか)いてまた走(ゆ)く。行(ゆ)くこと多時(たじ)に勾(わた)り、東華門(とうかもん)の前に来り到るに、正に宰相(さいしょう)の蕭瑀の朝(ちょう)を散(さん)じて回るに撞(ぶつ)かれり。衆の頭踏(とうとう)は街道(かいどう=通り)を喝開(かつかい)く。 かの菩薩(ぼさつ)は公然(こうぜん)避(さ)けず、当街(とうがい)に在りて袈裟(けさ)を拿(と)り、径(ただ)ちに宰相(さいしょう)を迎(むか)う。宰相(さいしょう)馬(うま)を勒(たづなをひ)きて観(み)るに、袈裟(けさ)の艶艶(えんえん)として生光(せいこう)するを見、手(て)の下(もと)の者を着(つ)けて那(そ)の袈裟(けさ)を売(う)る者に価(あたい)の幾何(いくばく)なるを問わしむ。菩薩(ぼさつ)曰く、「袈裟(けさ)は五千両(ごせんりょう)を要(もと)め、錫杖は二千両(にせんりょう)を要む」と。 蕭瑀曰く、「何(なん)の好処(こうしょ)有りて、この般(ほど)の高価(こうか)に値(あたい)するや」と。菩薩(ぼさつ)曰く、「袈裟(けさ)には好処(こうしょ)有り、不好処(ふこうしょ)有り。錢(ぜに)を要(もと)むる処(ところ)有り、錢を要(い)らざる処有り」と。蕭瑀曰く、「何(なに)をか好しと為し、何をか不好(あ)しと為すや」と。 菩薩(ぼさつ)曰く、「我が袈裟(けさ)を着(き)れば、沈淪(ちんりん)に入らず、地獄(じごく)に堕(お)ちず、悪毒(あくどく=邪悪)の難(なん)に遭(あ)わず、虎狼(ころう)の災(わざわい)に遇(あ)わざるは、すなわちこれ好処(こうしょ)なり。若(も)し淫(いん)を貪(むさぼ)り禍(わざわい)を楽(たの)しむの愚僧(ぐそう)、斎(とき)せず戒(かい)ざるの和尚(おしょう)、経(きょう)を毀(やぶ)り仏を謗(そし)るの凡夫(ぼんぶ=凡俗)は、我が袈裟(けさ)の面(おもて)を見ること難(かた)し、これすなわち不好処(ふこうしょ)なり」と。 また問うて曰く、「何(なに)をか錢(ぜに)を要(もと)むると為し、錢を要(い)らずとは」と。菩薩(ぼさつ)曰く、「仏法(ぶっぽう)に遵(したが)わず、三宝(さんぼう)を敬(うやま)わず、強(し)いて袈裟(けさ)・錫杖を買(か)わんとし、定(かなら)ずかれに七千両(ななせんりょう)を売(う)らんと要(もと)むるは、これすなわち錢を要むるなり。若(も)し三宝(さんぽう)を敬重(けいちょう)し、善(ぜん)を見て随喜(ずいき)し、我が仏に皈依(きえ)し、承(う)け受くるに堪(た)えたらば、我袈裟(けさ)・錫杖を将(もっ)て、願ってかれに送り、我と箇(ひとつ)の善縁(ぜんえん)を結(むす)ばんとす、これすなわち錢を要(い)らざるなり」と。 蕭瑀言を聞き、倍(ますます)春色(しゅんしょく=春めいた喜びの色)を添(そ)え、かれのこれ箇(ひとり)の好人(こうにん)なるを知(し)る。すなわち下馬(げば)し、菩薩(ぼさつ)と礼(れい)を以て相見(しょうけん=面会)す。口(くち)に「大法長老(だいほうちょうろう=大法の長老)」と称(しょう)して曰く、「我が蕭瑀が罪(つみ)を恕(ゆる)されよ。我が大唐(だいとう)の皇帝(こうてい)は十分(じゅうぶん)に善(ぜん)を好(この)み、満朝(まんちょう)の文武(ぶんぶ)は、これを行(おこな)わざるは無し。即今(ただいま)『水陸大会(すいりくだいえ)』を起建(きけん)せり。この袈裟(けさ)は正に好く大都闡(だいとせん)の陳玄奘法師(ちんげんじょうほうし)に与(あた)えて穿用(せんよう=着用)せしむべし。我汝と入朝(にゅうちょう)して駕(が=天子)に見(まみ)えんに去かん」と。 菩薩(ぼさつ)欣然(きんぜん)でこれに従(したが)い、歩(あゆみ)を転(てん)じ回(まわ)し、径(ただ)ちに東華門(とうかもん)の裡に進む。黄門官(こうもんかん)転奏(てんそう)し、旨(し)を蒙(こうむ)って宝殿(ほうでん)に宣(せん)じ至らる。蕭瑀の両箇(ふたり)の疥癩(かいらい)の僧人(そうにん)を引(ひ)きて、階下(かいか)に立(た)てるを見る。唐王(とうおう)問うて曰く、「蕭瑀は来りて何事(なにごと)をか奏(そう)するや」と。 蕭瑀階前(かいぜん)に俯伏(ふふく)して曰く、「臣東華門(とうかもん)の前を出でしに、偶(たまたま)二僧(にそう)に遇(あ)えり、乃(すなわ)ち袈裟(けさ)と錫杖とを売(う)る者なり。臣思(おも)うに法師の玄奘(げんじょう)はこの服(ふく)を着(き)るべし、故(ゆえ)に僧人(そうにん)を領(ひき)いて啓見(けいけん)せり」と。太宗(たいそう)大いに喜び、すなわち那(そ)の袈裟(けさ)の価値(あたい)の幾何(いくばく)なるを問う。 菩薩(ぼさつ)と木叉(もくしゃ)は階下(かいか)に侍立(じりつ)ち、更(さら)に礼(れい)を行(おこな)わず。袈裟(けさ)の価(あたい)を問わるるに因(よ)り、答(こた)えて曰く、「袈裟(けさ)は五千両(ごせんりょう)、錫杖は二千両(にせんりょう)なり」と。太宗(たいそう)曰く、「那(そ)の袈裟(けさ)に何(なん)の好処(こうしょ)有りて、すなわち許多(あまた)に値(あたい)するや」と。菩薩(ぼさつ)曰く、 「この袈裟(けさ)は、龍(りゅう)一縷(ひとすじ)を披(き)れば、大鵬(たいほう)の吞噬(どんぜい)の災(わざわい)を免(まぬか)れ、鶴(つる)一絲(いと)を掛(か)くれば、超凡入聖(ちょうぼんにゅうしょう)の妙(みょう)を得(う)。但だ坐(ざ)する処(ところ)には、万神(ばんしん)の朝礼(ちょうらい)有り。凡(およ)そ挙動(きょどう)には、七仏(しちぶつ)の随身(ずいしん)有り。 この袈裟(けさ)はこれ冰蚕(ひょうさん)の造練(ぞうれん)の抽絲(ちゅうし)にして、巧匠(こうしょう)が翻騰(ほんとう)て線(いと)と為す。仙娥(せんが=仙女)織(お)り就(な)し、神女(しんにょ)機(はた)に成(な)し、方方(ほうほう)簇幅(ぞくふく)に花(はな)を繍(ぬ)い縫(ぬ)い、片片(へんぺん)相(あい)帮(たす)けて錦簆(きんこう)を堆(つ)む。玲瓏(れいろう)散砕(さんさい)て妝花(しょうか)を闘(あらそ)わせ、色(いろ)亮(あき)らかに光(ひかり)を飄(ひるがえ)して宝艶(ほうえん)を噴(ふ)く。穿(き)てば満身(まんしん)に紅霧(こうむ)繞(まと)い、脱(ぬ)ぎ来れば一段(ひときれ)の彩雲(さいうん)飛(と)ぶ。三天門(さんてんもん)の外(そと)に元光(げんこう)を透(とお)し、五岳山(ごがくさん)の前に宝気(ほうき)を生(しょう)ず。重重(じゅうじゅう)嵌(かん)め就(な)せる西番蓮(せいばんれん)、灼灼(しゃくしゃく)として珠(たま)を懸(か)けて星斗(せいと=星々)に象(かたど)る。四角(よすみ)の上には夜明珠(やめいしゅ)有り、頂間(ちょうかん)に一顆(ひとつ)の祖母緑(そぼりょく)有り。全(まった)く本(もと)の体(からだ)を照(てら)すこと無きも、また生光(せいこう)の八宝(はっぽう)の集(あつ)まり有り。 この袈裟(けさ)は、閑(ひま)なる時(とき)は折迭(せつてつ)み、聖(ひじり)に遇(あ)いて才(はじ)めて穿(き)る。閑なる時折迭(おりたた)みて、千層(せんそう)の包裹(ほうか=包み)虹霓(こうげい=虹)を透(とお)し、聖に遇いて才めて穿れば、諸天(しょてん)の神鬼(しんき)を驚(おどろ)かし動(うご)かして怕(おそ)る。上辺(うえべり)には如意珠(にょいじゅ)・摩尼珠(まにじゅ)・辟塵珠(へきじんじゅ)・定風珠(じょうふうじゅ)有り。また那(か)の紅瑪瑙(こうめのう)・紫珊瑚(しさんご)・夜明珠(やめいしゅ)・舎利子(しゃりし)有り。月(つき)を偸(ぬす)んで白(しろ)く沁(し)み、日(ひ)と紅(あか)さを争(あらそ)う。条条(じょうじょう)の仙気(せんき)空(そら)に盈(み)ち、朵朵(だだ)の祥光(しょうこう)聖(ひじり)を捧(ささ)ぐ。条条の仙気空に盈(み)ちて、天関(てんかん)を照(てら)し徹(とお)し、朵朵の祥光聖を捧(ささ)げて、影(かげ)世界(せかい)に遍(あまね)し。山川(さんせん)を照(て)らして、虎豹(こひょう)を驚(おどろ)かし、海島(かいとう)に影(かげ)して、魚龍(ぎょりゅう)を動(うご)かす。沿辺(えんぺん)両道(ふたすじ)の銷金鎖(しょうきんさ)有り、叩領(こうれい)に白玉琮(はくぎょくそう)を連環(れんかん)ぬ。 詩(し)に曰く、 三宝(さんぽう)巍巍(ぎぎ)として道(みち)尊(たっと)ぶべし、 四生(ししょう)六道(ろくどう)尽(ことごと)く評論(ひょうろん)す。 心(こころ)を明(あき)らかにして人天法(にんでんほう)を解養(げよう)て、 性(しょう)を見て能(よ)く智慧灯(ちえとう)を伝(つた)う。 護体(ごたい)荘厳(そうごん)にして金世界(きんせかい)、 身心(しんしん)清浄(しょうじょう)にして玉壺冰(ぎょっこひょう)。 仏の袈裟(けさ)を制(さだ)めし自(よ)り、万劫(まんごう)誰(たれ)か能(よ)く敢えて僧を断(た)たんや」 と。 唐王(とうおう)かの宝殿(ほうでん)の上に在りて言を聞き、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)す。また問うて曰く、「那(そ)の和尚(おしょう)よ、九環杖(きゅうかんじょう=九つの環ある杖)に甚(なん)の好処(こうしょ)か有る」と。菩薩(ぼさつ)曰く、「我がこの錫杖は、これ那(か)の: 銅(どう)を鑲(ちりば)め鉄(てつ)に造(つく)れる九連環(きゅうれんかん=九つの連なる環)、 九節(きゅうせつ)の仙藤(せんとう)永(なが)く顔(かんばせ)を駐(とど)む。 手(て)に入れて厭(あ)きて看れば青骨(せいこつ)瘦(や)せたり、 山(やま)を下(くだ)れば軽(かる)く白雲(はくうん)を帯(たい)して還(かえ)る。 摩訶(まか)五祖(ごそ)は天闕(てんけつ)に游(あそ)び、 羅卜(らぼく)は娘(はは)を尋(たず)ねて地関(ちかん)を破(やぶ)る。 紅塵(こうじん)の些子(しゃし)の穢(けが)れをも染(し)みず、 喜んで神僧(しんそう)に伴(ともな)いて玉山(ぎょくざん)に上る」 と。 唐王(とうおう)言を聞き、すなわち袈裟(けさ)を展開(てんかい)かしめ、頭(かしら)より従(よ)りて細(こま)かに看るに、果(はた)してこれ件(ひとつ)の好物(こうぶつ)なり。曰く、「大法長老(だいほうちょうろう)よ、実(じつ)に汝を瞞(あざむ)かず。朕今(いま)大いに善教(ぜんきょう)を開(ひら)き、広(ひろ)く福田(ふくでん)を種(う)え、見在(ただいま)かの化生寺(けしょうじ)に在りて多僧(たそう)を聚集(しゅうしゅう)し、経法(きょうほう)を敷演(ふえん)かしむ。内(うち)に一箇(ひとり)の大いに徳行(とくぎょう)有る者有り、法名(ほうみょう)を玄奘(げんじょう)と曰う。朕汝がこの両件(ふたつ)の宝物(ほうぶつ)を買(か)いて、かれに賜(たま)いて受用(じゅよう)せしめんとす。汝端的(いったい)に価(あたい)幾何(いくばく)をか要(もと)むるや」と。 菩薩(ぼさつ)言を聞き、木叉(もくしゃ)と掌(て)を合(がっ)して皈依(きえ)し、仏号(ぶつごう)を一声(ひとこえ)道(い)い、躬身(きゅうしん)して上に啓(けい)して曰く、「既(すで)に徳行(とくぎょう)有れば、貧僧(ひんそう=拙僧)願ってかれに送らん、決(けっ)して錢(ぜに)を要(い)らず」と。説(と)き罷(おわ)り、身(み)を抽(ぬ)きんで便(すなわ)ち走(さ)る。 唐王(とうおう)急(いそ)ぎ蕭瑀を着(つ)けて扯(ひ)き住(とど)めしめ、身(み)を欠(かが)めて殿上(でんじょう)に立(た)てり。問うて曰く、「汝は原(もと)袈裟(けさ)は五千両(ごせんりょう)、錫杖は二千両(にせんりょう)と曰えり。汝朕の買(か)わんと要(もと)むるを見て、すなわち錢(ぜに)を要(い)らずとは、敢えて朕の心(こころ)の君位(くんい)に倚恃(いじ)り、強(し)いて汝が物件(ぶっけん=品々)を要(もと)むると曰うか。—更(さら)にこの理(ことわり)無し。朕汝が原価(げんか)に照(しょう)らして奉償(ほうしょう)らん、却(かえっ)て推避(すいひ)るべからず」と。 菩薩(ぼさつ)手(て)を起(おこ)して曰く、「貧僧(ひんそう)に願(がん)の前(さき)に在る有り。原(もと)曰えるは、果(はた)して三宝(さんぽう)を敬重(けいちょう)し、善(ぜん)を見て随喜(ずいき)し、我が仏に皈依(きえ)する者有らば、錢(ぜに)を要(い)らず、願ってかれに送らんと。今(いま)陛下(へいか)の明徳止善(めいとくしぜん)にして、我が仏門(ぶつもん)を敬(うやま)うを見る。況(いわ)んやまた高僧(こうそう)の徳(とく)有り行(ぎょう)有りて、大法(だいほう)を宣揚(せんよう)するをや。理(ことわり)として当(まさ)に奉上(ほうじょう)るべし、決(けっ)して錢(ぜに)を要(い)らず。貧僧(ひんそう)願わくはこの物(もの)を留(とど)め置(お)きて告回(こっかい)せん」と。 唐王(とうおう)かれがこの等(よう)に勤懇(きんこん)なるを見て、甚(はなは)だ喜ぶ。随(したが)いて光禄寺(こうろくじ=宮中の供饌を司る署)に命(めい)じ、大いに素宴(すえん)を排(はい)して酬謝(しゅうしゃ)す。菩薩(ぼさつ)また堅(かた)く辞(じ)して受けず、暢然(ちょうぜん)として去(さ)る。依(よ)り旧(もと)のごとく都土地廟(ととちびょう)の中(うち)を望(さ)し、隠避(いんぴ)すことは題(だい)せず。 さて、太宗(たいそう)午朝(ごちょう)を設(もう)け、魏徴(ぎちょう)を着(つ)けて旨(し=勅旨)を賚(も)たしめ、玄奘(げんじょう)を宣(せん)じて朝(ちょう)に入らしむ。かの法師は正に衆を聚(あつ)めて壇(だん)に登(のぼ)り、経(きょう)を諷(ふん=誦)し偈(げ)を誦(とな)うる処(ところ)なるに、旨(し)有るを一聞(いちぶん)くや、随(したが)いて壇(だん)を下(くだ)り衣(い)を整(ととの)え、魏徴(ぎちょう)と同(とも)に往(ゆ)きて駕(が=天子)に見(まみ)ゆ。 太宗(たいそう)曰く、「善事(ぜんじ)を求証(ぐしょう)せんとするに、法師を労(ろう)せり、物(もの)の酬謝(しゅうしゃ)すべき無し。早間(そうかん=今朝)蕭瑀が二僧(にそう)を迎(むか)えしに、願って錦襴異宝袈裟(きんらんいほうけさ)一件(ひとえ)、九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)一条(ひとつ)を送らんとせり。今(いま)特(こと)に法師を召(め)して領(う)け去きて受用(じゅよう)せしむ」と。玄奘(げんじょう)叩頭(こうとう)して恩を謝(しゃ)す。 太宗(たいそう)曰く、「法師若(も)し棄(す)てずんば、穿(き)て上へ朕に看せよ」と。長老(ちょうろう)すなわち袈裟(けさ)を将(もっ)て抖(はら)い開(ひら)き、身(み)に披(き)て、手(て)に錫杖を持(じ)ち、階前(かいぜん)に侍立(じりつ)す。君臣(くんしん)箇箇(おのおの)欣然(きんぜん)で、誠(まこと)に如来(にょらい)の仏子(ぶっし)と為す。汝看よ、かれが: 凛凛(りんりん)たる威顔(いがん)に雅秀(がしゅう)多(おお)し、 仏衣(ぶつえ)体(からだ)に可(かな)いて裁(た)ち就(な)せるが如(ごと)し。 輝光(きこう)艶艶(えんえん)として乾坤(けんこん=天地)に満(み)ち、 結彩(けっさい)紛紛(ふんぷん)として宇宙(うちゅう)に凝(こ)る。 朗朗(ろうろう)たる明珠(めいしゅ)上下(じょうげ)に排(なら)び、 層層(そうそう)の金線(きんせん)前後(ぜんご)を穿(うが)つ。 兜羅(とら)四面(しめん)に錦(にしき)を沿辺(えんぺん=縁)にし、 万様(ばんよう)の稀奇(きき)綺繍(きしゅう)を鋪(し)く。 八宝(はっぽう)妝花(しょうか)鈕絲(ちゅうし)を縛(しば)り、 金環(きんかん)領(えり)を束(つか)ねて絨扣(じゅうこう)を攀(か)く。 仏天(ぶってん)大小(だいしょう)高低(こうてい)を列(つら)ね、 星象(せいぞう)尊卑(そんぴ)左右(さゆう)を分(わか)つ。 玄奘法師(げんじょうほうし)大いに縁(えん)有り、 現前(げんぜん)この物(もの)承(う)け受くるに堪(た)えたり。 渾(すべ)て極楽(ごくらく)の活(いき)たる阿羅(あら)の如(ごと)く、 西方(さいほう)の真覚(しんかく)の秀(ひいでる)に賽(まさ)る。 錫杖叮当(ていとう)として九環(きゅうかん)を闘(あらそ)わせ、 毗盧帽(びるぼう)映(えい)じて多(おお)く豊厚(ほうこう)し。 誠(まこと)に仏子(ぶっし)の虚伝(きょでん)ならざるを為し、 菩提(ぼだい)の詐謬(さびゅう)無きに勝(まさ)る。 と。 当時(そのとき)文武(ぶんぶ)階前(かいぜん)に在りて喝采(かっさい)び、太宗(たいそう)喜ぶことこれに勝(まさ)る無し。すなわち法師を着(つ)けて袈裟(けさ)を穿(き)、宝杖(ほうじょう)を持(じ)たしめ、また両隊(りょうたい=二組)の儀従(ぎじゅう)を賜(たま)い、多官(たかん)を着(つ)けて朝門(ちょうもん)の外(そと)に送り出(いだ)さしめ、かれに教(おし)えて大通り(おおどおり)に上り道(みち)を行(ゆ)かしめ、寺(てら)の裡へ往(ゆ)かしむ。就(すなわ)ち中状元(じゅうじょうがん=状元に当たる)の官(かん)を誇(ほこ)るの一般(ごとく)なり。 この去くに玄奘(げんじょう)再拝(さいはい)して恩を謝(しゃ)し、かの大通り(おおどおり)に在りて、烈烈轟轟(れつれつごうごう=いさましく轟き)と、揺揺擺擺(ようようはいばい=ゆらゆらと揺れ)る。汝看よ、かの長安城(ちょうあんじょう)の裡の、行商坐賈(こうしょうざこ=行商と店の商人)・公子王孫(こうしおうそん)・墨客文人(ぼっかくぶんじん)・大男小女(だいなんしょうじょ)の、争(あらそ)いて看て誇奨(こしょう)えずんば無く、俱に曰く、「好き箇(ひとり)の法師かな!真箇(まこと)にこれ箇(ひとり)の活(いき)たる羅漢(らかん)の下降(げこう)、活(いき)たる菩薩(ぼさつ)の臨凡(りんぼん)なり」と。 玄奘(げんじょう)直(ただ)ちに寺(てら)の裡に至れば、僧人(そうにん)榻(とう=寝台)を下(おり)りて迎(むか)う。一(ひとた)びかれがこの袈裟(けさ)を披(き)、この錫杖を執(と)るを見て、都(みな)地蔵王(じぞうおう)の来れるかと道(い)い、各各(おのおの)帰依(きえ)して、左右(さゆう)に侍(じ)す。玄奘(げんじょう)殿(でん)に上り、香(こう)を炷(た)きて仏を礼(らい)し、また衆に対(たい)して聖恩(せいおん)を感述(かんじゅつ)し已(おわ)り、各(おのおの)禅座(ぜんざ)に帰(かえ)る。また覚(おぼ)えず紅輪(こうりん)の西(にし)に墜(お)つるを。正にこれ那(か)の: 日(ひ)落(お)ち烟(けむり)草樹(そうじゅ)を迷(まよ)わせ、 帝都(ていと=都)の鐘鼓(しょうこ)初(はじ)めて鳴(な)る。 叮叮(ていてい)三響(さんきょう)人行(じんこう)を断(た)ち、 前後(ぜんご)街前(がいぜん)寂静(じゃくじょう)たり。 上刹(じょうさつ)輝煌(きこう)として灯火(とうか)、 孤村(こそん)冷落(れいらく)て声(こえ)無し。 禅僧(ぜんそう)入定(にゅうじょう)して残経(ざんきょう)を理(ととの)え、 正に好し魔(ま)を煉(ね)り性(しょう=心性)を養(やしな)うに。 と。 光陰(こういん=月日)拈指(ねんし)にして、却(かえっ)て七日(なのか)の正会(しょうえ)に当(あた)る。玄奘(げんじょう)また表(ひょう)を具(つぶさ)にし、唐王(とうおう)を請(こ)うて香(こう)を拈(ひね)らしむ。この時(とき)善声(ぜんせい)天下(てんか)に遍(あまね)く満(み)つ。太宗(たいそう)すなわち駕(が)を排(はい=並べ)し、文武(ぶんぶ)の多官(たかん)・后妃(こうひ)・国戚(こくせき=外戚)を率(ひき)いて、早(はや)く寺(てら)の裡に赴(おもむ)く。かの一城(いちじょう=城中)の人は、大小(だいしょう)尊卑(そんぴ)を論(ろん)ぜず、俱に寺(てら)に詣(もう)でて講(こう=説法)を聴(き)く。 当時(そのとき)菩薩(ぼさつ)と木叉(もくしゃ)とに曰く、「今日(こんにち)はこれ水陸(すいりく)の正会(しょうえ)なり。一七(いっしち)を以て七七(しちしち=七週)を継(つ)ぐに、可(よ)し了(おわ)れり。我と汝衆人(しゅうじん)の叢(むらがり)の中(うち)に雑(まじ)りて、一(ひとつ)にはかの会(え)の如何(いかん)なるを看んとし、二(ふたつ)には金蝉子(きんせんし)に我が宝貝(ほうばい)を穿(き)るの福(ふく)有るかを看んとし、三(みっつ)にはまたかれが講(こう)ずるのこれ那(いず)れの一門(いちもん)の経法(きょうほう)なるを聴(き)かんとす」と。両人(ふたり)随(したが)いて寺(てら)の裡に投(とう=入)ず。正にこれ「縁(えん)有りて旧(ふる)き相識(そうしき)に遇(あ)うを得、般若(はんにゃ)また本(もと)の道場(どうじょう)に還(かえ)る」なり。寺(てら)の裡に入りて観(み)るに、真箇(まこと)にこれ天朝(てんちょう)の大国(たいこく)にして、果(はた)して裟婆(しゃば=娑婆)に勝(まさ)り、祇園(ぎおん)舎衛(しゃえい)に賽(まさ)り、また上刹(じょうさつ)招提(しょうだい)に亜(つ)がざるなり。かの一派(いっぱ=一面)の仙音(せんのん)響(ひび)き亮(あき)らかに、仏号(ぶつごう)喧嘩(けんか)たり。この菩薩(ぼさつ)直(ただ)ちに多宝台(たほうだい)の辺(ほとり)に至るに、果(はた)してこれ明智(めいち)の金蝉(きんせん)の相(そう=姿)なり。 詩(し)に曰く、 万象(ばんしょう)澄明(ちょうめい)として点埃(てんあい)を絶(た)ち、 大典(たいてん)の玄奘(げんじょう)高台(こうだい)に坐(ざ)す。 孤魂(こごん)を超生(ちょうしょう)して暗(あん)き中(うち)に到り、 法(ほう)を聴(き)く高流(こうりゅう)市(いち)の上より来る。 物(もの)を施(ほどこ)して機(き)に応(おう)じて心路(しんろ)遠(とお)く、 出生(しゅっしょう)意(い)に随(したが)いて蔵門(ぞうもん)開(ひら)く。 対(むか)い看て無量法(むりょうほう)を講(こう)じ出(いだ)し、 老幼(ろうよう)人人(ひとびと)喜懐(きかい)を放(はな)つ。 と。 また詩(し)に曰く、 法界(ほっかい)の講堂(こうどう)の中(うち)を游(あそ)ぶに因(よ)り、 相知(そうち)の俗(ぞく)に同じからざるに逢見(ほうけん)う。 尽(ことごと)く目前(もくぜん)の千万(せんまん)の事(こと)を説(と)き、 また塵劫(じんごう)の許多(あまた)の功(こう)を談(だん)ず。 法雲(ほううん)容曳(ようえい)として群岳(ぐんがく)に舒(の)べ、 教網(きょうもう)張羅(ちょうら)して太空(たいくう=大空)に満(み)つ。 人生(じんせい)を検点(けんてん=点検)して善念(ぜんねん)に帰(き)せしむれば、 紛紛(ふんぷん)として天雨(てんう)花紅(かこう)を落(おと)す。 と。 かの法師は台(だい)の上に在りて、一会(ひとしきり)『受生度亡経(じゅしょうどもうきょう)』を念(とな)え、一会『安邦天宝篆(あんぽうてんぽうてん)』を談(だん)じ、また一会『勧修功巻(かんしゅこうかん)』を宣(せん)ず。 この菩薩(ぼさつ)近(ちか)く前に来り、宝台(ほうだい)を拍(う)ちて、声(こえ)を厲(はげま)して高(たか)う叫(さけ)んで曰く、「那(そ)の和尚(おしょう)よ、汝は只だ小乗教法(しょうじょうきょうほう=小乗の教え)を談(だん)ずるを得(う)るのみ、大乗(だいじょう)を談(だん)ずるを得(う)るか」と。 玄奘(げんじょう)言を聞き、心中(しんちゅう)大いに喜び、身(み)を翻(ひるがえ)して台(だい)を跳(と)び下(くだ)り来り、菩薩(ぼさつ)に対(たい)して手(て)を起(おこ)して曰く、「老師父(ろうしふ=老師)よ、弟子(でし)は失瞻(しっせん)して、罪(つみ)多(おお)し。見前(ただいま)の蓋(けだ)し衆僧(しゅうそう)の都(みな)講(こう)ずるは小乗教法(しょうじょうきょうほう)なるも、却(かえっ)て大乗教法(だいじょうきょうほう)の如何(いかん)なるを知(し)らず」と。 菩薩(ぼさつ)曰く、「汝がこの小乗教法(しょうじょうきょうほう)は、亡者(もうじゃ)の超昇(ちょうしょう)を度(ど)し得ず、只だ可(よ)く俗(ぞく)に渾(まじ)り光(ひかり)を和(わ)ぐるのみ。我に大乗仏法三蔵(だいじょうぶっぽうさんぞう)有り、能(よ)く亡者(もうじゃ)の天(てん)に升(のぼ)るを超(こ)えしめ、能(よ)く難人(なんにん)の苦(く)を脱(のが)るるを度(ど)し、能(よ)く無量寿身(むりょうじゅしん=限りなき寿の身)を修(しゅ)し、能(よ)く無来無去(むらいむこ)を作(な)す」と。 正に講(こう)ずる処(ところ)に、かの司香巡堂官(じこうじゅんどうかん)有りて、急(いそ)ぎ唐王(とうおう)に奏(そう)して言(まお)す、「法師正に妙法(みょうほう)を講談(こうだん)せるを、両箇(ふたり)の疥癩(かいらい)の遊僧(ゆうそう)に扯(ひ)き下(おろ)され、乱(みだ)りに胡話(こわ)を説(と)かれたり」と。王(おう)令(めい)じて擒(とら)え来らしむれば、ただ見よ、許多(あまた)の人の二僧(にそう)を将(もっ)て推(お)し擁(かこ)んで後法堂(ごほうどう)に進(い)るるを。 太宗(たいそう)に見(まみ)ゆるに、かの僧人(そうにん)は手(て)をも起(おこ)さず、拝(はい)をもせず、面(おもて)を仰(あお)ぎて曰く、「陛下(へいか)は我に何事(なにごと)をか問わるるや」と。唐王(とうおう)却(かえっ)てかれを認(みし)りて曰く、「汝はこれ先日(せんじつ)袈裟(けさ)を送りし和尚(おしょう)なるか」と。菩薩(ぼさつ)曰く、「正にこれなり」と。太宗(たいそう)曰く、「汝既(すで)に此処(ここ)に来りて講(こう)を聴(き)かば、只だ些(いささ)かの斎(とき=施食)を喫(くら)うべきのみ。何(なん)ぞ我が法師と乱(みだ)りに講(こう)じ、経堂(きょうどう)を擾乱(じょうらん)し、我が仏事(ぶつじ)を誤(あやま)るや」と。 菩薩(ぼさつ)曰く、「汝が那(そ)の法師の講(こう)ずるは小乗教法(しょうじょうきょうほう)にして、亡者(もうじゃ)の天(てん)に升(のぼ)るを度(ど)し得ず。我に大乗仏法(だいじょうぶっぽう)三蔵(さんぞう)有り、以て亡(ぼう)を度(ど)し苦(く)を脱(のが)れしめ、寿身(じゅしん)壊(やぶ)るる無からしむべし」と。 太宗(たいそう)色(しょく)を正(ただ)して喜び問うて曰く、「汝が那(そ)の大乗仏法(だいじょうぶっぽう)は、何処(いずこ)に在るや」と。菩薩(ぼさつ)曰く、「大西天(だいさいてん)・天竺国(てんじくこく)・大雷音寺(だいらいおんじ)の我が仏如来(にょらい)の処(ところ)に在り。能(よ)く百冤(ひゃくえん)の結(むすび)を解(と)き、能(よ)く無妄(むぼう)の災(わざわい)を消(け)す」と。 太宗(たいそう)曰く、「汝は記(おぼ)うるを得(う)るや」と。菩薩(ぼさつ)曰く、「我記(おぼ)えり」と。太宗(たいそう)大いに喜んで曰く、「法師を教(おし)えて引(ひ)き去かせ、台(だい)に上りて開講(かいこう)くを請(こ)わしめよ」と。 かの菩薩(ぼさつ)は木叉(もくしゃ)を帯(たい)し、高台(こうだい)に飛(と)び上り、すなわち祥雲(しょううん)を踏(ふ)みて、直(ただ)ちに九霄(きゅうしょう=九つの霄、天の最上)に至り、救苦(くく)の原身(げんしん)を現(あらわ)し、浄瓶(じょうへい)・楊柳(ようりゅう)を托(たく=捧)ぐ。左辺(さへん=左側)にはこれ木叉(もくしゃ)恵岸(えがん)、棍(こん=棒)を執(と)りて、精神(せいしん=気力)を抖擻(とそう)す。 喜べるかな、箇(ひとり)の唐王(とうおう)は朝天(ちょうてん)礼拝(らいはい)し、衆の文武(ぶんぶ)は地(ち)に跪(ひざまず)きて香(こう)を焚(た)く。満寺(まんじ)中の僧尼(そうに)・道俗(どうぞく)・士人(しじん)・工賈(こうこ)の、一人(ひとり)として拝祷(はいとう)して曰わざるは無く、「好き菩薩(ぼさつ)かな!好き菩薩(ぼさつ)かな!」と。調(し=詞曲)有りて証(あかし)と做(な)す。但だ見よ、かの: 瑞靄(ずいあい)散(さん)じて繽紛(ひんぷん)、 祥光(しょうこう)法身(ほっしん)を護(まも)る。 九霄(きゅうしょう)華漢(かかん)の裡に、 女真人(にょしんにん)を現(あらわ)し出(いだ)す。 かの菩薩(ぼさつ)は、 頭(かしら)の上には一頂(ひとつ)の、金葉紐(きんようひも)、翠花(すいか)を鋪(し)き、金光(きんこう)を放(はな)ち、鋭気(えいき)を生(しょう)ずるの垂珠纓絡(すいしゅようらく=垂れ珠の首飾り)を戴(いただ)き、 身(み)の上には一領(ひとえ)の、淡淡(たんたん)たる色(いろ)、浅浅(せんせん)たる妝(よそおい)、金龍(きんりゅう)を盤(めぐ)らし、彩鳳(さいほう)を飛(と)ばするの結素藍袍(けっそらんぽう=結び素の藍の袍)を穿(き)、 胸(むね)の前には一面(ひとつ)の、月(つき)に明(あき)らかに向(むか)い、清風(せいふう)に舞(ま)い、宝珠(ほうじゅ)を雑(ま)じ、翠玉(すいぎょく)を集(あつ)むるの砌香環珮(せいこうかんぱい)を掛(か)け、 腰間(ようかん)には一条(ひとすじ)の、冰蚕絲(ひょうさんし)、金辺(きんぺん)を織(お)り、彩雲(さいうん)に登(のぼ)り、瑶海(ようかい)を促(せま)るの錦繍絨裙(きんしゅうじゅんくん)を系(むす)び、 面前(めんぜん)にはまた一箇(ひとつ)の、東洋(とうよう)を飛(と)び、普世(ふせ)に游(あそ)び、恩を感(かん)じ行(こう)を孝(こう)ずる、黄毛(こうもう)紅嘴(こうし)の白鸚哥(はくおうか)を領(ひき)い、 手(て)の内(うち)には一箇(ひとつ)の、恩を施(ほどこ)し世(よ)を済(すく)うの宝瓶(ほうへい)を托(たく)し、瓶(へい)の内(うち)には一枝(ひとえだ)の、青霄(せいしょう)に洒(そそ)ぎ、大悪(だいあく)を撒(さん)じ、残霧(ざんむ)を掃(はら)い開(ひら)くの垂楊柳(すいようりゅう)を插(さ)す。 玉環(ぎょくかん)繍扣(しゅうこう)を穿(うが)ち、金蓮(きんれん)足下(そっか)深(ふか)し。 三天(さんてん)に出入(しゅつにゅう)を許(ゆる)さる、これ才(はじ)めてこれ救苦救難(くくくなん)の観世音(かんぜおん)なり。 と。 喜べるかな、箇(ひとり)の唐太宗(とうたいそう)は、江山(こうざん)を忘(わす)れ、愛(め)でたるかな、那(か)の文武官(ぶんぶかん)は、朝礼(ちょうらい)を失却(しっきゃく)う。蓋(けだ)し衆多(しゅうた)の人は、都(みな)「南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)」と念(とな)う。 太宗(たいそう)すなわち旨(し=勅旨)を伝(つた)え、巧手(こうしゅ)の丹青(たんせい=絵師)に教(おし)え、菩薩(ぼさつ)の真像(しんぞう)を描(えが)き下(おろ)さしむ。旨意(しい=勅意)一声(ひとこえ)にして、箇(ひとり)の図神写聖(としんしゃせい=神を図し聖を写す)・遠見高明(えんけんこうめい=見識遠く高明)の呉道子(ごどうし)を選(えら)び出(いだ)す。この人はすなわち後(のち)に功臣(こうしん)を凌煙閣(りょうえんかく)に図(えが)きし者なり。—当時(そのとき)妙筆(みょうひつ)を展開(てんかい)して、真形(しんけい)を図写(としゃ)す。 かの菩薩(ぼさつ)の祥雲(しょううん)漸(ようや)く遠(とお)ざかり、霎時間(しょうじかん)に金光(きんこう)の見えざるに至る。ただ見よ、かの半空(はんくう=中空)の中(うち)に、滴溜溜(てきりゅうりゅう)一張(ひとまい)の簡帖(かんじょう)の落(お)ち下(くだ)るに、上に幾句(いくく)の頌子(じゅす=偈頌)有り、写(うつ)して明白(めいはく)なり。頌(しょう)に曰く、 「大唐(だいとう)の君(きみ)に礼上(れいじょう)ぐ、西方(さいほう)に妙文(みょうぶん)有り。 程途(ていと)十万八千里(じゅうまんはっせんり)、 大乗(だいじょう)殷勤(いんきん)に進む。 この経(きょう)上国(じょうこく)に回れば、能(よ)く鬼(おに)を超(こ)えて群(ぐん)を出(いだ)さん。 若(も)し肯(あえ)て去く者有らば、正果(しょうか)金身(こんしん)を求(もと)めん」 と。 太宗(たいそう)頌子(じゅす)を見て、すなわち衆僧(しゅうそう)に命(めい)じて曰く、「且(しばら)く勝会(しょうえ)を収(おさ)めよ。我人を差(さ)し大乗経(だいじょうきょう)を取得(しゅとく)し来らしめ、再(ふたた)び丹誠(たんせい=真心)を秉(と)り、重(かさ)ねて善果(ぜんか)を修(おさ)めんと待(ま)て」と。衆官(しゅうかん=諸官)遵依(じゅんい)せざるは無し。 当時(そのとき)寺(てら)の中(うち)に在りて問うて曰く、「誰(たれ)か肯(あえ)て朕が旨意(しい)を領(う)け、西天(さいてん)に上りて仏を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんや」と。問い了(おわ)らざるに、旁辺(かたわら)より法師の閃(ひらり)と過(す)ぎ出づる有り、帝前(ていぜん)に礼(れい)を施(ほどこ)して曰く、「貧僧(ひんそう=拙僧)は不才(ふさい=非才)なるも、願わくは犬馬(けんば)の労(ろう)を効(きわ)めし、陛下(へいか)が為(ため)に真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)り、祈(いの)って我が王(おう)が江山(こうざん)の永(なが)く固(かた)からんことを保(たも)たん」と。 唐王(とうおう)大いに喜び、前に進みて御手(おんて)を将(もっ)て扶(たす)け起(おこ)して曰く、「法師果(はた)して能(よ)くこの忠賢(ちゅうけん)を尽(つく)し、程途(ていと)の遥遠(ようえん=遠き)を怕(おそ)れず、山川(さんせん)を跋渉(ばっしょう)せば、朕願って汝と拝(はい)して兄弟(けいてい)と為らん」と。玄奘(げんじょう)頓首(とんしゅ)して恩を謝(しゃ)す。 唐王(とうおう)果(はた)してこれ十分(じゅうぶん)の賢徳(けんとく)にして、すなわちかの寺(てら)の裡の仏前(ぶつぜん)に去き、玄奘(げんじょう)と四拝(しはい)し、口(くち)に「御弟聖僧(ぎょていしょうそう=義弟の聖僧)」と称(しょう)す。玄奘(げんじょう)感謝(かんしゃ)して尽(つく)きずして曰く、「陛下(へいか)、貧僧(ひんそう)に何(なん)の徳(とく)か有り何(なん)の能(のう)か有らん、敢えて天恩(てんおん)の此(ここ)に眷顧(けんこ)まるるを蒙(こうむ)らんや。我この一去(ひとたびゆ)きて、定(かなら)ず身(み)を捐(す)てて努(ゆ)め力(つと)め、直(ただ)ちに西天(さいてん)に至らん。若(も)し西天(さいてん)に到らず、真経(しんきょう)を得ざれば、すなわち死(し)するもまた敢えて国(くに)に回らず、永(なが)く沈淪(ちんりん)地獄(じごく)に堕(お)たん」と。随(したが)いて仏前(ぶつぜん)に在りて香(こう)を拈(ひね)り、これを以て誓(ちかい)と為す。 唐王(とうおう)甚(はなは)だ喜び、すなわち鑾(らん)を回さんことを命(めい)じ、良(よ)き利(り=吉)の日辰(にっしん)を選(えら)びて、牒(ちょう=文牒)を発(はっ)して行(ゆ)かしめんことを待(ま)ち、これに遂(つい)に駕(が)は回り各(おのおの)散(さん)ず。 玄奘(げんじょう)また洪福寺(こうふくじ)の裡に回る。かの本寺(ほんじ)の多僧(たそう)と幾箇(いくたり)かの徒弟(とてい=弟子)とは、早(はや)くも取経(しゅきょう)の事(こと)を聞きて、都(みな)来りて相見(しょうけん=面会)す。因(よ)って問うて曰く、「誓(ちかい)を発(おこ)し願(がん)して西天(さいてん)に上ると、実(じつ)なるか」と。玄奘(げんじょう)曰く、「これ実(まこと)なり」と。 かれが徒弟(とてい)曰く、「師父(しふ)よ、嘗(かつ)て人の言の、西天(さいてん)は路(みち)遠(とお)く、更(さら)に虎豹(こひょう)妖魔(ようま)多(おお)しと曰うを聞けり。只だ恐(おそ)らくは去く有りて回る無く、身命(しんめい)を保(たも)ち難(がた)からん」と。 玄奘(げんじょう)曰く、「我は已(すで)に弘誓大願(ぐぜいたいがん=広大な誓いと大願)を発(おこ)せり。真経(しんきょう)を取(と)らずんば、永(なが)く沈淪(ちんりん)地獄(じごく)に堕(お)たん。大抵(おおよそ)これ王恩(おうおん)の寵(ちょう=寵愛)を受け、忠(ちゅう)を尽(つく)して以て国(くに)に報(ほう)ぜざるを得ざるのみ。我がこの去くは真(まこと)に渺渺茫茫(びょうびょうぼうぼう)として、吉凶(きっきょう)定(さだ)め難(がた)し」と。 また曰く、「徒弟(とてい)たちよ、我の去きし後(のち)、或(あるい)は三二(さんに)年(ねん)、或は五七(ごしち)年(ねん)なるに、但だかの山門(さんもん)の裡の松枝頭(しょうしとう)の東(ひがし)に向(むか)うを看ば、我すなわち回り来らん。然(しか)らずんば、断(たえ)じて回らじ」と。衆徒(しゅうと)この言を将(もっ)て切切(せつせつ)として記(しる)す。 次早(よくあさ)、太宗(たいそう)朝(ちょう)を設(もう)け、文武(ぶんぶ)を聚集(しゅうしゅう)し、取経(しゅきょう)の文牒(ぶんちょう)を写(うつ)し、通行宝印(つうこうほういん)を用(もち)う。欽天監(きんてんかん)有りて奏(そう)して曰く、「今日(こんにち)はこれ人専吉星(じんせんきっせい=人を専らにする吉星)、堪(た)えて宜(よろ)しく遠路(えんろ)に出行(しゅっこう)すべし」と。唐王(とうおう)大いに喜ぶ。 また黄門官(こうもんかん)の奏(そう)して言(まお)す、「御弟(ぎょてい)法師、朝門(ちょうもん)の外(そと)に在りて旨(し)を候(うかが)えり」と。随(したが)いて宝殿(ほうでん)に宣(せん)じ上せて曰く、「御弟(ぎょてい)よ、今日(こんにち)はこれ出行(しゅっこう)の吉日(きちじつ)なり。これこれ通関文牒(つうかんぶんちょう=関所を通る証書)なり。朕また一箇(ひとつ)の紫金鉢盂(しきんはつう)有り、汝に送りて途(みち)中(ちゅう)に斎(とき=施し)を化(か=募)るに用(もち)いしめん。再(ま)た両箇(ふたり)の長行(ちょうこう=長旅)の従者(じゅうしゃ)を選(えら)び、また銀(ぎん)の駿馬(しゅんめ)一匹(いっぴき)を送りて、遠行(えんこう)の脚力(きゃくりき)と為さん。汝これに就(つ)いて行程(こうてい=旅路)すべし」と。 玄奘(げんじょう)大いに喜び、すなわち恩を謝(しゃ)し、物事(ぶつじ=品々)を領(う)けて、更(さら)に留滞(りゅうたい)の意(こころ)無し。 唐王(とうおう)駕(が=車駕)を排(はい)し、多官(たかん)と同(とも)に送りて関外(かんがい)に至る。ただ見よ、かの洪福寺(こうふくじ)の僧と諸徒(しょと)の、玄奘(げんじょう)が冬夏(とうか)の衣服(いふく)を将(もっ)て、俱に関外(かんがい)に送り在りて相等(まちもう)けるを。 唐王(とうおう)これを見て、先(ま)ず行嚢(こうのう)・馬匹(ばひつ=馬)を収拾(しゅうしゅう)めしめ、然(しか)る後(のち)に官人(かんじん=役人)を着(つ)けて壺(つぼ=酒器)を執(と)り酒(さけ)を酌(く)ましむ。太宗(たいそう)爵(しゃく=酒器)を挙(あ)げて、また問うて曰く、「御弟(ぎょてい)の雅号(がごう)は甚(なん)と称(しょう)するや」と。 玄奘(げんじょう)曰く、「貧僧(ひんそう)は出家人(しゅっけにん)、未(いま)だ敢えて号(ごう)を称(しょう)せず」と。太宗(たいそう)曰く、「当時(そのとき)菩薩(ぼさつ)の曰えるは、西天(さいてん)に経(きょう)三蔵(さんぞう)有りと。御弟(ぎょてい)は経(きょう)を指(さ)して号(ごう)を取(と)るべし、号(な)づけて『三蔵(さんぞう)』と做(な)さば如何(いかん)」と。 玄奘(げんじょう)また恩を謝(しゃ)し、御酒(ぎょしゅ)を接(う)けて曰く、「陛下(へいか)、酒(さけ)は乃(すなわ)ち僧家(そうか)の頭一(かしらひとつ=第一)の戒(かい)なり。貧僧(ひんそう)人と為りし自(よ)り、酒(さけ)を飲(の)むことを会(え)せず」と。 太宗(たいそう)曰く、「今日(こんにち)の行(おこない)は、他事(たじ)に比(くら)べて同じからず。これ乃(すなわ)ち素酒(すしゅ)なり。只だこの一杯(いっぱい)を飲(の)みて、以て朕が奉餞(ほうせん)の意(こころ)を尽(つく)せよ」と。 三蔵(さんぞう)敢えて受けざるを得ず。酒(さけ)を接(う)け、方(まさ)に飲(の)まんと待(ま)つ処(ところ)に、ただ見よ、太宗(たいそう)の頭(こうべ)を低(た)れ、御指(おんゆび)を将(もっ)て一撮(ひとつまみ)の塵土(じんど)を拾(ひろ)い、弾(はじ)きて酒(さけ)の中(うち)に入るるを。三蔵(さんぞう)その意(こころ)を解(げ)せず。太宗(たいそう)笑(わら)って曰く、「御弟(ぎょてい)よ、この一去(ひとたびゆ)きて、西天(さいてん)に到らば、幾時(いつ)か回る可(べ)きか」と。 三蔵(さんぞう)曰く、「只だ三年(さんねん)に在りて、径(ただ)ちに上国(じょうこく)に回らん」と。太宗(たいそう)曰く、「日久(ひひさ)しく年深(としふか)く、山遥(やまとお)く路遠(みちとお)し。御弟(ぎょてい)この酒(さけ)を進むべし。寧(むし)ろ本郷(ほんごう=故郷)の一捻土(いちねんど)を恋(こ)うとも、他郷(たきょう)の万両金(まんりょうきん)を愛(あい)する莫(な)かれ」と。 三蔵(さんぞう)方(はじ)めて土(つち)を捻(ひね)るの意(こころ)を悟(さと)り、復(ま)た恩を謝(しゃ)して飲(の)み尽(つく)し、辞謝(じしゃ)して関(かん=関所)を出でて去(さ)る。唐王(とうおう)駕(が)を回す。 畢竟(ひっきょう)この去きて如何(いかん)なるを知(し)らず、且(しばら)くまた下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第十三回 虎穴(こけつ)に陥(おちい)りて金星(きんせい)厄(やく)を解(と)き 双叉嶺(そうされい)に伯欽(はくきん)僧(そう)を留(とど)む 詩(し)に曰(いわ)く、 大(だい)有(ゆう)の唐王(とうおう)、敕封(ちょくほう=勅命の封)を降(くだ)し、欽差(きんさ=勅使)の玄奘(げんじょう)禅宗(ぜんしゅう)を問(と)う。 堅心(けんしん=固き心)磨琢(またく=磨き研ぐ)して龍穴(りゅうけつ=龍の窟)を尋(たず)ね、着意(ちゃくい=心を注ぎ)修持(しゅじ)して鷲峰(じゅほう=霊鷲山)に上(のぼ)る。 辺界(へんかい=国境)遠(とお)く遊(ゆ)きて多少(たしょう=いくばく)の国(くに)、雲山(うんざん)前(さき)に度(わた)る万千(ばんせん)の重(かさな)り。 今(いま)自(よ)り別駕(べつが=別れの駕)を投(なげう)ちて西(にし)へ去(さ)り、教(きょう)を秉(と)り迦持(かじ=加持)して大空(だいくう=大乗の空)を悟(さと)らん。 と。 話(かたり)に表(あらわ)す、三蔵(さんぞう)、貞観(じょうがん)十三年(じゅうさんねん)九月(くがつ)の望前(ぼうぜん)三日(みっか)自り、唐王と多官(たかん)の長安(ちょうあん)の関外(かんがい=関所の外)まで送(おく)り出(いだ)すを蒙(こうむ)る。一二日(いちにじつ)、馬(うま)蹄(ひづめ)を停(とど)めず、早(つと)に法門寺(ほうもんじ)に至(いた)れり。本寺(ほんじ)の住持(じゅうじ)たる上房(じょうぼう)の長老(ちょうろう)、衆僧(しゅそう)五百余人(ごひゃくよにん)を率(ひき)い従(したが)え、両辺(りょうべん=両の側)に羅列(られつ)び、裏面(うち)へ接(むか)え入(い)れて、相見(しょうけん)して茶(ちゃ)を献(けん)ず。茶罷(や)みて斎(とき=食事)に進(すす)む。斎の後(のち)、覚(おぼ)えず天(てん)晩(く)れたり。 正(まさ)にこれそれ、 影(かげ)動(うご)いて星河(せいが=天の川)近(ちか)く、月(つき)明(あき)らかにして点塵(てんじん)無(な)し。 雁声(がんせい=雁の声)遠漢(えんかん)に鳴(な)き、砧韻(ちんいん=砧の音)西鄰(せいりん=西の隣)に響(ひび)く。 帰鳥(きちょう)枯樹(こじゅ=枯れ木)に栖(すく)い、禅僧(ぜんそう)梵音(ぼんおん=読経の声)を講(こう)ず。 蒲団(ふとん)一榻(いっとう=一つの床)の上(うえ)、坐(ざ)して夜(よ)将(まさ)に分(わか)れんとするに到(いた)る。 と。 衆僧ら、灯下(とうか=灯の下)に仏門(ぶつもん)の定旨(ていし)と、西天(さいてん)に上りて経(きょう)を取(と)るの原由(げんゆ=いわれ)とを議論(ぎろん)す。或(あ)る者(もの)は「水(みず)遠く山(やま)高(たか)し」と曰(い)い、或る者は「路(みち)に虎豹(こひょう=虎や豹)多(おお)し」と曰う。或る者は「峻嶺(しゅんれい=険しき峰)陡崖(とうがい)度り難(がた)し」と曰い、或る者は「毒魔(どくま=毒ある魔)悪怪(あくかい)降し難し」と曰(い)う。三蔵は口(くち)を箝(はさ)みて言(い)わず、但(ただ)手(て)を以(もっ)て自(みずか)らの心(こころ)を指(さ)し、頭(こうべ)を点(うなず)かすこと幾度(いくたび)か。衆僧(しゅそう)らその意(こころ)を解(げ)する能(あた)わず、合掌(がっしょう)して請(こ)い問うて言う、「法師(ほうし)の心を指し頭を点かするは、何(なん)ぞや」と。三蔵(さんぞう)答(こた)えて曰く、「心(こころ)生(しょう)ずれば、種種(しゅじゅ=さまざま)の魔(ま)生じ、心(こころ)滅(めっ)すれば、種種の魔滅す。我(わ)が弟子(でし)、曾(かつ)て化生寺(けしょうじ)に在(あ)りて仏(ほとけ)に対(むか)い洪誓(こうせい)大願(だいがん)を説(と)き下(くだ)せり。我(われ)をしてこの心を尽(つく)さざらしむるを得(え)ず。この一去(ひとたびゆ)きて、定(かなら)ず西天に到り、仏に見(まみ)えて経を求(もと)め、我れらが法輪(ほうりん=仏法の輪)を回転(かいてん=めぐら)し、聖主(せいしゅ)の皇図(こうと=帝室の図)の永(ながら)く固(かた)からんことを願(ねが)わん」と。衆僧(しゅそう)この言(げん)を聞(き)き得て、人々(ひとびと)称羨(しょうせん=褒め称)し、箇箇(ここ=おのおの)宣揚(せんよう=言い広)め、都(すべ)て一声(ひとこえ)「忠心(ちゅうしん)赤胆(せきたん=赤き肝胆)の大闡法師(だいせんほうし)!」と叫(よ)び、夸讃(かさん=褒め称う)すること尽(つ)きず、師(し)を請(しょう)じて榻(とう=寝台)に入れて安寐(あんび)せしむ。 早にまたこれ、竹(たけ)残月(ざんげつ=有明の月)を敲(たた)きて落(お)ち、鶏(にわとり)唱(うたい)て暁雲(ぎょううん=明けの雲)生(しょう)ず。かの衆僧起(お)きて、茶水(さすい=茶と湯)と早斎(そうとき=朝の食事)とを収拾(しゅうしゅう=整え)す。玄奘遂(つい)に袈裟(けさ)を穿(き)て正殿(せいでん)に上(のぼ)り、仏前(ぶつぜん)に礼拝(らいはい)して言う、「弟子陳玄奘(ちんげんじょう)、前(まえ)に往(ゆ)きて西天(さいてん)に経(きょう)を取らんとす。但肉眼(にくがん)愚迷(ぐめい)にして、活仏(かつぶつ=生き仏)の真形(しんぎょう=真の姿)を識(し)らず。今願わくは誓(ちか)いを立(た)てん。路中(ろちゅう=道中)廟(びょう=社)に逢(あ)えば香(こう)を焼(た)き、仏(ほとけ)に逢えば仏(ほとけ)を拝(はい)し、塔(とう)に逢(あ)えば塔を掃(は)かん。但(ただ)願(ねが)わくは我(わ)が仏慈悲(じひ)を垂(た)れ、早(はや)く丈六(じょうろく=一丈六尺)の金身(こんしん)を現(げん)じ、真経(しんきょう)を賜(たまわ)り、東土(とうど=唐の国)に留め伝(つた)えんことを」と。祝(しゅく=祈願)し罷みて、方丈(ほうじょう)に回(まわ)りて斎(とき)に進む。斎(とき)畢(おわ)りて、かの二従者(にじゅうしゃ=二人の供)鞍馬(あんば=鞍と馬)を整頓(せいとん=整え)し、行程(こうてい=道のり)を促趱(そくさん=急が)す。三蔵(さんぞう)山門(さんもん)を出(い)でて、衆僧(しゅそう)に辞別(じべつ=別れを告)ぐ。衆僧(しゅそう)分別(ぶんべつ=別れ)に忍(しの)びず、直(ただ)ちに送ること十里(じゅうり)の遥(はる)かなるが有(あ)り、涙(なみだ)を噙(ふく=含)みて返(かえ)る。三蔵遂に直ちに西へ前進(ぜんしん)す。 正にこれかの季秋(きしゅう=晩秋)の天気(てんき)なり。但(ただ)見よ、 数村(すうそん)木(こ)落ちて芦花(ろか=葦の花)砕(くだ)け、幾樹(きじゅ)の楓楊(ふうよう)紅葉(こうよう)墜(お)つ。 路途(ろと=道すがら)烟雨(えんう=霧雨)に故人(こじん=旧友)稀(まれ)なり、黄菊(こうきく)麗(うるわ)しく、山骨(さんこつ=山の稜)細(ほそ)し。 水寒(さむ)く荷(はす)破(やぶ)れて人(ひと)憔悴(しょうすい=やつれ)す。 白蘋(はくひん=白き浮草)紅蓼(こうりょう=赤き蓼)霜天(そうてん=霜の空)の雪(ゆき)、落霞(らくか=落つる霞)孤鶩(こぼく=独りの鶩)長空(ちょうくう=大空)より墜つ。 依稀(いき=かすか)黯淡(あんたん=くらし)として野雲(やうん=野の雲)飛(と)び、玄鳥(げんちょう=燕)去り、賓鴻(ひんこう=渡り雁)至る。 嘹嘹(りょうりょう)嚦嚦(れきれき)声(こえ)宵(よい)に砕く。 と。 師徒(してい=師と弟子)ら行(ゆ)くこと数日(すうじつ)、鞏州城(きょうしゅうじょう)に到(いた)れり。早(つと)に鞏州(きょうしゅう)の合属(がっぞく=管下)の官吏(かんり)人等(じんとう)、迎(むか)え入(い)れて城中(じょうちゅう)に入(い)る。一夜(いちや)安歇(あんけつ)、次(つぎ)の早(あさ)城(しろ)を出でて前へ去(さ)る。一路(いちろ=道々)飢(う)えては餐(くら)い渇(かわ)いては飲(の)み、夜(よる)は住(とど)まり暁(あかつき)に行く。両三日(りょうさんじつ)にして、また河州衛(かしゅうえい)に至(いた)る。これすなわちこれ大唐(だいとう)の山河(さんが)の辺界なり。早(つと)に辺(ほとり)を鎮(しず)むる総兵(そうへい)と本処(ほんしょ=当地)の僧道(そうどう=僧と道士)、欽差の御弟(ぎょてい=帝の義弟)法師の西方(さいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)に見えんとするなりと聞き得(え)て、恭敬(きょうけい=うやまい)せざるは無く、接え至(いた)りて裡面(うち)に供給(きょうきゅう=もてなし)し了(おわ)り、僧綱(そうごう=僧官)をして福原寺(ふくげんじ)へ請じ往きて安歇せしむ。本寺の僧人(そうにん)、一一(いちいち)参見(さんけん=拝謁)し、晩斎(ばんとき=夕食)を安排(あんばい=整え)す。斎畢りて、二従者に吩咐(いいつ)けて馬匹(ばひつ=馬)に飽(あ)くまで喂(くわ)せ、天明らかならざるに就(すなわ)ち行(ゆ)かんとす。鶏方(まさ)に鳴くに及(およ)び、随(したが)いて従者(じゅうしゃ)を喚(よ)ばんとせしに、却又(また)寺僧(じそう)を驚動(きょうどう=騒が)し、茶湯(さとう=茶)と斎供(さいく=供物)とを整治(せいじ=整え)せしむ。斎(とき)罷(や)みて、辺界(へんかい)を出離(しゅつり=出で離)る。 この長老、心(こころ)忙(せわ)しく、早く起き過(す)ぎたり。元来(もと)この時(とき)秋深(あきふか)き時節(じせつ)なれば、鶏(にわとり)鳴(な)くこと早(はや)く、只(た)だ四更(しこう)の天気なるのみ。一行(いっこう)三人(さんにん)、馬を連(つら)ねて四口(よんく)、清霜(せいそう=冴えた霜)を迎え、明月(めいげつ)を看(み)つつ、行(ゆ)くこと数十里(すうじゅうり)の遠近(えんきん)なるに、一(ひとつ)の山嶺(さんれい=山の峰)を見(み)れば、只(ただ)草(くさ)を撥(かきわけ)て路を尋ぬるを得(え)ず、崎嶇(きくう=けわしさ)の走(はし)り難(がた)きは説き尽くすべからず、又(また)路逕(ろけい=道筋)を走(ゆ)き誤(あやま)らんことを恐(おそ)る。正(まさ)に疑思(ぎし=思い惑う)の間(あいだ)に、忽然(たちまち)足(あし)を失(うしな)い、三人馬(うま)と連(とも)に都(ことごと)く坑坎(こうかん=落とし穴)の中(うち)に跌落(てつらく=落ち込)む。三蔵(さんぞう)心(こころ)慌(あわ)て、従者胆(きも)を戦(おののか)す。却(かえ)って才(わず)かに悚懼(しょうく)くに、又裡面より哮吼(こうこう=ほえ叫ぶ)高呼(こうこ=呼ばわる)の、「拿(と)り将(も)ち来(きた)れ!拿り将ち来れ!」と叫ぶを聞(き)き得たり。只見よ、狂風(きょうふう)滾滾(こんこん)として、五六十(ごろくじゅう)箇(か)の妖邪(ようじゃ=妖怪)を擁(お)し出し、三蔵(さんぞう)と従者(じゅうしゃ)とを揪(ひっつか)みて上へ上(あ)ぐ。この法師(ほうし)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、眼(まなこ)を偸(ぬす)みて観看(みや)れば、上面(うえ)に坐するかの魔王(まおう)、十分(じゅうぶん)に凶悪(きょうあく)なり。真(まこと)にこれ、 雄威(ゆうい)身(み)凛凛(りんりん)として、猛気(もうき)貌(かたち)堂堂(どうどう)たり。 電目(でんもく)光艶(こうえん)を飛ばし、雷声(らいせい=雷の声)四方(しほう)を振(ふる)わす。 鋸牙(きょが=鋸の牙)口外(こうがい=口の外)に舒(の)べ、鑿歯(さくし=鑿の歯)腮旁(さいぼう=頬の脇)に露(あらわ)る。 錦繍(きんしゅう=錦の刺繍)身体(しんたい)を囲(かこ)み、文斑(ぶんはん=模様の斑)脊梁(せきりょう=背骨)を裹(つつ)む。 鋼鬚(こうしゅ=鋼の髭)稀に肉(にく)を見せ、鉤爪(こうそう=鉤の爪)利(するど)きこと霜(しも)の如(ごと)し。 東海(とうかい)の黄公(こうこう)も懼(おそ)れ、南山(なんざん)の白額王(はくがくおう)なり。 と。 嚇(おど)かされて三蔵(さんぞう)魂飛(こんぴ)魄散(はくさん)、二従者(にじゅうしゃ)骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)る。魔王喝令(かつれい)て「縛(しば)れ」と、衆妖(しゅうよう=妖怪ども)一斉(いっせい)に三人(さんにん)を将(も)ちて縄索(じょうさく=縄)を以て綁縛(ほうばく=縛り上)ぐ。正(まさ)に安排して吞食(どんしょく=食らう)せんと欲(ほっ)するに、只(ただ)外面(そと)の喧嘩(けんか)を聞(き)き得(え)て、人来(きた)りて報(ほう)じて言う、「熊山君(ゆうさんくん)と特処士(とくしょし)の二位(にい)来(きた)れり」と。三蔵言を聞き、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、前(まえ)に走くはこれ一条(ひとすじ)の黒漢(こくかん=黒き大男)なり。汝(なんじ)これが怎生(いか)なる模様(すがた)なると道(い)わんや、 雄豪(ゆうごう)胆量(たんりょう=度胸)多く、軽健(けいけん=身軽)夯躯(こうく=頑丈な体)なり。 水(みず)を渉(わた)るに惟(ただ)凶力(きょうりき)あり、林(はやし)を跑(はし)るに怒威(どい=怒れる威)を逞(たくま)しくす。 向来(こうらい=これまで)吉夢(きちむ=吉の夢)に符(かな)いしが、今(いま)独(ひと)り英姿(えいし)を露す。 緑樹(りょくじゅ=緑の木)能(よ)く攀折(はんせつ=攀じ折り)し、寒(かん)を知(し)りて善(よ)く時を諭(さと)す。 準霊(じゅんれい)の惟顕(あらわ)るる処(ところ)、此(ここ)を以(もっ)て山君(さんくん)と号(ごう)す。 と。 又(また)見よ、かの後辺(うしろ)より来るはこれ一条の胖漢(はんかん=太き大男)なり。汝怎生なる模様なると道わんや、 嵯峨(さが)の双角(そうかく=二本の角)冠(かんむり)たり、端粛(たんしゅく=いかめし)く肩背(けんぱい=肩と背)を聳(そび)やす。 性(せい)青衣(せいい=青き衣)を服(き)て穏(おだ)やかに、蹄歩(ていほ=蹄の歩み)多(おお)く遅滞(ちたい=のろし)。 宗名(そうめい)父(ちち)は牯(こ=牡牛)と作(な)り、原号(げんごう=もとの名)母(はは)は牸(し=牝牛)と称(しょう)す。 能く田者(でんしゃ=農夫)の功(こう)を為(な)す、因(よ)りて特処士と名(な)づく。 と。 この二箇(ふたつ)、揺揺擺擺(ようようはいはい)として、裡面(うち)へ走(はい)り入るに、慌てたるかの魔王(まおう)奔(はし)り出(い)でて迎接(げいせつ=迎え入)る。熊山君言う、「寅将軍(いんしょうぐん)、一向(ひたすら)に得意(とくい=心のまま)なるか、賀(が)すべし!賀すべし!」と。特処士(とくしょし)言う、「寅将軍の豊姿(ほうし)常(つね)に勝(まさ)る、真に喜(よろこ)ぶべし!真に喜ぶべし!」と。魔王(まおう)言う、「二公(にこう=お二方)連日(れんじつ=このごろ)如何(いかん)」と。山君言う、「惟(ただ)素(そ=常のまま)を守(まも)るのみ」と。処士(しょし)言う、「惟(ただ)時(とき)に随うのみ」と。三箇(みつ)叙(じょ=語らい)し罷(や)みて、各(おのおの)坐(ざ)して談笑(だんしょう=語り笑う)。 只(ただ)見よ、かの従者(じゅうしゃ)の縛(いまし)めらるること痛切(つうせつ=痛まし)く、悲啼(ひてい=泣き叫)ぶ。かの黒漢言う、「この三者(さんしゃ)は何(いずこ)より来(きた)れる」と。魔王言う、「自ら門(もん)を送(おく)り上りて来(きた)れる者なり」と。処士笑(わら)いて云(い)う、「能(よ)く客(きゃく)を待(ま)つべきか」と。魔王(まおう)言う、「奉承(ほうしょう=お供え)せん!奉承せん!」と。山君(さんくん)言う、「尽(ことごと)く用(もち)うべからず、其(そ)の二(ふたつ)を食(くら)い、其の一を留(とど)むる可(べ)し」と。魔王(まおう)領諾(りょうだく=承引)し、即(すなわ)ち左右(さゆう=手下)を呼(よ)び、二従者(にじゅうしゃ)を将(も)ちて腹(はら)を剖(さ)き心(こころ)を剜(えぐ)り、其(そ)の屍(しかばね)を剁砕(たさい=切り刻)む。首級(しゅきゅう=首)と心肝(しんかん=心と肝)とを将ちて二客(にきゃく=二人の客)に奉献(ほうけん)し、四肢(しし=手足)を将(も)ちて自(みずか)ら食い、其(そ)の余(あまり)の骨肉(こつにく)は、各妖(かくよう=妖怪ども)に分ち与(あた)う。只啯啅(かくたく)の声を聞(き)き得(え)たるは、真(まこと)に虎(とら)の羊羔(ようこう=子羊)を啖(くら)うに似(に)たり。霎時(しょうじ)に食(くら)い尽す。一人(ひとり)の長老(ちょうろう)を把(とら)えて、幾乎(ほとほと)嚇し殺(ころ)さんとす。これこそ才(まさ)に長安を出(い)でて初(はじ)めての第一場(だいいちじょう=最初の場)の苦難(くなん)なり。 正に愴慌(そうこう)の間に、漸漸(ぜんぜん=ようよう)と東方(とうほう)発白(はっぱく=白みそ)め、かの二怪(にかい)天暁(てんぎょう=夜明け)に至りて方(はじ)めて散(さん)ず。俱(とも)に言う、「今日(こんにち)厚(あつ)く擾(みだ)したり、日(ひ)を容(ゆる)され竭誠(けっせい=誠を尽く)し奉酬(ほうしゅう=お返し)せん」と。一擁(いちよう=どっと)して退(しりぞ)く。一時(いっとき)ならずして、紅日(こうじつ=赤き日)高く昇(のぼ)る。三蔵(さんぞう)昏昏沈沈(こんこんちんちん=昏々沈々)として、また東西南北(とうざいなんぼく)を弁(わきま)うるを得(え)ず。正(まさ)にかの命(いのち)を得ざる処に在るに、忽然一老叟(いちろうそう=一人の翁)の、手に拄杖(しゅじょう=杖)を持(たずさ)え来(きた)るを見(み)る。上前(すす)み出で、手(て)を以(もっ)て一(ひと)たび拂(はら)えば、縄索皆(みな)断(た)つ。真っ向(まとも)に一(ひ)と吹(ふ)き気(いき)を吹きかけられ、三蔵(さんぞう)方めて蘇(よみがえ)る。地(ち)に跪(ひざまず)き拝(おが)んで言う、「多謝(おおきにありがたし)老公公(ろうこうこう=翁)よ!貧僧(ひんそう=わが僧)の性命(せいめい=命)を搭救(たっきゅう=救い取)りたまえり!」と。老叟(ろうそう)礼(れい)に答えて言う、「汝(なんじ)起(た)て。汝(なんじ)曾て何の東西(もの)をか疏失(そしつ=失い)せる」と。三蔵言う、「貧僧の従人(じゅうじん=供の者)は、已(すで)に怪(かい=妖怪)に食(くら)われ了んぬ。只(ただ)行李(こうり=荷物)と馬匹の何(いず)れの処(ところ)に在(あ)るかを知らざるのみ」と。老叟杖(つえ)を以て指(さ)し定(さだ)めて言う、「那廂(かのほとり=あちら)に一匹(いっぴき)の馬(うま)と二箇の包袱(ほうふく=包み)の有るは是(こ)れならずや」と。三蔵(さんぞう)頭(こうべ)を回(めぐ)らして看る時(とき)、果(はた)してこれかれが物件(ぶっけん=品々)にして、並(なみ)て曾(かつ)て失落(しつらく=失う)せざりしかば、心才(はじ)めて略(ほぼ)些(いささ)か放下(ほうか=下ろ)る。老叟(ろうそう)に問(と)うて曰(いわ)く、「老公公よ、此処(ここ)は是れ甚(いず)れの所在(しょざい=場所)ぞ。公公(こうこう)何(なに)に由(よ)りてか此に在(いま)す」と。老叟(ろうそう)言う、「此(ここ)は是(こ)れ双叉嶺にして、すなわちこれ虎狼(ころう=虎や狼)の巣穴(そうけつ)の処(ところ)なり。汝何為(なんす)れぞ此(ここ)に堕(お)つる」と。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)、鶏(にわとり)鳴(な)くる時に、河州衛の界(さかい)を出(い)でしに、料(はか)らざりき起(お)くること早(はや)くして、霜を冒(おか)し露(つゆ)を撥(かきわ)け、忽(たちまち)此(この)地に失落りたり。一(ひとり)の魔王(まおう)を見(み)るに、凶頑(きょうがん=兇悪頑迷)なること太(はなは)だ甚(はなはだ)し。貧僧(ひんそう)と二従者とを将(も)ちて縛り了(おわ)んぬ。又(また)一条(ひとすじ)の黒漢(こくかん)の、熊山君(ゆうさんくん)と称するを見、一条(ひとすじ)の胖漢の、特処士(とくしょし)と称(しょう)するを見たり。走り入(い)り来りて、かの魔王を寅将軍(いんしょうぐん)と称(しょう)す。かれ三箇我(わ)が二従者(にじゅうしゃ)を把えて食い、天光(てんこう=夜明け)に才めて散じたり。想(おも)わざりき我は那裡(いずこ)にこの大縁(だいえん)大分(だいぶん)の有(あ)りて、老公公(ろうこうこう)の此に来(きた)りて我(われ)を救(すく)わんことを感(かん)じ得(え)たるは」と。老叟言う、「処士(しょし)なる者は是(こ)れ一箇(ひとつ)の野牛精(やぎゅうせい=野牛の精)なり。山君(さんくん)なる者は是れ一箇の熊羆精(ゆうひせい=熊の精)なり。寅将軍(いんしょうぐん)なる者は是(こ)れ一箇(ひとつ)の老虎精(ろうこせい=虎の精)なり。左右の妖邪は、尽く都(みな)これ山精(さんせい=山の精)樹鬼(じゅき=木の鬼)、怪獣(かいじゅう)蒼狼(そうろう=青き狼)なり。只(ただ)汝(なんじ)が本性(ほんしょう=本来の性)の元明(がんみょう)なるに因りて、所以(ゆえ)に汝(なんじ)を食(くら)うを得(え)ざるなり。汝(なんじ)我(われ)に跟(したが)い来(きた)れ、汝を引きて上(うえ)の路(みち)に就(つ)かしめん」と。三蔵(さんぞう)勝(た)えて感激(かんげき)すること能わず、包袱を将(も)ちて馬の背(せ)に捎(の)せ、繮縄(こうじょう=手綱)を牽(ひ)きて、老叟(ろうそう)に相随(したが)い径(ただ)ちに坑坎の中を出(い)で、大路(だいろ=大道)の上(うえ)に走(のぼ)る。却って将ちて馬(うま)を道傍(みちばた)の草頭(そうとう)に拴(つな)ぎ、身を転(てん)じてかの公公を拝謝(はいしゃ=拝み謝)せしに、かの公公(こうこう)遂(つい)に一陣(ひとむれ)の清風(せいふう=清き風)と化(け)し、一(ひとつ)の朱頂(しゅちょう=赤き頂)の白鶴(はくかく=白き鶴)に跨(またが)り、空(そら)を騰(あ)がりて去(さ)る。只(ただ)見よ、風(かぜ)飄飄(ひょうひょう=ひらひら)として一張(ひとひら)の簡帖(かんじょう=書き付け)を遺(のこ)し下(おろ)す。書(しょ)に四句(よんく)の頌子(じゅす=偈)有(あ)り。頌子に云(いわ)く、 「吾(われ)は乃(すなわ)ち西天(さいてん)の太白星(たいはくせい)なり、特(ことさら)に来りて汝(なんじ)が生霊(せいれい=命)を搭救す。 前行(ぜんこう)自(おのずか)ら神徒(しんと)の助(たすけ)有らん、艱難(かんなん)を為し経(きょう)に報怨(ほうえん=恨み言)すること莫(な)かれ。」 と。 三蔵看(み)了(おわ)りて、天(てん)に対い礼拝して言う、「多謝(かたじけなし)太白金星(たいはくきんせい)よ、この難(なん)を度脱(どだつ=救い脱れ)しめ給えり」と。拝み畢(おわ)り、馬匹(ばひつ)を牽きて、独り箇(ひとり)孤孤凄凄(ここせいせい=寂しげ)として、前(まえ)へ苦(くるし)み進(すす)む。この嶺上(れいじょう=嶺の上)、真(まこと)にこれ、 寒颯颯(かんさつさつ=寒々し)雨林(うりん=雨の林)の風、響き潺潺(せんせん=さらさら)澗下(かんか=谷底)の水(みず)。 香馥馥(こうふくふく=香り高)として野花(やか=野の花)開(ひら)き、密叢叢(みっそうそう=びっしり)乱石(らんせき)磊(つみかさな)る。 鬧嚷嚷(どうじょうじょう=騒がし)鹿(しか)と猿(さる)、一隊隊(いったいたい=幾隊も)の獐(のろ)と麂(けし)。 喧雑雑(けんざつざつ)く鳥声(ちょうせい=鳥の声)多(おお)く、静悄悄(せいしょうしょう=ひっそり)として人事(じんじ=人け)靡(な)し。 かの長老(ちょうろう)、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として心(こころ)寧(やす)からず、この馬児(うま)、力(ちから)怯怯(きょうきょう=弱々し)として蹄挙(あ)げ難(がた)し。 と。 三蔵(さんぞう)身(み)を捨(す)て命を拼(か)けて、かの峻嶺の間(あいだ)に上(のぼ)る。行き経(ふ)ること半日(はんじつ)、更(さら)に人烟(じんえん=人家の煙)村舎(そんしゃ=村里)を見ず。一(ひとつ)には腹中(ふくちゅう=腹の内)飢えたれば、二には路(みち)又平(たいら)かならず。正(まさ)に危急(ききゅう=危うき)の際(きわ)に在(あ)るに、只見よ前面(ぜんめん)に両隻(にひき)の猛虎(もうこ=猛き虎)の咆哮(ほうこう=ほえたけ)るが有(あ)り、後辺に幾条(いくすじ)かの長蛇(ちょうじゃ=大蛇)の盤繞(ばんじょう)が有(あ)り。左(ひだり)に毒虫(どくちゅう)有(あ)り、右(みぎ)に怪獣有り。三蔵(さんぞう)孤身(こしん=独り身)にして策(さく)無(な)く、只(ただ)身心(しんしん=身も心も)を放下し、天(てん)の命(めい)ずる所(ところ)を聴(き)くを得ざらんとす。又(また)奈何(いかん)ともすべからざるは、かの馬(うま)の腰(こし)軟らぎ蹄(ひづめ)弯(かが)み、便(べん=糞)屎(し=尿)倶(とも)に下り、地(ち)に伏(ふ)し倒(たお)れて、打(う)たんとして又(また)打ち起(お)こすこと能(あた)わず、牽(ひ)かんとして又(また)牽(ひ)き動かすこと能(あた)わず。苦(くる)しめて一人の法師(ほうし)をして身(み)を襯(よ)するに地(ち)無(な)からしめ、真に万分(まんぶん)き凄楚(せいそ=痛ましさ)有(あ)り、已に自(みずか)ら必(かなら)ず死(し)せんと分(わきま)えて、奈何とするも可きなし。 却(さ)て説(い)う、かれ災迍(さいてん=災い)有(あ)りと雖(いえど)も、却(かえ)って救応(きゅうおう=救い)有り。正(まさ)にかの命(いのち)を得(え)ざる処に在るに、忽然(たちまち)毒虫の奔り走(に)げ、妖獣(ようじゅう)の飛(と)び逃(のが)れ、猛虎の踪(あと)を潜(ひそ)め、長蛇の迹(あと)を隠(かく)すを見(み)る。三蔵頭を抬げて看(み)る時(とき)、只(ただ)見よ一人(ひとり)の、手(て)に鋼叉(こうさ=鋼の叉)を執(と)り、腰に弓箭(きゅうせん=弓と矢)を懸(か)け、かの山坡(さんぱ=山の斜面)の前より転(まろ)び出(い)づるが、果してこれ一条(ひとり)の好漢(こうかん=立派な男)なり。汝(なんじ)看よかれを、 頭上(ずじょう=頭の上)に一頂(いっちょう=一つ)、艾葉(がいよう)花斑(かはん=斑模様)なる豹皮(ひょうひ=豹の皮)の帽(ぼう=帽子)を戴(いただ)き、 身上(しんじょう=身の上)に一領(いちりょう=一着)、羊絨(ようじゅう=羊の毛織)織錦(しょくきん=錦織)の叵羅衣(はらえ=蛮服)を穿て、 腰間(ようかん=腰の間)に一条(いちじょう=一本)の獅蛮帯(しまんたい=獅子の帯)を束(つか)ね、 脚下(あしもと=足の下)に一対(いっつい=二つ)の麂皮(じひ=麂の皮)の靴(くつ)を踏(ふ)まう。 環眼(かんがん=丸き眼)円睛(えんせい=丸き瞳)弔客(ちょうかく=凶神)の如く、圈鬚(けんしゅ=巻き髭)乱(みだ)れ擾れて河魁(かかい=凶神)に似たり。 一嚢(ひとふくろ)の毒薬弓(どくやくきゅう=毒矢の弓)を懸け、一捍(ひとつ)の点鋼大叉(てんこうたいさ=鋼の大叉)を拿(と)る。 雷声山虫(さんちゅう=山の獣)の胆を震(ふる)い破り、勇猛(ゆうもう)野雉(やち=野の雉)の魂(たましい)を驚(おどろ)かし残(そこな)う。 と。 三蔵(さんぞう)かれの来(きた)ること漸(ようや)く近きを見(み)て、路傍(みちばた)に跪き、合掌して高(たか)く叫(よ)んで言う、「大王(だいおう)よ命(いのち)を救え!大王よ命を救(すく)え!」と。かの条(ひとり)の漢(おとこ)辺前(ほとり)に到(いた)り、鋼叉を放下(おろ)し、手を以(もっ)て攙(たす)け起(おこ)して言う、「長老よ怕(おそ)るること莫かれ。我は是(こ)れ歹人(あくにん=悪人)に非(あら)ず、我(われ)は是(こ)れこの山中(さんちゅう)の猟戸(りょうこ=猟師)にして、姓(せい)は劉(りゅう)名は伯欽、綽号(しゃくごう=あだ名)を鎮山太保(ちんざんたいほ)と曰(い)う。我(われ)才(いま)し自ら来(きた)れるは、両隻の山虫を尋(たず)ねて食用(しょくよう=食料)にせんと欲せしに、期(あた)らずも汝に遇(あ)いて、多く冲撞(しょうどう=失礼)せる有(あ)り」と。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧は是れ大唐の駕下(かか=御代)の欽差(きんさ)にして、西天に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経を求むる和尚(おしょう)なり。適間(さっき=先ほど)此処(ところ)に来(きた)り到りて、些かの狼虎(ろうこ=狼や虎)蛇虫(じゃちゅう=蛇や虫)に遇い、四辺(しへん=四方)を囲繞(いじょう=取り巻)かれて、前進する能わず。忽太保(たいほ)の来るを見(み)て、衆獣(しゅうじゅう=獣ども)皆走げ、貧僧(ひんそう)が性命を救(すく)われたり。多謝!多謝(かたじけなし)!」と。伯欽(はくきん)言う、「我(われ)ここに住人(じゅうにん=住む者)として、専(もっぱ)ら些(いささ)かの狼虎を打(う)つに倚(よ)りて生(い)き、些(いささ)かの蛇虫を捉(とら)えて過(わた)り活(い)くる。故此(このゆえ)に衆獣我を怕れて走(に)ぐるなり。汝(なんじ)既(すで)に唐朝(とうちょう)より来(きた)れるならば、我(われ)と都これ郷里(きょうり=同郷)なり。此間(ここ)は還(な)お大唐(だいとう)の地界(ちかい=領地)なり、我(われ)もまた唐朝の百姓(ひゃくせい=民)なり。我と汝(なんじ)と同じく皇王(こうおう=皇帝)の水土(すいど=水と土)を食(は)めば、誠(まこと)に然(しか)して一国(いっこく)の人(ひと)なり。汝(なんじ)怕(おそ)るること莫(な)かれ、我(われ)に跟い来(きた)れ。我が舎下(しゃか=家)に到(いた)りて馬(うま)を歇(やす)め、明朝(みょうちょう=明日の朝)我(われ)汝を送(おく)りて路に上(のぼ)らしめん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんき)す。伯欽(はくきん)に謝(しゃ)して、馬を牽きて随(したが)い行(ゆ)く。 山坡を過ぎて、又呼呼(ここ)たる風響(かぜひびき=風の音)を聴き得(え)たり。伯欽言う、「長老(ちょうろう)よ走(ゆ)くこと莫(な)かれ、此(この)間(あいだ)に坐(ざ)せ。風(かぜ)の響(ひび)く処(ところ)は、是(こ)れ一箇(ひとつ)の山猫(さんびょう=山の猫)の来れるなり。等(しばし)我(われ)かれを拿(とら)え家(いえ)へ去(ゆ)きて汝(なんじ)を管待(かんたい=もてな)さん」と。三蔵説(いう)を見て、又(また)胆(きも)戦(おのの)き心驚きて、歩(あゆみ)を挙ぐるを敢(あえ)てせず。かの太保鋼叉(こうさ)を執り、歩を踏み開きて、迎(むか)え将(も)ちて上(のぼ)り去く。只見よ一隻(いっぴき)の斑斕虎(はんらんこ=斑の虎)、真っ向に撞見(であ)う。かれ伯欽(はくきん)を見(み)るや、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回らして就ち走(に)ぐ。この太保(たいほ)霹靂(へきれき=雷の一撃)の一声、咄(ああ)と道(い)う、「那(かの)業畜(ごうちく=畜生)よ!那裡へか走ぐる!」と。かの虎赶(お)わるること急(きゅう)なるを見(み)て、身を転じ爪(つめ)を輪(めぐ)らして撲(おそ)い来(きた)る。この太保(たいほ)三股叉(さんこさ=三又の叉)を挙(あ)げて手(て)をもって迎(むか)え敵(てき)す。嚇(おど)かされて三蔵(さんぞう)軟(やわ)らかに草地(そうち=草の地)に癱(たお)る。この和尚娘肚皮(はら=母の胎)を出でて自(よ)り、那(いず)くにか曾(かつ)てこの様(よう)の凶険(きょうけん=恐ろしき)なる勾当(こうとう=出来事)を見しや。太保とかの虎(とら)とかの山坡(さんぱ)の下(もと)に在(あ)りて、人虎(じんこ)相持(そうじ=にらみ合)うは、果(はた)してこれ一場(ひとくさ)の好闘(こうとう)なり。但見よ、 怒気(どき=怒れる気)紛紛(ふんふん)、狂風滾滾。 怒気紛紛として、太保(たいほ)冠を衝(つ)きて膂力(りょりき=腕力)多し、 狂風(きょうふう)滾滾(こんこん)として、斑彪(はんひょう=斑の虎)勢(せい)を逞しくして紅塵(こうじん=赤き土煙)を噴(ふ)く。 那(か)の一箇は牙(きば)を張(は)り爪を舞(ま)わし、此(こ)の一箇(ひとつ)は歩(あゆみ)を転(てん)じ身(み)を回(めぐ)らす。 三股叉天を擎(ささ)え日を幌(てら)し、千花尾(せんかび)霧(きり)を擾(みだ)し雲(くも)を飛(と)ばす。 此の一箇(ひとつ)は胸(むね)に当(あ)てて乱りに刺(さ)し、那の一箇(ひとつ)は面(おもて)を劈(つんざ)きて来(きた)り吞(の)まんとす。 閃(かわ)し過(す)ぐる者(もの)は再(ふたた)び人道(じんどう=人の道)に生き、撞(ぶつ)か着(あた)る者(もの)は定ず閻君(えんくん=冥界の王)に見(まみ)えん。 只(ただ)那(か)の斑彪の哮吼を聴(き)き得(え)、太保(たいほ)の声哏(せいごん=荒き声)す。 斑彪(はんひょう)哮吼(こうこう)して、山川(さんせん)を振い裂(さ)きて鳥獣(ちょうじゅう)を驚(おどろ)かし、 太保(たいほ)声哏して、天府(てんぷ=天の府)を喝(かつ)し開(ひら)きて星辰(せいしん=星々)を現(あらわ)す。 那(か)の一箇は金睛(きんせい=金色の瞳)怒(いか)り出(い)で、此(こ)の一箇(ひとつ)は壮胆(そうたん)生(しょう)じて嗔(いか)る。 愛(あい)すべし鎮山(ちんざん)の劉太保(りゅうたいほ)、夸(ほ)むべし地に拠(よ)る獣(けもの)の君(きみ)なり。 人虎生(せい)を貪(むさぼ)りて勝負(しょうぶ)を争(あらそ)う、些児(いささか)も慢(おこた)り有(あ)れば三魂(さんこん=三つの魂)を喪(うしな)わん。 と。 かれ二箇(ふたり)闘(たたか)うこと一箇時辰(いっこじしん=二時間)の有(あ)るに、只(ただ)見よかの虎(とら)爪(つめ)慢(おそ)く腰(こし)松(ゆる)み、太保の叉(さ)を挙(あ)げて胸を平かに刺し倒さる。憐(あわ)れなるかな、鋼叉(こうさ)の尖(さき)心肝を穿(うが)ち通(とお)り、霎時間(しょうじかん)に血(ち)流(なが)れて地(ち)に満つ。耳(みみ)を揪(つか)みて、路(みち)の上へ拖(ひ)き来(きた)る。好男子(こうだんし=見事な男)かな!気連(つづ)けて喘(あえ)がず、面色(いろ)を改(あらた)めず、三蔵(さんぞう)に対(むか)いて言う、「造化(ぞうか=幸運)!造化!この隻(ひとつ)の山猫、長老(ちょうろう)の食用に幾日(いくにち)かを够(た)らん」と。三蔵(さんぞう)夸讃して尽(つ)きず、言う、「太保(たいほ)は真(まこと)の山神(さんしん=山の神)なり!」と。伯欽(はくきん)言う、「何(なん)の本事(ほんじ=腕前)か有りて、敢(あ)えて過奨(かしょう)を労(ろう)せんや。この是(こ)れは長老(ちょうろう)の洪福(こうふく)なり。去(ゆ)き来れ!早きに赶(おいつ)きて皮(かわ)を剥(は)ぎ、些かの肉を煮(に)て、汝(なんじ)を管待さん」と。かれ一隻手(かたて=片手)に叉を執(と)り、一隻手に虎を拖きて、前(まえ)に在(あ)りて路(みち)を引(みちび)く。三蔵馬(うま)を牽(ひ)きて、後(うしろ)に随(したが)いて行(ゆ)く。迤邐(いり=たどたど)として山坡(さんぱ)を行(ゆ)き過(す)ぎ、忽(たちまち)一座(ひとつ)の山荘(さんそう=山里の家)を見(み)る。かの門前(もんぜん=門の前)、真(まこと)にこれ、 参天(さんてん=天に届く)の古樹(こじゅ=古き木)、漫路(まんろ=路を覆う)の荒藤(こうとう=荒れた蔓)。 万壑(ばんがく=幾万の谷)風塵(ふうじん)冷(つめた)く、千崖(せんがい)気象(きしょう)奇(あや)し。 一径(いっけい)の野花香(かおり)体(たい)を襲(おそ)い、数竿(すうかん=数本)の幽竹(ゆうちく)緑(みどり)依依(いい)たり。 草門楼(そうもんろう)、籬笆院(りはえん)、描(えが)くべく画(か)くべし、 石板橋(せきばんきょう)、白土壁(はくどへき)、真(まこと)に楽(たの)しく真に稀(まれ)なり。 秋容(しゅうよう)蕭索(しょうさく)く、爽気(そうき)孤高(ここう)。 道傍に黄葉(こうよう)落(お)ち、嶺上に白雲(はくうん)飄(ひるがえ)る。 疏林(そりん)の内(うち)に山禽(さんきん=山の鳥)聒聒(かつかつ)とし、荘門外(そうもんがい)に細犬(さいけん=細き犬)嘹嘹とす。 と。 伯欽(はくきん)門首(もんしゅ=門の前)に到(いた)り、死虎(なきがら)を将(も)ちて擲(なげ)し下し、叫(よ)んで言う、「小的們(こどもら)何くにか在(あ)る」と。只(ただ)見よ、三四箇(さんしか)の家僮(かどう=召使)の走(で)き出(い)づるが、都(みな)これ怪形(けいぎょう)悪相(あくそう=醜い顔)の類(たぐい)なるが、上前み出でて拖拖拉拉(たたらら)し、かの隻の虎(とら)を把(とら)えて扛(かづ)き将ちて進(い)り入(い)る。伯欽吩咐けて教(おし)う、「早(はや)きに赶きて皮を剥ぎ、安排(あんばい)し将(も)ち来(きた)りて客を待て」と。複(また)頭(こうべ)を回(めぐ)らして三蔵(さんぞう)を迎接(むかえい)れて内へ進れ、彼此(おたがい)に相見す。三蔵(さんぞう)又(また)伯欽(はくきん)の厚恩(こうおん=厚き恩)と憐憫(れんびん)の命(いのち)を救えるとを拝謝す。伯欽(はくきん)言う、「同郷(どうきょう)の人(ひと)なるに、何(なん)ぞ致謝(ちしゃ=感謝)を労せんや」と。 坐し定まりて茶(ちゃ)罷み、一の老嫗(ろうう=老女)の、一箇(ひとり)の媳婦(しゅうとめ=嫁)を領(ひき)い従えて、三蔵に対(むか)い礼を進(すす)むる有(あ)り。伯欽言う、「此(こ)れは是れ家母(かぼ=母)と山妻(さんさい=妻)なり」と。三蔵(さんぞう)言う、「令堂(れいどう=母上)の坐(ざ)に上らんことを請い、貧僧(ひんそう)奉(ほう)じて拝(おが)まん」と。老嫗言う、「長老は遠客(えんかく=遠き客)なれば、各請(こ)う自(みずか)ら珍(とうと)ばれ、拝むを労(ろう)すること罷(や)めよ」と。伯欽(はくきん)言う、「母親(はは)よ、かれは唐王(とうおう)の駕下より、西天(さいてん)へ差(つかわ)され仏(ほとけ)に見(まみ)えんと経(きょう)を求(もと)むる者なり。適間嶺頭(れいとう=嶺の上)に在りて孩児(わがこ=この子)に遇(あ)いしに、孩児一国の人なるを念(おも)い、かれを請(しょう)じて家に来(きた)らせて馬(うま)を歇め、明日(みょうにち)かれを送りて路(みち)に上(のぼ)らしめんとす」と。老嫗(ろうう)言(げん)を聞(き)き、十分に歓喜して言う、「好(よ)し!好し!好(よ)し!就(すなわ)ちかれを請(しょう)ずるも、この般(ごと)くなるを得じ。恰好(あたか)も明日は汝が父親(ちち)の周忌(しゅうき=一周忌)なれば、就(すなわ)ち長老(ちょうろう)を浼(たの)みて些(いささ)かの好事(こうじ=善い事)を做(な)し、一巻(ひとまき)の経文(きょうもん=お経)を念(とな)えんことを請(こ)い、後日(ごじつ)に到(いた)りてかれを送(おく)り去(さら)しめよ」と。この劉伯欽(りゅうはくきん)、一箇の殺虎手(さっこしゅ=虎殺し)たり、鎮山の太保(たいほ)たりと雖も、かれ却(かえ)って些(いささ)かの孝順(こうじゅん=孝行)の心(こころ)有(あ)り。母の言を聞き得(え)て、就ち香紙(こうし)を安排(あんばい)し、三蔵(さんぞう)を留住(りゅうじゅう=引き留)めんと欲(ほっ)す。 説話(せつわ)の間に、覚えず天色(てんしょく=空模様)将に晩れんとす。小的們桌凳(たくとう)を排(なら)べ開(ひら)き、幾盤(いくさら)かの爛熟(らんじゅく)の虎肉(こにく)を拿(と)りて、熱騰騰(ねつとうとう)としてこれを上面に放(お)く。伯欽(はくきん)三蔵(さんぞう)に請うて権(かり)に用いられ、再(ま)た別(べつ)に飯(めし)を弁えんとす。三蔵合掌(がっしょう)して胸(むね)に当てて言う、「善哉(ぜんざい)!貧僧(ひんそう)太保に瞞(かく)さず説わん、娘胎(はら=母の胎)を出(い)でて自(よ)り、就(すなわ)ち和尚(おしょう)と做りて、更に葷(くん=肉食)を食(くら)うを暁(さと)らず」と。伯欽(はくきん)この説を聞(き)き得(え)て、半晌(はんしょう)沈吟(ちんぎん=思案)して言う、「長老(ちょうろう)よ、寒家(かんか=わが家)は歴代(れきだい=代々)以来(いらい)、素を食(くら)うを暁らず。就(すなわ)ち些(いささ)かの竹筍(ちくじゅん=筍)有り、些かの木耳(もくじ)を采(と)り、些(いささ)かの乾菜(かんさい=干し菜)を尋(たず)ね、些(いささ)かの豆腐(とうふ)を做(つく)るも、也都是(またみな)これ獐鹿(しょうろく)虎豹の油(あぶら)に煎(い)りたるにて、却って甚(なん)の素(そ)き処(ところ)も無し。両眼(ふたつ)の鍋竈(かそう=竈)有(あ)るも、也都是これ油膩(ゆじ=油汚れ)透(とお)り了れり。この等(よう)奈何(いかん)せん?反(かえ)って是(こ)れ我が長老を請ぜしが不是(あやまち=過ち)なり」と。三蔵(さんぞう)言う、「太保(たいほ)多(おお)く心(こころ)を用(もち)うるに必ずしも及ばず、請(こ)う自(みずか)ら受用(じゅよう)れ。我(わ)が貧僧は就(すなわ)ち三五日(さんごにち)飯を食わずとも、また飢(うえ)を忍ぶ可(べ)し、只斎戒(さいかい=精進)を破(やぶ)るを敢てせざるのみ」と。伯欽言う、「倘或(もし=もしも)餓(うえ)死せば、却(かえ)ってこれを如何せん」と。三蔵(さんぞう)言う、「太保(たいほ)の天恩(てんおん)を感じて、虎狼の叢裡(そうり)より搭救(すくいだ)されしうえは、就ち餓死(し)すとも、また虎(とら)に喂するに強(まさ)れり」と。伯欽(はくきん)の母親、説(いう)を聞(き)きて、叫んで言う、「孩児(わがこ)よ長老(ちょうろう)と閑講(かんこう=無駄口)すること莫かれ、我(われ)自ら素物(そぶつ=精進物)有(あ)りて、以(もっ)て管待(かんたい)す可(べ)し」と。伯欽(はくきん)言う、「素物何(いず)くよりか来(きた)る」と。母親(はは)言う、「汝(なんじ)我(われ)を管(かま)うこと莫(な)かれ、我自(おのずか)ら素(そ)の有(あ)る」と。媳婦(よめ)を叫(よ)びて、小鍋(こなべ)を将(も)ちて取(と)り下(おろ)し、火(ひ)を着(つ)けて油膩を焼(や)き、刷(さっ)し了(おわ)りて又刷し、洗(あら)い了(おわ)りて又(また)洗い、却(かえ)って仍(な)お竈(かまど)の上(うえ)に安(やすん)ず。先(ま)ず半鍋(はんなべ)の滾水(こんすい=煮え湯)を放(い)れて、別に用(もち)う。却(かえ)って又(また)些かの山地楡(さんちゆ=山の楡)の葉子(ようし=葉)を将(も)ちて、水を着けて煎(せん=煮出)じて茶湯と做(な)し、然る後些(いささ)かの黄糧(こうりょう=黄米)粟米(ぞくまい=粟)を将ちて、飯(めし)を煮起し、又(また)些(いささ)かの乾菜を把(と)りて煮熟(にじゅく=よく煮)し、両碗(にわん)に盛(も)りて、拿り出(いだ)して卓(たく)の上面(うえ)に鋪(し)く。老母(ろうぼ)三蔵に対いて言う、「長老(ちょうろう)よ請(こ)う斎(とき)を食(くら)え。この是(こ)れは老身(ろうしん)と児婦(じふ=嫁)の、親(みずか)ら手(て)を動(うご)かし整理(せいり=整え)たる些(いささ)かの極(きわ)めて潔(きよ)く極めて浄(きよ)き茶飯(さはん=食事)なり」と。三蔵(さんぞう)下(お)りて謝して、方(はじ)めて上(うえ)に坐(ざ)す。かの伯欽別(べつ)に一処(ひとところ)を設(もう)け、些かの塩(しお)無(な)く醤(ひしお)無(な)き老虎肉(ろうこにく)、香獐肉(こうしょうにく)、蟒蛇肉(もうじゃにく)、狐狸肉(こりにく)、兔肉(とにく)と、点剁(てんた=刻み)の鹿肉乾巴(かんぱ=干し肉)とを鋪排(ほはい=並べ)し、満盤(まんばん)満碗(まんわん=山盛り)にして、三蔵(さんぞう)に陪(ばい)して斎(とき)を食(くら)わんとす。方(はじ)めて坐(ざ)し下り、心(こころ)に箸(はし)を挙げんと欲(ほっ)するに、只(ただ)見よ三蔵(さんぞう)合掌(がっしょう)して経(きょう)を誦(とな)うるに、嚇(おど)かされて伯欽(はくきん)箸を動(うご)かすを敢(あえ)てせず、急ぎ身(み)を起(おこ)して旁(かたわら)に立つ。三蔵念うること数句(すうく)ならずして、却って「請(こ)う斎を食え」と教う。伯欽(はくきん)言う、「汝(なんじ)は是(こ)れ一箇(ひとり)の短頭経(たんとうきょう=短い経)を念(とな)うる和尚(おしょう)なりか」と。三蔵(さんぞう)言う、「此れは是れ経(きょう)に非ず、乃ちこれ一巻の掲斎(けいさい)の呪(じゅ=真言)なり」と。伯欽(はくきん)言う、「汝(なんじ)ら出家人(しゅっけにん=僧侶)は、偏(ひとえ)に許多(あまた=多く)の計較(けいこう)有りて、飯(めし)を食(くら)うにも便(すなわ)ち也(また)念誦(ねんじゅ=唱え)し念誦するか」と。 斎飯(さいはん)を食(くら)い了(おわ)り、盤碗(ばんわん=皿と椀)を収(おさ)むるに、漸漸と天(てん)晩(く)る。伯欽三蔵(さんぞう)を引きて中宅(ちゅうたく=中の家)を出(い)で、後辺(うしろ)の方(かた)へ到りて走走(あるき=歩み)す。夾道(きょうどう)を穿ち過ぐるに、一座の草亭(そうてい=草の亭)有(あ)り。門を推(お)し開き、裡面(うち)へ入(い)り到(いた)れば、只(ただ)見よかの四壁(しへき)の上(うえ)に幾張(いくはり)かの強弓(きょうきゅう=強き弓)硬弩(こうど=硬き弩)を掛(か)け、幾壺(いくつぼ)かの箭(や)を插(さし)、過梁(かりょう=渡り梁)の上に両塊(ふたつ)の血腥(けっせい)の虎皮(こひ=虎の皮)を搭(か)け、墻根頭(しょうこんとう)に許多の槍刀(そうとう=槍と刀)叉棒(さぼう=叉と棒)を插(さ)し、正中間(しょうちゅうかん=真ん中)に両張(ふたつ)の坐器(ざき=座る具)を設く。伯欽(はくきん)三蔵に請うて坐坐(ざせ=座れ)す。三蔵(さんぞう)この般(よう)の凶険にして醃臢(あくさ)きを見(み)て、敢(あえ)て久(ひさ)しく坐せず、遂(つい)に草亭を出(い)づ。又後の方へ再(さら)に行けば、是(こ)れ一座(ひとつ)の大園子(だいえんし)にして、却(かえ)ってかの叢叢(そうそう)の菊蕊(きくずい)の黄(き)を堆(つ)み、樹樹(じゅじゅ=木ごと)の楓楊の赤(あか)を掛くるを看(み)て尽(つ)くすこと能(あた)わず。又(また)呼(ひゅう)の一声(ひとこえ)見(み)えて、十来隻(じゅうらいせき=十余頭)の肥鹿(ひろく)と、一大陣(ひとおおむれ)の黄獐(こうしょう)とが跑り出づるに、人(ひと)を見るも、呢呢痴痴(じじちち)として、更(さら)に恐懼(きょうく=恐れ)せず。三蔵(さんぞう)言う、「この獐鹿は想うに是れ太保(たいほ)が家(か)に養(やしな)い了りしものなるか」と。伯欽(はくきん)言う、「汝がかの長安城(ちょうあんじょう)中の人家(じんか=家々)の似(ごと)く、銭(ぜに)有(あ)る者(もの)は財宝(ざいほう=財宝)を集(あつ)め、荘(しょう=田荘)有(あ)る者(もの)は稲糧(とうりょう=穀物)を集聚(しゅうじゅう=積み集)むるが似く、我(われ)らこの猟(かり)を打(う)つ者(もの)は、只些(いささ)かの野獣(やじゅう)を聚(あつ)め養いて、天陰(てんいん)に備(そな)うるを得るのみ」と。かれ二箇説話し閑行(かんこう)するに、覚(おぼ)えず黄昏(たそがれ)となり、複前宅(ぜんたく=前の家)に転(てん)じて安歇(あんけつ)す。 次の早、かの合家(がっか=一家)の老小(ろうしょう)都(みな)起きて、就(すなわ)ち素斎(そさい)を整(ととの)えて長老(ちょうろう)を管待(かんたい)し、請(こ)うて開啟(かいけい=始め)て経を念(とな)えしむ。この長老手(て)を浄め、太保と同じく家堂(かどう=仏壇)の前(まえ)に香を拈(ひね)り、家堂を拝(おが)みて、三蔵(さんぞう)方めて木魚(もくぎょ)を敲き響(ひび)かせ、先ず浄口業(じょうくごう)の真言(しんごん)を念え、又(また)浄身心(じょうしんしん)の神呪(しんじゅ)を念(とな)え、然(しか)る後(のち)『度亡経(どぼうきょう)』一巻(ひとまき)を開(ひら)く。誦(じゅ)し畢(おわ)りて、伯欽(はくきん)又請(こ)うて薦亡疏(せんぼうそ)一道(ひとふみ)を写(うつ)さしめ、再た『金剛経(こんごうきょう)』『観音経(かんのんきょう)』を開(ひら)き念(とな)う。一一朗音(ろうおん)に高(たか)く誦す。誦(じゅ)し畢りて、午斎(ごさい)を食(くら)う。又(また)『法華経(ほけきょう)』『弥陀経(みだきょう)』を念(とな)え、各(おのおの)幾巻(いくまき)かを誦(じゅ)す。又(また)一巻(ひとまき)の『孔雀経(くじゃくきょう)』を念え、及(および)苾蒭(びっす=比丘)の洗業(せんごう)の故事(こじ=物語)を談(だん)ず。早に又(また)天(てん)晩(く)れて、種種(しゅじゅ)の香火(こうか)を献じ過(す)ぎ、衆神(しゅうしん)の紙馬(しば=紙の馬)を化(た)き、薦亡文疏(せんぼうぶんそ)を焼きて、仏事(ぶつじ=法事)已(すで)に畢(おわ)り、又各(おのおの)安寝(あんしん)。 却て説(い)う、かの伯欽が父親の霊(たま)、超薦(ちょうせん=供養)せられて沉淪(ちんりん)を脱(のが)るるを得(え)、鬼魂児(きこんじ=亡霊)早(はや)く東家(とうか=東の家)の宅内(たくない)に来り到(いた)り、一夢(ひとゆめ)を合宅(がくたく=一家)の長幼(ちょうよう=老若)に托(ことづ)けて言う、「我(われ)陰司(いんし=冥府)の裡(うち)に在(あ)りて苦難の脱れ難く、日(ひ)久しくして超生(ちょうしょう)するを得(え)ざりしに、今(いま)幸(さいわい)に聖僧(せいそう)を得(え)て、経巻(きょうかん=お経)を念(とな)えられ、我(わ)が罪業(ざいごう=罪)を消(け)されたり。閻王(えんおう)人(ひと)を差して我(われ)を送(おく)りて中華(ちゅうか)の富地(ふち)に上(のぼ)らせ、長者(ちょうじゃ)の人家へ托生(たくしょう)し去りぬ。汝(なんじ)ら可(よ)く生(よく)長老(ちょうろう)を謝(しゃ)し送(おく)れ、怠慢(たいまん)することを要(よう)せず、怠慢することを要せず。我去(さ)るなり」と。これこそ才に、 万法(まんぽう)荘厳(しょうごん=荘厳)端(はじめ)より意有り、亡(なきもの)を薦(すす)めて苦(くるしみ)を離(はな)れ沉淪を出(い)づ。 と。 かの合家の児(もの)、夢(ゆめ)醒(さ)むるに、又(また)早(はや)く太陽(たいよう)東(ひがし)に上る。伯欽(はくきん)の娘子(にょうし=妻)言う、「太保(たいほ)よ、我(われ)今夜(こんや)公公(こうこう)の家(いえ)へ来(きた)れるを夢に見(み)たり。かれ陰司に在(あ)りて苦難(くなん)脱(のが)れ難(がた)く、日(ひ)久(ひさ)しくして超生するを得ずと説(い)い、今幸に聖僧の経巻を念(とな)えて其の罪業を消されたるを得(え)、閻王人(ひと)を差(つかわ)してかれを送りて中華の富地に上(のぼ)らせ、長者の人家(じんか)へ托生し去(さ)らしむと。我(われ)らに教(おし)えて好(よ)く生かの長老(ちょうろう)を謝(しゃ)し、怠慢(たいまん)するを得(え)ずと。かれ説い罷(や)みて、径ちに門(もん)を出(い)で、徉徜(ようしょう)と去(さ)りぬ。我(われ)らかれを呼べども応(こた)えず、留(とど)めんとすれども住まらず、醒めて見(み)れば却(かえ)ってこれ一夢なり」と。伯欽(はくきん)言う、「我もまた是(こ)れ那等(かのよう=同じ)の夢(ゆめ)にして、汝(なんじ)と一般(おなじ=同じ)なり。我(われ)ら起ち去(ゆ)きて母親(はは)に対(むか)い説(い)い去かん」と。かれ両口子(ふたり=夫婦)正に去(ゆ)きて説(い)わんと欲するに、只(ただ)見よ老母の叫(よ)んで言う、「伯欽が孩児(わがこ)よ、汝(なんじ)来(きた)れ、我(われ)汝と説話(せつわ)せん」と。二人(ふたり)前(まえ)に至(いた)れば、老母(ろうぼ)床(とこ)の上(うえ)に坐(ざ)して言う、「児(わがこ)よ、我今夜一箇(ひとつ)の喜夢(きむ)を得(え)たり。汝(なんじ)が父親(ちち)の家(いえ)へ来れるを夢(ゆめ)に見て、多く長老の超度(ちょうど=供養)に虧(よ)りて、已(すで)に罪業(ざいごう)を消(け)され、中華(ちゅうか)の富地(ふち)に上(のぼ)り、長者(ちょうじゃ)の家へ托生(たくしょう)し去りたりと説(い)えり」と。夫妻(ふさい=夫婦)們(ら)俱に呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して言う、「我(われ)と媳婦と皆(みな)この夢有(あ)りて、正(まさ)に来(きた)りて告稟(こくひん=申し上)げんとせしに、期らずも母親の呼喚(こかん=お呼び)せるも、また是れこの夢(ゆめ)なり」と。 遂に一家(いっか)の大小(だいしょう=老若)を叫(よ)び起(お)こし、謝意(しゃい=礼)を安排し、かれに替(かわ)りて馬匹(ばひつ)を収拾し、都前に至(いた)りて拝謝(はいしゃ)して言う、「多謝(かたじけなし)長老(ちょうろう)よ、我(わ)が亡父(ぼうふ=亡き父)の難を脱(のが)れて超生(ちょうしょう)するを超薦し給えるは、報答(ほうとう=恩返し)し尽くすべからず!」と。三蔵言う、「貧僧(ひんそう)何の能(ちから)の処か有(あ)らん、敢えて致謝を労(ろう)せんや」と。伯欽(はくきん)三口児(みんな=三人)の夢話(むわ=夢の話)を把って、三蔵(さんぞう)に対(むか)い一遍(ひとわたり)を陳訴(ちんそ=語り述)ぶれば、三蔵(さんぞう)また喜ぶ。早(つと)に素斎を供給し、又(また)白銀(はくぎん=銀)一両(いちりょう)を具(そな)えて謝と為(な)す。三蔵(さんぞう)分文(ぶんもん=一文)も受(う)けず。一家の児又(また)懇懇(こんこん=切に)拝(おが)み央(たの)めど、三蔵畢竟(ひっきょう=ついに)分文も未(いま)だ受けず。但(ただ)言う、「是(こ)れ汝(なんじ)が肯(あ)えて慈悲を発(おこ)して我(われ)を一程(ひとみち)送(おく)らんとするに、足(た)るに至愛(しあい)を感(かん)ず」と。伯欽(はくきん)と母(はは)と妻(つま)と奈何(いかん)ともすべからず、急(いそ)ぎ些(いささ)かの粗麺(そめん)の焼餅(しょうへい=焼き餅)と乾糧(かんりょう=携帯食)とを做り、伯欽(はくきん)に遠(とお)くまで送(おく)らしむ。三蔵(さんぞう)歓喜(かんき)して収納(しゅうのう=受け取)る。太保(たいほ)母(はは)の命を領(うけたまわ)り、又二三人(にさんにん)の家僮を喚び、各捕猟(ほりょう=狩猟)の器械(きかい=道具)を帯(たい)し、同上(ともにおのおの)大路に上(のぼ)る。かの山中の野景(やけい)、嶺上(れいじょう)の風光(ふうこう=風景)を看(み)て尽(つ)くすこと能(あた)わず。 行(ゆ)き経ること半日、只(ただ)見よ真っ向(まとも)の処(ところ)に、一座(ひとつ)の大山(だいざん)有りて、真(まこと)にこれ高く青霄(せいしょう=青空)に接(せっ)し、崔巍(さいぎ=そびえ)として険峻(けんしゅん=けわし)。三蔵(さんぞう)一時ならずして、辺前に到れり。かの太保この山に登(のぼ)るに平地(へいち)を行(ゆ)くが如(ごと)し。正(まさ)に半山(はんざん)の中(うち)に走(ゆ)き到(いた)るに、伯欽身(み)を回らし、路下(みちした=道の下)に立(た)ちて言う、「長老(ちょうろう)よ、汝自(みずか)ら前進(ぜんしん)せよ、我(われ)却って告(もう)し回(かえ)らん」と。三蔵言(げん)を聞き、鞍(くら)を滚(ころが)して馬を下(お)りて言う、「千万(よろしく)敢(あ)えて太保(たいほ)を労して再(ま)た一程を送られよ!」と。伯欽(はくきん)言う、「長老(ちょうろう)知(し)らずや。この山(やま)は喚(よ)んで両界山(りょうかいざん)と做(な)す。東半辺(ひがしがわ)は我が大唐(だいとう)の管(つかさど)る所に属(ぞく)し、西半辺(にしがわ)は乃(すなわ)ちこれ韃靼(だったん=韃靼)の地界なり。那廂の狼虎(ろうこ)は、我(わ)が降(くだ)すに伏(ふく)せず、我も却(かえ)ってまた過界(かかい)ること能(あた)わず。汝(なんじ)自ら去(さ)れ」と。三蔵(さんぞう)心驚(おどろ)き、手を輸(ひら)き開(あ)けて、衣(ころも)を牽(ひ)き袂(たもと)を執(と)り、涙を滴(したた)らして分(わか)れ難(がた)し。正にかの叮嚀(ていねい)拝別(はいべつ)の際に在るに、只(ただ)山脚(さんきゃく=山の麓)の下より雷(いかずち)の如(ごと)く叫喊(きょうかん=叫ぶ)して、「我(わ)が師父(しふ=師)来(きた)れり!我が師父来(きた)れり!」と道(い)うを聴(き)き得たり。嚇かされて三蔵(さんぞう)痴呆(ちほう)とし、伯欽(はくきん)打掙(だそう=身構う)。 畢竟是(こ)れ甚人(なんぴと)の叫喊するを知(し)らず、且(しばら)くまた下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第十四回 心猿(しんえん)正(しょう)に帰(き)し 六賊(ろくぞく)踪(あと)無(な)し 詩(し)に曰(いわ)く、 仏(ぶつ)は即(すなわ)ち心(こころ)なるかな、心(こころ)は即(すなわ)ち仏(ほとけ)、 心仏(しんぶつ=心と仏)は従来(じゅうらい)皆(みな)要物(ようぶつ=肝要のもの)。 若(も)し無物(むぶつ=物の無き)また無心(むしん=心の無き)を知(し)らば、 便(すなわ)ちこれ真如(しんにょ)の法身仏(ほっしんぶつ)なり。 法身仏(ほっしんぶつ)、姿(すがた)無(な)し、 一顆(いっか=一つの)の円光(えんこう=円き光)は万象(ばんしょう=万の象)を涵(ひた)す。 無体(むたい=体なき)の体(たい)は即(すなわ)ち真体(しんたい)、 無相(むそう=相なき)の相(そう)は即(すなわ)ち実相(じっそう)。 色(しき)に非(あら)ず、空(くう)に非(あら)ず、不空(ふくう)に非(あら)ず、 来(きた)らず、向(むか)わず、回向(えこう=めぐらし向ける)せず。 異(い)無(な)く、同(どう)無(な)く、有無(うむ)無(な)く、 捨(す)て難(がた)く、取(と)り難(がた)く、聴望(ちょうぼう=聴き望む)し難(がた)し。 内外(ないげ=内と外)の霊光(れいこう=霊なる光)は到(いた)る処(ところ)同(おな)じく、 一仏国(いちぶっこく=一つの仏の国)は一沙(いっさ=一つの砂)の中(うち)に在(あ)り。 一粒(いちりゅう=一つぶ)の沙(すな)は大千界(だいせんがい=大千世界)を含(ふく)み、 一個(いっこ=一つの)身心(しんじん=身と心)は万法(ばんぽう=万の法)と同(おな)じ。 これを知(し)らば須(かなら)ず無心訣(むしんけつ=無心の奥義)を会(え)し、 染(そ)めず滞(とどこお)らざるを浄業(じょうごう=清き業)と為(な)さん。 善悪(ぜんあく)千端(せんたん=千の端緒)為(な)す所(ところ)無(な)く、 便(すなわ)ちこれ南無(なむ)釈迦葉(しゃかよう)なり。 と。 話(かたり)に表(あらわ)す、かの劉伯欽(りゅうはくきん)と唐三蔵(とうさんぞう)、驚驚慌慌(きょうきょうこうこう=おどろき慌て)として、また「師父(しふ)来(きた)れり!」と叫(さけ)ぶ声(こえ)を聞(き)き得(え)たり。衆(しゅう=多くの)家僮(かどう=家の若党)言う、「この叫(さけ)ぶは必(かなら)ずやあの山脚(さんきゃく=山の裾)の石匣(せきこう=石の箱)の中(うち)の老猿(ろうえん=年老いた猿)ならん」と。太保(たいほ)言う、「これなり!これなり!」と。三蔵(さんぞう)問うて言う、「何(なん)の老猿(ろうえん)ぞや」と。太保(たいほ)言う、「この山(やま)、旧名(きゅうめい=もとの名)を五行山(ごぎょうざん)と曰(い)いしが、我(わ)が大唐王(だいとうおう)の西(にし)を征(せい)して国(くに)を定(さだ)めしに因(よ)り、改名(かいめい=名を改め)して両界山(りょうがいざん)と曰(い)う。先年(せんねん=過ぎし年)の間(あいだ)曾(かつ)て老人家(ろうじんか=年寄りども)の説(と)くを聞(き)き得(え)たるに、王莽(おうもう)の漢(かん)を篡(うば)いし時(とき)、天(てん)この山(やま)を降(くだ)し、下(しも)に一個(ひとり)の神猴(しんこう=神なる猿)を圧(おさ)えつけ、寒暑(かんしょ=寒さ暑さ)を怕(おそ)れず、飲食(いんじき=物食い)を食(くら)わず、自(おのず)から土神(どしん=土地の神)の監押(かんおう=監視押領)する有(あ)りて、かれをして飢(う)えては鉄丸(てつがん=鉄の丸薬)を餐(くら)い、渇(かわ)いては銅汁(どうじゅう=銅の汁)を飲(の)ましめ、昔(むかし)自(よ)り今(いま)に到(いた)るまで、凍餓(とうが=凍え飢え)して死(し)せず。この叫(さけ)ぶは必定(ひつじょう=必定)かれなり。長老(ちょうろう)怕(おそ)るる莫(な)かれ。我(われ)ら山(やま)を下(くだ)りて看(み)て来(こ)ん」と。三蔵(さんぞう)ただ依従(いじゅう=従い順う)するを得(え)、馬(うま)を牽(ひ)きて山を下(くだ)る。行(ゆ)くこと数里(すうり=幾里)ならず、ただ見(み)よ、あの石匣(せきこう)の間(あいだ)に、果(はた)して一個(ひとり)の猴(さる)有(あ)り、頭(こうべ)を露(あらわ)し、手(て)を伸(の)べ、乱(みだ)れに手(て)を招(まね)きて言う、「師父(しふ)、なんじ何(なん)ぞこの時(とき)に至(いた)りて才(はじ)めて来(きた)れる。来(きた)れるは好(よ)し!来れるは好(よ)し!我(われ)を救(すく)い出(いだ)せ、我(われ)なんじを保(ほ=守護)して西天(さいてん)に上(のぼ)り往(ゆ)かしめん!」と。この長老(ちょうろう)近(ちか)づき前(すす)んで細(こま)かに看(み)るに、なんじはかれがいかなる姿(すがた)を生(しょう=生じ)ずるかを道(い)わんとす。 ただ見(み)よ、 尖嘴(せんし=尖れる嘴)縮腮(しゅくさい=こけた頬)、金睛(きんせい=金の瞳)火眼(かがん=火の眼)。 頭上(ずじょう=頭の上)に苔蘚(たいせん=苔)を堆(つ)み、耳中(じちゅう=耳の中)に薜蘿(へいら=つたかずら)を生(しょう)ず。 鬢辺(びんぺん=鬢のあたり)に髪(かみ)少(すくな)く青草(せいそう)多(おお)く、頷下(がんか=顎の下)に鬚(ひげ)無(な)く緑莎(りょくさ=緑のすげ)有(あ)り。 眉間(みかん=眉の間)に土(つち)、鼻凹(びおう=鼻のくぼみ)に泥(どろ)、十分(じゅうぶん)に狼狽(ろうばい=ひどくくたびれ)たり; 指頭(しとう=指のさき)太(ふと)く、手掌(しゅしょう=手のひら)厚(あつ)く、塵垢(じんこう=ちりあか)余(あま)り多(おお)し。 還(な)お喜(よろこ)ぶべきは眼睛(がんせい=眼)の転動(てんどう=動き)し、喉舌(こうぜつ=喉と舌)の声和(せいわ=声の和らぐ)するあり。 語言(ごげん=言葉)は利便(りべん=流暢)なりと雖(いえど)も、身体(しんたい)は那(うご=動)かす能(あた)わず。 正(まさ)にこれ五百年前(ごひゃくねんぜん)の孫大聖(そんたいせい)、今朝(こんちょう=けさ)難満(なんまん=難の満つ)じて天羅(てんら=天の網)を脱(だっ)す。 と。 かの劉太保(りゅうたいほ)、誠然(まこと)に胆(きも)大(おお)く、走上(すす)み前(まえ)んで来(きた)り、かれが為(ため)に鬢辺(びんぺん)の草(くさ)、頷下(がんか)の莎(さ=すげ)を抜(ぬ)き去(さ)り、問うて言う、「なんじ何(なん)の説話(せつわ=話すこと)か有(あ)る」と。かの猴(さる)言う、「我(われ)に話(はな)すこと無(な)し。あの師父(しふ)をして上(のぼ)り来(こ)しめ、我(われ)かれに一問(いちもん=ひと問い)問(と)わん」と。三蔵(さんぞう)言う、「なんじ我(われ)に何(なん)をか問(と)う」と。かの猴(さる)言う、「なんじはこれ東土(とうど=東の国)の大王(だいおう)の西天(さいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんと差(つか)わされし者(もの)なるか」と。三蔵(さんぞう)言う、「我(われ)正(まさ)にこれなり。なんじ問うて何(なん)とせん」と。かの猴(さる)言う、「我(われ)はこれ五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がせし斉天大聖(せいてんたいせい)なり。ただ誑上(おうじょう=上を欺く)の罪(つみ)を犯(おか)せしに因(よ)り、仏祖(ぶっそ=仏の祖)に此処(ここ)に圧(おさ)えらる。前者(ぜんしゃ=先ごろ)一個(ひとり)の観音菩薩(かんのんぼさつ)有(あ)りて、仏(ほとけ)の旨意(しい=みこころ)を領(う)け、東土(とうど)に上(のぼ)りて経(きょう)を取(と)る人(ひと)を尋(たず)ねしが、我(われ)かれに我(われ)を救(すく)うて一救(いっきゅう=ひと救い)せよと請(こ)いしに、かれ我(われ)に再(ふたた)び行凶(ぎょうきょう=凶を行なう)すること莫(な)く、仏法(ぶっぽう)に帰依(きえ)し、殷勤(いんぎん=ねんごろ)に取経(しゅきょう)の人を保護(ほご)し、西方(さいほう)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し、功(こう)成(な)らば自(おのず)から好処(こうしょ=良い処)有(あ)らんと勧(すす)めたり。此(ここ)を以(もっ)て昼夜(ちゅうや)心(こころ)を提(さ)げ、晨昏(しんこん=朝晩)胆(きも)を吊(つ)り、ただ師父(しふ)の来(きた)りて我を救(すく)い身(み)を脱(だっ)せんを等(ま)てり。我願(ねが)わくはなんじを保(ほ)して経(きょう)を取(と)らせ、なんじが為(ため)に一個(ひとり)の徒弟(としてい=弟子)と作(な)らん」と。 三蔵(さんぞう)この言(げん)を聞(き)き、心(こころ)に満(み)ちて歓喜(かんき=喜び)して言う、「なんじ此(この)善心(ぜんしん=善き心)有(あ)ると雖(いえど)も、また菩薩(ぼさつ)の教誨(きょうかい=教えさとし)を蒙(こうむ)り、沙門(しゃもん=仏門)に入(い)らんと願(ねが)うと雖も、ただ我にまた斧鑿(ふさく=斧とのみ)無(な)し、いかにしてか汝(なんじ)を救(すく)い出(いだ)すを得(え)ん」と。かの猴(さる)言う、「斧鑿(ふさく)を用(もち)いず、なんじただ肯(あえ)て我を救(すく)わば、我自(おのず)から出(い)で来(きた)らん」と。三蔵(さんぞう)言う、「我自(みずか)ら汝(なんじ)を救(すく)わんに、なんじいかにしてか出(い)づるを得ん」と。かの猴(さる)言う、「この山頂(さんちょう=山のいただき)の上(うえ)に我(わ)が仏(ほとけ)如来(にょらい)の金字(きんじ=金の字)の圧帖(あつじょう=押さえの札)有(あ)り。なんじただ山(やま)に上(のぼ)り往(ゆ)きて帖(じょう=札)を将(と)りて揭(は)がし起(おこ)さば、我すなわち出(い)で来(きた)らん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)に依(よ)り、頭(こうべ)を回(めぐ)らして劉伯欽(りゅうはくきん)に央浼(おうばい=頼み込む)して言う、「太保(たいほ)よ、我なんじと山(やま)に上(のぼ)りて一遭(ひとたび)往(ゆ)かん」と。伯欽(はくきん)言う、「真偽(しんぎ=まこといつわり)のいかんを知(し)らず!」と。かの猴(さる)高(たか)く叫(さけ)んで言う、「是(まこと)なり!決(けっ)して敢(あえ)て虚謬(きょびゅう=いつわる)せず!」と。 伯欽(はくきん)ただ家僮(かどう)を呼(よ)び喚(よ)び、馬匹(ばひつ=馬)を牽(ひ)かしむるを得(え)ず、かれはすなわち三蔵(さんぞう)を扶(たす)けて、復(また)高山(こうざん)に上(のぼ)る。藤(ふじ)を攀(よ)じ葛(かずら)に附(つ)き、ただ行(ゆ)きてかの極巓(きょくてん=最も高いいただき)の処(ところ)に到(いた)れば、果(はた)して金光(きんこう)万道(ばんどう=万筋)、瑞気(ずいき=めでたき気)千条(せんじょう=千筋)を見(み)る。一塊(ひとつ)の四方(しほう)の大石(たいせき)有(あ)り、石(いし)の上(うえ)に一封皮(いっぴ=一通の封)を貼(は)りつけたり、すなわちこれ「唵(おん)、嘛(ま)、呢(に)、叭(ぱ)、咪(み)、吽(うん)」の六箇(ろっこ)の金字(きんじ)なり。これはすなわち六字真言(ろくじしんごん=おん・まに・ぱどめ・うん)なり。三蔵(さんぞう)近(ちか)づき前(すす)んで跪(ひざまず)き、石頭(せきとう=石)に朝(むか)い、金字(きんじ)を看(み)て、幾拝(いくはい=幾度か)も拝(はい)し、西(にし)を望(のぞ)んで祷祝(とうしゅく=祈り祝う)して言う、「弟子(でし)陳玄奘(ちんげんじょう)、特に旨意(しい=勅命)を奉(ほう)じて経(きょう)を求(もと)む。果(はた)して徒弟(としてい)の分(ぶん=縁)有(あ)らば、金字(きんじ)を掲(は)がし得(え)て、神猴(しんこう)を救(すく)い出(いだ)し、同(とも)に霊山(りょうざん)に証(しょう=さとりを証)せん。若(も)し徒弟の分(ぶん)無(な)くんば、この輩(やから=やつら)はこれ一個(ひとり)の凶頑(きょうがん=凶暴頑迷)の怪物(かいぶつ)にして、弟子(でし)を哄瞞(こうまん=だましかす)し、吉慶(きっけい)を成(な)さざらんが、便(すなわ)ち掲(は)がし起(おこ)すを得(え)じ」と。祝(いの)り罷(や)みて、また拝(はい)す。拝(はい)し畢(おわ)りて、上(かみ)に前(すす)みて六箇(ろっこ)の金字(きんじ)を将(と)り、軽軽(けいけい=そっと)掲(は)がし下(くだ)す。ただ一陣(ひとむれ)の香風(こうふう=香しき風)の聞(き)こゆるを得(え)、劈手(へきしゅ=いきなり)「圧帖児(あつじょう=押さえの札)」を把(と)って空中(くうちゅう)に刮(けず=吹き払)り飛(と)ばし、叫(さけ)んで言う、「吾(われ)はこれ大聖(たいせい)を監押(かんおう=監視押領)する者(もの)なり。今日(こんにち)かれが難(なん)満(み)てり、吾(われ)ら回(かえ)りて如来(にょらい)に見(まみ)え、この封皮(ふうひ=封)を繳(かえ=返納)し去(さ)らんとす」と。嚇(おどろ)かされて三蔵(さんぞう)と伯欽(はくきん)一行(いっこう)の人(ひと)、空(そら)を望(のぞ)んで礼拝(らいはい)す。径(ただ)ちに高山(こうざん)を下(くだ)り、また石匣(せきこう)の辺(ほとり)に至(いた)り、かの猴(さる)に対(むか)いて言う、「圧帖(あつじょう)を掲(は)がし了(おわ)んぬ。なんじ出(い)づるか」と。かの猴(さる)歓喜(かんき)し、叫(さけ)んで言う、「師父(しふ)、なんじ請(こ)う少(すこ)しく走(はし)り開(あ)けよ。我好(よ)く出(い)でん、なんじを驚(おどろ)かす莫(な)かれ」と。 伯欽(はくきん)これを聴(き)き、三蔵(さんぞう)を領(ひき)い、一行(いっこう)の人(ひと)東(ひがし)に回(かえ)りてすなわち走(はし)る。走(はし)ること五七里(ごしちり=五六里)の遠近(えんきん=ほど)に、またかの猴(さる)の高(たか)く「再(また)走れ!再(また)走れ!」と叫(さけ)ぶを聴(き)く。三蔵また許遠(ここおおく=ずいぶん遠く)を行(ゆ)き、山(やま)を下(くだ)りしに、ただ一声(ひとこえ)の響亮(きょうりょう=響き)の聞(き)こゆるを得(え)、真(まこと)にこれ地裂(じれつ=地の裂け)山崩(さんぽう=山の崩れ)なり。衆人(しゅうじん)尽(ことごと)く皆(みな)悚懼(しょうく=おそれおののく)。ただ見(み)よ、かの猴(さる)早(はや)くも三蔵の馬前(ばぜん=馬の前)に到(いた)り、赤淋淋(せきりんりん=まる裸)に跪(ひざまず)き、「師父(しふ)、我出(い)で来(きた)れり!」と一声(ひとこえ)道(い)う。三蔵に対(むか)いて四拝(しはい=四度拝)し、急(いそ)ぎ身(み)を起(おこ)し、伯欽(はくきん)に与(むか)いて一個(ひとつ)の大喏(だいじゃく=大いなる会釈)を唱(とな)えて言う、「大哥(たいか=兄貴)の我(わ)が師父(しふ)を送(おく)りしに労(ろう)有(あ)り、また大哥(たいか)の我が顔(かお)の上(うえ)の草(くさ)を替(かわ)りて薅(か=むし)り取(と)りしを承(うけたまわ)る」と。謝(しゃ)し畢(おわ)りて、すなわち往(ゆ)きて行李(こうり=荷物)を收拾(しゅうしゅう=ととのえ)、馬匹(ばひつ=馬)に扣背(こうばい=鞍を負わ)す。かの馬(うま)かれを見(み)るに、腰(こし)軟(やわ)らぎ蹄(ひづめ)縮(ちぢ)み、戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として立(た)ち站(た)つ能(あた)わず。蓋(けだ)しかの猴は原(もと)これ弼馬温(ひつばおん)にして、天上(てんじょう)に在(あ)りて龍馬(りゅうば)を看養(かんよう=飼い育て)し、些(いささ)かの法則(ほうそく=法)有りしに因(よ)り、此(ここ)を以(もっ)て凡馬(ぼんば)もかれを見(み)て害怕(おそれ)るなり。 三蔵かれが意(こころ)の実(まこと)に好心(こうしん=善き心)有り、真(まこと)に沙門(しゃもん)の中(うち)の人物(じんぶつ)に像(に=似)たるを見(み)て、すなわち「徒弟(としてい)よ、なんじ姓(せい)は何(なん)ぞや」と叫(よ)ぶ。猴王(こうおう)言う、「我は孫(そん)を姓(せい)とす」と。三蔵言う、「我なんじが為(ため)に一個(ひとつ)の法名(ほうみょう=戒名)を起(おこ)さんに、却(かえ)って好(よ)く呼喚(こかん=呼びかけ)ん」と。猴王(こうおう)言う、「師父(しふ)の盛意(せいい=厚き志)を労(ろう)せず、我原(もと)一個(ひとつ)の法名(ほうみょう)有り、孫悟空(そんごくう)と叫做(なづ=名づ)く」と。三蔵歓喜(かんき)して言う、「また正(まさ)に我らが宗派(しゅうは=流派)に合(がっ)せり。なんじがこの姿(すがた)、すなわちあの小頭陀(しょうずだ=小さき修行僧)の一般(ごとし=ごとく)なれば、我またなんじが為(ため)に一個(ひとつ)の混名(こんみょう=あだ名)を起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)と称(しょう)せんは、好(いな)や」と。悟空(ごくう)言う、「好(よ)し!好し!好し!」と。この時(とき)自(よ)りまた孫行者(そんぎょうじゃ)と称(とな)う。 かの伯欽(はくきん)、孫行者(そんぎょうじゃ)の一心(いっしん)に收拾(しゅうしゅう=ととのえ)して往(ゆ)かんと欲(ほっ)するを見(み)て、却(かえ)って身(み)を転(てん)じて三蔵に対(むか)い一個(ひとつ)の喏(じゃく=会釈)を唱(とな)えて言う、「長老(ちょうろう)、なんじ幸(さいわい)にも此間(ここ)に一個(ひとり)の好徒(こうと=良き弟子)を収(おさ)め得(え)たり、甚(はなはだ)喜(よろこ)ばし、甚だ喜ばし。此(この)人(ひと)果(はた)して去(ゆ)くを得(え)ん、我却(かえ)って告回(こっかい=暇乞い)せん」と。三蔵身(み)を躬(かが)めて礼(れい)を作(な)し相謝(あいしゃ)して言う、「多(おお)くの拖歩(たほ=足労)有り、感激(かんげき)勝(た)えず。府(ふ)に回(かえ)りて多多(おおおお)令堂(れいどう=母上)老夫人(ろうふじん)、令荊(れいけい=妻君)夫人(ふじん)に致意(ちい=よろしく)せよ。貧僧(ひんそう=わたし)府(ふ)に在(あ)りて多(おお)く擾(わずら)わせり。回(かえ)る時(とき)に容(ゆる)して踵謝(しょうしゃ=あとで謝す)せん」と。伯欽(はくきん)礼(れい)を回(かえ)し、ここに両下(りょうか=双方)分別(ぶんべつ=別れ)す。 話(かたり)に表(あらわ)す、かの孫行者(そんぎょうじゃ)、三蔵に馬(うま)に上(のぼ)るを請(こ)い、かれは前辺(ぜんぺん=前のほう)に在(あ)りて、行李(こうり=荷物)を背負(せお)い、赤条条(せきじょうじょう=まる裸)に、拐歩(かいほ=足を引きずり)して行(ゆ)く。多(おお)くの時(とき)ならずして、両界山(りょうがいざん)を過(す)ぎ、忽然(たちまち)一隻(ひとつ)の猛虎(もうこ=猛き虎)の、咆哮(ほうこう=ほえたけ)り尾(お)を剪(き=振り)いて来(きた)るを見(み)る。三蔵馬上(ばじょう)に在(あ)りて心(こころ)を驚(おどろ)かす。行者(ぎょうじゃ)路傍(ろぼう=道のほとり)に在(あ)りて歓喜(かんき)して言う、「師父(しふ)かれを怕(おそ)るる莫(な)かれ。かれはこれ我に衣服(いふく)を送(おく)らんとする者(もの)なり」と。行李(こうり)を放下(お)き、耳朶(じだ=耳)の中(うち)自(よ)り一個(ひとつ)の針児(しんじ=針)を抜(ぬ)き出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)って幌一幌(ひらひら=ひと振り)すれば、原(もと)これ碗来(わんらい=茶碗ほど)の粗細(そさい=太さ)なる一条(ひとつ)の鉄棒(てつぼう)なり。かれこれを手中(しゅちゅう=手の中)に拿(と)り、笑(わら)って言う、「この宝貝(ほうばい=宝)、五百余年(ごひゃくよねん)曾(かつ)てかれを用(もち)いざりしが、今日(こんにち)拿(と)り出(いだ)して一件(ひとつ)の衣服(いふく)を掙(かせ=稼)ぎ、穿(き)てみん」と。視(み)よ、かれ歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(あ)け、猛虎(もうこ)に迎(むか)い、「業畜(ごうちく=悪しき畜生)!何処(いずこ)へか往(ゆ)く!」と一声(ひとこえ)道(い)う。かの虎(とら)身(み)を蹲(うずく)ませ、塵埃(じんあい=地面)に伏(ふ)し、動(うご)くも敢(あえ)て動(うご)かず。すなわちかれに照頭(ずじょう=頭めがけ)一棒(いちぼう)を打(う)たれ、たちまち脳漿(のうしょう=脳みそ)を迸(ほとばし)らせて万点(ばんてん)の桃紅(とうこう=桃の紅)となし、牙歯(がし=歯)を噴(ふ)き出(いだ)して幾珠(いくしゅ=幾つぶ)の玉塊(ぎょくかい=玉のかけら)となす。嚇(おどろ)かされて陳玄奘(ちんげんじょう)鞍(くら)を転(ころ)がりて馬(うま)自(よ)り落(お)ち、指(ゆび)を咬(か)んで一声(ひとこえ)「天(てん)よ!天よ!劉太保(りゅうたいほ)が先日(せんじつ)打(う)ちし斑斕虎(はんらんこ=まだらの虎)には、還(な)おかれと半日(はんじつ)も闘(たたか)いしに、今日(こんにち)孫悟空(そんごくう)は争持(そうじ=争い)を用(もち)いず、この虎(とら)を一棒(いちぼう)に打(う)ちて稀爛(きらん=めちゃめちゃ)となせり。正(まさ)にこれ『強中(きょうちゅう)更(さら)に強中(きょうちゅう)の手(て)有り!』」と道(い)う。 行者(ぎょうじゃ)虎(とら)を拖(ひ)き将(も)ち来(きた)りて言う、「師父(しふ)略(しばら)く坐(ざ)して一坐(ひとまず)せよ、我かれの衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)して、穿(き)て路(みち)を行(ゆ)かんとするを等(ま)て」と。三蔵言う、「かれ何処(いずこ)に甚(なん)の衣服(いふく)か有る」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「師父(しふ)我を管(かま)うる莫(な)かれ、我自(おのず)から処置(しょち=手だて)有り」と。好(よ)き猴王(こうおう)、毫毛(ごうもう=毛)を把(と)って一根(ひとすじ)抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)!」と叫(よ)ぶ。変(へん)じて一把(ひとつ)の牛耳尖刀(ぎゅうじせんとう=牛の耳形の刀)と作(な)り、かの虎(とら)の腹(はら)の上(うえ)自(よ)り皮(かわ)を挑(えぐ)り開(あ)け、下(しも)へ向(むか)って一剥(ひとむき)に、一個(ひとつ)の囫圇皮(こつりんぴ=まるごとの皮)を剥(は)ぎ下(おろ)し来る。爪甲(そうこう=爪)を剁(き)り去(さ)り、頭(こうべ)を割(さ)き下(おろ)し、四四方方(ししほうほう=真四角)なる一塊(ひとつ)の虎皮(こひ)を割(さ)き取(と)り、提(さ)げ起(おこ)して一量(ひとはかり)量(はか)りて言う、「闊(ひろ=幅)すぎたり。一幅(ひとつ)は両幅(ふたつ)と作(な)すべし」と。刀(かたな)を拿(と)り過(よ)ぎて、また両幅(ふたつ)に裁(た)つ。一幅(ひとつ)を収(おさ)め起(お)き、一幅(ひとつ)を把(と)って腰間(ようかん=腰)に囲(まわ)し、路傍(ろぼう)に一条(ひとつ)の葛藤(かっとう=つた)を揪(ひ)き、緊緊(きんきん=きつきつ)に束(そく=しば)り定(さだ)め、下体(かたい=からだの下)を遮(おお)うて言う、「師父、且(しばら)く去(ゆ)かん!且(しばら)く去(ゆ)かん!人家(じんか=人の家)に到(いた)らば、些(いささ)かの針線(しんせん=針と糸)を借(か)り、また縫(ぬ)うも遅(おそ)からず」と。かれかの一条(ひとつ)の鉄棒(てつぼう)を捻一捻(ひねりひねり)して、旧(もと)の一個(ひとつ)の針児(しんじ)の如(ごと)くに象(かたど)り、耳(みみ)の中(うち)に収(おさ)め、行李(こうり)を背負(せお)い、師父に馬(うま)に上(のぼ)るを請(こ)う。 両箇(ふたり)前進(ぜんしん)す。長老(ちょうろう)馬上(ばじょう)に在(あ)りて問うて言う、「悟空(ごくう)、なんじ才(さっき)虎(とら)を打(う)ちし鉄棒(てつぼう)、いかにしてか見(み)えざる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って言う、「師父、なんじ暁(さと)らず。我(わ)がこの棍(こん=棒)は、本(もと)これ東洋大海(とうようたいかい)の龍宮(りゅうぐう)の裡(うち)に在(あ)りて得来れるもの、『天河鎮底神珍鉄(てんがちんていしんちんてつ)』と喚(よ)び做(な)し、また『如意金箍棒(にょいきんこぼう)』と喚(よ)び做(な)す。当年(とうねん)天宮(てんぐう)を大(おお)いに反(そむ)きしに、甚(はなはだ)これかれに虧(よ=助けら)れたり。身(み)に随(したが)いて変化(へんげ)し、大(だい)ならんと欲(ほっ)すればすなわち大(おお)いなり、小(しょう)ならんと欲(ほっ)すればすなわち小(ちい)さし。才(さっき)変(へん)じて一個(ひとつ)の繡花針(しゅうかしん=刺繍の針)の児(ごとき)姿(すがた)と做(な)し、耳内(じない=耳の中)に収(おさ)めたり。但(ただ)用(もち)うる時(とき)に方(はじ)めて取(と)り出(いだ)すべし」と。三蔵この言(げん)を聞(き)きて暗(ひそ)かに喜(よろこ)ぶ。また問うて言う、「方才(さっき)あの虎(とら)、なんじを見(み)て、いかにしてすなわち動(うご)かざりし。なんじをして自在(じざい)にかれを打(う)たしむ、何(なん)の説(いいわけ)か有る」と。悟空(ごくう)言う、「師父に瞞(あざむ)かずして説(と)かん、一隻(ひとつ)の虎(とら)は道(い)うに及(およ)ばず、すなわち一条(ひとつ)の龍(りゅう)も、我を見て敢(あえ)て無礼(ぶれい)ならず。我(わ)が老孫(ろうそん)、頗(すこぶ)る降龍伏虎(こうりゅうぶっこ=龍を降し虎を伏す)の手段(しゅだん)、翻江攪海(ほんこうかくかい=江をかえし海をかきまわす)の神通(じんつう)有り。貌(かたち)を見て色(いろ)を弁(わきま)え、音(おと)を聆(き)きて理(ことわり)を察(さっ)す。これを大(おお)いにすればすなわち宇宙(うちゅう)に量(はか)られ、これを小(ちい)さくすればすなわち毫毛(ごうもう=うぶげ)に摂(おさ)まる。変化(へんげ)端(たん=際)無(な)く、隠顕(おんけん=隠れ現れ)測(はか)る莫(な)し。この虎皮(こひ)を剥(は)ぐは、何(なん)の稀罕(きかん=めずらしき)か為(な)さん。あの疑難(ぎなん)の処(ところ)に到(いた)らば、本事(ほんじ=手腕)を展(の=伸)べるを見よ」と。三蔵この言(げん)を聞(き)き得て、愈(いよいよ)懐(ふところ)を放(はな)ちて慮(おもんばか)り無く、馬(うま)を策(むちう)ちて前(すす)み行(ゆ)く。師徒(してい)両箇(ふたり)、路(みち)を走(はし)り、話(はなし)を説(と)きて、覚(おぼ)えず太陽星(たいようせい=太陽)の墜(お)つるに至(いた)る。ただ見よ、 焰焰(えんえん=燃え立つ)斜輝(しゃき=斜めの光)返照(へんしょう=照り返)し、天涯海角(てんがいかいかく=天の涯て海の角)雲(くも)に帰(き)す。 千山(せんざん)の鳥雀(ちょうじゃく=鳥)声(こえ)を噪(さわ)がすこと頻(しき)り、宿(やど)を覓(もと)め林(はやし)に投(とう)じて陣(じん)を成(な)す。 野獣(やじゅう)双双対対(そうそうついつい=二つ二つ)、窩(す=巣)に回(かえ)りて族族群群(ぞくぞくぐんぐん=群れ群れ)。 一鈎(いっこう=一つのかぎ)の新月(しんげつ)は黄昏(たそがれ)を破(やぶ)り、万点(ばんてん)の明星(みょうじょう)光(ひかり)暈(かさ=暈)す。 と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「師父些(いささ)か走(はし)り動(うご)け、天色(てんしょく=空模様)晩(く)れたり。あの壁廂(へきしょう=向こう側)に樹木(じゅもく)森森(しんしん=茂り)たり、想(おも)うに必(かなら)ずや人家(じんか)の荘院(しょういん=屋敷)ならん。我ら早(はや)きに赶(おい)つきて投宿(とうしゅく=宿をと)らんに往(ゆ)かん」と。三蔵果(はた)して馬(うま)を策(むちう)ちて行(ゆ)き、径(ただ)ちに人家(じんか)に奔(はし)る。 荘院(しょういん)の前(まえ)に到(いた)りて馬(うま)自(よ)り下(お)る。行者(ぎょうじゃ)行李(こうり)を撇(す)て、走上(すす)み前(まえ)んで、「開門(かいもん)!開門!」と一声(ひとこえ)叫(よ)ぶ。かの裡(うち)に一個(ひとり)の老者(ろうしゃ)有り、筇(つえ)に扶(たす)けられて出(い)で、唿喇(こつらつ=がらり)と門(もん)を開(あ)けしに、行者(ぎょうじゃ)がこの般(ごとき)の悪相(あくそう=悪しき相)、腰間(ようかん)に一塊(ひとつ)の虎皮(こひ)を系(し)め、雷公(らいこう)の姿(すがた)に好似(に=似)たるを見て、嚇(おどろ)かされて脚(あし)軟(やわ)らぎ身(み)麻(しび)れ、口(くち)自(よ)り譫語(せんご=うわごと)を出(いだ)して「鬼(おに)来れり!鬼来れり!」と道(い)う。三蔵近(ちか)づき前(すす)んで攙(たす)け住(とど)め、「老施主(ろうせしゅ=檀越)よ、怕(おそ)るるを休(や)めよ。かれはこれ我(わ)が貧僧(ひんそう)の徒弟(としてい)にして、鬼怪(きかい=おに)に非(あら)ず」と叫(よ)ぶ。老者(ろうしゃ)頭(こうべ)を抬(あ)げ、三蔵が面貌(めんぼう)の清奇(せいき=清らかに優れたる)なるを見て、方(はじ)めて然(しか)く立(た)ち定(さだ)まる。問うて言う、「なんじは何処(いずこ)の寺(てら)自(よ)り来れる和尚(おしょう)にして、この悪人(あくにん)を帯(ともな)いて我(わ)が門(もん)に上(のぼ)り来れるや」と。三蔵言う、「我(わ)が貧僧(ひんそう)はこれ唐朝(とうちょう)自(よ)り来れる者(もの)、西天(さいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんとす。適(たまたま)この間(あいだ)を路過(ろか=通りかか)りしに天(てん)晩(く)れたれば、特に檀府(だんぷ=檀越の邸)を造(とう=訪)れて一宵(ひとよ)宿(やど)を借(か)り、明早(みょうそう=明朝)天光(てんこう=夜明け)を犯(おか)さずしてすなわち行(ゆ)かん。万(よろず)一二(いちに=少々)の方便(ほうべん)を望(のぞ)む」と。老者(ろうしゃ)言う、「なんじは唐人(とうじん=唐の人)なると雖(いえど)も、あの悪(あ)しきは、却(かえ)って唐人(とうじん)に非(あら)ず」と。悟空(ごくう)声(こえ)を厲(あら)めて高(たか)く呼(よ)び、「この老児(ろうじ=じいさん)全(まった)く眼色(がんしょく=目きき)無し!唐人(とうじん)は我(わ)が師父なり、我はかれが徒弟(としてい)なり!我はまた些(いささ)かの『糖人(とうじん=飴の人形)』『蜜人(みつじん=蜜の人形)』にも非(あら)ず、我はこれ斉天大聖(せいてんたいせい)なり。なんじらこの処(ところ)の人家(じんか)にも、また我を認(みと)むる者有(あ)らん、我もまた曾(かつ)てなんじに見(まみ)えたり」と道(い)う。かの老者(ろうしゃ)言う、「なんじ何処(いずこ)に我を見しや」と。悟空(ごくう)言う、「なんじ小(ちいさ)き時(とき)曾(かつ)て我(わ)が面前(めんぜん)に在(あ)りて柴(しば=たきぎ)を扒(かきあつ)めずや、曾(かつ)て我(わ)が顔(かお)の上(うえ)に在(あ)りて菜(な=菜)を挑(つ)まざりしや」と。老者(ろうしゃ)言う、「この厮(やつ)胡説(こせつ=でたらめ)す!なんじ何処(いずこ)に住(す)み、我何処(いずこ)に住む。我なんじの面前(めんぜん)に来りて柴(しば)を扒(かきあつ)め菜(な)を挑(つ)まんや」と。悟空(ごくう)言う、「我が児子(こ=むすこ)にして便(すなわ)ち胡説(こせつ)す!なんじはこれ我を認(みと)むるを得ざるのみ、我は本(もと)これこの両界山(りょうがいざん)の石匣(せきこう)の中(うち)の大聖(たいせい)なり。なんじ再(また)認(みと)めて看(み)よ」と。老者(ろうしゃ)方(はじ)めて省悟(せいご=さとり)して言う、「なんじ却(かえ)って些(いささ)かかれに像(に)たるが、但(ただ)なんじはいかにしてか出(い)づるを得し」と。悟空(ごくう)、菩薩(ぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)め、我をして唐僧(とうそう)の帖(じょう)を掲(は)がして身(み)を脱(だっ)するを等(ま)たしめしの事(こと)を、かの老者(ろうしゃ)に対(むか)いて細(こま)かに一遍(ひととおり)説(と)き了(おわ)る。老者(ろうしゃ)却(かえ)って才(はじ)めて下拝(げはい=拝し)し、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて裡(うち)に到(いた)らしめ、すなわち老妻(ろうさい=妻)と児女(じじょ=子ら)とを喚(よ)んで皆(みな)来りて相見(しょうけん=面会)せしめ、前事(ぜんじ=これまでの事)を具(つぶさ)に言(い)えば、箇箇(ここ=おのおの)欣喜(きんき=喜ぶ)。また茶(ちゃ)を看(み=出)すを命(めい)ず。茶(ちゃ)罷(や)みて、悟空(ごくう)に問うて言う、「大聖(たいせい)よ、なんじもまた年紀(ねんき=年齢)有るか」と。悟空(ごくう)言う、「なんじ今年(ことし)幾歳(いくつ)なる」と。老者(ろうしゃ)言う、「我痴長(ちちょう=おおかた)一百三十歳(ひゃくさんじゅっさい)なり」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「還(な)おこれ我が重子重孫(じゅうしじゅうそん=曾孫曽孫)なるのみ!我があの生身(せいしん=生まれ)の年紀(ねんき)、我いつの時(とき)なるかを記(き)せず。但(ただ)ただこの山脚(さんきゃく)の下(もと)に在(あ)ること已(すで)に五百余年(ごひゃくよねん)なり」と。老者(ろうしゃ)言う、「是(しか)り有り、是(しか)り有り。我曾(かつ)て祖公公(そここう=曽祖父)の、この山(やま)は乃(すなわ)ち天(てん)自(よ)り降(くだ)り下(くだ)りて、すなわち一個(ひとり)の神猴(しんこう)を圧(おさ)えたりと説(と)けるを記(おぼ)う。ただ今(いま)に到(いた)りて、なんじ才(はじ)めて体(たい=からだ)を脱(だっ)せり。我があの小(ちいさ)き時(とき)なんじを見しには、なんじが頭上(ずじょう)に草(くさ)有り、顔(かお)の上(うえ)に泥(どろ)有りしかば、還(な)おなんじを怕(おそ)れざりしに、如今(いま)顔(かお)の上(うえ)に泥(どろ)無く、頭上(ずじょう)に草(くさ)無く、却(かえ)って些(いささ)か瘦(や)せたりと象(おも)うに、腰間(ようかん)にまた一塊(ひとつ)の大虎皮(だいこひ)を苫(おお)いたり、鬼怪(きかい)と能(よ)く多少(たしょう=いくら)か差(たが)わん」と。 一家児(いっか=一家の者)この般(ごとき)の話(はなし)を聴(き)き得て、都(みな)呵呵(かか=げらげら)と大笑(たいしょう)す。この老児(ろうじ)頗(すこぶ)る賢(けん=りっぱ)にして、すなわち斎飯(さいはん=精進の食事)を安排(あんばい=ととのう)るを令(い)つ。飯(めし)の後(のち)、悟空(ごくう)言う、「なんじが家(いえ)姓(せい)は甚(なん)ぞや」と。老者(ろうしゃ)言う、「舎下(しゃか=わがや)は陳(ちん)を姓(せい)とす」と。三蔵この言(げん)を聞(き)き、すなわち下(くだ)り来りて手(て)を起(おこ)して言う、「老施主(ろうせしゅ)よ、貧僧(ひんそう)と是(これ)華宗(かそう=同姓のよしみ)なり」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「師父、なんじは唐姓(とうせい=唐の姓)なるに、いかにしてかれと是(これ)華宗(かそう)ならん」と。三蔵言う、「我が俗家(ぞくけ=在家)もまた陳(ちん)を姓(せい)とす。乃(すなわ)ちこれ唐朝(とうちょう)海州(かいしゅう)弘農郡(こうのうぐん)聚賢荘(じゅけんしょう)の人氏(じんし=出身)なり。我が法名(ほうみょう)を陳玄奘(ちんげんじょう)と叫做(なづ)く。ただ我が大唐(だいとう)太宗(たいそう)皇帝(こうてい)の我をして御弟(ぎょてい=義弟)三蔵と做(な)らしめ、唐(とう)を指(さ)して姓(せい)と為(な)せしに賜(たま)わりしに因(よ)り、故(ゆえ)に唐僧(とうそう)と名(な)づくなり」と。かの老者同姓(どうせい)なるを説(と)くを見て、また十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)す。行者(ぎょうじゃ)言う、「老陳(ろうちん=陳のじいさん)、左右(さゆう=とにかく)なんじが家(いえ)を打撹(じゃく=騒が)せん。我五百余年(ごひゃくよねん)澡(あら=浴)せざりしが、なんじ往(ゆ)きて些(いささ)かの湯(ゆ)を焼(わか)し来り、我と師徒(してい)らの為(ため)に洗浴(せんよく=からだを洗う)せしめよ、一発(いっぱつ=ついでに)臨行(りんこう=出立)の時(とき)なんじに謝(しゃ)せん」と。かの老児(ろうじ)すなわち湯(ゆ)を焼(わか)し盆(ぼん)を拿(と)り、灯火(とうか=あかり)を掌上(しょうじょう=とぼし)しむ。師徒(してい)浴(よく)し罷(や)みて、灯前(とうぜん=灯の前)に坐(ざ)す。行者言う、「老陳(ろうちん)、還(な)お一事(ひとこと)有りてなんじを累(わずら)わす。針線(しんせん=針と糸)有らば我に借(か)して用(もち)いしめよ」と。かの老児(ろうじ)言う、「有り、有り、有り」と。すなわち媽媽(まま=かみさん)に針線(しんせん)を取(と)り来らしめ、行者に遞(わた)す。行者また眼色(がんしょく=目のつけどころ)有り。師父の洗浴(せんよく)して一件(ひとつ)の白布(はくふ=白き布)の短小(たんしょう=小さき)直裰(じきとく=直綴の衣)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)して未(いま)だ穿(き)ざるを見て、かれすなわち扯(ひ)き過(よ)ぎ来りて身(み)に披(き)せ、却(かえ)ってかの虎皮(こひ)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、聯接(れんせつ=つなぎ合わ)せて一処(ひとところ)となし、一個(ひとつ)の馬面(ばめん=馬の顔)の様(ごとき)の折子(せっす=ひだ)を打(う)ち、腰間(ようかん)に囲(まわ)し、藤条(とうじょう=つる)を勒(し)めて、師父の面前(めんぜん)に走(はし)り到(いた)りて言う、「老孫(ろうそん)今日(こんにち)この等(ごとき)の打扮(だはん=身なり)、昨日(きのう)に比(くら)べていかん」と。三蔵言う、「好(よ)し!好し!好し!この等(ごとき)様(さま)にして、才(はじ)めて一個(ひとり)の行者に像(に)たり」と。三蔵言う、「徒弟(としてい)よ、なんじ残旧(ざんきゅう=古びたる)を嫌(きら)わずんば、あの一件(ひとつ)の直裰児(じきとく)を、なんじすなわち穿(き)て了(しま)え」と。悟空(ごくう)一個(ひとつ)の喏(じゃく)を唱(とな)えて「承賜(しょうし=賜り奉る)!承賜!」と道(い)う。かれまた往きて些(いささ)かの草料(そうりょう=馬草)を尋(たず)ねて馬(うま)に喂(くわ)せしむ。この時(とき)各各(おのおの)事(こと)畢(おわ)り、師徒(してい)とあの老児(ろうじ)と、また各(おのおの)寝(しん=やすみ)に帰(き)す。 次早(あくるあさ)、悟空起(お)き来り、師父に路(みち)を行(ゆ)かんことを請(こ)う。三蔵衣(きぬ)を着(つ)け、行者に鋪蓋(ほがい=寝具)・行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)せしむ。正(まさ)に告辞(こくじ=暇乞い)せんと欲(ほっ)するに、ただ見よ、かの老児(ろうじ)早(はや)くも臉湯(れんとう=洗顔の湯)を具(そな)え、また斎飯(さいはん)を具(そな)う。斎(とき=食事)罷(や)みて、方(はじ)めて身(み)を起(おこ)す。三蔵馬(うま)に上(のぼ)り、行者路(みち)を引(ひ)く。覚(おぼ)えず飢(う)えては餐(くら)い渇(かわ)いては飲(の)み、夜(よる)は宿(やど)り暁(あかつき)に行(ゆ)きて、また初冬(しょとう=冬の初め)の時候(じこう=ころ)に値(あ)う。ただ見よ、あの 霜(しも)は紅葉(こうよう)を彫(ほ)りて千林(せんりん=千の林)瘦(や)せ、嶺上(れいじょう=峰の上)幾株(いくしゅ=数本)の松柏(しょうはく)秀(ひい)づ。 未(いま)だ開(ひら)かざる梅蕊(ばいずい=梅のつぼみ)は香幽(こうゆう=香り幽か)を散(さん)じ、暖(だん=暖か)きは昼(ひる)短(みじか)く、小春(こはる)の候(こう=ころ)、 菊(きく)残(のこ)り荷(はす)尽(つ)きて山茶(さんちゃ=つばき)茂(しげ)し。 寒橋(かんきょう=寒き橋)古樹(こじゅ=古き木)枝(えだ)を争(あらそ)い闘(たたか)い、曲澗(きょくかん=曲がれる谷)涓涓(けんけん=さらさら)として泉水(せんすい)溜(なが)る。 淡雲(たんうん)雪(ゆき)ならんと欲(ほっ)して満天(まんてん)に浮(うか)ぶ。朔風(さくふう=北風)驟(にわか)に、衣袖(いしゅう=袖)を牽(ひ)き、晩(くれ)に向(むか)いて寒威(かんい=寒さの威)人(ひと)いでか受(う)けん。 と。 師徒(してい)ら正(まさ)に走(はし)ること多時(たじ=だいぶ)なるに、忽然(たちまち)路傍(ろぼう)に唿哨(こっしょう=口笛)一声(ひとこえ)するを見、六箇(ろっこ=六人)の人(ひと)闖(つき)い出(い)で来り、各(おのおの)長槍(ちょうそう=長き槍)・短剣(たんけん=短き剣)・利刃(りじん=鋭き刃)・強弓(きょうきゅう=強き弓)を執(と)り、大(おお)いに一声(ひとこえ)咤(どな)って「和尚(おしょう)よ!何処(いずこ)へか走(はし)る!早(はや)きに赶(い)いで馬匹(ばひつ=馬)を留(とど)め下(おろ)し、行李(こうり)を放下(お)ろせ、なんじが性命(せいめい=命)を饒(ゆる)して過(す)ぎ往かしめん!」と道(い)う。嚇(おどろ)かされてかの三蔵魂魄(こんぱく)飛び散(ち)り、馬(うま)自(よ)り跌(つまづ)き下(お)り、言語(げんご=物言う)する能(あた)わず。行者手(て)を用(もち)いて扶(たす)け起(おこ)して言う、「師父放心(ほうしん)せよ、些(いささ)かの事(こと)も無し。これ皆(みな)衣服(いふく)と盤纏(ばんてん=路銀)とを我らに送(おく)らんとする者(もの)なり」と。三蔵言う、「悟空、なんじ想(おも)うに些(いささ)か耳閉(じへい=耳がふさがり)せるか。かれ我らに馬匹(ばひつ)・行李(こうり)を留(とど)めよと説(い)うに、なんじ却(かえ)ってかれに何(なん)の衣服(いふく)・盤纏(ばんてん)かを問(と)わんとするや」と。行者言う、「なんじは衣服(いふく)・行李(こうり)・馬匹(ばひつ)を管(かん=守)り守(まも)れ。老孫(ろうそん)のかれと一場(ひとしき)争持(そうじ=争い)するを待(ま)ちて、いかんを看(み)よ」と。三蔵言う、「好手(こうしゅ=達人)も双拳(そうけん=二つの拳)に敵(てき)せず、双拳(そうけん)も四手(ししゅ=四つの手)に如(し)かず。かれが処(ところ)に六条(ろくじょう=六人)の大漢(だいかん=大男)有るに、なんじこの般(ごとき)の小小(しょうしょう=ちっぽけ)なる一個(ひとり)の児(もの)にして、いでか敢(あえ)てかれと争持(そうじ)せん」と。 行者の胆量(たんりょう=度胸)は原(もと)大(おおい)にして、那(なん)ぞ分説(ぶんせつ=言い訳)を容(い)れん、走上(すす)み前(まえ)んで来り、手(て)を叉(こまぬ)きて胸(むね)に当(あ)て、かの六箇(ろっこ)の人(ひと)に対(むか)いて礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「列位(れっい=皆様)何(なん)の縁故(えんこ=わけ)か有りて、我が貧僧(ひんそう)の去路(きょろ=行く手)を阻(はば)むや」と。かの人(ひと)言う、「我らはこれ径(みち)を剪(き=遮)る大王(だいおう)、好心(こうしん=善き心)を行(おこな)う山主(さんしゅ=山の主)なり。大名(だいみょう=高き名)久(ひさ)しく播(し=広)まるに、なんじ量(はか)らずや。早々(そうそう)に東西(とうざい=品物)を留(とど)め下(おろ)して、なんじを放(はな)ち過(す)ぎしめん。若(も)し半箇(はんこ=半分)の『不』の字(じ)を道(い)わば、なんじをして屍(しかばね)を砕(くだ)き骨(ほね)を粉(こな)にせしめん!」と。行者言う、「我もまたこれ祖伝(そでん=先祖伝来)の大王(だいおう)、積年(せきねん=多年来)の山主(さんしゅ)なるが、却(かえ)って未曾(いまだ)列位(れっい)が甚(なん)の大名(だいみょう)か有るを聞(き)き得ず」と。かの人(ひと)言う、「なんじはこれ知(し)らざるなり。我なんじに説(と)き与(あた)えて聴(き)かしめん。一個(ひとり)は眼看喜(がんかんき)と喚(よ)び做(な)し、一個は耳聴怒(じちょうど)と喚(よ)び做(な)し、一個は鼻嗅愛(びきゅうあい)と喚(よ)び做(な)し、一個は舌嘗思(ぜつじょうし)と喚(よ)び做(な)し、一個は意見欲(いけんよく)と喚(よ)び做(な)し、一個は身本憂(しんほんゆ)と喚(よ)び做(な)す」と。悟空笑(わら)って言う、「原(もと)これ六箇(ろっこ)の毛賊(もうぞく=毛深き盗賊)なるか。なんじ却(かえ)ってこの我が出家人(しゅっけにん=出家の者)のなんじが主人公(しゅじんこう=あるじ)なるを認(みと)めずして、却って来りて路(みち)を擋(さえぎ)る。あの打劫(だごう=強奪)の珍宝(ちんぽう=宝)を拿(と)り出(いだ)せ、我なんじと与(とも)に七分(しちぶ=七つ)の児(わけ)に均(ひと)しく分(わ)かち、なんじを饒(ゆる)して了(しま)わん」と。かの賊(ぞく)この言(げん)を聞(き)き、喜(よろこ)ぶは喜び、怒(いか)るは怒り、愛(あい)するは愛し、思(おも)うは思い、欲(ほっ)するは欲し、憂(うれ)うるは憂う。一斉(いっせい)に上前(すす)みでて乱(みだ)れに嚷(わめ)きて「この和尚(おしょう)無礼(ぶれい)なり!なんじの東西(とうざい=品物)全(まった)く然(しか)く有らざるに、転(かえ)って来りて我らと東西(とうざい)を分(わ)かたんと要(もと)むるか!」と道(い)う。かれら槍(やり)を輪(めぐ)らし剣(けん)を舞(ま)わし、一擁(いちよう=一度に)前(まえ)んで来り、行者を照(めが)けて頭(こうべ)自り乱(みだ)れに砍(き)り、乒乒乓乓(ひょうひょうぼうぼう=ばたばた)と砍(き)ること七八十下(しちはちじゅうか=七八十回)なり。悟空中間(ちゅうかん=真ん中)に停(とど)まり立(た)ちて、ただ知(し)らざるが当(ごと)し。かの賊(ぞく)言う、「好(よ)き和尚(おしょう)!真箇(まこと)に頭(あたま)の硬(かた)きことよ!」と。行者笑(わら)って言う、「将就(しょうしゅう=まあまあ)に看(み)て過(あやま)つべきのみ!なんじらもまた手(て)を打(う)ちて困(つか)れしかば、却って老孫(ろうそん)の一個の針児(しんじ)を取(と)り出(いだ)して耍耍(あそびあそ)びせんとするに該(あた)れり」と。かの賊(ぞく)言う、「この和尚(おしょう)はこれ一個の針灸(しんきゅう=鍼灸)を行(おこな)う郎中(ろうちゅう=医者)の変(へん)じたるなり。我らまた病症(びょうしょう=病)無きに、何(なん)の針(はり)を動(うご)かすの話(はなし)をか説(と)くや」と。 行者手(て)を伸(の)べて耳朶(じだ=耳)の裡(うち)へ往き、一根(ひとすじ)の繡花針(しゅうかしん=刺繍針)を抜(ぬ)き出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)って一幌(ひとふ)りすれば、却ってこれ一条(ひとつ)の鉄棒(てつぼう)にして、足(た)るに碗来(わんらい=茶碗ほど)の粗細(そさい=太さ)有り。これを手中(しゅちゅう)に拿(と)りて言う、「走(はし)る莫(な)かれ!また老孫(ろうそん)をして一棍(ひとむち)を打(う)たしめて手(て)を試(ため)さしめよ!」と。嚇(おどろ)かされてこの六箇(ろっこ=六人)の賊(ぞく)四散(しさん=散り散り)に逃(に)げ走(はし)るを、かれに歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(あ)けられ、団団(めぐりめぐ)り赶(お)いつかれて、一箇一箇(ひとりひとり)尽(ことごと)く皆(みな)打(う)ち殺(ころ)さる。かれらの衣服(いふく)を剥(は)ぎ、かれらの盤纏(ばんてん=路銀)を奪(うば)い、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として走(はし)り将(も)ち来りて言う、「師父請(こ)う行(ゆ)け、あの賊(ぞく)は已(すで)に老孫(ろうそん)に剿(せいばい=討伐)せられたり」と。三蔵言う、「なんじ十分(じゅうぶん=たいそう)に禍(わざわい)を撞(まね)けり!かれはこれ径(みち)を剪(き)る強徒(ごうと=強盗)なりと雖(いえど)も、すなわち官司(かんし=役所)に拿(と)り到(いた)るとも、また死罪(しざい)に該(あた)るべからず。なんじ縦(たと)い手段(しゅだん=手だて)有るも、ただかれを退(しりぞ)けて去(い)なさしむべきのみ、いかにしてすなわち都(みな)打(う)ち殺(ころ)さんや。これは却って故(ゆえ)無く人(ひと)の性命(せいめい=命)を傷(そこな)うもの、いでか和尚(おしょう)と做(な)るを得ん。出家人(しゅっけにん)は『地(ち)を掃(は)くに恐(おそ)らくは螻蟻(ろうぎ=けらあり)の命(いのち)を傷(そこな)わん、飛蛾(ひが=蛾)を愛惜(あいせき)して紗(しゃ)もて灯(ともしび)を罩(おお)う。』なんじいかにして皂白(そうびゃく=黒白)を分(わ)かたず、一頓(ひとたび)に打(う)ち殺(ころ)すや。全(まった)く一点(いってん)の慈悲(じひ)好善(こうぜん)の心(こころ)無し!早(ま)ずはこれ山野(さんや=山野原)の中(うち)に人(ひと)の査考(さこう=調べ)する無きが故(ゆえ)なり。若(も)し城市(じょうし=町)に到りて、倘(も)し人の一時(ひととき=ふと)なんじに衝撞(しょうどう=ぶつか)る有らば、なんじもまた行凶(ぎょうきょう=凶を行な)い、棍子(こんす=棒)を執(と)り、乱(みだ)れに打ちて人を傷(そこな)わば、我よく白客(はくかく=他人)と做るべけんや、いでか身(み)を脱(だっ)するを得ん」と。悟空言う、「師父、我若(も)しかれを打ち殺(ころ)さざれば、かれ却ってなんじを打ち殺(ころ)さんとす」と。三蔵言う、「我がこの出家人(しゅっけにん)、死(し)するも寧(むし)ろ決(けっ)して敢(あえ)て行凶(ぎょうきょう)せず。我すなわち死(し)するも、またただ一身(いっしん=一人の身)なるに、なんじ却ってかれが六人(ろくにん)を殺(ころ)せり、いかにしてか理(ことわり)を説(と)かん。この事(こと)若(も)し官(かん=役所)に告(つ)げ到らば、すなわちなんじが老子(ろうし=親父)の官(つかさ)を做すとも、また説(と)き過(す)ぐるを得じ」と。行者言う、「師父に瞞(あざむ)かずして説(と)かん、我が老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんぜん)、花果山(かかざん)に拠(よ)りて王(おう)と称(とな)え怪(かい)と為(な)りし時節(じせつ=ころ)、また幾多人(いくばくひと)をか打ち殺(ころ)せしを知(し)らず。仮(たと)いなんじがこの般(ごとき)の話(はなし)を説くが似(ごと)くならば、我すなわち斉天大聖(せいてんたいせい)と做るを得ざりしならん」と。三蔵言う、「ただなんじの収(おさ)むる無く管(かん=治)むる無く、人間(にんげん)に暴横(ぼうおう=暴れ横行)し、天(てん)を欺(あざむ)き上(かみ)を誑(いつわ)りしに因(よ)りて、才(はじ)めてこの五百年前(ごひゃくねんぜん)の難(なん)を受(う)けたり。今(いま)既(すで)に沙門(しゃもん=仏門)に入(い)りながら、若(も)しまた当時(とうじ)の如(ごと)く行凶(ぎょうきょう)し、一味(いちみ=ひたすら)生(せい=命)を傷(そこな)わば、西天(さいてん)に往くを得ず、和尚(おしょう)と做るを得じ!忒(はなはだ)悪(あ)し!忒(はなはだ)悪し!」と。 原(もと)この猴子(こうし=猿)は一生(いっしょう)人気(ひんき=他人の気)を受(う)くるを得ざるなり。かれ三蔵のただ管(ひたすら)絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくど)と説くを見て、心頭(しんとう=胸)の火(ひ)の発(おこ)るを按(おさ)え住(とど)むる能(あた)わずして言う、「なんじ既(すで)にこの等(ごとき)ならば、我を和尚(おしょう)と做るを得ず、西天(さいてん)に上(のぼ)るを得ずと説く。恁般(このよう)に緒咶(しょかい=くどくど)しく我を悪(にく)むを必(かなら)ずせずとも、我回(かえ)り去(さ)って了(しま)わん!」と。かの三蔵は却って曾(かつ)て答応(とうおう=返答)せざりしに、かれすなわち一個の性子(せいし=気まま)を使(つか)い、身を一縦(ひととび)にして、「老孫(ろうそん)去(い)なむ!」と一声(ひとこえ)説(い)う。三蔵急(いそ)ぎ頭(こうべ)を抬(あ)ぐるに、早(はや)くも已(すで)に見えず。ただ「呼(こ)」の一声(ひとこえ)の聞(き)こゆるを得て、東(ひがし)へ回(かえ)りて去(さ)る。撇(す)てられたるあの長老(ちょうろう)孤孤零零(ここれいれい=ひとりぼっち)、頭(こうべ)を点(うなず)かして自(みずか)ら嘆(なげ)き、悲怨(ひえん=悲しみ怨む)已(や)まずして言う、「この厮(やつ)!この等(ごとき)に教誨(きょうかい=教え)を受(う)けず!我ただかれに幾句(いくく=二言三言)を説きしに、かれいかにしてすなわち形(かたち)無く影(かげ)無く、径(ただ)ちに回(かえ)り去(さ)りしや。—罷(や)めん!罷めん!罷めん!またこれ我が命(いのち)の裡(うち)徒弟(としてい)を招(まね)き人口(じんこう=人)を進(い)るるに該(あた)らざるなり。如今(いま)かれを尋(たず)ねんと欲(ほっ)するも尋(たず)ぬる処(ところ)無く、かれを叫(よ)ばんと欲(ほっ)するも叫(よ)べど応(こた)えず。去(い)なば去(い)なん!去(い)なば去(い)なん!」と。正(まさ)にこれ 身を捨(す)て命(いのち)を拚(かえりみ)ず西(にし)へ帰(き)し去(さ)らん、旁人(ぼうじん=他人)に倚(よ)るを莫(な)くして自(みずか)ら主張(しゅちょう=決)せよ。 と。 あの長老(ちょうろう)ただ行李(こうり=荷物)を收拾(しゅうしゅう=ととのえ)して馬に捎(お)い、また馬に騎(の)らず、一只手(かたて)に錫杖(しゃくじょう)を拄(つ)き、一只手(かたて)に韁縄(こうじょう=手綱)を揪(ひ)き、凄凄凉凉(せいせいりょうりょう=ものさびしく)、西(にし)へ向(むか)って前進(ぜんしん)す。行くこと多時(たじ)ならず、ただ見よ、山路(さんろ=山道)の前面(ぜんめん)に、一個の年高(としおいたる)の老母(ろうぼ=老女)有りて、一件(ひとつ)の綿衣(めんい=綿入れ)を捧(ささ)げ、綿衣(めんい)の上(うえ)に一頂(ひとつ)の花帽(かぼう=花の帽)有り。三蔵かれの至近(しきん=すぐ近く)に来るを見て、慌(あわ)てて馬を牽(ひ)き、右側(うそく=右の側)に立(た)ちて行(みち)を讓(ゆず)る。かの老母(ろうぼ)問うて言う、「なんじは何処(いずこ)自り来れる長老(ちょうろう)にして、孤孤凄凄(ここせいせい=ひとりさびしく)独(ひと)りここに行くや」と。三蔵言う、「弟子(でし)は乃(すなわ)ちこれ東土(とうど)大唐(だいとう)自り聖旨(せいし=勅命)を奉(ほう)じて西天(さいてん)に往き、活仏(かつぶつ=生き仏)を拝(はい)し真経(しんきょう)を求(もと)めんとする者(もの)なり」と。老母(ろうぼ)言う、「西方(さいほう)の仏(ほとけ)は乃(すなわ)ちこれ大雷音寺(だいらいおんじ)・天竺国(てんじくこく)の界(さかい)にして、ここ自り去(さ)ること十万八千里(じゅうまんはっせんり)の路(みち)有り。なんじこの等(ごとき)の単人独馬(たんじんどくば)、また一個の伴侶(はんりょ=連れ)無く、また一個の徒弟(としてい)無くして、いでか往くを得ん!」と。三蔵言う、「弟子(でし)日前(じつぜん=先ごろ)一個の徒弟(としてい)を収(おさ)め得たるが、かれ性(せい)潑(はげ)しく凶頑(きょうがん=凶暴頑迷)にして、これ我かれに幾句(いくく)を説きしに、かれ教(おしえ)を受(う)けず、遂(つい)に渺然(びょうぜん=はるか)として去(さ)りぬ」と。老母(ろうぼ)言う、「我にこの一領(ひとつ)の綿布直裰(めんぷじきとく=綿布の直綴)、一頂(ひとつ)の嵌金花帽(かんきんかぼう=金を象嵌せる花帽)有り。原(もと)これ我が児子(こ=むすこ)の用(もち)いしものなり。かれただ三日(みっか)の和尚(おしょう)と做りしのみにして、不幸(ふこう)に命(いのち)短(みじか)く身亡(みまか)りぬ。我才(たったいま)かれが寺(てら)に往き、一場(ひとしき)哭(な)き、かれが師父に辞(じ)し、この両件(ふたつ)の衣帽(いぼう=衣と帽)を将(と)り来りて、一個の憶念(おくねん=形見)と做せり。長老(ちょうろう)よ、なんじ既(すで)に徒弟(としてい)有らば、我この衣帽(いぼう)を将(と)りてなんじに送(おく)りて了(しま)わん」と。三蔵言う、「老母(ろうぼ)の盛賜(せいし=厚き賜り)を承(うけたまわ)る。但(ただ)ただ我が徒弟(としてい)已(すで)に走(い)にしが、敢(あえ)て領受(りょうじゅ=頂戴)せず」と。老母(ろうぼ)言う、「かれは何(いず)れの廂(かた=方)へか去(さ)りし」と。三蔵言う、「我『呼(こ)』の一声(ひとこえ)を聴(き)き得て、かれ東(ひがし)へ回(かえ)りて去(さ)れり」と。老母(ろうぼ)言う、「東辺(とうへん=東の方)の遠(とお)からざるが、すなわちこれ我が家(いえ)なり、想(おも)うに必(かなら)ずや我が家(いえ)へ往きしならん。我が処(ところ)に還(な)お一篇(ひとくさ)の呪児(じゅじ=呪文)有り、『定心真言(じょうしんしんごん)』と喚(よ)び做し、また名(な)を『緊箍児呪(きんこじゅ)』と做す。なんじ暗暗(あんあん=ひそか)にこれを念(とな)え熟(な)れ、牢(かた)く心頭(しんとう=胸)に記(しる)し、再(また)一人(ひとり)にも泄漏(せつろ=漏らし)て知(し)らしむる莫(な)かれ。我往きてかれに赶(お)いつき、かれをして還(また)来りてなんじに従(したが)わしめん。なんじ却ってこの衣帽(いぼう)を将(と)りてかれに与(あた)え穿戴(せんたい=着せかぶら)せよ。かれ若(も)しなんじの使喚(しかん=使役)に服(ふく)せずんば、なんじすなわちこの呪(じゅ)を黙念(もくねん=心で唱え)せよ。かれ再(また)敢(あえ)て行凶(ぎょうきょう)せず、また再(また)敢(あえ)て去らじ」と。 三蔵この言(げん)を聞き、頭(こうべ)を低(た)れて拝謝(はいしゃ=拝み謝)す。かの老母(ろうぼ)一道(ひとすじ)の金光(きんこう=金の光)と化(か)し、東(ひがし)へ回(かえ)りて去る。三蔵これ観音菩薩(かんのんぼさつ)のこの真言(しんごん)を授(さず)けしなるを情知(じょうち=悟り知)り、急忙(きゅうぼう=いそぎ)土(つち)を撮(つま)みて香(こう)を焚(た)き、東(ひがし)を望(のぞ)んで懇懇(こんこん=ねんごろ)に礼拝(らいはい)す。拝(はい)し罷(や)みて、衣帽(いぼう)を収(おさ)め、包袱(ほうふく=風呂敷包み)の中間(ちゅうかん=中)に蔵(かく)す。却って路傍(ろぼう)に坐(ざ)し、あの『定心真言(じょうしんしんごん)』を誦習(しょうしゅう=唱え習う)。来り回(まわ)り幾遍(いくたび)も念(とな)えて、念(とな)えて爛熟(らんじゅく=すっかり覚え)し、牢(かた)く心胸(しんきょう=胸)に記(しる)すことは題(だい=述べ)せず。 話(かたり)に表(あらわ)す、かの悟空師父に別(わか)れ、一筋斗雲(いっきんとうん)に、径(ただ)ちに東洋大海(とうようたいかい)に転(てん)ず。雲頭(うんとう=雲のいただき)を按(おさ)え住(とど)め、水道(すいどう=水の道)を分(わ)け開(あ)き、径(ただ)ちに水晶宮(すいしょうきゅう)の前(まえ)に至(いた)る。早(はや)くも龍王(りゅうおう)を驚(おどろ)かし動(うご)かして出(い)で来り迎接(げいせつ=迎え)せしむ。宮裡(きゅうり=宮の中)に接(むか)え至(いた)りて坐下(ざげ=座)し、礼(れい)畢(おわ)る。龍王(りゅうおう)すなわち東海龍王敖広(とうかいりゅうおうごうこう)なり。龍王(りゅうおう)言う、「近(ちか)ごろ大聖(たいせい)の難(なん)満(み)てりと聞き得たるに、賀(が=祝)を失(しっ)せり!想(おも)うに必(かなら)ずや仙山(せんざん)を重整(ちょうせい=整え直)し、古洞(こどう=古き洞窟)に復(また)帰(き)したるならん」と。悟空言う、「我にもまたこの心性(しんせい=心)有り。ただまた和尚(おしょう)と做りたるのみ」と。龍王(りゅうおう)言う、「甚(なん)の和尚(おしょう)をか做る」と。行者言う、「我南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)め、我に正果(しょうか=悟りの果)を教(おし)え、東土(とうど)の唐僧(とうそう)に随(したが)い、西方(さいほう)に上りて仏(ほとけ)を拝(はい)し、沙門(しゃもん)に皈依(きえ)し、また喚んで行者と為(な)らしめたり」と。龍王(りゅうおう)言う、「この等(ごとき)は真(まこと)に賀(が)すべし!賀すべし!これを才(はじ)めて改邪帰正(かいじゃきしょう=邪を改め正に帰す)と叫做(よ)び、善心(ぜんしん)を懲創(ちょうそう=懲らしめ正)すと曰(い)う。既(すで)に此(この)如(ごと)くならば、いかにして西(にし)へ去らず、復(また)東(ひがし)へ回れるや」と。行者笑(わら)って言う、「あれは唐僧(とうそう)の人性(じんせい=人の情)を識(し)らざるなり。幾箇(いくつ)かの毛賊(もうぞく)の径(みち)を剪(き)りしを、これ我かれを打ち殺(ころ)ししに、唐僧(とうそう)すなわち絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくど)と、我が若干(じゃっかん=あれこれ)の不是(ふぜ=非)を説けり。なんじ想(おも)え、老孫(ろうそん)はこれ受(う)くる可(べ)き悶気(もんき=鬱憤)有らんや。これ我かれを撇(す)て、本山(ほんざん=もとの山)に回らんと欲(ほっ)するに因(よ)り、此(ここ)を以(もっ)て先(ま)ず来りてなんじを一望(ひとめ)し、一鍾(ひとさかずき)の茶(ちゃ)を求(もと)めて吃(の)まんとす」と。龍王(りゅうおう)言う、「承降(しょうこう=おいで)!承降!」と。当時(そのとき)龍子(りゅうし=龍の子)・龍孫(りゅうそん=龍の孫)すなわち香茶(こうちゃ)を捧(ささ)げ来りて献(けん)ず。 茶(ちゃ)畢(おわ)りて、行者頭(こうべ)を回(めぐ)らして一看(ひとみ)し、後壁(こうへき=奥の壁)に一幅(ひとつ)の「圯橋進履(いきょうしんり=圯橋に履を進る)」の画児(がじ=絵)の掛(か)かれるを見る。行者言う、「これは何の景致(けいち=景色)なる」と。龍王(りゅうおう)言う、「大聖(たいせい)は先(さき)に在り、この事(こと)は後(のち)に在るが故(ゆえ)に、なんじ認(みと)めざるなり。これを『圯橋三進履(いきょうさんしんり)』と叫做(よ)ぶ」と。行者言う、「いかにしてこれ『三進履(さんしんり)』なる」と。龍王(りゅうおう)言う、「この仙(せん)は乃(すなわ)ちこれ黄石公(こうせきこう)なり。この子(こ)は乃(すなわ)ちこれ漢世(かんせい=漢代)の張良(ちょうりょう)なり。石公(せきこう)圯橋(いきょう)の上(うえ)に坐(ざ)し、忽然(たちまち)履(くつ)を橋下(きょうか=橋の下)に失(うしな)い、遂(つい)に張良(ちょうりょう)を喚んで取(と)り来らしむ。この子(こ)すなわち忙(いそ)ぎ取(と)り来り、跪(ひざまず)きて前(まえ)に献(けん)ず。此(この)如(ごと)きこと三度(さんど=三たび)なるに、張良(ちょうりょう)略(ほぼ)一毫(いちごう=いささか)の倨傲(きょごう=おごり)怠慢(たいまん)の心(こころ)無かりしかば、石公(せきこう)遂(つい)にかれが勤謹(きんきん=まめまめしき)を愛(あい)し、夜(よる)天書(てんしょ=天の書)を授(さず)けて、かれをして漢(かん)を扶(たす)けしめたり。後(のち)に果然(かぜん=はたせるかな)帷幄(いあく=陣幕)の中(うち)に運籌(うんちゅう=はかりごと)し、千里(せんり)の外(ほか)に勝(しょう)を決(けっ)せり。太平(たいへい)の後(のち)、職(しょく)を棄(す)てて山(やま)に帰(き)し、赤松子(せきしょうし)に従(したが)いて遊(あそ)び、仙道(せんどう)を悟(さと)り成(な)せり。大聖(たいせい)よ、なんじ若(も)し唐僧(とうそう)を保(ほ)せず、勤労(きんろう=労を尽くす)を尽(つく)さず、教誨(きょうかい=教え)を受(う)けずんば、到底(とうてい=結局)これ一個の妖仙(ようせん=妖の仙)にして、正果(しょうか)を成(な)すを得んと想(おも)うこと休(や)めよ」と。悟空この言(げん)を聞き、沈吟(ちんぎん=思い沈む)して半晌(はんしょう=しばらく)語(かた)らず。龍王(りゅうおう)言う、「大聖(たいせい)自(みずか)ら当(まさ)に裁処(さいしょ=処置)すべし。自在(じざい=気まま)を図(はか)りて前程(ぜんてい=行く末)を誤(あやま)る可(べ)からず」と。悟空言う、「多(おお)く話(はな)す莫(な)かれ、老孫(ろうそん)還(また)去(ゆ)きてかれを保(ほ)して了(しま)わん」と。龍王(りゅうおう)欣喜(きんき=喜び)して言う、「既(すで)に此(この)如(ごと)くならば、敢(あえ)て久(ひさ)しく留(とど)めず。請(こ)う大聖(たいせい)早(はや)く慈悲(じひ)を発(おこ)し、なんじが師父を疏久(そきゅう=疎かにし久しく)する莫(な)からしめよ」と。行者かれの催促(さいそく)して請行(せいこう=出立を促す)するを見て、急(いそ)ぎ身を聳(た)ち、海蔵(かいぞう=海の蔵)を出離(しゅつり=出で離)れ、雲(くも)に駕(が)し、龍王(りゅうおう)に別(わか)る。 正(まさ)に走るに、却って南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)に遇(あ)う。菩薩(ぼさつ)言う、「孫悟空(そんごくう)、なんじいかにして教誨(きょうかい)を受(う)けず、唐僧(とうそう)を保(ほ)せずして、この処(ところ)に来りて何の干(かかわり)か有る」と。慌(あわ)てたる行者雲端(うんたん=雲のいただき)の裡(うち)に在りて礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「向(さき)に菩薩(ぼさつ)の善言(ぜんげん=尊き言)を蒙(こうむ)りしに、果(はた)して唐朝(とうちょう)の僧(そう)の到りて圧帖(あつじょう=押さえの札)を掲(は)がし、我が命(いのち)を救(すく)いしこと有り、かれに跟(したが)いて徒弟(としてい)と做れり。かれ却って我が凶頑(きょうがん=凶暴頑迷)を怪(あや)しみしに因(よ)り、我才(たったいま)かれを一閃(ひとひら)と閃(かわ)ししが、如今(いま)すなわち去(ゆ)きてかれを保(ほ)せんとす」と。菩薩(ぼさつ)言う、「早(はや)きに赶(お)いつきて去(ゆ)け、念頭(ねんとう=心)を錯過(さっか=踏み外)す莫かれ」と。言(げん)畢(おわ)りて、各(おのおの)回る。 この行者、須臾(しばらく)の間(あいだ)に唐僧(とうそう)の路傍(ろぼう=道ばた)に悶坐(もんざ=物思いに座)せるを見る。かれ上前(すす)みでて言う、「師父!いかにして路(みち)を走らず、還(な)おここに在りて何(なに)をか做す」と。三蔵頭(こうべ)を抬(あ)げて言う、「なんじ何処(いずこ)へか往き来れるや。我をして行かんと欲(ほっ)するも敢(あえ)て行かず、動(うご)かんと欲するも敢えて動かず、ただ管(ひたすら)ここに在りてなんじを等(ま)てり」と。行者言う、「我東洋大海(とうようたいかい)の老龍王(ろうりゅうおう)の家(いえ)へ往きて茶(ちゃ)を討(こ)い吃(の)みしなり」と。三蔵言う、「徒弟よ、出家人(しゅっけにん)は謊(いつわり)を説くを要(よう)せず。なんじ我を離(はな)れて多(おお)く一個の時辰(じしん=二時間)ならざるに、すなわち龍王の家(いえ)に到りて茶(ちゃ)を吃(の)みしと説くや」と。行者笑(わら)って言う、「師父に瞞(あざむ)かずして説かん。我は筋斗雲(きんとうん)に駕(が)することを会(え)し、一個の筋斗(きんと=宙返り)に十万八千里(じゅうまんはっせんり)の路(みち)有るが故(ゆえ)に、此(ここ)を以(もっ)て即(すなわち)去り即(すなわち)来るを得たり」と。三蔵言う、「我略略(りゃくりゃく=ちょっと)言語(げんご=言葉)の重(おも)きこと些(いささ)かなりしに、なんじすなわち我を怪(あや)しみ、一個の性子(せいし=気まま)を使(つか)いて我を捨(す)てて去れり。なんじがこの如(ごと)く本事(ほんじ=手腕)有る者(もの)は、茶(ちゃ)を討(こ)い得て吃(の)み、我がこの如(ごと)く去(ゆ)くを得ざる者(もの)は、ただ管(ひたすら)ここに在りて餓(うえ)を忍(しの)ばん。なんじもまた意(こころ)を過(す)ぐる可(べ)からざるなり」と。行者言う、「師父、なんじ若(も)し餓(う)えらば、我すなわち往きてなんじが為(ため)に些かの斎(とき=食)を化(か=乞)し来りて吃(くら)わしめん」と。三蔵言う、「斎(とき)を化(か)するを用(もち)いず。我があの包袱(ほうふく=包み)の裡(うち)に、還(な)お些かの乾糧(かんりょう=乾し糧)有り、これ劉太保(りゅうたいほ)が母(はは)の送(おく)りしものなり。なんじ往きて鉢盂(はつう=托鉢の器)を拿(と)り、些かの水(みず)を尋(たず)ね来れ、我些か吃(くら)いて路(みち)を行かんを等(ま)て」と。 行者往きて包袱(ほうふく)を解(と)き開(あ)け、あの包裹(ほうか=包み)の中間(ちゅうかん=中)に在りて幾箇(いくつ)かの粗麺焼餅(そめんしょうへい=粗挽き粉の焼き餅)有るを見、拿(と)り出して師父に遞(わた)す。またあの光艶艶(こうえんえん=つやつや)たる一領(ひとつ)の綿布直裰(めんぷじきとく)、一頂(ひとつ)の嵌金花帽(かんきんかぼう)を見て、行者言う、「この衣帽(いぼう)は東土(とうど)自り帯(たずさ)え来れるか」と。三蔵すなわち口(くち)に順(したが)いて応(こた)えて言う、「これ我が小(ちいさ)き時穿戴(せんたい=着用)せしものなり。この帽子(ぼうし)若(も)し戴(いただ)かば、経(きょう)を教(おし)うるを用(もち)いずして、すなわち経(きょう)を念(とな)うることを会(え)し、この衣服(いふく)若し穿(き)らば、礼(れい)を演(えん=習う)ずるを用いずして、すなわち礼(れい)を行(おこな)うことを会(え)す」と。行者言う、「好(よ)き師父、把(と)りて我に与(あた)えて穿戴(せんたい)せしめよ」と。三蔵言う、「ただ長短(ちょうたん=丈)の一(ひと)ならざるを怕(おそ)る。なんじ若し穿(き)るを得ば、すなわち穿(き)て了(しま)え」と。行者遂(つい)に旧(ふる)き白布(はくふ)の直裰(じきとく)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、綿布直裰(めんぷじきとく)を将(と)りて穿(き)り上(あ)ぐるに、すなわちこれ身体(しんたい=からだ)に比量(ひりょう=合わせ)し裁(た)ちたるが一般(ごとし=ごとく)にして、帽児(ぼうじ=帽)を把(と)りて戴(いただ)けり。 三蔵かれの帽子(ぼうし)を戴(いただ)きたるを見て、すなわち乾糧(かんりょう)を吃(くら)わず、却って默默(もくもく=黙々)とあの『緊箍呪(きんこじゅ)』を一遍(ひとたび)念(とな)う。行者叫(さけ)んで「頭痛(ずつう)!頭痛!」と道う。かの師父住(とど)まらずしてまた幾遍(いくたび)も念(とな)えば、あの行者痛(いた)みて滚(まろ)び、嵌金(かんきん=金を象嵌)の花帽(かぼう)を抓(か)き破(やぶ)れり。三蔵また金箍(きんこ=金の輪)を扯(ひ)き断(た)たんことを恐(おそ)れ、口(くち)を住(とど)めて念(とな)えず。念(とな)えざる時、かれすなわち痛(いた)まず。手(て)を伸(の)べて頭上(ずじょう)へ往き摸摸(さわりさわり)するに、一条(ひとつ)の金線(きんせん=金の糸)の児(ごとき)の姿(すがた)に似(に)て、緊緊(きんきん=きつきつ)と上(うえ)に勒(し)められ、取り下(おろ)すを得ず、揪(ひ)き断(た)つを得ず、已(すで)にこれ根(ね)を生(しょう)じたり。かれすなわち耳(みみ)の裡(うち)自り針児(しんじ=針)を取り出し、箍(こ=輪)の裡(うち)に挿(さ)し入(い)れ、外(そと)へ向(むか)って乱(みだ)れに捎(ほじ)る。三蔵またかれの捎(ほじ)り断(た)たんことを恐(おそ)れ、口(くち)の中(うち)にまた念(とな)え起(おこ)せば、かれ旧(もと)の如(ごと)く痛(いた)みを生(しょう)じ、痛(いた)みて蜻蜓(せいれい=とんぼ)を竪(た)て、筋斗(きんと=宙返り)を翻(かえ)し、耳(みみ)紅(あか)く面(おもて)赤(あか)く、眼(め)脹(は)れ身麻(しび)る。かの師父かれがこの等(ごとき)なるを見て、また忍(しの)びず捨(す)てず、復(また)口(くち)を住(とど)めれば、かれが頭(あたま)また痛(いた)まず。行者言う、「我がこの頭(こうべ)、原(もと)これ師父の我を呪(のろ)いしなり」と。三蔵言う、「我念(とな)うるはこれ『緊箍経(きんこきょう)』なり、何(いず)れの曾(かつ)てなんじを呪(のろ)わんや」と。行者言う、「なんじ再(また)念(とな)えて看(み)よ」と。三蔵真箇(まこと)にまた念う。行者真箇(まこと)にまた痛(いた)み、ただ「念うる莫かれ!念うる莫かれ!念え動(うご)けば我すなわち痛(いた)まん!これいかに説(い)うや」と教(い)う。三蔵言う、「なんじ今番(こんど)我が教誨(きょうかい=教え)を聴(き)く可(べ)きか」と。行者言う、「教(おしえ)を聴(き)けり!」と。—「なんじ再(また)無礼(ぶれい)なる可(べ)きか」と。行者言う、「敢(あえ)てせず!」と。 かれ口(くち)の裡(うち)然(しか)く応(こた)うと雖(いえど)も、心上(しんじょう=胸のうち)に還(な)お不善(ふぜん=不善)を懐(いだ)き、あの針児(しんじ)を把(と)って幌一幌(ひとふり)し、碗来(わんらい=茶碗ほど)の粗細(そさい=太さ)となし、唐僧(とうそう)を望(めが)けてすなわち手(て)を下(くだ)さんと欲(ほっ)するに、慌(あわ)てたる長老(ちょうろう)口(くち)の中(うち)にまた両三遍(にさんべん=二三度)念えば、この猴子(こうし=猿)地(ち)に跌倒(てっとう=倒れ)し、鉄棒(てつぼう)を捨(す)て、手を挙(あ)ぐる能(あた)わず、ただ「師父!我暁(さと)れり!再(また)念うる莫かれ!再(また)念うる莫かれ!」と教(い)う。三蔵言う、「なんじいかにして心(こころ)を欺(あざむ)き、すなわち敢て我を打たんとす」と。行者言う、「我曾(かつ)て敢て打たず。我師父に問(と)わん、なんじがこの法児(ほうじ=法)はこれ誰(たれ)のなんじに教(おし)えしや」と。三蔵言う、「これ適間(さっき)一個の老母(ろうぼ)の我に伝授(でんじゅ)せしなり」と。行者大(おお)いに怒(いか)って言う、「講(こう=論)ずるを消(よう=要)せず!この老母(ろうぼ)は、坐定(さだめし=きっと)あの観世音(かんぜおん)なるならん!かれいかにしてかの等(ごとき)に我を害(そこな)うや。我南海(なんかい)に上りてかれを打たんに往かんを等(ま)て!」と。三蔵言う、「この法(ほう)既(すで)にかれの我に授(さず)けしならば、かれ必(かなら)ず先(さき)に暁(さと)り得たり。なんじ若しかれを尋(たず)ぬれば、かれ念え起(おこ)して、なんじ却ってこれ死(し)するに非(あら)ずや」と。行者説くの理(ことわり)有るを見て、真箇(まこと)に敢て身を動(うご)かさず、ただ心(こころ)を回(めぐ)らすを得、跪(ひざまず)き下(おろ)りて哀告(あいこく=哀れみ請う)して言う、「師父!これはかれの我を奈何(いかん=どうにも)する法児(ほうじ)にして、我をしてなんじに随(したが)いて西(にし)へ去らしめんと教(おし)うるなり。我もまた往きてかれを惹(からか)わず、なんじもまた常言(じょうげん=常の言葉)と当(あ)てて、ただ管(ひたすら)念誦(ねんじゅ=唱え)する莫かれ。我願(ねが)わくはなんじを保(ほ)して、再(また)退悔(たいかい=悔い退く)の意(こころ)無からん」と。三蔵言う、「既(すで)に此(この)如(ごと)くならば、我に伏侍(ぶくじ=仕え)て馬に上らしめよ」と。かの行者才(はじ)めて死心塌地(ししんとうち=心を決め)し、精神(せいしん)を抖擻(とそう=奮い起こ)し、綿布直裰(めんぷじきとく)を一束(ひとしば)り束(つか)ね、馬匹(ばひつ=馬)に扣背(こうばい=鞍を負わ)し、行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し、西(にし)へ奔(はし)りて進(すす)む。 畢竟(ひっきょう)この一去(ひとたびゆきて)、後面(こうめん=あと)にまた甚(なん)の話(はなし)をか説く有るやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第十五回 蛇盤山(じゃばんざん)に諸神(しょしん)暗(あん)に佑(たす)け 鷹愁澗(ようしゅうかん)に意馬(いば)繮(たづな)を収(おさ)む 却って説(と)く、かの行者(ぎょうじゃ)、唐僧(とうそう)に伏侍(ふくじ=かしづき仕う)して西(にし)へ進(すす)み、行(ゆ)くこと数日(すうじつ)を経(ふ)るに、正(まさ)にこれ臘月(ろうげつ)の寒天(かんてん)、朔風(さくふう)凛凛(りんりん)として身に沁(し)み、滑凍(かっとう=凍てつく道)凌凌(りょうりょう)として歩(あゆみ)危(あや)うし。走(ゆ)くところは些かの懸崖(けんがい=そびゆる崖)峭壁(しょうへき=切り立つ壁)、崎嶇(きく)たる路(みち)、疊嶺(じょうれい=重なりし峰)層巒(そうらん)、険峻(けんしゅん)山(やま)なり。 三蔵(さんぞう)、馬上(ばじょう)に在(あ)りて、遥(はる)かに唿喇喇(こつらつらつ)たる水声(すいせい)の耳(みみ)を聒(かしま)しきを聞(き)き、頭を回(めぐ)らして叫(さけ)んで言う、「悟空(ごくう)、いずこの水(みず)か響(ひび)く」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我が憶(おぼ)うるに、この処(ところ)を名(な)づけて蛇盤山(じゃばんざん)の鷹愁澗(ようしゅうかん)と曰(い)う。想必(かなら)ずやかの澗(たに)の裡にて水の響くならん」と。説(いう)了(おわ)らざるに、馬(うま)すでに澗辺(かんぺん=澗のほとり)に到(いた)り、三蔵繮(たづな)を勒(ひ)き緊(し)めて観看(かんかん)す。ただ見(み)よ、 涓涓(けんけん=細々と流るる)たる寒脉(かんみゃく=冷たき流れ)は雲(くも)を穿(うが)ちて過(よ)ぎ、 湛湛(たんたん)たる清波(せいは)は日(ひ)に映(えい)じて紅(くれない)なり。 声(こえ)は夜雨(やう)を揺(ゆるが)して幽谷(ゆうこく)に聞(き)こえ、 彩(あや)は朝霞(ちょうか)を発(はな)ちて太空(たいくう)を眩(くら)ます。 千仞(せんじん)の浪(なみ)飛(と)んで碎玉(さいぎょく)を噴(ふ)き、 一泓(いっこう=一ひらの水)水(みず)響(ひび)きて清風(せいふう)を吼(ほ)う。 流(なが)れて万頃(ばんけい)の烟波(えんぱ=波のけむり)に帰(き)し去り、 鴎鷺(おうろ=かもめと鷺)相(あい)忘(わす)れて釣(つり)に逢(あ)うこと没(な)し。 と。 師徒(してい)二人、正(まさ)に然(しか)く看(み)る処(ところ)に、ただ見(み)よ、かの澗(たに)の當中(まなか)より一声(ひとこえ)響(ひび)きて、一條(ひとすじ)の龍(りゅう)の鑽(くぐ)り出づるあり、波(なみ)を推(お)し浪(なみ)を掀(あお)り、崖山(がいさん)を攛(と)び越(こ)えて出で、すなわち長老(ちょうろう)を搶(かどわ)かさんとす。慌(あわ)てたるかな行者(ぎょうじゃ)、行李(こうり)を投(なげう)ち、師父(しふ)を抱(いだ)きて馬(うま)より下(おろ)し、頭を回(めぐ)らしてすなわち走(に)ぐ。 かの龍(りゅう)、追(お)い着(つ)く能(あた)わざれば、かの白馬(はくば)を鞍轡(あんばい)ながら一口(ひとくち)に呑(の)み下(くだ)して肚(はら)の裡に収(おさ)め、依然(いぜん)として水(みず)に伏(ふ)して踪(あと)を潜(ひそ)めたり。行者(ぎょうじゃ)、師父(しふ)を送(おく)りてあの高阜(こうふ)の上に坐(ざ)せしめ、却って来(きた)りて馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)わんとせしに、ただ存(のこ)るは一担(ひとに)の行李(こうり)のみにして、馬匹(ばひつ)の見(み)えざるなり。 かれ行李(こうり)の担(たに)を将(も)ちて師父(しふ)の面前(めんぜん)に送(おく)り到(いた)りて言う、「師父、かの孽龍(げつりゅう)もまた踪(あと)を見(み)ず、ただ我が馬(うま)を驚(おどろ)かして走(に)がしつるのみ」と。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(としてい)や、いかにしてか馬を尋(たず)ね得(え)んずるか」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「放心(ほうしん=心を安んぜよ)せよ、放心せよ。我の往(ゆ)きて看(み)て来(こ)んを待(ま)て」と。 かれ一の唿哨(こっしょう)を打(う)ち、跳(と)びて空中(くうちゅう)に上(のぼ)る。火眼金睛(かがんきんせい=火の眼・金の瞳)、手(て)を用(もち)いて涼篷(りょうほう)を搭(かざ)し、四下(あたり)の裡を観看(かんかん)せど、さらに馬(うま)の踪迹(しょうせき)を見(み)ず。雲頭(うんとう=雲のいただき)を按(お)し下(おろ)して、報(ほう)じて言う、「師父(しふ)、我らが馬は断乎(だんこ)かの龍(りゅう)に食(くら)われつるなり。四下を何度(いくたび)も看(み)れども、再び見えず」と。 三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(としてい)や、かの厮(やつ)が能(よ)く幾許(いくばく)ほどの大(おお)いさの口(くち)か有りて、却ってあの匹(ひき)の大馬(たいば)を鞍轡(あんばい)ながら都(すべ)て食(くら)いたるか。想(おも)うにこれ驚張(きょうちょう)して繮(たづな)を溜(すべ)らせ、かの山凹(さんおう=山のくぼみ)の裡に走(に)げ入(い)りたるならん。汝再び仔細(つまびらか)に看(み)てみよ」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「汝また我が本事(ほんじ)を知(し)らざるなり。我がこの双眼(そうがん)、白日(びゃくじつ)には常(つね)に一千里(いっせんり)の路(みち)の吉凶(きっきょう)を看る。かの千里(せんり)の内(うち)なれば、蜻蜓児(せいていじ)の翅(つばさ)を展(の)べしとても、我またこれを見(み)る。いかでかかの匹の大馬(たいば)をば、我これを見ざらんや!」と。 三蔵(さんぞう)言う、「既(すで)にかれに食(くら)われなば、我いかにしてか前進(ぜんしん)せん!憐(あわ)れむべきかな!この千山万水(せんざんばんすい=幾千の山、幾万の水)を、いかにしてか走(ゆ)き得(え)ん!」と。話(はなし)を説(と)きつつ、涙(なみだ)雨(あめ)の如くに落(お)つ。 行者(ぎょうじゃ)、かれが哭(な)き将(い)たんとするを見(み)るや、かれいずくんぞよく暴燥(ぼうそう)に忍(しの)ぶを得(え)ん、声(こえ)を発(はっ)して喊(さけ)んで道(い)う、「師父(しふ)、この等(ごとき)の膿包形(のうほうけい=意気地なしの態)たる莫(な)かれ!汝坐(ざ)せよ!坐せよ!老孫(ろうそん)の往(ゆ)きてかの厮(やつ)を尋(たず)ね当(あ)て、かれをして我が馬匹(ばひつ)を還(かえ)さしめん!」と。 三蔵(さんぞう)、却って才(はじ)めて扯(ひ)き留(とど)めて言う、「徒弟(としてい)や、汝いずこへかれを尋(たず)ねに往(ゆ)く。ただ怕(おそ)らくはかれ暗地(あんち)より攛(と)び出で来(きた)りて、却ってまた我をも連(つ)れて害(そこな)わんずるかを。その時節(じせつ)人馬(じんば)両(ふた)ながら亡(ほろ)びなば、いかにしてか是(よから)ん!」と。 行者(ぎょうじゃ)この話(ことば)を聞(き)くや、いよいよ嗔怒(しんど)を加(くわ)え、すなわち叫喊(きょうかん)すること雷(かみなり)の如くにして道(い)う、「汝忒(はなは)だ不済(ふせい)なり!不済なり!また馬(うま)に騎(の)らんことを要(もと)め、また我の往(ゆ)くを放(はな)さず、この般(ごと)きにて行李(こうり)を看(み)て、坐(ざ)して老(お)いに到(いた)るのみならん!」と。 哏哏(ごんごん)と吆喝(ようかつ)し、正(まさ)に怒(いかり)を息(や)め難(がた)きに、ただ空中(くうちゅう)に人の言語(ごんご)有りて、叫(よ)んで道(い)うを聴(き)く、「孫大聖(そんたいせい)、悩(なや)む莫(な)かれ。唐御弟(とうぎょてい)、哭(な)くを休(や)めよ。我らはこれ観音菩薩(かんのんぼさつ)の差(つか)わし来(きた)れる一路(いちろ=道中の一路)の神祇(しんぎ)にして、特に来たりて暗(ひそ)かに取経(しゅきょう)の者(もの)を保(ほ)らんとす」と。かの長老(ちょうろう)、言(ことば)を聞(き)くや、慌(あわ)てて礼拝(らいはい)す。 行者(ぎょうじゃ)言う、「汝らは那幾箇(いずれの幾人)ぞ、名(な)を報(もう)し来(きた)れ、我好(よ)く点卯(てんぼう)せん」と。衆神(しゅうしん)言う、「我らはこれ六丁六甲(りくていりっこう)、五方掲諦(ごほうかいてい)、四値功曹(しちこうそう)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうがらん=仏法守護の伽藍神)、各各(おのおの)輪流(りんりゅう)して値日(ちじつ)し、聴候(ちょうこう)す」と。行者言う、「今日(こんにち)先(ま)ず誰(たれ)よりか起(おこ)る」と。衆掲諦(しゅうかいてい)言う、「丁甲(ていこう)・功曹(こうそう)・伽藍(がらん)は輪次(りんじ)に従(したが)う。我ら五方掲諦は、惟(ただ)金頭掲諦(きんとうかいてい)のみ昼夜(ちゅうや)左右(そうゆう)を離(はな)れず」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「既(すで)に此(かく)の如くんば、当値(とうち)ならざる者(もの)は且(しばら)く退(しりぞ)け、六丁神将(りくていしんしょう)と日値功曹(にっちこうそう)と衆(すべ)ての掲諦(かいてい)を留(とど)めおきて、我が師父(しふ)を保守(ほしゅ)せよ。老孫(ろうそん)のかの澗(たに)の中(うち)の孽龍(げつりゅう)を尋(たず)ね、かれをして我が馬(うま)を還(かえ)さしめんを待て」と。衆神(しゅうしん)、令(れい)に遵(したが)う。三蔵(さんぞう)才(ようや)く心(こころ)を放下(ほうか)し、石崖(せきがい)の上に坐(ざ)して、吩咐(いいつけ)て言う、「行者、仔細(つまびらか)にせよ」と。行者言う、「ただ管(ひたすら)に心を寛(ひろ)うせよ」と。 好(よ)き猴王(こうおう)かな、綿布直裰(めんぷじきとつ)を一(ひとたび)束(つか)ね締(し)め、虎皮裙(こひくん=虎皮の腰巻)を撩(まく)り上(あ)げ、金箍鉄棒(きんこてつぼう)を攥(にぎ)り、径(ただち)に澗壑(かんがく)に臨(のぞ)み、半雲半霧(はんうんはんむ)として、かの水面(すいめん)の上に在(あ)りて高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、「潑泥鰌(はつでいしゅう)、我が馬(うま)を還(かえ)せ!我が馬を還せ!」と。 却って説(と)く、かの龍(りゅう)、三蔵(さんぞう)の白馬(はくば)を食(くら)いて、かの澗底(かんてい)の中(なか)に伏(ふ)し、霊(れい)を潜(ひそ)め性(せい)を養(やしな)う。ただ人の叫(さけ)び罵(ののし)りて馬(うま)を索(もと)むるを聴(き)くあり、かれ心中(しんちゅう)の火(ひ)の発(ほとばし)るを按(おさ)え住(とど)むる能(あた)わず、急(きゅう)に身を縦(はな)ちて浪(なみ)を躍(おど)らせ波(なみ)を翻(ひるがえ)し、跳(と)び将(やが)て上(のぼ)り来(きた)りて道(い)う、「是(いず)れの箇(もの)か、敢(あえ)てこの処(ところ)に在(あ)りて海口(かいこう)して吾(われ)を傷(そこな)わんとする」と。行者(ぎょうじゃ)かれを見(み)るや、大(おおい)に一声(ひとこえ)咤(さけ)んで、「走(に)ぐるを休(や)めよ!我が馬を還(かえ)せ!」と。棍(こん)を輪(めぐ)らし、劈頭(へきとう)よりすなわち打(う)つ。かの龍、牙(きば)を張(は)り爪(つめ)を舞(ま)わして来り抓(つか)まんとす。かれ二人(ふたり)、澗辺(かんぺん)の前(まえ)に在りてのこの一場(ひとくさ)り的賭闘(ととう=勝負の戦い)、果(はた)して是(こ)れ驍雄(ぎょうゆう=雄々しき強者)なり。ただ見よ、かの 龍(りゅう)は利爪(りそう)を舒(の)べ、猴(さる)は金箍(きんこ)を挙(あ)ぐ。 那(か)の箇(もの)は鬚(ひげ)に白玉線(はくぎょくせん=白き玉の糸)を垂(た)れ、此(こ)の箇は眼(め)に赤金灯(せききんとう)を幌(ひらめ)かす。 那の箇(もの)は鬚下(しゅか)の明珠(めいしゅ)より彩霧(さいむ)を噴(ふ)き、此の箇は手中(しゅちゅう)の鉄棒(てつぼう)に狂風(きょうふう)を舞(ま)わす。 那の箇(もの)は是爺娘(やじょう)を迷(まよ)わす業子(ごっし)、此の箇は是天将(てんしょう)を欺(あざむ)く妖精(ようせい)なり。 かれ二人(ふたり)は都(みな)難(なん)を有(ゆう)して磨折(ましゃく)に遭(あ)うに因(よ)り、今(いま)功(こう)を成(な)さんと要(もと)めて各(おのおの)能(のう)を顕(あらわ)す。 と。 来来往往(らいらいおうおう=行きつ戻りつ)、戦(たたか)い罷(や)むること多時(たじ)、盤旋(ばんせん)すること良久(りょうきゅう)きに、かの龍(りゅう)、力(ちから)軟(よわ)く筋(すじ)麻(しび)れ、抵敵(ていてき)する能(あた)わず、一の転身(てんしん)を打(う)ちて、また水(みず)の内(うち)に攛(と)び入(い)り、深(ふか)く澗底(かんてい)に潜(ひそ)みて、再び頭を出(いだ)さず。猴王(こうおう)に罵詈(ばり)せらるること絶(た)えざれども、かれもただ耳(みみ)の聾(つんぼ)なるに推(お)し托(かこつ)るのみ。 行者(ぎょうじゃ)没及奈何(なすべきなし)にして、ただ得(え)ずして回(かえ)りて三蔵(さんぞう)を見(み)て言う、「師父(しふ)、この怪(かい)は老孫(ろうそん)に罵(ののし)り出(いだ)さるるや、かれ我と賭闘(ととう)すること多時(たじ)なるに、戦(いくさ)に怯(ひる)みて走(に)げ、ただ水(みず)の中間(なか)に隠(かく)れて、再び出で来(こ)ざるのみ」と。三蔵言う、「端的(たしか)にかれの我が馬(うま)を食(くら)いたるや否(いな)やを知(し)らず」と。行者言う、「汝の説(い)うところの話(ことば)を看(み)よ!かれの食いたるに非(あら)ざれば、かれあに肯(あえ)て出で来(きた)りて声(こえ)を招(よ)び、老孫と犯対(はんたい)せんや」と。 三蔵(さんぞう)言う、「汝前日(ぜんじつ)虎(とら)を打(う)ちし時(おり)、曾(かつ)て降龍伏虎(こうりゅうふくこ=龍を降し虎を伏す)の手段(しゅだん)有りと説(い)いしに、今日(こんにち)いかにしてかすなわちかれを降(くだ)す能(あた)わざる」と。元来(もと)かの猴子(こうし)は人の己(おのれ)を急(せき)立(た)つるを食(く)うを得(え)ざるなり。三蔵のこの一句(ひとく)をもてかれを搶白(そうはく)せしを見(み)るや、かれすなわち神威(しんい)を発(はっ)して道(い)う、「説う莫(な)かれ!説う莫かれ!我の、かれと再び一の上下(じょうげ)を見んを待て!」と。 この猴王(こうおう)、歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(あ)けて、跳(と)びて澗辺(かんぺん)に到(いた)り、かの翻江撹海(ほんこうこうかい=江を翻し海をかき回す)の神通(じんつう)を使(つか)い出(いだ)し、一條(ひとすじ)の鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)の徹底澄清(てっていちょうせい=底まで澄みきり)たる水(みず)を把(も)ちて、攪(か)き混(ま)ぜてかの九曲黄河(きゅうきょくこうが=九つの曲がりの黄河)の泛漲(はんちょう=漲り溢るる)の波(なみ)の似(ごと)くならしむ。 かの孽龍(げつりゅう)、深澗(しんかん)の中(うち)に在(あ)りて、坐(ざ)するも臥(ふ)するも寧(やす)からず、心中(しんちゅう)思(おも)い想(おも)うて道(い)う、「これこそ才(まさ)に是福(ふく)双(ふた)つながら降(くだ)らず、禍(わざわい)単(ひと)つにして行(ゆ)かず、なり。我才(いま)しがた天条(てんじょう)の死難(しなん=死刑の災い)を脱(だっ)せしが、一年(いちねん)に上(のぼ)らざるに、この処(ところ)に在りて縁(えん)に随(したが)ひ日(ひ)を度(わた)らしに、またこの般(ごとき)の箇(ひとり)の潑魔(はつま)に撞(ぶ)ち当(あ)たり、かれ来(きた)りて我を害(そこな)わんとす!」と。汝看(み)よ、かれ思えば思うほどいよいよ悩(なや)み、屈気(くっき)を受(う)くるに耐(た)えず、牙(きば)を咬(か)み締(し)めて、跳(と)び将(やが)て出で往(ゆ)きて、罵(ののし)って道う、「汝は那里(いずこ)より来れる潑魔(はつま)ぞ、この等(ほど)に我を欺(あざむ)くか」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「汝我の那里(いずこ)たると不那里(いずこにあらざる)とを管(かま)うる莫(な)かれ。汝ただ馬(うま)を還(かえ)さば、我すなわち汝の性命(せいめい)を饒(ゆる)さん!」と。かの龍(りゅう)言う、「汝が馬は我が呑(の)み下(くだ)して肚(はら)の裡に去りしもの、いかにしてか吐(は)き出(いだ)すことを得(え)ん!還さずんば、すなわち怎(いか)にせばよからんとするか」と。行者言う、「馬を還さざる時(とき)は、棍(こん)を看(み)よ!ただ打(う)ち殺(ころ)して、我が馬の性命(せいめい)に償(つぐの)わせて罷(や)めんのみ!」と。 かれ二人(ふたり)またかの山崖(さんがい)の下(もと)に在(あ)りて苦闘(くとう=苦しき戦い)す。闘(たたか)うこと数合(すうごう)ならずして、小龍(しょうりゅう)委実(いじつ)搪(こら)え難(がた)く、身を将(も)ちて一幌(ひとゆれ)し、変(へん)じて一條(ひとすじ)の水蛇児(すいじゃじ)と作(な)り、草科(そうか)の中(うち)に鑽(くぐ)り入(い)りて去れり。 猴王(こうおう)、棍(こん)を拿(と)り、趕(お)いつき前(まえ)に来(きた)り、草(くさ)を撥(かきわ)けて蛇(へび)を尋(たず)ぬれど、那里(いずこ)に些かの影響(えいきょう)を得(え)ん。急(せ)き込(こ)まれてかの三尸神(さんししん=体内の三つの神)咋(か)み叫(さけ)び、七竅(しちきょう)烟(けむり)を生(しょう)じ、一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を念(ねん)じ、すなわち当坊土地(とうぼうどじ=当地の土地神)・本処山神(ほんしょさんじん=当所の山神)を喚(よ)び出(いだ)せば、一斉(いっせい)に来りて跪(ひざまず)き下(くだ)りて道(い)う、「山神(さんじん)・土地(どじ)、来りて見(まみ)ゆ」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「孤拐(ここ)を伸(の)べ過(わた)せ、各(おのおの)五棍(ごこん)の見面(けんめん)の打(だ)を食(くら)いて、老孫(ろうそん)と心(こころ)を散(さん)じ散ぜよ!」と。二神(にしん)、頭を叩(たた)いて哀告(あいこく)して道(い)う、「願(ねが)わくは大聖(たいせい)の方便(ほうべん)を垂(た)れ、小神(しょうしん)をして訴告(そこく)するを容(ゆる)させよ」と。行者言う、「汝ら何(なに)をか説(い)わんとする」と。二神言う、「大聖は一向(このかた)久(ひさ)しく困(くるし)められ給(たま)いしが、小神いつの時(とき)か出で来(こ)らるるを知(し)らざりしかば、以(ゆえ)に曾(かつ)て接(むか)え得(え)ざりしなり。万(よろず)に恕罪(じょざい)を望(のぞ)まん」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「既(すで)に此(かく)の如くんば、我且(しばら)く汝を打(う)たず。我汝に問わん、鷹愁澗(ようしゅうかん)の裡には、是那方(いずかた)より来(きた)れる怪龍(かいりゅう)ぞ。かれいかにして我が師父(しふ)の白馬(はくば)を搶(うば)いて食(くら)いたるか」と。二神(にしん)言う、「大聖(たいせい)は自(もと)より来(き)て曾(かつ)て師父有らず、元来(もと)是箇(ひとり)の天(てん)に伏(ふ)せず地(ち)に伏せざる混元上真(こんげんじょうしん=根源の真仙)なりしに、いかにしてか何(なん)の師父の馬(うま)有ることを得(え)ん」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「汝らは是(こ)れまた知(し)らざるなり。我ただかの誑上(おうじょう)の勾当(こうとう)の為(ため)に、整(まった)くこの五百年(ごひゃくねん)の苦難(くなん)を受(う)けたり。今(いま)観音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)めたまうを蒙(こうむ)り、唐朝(とうちょう)の駕下(かか)の真僧(しんそう)をして我を救(すく)い出(いだ)さしめ、我に教(おし)えてかれに跟(したが)いて徒弟(としてい)と作(な)り、西天(さいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めしめたまえり。路(みち)この処(ところ)を過(よ)ぐるに因(よ)り、我が師父(しふ)の白馬(はくば)を失(うしな)えり」と。 二神(にしん)言う、「元来(もと)是(かく)の如きことなり。この澗(たに)の中(うち)自(もと)より来(き)て邪(よこしま)無く、ただ深(ふか)く陡(けわ)しく寛(ひろ)く闊(ひろ)く、水光(すいこう)徹底(てってい)澄清(ちょうせい=底まで澄む)たるのみ。鴉鵲(あじゃく)も敢(あえ)て飛(と)び過(よ)ぐること能(あた)わず。水(みず)清(きよ)くして自(おの)が形影(けいえい)を照(てら)し見(み)るに因(よ)り、すなわち認(みと)めて同群(どうぐん)の鳥(とり)と做(な)し、往往(おうおう)身を水の内(うち)に擲(なげう)ちて死(し)するが故(ゆえ)に、名(な)づけて『鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)』と曰(い)う。ただ向年(こうねん)の間(あいだ)、観音菩薩(かんのんぼさつ)、取経(しゅきょう)の人を尋訪(じんほう)る為(ため)に往(ゆ)かれしに因り、一條(ひとすじ)の玉龍(ぎょくりゅう)を救(すく)い、かれをこの処(ところ)に送(おく)りて、かの取経の人を等候(とうこう)し、非(ひ)を為(な)し歹(あし)きを作(な)すを許(ゆる)さざらしめたまえり。かれただ飢(う)えたる時(おり)に、岸(きし)に上(のぼ)り来(きた)りて些かの鳥鵲(ちょうじゃく)を撲(とら)えて食(くら)い、或(あるい)は些かの獐鹿(しょうろく=のろじかと鹿)を捉(とら)えて食用(しょくよう)するのみ。かれのいかにしてか無知(むち)にして、今日(こんにち)大聖(たいせい)を衝撞(しょうどう)たるかを知(し)らず」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「先(さき)の一(ひとたび)には、かれまた老孫(ろうそん)と侮手(ぶしゅ)して、盤旋(ばんせん)すること幾合(いくごう)かなりしが、後(のち)の一には、是老孫の叫(さけ)び罵(ののし)りしに、かれ再び出でず。此(ここ)を以(もっ)て一の翻江撹海(ほんこうこうかい=江を返し海をかき回す)の法児(ほうじ)を使(つか)いて、かれが澗水(かんすい)を攪(か)き混(ま)ぜしかば、かれすなわち攛(と)び将(やが)て上(のぼ)り来(きた)りて、なお争持(そうじ)せんと要(もと)めたり。老孫が棍(こん)の重(おも)きを知(し)らず、かれ遮架(しゃか)すること住(とど)まらず、すなわち変(へん)じて一條(ひとすじ)の水蛇(すいじゃ)と做(な)り、草(くさ)の裡に鑽(くぐ)り入(い)れり。我趕(お)いつき来りてかれを尋(たず)ぬれど、却って踪迹(しょうせき)無し」と。 土地(どじ)言う、「大聖(たいせい)知(し)りたまわず。この條(ひとすじ)の澗(たに)は千万(せんまん)の箇(ひとつ)の孔竅(こうきょう)の相(あい)通(つう)ずるが故(ゆえ)に、ここにこの波瀾(はらん)の深(ふか)く遠(とお)きなり。想(おも)うに是(ここ)にもまた一孔(いっこう)有りて、かれ鑽(くぐ)り将(やが)て下(くだ)り去りたるならん。また須(かなら)ずしも大聖の怒(いかり)を発(はっ)してこの処(ところ)に在(あ)りて找尋(そうじん)るに及(およ)ばず。この物(もの)を擒(とら)えんと要(もと)めなば、ただ請(こ)いて観世音(かんぜおん)を将(まね)き来(きた)らしめれば、自(おのず)から然(しか)く伏(ふく)せん」と。 行者(ぎょうじゃ)、説(いう)を見(み)るや、山神(さんじん)・土地(どじ)を喚(よ)び、同(とも)に来(きた)りて三蔵(さんぞう)に見(まみ)え、具(つぶさ)に前事(ぜんじ)を言(い)う。三蔵言う、「もし往(ゆ)きて菩薩(ぼさつ)を請(しょう)ぜば、幾時(いつ)の時(おり)に才(かえ)って回(めぐ)り来ることを得(え)ん。我が貧僧(ひんそう)の飢(うえ)と寒(かん)と、いかにしてか忍(しの)ばん!」と。説了(おわ)らざるに、ただ暗空(あんくう=目に見えぬ空)の裡に金頭掲諦(きんとうかいてい)の有りて、叫(よ)んで道(い)うを聴(き)く、「大聖(たいせい)、汝身を動(うご)かすを須(もち)いず、小神(しょうしん)往きて菩薩を請じ来らん」と。行者大(おおい)に喜(よろこ)び、一声(ひとこえ)「有累(ゆうるい)、有累!快(はや)く行(ゆ)け、快く行け!」と道う。かの掲諦(かいてい)急(きゅう)に雲頭(うんとう)を縦(はな)ち、径(ただち)に南海(なんかい)に上(のぼ)る。行者山神・土地に吩咐(いいつけ)て師父(しふ)を守護(しゅご)しめ、日値功曹(にっちこうそう)には往きて斎供(さいく)を尋(たず)ねしめ、かれまた澗辺(かんぺん)に往きて巡繞(じゅんにょう)す。ここれ語(かた)らず。 却って説(と)く、金頭掲諦(きんとうかいてい)、一(ひとたび)雲(くも)に駕(が)すれば、早(はや)くも南海(なんかい)に到(いた)れり。祥光(しょうこう)を按(おろ)し下(おろ)し、直(ただち)に落伽山(らくかさん)の紫竹林(しちくりん=紫の竹の林)の裡に至(いた)り、かの金甲諸天(きんこうしょてん=金の鎧の諸天)と木叉恵岸(もくしゃえがん)とに托(たの)みて転達(てんだつ)せしめ、得(よ)く菩薩(ぼさつ)に見(まみ)ゆ。菩薩道(い)う、「汝来(きた)りて何(なん)の干(かかわり)ぞ」と。掲諦(かいてい)道う、「唐僧(とうそう)蛇盤山(じゃばんざん)の鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)に在(あ)りて馬(うま)を失(うしな)い、急(せ)き込(こ)まりて孫大聖(そんたいせい)をして進退(しんたい)両(ふた)ながら難(かた)からしむ。及び本処(ほんしょ)の土神(どじん)に問えど、これ菩薩の彼処(あそこ)に送(おく)り在(お)かれし孽龍(げつりゅう)の呑(の)みたりしならんと申(もう)すのみ。かの大聖(たいせい)小神(しょうしん)をして来りて告(もう)し請(こ)わしめ、菩薩の降(くだ)り往(ゆ)きてこの孽龍を降し、かれに馬匹(ばひつ)を還(かえ)さしめんことを請う」と。 菩薩(ぼさつ)言(ことば)を聞(き)きて道(い)う、「この厮(やつ)は本(もと)是西海(せいかい)の敖閏(ごうじゅん)の子(こ)なり。かれ殿上(でんじょう)の明珠(めいしゅ)を縦火(じゅうか)して焼(や)きたるが為(ため)に、かれが父(ちち)かれを忤逆(むげき)と告(つ)げしかば、天庭(てんてい)の上に死罪(しざい)を犯(おか)せしを、是我親(みずか)ら玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えて、かれを討(こう)て下(くだ)し、かれをして唐僧(とうそう)と為(な)りて一の脚力(きゃくりき=乗り物、足)と做(な)らしめたまえり。かれいかにしてか反(かえ)って唐僧の馬(うま)を食(くら)いたるか。この等(よう)に説(い)わば、我の往(ゆ)きて来(こ)んを待(ま)て」と。 かの菩薩(ぼさつ)蓮台(れんだい)を降(くだ)り、径(ただち)に仙洞(せんどう=仙人の洞窟)を離(はな)れ、掲諦(かいてい)と祥光(しょうこう)に駕(が)して、南海(なんかい)を過(よ)ぎて来(きた)る。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、 仏(ほとけ)蜜多(みった)三蔵経(さんぞうきょう)を説(と)き、 菩薩(ぼさつ)善(ぜん)を揚(あ)げて長城(ちょうじょう)に満(み)つ。 摩訶(まか)の妙語(みょうご=妙なる語)は天地(てんち)に通(つう)じ、 般若(はんにゃ)の真言(しんごん)は鬼霊(きれい)を救(すく)う。 金蝉(きんせん=金色の蝉)をして重(かさ)ねて殻(から)を脱(だっ)せしめ、 故(ゆえ)に玄奘(げんじょう)をして再び修行(しゅぎょう)せしむ。 ただ路(みち)の鷹愁澗(ようしゅうかん)に阻(はば)まれしに因(よ)り、 龍子(りゅうし)真(しん)に帰(き)して馬形(ばぎょう)と化(け)す。 と。 かの菩薩(ぼさつ)と掲諦(かいてい)、多時(たじ=しばらく)ならずして、蛇盤山(じゃばんざん)に到(いた)る。却ってかの半空(はんくう=空の中程)の裡に祥雲(しょううん)を留住(りゅうちゅう)め、頭を低(た)れて観看(かんかん)せば、ただ見(み)よ、孫行者(そんぎょうじゃ)正(まさ)に澗辺(かんぺん)に在(あ)りて叫(さけ)び罵(ののし)る。菩薩掲諦をしてかれを喚(よ)び来(こ)しむ。かの掲諦雲頭(うんとう)を按(お)し下(おろ)し、三蔵(さんぞう)を経由(けいゆ=経めぐる)せず、直(ただち)に澗辺に至(いた)り、行者(ぎょうじゃ)に向(むか)いて道(い)う、「菩薩来(きた)りたまえり」と。行者これを聞(き)くや、急(きゅう)に雲(くも)を縦(はな)ちて空中(くうちゅう)に跳(と)び到り、かれに向いて大(おおい)に叫んで道う、「汝この箇(ひとり)の七仏之師(しちぶつのし=七仏の師)、慈悲(じひ)の教主(きょうしゅ)よ!汝いかにしてか方(ほう)を生(しょう)じ法(ほう)を生じて我を害(そこな)うか!」と。 菩薩(ぼさつ)道(い)う、「我この汝が箇(やつ)を把(とら)えん、大胆(だいたん)の馬流(ばりゅう)、村愚(そんぐ=野鄙の愚者)の赤尻(せきこう)め!我却って再三(さいさん)意(い)を尽(つく)し、箇(ひとり)の取経(しゅきょう)の人を度(わた)し得(え)て来(きた)り、叮嚀(ていねい)にかれに教(おし)えて汝の性命(せいめい)を救(すく)わしめたるに、汝いかにしてか来りて我が活命(かつめい=命を活かす)の恩(おん)を謝(しゃ)せず、反(かえ)って来りて我と嚷鬧(じょうどう=言い争う)する」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝我を弄(もてあそ)ぶこと好(よ)きかな!汝既(すで)に我を放(はな)ち出(いだ)さば、我をして逍遙自在(しょうようじざい=気ままに自由)に耍子(あそ)ばしめよかし。汝前日(ぜんじつ)海上(かいじょう)に在(あ)りて我を迎(むか)えしに、我を傷(そこな)うこと幾句(いくく)かなりしが、我に来(きた)らしめて心(こころ)を尽(つく)し力(ちから)を竭(つく)し、唐僧(とうそう)に伏侍(ふくじ)わしめて罷(や)めばよかりしに、汝いかにしてかかれに一頂(ひとつ)の花帽(かぼう)を送(おく)り、我を哄(たぶらか)して頭の上に戴(いただ)かしめて苦(くるしみ)を受(う)けしむる。この箇(ひとつ)の箍子(こじ)をして老孫(ろうそん)が頭(あたま)の上に長(とど)まらしめ、またかれに教(おし)えて一巻(ひとまき)の什(なん)の『緊箍児呪(きんこじゅ=箍を締める呪)』と曰(い)うものを念(ねん)ぜしめ、かの老和尚(ろうおしょう=年寄りの僧)をして念(とな)えてはまた念えしめ、我をしてこの頭疼(いた)むことしてまた疼ましむる。これ汝の我を害(そこな)うに非(あら)ざるか」と。 菩薩(ぼさつ)笑(わら)って道(い)う、「汝この猴子(こうし)め!汝教令(きょうれい=教えの掟)に遵(したが)わず、正果(しょうか=正しき悟り)を受(う)けず、もし此(かく)の如く汝を拘系(こうけい=縛り繋ぐ)せざれば、汝また誑上欺天(おうじょうぎてん=上を欺き天を侮る)して、甚(なん)の好歹(こうたい=善し悪し)をか知(し)らん!再び従前(じゅうぜん)の如く禍(わざわい)を撞(ひ)き出(いだ)さんに、誰(たれ)か有りてか収管(しゅうかん=取り鎮め)せん。須(かなら)ず是(こ)の箇(ひとつ)の魔頭(まとう=箍の苦しみ)を得(え)てこそ、汝才(はじ)めて肯(あえ)て我が瑜伽(ゆが)の門路(もんろ=門への道)に入(い)るべけれ!」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「この樁(ひとこと)の事(こと)は、作(ことさら)に我が魔頭(まとう=苦しみの種)と做(な)れるは罷(さ)らくとして、汝いかにしてか又(また)かの罪(つみ)有る孽龍(げつりゅう)を把(と)りて、この処(ところ)に送(おく)りて精(せい)と成(な)らしめ、かれをして我が師父(しふ)の馬匹(ばひつ)を食(くら)わしめたるか。これまた歹人(あくにん=悪しき者)を縦(ほしいまま)に放(はな)ちて悪(あく)を為(な)さしむるもの、太(はなはだ)不善(ふぜん)なるかな!」と。 菩薩(ぼさつ)道(い)う、「かの條(ひとき)の龍(りゅう)は、是我親(みずか)ら玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)し、かれを討(こう)てこの処(ところ)に在(お)かしめ、専(もっぱ)ら求経(ぐきょう=経を求むる)の人の為(ため)に一の脚力(きゃくりき)と做(な)らしめたるなり。汝想(おも)え、かの東土(とうど)より来(きた)れる凡馬(ぼんば=凡なる馬)、いかにしてかこの万水千山(ばんすいせんざん=幾万の水、幾千の山)を歴(へ)ることを得(え)ん。いかにしてかかの霊山仏地(りょうざんぶっち=霊山の仏の地)に到(いた)ることを得ん。須(かなら)ず是(こ)の箇(ひとつ)の龍馬(りゅうば)を得てこそ、方(はじ)めて去(ゆ)くことを得ん」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「かれがこの般(ごと)く老孫(ろうそん)を懼(おそ)れて、潜(ひそ)み隠(かく)れて出でざるが如きは、これを奈何(いかん)せん」と。菩薩(ぼさつ)掲諦(かいてい)を呼(よ)んで道う、「汝澗辺(かんぺん)に往(ゆ)きて一声(ひとこえ)『敖閏龍王(ごうじゅんりゅうおう)の玉龍三太子(ぎょくりゅうさんたいし)よ、汝出で来(こ)よ、南海(なんかい)の菩薩この処(ところ)に在(いま)す』と叫(よ)ばば、かれすなわち出で来ん」と。かの掲諦果(はた)して澗辺に往きて両遍(ふたたび)叫べり。かの小龍(しょうりゅう)波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を跳(おど)らせ、水(みず)を跳(と)び出で来(きた)り、変(へん)じて一箇(ひとり)の人の像(すがた)と作(な)り、雲頭(うんとう)を踏(ふ)んで、空中(くうちゅう)に到(いた)りて菩薩に向(むか)いて礼拝(らいはい)して道う、「向(さき)に菩薩の解脱(げだつ=縛を解く)活命(かつめい=命を活かす)の恩(おん)を蒙(こうむ)り、この処に在(あ)りて久(ひさ)しく等(ま)てども、さらに取経(しゅきょう)の人の音信(おとずれ)を聞(き)かず」と。 菩薩(ぼさつ)行者(ぎょうじゃ)を指(さ)して道(い)う、「これ取経(しゅきょう)の人の大徒弟(だいとしてい=一番弟子)に非(あら)ざるか」と。小龍(しょうりゅう)これを見(み)て道う、「菩薩、これ我が対頭(たいとう)にして、我昨日(きのう)腹中(ふくちゅう=腹のうち)飢餒(きだい)えて、果(はた)してかれが馬匹(ばひつ)を食(くら)えり。かれ些かの力量(りきりょう)有るを倚(たの)みて、我をして闘(たたか)いて力(ちから)怯(よわ)くして回(めぐ)らしめ、また我を罵(ののし)りて門(もん)を閉(と)じて敢(あえ)て出でざらしめたり。かれさらに曾(かつ)て一の『取経』の字様(じざま)をも提(ひっさ)げたること無し」と。行者道う、「汝また曾て我に姓(せい)は甚(なん)ぞ名(な)は誰(たれ)ぞと問わざりしに、我いかにしてかすなわち説(い)わん」と。 小龍(しょうりゅう)道(い)う、「我曾(かつ)て汝に那里(いずこ)より来(きた)れる潑魔(はつま)ぞと問わざりしに、汝嚷(わめ)いて道えらく、『什(なん)の那里たると不那里(いずこにあらざる)とを管(かま)わん!ただ我が馬(うま)を還(かえ)せ!』と。いずくんぞ曾て半箇(ひとつ)の『唐(とう)』の字(じ)をも説(い)い出(いだ)せるか」と。 菩薩(ぼさつ)道(い)う、「かの猴頭(こうとう)は専(もっぱ)ら自(みずか)らの強(つよ)きを倚(たの)み、いずくんぞ肯(あえ)て他人(たにん)を称讃(しょうさん=誉め称える)せん。今番(こんばん=このたび)前(さき)へ去(ゆ)かんに、なお帰順(きじゅん=従い順う)の者有るべし。もし問う時(おり)は、先(ま)ず『取経(しゅきょう)』の字(じ)を提(ひっさ)げ起(おこ)さば、却って心(こころ)を労(ろう)するを用(もち)いず、自(おのず)から拱伏(きょうふく=手を拱きて伏す)せん」と。 行者(ぎょうじゃ)喜(よろこ)んで教(おしえ)を領(りょう)す。菩薩(ぼさつ)上前(すす)み出で、かの小龍(しょうりゅう)の項下(こうか)の明珠(めいしゅ)を摘(つま)み取(と)り、楊柳枝(ようりゅうし)を将(も)ちて甘露(かんろ)を蘸(ひた)し出(いだ)し、かれが身の上に向(むか)いて一(ひとたび)拂(はら)い、一口(ひとくち)の仙気(せんき=仙人の気)を吹(ふ)きかけ、一声(ひとこえ)喝(さけ)んで「変(へん)ぜよ!」と叫(い)えば、かの龍(りゅう)すなわち変じてかれが原来(もと)の馬匹(ばひつ)の毛片(もうへん)と做(な)れり。また言語(ごんご)を将ちて吩咐(いいつけ)て道(い)う、「汝須(かなら)ず心(こころ)を用(もち)いて業障(ごっしょう=業の障り)を了(おわ)らしめよ。功(こう)成(な)らん後のち、凡龍(ぼんりゅう=凡なる龍)を超越(ちょうえつ=超え越え)して、汝に一の金身正果(こんしんしょうか=黄金の身の正しき果)を還(かえ)さん」と。かの小龍口(くち)に横骨(おうこつ)を啣(ふく)み、心心(しんしん=心の底より)領諾(りょうだく)す。 菩薩(ぼさつ)悟空(ごくう)に教(おし)えてかれを領(ひき)いて往(ゆ)きて三蔵(さんぞう)に見(まみ)えしめんとす。「我海上(かいじょう)に回(かえ)らんとす」と。行者(ぎょうじゃ)菩薩を扯(ひ)き住(とど)めて放(はな)たずして道(い)う、「我往かず!我往かず!西方(さいほう)の路(みち)この等(ごと)く崎嶇(きく)にして、この箇(ひとり)の凡僧(ぼんそう=凡なる僧)を保(ほ)らんに、幾時(いつ)の時(おり)にか到(いた)ることを得(え)ん。この般(ごと)く磨(ま)多く折(おれ)多(おお)ければ、老孫(ろうそん)が性命(せいめい)もまた全(まった)からんこと難(かた)し、いかにしてか什(なん)の功果(こうか=功徳の実)をか成(な)すことを得ん!我往かず!我往かず!」と。 菩薩(ぼさつ)道(い)う、「汝当年(とうねん)未(いま)だ人道(じんどう)と成(な)らざりしに、且(かつ)肯(あえ)て心(こころ)を尽(つく)して修悟(しゅうご=修行悟道)せしに、汝今日(こんにち)天災(てんさい=天の災い)を脱(だっ)して、いかにしてか却って懶惰(らんだ)を生(しょう)ぜんか。我が門中(もんちゅう)には寂滅(じゃくめつ=涅槃寂静)を以(もっ)て真(しん)と成すを、須(かなら)ず是(こ)れ信心(しんじん)の正果(しょうが=正しき果)を要(よう)す。もし仮(たと)いかの身を傷(そこな)い苦(くるしみ)に磨(みが)かるるの処(ところ)に到(いた)らば、我汝に許(ゆる)さん、天(てん)を叫(よ)べば天応(こた)え、地(ち)を叫べば地霊(たま)あらんと。十分(じゅうぶん)にまたかの脱(のが)れ難(がた)きの際(きわ)に到らば、我もまた親(みずか)ら来(きた)りて汝を救(すく)わん。汝過(わた)り来(こ)よ、我再(また)汝に一般(ひとかど)の本事(ほんじ)を贈(おく)らん」と。 菩薩(ぼさつ)楊柳葉児(ようりゅうようじ)を将(も)ちて、三箇(みつ)摘(つ)み下(くだ)し、行者(ぎょうじゃ)の脳後(のうご)に放(お)きおき、一声(ひとこえ)喝(さけ)んで「変(へん)ぜよ!」と叫(い)えば、すなわち変じて三根(みつ)の救命(きゅうめい=命を救う)の毫毛(ごうもう)と做(な)り、かれに教(おし)えて道(い)う、「もしその済(すくい)無く主(あるじ)無きの時節(じせつ)に到(いた)らば、以(もち)て機(き)に随(したが)い変に応(こた)え、汝が急苦(きゅうく=切迫した苦しみ)の災(わざわい)を救(すく)うを得(え)ん」と。行者この許多(あまた)の好言(こうげん=好意的な言葉)を聞(き)くに及(およ)んで、才(ようや)く大慈大悲(だいじだいひ=大いなる慈悲)の菩薩に謝(しゃ)したてまつる。かの菩薩香風(こうふう=香しき風)繞繞(じょうじょう)として、彩霧(さいむ)飄飄(ひょうひょう)として、径(ただち)に普陀(ふだ)に転(てん)じて去れり。 この行者(ぎょうじゃ)才(ようや)く雲頭(うんとう)を按(お)し下(おろ)し、かの白龍馬(はくりゅうば)の頂鬃(ちょうそう=首のたてがみ)を揪(ひっつか)み、来(きた)りて三蔵(さんぞう)に見(まみ)えて道(い)う、「師父(しふ)、馬(うま)有りしなり」と。三蔵一目見(ひとめみ)るや大(おおい)に喜(よろこ)んで道う、「徒弟(としてい)よ、この馬いかにしてか前(さき)より反(かえ)って肥盛(ひせい=ふとり栄え)たるか。何処(いずこ)に在(あ)りてか尋(たず)ね着(あ)てし」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)、汝なお夢(ゆめ)を見(み)るか!却って才(いま)しがた金頭掲諦(きんとうかいてい)の菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じ来(きた)り、かの澗(たに)の裡の龍(りゅう)を把(と)りて化(け)して我らが白馬(はくば)と作(な)せり。その毛片(もうへん)相同(あいおなじ)けれど、ただ鞍轡(あんばい)を少(か)くのみ、老孫(ろうそん)の揪(ひ)き将(つ)れて来れるなり」と。 三蔵(さんぞう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)う、「菩薩(ぼさつ)何処(いずこ)にか在(いま)す。我の往(ゆ)きて拝謝(はいしゃ=拝み謝す)するを待て」と。行者(ぎょうじゃ)道う、「菩薩はこの時(とき)すでに南海(なんかい)に到(いた)りたまえり、いまは煩(わずらわ)しからせたまわじ」と。三蔵すなわち土(つち)を撮(つま)みて香(こう)を焚(た)き、南(みなみ)を望(のぞ)んで礼拝(らいはい)す。拝(おが)み罷(や)みて、身を起(おこ)しすなわち行者と收拾(しゅうしゅう)して前進(ぜんしん)す。行者山神(さんじん)・土地(どじ)を喝(しか)り退(しりぞ)け、掲諦(かいてい)・功曹(こうそう)に吩咐(いいつけ)し、却って師父(しふ)を請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしむ。 三蔵(さんぞう)道(い)う、「かの鞍轡(あんばい)無き馬(うま)、いかにしてか騎(の)るを得(え)ん。且(しばら)く船(ふね)を尋(たず)ねて澗(たに)を渡(わた)り過(よ)ぐるを待(ま)ちて、再(また)処置(しょち)をなさん」と。行者(ぎょうじゃ)道う、「この師父(しふ)は好(いか)にも時務(じむ=時の事情)を知(し)らざるかな!この曠野(こうや)の山中(さんちゅう)に、船いずこよりか来(きた)らん。この匹(ひき)の馬、かれこの処(ところ)に久(ひさ)しく住(じゅう)するが故(ゆえ)に、必(かなら)ず水勢(すいせい=水の勢い)を知れり。すなわちかれに騎りて一の船児(ふね)と做(な)して過ぎ去らんのみ」と。三蔵無奈(なすべきなく)、ただ言(ことば)に依(よ)るを得、剗馬(せんば)に跨(またが)る。行者行嚢(こうのう)を挑(にな)う。澗辺(かんぺん)に到(いた)れり。 ただ見(み)よ、かの上流(じょうりゅう)の頭(ほとり)に、一箇(ひとり)の漁翁(ぎょおう)有りて、一の枯木(こぼく)の筏子(ばっし)を撑(さ)して、流(ながれ)に順(したが)いて下(くだ)る。行者(ぎょうじゃ)これを見るや、手(て)を用(もち)いて招(まね)き呼(よ)んで道(い)う、「かの老漁(ろうぎょ)、汝来(こ)よ、汝来よ。我は是東土(とうど)より経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)く者(もの)なり。我が師父(しふ)この処(ところ)に到(いた)りて過(わた)り難(がた)し、汝来(きた)りてかれを一(ひとたび)渡(わた)せよ」と。漁翁(ぎょおう)言(ことば)を聞(き)くや、すなわち忙(いそ)ぎて撑し攏(よ)せたり。行者師父を請(しょう)じて馬(うま)を下(お)りしめ、左右(そうゆう)を扶持(ふじ=助け支う)。三蔵(さんぞう)筏子(いかだ)の上に上(のぼ)り、馬匹(ばひつ)を揪(ひ)き上(あ)げ、行李(こうり)を安(やすん)ず。 かの老漁(ろうぎょ)筏子(いかだ)を撑(さ)し開(あ)ければ、風(かぜ)の如く箭(や)に似(に)て、覚(おぼ)えずして鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)を過(よ)ぎ、西岸(せいがん)に上(のぼ)れり。三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)に教(おし)えて包袱(ほうふ)を解(と)き開けさしめ、大唐(だいとう)の幾文(いくもん)かの銭鈔(せんしょう)を取出(とりだ)して、老漁に送(おく)らしむ。老漁筏子を一篙(ひとさお)もて撑し開けて道(い)う、「銭(ぜに)を要(い)らず、銭を要らず」と。中流(ちゅうりゅう)に向(むか)いて渺渺茫茫(びょうびょうもうもう=はるか広々)として去れり。 三蔵(さんぞう)甚(はなはだ)心(こころ)に過(す)ぎず、ただ管(ひたすら)に掌(て)を合(あ)わせて称謝(しょうしゃ=礼を述ぶ)。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)意(こころ)を致(つく)すを休(や)めよ。汝かれを認(みと)めざるか。かれは是この澗(たに)の裡の水神(すいじん)なり。曾(かつ)て我が老孫(ろうそん)を接(むか)えに来(きた)らざりしかば、老孫なおかれを打(う)たんとす。ただ如今(いま)打(だ)を免(まぬ)かれしめたるが已(すで)に分際(ぶんざい)に過ぐるにより、いずくんぞ敢(あえ)て銭(ぜに)を要(もと)めん!」と。かの師父もまた信(しん)ずるが如く信ぜざるが如く、ただ得(え)ずまた剗馬(せんば)に跨(またが)り、行者に随(したが)いて、径(ただち)に大路(たいろ)に投(とう)じ、西(にし)を奔(はし)って去る。 これ正(まさ)に是、 広大(こうだい)の真如(しんにょ=真実そのもの)彼岸(ひがん=向こう岸)に登(のぼ)り、 誠心(せいしん)性(しょう)を了(りょう)して霊山(りょうざん)に上(のぼ)る。 と。師(し)に同(どう)じて前進(ぜんしん)するに、覚(おぼ)えずして紅日(こうじつ)西(にし)に沈(しず)み、天光(てんこう)漸(ようや)く晩(くれ)なんとす。ただ見(み)よ、 淡雲(たんうん)撩乱(りょうらん)として、山月(さんげつ)昏蒙(こんもう=かすかなり)。 満天(まんてん)の霜色(そうしょく)寒(かん)を生(しょう)じ、四面(しめん)の風声(ふうせい)体(たい)に透(とお)る。 孤鳥(ことり)去る時(おり)蒼渚(そうしょ)闊(ひろ)く、落霞(らくか=落つる霞)の明(あきらか)なる処(ところ)遠山(えんざん)低(ひく)し。 疏林(そりん)千樹(せんじゅ)吼(ほ)え、空嶺(くうれい=空しき嶺)独猿(どくえん)啼(な)く。 長途(ちょうと)行人(ぎょうじん)の迹(あと)を見(み)ず、万里(ばんり)の帰舟(きしゅう)夜(よる)に入(い)る時(おり)。 と。 三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に在(あ)りて遥(はる)かに観(みわた)せば、忽然(たちまち)路旁(ろぼう=道のほとり)に一座(ひとつ)の荘院(そういん)の見(み)ゆ。三蔵道(い)う、「悟空(ごくう)、前面(ぜんめん)の人家(じんか)に、以(もち)て宿(やど)を借(か)るべくんば、明早(みょうそう=明日の朝)また行(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)頭を抬(あ)げて看(み)て道う、「師父(しふ)、人家(じんか)の荘院(そういん)に非(あら)ず」と。三蔵道う、「いかにしてか非ざる」と。行者道う、「人家の荘院なれば、却って飛魚穏獣(ひぎょおんじゅう=甍の飾り)の脊(せ)無きこと無し。これは断(きっ)と是一の廟宇庵院(びょううあんいん)ならん」と。 師徒(してい)ら話(はなし)を説(と)きつつ、早(はや)くも門首(もんしゅ)に到(いた)れり。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)りるに、ただ見(み)よ、かの門(もん)の上に三箇(みつ)の大字(だいじ)有りて、すなわち「里社祠(りしゃし)」と。遂(つい)に門の裡に入(い)る。かの裡の辺(ほとり)に一箇(ひとり)の老者(ろうじゃ)有りて、頂(いただき)に数珠児(じゅず)を掛(か)け、掌(て)を合(あ)わせて来(きた)り迎(むか)え、一声(ひとこえ)「師父(しふ)、請(こ)う坐(ざ)せ」と叫(よ)ぶ。三蔵慌(あわ)てて礼(れい)に答(こた)え、殿(でん)に上(のぼ)りて聖象(せいぞう=神の御像)を参拝(さんぱい)し了(おわ)る。かの老者すなわち童子(どうじ)を呼(よ)んで茶(ちゃ)を献(けん)ぜしむ。茶罷(や)みて、三蔵老者に問うて道(い)う、「この廟(やしろ)いかにしてか『里社(りしゃ)』と為(い)う」と。 老者(ろうじゃ)道(い)う、「敝処(へいしょ=鄙びし地)は乃(すなわ)ち西番(せいばん)の哈咇国(はひつこく)の界(さかい)なり。この廟(やしろ)の後(うしろ)に一荘(ひとむら)の人家(じんか)有りて、共(とも)に虔心(けんしん=篤き信心)を発(おこ)し、この廟宇(びょうう)を立(た)てたり。里(り)とは、乃ち一郷(ひとむら)の里地(りち)を言(い)い、社(しゃ)とは、乃ち一社(ひとむら)の土神(どじん=土地の神)を言う。毎(つね)に春耕(しゅんこう=春の耕し)・夏耘(かうん=夏の草取り)・秋収(しゅうしゅう=秋の取り入れ)・冬蔵(とうぞう=冬の蔵め)の日(ひ)に遇(あ)うごとに、各(おのおの)三牲(さんせい=牛・羊・豚の供物)と花果(かか=花と果物)とを弁(ととの)え、この処(ところ)に来(きた)りて社を祭(まつ)り、以(もっ)て四時(しじ)の清吉(せいきち=清く安らか)なると、五穀豊登(ごこくほうとう=五穀の豊かな実り)と、六畜(りくちく)の茂盛(もせい=栄え茂る)とを保(ほ)せんとすればなり」と。 三蔵(さんぞう)言(ことば)を聞(き)き、頭を点(うなず)かせて誇賛(こさん=褒め称え)して道(い)う、「正(まさ)に是、『家(いえ)を離(はな)るること三里(さんり)遠(とお)ければ、別(べつ)に是一郷(ひとむら)の風(ふう)あり』と。我が那(あ)の里(さと)の人家(じんか)には、さらにこの善(ぜん)無し」と。老者(ろうじゃ)却って問う、「師父(しふ)が仙郷(せんきょう)は是何処(いずこ)ぞ」と。 三蔵(さんぞう)道(い)う、「貧僧(ひんそう)は是東土大唐国(とうどだいとうこく)の、旨意(しい)を奉(ほう)じて、西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんとする者(もの)なり。路(みち)宝坊(ほうぼう)を過(よ)ぐるに、天色(てんしょく)将(まさ)に晩(くれ)なんとす。特に聖祠(せいし)に投(とう)じて、一宵(ひとよ)の宿(やど)を告(こ)い請(こ)わんとす、天光(てんこう)なばすなわち行(ゆ)かん」と。かの老者(ろうじゃ)十分(じゅうぶん)に喜(よろこ)び、幾声(いくこえ)もの「失迎(しつげい=お出迎えせず)」を道い、また童子(どうじ)を呼(よ)んで飯(はん)を弁(ととの)えしむ。三蔵食(くら)い畢(おわ)りて、謝(しゃ)したり。 行者(ぎょうじゃ)が眼(め)の乖(かしこ)きは、かれが房檐(ぼうえん)の下(もと)に一條(ひとすじ)の衣(ころも)を搭(か)くるの縄子(じょうし)有るを見(み)て、走(ゆ)き将(やが)て往(ゆ)き、一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き断(た)ち、もて馬(うま)の脚(あし)を系(つな)ぎ住(とど)めたり。かの老者(ろうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「この馬は那(いず)こより偸(ぬす)み来(きた)れるぞ」と。行者怒(いか)って道う、「汝が那(かの)老頭子(ろうとうし)め、話(はなし)の高低(こうてい)を知(し)らず!我らは是仏(ほとけ)を拝(はい)する聖僧(せいそう)なるに、また会(よ)く馬を偸まんや!」と。 老児(ろうじ)笑(わら)って道(い)う、「偸(ぬす)みたるに非(あら)ざれば、いかにして鞍轡(あんばい)・繮縄(こうじょう)無く、却って我が衣(ころも)を晒(ほ)すの索子(さくし)を扯(ひ)き断(た)たんとする」と。三蔵(さんぞう)陪礼(ばいれい)して道う、「この箇(ひとり)の頑皮(がんぴ)は、ただ性燥(せいそう)なるのみ。汝馬(うま)を拴(つな)がんと要(もと)めなば、好(よ)く生(よく)老人家(ろうじんか)に問うて一條(ひとすじ)の縄子(なわ)を討(こ)うべし、いかにしてかすなわちかれが衣索(いさく=物干し綱)を扯き断たん。老先(ろうせん)、怪(とが)むるを休(や)めよ、怪むるを休めよ。我がこの馬、実(げ)に汝に瞞(あざむ)かずして説(い)わん、偸みたるには非ず。昨日(きのう)東(ひがし)より来(きた)りて鷹愁陡澗(ようしゅうとうかん)に至(いた)るまで、元(もと)騎(の)れる一匹(ひとむれ)の白馬(はくば)有りしに、鞍轡(あんばい)俱(とも)に全(まった)かりき。期(おも)わずもかの澗(たに)の裡に一條の孽龍(げつりゅう)有りて、かの処(ところ)に在(あ)りて精(せい)と成(な)り、かれ我が馬を鞍轡ながら一口(ひとくち)にこれを呑(の)めり。幸(さいわい)に我が徒弟(としてい)些かの本事(ほんじ)有るに虧(よ)り、また観音菩薩(かんのんぼさつ)の澗辺(かんぺん)に来りてかの龍(りゅう)を擒(とら)え住(とど)め、かれをしてすなわち変(へん)じて我が元騎れる白馬と做(な)らしめ、毛片(もうへん)俱に同(おな)じくして、我を駄(にな)いて西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)せしむ。今(いま)この澗を過(よ)ぎて、いまだ一日(いちじつ)を経(へ)ざるに、却って老先(ろうせん)が聖祠(せいし)に到(いた)りしが、なお曾(かつ)て鞍轡を置(もう)け得(え)ざるなり」と。 かの老者(ろうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)怪(とが)むるを休(や)めよ。我が老漢(ろうかん)は笑(わら)いの耍子(あそび)を做(な)ししのみなるに、誰(たれ)か知(し)らん、汝が高徒(こうと)の真(しん)に受(う)けしとは。我小時(しょうじ=幼きころ)にもまた幾箇(いくら)かの村銭(そんせん)有りて、好(よ)く匹(ひき)の駿馬(しゅんめ)に騎(の)りしが、ただ歳(とし)を累(かさ)ねて屯邅(とんてん=不運難儀)し、喪(も)を遭(あ)い火(ひ)を失(うしな)い、この処(ところ)に到(いた)りて下梢(かしょう)を没(ほろ)ぼし了(おわ)りたれば、故(ゆえ)に廟祝(びょうしゅく)と充(な)りて、香火(こうか=線香と灯明)を侍奉(じほう=仕え奉る)。幸(さいわい)にこの後荘(こうそう)の施主家(せしゅか)の募化(もけ)を以(もっ)て日(ひ)を度(わた)る。我が那(かの)処に倒(かえ)ってなお一副(ひとくみ)の鞍轡(あんばい)有り、是我が平日(へいじつ)心(こころ)に愛(あい)するの物(もの)なれば、この等(ほど)に貧窮(ひんきゅう)なるとても、また曾(かつ)て舍(す)てて売(う)らんとはせざりき。才(いま)しがた老師父(ろうしふ)の言(ことば)を聴(き)けば、菩薩(ぼさつ)すら尚且(なおかつ)神龍(しんりゅう)を救護(きゅうご=救い護り)て、かれをして馬(うま)と化(け)して汝を駄(にな)わしめたまうと。我が老漢(ろうかん)なんぞ些かの周済(しゅうさい)をも為(な)さざるを得(え)んや。明日(みょうにち)かの鞍轡を将(も)ち来(きた)り、願(ねが)わくは老師父に送(おく)りて、背(せ)に扣(かぶ)せて前(さき)へ去(ゆ)かれんことを、乞(こ)う笑納(しょうのう=笑って納れ)させよ」と。 三蔵(さんぞう)言(ことば)を聞(き)くや、称謝(しょうしゃ)すること尽(つ)きず。早(はや)くもまた童子(どうじ)の晩斎(ばんさい)を拿(と)り出(いだ)すを見(み)る。斎(とき)罷(や)みて、灯(ひ)を掌(とも)し上(あ)げ、鋪(しきもの)を安(やすん)じ、各各(おのおの)寝歇(しんけつ)す。 次早(ついちょう)に至(いた)り、行者(ぎょうじゃ)起(お)き来(きた)りて道(い)う、「師父(しふ)、かの廟祝(びょうしゅく)の老児(ろうじ)め、昨晚(さくばん)我らに鞍轡(あんばい)を許(ゆる)したりき。かれに問うてこれを要(もと)めよ、かれを饒(ゆる)すを要(よう)せず」と。説(いう)未(いま)だ了(おわ)らざるに、ただ見(み)よ、かの老児(ろうじ)果(はた)して一副(ひとくみ)の鞍轡(あんばい)と、襯屜(しんてい=鞍の下の褥)・繮籠(こうろう=手綱や覆い)の類(たぐい)とを擎(ささ)げ、凡(およ)そ馬(うま)の上に用(もち)うる一切(いっさい)のもの、全(まった)く備(そなわ)らざるは無きを、廊下(ろうか)に放(お)きて道う、「師父、鞍轡を奉上(ほうじょう)ず」と。三蔵(さんぞう)これを見るや、喜(よろこ)んで領受(りょうじゅ)す。行者に教(おし)えてこれを拿(と)り、馬の背(せ)に負(お)わせて相称(あいつり)や否(いな)やを看(み)しむ。行者上前(まえ)に走(すす)み出で、一件件(ひとつひとつ)取(と)り上(あ)げて看るに、果して是些かの好物(こうぶつ=見事な品)なり。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、 彫鞍(ちょうあん=彫り飾りの鞍)の彩(いろ)晃(かがや)きて柬銀星(かんぎんせい=束ねし銀の星)を散(さん)じ、 宝鐙(ほうとう)の光(ひかり)飛(と)んで金線(きんせん)明(あきらか)なり。 襯屜(しんてい=鞍の下の褥)は幾層(いくかさ)かの絨苫(じゅうせん=毛氈の覆い)を迭(かさ)ね、 牽繮(けんこう=引く手綱)は三股(みつまた)の紫絲縄(ししじょう=紫の絹縄)なり。 轡頭(ばいとう)は皮札(ひさつ)もて団花(だんか)粲(さん)として綴(つづ)り、 雲扇(うんせん=雲形の障泥)には描金(びょうきん=金泥描き)の舞獣形(ぶじゅうけい=舞う獣の形)あり。 環嚼(かんしゃく=環と馬銜)は磨煉鉄(まれんてつ=鍛え錬りし鉄)を叩(たた)き成(な)し、 両垂(りょうすい=両方の垂れ)は蘸水(せんすい=水に浸し)て毛纓(もうえい)を結(むす)べり。 と。 行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに喜(よろこ)び、鞍轡(あんばい)を将(も)ちて馬(うま)の背(せ)に負(お)わすれば、すなわち量(はか)りて做(つく)りたるが一般(ごと)し。三蔵(さんぞう)かの老(ろう)を拝謝(はいしゃ)すれば、かの老(ろう)慌(あわ)てて攙(たす)け起(おこ)して道(い)う、「惶恐(こうきょう=かしこまり恐縮)、惶恐!何(なん)ぞ労(ろう)して致謝(ちしゃ=礼を尽くす)するを」と。かの老者(ろうじゃ)また再び留(とど)めず、三蔵を請(しょう)じて馬に上(のぼ)らしむ。かの長老(ちょうろう)門(もん)を出で得(え)て、鞍(くら)に攀(よ)じ上りて馬に跨(またが)る。行者行李(こうり)を担(にな)う。 かの老児(ろうじ)また袖中(しゅうちゅう)より一條(ひとすじ)の鞭児(べんじ)を取(と)り出(いだ)し来(きた)る。これ皮丁児(ひていじ)もて寸札(すんさつ=細かに縫い)せる香藤(こうとう=香りの藤)の柄子(へいし)に、虎筋絲(こきんし=虎の筋の糸)もて穿結(せんけつ=通し結び)したる梢児(しょうじ)なり。路旁(ろぼう)に在(あ)りて手(て)を拱(きょう)いて奉上(ほうじょう)して道(い)う、「聖僧(せいそう)よ、我なお一條の挽手児(ばんしゅじ)有り、一発(ひとまとめ)に汝に送(おく)りて罷(や)めん」と。かの三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に在りてこれを接(う)けて道う、「多(おお)く承(うけたまわ)る、布施(ふせ)を!多く承(う)くる、布施を!」と。 正(まさ)に問訊(もんじん=合掌の礼)を打(な)さんとするに、却って早(はや)くもかの老児(ろうじ)の見(み)えざるなり。及び回(かえ)ってかの里社祠(りしゃし)を看(み)れば、これ一片(ひとかた)の光地(こうち)なり。ただ半空(はんくう=空の中程)の裡に人の言語(ごんご)有りて道(い)うを聴(き)く、「聖僧(せいそう)よ、多く汝を簡慢(かんまん)にせり。我は是落伽山(らくかさん)の山神(さんじん)・土地(どじ)なり、菩薩(ぼさつ)の鞍轡(あんばい)を汝等(なんだち)に送(おく)り届(とど)けよと差(つか)わさるるを蒙(こうむ)る。汝等努(つと)めて西(にし)へ行(ゆ)くべし、却って一時(ひととき)も怠慢(たいまん)すること莫(な)かれ」と。 慌(あわ)てたるかな三蔵(さんぞう)、鞍(くら)を滚(ころが)りて馬(うま)を下(お)り、空(くう)を望(のぞ)んで礼拝(らいはい)して道(い)う、「弟子(でし)は肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡なる眼と身)にして、尊神(そんしん)の尊面(そんめん)を識(し)らず、願(ねが)わくは乞(こ)う恕罪(じょざい)させ給(たま)え。煩(わずらわ)しくも菩薩(ぼさつ)に転達(てんだつ=取り次ぎ)したまえ、深(ふか)く恩佑(おんゆう)を蒙(こうむ)れりと」と。汝看(み)よ、かれただ管(ひたすら)に天(てん)に朝(むか)いて頭(かしら)を磕(う)つこと、またその数(かず)を計(かぞ)えず。 路旁(ろぼう)の辺(ほとり)には活活(かつかつ=生き生きと)として笑(わら)い倒(たお)れたる一箇(ひとり)の孫大聖(そんたいせい)有り、孜孜(しし=にこにこ)として喜(よろこ)び壊(こわ)れたる一箇の美猴王(びこうおう)有り。上前(まえ)に来(きた)りて唐僧(とうそう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「師父(しふ)、汝起(た)ち来(こ)よ。かれ已(すで)に去ることの遠(とお)きを、汝が祷祝(とうしゅく)を聴(き)くこと能(あた)わず、汝が磕頭(かいとう=頭を地に打つ)するを見(み)ること能わず。ただ管(ひたすら)に拝(おが)みて何(いか)にせんとする」と。 長老(ちょうろう)道(い)う、「徒弟(としてい)や、我がこの等(ほど)に磕頭(かいとう)するに、汝もすなわちかれを一拝(いっぱい=ひと拝み)も拝(おが)まず、且(しばら)く旁(かたわら)に立(た)ちて、ただ管(ひたすら)に哂笑(しんしょう)するは、是何(なん)の道理(どうり)ぞや」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝那(いず)こに知(し)るを得(え)ん。かれがこの箇(ひとり)の蔵頭露尾(ぞうとうろび=頭を蔵し尾を露わす)せるが如きは、本(もと)かれを一頓(ひとくさり)打(う)つべかりしものを、ただ菩薩(ぼさつ)が面(めん)を看(み)るが為(ため)に、かれをして打(だ)を饒(ゆる)されしのみにて已(すで)に十分(じゅうぶん)なるを、かれなんぞ敢(あえ)て我が老孫(ろうそん)の拝(はい)を受(う)けん。老孫小児(しょうじ=幼きころ)より好漢(こうかん)と做(な)りて、人を拝(おが)むことを暁(さと)らず、すなわち玉皇大帝(ぎょっこうたいてい)・太上老君(たいじょうろうくん)に見(まみ)ゆるとも、我もまたただ一の喏(じゃく=唱名の礼)を唱(とな)うるのみにて罷(や)めん」と。 三蔵(さんぞう)道(い)う、「不当人子(ふとうじんし=とんでもない)!この空頭話(くうとうわ=大風呂敷)を説(い)う莫(な)かれ!疾(と)く起(お)きよ、走路(たびだつ)を誤(あやま)ること莫かれ」と。かの師父(しふ)才(ようや)く起(た)ちて收拾(しゅうしゅう)し、西(にし)に投(とう)じて去る。 これより去(ゆ)くこと両箇月(ふたつき)の太平(たいへい)の路(みち)を行(ゆ)くに、相(あい)遇(あ)うところは都(みな)些かの虜虜(ろろ)・回回(かいかい=西方の異教徒)、狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう=狼・虫・虎・豹)なり。光陰(こういん)迅速(じんそく)にして、また早春(そうしゅん)の時候(じこう)に値(あた)る。ただ見(み)よ、山林(さんりん)には錦翠色(きんすいしょく)を呈(てい)し、草木(そうもく)は青芽(せいが)を発(はっ)し、梅英(ばいえい)落(お)ち尽(つ)きて、柳眼(りゅうがん)初(はじ)めて開(ひら)く。師徒(してい)ら春光(しゅんこう)を行き玩(もてあそ)ぶに、また太陽(たいよう)の西(にし)に墜(お)つるを見る。 三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(ひ)きて遥(はる)かに観(みわた)せば、山凹(さんおう=山のくぼみ)の裡に、楼台(ろうだい)影影(えいえい)として、殿閣(でんかく)沈沈(ちんちん)たり。三蔵道(い)う、「悟空(ごくう)、汝看(み)よ、かの所(ところ)は是(いず)れの処(ところ)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)頭を抬(あ)げて看て道う、「殿宇(でんう)に非(あら)ざれば、定(かなら)ず是寺院(じいん)ならん。我ら些か趕(いそ)ぎ起(た)たん、かの処に往(ゆ)きて宿(やど)を借(か)らん」と。三蔵欣然(きんぜん)としてこれに従(したが)い、白龍馬(はくりゅうば)を放(はな)ち開(あ)けて、径(ただち)に前(まえ)へ奔(はし)る。 畢竟(ひっきょう)此より去(ゆ)く所(ところ)の是(いず)れの処(ところ)なるかを知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第十六回 観音院(かんのんいん)の僧(そう)、宝貝(ほうばい=宝物)を謀(はか)り 黒風山(こくふうざん)の怪(かい=妖怪)、袈裟(けさ)を窃(ぬす)む 卻説(さて)かの師徒(しと=師と弟子)二(ふた)人(り)、馬(うま)に策(むち)打(う)ちて前(すす)み來(きた)り、直(ただ)ちに山門(さんもん)の首(ほとり=ほとり)に至(いた)りて觀看(みわた)せば、果(はた)して是(こ)れ一(ひと)つの寺院(じいん)なり。但(ただ)見(み)よ那(そ)の: 層層(そうそう=幾重にも)の殿閣(でんかく=宮殿と楼閣)、迭迭(てつてつ=重なり合う)の廊房(ろうぼう=回廊と房室)。三山門(さんざんもん)の外(そと)には、巍巍(ぎぎ=高くそびえるさま)として萬道(ばんどう=幾万条)の彩雲(さいうん=色とりどりの雲)遮(おお)い;五福堂(ごふくどう)の前(まえ)には、艶艶(えんえん=あでやかに)として千條(せんじょう=幾千筋)の紅霧(こうむ=赤い霧)繞(めぐ)る。兩路(りょうろ=両側)の松篁(しょうこう=松と竹)、一林(いちりん=ひとむら)の檜柏(かいはく=ヒノキとコノテガシワ)。兩路(りょうろ)の松篁(しょうこう)は、年(とし)無(な)く紀(のり)無(な)くして自(おの)ずから清幽(せいゆう=清らかに幽玄);一林(いちりん)の檜柏(かいはく)は、色(いろ)有(あ)り顏(かんばせ)有(あ)りて隨(したが)いて傲麗(ごうれい=誇らかに艶やか)。又(また)見(み)る那(そ)の鐘鼓楼(しょうろう=鐘楼と鼓楼)は高(たか)く、浮屠塔(ふととう=仏塔)は峻(たか)し。安禪(あんぜん=座禅)の僧(そう)は性(しょう=心)を定(さだ)め、啼樹(ていじゅ=木に啼く)の鳥(とり)は音(おと)閑(しず)かなり。寂寞(じゃくまく=しんと静まる)として塵(ちり)無(な)きは真(しん)の寂寞(じゃくまく)、清虛(せいきょ=清らかに虚ろ)として道(みち)有(あ)るは果(はた)して清虛(せいきょ)なり。 詩(し)に曰(いわ)く: 「上刹(じょうさつ=高名な寺)祇園(ぎおん=祇樹給孤独園)は翠窩(すいか=緑の巣)に隱(かく)れ、 招提(しょうだい=寺院)の勝景(しょうけい=勝れた景)は娑婆(しゃば=この世)に賽(まさ)る。 果(はた)して淨土(じょうど)は人間(にんげん=人の世)に少(すくな)く、 天下(てんか)の名山(めいざん)は僧(そう)の占(し)むること多(おお)し。」 長老(ちょうろう=三蔵)は馬(うま)を下(お)り、行者(ぎょうじゃ=悟空)は担(に=荷物)を歇(やす)め、正(まさ)に門(もん)に入(い)らんと欲(ほっ)するに、只(ただ)見(み)る那(そ)の門(もん)の内(うち)より一衆(いっしゅう=一群)の僧(そう)の走(はし)り出(い)づるを。你(なんじ)看(み)よ他(かれ)が怎生(いか)なる模様(すがた)なるを: 「頭(かしら)には左笄帽(さけいぼう=左に笄を挿した帽)を戴(いただ)き、身(み)には無垢衣(むくえ=汚れなき衣)を穿(き)る。 銅環(どうかん=銅の輪)雙(ふた)つ耳(みみ)に墜(さが)り、絹帶(けんたい=絹の帯)腰圍(こしい=腰回り)を束(たば)ねる。 草履(そうり=わらじ)行(ゆ)き來(きた)りて穩(やす)らかに、木魚(もくぎょ)手(て)の内(うち)に提(さ)げたり。 口(くち)中(なか)常(つね)に念(ねん=念仏)を作(な)し、般若(はんにゃ)總(すべ)て皈依(きえ=帰依)せり。」 三藏(さんぞう)は見(み)て、門旁(もんぼう=門の脇)に侍立(じりつ=控え立ち)し、一個(ひとつ)の問訊(もんじん=合掌の挨拶)を道(い)へば、那(そ)の和尚(おしょう)は連(つづ)け様(ざま)に答禮(とうれい=返礼)し、笑(わら)って道(い)う:「失瞻(しっせん=お見逸れしました)。」と。問(と)う:「是(こ)れ那裏(どこ)より來(きた)れる?請(こ)う方丈(ほうじょう=住職の間)に入(い)りて茶(ちゃ)を獻(けん=献)ぜん。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「我(わ)が弟子(でし)は乃(すなわ)ち東土(とうど=唐土)の欽差(きんさ=勅使)にして、雷音寺(らいおんじ)に上(のぼ)りて佛(ほとけ)を拜(おが)み經(きょう)を求(もと)む。此處(ここ)に至(いた)りて天色(てんしょく=空模様)將(まさ)に晩(くれ)なんとす、上刹(じょうさつ)に一宵(いっしょう=一夜)を借(か)らんと欲(ほっ)す。」那(そ)の和尚(おしょう)道(いわ)く:「請(こ)う裏(うち)に入(い)りて坐(ざ)せ、請(こ)う裏(うち)に入(い)りて坐(ざ)せ。」三藏(さんぞう)方(はじ)めて行者(ぎょうじゃ)を喚(よ)びて馬(うま)を牽(ひ)きて進(い)らしむ。那(そ)の和尚(おしょう)忽(たちま)ち行者(ぎょうじゃ)の相貌(そうぼう=容貌)を見(み)て、些(すこ)し害怕(おそれ=怖がり)を生(しょう)じ、便(すなわ)ち問(と)う:「那(あ)の馬(うま)を牽(ひ)くは是(こ)れ個(いったい)什麼(なに)の東西(もの)ぞ?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「悄言(しょうげん=静かに)!悄言(しょうげん)!他(かれ)の性(せい=気性)は急(せ)かなり、若(も)し聽(き)かば你(なんじ)が什麼(なに)の東西(もの)と說(い)うを、他(かれ)は便(すなわ)ち惱(おこ)らん。—他(かれ)は是(こ)れ我(わ)が徒弟(とてい=弟子)なり。」那(そ)の和尚(おしょう)は一個(ひとつ)の寒噤(かんきん=身震い)を打(う)ち、指頭(ゆび)を咬(か)みて道(いわ)く:「這般(これほど)の一個(ひとり)の醜頭怪惱(しゅうとうけのう=醜い面の怪)を、好(よ)く他(かれ)を招(まね)きて徒弟(とてい)と做(な)すとは!」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(なんじ)看出來(みぬ)ざるかな、醜(みにく)きは醜(みにく)きながら、甚(はなは)だ是(こ)れ有用(ゆうよう=役に立つ)。」 那(そ)の和尚(おしょう)は只(ただ)已(や)むを得(え)ず三藏(さんぞう)と行者(ぎょうじゃ)と同(とも)に山門(さんもん)に入(い)る。山門(さんもん)の裏(うち)に、又(また)見(み)る那(そ)の正殿(せいでん)の上(うえ)に四個(よつ)の大字(たいじ=大きな字)を書(か)けるは、是(こ)れ「觀音禪院(かんのんぜんいん)」なり。三藏(さんぞう)又(また)大喜(たいき=大いに喜び)して道(いわ)く:「弟子(でし)は屢(しばしば)菩薩(ぼさつ)の聖恩(せいおん)を感(かん)じながら、未(いま)だ叩謝(こうしゃ=礼拝して謝す)に及(およ)ばず;今(いま)禪院(ぜんいん)に遇(あ)うは、就(すなわ)ち菩薩(ぼさつ)に見(まみ)ゆるが如(ごと)く、甚(はなは)だ好(よ)く拜謝(はいしゃ)すべきかな。」那(そ)の和尚(おしょう)は言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち道人(どうにん=寺男)に命(めい)じて殿門(でんもん)を開(ひら)かしめ、三藏(さんぞう)を請(しょう)じて朝拜(ちょうはい=参拝)せしむ。那(そ)の行者(ぎょうじゃ)は馬(うま)を拴(つな)ぎ、行李(こうり=荷物)を投(なげう)ちて、三藏(さんぞう)と同(とも)に殿(でん)に上(のぼ)る。三藏(さんぞう)は背(せ)を展(の)べ身(み)を舒(の)べ、胸(むね)を鋪(し)き地(ち)に納(い)れ、金像(こんぞう=金の仏像)を望(のぞ)みて叩頭(こうとう=礼拝)す。那(そ)の和尚(おしょう)は便(すなわ)ち去(ゆ)きて鼓(つづみ)を打(う)ち、行者(ぎょうじゃ)は去(ゆ)きて鐘(かね)を撞(つ)く。三藏(さんぞう)は臺前(だいぜん=台の前)に俯伏(ふふく=ひれ伏し)、傾心(けいしん=心を傾け)て禱祝(とうしゅく=祈念)す。祝拜(しゅくはい)已(おわ)るに、那(そ)の和尚(おしょう)は鼓(つづみ)を住(や)めたれど、行者(ぎょうじゃ)は還(な)お只管(ひたすら)鐘(かね)を撞(つ)きて歇(や)めず、或(あるい)は緊(きゅう=急)に或(あるい)は慢(まん=緩)に、撞(つ)くこと許久(かなり=長いこと)なり。那(そ)の道人(どうにん)道(いわ)く:「拜(おがみ)は已(すで)に畢(おわ)れるに、還(な)お鐘(かね)を撞(つ)きて怎麼(どう)するぞ?」行者(ぎょうじゃ)方(はじ)めて鐘杵(しょうしょ=撞木)を投(なげう)ち、笑(わら)って道(いわ)く:「你(なんじ)那裏(どう)で曉(さと)らん!我(わ)が是(こ)れは『一日(いちにち)の和尚(おしょう)と做(な)れば一日(いちにち)の鐘(かね)を撞(つ)く』のをするまでじゃ。」 此(こ)の時(とき)卻(かえ)って那(そ)の寺(てら)の裏(うち)の大小(だいしょう=大小さまざま)の僧人(そうにん)、上下房(じょうげぼう=上下の寮)の長老(ちょうろう)を驚動(おどろか)し、鐘聲(しょうせい=鐘の音)の亂響(らんきょう=乱れ響く)を聽(き)きて、一齊(いっせい)に擁(おし)出(い)でて道(いわ)く:「那(いず)れの野人(やじん=野蛮人)か此處(ここ)に在(あ)りて亂(みだ)りに鐘鼓(しょうこ=鐘と太鼓)を敲(たた)く?」行者(ぎょうじゃ)は跳(おど)り將(た)ち出(い)で、咄(とつ=叱る声)の一声(ひとこえ)に道(いわ)く:「是(こ)れ你(おまえ)らの孫外公(そんがいこう=母方の祖父)の撞(つ)いて耍子(あそ)んだのじゃ!」那些(これら)の和尚(おしょう)は一目(ひとめ)見(み)るや、唬(おどろ)かされて跌跌滾滾(てってつころころ=よろよろ転がり)、都(みな)地(ち)に爬(は)いつくばりて道(いわ)く:「雷公爺爺(らいこうやや=雷神さま)!」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「雷公(らいこう)は是(こ)れ我(わ)が重孫兒(ひまご=曾孫)よ!起(お)きよ、起(お)きよ、怕(おそ)るるな、我(われ)らは是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)より來(きた)れる老爺(ろうや=旦那)じゃ。」衆僧(しゅうそう)方(はじ)めて禮拜(らいはい)し;三藏(さんぞう)を見(み)て、都(みな)乃(ようや)く心(こころ)を放(ゆる)めて怕(おそ)れず。内(うち)に本寺(ほんじ)の院主(いんしゅ=寺の主)の請(しょう)じて道(いわ)く:「老爺(ろうや)方(がた)、後(うしろ)の方丈(ほうじょう)の中(なか)に到(いた)りて茶(ちゃ)を奉(ほう=献)ぜん。」遂(つい)に而(て)繮(たづな)を解(と)き馬(うま)を牽(ひ)き、行李(こうり)を抬(かつ)ぎて、正殿(せいでん)を轉(まわ)り過(す)ぎ、徑(ただ)ちに後房(ごぼう=裏の房)に入(い)り、坐次(ざじ=座席の順序)を序(つい)でたり。 那(そ)の院主(いんしゅ)は茶(ちゃ)を獻(けん)じ、又(また)齋供(さいく=供養の食事)を安排(あんぱい=用意)す。天光(てんこう=空の光)は尚(な)お早(はや)し。三藏(さんぞう)の稱謝(しょうしゃ=礼を述べる)未(いま)だ畢(おわ)らざるに、只(ただ)見(み)る那(そ)の後面(うしろ)に二個(ふたり)の小童(しょうどう=小僧)の、一個(ひとり)の老僧(ろうそう)を攙(ささ)えて出(い)づるを。他(かれ)が怎生(いか)なる打扮(いでたち)なるを看(み)よ: 「頭上(かしら)には一頂(ひとつ)の毗盧方帽(びるほうぼう=毘盧遮那の方形帽)を戴(いただ)き、貓睛石(びょうせいせき=猫目石)の寶頂(ほうちょう=帽の頂の宝飾)光輝(こうき=光り輝く); 身上(み)には一領(ひとえ)の錦絨褊衫(きんじゅへんさん=錦のびろうどの衣)を穿(き)て、翡翠毛(ひすいもう=翡翠の羽)の金邊(きんぺん=金の縁)晃亮(こうりょう=きらめく)。 一對(ひとくみ)の僧鞋(そうあし=僧の履き物)には八寶(はっぽう=八種の宝)を集(あつ)め、一根(ひとつ)の拄杖(じゅじょう=杖)には雲星(うんせい=雲や星)を嵌(は)めたり。 滿面(めんめん=顔一面)の皺痕(しゅうこん=皺の跡)、好(よ)く似(に)たり驪山老母(りざんろうぼ=驪山の老母); 一雙(ふたつ)の昏眼(こんがん=かすみ目)、卻(かえ)って如(ごと)し東海龍君(とうかいりゅうくん=東海の竜王)。 口(くち)は風(かぜ)を關(とざ)さず齒(は)の落(お)つるに因(よ)り、腰(こし)は駝(かが)み背(せ)は屈(かが)むは筋攣(きんれん=筋の攣り)の為(ため)なり。」 衆僧(しゅうそう)道(いわ)く:「師祖(しそ=大師匠)が來(こ)られた。」三藏(さんぞう)は躬身(きゅうしん=身をかがめ)施禮(せれい=礼をなし)して迎接(げいせつ=迎え)えて道(いわ)く:「老院主(ろういんしゅ=老師)、弟子(でし)が拜揖(はいゆう=拝礼)す。」那(そ)の老僧(ろうそう)は禮(れい)を還(かえ)し、又(また)各々(おのおの)坐(ざ)を敘(つい)でたり。老僧(ろうそう)道(いわ)く:「適間(さっき=先ほど)小(ちいさ)き者(もの)どもが、東土(とうど)唐朝(とうちょう)より來(きた)れる老爺(ろうや)と說(い)うを、我(われ)は才(いま)出(い)でて奉見(ほうけん=お目通り)する。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「輕(かる)く寶山(ほうざん=貴寺)を造(おとず)れ、好歹(よしあし=心得)を知(し)らず、恕罪(しょざい=お許し)を!恕罪(しょざい)を!」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「不敢(いたりません)!不敢(いたりません)!」因(よ)りて問(と)う:「老爺(ろうや)、東土(とうど)より此(ここ)に到(いた)る、多少(どれほど)の路程(ろてい=道のり)有(あ)るか?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「長安(ちょうあん)の邊界(へんかい=境)を出(い)づれば、五千余里(ごせんより=五千里余り)有(あ)り;兩界山(りょうかいざん)を過(す)ぎて、一衆(ひとむれ)の小徒(しょうと=弟子)を收(おさ)め、一路(いちろ=道すがら)來(きた)りて、西番哈咇國(さいばんこうひこく)を行(ゆ)き過(す)ぎ、經(へ)ること二個月(にかげつ)、又(また)五六千里(ごろくせんり)有(あ)りて、才(ようや)く貴處(きしょ=貴地)に到(いた)れり。」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「也(ま)た萬里(ばんり)之遙(のとおさ=万里の遠さ)が有(あ)るか。我(わ)が弟子(でし)は一生(いっしょう)を虛度(きょど=空しく過ご)し、山門(さんもん)をも曾(かつ)て出(い)でず、誠(まこと)に所謂(いわゆる)『井(い)に坐(ざ)して天(てん)を觀(み)る』、樗朽(ちょきゅう=役立たずの朽木)之輩(はい=やから)なり。」三藏(さんぞう)又(また)問(と)う:「老院主(ろういんしゅ)の高壽(こうじゅ=御年)は幾何(いくばく)か?」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「痴(おろか)にして二百七十歳(にひゃくななじっさい)を長(としと)れり。」行者(ぎょうじゃ)は聽(き)きて道(いわ)く:「這(こ)れは還是(ま)た我(わ)が萬代(ばんだい=一万代)の孫兒(まご=孫)よ!」三藏(さんぞう)は他(かれ)を瞅(にら)みて一眼(ひとめ)を道(いわ)く:「謹言(きんげん=慎んで言え)!高低(たかひく=分をわきまえること)を識(し)らずして、人(ひと)を沖撞(しょうとう=ぶつかり傷つけ)るな。」那(そ)の和尚(おしょう)便(すなわ)ち問(と)う:「老爺(ろうや)、你(なんじ)は多少(いくつ)の年紀(とし)が有(あ)るか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「敢(あえ)て說(い)わず。」那(そ)の老僧(ろうそう)も也(ま)た只(た)だ一句(ひとこと)の瘋話(ふうわ=気違い言葉)と當(あて)なし、便(すなわ)ち介意(かいい=気に掛け)ず、也(ま)た再(ふたた)び問(と)わず、只(た)だ茶(ちゃ)を獻(けん)ぜよと叫(よ)ぶ。 一個(ひとり)の小幸童(しょうこうどう=かわいがりの小僧)有(あ)り、一個(ひとつ)の羊脂玉(ようしぎょく=羊脂のような白玉)の盤兒(ばん=盆)を拿(と)り出(い)だし、三個(みっつ)の法藍鑲金(ほうらんそうきん=七宝焼きに金を象嵌)の茶鐘(ちゃしょう=茶碗)が有(あ)り;又(また)一童(いちどう=もう一人の小僧)、一把(ひとつ)の白銅壺(はくどうこ=白銅の急須)を提(さ)げ、三杯(さんぱい)の香茶(こうちゃ=香り高い茶)を斟(つ)いだり。真個(まこと)に是(こ)れ色(いろ)は榴蕊(りゅうずい=柘榴の花芯)の艶(あでやか)を欺(あざむ)き、味(あじ)は桂花(けいか=金木犀)の香(かおり)に勝(まさ)る。三藏(さんぞう)は見(み)て、夸愛(かあい=ほめ愛でる)して尽(つ)きずして道(いわ)く:「好物件(けっこうなお品)!好物件(けっこうなお品)!真(まこと)に是(こ)れ美食美器(びしょくびき=美味と美器)なり!」那(そ)の老僧(ろうそう)道(いわ)く:「汚眼(おがん=目の汚れ)!汚眼(おがん)!老爺(ろうや)は乃(すなわ)ち天朝上國(てんちょうじょうこく=天子の国)にして、廣(ひろ)く奇珍(きちん=珍奇なもの)を覽(み)るに、似(か)くの般(ごと)き器具(きぐ=器物)、何(なん)ぞ過獎(かしょう=過分なお褒め)に足(た)らん?老爺(ろうや)は上邦(じょうほう=大国)より來(きた)れる、什麼(なに)か寶貝(ほうばい=宝物)の有(あ)ること有(あ)るや、弟子(でし)に借(か)し與(あた)えて一觀(いっかん=ひと目見)せしめよか?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「可憐(あわれ=お恥ずかしい)!我(わ)が那(そ)の東土(とうど)には、甚(はなは)だしき寶貝(ほうばい)無(な)し;就(たと)い有(あ)る時(とき)も、路程(ろてい)遙遠(ようえん=遠く離れ)にして、也(ま)た帶(たい=持参)ぶる能(あた)わず。」 行者(ぎょうじゃ)は旁(かたわら)に在(あ)りて道(いわ)く:「師父(しふ=師匠)、我(われ)は前日(せんじつ=先日)包袱(ほうふく=風呂敷包み)の裏(うち)に、曾(かつ)て那(あ)の領(ひとえ)の袈裟(けさ)を見(み)たるが、是(こ)れ件(ひとつ)の寶貝(ほうばい)に非(あら)ずや?拿(と)り出(い)だして他(かれ)に看(み)せて何如(いかん=どうか)。」衆僧(しゅうそう)は袈裟(けさ)と聽(き)きて、一個個(めいめい)冷笑(れいしょう=あざわらい)す。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)ら笑(わら)うは怎(どう)した?」院主(いんしゅ)道(いわ)く:「老爺(ろうや)は才(いま)袈裟(けさ)を件(ひとつ)の寶貝(ほうばい)と說(い)われたるが、言(げん)の実(じつ)に笑(わら)うべきかな。若(も)し袈裟(けさ)を說(い)わば、我(われ)等(ら)が輩(ともがら)の如(ごと)き者(もの)に似(に)たるは、二三十件(にさんじゅうけん)に止(とど)まらず;若(も)し我(わ)が師祖(しそ)を論(ろん)ぜば、此處(ここ)に在(あ)りて和尚(おしょう)と做(な)ること二百五六十年(にひゃくごろくじゅうねん)、足(たっ)するに七八百件(ななはっぴゃっけん)有(あ)り!」叫(よば)わる:「拿(と)り出(い)だして看看(みてみ)よ。」那(そ)の老和尚(ろうおしょう)は、也(ま)た是(こ)れ他(かれ)が一時(いっとき=つい)の賣弄(まいろう=見せびらかし)にて、便(すなわ)ち道人(どうにん)を叫(よ)びて庫房(こぼう=倉庫)を開(ひら)かしめ、頭陀(ずだ=寺の下働き)に櫃子(ひつ=長持)を抬(かつ)がしめ、就(すなわ)ち十二櫃(じゅうにひつ)を抬(かつ)ぎ出(い)だして、天井(てんじょう=中庭)の中(なか)に放(お)き、鎖(じょう=錠)を開(あ)けて、兩邊(りょうほう=両側)に衣架(いか=衣掛け)を設(もう)け、四圍(しゅうい=周囲)に繩子(なわ=綱)を牽(は)りて、袈裟(けさ)を一件件(ひとつひとつ)抖(はら)い開(ひら)きて掛(か)け起(あ)げ、三藏(さんぞう)を請(しょう)じて觀看(みわた)せしむ。果(はた)して是(こ)れ滿堂(まんどう=堂いっぱい)の綺繡(きしゅう=美しい刺繍)、四壁(しへき=四方の壁)の綾羅(りょうら=綾と羅)! 行者(ぎょうじゃ)は一一(いちいち=一つ一つ)之(これ)を觀(み)るに、都(みな)是(こ)れ些(いささ)かの穿花納錦(せんかなきん=花を縫い錦を納れ)、刺繡銷金(ししゅうしょうきん=刺繍に金を銷す)の物(もの)なり。笑(わら)って道(いわ)く:「好(よ)し、好(よ)し、好(よ)し!收(おさ)め起(あ)げよ!收(おさ)め起(あ)げよ!我(われ)らのも也(ま)た取(と)り出(い)だして看看(みてみ)よ。」三藏(さんぞう)は行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き住(と)め、悄悄(しのび=ひそか)に道(いわ)く:「徒弟(とてい=弟子)よ、人(ひと)と富(とみ)を鬥(たたか)わすこと莫(なか)れ。你(なんじ)と我(われ)は是(こ)れ單身(たんしん=身一つ)にて外(そと)に在(あ)り、只(た)だ恐(おそ)らくは錯(あやまり=過ち)有(あ)らん。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「袈裟(けさ)を看看(みる)に、何(なん)の差錯(ささく=間違い)か有(あ)らん?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(なんじ)は曾(かつ)て理會(りかい=理解)せず。古人(こじん)に云(い)える有(あ)り:『珍奇玩好(ちんきがんこう=珍しく奇なる玩賞の物)の物(もの)は、貪婪奸偽(どんらんかんぎ=貪欲で偽り)の人の見(み)るべきに使(つか)うべからず。』倘若(もし)一經(ひとたび)目(め)に入(い)らば、必(かなら)ず其(そ)の心(こころ)を動(うご)かさん;既(すで)に其(そ)の心(こころ)を動(うご)かせば、必(かなら)ず其(そ)の計(はかりごと)を生(しょう)ぜん。汝(なんじ)は是(こ)れ個(ひとり)の禍(わざわい)を畏(おそ)るる者(もの)なれば、之(これ)を索(もと)められて必(かなら)ず其(そ)の求(もとめ)に應(おう)ずるは、可(よ)し;然(しか)らずんば、則(すなわ)ち身(み)を殞(おと)し命(いのち)を滅(ほろぼ)すは、皆(みな)此(ここ)より起(お)こる、事(こと)小(ちいさ)からず。」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「放心(ほうしん=心安かれ)!放心(ほうしん)!都(みな)老孫(ろうそん=この孫)が身(み)の上(うえ)に在(あ)り!」你(なんじ)看(み)よ他(かれ)は分(わけ)を說(と)かず、急急(いそぎ=大急ぎ)に走(はし)り去(ゆ)きて、個(ひとつ)の包袱(ほうふく)を解(と)き開(あ)くれば、早(はや)くも霞光(かこう=霞のような光)迸迸(ほうほう=ほとばしる)こと有(あ)り;尚(な)お兩層(にそう=二重)の油紙(ゆし=油紙)の裹(つつ)み定(さだ)める有(あ)りて、紙(かみ)を去(のぞ)きて、袈裟(けさ)を取(と)り出(い)だし、抖(はら)い開(ひら)く時(とき)、紅光(こうこう=赤い光)室(しつ=部屋)に満(み)ち、彩氣(さいき=彩りの気)庭(にわ)に盈(み)つ。衆僧(しゅうそう)は見(み)て、一個(ひとり)として心(こころ)に歡(よろこ)び口(くち)に贊(ほ)めざるは無(な)し。真個(まこと)に好(よ)き袈裟(けさ)!上頭(うえ)に有(あ)るは: 「千般(せんばん=千通り)の巧妙(こうみょう)なる明珠墜(めいじゅつい=真珠の飾り)、萬樣(ばんよう=万通り)の稀奇(きき=珍しい)なる佛寶聚(ぶっぽうさん=仏宝の集まり)。 上下(じょうげ)の龍須(りゅうしゅ=竜の髭)に彩綺(さいき=色鮮やかな綾)を鋪(し)き、兜羅(とら=兜羅綿)四面(しめん)に錦(にしき)の沿邊(えんぺん=縁取り)。 體(たい=身)に掛(か)けば魍魎(もうりょう=山の妖怪)此(ここ)より滅(ほろ)び、身(み)に披(まと)えば魑魅(ちみ=妖怪)黄泉(こうせん=黄泉の国)に入(い)る。 托化(たくけ=姿を現した)の天仙(てんせん=天の仙人)手(て)ずから制(つく)りし、是(こ)れ真僧(しんそう=まことの僧)に非(あら)ざれば敢(あえ)て穿(き)ず。」 那(そ)の老和尚(ろうおしょう)は這般(これほど)の寶貝(ほうばい)を見(み)て、果(はた)して奸心(かんしん=邪な心)を動(うご)かし、上(かみ)に走(はし)り前(すす)み、三藏(さんぞう)に對(むか)いて跪(ひざまず)き、眼(めん=目ん玉)の中(なか)に淚(なみだ)を垂(た)れて道(いわ)く:「我(わ)が弟子(でし)は真(まこと)に是(こ)れ緣(えん=縁)が無(な)い!」三藏(さんぞう)は攙(たす)け起(お)こして道(いわ)く:「老院師(ろういんし=老師)、何(なん)の話(はな)し說(い)うこと有(あ)るや?」他(かれ)道(いわ)く:「老爺(ろうや)の此(こ)の件(ひとつ)の寶貝(ほうばい)は、方才(さっき=今しがた)展開(ひろげ=広げ)られたれど、天色(てんしょく=空模様)は晩(くれ)てしまい、奈何(いかん=どうしよう)、眼目(がんもく=目)は昏花(こんか=かすみ)て、看(み)ること明白(めいはく=はっきり)を得(え)ず、豈(あに=どうして)是(こ)れ緣(えん)が無(な)きに非(あら)ずや!」三藏(さんぞう)は教(さと)す:「燈(あかり)を掌上(てに=手に)して來(きた)らせ、你(なんじ)に再(ふたた)び看(み)させん。」那(そ)の老僧(ろうそう)道(いわ)く:「爺爺(おじいさま)の寶貝(ほうばい)は、已(すで)に是(こ)れ光亮(こうりょう=光り輝く)なり;再(ふたた)び燈(あかり)を点(てん=つけ)ば、一發(いっそう)眼(め)を晃(くらま)して、看(み)ること仔細(しさい=細かく)なるを想(おも)う莫(なか)れ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(なんじ)は怎(どう)するが看(み)て才(はじ)めて好(よ)きか?」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「老爺(ろうや)若(も)し是(こ)れ寬恩(かんおん=寛大な恵み)にして心(こころ)を放(ゆる)め、弟子(でし)に後房(ごぼう=奥の間)に拿(と)り到(いた)らしめ、細細(こまごま=細かく)と一夜(ひとよ)看(み)し、明早(あした=明朝)に老爺(ろうや)に送(おく)り還(かえ)して西(にし)に去(ゆ)かしめば、尊意(そんい=お考え)の何如(いかん)を知(し)らず。」 三藏(さんぞう)は聽(き)きて、吃(きっ=はっ)と一驚(いちきょう)し、行者(ぎょうじゃ)を埋怨(まいえん=恨み言)して道(いわ)く:「都(みな)你(おまえ)じゃ!都(みな)你(おまえ)じゃ!」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「他(かれ)を怕(おそ)れて怎(どう)する?我(われ)に包(くる)み起(あ)げさしめ、他(かれ)に拿(と)らせて去(ゆ)きて看(み)させん。但(ただ)疏虞(そぐ=手抜かり)有(あ)らば、尽(ことごと)く是(こ)れ老孫(ろうそん)が管整(かんせい=始末)する所(ところ)じゃ。」那(そ)の三藏(さんぞう)の阻當(そせい=阻止)するに住(とど)まらず、他(かれ)は袈裟(けさ)を老僧(ろうそう)に遞(わた)して道(いわ)く:「凭(まか)せて看(み)るがいい;只(ただ)是(こ)れ明早(あした)に照舊(もとのまま)我(われ)に還(かえ)し、些須(すこし=少し)も損汚(そこなけが=損ない汚し)するを得(え)ず。」老僧(ろうそう)は喜喜歡歡(ききかんかん=大喜び)して、幸童(こうどう=小僧)をして袈裟(けさ)を拿(と)りて進(い)らしめ、卻(かえ)って衆僧(しゅうそう)に吩咐(いいつけ=申しつけ)て、前面(ぜんめん=手前)の禪堂(ぜんどう=座禅堂)を掃(は)き淨(きよ)め、兩張(ふたつ)の藤床(とうしょう=藤の寝台)を取(と)り、鋪蓋(ほがい=寝具)を安設(あんせつ=用意)し、二位(ふたり)の老爺(ろうや)を請(しょう)じて安歇(あんけつ=休まれ)しめ;一壁廂(かたわら=一方)に又(また)明早(あした)の齋(とき=食事)を安排(あんぱい)して送行(そうこう=見送り)するを教(さと)し、遂(つい)に而(て)各々(おのおの)散(さん=散会)ず。師徒(しと)たちは禪堂(ぜんどう)を關(とざ)し、睡(ね)り下(お)りては題(だい=話題)せず。 卻説(さて)那(そ)の和尚(おしょう)は袈裟(けさ)を騙(だま)して手(て)に到(と)れ、後房(ごぼう)の燈下(とうか=明かりの下)に拿(と)りて、袈裟(けさ)に對(むか)いて號咷(ごうとう=大声を上げ)痛哭(つうこく=激しく泣く)すれば、慌(あわて)てる那(そ)の本寺(ほんじ)の僧(そう)は、敢(あえ)て先(さき)に睡(ね)る能(あた)わず。小幸童(しょうこうどう)も也(ま)た何故(なにゆえ=なぜ)を知(し)らず、卻(かえ)って去(ゆ)きて衆僧(しゅうそう)に報(ほう=知らせ)じて道(いわ)く:「公公(こうこう=おじいさま)は二更(にこう=午後十時頃)の時候(じこう=頃)まで哭(な)きて、還(な)お声(こえ)を歇(や)めず。」二個(ふたり)の徒孫(とそん=弟子の弟子)有(あ)り、是(こ)れ他(かれ)が心愛(しんあい=かわいがり)之人(もの)にして、上(かみ)に前(すす)みて問(と)う:「師公(しこう=大師匠)、你(なんじ)哭(な)くは怎(どう)した?」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「我(われ)は緣(えん)の無(な)きを哭(な)く、唐僧(とうそう)の寶貝(ほうばい)を見(み)ること得(え)ざるを!」小和尚(こおしょう)道(いわ)く:「公公(こうこう)は年紀(とし)高大(こうだい=大変高く)、發(すぎ=過ぎ)たれり。他(かれ)の袈裟(けさ)は、你(なんじ)の面前(めんぜん=目の前)に放(お)かるるに、你(なんじ)は只(た)だ消(よう)す解(と)き開(あ)けて看(み)れば便(すなわ)ち罷(や)むべきに、何(なん)ぞ痛哭(つうこく)を須(もち)いんや?」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「看(み)ること長久(ちょうきゅう=長く続く)ならず。我(われ)は今年(ことし)二百七十歳(にひゃくななじっさい)、空(むな)しく幾百件(いくひゃっけん)の袈裟(けさ)を掙(もう=稼)ぎたり。怎麼(どう)して他(かれ)が此(こ)の一(ひと)つの件(けさ)を得(え)ん?怎麼(どう)して個(ひとり)の唐僧(とうそう)と做(な)るを得(え)ん?」小和尚(こおしょう)道(いわ)く:「師公(しこう)は差(ちが)えり。唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち郷(さと)を離(はな)れ井(いど)を背(せお)う一個(ひとり)の行腳僧(あんぎゃそう=行脚の僧)なり。你(なんじ)は這等(これほど)年高(としたか=高齢)く、享用(きょうよう=享楽)も也(ま)た足(た)れり、倒(かえ)って他(かれ)に像(に)て行腳僧(あんぎゃそう)と做(な)らんと欲(ほっ)す、何(なん)故(ゆえ)ぞや?」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「我(われ)は坐家(ざか=家に居座る)にして自在(じざい=気まま)なれど、樂(たのし)むは晩景(ばんけい=晚年の暮らし)なれど、卻(かえ)って他(かれ)が這(こ)の袈裟(けさ)の穿穿(きること)を得(え)ず。若(も)し我(われ)に一日兒(いちにち=一日)も穿(き)ることを教(さと)さば、就(すなわ)ち死(し)するも也(ま)た眼(め)を閉(と)じん、—也(ま)た是(こ)れ我(われ)が陽世間(ようせけん=この世)に來(きた)りて僧(そう)と為(な)ること一場(ひととき)じゃ!」 衆僧(しゅうそう)道(いわ)く:「好(なんと)沒正經(ふまじめ=不真面目)な!你(なんじ)他(かれ)のを穿(き)らんと欲(ほっ)せば、何(なん)の難處(なんじょ=難しいこと)か有(あ)らん?我(われ)ら明日(あす)他(かれ)を留(とど)めて一日(いちにち)住(じゅう=滞在)させれば、你(なんじ)は就(すなわ)ち他(かれ)を一日(いちにち)穿(き)り;十日(とおか)留(とど)めれば、你(なんじ)は就(すなわ)ち十日(とおか)穿(き)る、便(すなわ)ち罷(や)むのみ。何(なん)ぞ苦(くる)しんで這般(これほど)痛哭(つうこく)せん?」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「縱然(たとえ)他(かれ)を留(とど)めて半載(はんとし=半年)住(じゅう)せしむるも、也(ま)た只(た)だ半載(はんとし)穿(き)るを得(え)るのみ、到底(とどのつまり)も也(ま)た氣長(きなが=長続き)を得(え)ず。他(かれ)が去(ゆ)かんと欲(ほっ)する時(とき)は、只(た)だ他(かれ)に與(あた)えて去(ゆ)かしむるのみ、怎生(どう)して留(とど)めて長遠(ちょうえん=永く)ならしめん?」 正(まさ)に說話(せつわ=話)する處(ところ)に、一個(ひとり)の小和尚(こおしょう)有(あ)り、名(な)を廣智(こうち)と喚(よ)ばれ、出頭(しゅっとう=進み出)て道(いわ)く:「公公(こうこう)、長遠(ちょうえん)を得(え)んと欲(ほっ)せば、也(ま)た容易(ようい=たやすい)。」老僧(ろうそう)は言(げん)を聞(き)きて、就(すなわ)ち歡喜(かんぎ=喜び)起(おこ)りて道(いわ)く:「我(わ)が兒(こ=子よ)、你(なんじ)は什麼(なに)の高見(こうけん=名案)が有(あ)るか?」廣智(こうち)道(いわ)く:「那(そ)の唐僧(とうそう)二(ふた)人(り)は是(こ)れ走路(あるく=歩く)之人(ひと)にして、辛苦(しんく=労苦)之甚(はなはだ)し、如今(いま)已(すで)に睡(ね)りてしまえり。我(われ)ら數個(すうにん)の力量(ちから=力)有(あ)る者(もの)を想(おも)い、槍刀(そうとう=槍と刀)を拿(と)りて、禪堂(ぜんどう)を打(うち)開(あ)け、他(かれ)を將(も)って殺(ころ)し、尸首(しかばね=死体)を後園(こうえん=裏の庭)に埋(う)めば、只(た)だ我(わ)が一家(いっか=この寺)のみ知(し)るも、卻(かえ)って他(かれ)の白馬(はくば=白い馬)、行囊(こうのう=荷物)を謀(はか)り、卻(かえ)って那(あ)の袈裟(けさ)を留(とど)めて、以(もっ)て傳家(でんか=家に伝う)之寶(ほう=宝)と為(な)せば、豈(あに)子孫(しそん)の長久(ちょうきゅう)之計(けい)に非(あら)ずや?」老和尚(ろうおしょう)は說(と)くを聞(き)きて、滿心(まんしん=心いっぱい)歡喜(かんぎ)し、卻(かえ)って才(ようや)く眼淚(なみだ)を揩(ぬぐ)いて道(いわ)く:「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!此(こ)の計(けい)は絕妙(ぜつみょう=極めて妙)なり!」即(すなわ)ち便(すぐ)に槍刀(そうとう)を收拾(しゅうしゅう=用意)す。 内中(なか=その中)に又(また)一個(ひとり)の小和尚(こおしょう)有(あ)り、名(な)を廣謀(こうぼう)と喚(よ)ばれ、就(すなわ)ち是(こ)れ那(そ)の廣智(こうち)の師弟(してい=弟弟子)にして、上前(すす)み來(きた)りて道(いわ)く:「此(こ)の計(けい)は妙(みょう=よい)ならず。若(も)し他(かれ)を殺(ころ)さんと欲(ほっ)せば、須(すべから)く動靜(どうせい=様子)を看看(みる)べし。那(あ)の白臉(しろいかお=色白の顔)のは易(やす)きに似(に)て、那(あ)の毛臉(けがお=毛だらけの顔)のは難(むずか)しきに似(に)たり;萬一(まんがいち)他(かれ)を殺(ころ)すを得(え)ずんば、卻(かえ)って己(おのれ)の禍(わざわい)を招(まね)かずや?我(われ)に一個(ひとつ)の刀槍(とうそう)を動(うご)かさざる之法(ほう=方法)有(あ)り、你(なんじ)が尊意(そんい)の如何(いかん)を知(し)らず。」老僧(ろうそう)道(いわ)く:「我(わ)が兒(こ)、你(なんじ)は何(なん)の法(ほう)が有(あ)るか?」廣謀(こうぼう)道(いわ)く:「小孫(しょうそん=この孫)之見(けん=考え)に依(よ)れば、如今(いま)東山(とうざん=東の山)の大小(だいしょう)の房頭(ぼうとう=寮の者)を喚(よ)び聚(あつ)め、每人(めいじん=めいめい)に乾柴(かんさい=乾いた薪)一束(いっそく=ひと束)を要(もと)め、那(あ)の三間(さんげん)の禪堂(ぜんどう)を捨(す)てて、火(ひ)を放(はな)ち來(きた)らせ、他(かれ)をして走(に)げんと欲(ほっ)するも門(もん)無(な)からしめ、馬(うま)まで一火(ひとかど=ひと火)に之(これ)を焚(や)かん。就(すなわ)ち是(こ)れ山前山後(やまのあちこち)の人(ひと)の看(み)るも、只(た)だ他(かれ)が自(みずか)ら小心(ちゅうい=注意)せず、火(ひ)を走(はし)らせて、我(わ)が禪堂(ぜんどう)を將(も)って都(みな)燒(や)きてしまいたると說(い)わん。那(そ)の二個(ふたり)の和尚(おしょう)は、卻(かえ)って都(みな)燒(や)き死(し)ねずや?又(また)好(よ)く人(ひと)の耳目(じもく=目と耳)を掩(おお)わん。袈裟(けさ)は豈(あに)我(われ)らの傳家(でんか)之寶(ほう)に非(あら)ずや?」 那些(これら)の和尚(おしょう)は言(げん)を聞(き)きて、歡喜(かんぎ)せざるは無(な)し。都(みな)道(いわ)く:「強(すぐれ)たり!強(すぐれ)たり!強(すぐれ)たり!此(こ)の計(けい)は更(さら)に妙(みょう)なり!更(さら)に妙(みょう)なり!」遂(つい)に各房頭(かくぼうとう=各寮)に柴(たきぎ)を搬(はこ)び來(きた)らしむ。唉(ああ)!這(こ)の一計(いっけい)は、正(まさ)に是(こ)れ個(ひとり)の高壽(こうじゅ=長寿)の老僧(ろうそう)をして命(いのち)を盡(つ)くすべくし、觀音禪院(かんのんぜんいん)をして化(か)して塵(ちり)と為(な)らしむるものなり!原來(もともと)他(かれ)が那(そ)の寺(てら)の裏(うち)には、七八十個(ななはちじっこ)の房頭(ぼうとう)が有(あ)り、大小(だいしょう)二百余衆(にひゃくよしゅう=二百余人)有(あ)り。當夜(その夜)一擁(いっよう=どっと)して柴(たきぎ)を搬(はこ)び、個(ひとつ)の禪堂(ぜんどう)を將(も)って、前前後後(まえうしろ)四面(しめん)に圍繞(いにょう=取り巻き)て通(つう=通り道)ぜず、火(ひ)を放(はな)つを安排(あんぱい=手配)しては題(だい)せず。 卻説(さて)三藏(さんぞう)師徒(しと)は、安歇(あんけつ=休む)已(すで)に定(さだ)まれり。那(そ)の行者(ぎょうじゃ)は卻(かえ)って是(こ)れ個(ひとり)の靈猴(れいこう=霊妙な猿)にして、睡(ね)り下(お)りたれど、只(た)だ是(こ)れ神(しん)を存(ぞん=保ち)氣(き)を煉(ね)り、朦朧(もうろう=うつらうつら)として醒眼(せいがん=覚めた目)なり。忽(たちま)ち外面(そと)の不住(ひっきりなし=絶え間なく)に人(ひと)の走(はし)り、揸揸(ささ=がさごそ)と柴(たきぎ)の響(ひび)き風(かぜ)を生(しょう)ずるを聽(き)く。他(かれ)が心(こころ)疑(うたが)いて道(いわ)く:「此(こ)の時(とき)夜(よる)は靜(しず)かなり、如何(どう)して人(ひと)の行(ある)く脚步(あしおと)之聲(こえ)有(あ)る?莫敢(もしか)して是(こ)れ賊盜(ぞくとう=盗賊)の、我(われ)らを謀害(ぼうがい=危害)するか?……」他(かれ)は就(すなわ)ち一骨魯(いちころ=くるり)と跳(おど)り起(お)きんと欲(ほっ)し、門(もん)を開(あ)けて出(い)でて看(み)んと欲(ほっ)するも、又(また)恐(おそ)らくは師父(しふ)を驚醒(おどろか=起こし)さん。你(なんじ)看(み)よ他(かれ)は個(ひとつ)の精神(せいしん=霊気)を弄(ろう=使い)、身(み)を搖(ゆ)り一變(いっぺん=ひと変わり)して、變(へん)じて一個(ひとつ)の蜜蜂兒(みつばち)と做(な)る。真個(まこと)に是(こ)れ: 「口(くち)は甜(あま)く尾(お)は毒(どく)、腰(こし)は細(ほそ)く身(み)は輕(かる)し。 花(はな)を穿(つらぬ)き柳(やなぎ)を度(わた)りて飛(と)ぶこと箭(や=矢)の如(ごと)く、絮(わた=柳の綿)に粘(ねば)り香(かおり)を尋(たず)ぬること落星(らくせい=降る星)に似(に)たり。 小小(ちいさ)なる微軀(びく=小さな体)も能(よ)く重(おもい)を負(お)い、囂囂(ごうごう=ひらひら)たる薄翅(はくし=薄い羽)は會(よ)く風(かぜ)に乘(じょう=乗)ず。 卻(かえ)って自(おの)ずから椽棱(てんりょう=垂木の角)の下(した)より、鑽(もぐ)り出(い)でて分明(ぶんめい=はっきり)に看(み)る。」 只(ただ)見(み)る那(そ)の衆僧(しゅうそう)たちは、柴(たきぎ)を搬(はこ)び草(くさ)を運(はこ)びて、已(すで)に禪堂(ぜんどう)を圍(かこ)み住(つ)めて火(ひ)を放(はな)つところなり。行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に笑(わら)って道(いわ)く:「果(はた)して我(わ)が師父(しふ)之言(げん)に依(よ)れり!他(かれ)らは我(われ)らの性命(いのち)を害(そこな)い、我(わ)が袈裟(けさ)を謀(はか)らんとし、故(ゆえ)に這等(このよう)なる毒心(どくしん=毒のある心)を起(おこ)す。我(われ)待(ま)たんと欲(ほっ)するは棍(こん=棒)を拿(と)りて他(かれ)を打(う)たんか、可憐(あわれ=気の毒)に也(ま)た打(う)つに禁(た)えず、一頓(ひとたび)の棍(こん)にて都(みな)打(う)ち死(し)ねば、師父(しふ)は又(また)我(われ)が行凶(ぎょうきょう=乱暴)を怪(あや)しむ。—罷(やめ)、罷(やめ)、罷(やめ)!他(かれ)らに個(ひとつ)の『手(て)に順(したが)いて羊(ひつじ)を牽(ひ)く、計(けい)に將(したが)って計(けい)に就(つ)く』を與(あた)え、他(かれ)らをして住(じゅう=留ま)ること成(な)らざらしめん!」 好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、一筋斗(ひととんぼ=ひと跳び)にて南天門(なんてんもん)の裏(うち)に跳(と)び上(あ)がれば、唬(おどろ)かす個(ひとり)の龐(ほう)、劉(りゅう)、苟(こう)、畢(ひつ)をして躬身(きゅうしん=身をかがめ)し、馬(ば)、趙(ちょう)、溫(おん)、關(かん)をして控背(こうはい=背をかがめ)しめ、俱(みな)道(いわ)く:「不好了(たいへんだ)!不好了(たいへんだ)!那(あ)の天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし主子(あるじ=主)が又(また)來(き)た!」行者(ぎょうじゃ)は手(て)を搖(ゆ)りて道(いわ)く:「列位(みなさん)は免禮(めんれい=無礼を許せ)、休(な)かれ驚(おどろ)く。我(われ)は來(きた)りて廣目天王(こうもくてんのう)を尋(たず)ぬるなり。」說(と)き了(おわ)らざるに、卻(かえ)って天王(てんのう)の早(はや)く到(いた)るに遇(あ)い、行者(ぎょうじゃ)を迎(むか)えて道(いわ)く:「久闊(きゅうかつ=久しぶり)、久闊(きゅうかつ)。前(さき)に觀音菩薩(かんのんぼさつ)の來(きた)りて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)え、四值功曹(しちょくこうそう)、六丁六甲(りくていりっこう)并(ならびに)揭諦(かいだい)等(ら)を借(か)りて、唐僧(とうそう)の西天(さいてん)に往(ゆ)きて經(きょう)を取(と)るを保護(ほご)せしむと聞(き)きたり、說(いわ)く你(なんじ)は他(かれ)と徒弟(とてい)と做(な)れると、今日(こんにち)怎麼(どう)して閒(ひま)を得(え)て此(ここ)に到(いた)れるか?」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「且(しばら)く闊(きゅうかつ=久闊)を敘(の)ぶるを休(や)めよ。唐僧(とうそう)は路(みち)に歹人(あくにん=悪人)に遇(あ)い、火(ひ)を放(はな)ちて他(かれ)を燒(や)く、事(こと)は萬分緊急(まんぶんきんきゅう=極めて緊急)に在(あ)り、特(とく)に來(きた)りて你(なんじ)に『辟火罩兒(へきかこうじ=火除けの覆い)』を借(か)り、他(かれ)を一救(ひとたすけ=救う)せんとす。快(すみや)かに些(これ)を拿(と)り來(きた)りて使(つか)わせ、即刻(そくこく=すぐに)返(かえ)り上(のぼ)らん。」天王(てんのう)道(いわ)く:「你(なんじ)は差(ちが)えり;既(すで)に是(こ)れ歹人(あくにん)の火(ひ)を放(はな)つならば、只(た)だ該(まさ)に水(みず)を借(か)りて他(かれ)を救(たす)くべし、如何(どう)して辟火罩(へきかこう)を要(もと)めんや?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(なんじ)那裏(どう)で就裏(うちわけ=内情)を曉(さと)らん。水(みず)を借(か)りて之(これ)を救(たす)くれば、卻(かえ)って燒(や)き起(お)こらず、倒(かえ)って他(かれ)に相應(ふさわ=都合よく)し;只(た)だ此(こ)の罩(こう=覆い)を借(か)りて、唐僧(とうそう)を護(まも)り住(つ)めて傷(きず)無(な)からしめ、其餘(そのほか)は他(かれ)に管(かん=構)うことなく、尽(ことごと)く他(かれ)に燒(や)き去(さ)らしむるのみ。快(すみや)か!快(すみや)か!此(こ)の時(とき)恐(おそ)らくは已(すで)に及(およ)ぶこと無(な)からん。我(わ)が下邊(しも=下)の幹事(かんじ=用事)を誤(あやま)ること莫(なか)れ!」 那(そ)の天王(てんのう)は笑(わら)って道(いわ)く:「這(こ)の猴(さる)は還是(やはり)這等(このよう)不善(ふぜん=不善)之心(しん)を起(おこ)し、只(た)だ自家(じか=自分)を顧(かえり)みて、就(すなわ)ち別人(たにん=他人)を管(かん=構)わず。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「快(すみや)か!快(すみや)か!嘴(くち)を調(ととの)えること莫(なか)れ、大事(だいじ=一大事)を害(そこな)わんとす!」那(そ)の天王(てんのう)は敢(あえ)て借(か)さざるを得(え)ず、遂(つい)に罩兒(こうじ=覆い)を將(も)って行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)せり。 行者(ぎょうじゃ)は拿(と)りて、雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)えて、徑(ただ)ちに禪堂(ぜんどう)の房脊(ぼうせき=棟)の上(うえ)に到(いた)り、唐僧(とうそう)と白馬(はくば)と行李(こうり)とを罩(おお)い住(つ)めたり。他(かれ)は卻(かえ)って那(あ)の後面(うしろ)の老和尚(ろうおしょう)の住(す)む方丈(ほうじょう)の房(ぼう=屋根)の上頭(うえ)に去(ゆ)きて坐(ざ)し、著意(ちゃくい=心を注ぎ)て那(あ)の袈裟(けさ)を保護(ほご)す。那些(これら)の人(ひと)の火(ひ)を放(はな)ち起(お)こるを看(み)て、他(かれ)は轉(う)じて訣(けつ=印)を捻(ねん=結び)呪(じゅ=呪文)を念(ねん=唱え)、巽地(そんち=巽の方角)の上(うえ)を望(のぞ)みて一口(ひとくち)の氣(いき)を吸(す)い將(た)ち去(ゆ)きて吹(ふ)きて、一陣(ひとむれ)の風(かぜ)起(おこ)り、那(あ)の火(ひ)を將(も)って轉(う)じて刮(ふ)きて烘烘(こうこう=ぼうぼう)として亂(みだ)れ著(も)えしむ。好(よ)き火(ひ)!好(よ)き火(ひ)!但(ただ)見(み)よ: 「黑煙(こくえん=黒い煙)漠漠(ばくばく=立ちこもり)、紅焰(こうえん=赤い炎)騰騰(とうとう=燃え上がる)。 黑煙(こくえん)漠漠(ばくばく)として、長空(ちょうくう=大空)に一天(いってん=空いっぱい)の星(ほし)も見(み)えず; 紅焰(こうえん)騰騰(とうとう)として、大地(だいち)に光(ひかり)有(あ)りて千里(せんり)まで赤(あか)し。 起初(はじめ)の時(とき)は、灼灼(しゃくしゃく=きらきら)たる金蛇(きんだ=金の蛇); 次後(そののち)に來(きた)りては、威威(いび=いかめしい)たる血馬(けつば=血のように赤い馬)。 南方(なんぽう)の三炁(さんき=三つの気)英雄(えいゆう=勇ましさ)を逞(たくま)しくし、回祿大神(かいろくたいじん=火の神)法力(ほうりき=法力)を施(ほどこ)す。 燥(かわ)ける乾柴(かんさい=乾いた薪)は烈火(れっか)の性(しょう)を燒(や)き、什麼(なん)の燧人(すいじん=火を発明した人)の木(き)を鑽(もみ=きりもみ)すると說(い)わん; 熟油(じゅくゆ=熱した油)の門前(もんぜん)に彩焰(さいえん=彩りの炎)を飄(ひるがえ)し、賽過(まさ=勝る)たり老祖(ろうそ=太上老君)の爐(ろ=炉)を開(ひら)くに。 正(まさ)に是(こ)れ那(そ)の無情(むじょう=情け無き)の火(ひ)の發(おこ)るに、怎(どう)か這(こ)の有意(うい=意図ある)の行凶(ぎょうきょう=乱暴)を禁(きん=禁じ)ぜん; 災(わざわい)を弭(とど=鎮め)ずに、反(かえ)って虐(しいたげ=暴虐)を行(おこな)うを助(たす)く。 風(かぜ)は火勢(かせい=火の勢い)に隨(したが)い、焰(ほのお)飛(と)んで千丈(せんじょう)余(あまり)の高(たか)さ有(あ)り; 火(ひ)は風威(ふうい=風の勢い)に趁(じょう=乗)じ、灰(はい)迸(ほとばし)って九霄雲外(きゅうしょううんがい=大空の彼方)に上(のぼ)る。 乒乒乓乓(ひんぽんぽん=パンパン)、好(よ)く便(すなわ)ち似(に)たり残年(ざんねん=年の暮れ)の爆竹(ばくちく)に; 潑潑喇喇(はつはつらつらつ=めらめら)、卻(かえ)って就(すなわ)ち如(ごと)し軍中(ぐんちゅう=陣中)の炮響(ほうきょう=大砲の音)に。 燒(や)くこと那(そ)の當場(とうじょう=その場)の佛像(ぶつぞう)をして逃(のが)るること能(あた)わず、東院(とういん=東の院)の伽藍(がらん=伽藍)をして匿(かく)るる處(ところ)無(な)からしむ。 赤壁(せきへき)の夜(よる)の鏖兵(おうへい=激戦)に勝(まさ)り、阿房宮(あぼうきゅう)の内(うち)の火(ひ)に賽過(まさ)れり!」 這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ星星(せいせい=小さな)之火(ひ)も、能(よ)く万頃(ばんけい=広大)之田(た=田畑)を燒(や)く。須臾(しゅゆ=しばらく)の間(あいだ)に、風(かぜ)狂(くる)い火(ひ)盛(さか)んなりて、一座(ひとつ)の觀音院(かんのんいん)を將(も)って、處處(いたるところ=至る所)通紅(つうこう=真っ赤)ならしむ。你(なんじ)看(み)よ那(あ)の衆和尚(しゅうおしょう)は、箱(はこ)を搬(はこ)び籠(かご)を抬(かつ)ぎ、桌(つくえ)を搶(と)り鍋(なべ)を端(ささ)げ、満院(いっぱい=庭いっぱい)の裏(うち)に苦(くるしみ)を叫(よ)びて天(てん)に連(つら)なる。 孫行者(そんぎょうじゃ)は後邊(うしろ)の方丈(ほうじょう)を護(まも)り住(つ)め、辟火罩(へきかこう)は前面(ぜんめん)の禪堂(ぜんどう)を罩(おお)い住(つ)め、其餘(そのほか)の前後(まえうしろ)は火光(かこう=火の光)大(おお)いに發(おこ)り、真個(まこと)に是(こ)れ天(てん)を照(て)らす紅焰(こうえん)輝煌(きこう=きらびやか)、壁(かべ)を透(とお)る金光(きんこう=金色の光)照耀(しょうよう=照り輝く)! 不期(おもいがけず)火(ひ)の起(お)こる之時(とき)、一山(ひとやま)の獸怪(じゅうかい=獣の妖怪)を驚動(おどろか)せり。這(こ)の觀音院(かんのんいん)の正南(せいなん=真南)二十里(にじゅうり)遠近(あたり=ほど)に、一座(ひとつ)の黑風山(こくふうざん)有(あ)り、山中(さんちゅう)に一個(ひとつ)の黑風洞(こくふうどう)有(あ)り、洞中(どうちゅう)に一個(ひとり)の妖精(ようせい)有(あ)り、正(まさ)に睡(ねむ)り醒(さ)めて身(み)を翻(ひるがえ)すところなり。只(ただ)見(み)る那(そ)の窗門(そうもん=窓)の透(す)き亮(あか)るきを、只(た)だ是(こ)れ天明(てんめい=夜明け)と道(い)う。起(お)きて看(み)る時(とき)に、卻(かえ)って是(こ)れ正北(せいほく=真北)の下(ほとり)の火光(かこう)晃亮(こうりょう=ぎらぎら)なるに、妖精(ようせい)大(おお)いに驚(おどろ)きて道(いわ)く:「呀(おお)!這(こ)れは必(かなら)ず是(こ)れ觀音院(かんのんいん)の裏(うち)にて火(ひ)を失(うしな)えるぞ!這些(これら)の和尚(おしょう)は好(なんと)小心(ちゅうい)ならざるかな!我(われ)看(み)る時(とき)に、他(かれ)と一救(ひとたすけ=救い)を與(あた)えて來(こ)ん。」好(よ)き妖精(ようせい)、雲頭(うんとう=雲)を縱(はな)ち起(お)こし、即(すなわ)ち烟火(えんか=煙と火)の下(した)に至(いた)れば、果(はた)して衝天(しょうてん=天を衝く)之火(ひ)にして、前面(ぜんめん)の殿宇(でんう=殿堂)は皆(みな)空(むな)しく、兩廊(りょうろう=両側の廊)の烟火(えんか)は方(まさ)に灼(も)ゆるところなり。他(かれ)は大(おお)きく步(あゆみ)を曳(ひ)き開(あ)き、撞(つ)き將(た)ち進(い)りて、正(まさ)に呼喚(よばわ=呼び)て水(みず)を取(と)り來(きた)れと叫(さけ)ばんとするに、只(ただ)見(み)る那(あ)の後房(ごぼう=奥の房)には火(ひ)無(な)く、房脊(ぼうせき=棟)の上(うえ)に一人(ひとり)の風(かぜ)を放(はな)つ者有(あ)り。他(かれ)は卻(かえ)って情(じょう=事情)の如此(かくのごとき)なるを知(し)り、急(いそ)ぎて裏面(うち)に入(い)りて看(み)る時(とき)、那(あ)の方丈(ほうじょう)の中間(なかほど)に些(いささ)かの霞光彩氣(かこうさいき=霞のような彩りの気)有(あ)り、臺案(だいあん=台と机)の上(うえ)に一個(ひとつ)の青氈(せいせん=青い毛氈)の包袱(ほうふく)有(あ)るを見(み)る。他(かれ)は解(と)き開(あ)けて一看(ひとめ=ひと目見)れば、是(こ)れ一領(ひとえ)の錦襴袈裟(きんらんけさ=錦の袈裟)にして、乃(すなわ)ち佛門(ぶつもん=仏門)之異寶(いほう=珍しい宝)なり。正(まさ)に是(こ)れ財(ざい=財宝)は人心(にんしん=人の心)を動(うご)かすに、他(かれ)は也(ま)た火(ひ)を救(たす)けず、他(かれ)は也(ま)た水(みず)を叫(よ)ばず、那(あ)の袈裟(けさ)を拿(と)りて、哄(わいわい=騒ぎ)に趁(じょう=乗)じて打劫(だごう=強奪)し、雲步(うんぽ=雲の歩み)を曳(ひ)き回(めぐ)らし、徑(ただ)ちに東山(とうざん=東の山)の洞(どう)に轉(めぐ)りて去(ゆ)けり。 那(そ)の場(ひとしきり=一場)の火(ひ)は只(た)だ五更(ごこう=明け方)の天明(てんめい)に燒(や)き到(いた)りて、方(ようや)く滅息(めっそく=消え鎮まる)。你(なんじ)看(み)よ那(あ)の衆僧(しゅうそう)たちは、赤赤精精(せきせきせいせい=裸同然)、啼啼哭哭(ていていこくこく=泣き悲しみ)、都(みな)去(ゆ)きて那(あ)の灰(はい)の内(うち)に銅鐵(どうてつ=銅や鉄)を尋(たず)ね、腐炭(ふたん=燃えさし)を撥(かきわけ=かき分け)、金銀(きんぎん)を撲(はた=はたき出)す。有(ある)者(もの)は墻筐(しょうきょう=塀のくぼみ)の裏(うち)に在(あ)りて、苫(とばり=むしろ)を搭(わた)して窩棚(かほう=掘っ建て小屋)を作(つく)り;有(ある)者(もの)は赤壁(せきへき=赤い壁)の根頭(ねもと=根元)に在(あ)りて、鍋(なべ)を支(ささ)えて飯(めし)を造(つく)り;冤(えん=無念)を叫(よ)び屈(くつ=不満)を叫(よ)び、亂(みだ)りに嚷(わめ)き亂(みだ)りに鬧(さわ)ぎては題(だい=話題)せず。 卻説(さて)行者(ぎょうじゃ)は辟火罩(へきかこう)を取(と)りて、一筋斗(ひととんぼ)にて南天門(なんてんもん)に送(おく)り上(あ)げ、廣目天王(こうもくてんのう)に交(わた)して道(いわ)く:「謝借(しゃしゃく=お借りしました)!謝借(しゃしゃく)!」天王(てんのう)は收(おさ)めて道(いわ)く:「大聖(たいせい)は至誠(しせい=誠実)なり。我(われ)は正(まさ)に你(なんじ)の我(わ)が寶貝(ほうばい)を還(かえ)さざるを愁(うれ)い、尋討(じんとう=探し求む)る處(ところ)無(な)からんことを、且喜(かつき=幸い)にも就(すなわ)ち送(おく)り來(きた)れるかな。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「老孫(ろうそん=この孫)は那(あ)の面(めん)に當(あた)って物(もの)を騙(だま)す之人(ひと)ならんや?這(こ)れを『好(よ)く借(か)り好(よ)く還(かえ)せば、再(ふたた)び借(か)るに難(かた)からず』と做(い)うのじゃ。」天王(てんのう)道(いわ)く:「許久(きゅうきょ=久しく)面(まみ)えず、宮(きゅう=宮殿)に請(しょう)じて少(しばら)く一時(いっとき)坐(ざ)するは何如(いかん=どうか)?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「老孫(ろうそん)は前(さき)に比(くら)ぶるに不同(こと=同じでなく)、『爛板凳(らんばんとう=腐れ腰掛け)、高談闊論(こうだんかつろん=大いに語り合う)』したり;如今(いま)は唐僧(とうそう)を保(ほ=守)り、身(み)の閒(ひま)を得(え)ず。容敘(ようじょ=また語ろう)!容敘(ようじょ)!」急(いそ)ぎて辭別(じべつ=別れを告げ)して雲(くも)を墜(おと)し、又(また)那(あ)の太陽星(たいようせい=太陽)の上(のぼ)るを見(み)る。徑(ただ)ちに禪堂(ぜんどう)の前(まえ)に來(きた)りて、身(み)を搖(ゆ)り一變(いっぺん)し、變(へん)じて個(ひとつ)の蜜蜂兒(みつばち)と做(な)り、飛(と)び將(た)ち進(い)りて、本像(ほんぞう=元の姿)を現(あらわ)して看(み)る時(とき)、那(そ)の師父(しふ)は還(な)お深(ふか)く睡(ねむ)れるところなり。 行者(ぎょうじゃ)は叫(よ)んで道(いわ)く:「師父(しふ)、天(そら)が亮(あか)るうなった、起(お)きよ罷(や)め。」三藏(さんぞう)は才(ようや)く醒覺(せいかく=目覚め)、身(み)を翻(ひるがえ)して道(いわ)く:「正(まさ)に是(こ)れ。」衣服(いふく=衣)を穿(き)て、門(もん)を開(あ)けて出(い)づるに、忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げて、只(ただ)見(み)る些(いささ)かの倒壁紅墻(とうへきこうしょう=崩れた壁と赤い塀)なるを、樓臺殿宇(ろうだいでんう=楼閣や殿堂)は見(み)えず。大(おお)いに驚(おどろ)きて道(いわ)く:「呀(おお)!怎麼(どう)して這(こ)の殿宇(でんう)は俱(みな)無(な)きか?都(みな)是(こ)れ紅墻(こうしょう=赤い塀)、何(なん)故(ゆえ)ぞや?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(なんじ)は還(な)お夢(ゆめ)を做(み)ておる!今夜(こんや)火(ひ)を走(はし)らせたのじゃ。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「我(われ)は怎(どう)して知(し)らざるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「是(こ)れ老孫(ろうそん)が禪堂(ぜんどう)を護(まも)り、師父(しふ)の濃睡(のうすい=深い眠り)を見(み)て、曾(かつ)て驚動(おどろか)さざりき。」 三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(なんじ)に本事(ほんじ=腕)有(あ)りて禪堂(ぜんどう)を護(まも)りたるが、如何(どう)して就(すなわ)ち別房(べつぼう=他の房)之火(ひ)を救(たす)けざるか?」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「好(よ)く師父(しふ)に教(おし)え知(し)らしめん。果(はた)して你(なんじ)が昨日(きのう)之言(げん)に依(よ)れり、他(かれ)らは我(われ)らの袈裟(けさ)を愛(あい=好み)し、算計(さんけい=企み)て我(われ)らを燒(や)き殺(ころ)さんとせしなり。若(も)し是(こ)れ老孫(ろうそん)の知覺(ちかく=気づく)に非(あら)ずんば、今(いま)に到(いた)るまで皆(みな)灰骨(かいこつ=灰と骨)と成(な)れり!」三藏(さんぞう)は言(げん)を聞(き)きて、害怕(おそれ=恐れ)して道(いわ)く:「是(こ)れ他(かれ)らの放(はな)てる火(ひ)か?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「他(かれ)に非(あら)ずして誰(たれ)か是(こ)れならん?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「莫(もしか)して是(こ)れ你(なんじ)を怠慢(たいまん=粗略)にしたれば、你(なんじ)が幹(や)りたる這個(こ)の勾當(こうとう=仕業)か?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「老孫(ろうそん)は是(こ)れ這等(このよう)なる憊懶(はいらん=不埒)之人(ひと)にして、這等(このよう)なる不良(ふりょう=悪い)之事(こと)を幹(や)るか?実実(じつじつ=まことに)に是(こ)れ他(かれ)が家(いえ=寺)の放(はな)てるなり。老孫(ろうそん)は他(かれ)が心(こころ)の毒(どく=毒)なるを見(み)て、果(はた)して是(こ)れ曾(かつ)て他(かれ)と火(ひ)を救(たす)けず、只(た)だ他(かれ)と略略(ほんの)些(すこし)風(かぜ)を助(たす)けたり。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「天那(ああ)!天那(ああ)!火(ひ)の起(お)こる時(とき)は、只(た)だ該(まさ)に水(みず)を助(たす)くべし、怎(どう)して轉(う)じて風(かぜ)を助(たす)く?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(なんじ)は古人(こじん)の云(い)えるを知(し)るか:『人(ひと)に虎(とら)を傷(そこな)う心(こころ)無(な)ければ、虎(とら)に人(ひと)を傷(そこな)う意(い)も無(な)し。』你(なんじ)が火(ひ)を弄(ろう=弄)せざれば、我(われ)怎(どう)して肯(あえ)て風(かぜ)を弄(ろう)せん?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「袈裟(けさ)は何處(どこ)に在(あ)るか?敢(あえ)て莫(もしか)して是(こ)れ燒(や)き壞(こわ)れたるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「沒事(だいじょうぶ)!沒事(だいじょうぶ)!燒(や)き壞(こわ)さず!那(あ)の袈裟(けさ)を放(お)きし方丈(ほうじょう)には火(ひ)無(な)し。」三藏(さんぞう)は恨(うら)んで道(いわ)く:「我(われ)は你(おまえ)を管(かん=構)わず!但(ただ)是(こ)れ些兒(すこし=少し)の傷損(しょうそん=傷み損ない)も有(あ)らば、我(われ)は只(た)だ那(あ)の話兒(ことば=呪文)を將(も)って念動(ねんどう=唱え)念動(ねんどう)すれば、你(なんじ)は就(すなわ)ち死(し)ぬるのみ!」行者(ぎょうじゃ)は慌(あわ)てて道(いわ)く:「師父(しふ)、莫念(よせ=唱えるな)!莫念(よせ)!管(きっと)尋(たず)ね還(かえ)して袈裟(けさ)を你(なんじ)に與(あた)うれば就(すなわ)ち是(こ)れじゃ。我(われ)を去(ゆ)かしめて拿(と)り來(きた)りて路(みち)を走(ある)かしめよ。」三藏(さんぞう)は就(すなわ)ち馬(うま)を牽(ひ)き、行者(ぎょうじゃ)は担(に=荷)を挑(かつ)ぎて、禪堂(ぜんどう)を出(い)でて、徑(ただ)ちに後方丈(ごほうじょう=裏の住職の間)へ往(ゆ)く。 卻説(さて)那些(これら)の和尚(おしょう)は、正(まさ)に悲切(ひせつ=悲嘆)の間(あいだ)に、忽(たちま)ち他(かれ)の師徒(しと)の馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(かつ)ぎて來(きた)るを見(み)て、唬(おどろ)かされて一個個(めいめい)魂飛魄散(こんひはくさん=魂も飛び散り)して道(いわ)く:「冤魂(えんこん=無念の霊)の命(いのち)を索(もと)めに來(きた)れるぞ!」行者(ぎょうじゃ)は喝(かつ=怒鳴り)して道(いわ)く:「什麼(なに)の冤魂(えんこん)の命(いのち)を索(もと)めるか!快(すみや)かに我(わ)が袈裟(けさ)を還(かえ)して來(こ)い!」衆僧(しゅうそう)は一齊(いっせい)に跪(ひざまず)き倒(たお)れ、叩頭(こうとう=額づき)して道(いわ)く:「爺爺(おじいさま)呀(よ)!冤(えん)には冤家(えんか=仇)有(あ)り、債(さい=借金)には債主(さいしゅ=債権者)有(あ)り。命(いのち)を索(もと)めんとせば我(われ)らの事(こと)に干(あずか)らず、都(みな)是(こ)れ廣謀(こうぼう)と老和尚(ろうおしょう)の計(けい)を定(さだ)めて你(なんじ)を害(そこな)えるが、我(われ)らに問(と)いて命(いのち)を討(もと)むること莫(なか)れ。」行者(ぎょうじゃ)は咄(とつ=叱る声)の一声(ひとこえ)に道(いわ)く:「我(われ)は你(おまえ)ら這些(これら)の該死(がいし=死ぬべき)の畜生(ちくしょう=けだもの)共(ども)を把(とら)えん!那(いず)れが你(おまえ)らに問(と)いて什麼(なに)の命(いのち)を討(もと)めん!只(た)だ袈裟(けさ)を拿(と)り來(きた)りて我(われ)に還(かえ)して路(みち)を走(ある)かしむるのみ!」 其間(そのなか)に二個(ふたり)の膽量(きもったま=度胸)の大(おお)きき和尚(おしょう)道(いわ)く:「老爺(ろうや)、你(なんじ)方(がた)は禪堂(ぜんどう)の裏(うち)にて已(すで)に燒(や)き死(し)ねたるに、如今(いま)又(また)來(きた)りて袈裟(けさ)を討(もと)むる、端的(いったい)に還是(やはり)人(ひと)なるか、是(こ)れ鬼(おに)なるか?」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「這(こ)の伙(くずれ=連中)の孽畜(げっちく=けがれたけだもの)め!那裏(どこ)に什麼(なに)の火(ひ)の來(きた)れること有(あ)らん?你(おまえ)ら去(ゆ)きて前面(まえ)の禪堂(ぜんどう)を看看(みてみ)よ、再(ふたた)び來(きた)りて說話(せつわ=話)せ!」衆僧(しゅうそう)たちは爬(は)い起(お)きて前(まえ)に往(ゆ)きて觀看(みわた)せば、那(あ)の禪堂(ぜんどう)の外面(そと)の門窗槅扇(もんそうかくせん=戸と窓と格子戸)は、更(さら)に曾(かつ)て半分(はんぶん)も燎灼(りょうしゃく=焦がされ)ざりき。衆人(しゅうじん)は悚懼(しょうく=おそれ畏まり)、才(ようや)く三藏(さんぞう)の是(こ)れ位(ひとり)の神僧(しんそう=神異の僧)にして、行者(ぎょうじゃ)の是(こ)れ尊(とうとき)護法(ごほう=護法善神)なるを認(みと)めたり。一齊(いっせい)に上前(すす)みて叩頭(こうとう)して道(いわ)く:「我(われ)等(ら)は眼(め)に珠(たま=瞳)有(あ)りて無(な)きが如(ごと)く、真人(しんにん=まことの人)の下界(げかい=この世に降る)せるを識(し)らざりき!你(なんじ)の袈裟(けさ)は後面(うしろ)の方丈(ほうじょう)の中(なか)に老師祖(ろうしそ=大師匠)の處(もと)に在(あ)るぞ。」 三藏(さんぞう)は三五層(さんごそう=三、五棟)の敗壁破墻(はいへきはしょう=崩れた壁)を行(ゆ)き過(す)ぎ、嗟嘆(さたん=嘆息)して已(や)まず。只(ただ)見(み)る方丈(ほうじょう)は果(はた)して火(ひ)無(な)く、衆僧(しゅうそう)は搶(おし)り入(い)りて裏面(うち)に、叫(よばわ)りて道(いわ)く:「公公(こうこう)!唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち是(こ)れ神人(しんじん=神のような人)にして、未(いま)だ曾(かつ)て燒(や)き死(し)ねず、如今(いま)反(かえ)って自己(おのれ=自分)の家當(かとう=家財)を害(そこな)えり!早(はや)くに趁(じょう=乗)じて袈裟(けさ)を拿(と)り出(い)だし、他(かれ)に還(かえ)して去(ゆ)かしめよ。」原來(もともと)這(こ)の老和尚(ろうおしょう)は袈裟(けさ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、又(また)本寺(ほんじ)の房屋(ぼうおく=建物)を燒(や)かれて、正(まさ)に萬分(まんぶん=この上なく)煩惱焦燥(はんのうしょうそう=悩み焦がれる)之處(ところ)に在(あ)るが、一(ひと)たび此(こ)の言(げん)を聞(き)きて、怎(どう)して敢(あえ)て答(こた)え応(いら)えん?因(よ)りて尋思(じんし=考え巡らす)に計(けい=策)無(な)く、進退(しんたい=進むも退くも)方(ほう=道)無(な)く、步(あゆみ)を曳(ひ)き開(あ)き、腰(こし)を躬(かが)めて、那(あ)の墻(かべ=塀)の上(うえ)に往(ゆ)きて著実(ちゃくじつ=したたか)に一頭(ひとつ)を撞(ぶ)つけたり、可憐(あわれ)や只(た)だ撞(ぶ)ち得(え)たるは腦(のう)破(やぶ)れ血(ち)流(なが)れ魂魄(こんぱく)散(さん=散じ)、咽喉(いんこう=のど)氣(いき)断(た)えて紅沙(こうさ=赤い砂)に染(そ)むのみ!有詩(し)が証(あかし=証拠)と為(な)る。詩(し)に曰(いわ)く: 「堪(た)え嘆(たん)ず老衲(ろうのう=老僧)の性(せい=性質)の愚蒙(ぐもう=愚かなるを)、 枉(むな)しく作(な)せり人間(にんげん)の一個(ひとり)の壽翁(じゅおう=長寿の翁)。 袈裟(けさ)を得(え)て遠世(えんせい=遠い世)に傳(つた)えんと欲(ほっ)すれど、 豈(あに)知(し)らんや佛寶(ぶっぽう=仏の宝)の凡(ぼん=凡俗)と同(おな)じからざるを! 但(た)だ將(も)って容易(ようい=たやすき)を長久(ちょうきゅう)と為(な)さば、 定(かなら)ず是(こ)れ蕭條(しょうじょう=寂れ衰え)敗功(はいこう=失敗)を取(と)らん。 廣智(こうち)廣謀(こうぼう)成(な)すに甚(なん)の用(よう=役)か有(あ)らん? 人(ひと)を損(そこな)い己(おのれ)を利(り=利す)るも一場(ひととき)空(むな)し!」 慌(あわ)てる個(ひとり)の衆僧(しゅうそう)は哭(な)いて道(いわ)く:「師公(しこう)は已(すで)に撞(ぶ)ち殺(ころ)したり、又(また)袈裟(けさ)の見(み)えず、怎生(どう)するが是(こ)れ好(よ)きか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「想(おも)うに是(こ)れ汝(なんじ)等(ら)の盜(ぬす)み藏(かく)し起(お)きたるか!都(みな)出(い)で來(こ)よ!花名手本(かめいしゅほん=名簿)を開(ひら)き具(つぶさ=備え)よ、老孫(ろうそん)が逐一(ちくいち=一々)査點(さてん=調べ)するを等(ま)て!」那(そ)の上下房(じょうげぼう)の院主(いんしゅ)は、本寺(ほんじ)の和尚(おしょう)、頭陀(ずだ)、幸童(こうどう)、道人(どうにん)を尽行(ことごとく=ことごとく)花名手本(かめいしゅほん)二張(にまい=二枚)に開(ひら)き具(つぶさ)にせり、大小(だいしょう)の人等(ひとびと)を共計(きょうけい=合計)して二百三十名(にひゃくさんじゅうめい)なり。行者(ぎょうじゃ)は師父(しふ)を請(しょう)じて高(たか)く坐(ざ)せしめ、他(かれ)は卻(かえ)って一一(いちいち)頭(かしら=初め)より名(な)を唱(とな)えて搜檢(そうけん=検め捜)し、都(みな)衣襟(いきん=襟もと)を解放(かいほう=開け放)し、分明(ぶんめい=はっきり)に点過(てんか=点検)することを要(もと)むれど、更(さら)に袈裟(けさ)は無(な)し。又(また)那(あ)の各房頭(かくぼうとう=各寮)の搬(はこ)び搶(と)り出(い)だせる箱籠(そうろう=長持ちや籠)の物件(ぶっけん=品々)を將(も)って、頭(かしら=初め)より細細(こまごま)に尋(たず)ね遍(あまね=くまなく)くせしが、那裏(どう)に蹤跡(しょうせき=痕跡)の有(あ)ることを得(え)ん。 三藏(さんぞう)が心(こころ)の中(うち)に煩惱(はんのう=悩み)し、行者(ぎょうじゃ)を懊恨(おうこん=恨み)して尽(つ)きず、卻(かえ)って上(うえ)に坐(ざ)して那(あ)の呪(じゅ=呪文)を念動(ねんどう=唱え)す。行者(ぎょうじゃ)は撲(ぽん=ばたり)と地(ち)に跌倒(てっとう=倒れ)し、頭(かしら)を抱(いだ)きて、十分(じゅうぶん=たいへん)に禁(た)え難(がた)く、只(た)だ「莫念(よせ=唱えるな)!莫念(よせ)!管(きっと)尋(たず)ね還(かえ)して袈裟(けさ)有(あ)り!」と教(い)うのみ。那(そ)の衆僧(しゅうそう)は見(み)て、一個個(めいめい)戰兢兢(せんけいけい=おののき)として、上前(すす)みて跪(ひざまず)き下(お)りて勸解(かんかい=とりなし)し、三藏(さんぞう)は才(ようや)く口(くち)を合(と)じて念(ねん)ぜず。行者(ぎょうじゃ)は一骨魯(いちころ=くるり)と跳(おど)り起(お)き、耳朶(じみ=耳)の裏(うち)より鐵棒(てつぼう=金箍棒)を掣(ひ)き出(い)だして、那些(これら)の和尚(おしょう)を打(う)たんとするに、三藏(さんぞう)の喝(かつ=叱り)に住(とど)められて道(いわ)く:「這(こ)の猴頭(さるめ=猿め)!你(おまえ)は頭(あたま)痛(いた)くて還(な)お怕(おそ)れず、還(な)お無禮(ぶれい=不作法)を要(もと)むるか?手(て)を動(うごか)すを休(や)めよ!且(しばら)く人(ひと)を傷(そこな)うこと莫(なか)れ!再(ふたた)び我(われ)と與(とも)に一問(ひとしきり)審問(しんもん=訊問)せよ!」衆僧(しゅうそう)たちは磕頭(こうとう=額づき)禮拜(らいはい)し、三藏(さんぞう)に哀告(あいこく=嘆願)して道(いわ)く:「老爺(ろうや)饒命(じょうめい=命ばかりは)!我(われ)等(ら)は委実(いじつ=まことに)の曾(かつ)て看(み)ざるなり。這(こ)れは都(みな)那(あ)の老死鬼(ろうしき=死んだ老いぼれ)の不是(あやまり=過ち)なり。他(かれ)は昨晚(ゆうべ)你(なんじ)の袈裟(けさ)を看(み)て、只(た)だ更深(ふかよ=夜更け)の時候(じこう=頃)まで哭(な)きて、看(み)ることも也(ま)た曾(かつ)て敢(あえ)てせず、思量(しりょう=思いはかり)て長久(ちょうきゅう)を圖(はか)り、個(ひとつ)の傳家(でんか)之寶(ほう)と做(な)さんとし、計(けい)を設計(せっけい=工夫)し策(さく)を定(さだ)めて、老爺(ろうや)を燒(や)き殺(ころ)さんとせり;火(ひ)の起(お)こる之候(ころ=頃)より、狂風(きょうふう=暴風)大作(たいさく=大いに吹き)、各人(おのおの)は只(た)だ火(ひ)を救(たす)くるを顧(かえり)み、物件(ぶっけん=品々)を搬(はこ)び搶(と)るのみにして、更(さら)に袈裟(けさ)の去(ゆ)く方(かた=行方)を知(し)らず。」 行者(ぎょうじゃ)は大怒(だいど=大いに怒り)、方丈(ほうじょう)の屋(や=部屋)の裏(うち)に走(はし)り入(い)り、那(あ)の觸死鬼(しょくしき=壁に打ち当たり死んだ者)の尸首(しかばね)を抬(かつ)ぎ出(い)だし、選剝(せんはく=選り分け剥ぎ)て細(こま)かに看(み)るに、渾身(こんしん=全身)に更(さら)に那(あ)の件(ひとつ)の寶貝(ほうばい)は無(な)し;就(すなわ)ち個(ひとつ)の方丈(ほうじょう)を將(も)って地(ち)を三尺(さんじゃく)掘(ほ)れど、也(ま)た蹤影(しょうえい=痕跡)は無(な)かりき。 行者(ぎょうじゃ)は半晌(はんしょう=しばらく)忖量(そんりょう=思案)して、問(と)いて道(いわ)く:「你(おまえ)ら此處(ここ)に什麼(なに)か妖怪(ようかい)の精(せい)と成(な)れる者有(あ)るか?」院主(いんしゅ)道(いわ)く:「老爺(ろうや)の問(と)わざれば、想(おも)うも知(し)るを得(え)ず。我(われ)が此處(ここ)の正東南(せいとうなん=真東南)に一座(ひとつ)の黑風山(こくふうざん)有(あ)り。黑風洞(こくふうどう)の内(うち)に一個(ひとり)の黑大王(こくだいおう=黒大王)有(あ)り。我(わ)が這(こ)の老死鬼(ろうしき)は常(つね)に他(かれ)と道(みち)を講(こう=語)じたり。他(かれ)は便(すなわ)ち是(こ)れ個(ひとり)の妖精(ようせい)なり。別(ほか)に甚(なに)の物(もの)も無(な)し。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「那(そ)の山(やま)は此(ここ)を離(はな)れて多少(どれほど)の遠近(えんきん=距離)が有(あ)るか?」院主(いんしゅ)道(いわ)く:「只(た)だ二十里(にじゅうり)有(あ)るのみ、那(あ)の山頭(さんとう=山の頂)の望(のぞ)み見(み)ゆるが就(すなわ)ち是(こ)れなり。」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「師父(しふ)放心(ほうしん=ご安心)、須(すべから)く講(こう=語)るを要(もと)めず、一定(きっと)是(こ)れ那(あ)の黑怪(こくかい=黒い妖怪)の偷(ぬす)み去(さ)れるに疑(うたがい)無(な)し。」 三藏(さんぞう)道(いわ)く:「他(かれ)が那廂(あちら)は此(ここ)を離(はな)れて二十里(にじゅうり)有(あ)るに、如何(どう)して就(すなわ)ち是(こ)れ他(かれ)と断(だん=断定)じ得(え)るか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(なんじ)は曾(かつ)て夜間(よる)の那(あ)の火(ひ)の、光(ひかり)騰(のぼ)ること萬里(ばんり)、亮(あか)るき透(とお)ること三天(さんてん=三つの天)なるを見(み)ざりしか!且(しばら)く二十里(にじゅうり)を說(い)わず、就(すなわ)ち是(こ)れ二百里(にひゃくり)も也(ま)た照(て)らし見(み)えん!坐定(きっと)是(こ)れ他(かれ)が火光(かこう=火の光)の焜燿(こんよう=きらめく)を見(み)て、機會(きかい=機会)に趁(じょう=乗)じて、暗暗(ひそか)に此處(ここ)に到(いた)り來(きた)り、我(われ)らが袈裟(けさ)の是(こ)れ件(ひとつ)の寶貝(ほうばい)なるを見(み)て、必(かなら)ず哄(さわぎ=騒ぎ)に趁(じょう)じて擄(かす)め去(さ)れるならん。老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて他(かれ)を一尋(ひとたずね=尋ねる)を等(ま)て。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(なんじ)が去(ゆ)きし時(とき)、我(われ)は卻(かえ)って何(なに)に倚(よ)らんか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這個(これ)は放心(ほうしん=安心)せよ、暗中(あんちゅう=目に見えぬ所)に自(おの)ずから神霊(しんれい=神々)の保護(ほご)有(あ)り、明中(あからさま=表だって)に我(われ)が那些(これら)の和尚(おしょう)を叫(よ)びて汝(なんじ)に伏侍(ぶじ=仕え)せしむ。」即(すなわ)ち衆和尚(しゅうおしょう)を喚(よ)び過(よ)ぎて、道(いわ)く:「汝(なんじ)等(ら)は幾個(すうにん=数人)の去(ゆ)きて那(あ)の老鬼(ろうき=死んだ老いぼれ)を埋(う)めよ、幾個(すうにん)の我(わ)が師父(しふ)に伏侍(ぶじ)し、我(わ)が白馬(はくば)を看守(かんしゅ=守れ)!」衆僧(しゅうそう)は諾(だく=承諾)を領(りょう=受け)たり。行者(ぎょうじゃ)又(また)道(いわ)く:「汝(なんじ)等(ら)は口(くち)に順(したが)いて答応(とうおう=返事)するな、我(われ)が去(ゆ)きてしまえば、你(おまえ)らは就(すなわ)ち來(きた)りて奉承(ほうしょう=仕え)ず。師父(しふ)を看(み)る者(もの)は、顔(かお)を怡(やわら)げ色(いろ)を悦(よろこ)ばしむるを要(もと)む;白馬(はくば)を養(やしな)う者(もの)は、水草(すいそう=水と草)を調勻(ちょういん=ほどよく整える)を要(もと)む;仮(かり)に一毫(いちごう=ほんの少し)も差(たが)えること有(あ)らば、照(てら)して依(よ)りて這個(こ)の様(よう=見本)の棍(こん=棒)を、你(おまえ)らと看看(みせてや)る!」他(かれ)は棍子(こんす=棒)を掣(ひ)き出(い)だし、那(あ)の火(ひ)に燒(や)かれたる磚墻(せんしょう=煉瓦塀)を照(てら)して、撲(ぽん=ばたり)の一下(ひとつ)に、那(あ)の墻(かべ=塀)を將(も)って打(う)ちて粉碎(ふんさい=粉々)ならしめ、又(また)震(ふる)い倒(たお)すこと七八層(ななはちそう=七、八段)の墻(かべ)有(あ)り。衆僧(しゅうそう)は見(み)て、個個(めいめい)骨(ほね)軟(やわ)らぎ身(み)麻(しび)れ、跪(ひざまず)きて磕頭(こうとう=額づき)し滴淚(てきるい=涙を落とし)して道(いわ)く:「爺爺(おじいさま)は心(こころ)を寬(ひろ)くして前(さき)に去(ゆ)け、我(われ)等(ら)は力(ちから)を竭(つ)くし心(こころ)を虔(つつし)めて、老爺(ろうや)に供奉(ぐぶ=仕え)し、決(けっ)して敢(あえ)て一毫(いちごう)も怠慢(たいまん=おろそか)にせず!」好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、急(いそ)ぎて筋斗雲(きんとうん=觔斗雲)を縱(はな)ち、徑(ただ)ちに黑風山(こくふうざん)に上(のぼ)り、這(こ)の袈裟(けさ)を尋找(じんさが=探し求)む。 正(まさ)に是(こ)れ那(そ)の: 「金蟬(きんせん=金蝉子)正(しょう=正法)を求(もと)めて京畿(けいき=都の地)を出(い)で、 錫(しゃく=錫杖)を仗(たの)みて西(にし)に投(とう)じて翠微(すいび=山の緑)を渉(わた)る。 虎豹狼蟲(こひょうろうちゅう=虎や狼や虫けら)は行(ゆ)く處(ところ)に有(あ)り、 工商士客(こうしょうしかく=商人や旅人)は見(み)る時(とき)稀(まれ)なり。 路(みち)に異国(いこく)の愚僧(ぐそう=愚かな僧)の妬(ねた)みに逢(あ)い、 全(まった)く齊天大聖(せいてんたいせい)の威(い=威光)に仗(よ)る。 火(ひ)發(おこ)り風(かぜ)生(しょう)じて禪院(ぜんいん)は廃(すた)れ、 黑熊(こくゆう=黒熊)夜(よる)に錦襴衣(きんらんい=錦の袈裟)を盜(ぬす)めり。」 畢竟(ついに)此(こ)れ去(ゆ)きて袈裟(けさ)の有無(うむ=有るや無きや)、吉凶(きっきょう=吉と凶)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説明)を聽(き)け。 第十七回 孫行者(そんぎょうじゃ)、大(おお)いに黒風山(こくふうざん)を鬧(さわ)がす 観世音(かんぜおん)、熊羆怪(ゆうひかい=熊の妖怪)を収伏(しゅうふく=鎮め従え)す 話(はな)し說(いわ)く孫行者(そんぎょうじゃ)は一筋斗(ひととんぼ=ひと跳び)にて跳(と)び將(た)ち起(お)き去(ゆ)けば、唬(おどろ)かす那(そ)の觀音院(かんのんいん)の大小(だいしょう)の和尚(おしょう)并(ならび)に頭陀(ずだ)、幸童(こうどう)、道人(どうにん)等(ら)をして、一個個(めいめい)天(てん)に朝(むか)いて禮拜(らいはい)して道(いわ)しむ:「爺爺(おじいさま)呀(よ)!原來(もともと)是(こ)れ雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)を駕(が=駆)るの神聖(しんせい=神)の下界(げかい=この世に降臨)せるなりか!怪(あや)しむらくは道(どう=なるほど)火(ひ)の傷(そこな)う能(あた)わざるは!恨(うら)めしきは我(わ)が那(あ)の不識人(ひとをしらぬ=人を見る目の無き)の老剝皮(ろうはくひ=皮を剥がれた老いぼれ)、心(こころ)を使(つか)いて心(こころ)を用(もち)い、今日(きょう)反(かえ)って自己(おのれ=自分)を害(そこな)えり!」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「列位(みなさん)は請(こ)う起(た)て、須(すべから)く恨(うら)むるを要(もと)めず。這(こ)れ去(ゆ)きて袈裟(けさ)を尋(たず)ね著(あて=見つけ)れば、萬事(ばんじ=全て)皆(みな)休(や)まん;但(ただ)恐(おそ)らくは尋找(じんさが=探し求)むること著(あて)ざれば、我(わ)が那(あ)の徒弟(とてい=弟子)の性子(せいし=気性)は些(すこし)不好(わるき=悪い)有(あ)り、汝(なんじ)等(ら)が性命(いのち)の如何(いかん)を知(し)らず、恐(おそ)らくは一人(ひとり)としても脫(のが)るる能(あた)わざるならん。」衆僧(しゅうそう)は此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、一個個(めいめい)心(こころ)を提(ひっさ=吊り上げ)膽(きも=胆)を吊(つ)り、天(てん)に告(つ)げて願(がん=願い)を許(ゆる)し、只(た)だ袈裟(けさ)を尋(たず)ね得(え)て、各々(おのおの)性命(いのち)を全(まっと)うせんことを願(ねが)うのみにして題(だい=話題)せず。 卻説(さて)孫大聖(そんたいせい)は空中(くうちゅう=空の中)に到(いた)り、腰兒(こし=腰)を把(と)って一扭(ひとひねり=ひとひねり)せしが、早(はや)くも黑風山(こくふうざん)の上(うえ)に來(きた)れり。雲頭(うんとう=雲の端)を住(とど)め、仔細(しさい=詳しく)に看(み)れば、果(はた)して是(こ)れ座(ひとつ)の好(よ)き山(やま)なり。況(いわん)や正(まさ)に春光(しゅんこう=春の光)の時節(じせつ=季節)に値(あた)る。但(ただ)見(み)よ: 「萬壑(ばんがく=幾万の谷)は流(ながれ)を爭(あらそ)い、千崖(せんがい=幾千の崖)は秀(しゅう=秀でる)を競(きそ)う。 鳥(とり)啼(な)けど人(ひと)は見(み)えず、花(はな)落(お)ちて樹(き)は猶(な)お香(かお)る。 雨(あめ)過(す)ぎて天(てん)は青壁(せいへき=青い絶壁)に連(つらな)りて潤(うるお)い、風(かぜ)來(きた)りて松(まつ)は翠屏(すいへい=緑の屏風)を卷(ま)きて張(は)る。 山草(さんそう=山の草)發(は)し、野花(やか=野の花)開(ひら)き、懸崖(けんがい=懸け崖)峭嶂(しょうしょう=そびえる峰); 薜蘿(へいら=蔦や葛)生(しょう)じ、佳木(かぼく=良き木)麗(うるわ)しく、峻嶺(しゅんれい=高い嶺)平崗(へいこう=なだらかな丘)。 幽人(ゆうじん=隠者)に遇(あ)わずんば、那(いず)れか樵子(きこり)を尋(たず)ねん? 澗邊(かんぺん=谷のほとり)に雙(ふたつ)の鶴(つる)飲(の)み、石(いし)の上(うえ)に野猿(やえん=野生の猿)狂(くる)う。 矗矗(ちょくちょく=そびえ立つ)として螺(にし=巻貝)を堆(つ)み黛色(たいしょく=あい色)を排(なら)べ、巍巍(ぎぎ=高くそびえ)として翠(みどり)を擁(よう=抱)き嵐光(らんこう=山霧の光)を弄(ろう=たわむ)る。」 那(そ)の行者(ぎょうじゃ)は正(まさ)に山景(さんけい=山の景)を觀(み)るに、忽(たちま)ち芳草坡(ほうそうば=芳しい草の坡)の前(まえ)に、人(ひと)の言語(ことば=話し声)有(あ)るを聽(き)く。他(かれ)は卻(かえ)って步(あゆみ)を輕(かる)くし蹤(あと=足跡)を潛(ひそ)め、那(あ)の石崖(せきがい=岩の崖)の下(した)に閃(ひらめ=身をひそめ)き、睛(ひとみ=目)を偷(ぬす)みて觀看(みわた)す。原來(もともと)是(こ)れ三個(みたり)の妖魔(ようま)にして、地(ち)に席(むしろ)して坐(ざ)す:上首(かみざ=上座)のは是(こ)れ一條(ひとすじ)の黑漢(こくかん=黒い男)、左首下(ひだりした=左の下座)のは是(こ)れ一個(ひとり)の道人(どうにん)、右首下(みぎした=右の下座)のは是(こ)れ一個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし=白い衣の書生)なり。都(みな)那(そこ)に在(あ)りて高談闊論(こうだんかつろん=大いに語り合う)。講(こう)ずるは是(こ)れ鼎(かなえ=炉)を立(た)て爐(ろ)を安(やす)んじ、砂(さ=砂)を摶(こ)ね汞(こう=水銀)を煉(ね)り;白雪(はくせつ)黄芽(おうが=仙薬の名)、傍門外道(ぼうもんげどう=邪道)なり。正(まさ)に說(と)く中間(なかほど)に、那(そ)の黑漢(こくかん)は笑(わら)って道(いわ)く:「後日(みょうごにち=あさって)は是(こ)れ我(わ)が母難(ぼなん=母の苦難)之日(ひ=誕生日)、二公(りょうこう=お二人)は光顧(こうこ=来臨)して光顧(こうこ)せられよか?」白衣秀士(はくいしゅうし)道(いわ)く:「年年(としどし=毎年)大王(だいおう)に上壽(じょうじゅ=長寿を祝)す、今年(ことし)豈(あに)之(これ)を來(きた)らざる之理(り=道理)有(あ)らんや?」黑漢(こくかん)道(いわ)く:「我(われ)は夜來(ゆうべ=昨夜)一件(ひとつ)の寶貝(ほうばい=宝物)を得(え)たり、名(な)を錦襴佛衣(きんらんぶつい=錦の仏衣)と喚(よ)ぶ、誠然(まこと)に是(こ)れ件(ひとつ)の玩好(がんこう=玩賞)之物(もの)なり。我(われ)は明日(あす)就(すなわ)ち他(かれ)を以(もっ)て壽(ことぶき=祝い)と為(な)し、大(おお)いに筵宴(えんえん=酒宴)を開(ひら)き、各山(かくざん=各山)の道官(どうかん=道士)を邀請(ようせい=招き)し、佛衣(ぶつい)を慶賀(けいが=祝い)し、就(すなわ)ち『佛衣會(ぶついえ=仏衣の会)』と稱(とな)えんは何如(いかん=どうか)?」道人(どうにん)は笑(わら)って道(いわ)く:「妙(みょう=見事)!妙(みょう)!妙(みょう)!我(われ)は明日(あす)先(ま)ず來(きた)りて壽(ことぶき)を拜(おが)み、後日(あさって)又(また)來(きた)りて宴(うたげ)に赴(おもむ)かん。」 行者(ぎょうじゃ)は佛衣(ぶつい)之言(げん)を聞(き)き得(え)て、定(きっ)と以(おも)えらく是(こ)れ他(かれ)が寶貝(ほうばい)ならんと。他(かれ)は就(すなわ)ち怒氣(どき=怒り)を忍(しの)ぶ能(あた)わず、石崖(せきがい)を跳(おど)り出(い)で、雙手(もろて=両手)に金箍棒(きんこぼう)を舉(あ)げ、高(たか)く叫(よばわ)りて道(いわ)く:「我(われ)は你(おまえ)ら這(こ)の伙(くずれ=連中)の賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)を把(とら)えん!你(おまえ)らは我(わ)が袈裟(けさ)を偷(ぬす)みて、什麼(なに)の『佛衣會(ぶついえ)』を要(もと)めんとす!早(はや)きに兒(ちょっと)將(も)ち來(きた)りて我(われ)に還(かえ)せ!」一聲(ひとこえ)を喝(かつ=怒鳴り)して「走(に)ぐるを休(や)め!」と、棒(ぼう)を輪(ふる)い起(お)こし、頭(あたま)を照(てら)して一下(ひとつ)、慌(あわ)てる那(そ)の黑漢(こくかん)は風(かぜ)と化(か)して逃(に)げ、道人(どうにん)は雲(くも)を駕(が=駆)りて走(に)ぐ;只(た)だ個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)を把(と)って、一棒(ひとぼう)にて打(う)ち死(し)ねたり。拖(ひ)き將(た)ち來(きた)りて看(み)る處(ところ)、卻(かえ)って是(こ)れ一條(ひとすじ)の白花蛇(はくかだ=白い斑の蛇)の怪(かい)なり。索性(いっそ)提(ひ)き起(お)こして、捽(へし)りて五七斷(ごしちだん=五、七つ)と做(な)し、徑(ただ)ちに深山(しんざん=奥山)に入(い)り、那(あ)の黑漢(こくかん)を尋找(じんさが=探し求)む。 轉(まわ)りて尖峰(せんぽう=尖った峰)を過(す)ぎ、抹(なで=かすめ)て峻嶺(しゅんれい=険しい嶺)を過(す)ぎ、又(また)見(み)る那(あ)の壁陡崖(へきとうがい=壁のように険しい崖)の前(まえ)に、一座(ひとつ)の洞府(どうふ=ほら穴の館)の聳(そび)え出(い)づるを。但(ただ)見(み)よ那(そ)の: 「烟霞(えんか=霞)渺渺(びょうびょう=かすか)として、松柏(しょうはく=松と柏)森森(しんしん=茂る)。 烟霞(えんか)渺渺(びょうびょう)として采(さい=彩り)門(もん)に盈(み)ち、松柏(しょうはく)森森(しんしん)として青(あお)き戶(と=戸口)を繞(めぐ)る。 橋(はし)は枯槎木(こさぼく=枯れ木)を踏(ふ)み、峰巔(ほうてん=峰の頂)には薜蘿(へいら=蔦)を繞(めぐ)らす。 鳥(とり)は紅蕊(こうずい=赤いつぼみ)を銜(くわ)えて雲壑(うんがく=雲の谷)に來(きた)り、鹿(しか)は芳叢(ほうそう=芳しい草むら)を踐(ふ)みて石臺(せきだい=石の台)に上(のぼ)る。 那(そ)の門前(もんぜん)には時(とき)に花(はな)の發(ひら)くを催(うなが)し、風(かぜ)は花(はな)の香(かおり)を送(おく)る。 堤(つつみ)に臨(のぞ)める綠柳(りょくりゅう=緑の柳)に黃鸝(こうり=うぐいす)轉(うた)い、岸(きし)に傍(そ)える夭桃(ようとう=若々しい桃)に粉蝶(ふんちょう=白い蝶)翻(ひるがえ)る。 曠野(こうや=広野)の夸(ほ)むるに堪(た)えざるも、卻(かえ)って蓬萊山(ほうらいさん)の下(した)の景(けい=景色)に賽(まさ)れり。」 行者(ぎょうじゃ)は門首(もんしゅ=門の前)に到(いた)り、又(また)見(み)る那(あ)の兩扇(ふたまい=二枚)の石門(せきもん)の、關(とざ)すこと甚(はなは)だ緊(かた)きを。門(もん)の上(うえ)に一個(ひとつ)の橫石板(おうせきばん=横長の石板)有(あ)り、明(あき)らかに六個(みっつ…六つ)の大字(たいじ=大きな字)を書(か)けるは、乃(すなわ)ち「黑風山黑風洞(こくふうざんこくふうどう)」なり。即(すなわ)ち便(すぐ)に棒(ぼう)を輪(ふる)いて「開門(もんをあけよ)!」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。那(そ)の裏面(うち)に把門(もんばん=門番)の小妖(しょうよう=小妖怪)有(あ)り、門(もん)を開(あ)けて出(い)で來(きた)り、問(と)うて道(いわ)く:「你(なんじ)は是(こ)れ何人(なにびと)ぞ、敢(あえ)て來(きた)りて吾(わ)が仙洞(せんどう=仙人の洞)を擊(う)つか?」行者(ぎょうじゃ)は罵(ののし)って道(いわ)く:「你(おまえ)は個(いったい)の作死(しにたがる=死にたがる)の孽畜(げっちく=けがれたけだもの)め!什麼(なに)の個(ひとつ)の去處(ところ=場所)か、敢(あえ)て仙洞(せんどう)と稱(とな)うるか!『仙(せん=仙人)』の字(じ)は是(こ)れ你(おまえ)が稱(とな)うる所(ところ)か?快(すみや)かに進(い)り去(ゆ)きて你(おまえ)が那(そ)の黑漢(こくかん)に報(ほう=知らせ)よ、他(かれ)に教(さと)して快(すみや)かに老爺(ろうや=この爺)の袈裟(けさ)を送(おく)り出(い)ださしめ、你(おまえ)らが一窩(ひとむれ=一巢)の性命(いのち)を饒(ゆる=許)さん!」 小妖(しょうよう)は急急(いそぎ=大急ぎ)に裏面(うち)に跑(はし)り到(いた)り、報(ほう)じて道(いわ)く:「大王(だいおう)!『佛衣會(ぶついえ)』は做(な)し成(な)らず!門(もん)の外(そと)に一個(ひとり)の毛臉(けがお=毛だらけの顔)の雷公嘴(らいこうし=雷神のような嘴)の和尚(おしょう)有(あ)りて、袈裟(けさ)を討(もと)めに來(きた)れるぞ!」那(そ)の黑漢(こくかん)は行者(ぎょうじゃ)の芳草坡(ほうそうば)の前(まえ)に趕(お)い將(た)ち來(きた)りしに、卻(かえ)って才(ようや)く門(もん)を關(とざ)し、坐(ざ)するも未(いま)だ穩(やす=落ち着か)ず。又(また)那(あ)の話(はなし)を聽(き)きて、心(こころ)の中(うち)に暗(あん=ひそか)に想(おも)うて道(いわ)く:「這(こ)の厮(やつ=奴)は那裏(どこ)より來(きた)れるを知(し)らず、這般(これほど)無禮(ぶれい=不作法)に、他(かれ)は敢(あえ)て嚷(わめ)きて我(わ)が門(もん)に上(のぼ)り來(きた)るか!」教(さと)す:「披掛(ひかけ=鎧)を取(と)れ。」隨(したが)いて結束(けっそく=身支度)し了(おわ)り、一杆(ひとつ)の黑纓槍(こくえいそう=黒い房の槍)を綽(ひっさ=手に取り)げ、門(もん)を出(い)でて來(きた)る。這(こ)の行者(ぎょうじゃ)は門(もん)の外(そと)に閃(ひらめ=身をひそめ)き、鐵棒(てつぼう=金箍棒)を執(と)り、睛(ひとみ=目)を睜(みは=見開)りて觀看(みわた)せば、只(ただ)見(み)る那(あ)の怪(かい=妖怪)は果(はた)して生(う)まれつき凶險(きょうけん=凶悪)なるを: 「碗子鐵盔(わんじてっき=碗のような鉄の兜)は火漆(かしつ=漆塗り)の光(ひかり)、 烏金鎧甲(うきんがいこう=黒金の鎧)は亮(あか)く輝煌(きこう=きらびやか)。 皁羅袍(そうらほう=黒い羅の袍)は風兜袖(ふうとうしゅう=風をはらむ袖)を罩(おお)い、 黑綠絲縧(こくりょくしとう=黒緑の絹の帯)は穗(ふさ=房)を嚲(た)らして長(なが)し。 手(て)には黑纓槍(こくえいそう)一杆(ひとつ)を執(と)り、 足(あし)には烏皮靴(うひか=黒革の靴)一雙(ひとくみ)を踏(ふ)む。 眼(め)は金睛(きんせい=金色の瞳)を幌(ちらつ)かして掣電(せつでん=稲妻)の如(ごと)く、正(まさ)に是(こ)れ山中(さんちゅう)の黑風王(こくふうおう)なり。」 行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に笑(わら)って道(いわ)く:「這(こ)の厮(やつ)は真個(まこと)に燒窯(やきがま=窯を焼く)の一般(ごとく)、築煤(すみつき=炭を作る)の無二(にことならず=と変わらぬ)かな!想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ此處(ここ)に在(あ)りて刷炭(さったん=炭を扱う)を以(もっ)て生(せい=生業)と為(な)せるか、怎麼(どう)して這等(このよう)に一身(み=体中)の烏黑(うこく=真っ黒)なるか?」那(そ)の怪(かい)は厲聲(れいせい=荒々しい声)に高(たか)く叫(よばわ)りて道(いわ)く:「你(なんじ)は是(こ)れ個(いったい)什麼(なに)の和尚(おしょう)ぞ、敢(あえ)て我(わ)が此處(ここ)に在(あ)りて大膽(だいたん=大胆)なるか?」行者(ぎょうじゃ)は鐵棒(てつぼう)を執(と)り、撞(つ)きて面前(めんぜん=目の前)に至(いた)り、大(おお)いに咤(かつ=叱る)の一声(ひとこえ)に道(いわ)く:「閒講(むだばなし=無駄口)するな!快(すみや)かに你(おまえ)が老外公(ろうがいこう=この爺)の袈裟(けさ)を還(かえ)して來(こ)い!」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「你(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの寺(てら)の和尚(おしょう)か?你(なんじ)の袈裟(けさ)は那裏(どこ)に在(あ)りて失落(しつらく=紛失)せし、敢(あえ)て我(わ)が此處(ここ)に來(きた)りて索取(しゃくしゅ=取り戻す)するか?」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(わ)が袈裟(けさ)は、直北(ちょくほく=真北)の觀音院(かんのんいん)の後方丈(ごほうじょう)の裏(うち)に放(お)きて在(あ)り;只(た)だ那(あ)の院(いん=寺)の裏(うち)の火(ひ)を失(うしな)えるに因(よ)り、你(おまえ)這(こ)の厮(やつ)、哄(さわぎ=騒ぎ)に趁(じょう=乗)じて擄掠(りょりゃく=かすめ奪い)、盜(ぬす)み來(きた)りて、『佛衣會(ぶついえ)』を做(な)して壽(ことぶき)を慶(いわ)わんとす、怎(どう)して敢(あえ)て抵賴(ていらい=言い逃れ)せん?快快(すみやか)に我(われ)に還(かえ)せ、你(おまえ)が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!若(も)し牙(きば=歯)を迸(ひら)いて半個(ひとかけら)の『不(いや=否)』の字(じ)あらば、我(われ)は黑風山(こくふうざん)を推(お)し倒(たお)し、黑風洞(こくふうどう)を平(たいら)げ、你(おまえ)が這(こ)の一洞(ひとむれ=洞じゅう)の妖邪(ようじゃ=妖怪)を把(と)って、都(みな)碾(ひ)きて齏粉(せいふん=粉々)と為(な)さん!」 那(そ)の怪(かい)は言(げん)を聞(き)きて、呵呵(かか=あはは)と冷笑(れいしょう=あざわらい)して道(いわ)く:「你(おまえ)這個(こ)の潑物(はつぶつ=乱暴者)め!原來(もともと)昨夜(ゆうべ)の那(あ)の火(ひ)は就(すなわ)ち是(こ)れ你(おまえ)が放(はな)てるなりか!你(おまえ)は那(あ)の方丈(ほうじょう)の屋(や=屋根)の上(うえ)に在(あ)りて、凶(きょう=乱暴)を行(おこな)い風(かぜ)を招(まね)き、是(こ)れ我(われ)が一件(ひとつ)の袈裟(けさ)を把(と)って來(きた)れるなり、你(おまえ)は待(ま)たんとす怎麼(なに)か!你(おまえ)は那裏(どこ)より來(きた)れるか?姓(せい)は甚(なに)名(な)は誰(たれ)ぞ、多少(どれほど)の大手段(だいしゅだん=大技)有(あ)りて、敢(あえ)て那等(あのように)海口(かいこう=大口)浪言(ろうげん=放言)するか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「是(こ)れ你(おまえ)も也(ま)た你(なんじ)が老外公(ろうがいこう)を認(みと)め得(え)ざるか!你(なんじ)が老外公(ろうがいこう)は乃(すなわ)ち大唐(だいとう)上國(じょうこく=大国)の駕前(がぜん=天子の御前)の御弟(ぎょてい=義弟)三藏法師(さんぞうほうし)之徒弟(とてい=弟子)、姓(せい)は孫(そん)、名(な)は悟空(ごくう)行者(ぎょうじゃ)なり。若(も)し老孫(ろうそん)の手段(しゅだん=腕前)を問(と)わば、說(い)い出(い)だして、你(おまえ)をして魂飛魄散(こんひはくさん=魂も飛び散り)、眼(め)の前(まえ)に死(し)なしめん!」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「我(われ)は曾(かつ)て你(おまえ)に會(まみ)えず、什麼(なに)の手段(しゅだん)有(あ)るか、說(い)い來(きた)りて我(われ)に聽(き)かしめよ。」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「我(わ)が兒(こ=子よ)、你(おまえ)は站(た)ち穩(やす)らかに着(つ)け、仔細(しさい=よく)と之(これ)を聽(き)け!我(われ)は: 「自(おの)ずから小(ちいさ)きより神通(じんつう)手段(しゅだん)高(たか)く、 風(かぜ)に隨(したが)い變化(へんげ)して英豪(えいごう=英雄)を逞(たくま)しくす。 性(せい)を養(やしな)い真(しん=真理)を修(おさ)めて日月(じつげつ=月日)を熬(たえ)え、 輪迴(りんね=輪廻)を跳(と)び出(い)でて命(いのち)を把(と)って逃(に)ぐ。 一點(ひとつ)の誠心(せいしん)曾(かつ)て道(みち)を訪(たず)ね、 靈臺山(れいだいさん)の上(うえ)に藥苗(やくびょう=薬草)を采(と)る。 那(そ)の山(やま)に個(ひとり)の老仙長(ろうせんちょう=老仙)有(あ)り、 壽年(じゅねん=寿命)は十万八千(じゅうまんはっせん)高(たか)し。 老孫(ろうそん)は他(かれ)を拜(おが)みて師父(しふ)と為(な)し、 我(われ)に長生(ちょうせい)の路(みち)一條(ひとすじ)を指(さ)せり。 他(かれ)說(いわ)く身内(しんない=体内)に丹藥(たんやく=仙丹)有(あ)りて、 外邊(そと=外)に採取(さいしゅ=採る)することは枉(むな)しく徒勞(とろう=無駄骨)なりと。 大品天仙訣(だいほんてんせんけつ=仙術の奥義)を傳(つた)え得(え)たれど、 若(も)し根本(こんぽん=基礎)無(な)ければ実(じつ)に熬(た)え難(がた)し。 光(ひかり)を回(めぐ)らせ内(うち)を照(て)らし心(こころ)を寧(やす)んじて坐(ざ)じ、 身中(しんちゅう)の日月(じつげつ)は坎離(かんり=陰陽)交(まじ)わる。 萬事(ばんじ=全て)を思(おも)わず全(まった)く寡欲(かよく=欲少なく)、 六根(ろっこん=六つの感官)清淨(しょうじょう=清らか)にして體(たい=体)堅牢(けんろう=堅固)なり。 老(おい)を返(かえ)し童(わらべ)に還(かえ)ること容易(ようい=たやすく)に得(え)、 凡(ぼん=凡俗)を超(こ)え聖(せい=聖人)に入(い)る路(みち)は遙(とお)からず。 三年(さんねん)漏(ろう=漏失)無(な)くして仙體(せんたい=仙の体)と成(な)り、 俗輩(ぞくはい=俗物)の煎熬(せんごう=苦しみ)を受(う)くると不同(おなじから)ず。 十洲三島(じっしゅうさんとう=仙郷)に還(ま)た遊戲(ゆうぎ=遊び)し、 海角天涯(かいかくてんがい=地の果て)を轉(めぐ)りて一遭(ひとめぐり)す。」 「活(い)きて該(あた)る三百余歳(さんびゃくよさい=三百余歳)、 飛升(ひしょう=飛昇)して九霄(きゅうしょう=大空)に上(のぼ)るを得(え)ず。 海(うみ)に下(くだ)りて龍(りゅう)を降(くだ)し真(しん=まこと)の寶貝(ほうばい)を得(え)、 才(ようや)く金箍棒(きんこぼう)一條(ひとすじ)有(あ)り。 花果山(かかざん)の前(まえ)に帥首(すいしゅ=首領)と為(な)り、 水簾洞(すいれんどう)の裏(うち)に群妖(ぐんよう=妖怪の群れ)を聚(あつ)む。 玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)には宣詔(せんしょう=詔)を傳(つた)えらせ、 我(われ)を齊天(せいてん=天に斉しい)の極品(きょくひん=最高位)の高(たか)きに封(ほう)ぜり。 幾番(いくたび)か大(おお)いに靈霄殿(れいしょうでん)を鬧(さわ)がし、 數次(たびたび)曾(かつ)て王母(おうぼ=西王母)の桃(もも)を偷(ぬす)めり。 天兵(てんぺい)十万(じゅうまん)我(われ)を降(くだ)さんと來(きた)り、 層層(そうそう=幾重にも)密密(みつみつ=びっしり)として槍刀(そうとう)を布(し)けり。 天王(てんのう)を戰(たたか)い退(しりぞ)けて上界(じょうかい=天上)に歸(かえ)らしめ、 哪吒(なた)は痛(いたみ)を負(お)いて兵(へい)を領(ひき)い逃(に)ぐ。 顯聖真君(けんせいしんくん=二郎真君)は能(よ)く變化(へんげ)するも、 老孫(ろうそん)は硬(つよく)賭(かけ=勝負)して跌(たお)れて平交(へいこう=互角)なり。 道祖(どうそ=太上老君)觀音(かんのん)は玉帝(ぎょくてい)と同(とも)に、 南天門(なんてんもん)の上(うえ)に降妖(ごうよう=妖を降す)を看(み)たり。 卻(かえ)って老君(ろうくん)の陣(じん=一陣)を助(たす)けられ、 二郎(じろう)は我(われ)を擒(とりこ)めて天曹(てんそう=天の役所)に到(いた)れり。 身(み)を將(も)って降妖柱(ごうようちゅう)に綁(しば)り在(あ)らしめ、 即(すなわ)ち神兵(しんぺい)に命(めい)じて首(くび)を把(と)って梟(さら)さしむ。 刀(かたな)に砍(き)られ鎚(つち)に敲(たた)かるるも壞(やぶ)るるを得(え)ず、 又(また)雷(いかずち)を打(う)たせ火(ひ)を來(きた)らせて燒(や)かしむ。 老孫(ろうそん)は其實(じつ=実に)に手段(しゅだん=腕)有(あ)りて、 全然(まるで=全く)半分毫(はんぶんごう=少しも)も怕(おそ)れず。 送(おく)りて老君(ろうくん)が爐(ろ)の裏(うち)に在(あ)りて煉(ね)らるるも、 六丁神火(りくていしんか=六丁の神火)に慢(ゆっ)くり煎熬(せんごう=煮え熬ら)る。 日(ひ)満(み)ちて爐(ろ)を開(ひら)けば我(われ)は跳(と)び出(い)で、 手(て)に鐵棒(てつぼう)を持(も)ちて天(てん)を繞(めぐ)りて跑(はし)る。 縱橫(じゅうおう=縦横無尽)に到(いた)る處(ところ)遮擋(しゃとう=遮る)無(な)く、 三十三天(さんじゅうさんてん)を鬧(さわ)がして一遭(ひとめぐり)す。 我(わ)が佛(ほとけ)如來(にょらい)は法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、 五行山(ごぎょうさん)は老孫(ろうそん)が腰(こし)を壓(おさ)えつけたり。 整整(まるまる)壓(おさ)えらるること該(あた)る五百載(ごひゃくさい=五百年)、 幸(さいわ)いに三藏(さんぞう)の唐朝(とうちょう)より出(い)づるに逢(あ)えり。 吾(われ)今(いま)皈正(きしょう=正しく帰依)して西方(さいほう)に去(ゆ)き、 轉(う)じて雷音(らいおん=雷音寺)に上(のぼ)りて玉毫(ぎょくごう=仏の白毫)を見(み)ん。 你(おまえ)去(ゆ)きて乾坤(けんこん=天地)四海(しかい=四方の海)に問(と)うて一問(ひとたずね=尋ねてみ)よ、 我(われ)は是(こ)れ歷代(れきだい=代々)馳名(ちめい=名を馳せる)第一(だいいち)の妖(よう=妖怪)ぞ!」 那(そ)の怪(かい)は言(げん)を聞(き)きて笑(わら)って道(いわ)く:「你(おまえ)は原來(もともと)那(あ)の天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし弼馬溫(ひつばおん=馬の世話係)なるか?」行者(ぎょうじゃ)の最(もっと)も惱(なや=腹立て)むは是(こ)れ人(ひと)の他(かれ)を叫(よ)びて弼馬溫(ひつばおん)と做(な)すなり;這(こ)の一声(ひとこえ)を聽(き)きて、心(こころ)の中(うち)に大怒(だいど=大いに怒る)。罵(ののし)って道(いわ)く:「你(おまえ)這(こ)の賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)め!袈裟(けさ)を偷(ぬす)みて還(かえ)さず、倒(かえ)って老爺(ろうや)を傷(そこな)うか!走(に)ぐるな!棍(こん=棒)を看(み)よ!」那(そ)の黑漢(こくかん)は身(み)を側(かわ)して避(よ)け過(す)ぎ、長槍(ちょうそう)を綽(ひっさ=手に取り)ぎ、劈手(へきしゅ=素早く手を返し)に來(きた)りて迎(むか)う。兩家(りょうか=両者)の這場(このひとしきり)の好(よ)き殺(たたかい): 「如意棒(にょいぼう)、黑纓槍(こくえいそう)、二人(ふたり)洞口(どうぐち)に剛強(ごうきょう=剛く強き)を逞(たくま)しくす。 心(むね)を分(わ)ち臉(かお)を劈(さ)きて刺(さ)し、臂(うで)に著(あた)り頭(あたま)を照(てら)して傷(きず)つく。 這個(こちら)は橫(よこ)に陰棍手(いんこんしゅ=陰の棒技)を投(なげう)ち、那個(あちら)は直(ただ)ちに急三槍(きゅうさんそう=三度の速い槍)を拈(ひね)る。 白虎(びゃっこ=白虎)は山(やま)を爬(はい)りて爪(つめ)を探(さぐ)りに來(きた)り、黃龍(こうりゅう=黄龍)は道(みち)に臥(ふ)して身(み)を轉(めぐ)らして忙(いそが)し。 彩霧(さいむ=彩りの霧)を噴(ふ)き、毫光(ごうこう=細き光)を吐(は)き、兩個(ふたり)の妖仙(ようせん)は量(はか)るべからず: 一個(ひとり)は是(こ)れ修正(しゅうしょう=修行を正す)の齊天聖(せいてんせい)、一個(ひとり)は是(こ)れ成精(せいせい=精と化す)の黑大王(こくだいおう)。 這場(このひとしきり)の山裏(やまなか)に相爭(あらそ)う處(ところ)、只(た)だ袈裟(けさ)の為(ため)に各々(おのおの)不良(ふりょう=悪い)なり。」 那(そ)の怪(かい)と行者(ぎょうじゃ)は十數回合(じっすうかいごう=十数合)鬥(たたか)えど、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。漸漸(ようやく)として紅日(こうじつ=赤い日)午(ひる)に當(あた)れば、那(そ)の黑漢(こくかん)は槍(やり)を舉(あ)げて鐵棒(てつぼう)を架(ささ)え住(とど)めて道(いわ)く:「孫行者(そんぎょうじゃ)、我(われ)ら二(ふた)人(り)は且(しばら)く兵(へい=軍)を收(おさ)め、我(われ)が膳(ぜん=食事)を進(と)り來(きた)るを等(ま)て、再(ふたた)び你(おまえ)と賭鬥(かけくらべ=勝負)せん。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)這個(こ)の孽畜(げっちく=けだもの)め、教(い)うて漢子(おとこ=男)と做(な)すか?好(よ)き漢子(おとこ)は、半日兒(はんにち=半日)に就(すなわ)ち飯(めし)を要(もと)めんか?老孫(ろうそん)が山(やま)の根(ね=麓)の下(した)に、整(まるまる)と壓(おさ)えらるること五百余年(ごひゃくよねん)、也(ま)た曾(かつ)て些(すこし)の湯水(とうすい=汁や水)を嘗(な)めず、那裏(どう)して便(すなわ)ち餓(う)えんか?故(ことわけ=言い訳)を推(お)すな!走(に)ぐるな!我(わ)が袈裟(けさ)を還(かえ)して來(きた)らば、方(はじ)めて你(おまえ)を去(ゆ)きて飯(めし)を食(く)わしめん!」那(そ)の怪(かい)は虛(くう=空)に槍(やり)を幌(ひるがえ)し、身(み)を撒(ひるがえ=翻し)て洞(どう)に入(い)り、石門(せきもん)を關(とざ)し、小怪(しょうよう)を收(おさ)め回(めぐ)し、且(しばら)く筵宴(えんえん=酒宴)を安排(あんぱい=用意)し、請帖(せいじょう=招待状)を書寫(しょしゃ=したため)し、各山(かくざん)の魔王(まおう)を邀請(ようせい=招き)て慶會(けいえ=祝宴)するは題(だい=話題)せず。 卻説(さて)行者(ぎょうじゃ)は門(もん)を攻(せ)むるも開(ひら)かず、也(ま)た只(た)だ已(や)むを得(え)ず觀音院(かんのんいん)に回(かえ)る。那(そ)の本寺(ほんじ)の僧人(そうにん)は已(すで)に那(あ)の老和尚(ろうおしょう)を葬埋(そうまい=埋葬)し、都(みな)方丈(ほうじょう)の裏(うち)に在(あ)りて唐僧(とうそう)に伏侍(ぶじ=仕え)す。早齋(そうさい=朝の食事)は已(すで)に畢(おわ)り、又(また)午齋(ごさい=昼の食事)を擺(はい=並べ)せり。正(まさ)に那(そこ)に在(あ)りて湯(ゆ=汁)を添(そ)え水(みず)を換(か)えるに、只(ただ)見(み)る行者(ぎょうじゃ)の空(くう=空)より降(くだ)り下(お)りて來(きた)るを。衆僧(しゅうそう)は禮拜(らいはい)して、方丈(ほうじょう)に接(むか)え入(い)れ、三藏(さんぞう)に見(まみ)えたり。 三藏(さんぞう)道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)は來(きた)れるか?袈裟(けさ)は如何(どう)なれる?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「已(すで)に根由(こんゆ=手がかり)有(あ)り。早(はや)きに是(こ)れ曾(かつ)て這些(これら)の和尚(おしょう)を冤(えん=無実に罪)せざりき。原來(もともと)是(こ)れ那(あ)の黑風山(こくふうざん)の妖怪(ようかい)の偷(ぬす)めるなり。老孫(ろうそん)は去(ゆ)きて暗暗(ひそか)に他(かれ)を尋(たず)ぬるに、只(ただ)見(み)る他(かれ)が一個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)と、一個(ひとり)の老道人(ろうどうにん)と、那(あ)の芳草坡(ほうそうば)の前(まえ)に坐(ざ)して講話(こうわ=話し合う)せるを。也(ま)た是(こ)れ個(ひとり)の打(う)たずして自(みずか)ら招(しょう=白状)するの怪物(かいぶつ)にして、他(かれ)は忽然(たちまち)說(い)い出(い)だして道(いわ)く:後日(あさって)は是(こ)れ他(かれ)が母難之日(ぼなんのひ=誕生日)、諸邪(しょじゃ=多くの妖怪)を邀請(ようせい=招き)て來(きた)りて生日(たんじょうび)を做(な)す;夜來(ゆうべ)一件(ひとつ)の錦襴佛衣(きんらんぶつい)を得(え)たり、以(もっ)て此(これ)を壽(ことぶき)と為(な)し、一(ひとつ)の大宴(たいえん=大宴会)を作(つく)り、喚(よ)んで『慶賞佛衣會(けいしょうぶついえ)』と做(な)すと。是(こ)れ老孫(ろうそん)が面前(めんぜん=目の前)に搶(つ)き到(いた)り、一棍(ひとぼう)打(う)てば、那(そ)の黑漢(こくかん)は風(かぜ)と化(か)して走(に)げ、道人(どうにん)も也(ま)た見(み)えず、只(た)だ個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)を把(と)って打(う)ち死(し)ねたり、乃(すなわ)ち是(こ)れ一條(ひとすじ)の白花蛇(はくかだ)の精(せい)と成(な)れるなり。我(われ)は又(また)急急(いそぎ)に他(かれ)が洞口(どうぐち)に趕(お)い到(いた)り、他(かれ)を叫(よ)び出(い)だして他(かれ)と賭鬥(かけくらべ=勝負)せり。他(かれ)は已(すで)に承認(しょうにん=認め)て、是(こ)れ他(かれ)が拿(と)り回(かえ)れると。戰(たたか)うこと這(こ)の半日(はんにち)に够(た)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。那(そ)の怪(かい)は洞(どう)に回(かえ)り、卻(かえ)って飯(めし)を食(く)わんとし、石門(せきもん)を關(とざ)し、懼(おそ)れて戰(たたか)いて出(い)でず。老孫(ろうそん)は卻(かえ)って回(かえ)り來(きた)りて師父(しふ)を看(み)て、先(ま)ず此(こ)の信(しん=便り)を報(ほう=知らせ)す。已(すで)に是(こ)れ袈裟(けさ)の下落(げらく=行方)有(あ)れば、他(かれ)の我(われ)に還(かえ)さざるを怕(おそ)れず。」 衆僧(しゅうそう)は言(げん)を聞(き)きて、合掌(がっしょう)するは合掌(がっしょう)し、磕頭(こうとう=額づく)するは磕頭(こうとう)し、都(みな)一声(ひとこえ)「南無阿彌陀佛(なむあみだぶつ)!今日(きょう)下落(げらく=行方)を尋(たず)ね著(あて=見つけ)たれば、我(われ)等(ら)は方(ようや)く性命(いのち)の有(あ)るを得(え)たり!」と念(ねん=唱え)ず。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)ら且(しばら)く喜歡(よろこび)暢快(ちょうかい=痛快がる)するを休(や)めよ、我(われ)は還(な)お未(いま)だ曾(かつ)て手(て)に到(いた)らず、師父(しふ)も未(いま)だ曾(かつ)て門(もん)を出(い)でず。只(た)だ袈裟(けさ)の有(あ)るを等(ま)ち、我(わ)が師父(しふ)を打發(ほうつ=送り出)して好(よ)き好(よ)く門(もん)を出(い)ださしめて、才(はじ)めて是(こ)れ你(おまえ)らの安樂處(あんらくしょ=安楽な所)なり;若(も)し稍(やや)些須(すこし=少し)の不虞(ふぐ=不測)有(あ)らば、老孫(ろうそん)は可(なんと)好惹(からまれ=からまれ易き)の主子(あるじ)ならんか!曾(かつ)て好(よ)き茶飯(さはん=お茶と食事)の我(わ)が師父(しふ)に吃(く)わせたること有(あ)るか?曾(かつ)て好(よ)き草料(そうりょう=秣)の馬(うま)を喂(やしな)えること有(あ)るか?」衆僧(しゅうそう)は俱(みな)満口(まんこう=口を揃え)答応(とうおう=返事)して道(いわ)く:「有(あ)り!有(あ)り!有(あ)り!更(さら)に曾(かつ)て一毫(いちごう)も老爺(ろうや)を待怠慢(たいまん=おろそか)にせず。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(おまえ)が去(ゆ)きてしまいしこの半日(はんにち)、我(われ)は已(すで)に三次(さんじ)の茶湯(さとう=茶や汁)を吃(く)い、兩餐(りょうさん=二食)の齋供(さいく=供養の食事)を過(す)ごせり。他(かれ)らは俱(みな)曾(かつ)て敢(あえ)て我(われ)を慢(あなど=粗略)にせず。但(ただ)只(た)だ是(こ)れ你(おまえ)は還(な)お心(こころ)を尽(つ)くし力(ちから)を竭(つく)して去(ゆ)きて袈裟(けさ)を尋(たず)ね取(と)りて回(かえ)れ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「忙(いそ)ぐな!既(すで)に下落(げらく=行方)有(あ)れば、管情(きっと)這(こ)の厮(やつ)を拿住(とらえ)えて、你(なんじ)に原物(げんぶつ=元の品)を還(かえ)さん。放心(ほうしん)!放心(ほうしん)!」 正(まさ)に說(と)く處(ところ)に、那(そ)の上房院主(じょうぼういんしゅ=上房の院主)、又(また)素供(そく=精進料理)を整治(せいち=整え)し、孫老爺(そんろうや)を請(しょう)じて齋(とき=食事)を吃(く)わしむ。行者(ぎょうじゃ)は卻(かえ)って些須(すこし=少し)を吃(く)い、復(また)祥雲(しょううん=めでたい雲)を駕(が=駆)り、又(また)去(ゆ)きて尋找(じんさが=探し求)む。 正(まさ)に行(ゆ)く間(あいだ)に、只(ただ)見(み)る一個(ひとり)の小怪(しょうよう=小妖怪)の、左脅下(さきょうか=左脇)の下(した)に一個(ひとつ)の花梨木匣兒(かりんぼくこうじ=花梨の木箱)を夾(はさ)み、大路(たいろ=街道)より來(きた)るを。行者(ぎょうじゃ)は他(かれ)が匣(はこ)の内(うち)に必(かなら)ず什麼(なに)かの柬札(かんさつ=文書)有(あ)らんと度(はか)り、棒(ぼう)を舉(あ)げて、頭(あたま)を劈(さ)いて一下(ひとつ)、可憐(あわれ)や打(う)つに禁(た)えず、就(すなわ)ち打(う)ちて個(ひとつ)の肉餅(にくへい=肉の餅)の一般(ごとく)と成(な)せり;卻(かえ)って路(みち)の旁(かたわら)に拖(ひ)き在(あ)らしめ、匣兒(はこ)を揭(あ)け開(あ)けて觀看(みわた)せば、果(はた)して是(こ)れ一封(ひとふう=一通)の請帖(せいじょう=招待状)なり。帖(ふだ)の上(うえ)に寫(しる)せるは: 「侍生(じせい=侍生)熊羆(ゆうひ)頓首(とんしゅ=頭を下げ)して拜(はい)し、 大闡金池老上人(だいせんきんちろうしょうにん=金池上人)丹房(たんぼう=仙室)に啓上(けいじょう=申し上げ)す: 屢(しばしば)佳惠(かけい=ご厚情)を承(うけたまわ)り、感激(かんげき)淵深(えんしん=深き淵のごとし)。 夜(よる)觀(み)るに回祿(かいろく=火事)の難(なん=災い)有(あ)りて、救護(きゅうご=救い護る)を失(しっ)せり、諒(おもんばか)るに仙機(せんき=仙の機)必(かなら)ず他害(たがい=他からの害)無(な)からん。 生(せい=私)は偶(たまたま)佛衣(ぶつい)一件(ひとつ)を得(え)たり、雅會(がかい=風流な会)を作(な)さんと欲(ほっ)し、謹(つつし)んで花酌(かしゃく=花を添えた酒)を具(そな)え、奉(たてまつ)りて清賞(せいしょう=清雅な鑑賞)を扳(ひ=招)かんとす。 期(き=期日)に至(いた)らば、千乞(なにとぞ=何卒)仙駕(せんが=仙の車駕)の過臨(かりん=来臨)して一敘(いちじょ=ひとしきり語ら)わんことを。是(こ)れ荷(こうむ=幸い)なり。先(さき)だつこと二日(ふつか)に具(そな)ふ。」 行者(ぎょうじゃ)は見(み)て、呵呵(かか=あはは)と大笑(たいしょう=大笑い)して道(いわ)く:「那(あ)の老剝皮(ろうはくひ=老いぼれ)、死(し)するに他(かれ)は一毫(いちごう=少し)も虧(そこな=損なわれ)ず!他(かれ)は原來(もともと)妖精(ようせい)と黨(とう=徒党)を結(むす)べり!怪(あや)しむらくは道(なるほど)他(かれ)も也(ま)た二百七十歳(にひゃくななじっさい)を活(い)きおおせたり。想(おも)うに是(こ)れ那(あ)の妖精(ようせい)が他(かれ)に什麼(なに)かの服氣(ふくき=気を服む)の小法兒(しょうほう=小さな法)を傳(つた)えたれば、故(ゆえ)に此(こ)の壽(じゅ=長寿)有(あ)るか。老孫(ろうそん)は還(な)お他(かれ)が模樣(すがた)を記(おぼ)え得(え)たり、我(われ)が就(すなわ)ち變(へん)じて那(あ)の和尚(おしょう)と做(な)り、他(かれ)が洞(どう)の裏(うち)に往(ゆ)きて走走(ちょっと行き)、我(わ)が那(あ)の袈裟(けさ)の放(お)かれし何處(どこ)なるを看(み)ん。仮(かり)に若(も)し手(て)に得(え)ば、即(すなわ)ち便(すぐ)に拿(と)り回(かえ)り、卻(かえ)って也(ま)た力(りき=労力)を省(はぶ=省)けり。」 好(よ)き大聖(たいせい)、呪語(じゅご=呪文)を念動(ねんどう=唱え)、風(かぜ)に迎(むか)って一變(いっぺん)すれば、果(はた)して就(すなわ)ち那(あ)の老和尚(ろうおしょう)の一般(ごとく)に像(に)たり、鐵棒(てつぼう)を藏(かく)し、步(あゆみ)を曳(ひ)き開(あ)き、徑(ただ)ちに洞口(どうぐち)に來(きた)り、「開門(もんをあけよ)」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。那(そ)の小妖(しょうよう)は門(もん)を開(あ)けて、是(こ)れ這般(このよう)の模樣(すがた)なるを見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を轉(めぐ)らして報(ほう)じて道(いわ)く:「大王(だいおう)、金池長老(きんちちょうろう)が來(こ)られました。」那(そ)の怪(かい)は大(おお)いに驚(おどろ)きて道(いわ)く:「剛才(さっき=今しがた)小(ちいさ)き者(もの)を差(つか)わして簡帖(かんじょう=招待状)を下(おろ)して他(かれ)を請(しょう)ぜしむるに、此(こ)の時候(じこう=頃)は未(いま)だ那裏(あちら)に到(いた)らざるに、如何(どう)して他(かれ)は就(すなわ)ち來(きた)ること這等(このよう)に迅速(じんそく=速やか)なるか?想(おも)うに是(こ)れ小(ちいさ)き者(もの)の曾(かつ)て他(かれ)に撞(ぶつ)からざりしが、断(きっと)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の他(かれ)を呼(よ)びて袈裟(けさ)を討(もと)めに來(きた)らしめたるならん。事(こと)を管(つかさど)る者(もの)よ、佛衣(ぶつい)を把(と)って藏(かく)せよ、他(かれ)に見(み)えしむること莫(なか)れ。」 行者(ぎょうじゃ)は前門(ぜんもん)に進(い)りて、但(ただ)見(み)る那(あ)の天井(てんじょう=中庭)の中(なか)に、松篁(しょうこう=松と竹)は翠(みどり)を交(まじ)え、桃李(とうり=桃と李)は妍(うつくしさ)を爭(あらそ)い、叢叢(そうそう=むらがり)として花(はな)發(ひら)き、簇簇(ぞくぞく=群れ)として蘭(らん)の香(かおり)し、卻(かえ)って也(ま)た是(こ)れ個(ひとつ)の洞天(どうてん=仙境)之處(ところ)なり。又(また)見(み)る那(あ)の二門(にげん=二番目の門)の上(うえ)に一聯(ひとくみ)の對子(つい=対句)有(あ)り、寫(しる)せるは:「靜(しずか)かに深山(しんざん=奥山)に隱(かく)れて俗慮(ぞくりょ=俗な思い)無(な)く、幽(ゆう=幽かに)仙洞(せんどう)に居(きょ)して天真(てんしん=天然の真)を樂(たの)しむ。」 行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に道(いわ)く:「這(こ)の厮(やつ)も也(ま)た是(こ)れ個(ひとり)の垢(あか=汚れ)を脫(ぬ)ぎ塵(ちり)を離(はな)れ、命(めい=天命)を知(し)れるの怪物(かいぶつ)かな。」門(もん)の裏(うち)に入(い)り、前(まえ)に往(ゆ)きて又(また)進(すす)み、三層門(さんそうもん=三つ目の門)の裏(うち)に到(いた)れば、都(みな)是(こ)れ些(いささ)かの畫棟雕梁(がとうちょうりょう=絵や彫刻の施された棟や梁)、明窗彩戶(めいそうさいこ=明るい窓と彩りの戸)なり。只(ただ)見(み)る那(あ)の黑漢子(こくかんし=黒い男)は、穿(き)るは是(こ)れ黑綠紵絲袢襖(こくりょくちょしはんおう=黒緑の苧麻の綿入れ)、一領(ひとえ)の鴉青花綾披風(あせいかりょうひふう=烏のような黒の綾の外套)を罩(おお)い、一頂(ひとつ)の烏角軟巾(うかくなんきん=黒い角の柔らかい頭巾)を戴(いただ)き、一雙(ひとくみ)の麂皮皁靴(きひそうか=麂革の黒い靴)を穿(は)く;行者(ぎょうじゃ)の進(い)り來(きた)るを見(み)て、衣巾(いきん=衣と頭巾)を整頓(せいとん=整え)、階(きざはし)を降(くだ)りて迎接(げいせつ=迎え)えて道(いわ)く:「金池老友(きんちろうゆう=金池の旧友)、連日(れんじつ=このところ)親(したしみ=親交)を欠(か)きたり。請(こ)う坐(ざ)せ、請(こ)う坐(ざ)せ。」行者(ぎょうじゃ)は禮(れい)を以(もっ)て相見(そうけん=面会)す。見(まみ)えて畢(おわ)りて坐(ざ)し、坐(ざ)して定(さだ)まりて茶(ちゃ)なり。茶(ちゃ)罷(おわ)りて、妖精(ようせい)は身(み)を欠(かが)めて道(いわ)く:「適(さっき)小簡(しょうかん=小さな文)の奉啓(ほうけい=差し上げる)有(あ)りて、後日(あさって)に一敘(いちじょ=ひとしきり語ら)わんとせるに、何(なん)ぞ老友(ろうゆう=旧友)の今日(きょう)就(すなわ)ち下顧(かこ=来臨)せるや?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「正(まさ)に來(きた)りて進拜(しんぱい=参上)するに、路(みち)に華翰(かかん=貴簡)に遇(あ)わんとは期(き=思い)せざりき、『佛衣雅會(ぶついがかい)』有(あ)るを見(み)て、此(こ)の故(ゆえ)に急急(いそぎ)に奔(はし)り來(きた)れり、願(ねが)わくは見(み)ることを求(もと)めん。」那(そ)の怪(かい)は笑(わら)って道(いわ)く:「老友(ろうゆう)は差(ちが)えり。這(こ)の袈裟(けさ)は本(もと)是(こ)れ唐僧(とうそう)のもの、他(かれ)は你(おまえ)の處(もと)に住札(じゅうさつ=滞在)せるに、你(おまえ)は豈(あに)曾(かつ)て看(み)ざりしや、反(かえ)って我(われ)に就(つ)きて看看(みてみ)んと來(きた)るか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「貧僧(ひんそう=この僧)は借(か)り來(きた)りて、夜(よる)に因(よ)りて還(な)お曾(かつ)て展(ひろ)げ看(み)ざるに、大王(だいおう)の取(と)り來(きた)れるに遇(あ)えり。又(また)火(ひ)に燒(や)かれて荒山(こうざん=荒れた山)を失(うしな)い、家私(かし=家財)を失落(しつらく=紛失)せり。那(あ)の唐僧(とうそう)の徒弟(とてい=弟子)は、又(また)些(いささ)か驍勇(ぎょうゆう=勇猛)にして、亂(みだ)りに忙(いそが)しき中(うち)に、四下(あちこち)里(じょう=中)に都(みな)尋覓(じんべき=探し求)むるも見(み)えず。原來(もともと)是(こ)れ大王(だいおう)の洪福(こうふく=大いなる福)の收(おさ)め來(きた)れるなれば、故(ゆえ)に特(とく)に來(きた)りて一見(いっけん=ひと目拝見)せんとす。」 正(まさ)に講(こう=語)る處(ところ)に、只(ただ)見(み)る一個(ひとり)の巡山(じゅんざん=山を見回る)の小妖(しょうよう)有(あ)りて、來(きた)りて報(ほう=知らせ)じて道(いわ)く:「大王(だいおう)!禍事(かじ=大変事)なるぞ!請書(せいしょ=招待状)を下(おろ)せるの小校(しょうこう=小兵)は、孫行者(そんぎょうじゃ)に大路(たいろ=街道)の旁(かたわら)に打(う)ち殺(ころ)され、他(かれ)は経兒(きょう=手口)を綽(ひっさ=手に取り)ぎて、變化(へんげ)して金池長老(きんちちょうろう)と做(な)り、來(きた)りて佛衣(ぶつい)を騙(だま)し取(と)らんとす!」那(そ)の怪(かい)は言(げん)を聞(き)きて、暗(あん=ひそか)に道(いわ)く:「我(われ)が說(い)える那(あ)の長老(ちょうろう)の怎麼(どう)して今日(きょう)就(すなわ)ち來(きた)り、又(また)來(きた)ること迅速(じんそく=速やか)なるは、果(はた)して是(こ)れ他(かれ)なり!」急(いそ)ぎ身(み)を縱(はな)ち、槍(やり)を拿(と)り過(よ)ぎて、就(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を刺(さ)す。行者(ぎょうじゃ)は耳朶(じみ=耳)の裏(うち)より急(いそ)ぎ棍子(こんす=棒)を掣(ひ)き出(い)だし、本相(ほんぞう=元の姿)を現(あらわ)し、槍尖(そうせん=槍の穂)を架(ささ)え住(とど)めて、就(すなわ)ち他(かれ)が那(あ)の中廳(ちゅうちょう=中央の広間)の裏(うち)より跳(おど)り出(い)で、天井(てんじょう=中庭)の中(なか)より、前門(ぜんもん)の外(そと)に鬥(たたか)い到(いた)り、唬(おどろ)かす那(あ)の洞(どう)の裏(うち)の群魔(ぐんま=妖怪の群れ)をして都(みな)膽(きも=度胸)を喪(うしない)、家(いえ)の間(あいだ)の老幼(ろうよう=老いも若きも)をして尽(ことごと)く魂(たましい)無(な)からしむ。這場(このひとしきり)は山頭(さんとう=山の頂)に在(あ)りて好(よ)く賭鬥(かけくらべ=勝負)し、前番(ぜんぱん=前回)に比(くら)ぶるに更(さら)に是(こ)れ不同(おなじからず)。好(よ)き殺(たたかい): 「那(あ)の猴王(こうおう)は膽(きも)大(おお)きくして和尚(おしょう)に充(なりすま)し、這(こ)の黑漢(こくかん)は心(こころ)靈(たくみ=巧み)にして佛衣(ぶつい)を隱(かく)す。 語(ことば)去(さ)り言(ことば)來(きた)りて機會(きかい=機会)巧(たく)みなり、機(き)に隨(したが)い變(へん)に応(おう)じて差池(さち=狂い)無(な)し。 袈裟(けさ)は見(み)んと欲(ほっ)すれど由(よし=術)無(な)く見(み)えず、寶貝(ほうばい)は玄微(げんび=奥深く)として真(しん)に妙微(みょうび=妙に微か)なり。 小怪(しょうよう)は山(やま)を尋(めぐ)りて禍事(かじ=大変事)を言(い)い、老妖(ろうよう)は怒(いかり)を發(はっ)して神威(しんい=神の威)を顯(あらわ)す。 身(み)を翻(ひるがえ)して打(う)ち出(い)づ黑風洞(こくふうどう)、槍(やり)棒(ぼう)爭持(そうじ=競い合い)て是非(ぜひ=是非)を辨(わきま)う。 棒(ぼう)は長槍(ちょうそう)を架(ささ)えて声(こえ)響亮(きょうりょう=響き)き、槍(やり)は鐵棒(てつぼう)を迎(むか)えて光輝(こうき)を放(はな)つ。 悟空(ごくう)の變化(へんげ)は人間(にんげん)に少(すくな)く、妖怪(ようかい)の神通(じんつう)は世上(せじょう)に稀(まれ)なり。 這個(こちら)は佛衣(ぶつい)を把(と)って來(きた)りて壽(ことぶき)を慶(いわ)わんとし、那個(あちら)は袈裟(けさ)を得(え)ざれば肯(あえ)て善(よ)く歸(かえ)らんや? 這番(このたび)の苦戰(くせん=苦しい戦い)は手(て)を分(わ)かち難(がた)く、就(すなわ)ち是(こ)れ活佛(かつぶつ=生き仏)の凡(ぼん=この世)に臨(のぞ)むも也(ま)た圍(かこみ)を解(と)くを得(え)じ。」 他(かれ)の二(ふた)人(り)は洞口(どうぐち)より打(う)ちて山頭(さんとう=山の頂)に上(のぼ)り、山頭(さんとう)より雲外(うんがい=雲の彼方)に殺(きりあ)い在(あ)り、霧(きり)を吐(は)き風(かぜ)を噴(ふ)き、砂(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走(はし)らせ、只(た)だ紅日(こうじつ=赤い日)の西(にし)に沈(しず)むまで鬥(たたか)うも、勝敗(しょうはい)を分(わ)かたず。那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「姓(せい)を孫(そん)と做(い)う者(もの)よ、你(おまえ)は且(しばら)く手(て)を住(とど)めよ。今日(きょう)は天(てん)が晩(くれ)て、相持(あいとど=渡り合う)に好(よ)からず。你(おまえ)は去(ゆ)け、你(おまえ)は去(ゆ)け!明早(あした)の來(きた)るを待(ま)て、你(おまえ)と定(さだ)めん一個(ひとつ)の死活(しかつ=生死)を。」行者(ぎょうじゃ)は叫(よばわ)りて道(いわ)く:「兒(こ=小僧)め走(に)ぐるな!戰(たたか)わんと要(もと)めれば便(すなわ)ち個(ひとつ)の戰(たたかい)の像(かたち=格好)せよ、天(てん)の晩(くれ)たるを以(もっ)て相推(あいお=言い訳)すべからず。」他(かれ)の沒頭沒臉(でたらめに=構わず)に、只情(ひたすら)棍子(こんす=棒)を使(つか)いて打(う)ち來(きた)るを看(み)よ、這(こ)の黑漢(こくかん)は又(また)陣(ひとむれ)の清風(せいふう=清い風)と化(か)し、本洞(ほんどう=元の洞)に轉(めぐ)り回(かえ)り、緊(かた)く石門(せきもん)を閉(とざ)して出(い)でず。 行者(ぎょうじゃ)は卻(かえ)って計策(けいさく)奈何(いかん=どうしようもなく)、只(た)だ已(や)むを得(え)ず也(ま)た觀音院(かんのんいん)の裏(うち)に回(かえ)る。雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)え落(おと)し、「師父(しふ)」と一声(ひとこえ)道(い)う。那(そ)の三藏(さんぞう)は眼(め)を兒(こまか=細かく)巴巴(じっと=じっと)と、正(まさ)に他(かれ)を望(のぞ)めるところなり。忽(たちま)ち面前(めんぜん=目の前)に到(いた)れるを見(み)て、甚(はなは)だ喜(よろこ)び;又(また)他(かれ)が手(て)の裏(うち)に袈裟(けさ)の無(な)きを見(み)て、又(また)懼(おそ)る;問(と)うて道(いわ)く:「怎麼(どう)して這番(こんど)は還(な)お曾(かつ)て袈裟(けさ)の來(きた)らざるか?」 行者(ぎょうじゃ)は袖(そで)の中(なか)より個(ひとつ)の簡帖兒(かんじょう=招待状)を取(と)り出(い)だし、三藏(さんぞう)に遞(わた)して道(いわ)く:「師父(しふ)、那(あ)の怪物(かいぶつ)と這(こ)の死(し)せる老剝皮(ろうはくひ)とは、原(もと)是(こ)れ朋友(ほうゆう)なり。他(かれ)は一個(ひとり)の小妖(しょうよう)をして此(こ)の帖(ふだ)を送(おく)り來(きた)らせ、還(な)お他(かれ)を請(しょう)じて『佛衣會(ぶついえ)』に赴(おもむ)かしめんとす。是(こ)れ老孫(ろうそん)が那(あ)の小妖(しょうよう)を把(と)って打(う)ち死(し)ね、變(へん)じて那(あ)の老和尚(ろうおしょう)と做(な)り、他(かれ)が洞(どう)に進(い)り去(ゆ)きて、一鐘(ひとつ)の茶(ちゃ)を吃(く)いて騙(だま)り取(と)れり。袈裟(けさ)を他(かれ)に問(と)いて討(もと)めて看看(みてみ)んと欲(ほっ)せしに、他(かれ)は肯(あえ)て拿(と)り出(い)ださず。正(まさ)に坐(ざ)せる間(あいだ)に、忽(たちま)ち一個(ひとり)の什麼(なに)かの巡風(じゅんぷう=風を見回る)の者(もの)に、風信(ふうしん=風の便り)を走(はし)らされて、他(かれ)は就(すなわ)ち我(われ)と打(う)ち將(た)ち起(おこ)れり。只(た)だ這(こ)の早晚(ちょうぼう=この頃)まで鬥(たたか)うも、上下(じょうげ=優劣)を分(わ)かたず。他(かれ)は天(てん)の晩(くれ)たるを見(み)て、閃(ひらめ)きて洞(どう)に回(かえ)り去(ゆ)き、緊(かた)く石門(せきもん)を閉(とざ)せり。老孫(ろうそん)は奈何(いかん=どうしようもなく)、也(ま)た暫(しばら)く回(かえ)り來(きた)れり。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(おまえ)の手段(しゅだん=腕前)は他(かれ)に比(くら)ぶるに何如(いかん)ぞや?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(われ)も也(ま)た硬(つよ)きこと多(おお)からず、只(た)だ戰(たたか)いて個(ひとつ)の手平(てごこち=互角)なり。」 三藏(さんぞう)は才(ようや)く簡帖(かんじょう)を看(み)て、又(また)那(あ)の院主(いんしゅ)に遞(わた)して道(いわ)く:「你(おまえ)が師父(しふ)は敢(あえ)て莫(もしか)して也(ま)た是(こ)れ妖精(ようせい)ならんか?」那(そ)の院主(いんしゅ)は慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(お)りて道(いわ)く:「老爺(ろうや)、我(わ)が師父(しふ)は是(こ)れ人(ひと)なり;只(た)だ那(あ)の黑大王(こくだいおう)の人道(じんどう=人の道)を修(おさ)め成(な)せるに因(よ)り、常(つね)に寺(てら)の裏(うち)に來(きた)りて我(わ)が師父(しふ)と經(きょう)を講(こう=語)じ、他(かれ)は我(わ)が師父(しふ)に些(いささ)かの養神服氣(ようじんふくき=神を養い気を服む)之術(じゅつ)を傳(つた)えたれば、故(ゆえ)に朋友(ほうゆう)を以(もっ)て相稱(あいしょう=呼び合う)せり。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這(こ)の伙(くずれ=連中)の和尚(おしょう)には甚(なに)の妖氣(ようき=妖気)も無(な)し、他(かれ)らは一個個(めいめい)頭(あたま)は円(まる)く頂(いただき)は天(てん)に、足(あし)は方(ほう=四角)にして地(ち)を履(ふ)む、但(ただ)老孫(ろうそん)に比(くら)ぶるに肥胖(ひはん=太り)長大(ちょうだい=大柄)なる些(すこし)のみにして、妖精(ようせい)に非(あら)ず。你(おまえ)看(み)よ那(あ)の帖兒(ふだ)の上(うえ)に『侍生熊羆(じせいゆうひ)』と寫(しる)せるを、此(こ)の物(もの)は必定(きっと)是(こ)れ個(ひとり)の黑熊(こくゆう=黒熊)の精(せい)と成(な)れるなり。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「我(われ)は古人(こじん)の云(い)える『熊(ゆう=熊)と猩猩(しょうじょう)とは相類(あいるい=似たり)』と聞(き)けり。都(みな)是(こ)れ獸類(じゅるい=獣の類)なるに、他(かれ)は卻(かえ)って怎麼(どう)して精(せい)と成(な)れるか?」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「老孫(ろうそん)は是(こ)れ獸類(じゅるい)なるが、見(み)て齊天大聖(せいてんたいせい)と做(な)れる、他(かれ)と何(なん)の異(こと=違い)か有(あ)らん?大抵(おおよそ)世間(せけん)之物(もの)、凡(およ)そ九竅(きゅうきょう=九つの穴)有(あ)る者(もの)は、皆(みな)以(もっ)て修行(しゅぎょう)して仙(せん=仙人)と成(な)るべし。」三藏(さんぞう)又(また)道(いわ)く:「你(おまえ)は才(さっき)他(かれ)の本事(ほんじ=腕前)の你(おまえ)と手平(てごこち=互角)なると說(い)えるが、你(おまえ)は卻(かえ)って怎生(どう)して勝(か)ち得(え)て、我(わ)が袈裟(けさ)を取(と)り回(かえ)らんか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「管(かま)うな、管(かま)うな、我(われ)に處治(しょち=手立て)有(あ)り。」 正(まさ)に商議(しょうぎ=相談)する間(あいだ)に、衆僧(しゅうそう)は晚齋(ばんさい=夕食)を擺(はい=並べ)し上(あ)げ、他(かれ)の師徒(しと)たちを請(しょう)じて之(これ)を吃(く)わしむ。三藏(さんぞう)は燈(あかり)を掌(てに=とも)さしめ、仍(な)お前(まえ)の禪堂(ぜんどう=座禅堂)に去(ゆ)きて安歇(あんけつ=休ま)る。衆僧(しゅうそう)は都(みな)墻(かべ=塀)に挨(よ)り壁(かべ)に倚(よ)り、苫(むしろ)を搭(わた)して窩棚(かほう=掘っ建て小屋)を作(つく)り、各各(おのおの)睡(ね)り下(お)り、只(た)だ個(ひとつ)の後方丈(ごほうじょう=裏の住職の間)を把(と)って那(あ)の上下院主(じょうげいんしゅ)の安身(あんしん=身を休める)に讓(ゆず)れり。此(こ)の時(とき)夜(よる)は靜(しず)かなり。但(ただ)見(み)よ: 「銀河(ぎんが=天の川)は影(かげ)を現(あらわ)し、玉宇(ぎょくう=玉の空)には塵(ちり)無(な)し。 滿天(まんてん=空いっぱい)の星(ほし)燦爛(さんらん=きらきら)と、一水(いっすい=一面の水)は浪(なみ)痕(あと)を收(おさ)む。 萬籟(ばんらい=あらゆる音)は聲(こえ)寧(やす)らかに、千山(せんざん=幾千の山)に鳥(とり)絕(た)ゆ。 溪邊(けいへん=谷のほとり)の漁火(ぎょか=漁の火)は息(や)み、塔(とう)の上(うえ)の佛燈(ぶっとう=仏の灯)は昏(くら)し。 昨夜(ゆうべ)は闍黎(しゃり=僧)の鐘鼓(しょうこ)の響(ひび)けるも、今宵(こよい)は一遍(ひとわたり)の哭(な)く声(こえ)の聞(き)こゆるのみ。」 是(こ)の夜(よる)禪堂(ぜんどう)に在(あ)りて歇宿(けっしゅく=泊まる)。那(そ)の三藏(さんぞう)は袈裟(けさ)を想(おも)いて、那裏(どう)かに穩(やす)らかなる睡(ねむり)を得(え)ん?忽(たちま)ち身(み)を翻(ひるがえ)して窗(まど)の外(そと)の透(す)き白(しろ)むを見(み)て、急(いそ)ぎ起(お)きて叫(よばわ)りて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、天(そら)が明(あか)るんだ、快(すみや)かに袈裟(けさ)を尋(たず)ねに去(ゆ)け。」行者(ぎょうじゃ)は一骨魯(いちころ=くるり)と跳(おど)り將(た)ち起(お)きる。早(はや)くも衆僧(しゅうそう)の侍立(じりつ=控え立ち)して、湯水(とうすい=湯や水)を供奉(ぐぶ=供え)するを見(み)て、行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)らは心(こころ)を用(もち)いて我(わ)が師父(しふ)に伏侍(ぶじ=仕え)よ、老孫(ろうそん)は去(ゆ)くなり。」三藏(さんぞう)は床(とこ=寝床)を下(お)り、扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く:「你(おまえ)は那裏(どこ)へ往(ゆ)かんとす?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(われ)想(おも)うに這(こ)の樁(ひとつの=この一件)の事(こと)は都(みな)是(こ)れ觀音菩薩(かんのんぼさつ)の理(り=道理)が無(な)きにして、他(かれ)は這(こ)の個(ひとつ)の禪院(ぜんいん)有(あ)りて、此(ここ)に在(あ)りて此處(こちら)の人家(じんか=人々)の香火(こうか=線香と灯明)を受(う)けながら、又(また)那(あ)の妖精(ようせい)の鄰(となり)に住(じゅう=住む)を容(ゆる)せり。我(われ)は南海(なんかい)に去(ゆ)きて他(かれ)を尋(たず)ね、他(かれ)と三講(みつほど=ひとしきり)講(こう=語)り、他(かれ)に親(みずか)ら來(きた)りて妖精(ようせい)に袈裟(けさ)を問(と)い討(もと)めて我(われ)に還(かえ)さしめん。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「你(おまえ)が這(こ)れ去(ゆ)かば、幾時(いつ)に回(かえ)り來(きた)るか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「時(とき)の少(すくな)きは只(た)だ飯罷(めしあと=食事の後)に在(あ)り、時(とき)の多(おお)きは只(た)だ晌午(ひる=昼)に在(あ)り、就(すなわ)ち成功(せいこう=成就)せり。那些(これら)の和尚(おしょう)は、可(よ)く好(よ)く伏侍(ぶじ)すべし、老孫(ろうそん)は去(ゆ)くなり。」 說(い)う声(こえ)の去(ゆ)くや、早(はや)くも已(すで)に蹤(あと=跡)無(な)し。須臾(しゅゆ=しばらく)の間(あいだ)に、南海(なんかい)に到(いた)れり。雲(くも)を停(とど)めて觀看(みわた)す。但(ただ)見(み)よ那(そ)の: 「汪洋(おうよう=広々)として海(うみ)遠(とお)く、水勢(すいせい=水の勢い)天(てん)に連(つら)なる。 祥光(しょうこう=めでたい光)は宇宙(うちゅう)を籠(こ)め、瑞氣(ずいき=めでたい気)は山川(さんせん)を照(て)らす。 千層(せんそう=幾重)の雪浪(せつろう=白波)は青霄(せいしょう=青空)に吼(ほ)え、萬迭(ばんじょう=幾重にも)の烟波(えんぱ=波の靄)は白晝(はくちゅう=白昼)に滔(とうとう=たぎる)。 水(みず)は四野(しや=四方の野)に飛(と)び、浪(なみ)は周遭(しゅうそう=周囲)に滚(とうとう=たぎる)。 水(みず)の四野(しや)に飛(と)ぶは轟雷(ごうらい=轟く雷)を振(ふる)わせ、浪(なみ)の周遭(しゅうそう)に滚(とうとう)るるは霹靂(へきれき=稲妻)を鳴(な)らす。 水勢(すいせい)を言(い)うを休(や)めて、且(しばら)く中間(ちゅうかん=真ん中)を看(み)よ。 五色(ごしき)朦朧(もうろう=おぼろ)として寶迭山(ほうじょうざん)を、紅黄紫皁綠(こうおうしそうりょく)和(あ)えて藍(あい)なり。 才(ようや)く觀音(かんのん)の真(しん=まこと)の勝境(しょうきょう=勝れた境地)を見(み)、試(こころ)みに南海(なんかい)の落伽山(らくかさん=普陀洛迦山)を看(み)よ。 好(よ)き去處(ところ)かな!山峰(さんぽう=峰)高(たか)く聳(そび)え、頂(いただき)は虚空(こくう)を透(とお)る。 中間(ちゅうかん)に千樣(せんよう=千種)の奇花(きか=珍しい花)、百般(ひゃくはん=百種)の瑞草(ずいそう=めでたい草)有(あ)り。 風(かぜ)は寶樹(ほうじゅ=宝の木)を搖(ゆ)り、日(ひ)は金蓮(こんれん=金の蓮)を映(てら)す。 觀音殿(かんのんでん)の瓦(かわら)は琉璃(るり)を蓋(おお)い、潮音洞(ちょうおんどう)の門(もん)には玳瑁(たいまい=べっ甲)を鋪(し)く。 綠楊(りょくよう=緑の柳)の影(かげ)の裏(うち)に鸚哥(いんか=鸚鵡)語(かた)り、紫竹(しちく=紫の竹)の林(はやし)の中(なか)に孔雀(くじゃく)啼(な)く。 羅紋石(らもんせき=紋のある石)の上(うえ)には、護法(ごほう=護法神)威嚴(いげん=威厳)あり; 瑪瑙灘(めのうたん=瑪瑙の砂浜)の前(まえ)には、木吒(もくた=恵岸)雄壯(ゆうそう=雄々し)し。」 這(こ)の行者(ぎょうじゃ)は那(あ)の異景(いけい=珍しい景)の非常(ひじょう=並々ならぬ)なるを觀(み)て尽(つ)きず、徑直(ただ)ちに雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)えて、竹林(ちくりん=竹の林)の下(した)に到(いた)る。早(はや)くも諸天(しょてん=諸天の神)の迎接(げいせつ=出迎え)して道(いわ)く有(あ)り:「菩薩(ぼさつ)は前者(さきほど=先日)大聖(たいせい)の善(ぜん=善)に歸(き)せるを眾(しゅう=皆)に對(むか)い言(げん)じ、甚(はなは)だ是(こ)れ宣揚(せんよう=褒め称える)せられたり。今(いま)唐僧(とうそう)を保(ほ=守)るに、如何(どう)して暇(ひま)を得(え)て此(ここ)に到(いた)れるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「唐僧(とうそう)を保(ほ)るるに因(よ)り、路(みち)に一事(いちじ)に逢(あ)い、特(とく)に菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えんとし、煩(わずらわ)しくも為(ため)に通報(つうほう=取り次ぎ)せよ。」諸天(しょてん)は遂(つい)に來(きた)りて洞口(どうぐち)に報(ほう)じ知(し)らしむ。菩薩(ぼさつ)は喚(よ)び入(い)らしむ。 行者(ぎょうじゃ)は法(ほう=法儀)に遵(したが)いて行(ゆ)き、寶蓮台(ほうれんだい=宝の蓮の台)の下(した)に至(いた)りて拜(おが)めり。菩薩(ぼさつ)は問(と)うて曰(いわ)く:「你(おまえ)は來(きた)りて何(なん)の干(かかわり=用)ぞ?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(わ)が師父(しふ)は路(みち)に你(おまえ)の禪院(ぜんいん)に遇(あ)えり、你(おまえ)は人間(にんげん)の香火(こうか=線香と灯明)を受(う)けながら、一個(ひとり)の黑熊精(こくゆうせい)の那(そこ)に鄰(となり)に住(じゅう=住む)を容(ゆる)し、他(かれ)をして我(わ)が師父(しふ)の袈裟(けさ)を偷(ぬす)ましめ、屢次(たびたび)取(と)り討(もと)むるも與(あた)えず、今(いま)特(とく)に來(きた)りて你(おまえ)に問(と)いて之(これ)を要(もと)むるなり。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「這(こ)の猴(さる)の說話(せつわ=言いよう)、這等(これほど)に無狀(ぶじょう=無礼)なり!既(すで)に是(こ)れ熊精(ゆうせい)の你(おまえ)の袈裟(けさ)を偷(ぬす)めるならば、你(おまえ)は怎(どう)して來(きた)りて我(われ)に問(と)いて取(と)り討(もと)むるか?都(みな)是(こ)れ你(おまえ)這個(こ)の孽猴(げっこう=けがれた猿)の大膽(だいたん=大胆)にして、寶貝(ほうばい)を將(も)って賣弄(まいろう=見せびらかし)、拿(と)りて小人(しょうにん=つまらぬ者)に與(あた)えて看(み)せしめ、你(おまえ)は卻(かえ)って又(また)凶(きょう=乱暴)を行(おこな)い、風(かぜ)を喚(よ)び火(ひ)を發(おこ)して、我(わ)が留雲下院(りゅううんげいん=留雲下院)を燒(や)き、反(かえ)って我(わ)が處(もと)に來(きた)りて刁(とう=難癖)を放(はな)つか!」 行者(ぎょうじゃ)は菩薩(ぼさつ)の此(こ)の話(ことば)を說(い)い出(い)だすを見(み)て、他(かれ)の過去未來(かこみらい)之事(こと)を曉(さと)れるを知(し)り、慌(あわ)てて禮拜(らいはい)して道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、乞(こ)う弟子(でし)之罪(つみ)を恕(ゆる=許)せ、果(はた)して是(こ)れ這般(このよう)這等(かくのごとき)なり。但(ただ)恨(うら)むらくは那(あ)の怪物(かいぶつ)の肯(あえ)て我(われ)と袈裟(けさ)を與(あた)えず、師父(しふ)は又(また)那(あ)の話兒(ことば=呪文)の呪語(じゅご)を念(ねん=唱え)んとし、老孫(ろうそん)は頭痛(ずつう)を忍(しの)ぶ能(あた)わず、此(こ)の故(ゆえ)に來(きた)りて菩薩(ぼさつ)に拜(おが)み煩(わずらわ)す。望(のぞ)まくは菩薩(ぼさつ)の慈悲(じひ)之心(しん)、我(われ)を助(たす)けて去(ゆ)きて那(あ)の妖精(ようせい)を拿(とら)え、衣(ころも=袈裟)を取(と)りて西(にし)に進(すす)まんことを。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「那(あ)の怪物(かいぶつ)は許多(あまた=多く)の神通(じんつう)有(あ)りて、卻(かえ)って也(ま)た你(おまえ)に亞(つ)がず。也(ま)た罷(よかろう)、我(われ)は唐僧(とうそう)の面(めん=顔)を看(み)て、你(おまえ)と去(ゆ)きて一遭(ひとめぐり)せん。」行者(ぎょうじゃ)は言(げん)を聞(き)きて、恩(おん)を謝(しゃ)して再拜(さいはい=重ねて拝す)。即(すなわ)ち菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて門(もん)を出(い)だし、遂(つい)に同(とも)に祥雲(しょううん)を駕(が=駆)り、早(はや)くも黑風山(こくふうざん)に到(いた)る。雲頭(うんとう)を墜(おと)し落(おと)し、路(みち)に依(よ)りて洞(どう)を找(さが=探)す。 正(まさ)に行(ゆ)く處(ところ)に、只(ただ)見(み)る那(あ)の山坡(さんぱ=山の斜面)の前(まえ)より、一個(ひとり)の道人(どうにん)の走(はし)り出(い)づるを、手(て)に一個(ひとつ)の玻璃盤兒(はりばん=ガラスの盆)を拿(と)り、盤(ばん=盆)の内(うち)に兩粒(ふたつぶ)の仙丹(せんたん)を安(おさ)め、前(まえ)へ正(まさ)に走(はし)るに;行者(ぎょうじゃ)に撞(ぶつ)かりて個(ひとつ)の満懷(まんかい=胸いっぱい)と為(な)り、棒(ぼう)を掣(ひ)き出(い)だし、就(すなわ)ち頭(あたま)を照(てら)して一下(ひとつ)、打(う)ちて腦(のう)の裏(うち)より漿(しょう=脳漿)の流(なが)れ出(い)で、腔中(こうちゅう=胸の中)より血(ち)の迸(ほとばし)り攛(ほとばし)らしむ。菩薩(ぼさつ)は大(おお)いに驚(おどろ)きて道(いわ)く:「你(おまえ)這個(こ)の猴(さる)め、還是(やはり)這等(このよう)放潑(ほうはつ=勝手放題)なり!他(かれ)は又(また)曾(かつ)て你(おまえ)の袈裟(けさ)を偷(ぬす)まず、又(また)你(おまえ)と相識(そうしき=顔見知り)ならず、又(また)甚(なん)の冤仇(えんきゅう=恨み)も無(な)きに、你(おまえ)は怎麼(どう)して就(すなわ)ち他(かれ)を將(も)って打(う)ち死(し)ねしめたるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)は他(かれ)を認(みと)め得(え)ず。他(かれ)は是(こ)れ那(あ)の黑熊精(こくゆうせい)之朋友(ほうゆう)なり。他(かれ)は昨日(きのう)一個(ひとり)の白衣秀士(はくいしゅうし)と、都(みな)芳草坡(ほうそうば)の前(まえ)に在(あ)りて坐(ざ)して講(こう=語)じたり。後日(あさって)は是(こ)れ黑熊精(こくゆうせい)の生日(たんじょうび)にして、彼(かれ)らを請(しょう)じて來(きた)りて『佛衣會(ぶついえ)』を慶(いわ)わしむ。今日(きょう)他(かれ)は先(ま)ず來(きた)りて壽(ことぶき)を拜(おが)み、明日(あす)は來(きた)りて『佛衣會(ぶついえ)』を慶(いわ)う、故(ゆえ)に我(われ)は認(みと)め得(え)たり。定(きっ)と是(こ)れ今日(きょう)那(あ)の妖(よう=妖怪)に替(かわ)りて壽(ことぶき)に上(のぼ)るならん。」菩薩(ぼさつ)說(いわ)く:「既(すで)に是(こ)れ這等(このよう)說(い)い來(きた)らば、也(ま)た罷(よかろう)。」行者(ぎょうじゃ)は才(ようや)く去(ゆ)きて那(あ)の道人(どうにん)を把(と)って提(ひ)き起(お)こして看(み)れば、卻(かえ)って是(こ)れ一隻(ひとつの)蒼狼(そうろう=灰色の狼)なり。旁(かたわら)の那(あ)の盤兒(ばん=盆)の底(そこ)の下(した)に卻(かえ)って字(じ)有(あ)り、刻(きざ)みて道(いわ)く:「凌虛子制(りょうきょしせい=凌虚子が作る)」と。行者(ぎょうじゃ)は見(み)て、笑(わら)って道(いわ)く:「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!老孫(ろうそん)も也(ま)た是(こ)れ便益(べんえき=得)し、菩薩(ぼさつ)も也(ま)た是(こ)れ力(りき=労力)を省(はぶ)く。這(こ)の怪(かい)は做(い)うて『打(う)たずして自(みずか)ら招(しょう=白状)す』、那(あ)の怪(かい)は他(かれ)をして今日(きょう)劣(れつ=始末)を了(お)えしめよ。」菩薩(ぼさつ)は說(い)いて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、這(こ)れを教(おし)えて怎麼(どう)說(い)うか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、我(わ)が悟空(ごくう)に一句(ひとこと)の話兒(ことば)有(あ)り、做(い)うて『計(けい=計略)を將(も)って計(けい)に就(つ)く』と、菩薩(ぼさつ)の肯(あえ)て我(われ)に依(したが)うべきを知(し)らずや?」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「你(おまえ)說(い)え。」行者(ぎょうじゃ)說(い)いて道(いわ)く:「菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)看(み)よ這(こ)の盤(ばん)の兒(なか=中)に兩粒(ふたつぶ)の仙丹(せんたん)在(あ)るは、便(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)らと那(あ)の妖魔(ようま)との贄見(しけん=初対面の贈り物);這(こ)の盤兒(ばん)の後面(うしろ)に刻(きざ)める四個(よつ)の字(じ)に『凌虛子制(りょうきょしせい)』と說(い)えるは、便(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)らと那(あ)の妖魔(ようま)との勾頭(こうとう=手がかり)。菩薩(ぼさつ)若(も)し我(われ)に依(したが)うことを得(え)る時(とき)は、我(われ)は好(よ)く你(おまえ)に替(かわ)りて個(ひとつ)の計較(けいこう=工夫)を作(つく)らん、也(ま)た就(すなわ)ち干戈(かんか=武器)を動(うごか)すを須(もち)いず、也(ま)た征戰(せいせん=征伐)を労(ろう=労する)するを須(もち)いず、妖魔(ようま)は眼下(がんか=今すぐ)に瘟(おん=災い)に遭(あ)い、佛衣(ぶつい)は眼下(がんか)に出現(しゅつげん)せん;菩薩(ぼさつ)若(も)し我(われ)に依(したが)わざる時(とき)は、菩薩(ぼさつ)は西(にし)に往(ゆ)き、我(われ)が悟空(ごくう)は東(ひがし)に往(ゆ)かん、佛衣(ぶつい)は只(た)だ相送(そうそう=贈る)るに當(あ)て、唐三藏(とうさんぞう)は只(た)だ落空(らくくう=空しく終わる)に當(あ)てん。」菩薩(ぼさつ)は笑(わら)って道(いわ)く:「這(こ)の猴(さる)は熟嘴(じゅくし=口達者)め!」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「不敢(いたりません)、倒(かえ)って是(こ)れ一個(ひとつ)の計較(けいこう=工夫)なり。」菩薩(ぼさつ)說(いわ)く:「你(おまえ)が這(こ)の計較(けいこう)は怎(どう)說(い)うか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這(こ)の盤(ばん)の上(うえ)に那(あ)の『凌虛子制(りょうきょしせい)』と刻(きざ)める、想(おも)うに這(こ)の道人(どうにん)を就(すなわ)ち凌虛子(りょうきょし)と做(い)うならん。菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)が我(われ)に依(したが)わんと要(もと)むる時(とき)は、可(よ)く就(すなわ)ち變(へん)じて這個(こ)の道人(どうにん)と做(な)り、我(われ)は這(こ)の丹(たん=丹薬)を一(ひと)粒(つぶ)吃(く)いて、一(ひと)粒(つぶ)に變(へん)じ上(あ)げて、略(やや)大(おお)きき些(すこし)ならん。菩薩(ぼさつ)、你(おまえ)は就(すなわ)ち這個(こ)の盤兒(ばん)を捧(ささ)げ、兩粒(ふたつぶ)の仙丹(せんたん)を、去(ゆ)きて那(あ)の妖(よう)と壽(ことぶき)に上(のぼ)り、這(こ)の丸(たま)の大(おお)きき些(すこし)を把(と)って那(あ)の妖(よう)に讓(ゆず)れ。那(あ)の妖(よう)の一口(ひとくち)に之(これ)を吞(の)まんを待(ま)ちて、老孫(ろうそん)は便(すなわ)ち中(なか)に於(お)いて事(こと)を取(と)らん、他(かれ)若(も)し肯(あえ)て佛衣(ぶつい)を獻(けん=献)じ出(い)ださざれば、老孫(ろうそん)は他(かれ)が肚腸(とちょう=内臓)を將(も)って、就(すなわ)ち也(ま)た織(お)り將(た)ちて一件(ひとつ)を出(い)ださん。」 菩薩(ぼさつ)は法(ほう=術)無(な)く、只(た)だ已(や)むを得(え)ず也(ま)た点点(こくり=こくり)と頭(かしら)を兒(ちょっと)振(ふ)りて他(かれ)に依(したが)う。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「如何(いかん=どうか)。」爾時(そのとき)菩薩(ぼさつ)は乃(すなわ)ち廣大(こうだい)の慈悲(じひ)、無邊(むへん)の法力(ほうりき)を以(もっ)て、億万(おくまん)の化身(けしん=姿を変える)を以(もっ)て、心(こころ)を以(もっ)て意(い)を会(え=会得)し、意(い)を以(もっ)て身(み)を会(え)し、恍惚(こうこつ=かすか)の間(あいだ)に、變(へん)じて凌虛仙子(りょうきょせんし)と作(な)れり: 「鶴氅(かくしょう=鶴の羽の外套)は仙風(せんぷう=仙の風)颯(さつ=颯)たり、飄颻(ひょうよう=ひらひら)として步虛(ほきょ=天空を歩む)せんと欲(ほっ)す。 蒼顏(そうがん=老いた顔)は松柏(しょうはく)の老(お)い、秀色(しゅうしょく=秀でた色)は古今(ここん)に無(な)し。 去(さ)り去(さ)りて還(な)お住(じゅう=留ま)る無(な)く、如如(にょにょ=真如)自(おの)ずから殊(こと=異なる)なる有(あ)り。 總(すべ)て來(きた)りて一法(いっぽう=一つの法)に歸(き)すれど、只(た)だ是(こ)れ邪軀(じゃく=邪なる躯)を隔(へだ)てるのみ。」 行者(ぎょうじゃ)は看(み)て道(いわ)く:「妙(みょう=見事)啊(かな)!妙(みょう)啊(かな)!還是(やはり)妖精(ようせい)の菩薩(ぼさつ)なるか、還是(やはり)菩薩(ぼさつ)の妖精(ようせい)なるか?」菩薩(ぼさつ)は笑(わら)って道(いわ)く:「悟空(ごくう)、菩薩(ぼさつ)と妖精(ようせい)とは、總(すべ)て是(こ)れ一念(いちねん=一つの思い);若(も)し本来(ほんらい)を論(ろん)ぜば、皆(みな)無有(むう=無)に屬(ぞく)す。」行者(ぎょうじゃ)は心(こころ)の下(もと)に頓悟(とんご=たちどころに悟り)、身(み)を轉(めぐ)らして卻(かえ)って就(すなわ)ち變(へん)じて一粒(ひとつぶ)の仙丹(せんたん)と做(な)る:「盤(ばん)を走(はし)るに定(さだ)まること無(な)く、円明(えんみょう=円く明らか)なるに未(いま)だ方(ほう=形)有(あ)らず。三三(さんさん)は勾漏(こうろう)に合(がっ)し、六六(ろくろく)は少翁(しょうおう)と商(しょう=相談)す。瓦鑠(がしゃく=瓦や石)は黄金(おうごん)の焰(ほのお)、牟尼(むに=宝珠)は白晝(はくちゅう)の光(ひかり)。外邊(そと)の鉛(えん=鉛)と汞(こう=水銀)とは、未(いま)だ許(ゆる)さず易(やすやす)と論(ろん)じ量(はか)るを。」 行者(ぎょうじゃ)は那(あ)の顆(ひとつ)の丹(たん)に變(へん)じたれど、終(つい)に是(こ)れ略(やや)大(おお)きき些(すこし)なり。菩薩(ぼさつ)は認(みと)め定(さだ)め、那(あ)の個(ひとつ)の玻璃盤兒(はりばん=ガラスの盆)を拿(と)りて、徑(ただ)ちに妖洞(ようどう)の門口(もんぐち)に到(いた)り、看(み)る時(とき)、果(はた)して是(こ)れ: 「崖(がけ)深(ふか)く岫(くき=峰)險(けわ)しく、雲(くも)は嶺(みね)の上(うえ)に生(しょう)じ; 柏(はく=コノテガシワ)蒼(あお)く松(まつ)翠(みどり)にして、風(かぜ)は林(はやし)の間(あいだ)に颯(さつ=颯)たり。 崖(がけ)深(ふか)く岫(くき)險(けわ)しきは、果(はた)して是(こ)れ妖邪(ようじゃ)の出沒(しゅつぼつ)するに人烟(じんえん=人家の煙)少(すくな)く; 柏(はく)蒼(あお)く松(まつ)翠(みどり)なるは、也(ま)た可(よ)く仙真(せんしん=まことの仙人)の修隱(しゅういん=隠れ修する)に道情(どうじょう=道の心)多(おお)し。 山(やま)に澗(たに)有(あ)り、澗(たに)に泉(いずみ)有(あ)り、潺潺(せんせん=さらさら)たる流水(りゅうすい)は鳴琴(めいきん=鳴る琴)を咽(むせ)ばしめ、便(すなわ)ち耳(みみ)を洗(あら)うに堪(た)えたり; 崖(がけ)に鹿(しか)有(あ)り、林(はやし)に鶴(つる)有(あ)り、幽幽(ゆうゆう=幽か)たる仙籟(せんらい=仙の音)は閑岑(かんしん=静かな峰)を動(うご)かし、亦(ま)た賞心(しょうしん=心を楽します)すべし。 這(こ)れは是(こ)れ妖仙(ようせん)の菩提(ぼだい)を降(くだ)すに分(ぶん=縁)有(あ)り、弘誓(ぐぜい=大いなる誓い)無邊(むへん)にして惻隱(そくいん=憐れみ)を垂(た)るるなり。」 菩薩(ぼさつ)は看(み)て、心(こころ)の中(うち)に暗(あん=ひそか)に喜(よろこ)んで道(いわ)く:「這(こ)の孽畜(げっちく=けがれたけだもの)の這(こ)の座(ひとつ)の山洞(さんどう)を占(し)めたるは、卻(かえ)って也(ま)た些(いささ)か道分(どうぶん=道の分)有(あ)り。」此(こ)の因(よ)りて心(こころ)の中(うち)に已(すで)に此(こ)の個(ひとつ)の慈悲(じひ)有(あ)り。 洞口(どうぐち)に走(はし)り到(いた)れば、只(ただ)見(み)る守洞(しゅどう=洞を守る)の小妖(しょうよう)は、都(みな)些(いささ)か認(みと)めて道(いわ)く有(あ)り:「凌虛仙長(りょうきょせんちょう)が來(こ)られた。」一邊(いっぽう)は傳報(でんぽう=伝える)し、一邊(いっぽう)は接引(せついん=案内す)す。那(そ)の妖(よう)は早(はや)くも已(すで)に二門(にげん)より迎(むか)え出(い)でて道(いわ)く:「凌虛(りょうきょ)、仙駕(せんが=仙の車駕)の珍顧(ちんこ=来臨)を労(ろう=労)せられたり、蓬蓽(ほうひつ=粗末な我が家)輝(かがや)く有(あ)り。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「小道(しょうどう=わたし)は敬(つつし)んで一粒(ひとつぶ)の仙丹(せんたん)を獻(けん=献)じ、敢(あえ)て千壽(せんじゅ=長寿)と稱(とな)う。」他(かれ)の二(ふた)人(り)は拜(おが)み畢(おわ)りて、方(ようや)く坐(ざ)し定(さだ)まり、又(また)他(かれ)が昨日(きのう)之事(こと)を敘(の)べ起(おこ)す。菩薩(ぼさつ)は答(こた)えず、連(つづ)け様(ざま)に丹盤(たんばん=丹薬の盆)を拿(と)りて道(いわ)く:「大王(だいおう)、且(しばら)く小道(しょうどう)の鄙意(ひい=拙い心)を見(み)られよ。」覷(み)て定(さだ)むる一粒(ひとつぶ)の大(おお)ききを、那(あ)の妖(よう)に推(お)し與(あた)えて道(いわ)く:「願(ねが)わくは大王(だいおう)の千壽(せんじゅ)を!」那(そ)の妖(よう)は亦(ま)た一粒(ひとつぶ)を推(お)し、菩薩(ぼさつ)に遞(わた)して道(いわ)く:「願(ねが)わくは凌虛子(りょうきょし)と之(これ)を同(とも)にせん。」讓(ゆず)り畢(おわ)りて、那(そ)の妖(よう)は才(ようや)く咽(の)まんと待(ま)つに、那(あ)の薬(くすり)は口(くち)に順(したが)いて一直(ひとすじ)に滚(ころ)がり下(お)る。本相(ほんぞう=元の姿)を現(あらわ)し、四平(しへい=四肢)を理(おさ=整え)れば、那(そ)の妖(よう)は地(ち)に滚(ころ)がり倒(たお)る。菩薩(ぼさつ)は相(すがた)を現(あらわ)し、妖(よう)に問(と)いて佛衣(ぶつい)を取(と)れり。行者(ぎょうじゃ)は早(はや)くも已(すで)に鼻孔(びこう=鼻の穴)の中(なか)より出(い)で去(ゆ)けり。菩薩(ぼさつ)は又(また)那(あ)の妖(よう)の無禮(ぶれい=不作法)ならんことを怕(おそ)れ、卻(かえ)って一個(ひとつ)の箍兒(こじ=輪)を把(と)って、那(あ)の妖(よう)の頭(あたま)の上(うえ)に投(なげう)てり。那(そ)の妖(よう)は起(お)き上(あ)がり、槍(やり)を提(ひっさ)げて刺(さ)さんと要(もと)むるに、行者(ぎょうじゃ)、菩薩(ぼさつ)は早(はや)くも已(すで)に空(くう=空)の中(なか)に起(た)ちて、菩薩(ぼさつ)は真言(しんごん=呪文)を將(も)って念(ねん)じ起(おこ)す。那(そ)の怪(かい)は舊(もと)の依(ごとく)に頭痛(ずつう)し、槍(やり)を投(なげう)ちて、満地(まんち=地面いっぱい)に亂(みだ)れ滚(ころ)がる。半空(はんくう=空の半ば)の裏(うち)に笑(わら)い倒(たお)るる個(ひとり)の美猴王(びこうおう)、平地下(へいちか=地上)に滚(ころ)がり壞(こわ)るる個(ひとり)の黑熊怪(こくゆうかい)。 菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「孽畜(げっちく=けがれたけだもの)よ!你(おまえ)は如今(いま)可(よ)く皈依(きえ=帰依)するか?」那(そ)の怪(かい)は満口(まんこう=口いっぱい)に道(いわ)く:「心(こころ)に皈依(きえ)を願(ねが)う、只(た)だ命(いのち)を饒(ゆる)されんことを望(のぞ)む!」行者(ぎょうじゃ)は功夫(くふう=手間)を耽擱(おく=遅らす)せんを恐(おそ)れ、意(こころ)に就(すなわ)ち打(う)たんと欲(ほっ)す。菩薩(ぼさつ)は急(いそ)ぎ止(とど)めて道(いわ)く:「他(かれ)が命(いのち)を傷(そこな)うを休(や)めよ。我(われ)に他(かれ)を用(もち)うる處(ところ)有(あ)るなり。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這様(このよう)なる怪物(かいぶつ)、他(かれ)を打(う)ち死(し)ねしめず、反(かえ)って他(かれ)を留(とど)めて何處(どこ)に在(あ)りて用(もち)うるか?」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「我(わ)が那(あ)の落伽山(らくかさん)の後(うしろ)は、人(ひと)の看管(かんかん=管理)する無(な)し、我(われ)は他(かれ)を帶(たい=連れ)て去(ゆ)きて個(ひとつ)の守山大神(しゅざんだいしん=山を守る大神)と做(な)さんとす。」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「誠然(まこと)に是(こ)れ個(ひとり)の救苦慈尊(くくじそん=苦を救う慈悲の尊)、一靈(いちれい=一つの霊)も損(そこな)われず。若(も)し是(こ)れ老孫(ろうそん)に這様(このよう)な呪語(じゅご=呪文)有(あ)らば、就(すなわ)ち念(ねん)じて他(かれ)が娘(はは=母)の千遍(せんべん=千回)を上(あ)げん!這(こ)の回(たび)兒(こ=ちょっと)に許多(あまた)の黑熊(こくゆう)有(あ)るも、都(みな)他(かれ)をして了帳(りょうちょう=おしまい)ならしめん!」 卻説(さて)那(そ)の怪(かい)は多時(しばらく)を蘇醒(そせい=正気づき)し、公道(こうどう=道理)に疼痛(とうつう=痛み)を禁(きん=こらえ)難(がた)く、只(た)だ已(や)むを得(え)ず地(ち)に跪(ひざまず)き在(あ)りて哀告(あいこく=嘆願)して道(いわ)く:「但(た)だ性命(いのち)を饒(ゆる)されば、願(ねが)わくは正果(しょうか=正しい悟り)に皈(き)せん!」菩薩(ぼさつ)は方(はじ)めて祥光(しょうこう=めでたい光)を墜(おと)し落(おと)し、又(また)他(かれ)と摩頂受戒(まちょうじゅかい=頂を摩で戒を受けさ)せ、他(かれ)に長槍(ちょうそう)を執(と)らしめ、左右(さゆう)に跟隨(こんずい=従い)せしむ。那(そ)の黑熊(こくゆう)は才(ようや)く一片(ひとひら)の野心(やしん=野放図な心)を今日(きょう)定(さだ)め、無窮(むきゅう=限りなき)の頑性(がんせい=頑な性質)を此(こ)の時(とき)收(おさ)めたり。菩薩(ぼさつ)は吩咐(いいつけ=申しつけ)て道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)は回(かえ)り去(ゆ)け。好(よ)く生(つと)めて唐僧(とうそう)に伏侍(ぶじ=仕え)するは是(こ)れなれば、懈惰(けだ=怠け)て事(こと)を生(しょう)ずるを休(や)めよ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「深感(しんかん=深く感ずる)菩薩(ぼさつ)の遠(とお)く來(きた)れるを、弟子(でし)は還(な)お当(まさ)に回(かえ)りて送(おく)りて回(かえ)り送(おく)すべし。」菩薩(ぼさつ)道(いわ)く:「免送(めんそう=見送り無用)。」行者(ぎょうじゃ)は才(ようや)く袈裟(けさ)を捧(ささ)げ、叩頭(こうとう=額づき)して別(わか)る。菩薩(ぼさつ)は亦(ま)た熊羆(ゆうひ)を帶(たい=連れ)て、徑(ただ)ちに大海(たいかい=南海)に回(かえ)る。有詩(し)が証(あかし=証拠)と為(な)る: 「祥光(しょうこう=めでたい光)靄靄(あいあい=たなびき)として金像(こんぞう=金の像)に凝(ぎょう=凝)り、 萬道(ばんどう=幾万条)繽紛(ひんぷん=乱れ舞う)として実(じつ)に夸(ほ)むる可(べ)し。 普(あまね)く世人(せじん)を濟(すく)うて憫恤(びんじゅつ=憐れみ)を垂(た)れ、 遍(あまね)く法界(ほっかい)を觀(み)て金蓮(こんれん=金の蓮)を現(あらわ)す。 今(いま)來(きた)れるは多(おお)くは經(きょう)を傳(つた)うる意(い)の為(ため)にして、 此(こ)れ去(ゆ)くは原(もと)落点(らくてん=落ちる点)の瑕(きず)無(な)し。 怪(かい)を降(くだ)して真(しん=真)と成(な)して大海(たいかい)に歸(かえ)り、 空門(くうもん=仏門)に復(ま)た錦袈裟(きんけさ)を得(え)たり。」 畢竟(ついに)向後(こうご=この後)の事情(じじょう)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説明)を聽(き)け。 第十八回 観音院(かんのんいん)にて唐僧(とうそう)難(なん)を脱(だっ=逃)れ 高老荘(こうろうしょう)にて大聖(たいせい)魔(ま)を除(のぞ)く 行者(ぎょうじゃ)は菩薩(ぼさつ)に辭(じ=別れ)し、雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)え落(おと)し、袈裟(けさ)を將(も)って香楠樹(こうなんじゅ=香りのある楠の木)に掛(か)け、棒(ぼう)を掣(ひ)き出(い)だして、黑風洞(こくふうどう)の裏(うち)に打(う)ち入(い)る。那(そ)の洞(どう)の裏(うち)に那(どう)か一個(ひとり)の小妖(しょうよう)を得(え)んや?原來(もともと)是(こ)れ他(かれ)らの菩薩(ぼさつ)の出現(しゅつげん=現れる)し、那(あ)の老怪(ろうかい)の地(ち)に就(つ)いて滚(ころ)がるを降(くだ)せるを見(み)て、急急(いそぎ=大急ぎ)に都(みな)散(ちら)り走(に)げ去(さ)れるなり。行者(ぎょうじゃ)は一(ひと)つに凶(きょう=乱暴)を行(おこな)い、他(かれ)が那(あ)の幾層(いくそう=幾重)の門(もん)の上(うえ)に、都(みな)乾柴(かんさい=乾いた薪)を積(つ)み了(おわ)り、前前後後(まえうしろ)に、一齊(いっせい)に火(ひ)を發(おこ)し、個(ひとつ)の黑風洞(こくふうどう)を把(と)って燒(や)いて個(ひとつ)の「紅風洞(こうふうどう)」と做(な)し、卻(かえ)って袈裟(けさ)を拿(と)りて、祥光(しょうこう=めでたい光)に駕(が=駆)り、直北(ちょくほく=真北)に轉(めぐ)り回(かえ)る。 話(はな)し說(いわ)く那(そ)の三藏(さんぞう)は行者(ぎょうじゃ)の急忙(きゅうもう=急いで)も來(きた)らざるを望(のぞ)み、心(こころ)甚(はなは)だ疑惑(ぎわく=不審)す;請(しょう)じたる菩薩(ぼさつ)の至(いた)らざるかを知(し)らず、行者(ぎょうじゃ)の故(ことわけ=理由)を托(かこつ=託して)逃(に)げたるかを知(し)らず。正(まさ)に那(あ)の胡猜亂想(こさいらんそう=あれこれと思い巡らす)之中(なか)に在(あ)るに、只(ただ)見(み)る半空(はんくう=空の半ば)の中(なか)に彩霧(さいむ=彩りの霧)燦燦(さんさん=きらきら)として、行者(ぎょうじゃ)の忽(たちま)ち階前(かいぜん=階段の前)に墜(お)ち來(きた)り、叫(よばわ)りて道(いわ)く:「師父(しふ)、袈裟(けさ)が來(き)たぞ。」三藏(さんぞう)大(おお)いに喜(よろこ)ぶ。衆僧(しゅうそう)も亦(ま)た歡悅(かんえつ=喜ぶ)せざるは無(な)くして道(いわ)く:「好了(よかった)!好了(よかった)!我(われ)等(ら)が性命(いのち)は、今日(きょう)方(ようや)く全(まっと)うするを得(え)たり。」三藏(さんぞう)は袈裟(けさ)を接(う)け取(と)りて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)が早間(あさ=朝)去(ゆ)きし時(とき)、原(もと)約(やく)して飯罷(めしあと)晌午(ひる=昼)に到(いた)るとせしに、如何(どう)して此(こ)の時(とき)の日(ひ)の西(にし)に方(ようや)く回(かえ)れるか?」行者(ぎょうじゃ)は那(あ)の菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて變化(へんげ)を施(ほどこ)して妖(よう)を降(くだ)せるの事情(じじょう)を、備(つぶさ)に陳(の)べ一遍(ひとわたり=ひと通り)せり。三藏(さんぞう)は言(げん)を聞(き)きて、遂(つい)に香案(こうあん=香を供える机)を設(もう)け、南(みなみ)に朝(むか)いて禮拜(らいはい)し罷(おわ)る。道(いわ)く:「徒弟(とてい=弟子)よ、既(すで)に然(しか)らば佛衣(ぶつい)有(あ)れば、可(よ)く快(すみや)かに包裹(ほうか=荷物)を收拾(しゅうしゅう=まとめ)て去(ゆ)くべし。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「忙(いそ)ぐな、忙(いそ)ぐな。今日(きょう)は將(まさ)に晩(くれ)なんとす、是(こ)れ路(みち)を走(ある)くの時候(じこう=頃)に非(あら)ず、且(しばら)く明日(あす)の早(はや)きに行(ゆ)かんことを待(ま)て。」 衆僧(しゅうそう)たちは一齊(いっせい)に跪(ひざまず)き下(お)りて道(いわ)く:「孫老爺(そんろうや)の說(い)えるは是(せ=正しい):一則(ひとつ)には天(てん)が晩(くれ)たる、二來(ふたつ)には我(われ)等(ら)に些(いささ)かの願心兒(がんしん=願い)有(あ)り、今(いま)幸(さいわ)いに平安(へいあん=無事)にして、寶貝(ほうばい)有(あ)れば、我(われ)が願(がん)を還(かえ=果た)し、老爺(ろうや)を請(しょう)じて福(ふく=福)を散(さん=分かち)じ、明早(あした)に再(ふたた)び西(にし)に送(おく)り行(ゆ)かんことを待(ま)て。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「正(まさ)に是(せ=その通り)、正(まさ)に是(せ)。」你(なんじ)看(み)よ那些(これら)の和尚(おしょう)は、都(みな)囊(ふくろ)を傾(かたむ)け底(そこ)を倒(さか)さまにし、那(あ)の火(ひ)の裏(うち)より搶(と)り出(い)だせる餘資(よし=残った財)を把(と)って、各(おのおの)所有(しょゆう=持てるもの)を出(い)だし、些(いささ)かの齋供(さいく=供養の食事)を整頓(せいとん=整え)し、些(いささ)かの平安無事(へいあんぶじ)の紙(かみ=紙銭)を燒(や)き、幾卷(いくまき)の消災解厄(しょうさいかいやく=災いを消し厄を解く)の經(きょう)を念(ねん=読誦)ぜり。當晚(その晩)事(こと)畢(おわ)る。 次早(あくるあさ)方(ようや)く馬匹(ばひつ=馬)を刷扮(さっぱん=磨き飾り)し、行囊(こうのう=荷物)を包裹(ほうか=包み)て門(もん)を出(い)づ。衆僧(しゅうそう)は遠(とお)く送(おく)りて方(ようや)く回(かえ)る。行者(ぎょうじゃ)は路(みち)を引(みちび)いて去(ゆ)く、正(まさ)に是(こ)れ那(あ)の春融(しゅんゆう=春の雪解け)の時節(じせつ=季節)なり。但(ただ)見(み)よ那(そ)の: 「草(くさ)は玉驄(ぎょくそう=白馬)の蹄(ひづめ)の跡(あと)を襯(うず=柔らかく)し、柳(やなぎ)は金線(きんせん=金の糸)を搖(ゆ)りて露華(ろか=露の光)新(あら)たなり。 桃杏(とうきょう=桃と杏)は林(はやし)に満(み)ちて艶麗(えんれい=艶やかさ)を爭(あらそ)い、薜蘿(へいら=蔦や葛)は徑(みち)を繞(めぐ)りて精神(せいしん=気力)を放(はな)つ。 沙堤(さてい=砂の土手)に日(ひ)暖(あたた)かにして鴛鴦(えんおう=おしどり)睡(ねむ)り、山澗(さんかん=山の谷)に花香(かこう)として蛺蝶(きょうちょう=蝶)馴(な)れたり。 這般(これほど)に秋(あき)去(さ)り冬(ふゆ)殘(のこ)りて春(はる)半(なかば)を過(す)ぐるも、何(いず)れの年(とし)にか行(ぎょう=修行)満(み)ちて真文(しんぶん=真の経文)を得(え)んを知(し)らず。」 師徒(しと)たちは五七日(ごしちにち=五、七日)の荒路(こうろ=寂しい道)を行(ゆ)きて、忽(たちま)ち一日(あるひ)天色(てんしょく=空模様)將(まさ)に晩(くれ)なんとし、遙遙(はるか=遠く)に一村(ひとむら)の人家(じんか=人家)の望(のぞ)み見(み)ゆ。三藏(さんぞう)道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)看(み)よ那壁廂(あちら)に一座(ひとつ)の山莊(さんそう=山あいの荘)の相近(ちか)きを。我(われ)ら去(ゆ)きて一宵(ひとよ)を告宿(こくしゅく=泊めてもらい)し、明日(あす)再(ふたた)び行(ゆ)かんは何如(いかん=どうか)?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「且(しばら)く老孫(ろうそん)が去(ゆ)きて吉凶(きっきょう=吉と凶)を看看(みてみ)るを等(ま)て、再(ふたた)び區處(くしょ=処置)を作(な)さん。」那(そ)の師父(しふ)は絲韁(しきょう=絹の手綱)を挽(ひ)き住(とど)め、這(こ)の行者(ぎょうじゃ)は睛(ひとみ=目)を定(さだ)めて觀看(みわた)す。真個(まこと)に是(こ)れ: 「竹籬(ちくり=竹の垣)密密(みつみつ=びっしり)として、茅屋(ぼうおく=茅葺きの家)重重(じゅうじゅう=重なる)。 天(てん)を參(さん=そびえ)るる野樹(やじゅ=野の木)門(もん)を迎(むか)え、曲水(きょくすい=曲がる水)の溪橋(けいきょう=谷の橋)戶(と=戸口)に映(てら)す。 道旁(みちばた)の楊柳(ようりゅう)は綠(みどり)依依(いい=なよなよ)とし、園内(えんない=庭の中)の花(はな)は開(ひら)いて香(かおり)馥馥(ふくふく=芳しい)。 此(こ)の時(とき)那(あ)の夕照(せきしょう=夕日)は西(にし)に沈(しず)み、處處(いたるところ)の山林(さんりん)に鳥雀(ちょうじゃく=鳥)喧(かしま)し; 晚烟(ばんえん=夕の煙)爨(かまど=竈)より出(い)で、條條(すじすじ=幾筋も)の道徑(どうけい=小道)に牛羊(ぎゅうよう=牛や羊)轉(めぐ)る。 又(また)見(み)る那(あ)の食(しょく)に飽(あ)きし鶏豚(けいとん=鶏や豚)の屋角(おくかく=家の角)に眠(ねむ)り、醉(よい)酣(たけなわ=十分に)なる鄰叟(りんそう=隣の老人)の歌(うた)い來(きた)るを。」 行者(ぎょうじゃ)は看(み)て罷(おわ)りて道(いわ)く:「師父(しふ)、請(こ)う行(ゆ)け。定(きっ)と是(こ)れ一村(ひとむら)の好(よ)き人家(じんか)なれば、正(まさ)に可(よ)く借宿(しゃくしゅく=宿を借る)すべし。」 那(そ)の長老(ちょうろう=三蔵)は白馬(はくば)を催(うなが=急が)して、早(はや)くも街衢(がいく=街)之口(くち=入り口)に到(いた)る。又(また)見(み)る一個(ひとり)の少年(しょうねん)の、頭(かしら)には綿布(めんぷ=綿の布)を裹(つつ)み、身(み)には藍襖(らんおう=藍の綿入れ)を穿(き)て、傘(かさ)を持(も)ち包(つつみ)を背(お)い、褌(こし=褌)を斂(おさ)め褲(こ=袴)を扎(しば)り、足(あし)には一雙(ひとくみ)の三耳草鞋(さんじそうあい=三つ耳のわらじ)を踏(ふ)み、雄赳赳(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)として、街(まち)を出(い)でて忙(いそが)しく走(はし)るを。行者(ぎょうじゃ)は手(て)に順(したが)って一把(ひとつかみ=ひと掴み)に扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く:「那裏(どこ)へ去(ゆ)く?我(われ)は你(おまえ)に一個(ひとつ)の信兒(たより=消息)を問(と)わん:此間(ここ)は是(こ)れ什麼(なに)の地方(ところ)ぞ?」 那(そ)の個人(ひと)は只管(ひたすら)苦(くるし)しく掙(もが=もがき)て、口(くち)の裏(うち)に嚷(わめ)きて道(いわ)く:「我(わ)が莊(しょう=荘)の上(うえ)に人(ひと)が無(な)いとでも?只(た)だ是(こ)れ我(われ)が好(よ)く信(たより=消息)を問(と)うばかり!」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)いを陪(ともな=添え)えて道(いわ)く:「施主(せしゅ=旦那)惱(おこ)るな。『人(ひと)に方便(ほうべん=便宜)を與(あた)うれば、自己(おのれ)も方便(ほうべん)なり。』你(おまえ)が就(すなわ)ち我(われ)と說(い)い說(い)いて地名(ちめい)を何(なん)ぞ害(がい=害)あらん?我(われ)も也(ま)た可(よ)く你(おまえ)が煩惱(はんのう=悩み)を解(と)くべし。」那(そ)の人(ひと)は掙(もが)いても手(て)を脫(のが)れず、氣(いき)の亂(みだ)れて跳(おど)りて道(いわ)く:「蹭蹬(そうとう=不運)!蹭蹬(そうとう)!家長(かちょう=主人)の屈氣(くっき=屈辱)は受(う)け難(がた)きに、又(また)這個(こ)の光頭(こうとう=坊主)に撞(ぶつ)かりて、他(かれ)が清氣(せいき=嫌味)を受(う)くとは!」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)に本事(ほんじ=腕)有(あ)らば、我(わ)が手(て)を劈(さ)き開(あ)けば、你(おまえ)は便(すなわ)ち就(すなわ)ち去(ゆ)かば也(ま)た罷(よ)かろう。」那(そ)の人(ひと)は左(ひだり)に扭(ひね)り右(みぎ)に扭(ひね)るも、那裏(どう)に扭(ひね)り動(うご)かさんや、卻(かえ)って一把(ひとつ)の鐵鈐(てっけん=鉄の鋏)の鉗(はさ)み住(つ)むるが一般(ごとく)にして、氣(いき)の他(かれ)をして包袱(ほうふく=荷物)を投(なげう)たしめ、傘(かさ)を撇(す)てさせ、兩隻(ふたつ)の手(て)を、雨点(あまだれ=雨だれ)の似(ごと)くに來(きた)りて行者(ぎょうじゃ)を抓(つか)ましむ。行者(ぎょうじゃ)は一隻(ひとつ)の手(て)を把(と)って行李(こうり=荷物)を扶(ささ)え、一隻(ひとつ)の手(て)を以(もっ)て那(あ)の人(ひと)を抵(ふせ)ぐに、凭(よ)りて他(かれ)が怎麼(どう)支吾(しご=あがく)とも、只(た)だ是(こ)れ抓(つか)み著(あた)る能(あた)わず。 行者(ぎょうじゃ)は愈(いよいよ)放(はな)さず、急(せ)いて爆燥(ばくそう=かんしゃく)すること雷(かみなり)の如(ごと)し。三藏(さんぞう)道(いわ)く:「悟空(ごくう)、那裏(あちら)に人(ひと)の來(きた)らざる有(あ)らんか?你(おまえ)は再(ふたた)び那(あ)の人(ひと)に問(と)えば就(すなわ)ち是(こ)れ、只管(ひたすら)彼(かれ)を扯(ひ)き住(とど)めて怎麼(どう)するか?他(かれ)を放(はな)して去(ゆ)かしめよ。」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「師父(しふ)は知(し)らず。若(も)し是(こ)れ別(ほか)の人(ひと)に問(と)えば沒趣(おもしろみ=面白味)無(な)く、須(すべから)く是(こ)れ他(かれ)に問(と)いて、才(はじ)めて買賣(ばいばい=取引)有(あ)るなり。」那(そ)の人(ひと)は行者(ぎょうじゃ)に扯(ひ)き住(とど)められて放(はな)たれず、只(た)だ已(や)むを得(え)ず說(い)い出(い)だして道(いわ)く:「此處(ここ)は乃(すなわ)ち是(こ)れ烏斯藏國(うすぞうこく)界(かい=国境)之地(ち)にして、喚(よ)んで高老莊(こうろうしょう)と做(な)す。一莊(ひとむら)の人家(じんか)に大(おお)いに半(なかば)は高(こう)を姓(せい)とす、此(こ)の故(ゆえ)に喚(よ)んで高老莊(こうろうしょう)と做(な)す。你(おまえ)は我(われ)を放(はな)して去(ゆ)かしめよ。」行者(ぎょうじゃ)又(また)道(いわ)く:「你(おまえ)の這様(このよう)なる行裝(いでたち=旅装)、是(こ)れ個(ひとり)の近路(ちかみち=近道)を走(ある)くのでは無(な)い。你(おまえ)は実(じつ)に我(われ)と說(い)え、你(おまえ)は那裏(どこ)へ往(ゆ)かんと欲(ほっ)す、端的(いったい)に所(ところ)に干(かかわ)る何事(なにごと)ぞ、我(われ)は才(はじ)めて你(おまえ)を放(はな)さん。」 這(こ)の人(ひと)は奈何(いかん=どうしようもなく)、只(た)だ已(や)むを得(え)ず実情(じつじょう)を以(もっ)て告(つ)げ訴(うった)えて道(いわ)く:「我(われ)は是(こ)れ高太公(こうたいこう)の家人(かにん=使用人)にして、名(な)を高才(こうさい)と叫(よ)ぶ。我(わ)が那(あ)の太公(たいこう)に一個(ひとり)の老(おさな=末の)女兒(むすめ)有(あ)り、年(とし)は方(まさ)に二十歳(にじゅっさい)なるに、更(さら)に曾(かつ)て人(ひと)に配(はい=嫁が)されず、三年前(さんねんまえ)一個(ひとり)の妖精(ようせい)に占(し)められたり。那(そ)の妖(よう)は整(まるまる)と這(こ)の三年(さんねん)の女婿(むこ=婿)と做(な)れり。我(わ)が太公(たいこう)は悦(よろこ)ばず、說(い)いて道(いわ)く:『女兒(むすめ)が妖精(ようせい)を招(まね)きては、是(こ)れ長法(ちょうほう=長い策)に非(あら)ず:一則(ひとつ)には家門(かもん=家の名)を敗壞(はいかい=損ない)し、二則(ふたつ)には個(ひとつ)の親家(しんか=姻戚)の往來(おうらい=行き来)も無(な)し。』と。一向(これまで)此(こ)の妖精(ようせい)を退(ど)けんと要(もと)むるに、那(そ)の妖精(ようせい)は那裏(どう)か肯(あえ)て退(ど)かんや、轉(う)じて女兒(むすめ)を把(と)って他(かれ)が後宅(ごたく=奥の館)に關(とじこ)め、將(まさ)に半年(はんとし)ならんとす、再(ふたた)び放(はな)ち出(い)だして家内(かない)の人(ひと)と相見(そうけん=面会)せしめず。我(わ)が太公(たいこう)は我(われ)に幾兩(いくにょう=何両か)の銀子(ぎん=銀)を與(あた)え、我(われ)に法師(ほうし=術師)を尋訪(じんほう=探し訪ね)て、那(あ)の妖怪(ようかい)を拿(とら)えしめんと教(さと)せり。我(われ)は這些時(このごろ=近ごろ)曾(かつ)て脚(あし)を住(とど)めず、前前後後(あれこれ)に、請(しょう)じたること三四個人(さんよにん=三、四人)有(あ)り、都(みな)是(こ)れ不濟(ふせい=役立たず)の和尚(おしょう)、膿包(のうほう=くず)の道士(どうし)にして、那(あ)の妖精(ようせい)を降(くだ)すを得(え)ず。剛才(さっき)我(われ)を一場(ひとしきり)罵(ののし)り、我(われ)をして事(こと)を幹(や)るを会(え=できる)ずと說(い)い、又(また)我(われ)に五錢(ごせん)の銀子(ぎん)を與(あた)えて盤纏(ばんてん=路銀)と做(な)し、我(われ)に再(ふたた)び去(ゆ)きて好(よ)き法師(ほうし)を請(しょう)じて他(かれ)を降(くだ)さしめよと教(さと)せり。期(おも)わざりき你(おまえ)這個(こ)の紇刺星(こつしせい=厄介者)に撞(ぶつ)かり扯(ひ)き住(とど)められ、我(わ)が路(みち)を走(ある)くを誤(あやま)らせ、此(こ)の故(ゆえ)に裏(うち)も外(そと)も氣(き=腹立ち)を受(う)け、我(われ)は奈何(いかん)なく、才(ようや)く你(おまえ)と叫喊(きょうかん=叫び立て)れり。想(おも)わざりき你(おまえ)に又(また)些(いささ)かの拿法(だほう=捕らえ術)有(あ)りて、我(われ)は掙(もが)きて你(おまえ)に過(す)ぎず、故(ゆえ)に此(こ)の実情(じつじょう)を說(い)えり。你(おまえ)は我(われ)を放(はな)して去(ゆ)かしめよ。」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)の造化(ぞうか=幸運)、我(われ)に營生(えいせい=仕事)有(あ)り。這(こ)れが才(はじ)めて是(こ)れ四(よつ)を湊(あつ)め六(むっつ)に合(がっ)するの勾當(こうとう=仕事)なり。你(おまえ)は也(ま)た遠(とお)く行(ゆ)くを須(もち)いず、銀子(ぎん)を花費(かひ=費や)さんことを要(もと)むるな。我(われ)らは是(こ)れ那(あ)の不濟(ふせい)の和尚(おしょう)、膿包(のうほう)の道士(どうし)に非(あら)ず、其實(じつ=実に)に些(いささ)かの手段(しゅだん=腕)有(あ)りて、慣(な)れて妖(よう)を拿(とら)うるを会(え=できる)。這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ『一來(ひとつ)には郎中(ろうちゅう=医者)を照顧(しょうこ=世話)し、二來(ふたつ)には又(また)眼(め)の好(よ)きを医(いや)し得(う)る。』なり。煩(わずらわ)しくも你(おまえ)は回(かえ)り去(ゆ)きて你(おまえ)が那(あ)の家主(かしゅ=主人)に上復(じょうふく=申し上げ)よ、我(われ)らは是(こ)れ東土(とうど)の駕下(がか=天子の御下)より差(つか)わされ來(きた)れる御弟(ぎょてい)の聖僧(しょうそう)にして、西天(さいてん)に往(ゆ)きて佛(ほとけ)を拜(おが)み經(きょう)を求(もと)むる者(もの)、善(よ)く能(よ)く妖(よう)を降(くだ)し怪(かい)を縛(しば)ると說(い)え。」高才(こうさい)道(いわ)く:「你(おまえ)は我(われ)を誤(あやま)るな。我(われ)は是(こ)れ一(ひと)腹(はら)の氣(き=腹立ち)の人(ひと)なるに、你(おまえ)が我(われ)を錯(あやま)り哄(だま)して、甚(なん)の手段(しゅだん)も無(な)く、那(あ)の妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)めずんば、卻(かえ)って又(また)我(われ)を帶累(たいるい=巻き添え)して來(きた)りて氣(き)を受(う)けしめずや?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「管教(きっと)你(おまえ)を誤(あやま)らず。你(おまえ)は我(われ)を引(みちび)いて你(おまえ)が家(いえ)の門首(もんしゅ=門の前)に到(いた)りて來(こ)よ。」 那(そ)の人也(ひと)は計(けい)奈何(いかん=どうしようも)く、真個(まこと)に包袱(ほうふく=荷物)を提(ひっさ)げ、傘(かさ)を拿(と)り、步(あゆみ)を轉(めぐ)らし身(み)を回(かえ)し、他(かれ)の師徒(しと)を領(みちび)いて門首(もんしゅ)に到(いた)りて道(いわ)く:「二位(ふたり)の長老(ちょうろう)、你(おまえ)方(がた)は且(しばら)く馬臺(ばだい=乗馬台)の上(うえ)に在(あ)りて略(ちょっと)坐(ざ)し坐(ざ)せ、我(われ)が進(い)り去(ゆ)きて主人(しゅじん)に報(ほう)じ知(し)らしむるを等(ま)て。」行者(ぎょうじゃ)は才(ようや)く手(て)を放(はな)し、担(に=荷物)を落(おろ)し馬(うま)を牽(ひ)きて、師徒(しと)たちは門旁(もんぼう=門の脇)に坐(ざ)し立(た)ちて等候(とうこう=待つ)。 那(そ)の高才(こうさい)は大門(だいもん)に入(い)り、徑(ただ)ちに中堂(ちゅうどう=中央の間)の上(うえ)に往(ゆ)くに、可可(ちょうど)の撞(ぶつ)かりて高太公(こうたいこう)に見(まみ)ゆ。太公(たいこう)は罵(ののし)って道(いわ)く:「你(おまえ)那(いったい)の蠻皮(ばんひ=頑皮)の畜生(ちくしょう)め、怎麼(どう)して去(ゆ)きて人(ひと)を尋(たず)ねず、又(また)回(かえ)り來(きた)りて甚(なに)を做(な)すか?」高才(こうさい)は包傘(ほうさん=包みと傘)を放(お)ろして道(いわ)く:「主人公(しゅじんこう=旦那)に上告(じょうこく=申し上げ)て知(し)らしめん、小人(しょうじん=わたくし)は才(ようや)く街口(がいこう=街の入口)を出(い)で走(はし)りしに、忽(たちま)ち二個(ふたり)の和尚(おしょう)に撞(ぶつ)かれり:一個(ひとり)は馬(うま)に騎(の)り、一個(ひとり)は担(に)を挑(かつ)げり。他(かれ)は我(われ)を扯(ひ)き住(とど)めて放(はな)たず、我(われ)に那裏(どこ)へ去(ゆ)くかを問(と)えり。我(われ)は再三(さいさん=幾度も)曾(かつ)て他(かれ)と說(い)い及(およ)ばざりしが、他(かれ)は纏(まとわ)れて沒奈何(どうしようもなく)、手(て)を脫(のが)るるを得(え)ず、遂(つい)に主人公(しゅじんこう)の事情(じじょう)を、一一(いちいち)說(い)い他(かれ)に知(し)らしめたり。他(かれ)は卻(かえ)って十分(じゅうぶん=たいへん)歡喜(かんぎ=喜び)、我(われ)らと那(あ)の妖怪(ようかい)を拿(とら)えんと要(もと)むるぞ。」 高老(こうろう)道(いわ)く:「是(こ)れ那裏(どこ)より來(きた)れるか?」高才(こうさい)道(いわ)く:「他(かれ)は是(こ)れ東土(とうど)の駕下(がか)より差(つか)わされ來(きた)れる御弟(ぎょてい)の聖僧(しょうそう)にして、西天(さいてん)に前往(ゆ)きて佛(ほとけ)を拜(おが)み經(きょう)を求(もと)むると說(い)う。」太公(たいこう)道(いわ)く:「既(すで)に是(こ)れ遠(とお)くより來(きた)れる和尚(おしょう)なれば、怕(おそ)らくんば真(しん=まこと)に些(いささ)かの手段(しゅだん)有(あ)らんか。他(かれ)は如今(いま)那裏(どこ)に在(あ)るか?」高才(こうさい)道(いわ)く:「現在(いま)門(もん)の外(そと)に在(あ)りて等候(とうこう=待つ)。」 那(そ)の太公(たいこう)は即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて衣服(いふく)を換(か)え、高才(こうさい)と出(い)で來(きた)りて迎接(げいせつ=迎え)え、「長老(ちょうろう)」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。三藏(さんぞう)は聽(き)きて、急(いそ)ぎ身(み)を轉(めぐ)らせば、早(はや)くも已(すで)に面前(めんぜん=目の前)に到(いた)れり。那(そ)の老者(ろうしゃ=老人)は一頂(ひとつ)の烏綾巾(うりょうきん=黒い綾の頭巾)を戴(いただ)き、一領(ひとえ)の葱白蜀錦衣(そうはくしょくきんい=葱の白い蜀錦の衣)を穿(き)て、一雙(ひとくみ)の糙米皮(そうまいひ=粗い米革)の犢子靴(とくしか=子牛革の靴)を踏(ふ)み、一條(ひとすじ)の黑綠(こくりょく)の絛子(じょうす=帯)を系(しば)り、出(い)でて笑語(しょうご=笑い言葉)に相迎(むか)え、便(すなわ)ち叫(よばわ)りて:「二位(ふたり)の長老(ちょうろう)、作揖(さゆう=挨拶)す。」三藏(さんぞう)は禮(れい)を還(かえ)し、行者(ぎょうじゃ)は站(た)ちて動(うご)かず。那(そ)の老者(ろうしゃ)は他(かれ)が相貌(そうぼう=容貌)の凶醜(きょうしゅう=凶悪で醜い)なるを見(み)て、便(すなわ)ち就(すなわ)ち敢(あえ)て他(かれ)と作揖(さゆう)せず。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「怎麼(どう)して老孫(ろうそん)が喏(じょ=挨拶)を唱(とな)えざるか?」那(そ)の老兒(ろうじ=老人)は幾分(いくぶん)か害怕(おそれ)有(あ)り、高才(こうさい)を叫(よ)んで道(いわ)く:「你(おまえ)這(こ)の小厮(こわっぱ=小僧)は卻(かえ)って我(われ)を弄(あそ)び殺(ころ)さざるか?家(いえ)の裏(うち)に現(げん=現に)一個(ひとり)の醜頭怪腦(しゅうとうけのう=醜い顔の)の女婿(むこ)の打發(ほうつ=追い払う)に開(あ)かざる有(あ)るに、怎麼(どう)して又(また)這個(こ)の雷公(らいこう=雷神)を引(みちび)きて來(きた)りて我(われ)を害(そこな)わしむるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「老高(こうろう)よ、你(おまえ)は空(むな)しく許大(これほど=こんなに)の年紀(とし)を長(としと)りて、還(な)お不省事(ふしょうじ=物分かりが悪い)なり!若(も)し專(もっぱ)ら相貌(そうぼう=容貌)を以(もっ)て人(ひと)を取(と)らば、乾淨(まるきり)に錯(あやま)てり。我(われ)が老孫(ろうそん)は醜(みにく)きは醜(みにく)きながら、卻(かえ)って些(いささ)かの本事(ほんじ=腕)有(あ)り。你(おまえ)が家(いえ)に替(かわ)りて妖精(ようせい)を擒(とりこ)え、鬼魅(きみ=妖怪)を捉(とら)え、你(おまえ)が那(あ)の女婿(むこ)を拿住(とらえ)え、你(おまえ)が女兒(むすめ)を還(かえ)さば、便(すなわ)ち是(こ)れ好事(こうじ=良いこと)なるに、何(なん)ぞ必(かなら)ずしも諄諄(じゅんじゅん=くどくど)しく相貌(そうぼう)を以(もっ)て言(げん)と為(な)さんや!」太公(たいこう)は說(と)くを見(み)て、戰兢兢(せんけいけい=おののき)として、只(た)だ已(や)むを得(え)ず強(し)いて精神(せいしん=気力)を打(う)ち起(おこ)し、「請(こ)う進(すす)め」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。這(こ)の行者(ぎょうじゃ)は請(しょう)ぜらるるを見(み)て、才(ようや)く白馬(はくば)を牽(ひ)き、高才(こうさい)に行李(こうり)を挑(かつ)がしめ、三藏(さんぞう)と與(とも)に進(い)り去(ゆ)く。他(かれ)は也(ま)た好歹(よしあし)を管(かま)わず、就(すなわ)ち馬(うま)を把(と)って敞廳(ちょうてい=広間)の柱(はしら)の上(うえ)に拴(つな)ぎ、一張(ひとつ)の退光漆(たいこうしつ=艶消し漆)の交椅(こうい=肘掛け椅子)を扯(ひ)き過(よ)ぎて、三藏(さんぞう)を叫(よ)んで坐(ざ)せしむ。他(かれ)は又(また)一張(ひとつ)の椅子(いす)を扯(ひ)き過(よ)ぎて、旁(かたわら)に坐(ざ)す。那(そ)の高老(こうろう)道(いわ)く:「這個(こ)の小長老(しょうちょうろう)、倒(かえ)って也(ま)た家懷(かかい=くつろいだ)なり。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)若(も)し肯(あえ)て我(われ)を留(とど)めて半年(はんとし)住(じゅう)ましむれば、還(な)お家懷(かかい)なるぞ。」 坐(ざ)し定(さだ)まりて、高老(こうろう)は問(と)うて道(いわ)く:「適間(さっき)小价(しょうかい=召使)の說(い)えるに、二位(ふたり)の長老(ちょうろう)は東土(とうど)より來(きた)れるか?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「便(すなわ)ち是(こ)れなり。貧僧(ひんそう=この僧)は朝命(ちょうめい=勅命)を奉(ほう)じて西天(さいてん)に往(ゆ)きて佛(ほとけ)を拜(おが)み經(きょう)を求(もと)め、寶莊(ほうそう=貴荘)を過(す)ぐるに因(よ)り、特(とく)に一宿(ひとよ)を借(か)り、明日(あす)早(はや)く行(ゆ)かんとす。」高老(こうろう)道(いわ)く:「二位(ふたり)は原(もと)是(こ)れ借宿(しゃくしゅく=宿を借る)のならんに、怎麼(どう)して怪(かい)を拿(とら)うるを会(え)ると說(い)うか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「借宿(しゃくしゅく)するに因(よ)りて、順便(ついで)に幾個(いくたり)かの妖怪兒(ようかい=妖怪)を拿(とら)えて耍耍(あそび=遊び)するのみ。動問(うかがう)するに府上(ふじょう=お宅)に多少(いくら)の妖怪(ようかい)が有(あ)るか?」高老(こうろう)道(いわ)く:「天那(ああ)!還(な)お吃(く)えるに多少(いくら)の有(あ)らんや!只(た)だ這(こ)の一個(ひとり)の怪(あやしき)女婿(むこ)のみなるに、也(ま)た他(かれ)に磨(す)り慌(あわ)てられたり!」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は那(あ)の妖怪(ようかい)の始末(しまつ=いきさつ)、多少(どれほど)の大手段(だいしゅだん)有(あ)るか、頭(かしら=初め)より兒(ちょっと)說(い)い說(い)いて我(われ)に聽(き)かしめよ、我(われ)は好(よ)く你(おまえ)に替(かわ)りて他(かれ)を拿(とら)えん。」 高老(こうろう)道(いわ)く:「我(われ)らが這(こ)の莊(しょう)の上(うえ)には、古(いにしえ)より今(いま)に至(いた)るまで、也(ま)た什麼(なに)の鬼祟魍魎(きすいもうりょう=妖怪変化)、邪魔(じゃま)の作耗(さくもう=災い)すること有(あ)るを暁(さと)らず。只(た)だ是(こ)れ老拙(ろうせつ=この老いぼれ)の不幸(ふこう)にして、曾(かつ)て子(こ)有(あ)らず、止(た)だ三(みっつ)の女兒(むすめ)を生(う)めり:大(おお)いなるは喚(よ)んで香蘭(こうらん)と名(な)づけ、第二(だいに)のを玉蘭(ぎょくらん)と名(な)づけ、第三(だいさん)のを翠蘭(すいらん)と名(な)づく。那(そ)の二(ふた)人(り)は小(ちいさ)き兒(ころ=頃)より本莊(ほんしょう=この荘)の人家(じんか)に配(はい=嫁が)せしが、止(た)だ小(ちいさ)き個(ひとり)のみ、個(ひとり)の女婿(むこ)を招(まね)きて、他(かれ)の我(われ)と家(いえ)を同(とも)にして過活(かかつ=暮らし)し、個(ひとつ)の養老女婿(ようろうむこ=老後を託す婿)と做(な)り、門(もん)を撐(ささ)え戶(と)に抵(あた)り、活(しごと=仕事)を做(な)して当(とう=当番)に差(つか)わらるるを指望(しぼう=期待)せしに、期(おも)わざりき三年前(さんねんまえ)、一個(ひとり)の漢子(おとこ)有(あ)り、模樣兒(すがた)は倒(かえ)って也(ま)た精致(せいち=こざっぱり)にして、他(かれ)は是(こ)れ福陵山(ふくりょうざん)の上(うえ)の人家(じんか)と說(い)い、姓(せい)を豬(ちょ=猪)とし、上(うえ)に父母(ふぼ)無(な)く、下(した)に兄弟(きょうだい)無(な)く、人家(ひと)と與(とも)に個(ひとつ)の女婿(むこ)と做(な)らんと願(ねが)うと。我(われ)が老拙(ろうせつ)は是(こ)れ這般(このよう)なる一個(ひとり)の根(ね=縁)無(な)く絆(きずな)無(な)きの人(ひと)なるを見(み)て、就(すなわ)ち他(かれ)を招(まね)けり。一(ひと)たび門(もん)に入(い)りし時(とき)は、倒(かえ)って也(ま)た勤謹(きんきん=まめまめし)かりき:田(た)を耕(たがや)し地(ち)を耙(なら)すに、牛具(ぎゅうぐ=牛の農具)を用(もち)いず;田禾(でんか=田の稲)を收(か)め割(か)るに、刀杖(とうじょう=鎌や棒)を用(もち)いず。昏(くれ)に去(さ)り明(あけ)に來(きた)りて、其實(じつ)に也(ま)た好(よ)し;只(た)だ是(こ)れ一件(ひとつ)、些(いささ)か嘴臉(しゅらん=顔つき)を變(へん)ずるを会(え=する)有(あ)り。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「怎麼(どう)變(へん)ずるか?」高老(こうろう)道(いわ)く:「初(はじ)めに來(きた)りし時(とき)は、是(こ)れ一條(ひとりの)黑胖漢(こくはんかん=黒く太った男)なるが、後來(のち)に就(すなわ)ち變(へん)じて一個(ひとり)の長嘴(ちょうし=長い嘴)大耳朶(だいじみ=大きな耳)の呆子(ほうけ=間抜け)と做(な)り、腦後(のうご=後頭部)に又(また)一溜(ひとすじ)の鬃毛(そうもう=たてがみ)有(あ)り、身體(しんたい=体)は粗糙(そぞう=ざらざら)として人(ひと)を怕(おそ)れしめ、頭臉(とうらん=頭と顔)は就(すなわ)ち個(ひとつ)の豬(ぶた)の模樣(すがた)の像(ごと)し。食腸(しょくちょう=食い意地)は卻(かえ)って又(また)甚(はなは)だ大(おお)きく:一頓(ひとたび)に三五斗(さんごと=三、五斗)の米飯(べいはん=ご飯)を吃(く)わんと要(もと)む;早間(あさ)の点心(てんしん=間食)も、也(ま)た百十個(ひゃくじゅっこ=百個余り)の燒餅(しょうへい=焼き餅)を得(え)て才(はじ)めて够(た)る。喜(よろこ)ぶべきは還(な)お齋素(さいそ=精進)を吃(く)うこと;若(も)し再(ふたた)び葷酒(くんしゅ=肉と酒)を吃(く)わば、便(すなわ)ち是(こ)れ老拙(ろうせつ)が這些(これら)の家業(かぎょう=家産)田產(でんさん=田畑)之類(るい=類)も、半年(はんとし)に上(のぼ)らずして、就(すなわ)ち吃(く)いて個(ひとつ)の罄淨(けいじょう=すっからかん)ならん!」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「只(た)だ他(かれ)が做(な)し得(う)るに因(よ)りて、所以(ゆえ)に吃(く)い得(う)るなり。」高老(こうろう)道(いわ)く:「吃(く)うは還是(やはり)件(ひとつ)の小事(しょうじ)なるが、他(かれ)は如今(いま)又(また)風(かぜ)を弄(ろう=操る)を会(え)し、雲(くも)來(きた)り霧(きり)去(さ)り、石(いし)を走(はし)らせ砂(すな)を飛(と)ばし、我(わ)が一家(いっか)并(ならび)に左鄰右舍(さりんうしゃ=両隣)を唬(おどろ)かして、俱(みな)安生(あんせい=安らか)なるを得(え)ず。又(また)那(あ)の翠蘭(すいらん)の小女(しょうじょ=末娘)を把(と)って後宅子(ごたく=奥の館)の裏(うち)に關(とじこ)め、一發(いっそう)半年(はんとし)も也(ま)た曾(かつ)て面(おもて)を見(み)せず、更(さら)に死活(しかつ=生死)の如何(いかん)を知(し)らず。此(こ)の因(よ)りて他(かれ)の是(こ)れ個(ひとり)の妖怪(ようかい)なるを知(し)り、個(ひとり)の法師(ほうし)を請(しょう)じて他(かれ)と去(ゆ)きて退(ど)けて退(ど)けんとす。」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「這個(これ)は何(なん)の難(かた)きことか有(あ)らん?老兒(ろうじ=爺さん)よ、你(おまえ)は管(きっと)放心(ほうしん=安心)せよ、今夜(こんや)管情(きっと)你(おまえ)と拿住(とらえ)えて、他(かれ)に一個(ひとつ)の退親文書(たいしんぶんしょ=離婚証書)を寫(しる)さしめ、你(おまえ)が女兒(むすめ)を還(かえ)さんは何如(いかん=どうか)?」高老(こうろう)は大喜(たいき=大いに喜び)して道(いわ)く:「我(われ)は他(かれ)を招(まね)きしが不打緊(たいしたことはなけれど)、我(わ)が多少(いくばく)の清名(せいめい=清い名)を壊(こわ)し、我(わ)が多少(いくばく)の親眷(しんけん=親族)を疏(うと=遠ざけ)んじたり;但(た)だ拿住(とらえ)うるを得(え)ば、什麼(なに)の文書(ぶんしょ)を要(もと)めんや?就(すなわ)ち煩(わずらわ)しくも我(われ)と與(とも)に根(こん=根っこ)を除(のぞ)きて罷(や)めよ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「容易(ようい=たやすい)!容易(ようい)!夜(よる)に入(い)る之時(とき)、就(すなわ)ち好歹(よしあし)を見(み)ん。」 老兒(ろうじ)は十分(じゅうぶん=たいへん)歡喜(かんぎ)し、才(ようや)く桌椅(ちゃくい=机と椅子)を展抹(てんまつ=拭き整え)、齋供(さいく=供養の食事)を擺列(はいれつ=並べ)せしむ。齋(とき)罷(おわ)りて、將(まさ)に晩(くれ)なんとするに、老兒(ろうじ)は問(と)うて道(いわ)く:「甚(なに)の兵器(へいき)を要(もと)むるか?多少(いくたり)の人(ひと)の隨(したが)うを要(もと)むるか?早(はや)きに趁(じょう=乗)じて好(よ)く備(そな)えん。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「兵器(へいき)は我(われ)に自(おの)ずから有(あ)り。」老兒(ろうじ)道(いわ)く:「二位(ふたり)は只(た)だ是(こ)れ那(あ)の根(ひとつ)の錫杖(しゃくじょう)なるに、錫杖(しゃくじょう)は怎麼(どう)して妖精(ようせい)を打(う)ち得(え)んか?」行者(ぎょうじゃ)は隨(したが)いて耳(みみ)の内(うち)より一個(ひとつ)の繡花針(しゅうかしん=刺繍針)を取(と)り出(い)だし、手(て)の内(うち)に捻(ひね)りて、風(かぜ)に迎(むか)って幌(ひるがえ)すこと一幌(ひとふり)に、就(すなわ)ち是(こ)れ碗來(わんほど=茶碗ほど)の粗細(あらさ=太さ)の一根(ひとすじ)の金箍鐵棒(きんこてつぼう)にして、高老(こうろう)に對(むか)いて道(いわ)く:「你(おまえ)看(み)よ這(こ)の條(ひとすじ)の棍子(こんす=棒)の、你(おまえ)が家(いえ)の兵器(へいき)に比(くら)ぶるに何如(いかん)ぞ?可(よ)く這(こ)の怪(かい)を打(う)ち得(え)るか否(いな)や?」高老(こうろう)又(また)道(いわ)く:「既(すで)に兵器(へいき)有(あ)らば、可(よ)く人(ひと)の跟(したが)うを要(もと)むるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(われ)は人(ひと)を用(もち)いず、只(た)だ是(こ)れ幾個(すうにん=数人)の年高(としたか=高齢)にして德(とく)有(あ)るの老兒(ろうじ=老人)を要(もと)めて、我(わ)が師父(しふ)に陪(ともな)いて清坐(せいざ=静かに座り)し閑敘(かんじょ=闲話)し、我(われ)は好(よ)く他(かれ)を撇(す)てて去(ゆ)かん。我(われ)が那(あ)の妖精(ようせい)を拿(とら)え來(きた)りて、眾(しゅう=皆)に對(むか)いて供(くちがき=自白)を取(と)り、你(おまえ)に替(かわ)りて根(こん)を除(のぞ)きて罷(や)めんことを等(ま)て。」那(そ)の老兒(ろうじ)は即(すなわ)ち家僮(かどう=召使)を喚(よ)び、幾個(すうにん)の親故朋友(しんこほうゆう=親戚や友人)を請(しょう)ぜり。一時(ひととき=たちまち)に都(みな)到(いた)る。相見(そうけん=面会)已(すで)に畢(おわ)りて、行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「師父(しふ)、你(おまえ)は放心(ほうしん)して穩(やすらか)に坐(ざ)せ、老孫(ろうそん)は去(ゆ)くなり。」 你(なんじ)看(み)よ他(かれ)は鐵棒(てつぼう)を攥(にぎ)りて、高老(こうろう)を扯(ひ)きて道(いわ)く:「你(おまえ)は我(われ)を引(みちび)いて後宅子(ごたく=奥の館)の裏(うち)に去(ゆ)きて、妖精(ようせい)の住(す)む處(ところ)を看看(みてみ)よ。」高老(こうろう)は遂(つい)に他(かれ)を引(みちび)いて後宅(ごたく)の門首(もんしゅ=門の前)に到(いた)る。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は快(すみや)かに鑰匙(やく=鍵)を取(と)りて來(こ)よ。」高老(こうろう)道(いわ)く:「你(おまえ)は且(しばら)く看看(みてみ)よ。若(も)し是(こ)れ鑰匙(かぎ=鍵)を用(もち)い得(う)れば、卻(かえ)って你(おまえ)を請(しょう)ぜざらん。」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「你(おまえ)那(そ)の老兒(ろうじ)、年紀(とし)は大(おお)きけれど、卻(かえ)って耍(じょうだん=冗談)を識(し)らず。我(われ)は這(こ)の話兒(ことば)を把(と)って你(おまえ)を哄(からか)うこと一哄(ひとたび)せしに、你(おまえ)は就(すなわ)ち当(まこと)に当(あ)てたり。」上(かみ)に走(はし)り前(すす)みて、一摸(ひとさわり=ひと触れ)すれば、原來(もともと)是(こ)れ銅汁(どうじゅう=溶かした銅)の灌(そそ)がれたる鎖子(じょうす=錠)なり。狠(つよ)く他(かれ)をして金箍棒(きんこぼう)を將(も)って一搗(ひとつつ)き、門扇(もんせん=扉)を搗(つ)き開(あ)けしむれば、裏面(うち)は卻(かえ)って黑(くら)き洞洞(どうどう=真っ暗)たり。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「老高(こうろう)よ、你(おまえ)は去(ゆ)きて你(おまえ)が女兒(むすめ)を一声(ひとこえ)叫(よ)べ、他(かれ)の裏面(うち)に在(あ)るかを看(み)よ。」 那(そ)の老兒(ろうじ)は膽(きも=度胸)を硬(つよ)くして叫(よばわ)りて道(いわ)く:「三姐姐(さんねえさん=三女よ)。」那(そ)の女兒(むすめ)は是(こ)れ他(かれ)が父親(ちちおや)の声(こえ)なるを認(みと)め、才(ようや)く少(すくな)き氣(いき)無(な)き力(ちから)の一声(ひとこえ)を応(いら)えて道(いわ)く:「爹爹(とうさん)、我(われ)は此處(ここ)に在(あ)るよ。」行者(ぎょうじゃ)は金睛(きんせい=金色の瞳)を閃(ひらめ)かせ、黑影(こくえい=暗がり)の裏(うち)に向(むか)いて仔細(しさい=詳しく)看(み)る時(とき)、你(なんじ)は他(かれ)が怎生(いか)なる模樣(すがた)なるを道(い)わんや?但(ただ)見(み)よ那(そ)の: 「雲鬢(うんびん=黒髪)は亂(みだ)れ堆(つ)みて掠(なでつ)くる無(な)く、玉容(ぎょくよう=玉のような顔)は未(いま)だ洗(あら)わずして塵緇(じんし=塵の黒ずみ)あり。 一片(ひとひら)の蘭心(らんしん=蘭のような心)は舊(もと)の依(ごとく)にして、十分(じゅうぶん)の嬌態(きょうたい=あでやかな姿)は傾(かたむ)き頽(やつ)れたり。 櫻唇(おうしん=桜の唇)には全(まった)く気血(けっけつ=血色)無(な)く、腰肢(ようし=腰つき)は屈屈(くつくつ=かがまり)偎偎(わいわい=寄りかかり)たり。 愁(うれい)蹙蹙(しゅくしゅく=しかめ)として、蛾眉(がび=蛾の眉)淡(あわ)く;瘦(や)せ怯怯(きょうきょう=おもおもしく)として、語声(ごせい=声)低(ひく)し。」 他(かれ)は走(はし)り來(きた)りて高老(こうろう)を見(み)て、一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)め、頭(かしら)を抱(いだ)いて大(おお)いに哭(な)く。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「且(しばら)く哭(な)くな!且(しばら)く哭(な)くな!我(われ)は你(おまえ)に問(と)わん、妖怪(ようかい)は那裏(どこ)へ往(ゆ)き去(さ)れるか?」女子(じょし=娘)道(いわ)く:「那裏(どこ)へ往(ゆ)き去(さ)れるを知(し)らず。這些時(このごろ)は、天(そら)の明(あか)るむに就(すなわ)ち去(ゆ)き、夜(よる)に入(い)りて方(ようや)く來(きた)る。雲雲(くもくも)霧霧(きりきり)と、往(ゆ)き回(かえ)るに何(いず)れの所(ところ)なるを知(し)らず。父親(ちちおや)の他(かれ)を祛退(きょたい=追い払う)せんと要(もと)むるを暁(さと)れるに因(よ)りて、他(かれ)も也(ま)た常常(つねづね)防備(ぼうび=用心)す、此(こ)の故(ゆえ)に昏(くれ)に來(きた)り朝(あさ)に去(さ)るなり。」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「說(と)くを消(け)さん。老兒(ろうじ)よ、你(おまえ)は令愛(れいあい=お嬢さん)を帶(たい=連れ)て前邊(まえ)の宅(たく=館)の裏(うち)に往(ゆ)き、慢慢的(ゆっくり)と闊(ひさしぶり)を敘(の)べよ、老孫(ろうそん)を此處(ここ)に在(あ)りて他(かれ)を等(ま)たしめよ。他(かれ)若(も)し來(きた)らずんば、你(おまえ)は卻(かえ)って怪(とが)むるな;他(かれ)若(も)し來(きた)らば、定(きっ)と你(おまえ)と剪草除根(せんそうじょこん=草を刈り根を絶やす)せん。」那(そ)の老高(こうろう)は歡歡喜喜(かんかんきき=大喜び)として、女兒(むすめ)を帶(たい)ち將(た)ちて前(まえ)へ去(ゆ)く。 行者(ぎょうじゃ)は卻(かえ)って神通(じんつう)を弄(ろう=使)い、身(み)を搖(ゆ)り一變(いっぺん)して、變(へん)じて得(え)たるは就(すなわ)ち那(あ)の女子(じょし)の一般(ごとく)にして、獨(ひと)り個(ひとつ)房(へや)の裏(うち)に坐(ざ)して那(あ)の妖精(ようせい)を等(ま)つ。多(おお)からず時(とき)に、一陣(ひとむれ)の風(かぜ)來(きた)る、真個(まこと)に是(こ)れ石(いし)を走(はし)らせ砂(すな)を飛(と)ばす。好(よ)き風(かぜ): 「起初(はじめ)の時(とき)は微微(びび=かすか)蕩蕩(とうとう=ゆらぎ)、向後(のち)に來(きた)りては渺渺(びょうびょう)茫茫(ぼうぼう=果てしない)。 微微(びび)蕩蕩(とうとう)として乾坤(けんこん=天地)大(おお)いなり、渺渺(びょうびょう)茫茫(ぼうぼう)として阻礙(そがい=妨げ)無(な)し。 花(はな)を雕(けず)り柳(やなぎ)を折(お)るは揌麻(そくま=麻を摘む)に勝(まさ)り、樹(き)を倒(たお)し林(はやし)を摧(くだ)くは菜(な)を拔(ぬ)くが如(ごと)し。 江(かわ)を翻(ひるがえ)し海(うみ)を攪(みだ)して鬼神(きじん)愁(うれ)い、石(いし)を裂(さ)き山(やま)を崩(くず)して天地(てんち)怪(あや)しむ。 花(はな)を銜(くわ)える麋鹿(びろく=大鹿)は來(きた)る蹤(あと)を失(うしな)い、果(み)を摘(つ)む猿猴(えんこう=猿)は外(そと)に迷(まよ)う。 七層(しちそう)の鐵塔(てっとう=鉄の塔)は佛頭(ぶっとう=仏の頭)を侵(おか)し、八面(はちめん)の幢幡(どうばん=旗)は寶蓋(ほうがい=天蓋)を傷(そこな)う。 金梁(きんりょう)玉柱(ぎょくちゅう)は根(ね)より起(た)ち搖(ゆ)れ、房上(ぼうじょう=屋根)の瓦(かわら)は燕(つばめ)の塊(かたまり)の如(ごと)く飛(と)ぶ。 棹(さお)を舉(あ)ぐる艄公(しょうこう=船頭)は願心(がんしん=願い)を許(ゆる)し、船(ふね)を開(ひら)くに忙(いそが)しく猪羊(ちょよう=豚と羊)を把(と)って賽(まつ)る。 當坊(とうぼう=その土地)の土地(どじ=土地神)は祠堂(しどう=社)を棄(す)て、四海(しかい)の龍王(りゅうおう)は上(かみ)に朝(むか)いて拜(おが)む。 海邊(かいへん)に夜叉(やしゃ)の船(ふね)を撞(ぶ)ち損(そこな)い、長城(ちょうじょう)の半邊(なかば)の塞(とりで)を刮(こす)り倒(たお)す。」 那(そ)の陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう=暴風)の過(す)ぐる處(ところ)に、只(ただ)見(み)る半空(はんくう=空の半ば)の裏(うち)より一個(ひとり)の妖精(ようせい)の來(きた)るを、果(はた)して生(う)まれつき醜陋(しゅうろう=醜い)なり:黑臉(こくらん=黒い顔)に短毛(たんもう)、長喙(ちょうかい=長い嘴)に大耳(だいじ=大きな耳);一領(ひとえ)の青(あお)ならず藍(あい)ならざる梭布直裰(さふじきとく=木綿の袍)を穿(き)て、一條(ひとすじ)の花布手巾(かふしゅきん=模様のある布の手拭い)を系(しば)る。行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に笑(わら)って道(いわ)く:「原來(もともと)是(こ)れ這個(こ)の買賣(ばいばい=獲物)なり!」好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、卻(かえ)って他(かれ)を迎(むか)えず、也(ま)た他(かれ)を問(と)わず、且(しばら)く床(とこ)の上(うえ)に睡(ね)て病(やまい)を推(お)し、口(くち)の裏(うち)に哼哼(こうこう=うんうん)嘖嘖(さくさく)として不絕(たえず=絶え間なく)なり。 那(そ)の怪(かい)は真假(しんが=真偽)を識(し)らず、房(へや)に走(はし)り進(い)り、一把(ひとつかみ)に摟(いだ)き住(とど)めて、就(すなわ)ち嘴(くち)を親(す=すり寄せ)せんとす。行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に笑(わら)って道(いわ)く:「真個(まこと)に來(きた)りて老孫(ろうそん)を弄(あそ)ばんとす!」即(すなわ)ち個(ひとつ)の拿法(だほう=捕らえ術)を使(つか)い、那(あ)の怪(かい)が長嘴(ちょうし=長い嘴)を托(ささ)えて、做(い)うて個(ひとつ)の小跌(こころび=小さな転び)と叫(よ)ぶ。漫頭(まんとう=頭越し)に一料(ひとひねり=ひとひねり)して、撲(ぽん=ばたり)と床(とこ)の下(した)に掼(な)げ落(おと)す。那(そ)の怪(かい)は爬(は)い起(お)きて、床(とこ)の邊(ほとり)を扶(ささ)えて道(いわ)く:「姐姐(ねえさん)、你(おまえ)は怎麼(どう)して今日(きょう)些(いささ)か我(われ)を怪(あやし)むか?想(おも)うに是(こ)れ我(われ)が來(きた)ること遲(おそ)かりしか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「怪(あやし)まず!怪(あやし)まず!」那(そ)の妖(よう)道(いわ)く:「既(すで)に我(われ)を怪(あやし)まざれば、怎麼(どう)して就(すなわ)ち我(われ)に這(こ)の跌(ころび)を投(なげう)つか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は怎麼(どう)して就(すなわ)ち這等(このよう)に樣(よう=風に)小家子(こじんまり=せせこましく)、就(すなわ)ち我(われ)を摟(いだ)きて嘴(くち)を親(す)るか?我(われ)は今日(きょう)些(いささ)か不自在(ふじざい=気分がすぐれぬ)に因(よ)りて、若(も)し每常(つね=常)の好(よ)き時(とき)ならば、便(すなわ)ち起(お)きて門(もん)を開(あ)けて你(おまえ)を等(ま)てり。你(おまえ)は可(よ)く衣服(いふく)を脫(ぬ)いで睡(ね)よ是(こ)れ。」那(そ)の怪(かい)は其(そ)の意(い)を解(げ)せず、真個(まこと)に就(すなわ)ち去(ゆ)きて衣(ころも)を脫(ぬ)ぐ。行者(ぎょうじゃ)は跳(おど)り起(お)きて、淨桶(じょうとう=便桶)の上(うえ)に坐(ざ)す。那(そ)の怪(かい)は舊(もと)の依(ごとく)に復(ま)た床(とこ)の上(うえ)に來(きた)りて一把(ひとつかみ)摸(さぐ)れば、人(ひと)に摸(さわ)り著(あた)らず、叫(よばわ)りて道(いわ)く:「姐姐(ねえさん)、你(おまえ)は那裏(どこ)へ往(ゆ)き去(さ)れるか?請(こ)う衣(ころも)を脫(ぬ)いで睡(ね)よ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は先(さき)に睡(ね)れ、我(われ)が一個(ひとつ)の恭(こも=用足し)を出(い)だすを等(ま)て。」那(そ)の怪(かい)は果(はた)して先(さき)に衣(ころも)を解(と)いて床(とこ)に上(のぼ)る。行者(ぎょうじゃ)は忽然(たちまち)一(ひと)つ口(くち)の氣(いき)を歎(たん)じて、「造化(ぞうか=運)が低(ひく)くなった!」と一声(ひとこえ)道(い)う。 那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「你(おまえ)は惱(なや)むは怎(どう)したか?造化(ぞうか=運)は怎麼(どう)して低(ひく)きを得(え)るか?我(われ)が你(おまえ)が家(いえ)に到(いた)り得(え)てより、是(こ)れ些(いささ)かの茶飯(さはん=食事)を吃(く)いたれど、卻(かえ)って也(ま)た曾(かつ)て白(ただ=ただ)で你(おまえ)のを吃(く)わず:我(われ)も也(ま)た曾(かつ)て你(おまえ)が家(いえ)に替(かわ)りて地(ち)を掃(は)き溝(みぞ)を通(とお)し、磚(かわら)を搬(はこ)び瓦(かわら)を運(はこ)び、土(つち)を築(きず)き墻(かべ)を打(う)ち、田(た)を耕(たがや)し地(ち)を耙(なら)し、麥(むぎ)を種(う)え秧(なえ)を插(さ)し、家(いえ)を創(つく)り業(ぎょう=家業)を立(た)てたり。如今(いま)你(おまえ)が身(み)の上(うえ)に穿(き)るは錦(にしき)、戴(いただ)くは金(きん)、四時(しいじ=四季)に花果(かか=花と果実)の享用(きょうよう=楽しみ)有(あ)り、八節(はっせつ=年中の節句)に蔬菜(そさい=野菜)の烹煎(ほうせん=料理)有(あ)り、你(おまえ)には還(な)お那些(どれ)の兒(ちょっと)の心(こころ)に趁(かな)わざる處(ところ)有(あ)って、這般(これほど)に短(みじか)く歎(たん)じ長(なが)く吁(ためいき)して、造化(ぞうか=運)が低(ひく)くなったと說(い)うか!」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「是(こ)れ這等(このよう)說(い)うには非(あら)ず。今日(きょう)我(わ)が父母(ふぼ)は、墻(かべ)を隔(へだ)てて、磚(かわら)を投(なげ)ち瓦(かわら)を料(な)ぐるに、甚(はなは)だ是(こ)れ我(われ)を打(う)ち我(われ)を罵(ののし)るぞ。」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「他(かれ)は你(おまえ)を打(う)ち罵(ののし)るは怎(どう)したか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「他(かれ)は說(い)う、我(われ)と你(おまえ)と夫妻(ふさい=夫婦)と做(な)りたれど、你(おまえ)は是(こ)れ他(かれ)が門下(もんか=家)の一個(ひとり)の女婿(むこ)なるに、全(まった)く些(いささ)かの兒(ちょっと)の礼體(れいたい=礼儀)も無(な)し。這様(このよう)なる個(ひとつ)の醜(みにく)き嘴臉(しゅらん=顔)の人(ひと)にて、又(また)姨夫(いふ=義兄弟)に会(まみ)うるを得(え)ず、又(また)親戚(しんせき)に見(まみ)ゆるを得(え)ず、又(また)你(おまえ)が雲(くも)に來(きた)り霧(きり)に去(さ)るを知(し)らず、端的(いったい)に是(こ)れ那裏(どこ)の人家(じんか)にして、姓(せい)は甚(なに)名(な)は誰(たれ)ぞ、他(かれ)が清德(せいとく=清い徳)を敗壞(はいかい=損ない)、他(かれ)が門風(もんぷう=家風)を玷辱(てんじょく=汚す)と。此(こ)の故(ゆえ)に這般(このよう)に打(う)ち罵(ののし)り、所以(ゆえ)に煩悶(はんもん=悩む)するなり。」 那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「我(われ)は是(こ)れ些(いささ)かの兒(ちょっと)の醜陋(しゅうろう=醜さ)有(あ)れど、若(も)し俊(うつくし)からんことを要(もと)むれば、卻(かえ)って也(ま)た難(かた)からず。我(われ)が一(ひと)たび來(きた)りし時(とき)、曾(かつ)て他(かれ)と講(こう=話)じ過(す)ぎて、他(かれ)の願(ねが)いて方(ようや)く我(われ)を招(まね)けるなり。今日(きょう)怎麼(どう)して又(また)這(こ)の話(はなし)を說(い)い起(おこ)すか!我(わ)が家(いえ)は福陵山(ふくりょうざん)雲棧洞(うんさんどう)に住(す)む。我(われ)は相貌(そうぼう=姿)を以(もっ)て姓(せい)と為(な)す、故(ゆえ)に豬(ちょ)を姓(せい)とし、官名(かんめい=正式の名)を豬剛鬣(ちょごうりょう)と做(い)う。他(かれ)若(も)し再(ふたた)び來(きた)りて你(おまえ)に問(と)わば、你(おまえ)は就(すなわ)ち此(こ)の話(はなし)を以(もっ)て他(かれ)と說(い)えば便(すなわ)ち罷(よ)かろう。」 行者(ぎょうじゃ)は暗(あん=ひそか)に喜(よろこ)んで道(いわ)く:「那(あ)の怪(かい)は卻(かえ)って也(ま)た老実(ろうじつ=正直)なり、刑(けい=拷問)を動(うごか)すを用(もち)いずして、就(すなわ)ち這等(これほど)明白(めいはく)に供(くちがき=自白)し得(う)たり。既(すで)に地方(ところ=在所)、姓名(せいめい)有(あ)れば、怎(どう)にか也(ま)た他(かれ)を拿住(とらえ)えん。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「他(かれ)は法師(ほうし)を請(しょう)じて來(きた)りて你(おまえ)を拿(とら)えんとすぞ。」那(そ)の怪(かい)は笑(わら)って道(いわ)く:「睡(ね)ておれ!睡(ね)ておれ!他(かれ)を睬(かま)うな!我(われ)には天罡數(てんこうすう=三十六)の變化(へんげ)、九齒(きゅうし=九本の歯)の釘鈀(ていは=熊手)有(あ)り、什麼(なに)の法師(ほうし)、和尚(おしょう)、道士(どうし)を怕(おそ)れんや?就(すなわ)ち是(こ)れ你(おまえ)が老子(おやじ)の虔心(けんしん=信心)有(あ)りて、九天蕩魔祖師(きゅうてんとうまそし)を請(しょう)じて下界(げかい=この世)に下(くだ)らしむるも、我(われ)も也(ま)た曾(かつ)て他(かれ)と與(とも)に相識(そうしき=知り合い)と做(な)りたり、他(かれ)も也(ま)た敢(あえ)て我(われ)を怎麼(どう)かせず。」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「他(かれ)は說(い)う、一個(ひとり)の五百年前(ごひゃくねんまえ)に大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし孫(そん)を姓(せい)とする齊天大聖(せいてんたいせい)を請(しょう)じて、來(きた)りて你(おまえ)を拿(とら)えんとすと。」那(そ)の怪(かい)は這個(こ)の名頭(な=名)を聞(き)き得(え)て、就(すなわ)ち三分(さんぶ=三分)の害怕(おそれ)有(あ)りて道(いわ)く:「既(すで)に是(こ)れ這等(このよう)說(い)うならば、我(われ)は去(ゆ)かん。兩口子(ふたり=夫婦)は做(な)し成(な)らず。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は怎(どう)して就(すなわ)ち去(ゆ)くか?」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「你(おまえ)は知(し)らず。那(あ)の天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし弼馬溫(ひつばおん)は、些(いささ)かの本事(ほんじ=腕)有(あ)りて、只(た)だ恐(おそ)らくは我(われ)が他(かれ)を弄(あしら)い過(す)ぐるを得(え)ずして、名頭(な=名)を低(ひく)くし、模樣(みっともなさ=見っともなさ)に像(に)ざらんことを。」 說(と)き罷(おわ)りて、衣服(いふく)を套(かぶ)り、門(もん)を開(あ)けて、外(そと)へ就(すなわ)ち走(はし)る;行者(ぎょうじゃ)に一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)められ、自己(おのれ)が臉(かお)の上(うえ)を將(も)って一抹(ひとぬり=ひと塗り)し、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)す。喝(かつ=怒鳴り)して道(いわ)く:「好(よ)き妖怪(ようかい)、那裏(どこ)へ走(に)ぐるか!你(おまえ)は頭(こうべ)を抬(あ)げて看看(みてみ)よ、我(われ)は是(こ)れ那(だれ)なるを。」那(そ)の怪(かい)は眼(め)を轉(めぐ)らし來(きた)りて、行者(ぎょうじゃ)の牙(きば)を齜(む)き嘴(くち)を咧(ひら)き、火眼金睛(かがんきんせい=火の眼金の瞳)、磕頭(かつとう=ごつごつした頭)毛臉(もうらん=毛だらけの顔)なるを見(み)て、就(すなわ)ち是(こ)れ個(ひとつ)の活(い)ける雷公(らいこう=雷神)の相似(にたり=似たり)なるに、慌(あわ)てる他(かれ)をして手(て)麻(しび)れ脚(あし)軟(よわ)くならしめ、划剌(かくらつ=びりっ)の一声(ひとこえ)に、掙(もが)きて衣服(いふく)を破(やぶ)り、狂風(きょうふう=暴風)と化(か)して身(み)を脫(のが)れて去(ゆ)く。行者(ぎょうじゃ)は急(いそ)ぎ上前(すす)み、鐵棒(てつぼう)を掣(ひ)き、風(かぜ)を望(のぞ)みて一(ひと)下(した)打(う)つ。那(そ)の怪(かい)は萬道(ばんどう=幾万条)の火光(かこう=火の光)と化(か)し、徑(ただ)ちに本山(ほんざん=元の山)に轉(めぐ)りて去(ゆ)く。行者(ぎょうじゃ)は雲(くも)を駕(が=駆)り、隨後(あと)に趕(お)い來(きた)りて、「那裏(どこ)へ走(に)ぐるか!你(おまえ)若(も)し天(てん)に上(のぼ)らば、我(われ)は就(すなわ)ち斗牛宮(とぎゅうきゅう)に趕(お)い到(いた)らん!你(おまえ)若(も)し地(ち)に入(い)らば、我(われ)は就(すなわ)ち枉死獄(おうしごく=無実の者の牢)に追(お)い至(いた)らん!」と叫(よばわ)る。 咦(おお)!畢竟(ついに)此(こ)れ去(ゆ)きて何方(いずかた)に趕(お)い至(いた)るを知(し)らず、何(なん)の勝敗(しょうはい)有(あ)るを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説明)を聽(き)け。 第十九回 雲桟洞(うんさんどう)にて悟空(ごくう)八戒(はっかい)を収(おさ)む 浮屠山(ふとざん)にて玄奘(げんじょう)心経(しんぎょう)を受(う)く 卻説(さて)那(あ)の怪(かい)が火光(かこう=火の光)の前(まえ)に走(はし)り、這(こ)の大聖(たいせい)の彩霞(さいか=彩りの霞)の隨後(あと)に從(したが)う。正(まさ)に行(ゆ)く處(ところ)に、忽(たちま)ち一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る、那(そ)の怪(かい)は紅光(こうこう=赤い光)を把(と)って結(むす)び聚(あつ)め、本相(ほんぞう=元の姿)を現(あらわ)し、洞(どう)の内(うち)に撞(つ)き入(い)り、一柄(ひとふり)の九齒釘鈀(きゅうしていは=九本歯の熊手)を取(と)り出(い)だして來(きた)りて戰(たたか)う。行者(ぎょうじゃ)は一声(ひとこえ)喝(かつ=怒鳴り)して道(いわ)く:「潑怪(はつかい=乱暴者)め!你(おまえ)は是(こ)れ那裏(どこ)より來(きた)れる邪魔(じゃま=妖魔)ぞ?怎麼(どう)して我(われ)が老孫(ろうそん)の名號(な=名)を知(し)れるか?你(おまえ)に什麼(なに)の本事(しゅだん=腕)有(あ)るか、実(じつ)に実(じつ)に供(くちがき=自白)せよ、你(おまえ)が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」 那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「是(こ)れ你(おまえ)も也(ま)た我(わ)が手段(しゅだん)を知(し)らざるか!上(かみ)に前(すす)み來(きた)りて站(た)ち穩(やす)らかに着(つ)け、我(われ)は說(い)い你(おまえ)に與(あた)えて聽(き)かしめん: 「我(われ)は自(おの)ずから小(ちいさ)きより生(う)まれ來(きた)りて心性(しんせい=心根)拙(つたな)く、 閒(ひま)を貪(むさぼ)り懶(なまけ)を愛(あい)して休歇(きゅうけつ=休むこと)無(な)し。 曾(かつ)て性(せい)を養(やしな)い真(しん)を修(おさ)めず、 混沌(こんとん)として心(こころ)迷(まよ)いて日月(じつげつ=月日)を熬(たえ)う。 忽然(たちまち)閒裏(ひま=ひまな時)に真仙(しんせん)に遇(あ)い、 就(すなわ)ち寒温(かんおん=時候の挨拶)を把(と)って坐(ざ)して說(と)く。 我(われ)に回心(かいしん=心を翻す)して凡(ぼん=俗世)に墮(お)つること莫(なか)れと勸(すす)め、 生(いのち)を傷(そこな)えば無邊(むへん)の孽(ごう=罪)を造(つく)らんと。 朝(あした)に大限(たいげん=寿命尽きる時)の命(いのち)終(おわ)る時(とき)有(あ)らば、 八難(はちなん)三途(さんず)に悔(く)ゆるも喋(や)めじと。 言(げん)を聽(き)きて意(こころ)轉(てん)じて修行(しゅぎょう)を要(もと)め、 語(ことば)を聞(き)きて心(こころ)回(めぐ)りて妙訣(みょうけつ=奥義)を求(もと)む。 緣(えん)有(あ)りて立地(りっち=その場)に拜(おが)みて師(し)と為(な)し、 天關(てんかん=天の関)并(ならびに)地闕(ちけつ=地の門)を指示(しじ=示さ)れたり。 九轉大還丹(きゅうてんだいかんたん=仙丹)を傳(つた)え得(え)て、 工夫(くふう=修行)は晝夜(ちゅうや)に時(とき)の輟(や)むる無(な)し。 上(かみ)は頂門(ちょうもん=頭頂)の泥丸宮(でいがんきゅう)に至(いた)り、 下(しも)は脚板(きゃくばん=足の裏)の涌泉穴(ゆうせんけつ)に至(いた)る。 腎水(じんすい=腎の水)を周流(しゅうりゅう=巡ら)して華池(かち=口の中)に入(い)れ、 丹田(たんでん)は補(おぎな)われて温温(おんおん)として熱(あつ)し。 嬰兒(えいじ)奼女(たじょ)は陰陽(いんよう)を配(はい)し、 鉛汞(えんこう=鉛と水銀)相(あい)投(とう)じて日月(じつげつ)を分(わ)かつ。 離龍(りりゅう)坎虎(かんこ)を用(もち)いて調和(ちょうわ)し、 靈龜(れいき=霊妙な亀)は金烏(きんう=太陽)の血(ち)を吸(す)い尽(つ)くす。 三花(さんか)頂(いただき)に聚(あつ)まりて根(こん=根源)に歸(き)るを得(え)、 五氣(ごき)元(げん)に朝(むか)いて通透(つうとう)し徹(とお)る。 功(こう)円(まど)かに行(ぎょう)満(み)ちて卻(かえ)って飛升(ひしょう=飛昇)し、 天仙(てんせん)の對對(つがいつがい)來(きた)りて迎接(げいせつ=出迎う)。 朗然(ろうぜん=明らか)として足下(あしもと)に彩雲(さいうん=彩りの雲)生(しょう)じ、 身(み)輕(かる)く體(たい)健(すこやか)にして金闕(きんけつ=天の宮)に朝(ちょう=参)ず。 玉皇(ぎょくこう)は會(え=宴会)を設(もう)けて群仙(ぐんせん)を會(かい=集め)、 各(おのおの)品級(ひんきゅう=位階)を分(わ)ちて班列(はんれつ=列)を排(なら)ぶ。 敕封(ちょくほう=勅封)して元帥(げんすい)に天河(てんが=天の川)を管(つかさど)らしめ、 水兵(すいへい)を總督(そうとく)して憲節(けんせつ=節旄)と稱(とな)う。 只(た)だ王母(おうぼ)の蟠桃(ばんとう)を會(かい=催す)に因(よ)り、 宴(うたげ)を瑤池(ようち=仙池)に開(ひら)いて眾客(しゅうかく=多くの客)を邀(むか)う。 那(そ)の時(とき)酒(さけ)に醉(よ)いて意(こころ)昏沈(こんちん=昏み)、 東(ひがし)に倒(たお)れ西(にし)に歪(ゆが)みて亂(みだ)りに撒潑(さっぱ=暴れ)。 雄(ゆう=勇)を逞(たくま)しくして撞(つ)きて廣寒宮(こうかんきゅう=月の宮)に入(い)り、 風流(ふうりゅう)の仙子(せんし=嫦娥)來(きた)りて相接(むか)う。 他(かれ)が容貌(ようぼう=顔かたち)の人の魂(たましい)を挾(さしはさ)むを見(み)て、 舊日(むかし=かつて)の凡心(ぼんしん=俗な心)は滅(めっ)し難(がた)し。 全(まった)く上下(じょうげ)の尊卑(そんぴ)を失(うしな)い、 嫦娥(じょうが)を扯(ひ)き住(とど)めて陪(とも)りて歇(やす)まんと要(もと)む。 再三再四(さいさんさいし=幾度も)依從(いじゅう=従う)せざれば、 東(ひがし)に匿(かく)れ西(にし)に藏(かく)れて心(こころ)悦(よろこ)ばず。 色膽(しょくたん=色欲の度胸)天(てん)の如(ごと)くにして叫(さけ)ぶこと雷(かみなり)に似(に)たり、 險(あわ)くも天關(てんかん)の闕(もん=門)を震(ふる)い倒(たお)さんとせり。 糾察靈官(きゅうさつれいかん)玉皇(ぎょくこう)に奏(そう=奏上)し、 那(そ)の日(ひ)吾(われ)が当(まさ)に命運(めいうん)の拙(つたな)きに遇(あ)えり。 廣寒(こうかん)は圍(かこ)み困(くるし)めて風(ふう=通風)を通(つう)じず、 進退(しんたい)に門(もん)無(な)くして脫(のが)るるを得(え)難(がた)し。 卻(かえ)って諸神(しょしん)の我(われ)を拿住(とらえ)えられしが、 酒(さけ)は心頭(しんとう=胸の中)に在(あ)りて還(な)お怯(おそ)れず。 押(お)し赴(おもむ)かせて靈霄(れいしょう)に玉皇(ぎょくこう)に見(まみ)え、 律(りつ=律法)に依(よ)りて問(と)いて該(まさ)に處決(しょけつ=処刑)と成(な)れり。 多(おお)くは太白李金星(たいはくりきんせい)に虧(よ=頼)り、 班(はん=列)を出(い)でて囟(しん=額)を俯(ふ)して親(みずか)ら言(げん)說(と)けり。 刑(けい)を改(あらた)めて重(おも)く責(せ)むること二千鎚(にせんつい)、 肉(にく)綻(は)ぜ皮(ひ)開(ひら)きて骨(ほね)將(まさ)に折(お)れんとす。 放生(ほうじょう=赦免)されて天關(てんかん)を貶(へん=左遷)され出(い)で、 福陵山(ふくりょうざん)の下(もと)に家業(かぎょう)を圖(はか)る。 我(われ)は罪(つみ)有(あ)るに因(よ)りて錯(あやま)りて胎(たい)に投(とう=投じ)じ、 俗名(ぞくみょう=俗の名)を喚(よ)んで豬剛鬣(ちょごうりょう)と做(な)す。」 行者(ぎょうじゃ)は言(げん)を聞(き)きて道(いわ)く:「你(おまえ)這(こ)の厮(やつ)は原來(もともと)是(こ)れ天蓬水神(てんぽうすいしん)の下界(げかい=この世に降る)なり。怪(あや)しむらくは道(なるほど)我(われ)が老孫(ろうそん)の名號(な)を知(し)れるか。」那(そ)の怪(かい)は一声(ひとこえ)道(いわ)く:「哏(ふん)!你(おまえ)這(こ)の誑上(おうじょう=主君を欺く)の弼馬溫(ひつばおん)め、当年(むかし)那(あ)の禍(わざわい)を撞(ひきおこ)しし時(とき)、我(われ)等(ら)を帶累(まきぞえ)せること多少(いくばく)なるを知(し)らず、今日(きょう)又(また)此(ここ)に來(きた)りて人(ひと)を欺(あざむ)くか!無禮(ぶれい)するな!我(わ)が一鈀(ひとつ)を吃(くら)え!」行者(ぎょうじゃ)は怎(どう)して肯(あえ)て情(じょう=情け)を容(ゆる)さんや、棒(ぼう)を舉(あ)げて、頭(あたま)に当(あた)りて就(すなわ)ち打(う)つ。他(かれ)の二(ふた)人(り)は那(あ)の半山(はんざん=山の半ば)之中(なか)、黑(くら)き夜(よる)の裏(うち)に在(あ)りて賭鬥(かけくらべ=勝負)す。好(よ)き殺(たたかい): 「行者(ぎょうじゃ)の金睛(きんせい=金の瞳)は閃電(せんでん=稲妻)の似(ごと)く、妖魔(ようま)の環眼(かんがん=丸い目)は銀花(ぎんか=銀の花)の似(ごと)し。 這(こ)の一個(ひとり)は口(くち)より彩霧(さいむ=彩りの霧)を噴(ふ)き、那(あ)の一個(ひとり)は氣(いき)より紅霞(こうか=赤い霞)を吐(は)く。 氣(いき)の紅霞(こうか)を吐(は)くは昏(くら)き處(ところ)に亮(あか)るく、口(くち)の彩霧(さいむ)を噴(ふ)くは夜(よる)に光華(こうか=光り輝く)。 金箍棒(きんこぼう)、九齒鈀(きゅうしは=九歯の熊手)、二個(ふたり)の英雄(えいゆう)は実(じつ)に夸(ほ)む可(べ)し: 一個(ひとり)は是(こ)れ大聖(たいせい)の凡世(ぼんせい=この世)に臨(のぞ)める、一個(ひとり)は是(こ)れ元帥(げんすい)の天涯(てんがい=地の果て)に降(くだ)れる。 那(あ)の個(ひとり)は威儀(いぎ=威厳)を失(うしな)いて怪物(かいぶつ)と成(な)り、這(こ)の個(ひとり)は幸(さいわ)いに苦難(くなん)を逃(のが)れて僧家(そうか=僧)を拜(おが)む。 鈀(は=熊手)の去(ゆ)くは好(よ)く似(に)たり龍(りゅう)の爪(つめ)を伸(の)ばすに、棒(ぼう)の迎(むか)うるは渾(まる)で若(ごと)し鳳(おおとり)の花(はな)を穿(つらぬ)くに。 那(あ)の個(ひとり)は道(いわ)く:『你(おまえ)は人(ひと)の親事(しんじ=縁談)を破(やぶ)ること父(ちち)を殺(ころ)すが如(ごと)し!』 這(こ)の個(ひとり)は道(いわ)く:『你(おまえ)は幼女(ようじょ=若い娘)を強姦(ごうかん)して正(まさ)に該(まさ)に拿(とら)うべきなり!』 閒言語(かんげんご=無駄口)、亂(みだ)りに喧嘩(けんか=やかましく)、往往來來(おうおうらいらい=行きつ戻りつ)して棒(ぼう)は鈀(は)を架(ささ)う。 看看(みるみる)戰(たたか)いて天(てん)の將(まさ)に暁(あけ)んとするに到(いた)り、那(あ)の妖精(ようせい)の兩膊(りょうはく=両腕)は酸(さん=だるく)麻(しび)るるを覚(おぼ)ゆ。」 他(かれ)の二(ふた)人(り)は二更(にこう=午後十時頃)の時分(じぶん)より、直(ただ)ちに東方(とうほう)の白(しろ)みを發(はっ)するまで鬥(たたか)う。那(そ)の怪(かい)は迎(むか)え敵(てき)する能(あた)わず、陣(じん)を敗(やぶ)れて逃(に)げ、依然(やはり)として又(また)狂風(きょうふう=暴風)と化(か)し、徑(ただ)ちに洞(どう)の裏(うち)に回(かえ)り、門(もん)を把(と)って緊(かた)く閉(とざ)し、再(ふたた)び頭(こうべ)を出(い)ださず。行者(ぎょうじゃ)は這(こ)の洞(どう)の門(もん)の外(そと)に一個(ひとつ)の石碣(せっけつ=石碑)の有(あ)りて、上(うえ)に「雲棧洞(うんさんどう)」の三(みっつ)の字(じ)を書(しる)せるを見(み)る;那(あ)の怪(かい)の出(い)でざるを見(み)、天(てん)は又(また)大(おお)いに明(あき)らかなれば、心(こころ)卻(かえ)って思量(しりょう=思い巡ら)す:「恐(おそ)らくは師父(しふ)の等候(とうこう=待つ)あらん、且(しばら)く回(かえ)り去(ゆ)きて他(かれ)に一見(いっけん=ひと目会い)し、再(ふたた)び來(きた)りて此(こ)の怪(かい)を捉(とら)うるも遲(おそ)からず。」隨(したが)って雲(くも)を踏(ふ)んで一点(ひとつ)点(さ)せしが、早(はや)くも高老莊(こうろうしょう)に到(いた)る。 卻説(さて)三藏(さんぞう)と那(あ)の諸老(しょろう=老人たち)は今(いま)を談(だん)じ古(いにしえ)を論(ろん)じ、一夜(ひとよ)眠(ねむ)らず。正(まさ)に行者(ぎょうじゃ)の來(きた)らざるを想(おも)うに、只(ただ)見(み)る天井(てんじょう=中庭)の裏(うち)に、忽然(たちまち)行者(ぎょうじゃ)の站(た)ち下(お)りたるを。行者(ぎょうじゃ)は鐵棒(てつぼう)を收藏(しゅうぞう=納め)、衣(ころも)を整(ととの)えて廳(ひろま=広間)に上(のぼ)る。叫(よばわ)りて道(いわ)く:「師父(しふ)、我(われ)が來(き)たぞ。」慌(あわ)てる那(あ)の諸老(しょろう)をして一齊(いっせい)に下拜(かはい=礼拝)し、謝(しゃ)して道(いわ)しむ:「多勞(おおご苦労)!多勞(おおご苦労)!」三藏(さんぞう)は問(と)うて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)が去(ゆ)きて這(こ)の一夜(ひとよ)、拿(とら)えたる妖精(ようせい)は那裏(どこ)に在(あ)るか?」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「師父(しふ)、那(あ)の妖(よう)は是(こ)れ凡間(ぼんげん=俗世)の邪祟(じゃすい=妖気)に非(あら)ず、也(ま)た是(こ)れ山間(さんかん=山中)の怪獸(かいじゅう)に非(あら)ず。他(かれ)は本(もと)是(こ)れ天蓬元帥(てんぽうげんすい)の凡(ぼん=この世)に臨(のぞ)めるが、只(た)だ錯(あやま)りて胎(たい)に投(とう)じたるに因(よ)りて、嘴臉(しゅらん=顔つき)は一個(ひとつ)の野豬(やぶた=猪)の模樣(すがた)に像(に)たれど、其實(じつ)に性靈(せいれい=霊性)は尚(な)お存(そん=残る)。他(かれ)は說(い)う、相(すがた)を以(もっ)て姓(せい)と為(な)し、喚(よ)んで豬剛鬣(ちょごうりょう)と名(な)づくと。是(こ)れ老孫(ろうそん)が後宅(ごたく=奥の館)の裏(うち)より棒(ぼう)を掣(ひ)きて就(すなわ)ち打(う)てば、他(かれ)は一陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)と化(か)して走(に)げたり。老孫(ろうそん)に風(かぜ)に著(あ)てて一棒(ひとぼう)せられ、他(かれ)は就(すなわ)ち道(ひとすじ)の火光(かこう)と化(か)し、徑(ただ)ちに他(かれ)が那(あ)の本山(ほんざん)の洞(どう)の裏(うち)に轉(めぐ)り、一柄(ひとふり)の九齒釘鈀(きゅうしていは)を取(と)り出(い)だして、老孫(ろうそん)と一夜(ひとよ)戰(たたか)えり。適才(さっき)天色(てんしょく=空)の將(まさ)に明(あき)らかならんとするに、他(かれ)は戰(たたか)いを怯(おそ)れて走(に)げ、洞門(どうもん)を把(と)って緊(かた)く閉(とざ)して出(い)でず。老孫(ろうそん)は還(な)お那(あ)の門(もん)を打(う)ち開(あ)けて、他(かれ)と個(ひとつ)の好歹(けり=決着)を見(み)んと要(もと)むれど、師父(しふ)の此(ここ)に在(あ)りて疑慮(ぎりょ=案じ)し盼望(ぼうぼう=待ち望む)を恐(おそ)れ、故(ゆえ)に先(ま)ず回(かえ)り來(きた)りて個(ひとつ)の信息(しんそく=便り)を回(かえ)す。」 說(と)き罷(おわ)れば、那(そ)の老高(こうろう)は上前(すす)みて跪(ひざまず)き下(お)りて道(いわ)く:「長老(ちょうろう)、沒及奈何(どうにもならぬ)、你(おまえ)は他(かれ)を趕(お)い去(さ)り得(え)たれど、他(かれ)は你(おまえ)が去(ゆ)きてしまいし後(のち)に復(ま)た來(きた)らば、卻(かえ)って怎(どう)區處(くしょ=処置)せんか?索性(いっそ)你(おまえ)を累(わずらわ=煩わせ)て我(われ)と與(とも)に拿住(とらえ)え、根(こん)を除(のぞ)きて、才(はじ)めて後患(こうがん=後難)無(な)からん。我(われ)が老夫(ろうふ=この老人)は敢(あえ)て怠慢(たいまん=おろそか)にせず、自(おの)ずから重謝(じゅうしゃ=手厚い礼)有(あ)り:這(こ)の家財(かざい=家財)田地(でんち=田畑)を將(も)って、眾(しゅう=皆)の親友(しんゆう)に凭(よ)りて文書(ぶんしょ)を寫(しる)し立(た)てしめ、長老(ちょうろう)と與(とも)に平分(へいぶん=山分け)せん。只(た)だ是(こ)れ剪草除根(せんそうじょこん=草を刈り根を絶やす)を要(もと)め、我(わ)が高門(こうもん=高家)の清德(せいとく)を壊(こわ)すを教(さと)すこと莫(なか)れ。」 行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「你(おまえ)這(こ)の老兒(ろうじ)は分限(ぶんげん=分をわきまえる)を知(し)らず。那(あ)の怪(かい)も也(ま)た曾(かつ)て我(われ)と說(い)えり、他(かれ)は是(こ)れ食腸(しょくちょう=食い意地)大(おお)きけれど、你(おまえ)が家(いえ)の些(いささ)かの茶飯(さはん=食事)を吃(く)い、他(かれ)は你(おまえ)と與(とも)に許多(あまた=多く)の好事(こうじ=良いこと)を幹(や)れり。這(こ)の幾年(いくとせ)掙(もう=稼)ぎたる許多(あまた)の家資(かし=財産)は、皆(みな)是(こ)れ他(かれ)之力量(ちから)なり。他(かれ)は曾(かつ)て白(ただ)で你(おまえ)が東西(もの)を吃(く)わざれば、你(おまえ)に問(と)わんか、他(かれ)を祛(け=追い払う)は怎(どう)するか。他(かれ)が說(い)うに据(よ)れば、他(かれ)は是(こ)れ一個(ひとり)の天神(てんじん)の下界(げかい)にして、你(おまえ)に替(かわ)りて家(いえ)を把(と)って活(しごと=仕事)を做(な)し、又(また)未(いま)だ曾(かつ)て你(おまえ)が家(いえ)の女兒(むすめ)を害(そこな)わず。想(おも)うに這等(このよう)なる一個(ひとり)の女婿(むこ)も、也(ま)た門當戶對(もんとうこたい=家柄が釣り合う)にして、怎麼(どう)も家聲(かせい=家の評判)を壊(こわ)さず、行止(こうし=行い)を辱(はずかし)めず。当(まこと)に真(しん)の留(とど)めて也(ま)た罷(よ)かろう。」 老高(こうろう)道(いわ)く:「長老(ちょうろう)、是(こ)れ風化(ふうか=風紀)を傷(そこな)わざれど、但(ただ)名聲(めいせい)は甚(はなは)だ好(よ)く聽(き)こえず。動(やや)もすれば人(ひと)を着(し)て就(すなわ)ち說(い)わしむ:『高家(こうけ)は一個(ひとり)の妖怪(ようかい)の女婿(むこ)を招(まね)いたり!』と。這(こ)の句(ひとこと)の兒(ことば)は人(ひと)をして怎(どう)当(た)えしめんか?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)は既(すで)に他(かれ)と與(とも)に一場(ひとしきり)を做(な)したれば、一發(いっそう)他(かれ)と與(とも)に個(ひとつ)の竭絕(けつぜつ=けじめ)を做(な)して、才(はじ)めて始終(しじゅう=首尾)を見(み)ん。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「我(われ)は才(さっき)他(かれ)を一試(ひとためし=試し)て耍子(あそび)せしのみ。此(こ)れ去(ゆ)きて一定(きっと)拿(と)り來(きた)りて你(おまえ)方(がた)に與(あた)えて看看(みせてや)る。且(しばら)く憂愁(ゆうしゅう=憂い)するな。」叫(よばわ)る:「老高(こうろう)よ、你(おまえ)は還(な)お好(よ)く生(つと)めて我(わ)が師父(しふ)を管待(かんたい=もてなせ)よ、我(われ)は去(ゆ)くなり。」 說(い)う声(こえ)の去(ゆ)くや、就(すなわ)ち無形無影(むぎょうむえい=影も形もなく)にして、跳(と)びて他(かれ)が那(あ)の山(やま)の上(うえ)に到(いた)り、洞口(どうぐち)に來(きた)りて、一頓(ひとしきり)の鐵棍(てつこん=鉄の棒)に、兩扇(ふたまい)の門(もん)を把(と)って打(う)ちて粉碎(ふんさい=粉々)ならしむ。口(くち)の裏(うち)に罵(ののし)って道(いわ)く:「那(あ)の饢糠(のうこう=飯喰らい)の夯貨(こうか=まぬけ)め、快(すみや)かに出(い)で來(きた)りて老孫(ろうそん)と打(う)たんか!」那(そ)の怪(かい)は正(まさ)に喘嘘嘘(ぜいぜい=息を切らし)として、洞(どう)の内(うち)に睡(ね)ておる。門(もん)を打(う)つ響(ひび)きを聽(き)き、又(また)饢糠(のうこう)の夯貨(こうか)と罵(ののし)るを聽(き)きて、他(かれ)は卻(かえ)って惱怒(のうど=憤り)の禁(きん=こらえ)難(がた)く、只(た)だ已(や)むを得(え)ず鈀(は)を拖(ひ)き、精神(せいしん=気力)を抖擻(とそう=奮い起こ)し、跑(はし)り將(た)ち出(い)でて、厲聲(れいせい=荒々しい声)に罵(ののし)って道(いわ)く:「你(おまえ)這個(こ)の弼馬溫(ひつばおん)め、着実(しっかり)に憊懶(はいらん=不埒)なり!你(おまえ)と與(とも)に甚(なん)の相干(かかわり)有(あ)りて、你(おまえ)は我(わ)が大門(だいもん)を打(う)ち破(やぶ)るか?你(おまえ)は且(しばら)く去(ゆ)きて律條(りつじょう=法条)を看看(みてみ)よ、大門(だいもん)を打(う)ち進(い)りて入(い)るは、該(まさ)に個(ひとつ)の雜犯死罪(ざっぱんしざい)たるぞ!」 行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「這個(こ)の呆子(ほうけ=間抜け)め!我(われ)は大門(だいもん)を打(う)ちたれど、還(な)お個(ひとつ)の辯處(べんしょ=言い分)有(あ)り。你(おまえ)が人家(ひと)の女子(じょし=娘)を強(し)いて占(し)め、又(また)個(ひとつ)の三媒六證(さんばいろくしょう=正式の仲人と証人)無(な)く、又(また)些(いささ)かの茶紅酒礼(さこうしゅれい=贈り物)無(な)きが像(ごと)きは、該(まさ)に個(ひとつ)の真犯斬罪(しんぱんざんざい)を問(と)わるべきぞ!」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「且(しばら)く閒講(むだばなし)を休(や)めよ、老豬(ろうちょ=この猪)が這(こ)の鈀(は)を看(み)よ!」行者(ぎょうじゃ)は棍(こん=棒)を使(つか)いて支(ささ)え住(とど)めて道(いわ)く:「你(おまえ)が這(こ)の鈀(は)は可(よ)く是(こ)れ高老(こうろう)が家(いえ)と與(とも)に園工(えんこう=庭仕事)を做(な)りて地(ち)を築(きず)き菜(な)を種(う)うるのなるか?何(なん)の好處(よさ)有(あ)りて你(おまえ)を怕(おそ)れんか!」 那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「你(おまえ)は錯(あやま)り認(みと)めたり!這(こ)の鈀(は)は豈(あに)是(こ)れ凡間(ぼんげん=俗世)之物(もの)ならんや?你(おまえ)は且(しばら)く我(われ)が道(い)い來(きた)るを聽(き)け: 「此(こ)れは是(こ)れ煅煉(たんれん=鍛え錬る)の神冰鐵(しんひょうてつ=神の氷鉄)、磨琢(まさく=磨き彫り)して工(こう=細工)と成(な)りて光(ひかり)皎潔(こうけつ=清らか)なり。 老君(ろうくん)自(みずか)ら鈐鎚(けんつい=金槌)を動(うご)かし、熒惑(けいこく=火星)親(みずか)ら身(み)を以(もっ)て炭屑(たんせつ=炭)を添(そ)う。 五方五帝(ごほうごてい)は心機(しんき=工夫)を用(もち)い、六丁六甲(りくていりっこう)は周折(しゅうせつ=苦労)を費(ついや)す。 九齒(きゅうし=九歯)の玉垂牙(ぎょくすいが=玉の垂れ歯)を造成(ぞうせい)し、雙環(そうかん=二つの輪)の金墜葉(きんついよう=金の飾り)を鋳就(いな=鋳上げ)す。 身(み)には六曜(ろくよう)を妝(かざ)り五星(ごせい)を排(なら)べ、體(たい)は四時(しいじ=四季)に按(あん)じて八節(はっせつ)に依(よ)る。 短長(たんちょう)上下(じょうげ)は乾坤(けんこん=天地)を定(さだ)め、左右(さゆう)陰陽(いんよう)は日月(じつげつ)を分(わ)かつ。 六爻(ろっこう)の神將(しんしょう)は天條(てんじょう=天の掟)に按(あん)じ、八卦(はっけ)星辰(せいしん)は斗(と=北斗)に依(よ)りて列(なら)ぶ。 名(な)を上寶遜金鈀(じょうほうそんきんは)と為(な)し、進(すす)んで玉皇(ぎょくこう)に與(あた)えて丹闕(たんけつ=仙宮)を鎮(しず)めしむ。 我(われ)の大羅仙(たいらせん=最高の仙)を修(おさ)め成(な)すに因(よ)り、吾(われ)が為(ため)に長生客(ちょうせいかく=不老の客)を養(やしな)い就(な)せり。 敕封(ちょくほう)して元帥(げんすい)に號(ごう)して天蓬(てんぽう)とし、欽賜(きんし=下賜)の釘鈀(ていは)を御節(ぎょせつ=節旄)と為(な)す。 舉(あ)ぐれば烈焰(れつえん=烈しい炎)并(ならびに)毫光(ごうこう=細き光)、落(お)とせば猛風(もうふう=激しい風)瑞雪(ずいせつ=めでたい雪)を飄(ひるがえ)す。 天曹(てんそう=天の役所)の神將(しんしょう)は尽(ことごと)く皆(みな)驚(おどろ)き、地府(じふ=冥府)の閻羅(えんら)は心膽(しんたん=心と胆)怯(おび)ゆ。 人間(にんげん)に那(どう)か這般(このよう)なる兵(へい=武器)有(あ)らん、世上(せじょう)に更(さら)に此等(このよう)の鐵(てつ)無(な)し。 身(み)に隨(したが)えて變化(へんげ)して心(こころ)に懐(いだ)く可(べ)く、意(こころ)の任(まま)に翻騰(ほんとう=跳ね回る)して口訣(くけつ=呪文)に依(よ)る。 相(あい)携(たずさ)えて數載(すうさい=幾年)曾(かつ)て未(いま)だ離(はな)れず、我(われ)に伴(ともな)うこと幾年(いくとせ)も日(ひ)の別(わか)るる無(な)し。 日(ひ)に三餐(さんさん=三食)を食(く)うも并(ならびに)捨(す)てず、夜(よる)に一宿(ひとよ)眠(ね)るも渾(まる)きて撇(す)つる無(な)し。 也(ま)た曾(かつ)て珮(お)びて蟠桃(ばんとう)に赴(おもむ)き、也(ま)た曾(かつ)て他(かれ)を帶(たい)て帝闕(ていけつ=帝の宮)に朝(ちょう)せり。 皆(みな)酒(さけ)を仗(たの)みて卻(かえ)って凶(きょう=乱暴)を行(おこな)い、只(た)だ強(つよみ)を倚(よ)るに為(ため)に便(すなわ)ち撒潑(さっぱ=暴れ)す。 天(てん)は我(われ)を貶(へん)して凡塵(ぼんじん=俗世)に降(くだ)し、下世(かせい=この世)に我(われ)を尽(ことごと)くして罪孽(ざいごう=罪)を作(な)さしむ。 石洞(せきどう)に心(こころ)邪(よこし)まにして曾(かつ)て人(ひと)を吃(く)い、高莊(こうしょう)に情(じょう)喜(よろこ)んで婚姻(こんいん)を結(むす)べり。 這(こ)の鈀(は)は海(うみ)に下(くだ)りて龍鼉(りゅうだ=竜と鰐)の窩(す=巣)を掀(ひるがえ)し翻(ひるがえ)し、山(やま)に上(のぼ)りて虎狼(ころう)の穴(あな)を抓(つか)み碎(くだ)く。 諸般(しょはん=さまざま)の兵刃(へいじん=武器)は且(しばら)く題(だい=話題)するを休(や)めよ、惟(た)だ吾(われ)が当(まさ)に鈀(は)の最(もっと)も切(せつ=鋭き)有(あ)るのみ。 相持(あいとど=渡り合う)して勝(か)ちを取(と)るに何(なん)の難(かた)きか有(あ)らん、賭鬥(かけくらべ=勝負)して功(こう)を求(もと)むるは說(い)うを須(もち)いず。 何(なん)ぞ你(おまえ)が銅頭鐵腦(どうとうてつのう=銅の頭鉄の脳)一身(み)の鋼(はがね)を怕(おそ)れんや、鈀(は)の到(いた)れば魂(たましい)消(き)え神氣(しんき)泄(も)れん!」 行者(ぎょうじゃ)は言(げん)を聞(き)きて、鐵棒(てつぼう)を收(おさ)めて道(いわ)く:「呆子(ほうけ)よ嘴(くち)を說(い)うな!老孫(ろうそん)は這(こ)の頭(あたま)を把(と)って那(そこ)に伸(の)べ在(あ)らしむ、你(おまえ)は且(しばら)く一下(ひとつ)を築(つ)きて、可(よ)く能(あた)うや魂(たましい)消(き)え氣(いき)泄(も)るるを看(み)よ。」那(そ)の怪(かい)は真個(まこと)に鈀(は)を舉(あ)げて、氣力(きりょく=力)を着(つ)けて築(つ)き將(た)ち來(きた)る。撲(ぽん=ばたり)の一下(ひとつ)に、鈀(は)の火光(かこう)焰焰(えんえん=燃え盛る)を鑽(さん=ほとばし)らせれど、更(さら)に曾(かつ)て些(すこし)の兒(ちょっと)の頭皮(とうひ)も築(つ)き動(うご)かさず。唬(おどろ)かす他(かれ)をして手(て)麻(しび)れ脚(あし)軟(よわ)くならしめ、「好頭(すごい頭)!好頭(すごい頭)!」と一声(ひとこえ)道(い)わしむ。 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は是(こ)れ也(ま)た知(し)らざるか。老孫(ろうそん)は天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせしに因(よ)り、仙丹(せんたん)を偷(ぬす)み、蟠桃(ばんとう)を盜(ぬす)み、御酒(ぎょしゅ=天子の酒)を竊(ぬす)み、小聖二郎(しょうせいじろう)に擒(とりこ)められ、斗牛宮(とぎゅうきゅう)の前(まえ)に押(お)さえ在(あ)らしめられ、眾(しゅう=皆)の天神(てんじん)の老孫(ろうそん)を把(と)って斧(おの)に剁(き)ざれ鎚(つち)に敲(たた)かれ、刀(かたな)に砍(き)られ劍(けん)に刺(さ)され、火(ひ)に燒(や)かれ雷(いかずち)に打(う)たるるも、也(ま)た曾(かつ)て分毫(ふんごう=少しも)を損(そこな)い動(うご)かさざりき。又(また)那(あ)の太上老君(たいじょうろうくん)に我(われ)を拿(と)られ去(ゆ)かれ、八卦爐(はっけろ)の中(なか)に放(お)かれて、神火(しんか=神の火)を將(も)って煅煉(たんれん)せられ、煉(ね)って個(ひとつ)の火眼金睛(かがんきんせい)、銅頭鐵臂(どうとうてっぴ)と做(な)されたり。不信(しんじざ)らば、你(おまえ)は再(ふたた)び幾下(いくつ)か築(つ)きて、疼(いた)むと疼(いた)まざるとを看看(みてみ)よ。」 那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「你(おまえ)這(こ)の猴(さる)め、我(われ)は你(おまえ)が天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし時(とき)、家(いえ)の住(すみか)の東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲來國(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の裏(うち)に在(あ)りしを記(おぼ)えておるが、今(いま)に到(いた)るまで久(ひさ)しく名(な)を聞(き)かず、你(おまえ)は怎麼(どう)して此處(ここ)に來(きた)りて、門(もん)を上(のぼ)りて子(こ=ちょっと)我(われ)を欺(あざむ)くか?莫敢(もしか)して是(こ)れ我(わ)が丈人(じょうじん=舅)の那裏(あちら)に去(ゆ)きて你(おまえ)を請(しょう)じ來(きた)れるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)が丈人(じょうじん)は曾(かつ)て去(ゆ)きて我(われ)を請(しょう)ぜず。是(こ)れ老孫(ろうそん)が邪(よこしま)を改(あらた)めて正(ただ)しきに歸(き)し、道(どう=道教)を棄(す)てて僧(そう)に從(したが)い、一個(ひとり)の東土(とうど)大唐(だいとう)の駕下(がか=天子の御下)の御弟(ぎょてい)を保護(ほご)し、三藏法師(さんぞうほうし)と做(い)う者(もの)の、西天(さいてん)に往(ゆ)きて佛(ほとけ)を拜(おが)み經(きょう)を求(もと)むるに、高莊(こうしょう)を過(す)ぎて宿(やど)を借(か)り、那(あ)の高老兒(こうろうじ=高老人)の話(はなし)に說(い)い起(おこ)すに因(よ)りて、就(すなわ)ち我(われ)を請(しょう)じて他(かれ)が女兒(むすめ)を救(たす)け、你(おまえ)這(こ)の饢糠(のうこう)の夯貨(こうか)を拿(とら)えしめたり!」 那(そ)の怪(かい)は此(こ)の言(げん)を一(ひと)たび聞(き)くや、釘鈀(ていは)を投(なげう)ち、一個(ひとつ)の大喏(だいじょ=大きな挨拶)を唱(とな)えて道(いわ)く:「那(あ)の取經人(しゅきょうじん=経を求める人)は那裏(どこ)に在(あ)るか?煩(わずらわ)しくも你(おまえ)が引(みちび)きて見(まみ)えしめよ。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は他(かれ)に見(まみ)えんとして怎(どう)するか?」那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「我(われ)は本(もと)是(こ)れ觀世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の善(ぜん)に勸(すす)められ、他(かれ)の戒行(かいぎょう=戒律)を受(う)け、此處(ここ)に在(あ)りて齋(さい=精進)を持(たも)ち素(そ=菜食)を把(と)り、我(われ)に那(あ)の取經人(しゅきょうじん)に跟隨(こんずい=従い)て西天(さいてん)に往(ゆ)きて佛(ほとけ)を拜(おが)み經(きょう)を求(もと)め、功(こう)を將(も)って罪(つみ)を折(しゃく=償い)、還(ま)た正果(しょうか=正しい悟り)を得(え)しめんと教(さと)されたり。我(われ)に他(かれ)を等(ま)たしめしが、這(こ)の幾年(いくとせ)消息(しょうそく=音沙汰)を聞(き)かず。今日(きょう)既(すで)に是(こ)れ你(おまえ)が他(かれ)と徒弟(とてい=弟子)と做(な)れるならば、何(なん)ぞ早(はや)く取經(しゅきょう=経を求むる)之事(こと)を說(い)わずして、只(た)だ凶強(きょうきょう=乱暴)を倚(よ)りて、門(もん)に上(のぼ)りて我(われ)を打(う)つか?」 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は我(われ)を詭詐(きさ=偽り)し心(こころ)を欺(あざむ)きて軟(やわら)げ、脫身(だっしん=逃れ)之計(けい)を為(な)さんと欲(ほっ)するな。果然(はた)して是(こ)れ唐僧(とうそう)を保護(ほご)せんと要(もと)むるに、略(ほぼ)虛假(きょか=偽り)無(な)くんば、你(おまえ)は可(よ)く天(てん)に朝(むか)いて誓(ちか)いを發(おこ)せよ、我(われ)は才(はじ)めて你(おまえ)を帶(たい)て去(ゆ)きて我(わ)が師父(しふ)に見(まみ)えしめん。」那(そ)の怪(かい)は撲(ぽん=ばたり)と跪(ひざまず)き下(お)り、空(くう=空)を望(のぞ)んで碓(たい=臼)を搗(つ)くが一般(ごと)くに、只管(ひたすら)頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて道(いわ)く:「阿彌陀佛(あみだぶつ)、南無佛(なむぶつ)、我(われ)若(も)し是(こ)れ真心(しんしん)実意(じつい=真心)に非(あら)ずんば、我(われ)をして天條(てんじょう=天の掟)を犯(おか)し、屍(しかばね)を劈(さ)きて万段(ばんだん=万に裂か)れしめよ!」 行者(ぎょうじゃ)は他(かれ)が呪(じゅ=誓い)を賭(か)け願(がん)を發(おこ)すを見(み)て、道(いわ)く:「既(すで)に然(しか)らば此(こ)の如(ごと)くんば、你(おまえ)は火(ひ)を点(てん=つ)け把(ひとつかみ)來(きた)りて你(おまえ)が這(こ)の住處(すみか)を燒(や)け、我(われ)は方(はじ)めて你(おまえ)を帶(たい)て去(ゆ)かん。」那(そ)の怪(かい)は真個(まこと)に些(いささ)かの蘆葦(ろい=葦)荊棘(けいきょく=茨)を搬(はこ)び、一把(ひとつかみ)の火(ひ)を点(てん)じ着(つ)け、那(あ)の雲棧洞(うんさんどう)を將(も)って燒(や)いて個(ひとつ)の破(やぶ)れし瓦窯(がよう=瓦窯)の像(ごと)くなさしむ。行者(ぎょうじゃ)に對(むか)いて道(いわ)く:「我(われ)は今(いま)已(すで)に掛礙(けげ=執着)無(な)し、你(おまえ)は卻(かえ)って我(われ)を引(みちび)いて去(ゆ)け。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)は釘鈀(ていは)を把(と)って我(われ)に與(あた)えて拿(も)たせよ。」那(そ)の怪(かい)は就(すなわ)ち鈀(は)を行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。行者(ぎょうじゃ)は又(また)一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう=毛)を拔(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙氣(せんき)を吹(ふ)き、「變(へん)ぜよ!」と叫(よばわ)る。即(すなわ)ち變(へん)じて一條(ひとすじ)の三股麻繩(さんこまじょう=三つ撚りの麻縄)と做(な)り、走(はし)り過(よ)ぎ來(きた)りて、手(て)を把(と)って背(せ)に綁(しば)り剪(から)げたり。那(そ)の怪(かい)は真個(まこと)に手(て)を背(せ)に倒(さか)しまにし、凭(よ)りて他(かれ)が怎麼(どう)綁縛(ほうばく=縛る)とも。卻(かえ)って又(また)耳朶(じみ=耳)を揪(ひ)き住(とど)め、他(かれ)を拉(ひ)きて、「快(すみや)か走(はし)れ!快(すみや)か走(はし)れ!」と叫(よばわ)る。那(そ)の怪(かい)道(いわ)く:「輕(かる)くする些(ちょっと)!你(おまえ)の手(て)は重(おも)く、我(わ)が耳根子(じこん=耳の付け根)を揪(ひ)きて疼(いた)し。」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「輕(かる)くは成(な)らず!你(おまえ)を顧(かえり)みるを得(え)ず!常言(じょうげん=諺)に道(い)う:『善(よ)き豬(ぶた)も惡(あ)しく拿(とら)う。』只(た)だ我(わ)が師父(しふ)に見(まみ)ゆるを等(ま)ちて、果(はた)して真心(しんしん)有(あ)らば、方(はじ)めて你(おまえ)を放(はな)さん。」 他(かれ)の二(ふた)人(り)は半(なかば)雲(くも)半(なかば)霧(きり)にして、徑(ただ)ちに高家莊(こうかしょう)に轉(めぐ)り來(きた)る。有詩(し)が証(あかし=証拠)と為(な)る: 「金性(きんせい=金の性)剛強(ごうきょう)にして能(よ)く木(もく)を克(こく=克)し、心猿(しんえん=心の猿)の木龍(もくりゅう)を降(くだ)し得(え)て歸(き)す。 金(きん)は木(もく)の順(したが)うより皆(みな)一(いつ)と為(な)り、木(もく)は金(きん)の仁(じん)を恋(こ)いて總(すべ)て発揮(はっき)す。 一主(いっしゅ)一賓(いっぴん)に間隔(かんかく)無(な)く、三交(さんこう)三合(さんごう)に玄微(げんび=奥深さ)有(あ)り。 性情(せいじょう)并(ならび)に喜(よろこ)んで貞元(ていげん)聚(あつ)まり、同(とも)に西方(さいほう)を証(しょう)じて話(ことば)違(たが)わず。」 頃刻(しばらく)の間(あいだ)に、莊前(しょうぜん=荘の前)に到(いた)る。行者(ぎょうじゃ)は他(かれ)が鈀(は)を拑(はさ)み、他(かれ)が耳(みみ)を揪(ひ)きて道(いわ)く:「你(おまえ)看(み)よ那(あ)の廳堂(ちょうどう=広間)の上(うえ)に端坐(たんざ=正座)せるは是(こ)れ誰(たれ)なるを、乃(すなわ)ち吾(わ)が師(し)なり。」那(あ)の高氏(こうし)の諸親友(しょしんゆう)と老高(こうろう)は、忽(たちま)ち行者(ぎょうじゃ)の那(あ)の怪(かい)を背(せ)に綁(しば)り耳(みみ)を揪(ひ)きて來(きた)るを見(み)て、一個個(めいめい)欣然(きんぜん=喜び)として天井(てんじょう=中庭)の中(なか)に迎(むか)え到(いた)り、「長老(ちょうろう)!長老(ちょうろう)!他(かれ)は正(まさ)に是(こ)れ我(わ)が家(いえ)の女婿(むこ)なり!」と一声(ひとこえ)道(い)う。 那(そ)の怪(かい)は上前(すす)みて、雙膝(そうしつ=両膝)を跪(ひざまず)き、手(て)を背(せ)にして、三藏(さんぞう)に對(むか)いて叩頭(こうとう=額づき)、高(たか)く叫(よばわ)りて道(いわ)く:「師父(しふ)、弟子(でし)は迎(むか)うるを失(しっ)せり。早(はや)く是(こ)れ師父(しふ)の我(わ)が丈人(じょうじん=舅)の家(いえ)に住(じゅう)せるを知(し)れば、我(われ)は就(すなわ)ち來(きた)りて拜(はい)し接(むか)えんに、怎麼(どう)して又(また)許多(あまた)の周折(しゅうせつ=回り道)を受(う)けたるか?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「悟空(ごくう)、你(おまえ)は怎麼(どう)して彼(かれ)を降(くだ)し得(え)て來(きた)りて我(われ)を拜(おが)ましむるか?」行者(ぎょうじゃ)は才(ようや)く手(て)を放(はな)し、釘鈀(ていは)の柄兒(え=柄)を拿(と)って打(う)ちて、喝(かつ=叱り)して道(いわ)く:「呆子(ほうけ)め!你(おまえ)が說(い)え!」那(そ)の怪(かい)は菩薩(ぼさつ)の善(ぜん)に勸(すす)めたる事情(じじょう)を、細(こま)かに一遍(ひとわたり)陳(の)べたり。 三藏(さんぞう)は大喜(たいき=大いに喜ぶ)。便(すなわ)ち叫(よばわ)る:「高太公(こうたいこう)、個(ひとつ)の香案(こうあん=香の台)を取(と)りて用(もち)いん。」老高(こうろう)は即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて香案(こうあん)を抬(かつ)ぎ出(い)だす。三藏(さんぞう)は手(て)を淨(きよ)めて香(こう)を焚(た)き、南(みなみ)を望(のぞ)んで禮拜(らいはい)して道(いわ)く:「多(おお)く菩薩(ぼさつ)の聖恩(せいおん)を蒙(こうむ)れり!」那(そ)の幾個(いくたり)かの老兒(ろうじ=老人)も也(ま)た一齊(いっせい)に香(こう)を添(そ)えて禮拜(らいはい)す。拜(おが)み罷(おわ)りて、三藏(さんぞう)は廳(ひろま)に上(のぼ)りて高(たか)く坐(ざ)し、悟空(ごくう)をして他(かれ)が繩(なわ)を放(はな)たしむ。行者(ぎょうじゃ)は才(ようや)く身(み)を把(と)って一抖(ひとゆすり=ひと振り)し、身(み)を收(おさ)め上(あ)げ來(きた)れば、其(そ)の縛(いましめ=縄)自(おの)ずから解(と)く。那(そ)の怪(かい)は從新(あらた)めて三藏(さんぞう)を禮拜(らいはい)し、願(ねが)わくは隨(したが)いて西(にし)に去(ゆ)かんとす。又(また)行者(ぎょうじゃ)と拜(おが)みて、先(さき)に進(すす)める者(もの)を以(もっ)て兄(あに)と為(な)し、遂(つい)に行者(ぎょうじゃ)を稱(とな)えて師兄(しけい=兄弟子)とす。 三藏(さんぞう)道(いわ)く:「既(すで)に吾(われ)が善果(ぜんか=善い結果)に從(したが)いて、徒弟(とてい=弟子)と做(な)らんと要(もと)むれば、我(われ)は你(おまえ)と一個(ひとつ)の法名(ほうみょう)を起(おこ)し、早晚(ちょうばん=朝晩)に好(よ)く呼喚(よば)わんとす。」他(かれ)道(いわ)く:「師父(しふ)、我(われ)は是(こ)れ菩薩(ぼさつ)已(すで)に我(われ)と摩頂受戒(まちょうじゅかい=頂を摩で戒を受く)し、法名(ほうみょう)を起(おこ)されて、豬悟能(ちょごのう)と做(い)うなり。」三藏(さんぞう)は笑(わら)って道(いわ)く:「好(よ)し!好(よ)し!你(おまえ)が師兄(しけい)は悟空(ごくう)と做(い)い、你(おまえ)は悟能(ごのう)と做(い)う、其實(じつ)に是(こ)れ我(わ)が法門(ほうもん=宗派)の中(なか)の宗派(しゅうは)なり。」悟能(ごのう)道(いわ)く:「師父(しふ)、我(われ)は菩薩(ぼさつ)の戒行(かいぎょう)を受(う)け、五葷三厭(ごくんさんえん=五葷と三厭)を断(た)ち、我(わ)が丈人(じょうじん)の家(いえ)に在(あ)りて齋(さい=精進)を持(たも)ち素(そ=菜食)を把(と)り、更(さら)に曾(かつ)て葷(くん=肉食)を動(うご)かさず;今日(きょう)師父(しふ)に見(まみ)えたれば、我(われ)は齋(さい)を開(ひら)かん。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「不可(いけない)!不可(いけない)!你(おまえ)既(すで)に是(こ)れ五葷三厭(ごくんさんえん)を吃(く)わざれば、我(われ)は再(ふたた)び你(おまえ)と一個(ひとつ)の別名(べつめい)を起(おこ)し、喚(よ)んで八戒(はっかい)と為(な)さん。」那(そ)の呆子(ほうけ)は歡歡喜喜(かんかんきき=大喜び)して道(いわ)く:「謹(つつし)んで師命(しめい=師の命)に遵(したが)う。」此(こ)の因(よ)りて又(また)豬八戒(ちょはっかい)と做(い)う。 高老(こうろう)は這等(このよう)に邪(よこしま)を去(さ)り正(ただ)しきに歸(き)するを見(み)て、更(さら)に十分(じゅうぶん=たいへん)喜悦(きえつ=喜ぶ)。遂(つい)に家僮(かどう=召使)に命(めい)じて筵宴(えんえん=酒宴)を安排(あんぱい=用意)し、唐僧(とうそう)に酬謝(しゅうしゃ=礼をす)る。八戒(はっかい)は上前(すす)みて老高(こうろう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く:「爺(おじいさん)、請(こ)う我(わ)が拙荊(せっけい=愚妻)を出(い)だし來(きた)らしめて公公(こうこう=舅)伯伯(はくはく=伯父)に拜(はい)し見(まみ)えしめんは何如(いかん=どうか)?」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「賢弟(けんてい=兄弟子)よ、你(おまえ)既(すで)に沙門(しゃもん=仏門)に入(い)り、和尚(おしょう)と做(な)りたれば、今(いま)より後(のち)、再(ふたた)び那(あ)の『拙荊(せっけい=愚妻)』の的話說(ことば)を題(だい=話題)に起(おこ)すな。世間(せけん)に只(た)だ個(ひとつ)の火居道士(かきょどうし=妻帯道士)有(あ)るのみ、那裏(どこ)に個(ひとつ)の火居(かきょ=妻帯)の和尚(おしょう)有(あ)らんや?我(われ)らは且(しばら)く來(きた)りて坐次(ざじ=座席)を敘(つい)で、一頓(ひとたび)の齋飯(さいはん=精進の食事)を吃(く)い、早(はや)き兒(ちょっと)に西天(さいてん)へ路(みち)を走(ある)かん。」 高老兒(こうろうじ)は桌席(たくせき=食卓)を擺(はい=並べ)、三藏(さんぞう)を請(しょう)じて上(かみ)に坐(ざ)せしむ。行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)は、左右(さゆう)の兩旁(りょうぼう=両側)に坐(ざ)す。諸親(しょしん=親族)は下(しも)に坐(ざ)す。高老(こうろう)は素酒(そしゅ=精進の酒)を把(と)って樽(そん=酒樽)を開(ひら)き、満(み)とう一杯(いっぱい)を斟(つ)ぎ、天地(てんち)に奠(ささ)げて、然(しか)る後(のち)三藏(さんぞう)に奉(ほう=献)ず。三藏(さんぞう)道(いわ)く:「太公(たいこう)に瞞(かく)して說(い)わず、貧僧(ひんそう=この僧)は是(こ)れ胎裏素(たいりそ=生まれつきの菜食)にして、自(おの)ずから幼(おさな)きより葷(くん=肉食)を吃(く)わず。」老高(こうろう)道(いわ)く:「老師(ろうし=師)の清素(せいそ=清く質素)なるを知(し)れるに因(よ)りて、曾(かつ)て敢(あえ)て葷(くん)を動(うご)かさず。此(こ)の酒(さけ)も也(ま)た是(こ)れ素(そ=精進)なれば、請(こ)う一杯(いっぱい)を不妨(さしつかえな)し。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「也(ま)た敢(あえ)て酒(さけ)を用(もち)いず。酒(さけ)は是(こ)れ我(わ)が僧家(そうか=僧)の第一(だいいち)の戒(かい=戒律)なる者(もの)なり。」 悟能(ごのう)は慌(あわ)てて道(いわ)く:「師父(しふ)、我(われ)は自(おの)ずから齋(さい=精進)を持(たも)てれど、卻(かえ)って曾(かつ)て酒(さけ)を断(た)たず。」悟空(ごくう)道(いわ)く:「老孫(ろうそん)は量(りょう=酒量)窄(せま)くして、一壇(ひとだる)把(ほど)を吃(く)い上(あ)げざれど、卻(かえ)って也(ま)た曾(かつ)て酒(さけ)を断(た)たず。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「既(すで)に此(こ)の如(ごと)くんば、你(おまえ)ら兄弟(きょうだい)たちは些(いささ)かの素酒(そしゅ)を吃(く)うも也(ま)た罷(よ)かろう。只(た)だ是(こ)れ醉(よ)い飲(の)んで事(こと)を誤(あやま)るを許(ゆる)さず。」遂(つい)に而(て)他(かれ)の二(ふた)人(り)は頭鐘(とうしょう=最初の杯)を接(う)け取(と)る。各人(おのおの)は俱(みな)舊(もと)の依(ごと)くに坐(ざ)し下(お)り、素齋(そさい=精進料理)を擺(はい=並べ)し下(お)ろす。說(い)い尽(つ)くさず那(あ)の杯盤(はいばん=杯や皿)の盛(さかん=盛んな)なるを、品物(ひんぶつ=品々)の豊(ゆたか)なるを。 師徒(しと)たちは宴(うたげ)罷(おわ)りて、老高(こうろう)は一個(ひとつ)の紅漆丹盤(こうしつたんばん=赤漆の盆)を將(も)って、二百兩(にひゃくりょう)の散碎(さんさい=砕けた)の金銀(きんぎん)を拿(と)り出(い)だし、三位(さんい=三人)の長老(ちょうろう)に奉(ほう=献)じて途中(とちゅう)之費(ついえ=費用)と為(な)さしむ;又(また)三領(みつ)の綿布褊衫(めんぷへんさん=綿布の肌着)を將(も)って、上蓋(じょうがい=上着)之衣(ころも)と為(な)す。三藏(さんぞう)道(いわ)く:「我(われ)らは是(こ)れ行腳僧(あんぎゃそう=行脚の僧)にして、莊(むら)に遇(あ)えば飯(めし)を化(こ=乞い)し、處(ところ)に逢(あ)えば齋(とき=食事)を求(もと)む、怎(どう)して敢(あえ)て金銀(きんぎん)財帛(ざいはく=財貨)を受(う)けんか?」 行者(ぎょうじゃ)は近(ちか)く前(まえ)に、手(て)を輪(ふる)い開(ひら)き、一把(ひとつかみ)を抓(つか)む。叫(よばわ)る:「高才(こうさい)、昨日(きのう)你(おまえ)を累(わずらわ)せて我(わ)が師父(しふ)を引(みちび)けり、今日(きょう)一個(ひとり)の徒弟(とてい)を招(まね)き得(え)たれど、物(もの)無(な)くして你(おまえ)に謝(しゃ)せん、此(こ)れらの碎金碎銀(さいきんさいぎん=金銀の欠片)を把(と)って、権(かり)に帶領錢(たいれいせん=案内賃)と做(な)し、拿(と)りて去(ゆ)きて草鞋(わらじ)を買(か)いて穿(は)け。以後(こののち)但(た)だ妖精(ようせい)有(あ)らば、多(おお)く我(われ)に幾個(いくたり)かを作(な)させ、還(な)お你(おまえ)に謝(しゃ)する處(ところ)有(あ)るぞ。」高才(こうさい)は接(う)け取(と)り、叩頭(こうとう=額づき)して賞(ほうび)を謝(しゃ)す。 老高(こうろう)又(また)道(いわ)く:「師父(しふ)方(がた)既(すで)に金銀(きんぎん)を受(う)けざれば、望(のぞ)まくは此(こ)の粗衣(そい=粗末な衣)を將(も)って笑納(しょうのう=笑って納め)し、聊(いささ)か寸心(すんしん=気持ち)を表(あらわ)さん。」三藏(さんぞう)又(また)道(いわ)く:「我(われ)が出家人(しゅっけにん=出家の者)、若(も)し一絲(いっし=糸ひと筋)の賄(まいない=賄賂)を受(う)けば、千劫(せんごう=永遠)の修(しゅ=修行)難(かた)し。只(た)だ是(こ)れ席上(せきじょう=食卓)の吃(く)い了(おわ)らざる餅果(へいか=餅や果物)を把(と)って、些(いささ)か帶(たい)て去(ゆ)きて乾糧(かんりょう=携帯食)と做(な)せば足(た)れり。」 八戒(はっかい)は旁(かたわら)に在(あ)りて道(いわ)く:「師父(しふ)、師兄(しけい)よ、你(おまえ)方(がた)は要(もと)めざれば便(すなわ)ち罷(や)めよ、我(われ)は他(かれ)が家(いえ)と與(とも)に這(こ)の幾年(いくとせ)の女婿(むこ)を做(な)りたれば、就(すなわ)ち是(こ)れ掛脚糧(かきゃくりょう=手間賃)も也(ま)た三石(さんこく)は該(あた)るぞ。—丈人(じょうじん=舅)よ、我(わ)が直裰(じきとく=袍)は、昨晚(ゆうべ)師兄(しけい)に扯(ひ)き破(やぶ)られたれば、我(われ)に一件(ひとえ)の青錦袈裟(せいきんけさ=青い錦の衣)を與(あた)えよ;鞋子(くつ=靴)は綻(ほころ)びたれば、我(われ)に一雙(ひとくみ)の好(よ)き新(あたら)しい鞋子(くつ)を與(あた)えよ。」高老(こうろう)は言(げん)を聞(き)きて、敢(あえ)て與(あた)えざるを得(え)ず。隨(したが)って一雙(ひとくみ)の新(あたら)しい鞋(くつ)を買(か)い、一領(ひとえ)の褊衫(へんさん)を將(も)って、舊時(きゅうじ=以前)の衣物(いぶく=衣服)を換(か)え下(お)ろせり。 那(そ)の八戒(はっかい)は搖搖擺擺(ようようはいばい=ゆらゆら)として、高老(こうろう)に對(むか)いて一個(ひとつ)の喏(じょ=挨拶)を唱(とな)えて道(いわ)く:「丈母(じょうぼ=姑)大姨(だいい=伯母)二姨(にい=叔母)并(ならびに)姨夫(いふ=義兄弟)姑舅(こきゅう=親族)の諸親(しょしん)に上復(じょうふく=申し上げ)せよ:我(われ)は今日(きょう)去(ゆ)きて和尚(おしょう)と做(な)らんとす、及(およ)ばず面(めん)より辭(じ=別れを告ぐ)して、怪(とが)むるな。丈人(じょうじん)よ、你(おまえ)は還(な)お好(よ)く生(つと)めて我(わ)が渾家(こんか=妻)を看待(かんたい=扱)せよ:只(た)だ怕(おそ)らくは我(われ)らが經(きょう)を取(と)り成(な)らざる時(とき)有(あ)らんか、好(よ)く來(きた)りて俗(ぞく=俗世)に還(かえ)り、舊(もと)の依(ごと)く你(おまえ)と與(とも)に女婿(むこ)と做(な)りて過活(かかつ=暮らす)をせば。」 行者(ぎょうじゃ)は喝(かつ=叱り)して道(いわ)く:「夯貨(こうか=まぬけ)め!卻(かえ)って胡說(こせつ=でたらめ)するな!」八戒(はっかい)道(いわ)く:「哥(あに)呵(よ)、是(こ)れ胡說(でたらめ)に非(あら)ず、只(た)だ恐(おそ)らくは一時間(ひととき=もし)に些(いささ)かの兒(ちょっと)の差池(たがい=過ち)有(あ)らんか、卻(かえ)って是(こ)れ和尚(おしょう)の做(な)るを誤(あやま)り、老婆(つま=妻)の娶(めと)るを誤(あやま)り、兩下(りょうほう=双方)里(じょう=中)に都(みな)耽擱(おく=遅らす)れずや?」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「少(すくな)く閒話(むだばなし)を題(だい=話題)にせよ、我(われ)らは早(はや)き兒(ちょっと)に去(ゆ)き來(こ)ん。」遂(つい)に此(ここ)に一担(ひとつ)の行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう=まとめ)し、八戒(はっかい)が担(かつ)ぐ;白馬(はくば)を背(せお)わせて、三藏(さんぞう)が騎(の)る;行者(ぎょうじゃ)は肩(かた)に鐵棒(てつぼう)を担(かつ)ぎ、前(まえ)に路(みち)を引(みちび)く。一行(いっこう)三眾(さんしゅ=三人)は、高老(こうろう)及(および)眾(しゅう)の親友(しんゆう)に辭別(じべつ=別れ)し、西(にし)に投(とう=向かっ)て去(ゆ)く。有詩(し)が証(あかし)と為(な)る。詩(し)に曰(いわ)く: 「満地(まんち=地いっぱい)の烟霞(えんか=霞)に樹色(じゅしょく=木々の色)高(たか)く、 唐朝(とうちょう)の佛子(ぶっし=仏弟子)は苦(くるしみ)勞勞(ろうろう=労苦)す。 饑(う)えては一鉢(ひとつ)の千家(せんか=千軒)の飯(めし)を餐(くら)い、 寒(さむ)きには千針(せんしん=千の針)の一衲袍(いちのうほう=継ぎ当ての袍)を著(き)る。 意馬(いば=意の馬)の胸頭(きょうとう=胸の中)に放蕩(ほうとう=奔放)するを休(や)め、 心猿(しんえん=心の猿)の乖劣(かいれつ=悪賢き)に嚎(ほえ=吼える)を教(さと)す莫(なか)れ。 情(じょう)和(わ)し性(せい)定(さだ)まれば諸緣(しょえん=様々な縁)合(がっ)し、 月(つき)の金華(きんか=金色の光)に満(み)つるは是(こ)れ毛(もう=煩悩)を伐(き)る。」 三眾(さんしゅ=三人)は西(にし)に進(すす)みて路途(ろと=道のり)に、一個月(ひとつき)の平穩(へいおん=平穏)有(あ)り。烏斯藏界(うすぞうかい)を行(ゆ)き過(す)ぎて、猛(ふと)頭(こうべ)を抬(あ)げて一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る。三藏(さんぞう)は鞭(むち)を停(とど)め馬(うま)を勒(おさ)えて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、悟能(ごのう)、前(まえ)の面(ほう=方)に山(やま)高(たか)し、須索(すべから)く仔細(しさい=用心)に、仔細(しさい)に。」八戒(はっかい)道(いわ)く:「沒事(だいじょうぶ)。這(こ)の山(やま)は喚(よ)んで浮屠山(ふとざん)と做(な)し、山中(さんちゅう)に一個(ひとり)の烏巢禪師(うそうぜんじ)有(あ)り、此(ここ)に在(あ)りて修行(しゅぎょう)す。老豬(ろうちょ=この猪)も也(ま)た曾(かつ)て他(かれ)に会(まみ)えたり。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「他(かれ)に些(いささ)かの什麼(なに)の勾當(こうとう=仕事)有(あ)るか?」八戒(はっかい)道(いわ)く:「他(かれ)は倒(かえ)って也(ま)た些(いささ)かの道行(どうぎょう=修行の力)有(あ)り。他(かれ)は曾(かつ)て我(われ)を勸(すす)めて他(かれ)と跟(したが)いて修行(しゅぎょう)せしめんとしたれど、我(われ)は曾(かつ)て去(ゆ)かざりしのみ。」 師徒(しと)たちは話(はなし)を說(い)いつつ、多(おお)からず時(とき)に、山(やま)の上(うえ)に到(いた)る。好(よ)き山(やま)!但(ただ)見(み)よ那(そ)の: 「山南(さんなん)には青松(せいしょう=青い松)碧檜(へきかい=緑の檜)有(あ)り、山北(さんほく)には綠柳(りょくりゅう)紅桃(こうとう=赤い桃)有(あ)り。 鬧聒聒(どうかつかつ=にぎやかに)、山禽(さんきん=山の鳥)は對(つい)に語(かた)り; 舞翩翩(ぶへんべん=ひらひらと)、仙鶴(せんかく=仙鶴)は齊(とも)に飛(と)ぶ。 香馥馥(こうふくふく=芳しく)、諸花(しょか=様々な花)は千樣(せんよう=千種)の色(いろ); 青冉冉(せいぜんぜん=青々と)、雜草(ざっそう)は萬般(ばんぱん=万種)の奇(き=珍しさ)。 澗下(かんか=谷の下)には滔滔(とうとう=たぎる)の綠水(りょくすい=緑の水)有(あ)り、 崖前(がいぜん=崖の前)には朵朵(だだ=幾重も)の祥雲(しょううん)有(あ)り。 真個(まこと)に是(こ)れ景致(けいち=景色)の非常(ひじょう=並々ならぬ)に幽雅(ゆうが=幽玄で優雅)なる處(ところ)、寂然(じゃくねん=ひっそり)として往來(おうらい=行き交う)の人の見(み)えず。」 那(そ)の師父(しふ)は馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて遙(はる)かに觀(み)るに、香檜樹(こうかいじゅ=香りの檜)の前(まえ)に、一個(ひとつ)の柴草窩(さいそうあ=柴の巣)の有(あ)るを見(み)る。左邊(ひだり)には麋鹿(びろく=大鹿)の花(はな)を銜(くわ)える有(あ)り、右邊(みぎ)には山猴(さんこう=山の猿)の果(み)を獻(けん=献)ずる有(あ)り。樹梢頭(じゅしょうとう=梢)には、青鸞(せいらん=青い鸞)彩鳳(さいほう=彩りの鳳)の齊(とも)に鳴(な)き、玄鶴(げんかく=黒い鶴)錦鶏(きんけい=錦の鶏)の咸(みな)集(あつ)まる有(あ)り。八戒(はっかい)は指(さ)して道(いわ)く:「那(あ)れは是(こ)れ烏巢禪師(うそうぜんじ)に非(あら)ずや!」三藏(さんぞう)は馬(うま)を縱(はな)ち鞭(むち)を加(くわ)えて、直(ただ)ちに樹(き)の下(した)に至(いた)る。 卻説(さて)那(そ)の禪師(ぜんじ)は他(かれ)の三眾(さんしゅ=三人)の前(まえ)に來(きた)るを見(み)て、即(すなわ)ち便(すぐ)に巢穴(そうけつ=巣)を離(はな)れ、樹(き)を跳(と)び下(お)り來(きた)る。三藏(さんぞう)は馬(うま)を下(お)りて奉拜(ほうはい=拝礼)すれば、那(そ)の禪師(ぜんじ)は手(て)を用(もち)いて攙(たす)けて道(いわ)く:「聖僧(しょうそう)、請(こ)う起(た)て。失迎(しつげい=お出迎えできず)、失迎(しつげい)。」八戒(はっかい)道(いわ)く:「老禪師(ろうぜんじ)、作揖(さゆう=挨拶)す。」禪師(ぜんじ)は驚(おどろ)きて問(と)うて道(いわ)く:「你(おまえ)は是(こ)れ福陵山(ふくりょうざん)の豬剛鬣(ちょごうりょう)なるが、怎麼(どう)して此(こ)の大緣(だいえん=大いなる縁)有(あ)りて、聖僧(しょうそう)と與(とも)に同行(どうこう)するを得(え)たるか?」八戒(はっかい)道(いわ)く:「前年(おととし)觀音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勸(すす)められるを蒙(こうむ)り、願(ねが)わくは他(かれ)に隨(したが)いて個(ひとつ)の徒弟(とてい=弟子)と做(な)らんとす。」禪師(ぜんじ)は大喜(たいき=大いに喜ん)で道(いわ)く:「好(よ)し、好(よ)し、好(よ)し!」又(また)行者(ぎょうじゃ)を指(さ)し定(さだ)めて、問(と)うて道(いわ)く:「此(こ)の位(ひとり)は是(こ)れ誰(たれ)なるか?」行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って道(いわ)く:「這(こ)の老禪(ろうぜん)は怎麼(どう)して他(かれ)を認(みと)め得(え)て、倒(かえ)って我(われ)を認(みと)めざるか?」禪師(ぜんじ)道(いわ)く:「少(すくな)く識(し)れるに因(よ)るのみ。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「他(かれ)は是(こ)れ我(わ)が大徒弟(だいとてい=一番弟子)の孫悟空(そんごくう)なり。」禪師(ぜんじ)は笑(わら)いを陪(ともな=添え)えて道(いわ)く:「欠礼(けれい=失礼)、欠礼(けれい)。」 三藏(さんぞう)は再(ふたた)び拜(おが)みて、請(こ)うて問(と)う、西天(さいてん)の大雷音寺(だいらいおんじ)は還(な)お那裏(どこ)に在(あ)るかと。禪師(ぜんじ)道(いわ)く:「遠(とお)い!遠(とお)い!只(た)だ是(こ)れ路(みち)に虎豹(こひょう=虎や豹)多(おお)く、行(ゆ)き難(がた)し。」三藏(さんぞう)は殷勤(いんぎん=懇ろ)に意(い)を致(いた)し、再(ふたた)び問(と)う:「路途(ろと=道のり)は果(はた)して多少(どれほど)の遠(とお)さ有(あ)るか?」禪師(ぜんじ)道(いわ)く:「路途(ろと)は遠(とお)けれど、終(つい)に須(すべから)く到(いた)るの日(ひ)有(あ)るべし、卻(かえ)って只(た)だ是(こ)れ魔瘴(ましょう=魔の障り)の消(け)し難(がた)きのみ。我(われ)に《多心經(たしんぎょう)》一卷(ひとまき)有(あ)り、凡(およ)そ五十四句(ごじゅうよんく)、共計(きょうけい=合計)して二百七十字(にひゃくななじゅうじ)なり。若(も)し魔瘴(ましょう)之處(ところ)に遇(あ)わば、但(た)だ此(こ)の經(きょう)を念(ねん=唱え)ぜば、自(おの)ずから傷害(しょうがい)無(な)からん。」三藏(さんぞう)は地(ち)に拜伏(はいふく=伏し拝み)して懇(ねんご)ろに求(もと)め、那(そ)の禪師(ぜんじ)は遂(つい)に口(くち)に誦(ず)して之(これ)を傳(つた)う。經(きょう)に云(いわ)く: 「《摩訶般若波羅蜜多心經(まかはんにゃはらみったしんぎょう)》。 觀自在菩薩(かんじざいぼさつ)、深(ふか)き般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)を行(おこな)いし時(とき)、五蘊(ごうん)皆空(かいくう)なるを照見(しょうけん)し、一切(いっさい)の苦厄(くやく)を度(ど=済度)したまう。 舍利子(しゃりし)、色(しき)は空(くう)に異(こと)ならず、空(くう)は色(しき)に異(こと)ならず;色(しき)即(すなわ)ち是(こ)れ空(くう)、空(くう)即(すなわ)ち是(こ)れ色(しき)。受(じゅ)想(そう)行(ぎょう)識(しき)も、亦(ま)た復(ま)た是(か)くの如(ごと)し。 舍利子(しゃりし)、是(こ)れ諸法(しょほう)の空相(くうそう)にして、生(しょう)ぜず滅(めっ)せず、垢(く)ならず淨(きよ)ならず、増(ぞう)せず減(げん)ぜず。 是(こ)の故(ゆえ)に空(くう)の中(なか)には色(しき)無(な)く、受想行識(じゅそうぎょうしき)無(な)く、眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんい)無(な)く、色聲香味觸法(しきしょうこうみそくほう)無(な)く、眼界(がんかい)無(な)く、乃(すなわ)ち至(いた)る無意識界(むいしきかい)無(な)く、無明(むみょう)無(な)く、亦(ま)た無明(むみょう)の尽(つ)きること無(な)し。乃(すなわ)ち至(いた)る老死(ろうし)無(な)く、亦(ま)た老死(ろうし)の尽(つ)きること無(な)し。苦(く)寂滅道(じゃくめつどう)無(な)く、智(ち)も亦(ま)た得(とく)無(な)し。 無所得(むしょとく)なるを以(もっ)ての故(ゆえ)に、菩提薩埵(ぼだいさった)は、般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)に依(よ)るが故(ゆえ)に、心(こころ)に掛礙(けげ=執着)無(な)し;掛礙(けげ)無(な)きが故(ゆえ)に、恐怖(くふ)の有(あ)ること無(な)し;顛倒夢想(てんどうむそう)を遠(とお)く離(はな)れ、究竟涅槃(くきょうねはん)す。三世(さんぜ)の諸佛(しょぶつ)、般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)に依(よ)るが故(ゆえ)に、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得(え)たまう。 故(ゆえ)に般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)は、是(こ)れ大神呪(だいじんしゅ)、是(こ)れ大明呪(だいみょうしゅ)、是(こ)れ無上呪(むじょうしゅ)、是(こ)れ無等等呪(むとうどうしゅ)にして、能(よ)く一切(いっさい)の苦(くるしみ)を除(のぞ)き、真実(しんじつ)にして虚(むな)しからずと知(し)るべし。 故(ゆえ)に般若波羅蜜多呪(はんにゃはらみったしゅ)を說(と)く、即(すなわ)ち呪(しゅ)を說(と)いて曰(いわ)く:『掲諦(ぎゃてい)!掲諦(ぎゃてい)!波羅掲諦(はらぎゃてい)!波羅僧掲諦(はらそうぎゃてい)!菩提薩婆訶(ぼだいそわか)!』」 此(こ)の時(とき)唐朝(とうちょう)の法師(ほうし)は本(もと)根源(こんげん=素地)有(あ)りて、耳(みみ)に一遍(ひとわたり)の《多心經(たしんぎょう)》を聞(き)いて、即(すなわ)ち能(よ)く記憶(きおく)し、今(いま)に至(いた)るまで世(よ)に傳(つた)わる。此(こ)れは乃(すなわ)ち修真(しゅうしん=真理を修める)之總經(そうきょう=総括の経)、作佛(さぶつ=仏となる)之会門(えもん=入り口)なり。 那(そ)の禪師(ぜんじ)は經文(きょうもん)を傳(つた)えて、雲光(うんこう=雲の光)を踏(ふ)みて、烏巢(うそう=黒い巣)に上(のぼ)りて去(ゆ)かんとせしに;三藏(さんぞう)に又(また)扯(ひ)き住(とど)められて奉告(ほうこく=申し上げ)、定(きっ)と個(ひとつ)の西(にし)に去(ゆ)く路程(ろてい=道のり)の端的(てんてき=詳細)を問(と)わんと要(もと)む。那(そ)の禪師(ぜんじ)は笑(わら)って云(いわ)く:「道路(みち)は行(ゆ)き難(がた)からず、試(こころ)みに我(わ)が吩咐(いいつけ=申し付け)を聽(き)け:千(ち)の山(やま)千(ち)の水(みず)深(ふか)く、瘴(しょう=瘴気)多(おお)く魔(ま)多(おお)き處(ところ)。若(も)し天(てん)に接(せっ)する崖(がけ)に遇(あ)わば、心(こころ)を放(ゆる)めて恐怖(くふ=恐れ)を休(や)めよ。摩耳巖(まじがん)に行(ゆ)き來(きた)らば、脚(あし)を側(かたむ)けて蹤步(しょうほ=歩み)せよ。黑松林(こくしょうりん)を仔細(しさい=用心)せよ、妖狐(ようこ=妖狐)の路(みち)を截(さえぎ)ること多(おお)し。精靈(せいれい)は国城(こくじょう=国の城)に満(み)ち、魔主(ましゅ=魔の主)は山(やま)に盈(み)ちて住(す)む。老虎(ろうこ=虎)は琴堂(きんどう=役所)に坐(ざ)し、蒼狼(そうろう=灰色の狼)は主簿(しゅぼ=書記)と為(な)る。獅象(しぞう=獅子と象)は尽(ことごと)く王(おう)と称(とな)え、虎豹(こひょう)は皆(みな)御(ぎょ=従者)と作(な)る。野豬(やちょ=猪)は担子(たんす=荷)を挑(かつ)ぎ、水怪(すいかい=水の妖怪)は前(まえ)頭(ほとり)に遇(あ)わん。多年(たねん)の老石猴(ろうせきこう=老いた石猿)は、那裏(あそこ)に嗔怒(しんど=怒り)を懐(いだ)く。你(おまえ)彼(かれ)の相識(そうしき=知り合い)に問(と)え、他(かれ)は西(にし)に去(ゆ)く路(みち)を知(し)る。」 行者(ぎょうじゃ)は言(げん)を聞(き)きて、冷笑(れいしょう=あざわらい)して道(いわ)く:「我(われ)らが去(ゆ)くに、彼(かれ)に問(と)うを必(かなら)ずとせず、我(われ)に問(と)えば便(すなわ)ち了(おわ)る。」三藏(さんぞう)は還(な)お其(そ)の意(い)を解(げ)せず。那(そ)の禪師(ぜんじ)は金光(きんこう=金色の光)と化(か)し、徑(ただ)ちに烏巢(うそう)に上(のぼ)りて去(ゆ)く。長老(ちょうろう)は上(かみ)に向(むか)いて拜(おが)みて謝(しゃ)す。行者(ぎょうじゃ)は心(こころ)の中(うち)に大怒(だいど=大いに怒り)、鐵棒(てつぼう)を舉(あ)げて上(かみ)を望(のぞ)みて亂(みだ)りに搗(つ)けば、只(ただ)見(み)る蓮花(れんげ)の万朵(ばんだ=万の花)を生(しょう)じ、祥霧(しょうむ=めでたい霧)の千層(せんそう=幾千重)を護(まも)るを。行者(ぎょうじゃ)に縦(たと)い海(うみ)を攪(みだ)し江(かわ)を翻(ひるがえ)すの力(ちから)有(あ)るも、烏巢(うそう)が一縷(いちる=ひとすじ)の藤(つる)を挽(ひ)き著(あつ)るるを想(おも)う莫(なか)れ。 三藏(さんぞう)は見(み)て、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く:「悟空(ごくう)、這様(このよう)なる一個(ひとり)の菩薩(ぼさつ)なるに、你(おまえ)は他(かれ)が窩巢(かそう=巣)を搗(つ)いて怎麼(どう)するか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「他(かれ)は我(われ)ら兄弟(きょうだい)二(ふた)人(り)を一場(ひとしきり)罵(ののし)りて去(さ)ったり。」三藏(さんぞう)道(いわ)く:「他(かれ)が講(こう=語)じたる西天(さいてん)の路徑(ろけい=道筋)は、何(いず)れか嘗(かつ)て你(おまえ)を罵(ののし)れるか?」行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:「你(おまえ)那裏(どう)で暁(さと)らんや?他(かれ)が『野豬(やちょ)は担子(たんす)を挑(かつ)ぐ』と說(い)えるは、是(こ)れ八戒(はっかい)を罵(ののし)れるなり;『多年(たねん)の老石猴(ろうせきこう)』は是(こ)れ老孫(ろうそん)を罵(ののし)れるなり。你(おまえ)は怎麼(どう)して此(こ)の意(い)を解(げ)せんか?」 八戒(はっかい)道(いわ)く:「師兄(しけい=兄者)、怒(いかり)を息(いき=鎮め)よ。這(こ)の禪師(ぜんじ)も也(ま)た過去未來(かこみらい)之事(こと)を暁(さと)れるが、但(た)だ他(かれ)が『水怪(すいかい)の前(まえ)頭(ほとり)に遇(あ)わん』の這(こ)の句(ひとこと)の話(ことば)の、験(あらわ)れるか否(いな)やを知(し)らず。彼(かれ)を饒(ゆる)して去(ゆ)かしめよ。」行者(ぎょうじゃ)は蓮花(れんげ)祥霧(しょうむ)の那(あ)の巢(す)の邊(ほとり)に近(ちか)きを見(み)て、只(た)だ已(や)むを得(え)ず師父(しふ)を請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしめ、山(やま)を下(お)りて西(にし)に往(ゆ)きて去(ゆ)く。那(そ)の一(ひと)たび去(ゆ)けば: 「管教(きっと)清福(せいふく=清い福)の人間(にんげん)に少(すくな)きを、 致(いた)して災魔(さいま=災いの魔)の山(やま)の裏(うち)に多(おお)からしむ。」 畢竟(ついに)前程(ぜんてい=前途)の端的(てんてき=詳細)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説明)を聽(き)け。 第二十回 黄風嶺(こうふうれい)に唐僧(とうそう)難(なん)に遭(あ)い 半山中(はんざんちゅう)に八戒(はっかい)先(さき)を争(あらそ)う   偈(げ)に曰(いわ)く 法(ほう)は本(もと)心(こころ)より生(しょう)じ、還(かえ)って心(こころ)より滅(めっ)す。 生滅(しょうめつ)尽(ことごと)く誰(たれ)に由(よ)る、請(こ)う君(きみ)自(みずか)ら辨別(べんべつ)せよ。 既(すで)に皆(みな)己(おの)が心(こころ)ならば、何(なん)ぞ别人(べつじん)の説(せつ)を用(もち)いん。 只(た)だ苦功(くこう)を下(くだ)さんことを須(もち)い、鉄中(てっちゅう)の血(ち)を扭(ひね)り出(いだ)せ。 絨繩(じゅうじょう)鼻(はな)を着(つ)き穿(うが)ち、虚空(こくう)の結(むす)びを挽(ひ)き定(さだ)め、 無為(むい)の樹(き)に拴(つな)ぎて、他(かれ)をして顛劣(てんれつ)せしめず。 賊(ぞく)を認(みと)めて子(こ)と為(な)す莫(なか)れ、心法(しんぽう)都(すべ)て忘絶(ぼうぜつ)せよ。 他(かれ)をして我(われ)を瞞(だま)さしむるを休(や)めよ、一拳(いっけん)先(ま)ず打(う)ち徹(とお)せ。 現心(げんしん)亦(また)心無(しんな)く、現法(げんぽう)法(ほう)も亦(また)辍(や)む。 人牛(じんぎゅう)見(み)えざる時(とき)、碧天(へきてん)光(ひかり)皎潔(こうけつ)たり。 秋月(しゅうげつ)一般(いっぱん)円(まど)かにして、彼此(ひし)分別(ぶんべつ)し難(がた)し。   この一篇(いっぺん)の偈子(げす)は、乃(すなわ)ち玄奘法師(げんじょうほうし)の《多心経(たしんきょう)》を悟(さと)り徹(てっ)し、門戸(もんこ)を打(う)ち開(ひら)けるものなり。那(か)の長老(ちょうろう)常(つね)に念(ねん)じ常(つね)に存(そん)じて、一点(いってん)の霊光(れいこう)自(おのずか)ら透(とお)る。   且(しばら)く他(かれ)が三衆(さんしゅう)の、路(みち)に在(あ)って風(かぜ)を餐(くら)い水(みず)に宿(やど)り、月(つき)を帯(たい)し星(ほし)を披(き)ることを説(と)けば、早(はや)くも又(また)夏景(かけい)の炎天(えんてん)に至(いた)る。但(ただ)那(か)のを見(み)れば 花(はな)尽(つ)きて蝶(ちょう)情(じょう)を叙(の)ぶる無(な)く、樹(き)高(たか)くして蝉(せみ)声(こえ)の喧(かまびす)しき有(あ)り。 野蚕(やさん)繭(まゆ)を成(な)し火榴(かりゅう)妍(うつく)しく、沼内(しょうない)新荷(しんか)出現(しゅつげん)す。   那(か)の日(ひ)正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽然(こつぜん)として天(てん)晩(く)れ、又(また)山路(さんろ)の旁(かたわら)に、一(ひとつ)の村舎(そんしゃ)の有(あ)るを見(み)る。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「悟空(ごくう)、汝(なんじ)那(か)の『日(ひ)は西山(せいざん)に落(お)ちて火鏡(かきょう)を蔵(ぞう)し、月(つき)は東海(とうかい)に昇(のぼ)って氷輪(ひょうりん)を現(あらわ)す』を見(み)よ。幸(さいわ)いにして道(みち)の旁(かたわら)に一(ひと)つの人家(じんか)有(あ)り、我(われ)等(ら)且(しばら)く一宵(いっしょう)を借(か)り宿(やど)り、明日(みょうにち)又(また)走(はし)らん」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「説(い)う所(ところ)は是(ぜ)なり。我(われ)が老猪(ろうちょ)も些(いささ)か飢(う)えたり。且(しばら)く人家(じんか)に到(いた)り些(いささ)か斎(とき)を化(か)して食(くら)い、力(ちから)気(き)有(あ)れば、好(よ)く行李(こうり)を挑(にな)わん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「この恋家鬼(れんかき)!汝(なんじ)家(いえ)を離(はな)れて幾日(いくにち)ならざるに、就(すなわ)ち報怨(ほうえん)を生(しょう)ずるか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「哥(あに)よ、汝(なんじ)がこの風(かぜ)を喝(の)み煙(けむり)を呵(あたた)むる人(ひと)に似(に)るを得(え)ず。我(われ)師父(しふ)に跟(したが)いてこの幾日(いくにち)、長(つね)に半肚(はんと)の飢(うえ)を忍(しの)ぶは、汝(なんじ)暁(さと)り得(う)るか」と。三蔵(さんぞう)之(これ)を聞(き)いて道(いわ)く「悟能(ごのう)、汝(なんじ)若(も)し家(いえ)に在(あ)るの心(こころ)重(おも)きならば、是(こ)れ出家(しゅっけ)の者(もの)に非(あら)ず。汝(なんじ)還(かえ)って罷(や)めよ」と。那(か)の呆子(ほうし)慌(あわ)てて跪(ひざまず)きて道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)師兄(しけい)の言(げん)を聴(き)く莫(なか)れ。他(かれ)些(いささ)か人(ひと)を贓埋(ぞうまい=誣告し)す。我(われ)曾(かつ)て甚(なん)の報怨(ほうえん)をもせざるに、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を報怨(ほうえん)すと説(い)う。我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の直腸(ちょくちょう)の痴漢(ちかん)、我(われ)肚内(とない)飢(う)えたりと説(い)い、好(よ)く人家(じんか)を尋(たず)ねて斎(とき)を化(か)せんとするを、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を罵(ののし)って恋家鬼(れんかき)と為(な)す。師父(しふ)よ、我(われ)菩薩(ぼさつ)の戒行(かいぎょう)を受(う)け、又(また)師父(しふ)の憐憫(れんびん)を承(う)け、情願(ねが)って師父(しふ)に伏侍(ぶじ)して西天(せいてん)に往(ゆ)かんとし、誓(ちか)って退悔(たいげ)無(な)し。這(こ)れを『恨苦修行(こんくしゅぎょう)』と做(な)す。怎(どう)して出家(しゅっけ)の話(はなし)に非(あら)ずと説(い)わんや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、汝(なんじ)且(しばら)く起(た)て」と。那(か)の呆子(ほうし)身(み)を縦(ほしいまま)にして跳(と)び起(お)き、口(くち)裏(うち)絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくどと)として、担子(たんす)を挑(にな)い、只(た)だ死心塌地(ししんとうち=観念し切って)を得(え)て、跟(したが)いて前(まえ)に来(きた)る。   早(はや)くも路(みち)の旁(かたわら)の人家(じんか)の門首(もんしゅ)に到(いた)る。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)り、行者(ぎょうじゃ)韁繩(こうじょう=手綱)を接(う)け、八戒(はっかい)行李(こうり)を歇(やす)め、都(みな)緑蔭(りょくいん)の下(した)に佇立(ちょりつ)す。三蔵(さんぞう)九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)を拄(つ)き、藤纏篾織(とうてんべっしょく=藤や竹で編んだ)の斗篷(とぼう=笠)を按按(あんあん=押さえ)え、先(ま)ず門前(もんぜん)に奔(はし)る。只(ただ)一(ひとり)の老者(ろうしゃ)の、竹床(ちくしょう)の之(うえ)に斜(なな)めに倚(よ)り、口(くち)裏(うち)嚶嚶(おうおう=ぶつぶつ)と仏(ほとけ)を念(ねん)ずるを見(み)る。三蔵(さんぞう)敢(あえ)て高言(こうげん)せず、慢(ゆる)るく一声(ひとこえ)「施主(せしゅ)、問訊(もんじん=挨拶)了(おわ)らん」と叫(よ)ぶ。那(か)の老者(ろうしゃ)一骨魯(いっこつろ=ぱっと)跳(と)び将(まさ)に起(お)きんとして、忙(いそ)ぎ衣襟(いきん)を斂(おさ)め、門(もん)を出(い)でて還礼(かんれい)して道(いわ)く「長老(ちょうろう)、失迎(しつげい)。汝(なんじ)那(いず)れの方(かた)より来(きた)る?我(わ)が寒門(かんもん)に到(いた)り何(なん)の故(ゆえ)ぞ」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)の和尚(おしょう)、聖旨(せいし)を奉(ほう)じ、雷音寺(らいおんじ)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)む。適(たまた)ま宝方(ほうほう)に至(いた)りて天(てん)晩(く)る。意(おも)うに檀府(だんぷ)に投(とう)じて一宵(いっしょう)を告借(こくしゃく)し、万(よろず)祈(いの)る方便方便(ほうべんほうべん=お計らい)を」と。那(か)の老児(ろうじ)手(て)を擺(はい=振り)頭(かしら)を揺(ゆすぶ)って道(いわ)く「去(ゆ)くを得(え)ず。西天(せいてん)は経(きょう)を取(と)り難(がた)し。経(きょう)を取(と)らんと要(ほっ)せば、東天(とうてん)に往(ゆ)きて罷(や)めよ」と。三蔵(さんぞう)口(くち)中(うち)語(かた)らず、意(こころ)下(した)に沈吟(ちんぎん=思い悩む)す「菩薩(ぼさつ)道(みち)を西(にし)へと指(さ)すに、怎(どう)して此(こ)の老(おい)東(ひがし)に往(ゆ)けと説(い)う?東辺(とうへん)那(いず)くにか経(きょう)の有(あ)らんや」と。……腼腆(めんてん=照れ)して言(い)い難(がた)く、半晌(はんきょう=しばらく)答(こた)えず。   却(かえ)って説(と)く、行者(ぎょうじゃ)素性(そせい=生来)凶頑(きょうがん=粗暴)、忍(しの)ぶを得(え)ず、上(のぼ)り前(すす)みて高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く「那(そ)の老児(ろうじ)、汝(なんじ)這(こ)の們(ほど)の大年紀(だいねんき=高齢)にて、全(まった)く事(こと)を暁(さと)らず。我(われ)が出家人(しゅっけにん)遠(とお)く来(きた)りて宿(やど)を借(か)るに、就(すなわ)ち這(こ)の厭鈍(えんどん=不快)の話(はなし)を把(もっ)て我(われ)を虎唬(こかく=脅か)す。十分(じゅうぶん)に汝(なんじ)が家(いえ)窄狭(さくきょう=狭く)、睡(ね)る処(ところ)無(な)き時(とき)は、我(われ)等(ら)樹(き)の底下(した)に在(あ)って、好道(こうどう=それでも)也(また)一夜(いちや)坐(ざ)せん、汝(なんじ)を打攪(だっこう=邪魔)せじ」と。那(か)の老者(ろうしゃ)三蔵(さんぞう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)倒(かえ)って言(ことば)を語(かた)らず、汝(なんじ)が那(そ)の徒弟(とてい)、那般(あんばい)の拐子臉(かいしれん=詐欺師面)、別頦腮(べっがいさい=とがった頬)、雷公嘴(らいこうし=雷神の嘴)、紅眼睛(こうがんせい)の一(ひと)つの癆病(ろうびょう=結核)の魔鬼(まき)、怎(どう)して反(かえ)って我(わ)が這(こ)の年老(としお)いた人(ひと)を衝撞(しょうどう=突き当たり)するか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「汝(なんじ)が這(こ)の老児(ろうじ)、忒(はなは)だ也(また)眼色(がんしょく=見る目)無(な)し!那(か)の俊刮(しゅんかつ=美形)些(いささ)かの児(もの)に似(に)たるは、中看不中吃(ちゅうかんふちゅうきつ=見てくれはよくても食えぬ)と做(な)す。想(おも)うに我(われ)が老孫(ろうそん)小(ちい)さけれど、頗(すこぶ)る結実(けつじつ=がっしり)し、皮(かわ)裏(うち)一団(いちだん)の筋(すじ)なり」と。那(か)の老者(ろうしゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)想(おも)うに必(かなら)ず些(いささ)か手段(しゅだん)有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「敢(あえ)て夸言(こげん=大言)せず、也(また)将就(しょうじゅう=まあまあ)看(み)るに過(す)ぎたり」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)が家(いえ)居(きょ)何処(いずこ)?因(よ)りて甚(なん)の事(こと)か削髪(さくはつ)して僧(そう)と為(な)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「老孫(ろうそん)祖貫(そかん=本籍)東勝神洲(とうしょうしんしゅう)海東(かいとう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に居住(きょじゅう)す。小児(しょうじ)自(よ)り学(まな)んで妖怪(ようかい)と做(な)り、名(な)を悟空(ごくう)と称(しょう)す。本事(ほんじ=腕)に憑(よ)り、一(ひとつ)の斉天大聖(せいてんたいせい)を掙(かせ)いだ。只(た)だ天禄(てんろく)を受(う)けざるに因(よ)り、大(おお)いに天宮(てんぐう)に反(はん)し、一場(いちじょう)の災愆(さいけん=災難)を惹(ひ)き起(おこ)したり。如今(にこん=今は)難(なん)を脱(のが)れ災(さい)を消(け)し、転(うたた)て沙門(しゃもん)を拝(はい)し、前(すす)んで正果(しょうか)を求(もと)め、我(われ)が這(こ)の唐朝(とうちょう)駕下(がか)の師父(しふ)を保(ほ)し、西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し一遭(ひとめぐ)り走(はし)る。什麼(なん)の山高(やまたか)く路険(みちけわ)しき、水(みず)闊(ひろ)く波狂(なみくる)うをも怕(おそ)れんか!我(われ)が老孫(ろうそん)也(また)怪(かい)を捉(とら)え得(え)、魔(ま)を降(くだ)し得(う)。伏虎擒龍(ふっこきんりゅう=虎を伏せ龍を擒える)、踢天弄井(てきてんろうせい=天を蹴り井を弄ぶ)、都(みな)些(いささ)か暁(さと)り得(う)る。倘若(もし)府上(ふじょう)に什麼(なん)の磚(かわら)を投(な)げ瓦(かわら)を打(う)ち、鍋(なべ)叫(な)り門(もん)開(ひら)くこと有(あ)らば、老孫(ろうそん)便(すなわ)ち能(よ)く安鎮(あんちん=鎮め)す」と。   那(か)の老児(ろうじ)這(こ)の篇(へん)の言語(げんご)を聴(き)き得(え)て、哈哈(はは)と笑(わら)って道(いわ)く「原来(げんらい)是(こ)れ箇(こ)の撞頭化縁(どうとうけえん=出会い頭に布施を請う)の熟嘴児(じゅくしじ=おしゃべり)の和尚(おしょう)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)が子(こ)便(すなわ)ち是(こ)れ熟嘴(じゅくし)!我(われ)これらの時(とき)、只(た)だ我(わ)が師父(しふ)に跟(したが)いて路(みち)を走(はし)る辛苦(しんく=労苦)に因(よ)り、還(また)懶(ものう)く説話(せつわ)するのみ」と。那(か)の老児(ろうじ)道(いわ)く「若(も)し是(こ)れ汝(なんじ)辛苦(しんく)せず、説話(せつわ)を懶(ものう)からざれば、好道(こうどう)活活(かつかつ=生きながら)に我(われ)を聒殺(こつさつ=うるさく殺す)せん!汝(なんじ)既(すで)に這(こ)の様(よう)の手段(しゅだん)有(あ)れば、西方(せいほう)也(また)還(また)去(ゆ)くを得(え)、去(ゆ)くを得(う)る。汝(なんじ)一行(いっこう)幾衆(いくしゅう)?請(こ)う茅舎(ぼうしゃ)の裏(うち)に至(いた)りて安宿(あんしゅく)せよ」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「多(おお)く老施主(ろうせしゅ)の叱(しか)らざるの恩(おん)を蒙(こうむ)る。我(われ)が一行(いっこう)三衆(さんしゅう)なり」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「那(そ)の一衆(いっしゅう)那(いず)こに在(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)指(ゆび)し着(つ)けて道(いわ)く「這(こ)の老児(ろうじ)眼(め)花(はな)み、那(か)の緑蔭(りょくいん)の下(した)に站(た)つは是(こ)れならずや」と。老児(ろうじ)果然(かぜん=案の定)眼(め)花(か)み、忽(たちま)ち頭(かしら)を抬(あ)げて細(こま)かに看(み)るに、一(ひと)たび八戒(はっかい)が這般(こんな)の嘴臉(しれん=顔つき)を見(み)て、就(すなわ)ち唬(おど)されて一步一跌(いっぽいってつ=一歩ごとに転び)、屋(いえ)の裏(うち)へと乱跑(らんぽう=駆け込)み、只(た)だ「門(もん)を関(と)じよ!門(もん)を関(と)じよ!妖怪(ようかい)来(きた)る」と叫(よ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)赶上(おいつ)き扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「老児(ろうじ)怕(おそ)るる莫(なか)れ、他(かれ)は是(こ)れ妖怪(ようかい)に非(あら)ず、是(こ)れ我(わ)が師弟(してい)なり」と。老者(ろうしゃ)戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として道(いわ)く「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!一(ひと)つより一(ひと)つの醜(みにく)き和尚(おしょう)かな」と。八戒(はっかい)上(のぼ)り前(すす)んで道(いわ)く「老官児(ろうかんじ)、汝(なんじ)若(も)し相貌(そうぼう=顔かたち)を以(もっ)て人(ひと)を取(と)らば、干浄(かんじょう=きっぱり)差(ちが)えり。我(われ)等(ら)醜(みにく)きは自(おのずか)ら醜(みにく)きも、却(かえ)って都(みな)用(よう)有(あ)り」と。   那(か)の老者(ろうしゃ)正(まさ)に門前(もんぜん)に在(あ)って三(みっ)つの和尚(おしょう)と相講(あいこう=話し合)う処(ところ)、只(ただ)那(か)の荘(しょう)の南辺(なんぺん)に二(ふた)りの少年人(しょうねんじん)の、一(ひとり)の老媽媽(ろうまま=老婆)を帯(たい)し、三四(さんし)つの小男女(しょうなんにょ=子供ら)、衣(ころも)を斂(おさ)め脚(あし)を赤(あか)くし、秧(なえ)を插(さ)して回(かえ)るを見(み)る。他(かれ)ら一匹(いっぴき)の白馬(はくば)、一担(いったん)の行李(こうり)が、都(みな)他(かれ)が家(いえ)の門首(もんしゅ)に在(あ)って喧嘩(けんか=騒ぐ)を見(み)て、是(こ)れ甚(なん)の来歴(らいれき)なるを知(し)らず、都(みな)一(ひと)つに擁(お)し上(のぼ)り前(すす)みて問(と)うて道(いわ)く「什麼(なに)を做(な)すか」と。八戒(はっかい)頭(かしら)を調(めぐら)し過(す)ぎ、耳(みみ)を把(もっ)て幾(いくた)び擺(はい=振)り、長嘴(ちょうし=長い鼻)を一(ひと)つ伸(の)ばせば、吓(おど)されて那(か)の人々(ひとびと)東倒西歪(とうとうせいい=あちらこちらへ倒れ)、乱蹌乱跌(らんそうらんてつ=転びまくる)。慌(あわ)てて那(か)の三蔵(さんぞう)口(くち)を満(みた)して招呼(しょうこ=呼びかけ)て道(いわ)く「怕(おそ)るる莫(なか)れ!怕(おそ)るる莫(なか)れ!我(われ)等(ら)は是(こ)れ歹人(あくにん)に非(あら)ず、我(われ)等(ら)は是(こ)れ経(きょう)を取(と)る和尚(おしょう)なり」と。那(か)の老児(ろうじ)才(ようや)く門(もん)を出(い)で、媽媽(まま)を攙(ささ)えて道(いわ)く「婆婆(ばば)、起(た)て、少(すこ)しく驚恐(きょうきょう)するを要(よう)せず。這(こ)の師父(しふ)は、是(こ)れ唐朝(とうちょう)より来(きた)れるが、只(た)だ他(かれ)が徒弟(とてい)の臉嘴(れんし=顔つき)些(いささ)か醜(みにく)きのみ、却(かえ)って也(また)山悪人善(さんあくじんぜん=山は荒くとも人は善し)。男女(なんにょ)を帯(たい)して家(いえ)へ去(い)け」と。那(か)の媽媽(まま)才(ようや)く老児(ろうじ)を扯(ひ)き、二少年(にしょうねん)児女(じじょ)を領(ひき)いて進(すす)み入(い)る。   三蔵(さんぞう)却(かえ)って他(かれ)が門楼(もんろう)の裏(うち)竹床(ちくしょう)の之(うえ)に坐(ざ)し、埋怨(ばいえん=恨み言)して道(いわ)く「徒弟(とてい)や、汝(なんじ)二個(ふたり)相貌(そうぼう)既(すで)に醜(みにく)く、言語(げんご)又(また)粗(あら)く、這(こ)の一家児(いっかじ)を把(もっ)て吓(おど)して七損八傷(しちそんはっしょう=散々に痛めつけ)、都(みな)我(わ)が身(み)に替(かわ)って罪(つみ)を造(つく)る」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)に瞞(かく)さず説(い)わば、老猪(ろうちょ)汝(なんじ)に跟(したが)いてより、これらの時(とき)些(いささ)か俊(うつく)しくなりたり。若(も)し往常(つね)高老荘(こうろうしょう)に在(あ)りて走(ある)きし時(とき)の如(ごと)く、嘴(くち)を朝前(まえ)へ一掬(いっきょく=突き出し)、耳(みみ)を両頭(りょうとう)へ一擺(いっぱい=ひと振り)せば、常(つね)に二三十人(にさんじゅうにん)を吓殺(こくさつ=吓し殺し)したり」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「呆子(ほうし)乱(みだ)りに説(い)う莫(なか)れ、那(か)の醜(みにく)きをも些(いささ)か收拾(しゅうしゅう=仕舞い込)め」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)悟空(ごくう)が説(い)える話(はなし)を見(み)よ。相貌(そうぼう)は是(こ)れ生成(せいせい=生まれつき)のもの、汝(なんじ)他(かれ)をして怎(どう)收拾(しゅうしゅう)せしめんと教(おし)えるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「那(か)の耙子嘴(はしし=熊手のような口)を、懐(ふところ)裏(うち)に揣(おしこ)め、拿(と)り出(いだ)す莫(なか)れ;那(か)の蒲扇耳(ほせんじ=団扇のような耳)を、後(うしろ)面(めん)に貼(は)りつけ、揺(ゆ)り動(うご)かすこと勿(なか)れ、這(こ)れ就(すなわ)ち是(こ)れ收拾(しゅうしゅう)了(おわ)るなり」と。那(か)の八戒(はっかい)真個(しんこ=本当に)嘴(くち)を揣(おしこ)め、耳(みみ)を貼(は)り、頭(かしら)を拱(こも=丸め)て、左右(さゆう)に立(た)つ。行者(ぎょうじゃ)行李(こうり)を将(もっ)て門(もん)の裏(うち)に拿(と)り入(い)れ、白馬(はくば)を将(もっ)て樁(くい)に拴(つな)ぐ。   只(ただ)那(か)の老児(ろうじ)の才(ようや)く一(ひとり)の少年(しょうねん)を引(ひ)き、一(ひとつ)の板盤児(ばんばんじ=盆)を拿(と)り、三杯(さんぱい)の清茶(せいちゃ)を托(の)せて来(きた)り献(けん)ずるを見(み)る。茶(ちゃ)罷(や)み、又(また)斎(とき)を弁(もう)けよと吩咐(いいつ)く。那(か)の少年(しょうねん)又(また)一張(いっちょう)の窟窿(くつろう=穴)有(あ)り漆水(しっすい=漆)無(な)き旧桌(きゅうたく=古い卓)を拿(と)り、二条(にじょう)の破頭折脚(はとうせっきゃく=頭は割れ脚は折れた)の凳子(とうす=腰掛)を端(はこ)び、天井(てんせい=中庭)の中(なか)に放(お)き、三衆(さんしゅう)を請(しょう)じて涼(すず)しき処(ところ)に坐(ざ)せしむ。三蔵(さんぞう)方(はじ)めて問(と)うて道(いわ)く「老施主(ろうせしゅ)、高姓(こうせい)は」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「在下(ざいか)は姓(せい)を王(おう)とす」と。「幾位(いくい)の令嗣(れいし=子息)有(あ)る」と。道(いわ)く「二個(ふたり)の小児(しょうじ)と、三個(みっつ)の小孫(しょうそん)有(あ)り」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「恭喜(きょうき=おめでとう)、恭喜(きょうき)」と。又(また)問(と)う「年寿(ねんじゅ)幾何(いくばく)」と。道(いわ)く「痴(おろか)ながら六十一歳(ろくじゅういっさい)に長(ちょう)ず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!花甲重逢(かこうちょうほう=還暦を重ねる)かな」と。三蔵(さんぞう)復(また)問(と)うて道(いわ)く「老施主(ろうせしゅ)、始初(はじめ)に西天(せいてん)の経(きょう)取(と)り難(がた)しと説(い)えしは、何(なん)ぞや」と。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「経(きょう)は取(と)り難(がた)きに非(あら)ず、只(た)だ道中(どうちゅう)艱渋(かんじゅう=困難)にして行(ゆ)き難(がた)し。我(われ)等(ら)が這(こ)の向西(にし)へ去(ゆ)けば、只(た)だ三十里(さんじゅうり)の遠近(えんきん=ほど)に、一(ひとつ)の山(やま)有(あ)り、名(な)を八百里黄風嶺(はっぴゃくりこうふうれい)と做(な)す。那(か)の山中(さんちゅう)多(おお)く妖怪(ようかい)有(あ)り。故(ゆえ)に取(と)り難(がた)しと言(い)うは、此(これ)なり。若(も)し此(こ)の位(い)の小長老(しょうちょうろう)が、許多(あまた)の手段(しゅだん)有(あ)りと説(い)うを論(ろん)ずれば、却(かえ)って也(また)去(ゆ)くを得(う)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「不妨(さしつかえ)無(な)し!不妨(さしつかえ)無(な)し!老孫(ろうそん)と我(わ)が這(こ)の師弟(してい)有(あ)れば、他(かれ)を是(こ)れ什麼(なん)の妖怪(ようかい)たるを任(まか)せ、敢(あえ)て我(われ)を惹(からか)わじ」と。   正(まさ)に説(と)く処(ところ)、又(また)児子(こ)の飯(めし)を拿(と)り将(も)ち来(きた)り、卓(たく)の之(うえ)に擺(はい=並べ)、一声(ひとこえ)「請(どう)か斎(とき)を」と道(い)うを見(み)る。三蔵(さんぞう)就(すなわ)ち掌(て)を合(あわ)せて斎経(さいきょう=食前の経)を讽(とな)え起(おこ)す。八戒(はっかい)早(はや)くも已(すで)に一碗(いちわん)を吞(の)みたり。長老(ちょうろう)の幾句(いくく)の経(きょう)未(いま)だ了(おわ)らざるに、那(か)の呆子(ほうし)又(また)三碗(さんわん)を吃(くら)い够(あき)る。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)の饢糠(のうこう=くず)の!好道(こうどう)餓鬼(がき)に撞(ぶつか)り着(あ)いたり」と。那(か)の老王(ろうおう)倒(かえ)って也(また)知趣(ちしゅ=気がきく)にして、他(かれ)が吃(くら)うこと快(はや)きを見(み)て道(いわ)く「此(こ)の長老(ちょうろう)、想(おも)うに実(じつ)に飢(う)えたり、快(はや)く飯(めし)を添(そ)え来(きた)れ」と。那(か)の呆子(ほうし)真個(しんこ)に食腸(しょくちょう=食い意地)大(だい)なり:看(み)よ他(かれ)頭(かしら)を抬(あ)げず、一連(いちれん)に就(すなわ)ち十数碗(じゅうすうわん)を吃(くら)う。三蔵(さんぞう)、行者(ぎょうじゃ)倶(とも)に各(おのおの)二碗(にわん)も吃(くら)い上(あ)がらず。呆子(ほうし)住(とど)まらず、便(すなわ)ち還(また)吃(くら)うのみ。老王(ろうおう)道(いわ)く「倉卒(そうそつ=急なことで)肴(さかな)無(な)く、敢(あえ)て苦(くる)しく勧(すす)めず、請(こ)う又(また)一箸(いっちょ)を進(すす)めよ」と。三蔵(さんぞう)、行者(ぎょうじゃ)倶(とも)に道(いわ)く「够(たくさん)なり」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「老児(ろうじ)、滴答(てきとう=べちゃくちゃ)什麼(なに)ぞ、誰(たれ)か汝(なんじ)と発課(はっか=易を立て)し、什麼(なん)の五爻六爻(ごこうろくこう)を説(い)わんや;飯(めし)有(あ)らば只(た)だ管(かま)わず添(そ)え将(も)ち来(きた)るこそ是(よ)けれ」と。呆子(ほうし)一頓(いっとん=ひと食い)に、他(かれ)が一家子(いっかし)の飯(めし)を都(みな)吃(くら)いて罄尽(けいじん=残らず)し、還(また)只(た)だ才(ようや)く半(なか)ば飽(あ)くを得(え)たりと説(い)う。却(かえ)って才(ようや)く家火(かか=食器)を収(おさ)め、那(か)の門楼(もんろう)の下(した)に在(あ)って、竹床板鋪(ちくしょうばんほ=竹の寝台)を安排(あんばい=用意)して睡(ね)に就(つ)く。   次日(じつじ)天(てん)暁(あ)け、行者(ぎょうじゃ)馬(うま)を背(せお)いに去(ゆ)き、八戒(はっかい)担(に)を整(ととの)えに去(ゆ)く。老王(ろうおう)又(また)媽媽(まま)に些(いささ)かの点心湯水(てんしんとうすい=軽い食事と汁)を整治(せいち=用意)して管待(かんたい=もてな)わしむ。三衆(さんしゅう)方(はじ)めて致謝(ちしゃ)して告行(こくこう=暇乞い)す。老者(ろうしゃ)道(いわ)く「此(ここ)を去(さ)り倘(もし)路間(ろかん)に甚(なん)の不虞(ふぐ=不測)有(あ)らば、是(かなら)ず還(また)茅舎(ぼうしゃ)に来(きた)れ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「老児(ろうじ)、哈話(はわ=たわごと)を説(い)う莫(なか)れ。我(われ)等(ら)出家人(しゅっけにん)は、回頭路(かいとうろ=来た道)を走(はし)らず」と。遂(つい)に此(ここ)に馬(うま)に策(むちうち)担(に)を挑(にな)いて西(にし)へ行(ゆ)く。   噫(ああ)!此(こ)の一去(いっきょ)、果(はた)して好路(こうろ)の西域(せいいき)に朝(ちょう)する無(な)く、定(かなら)ず邪魔(じゃま)の大災(たいさい)を降(くだ)すこと有(あ)らん。三衆(さんしゅう)前(すす)み来(きた)るに、半日(はんにち)にも上(のぼ)らざるに、果(はた)して一(ひとつ)の高山(こうざん)に逢(あ)う。説(と)き起(おこ)せば、十分(じゅうぶん)に険峻(けんしゅん)なり。三蔵(さんぞう)馬(うま)崖(がけ)に臨(のぞ)むに到(いた)り、宝[生僻字:革+登](ほうとう=馬の鞍飾り)を斜(なな)めに挑(かか)げて観看(かんかん=眺む)るに、果然(かぜん)那(か)の 高(たか)きは是(こ)れ山(やま)、峻(けわ)しきは是(こ)れ嶺(みね); 陡(そばだ)つは是(こ)れ崖(がけ)、深(ふか)きは是(こ)れ壑(たに)。 響(ひび)くは是(こ)れ泉(いずみ)、鮮(あざ)やかなるは是(こ)れ花(はな)。 那(か)の山(やま)高(たか)きや高(たか)からず、頂上(ちょうじょう)青霄(せいしょう=青空)に接(せっ)す; 這(こ)の澗(たに)深(ふか)きや深(ふか)からず、底中(ていちゅう)地府(じふ=地獄)を見(み)る。 山前(さんぜん)に、骨都都(こつとつ=もくもく)たる白雲(はくうん)、屹嶝嶝(きつとうとう=ごつごつ)たる怪石(かいせき)有(あ)り。 説(と)き尽(つく)せず千丈万丈(せんじょうばんじょう)の挟魂崖(きょうこんがい=魂を挟む崖)。 崖後(がいご)に彎彎曲曲(わんわんきょくきょく)たる蔵龍洞(ぞうりゅうどう)有(あ)り、 洞中(どうちゅう)に叮叮当当(ていていとうとう)たる滴水岩(てきすいがん)有(あ)り。 又(また)些(いささ)かの丫丫叉叉(ああささ=枝分かれ)の帯角鹿(たいかくろく=角ある鹿)、 泥泥痴痴(でいでいちち=ぼんやり)と人(ひと)を看(み)る獐(かもしか); 盤盤曲曲(ばんばんきょくきょく)たる紅鱗蟒(こうりんもう=赤い鱗の大蛇)、 耍耍頑頑(しゃしゃがんがん=戯れ遊ぶ)の白面猿(はくめんえん)を見(み)る。 晩(くれ)に至(いた)りて巴山(はざん=山を這い)穴(あな)を尋(たず)ぬる虎(とら)、 暁(あかつき)を帯(お)びて翻波(はんば=波を翻し)出水(しゅっすい)の龍(りゅう)、 登(のぼ)れば洞門(どうもん)唿喇喇(こつらつら)と響(ひび)く。 草(くさ)裏(うち)の飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)、撲轳轳(ぼくろろ)と起(おこ)り; 林中(りんちゅう)の走獣(そうじゅう)、掬律律(きくりつりつ)と行(ゆ)く。 猛然(にわか)に一陣(いちじん)の狼虫(ろうちゅう=狼や虫)過(す)ぎれば、 人(ひと)の心(こころ)を吓(おど)して趷蹬蹬(きつとうとう=どきどき)と驚(おどろ)かす。 正(まさ)に是(こ)れ那(か)の当倒洞当当倒洞(とうとうどうとうとうとうどう)、 洞当当倒洞当山(どうとうとうとうどうとうざん); 青黛(せいたい)染(そ)め成(な)す千丈(せんじょう)の玉(ぎょく)、 碧紗(へきしゃ)籠(こも)い罩(おお)う万堆(ばんたい)の烟(けむり)。   那(か)の師父(しふ)銀驄(ぎんそう=白馬)を緩(ゆる)く促(うなが)し、孫大聖(そんたいせい)雲(くも)を停(とど)めて慢(ゆる)く歩(あゆ)み、猪悟能(ちょごのう)担(に)を磨(す)って徐(おもむろ)に行(ゆ)く。正(まさ)に那(か)の山(やま)を看(み)る処(ところ)、忽(たちま)ち一陣(いちじん)の旋風(せんぷう=つむじ風)の大(おお)いに作(おこ)るを聞(き)き得(う)。三蔵(さんぞう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って心(こころ)驚(おどろ)き、道(いわ)く「悟空(ごくう)、風(かぜ)起(おこ)れり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「風(かぜ)却(かえ)って他(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)ならん!此(こ)れ乃(すなわ)ち天家(てんか=天)の四時(しいじ=四季)の気(き)、何(なん)の懼(おそ)るる有(あ)らんや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「此(こ)の風(かぜ)甚(はなは)だ悪(あ)しく、那(か)の天風(てんぷう)と同(おな)じからず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「怎(どう)して天風(てんぷう)に比(ひ)せずと見(み)えんや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)這(こ)の風(かぜ)を看(み)よ 巍巍蕩蕩(ぎぎとうとう=高く広く)として颯颯飄飄(さつさつひょうひょう)、 渺渺茫茫(びょうびょうもうもう)として碧霄(へきしょう=青空)より出(い)づ。 嶺(みね)を過(す)ぐれば只(た)だ千樹(せんじゅ)の吼(ほ)ゆるを聞(き)き、 林(はやし)に入(い)れば但(た)だ万竿(ばんかん)の揺(ゆ)るるを見(み)る。 岸辺(がんぺん)の擺柳(はいりゅう=柳なびき)根(ね)を連(つら)ねて動(うご)き、 園内(えんない)の吹花(すいか)葉(は)を帯(お)びて飄(ひるがえ)る。 網(あみ)を収(おさ)むる漁舟(ぎょしゅう)皆(みな)纜(ともづな)を緊(きつく)くし、 篷(ほ)を落(おろ)す客艇(かくてい)尽(ことごと)く錨(いかり)を抛(なげう)つ。 途半(とばん)の征夫(せいふ=旅人)路(みち)を迷失(めいしつ)し、 山中(さんちゅう)の樵子(しょうし=木こり)担(に)うに難(かた)し。 仙果林間(せんかりんかん)に猴子(こうし=猿)散(さん)じ、 奇花叢内(きかそうない)に鹿児(ろくじ)逃(のが)る。 崖前(がいぜん)の檜柏(かいはく=ヒノキとコノテガシワ)顆顆(かか)倒(たお)れ、 澗下(かんか)の松篁(しょうこう=松と竹)葉葉(ようよう)凋(しぼ)む。 土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)ぐれば沙(すな)迸迸(ほうほう)とし、 江(こう)を翻(ひるがえ)し海(うみ)を攪(かきまわ)せば浪(なみ)涛濤(とうとう)たり。」   八戒(はっかい)上(のぼ)り前(すす)み、一把(いっぱ=ひとつかみ)に行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「師兄(しけい)、十分(じゅうぶん)に風(かぜ)大(おお)いなり!我(われ)等(ら)且(しばら)く一(ひと)つ避(よ)けて干浄(きれい)にせん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「兄弟(きょうだい)不済(ふせい=だめ)かな!風(かぜ)大(おお)いなる時(とき)就(すなわ)ち避(よ)けんか、倘(もし)或(あるい)は親面(しんめん=面と向かい)妖精(ようせい)に撞(ぶつか)り見(み)んに、怎(どう)する是(こ)れ好(よ)からん」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「哥(あに)よ、汝(なんじ)曾(かつ)て『色(いろ)を避(さ)くるは仇(あだ)を避(さ)くるが如(ごと)く、風(かぜ)を避(さ)くるは箭(や)を避(さ)くるが如(ごと)し』と聞(き)き得(え)ざるか!我(われ)等(ら)一(ひと)つ避(よ)けば、也(また)人(ひと)を虧(そこな)わず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「且(しばら)く言語(げんご)する莫(なか)れ、我(われ)が這(こ)の風(かぜ)を一把(ひとつかみ)抓(つか)み来(きた)りて一(ひと)つ聞(か)いで看(み)んを等(ま)て」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く「師兄(しけい)又(また)空頭謊(くうとうこう=でたらめな嘘)を扯(ひ)けり、風(かぜ)又(また)好(よ)く抓(つか)み過(す)ぎ来(きた)りて聞(か)ぐを得(え)んや!就(すなわ)ち抓(つか)み得(え)るも、便(すなわ)ち也(また)鑽(もぐ)り去(さ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)、汝(なんじ)知(し)らざるか、老孫(ろうそん)に箇(こ)の『抓風(そうふう=風を掴む)』の法(ほう)有(あ)るを」と。   好(よ)き大聖(たいせい)、風頭(ふうとう=風の先)を讓(ゆず)り過(す)ぎ、那(か)の風尾(ふうび=風の尻尾)を抓(つか)み過(す)ぎ来(きた)りて一(ひと)つ聞(か)いでみるに、些(いささ)か腥気(なまぐさき=生臭さ)有(あ)り。道(いわ)く「果然(かぜん)好風(こうふう)に非(あら)ず!此(こ)の風(かぜ)の味(あじ)は虎風(こふう)に非(あら)ざれば、定(かなら)ず是(こ)れ怪風(かいふう)ならん。断乎(だんこ=きっと)些(いささ)か蹊蹺(けいきょう=怪しさ)有(あ)らん」と。説(と)き了(おわ)らざるに、只(ただ)那(か)の山坡(さんぱ=山の斜面)の下(した)に、尾(お)を剪(き)り蹄(ひづめ)を跑(はし)らせ、一(いっぴき)の斑斕(はんらん=まだら)の猛虎(もうこ)の跳(と)び出(い)づるを見(み)る。慌(あわ)てて那(か)の三蔵(さんぞう)雕鞍(ちょうあん=飾り鞍)に坐(ざ)するも穏(やす)からず、跟頭(ぎんとう=とんぼ返り)を翻(ひるがえ)して白馬(はくば)より跌(お)ち下(お)り、路(みち)の旁(かたわら)に斜(なな)めに倚(よ)り、真個(しんこ)に是(こ)れ魂(たましい)飛(と)び魄(たましい)散(さん)ず。八戒(はっかい)行李(こうり)を投(な)げ捨(す)て、釘鈀(ていは=熊手)を掣(ひきぬ)き、行者(ぎょうじゃ)を上(のぼ)り前(すす)ませず、大(おお)いに一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(いわ)く「孽畜(げっちく=畜生)!那(いず)こへ走(はし)るか」と。赶(お)い将(まさ)に去(ゆ)かんとして、劈頭(へきとう=真っ向)より就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の虎(とら)直挺挺(ちょくていてい=まっすぐ)と站(た)ち将(まさ)に起(お)きんとし、那(か)の前左(まえひだり)の爪(つめ)を把(もっ)て輪(めぐら)し起(おこ)し、自(おの)が家(いえ)の胸膛(きょうどう=胸)を掻(か)き住(とど)め、下(した)へ向(むか)って一(ひと)つ抓(か)けば、滑剌(かつらつ)と一声(ひとこえ)、箇(こ)の皮(かわ)を剥(は)ぎ将(まさ)に下(おろ)さんとして、道(みち)の旁(かたわら)に站(た)ち立(た)つ。汝(なんじ)他(かれ)が怎(いか)に生(しょう)ずる惡相(あくそう=恐ろしい姿)なるを看(み)よ!咦(ああ)、那(か)の 血津津(けつしんしん=血みどろ)たる赤剥(せきはく=裸)の躯(み)、 紅的弯環(こうてきわんかん=赤く曲がりくねる)の腿足(たいそく=脚)。 火焰焰(かえんえん)たる両鬢(りょうびん=もみあげ)の蓬松(ほうしょう=乱れ)、 硬搠搠(こうさくさく=ごわごわ)たる双眉(そうび)の的竪(てきじゅ=つり上がり)。 白森森(はくしんしん=白くぎらぎら)たる四個(よっつ)の鋼牙(こうが=鋼の牙)、 光耀耀(こうようよう=きらきら)たる一双(いっそう)の金眼(きんがん)。 気昂昂(きこうこう=いきり立ち)として努力(どりょく)大(おお)いに哮(たけ)び、 雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)として厳(いか)しき声(こえ)を高(たか)く喊(あげ)る。   喊(さけ)んで道(いわ)く「慢(ま)き来(きた)れ!慢(ま)き来(きた)れ!吾党(ごとう=我ら)は別人(べつじん)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ黄風大王(こうふうだいおう)部下(ぶか)の前路先鋒(ぜんろせんぽう)なり。今(いま)大王(だいおう)の厳命(げんめい)を奉(ほう)じ、山(やま)に在(あ)って巡邏(じゅんら=巡回)し、幾(いく)つかの凡夫(ぼんぷ=凡人)を拿(とら)えて案酒(あんしゅ=酒の肴)に做(な)さんと要(ほっ)す。汝(なんじ)は那(いず)れの方(かた)より来(きた)れる和尚(おしょう)、敢(あえ)て兵器(へいき)を擅(ほしいまま)に動(うごか)して我(われ)を傷(そこな)うか」と。八戒(はっかい)罵(ののし)って道(いわ)く「我(われ)が汝(なんじ)を此(こ)の孽畜(げっちく)把(もっ)て!汝(なんじ)は是(こ)れ我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか!我(われ)等(ら)は是(こ)れ那(か)の過路(かろ=通りすがり)の凡夫(ぼんぷ)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち東土(とうど)大唐(だいとう)御弟(ぎょてい)三蔵(さんぞう)の弟子(でし)にして、旨(みことのり)を奉(ほう)じて西方(せいほう)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。汝(なんじ)早(はや)く遠(とお)く他方(たほう)に避(さ)け、大路(だいろ)を讓(ゆず)り開(ひら)き、我(わ)が師父(しふ)を驚(おどろ)かすを休(や)めよ、然(しか)らば汝(なんじ)が性命(しょうめい)を饒(ゆる)さん;若(も)し前(さき)の如(ごと)く猖獗(しょうけつ=暴れ)せば、鈀(は)の挙(あ)がる処(ところ)、却(かえ)って情(なさけ)を容(い)れじ」と。那(か)の妖精(ようせい)那(なん)ぞ分説(ぶんせつ=言い訳)を容(い)れん、急(いそ)ぎ歩(ほ)を近(ちか)づけ、一(ひとつ)の架子(かし=構え)を投(な)げ、八戒(はっかい)を望(めが)けて劈臉(へきれん=顔面)より抓(か)きに来(きた)る。這(こ)の八戒(はっかい)忙(いそ)ぎ閃(ひらり)と過(よ)け、鈀(は)を輪(めぐら)して就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の怪(かい)手(て)に兵器(へいき)無(な)く、下頭(した)より就(すなわ)ち走(はし)る。八戒(はっかい)随(したが)いて後(うしろ)より赶(お)い来(きた)る。那(か)の怪(かい)山坡(さんぱ)の下(した)、乱石(らんせき)の叢中(そうちゅう)に到(いた)り、両口(りょうこう)の赤銅刀(せきどうとう)を取(と)り出(いだ)し、急(いそ)ぎ輪(めぐら)し起(おこ)し、身(み)を転(てん)じて来(きた)り迎(むか)う。二個(ふたり)は這(こ)の坡前(はぜん)に在(あ)って、一往一来(いちおういちらいい)、一衝一撞(いっしょういちどう)と賭闘(ととう=戦いを競)う。那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)唐僧(とうそう)を攙(ささ)え起(おこ)して道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)怕(おそ)るる莫(なか)れ。且(しばら)く坐(ざ)し住(とど)まれ、我(われ)が老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて八戒(はっかい)を助(たす)け、那(か)の怪(かい)を打(う)ち倒(たお)して好(よ)く走(はし)らんを等(ま)て」と。三蔵(さんぞう)才(ようや)く坐(ざ)し将(まさ)に起(お)きんとして、戦兢兢(せんきょうきょう)とし、口(くち)裏(うち)《多心経(たしんきょう)》を念(ねん)ずることは題(だい)せず。   那(か)の行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き、一声(ひとこえ)「拿(と)れ」と喝(かつ)して叫(よ)ぶ。此(こ)の時(とき)八戒(はっかい)精神(せいしん)を抖擻(とそう=奮い起こ)し、那(か)の怪(かい)陣(じん)を下(くだ)って敗(はい)し去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)を饒(ゆる)す莫(なか)れ!務(かなら)ず要(よう)するに赶(お)い上(のぼ)れ」と。他(かれ)二個(ふたり)釘鈀(ていは)を輪(めぐら)し、鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、山(やま)を下(くだ)って赶(お)い来(きた)る。那(か)の怪(かい)慌(あわ)てて手脚(しゅきゃく)をやり、箇(こ)の「金蝉脱殻計(きんせんだっかくけい=蝉の抜け殻の計)」を使(つか)い、一(ひと)つ滚(ころ)ばせば、原身(げんしん=正体)を現(あらわ)し、依然(いぜん)として一(いっぴき)の猛虎(もうこ)なり。行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)那(いず)くにか肯(あえ)て捨(す)てん、那(か)の虎(とら)を赶(お)い着(つ)け、定(かなら)ず要(よう)するに根(ね)を除(のぞ)かんとす。那(か)の怪(かい)他(かれ)らの赶(お)い得(う)ること近(ちか)きに至(いた)るを見(み)て、又(また)胸膛(きょうどう)を掻(か)き着(つ)け、皮(かわ)を剥(は)ぎ下(おろ)して、那(か)の臥虎石(がこせき=伏せ虎の石)の之(うえ)に苫(おお)い蓋(かぶ)せ、真身(しんしん)を脱(だっ)し、一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)と化(な)り、径(ただ)ちに路(みち)の口(くち)へ回(まわ)る。路(みち)の口(くち)に那(か)の師父(しふ)正(まさ)に《多心経(たしんきょう)》を念(ねん)ずる在(ところ)、他(かれ)が一把(ひとつかみ)に拿(とら)え住(とど)められ、長風(ちょうふう)に駕(が)して摂(さら)い将(まさ)に去(ゆ)かんとす。憐(あわ)れむべし那(か)の三蔵(さんぞう)や!江流(こうりゅう)注定(ちゅうじょう=定め)として磨折(ませつ=苦難)多(おお)く、寂滅門中(じゃくめつもんちゅう)功行(こうぎょう)難(かた)し。   那(か)の怪(かい)唐僧(とうそう)を擒(とら)えて洞(どう)の口(くち)に来(きた)り、狂風(きょうふう)を按(おさ)え住(とど)め、門(もん)を把(みまも)る者(もの)に向(むか)って道(いわ)く「汝(なんじ)去(ゆ)きて大王(だいおう)に報(ほう)じて説(い)え、前路(ぜんろ)の虎先鋒(こせんぽう)一(ひとり)の和尚(おしょう)を拿(とら)え、門(もん)の外(そと)に在(あ)って令(れい)を聴(き)くと」と。那(か)の洞主(どうしゅ)令(れい)を伝(つた)えて、他(かれ)をして進(すす)み入(い)らしむ。那(か)の虎先鋒(こせんぽう)、腰(こし)に両口(りょうこう)の赤銅刀(せきどうとう)を撇(さしはさ)み、双手(もろて)に唐僧(とうそう)を捧(ささ)げ、上(のぼ)り前(すす)んで跪(ひざまず)きて道(いわ)く「大王(だいおう)、小将(しょうしょう)不才(ふさい=無才)ながら、鈞令(きんれい)を蒙(こうむ)り山(やま)の之(うえ)へ巡邏(じゅんら)に差(つかわ)されしに、忽(たちま)ち一(ひとり)の和尚(おしょう)に遇(あ)えり。他(かれ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)駕下(がか)の御弟(ぎょてい)三蔵法師(さんぞうほうし)にして、西方(せいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なるを、我(われ)擒(とら)え来(きた)りて奉上(ほうじょう)し、聊(いささ)か一(ひとつ)の饌(せん=ご馳走)を具(そな)う」と。   那(か)の洞主(どうしゅ)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、一(ひと)つ驚(おどろ)きを吃(くら)って道(いわ)く「我(われ)聞(き)き得(え)たり、前(さき)に人(ひと)の伝(つた)えて説(い)える有(あ)り:三蔵法師(さんぞうほうし)は乃(すなわ)ち大唐(だいとう)の旨意(しい)を奉(ほう)じて経(きょう)を取(と)る神僧(しんそう)なり;他(かれ)が手(て)下(した)に一(ひとり)の徒弟(とてい)有(あ)り、名(な)を孫行者(そんぎょうじゃ)と喚(よ)び、神通(じんつう)広大(こうだい)にして、智力(ちりょく)高強(こうきょう)なりと。汝(なんじ)怎(どう)して能(よ)く他(かれ)を捉(とら)え得(え)て来(きた)れるか」と。先鋒(せんぽう)道(いわ)く「他(かれ)に二個(ふたり)の徒弟(とてい)有(あ)り:先(さき)に来(きた)りしは、一柄(いっぺい)の九歯釘鈀(きゅうしていは)を使(つか)い、他(かれ)生(うま)れ得(う)ること嘴(くち)長(なが)く耳(みみ)大(おお)きく;又(また)一(ひと)つは、一根(いっこん)の金箍鉄棒(きんこてつぼう)を使(つか)い、他(かれ)生(うま)れ得(う)ること火眼金睛(かがんきんせい)なり。正(まさ)に小将(しょうしょう)を赶(お)い着(つ)けて争持(そうじ=争い)せしを、小将(しょうしょう)箇(こ)の『金蝉脱殻(きんせんだっかく)』の計(けい)を使(つか)い、身(み)を撤(ひ)いて空(あ)きを得(え)、這(こ)の和尚(おしょう)を把(もっ)て拿(とら)え来(きた)り、大王(だいおう)に奉献(ほうけん)し、聊(いささ)か一餐(いっさん)の敬(けい)を表(あらわ)す」と。   洞主(どうしゅ)道(いわ)く「且(しばら)く他(かれ)を吃(くら)うこと莫(なか)れ」と。先鋒(せんぽう)道(いわ)く「大王(だいおう)、食(しょく)を見(み)て食(くら)わざるは、劣蹶(れっけつ=愚か)と呼(よ)ばる」と。洞主(どうしゅ)道(いわ)く「汝(なんじ)暁(さと)り得(え)ずや。他(かれ)を吃(くら)うは打緊(たいしたこと)ならず、只(た)だ恐(おそ)らくは他(かれ)が那(そ)の二個(ふたり)の徒弟(とてい)の門(もん)に上(のぼ)りて吵鬧(そうどう=騒ぎ立て)し、未(いま)だ穏便(おんびん=穏便)ならざらんことを。且(しばら)く他(かれ)を後園(こうえん)の定風樁(ていふうとう=風を鎮める柱)の之(うえ)に绑(しば)りつけ、三五日(さんごにち)を待(ま)ち、他(かれ)二個(ふたり)来(きた)りて攪擾(かくじょう=かき乱さ)ざる時節(じせつ)、那(そ)の時(とき)に一(ひと)つは他(かれ)が身子(しんし=体)の干浄(かんじょう=きれい)なるを図(はか)り、二(ふたつ)には口舌(こうぜつ=面倒)を動(うごか)さず、却(かえ)って我(われ)等(ら)が心意(しんい=思い)に任(まか)せずや。或(あるい)は煮(に)、或(あるい)は蒸(ふか)し、或(あるい)は煎(い)り、或(あるい)は炒(いた)め、慢(ゆる)るく自(おのずか)ら在(あ)るが儘(まま)に受用(じゅよう=頂く)するに遅(おそ)からず」と。先鋒(せんぽう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く「大王(だいおう)の深謀遠慮(しんぼうえんりょ=深い計略)、説(い)う所(ところ)理(り)有(あ)り」と。教(おし)えて曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、拿(と)りて去(い)け」と。   旁(かたわら)より七八個(しちはちこ)の綁縛手(ほうばくしゅ=縛る役)擁(お)し上(のぼ)り、唐僧(とうそう)を将(もっ)て拿(と)り去(ゆ)く。好(あたか)も似(に)たり鷹(たか)の燕雀(えんじゃく=燕や雀)を拿(とら)え、索(なわ)を绑(しば)り繩(なわ)を纏(まと)うが如(ごと)し。這(こ)れは是(こ)れ苦命(くめい)の江流(こうりゅう)の行者(ぎょうじゃ)を思(おも)い、難(なん)に遇(あ)える神僧(しんそう)の悟能(ごのう)を想(おも)うなり。一声(ひとこえ)「徒弟(とてい)や!知(し)らず汝(なんじ)那(いず)れの山(やま)に在(あ)って怪(かい)を擒(とら)え、何処(いずこ)にて妖(よう)を降(くだ)すや、我(われ)却(かえ)って魔頭(まとう=魔王)に拿(とら)えられ来(きた)り、此(こ)の毒害(どくがい)に遭(あ)う。幾時(いつ)か又(また)相見(あいまみ)るを得(え)ん!好(よ)く苦(くる)しきかな!汝(なんじ)等(ら)若(も)し些(いささ)か早(はや)く来(きた)らば、還(また)我(わ)が命(いのち)を救(すく)い得(う)べし;若(も)し十分(じゅうぶん)に遅(おそ)からば、断然(だんぜん)として保(たも)つ能(あた)わじ」と道(い)う。一辺(いっぽう)に嗟嘆(さたん=嘆き)し、一辺(いっぽう)に涙(なみだ)雨(あめ)の如(ごと)く落(お)つ。   却(かえ)って説(と)く、那(か)の行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、那(か)の虎(とら)を山坡(さんぱ)の下(した)へ赶(お)うに、只(ただ)那(か)の虎(とら)の跑(はし)り倒(たお)れ、崖(がけ)の前(まえ)に塌伏(とうふく=へたり伏)すを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を挙(あ)げ、力(ちから)を尽(つく)して一(ひと)つ打(う)てば、転(うたた)て自(おの)れが手(て)の疼(いた)むを震(ふる)い起(おこ)す。八戒(はっかい)復(また)一(ひと)つ鈀(は)を筑(つ)けば、亦(また)鈀(は)の歯(は)を迸(ほとばし)らせ起(おこ)す。原来(げんらい)是(こ)れ一張(いっちょう)の虎皮(こひ)にして、一塊(いっかい)の臥虎石(がこせき)を蓋(おお)えるなり。行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「不好(わる)いかな!不好(わる)いかな!他(かれ)が計(けい)に中(あた)れり」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「他(かれ)が甚(なん)の計(けい)に中(あた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)れを箇(こ)の『金蝉脱殻計(きんせんだっかくけい)』と做(な)す:他(かれ)虎皮(こひ)を此(ここ)に苫(おお)い、他(かれ)却(かえ)って走(に)げたり。我(われ)等(ら)且(しばら)く回(かえ)り去(ゆ)きて師父(しふ)を看(み)ん、毒手(どくしゅ=毒牙)に遭(あ)うこと莫(なか)らんことを」と。二個(ふたり)急急(きゅうきゅう)と転(てん)じ来(きた)るに、早(はや)くも已(すで)に三蔵(さんぞう)の見(み)えざることあり。行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに雷(かみなり)の如(ごと)く叫(よ)んで道(いわ)く「怎(どう)するが好(よ)からん!師父(しふ)は已(すで)に他(かれ)に擒(とら)え去(さ)られたり」と。八戒(はっかい)即便(すなわ)ち馬(うま)を牽(ひ)き着(つ)け、眼(め)中(うち)に涙(なみだ)を滴(したた)らせて道(いわ)く「天(てん)よ!天(てん)よ!却(かえ)って那(いず)こへ往(ゆ)きて尋(たず)ね找(さが)さんや」と。行者(ぎょうじゃ)頭(かしら)を抬(あ)げて跳(おど)りて道(いわ)く「哭(な)く莫(なか)れ!哭(な)く莫(なか)れ!一(ひと)たび哭(な)けば就(すなわ)ち鋭気(えいき)を挫(くじ)かん。横竪(おうじゅ=とにかく)想(おも)うに只(た)だ此(こ)の山(やま)に在(あ)るのみ、我(われ)等(ら)尋(たず)ね尋(さが)して去(ゆ)かん」と。   他(かれ)二個(ふたり)果(はた)して山中(さんちゅう)に奔(はし)り入(い)り、崗(おか)を穿(うが)ち嶺(みね)を越(こ)え、行(ゆ)くこと多時(たじ=しばらく)なるに、只(ただ)那(か)の石崖(せきがい)の下(した)より、一(ひとつ)の洞府(どうふ)の聳(そび)え出(い)づるを見(み)る。両人(りょうにん)歩(あゆみ)を定(さだ)めて観瞻(かんせん=眺む)るに、果然(かぜん)凶険(きょうけん)なり。但(ただ)那(か)の 迭障尖峰(じっしょうせんぽう=重なる峰)、回巒古道(かいらんこどう=巡る峰と古き道)。 青松翠竹(せいしょうすいちく)依依(いい=なよなよ)とし、緑柳碧梧(りょくりゅうへきご)冉冉(ぜんぜん=しなやか)。 崖前(がいぜん)に怪石(かいせき)双双(そうそう=二つ並び)有(あ)り、 林内(りんない)に幽禽(ゆうきん=奥深き鳥)対対(ついがい)有(あ)り。 澗水(かんすい)遠(とお)く流(なが)れて石壁(せきへき)を衝(つ)き、 山泉(さんせん)細(こま)やかに滴(したた)りて沙堤(さてい=砂の堤)を漫(みた)す。 野雲(やうん)片片(へんぺん)、瑶草(ようそう=美しき草)芊芊(せんせん=茂る)。 妖狐狡兎(ようここうと=妖しい狐と狡い兎)乱(みだ)れ攛梭(さんさ=行き交い)、 角鹿香獐(かくろくこうしょう=角ある鹿と香る獐)斉(ひとしく)勇(ゆう)を闘(たたか)わす。 劈崖(へきがい=割れた崖)に斜(なな)めに掛(かか)る万年(まんねん)の藤(ふじ)、 深壑(しんがく=深き谷)に半(なか)ば懸(かか)る千歳(せんざい)の柏(かしわ)。 奕奕巍巍(えきえきぎぎ=そびえ立つ)として華岳(かがく)を欺(あざむ)き、 落花啼鳥(らっかていちょう)天台(てんだい)に賽(まさ)る。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「賢弟(けんてい)、汝(なんじ)行李(こうり)を将(もっ)て蔵風(ぞうふう=風を隠す)の山凹(さんおう=窪地)の間(あいだ)に歇(やす)め、馬匹(ばひつ=馬)を撒(はな)ち放(はな)ち、頭(こうべ)を出(いだ)すこと勿(なか)れ。我(われ)が老孫(ろうそん)の他(かれ)が門首(もんしゅ)に去(ゆ)きて、他(かれ)と賭闘(ととう)するを等(ま)て。必(かなら)ず妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)めてこそ、方(はじ)めて師父(しふ)を救(すく)い得(う)る」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「吩咐(いいつけ)を消(よう)せず、請(こ)う快(はや)く去(ゆ)け」と。   行者(ぎょうじゃ)直裰(じきたつ=法衣)を一(ひと)つ整(ととの)え、虎裙(こくん=虎皮の腰巻)を一(ひと)つ束(しば)り、棒(ぼう)を掣(ひきぬ)き、撞(つ)きて那(か)の門前(もんぜん)に至(いた)る。只(ただ)那(か)の門(もん)の之(うえ)に六個(むっつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「黄風嶺黄風洞(こうふうれいこうふうどう)」なりと見(み)る。却(かえ)って便(すなわ)ち丁字脚(ていじきゃく=丁の字の足)に站(た)ち定(さだ)め、棒(ぼう)を執(と)り、高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く「妖怪(ようかい)!早(はや)く我(わ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)せ、然(しか)らば汝(なんじ)が窩巣(かそう=巣)を掀翻(きんぽん=ひっくり返)し、汝(なんじ)が住処(じゅうしょ)を[生僻字:⻊+丽](ふみなら)し平(たいら)ぐるを省(はぶ)け」と。   那(か)の小怪(しょうかい)聞(き)いて、一(ひと)つ一(ひと)つ怕(おそ)れ、戦兢兢(せんきょうきょう)として、裏面(うちめん)へ跑(はし)り入(い)り報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)!禍事(かじ=大変)なり」と。那(か)の黄風怪(こうふうかい)正(まさ)に坐(ざ)する間(あいだ)、問(と)うて曰(いわ)く「何(なん)の事(こと)有(あ)るか」と。小妖(しょうよう)道(いわ)く「洞門(どうもん)の外(そと)に一(ひとり)の雷公嘴(らいこうし)毛臉(もうれん=毛だらけの顔)の和尚(おしょう)来(きた)り、手(て)に一根(いっこん)の許(ばか)り大(おお)きく粗(あら)き鉄棒(てつぼう)を持(じ)し、他(かれ)が師父(しふ)を要(よう)す」と。那(か)の洞主(どうしゅ)驚張(きょうちょう=仰天)し、即(すなわ)ち虎先鋒(こせんぽう)を喚(よ)んで道(いわ)く「我(われ)汝(なんじ)をして山(やま)を巡(めぐ)らしめしに、只(た)だ些(いささ)かの山牛(さんぎゅう)、野彘(やてい=猪)、肥鹿(ひろく)、胡羊(こよう=羊)を拿(とら)うべきに、怎(どう)して那(か)の唐僧(とうそう)を拿(とら)え来(きた)れるか!却(かえ)って他(かれ)が那(そ)の徒弟(とてい)を惹(ひ)きて此(ここ)に来(きた)りて鬧吵(どうそう=騒ぎ立て)さしむ、怎生(どう)区処(くしょ=処置)せん」と。先鋒(せんぽう)道(いわ)く「大王(だいおう)放心(ほうしん)穏便(おんびん)に、枕(まくら)を高(たか)くして憂(うれ)うる勿(なか)れ。小将(しょうしょう)不才(ふさい)ながら、願(ねが)わくは五十(ごじゅう)の小妖校(しょうようこう=小妖の兵)を帯領(たいりょう)し出(い)で去(ゆ)き、那(か)の什麼(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)を把(もっ)て拿(とら)え来(きた)りて凑(あつ)めて吃(くら)わん」と。洞主(どうしゅ)道(いわ)く「我(われ)が此(ここ)には大小(だいしょう)の頭目(とうもく)を除(のぞ)き、還(また)五七百名(ごしちひゃくめい)の小校(しょうこう)有(あ)り、汝(なんじ)が選択(せんたく)するに憑(まか)せ、多少(たしょう)を領(ひき)いて去(ゆ)け。只(た)だ那(か)の行者(ぎょうじゃ)を拿(とら)え住(とど)むることを要(よう)せば、我(われ)等(ら)才(ようや)く自自在在(じじざいざい)と那(か)の和尚(おしょう)が一塊(ひとかたまり)の肉(にく)を吃(くら)い、情願(ねが)って汝(なんじ)と拝(はい)して兄弟(きょうだい)と為(な)らん;但(た)だ恐(おそ)らくは他(かれ)を拿(とら)え得(え)ず、反(かえ)って汝(なんじ)を傷(そこな)わん、那(そ)の時(とき)我(われ)を埋怨(ばいえん)することを得(え)じ」と。   虎怪(こかい)道(いわ)く「放心(ほうしん)せよ!放心(ほうしん)せよ!我(われ)が去(ゆ)きて来(きた)らんを等(ま)て」と。果然(かぜん)五十名(ごじゅうめい)の精壮(せいそう=精鋭)の小妖(しょうよう)を点(てん=召集)し起(おこ)し、鼓(つづみ)を擂(う)ち旗(はた)を揺(ゆ)り、両口(りょうこう)の赤銅刀(せきどうとう)を纏(まと)い、門(もん)を騰(ふる)い出(い)で、厳(いか)しき声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(いわ)く「汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる箇(こ)の猴和尚(こうおしょう=猿の坊主)か?敢(あえ)て此(こ)の間(あいだ)に在(あ)って大呼小叫(だいこしょうきょう=わめき散ら)して甚(なん)を做(な)すか」と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の皮(かわ)を剥(は)ぎし畜生(ちくしょう)!汝(なんじ)什麼(なん)の脱殻法児(だっかくほうじ=抜け殻の術)を弄(ろう=弄び)て、我(わ)が師父(しふ)を摂(さら)い、倒(かえ)って転(うたた)て我(われ)に向(むか)って甚(なん)を做(な)すと問(と)うか!早(はや)く好好(よき)に我(わ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)せ、然(しか)らば還(また)汝(なんじ)が此(こ)の性命(しょうめい)を饒(ゆる)さん」と。虎怪(こかい)道(いわ)く「汝(なんじ)が師父(しふ)は是(こ)れ我(われ)が拿(とら)えしところ、我(わ)が大王(だいおう)と頓(ひとくさり)の下飯(かはん=おかず)を做(な)さんと要(ほっ)す。汝(なんじ)起倒(きとう=分別)を識(し)り、回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ!然(しか)らざれば、汝(なんじ)を拿(とら)え住(とど)め、一斉(いっせい)に凑(あつ)めて吃(くら)わん、却(かえ)って是(こ)れ『一(ひとつ)を買(か)いて又(また)一(ひとつ)を饒(ま)けたり』ならずや」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)る。扢迸迸(こつほうほう=ぎりぎり)と、鋼牙(こうが)錯(あやま)り齧(か)み;滴流流(てきりゅうりゅう=きらきら)と、火眼(かがん)睜(みひら)き円(まど)か;鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き喝(かつ)して道(いわ)く「汝(なんじ)多(いか)ほどの手段(しゅだん)にして、敢(あえ)て這(こ)の等(ごと)き大話(たいわ=大口)を説(い)うか!走(に)ぐるを休(や)めよ!棍(こん)を見(み)よ」と。那(か)の先鋒(せんぽう)急(いそ)ぎ刀(とう)を持(じ)して按(おさ)え住(とど)む。此(こ)の一場(いちじょう)果然(かぜん)に善(よ)からず、他(かれ)二個(ふたり)各(おのおの)威能(いのう=威力)を顕(あらわ)す。好(よ)きかな殺(たたかい) 那(か)の怪(かい)は是(こ)れ箇(こ)の真(しん)の鵝卵(がらん=鵞鳥の卵)、 悟空(ごくう)は是(こ)れ箇(こ)の鵝卵石(がらんせき=鵞鳥の卵ほどの石)。 赤銅刀(せきどうとう)美猴王(びこうおう)を架(ささ)うるは、 渾(まった)く卵(たまご)を塁(かさ)ねて石(いし)を撃(う)つに来(きた)るが如(ごと)し。 鳥鵲(ちょうじゃく=烏や鵲)怎(どう)か鳳凰(ほうおう)と争(あらそ)わん? 鵓鴿(ほっこう=鳩)敢(あえ)て鷹鷂(ようよう=鷹やハイタカ)と敵(てき)せんや? 那(か)の怪(かい)風(かぜ)を噴(ふ)けば灰(はい)山(やま)に満(み)ち、 悟空(ごくう)霧(きり)を吐(は)けば雲(くも)日(ひ)を迷(まど)わす。 来往(らいおう)三五回(さんごかい)を禁(とど)めず、 先鋒(せんぽう)腰(こし)軟(やわ)らぎて全(まった)く力(ちから)無(な)し。 身(み)を転(てん)じて敗(やぶ)れて生(いき)を逃(のが)れんと要(ほっ)するに、 却(かえ)って悟空(ごくう)に抵(あた)り死(し)に逼(せま)らる。   那(か)の虎怪(こかい)撑持(とうじ=持ちこたえ)るを得(え)ず、頭(かしら)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(に)ぐ。他(かれ)原来(げんらい)那(か)の洞主(どうしゅ)の面前(めんぜん)に在(あ)って嘴(くち)を説(と)きしを、敢(あえ)て洞(どう)に回(かえ)らず、径(ただ)ちに山坡(さんぱ)の之(うえ)へ往(ゆ)きて生(いき)を逃(のが)る。行者(ぎょうじゃ)那(いず)くにか肯(あえ)て放(はな)たん、棒(ぼう)を執(と)り着(つ)け、只(た)だ情(ひたすら)に赶(お)い来(きた)り、呼呼吼吼(ここうこう=わあわあ)と、喊声(かんせい)絶(た)ゆること無(な)く、却(かえ)って那(か)の蔵風(ぞうふう)の山凹(さんおう)の間(あいだ)に赶(お)い到(いた)る。正(まさ)に頭(かしら)を抬(あ)ぐるに、八戒(はっかい)の那(あそこ)に在(あ)って馬(うま)を放(はな)つを見(み)る。八戒(はっかい)忽(たちま)ち呼呼(ここ)の声(こえ)の喊(さけ)ぶを聴(き)き得(え)、頭(かしら)を回(めぐ)らして観看(かんかん)するに、乃(すなわ)ち是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の赶(お)い敗(やぶ)りし虎怪(こかい)なり。就(すなわ)ち馬(うま)を捨(す)て、鈀(は)を挙(あ)げ、斜(なな)めに頭(かしら)を刺(さ)して一(ひと)つ筑(つ)く。憐(あわ)れむべし那(か)の先鋒(せんぽう)、身(み)を脱(だっ)して黄絲網(こうしもう=黄色い糸の網)を跳(と)び越(こ)えんと要(ほっ)するに、豈(あに)知(し)らんや又(また)罩魚人(こうぎょじん=魚を覆う人)に遇(あ)わんとは。却(かえ)って八戒(はっかい)が一(ひと)つの鈀(は)に、九個(ここのつ)の窟窿(くつろう=穴)を筑(つ)き得(え)て鮮血(せんけつ)冒(ほとばし)り、一頭(いっとう)の脳髄(のうずい)尽(ことごと)く流(なが)れ干(ひ)る。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 三五年前(さんごねんぜん)正宗(せいしょう)に帰(き)し、 斎(とき)を持(じ)し素(そ)を把(と)りて真空(しんくう)を悟(さと)る。 誠心(せいしん)要(よう)するに唐三蔵(とうさんぞう)を保(ほ)せんとし、 初(はじ)めて沙門(しゃもん)を秉(と)りて此(こ)の功(こう)を立(た)つ。   那(か)の呆子(ほうし)一(いっぽ)で他(かれ)が脊背(せきはい=背中)を[生僻字:⻊+丽](ふ)み住(とど)め、両手(りょうて)鈀(は)を輪(めぐら)して又(また)筑(つ)く。行者(ぎょうじゃ)見(み)て、大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く「兄弟(きょうだい)よ、正(まさ)に是(こ)れ這(こ)の等(ごと)し!他(かれ)幾十(いくじゅう)の小妖(しょうよう)を領(ひき)い、敢(あえ)て老孫(ろうそん)と賭闘(ととう)せしが、我(われ)に打(う)ち敗(やぶ)られ、他(かれ)転(うたた)て洞(どう)へ跑(はし)らず、却(かえ)って跑(はし)り来(きた)りて此(ここ)に死(し)を尋(たず)ぬ。虧(さいわい)に汝(なんじ)接(う)け着(あ)いたり;然(しか)らざれば、又(また)走(に)げたり」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「風(かぜ)を弄(ろう)し師父(しふ)を摂(さら)い去(さ)りしは是(こ)れ他(かれ)なるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「汝(なんじ)曾(かつ)て他(かれ)に師父(しふ)の下落(げらく=行方)を問(と)えるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)の怪(かい)師父(しふ)を洞(どう)の裏(うち)に拿(とら)え、他(かれ)が什麼(なん)の鳥大王(ちょうだいおう)と下飯(げはん=おかず)を做(な)さんと要(ほっ)す。是(ここ)に老孫(ろうそん)悩(いらだ)ち、就(すなわ)ち他(かれ)と斗(たたか)い将(まさ)に此(ここ)へ来(きた)らんとして、却(かえ)って汝(なんじ)に性命(しょうめい)を送(おく)らしめたり。兄弟(きょうだい)よ、此(こ)の功労(こうろう)は汝(なんじ)のものと算(かぞ)う。汝(なんじ)還(また)馬(うま)と行李(こうり)を守(まも)り着(つ)け、我(われ)が此(こ)の死(し)せる怪(かい)を拖(ひ)き去(さ)り、又(また)那(か)の洞(どう)の口(くち)に到(いた)りて戦(いくさ)を索(もと)めんを等(ま)て。須(かなら)ず是(こ)れ那(か)の老妖(ろうよう)を拿(とら)え得(う)れば、方(はじ)めて師父(しふ)を救(すく)い得(う)る」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「哥哥(あに)説(い)う所(ところ)理(り)有(あ)り。汝(なんじ)去(ゆ)け、汝(なんじ)去(ゆ)け。若(も)し是(こ)れ此(こ)の老妖(ろうよう)を打(う)ち敗(やぶ)らば、還(また)赶(お)い将(まさ)に此(ここ)へ来(きた)らん、我(われ)が老猪(ろうちょ)の截(さえぎ)り住(とど)めて他(かれ)を殺(ころ)さんを等(ま)て」と。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、一(いっぽう)の手(て)に鉄棒(てつぼう)を提(さ)げ、一(いっぽう)の手(て)に死(し)せる虎(とら)を拖(ひ)き、径(ただ)ちに他(かれ)が洞(どう)の口(くち)に至(いた)る。   正(まさ)に是(こ)れ 法師(ほうし)難(なん)に遭(あ)いて妖怪(ようかい)に逢(あ)い、 情性(じょうせい)相和(あいわ)して乱魔(らんま)を伏(ふく)す。   畢竟(ひっきょう)此(ここ)を去(さ)りて妖怪(ようかい)を降(くだ)し得(え)、唐僧(とうそう)を救(すく)い得(う)るや否(いな)やは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十一回 護法(ごほう)荘(しょう)を設(もう)けて大聖(たいせい)を留(とど)め 須弥(しゅみ)の霊吉(れいきつ)風魔(ふうま)を定(さだ)む  さて、あの五十(ごじゅう)の敗残(はいざん)の小妖(こよう)どもは、破(やぶ)れた旗(はた)や破(やぶ)れた鼓(つづみ)を手(て)にして洞(ほら)の中(なか)へと駆(か)け込(こ)み、注進(ちゅうしん)して言(い)うには、「大王(だいおう)、虎先鋒(こせんぽう)はあの毛顔(けがお)の和尚(おしょう)に敵(かな)わず、東山(とうざん)の坡(つづら)へと追(お)い下(お)られてしまいました」と。老妖(ろうよう)はこれを聞(き)いて、たいそう煩悶(はんもん)した。ちょうど項垂(うなだ)れて物(もの)も言(い)わず、黙(だま)って計略(けいりゃく)を思案(しあん)しておると、また前門(ぜんもん)を守(まも)る小妖(こよう)が来(き)て言(い)うには、「大王(だいおう)、虎先鋒(こせんぽう)はあの毛顔(けがお)の和尚(おしょう)に打(う)ち殺(ころ)され、門(もん)の前(まえ)に引(ひ)きずられて罵(ののし)り戦(たたか)いを挑(いど)んでおります」と。  かの老妖(ろうよう)はこれを聞(き)き、いよいよ煩悶(はんもん)して言(い)った。「この輩(やから)はまことに無知(むち)なり。我(われ)はいまだその師父(しふ)を食(く)らわぬというに、かえって我(わ)が家(いえ)の先鋒(せんぽう)を打(う)ち殺(ころ)すとは。恨(うら)めしい、恨(うら)めしい」そして叫(さけ)んだ。「披挂(ひがい=よろいかぶと)を持(も)て。我(われ)もただ何(なに)やら孫行者(そんぎょうじゃ)という者(もの)の噂(うわさ)を聞(き)いたばかり。出(で)ていって、どのような九頭八尾(きゅうとうはちび)の和尚(おしょう)か見(み)てとり、引(ひ)っ捕(と)らえて我(わ)が虎先鋒(こせんぽう)の仇(あだ)をとらん」と。  衆(しゅう)の小妖(こよう)どもは急(いそ)ぎ急(いそ)ぎ披挂(ひがい)を抬(かつ)ぎ出(だ)した。老妖(ろうよう)は結束(けっそく)して整齐(せいせい)ととのえ、一杆(いっかん)の三股鋼叉(さんここうさ)を綽(ひっさ)げ、群妖(ぐんよう)を帥(ひき)いて本洞(ほんどう)を跳(と)び出(で)た。かの大聖(たいせい)は門(もん)の外(そと)に停立(ていりつ)しておると、かの妖(よう)の走(はし)り出(で)てくるのを見(み)れば、いかにも驍勇(ぎょうゆう)であった。彼(かれ)のいかなる扮装(ふんそう)をなすかを見(み)よ。  金盔(きんかい)は日(ひ)に晃(きらめ)き、金甲(きんこう)は光(ひかり)を凝(こ)らす。  盔(かぶと)の上(うえ)の纓(えい)には山雉(やまきじ)の尾(お)が飄(ひるがえ)り、羅袍(らほう)は甲(よろい)を罩(おお)いて淡(あわ)き鵝黄(がおう)。  勒甲(ろくこう)の絛(ひも)は龍(りゅう)を盤(めぐ)らして彩(いろ)を耀(かがや)かし、護心鏡(ごしんきょう)は眼(め)を繞(めぐ)りて輝煌(きこう)たり。  鹿皮(ろくひ)の靴(くつ)は槐花(かいか)の染(そ)め色(いろ)、錦(にしき)の囲裙(いきん)は柳葉(りゅうよう)の絨(け)の妝(かざ)り。  手(て)に持(も)つ三股(さんこ)の鋼叉(こうさ)は利(するど)く、当年(とうねん)の顕聖郎(けんせいろう)に亜(おと)らず。  かの老妖(ろうよう)は門(もん)を出(で)てくるや、厳(おごそ)かな声(こえ)を張(は)り上(あ)げて叫(さけ)んだ。「そこの孫行者(そんぎょうじゃ)とは誰(だれ)じゃ」これを聞(き)いて、かの行者(ぎょうじゃ)は虎怪(こかい)の皮囊(ひのう=なきがら)を脚(あし)で躧(ふ)みつけ、如意(にょい)の鉄棒(てつぼう)を手(て)に執(と)って答(こた)えた。「汝(なんじ)が孫(そん)の外公(がいこう=母方の祖父)ここに在(あ)り、我(わ)が師父(しふ)を送(おく)り出(だ)せ」と。  かの怪(あやかし)は仔細(しさい)に観察(かんさつ)して、行者(ぎょうじゃ)の身軀(しんく)の鄙猥(ひわい=いやしくみすぼらし)く、面容(めんよう)の羸痩(るいそう=やせこ)けて、四尺(よんしゃく)にも満(み)たぬのを見(み)て、笑(わら)って言(い)った。「哀(あわ)れなるかな、哀(あわ)れなるかな。我(われ)はどれほどの引(ひ)き倒(たお)されぬ好漢(こうかん)かと思(おも)うたに、元来(がんらい)これほどの髑髏(しゃれこうべ)の病鬼(びょうき)であったか」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「汝(なんじ)というこの息子(むすこ)め、まことに眼色(がんしょく=目の分別)が無(な)い。汝(なんじ)が外公(がいこう)は小(ちい)さけれど、もし願(ねが)うて頭(あたま)を照(てら)して一叉柄(いっさへい)打(う)ってくれるなら、すなわち三尺(さんじゃく)伸(の)びよう」と。かの怪(あやかし)が言(い)うには、「汝(なんじ)頭(あたま)を硬(かた)くして、吾(われ)が一柄(いっぺい)を食(く)らえ」と。大聖(たいせい)は公然(こうぜん)として懼(おそ)れなかった。  かの怪(あやかし)は果(はた)して一(ひと)つ打(う)ち下(お)ろしてきたが、彼(かれ)は腰(こし)を一(ひと)つ躬(かが)めると、足(た)して三尺(さんじゃく)伸(の)び、一丈(いちじょう)の長短(ちょうたん)となった。慌(あわ)てたのはかの妖(よう)で、鋼叉(こうさ)を按住(おさ)えつけて喝(かつ)した。「孫行者(そんぎょうじゃ)、汝(なんじ)どうしてこの護身(ごしん)の変化(へんげ)の法(ほう)を、我(わ)が門前(もんぜん)に持(も)ち来(きた)って使喚(しかん=使い)するか。虚頭(きょとう=見せかけ)を弄(ろう)するな。上(うえ)に来(き)たれ、我(われ)汝(なんじ)と手段(しゅだん)を見(み)せ合(あ)わん」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「息子(むすこ)よ。常言(じょうげん)に道(い)う、情(なさけ)を留(とど)むれば手(て)を挙(あ)げず、手(て)を挙(あ)げれば情(なさけ)を留(とど)めず、と。汝(なんじ)が外公(がいこう)の手(て)は重重(じゅうじゅう)と重(おも)いゆえ、ただ汝(なんじ)がこの一棒(いちぼう)を捱(こら)えきれぬことを怕(おそ)れるのみじゃ」と。  かの怪(あやかし)は分説(ぶんせつ)を容(い)れず、鋼叉(こうさ)を拈転(ねんてん=ひねりかえ)して、行者(ぎょうじゃ)を望(めが)けて当胸(とうきょう=胸の真ん中)めがけてすなわち刺(さ)した。この大聖(たいせい)はまさに会家(かいか=手練れ)は忙(いそ)がず、忙家(ぼうか=未熟者)は会(かい)せず、というもので、鉄棒(てつぼう)を理開(りかい=さばきひら)いて、一(ひと)つの「烏龍掠地(うりょうりょうち)の勢(せい)」を使(つか)い、鋼叉(こうさ)を撥(は)き開(ひら)き、また頭(あたま)を照(てら)してすなわち打(う)った。彼(かれ)の二人(ふたり)はかの黄風洞(こうふうどう)の前(まえ)で、この一場(いちば)の好(よ)き戦(たたか)いをした。  妖王(ようおう)は怒(いか)りを発(はっ)し、大聖(たいせい)は威(い)を施(ほどこ)す。  妖王(ようおう)の怒(いか)りを発(はっ)するは、行者(ぎょうじゃ)を拿(とら)えて先鋒(せんぽう)に抵(あだ)てんと欲(ほっ)すればなり。  大聖(たいせい)の威(い)を施(ほどこ)すは、精霊(せいれい)を捉(とら)えて長老(ちょうろう)を救(すく)わんと欲(ほっ)すればなり。  叉(さ)来(きた)れば棒(ぼう)架(う)け、棒(ぼう)去(ゆ)けば叉(さ)迎(むか)う。  一(ひと)つはこれ鎮山(ちんざん)の都総帥(とそうすい)、一(ひと)つはこれ護法(ごほう)の美猴王(びこうおう)。  初(はじ)めはなお塵埃(じんあい)に在(あ)って戦(たたか)い、後(のち)には各(おのおの)中央(ちゅうおう)に起(た)つ。  点鋼叉(てんこうさ)は尖(せん)明(あき)らかに鋭利(えいり)、如意棒(にょいぼう)は身(み)黒(くろ)く箍(たが)黄(き)なり。  戳(つ)かれたるは魂(たましい)冥府(めいふ)に帰(き)し、打(う)たれたるは定(かなら)ず閻王(えんおう)に見(まみ)ゆ。  全(まった)く手疾(しゅしつ)眼快(がんかい)に憑(よ)り、必(かなら)ず力壮身彊(りきそうしんきょう)を要(よう)す。  両家(りょうけ)は死(し)を捨(す)て生(せい)を忘(わす)れて戦(たたか)うも、いずれが平安(へいあん)でいずれが傷(きず)つくかを知(し)らず。  かの老妖(ろうよう)と大聖(たいせい)は三十回合(さんじゅうがっすう)闘(たたか)うも、勝敗(しょうはい)を分(わ)かたなかった。ここに行者(ぎょうじゃ)は功績(こうせき)を見(み)せんと欲(ほっ)し、一(ひと)つの「身外身(しんがいしん)」の手段(しゅだん)を使(つか)った。すなわち毫毛(ごうもう)を一把(いちわ)揪(むし)り取(と)り、口(くち)で嚼(か)みて粉砕(ふんさい)し、上(うえ)に望(むか)って一(ひと)つ噴(ふ)きかけ、声(こえ)をあげて「変(へん)じろ」と叫(さけ)んだ。すると百十(ひゃくじゅう)ばかりの行者(ぎょうじゃ)に変(へん)じ、みな同(おな)じ扮装(ふんそう)で、おのおの一本(いっぽん)の鉄棒(てつぼう)を執(と)り、かの怪(あやかし)を空(そら)の中(なか)に囲(かこ)んだ。  かの怪(あやかし)は懼(おそ)れをなして、また一般(いっぱん)の本事(ほんじ)を使(つか)った。急(いそ)ぎ頭(あたま)を回(めぐ)らせ、巽地(そんち)の上(うえ)に向(むか)って口(くち)を三度(さんど)張(ひら)き、嘑(ふっ)と一口(ひとくち)の気(いき)を吹(ふ)き出(だ)した。忽然(こつぜん)として、一陣(いちじん)の黄風(こうふう)が、空(そら)より刮(ふ)き起(お)こった。好(よ)き風(かぜ)かな、まことに利害(りがい=すさまじ)い。  冷冷颼颼(れいれいしゅうしゅう)として天地(てんち)変(か)わり、  無影無形(むえいむけい)に黄沙(こうさ)旋(めぐ)る。  林(はやし)を穿(うが)ち嶺(みね)を折(お)って松梅(しょうばい)を倒(たお)し、  土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて嶺坫(れいてん)を崩(くず)す。  黄河(こうが)の浪(なみ)は潑(そそ)がれて底(そこ)まで徹(てっ)して濁(にご)り、  湘江(しょうこう)の水(みず)は涌(わ)いて波(なみ)を翻(ひるがえ)しつつ転(めぐ)る。  碧天(へきてん)は振動(しんどう)して斗牛宮(とぎゅうきゅう)を揺(ゆ)るがし、  些(すこ)しあやうく森羅殿(しんらでん)をも刮(ふ)き倒(たお)さんばかり。  五百(ごひゃく)の羅漢(らかん)は天(てん)に騷(さわ)ぎ喧(かまびす)しく、  八大(はちだい)の金剛(こんごう)は齊(ひと)しく嚷(わめ)き乱(みだ)る。  文殊(もんじゅ)は青毛獅(せいもうし)を走(にが)してしまい、  普賢(ふげん)の白象(びゃくぞう)も尋(たず)ね見(み)いだし難(がた)し。  真武(しんぶ)の亀蛇(きだ)は群(むれ)を失(うしな)い、  梓橦(しどう)の騾子(らし)は其(そ)の韂(あおがい)を飄(ひるが)らす。  行商(ぎょうしょう)は喊(さけ)び叫(さけ)んで蒼天(そうてん)に告(つ)げ、  梢公(しょうこう)は拝(おが)みて諸般(しょはん)の願(がん)を許(ゆる)す。  煙波(えんぱ)の性命(せいめい)は浪(なみ)の中(なか)に流(なが)れ、  名利(みょうり)の残生(ざんせい)は水(みず)に随(したが)って弁(わか)つ。  仙山(せんざん)洞府(どうふ)は黒攸攸(こくゆうゆう)としてくらく、  海島(かいとう)蓬莱(ほうらい)は昏暗暗(こんあんあん)としてやみたり。  老君(ろうくん)は煉丹炉(れんたんろ)を顧(かえり)みるに難(かた)く、  寿星(じゅせい)は龍鬚扇(りゅうしゅせん)を収(おさ)めてしまった。  王母(おうぼ)はまさに蟠桃(ばんとう)に赴(おもむ)かんとするを、  一風(いっぷう)吹(ふ)きて裙腰(くんよう)の釧(くしろ)を断(た)ち切(き)った。  二郎(じろう)は灌州城(かんしゅうじょう)に迷失(めいしつ)し、  哪吒(なた)は匣中(こうちゅう)の剣(つるぎ)を取(と)るに難(かた)し。  天王(てんのう)は手心(しゅしん)の塔(とう)を見(み)ず、  魯班(ろはん)は金頭(きんとう)の鑽(のみ)を吊(つ)り落(お)とした。  雷音(らいおん)の宝闕(ほうけつ)は三層(さんそう)倒(たお)れ、  趙州(ちょうしゅう)の石橋(せっきょう)は両断(りょうだん)に崩(くず)れた。  一輪(いちりん)の紅日(こうじつ)は蕩(とろ)けて光(ひかり)無(な)く、  満天(まんてん)の星斗(せいと)は皆(みな)昏乱(こんらん)す。  南山(なんざん)の鳥(とり)は北山(ほくざん)に往(ゆ)きて飛(と)び、  東湖(とうこ)の水(みず)は西湖(せいこ)に向(むか)って漫(みなぎ)る。  雌雄(しゆう)は対(つい)を拆(ひきはな)されて相(あい)呼(よ)ばず、  子母(しぼ)は分離(ぶんり)して叫(よ)び喚(さけ)ぶに難(かた)し。  龍王(りゅうおう)は海(うみ)を遍(あまね)く夜叉(やしゃ)を找(さが)し、  雷公(らいこう)は到(いた)る処(ところ)に閃電(せんでん)を尋(たず)ぬ。  十代(じゅうだい)の閻王(えんおう)は判官(はんがん)を覓(もと)め、  地府(じふ)の牛頭(ごず)は馬面(めんめ)を追(お)う。  此(こ)の風(かぜ)は吹(ふ)きて普陀山(ふださん)に到(いた)り、  観音(かんのん)の経(きょう)一巻(いっかん)を巻(ま)き起(お)こした。  白蓮花(びゃくれんげ)は卸(お)ちて海辺(うみべ)に飛(と)び、  菩薩(ぼさつ)の十二院(じゅうにいん)を吹(ふ)き倒(たお)した。  盤古(ばんこ)より今(いま)に至(いた)るまで曾(かつ)て風(かぜ)を見(み)たれど、  此(こ)の風(かぜ)の不善(ふぜん)に来(きた)るに似(に)たるは無(な)し。  唿喇喇(こつらつらつ)、乾坤(けんこん)は険(あや)うく炸(さく)れ崩(くず)れ開(ひら)かんとして、  万里(ばんり)の江山(こうざん)は皆(みな)これ顫(ふる)えり。  かの妖怪(ようかい)はこの一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)を使(つか)い出(だ)すや、すなわち孫大聖(そんたいせい)の毫毛(ごうもう)より変(へん)じた小行者(こぎょうじゃ)どもを刮(ふ)き飛(と)ばして半空(はんくう)の中(なか)に散(ち)らし、かの紡車(ぼうしゃ=糸車)の如(ごと)くに乱(みだ)れ転(まわ)らせたゆえ、棒(ぼう)を輪(めぐ)らすことなど思(おも)いもよらず、どうして身(み)を攏(あつ)めることができようか。慌(あわ)てたのは行者(ぎょうじゃ)で、毫毛(ごうもう)を一(ひと)つ抖(ふる)って身(み)の上(うえ)に収(おさ)め、独(ひと)り鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げて前(まえ)に来(き)たって打(う)とうとしたが、またかの怪(あやかし)に劈臉(へきれん=顔面めがけて)と一口(ひとくち)の黄風(こうふう)を噴(ふ)きかけられ、両(りょう)つの火眼金睛(かがんきんせい)を刮(ふ)きつけられて緊緊(きんきん)と閉合(へいごう)し、開(ひら)くことができず、これによって鉄棒(てつぼう)を使(つか)うに難(かた)く、ついに敗(やぶ)れて陣(じん)を下(くだ)った。かの妖(よう)は風(かぜ)を収(おさ)めて洞(ほら)に回(かえ)ることは、しばらく措(お)いて語(かた)らぬ。  さて、猪八戒(ちょはっかい)はかの黄風(こうふう)の大(おお)いに作(おこ)り、天地(てんち)に光(ひかり)無(な)きを見(み)て、馬(うま)を牽(ひ)き、担(にないもの)を守(まも)り、山(やま)の凹(くぼ)みの間(あいだ)に伏(ふ)しておったが、あえて眼(め)を開(ひら)くことも、あえて頭(あたま)を上(あ)げることもせず、口(くち)の中(なか)で絶(た)えず念仏(ねんぶつ)し願(がん)を許(ゆる)しておった。また行者(ぎょうじゃ)の勝負(しょうぶ)のいかん、師父(しふ)の死活(しかつ)のいかんを知(し)らなかった。まさにかの疑(うたが)い思案(しあん)しておる時(とき)、早(はや)くも風(かぜ)は定(さだ)まり天(てん)は晴(は)れた。  忽(たちま)ち頭(あたま)を上(あ)げてかの洞門(どうもん)の前(まえ)を望(のぞ)み見(み)るに、また兵戈(へいか)も見(み)えず、鑼鼓(らこ)も聞(き)こえなかった。呆子(ほうし=八戒のあだ名)はあえてその門(もん)に上(のぼ)ることもできず、また馬匹(ばひつ)や行李(こうり)を看守(かんしゅ)する者(もの)もおらず、果(はた)して進退(しんたい)両難(りょうなん)で、愴惶(そうこう=おろおろ)として已(や)まなかった。  憂慮(ゆうりょ)の間(あいだ)、ただ孫大聖(そんたいせい)の西(にし)の方(ほう)より吆喝(ようかつ=わめき)しつつ来(く)るのが聞(き)こえたので、彼(かれ)はやっと身(み)を起(お)こして迎(むか)えて言(い)った。「兄貴(あにき)、えらい大風(おおかぜ)でしたな。そちらはどこから歩(ある)いて来(き)られました」と。行者(ぎょうじゃ)は手(て)を擺(ふ)って言(い)った。「利害(すさまじ)い、利害(すさまじ)い。我(わ)が老孫(ろうそん)は人(ひと)となってより、かつてこのような大風(おおかぜ)を見(み)たことがない。かの老妖(ろうよう)は一柄(いっぺい)の三股鋼叉(さんここうさ)を使(つか)って、来(き)たって老孫(ろうそん)と交戦(こうせん)した。三十余合(さんじゅうよごう)まで闘(たたか)うたが、是(これ)老孫(ろうそん)が一(ひと)つの身外身(しんがいしん)の本事(ほんじ)を使(つか)って、彼(かれ)を囲(かこ)んで打(う)とうとしたゆえ、彼(かれ)はたいそう焦(あせ)り、故(ゆえ)にこの一陣(いちじん)の風(かぜ)を弄(ろう)し出(だ)したのじゃ。果(はた)して凶悪(きょうあく)で、我(われ)を刮(ふ)きて立(た)つこともかなわず、本事(ほんじ)を収(おさ)めて風(かぜ)を冒(おか)して逃(に)げてきた。—うーむ、好(よ)き風(かぜ)かな。うーむ、好(よ)き風(かぜ)かな。老孫(ろうそん)もまた風(かぜ)を呼(よ)ぶことはできるし、雨(あめ)を喚(よ)ぶこともできるが、かつてこの妖精(ようせい)の風(かぜ)ほど悪(あ)しいのには似(に)ておらぬ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「師兄(しけい)、かの妖精(ようせい)の武芸(ぶげい)はいかがでした」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「まあ見(み)られる程度(ていど)じゃ。叉法(さほう)はかえって整齐(せいせい)としておる。老孫(ろうそん)とも手(て)を平(たいら)かにして戦(たたか)うた。ただ風(かぜ)が悪(あ)しうて、赢(か)つに難(かた)いのじゃ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「これほどならどうして師父(しふ)を救(すく)い得(え)ましょう」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「師父(しふ)を救(すく)うことはしばらくまたの処置(しょち)として、ここに眼科(がんか)の先生(せんせい)がおるかどうか知(し)らぬ、まず彼(かれ)に我(わ)が眼(め)を医(い)し治(なお)してもらおう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「そなたの眼(め)がどうしたのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)はかの怪(あやかし)に一口(ひとくち)の風(かぜ)を噴(ふ)きかけられ、眼珠(がんしゅ=眼球)を吹(ふ)かれて酸痛(さんつう=ずきずき)し、この頃(ごろ)冷涙(れいるい)が常(つね)に流(なが)れるのじゃ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、この半山(なかやま)の中(なか)で、天色(てんしょく=空模様)はまた晩(おそ)い。まして眼科(がんか)などと言(い)わずとも、宿(やど)る処(ところ)さえありませんぞ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「宿(やど)る処(ところ)を得(え)るのは難(むずか)しくない。我(われ)はかの妖精(ようせい)がなおあえて我(わ)が師父(しふ)を傷(きず)つけぬと料(はか)る。我(われ)らはまず大路(たいろ)に上(のぼ)り、人(ひと)の家(いえ)を尋(たず)ねて住(す)まい、この一宵(いっしょう)を過(す)ごし、明日(あす)の天光(てんこう=夜明け)にまた来(き)たって妖(よう)を降(くだ)そう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「正(まさ)に然(しか)り、正(まさ)に然(しか)り」と。  彼(かれ)はすなわち馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(にな)って、山(やま)の凹(くぼ)みを出(で)て、路(みち)の口(くち)へと上(のぼ)った。この時(とき)次第(しだい)に黄昏(たそがれ)となり、ただかの道(みち)の南(みなみ)の山坡(さんぱ)の下(した)に犬吠(いぬぼえ)の声(こえ)のあるのが聞(き)こえた。二人(ふたり)は身(み)を停(とど)めて観(み)るに、これ一家(いっか)の莊院(しょういん)で、影影(えいえい)として灯火(とうか)の光明(こうみょう)があった。彼(かれ)の二人(ふたり)は路(みち)の有無(うむ)をも顧(かえり)みず、草(くさ)を漫(わた)って歩(あゆ)み、ただちにかの家(いえ)の門首(もんしゅ=門の前)に至(いた)った。  紫芝(しし)は翳翳(えいえい)として茂(しげ)り、白石(はくせき)は蒼蒼(そうそう)として古(ふ)るし。  紫芝(しし)翳翳(えいえい)として青草(せいそう)多(おお)く、白石(はくせき)蒼蒼(そうそう)として半(なか)ば緑苔(りょくたい)。  数点(すうてん)の小蛍(こほたる)は光(ひかり)灼灼(しゃくしゃく)、一林(いちりん)の野樹(やじゅ)は密(みっ)と排排(はいばい)と並(なら)ぶ。  香蘭(こうらん)は馥郁(ふくいく)と匂(にお)い、嫩竹(どんちく)は新(あら)たに栽(う)えらる。  清泉(せいせん)は曲澗(きょくかん)に流(なが)れ、古柏(こはく)は深崖(しんがい)に倚(よ)る。  地(ち)の僻(へき)なるは更(さら)に遊客(ゆうかく)の到(いた)るも無(な)く、門前(もんぜん)に惟(ただ)野花(やか)の開(ひら)く有(あ)るのみ。  彼(かれ)の二人(ふたり)はあえて擅(ほしいまま)に入(い)らず、ただ一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶほかなかった。「開門(かいもん)、門(もん)を開(ひら)け」と。  そこに一人(ひとり)の老者(ろうしゃ)がいて、幾人(いくにん)かの年幼(ねんよう)の農夫(のうふ)を帯(たい)し、叉(さ)や钯(は)や掃帚(そうちゅう=ほうき)を揃(そろ)えて共(とも)に来(き)たって、問(と)うて言(い)うには、「何(なん)の者(もの)か、何(なん)の者(もの)か」と。行者(ぎょうじゃ)は躬身(きゅうしん=からだをかがめ)して言(い)った。「我(われ)らは東土(とうど)大唐(だいとう)の聖僧(せいそう)の徒弟(とてい)で、西方(せいほう)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めんとて、この山(やま)を過(す)ぎしに、黄風大王(こうふうだいおう)に我(わ)が師父(しふ)を拿(とら)えられてしまいました。我(われ)らはまだこれを救(すく)い得(え)ておりませぬ。天色(てんしょく)は既(すで)に晩(おそ)うございますゆえ、特に府上(ふじょう=お宅)に来(き)たって一宵(いっしょう)を告借(こくしゃく=お借り)せんとし、万(よろず)望(のぞ)むらくは方便(ほうべん)方便(ほうべん)を」と。  かの老者(ろうしゃ)は礼(れい)に答(こた)えて言(い)った。「失迎(しつげい)、失迎(しつげい)。此間(このあたり)はこれ雲(くも)多(おお)く人(ひと)少(すくな)きの処(ところ)で、たった今(いま)門(もん)を叫(よ)ぶを聞(き)いたゆえ、恐(おそ)らくは妖狐(ようこ)や老虎(ろうこ)及び山中(さんちゅう)の強盗(ごうとう)等の類(たぐい)かと思(おも)い、これによって小介(しょうかい=召使いたち)の愚頑(ぐがん)なるが、多(おお)く衝撞(しょうどう=ぶしつけ)をなしたるは、二位(にい)の長老(ちょうろう)とは知(し)らぬゆえなり。請(こ)う、入(い)られよ、請(こ)う、入(い)られよ」と。  彼(かれ)の兄弟(けいてい)たちは馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)って入(い)り、まっすぐ裡辺(うち)に至(いた)って、馬(うま)を拴(つな)ぎ担(に)を歇(やす)め、莊老(しょうろう)と拝見(はいけん)して叙坐(じょざ=座を共に)した。また蒼頭(そうとう=召使い)が茶(ちゃ)を献(けん)じ、茶(ちゃ)が罷(おわ)ると幾碗(いくわん)かの胡麻飯(ごまはん)を捧(ささ)げ出(だ)した。飯(めし)が畢(おわ)ると、鋪(しきもの)を設(もう)けて就寝(しゅうしん)せよと命(めい)じたが、行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「眠(ね)るのはまだよいとして、敢(あえ)て問(と)う、善人(ぜんにん)よ、貴地(きち)に眼薬(がんやく)を売(う)る者(もの)はおりますか」と。老者(ろうしゃ)が言(い)うには、「いずれの長老(ちょうろう)が眼(め)を患(わずら)っておられるのです」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「そなた様(さま)に瞞(あざむ)かずに申(もう)し上(あ)げると、我(われ)ら出家人(しゅっけにん)は、もとより病(やまい)無(な)く、かつて眼(め)を患(わずら)うということを知(し)りませぬ」と。老人(ろうじん)が言(い)うには、「既(すで)に眼(め)を患(わずら)わぬなら、どうして薬(くすり)を討(こう=求)うるのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)らは今日(こんにち)黄風洞(こうふうどう)の前(まえ)で我(わ)が師父(しふ)を救(すく)わんとしたが、期(き)せずしてかの怪(あやかし)に一口(ひとくち)の風(かぜ)を噴(ふ)きかけられ、眼珠(がんしゅ)を吹(ふ)かれて酸痛(さんつう)しております。今(いま)些(いささ)か眼涙(がんるい)汪汪(おうおう)としておりますゆえ、これによって眼薬(がんやく)を尋(たず)ねとうございます」と。  かの老者(ろうしゃ)が言(い)うには、「善(ぜん)なるかな、善(ぜん)なるかな。そなたというこの長老(ちょうろう)は、小(ちい)さき年紀(ねんき)でありながら、どうして嘘(うそ)を言(い)われるか。かの黄風大聖(こうふうたいせい)の風(かぜ)は最(もっと)も利害(すさまじ)い。彼(かれ)がかの風(かぜ)は、何(なん)の春秋風(しゅんじゅうふう)や松竹風(しょうちくふう)とあの東西南北風(とうざいなんぼくふう)などとは比(くら)べものにならぬ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「想必(おそら)くは夾脳風(きょうのうふう)や羊耳風(ようじふう)や大麻風(だいまふう)や偏正頭風(へんせいずうふう)のことでしょうか」と。長者(ちょうじゃ)が言(い)うには、「然(しか)らず、然(しか)らず。彼(かれ)をば三昧神風(さんまいじんぷう)と名(な)づくる」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「どうしてそれと見(み)えます」と。老者(ろうしゃ)が言(い)うには、「かの風(かぜ)は、能(よ)く天地(てんち)の暗(くら)きを吹(ふ)き、善(よ)く鬼神(きじん)の愁(うれ)いを刮(ふ)き、石(いし)を裂(さ)き崖(がけ)を崩(くず)すに悪(あ)しく、人(ひと)を吹(ふ)けば命(いのち)即(すなわ)ち休(や)む。汝(なんじ)らもし彼(かれ)がかの風(かぜ)に遇(あ)うて吹(ふ)かれたならば、なおも活(い)きることを得(え)ようと思(おも)うておるのか。ただ神仙(しんせん)を除(のぞ)いてこそ、方(まさ)に無事(ぶじ)を得(え)るのみじゃ」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「果(はた)して然(しか)り、果(はた)して然(しか)り。我(われ)らは神仙(しんせん)ではないが、神仙(しんせん)ですら我(わ)が晩輩(ばんぱい=後輩)であるほどじゃ。この命(いのち)は急切(きゅうせつ=にわか)には休(や)み難(がた)いが、ただ眼珠(がんしゅ)を吹(ふ)かれて酸痛(さんつう)するのみじゃ」と。かの老者(ろうしゃ)が言(い)うには、「既(すで)にこのように言(い)うなら、これも一(ひと)つの来頭(らいとう=いわれ)ある人(ひと)じゃ。我(わ)がこの敝処(へいしょ=僻地)には眼薬(がんやく)を売(う)る者(もの)はおらぬが、老漢(ろうかん=この老いぼれ)も些(いささ)か迎風冷涙(げいふうれいるい)を患(わずら)い、曾(かつ)て異人(いじん)に遇(あ)うて一(ひと)つの方(ほう)を伝(つた)えられた。名(な)を三花九子膏(さんかきゅうしこう)と喚(よ)び、一切(いっさい)の風眼(ふうがん)を治(なお)すことができる」と。  行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、項垂(うなだ)れて唱喏(しょうじゃく=拝礼)して言(い)った。「願(ねが)わくば些(いささ)かを求(もと)め、点試(てんし=試しにさし)し、点試(てんし)しとうございます」と。かの老者(ろうしゃ)は応承(おうしょう)して、すなわち内(うち)へと歩(あゆ)み入(い)り、一(ひと)つの瑪瑙石(めのういし)の小罐児(こつぼ)を持(も)ち出(だ)して来(き)た。塞口(そくこう=栓)を抜(ぬ)き開(ひら)き、玉簪児(ぎょくしんじ=玉のかんざし)を用いて少許(しょうきょ)を蘸(ひた)し出(だ)して行者(ぎょうじゃ)に点(さ)し与(あた)え、彼(かれ)にあえて開(ひら)かず、心(こころ)を寧(やす)んじて睡(ねむ)るならば、明早(みょうそう=明朝)にはすなわち良(よ)くなるであろうと教(おし)えた。点(さ)し畢(おわ)ると、石罐(いしつぼ)を収(おさ)め、まっすぐ小介(しょうかい)たちを率(ひき)いて裡(うち)へと退(しりぞ)いた。  八戒(はっかい)は包袱(ほうふく=荷物包み)を解(と)き、鋪蓋(ほがい=寝具)を展(ひろ)げて、行者(ぎょうじゃ)に安置(あんち=休むこと)を請(こ)うた。行者(ぎょうじゃ)は眼(め)を閉(と)じたまま乱(みだ)りに摸(さぐ)ったので、八戒(はっかい)は笑(わら)って言(い)った。「先生(せんせい)、そなたの明杖児(めいじょうじ=盲人の杖)はどこですかな」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)というこの饢糟(のうそう=のろま)の呆子(ほうし)め。汝(なんじ)は我(われ)を世話(せわ)して瞎子(かっし=盲人)にするつもりか」と。かの呆子(ほうし)は啞啞(あくあく)として密(ひそ)かに笑(わら)いつつ睡(ねむ)った。行者(ぎょうじゃ)は鋪(しきもの)の上(うえ)に坐(ざ)して、神功(しんこう)を運転(うんてん=めぐら)し、三更(さんこう)の後(のち)に至(いた)るまで、ようやく睡(ねむ)りに就(つ)いた。  覚(おぼ)えずまた五更(ごこう)の暁(あかつき)に近(ちか)づき、行者(ぎょうじゃ)は顔(かお)を抹抹(まくまく=こすりこすり)して、眼(め)を開(ひら)いて言(い)った。「果(はた)して好(よ)き薬(くすり)かな。常(つね)に比(くら)べて更(さら)に百分(ひゃくぶん)の光明(こうみょう)が有(あ)る」と。すると頭(あたま)を転(めぐ)らせて後辺(うしろ)の方(ほう)を望望(のぞ)み見(み)るに、ああ、そこに何(なん)の房舎(ぼうしゃ)や窓門(そうもん)があろうか、ただ些(いささ)かの老槐(ろうかい=古いえんじゅ)や高柳(こうりゅう=高いやなぎ)が見(み)えるばかりで、兄弟(けいてい)たちは皆(みな)かの緑莎茵(りょくさいん=緑の芝のじゅうたん)の上(うえ)に睡(ねむ)っておった。  かの八戒(はっかい)が醒(さ)めて言(い)うには、「兄貴(あにき)、そちらはどうして嚷(さわ)ぐのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)、眼(め)を開(ひら)いて見(み)てみよ」と。呆子(ほうし)は忽(たちま)ち頭(あたま)を上(あ)げ、人家(じんか)の無(な)いのを見(み)て、慌(あわ)てて一轂轆(いっこくろく=ころりと)這(は)い起(お)き上(あ)がって言(い)った。「我(わ)が馬(うま)はどこだ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「樹(き)の上(うえ)に拴(つな)いでおるのはそれでないか」と。—「行李(こうり)はどうした」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)が頭(あたま)の辺(ほとり)に置(お)いてあるのはそれでないか」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「この家(いえ)の者(もの)は憊懶(びらん=ずぼら)な奴(やつ)らじゃ。彼(かれ)らは引(ひ)っ越(こ)してしまったが、どうして我(われ)らに一声(ひとこえ)も叫(よ)んでくれなかったのか。老猪(ろうちょ=この豚野郎)にも通(つう)じて知(し)らせてくれたなら、お前(まえ)に茶果(ちゃか=茶菓子)を些(いささ)か送(おく)ってやれたものを。思(おも)うに戸籍(こせき)を避(さ)けておる者(もの)で、里長(りちょう=村の役人)に知(し)れるのを恐(おそ)れ、それゆえ夜(よる)を徹(てっ)して引(ひ)っ越(こ)したのであろう。うーむ、我(われ)らもまことに睡(ねむ)り死(し)んでおったものよ。どうして彼(かれ)が家(いえ)を拆(こわ)すのに、響(ひび)きもまた響(ひび)きとして聞(き)こえなかったのか」と。行者(ぎょうじゃ)は吸吸(きゅうきゅう=すくすく)と笑(わら)って言(い)った。「呆子(ほうし)よ、乱(みだ)りに嚷(わめ)くな。汝(なんじ)、あの樹(き)の上(うえ)にあるのは何(なん)の紙帖児(しじょうじ=紙切れ)かを見(み)よ」と。八戒(はっかい)は前(まえ)へと歩(あゆ)み寄(よ)り、手(て)を用いてそれを掲(めく)り取(と)ったが、元来(がんらい)その上面(うわつら)には四句(よんく)の頌子(じゅす=偈頌)があって云(い)わく。  莊居(しょうきょ)は是(こ)れ俗人(ぞくにん)の居(きょ)に非(あら)ず、  護法伽藍(ごほうがらん)の点化(てんげ)の廬(いおり)なり。  妙薬(みょうやく)は君(きみ)に与(あた)えて眼痛(がんつう)を医(い)し、  心(こころ)を尽(つく)して怪(あやかし)を降(くだ)せ、踌躇(ちゅうちょ)すること莫(なか)れ。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「この強神(ごうしん=強力な神)どもめ、龍馬(りゅうば)を換(か)えてより、一向(ひたすら)に曾(かつ)て彼(かれ)らを点(てん=点呼)せなんだに、彼(かれ)らはかえってまた来(き)たって虚頭(きょとう=見せかけ)を弄(ろう)しておる」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、架子(かし=威張った物言い)を扯(ひ)き廻(まわ)すな。彼(かれ)らがどうして汝(なんじ)の点札(てんさつ=点呼)に伏(したが)ろうか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)はなお知(し)らぬのか。この護教伽藍(ごきょうがらん)や六丁六甲(りくていりっこう)、五方掲諦(ごほうげったい)、四値功曹(よんちくさ)などは、菩薩(ぼさつ)の法旨(ほうし)を奉(ほう)じて密(ひそ)かに我(わ)が師父(しふ)を保(まも)る者(もの)たちじゃ。あの日(ひ)名(な)を報(ほう)じてより、ただこのところ汝(なんじ)がおるようになって、また彼(かれ)らを用(もち)いなんだゆえ、曾(かつ)て点札(てんさつ)せなんだまでのことじゃ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、彼(かれ)らは既(すで)に法旨(ほうし)を奉(ほう)じて密(ひそ)かに師父(しふ)を保(まも)るゆえ、身(み)を現(あらわ)して明(あきら)かに顕(あらわ)れることができず、これによって仙莊(せんしょう)を点化(てんげ)したのじゃ。彼(かれ)らを怪(あや)しむな。昨日(きのう)もまた彼(かれ)が汝(なんじ)に眼(め)を点(さ)してくれた恩(おん)があり、また彼(かれ)が我(われ)らに一頓(いっとん)の斎飯(さいはん)を管(かん=世話)してくれた恩(おん)もあり、また尽心(じんしん)と言(い)うべきかな。彼(かれ)らを怪(あや)しむな。我(われ)らはまず師父(しふ)を救(すく)いに往(ゆ)こう」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)の言(い)うところは正(まさ)に然(しか)り。この処(ところ)からかの黄風洞(こうふうどう)の前(まえ)までは遠(とお)くない。汝(なんじ)はしばらく身(み)を動(うごか)さず、ただ林(はやし)の中(なか)に在(あ)って馬(うま)を見(み)て担(に)を守(まも)れ。老孫(ろうそん)が洞(ほら)の中(なか)へと往(ゆ)きて打聴(うちさぐ=探り)し、師父(しふ)の下落(いずこ)を見(み)とどけ、しかる後に彼(かれ)と争戦(そうせん)しよう」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「正(まさ)にこの通(とお)りです。死活(しかつ)の実信(じっしん=確かな便り)を討(もと)めましょう。もし仮(かり)に師父(しふ)が死(し)んでおったなら、各人(おのおの)好(よ)きように頭(あたま)を尋(たず)ねて事(こと)をなせばよい。もし未(いま)だ死(し)んでおらぬなら、我(われ)らは力(ちから)を竭(つく)し心(こころ)を尽(つく)すがよい」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「乱(みだ)りに談(かた)るな、我(われ)は往(ゆ)くぞ」と。  彼(かれ)は身(み)を一(ひと)つ縦(とば)し、まっすぐかの門首(もんしゅ)に至(いた)ったが、門(もん)はなお閉(と)ざされて睡(ねむ)っておった。行者(ぎょうじゃ)は門(もん)を叫(よ)ばず、また妖怪(ようかい)を驚(おどろ)かさず、訣(けつ=印)を捻(ねん)じ、呪語(じゅご)を念(とな)え、身(み)を一(ひと)つ揺(ゆ)るがせて変(へん)じ、一(ひと)つの花脚蚊虫(かきゃくぶんちゅう=縞足の蚊)に変(へん)じた。まことに小巧(しょうこう)なかな。詩(し)が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く。  擾擾(じょうじょう)たる微形(びけい)に利喙(りかい)、  嚶嚶(おうおう)たる声細(こえほそ)きこと雷(いかずち)の如(ごと)し。  蘭房紗帳(らんぼうしゃちょう)に善(よ)く通(つう)じ随(したが)い、  正(まさ)に愛(あい)す炎天(えんてん)の暖気(だんき)を。  只(た)だ怕(おそ)るるは熏煙(くんえん)の撲扇(ぼくせん)、  偏(ひと)えに怜(あわ)れむ灯火(とうか)の光輝(こうき)を。  軽軽小小(けいけいしょうしょう)として忒(はなは)だ鑽疾(さんしつ=すばしこ)く、  飛(と)んで妖精(ようせい)の洞裡(どうり)に入(い)る。  見(み)ればかの門(もん)を守(まも)る小妖(こよう)は、ちょうど鼾睡(かんすい=いびきをかいて眠)っておった。行者(ぎょうじゃ)は彼(かれ)が顔(かお)のうえに往(ゆ)って一口(ひとくち)叮(さ)したので、かの小妖(こよう)は身(み)を翻(ひるがえ)して醒(さ)めて言(い)った。「我(わ)が爺(おやじ)よ、なんと大(おお)きい蚊(か)だ。一口(ひとくち)でたちまち大(おお)きな疙疸(こぶ)を叮(さ)された」と。忽(たちま)ち眼(め)を睜(ひら)いて言(い)うには、「天(てん)が亮(あか)るんだ」と。  また支(し)という一声(ひとこえ)が聞(き)こえて、二門(にもん)が開(ひら)いた。行者(ぎょうじゃ)は嚶嚶(おうおう)と飛(と)んで中(なか)へと入(い)って往(ゆ)くと、かの老妖(ろうよう)が各門(かくもん)の上(うえ)に謹慎(きんしん)するよう吩咐(ふんふ=申しつけ)け、一壁廂(いっぺきしょう=一方では)兵器(へいき)を收拾(しゅうしゅう=ととのえ)しておるのが見(み)えた。「只(た)だ怕(おそ)るるは昨日(きのう)のあの陣(じん)の風(かぜ)が曾(かつ)て孫行者(そんぎょうじゃ)を刮(ふ)き殺(ころ)さなんだことで、彼(かれ)は今日(こんにち)必(かなら)ずまた来(く)るであろう。来(き)たる時(とき)には定(かなら)ず彼(かれ)に一命(いちめい)を休(や)めしめてやろう」と。  行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、またかの庁堂(ちょうどう)を飛(と)び過(す)ぎて、まっすぐ後面(こうめん)へと来(き)た。見(み)れば一層(いっそう)の門(もん)が、たいそう緊(きん)と閉(と)ざされておったが、行者(ぎょうじゃ)は門(もん)の縫(すきま)に沿(そ)って漫(わた)りつつ中(なか)へと鑽(もぐ)り込(こ)むと、元来(がんらい)これ一(ひと)つの大(おお)いなる空園子(くうえんし=広い空き庭)で、かの壁廂(へきしょう=かたわら)の定風樁(じょうふうしょう)の上(うえ)に、縄(なわ)で纏(まと)い索(つな)で綁(しば)られて唐僧(とうそう)がおったのじゃ。  かの師父(しふ)は紛紛(ふんふん)として涙(なみだ)を落(お)とし、心心(しんしん)としてただ悟空(ごくう)と悟能(ごのう)のことを念(おも)い、いずれの処(ところ)に在(あ)るかを知(し)らなんだ。行者(ぎょうじゃ)は翅(つばさ)を停(とど)め、彼(かれ)の光頭(こうとう=剃った頭)のうえに叮(とま)って、一声(ひとこえ)「師父(しふ)」と叫(よ)んだ。かの長老(ちょうろう)は彼(かれ)の声(こえ)を認(みと)めて言(い)った。「悟空(ごくう)よ、想(おも)い殺(ころ)すばかりじゃ。そちらはどこに在(あ)って我(われ)を呼(よ)ぶのじゃ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「師父(しふ)、我(われ)はそなたの頭(あたま)のうえにおります。そなたは心(こころ)を焦(あせ)らすこと莫(なか)れ、煩悩(ぼんのう)を少(すく)なくせよ。我(われ)らは必(かなら)ず妖精(ようせい)を拿(とら)えてこそ、方(まさ)にそなたの性命(せいめい)を救(すく)い得(え)るのでございます」と。  唐僧(とうそう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、いつになれば妖精(ようせい)を拿(とら)え得(え)るのじゃ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「そなたを拿(とら)えたあの虎怪(こかい)は、既(すで)に八戒(はっかい)に打(う)ち殺(ころ)されております。ただ老妖(ろうよう)の風勢(ふうせい)の利害(すさまじ)いのみでございます。料(はか)るにただ今日(こんにち)に在(あ)り、きっと彼(かれ)を拿(とら)えてごらんに入(い)れましょう。ご安心(あんしん)あれ、哭(な)くこと莫(なか)れ、我(われ)は往(ゆ)きますぞ」と。  去(ゆ)くと声(こえ)をかけて、嚶嚶(おうおう)と前面(ぜんめん)へと飛(と)んで往(ゆ)くと、かの老妖(ろうよう)が上(うえ)に坐(ざ)して、ちょうど各路(かくろ)の頭目(とうもく)を点札(てんさつ)しておるのが見(み)えた。またかの洞(ほら)の前(まえ)に一人(ひとり)の小妖(こよう)がいて、一(ひと)つの令字旗(れいじき)を磨一磨(まみがき)して、庁(ちょう)へと撞(つ)き上(あ)がって来(き)たって注進(ちゅうしん)して言(い)うには、「大王(だいおう)、小(ちい)さき者(もの)は山(やま)を巡(めぐ)り、やっと門(もん)を出(で)たところ、一人(ひとり)の長嘴大耳朶(ちょうしだいじた=長い口と大耳)の和尚(おしょう)が林(はやし)の中(なか)に坐(ざ)しておるのを見(み)ました。もし我(われ)が速(すみやか)に跑(に)げるのではなかったなら、ほとんど彼(かれ)に捉(とら)えられるところでした。しかし昨日(きのう)のあの毛顔(けがお)の和尚(おしょう)は見(み)えませぬ」と。  老妖(ろうよう)が言(い)うには、「孫行者(そんぎょうじゃ)がおらぬなら、想必(おそら)くは風(かぜ)に吹(ふ)き殺(ころ)されたのであろう、さもなくばどこかへ往(ゆ)きて救兵(きゅうへい)を求(もと)めに往(い)ったのであろう」と。衆(しゅう)の妖(よう)が言(い)うには、「大王(だいおう)、もし果(はた)して彼(かれ)を吹(ふ)き殺(ころ)したなら、これ我(われ)らの造化(ぞうか=幸運)でございます。ただ怕(おそ)るるは吹(ふ)き殺(ころ)さずして、彼(かれ)が往(ゆ)きて些(いささ)かの神兵(しんぺい)を請(こ)うて来(く)ることで、その時(とき)はどうしたらよろしいでしょう」と。  老妖(ろうよう)が言(い)うには、「彼(かれ)を怕(おそ)れてどうしようというのか、あの何(なん)の神兵(しんぺい)を怕(おそ)れようぞ。もし我(わ)が風勢(ふうせい)を定(さだ)め得(う)る者(もの)があるとすれば、ただ霊吉菩薩(れいきつぼさつ)の来(く)るを除(のぞ)いては是(これ)あるのみで、その余(よ)は何(なん)の懼(おそ)るるに足(た)りようぞ」と。  行者(ぎょうじゃ)は屋梁(おくばり=屋根の梁)のうえに在(あ)って、ただ彼(かれ)のこの一句(いっく)の言語(げんご)を聞(き)き取(と)ったのみで、勝(まさ)ることのできないほどの歓喜(かんき)を覚(おぼ)え、すなわち身(み)を抽(ぬ)き出(だ)して飛(と)び出(で)で、本相(ほんそう=元の姿)を現(あらわ)して林(はやし)の中(なか)に来(き)たって、一声(ひとこえ)「兄弟(けいてい)よ」と叫(よ)んだ。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、そちらはどこへ往(ゆ)っておったのです。たった今(いま)一人(ひとり)の令字旗(れいじき)を打(う)った妖精(ようせい)が、我(われ)に追(お)い払(はら)われて往(ゆ)きましたぞ」と。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「汝(なんじ)のおかげじゃ、汝(なんじ)のおかげじゃ。老孫(ろうそん)は蚊虫児(ぶんちゅうじ=蚊)に変(へん)じて、彼(かれ)が洞(ほら)の中(なか)へと入(い)って往(ゆ)きて師父(しふ)を探(さぐ)り看(み)たところ、元来(がんらい)師父(しふ)は彼(かれ)に定風樁(じょうふうしょう)に綁(しば)りつけられて哭(な)いておられた。是(これ)老孫(ろうそん)が吩咐(いいつけ)して、彼(かれ)に哭(な)くこと莫(なか)れと教(おし)え、また屋梁(おくばり)のうえに飛(と)んで往(ゆ)きて一(ひと)つ聴(き)いてみた。するとかの令字旗(れいじき)を拿(と)った者(もの)が、喘嘘嘘(ぜんきょきょ=息を切らし)て中(なか)へと歩(あゆ)み入(い)り、注進(ちゅうしん)しておるのが見(み)えたが、ただ汝(なんじ)に追(お)われたのみで、我(われ)を見(み)なんだのじゃ。老妖(ろうよう)は乱(みだ)りに猜(あてずっぽう)し乱(みだ)りに説(と)いて、老孫(ろうそん)は風(かぜ)に吹(ふ)き殺(ころ)されたと言(い)い、また神兵(しんぺい)を請(こ)うに往(ゆ)ったと言(い)っておった。彼(かれ)はおのれから一人(ひとり)の者(もの)の名(な)を供(きょう)し出(だ)した。はなはだ妙(みょう)なり、はなはだ妙(みょう)なり」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「彼(かれ)が供(きょう)し出(だ)したのは誰(だれ)です」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「彼(かれ)は何(なん)の神兵(しんぺい)を怕(おそ)れようぞ、あの者(もの)なら我(わ)が風勢(ふうせい)を定(さだ)め得(う)ると言(い)うた。ただ霊吉菩薩(れいきつぼさつ)の来(く)るを除(のぞ)いては是(これ)あるのみ、と。ただ霊吉(れいきつ)のいずこに住(す)むかを知(し)らぬのじゃ」と。  ちょうど商議(しょうぎ=相談)しておる処(ところ)、ただ大路(たいろ)の旁(かたわら)より一人(ひとり)の老公公(ろうこうこう)が歩(あゆ)み出(だ)して来(き)たのが見(み)えた。汝(なんじ)、彼(かれ)のいかなる模様(もよう)なるかを見(み)よ。  身(み)は健(すこ)やかにして拐杖(かいじょう=杖)を扶(たよ)らず、  氷髯雪鬢(ひょうぜんせつびん)蓬蓬(ほうほう)たり。  金花(きんか)は眼(め)を耀(かがや)かして意(こころ)朦朧(もうろう)、  瘦骨衰筋(そうこつすいきん)も強硬(きょうこう)なり。  背(せ)を屈(かが)め頭(あたま)を低(た)れて緩歩(かんぽ)し、  龐眉赤臉(ほうびせきれん)童(わらわ)の如(ごと)し。  彼(かれ)が容貌(ようぼう)の人称(にんしょう)するを見(み)れば、  却(かえ)って寿星(じゅせい)の洞(ほら)を出(い)づるに似(に)たり。  八戒(はっかい)はこれを望(み)て大(おお)いに喜(よろこ)んで言(い)った。「師兄(しけい)、常言(じょうげん)に道(い)う、山下(さんか)の路(みち)を知(し)らんと欲(ほっ)せば、須(すべから)く去来人(きょらいにん=行き来する人)に問(と)うべし、と。そちらが前(まえ)へと往(ゆ)きて彼(かれ)に一声(ひとこえ)問(と)うてみられてはいかがです」と。  真(まこと)にかの大聖(たいせい)は鉄棒(てつぼう)を蔵(かく)し、衣襟(いきん=襟もと)を放(はな)ち下(おろ)し、前(まえ)へと往(ゆ)きて叫(よ)んで言(い)った。「老公公(ろうこうこう)、問訊(もんしん=ご挨拶)もうしあげます」と。あの老者(ろうしゃ)は半(なか)ば答(こた)え半(なか)ば答(こた)えずといった風(ふう)で、また礼(れい)を返(かえ)して言(い)った。「そなたはいずこの和尚(おしょう)か。この曠野(こうや=広野)の処(ところ)で、何(なん)の用(よう)があってか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)らは経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)く聖僧(せいそう)で、昨日(きのう)この処(ところ)で師父(しふ)を失(うしな)いました。特に公公(こうこう)に一声(ひとこえ)動問(どうもん=おたずね)もうしあげる。霊吉菩薩(れいきつぼさつ)はどこに住(す)んでおられますか」と。  老者(ろうしゃ)が言(い)うには、「霊吉(れいきつ)は直南(ちょくなん=真南)の上(うえ)に在(あ)り、そこに到(いた)るまで、なお二千里路(にせんり)がある。一(ひと)つの山(やま)が有(あ)って、名(な)を小須弥山(しょうしゅみさん)と呼(よ)ぶ。山中(さんちゅう)に一(ひと)つの道場(どうじょう)が有(あ)って、これすなわち菩薩(ぼさつ)の講経禅院(こうきょうぜんいん)じゃ。汝(なんじ)らは彼(かれ)の経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くのか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「彼(かれ)の経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くのではありませぬ。我(われ)に一(ひと)つの事(こと)があって彼(かれ)を煩(わずら)わすのですが、いずれの路(みち)から往(ゆ)くのかを知(し)りませぬ」と。  老者(ろうしゃ)は手(て)を用いて南(みなみ)を指(さ)して言(い)った。「この羊腸路(ようちょうろ=羊の腸のような細道)がすなわちそれじゃ」と。孫大聖(そんたいせい)が頭(あたま)を回(めぐ)らして路(みち)を見(み)るよう哄(だま)しておいて、かの公公(こうこう)は清風(せいふう)に化(か)して、寂然(せきぜん)として見(み)えずなってしまい、ただ路(みち)の旁(かたわら)に一張(いっちょう)の簡帖(かんじょう=書き付け)を下(おろ)したのみで、その上(うえ)に四句(よんく)の頌子(じゅす)があって云(い)わく。  上(かみ)復(かえ)す斉天大聖(せいてんたいせい)の聴(き)くところ、  老人(ろうじん)は乃(すなわ)ちこれ李長庚(りちょうこう)なり。  須弥山(しゅみさん)に飛龍杖(ひりゅうじょう)有(あ)り、  霊吉(れいきつ)当年(とうねん)仏兵(ぶっぺい)を受(う)けたり。  行者(ぎょうじゃ)は帖児(じょうじ)を執(と)り、身(み)を転(めぐ)らせて路(みち)を下(くだ)った。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、我(われ)らは連日(れんじつ)造化(ぞうか=運)が低(ひく)うございます。ここ両日(りょうにち)は懺日(さんじつ=不吉な日)で鬼(おに)を見(み)る始末です。あの風(かぜ)に化(か)して往(い)った老爺(ろうや)は誰(だれ)でしたかな」と。行者(ぎょうじゃ)は帖児(じょうじ)を八戒(はっかい)に逓(わた)し、一遍(いっぺん)読(よ)んで聞(き)かせた。八戒(はっかい)が言(い)うには、「李長庚(りちょうこう)とは誰(だれ)のことです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「西方(せいほう)の太白金星(たいはくきんせい)の名号(みょうごう)じゃ」と。  八戒(はっかい)は慌(あわ)てて空(そら)を望(のぞ)んで下拝(げはい)して言(い)った。「恩人(おんじん)、恩人(おんじん)。老猪(ろうちょ=この豚野郎)はもし金星(きんせい)が玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)して准(ゆる)してくださらなんだなら、性命(いのち)もいずれのものと化(か)していたか知(し)れませなんだ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)もまた感恩(かんおん)を知(し)るのじゃな。ただ頭(あたま)を出(だ)すこと莫(なか)れ、ただこの樹林(じゅりん)の深(ふか)き処(ところ)に蔵(かく)れ、仔細(しさい)に行李(こうり)と馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ)せよ。老孫(ろうそん)が須弥山(しゅみさん)を尋(たず)ね、菩薩(ぼさつ)を請(こ)うて来(く)るまでな」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「暁(さと)りました、暁(さと)りました。そちらはただ速(すみ)やかに前(まえ)へと往(ゆ)かれよ。老猪(ろうちょ)は一(ひと)つの亀(かめ)の法(ほう)を学(まな)んだ。頭(あたま)を縮(ちぢ)むべき時(とき)には且(しばら)く頭(あたま)を縮(ちぢ)めよ、というものを」と。  孫大聖(そんたいせい)は空(そら)の中(なか)に跳(と)び上(あ)がり、觔斗雲(きんとんうん)を縦(ほしいまま)にして、まっすぐ直南(ちょくなん)の上(うえ)へと往(ゆ)ったが、果(はた)して速(すみや)かであった。彼(かれ)は頭(あたま)を点(うなず)かせて三千里(さんぜんり)を経過(けいか)し、腰(こし)を扭(ひね)って八百有余程(はっぴゃくゆうよてい)を過(す)ぎた。須臾(しばらく)して一(ひと)つの高山(こうざん)が見(み)え、半中間(なかほど)に祥雲(しょううん)の現(あらわ)れ出(い)づるが有(あ)り、瑞靄(ずいあい)紛紛(ふんふん)として、山(やま)の凹(くぼ)みの中(なか)に果(はた)して一(ひと)つの禅院(ぜんいん)が有(あ)り、ただ鐘磬(しょうけい)の悠揚(ゆうよう)と響(ひび)くが聞(き)こえ、またかの香煙(こうえん)の縹緲(ひょうびょう)たるが見(み)えた。  大聖(たいせい)はただちに門前(もんぜん)に至(いた)り、一人(ひとり)の道人(どうにん)が、項(くび)に数珠(じゅず)を掛(か)け、口(くち)の中(なか)で念仏(ねんぶつ)しておるのを見(み)た。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「道人(どうにん)、作揖(さくゆう=ご挨拶)もうす」と。かの道人(どうにん)は躬身(きゅうしん)して礼(れい)に答(こた)えて言(い)った。「いずこより来(きた)られた老爺(ろうや)さまか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「ここはもしや霊吉菩薩(れいきつぼさつ)の講経(こうきょう)の処(ところ)であろうか」と。道人(どうにん)が言(い)うには、「此間(ここ)こそ正(まさ)に然(しか)り、何(なん)の話(はなし)があってか」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「そなた様(さま)を煩(わずら)わして、我(われ)に代(か)わりて伝答(でんとう=取次)し伝答(でんとう)してほしい。我(われ)は東土(とうど)大唐(だいとう)の駕下(かか)なる御弟(ぎょてい)三蔵法師(さんぞうほうし)の徒弟(とてい)、斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)行者(ぎょうじゃ)である。今(いま)一(ひと)つの事(こと)が有(あ)って、菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えとうございます」と。道人(どうにん)は笑(わら)って言(い)った。「老爺(ろうや)さま、字(じ)が多(おお)く話(はなし)が多(おお)うて、我(われ)は全(すべ)ては記(き)しきれませぬ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「ただ唐僧(とうそう)の徒弟(とてい)孫悟空(そんごくう)が来(き)たと言(い)ってくれればよい」と。道人(どうにん)は言(こと)に依(よ)って、講堂(こうどう)へと上(のぼ)りて伝報(でんぽう)した。かの菩薩(ぼさつ)はすなわち袈裟(けさ)を穿(き)、香(こう)を添(そ)えて迎接(げいせつ)した。  この大聖(たいせい)がようやく歩(あゆ)みを挙(あ)げて門(もん)を入(い)り、裡(うち)へと往(ゆ)きて観(み)るに、ただかの満堂(まんどう)の錦繍(きんしゅう)、一屋(いちおく)の威厳(いげん)が見(み)えた。衆(しゅう)の門人(もんにん)は齊(ひと)しく『法華経(ほけきょう)』を誦(じゅ)し、老班首(ろうはんしゅ=古参の僧)は軽(かる)く金鋳(きんちゅう)の磬(けい)を敲(たた)く。仏前(ぶつぜん)の供養(くよう)は、尽(ことごと)くこれ仙果(せんか)仙花(せんか)、案上(あんじょう)の安排(あんばい)は、皆(みな)これ素肴(そこう)素品(そひん)。輝煌(きこう)たる宝燭(ほうしょく)は、条条(じょうじょう)の金焔(きんえん)虹霓(こうげい)を射(い)ており、馥郁(ふくいく)たる真香(しんこう)は、道道(どうどう)の玉煙(ぎょくえん)彩霧(さいむ)を飛(と)ばす。  正(まさ)にこれ、講(こう)じ罷(おわ)って心(こころ)閑(しず)かにして方(まさ)に入定(にゅうじょう)し、  白雲(はくうん)片片(へんぺん)として松(まつ)の梢(こずえ)を繞(めぐ)る。  静(しず)かに慧剣(えけん)を収(おさ)めて魔頭(まとう)絶(た)え、  般若波羅(はんにゃはら)の善会(ぜんえ)高(たか)し。  かの菩薩(ぼさつ)は衣(ころも)を整(ととの)えて出迓(しゅつがい=出迎え)し、行者(ぎょうじゃ)は堂(どう)に登(のぼ)って客位(かくい)に坐(ざ)し、随(したが)って茶(ちゃ)を看(み=供す)るよう命(めい)じた。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「茶(ちゃ)は賜(たま)わるに労(ろう)しませぬ。ただ我(わ)が師父(しふ)が黄風山(こうふうざん)に在(あ)って難(なん)に遇(あ)うておりますゆえ、特に菩薩(ぼさつ)が大法力(だいほうりき)を施(ほどこ)して怪(あやかし)を降(くだ)し師(し)を救(すく)うことを請(こ)うもうしあげます」と。  菩薩(ぼさつ)が言(い)うには、「我(われ)は如来(にょらい)の法令(ほうれい)を受(う)けて、ここに在(あ)って黄風怪(こうふうかい)を鎮押(ちんおう=押さえつけ)ておる。如来(にょらい)は我(われ)に一顆(いっか)の定風丹(じょうふうたん)と、一柄(いっぺい)の飛龍宝杖(ひりゅうほうじょう)を賜(たま)わった。当時(とうじ)我(われ)に拿(とら)えられ、我(われ)はその性命(せいめい)を饒(ゆる)して、彼(かれ)を放(はな)って去(さ)らせ、性(しょう)を隠(かく)して山(やま)に帰(かえ)り、生(せい)を傷(きずつ)け孽(ごう=悪業)を造(つく)ることを許(ゆる)さなんだに、今日(こんにち)彼(かれ)が令師(れいし)を害(そこな)わんと欲(ほっ)したるを知(し)らなんだは、教令(きょうれい)に違(たが)うておる、これ我(わ)が罪(つみ)なり」と。  かの菩薩(ぼさつ)は行者(ぎょうじゃ)を留(とど)めて、斎(とき=斎食)を治(との)えて相叙(しょうじょ=ともに語ら)わんと欲(ほっ)したが、行者(ぎょうじゃ)は懇辞(こんじ=ねんごろに辞し)し、随(したが)って飛龍杖(ひりゅうじょう)を取(と)り、大聖(たいせい)と一齊(いっせい)に雲(くも)に駕(が)した。多(おお)くの時(とき)を経(へ)ずして、黄風山(こうふうざん)の上(うえ)に至(いた)った。菩薩(ぼさつ)が言(い)うには、「大聖(たいせい)、この妖怪(ようかい)は些(いささ)か我(われ)を怕(おそ)れておるゆえ、我(われ)はただ雲端(うんたん)の裡(うち)に在(あ)って住定(じゅうじょう=じっととどま)ろう。そなたが下(した)へと往(ゆ)きて彼(かれ)と索戦(さくせん=戦いを挑)み、彼(かれ)を誘(おび)き出(だ)すがよい。そうすれば我(われ)は法力(ほうりき)を施(ほどこ)しやすい」と。  行者(ぎょうじゃ)は言(こと)に依(よ)って、雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おと)し、分説(ぶんせつ)を容(い)れず、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて彼(かれ)が洞門(どうもん)を打(う)ち破(やぶ)り、叫(さけ)んで言(い)った。「妖怪(ようかい)、我(わ)が師父(しふ)を還(かえ)せ」と。慌(あわ)てたのはかの門(もん)を守(まも)る小妖(こよう)で、急(いそ)ぎ伝報(でんぽう)した。  かの怪(あやかし)が言(い)うには、「この潑猴(はっこう=暴れ猿)め、まことに無礼(ぶれい)なり。また善(ぜん)に伏(ふく)せず、かえって我(わ)が門(もん)を打(う)ち破(やぶ)るとは。この一(ひと)つ出(で)て往(ゆ)けば、一陣(いちじん)の神風(しんぷう)を使(つか)って、定(かなら)ず吹(ふ)き殺(ころ)してくれよう」と。仍前(ぜんぜん=相も変わらず)披挂(ひがい)をまとい、手(て)に鋼叉(こうさ)を綽(ひっさ)げて、また門(もん)を出(で)て来(き)たが、行者(ぎょうじゃ)を見(み)るや、更(さら)に話(はなし)を打(う)たず、叉(さ)を拈(ひね)って当胸(とうきょう)めがけてすなわち刺(さ)した。大聖(たいせい)は身(み)を側(そば)めて避(よ)け過(す)ぎ、棒(ぼう)を挙(あ)げて対面(たいめん)より相(あい)還(むく)いた。  数合(すうごう)も闘(たたか)わぬうちに、かの怪(あやかし)は頭(あたま)を吊(くく)り回(めぐ)らせ、巽地(そんち)の上(うえ)に向(むか)って、まさに口(くち)を張(ひら)いて風(かぜ)を呼(よ)ばんと欲(ほっ)した時(とき)、ただかの半空(はんくう)の裡(うち)より、霊吉菩薩(れいきつぼさつ)が飛龍宝杖(ひりゅうほうじょう)を将(も)って投(な)げ下(おろ)したのが見(み)えた。何(なん)の呪語(じゅご)を念(とな)えたかは知(し)らぬが、たちまち一(ひと)つの八爪金龍(はっそうきんりゅう)となって、撥喇(はつらつ)と両(りょう)つの爪(つめ)を輪(めぐ)らし開(ひら)き、一把(ひとつかみ)に妖精(ようせい)を抓(つか)み上(あ)げ、頭(あたま)を提(ひっさ)げて、二(に)三(さん)捽(ひね)りもすれば、山石崖(さんせきがい)の辺(ほとり)に捽(たた)きつけられ、本相(ほんそう)を現(あらわ)したるは、これ一(ひと)つの黄毛貂鼠(こうもうてんねずみ=黄色い毛のイタチ)であった。  行者(ぎょうじゃ)は追(お)い上(すが)って棒(ぼう)を挙(あ)げてすなわち打(う)とうとしたが、菩薩(ぼさつ)に遮(さえぎ)り止(と)められて言(い)われた。「大聖(たいせい)、彼(かれ)の命(いのち)を傷(きずつ)くること莫(なか)れ。我(われ)はまた彼(かれ)を帯(たい)して往(ゆ)きて如来(にょらい)に見(まみ)えんと欲(ほっ)するゆえに」と。そして行者(ぎょうじゃ)に向(むか)って言(い)うには、「彼(かれ)は本(もと)これ霊山(りょうざん)の麓(ふもと)の得道(とくどう)の老鼠(ろうそ=古鼠)で、琉璃盞(るりさん=瑠璃の碗)の内(うち)の清油(せいゆ)を偷(ぬす)んだために、灯火(とうか)が昏暗(こんあん)となり、金剛(こんごう)が彼(かれ)を拿(とら)えることを恐(おそ)れ、これによって走(に)げ去(さ)り、かえってこの処(ところ)に在(あ)って精(せい)と成(な)りて怪(あやかし)を作(な)しておったのじゃ。如来(にょらい)は彼(かれ)を照見(しょうけん)して、死罪(しざい)に該(あた)らずとし、故(ゆえ)に我(われ)をして轄押(かつおう=管轄し押さえ)せしめたが、彼(かれ)は生(せい)を傷(きずつ)け孽(ごう)を造(つく)るゆえ、霊山(りょうざん)に拿(とら)え上(のぼ)せる。今(いま)また大聖(たいせい)に衝撞(しょうどう=ぶつかり)し、唐僧(とうそう)を陷害(かんがい)したゆえ、我(われ)は彼(かれ)を拿(とら)えて往(ゆ)きて如来(にょらい)に見(まみ)え、その罪(つみ)を明(あきら)かに正(ただ)してこそ、ようやくこの一場(いちば)の功績(こうせき)と算(かぞ)えられるのじゃ」と。行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、すなわち菩薩(ぼさつ)に謝(しゃ)した。菩薩(ぼさつ)の西(にし)へと帰(かえ)ることは、しばらく措(お)いて語(かた)らぬ。  さて、猪八戒(ちょはっかい)はかの林(はやし)の内(うち)に在(あ)って、ちょうど行者(ぎょうじゃ)のことを思量(しりょう=思いめぐら)しておると、ただ山坂(さんぱん=山の斜面)の下(した)より一声(ひとこえ)「悟能(ごのう)の兄弟(けいてい)よ、馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)って来(こ)いや」と叫(よ)ぶのが聞(き)こえた。かの呆子(ほうし)はそれが行者(ぎょうじゃ)の声(こえ)であると認(みと)め、急(いそ)ぎ收拾(しゅうしゅう=とりまとめ)て林(はやし)の外(そと)へと跑(はし)り出(で)て、行者(ぎょうじゃ)に見(まみ)えて言(い)った。「兄貴(あにき)、どのように事(こと)をなして来(き)られました」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「霊吉菩薩(れいきつぼさつ)を請(こ)うて一条(いちじょう)の飛龍杖(ひりゅうじょう)を使(つか)ってもらい、妖精(ようせい)を拿(とら)えたところ、元来(がんらい)一(ひと)つの黄毛貂鼠(こうもうてんねずみ)の精(せい)と成(な)った者(もの)で、彼(かれ)に帯(たい)されて霊山(りょうざん)へと往(ゆ)きて如来(にょらい)に見(まみ)えるため連(つ)れて往(い)かれた。我(われ)と汝(なんじ)とは洞(ほら)の中(なか)へと往(ゆ)きて師父(しふ)を救(すく)おう」と。かの呆子(ほうし)はようやく歓歓喜喜(かんかんきき=大喜び)した。  二人(ふたり)は裡(うち)へと撞(つ)き入(い)り、かの一窩(いっか)の狡兔(こうと=賢い兎)や妖狐(ようこ)や香獐(こうしょう=麝香鹿)や角鹿(かくろく=角ある鹿)を、一頓(いっとん)の釘钯(ていは=八戒の熊手)と鉄棒(てつぼう)とで尽(ことごと)く情(なさけ)容赦(ようしゃ)なく打(う)ち殺(ころ)し、しかる後に後園(こうえん)へと往(ゆ)きて師父(しふ)を拝(おが)み救(すく)った。師父(しふ)は門(もん)を出(で)て来(き)たって、問(と)うて言(い)うには、「汝(なんじ)らの二人(ふたり)はどうして妖精(ようせい)を捉(とら)え得(え)たのか。いかようにして方(まさ)に我(われ)を救(すく)い得(え)たのか」と。行者(ぎょうじゃ)はかの霊吉(れいきつ)を請(こ)うて妖(よう)を降(くだ)した事情(じじょう)を、一通(ひととお)り陳(の)べたてたので、師父(しふ)は謝(しゃ)すること尽(つ)きなかった。彼(かれ)の兄弟(けいてい)たちは洞中(どうちゅう)の素物(そぶつ=精進物)を用いて、些(いささ)かの茶飯(さはん)を安排(あんばい)して食(くら)い、ようやく門(もん)を出(で)て、大路(たいろ)を找(さが)して西(にし)へと往(ゆ)った。  畢竟(ひっきょう)いかなるが後(のち)へ向(むか)ってのことなるかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十二回 八戒(はっかい)大(おお)いに流沙河(りゅうさが)に戦(たたか)い 木叉(もくさ)法(ほう)を奉(ほう)じて悟浄(ごじょう)を収(おさ)む  さて、唐僧(とうそう)師徒(しと)の三衆(さんしゅ)は、難(なん)を脱(だっ)して前(まえ)へと来(きた)り、一日(いちじつ)ならずして八百(はっぴゃく)の黄風嶺(こうふうれい)を過(す)ぎ往(ゆ)き、西(にし)へと入(い)ればすなわち一脈(いちみゃく)の平陽(へいよう=平らな野)の地(ち)であった。光陰(こういん)は迅速(じんそく)にして、夏(なつ)を経(へ)て秋(あき)を歴(ふ)り、些(いささ)かの寒蝉(かんせん=秋の蝉)の敗柳(はいりゅう=枯れ柳)に鳴(な)き、大火(たいか=心宿二)の西(にし)へと流(なが)るるを見(み)たり。  正(まさ)に往(ゆ)く処(ところ)、ただ一道(いちどう)の大水(たいすい)の狂瀾(きょうらん=荒れ狂う波)が見(み)えて、渾波(こんぱ)は浪(なみ)を涌(わ)かせておった。三蔵(さんぞう)は馬(うま)のうえに在(あ)って慌(あわ)てて呼(よ)んで言(い)った。「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)見(み)よ、あの前辺(まえ)の水勢(すいせい)の広(ひろ)きを。どうして船(ふね)の行走(こうそう=行き交う)のが見(み)えぬのか。我(われ)らはどこから過(わた)って往(ゆ)こうか」と。八戒(はっかい)はこれを見(み)て言(い)った。「果(はた)して狂瀾(きょうらん)かな、渡(わた)るべき舟(ふね)も無(な)い」と。  かの行者(ぎょうじゃ)は空(そら)の中(なか)に跳(と)び上(あ)がり、手(て)を用いて涼篷(りょうほう=日除け)を搭(かざ)して看(み)たが、彼(かれ)もまた心(こころ)を驚(おどろ)かせて言(い)った。「師父(しふ)よ、まことに難(むずか)しい、まことに難(むずか)しい。この河(かわ)はもし老孫(ろうそん)が往(ゆ)くについて言(い)えば、ただ腰(こし)を扭一扭(ひねり)するだけで、すなわち過(わた)って往(ゆ)けるのじゃが、師父(しふ)については、誠(まこと)に千分(せんぶ)も渡(わた)り難(がた)く、万載(ばんざい)も行(ゆ)き難(がた)い」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「我(われ)がここより一望(いちぼう)するに辺(ほとり)が無(な)いが、果(はた)してどれほどの広(ひろ)さがあるのか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「径過(けいか=まっすぐ渡る距離)は八百里(はっぴゃくり)の遠近(えんきん)が有(あ)る」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)はどうしてその遠近(えんきん)の数(かず)を定(さだ)め得(え)たのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「賢弟(けんてい)に瞞(あざむ)かずに言(い)うが、老孫(ろうそん)のこの双眼(そうがん)は、白日(はくじつ=昼間)には常(つね)に千里(せんり)の路(みち)のうえの吉凶(きっきょう)をも看(み)とれるのじゃ。たった今(いま)空(そら)の中(なか)で看(み)て出(だ)したところでは、この河(かわ)の上下(じょうげ=南北)の遠(とお)さは知(し)れぬが、ただこの径過(けいか)が足(た)ること八百里(はっぴゃくり)あるのが見(み)えたのじゃ」と。  長老(ちょうろう)は憂(うれ)い嗟(なげ)いて煩悶(はんもん)し、馬(うま)を兜(ひき)回(めぐ)らせると、忽(たちま)ち岸(きし)のうえに一通(いっつう)の石碑(せきひ)のあるのが見(み)えた。三衆(さんしゅ)は齊(ひと)しく来(き)たってこれを看(み)るに、その上(うえ)に三(みっ)つの篆字(てんじ)が有(あ)って、すなわち「流沙河(りゅうさが)」であり、腹(なか)のうえに小(ちい)さき四行(よんぎょう)の真字(しんじ)が有(あ)って云(い)わく。  八百(はっぴゃく)の流沙界(りゅうさかい)、  三千(さんぜん)の弱水深(じゃくすいふか)し。  鵝毛(がもう)も飄(ただよ)い起(お)こらず、  蘆花(ろか)は定(かなら)ず底(そこ)に沈(しず)まん。  師徒(しと)たちが正(まさ)に看(み)ておると、忽然(こつぜん)として一人(ひとり)の妖精(ようせい)が鑽(もぐ)り出(で)て来(き)たが、たいそう凶醜(きょうしゅう=獰猛で醜い)であった。  一頭(いっとう)の紅焔(こうえん)の髪(かみ)は蓬松(ほうしょう=ぼさぼさ)として乱(みだ)れ、  両(りょう)つの円睛(えんせい=丸い眼)は亮(ひかり)灯(ともしび)に似(に)たり。  黒(くろ)からず青(あお)からず藍靛(らんでん=藍色)の顔(かお)、  雷(いかずち)の如(ごと)く鼓(つづみ)の如(ごと)き老龍(ろうりゅう)の声(こえ)。  身(み)には一領(いちりょう)の鵝黄(がおう)の氅(しょう=羽織)を披(まとい)、  腰(こし)には双纏(そうてん=二重に巻いた)の露白藤(ろはくとう)を束(たば)ねる。  項下(こうか=首の下)には骷髏(しゃれこうべ)九(ここの)つを懸(か)け、  手(て)には宝杖(ほうじょう)を持(も)ってたいそう崢嶸(そうろう=際立って)たり。  かの怪(あやかし)は一(ひと)つの旋風(せんぷう)を巻(ま)き起(お)こし、岸(きし)のうえへと奔(はし)って来(き)て、まっすぐ唐僧(とうそう)を搶(うば)おうとした。慌(あわ)てたのは行者(ぎょうじゃ)で、師父(しふ)を抱(いだ)き止(と)め、急(いそ)ぎ高岸(こうがん=高い岸)へと登(のぼ)り、身(み)を回(めぐ)らせて走(に)げ脱(のが)れた。かの八戒(はっかい)は担(にないもの)を放(お)ろし、鉄钯(てっぱ=熊手)を掣(ひっさ)げ出(だ)して、妖精(ようせい)を望(めが)けてすなわち築(つ)きかけたが、かの怪(あやかし)は宝杖(ほうじょう)を使(つか)って架(う)け止(と)めた。彼(かれ)の二人(ふたり)は流沙河(りゅうさが)の岸(きし)に在(あ)って、おのおの英雄(えいゆう)を逞(たくま)しくした。この一場(いちば)の好(よ)き闘(たたか)い。  九歯(きゅうし)の钯(は)、降妖(ごうよう)の杖(じょう)、  二人(ふたり)相(あい)敵(てき)す河岸(かがん)のうえ。  これなるは総督(そうとく)の大天蓬(だいてんぽう)、  かれなるは謫下(たくげ=流謫され)し巻簾将(かんれんしょう)。  昔年(せきねん)曾(かつ)て霊霄(れいしょう)に会(かい)せるも、  今日(こんにち)争持(そうじ)して猛壮(もうそう)を賭(と)す。  この一(ひと)つの钯(は)は去(ゆ)きて爪(つめ)を探(さぐ)る龍(りゅう)、  かの一(ひと)つの杖(じょう)は架(う)けて牙(きば)を磨(みが)く象(ぞう)。  大四平(だいしへい)を伸(の)べ開(ひら)き、  迎風戧(げいふうそう)に鑽(もぐ)り入(い)る。  この者(もの)は頭(あたま)無(な)く顔(かお)無(な)く抓(つか)み、  かの者(もの)は乱(みだ)れ無(な)く空(あだ)しく放(はな)たず。  一(ひと)つはこれ久(ひさ)しく流沙界(りゅうさかい)を占(し)めて人(ひと)を食(く)らう精(せい)、  一(ひと)つはこれ教(おしえ)を秉(と)り迦持(かじ)する修行(しゅぎょう)の将(しょう)。  彼(かれ)の二人(ふたり)は来来往往(らいらいおうおう)と、二十回合(にじゅうがっすう)も闘(たたか)うたが、勝負(しょうぶ)を分(わ)かなんだ。  かの大聖(たいせい)は唐僧(とうそう)を護(まも)り、馬(うま)を牽(ひ)き、行李(こうり)を守(まも)り定(さだ)めて、八戒(はっかい)とあの怪(あやかし)の交戦(こうせん)するのを見(み)ておったが、すなわち恨(うら)んで歯(は)を咬(か)み切(き)り、掌(てのひら)を擦(こす)り拳(こぶし)を磨(みが)き、耐(た)えきれずに往(ゆ)きて彼(かれ)を打(う)とうとし、棒(ぼう)を掣(ひっさ)げ出(だ)して言(い)った。 「師父(しふ)、そなたは坐(すわ)っておられて、怕(おそ)れることはありませぬ。老孫(ろうそん)が彼(かれ)と耍耍児(しゃしゃじ=ちょっと遊び)して来(く)るまで」と。かの師父(しふ)は苦(くる)しく留(とど)めようとしたが及(およ)ばなんだ。彼(かれ)は一(ひと)つの唿哨(こっしょう=口笛)を打(う)ち、前辺(まえ)へと跳(と)んで往(ゆ)った。元来(がんらい)かの怪(あやかし)と八戒(はっかい)はちょうど好(よ)きところまで戦(たたか)って、解(と)き難(がた)く分(わ)かち難(がた)かったが、行者(ぎょうじゃ)に鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし挙(あ)げられ、かの怪(あやかし)の頭(あたま)を照(てら)して一(ひと)つ下(おろ)されたので、かの怪(あやかし)は急(いそ)ぎ身(み)を転(めぐ)らせ、慌(あわ)てて避(よ)け過(す)ぎると、まっすぐ流沙河(りゅうさが)の裡(うち)へと鑽(もぐ)り込(こ)んでしまった。  八戒(はっかい)はたいそう腹(はら)を立(た)てて乱(みだ)りに跳(おど)って言(い)った。「兄貴(あにき)、誰(だれ)がそちらを来(こ)させたのです。かの怪(あやかし)は次第(しだい)に手(て)が慢(おそ)くなり、我(わ)が钯(は)を架(う)けるに難(かた)がっておった。もう三五合(さんごごう)もせぬうちに、我(われ)は彼(かれ)を擒(とら)えていたものを。彼(かれ)はそちらが凶険(きょうけん=手荒い)なのを見(み)て、陣(じん)を敗(やぶ)って逃(に)げてしまった。どうしたらよろしいのです」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「兄弟(けいてい)よ、まことに汝(なんじ)に瞞(あざむ)かずに言(い)うが、黄風怪(こうふうかい)を降(くだ)してより、山(やま)を下(くだ)って来(き)て、この一月(ひとつき)ばかり曾(かつ)て棍(こん)を耍(あそ)ばせなんだ。我(われ)は汝(なんじ)が彼(かれ)と戦(たたか)うのの甜美(てんび=心地よげ)なのを見(み)て、耐(た)えきれずに脚(あし)が痒(かゆ)くなり、故(ゆえ)にすなわち跳(と)んで来(き)て耍耍(しゃしゃ=ちょいと遊び)したまでじゃ。かの怪(あやかし)が耍(あそび)を識(し)らずにすなわち往(い)ってしまったとは、知(し)らなんだわい」と。  彼(かれ)の二人(ふたり)は手(て)を攙(たす)け合(あ)い、説説笑笑(せつせつしょうしょう=話し笑い)して、身(み)を転(めぐ)らせて戻(もど)り唐僧(とうそう)に見(まみ)えた。唐僧(とうそう)が言(い)うには、「もしや妖怪(ようせい)を捉(とら)え得(え)たか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「かの妖怪(ようせい)は戦(たたか)いに耐(た)えず、敗(やぶ)れて戻(もど)り水(みず)の裡(うち)へと鑽(もぐ)り込(こ)んで往(い)きました」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、この怪(あやかし)は久(ひさ)しくここに住(す)んでおるゆえ、彼(かれ)はその浅深(せんしん=深浅)を知(し)っておろう。このように辺(ほとり)の無(な)い弱水(じゃくすい)で、また舟楫(しゅうしゅう=舟と櫂)も無(な)いとあれば、須(すべから)く水性(すいせい)を知(し)る者(もの)を得(え)て、引(みちび)き領(みちび)いてもらってこそ好(よ)いのじゃが」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「正(まさ)にこのように言(い)うところじゃ。常言(じょうげん)に道(い)う、朱(しゅ)に近(ちか)ければ赤(あか)し、墨(すみ)に近(ちか)ければ黒(くろ)し、と。かの怪(あやかし)はここに在(あ)るゆえ、断(た)ちて水性(すいせい)を知(し)っておろう。我(われ)らは今(いま)彼(かれ)を拿(とら)えても、且(しばら)く打(う)ち殺(ころ)さず、ただ彼(かれ)に師父(しふ)を送(おく)って河(かわ)を過(わた)らせ、しかる後にまた理会(りかい=処理)しよう」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、遅疑(ちぎ=ためらい)するには及(およ)びませぬ。まずそちらが往(ゆ)いて彼(かれ)を拿(とら)え、老猪(ろうちょ=この豚野郎)が師父(しふ)を看守(かんしゅ)しましょう」と。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「賢弟(けんてい)よ、この樁児(とうじ=この件)については我(われ)はあえて嘴(くち)を説(いば)らぬ。水裡(すいり)の勾当(こうとう=仕事)は、老孫(ろうそん)はあまり十分(じゅうぶん)には熟(なれ)ておらぬ。もし空(から)で走(はし)るにも、なお訣(けつ=印)を捻(ねん)じ、また避水呪(ひすいじゅ)を念(とな)えねばならず、ようやく走(はし)り得(え)るのじゃ。然(しか)らずんば、すなわち変化(へんげ)して何(なん)の魚(うお)や蝦(えび)や蟹(かに)や鱉(すっぽん)の類(たぐい)とならねば、我(われ)は往(ゆ)き得(え)ぬ。もし手段(しゅだん)を賭(と)することについて言(い)えば、汝(なんじ)が高山(こうざん)や雲(くも)の裡(うち)に在(あ)って、何(なん)の蹊蟯(けいぎょう=奇矯)異様(いよう)な事(こと)をなそうと、老孫(ろうそん)は皆(みな)できるが、ただ水裡(すいり)の売買(ばいばい=商売)ばかりは、些(いささ)か榔杭(ろうこう=やりにくい)じゃ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「老猪(ろうちょ)は当年(とうねん)天河(てんが)を総督(そうとく)し、八万(はちまん)の水兵(すいへい)の大衆(たいしゅう)を掌管(しょうかん=取り仕切)っておったゆえ、かえって些(いささ)かの水性(すいせい)を学(まな)び知(し)っておるが、ただ怕(おそ)れるはあの水(みず)の裡(うち)に何(なん)の眷族(けんぞく=家族)や老小(ろうしょう=年寄りや子供)がおって、七窩八代(しちかはちだい=七軒八代)とも皆(みな)来(きた)ったなら、我(われ)は彼(かれ)らを弄(りょう=手なずけ)し得(え)ず、一時(いちじ)に彼(かれ)らに撈(すく)い取(と)られはせぬか」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)もし彼(かれ)が水(みず)の中(なか)に到(いた)って彼(かれ)と交戦(こうせん)するなら、しかし恋戦(れんせん=長引く戦い)すること莫(なか)れ。敗(やぶ)るるを許(ゆる)して勝(か)つを許(ゆる)さず、彼(かれ)を引(ひ)き将(も)い出(だ)して、老孫(ろうそん)が下(くだ)して手(て)を助(たす)けるのを待(ま)て」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「言(い)うところは然(しか)り、我(われ)は往(ゆ)くぞ」と。  去(ゆ)くと声(こえ)をかけて、すなわち青錦(せいきん)の直裰(じきとつ=僧衣)を剥(ぬ)ぎ、鞋(くつ)を脱(ぬ)ぎ、双手(もろて)に钯(は)を舞(ま)わせ、水路(すいろ)を分(わ)け開(ひら)き、かの当年(とうねん)の旧手段(きゅうしゅだん=昔の技)を使(つか)い出(だ)し、浪(なみ)を躍(おど)らせ波(なみ)を翻(ひるがえ)しつつ、撞(つ)いて中(なか)へと入(い)り往(ゆ)き、まっすぐ水底(すいてい)の下(した)に至(いた)って、前(まえ)へと正(まさ)に走(はし)っておった。  さて、かの怪(あやかし)は陣(じん)に敗(やぶ)れて戻(もど)り、ようやく喘(あえぎ)も定(さだ)まったところ、また人(ひと)が水(みず)を推(お)して響(ひび)くのが聞(き)こえたので、忽(たちま)ち身(み)を起(お)こして観(み)るに、元来(がんらい)八戒(はっかい)が钯(は)を執(と)って水(みず)を推(お)しておったのじゃ。かの怪(あやかし)は杖(じょう)を挙(あ)げて当面(とうめん=正面)より高(たか)く呼(よ)んで言(い)った。「かの和尚(おしょう)、どこへ走(に)げる。仔細(しさい=よく)看(み)よ、打(う)つぞ」と。八戒(はっかい)は钯(は)を使(つか)って架(う)け止(と)めて言(い)った。「汝(なんじ)は何(なん)の妖精(ようせい)か、あえてこの間(あいだ)に在(あ)って路(みち)を擋(ふさ)ぐか」と。  かの妖(よう)が言(い)うには、「汝(なんじ)は我(われ)を認(みと)めぬのか。我(われ)はあの妖魔鬼怪(ようまきかい)でも無(な)ければ、また少姓無名(しょうせいむみょう=姓無く名無き者)でも無(な)い」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「汝(なんじ)既(すで)に邪妖鬼怪(じゃようきかい)で無(な)いなら、どうしてここに在(あ)って生(いのち)を傷(きずつ)けるのか。汝(なんじ)が端(つまびらか)なる何(なん)の姓名(せいめい)なるか、実(じつ)に実(じつ)に説(と)いてみよ、我(われ)が汝(なんじ)の性命(せいめい)を饒(ゆる)してやろう」と。かの怪(あやかし)が言(い)うには。  我(われ)は小(ちい)さきより生(う)まれ来(き)て神気(しんき)壮(さか)んにして、  乾坤(けんこん)万里(ばんり)を曾(かつ)て遊蕩(ゆうとう=遊び歩き)せり。  英雄(えいゆう)天下(てんか)に威名(いめい)を顕(あらわ)し、  豪傑(ごうけつ)人家(じんか)に模様(もよう)を作(な)す。  万国九州(ばんこくきゅうしゅう)を我(わ)が行(ゆ)くに任(まか)せ、  五湖四海(ごこしかい)は吾(われ)に従(したが)って撞(ゆ)く。  皆(みな)道(みち)を学(まな)んで天涯(てんがい)を蕩(ただよ)うに因(よ)り、  只(た)だ師(し)を尋(たず)ねて地曠(ちこう=広き地)を遊(あそ)ぶが為(ため)なり。  常年(じょうねん)衣鉢(いはつ)は謹(つつし)んで身(み)に随(したが)い、  毎日(まいにち)心神(しんしん)は放(はな)つべからず。  地(ち)に沿(そ)いて雲遊(うんゆう)数十遭(すうじゅうそう)、  到(いた)る処(ところ)に閑行(かんこう)百余趟(ひゃくよとう)。  此(これ)に因(よ)ってすなわち真人(しんじん)に遇(あ)い得(え)、  大道(だいどう)の金光(きんこう)の亮(あきらか)なるを引(ひら)き開(ひら)かれたり。  先(ま)ず将(も)って嬰児奼女(えいじさじょ)を収(おさ)め、  後(のち)に把(も)って木母金公(もくぼきんこう)を放(はな)つ。  明堂(めいどう)の腎水(じんすい)は華池(かち)に入(い)り、  重楼(じゅうろう)の肝火(かんか)は心臓(しんぞう)に投(とう)ず。  三千(さんぜん)の功(こう)満(み)ちて天顔(てんがん)を拝(はい)し、  志(こころざし)を心(こころ)に朝礼(ちょうれい)して明華(めいか)に向(むか)えり。  玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)すなわち便(すなわ)ち加升(かしょう=昇進)せしめ、  親口(しんこう=みずから)封(ほう)じて巻簾将(かんれんしょう)と為(な)したり。  南天門(なんてんもん)の裡(うち)に我(われ)尊(とうと)しと為(な)り、  霊霄殿(れいしょうでん)の前(まえ)に吾(われ)上(かみ)と称(しょう)せり。  腰間(ようかん)には虎頭牌(ことうはい)を懸(か)け掛(か)け、  手中(しゅちゅう)には降妖杖(ごうようじょう)を執(と)り定(さだ)む。  頭頂(とうちょう)の金盔(きんかい)は日光(にっこう)に晃(きらめ)き、  身(み)に披(まと)う鎧甲(がいこう)は明霞(めいか)の如(ごと)く亮(あき)らかなり。  往来(おうらい)に駕(が)を護(まも)るには我(われ)当(あた)って先(さき)んじ、  出入(しゅつにゅう)に朝(ちょう)に随(したが)うには予(われ)が上(かみ)に在(あ)り。  只(た)だ王母(おうぼ)の蟠桃(ばんとう)を降(くだ)し、  宴(うたげ)を瑶池(ようち)に設(もう)けて衆将(しゅうしょう)を邀(まね)くに因(よ)り、  手(て)を失(しっ)して玉玻璃(ぎょくはり=玉の器)を打(う)ち破(やぶ)れば、  天神(てんしん)ことごとく魂(たましい)飛(と)び喪(うしな)えり。  玉皇(ぎょくこう)すなわち怒(いか)りを生(しょう)じて嗔(いか)り、  却(かえ)って掌朝左輔相(しょうちょうさほしょう)に令(れい)じて、  冠(かんむり)を卸(おろ)し甲(よろい)を脱(ぬ)ぎ官銜(かんがん=官職)を摘(と)り、  身(み)を将(も)って殺場(さつじょう=刑場)に推(お)すべしとせり。  多(おお)くは赤脚大天仙(せっきゃくだいてんせん)の、  班(はん=列)を越(こ)えて啓奏(けいそう)して吾(われ)を将(も)って放(はな)たしむるに虧(よ)れり。  死(し)を饒(ゆる)され生(い)きに回(かえ)りて刑(けい)に典(のっと)られず、  遭貶(そうへん=流罪)せられて流沙(りゅうさ)の東岸(とうがん)のうえに在(あ)らしめらる。  飽(あ)くる時(とき)は此(こ)の山中(さんちゅう)に困臥(こんが=うずくまり)し、  餓(う)ゆれば去(ゆ)きて波(なみ)を翻(ひるがえ)して食餉(しょくしょう=食料)を尋(たず)ぬ。  樵子(しょうし=木こり)は吾(われ)に逢(あ)えば命(いのち)存(ながら)えず、  漁翁(ぎょおう=漁師)は我(われ)を見(み)れば身(み)皆(みな)喪(うしな)う。  来来往往(らいらいおうおう)として人(ひと)を食(く)らうこと多(おお)く、  翻翻復復(はんぽんふくふく)として生(せい)を傷(きずつ)け瘴(しょう=悪気)をなす。  汝(なんじ)あえて行凶(ぎょうきょう=乱暴)して我(わ)が門(もん)に到(いた)るか、  今日(こんにち)肚皮(とひ=腹)の望(のぞ)む所(ところ)有(あ)り。  粗糙(そそう=まずい)にして嘗(な)むるに堪(た)えずと言(い)う莫(なか)れ、  拿(とら)えれば消停(しょうてい=ゆっくり)と鮓醤(さしょう=なます)に剁(きざ)まん。  八戒(はっかい)はこれを聞(き)いて大(おお)いに怒(いか)り、罵(ののし)って言(い)った。「汝(なんじ)というこの潑物(はつぶつ=暴れ者)め、全(まった)く些(いささ)かの眼力(がんりょく=見る目)も無(な)い。我(わ)が老猪(ろうちょ=この豚野郎)はなお掐(つね)れば水沫(すいまつ=みずけ)すら出(で)てくるわ。どうして我(われ)を粗糙(そそう)なりと言(い)い、鮓醤(さしょう)に剁(きざ)もうとするか。見(み)たところ、汝(なんじ)は我(われ)を一(ひと)つの老走硝(ろうそうしょう=古い硝石)と認(みと)めておるな。無礼(ぶれい)あること莫(な)かれ。汝(なんじ)が祖宗(そそう=先祖)のこの一钯(いっぱ)を食(く)らえ」と。  かの怪(あやかし)は钯(は)の来(きた)るを見(み)て、一(ひと)つの「鳳点頭(ほうてんとう)」を使(つか)って避(よ)け過(す)ぎた。二人(ふたり)は水(みず)の中(なか)より打(う)ちて水面(すいめん)へと出(で)て、おのおの浪(なみ)を踏(ふ)み波(なみ)に登(のぼ)った。この一場(いちば)の賭闘(ととう=勝負の戦い)は、前(まえ)と比(くら)べて同(おな)じからず。汝(なんじ)、かの有様(ありさま)を見(み)よ。  巻簾将(かんれんしょう)と天蓬帥(てんぽうすい)、  おのおの神通(じんつう)を顕(あらわ)してまことに愛(あい)すべし。  かれなる降妖宝杖(ごうようほうじょう)は頭(あたま)を照(てら)して輪(めぐ)り、  これなる九歯釘钯(きゅうしていは)は手(て)に随(したが)いて快(こころよ)し。  浪(なみ)を躍(おど)らせて山川(さんせん)を振(ふるわ)し、  波(なみ)を推(お)して世界(せかい)を昏(くら)くす。  凶(きょう)なること太歳(たいさい)の幛幡(しょうばん=旗)を撞(つ)くが如(ごと)く、  悪(あ)しきこと喪門(そうもん=凶神)の宝蓋(ほうがい=天蓋)を掀(めく)るに似(に)たり。  この一(ひと)つは赤心(せきしん)凛凛(りんりん)として唐僧(とうそう)を保(まも)り、  かの一(ひと)つは罪(つみ)を犯(おか)して滔滔(とうとう)として水怪(すいかい)と為(な)る。  钯(は)は抓(つか)む一下(いっか)に九条(きゅうじょう)の痕(あと)を残(のこ)し、  杖(じょう)の打(う)つ時(とき)には魂魄(こんぱく)敗(やぶ)る。  力(ちから)を努(つと)めて喜(よろこ)んで相持(そうじ=争い)し、  心(こころ)を用(もち)いて賭賽(とさい=勝負)を要(よう)す。  算(かぞ)え来(きた)れば只(た)だ取経人(しゅきょうにん)の為(ため)に、  怒気(どき)天(てん)に衝(つ)いて耐(た)え忍(しの)ぶに忍(しの)びず。  攪(かきみだ)してかの鯾(へん)や鮌(はく)や鯉(り)や鳜(けい)は鮮鱗(せんりん=うろこ)を退(しりぞ)け、  亀(かめ)や鱉(べつ)や黿(げん)や鼉(だ)は嫩蓋(どんがい=柔らかな甲)を傷(きずつ)けらる。  紅蝦(こうか)も紫蟹(しかし)も命(いのち)皆(みな)亡(ほろ)び、  水府(すいふ)の諸神(しょしん)は上(うえ)を朝(おが)んで拝(はい)す。  ただ波(なみ)の翻(ひるがえ)り浪(なみ)の滚(まろ)ぶのが雷轟(らいごう)の如(ごと)くに聞(き)こえ、  日月(じつげつ)は光(ひかり)無(な)く天地(てんち)怪(あやし)む。  二人(ふたり)は整(まさ)に二(ふた)つの時辰(じしん)も闘(たたか)うたが、勝敗(しょうぶ)を分(わ)かなんだ。これこそすなわち、銅盆(どうぼん)の鉄帚(てっそう=鉄のほうき)に逢(あ)い、玉磬(ぎょっけい)の金鐘(きんしょう)に対(たい)する、というものじゃ。  さて、かの大聖(たいせい)は唐僧(とうそう)を保(まも)って、左右(さゆう)に立(た)ち、眼巴巴(がんぱっぱ=じっと)と彼(かれ)の二人(ふたり)が水(みず)のうえに在(あ)って争持(そうじ)しておるのを望(のぞ)んでおったが、ただ彼(かれ)は手(て)を出(だ)すに好(よ)からなんだ。見(み)ればかの八戒(はっかい)が一(ひと)つ钯(は)を虚幌(きょほう=空振り)し、輸(まけ)を佯(よそお)い敗(やぶれ)を詐(いつわ)り、頭(あたま)を転(めぐ)らせて東岸(とうがん)のうえへと走(はし)るのが見(み)えた。かの怪(あやかし)は後(うしろ)に随(したが)って追(お)って来(き)たが、近(ちか)く岸辺(きしべ)に到(いた)ろうとした時(とき)、この行者(ぎょうじゃ)は耐(た)え忍(しの)びきれず、師父(しふ)を撇(す)て、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて、河辺(かへん)へと跳(と)んで往(ゆ)き、妖精(ようせい)を望(めが)けて劈頭(へきとう=頭めがけて)すなわち打(う)った。かの妖物(ようぶつ)はあえて相(あい)迎(むか)えず、颼(しゅう)とまた河内(かだい)へと鑽(もぐ)り込(こ)んでしまった。  八戒(はっかい)は嚷(わめ)いて言(い)った。「汝(なんじ)というこの弼馬温(ひつばおん)め、まことに一(ひと)つの急(せっかち)な猴子(こうし=猿)じゃ。汝(なんじ)もう些(いささ)か緩(ゆる)やかにしてくれれば、我(われ)が彼(かれ)を哄(だま)して高(たか)き処(ところ)まで到(いた)らせ、その時(とき)そちらが河辺(かへん)を阻(ふさ)いで、彼(かれ)に首(くび)を回(めぐ)らすことができぬようにすれば、すなわち彼(かれ)を拿(とら)えておったものを。彼(かれ)がこのように中(なか)へ入(い)って往(い)ったからには、またいつになれば肯(あえ)て出(で)て来(く)ろうぞ」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「呆子(ほうし)よ、嚷(わめ)くな、嚷(わめ)くな。我(われ)らは且(しばら)く戻(もど)って師父(しふ)に見(まみ)えて来(こ)よう」と。八戒(はっかい)はすなわち行者(ぎょうじゃ)と同(とも)に高岸(こうがん)のうえへと到(いた)り、三蔵(さんぞう)に見(まみ)えた。三蔵(さんぞう)は身(み)を欠(かが)めて言(い)った。「徒弟(とてい)よ、苦労(くろう)であったな」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「しばらく苦労(くろう)は言(い)わぬとして、ただ妖精(ようせい)を降(くだ)し、そなたを送(おく)って河(かわ)を過(わた)らせてこそ、方(まさ)に万全(ばんぜん)の策(さく)でありましょう」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「汝(なんじ)はたった今(いま)妖精(ようせい)と交戦(こうせん)して如何(いかん)であったか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「かの妖(よう)の手段(しゅだん)は、老猪(ろうちょ)とこれ一(ひと)つの対手(ついで=好敵手)でございます。ちょうど戦(たたか)っておる処(ところ)で、一(ひと)つの詐敗(さはい=偽りの敗走)を使(つか)ったところ、彼(かれ)はやっと岸(きし)のうえまで追(お)って来(き)ました。師兄(しけい)が棍(こん)を挙(あ)げておるのを見(み)て、彼(かれ)はすなわち跑(に)げてしまいました」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「このようではどうして奈何(いかん)ともしようぞ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには。 「師父(しふ)よ、ご安心(あんしん)あれ、且(しばら)く焦(あせ)り悩(なや)むこと莫(なか)れ。今(いま)天色(てんしょく=空模様)はまた晩(おそ)うございますゆえ、且(しばら)くこの崖次(がいじ=崖のほとり)の下(した)に坐(ざ)しておられよ。老孫(ろうそん)が往(ゆ)きて些(いささ)かの斎飯(さいはん=精進食)を化(け=托鉢し)て来(く)るまで、そなたはそれを食(くら)って睡(ねむ)られよ、明日(あす)また処置(しょち)しよう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「言(い)われることは然(しか)り、そちらは速(すみ)やかに往(ゆ)き速(すみ)やかに来(きた)られよ」と。  行者(ぎょうじゃ)は急(いそ)ぎ雲(くも)を縦(ほしいまま)にして跳(と)び起(お)きて往(ゆ)き、ちょうど直北(ちょくほく)の下(もと)の人家(じんか)に到(いた)って一鉢(ひとつばち)の素斎(そさい=精進料理)を化(こ)し、戻(もど)って師父(しふ)に献(けん)じた。師父(しふ)は彼(かれ)の来(く)るののたいそう速(すみ)やかなのを見(み)て、すなわち叫(よ)んだ。「悟空(ごくう)、我(われ)らが斎(とき)を化(こ)したあの人家(じんか)に往(ゆ)きて、彼(かれ)に一(ひと)つの過河(かが=河を渡る)の策(さく)を求(もと)め問(と)うてみてはどうか。この怪(あやかし)と争持(そうじ)するにも強(まさ)るのではあるまいか」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「この家(いえ)はたいそう遠(とお)いのじゃ。相(あい)去(さ)ること五七千里(ごしちせんり)の路(みち)がある。彼(かれ)らがそこでどうして水性(すいせい)を知(し)り得(え)ようか。彼(かれ)に問(と)うて何(なん)の益(えき)があろう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)はまた謊(うそ)を扯(ひ)き廻(まわ)す。五七千里(ごしちせんり)の路(みち)を、どうしてそちらはこのように往(ゆ)き来(き)るのが速(すみ)やかなのです」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)はそこでどうして暁(さと)り得(え)ようか。老孫(ろうそん)の觔斗雲(きんとんうん)は、一(ひと)つ縦(と)べば十万八千里(じゅうまんはっせんり)ある。この五七千路(ごしちせんろ)の如(ごと)きは、ただ頭(あたま)を点(うなず)かしめて二点(にてん)し、腰(こし)を躬(かが)めて一躬(いっきゅう)するだけで、すなわちこれ一(ひと)つの往回(おうかい=往復)じゃ。何(なん)の難(かた)きことが有(あ)ろうぞ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、既(すで)にこのように容易(たやす)いなら、そちらが師父(しふ)を背負(お)って、ただ頭(あたま)を点点(てんてん)と点(うなず)かしめ、腰(こし)を躬躬(きゅうきゅう)と躬(かが)めて、跳(と)んで過(わた)ってしまえばよいものを、何(なん)ぞ苦(くる)しむように彼(かれ)と厮戦(しせん=切り結ぶ)する必要(ひつよう)がありましょう」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)は雲(くも)に駕(が)することができぬのか。汝(なんじ)が師父(しふ)を馱(おぶ)って過(わた)って往(ゆ)けばよいではないか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「師父(しふ)の骨肉凡胎(こつにくぼんたい=人のからだ)は、泰山(たいざん)よりも重(おも)うございます。我(わ)がこの雲(くも)に駕(が)する身(み)では、どうして称(つりあ)い起(た)てましょう。須(すべから)くそちらが觔斗(きんとん)にあってこそ方(まさ)にできるのでございます」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(わ)が觔斗(きんとん)も、好道(こうどう=もとより)また雲(くも)に駕(が)するものじゃ、ただ去(ゆ)くに遠近(えんきん)の些(いささ)かあるまでのことよ。汝(なんじ)が馱(おぶ)い動(うご)かせぬなら、我(われ)はどうして馱(おぶ)い動(うご)かせようか。古(いにしえ)より道(い)う、泰山(たいざん)を遣(つかわ)すは芥子(かいし=芥の実)より軽(かる)く、凡夫(ぼんぷ)を携(たずさ)うるは紅塵(こうじん)を脱(だっ)し難(がた)し、と。この潑魔毒怪(はつまどくかい)の如(ごと)き、摂法(せっぽう=物を引き寄せる術)を使(つか)い、風頭(ふうとう=風の先)を弄(ろう)するのは、これ扯扯拉拉(しゃしゃらつらつ=引きずり)として地(つち)に就(つ)いて行(ゆ)くもので、空(そら)の中(なか)へと帯(たい)して去(さ)ることはできぬ。あのような法児(ほうじ=術)は、老孫(ろうそん)もまた使(つか)い弄(ろう)せる。またあの隠身法(おんしんぽう)や縮地法(しゅくちほう)も、老孫(ろうそん)は件件(けんけん)皆(みな)知(し)っておる」と。 「ただこれ師父(しふ)が異邦(いほう)を窮歴(きゅうれき=くまなく巡り)しなければならず、未(いま)だ苦海(くかい)を超脱(ちょうだつ)することが能(あた)わぬゆえ、これによって寸歩(すんぽ)も行(ゆ)き難(がた)いのじゃ。我(われ)と汝(なんじ)はただ一(ひと)つの擁護(ようご=守り)をなすのみで、彼(かれ)が身(み)在(あ)り命(いのち)在(あ)るを保(まも)り得(え)るだけで、これらの苦悩(くのう)に替(かわ)ることもできず、また経(きょう)を取(と)って来(く)ることもできぬ。もし能(よ)く先(さき)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)に見(まみ)えたとしても、かの仏(ほとけ)もまた肯(あえ)て経(きょう)を善(よ)く汝(なんじ)と我(われ)に与(あた)えられようか。正(まさ)にこれを、若(も)し将(も)って容易(たやす)く得(う)れば、便(すなわ)ち等閑(とうかん=ありふれたもの)と作(な)して看(み)る、と叫(よ)ぶのじゃ」と。  かの呆子(ほうし)はこれを聞(き)いて、喏喏(じゃくじゃく=へえへえ)と聴受(ちょうじゅ=聞き従い)した。すなわち些(いささ)かの菜(さい)の無(な)い素食(そしょく=精進物)を食(くら)い、師徒(しと)たちは流沙河(りゅうさが)の東崖次(とうがいじ=東の崖のほとり)の下(した)に歇(やす)んだ。  次(つぎ)の早(あさ)、三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「悟空(ごくう)、今日(こんにち)はどう区処(くしょ=処理)しようぞ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「何(なん)の区処(くしょ)も無(な)い、また八戒(はっかい)が水(みず)へと下(くだ)らねばならぬ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)は自(みずか)ら清(きよ)らにしようと図(はか)って、ただ我(われ)をして水(みず)へと下(くだ)らせるのですな」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「賢弟(けんてい)よ、この番(ばん)は我(われ)はまた急性(きゅうせい=せっかち)にはせぬ。ただ汝(なんじ)に彼(かれ)を引(ひ)き上(あ)げさせ、我(われ)が河沿(かえん)を攔(ふさ)いで、彼(かれ)を戻(もど)さず、必(かなら)ず彼(かれ)を将(も)って擒(とら)えよう」と。  好(よ)きかな八戒(はっかい)、顔(かお)を抹抹(まくまく=こすりこすり)し、精神(せいしん)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、双手(もろて)に钯(は)を拿(と)って河沿(かえん)へと到(いた)り、水路(すいろ)を分(わ)け開(ひら)き、依然(いぜん)としてまた窩巣(かそう=ねぐら)まで下(くだ)って往(ゆ)った。かの怪(あやかし)はたった今(いま)睡(ねむ)りより醒(さ)めたところ、忽(たちま)ち水(みず)を推(お)して響(ひび)くのが聞(き)こえ、急(いそ)ぎ頭(あたま)を回(めぐ)らせて睛(ひとみ)を睜(ひら)いて看(み)るに、八戒(はっかい)が钯(は)を執(と)って下(くだ)り至(いた)るのが見(み)えたので、彼(かれ)は跳(と)び出(で)て来(き)て、当頭(とうとう=正面)に阻(ふさ)がって喝(かつ)した。「慢(おそ)く来(こ)い、慢(おそ)く来(こ)い。杖(じょう)を看(み)よ」と。八戒(はっかい)は钯(は)を挙(あ)げて架(う)け止(と)めて言(い)った。 「汝(なんじ)は何(なん)の哭喪杖(こくそうじょう=葬式の杖)か、汝(なんじ)が祖宗(そそう)に杖(じょう)を看(み)よと言(い)うか」と。かの怪(あやかし)が言(い)うには、「汝(なんじ)というこの厮(やつ)め、まことに暁(さと)らぬのう。我(わ)がこの宝杖(ほうじょう)は元来(がんらい)名誉(めいよ)大(だい)にして、本(もと)これ月(つき)の裡(うち)の梭羅(さくら)の派(は)なり。呉剛(ごごう)が伐(き)り下(おろ)せる一枝(いっし)より来(きた)り、魯班(ろはん)が製造(せいぞう)して工夫(くふう)の蓋(おお)いなるかな。裡辺(うち)に一条(いちじょう)の金(きん)の心(こころ)に趁(かな)うが有(あ)り、外辺(そと)に万道(ばんどう)の珠絲玠(しゅしがい=真珠の糸)あり。名称(めいしょう)は宝杖(ほうじょう)、善(よ)く妖(よう)を降(くだ)し、永(とこしえ)に霊霄(れいしょう)に鎮(しず)めて能(よ)く怪(あやかし)を伏(ふく)す。只(た)だ官(かん)に拝(はい)せられて大将軍(だいしょうぐん)となるに因(よ)り、玉皇(ぎょくこう)我(われ)に賜(たま)うて身(み)に随(したが)えて帯(お)ばしむ。或(あるい)は長(なが)く或(あるい)は短(みじか)きは吾(わ)が心(こころ)に任(まか)せ、細(ほそ)きを要(よう)し粗(あら)きを要(よう)するは意態(いたい=思いのまま)に憑(よ)る。曾(かつ)て駕(が)を護(まも)りて蟠桃(ばんとう)に宴(うたげ)し、曾(かつ)て朝(ちょう)に随(したが)いて上界(じょうかい)に居(お)れり。殿(でん)に値(あた)るには曾(かつ)て衆聖(しゅうせい)の参(さん)するを経(へ)、巻簾(かんれん)には曾(かつ)て諸仙(しょせん)の拝(はい)するを見(み)たり。養(やしな)い成(な)せる霊性(れいせい)の一神兵(いちしんぺい)にして、これ人間(にんげん)の凡器械(ぼんきかい)に非(あら)ず。天門(てんもん)より遭貶(そうへん)されて下(くだ)りしより、意(こころ)に任(まか)せて海外(かいがい)に縦横(じゅうおう)に遊(あそ)ぶ。当(あた)らずと雖(いえど)も大胆(だいたん)に自(みずか)ら称(しょう)し誇(ほこ)るは、天下(てんか)の槍刀(そうとう)も比(くら)べ賽(きそ)い難(がた)し。看(み)よ、汝(なんじ)がかの鏽(さ)びた釘钯(ていは)は、只(た)だ田(た)を鋤(す)き菜(さい)を築(つ)くに好(よ)きのみ」と。  八戒(はっかい)は笑(わら)って言(い)った。「我(われ)は汝(なんじ)を少(すくな)く打(う)たれし潑物(はつぶつ)と把(みな)す。且(しばら)く何(なん)の築菜(ちくさい=畑仕事)などを管(かま)うな、只(た)だ怕(おそ)れるは一(ひと)つ蕩(あた)りて、汝(なんじ)に膏薬(こうやく)を貼(は)る処(ところ)無(な)からしめ、九(ここの)つの眼子(がんし=穴)より一齊(いっせい)に血(ち)を流(なが)さしむることよ。縦然(たと)い死(し)なずとも、これまた一(ひと)つの老(おい)るまでの破傷風(はしょうふう)であろうぞ」と。  かの怪(あやかし)は架子(かし=構え)を投(な)げ開(ひら)き、あの水底(すいてい)の下(した)に在(あ)って、八戒(はっかい)と依然(いぜん)として打(う)ちて水面(すいめん)へと出(で)た。この一(ひと)番(つがい)の闘(たたか)いは、前(まえ)に比(くら)べて果(はた)して更(さら)に同(おな)じからず。汝(なんじ)、彼(かれ)の有様(ありさま)を見(み)よ。  宝杖(ほうじょう)輪(めぐ)り、釘钯(ていは)築(つ)く、  言語(げんご)通(つう)ぜざれば眷属(けんぞく)に非(あら)ず。  只(た)だ木母(もくぼ)の刀圭(とうけい)を克(こく=制)するに因(よ)り、  両下(りょうか)の相(あい)戦触(せんしょく=ぶつかり合う)を致(いた)さしむ。  輸贏(しゅえい=勝ち負け)無(な)く、反復(はんぷく)無(な)く、  波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を淘(あら)いて和睦(わぼく)ならず。  この者(もの)の怒気(どき)はどうして含(ふく)み容(い)れ得(え)よう、  かの者(もの)の傷心(しょうしん)は辱(はずかしめ)を忍(しの)び難(がた)し。  钯(は)来(きた)れば杖(じょう)架(う)けて英雄(えいゆう)を逞(たくま)しくし、  水(みず)は流沙(りゅうさ)に滚(まろ)んで能(よ)く悪毒(あくどく)なり。  気(き)は昂昂(こうこう)として、労碌碌(ろうろくろく)、  多(おお)くは三蔵(さんぞう)の西域(せいいき)に朝(ちょう)するに因(よ)る。  釘钯(ていは)は老大(ろうだい=たいそう)凶(きょう)にして、  宝杖(ほうじょう)は十分(じゅうぶん)に熟(なれ)たり。  この者(もの)は揪(つか)みて岸(きし)のうえへと拖(ひ)き往(ゆ)かんとし、  かの者(もの)は抓(つか)み来(きた)ってすなわち水(みず)の裡(うち)へと沃(そそ)がんとす。  声(こえ)は霹靂(へきれき)の如(ごと)くに魚龍(ぎょりゅう)を動(うご)かし、  雲(くも)暗(くら)く天(てん)昏(くら)くして神鬼(しんき)伏(ふく)す。  この一場(いちば)は、来来往往(らいらいおうおう)として、三十回合(さんじゅうがっすう)も闘(たたか)うたが、強弱(きょうじゃく)を見(み)せなんだ。八戒(はっかい)はまた一(ひと)つの佯輸計(ようしゅけい=偽りの敗走の計)を使(つか)い、钯(は)を拖(ひ)きて走(はし)った。かの怪(あやかし)は後(うしろ)に随(したが)ってまた追(お)って来(き)たが、波(なみ)を擁(お)し浪(なみ)を捉(つか)んで、崖辺(がいへん)まで追(お)い至(いた)った。八戒(はっかい)は罵(ののし)って言(い)った。「我(われ)は汝(なんじ)をこの潑怪(はつかい)と把(みな)す。汝(なんじ)、上(あが)って来(こ)い。この高(たか)き処(ところ)は、脚(あし)地(つち)を踏(ふ)んで打(う)つのに好(よ)いぞ」と。かの妖(よう)は罵(ののし)って言(い)った。「汝(なんじ)というこの厮(やつ)め、我(われ)を哄(だま)して上(あが)らせ、またあの幇手(ほうしゅ=助っ人)を教(よ)び来(こ)ようとするな。汝(なんじ)下(くだ)って来(こ)い、また水(みず)の裡(うち)に在(あ)って相(あい)闘(たたか)おう」と。元来(がんらい)かの妖(よう)は乖(かしこ)くなっており、また肯(あえ)て岸(きし)へと上(あが)らず、ただ河沿(かえん)に在(あ)って八戒(はっかい)と鬧吵(とうそう=騒ぎ争)っておった。  さて、行者(ぎょうじゃ)は彼(かれ)が肯(あえ)て岸(きし)へと上(あが)らぬのを見(み)て、急(せ)かされて心(こころ)焦(あせ)り性(せい)爆(ばく=いらだち)し、一把(ひとつかみ)に捉(とら)え来(きた)らんことを恨(うら)んだ。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「師父(しふ)よ、そなたは自(みずか)ら坐(すわ)っておられよ。我(われ)が彼(かれ)に一(ひと)つの「餓鷹雕食(がおうちょうしょく=飢えた鷹が食らう)』を与(あた)えんとす」と。すなわち筋斗(きんとん)を縦(ほしいまま)にして、半空(はんくう)に跳(と)び上(あ)がり、刷(さっ)と落(お)ち下(くだ)って来(き)て、かの妖(よう)を抓(つか)もうとした。かの妖(よう)はちょうど八戒(はっかい)と嚷鬧(じょうとう=わめき争)っておったが、忽(たちま)ち風(かぜ)の響(ひび)くのが聞(き)こえ、急(いそ)ぎ頭(あたま)を回(めぐ)らせて、行者(ぎょうじゃ)が雲(くも)より落(お)ち下(くだ)って来(く)るのを見(み)ると、またかの杖(じょう)を収(おさ)め、一頭(いっとう=まっさかさま)に水(みず)へと淬(つ)き込(こ)み、跡(あと)を隠(かく)し踪(あと)を潜(ひそ)めて、渺然(びょうぜん)として見(み)えずなってしまった。  行者(ぎょうじゃ)は岸(きし)のうえに佇立(ちょりつ)して、八戒(はっかい)に向(むか)って言(い)った。「兄弟(けいてい)よ、この妖(よう)もまた弄(ろう=手管)に滑(なめ)らかになっておる。彼(かれ)はまた肯(あえ)て岸(きし)へと上(あが)らぬ。これを奈何(いかん)ともしようぞ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「難(かた)い、難(かた)い、難(かた)い。彼(かれ)に戦(たたか)って勝(か)てぬ。—乳(ち)を飲(の)む気力(きりょく)をも使(つか)い尽(つ)くしても、ただ一(ひと)つの手平(てい=互角)を繃(やっ)とのことで保(たも)つばかりじゃ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「且(しばら)く師父(しふ)に見(まみ)えて来(こ)う」と。  二人(ふたり)はまた高岸(こうがん)へと到(いた)り、唐僧(とうそう)に見(まみ)えて、捉(とら)え難(がた)きを備(つぶさ)に言(い)った。かの長老(ちょうろう)は満眼(まんがん)に涙(なみだ)を下(したた)らせて言(い)った。「このように艱難(かんなん)では、どうして渡(わた)り得(え)ようぞ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「師父(しふ)よ、煩悶(はんもん)することを要(よう)せず。この怪(あやかし)は深(ふか)く水底(すいてい)に潜(ひそ)んでおるゆえ、実(じつ)に行(ゆ)き難(がた)いのじゃ。八戒(はっかい)、汝(なんじ)はただここに在(あ)って師父(しふ)を保守(ほしゅ)せよ、また彼(かれ)と厮闘(しとう=切り結ぶ)すること莫(なか)れ、老孫(ろうそん)が南海(なんかい)へと往(ゆ)きて走走(そうそう=ちょっと行って)来(く)るまでな」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、そちらが南海(なんかい)へ往(ゆ)かれて何(なん)の用(よう)があるのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには。 「この経(きょう)を取(と)る勾当(こうとう=仕事)は、元来(がんらい)観音菩薩(かんのんぼさつ)のものであり、我(われ)らを脱解(だっかい=解放)してくださったのも、また観音菩薩(かんのんぼさつ)であった。今日(こんにち)流沙河(りゅうさが)に路(みち)を阻(へだ)てられて前進(ぜんしん)できず、彼(かれ)を得(え)ねばどうして処治(しょち=処理)し得(え)ようか。我(われ)が往(ゆ)きて彼(かれ)を請(こ)うて来(く)るのは、なおこの妖精(ようせい)と相(あい)闘(たたか)うに強(まさ)るであろう」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「然(しか)り、然(しか)り。師兄(しけい)、そちらが往(ゆ)かれる時(とき)、千万(くれぐれ)も我(われ)に代(か)わって一声(ひとこえ)上復(じょうふく=お伝え)してほしい。向日(その日)は多(おお)く指教(しきょう=ご教示)を承(うけたまわ)りました、と」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「悟空(ごくう)、もし菩薩(ぼさつ)を請(こ)うに往(ゆ)くなら、しかしまた遅疑(ちぎ=ためらい)するには及(およ)ばぬ。速(すみ)やかに往(ゆ)きて赶(お)って来(きた)れ」と。  行者(ぎょうじゃ)はすなわち筋斗雲(きんとんうん)を縦(ほしいまま)にして、まっすぐ南海(なんかい)へと上(のぼ)った。おお、半(なか)ばの時辰(じしん)を消(しょう=費や)さずして、早(はや)くも普陀山(ふださん)の境(さかい)が望(のぞ)まれた。須臾(しばらく)の間(あいだ)に筋斗(きんとん)を墜(おと)し下(くだ)って、紫竹林(しちくりん)の外(そと)に到(いた)ると、またかの二十四路(にじゅうよんろ)の諸天(しょてん)が、前(まえ)へと往(ゆ)きて迎(むか)えて言(い)うのが見(み)えた。「大聖(たいせい)、何(どこ)より来(きた)られる」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(わ)が師(し)に難(なん)が有(あ)り、特に来(き)たって菩薩(ぼさつ)に謁見(えっけん)もうしあげる」と。諸天(しょてん)が言(い)うには、「請(こ)う、坐(ざ)せよ、容(ゆる)して報(ほう)ぜん」と。  かの輪日(りんじつ=日直)の諸天(しょてん)は、まっすぐ潮音洞(ちょうおんどう)の前(まえ)に至(いた)って報(ほう)じて言(い)うには、「孫悟空(そんごくう)が事(こと)有(あ)って朝見(ちょうけん)を乞(こ)うております」と。菩薩(ぼさつ)はちょうど捧珠龍女(ほうじゅりゅうにょ=珠を捧げる龍女)と宝蓮池(ほうれんち)の畔(ほとり)に在(あ)って欄(らんかん)に扶(すが)り花(はな)を看(み)ておったが、報(ほう)を聞(き)くや、すなわち雲岩(うんがん=雲のある岩)へと転(うつ)り、門(もん)を開(ひら)いて喚(よ)び入(い)れた。大聖(たいせい)は端粛(たんしゅく=謹んで)として皈依(きえ)し参拝(さんぱい)した。菩薩(ぼさつ)問(と)うて曰(いわ)く。 「汝(なんじ)どうして唐僧(とうそう)を保(まも)らず、何(なん)の事(こと)のためにまた来(き)たって我(われ)に見(まみ)えるか」と。行者(ぎょうじゃ)は啓上(けいじょう=申し上げ)して言(い)った。「菩薩(ぼさつ)、我(わ)が師父(しふ)は先(さき)に高老荘(こうろうしょう)に在(あ)って、また一(ひと)りの徒弟(とてい)を収(おさ)め、名(な)を猪八戒(ちょはっかい)と喚(よ)びますが、多(おお)く菩薩(ぼさつ)がまた法諱(ほうき=戒名)悟能(ごのう)を賜(たま)わったことを蒙(こうむ)りました。やっと黄風嶺(こうふうれい)を過(す)ぎ往(ゆ)きて、今(いま)八百里(はっぴゃくり)の流沙河(りゅうさが)に至(いた)りましたが、これすなわち弱水(じゃくすい)三千(さんぜん)で、師父(しふ)は既(すで)に渡(わた)るに難(かた)うございます。河(かわ)の中(なか)にまた一人(ひとり)の妖怪(ようせい)がおって、武芸(ぶげい)高強(こうきょう)であり、たいそう悟能(ごのう)が彼(かれ)と水面(すいめん)のうえに在(あ)って三次(さんじ)も大戦(たいせん)したおかげでありましたが、ただ勝(か)つことを得(え)ず、彼(かれ)に攔阻(らんそ=阻まれ)て、河(かわ)を渡(わた)ることができませぬ。これによって特に菩薩(ぼさつ)に告(つ)げもうしあげます、怜憫(れんびん=あわれみ)を垂(た)れられんことを望(のぞ)みます。彼(かれ)を一(ひと)つ済渡(さいど=救い渡)してやってくださいませ」と。  菩薩(ぼさつ)が言(い)うには、「汝(なんじ)というこの猴子(こうし=猿)め、また自満(じまん)を逞(たくま)しくして、肯(あえ)て唐僧(とうそう)を保(まも)る話(はなし)を言(い)い出(だ)さぬのか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)らはただ彼(かれ)を拿(とら)えて、彼(かれ)に我(わ)が師父(しふ)を送(おく)って河(かわ)を渡(わた)らせようとしたのみでございます。水裡(すいり)の事(こと)は、我(われ)はまた精細(せいさい=細かく)弄(ろう=扱)い得(え)ませぬゆえ、ただ悟能(ごのう)が彼(かれ)が窩巣(かそう)を尋(たず)ね当(あ)てて、彼(かれ)と打話(だわ=話し合)いましたが、想(おも)うに曾(かつ)て経(きょう)を取(と)る勾当(こうとう)を言(い)い出(だ)さなんだのでございましょう」と。菩薩(ぼさつ)が言(い)うには。 「かの流沙河(りゅうさが)の妖怪(ようせい)は、すなわち巻簾大将(かんれんだいしょう)の臨凡(りんぼん=この世に下った者)であり、またこれ我(われ)が勧化(かんげ=教化)した善信(ぜんしん=信心和厚き者)で、彼(かれ)に経(きょう)を取(と)るの輩(やから)を保護(ほご)するよう教(おし)えておいたのじゃ。汝(なんじ)もし肯(あえ)て東土(とうど)の取経人(しゅきょうにん)であると言(い)い出(だ)したならば、彼(かれ)は決(けっ)して汝(なんじ)と争持(そうじ)せず、断然(だんぜん)として帰順(きじゅん)するであろう」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「かの怪(あやかし)は今(いま)怯戦(きょうせん=戦いを恐れ)して、肯(あえ)て崖(がけ)へと上(あが)らず、ただ水(みず)の裡(うち)に在(あ)って踪(あと)を潜(ひそ)めております。どうして彼(かれ)を帰順(きじゅん)させ得(え)ましょうか。我(わ)が師(し)はどうして弱水(じゃくすい)を渡(わた)り得(え)ましょう」と。  菩薩(ぼさつ)はすなわち恵岸(えがん)を喚(よ)び、袖(そで)の中(なか)より一(ひと)つの紅葫芦児(べにひさごじ=赤い瓢箪)を取(と)り出(だ)して、吩咐(ふんふ=申しつけ)けて言(い)った。「汝(なんじ)この葫芦(ひさご)を将(も)って、孫悟空(そんごくう)と同(とも)に流沙河(りゅうさが)の水面(すいめん)のうえへと到(いた)り、ただ悟浄(ごじょう)と叫(よ)べば、彼(かれ)はすなわち出(で)て来(く)るであろう。先(ま)ず彼(かれ)を引(みちび)いて唐僧(とうそう)に帰依(きえ)させ、しかる後に彼(かれ)が項下(こうか)の九(ここの)つの骷髅(しゃれこうべ)を一処(いっしょ)に穿(つらぬ)き、九宮(きゅうきゅう)に按(あん)じて布列(ふれつ=並べ)、しかしてこの葫芦(ひさご)を安(やすん)じて中(なか)に当(あ)てれば、すなわちこれ法船(ほうせん)一只(いっせき)で、能(よ)く唐僧(とうそう)を渡(わた)して流沙河界(りゅうさがかい)を過(す)ぎしめ得(え)る」と。  恵岸(えがん)はこれを聞(き)いて、謹(つつし)んで師命(しめい)を遵(したが)い、当時(とうじ)大聖(たいせい)と葫芦(ひさご)を捧(ささ)げて潮音洞(ちょうおんどう)を出(で)、法旨(ほうし)を奉(ほう)じて紫竹林(しちくりん)に辞(じ)した。詩(し)が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く。  五行(ごぎょう)匹配(ひっぱい)して天真(てんしん)に合(がっ)し、  従前(じゅうぜん)の旧主人(きゅうしゅじん)を認(みと)め得(う)。  己(おのれ)を煉(ね)り基(き)を立(た)つるを妙用(みょうゆう)と為(な)し、  邪正(じゃしょう)を弁明(べんめい)して原因(げんいん)を見(み)る。  金(きん)来(きた)って性(しょう)に帰(き)して還(ま)た同類(どうるい)、  木(もく)去(ゆ)きて情(じょう)を求(もと)めて共(とも)に復淪(ふくりん)す。  二土(にど)全功(ぜんこう)成(な)って寂寞(せきばく)たり、  水火(すいか)を調和(ちょうわ)すれば繊塵(せんじん=わずかな塵)没(な)し。  彼(かれ)の二人(ふたり)は多(おお)くの時(とき)を経(へ)ずして雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おと)し、早(はや)くも流沙河(りゅうさが)の岸(きし)に来(き)たった。猪八戒(ちょはっかい)はそれが木吒行者(もくさぎょうじゃ)であると認(みと)め、師父(しふ)を引(みちび)いて前(まえ)へと往(ゆ)きて迎接(げいせつ)した。かの木吒(もくさ)は三蔵(さんぞう)と礼(れい)を畢(おわ)り、また八戒(はっかい)と相(あい)見(まみ)えた。八戒(はっかい)が言(い)うには、「向(さき)には尊者(そんじゃ)の指示(しじ)を蒙(こうむ)り、菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えることができ、我(わ)が老猪(ろうちょ=この豚野郎)は果(はた)して法教(ほうきょう)を遵(したが)い、今(いま)喜(よろこ)んで沙門(しゃもん=仏門)を拝(おが)みました。このところ途(みち)中(ちゅう)に奔碌(ほんろく=奔走)しておって、未(いま)だ致謝(ちしゃ=お礼申し上げる)に及(およ)ばなんだ。罪(つみ)を恕(ゆる)されよ、罪(つみ)を恕(ゆる)されよ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには。 「且(しばら)く闊(わかれ=久闊)を叙(の)べること莫(なか)れ、我(われ)らはかの厮(やつ)を叫(よ)び喚(よ)んで来(こ)よう」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「誰(だれ)を叫(よ)ぶのじゃ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「老孫(ろうそん)は菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えて、前事(ぜんじ)を備(つぶさ)に陳(の)べた。菩薩(ぼさつ)が言(い)われるには、この流沙河(りゅうさが)の妖怪(ようせい)は、すなわち巻簾大将(かんれんだいしょう)の臨凡(りんぼん)であり、天(てん)に在(あ)って罪(つみ)有(あ)るに因(よ)って、この河(かわ)に堕落(だらく)し、形(かたち)を忘(わす)れて怪(あやかし)を作(な)しておる、と。彼(かれ)は曾(かつ)て菩薩(ぼさつ)に勧化(かんげ)され、願(ねが)うて師父(しふ)に帰(き)して西天(せいてん)へと往(ゆ)かんとしておったのじゃ。しかし我(われ)らが曾(かつ)て経(きょう)を取(と)る事情(じじょう)を言(い)い出(だ)さなんだゆえ、これによって苦(くる)しく争闘(そうとう)したのじゃ。菩薩(ぼさつ)は今(いま)木吒(もくさ)を差(つか)わし、この葫芦(ひさご)を将(も)って、この厮(やつ)と結(むす)んで法船(ほうせん)を作(つく)り、そなたを渡(わた)して往(ゆ)かせようとしておられるのじゃ」と。三蔵(さんぞう)はこれを聞(き)いて、頂礼(ちょうらい)すること尽(つ)きず、木吒(もくさ)に向(むか)って礼(れい)を作(な)して言(い)った。「万(よろず)望(のぞ)むらくは尊者(そんじゃ)が作速(さっそく)と一(ひと)つ行(おこな)われんことを」と。  かの木吒(もくさ)は葫芦(ひさご)を捧(ささ)げ定(さだ)め、半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧のなかほど)で、まっすぐ流沙河(りゅうさが)の水面(すいめん)のうえへと到(いた)り、厳(おごそ)かな声(こえ)を張(は)り上(あ)げて叫(さけ)んだ。「悟浄(ごじょう)、悟浄(ごじょう)。取経人(しゅきょうにん)はここに在(あ)ること久(ひさ)しきに、汝(なんじ)どうしてまた肯(あえ)て帰順(きじゅん)せぬか」と。  さて、かの怪(あやかし)は猴王(こうおう)を懼(おそ)れて、水底(すいてい)に回(かえ)り、ちょうど窩(かそう=ねぐら)の中(なか)に在(あ)って歇息(けっそく=休息)しておったが、ただ彼(かれ)が法名(ほうみょう)を叫(よ)ぶのが聞(き)こえ、情(こころ)でこれが観音菩薩(かんのんぼさつ)であると知(し)り、また「取経人(しゅきょうにん)ここに在(あ)り」と説(と)くのを聞(き)いて、彼(かれ)はまた斧鉞(ふえつ=まさかり)をも懼(おそ)れず、急(いそ)ぎ波(なみ)を翻(ひるがえ)して頭(あたま)を伸(の)ばし出(だ)し、またそれが木吒行者(もくさぎょうじゃ)であると認(みと)めた。汝(なんじ)見(み)よ、彼(かれ)の笑盈盈(しょうえいえい=にこにこ)として、前(まえ)へと往(ゆ)きて礼(れい)を作(な)して言(い)うには、「尊者(そんじゃ)、失迎(しつげい=お出迎えがかなわず)。菩薩(ぼさつ)は今(いま)いずこに在(おわ)しますか」と。木吒(もくさ)が言(い)うには、「我(わ)が師(し)は未(いま)だ来(きた)られず、先(ま)ず我(われ)を差(つか)わして来(き)て、汝(なんじ)に早(はや)く唐僧(とうそう)に跟(したが)って徒弟(とてい)と作(な)れと吩咐(いいつけ)られたのじゃ。汝(なんじ)が項下(こうか)に掛(か)けておる骷髅(しゃれこうべ)とこの葫芦(ひさご)とを、九宮(きゅうきゅう)に按(あん)じて結(むす)んで一只(いっせき)の法船(ほうせん)を作(つく)り、彼(かれ)を渡(わた)してこの弱水(じゃくすい)を過(す)ぎしめよと言(い)われた」と。悟浄(ごじょう)が言(い)うには、「取経人(しゅきょうにん)は却(かえ)ってどこに在(おわ)しますか」と。木吒(もくさ)は手(て)を用いて指(さ)して言(い)った。「あの東岸(とうがん)のうえに坐(すわ)っておられるのがそれでないか」と。  悟浄(ごじょう)は八戒(はっかい)を見(み)て言(い)った。「彼(かれ)はいずこより来(きた)ったか知(し)らぬが一(ひと)つの潑物(はつぶつ)で、我(われ)と整(まさ)に二日(ふつか)も闘(たたか)うたが、曾(かつ)て一(ひと)つの取経(しゅきょう)の字(じ)をも言(い)うたことが無(な)い」と。また行者(ぎょうじゃ)を見(み)て言(い)うには、「この主子(しゅし=主人)は、彼(かれ)の幇手(ほうしゅ=助っ人)で、はなはだ利害(すさまじ)い。我(われ)は往(ゆ)かぬ」と。木吒(もくさ)が言(い)うには、「かの者(もの)はこれ猪八戒(ちょはっかい)、この者(もの)はこれ孫行者(そんぎょうじゃ)で、俱(とも)に唐僧(とうそう)の徒弟(とてい)であり、俱(とも)に菩薩(ぼさつ)の勧化(かんげ)した者(もの)である。彼(かれ)らを怕(おそ)れてどうしようか。我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)と同(とも)に唐僧(とうそう)に見(まみ)えて来(こ)う」と。  かの悟浄(ごじょう)はようやく宝杖(ほうじょう)を収(おさ)め、一(ひと)つ黄錦直裰(おうきんじきとつ=黄色の錦の僧衣)を整整(せいせい)ととのえ、岸(きし)のうえへと跳(と)び上(あ)がって来(き)て、唐僧(とうそう)に向(むか)って双膝(そうしつ=両膝)を跪(ひざまず)けて言(い)った。「師父(しふ)、弟子(でし)は眼(め)有(あ)って珠(たま)無(な)く、師父(しふ)の尊容(そんよう=尊いお姿)を認(みと)めず、多(おお)く衝撞(しょうどう=ぶしつけ)をなしました。万(よろず)望(のぞ)むらくは罪(つみ)を恕(ゆる)されんことを」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「汝(なんじ)というこの膿包(のうほう=のろま)め、どうして早(はや)く皈依(きえ)せず、只管(ひたすら)我(われ)と打(う)とうとしたか。これ何(なん)の話(はなし)か」と。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)彼(かれ)を怪(あや)しむな。またこれ我(われ)らが曾(かつ)て取経(しゅきょう)の事様(じよう=事情)と姓名(せいめい)とを言(い)い出(だ)さなんだまでのことじゃ」と。  長老(ちょうろう)が言(い)うには、「汝(なんじ)果(はた)して肯(あえ)て誠心(せいしん)をもって吾(わ)が教(おしえ)に皈依(きえ)するか」と。悟浄(ごじょう)が言(い)うには、「弟子(でし)は向(さき)に菩薩(ぼさつ)の教化(きょうげ)を蒙(こうむ)り、河(かわ)を指(さ)して姓(せい)と為(な)し、我(われ)に法名(ほうみょう)を起(おこ)して、沙悟浄(さごじょう)と喚(よ)ばれました。どうして師父(しふ)に従(したが)わぬ理(ことわり)が有(あ)りましょうや」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「既(すで)にこのようであるならば」と叫(よ)んだ。「悟空(ごくう)、戒刀(かいとう=剃刀)を取(と)って来(きた)り、彼(かれ)に落髪(らくはつ=剃髪)してやれ」と。大聖(たいせい)は言(こと)に依(よ)って、すなわち戒刀(かいとう)を将(も)って彼(かれ)が頭(あたま)を剃(そ)ってやった。  また来(き)たって三蔵(さんぞう)を拝(おが)み、行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)とを拝(おが)んで、大小(だいしょう=長幼)を分(わか)った。三蔵(さんぞう)は彼(かれ)が礼(れい)を行(おこな)うのを見(み)て、まことに一(ひと)つの和尚(おしょう)の家風(かふう=僧侶の風)に象(かたど)っていたゆえ、また彼(かれ)を呼(よ)んで沙和尚(さおしょう)と做(な)した。木吒(もくさ)が言(い)うには、「既(すで)に迦持(かじ)を秉(と)ったからには、叙(の)べ煩(わずら)わすには及(およ)ばぬ、早(はや)く彼(かれ)と法船(ほうせん)を作(つく)って来(こ)う」と。  かの悟浄(ごじょう)は怠慢(たいまん)するを敢(あえ)てせず、すなわち頸項(けいこう=首)の下(した)に掛(か)けておった骷髅(しゃれこうべ)を取(と)り下(おろ)し、索子(さくし=紐)を用いて九宮(きゅうきゅう)に結(むす)び作(な)し、菩薩(ぼさつ)の葫芦(ひさご)を中(なか)に当(あ)てて安(やすん)じ、師父(しふ)に岸(きし)へと下(くだ)ることを請(こ)うた。かの長老(ちょうろう)はすなわち法船(ほうせん)に登(のぼ)り、その上(うえ)に坐(ざ)したが、果(はた)して軽舟(けいしゅう=軽い舟)よりも穏(おだ)やかであった。左(ひだり)には八戒(はっかい)の扶持(ふじ=支え)が有(あ)り、右(みぎ)には悟浄(ごじょう)の捧托(ほうたく=捧げ支え)が有(あ)り、孫行者(そんぎょうじゃ)は後面(こうめん)に在(あ)って龍馬(りゅうば)を牽(ひ)いて半雲半霧(はんうんはんむ)で相(あい)跟(したが)い、頭(ず)の直上(ちょくじょう=真上)にはまた木吒(もくさ)の擁護(ようご)が有(あ)ったゆえ、かの師父(しふ)はようやく飄然(ひょうぜん)として穏(おだ)やかに流沙河界(りゅうさがかい)を渡(わた)り、浪(なみ)静(しず)か風(かぜ)平(たいら)かにして弱河(じゃくが)を過(す)ぎた。まことにまた飛(と)ぶが如(ごと)く箭(や)に似(に)て、多(おお)くの時(とき)を経(へ)ずして、身(み)は彼岸(ひがん)に登(のぼ)り、洪波(こうは=大波)を脱(だっ)し、また泥(どろ)を拖(ひ)き水(みず)を帯(お)びることも無(な)く、幸(さいわ)いに脚(あし)干(かわ)き手(て)燥(かわ)きて、清浄無為(しょうじょうむい)に、師徒(しと)たちは脚(あし)地(つち)を踏(ふ)んだ。  かの木吒(もくさ)は祥雲(しょううん)を按(おさ)え、葫芦(ひさご)を収(おさ)めたが、またかの骷髅(しゃれこうべ)が一時(いちじ)に解(と)け化(か)して九股(きゅうこ)の陰風(いんぷう)と作(な)り、寂然(せきぜん)として見(み)えずなったのが見(み)えた。三蔵(さんぞう)は木吒(もくさ)に拝謝(はいしゃ)し、菩薩(ぼさつ)に頂礼(ちょうらい)した。  正(まさ)にこれ、  木吒(もくさ)は径(ただ)ちに東洋海(とうようかい)に回(かえ)り、  三蔵(さんぞう)は馬(うま)に上(のぼ)って却(かえ)って西(にし)に投(とう)ず。  畢竟(ひっきょう)いつの時(とき)になってか正果(しょうか)を得(え)て経(きょう)を求(もと)め得(う)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十三回 三蔵(さんぞう)本(もと)を忘(わす)れず 四聖(しせい)禅心(ぜんしん)を試(こころ)みる  詩(し)に曰(いわ)く。  法(ほう)を奉(ほう)じて西(にし)より来(きた)れば道路(どうろ)赊(とお)く、  秋風(しゅうふう)淅淅(せきせき)として霜花(そうか)落(お)つ。  乖猿(かいえん)は牢(ろう)に鎖(とざ)されて縄(なわ)を解(と)くを休(や)めよ、  劣馬(れつば)は勤(つと)めて兜(おさ)えて鞭(むち)を加(くわ)うること莫(なか)れ。  木母金公(もくぼきんこう)は原(もと)より自(おの)ずから合(がっ)し、  黄婆赤子(こうばせきし)は本(もと)より差(ちが)い無(な)し。  鉄弾(てつだん)を咬(か)み開(ひら)けば真消息(しんしょうそく=まことの消息)、  般若波羅(はんにゃはら)かの家(いえ)に到(いた)らん。  この回(かい)の書(しょ)は、蓋(けだ)し経(きょう)を取(と)るの道(みち)の、一身(いっしん)の本(もと)を務(つと)むる道(みち)を離(はな)れざるを言(い)うなり。さて、彼(かれ)が師徒(しと)の四衆(よんしゅ)は、真如(しんにょ)を了悟(りょうご)し、頓(とみ)に塵鎖(じんさ=俗世の鎖)を開(ひら)き、自(おの)ずから性海流沙(しょうかいりゅうさ)を跳(と)び出(で)て、渾(すべ)て掛礙(けげ=妨げ)無(な)く、まっすぐ大路(たいろ)を西(にし)へと投(とう)じて来(きた)った。青山緑水(せいざんりょくすい)を歴遍(れきへん=くまなく巡)り、野草閑花(やそうかんか=野の草や花)を看(み)れど尽(つ)きず。まことに光陰(こういん)迅速(じんそく)にして、また九秋(きゅうしゅう=晩秋)に値(あた)り、ただ些(いささ)かの楓葉(ふうよう)の山(やま)に満(み)ちて紅(あか)く、黄花(こうか=菊)の晩風(ばんぷう)に耐(た)えるを見(み)たり。老蝉(ろうせん)は吟(ぎん)じて漸(ようや)く懶(ものう)く、愁蟋(しゅうしつ=愁えるこおろぎ)は思(おも)い無窮(むきゅう)なり。荷(はす)は青綾扇(せいりょうせん)を破(やぶ)り、橙(だいだい)は金弾叢(きんだんそう)に香(かお)る。哀(あわ)れなるかな数行(すうこう)の雁(かり)、点点(てんてん)として遠(とお)く空(そら)に排(なら)ぶ。  正(まさ)に走(はし)る処(ところ)、覚(おぼ)えず天(てん)は晩(おそ)くなった。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、今(いま)天色(てんしょく)はまた晩(おそ)うなったが、却(かえ)ってどこへ往(ゆ)きて安歇(あんけつ=休み泊まる)しようぞ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「師父(しふ)の言(い)われることは差(たが)っておる。出家人(しゅっけにん)は風(かぜ)を餐(くら)い水(みず)に宿(やど)り、月(つき)に臥(ふ)し霜(しも)に眠(ねむ)る、随処(ずいしょ)がすなわち家(いえ)じゃ。またどこへ安歇(あんけつ)すると問(と)われるは、何(なん)のためか」と。  猪八戒(ちょはっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、そちらはただ自分(じぶん)が路(みち)を走(はし)るのが軽省(けいしょう=楽)なのを知(し)るのみで、そこの他(た)の者(もの)の累墜(るいつい=厄介)が管(かま)えられようか。流沙河(りゅうさが)を過(す)ぎてより、このところ山(やま)を爬(よじ)り嶺(みね)を過(す)ぎ、身(み)には重(おも)き担(に)を挑(にな)って、老大(ろうだい=たいそう)挨(しの)び難(がた)いのじゃ。須(すべから)く人(ひと)の家(いえ)を尋(たず)ね、一(ひとつ)には些(いささ)かの茶飯(さはん)を化(こ)し、二(ふたつ)には精神(せいしん)を養養(ようよう=養い)してこそ、ようやくこれ一(ひと)つの道理(どうり)であろう」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「呆子(ほうし)よ、汝(なんじ)のこのような言語(げんご)は、報怨(ほうえん=恨み言)の心(こころ)の有(あ)るに似(に)ておる。また高老荘(こうろうしょう)に在(あ)って、懶(ものう)きに倚(よ)りて福(ふく)を求(もと)めぬ自在(じざい)をなしたのに象(かたど)っておるが、恐(おそ)らくは能(あた)わぬであろう。既(すで)に正(ただ)しい沙門(しゃもん)を秉(と)るからには、須(すべから)く辛(から)きを食(くら)い苦(くるしみ)を受(う)けてこそ、ようやく徒弟(とてい)と作(な)れるのじゃ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、そちらこの行李(こうり)の担(に)のどれほど重(おも)いかを見(み)られよ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)と沙僧(さそう)とがおってより、我(われ)はまた曾(かつ)て挑(にな)うたことが無(な)いゆえ、どうしてその重(おも)さを知(し)ろうか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、そちら数(かず)を見(み)てくれよ。四片(よんぺん)の黄藤蔑(おうとうべつ=黄藤の編み)、長短(ちょうたん)八条(はちじょう)の縄(なわ)。また陰雨(いんう)を防(ふせ)がねばならず、氈包(せんほう=毛氈の包み)三四層(さんよんそう)。匾担(へんたん=扁担)はまた滑(すべ)るを愁(うれ)え、両頭(りょうとう)に釘(くぎ)を釘上(うちあ)げ、銅(どう)を鑲(ちりば)め鉄(てつ)を打(う)ちたる九環杖(きゅうかんじょう)、篾絲(べっし)に藤(ふじ)を纏(まと)わせたる大斗篷(だいとうほう=大きな外套)。このように多(おお)くの行李(こうり)を、難(なん)じて老猪(ろうちょ)ひとりが日々(ひび)家(いえ)のように担(にな)って走(はし)るのに、偏(ひと)えに汝(なんじ)は師父(しふ)に跟(したが)って徒弟(とてい)と作(な)り、我(われ)をして長工(ちょうこう=雇い人)と做(な)さしむる」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「呆子(ほうし)よ、汝(なんじ)は誰(だれ)に言(い)っておるのか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、汝(なんじ)に言(い)っておるのじゃ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)に言(い)うのは錯(あやま)りじゃ。老孫(ろうそん)はただ師父(しふ)の好歹(こうだい=安否)のみを管(かま)え、汝(なんじ)と沙僧(さそう)とは、専(もっぱ)ら行李(こうり)と馬匹(ばひつ)とを管(かま)えるのじゃ。もし些(いささ)かでも怠慢(たいまん)したならば、孤拐(こかい=くるぶし)のうえに先(ま)ずこれ一頓(いっとん)の粗棍(そぼう=太い棒)ぞ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、打(う)つことは言(い)わぬでくれ。打(う)つはすなわちこれ力(ちから)を以(もっ)て人(ひと)を欺(あざむ)くものじゃ。我(われ)はそちらが尊性(そんせい=ご性格)の高傲(こうごう)なるを暁(さと)っておるゆえ、そちらは定(さだ)めて肯(あえ)て挑(にな)わぬのであろう。しかし師父(しふ)が騎(の)るあの馬(うま)は、あのように高大(こうだい)にして肥盛(ひせい=肥え太り)、ただ老和尚(ろうおしょう)ひとりを馱(おぶ)うておるのみゆえ、彼(かれ)に幾件(いくけん)かを帯(お)ばしめても、これまた弟兄(ていけい=兄弟)の情(じょう)であろう」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)は彼(かれ)を馬(うま)と言(い)うが、彼(かれ)は凡馬(ぼんば)では無(な)い。本(もと)これ西海龍王(せいかいりゅうおう)敖閏(ごうじゅん)の子(こ)、名(な)を龍馬三太子(りゅうばさんたいし)と喚(よ)ぶ。只(た)だ縦(ほしいまま)に火(ひ)を放(はな)って殿上(でんじょう)の明珠(めいしゅ)を焼(や)いたに因(よ)り、彼(かれ)が父(ちち)に忤逆(ごぎゃく=親に背く罪)を告(つ)げられ、身(み)は天条(てんじょう=天の掟)を犯(おか)したが、多(おお)く観音菩薩(かんのんぼさつ)が彼(かれ)の性命(せいめい)を救(すく)うてくださったことに虧(よ)れた。彼(かれ)はあの鷹愁陡澗(おうしゅうとうかん)に在(あ)って、久(ひさ)しく師父(しふ)を等(ま)ち、また幸(さいわ)いに菩薩(ぼさつ)の親(みずか)ら臨(のぞ)まれたを得(え)、すなわち彼(かれ)をして鱗(うろこ)を退(しりぞ)け角(つの)を去(さ)らせ、項下(こうか)の珠(たま)を摘(つ)み取(と)らせて、ようやくこの匹(ひき)の馬(うま)に変(へん)じ、願(ねが)うて師父(しふ)を馱(おぶ)うて西天(せいてん)へと往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)まんとしておるのじゃ。これらは皆(みな)おのおのの功果(こうか=功徳)であり、汝(なんじ)彼(かれ)を攀(ひきあいに出)すな」と。  かの沙僧(さそう)はこれを聞(き)いて言(い)った。「兄貴(あにき)、まことに龍(りゅう)でございますか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「然(しか)り、龍(りゅう)じゃ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、我(われ)は古人(こじん)の云(い)えるを聞(き)いておる。『龍(りゅう)は能(よ)く雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(いぶ)らせ、土(つち)を播(ま)き沙(すな)を揚(あ)ぐ。巴山捎嶺(はざんしょうれい=山を引き裂き嶺を削る)の手段(しゅだん)有(あ)り、翻江攪海(ほんこうかくかい=川をひっくり返し海をかき回す)の神通(じんつう)有(あ)り』と。どうして彼(かれ)は今日(こんにち)このように慢慢(のろのろ)と走(ある)くのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)が彼(かれ)を速(すみや)かに走(はし)らせたければ、我(われ)が彼(かれ)を速(すみや)かに走(はし)らせて汝(なんじ)に看(み)せてやろう」と。  好(よ)し、大聖(たいせい)は金箍棒(きんこぼう)を揝一揝(つかにぎり)すれば、万道(ばんどう)の彩雲(さいうん)生(しょう)じた。かの馬(うま)は棒(ぼう)を拿(と)るのを見(み)て、怕(おそ)らくは打(う)たれ来(きた)るかと、慌(あわ)てて四(よ)つの蹄(ひづめ)を飛電(ひでん)の如(ごと)く疾(はや)くし、颼(しゅう)と跑(はし)って往(ゆ)ってしまった。かの師父(しふ)は手(て)軟(よわ)くして勒(たづな)を制(おさ)えきれず、彼(かれ)が劣性(れっせい=荒い性分)に任(まか)せて、山崖(さんがい)へと奔(はし)り上(のぼ)り、ようやく大達辿歩(だいたつてんぽ=大きくよろめき歩)いた。  師父(しふ)は喘息(ぜんそく)ようやく定(さだ)まり、頭(あたま)を上(あ)げて遠(とお)くに一簇(いっそく)の松陰(しょういん=松の木陰)を望見(ぼうけん)するに、内(うち)に幾間(いくけん)かの房舎(ぼうしゃ)が有(あ)って、いかにも軒昂(けんこう=立派)であった。  門(もん)には翠柏(すいはく=緑の柏)垂(た)れ、宅(いえ)は青山(せいざん)に近(ちか)し。  幾株(いくしゅ)の松(まつ)は冉冉(ぜんぜん)として、数茎(すうけい)の竹(たけ)は班班(はんはん)たり。  籬(まがき)の辺(ほとり)の野菊(やぎく)は霜(しも)を凝(こ)らして艶(あで)やかに、  橋(はし)の畔(ほとり)の幽蘭(ゆうらん)は水(みず)に映(うつ)って丹(あか)し。  粉泥(ふんでい)の牆壁(しょうへき)、磚(せん)を砌(つみ)あげたる囲圜(いかん=囲い)。  高堂(こうどう)は壮麗(そうれい)多(おお)く、大厦(たいか)は甚(はなは)だ清安(せいあん)なり。  牛羊(ぎゅうよう)見(み)えずして鶏犬(けいけん)無(な)きは、想(おも)うにこれ秋収(しゅうしゅう)の農事(のうじ)の閑(ひま)なるならん。  かの師父(しふ)がちょうど轡(くつわ)を按(おさ)えて徐(おもむろ)に観(み)ておると、また悟空(ごくう)の兄弟(けいてい)たちが方(まさ)に到(いた)ったのが見(み)えた。悟浄(ごじょう)が言(い)うには、「師父(しふ)は曾(かつ)て馬(うま)より跌(お)ち下(くだ)られなんだか」と。長老(ちょうろう)は罵(ののし)って言(い)った。「悟空(ごくう)というこの潑猴(はっこう)め、彼(かれ)は馬(うま)を驚(おどろ)かせおった。早(はや)くも我(われ)がなお騎(の)り堪(こら)えておったゆえよかったものを」と。行者(ぎょうじゃ)は陪(したが)い笑(わら)って言(い)った。「師父(しふ)、我(われ)を罵(ののし)らるるな、皆(みな)これ猪八戒(ちょはっかい)が馬(うま)の行(ゆ)くの遅(おそ)いと言(い)うたゆえ、これによって彼(かれ)を些(いささ)か速(すみや)かにさせたまでのことじゃ」と。  かの呆子(ほうし)は馬(うま)を赶(お)うために、些(いささ)か急(いそ)ぎて走(はし)ったゆえ、喘気嘘嘘(ぜんききょきょ=息を切らし)、口(くち)の裡(うち)で唧唧噥噥(しつしつのうのう=ぶつぶつ)と鬧(さわ)いで言(い)うには、「了(おしま)いじゃ、了(おしま)いじゃ。見(み)よ、自(おの)ずから肚別(とべつ=腹はへこみ)腰松(ようしょう=腰はだるく)、担子(たんす=荷)は沉重(ちんじゅう)にして、挑(にな)い上(あ)げることもできぬのに、また我(われ)を弄(ろう)して奔奔波波(ほんぽんはは=あちこち走り)と馬(うま)を赶(お)わせおる」と。  長老(ちょうろう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)且(しばら)くあの壁廂(へきしょう=かたわら)を看(み)よ。一(ひと)つの莊院(しょういん)が有(あ)る。我(われ)らは却(かえ)って好(よ)く借宿(しゃくしゅく=宿を借り)に往(ゆ)けようぞ」と。行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、急(いそ)ぎ頭(あたま)を上(あ)げて目(め)を挙(あ)げて看(み)るに、果(はた)してあの半空(はんくう)の中(なか)に慶雲(けいうん)の籠罩(ろうとう=覆い)し、瑞靄(ずいあい)の遮盈(しゃえい=満ちあふれ)ておるのが見(み)え、情(こころ)でこれが定(さだ)めて仏仙(ぶっせん)の点化(てんげ)であると知(し)ったが、彼(かれ)はあえて天機(てんき)を泄漏(ろう=漏ら)さず、ただ言(い)った。「好(よ)し、好(よ)し、好(よ)し。我(われ)らは借宿(しゃくしゅく)に往(ゆ)こう」と。  長老(ちょうろう)は慌(あわ)てて馬(うま)より下(お)りて、一(ひと)つの門楼(もんろう)を見(み)るに、すなわちこれ垂蓮象鼻(すいれんぞうび=垂れ蓮と象の鼻の彫刻)、画棟雕梁(がとうちょうりょう=彩色彫刻の梁)であった。沙僧(さそう)は担(に)を歇(やす)め、八戒(はっかい)は馬匹(ばひつ)を牽(ひ)いて言(い)った。「この人家(じんか)は、これ過当(かとう=並外れ)の富実(ふじつ=富裕)の家(いえ)でございます」と。行者(ぎょうじゃ)はすなわち中(なか)へ入(い)ろうとしたが、三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「不可(いけ)ぬ、汝(なんじ)と我(われ)は出家人(しゅっけにん)であるゆえ、おのおの些(いささ)かの嫌疑(けんぎ=疑い)を避(さ)け、切(きっ)して擅(ほしいまま)に入(い)ること莫(なか)れ。且(しばら)く自(おの)ずから彼(かれ)より人(ひと)の出(で)て来(く)るを等(ま)ち、礼(れい)を以(もっ)て宿(やど)を求(もと)めてこそ、方(まさ)に可(よ)いのじゃ」と。八戒(はっかい)は馬(うま)を拴(つな)ぎ、斜(なな)めに墻根(しょうこん=塀の根)の下(した)に倚(よ)り、三蔵(さんぞう)は石鼓(せっこ=石の鼓)のうえに坐(ざ)し、行者(ぎょうじゃ)と沙僧(さそう)は台基(だいき=土台)の辺(ほとり)に坐(ざ)した。久(ひさ)しくして人(ひと)の出(で)ることは無(な)かった。  行者(ぎょうじゃ)は性急(せいきゅう)に、跳(と)び起(お)きて門(もん)の裡(うち)へと入(い)り看(み)るに、元来(がんらい)南(みなみ)に向(むか)える三間(さんげん)の大庁(だいちょう)が有(あ)って、簾櫳(れんろう=簾や格子)は高(たか)く控(ひきあ)げられておった。屏門(へいもん)のうえには、一軸(いちじく)の「寿山福海(じゅざんふくかい)」の横披画(おうひが=掛軸)が掛(か)かり、両辺(りょうへん)の金漆柱(きんしつちゅう=金塗りの柱)のうえには、一幅(いっぷく)の大紅紙(だいこうし)の春聯(しゅんれん)が貼(は)られて、その上(うえ)に書(か)きて有(あ)るは。  絲(いと)は弱柳(じゃくりゅう)に飄(ただよ)いて平橋(へいきょう)晩(く)れ、  雪(ゆき)は香梅(こうばい)に点(てん)じて小院(しょういん)春(はる)なり。  正(まさ)に中間(ちゅうかん)には、一張(いっちょう)の退光(たいこう=つや消し)の黒漆(こくしつ)の香几(こうき=香炉台)を設(もう)け、几(き)のうえに一(ひと)つの古銅獣炉(こどうじゅうろ=古い銅の獣形香炉)を放(お)く。上(うえ)に六張(ろくちょう)の交椅(こうい=折り畳み椅子)が有(あ)り、両山頭(りょうさんとう=両側の妻壁)には四季(しき)の吊屏(ちょうへい=掛け屏風)が掛(か)かっておった。  行者(ぎょうじゃ)がちょうど偷(ひそ)かに看(み)ておる処(ところ)、忽(たちま)ち後門(こうもん)の内(うち)に脚步(きゃくほ=足音)の声(こえ)の有(あ)るのが聞(き)こえ、一人(ひとり)の半老不老(はんろうふろう=中年)の婦人(ふじん)が歩(あゆ)み出(で)て来(き)て、嬌(なまめか)しき声(こえ)で問(と)うて言(い)うには、「何(なん)の者(もの)か、我(わ)が寡婦(かふ=やもめ)の門(もん)に擅(ほしいまま)に入(い)るとは」と。慌(あわ)てたのは大聖(たいせい)で、喏喏(じゃくじゃく)と声(こえ)を連(つら)ねて言(い)った。「小僧(こそう)は東土(とうど)大唐(だいとう)より来(きた)った者(もの)、旨(むね)を奉(ほう)じて西方(せいほう)に向(むか)い仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めんとす。一行(いっこう)四衆(よんしゅ)、宝方(ほうほう=貴地)を路過(ろか)するに、天色(てんしょく)既(すで)に晩(おそ)し。特に老菩薩(ろうぼさつ)が檀府(だんぷ=お宅)へと奔(はし)り来(きた)り、一宵(いっしょう)を告借(こくしゃく)もうしあげる」と。  かの婦人(ふじん)は笑語(しょうご=笑い言葉)をもって相(あい)迎(むか)えて言(い)った。「長老(ちょうろう)、あの三方(さんぽう=三人)はどこに在(おわ)しますか。請(こ)う、来(こ)させられよ」と。行者(ぎょうじゃ)は声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んだ。「師父(しふ)、請(こ)う、中(なか)へ入(い)られよ」と。三蔵(さんぞう)はようやく八戒(はっかい)や沙僧(さそう)と馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)って入(い)り、かの婦人(ふじん)が庁(ちょう)を出(で)て迎接(げいせつ)するのが見(み)えた。八戒(はっかい)は眼(め)を饧(とろ)けさせて偷(ひそ)かに看(み)たが、汝(なんじ)彼(かれ)のいかなる扮装(ふんそう)をなすかと言(い)わんや。  一(ひと)つの織金(しょくきん=金糸織り)の官緑(かんりょく=深緑)の紵絲襖(ちょしおう=絹の上着)を穿(き)、  上(うえ)には浅紅(せんこう=淡い紅)の比甲(ひこう=袖なし)を罩(おお)い、  一(ひと)つの結彩(けっさい=彩りの)鵝黄(がおう)の錦繍裙(きんしゅくん=錦のスカート)を系(むす)び、  下(した)には高底(こうてい=厚底)の花鞋(かかい=刺繍靴)を映(うつ)す。  時様(じよう=当世風)の鬘髻(まんけい=髷)に皂紗(そうしゃ=黒い紗)漫(おお)い、  相(あい)襯(そ)えて二色(にしょく)の盤龍髪(ばんりゅうはつ=龍を巻いた髪)。  宮様(ぐうよう=宮中風)の牙梳(がしょ=象牙の櫛)に朱翠(しゅすい)晃(きらめ)き、  斜(なな)めに二股(ふたまた)の赤金釵(せききんさ=金のかんざし)を簪(さ)す。  雲鬢(うんびん=黒髪)は半(なか)ば蒼(しら)がれて鳳翅(ほうし=鳳凰の羽)を飛(と)ばし、  耳環(じかん=耳飾り)は双(ふた)つながら宝珠(ほうじゅ)を排(なら)べて墜(さ)がる。  脂粉(しふん=おしろい)を施(ほどこ)さずともなお自(おの)ずから美(うつく)しく、  風流(ふうりゅう)はまた少年(しょうねん)の才(さい)に似(に)たり。  かの婦人(ふじん)は彼(かれ)ら三衆(さんしゅ)を見(み)て、更(さら)に欣喜(きんき)を加(くわ)え、礼(れい)を以(もっ)て庁房(ちょうぼう=客間)に邀(まね)き入(い)れ、一一(いちいち)に相見(そうけん)して礼(れい)を畢(おわ)り、各(おのおの)に叙坐(じょざ)して茶(ちゃ)を看(み)ることを請(こ)うた。かの屏風(びょうぶ)の後(うしろ)より、忽(たちま)ち一人(ひとり)の丫髻垂絲(あけいすいし=垂髪の)の女童(じょどう)が、黄金盤(おうごんばん)と白玉盞(はくぎょくさん)とを托(ささ)げ、香茶(こうちゃ)は暖気(だんき)を噴(ふ)き、異果(いか)は幽香(ゆうこう)を散(さん)じて出(で)て来(き)た。かの人(ひと)は彩袖(さいしゅう)を綽(ひるがえ)して、春筍(しゅんじゅん=筍のような指)は纖長(せんちょう=ほっそり長く)、玉盞(ぎょくさん)を擎(ささ)げて、茶(ちゃ)を伝(つた)えて上(かみ)に奉(ほう)じ、彼(かれ)らに向(むか)って一一(いちいち)に拝(おが)んだ。茶(ちゃ)が畢(おわ)ると、また斎(とき=食事)を弁(ととの)えるよう吩咐(いいつけ)た。  三蔵(さんぞう)は手(て)を啓(こうまぬか=捧げ)して言(い)った。「老菩薩(ろうぼさつ)、ご高姓(こうせい=お名前)は。貴地(きち)は何(なん)の地名(ちめい)でありましょう」と。婦人(ふじん)が言(い)うには、「此間(ここ)はこれ西牛賀洲(さいごがしゅう)の地(ち)でございます。小婦人(しょうふじん=わたくし)の娘家(じょうか=実家)は姓(せい)を賈(か)と申(もう)し、夫家(ふか=嫁ぎ先)は姓(せい)を莫(ばく)と申します。幼年(ようねん)に幸(さいわ)い薄(うす)く、公姑(こうこ=夫の両親)は早(はや)く亡(な)くなり、丈夫(じょうふ=夫)と祖業(そぎょう=先祖の家業)を守承(しゅしょう=守り継)ぎ、家資(かし=財産)万貫(ばんかん)、良田(りょうでん)千頃(せんけい)が有(あ)ります。夫妻(ふさい)たちは命(めい)の裡(うち)に子(こ)無(な)く、ただ三人(さんにん)の女孩児(じょがいじ=娘)を生(う)みましたが、前年(ぜんねん)に大(おお)いなる不幸(ふこう)にしてまた丈夫(じょうふ)を喪(うしな)い、小婦(しょうふ=わたくし)は居孀(きょそう=未亡人)となり、今歳(こんさい)服(ぶく=喪)が満(み)ちました。空(むな)しく田産家業(でんさんかぎょう)を遺(のこ)されても、また眷族(けんぞく)や親人(しんじん=身内)の有(あ)ること無(な)く、ただ我(わ)が娘女(じょうじょ=母と娘)どもが承領(しょうりょう=引き継い)でおります。他(た)の者(もの)に嫁(とつ)ごうにも、また家業(かぎょう)を捨(す)て難(がた)うございます。たまたま長老(ちょうろう)の下降(かこう=おいで)を承(うけたまわ)りましたが、想(おも)うに師徒(しと)四衆(よんしゅ)でございましょう。小婦(しょうふ)が娘女(じょうじょ)四人(よんにん)、意(こころ)は山(やま)に坐(ざ)して夫(おっと)を招(まね)かんと欲(ほっ)しますに、四位(よい)は恰好(かっこう=ぴったり)でございますが、尊意(そんい=お考え)の肯(うべな)うや否(いな)やを知(し)りませぬ」と。  三蔵(さんぞう)はこれを聞(き)いて、聾(つんぼ)を推(お)し啞(おし)を粧(よそお)い、目(め)を瞑(つむ)り心(こころ)を寧(やす)んじて、寂然(せきぜん)として答(こた)えなんだ。  かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「舎下(しゃか=わが家)には水田(すいでん)三百余頃(さんびゃくよけい)、旱田(かんでん)三百余頃(さんびゃくよけい)、山場果木(さんばかぼく=山の果樹)三百余頃(さんびゃくよけい)が有(あ)り、黄水牛(こうすいぎゅう)は一千余隻(いっせんよせき)有(あ)り、況(いわ)んや騾馬(らば)は群(むれ)を成(な)し、猪羊(ちょよう=豚や羊)は数(かず)無(な)し。東南西北(とうなんせいほく)、莊堡(しょうほ=荘園)や草場(そうば=牧草地)は、共(あわ)せて六七十処(ろくしちじっしょ)有(あ)ります。家下(かか=家中)には八九年(はちくねん)用(もち)い着(き)らぬ米穀(べいこく)が有(あ)り、十来年(じゅうらいねん)穿(き)られぬ綾羅(りょうら)が有(あ)り、一生(いっしょう)使(つか)い着(き)らぬ金銀(きんぎん)が有(あ)りて、かの錦帳(きんちょう=錦の帳)に春(はる)を蔵(かく)すにも勝(まさ)り、何(なん)の金釵(きんさ)両行(りょうこう=二列)などと言(い)わずや。汝(なんじ)ら師徒(しと)たちもし肯(あえ)て心(こころ)を回(めぐ)らし意(い)を転(てん)じて、寒家(かんか=わが家)に招贅(しょうぜい=婿入り)し、自自(じじ)在在(ざいざい=のびのび)として栄華(えいが)を享用(しょうよう=味わ)いなば、却(かえ)って西(にし)へと往(ゆ)きて労碌(ろうろく=苦労)するに強(まさ)らずや」と。  かの三蔵(さんぞう)はまたただこれ痴(おろか)なるが如(ごと)く蠢(にぶ)きが如(ごと)く、黙黙(もくもく)として言(ことば)無(な)かった。  かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「我(われ)は丁亥年(ていがいねん)三月(さんがつ)初三日(しょさんにち)の酉時(ゆうじ)に生(う)まれたる者(もの)なり。故夫(こふ=亡き夫)は我(われ)より年(とし)三(みっ)つ大(おお)きく、我(われ)は今年(ことし)四十五歳(よんじゅうごさい)なり。大(だい)の娘(むすめ)は名(な)を真真(しんしん)と申(もう)し、今年(ことし)二十歳(にじゅっさい)、次(つぎ)の女(むすめ)は名(な)を愛愛(あいあい)と申(もう)し、今年(ことし)十八歳(じゅうはっさい)、三(さん)の小女(しょうじょ)は名(な)を憐憐(りんりん)と申(もう)し、今年(ことし)十六歳(じゅうろくさい)で、俱(とも)に曾(かつ)て人家(じんか)に許配(きょはい=嫁入りの約束)しておりませぬ。小婦人(しょうふじん)の醜陋(しゅうろう=醜い)なるは然(しか)りといえど、幸(さいわ)いに小女(しょうじょ)たちは俱(とも)に些(いささ)かの顔色(がんしょく=器量)有(あ)り、女工(じょこう=裁縫)や針指(しんし=針仕事)の、会(え)せぬことは無(な)く、先夫(せんぷ)に子(こ)無(な)かりしに因(よ)り、すなわち彼(かれ)らを把(も)って子(こ)と当(あ)てて看養(かんよう=養育)し、小(ちい)さき時(とき)にもまた彼(かれ)らに些(いささ)かの儒書(じゅしょ)を読(よ)ませ、また皆(みな)些(いささ)かの詩(し)を吟(ぎん)じ対(つい)を作(つく)ることを暁(さと)っております。山莊(さんしょう)に居住(きょじゅう)しておるとはいえ、またあの十分(じゅうぶん)に粗俗(そぞく)なるの類(たぐい)ではありませぬ。料(はか)るにまた列位(れっい=皆様)の長老(ちょうろう)に配(はい)し過(す)ぎるでありましょう。もし肯(あえ)て懐抱(かいほう=心)を放(はな)ち開(ひら)き、長(なが)き髪(かみ)を留(とど)めて頭(あたま)を保(たも)ち、舎下(しゃか)と一(ひと)つの家長(かちょう=旦那)と做(な)り、綾(あやぎぬ)を穿(き)錦(にしき)を着(つ)けなば、かの瓦鉢(がはつ=素焼きの鉢)や緇衣(しい=黒衣)、雪鞋(せっかい=雪沓)や雲笠(うんりゅう=雲のような笠)に勝(まさ)るでありましょう」と。  三蔵(さんぞう)は上(うえ)に坐(ざ)して、好(よ)きかな、雷(いかずち)に驚(おどろ)ける子供(こども)の如(ごと)く、雨(あめ)に淋(そそ)がれたる蝦蟇(がま)の如(ごと)く、ただ呆呆掙掙(ほうほうそうそう=ぼんやり)として、白(しろ)き眼(め)を翻(ひるがえ)して上(うえ)を打仰(うちあお)いでおった。  かの八戒(はっかい)はこのような富貴(ふうき)、このような美色(びしょく)を聞(き)いて、彼(かれ)は心(こころ)痒(かゆ)くして撓(か)き難(がた)く、あの椅子(いす)のうえに坐(ざ)しておれど、一(ひと)つの針(はり)の尻(しり)を戳(つ)くが如(ごと)く、左(ひだり)に扭(ひね)り右(みぎ)に扭(ひね)りして、耐(た)え忍(しの)びきれなんだ。前(まえ)へと歩(あゆ)み上(よ)り、師父(しふ)を一把(ひとつかみ)扯(ひ)いて言(い)った。「師父(しふ)、この娘子(じょうし=奥方)がそなたに話(はなし)を告誦(こくしょう=申し上げ)ておられるに、どうして佯佯(ようよう)として睬(みむき)もせぬのですか。好道(こうどう=せめて)また一(ひと)つの理会(りかい=返事)をなされてもよいでしょうに」と。  かの師父(しふ)は猛(たけ)だけしく頭(あたま)を上(あ)げ、咄(とつ)という一声(ひとこえ)もろとも、八戒(はっかい)を喝(かつ)して退(しりぞ)けて言(い)った。「汝(なんじ)というこの孽畜(げっちく=畜生)め。我(われ)らはこれ一(ひと)りの出家人(しゅっけにん)であるぞ。豈(あ)に富貴(ふうき)を以(もっ)て心(こころ)を動(うご)かし、美色(びしょく)に意(こころ)を留(とど)めて、何(なん)の道理(どうり)を成(な)し得(え)ようか」と。  かの婦人(ふじん)は笑(わら)って言(い)った。「哀(あわ)れなるかな、哀(あわ)れなるかな。出家人(しゅっけにん)に何(なん)の好(よ)き処(ところ)が有(あ)ろうか」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「女菩薩(にょぼさつ)、そなたは在家人(ざいけにん=在家の者)であるが、却(かえ)って何(なん)の好(よ)き処(ところ)が有(あ)るか」と。かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「長老(ちょうろう)、請(こ)う坐(ざ)せよ。我(われ)が在家人(ざいけにん)の好(よ)き処(ところ)を説(と)きて汝(なんじ)に聴(き)かせよう。どうしてそれと見(み)えんか。詩(し)が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く。  春(はる)には方勝(ほうしょう=菱模様)を裁(た)ちて新羅(しんら)を着(き)、  夏(なつ)には軽紗(けいしゃ=薄絹)に換(か)えて緑荷(りょくか)を賞(め)づ。  秋(あき)には新蒭(しんすう=新酒)や香糯酒(こうだしゅ=香り高いもち米の酒)有(あ)り、  冬(ふゆ)来(きた)れば暖閣(だんかく=暖かき部屋)に顔(かお)を酡(あか)らませて酔(よ)う。  四時(しじ)の受用(じゅよう=楽しみ)は般般(はんはん)にして有(あ)り、  八節(はっせつ)の珍羞(ちんしゅう=ご馳走)は件件(けんけん)にして多(おお)し。  錦(にしき)を襯(した)に綾(あやぎぬ)を鋪(し)く花燭(かしょく)の夜(よる)、  行脚(あんぎゃ)して弥陀(みだ)を礼(らい)するに強(まさ)るなり。  三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「女菩薩(にょぼさつ)、そなたが在家人(ざいけにん)として栄華(えいが)を享(う)け富貴(ふうき)を受(う)け、穿(き)るもの有(あ)り、食(くら)うもの有(あ)り、児女(じじょ=子供)団円(だんえん)するは、果(はた)して好(よ)いでありましょう。しかし我(われ)が出家(しゅっけ)の者(もの)にもまた一(ひと)くだりの好(よ)き処(ところ)が有(あ)るを知(し)られませぬ。どうしてそれと見(み)えんか。詩(し)が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く。  出家(しゅっけ)して志(こころざし)を立(た)つるは本(もと)より常(つね)ならず、  従前(じゅうぜん)の恩愛堂(おんあいどう=恩愛の家)を推(お)し倒(たお)す。  外物(がいぶつ)は閑(むだ)なる口舌(こうぜつ=口論)を生(しょう)ぜず、  身中(しんちゅう)に自(おの)ずから好(よ)き陰陽(いんよう)有(あ)り。  功(こう)完(まっと)うし行(ぎょう)満(み)ちて金闕(きんけつ=天帝の宮)に朝(ちょう)し、  性(しょう)を見(み)心(こころ)を明(あきら)かにして故郷(こきょう)に返(かえ)る。  家(いえ)に在(あ)りて血食(けっしょく=生臭物)を貪(むさぼ)るに勝(まさ)り、  老(お)いて臭皮嚢(しゅうひのう=臭い皮袋)に堕落(だらく)せず。  かの婦人(ふじん)はこれを聞(き)いて大(おお)いに怒(いか)って言(い)った。「この潑和尚(はつおしょう)め、無礼(ぶれい)なり。我(われ)もし汝(なんじ)が東土(とうど)より遠(とお)く来(きた)れるを看(み)ずんば、すなわち叱(しか)り出(だ)すべきところじゃ。我(われ)はかえってこれ一(ひと)つの真心実意(しんしんじつい)で、家縁(かえん=家財)を把(も)って汝(なんじ)らを招贅(しょうぜい)しようとしたに、汝(なんじ)はかえって言語(げんご)を将(も)って我(われ)を傷(きずつ)けるとは。汝(なんじ)がたとえ戒(かい)を受(う)け、願(がん)を発(おこ)して、永(とこしえ)に還俗(げんぞく=俗に戻る)せぬとしても、好道(こうどう=いずれにせよ)汝(なんじ)が手下(しゅか=手下)の者(もの)なら、我(わ)が家(いえ)にもまた一(ひと)り招(まね)き得(え)よう。汝(なんじ)どうしてこのように法(ほう)を執(と)るか」と。  三蔵(さんぞう)は彼(かれ)が怒(いか)りを発(はっ)するのを見(み)て、ただ者者謙謙(しゃしゃけんけん=へつらい慎み)して、叫(よ)んで言(い)った。「悟空(ごくう)、汝(なんじ)がここに在(お)れ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)は小(ちい)さき時よりあのような事(こと)を干(おこな)うことを暁(さと)らぬ、八戒(はっかい)をしてここに在(お)らしめよ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、人(ひと)を栽(おしつけ)るな。—皆(みな)で従長(じゅうちょう=十分に)計較(けいかく=相談)しようではないか」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「汝(なんじ)ら二人(ふたり)が肯(うべな)わぬなら、すなわち悟浄(ごじょう)をしてここに在(お)らしめよう」と。  沙僧(さそう)が言(い)うには、「汝(なんじ)見(み)よ、師父(しふ)の言(い)われることばを。弟子(でし)は菩薩(ぼさつ)の勧化(かんげ)を蒙(こうむ)り、戒行(かいぎょう)を受(う)けて、師父(しふ)を等候(とうこう=お待ち)しておった。自(おの)ずから師父(しふ)が我(われ)を収(おさ)めてくださってより、また教誨(きょうかい=教え)を承(うけたまわ)り、師父(しふ)に跟(したが)うてなお両月(りょうげつ)にも上(のぼ)らず、更(さら)に曾(かつ)て半分(はんぶん)の功果(こうか)をも進(すす)み得(え)ておらぬに、どうして敢(あ)えてこの富貴(ふうき)を図(はか)ろうか。寧(むし)ろ死(し)するもまた西天(せいてん)へと往(ゆ)かんと欲(ほっ)し、決(けっ)してこの心(こころ)を欺(あざむ)く事(こと)を干(おこな)わぬ」と。  かの婦人(ふじん)は彼(かれ)らが推辞(すいじ=辞退)して肯(うべな)わぬのを見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きて屏風(びょうぶ)の中(なか)へと転(うつ)り入(い)り、撲(ぽん)と腰門(ようもん=中門)を把(も)って関(とざ)してしまった。師徒(しと)たちは外(そと)に撇(す)てられ、茶飯(さはん)は全(まった)く無(な)く、また人(ひと)の出(で)て来(く)ることは無(な)かった。  八戒(はっかい)は心(こころ)の中(なか)で焦燥(しょうそう=いらいら)し、唐僧(とうそう)を埋怨(ばいえん=恨み)して言(い)った。「師父(しふ)はたいそう事(こと)をなすことを暁(さと)らぬ。話(はなし)を通(とお)して説(い)い殺(ころ)してしまわれた。好道(こうどう=せめて)また些(いささ)かの脚児(きゃくじ=余地)を活(い)かして、ただ含糊(がんこ=あいまい)に答(こた)え、彼(かれ)らより些(いささ)かの斎飯(さいはん)を哄(だま)し取(と)って食(くら)い、今晩(こんばん)は一宵(いっしょう)の快活(かいかつ)を得(え)、明日(あす)肯(うべな)うと肯(うべな)わぬとは、汝(なんじ)と我(われ)との上(うえ)に在(あ)るというものじゃ。このように門(もん)を閉(とざ)して出(で)ずんば、我(われ)らのこの清灰冷竈(せいかいれいそう=冷えたかまど)で、一(ひと)夜(よ)をどう過(す)ごせようぞ」と。  悟浄(ごじょう)が言(い)うには、「二哥(にいさん)、汝(なんじ)が彼(かれ)が家(いえ)に在(あ)って一(ひと)りの女婿(じょせい=婿)と做(な)ればよかろう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、人(ひと)を栽(おしつけ)るな。—従長(じゅうちょう)に計較(けいかく)しよう」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「何(なん)を計較(けいかく)しようか。汝(なんじ)もし肯(うべな)うなら、すなわち師父(しふ)をしてかの婦人(ふじん)と一(ひと)つの親家(しんか=姻戚)と做(な)させ、汝(なんじ)はすなわち一(ひと)つの倒踏門(とうとうもん=婿入り)の女婿(じょせい)と做(な)ればよい。彼(かれ)が家(いえ)はこのように財宝(ざいほう)有(あ)るゆえ、定(かなら)ず倒(さかさま)に妝奩(しょうれん=嫁入り道具)を陪(そ)え、一(ひと)つの会親(かいしん=親族の顔合わせ)の筵席(えんせき)を整治(せいび=ととのえ)よう。我(われ)らもまた些(いささ)かの受用(じゅよう=ご馳走)に落(お)ちよう。汝(なんじ)がこの間(あいだ)に在(あ)って還俗(げんぞく)すれば、却(かえ)ってこれ両全其美(りょうぜんきび=双方にとって結構)ならずや」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「話(はなし)はまたこのように言(い)えるが、ただこれ我(われ)が俗(ぞく)を脱(だっ)してまた俗(ぞく)に還(かえ)り、妻(つま)を停(とど)めて再(ふたた)び妻(つま)を娶(めと)ることになるのじゃ」と。  沙僧(さそう)が言(い)うには、「二哥(にいさん)は元来(がんらい)嫂子(そうし=兄嫁)が有(あ)ったのか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)はなお彼(かれ)のことを知(し)らぬのじゃ。彼(かれ)は本(もと)これ烏斯蔵(うすぞう)高老児荘(こうろうじしょう)の高太公(こうたいこう)の女婿(じょせい)であった。老孫(ろうそん)に降(くだ)されたに因(よ)り、彼(かれ)もまた曾(かつ)て菩薩(ぼさつ)の戒行(かいぎょう)を受(う)け、没及奈何(なすすべなく=どうしようもなく)、我(われ)に捉(とら)えられて来(き)て一(ひと)りの和尚(おしょう)と做(な)り、これによって前妻(ぜんさい)を棄(す)て、師父(しふ)に投(とう)じて西(にし)へと往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)む者(もの)じゃ。彼(かれ)は想(おも)うに別離(べつり)の久(ひさ)しきに、またあの勾当(こうとう=こと)を思(おも)い起(お)こし、たった今(いま)この勾当(こうとう)を聞(き)いて、断然(だんぜん)としてまたこの心(こころ)有(あ)るのであろう。呆子(ほうし)よ、汝(なんじ)この家(いえ)の者(もの)と女婿(じょせい)と做(な)れ、ただ老孫(ろうそん)に幾拝(いくばい)も多(おお)く拝(おが)めば、我(われ)は汝(なんじ)を検挙(けんきょ=訴え出)せぬでおこう」と。  かの呆子(ほうし)が言(い)うには、「胡説(こせつ=でたらめ)、胡説(こせつ)。皆(みな)にこの心(こころ)有(あ)るのに、独(ひと)り老猪(ろうちょ=この豚野郎)を拿(とら)えて醜(しこ)を出(だ)すか。常言(じょうげん)に道(い)う、『和尚(おしょう)はこれ色中(しきちゅう)の餓鬼(がき)なり』と。誰(だれ)かこのようにならぬ者(もの)が有(あ)ろうか。皆(みな)このように扭扭捏捏(じゅうじゅうねつねつ=もじもじ)として班児(はんじ=格好)を拿(と)り、好事(こうじ)を皆(みな)弄得(ろうとく=ぶちこわし)てしまった。今(いま)このようでは茶水(ちゃすい)も見(み)えることなく、灯火(とうか)をも管(かま)う者(もの)も無(な)く、この一(ひと)夜(よ)を熬(しの)いだとしても、あの匹(ひき)の馬(うま)は明日(あす)また人(ひと)を馱(おぶ)い、また路(みち)を走(はし)らねばならぬゆえ、もしまたこの一(ひと)夜(よ)を餓(う)えさせたなら、ただ皮(かわ)を剥(は)ぐほかあるまい。汝(なんじ)ら坐(すわ)っておれ、老猪(ろうちょ)が往(ゆ)きて馬(うま)を放放(ほうほう=放牧し)て来(く)るまで」と。  かの呆子(ほうし)は虎急急(こきゅうきゅう=大慌て)と、韁繩(こうじょう=手綱)を解(と)き、馬(うま)を拉(ひ)き出(だ)して往(ゆ)った。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「沙僧(さそう)、汝(なんじ)且(しばら)く師父(しふ)に陪(したが)ってここに坐(ざ)しておれ、老孫(ろうそん)が彼(かれ)に跟(したが)って往(ゆ)き、彼(かれ)のどこへ馬(うま)を放(はな)しに往(ゆ)くかを看(み)て来(く)るまで」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)看(み)るは便(すなわ)ち看(み)て彼(かれ)のもとへ往(ゆ)け、ただこれ只管(ひたすら)に彼(かれ)を嘲(あざけ)ること莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)は暁(さと)っておる」と。  この大聖(たいせい)は庁房(ちょうぼう)を出(で)て往(ゆ)き、身(み)を一(ひと)つ揺(ゆ)るがせて変(へん)じ、一(ひと)つの紅蜻蜓児(こうせいていじ=赤とんぼ)に変(へん)じ、前門(ぜんもん)より飛(と)び出(で)て、八戒(はっかい)に追(お)い上(すが)った。  かの呆子(ほうし)は馬(うま)を拉(ひ)いて、草(くさ)の有(あ)る処(ところ)に在(あ)っても且(しばら)く草(くさ)を食(く)らわしめず、嗒嗒嗤嗤(とうとうしし=とことこ)と、馬(うま)を赶(お)い立(た)てて、後門(こうもん)の首(もと)へと転(めぐ)って往(ゆ)った。見(み)ればかの婦人(ふじん)は、三人(さんにん)の女子(じょし)を帯(たい)して、後門(こうもん)の外(そと)に在(あ)って閑立(かんりつ=たたずみ)し、菊花(きっか)を看(み)て耍子(しゃし=遊ん)でおったが、彼(かれ)が娘女(じょうじょ)どもが八戒(はっかい)の来(く)るのを見(み)ると、三人(さんにん)の娘(むすめ)たちは闪(ひらり)と中(なか)へと入(い)ってしまった。かの婦人(ふじん)は門首(もんしゅ)に佇立(ちょりつ)して言(い)った。「小長老(しょうちょうろう)、どこへ往(ゆ)かれる」と。  この呆子(ほうし)は韁繩(こうじょう)を投(な)げ、前(まえ)へと往(ゆ)きて一(ひと)つの喏(じゃく=挨拶)を唱(とな)え、声(こえ)に「娘(おかあさん)」と出(だ)して言(い)った。「我(われ)が馬(うま)を放(はな)しに来(き)たのです」と。かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「汝(なんじ)が師父(しふ)はたいそう精細(せいさい=抜け目なく)を弄(ろう)される。我(わ)が家(いえ)に女婿(じょせい)を招(まね)けば、却(かえ)って掛搭僧(かかそう=行脚僧)と做(な)りて西(にし)へと跄路(そうろ=急ぎ歩)くに強(まさ)らずや」と。  八戒(はっかい)は笑(わら)って言(い)った。「彼(かれ)らはこれ唐王(とうおう)の旨意(しい)を奉(ほう)じており、あえて君命(くんめい)に違(たが)うことができず、肯(あえ)てこの事(こと)を干(おこな)わぬのです。たった今(いま)皆(みな)前庁(ぜんちょう)のうえに在(あ)って我(われ)を栽(おしつけ)ましたが、我(われ)はまた些(いささ)か奈上祝下(ないじょうしゅくか=上の者にも下の者にも気兼ね)するところが有(あ)り、ただ怕(おそ)れるは、お母(かあ)さんが我(わ)が嘴(くち)の長(なが)く耳(みみ)の大(おお)きいのを嫌(きら)われることです」と。  かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「我(われ)もまた嫌(きら)わぬが、ただ家下(かか)に一人(ひとり)の家長(かちょう)が無(な)いゆえ、一(ひと)りを招(まね)くは倒(かえ)って罷(や)むべきであるが、ただ恐(おそ)れるは小女(しょうじょ)の些(いささ)か醜(みにく)きを嫌(きら)うであろうことじゃ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「お母(かあ)さん、汝(なんじ)令嬢(れいじょう)に上復(じょうふく=お伝え)してくれ、このように漢(おっと)を揀(えら)ぶこと莫(なか)れと言(い)うて。想(おも)うに我(わ)があの唐僧(とうそう)は、人材(じんざい=器量)は俊(すぐ)れておれど、実(じつ)は中(なか)に用(もち)いられぬ。我(われ)は醜(みにく)いながらも醜(みにく)いなりに、幾句(いくく)かの口号児(こうごうじ=自慢歌)が有(あ)る」と。婦人(ふじん)が言(い)うには、「汝(なんじ)どう言(い)うのか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには。  我(われ)は人物(じんぶつ)醜(みにく)けれど、  勤緊(きんきん=まめまめ)しくて些(いささ)かの功(こう)有(あ)り。  もし千頃(せんけい)の地(ち)を言(い)わば、  牛(うし)を使(つか)うて耕(たがや)す要用(よう)せず。  只(た)だ一頓(いっとん)の钯(は)をもってすれば、  布種(ふしゅ=種まき)も時(とき)に及(およ)んで生(しょう)ず。  雨(あめ)無(な)くとも能(よ)く雨(あめ)を求(もと)め、  風(かぜ)無(な)くとも会(よ)く風(かぜ)を喚(よ)ぶ。  房舎(ぼうしゃ)もし低(ひく)きを嫌(きら)わば、  二(に)三(さん)層(そう)を起(た)て上(あ)げん。  地(つち)のうえ掃(は)かずば一(ひと)つ掃(は)き、  陰溝(いんこう=下水)通(つう)ぜずば一(ひと)つ通(つう)ぜん。  家長里短(かちょうりたん=身内のあれこれ)の諸般(しょはん)の事(こと)、  天(てん)を踢(け)り井(い)を弄(ろう)するも我(われ)皆(みな)能(よ)くす。  かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「既(すで)に然(しか)らば家事(かじ)を干(おこな)い得(う)るなら、汝(なんじ)また往(ゆ)きて汝(なんじ)が師父(しふ)と商量(しょうりょう=相談)して看(み)よ、尴尬(かんがい=差し障り)無(な)ければ、すなわち汝(なんじ)を招(まね)こう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「商量(しょうりょう)には用(よう)が無(な)い。彼(かれ)はまた我(わ)が生身(せいしん)の父母(ふぼ)では無(な)いゆえ、干(おこな)うと干(おこな)わぬとは、皆(みな)我(われ)に在(あ)るのじゃ」と。婦人(ふじん)が言(い)うには、「也罷(やは=それもよかろう)、也罷(やは)、我(われ)が小女(しょうじょ)に説(と)いてみるまで」と。彼(かれ)の闪(ひらり)と中(なか)へ入(い)り、撲(ぽん)と後門(こうもん)を掩(おお)い上(あ)げるのが見(み)えた。八戒(はっかい)はまた馬(うま)を放(はな)さず、馬(うま)を将(も)って前(まえ)へと拉(ひ)いて来(き)た。  どうして知(し)ろうか、孫大聖(そんたいせい)は既(すで)に一一(いちいち)尽(ことごと)く知(し)っておった。彼(かれ)は翅(つばさ)を転(めぐ)らせて飛(と)び来(きた)り、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、先(ま)ず唐僧(とうそう)に見(まみ)えて言(い)った。「師父(しふ)、悟能(ごのう)が馬(うま)を牽(ひ)いて来(き)ましたぞ」と。長老(ちょうろう)が言(い)うには、「馬(うま)もし牽(ひ)かずんば、怕(おそ)らくは撒歓(さっかん=暴れ)って往(ゆ)ってしまおう」と。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)い起(お)きて、かの婦人(ふじん)と八戒(はっかい)の説(と)いた勾当(こうとう=相談事)を、頭(あたま)より一通(ひととお)り説(と)いたが、三蔵(さんぞう)もまた信(しん)ずるが如(ごと)くにして信(しん)ぜざるが如(ごと)くであった。  少(すこ)しの時(とき)の間(あいだ)に、呆子(ほうし)が馬(うま)を拉(ひ)き将(も)って来(き)たって拴(つな)ぎ下(おろ)すのが見(み)えた。長老(ちょうろう)が言(い)うには、「汝(なんじ)が馬(うま)は放(はな)したか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「好(よ)き草(くさ)も無(な)く、馬(うま)を放(はな)す処(ところ)が有(あ)りませなんだ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「馬(うま)を放(はな)す処(ところ)が無(な)いなら、馬(うま)を牽(ひ)く処(ところ)は有(あ)ったか」と。呆子(ほうし)はこの言(ことば)を聞(き)いて、情(こころ)で消息(しょうそく=内情)の走(はし)ったことを知(し)り、すなわち頭(あたま)を垂(た)れ頸(くび)を扭(ひね)り、嘴(くち)を努(つきだ)し眉(まゆ)を皺(しか)めて、半晌(しばらく)も言(い)わなんだ。  また呀(ぎい)という一声(ひとこえ)が聞(き)こえて、腰門(ようもん)が開(ひら)き、二対(にたい)の紅灯(こうとう)と、一副(いっぷく)の提壷(ていこ=提げ壺)とが有(あ)り、香雲(こううん)靄靄(あいあい)、環珮(かんぱい=玉の飾り)叮叮(ていてい)と、かの婦人(ふじん)が三人(さんにん)の娘(むすめ)を帯(たい)して、歩(あゆ)み将(も)って出(で)て来(き)た。そして真真(しんしん)、愛愛(あいあい)、憐憐(りんりん)と呼(よ)んで、かの取経(しゅきょう)の人物(じんぶつ)に拝見(はいけん)させた。かの女子(じょし)たちは庁中(ちょうちゅう)に排立(はいりつ)して、上(うえ)を朝(むか)んで礼拜(らいはい)したが、果(はた)してまた生(う)まれつき標致(ひょうち=美しい)であった。汝(なんじ)彼(かれ)らの有様(ありさま)を見(み)よ。  一(ひと)つ一(ひと)つの蛾眉(がび=蛾の眉)は翠(みどり)を横(よこた)え、粉面(ふんめん)は春(はる)を生(しょう)ず。  妖嬈(ようじょう)なるは国色(こくしょく)を傾(かたむ)け、  窈窕(ようちょう)なるは人心(じんしん)を動(うご)かす。  花鈿(かでん=花のかんざし)は多(おお)き嬌態(きょうたい=あで姿)を顕(あらわ)し、  繍帯(しゅうたい=刺繍の帯)は飄颻(ひょうよう)として絶(ぜつ)えて塵(ちり)を絶(こ)ゆ。  半(なか)ば笑(わら)いを含(ふく)む処(ところ)には桜桃(おうとう=さくらんぼ)の如(ごと)く綻(ほころ)び、  緩(ゆる)やかに歩(あゆ)み行(ゆ)く時(とき)には蘭麝(らんじゃ=芳しい香)を噴(ふ)く。  満頭(まんとう)の珠翠(しゅすい)は、顫巍巍(せんぎぎ)として数(かず)無(な)き宝釵簪(ほうさいしん)、  遍体(へんたい)の幽香(ゆうこう)は、嬌滴滴(きょうてきてき)として花(はな)有(あ)る金縷(きんる)の細(ほそ)きかな。  何(なん)の楚娃(そあい=楚の美女)の美貌(びぼう)や、西子(せいし)の嬌容(きょうよう)などを説(と)かんや。  真(まこと)にこれ九天(きゅうてん)の仙女(せんにょ)の天(てん)より降(くだ)り、  月(つき)の裡(うち)の嫦娥(じょうが)の広寒(こうかん)より出(い)づるなり。  かの三蔵(さんぞう)が合掌(がっしょう)して頭(あたま)を低(た)れ、孫大聖(そんたいせい)が佯佯(ようよう)として睬(みむき)もせず、少(すこ)しも沙僧(さそう)が背(せ)を転(めぐ)らせて身(み)を回(めぐ)らす中(なか)、汝(なんじ)かの猪八戒(ちょはっかい)を見(み)よ。眼(め)は睛(ひとみ)を転(めぐ)らさず、淫心(いんしん)は紊乱(びんらん=乱れ)、色胆(しょくたん=色欲)は縦横(じゅうおう)に、扭捏(じゅうねつ=もじもじ)として悄語(しょうご=ささやき)を出(いだ)し、声(こえ)を低(ひく)くして言(い)うには、「仙子(せんし)の下降(かこう)に労(ろう)しまする。お母(かあ)さん、どうか姉(あね)さんたちを連(つ)れて去(い)かれますよう」と。かの三人(さんにん)の女子(じょし)は、屏風(びょうぶ)の中(なか)へと転(うつ)り入(い)り、一対(いったい)の紗灯(さとう=紗の灯)を留(とど)めて往(い)った。  婦人(ふじん)が言(い)うには、「四位(よい)の長老(ちょうろう)、肯(あえ)て心(こころ)を留(とど)めて、誰(だれ)かに我(わ)が小女(しょうじょ)を配(はい)させられましょうか」と。悟浄(ごじょう)が言(い)うには、「我(われ)らは既(すで)に商議(しょうぎ=相談)して、あの猪(ちょ)を姓(せい)とする者(もの)をして門下(もんか)に招贅(しょうぜい)させましょう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、我(われ)を栽(おしつけ)るな、また衆(しゅう)より計較(けいかく)しよう」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「また何(なん)を計較(けいかく)しようか。汝(なんじ)は既(すで)に後門(こうもん)の首(もと)に在(あ)って説合(せつごう=話をまとめ)て停停当当(ていていとうとう=すっかり)ととのえ、『娘(おかあさん)』とまで叫(よ)んだではないか。また何(なん)の計較(けいかく)が有(あ)ろうか。師父(しふ)が一(ひと)つの男親家(だんしんか=男方の親戚)と做(な)り、この婆児(ばじ=おばさん)が一(ひと)つの女親家(じょしんか=女方の親戚)と做(な)り、老孫(ろうそん)が一(ひと)つの保親(ほしん=仲人)と做(な)り、沙僧(さそう)が一(ひと)つの媒人(ばいじん=仲立ち)と做(な)ろう。また必(かなら)ずしも通書(つうしょ=暦)を看(み)るには及(およ)ばず、今朝(けさ)はこれ一(ひと)つの天恩上吉日(てんおんじょうきちじつ)じゃ。汝(なんじ)来(きた)って師父(しふ)を拝(おが)み、中(なか)へと入(い)って女婿(じょせい)と做(な)れ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「弄(な)し成(な)らぬ、弄(な)し成(な)らぬ。そこでどうして好(よ)くこの勾当(こうとう)を干(おこな)えようか」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「呆子(ほうし)よ、者囂(しゃごう=ぐずぐず)するな。汝(なんじ)がその口(くち)の裡(うち)で『娘(おかあさん)』をも知(し)らず幾(いく)ほど叫(よ)んだか、また何(なん)の弄(な)し成(な)らぬことが有(あ)ろうか。快(すみや)かに応成(おうせい=承知)して、我(われ)らを帯携(たいけい=引き連れ)て些(いささ)かの喜酒(きしゅ=祝い酒)を食(くら)わせてくれれば、これまた好(よ)き処(ところ)じゃ」と。  彼(かれ)は一(ひと)つの手(て)で八戒(はっかい)を揪(つか)まえ、一(ひと)つの手(て)で婦人(ふじん)を扯(ひ)き止(と)めて言(い)った。「親家母(しんかぼ)、汝(なんじ)が女婿(じょせい)を帯(つ)れて中(なか)へ入(い)られよ」と。かの呆子(ほうし)は脚(あし)も趄趄(しゃしゃ=よろよろ)として、そこから往(ゆ)こうとした。かの婦人(ふじん)はすなわち童子(どうじ)を喚(よ)んで言(い)った。「桌椅(ちょうい)を展抹(てんまつ=拭き整え)、晩斎(ばんさい=夕食)を鋪排(ほはい=並べ)、三位(さんい)の親家(しんか)を管待(かんたい=もてな)せよ。我(われ)は姑夫(こふ=娘婿)を領(ひき)いて房(へや)の裡(うち)へと往(ゆ)くゆえに」と。一壁廂(いっぺきしょう)また庖丁(ほうてい=料理人)に筵(えん)を排(なら)べ宴(うたげ)を設(もう)けて、明晨(みょうしん=明朝)に会親(かいしん)するよう吩咐(いいつけ)た。かの幾(いく)人(にん)かの童子(どうじ)は、また命(めい)を領(うけたまわ)って訖(おわ)った。彼(かれ)ら三衆(さんしゅ)は斎(とき)を食(くら)い、急急(きゅうきゅう)と鋪鋪(ほほ=寝床をのべ)いて、皆(みな)客座(きゃくざ=客間)の裡(うち)に在(あ)って安歇(あんけつ=休み)したことは、しばらく措(お)いて語(かた)らぬ。  さて、かの八戒(はっかい)は丈母(じょうぼ=姑)に跟(したが)って、中(なか)へと歩(あゆ)み入(い)り、一層(いっそう)一層(いっそう)とまた幾(いく)ばくの房舎(ぼうしゃ)を過(す)ぎるか知(し)れず、磕磕撞撞(かつかつどうどう=つまずきぶつかり)、尽(ことごと)く皆(みな)これ門檻(もんかん=敷居)の脚(あし)を絆(つまず)かせるものばかりであった。呆子(ほうし)が言(い)うには、「お母(かあ)さん、些(いささ)か緩(ゆる)やかに往(い)ってくれ。我(われ)はここらが路生(ろせい=土地不案内)ゆえ、汝(なんじ)我(われ)を帯(みちび)いてくれ」と。かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「これらは皆(みな)これ倉房(そうぼう=倉庫)や、庫房(こぼう=蔵)や、碾房(てんぼう=挽き場)の各房(かくぼう)で、なおあの厨房(ちゅうぼう=台所)の辺(ほとり)へも至(いた)っておらぬのじゃ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「なんと大(おお)きな家(いえ)じゃ」と。  磕磕撞撞(かつかつどうどう)と、弯(まが)りを転(めぐ)り角(つの)を抹(なで)て、また半(なか)ばの間(あいだ)も往(ゆ)いて、ようやくこれ内堂(ないどう=奥座敷)の房屋(ぼうおく)であった。かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「女婿(じょせい)よ、汝(なんじ)が師兄(しけい)は今朝(けさ)を天恩上吉日(てんおんじょうきちじつ)と言(い)うたゆえ、すなわち汝(なんじ)を招(まね)き入(い)れたのじゃ。しかしただこれ倉卒間(そうそつかん=にわかのこと)に、曾(かつ)て一人(ひとり)の陰陽(おんみょう=陰陽師)を請(こ)い得(え)ず、堂(どう)を拝(おが)み帳(とばり)を撒(ま)くこともできぬゆえ、汝(なんじ)上(うえ)を朝(むか)んで八拝(はちはい)でもしてくれ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには。 「お母(かあ)さん、お母(かあ)さんの言(い)われることは然(しか)り。汝(なんじ)請(こ)う上(うえ)に坐(ざ)せよ、我(われ)もまた幾拝(いくばい)か拝(おが)もう。すなわち堂(どう)を拝(おが)むに当(あ)て、また親(おや)に謝(しゃ)するに当(あ)て、両(ふた)つを一(ひと)つに当(あ)てれば、却(かえ)って事(こと)を省(はぶ)かずや」と。  彼(かれ)が丈母(じょうぼ)は笑(わら)って言(い)った。「也罷(やは)、也罷(やは)、果(はた)してこれ一(ひと)つの事(こと)を省(はぶ)き家(いえ)を干(きりも)りする女婿(じょせい)じゃ。我(われ)が坐(ざ)っておるゆえ、汝(なんじ)拝(おが)め」と。おお、満堂(まんどう)のうちに銀燭(ぎんしょく=銀の燭台)輝煌(きこう)とかがやき、この呆子(ほうし)は上(うえ)を朝(むか)んで礼拜(らいはい)し、拝(おが)み畢(おわ)って言(い)うには、「お母(かあ)さん、汝(なんじ)あのどの姉(あね)さんを我(われ)に配(はい)してくれるのか」と。  彼(かれ)が丈母(じょうぼ)が言(い)うには、「正(まさ)にこれらの些(いささ)かの疑難(ぎなん)が有(あ)る。我(われ)が大(だい)の娘(むすめ)を汝(なんじ)に配(はい)しようとすれば、二女(にじょ)の怪(うら)むを恐(おそ)れ、二女(にじょ)を汝(なんじ)に配(はい)しようとすれば、三女(さんじょ)の怪(うら)むを恐(おそ)れ、将(も)って三女(さんじょ)を汝(なんじ)に配(はい)しようとすれば、また大女(だいじょ)の怪(うら)むを恐(おそ)れるゆえ、これによって終(つい)に疑(うたが)って未(いま)だ定(さだ)めがたきのじゃ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「お母(かあ)さん、既(すで)に相争(あいあらそ)うことを怕(おそ)れるなら、皆(みな)我(われ)に与(あた)えてくれ。鬧鬧吵吵(とうとうそうそう=騒ぎ)て家法(かほう=家の掟)を乱(みだ)すを省(はぶ)かれよう」と。彼(かれ)が丈母(じょうぼ)が言(い)うには、「豈(あ)にこの理(ことわり)有(あ)らんや。汝(なんじ)一人(ひとり)で我(わ)が三人(さんにん)の娘(むすめ)を占(し)めようというのか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「汝(なんじ)見(み)よ、お母(かあ)さんの言(い)われることばを。誰(だれ)か三房四妾(さんぼうししょう=三人の妻と四人の妾)の無(な)い者(もの)が有(あ)ろうか。もっと多(おお)くても、汝(なんじ)が女婿(じょせい)もまた笑(わら)って納(おさ)めよう。我(われ)は幼年(ようねん)の間(あいだ)に、また曾(かつ)て一(ひと)つの熬戦之法(ごうせんのほう=房中術)を学(まな)び得(え)ており、管情(かんじょう=きっと)一(ひと)つ一(ひと)つ彼(かれ)らを伏侍(ぶくじ=お仕え)して喜(よろこ)ばせてみせよう」と。  かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「好(よ)からず、好(よ)からず。我(われ)がここに一方(いっぽう)の手帕(しゅは=ハンカチ)が有(あ)るゆえ、汝(なんじ)それを頭(あたま)のうえに頂(いただ)き、顔(かお)を遮(おお)うて、一(ひと)つの天婚(てんこん=天に任せた縁組み)を撞(あた)らせ、我(わ)が娘(むすめ)どもをして汝(なんじ)が前(まえ)を過(よぎ)り往(ゆ)かせ、汝(なんじ)手(て)を伸(の)ばし開(ひら)いて扯(たお)し倒(たお)した者(もの)を、すなわちその者(もの)を汝(なんじ)に配(はい)させよう」と。呆子(ほうし)は言(こと)に依(よ)って、手帕(しゅは)を接(う)け取(と)り、頭(あたま)のうえに頂(いただ)いた。詩(し)が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く。  痴愚(ちぐ)なるは本原由(ほんげんゆ=そもそものわけ)を識(し)らず、  色剣(しょっけん=色欲の剣)身(み)を傷(きずつ)けて暗(あん)に自(おの)ずから休(や)む。  従(もと)より周公礼(しゅうこうれい)の有(あ)るを信(しん)ずるも、  今日(こんにち)新郎(しんろう)は蓋頭(がいとう=花嫁の被い布)を頂(いただ)く。  かの呆子(ほうし)は頂(いただ)き裹(つつ)みて停当(ていとう=きちんと)ととのえ、言(い)うには、「お母(かあ)さん、請(こ)う姉(あね)さんたちを出(だ)されよ」と。彼(かれ)が丈母(じょうぼ)が叫(よ)んだ。「真真(しんしん)、愛愛(あいあい)、憐憐(りんりん)、皆(みな)来(き)て天婚(てんこん)を撞(あた)り、汝(なんじ)が女婿(じょせい)に配(はい)されよ」と。  ただ環珮(かんぱい)の響(ひび)き亮(あきら)かに、蘭麝(らんじゃ)の馨香(けいこう)が聞(き)こえ、仙子(せんし)の来往(らいおう=行き来)するが似(に)たるが有(あ)る中(なか)、かの呆子(ほうし)は真(まこと)に手(て)を伸(の)ばして往(ゆ)きて人(ひと)を撈(すく)い取(と)ろうとした。両辺(りょうへん)に乱(みだ)りに撲(はた)き、左(ひだり)もまた撞(あた)らず、右(みぎ)もまた撞(あた)らず。来来往往(らいらいおうおう)として、幾(いく)ばくの女子(じょし)の行動(こうどう)するか知(し)れぬが、ただ一(ひと)りをも撈(すく)い着(つ)けることは思(おも)いもよらなんだ。東(ひがし)へ撲(はた)きては柱科(ちゅうか=柱)を抱(いだ)き、西(にし)へ撲(はた)きては板壁(へんべき=板壁)を摸(さぐ)り、両頭(りょうとう)を跑(はし)りて暈(めまい)し、立(た)ち站(た)つも穏(おだ)やかならず、ただ打跌(だてつ=転び)ばかりしていた。前(まえ)へ来(きた)っては門扇(もんせん=扉)を蹬(ふ)み、後(うしろ)へ去(ゆ)きては磚墻(せんしょう=煉瓦塀)に湯(あた)った。磕磕撞撞(かつかつどうどう)として、跌(ころ)んで嘴(くち)は腫(は)れ頭(あたま)は青(あお)くなった。  地(つち)のうえに坐(ざ)して、喘気嘑嘑(ぜんきこきょ=息を切らし)て言(い)うには、「お母(かあ)さんよ、汝(なんじ)が娘(むすめ)たちはこのように乖滑(かいかつ=すばしこ)きことこのうえなく、一(ひと)りも撈(すく)い着(つ)けませなんだ。奈何(いかん)ぞ、奈何(いかん)ぞ」と。  かの婦人(ふじん)は彼(かれ)が蓋頭(がいとう)を掲(めく)ってやって言(い)った。「女婿(じょせい)よ、我(わ)が娘(むすめ)どもの乖滑(かいかつ)なるには非(あら)ず、彼(かれ)らは皆(みな)謙譲(けんじょう)して、肯(あえ)て汝(なんじ)を招(まね)かぬのじゃ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「お母(かあ)さんよ、既(すで)に彼(かれ)らが肯(あえ)て我(われ)を招(まね)かぬなら、汝(なんじ)が我(われ)を招(まね)いてくれ」と。かの婦人(ふじん)が言(い)うには、「好(よ)きかな女婿(じょせい)よ。このように大(だい)も小(しょう)も無(な)く、丈母(じょうぼ=姑)までも皆(みな)要(い)ろうとは」と。 「我(わ)がこの三人(さんにん)の娘(むすめ)は、心性(しんせい)の最(もっと)も巧(たくみ)なる者(もの)で、彼(かれ)らは一(ひと)り一(ひと)つの珍珠嵌錦汗衫児(ちんじゅかんきんかんさんじ=真珠をちりばめた錦の肌着)を結(むす)んでおる。汝(なんじ)もしあの者(もの)のを穿(き)り得(う)るなら、すなわちその者(もの)に汝(なんじ)を招(まね)かせよう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには。 「好(よ)し、好(よ)し、好(よ)し。三件(さんけん)とも皆(みな)拿(も)って来(きた)り、我(われ)に穿(き)て看(み)させよ。もし皆(みな)穿(き)り得(う)るなら、すなわち皆(みな)に招(まね)かせよ」と。  かの婦人(ふじん)は房(へや)の裡(うち)へと転(うつ)り入(い)り、ただ一(ひと)つのみを取(と)り出(だ)して、八戒(はっかい)に逓(わた)した。かの呆子(ほうし)は青錦布(せいきんぷ)の直裰(じきとつ=僧衣)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、衫児(さんじ=肌着)を取(と)り過(よ)ぎて、すなわち身(み)のうえに穿(き)たが、なお曾(かつ)て帯子(たいし=帯)を系(むす)び上(あ)げぬうちに、撲(ぽん)という一蹻(いっきょう=つまずき)もろともに、地(つち)のうえに跌倒(てっとう=倒れ)た。元来(がんらい)これ幾条(すうじょう)かの縄(なわ)の緊緊(きんきん)と繃(しば)り住(とど)めたるのであった。かの呆子(ほうし)の疼痛(とうつう)の禁(しの)び難(がた)き時(とき)、これらの人(ひと)たちは早(はや)くも已(すで)に見(み)えずなっておった。  さて、三蔵(さんぞう)と行者(ぎょうじゃ)と沙僧(さそう)は一覚(いっかく)の睡(ねむり)より醒(さ)めると、覚(おぼ)えず東方(とうほう)が白(しろ)んでおった。忽(たちま)ち睛(ひとみ)を睜(ひら)いて頭(あたま)を上(あ)げて観(み)るに、そこに何(なん)の大厦(たいか)や高堂(こうどう)が有(あ)ろうか、またこれ雕梁画棟(ちょうりょうがとう)でも無(な)く、一(ひと)つ一(ひと)つ皆(みな)松柏(しょうはく)の林(はやし)の中(なか)に睡(ねむ)っておった。慌(あわ)てたのはかの長老(ちょうろう)で、忙(いそ)ぎ行者(ぎょうじゃ)を呼(よ)んだ。沙僧(さそう)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、了(おしま)いじゃ、了(おしま)いじゃ。我(われ)らは鬼(おに)に遇(あ)うたのじゃ」と。  孫大聖(そんたいせい)は心(こころ)の中(なか)で明白(めいはく)に、微微(びび)と笑(わら)って言(い)った。「どうしてそのように言(い)うのか」と。長老(ちょうろう)が言(い)うには、「汝(なんじ)見(み)よ、我(われ)らの睡(ねむ)っておる処(ところ)を」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「この松林(しょうりん)の下(した)は落(おちつ)いて快活(かいかつ)であるが、ただかの呆子(ほうし)がどこに在(あ)って罪(つみ)を受(う)けておるかを知(し)らぬ」と。長老(ちょうろう)が言(い)うには、「誰(だれ)が罪(つみ)を受(う)けるのか」と。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「昨日(きのう)のこの家(いえ)の娘女(じょうじょ)たちは、いずこの菩薩(ぼさつ)か知(し)らぬが、ここに在(あ)って我(われ)らを顕化(けんげ=姿を現して教え)してくださったのじゃ。想(おも)うに半夜(はんや=夜半)の裡(うち)に去(さ)られたのであろう、ただ猪八戒(ちょはっかい)を苦(くるし)めて罪(つみ)を受(う)けさせたのみじゃ」と。  三蔵(さんぞう)はこれを聞(き)いて、合掌(がっしょう)して頂礼(ちょうらい)したが、またかの後辺(うしろ)の古柏樹(こはくじゅ=古い柏の木)のうえに、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ひらひらと)として、一張(いっちょう)の簡帖児(かんじょうじ=書き付け)の掛(かか)っておるのが見(み)えた。沙僧(さそう)は急(いそ)ぎ往(ゆ)きて取(と)り来(きた)りて師父(しふ)に看(み)せたるに、これ八句(はっく)の頌子(じゅす=偈頌)で云(い)わく。  黎山老母(れいざんろうぼ)は凡(ぼん)を思(おも)わざりしも、  南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)請(こ)うて山(やま)を下(くだ)らしむ。  普賢(ふげん)も文殊(もんじゅ)も皆是(みな)これ客(かく)にして、  美女(びじょ)に化(か)して林間(りんかん)に在(あ)り。  聖僧(せいそう)は徳(とく)有(あ)って還(ま)た俗(ぞく)無(な)く、  八戒(はっかい)は禅(ぜん)無(な)くして更(さら)に凡(ぼん)有(あ)り。  此(これ)より心(こころ)を静(しず)めて須(すべから)く過(あやまち)を改(あらた)むべし、  若(も)し怠慢(たいまん)を生(しょう)ぜば路途(ろと)難(かた)からん。  かの長老(ちょうろう)と行者(ぎょうじゃ)と沙僧(さそう)がちょうどこの頌(じゅす)を唱念(しょうねん=唱え読み)しておると、ただ林(はやし)の深(ふか)き処(ところ)より声(こえ)を高(たか)くして叫(さけ)ぶのが聞(き)こえた。「師父(しふ)よ、繃(しば)り殺(ころ)されそうです。我(われ)を一(ひと)つ救(すく)うてくれ。次(つぎ)にはまた敢(あえ)てせぬゆえに」と。  三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「悟空(ごくう)、あの叫喚(きょうかん=叫び)するはもしや悟能(ごのう)であろうか」と。沙僧(さそう)が言(い)うには、「正(まさ)に然(しか)り」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、彼(かれ)に睬(かま)うな、我(われ)らは去(い)こう」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「かの呆子(ほうし)は心性(しんせい)の愚頑(ぐがん=愚かで頑固)なるとはいえ、ただこれ一(ひと)つの懞直(もうちょく=愚直)であり、かえってまた些(いささ)かの膂力(りょりき=腕力)が有(あ)って、行李(こうり)を挑(にな)い得(う)る。また当日(その日)の菩薩(ぼさつ)の念(おも)いを看(み)て、彼(かれ)を救(すく)うて我(われ)らと同(とも)に去(い)かしめよ。料(はか)るに彼(かれ)も以後(いご)はまた敢(あえ)てせぬであろう」と。  かの沙和尚(さおしょう)はすなわち鋪蓋(ほがい=寝具)を巻(ま)き上(あ)げ、担子(たんす)を收拾(しゅうしゅう)した。孫大聖(そんたいせい)は韁(たづな)を解(と)き馬(うま)を牽(ひ)き、唐僧(とうそう)を引(みちび)いて林(はやし)の中(なか)へと入(い)りて尋(たず)ね看(み)た。おお、正(まさ)にこれ、  正(ただしき)に従(したが)い修持(しゅじ=修行)するには須(すべから)く謹慎(きんしん)なるべき、  愛欲(あいよく)を掃除(そうじょ)して自(おの)ずから真(しん)に帰(き)す。  畢竟(ひっきょう)かの呆子(ほうし)の凶吉(きょうきつ)のいかんは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十四回 万寿山(まんじゅさん)の大仙(たいせん)故友(こゆう)を留(とど)め 五莊観(ごしょうかん)の行者(ぎょうじゃ)人参(にんじん)を窃(ぬす)む  さて、かの三人(さんにん)は林(はやし)を穿(うが)って裡(うち)へと入(い)ると、ただかの呆子(ほうし)の樹(き)のうえに繃(しば)りつけられて、声声(せいせい)に叫(さけ)び喊(わめ)き、痛苦(つうく)の禁(しの)び難(がた)きのが見(み)えた。行者(ぎょうじゃ)は前(まえ)へと往(ゆ)きて笑(わら)って言(い)った。「なんという女婿(じょせい)じゃ。この早晚(じわら=この時刻)になってもなお起(お)きて親(おや)に謝(しゃ)せず、また師父(しふ)の許(もと)へと報喜(ほうき=吉報)にも往(ゆ)かず、ここに在(あ)って売解児(ばいかいじ=芸を売)りて耍子(しゃし=遊ん)でおるとは。—咄(とつ)、汝(なんじ)が娘(おかあさん)はどこじゃ。汝(なんじ)が女房(にょうぼう)はどこじゃ。なんと好(よ)きかな、繃巴吊拷(ほうはちょうこう=縛り吊るされた)の女婿(じょせい)よ」と。  かの呆子(ほうし)は彼(かれ)が来(き)て搶白(そうはく=あてこすり)するのを見(み)て羞(はじ)らい、歯(は)を咬(か)み、疼(いたみ)を忍(しの)んで、あえて叫(さけ)び喊(わめ)かなんだ。沙僧(さそう)はこれを見(み)て、老大(ろうだい=たいそう)忍(しの)び難(がた)く、行李(こうり)を放(おろ)し、前(まえ)へと往(ゆ)きて縄索(じょうさく=縄)を解(と)きて救(すく)い下(おろ)した。呆子(ほうし)は彼(かれ)らに向(むか)ってただ頭(あたま)を磕(ぬかず)き礼拜(らいはい)し、実(じつ)に羞恥(しゅうち)の当(あて)がたきものであった。『西江月(せいこうげつ)』が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。  色(しょく)はすなわちこれ身(み)を傷(きずつ)くるの剣(つるぎ)、  これを貪(むさぼ)れば必(かなら)ず殃(わざわい)に遭(あ)う。  佳人(かじん)二八(にっぱち=十六歳)の好(よ)き容妝(ようしょう=装い)、  更(さら)に夜叉(やしゃ)よりも凶壮(きょうそう)なり。  只(た)だ一(ひと)つの原本(げんぽん=元手)有(あ)るのみ、  また微利(びり=わずかな利)の嚢(ふくろ)に添(そ)うる無(な)し。  好(よ)く将(も)って資本(しほん)を謹(つつし)んで収蔵(しゅうぞう)し、  堅(かた)く守(まも)って放蕩(ほうとう)せしむるを教(おし)うること休(なか)れ。  かの八戒(はっかい)は土(つち)を撮(つま)みて香(こう)を焚(た)き、空(そら)を望(のぞ)んで礼拜(らいはい)した。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには。 「汝(なんじ)はもしやあの菩薩(ぼさつ)たちを認(みと)めるか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「我(われ)は已(すで)にこれに暈倒(うんとう)し昏迷(こんめい)して、眼花撩乱(がんかりょうらん=目がくらみ乱れ)、どうして誰(だれ)であるかを認(みと)め得(え)ようか」と。行者(ぎょうじゃ)はかの簡帖児(かんじょうじ)を把(も)って八戒(はっかい)に逓(わた)したが、八戒(はっかい)はそれが頌子(じゅす)であるのを見(み)て、更(さら)に慚愧(ざんき=恥じいり)を加(くわ)えた。  沙僧(さそう)は笑(わら)って言(い)った。「二哥(にいさん)にはこのような好(よ)き処(ところ)が有(あ)るのじゃな、四位(よい)の菩薩(ぼさつ)を感(かん)じて来(きた)らせて汝(なんじ)と親(した)しみを作(つく)らせたとは」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、また題(だい)し起(お)こすこと莫(なか)れ、人子(じんし=人となり)に当(あた)らぬわい。今(いま)より後(のち)、また妄(みだ)りに為(な)すことを敢(あ)えせぬ。たとえ骨(ほね)を累(かさ)ねて折(お)ろうとも、ただこれ肩(かた)を摩(す)り担(に)を圧(おさ)えて、師父(しふ)に随(したが)って西域(せいいき)へと往(ゆ)くのみじゃ」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「既(すで)にこのように言(い)うこそ才(はじ)めて然(しか)り」と。  行者(ぎょうじゃ)はすなわち師父(しふ)を領(ひき)いて大路(たいろ)へと上(のぼ)った。路(みち)に在(あ)って風(かぜ)を餐(くら)い水(みず)に宿(やど)り、行(ゆ)くこと多(おお)くの時(とき)を罷(おわ)えたが、忽(たちま)ち一(ひと)つの高山(こうざん)の路(みち)を擋(ふさ)ぐのが見(み)えた。三蔵(さんぞう)は馬(うま)を勒(たづな)し鞭(むち)を停(とど)めて言(い)った。「徒弟(とてい)よ、前(まえ)に一(ひと)つの山(やま)が有(あ)るゆえ、必(かなら)ず仔細(しさい=用心)せよ、恐(おそ)らくは妖魔(ようま)の作耗(さくもう=悪さ)して、吾(わ)が党(ともがら)を侵害(しんがい)するが有(あ)らんことを」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「馬(うま)の前(まえ)にはただ我(われ)ら三人(さんにん)が有(あ)るのみ、何(なん)の妖魔(ようま)を怕(おそ)れようか」と。これによって、長老(ちょうろう)は心(こころ)を安(やす)んじて前進(ぜんしん)した。  ただかの一(ひと)つの山(やま)を見(み)るに、真(まこと)に好(よ)き山(やま)かな。  高山(こうざん)峻極(しゅんきょく)として、大勢(たいせい)崢嶸(そうろう)たり。  根(ね)は崑崙(こんろん)の脈(みゃく)に接(せっ)し、頂(いただき)は霄漢(しょうかん=天の川)の中(なか)を摩(す)る。  白鶴(はっかく)は毎(つね)に来(きた)って檜柏(かいはく=ヒノキとコノテガシワ)に栖(すま)い、  玄猿(げんえん=黒猿)は時(とき)に復(ま)た藤蘿(とうら=藤やつる草)に掛(か)かる。  日(ひ)は晴林(せいりん)に映(うつ)り、迭迭(じょうじょう)たる千条(せんじょう)の紅霧(こうむ)繞(めぐ)り、  風(かぜ)は陰壑(いんがく=日陰の谷)に生(しょう)じ、飄飄(ひょうひょう)たる万道(ばんどう)の彩雲(さいうん)飛(と)ぶ。  幽鳥(ゆうちょう)は青竹(せいちく)の裡(うち)に乱(みだ)れ啼(な)き、  錦鶏(きんけい)は野花(やか)の間(あいだ)に齊(ひと)しく闘(たたか)う。  只(た)だかの千年峰(せんねんほう)、五福峰(ごふくほう)、芙蓉峰(ふようほう)の、  巍巍凜凜(ぎぎりんりん)として毫光(ごうこう)を放(はな)つのが見(み)え、  万歳石(ばんざいせき)、虎牙石(こがせき)、三尖石(さんせんせき)の、  突突磷磷(とつとつりんりん)として瑞気(ずいき)を生(しょう)ず。  崖前(がいぜん)に草(くさ)秀(ひい)で、嶺上(れいじょう)に梅(うめ)香(かお)る。  荊棘(けいきょく=茨)は密(みっ)として森森(しんしん)、芝蘭(しらん)は清(すず)やかに淡淡(たんたん)。  深林(しんりん)には鷹鳳(おうほう)千禽(せんきん)を聚(あつ)め、  古洞(こどう)には麒麟(きりん)万獣(ばんじゅう)を轄(つかさど)る。  澗水(かんすい)は情(じょう)有(あ)りて、曲曲弯弯(きょくきょくわんわん)として繞顧(にょうこ=巡り顧み)すること多(おお)く、  峰巒(ほうらん)は断(た)えず、重重迭迭(じゅうじゅうじょうじょう)として自(おの)ずから周回(しゅうかい)す。  またかの緑(みどり)の槐(えんじゅ)、斑(まだら)の竹(たけ)、青(あお)き松(まつ)の、  依依(いい)として千載(せんざい)に穠華(のうか=美しさ)を闘(きそ)えるが見(み)え、  白(しろ)き李(すもも)、紅(あか)き桃(もも)、翠(みどり)の柳(やなぎ)の、  灼灼(しゃくしゃく)として三春(さんしゅん)に艶麗(えんれい)を争(あらそ)う。  龍吟虎嘯(りゅうぎんこしょう=龍吟び虎嘯き)、鶴舞猿啼(かくぶえんてい=鶴舞い猿啼く)。  麋鹿(びろく)は花(はな)より出(い)で、青鸞(せいらん)は日(ひ)に対(むか)いて鳴(な)く。  これすなわち仙山(せんざん)の真(しん)の福地(ふくち)、蓬萊閬苑(ほうらいろうえん)も只(た)だ然(しか)るが如(ごと)し。  また些(いささ)かの花(はな)の開(ひら)き謝(お)つる山頭(さんとう)の景(けい)、  雲(くも)の去(さ)り来(きた)る嶺上(れいじょう)の峰(みね)を見(み)る。  三蔵(さんぞう)は馬(うま)のうえに在(あ)って喜(よろこ)んで言(い)った。「徒弟(とてい)よ、我(われ)は一向(ひたすら)に西(にし)へと来(き)て、多(おお)くの山水(さんすい)を経歴(けいれき)したが、皆(みな)あの嵯峨(さが=切り立った)険峻(けんしゅん)の処(ところ)ばかりで、更(さら)にこの山(やま)の好景(こうけい)には似(に)ず、果(はた)して幽趣(ゆうしゅ=奥深い趣)の非常(ひじょう)なるかな。もし雷音(らいおん)に近(ちか)づく路(みち)の遠(とお)からずんば、我(われ)らは好(よ)く端厳(たんごん=姿を正し)を整粛(せいしゅく)して世尊(せそん)に見(まみ)えようものを」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「早(はや)い、早(はや)い。ちょうど好(よ)く到(いた)ることは得(え)まい」と。沙僧(さそう)が言(い)うには、「師兄(しけい)、我(われ)らが雷音(らいおん)に到(いた)るにはどれほどの遠(とお)さが有(あ)りますか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「十万八千里(じゅうまんはっせんり)じゃ。十停(じってい=十割)の中(なか)でなお曾(かつ)て一停(いってい=一割)をも走(はし)っておらぬ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、幾年(いくねん)走(はし)ってようやく到(いた)り得(え)ましょう」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「これらの路(みち)は、もし二位(にい)の賢弟(けんてい)について言(い)えば、すなわち十来日(じゅうらいじつ)でもまた到(いた)り得(え)よう。もし我(われ)が走(はし)るについて言(い)えば、一日(いちじつ)にも好(よ)く五十遭(ごじゅうそう)も走(はし)れて、なお日色(にっしょく=日の光)を見(み)るであろう。もし師父(しふ)が走(はし)るについて言(い)えば、思(おも)うな、思(おも)うな」と。  唐僧(とうそう)が言(い)うには、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)の言(い)うにはいつになって方(まさ)に到(いた)り得(え)ようか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)が自(おの)ずから小(ちい)さき時(とき)より走(はし)りて老(お)い、老(お)いてまた小(ちい)さくなり、老小(ろうしょう)千番(せんばん)してもなお難(かた)い。ただ汝(なんじ)が性(しょう)を見(み)て志(こころざし)の誠(まこと)なるを要(よう)するのみ、念々(ねんねん)に首(くび)を回(めぐ)らす処(ところ)が、すなわちこれ霊山(りょうざん)じゃ」と。  沙僧(さそう)が言(い)うには、「師兄(しけい)、此間(ここ)は雷音(らいおん)では無(な)いとはいえ、この景致(けいち=景色)を観(み)るに、必(かなら)ず一人(ひとり)の好(よ)き人(ひと)の居止(きょし=住まい)するが有(あ)ろう」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「この言(げん)は却(かえ)って当(とう)を得(え)ておる。ここには決(けっ)して邪祟(じゃすい=妖気)は無(な)く、定(さだ)めてこれ一(ひと)りの聖僧(せいそう)や仙輩(せんぱい=仙人)の郷(さと)であろう。我(われ)らは遊(あそ)び玩(もてあそ)んで慢(ゆる)やかに行(ゆ)こう」と。しばらく措(お)いて語(かた)らぬ。  さて、この山(やま)は名(な)を万寿山(まんじゅさん)と喚(よ)び、山中(さんちゅう)に一(ひと)つの観(かん=道観)が有(あ)って、名(な)を五荘観(ごしょうかん)と喚(よ)び、観(かん)の裡(うち)に一尊(いっそん)の仙(せん)が有(あ)って、道号(どうごう)を鎮元子(ちんげんし)、混名(こんみょう=あだ名)を与世同君(よせいどうくん)と申(もう)した。かの観(かん)の裡(うち)より一(ひと)つの異宝(いほう)が出(い)ずるが、これすなわち混沌(こんとん)の初(はじ)めに分(わ)かれ、鴻蒙(こうもう)の始(はじ)めに判(わか)れ、天地(てんち)の未(いま)だ開(ひら)けざる際(さい)に、産(う)み成(な)したるこの顆(かの)の霊根(れいこん)であった。蓋(けだ)し天下(てんか)の四大部洲(しだいぶしゅう)のうち、惟(ただ)西牛賀洲(さいごがしゅう)の五荘観(ごしょうかん)のみ此(これ)を出(いだ)し、名(な)を「草還丹(そうかんたん)」と喚(よ)び、また「人参果(にんじんか)」と名(な)づく。三千年(さんぜんねん)に一(ひと)たび花(はな)を開(ひら)き、三千年(さんぜんねん)に一(ひと)たび果(み)を結(むす)び、また三千年(さんぜんねん)を経(へ)てようやく熟(じゅく)するを得(え)、短頭(たんとう=短くても)一万年(いちまんねん)に方(まさ)に食(くら)うを得(う)る。この万年(まんねん)の如(ごと)きも、ただ三十個(さんじっこ)の果子(かし=実)を結(むす)ぶのみ。果子(かし)の模様(もよう)は、すなわち三朝(さんちょう=生後三日)未(いま)だ満(み)たざるの小児(しょうじ)に似(に)て、四肢(しし)は倶(とも)に全(まっと)うく、五官(ごかん)は咸(みな)備(そなわ)る。人(ひと)もし縁(えん)有(あ)って、かの果子(かし)を得(えて)一(ひと)たび聞(か)げば、すなわち三百六十歳(さんびゃくろくじっさい)を活(い)き、一(ひと)つを食(くら)えば、すなわち四万七千年(しばんしちせんねん)を活(い)きる。  当日(その日)、鎮元大仙(ちんげんたいせん)は元始天尊(げんしてんそん)の簡帖(かんじょう=招き状)を得(え)、彼(かれ)を上清天(じょうしょうてん)のうえの弥羅宮(みらきゅう)へと邀(まね)いて「混元道果(こんげんどうか)」を講(こう)ずるを聴(き)かしめた。大仙(たいせん)が門下(もんか)より出(い)でた散仙(さんせん)も、またその数(かず)を計(かぞ)えられぬほどで、見(み)るに今(いま)なお四十八(よんじゅうはち)の徒弟(とてい)が有(あ)り、皆(みな)これ道(みち)を得(えた)る全真(ぜんしん=真を全うした者)であった。当日(その日)、四十六(よんじゅうろく)を帯領(たいりょう)して上界(じょうかい)へと往(ゆ)きて聴講(ちょうこう)し、二人(ふたり)の絶(ぜっ)して小(ちい)さき者(もの)を留(とど)めて家(いえ)を看(み)させた。一人(ひとり)は名(な)を清風(せいふう)と喚(よ)び、一人(ひとり)は名(な)を明月(めいげつ)と喚(よ)んだ。清風(せいふう)はただ一千三百二十歳(いっせんさんびゃくにじゅっさい)で、明月(めいげつ)はようやく一千二百歳(いっせんにひゃくさい)に交(まじ)わったばかりであった。  鎮元子(ちんげんし)は二人(ふたり)の童(どうじ)に吩咐(いいつけ)て言(い)った。「大天尊(だいてんそん)の簡帖(かんじょう)に違(たが)うべからず、弥羅宮(みらきゅう)へと往(ゆ)きて聴講(ちょうこう)するが、汝(なんじ)ら二人(ふたり)は家(いえ)に在(あ)って仔細(しさい)にせよ。日(ひ)ならずして一人(ひとり)の故人(こじん=旧友)のここより経過(けいか)するが有(あ)るゆえ、却(かえ)って彼(かれ)を怠慢(たいまん)すること莫(なか)れ。我(わ)が人参果(にんじんか)を将(も)って二(ふた)つを打(も)ぎて彼(かれ)に与(あた)えて食(くら)わせ、権(かり)に旧日(きゅうじつ=昔日)の情(じょう)を表(あらわ)すべし」と。  二童(にどう)が言(い)うには、「師父(しふ)の故人(こじん)とは誰(だれ)でありましょう。望(のぞ)むらくは弟子(でし)に説(と)き聞(き)かせられよ、好(よ)く接待(せったい)しとうございます」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「彼(かれ)はこれ東土(とうど)大唐(だいとう)の駕下(かか)の聖僧(せいそう)、道号(どうごう)を三蔵(さんぞう)と申し、今(いま)西天(せいてん)へと往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)むる和尚(おしょう)じゃ」と。二童(にどう)は笑(わら)って言(い)った。「孔子(こうし)云(いわ)く、『道(みち)を同(おな)じゅうせざれば、相(あい)与(とも)に謀(はか)らず』と。我(われ)らはこれ太乙玄門(たいつげんもん=道教)の者(もの)、どうしてあの和尚(おしょう)と何(なん)の相識(そうしき=知り合い)を做(な)せましょう」と。  大仙(たいせん)が言(い)うには、「汝(なんじ)らはそこでどうして知(し)り得(え)ようか。彼(かれ)の和尚(おしょう)はすなわち金蟬子(こんせんじ)の転生(てんしょう)で、西方(せいほう)の聖老(せいろう)如来仏(にょらいほとけ)の第二(だいに)の徒弟(とてい)じゃ。五百年前(ごひゃくねんぜん)、我(われ)は彼(かれ)と『蘭盆会(らんぼんえ)』のうえに在(あ)って相識(そうしき)となった。彼(かれ)は曾(かつ)て手(て)を親(みずか)らして茶(ちゃ)を伝(つた)え、仏子(ぶっし)が我(われ)を敬(うやま)ったゆえ、これによってこれ故人(こじん)と為(な)すのじゃ」と。  二仙童(にせんどう)はこれを聞(き)いて、謹(つつし)んで師命(しめい)を遵(したが)った。かの大仙(たいせん)は臨行(りんこう=出立)に際(さい)し、また叮嚀(ていねい)と嘱咐(しょくふ=言い含め)て言(い)った。「我(わ)がかの果子(かし)には数(かず)が有(あ)るゆえ、只(た)だ彼(かれ)に二(ふた)つを許(ゆる)すのみで、多(おお)く費(つい)やすことを得(え)ぬ」と。清風(せいふう)が言(い)うには、「園(その)を開(ひら)いた時(とき)、大衆(たいしゅう)共(とも)に二(ふた)つを食(くら)い、なお二十八(にじゅうはち)が樹(き)に在(あ)りますゆえ、あえて多(おお)くは費(つい)やしませぬ」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「唐三蔵(とうさんぞう)は故人(こじん)なりといえど、須(すべから)く彼(かれ)が手下(しゅか)の者(もの)の囉唣(らそう=騒ぎ立て)するを防備(ぼうび)せよ、あえて彼(かれ)を驚(おどろ)かして知(し)らしむること莫(なか)れ」と。二童(にどう)は命(めい)を領(うけたまわ)って訖(おわ)り、かの大仙(たいせん)は衆(しゅう)の徒弟(とてい)を承(う)けて飛昇(ひしょう=天に昇)し、まっすぐ天界(てんかい)へと朝(ちょう)した。  さて、唐僧(とうそう)の四衆(よんしゅ)は山(やま)に在(あ)って遊(あそ)び玩(もてあそ)んでおったが、忽(たちま)ち頭(あたま)を上(あ)げてかの松篁(しょうこう=松と竹)の一簇(いっそく)、楼閣(ろうかく)の数層(すうそう)のあるのが見(み)えた。唐僧(とうそう)が言(い)うには、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)看(み)よ、あそこは何(なん)の去処(ところ)であるか」と。行者(ぎょうじゃ)は看(み)て言(い)った。「かの所(ところ)は、観宇(かんう=道観)で無(な)ければ、定(さだ)めてこれ寺院(じいん)であろう。我(われ)ら些(いささ)か歩(あゆ)みを動(うご)かして、あの廂(かたわら)へと到(いた)ってこそ方(まさ)にその端(たん)を知(し)り得(え)よう」と。  多(おお)くの時(とき)ならずして、門首(もんしゅ)へと来(きた)って観(み)るに、かの松坡(しょうは=松の坡)の冷淡(れいたん=ひっそり)として、竹径(ちくけい=竹の小道)の清幽(せいゆう=静かで奥深い)なるが見(み)えた。往來(おうらい)の白鶴(はっかく)は浮雲(ふうん)を送(おく)り、上下(じょうげ)の猿猴(えんこう)は時(とき)に果(み)を献(けん)ず。かの門前(もんぜん)の池(いけ)は広(ひろ)く樹影(じゅえい=木の影)長(なが)く、石(いし)は裂(さ)けて苔花(たいか=苔の花)破(やぶ)れたり。宮殿(きゅうでん)は紫極(しきょく=紫微垣)よりも高(たか)く森羅(しんら)と並(なら)び、楼台(ろうだい)は丹霞(たんか)の堕(お)つるが如(ごと)く縹緲(ひょうびょう)たり。真(まこと)にこれ福地霊区(ふくちれいく)、蓬萊(ほうらい)の雲洞(うんどう)かな。清虚(せいきょ=清らかな静けさ)にして人事(じんじ)少(すくな)く、寂静(じゃくじょう)にして道心(どうしん)生(しょう)ず。青鳥(せいちょう)は毎(つね)に王母(おうぼ)の信(たより)を伝(つた)え、紫鸞(しらん)は常(つね)に老君(ろうくん)の経(きょう)を寄(よ)せる。かの巍巍(ぎぎ)たる道徳(どうとく)の風(ふう)の看(み)れど尽(つ)きざるを見(み)れば、果(はた)して漠漠(ばくばく)たる神仙(しんせん)の宅(いえ)なり。  三蔵(さんぞう)は鞍(くら)を離(はな)れて馬(うま)より下(お)りたが、またかの山門(さんもん)の左辺(さへん)に一通(いっつう)の碑(いしぶみ)の有(あ)るが見(み)え、碑(ひ)のうえに十(じゅっ)つの大(おお)きな字(じ)が有(あ)って、すなわち「万寿山福地(まんじゅざんふくち)、五荘観洞天(ごしょうかんどうてん)」であった。長老(ちょうろう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、真(まこと)にこれ一(ひと)つの観宇(かんう)じゃ」と。沙僧(さそう)が言(い)うには、「師父(しふ)、この景(けい)の鮮明(せんめい)なるを観(み)るに、観(かん)の裡(うち)に必(かなら)ず好(よ)き人(ひと)の居住(きょじゅう)するが有(あ)りましょう。我(われ)ら中(なか)へと入(い)って看(み)ておきましょう、もし行(ぎょう)満(み)ちて東(ひがし)へと回(かえ)る時(とき)、此間(ここ)もまた一(ひと)つの景(けい)でございますゆえ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「説(と)くところは好(よ)い」と。すなわち皆(みな)一齊(いっせい)に中(なか)へと入(い)り、またかの二門(にもん)のうえに一対(いったい)の春聯(しゅんれん)の有(あ)るのが見(み)えた。  長生不老(ちょうせいふろう)神仙(しんせん)の府(ふ)、  天(てん)と同(おな)じく寿(いのち)長(なが)き道人(どうにん)の家(いえ)。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「この道士(どうし)は大話(たいわ=大ぼら)を説(と)いて人(ひと)を唬(おど)す。我(わ)が老孫(ろうそん)が五百年前(ごひゃくねんぜん)に大(おお)いに天宮(てんきゅう)を鬧(さわ)がした時(とき)、あの太上老君(たいじょうろうくん)の門首(もんしゅ)に在(あ)っても、また曾(かつ)てこのような話(はなし)の有(あ)るを見(み)なんだわい」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「且(しばら)く彼(かれ)を管(かま)うな、中(なか)へ入(い)れ、中(なか)へ入(い)れ。あるいはこの道士(どうし)に些(いささ)かの徳行(とくぎょう)が有(あ)るも知(し)れぬ」と。  二層门(にそうもん)の裡(うち)に至(いた)るや、ただかの里面(うち)より急急忙忙(きゅうきゅうそうそう)と、二人(ふたり)の小童児(しょうどうじ)の歩(あゆ)み出(で)て来(く)るのが見(み)えた。彼(かれ)のいかなる扮装(ふんそう)をなすかを見(み)よ。  骨(ほね)清(きよ)く神(しん)爽(さわやか)にして容顔(ようがん)麗(うるわ)しく、  頂(いただき)には丫髻(あけい=二つ結び)を結(むす)びて短髪(たんぱつ)鬅(ほう=ぼさぼさ)たり。  道服(どうふく)は自(おの)ずから襟(えり)に霧(きり)を繞(めぐ)らし、  羽衣(うい)は偏(ひと)えにこれ袖(そで)に風(かぜ)を飄(ひるがえ)らす。  環絛(かんじょう=飾り帯)は緊(きん)と束(たば)ねて龍頭結(りゅうとうけつ)、  芒履(ぼうり=草鞋)は軽(かる)く纏(まと)いて蚕口絨(さんこうじょう=蚕の口のような綿)。  丰采(ほうさい=風采)は異常(いじょう)にして俗輩(ぞくはい)に非(あら)ず、  正(まさ)にこれかの清風明月(せいふうめいげつ)の二仙童(にせんどう)なり。  かの童子(どうじ)は背(せ)を控(ひき)め身(み)を躬(かが)めて、出(で)て来(き)て迎接(げいせつ)して言(い)った。「老師父(ろうしふ)、失迎(しつげい)、請(こ)う坐(ざ)せよ」と。長老(ちょうろう)は喜(よろこ)んで、すなわち二人(ふたり)の童子(どうじ)と正殿(せいでん)へと上(のぼ)って観(み)た。元来(がんらい)南(みなみ)に向(むか)える五間(ごけん)の大殿(だいでん)で、皆(みな)これ上(うえ)明(あき)るく下(した)暗(くら)きの雕花格子(ちょうかかくし=彫刻のある格子)であった。かの仙童(せんどう)は格子(かくし)を推(お)し開(ひら)き、唐僧(とうそう)を請(こ)うて殿(でん)に入(い)らしめたが、ただかの壁(へき)の中間(ちゅうかん)に五彩(ごさい)を以(もっ)て装(よそお)い成(な)したる「天地(てんち)」の二(ふた)つの大字(だいじ)の掛(かか)り、一張(いっちょう)の朱紅(しゅこう)の雕漆(ちょうしつ=彫漆)の香几(こうき)を設(もう)け、几(き)のうえに一副(いっぷく)の黄金(おうごん)の炉瓶(ろへい=香炉と花瓶)が有(あ)り、炉(ろ)の辺(ほとり)に方便(ほうべん=取り出しやすき)の整香(せいこう=整えた香)が有(あ)るのが見(み)えた。  唐僧(とうそう)は前(まえ)へと往(ゆ)き、左手(ひだりて)を以(もっ)て香(こう)を拈(つま)んで炉(ろ)に注(そそ)ぎ、三匝(さんそう=三巡)礼拜(らいはい)した。拝(おが)み畢(おわ)って、頭(あたま)を回(めぐ)らせて言(い)った。「仙童(せんどう)よ、汝(なんじ)が五荘観(ごしょうかん)は真(まこと)に西方(せいほう)の仙界(せんかい)であるに、どうして三清(さんせい)や四帝(してい)や羅天(らてん)の諸宰(しょさい=諸神)を供養(くよう)せず、ただ『天地(てんち)』の二(ふた)つの字(じ)を将(も)って香火(こうか=香と灯明)に侍奉(じほう=お仕え)するのか」と。  童子(どうじ)は笑(わら)って言(い)った。「老師(ろうし)に瞞(あざむ)かずに申(もう)す。この二(ふた)つの字(じ)は、上頭(うえ)の者(もの)は、礼(れい)のうえではなお当(あ)たるが、下辺(した)の者(もの)は、また我(われ)らの香火(こうか)を受(う)くるに堪(た)えませぬ。これ家師(かし=師匠)の諂佞(てんねい=へつらい)より出(い)でたるものでございます」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「何(なん)を諂佞(てんねい)と為(な)すか」と。童子(どうじ)が言(い)うには、「三清(さんせい)は家師(かし)の朋友(ほうゆう=友人)、四帝(してい)は家師(かし)の故人(こじん)、九曜(くよう)は家師(かし)の晩輩(ばんぱい=後輩)、元辰(げんしん)は家師(かし)の下賓(かひん=下座の客)でございます」と。  かの行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、すなわち笑(わら)って打跌(だてつ=転げまわ)った。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、そちらはどうして笑(わら)うのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「ただ老孫(ろうそん)が会(よ)く鬼(おに)を搗(つ)くというが、元来(がんらい)この道童(どうどう)は会(よ)く風(かぜ)を捆(たば)ねるのじゃ」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「令師(れいし=師匠)は何処(いずこ)に在(おわ)しますか」と。童子(どうじ)が言(い)うには、「家師(かし)は元始天尊(げんしてんそん)の簡(ふみ)を降(くだ)されて、上清天(じょうしょうてん)の弥羅宮(みらきゅう)へと請(こ)われて『混元道果(こんげんどうか)』を聴講(ちょうこう)に往(ゆ)かれ、家(いえ)に在(おわ)しませぬ」と。  行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、耐(た)えきれずに一声(ひとこえ)喝(かつ)して言(い)った。「この臊道童(そうどうどう=くさい小僧)め。人(ひと)をも認(みと)めずにおって、汝(なんじ)は誰(だれ)の面前(めんぜん)に在(あ)って鬼(おに)を搗(つ)き、何(なん)の空心架子(くうしんかし=から威張り)を扯(ひ)き廻(まわ)すか。あの弥羅宮(みらきゅう)に誰(だれ)か太乙天仙(たいつてんせん)なる者(もの)が有(あ)るか、汝(なんじ)らのごとき潑牛蹄子(はつぎゅうていし=暴れ牛のひづめ)を請(こ)うて何(なん)を講(こう)じようというのか」と。  三蔵(さんぞう)は彼(かれ)が怒(いか)りを発(はっ)するのを見(み)て、恐(おそ)らくはかの童子(どうじ)が言(ことば)を回(かえ)して、禍(わざわい)を闘(たたか)い起(お)こさんことを怕(おそ)れた。すなわち言(い)った。「悟空(ごくう)、且(しばら)く争競(そうきょう=争い)するを休(や)めよ。我(われ)ら既(すで)に中(なか)へ入(い)ってすなわち出(で)てしまえば、方情(ほうじょう=情誼)の無(な)きを顕(あらわ)すこととなろう。常言(じょうげん)に道(い)う、『鷺鶿(ろし=サギ)は鷺鶿(ろし)の肉(にく)を食(くら)わず』と。彼(かれ)が師(し)が既(すで)に在(おわ)しませぬなら、彼(かれ)を攪擾(かくじょう=かき乱し)して何(なん)か為(な)そうか。汝(なんじ)は山門(さんもん)の前(まえ)へと往(ゆ)きて馬(うま)を放(はな)し、沙僧(さそう)は行李(こうり)を看守(かんしゅ)し、八戒(はっかい)に包袱(ほうふく=荷物)を解(と)かせよ。些(いささ)かの米糧(べいりょう=食料)を取(と)り、彼(かれ)が鍋竈(かそう=かまど)を借(か)りて、一頓(いっとん)の飯(めし)を做(つく)って食(くら)い、臨行(りんこう=出立)に際(さい)して、彼(かれ)に幾文(いくぶん)かの柴銭(さいせん=薪代)を送(おく)っておけば、すなわち罷(や)むであろう。各(おのおの)執事(しつじ=持ち場)に依(よ)れ、我(われ)をしてここに在(あ)って歇息(けっそく=休息)し、飯(めし)が畢(おわ)ればすなわち行(ゆ)こう」と。彼(かれ)ら三人(さんにん)は果(はた)して各(おのおの)執事(しつじ)に依(よ)って去(さ)った。  かの明月(めいげつ)と清風(せいふう)は、密(ひそ)かに自(おの)ずから夸(ほこ)り称(たた)えて措(お)かず言(い)うには、「好(よ)き和尚(おしょう)かな。真(まこと)にこれ西方(せいほう)の聖(せい)を愛(あい)する者の凡(ぼん)に臨(のぞ)みし者の如(ごと)く、真元(しんげん=本来の真)を昧(くら)まさず。師父(しふ)は我(われ)らに唐僧(とうそう)を接待(せったい)し、人参果(にんじんか)を将(も)って彼(かれ)に与(あた)えて食(くら)わせ、以(もっ)て故旧(こきゅう=旧交)の情(じょう)を表(あらわ)すよう命(めい)じられたが、また彼(かれ)が手下(しゅか)の者(もの)の囉唣(らそう=騒ぎ立て)するを防(ふせ)ぐよう教(おし)えられた。果(はた)してかの三人(さんにん)の嘴臉(しれん=面つき)は凶頑(きょうがん=荒々しく頑固)で、性情(せいじょう)は粗糙(そそう=粗野)なり。幸(さいわ)いにすなわち彼(かれ)らを把(も)って調(ちょう=移動)し開(ひら)いた。もし辺前(そば)に在(あ)らしめば、却(かえ)って人参果(にんじんか)と面(めん)を見(み)させることならずや」と。  清風(せいふう)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、なおかの和尚(おしょう)が師父(しふ)の故人(こじん)なるや否(いな)やを知(し)らぬゆえ、彼(かれ)に一(ひと)つ問(と)うて看(み)よ、錯(あやま)うこと莫(なか)れ」と。二人(ふたり)の童子(どうじ)はまた前(まえ)へと往(ゆ)きて言(い)った。「啓(もう)し問(と)う、老師(ろうし)はもしや大唐(だいとう)より西天(せいてん)へと経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かれる唐三蔵(とうさんぞう)でありましょうか」と。長老(ちょうろう)は礼(れい)を回(かえ)して言(い)った。「貧僧(ひんそう=わたくし)がすなわちこれであるが、仙童(せんどう)はどうして我(わ)が賤名(せんみょう=拙い名)を知(し)っておるのか」と。童子(どうじ)が言(い)うには、「我(わ)が師(し)は臨行(りんこう)に際(さい)し、曾(かつ)て弟子(でし)に遠(とお)くより接(むか)えるよう吩咐(いいつけ)られた。期(き)せずして車駕(しゃが=おいで)の促(せま)れるに、迎迓(げいが=お迎え)を失(しっ)したるが有(あ)ります。老師(ろうし)、請(こ)う坐(ざ)せよ、弟子(でし)が茶(ちゃ)を弁(ととの)えて奉(ほう)ずるまで」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「不敢(かたじけな)い」と。  かの明月(めいげつ)は急(いそ)ぎ本房(ほんぼう=自室)へと転(うつ)り、一杯(いっぱい)の香茶(こうちゃ)を取(と)りて長老(ちょうろう)に献(けん)じた。茶(ちゃ)が畢(おわ)ると、清風(せいふう)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、師命(しめい)に違(たが)うべからず。我(われ)と汝(なんじ)と往(ゆ)きて果子(かし)を取(と)って来(こ)う」と。  二童(にどう)は三蔵(さんぞう)に別(わか)れを告(つ)げ、同(とも)に房中(ぼうちゅう)へと到(いた)り、一人(ひとり)は金撃子(きんげきし=金の棒)を拿(と)り、一人(ひとり)は丹盤(たんばん=薬用の盆)を拿(と)り、また多(おお)く絲帕(しは=絹の布)を将(も)って盤(ばん)の底(そこ)を墊(し)き、まっすぐ人参園(にんじんえん)の内(うち)へと到(いた)った。かの清風(せいふう)は樹(き)のうえへと爬(よじ)り上(のぼ)り、金撃子(きんげきし)を使(つか)って果(み)を敲(たた)き、明月(めいげつ)は樹(き)の下(した)に在(あ)って、丹盤(たんばん)を以(もっ)って等(ま)ち接(う)けた。須臾(しばらく)して二(ふた)つの果(み)を敲(たた)き下(おろ)し、盤(ばん)の中(なか)に接(う)けて、まっすぐ前殿(ぜんでん)へと至(いた)って奉献(ほうけん)して言(い)った。「唐師父(とうしふ)、我(わ)が五荘観(ごしょうかん)は土(つち)僻(へき)なく山(やま)荒(あ)れて、奉(ほう)ずべき物(もの)も有(あ)りませぬゆえ、土儀(どぎ=土地の品)の素果(そか=精進の実)二枚(にまい)を、権(かり)に渇(かわき)を解(と)くに為(な)されますよう」と。  かの長老(ちょうろう)はこれを見(み)て、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として、三尺(さんじゃく)を遠(とお)ざかりて言(い)った。「善(ぜん)なるかな、善(ぜん)なるかな。今歳(こんさい)はかえってまた年豊(ねんほう=豊作)にして時稔(じねん=実り)の時(とき)であるに、どうしてこの観(かん)の裡(うち)に在(あ)って荒(あら)れて人(ひと)を食(くら)うか。これはこれ三朝(さんちょう)未(いま)だ満(み)たざるの孩童(がいどう=幼児)であるに、いかでか我(われ)が渇(かわき)を解(と)くに与(あた)えられようや」と。  清風(せいふう)は密(ひそ)かに言(い)うには、「この和尚(おしょう)はあの口舌場(こうぜつば=口論の場)や是非海(ぜひかい=是非の海)の中(なか)に在(あ)って、眼肉胎凡(がんにくたいぼん=俗眼凡胎)に弄(ろう)し成(な)され、我(わ)が仙家(せんか)の異宝(いほう)を識(し)らぬのじゃ」と。明月(めいげつ)は前(まえ)へと往(ゆ)きて言(い)った。「老師(ろうし)、この物(もの)をば人参果(にんじんか)と叫(よ)び、一(ひと)つを食(くら)うも妨(さしつか)え有(あ)りませぬ」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「胡説(こせつ)、胡説(こせつ)。彼(かれ)が父母(ふぼ)の懐胎(かいたい=身ごもり)には、幾(いく)ばくの苦楚(くそ=苦しみ)を受(う)けたるかを知(し)らぬが、ようやく生(う)み下(おろ)して未(いま)だ三日(みっか)にも及(およ)ばぬに、どうしてすなわち彼(かれ)を把(も)って来(きた)りて果子(かし)に当(あ)てるか」と。清風(せいふう)が言(い)うには、「実(じつ)にこれ樹(き)のうえに結(むす)んだものでございます」と。長老(ちょうろう)が言(い)うには、「乱談(らんだん=でたらめ)、乱談(らんだん)。樹(き)のうえにまた会(よ)く人(ひと)を結(むす)び出(いだ)すことが有(あ)ろうか。拿(も)って過(よ)ぎて去(さ)れ、人子(じんし)に当(あ)たらぬわい」と。  かの二人(ふたり)の童児(どうじ)は、千(せん)に推(お)し万(ばん)に阻(へだ)てて食(くら)わぬのを見(み)て、ただ盤(ばん)を拿(も)って、本房(ほんぼう)へと転(うつ)り回(かえ)るほかなかった。かの果子(かし)もまたこれ蹺蹊(きょうけい=不思議)なもので、久(ひさ)しく放(お)くことを得(え)ず、もし多(おお)くの時(とき)を放(お)けばすなわち僵(かたま)りて、中(なか)に食(くら)うに適(かな)わなんだ。二人(ふたり)は房中(ぼうちゅう)に到(いた)り、一家(いっか)に一(ひと)つずつ、床(とこ)の辺(ほとり)に坐(ざ)して、ただ情(ひたすら)に食(くら)い起(お)こした。  おお、元来(がんらい)このような事(こと)が有(あ)るのじゃ。彼(かれ)が道房(どうぼう=道士の部屋)は、かの厨房(ちゅうぼう=台所)と緊緊(きんきん)と間壁(かんぺき=隔壁)しており、この方(ほう)で悄悄(しょうしょう=ひっそり)と言(い)う言語(げんご)も、かの方(ほう)でたちまちこれを聞(き)き取(と)るのであった。八戒(はっかい)はちょうど厨房(ちゅうぼう)の裡(うち)に在(あ)って飯(めし)を做(つく)っておったが、先(さき)に金撃子(きんげきし)を取(と)るとか、丹盤(たんばん)を拿(と)るとか言(い)うのを聞(き)いて、彼(かれ)は已(すで)に心(こころ)に在(あ)り、また彼(かれ)らが唐僧(とうそう)の人参果(にんじんか)を認(みと)めず、すなわち房(へや)の裡(うち)に拿(も)って往(ゆ)きて自(みずか)ら食(くら)うと言(い)うのを聞(き)いて、口(くち)の裡(うち)に耐(た)えきれずに涎(よだれ)を流(なが)して言(い)った。「どうか一(ひと)つを嘗新(しょうしん=新物を味わい)し得(え)ればよいものを」と。  自(おの)が身(み)はまた狼犺(ろうこう=不器用)にして、能(よ)く動(うご)くことを得(え)ず、ただ行者(ぎょうじゃ)の来(く)るを等(ま)ちて、彼(かれ)と計較(けいかく=相談)しようとした。彼(かれ)はあの鍋門(かもん=かまど口)の前(まえ)に在(あ)って、更(さら)に火(ひ)を焼(た)くに心(こころ)無(な)く、時(とき)ならずして頭(あたま)を伸(の)ばし脳(のう)を探(さぐ)りて、出(で)て来(き)て観(み)ておった。  多(おお)くの時(とき)ならずして、行者(ぎょうじゃ)の馬(うま)を牽(ひ)き将(も)って来(きた)り、槐(えんじゅ)の樹(き)のうえに拴(つな)ぎ、まっすぐ後(うしろ)へと走(はし)るのが見(み)えた。かの呆子(ほうし)は手(て)を用いて乱(みだ)りに招(まね)いて言(い)った。「ここへ来(こ)い、ここへ来(こ)い」と。行者(ぎょうじゃ)は身(み)を転(めぐ)らせて、厨房(ちゅうぼう)の門首(もんしゅ)へと到(いた)って言(い)った。「呆子(ほうし)よ、汝(なんじ)何(なん)を嚷(わめ)くか。想(おも)うに飯(めし)の食(くら)うに足(た)らぬのであろう。且(しばら)く老和尚(ろうおしょう)をして飽(あ)くまで食(くら)わせ、我(われ)らは前辺(まえ)の大(おお)きな家(いえ)でまた化(こ)して食(くら)おうではないか」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「汝(なんじ)中(なか)へ入(い)って来(こ)い、飯(めし)が少(すくな)いのでは無(な)い。この観(かん)の裡(うち)に一(ひと)つの宝貝(ほうばい=宝物)が有(あ)るが、汝(なんじ)はもしや暁(さと)っておるか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「何(なん)の宝貝(ほうばい)か」と。八戒(はっかい)は笑(わら)って言(い)った。「汝(なんじ)に説(と)いても、汝(なんじ)は曾(かつ)て見(み)たことが無(な)かろう。汝(なんじ)に拿(も)って見(み)せても、汝(なんじ)は認(みと)めまい」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「この呆子(ほうし)め、我(わ)が老孫(ろうそん)を笑(わら)うか。老孫(ろうそん)は五百年前(ごひゃくねんぜん)、仙道(せんどう)を訪(たず)ねし時(とき)に因(よ)り、また曾(かつ)て雲遊(うんゆう)して海角天涯(かいかくてんがい=地の果て)に在(あ)った。あのようなもので見(み)なんだものが有(あ)ろうか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、人参果(にんじんか)は汝(なんじ)曾(かつ)て見(み)たか」と。  行者(ぎょうじゃ)は驚(おどろ)いて言(い)った。「これは真(まこと)に曾(かつ)て見(み)なんだ。ただただ常(つね)に人(ひと)の言(い)うを聞(き)いておるに、人参果(にんじんか)はすなわちこれ草還丹(そうかんたん)で、人(ひと)の食(くら)えば極(きわ)めて能(よ)く寿(いのち)を延(の)ばすと。今(いま)どこにそれを得(う)る処(ところ)が有(あ)るか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「彼(かれ)らがここに有(あ)る。かの童子(どうじ)が二(ふた)つを拿(も)って師父(しふ)に与(あた)えて食(くら)わせたが、かの老和尚(ろうおしょう)は認(みと)めず、これ三朝(さんちょう)未(いま)だ満(み)たざるの孩児(がいじ)であると言(い)うて、曾(かつ)て敢(あえ)て食(くら)わなんだ。かの童子(どうじ)はたいそう憊懶(びらん=ずるい)で、師父(しふ)が既(すで)に食(くら)わぬなら、すなわち我(われ)らに讓(ゆず)るべきところを、彼(かれ)らは我(われ)らを瞞(あざむ)いて、たった今(いま)この隔壁(かくへき)の房(へや)の裡(うち)で、一家(いっか)に一(ひと)つずつ、啯啅啯啅(かくとうかくとう=もぐもぐ)と食(くら)って出(で)て往(い)ったゆえ、すなわち我(わ)が口(くち)の裡(うち)をして水(みず)の泱(あふ)れしむるばかりじゃ。—どうして一(ひと)つを嘗新(しょうしん)し得(え)ようか。我(われ)は想(おも)うに汝(なんじ)は些(いささ)か溜撒(りゅうさつ=すばしこい)ゆえ、往(ゆ)きて彼(かれ)が園子(えんし=その庭)の裡(うち)より幾(いく)つかを偷(ぬす)んで来(き)て嘗(な)めてみてはどうか」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「これは容易(たやすい)。老孫(ろうそん)が往(ゆ)けば、手(て)の到(いた)るところ擒(とら)えて来(く)るであろう」と。急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きて、前(まえ)へと向(むか)ってすなわち走(はし)った。八戒(はっかい)は一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き止(と)めて言(い)った。「兄貴(あにき)、我(われ)は彼(かれ)らがこの房(へや)の裡(うち)に在(あ)って、何(なん)の金撃子(きんげきし)を拿(も)って往(ゆ)きて打(う)とうと言(い)うのを聞(き)いた。須(すべから)く事(こと)を干(おこな)うの停当(ていとう=手際よく)を得(え)、風声(ふうせい=うわさ)を走(はし)らせ露(あらわ)すべからず」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)は暁(さと)っておる、我(われ)は暁(さと)っておる」と。  かの大聖(たいせい)は一(ひと)つの隠身法(おんしんぽう)を使(つか)い、闪(ひらり)と道房(どうぼう)の中(なか)へと入(い)って看(み)るに、元来(がんらい)かの二人(ふたり)の道童(どうどう)は、果子(かし)を食(くら)って、殿(でん)へと上(のぼ)りて唐僧(とうそう)と話(はな)しておるため、房(へや)の裡(うち)には在(お)らなんだ。行者(ぎょうじゃ)は四下(あたり)を観(み)て、何(なん)の金撃子(きんげきし)が有(あ)るかを見(み)たが、ただ窓櫺(そうれい=窓の桟)のうえに一条(いちじょう)の赤金(せききん)の掛(かか)っておるのが見(み)えた。二尺(にしゃく)の長短(ちょうたん)が有(あ)り、指頭(しとう=指)の太(ふと)さほどで、底(そこ)は一(ひと)つの蒜疙疸(さんかつた=にんにくのこぶ)の頭子(とうし=頭)であり、上辺(うえ)に眼(め)が有(あ)って、一根(いっこん)の緑絨縄児(りょくじょうじょうじ=緑の綿紐)が系(むす)ばれておった。彼(かれ)が言(い)うには、「想必(おそら)くはこれこそかの物(もの)で、金撃子(きんげきし)と叫(よ)ぶものであろう」と。  彼(かれ)は却(かえ)ってそれを取(と)り下(おろ)し、道房(どうぼう)を出(で)て、まっすぐ後辺(うしろ)へと入(い)って往(ゆ)き、二扇(にせん)の門(もん)を推(お)し開(ひら)き、頭(あたま)を上(あ)げて観(み)るに—おお、却(かえ)ってこれ一(ひと)つの花園(かえん)であった。  朱欄(しゅらん=朱の欄干)宝檻(ほうかん=玉の階段)、曲砌(きょくせい=曲がった石積み)峰山(ほうざん=築山)。  奇花(きか)は麗日(れいじつ)と妍(うつくしさ)を争(あらそ)い、  翠竹(すいちく)は青天(せいてん)と碧(みどり)を闘(きそ)う。  流杯亭(りゅうはい亭)の外(そと)、一彎(いちわん)の緑柳(りょくりゅう)は煙(けむり)を拖(ひ)くに似(に)たり、  賞月台(しょうげつだい)の前(まえ)、数簇(すうぞく)の喬松(きょうしょう=高い松)は靛(あい)を潑(そそ)ぐが如(ごと)し。  紅拂拂(こうふつふつ)たるは錦巣榴(きんそうりゅう=錦の巣の柘榴)、  緑依依(りょくいい)たるは繍墩草(しゅうとんそう=刺繍の墩の草)。  青茸茸(せいじょうじょう)たるは碧砂蘭(へきしゃらん=碧砂の蘭)、  攸蕩蕩(ゆうとうとう)たるは渓水(けいすい)に臨(のぞ)む。  丹桂(たんけい=木犀)は金井(きんせい)の梧桐(ごとう)に映(うつ)り、  錦槐(きんかい)は朱欄(しゅらん)の玉砌(ぎょくせい)に傍(そ)えり。  或(あるい)は紅(あか)く或(あるい)は白(しろ)き千葉桃(せんようとう)有(あ)り、  或(あるい)は香(かお)り或(あるい)は黄(き)なる九秋菊(きゅうしゅうぎく)有(あ)り。  荼蘼架(とびか=薔薇の棚)は牡丹亭(ぼたんてい)に映(うつ)じ、  木槿台(もくきんだい)は芍薬圃(しゃくやくほ)に相連(あいつらな)る。  霜(しも)に傲(おご)れる君子竹(くんしちく)や、雪(ゆき)を欺(あざむ)く大夫松(たいふしょう)の看(み)れど尽(つ)きざるを見(み)よ。  更(さら)にまたかの鶴荘鹿宅(かくそうろくたく=鶴の荘鹿の宅)、方沼円池(ほうしょうえんち=四角な池丸い池)、  泉(いずみ)は砕玉(さいぎょく=砕けた玉)を流(なが)し、地(つち)には萼(うてな)の金(きん)を堆(うずたか)くす。  朔風(さくふう=北風)触(ふ)れて梅花(ばいか)の白(しろ)きを綻(ほころ)ばせ、  春(はる)来(きた)って海棠(かいどう)の紅(あか)きを点(てん)じ破(やぶ)る。  誠(まこと)に所謂(いわゆる)人間(にんげん)第一(だいいち)の仙景(せんけい)、西方(せいほう)魁首(かいしゅ=第一等)の花叢(かそう=花園)なり。  かの行者(ぎょうじゃ)は観(み)れど尽(つ)きず、また一層(いっそう)の門(もん)が有(あ)るのを見(み)て、推(お)し開(ひら)いて看(み)るに、却(かえ)ってこれ一(ひと)つの菜園(さいえん)であった。  四時(しじ)の蔬菜(そさい)を布種(ふしゅ=種まき)し、  菠(ほうれんそう)芹(せり)莙薘(うまつな)姜(しょうが)苔(たい)。  筍(たけのこ)薯(いも)瓜(うり)瓠(ひょうたん)茭白(こも)、  葱(ねぎ)蒜(にんにく)芫荽(こえんどろ)韭(にら)薤(らっきょう)。  窩蕖(かきょ=れんこん)童蒿(どうこう=春菊)苦藚(にがな)、  葫芦(ひょうたん)茄子(なす)は須(かなら)ず栽(う)うべし。  蔓菁(かぶ)蘿蔔(だいこん)は羊頭(ようとう)を埋(うず)め、  紅莧(こうけん=赤ひゆ)青菘(せいしょう=青い白菜)紫芥(しがい=紫からしな)。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「彼(かれ)もまたこれ一(ひと)つの自(みずか)ら種(う)え自(みずか)ら食(くら)う道士(どうし)じゃ」と。  菜園(さいえん)を過(す)ぎて、また一層(いっそう)の門(もん)が有(あ)った。推(お)し開(ひら)いて看(み)るに、おお、ただかの正(まさ)に中間(ちゅうかん)に一本(いっぽん)の大樹(たいじゅ)の有(あ)るのが見(み)え、真(まこと)にこれ青枝(せいし=青き枝)馥郁(ふくいく)として、緑葉(りょくよう)陰森(いんしん=茂り暗く)、かの葉(は)は却(かえ)って芭蕉(ばしょう)の模様(もよう)に似(に)て、直(ただ)ちに上(うえ)へと去(ゆ)くこと千尺余(せんしゃくよ)の高(たか)さが有(あ)り、根(ね)の下(した)は七八丈(しちはちじょう)の囲(かこ)みの円(まる)さが有(あ)った。  かの行者(ぎょうじゃ)は樹(き)の下(した)に倚(よ)りて上(うえ)へと一(ひと)つ看(み)るに、ただ南(みなみ)に向(むか)える枝(えだ)のうえに、一人(ひとり)の人参果(にんじんか)の露(あらわ)れ出(い)でておるのが見(み)え、真(まこと)に孩児(がいじ=幼児)に象(かたど)るが如(ごとし)であった。元来(がんらい)尾間(びかん=尻)のうえにこれ一(ひと)つの扢蒂(こつてい=へた)が有(あ)り、彼(かれ)の枝(えだ)の頭(かしら)に丁(とど)まって、手(て)脚(あし)を乱(みだ)りに動(うご)かし、頭(あたま)を点(うなず)かせ脳(あたま)を幌(ふ)るのを見(み)れば、風(かぜ)の過(よぎ)る処(ところ)で声(こえ)の有(あ)るに似(に)たり。行者(ぎょうじゃ)は喜(よろこ)ぶこと尽(つ)きず、密(ひそ)かに自(おの)ずから夸(ほこ)り称(たた)えて言(い)うには、「好(よ)き物(もの)かな。果(はた)して罕(まれ)なり、果(はた)して罕(まれ)なり」と。彼(かれ)は樹(き)に倚(よ)りて、颼(しゅう)という一声(ひとこえ)もろとも、攛(とびあが)って上(のぼ)って往(ゆ)った。  かの猴子(こうし=猿)は元来(がんらい)第一(だいいち)に会(よ)く樹(き)を爬(よじ)り果子(かし)を偷(ぬす)む者(もの)であった。彼(かれ)は金撃子(きんげきし)を把(も)って一(ひと)つ敲(たた)いたれば、かの果子(かし)は撲(ぽん)と落(お)ち将(も)って下(くだ)って来(き)た。彼(かれ)もまた随(したが)って跳(と)び下(お)りて跟(あと)を尋(たず)ねたが、寂然(せきぜん)として見(み)えず、四下(あたり)の草(くさ)の中(なか)を找(さが)し尋(たず)ぬるに、更(さら)に蹤影(しょうえい=行方)が無(な)かった。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「蹺蹊(きょうけい=不思議)な、蹺蹊(きょうけい)な。想(おも)うに脚(あし)の有(あ)る者(もの)は会(よ)く走(はし)るゆえ、走(はし)るとしてもまた墻(かき)を跳(と)び出(で)ることはできまい。我(われ)は知(し)った、想(おも)うにこれ花園(かえん)の中(なか)の土地(どち=土地神)が老孫(ろうそん)に彼(かれ)が果子(かし)を偷(ぬす)ませぬゆえ、彼(かれ)が収(おさ)めて去(さ)ったのであろう」と。  彼(かれ)はすなわち訣(けつ=印)を捻(ねん)じ、一口(ひとくち)の「唵(おん)」の字(じ)の呪(じゅ)を念(とな)えて、かの花園(かえん)の土地(どち)を拘(まね)き寄(よ)せて前(まえ)に来(きた)らしめた。土地(どち)は行者(ぎょうじゃ)に向(むか)って施礼(せれい)して言(い)った。「大聖(たいせい)、小神(しょうしん)を呼喚(こかん=お呼び)の、何(なん)の吩咐(いいつけ)が有(あ)りますか」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)は老孫(ろうそん)が蓋天下(がいてんか=天下に名高き)の賊頭(ぞくとう=盗賊の頭)であるを知(し)らぬか。我(われ)が当年(とうねん)に蟠桃(ばんとう)を偷(ぬす)み、御酒(ぎょしゅ)を盗(ぬす)み、霊丹(れいたん)を窃(ぬす)んだ時(とき)も、また曾(かつ)て人(ひと)の敢(あ)えて我(われ)と分(わけ)て用(もち)いようとする者(もの)はおらなんだに、どうして今日(こんにち)彼(かれ)が一(ひと)つの果子(かし)を偷(ぬす)んだれば、汝(なんじ)は我(わ)が頭分(とうぶん=分け前)を抽(ぬ)き去(さ)ってしまったか。この果子(かし)は樹(き)のうえに結(むす)んだものゆえ、空(そら)を過(よぎ)る鳥(とり)にもまた分(ぶん)が有(あ)るべきに、老孫(ろうそん)が彼(かれ)を一(ひと)つ食(くら)うとして、何(なん)の大(おお)きな害(がい)が有(あ)ろうか。どうして剛(たったいま)打(う)ち下(おろ)したれば、汝(なんじ)はすなわち撈(すく)い去(さ)ったか」と。  土地(どち)が言(い)うには、「大聖(たいせい)、小神(しょうしん)を錯(あやま)って怪(あや)しみ給(たま)うな。この宝貝(ほうばい)はすなわちこれ地仙(ちせん)の物(もの)、小神(しょうしん)はこれ一(ひと)りの鬼仙(きせん)なるに、どうして敢(あ)えて拿(も)って去(さ)ろうか。すなわち聞(か)ぐにもまた福(ふく)の聞(か)ぐこと無(な)いほどでございます」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)既(すで)に曾(かつ)て拿(も)って去(さ)らぬなら、どうして打(う)ち下(おろ)したればすなわち見(み)えずなるか」と。土地(どち)が言(い)うには、「大聖(たいせい)はただこの宝貝(ほうばい)の寿(いのち)を延(の)ばすを知(し)るのみで、更(さら)に彼(かれ)が出処(しゅっしょ=由来)を知(し)り給(たま)わぬ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「何(なん)の出処(しゅっしょ)が有(あ)るか」と。  土地(どち)が言(い)うには、「この宝貝(ほうばい)は三千年(さんぜんねん)に一(ひと)たび花(はな)を開(ひら)き、三千年(さんぜんねん)に一(ひと)たび果(み)を結(むす)び、また三千年(さんぜんねん)を経(へ)て方(まさ)に熟(じゅく)するを得(う)る。短頭(たんとう=短くても)一万年(いちまんねん)に、ただ三十個(さんじっこ)を結(むす)ぶのみ。縁(えん)の有(あ)る者(もの)は、一(ひと)たび聞(か)げば、すなわち三百六十歳(さんびゃくろくじっさい)を活(い)き、一(ひと)つを食(くら)えば、すなわち四万七千年(しばんしちせんねん)を活(い)きる。しかるにただ五行(ごぎょう)と相畏(あいき=相剋)するのみ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「どうして五行(ごぎょう)と相畏(あいき)するか」と。  土地(どち)が言(い)うには、「この果子(かし)は金(きん)に遇(あ)えば落(お)ち、木(もく)に遇(あ)えば枯(か)れ、水(すい)に遇(あ)えば化(と)け、火(か)に遇(あ)えば焦(こ)げ、土(ど)に遇(あ)えば入(い)る。敲(たた)く時(とき)には必(かなら)ず金器(きんき)を用(もち)いてこそ、方(まさ)に下(おろ)し得(う)る。打(う)ち下(おろ)しては、却(かえ)って盤(ばん)を将(も)って絲帕(しは)を用(もち)いて襯墊(しんでん=敷き)てこそ可(よ)いのであり、もし些(いささ)かでも木器(ぼっき)を受(う)くれば、すなわち枯(か)れて、食(くら)うもまた寿(いのち)を延(の)ばすことを得(え)ぬ。彼(かれ)を食(くら)うには須(すべから)く磁器(じき=陶器)を用(もち)い、清水(せいすい)に化(と)かし開(ひら)いて食用(しょくよう)すべく、火(ひ)に遇(あ)えばすなわち焦(こ)げて用(よう)無(な)し。土(ど)に遇(あ)えば入(い)るとは、大聖(たいせい)が方才(たったいま)地上(ちじょう)に打(う)ち落(おと)されたれば、彼(かれ)はすなわち土(つち)の下(した)へと鑽(もぐ)って往(い)ったのじゃ。この土(つち)は四万七千年(しばんしちせんねん)が有(あ)り、すなわち鋼鑽(こうさん=鋼の錐)をもって彼(かれ)を鑽(うが)とうとしてもまた些須(さしょ=わずか)も鑽(うが)ち動(うご)かせず、生鉄(せいてつ=銑鉄)よりもまた三四分(さんよんぶ)硬(かた)い。人(ひと)もし食(くら)えば、これによって長生(ちょうせい)するのじゃ。大聖(たいせい)もし信(しん)ぜられぬなら、この地(つち)の下(した)を把(も)って一(ひと)つ打(う)って看(み)られよ」と。  行者(ぎょうじゃ)はすなわち金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げて一(ひと)つ築(つ)き下(おろ)したが、響(ひび)く一声(ひとこえ)もろともに棒(ぼう)を迸(はじ)き起(お)こされ、土(つち)のうえには更(さら)に痕跡(こんせき)が無(な)かった。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「果(はた)して然(しか)り、果(はた)して然(しか)り。我(わ)がこの棍(こん)は、石(いし)を打(う)てば粉砕(ふんさい)の如(ごと)く、生鉄(せいてつ)に撞(あた)るにもまた痕(あと)が有(あ)るに、どうしてこの一(ひと)つで些(いささ)かをも傷(きずつ)けなんだか。このように言(い)われるなら、我(われ)は却(かえ)って汝(なんじ)を錯(あやま)って怪(あや)しんだ。汝(なんじ)戻(もど)るがよい」と。かの土地(どち)はすなわち本廟(ほんびょう=自分の社)へと回(かえ)って訖(おわ)った。  大聖(たいせい)は却(かえ)って算計(さんけい=工夫)が有(あ)った。樹(き)へと爬(よじ)り上(のぼ)り、一(ひと)つの手(て)で撃子(げきし=金撃子)を使(つか)い、一(ひと)つの手(て)で錦布(きんぷ)の直裰(じきとつ=僧衣)の襟(えり)を将(も)って扯(ひ)き起(お)こし、一(ひと)つの兜子(とうし=受け袋)を做(つく)って等(ま)ち受(う)け、彼(かれ)は却(かえ)って枝(えだ)を串(くし)り葉(は)を分(わ)けて、三(みっ)つの果(み)を敲(たた)き、襟(えり)の中(なか)に兜(いだ)きて、樹(き)より跳(と)び下(お)り、一(ひと)すじに前(まえ)へと来(きた)り、まっすぐ厨房(ちゅうぼう)の裡(うち)へと到(いた)った。かの八戒(はっかい)は笑(わら)って言(い)った。「兄貴(あにき)、有(あ)りますか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「これでないか。老孫(ろうそん)が手(て)の到(いた)るところ擒(とら)えて来(き)た。この果子(かし)は、また沙僧(さそう)を背(そむ)くには及(およ)ばず、彼(かれ)を一声(ひとこえ)叫(よ)んでこよう」と。八戒(はっかい)はすなわち手(て)を招(まね)いて叫(よ)んだ。「悟浄(ごじょう)、汝(なんじ)来(こ)い」と。  かの沙僧(さそう)は行李(こうり)を撇(す)て、厨房(ちゅうぼう)へと跑(はし)り入(い)って言(い)った。「兄貴(あにき)、我(われ)を呼(よ)んで何(なん)の用(よう)ですか」と。行者(ぎょうじゃ)は衣兜(いとう=衣の懐)を放(はな)して言(い)った。「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)これが何(なん)の物(もの)であるかを見(み)よ」と。沙僧(さそう)は見(み)て言(い)った。「人参果(にんじんか)でございます」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「好(よ)いかな。汝(なんじ)はかえって認(みと)めるが、汝(なんじ)曾(かつ)てどこでそれを食(くら)うたことが有(あ)るか」と。沙僧(さそう)が言(い)うには。 「小弟(しょうてい)は曾(かつ)て食(くら)うたことは有(あ)りませぬが、旧時(きゅうじ=昔)に巻簾大将(かんれんだいしょう)と做(な)りておった時(とき)、鸞輿(らんよ=天子の車)に扶侍(ふじ=お供)して蟠桃宴(ばんとうえん)に赴(おもむ)き、海外(かいがい)の諸仙(しょせん)がこの果(み)を将(も)って王母(おうぼ)に上寿(じょうじゅ=長寿を祝)するを嘗(かつ)て見(み)たことが有(あ)ります。見(み)るは曾(かつ)て見(み)たれど、却(かえ)って曾(かつ)て食(くら)わず。兄貴(あにき)、我(われ)に些(いささ)かを与(あた)えて嘗(な)めさせてくれませぬか」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「講(かた)るには及(およ)ばぬ、兄弟(けいてい)たち一家(いっか)に一(ひと)つずつじゃ」と。彼(かれ)ら三人(さんにん)は三(みっ)つの果(み)をおのおの受用(じゅよう=頂戴)した。  かの八戒(はっかい)は食腸(しょくちょう=食欲)大(おお)きく、口(くち)また大(おお)きく、一(ひとつ)には童子(どうじ)の食(くら)うのを聞(き)いた時(とき)より、すなわち饞虫(ざんちゅう=食い意地)の拱(うご)めき動(うご)くを覚(おぼ)え、たった今(いま)果子(かし)を見(み)るや、拿(も)って過(よ)ぎ来(きた)り、口(くち)を張(ひら)き開(ひら)いて、轂轆(こくろく=ごろり)と囫圇(こつりん=丸ごと)に嚥(の)み下(くだ)して腹(はら)に収(おさ)めたが、却(かえ)って眼(め)を白(しろ)くして胡頼(こらい=とぼけ)、行者(ぎょうじゃ)と沙僧(さそう)とに向(むか)って言(い)うには、「汝(なんじ)ら二人(ふたり)の食(くら)うたのは何(なん)ですか」と。沙僧(さそう)が言(い)うには、「人参果(にんじんか)じゃ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「何(なん)の味道(みどう=味)ですか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「悟浄(ごじょう)、彼(かれ)に睬(かま)うな。汝(なんじ)はかえって先(さき)に食(くら)うておきながら、また来(きた)って誰(だれ)に問(と)うか」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、食(くら)うのが忙(いそ)がしすぎて、汝(なんじ)らのように細(こま)かく嚼(か)み細(こま)かく嚥(の)んで、些(いささ)かの滋味(じみ=味わい)を嘗(な)め出(だ)すようにはいかなんだ。我(われ)はまた核(たね)が有(あ)るや無(な)きやをも知(し)らずに、すなわち嚥(の)み下(くだ)してしまった。兄貴(あにき)、人(ひと)の為(ため)には徹(てっ)せよ。既(すで)に我(わ)がこの饞虫(ざんちゅう)を調(ちょう=あお)り動(うご)かしたゆえ、また往(ゆ)きて一(ひと)つを弄(ろう)して来(きた)り、老猪(ろうちょ=この豚野郎)に細(こま)かく食(くら)わせてくれ」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)は好(よ)く足(た)ることを知(し)らぬのう。この物(もの)は、あの米(こめ)の食(しょく)や麺(めん)の食(しょく)の、撞(あた)れば尽(ことごと)く飽(あ)くに当(あ)てられるものとは比(くら)べられぬ。この一万年(いちまんねん)にただ三十個(さんじっこ)を結(むす)ぶに、我(われ)らが彼(かれ)のこの一(ひと)つを食(くら)うも、またこれ大(おお)いに縁法(えんぽう=縁)の有(あ)ることで、小可(しょうか=並)しくは無(な)いのじゃ。罷(や)めよ、罷(や)めよ、彀(たくさん)じゃ」と。  彼(かれ)は身(み)を欠(かが)めて起(お)き上(あ)がり、一(ひと)つの金撃子(きんげきし)を、窓眼児(そうがんじ=窓の穴)を瞞(かすめ)て、彼(かれ)が道房(どうぼう)の裡(うち)へと投(な)げ入(い)れ、竟(つい)に彼(かれ)に睬(かま)わなんだ。  かの呆子(ほうし)は只管(ひたすら)絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくど)と唧噥(しつのう=ぶつぶつ)しておったが、期(き)せずしてかの二人(ふたり)の道童(どうどう)がまた房(へや)の中(なか)へと入(い)って来(き)て茶(ちゃ)を取(と)って献(けん)じに往(ゆ)き、ただ八戒(はっかい)のなお「人参果(にんじんか)を食(くら)うて快活(かいかつ)ならず、また一(ひと)つを得(えて)食(くら)えばこそ好(よ)かろうに」と嚷(わめ)いておるのが聞(き)こえた。  清風(せいふう)はこれを聞(き)いて、心(こころ)に疑(うたが)って言(い)った。「明月(めいげつ)、汝(なんじ)聞(き)け、あの長嘴(ながしくち)の和尚(おしょう)が『人参果(にんじんか)をまた一(ひと)つ食(くら)いたい』と講(い)うておる。師父(しふ)は別(わか)れる時(とき)に叮嚀(ていねい)して、彼(かれ)が手下(しゅか)の者(もの)の囉唣(らそう=騒ぎ立て)するを防(ふせ)げと教(おし)えられたが、もしや彼(かれ)らが我(われ)らの宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)んだのではあるまいか」と。  明月(めいげつ)は頭(あたま)を回(めぐ)らせて言(い)った。「兄(あに)よ、良(よ)くない、良(よ)くない。金撃子(きんげきし)がどうして地(つち)のうえに落(お)ちておるのか。我(われ)ら園(その)の裡(うち)へと往(ゆ)きて看(み)て来(こ)う」と。彼(かれ)の二人(ふたり)は急急忙忙(きゅうきゅうそうそう)と走(はし)って往(ゆ)き、ただ花園(かえん)の開(ひら)いておるのが見(み)えた。清風(せいふう)が言(い)うには、「この門(もん)は我(われ)が関(とざ)したものであるに、どうして開(ひら)いたか」と。また急(いそ)ぎ花園(かえん)を転(めぐ)り過(す)ぎると、ただ菜園(さいえん)の門(もん)もまた開(ひら)いておるのが見(み)えた。忙(いそ)ぎ人参園(にんじんえん)の裡(うち)へと入(い)り、樹(き)の下(した)に倚(よ)りて、上(うえ)を望(のぞ)んで数(かず)を査(しら)べた。顛倒(てんとう=あちこち)来往(らいおう)して、ただ二十二(にじゅうに)を得(えた)のみ。明月(めいげつ)が言(い)うには、「汝(なんじ)は帳(ちょう=勘定)を会(かい=計算)し得(う)るか」と。清風(せいふう)が言(い)うには、「我(われ)は会(かい)する、汝(なんじ)説(と)いて将(も)って来(こ)よ」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「果子(かし)は元(もと)三十個(さんじっこ)であった。師父(しふ)が園(その)を開(ひら)き、分(わ)けて二(ふた)つを食(くら)い、なお二十八(にじゅうはち)が有(あ)り、たった今(いま)二(ふた)つを打(も)いで唐僧(とうそう)に与(あた)えて食(くら)わせ、なお二十六(にじゅうろく)が有(あ)るはずが、今(いま)ただ二十二(にじゅうに)を剩(あま)すのみで、却(かえ)って四(よっ)つを少(へ)らしてはおらぬか。講(かた)るには及(およ)ばず、定(さだ)めてあの夥(やから)の悪人(あくにん)が偷(ぬす)んだのじゃ、我(われ)らはただ唐僧(とうそう)を罵(ののし)りに往(ゆ)こう」と。  二人(ふたり)は園門(えんもん)を出(で)て、まっすぐ殿(でん)のうえへと来(きた)り、唐僧(とうそう)を指(ゆびさ)して、禿前禿後(とくぜんとくご=あれこれ)、穢語汚言(わいごおげん=汚い言葉)、絶(た)えず口(くち)を乱(みだ)りに罵(ののし)り、賊頭鼠脳(ぞくとうそろう=盗人面)、臭短臊長(しゅうたんそうちょう=あれこれ悪口)、好(よ)き気(き)の有(あ)らぬままに胡(みだ)りに嚷(わめ)いた。  唐僧(とうそう)は聴(き)き過(す)ごし難(がた)くして言(い)った。「仙童(せんどう)よ、汝(なんじ)らが鬧(さわ)ぐはこれ何(なん)であるか。些(いささ)か消停(しょうてい=落ち着)けよ。話(はなし)の有(あ)るなら緩(ゆる)やかに説(と)くも妨(さしつか)え無(な)い、胡(みだ)りに説(と)き散(ち)らすこと莫(なか)れ」と。  清風(せいふう)が言(い)うには、「汝(なんじ)の耳(みみ)は聾(つんぼ)か。我(われ)は蛮話(ばんわ=田舎言葉)をするが、汝(なんじ)は省(さと)らぬか。汝(なんじ)らが人参果(にんじんか)を偷(ぬす)み食(くら)うておきながら、どうして我(われ)に説(と)かせぬか」と。唐僧(とうそう)が言(い)うには、「人参果(にんじんか)はどのような模様(もよう)か」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「たった今(いま)拿(も)って来(きた)りて汝(なんじ)に与(あた)えて食(くら)わせたが、孩童(がいどう=幼児)に象(に)ていると言(い)うたのはそれでないか」と。唐僧(とうそう)が言(い)うには、「阿弥陀仏(あみだぶつ)。あの物(もの)は一(ひと)たび見(み)れば、我(われ)はすなわち心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)いたに、なお敢(あ)えて彼(かれ)を偷(ぬす)み食(くら)おうか。たとえ饞痞(ざんぴ=食い意地)を患(わずら)うたとしても、またこの賊事(ぞくじ=盗み)を干(おこな)うことを敢(あ)えせぬ。錯(あやま)って人(ひと)を怪(あや)しむこと莫(なか)れ」と。  清風(せいふう)が言(い)うには、「汝(なんじ)が曾(かつ)て食(くら)わずとも、なお手下(しゅか)の者(もの)の偷(ぬす)み食(くら)うであろうものが有(あ)る」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「これもまた説(と)くところの然(しか)りであるが、汝(なんじ)ら且(しばら)く嚷(わめ)くな、我(われ)が彼(かれ)らに問(と)うて看(み)るまで。果(はた)してもし偷(ぬす)んだなら、彼(かれ)らに汝(なんじ)に赔(つぐな)わせよう」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「赔(つぐな)うとは。たとえ銭(ぜに)が有(あ)ってもどこに買(か)いに往(ゆ)けようか」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「たとえ銭(ぜに)が有(あ)っても買(か)う処(ところ)が無(な)いとしても、常言(じょうげん)に道(い)う、『仁義(じんぎ)は千金(せんきん)に値(あたい)す』と。彼(かれ)らに汝(なんじ)に一(ひと)つの礼(れい)を陪(おわ)びさせれば、すなわち罷(や)むであろう。—またなおそれが彼(かれ)らであるや否(いな)やを知(し)らぬが」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「どうして彼(かれ)らで無(な)かろうか。彼(かれ)らはそこで分(わ)け方(かた)が均(ひと)しからず、なおそこに在(あ)って嚷(わめ)いておる」と。  三蔵(さんぞう)は一声(ひとこえ)「徒弟(とてい)よ、且(しばら)く皆(みな)来(こ)い」と叫(よ)んだ。沙僧(さそう)はこれを聞(き)いて言(い)った。「良(よ)くない、決撒(けっさつ=ばれた)ぞ。老師父(ろうしふ)が我(われ)らを呼(よ)ばれるが、小道童(しょうどうどう)が胡(みだ)りに厮罵(しば=罵り合い)しておるは、旧話児(きゅわじ=先の話)が風(かぜ)を走(はし)らせたのならずんば、これ何(なん)であろうか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「活(い)きながら羞(はじ)を殺(ころ)すとはこれじゃ。このことはただ飲食(いんしょく)の類(たぐい)に過(す)ぎぬ。もし説(と)き出(だ)せば、すなわち我(われ)らの偷嘴(とうし=盗み食い)となるゆえ、ただ認(みと)むること莫(なか)れ」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「正(まさ)に然(しか)り、正(まさ)に然(しか)り、昧(くら)ましてしまえ」と。彼(かれ)ら三人(さんにん)はただ厨房(ちゅうぼう)を出(で)て、殿(でん)のうえへと歩(あゆ)み上(のぼ)るほかなかった。  おお、畢竟(ひっきょう)いかにして彼(かれ)らに与(とも)に抵頼(ていらい=言い逃れ)するかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十五回 鎮元仙(ちんげんせん)趕(お)いて取経(しゅきょう)の僧(そう)を捉(とら)え 孫行者(そんぎょうじゃ)大(おお)いに五荘観(ごしょうかん)を鬧(さわ)がす  さて、彼(かれ)が兄弟(けいてい)三衆(さんしゅ)は、殿(でん)のうえへと到(いた)りて、師父(しふ)に向(むか)って言(い)った。「飯(めし)はもうじき熟(じゅく)します。我(われ)らを呼(よ)ばれて何(なん)の用(よう)でございましょう」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、飯(めし)を問(と)うのでは無(な)い。この観(かん)の裡(うち)に、何(なに)か人参果(にんじんか)という、子供(こども)の如(ごと)き物(もの)が有(あ)るそうであるが、汝(なんじ)らはいずれが彼(かれ)のを偷(ぬす)みて食(くら)うたか」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「我(われ)は正直(しょうじき)で、暁(さと)りませぬ、曾(かつ)て見(み)ませなんだ」と。清風(せいふう)が言(い)うには、「笑(わら)うたのは彼(かれ)じゃ、笑(わら)うたのは彼(かれ)じゃ」と。  行者(ぎょうじゃ)は喝(かつ)して言(い)った。「我(わ)が老孫(ろうそん)は生(う)まれつきこの笑容児(しょうようじ=笑い顔)をしておる。もし汝(なんじ)が何(なん)の果子(かし)を見(み)失(うしな)うたからとて、すなわち我(われ)に笑(わら)うことを容(ゆる)さぬということが成(な)ろうか」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、怒(いかり)を息(やす)めよ。我(われ)らはこれ出家人(しゅっけにん)であるゆえ、誑語(おうご=嘘)を打(う)つこと休(なか)れ、昧心食(まいしんしょく=やましい食べ物)を食(くら)うこと莫(なか)れ。果(はた)して彼(かれ)のを食(くら)うたなら、彼(かれ)に一(ひと)つの礼(れい)を陪(おわ)びてしまえ、何(なん)ぞ苦(くるし)んでこのように抵頼(ていらい=言い逃れ)するか」と。  行者(ぎょうじゃ)は師父(しふ)の言(い)うところの理(り)の有(あ)るを見(み)て、彼(かれ)はすなわち実(じつ)を説(と)いて言(い)った。「師父(しふ)、我(われ)に干(かかわ)る事(こと)では無(な)い。これ八戒(はっかい)が隔壁(かくへき)でかの二人(ふたり)の道童(どうどう)の何(なん)の人参果(にんじんか)を食(くら)うのを聞(き)きつけ、彼(かれ)が一(ひと)つを嘗新(しょうしん=味見)しとうて、老孫(ろうそん)をして往(ゆ)かしめて三(みっ)つを打(う)たせ、我(われ)が兄弟(けいてい)がおのおの一(ひと)つを食(くら)うたのじゃ。今(いま)食(くら)うても既(すで)に食(くら)うてしまった、どうしてくれようか」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「我(われ)の四(よっ)つを偷(ぬす)みながら、この和尚(おしょう)はなお賊(ぞく)で無(な)いと言(い)うか」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「阿弥陀仏(あみだぶつ)。既(すで)に四(よっ)つを偷(ぬす)んだなら、どうして只(た)だ三(みっ)つを拿(も)ち出(だ)して分(わ)け、予(あらかじ)めすなわち一(ひと)つの偏手(へんしゅ=ごまかし)を打(う)ち起(お)こしたか」と。かの呆子(ほうし)は倒(さかさま)に胡(みだ)りに嚷(わめ)いた。二人(ふたり)の仙童(せんどう)は実(じつ)を問(と)い得(えた)るや、いよいよ毀罵(きば=罵り)を加(くわ)えた。  これによって恨(うら)んだのは大聖(たいせい)で、鋼牙(こうが=鋼の歯)を咬(か)みて響(ひび)かせ、火眼(かがん)を睜(みひら)いて円(まる)くし、一条(いちじょう)の金箍棒(きんこぼう)を把(も)って揝(にぎ)ることまた揝(にぎ)り、忍(しの)ぶことまた忍(しの)んで言(い)った。「この童子(どうじ)はこのように可悪(あくにくむべき)じゃ。ただ当面(とうめん)に人(ひと)を打(う)つと言(い)うも罷(や)めよう、彼(かれ)より些(いささ)かの気(き)を受(う)けておいて、我(われ)が彼(かれ)に一(ひと)つの絶後計(ぜっごけい=とどめの計)を送(おく)り、彼(かれ)をして皆(みな)食(くら)うことの成(な)らざらしめよう」と。  好(よ)し、行者(ぎょうじゃ)は脳後(のうご=後頭部)の毫毛(ごうもう)を一把(ひとつまみ)拔(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きかけ、「変(へん)じろ」と叫(よ)んだ。すると一(ひと)つの仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)と做(な)り、唐僧(とうそう)に跟(したが)い定(さだ)め、悟能(ごのう)や悟浄(ごじょう)に陪(したが)って、道童(どうどう)の嚷(わめ)き罵(ののし)るを忍(しの)び受(う)けておった。彼(かれ)が真身(しんしん=本体)は一(ひと)つの神(しん=意識)を出(いだ)し、雲頭(うんとう)を縦(ほしいまま)にして跳(と)び将(も)って起(お)き上(あ)がり、まっすぐ人参園(にんじんえん)の裡(うち)へと到(いた)り、金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げて樹(き)へと向(むか)って乒乓(ぴんぽん)と一(ひと)つ下(おろ)し、また一(ひと)つの「推山移嶺(すいざんいれい=山を押し嶺を移す)」の神力(しんりき)を使(つか)い、樹(き)を一(ひと)つ推(お)して推(お)し倒(たお)した。  哀(あわ)れなるかな、葉(は)は落(お)ち枒(こずえ)は開(ひら)き根(ね)は土(つち)より出(い)で、道人(どうにん)は草還丹(そうかんたん)を断絶(だんぜつ)せり。  かの大聖(たいせい)は樹(き)を推(お)し倒(たお)して、却(かえ)って枝(えだ)のうえに果子(かし)を尋(たず)ねたが、そこに何(なん)の半(なか)ばのものを得(え)ようか。元来(がんらい)この宝貝(ほうばい)は金(きん)に遇(あ)えば落(お)ちるもので、彼(かれ)が棒(ぼう)の刃頭(じんとう=穂先)は却(かえ)ってこれ金(きん)の裹(つつ)みの物(もの)、況(いわ)んや鉄(てつ)はまたこれ五金(ごきん=五つの金属)の類(たぐい)ゆえ、これによって敲(たた)けばすなわち振(ふる)い下(おろ)され、既(すで)に下(くだ)っては、また土(ど)に遇(あ)えば入(い)るゆえ、これによって上(うえ)には再(ふたた)び一(ひと)つの果子(かし)も無(な)かった。彼(かれ)が言(い)うには、「好(よ)し、好(よ)し、好(よ)し。皆(みな)で散火(さんか=お開き)じゃ」と。  彼(かれ)は鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、まっすぐ前(まえ)へと来(きた)り、毫毛(ごうもう)を一(ひと)つ抖(ふる)って、身(み)のうえに収(おさ)めた。かの人(ひと)たちは肉眼凡胎(にくがんぼんたい=俗な眼と身)ゆえ、看(み)て明(あきら)かにし得(え)なんだ。  さて、かの仙童(せんどう)は多(おお)くの時(とき)も罵(ののし)っておったが、清風(せいふう)が言(い)うには、「明月(めいげつ)、これらの和尚(おしょう)たちもまた気(き)を受(う)け得(う)るのじゃな。我(われ)らはすなわち鶏(にわとり)を罵(ののし)るが如(ごと)く、この半(なか)ばの間(あいだ)も罵(ののし)るに、通(まる)じて一(ひと)つの招声(しょうせい=応じる声)も無(な)い。想必(おそら)くは彼(かれ)らは曾(かつ)て偷(ぬす)み食(くら)うておらぬのであろう。もしや樹(き)高(たか)く葉(は)密(みっ)として、数(かぞ)え得(う)ること明(あき)らかならず、彼(かれ)らを誑(いつわ)って罵(ののし)ったのではあるまいか。我(われ)と汝(なんじ)とまた往(ゆ)きて査(しら)べてみよう」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「また説(と)くところは然(しか)り」と。  彼(かれ)の二人(ふたり)は果(はた)してまた園中(えんちゅう)へと到(いた)ったが、ただかの樹(き)の倒(たお)れて枒(こずえ)の開(ひら)き、果(み)無(な)く葉(は)の落(お)ちておるのが見(み)えたのみ。唬(おどろ)かされたのは清風(せいふう)で、脚(あし)軟(よわ)くして根頭(こんとう=つんのめり)に跌(ころ)び、明月(めいげつ)は腰(こし)酥(よわ)くして骸垢(がいこう=へたり)を打(う)った。かの二人(ふたり)は魂(たましい)飛(と)び魄(こん)散(ちら)った。詩(し)が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く。  三蔵(さんぞう)西(にし)に万寿山(まんじゅざん)に臨(のぞ)み、  悟空(ごくう)草還丹(そうかんたん)を断送(だんそう=断ち滅ぼ)す。  枒(こずえ)開(ひら)き葉(は)落(お)ちて仙根(せんこん)露(あらわ)れ、  明月(めいげつ)清風(せいふう)心胆(しんたん)寒(かん)たり。  彼(かれ)の二人(ふたり)は塵埃(じんあい=地面)に倒(たお)れ、言語(げんご)は顛倒(てんとう=めちゃくちゃ)で、ただ「どうしたらよい、どうしたらよい。我(わ)が五荘観(ごしょうかん)の裡(うち)の丹頭(たんとう=仙丹の元)を害(そこな)い、我(わ)が仙家(せんか)の苗裔(びょうえい=末裔)を断絶(だんぜつ)してしまった。師父(しふ)が家(いえ)へと来(きた)られたら、我(われ)ら二人(ふたり)はどう御返事(おへんじ)しよう」と叫(よ)んだ。  明月(めいげつ)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、嚷(わめ)くな。我(われ)ら且(しばら)く衣冠(いかん=衣服)を整(ととの)え、この幾人(いくにん)かの和尚(おしょう)を驚張(きょうちょう=驚かす)すること莫(なか)れ。これに他(た)の者(もの)は無(な)く、定(さだ)めてこれかの毛顔雷公嘴(もうがんらいこうし=毛だらけの顔に雷公の嘴)のあの厮(やつ)で、彼(かれ)が来(きた)って神(しん)を出(いだ)し法(ほう)を弄(ろう)して、我(われ)らの宝貝(ほうばい)を壊(こわ)したのじゃ。もし彼(かれ)と分説(ぶんせつ=言い分け)すれば、あの厮(やつ)は畢竟(ひっきょう)抵頼(ていらい=言い逃れ)し、定(かなら)ず彼(かれ)と相争(あいあらそ)い、争(あらそ)い起(お)これば、すなわち相(あい)打(う)ち合(あ)うこととならん。汝(なんじ)想(おも)え、我(われ)ら二人(ふたり)でどうして彼(かれ)ら四人(よんにん)に敵(てき)し得(え)ようか。且(しばら)く彼(かれ)らを一(ひと)つ哄(だま)すに如(し)かず、ただ果子(かし)は少(へ)らず、我(われ)らが数(かぞ)え錯(あやま)ったと言(い)い、転(かえ)って彼(かれ)らに一(ひと)つの不是(ふぜ=非)を陪(おわ)びよう。彼(かれ)らの飯(めし)は既(すで)に熟(じゅく)しており、彼(かれ)らが飯(めし)を食(くら)う時(とき)を等(ま)ちて、また彼(かれ)らに些(いささ)かの小菜(しょうさい=惣菜)を貼(そ)えてやろう。彼(かれ)らが一家(いっか)に一(ひと)つの碗(わん)を拿(も)っておる時(とき)、汝(なんじ)は却(かえ)って門(もん)の左(ひだり)に站(た)ち、我(われ)は却(かえ)って門(もん)の右(みぎ)に站(た)ち、撲(ぽん)と門(もん)を把(も)って関(とざ)し倒(たお)し、鎖(じょう)を把(も)って鎖(とざ)し住(こ)め、この幾層(いくそう)の門(もん)を皆(みな)鎖(とざ)して、彼(かれ)らを放(はな)つこと莫(な)かれ。師父(しふ)の家(いえ)へと来(きた)られるまで待(ま)ちて、彼(かれ)をいかに処置(しょち)されるに任(まか)せよう。彼(かれ)はまた師父(しふ)の故人(こじん)ゆえ、彼(かれ)を饒(ゆる)されるもまた師父(しふ)の人情(にんじょう)、彼(かれ)を饒(ゆる)されぬも、我(われ)らもまた一(ひと)りの賊(ぞく)を拿(とら)えて在(あ)るゆえ、庶幾(こいねがわ)くは以(もっ)て我(われ)らの罪(つみ)を免(まぬか)れ得(う)よう」と。清風(せいふう)はこれを聞(き)いて言(い)った。「理(り)有(あ)り、理(り)有(あ)り」と。  彼(かれ)の二人(ふたり)は強(し)いて精神(せいしん)を打(う)ち起(お)こし、勉(つと)めて歓喜(かんき=喜び)を生(しょう)じ、後園(こうえん)よりまっすぐ殿(でん)のうえへと来(きた)り、唐僧(とうそう)に向(むか)って背(せ)を控(ひき)め身(み)を躬(かが)めて言(い)った。「師父(しふ)、たった今(いま)の言語(げんご)は粗俗(そぞく)で、多(おお)く衝撞(しょうどう=ぶしつけ)が有(あ)りました。怪(あやし)むこと莫(なか)れ、怪(あやし)むこと莫(なか)れ」と。三蔵(さんぞう)は問(と)うて言(い)うには、「どう言(い)われるのか」と。清風(せいふう)が言(い)うには、「果子(かし)は少(へ)らず、只(た)だ樹(き)の高(たか)く葉(は)の密(みっ)たるに因(よ)って、曾(かつ)て看(み)て明(あきら)かにし得(え)なんだまででございます。たった今(いま)また往(ゆ)きて査(しら)べたところ、なお原(もと)の数(かず)でございました」と。  かの八戒(はっかい)はすなわち脚児(きゃくじ=足)に趁(つ)けて跷(あしぶみ)して言(い)った。「汝(なんじ)というこの童児(どうじ)め、年幼(ねんよう)にして事体(じたい=事情)を知(し)らず、すなわち来(きた)って乱(みだ)りに罵(ののし)り、白口(はくこう=口から出まかせ)に咀呪(そじゅ=呪い)、枉(まちが)って我(われ)らを頼(おしつけ)た。人子(じんし=人となり)に当(あた)らぬわい」と。  行者(ぎょうじゃ)は心(こころ)のうえでは明白(めいはく)であったが、口(くち)の裡(うち)では言(い)わず、心(こころ)の中(なか)に密(ひそ)かに想(おも)うには、「これ謊(うそ)じゃ、これ謊(うそ)じゃ。果子(かし)は已(すで)に了帳(りょうちょう=おしまい)したに、どうしてこのような話(はなし)を言(い)うか。……想必(おそら)くは起死回生(きしかいせい)の法(ほう)が有(あ)るのであろう……」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「既(すで)に然(しか)らば、飯(めし)を盛(よそ)うて来(きた)らせよ、我(われ)らはそれを食(くら)うて去(さ)ろう」と。  かの八戒(はっかい)はすなわち飯(めし)を盛(よそ)いに往(ゆ)き、沙僧(さそう)は桌椅(ちょうい)を安放(あんぽう=並べ)した。二童(にどう)は忙(いそ)ぎ小菜(しょうさい)を取(と)って来(き)たが、これ些(いささ)かの醤瓜(しょうか=瓜の醤漬け)や、醤茄(しょうなす=茄子の醤漬け)や、糟蘿蔔(そうらふ=糠漬け大根)や、醋豆角(さくとうかく=酢漬けの豆)や、腌窩蕖(えんかきょ=漬けた蓮根)や、綽芥菜(しゃくがいさい=からし菜)で、共(あわ)せて七八碟児(しちはちちょうじ=七八皿)を排(なら)べ、師徒(しと)たちに与(あた)えて飯(めし)を食(くら)わせた。また一壷(ひとつぼ)の好茶(こうちゃ)と、二(ふた)つの茶鐘(ちゃしょう=茶碗)とを提(さ)げて、左右(さゆう)に伺候(しこう=控え)した。かの師徒(しと)四衆(よんしゅ)がようやく碗(わん)を拿(と)り上(あ)げようとした時(とき)、この童児(どうじ)は一辺(いっぺん)に一(ひと)りずついて、撲(ぽん)と門(もん)を把(も)って関(とざ)し上(あ)げ、一把(いちわ)の両鐄銅鎖(りょうこうどうさ=二連の銅の錠)を插(さ)し込(こ)んだ。  八戒(はっかい)は笑(わら)って言(い)った。「この童子(どうじ)は差(ちが)っておる。汝(なんじ)がここは風俗(ふうぞく)が好(よ)からぬが、どうして門(もん)を関(とざ)して裡(うち)で飯(めし)を食(くら)うのか」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「正(まさ)に然(しか)り、正(まさ)に然(しか)り。好(よ)し悪(あ)しも飯(めし)を食(くら)うてから門(もん)を開(ひら)こう」と。  清風(せいふう)は罵(ののし)って言(い)った。「我(われ)は汝(なんじ)をこの饞癆(ざんろう=食い意地)を患(わずら)い、嘴(くち)を偷(ぬす)む禿賊(とくぞく=はげ盗人)と把(みな)す。汝(なんじ)は我(わ)が仙果(せんか)を偷(ぬす)み食(くら)うたが、既(すで)に一(ひと)つの『田园(でんえん)の瓜果(かか)を擅(ほしいまま)に食(くら)う』の罪(つみ)に該(あた)るに、また我(わ)が仙樹(せんじゅ)を把(も)って推(お)し倒(たお)し、我(わ)が五荘観(ごしょうかん)の裡(うち)の仙根(せんこん)を壊(こわ)した。汝(なんじ)はなお嘴(くち)を説(いば)ろうとするのか。もし能(よ)く西方(せいほう)に到(いた)りて仏(ほとけ)の面(おもて)に参(まい)り得(う)るならば、只(た)だこれ背(せ)を転(めぐ)らせ車(くるま)を揺(ゆ)りて再(ふたた)び托生(たくしょう=生まれ変わり)するを除(のぞ)いてほか無(な)い」と。  三蔵(さんぞう)はこれを聞(き)いて、飯碗(めしわん)を投(な)げ下(おろ)し、一(ひと)つの石(いし)を把(も)って心(こころ)のうえに放(お)いたごとくであった。かの童子(どうじ)はかの前山門(ぜんさんもん)や二山門(にさんもん)を、通(ことごと)く皆(みな)鎖(じょう)を上(のぼ)せ、また却(かえ)って正殿(せいでん)の門首(もんしゅ)へと来(き)て、悪語(あくご)悪言(あくげん)、賊前賊後(ぞくぜんぞくご=賊呼ばわり)と、ただ天色(てんしょく)の将(まさ)に晩(おそ)れんとするまで罵(ののし)り、ようやく飯(めし)を食(くら)いに往(ゆ)き、飯(めし)が畢(おわ)ると、房(へや)へと帰(かえ)って往(い)った。  唐僧(とうそう)は行者(ぎょうじゃ)を埋怨(ばいえん=恨み)して言(い)った。「汝(なんじ)というこの猴頭(こうとう=猿め)め、番番(つどつど)禍(わざわい)を撞(ひきおこ)す。汝(なんじ)が彼(かれ)の果子(かし)を偷(ぬす)み食(くら)うたなら、すなわち彼(かれ)より些(いささ)かの気(き)を受(う)け、彼(かれ)に幾句(いくく)か罵(ののし)らせておけばまた罷(や)むものを、どうしてまた彼(かれ)が樹(き)を推(お)し倒(たお)したか。もしこのような情由(じょうゆ=事情)について言(い)えば、告状(こくじょう=訴え)を起(お)こしたなら、たとえ汝(なんじ)が親父(おやじ)が官(かん)を做(つと)めておっても、また説(と)き通(とお)ることはなるまい」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「師父(しふ)、鬧(さわ)ぐこと莫(なか)れ。かの童児(どうじ)たちは皆(みな)睡(ねむ)りに往(い)ってしまったゆえ、ただ彼(かれ)らの睡(ねむ)り着(つ)くを等(ま)ちて、我(われ)らは夜(よる)を徹(てっ)して身(み)を起(お)こそう」と。沙僧(さそう)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、幾層(いくそう)の門(もん)も皆(みな)鎖(じょう)を上(のぼ)せられ、甚(はなは)だ緊(きん)と閉(とざ)されておりますが、どうして走(に)げられましょう」と。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「管(かま)うな、管(かま)うな。老孫(ろうそん)に自(おの)ずから法児(ほうじ=方法)が有(あ)る」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「愁(うれ)うるは汝(なんじ)に法児(ほうじ)の無(な)いことよ。汝(なんじ)が一(ひと)つ変(へん)じて、何(なん)の虫蛭児(ちゅうてつじ=虫けら)に変(へん)じ、格子(こうし)の眼(め)を瞞(かすめ)てすなわち飛(と)んで出(で)て往(ゆ)かれるが、只(た)だ苦(くるし)むは我(われ)ら変(へん)ぜぬ者(もの)で、すなわちここに在(あ)って頂缸(ちょうこう=身代わり)に罪(つみ)を受(う)けるばかりじゃ」と。  唐僧(とうそう)が言(い)うには、「彼(かれ)もしこの勾当(こうとう=こと)を干(おこな)い出(だ)して、汝(なんじ)と我(われ)とを同(とも)に出(だ)さなんだなら、我(われ)がすなわち旧話経児(きゅうわきょうじ=例の経)を念(とな)え起(お)こさば、彼(かれ)はどうして消受(しょうじゅ=堪え)え得(え)ようか」と。  八戒(はっかい)はこれを聞(き)いて、また愁(うれ)いまた笑(わら)って言(い)った。「師父(しふ)、汝(なんじ)の言(い)われるは何(なん)の話(はなし)ですか。我(われ)はただ仏教(ぶっきょう)の中(なか)に『楞厳経(りょうごんきょう)』、『法華経(ほけきょう)』、『孔雀経(くじゃくきょう)』、『観音経(かんのんきょう)』、『金剛経(こんごうきょう)』の巻(かん)の有(あ)るを聞(き)いておりますが、曾(かつ)て何(なん)の『旧話児経(きゅうわじきょう)』などというものを聞(き)いたことが有(あ)りませぬ」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)は知(し)らぬのじゃ。我(われ)が頂(いただき)のうえに戴(いただ)いておるこの箍児(こじ=輪)は、観音菩薩(かんのんぼさつ)が我(わ)が師父(しふ)に賜(たま)わったものじゃ。師父(しふ)は我(われ)を哄(だま)してそれを戴(いただ)かせ、すなわち根(ね)を生(しょう)じたるが如(ごと)くにして、拿(と)り下(おろ)すことは思(おも)いもよらず、これを『緊箍児呪(きんこじしゅ)』と叫(よ)び、また『緊箍児経(きんこじきょう)』と叫(よ)ぶ。彼(かれ)が旧話児経(きゅうわじきょう)とは、すなわちこれを指(さ)すのじゃ。しかしもし念(とな)え動(うご)かせば、我(われ)はすなわち頭(あたま)が疼(いた)むゆえ、これによってこの法児(ほうじ)が有(あ)って我(われ)を難(なん)ずるのじゃ。師父(しふ)よ、汝(なんじ)念(とな)えること莫(なか)れ、我(われ)は決(けっ)して汝(なんじ)を負(そむ)かず、管情(かんじょう=きっと)皆(みな)一齊(いっせい)に出(で)て往(ゆ)けるであろう」と。  話(はなし)の間(あいだ)に、皆(みな)既(すで)に天(てん)は昏(くら)くなり、覚(おぼ)えず東方(とうほう)に月(つき)が上(のぼ)った。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「この時(とき)万籟(ばんらい=万物)声(こえ)無(な)く、氷輪(ひょうりん=月)は明(あきら)かに顕(あらわ)る、ちょうど好(よ)く往(ゆ)ってしまおう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)、鬼(おに)を搗(つ)くな、門(もん)は俱(とも)に鎖(とざ)し閉(とざ)されておるに、どこへ往(ゆ)くのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)手段(しゅだん)を見(み)よ」と。  好(よ)し、行者(ぎょうじゃ)は金箍棒(きんこぼう)を手(て)の中(なか)に捻(ひね)り持ち、一(ひと)つの「解鎖法(げさほう=錠を外す術)」を使(つか)い、門(もん)のうえへと一(ひと)つ指(ゆびさ)すと、ただ突蹡(とっしょう=がちゃん)という一声(ひとこえ)の響(ひび)きが聞(き)こえ、幾層(いくそう)の門(もん)の双鐄(そうこう=二重の錠)は俱(とも)に落(お)ち、唿喇(こつらつ)と門扇(もんせん=扉)が開(ひら)いた。八戒(はっかい)は笑(わら)って言(い)った。「好(よ)き本事(ほんじ=腕前)かな」と。 「すなわち小炉児匠(しょうろじしょう=錠前屋)を叫(よ)んで掭子(てんし=針金)を使(つか)わせたとしても、またこのように爽利(そうり=手際よい)には象(かたど)るまい」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「この門児(もんじ)に何(なん)の稀罕(きかん=珍しさ)が有(あ)ろうか。すなわち南天門(なんてんもん)でも、一(ひと)つ指(ゆびさ)せばまた開(ひら)くわい」と。  しかして師父(しふ)を請(こ)うて門(もん)を出(で)させ、馬(うま)に上(のぼ)らせ、八戒(はっかい)は担(に)を挑(にな)い、沙僧(さそう)は馬(うま)を攏(ひきよ)せて、まっすぐ西路(せいろ)を投(とう)じて去(さ)った。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「汝(なんじ)ら且(しばら)く慢(ゆる)やかに行(ゆ)け、老孫(ろうそん)が往(ゆ)きてかの二人(ふたり)の童児(どうじ)の睡(ねむ)りを一(ひと)つ月(つき)のほど看(み)て来(く)るまで」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、彼(かれ)らの性命(せいめい)を傷(きずつ)くるべからず。然(しか)らずんば、また一(ひと)つの財(ざい)を得(え)て人(ひと)を傷(きずつ)くるの罪(つみ)となろう」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)は暁(さと)っておる」と。  行者(ぎょうじゃ)はまた中(なか)へと入(い)って往(ゆ)き、かの童児(どうじ)の睡(ねむ)っておる房門(ぼうもん)の外(そと)へと来(きた)った。彼(かれ)が腰(こし)の裡(うち)には帯(お)びておる瞌睡虫児(かつすいちゅうじ=眠り虫)が有(あ)ったが、元来(がんらい)東天門(とうてんもん)に在(あ)って増長天王(ぞうちょうてんのう)と猜枚(さいばい=当てっこ)をして耍子(しゃし=遊ん)でおる時(とき)に赢(か)ち得(え)たものであった。彼(かれ)は二(ふた)つを摸(さぐ)り出(だ)し、窓眼児(そうがんじ=窓の穴)を瞞(かすめ)て弾(はじ)き入(い)れると、まっすぐかの童子(どうじ)が顔(かお)のうえへと奔(はし)り到(いた)り、鼾鼾(かんかん=ぐうぐう)と深(ふか)く睡(ねむ)って、また醒(さ)め得(う)ることは思(おも)いもよらなんだ。  彼(かれ)はようやく雲歩(うんぽ=雲の歩み)を曳(ひ)き開(ひら)き、唐僧(とうそう)に追(お)い上(すが)り、大路(たいろ)に順(したが)って一(ひと)すじに西(にし)へと奔(はし)った。この一(ひと)夜(よ)、馬(うま)は蹄(ひづめ)を停(とど)めず、ただ天(てん)の暁(あかつき)くまで行(ゆ)きて、三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「この猴頭(こうとう)めは我(われ)を弄(もてあそ)び殺(ころ)すのじゃ。汝(なんじ)が嘴(くち)の為(ため)に、我(われ)を帯累(たいるい=巻き添え)えて一(ひと)夜(よ)眠(ねむ)り無(な)しじゃ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「只管(ひたすら)埋怨(ばいえん=恨む)すること莫(なか)れ。天色(てんしょく)は明(あき)らかになったゆえ、汝(なんじ)且(しばら)くこの路(みち)の旁(かたわら)の樹林(じゅりん)の裡(うち)に在(あ)って将就(しょうしゅう=間に合わせ)に歇(やす)み、精神(せいしん)を養(やしな)ってまた走(はし)れ」と。  かの長老(ちょうろう)はただ馬(うま)より下(お)りて、松(まつ)の根(ね)に倚(よ)りて権(かり)に禅床(ぜんしょう=座禅の床)と作(な)して坐(ざ)し、沙僧(さそう)は担(に)を歇(やす)めて打盹(とんね=うたた寝)し、八戒(はっかい)は石(いし)を枕(まくら)にして睡(ねむ)った。孫大聖(そんたいせい)は偏(ひと)えに心腸(しんちょう=気持ち)が有(あ)り、汝(なんじ)見(み)よ、彼(かれ)の樹(き)を跳(と)び枝(えだ)を扳(たわ)めて頑耍(がんしゃ=戯れ遊)ぶのを。四衆(よんしゅ)の歇息(けっそく)したことは、しばらく措(お)いて語(かた)らぬ。  さて、かの大仙(たいせん)は元始宮(げんしきゅう)より散会(さんかい=会が果て)し、衆(しゅう)の小仙(しょうせん)を領(ひき)いて兜率(とそつ)を出離(しゅつり)し、まっすぐ瑶天(ようてん=美わしき天)より下(くだ)り、祥雲(しょううん)を墜(おと)して、早(はや)くも万寿山(まんじゅさん)五荘観(ごしょうかん)の門首(もんしゅ)へと来(きた)った。  看(み)るに、ただ観門(かんもん)の大(おお)いに開(ひら)き、地上(ちじょう)の乾浄(かんじょう=清潔)なるのが見(み)えた。大仙(たいせん)が言(い)うには、「清風(せいふう)や明月(めいげつ)も、却(かえ)ってまた中用(ちゅうよう=役に立つ)かな。常時節(つねのころ)は、日(ひ)の高(たか)きこと三丈(さんじょう)にも、腰(こし)をも伸(の)ばさなんだに、今日(こんにち)我(われ)らの在(お)らぬに、彼(かれ)らはかえって肯(あえ)て早(はや)く起(お)きて、門(もん)を開(ひら)き地(ち)を掃(は)いておる」と。衆(しゅう)の小仙(しょうせん)は俱(とも)に悦(よろこ)んだ。  殿(でん)のうえへと行(ゆ)き至(いた)るに、香火(こうか)は全(まった)く無(な)く、人蹤(じんしょう=人の跡)は俱(とも)に寂(じゃく)として、そこに何(なん)の明月(めいげつ)や清風(せいふう)が有(あ)ろうか。衆仙(しゅうせん)が言(い)うには、「彼(かれ)の二人(ふたり)は想(おも)うに我(われ)らの在(お)らぬに因(よ)って、東西(とうざい=品物)を拐(かどわか)して往(い)ってしまったのであろう」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「豈(あ)にこの理(ことわり)有(あ)らんや。仙(せん)を修(おさ)める者(もの)が、敢(あ)えてこのような心(こころ)を壊(こわ)す事(こと)を為(な)そうか。想(おも)うにこれ昨晩(ゆうべ)門(もん)を関(とざ)すを忘却(ぼうきゃく)して、すなわち往(ゆ)いて睡(ねむ)ってしまい、今朝(けさ)はなお未(いま)だ醒(さ)めておらぬのであろう」と。  衆仙(しゅうせん)が彼(かれ)が房門(ぼうもん)の首(もと)へと到(いた)って看(み)るに、真(まこと)に房門(ぼうもん)は関(とざ)されており、鼾鼾(かんかん)と深(ふか)く睡(ねむ)っておった。この外辺(そと)より門(もん)を打(う)って乱(みだ)りに叫(よ)ぶも、そこで叫(よ)び醒(さ)まし得(え)ようか。衆仙(しゅうせん)は門板(もんばん)を撬(こじあ)け、手(て)を着(つ)けて床(とこ)の下(した)より扯(ひ)き下(おろ)すも、ただまた醒(さ)めなんだ。  大仙(たいせん)は笑(わら)って言(い)った。「好(よ)きかな仙童(せんどう)よ。仙(せん)と成(な)れる者(もの)は、神(しん)満(み)ちてまた睡(ねむ)りを思(おも)わぬに、どうしてこのように困倦(こんけん=疲れ)ておるか。もしや人(ひと)の彼(かれ)を做弄(どうろう=いたずら)したるに非(あら)ざるか。速(すみや)かに水(みず)を取(と)って来(こ)い」と。一童(いちどう)は急(いそ)ぎ水(みず)を半盞(はんさん=半杯)取(と)って大仙(たいせん)に逓(わた)した。大仙(たいせん)は呪語(じゅご)を念(とな)え動(うご)かし、一口(ひとくち)の水(みず)を噀(ふ)きかけて、顔(かお)のうえに噴(ふ)きかくるや、随(したが)って睡魔(すいま)を解(と)いた。  二人(ふたり)はようやく醒(さ)め、忽(たちま)ち睛(ひとみ)を睜(ひら)いて顔(かお)を抹抹(まくまく=こすり)、頭(あたま)を上(あ)げて観(み)るに、それが仙師(せんし)の与世同君(よせいどうくん)と仙兄(せんけい)等衆(とうしゅ)であると認(みと)めた。慌(あわ)てたのはかの清風(せいふう)で頓首(とんしゅ=額づき)、明月(めいげつ)は叩頭(こうとう=ぬかずき)して言(い)った。「師父(しふ)よ、汝(なんじ)が故人(こじん)とされたるは、元来(がんらい)東(ひがし)より来(きた)った和尚(おしょう)で、一夥(ひとくれ)の強盗(ごうとう)にして、たいそう凶狠(きょうこん=凶暴)でございます」と。  大仙(たいせん)は笑(わら)って言(い)った。「驚(おどろ)き懼(おそ)れること莫(なか)れ、緩(ゆる)やかに説(と)いて来(こ)よ」と。清風(せいふう)が言(い)うには、「師父(しふ)よ、当日(その日)別(わか)れてより久(ひさ)しからずして、果(はた)して一人(ひとり)の東土(とうど)の唐僧(とうそう)が有(あ)り、一行(いっこう)に四人(よんにん)の和尚(おしょう)、馬(うま)を連(あわ)せて五口(ごく)でございました。弟子(でし)はあえて師命(しめい)に違(たが)わず、来因(らいん=来た理由)を問(と)い及(およ)ぼし、人参果(にんじんか)を二(ふた)つ取(と)って奉(ほう)じました。かの長老(ちょうろう)は俗眼愚心(ぞくがんぐしん=俗な眼と愚かな心)で、我(われ)ら仙家(せんか)の宝貝(ほうばい)を識(し)りませぬ。彼(かれ)はこれ三朝(さんちょう)未(いま)だ満(み)たざるの孩童(がいどう)であると言(い)い、再三(さいさん)に食(くら)わず、これ弟子(でし)がおのおの一(ひと)つを食(くら)ったのでございます。期(き)せずして彼(かれ)が手下(しゅか)に三人(さんにん)の徒弟(とてい)が有(あ)り、その一人(ひとり)の姓(せい)を孫(そん)とし、名(な)を悟空行者(ごくうぎょうじゃ)と申(もう)す者(もの)が、先(ま)ず四(よっ)つの果子(かし)を偷(ぬす)んで食(くら)いました。これ弟子(でし)どもが彼(かれ)に向(むか)って理(ことわり)を説(と)き、実(じつ)に実(じつ)に言語(げんご)を数句(すうく)申(もう)しましたが、彼(かれ)は却(かえ)って容(ゆる)さず、暗(あん)じ裡(うち)に一(ひと)つの出神(しゅっしん=意識を外に出す)の手段(しゅだん)を弄(ろう)しました。苦(くる)しいかな」と。二人(ふたり)の童子(どうじ)はここまで説(と)き及(およ)ぶや、止(と)めきれずに腮辺(さいへん=頬)より涙(なみだ)を落(おと)した。  衆仙(しゅうせん)が言(い)うには、「かの和尚(おしょう)が汝(なんじ)を打(う)ったのか」と。明月(めいげつ)が言(い)うには、「打(う)ちはせぬが、ただ我(われ)らの人参樹(にんじんじゅ)を打(う)ち倒(たお)したのでございます」と。大仙(たいせん)はこれを聞(き)いて、更(さら)に悩(なや)み怒(いか)らず、言(い)うには、「哭(な)くな、哭(な)くな。汝(なんじ)はあの孫(そん)を姓(せい)とする者(もの)の、またこれ一人(ひとり)の太乙散仙(たいつさんせん)であり、また曾(かつ)て大(おお)いに天宮(てんきゅう)を鬧(さわ)がし、神通(じんつう)の広大(こうだい)なるを知(し)らぬ。既(すで)に宝樹(ほうじゅ)を打(う)ち倒(たお)したなら、汝(なんじ)はもしやあの和尚(おしょう)たちを認(みと)めるか」と。清風(せいふう)が言(い)うには。 「皆(みな)認(みと)えます」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「既(すで)に認(みと)めるなら、皆(みな)我(われ)に跟(したが)って来(こ)い。衆(しゅう)の徒弟(とてい)たちよ、皆(みな)刑具(けいぐ)を收拾(しゅうしゅう=用意)しておけ、我(われ)が戻(かえ)って来(き)て彼(かれ)を打(う)つまで」と。  衆仙(しゅうせん)は命(めい)を領(うけたまわ)った。大仙(たいせん)は明月(めいげつ)と清風(せいふう)と祥光(しょうこう)を縦(ほしいまま)に起(お)こし、三蔵(さんぞう)を趕(お)いに来(きた)ったが、頃刻(しばらく)の間(あいだ)にすなわち千里(せんり)の遥(はるか)さが有(あ)った。大仙(たいせん)は雲端(うんたん)の裡(うち)に在(あ)って西(にし)の方(ほう)を観(み)るに、唐僧(とうそう)は見(み)えず、また頭(あたま)を転(めぐ)らせて東(ひがし)を看(み)た時(とき)、かえって九百余里(きゅうひゃくより)も多(おお)く趕(お)い過(す)ぎておった。元来(がんらい)かの長老(ちょうろう)は一(ひと)夜(よ)馬(うま)に蹄(ひづめ)を停(とど)めさせず、ただ百二十里路(ひゃくにじゅうりろ)を行(ゆ)いたのみであったが、大仙(たいせん)の雲頭(うんとう)の一(ひと)つ縦(と)びで、九百余里(きゅうひゃくより)を趕(お)い越(こ)してしまったのじゃ。  仙童(せんどう)が言(い)うには、「師父(しふ)、あの路(みち)の旁(かたわら)の樹(き)の下(した)に坐(すわ)っておるのが唐僧(とうそう)でございます」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「我(われ)は既(すで)に見(み)えた。汝(なんじ)ら二人(ふたり)は戻(もど)って縄索(じょうさく=縄)を安排(あんばい=用意)しておけ、我(われ)が自(みずか)ら彼(かれ)を拿(とら)えるまで」と。清風(せいふう)の先(さき)に戻(もど)ったことは、しばらく措(お)いて語(かた)らぬ。  かの大仙(たいせん)は雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おと)し、身(み)を一(ひと)つ揺(ゆ)るがせて変(へん)じ、一(ひと)つの行脚(あんぎゃ)の全真(ぜんしん=道士)に変(へん)じた。汝(なんじ)彼(かれ)のいかなる模様(もよう)なるかと言(い)わんや。  一領(いちりょう)の百衲袍(ひゃくのうほう=継ぎはぎの袍)を穿(き)、  一条(いちじょう)の呂公絛(りょこうじょう=呂公の帯)を系(むす)ぶ。  手(て)には麈尾(しゅび=しかの尾の払子)を揺(ゆ)り、漁鼓(ぎょこ=漁鼓)を軽(かる)く敲(たた)く。  三耳草鞋(さんじそうがい=三つ耳の草鞋)を脚(あし)の下(した)に登(は)き、  九陽巾子(きゅうようきんす=九陽の頭巾)を把(も)って頭(あたま)を包(つつ)む。  飄飄(ひょうひょう)として風(かぜ)袖(そで)に満(み)ち、  口(くち)には『月児高(げつじこう)』を唱(とな)う。  まっすぐ樹(き)の下(した)へと来(きた)り、唐僧(とうそう)に向(むか)って高(たか)く叫(よ)んで言(い)った。「長老(ちょうろう)、貧道(ひんどう=わたくし)が起手(きしゅ=ご挨拶)もうす」と。かの長老(ちょうろう)は忙忙(そうそう)と礼(れい)に答(こた)えて言(い)った。「失瞻(しっせん=お見逸れ)、失瞻(しっせん)」と。大仙(たいせん)が問(と)うには、「長老(ちょうろう)はいずれの方(ほう)より来(きた)られたか。何故(なにゆえ)に途(みち)中(ちゅう)に在(あ)って打坐(だざ=座禅)しておられるか」と。三蔵(さんぞう)が言(い)うには、「貧僧(ひんそう)はこれ東土(とうど)大唐(だいとう)より西天(せいてん)へと経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされた者(もの)でございます」と。 「路(みち)この間(あいだ)を過(よぎ)るに、権(かり)に一(ひと)つの歇(やすみ)と為(な)す」と。大仙(たいせん)は佯(いつわ)って訝(いぶか)って言(い)った。「長老(ちょうろう)が東(ひがし)より来(きた)られるに、もしや荒山(こうざん=わが山)を過(す)ぎられたか」と。長老(ちょうろう)が言(い)うには、「仙宮(せんきゅう)のいずれの宝山(ほうざん)であるかを知(し)りませぬが」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「万寿山(まんじゅさん)五荘観(ごしょうかん)、すなわちこれ貧道(ひんどう)が栖止(せいし=住まい)する処(ところ)じゃ」と。  行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、彼(かれ)は心(こころ)に物(もの)の有(あ)る人(ひと)ゆえ、忙(いそ)ぎ答(こた)えて言(い)った。「曾(かつ)て過(す)がぬ、曾(かつ)て過(す)がぬ。我(われ)らはこれ上(かみ)の路(みち)より打(う)って来(き)たのじゃ」と。  かの大仙(たいせん)は指(ゆび)を定(さだ)めて笑(わら)って言(い)った。「我(われ)は汝(なんじ)をこの潑猴(はっこう)と把(みな)す。汝(なんじ)は誰(だれ)を瞞(あざむ)こうか。汝(なんじ)はかえって我(わ)が観(かん)の裡(うち)に在(あ)って、我(わ)が人参果樹(にんじんかじゅ)を把(も)って打(う)ち倒(たお)し、汝(なんじ)らは夜(よる)を徹(てっ)して走(に)げて此(ここ)の間(あいだ)に在(あ)るに、なお肯(あえ)て招認(しょうにん=自白)せず、何(なん)を遮飾(しゃしょく=言い繕)うか。往(い)くこと莫(なか)れ。早(はや)くに趁(つ)けて往(ゆ)きて我(われ)に樹(き)を還(かえ)せ」と。  かの行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、心(こころ)の中(なか)に悩怒(のうど=憤り)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて分説(ぶんせつ)を容(い)れず、大仙(たいせん)を望(めが)けて劈頭(へきとう=頭めがけて)すなわち打(う)った。大仙(たいせん)は身(み)を側(そば)めて避(よ)け過(す)ぎ、祥光(しょうこう)を踏(ふ)んで、まっすぐ空(そら)の中(なか)へと到(いた)った。行者(ぎょうじゃ)もまた雲(くも)に騰(のぼ)り、急(いそ)ぎ趕(お)い上(のぼ)って往(ゆ)った。  大仙(たいせん)は半空(はんくう)に在(あ)って本相(ほんそう)を現(あらわ)した。汝(なんじ)彼(かれ)のいかなる扮装(ふんそう)をなすかを見(み)よ。  頭(あたま)には紫金冠(しきんかん)を戴(いただ)き、無憂鶴氅(むゆうかくしょう=憂いなき鶴の羽衣)を穿(き)る。  履鞋(りがい=履物)を足(あし)の下(した)に登(は)き、絲帯(したい=絹の帯)を腰間(ようかん)に束(たば)ねる。  体(からだ)は童子(どうじ)の貌(かたち)の如(ごと)く、面(おもて)は美人(びじん)の顔(かんばせ)に似(に)たり。  三須(さんしゅ=三本の髭)は頷下(がんか=顎の下)に飄(ひるがえ)り、鴉瓴(ありょう=烏の羽)は鬢(びん)の辺(ほとり)に畳(かさな)る。  行者(ぎょうじゃ)を相迎(むか)えるに兵器(へいき)無(な)く、  只(た)だ将(も)って玉麈(ぎょくしゅ=玉の払子)を手(て)の中(なか)に拈(ひね)る。  かの行者(ぎょうじゃ)は高(たか)きも低(ひく)きも無(な)く、棍子(こんす=棒)を乱(みだ)りに打(う)った。大仙(たいせん)は玉麈(ぎょくしゅ)を把(も)って左(ひだり)に遮(さえぎ)り右(みぎ)に擋(ふせ)ぎ、彼(かれ)を二(に)三(さん)回合(がっすう)も奈(しの)いでから、一(ひと)つの「袖裡乾坤(しゅうりけんこん=袖の中の天地)」の手段(しゅだん)を使(つか)い、雲端(うんたん)の裡(うち)に在(あ)って袍袖(ほうしゅう=袍の袖)を把(も)って風(かぜ)に迎(むか)えて軽軽(けいけい)と一(ひと)つ展(ひるがえ)し、刷地(さっち=さっと)と前(まえ)へと来(きた)って、四僧(よんそう)を馬(うま)とともに一袖子(いっしゅうす=ひと袖)に籠(つつ)み住(こ)めた。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「良(よ)くない、我(われ)らは皆(みな)拉縺(らつれん=袋)の裡(うち)に装(つ)められてしまった」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「呆子(ほうし)よ、拉縺(らつれん)では無(な)い、我(われ)らは彼(かれ)に衣袖(いしゅう)の裡(うち)に籠(つつ)まれておるのじゃ」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「これは打緊(たいしたこと)では無(な)い、我(われ)が一頓(いっとん)の釘钯(ていは=熊手)で、彼(かれ)に一(ひと)つの窟窿(くつろ=穴)を築(ほ)り、脱(ぬ)け下(お)りて往(ゆ)き、ただ彼(かれ)が小心(しょうしん=不注意)で、籠(つつ)むこと牢(ろう)かならず、吊(お)ちたと言(い)わせてしまえば罷(や)むまでじゃ」と。  かの呆子(ほうし)は钯(は)を使(つか)って乱(みだ)りに築(ほ)ったが、そこに築(ほ)り動(うご)かすことができようか。手(て)で捻(ひね)ればこれ一(ひと)つの軟(やわ)らかなるものでありながら、築(ほ)り起(お)こせばすなわち鉄(てつ)よりもまた硬(かた)かった。  かの大仙(たいせん)は祥雲(しょううん)を転(めぐ)らせ、まっすぐ五荘観(ごしょうかん)へと落(お)ちて坐(ざ)し、徒弟(とてい)に縄(なわ)を拿(も)って来(こ)いと叫(よ)んだ。衆(しゅう)の小仙(しょうせん)は一一(いちいち)に伺候(しこう=控え)した。汝(なんじ)見(み)よ、彼(かれ)が袖子(しゅうす=袖)の裡(うち)より、却(かえ)って傀儡(かいらい=人形)を撮(つま)み出(だ)すが如(ごと)く、唐僧(とうそう)を拿(も)ち出(だ)して、正殿(せいでん)の檐柱(えんちゅう=軒の柱)のうえに縛(しば)りつけ、また彼(かれ)ら三人(さんにん)を拿(も)ち出(だ)して、おのおの一本(いっぽん)の柱(はしら)のうえに、一(ひと)りずつ綁(しば)りつけ、馬(うま)もまた拿(も)ち出(だ)して庭下(ていか)に拴(つな)ぎ、彼(かれ)に些(いささ)かの草料(そうりょう=飼葉)を与(あた)え、行李(こうり)は廊下(ろうか)に抛(な)げ出(だ)した。  また言(い)うには、「徒弟(とてい)よ、この和尚(おしょう)は出家人(しゅっけにん)ゆえ、刀槍(とうそう)を用(もち)いるべからず、鉄鉞(てつえつ=斧)を加(くわ)うるべからず。且(しばら)く我(われ)に皮鞭(ひべん=皮の鞭)を取(と)り出(だ)させよ、彼(かれ)を一頓(いっとん)打(う)って、我(わ)が人参果(にんじんか)の気(いきどおり)を出(いだ)させよう」と。  衆仙(しゅうせん)はすなわち忙(いそ)ぎ一条(いちじょう)の鞭(むち)を取(と)り出(だ)したが、何(なん)の牛皮(ぎゅうひ)や羊皮(ようひ)や麂皮(きひ=鹿の皮)や犢皮(とくひ=子牛の皮)の類(たぐい)では無(な)く、元来(がんらい)これ龍皮(りゅうひ)を以(もっ)て做(つく)った七星鞭(しちせいべん)で、水(みず)に着(つ)けてそこに浸(ひた)してあった。一人(ひとり)の力量(りきりょう)の有(あ)る小仙(しょうせん)に令(れい)して、鞭(むち)を把(も)って執(と)り定(さだ)めて言(い)わしむるには、「師父(しふ)、先(ま)ず誰(だれ)を打(う)ちましょう」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「唐三蔵(とうさんぞう)は大(たい)を做(な)して尊(とうと)からず、先(ま)ず彼(かれ)を打(う)て」と。  行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて、心(こころ)の中(なか)に密(ひそ)かに言(い)うには、「我(わ)がかの老和尚(ろうおしょう)は打(う)つに堪(た)えぬ。もし一頓(いっとん)の鞭(むち)で打(う)ち壊(こわ)してしまわば、却(かえ)ってこれ我(われ)が造(つく)った孽(ごう=悪業)では無(な)いか」と。彼(かれ)は耐(た)えきれず、言(ことば)を開(ひら)いて言(い)った。「先生(せんせい)は差(ちが)っておる。果子(かし)を偷(ぬす)んだは我(われ)、果子(かし)を食(くら)うたは我(われ)、樹(き)を推(お)し倒(たお)したもまた我(われ)であるに、どうして先(ま)ず我(われ)を打(う)たず、彼(かれ)を打(う)って何(なん)とするか」と。  大仙(たいせん)は笑(わら)って言(い)った。「この潑猴(はっこう)めは、かえって言語(げんご)が膂烈(りょれつ=勇ましい)。このようであるなら、すなわち先(ま)ず彼(かれ)を打(う)て」と。小仙(しょうせん)が問(と)うには、「幾(いく)つ打(う)ちましょう」と。大仙(たいせん)が言(い)うには、「果数(かすう=実の数)に照依(しょうい=従い)て、三十鞭(さんじゅっぺん)打(う)て」と。  かの小仙(しょうせん)は鞭(むち)を輪(めぐ)らしてすなわち打(う)った。行者(ぎょうじゃ)は仙家(せんか)の法(ほう)の大(だい)なるを恐(おそ)れ、眼(め)を睜(みひら)いて円(まる)くし、瞅(みつ)め定(さだ)めて、彼(かれ)のどこを打(う)つかを見(み)た。元来(がんらい)腿(もも)を打(う)つのじゃった。行者(ぎょうじゃ)はすなわち腰(こし)を一(ひと)つ扭(ひね)り、「変(へん)じろ」と叫(よ)んで、二条(にじょう)の熟鉄腿(じゅくてつたい=鍛えた鉄の腿)に変(へん)じ、彼(かれ)のどう打(う)つかを見(み)ておった。かの小仙(しょうせん)は一(ひと)つ一(ひと)つと、三十(さんじゅう)を打(う)ち、天(てん)は早(はや)くも午(ひる)に向(むか)った。  大仙(たいせん)はまた吩咐(いいつけ)て言(い)うには、「また唐三蔵(とうさんぞう)の訓教(くんきょう=指導)の厳(きびし)からずして、頑徒(がんと=頑固な弟子)を縦放(じゅうほう=勝手にさせ)て撒潑(さっぱつ=暴れ)せしめたるを打(う)つべきである」と。かの仙(せん)はまた鞭(むち)を輪(めぐ)らして来(きた)って打(う)とうとしたが、行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「先生(せんせい)はまた差(ちが)っておる。果子(かし)を偷(ぬす)んだ時(とき)、我(わ)が師父(しふ)は知(し)らず、彼(かれ)は殿(でん)のうえに在(あ)って汝(なんじ)が二童(にどう)と話(はなし)しておったのであり、これ我(われ)が兄弟(けいてい)たちの做(な)した勾当(こうとう)じゃ。たとえ教訓(きょうくん)の厳(きびし)からざるの罪(つみ)が有(あ)るとしても、我(われ)の弟子(でし)たる者(もの)が、また当(あた)って替(かわ)りて打(う)たるべきであるから、また我(われ)を打(う)て」と。  大仙(たいせん)は笑(わら)って言(い)った。「この潑猴(はっこう)め、狡猾奸頑(こうかつかんがん=ずるく悪賢い)なりといえども、却(かえ)ってまた些(いささ)かの孝意(こうい=親孝行)が有(あ)る。既(すで)にこのようであるからには、また彼(かれ)を打(う)て」と。小仙(しょうせん)はまた三十(さんじゅう)を打(う)った。行者(ぎょうじゃ)は頭(あたま)を低(た)れて看(み)るに、二(ふた)つの腿(もも)は明鏡(めいきょう)に似(に)て、通(まる)く打(う)ち亮(みが)かれて、更(さら)に些(いささ)かの疼痒(つうよう=痛み痒み)をも知(し)らなんだ。  この時(とき)天色(てんしょく)は将(まさ)に晩(おそ)れんとし、大仙(たいせん)が言(い)うには、「且(しばら)く鞭子(べんす)を水(みず)の裡(うち)に浸(ひた)しておけ、明朝(みょうちょう)を待(ま)ちてまた彼(かれ)を拷打(ごうだ=拷問)しよう」と。小仙(しょうせん)は且(しばら)く鞭(むち)を収(おさ)めて浸(ひた)しに往(ゆ)き、各各(おのおの)房(へや)へと帰(かえ)った。晩斎(ばんさい=夕食)も已(すで)に畢(おわ)り、尽(ことごと)く皆(みな)安寝(あんしん=就寝)したことは、しばらく措(お)いて語(かた)らぬ。  かの長老(ちょうろう)は涙(なみだ)の眼(め)を双(ふた)つながら垂(た)れ、彼(かれ)が三人(さんにん)の徒弟(とてい)を怨(うら)んで言(い)った。「汝(なんじ)らが禍(わざわい)を闖(つきあ)け出(だ)して、却(かえ)って我(われ)を帯累(たいるい=巻き添え)えてここに在(あ)って罪(つみ)を受(う)けさせるとは、これどうしたことか」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「且(しばら)く報怨(ほうえん=恨み)するを休(や)めよ。打(う)つはすなわち先(ま)ず我(われ)を打(う)ち、汝(なんじ)はまた曾(かつ)て打(う)たるることを受(う)けぬに、倒(さかさま)に転(うつ)って嗟呀(さが=嘆き)してどうするか」と。  唐僧(とうそう)が言(い)うには、「曾(かつ)て打(う)たれぬとはいえ、却(かえ)ってまた綁(しば)られて身(み)のうえが疼(いた)むのじゃ」と。沙僧(さそう)が言(い)うには、「師父(しふ)、また陪綁(ばいほう=一緒に縛られた者)がここに在(あ)りますぞ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「皆(みな)嚷(わめ)くことを要(よう)せず、またしばらくの間(あいだ)して路(みち)を走(はし)ろう」と。  八戒(はっかい)が言(い)うには、「兄貴(あにき)はまた虚頭(きょとう=見せかけ)を弄(ろう)する」と。 「ここは麻縄(あさなわ)に水(みず)を噴(ふ)きかけて、緊緊(きんきん)と綁(しば)りつけておるのじゃ、なお殿(でん)のうえに閉(と)じ込(こ)められて、汝(なんじ)が解鎖法(げさほう)を使(つか)って門(もん)を搠(あ)け開(ひら)いて走(に)げた時(とき)よりもひどい」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「夸口(ここう=自慢)して説(と)くに非(あら)ず、彼(かれ)の三股(みまた)の麻縄(あさなわ)に水(みず)を噴(ふ)き上(あ)げたるを怕(おそ)れようか、すなわち碗(わん)ほどの太(ふと)さの棕纜(そうらん=棕櫚の綱)でも、また只(た)だ秋風(しゅうふう)に当(あ)てるほかあるまい」と。  ちょうど話(はなし)の処(ところ)、早(はや)くも万籟(ばんらい)は声(こえ)無(な)く、正(まさ)にこれ天街(てんがい=天の街)の人静(ひとしず)まる時(とき)であった。好(よ)し、行者(ぎょうじゃ)は身(み)を一(ひと)つ小(ちい)さくし、索(なわ)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)して言(い)った。「師父(しふ)、去(い)こう」と。沙僧(さそう)は慌(あわ)てて言(い)った。「兄貴(あにき)、我(われ)らをもまた一(ひと)つ救(すく)うてくれ」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「悄言(しょうげん=静かに)、悄言(しょうげん)」と。  彼(かれ)は却(かえ)って三蔵(さんぞう)を解(と)き、八戒(はっかい)や沙僧(さそう)を放(はな)し下(おろ)し、褊衫(へんさん=僧衣)を整(ととの)え束(つか)ね、馬匹(ばひつ)を扣(くつわ)し背(お)わせ、廊下(ろうか)より行李(こうり)を拿(と)り、一齊(いっせい)に観門(かんもん)を出(で)た。また八戒(はっかい)に教(おし)えて言(い)った。「汝(なんじ)往(ゆ)きてあの崖(がけ)の辺(ほとり)の柳樹(りゅうじゅ)を四棵(よんか=四本)伐(き)り来(こ)い」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「それを何(なん)にするのです」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「用(よう)の有(あ)る処(ところ)が有(あ)る、速(すみや)かに取(と)って来(こ)い」と。  かの呆子(ほうし)は些(いささ)かの夯力(こうりき=馬鹿力)が有(あ)り、往(ゆ)きて、一嘴(ひとくち)に一顆(ひとつ)ずつ、すなわち四顆(よんか)を拱(くいほじ)り、一抱(ひとだき)に抱(いだ)いて来(き)た。行者(ぎょうじゃ)は枝梢(ししょう=枝先)を将(も)って折(お)り、兄弟(けいてい)二人(ふたり)を将(も)ってまた中(なか)へと入(い)り、原(もと)の縄(なわ)を以(もっ)って旧(もと)の如(ごと)く柱(はしら)のうえに綁(しば)りつけた。  かの大聖(たいせい)は呪語(じゅご)を念(とな)え動(うご)かし、舌尖(ぜっせん=舌の先)を咬(か)み破(やぶ)り、血(ち)を将(も)って樹(き)のうえに噴(ふ)きかけ、「変(へん)じろ」と叫(よ)んだ。一本(いっぽん)は長老(ちょうろう)に変(へん)じ、一本(いっぽん)は自身(じしん)に変(へん)じ、かの二本(にほん)は沙僧(さそう)と八戒(はっかい)とに変(へん)じ、皆(みな)容貌(ようぼう)を一般(いっぱん)に変(へん)じ得(え)、相貌(そうぼう)は皆(みな)同(おな)じく、彼(かれ)らに問(と)えばすなわち話(はな)し、名(な)を叫(よ)べばすなわち答(こた)えた。  彼(かれ)の二人(ふたり)はようやく歩(あゆみ)を放(はな)ち開(ひら)き、師父(しふ)に追(お)い上(すが)った。この一(ひと)夜(よ)は依然(いぜん)として馬(うま)に蹄(ひづめ)を停(とど)めず、五荘観(ごしょうかん)を逃(に)げ離(はな)れた。ただ天(てん)の明(あき)らかになるまで走(はし)りて、かの長老(ちょうろう)は馬(うま)のうえに在(あ)って樁(くい)を揺(ゆ)るがして打盹(とんね=うたた寝)した。行者(ぎょうじゃ)はこれを見(み)て、叫(よ)んで言(い)った。「師父(しふ)は不済(ふせい=だめ)じゃ。出家人(しゅっけにん)がどうしてこのように辛苦(しんく=つらい)であろうか。我(わ)が老孫(ろうそん)は千(せん)の夜(よ)も眠(ねむ)らずとも、また困倦(こんけん=疲れ)を暁(さと)らぬというものを」と。 「且(しばら)く馬(うま)より下(お)りよ、路(みち)を走(はし)る人(ひと)の、汝(なんじ)を見(み)て笑(わら)うを教(おし)えること莫(なか)れ、権(かり)に山坡(さんぱ)の下(した)の風(かぜ)を蔵(かく)し気(き)を聚(あつ)むる処(ところ)に在(あ)って、歇(やす)んでまた走(はし)れ」と。  彼(かれ)が師徒(しと)の路(みち)に在(あ)って暫(しばら)く住(とど)まることを説(と)かず。且(しばら)くかの大仙(たいせん)を説(と)かん。  かの大仙(たいせん)は天明(てんめい)に起(お)き、早斎(そうさい=朝食)を食(くら)い、殿(でん)のうえへと出(で)て、鞭(むち)を拿(も)って来(こ)いと教(おし)えた。「今日(こんにち)は却(かえ)って唐三蔵(とうさんぞう)を打(う)つべきである」と。かの小仙(しょうせん)は鞭(むち)を輪(めぐ)らし、唐僧(とうそう)を望(めが)けて言(い)うには、「汝(なんじ)を打(う)つぞ」と。かの柳樹(りゅうじゅ)もまた応(こた)えて言(い)うには、「打(う)てよ」と。乒乓(ぴんぽん)と三十(さんじゅう)を打(う)った。鞭(むち)を輪(めぐ)らし過(す)ぎて来(きた)り、八戒(はっかい)に向(むか)って言(い)うには、「汝(なんじ)を打(う)つぞ」と。かの柳樹(りゅうじゅ)もまた応(こた)えて言(い)うには、「打(う)てよ」と。沙僧(さそう)を打(う)つに及(およ)んでも、また「打(う)てよ」と応(こた)えた。行者(ぎょうじゃ)を打(う)つに及(およ)んだ時(とき)、かの行者(ぎょうじゃ)は路(みち)に在(あ)って、偶然(ぐうぜん)に一(ひと)つの寒噤(かんしん=身震い)を打(う)って言(い)った。「良(よ)くない」と。三蔵(さんぞう)が問(と)うて言(い)うには、「どう言(い)うのか」と。  行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「我(われ)は四顆(よんか)の柳樹(りゅうじゅ)を将(も)って我(われ)が師徒(しと)四衆(よんしゅ)に変(へん)じたが、我(われ)はただ彼(かれ)が昨日(きのう)我(われ)を二頓(にど)も打(う)ったゆえ、今日(こんにち)は打(う)たぬであろうと思(おも)うておったに、また我(わ)が化身(けしん)を打(う)っておるゆえ、これによって我(わ)が真身(しんしん)が噤(みぶるい)を打(う)ったのじゃ。法(ほう)を収(おさ)めよう」と。かの行者(ぎょうじゃ)は慌(あわ)てて呪(じゅ)を念(とな)えて法(ほう)を収(おさ)めた。  汝(なんじ)見(み)よ、かの道童(どうどう)たちの懼(おそ)れて、皮鞭(ひべん)を投(な)げて、報(ほう)じて言(い)うには、「師父(しふ)よ、為頭(いちばんはじめ)に打(う)ったは大唐(だいとう)の和尚(おしょう)でしたが、この一(ひと)頃(ころ)打(う)ったは皆(みな)これ柳樹(りゅうじゅ)の根(ね)でございます」と。  大仙(たいせん)はこれを聞(き)いて、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)し、夸(ほこ)ること尽(つ)きず言(い)うには、「孫行者(そんぎょうじゃ)は、真(まこと)にこれ一人(ひとり)の好(よ)き猴王(こうおう)じゃ。曾(かつ)て彼(かれ)の大(おお)いに天宮(てんきゅう)を鬧(さわ)がし、地網天羅(ちもうてんら)を布(し)いても、彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)めることができなんだと聞(き)くが、果(はた)してこの理(ことわり)が有(あ)る。汝(なんじ)が往(い)ってしまったはまた罷(や)むも、どうして些(いささ)かの柳樹(りゅうじゅ)をここに綁(しば)りて、名(な)を冒(おか)して替(かわ)りを頂(いただ)いたか。決(けっ)して彼(かれ)を饒(ゆる)すこと莫(な)かれ、趕(お)いに往(ゆ)こう」と。  かの大仙(たいせん)は趕(お)うと言(い)う声(こえ)もろともに、雲頭(うんとう)を縦(ほしいまま)に起(お)こし、西(にし)の方(ほう)を一(ひと)つ望(のぞ)むに、ただかの和尚(おしょう)たちの包(つつみ)を挑(にな)い馬(うま)を策(むちう)って、ちょうど路(みち)を走(はし)っておるのが見(み)えた。大仙(たいせん)は雲頭(うんとう)を低(ひく)く下(おろ)して、一声(ひとこえ)叫(よ)んだ。「孫行者(そんぎょうじゃ)、どこへ往(ゆ)くか。我(われ)に人参樹(にんじんじゅ)を還(かえ)せ」と。八戒(はっかい)はこれを聞(き)いて言(い)った。 「了(おしま)いじゃ。対頭(ついとう=敵)がまた来(き)た」と。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「師父(しふ)よ、且(しばら)く善(ぜん)の字(じ)を把(も)って包(つつ)み起(お)こし、我(われ)らをして些(いささ)かの凶悪(きょうあく)を使(つか)わしめよ、一(ひと)つに彼(かれ)を結果(けっか=始末)して、身(み)を脱(だっ)して去(さ)ろうではないか」と。  唐僧(とうそう)はこれを聞(き)いて、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、未(いま)だ答(こた)えざるに、沙僧(さそう)は宝杖(ほうじょう)を掣(ひっさ)げ、八戒(はっかい)は釘钯(ていは)を挙(あ)げ、大聖(たいせい)は鉄棒(てつぼう)を使(つか)い、一齊(いっせい)に前(まえ)へと上(のぼ)り、大仙(たいせん)を空(そら)の中(なか)に囲(かこ)み住(つ)めて、乱(みだ)りに打(う)ち乱(みだ)りに築(ほ)った。この一場(いちば)の悪闘(あくとう)には、詩(し)が有(あ)って証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く。  悟空(ごくう)は鎮元仙(ちんげんせん)を識(し)らず、  与世同君(よせいどうくん)の妙(みょう)の更(さら)に玄(げん)なるを。  三件(さんけん)の神兵(しんぺい)猛烈(もうれつ)を施(ほどこ)し、  一根(いっこん)の麈尾(しゅび)は自(おの)ずから飄然(ひょうぜん)たり。  左(ひだり)に遮(さえぎ)り右(みぎ)に擋(ふせ)いで来往(らいおう)に随(したが)い、  後(うしろ)に架(う)け前(まえ)に迎(むか)えて転旋(てんせん)に任(まか)す。  夜(よる)去(さ)り朝(あした)来(きた)って体(たい)を脱(だっ)し難(がた)く、  淹留(えんりゅう=足止め)されて何日(いつのひ)か西天(せいてん)に到(いた)らん。  彼(かれ)が兄弟(けいてい)三衆(さんしゅ)は、おのおの神兵(しんぺい)を挙(あ)げ、一齊(いっせい)に攻(せ)め打(う)ったが、かの大仙(たいせん)はただ蝇帚児(ようそうじ=払子)を把(も)って演架(えんか=受け流し)するのみであった。そこに半(なか)ばの時辰(じしん)が有(あ)るうちに、彼(かれ)は袍袖(ほうしゅう)を一(ひと)つ展(ひるがえ)して、依然(いぜん)として四僧(よんそう)と一馬(いちば)と行李(こうり)とを、一袖(いっしゅう)に籠(つつ)んで去(さ)った。雲頭(うんとう)を返(かえ)して、また観(かん)の裡(うち)へと到(いた)った。衆仙(しゅうせん)は接(むか)え、仙師(せんし)は殿(でん)のうえに坐(ざ)した。また袖児(しゅうじ=袖)の裡(うち)より一(ひと)つ一(ひと)つを搬(はこ)び出(だ)し、唐僧(とうそう)を階下(かいか=階段の下)の矮(ひく)き槐樹(かいじゅ=えんじゅ)のうえに綁(しば)り、八戒(はっかい)と沙僧(さそう)をおのおの両辺(りょうへん)の樹(き)のうえに綁(しば)り、行者(ぎょうじゃ)を将(も)って捆(しば)り倒(たお)した。行者(ぎょうじゃ)が言(い)うには、「想(おも)うにこれ調問(ちょうもん=取り調べ)であろう」と。時(とき)を経(へ)ずして、捆綁(こんほう=縛り)は停当(ていとう=整い)、長頭布(ちょうとうふ=長い布)を十匹(じっぴき)取(と)って来(こ)いと教(おし)えた。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「八戒(はっかい)、この先生(せんせい)は好(よ)き意思(いし=心遣い)じゃ、布(ぬの)を拿(も)ち出(だ)して我(われ)らに中袖(ちゅうしゅう=中着)を做(つく)ってくれるとは。—些(いささ)か減省(げんしょう=倹約)して、一(ひと)つの一口中(いっこうちゅう=一枚の着物)を做(つく)るで罷(や)めよ」と。  かの小仙(しょうせん)は家機布(かきふ=手織りの布)を搬(はこ)び将(も)って出(で)て来(き)た。大仙(たいせん)が言(い)うには、「唐三蔵(とうさんぞう)や猪八戒(ちょはっかい)や沙和尚(さおしょう)を把(も)って、皆(みな)布(ぬの)を使(つか)って裹(つつ)んでしまえ」と。衆仙(しゅうせん)は一齊(いっせい)に前(まえ)へと往(ゆ)きて裹(つつ)んだ。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「好(よ)し、好(よ)し、好(よ)し。夹活児(きょうかつじ=生きながら)にすなわち大殮(たいれん=納棺)じゃ」と。  須臾(しばらく)して、纏裹(てんか=巻き包み)は已(すで)に畢(おわ)った。また漆(うるし)を拿(も)ち出(だ)せと教(おし)えた。衆仙(しゅうせん)はすなわち忙(いそ)ぎ些(いささ)かの自(みずか)ら収(おさ)め自(みずか)ら晒(ほ)したる生熟漆(せいじゅくしつ=生漆と熟漆)を取(と)り、彼(かれ)ら三人(さんにん)の渾身(こんしん=全身)を布(ぬの)で裹(つつ)み漆(うるし)で漆(ぬ)り、上(うえ)には頭(あたま)と顔(かお)を外(そと)に留(とど)めた。八戒(はっかい)が言(い)うには、「先生(せんせい)、上頭(うえ)は倒(かえ)って打緊(たいしたこと)では無(な)いが、ただ下(した)にはなお孔児(あな)を留(とど)めてくれ、我(われ)らの好(よ)く出恭(すいこう=用足し)するように」と。  かの大仙(たいせん)はまた大鍋(おおなべ)を把(も)って抬(かつ)ぎ出(だ)せと教(おし)えた。行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「八戒(はっかい)、造化(ぞうか=幸運)じゃ。鍋(なべ)を抬(かつ)ぎ出(だ)すは、想(おも)うに飯(めし)を煮(に)て我(われ)らに食(くら)わせるのであろう」と。八戒(はっかい)が言(い)うには、「これも罷(や)むまい。我(われ)らに些(いささ)かの飯(めし)を食(くら)わせ、一(ひと)つの飽(あく)まで食(くら)うた死鬼(しき=餓鬼)を做(つく)らせてくれれば、また見(み)たところも好(よ)かろう」と。  衆仙(しゅうせん)は果(はた)して一口(ひとくち)の大鍋(おおなべ)を抬(かつ)ぎ出(だ)して階下(かいか)に支(つか)え立(た)てた。大仙(たいせん)は乾柴(かんさい=乾いた薪)を架(く)み起(おこ)し、烈火(れっか)を発(おこ)させ、教(おし)えて言(い)うには、「清油(せいゆ)を一鍋(ひとなべ)拗(く)み上(あ)げ、焼(や)きて滚(わ)かし、孫行者(そんぎょうじゃ)を将(も)って油鍋(ゆなべ)の下(した)へと下(おろ)し、彼(かれ)を一(ひと)つ扎(つ)け、我(わ)が人参樹(にんじんじゅ)の仇(あだ)を報(ほう)ぜよ」と。  行者(ぎょうじゃ)はこれを聞(き)いて密(ひそ)かに喜(よろこ)んで言(い)うには、「正(まさ)に老孫(ろうそん)が意(い)に適(かな)う。このところ曾(かつ)て洗澡(せんそう=入浴)せず、些(いささ)か皮膚(ひふ)の燥痒(そうよう=かゆみ)が有(あ)るゆえ、好(よ)し悪(あ)しも一(ひと)つ荡(ゆす)がせてもらえば、盛情(せいじょう=厚意)に感謝(かんしゃ)するばかりじゃ」と。  頃刻(しばらく)の間(あいだ)に、かの油鍋(ゆなべ)は将(まさ)に滚(わ)かんとした。大聖(たいせん)はまた心(こころ)を留(とど)め、彼(かれ)が仙法(せんぽう)の参(さん=計り)がたく、油鍋(ゆなべ)の裡(うち)では手脚(しゅきゃく=細工)を做(な)し難(がた)からんことを恐(おそ)れ、急(いそ)ぎ頭(あたま)を回(めぐ)らせて四(よ)つを顧(かえり)みるに、ただかの台下(だいか)の東辺(とうへん)はこれ一(ひと)つの日規台(にっきだい=日時計の台)、西辺(さいへん)はこれ一(ひと)つの石獅子(いしじし)が見(み)えた。  行者(ぎょうじゃ)は身(み)を一(ひと)つ縦(とば)して、西辺(さいへん)へと滚(ころ)がり到(いた)り、舌尖(ぜっせん=舌の先)を咬(か)み破(やぶ)り、石獅子(いしじし)を把(も)って一口(ひとくち)噴(ふ)きかけ、「変(へん)じろ」と叫(よ)んで、彼(かれ)が本身(ほんしん)の模様(もよう)に変(へん)じ、またこのように捆(しば)られて一団(いちだん)と作(な)し、彼(かれ)は却(かえ)って元神(げんしん=本体の霊)を出(いだ)し、雲端(うんたん)の裡(うち)に起(た)ちて、頭(あたま)を低(た)れて道士(どうし)たちを見(み)ておった。  ただかの小仙(しょうせん)の報(ほう)じて言(い)うのが見(み)えた。「師父(しふ)、油鍋(ゆなべ)は滚(わ)き透(とお)りました」と。大仙(たいせん)は「孫行者(そんぎょうじゃ)を把(も)って抬(かつ)ぎ下(おろ)せ」と教(おし)えた。四人(よんにん)の仙童(せんどう)でも抬(かつ)ぎ動(うご)かせず、八人(はちにん)が来(き)ても、また抬(かつ)ぎ動(うご)かせず、また四人(よんにん)を加(くわ)えても、また抬(かつ)ぎ動(うご)かせなんだ。衆仙(しゅうせん)が言(い)うには、「この猴子(こうし=猿)は土(つち)を恋(こい)して移(うつ)り難(がた)く、小(ちい)さいながらも、かえってまた結実(けつじつ=がっしり)しておる」と。  しかして二十人(にじゅうにん)の小仙(しょうせん)に、扛(かつ)ぎ起(おこ)させて、鍋(なべ)の裡(うち)へと一(ひと)つ掼(なげこ)むや、烹(ぽん)と一声(ひとこえ)響(ひび)いて、些(いささ)かの滚油点子(こんゆてんし=熱油のしぶき)を濺(とば)し上(あ)げ、かの小道士(しょうどうし)たちが顔(かお)のうえを燙(やけど)して幾(いく)つもの燎漿大泡(りょうしょうだいほう=大火傷の水ぶくれ)を造(つく)った。ただ焼火(しょうか=火を焚く)の小童(こどう)の喊(さけ)んで言(い)うのが聞(き)こえた。「鍋(なべ)が漏(も)れた、鍋(なべ)が漏(も)れた」と。説(と)き了(おわ)らぬうちに、油(あぶら)は漏(も)れて罄尽(けいじん=からから)となり、鍋底(なべぞこ)は打(う)ち破(やぶ)られたが、元来(がんらい)これ一(ひと)つの石獅子(いしじし)の裡(うち)に放(お)かれておったのであった。  大仙(たいせん)は大(おお)いに怒(いか)って言(い)った。「この潑猴(はっこう)め、着然(ちゃくぜん=まったく)無礼(ぶれい)なり。彼(かれ)をして当面(とうめん)に手脚(しゅきゃく=細工)を做(な)さしめた。汝(なんじ)が往(い)ってしまったはまた罷(や)むも、どうしてまた我(わ)が竈(かまど)を搗(つ)き壊(こわ)したか。この潑猴(はっこう)めは、枉(むな)しくまた彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)めることはできず、たとえ拿(とら)え住(とど)めるも、また砂(すな)を摶(こね)り汞(みずがね=水銀)を弄(ろう)するが如(ごと)く、影(かげ)を捉(とら)え風(かぜ)を捕(とら)えるが如(ごと)し。—罷(や)めよ、罷(や)めよ、罷(や)めよ。彼(かれ)を饒(ゆる)して去(さ)らせよ。且(しばら)く唐三蔵(とうさんぞう)を解(と)き下(おろ)し、別(べつ)に新(あたら)しき鍋(なべ)に換(か)え、彼(かれ)を一(ひと)つ扎(つ)け、人参樹(にんじんじゅ)の仇(あだ)を報(ほう)ぜよ」と。かの小仙(しょうせん)は真(まこと)に手(て)を動(うご)かし、布漆(ふしつ=布と漆)を拆解(かいせつ=解き剥が)した。  行者(ぎょうじゃ)は半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)って明(あきら)かに聴(き)き取(と)り、彼(かれ)は想(おも)うには、「師父(しふ)は不済(ふせい=弱い)じゃ。彼(かれ)もし油鍋(ゆなべ)の裡(うち)へと到(いた)れば、一(ひと)たび滚(わ)かされればすなわち死(し)に、二(ふた)たび滚(わ)かされればすなわち焦(こ)げ、三(み)つ五(いつ)つと滚(わ)かされれば、彼(かれ)はすなわち一(ひと)つの稀爛(きらん=ぐちゃぐちゃ)の和尚(おしょう)に弄(ろう)し成(な)されてしまおう。我(われ)はまた往(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひと)つ救(すく)おう」と。  好(よ)し、大聖(たいせい)は雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おと)し、前(まえ)へと往(ゆ)きて手(て)を叉(こうまぬ)いて言(い)った。「布漆(ふしつ)を拆(ばら)し壊(こわ)すな、我(われ)が油鍋(ゆなべ)へと下(お)り来(きた)ったぞ」と。かの大仙(たいせん)は驚(おどろ)いて罵(ののし)って言(い)った。「汝(なんじ)というこの猢猻(こそん=猿)め、どうして手段(しゅだん)を弄(ろう)して我(わ)が竈(かまど)を搗(つ)き壊(こわ)したか」と。  行者(ぎょうじゃ)は笑(わら)って言(い)った。「汝(なんじ)が我(われ)に遇(あ)えばすなわち竈(かまど)を倒(たお)すべきであって、我(われ)に何(なん)の干(かかわ)りが有(あ)ろうか。我(われ)はたった今(いま)もまた汝(なんじ)より些(いささ)かの油湯油水(ゆとうゆすい=油の恵み)の愛(あい)を領(うけたまわ)ろうとしたが、ただこれ大小便(だいしょうべん=用足し)が急(きゅう)であったゆえ、もし鍋(なべ)の裡(うち)で風(かぜ)を開(ひら)いたなら、恐(おそ)らくは汝(なんじ)が熟油(じゅくゆ)を汚(けが)して、菜(さい)を調(ととの)えて食(くら)うに好(よ)からず、今(いま)は大小便(だいしょうべん)も通(つう)じて乾浄(かんじょう=すっきり)したゆえ、ようやく好(よ)く鍋(なべ)へと下(お)り得(う)る。我(わ)が師父(しふ)を扎(つ)けるな、また来(きた)って我(われ)を扎(つ)け」と。  かの大仙(たいせん)はこれを聞(き)いて、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)し、殿(でん)より出(で)て来(き)て、一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めた。  畢竟(ひっきょう)何(なん)の話(はなし)の有(あ)るや、端的(たんてき=いったい)どう身(み)を脱(だっ)するかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十六回 孫悟空(そんごくう)、三島(さんとう)に方(ほう)を求(もと)む 観世音(かんぜおん)、甘泉(かんせん)もて樹(き)を活(い)かす   詩(し)に曰(いわ)く 世(よ)に処(お)るには須(かなら)ず心(こころ)の之(うえ)の刃(やいば)を存(ぞん)じ、 身(み)を修(おさ)むるには切(せつ)に記(き)せよ寸(すん)の辺(ほとり)の而(しかして)。 常(つね)に言(い)う、刃字(じんじ)は生意(せいい=生きる道)を為(な)すと、 但(た)だ三思(さんし=三度考え)して怒(いかり)と欺(あざむき)を戒(いまし)めんことを要(よう)す。 上士(じょうし)争(あらそ)い無(な)きは亘古(こうこ=大昔)より伝(つた)わり、 聖人(せいじん)徳(とく)を懐(いだ)きて当時(とうじ)を継(つ)ぐ。 剛強(ごうきょう)に更(さら)に剛強(ごうきょう)の輩(ともがら)有(あ)り、 究竟(くっきょう=結局)終(つい)に空(くう)と非(ひ)とに成(な)る。   却(かえ)って説(と)く、那(か)の鎮元大仙(ちんげんたいせん)手(て)を用(もち)いて行者(ぎょうじゃ)を攙(ささ)え着(つ)けて道(いわ)く「我(われ)も也(また)汝(なんじ)が本事(ほんじ=腕)を知(し)り、我(われ)も也(また)汝(なんじ)が英名(えいめい)を聞(き)き得(え)たるが、只(た)だ汝(なんじ)今番(こんぱん=この度)理(り)を越(こ)え心(こころ)を欺(あざむ)けり。縦(たと)い騰那(とうな=身のこなし)有(あ)るも、我(わ)が手(て)を脱(のが)るるを得(え)じ。我(われ)就(すなわ)ち汝(なんじ)と西天(せいてん)に到(いた)りて講(こう)じ、汝(なんじ)が那(そ)の仏祖(ぶっそ)に見(まみ)ゆるも、也(また)少(すくな)からず我(われ)に人参果樹(にんじんかじゅ)を還(かえ)せ。汝(なんじ)神通(じんつう)を弄(ろう)する莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「汝(なんじ)が這(こ)の先生(せんせい)は好(よ)く小家子様(しょうかしよう=けちくさい)かな!若(も)し樹(き)を活(い)かさんことを要(よう)せば、甚(なん)の疑難(ぎなん)有(あ)らん!早(はや)く此(こ)の話(はなし)を説(い)えりせば、一場(いちじょう)の争競(そうきょう=争い)を省(はぶ)けざらんや」と。大仙(たいせん)道(いわ)く「争競(そうきょう)せざれば、我(われ)肯(あえ)て善(よ)く自(みずか)ら汝(なんじ)を饒(ゆる)さんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)我(わ)が師父(しふ)を解(と)き放(はな)てば、我(われ)還(かえ)して一顆(いっか=一つ)の活(い)ける樹(き)を与(あた)えんは如何(いかん)」と。大仙(たいせん)道(いわ)く「汝(なんじ)若(も)し此(こ)の神通(じんつう)有(あ)りて、樹(き)の活(い)くるを医(いや)し得(え)ば、我(われ)汝(なんじ)と八拝(はっぱい)して交(まじわ)りを為(な)し、結(むす)んで兄弟(きょうだい)と為(な)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「打緊(たいしたこと)ならず、他(かれ)等(ら)を放(はな)てば、老孫(ろうそん)管(きっと)教(おし)えて還(かえ)して活(い)ける樹(き)を与(あた)えん」と。大仙(たいせん)他(かれ)の走(に)げ脱(のが)るるを得(え)ざるを諒(りょう=察)し、即(すなわ)ち命(めい)じて三蔵(さんぞう)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)を解放(かいほう)せしむ。沙僧(さそう)道(いわ)く「師父(しふ)よ、知(し)らず師兄(しけい)の搗(つ)き得(う)るは是(こ)れ甚(なん)の鬼(おに=たくらみ)なるか」と。   八戒(はっかい)道(いわ)く「甚(なん)の鬼(おに)か!這(こ)れを『当面人情鬼(とうめんにんじょうき=目の前で恩を売る鬼)』と做(な)す!樹(き)死(し)せるに、又(また)医(いや)して活(い)かすを得(え)んや?他(かれ)箇(こ)の光皮散児(こうひさんじ=うわべを繕う)を弄(ろう)して好(よ)く看(み)ゆるを為(な)し、者(これ)着(つ)けて樹(き)を医(いや)すことを求(もと)め、単単(たんたん=ひとえに)身(み)を了(りょう)し走路(みち)を脱(のが)れんとす、還(また)汝(なんじ)と我(われ)を顧(かえりみ)るを得(え)んや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「他(かれ)決(けっ)して敢(あえ)て我(われ)等(ら)を撒(す)てん。我(われ)等(ら)他(かれ)に那(いず)こへ医(い)を求(もと)めに去(ゆ)くかを問(と)わん」と。遂(つい)に叫(よ)んで道(いわ)く「悟空(ごくう)、汝(なんじ)怎(どう)して仙長(せんちょう)を哄(だま)し、我(われ)等(ら)を解放(かいほう)せしめしや」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「老孫(ろうそん)は是(こ)れ真言実語(しんごんじつご=まことの言葉)、怎(どう)して他(かれ)を哄(だま)さんや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)何(いず)れの処(ところ)へ往(ゆ)きて方(ほう=妙薬)を求(もと)めんとするか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「古人(こじん)云(いわ)く、方(ほう)は海(うみ)より来(きた)ると。我(われ)今(いま)要(よう)するに東洋大海(とうようたいかい)に上(のぼ)り、三島十洲(さんとうじっしゅう)を遍(あまね)く遊(あそ)び、仙翁聖老(せんおうせいろう=仙人の翁)を訪問(ほうもん)し、一(ひとつ)の起死回生(きしかいせい)の法(ほう)を求(もと)め、管(きっと)教(おし)えて他(かれ)が樹(き)の活(い)くるを医(いや)し得(え)ん」と。   三蔵(さんぞう)道(いわ)く「此(ここ)を去(さ)り幾時(いつ)か回(かえ)るを得(う)べき」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「只(た)だ三日(みっか)を消(よう)すのみ」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、就(すなわ)ち汝(なんじ)が説(い)うに依(よ)り、汝(なんじ)に三日(みっか)の之(の)限(かぎり)を与(あた)えん。三日(みっか)の裏(うち)に来(きた)らば便(すなわ)ち罷(や)めん、若(も)し三日(みっか)の外(ほか)に来(きた)らずんば、我(われ)就(すなわ)ち那(か)の話児経(わじきょう=例の経)を念(ねん)ぜん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「命(めい)に遵(したが)う、命(めい)に遵(したが)う」と。   汝(なんじ)他(かれ)が急(いそ)ぎ虎皮裙(こひくん=虎皮の腰巻)を整(ととの)え、門(もん)を出(い)でて来(きた)り大仙(たいせん)に向(むか)って道(いわ)く「先生(せんせい)放心(ほうしん)せよ、我(われ)就(すなわ)ち去(ゆ)きて就(すなわ)ち来(きた)らん。汝(なんじ)却(かえ)って要(よう)するに好(よ)く生(しょう)ずるに我(わ)が師父(しふ)を伏侍(ぶじ)し、日(ひ)を逐(お)うて家(か)に三茶六飯(さんさろくはん=三度の茶と六度の飯)、欠(か)くべからず。若(も)し些(いささ)か少(すくな)からば、老孫(ろうそん)回(かえ)り来(きた)りて汝(なんじ)と帳(ちょう)を算(さん)し、先(ま)ず汝(なんじ)が鍋底(なべぞこ)を搗(つ)き塌(くず)さん。衣服(ころも)禳(よご)れたら、他(かれ)に与(あた)えて漿洗(しょうせん=洗濯)し漿洗(せんたく)せしめよ。臉児(かお)些(いささ)か黄(き)ばめば、我(われ)要(い)らず;若(も)し些(いささ)か瘦(や)せなば、門(もん)を出(い)ださじ」と。那(か)の大仙(たいせん)道(いわ)く「汝(なんじ)去(ゆ)け、汝(なんじ)去(ゆ)け、定(かなら)ず他(かれ)をして飢(うえ)を忍(しの)ばしめじ」と。   好(よ)き猴王(こうおう)、急(いそ)ぎ觔斗雲(きんとうん=筋斗雲)を縦(ほしいまま)にし、五荘観(ごしょうかん)に別(わか)れ、径(ただ)ちに東洋大海(とうようたいかい)に上(のぼ)る。半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)って、快(はや)きこと掣電(せつでん=稲妻)の如(ごと)く、疾(はや)きこと流星(りゅうせい)の如(ごと)く、早(はや)くも蓬莱仙境(ほうらいせんきょう)に到(いた)る。雲頭(うんとう)を按(おさ)え、仔細(しさい)に観看(かんかん)するに、真個(しんこ)に好(よ)き去処(ところ)!詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 大地(だいち)仙郷(せんきょう)聖曹(せいそう=仙官)列(つら)なり、 蓬莱(ほうらい)分(わか)れ合(がっ)して波濤(はとう)を鎮(しず)む。 瑶台(ようだい)の影(かげ)天心(てんしん=天の中心)の冷(つめた)きを蘸(ひた)し、 巨闕(こけつ=大宮殿)の光(ひかり)海面(かいめん)に浮(うか)びて高(たか)し。 五色(ごしき)の烟霞(えんか=霞)玉籟(ぎょくらい=玉の音)を含(ふく)み、 九霄(きゅうしょう=九天)の星月(せいげつ)金鰲(きんごう=金の大亀)を射(い)る。 西池(せいち)の王母(おうぼ)常(つね)に此(ここ)に来(きた)り、 奉祝(ほうしゅく)す三仙(さんせん)幾次(いくたび)かの桃(もも)を。   那(か)の行者(ぎょうじゃ)仙景(せんけい)を看(み)て尽(つく)さず、径(ただ)ちに蓬莱(ほうらい)に入(い)る。正(まさ)に然(しか)く走(ある)く処(ところ)、白雲洞(はくうんどう)の外(そと)、松陰(しょういん=松の木陰)の下(した)に、三個(みたり)の老児(ろうじ)の囲碁(いご)を囲(かこ)むを見(み)る:観局(かんきょく=碁を観る)の者(もの)は是(こ)れ寿星(じゅせい)、対局(たいきょく)の者(もの)は是(こ)れ福星(ふくせい)、禄星(ろくせい)なり。行者(ぎょうじゃ)上(のぼ)り前(すす)んで叫(よ)んで道(いわ)く「老弟(ろうてい)達(たち)、作揖(さゆう=挨拶)了(おわ)らん」と。那(か)の三星(さんせい)見(み)て、棋枰(きへい=碁盤)を拂(はら)い退(しりぞ)け、回礼(かんれい)して道(いわ)く「大聖(たいせい)何(いず)こより来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「特(こと)に来(きた)りて汝(なんじ)等(ら)を尋(たず)ねて耍子(しし=遊び)せん」と。寿星(じゅせい)道(いわ)く「我(われ)聞(き)く、大聖(たいせい)道(どう)を棄(す)て釈(しゃく)に従(したが)い、性命(しょうめい=命)を脱(まぬが)れて唐僧(とうそう)を保(ほ)護(まも)り西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)り、遂日(すいじつ=日ごと)山路(さんろ)に奔波(ほんば=奔走)すと。那(いず)れの児(ところ)にか閑(ひま)を得(え)て、却(かえ)って来(きた)りて耍子(しし)せんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「実(じつ)に列位(れっい=皆様)に瞞(かく)さず説(い)わば、老孫(ろうそん)西方(せいほう)に往(ゆ)くに因(よ)り、行(ゆ)くこと半路(なかみち)に在(あ)って、些(いささ)か阻滞(そたい=妨げ)有(あ)り。特(こと)に来(きた)りて小事(しょうじ)を干(もと)めんと欲(ほっ)す、肯(き)くや否(いな)やを知(し)らず」と。福星(ふくせい)道(いわ)く「是(こ)れ甚(いず)れの地方(ところ)?是(こ)れ何(なん)の阻滞(そたい)?乞(こ)う為(ため)に明(あき)らかに示(しめ)されよ、吾(われ)好(よ)く裁処(さいしょ=裁量)せん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「路(みち)万寿山(まんじゅざん)五荘観(ごしょうかん)を過(す)ぐるに阻(そ)有(あ)るに因(よ)る」と。三老(さんろう)驚訝(きょうが=驚き怪しみ)して道(いわ)く「五荘観(ごしょうかん)は是(こ)れ鎮元大仙(ちんげんたいせん)の仙宮(せんきゅう)。汝(なんじ)是(こ)れ他(かれ)が人参果(にんじんか)を偷(ぬす)み吃(くら)いたるに非(あら)ざるか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「偷(ぬす)み吃(くら)いて能(よ)く甚(なん)を値(あたい)せんや」と。三老(さんろう)道(いわ)く「汝(なんじ)が這(こ)の猴子(こうし=猿)、好歹(よしあし)を知(し)らず。那(か)の果子(かじ=果実)一(ひと)つ聞(か)げば、三百六十歳(さんびゃくろくじっさい)活(い)き、一(ひとつ)吃(くら)えば、四万七千年(しまんしちせんねん)活(い)き、万寿草還丹(まんじゅそうかんたん)と做(な)す。我(われ)等(ら)が道(どう)は、他(かれ)が多(おお)きに及(およ)ばざること遠(とお)し!他(かれ)之(これ)を得(う)ること甚(はなは)だ易(やす)く、就(すなわ)ち天(てん)と斉(ひと)しく寿(いのち)を与(とも)にす可(べ)し;我(われ)等(ら)還(また)精(せい)を養(やしない)、気(き)を煉(ね)り、神(しん)を存(ぞん)じ、龍虎(りゅうこ)を調和(ちょうわ)し、坎(かん)を捉(とら)え離(り)を填(うず)め、幾多(いくばく)の工夫(くふう)を費(つい)やすを知(し)らず。汝(なんじ)怎(どう)して他(かれ)が能(よ)く甚(なん)を値(あたい)すると説(い)うや。天下(てんか)只(た)だ此(こ)の種(しゅ)の霊根(れいこん)有(あ)るのみ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「霊根(れいこん)!霊根(れいこん)!我(われ)已(すで)に他(かれ)に箇(こ)の断根(だんこん=根絶やし)を弄(もう=やっつけ)たり」と。三老(さんろう)驚(おどろ)いて道(いわ)く「怎(どう)して断根(だんこん)せるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「我(われ)等(ら)前日(せんじつ)他(かれ)が観(かん)の裏(うち)に在(あ)りしに、那(か)の大仙(たいせん)家(いえ)に在(あ)らず、只(た)だ二個(ふたり)の小童(しょうどう)有(あ)り、我(わ)が師父(しふ)を接待(せったい)せしが、却(かえ)って二個(ふたつ)の人参果(にんじんか)を将(もっ)て我(わ)が師(し)に奉(ほう)じたるを、我(わ)が師(し)認(みと)め得(え)ず、只(た)だ三朝(さんちょう)未(いま)だ満(み)たざるの孩童(がいどう=赤子)なりと説(い)い、再三(さいさん)吃(くら)わず。那(か)の童子(どうじ)就(すなわ)ち拿(と)り去(ゆ)きて吃(くら)い、曾(かつ)て我(われ)等(ら)に讓(ゆず)り得(え)ず。是(ここ)に老孫(ろうそん)就(すなわ)ち去(ゆ)きて他(かれ)が三個(みっつ)を偷(ぬす)み、我(われ)が三兄弟(さんきょうだい)吃(くら)いたり。那(か)の童子(どうじ)高低(こうてい=分別)を知(し)らず、賊前賊後(ぞくぜんぞくご=泥棒呼ばわり)に罵(ののし)ること住(や)まず。是(ここ)に老孫(ろうそん)悩(いらだ)ち、他(かれ)が樹(き)を把(もっ)て一棍(いっこん)打(う)ち、推(お)し倒(たお)して地(ち)に在(あ)らしむ。樹(き)の之(うえ)の果子(かじ)全(まった)く無(な)く、椏(えだ)開(ひら)き葉(は)落(お)ち、根(ね)出(い)で枝(えだ)傷(きずつ)き、已(すで)に枯(か)れ死(し)せり。想(おも)わざりき那(か)の童子(どうじ)我(われ)等(ら)を関(とじこ)め、又(また)老孫(ろうそん)に鎖(くさり)を扭(ひね)り開(ひら)かれて走(に)げたり。次日(じつじ=翌日)清晨(せいしん=早朝)、那(か)の先生(せんせい)家(いえ)に回(かえ)り来(きた)りて赶(お)い来(きた)り、問答(もんどう)の間(あいだ)、言語(げんご)和(やわ)らがず、遂(つい)に他(かれ)と賭闘(ととう=戦い)せしに、他(かれ)が一(ひと)つ閃(ひら)りと閃(かわ)し、袍袖(ほうしゅう=袍の袖)を把(もっ)て展(ひろ)げ開(ひら)き、一袖子(いっしゅうし=ひと袖)に都(みな)籠(かご)い去(さ)られたり。繩(なわ)纏(まと)い索(なわ)绑(しば)り、拷問(ごうもん)鞭敲(べんこう=鞭で叩き)、就(すなわ)ち一日(いちにち)打(う)たれたり。是(こ)の夜(よる)又(また)逃(に)げたるに、他(かれ)又(また)赶(お)い上(のぼ)り、依旧(いきゅう=元通り)籠(かご)い去(さ)る。他(かれ)身(み)に寸鉄(すんてつ=わずかな武器)無(な)く、只(た)だ箇(こ)の麈尾(しゅび=鹿の尾の払子)を把(もっ)て遮(さえぎ)り架(ささ)うるのみなるに、我(われ)が兄弟(きょうだい)が這(こ)の等(ごと)き三般(さんぱん)の兵器(へいき)、想(おも)うに他(かれ)を打(う)ち着(あ)つるを得(え)じ。此(こ)の一番(いっぱん)仍旧(もとどおり)擺布(はいふ=扱い)、布(ぬの)を将(もっ)て我(わ)が師父(しふ)と両師弟(りょうしてい)を裹(つつ)み滚(まろ)ばし、却(かえ)って我(われ)を将(もっ)て油鍋(あぶらなべ)に下(おろ)さんとす。我(われ)又(また)箇(こ)の脱身(だっしん)の本事(ほんじ)を做(な)して走(に)げ、他(かれ)が鍋(なべ)を都(みな)打(う)ち破(やぶ)れり。他(かれ)我(われ)を拿(とら)え住(とど)むるを得(え)ざるを見(み)て、尽(ことごと)く幾分(いくぶん)か我(われ)を醋(ねた)めり。是(ここ)に我(われ)又(また)他(かれ)と好(よ)く講(こう)じ、他(かれ)をして我(わ)が師父(しふ)、師弟(してい)を放(はな)たしめ、我(われ)他(かれ)に与(あた)えて樹(き)を医(いや)して管(きっと)活(い)かし、両家(りょうけ)才(ようや)く安寧(あんねい)を得(う)べしと教(おし)えたり。我(われ)想着(おもう)に方(ほう)は海(うみ)より来(きた)る、故此(ゆえ)に特(こと)に仙境(せんけい)を遊(あそ)び、三位(さんい)の老弟(ろうてい)を訪(たず)ぬ。甚(なん)の樹(き)を医(いや)すの方児(ほうじ=薬方)有(あ)らば、我(われ)に一(ひとつ)伝(つた)え、急(いそ)ぎ唐僧(とうそう)の苦(くるしみ)を脱(のが)れしめ救(すく)え」と。   三星(さんせい)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)也(また)悶(もだ)えて道(いわ)く「汝(なんじ)が這(こ)の猴児(こうじ=猿)、全(まった)く人(ひと)を識(し)らず。那(か)の鎮元子(ちんげんし)は乃(すなわ)ち地仙(ちせん)の祖(そ)、我(われ)等(ら)は乃(すなわ)ち神仙(しんせん)の宗(そう)なり。汝(なんじ)天仙(てんせん)を得(え)たりと雖(いえど)も、還(また)是(こ)れ太乙散数(たいおつさんすう=傍流)にして、未(いま)だ真流(しんりゅう=本流)に入(い)らず、汝(なんじ)怎(どう)して他(かれ)が手(て)を脱(のが)るるを得(え)んや。若(も)し是(こ)れ大聖(たいせい)の走獣飛禽(そうじゅうひきん=獣や鳥)、蜾虫鱗長(かちゅうりんちょう=虫や魚)を打(う)ち殺(ころ)したるならば、只(た)だ我(わ)が黍米(しょべい=黍粒)の丹(たん)を用(もち)いて、以(もっ)て救(すく)い活(い)かす可(べ)し。那(か)の人参果(にんじんか)は乃(すなわ)ち仙木(せんぼく)の根(ね)、如何(いかん)ぞ医(いや)さんや。方(ほう)無(な)し、方(ほう)無(な)し」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)無方(むほう)と説(い)うを見(み)て、却(かえ)って就(すなわ)ち眉峰(びほう=眉)双(ふたつ)鎖(とざ)され、額(ひたい)に千痕(せんこん=千の皺)を蹙(しか)めたり。福星(ふくせい)道(いわ)く「大聖(たいせい)、此(こ)の処(ところ)に方(ほう)無(な)くとも、他(た)の処(ところ)に或(あるい)は有(あ)らん、怎(どう)して就(すなわ)ち煩悩(ぼんのう)を生(しょう)ぜんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「方(ほう)無(な)ければ別(べつ)に訪(たず)ぬるは、果然(かぜん)に容(た)やすく、就(すなわ)ち海角天涯(かいかくてんがい=海の果て天の果て)を遊(あそ)び遍(あまね)くし、三十六天(さんじゅうろくてん)を転(めぐ)り透(とお)るも亦(また)是(こ)れ小可(しょうか=造作もな)きこと;只(た)だ是(こ)れ我(わ)が那(か)の唐長老(とうちょうろう)法(ほう)厳(きび)しく量(りょう=度量)窄(せま)く、只(た)だ我(われ)に三日(みっか)の期限(きげん)を与(あた)えたるのみ。三日(みっか)以外(いがい)に到(いた)らざれば、他(かれ)就(すなわ)ち那(か)の《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)ぜんと要(ほっ)す」と。三星(さんせい)笑(わら)って道(いわ)く「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!若(も)し此(こ)の箇(こ)の法児(ほうじ=方法)の汝(なんじ)を拘束(こうそく)せざるにおいては、汝(なんじ)又(また)天(てん)を鑽(もぐ)らん」と。寿星(じゅせい)道(いわ)く「大聖(たいせい)放心(ほうしん)せよ、須(もち)いず煩悩(ぼんのう)せんことを。那(か)の大仙(たいせん)上輩(じょうはい=先輩)と称(しょう)すと雖(いえど)も、却(かえ)って也(また)我(われ)等(ら)と識(し)ること有(あ)り。一(ひとつ)は久(ひさ)しく別(わか)れて、曾(かつ)て拝望(はいぼう=訪問)せず;二(ふたつ)に来(きた)るは是(こ)れ大聖(たいせい)の人情(にんじょう=顔)なり。如今(にこん=今)我(われ)三人(みたり)同(とも)に去(ゆ)きて他(かれ)を一(ひと)つ望(おとず)れ、就(すなわ)ち汝(なんじ)に与(あた)えて此(こ)の情(じょう)を道達(どうたつ=取り次ぎ)し、那(か)の唐和尚(とうおしょう)をして《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)ずること莫(なか)らしめ、三日五日(みっかいつか)を説(い)わず、只(た)だ汝(なんじ)が方(ほう)を求(もと)め得(え)て来(きた)るを等(ま)ちて、我(われ)等(ら)才(ようや)く別(わか)れん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「感激(かんげき)!感激(かんげき)!就(すなわ)ち請(こ)う、三位(さんい)の老弟(ろうてい)行(ゆ)き行(ゆ)け、我(われ)去(ゆ)かん」と。大聖(たいせい)三星(さんせい)に辞別(じべつ)することは題(だい)せず。   却(かえ)って説(と)く、這(こ)の三星(さんせい)祥光(しょうこう=吉祥の光)を駕(が)し起(おこ)し、即(すなわ)ち五荘観(ごしょうかん)へと往(ゆ)きて来(きた)る。那(か)の観中(かんちゅう)の合衆人等(がっしゅうじんとう=一同)、忽(たちま)ち長天(ちょうてん=大空)に鶴(つる)の唳(な)くを聴(き)き得(う)れば、原来(げんらい)是(こ)れ三老(さんろう)の光臨(こうりん)なり。但(ただ)那(か)の 盈空(えいくう=空に満つ)藹藹(あいあい=盛ん)たる祥光(しょうこう)の簇(むらがり)、 霄漢(しょうかん=大空)紛紛(ふんぷん)として香(こう)馥郁(ふくいく=芳し)。 彩霧(さいむ)千条(せんじょう)羽衣(うい=羽の衣)を護(まも)り、 軽雲(けいうん)一朶(いちだ)仙足(せんそく=仙人の足)を擎(ささ)ぐ。 青鸞(せいらん)飛(と)び、丹鳳(たんぽう)[羽+粛](と)び、 袖(そで)香風(こうふう)を引(ひ)きて地(ち)に満(み)ちて撲(う)つ。 拄杖(しゅじょう=杖)に龍(りゅう)を懸(か)けて喜笑(きしょう)生(しょう)じ、 皓髯(こうぜん=白き髭)玉(ぎょく)を垂(た)れて胸(むね)前(まえ)を拂(はら)う。 童顔(どうがん)歓悦(かんえつ)して更(さら)に憂(うれ)い無(な)く、 壮体(そうたい=逞しき体)雄威(ゆうい)多(おお)く福(ふく)有(あ)り。 星籌(せいちゅう=星の札)を執(と)り、海屋(かいおく)に添(そ)え、 腰(こし)に葫芦(ころ=瓢箪)と宝籙(ほうろく=仙籍)を掛(か)く。 万紀千旬(ばんきせんじゅん=万年千年)福寿(ふくじゅ)長(なが)く、 十洲三島(じっしゅうさんとう)縁(えん)に随(したが)い宿(やど)る。 常(つね)に世上(せじょう)に来(きた)りて千祥(せんしょう=千の吉祥)を送(おく)り、 毎(つね)に人間(にんげん)に向(むか)いて百福(ひゃくふく)を増(ま)す。 乾坤(けんこん=天地)を概(おお)い、福禄(ふくろく)を栄(さか)えしめ、 福寿(ふくじゅ)無疆(むきょう=限りなく)今(いま)喜(よろこび)て得(う)。 三老(さんろう)祥(しょう)に乗(じ)じて大仙(たいせん)を謁(えっ)し、 福堂(ふくどう)和気(わき)皆(みな)極(きわまり)無(な)し。   那(か)の仙童(せんどう)看(み)て、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ報(ほう)じて道(いわ)く「師父(しふ)、海上(かいじょう)の三星(さんせい)来(きた)れり」と。鎮元子(ちんげんし)正(まさ)に唐僧(とうそう)師弟(してい)と閑叙(かんじょ=くつろぎ話す)、報(ほう)を聞(き)きて即(すなわ)ち階(きざはし)を降(くだ)りて奉迎(ほうげい)す。那(か)の八戒(はっかい)寿星(じゅせい)を見(み)て、近(ちか)く前(すす)み扯(ひ)き住(とど)め、笑(わら)って道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の肉頭老児(にくとうろうじ=丸坊主の爺)、許久(ひさしく)見(み)ざりしが、還(また)是(こ)れ這般(このよう)に脱洒(だっしゃ=洒脱)にして、帽児(ぼうじ=帽子)も也(また)一(ひとつ)帯(お)び来(きた)らず」と。遂(つい)に自家(じか)の一個(ひとつ)の僧帽(そうぼう)を把(もっ)て、撲(ぽん)と他(かれ)が頭(かしら)の之(うえ)に套(かぶ)せ、手(て)を撲(う)ち着(つ)けて呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して道(いわ)く「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!真(まこと)に是(こ)れ『加冠進禄(かかんしんろく=冠を加え禄を進む)』なり」と。那(か)の寿星(じゅせい)帽子(ぼうし)を将(もっ)て掼(なげう)ちて罵(ののし)って道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の夯貨(こうか=間抜け)、老大(おおい)に高低(こうてい=分別)を知(し)らず」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「我(われ)は是(こ)れ夯貨(こうか)に非(あら)ず、汝(なんじ)等(ら)真(まこと)に是(こ)れ奴才(どさい=下僕)ならん」と。福星(ふくせい)道(いわ)く「汝(なんじ)倒(かえ)って是(こ)れ箇(こ)の夯貨(こうか)、反(かえ)って敢(あえ)て人(ひと)を奴才(どさい)と罵(ののし)るか」と。八戒(はっかい)又(また)笑(わら)って道(いわ)く「既(すで)に人家(じんか)の奴才(どさい)に非(あら)ざれば、好道(こうどう=それなら)添寿(てんじゅ=寿を添う)、添福(てんぷく)、添禄(てんろく)と做(な)さるるか」と。那(か)の三蔵(さんぞう)八戒(はっかい)を喝(かつ)し退(しりぞ)け、急(いそ)ぎ衣(ころも)を整(ととの)えて三星(さんせい)を拝(はい)す。那(か)の三星(さんせい)晩輩(ばんぱい)の礼(れい)を以(もっ)て大仙(たいせん)に見(まみ)え、方(はじ)めて叙坐(じょざ=座を次ぐ)。坐(ざ)定(さだ)まり、禄星(ろくせい)道(いわ)く「我(われ)等(ら)一向(いっこう=かねて)尊顔(そんがん)を久闊(きゅうかつ=久しく御無沙汰)し、恭敬(きょうけい)を失(うしな)えり。今(いま)孫大聖(そんたいせい)の仙山(せんざん)を攪擾(かくじょう=かき乱す)に因(よ)り、特(こと)に来(きた)りて相見(しょうけん)す」と。大仙(たいせん)道(いわ)く「孫行者(そんぎょうじゃ)は蓬莱(ほうらい)へ到(いた)り去(ゆ)きしか」と。寿星(じゅせい)道(いわ)く「是(さ)なり。大仙(たいせん)の丹樹(たんじゅ=仙丹の樹)を傷(そこな)いしに因(よ)り、他(かれ)我(わ)が処(ところ)に来(きた)りて方(ほう)を求(もと)めて医(いや)さんとす。我(われ)が輩(ともがら)方(ほう)無(な)く、他(かれ)又(また)別(べつ)の処(ところ)へ到(いた)りて求訪(きゅうほう)す。但(た)だ恐(おそ)らくは聖僧(せいそう)の三日(みっか)の之(の)限(かぎり)を違(たが)えて、《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)ぜんことを。我(われ)が輩(ともがら)一(ひとつ)は来(きた)りて奉拝(ほうはい)し、二(ふたつ)には箇(こ)の寛限(かんげん=猶予)を討(こ)わん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、声(こえ)を連(つら)ねて応(こた)えて道(いわ)く「敢(あえ)て念(ねん)ぜず、敢(あえ)て念(ねん)ぜず」と。   正(まさ)に説(と)く処(ところ)、八戒(はっかい)又(また)跑(はし)り進(い)り来(きた)り、福星(ふくせい)を扯(ひ)き住(とど)め、果子(かじ=果物)を討(こ)いて吃(くら)わんと要(ほっ)す。他(かれ)袖(そで)の裏(うち)を去(ゆ)きて乱(みだ)りに摸(さぐ)り、腰(こし)の裏(うち)を乱(みだ)りに吞(のぞ)き、住(や)まず他(かれ)が衣服(ころも)を掲(まく)り上げて捜検(そうけん=身体検査)す。三蔵(さんぞう)笑(わら)って道(いわ)く「那(か)の八戒(はっかい)は是(こ)れ甚(なん)の規矩(きく=作法)ぞ」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「没規矩(ぼっきく=不作法)に非(あら)ず、此(こ)れを『番番是福(ばんばんぜふく=繰り返し福を探す)』と做(な)す」と。三蔵(さんぞう)又(また)叱(しか)りて出(い)で去(ゆ)けと令(れい)す。那(か)の呆子(ほうし)[足+宝盖头+瓜](つまず)きて門(もん)を出(い)で、福星(ふくせい)を瞅(にら)み着(つ)け、眼(め)轉(めぐ)らさず発狠(はっこん=いきり立つ)。福星(ふくせい)道(いわ)く「夯貨(こうか)よ!我(われ)那(いず)こに汝(なんじ)を悩(いらだ)たせしや、汝(なんじ)這(こ)の等(ごと)く我(われ)を恨(うら)むか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「汝(なんじ)を恨(うら)むに非(あら)ず、此(こ)れを『回頭望福(かいとうぼうふく=振り返り福を望む)』と做(な)す」と。那(か)の呆子(ほうし)門(もん)を出(い)で得(え)て来(きた)るに、只(ただ)一(ひとり)の小童(しょうどう)の、四把(よつ)の茶匙(ちゃじ=茶さじ)を拿(と)り、方(いま)錘(つち)を尋(たず)ね果(くだもの)を取(と)り茶(ちゃ)を看(み)んと去(ゆ)くを見(み)る。他(かれ)が一把(ひとつかみ)に奪(うば)い過(す)ぎ、殿(でん)へ跑(はし)り上(のぼ)り、小磬児(しょうけいじ=小さな磬)を拿(と)り着(つ)け、手(て)を用(もち)いて乱(みだ)りに敲(たた)き乱(みだ)りに打(う)ち、両頭(りょうとう)に玩耍(がんしゃ=遊び戯)る。大仙(たいせん)道(いわ)く「此(こ)の和尚(おしょう)、愈(いよいよ)不尊重(ふそんちょう=不作法)なり」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く「不尊重(ふそんちょう)に非(あら)ず、此(こ)れを『四時吉慶(しじきっけい=四季吉祥)』と做(な)す」と。   且(しばら)く八戒(はっかい)の打諢(だこん=冗談)乱纏(らんてん=絡み)を説(い)わず、却(かえ)って表(ひょう)す、行者(ぎょうじゃ)祥雲(しょううん)を縦(ほしいまま)にして蓬莱(ほうらい)を離(はな)れ、又(また)早(はや)くも方丈仙山(ほうじょうせんざん)に到(いた)る。此(こ)の山(やま)真(まこと)に好(よ)き去処(ところ)、詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 方丈(ほうじょう)巍峨(ぎが=高くそびえ)として別(べつ)に是(こ)れ天(てん)、 太元宮府(たいげんきゅうふ)神仙(しんせん)を会(あつ)む。 紫台(しだい)光(ひかり)照(てら)す三清(さんせい)の路(みち)、 花木(かぼく)香(こう)浮(うか)ぶ五色(ごしき)の烟(けむり)。 金鳳(きんぽう)自(おのずか)ら多(おお)く蕊闕(ずいけつ=花の宮)に槃(めぐ)り、 玉膏(ぎょくこう=玉の脂)誰(たれ)か逼(せま)って芝田(しでん=霊芝の畑)に灌(そそ)がんや。 碧桃紫李(へきとうしり=桃と李)新(あら)たに成熟(せいじゅく)し、 又(また)仙人(せんにん)の万年(まんねん)の信(しるし)を換(か)う。   那(か)の行者(ぎょうじゃ)雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、景(けい)を玩(もてあそ)ぶに心(こころ)無(な)く、正(まさ)に走(ある)く処(ところ)、只(た)だ香風(こうふう)馥馥(ふくふく=芳しく)、玄鶴(げんかく=黒き鶴)の声(こえ)鳴(な)るを聞(き)き得(う)。那(か)の壁廂(へきしょう=向こう側)に箇(こ)の神仙(しんせん)有(あ)り。但(ただ)見(み)れば 盈空(えいくう)万道(ばんどう)の霞光(かこう)現(あらわ)れ、 彩霧(さいむ)飄颻(ひょうよう=漂う)として光(ひかり)断(た)ゆること無(な)し。 丹鳳(たんぽう)花(はな)を銜(くわ)えて也(また)更(さら)に鮮(あざ)やかに、 青鸞(せいらん)飛舞(ひぶ)して声(こえ)嬌艶(きょうえん=艶めかし)。 福(ふく)は東海(とうかい)の如(ごと)く寿(じゅ)は山(やま)の如(ごと)く、 貌(かたち)小童(しょうどう)に似(に)て身体(しんたい)健(すこ)やかなり。 壷(つぼ)に洞天(どうてん)の不老丹(ふろうたん)を隠(かく)し、 腰(こし)に与日長生篆(よじつちょうせいてん=日と共に長生の札)を懸(か)く。 人間(にんげん)に数次(すうじ=幾度)か降(くだ)りて禎祥(ていしょう=吉祥)を降(こう)し、 世上(せじょう)に幾番(いくたび)か厄願(やくがん=災いの願)を消(け)す。 武帝(ぶてい)曾(かつ)て宣(のたま)いて寿齢(じゅれい)を加(くわ)え、 瑶池(ようち)に毎(つね)に蟠桃宴(ばんとうえん)に赴(おもむ)く。 衆僧(しゅそう)を教化(きょうけ)して俗縁(ぞくえん)を脱(だっ)せしめ、 大道(だいどう)を指開(しおん=示し開き)て明(あきらか)なること電(いなずま)の如(ごと)し。 曾(かつ)て海(うみ)を跨(また)いで千秋(せんしゅう=千年)を祝(いわ)い、 常(つね)に霊山(りょうざん)に去(ゆ)きて仏面(ぶつめん=仏の顔)を参(さん)ず。 聖号(せいごう)は東華大帝君(とうかだいていくん)と称(しょう)し、 烟霞(えんか)第一(だいいち)の神仙(しんせん)の眷(けん=連れ)なり。   孫行者(そんぎょうじゃ)觌面(てきめん=面と向かい)相迎(むか)え、一声(ひとこえ)「帝君(ていくん)、起手(きしゅ=挨拶)了(おわ)らん」と叫(よ)ぶ。那(か)の帝君(ていくん)慌(あわ)てて回礼(かんれい)して道(いわ)く「大聖(たいせい)、失迎(しつげい)。請(こ)う荒居(こうきょ=粗末な住まい)に奉茶(ほうちゃ=茶を供す)せん」と。遂(つい)に行者(ぎょうじゃ)と手(て)を攙(から)みて入(い)る。果然(かぜん)是(こ)れ貝闕仙宮(ばいけつせんきゅう=貝の宮殿)、瑶池瓊閣(ようちけいかく=瑶池と玉の楼)の尽(つく)し看(み)る能(あた)わざる有(あ)り。方(はじ)めて坐(ざ)して茶(ちゃ)を待(ま)つ処(ところ)、只(ただ)翠屏(すいへい=緑の屏風)の後(うしろ)より一(ひとり)の童児(どうじ)の転(まわ)り出(い)づるを見(み)る。他(かれ)怎(いか)に生(な)る打扮(だはん=身なり)ぞ 身(み)に道服(どうふく)を穿(き)て霞(かすみ)の爍(きらめ)くを飄(ひるがえ)し、 腰(こし)に絲縧(しとう=絹の帯)を束(しば)りて光(ひかり)錯落(さくらく=きらめく)。 頭(かしら)に綸巾(りんきん=絹の頭巾)の布斗星(ふとうせい=北斗を布く)を戴(いただ)き、 足(あし)に芒履(ぼうり=藁靴)を登(は)いて仙岳(せんがく=仙山)を遊(あそ)ぶ。 元真(げんしん=根源の真)を煉(ね)り、本殻(ほんこく=元の殻)を脱(だっ)し、 功行(こうぎょう)成(な)る時(とき)意(こころ)の如(ごと)く楽(たの)しむ。 原流(げんりゅう=源流)精気神(せいきしん)を識破(しきは)し、 主人(しゅじん)認得(にんとく)して虚錯(きょさく=誤り)無(な)し。 名(な)を逃(のが)れて今(いま)喜(よろこ)ばしく寿(じゅ)無疆(むきょう)にして、 甲子(かっし=六十年)周天(しゅうてん)も管(かん)し着(つ)かず。 回廊(かいろう=廊下)を転(めぐ)り、宝閣(ほうかく)に登(のぼ)り、 天上(てんじょう)の蟠桃(ばんとう)三度(さんど)摸(さぐ)る。 縹緲(ひょうびょう=かすか)たる香雲(こううん)翠屏(すいへい)より出(い)づ、 小仙(しょうせん)は乃(すなわ)ち是(こ)れ東方朔(とうほうさく)なり。   行者(ぎょうじゃ)見(み)て、笑(わら)って道(いわ)く「此(こ)の小賊(しょうぞく)此(ここ)に在(あ)るか!帝君(ていくん)の処(ところ)に桃子(とうじ=桃)無(な)きに汝(なんじ)偷(ぬす)み吃(くら)えるか」と。東方朔(とうほうさく)朝(ちょう)の上(うえ)に向(むか)って進(すす)み礼(れい)し、答(こた)えて道(いわ)く「老賊(ろうぞく)よ、汝(なんじ)此(ここ)へ来(きた)りて怎(どう)するか。我(わ)が師父(しふ)に仙丹(せんたん)無(な)きに汝(なんじ)偷(ぬす)み吃(くら)えるか」と。帝君(ていくん)叫(よ)んで道(いわ)く「曼倩(まんせん)乱言(らんげん=戯言)を休(や)めよ、茶(ちゃ)を看(み)て来(きた)れ」と。曼倩(まんせん)は原来(げんらい)東方朔(とうほうさく)の道名(どうみょう)、他(かれ)急(いそ)ぎ裏(うち)に入(い)り茶(ちゃ)二杯(にはい)を取(と)る。飲(の)み訖(おわ)り、行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「老孫(ろうそん)此(こ)の来(らい)、一(ひとつ)の事(こと)の奉干(ほうかん=お願い)有(あ)り、允(ゆる)すや否(いな)やを未(いま)だ知(し)らず」と。帝君(ていくん)道(いわ)く「何事(なにごと)ぞ?自(おのずか)ら当(まさ)に教(おしえ)を領(う)くべし」と。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「近(ちか)ごろ唐僧(とうそう)を保(ほ)して西(にし)へ行(ゆ)くに因(よ)り、路(みち)万寿山(まんじゅざん)五荘観(ごしょうかん)を過(す)ぐるに、他(かれ)が那(か)の小童(しょうどう)の無状(ぶじょう=無礼)なるに因(よ)り、是(ここ)に我(われ)一時(いちじ)怒(いかり)を発(はっ)し、他(かれ)が人参果樹(にんじんかじゅ)を把(もっ)て推(お)し倒(たお)せり。此(これ)に因(よ)りて阻滞(そたい)し、唐僧(とうそう)身(み)を脱(のが)るるを得(え)ず。特(こと)に尊処(そんしょ=貴殿の元)に来(きた)りて一方(いっぽう)を賜(たま)わりて医(いや)さんことを求(もと)む、万(よろず)望(のぞ)むらくは慨然(がいぜん=快く)たれ」と。   帝君(ていくん)道(いわ)く「汝(なんじ)が這(こ)の猴子(こうし)、一二(いちに=分別)を管(かん)せず、到(いた)る処(ところ)の裏(うち)にて禍(わざわい)を闖(つ)くるるかな。那(か)の五荘観(ごしょうかん)の鎮元子(ちんげんし)、聖号(せいごう)を与世同君(よせいどうくん)と称(しょう)し、乃(すなわ)ち地仙(ちせん)の祖(そ)なり。汝(なんじ)怎(どう)して就(すなわ)ち他(かれ)を衝撞(しょうどう=ぶつか)り出(いだ)せしや。他(かれ)が那(か)の人参果樹(にんじんかじゅ)は、乃(すなわ)ち草還丹(そうかんたん)なり。汝(なんじ)偷(ぬす)み吃(くら)いて、尚(なお)罪(つみ)有(あ)りと説(い)う;却(かえ)って又(また)樹(き)を連(つら)ねて推(お)し倒(たお)せば、他(かれ)肯(あえ)て干休(かんきゅう=手を引く)せんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「正(まさ)に是(こ)れなり。我(われ)等(ら)走(に)げ脱(のが)れたるに、他(かれ)に赶(お)い上(のぼ)られ、我(われ)等(ら)を将(もっ)て汗巾児(かんきんじ=汗拭き)の一般(ごと)に当(あ)て、一袖子(ひと袖)に都(みな)籠(かご)い去(さ)られたり。所以(ゆえ)に閣気(かくき=揉める)。没奈何(どうしようもなく)、他(かれ)に方(ほう)を求(もと)めて医(いや)さんことを許(ゆる)せり。故此(ゆえ)に拝(はい)して求(もと)む」と。帝君(ていくん)道(いわ)く「我(われ)一粒(いちりゅう)の『九転太乙還丹(くてんたいおつかんたん)』有(あ)り。但(た)だ能(よ)く世間(せけん)の生霊(せいれい=生き物)を治(なお)すも、却(かえ)って樹(き)を医(いや)す能(あた)わず。樹(き)は乃(すなわ)ち土木(どぼく)の霊(れい)、天(てん)滋(うるお)し地(ち)潤(うるお)す。若(も)し是(こ)れ凡間(ぼんかん)の果木(かぼく)ならば、医(いや)すこと還(また)可(か)なり;這(こ)の万寿山(まんじゅざん)は乃(すなわ)ち先天(せんてん)の福地(ふくち)、五荘観(ごしょうかん)は乃(すなわ)ち賀洲(がしゅう)の洞天(どうてん)、人参果(にんじんか)は又(また)天開地闢(てんかいちびゃく=天地開闢)の霊根(れいこん)、如何(いかん)ぞ治(なお)す可(べき)や!無方(むほう)!無方(むほう)」と。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「既(すで)に方(ほう)無(な)くんば、老孫(ろうそん)告別(こくべつ)せん」と。帝君(ていくん)仍(なお)玉液(ぎょくえき=仙酒)一杯(いっぱい)を奉(ほう)じて留(とど)めんと欲(ほっ)す。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「急救(きゅうきゅう)の事(こと)緊(きん)なり、敢(あえ)て久(ひさ)しく滞(とどこお)らず」と。遂(つい)に雲(くも)を駕(が)して復(また)瀛洲海島(えいしゅうかいとう)に至(いた)る。也(また)好(よ)き去処(ところ)、詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 珠樹(じゅじゅ=珠の樹)玲瓏(れいろう=透き通る)として紫烟(しえん)を照(てら)し、 瀛洲(えいしゅう)の宮闕(きゅうけつ)諸天(しょてん)に接(せっ)す。 青山緑水(せいざんりょくすい)琪花(きか=美しき花)艶(あで)やかに、 玉液(ぎょくえき)錕鉄(こんてつ)石(いし)の堅(かた)きあり。 五色(ごしき)の碧鶏(へきけい)海日(かいじつ)に啼(な)き、 千年(せんねん)の丹鳳(たんぽう)朱烟(しゅえん)を吸(す)う。 世人(せじん)罔(くら)くして壷中(こちゅう)の景(けい)を究(きわ)め、 象外(ぞうがい=現象の外)の春光(しゅんこう)億万年(おくまんねん)なり。   那(か)の大聖(たいせい)瀛洲(えいしゅう)に至(いた)るに、只(ただ)那(か)の丹崖珠樹(たんがいじゅじゅ=朱き崖と珠の樹)の下(した)に、幾(いく)つかの皓発皤髯(こうはつはぜん=白き髪と髭)の輩(ともがら)、童顔鶴鬢(どうがんかくびん=童の顔と鶴の鬢)の仙(せん)の、那(あ)そこに在(あ)って棋(ご)を着(う)ち酒(さけ)を飲(の)み、談笑(だんしょう)謳歌(おうか=歌い興ず)るを見(み)る。真個(しんこ)に是(こ)れ 祥雲(しょううん)光(ひかり)満(み)ち、瑞靄(ずいあい=瑞雲)香(こう)浮(うか)ぶ。 彩鸞(さいらん)洞口(どうこう)に鳴(な)き、玄鶴(げんかく)山頭(さんとう)に舞(ま)う。 碧藕(へきぐう=碧き蓮根)水桃(すいとう=水蜜桃)按酒(あんしゅ=酒の肴)と為(な)し、 交梨火棗(こうりかそう=梨と棗)寿(じゅ)千秋(せんしゅう)なり。 一(ひと)つ一(ひと)つ丹詔(たんしょう=天子の詔)聞(き)く無(な)く、仙符(せんぷ)籍(せき)有(あ)り; 逍遥(しょうよう)浪蕩(ろうとう=浮世離れ)に随(したが)い、散淡(さんたん=淡々)清幽(せいゆう)に任(まか)す。 周天(しゅうてん)の甲子(かっし)拘(かか)え管(かん)し難(がた)く、大地(だいち)乾坤(けんこん)只(た)だ自由(じゆう)。 果(くだもの)を献(けん)ずる玄猿(げんえん)、対対(ついがい)参随(さんずい=従い)て美愛(びあい)多(おお)く; 花(はな)を銜(くわ)うる白鹿(はくろく)、双双(そうそう)拱伏(きょうふく=伏し従い)して甚(はなは)だ綢繆(ちゅうびゅう=睦まじ)。   那(か)の老児(ろうじ)等(ら)正(まさ)に然(しか)く洒楽(しゃらく=楽しむ)するに、這(こ)の行者(ぎょうじゃ)厳(いか)しき声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(いわ)く「我(われ)を帯(つ)れて耍耍児(しゃしゃじ=ちょいと遊ば)するは便(すなわ)ち怎(どう)か」と。衆仙(しゅうせん)見(み)て、急(いそ)ぎ歩(あゆみ)を趋(はし)らせて相迎(むか)う。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 人参果樹(にんじんかじゅ)霊根(れいこん)折(お)られ、 大聖(たいせい)仙(せん)を訪(たず)ねて妙訣(みょうけつ=妙なる秘訣)を求(もと)む。 丹霞(たんか)繚繞(りょうじょう=たなびき)て宝林(ほうりん)より出(い)づ、 瀛洲(えいしゅう)の九老(きゅうろう)来(きた)りて相接(あいまみ)ゆ。   行者(ぎょうじゃ)認(みと)めて是(こ)れ九老(きゅうろう)なりと、笑(わら)って道(いわ)く「老兄弟(ろうきょうだい)達(たち)自在(じざい=悠々)なるかな」と。九老(きゅうろう)道(いわ)く「大聖(たいせい)当年(とうねん)若(も)し正(しょう=正道)を存(ぞん)じて、天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がざりせば、我(われ)等(ら)よりも還(また)自在(じざい)なりしならん。如今(にこん)好(よ)くなりたり、汝(なんじ)真(しん)に帰(き)して西(にし)へ仏(ほとけ)を拝(はい)すと聞(き)くに、如何(いかん)ぞ暇(ひま)を得(え)て此(ここ)に至(いた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)那(か)の医樹求方(いじゅきゅうほう=樹を医し方を求む)の事(こと)を将(もっ)て、具(つぶさ)に一(ひと)遍(わたり)陳(の)べたり。九老(きゅうろう)也(また)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「汝(なんじ)も忒(はなは)だ禍(わざわい)を惹(ひ)けり!禍(わざわい)を惹(ひ)けり!我(われ)等(ら)実(じつ)に是(こ)れ無方(むほう)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「既(すで)に是(こ)れ無方(むほう)ならば、我(われ)且(しばら)く奉別(ほうべつ=お暇)せん」と。   九老(きゅうろう)又(また)他(かれ)を留(とど)めて瓊漿(けいしょう=仙酒)を飲(の)ませ、碧藕(へきぐう)を食(くら)わしむ。行者(ぎょうじゃ)定(さだ)めて肯(あえ)て坐(ざ)せず、只(た)だ立(た)ちて他(かれ)が一杯(いっぱい)の漿(しょう)を飲(の)み、一塊(ひとかたまり)の藕(れんこん)を吃(くら)い、急急(きゅうきゅう)と瀛洲(えいしゅう)を離(はな)れ、径(ただ)ちに東洋大海(とうようたいかい)を転(めぐ)る。早(はや)くも落伽山(らくかざん)の遠(とお)からざるを望(のぞ)み見(み)る。遂(つい)に雲頭(うんとう)を落(おろ)し、直(ただ)ちに普陀岩(ふだがん)の上(うえ)に到(いた)る。観音菩薩(かんのんぼさつ)の紫竹林(しちくりん)の中(なか)に在(あ)って、諸天大神(しょてんだいしん)、木吒(もくた)、龍女(りゅうじょ)と講経説法(こうきょうせっぽう)するを見(み)る。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 海主城(かいしゅじょう)高(たか)く瑞気(ずいき)濃(こま)やかに、 更(さら)に観(み)る奇异(きい)の事(こと)の窮(きわま)り無(な)きを。 須(かなら)ず知(し)れ、隠約(いんやく=おぼろ)たる千般(せんぱん)の外(そと)も、 尽(ことごと)く希微(きび=かすか)なる一品(いっぽん)の中(うち)より出(い)づるを。 四聖(しせい)授(さず)かる時(とき)正果(しょうか)を成(な)し、 六凡(ろくぼん)聴(き)きし後(のち)樊籠(はんろう=鳥籠)を脱(だっ)す。 少林(しょうりん)別(べっ)に真(しん)の滋味(じみ=味わい)有(あ)り、 花果(かか)馨香(けいこう=芳しき香)樹(き)に満(み)ちて紅(くれない)なり。   那(か)の菩薩(ぼさつ)早(はや)くも已(すで)に行者(ぎょうじゃ)の来(きた)り到(いた)るを見(み)て、即(すなわ)ち守山大神(しゅざんだいしん)に命(めい)じて迎(むか)え去(ゆ)かしむ。那(か)の大神(だいしん)林(はやし)を出(い)でて来(きた)り、一声(ひとこえ)「孫悟空(そんごくう)、那(いず)こへ去(ゆ)くか」と叫(よ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)頭(かしら)を抬(あ)げて喝(かつ)して道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の熊羆(ゆうひ=黒熊)!我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)が叫(よ)ぶ悟空(ごくう)か。当初(とうしょ)老孫(ろうそん)が汝(なんじ)を饒(ゆる)さざりせば、汝(なんじ)已(すで)に此(これ)黒風山(こくふうざん)の尸鬼(しき=死霊)と做(な)りたり。今日(こんにち)菩薩(ぼさつ)に跟(したが)い、善果(ぜんか)を受(う)け、此(こ)の仙山(せんざん)に居(きょ)し、常(つね)に法教(ほうきょう=教え)を聴(き)くに、汝(なんじ)我(われ)を一声(ひとこえ)の老爺(ろうや=旦那)と叫(よ)ぶを得(え)ざるか」と。那(か)の黒熊(こくゆう)真個(しんこ)に正果(しょうか)を得(え)て、菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に在(あ)って普陀(ふだ)を鎮守(ちんしゅ)し、大神(だいしん)と称(しょう)せらるるは、是(こ)れ也(また)行者(ぎょうじゃ)に虧(よ)れるなり。他(かれ)只(た)だ陪笑(ばいしょう=愛想笑い)して道(いわ)く「大聖(たいせい)、古人(こじん)云(いわ)く、君子(くんし)は旧悪(きゅうあく)を念(おも)わずと、只(た)だ管(かま)わず他(かれ)を題(だい=持ち出)するは怎(どう)ならん!菩薩(ぼさつ)我(われ)をして来(きた)りて汝(なんじ)を迎(むか)えしむるなり」と。這(こ)の行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち端粛尊誠(たんしゅくそんせい=謹み敬い)して、大神(だいしん)と紫竹林(しちくりん)の裏(うち)に到(いた)り、菩薩(ぼさつ)を参拝(さんぱい)す。   菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「悟空(ごくう)、唐僧(とうそう)行(ゆ)きて何(いず)れの処(ところ)に到(いた)れるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「行(ゆ)きて西牛賀洲(せいぎゅうがしゅう)万寿山(まんじゅざん)に到(いた)れり」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「那(か)の万寿山(まんじゅざん)に一(ひとつ)の座(ざ)の五荘観(ごしょうかん)有(あ)り。鎮元大仙(ちんげんたいせん)に、汝(なんじ)曾(かつ)て他(かれ)に会(あ)えるか」と。行者(ぎょうじゃ)頓首(とんしゅ=額づき)して道(いわ)く「五荘観(ごしょうかん)に在(あ)るに因(よ)りて、弟子(でし)鎮元大仙(ちんげんたいせん)を識(し)らず、他(かれ)が人参果樹(にんじんかじゅ)を毀傷(きしょう=損ない)、他(かれ)を衝撞(しょうどう)せしに、他(かれ)就(すなわ)ち我(わ)が師父(しふ)を困滞(こんたい=足止め)し、前進(ぜんしん)するを得(え)ざらしむ」と。那(か)の菩薩(ぼさつ)情(じょう)を知(し)り、怪(あやし)んで道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の潑猴(はっこう=暴れ猿)、好歹(よしあし)を知(し)らず!他(かれ)が那(か)の人参果樹(にんじんかじゅ)は、乃(すなわ)ち天開地闢(てんかいちびゃく)の霊根(れいこん);鎮元子(ちんげんし)は乃(すなわ)ち地仙(ちせん)の祖(そ)、我(われ)も也(また)他(かれ)に三分(さんぶん)を讓(ゆず)る;汝(なんじ)怎(どう)して就(すなわ)ち他(かれ)が樹(き)を打(う)ち傷(そこな)えるか」と。行者(ぎょうじゃ)再(ふたた)び拝(はい)して道(いわ)く「弟子(でし)実(じつ)に是(こ)れ知(し)らざりき。那(か)の一日(いちじつ)、他(かれ)家(いえ)に在(あ)らず、只(た)だ二個(ふたり)の仙童(せんどう)有(あ)りて、我(われ)等(ら)を候待(こうたい=もてな)せり。是(ここ)に猪悟能(ちょごのう)他(かれ)に果子(かじ)有(あ)るを暁(さと)り得(え)て、一(ひとつ)を要(よう)して新(あらた)を嘗(な)めんとし、弟子(でし)委(まこと)に他(かれ)が三個(みっつ)を偷(ぬす)み、兄弟(きょうだい)等(ら)分(わか)ち吃(くら)えり。那(か)の童子(どうじ)覚(さと)り知(し)り、我(われ)等(ら)を罵(ののし)ること已(や)む無(な)く、是(ここ)に弟子(でし)怒(いかり)を発(はっ)し、遂(つい)に他(かれ)が樹(き)を将(もっ)て推(お)し倒(たお)せり。他(かれ)次日(じつじ=翌日)回(かえ)り来(きた)りて赶(お)い上(のぼ)り、我(われ)等(ら)を将(もっ)て一袖子(ひと袖)に籠(かご)い去(さ)り、繩(なわ)绑(しば)り鞭(むち)抽(う)ち、拷打(ごうだ=拷問)すること一日(いちにち)なり。我(われ)等(ら)当夜(とうや)走(に)げ脱(のが)れたるに、又(また)他(かれ)に赶(お)い上(のぼ)られ、依然(いぜん)として籠(かご)われたり。三番両次(さんぱんりょうじ=幾度も)、其(そ)の実(じつ)逃(のが)れ難(がた)く、已(すで)に他(かれ)に与(あた)えて樹(き)を医(いや)さんことを允(ゆる)せり。却(かえ)って才(ようや)く海(うみ)の之(うえ)より方(ほう)を求(もと)め、三島(さんとう)を遍(あまね)く遊(あそ)ぶも、衆神仙(しゅうしんせん)都(みな)本事(ほんじ)有(あ)らず。弟子(でし)此(これ)に因(よ)りて志心(ししん=心を尽くし)朝礼(ちょうらい=礼拝)し、特(こと)に拝(はい)して菩薩(ぼさつ)に告(もう)す。伏(ふ)して望(のぞ)むらくは慈憫(じびん=慈悲)をもて、俯(ふ)して一方(いっぽう)を賜(たま)わり、以(もっ)て唐僧(とうそう)の早(はや)く西(にし)へ去(ゆ)くを救(すく)わんことを」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「汝(なんじ)怎(どう)して早(はや)く来(きた)りて我(われ)に見(まみ)えず、却(かえ)って島(しま)の之(うえ)へ往(ゆ)きて尋找(じんさが=探し求)めしや」と。   行者(ぎょうじゃ)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、心中(しんちゅう)暗(あん)に喜(よろこ)んで道(いわ)く「造化(ぞうか=幸運)なり!造化(ぞうか)なり!菩薩(ぼさつ)必(かなら)ず方(ほう)有(あ)らん」と。他(かれ)又(また)上(のぼ)り前(すす)んで懇求(こんぐ=懇願)す。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「我(わ)が此(こ)の浄瓶(じょうへい)の底(そこ)の『甘露水(かんろすい)』は、善(よ)く仙樹霊苗(せんじゅれいびょう=仙木の苗)を治(なお)し得(う)」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「曾(かつ)て経験(けいけん=試み)せること有(あ)るか」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「経験(けいけん)過(す)ぎたり」と。行者(ぎょうじゃ)問(と)う「何(なん)の経験(けいけん)有(あ)るか」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「当年(とうねん)太上老君(たいじょうろうくん)曾(かつ)て我(われ)と勝(しょうぶ)を賭(か)けり:他(かれ)我(わ)が楊柳枝(ようりゅうし)を把(もっ)て拔(ぬ)き去(さ)り、煉丹炉(れんたんろ)の裏(うち)に放(お)き入(い)れ、炙(あぶ)りて焦(こ)げ干(から)からせ、送(おく)り来(きた)りて我(われ)に還(かえ)せり。是(ここ)に我(われ)拿(と)りて瓶(へい)の中(なか)に插(さ)し込(こ)めば、一昼夜(いちちゅうや)にして、復(また)青枝緑葉(せいしりょくよう)を得(え)、旧(きゅう)と相同(あいおな)じかりき」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「真(まこと)に造化(ぞうか)なり!真(まこと)に造化(ぞうか)なり!烘(あぶ)り焦(こ)がしたるすら尚(なお)能(よ)く医(いや)し活(い)かすに、況(いわん)や此(こ)の推(お)し倒(たお)したるにおいては、何(なん)の難(かた)きこと有(あ)らんや」と。菩薩(ぼさつ)大衆(だいしゅ)に吩咐(いいつけ)て曰(いわ)く「林(はやし)の中(なか)を看守(かんしゅ)せよ、我(われ)去(ゆ)き去(ゆ)きして来(きた)らん」と。遂(つい)に手(て)に浄瓶(じょうへい)を托(の)せ、白鸚哥(はくおうか=白い鸚鵡)前辺(まえ)にて巧(たくみ)に囀(さえず)り、孫大聖(そんたいせい)後(うしろ)より相従(しょうじゅう=従う)。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 玉毫金象(ぎょくごうきんぞう)世(よ)に論(ろん)じ難(がた)く、 正(まさ)に是(こ)れ慈悲救苦(じひきゅうく)の尊(そん)なり。 過去劫(かこごう)に無垢仏(むくぶつ)に逢(あ)い、 至今(しこん)成(な)し得(え)たり有為身(ういしん)を。 幾生(いくしょう)も欲海(よくかい)の澄清浪(ちょうせいろう=澄みきった波)を、 一片(いっぺん)の心田(しんでん=心の畑)に点塵(てんじん=僅かな塵)を絶(た)つ。 甘露(かんろ)久(ひさ)しく真妙法(しんみょうほう)を経(へ)て、 管(きっと)教(おし)えん宝樹(ほうじゅ)の永(なが)く春(はる)に長(ちょう)ずることを。   却(かえ)って説(と)く、那(か)の観(かん)の裏(うち)の大仙(たいせん)と三老(さんろう)正(まさ)に然(しか)く清話(せいわ=清談)せる処(ところ)、忽(たちま)ち孫大聖(そんたいせい)の雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、叫(よ)んで道(いわ)く「菩薩(ぼさつ)来(きた)れり、快(はや)く接(むか)えよ快(はや)く接(むか)えよ」と。慌(あわ)てて那(か)の三星(さんせい)と鎮元子(ちんげんし)共(とも)に三蔵(さんぞう)師徒(しと)と、一斉(いっせい)に宝殿(ほうでん)より迎(むか)え出(い)づ。菩薩(ぼさつ)才(ようや)く祥雲(しょううん)を住(とど)め、先(ま)ず鎮元子(ちんげんし)と話(はなし)を陪(とも)にし、後(のち)に三星(さんせい)と作礼(されい=挨拶)す。礼(れい)畢(おわ)りて上坐(じょうざ)す。那(か)の階前(かいぜん=階段の前)に、行者(ぎょうじゃ)唐僧(とうそう)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)を引(ひ)きて都(みな)拝(はい)せり。   那(か)の観中(かんちゅう)の諸仙(しょせん)也(また)来(きた)りて拝見(はいけん)す。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「大仙(たいせん)必(かなら)ずしも遅疑(ちぎ=ためらう)すること無(な)かれ、早(はや)く香案(こうあん=香炉の台)を陳設(ちんせつ=設け)し、菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて汝(なんじ)に替(かわ)りて那(か)の甚(なん)の果樹(かじゅ)を治(なお)し去(さ)らしめよ」と。大仙(たいせん)躬身(きゅうしん=身を屈め)して菩薩(ぼさつ)に謝(しゃ)して道(いわ)く「小可(しょうか=些細)の勾当(こうとう=用事)、怎(どう)して敢(あえ)て菩薩(ぼさつ)の下降(げこう=下り来る)を労(ろう)せんや」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち我(わ)が之(の)弟子(でし)、孫悟空(そんごくう)先生(せんせい)を衝撞(しょうどう)せり。理(り)当(まさ)に宝樹(ほうじゅ)を賠償(ばいしょう=償う)すべし」と。三老(さんろう)道(いわ)く「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、須(もち)いず謙講(けんこう=遠慮し合う)ことを。請(こ)う菩薩(ぼさつ)都(みな)園中(えんちゅう)へ到(いた)り去(ゆ)きて一(ひと)つ看(み)られよ」と。   那(か)の大仙(たいせん)即(すなわ)ち香案(こうあん)を設(もう)け具(そな)え、後園(こうえん)を掃除(そうじ)し、菩薩(ぼさつ)の先(さき)に行(ゆ)くを請(しょう)じ、三老(さんろう)後(うしろ)より随(したが)う。三蔵(さんぞう)師徒(しと)と本観(ほんかん)の衆仙(しゅうせん)、都(みな)園内(えんない)に到(いた)りて観看(かんかん)する時(とき)、那(か)の樹(き)地(ち)の下(した)に倒(たお)れ在(あ)り、土(つち)開(ひら)き根(ね)現(あらわ)れ、葉(は)落(お)ち枝(えだ)枯(か)れたり。菩薩(ぼさつ)叫(よ)んで曰(いわ)く「悟空(ごくう)、手(て)を伸(の)ばせ」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)左手(ひだりて)を将(もっ)て伸(の)ばし開(ひら)く。菩薩(ぼさつ)楊柳枝(ようりゅうし)を将(もっ)て、瓶(へい)の中(なか)の甘露(かんろ)を蘸(ひた)し出(いだ)し、行者(ぎょうじゃ)が手(て)の心(うち)の裏(うち)に一道(いちどう)の起死回生(きしかいせい)の符字(ふじ=呪符)を画(えが)き、他(かれ)をして樹(き)の根(ね)の下(した)に放(お)き、但(た)だ水(みず)の出(い)づるを看(み)て度(ど=限り)と為(な)せと教(おし)う。那(か)の行者(ぎょうじゃ)拳(こぶし)を捏(ひね)り着(つ)け、那(か)の樹(き)の根(ね)の底(そこ)の下(した)へ往(ゆ)きて揣(おしこ)むに、須臾(しゅゆ=しばらく)にして清泉(せいせん)一汪(いちおう=ひとたまり)有(あ)り。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「那(か)の水(みず)は五行(ごぎょう)の器(うつわ)を犯(おか)すを許(ゆる)さず、須(かなら)ず玉瓢(ぎょくひょう=玉の柄杓)を用(もち)いて舀(く)み出(いだ)し、樹(き)を扶(たす)け起(おこ)し、頭(こうべ)より澆(そそ)ぎ下(くだ)せ。然(しか)らば自(おのずか)ら根皮(こんぴ=根と皮)相合(あいがっ)し、葉(は)長(の)び芽(め)生(しょう)じ、枝(えだ)青(あお)く果(み)出(い)づ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「小道士(しょうどうし)達(たち)、快(はや)く玉瓢(ぎょくひょう)を取(と)り来(きた)れ」と。鎮元子(ちんげんし)道(いわ)く「貧道(ひんどう)の荒山(こうざん)に、玉瓢(ぎょくひょう)無(な)く、只(た)だ玉茶盞(ぎょくたさん=玉の茶碗)、玉酒杯(ぎょくしゅはい=玉の盃)有(あ)るのみ、用(もち)い得(う)るや」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「但(た)だ是(こ)れ玉器(ぎょくき=玉の器)にして、水(みず)を舀(く)み得(う)れば便(すなわ)ち罷(よ)し、取(と)り将(も)ち来(きた)りて看(み)よ」と。   大仙(たいせん)即(すなわ)ち小童子(しょうどうじ)に命(めい)じて取(と)り出(いだ)さしむるに、二三十個(にさんじゅうこ)の茶盞(ちゃさん=茶碗)、四五十個(しごじゅうこ)の酒盞(しゅさん=盃)有(あ)り。却(かえ)って那(か)の根(ね)の下(した)の清泉(せいせん)を将(もっ)て舀(く)み出(いだ)す。行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)、樹(き)を扛起(こうき=担ぎ上げ)、扶(たす)けて周正(しゅうせい=まっすぐ)を得(え)しめ、土(つち)を擁(かぶ)せ上(あ)げ、玉器(ぎょくき)の内(うち)の甘泉(かんせん)を将(もっ)て、一甌一甌(いちおういちおう=一杯ずつ)捧(ささ)げて菩薩(ぼさつ)に与(あた)う。菩薩(ぼさつ)楊柳枝(ようりゅうし)を将(もっ)て細細(さいさい=細かく)洒(そそ)ぎ上(あ)げ、口(くち)中(うち)又(また)経呪(きょうじゅ=経文)を念(ねん)ず。多(おお)からず時(とき)にして、那(か)の舀(く)み出(いだ)せる之(の)水(みず)を洒(そそ)ぎ浄(きよ)むるに、只(ただ)那(か)の樹(き)の果然(かぜん)依然(いぜん)として青枝緑葉(せいしりょくよう)濃郁陰森(のういくいんしん=生い茂り)たるを見(み)る。之(うえ)に二十三(にじゅうさん)の人参果(にんじんか)有(あ)り。清風(せいふう)、明月(めいげつ)の二童子(にどうじ)道(いわ)く「前日(せんじつ)果子(かじ)の見(み)えざりし時(とき)、颠倒(てんとう=あれこれ)只(た)だ二十二(にじゅうに)を数(かぞ)え得(う)るのみなりしに、今日(きょう)回生(かいせい)して、怎(どう)して又(また)一(ひとつ)多(おお)きか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「日久(ひひさ)ければ人心(じんしん)を見(み)る。前日(せんじつ)老孫(ろうそん)只(た)だ三(みっつ)を偷(ぬす)みしが、那(か)の一(ひとつ)地(ち)に落(お)ち下(くだ)り来(きた)るを、土地(とち)此(こ)の宝(たから)の土(つち)に遇(あ)いて而(すなわ)ち入(い)ると説(い)えり。八戒(はっかい)只(た)だ我(われ)が偏手(へんしゅ=分け前を多く取る)を打(う)ちたりと嚷(わめ)き、故(ゆえ)に風信(ふうしん=知らせ)を走(はし)らせ、只(た)だ今(いま)に纏(まとわ)り到(いた)りて、才(ようや)く明白(めいはく)を見(み)るなり」と。菩薩(ぼさつ)道(いわ)く「我(われ)方(かた)才(がた)五行(ごぎょう)の器(うつわ)を用(もち)いざりしは、此(こ)の物(もの)の五行(ごぎょう)と相畏(あいおそれ)るを知(し)れるが故(ゆえ)なり」と。那(か)の大仙(たいせん)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、急(いそ)ぎ金撃子(きんげきし=金の棒)を取(と)り来(きた)らせ、果子(かじ)を敲(たた)き下(おろ)すこと十(とお)を、菩薩(ぼさつ)と三老(さんろう)を請(しょう)じて復(また)宝殿(ほうでん)に回(かえ)り、一(ひとつ)は則(すなわ)ち労(ろう)を謝(しゃ)し、二(ふたつ)は則(すなわ)ち箇(こ)の人参果会(にんじんかえ)を做(な)さんとす。衆小仙(しゅうしょうせん)遂(つい)に桌椅(たくいす)を調(ととの)え開(ひら)き、丹盤(たんばん=盆)を鋪設(ほせつ=並べ)し、菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて上(うえ)の面(めん)の正席(せいせき)に坐(ざ)せしめ、三老(さんろう)左席(させき)、唐僧(とうそう)右席(うせき)、鎮元子(ちんげんし)前席(ぜんせき)に相陪(あいばい=相伴)し、各(おのおの)一(ひとつ)を食(くら)う。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く 万寿山(まんじゅざん)の中(うち)古洞天(こどうてん)、 人参(にんじん)一(ひと)たび熟(じゅく)すれば九千年(きゅうせんねん)。 霊根(れいこん)現(あらわ)れ出(い)でて芽枝(がし=芽と枝)損(そこな)われ、 甘露(かんろ)滋(うるお)い生(しょう)じて果葉(かよう=実と葉)全(まった)し。 三老(さんろう)喜(よろこ)び逢(あ)うは皆(みな)旧契(きゅうけい=旧き契り)、 四僧(しそう)幸(さいわい)に遇(あ)うは是(こ)れ前縁(ぜんえん=前世の縁)。 自今(じこん)会(かい)して人参果(にんじんか)を服(ふく)すれば、 尽(ことごと)く是(こ)れ長生不老(ちょうせいふろう)の仙(せん)なり。   此(こ)の時(とき)菩薩(ぼさつ)と三老(さんろう)各(おのおの)一(ひとつ)を吃(くら)い、唐僧(とうそう)始(はじ)めて是(こ)れ仙家(せんか)の宝貝(ほうばい=宝)なるを知(し)り、也(また)一(ひとつ)を吃(くら)い、悟空(ごくう)三人(みたり)亦(また)各(おのおの)一(ひとつ)を吃(くら)い、鎮元子(ちんげんし)一(ひとつ)を陪(とも)にし、本観(ほんかん)の仙衆(せんしゅう)一(ひとつ)を分(わか)ち吃(くら)う。   行者(ぎょうじゃ)才(ようや)く菩薩(ぼさつ)に謝(しゃ)して普陀岩(ふだがん)に回(かえ)り上(のぼ)り、三星(さんせい)を送(おく)って径(ただ)ちに蓬莱島(ほうらいとう)に転(めぐ)らしむ。鎮元子(ちんげんし)却(かえ)って又(また)蔬酒(そしゅ=菜と酒)を安排(あんばい)し、行者(ぎょうじゃ)と結(むす)んで兄弟(きょうだい)と為(な)る。此(ここ)に才(ようや)く是(こ)れ「打(う)たずんば相识(そうしき=知り合い)と成(な)らず」にして、両家(りょうけ)合(がっ)して一家(いっか)と為(な)る。師徒(しと)四衆(ししゅう)、喜喜歓歓(ききかんかん=大喜び)して、天(てん)晩(く)れて歇(やす)む。那(か)の長老(ちょうろう)才(ようや)く是(こ)れ 縁(えん)有(あ)りて草還丹(そうかんたん)を吃(くら)い得(え)、 長寿(ちょうじゅ)も苦(くる)しく妖怪(ようかい)の難(なん)を捱(しの)ぶ。   畢竟(ひっきょう)明日(みょうにち)に到(いた)りて如何(いかん)に作別(さくべつ=別れを告ぐ)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十七回 屍魔(しま)三たび唐三蔵(とうさんぞう)を戯(たわむ)る 聖僧(せいそう)恨(うら)みて美猴王(びこうおう)を逐(お)う   却(かえ)って説(と)く、三蔵(さんぞう)師徒(しと)、次日(じつじ)天(てん)明(あ)け、收拾(しゅうしゅう=支度)して前進(ぜんしん)す。那(か)の鎮元子(ちんげんし)行者(ぎょうじゃ)と結(むす)んで兄弟(きょうだい)と為(な)り、両人(りょうにん)情投意合(じょうとういごう=心が通じ合い)、決(けっ)して肯(あえ)て放(はな)たず、又(また)管待(かんたい=饗応)を安排(あんばい)し、一連(いちれん)に五六日(ごろくにち)住(とど)まわしめたり。那(か)の長老(ちょうろう)自(みずか)ら草還丹(そうかんたん)を服(ふく)してより、真(まこと)に脱胎換骨(だったいかんこつ)に似(に)て、神(しん)爽(すがすが)しく体(たい)健(すこ)やかなり。他(かれ)経(きょう)を取(と)る心(こころ)重(おも)く、那(いず)くにか肯(あえ)て淹留(えんりゅう=逗留)せん、已(や)むを得(え)ず、遂(つい)に行(ゆ)く。   師徒(しと)別(わか)れて上(うえ)の路(みち)に就(つ)けば、早(はや)くも一(ひとつ)の座(ざ)の高山(こうざん)を見(み)る。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「徒弟(とてい)よ、前(まえ)面(めん)に山(やま)の険峻(けんしゅん)なる有(あ)り、恐(おそ)らくは馬(うま)前(すす)む能(あた)わじ、大家(みな)須(かなら)ず仔細仔細(しさいしさい=よくよく)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)放心(ほうしん)せよ、我(われ)等(ら)自(おのずか)ら理会(りかい=心得)す」と。好(よ)き猴王(こうおう)、他(かれ)那(か)の馬(うま)の前(まえ)に在(あ)って、棒(ぼう)を横(よこ)に担(にな)い、山路(さんろ)を剖(さ)き開(ひら)き、高崖(こうがい)の之(うえ)に上(のぼ)る。看(み)て尽(つく)せざるは 峰岩(ほうがん=峰と岩)重畳(ちょうじょう)し、澗壑(かんがく=谷)彎環(わんかん=めぐる)。 虎狼(ころう=虎と狼)陣(じん)を成(な)して走(はし)り、麂鹿(きろく=鹿)群(むれ)を做(な)して行(ゆ)く。 無数(むすう)の獐豝(しょうは=獐と雌豚)簇簇(ぞくぞく=群れ)鑽(もぐ)り、 山(やま)に満(み)つ狐兎(こと=狐と兎)の叢叢(そうそう=群れ)聚(あつま)る。 千尺(せんじゃく)の大蟒(だいもう=大蛇)、万丈(ばんじょう)の長蛇(ちょうじゃ)。 大蟒(だいもう)愁霧(しゅうむ=愁いの霧)を噴(ふ)き、長蛇(ちょうじゃ)怪風(かいふう)を吐(は)く。 道旁(どうぼう)の荊棘(けいきょく=茨)牽(ひ)き漫(みだ)れ、嶺(みね)の之(うえ)の松楠(しょうなん=松と楠)秀麗(しゅうれい)。 薜蘿(へいら=蔦)目(め)に満(み)ち、芳草(ほうそう)天(てん)に連(つら)なる。 影(かげ)滄溟(そうめい=大海)の北(きた)に落(お)ち、雲(くも)開(ひら)きて斗柄(とへい=北斗)南(みなみ)なり。 万古(ばんこ)常(つね)に元气(げんき)を含(ふく)みて老(お)い、千峰(せんぽう)巍(たか)く列(つら)なりて日光(にっこう)寒(かん)なり。   那(か)の長老(ちょうろう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って心(こころ)驚(おどろ)く。孫大聖(そんたいせい)手段(しゅだん)を布施(ふせ=施)し、鉄棒(てつぼう)を舞(ま)わせ、一声(ひとこえ)哮吼(こうこう=吠え)すれば、唬(おど)して那(か)の狼虫(ろうちゅう)をして顛竄(てんざん=転げ逃げ)、虎豹(こひょう)をして奔逃(ほんとう=逃げ散る)せしむ。   師徒(しと)等(ら)此(こ)の山(やま)に入(い)り、正(まさ)に嵯峨(さが=険しき)の処(ところ)に行(ゆ)き到(いた)るに、三蔵(さんぞう)道(いわ)く「悟空(ごくう)、我(われ)此(こ)の一日(いちじつ)、肚中(とちゅう=腹)飢(う)えたり。汝(なんじ)那(いず)こへ去(ゆ)きて些(いささ)か斎(とき)を化(か)して吃(くら)えよ」と。行者(ぎょうじゃ)陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く「師父(しふ)は好(よ)く聡明(そうめい)ならず。這(こ)の等(ごと)き半山(はんざん)の中(なか)、前(まえ)に村(むら)に巴(つ)かず、後(うしろ)に店(みせ)に着(つ)かず、銭(ぜに)有(あ)るも也(また)買(か)う処(ところ)無(な)し、往(ゆ)きて那(いず)こに斎(とき)を尋(たず)ねよと教(おし)えるか」と。三蔵(さんぞう)心中(しんちゅう)快(こころよ)からず、口(くち)裏(うち)罵(ののし)って道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の猴子(こうし)!想(おも)うに汝(なんじ)両界山(りょうかいざん)に在(あ)りて、如来(にょらい)に石匣(せっこう=石の箱)の之内(うち)に圧(お)さわれ、口(くち)能(よ)く言(い)うも、足(あし)行(ゆ)く能(あた)わざりしを、也(また)虧(か)れて我(われ)汝(なんじ)が性命(しょうめい)を救(すく)い、摩頂受戒(まちょうじゅかい=頂きを摩で戒を受け)し、我(わ)が徒弟(とてい)と做(な)れり。怎(どう)して肯(あえ)て努力(どりょく)せず、常(つね)に懶惰(らんだ)の心(こころ)を懐(いだ)くか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「弟子(でし)も亦(また)頗(すこぶ)る殷勤(いんぎん=勤勉)、何(いつ)か嘗(かつ)て懶惰(らんだ)せしや」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)既(すで)に殷勤(いんぎん)ならば、何(なん)ぞ斎(とき)を化(か)して我(われ)に吃(くら)わしめざる。我(われ)肚(はら)飢(う)えて怎(どう)して行(ゆ)かん。況(いわん)や此(こ)の地(ち)山嵐瘴気(さんらんしょうき=山の瘴気)、怎(どう)して雷音(らいおん)に上(のぼ)るを得(え)ん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)怪(とが)むるを休(や)めよ、少(すこ)しく言語(げんご)を要(よう)せよ。我(われ)汝(なんじ)が尊性(そんせい=ご性分)の高傲(こうごう=高ぶり)なるを知(し)る、十分(じゅうぶん)に汝(なんじ)を違慢(いまん=疎か)にせば、便(すなわ)ち那(か)の話児呪(わじじゅ=例の呪)を念(ねん)ぜんと要(ほっ)す。汝(なんじ)馬(うま)を下(お)り穏(やす)んず坐(ざ)せよ、我(われ)が那(いず)こに人家(じんか)の処(ところ)有(あ)るを尋(たず)ねて斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)かんを等(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(もっ)て一(ひと)たび縦(ほしいまま)にし、雲端(うんたん=雲の上)の裏(うち)に跳(と)び上(のぼ)り、手(て)に涼篷(りょうほう=日除け)を搭(かざ)し、眼(め)を睜(みひら)いて観看(かんかん)す。憐(あわ)れむべし西方(せいほう)の路(みち)甚(はなは)だ是(こ)れ寂寞(せきばく=寂しく)、更(さら)に庄堡(しょうほ=村落)人家(じんか)無(な)し。正(まさ)に是(こ)れ多(おお)く樹木(じゅもく)に逢(あ)い少(すくな)く人烟(じんえん=人家)を見(み)る去処(ところ)なり。看(み)ること多時(たじ=しばらく)にして、只(ただ)正南(しょうなん)の之(うえ)に一(ひとつ)の座(ざ)の高山(こうざん)有(あ)り、那(か)の山(やま)の陽(ひ)に向(むか)う処(ところ)に、一片(いっぺん)の鮮紅(せんこう=鮮やかな紅)の点子(てんし=点)有(あ)るを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)して道(いわ)く「師父(しふ)、吃(くら)う物(もの)有(あ)り」と。那(か)の長老(ちょうろう)是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるを問(と)う。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(ここ)に人家(じんか)無(な)く飯(めし)を化(か)し得(え)ず、那(か)の南山(なんざん)に一片(いっぺん)の紅(あか)き有(あ)り、想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ熟(じゅく)し透(とお)りたる山桃(さんとう)ならん。我(われ)去(ゆ)きて幾(いく)つか摘(つ)み来(きた)りて汝(なんじ)が飢(うえ)を充(み)たさん」と。三蔵(さんぞう)喜(よろこ)んで道(いわ)く「出家人(しゅっけにん)若(も)し桃子(とうじ)の吃(くら)う有(あ)らば、就(すなわ)ち上分(じょうぶん=最上)と為(な)さん、快(はや)く去(ゆ)け」と。   行者(ぎょうじゃ)鉢盂(はつう=托鉢)を取(と)り、祥光(しょうこう)を縦(ほしいまま)にす。汝(なんじ)他(かれ)が觔斗(きんと=宙返り)幌幌(こうこう=ひらひら)、冷気(れいき)颼颼(しゅうしゅう=ひゅうひゅう)、須臾(しゅゆ=しばらく)の間(あいだ)に、南山(なんざん)へ奔(はし)りて桃(もも)を摘(つ)むことは題(だい)せず。   却(かえ)って説(と)く、常言(じょうげん=諺)に云(い)える有(あ)り:山(やま)高(たか)ければ必(かなら)ず怪(かい)有(あ)り、嶺(みね)峻(けわ)しけれど却(かえ)って精(せい)を生(しょう)ずと。果然(かぜん)此(こ)の山(やま)の之(うえ)に一(ひとつ)の妖精(ようせい)有(あ)り。孫大聖(そんたいせい)の去(ゆ)きし時(とき)、那(か)の怪(かい)を驚動(きょうどう)せり。他(かれ)雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って、陰風(いんふう)を踏(ふ)み、長老(ちょうろう)の地(ち)の下(した)に坐(ざ)するを見(み)て、就(すなわ)ち勝(た)えず歓喜(かんき)して道(いわ)く「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!幾年(いくとせ)家人(かじん)皆(みな)講(い)う、東土(とうど)の唐和尚(とうおしょう)大乗(だいじょう)を取(と)ると。他(かれ)本(もと)是(こ)れ金蝉子(きんせんし)の化身(けしん)、十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の原体(げんたい=本体)なり。人(ひと)他(かれ)が一塊(ひとかたまり)の肉(にく)を吃(くら)えば、長寿長生(ちょうじゅちょうせい)なり。真個(しんこ)に今日(こんにち)到(いた)れり」と。那(か)の妖精(ようせい)上(のぼ)り前(すす)んで就(すなわ)ち他(かれ)を拿(とら)えんと要(ほっ)するに、只(ただ)長老(ちょうろう)の左右(さゆう)の手(て)下(した)に両員(りょういん=二人)の大将(たいしょう)の護持(ごじ=守る)有(あ)るを見(み)て、敢(あえ)て身(み)を攏(よ)せず。他(かれ)が説(い)う両員(りょういん)の大将(たいしょう)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ?説(い)わく是(こ)れ八戒(はっかい)、沙僧(さそう)なり。八戒(はっかい)、沙僧(さそう)甚(なん)の大(だい)なる本事(ほんじ)無(な)きも、然(しか)れども八戒(はっかい)は是(こ)れ天蓬元帥(てんぽうげんすい)、沙僧(さそう)は是(こ)れ巻簾大将(けんれんたいしょう)、他(かれ)が威気(いき=威風)尚(なお)曾(かつ)て泄(も)れざるが故(ゆえ)に、敢(あえ)て身(み)を攏(よ)せず。妖精(ようせい)説(いわ)く「我(われ)が且(しばら)く他(かれ)を一(ひと)つ戯(たわむ)りて、怎(どう)説(い)うかを看(み)んを等(ま)て」と。   好(よ)き妖精(ようせい)、陰風(いんふう)を停(とど)め、那(か)の山凹(さんおう=窪地)の裏(うち)に在(あ)って、身(み)を揺(ゆすぶ)って一(ひと)つ変(へん)じ、変(へん)じて箇(こ)の月貌花容(げつぼうかよう=月のような顔花のような容色)の女児(じょじ=娘)と做(な)る。説(と)き尽(つく)せず那(か)の眉清目秀(びせいもくしゅう=清らかな眉と目)、歯白唇紅(ははくしんこう=白き歯と紅き唇)、左手(ひだりて)に一(ひとつ)の青砂罐児(せいさかんじ=青い砂の壺)を提(さ)げ、右手(みぎて)に一(ひとつ)の緑磁瓶児(りょくじへいじ=緑の磁器の瓶)を提(さ)げ、西(にし)より東(ひがし)へ、径(ただ)ちに唐僧(とうそう)に奔(はし)る。聖僧(せいそう)馬(うま)を山巌(さんがん)に歇(やす)むるに、忽(たちま)ち裙釵(くんさ=裳と簪)の女(おんな)の近(ちか)く前(すす)むを見(み)る 翠袖(すいしゅう=翡翠の袖)軽(かる)く揺(ゆ)れて玉筍(ぎょくじゅん=美しき指)を籠(こ)め、 湘裙(しょうくん=裳)斜(なな)めに曳(ひ)かれて金蓮(きんれん=纏足)を顕(あらわ)す。 汗(あせ)粉面(ふんめん=白粉の顔)に流(なが)れて花(はな)露(つゆ)を含(ふく)み、 塵(ちり)峨眉(がび=眉)を拂(はら)いて柳(やなぎ)烟(けむり)を帯(お)ぶ。 仔細(しさい)に睛(ひとみ)を定(さだ)めて観看(かんかん)する処(ところ)、 看(み)る看(み)る行(ゆ)きて身(み)の辺(ほとり)に到(いた)る。   三蔵(さんぞう)見(み)て、叫(よ)んで曰(いわ)く「八戒(はっかい)、沙僧(さそう)、悟空(ごくう)才(ようや)く此(ここ)曠野(こうや)に人無(ひとなし)と説(い)えしに、汝(なんじ)那(あそこ)より一(ひとり)の人(ひと)の走出(はしりで)て来(きた)れるを見(み)ずや」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)沙僧(さそう)と坐(ざ)し着(つ)け、我(われ)が老猪(ろうちょ)の去(ゆ)きて一(ひと)つ看(み)て来(きた)らんを等(ま)て」と。那(か)の呆子(ほうし)釘鈀(ていは)を放(お)り下(おろ)し、直裰(じきたつ)を整(ととの)え整(ととの)え、擺擺揺揺(はいはいようよう=ゆらゆら)と、充(み)たして箇(こ)の斯文(しぶん=上品)の気象(きしょう)を做(な)し、一直(いっちょく)に觌面(てきめん=正面)より相迎(むか)う。真個(しんこ)に是(こ)れ遠(とお)く看(み)れば未(いま)だ実(じつ)ならず、近(ちか)く看(み)れば分明(ぶんめい=はっきり)す。那(か)の女子(じょし)の生(うま)れ得(う)るは 氷肌(ひょうき=氷の肌)玉骨(ぎょくこつ)を蔵(ぞう)し、衫領(さんりょう=襟)酥胸(そきょう=柔らかき胸)を露(あらわ)す。 柳眉(りゅうび)翠黛(すいたい=眉墨)を積(つ)み、杏眼(きょうがん=杏の目)銀星(ぎんせい)を閃(ひらめ)かす。 月様(げつよう)の容儀(ようぎ=姿)俏(みめよ)く、天然(てんねん)の性格(せいかく)清(きよ)し。 体(からだ)は燕(つばめ)の柳(やなぎ)に蔵(かく)るるに似(に)、声(こえ)は鶯(うぐいす)の林(はやし)に囀(さえず)るが如(ごと)し。 半(なか)ば放(ひら)く海棠(かいどう)暁日(ぎょうじつ)を籠(こ)め、才(ようや)く開(ひら)く芍薬(しゃくやく)春晴(しゅんせい)を弄(ろう)す。   那(か)の八戒(はっかい)他(かれ)が生(うま)れ得(う)ること俊俏(しゅんしょう=美しい)なるを見(み)て、呆子(ほうし)就(すなわ)ち凡心(ぼんしん=俗心)を動(うご)かし、忍(しの)ぶを得(え)ず胡言乱語(こげんらんご=でたらめ)して、叫(よ)んで道(いわ)く「女菩薩(にょぼさつ)、那(いず)こへ往(ゆ)くか?手(て)裏(うち)に提(さ)ぐるは是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)ぞ」と。分明(ぶんめい)是(こ)れ箇(こ)の妖怪(ようかい)なるに、他(かれ)却(かえ)って認(みと)め得(え)ず。那(か)の女子(じょし)声(こえ)を連(つら)ねて答(こた)えて道(いわ)く「長老(ちょうろう)、我(わ)が此(こ)の青罐(せいかん=青き壺)の裏(うち)は是(こ)れ香米飯(こうべいはん=香りよい飯)、緑瓶(りょくへい)の裏(うち)は是(こ)れ炒面筋(しょうめんきん=炒めた麩)なり。特(こと)に此(こ)の処(ところ)へ来(きた)れるは他(ほか)の故(ゆえ)無(な)く、誓願(せいがん)を還(かえ)して斎僧(さいそう=僧に施し)せんことを要(よう)するに因(よ)る」と。八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、心(こころ)を満(みた)して歓喜(かんき)し、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)き、就(すなわ)ち箇(こ)の猪顛風(ちょてんぷう=猪の狂い風)を跑(はし)らせ、三蔵(さんぞう)に報(ほう)じて道(いわ)く「師父(しふ)!吉人(きつじん=幸運な人)自(おのずか)ら天(てん)の報(むく)い有(あ)り!師父(しふ)飢(う)えて、師兄(しけい)をして斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)かしむるに、那(か)の猴子(こうし)那(いず)こへ桃児(とうじ)を摘(つ)みに耍子(あそび)に去(ゆ)きしを知(し)らず。桃子(とうじ)吃(くら)い多(おお)ければ、也(また)些(いささ)か人(ひと)を嘈(むかつか)せ、又(また)些(いささ)か下墜(げつい=腹を下す)せり。汝(なんじ)看(み)よ、那(あ)れは是(こ)れ箇(こ)の斎僧(さいそう)の来(きた)れるに非(あら)ずや」と。唐僧(とうそう)信(しん)ぜずして道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の夯貨(こうか=間抜け)胡纏(こてん=でたらめを言う)!我(われ)等(ら)此(ここ)まで向(むか)い走(はし)り来(きた)るに、好人(こうじん)も也(また)曾(かつ)て一(ひとり)に遇(あ)わず、斎僧(さいそう)の何(いず)こよりか来(きた)らん」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、這(こ)れ已(すで)に到(いた)れり」と。   三蔵(さんぞう)一(ひと)たび見(み)て、連(つら)ねて忙(いそ)ぎ身(み)を跳(と)び起(お)こし、掌(て)を合(あわ)せて胸(むね)に当(あ)てて道(いわ)く「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)が府上(ふじょう)は何(いず)れの処(ところ)に住(す)むか?是(こ)れ甚(なん)の人家(じんか)ぞ?甚(なん)の願心(がんしん=願い)有(あ)りて、此(ここ)に来(きた)りて斎僧(さいそう)するか」と。分明(ぶんめい)是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)なるに、那(か)の長老(ちょうろう)也(また)認(みと)め得(え)ず。那(か)の妖精(ようせい)唐僧(とうそう)の他(かれ)が来歴(らいれき)を問(と)うを見(み)て、他(かれ)地(ち)に立(た)ちて就(すなわ)ち箇(こ)の虚情(きょじょう=偽り)を起(おこ)し、花言巧語(かげんこうご=巧みな言葉)を以(もっ)て来(きた)りて赚哄(かんこう=だましすか)して道(いわ)く「師父(しふ)、此(こ)の山(やま)を蛇回獣怕(じゃかいじゅうは)の白虎嶺(びゃっこれい)と做(な)し、正西(せいせい)の下(した)面(めん)是(こ)れ我(わ)が家(いえ)なり。我(わ)が父母(ふぼ)堂(どう)に在(あ)り、経(きょう)を看(み)るを好(この)み善(ぜん)を好(この)み、広(ひろ)く方(ほう)の之(うえ)の遠近(えんきん)の僧人(そうにん)を斎(とき)す。只(た)だ子(こ)無(な)きに因(よ)り、福(ふく)を求(もと)め福(ふく)を做(な)し、奴奴(どど=わたくし)を生(しょう)じ、門第(もんだい=家柄)を扳(ひ)きて他人(たじん)に配嫁(はいか)せんと欲(ほっ)するも、又(また)老(お)いて倚(よ)る無(な)きを恐(おそ)れ、只(た)だ得(え)て奴(やっこ=わたし)を将(もっ)て一(ひとり)の女婿(じょせい=婿)を招(むか)え、老(ろう)を養(やしな)い終(つい)を送(おく)らしむ」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)いて道(いわ)く「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)が言語(げんご)差(ちが)えり。聖経(せいきょう)に云(いわ)く、父母(ふぼ)在(いま)せば、遠(とお)く遊(あそ)ばず、遊(あそ)ぶに必(かなら)ず方(ほう=行き先)有(あ)りと。汝(なんじ)既(すで)に父母(ふぼ)の堂(どう)に在(あ)る有(あ)り、又(また)汝(なんじ)に与(あた)えて女婿(じょせい)を招(むか)えたれば、願心(がんしん)有(あ)らば、汝(なんじ)が男子(だんし=夫)をして還(かえ)さしめば、便(すなわ)ち也(また)罷(よ)からん、怎(どう)して自家(じか)山(やま)の之(うえ)を行走(ある)くか。又(また)箇(こ)の侍児(じじ=侍女)の随従(ずいじゅう)する無(な)し。此(こ)れは是(こ)れ婦道(ふどう=女の道)に遵(したが)わざるなり」と。   那(か)の女子(じょし)笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として、忙(いそ)ぎ俏語(しょうご=優しい言葉)を陪(とも)にして道(いわ)く「師父(しふ)、我(わ)が丈夫(じょうぶ=夫)は山北(さんぽく)の凹(くぼ)みの裏(うち)に在(あ)りて、幾(いく)つかの客子(かくし=雇い人)を帯(たい)して田(た)を鋤(す)く。此(こ)れは是(こ)れ奴奴(どど)の煮(に)たる午飯(ごはん=昼飯)にして、送(おく)りて那(か)の人(ひと)等(ら)に吃(くら)わしむるなり。只(た)だ五黄六月(ごこうりくがつ=真夏)にして、使喚(しかん=使う)する人(ひと)無(な)く、父母(ふぼ)又(また)年(とし)老(お)いたるが為(ため)に、所以(ゆえ)に身(み)を親(みずか)らし来(きた)りて送(おく)る。忽(たちま)ち三位(さんい)の遠(とお)く来(きた)れるに遇(あ)い、却(かえ)って父母(ふぼ)の善(ぜん)を好(この)むを思(おも)い、故(ゆえ)に此(こ)の飯(めし)を将(もっ)て斎僧(さいそう)す。如(も)し棄嫌(きけん=嫌う)せざれば、願(ねが)わくは芹献(きんけん=粗末な進物)を表(あらわ)さん」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「善(よ)き哉(かな)!善(よ)き哉(かな)!我(われ)徒弟(とてい)の果子(くだもの)を摘(つ)みに去(ゆ)きしが、就(すなわ)ち来(きた)らん、我(われ)敢(あえ)て吃(くら)わず。假如(もし)我(われ)が和尚(おしょう)汝(なんじ)が飯(めし)を吃(くら)いて、汝(なんじ)が丈夫(じょうぶ)暁(さと)り得(え)て、汝(なんじ)を罵(ののし)らば、却(かえ)って罪(つみ)を貧僧(ひんそう)に坐(ざ)せずや」と。那(か)の女子(じょし)唐僧(とうそう)の肯(あえ)て吃(くら)わざるを見(み)て、却(かえ)って又(また)面(おもて)に満(み)つ春(はる)を生(しょう)じて道(いわ)く「師父(しふ)よ、我(わ)が父母(ふぼ)の斎僧(さいそう)するは、還(また)是(こ)れ小可(しょうか=僅か);我(わ)が丈夫(じょうぶ)は更(さら)に是(こ)れ箇(こ)の善人(ぜんにん)にして、一生(いっしょう)好(この)むは是(こ)れ橋(はし)を修(おさ)め路(みち)を補(おぎな)い、老(ろう)を愛(あい)し貧(まず)しきを憐(あわ)れむ。但(た)だ此(こ)の飯(めし)の送(おく)りて師父(しふ)に吃(くら)わしめたりと説(い)うを聴(き)き得(え)ば、他(かれ)我(われ)と夫妻(ふさい)の情(じょう)の之(うえ)に、尋常(じんじょう)に比(ひ)して更(さら)に是(こ)れ不同(こと)ならん」と。三蔵(さんぞう)也(また)只(た)だ吃(くら)わざるのみ。旁(かたわら)に却(かえ)って悩(いらだ)して八戒(はっかい)を壊(こわ)せり。那(か)の呆子(ほうし)嘴(くち)を努(つきだ)し、口(くち)裏(うち)埋怨(ばいえん=ぶつぶつ)して道(いわ)く「天下(てんか)和尚(おしょう)也(また)数(かず)無(な)きに、曾(かつ)て我(われ)が此(こ)の箇(こ)の老和尚(ろうおしょう)の罷軟(ひぜん=優柔不断)なるに象(に)たるは有(あ)らず!現成(げんせい=出来合い)の飯(めし)三分児(さんぶんじ)も倒(かえ)って吃(くら)わず、只(た)だ那(か)の猴子(こうし)の来(きた)りて、四分(しぶん)を做(な)して才(ようや)く吃(くら)うを等(ま)つか」と。他(かれ)分説(ぶんせつ=言い訳)を容(い)れず、一(ひと)つの嘴(くち)で箇(こ)の罐子(かんす=壺)を拱(お)し倒(たお)し、就(すなわ)ち口(くち)を動(うご)かさんと要(ほっ)す。   只(ただ)那(か)の行者(ぎょうじゃ)の南山頂(なんざんちょう)の之(うえ)より、幾(いく)つかの桃子(とうじ)を摘(つ)み、鉢盂(はつう)を托(の)せ、一(ひと)つの觔斗(きんと)に、点(ちょ)と将(まさ)に回(かえ)り来(きた)らんとするを見(み)る。火眼金睛(かがんきんせい)を睜(みひら)いて観看(かんかん)し、那(か)の女子(じょし)の是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)なるを認(みと)め、鉢盂(はつう)を放(お)り下(おろ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き、当頭(とうとう=真っ向)より就(すなわ)ち打(う)つ。唬(おどろ)きて箇(こ)の長老(ちょうろう)手(て)を用(もち)いて扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「悟空(ごくう)!汝(なんじ)走(はし)り将(まさ)に来(きた)りて誰(たれ)を打(う)つか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)が面前(めんぜん)の此(こ)の女子(じょし)、当(あ)てて箇(こ)の好人(こうじん)と做(な)す莫(なか)れ。他(かれ)は是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)にして、来(きた)りて汝(なんじ)を騙(だま)さんとするなり」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「汝(なんじ)が此(こ)の猴頭(こうとう)、当時(とうじ)は倒(かえ)って也(また)些(いささ)か眼力(がんりき)有(あ)りしに、今日(こんにち)如何(いかん)ぞ乱道(らんどう=でたらめを言う)するか。此(こ)の女菩薩(にょぼさつ)に此(こ)の善心(ぜんしん)有(あ)りて、此(こ)の飯(めし)を将(もっ)て我(われ)等(ら)を斎(とき)せんと要(ほっ)するに、汝(なんじ)怎(どう)して他(かれ)を是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)と説(い)うか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)那(いず)こにか認(みと)め得(え)ん!老孫(ろうそん)水簾洞(すいれんどう)の裏(うち)に在(あ)りて妖魔(ようま)を做(な)りし時(とき)、若(も)し人肉(にんにく)の吃(くら)わんを想(おも)わば、便(すなわ)ち是(こ)れ這(こ)の等(ごと)し:或(あるい)は金銀(きんぎん)に変(へん)じ、或(あるい)は庄台(しょうだい=屋敷)に変(へん)じ、或(あるい)は酔人(すいじん)に変(へん)じ、或(あるい)は女色(じょしょく)に変(へん)ず。那(か)の等(ごと)き痴心(ちしん=愚かな心)の有(あ)りて、我(われ)を愛(あい)し上(のぼ)れば、我(われ)就(すなわ)ち他(かれ)を迷(まよ)わして洞(どう)の裏(うち)に到(いた)らせ、意(こころ)を尽(つく)し心(こころ)に随(したが)い、或(あるい)は蒸(ふか)し或(あるい)は煮(に)て受用(じゅよう=頂く);吃(くら)い了(おわ)らずんば、還(また)乾(から)からに晒(ほ)して天陰(てんいん=雨の日)を防(ふせ)がんと要(よう)す!師父(しふ)、我(われ)若(も)し来(きた)ること遅(おそ)からば、汝(なんじ)定(かなら)ず他(かれ)が套子(とうし=罠)に入(い)り、他(かれ)が毒手(どくしゅ)に遭(あ)わん」と。那(か)の唐僧(とうそう)那(いず)くにか肯(あえ)て信(しん)ぜん、只(た)だ是(こ)れ箇(こ)の好人(こうじん)と説(い)う。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、我(われ)汝(なんじ)を知(し)り了(おわ)れり。汝(なんじ)他(かれ)が那(あ)の等(ごと)き容貌(ようぼう)を見(み)て、必然(かなら)ず凡心(ぼんしん)を動(うご)かせり。若(も)し果(はた)して此(こ)の意(い)有(あ)らば、八戒(はっかい)をして幾(いく)つの樹(き)を伐(き)らしめ来(きた)り、沙僧(さそう)をして些(いささ)か草(くさ)を尋(たず)ねしめ、我(われ)木匠(もっしょう=大工)を做(な)り、就(すなわ)ち此(ここ)に在(あ)って箇(こ)の窩鋪(かほ=小屋)を搭(か)け、汝(なんじ)他(かれ)と円房成事(えんぼうせいじ=契りを結び)し、我(われ)等(ら)大家(みな)散(さん)ぜば、却(かえ)って是(こ)れ件(けん)の事業(じぎょう=仕儀)ならずや。何(なん)ぞ必(かなら)ずしも又(また)跋渉(ばっしょう=苦労して旅し)、甚(なん)の経(きょう)を取(と)らんや」と。那(か)の長老(ちょうろう)原来(げんらい)是(こ)れ箇(こ)の軟善(なんぜん=柔和)の人(ひと)、那(いず)くにか他(かれ)が此(こ)の句(く)の言語(げんご)を吃(き)き得(え)ん、羞(は)じて箇(こ)の光頭(こうとう=坊主頭)をして耳(みみ)に徹(とお)りて通(とお)り紅(あか)からしむ。三蔵(さんぞう)正(まさ)に此(ここ)に羞慚(しゅうざん=恥じ)ずるに、行者(ぎょうじゃ)又(また)性(しょう=気性)を発(はっ)し起(おこ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き、妖精(ようせい)を望(めが)けて劈臉(へきれん=顔面)一下(いっか)す。那(か)の怪物(かいぶつ)些(いささ)か手段(しゅだん)有(あ)り、箇(こ)の解尸法(げしほう=死体を残して逃げる術)を使(つか)い、行者(ぎょうじゃ)が棍子(こんす=棒)の来(きた)る時(とき)を見(み)て、他(かれ)却(かえ)って精神(せいしん)を抖擻(とそう)し、預(あらかじ)め走(に)げ了(おわ)り、一(ひとつ)の仮(にせ)の尸首(ししゅ=死骸)を把(もっ)て地(ち)の之(うえ)に打(う)ち死(し)なせり。唬(おどろ)きて箇(こ)の長老(ちょうろう)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、口(くち)中(うち)念(ねん)を作(な)して道(いわ)く「此(こ)の猴(こう=猿)着然(ちゃくぜん=まったく)無礼(ぶれい)なり!屡(しばしば)勧(すす)むるも従(したが)わず、故(ゆえ)無(な)くに人(ひと)の性命(しょうめい)を傷(そこな)う」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)怪(とが)むる莫(なか)れ、汝(なんじ)且(しばら)く来(きた)りて此(こ)の罐子(かんす)の裏(うち)の是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるを看(み)よ」と。沙僧(さそう)長老(ちょうろう)を攙(ささ)え、近(ちか)く前(すす)みて看(み)る時(とき)、那(いず)くにか是(こ)れ甚(なん)の香米飯(こうべいはん)ならん、却(かえ)って是(こ)れ一罐子(いっかんす=壺一杯)の尾(お)を拖(ひ)きたる長蛆(ちょうしょ=長い蛆)、也(また)是(こ)れ面筋(めんきん)に非(あら)ずして、却(かえ)って是(こ)れ幾(いく)つかの青蛙(せいあ=青蛙)、癩蝦蟇(らいがま=蟾蜍)、地(ち)に満(み)ちて乱(みだ)りに跳(おど)る。長老(ちょうろう)才(ようや)く三分児(さんぶんじ)の信(しん)有(あ)るも、怎(どう)して禁(こら)えん猪八戒(ちょはっかい)の気(き)の忿(いきどお)らざる、旁(かたわら)に在(あ)って八分児(はちぶんじ)を漏(も)らして唆嘴(さし=口を挟み)して道(いわ)く「師父(しふ)、此(こ)の女子(じょし)の事(こと)を説(と)き起(おこ)せば、他(かれ)は是(こ)れ此(こ)の間(あいだ)の農婦(のうふ)、飯(めし)を送(おく)りて田(た)へ下(くだ)るに因(よ)り、路(みち)に我(われ)等(ら)に遇(あ)えるのみ。却(かえ)って怎(どう)して他(かれ)を栽(罪を着)せて是(こ)れ箇(こ)の妖怪(ようかい)と做(な)すか。哥哥(あに)が棍(こん)重(おも)く、走(はし)り将(まさ)に来(きた)りて手(て)を試(ため)して他(かれ)を一(ひと)つ打(う)ちしに、期(き=思いがけ)ず就(すなわ)ち打(う)ち殺(ころ)せり。汝(なんじ)が甚(なん)の《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)ずるを怕(おそ)れ、故意(わざ)と箇(こ)の障眼法児(しょうがんほうじ=目くらまし)を使(つか)い、変(へん)じて這(こ)の等(ごと)き様(よう)の東西(もの)と做(な)し、汝(なんじ)が眼(め)を演幌(えんこう=あざむ)き、呪(じゅ)を念(ねん)ぜざらしめんとするなり」と。   三蔵(さんぞう)此(こ)の一言(いちげん)より、就(すなわ)ち是(こ)れ晦気(わいき=不運)の到(いた)れるなり:果然(かぜん)那(か)の呆子(ほうし)の攛唆(さんさ=そそのかす)を信(しん)じ、手(て)中(うち)に訣(けつ=印)を捻(ねん)じ、口(くち)裏(うち)呪(じゅ)を念(ねん)ずるに、行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち叫(よ)んで曰(いわ)く「頭(あたま)疼(いた)し!頭(あたま)疼(いた)し!念(ねん)ずる莫(なか)れ!念(ねん)ずる莫(なか)れ!話(はなし)有(あ)らば便(すなわ)ち説(い)え」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「甚(なん)の話(はなし)の説(い)う有(あ)らん!出家人(しゅっけにん)は時時(じじ)常(つね)に方便(ほうべん)を要(よう)し、念念(ねんねん)善心(ぜんしん)を離(はな)れず、地(ち)を掃(は)くに螻蟻(ろうぎ=蟻)の命(いのち)を傷(そこな)わんことを恐(おそ)れ、飛蛾(ひが=蛾)を愛惜(あいせき)して紗(しゃ)灯(とう)を罩(おお)う。汝(なんじ)怎(どう)して步步(ほほ)行凶(ぎょうきょう=凶行)し、此(こ)の故(ゆえ)無(な)き平人(へいじん=一般人)を打(う)ち死(し)なすか。経(きょう)を将(も)ち来(きた)りて何(なん)の用(よう)有(あ)らんや。汝(なんじ)回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)我(われ)をして那(いず)こへ回(かえ)り去(ゆ)けと教(おし)えるか」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)汝(なんじ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「汝(なんじ)我(われ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せざれば、只(た)だ怕(おそ)らくは汝(なんじ)が西天(せいてん)の路(みち)去(ゆ)き成(な)らざらん」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(わ)が命(いのち)は天(てん)に在(あ)り。該(まさ)に那(か)の妖精(ようせい)の蒸(ふか)して吃(くら)わるるに当(あ)たらば、就(すなわ)ち是(こ)れ煮(に)られたりとも、也(また)算(かぞ)えて過(あやま)ちならず。終(つい)に然(しか)らずんば、汝(なんじ)我(わ)が大限(たいげん=寿命)を救(すく)い得(え)るか。汝(なんじ)快(はや)く回(かえ)り去(ゆ)け」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)、我(われ)回(かえ)り去(ゆ)くも便(すなわ)ち也(また)罷(よ)からん、只(た)だ是(こ)れ曾(かつ)て汝(なんじ)が恩(おん)を報(ほう)ずるを得(え)ざるのみ」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)汝(なんじ)と甚(なん)の恩(おん)有(あ)らんや」と。那(か)の大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)き、連(つら)ねて忙(いそ)ぎ跪(ひざまず)き下(くだ)りて頭(かしら)を叩(たた)いて道(いわ)く「老孫(ろうそん)大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせしに因(よ)りて、傷身(しょうしん)の難(なん)を致(いた)し下(くだ)し、我(わ)が仏(ほとけ)に両界山(りょうかいざん)に圧(お)さわれたるを、幸(さいわい)に観音菩薩(かんのんぼさつ)我(われ)に与(あた)えて戒行(かいぎょう)を受(う)けしめ、幸(さいわい)に師父(しふ)我(わ)が身(み)を救(すく)い脱(のが)れしむ。若(も)し汝(なんじ)と同(とも)に西天(せいてん)に上(のぼ)らずんば、我(われ)の恩(おん)を知(し)りて報(ほう)ぜざるは君子(くんし)に非(あら)ずと顕(あらわ)し、万古千秋(ばんこせんしゅう)に罵名(ばめい=悪名)を作(な)さん」と。原来(げんらい)此(こ)の唐僧(とうそう)は是(こ)れ箇(こ)の慈憫(じびん=慈悲深き)の聖僧(せいそう)、他(かれ)行者(ぎょうじゃ)の哀告(あいこく=嘆願)するを見(み)て、却(かえ)って也(また)心(こころ)を回(めぐ)らし意(い)を転(てん)じて道(いわ)く「既(すで)に此(かく)の如(ごと)く説(い)わば、且(しばら)く汝(なんじ)を此(こ)の一次(いちじ)を饒(ゆる)さん、再(ふたた)び無礼(ぶれい)を休(や)めよ。若(も)し仍(なお)前(さき)の如(ごと)く悪(あく)を作(な)さば、此(こ)の呪語(じゅご)顛倒(てんとう)して就(すなわ)ち二十遍(にじゅっぺん)を念(ねん)ぜん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「三十遍(さんじゅっぺん)も也(また)汝(なんじ)に由(よ)る、只(た)だ是(こ)れ我(われ)人(ひと)を打(う)たざるのみ」と。却(かえ)って才(ようや)く唐僧(とうそう)を伏侍(ぶじ)して馬(うま)に上(のぼ)らしめ、又(また)摘(つ)み来(きた)れる桃子(とうじ)を将(もっ)て奉上(ほうじょう)す。唐僧(とうそう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って也(また)幾(いく)つかを吃(くら)い、権(かり)に且(しばら)く飢(うえ)を充(みた)す。   却(かえ)って説(と)く、那(か)の妖精(ようせい)、命(いのち)を脱(のが)れて空(くう)に昇(のぼ)る。原来(げんらい)行者(ぎょうじゃ)が那(か)の棒(ぼう)は一(ひと)つも曾(かつ)て妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)さず、妖精(ようせい)出神(しゅっしん=霊魂となり)して去(さ)れるなり。他(かれ)那(か)の雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って、牙(きば)を咬(か)み切歯(せっし=歯ぎしり)し、暗(あん)に行者(ぎょうじゃ)を恨(うら)んで道(いわ)く「幾年(いくとせ)只(た)だ他(かれ)が手段(しゅだん)を講(こう)ずるを聞(き)き得(え)たるに、今日(こんにち)果然(かぜん)話(はなし)の虚(むな)しく伝(つた)わるに非(あら)ず。那(か)の唐僧(とうそう)已(すで)に此(これ)我(われ)を認(みと)めず、将(まさ)に飯(めし)を吃(くら)わんとす。若(も)し頭(こうべ)を低(た)れて一(ひと)つ聞(か)ぐことを得(え)ば、我(われ)就(すなわ)ち一把(ひとつかみ)に撈(すく)い住(とど)めん、却(かえ)って是(こ)れ我(わ)が人(ひと)と成(な)らずや。期(き=思いがけ)ず他(かれ)の走(はし)り来(きた)りて、我(わ)が此(こ)の勾当(こうとう=企み)を弄(もう)し破(やぶ)られ、又(また)幾(ほと)んど他(かれ)に一棒(いちぼう)を打(う)たれんとせり。若(も)し此(こ)の和尚(おしょう)を饒(ゆる)さば、誠(まこと)に然(さ)も是(こ)れ労(ろう)して功(こう)無(な)きなり。我(われ)還(また)下(くだ)り去(ゆ)きて他(かれ)を一(ひと)つ戯(たわむ)らん」と。   好(よ)き妖精(ようせい)、陰雲(いんうん)を按(おさ)え落(おろ)し、那(か)の前(まえ)の山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)って、身(み)を揺(ゆすぶ)って一(ひと)つ変(へん)じ、変(へん)じて箇(こ)の老婦人(ろうふじん)と作(な)る。年(とし)八旬(はちじゅん=八十歳)に満(み)ち、手(て)に一根(いっこん)の弯頭竹杖(わんとうちくじょう=曲がり杖)を拄(つ)き、一步(いっぽ)に一声(ひとこえ)ずつ哭(な)き着(つ)けて走(あゆ)み来(きた)る。八戒(はっかい)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「師父(しふ)!不好(わる)いかな!那(か)の媽媽児(ままじ=婆さん)人(ひと)を尋(たず)ねに来(きた)れり」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「甚(なん)の人(ひと)を尋(たず)ぬるか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師兄(しけい)の打(う)ち殺(ころ)ししは、定(かなら)ず是(こ)れ他(かれ)が女児(じょじ=娘)ならん。此(こ)れは定(かなら)ず是(こ)れ他(かれ)が娘(はは)の尋(たず)ね将(まさ)に来(きた)れるなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)胡説(こせつ=でたらめ)を要(よう)する莫(なか)れ!那(か)の女子(じょし)十八歳(じゅうはっさい)、此(こ)の老婦(ろうふ)八十歳(はちじっさい)有(あ)り。怎(どう)して六十余歳(ろくじゅうよさい)にして還(また)生産(せいさん)せんや。断乎(だんこ)是(こ)れ箇(こ)の仮(にせ)なり、我(われ)が老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて来(きた)りて看(み)んを等(ま)て」と。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、近(ちか)く前(すす)んで観看(かんかん)するに、那(か)の怪物(かいぶつ) 仮(いつわ)りて一(ひとり)の婆婆(ばば)に変(へん)じ、両鬢(りょうびん=鬢)冰雪(ひょうせつ)の如(ごと)し。 路(みち)を走(ある)くこと慢騰騰(まんとうとう=のろのろ)、歩(あゆ)みを行(ゆ)くこと虚怯怯(きょきょうきょう=おぼつかなし)。 弱体(じゃくたい)瘦(や)せて伶仃(れいてい=か細く)、臉(かお)枯菜(こさい=枯れ菜)の葉(は)の如(ごと)し。 顴骨(かんこつ=頬骨)上(うえ)に向(むか)って翹(そび)え、嘴唇(しんしゅん=唇)下(した)へ向(むか)って别(そ)る。 老年(ろうねん)は少年(しょうねん)の時(とき)に比(ひ)せず、満面(まんめん)都(みな)是(こ)れ荷葉(かよう=蓮の葉)の摺(ひだ)なり。   行者(ぎょうじゃ)他(かれ)の是(こ)れ妖精(ようせい)なるを認(みと)め、更(さら)に理論(りろん=言い訳)せず、棒(ぼう)を挙(あ)げて頭(こうべ)を照(てら)して便(すなわ)ち打(う)つ。那(か)の怪(かい)棍子(こんす)の起(おこ)る時(とき)を見(み)て、依然(いぜん)として抖擻(とそう)し、又(また)元神(げんしん)を出化(しゅっけ=抜け出さ)して、真児(しんじ=本体)を脱(だっ)して去(さ)り、箇(こ)の仮(にせ)の尸首(ししゅ)を把(もっ)て又(また)山路(さんろ)の下(した)に打(う)ち死(し)なせり。唐僧(とうそう)一(ひと)たび見(み)て、驚(おどろ)いて馬(うま)より下(お)り、路(みち)の旁(かたわら)に睡(ふ)し在(あ)り、更(さら)に二(ふた)つの話(はなし)無(な)く、只(た)だ《緊箍児呪(きんこじゅ)》を将(もっ)て顛倒(てんとう)して足(じゅうぶん)に二十遍(にじゅっぺん)を念(ねん)じ了(おわ)る。憐(あわ)れむべし箇(こ)の行者(ぎょうじゃ)が頭(あたま)を把(もっ)て、勒(し)めて箇(こ)の亜腰児葫芦(あようじころ=くびれた瓢箪)の似(ごと)くならしめ、十分(じゅうぶん)に疼痛(とうつう)忍(しの)び難(がた)く、滚(ころ)び将(まさ)に来(きた)って哀告(あいこく)して道(いわ)く「師父(しふ)念(ねん)ずる莫(なか)れ!甚(なん)の話(はなし)有(あ)らば説(い)い了(おわ)りて罷(や)めよ」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「甚(なん)の話(はなし)の説(い)う有(あ)らん!出家人(しゅっけにん)は耳(みみ)に善言(ぜんげん)を聴(き)きて、地獄(じごく)に堕(お)ちず。我(われ)が這(こ)の般(ごと)く汝(なんじ)を勧化(かんけ=説き諭す)するに、汝(なんじ)怎(どう)して只(た)だ是(こ)れ行凶(ぎょうきょう)するか。平人(へいじん)を打(う)ち死(し)なすこと一(ひとり)、又(また)一(ひとり)を打(う)ち死(し)なす、此(こ)れは是(こ)れ何(なん)の説(せつ)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)は是(こ)れ妖精(ようせい)なり」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「此(こ)の猴子(こうし)胡説(こせつ)す!就(すなわ)ち這(こ)の許多(あまた)の妖怪(ようかい)有(あ)らんや。汝(なんじ)は是(こ)れ箇(こ)の善(ぜん)に向(むか)う心(こころ)無(な)きの輩(ともがら)、意(い)有(あ)りて悪(あく)を作(な)すの人(ひと)なり。汝(なんじ)去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)又(また)我(われ)をして去(ゆ)けと教(おし)えるか、回(かえ)り去(ゆ)くも便(すなわ)ち也(また)回(かえ)り去(ゆ)かん、只(た)だ是(こ)れ一件(いっけん)相応(そうおう=納得)せざる有(あ)り」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「汝(なんじ)甚(なん)の相応(そうおう)せざる処(ところ)有(あ)るか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、他(かれ)要(よう)するは汝(なんじ)と行李(こうり)を分(わか)たんとするなり。汝(なんじ)に跟(したが)いて此(こ)の幾年(いくとせ)の和尚(おしょう)を做(な)り、空(むな)しく手(て)を着(つ)けて回(かえ)り去(ゆ)くと成(な)らずや。汝(なんじ)那(か)の包袱(ほうほう=荷物)の裏(うち)の甚(なん)の旧褊衫(きゅうへんさん=古い衣)、破帽子(はぼうし=破れ帽)を把(もっ)て、二件(にけん)を他(かれ)に分(わか)ち与(あた)えて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、気(き)暴(あわ)てて跳(おど)りて道(いわ)く「我(われ)が汝(なんじ)を此(こ)の尖嘴(せんし=尖った口)の夯貨(こうか)把(もっ)て!老孫(ろうそん)一向(いっこう)沙門(しゃもん)に教(おしえ)を秉(と)り、更(さら)に一毫(いちごう)の嫉妒(しっと=妬み)の意(い)、貪恋(とんれん=未練)の心(こころ)無(な)し、怎(どう)して甚(なん)の行李(こうり)を分(わか)たんと要(ほっ)するか」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「汝(なんじ)既(すで)に嫉妒(しっと)貪恋(とんれん)せざれば、如何(いかん)ぞ去(ゆ)かざるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「実(じつ)に師父(しふ)に瞞(かく)さず説(い)わば、老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんぜん)、花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に居(きょ)して大(おお)いに英雄(えいゆう)を展(の)べしし際(おり)に、七十二洞(しちじゅうにどう)の邪魔(じゃま)を収降(しゅうこう=降伏)し、手(て)下(した)に四万七千(しまんしちせん)の群怪(ぐんかい)有(あ)り、頭(かしら)に戴(いただ)くは是(こ)れ紫金冠(しきんかん)、身(み)に穿(き)るは是(こ)れ赭黄袍(しゃこうほう=赤黄の袍)、腰(こし)に系(し)むるは是(こ)れ藍田帯(らんでんたい)、足(あし)に踏(ふ)むは是(こ)れ歩雲履(ほうんり=雲歩きの靴)、手(て)に執(と)るは是(こ)れ如意金箍棒(にょいきんこぼう)、着実(ちゃくじつ)に也(また)曾(かつ)て人(ひと)と為(な)れり。涅槃罪度(ねはんざいど=涅槃の罪を度し)より、髪(かみ)を削(そ)りて正(しょう)を秉(と)り沙門(しゃもん)に入(い)り、汝(なんじ)に跟(したが)いて徒弟(とてい)と做(な)りてより、此(こ)の金箍児(きんこじ)を把(もっ)て我(わ)が頭(かしら)の之(うえ)に勒(し)められ、若(も)し回(かえ)り去(ゆ)かば、却(かえ)って也(また)故郷(こきょう)の人(ひと)に見(まみ)ゆるに難(かた)し。師父(しふ)果(はた)して若(も)し我(われ)を要(よう)せずんば、那(か)の箇(こ)の《松箍児呪(しょうこじゅ)》を把(もっ)て一(ひと)つ念(ねん)じ、此(こ)の箍子(こし=輪)を退(しりぞ)け下(おろ)し、交付(こうふ=渡し)して汝(なんじ)に与(あた)え、别人(べつじん)の頭(かしら)の之(うえ)に套(かぶ)せよ。然(しか)らば我(われ)就(すなわ)ち快活(かいかつ)に相応(そうおう)し了(おわ)る、也(また)是(こ)れ汝(なんじ)に一場(いちじょう)跟(したが)えるなり。莫(なか)れ成(な)らんか、此(こ)れ等(ら)の人意児(じんいじ=人情)も也(また)無(な)きや」と。唐僧(とうそう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「悟空(ごくう)、我(われ)当時(とうじ)只(た)だ是(こ)れ菩薩(ぼさつ)暗(あん)に一卷(いっかん)の《緊箍児呪(きんこじゅ)》を受(う)けしのみ、却(かえ)って甚(なん)の松箍児呪(しょうこじゅ)有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「若(も)し《松箍児呪(しょうこじゅ)》無(な)くんば、汝(なんじ)還(また)我(われ)を帯(たい)して走走(ちょっと)去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。長老(ちょうろう)又(また)没奈何(どうしようもなく)道(いわ)く「汝(なんじ)且(しばら)く起(た)て、我(われ)再(ふたた)び汝(なんじ)を此(こ)の一次(いちじ)を饒(ゆる)さん、却(かえ)って再(ふたた)び行凶(ぎょうきょう)す可(べ)からず」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「再(ふたた)び敢(あえ)てせず、再(ふたた)び敢(あえ)てせず」と。又(また)師父(しふ)を伏侍(ぶじ)して馬(うま)に上(のぼ)らせ、路(みち)を剖(さ)いて前進(ぜんしん)す。   却(かえ)って説(と)く、那(か)の妖精(ようせい)、原来(げんらい)行者(ぎょうじゃ)が第二(だいに)の棍(こん)も也(また)曾(かつ)て他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)さず。那(か)の怪物(かいぶつ)半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)って、夸奨(こしょう=褒め)して尽(つく)さず道(いわ)く「好(よ)き箇(こ)の猴王(こうおう)、着然(ちゃくぜん)眼(め)有(あ)り!我(われ)那(あ)の般(ごと)く変(へん)じて去(ゆ)くも、他(かれ)也(また)還(また)我(われ)を認(みと)め得(え)たり。此(こ)れ等(ら)の和尚(おしょう)、他(かれ)等(ら)去(ゆ)くこと快(はや)し。若(も)し此(こ)の山(やま)を過(す)ぎて、西(にし)へ下(くだ)ること四十里(しじゅうり)なれば、就(すなわ)ち我(わ)が管(つかさど)る所(ところ)に伏(ふく)せず。若(も)し是(こ)れ別(べつ)の処(ところ)の妖魔(ようま)に撈(すく)われ去(さ)らば、好道(よもや)他(かれ)が人口(じんこう=他人の口)を笑(わら)い破(やぶ)り、自家(じか)の心(こころ)を使(つか)い砕(くだ)かん。我(われ)還(また)下(くだ)り去(ゆ)きて他(かれ)を一(ひと)つ戯(たわむ)らん」と。好(よ)き妖怪(ようかい)、陰風(いんふう)を按(おさ)え聳(そび)えしめ、山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)って身(み)を揺(ゆすぶ)って一(ひと)つ変(へん)じ、変(へん)じて一(ひとり)の老公公(ろうこうこう=爺さん)と成(な)る。真個(しんこ)に是(こ)れ 白髪(はくはつ)彭祖(ほうそ)の如(ごと)く、蒼髯(そうぜん=白き髭)寿星(じゅせい)に賽(まさ)る。 耳中(じちゅう)に玉磬(ぎょくけい=玉の磬)鳴(な)り、眼(め)裏(うち)に金星(きんせい)幌(ひらめ)く。 手(て)に龍頭拐(りゅうとうかい=龍頭の杖)を拄(つ)き、身(み)に鶴氅(かくしょう=羽衣)の軽(かる)きを穿(き)る。 数珠(じゅず)手(て)に在(あ)って掐(つま)ぐり、口(くち)に南無経(なむきょう)を誦(とな)う。   唐僧(とうそう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って見(み)て、心中(しんちゅう)歓喜(かんき)して道(いわ)く「阿弥陀仏(あみだぶつ)!西方(せいほう)真(まこと)に是(こ)れ福地(ふくち)なり!那(か)の公公(こうこう)は路(みち)も也(また)走(ある)き上(のぼ)り来(きた)らざるに、逼法(ひっぽう=懸命)に還(また)経(きょう)を念(ねん)ずるかな」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)且(しばら)く夸奨(こしょう=褒める)を要(よう)する莫(なか)れ、那(か)れは是(こ)れ禍(わざわい)の根(ね)なり」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「怎(どう)して是(こ)れ禍根(かこん)なるか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「行者(ぎょうじゃ)は他(かれ)が女児(じょじ)を打(う)ち殺(ころ)し、又(また)他(かれ)が婆子(ばす=婆さん)を打(う)ち殺(ころ)せり。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ他(かれ)が老児(ろうじ=爺さん)の尋(たず)ね将(まさ)に来(きた)れるなり。我(われ)等(ら)若(も)し他(かれ)が懐(ふところ)の裏(うち)に撞(ぶつか)り在(あ)らば、師父(しふ)、汝(なんじ)便(すなわ)ち命(いのち)を償(つぐな)い、該(まさ)に箇(こ)の死罪(しざい)に当(あ)たらん;老猪(ろうちょ)を従(したが)と為(な)し、充軍(じゅうぐん=流罪)を問(と)わん;沙僧(さそう)は令(れい)を喝(かつ)したるとして、擺站(はいざん=駅卒)を問(と)わん;那(か)の行者(ぎょうじゃ)は箇(こ)の遁法(とんぽう=逃げ術)を使(つか)いて走(に)げ了(おわ)らば、却(かえ)って我(われ)等(ら)三個(みたり)の頂缸(ちょうこう=身代わり)を苦(くるしめ)ずや」と。行者(ぎょうじゃ)聴(き)き得(え)て道(いわ)く「此(こ)の呆根(ほうこん=間抜け)、這(こ)の等(ごと)く胡説(こせつ)して、師父(しふ)を唬(おどろ)かさずや。我(われ)が老孫(ろうそん)の再(ふたた)び去(ゆ)きて看(み)んを等(ま)て」と。   他(かれ)棍(こん)を身(み)の辺(ほとり)に蔵(かく)し、上(のぼ)り前(すす)んで怪物(かいぶつ)を迎(むか)え、一声(ひとこえ)「老官児(ろうかんじ)、那(いず)こへ往(ゆ)くか?怎(どう)して又(また)路(みち)を走(ある)き、又(また)経(きょう)を念(ねん)ずるか」と叫(よ)ぶ。那(か)の妖精(ようせい)定盤星(じょうばんせい=秤の目盛り)を錯(あやま)り認(みと)め、孫大聖(そんたいせい)をも也(また)当(あ)てて箇(こ)の等閑(とうかん=並)の者(もの)と做(な)し、遂(つい)に答(こた)えて道(いわ)く「長老(ちょうろう)よ、我(われ)が老漢(ろうかん=この爺)は此(こ)の地(ち)に祖居(そこ=先祖代々住み)、一生(いっしょう)善(ぜん)を好(この)み斎僧(さいそう)し、経(きょう)を看(み)仏(ほとけ)を念(ねん)ず。命(めい)裏(うち)に子(こ)無(な)く、只(た)だ一(ひとり)の小女(しょうじょ)を生(しょう)じ得(え)、一(ひとり)の女婿(じょせい)を招(むか)えたり。今朝(けさ)飯(めし)を送(おく)りて田(た)へ下(くだ)りしに、想(おも)うに是(こ)れ虎口(ここう=虎の口)に遭逢(そうほう=出会)せるならん。老妻(ろうさい=妻)先(さき)に来(きた)りて找尋(そうじん=探し)せるも、也(また)回(かえ)り去(ゆ)かず、全然(ぜんぜん)下落(げらく=行方)を知(し)らず。老漢(ろうかん)特(こと)に来(きた)りて看(み)るを尋(たず)ぬ。果然(かぜん)是(こ)れ他(かれ)が命(いのち)を傷残(しょうざん=損ない)せりとも、也(また)没奈何(どうしようもなく)、他(かれ)が骸骨(がいこつ)を将(もっ)て收拾(しゅうしゅう=納め)し回(かえ)り去(ゆ)き、塋(えい=墓)の中(なか)に安葬(あんそう)せん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く「我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の[生僻字]虎(ころす)の祖宗(そそう=元祖)なるに、汝(なんじ)怎(どう)して袖子(そで)の裏(うち)に箇(こ)の鬼児(きじ=鬼)を籠(こ)め来(きた)りて我(われ)を哄(だま)すか。汝(なんじ)諸人(しょじん=皆)を瞞(だま)すも、我(われ)を瞞(だま)し過(す)ぐるを得(え)じ!我(われ)汝(なんじ)を是(こ)れ箇(こ)の妖精(ようせい)なるを認(みと)め得(え)たり」と。那(か)の妖精(ようせい)唬(おどろ)きて口(くち)を頓(とど)めて言(ことば)無(な)し。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を掣(ひきぬ)き出(いだ)し、自(みずか)ら忖思(そんし=思案)して道(いわ)く「若(も)し他(かれ)を打(う)たざれば、他(かれ)の倒(かえ)って箇(こ)の風児(ふうじ=企み)を弄(ろう)するを顕(あらわ)さん;若(も)し他(かれ)を打(う)たんと要(ほっ)すれば、又(また)師父(しふ)の那(か)の話児呪語(わじじゅご)を念(ねん)ずるを怕(おそ)る」と。又(また)思量(しりょう=思案)して道(いわ)く「他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)さざれば、他(かれ)一時(いっとき)の間(あいだ)に空(あき)を抄(とら)えて師父(しふ)を把(もっ)て撈(すく)い去(さ)らば、却(かえ)って又(また)心(こころ)を費(ついや)し力(ちから)を労(ろう)して他(かれ)を救(すく)いに去(ゆ)かんや。還(かえ)って打(う)つこそ是(よ)けれ!就(すなわ)ち一棍子(いっこんす)に他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)し、師父(しふ)呪(じゅ)を念(ねん)じ起(おこ)すも、常言(じょうげん)に道(いわ)く、虎(とら)毒(どく)あれど児(こ)を吃(くら)わずと。我(わ)が巧言花語(こうげんかご=巧みな言葉)、嘴(くち)伶(かしこ)く舌(した)便(なめら)かなるに憑(よ)り、他(かれ)を一(ひと)つ哄(だま)し、好道(よもや)也(また)罷(よ)からん」と。好(よ)き大聖(たいせい)、呪語(じゅご)を念(ねん)じ動(うご)かし、当坊土地(とうぼうとち)、本処山神(ほんしょさんしん)を叫(よ)んで道(いわ)く「此(こ)の妖精(ようせい)三番(さんばん)来(きた)りて我(わ)が師父(しふ)を戯弄(ぎろう=たわむる)す、此(こ)の一番(いっぱん)却(かえ)って要(よう)するに他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)さん。汝(なんじ)等(ら)我(われ)と半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)って証(あかし)を作(な)し、走(に)がすことを許(ゆる)さず」と。衆神(しゅうしん)令(れい)を聴(き)き、誰(たれ)か敢(あえ)て従(したが)わざらん。都(みな)雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って照応(しょうおう=呼応)す。那(か)の大聖(たいせい)棍(こん)の起(おこ)る処(ところ)、妖魔(ようま)を打(う)ち倒(たお)し、才(ようや)く霊光(れいこう)を断絶(だんぜつ)せり。   那(か)の唐僧(とうそう)馬(うま)の之(うえ)に在(あ)って、又(また)唬(おどろ)きて戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)とし、口(くち)言(い)う能(あた)わず。八戒(はっかい)旁(かたわら)に在(あ)って又(また)笑(わら)って道(いわ)く「好(よ)き行者(ぎょうじゃ)!風(ふう=気)発(はっ)せり!只(た)だ半日(はんにち)の路(みち)を行(ゆ)きしに、倒(かえ)って三(みたり)の人(ひと)を打(う)ち死(し)なせり」と。唐僧(とうそう)正(まさ)に呪(じゅ)を念(ねん)ぜんと要(ほっ)するに、行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ馬(うま)の前(まえ)に到(いた)り、叫(よ)んで道(いわ)く「師父(しふ)、念(ねん)ずる莫(なか)れ!念(ねん)ずる莫(なか)れ!汝(なんじ)且(しばら)く来(きた)りて他(かれ)が模様(すがた)を看(み)よ」と。却(かえ)って是(こ)れ一堆(いったい)の粉骷髏(ふんころう=白骨)の那(あ)そこに在(あ)るなり。唐僧(とうそう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く「悟空(ごくう)、此(こ)の人(ひと)才(ようや)く死(し)せるに、怎(どう)して就(すなわ)ち化(か)して一堆(いったい)の骷髏(ころう=髑髏)と作(な)るか」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)は是(こ)れ箇(こ)の霊(れい)を潜(ひそ)め怪(かい)を作(な)すの僵尸(きょうし=屍鬼)、此(ここ)に在(あ)って人(ひと)を迷(まよ)わし本(もと)を敗(やぶ)るを、我(われ)に打(う)ち殺(ころ)され、他(かれ)就(すなわ)ち本相(ほんそう=正体)を現(あらわ)せり。他(かれ)が那(か)の脊梁(せきりょう=背骨)の之(うえ)に一行(いちぎょう)の字(じ)有(あ)り、白骨夫人(はっこつふじん)と做(な)す」と。唐僧(とうそう)聞(き)き説(と)きて、倒(かえ)って也(また)信(しん)じたり。怎(どう)して禁(こら)えん那(か)の八戒(はっかい)の旁(かたわら)に在(あ)って唆嘴(さし=口を挟み)して道(いわ)く「師父(しふ)、他(かれ)が手(て)重(おも)く棍(こん)凶(きょう)く、人(ひと)を打(う)ち死(し)なし、只(た)だ怕(おそ)らくは汝(なんじ)が那(か)の話児(わじ)を念(ねん)ぜんことを、故意(わざ)と変化(へんげ)して此(こ)の箇(こ)の模様(すがた)と為(な)し、汝(なんじ)が眼目(がんもく)を掩(おお)うなり」と。唐僧(とうそう)果然(かぜん)耳(みみ)軟(やわらか)く、又(また)他(かれ)を信(しん)じ、随(したが)って復(また)念(ねん)じ起(おこ)す。行者(ぎょうじゃ)疼痛(とうつう)に禁(こら)うるを得(え)ず、路(みち)の旁(かたわら)に跪(ひざまず)き、只(た)だ「念(ねん)ずる莫(なか)れ!念(ねん)ずる莫(なか)れ!話(はなし)有(あ)らば快(はや)く説(い)い了(おわ)りて罷(や)めよ」と叫(よ)ぶ。唐僧(とうそう)道(いわ)く「猴頭(こうとう)!還(また)甚(なん)の説話(せつわ)有(あ)らん!出家人(しゅっけにん)の善(ぜん)を行(おこな)うは、春園(しゅんえん)の草(くさ)の如(ごと)く、其(そ)の長(ちょう)ずるを見(み)ざるも、日(ひ)に増(ま)す所(ところ)有(あ)り;悪(あく)を行(おこな)う人(ひと)は、刀(かたな)を磨(みが)く石(いし)の如(ごと)く、其(そ)の損(そこな)わるるを見(み)ざるも、日(ひ)に虧(か)くる所(ところ)有(あ)り。汝(なんじ)此(こ)の荒郊野外(こうこうやがい)に在(あ)って、一連(いちれん)に三(みたり)の人(ひと)を打(う)ち死(し)なす、還(また)是(こ)れ人(ひと)の検挙(けんきょ=告発)する無(な)く、対頭(たいとう=相手)有(あ)らざるのみ;倘(もし)城市(じょうし)の之中(なか)、人烟(じんえん)湊集(そうしゅう=密集)の所(ところ)に到(いた)り、汝(なんじ)那(か)の哭喪棒(こくそうぼう=喪の杖)を拿(と)り、一時(いっとき)好歹(よしあし)を知(し)らず、乱(みだ)りに人(ひと)を打(う)ち起(おこ)し、大禍(たいか)を撞(つ)き出(いだ)さば、我(われ)をして怎(どう)脱身(だっしん)せしめんか。汝(なんじ)回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「師父(しふ)我(われ)を錯(あやま)って怪(とが)めり。此(こ)の厮(やつ)分明(ぶんめい)是(こ)れ箇(こ)の妖魔(ようま)、他(かれ)実(じつ)に心(こころ)有(あ)りて汝(なんじ)を害(がい)せんとす。我(われ)倒(かえ)って他(かれ)を打(う)ち死(し)なし、汝(なんじ)に替(かわ)りて害(がい)を除(のぞ)けるに、汝(なんじ)却(かえ)って認(みと)め得(え)ず、反(かえ)って那(か)の呆子(ほうし)の讒言冷語(ざんげんれいご=讒言や冷やかし)を信(しん)じ、屡次(るじ)我(われ)を逐(お)う。常言(じょうげん)に道(いわ)く、事(こと)三(みつ)を過(す)ぎずと。我(われ)若(も)し去(ゆ)かざれば、真個(しんこ)に是(こ)れ箇(こ)の下流無恥(かりゅうむち=卑劣無恥)の徒(と)ならん。我(われ)去(ゆ)かん我(われ)去(ゆ)かん!去(ゆ)くも便(すなわ)ち去(ゆ)き了(おわ)らん、只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)が手(て)下(した)に人(ひと)無(な)からん」と。唐僧(とうそう)怒(いかり)を発(はっ)して道(いわ)く「此(こ)の潑猴(はっこう)愈(いよいよ)無礼(ぶれい)なり!看(み)るに起(おこ)れば、只(た)だ汝(なんじ)こそ人(ひと)にして、那(か)の悟能(ごのう)、悟浄(ごじょう)は就(すなわ)ち是(こ)れ人(ひと)に非(あら)ざるか」と。那(か)の大聖(たいせい)一(ひと)たび他(かれ)等(ら)二個(ふたり)の是(こ)れ人(ひと)なりと説(い)うを聞(き)き得(え)て、止(とど)むるを得(え)ず傷情(しょうじょう=傷心)凄惨(せいさん=痛ましく)、唐僧(とうそう)に向(むか)って一声(ひとこえ)「苦(くる)しきかな!汝(なんじ)那(か)の時節(じせつ=あの頃)、長安(ちょうあん)を出(い)でしに、劉伯欽(りゅうはくきん)の汝(なんじ)を送(おく)りて路(みち)に上(のぼ)らしむる有(あ)り;両界山(りょうかいざん)に到(いた)りて、我(われ)を救(すく)い出(いだ)し、投(なげう)ちて汝(なんじ)を拝(はい)して師(し)と為(な)せり。我(われ)曾(かつ)て古洞(こどう)を穿(うが)ち、深林(しんりん)に入(い)り、魔(ま)を擒(とら)え怪(かい)を捉(とら)え、八戒(はっかい)を収(おさ)め、沙僧(さそう)を得(え)、千辛万苦(せんしんばんく=辛苦)を吃(き)き尽(つく)せり。今日(こんにち)惺惺(せいせい=賢さ)を昧(くら)まして糊塗(こず=愚か)を使(つか)い、只(た)だ我(われ)をして回(かえ)り去(ゆ)かしむ:此(ここ)に才(ようや)く是(こ)れ『鳥(とり)尽(つ)きて弓(ゆみ)蔵(かく)され、兎(うさぎ)死(し)して狗(いぬ)烹(に)らる』なり!罷(や)めよ罷(や)めよ!但(た)だ只(た)だ是(こ)れ那(か)の《緊箍児呪(きんこじゅ)》の多(おお)きのみ」と道(い)う。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)再(ふたた)び念(ねん)ぜじ」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「此(こ)れは説(い)い難(がた)し。若(も)し那(か)の毒魔(どくま)苦難(くなん)の処(ところ)に到(いた)りて身(み)を脱(のが)るるを得(え)ず、八戒(はっかい)沙僧(さそう)も汝(なんじ)を救(すく)い得(え)ざる時節(じせつ)、我(われ)を想起(おもいおこ)し、忍(しの)ぶを得(え)ず又(また)念誦(ねんじゅ)し起(おこ)さば、就(すなわ)ち十万里(じゅうまんり)の路(みち)なるも、我(わ)が頭(あたま)も也(また)是(こ)れ疼(いた)からん。假如(もし)又(また)来(きた)りて汝(なんじ)に見(まみ)ゆれば、此(こ)の意(い)を作(な)さざるに如(し)かず」と。唐僧(とうそう)他(かれ)が言言語語(げんげんごご=あれこれ言う)を見(み)て、愈(いよいよ)悩怒(どうど=憤り)を添(そ)え、鞍(くら)を滚(ころ)びて馬(うま)より下(お)り、沙僧(さそう)をして包袱(ほうほう)の内(うち)より紙筆(しひつ)を取(と)り出(いだ)さしめ、即(すなわ)ち澗(たに)の下(した)に於(おい)て水(みず)を取(と)り、石(いし)の之(うえ)に墨(すみ)を磨(す)り、一紙(いっし)の貶書(へんしょ=破門状)を写(うつ)し、行者(ぎょうじゃ)に逓(てわた)して道(いわ)く「猴頭(こうとう)!此(これ)を執(と)りて照(あかし)と為(な)せ、再(ふたた)び汝(なんじ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せず!如(も)し再(ふたた)び汝(なんじ)と相見(あいまみ)ゆれば、我(われ)就(すなわ)ち阿鼻地獄(あびじごく)に堕(お)ちん」と。   行者(ぎょうじゃ)連(つら)ねて忙(いそ)ぎ貶書(へんしょ)を接(う)けて道(いわ)く「師父(しふ)、誓(ちかい)を発(はっ)するを消(よう)せず、老孫(ろうそん)去(ゆ)かん」と。他(かれ)書(しょ)を将(もっ)て摺(おりたた)み了(おわ)り、袖(そで)の中(なか)に留(とど)め、却(かえ)って又(また)軟款(なんかん=優しく)唐僧(とうそう)に道(いわ)く「師父(しふ)、我(われ)も也(また)是(こ)れ汝(なんじ)に一場(いちじょう)跟(したが)い、又(また)菩薩(ぼさつ)の指教(しきょう=導き)を蒙(こうむ)れり。今日(こんにち)半途(なかみち)にして廃(すた)り、曾(かつ)て功果(こうか=功徳)を成(な)し得(え)ず。汝(なんじ)請(こ)う坐(ざ)せ、我(わ)が一拝(いっぱい)を受(う)けよ、我(われ)也(また)去(ゆ)きて心(こころ)を放(はな)つを得(え)ん」と。唐僧(とうそう)身(み)を転(てん)じ回(かえ)して睬(かえりみ)ず、口(くち)裏(うち)唧唧哝哝(しつしつのうのう=ぶつぶつ)として道(いわ)く「我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の好(よ)き和尚(おしょう)、汝(なんじ)が歹人(あくにん)の礼(れい)を受(う)けず」と。大聖(たいせい)他(かれ)の睬(かえりみ)ざるを見(み)て、又(また)箇(こ)の身外法(しんがいほう=分身の術)を使(つか)い、脳後(のうご=後頭部)の毫毛(ごうもう=産毛)を把(もっ)て三根(さんこん=三本)拔(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち三(みたり)の行者(ぎょうじゃ)に変(へん)じ、本身(ほんしん)を連(つら)ねて四個(よったり)、四面(しめん)より師父(しふ)を囲(かこ)み住(とど)めて下拝(かはい=伏し拝)す。那(か)の長老(ちょうろう)左右(さゆう)に避(よ)くるも脱(のが)るるを得(え)ず、好道(よもや)也(また)一拝(いっぱい)を受(う)けたり。   大聖(たいせい)跳(と)び起(お)き、身(み)を把(もっ)て一(ひと)たび抖(ふる)わせ、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め上(あ)ぐ。却(かえ)って又(また)沙僧(さそう)に吩咐(いいつけ)て道(いわ)く「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ箇(こ)の好人(こうじん)なるが、却(かえ)って只(た)だ心(こころ)を留(とど)めて八戒(はっかい)の[言字旁+占]言[言字旁+占]語(ちょげんちょご=讒言)を防(ふせ)ぐことを要(よう)し、途中(とちゅう)更(さら)に仔細(しさい)なるを要(よう)す。倘(もし)一時(いっとき)妖精(ようせい)の師父(しふ)を拿(とら)え住(とど)むる有(あ)らば、汝(なんじ)就(すなわ)ち老孫(ろうそん)の是(こ)れ他(かれ)が大徒弟(だいとてい)なりと説(い)え。西方(せいほう)の毛怪(もうかい=毛だらけの妖怪)、我(わ)が手段(しゅだん)を聞(き)きて、敢(あえ)て我(わ)が師父(しふ)を傷(そこな)わじ」と。唐僧(とうそう)道(いわ)く「我(われ)は是(こ)れ箇(こ)の好(よ)き和尚(おしょう)、汝(なんじ)が此(こ)の歹人(あくにん)の名字(みょうじ=名)を題(だい=口に)せず、汝(なんじ)回(かえ)り去(ゆ)きて罷(や)めよ」と。那(か)の大聖(たいせい)長老(ちょうろう)の三番両復(さんぱんりょうふく=幾度も翻す)し、肯(あえ)て意(い)を転(てん)じ心(こころ)を回(めぐ)らさざるを見(み)て、没奈何(どうしようもなく)才(ようや)く去(ゆ)く。汝(なんじ)他(かれ)を看(み)よ 涙(なみだ)を噙(ふく)み頭(かしら)を叩(たた)いて長老(ちょうろう)に辞(じ)し、 悲(かなしみ)を含(ふく)み意(い)を留(とど)めて沙僧(さそう)に嘱(しょく)す。 一頭(いっとう)拭(ぬぐ)い迸(ほとばし)る坡前(はぜん)の草(くさ)、 両脚(りょうきゃく)蹬(ふ)み翻(ひるがえ)す地上(ちじょう)の藤(ふじ)。 天(てん)に上(のぼ)り地(ち)に下(くだ)ること輪転(りんてん=車の回転)の如(ごと)く、 海(うみ)を跨(また)ぎ山(やま)を飛(と)ぶこと第一(だいいち)の能(のう)なり。 頃刻(けいこく=たちまち)の之(の)間(あいだ)に影(かげ)見(み)えず、 霎時(しょうじ=瞬く間)に疾(はや)く旧途(きゅうと=来た道)の程(みち)に返(かえ)る。   汝(なんじ)他(かれ)が気(き)を忍(しの)び師父(しふ)に別(わか)れ、觔斗雲(きんとうん)を縦(ほしいまま)にし、径(ただ)ちに花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)へ回(かえ)り去(ゆ)くを看(み)よ。独(ひと)り箇(こ)凄凄惨惨(せいせいさんさん=寂しく痛ましく)、忽(たちま)ち水声(すいせい)の耳(みみ)に聒(かまびす)しきを聞(き)き得(う)。大聖(たいせい)那(か)の半空(はんくう)の裏(うち)に在(あ)って看(み)る時(とき)、原来(げんらい)是(こ)れ東洋大海(とうようたいかい)の潮(しお)の発(おこ)るの声响(せいきょう)なり。一(ひと)たび見(み)て、又(また)唐僧(とうそう)を想起(おもいおこ)し、止(とど)むるを得(え)ず腮辺(さいたん=頬)に涙(なみだ)墜(したた)り、雲(くも)を停(とど)め歩(あゆみ)を住(とど)め、良久(りょうきゅう=久しく)して方(はじ)めて去(ゆ)く。   畢竟(ひっきょう)此(ここ)を去(さ)りて反復(はんぷく=以後)如何(いかん)なるを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十八回 花果山(かかざん)に群妖(ぐんよう)義(ぎ)を聚(あつ)む 黒松林(こくしょうりん)に三蔵(さんぞう)魔(ま)に逢(あ)う   却(かえ)って説(と)く、那(か)の大聖(たいせい)唐僧(とうそう)に逐(お)い赶(はら)われたりと雖(いえど)も、然(しか)れども猶(なお)思念(しねん=思慕)し、感嘆(かんたん)して已(や)まず。早(はや)くも東洋大海(とうようたいかい)を望(のぞ)み見(み)て、道(いわ)く「我(われ)が此(こ)の路(みち)を走(はし)らざりしは、已(すで)に五百年(ごひゃくねん)なり」と。只(ただ)那(か)の海水(かいすい)のを見(み)れば 烟波(えんぱ=波のけむり)蕩蕩(とうとう)として、巨浪(きょろう)悠悠(ゆうゆう)たり。 烟波(えんぱ)蕩蕩(とうとう)として天河(てんが)に接(せっ)し、巨浪(きょろう)悠悠(ゆうゆう)として地脈(ちみゃく)に通(つう)ず。 潮(しお)来(きた)りて洶涌(きょうゆう=逆巻き)、水(みず)湾環(わんかん)を浸(ひた)す。 潮(しお)来(きた)りて洶涌(きょうゆう)たるは、猶(なお)霹靂(へきれき)の三春(さんしゅん)に吼(ほ)ゆるが如(ごと)く; 水(みず)湾環(わんかん)を浸(ひた)すは、却(かえ)って狂風(きょうふう)の九夏(きゅうか)を吹(ふ)くに似(に)たり。 龍(りゅう)に乗(の)る福老(ふくろう=福ある翁)、往来(おうらい)必(かなら)ず眉(まゆ)を皺(しか)めて行(ゆ)き; 鶴(つる)を跨(また)ぐ仙童(せんどう)、反復(はんぷく)果然(かぜん)憂慮(ゆうりょ)して過(す)ぐ。 岸(きし)に近(ちか)く村社(そんしゃ=村)無(な)く、水(みず)に傍(そ)いて漁舟(ぎょしゅう)少(すくな)し。 浪(なみ)千年(せんねん)の雪(ゆき)を巻(ま)き、風(かぜ)六月(ろくがつ)の秋(あき)を生(しょう)ず。 野禽(やきん=野の鳥)出没(しゅつぼつ)に憑(まか)せ、沙鳥(さちょう=砂の鳥)沈浮(ちんぷ)に任(まか)す。 眼前(がんぜん)に釣客(ちょうかく=釣り人)無(な)く、耳畔(じはん=耳元)に只(た)だ鴎(かもめ)を聞(き)くのみ。 海底(かいてい)の游魚(ゆうぎょ=泳ぐ魚)楽(たの)しみ、天辺(てんぺん=空の果て)の過雁(かがん=渡る雁)愁(うれ)う。   那(か)の行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(もっ)て一(ひと)たび縦(ほしいまま)にし、東洋大海(とうようたいかい)を跳(と)び過(す)ぎ、早(はや)くも花果山(かかざん)に至(いた)る。雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、睛(ひとみ)を睜(みひら)いて観看(かんかん)するに、那(か)の山(やま)の之(うえ)の花草(かそう)倶(とも)に無(な)く、烟霞(えんか)尽(ことごと)く絶(た)え;峰岩(ほうがん)倒(たお)れ塌(くず)れ、林樹(りんじゅ)焦(こ)げ枯(か)れたり。汝(なんじ)怎(どう)して這(こ)の等(ごと)きかと道(い)わば、只(た)だ他(かれ)の天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がし、上界(じょうかい)へ拿(とら)え上(のぼ)られしに因(よ)り、此(こ)の山(やま)顕聖二郎神(けんせいじろうしん)に、那(か)の梅山七弟兄(ばいざんしちていけい)を率(ひき)いられ、火(ひ)を放(はな)たれて焼(や)き壊(こわ)されたるなり。此(こ)の大聖(たいせい)倍(ますます)凄惨(せいさん=痛ましさ)を加(くわ)え、一(ひと)つの篇(へん)の敗山頽景(はいざんたいけい=荒れ果てた山の景)の古風(こふう)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。古風(こふう)に云(いわ)く 仙山(せんざん)を回顧(かいこ)して両(ふたつ)の涙(なみだ)垂(た)れ、 山(やま)に対(たい)して凄惨(せいさん)たること更(さら)に傷悲(しょうひ=悲しみ)なり。 当時(とうじ)只(た)だ山(やま)の損(そこな)い無(な)きを道(い)いしに、今日(こんにち)方(はじ)めて地(ち)の虧(か)くる有(あ)るを知(し)る。 二郎(じろう)の我(われ)を滅(ほろ)ぼししを恨(うら)む可(べ)く、小聖(しょうせい)の人(ひと)を欺(あざむ)きしを嗔(いか)るに堪(た)えたり。 凶(きょう)を行(おこな)いて汝(なんじ)が先霊(せんれい=先祖)の墓(はか)を掘(ほ)り、干(かん=関わり)無(な)きに爾(なんじ)が祖墳(そふん)の基(もと)を破(やぶ)る。 満天(まんてん)の霞霧(かむ)皆(みな)消蕩(しょうとう=消え)し、遍地(へんち)の風雲(ふううん)尽(ことごと)く散(さん)じて稀(まれ)なり。 東嶺(とうれい)に斑虎(はんこ=斑の虎)の嘯(うそぶ)くを聞(き)かず、西山(せいざん)に那(いず)くにか白猿(はくえん)の啼(な)くを見(み)んや。 北渓(ほっけい)に狐兎(こと)の踪迹(そうせき=跡)無(な)く、南谷(なんこく)に獐豝(しょうは)の影(かげ)を遺(のこ)さず。 青石(せいせき)焼(や)かれて千塊(せんかい)の土(つち)と成(な)り、碧砂(へきさ)化(か)して一堆(いったい)の泥(どろ)と作(な)る。 洞外(どうがい)の喬松(きょうしょう=高き松)皆(みな)倚(よ)り倒(たお)れ、崖前(がいぜん)の翠柏(すいはく)尽(ことごと)く稀(まれ)に少(すくな)し。 椿杉槐檜栗檀(ちんさんかいかいりつたん)焦(こ)げ、桃杏李梅梨棗(とうきょうりばいりそう)了(おわ)る。 柘(しゃ)絶(た)え桑(くわ)無(な)くして怎(どう)か蚕(かいこ)を養(やしな)わん、柳(やなぎ)稀(まれ)に竹(たけ)少(すくな)くして鳥(とり)の栖(す)むに難(かた)し。 峰頭(ほうとう)の巧石(こうせき)化(か)して塵(ちり)と為(な)り、澗底(かんてい)の泉(いずみ)乾(から)からにして都(みな)是(こ)れ草(くさ)なり。 崖前(がいぜん)の土(つち)黒(くろ)くして芝蘭(しらん)没(な)く、路畔(ろはん)の泥(どろ)紅(あか)くして藤薜(とうへい)攀(よ)じ登(のぼ)る。 往日(おうじつ)の飛禽(ひきん)は那(いず)れの処(ところ)に飛(と)びし、当時(とうじ)の走獣(そうじゅう)は何(いず)れの山(やま)に走(はし)りしか。 豹(ひょう)は蟒(うわばみ)の悪(あく)なるを嫌(きら)いて傾頽(けいたい=崩れ)の所(ところ)に、鶴(つる)は蛇(へび)の回(めぐ)るを避(さ)けて敗壊(はいかい)の間(あいだ)に。 想(おも)うに是(こ)れ日前(じつぜん=先日)悪念(あくねん)を行(おこな)いしが、目下(もっか)艱難(かんなん)を受(う)くるを致(いた)せるならん。   那(か)の大聖(たいせい)正(まさ)に悲切(ひせつ=悲嘆)するに当(あ)たるに、只(た)だ那(か)の芳草坡(ほうそうは=芳しき草の坡)の前(まえ)、曼荊凹(まんけいおう=茨の窪地)の裏(うち)より一声(ひとこえ)響(ひび)き、七八個(しちはちこ)の小猴(しょうこう=子猿)の跳(と)び出(い)づるを聴(き)き得(う)。一(ひと)つに擁(お)し上(のぼ)り前(すす)み、囲(かこ)み住(とど)めて頭(かしら)を叩(たた)き、高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く「大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)!今日(こんにち)家(いえ)に来(きた)られたりや」と。美猴王(びこうおう)道(いわ)く「汝(なんじ)等(ら)何(なん)に因(よ)りて耍(あそば)ず頑(たわむれ)ず、一(ひと)つ一(ひと)つ都(みな)踪(あと)を潜(ひそ)め迹(あと)を隠(かく)すか。我(われ)来(きた)りて多時(たじ=だいぶ)なるに、汝(なんじ)等(ら)が形影(けいえい=姿)を見(み)ず、何(なん)ぞや」と。群猴(ぐんこう)説(と)くを聴(き)き、一(ひと)つ一(ひと)つ涙(なみだ)を垂(た)れて告(もう)して道(いわ)く「大聖(たいせい)の擒(とら)えられ上界(じょうかい)に上(のぼ)られてより、我(われ)等(ら)猟人(りょうじん=猟師)の苦(くるしみ)を被(こうむ)り、着実(ちゃくじつ)に捱(しの)び難(がた)し!怎(どう)して他(かれ)が硬弩強弓(こうどきょうきゅう=強き弩と弓)、黄鷹劣犬(こうようれっけん=鷹と犬)、網(あみ)扣(わな)槍鉤(そうこう=槍と鉤)を禁(こら)えん。故此(ゆえ)に各(おのおの)性命(しょうめい)を惜(おし)み、敢(あえ)て頭(こうべ)を出(いだ)して耍(あそ)ばず、只(た)だ洞府(どうふ)に深(ふか)く潜(ひそ)み、窩巣(かそう=巣)に遠(とお)く避(さ)け、飢(う)うれば坡前(はぜん)に去(ゆ)きて草(くさ)を偷(ぬす)み食(くら)い、渇(かわ)けば澗下(かんか)に来(きた)りて清泉(せいせん)を吸(す)う。却(かえ)って才(ようや)く大聖爺爺(たいせいやや)の声音(せいおん)を聴(き)き得(え)、特(こと)に来(きた)りて接見(せっけん)す。伏(ふ)して望(のぞ)むらくは扶持(ふじ=お助け)を」と。那(か)の大聖(たいせい)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、愈(いよいよ)凄惨(せいさん)を加(くわ)え、便(すなわ)ち問(と)う「汝(なんじ)等(ら)還(また)多少(いくばく)此(こ)の山(やま)の之(うえ)に在(あ)るか」と。群猴(ぐんこう)道(いわ)く「老(おい)たる者(もの)小(ちい)さき者(もの)、只(た)だ千把(せんば=千ほど)有(あ)るのみ」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「我(われ)当時(とうじ)共(とも)に四万七千(しまんしちせん)の群妖(ぐんよう)有(あ)りしに、如今(にこん)都(みな)那(いず)こへ往(ゆ)き去(さ)れるか」と。群猴(ぐんこう)道(いわ)く「爺爺(やや)の去(ゆ)きし後(のち)より、此(こ)の山(やま)二郎菩薩(じろうぼさつ)に火(ひ)を点(てん)じられ、焼(や)き殺(ころ)されて大半(たいはん)なり。我(われ)等(ら)井(いど)の裏(うち)に蹲(うずくま)り、澗(たに)の内(うち)に鑽(もぐ)り、鉄板橋(てっぱんきょう)の下(した)に蔵(かく)れて、性命(しょうめい)を得(え)たり。火(ひ)の滅(き)え烟(けむり)の消(き)ゆるに及(いた)り、出(い)で来(きた)る時(とき)、又(また)花果(かか=花と実)の養贍(ようせん=養う)する有(な)く、存活(そんかつ=生きる)に難(かた)く、別(べつ)の処(ところ)へ又(また)一半(いっぱん)去(ゆ)けり。我(われ)等(ら)が此(こ)の一半(いっぱん)は、苦(くるしみ)を捱(しの)びて山(やま)の中(なか)に住(す)むが、此(こ)の両年(りょうねん)、又(また)些(いささ)かの猟(かり)を打(う)つ者(もの)に一半(いっぱん)を搶(うば)われ去(さ)れたり」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く「他(かれ)汝(なんじ)等(ら)を搶(うば)い去(ゆ)きて何(なん)を干(かかわ)るか」と。群猴(ぐんこう)道(いわ)く「此(こ)の猟戸(りょうこ=猟師)の恨(うら)む可(べ)きを説(と)き起(おこ)せば!他(かれ)我(われ)等(ら)の中(うち)箭(や)の着(つ)きしや槍(やり)の、毒(どく)に中(あた)りて打(う)ち死(し)なせしを把(もっ)て、拿(と)り去(ゆ)きて皮(かわ)を剥(は)ぎ骨(ほね)を剔(えぐ)り、醤(ひしお)に煮(に)醋(す)に蒸(ふか)し、油(あぶら)に煎(い)り塩(しお)に炒(いた)め、下飯(げはん=おかず)と当做(あてが)いて食用(しょくよう)す。或(あるい)は那(か)の網(あみ)に遭(あ)える、扣(わな)に遇(あ)える、夹活児(きょうかつじ=生け捕り)に拿(と)らえ去(さ)れて、他(かれ)をして圈(わ)を跳(と)ばせ戯(しばい)を做(な)らしめ、筋斗(きんと=宙返り)を翻(ひるがえ)し、蜻蛉(とんぼ)を竪(た)てしめ、街(まち)の之(うえ)に当(あ)たりて鑼(どら)を篩(ふる)い鼓(つづみ)を擂(う)ち、為(な)さざる所(ところ)無(な)く耍(もてあそ)ばる」と。大聖(たいせい)此(こ)の言(げん)を聞(き)き、更(さら)に十分(じゅうぶん)悩怒(どうど=憤慨)して道(いわ)く「洞中(どうちゅう)に甚(なん)の人(ひと)の事(こと)を執(と)る有(あ)るか」と。群妖(ぐんよう)道(いわ)く「還(また)馬流二元帥(ばりゅうにげんすい)、奔芭二将軍(ほんはにしょうぐん)の管(つかさど)る有(あ)り」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「汝(なんじ)等(ら)去(ゆ)きて他(かれ)に報(ほう)じて知(し)らしめ、我(われ)の来(きた)れるを説(い)え」と。   那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)、門(もん)の裏(うち)へ撞(つ)き入(い)りて報(ほう)じて道(いわ)く「大聖爺爺(たいせいやや)家(いえ)に来(きた)れり」と。那(か)の馬流(ばりゅう)奔芭(ほんは)報(ほう)を聞(き)き、忙(いそ)ぎ門(もん)を出(い)でて頭(かしら)を叩(たた)き、迎(むか)えて洞(どう)に進(い)る。大聖(たいせい)中間(ちゅうかん)に坐(ざ)すれば、群怪(ぐんかい)前(まえ)に羅拝(らはい=列んで拝)し、啓(もう)して道(いわ)く「大聖爺爺(たいせいやや)、近(ちか)ごろ汝(なんじ)の性命(しょうめい)を得(え)、唐僧(とうそう)を保(ほ)して西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)ると聞(き)き得(え)たるに、如何(いかん)ぞ西方(せいほう)を走(はし)らず、却(かえ)って本山(ほんざん)に回(かえ)られしや」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、汝(なんじ)等(ら)知(し)らざるか、那(か)の唐三蔵(とうさんぞう)賢愚(けんぐ=賢と愚)を識(し)らず。我(われ)他(かれ)が為(ため)に一路(いちろ)の之(うえ)に怪(かい)を捉(とら)え魔(ま)を擒(とら)え、平生(へいぜい)の手段(しゅだん)を使(つか)い尽(つく)し、幾番(いくたび)か家(か)に妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)せしに、他(かれ)我(われ)の凶(きょう)を行(おこな)い悪(あく)を作(な)すと説(い)い、我(われ)をして徒弟(とてい)と做(な)ることを要(よう)せず、我(われ)を逐(お)い赶(はら)って回(かえ)らしめ、貶書(へんしょ)を写(うつ)し立(た)てて照(あかし)と為(な)し、永(なが)く聴用(ちょうよう=用いる)せじとなせり」と。衆猴(しゅこう)掌(て)を鼓(う)ちて大笑(たいしょう)して道(いわ)く「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!甚(なん)の和尚(おしょう)をか做(な)らん、且(しばら)く家(いえ)に来(きた)り、我(われ)等(ら)を帯携(たいけい=引き連れ)て幾年(いくとせ)か耍子(あそ)んで罷(や)めよ」と。叫(よ)んで曰(いわ)く「快(はや)く椰子酒(やししゅ)を安排(あんばい)し来(きた)り、爺爺(やや)と接風(せっぷう=歓迎)せよ」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「且(しばら)く酒(さけ)を飲(の)む莫(なか)れ、我(われ)汝(なんじ)等(ら)に那(か)の猟(かり)を打(う)つ人(ひと)の、幾時(いつ)我(わ)が山(やま)の之(うえ)へ一(ひと)たび来(きた)るかを問(と)わん」と。馬流(ばりゅう)道(いわ)く「大聖(たいせい)、甚(なん)の時度(じど=時節)をも論(ろん)ぜず、他(かれ)日(ひ)を逐(お)うて家(か)に此(ここ)に在(あ)って纏擾(てんじょう=付きまとう)」と。大聖(たいせい)道(いわ)く「他(かれ)怎(どう)して今日(こんにち)来(きた)らざるか」と。馬流(ばりゅう)道(いわ)く「看待(やがて)来(きた)らんとするなり」と。大聖(たいせい)吩咐(いいつけ)て曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、都(みな)出(い)で去(ゆ)きて那(か)の山(やま)の之(うえ)の焼(や)き酥(くだ)かれたる砕石頭(さいせきとう=砕けた石)を把(もっ)て我(われ)に与(あた)え将(も)ち起(おこ)して堆(つ)み着(つ)けよ。或(あるい)は二三十個(にさんじゅうこ)を一推(ひとつかさね)、或(あるい)は五六十個(ごろくじゅっこ)を一堆(ひとつみ)、我(われ)が用(よう)する処(ところ)有(あ)れば堆(つ)めよ」と。那(か)の小猴(しょうこう)等(ら)都(みな)是(こ)れ一窩峰(いっかほう=蜂の巣のように)、一(ひと)つ一(ひと)つ天(てん)に跳(と)び地(ち)に搠(つ)き、乱(みだ)りに許多(あまた)を搬(はこ)びて堆集(たいしゅう=積み上げ)せり。大聖(たいせい)看(み)て、教(おし)えて曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、都(みな)洞内(どうない)へ往(ゆ)きて蔵(かく)れ避(よ)けよ、老孫(ろうそん)をして法(ほう)を作(な)さしめよ」と。   那(か)の大聖(たいせい)山巓(さんてん=山頂)に上(のぼ)りて看(み)る処(ところ)、只(ただ)那(か)の南半辺(なんはんぺん)に、冬冬(とうとう)と鼓(つづみ)響(ひび)き、噹噹(とうとう)と鑼(どら)鳴(な)り、闪(ひらめ)き上(のぼ)るに千余人(せんよにん)の人馬(じんば)有(あ)り、都(みな)鷹犬(ようけん=鷹と犬)を架(か)け、刀槍(とうそう)を持(じ)す。猴王(こうおう)仔細(しさい)に那(か)の人(ひと)等(ら)の、来(きた)ること凶険(きょうけん)なるを看(み)る。好(よ)き男子(だんし)、真個(しんこ)に驍勇(ぎょうゆう=勇猛)なり!但(ただ)見(み)れば 狐皮(こひ=狐の毛皮)肩頂(けんちょう=肩と頭)を苫(おお)い、錦綺(きんき=錦)腰胸(ようきょう)を裹(つつ)む。 袋(ふくろ)に狼牙箭(ろうがぜん=狼の牙の矢)を插(さ)し、胯(また)に宝雕弓(ほうちょうきゅう=彫刻の弓)を掛(か)く。 人(ひと)は捜山虎(そうざんこ=山を捜す虎)に似(に)、馬(うま)は跳澗龍(ちょうかんりゅう=谷を跳ぶ龍)の如(ごと)し。 群(むれ)を成(な)して犬(いぬ)を引(ひ)き、満膀(まんぼう=腕いっぱい)に其(そ)の鷹(たか)を架(か)く。 荊筐(けいきょう=茨の籠)に火炮(かほう=火薬筒)を抬(かつ)ぎ、海東青(かいとうせい=名鷹)を帯(たい)し定(さだ)む。 粘竿(ねんかん=鳥もちの竿)百十担(ひゃくじったん)、兎叉(とさ=兎用の叉)千根(せんこん)有(あ)り。 牛頭(ごず=牛頭)は路(みち)に攔(さえぎ)りて網(あみ)を張り、閻王扣子(えんおうこうし=閻魔の罠)の繩(なわ)。 一斉(いっせい)に乱(みだ)りに吆喝(ようかつ=わめ)き、散(さん)じて満天(まんてん)の星(ほし)を撒(ま)く。   大聖(たいせい)那(か)の人(ひと)等(ら)の布(し)きて他(かれ)が山(やま)に上(のぼ)り来(きた)るを見(み)て、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)り、手(て)裏(うち)に訣(けつ)を捻(ねん)じ、口(くち)内(うち)念念(ねんねん)として詞(ことば)有(あ)り、那(か)の巽地(そんち=巽の方角)の之(うえ)へ往(ゆ)きて一口(ひとくち)の気(いき)を吸(す)い、呼(ふう)と吹(ふ)き将(まさ)に去(ゆ)かんとすれば、便(すなわ)ち是(こ)れ一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)なり。好(よ)き風(かぜ)!但(ただ)見(み)れば 塵(ちり)を揚(あ)げ土(つち)を播(ま)き、樹(き)を倒(たお)し林(はやし)を摧(くだ)く。 海浪(かいろう)山(やま)の聳(そび)ゆるが如(ごと)く、渾波(こんぱ=濁波)万迭(ばんじょう)侵(おか)す。 乾坤(けんこん)昏(くら)く蕩蕩(とうとう)として、日月(じつげつ)暗(くら)く沉沉(ちんちん)たり。 一陣(いちじん)松(まつ)を揺(ゆ)るがして虎(とら)の嘯(うそぶ)くが如(ごと)く、忽然(こつぜん)竹(たけ)に入(い)りて龍(りゅう)の吟(うな)るに似(に)たり。 万竅(ばんきょう=万の穴)怒(いか)り号(さけ)びて天(てん)気(き)を噫(い)き、飛砂走石(ひさそうせき)乱(みだ)りに人(ひと)を傷(そこな)う。   大聖(たいせい)此(こ)の大風(たいふう)を作(な)し起(おこ)し、那(か)の砕石(さいせき)を将(もっ)て、風(かぜ)に乗(の)じて乱(みだ)りに飛(と)び乱(みだ)りに舞(ま)わしむ。憐(あわ)れむべし那(か)の千余人(せんよにん)の人馬(じんば)を把(もっ)て、一(ひと)つ一(ひと)つ石(いし)に打(う)たれて烏頭(うとう)粉碎(ふんさい)し、沙(すな)飛(と)んで海馬(かいば)倶(とも)に傷(きずつ)く。人参(にんじん)官桂(かんけい)嶺前(れいぜん)に忙(いそ)ぎ、血(ち)朱砂(しゅしゃ)を染(そ)めて地(ち)の之(うえ)に。附子(ぶし)故里(こり=故郷)に帰(かえ)り難(がた)く、檳榔(びんろう)怎(どう)か還郷(かんきょう)を得(え)んや。尸骸(しがい)軽粉(けいふん)となって山場(さんじょう)に臥(ふ)し、紅娘子(こうじょうし)家中(かちゅう)に盼望(はんぼう=待ちわび)る。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す 人(ひと)亡(ほろ)び馬(うま)死(し)して怎(どう)か家(いえ)に帰(かえ)らん、 野鬼孤魂(やきここん=野辺の鬼と孤魂)乱(みだ)れて麻(あさ)の似(ごと)し。 憐(あわ)れむべし英雄(えいゆう)の将(しょう)を抖擻(とそう=奮い立た)せしも、 賢愚(けんぐ)を辨(わきま)えずして血(ち)沙(すな)を染(そ)む。   大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、掌(て)を鼓(う)ちて大笑(たいしょう)して道(いわ)く「造化(ぞうか)!造化(ぞうか)!唐僧(とうそう)に帰順(きじゅん)して和尚(おしょう)と做(な)りてより、他(かれ)毎毎(つねつね)我(われ)に話(はなし)を勧(すす)めて道(いわ)く、千日(せんじつ)善(ぜん)を行(おこな)うも、善(ぜん)猶(なお)足(た)らず;一日(いちじつ)悪(あく)を行(おこな)えば、悪(あく)自(おのずか)ら余(あまり)有(あ)りと。真(まこと)に此(こ)の話(はなし)有(あ)り!我(われ)他(かれ)に跟(したが)い、幾(いく)つかの妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)せしに、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)の凶(きょう)を行(おこな)うを怪(とが)めしが、今日(こんにち)家(いえ)に来(きた)りて、却(かえ)って此(こ)の許多(あまた)の猟戸(りょうこ)を結果(けっか=片付け)したり」と。叫(よ)んで曰(いわ)く「小(こ)の者(もの)共(ども)、出(い)で来(きた)れ」と。那(か)の群猴(ぐんこう)、狂風(きょうふう)の過(す)ぎ去(さ)りて、大聖(たいせい)の呼(よ)び喚(よ)ぶを聴(き)き得(え)、一(ひと)つ一(ひと)つ跳(と)び将(まさ)に出(い)でんとす。大聖(たいせい)道(いわ)く「汝(なんじ)等(ら)南山(なんざん)の下(した)へ去(ゆ)き、那(か)の打(う)ち死(し)なせし猟戸(りょうこ)の衣服(ころも)を把(もっ)て、剥(は)ぎ得(え)て家(いえ)に来(きた)り血迹(けっせき=血痕)を洗(あら)い浄(きよ)め、穿(き)て寒(かん)を遮(さえぎ)れ;死人(しにん)の尸首(ししゅ)を把(もっ)て、都(みな)那(か)の万丈(ばんじょう)の深潭(しんたん=深い淵)の裏(うち)に推(お)し去(さ)れ;死(し)に倒(たお)れたる馬(うま)を把(もっ)て、拖(ひ)き将(まさ)に来(きた)らせ、皮(かわ)を剥(は)ぎて、靴(くつ)を做(つく)りて穿(き)、肉(にく)を将(もっ)て腌(つ)け着(つ)け、慢(ゆる)るく慢(ゆる)るく食用(しょくよう)せよ;那(か)の弓箭槍刀(きゅうせんそうとう)を把(もっ)て、汝(なんじ)等(ら)に与(あた)えて武芸(ぶげい)を操演(そうえん=稽古)せよ;那(か)の雑色(ざっしょく)の旗号(きごう=旗)を将(もっ)て、収(おさ)め来(きた)りて我(われ)用(よう)せん」と。群猴(ぐんこう)一(ひと)つ一(ひと)つ諾(だく=承諾)を領(う)く。   那(か)の大聖(たいせい)旗(はた)を把(もっ)て拆(と)き洗(あら)い、総(すべ)て斗(あわ)せて一面(いちめん)の雑彩花旗(ざっさいかき=色とりどりの旗)と做(な)り、之(うえ)に「重修花果山(ちょうしゅうかかざん) 復整水簾洞(ふくせいすいれんどう) 斉天大聖(せいてんたいせい)」の十四字(じゅうよんじ)を写(うつ)す。杆子(かんす=竿)を竪(た)て起(おこ)し、旗(はた)を将(もっ)て洞外(どうがい)に掛(か)け、日(ひ)を逐(お)うて魔(ま)を招(まね)き獣(けもの)を聚(あつ)め、草(くさ)を積(つ)み糧(かて)を屯(たくわ)え、和尚(おしょう)の二字(にじ)を題(だい=口に)せず。他(かれ)が人情(にんじょう=顔の広さ)又(また)大(だい)にして、手段(しゅだん)又(また)高(たか)く、便(すなわ)ち四海龍王(しかいりゅうおう)へ去(ゆ)き、些(いささ)か甘霖仙水(かんりんせんすい=恵みの仙水)を借(か)り、山(やま)を把(もっ)て洗(あら)いて青(あお)からしむ。前(まえ)に楡柳(ゆりゅう=楡と柳)を栽(う)え、後(うしろ)に松楠(しょうなん)を種(う)え、桃李棗梅(とうりそうばい)、備(そな)わらざる所(ところ)無(な)く、逍遥自在(しょうようじざい)として、業(ぎょう)を楽しみ居(きょ)を安(やす)んずることは題(だい)せず。   却(かえ)って説(と)く、唐僧(とうそう)狡性(こうせい=狡猾な言)を聴(き)き信(しん)じ、心猿(しんえん=心の猿)を縦(ほしいまま)にし放(はな)ち、鞍(くら)に攀(よ)じ登(のぼ)りて馬(うま)に上(のぼ)る。八戒(はっかい)前辺(まえ)にて路(みち)を開(ひら)き、沙僧(さそう)行李(こうり)を挑(にな)いて西(にし)へ行(ゆ)く。白虎嶺(びゃっこれい)を過(す)ぎて、忽(たちま)ち一帯(いったい)の林丘(りんきゅう=森の丘)を見(み)る。真個(しんこ)に是(こ)れ藤(ふじ)攀(よ)じ葛(かずら)繞(まと)い、柏(かしわ)翠(みどり)に松(まつ)青(あお)し。三蔵(さんぞう)叫(よ)んで道(いわ)く「徒弟(とてい)や、山路(さんろ)崎嶇(きくう=でこぼこ)にして、甚(はなは)だ是(こ)れ走(ある)き難(がた)し。却(かえ)って又(また)松林(しょうりん)叢簇(そうぞく=密生)し、樹木(じゅもく)森羅(しんら=生い茂る)せり。切(せつ)に須(かなら)ず仔細(しさい)にせよ、恐(おそ)らくは妖邪妖獣(ようじゃようじゅう=妖怪や獣)有(あ)らんことを」と。汝(なんじ)那(か)の呆子(ほうし)を看(み)よ、精神(せいしん)を抖擻(とそう)し、沙僧(さそう)をして馬(うま)を帯(たい)せしめ、他(かれ)釘鈀(ていは)を使(つか)いて路(みち)を開(ひら)き、唐僧(とうそう)を領(ひき)いて径(ただ)ちに松林(しょうりん)の之内(うち)に入(い)る。正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、那(か)の長老(ちょうろう)馬(うま)を兜(とど)めて道(いわ)く「八戒(はっかい)、我(われ)此(こ)の一日(いちじつ)実(じつ)に飢(う)えたり、那(いず)こに些(いささ)か斎飯(さいはん=食事)を尋(たず)ねて我(われ)に吃(くら)わしめよ」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「師父(しふ)請(こ)う馬(うま)を下(お)り、此(ここ)に在(あ)って我(われ)が老猪(ろうちょ)の去(ゆ)きて尋(たず)ぬるを等(ま)て」と。   長老(ちょうろう)馬(うま)を下(お)り、沙僧(さそう)担(に)を歇(やす)め、鉢盂(はつう)を取(と)り出(いだ)して八戒(はっかい)に逓(てわた)す。八戒(はっかい)道(いわ)く「我(われ)去(ゆ)かん」と。長老(ちょうろう)問(と)う「那(いず)こへ去(ゆ)くか」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「管(かま)うる莫(なか)れ、我(われ)此(こ)の去(ゆ)きて、氷(こおり)に鑽(もぐ)り火(ひ)を取(と)りて斎(とき)を尋(たず)ね至(いた)り、雪(ゆき)を圧(おさ)え油(あぶら)を求(もと)めて飯(めし)を化(か)し来(きた)らん」と。汝(なんじ)他(かれ)が松林(しょうりん)を出(い)で、西(にし)へ向(むか)って十余里(じゅうより)を行(ゆ)き経(へ)るも、更(さら)に曾(かつ)て一(ひとつ)の人家(じんか)に撞(ぶつか)らず、真(まこと)に是(こ)れ狼虎(ろうこ=狼と虎)有(あ)りて人烟(じんえん)無(な)きの去処(ところ)なり。那(か)の呆子(ほうし)走(ある)きて辛苦(しんく=疲れ)、心(こころ)内(うち)沈吟(ちんぎん=思案)して道(いわ)く「当年(とうねん)行者(ぎょうじゃ)の在(あ)りし日(ひ)は、老和尚(ろうおしょう)の要(よう)する所(ところ)に就(すなわ)ち有(あ)りしに、今日(こんにち)我(わ)が身(み)の之(うえ)に輪(めぐ)り到(いた)れり。誠(まこと)に謂(い)う所(ところ)の『家(いえ)を当家(とうか=切り盛り)してこそ才(はじ)めて柴米(さいべい=薪と米)の価(あたい)を知(し)り、子(こ)を養(やしな)いて方(はじ)めて父娘(ふぼ)の恩(おん)を暁(さと)る』とは、公道(こうどう=道理)に化(か)し去(ゆ)く処(ところ)無(な)し」と。却(かえ)って又(また)走(ある)きて瞌睡(ねむけ)の上(のぼ)り来(きた)るを、思(おも)って道(いわ)く「我(われ)若(も)し就(すなわ)ち回(かえ)り去(ゆ)きて、老和尚(ろうおしょう)に向(むか)いて斎(とき)を化(か)す処(ところ)無(な)しと説(い)わば、他(かれ)也(また)我(われ)の這(こ)の許多(あまた)の路(みち)を走(はし)りしを信(しん)ぜじ。須(かなら)ず是(こ)れ再(ふたた)び多(おお)くの時辰(じしん=刻)を幌(ぶらつ)きてこそ、好(よ)く去(ゆ)きて話(ことば)を回(かえ)す可(べ)けれ。也(また)罷(や)めよ、也(また)罷(や)めよ、且(しばら)く此(こ)の草科(そうか=草むら)の裏(うち)へ往(ゆ)きて睡(ね)て睡(ね)よ」と。呆子(ほうし)就(すなわ)ち頭(かしら)を把(もっ)て草(くさ)の裏(うち)に拱(うず)めて睡(ね)に下(つ)く。当時(とうじ)也(また)只(た)だ朦朦朧朧(もうもうろうろう=うつらうつら)として就(すなわ)ち起(お)きんと説(い)えりしが、豈(あに)知(し)らんや路(みち)を走(ある)きて辛苦(しんく)せる人(ひと)の、頭(かしら)を投(な)げ倒(たお)して、只(た)だ管(かま)わず齁齁(こうこう=ぐうぐう)と睡(ね)起(おこ)すとは。   且(しばら)く八戒(はっかい)の此(ここ)に在(あ)って睡(ね)るを言(い)わず、却(かえ)って説(と)く、長老(ちょうろう)那(か)の林間(りんかん)に在(あ)って、耳(みみ)熱(あつ)く眼(め)跳(おど)り、身心(しんしん)安(やす)からず、急(いそ)ぎ回(かえ)って沙僧(さそう)を叫(よ)んで道(いわ)く「悟能(ごのう)斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)きしが、怎(どう)して此(こ)の早晚(あさばん=頃)に還(また)回(かえ)り来(きた)らざるか」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「師父(しふ)、汝(なんじ)還(また)暁(さと)り得(え)ざるか。他(かれ)此(こ)の西方(せいほう)の之(うえ)に人家(じんか)の斎僧(さいそう)するの多(おお)きを見(み)て、他(かれ)が肚(はら)又(また)大(おお)きければ、他(かれ)汝(なんじ)を管(かま)わんや。只(た)だ他(かれ)の吃(くら)い飽(あ)くを等(ま)ちて才(ようや)く来(きた)らん」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「正(まさ)に是(こ)れなり。倘(もし)或(あるい)は他(かれ)那(あ)そこに在(あ)って斎(とき)を吃(くら)うに貪(むさぼ)りておらば、我(われ)等(ら)那(いず)こにか他(かれ)に会(あ)わん。天色(てんしょく=空模様)晩(く)れたり、此(こ)の間(あいだ)は是(こ)れ箇(こ)の住処(じゅうしょ=宿)ならず、須(かなら)ず箇(こ)の下処(げしょ=宿)を尋(たず)ぬるを要(よう)してこそ好(よ)けれ」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「打緊(たいしたこと)ならず、師父(しふ)、汝(なんじ)且(しばら)く此(ここ)に坐(ざ)し着(つ)け、我(われ)が去(ゆ)きて他(かれ)を尋(たず)ねて来(きた)らんを等(ま)て」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ。斎(とき)有(あ)るも斎(とき)無(な)きも罷(よ)からん、只(た)だ是(こ)れ下処(げしょ)を尋(たず)ぬるこそ要緊(ようきん=肝心)なれ」と。沙僧(さそう)宝杖(ほうじょう)を綽(ひっさ)げ、径(ただ)ちに松林(しょうりん)を出(い)でて八戒(はっかい)を找(さが)しに来(きた)る。   長老(ちょうろう)独(ひと)り林中(りんちゅう)に坐(ざ)し、十分(じゅうぶん)に悶倦(もんけん=退屈)し、只(た)だ得(え)て強(し)いて精神(せいしん)を打(う)ち起(おこ)し、跳(と)び将(まさ)に起(お)きんとし、行李(こうり)を把(もっ)て一処(いっしょ)に集(あつ)め、馬(うま)を将(もっ)て樹(き)の之(うえ)に拴(つな)ぎ、戴(いただ)ける斗笠(とりゅう=笠)を取(と)り下(おろ)し、錫杖(しゃくじょう)を插(さ)し定(さだ)め、緇衣(しい=黒き衣)を一(ひと)つ整(ととの)え、徐(おもむろ)に幽林(ゆうりん)を歩(あゆ)み、権(かり)に散悶(さんもん=気晴らし)を為(な)す。那(か)の長老(ちょうろう)野草山花(やそうさんか)を看(み)て遍(あまね)きも、帰巣(きそう=巣に帰る)の鳥(とり)の噪(さえず)るを聴(き)くを得(え)ず。原来(げんらい)那(か)の林子(はやし)の内(うち)は都(みな)是(こ)れ些(いささ)か草(くさ)深(ふか)く路(みち)小(ちい)さきの去処(ところ)なるに、只(た)だ他(かれ)が情思(じょうし=心)紊乱(びんらん=乱れ)せるに因(よ)り、却(かえ)って走(ある)き錯(あやま)れり。他(かれ)一(ひとつ)には也(また)是(こ)れ散(さん)じて散(さん)じて悶(もん)を散(さん)ぜんと要(ほっ)す。二(ふたつ)には也(また)是(こ)れ八戒(はっかい)沙僧(さそう)を尋(たず)ねんと要(ほっ)す。期(き=思いがけ)ず他(かれ)二個(ふたり)の走(はし)るは是(こ)れ直(ただ)ちに西(にし)の路(みち)なるに、長老(ちょうろう)一(ひと)たび転(めぐ)りて、却(かえ)って南辺(なんぺん)の方(ほう)へ走(はし)り去(ゆ)けり。松林(しょうりん)を出(い)で得(え)て、忽(たちま)ち頭(かしら)を抬(あ)ぐるに、那(か)の壁廂(へきしょう=向こう)に金光(きんこう)閃爍(せんしゃく=きらめき)、彩気(さいき=彩りの気)騰騰(とうとう=立ち昇る)を見(み)る。仔細(しさい)に看(み)る処(ところ)、原来(げんらい)是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の宝塔(ほうとう)にして、金頂(きんちょう=金の頂)光(ひかり)を放(はな)つ。此(こ)れは是(こ)れ那(か)の西(にし)に落(お)つる日色(にっしょく=日の光)の、那(か)の金頂(きんちょう)に映(てら)じて放(はな)ち亮(あきら)かなるなり。他(かれ)道(いわ)く「我(わ)が弟子(でし)却(かえ)って縁法(えんぽう=縁)無(な)きかな!東土(とうど)を離(はな)れてより、願(ねがい)を発(はっ)して廟(みや)に逢(あ)えば香(こう)を焼(た)き、仏(ほとけ)を見(み)れば仏(ほとけ)を拝(はい)し、塔(とう)に遇(あ)えば塔(とう)を掃(は)かんとす。那(あ)の光(ひかり)を放(はな)つは是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の黄金(おうごん)の宝塔(ほうとう)に非(あら)ずや。怎(どう)して就(すなわ)ち曾(かつ)て那(そ)の条(すじ)の路(みち)を走(はし)らざりしか。塔(とう)の下(した)に必(かなら)ず寺院(じいん)有(あ)らん、院内(いんない)に必(かなら)ず僧家(そうか=僧)有(あ)らん。且(しばら)く我(われ)が走走(ちょっと)を等(ま)て。此(こ)の行李(こうり)、白馬(はくば)は、料(おも)うに此(こ)の処(ところ)人(ひと)の行走(ある)く無(な)ければ、却(かえ)って也(また)事(こと)無(な)からん。那(あ)そこに若(も)し方便(ほうべん)の処(ところ)有(あ)らば、徒弟(とてい)等(ら)の来(きた)るを待(ま)ち、一同(いどう)に借(か)りて歇(やす)まん」と。   噫(ああ)!長老(ちょうろう)一時(いっとき)にして晦気(わいき=不運)の到(いた)れるなり。汝(なんじ)他(かれ)が歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、竟(つい)に塔(とう)の辺(ほとり)に至(いた)るを見(み)よ。但(ただ)那(か)の 石崖(せきがい)高(たか)きこと万丈(ばんじょう)、山(やま)大(おお)きくして青霄(せいしょう)に接(せっ)す。 根(ね)地(ち)の厚(あつ)きに連(つら)なり、峰(みね)天(てん)の高(たか)きに插(さ)さる。 両辺(りょうへん)の雑樹(ざつじゅ)数千顆(すうせんか)、前後(ぜんご)の藤(ふじ)纏(まと)うこと百余里(ひゃくより)。 花(はな)草(くさ)の梢(こずえ)に映(てら)じて風(かぜ)影(かげ)有(あ)り、水(みず)雲竇(うんとう=雲の洞)に流(なが)れて月(つき)根(ね)無(な)し。 倒木(とうぼく=倒れた木)深澗(しんかん)に横(よこ)たわり担(にな)い、枯藤(ことう=枯れた蔓)光峰(こうほう)に結(むす)び掛(かか)る。 石橋(せっきょう)の下(した)、滚滚(こんこん)たる清泉(せいせん)流(なが)れ;台座(だいざ)の之(うえ)、明明(めいめい)たる白粉(はくふん)長(とこしえ)なり。 遠(とお)く観(み)れば一(ひと)つに三島天堂(さんとうてんどう)に似(に)、近(ちか)く看(み)れば蓬莱勝境(ほうらいしょうきょう)の如(ごと)き有(あ)り。 香松紫竹(こうしょうしちく)山渓(さんけい)を繞(めぐ)り、鴉鵲猿猴(あじゃくえんこう=烏や鵲や猿)峻嶺(しゅんれい)を穿(うが)つ。 洞門(どうもん)の外(そと)、一来一往(いちらいいちおう)の走獣(そうじゅう)の行(ぎょう)を成(な)す有(あ)り; 樹林(じゅりん)の裏(うち)、或(あるい)は出(い)で或(あるい)は入(い)るの飛禽(ひきん)の隊(たい)を作(な)す有(あ)り。 青青(せいせい)たる香草(こうそう)秀(ひい)で、艶艶(えんえん)たる野花(やか)開(ひら)く。 此(こ)の所(ところ)分明(ぶんめい)是(こ)れ悪境(あくきょう)なるに、那(か)の長老(ちょうろう)晦気(わいき)の撞(ぶつか)り将(まさ)に来(きた)らんとす。   那(か)の長老(ちょうろう)歩(あゆみ)を挙(あ)げて前(まえ)に進(すす)み、才(ようや)く塔門(とうもん)の下(した)に来(きた)り到(いた)るに、只(ただ)一(ひとつ)の斑竹簾児(はんちくれんじ=斑竹の簾)の、裏面(うちめん)に掛(かか)れるを見(み)る。他(かれ)歩(あゆみ)を破(は)って門(もん)に入(い)り、揭(まく)り起(おこ)して、裏(うち)へ往(ゆ)きて就(すなわ)ち進(すす)む。猛(たけ)く頭(かしら)を抬(あ)ぐるに、那(か)の石床(せきしょう=石の寝台)の之(うえ)に、側(そば)だち睡(ね)むる一(ひとつ)の妖魔(ようま)有(あ)るを見(み)る。汝(なんじ)他(かれ)が怎(いか)に生(な)る模様(すがた)なるを道(い)わば 青靛臉(せいてんれん=青藍の顔)、白獠牙(はくりょうが=白き牙)、一張(いっちょう)の大口(たいこう)呀呀(がが)たり。 両辺(りょうへん)の乱蓬蓬(らんほうほう=乱れ茂る)の鬢毛(びんもう=鬢の毛)、却(かえ)って都(みな)是(こ)れ些(いささ)か胭脂(えんじ=紅)の染(そ)めし色(いろ); 三四(さんし)の紫巍巍(しぎぎ=紫高き)の髭髯(しぜん=髭)、恍(ほの)かに疑(うたが)う是(こ)れ那(か)の荔枝(れいし=茘枝)の芽(め)を排(なら)べしかと。 鸚嘴(おうし=鸚鵡の嘴)の般(ごと)きの鼻児(びじ=鼻)拱拱(きょうきょう)とし、曙星(しょせい=明けの明星)の様(よう)の眼児(がんじ=目)巴巴(はは)たり。 二個(ふたつ)の拳頭(けんとう=拳)、和尚(おしょう)の鉢盂(はつう)の模様(かたち);一双(いっそう)の藍脚(らんきゃく=青き脚)、懸崖(けんがい)の榾柮(こつとつ=切り株)の枒槎(がさ=枝)。 斜(なな)めに淡黄袍帳(たんこうほうちょう=淡黄の袍)を披(き)、那(か)の織錦袈裟(しょっきんけさ=錦の袈裟)に賽(まさ)る。 拿(と)れる一口(いっこう)の刀(かたな)、精光(せいこう)耀(かがや)き映(てら)し;眠(ね)れる一塊(いっかい)の石(いし)、細潤(さいじゅん)にして瑕(きず)無(な)し。 他(かれ)也(また)曾(かつ)て小妖(しょうよう)に蟻陣(ぎじん=蟻の陣)を排(なら)べしめ、他(かれ)也(また)曾(かつ)て老怪(ろうかい)に蜂衙(ほうが=蜂の巣)に坐(ざ)せしむ。汝(なんじ)他(かれ)の威風(いふう)凛凛(りんりん)たるを看(み)よ、大家(みな)吆喝(ようかつ)して一声(ひとこえ)爺(や)と叫(よ)ぶ。 他(かれ)也(また)曾(かつ)て月(つき)を三人(みたり)と做(な)して壷(つぼ)に酒(さけ)を酌(く)み、他(かれ)也(また)曾(かつ)て風(かぜ)両腋(りょうえき)に生(しょう)じて盞(さかずき)に茶(ちゃ)を傾(かたむ)く。汝(なんじ)他(かれ)が神通(じんつう)浩浩(こうこう)たるを看(み)よ、眼(め)を霎(またた)き下(くだ)るに天涯(てんがい)を游(めぐ)り遍(あまね)し。   荒林(こうりん)に鳥雀(ちょうじゃく)喧(かまびすし)しく、深莽(しんもう=深き草むら)に龍蛇(りゅうじゃ)宿(やど)る。 仙子(せんし)田(た)を種(う)えて白玉(はくぎょく)を生(しょう)じ、道人(どうにん)火(ひ)を伏(ふく)して丹砂(たんさ)を養(やしな)う。 小小(しょうしょう)たる洞門(どうもん)、那(か)の阿鼻地獄(あびじごく)に到(いた)るを得(え)ざるも;楞楞(ろうろう=ごつごつ)たる妖怪(ようかい)、却(かえ)って就(すなわ)ち是(こ)れ一(ひとり)の牛頭夜叉(ごずやしゃ)なり。   那(か)の長老(ちょうろう)他(かれ)が這(こ)の般(ごと)き模様(すがた)を見(み)て、唬(おどろ)きて一(ひとつ)の倒退(とうたい=後ずさり)を打(う)ち、体(からだ)遍(あまね)く酥麻(そま=しびれ)し、両腿(りょうたい=両脚)酸(す)え軟(やわ)らぎ、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて便(すなわ)ち走(に)ぐ。剛(たった)に一(ひとつ)の身(み)を転(てん)じたるに、那(か)の妖魔(ようま)が他(かれ)が霊性(れいせい=霊感)着実(ちゃくじつ)に是(こ)れ強大(きょうだい)にして、一双(いっそう)の金睛鬼眼(きんせいきがん=金色の鬼の眼)を撑(みひら)き開(ひら)き、一声(ひとこえ)「小(こ)の者(もの)共(ども)、汝(なんじ)等(ら)門(もん)の外(そと)の是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)なるを看(み)よ」と叫(よ)ぶ。一(ひとり)の小妖(しょうよう)就(すなわ)ち頭(かしら)を伸(の)ばして門(もん)の外(そと)を望(のぞ)んで一(ひと)つ看(み)るに、是(こ)れ箇(こ)の光頭(こうとう=坊主頭)の長老(ちょうろう)なるを見(み)る。連(つら)ねて忙(いそ)ぎ跑(はし)り将(まさ)に進(い)り去(ゆ)きて、報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)、外(そと)面(めん)は是(こ)れ箇(こ)の和尚(おしょう)なり。団頭大面(だんとうだいめん=丸い頭に大きな面)、両耳(りょうじ)肩(かた)に垂(た)れ、嫩刮刮(どんかつかつ=柔らか)たる一身(いっしん)の肉(にく)、細嬌嬌(さいきょうきょう=細やか)たる一張(いっちょう)の皮(かわ):且(ま)ず是(こ)れ好(よ)き箇(こ)の和尚(おしょう)かな」と。那(か)の妖(よう)言(げん)を聞(き)き、呵(あ)と一声(ひとこえ)笑(わら)って道(いわ)く「此(こ)れを箇(こ)の『蛇頭上(じゃとうじょう)の蒼蠅(そうよう=蝿)、自(おのずか)ら来(きた)れるの衣食(いしょく=食い物)』と做(な)す。汝(なんじ)衆(もろもろ)の小(こ)の者(もの)共(ども)、疾(と)く忙(いそ)ぎ赶(お)い上(のぼ)り去(ゆ)きて、我(われ)に与(あた)えて拿(とら)え将(まさ)に来(きた)れ。我(われ)が此(ここ)に重重(かさねがさね)に賞(ほうび)有(あ)らん」と。   那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)、就(すなわ)ち是(こ)れ一窩蜂(いっかほう)、斉斉(せいせい=一斉)に擁(お)し上(のぼ)る。三蔵(さんぞう)見(み)て、則(すなわ)ち是(こ)れ一心(いっしん)箭(や)よりも忙(いそ)がしく、両脚(りょうきゃく)飛(と)ぶが如(ごと)く走(はし)ると雖(いえど)も、終(つい)に是(こ)れ心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)颤(ふる)え、腿(もも)軟(やわ)らぎ脚(あし)麻(しび)れ、況(いわん)や是(こ)れ山路(さんろ)崎嶇(きくう)にして、林(はやし)深(ふか)く日(ひ)暮(く)るるに、歩(あゆみ)那(いず)くにか移(うつ)し動(うご)かすを得(え)んや。那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)に、平(たひら)に抬(かつ)がれ将(まさ)に去(ゆ)かる。正(まさ)に是(こ)れ 龍(りゅう)浅水(せんすい)に游(およ)いで蝦(えび)の戯(たわむ)れに遭(あ)い、虎(とら)平原(へいげん)に落(お)ちて犬(いぬ)の欺(あざむ)きを被(こうむ)る。 縦然(たと)い好事(こうじ)磨障(ましょう=障り)多(おお)しと雖(いえど)も、誰(たれ)か唐僧(とうそう)の西(にし)に向(むか)える時(とき)に象(に)たるや。   汝(なんじ)那(か)の衆小妖(しゅうしょうよう)の、長老(ちょうろう)を抬(かつ)ぎ得(え)て、那(か)の竹簾児(ちくれんじ=竹の簾)の外(そと)に放(お)き在(あ)り、歓歓喜喜(かんかんきき=大喜び)して、声(こえ)を報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)、和尚(おしょう)を拿(とら)え得(え)て進(い)り来(きた)れり」と。那(か)の老妖(ろうよう)も、他(かれ)也(また)眼(め)を偷(ぬす)んで一(ひと)たび瞧(み)るに、只(ただ)三蔵(さんぞう)が頭(かしら)の直(ただ)ちに之(うえ)に、貌(かたち)堂堂(どうどう)として、果然(かぜん)好(よ)き一(ひとり)の和尚(おしょう)なるを見(み)る。他(かれ)便(すなわ)ち心中(しんちゅう)想(おも)って道(いわ)く「此(こ)の等(ごと)き好(よ)き和尚(おしょう)は、必(かなら)ず是(こ)れ上方(じょうほう=天界)の人物(じんぶつ)、小可(しょうか=並)に当(あ)たるべからざるなり。若(も)し箇(こ)の威風(いふう)を做(な)さずんば、他(かれ)怎(どう)か肯(あえ)て服降(ふくこう=服従)せんや」と。陡然(にわか)の間(あいだ)に、就(すなわ)ち狐(きつね)虎(とら)の威(い)を仮(か)り、紅鬚(こうしゅ=赤き鬚)倒(さかしま)に竪(た)ち、血髪(けっぱつ=血の髪)天(てん)に朝(むか)い、眼睛(がんせい)迸(ほとばし)り裂(さ)け、大(おお)いに一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(いわ)く「那(か)の和尚(おしょう)を帯(つ)れて進(い)り来(きた)れ」と。衆妖(しゅよう)等(ら)、大家(みな)响响(きょうきょう=はっきり)と一声(ひとこえ)「是(しかり)」と答(こた)う。就(すなわ)ち三蔵(さんぞう)を把(もっ)て裏面(うちめん)へ只(た)だ一(ひと)つ推(お)す。此(こ)れは是(こ)れ「既(すで)に矮檐(がいえん=低い軒)の下(した)に在(あ)れば、怎(どう)か敢(あえ)て頭(こうべ)を低(た)れざらんや」!三蔵(さんぞう)只(た)だ得(え)て双手(もろて)を合(あわ)せ着(つ)け、他(かれ)と箇(こ)の礼(れい)を見(み)る。那(か)の妖(よう)道(いわ)く「汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの和尚(おしょう)か?那(いず)こより来(きた)り、那(いず)こへ去(ゆ)くか?快(はや)く快(はや)く説(と)き明(あき)らかにせよ」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く「我(われ)本(もと)是(こ)れ唐朝(とうちょう)の僧人(そうにん)、大唐皇帝(だいとうこうてい)の敕命(ちょくめい)を奉(ほう)じ、西方(せいほう)へ前(すす)み往(ゆ)きて経偈(きょうげ=経典)を訪(たず)ね求(もと)む。貴山(きざん)を経(へ)て、特(こと)に塔下(とうか)に来(きた)りて聖(せい)を謁(えっ)せしに、期(き)せず威厳(いげん)を驚動(きょうどう)せり。望(のぞ)むらくは恕罪(じょざい=お許し)を乞(こ)わん。西方(せいほう)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)り得(え)て東土(とうど)に回(かえ)るを待(ま)ちて、永(なが)く高名(こうめい)を注(しる)さん」と。那(か)の妖(よう)言(げん)を聞(き)き、呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して道(いわ)く「我(われ)説(い)いしは是(こ)れ上邦(じょうほう=上国)の人物(じんぶつ)なりと、果然(かぜん)是(こ)れ汝(なんじ)なり。正(まさ)に汝(なんじ)を吃(くら)わんと要(ほっ)するに、却(かえ)って来(きた)れること甚(はなは)だ好(よ)し!甚(はなは)だ好(よ)し!然(しか)らざれば、却(かえ)って錯(あやま)って放(はな)ち過(す)ぐるか。汝(なんじ)は該(まさ)に我(わ)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく)なるに、自(おのずか)ら撞(ぶつか)り将(まさ)に来(きた)らんと要(ほっ)す。就(すなわ)ち放(はな)つも也(また)放(はな)ち去(ゆ)かず、就(すなわ)ち走(に)ぐるも也(また)走(に)げ脱(のが)るるを得(え)じ」と。小妖(しょうよう)を叫(よ)んで曰(いわ)く「那(か)の和尚(おしょう)を把(もっ)て拿(と)り去(ゆ)きて绑(しば)れ」と。果然(かぜん)那(か)の小妖(しょうよう)等(ら)一(ひと)つに擁(お)し上(のぼ)り前(すす)み、箇(こ)の長老(ちょうろう)を把(もっ)て繩(なわ)纏(まと)い索(なわ)绑(しば)り、那(か)の定魂樁(ていこんとう=魂を定める柱)の之(うえ)に縛(いまし)めつく。老妖(ろうよう)刀(かたな)を持(じ)して又(また)問(と)うて道(いわ)く「和尚(おしょう)、汝(なんじ)が一行(いっこう)幾(いく)つ有(あ)るか?終(つい)に然(しか)らずんば一(ひとり)にして敢(あえ)て西天(せいてん)に上(のぼ)るか」と。三蔵(さんぞう)他(かれ)が刀(かたな)を持(じ)するを見(み)て、又(また)老実(ろうじつ=正直)に説(と)いて道(いわ)く「大王(だいおう)、我(われ)二個(ふたり)の徒弟(とてい)有(あ)り、猪八戒(ちょはっかい)、沙和尚(さおしょう)と做(な)し、都(みな)松林(しょうりん)を出(い)でて斎(とき)を化(か)しに去(ゆ)けり。還(また)一担(いったん)の行李(こうり)、一匹(いっぴき)の白馬(はくば)有(あ)り、都(みな)松林(しょうりん)の裏(うち)に放(お)き在(あ)るなり」と。老妖(ろうよう)道(いわ)く「又(また)造化(ぞうか)なり!二個(ふたり)の徒弟(とてい)、汝(なんじ)を連(つら)ねて三個(みたり)、馬(うま)を連(つら)ねて四個(よったり)、一頓(いっとん=ひと食い)に吃(くら)うに彀(た)れり」と。小妖(しょうよう)道(いわ)く「我(われ)等(ら)去(ゆ)きて他(かれ)を捉(とら)え来(きた)らん」と。老妖(ろうよう)道(いわ)く「出(い)で去(ゆ)くことを要(よう)せず、前門(ぜんもん)を把(もっ)て関(と)じよ。他(かれ)二個(ふたり)斎(とき)を化(か)して来(きた)らば、一定(かなら)ず師父(しふ)を尋(たず)ねて吃(くら)わんとし、尋(たず)ね着(あ)たらずんば、一定(かなら)ず我(わ)が門(もん)の之(うえ)へ尋(たず)ねて来(きた)らん。常言(じょうげん)に道(いわ)く、門(もん)に上(のぼ)るの売買(ばいばい=商売)は做(な)し好(よ)しと。且(しばら)く慢(ゆる)るく他(かれ)を捉(とら)えるを等(ま)て」と。衆小妖(しゅうしょうよう)前門(ぜんもん)を把(もっ)て閉(と)じたり。   且(しばら)く三蔵(さんぞう)の災(わざわい)に逢(あ)えるを言(い)わず。却(かえ)って説(と)く、那(か)の沙僧(さそう)林(はやし)を出(い)でて八戒(はっかい)を找(さが)すに、直(ただ)ちに十余里(じゅうより)の遠近(えんきん)有(あ)るも、曾(かつ)て箇(こ)の庄村(しょうそん=村)を見(み)ず。他(かれ)却(かえ)って高埠(こうふ=高台)の之(うえ)に站(た)ちて正(まさ)に然(しか)く観看(かんかん)するに、只(た)だ草(くさ)の中(なか)に人(ひと)の言語(げんご)する有(あ)るを聴(き)き得(う)。急(いそ)ぎ杖(じょう)を使(つか)いて深草(しんそう)を撥(か)き開(ひら)いて看(み)る時(とき)、原来(げんらい)是(こ)れ呆子(ほうし)の裏面(うちめん)に在(あ)って夢話(むわ=寝言)を説(い)えるなり。沙僧(さそう)に耳(みみ)を揪(つま)まれ着(つ)けられて、方(はじ)めて叫(よ)び醒(さ)まされ、道(いわ)く「好(よ)き呆子(ほうし)かな!師父(しふ)汝(なんじ)をして斎(とき)を化(か)さしむるに、汝(なんじ)が此(ここ)に在(あ)って睡(ね)るを許(ゆる)せるか」と。那(か)の呆子(ほうし)冒冒失失(ぼうぼうしつしつ=ぼんやり)と醒(さ)めて道(いわ)く「兄弟(きょうだい)、甚(なん)の時候(じこう=時刻)なるか」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「快(はや)く起(た)て!師父(しふ)説(いわ)く、斎(とき)有(あ)るも斎(とき)無(な)きも也(また)罷(よ)からん、汝(なんじ)と我(われ)に那(いず)こに下住(げじゅう=宿)の処(ところ)を尋(たず)ね去(ゆ)けと教(おし)えるなり」と。呆子(ほうし)懵懵懂懂(もうもうどうどう=ぼんやり)として、鉢盂(はつう)を托(の)せ、釘鈀(ていは)を拑(はさ)み、沙僧(さそう)と径直(ただち)に回(かえ)り来(きた)る。林中(りんちゅう)に到(いた)りて看(み)る時(とき)、師父(しふ)の見(み)えざることあり。沙僧(さそう)埋怨(ばいえん)して道(いわ)く「都(みな)是(こ)れ汝(なんじ)が此(こ)の呆子(ほうし)の斎(とき)を化(か)して来(きた)らざるに、必(かなら)ず妖精(ようせい)の師父(しふ)を拿(とら)えたるならん」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く「兄弟(きょうだい)、胡説(こせつ=でたらめ)を要(よう)する莫(なか)れ。那(か)の林子(はやし)の裏(うち)は是(こ)れ箇(こ)の清雅(せいが=清雅)の去処(ところ)、決然(けつぜん)に妖精(ようせい)有(あ)らず。想(おも)うに是(こ)れ老和尚(ろうおしょう)の坐(ざ)し住(とど)まるを得(え)ず、那(あ)そこへ往(ゆ)きて風(ふう=景色)を観(み)に去(ゆ)きたるならん。我(われ)等(ら)他(かれ)を尋(たず)ねて去(ゆ)かん」と。二人(ふたり)只(た)だ得(え)て馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、斗篷(とぼう=笠)錫杖(しゃくじょう)を收拾(しゅうしゅう)し、松林(しょうりん)を出(い)でて師父(しふ)を尋找(じんさが=探し求)む。   此(こ)の一回(いっかい)、也(また)是(こ)れ唐僧(とうそう)の死(し)すべきに当(あ)たらざるなり。他(かれ)二個(ふたり)一(ひと)たび尋(たず)ぬるも見(み)えず、忽(たちま)ち那(か)の正南(しょうなん)の下(した)に金光(きんこう)の閃灼(せんしゃく=きらめく)有(あ)るを見(み)る。八戒(はっかい)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)よ、福(ふく)有(あ)るは只(た)だ是(こ)れ福(ふく)有(あ)るなり。汝(なんじ)看(み)よ、師父(しふ)他(かれ)が家(いえ)へ往(ゆ)き去(ゆ)けり。那(か)の光(ひかり)を放(はな)つは是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の宝塔(ほうとう)、誰(たれ)か敢(あえ)て怠慢(たいまん)せんや。一定(かなら)ず斎飯(さいはん)を安排(あんばい)し、他(かれ)を那(あ)そこに留(とど)めて受用(じゅよう=頂く)ならん。我(われ)等(ら)還(また)走(はし)り動(うご)かざるか、也(また)赶(お)い上(のぼ)り去(ゆ)きて些(いささ)か斎児(とき)を吃(くら)わん」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「哥(あに)よ、吉凶(きっきょう)を定(さだ)め得(え)ざるなり。我(われ)等(ら)且(しばら)く去(ゆ)きて看(み)て来(きた)らん」と。二人(ふたり)雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)として門前(もんぜん)に到(いた)るに、呀(ああ)!門(もん)の閉(と)じ在(あ)るなり。只(ただ)那(か)の門(もん)の之(うえ)に一塊(いっかい)の白玉石板(はくぎょくせきばん)の横(よこ)に安(やす)んぜられ、之(うえ)に六個(むっつ)の大字(だいじ)を鐫(え)る有(あ)るを見(み)る:「碗子山波月洞(わんしざんはげつどう)」と。沙僧(さそう)道(いわ)く「哥(あに)よ、此(こ)れは是(こ)れ甚(なん)の寺院(じいん)ならず、是(こ)れ一(ひとつ)の座(ざ)の妖精(ようせい)の洞府(どうふ)なり。我(わ)が師父(しふ)此(ここ)に在(あ)るも、也(また)見(み)ゆるを得(え)じ」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「兄弟(きょうだい)怕(おそ)るる莫(なか)れ、汝(なんじ)且(しばら)く馬匹(ばひつ)を拴(つな)ぎ下(おろ)し、行李(こうり)を守(まも)り着(つ)け、我(われ)が他(かれ)が信(たより)を問(と)うて看(み)んを等(ま)て」と。那(か)の呆子(ほうし)鈀(は)を挙(あ)げ、上(のぼ)り前(すす)んで高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く「門(もん)を開(ひら)け!門(もん)を開(ひら)け」と。那(か)の洞内(どうない)に門(もん)を把(みまも)るの小妖(しょうよう)有(あ)りて門(もん)を開(ひら)き、忽(たちま)ち他(かれ)二個(ふたり)の模様(すがた)を見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて裏面(うちめん)へ跑(はし)り入(い)り報(ほう)じて道(いわ)く「大王(だいおう)!売買(ばいばい=商い)来(きた)れり」と。老妖(ろうよう)道(いわ)く「那(いず)この売買(ばいばい)ぞ」と。小妖(しょうよう)道(いわ)く「洞門(どうもん)の外(そと)に一(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長い鼻に大きな耳)の和尚(おしょう)と、一(ひとり)の晦気色(わいきしょく=不運そうな色)の和尚(おしょう)有(あ)り、来(きた)りて門(もん)を叫(よ)べり」と。老妖(ろうよう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く「是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)と沙僧(さそう)の尋(たず)ね将(まさ)に来(きた)れるなり!噫(ああ)、他(かれ)也(また)会(よ)く尋(たず)ぬるかな。怎(どう)して就(すなわ)ち我(わ)が此(こ)の門(もん)の之(うえ)へ尋(たず)ね到(いた)れるか。既(すで)に嘴臉(しれん=顔つき)凶頑(きょうがん=獰猛)なれば、却(かえ)って他(かれ)を怠慢(たいまん)することを要(よう)せず」と。叫(よ)んで曰(いわ)く「披掛(ひかけ=鎧)を取(と)り来(きた)れ」と。小妖(しょうよう)抬(かつ)ぎ来(きた)り、就(すなわ)ち結束(けっそく=身支度)し、刀(かたな)を手(て)に綽(ひっさ)げ、径(ただ)ちに門(もん)を出(い)でて来(きた)る。   却(かえ)って説(と)く、那(か)の八戒(はっかい)、沙僧(さそう)門前(もんぜん)に在(あ)って正(まさ)に等(ま)つに、只(ただ)妖魔(ようま)の来(きた)ること凶険(きょうけん)なるを見(み)る。汝(なんじ)他(かれ)が怎(いか)に生(な)る打扮(だはん=身なり)なるを道(いわ)ば 青臉紅鬚赤髪(せいれんこうしゅせきはつ)飄(ひるがえ)り、黄金鎧甲(おうごんがいこう)亮光(りょうこう)饒(ゆた)かなり。 裹肚(かと=腹巻)腰(こし)を襯(う)えて磲石帯(しょせきたい=硨磲の帯)、 攀胸勒甲(はんきょうろっこう=胸を締め甲を勒す)歩雲縧(ほうんとう=雲歩きの組紐)。 閑(しず)かに山前(さんぜん)に立(た)てば風(かぜ)吼吼(こうこう)とし、悶(うるさ)く海外(かいがい)に游(あそ)べば浪(なみ)滔滔(とうとう)たり。 一双(いっそう)の藍靛焦筋(らんてんしょうきん=藍色に焦げた筋)の手(て)、 追魂取命刀(ついこんしゅめいとう=魂を追い命を取る刀)を執(と)り定(さだ)む。 此(こ)の物(もの)の名(な)と姓(せい)を知(し)らんと要(ほっ)せば、声(こえ)に揚(あ)ぐ二字(にじ)の黄袍(こうほう)と喚(よ)ぶ。   那(か)の黄袍老怪(こうほうろうかい)門(もん)を出(い)で得(え)て来(きた)り、便(すなわ)ち問(と)うて曰(いわ)く「汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの方(かた)の和尚(おしょう)か、我(わ)が門首(もんしゅ)に在(あ)って吆喝(ようかつ=わめく)するは」と。八戒(はっかい)道(いわ)く「我(わ)が子(こ)よ、汝(なんじ)認(みと)め得(え)ざるか。我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)が老爺(ろうや=旦那)なり!我(われ)は是(こ)れ大唐(だいとう)より西天(せいてん)へ差(つかわ)され往(ゆ)く者(もの)なり!我(わ)が師父(しふ)は是(こ)れ那(か)の御弟(ぎょてい)三蔵(さんぞう)なり。若(も)し汝(なんじ)が家(いえ)の裏(うち)に在(あ)らば、早(はや)く送(おく)り出(いだ)せ、我(わ)が釘鈀(ていは)の筑(つ)き進(い)り去(ゆ)くを省(はぶ)け」と。那(か)の怪(かい)笑(わら)って道(いわ)く「是(さ)なり、是(さ)なり、是(こ)れ一(ひとり)の唐僧(とうそう)の我(わ)が家(いえ)に在(あ)る有(あ)り。我(われ)も也(また)曾(かつ)て他(かれ)を怠慢(たいまん)せず、些(いささ)かの人肉包児(にんにくほうじ=人肉饅頭)を安排(あんばい)して他(かれ)に与(あた)えて吃(くら)わしむるなり。汝(なんじ)等(ら)も進(い)り去(ゆ)きて一(ひとつ)の児(もの)を吃(くら)うは如何(いかん)」と。這(こ)の呆子(ほうし)真(まこと)にして就(すなわ)ち進(い)り去(ゆ)かんと要(ほっ)するを、沙僧(さそう)一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く「哥(あに)よ、他(かれ)汝(なんじ)を哄(だま)すなり、汝(なんじ)幾時(いつ)か又(また)人肉(にんにく)を吃(くら)えるか」と。呆子(ほうし)却(かえ)って才(ようや)く省悟(せいご=気づき)、釘鈀(ていは)を掣(ひきぬ)き、妖怪(ようかい)を望(めが)けて劈臉(へきれん=顔面)より就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の怪物(かいぶつ)身(み)を側(そば)だてて避(よ)け過(す)ぎ、鋼刀(こうとう)を使(つか)って急(いそ)ぎ架(ささ)えて相迎(むか)う。二個(ふたり)都(みな)神通(じんつう)を顕(あらわ)し、雲頭(うんとう)を縦(ほしいまま)にし、空(くう)の中(なか)に跳(と)びて厮殺(しさつ=斬り合い)す。沙僧(さそう)行李(こうり)白馬(はくば)を撇(さ)り、宝杖(ほうじょう)を挙(あ)げ、急急(きゅうきゅう)と帮(たす)けて攻(せ)む。此(こ)の時(とき)二個(ふたり)の狠(きつ)き和尚(おしょう)、一(ひとつ)の潑(は)妖魔(ようま)、雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)って、此(こ)の一場(いちじょう)の好(よ)き殺(たたかい)。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の 杖(じょう)起(おこ)りて刀(かたな)迎(むか)え、鈀(は)来(きた)りて刀(かたな)架(ささ)う。 一員(いちいん)の魔将(ましょう)威(い)を施(ほどこ)し、二個(ふたり)の神僧(しんそう)化(け)を顕(あらわ)す。 九歯鈀(きゅうしていは)真個(しんこ)に英雄(えいゆう)、降妖伐(こうようばつ)誠(まこと)に凶咤(きょうた=猛し)。 前後左右(ぜんごさゆう)の没(な)きに斉(ひとしく)来(きた)るに、那(か)の黄袍(こうほう)公然(こうぜん)として怕(おそ)れず。 汝(なんじ)他(かれ)が鋼刀(こうとう)を蘸(ひた)して晃亮(こうりょう=きらきら)なること銀(しろがね)の如(ごと)きを看(み)よ、其(そ)の実(じつ)那(か)の神通(じんつう)也(また)為(こ)れ広大(こうだい)なり。 只(た)だ殺(たたか)いて満空(まんくう)の中(なか)に霧(きり)繞(まと)い雲(くも)迷(まど)い、半山(はんざん)の裏(うち)に崖(がけ)崩(くず)れ嶺(みね)咋(さけ)ぶに至(いた)る。 一(ひとつ)は声名(せいめい)の為(ため)に、怎(どう)か肯(あえ)て干休(かんきゅう=手を引く)せんや。一(ひとつ)は師父(しふ)の為(ため)に、断然(だんぜん)として怕(おそ)れざるなり。   他(かれ)三個(みたり)半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)って、往往来来(おうおうらいらい)、戦(たたか)うこと数十回合(すうじゅうがいごう)を経(へ)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。各(おのおの)性命(しょうめい)の要緊(ようきん=大事)なるに因(よ)り、其(そ)の実(じつ)解(と)き分(わ)かつに難(かた)し。   畢竟(ひっきょう)怎(いか)にしてか唐僧(とうそう)を救(すく)うかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第二十九回 難(なん)を脱(のが)れし江流(こうりゅう)国土(こくど)に来(きた)る 恩(おん)を承(うけたまわ)り八戒(はっかい)山林(さんりん)を転(てん)ず 詩(し)に曰(いわ)く、 妄想(もうぞう)復(ま)た強(し)いて滅(めっ)せず、 真如(しんにょ)何(なん)ぞ必(かなら)ずしも希求(ききゅう)せん。 本原(ほんげん)自性(じしょう)仏前(ぶつぜん)に修(しゅ)す、 迷悟(めいご)豈(あ)に前後(ぜんご)に居(きょ)せんや。 悟(さと)れば即(すなわ)ち刹那(せつな)に正(しょう)を成(な)し、 迷(まよ)いて万劫(まんごう)沈流(ちんる)す。 若(も)し能(よ)く一念(いちねん)真修(しんしゅう)に合(がっ)せば、 恒沙(ごうしゃ)の罪垢(ざいこう)を滅(めっ)し尽(つく)さん。 さて、かの八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)と怪(かい)と闘(たたか)うこと三十(さんじゅう)回合(ごう)を経(へ)しが、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。何(なん)とて勝負(しょうぶ)を分(わ)かたざるかと問(と)わば、もし手段(しゅだん)を賭(と)して論(ろん)ずれば、二人(ふたり)の和尚(おしょう)は申(もう)すに及(およ)ばず、二十人(にじゅうにん)たりとも、かの妖精(ようせい)には敵(てき)し得(え)ざるなり。ただ唐僧(とうぞう)の命(いのち)未(いま)だ死(し)すべきにあらざるのみにして、暗(あん)の中(うち)にかの護法(ごほう)の神祇(しんぎ)ありて彼(かれ)を保(ほ)し、空(くう)の中(うち)にまたかの六丁六甲(りくていりっこう)、五方掲諦(ごほうげったい)、四値功曹(しちこうそう)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうがらん)ありて、八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)とを助(たす)くるが故(ゆえ)なり。 さて彼(かれ)ら三人(さんにん)の戦闘(せんとう)は措(お)き、かの長老(ちょうろう)の洞(どう)の裡(うち)に在(あ)りて悲啼(ひてい)し、其(そ)の徒弟(とてい)を思量(しりょう)し、眼(め)の中(うち)に涙(なみだ)を流(なが)して道(い)えるには、 「悟能(ごのう)や、汝(なんじ)は何(いず)れの村(むら)の中(うち)にか善友(ぜんう)に逢(あ)い、斎供(さいく)に貪着(とんじゃく)したるか知(し)らず! 悟浄(ごじょう)や、汝(なんじ)はまた何(いず)こに彼(かれ)を尋(たず)ぬるか、能(よ)く会(あ)うを得(う)べきか? 豈(あ)に知(し)らんや我(われ)妖魔(ようま)に遇(あ)い、此(こ)の処(ところ)に難(なん)を受(う)くとは! 何時(いつのま)にか汝(なんじ)らに会(あ)い、大難(たいなん)を脱(のが)れ、早(はや)く霊山(りょうぜん)に赴(おもむ)かんことを!」 と。正(まさ)に悲啼(ひてい)煩悩(ぼんのう)せるに、忽(たちま)ちかの洞(どう)の裡(うち)より一人(ひとり)の婦人(ふじん)の走出(はしりい)で、定魂樁(ていこんとう=魂を縛る柱)に扶(すが)り着(つ)きて叫(さけ)んで道(い)えるには、 「かの長老(ちょうろう)、汝(なんじ)何(いず)こより来(きた)れる? 何(なん)すれぞ彼(かれ)に縛(ばく)せられて此(こ)の処(ところ)に在(あ)る?」 と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)き、涙眼(るいがん)に窃(ひそ)かにかの婦人(ふじん)を看(み)れば、約(およ)そ三十(さんじゅう)の年紀(ねんき)なり。遂(つい)に道(い)えるには、 「女菩薩(にょぼさつ)、問(と)うに及(およ)ばず、我(われ)は已(すで)に該(まさ)に死(し)すべきもの、汝(なんじ)が家(いえ)の門(もん)を走(はし)り入(い)り来(きた)れるなり。食(く)らわんとならば即(すなわ)ち食(く)らえ、また何(なん)ぞ問(と)うや?」 と。かの婦人(ふじん)道(い)えるには、 「我(われ)は人(ひと)を食(く)らう者(もの)に非(あら)ず。我(わ)が家(いえ)此(こ)の西下(にしした)を離(はな)るること、三百余里(さんびゃくより)あり。彼処(かしこ)に一座(いちざ)の城(しろ)あり、宝象国(ほうしょうこく)と称(しょう)す。我(われ)は即(すなわ)ちかの国王(こくおう)の第三(だいさん)の公主(こうしゅ)にして、乳名(にゅうめい)を百花羞(ひゃっかしゅう)と称(しょう)す。ただ十三年前(じゅうさんねんまえ)八月十五日(はちがつじゅうごにち)の夜(よる)、月(つき)を玩(もてあそ)ぶ中(なか)ばに因(よ)り、この妖魔(ようま)が一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)に摂(しょう)じ来(きた)られ、彼(かれ)と十三年(じゅうさんねん)の夫妻(ふさい)と作(な)れり。此(こ)の処(ところ)に児(こ)を生(う)み女(むすめ)を育(そだ)てしも、朝廷(ちょうてい)に音信(いんしん)無(な)く、思量(しりょう)するに我(わ)が父母(ふぼ)に相見(あいまみ)ゆること能(あた)わず。汝(なんじ)何(いず)こより来(きた)り、彼(かれ)に拿捉(だとら)えられしか?」 と。唐僧(とうぞう)道(い)えるには、 「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち西天(さいてん)に差(つか)わされて経(きょう)を取(と)る者(もの)なりしが、期(き)せず閑歩(かんぽ)して、誤(あやま)りて此(こ)の処(ところ)に撞(ぶ)つかれり。如今(いま)我(われ)が二人(ふたり)の徒弟(とてい)を拿捉(だとら)えて、一斉(いっせい)に蒸(む)し食(く)らわんとす」 と。かの公主(こうしゅ)陪笑(ばいしょう)して道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)心(こころ)を寛(ひろ)うせよ、汝(なんじ)既(すで)に経(きょう)を取(と)る者(もの)なれば、我(われ)汝(なんじ)を救(すく)うを得(う)べし。かの宝象国(ほうしょうこく)は是(こ)れ汝(なんじ)が西方(さいほう)に去(さ)る大路(たいろ)なり、汝(なんじ)我(われ)が為(ため)に一封(いっぽう)の書(ふみ)を捎(たずさ)え往(ゆ)き、我(わ)が父母(ふぼ)に拜上(はいじょう)せば、我(われ)即(すなわ)ち彼(かれ)をして汝(なんじ)を饒(ゆる)さしめん」 と。三蔵(さんぞう)点頭(てんとう)して道(い)えるには、 「女菩薩(にょぼさつ)、もしよく貧僧(ひんそう)が命(いのち)を救(すく)い得(う)れば、願(ねが)わくば書(ふみ)を捎(たずさ)え信(たより)を寄(よ)する人(ひと)と作(な)らん」 と。 かの公主(こうしゅ)急(きゅう)に後面(こうめん)に転(てん)じ、即(すなわ)ち一紙(いっし)の家書(かしょ)を修(しゅう)し、封固(ふうこ)し停当(ていとう=整え終え)して、樁(とう=柱)の前(まえ)に到(いた)りて唐僧(とうぞう)を解放(げほう)し、書(ふみ)を将(もっ)て付与(ふよ)せり。唐僧(とうぞう)解脱(げだつ)を得(え)、書(ふみ)を手(て)に捧(ささ)げて道(い)えるには、 「女菩薩(にょぼさつ)、多謝(たしゃ)す汝(なんじ)が活命(かつめい)の恩(おん)。貧僧(ひんそう)此(こ)の一去(いっきょ)、貴処(きしょ=貴地)を過(す)ぎて、定(かなら)ず国王(こくおう)の処(ところ)に送(おく)らん。ただ恐(おそ)るるは日久(ひひさ)しく年深(としふか)くして、汝(なんじ)が父母(ふぼ)肯(あえ)て相認(あいみと)めざらんことを、奈何(いかん)? 切(きっ)して我(われ)貧僧(ひんそう)の誑語(おうご=偽り)を打(う)ちたるを怪(あやし)むこと莫(なか)れ」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「妨(さしつか)え無(な)し、我(わ)が父王(ぶおう)に子(こ)無(な)く、ただ我(われ)ら三人(さんにん)の姉妹(しまい)を生(う)めるのみ、もし此(こ)の書(ふみ)を見(み)ば、必(かなら)ず相看(あいみ)るの意(い)あらん」 と。三蔵(さんぞう)緊緊(きんきん=しっかりと)家書(かしょ)を袖(そで)にし、公主(こうしゅ)に謝(しゃ)して、就(すなわ)ち外(そと)に往(ゆ)かんとせしを、公主(こうしゅ)に扯住(ひきとめ)られて道(い)えるには、 「前門(ぜんもん)の裡(うち)よりは汝(なんじ)出(い)で得(え)じ! かの大小(だいしょう)の妖精(ようせい)は、皆(みな)門(もん)の外(そと)に在(あ)りて旗(はた)を揺(ゆ)り吶喊(とっかん=ときの声)し、鼓(つづみ)を擂(れい=打ち鳴ら)し鑼(ら=銅鑼)を篩(ふる)い、大王(だいおう)を助(たす)けて、汝(なんじ)が徒弟(とてい)と厮殺(しさつ=斬り合い)せるなり。汝(なんじ)後門(こうもん)の裡(うち)より往(ゆ)け。もし大王(だいおう)に拿捉(だとら)えられなば、まだ審問(しんもん)しくれん;ただ恐(おそ)るるは小妖(しょうよう)の児(こ)に捉(とら)えられ、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、生(い)き乍(なが)ら児(こ)を挾(はさ)みて汝(なんじ)が性命(せいめい)を傷(きずつ)けんことを。我(われ)彼(かれ)の面前(めんぜん)に往(ゆ)きて、個(ひとつ)の方便(ほうべん)を説(と)かんとす。もし大王(だいおう)汝(なんじ)を放(はな)たば、汝(なんじ)が徒弟(とてい)の個(ひとつ)の示下(じか=指図)を討(こ)い得(う)るを待(ま)ち、汝(なんじ)を尋(たず)ね得(え)て一同(いちどう)に好(よ)く往(ゆ)かん」 と。三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、頭(かしら)を磕(ぬかず)き、謹(つつし)んで吩咐(ふんぷ=言いつけ)に依(よ)り、公主(こうしゅ)に辞別(じべつ)し、後門(こうもん)の外(そと)を逃(に)げ離(はな)れし、敢(あえ)て自(みずか)ら行(ゆ)かず、身(み)を荊棘(けいきょく=いばら)の叢(そう=茂み)の中(うち)に蔵(かく)せり。 さて公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)、心(こころ)に巧計(こうけい)を生(しょう)じ、急(きゅう)に前(まえ)に往(ゆ)き、門(もん)の外(そと)に出(い)でて、大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)を分(わ)け開(ひら)きしに、ただ叮叮噹(ていていとう=金属的打撃音)と、兵刃(へいじん)乱(みだ)れ響(ひび)くを聞(き)けば、原(もと)是(こ)れ八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)とかの怪(かい)と半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて厮殺(しさつ)せるなり。この公主(こうしゅ)厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、 「黄袍郎(こうほうろう)!」 と。かの妖王(ようおう)公主(こうしゅ)が叫喚(きょうかん)を聞(き)き得(え)て、即(すなわ)ち八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)を投(なげう=投げ捨)て、雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)し、鋼刀(こうとう)を揪(ひっつか)み、公主(こうしゅ)を攙(ささ)え着(つ)けて道(い)えるには、 「渾家(こんか=妻)、何(なん)の話(はなし)ある?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)や、我(われ)才(わずか)し羅幃(らゐ=帷)の内(うち)に睡(ねむ)り居(お)りしに、夢魂(むこん)の中(うち)、忽(たちま)ち個(ひとり)の金甲神人(きんこうしんじん)を見(み)たり」 と。妖魔(ようま)道(い)えるには、 「何(いず)れの金甲神(きんこうしん)ぞ? 我(わ)が門(もん)に上(のぼ)りて何(なん)とする?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「是(こ)れ我(われ)が幼(おさな)き時(とき)、宮(みや)の裡(うち)に在(あ)りて神(かみ)に対(たい)し暗(ひそ)かに一樁(ひとつ)の心愿(しんがん)を許(ゆる)し下(くだ)せり:もし賢郎(けんろう=優れた夫)駙馬(ふば)を招(まね)き得(え)なば、名山(めいざん)に上(のぼ)り、仙府(せんぷ)を拝(はい)し、僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)し布施(ふせ)せんと。汝(なんじ)に配(はい)しより、夫妻(ふさい)歓会(かんかい)して、今(いま)に至(いた)るまで曾(かつ)て題起(だいき=口に出し)たること無(な)し。かの金甲神人(きんこうしんじん)来(きた)りて誓願(せいがん)を討(こ)い、我(われ)を喝(かつ=叱咤)して醒(さ)ませしかば、却(かえっ)て是(こ)れ南柯(なんか)の夢(ゆめ)なり。此(こ)の故(ゆえ)に、急(きゅう)に容(かたち)を整(ととの)えて郎君(ろうくん)の処(ところ)に来(きた)り訴知(そち=申し上げ)せしに、期(き)せずかの樁(とう)の上(うえ)に一個(ひとり)の僧人(そうにん)の縛(いまし)め着(つ)けらるるあり、万(まん)望(のぞ)むらくは郎君(ろうくん)慈憫(じびん=哀れみ)し、我(わ)が薄意(はくい=微意)を看(み)て、かの和尚(おしょう)を饒(ゆる)し給(たま)え、ただ我(われ)が為(ため)に僧(そう)に斎(とき)をし還願(かんがん=願ほどき)せるものと当(あ)てんに。郎君(ろうくん)肯(うべな)うや否(いな)やを知(し)らず」 と。かの怪(かい)道(い)えるには、 「渾家(こんか)や、汝(なんじ)却(かえっ)て多心(たしん=余計な気遣い)なるかな! 何(なん)の打緊(たいした)ことか有(あ)らん。我(われ)人(ひと)を食(く)らわんとせば、何処(いずこ)にか幾個(いくつ)も撈(すく)い食(く)らわざらん? 此(こ)の把(ひとり)の和尚(おしょう)、到底(とこてい)何(なん)の処(ところ)にか到(いた)るべき、彼(かれ)を放(はな)ち往(ゆ)かしめん」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)、彼(かれ)を後門(こうもん)の裡(うち)より放(はな)ち往(ゆ)かしめ給(たま)え」 と。妖魔(ようま)道(い)えるには、 「奈煩(なはん=やかまし)や、彼(かれ)を放(はな)ち往(ゆ)かしむるを便(たやす)し、また彼(かれ)が何(なん)の後門(こうもん)前門(ぜんもん)なるを管(かん)せんや」 と。彼(かれ)遂(つい)に鋼刀(こうとう)を綽(ひっつか)みて高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、 「かの猪八戒(ちょはっかい)、汝(なんじ)過(よ)ぎ来(きた)れ。我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)を怕(おそ)るるに非(あら)ず、汝(なんじ)と戦(たたか)わざるは、我(わ)が渾家(こんか)の分(ぶん)のうえを看(み)て、汝(なんじ)が師父(しふ)を饒(ゆる)せるなり。早(はや)きに趁(よ)りて後門(こうもん)の首(ほとり=ほとり)に往(ゆ)き、彼(かれ)を尋(たず)ね得(え)て、西方(さいほう)に往(ゆ)け。もし再(ふたた)び来(きた)りて我(わ)が境界(きょうがい)を犯(おか)さば、断乎(だんこ=断じて)饒(ゆる)さじ!」 と。かの八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)と此(こ)の言(こと)を聞(き)き得(え)て、便(すなわ)ち鬼門関(きもんかん)の上(うえ)より放(はな)ち回(かえ)され来(きた)れるが如(ごと)く、即(そく)忙(いそ)ぎ馬(うま)を牽(ひ)き担(たに=荷)を挑(にな)い、鼠(ねずみ)の如(ごと)く竄(にげ=逃げ)し行(ゆ)き、かの波月洞(はげつどう)が後門(こうもん)の外(そと)を転(てん)じ過(す)ぎて、声(こえ)を揚(あ)げて 「師父(しふ)!」 と叫(さけ)べり。かの長老(ちょうろう)声(こえ)を認(みと)め得(え)て、就(すなわ)ちかの荊棘(けいきょく)の中(うち)に在(あ)りて答応(とうおう)せり。沙僧(しゃそう)就(すなわ)ち草径(そうけい=草の小道)を剖(さ)き開(ひら)き、師父(しふ)を攙(ささ)え着(つ)け、慌(あわ)て忙(いそ)ぎて馬(うま)に上(のぼ)らしむ。 此(こ)の処(ところ)に狠毒(こんどく=残忍)にして青面鬼(せいめんき)に遭(あ)わんとせしも、殷勤(いんぎん=手厚き)に幸(さいわい)にして百花羞(ひゃっかしゅう)有(あ)り。 鰲魚(ごうぎょ=大亀)金鈎(きんこう)の釣(つり)を脱却(だっきゃく)し、尾(お)を擺(ふ)り頭(かしら)を揺(ゆ)りて浪(なみ)を逐(お)いて游(およ)ぐ。 八戒(はっかい)頭(かしら)に当(あた)りて路(みち)を領(りょう=先導)し、沙僧(しゃそう)後(うしろ)に随(したが)い、かの松林(しょうりん)を出(い)でて、大路(たいろ)に上(のぼ)る。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の二人(ふたり)は嚌嚌嘈嘈(せいせいそうそう=がやがやと)、埋埋怨怨(まいまいえんえん=ぶつぶつと怨み言)せるを、三蔵(さんぞう)ただ是(こ)れ解和(かいわ=仲を取り持)つのみ。晩(くれ)に遇(あ)えば先(まず)宿(やど)を投(とう)じ、鶏(にわとり)鳴(な)けば早(はや)く天(てん)を看(み)る、一程一程(いっていいってい=一站一站)、長亭短亭(ちょうていたんてい=宿場の亭)に、覚(おぼ)えずして就(すなわ)ち二百九十九里(にひゃくきゅうじゅうきゅうり)を走(はし)り了(おお)せたり。 猛(たけ)く頭(かしら)を抬(もた)げ上(あ)ぐれば、ただ一座(いちざ)の好(よ)き城(しろ)の見(み)ゆ、就(すなわ)ち是(こ)れ宝象国(ほうしょうこく)なり。真(しん)に好(よ)き個(ひとつ)の処所(ところ)なるかな: 雲渺渺(うんびょうびょう=雲の遠き)、路迢迢(ろちょうちょう=道の遠き)。 地(ち)は千里(せんり)の外(ほか)に在(あ)れども、景物(けいぶつ)一般(いっぱん)に饒(ゆたか)なり。 瑞靄祥烟(ずいあいしょうえん=めでたき靄と煙)籠罩(ろうとう=覆い包み)、 清風明月(せいふうめいげつ)招揺(しょうよう=揺れ招)く。 嵂嵂崒崒(りつりつそつそつ=山の高き貌)の遠山(えんざん)、大(おお)いに図画(とが=絵図)を開(ひら)き; 潺潺湲湲(せんせんえんえん=水の流るる音)の流水(りゅうすい)、砕(くだ)けて瓊瑶(けいよう=美玉)を濺(そそ)ぐ。 耕(たがや)す可(べ)きは阡(せん=あぜみち)を連(つら)ね陌(はく=東西の道)を帯(お)び、 食(しょく)を足(た)すは密蕙(みつけい=密なる草)新苗(しんびょう=新芽)なり。 漁釣(ぎょちょう=魚釣り)の幾家(いくか)か三澗(さんかん=三つの谷)の曲(まがり)、 樵采(しょうさい=木こり)の一担(いったん=一荷)両峰(りょうほう)の椒(こしょう=山椒)。 廓(くるわ)の廓(くるわ)、城(しろ)の城(しろ)、金湯(きんとう=金城湯池)鞏固(きょうこ=堅固)なり; 家(いえ)の家(いえ)、戸(こ)の戸(こ)、只(た)だ逍遙(しょうよう)を闘(あらそ)う。 九重(きゅうじゅう)の高閣(こうかく)殿宇(でんう)の如(ごと)く、 万丈(ばんじょう)の層台(そうだい)錦標(きんぴょう=錦の標)に似(に)たり。 またかの太極殿(たいきょくでん)、華蓋殿(かがいでん)、焼香殿(しょうこうでん)、観文殿(かんぶんでん)、宣政殿(せんせいでん)、延英殿(えんえいでん)あり、一殿一殿(いちでんいちでん)の玉陛金階(ぎょくへいきんかい=玉の階)には、文冠武弁(ぶんかんぶべん=文官武官)を擺列(はいれつ=並べ列)し; またかの大明宮(だいめいきゅう)、昭陽宮(しょうようきゅう)、長楽宮(ちょうらくきゅう)、華清宮(かせいきゅう)、建章宮(けんしょうきゅう)、未央宮(びおうきゅう)あり、一宮一宮(いちきゅういちきゅう)の鐘鼓管籥(しょうこかんやく=鐘・鼓・笛)は、閨怨春愁(けいえんしゅんしゅう=閨の怨み春の愁い)を撒抹(さつまつ=振り払)えり。 また禁苑(きんえん=御苑)の、露花(ろか=露の花)の嫩臉(どんれん=若き顔)を勻(ひと)しくするあり; また御溝(ごこう=御所の溝)の、風柳(ふうりゅう=風の柳)の繊腰(せんよう=細き腰)を舞(ま)わすあり。 通衢(つうく=大通り)の上(うえ)には、また個(ひとり)の頂冠束帯(ていかんそくたい=冠を頂き帯を締む)の、儀容(ぎよう=威儀)を盛(さか)んにし、五馬(ごば=五頭の馬車)に乗(の)るあり; 幽僻(ゆうへき=ひっそり)の中(うち)には、また個(ひとり)の弓(ゆみ)を持(も)ち矢(や)を挟(はさ)むの、雲霧(うんむ)を撥(はら)い、双雕(そうちょう=二羽の鷲)を貫(つらぬ)くあり。 花柳(かりゅう=花と柳)の巷(ちまた=小路)、管弦(かんげん)の楼(ろう=高楼)は、春風(しゅんぷう)洛陽橋(らくようきょう)に譲(ゆず)らず。 経(きょう)を取(と)る長老(ちょうろう)は、大唐(だいとう)を回首(かいしゅ=振り返)りて肝胆(かんたん)裂(さ)け; 師(し)に伴(ともな)う徒弟(とてい)は、肩(かた)を小駅(しょうえき=小さき駅)に息(いこ)いて夢魂(むこん)消(き)ゆ。 看(み)ども尽(つく)さず宝象国(ほうしょうこく)の景致(けいち)。師徒(しと)三衆(さんしゅう)、行李(こうり)と馬匹(ばひつ)とを収拾(しゅうしゅう=整理)し、館駅(かんえき=駅舎)の中(うち)に安歇(あんけつ=休み泊)せり。 唐僧(とうぞう)歩行(ほこう=歩み)して朝門(ちょうもん)の外(そと)に至(いた)り、閣門大使(かくもんたいし=宮門の役人)に対(たい)して道(い)えるには、 「唐朝(とうちょう)の僧人(そうにん)あり、特に来(きた)りて面駕(めんが=玉体に謁見)し、文牒(ぶんちょう=通行証)を倒換(とうかん=差し替え)せんとす。乞(こ)う転奏(てんそう=取り次ぎ奏上)あらんことを」 と。かの黄門奏事官(こうもんそうじかん=門の奏事役)、連忙(れんぼう=急い)で走(はし)りて白玉階(はくぎょくかい=白き玉の階)の前(まえ)に至(いた)り奏(そう)して道(い)えるには、 「万歳(ばんぜい)、唐朝(とうちょう)に個(ひとり)の高僧(こうそう)あり、駕(が=玉体)に見(まみ)えんことを求(もと)め、文牒(ぶんちょう)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)す」 と。かの国王(こくおう)唐朝(とうちょう)の大国(たいこく)なるを聞(き)き知(し)り、且(か)つまた方上(ほうじょう=この方)の聖僧(せいそう)なりと申(もう)すを聞(き)き、心中(しんちゅう)甚(はなは)だ喜(よろこ)び、即時(そくじ)に准奏(じゅんそう=奏を許)して、 「彼(かれ)を宣(せん=召)し入(い)れよ」 と叫(さけ)べり。三蔵(さんぞう)を金階(きんかい)に宣(せん)じ至(いた)らしむれば、舞蹈山呼(ぶとうさんこ=舞い拝み「万歳」と呼ぶ)の礼(れい)畢(おわ)る。両辺(りょうへん)の文武(ぶんぶ)の多官(たかん=多くの官)は、嘆(たん)ぜざる無(な)くして道(い)えるには、 「上邦(じょうほう=大国)の人物(じんぶつ)、礼楽(れいがく)雍容(ようよう=ゆったりと)なること此(こ)の如(ごと)し!」 と。かの国王(こくおう)道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)我(わ)が国中(こくちゅう)に到(いた)りしは何事(なにごと)ぞ?」 と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、 「小僧(しょうそう)は是(こ)れ唐朝(とうちょう)の釈子(しゃくし=仏弟子)にして、我(わ)が天子(てんし)が敕旨(ちょくし=勅命)を承(うけたまわ)り、西方(さいほう)に前往(ぜんおう)して経(きょう)を取(と)る者(もの)なり。原(もと)文牒(ぶんちょう)を領(りょう)し有(ゆう)すれば、陛下(へいか)が上国(じょうこく)に到(いた)らば、理合(りごう=当然)倒換(とうかん)すべし。此(こ)の故(ゆえ)に進退(しんたい)を識(し)らず、龍顔(りゅうがん=天子の顔)を驚動(きょうどう)せしむるなり」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「既(すで)に唐天子(とうてんし)の文牒(ぶんちょう)有(あ)らば、取(と)り上(あ)げて看(み)ん」 と。三蔵(さんぞう)双手(そうしゅ)に捧(ささ)げて上(のぼ)し、展開(てんかい=広げ)して御案(ぎょあん=天子の机)の上(うえ)に放(お)きぬ。牒(ちょう=証文)に云(いわ)く、 「南贍部洲(なんせんぶしゅう)大唐国(だいとうこく)奉天承運唐天子牒行(ほうてんしょううんとうてんしちょうこう=天を奉じ運を承くる唐天子、牒を行う):切(つらつら)惟(おもんみ)るに朕(ちん)涼徳(りょうとく=薄き徳)を以(もっ)て、丕基(ひき=大いなる基)を嗣続(しぞく=継承)し、神(かみ)に事(つか)え民(たみ)を治(おさ)むるに、深淵(しんえん)に臨(のぞ)み薄氷(はくひょう)を履(ふ)むが如(ごと)く、朝夕(ちょうせき)是(こ)れ惴(おそれおのの)く。前者(ぜんしゃ=先だって)、涇河(けいが)の老龍(ろうりゅう)を救(すく)い損(そこな)い、我(わ)が皇皇后帝(こうこうこうてい=天帝)より譴(けん=譴責)を獲(え)て、三魂七魄(さんこんしちはく)倏忽(しゅくこつ=忽ち)として陰司(いんし=冥府)に赴(おもむ)き、已(すで)に無常(むじょう=死)の客(かく)と作(な)れり。因(よ)りて陽寿(ようじゅ=寿命)未(いま)だ絶(た)えざる有(あ)り、冥君(めいくん=冥府の君)の回生(かいせい)を放(はな)ち送(おく)るに感(かん)じ、広(ひろ)く善会(ぜんえ=善根の会)を陳(の)べ、度亡道場(どぼうどうじょう=死者供養の場)を修建(しゅうけん=築き営)めり。感蒙(かんもう=蒙るに感)じて救苦観世音菩薩(くくかんぜおんぼさつ)、金身(こんしん=黄金の体)出現(しゅつげん)し、西方(さいほう)に仏(ほとけ)有(あ)り経(きょう)有(あ)りて、幽亡(ゆうぼう=幽界の亡者)を度(ど)し、孤魂(こごん=孤き魂)を超脱(ちょうだつ)す可(べ)きを指示(しじ)せらる。特に法師玄奘(ほうしげんじょう)を着(つかわ)し、遠(とお)く千山(せんざん)を歴(へ)て、経偈(きょうげ=経文)を詢求(じゅんぐ=尋ね求)めしむ。倘(も)し西邦諸国(さいほうしょこく)に到(いた)らば、善縁(ぜんえん)を滅(めっ)せず、牒(ちょう)に照(てら)して放行(ほうこう=通り過ぎ)せしめよ。牒(ちょう)に至(いた)る須(べ)き者(もの)。大唐貞観一十三年(だいとうじょうがんじゅうさんねん)、秋吉日(しゅうきちじつ)、御前文牒(ごぜんぶんちょう)」 と。国王(こくおう)見(み)了(おわ)り、本国(ほんごく)の玉宝(ぎょくほう=玉璽)を取(と)り、花押(かおう=署名)を用(もち)いて、三蔵(さんぞう)に遞(わた=手渡)せり。 三蔵(さんぞう)恩(おん)を謝(しゃ)し、文牒(ぶんちょう)を収(おさ)め、又(また)奏(そう)して道(い)えるには、 「貧僧(ひんそう)一来(いちらい=一つには)文牒(ぶんちょう)を倒換(とうかん)し、二来(にらい=二つには)陛下(へいか)に家書(かしょ)を寄(よ)すること有(あ)り」 と。国王(こくおう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)えるには、 「何(なん)の書(ふみ)か有(あ)る?」 と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、 「陛下(へいか)が第三位(だいさんい)の公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)は、碗子山(わんしさん)波月洞(はげつどう)の黄袍妖(こうほうよう)に摂(しょう)じ将(も)ち去(さ)られしを、貧僧(ひんそう)偶々(たまたま)相(あい)遇(あ)いし故(ゆえ)に、書(ふみ)を寄(よ)し来(きた)れるなり」 と。国王(こくおう)言(こと)を聞(き)き、満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れて道(い)えるには、 「自(みずか)ら十三年前(じゅうさんねんまえ)より、公主(こうしゅ)を見(み)失(うしな)い、両班(りょうはん=左右の列)の文武(ぶんぶ)の官(かん)も、また幾多(いくた)貶退(へんたい=罷免)せられしかを知(し)らず、宮内宮外(きゅうないきゅうがい)の大小(だいしょう)の婢子(ひし=侍女)太監(たいかん=宦官)も、また幾多(いくた)打(う)ち殺(ころ)されしかを知(し)らず、ただ宮(みや)を走出(はしりで)でて路(みち)を迷失(めいしつ=見失)いしと申(もう)し、尋(たず)ぬるに処(ところ)無(な)くして、満城(まんじょう=都中)の中(うち)の百姓(ひゃくしょう)人家(じんか)をも、また盤詰(ばんきつ=取り調べ)すること無数(むすう)なれど、更(さら)に下落(げらく=行方)無(な)し。何(なん)ぞ知(し)らん妖怪(ようかい)に摂(しょう)じ去(さ)られしとは! 今日(こんにち)乍(にわ)かに此(こ)の句(く)の言(こと)を聴(き)き得(え)し故(ゆえ)に、此(こ)れに因(よ)りて情(じょう)を傷(いた)ましめ涙(なみだ)を流(なが)すなり」 と。三蔵(さんぞう)袖(そで)の中(うち)より書(ふみ)を取出(とりいだ)し来(きた)りて献上(けんじょう=捧げ奉)ず。国王(こくおう)接(うけ)取(と)り、平安(へいあん)の二字(にじ)の有(あ)るを見(み)れば、一発(いっぱつ=いよいよ)手(て)軟(やわ)らぎ、書(ふみ)を拆(ひら=開)くこと能(あた)わず、旨(みことのり)を伝(つた)えて翰林院大学士(かんりんいんだいがくし)を宣(せん)じて殿(でん)に上(のぼ)り書(ふみ)を読(よ)ましむ。学士(がくし)随即(ずいそく=直ち)に殿(でん)に上(のぼ)る。殿前(でんぜん)には文武(ぶんぶ)の多官(たかん)有(あ)り、殿後(でんご)には后妃(こうひ=后)宮女(きゅうじょ)有(あ)り、倶(とも)に耳(みみ)を側(そばだ)てて書(ふみ)を聴(き)く。学士(がくし)拆(ひら)き開(ひら)いて朗誦(ろうしょう=声高に読)す。上(うえ)に写(うつ)し着(つ)けて有(あ)るは、 「不孝女(ふこうじょ)百花羞(ひゃっかしゅう)、頓首百拝(とんしゅひゃくはい=額を地に着けて拝す)大徳父王(だいとくぶおう)万歳龍鳳殿前(ばんぜいりゅうほうでんぜん)に申(もう)し上(あ)ぐ、曁(およ)び三宮母后(さんきゅうぼごう)昭陽宮下(しょうようきゅうか)に、及(およ)び挙朝文武(きょちょうぶんぶ)の賢卿(けんけい)が台次(だいじ=席次)に:拙女(せつじょ=拙き娘)幸(さいわい)に坤宮(こんぐう=后の宮)に托(たく)し、劬労(くろう=苦労)万種(ばんしゅ=数多)を感激(かんげき)すれども、力(ちから)を竭(つく)して顔(かお)を怡(よろこ)ばしめ、心(こころ)を尽(つく)して孝(こう)を奉(ほう)ずること能(あた)わず。乃(すなわ)ち十三年前(じゅうさんねんまえ)八月十五日(はちがつじゅうごにち)の良夜佳辰(りょうやかじん=良き夜佳き時)に於(おい)て、父王(ぶおう)が恩旨(おんし=有難き仰せ)を蒙(こうむ)り各宮(かくきゅう)に宴(うたげ)を排(はい=設)けしめ、月華(げっか=月の光)を賞玩(しょうがん=愛で)し、共(とも)に清霄(せいしょう=澄める夜空)の盛会(せいかい)を楽(たのし)まんことを。正(まさ)に歓娯(かんぐ=楽しみ)の間(あいだ)、覚(おぼ)えず一陣(いちじん)の香風(こうふう)して、個(ひとり)の金睛藍面青髪魔王(きんせいらんめんせいはつまおう)の閃(ひらめ)き出(い)づるあり、女(むすめ)を擒(とら)え住(とど)め、祥光(しょうこう)に駕(が=乗)じて、直(ただち)に半野山(はんやざん)の中(うち)の人(ひと)無(な)き処(ところ)に帯(たい=連れ)し至(いた)り、分(わか)ち難(がた)く辨(べん)じ難(がた)きに、妖(よう)の強(つよき)に倚(よ)りて、覇占(はせん=力ずくで占)めて妻(つま)と為(な)せり。是(ここ)を以(もっ)て無奈(むな=如何ともし難)くして一十三年(じゅうさんねん)を捱(こら)えしが、二個(ふたり)の妖児(ようじ=妖の子)を産下(さんか=生み落)し、尽(ことごと)く是(こ)れ妖魔(ようま)の種(たね)なり。此(こ)れを論(ろん)ずれば真(しん)に是(こ)れ人倫(じんりん)を敗壊(はいかい)し、風化(ふうか=風紀)を傷(そこな)うものにして、伝書(でんしょ=文を伝う)して玷辱(てんじょく=辱しめ)するに当(あた)らず;但(た)だ恐(おそ)るるは女(むすめ)が死(し)し了(おわ)らんの後(のち)、分明(ぶんめい=明白)ならざらんことを。正(まさ)に怨(うらみ)を含(ふく)み父母(ふぼ)を思憶(しおく=思い出し)せるに、期(き)せず唐朝(とうちょう)の聖僧(せいそう)の、また魔王(まおう)に擒(とら)えられ着(つ)けらるるあり。是(ここ)に女(むすめ)滴涙(てきるい=涙を滴ら)し書(ふみ)を修(しゅう)し、大胆(だいたん)に放脱(ほうだつ=逃がし放)ち、特に此(こ)の片楮(へんちょ=一片の紙)を托(たく)し寄(よ)せて、以(もっ)て寸心(すんしん=僅かな心)を表(あらわ)さんとす。伏(ふ)して望(のぞ)むらくは父王(ぶおう)垂憫(すいびん=憐れみを垂)れ、上将(じょうしょう)を遣(つか)わし早(はや)く碗子山(わんしさん)波月洞(はげつどう)に至(いた)りて黄袍怪(こうほうかい)を捉獲(そっかく=捕ま)え、女(むすめ)を救(すく)い回朝(かいちょう=朝廷に帰)らしめなば、深(ふか)く恩念(おんねん=有難き心)と為(な)さんことを。草草(そうそう=粗略)にして恭(うやうやし)さを欠(か)く、面(めん)して一(いつ)ならず聴(き)かれよ。逆女(ぎゃくじょ=不孝の娘)百花羞(ひゃっかしゅう)再(ふたた)び頓首頓首(とんしゅとんしゅ)」 と。 かの学士(がくし)家書(かしょ)を読(よ)み罷(おわ)れば、国王(こくおう)大(おお)いに哭(な)き、三宮(さんきゅう)涙(なみだ)を滴(したた)らし、文武(ぶんぶ)情(じょう)を傷(いた)ましめ、前前後後(ぜんぜんごうごう=前にも後にも)、哀念(あいねん=哀しみ思わ)ざる無(な)し。 国王(こくおう)哭(な)くこと之(これ)許(ばか)り久(ひさ)しく、便(すなわ)ち両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)に問(と)いて道(い)えるには、 「何(いず)れか敢(あえ)て兵(へい)を興(おこ)し将(しょう)を領(りょう)し、寡人(かじん=王の自称)と妖魔(ようま)を捉獲(そっかく)し、我(わ)が百花公主(ひゃっかこうしゅ)を救(すく)うる者(もの)ぞ?」 と。連(れん)ねて数声(すうせい)を問(と)えど、更(さら)に一人(ひとり)も敢(あえ)て答(こた)うる無し、真(しん)に是(こ)れ木(き)に雕(ほ)り成(な)せる武将(ぶしょう)、泥(どろ)に塑(つく)り就(な)れる文官(ぶんかん)なり。かの国王(こくおう)心(こころ)に煩悩(ぼんのう)を生(しょう)じ、涙(なみだ)涌泉(ゆうせん=涌き出る泉)の若(ごと)し。 ただかの多官(たかん)の斉(ひとしく)俯伏(ふふく=伏し拝)して奏(そう)するを看(み)るには、 「陛下(へいか)且(しばら)く煩悩(ぼんのう)を休(や)め給(たま)え。公主(こうしゅ)は已(すで)に失(うしな)われ、今(いま)に至(いた)るまで一十三載(じゅうさんさい)音(おとずれ)無(な)し。偶(たまた)ま唐朝(とうちょう)の聖僧(せいそう)に遇(あ)い、書(ふみ)を寄(よ)せて此(こ)の処(ところ)に来(きた)れると雖(いえど)も、未(いま)だ其(そ)の否(いな=偽り)なるか的(まこと)なるかを知(し)らず。況(いわん)や臣等(しんら)は倶(とも)に是(こ)れ凡人凡馬(ぼんじんぼんば=並の人馬)、兵書武略(へいしょぶりゃく=兵法)を習学(しゅうがく=学び習)いて、ただ陣(じん)を布(し)き営(えい)を安(やすん)じて、国家(こっか)に侵陵(しんりょう=侵略)の患(うれい)無(な)からしむ可(べ)きのみ。かの妖精(ようせい)は乃(すなわ)ち雲(くも)に来(きた)り霧(きり)に去(さ)るの輩(はい=連中)にして、彼(かれ)と觌面(てきめん=まのあたり)相見(あいみ)ゆるを得(え)ざれば、何(なに)を以(もっ)てか征救(せいきゅう=攻め救)わん? 想(おも)うに東土(とうど)より経(きょう)を取(と)る者(もの)は、乃(すなわ)ち上邦(じょうほう)の聖僧(せいそう)なり。此(こ)の和尚(おしょう)は道(どう)高(たか)ければ龍虎(りゅうこ)も伏(ふく)し、徳(とく)重(おも)ければ鬼神(きしん)も欽(きん=敬)うというなれば、必(かなら)ず妖(よう)を降(くだ)すの術(じゅつ)有(あ)らん。古(いにしえ)より道(い)う、是非(ぜひ)を来(きた)り説(と)く者(もの)は、就(すなわ)ち是(こ)れ是非人(ぜひじん=当事者)なりと。即(すなわ)ち此(こ)の長老(ちょうろう)に請(こ)いて妖邪(ようじゃ)を降(くだ)し、公主(こうしゅ)を救(すく)わしめんには、庶(こいねがわ)くは万全(ばんぜん)の策(さく)と為(な)さん」 と。かの国王(こくおう)言(こと)を聞(き)き、急(きゅう)に頭(かしら)を回(めぐ)らし便(すなわ)ち三蔵(さんぞう)に請(こ)うて道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)もしくは手段(しゅだん)有(あ)りて、法力(ほうりき)を放(はな)ち、妖魔(ようま)を捉(とら)え、我(わ)が孩児(がいじ=我が子)を救(すく)い回朝(かいちょう)せしめなば、また西方(さいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)するを須(もち)いず、長(なが)く髪(かみ)を留(とど)め頭(かしら)を延(の)べ、朕(ちん)汝(なんじ)と兄弟(けいてい)の契(ちぎり)を結(むす)び、同(とも)に龍床(りゅうしょう=王の寝台)に坐(ざ)し、共(とも)に富貴(ふうき)を享(う)くること如何(いかん)?」 と。三蔵(さんぞう)慌(あわ)て忙(いそ)ぎ啓上(けいじょう=申し上げ)じて道(い)えるには、 「貧僧(ひんそう)は念仏(ねんぶつ)をば粗(ほぼ)知(し)れども、其(そ)の実(じつ)妖(よう)を降(くだ)すことは会(え)ず」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)既(すで)に妖(よう)を降(くだ)すこと会(え)ざるに、何(なん)ぞ敢(あえ)て西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)せんとする?」 と。かの長老(ちょうろう)瞞(だま)し過(す)ごすこと能(あた)わず、二人(ふたり)の徒弟(とてい)の有(あ)ることを説(と)き出(いだ)し来(きた)り、奏(そう)して道(い)えるには、 「陛下(へいか)、貧僧(ひんそう)一人(ひとり)にては、実(じつ)に此(こ)の処(ところ)に到(いた)ること難(かた)し。貧僧(ひんそう)に二人(ふたり)の徒弟(とてい)有(あ)り、善(よ)く能(よ)く山(やま)に逢(あ)えば路(みち)を開(ひら)き、水(みず)に遇(あ)えば橋(はし)を迭(わた=架)すのを、貧僧(ひんそう)を保(ほ)して此(こ)の処(ところ)に到(いた)らしむるなり」 と。国王(こくおう)怪(あやし)んで道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の和尚(おしょう)大(おお)いに理(り)無(な)し、既(すで)に徒弟(とてい)有(あ)り乍(なが)ら、何(なん)ぞ彼(かれ)と一同(いちどう)に進(すす)み来(きた)りて朕(ちん)に見(まみ)えざる? もし朝中(ちょうちゅう)に到(いた)らば、中意(ちゅうい=気にいる)の賞賜(しょうし=褒美)無(な)きも、必(かなら)ず随分(ずいぶん=相応)の斎供(さいく)有(あ)らん」 と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、 「貧僧(ひんそう)がかの徒弟(とてい)は醜陋(しゅうろう=醜き)にして、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に朝(ちょう)に入(い)れず、ただ恐(おそ)るるは陛下(へいか)が龍体(りゅうたい=玉体)を驚傷(きょうしょう=驚かし傷つけ)んことを」 と。国王(こくおう)笑(わら)って道(い)えるには、 「汝(なんじ)看(み)よ此(こ)の和尚(おしょう)の話(はなし)、終(つい)に然(しか)らずんば朕(ちん)当(まさ)に彼(かれ)を怕(おそ)るべきか?」 と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、 「敢(あえ)て説(い)わず。我(わ)がかの大徒弟(だいとてい)は姓(せい)を猪(ちょ)とし、法名(ほうみょう)を悟能八戒(ごのうはっかい)と称(しょう)す、彼(かれ)生(うま)れ得(え)て長嘴獠牙(ちょうしりょうが=長き嘴と牙)、剛鬢扇耳(ごうびんせんじ=剛き鬢と扇の耳)、身粗肚大(しんそどだい=体太く腹大)、路を行(ゆ)けば風(かぜ)を生(しょう)ず。第二(だいに)の徒弟(とてい)は姓(せい)を沙(さ)とし、法名(ほうみょう)を悟浄和尚(ごじょうおしょう)と称(しょう)す、彼(かれ)生(うま)れ得(え)て身長丈二(しんちょうじょうに=一丈二尺)、臂闊三停(ひかつさんてい=腕太き三停)、臉(かお)は藍靛(らんてん=藍)の如(ごと)く、口(くち)は血盆(けつぼん=血の盆)に似(に)たり、眼光(がんこう=目つき)閃灼(せんしゃく=ぎらつき)、牙歯(がし=歯)は釘(くぎ)を排(なら)べたり。彼(かれ)らは皆(みな)是(こ)れ此(こ)の如(ごと)き個(ひとつ)の容姿(ようし=姿)なるを以(もっ)て、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に領(つ)れ入(い)りて朝(ちょう)に入(い)れざるなり」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)既(すで)に此(こ)の如(ごと)く一遍(いっぺん)説(と)き了(おわ)らば、寡人(かじん)何(なん)ぞ彼(かれ)を怕(おそ)れん? 宣(せん)じ入(い)れよ」 と。随即(ずいそく)金牌(きんぱい=金の札)を着(つか)わして館駅(かんえき)に至(いた)りて相請(あいこ)わしむ。 かの呆子(ほんこ=間の抜け者)請(こ)い来(きた)れるを聞(き)き得(え)て、沙僧(しゃそう)に対(たい)して道(い)えるには、 「兄弟(きょうだい)や、汝(なんじ)未(いま)だ書(ふみ)を下(くだ)さしめよと教(おし)えざりしか、此(こ)れ才(はじ)めて書(ふみ)を下(くだ)せるの好処(こうしょ=利点)を見(み)たり。想(おも)うに是(こ)れ師父(しふ)が書(ふみ)を下(くだ)ししに、国王(こくおう)道(い)えるには、書(ふみ)を捎(たずさ)うる人(ひと)は怠慢(たいまん=疎か)にす可(べ)からずと、一定(かなら)ず筵宴(えんえん=酒宴)を整治(せいち=整え)して彼(かれ)を待(ま)つならん。彼(かれ)が食腸(しょくちょう=食欲)は不済(ふせい=並々ならず)、汝(なんじ)と我(われ)が心(こころ)有(あ)れば、名(な)を挙(あ)げ出(いだ)し來(きた)れる故此(ゆえ)に、金牌(きんぱい)を着(つか)わし請(こ)い来(きた)れるなり。大家(みな)一頓(ひとくち=一食)を食(く)らいて、明日(みょうにち)好(よ)く行(ゆ)かん」 と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、 「哥(あにき)や、是(こ)れ何(なん)の縁故(えんこ=訳)なるかを知(し)らず、我(われ)ら且(しばら)く去(ゆ)き来(きた)らん」 と。遂(つい)に行李(こうり)馬匹(ばひつ)を倶(とも)に駅丞(えきじょう=駅の役人)に交付(こうふ=引き渡)し、各(おのおの)随身(ずいしん)の兵器(へいき)を帯(お)び、金牌(きんぱい)に随(したが)いて朝(ちょう)に入(い)る。早(はや)く白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に行(ゆ)き到(いた)り、左右(さゆう)に立(た)ち下(おろ)し、朝(ちょう)に向(むか)って個(ひとつ)の喏(じょ=会釈)を唱(とな)えて、再(ふたた)びは也(また)動(うご)かず。かの文武(ぶんぶ)の多官(たかん)、人(ひと)として怕(おそ)れざる無(な)く、皆(みな)道(い)えるには、 「此(こ)の二人(ふたり)の和尚(おしょう)、貌(かたち)醜(みにく)きは也(また)罷(よし)、ただ粗俗(そぞく=野暮)なること太甚(たいじん=甚だ)し! 何(なん)とて我(わ)が王(おう)に見(まみ)ゆるに更(さら)に下拝(げはい=平伏)せず、喏(じょ)を畢(おわ)りて平身(へいしん=起き上が)り、挺然(ていぜん=まっすぐ)として立(た)てるは、怪(あや)しむ可(べ)し怪(あや)しむ可(べ)し!」 と。八戒(はっかい)聞(き)き得(え)て道(い)えるには、 「列位(れっい=皆様)、議論(ぎろん)するを要(よう)すること莫(なか)れ、我(われ)らは是(こ)れ此(こ)の般(ごと)きものなり。乍(にわ)かに看(み)れば果(はた)して些(いささ)か醜(みにく)き有(あ)れども、ただ些(しばら)く下(した)より看(み)る時(とき)来(く)れば、却(かえっ)て也(また)耐看(たいかん=見慣るる)ものなり」 と。 かの国王(こくおう)彼(かれ)が醜陋(しゅうろう)なるを見(み)て、已(すで)に心(こころ)驚(おどろ)きしに、及(および=〜に至っ)てかの呆子(ほんこ)の話(はなし)を説(と)き出(いだ)すを聞(き)き得(え)れば、愈(いよいよ)胆(きも)を顫(ふるわ)し、就(すなわ)ち坐(ざ)に安(やす)からず、龍床(りゅうしょう)より跌(お)ち下(くだ)りしを、幸(さいわい)に近侍(きんじ=側仕え)の官員(かんいん)の扶(たす)け起(おこ)す有(あ)り。慌(あわ)てるかな個(ひとり)の唐僧(とうぞう)は殿前(でんぜん)に跪(ひざまず)き、住(や)まずの叩頭(こうとう=額ずき)して道(い)えるには、 「陛下(へいか)、貧僧(ひんそう)該当(がいとう=まさに)万死万死(ばんしばんし=幾度も死に値す)! 我(われ)徒弟(とてい)の醜陋(しゅうろう)にして、敢(あえ)て朝見(ちょうけん=謁見)せず、恐(おそ)らくは龍体(りゅうたい)を傷(そこな)わんと言(い)いしが、果(はた)して駕(が=玉体)を驚(おどろ)かし奉(たてまつ)れるなり」 と。かの国王(こくおう)戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として近(ちか)く前(まえ)に走(はし)り寄(よ)り、攙(たす)け起(おこ)して道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)、還(また)幸(さいわい)に汝(なんじ)先(さき)に説(と)き過(す)ぎたり;もし未(いま)だ説(と)かざりせば、猛然(もうぜん=いきなり)に彼(かれ)を見(み)て、寡人(かじん)は一定(かなら)ず唬殺(こくさつ=驚き殺さ)れなんとせしを!」 と。国王(こくおう)性(せい)を定(さだ)むること多時(たじ=しばし)にして、便(すなわ)ち問(と)いて道(い)えるには、 「猪長老(ちょちょうろう)沙長老(さちょうろう)、是(いず)れ哪(いず)れの一位(いちい)か妖(よう)を降(くだ)すに善(よ)くする者(もの)ぞ?」 と。かの呆子(ほんこ)好歹(よしあし)を知(し)らず、答(こた)えて道(い)えるには、 「老猪(ろうちょ=俺様)会(よ)く降(くだ)す」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「如何(いかん)にして家(や)り降(くだ)すか?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「我(われ)は乃(すなわ)ち天蓬元帥(てんぽうげんすい)なりしが、ただ因(よ)りて罪(つみ)に坐(ざ)し天条(てんじょう=天の掟)を犯(おか)し、下世(かせい=下界)に堕落(だらく)せしを、幸(さいわい)に今(いま)正(しょう)に皈依(きえ=帰依)して僧(そう)と為(な)れり。東土(とうど)より此(こ)の処(ところ)に来(きた)れるより、第一(だいいち)に妖(よう)を降(くだ)す会(え)えるは是(こ)れ我(われ)なり」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「既(すで)に是(こ)れ天将(てんしょう=天の将)の凡(ぼん=下界)に臨(のぞ)めるなれば、必(かなら)ず善(よ)く能(よ)く変化(へんげ)せん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「不敢(ふかん=恐れ入る)、不敢(ふかん)、也(また)将就(しょうじゅう=まあまあ)個(いくつ)か変化(へんげ)の児(こ)を暁(さと)れるのみ」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)試(こころ)みに一個(ひとつ)を変(か)えて我(われ)看(み)ん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「題目(だいもく=お題)を請(こ)い出(いだ)し給(たま)え、樣子(ようす=手本)に照(てら)し依(よ)りて好(よ)く変(か)えん」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「一個(ひとつ)の大(おお)きなるを変(か)えよ」 と。かの八戒(はっかい)彼(かれ)にも也(また)三十六般変化(さんじゅうろっぱんへんげ=三十六種の変化)有(あ)り、就(すなわ)ち階前(かいぜん=階の前)に在(あ)りて手段(しゅだん)を売弄(ばいろう=ひけらか)し、却(かえっ)て便(すなわ)ち訣(けつ=呪文)を捻(ねん=唱)じ呪(じゅ)を念(ねん)じ、一声(ひとこえ) 「長(のび)よ!」 と喝(かつ)すれば、腰(こし)を一(ひとつ)躬(かが)めて、就(すなわ)ち長(たけ)有(ゆう)すること八九丈(はっきゅうじょう)と成(な)り、却(かえっ)て個(ひとつ)の開路神(かいろしん=道開きの神)の一般(いっぱん)に似(に)たり。嚇(おどろ)かすかなかの両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)し;一国(いっこく)の君臣(くんしん)、呆呆掙掙(ほうほうそうそう=ぼうぜんと)たり。時(とき)に鎮殿将軍(ちんでんしょうぐん=殿を守る将)の問(と)うて道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)、此(こ)の如(ごと)く身(み)を高(たか)く変(か)え得(え)るは、必(かなら)ず甚(なん)の処(ところ)に長(た)ち到(いた)りてか、才(はじ)めて止極(しきょく=極まり)有(あ)る?」 と。かの呆子(ほんこ)又(また)呆(ほう)けた話(はなし)を説(と)き出(いだ)し来(きた)りて道(い)えるには、 「風(かぜ)を看(み)よ、東風(とうふう)は猶(なお)可(よ)し、西風(せいふう)も也(また)将就(しょうじゅう=まあまあ);もし是(こ)れ南風(なんぷう)起(お)こらば、青天(せいてん)をも也(また)個(ひとつ)の大(おお)きなる窟窿(くつるう=穴)を拱(お)し開(あ)けん!」 と。かの国王(こくおう)大(おお)いに驚(おどろ)きて道(い)えるには、 「神通(じんつう)を収(おさ)め了(おわ)らしめよ、是(こ)れ此(こ)の般(ごと)き変化(へんげ)なるを暁(さと)れり」 と。八戒(はっかい)身(み)を一(ひとつ)縮(ちぢ)めて、依然(いぜん=元のま)として本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し、階前(かいぜん)に侍立(じりつ=かしこまり立)つ。国王(こくおう)又(また)問(と)いて道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)此(こ)の去(ゆき)に、何(なん)の兵器(へいき)有(あ)りて彼(かれ)と交戦(こうせん)するか?」 と。八戒(はっかい)腰(こし)の裡(うち)より釘鈀(ていは=熊手)を掣(ひ)き出(いだ)して道(い)えるには、 「老猪(ろうちょ)使(つか)うは是(こ)れ釘鈀(ていは)なり」 と。国王(こくおう)笑(わら)って道(い)えるには、 「可(いか)に門面(もんめん=見栄え)を敗壊(はいかい=損な)えるかな! 我(われ)が此(こ)の処(ところ)には鞭簡瓜錘(べんかんかすい=鞭・笏・瓜・錘)、刀槍鉞斧(とうそうえつふ=刀・槍・鉞・斧)、剣戟矛鎌(けんげきぼうれん=剣・戟・矛・鎌)の有(あ)る有(あ)り、随(したが)いて汝(なんじ)に称手(しょうしゅ=手頃)なるを選(えら)ばしめ一個(ひとつ)を拿(と)り往(ゆ)かしめん。かの釘鈀(ていは)は何(なん)の兵器(へいき)とか算(さん=数え)えん?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「陛下(へいか)知(し)り給(たま)わず、我(わ)が此(こ)の釘鈀(ていは)は、然(しか)れども粗夯(そこう=粗野)なれども、実(じつ)に是(こ)れ自幼(じよう=幼きより)随身(ずいしん)の器(うつわ)なり。曾(かつ)て天河水府(てんがすいふ=天河水府)に在(あ)りて帥(すい=将帥)と為(な)り、八万(はちまん)の水兵(すいへい)を轄押(かつおう=統率)せしに、全(まった)く此(こ)の釘鈀(ていは)の力(ちから)に仗(よ)れり。今(いま)凡世(ぼんせい=下界)に臨(のぞ)み、吾(わ)が師(し)を保護(ほご)して、山(やま)に逢(あ)えば虎狼(ころう)の巣(す)を築(つ)き破(やぶ)り、水(みず)に遇(あ)えば龍蜃(りゅうじん=龍と蜃)の穴(あな)を掀(あお)り翻(ひるがえ)すは、皆(みな)是(こ)れ此(こ)の釘鈀(ていは)なり」 と。国王(こくおう)此(こ)の言(こと)を聞(き)き得(え)て、十分(じゅうぶん=大い)に喜(よろこ)び心(こころ)に信(しん)ぜり。即(すなわ)ち九嬪妃子(きゅうひんひし=九人の后)に命(めい)じて道(い)えるには、 「朕(ちん)が親(みずか)ら用(もち)うるの御酒(ぎょしゅ=王の酒)を、瓶(びん)に整(ととの)え取(と)り来(きた)らしめ、権(かり)に長老(ちょうろう)に与(あた)えて送行(そうこう=見送り)と為(な)せ」 と。遂(つい)に満(み)ちたる一爵(いっしゃく=一杯)を斟(く)み、八戒(はっかい)に奉(ほう)じて道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)、此(こ)の杯(さかずき)の酒(さけ)は聊(いささ)か労(ろう)を奉(ほう)ずるの意(い)を引(ひ)くのみ。妖魔(ようま)を捉(とら)え得(え)て、小女(しょうじょ=娘)を救(すく)い回(かえ)さんを待(ま)ちて、自(おのず)から大宴(たいえん=盛大な宴)有(あ)りて相酬(あいむく)い、千金(せんきん)もて重(かさ)ねて謝(しゃ)せん」 と。かの呆子(ほんこ)杯(さかずき)を手(て)に接(うけ)取(と)り、人物(じんぶつ=風体)は是(こ)れ粗魯(そろ=粗野)なれども、行事(ぎょうじ=振る舞い)は倒(かえっ)て斯文(しぶん=上品)なること有(あ)り、三蔵(さんぞう)に対(たい)して個(ひとつ)の大喏(だいじょ=丁寧な会釈)を唱(とな)えて道(い)えるには、 「師父(しふ)、此(こ)の酒(さけ)は本(もと)汝(なんじ)より飲(の)み起(おこ)す可(べ)きなれど、但(た)だ君王(くんおう)の我(われ)に賜(たまわ)るを、敢(あえ)て違背(いはい=背)かず、老猪(ろうちょ)に先(さき)に食(く)らわしめ、興頭(こうとう=興)を助(たす)けさせ、好(よ)く妖怪(ようかい)を捉(とら)えん」 と。かの呆子(ほんこ)一飲(いちいん)にして干(ほ)し了(おわ)り、才(はじ)めて一爵(いっしゃく)を斟(く)んで、師父(しふ)に遞(わた=手渡)す。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、 「我(われ)酒(さけ)を飲(の)まず、汝(なんじ)ら兄弟(きょうだい)食(く)らえ」 と。沙僧(しゃそう)近(ちか)く前(まえ)に寄(よ)りて接(うけ)取(と)る。八戒(はっかい)就(すなわ)ち足下(そくか=足元)に雲(くも)を生(しょう)じ、直(ただち)に空(くう)の裡(うち)に上(のぼ)りしを、国王(こくおう)見(み)て道(い)えるには、 「猪長老(ちょちょうろう)又会(また)雲(くも)に騰(のぼ)るを会(え)るか!」 と。呆子(ほんこ)去(さ)り了(おわ)り、沙僧(しゃそう)酒(さけ)を将(もっ)て亦(また)一飲(いちいん)にして干(ほ)し了(おわ)り、道(い)えるには、 「師父(しふ)! かの黄袍怪(こうほうかい)汝(なんじ)を拿捉(だとら)えし時(とき)、我(われ)ら二人(ふたり)彼(かれ)と交戦(こうせん)して、ただ個(ひとつ)の手平(ていひら=互角)を戦(たたか)えるのみ。今(いま)二哥(にい=次兄)独(ひと)り去(ゆ)けども、恐(おそ)らくは彼(かれ)に戦(たたか)い過(す)ぎじ」 と。三蔵(さんぞう)道(い)えるには、 「正(まさ)に是(こ)れなり、徒弟(とてい)や、汝(なんじ)往(ゆ)きて彼(かれ)と功(こう=働き)を帮(たす)け帮(たす)けよ」 と。沙僧(しゃそう)言(こと)を聞(き)き、也(また)雲(くも)を縦(じゅう=駆)り跳(おど)り将(も)ち起(おこ)りて去(ゆ)く。かの国王(こくおう)慌(あわ)て、唐僧(とうぞう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)且(しばら)く寡人(かじん)と坐(ざ)を陪(とも)にせよ、也(また)雲(くも)に騰(のぼ)りて去(ゆ)くこと莫(なか)れ」 と。唐僧(とうぞう)道(い)えるには、 「憐(あわ)れむ可(べ)し憐(あわ)れむ可(べ)し! 我(われ)半歩(はんぽ=半歩)の児(こ)も也(また)去(ゆ)くこと得(え)ず!」 と。此(こ)の時(とき)二人(ふたり)の殿上(でんじょう)に在(あ)りて話(はなし)を叙(じょ=語り合)うは措(お)きて題(だい=述べ)せず。 さてかの沙僧(しゃそう)八戒(はっかい)に追(お)い着(つ)きて道(い)えるには、 「哥哥(あにき)、我(われ)来(きた)れり」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「兄弟(きょうだい)や、汝(なんじ)来(きた)れるは何(なん)とする?」 と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、 「師父(しふ)我(われ)を来(きた)らしめて功(こう)を帮(たす)けしむるなり」 と。八戒(はっかい)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)えるには、 「説(い)うは是(さ)なり、来(きた)れるは好(よ)し。我(われ)ら二人(ふたり)力(ちから)を努(つと)め心(こころ)を斉(ひとし)くし、往(ゆ)きてかの怪物(かいぶつ)を捉(とら)えんに、雖(いえど)も怎(いか)にもあれ、也(また)此(こ)の国(くに)に姓名(せいめい)を揚(あ)げ揚(あ)げん」 と。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)ら: 靉靆(あいたい=雲の厚き)たる祥光(しょうこう=めでたき光)国界(こっかい)を辞(じ=辞)し、 氤氳(いんうん=立ち込める)たる瑞気(ずいき=めでたき気)京城(けいじょう)を出(い)づ。 王(おう)の旨意(しい=仰せ)を領(りょう=承)けて山洞(さんどう)に来(きた)り、 力(ちから)を努(つと)め心(こころ)を斉(ひとし)くして怪霊(かいれい=怪しき霊)を捉(とら)う。 彼(かれ)ら二人(ふたり)多時(たじ)ならずして、洞口(どうぐち)に到(いた)り、雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)す。八戒(はっかい)釘鈀(ていは)を掣(ひ)き、かの波月洞(はげつどう)の門(もん)の上(うえ)に向(むか)いて、力(ちから)の限(かぎ)りを尽(つく)して一(ひとつ)筑(つ)きすれば、彼(かれ)がかの石門(せきもん)を筑(つ)きて斗(と=枡)来(らい=ほど)の大小(だいしょう)の個(ひとつ)の窟窿(くつるう=穴)と成(な)せり。嚇(おどろ)かすかなかの門(もん)を把(まも)るの小妖(しょうよう)、門(もん)を開(ひら)きて、彼(かれ)ら二人(ふたり)なるを看(み)れば、急(きゅう)に走(はし)り進(い)りて報(ほう)じて道(い)えるには、 「大王(だいおう)、不好(ふこう=大変)了(りょう)! かの長嘴大耳(ちょうしだいじ=長き嘴と大耳)の和尚(おしょう)と、かの晦気臉(かいきれん=不吉な顔)の和尚(おしょう)と、又(また)来(きた)りて門(もん)を把(まも)り皆(みな)打(う)ち破(やぶ)れり!」 と。かの怪(かい)驚(おどろ)いて道(い)えるには、 「此(こ)れは還(また)猪八戒(ちょはっかい)と沙和尚(さおしょう)との二人(ふたり)なるか。我(われ)彼(かれ)が師父(しふ)を饒(ゆる)ししに、何(なん)とて又(また)敢(あえ)て復(ま)た来(きた)りて我(わ)が門(もん)を打(う)たんや!」 と。小妖(しょうよう)道(い)えるには、 「想(おも)うに是(こ)れ何(なん)の物件(ぶっけん=品)を忘(わす)れしにて、来(きた)りて取(と)るならん」 と。老怪(ろうかい)咄(とつ=叱)の一声(ひとこえ)して道(い)えるには、 「胡纏(こてん=たわごと)! 物件(ぶっけん)を忘(わす)れしとて、就(すなわ)ち敢(あえ)て打(う)ちて門(もん)に上(のぼ)り来(きた)れるは、必(かなら)ず縁故(えんこ=訳)有(あ)り!」 と。急(きゅう)に披掛(ひか=甲冑)を整束(せいそく=身に着け)し、鋼刀(こうとう)を綽(ひっつか)み、走(はし)り出(い)で来(きた)りて問(と)いて道(い)えるには、 「かの和尚(おしょう)、我(われ)既(すで)に汝(なんじ)が師父(しふ)を饒(ゆる)ししに、汝(なんじ)何(なん)とて又(また)敢(あえ)て来(きた)りて我(わ)が門(もん)を打(う)ち上(のぼ)るか?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の潑怪(はつかい=卑しき怪)の好(よ)き事(こと)の児(こ)を干(や)り了(おわ)りし!」 と。老魔(ろうま)道(い)えるには、 「何(なん)の事(こと)ぞ?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「汝(なんじ)宝象国(ほうしょうこく)の三公主(さんこうしゅ)を洞内(どうない)に騙(だま)し来(きた)り、強(つよき)に倚(よ)りて覇占(はせん=力ずくで占)めて妻(つま)と為(な)し、住(す)むこと一十三載(じゅうさんさい)にもなれば、也(また)該当(がいとう=当然)彼女(かのじょ)を還(かえ)す可(べ)し。我(われ)国王(こくおう)の旨意(しい=仰せ)を奉(ほう)じ、特に来(きた)りて汝(なんじ)を擒(とら)えん。汝(なんじ)快(はや)く快(はや)く進(い)り入(い)り、自(みずか)ら縄(なわ)を把(もっ)て縛(ばく)し出(い)で来(きた)らば、還(また)老猪(ろうちょ)が手(て)を動(うご)かすを免(まぬか)れん!」 と。かの老怪(ろうま)言(こと)を聞(き)き、十分(じゅうぶん)に発怒(はつど=怒りを発)す。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ): 屹迸迸(きつほうほう=歯を食いしばる貌)と、鋼牙(こうが=鋼の牙)を咬(か)み響(ひび)かし; 滴溜溜(てきりゅうりゅう=きょろきょろと)、環眼(かんがん=丸き眼)を睜(みは)り; 雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)、刀(かたな)を挙(あ)げ来(きた)り; 赤淋淋(せきりんりん=赤裸々に)、頭(こうべ)を攔(さえぎ)りて便(すなわ)ち砍(き)る。 八戒(はっかい)身(み)を側(そばだ)てて避(よ)け過(す)ぎ、釘鈀(ていは)を使(つか)いて面(おもて)を劈(つんざ)いて迎(むか)え、其(そ)の後(あと)又有(また)沙僧(しゃそう)の宝杖(ほうじょう)を挙(あ)げて前(まえ)に赶(お)い上(のぼ)り斉(ひとしく)打(う)つ。此(こ)の一場(いちじょう=一戦)の山頭(さんとう=山の頂)のうえに在(あ)りて賭闘(ととう=戦いを競)うは、前(まえ)と比(くら)ぶるに同(おな)じからず、真個(しんこ=実)に是(こ)れ: 言差語錯(げんさごさく=言葉の行き違い)人(ひと)の悩(なやみ)を招(まね)き、 意毒情傷(いどくじょうしょう=心の毒)怒気(どき=怒り)を生(しょう)ず。 此(こ)の魔王(まおう)の大鋼刀(だいこうとう)、頭(こうべ)に着(つ)けて便(すなわ)ち砍(き)り; かの八戒(はっかい)の九歯鈀(きゅうしは=九歯の熊手)、面(おもて)に対(たい)して来(きた)り迎(むか)う。 沙悟浄(さごじょう)宝杖(ほうじょう)を投(なげう=投げ捨て)て開(ひら)けば、 かの魔王(まおう)神兵(しんぺい=神の兵)を抵架(ていか=防)ぐ。 一(ひとり)の猛怪(もうかい)、二(ふたり)の神僧(しんそう)、 来来往往(らいらいおうおう=行き来)して甚(はなは)だ消停(しょうてい=絶え間)せず。 此(こ)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)国礼(こくれい=国の礼)を騙(だま)ししは該当(がいとう=当然)に死罪(しざい)なれ!」 彼(か)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)閑事(かんじ=余計な事)を羅(あさ)り不平(ふへい)を報(ほう)ず!」 此(こ)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)公主(こうしゅ)を強婚(きょうこん=無理矢理娶)し国体(こくたい)を傷(そこな)う!」 彼(か)の方(ほう)は説(い)う:「汝(なんじ)が事(こと)に干(かかわ)らず、閑(むだ)に争(あらそ)う莫(なか)れ!」 算(かぞ)え来(きた)ればただ書(ふみ)を捎(たずさ)うるの故(ゆえ)の為(ため)にして、 僧(そう)と魔(ま)との両(ふたつ)ながら寧(やす)からざらしむ。 彼(かれ)らかの山坡(さんぱ=山の斜面)の前(まえ)に在(あ)りて、戦(たたか)うこと八九個(はっきゅうこ)の回合(ごう)を経(へ)しが、八戒(はっかい)漸漸(ぜんぜん=次第)に不済(ふせい=弱り)の将(さき=ゆくえ)と成(な)り、釘鈀(ていは)挙(あ)ぐること難(かた)く、気力(きりょく)加(くわ)わらず。汝(なんじ)如何(いかん)にして此(こ)の如(ごと)く彼(かれ)に戦(たたか)い過(す)ぎざるかと道(い)わば、当時(とうじ=その時)初(はじ)めて相(あい)戦(たたか)いしには、かの護法(ごほう)の諸神(しょしん=神々)の唐僧(とうぞう)の洞(どう)に在(あ)るが為(ため)に、暗(あん)の裡(うち)に八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)を助(たす)くる有(あ)りし故(ゆえ)に、僅(わず)か個(ひとつ)の手平(ていひら=互角)を得(え)しのみ;此(こ)の時(とき)諸神(しょしん)は皆(みな)宝象国(ほうしょうこく)に在(あ)りて唐僧(とうぞう)を護定(ごてい=護り定)むれば、此(こ)の故(ゆえ)に二人(ふたり)敵(てき)し難(がた)し。 かの呆子(ほんこ)道(い)えるには、 「沙僧(しゃそう)や、汝(なんじ)且(しばら)く前(まえ)に上(のぼ)り来(きた)りて彼(かれ)と斗(たたか)い着(つ)けよ、老猪(ろうちょ)を出恭(しゅっきょう=用便)に往(ゆ)かしめよ」 と。彼(かれ)就(すなわ)ち沙僧(しゃそう)に顧(かえり)みるを得(え)ず、一溜(いちりゅう=すべるように)とかの蒿草薜蘿(こうそうへいら=蓬と蔦)、荊棘葛藤(けいきょくかっとう=茨と葛)の裡(うち)に、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、一頓(ひとまと)も鑽(もぐ)り進(い)り、那(なん)ぞ頭(かしら)の皮(かわ)を刮(こす)り破(やぶ)られ、嘴臉(しれん=顔)を搠(つ)き傷(きずつ)けらるるを管(かん)せん、一轂轆(いっこくろく=ごろり)と睡(ね)て倒(たお)れ、再(ふたた)び敢(あえ)て出(い)で來(きた)らず、ただ半辺(はんぺん=片方)の耳朶(じだ=耳)を留(とど)めて、梆(ほう=拍子木)の声(こえ)を聴(き)くのみ。 かの怪(かい)八戒(はっかい)の走(に)げ了(おわ)りしを見(み)て、就(すなわ)ち沙僧(しゃそう)に奔(はし)る。沙僧(しゃそう)手(て)を措(お)くに及(およ)ばず、怪(かい)に一把(いっぱ=ひとつかみ)に抓(つか)み住(とど)められ、洞(どう)の裡(うち)に捉(とら)え進(い)られ、小妖(しょうよう)沙僧(しゃそう)を四馬纏蹄(しばてんてい=四つんばいに縛)りて捆(くく)り住(とど)めたり。 畢竟(ひっきょう=結局)端的(たんてき=結末)の性命(せいめい)如何(いかん)ならんと知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説明)を聴(き)け。 第三十回 邪魔(じゃま)正法(しょうぼう)を侵(おか)す 意馬(いば)心猿(しんえん)を憶(おも)う さて、かの怪(かい)沙僧(しゃそう)を捆(くく=縛)り住(とど)めて、也(また)来(きた)りて彼(かれ)を殺(ころ)さず、也(また)曾(かつ)て彼(かれ)を打(う)たず、罵(ののし)ることも也(また)曾(かつ)て一句(いっく)せず、鋼刀(こうとう=鋼の刀)を綽(ひっつか)み起(おこ)し、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、 「唐僧(とうぞう)は乃(すなわ)ち上邦(じょうほう=大国)の人物(じんぶつ)、必(かなら)ず礼義(れいぎ)を知(し)れり、終(つい)に然(しか)らずんば我(われ)彼(かれ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)し、又(また)彼(かれ)が徒弟(とてい)をして我(われ)を拿(とら)えしむること有(あ)らんや? 噫(ああ)! 此(こ)れは多(おお)くは是(こ)れ我(わ)が渾家(こんか=妻)に何(なん)の書信(しょしん=手紙)の彼(か)の国(くに)の裡(うち)へ到(いた)りて、風汛(ふうしん=風聞)を走(はし)らせたる有(あ)らん! 等(しばら)く我(われ)往(ゆ)きて彼(かのじょ)に一(ひとつ)問(と)うて問(と)わん」 と。かの怪(かい)陡(にわ=俄)かに凶性(きょうせい=凶悪な心)を起(おこ)し、公主(こうしゅ)を殺(ころ)さんとす。 さてかの公主(こうしゅ)は知(し)らず、梳妝(そしょう=身支度)方(まさ)に畢(おわ)り、歩(あゆみ)を移(うつ)して前(まえ)に来(きた)るに、ただかの怪(かい)の怒目(どぼく)に眉(まゆ)を顰(しか)め、牙(は)を咬(か)み切歯(せっし=歯ぎしり)せるを見(み)る。かの公主(こうしゅ)は還(な)お陪笑(ばいしょう=作り笑い)して迎(むか)えて道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)何(なん)の事(こと)か有(あ)りて此(こ)の如(ごと)く煩悩(ぼんのう=悩み)し給(たま)う?」 と。かの怪(かい)咄(とつ=叱)の一声(ひとこえ)して罵(ののし)って道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の狗心賤婦(くしんせんぷ=卑しき心の賤しき女)、全(まった)く人倫(じんりん=人の道)無(な)し! 我(われ)当初(とうしょ=初め)汝(なんじ)を帯(たい=連)れて此(こ)の処(ところ)に到(いた)りてより、更(さら)に半点(はんてん=少し)の児(こ)の話(はなし)も無(な)し。汝(なんじ)が穿(き)るは錦(にしき)、戴(いただ)くは金(きん)、東西(もの)を欠(か)けば我(われ)往(ゆ)きて尋(たず)ね、四時(しいじ=一年中)受用(じゅよう=用を満た)し、毎日(まいにち)情(じょう)深(ふか)し。汝(なんじ)何(なん)とてただ汝(なんじ)が父母(ふぼ)を想(おも)うのみにて、更(さら)に一点(いってん)の夫婦(ふうふ)の心(こころ)も無(な)きか?」 と。かの公主(こうしゅ)説(と)き聞(き)きて、嚇(おどろ)かされて地(ち)に跪(ひざまず)き倒(たお)れ、道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)や、汝(なんじ)何(なん)とて今日(こんにち)は此(こ)の分離(ぶんり=別れ)の話(はなし)を説(と)き起(おこ)し給(たま)うか?」 と。かの怪(かい)道(い)えるには、 「是(こ)れ我(われ)が分離(ぶんり)たるを知(し)らず、是(こ)れ汝(なんじ)が分離(ぶんり)なるなり! 我(われ)かの唐僧(とうぞう)を拿(とら)え来(きた)りて、算計(さんけい=企て)て彼(かれ)を受用(じゅよう=賞玩)せんとせしに、汝(なんじ)何(なん)とて先(さき)に我(われ)に告(つ)げ過(す)ごさず、就(すなわ)ち彼(かれ)を放(はな)ち了(おわ)りしか? 原(もと)是(こ)れ汝(なんじ)暗(あん)の裡(うち)に書信(しょしん)を修(しゅう=認め)め、彼(かれ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて伝(つた)え寄(よ)こさしめたるならん;然(しか)らずんば、何(なん)とて此(こ)の二人(ふたり)の和尚(おしょう)又(また)来(きた)りて我(わ)が門(もん)を打(う)ち上(のぼ)り、汝(なんじ)を還(かえ)し往(ゆ)かしめよと教(おし)えしめる? 此(こ)れ是(こ)れ汝(なんじ)が干(や)りし事(こと)に非(あら)ずや?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)、汝(なんじ)我(われ)を差(あやま)りて怪(あやし)めり、我(われ)何時(いつ)か嘗(かつ)て何(なん)の書(ふみ)を去(や)りし有(あ)らん?」 と。老怪(ろうかい)道(い)えるには、 「汝(なんじ)還(な)お強嘴(きょうし=強情に言い張)るり! 現(いま)一個(ひとり)の対頭(たいとう=証人)を拿(とら)え住(とど)めて此(こ)の処(ところ)に在(あ)り、却(かえっ)て是(こ)れ証見(しょうけん=証拠)ならずや?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「是(こ)れ誰(たれ)ぞ?」 と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、 「是(こ)れ唐僧(とうぞう)が第二(だいに)の徒弟(とてい)の沙和尚(さおしょう)なり」 と。原(もと)人(ひと)死(し)の処(ところ)に到(いた)りて、誰(たれ)か肯(あえ)て死(し)を認(みと)めん、只(た)だ彼(かれ)と放頼(ほうらい=ごまかし)するを得(え)るのみ。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)且(しばら)く怒(いかり)を息(やす=鎮)めよ、我(われ)汝(なんじ)と往(ゆ)きて彼(かれ)に一声(ひとこえ)問(と)わん。果(はた)して書(ふみ)有(あ)らば、就(すなわ)ち打(う)ち殺(ころ)さるるも、我(われ)も也(また)甘心(かんしん=本望)なり;仮(も)し若(も)し書(ふみ)無(な)くんば、却(かえっ)ては枉(むだ)に奴奴(ぬぬ=あたし)を殺(ころ)さずや?」 と。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)き、分説(ぶんせつ=弁明)を容(い)れず、簸箕(はき=箕)の大小(おおいさ)の一只(いっし=一方)の藍靛(らんてん=藍)の手(て)を輪(めぐ)らし開(ひら)き、かの金枝玉葉(きんしぎょくよう=高貴な身)の髪(かみ)の万根(ばんこん=無数の髪)を抓(つか)み住(とど)め、公主(こうしゅ)を揪(ひっつか)みて前(まえ)に上(すす)ませ、地(ち)の下(した)に捽(ひきおと=突き倒)し、鋼刀(こうとう)を執(と)り着(つ)けて、却(かえっ)て来(きた)りて沙僧(しゃそう)を審(しん=尋問)し、咄(とつ)の一声(ひとこえ)して道(い)えるには、 「沙和尚(さおしょう)! 汝(なんじ)ら二人(ふたり)輒(すなわ=すぐ)ち敢(あえ)て擅(ほしいまま)に打(う)ちて我(われ)らが門(もん)に上(のぼ)り来(きた)れるは、是(こ)れ此(こ)の女子(じょし)の書(ふみ)の彼(か)の国(くに)に到(いた)りて、国王(こくおう)の汝(なんじ)らを教(おし)えて来(きた)らしめしものなる可(べ)きか?」 と。沙僧(しゃそう)は已(すで)に彼(かしこ)に捆(くく)られ在(あ)りしが、妖精(ようせい)の凶悪(きょうあく)なること之(これ)甚(はなはだ)しきを見(み)て、公主(こうしゅ)を掼(たたきつ=投げ倒)して地(ち)に倒(たお)し、刀(かたな)を持(も)ちて殺(ころ)さんとす。彼(かれ)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、 「分明(ぶんめい=明らか)に是(こ)れ彼(かのじょ)の書(ふみ)を去(や)りて、我(わ)が師父(しふ)を救(すく)いしが、此(こ)れ是(こ)れ莫大(ばくだい=この上なく大)の恩(おん)なり。我(われ)もし一口(ひとくち)に説(と)き出(いだ)さば、彼(かれ)就(すなわ)ち公主(こうしゅ)を殺(ころ)さん、此(こ)れ却(かえっ)ては恩(おん)を将(もっ)て仇(あだ)に報(ほう)ずるに非(あら)ずや? 罷(や)め罷(や)め罷(や)め! 想(おも)うに老沙(ろうさ=俺沙僧)の我(わ)が師父(しふ)に跟(したが)うこと一場(いちじょう=一期)なるも、也(また)寸功(すんこう=僅かな手柄)の報效(ほうこう=恩返し)無(な)し、今日(こんにち)已(すで)に此(こ)の如(ごと)く縛(ばく)せられれば、就(すなわ)ち此(こ)の性命(せいめい)を将(もっ)て師父(しふ)が為(ため)に恩(おん)を報(ほう)じ了(おわ)らん」 と。 遂(つい)に喝(かつ=叱咤)して道(い)えるには、 「かの妖怪(ようかい)無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ! 彼(かのじょ)に何(なん)の書(ふみ)の来(きた)れるか有(あ)らん、汝(なんじ)此(こ)の如(ごと)く彼女(かのじょ)を枉(ま)げて、彼女(かのじょ)が性命(せいめい)を害(そこな)わんとす! 我(われ)ら此(こ)の処(ところ)に来(きた)りて汝(なんじ)に公主(こうしゅ)を問(と)い要(よう)するは、個(ひとつ)の縁故(えんこ=訳)有(あ)るのみ、ただ因(よ)りて汝(なんじ)我(わ)が師父(しふ)を捉(とら)えて洞中(どうちゅう)に在(あ)らしめしに、我(わ)が師父(しふ)曾(かつ)て公主(こうしゅ)の姿容(しよう=容姿)動静(どうじょう=様子)を見(み)たり。宝象国(ほうしょうこく)に至(いた)りて、関文(かんぶん=通行証)を倒換(とうかん)せしに、かの皇帝(こうてい)公主(こうしゅ)を画影図形(がえいずけい=似顔絵を描か)きて、前後(ぜんご)に訪問(ほうもん=尋ね)し、因(よ)りて公主(こうしゅ)が形影(けいえい=姿影)を将(もっ)て、我(わ)が師父(しふ)に沿途(えんと=道中)に曾(かつ)て見(み)しや否(いな)やを問(と)えば、我(わ)が師父(しふ)遂(つい)に公主(こうしゅ)を将(もっ)て説(と)き起(おこ)しける故(ゆえ)に、彼(かれ)故(ゆえ)に是(こ)れ彼(かれ)が児女(じじょ=子)なるを知(し)り、我(われ)らに御酒(ぎょしゅ=王の酒)を賜(たま)い、我(われ)らを教(おし)えて来(きた)りて汝(なんじ)を拿(とら)えしめ、彼(かれ)が公主(こうしゅ)を宮(みや)に還(かえ)らしめんと要(よう)す。此(こ)の情(じょう)は是(こ)れ実(まこと)なり、何時(いつ)か嘗(かつ)て何(なん)の書信(しょしん)有(あ)らん? 汝(なんじ)殺(ころ)さば就(すなわ)ち我(われ)老沙(ろうさ)を殺(ころ)せ、枉(むだ)に平人(へいじん=罪なき人)を害(そこな)う可(べ)からず、大(おお)いに天理(てんり)に虧(か)く!」 と。かの妖(よう)沙僧(しゃそう)の説(と)くの雄壮(ゆうそう=堂々たる)なるを見(み)て、遂(つい)に刀(かたな)を投(なげうち=投げ捨)て、双手(そうしゅ=両手)にて公主(こうしゅ)を抱(かか)え起(おこ)して道(い)えるには、 「是(こ)れ我(われ)が一時(いちじ=ちょっと)の粗鹵(そろ=粗忽)なり、多(おお)く冲撞(しょうとう=ぶつかり)する有(あ)り、怪(とが)むる莫(なか)れ怪(とが)むる莫(なか)れ」 と。遂(つい)に彼女(かのじょ)と青絲(せいし=黒髪)を挽(とか)し了(おわ)り、宝髻(ほうけい=髪形)を扶(なお)し上(あ)げ、軟款温柔(なんかんおんじゅう=優しく柔らか)に、怡顔悦色(いがんえつしょく=にこやかに)、彼女(かのじょ)を撮哄(さっこう=だまし宥)めて進(い)り往(ゆ)かしめ、又(また)上坐(じょうざ=上座)に請(しょう=招)じて礼(れい)を陪(ばい=詫)ぶ。かの公主(こうしゅ)は是(こ)れ婦人(ふじん=女)の家(いえ=身)の水性(すいせい=移り気)なれば、彼(かれ)が錯敬(さくけい=誤りて敬う)を見(み)て、遂(つい)に心(こころ)を回(めぐ)らし意(い)を転(てん)じて道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)や、汝(なんじ)もし夫婦(ふうふ)の恩愛(おんあい)を念(おも)わば、かの沙僧(しゃそう)が縄(なわ)を把(もっ)て略(ほぼ=少し)く放松(ほうそう=緩め)くの児(こ)して給(たま)え」 と。老妖(ろうよう)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち小(ちいさ)きの們(ども=者共)に命(めい)じて沙僧(しゃそう)の縄(なわ)を解(と)かしめ、彼(かしこ)に鎖(さ)し住(とど)む。沙僧(しゃそう)縛(ばく)を解(と)かれて鎖(さ)さるるを見(み)て、立(た)ち起(おこ)りて、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)えるには、 「古人(こじん)云(いわ)く、人(ひと)に方便(ほうべん=便宜)を与(あた)うれば、自己(じこ=己)に方便(ほうべん)ありと。我(われ)もし彼(かれ)に方便(ほうべん)を与(あた)えざりせば、彼(かれ)何(なん)ぞ肯(あえ)て我(われ)をして松(ゆる)め松(ゆる)めせしめんや?」 と。 かの老妖(ろうよう)又(また)酒席(しゅせき=宴)を安排(あんばい=設)けて、公主(こうしゅ)と礼(れい)を陪(ばい)し驚(おどろき)を圧(おさ=鎮)めしむ。酒(さけ)を食(く)らうこと半酣(はんかん=ほろ酔い)に到(いた)り、老妖(ろうよう)忽(たちま)ちの又(また)一件(いっけん)の鮮明(せんめい=華やか)なる衣服(いふく)に換(か)え、一口(ひとくち=一振り)の宝刀(ほうとう=宝剣)を取(と)り、腰(こし)の裡(うち)に佩(お)び、手(て)を転(てん=巡)じ、公主(こうしゅ)を摸(な)で着(つ)けて道(い)えるには、 「渾家(こんか)や、汝(なんじ)且(しばら)く家(いえ)に在(あ)りて酒(さけ)を食(く)らい、二人(ふたり)の孩児(がいじ=子供)を看(み)よ、沙和尚(さおしょう)を放(はな)ちて了(おわ)ること莫(なか)れ。かの唐僧(とうぞう)の彼(か)の国(くに)の裡(うち)に在(あ)るに趁(よ)り、我(われ)も也(また)早(はや)きの児(こ)に往(ゆ)きて親(したしみ)を認(みと)め認(みと)めんとす」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)何(なん)の親(したしみ)を認(みと)めんか?」 と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)が父王(ぶおう)を認(みと)めん。我(われ)は是(こ)れ彼(かれ)が駙馬(ふば=娘の夫)、彼(かれ)は是(こ)れ我(われ)が丈人(じょうじん=義父)、何(なん)とて往(ゆ)きて認(みと)め認(みと)めざるか?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)往(ゆ)くこと得(え)ず」 と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、 「何(なん)とて往(ゆ)くこと得(え)ざるか?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「我(わ)が父王(ぶおう)は是(こ)れ馬(うま)を掙(あらそ)い力(ちから)に戦(たたか)いて江山(こうざん=国)を得(え)しに非(あら)ず、彼(かれ)は本(もと)是(こ)れ祖宗(そそう=先祖)の遺留(いりゅう=残せし)の社稷(しゃしょく=国家)なり。自幼児(じようじ=幼きより)是(こ)れ太子(たいし)の登基(とうき=即位)にして、城門(じょうもん)を也(また)曾(かつ)て遠(とお)く出(い)でず、汝(なんじ)が此(こ)の如(ごと)き凶漢(きょうかん=荒くれ者)を見(み)たること無(な)し。汝(なんじ)が此(こ)の嘴臉(しれん=顔つき)相貌(そうぼう=容貌)は、生(うま)れ得(え)て此(こ)の如(ごと)く醜陋(しゅうろう=醜き)なれば、もし彼(かれ)に見(まみ)えなば、恐(おそ)らく彼(かれ)を嚇(おどろ)かし、反(かえっ)て不美(ふび=不善)と為(な)さん、却(かえっ)て往(ゆ)きて認(みと)めざるの還(なお)好(よ)きに如(し)かず」 と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、 「既(すで)に此(こ)の如(ごと)く説(と)かば、我(われ)個(ひとつ)の俊(しゅん=美しき)なる児(こ)に変(へん=化)じて往(ゆ)くを便(たやす)しとす」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)試(こころ)みに変(へん)じて来(きた)り、我(われ)看(み)ん」 と。好(よ)き怪物(かいぶつ)や、彼(かれ)かの酒席(しゅせき)の間(あいだ)に在(あ)りて、身(み)を揺(ゆ=揺す)りて一(ひとつ)変(へん)じ、就(すなわ)ち変(へん)じて一個(ひとり)の俊俏(しゅんしょう=美男)の之人(ひと)と作(な)れり。真個(しんこ=実)に生(うま)れ得(え)て: 形容典雅(けいようてんが=姿の雅びやか)、 体段崢嶸(たいだんそうこう=体つきの聳ゆる)。 言語多官樣(げんごたかんよう=言葉は高貴)、 行蔵正妙齢(こうぞうしょうみょうれい=振る舞いは若さ盛り)。 才(さい)は子建(しけん)が詩(し)を成(な)すの易(やすき)が如(ごと)く、 貌(ぼう)は潘安(はんあん)が果(くだもの)を擲(なげう)たるるの軽(かろ)きに似(に)たり。 頭(かしら)の上(うえ)には一頂(いっちょう=一つ)の鵲尾冠(じゃくびかん=鵲の尾の冠)を戴(いただ)き、烏雲斂伏(ううんれんぷく=黒髪を納め伏せ)し; 身(み)の上(うえ)には一件(いっけん)の玉羅褶(ぎょくらしゅう=玉のごとき薄絹の上着)を穿(き)て、広袖飄迎(こうしゅうひょうげい=広き袖ひるがえる)。 足下(そっか)の烏靴(うか=黒き靴)は花摺(かしゅう=模様ある襞)、 腰間(ようかん)の鸞帯(らんたい=鸞の帯)は光明(こうみょう=赫奕と)。 丰神(ほうしん=風采)は真(しん)に是(こ)れ奇男子(きだんし=並々ならぬ男子)、 聳壑軒昂(しょうがくけんこう=高く聳え昻然たり)の美俊英(びしゅんえい=美しき英傑)。 公主(こうしゅ)見(み)て、十分(じゅうぶん=大い)に歓喜(かんき=喜ぶ)す。かの妖(よう)笑(わら)って道(い)えるには、 「渾家(こんか)や、是(こ)れ変(へん)じ得(え)たるの好(よ)きや否(いな)や?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「変(へん)じ得(え)て好(よ)し! 変(へん)じ得(え)て好(よ)し! 汝(なんじ)此(こ)の一(ひとつ)朝(ちょう)に進(い)るや、我(わ)が父王(ぶおう)は是(こ)れ親(おや)なれば滅(ほろぼ)さず、一定(かなら)ず文武(ぶんぶ)の多官(たかん)をして汝(なんじ)を留(とど)めて飲宴(いんえん=酒宴)させしめん。倘(も)し酒(さけ)を食(く)らう中(なか)ばに、千千(せんぜん=幾重にも)仔細(しさい=注意)し、万万(ばんばん=幾万にも)個(ひとつ)の小心(しょうしん=慎重)あれ、却(かえっ)て原(もと)の嘴臉(しれん=顔)を現(あらわ)し出(いだ)して、馬脚(ばきゃく=尻尾)を露(あら)わし、風訊(ふうしん=風聞)を走(はし)らせて、就(すなわ)ち不斯文(ふしぶん=無粋)とならんこと莫(なか)れ」 と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、 「吩咐(ふんぷ=言いつけ)を消(よう=要)せず、自(おのず)から道理(どうり=手立て)有(あ)り」 と。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)雲頭(うんとう)を縦(じゅう=駆)り、早(はや)くも宝象国(ほうしょうこく)に到(いた)り、雲光(うんこう)を按落(あんらく=降ろ)し、朝門(ちょうもん)の外(そと)に行(ゆ)き至(いた)り、閣門大使(かくもんたいし)に対(たい)して道(い)えるには、 「三駙馬(さんふば=三番目の娘婿)特に来(きた)りて駕(が=玉体)に見(まみ)えんとす。乞(こ)う転奏(てんそう=取り次ぎ)あらんことを」 と。かの黄門奏事官(こうもんそうじかん)白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に来(きた)り至(いた)り、奏(そう)して道(い)えるには、 「万歳(ばんぜい)、三駙馬(さんふば)の来(きた)りて駕(が)に見(まみ)えんとする有(あ)り、現(いま)朝門(ちょうもん)の外(そと)に在(あ)りて宣(せん=召)を聴(き)く」 と。かの国王(こくおう)正(まさ)に唐僧(とうぞう)と話(はなし)を叙(じょ=語り合)い居(お)りしに、忽(たちま)ち三駙馬(さんふば)と聞(き)き得(え)て、便(すなわ)ち多官(たかん)に問(と)いて、 「寡人(かじん)ただ二人(ふたり)の駙馬(ふば)有(あ)るのみ、何(なん)とて又(また)個(ひとり)の三駙馬(さんふば)有(あ)る?」 と。多官(たかん)道(い)えるには、 「三駙馬(さんふば)とは、必(かなら)ず是(こ)れ妖怪(ようかい)の来(きた)れるなり」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「可(いか)に彼(かれ)を宣(せん)じ入(い)るるに好(よ)きか?」 と。かの長老(ちょうろう)心(こころ)に驚(おどろ)きて道(い)えるには、 「陛下(へいか)、妖精(ようせい)とは、精(せい=賢しから)ざる者(もの)は霊(れい=霊妙)ならず。彼(かれ)能(よ)く過去未来(かこみらい)を知(し)り、彼(かれ)能(よ)く雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)を駕(が=駆)る。宣(せん)ずるも也(また)彼(かれ)進(すす)み来(きた)り、宣(せん)ぜざるも也(また)彼(かれ)進(すす)み来(きた)らん、却(かえっ)て彼(かれ)を宣(せん)じ入(い)るるに如(し)かず、還(な)お些(いささ)か口面(こうめん=口実)を省(はぶ)かん」 と。 国王(こくおう)准奏(じゅんそう=奏を許)して宣(せん)じ入(い)るるを叫(さけ)び、怪(かい)を金階(きんかい)に宣(せん)じ至(いた)らしむれば、彼(かれ)一般(いっぱん=同じよう)に也(また)舞蹈山呼(ぶとうさんこ=舞い拝み万歳)の行礼(ぎょうれい=礼を行う)。多官(たかん)彼(かれ)が生(うま)れ得(え)て俊麗(しゅんれい=美しき)なるを見(み)て、也(また)敢(あえ)て彼(かれ)を是(こ)れ妖精(ようせい)なりと認(みと)めず、彼(かれ)らは皆(みな)是(こ)れ些(いささ)かの肉眼凡胎(にくがんぼんたい=並の肉眼)なれば、却(かえっ)て好人(こうじん=善人)と做(な)し当(あ)てたり。かの国王(こくおう)彼(かれ)が聳壑昂霄(しょうがくこうしょう=高く聳え)るを見(み)て、以(もっ)て済世(さいせい=世を救う)の梁棟(りょうとう=棟梁)と為(な)し、便(すなわ)ち彼(かれ)に問(と)いて、 「駙馬(ふば)や、汝(なんじ)が家(いえ)は何処(いずこ)に在(あ)りて居住(きょじゅう=住む)する? 是(こ)れ何方(いずかた)の人氏(じんし=生まれ)ぞ? 何時(いつ)か我(わ)が公主(こうしゅ)と配合(はいごう=夫婦となる)を得(え)し? 何(なん)とて今日(こんにち)才(はじ)めて来(きた)りて親(したしみ)を認(みと)むる?」 と。かの老妖(ろうよう)叩頭(こうとう=額ずき)して道(い)えるには、 「主公(しゅこう=王よ)、臣(しん)は是(こ)れ城東(じょうとう=城の東)碗子山(わんしさん)波月荘(はげつしょう)の人家(じんか=家の者)なり」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)がかの山(やま)は此(こ)の処(ところ)を離(はな)るること多遠(いかほど)ぞ?」 と。老妖(ろうよう)道(い)えるには、 「遠(とお)からず、ただ三百里(さんびゃくり)有(あ)るのみ」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「三百里(さんびゃくり)の路(みち)、我(わ)が公主(こうしゅ)如何(いかん)して彼処(かしこ)に到(いた)り得(え)て、汝(なんじ)と匹配(ひっぱい=夫婦とな)れりしか?」 と。かの妖精(ようせい)巧語花言(こうごかげん=巧みな言葉)虚情仮意(きょじょうかい=偽りの心)にて答(こた)えて道(い)えるには、 「主公(しゅこう)よ、微臣(びしん=臣)は自幼児(じようじ=幼きより)弓馬(きゅうば=弓術馬術)を好(この)み習(なら)い、采猟(さいりょう=狩猟)を以(もっ)て生(なりわい)と為(な)せり。かの十三年前(じゅうさんねんまえ)、家童(かどう=召使)数十(すうじゅう)を帯領(たいりょう=引き連)れ、鷹(たか)を放(はな)ち犬(いぬ)を逐(お)いけるに、忽(たちま)ち一只(いっせき=一頭)の斑斕猛虎(はんらんもうこ=斑の猛虎)の、身(み)に一個(ひとり)の女子(じょし)を馱(お=背負)いて、山坡(さんぱ=山の斜面)の下(した)を往(ゆ)くを見(み)たり。是(こ)れ微臣(びしん)弓(ゆみ)を兜(とり=構)えて一箭(いっせん=一矢)して、猛虎(もうこ)を射(い)て倒(たお)し、女子(じょし)を将(もっ)て本荘(ほんしょう=我が荘)に帯(たい=連)れ上(のぼ)り、温水温湯(おんすいおんとう=温き湯)を把(もっ)て灌(そそ)ぎ醒(さ)まし、彼女(かのじょ)が性命(せいめい)を救(すく)えり。因(よ)りて彼女(かのじょ)に是(こ)れ何処(いずこ)の人家(じんか)なるかを問(と)えど、彼女(かのじょ)更(さら)に曾(かつ)て公主(こうしゅ)の二字(にじ)を題(だい=口に)せず。早(はや)く万歳(ばんぜい)が三公主(さんこうしゅ)なりと説(い)わば、何(なん)ぞ敢(あえ)て心(こころ)を欺(あざむ)き、擅(ほしいまま)に配合(はいごう)せんや? 当(まさ)に金殿(きんでん)に進(すす)み上(のぼ)らしめ、大小(だいしょう=多少)にも一個(ひとつ)の官職(かんしょく)を討(こ)いて身(み)を栄(さか)えしむ可(べ)し。ただ因(よ)りて彼女(かのじょ)は是(こ)れ民家(みんか=庶民)の女(むすめ)なりと説(い)うを、才(はじ)めて微臣(びしん)に荘所(しょうしょ=荘園)に留(とど)められ、女貌郎才(じょぼうろうさい=女は美しく男は才あり)、両(ふたつ)ながら相(あい)願(ねが)う故(ゆえ)に、此(ここ)に配合(はいごう)して多年(たねん=幾年)を経(へ)たり。当時(とうじ)配合(はいごう)し了(おわ)りしの後(のち)、かの虎(とら)を将(もっ)て宰(つい=屠)り、諸親(しょしん=親族)を邀請(ようせい=招)かんと欲(ほっ)せしに、却(かえっ)て是(こ)れ公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)の且(しばら)く殺(ころ)すこと莫(なか)れと教(おし)えられき。其(そ)の殺(ころ)さざるの故(ゆえ)に、幾句(いくく=幾つか)の言詞(げんし=詞)有(あ)りて、道(い)い得(え)て甚(はなは)だ好(よ)し、説(と)いて道(い)わく、 天(てん)に托(たく)し地(ち)に托(たく)して夫婦(ふうふ)と成(な)り、 媒(なこうど)無(な)く証(しょうこ)無(な)くして婚姻(こんいん)を配(はい)す。 前世(ぜんせ)の赤縄(せきじょう=赤き縄)曾(かつ)て足(あし)を繋(つな)ぎしを、 今(いま)将(もっ)て老虎(ろうこ=老いたる虎)をして媒人(ばいじん=仲人)と做(な)さしむ。 と。臣(しん)此(こ)の言(こと)に因(よ)りて、故(ゆえ)に虎(とら)を将(もっ)て索子(さくす=綱)を解(と)き了(おわ)らしめ、彼(かれ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)しき。かの虎(とら)箭(や)の傷(きず)を帯(お)び、蹄(ひづめ)を跑(はし)らせ尾(お)を剪(き=振り切)りて去(さ)れり。知(し)らず彼(かれ)性命(せいめい)を得(え)て、かの山(やま)の中(うち)に在(あ)りて此(こ)の幾年(いくとせ)を修(しゅう=修行)し、体(たい)を煉(ね)って精(せい=妖精)と成(な)り、専(もっぱ)ら人(ひと)を迷(まよ)わし人(ひと)を害(そこな)うのみ。臣(しん)聞(き)き得(え)たるは、昔年(せきねん=往年)にも也(また)幾次(いくたび)か経(きょう)を取(と)る者(もの)の有(あ)りしが、皆(みな)大唐(だいとう)より来(きた)れる唐僧(とうぞう)なりと説(い)うを、想(おも)うに是(こ)れ此(こ)の虎(とら)の唐僧(とうぞう)を害(そこな)い、彼(かれ)が文引(ぶんいん=通行証)を得(え)て、かの経(きょう)を取(と)るの容姿(ようし=姿)に変(へん)じ作(な)り、今(いま)朝中(ちょうちゅう)に在(あ)りて主公(しゅこう)を哄騙(こうへん=たぶらか)せるなり。主公(しゅこう)よ、かの繍墩(しゅうとん=刺繍の褥)の上(うえ)に坐(ざ)せるの、正(まさ)に是(こ)れかの十三年前(じゅうさんねんまえ)に公主(こうしゅ)を馱(お)いし猛虎(もうこ)にして、真正(しんしょう=本物)の経(きょう)を取(と)るの之人(ひと)に非(あら)ざるなり!」 汝(なんじ)看(み)よかの水性(すいせい=移り気)の君王(くんおう)、愚迷(ぐめい=愚かに迷い)肉眼(にくがん)には妖精(ようせい)を識(し)らず、転(うたた=ますます)彼(かれ)が一片(いっぺん)の虚詞(きょし=偽り)を把(もっ)て、真実(しんじつ=真)に当(あ)て了(おわ)り、道(い)えるには、 「賢駙馬(けんふば=賢き娘婿)や、汝(なんじ)怎(いか)にして此(こ)の和尚(おしょう)の是(こ)れ公主(こうしゅ)を馱(お)いし老虎(ろうこ)なるを認(みと)め得(え)し?」 と。かの妖(よう)道(い)えるには、 「主公(しゅこう)よ、臣(しん)は山(やま)の中(うち)に在(あ)りて、食(く)らうは是(こ)れ老虎(ろうこ)、穿(き)るも也(また)是(こ)れ老虎(ろうこ)、彼(かれ)と同(とも)に眠(ね)り同(とも)に起(おこ)るを、何(なん)とて認(みと)め得(え)ざる?」 と。国王(こくおう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)既(すで)に認(みと)め得(え)たらば、彼(かれ)をして本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し出(いだ)さしめて看(み)る可(べ)し」 と。怪物(かいぶつ)道(い)えるには、 「半盞(はんさん=半杯)の浄水(じょうすい=清き水)を借(か)りば、臣(しん)就(すなわ)ち彼(かれ)をして本相(ほんそう)を現(あらわ)さしめん」 と。国王(こくおう)官(かん)に命(めい)じて水(みず)を取(と)らしめ、駙馬(ふば)に遞(わた=手渡)す。かの怪(かい)水(みず)を手(て)に接(うけ)取(と)り、身(み)を縦(じゅう=跳ね)して起(おこ)り、前(まえ)に走(はし)り上(のぼ)り、個(ひとつ)の黒眼定身法(こくがんじょうしんほう=黒き眼で身を定める法)を使(つか)い、呪語(じゅご=呪文)を念(ねん)じ、一口(ひとくち)の水(みず)を将(もっ)て唐僧(とうぞう)に望(むか)いて噴(ふ)きかけ、 「変(へん)じよ!」 と叫(さけ)べば、かの長老(ちょうろう)が真身(しんしん=本来の体)は、殿上(でんじょう)に隠(かく)れ在(あ)りて、真個(しんこ=実際)に変(へん)じて一只(いっせき=一頭)の斑斕猛虎(はんらんもうこ)と作(な)れり。此(こ)の時(とき)君臣(くんしん)同(とも)に眼(め)に看(み)て観(み)るに、かの虎(とら)の生(うま)れ得(え)て: 白額円頭(はくがくえんとう=白き額と丸き頭)、 花身電目(かしんでんもく=斑の身と電の如き目)。 四只(よんし=四つ)の蹄(ひづめ)は、挺直崢嶸(ていちょくそうこう=真っ直ぐ聳え); 二十(にじゅう)の爪(つめ)は、鉤彎鋒利(こうわんほうり=鉤の如く曲がり鋭し)。 鋸牙(きょが=鋸の歯)は口(くち)を包(つつ)み、 尖耳(せんじ=尖りし耳)は眉(まゆ)に連(つら)なる。 獰獰(どうどう=獰猛なること)壮(さかん)にして大猫(たいびょう=大猫)の形(かたち)の若(ごと)く、 猛烈(もうれつ)なること雄(ゆう=雄々しさ)は黄犢(こうとく=黄なる子牛)の如(ごと)し。 剛鬚(ごうしゅ=剛き髭)は直直(ちょくちょく)として銀条(ぎんじょう=銀の条)を挿(さ)し、 刺舌(しぜつ=刺の如き舌)は騂騂(せいせい=赤き貌)として悪気(あくき)を噴(ふ)く。 果(はた)して是(こ)れ只(ひとつ)の猛斑斕(もうはんらん=猛き斑の虎)、 陣陣(じんじん=次々と)たる威風(いふう)の宝殿(ほうでん)に吹(ふ)く。 国王(こくおう)一目(いちもく=一目)見(み)て、魄(はく)散(さん)じ魂(こん)飛(と)び、嚇(おどろ)かすかなかの多官(たかん)尽(ことごと)く皆(みな)逃(に)げ隠(かく)る。幾個(いくつ)か大胆(だいたん)なる武将(ぶしょう)有(あ)りて、将軍校尉(しょうぐんこうい=将軍と近衛)を領(りょう=率)いて一擁(いちよう=どっと)して前(まえ)に上(のぼ)り、各項(かくこう=各種)の兵器(へいき)を使(つか)いて乱(みだ)れ砍(き)る。此(こ)の一翻(いっぺん=この度)は、是(こ)れ唐僧(とうぞう)の該(まさ)に命(いのち)有(あ)りて死(し)せざるに非(あら)ずんば、就(すなわ)ち二十人(にじゅうにん)の僧人(そうにん)たりとも、也(また)打(う)ちて肉醤(にくしょう=肉の塊)と為(な)らん。此(こ)の時(とき)幸(さいわい)に丁甲(ていこう)、掲諦(げったい)、功曹(こうそう)、護教(ごきょう)の諸神(しょしん=神々)有(あ)りて、暗(あん)の裡(うち)に半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて護佑(ごゆう=守り助)くる故此(ゆえ)に、あれらの兵器(へいき)は皆(みな)打(う)ち傷(きずつ)くること能(あた)わず。衆臣(しゅうしん=臣下ら)は天(てん)の晩(くれ)に到(いた)るまで嚷(わめ)きて、才(はじ)めてかの虎(とら)を活(い)き乍(なが)ら捉(とら)え、鉄繩(てつじょう=鉄の綱)を以(もっ)て鎖(さ)し、鉄籠(てつろう=鉄の檻)の裡(うち)に放(お)き、朝房(ちょうぼう=宮中の控えの間)の内(うち)に収(おさ)めたり。 かの国王(こくおう)却(かえっ)て旨(みことのり)を伝(つた)え、光禄寺(こうろくじ=宮中の食事役所)をして大(おお)いに筵宴(えんえん=宴)を排(はい=設)けしめて、駙馬(ふば)が救抜(きゅうばつ=救い出し)しし恩(おん)を謝(しゃ)せしむ。然(しか)らずんば、険(あやう)くかの和尚(おしょう)に害(そこな)わるとこなりき。 当晩(とうばん)衆臣(しゅうしん)朝(ちょう)より散(さん)じ、かの妖魔(ようま)銀安殿(ぎんあんでん)に進(い)り込(こ)めり。又(また)十八個(じゅうはちこ=十八人)の宮娥彩女(きゅうがさいじょ=宮中の女官)を選(えら)び、吹弾歌舞(すいだんかぶ=笛を吹き琴を弾じ歌い舞)して、妖魔(ようま)に勧(すす)めて酒(さけ)を飲(の)ましめ楽(たのし)ましむ。かの怪物(かいぶつ)独(ひと)り上席(じょうせき)に坐(ざ)し、左右(さゆう)に排列(はいれつ=並び)するは、皆(みな)かの艶質嬌姿(えんしつきょうし=艶めかしき姿)なるを、汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が受用(じゅよう=享楽)するを。酒(さけ)を飲(の)むこと二更(にこう=午後十時頃)の時分(じぶん)に至(いた)り、酔(え)いの将(まさ)に上(のぼ)らんとして、忍(しの)ぶること能(あた)わず胡為(こい=乱暴)し、身(み)を跳(おど)らせ起(おこ)りて一声(ひとこえ)大笑(たいしょう)し、本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し、陡(にわ)かに凶心(きょうしん=凶悪な心)を発(はっ)し、簸箕(はき=箕)の大(おお)きなる手(て)を伸(の)べ開(ひら)き、一個(ひとり)の琵琶(びわ)を弾(ひ)きし女子(じょし)を把(もっ)て、抓(つか)み将(も)ち過(よ)ぎ来(きた)らせ、扢咋(こつさく=がぶりと)と頭(かしら)を把(もっ)て一口(ひとくち)咬(か)み了(おわ)れり。 嚇(おどろ)かすかなかの十七個(じゅうしちこ=十七人)の宮娥(きゅうが)、命(いのち)を没(ぼっ)して前後(ぜんご)に乱(みだ)れ走(はし)り乱(みだ)れ蔵(かく)る。汝(なんじ)看(み)よ那(かの): 宮娥(きゅうが)は悚懼(しょうく=恐れおののき)、 彩女(さいじょ)は忙驚(ぼうきょう=慌て驚)く。 宮娥(きゅうが)の悚懼(しょうく)するは、一(ひとつ)に似(に)たり雨(あめ)の芙蓉(ふよう)を打(う)ちて夜雨(やう)に籠(こ)めらるるに; 彩女(さいじょ)の忙驚(ぼうきょう)するは、就(すなわ)ち風(かぜ)の芍薬(しゃくやく)を吹(ふ)きて春風(しゅんぷう)に舞(ま)うが如(ごと)し。 琵琶(びわ)を捽(ひき)き砕(くだ)きて命(いのち)を顧(かえり)み、 琴瑟(きんしつ=琴)に跌(つまず)き傷(きずつ)きて生(いのち)を逃(のが)る。 門(もん)を出(い)づれば那(なん)ぞ南北(なんぼく)を分(わ)かたん、 殿(でん)を離(はな)るれば西東(さいとう)を管(かん)せず。 玉面(ぎょくめん=玉の如き顔)を磕(う)ち損(そこな)い、 嬌容(きょうよう=嬌しき顔)を撞(つ)き破(やぶ)る。 人人(ひとびと)命(いのち)を逃(のが)れ走(はし)り、 各各(おのおの)残生(ざんせい=残りの命)に奔(はし)る。 あれら人(ひと)は出(い)で往(ゆ)きて又(また)敢(あえ)て吆喝(ようかつ=叫)ばず、夜(よる)深(ふか)けれど又(また)敢(あえ)て駕(が=天子)を驚(おどろ)かさず、皆(みな)かの短墻(たんしょう=低い塀)の檐(のき=庇)の下(した)に潜(ひそ)み在(あ)りて、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として題(だい=述べ)せず。 さてかの怪物(かいぶつ)上(うえ)に坐(ざ)して、自(みずか)ら斟(く)み自(みずか)ら酌(く)む。一盞(いっさん=一杯)を喝(の)み了(おわ)りては、人(ひと)を扳(ひき)き過(よ)ぎ来(きた)らせ、血淋淋(けつりんりん=血だらけ)に啃(かじ)り上(あ)ぐること両口(りょうこう=二口)。彼(かれ)内(うち)の裡(うち)に在(あ)りて受用(じゅよう=享楽)せるに、外(そと)の人(ひと)は尽(ことごと)く伝(つた)えて道(い)えるには、 「唐僧(とうぞう)は是(こ)れ個(ひとつ)の虎精(こせい=虎の妖)なり!」 と。乱(みだ)れ伝(つた)え乱(みだ)れ嚷(わめ)きて、金亭館駅(きんていかんえき=駅舎)に嚷(わめ)き到(いた)る。此(こ)の時(とき)駅(えき)の裡(うち)に人(ひと)無(な)く、ただ白馬(はくば)の槽(そう=飼い桶)の上(うえ)に在(あ)りて草(くさ)を食(く)らい料(かいば)を食(く)らう有(あ)るのみ。彼(かれ)は本(もと)是(こ)れ西海(さいかい)の小龍王(しょうりゅうおう)にして、因(よ)りて天条(てんじょう=天の掟)を犯(おか)し、角(つの)を鋸(ひか)れ鱗(うろこ)を退(しりぞけ)られ、白馬(はくば)に変(へん)じ、唐僧(とうぞう)を馱(お)いて西方(さいほう)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)る身(み)なれど、忽(たちま)ち人(ひと)の唐僧(とうぞう)は是(こ)れ個(ひとつ)の虎精(こせい)なりと講(い)うを聞(き)き、彼(かれ)も也(また)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、 「我(わ)が師父(しふ)は分明(ぶんめい=明らか)に是(こ)れ個(ひとつ)の好人(こうじん)なるに、必(かなら)ず怪(かい)の彼(かれ)を把(もっ)て変(へん)じて虎精(こせい)と做(な)らしめ、師父(しふ)を害(そこな)えるなり。怎(いか)に好(よ)からん! 怎(いか)に好(よ)からん! 大師兄(だいしけい=孫悟空)は去(さ)りてより久(ひさ)しく、八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)とは又(また)音信(いんしん=便り)無(な)し!」 と。彼(かれ)ただ二更(にこう)の時分(じぶん)に捱(もちこた)え到(いた)り、万籟(ばんらい=万物の音)声(こえ)無(な)きに、却(かえっ)て才(はじ)めて将(も)ち跳(おど)り起(おこ)りて道(い)えるには、 「我(われ)今(いま)もし唐僧(とうぞう)を救(すく)わずんば、此(こ)の功果(こうか=功徳)休(や)みなん! 休(や)みなん!」 と。彼(かれ)忍(しの)ぶること能(あた)わず、韁繩(こうじょう=手綱)を頓絶(とんぜつ=引きちぎ)り、鞍轡(あんひつ=鞍)を抖(ふる)い松(ゆる)め、急(きゅう)に身(み)を縦(じゅう=跳ね)らせ、忙(いそ)ぎて化(け)を顕(あらわ)し、依然(いぜん)として化(か)して龍(りゅう)と作(な)り、烏雲(ううん=黒き雲)を駕(が=駆)り起(おこ)し、直(ただち)に九霄(きゅうしょう=天の高み)の空(くう)の裡(うち)に上(のぼ)りて観(み)る。詩(し)有(あ)りて証(しょう=証拠)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く、 三蔵(さんぞう)西(にし)より来(きた)りて世尊(せそん=仏)を拝(はい)す、 途中(とちゅう)偏(ひとえ=ひどく)に悪(あ)しき妖氛(ようふん=妖気)有(あ)り。 今宵(こんしょう)化(か)して虎(とら)と為(な)りて災難(さいなん)脱(のが)れ難(がた)く、 白馬(はくば)韁(たづな)を垂(た)れて主人(しゅじん)を救(すく)う。 小龍王(しょうりゅうおう)半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて、ただ銀安殿(ぎんあんでん)の内(うち)、灯燭(とうしょく=灯り)の輝煌(きこう=燦めく)を見(み)る。原(もと)はかの八個(はちこ=八本)の満堂紅(まんどうこう=大燭台)の上(うえ)に、八根(はちこん=八本)の蝋燭(ろうそく)を点(とも)せるなり。雲頭(うんとう)を低(ひく)く下(さ)げ、仔細(しさい=詳しく)に看(み)る処(ところ)、かの妖魔(ようま)独(ひと)り個(ひとり)上(うえ)に在(あ)りて、法(ほう)を逼(せま=用い)りて酒(さけ)を飲(の)み人肉(じんにく)を食(く)らえるなり。小龍(しょうりゅう)笑(わら)って道(い)えるには、 「此(こ)の厮(やつ)は不済(ふせい=役立たず)なり! 馬脚(ばきゃく=尻尾)を走(はし)らせ、風訊(ふうしん=正体)を識破(しきは=見破)られ、秤鉈(びょうどう=分銅)を躧(ふ)み匾(ひらたく)して人(ひと)を食(く)らうとは、是(こ)れ個(ひとつ)の長進(ちょうしん=進歩)の有(あ)るものならんや! 却(かえっ)て我(わ)が師父(しふ)が下落(げらく=行方)の如何(いかん)なるを知(し)らず、倒(かえっ)て此(こ)の潑怪(はつかい=卑しき怪)に遇(あ)えり。且(しばら)く我(われ)往(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひとつ)戯(たわむ)れ戯(たわむ)れん、もし手(て)を得(え)なば、妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)めて然(しか)して後(のち)に師父(しふ)を救(すく)うとも遅(おそ)からず」 と。好(よ)き龍王(りゅうおう)や、彼(かれ)就(すなわ)ち身(み)を揺(ゆ)りて一(ひとつ)変(へん)じ、也(また)変(へん)じて個(ひとり)の宮娥(きゅうが)と作(な)れば、真個(しんこ=実)に身体(しんたい)軽盈(けいえい=軽やか)、儀容(ぎよう=姿)嬌媚(きょうび=艶めかし)く、忙(いそ)ぎ歩(あゆみ)を移(うつ)して裡(うち)に走(はし)り入(い)り、妖魔(ようま)に対(たい)して一声(ひとこえ)の万福(ばんぷく=挨拶)を道(い)えるには、 「駙馬(ふば)や、汝(なんじ)我(われ)が性命(せいめい)を傷(そこな)うこと莫(なか)れ、我(われ)来(きた)りて汝(なんじ)に替(かわ)りて盞(さかずき)を把(と)らん」 と。かの妖(よう)道(い)えるには、 「酒(さけ)を斟(く)み来(きた)れ」 と。 小龍(しょうりゅう)壷(つぼ)を接(うけ)取(と)り来(きた)り、酒(さけ)を将(もっ)て彼(かれ)が盞(さかずき)の裡(うち)に斟(く)み入(い)るるに、酒(さけ)は鍾(さかずき)よりも高(たか)きこと三五分(さんごぶ=三分五分)有(あ)るに、更(さら)に漫(あふ)れ出(い)でず、此(こ)れは是(こ)れ小龍(しょうりゅう)の使(つか)える逼水法(ひっすいほう=水を押さえる法)なり。かの怪(かい)見(み)て識(し)らず、心中(しんちゅう)に喜(よろこ)んで道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の般(ごと)きの手段(しゅだん)有(あ)るか!」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「還(な)お幾分(いくぶ)も高(たか)く斟(く)み得(う)べきなり」 と。かの怪(かい)道(い)えるには、 「再(ふたた)び斟(く)み上(あ)げよ! 再(ふたた)び斟(く)み上(あ)げよ!」 と。彼(かれ)壷(つぼ)を挙(あ)げ着(つ)けて、ただ情(ひたすら)に斟(く)めば、かの酒(さけ)ただ情(ひたすら)に高(たか)く、就(すなわ)ち十三層(じゅうさんそう=十三階)の宝塔(ほうとう)の一般(いっぱん)の如(ごと)く、尖尖(せんせん=先細に)満満(まんまん=溢れんばかり)にして、更(さら)に些須(しゃしゅ=少し)も漫(あふ)れ出(い)でず。かの怪物(かいぶつ)嘴(くち)を伸(の)べ過(よ)ぎ来(きた)りて、一鍾(いっしょう=一杯)を食(く)らい、死人(しにん)を扳(ひ)き着(つ)けて、一口(ひとくち)を食(く)らい、道(い)えるには、 「歌(うた)うを会(え)るか?」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「也(また)略(ほぼ=少し)些(いささ)か暁(さと)れるの児(こ)有(あ)り」 と。腔韻(こういん=節回し)に依(よ)りて一個(ひとつ)の小曲(しょうきょく)を唱(うた)い、又(また)一鍾(いっしょう)を奉(ほう)じたてまつる。かの怪(かい)道(い)えるには、 「汝(なんじ)舞(ま)うを会(え)るか?」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「也(また)略(ほぼ)些(いささ)か暁(さと)れり、但(た)だ只是(ただ)素手(すしゅ=素手)なれば、舞(ま)い得(え)て不好看(ふこうかん=見栄えがせず)」 と。かの怪(かい)衣服(いふく)を掲(かか)げ起(おこ)し、腰間(ようかん)の佩(お)びる所(ところ)の宝剣(ほうけん)を解(と)き下(おろ)し、鞘(さや)より掣(ひ)き出(いだ)して、小龍(しょうりゅう)に遞(わた)す。小龍(しょうりゅう)刀(かたな)を接(うけ)取(と)り、就(すなわ)ち心(こころ)を留(とど)め、かの酒席(しゅせき)の前(まえ)に在(あ)りて、上三下四(じょうさんかし)、左五右六(さごうろく)と、花刀法(かとうほう=華やかな刀法)を披(ひら)き開(ひら)きたり。かの怪(かい)眼(め)を咤(みは)りて看(み)るに、小龍(しょうりゅう)花(か)の字(あざ=型)を収(おさ)め了(おわ)り、妖精(ようせい)に望(むか)いて一刀(いっとう)を劈(つんざ)き来(きた)る。好(よ)き怪物(かいぶつ)や、身(み)を側(そばだ)てて避(よ)け過(す)ぎ、手脚(しゅきゃく=手足)を慌(あわ)てさせ、一根(いっこん=一本)の満堂紅(まんどうこう=燭台)を挙(あ)げ起(おこ)して、宝刀(ほうとう)を架(ささ=受け止)ぐ。かの満堂紅(まんどうこう)は原(もと)是(こ)れ熟鉄(じゅくてつ=鍛鉄)の打造(だぞう=打ち造)れるものにして、柄(え)を連(つら)ねて八九十斤(はっくじっきん)有(あ)り。二人(ふたり)銀安殿(ぎんあんでん)を出(い)で了(おわ)り、小龍(しょうりゅう)本相(ほんそう)を現(あらわ)し、却(かえっ)て雲頭(うんとう)を駕(が)し起(おこ)し、かの妖魔(ようま)と彼(か)の半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて相(あい)殺(ころ)し合(あ)う。此(こ)の一場(いちじょう=一戦)、黒地(こくち=闇)の裡(うち)に好(よ)く殺(ころ)し合(あ)う! 怎(いか)に見(み)えんや: 那(か)の一個(ひとつ)は是(こ)れ碗子山(わんしさん)に生成(せいせい=生まれ付き)の怪物(かいぶつ)、 此(こ)の一個(ひとつ)は是(こ)れ西洋海(さいようかい)より罰(ばっ=流罪)し下(くだ)されし真龍(しんりゅう)。 一個(ひとつ)は毫光(ごうこう=微光)を放(はな)ち、白電(はくでん=白き稲妻)を噴(ふ)くが如(ごと)く: 一個(ひとつ)は鋭気(えいき)を生(しょう)じ、紅雲(こううん=赤き雲)を迸(ほとばし)るが如(ごと)し。 一個(ひとつ)は白牙老象(はくがろうぞう=白き牙の老いたる象)の人間(にんげん)を走(はし)るに好(よ)く似(に)て、 一個(ひとつ)は就(すなわ)ち金爪狸猫(きんそうりびょう=金の爪の山猫)の下界(げかい)に飛(と)び下(くだ)るが如(ごと)し。 一個(ひとつ)は是(こ)れ擎天(けいてん=天を支う)の玉柱(ぎょくちゅう)、 一個(ひとつ)は是(こ)れ架海(かかい=海に架かる)の金梁(こんりょう=金の梁)。 銀龍(ぎんりゅう)舞(ま)い飛(と)び、 黄鬼(こうき)翻(ひるがえ)り騰(のぼ)る。 左右(さゆう)の宝刀(ほうとう)怠慢(たいまん=遅れ)無(な)く、 往来(おうらい)歇(やす)まず満堂紅(まんどうこう)。 彼(かれ)ら二人(ふたり)雲端(うんたん=雲の上)の裡(うち)に在(あ)りて、戦(たたか)うこと彀(こう=充分)に八九回合(はっきゅうごう)せしが、小龍(しょうりゅう)は手(て)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、老魔(ろうま)は身(み)強(つよ)く力(ちから)壮(さかん)なり。小龍(しょうりゅう)抵敵(ていてき=抗)し住(とど)めず、刀(かたな)を飛(と)ばし去(さ)らしめて、かの妖怪(ようかい)を砍(き)らんとせしに、妖怪(ようかい)に刀(かたな)を接(う)くるの法(ほう)有(あ)り、一只(いっし=一方)の手(て)にて宝刀(ほうとう)を接(う)け了(おわ)り、一只(いっし)の手(て)にて満堂紅(まんどうこう)を抛(な)げ下(おろ)して便(すなわ)ち打(う)てば、小龍(しょうりゅう)手(て)を措(お)くに及(およ)ばず、彼(かれ)に把(もっ)て後腿(こうたい=後脚)の上(うえ)を一下(いっか=一撃)着(あて)られ、急慌慌(きゅうこうこう=慌てふためき)て雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)し、多(おお)くは御水河(ぎょすいが=御所の川)の性命(せいめい)を救(すく)えしに虧(よ)れり。小龍(しょうりゅう)一頭(いっとう=真っ直ぐ)水(みず)の下(した)に鑽(もぐ)り往(ゆ)きしを、かの妖魔(ようま)赶(お)い来(きた)りて彼(かれ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、宝刀(ほうとう)を執(と)り、満堂紅(まんどうこう)を拿(と)り、銀安殿(ぎんあんでん)に回(かえ)り上(のぼ)り、照旧(しょうきゅう=元の如く)酒(さけ)を食(くら)い睡(ね)て了(おわ)るは題(だい=述べ)せず。 さてかの小龍(しょうりゅう)水底(すいてい)に潜(ひそ)むこと半個時辰(はんこじしん=一時間)にして声息(せいそく=物音)の聞(きこ)えざるを、方(はじ)めて才(やっ)と牙(は)を咬(か)み、腿(もも)の疼(いたみ)を忍(しの)びて将(も)ち跳(おど)り起(おこ)り往(ゆ)き、烏雲(ううん)を踏(ふみ=踏)んで、径(ただち)に館駅(かんえき)に転(てん=引き返)じ、還(ま)た依旧(いきゅう=元の如く)の馬匹(ばひつ)に変(へん)じ作(な)り、槽(そう=飼い桶)の下(した)に伏(ふ)す。憐(あわ)れむ可(べ)し渾身(こんしん=全身)是(こ)れ水(みず)にて、腿(もも)に傷痕(しょうこん=傷跡)有(あ)り。其(そ)の時節(じせつ=折しも): 意馬心猿(いばしんえん=心の迷い)皆(みな)失散(しっさん=散り失せ)、 金公木母(きんこうぼくぼ=金と木)尽(ことごと)く凋零(ちょうれい=衰え散る)。 黄婆(こうば=黄なる老婆)傷損(しょうそん)して通(つう)じて別(わか)れ、 道義(どうぎ=道)消疏(しょうそ=疎か)になって怎(いか)でか成(な)らん! 且(しばら)く三蔵(さんぞう)の災(わざわい)に逢(あ)い、小龍(しょうりゅう)の戦(たたかい)に敗(やぶ)れしは措(お)き、さてかの猪八戒(ちょはっかい)、沙僧(しゃそう)を離(はな)れしより、一頭(いっとう=真っ直ぐ)草科(そうか=草むら)の裡(うち)に蔵(かく)れ、一個(ひとつ)の猪渾塘(ちょこんとう=猪の寝床)を拱(ほ=掘)り、此(こ)の一覚(いっかく=一眠り)、直(ただち)に半夜(はんや=真夜中)の時候(じこう)に睡(ね)て到(いた)りて才(はじ)めて醒(さ)めり。醒(さ)め来(きた)る時(とき)、又(また)是(こ)れ何(なん)の去処(ところ)なるを知(し)らず、眼(め)を摸(な)で摩(す)り、神思(しんし=気持ち)を定(さだ)め、耳(みみ)を側(そばだ)てて才(はじ)めて聴(き)けば、噫(ああ)! 正(まさ)に是(こ)れかの 山深(やまふか)くして犬(いぬ)の吠(ほ)ゆる無(な)く、 野曠(のひろ)くして鶏(にわとり)の鳴(な)く少(すくな)し。 彼(かれ)かに星移斗転(せいいとてん=星が移り北斗が巡る)の、約莫(おおよそ)三更(さんこう=真夜中)の時分(じぶん)なるを見(み)て、心中(しんちゅう)に想(おも)いて道(い)えるには、 「我(われ)回(まわ)りて沙僧(しゃそう)を救(すく)わんと欲(ほっ)すれども、誠然(せいぜん=誠に)是(こ)れ単糸(たんし=一本の糸)は線(いと)とならず、孤掌(こしょう=片手)は鳴(な)り難(がた)し。罷(や)め罷(や)め罷(や)め! 我(われ)且(しばら)く城(しろ)に進(い)り往(ゆ)きて師父(しふ)に見(まみ)え、当今(とうこん=今の王)に奏(そう)じて准(ゆる)され、再(ふたた)び些(いささ)か驍勇(ぎょうゆう=勇ましき)の人馬(じんば)を選(えら)び、老猪(ろうちょ=俺)を助(たす)けて明日(みょうにち)来(きた)りて沙僧(しゃそう)を救(すく)わん」 と。かの呆子(ほんこ=間の抜け者)急(きゅう)に雲頭(うんとう)を縦(じゅう=駆)り、径(ただち)に城里(じょうり)に回(かえ)り、半霎時(はんしょうじ=瞬く間)に、館駅(かんえき)に到(いた)る。此(こ)の時(とき)人静(ひとしずか)にして月明(つきあきらか)く、両廊(りょうろう=両側の廊)の下(した)に師父(しふ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、ただ白馬(はくば)の那(か)の廂(ほとり)に睡(ね)て在(あ)るを見(み)るが、渾身(こんしん)水(みず)に湿(ぬ)れ、後腿(こうたい)に盤子(ばんし=皿)の大小(おおいさ)の一点(いってん)の青痕(せいこん=青き痣)有(あ)り。八戒(はっかい)失驚(しっきょう=仰天)して道(い)えるには、 「双晦気(そうかいき=二重の不運)! 此(こ)の亡人(もうじん=死に損ない)は又(また)曾(かつ)て路(みち)を走(はし)らざるに、何(なん)とて身(み)の上(うえ)に汗(あせ)有(あ)り、腿(もも)に青痕(せいこん)有(あ)る? 想(おも)うに是(こ)れ歹人(あくにん=悪者)の師父(しふ)を打劫(だきょう=襲)いて、馬(うま)を打(う)ち壊(こわ)したるならん」 と。かの白馬(はくば)是(こ)れ八戒(はっかい)なるを認(みと)め得(え)て、忽然(こつぜん=俄)かに口(くち)より人言(じんげん=人の言葉)を吐(は)き、一声(ひとこえ) 「師兄(しけい=兄者)!」 と叫(さけ)べば、此(こ)の呆子(ほんこ)嚇(おどろ)かされて一(ひとつ)跌(つまず)き、扒(はい)き起(おこ)りて外(そと)に往(ゆ)かんとせしに、かの馬(うま)に身(み)を探(のば)させられ、一口(ひとくち)に皂衣(そうい=黒き衣)を咬(か)み住(とど)められて、道(い)えるには、 「哥(あにき)や、汝(なんじ)我(われ)を怕(おそ)るること莫(なか)れ」 と。八戒(はっかい)戦兢兢(せんきょうきょう=おののき)として道(い)えるには、 「兄弟(きょうだい)や、汝(なんじ)何(なん)とて今日(こんにち)話(はなし)を説(と)き起(おこ)し来(きた)れる? 汝(なんじ)但(た)だ話(はなし)せば、必(かなら)ず大(おお)いなる不祥(ふしょう=不吉)の之事(こと)有(あ)るならん」 と。 小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)師父(しふ)の難(なん)有(あ)るを知(し)れるか!」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「我(われ)知(し)らず」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)は是(こ)れ知(し)らず! 汝(なんじ)と沙僧(しゃそう)とは皇帝(こうてい)の面前(めんぜん)に在(あ)りて本事(ほんじ=腕前)を弄(ろう=見せびらか)し、妖魔(ようま)を拿(とら)え倒(たお)さんと量(はか)り、功(こう)を請(こ)い賞(しょう)を求(もと)めんとせしに、想(おも)わずや妖魔(ようま)が本領(ほんりょう=実力)大(おお)いにして、汝(なんじ)らの手段(しゅだん)は不済(ふせい=劣り)にて、彼(かれ)を禁(きん=押さえ)じ過(す)ごすこと能(あた)わず。好(よ)くも一個(ひとり)は回(かえ)り来(きた)りて、個(ひとつ)の信息(しんそく=知らせ)を説(と)くを是(せよ)とせしに、却(かえっ)て更(さら)に音(おとずれ)を聞(き)かず。かの妖精(ようせい)一個(ひとつ)の俊俏(しゅんしょう=美男)の文人(ぶんじん=文士)に変(へん)じ作(な)り、朝中(ちょうちゅう)に撞(ぶ)つかり入(い)り、皇帝(こうてい)と親眷(しんけん=親族)の礼を認(みと)め合(あ)い、我(わ)が師父(しふ)を把(もっ)て一個(ひとつ)の斑斕猛虎(はんらんもうこ)に変(へん)じ作(な)らしめ、現(いま)衆臣(しゅうしん)に捉(とら)えられ住(とど)められて、朝房(ちょうぼう)の鉄籠(てつろう)の裡面(うち)に鎖(さ)され在(あ)り。我(われ)此(こ)の般(ごと)きの苦悩(くのう=苦しみ)を聴(き)き得(え)て、心(こころ)刀(かたな)の如(ごと)く割(さ)かる。汝(なんじ)両日(りょうじつ=二日)又(また)在(あ)らずして知(し)らざれば、恐(おそ)らくは一時(いちじ=早晩)性命(せいめい)を傷(そこな)わんとす。只(た)だ得(やむ)なく龍身(りゅうしん=龍の体)に化(け=姿を変)じて救(すく)わんとせしに、期(き)せず朝(ちょう)の裡(うち)に到(いた)りて、又(また)師父(しふ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず。銀安殿(ぎんあんでん)の外(そと)に到(いた)りて、妖精(ようせい)に遇(あ)いしに、我(われ)又(また)個(ひとり)の宮娥(きゅうが)の容姿(ようし=姿)に変(へん)じ作(な)り、かの怪物(かいぶつ)を哄(たぶらか)せり。かの怪(かい)我(われ)をして刀(かたな)を舞(ま)わしめて彼(かれ)に看(み)しめんとせしに、遂(つい)に爾(しか)して心(こころ)を留(とど)め、彼(かれ)に一刀(いっとう)を砍(き)りしに、早(はや)くも彼(かれ)に闪(かわ=躱)き過(す)ごされ、双手(そうしゅ)に一根(いっこん)の満堂紅(まんどうこう)を挙(あ)げて、我(われ)を把(もっ)て戦(たたか)い敗(やぶ)らしめたり。我(われ)又(また)刀(かたな)を飛(と)ばし去(さ)らしめて砍(き)りしに、彼(かれ)又(また)刀(かたな)を把(もっ)て接(う)け了(おわ)り、満堂紅(まんどうこう)を捽(なげう)ち下(おろ)して、我(わ)が後腿(こうたい)の上(うえ)を一下(いっか)着(あて)たる故此(ゆえ)に、此(こ)れに因(よ)りて御水河(ぎょすいが)に鑽(もぐ)り在(あ)りて、性命(せいめい)を逃(のが)れ得(え)たり。腿(もも)の上(うえ)の青(あお)きは是(こ)れ彼(かれ)が満堂紅(まんどうこう)にて打(う)たれしなり」 と。八戒(はっかい)言(こと)を聞(き)きて道(い)えるには、 「真個(しんこ=本当)に此(こ)の様(よう)なる事(こと)の有(あ)るか?」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「莫成(まさか)我(われ)汝(なんじ)を哄(たぶらか)したるならん!」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「怎(いか)に好(よ)からん? 怎(いか)に好(よ)からん! 汝(なんじ)掙(あが=掙き切)り動(うご)くことを得(う)るか?」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「我(われ)掙(あが)き動(うご)くことを得(え)なば便(すなわ)ち怎(いか)にせん?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「汝(なんじ)掙(あが)き動(うご)くことを得(え)なば、便(すなわ)ち掙(あが)きて海(うみ)に下(くだ)り往(ゆ)け。行李(こうり)を把(もっ)て老猪(ろうちょ=俺)をして高老荘(こうろうしょう)の上(うえ)に挑(にな)い往(ゆ)かしめ、炉(ろ)に回(かえ)りて女壻(じょせい=婿)を做(な)らしめよ」 と。小龍(しょうりゅう)説(と)き聞(き)きて、一口(ひとくち)に彼(かれ)が直裰(じきとつ=衣服)の子(こ)を咬(か)み住(とど)めて、那(いず)こにか肯(あえ)て放(はな)たん、止(とど)むること能(あた)わず眼(め)の中(うち)に涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)えるには、 「師兄(しけい)よ! 汝(なんじ)千万(せんまん=くれぐれも)懶惰(らんだ=怠け)の心(こころ)を生(しょう=起こ)すこと莫(なか)れ!」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「懶惰(らんだ)せざらんには便(すなわ)ち怎(いか)にせん? 沙兄弟(さきょうだい)は已(すで)に彼(かれ)に拿(とら)えられ住(とど)められ、我(われ)は是(こ)れ彼(かれ)に戦(たたか)い過(す)ごさず、此(こ)れに趁(よ)らずして火(ひ)を散(さん=解散)ぜんには、還(な)お何(なに)をか等(ま)たん?」 と。小龍(しょうりゅう)半晌(はんしょう=しばし)沈吟(ちんぎん=思案)し、又(また)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)えるには、 「師兄(しけい)よ、火(ひ)を散(さん)ずるの話(はなし)を説(と)くこと莫(なか)れ、もし師父(しふ)を救(すく)い得(う)るを要(よう)せば、汝(なんじ)ただ往(ゆ)きて一個(ひとり)の人(ひと)を請(しょう=招)き来(きた)れ」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「我(われ)をして誰(たれ)を請(しょう)かしめんとや?」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)早(はや)きの児(こ)に趁(よ)りて雲(くも)に駕(が)じて回(まわ)りて花果山(かかざん)に上(のぼ)り、大師兄(だいしけい)の孫行者(そんぎょうじゃ)を請(しょう)じ来(きた)れ。彼(かれ)には還(な)お妖(よう)を降(くだ)すの大法力(だいほうりき)有(あ)り、管(かなら)ず師父(しふ)を救(すく)わしめ、汝(なんじ)と我(われ)が為(ため)にも此(こ)の陣(じん)に敗(やぶ)れしの仇(あだ)を報(ほう)ぜしめ得(う)べし」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「兄弟(きょうだい)や、別(べつ)に一個(ひとり)の児(こ)を請(しょう)ずるを便(たやす)しとせよ、かの猴子(さるこ=孫悟空)は我(われ)と些(いささ)か不睦(ふぼく=仲違い)有(あ)り。前者(ぜんしゃ=先だって)白虎嶺(びゃっこれい)の上(うえ)に在(あ)りて、かの白骨夫人(はっこつふじん)を打(う)ち殺(ころ)ししを、彼(かれ)我(われ)の師父(しふ)を攛掇(そんだつ=唆)して《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)ぜしめたるを怪(あやし)めり。我(われ)も也(また)只(た)だ耍子(しゃし=戯れ)に当(あ)てたるに、想(おも)わずかの老和尚(ろうおしょう)の当真(とうしん=本気)にそれを念(ねん)じ起(おこ)して、就(すなわ)ち彼(かれ)を把(もっ)て赶逐(かんちく=追い払)い回(かえ)さしめし故此(ゆえ)に、彼(かれ)知(し)らず怎(いか)なる様(よう)にも我(われ)を悩(なやま)すらん、彼(かれ)も也(また)決(けっ)して肯(うべな)うて来(きた)らじ。倘(も)し或(も)し言語(げんご)の上(うえ)に、略(ほぼ)しくも相対(あいたい=折り合)わざること有(あ)らば、彼(かれ)がかの哭喪棒(こくそうぼう=喪の杖)は又(また)重(おも)く、仮(も)し若(も)し高低(こうてい=手加減)を知(し)らざれば、撈(ひっつか)み上(あ)ぐること幾下(いくか=何度)かせば、我(われ)怎(いか)でか活(い)きて成(な)ることを得(え)んや?」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「彼(かれ)決(けっ)して汝(なんじ)を打(う)たじ、彼(かれ)は是(こ)れ個(ひとつ)の仁(じん)有(あ)り義(ぎ)有(あ)るの猴王(こうおう=猿の王)なり。汝(なんじ)彼(かれ)に見(まみ)えなば、且(しばら)く師父(しふ)の難(なん)有(あ)るを説(と)くこと莫(なか)れ、ただ師父(しふ)の汝(なんじ)を想(おも)うと説(と)きて、彼(かれ)を把(もっ)て哄(たぶらか)し将(も)ち来(きた)らせ、此(こ)の處(ところ)に到(いた)りて此(こ)の様(よう)なる個(ひとつ)の情節(じょうせつ=次第)を見(み)せしめなば、彼(かれ)必(かなら)ず然(しか)らずんば忿(いきどお)らず、断乎(だんこ=断じて)かの妖精(ようせい)と比並(ひへい=競い合)わんとし、管情(かんじょう=きっと)かの妖精(ようせい)を拿(とら)え得(え)させて、我(わ)が師父(しふ)を救(すく)い得(え)さしめん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「也(また)罷(よし)也(また)罷(よし)、汝(なんじ)倒(かえっ)て此(こ)の如(ごと)く尽心(じんしん=尽くす心)あれば、我(われ)もし往(ゆ)かずんば、我(われ)の尽心(じんしん)ならざるを顕(あらわ)さん。我(われ)此(こ)の一去(いっきょ)に、果(はた)して行者(ぎょうじゃ)の肯(うべな)うて来(きた)らば、我(われ)就(すなわ)ち彼(かれ)と一路(いちろ=共)に来(きた)らん;彼(かれ)もし来(きた)らずんば、汝(なんじ)却(かえっ)て也(また)我(われ)を望(のぞ)むこと莫(なか)れ、我(われ)も也(また)来(きた)らじ」 と。小龍(しょうりゅう)道(い)えるには、 「汝(なんじ)去(ゆ)け汝(なんじ)去(ゆ)け、管情(かんじょう)彼(かれ)来(きた)るべきなり」 と。 真個(しんこ)に呆子(ほんこ)釘鈀(ていは)を収拾(しゅうしゅう)し、直裰(じきとつ)を整束(せいそく)し、将(も)ち跳(おど)り起(おこ)り往(ゆ)き、雲(くも)を踏(ふ)んで、径(ただち)に東(ひがし)に往(ゆ)く。此(こ)の一回(いっかい)は、也(また)是(こ)れ唐僧(とうぞう)の命(いのち)有(あ)るなり、かの呆子(ほんこ)正(まさ)に順風(じゅんぷう)に遇(あ)い、二個(ふたつ)の耳朶(じだ=耳)を撑(は=張)り起(おこ)せば、好(よ)くも便(すなわ)ち風篷(ふうほう=帆)の一般(いっぱん)に似(に)て、早(はや)くも東洋大海(とうようたいかい)を過(す)ぎ、雲頭(うんとう)を按落(あんらく=降ろ)す。覚(おぼ)えずの太陽星(たいようせい=太陽)の上(のぼ)るに、彼(かれ)却(かえっ)て山(やま)に入(い)りて路(みち)を尋(たず)ぬ。正(まさ)に行(ゆ)くの際(さい=折)、忽(たちま)ち人(ひと)の言語(げんご)の有(あ)るを聞(き)き得(え)たり。八戒(はっかい)仔細(しさい=よく)く看(み)る時(とき)に、看来(みれ)ば是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の山凹(さんおう=山の窪み)の裡(うち)に在(あ)りて、群妖(ぐんよう=群れなす妖)を聚集(しゅうしゅう=集め)し居(お)るなり。彼(かれ)一塊(いっかい=一つ)の石頭(せきとう=岩)の崖(がけ)の上(うえ)に坐(ざ)し、面前(めんぜん)に一千二百多(いっせんにひゃくあまり=千二百余)の猴子(さるこ)有(あ)りて、序(じょ=序列)を分(わ)かちて班(はん=列)を排(なら)べ、口(くち)に 「万歳(ばんぜい)! 大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)!」 と称(しょう=唱)う。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「且(しばら)く是(こ)れ好(よ)く受用(じゅよう=享楽)す、且(しばら)く是(こ)れ好(よ)く受用(じゅよう)す! 怪(あや)しむらくは彼(かれ)が肯(あえ)て和尚(おしょう)をも做(な)らず、ただ家(いえ)に来(きた)るを要(よう)するこそ! 原(もと)是(こ)れ此(こ)れらの好処(こうしょ=結構)有(あ)りて、許大(きょだい=かほど)の家業(かぎょう=身代)有(あ)り、又(また)此(こ)の多(おお)きの小猴(しょうこう=子猿)の伏侍(ふくじ=仕え)有(あ)るなり! 若是(も)し老猪(ろうちょ=俺)に此(こ)の一座(いちざ)の山場(さんじょう=山の領地)有(あ)らば、也(また)何(なん)の和尚(おしょう)をも做(な)らじ。如今(いま)既(すで)に此(こ)の処(ところ)に到(いた)りて、却(かえっ)て怎(いか)に好(よ)からん? 必(かなら)ず要(よう)するに彼(かれ)に一見(いっけん)見(まみ)ゆるを是(せよ)」 と。かの呆子(ほんこ)些(いささ)か彼(かれ)を怕(おそ)るる有(あ)りて、又(また)敢(あえ)て明々(あきらか)に彼(かれ)に見(まみ)えず、却(かえっ)て草崖(そうがい=草の崖)の辺(ほとり)に往(ゆ)き、溜阿溜(りゅうありゅう=するすると)の溜(りゅう)の、かの一千二三百(いっせんにさんびゃく)の猴子(さるこ)の当(なか)の中(うち)に在(あ)りて擠(おしくじ=割り込)み着(つ)き、也(また)あれらの猴子(さるこ)に跟(したが)いて頭(かしら)を磕(ぬかず=額ず)く。 知(し)らずや孫大聖(そんたいせい)は高(たか)く坐(ざ)し、眼(め)又(また)乖滑(かいかつ=鋭敏)なれば、彼(かれ)を看(み)ること明白(めいはく)にして、便(すなわ)ち問(と)いて、 「かの班部(はんぶ=列座)の中(うち)に乱(みだ)れ拜(はい=拝)するの是(こ)れ個(ひとり)の夷人(いじん=異邦人)なるは、是(こ)れ何処(いずこ)より来(きた)れる? 拿(とら)え上(あ)げよ!」 と。説(と)き了(おわ)らざるに、あれらの小猴(しょうこう)一窩蜂(いっかほう=蜂の巣を突ついたように)個(ひとり)の八戒(はっかい)を把(もっ)て推(お)し将(も)ち上(のぼ)らせ、按(おさ)えて地(ち)に倒(たお)す。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)は是(こ)れ何処(いずこ)より来(きた)れるの夷人(いじん)ぞ?」 と。八戒(はっかい)頭(かしら)を低(ひく)くして道(い)えるには、 「不敢(ふかん=恐れ入る)、承問(しょうもん=ご下問)に預(あずか)れり。夷人(いじん)に非(あら)ず、是(こ)れ熟人(じゅくじん=馴染み)熟人(じゅくじん)なり」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(わ)が此(こ)の大聖部下(たいせいぶか)の群猴(ぐんこう=群れの猿)は、皆(みな)是(こ)れ一般(いっぱん=同じ)の容姿(ようし=姿)なり。汝(なんじ)が此(こ)の嘴臉(しれん=顔つき)は生(うま)れ得(え)て各樣(かくよう=異なり)、相貌(そうぼう=容貌)些(いささ)か雷堆(らいたい=似通う)有(あ)れば、定(かなら)ず是(こ)れ別処(べっしょ=他所)より来(きた)れる妖魔(ようま)ならん。既(すで)に是(こ)れ別処(べっしょ)より来(きた)れるならば、もし我(わ)が部下(ぶか)に投(とう=身を投)ぜんと要(よう)せば、先(まず)来(きた)りて個(ひとつ)の脚色手本(きゃくしょくしゅほん=履歴書)を遞(てい=提出)し、名字(みょうじ=名)を報(ほう=申告)ぜよ、我(われ)好(よ)く汝(なんじ)を此(こ)の処(ところ)に留(とど)めて班(はん=列)に随(したが)いて点札(てんさつ=点呼)せしめん。もし汝(なんじ)を留(とど)めずんば、汝(なんじ)敢(あえ)て此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて乱(みだ)れ拜(はい)するか!」 と。八戒(はっかい)頭(かしら)を低(ひく)くし、嘴(くち)を拱(つきだ=突き出)して道(い)えるには、 「不羞(ふしゅう=恥を知らず)や、就(すなわ)ち此(こ)の副(ひとつ)の嘴臉(しれん=面つき)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)れる! 我(われ)汝(なんじ)と兄弟(きょうだい)也(また)幾年(いくとせ)か做(な)りしに、又(また)推(お)して認(みと)め得(え)ずと説(い)いて、是(こ)れ何(なん)の夷人(いじん)なるか!」 と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、 「頭(かしら)を抬(もた)げ上(あ)げて我(われ)看(み)ん」 と。かの呆子(ほんこ)嘴(くち)を把(もっ)て上(うえ)に向(むか)いて一(ひとつ)伸(の)ばして道(い)えるには、 「汝(なんじ)看(み)よ! 汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(え)ざるも、好道(さいわい)に嘴(くち)をこそ認(みと)め得(え)ん!」 と。行者(ぎょうじゃ)忍(しの)ぶること能(あた)わず笑(わら)って、 「猪八戒(ちょはっかい)」 と。彼(かれ)一声(ひとこえ)の叫(さけ)ぶを聞(き)き得(え)て、就(すなわ)ち一轂轆(いっこくろく=ごろり)と跳(おど)り将(も)ち起(おこ)りて道(い)えるには、 「正(まさ)に是(こ)れ! 正(まさ)に是(こ)れ! 我(われ)は是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)なり!」 と。彼(かれ)又(また)思量(しりょう=考え)して道(い)えるには、 「認(みと)め得(え)たれば就(すなわ)ち好(よ)く話(はなし)を説(と)かん」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)唐僧(とうぞう)に跟(したが)いて経(きょう)を取(と)りに去(ゆ)かずして、却(かえっ)て此(こ)の処(ところ)に来(きた)れるは怎(いか)にする? 想(おも)うに是(こ)れ汝(なんじ)師父(しふ)を冲撞(しょうとう=ぶつかり)して、師父(しふ)も也(また)汝(なんじ)を貶(へん=追放)し回(かえ)し来(きた)らしめしか? 何(なん)の貶書(へんしょ=追放状)か有(あ)らば、拿(と)り来(きた)りて我(われ)看(み)ん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「曾(かつ)て彼(かれ)を冲撞(しょうとう)せず、彼(かれ)にも也(また)何(なん)の貶書(へんしょ)無(な)く、也(また)曾(かつ)て我(われ)を赶(お)いはらず」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「既(すで)に貶書(へんしょ)無(な)く、又(また)曾(かつ)て汝(なんじ)を赶(お)わざるに、汝(なんじ)我(わ)が此(こ)の処(ところ)に来(きた)れるは怎(いか)にする?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「師父(しふ)汝(なんじ)を想(おも)いて、我(われ)を着(つか)わし来(きた)りて汝(なんじ)を請(しょう=招)かしむるなり」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「彼(かれ)も也(また)我(われ)を請(しょう)ぜず、彼(かれ)も也(また)我(われ)を想(おも)わず。彼(かれ)がかの日(ひ)天(てん)に対(たい)して誓(ちか)いを発(はっ)し、親筆(しんぴつ=自筆)に貶書(へんしょ)を写(うつ)しめたり、何(なん)とて又(また)肯(あえ)て我(われ)を想(おも)い、又(また)肯(あえ)て汝(なんじ)をして遠(とお)く来(きた)りて我(われ)を請(しょう)ぜしめん? 我(われ)断然(だんぜん=きっと)也(また)是(こ)れ好(よ)く去(ゆ)かざるなり」 と。八戒(はっかい)地(ち)に就(つ)きて個(ひとつ)の謊(うそ)を扯(ひ=作)り、忙(いそ)ぎて道(い)えるには、 「委実(いじつ=実に)汝(なんじ)を想(おも)う! 委(まこと)に是(こ)れ汝(なんじ)を想(おも)う!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「彼(かれ)怎(いか)にして我(われ)を想(おも)い来(きた)れるか?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「師父(しふ)馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて正(まさ)に行(ゆ)くに、徒弟(とてい)と叫(さけ)べるを、我(われ)曾(かつ)て聴(き)き得(え)ず、沙僧(しゃそう)も又(また)耳(みみ)の聾(つんぼ)なりと推(お)せり。師父(しふ)就(すなわ)ち汝(なんじ)を想(おも)い起(おこ)して、我(われ)らの不済(ふせい=役立たず)なるを説(と)き、汝(なんじ)は還(な)お是(こ)れ個(ひとり)の聡明伶俐(そうめいれいり=利発)の之人(ひと)にて、常時(じょうじ=常々)声(こえ)を叫(さけ)べば声(こえ)応(こた)え、一(ひとつ)を問(と)えば十(とお)を答(こた)うると説(と)き給(たま)えり。此(こ)の般(ごと)きに因(よ)りて汝(なんじ)を想(おも)いて、専専(せんせん=ひたすら)我(われ)をして来(きた)りて汝(なんじ)を請(しょう)ぜしむるなり、万望(まんぼう=切に願わく)ば汝(なんじ)往(ゆ)きて走走(そうそう=ちょっと参)り給(たま)え、一(ひとつ)には則(すなわ)ち彼(かれ)が仰望(ぎょうぼう=慕う)の心(こころ)を孤(みなしご=裏切)らず、二来(にらい=二つには)也(また)我(われ)が遠(とお)く来(きた)れるの意(い)に負(そむ)かず」 と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、崖(がけ)を跳(おど)り下(お)り来(きた)り、手(て)を以(もっ)て八戒(はっかい)を攙(たす)け住(とど)めて道(い)えるには、 「賢弟(けんてい=賢き弟)よ、汝(なんじ)をして遠(とお)く来(きた)らしめて累(わずらわ=骨折らせ)したり、且(しばら)く我(われ)と耍耍(しゃしゃ=戯れ遊)びの児(こ)に往(ゆ)かん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「哥(あにき)や、此(こ)の所在(ところ)は路遠(みちとお)し、恐(おそ)らくは師父(しふ)の盼(のぞ)み望(のぞ)みて去(ゆ)くこと遅(おそ)からんことを、我(われ)耍子(しゃし=遊び)せじ」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)も也(また)是(こ)れ此(こ)の処(ところ)に到(いた)るの一場(いちじょう=一期)なれば、我(わ)が山景(さんけい=山の景色)の如何(いかん)なるを看(み)よ」 と。かの呆子(ほんこ)敢(あえ)て苦(あなが)ちに辞(じ=断)らず、只(た)だ彼(かれ)に随(したが)いて走走(そうそう=歩き)するを得(え)るのみ。 二人(ふたり)手(て)を携(たずさ)えて相(あい)攙(たす)け、概衆(がいしゅう=皆)の小妖(しょうよう)其(そ)の後(あと)に随(したが)い、かの花果山(かかざん)が極巓(きょくてん=頂上)之處(ところ)に上(のぼ)る。好(よ)き山(やま)! 自(おのず)から是(こ)れかの大聖(たいせい)の家(いえ)に回(かえ)りしより、此(こ)の幾日(いくにち)か、収拾(しゅうしゅう=手入れ)して旧(きゅう=古き)に復(ふく)し新(あらた)なるが如(ごと)くなせり。但(た)だ那(か)の見(み)ゆるは: 青(あお)きこと削翠(さくすい=削りたる翡翠)の如(ごと)く、 高(たか)きこと摩雲(まうん=雲を摩する)に似(に)たり。 周囲(しゅうい)に虎踞龍蟠(こきょりゅうばん=虎の踞り龍の蟠り)有(あ)り、 四面(しめん)に猿啼鶴唳(えんていかくれい=猿の啼き鶴の鳴き)多(おお)し。 朝(あさ)には雲(くも)の山頂(さんちょう)を封(ふう=覆)うを出(いだ)し、 暮(ゆうべ)には日(ひ)の林間(りんかん)に掛(か)かるを観(み)る。 流水(りゅうすい)潺潺(せんせん)として玉珮(ぎょくはい=玉の飾り)鳴(な)り、 澗泉(かんせん)滴滴(てきてき)として瑶琴(ようきん=玉の琴)奏(かな)でる。 山前(さんぜん)に崖峰峭壁(がいほうしょうへき=崖と屏風の如き岩壁)有(あ)り、 山後(さんご)に花木穠華(かぼくじょうか=花木の繁れる)有(あ)り。 上(うえ)は玉女洗頭盆(ぎょくじょせんとうぼん=仙女の盥)に連(つらな)り、 下(した)は天河分派水(てんがぶんぱすい=天の川の分流)に接(つらな)る。 乾坤(けんこん=天地)秀(しゅう)を結(むす)びて蓬莱(ほうらい)に賽(まさ)り、 清濁(せいだく)育(いく=育)み成(な)して真洞府(しんどうふ=真の仙洞)たり。 丹青(たんせい=絵の具)の妙筆(みょうひつ)も画(えが)き時(とき)難(かた)く、 仙子(せんし=仙女)の天機(てんき=天の意)も描(えが)き就(おわ)らず。 玲瓏(れいろう=繊細)たる怪石(かいせき)は石(いし)玲瓏(れいろう)、 玲瓏(れいろう)として彩(あや)を嶺頭(れいとう=嶺の上)の峰(みね)に結(むす)ぶ。 日影(にちえい)千条(せんじょう)の紫艶(しえん=紫の艶)を動(うご)かし、 瑞気(ずいき)万道(ばんどう)の紅霞(こうか)を揺(ゆ)る。 洞天福地(どうてんふくち)人間(にんげん)にも有(あ)れど、 遍(あまね)き山(やま)の新樹(しんじゅ=新しき木)と新花(しんか=新しき花)よ。 八戒(はっかい)之(これ)を観(み)て尽(つく)さず、満心(まんしん)に歓喜(かんき=喜び)して道(い)えるには、 「哥(あにき)や、好(よ)き去処(ところ)! 果(はた)して是(こ)れ天下(てんか)第一(だいいち)の名山(めいざん)なり!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「賢弟(けんてい)よ、過(す)ごす可(べ)きの日子(ひび=日々)有(あ)るか?」 と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)えるには、 「汝(なんじ)看(み)よ師兄(しけい)が説(と)きしの話(はなし)、宝山(ほうざん)は乃(すなわ)ち洞天福地(どうてんふくち)之處(ところ)なるに、何(なん)とてか度日(どじつ=日を送る)の言(こと)を説(と)き給(たま)うや?」 と。二人(ふたり)談笑(だんしょう=語り笑う)すること多時(たじ=しばし)にして、山(やま)を下(お)りしに、ただ路傍(ろぼう=道端)に幾個(いくつ)かの小猴(しょうこう)の、紫巍巍(しぎぎ=濃紫)の葡萄(ぶどう)、香噴噴(こうふんふん=香り高き)の梨棗(りそう=梨と棗)、黄森森(こうしんしん=黄金の輝き)の枇杷(びわ)、紅艶艶(こうえんえん=紅の艶やか)の楊梅(ようばい=ヤマモモ)を捧(ささ)げ、路傍(ろぼう)に跪(ひざまず)きて叫(さけ)んで道(い)えるには、 「大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)、請(こ)う早膳(そうぜん=朝餉)に進(すす)み給(たま)え」 と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、 「我(わ)が猪弟(ちょてい=猪の弟)は食腸(しょくちょう=食欲)大(おお)いなれば、却(かえっ)て是(こ)れ果物(くだもの)を以(もっ)て膳(ぜん=食事)と做(な)さざるなり。也(また)罷(よし)也(また)罷(よし)、菲薄(ひはく=粗末)を嫌(きら)うこと莫(なか)れ、将就(しょうじゅう=そのまま)個(ひとつ)の児(こ)を食(く)らいて点心(てんしん=間食)に当(あ)てん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「我(われ)が食腸(しょくちょう)大(おお)いなりと雖(いえど)も、却(かえっ)て也(また)郷(さと)に入(い)りては郷(さと)に随(したが)うは是(せ)なり。拿(と)り来(きた)れ拿(と)り来(きた)れ、我(われ)も也(また)幾個(いくつ)かの児(こ)を食(くら)いて新(あらた)しきを嘗(な)めん」 と。二人(ふたり)果子(かじ=果物)を食(くら)いて、漸漸(ぜんぜん=次第)に日(ひ)高(たか)し。かの呆子(ほんこ)恐(おそ)らくは唐僧(とうぞう)を救(すく)うを誤(あやま)らんことを、只管(ひたすら)催促(さいそく=急か)して道(い)えるには、 「哥哥(あにき)や、師父(しふ)かの処(ところ)に在(あ)りて我(われ)と汝(なんじ)の盼(のぞ)み望(のぞ)めるなり。汝(なんじ)の我(われ)と早早(そうそう=早々)に去(ゆ)かんことを望(のぞ)む」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「賢弟(けんてい)よ、請(こ)う汝(なんじ)水簾洞(すいれんどう)の裡(うち)に往(ゆ)きて耍耍(しゃしゃ=遊び)の児(こ)せよ」 と。八戒(はっかい)堅(かた)く辞(じ=断)って道(い)えるには、 「多(おお)く老兄(ろうけい=兄者)が盛意(せいい=厚意)に感(かん)ずるも、奈何(いかん)せん師父(しふ)の久(ひさ)しく等(ま)てり、労(ろう=手間)を厭(いと)わず洞(どう)に進(い)るは罷(よ)めん」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「既(すで)に此(こ)の如(ごと)くなれば、敢(あえ)て久(ひさ)しく留(とど)めず、請(こ)う就(すなわ)ち此(こ)の処(ところ)に奉別(ほうべつ=お別れ)せん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「哥哥(あにき)や、汝(なんじ)去(ゆ)かざるか?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(われ)何処(いずこ)にか往(ゆ)かん? 我(わ)が此(こ)の処(ところ)は天(てん)も収(おさ)めず地(ち)も管(かん)せず、自由自在(じゆうじざい)にて、耍子(しゃし=遊び)の児(こ)もせず、何(なん)の和尚(おしょう)か做(な)らん? 我(われ)は是(こ)れ去(ゆ)かず、汝(なんじ)自(みずか)ら去(ゆ)け。但(た)だ唐僧(とうぞう)に上復(じょうふく=伝言)せよ:既(すで)に赶(お)い退(しりぞ)けしからは、再(ふたた)び我(われ)を想(おも)うこと莫(なか)れと」 と。呆子(ほんこ)言(こと)を聞(き)き、敢(あえ)て苦(あなが)ちに逼(せま=強い)らず、ただ恐(おそ)るるは逼(せま)りて彼(かれ)が性子(せいし=気性)を発(はっ)せしめ、一時(いちじ=もしや)打(う)ち上(あ)ぐること両棍(りょうこん=二棒)ならんことを、無奈(むな=仕方なく)や、只(た)だ喏喏(じゃくじゃく=へいへい)と告辞(こくじ=別れを告)げ、路(みち)を找(たず)ねて去(さ)るを得(え)るのみ。行者(ぎょうじゃ)彼(かれ)の去(さ)り了(おわ)りしを見(み)て、即(すなわ)ち二人(ふたり)の溜撒(りゅうさつ=素早き)の小猴(しょうこう)を差(つか)わし、八戒(はっかい)に跟(したが)いて、彼(かれ)が何(なに)をか説(と)くを聴(き)かしむ。 真個(しんこ)にかの呆子(ほんこ)山(やま)を下(お)りて、三四里(さんよんり)の路(みち)にも上(のぼ)らざるに、頭(かしら)を回(めぐ)らして行者(ぎょうじゃ)を指(ゆび)さし、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って道(い)えるには、 「此(こ)の猴子(さるこ)、和尚(おしょう)をも做(な)らず、倒(かえっ)て妖怪(ようかい)を做(な)る! 此(こ)の猢猻(こそん=猿公)、我(われ)好(よ)き意(こころ)にて来(きた)りて彼(かれ)を請(しょう)ぜしに、彼(かれ)却(かえっ)て去(ゆ)かず! 汝(なんじ)去(ゆ)かざるを便(たやす)しとせよ!」 と。歩(あゆ)むこと幾歩(いくほ)かにして、又(また)幾声(いくこえ)か罵(ののし)る。かの二人(ふたり)の小猴(しょうこう)、急(きゅう)に走(はし)り回(かえ)り来(きた)りて報(ほう)じて道(い)えるには、 「大聖爺爺(たいせいやや)、かの猪八戒(ちょはっかい)は大(おお)いに老実(ろうじつ=実直)ならず、彼(かれ)走走(そうそう=歩き)の児(こ)しては、幾声(いくこえ)か罵(ののし)れり」 と。行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに怒(いか)り、叫(さけ)んで、 「拿(とら)え将(も)ち来(きた)れ!」 と。かの衆猴(しゅうこう=猿共)地(ち)に満(み)ちて飛(と)び来(きた)りて赶(お)い着(つ)き、個(ひとり)の八戒(はっかい)を把(もっ)て扛(かつ)ぎ翻(ひるがえ)し倒(たお)し、鬃(たてがみ)を抓(つか)み耳(みみ)を扯(ひ)き、尾(お)を拉(ひ)き毛(け)を揪(ひっつか)み、捉(とら)え将(も)ち回(かえ)り往(ゆ)く。 畢竟(ひっきょう=結局)怎(いか)にしてか処治(しょち=処置)し、性命(せいめい)の死活(しかつ=生死)の若何(いかん)ならんを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説明)を聴(き)け。 第三十一回 猪八戒(ちょはっかい)義(ぎ)を以(もっ)て猴王(こうおう)を激(げき)す 孫行者(そんぎょうじゃ)智(ち)を以(もっ)て妖怪(ようかい)を降(くだ)す 義(ぎ)は孔懐(こうかい=兄弟の情)に結(むす)ばれ、法(ほう)は本性(ほんしょう)に帰(かえ)る。 金(きん)順(じゅん)じ木(もく)馴(な)れて正果(しょうか)を成(な)し、 心猿(しんえん)と木母(もくぼ)と丹元(たんげん)を合(あわ)す。 共(とも)に極楽世界(ごくらくせかい)に登(のぼ)り、 同(おなじ)く不二法門(ふにほうもん)に来(きた)る。 経(きょう)は乃(すなわ)ち修行(しゅぎょう)が総径(そうけい=総道)、 仏(ほとけ)は自己(じこ)が元神(がんじん=本来の心)に配(はい)す。 兄(あに)と弟(おとうと)と会(かい)して三契(さんけい=三つの契り)を成(な)し、 妖(よう)と魔(ま)とは色(しき)として五行(ごぎょう)に応(おう)ず。 六門(ろくもん)の趣(しゅ)を剪除(せんじょ=切り除)して、 即(すなわ)ち大雷音(だいらいおん)に赴(おもむ)く。 さてかの呆子(ほんこ=間の抜け者)一窩(いっか=一団)の猴子(さるこ)に捉(とら)えられ住(とど)められ、扛(かつ)ぎ抬(もちあ)げ扯(ひ)き拉(ひ)かるるに、一件(いっけん)の直裰子(じきとつし=衣服)の子(こ)を把(もっ)て揪(ひ)き破(やぶ)られ、口(くち)の裡(うち)に労労叨叨(ろうろうとうとう=ぶつぶつと)して、自(みずか)ら念誦(ねんじゅ=ぶつぶつ唱)えて道(い)えるには、 「罷(や)んだ! 罷(や)んだ! 此(こ)の一去(いっきょ)には個(ひとつ)の打(う)ち殺(ころ)さるるの情(じょう=羽目)有(あ)らん!」 と。時(とき)を経(へ)ざるに、洞口(どうぐち)に到(いた)る。かの大聖(たいせい)石崖(せきがい=岩の崖)の上(うえ)に坐(ざ)して、罵(ののし)って道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の饢糠(のうこう=飯の滓)の劣貨(れっか=愚物)! 汝(なんじ)去(ゆ)くを便(たやす)しとせよ、何(なん)とて我(われ)を罵(ののし)るか?」 と。八戒(はっかい)地(ち)の下(した)に跪(ひざまず)いて道(い)えるには、 「哥(あにき)や、我(われ)曾(かつ)て汝(なんじ)を罵(ののし)らず、もし汝(なんじ)を罵(ののし)らば、就(すなわ)ち舌(した)の根(ね)を嚼(か)まれよ。我(われ)ただ哥哥(あにき)の去(ゆ)かざるを説(と)きしのみにて、我(われ)自(みずか)ら往(ゆ)きて師父(しふ)に報(ほう=知ら)せんとせし迄(まで)なり、何(なん)ぞ敢(あえ)て汝(なんじ)を罵(ののし)らん?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)何(いか)にして我(われ)を瞞(だま=欺)き過(す)ごすことを得(う)るか? 我(わ)が此(こ)の左耳(さじ=左の耳)を上(うえ)に向(むか)いて一(ひとつ)扯(ひ)けば、三十三天(さんじゅうさんてん)の人(ひと)が話(はなし)を暁(さと)り;我(わ)が此(こ)の右耳(うじ=右の耳)を下(した)に向(むか)いて一(ひとつ)扯(ひ)けば、十代(じゅうだい=十代の)閻王(えんおう)と判官(はんがん)の帳(ちょう)を算(さん=計算)するを暁(さと)る。汝(なんじ)今(いま)路(みち)を走(はし)りて我(われ)を把(もっ)て罵(ののし)れるを、我(われ)豈(あ)に聞(き)き得(え)ざらんや?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「哥(あにき)や、我(われ)汝(なんじ)が賊頭鼠脳(ぞくとうそろう=こそこそと窺う)して、一定(かなら)ず又(また)個(ひとつ)の何(なん)の東西(もの)の児(こ)に変(へん)じ作(な)り、我(われ)に跟(したが)いて聴(き)けるなるを暁(さと)りたり」 と。行者(ぎょうじゃ)叫(さけ)んで、 「小(ちいさ)きの們(ども=者共)よ、大棍(だいこん=大棒)を選(えら)び来(きた)れ! 先(まず)二十個(にじゅっこ=二十)の見面(けんめん=面会)の孤拐(ここう=踝)を打(う)ち、再(ふたた)び二十個(にじゅっこ)の背花(はいか=背中)を打(う)ち、然(しか)して後(のち)に我(われ)の鉄棒(てつぼう)を使(つか)うて彼(かれ)と送行(そうこう=見送り)するを等(ま)て!」 と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて頭(かしら)を磕(ぬかず)いて道(い)えるには、 「哥哥(あにき)よ、千万(せんまん=くれぐれ)も師父(しふ)が面(おもて)の上(うえ)を看(み)て、我(われ)を饒(ゆる)し給(たま)え!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(われ)想(おも)うにかの師父(しふ)は好(よ)き仁義(じんぎ)の児(こ)なるに!」 と。八戒(はっかい)又(また)道(い)えるには、 「哥哥(あにき)よ、師父(しふ)を看(み)ずんば、請(こ)う海上(かいじょう)の菩薩(ぼさつ)が之(これ)の面(おもて)を看(み)て、我(われ)を饒(ゆる)し給(たま)え!」 と。行者(ぎょうじゃ)菩薩(ぼさつ)を説(と)き起(おこ)すを見(み)て、却(かえっ)て三分(さんぶ=三分)の児(こ)の意(い)を転(てん)ずる有(あ)りて道(い)えるには、 「兄弟(きょうだい)よ、既(すで)に此(こ)の如(ごと)く説(と)かば、我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)を打(う)たず、汝(なんじ)却(かえっ)て老実(ろうじつ=正直)に説(と)け、我(われ)を瞞(だま)かすこと莫(なか)れ。かの唐僧(とうぞう)は何処(いずこ)にか難(なん)の有(あ)るに、汝(なんじ)却(かえっ)て来(きた)りて我(われ)を哄(たぶらか)すか?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「哥哥(あにき)よ、何(なん)の難処(なんしょ=困難)も無(な)く、実(げ)に是(こ)れ汝(なんじ)を想(おも)うのみ」 と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)えるには、 「此(こ)の個(ひとり)の好(よ)く打(う)つ可(べ)きの劣貨(れっか=愚物)! 汝(なんじ)何(なん)とて還(な)お要(よう)するに者囂(しゃごう=嘆き喚)くか? 我(われ)老孫(ろうそん=俺様)は身(み)は水簾洞(すいれんどう)に回(かえ)りしも、心(こころ)は取経僧(しゅきょうそう=経を取る僧)を逐(お)う。かの師父(しふ)は步步(ほほ=歩みごと)に難(なん)有(あ)り、処々(しょしょ)に該当(がいとう=当然)に災(わざわい)を受(う)くれば、汝(なんじ)早(はや)きの児(こ)に趁(よ)りて我(われ)に告誦(こくしょう=告げ)よ、打(う)たるるを免(まぬか)れん!」 と。八戒(はっかい)此(こ)の言(こと)を聞(き)き得(え)て、頭(かしら)を磕(ぬかず)いて上(うえ)に告(もう)して道(い)えるには、 「哥(あにき)や、分明(ぶんめい=明らか)に汝(なんじ)を瞞(だま)かし着(つ)けて、汝(なんじ)を請(しょう)じ往(ゆ)かんと要(よう)せしに、期(き)せず汝(なんじ)が此(こ)の如(ごと)き様(よう)にも霊(れい=賢し)からんとは。我(われ)を打(う)つを饒(ゆる)し、我(われ)を放(はな)ちて起(た)たしめ説(と)かしめよ」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「也(また)罷(よし)、起(た)ちて説(と)け」 と。衆猴(しゅうこう=猿共)手(て)を撒(はな)し開(ひら)けば、かの呆子(ほんこ)跳(おど)り得(え)て起(おこ)り、両辺(りょうへん)に乱(みだ)れ張(みまわ=見回)す。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)何(なに)をか張(みまわ)す?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「何(いず)れの条(すじ=筋)の路(みち)の児(こ)か空闊(くうかつ=広き)なるを看(み)て、好(よ)く跑(はし=逃げ)らんとす」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)何処(いずこ)にか跑(はし)り到(いた)らんとす? 我(われ)就(すなわ)ち汝(なんじ)をして先(さき)に三日(みっか)走(はし)らしめんに、老孫(ろうそん)自(おのず)から本事(ほんじ=腕前)有(あ)りて汝(なんじ)を赶(お)い転(てん=引き戻)さしめん! 快(はや)く早(はや)く説(と)き来(きた)れ、此(こ)の悩(いかり)の我(わ)が性子(せいし=気性)を発(はっ)せしむること有(あ)らば、断(だん)じて汝(なんじ)を饒(ゆる)さじ!」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「実(げ)に哥哥(あにき)を瞞(だま)かさず説(と)かん。汝(なんじ)回(かえ)りしの後(のち)、我(われ)と沙僧(しゃそう)と師父(しふ)を保(ほ)して前(まえ)に行(ゆ)くに、ただ一座(いちざ)の黒松林(こくしょうりん)の見(み)ゆるのみ。師父(しふ)馬(うま)を下(お)り、我(われ)をして斎(とき)を化(か=乞)せしむ。我(われ)因(よ)りて許(あま)りに遠(とお)く、一個(ひとり)の人(ひと)の家(いえ)も無(な)く、辛苦(しんく=疲れ)したれば、略(ほぼ=少し)く草(くさ)の裡(うち)に在(あ)りて睡(ねむ)り睡(ねむ)りせしを、想(おも)わず沙僧(しゃそう)の師父(しふ)に別(わか)れて、又(また)来(きた)りて我(われ)を尋(たず)ねたり。汝(なんじ)暁(さと)れるや師父(しふ)に坐性(ざせい=落ち着き)の無(な)きを、彼(かれ)独(ひと)り林間(りんかん)を歩(あゆ)みて景(けい=景色)を玩(もてあそ)び、林(はやし)を出(い)で得(え)て、一座(いちざ)の黄金宝塔(おうごんほうとう)の光(ひかり)を放(はな)てるを見(み)、彼(かれ)ただ是(こ)れ寺院(じいん)と当(あ)てしに、期(き)せず塔(とう)の下(した)に一個(ひとり)の妖精(ようせい)の有(あ)りて、名(な)を黄袍(こうほう)と喚(よば=称)わるるは、被(それ)に拿(とら)えられ住(とど)められたり。其(そ)の後(のち)我(われ)と沙僧(しゃそう)と回(まわ)りて尋(たず)ぬるに、ただ白馬(はくば)と行嚢(こうのう=荷物)とを見(み)るのみにて、師父(しふ)を見(み)ず、随(したが)いて洞口(どうぐち)に尋(たず)ね至(いた)りて、かの怪(かい)と厮殺(しさつ=斬り合)せり。師父(しふ)の洞(どう)に在(あ)りしに、幸(さいわ)いに一個(ひとり)の救星(きゅうせい=救いの星)に虧(よ)れり、原(もと)是(こ)れ宝象国(ほうしょうこく)の王(おう)が第三(だいさん)の公主(こうしゅ)にして、かの怪(かい)に摂(しょう)じ来(きた)られし者(もの)なり。彼女(かのじょ)一封(いっぽう)の家書(かしょ)を修(しゅう=認)め、師父(しふ)に托(たく)して寄(よこ)さしめ、遂(つい)に方便(ほうべん=便宜)を説(と)きて、師父(しふ)を解放(げほう)したり。国中(こくちゅう)に到(いた)りて、書子(しょし=手紙)を遞(わた=手渡)ししに、かの国王(こくおう)就(すなわ)ち師父(しふ)に請(こ)うて妖(よう)を降(くだ)し、公主(こうしゅ)を取(と)り回(かえ)さしめんとす。哥(あにき)や、汝(なんじ)暁(さと)れるや、かの老和尚(ろうおしょう)何(なん)ぞ能(よ)く妖(よう)を降(くだ)さんや? 我(われ)ら二人(ふたり)復(ま)た往(ゆ)きて彼(かれ)と戦(たたか)うに、知(し)らずかの怪(かい)は神通広大(じんつうこうだい)にして、沙僧(しゃそう)を将(もっ)て又(また)捉(とら)え了(おわ)り、我(われ)は陣(じん)に敗(やぶ)れて走(に)げ、草(くさ)の中(うち)に伏(ふ)せり。かの怪(かい)個(ひとり)の俊俏(しゅんしょう=美男)の文人(ぶんじん=文士)に変(へん)じ做(な)りて朝(ちょう)に入(い)り、国王(こくおう)と親(したしみ)を認(みと)め合(あ)い、師父(しふ)を把(もっ)て変(へん)じて老虎(ろうこ)と作(な)らしめたり。又(また)白龍馬(はくりゅうば)に虧(よ)れて夜(よる)龍身(りゅうしん=龍の体)を現(あらわ)し、往(ゆ)きて師父(しふ)を尋(たず)ねしめたり。師父(しふ)は倒(かえっ)て曾(かつ)て尋(たず)ね見(み)えざりしが、却(かえっ)てかの怪(かい)の銀安殿(ぎんあんでん)に在(あ)りて酒(さけ)を飲(の)めるに遇(あ)えり。彼(かれ)一個(ひとり)の宮娥(きゅうが)に変(へん)じ、彼(かれ)と酒(さけ)を巡(めぐ=酌み交わ)し刀(かたな)を舞(ま)いて、機(き)に乗(じょう)じて砍(き)らんと欲(ほっ)せしに、反(かえっ)て彼(かれ)に満堂紅(まんどうこう)を以(もっ)て馬(うま)の腿(もも)を打(う)ち傷(きずつ)けられたり。就(すなわ)ち是(こ)れ彼(かれ)が我(われ)をして来(きた)りて師兄(しけい)を請(しょう)ぜしむるを教(おし)えたるにして、説(と)いて道(い)えるには、『師兄(しけい)は是(こ)れ個(ひとり)の仁(じん)有(あ)り義(ぎ)有(あ)る君子(くんし)なり、君子(くんし)は旧悪(きゅうあく=過去の悪)を念(おも)わず、一定(かなら)ず肯(うべな)うて来(きた)りて師父(しふ)が一難(いちなん)を救(すく)わん』と。万望(まんぼう=切に願わく)ば哥哥(あにき)の一日(いちじつ)師(し)と為(な)れば終身(しゅうしん=一生)父(ちち)と為(な)すの情(じょう)を念(おも)いて、千万(せんまん=どうか)彼(かれ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の個(ひとり)の呆子(ほんこ)! 我(われ)別(わか)れしの之時(とき)に、曾(かつ)て叮嚀(ていねい=念押し)し又(また)叮嚀(ていねい)して、説(と)いて道(い)えるには、『若是(も)し妖魔(ようま)の師父(しふ)を捉(とら)え住(とど)むること有(あ)らば、汝(なんじ)就(すなわ)ち老孫(ろうそん)の是(こ)れ彼(かれ)が大徒弟(だいとてい)なりと説(と)け』と。何(なん)とて却(かえっ)て我(われ)を説(と)かざりしか?」 と。八戒(はっかい)又(また)思量(しりょう=考え)して道(い)えるには、 「将(しょうじょう=招く)は激(げき=激する)に如(し)かず、我(われ)彼(かれ)を一(ひとつ)激(げき)し試(こころ)みん」 と。道(い)えるには、 「哥(あにき)や、汝(なんじ)を説(と)かざりしは還(な)お好(よ)かりしに、ただ汝(なんじ)を説(と)けるが為(ため)に、彼(かれ)一発(いっぱつ=いよいよ)無状(ぶじょう=不作法)なり!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「何(いか)に説(と)くか?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「我(われ)説(い)えらく、『妖精(ようせい)よ、汝(なんじ)無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ、我(わ)が師父(しふ)を害(そこな)うこと莫(なか)れ! 我(われ)に還(な)お一個(ひとり)の大師兄(だいしけい)有(あ)り、孫行者(そんぎょうじゃ)と称(しょう)す。彼(かれ)神通広大(じんつうこうだい)にして、善(よ)く能(よ)く妖(よう)を降(くだ)す。彼(かれ)来(きた)る時(とき)には汝(なんじ)をして死(し)して葬(ほうむ)るの地(ところ)無(な)からしめん!』と。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)きて、愈(いよいよ)忿怒(ふんぬ=憤り)を加(くわ)え、罵(ののし)って道(い)えるには、『是(こ)れ個(ひとつ)の何(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)ぞ、我(われ)何(なん)ぞ彼(かれ)を怕(おそ)れん? 彼(かれ)もし来(きた)らば、我(われ)彼(かれ)が皮(かわ)を剥(は)ぎ、彼(かれ)が筋(すじ)を抽(ぬ=抜)き、彼(かれ)が骨(ほね)を啃(かじ)り、彼(かれ)が心(こころ)を食(く)らわん! 彼(かれ)が猴子(さるこ)の痩(やせ)せるを饒(ゆる)すも、我(われ)も也(また)彼(かれ)を把(もっ)て剁(きざ)み酢(さかな=鮓)として油(あぶら)に烹(に)ん!』と」 と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、就(すなわ)ち気(き)に得(え)て耳(みみ)を抓(か)き腮(あご)を撓(か)き、暴躁(ぼうそう=荒れ狂)して乱(みだ)れ跳(おど)りて道(い)えるには、 「是(こ)れ哪(いず)れか敢(あえ)て此(こ)の如(ごと)く我(われ)を罵(ののし)る?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「哥哥(あにき)怒(いかり)を息(やす=鎮)めよ、是(こ)れかの黄袍怪(こうほうかい)の此(こ)の如(ごと)く罵(ののし)り来(きた)れるを、我(われ)故(ことさ)ら学(なら)いて汝(なんじ)に聴(き)かせたるなり」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)起(た)て。是(こ)れ我(われ)去(ゆ)きて成(な)らざるに非(あら)ず、既(すで)に是(こ)れ妖精(ようせい)の敢(あえ)て我(われ)を罵(ののし)れるならば、我(われ)就(すなわ)ち彼(かれ)を降(くだ)さざるを得(え)ず、我(われ)汝(なんじ)と往(ゆ)かん。老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんまえ)に天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ=騒)がししに、普天(ふてん=天下)の神将(しんしょう)も我(われ)を見(み)て、一個一個(ひとりひとり)背(せ)を控(ひか=丸め)め身(み)を躬(かが)め、口々(くちぐち)に大聖(たいせい)と称呼(しょうこ=呼称)せり。此(こ)の妖怪(ようかい)無礼(ぶれい)にして、彼(かれ)敢(あえ)て背(はい=背中で)前面後(ぜんめんご=陰に陽に)我(われ)を罵(ののし)る! 我(われ)此(こ)の去(ゆき)に、彼(かれ)を把(もっ)て拿(とら)え住(とど)め、屍(しかばね)を砕(くだ)くこと万段(ばんだん)にして、以(もっ)て我(われ)を罵(ののし)りしの仇(あだ)を報(ほう)ぜん! 報(ほう)じ畢(おわ)らば、我(われ)即(すなわ)ち回(かえ)り来(きた)らん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「哥哥(あにき)よ、正(まさ)に是(こ)れなり、汝(なんじ)ただ往(ゆ)きて妖精(ようせい)を拿(とら)え、汝(なんじ)が仇(あだ)を報(ほう)じ了(おわ)らば、其(そ)の時(とき)来(きた)ると不来(きたらざる)と、尊意(そんい=御意)の任(まま)に従(したが)わん」 と。 かの猴(さる)才(はじ)めて崖(がけ)を跳(おど)り下(お)り、洞(どう)の裡(うち)に撞(ぶ)つかり入(い)り、妖衣(ようい=妖の衣)を脱(ぬ)ぎ了(おわ)り、錦(にしき)の直裰(じきとつ=衣服)を一(ひとつ)整(ととの)え、虎皮裙(こひくん=虎皮のスカート)を一(ひとつ)束(たば=締)め、鉄棒(てつぼう)を執(と)り、径(ただち)に門(もん)を出(い)で来(きた)る。慌(あわ)てるかなかの群猴(ぐんこう=群れの猿)攔(さえぎ)り住(とど)めて道(い)えるには、 「大聖爺爺(たいせいやや=大聖様)、汝(なんじ)何処(いずこ)にか往(ゆ)かんとする? 我(われ)らを帯挈(たいけつ=引き連れ)て耍子(しゃし=遊び)の児(こ)に幾年(いくとせ)かせしめよ」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「小(ちいさ)きの們(ども=者共)よ、汝(なんじ)ら何(なん)の話(はなし)をか説(と)く! 我(われ)の唐僧(とうぞう)を保(ほ)するの此(こ)の樁(ひとつ)の事(こと)は、天上(てんじょう)地下(ちか)みな孫悟空(そんごくう)の是(こ)れ唐僧(とうぞう)が徒弟(とてい)なるを暁(さと)れり。彼(かれ)は倒(かえっ)て是(こ)れ我(われ)を赶(お)い回(かえ)さしめしに非(あら)ず、倒(かえっ)て是(こ)れ我(われ)をして来(きた)りて家(いえ)を看(み)させ、我(われ)を送(おく)りて来(きた)り家(いえ)に在(あ)りて自在(じざい)に耍子(しゃし=遊び)せしめたるなり。如今(いま)ただ此(こ)の件(ひとつ)の事(こと)に因(よ)るのみ、汝(なんじ)ら却(かえっ)て皆(みな)要(よう)するに仔細(しさい=念入り)に家業(かぎょう=身代)を看守(かんしゅ=守)り、時(とき)に依(よ)りて柳(やなぎ)を插(さ)し松(まつ)を栽(う)えて、廃墜(はいつい=廃れ)するを毋(なか)れ、我(われ)の還(ま)た去(ゆ)きて唐僧(とうぞう)を保(ほ)し、経(きょう)を取(と)りて東土(とうど)に回(かえ)るを待(ま)て。功(こう)成(な)りしの後(のち)、仍(な)お回(かえ)り来(きた)りて汝(なんじ)らと共(とも)に天真(てんしん=自然のまま)を楽(たの)しません」 と。衆猴(しゅうこう)各各(おのおの)命(めい)を領(りょう=承)る。 かの大聖(たいせい)才(はじ)めて八戒(はっかい)と手(て)を携(たずさ)えて雲(くも)に駕(が)じ、洞(どう)を離(はな)れ、東洋大海(とうようたいかい)を過(す)ぎ、西岸(さいがん)に至(いた)り、雲光(うんこう)を住(とど=留)めて、叫(さけ)んで道(い)えるには、 「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)且(しばら)く此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて慢(ゆる=緩)やかに行(ゆ)け、我(われ)の海(うみ)に下(くだ)り往(ゆ)きて身子(しんし=体)を浄(きよ)めんを等(ま)て」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「忙忙(ぼうぼう=慌ただし)く路(みち)を走(はし)るに、且(しばら)く何(なん)の身子(しんし)をか浄(きよ)めんとする?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)那(いずこ)にか知(し)らん、我(われ)自(みずか)ら回(かえ)り来(きた)りしより、此(こ)の幾日(いくにち)か身(み)の上(うえ)を弄(ろう=こしらえ)て些(いささ)か妖精気(ようせいき=妖の気)の有(あ)るに到(いた)れり。師父(しふ)は是(こ)れ個(ひとり)の清浄(しょうじょう=清らかさ)を愛(あい)するの人(ひと)なれば、恐(おそ)らくは我(われ)を嫌(きら)わん」 と。八戒(はっかい)此(ここ)に於(おい)て始(はじ)めて行者(ぎょうじゃ)の是(こ)れ一片(いっぺん)の真心(しんしん)にして、更(さら)に他意(たい=他意)無(な)きを識(し)り得(え)たり。須臾(しゅゆ=しばらく)にして洗(あら)い畢(おわ)り、復(ま)た雲(くも)に駕(が)じて西(にし)に進(すす)むに、ただかの金塔(こんとう=黄金の塔)の光(ひかり)を放(はな)てるを見(み)る。八戒(はっかい)指(ゆび)さして道(い)えるには、 「那(あ)れは是(こ)れ黄袍怪(こうほうかい)が家(いえ)ならずや? 沙僧(しゃそう)は還(な)お彼(かれ)が家(いえ)の裡(うち)に在(あ)り」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)空(くう)の中(うち)に在(あ)れ、我(われ)の下(くだ)り往(ゆ)きてかの門前(もんぜん)の如何(いかん)なるを看(み)るを等(ま)て、好(よ)く妖精(ようせい)と陣(じん)を見(み=戦)えん」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「往(ゆ)くこと莫(なか)れ、妖精(ようせい)は家(いえ)に在(あ)らず」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(われ)暁(さと)れり」 と。好(よ)き猴王(こうおう)や、祥光(しょうこう)を按落(あんらく=降ろ)し、径(ただち)に洞門(どうもん)の外(そと)に至(いた)りて観(み)るに、ただ二人(ふたり)の小(ちいさ)き孩子(こども)の、彼処(かしこ)に在(あ)りて弯頭棍(わんとうこん=曲がり頭の棒)を使(つか)い、毛球(もうきゅう=毬)を打(う)ち、窩(あな=穴)を搶(あらそ=奪い合)いて耍子(しゃし=遊び)するを見(み)る。一個(ひとり)は十来歳(じゅうらいさい=十歳ばかり)有(あ)り、一個(ひとり)は八九歳(はっきゅうさい)有(あ)り。正(まさ)に戯(たわむ)れる処(ところ)に、行者(ぎょうじゃ)に赶(お)い前(まえ)に上(のぼ)られ、也(また)彼(かれ)の是(こ)れ張家(ちょうけ)か李家(りけ)なるを管(かん)せず、一把(いっぱ=ひとつかみ)に頂搭子(ちょうとうす=子供の髪)を抓(つか)み着(つ)けて、提(さ)げ将(も)ち過(よ)ぎ来(きた)らる。かの孩子(こども)唬(おどろき)を食(く)らいて、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)りを夾(はさ)み哭(な)きを帯(お)びて乱(みだ)れ嚷(わめ)けば、かの波月洞(はげつどう)の小妖(しょうよう)を驚動(きょうどう)せしめ、急(きゅう)に公主(こうしゅ)に報(ほう)じて道(い)えるには、 「奶奶(だいだい=奥方様)、何人(なんびと)か知(し)らず二位(ふたり)の公子(こうし=若君)を把(もっ)て搶(か)り去(さ)られ了(おわ)れり!」 と。原(もと)かの二人(ふたり)の孩子(こども)は是(こ)れ公主(こうしゅ)とかの怪(かい)との生(う)める所(ところ)のなり。公主(こうしゅ)言(こと)を聞(き)き、忙忙(ぼうぼう)と洞門(どうもん)を走(はし)り出(い)で来(きた)るに、ただ行者(ぎょうじゃ)の二人(ふたり)の孩子(こども)を提(さ)げ着(つ)けて、那(か)の高崖(こうがい=高き崖)の上(うえ)に站(た=立)ち、意(こころ)は下(した)に向(むか)いて掼(たたきつ)けんと欲(ほっ)するを見(み)る。慌(あわ)てるかなかの公主(こうしゅ)厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、 「かの漢子(おとこ)よ、我(われ)汝(なんじ)と何(なん)の相干(あいかかわり)も無(な)きに、何(なん)とて我(わ)が儿子(むすこ)を拿(と)り去(さ)る? 彼(かれ)が老子(おやじ=父)は利害(りがい=手強き)なれば、些(いささ)かも差錯(ささく=過ち)有(あ)らば、決(けっ)して汝(なんじ)と干休(かんきゅう=黙って済ま)さじ!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか? 我(われ)は是(こ)れかの唐僧(とうぞう)が大徒弟(だいとてい)の孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)なり。我(われ)に個(ひとり)の師弟(してい)の沙和尚(さおしょう)の汝(なんじ)が洞(どう)の裡(うち)に在(あ)る有(あ)り、汝(なんじ)往(ゆ)きて彼(かれ)を放(はな)ち出(いだ)し来(きた)らせよ、我(われ)此(こ)の二人(ふたり)の孩児(がいじ=子)を把(もっ)て汝(なんじ)に還(かえ)さん、此(こ)の般(ごと)きに二人(ふたり)を以(もっ)て一個(ひとり)に換(か)うるは、還(な)お是(こ)れ汝(なんじ)が便宜(べんぎ=得)なり」 と。かの公主(こうしゅ)言(こと)を聞(き)き、急(きゅう)に裡面(うち)に往(ゆ)き、かの幾個(いくつ)かの門(もん)を把(まも)るの小妖(しょうよう)を喝退(かつたい=叱り退け)し、親(みずか)ら手(て)を動(うご)かして、沙僧(しゃそう)を把(もっ)て解(と)き了(おわ)る。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、 「公主(こうしゅ)よ、汝(なんじ)我(われ)を解(と)くこと莫(なか)れ、恐(おそ)らくは汝(なんじ)がかの怪(かい)の家(いえ)に回(かえ)り来(きた)りて、汝(なんじ)に人(ひと)を要(よう)し問(と)えば、汝(なんじ)を帯累(たいるい=巻き添え)して気(き)を受(う)けしめん」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ我(わ)が恩人(おんじん)なり、汝(なんじ)我(われ)に替(かわ)りて家書(かしょ)を折辨(せつべん=弁明)し、我(わ)が一命(いちめい)を救(すく)えり、我(われ)も也(また)心(こころ)を留(とど)めて汝(なんじ)を放(はな)たんとす。期(き)せず洞門(どうもん)の外(そと)に、汝(なんじ)に一個(ひとり)の大師兄(だいしけい)の孫悟空(そんごくう)の来(きた)れる有(あ)りて、我(われ)をして汝(なんじ)を放(はな)たしむるなり」 と。噫(ああ)! かの沙僧(しゃそう)孫悟空(そんごくう)が三個(みっつ)の字(あざ=文字)を一聞(いちぶん=ひとたび聞)くや、好(よ)くも便(すなわ)ち醍醐灌頂(だいごかんじょう=仏法を注がるる)の如(ごと)く、甘露(かんろ)の心(こころ)を滋(うるお)すが如(ごと)く、一面(いちめん)の天生喜(てんせいき=天よりの喜び)、満腔(まんこう=胸一杯)皆(みな)是(こ)れ春(はる)にして、也(また)人(ひと)の来(きた)れるを聞(き)き得(え)たるに似(に)ず、就(すなわ)ち一方(いっぽう)の金玉(きんぎょく)を拾(ひろ)い着(つ)けたるが一般(いっぱん)の如(ごと)し。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)手(て)を捽(はら=払)い仏衣(ぶつえ=袈裟)を払(はら)いて、門(もん)を走(はし)り出(い)で来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して礼(れい)を施(ほどこ)して道(い)えるには、 「哥哥(あにき)よ、汝(なんじ)真(しん)に是(こ)れ天(てん)より降(くだ)り来(きた)れるなり! 万(まん)に乞(こ)う我(われ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え!」 と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の個(ひとり)の沙尼(さに=沙僧の卑称)! 師父(しふ)が《緊箍児呪(きんこじゅ)》を念(ねん)じし時(とき)、肯(あえ)て我(われ)に替(かわ)りて一声(ひとこえ)の方便(ほうべん=取り成し)をせしか? 皆(みな)嘴(くち)を弄(ろう=動か)して施(ほどこ)し展(の=伸)べたり! 師父(しふ)を保(ほ)せんと要(よう)せば、如何(いかん)ぞ西方路(さいほうろ)を走(はし)らずして、却(かえっ)て此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて何(なに)をか蹲(うずくま)れる?」 と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、 「哥哥(あにき)よ、必(かなら)ずしも説(と)くに及(およ)ばず、君子(くんし)は既(すで)に往(ゆ)きしは咎(とが)めず。我(われ)らは是(こ)れ個(ひとつ)の敗軍(はいぐん)の将(しょう)なれば、勇(ゆう)を語(かた)る可(べ)からず、我(われ)を救(すく)い救(すく)いの児(こ)せよ!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)上(うえ)に来(きた)れ」 と。沙僧(しゃそう)才(はじ)めて身(み)を縦(じゅう=跳ね)らせて石崖(せきがい)の上(うえ)に跳(おど)り上(のぼ)る。 さてかの八戒(はっかい)空(くう)の中(うち)に停(とど)まり立(た)ちて、沙僧(しゃそう)の洞(どう)を出(い)でしを見(み)て、即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を按(あん)じ下(おろ)し、一声(ひとこえ)叫(さけ)んで、 「沙兄弟(さきょうだい)、心(こころ)忍(しの)べ! 心(こころ)忍(しの)べ!」 と。沙僧(しゃそう)身(み)を見(み)て道(い)えるには、 「二哥(にい=次兄)よ、汝(なんじ)何処(いずこ)よりか来(きた)れる?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「我(われ)昨日(きのう)陣(じん)に敗(やぶ)れ、夜(よる)の間(あいだ)に城(しろ)に進(い)り、白馬(はくば)に会(あ)い、師父(しふ)の難(なん)有(あ)るを知(し)り、黄袍(こうほう)の法(ほう)を使(つか)いて、個(ひとり)の老虎(ろうこ)に変(へん)じ做(な)られたり。かの白馬(はくば)我(われ)と商議(しょうぎ=相談)して、師兄(しけい)を請(しょう)じ来(きた)れるなり」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「呆子(ほんこ)よ、且(しばら)く叙闊(じょかつ=懐旧談)するを休(や)めよ、此(こ)の二人(ふたり)の孩子(こども)を把(もっ)て、汝(なんじ)ら二人(ふたり)抱(いだ)き着(つ)けて、先(さき)にかの宝象城(ほうしょうじょう)に進(い)り往(ゆ)きてかの怪(かい)を激(げき=挑発)し来(きた)らしめよ、我(われ)の此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて彼(かれ)を打(う)つを等(ま)て」 と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、 「哥(あにき)や、怎(いか)なる様(よう)にか彼(かれ)を激(げき)す?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)ら二人(ふたり)雲(くも)を駕(が)じ起(おこ)し、かの金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に站(た)ちて、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、かの孩子(こども)を把(もっ)てかの白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に往(ゆ)きて一(ひとつ)掼(たたきつ)けよ。人(ひと)の汝(なんじ)らに是(こ)れ何人(なんびと)なるかを問(と)わば、汝(なんじ)便(すなわ)ち是(こ)れ黄袍妖精(こうほうようせい)が儿子(むすこ)の、我(われ)ら二人(ふたり)に拿(とら)え将(も)ち来(きた)られたりと説(と)け。かの怪(かい)聞(き)き得(え)なば、管情(かんじょう=きっと)回(かえ)り来(きた)らん、我(われ)却(かえっ)て城(しろ)に進(い)りて彼(かれ)と斗(たたか)うを須(もち)いず。もし城(しろ)の上(うえ)に在(あ)りて厮殺(しさつ)せば、必(かなら)ず雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(は)き、土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて、かの朝廷(ちょうてい)と多官(たかん)黎庶(れいしょ=民草)とを驚擾(きょうじょう=騒が)し、倶(とも)に安(やす)からざらしめん」 と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)えるには、 「哥哥(あにき)よ、汝(なんじ)但(た)だ事(こと)を干(や)れば、就(すなわ)ち我(われ)らを左(さ=陥れる)す」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「如何(いか)にして左(さ)するか汝(なんじ)らを?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「此(こ)の二人(ふたり)の孩子(こども)は、汝(なんじ)に抓(つか)み来(きた)られ、已(すで)に此(ここ)に唬(おどろ)きて胆(きも)を破(やぶ)られ、此(こ)の一会(ひといき)にも声(こえ)皆(みな)哭(な)き啞(しわが)れ、再(また)一会(ひといき)すれば必(かなら)ず死(し)して疑(うたが)い無(な)し。我(われ)ら彼(かれ)を拿(と)りて下(した)に往(ゆ)きて一(ひとつ)掼(たたきつ)けば、掼(たたき)つけて個(ひとつ)の肉糰子(にくだんご=肉の塊)と做(な)らん、かの怪(かい)赶(お)い着(つ)きて肯(あえ)て放(はな)たんや? 定(かなら)ず我(われ)ら二人(ふたり)をして命(いのち)を償(つぐな)わしめん。汝(なんじ)却(かえっ)て還(な)お是(こ)れ個(ひとり)の干浄人(かんじょうじん=潔白な人)ならずや? 証見(しょうけん=証人)の連(つらな)るにも汝(なんじ)無(な)し、汝(なんじ)却(かえっ)て是(こ)れ我(われ)らを左(さ)するならずや?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「彼(かれ)もし汝(なんじ)を扯(ひ)かば、汝(なんじ)ら二人(ふたり)就(すなわ)ち彼(かれ)と打(う)ち将(も)て此(こ)の処(ところ)に来(きた)れ。此(こ)の処(ところ)に戦場(せんじょう)の寛闊(かんかつ=広々)なる有(あ)り、我(われ)此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて彼(かれ)を打(う)つを等(ま)て」 と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、 「正(まさ)に是(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ、大哥(たいか=大兄)の説(と)けるは理(り)有(あ)り。我(われ)ら去(ゆ)き来(きた)らん」 と。彼(かれ)ら二人(ふたり)才(はじ)めて威風(いふう=威勢)に倚仗(いじょう=頼)りて、孩子(こども)を将(もっ)て拿(と)り去(ゆ)く。 行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち石崖(せきがい)を跳(おど)り下(お)り、彼(かれ)が塔門(とうもん)の下(した)に到(いた)るに、かの公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の和尚(おしょう)、全(まった)く信義(しんぎ)無(な)し! 汝(なんじ)の汝(なんじ)が師弟(してい)を放(はな)たば、就(すなわ)ち我(われ)に孩児(がいじ=子)を与(あた)うると説(い)いしに、何(なん)とて汝(なんじ)が師弟(してい)を放(はな)ち去(さ)りて、我(わ)が孩児(がいじ)を把(もっ)て又(また)留(とど)め、反(かえっ)て来(きた)りて我(わ)が門首(もんしゅ=門口)に做(な)すこと何(なん)ぞ?」 と。行者(ぎょうじゃ)陪笑(ばいしょう=作り笑い)して道(い)えるには、 「公主(こうしゅ)怪(とが)むること莫(なか)れ、汝(なんじ)来(きた)れるの日子(ひび)は已(すで)に久(ひさ)し、汝(なんじ)が令郎(れいろう=若君)を帯(たい=連)れ往(ゆ)きて彼(かれ)が外公(がいこう=母方の祖父)を認(みと)めさしめんとす」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「和尚(おしょう)無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ、我(わ)がかの黄袍郎(こうほうろう)は衆(おお)に比(くら)ぶるに同(おな)じからず。汝(なんじ)もし我(わ)が孩児(がいじ)を唬(おどろ)かさば、汝(なんじ)に柳柳(りゅうりゅう=のんびり)驚(おどろき)を与(あた)うるは是(せ)なり」 と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、 「公主(こうしゅ)や、人(ひと)の生(うま)れて天地(てんち)の間(あいだ)に在(あ)る、怎(いか)にして便(すなわ)ち是(こ)れ得罪(とくざい=罪を得る)ならん?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「我(われ)暁(さと)れり」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)女流(じょりゅう=女)の家(いえ=身)にて、何(なに)をか暁(さと)れる?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「我(われ)自幼(じよう=幼きより)宮(みや)に在(あ)りて、曾(かつ)て父母(ふぼ)が教訓(きょうくん)を受(う)けたり。古書(こしょ)の云(いわ)くを記(き)し得(え)たり、五刑(ごけい)の属(ぞく)すること三千(さんぜん)なるも、罪(つみ)の不孝(ふこう)より大(だい)なるは莫(な)しと」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)正(まさ)に是(こ)れ個(ひとり)の不孝(ふこう)の之人(ひと)なり。蓋(けだ)し父(ちち)や我(われ)を生(う)み、母(はは)や我(われ)を鞠(やしな=育)めり。哀哀(あいあい=悲しきかな)たる父母(ふぼ)、我(われ)を生(う)みて劬労(くろう=労苦)あり! 故(ゆえ)に孝(こう)なる者(もの)は、百行(ひゃくこう)が原(げん=源)、万善(ばんぜん)が本(もと)なるに、却(かえっ)て怎(いか)にして身(み)を将(もっ)て妖精(ようせい)に陪伴(ばいはん=付き添)わしめ、更(さら)に父母(ふぼ)を思念(しねん=慕)わざるは、非(ひ)にも得(え)ず不孝(ふこう)の罪(つみ)の如何(いかん)とする?」 と。公主(こうしゅ)此(こ)の正言(せいげん=正しい言葉)を聞(き)き、半晌(はんしょう=しばし)の家(あいだ)に耳(みみ)紅(あか)く面(おもて)赤(あか)く、慙愧(ざんき=恥じ入)るに地(ち)無(な)く、忽(たちま)ち口(くち)を失(しっ)して道(い)えるには、 「長老(ちょうろう)が言(こと)の最(もっと)も善(よ)し、我(われ)豈(あ)に父母(ふぼ)を思念(しねん)せざらんや? ただ此(こ)の妖精(ようせい)の我(われ)を将(もっ)て摂騙(しょうへん=拐かし)て此(こ)の処(ところ)に在(あ)らしめ、彼(かれ)が法令(ほうれい)は又(また)謹(きん=厳しく)、我(わ)が歩履(ほり=歩み)は又(また)難(かた)く、路(みち)遠(とお)く山(やま)遥(はるか)にして、人(ひと)の音信(いんしん)を伝(つた)う可(べ)き無(な)し。自(みずか)ら尽(じん=死なん)と欲(ほっ)するも、又(また)恐(おそ)るるは父母(ふぼ)の我(われ)の逃(に)げ走(はし)りしと疑(うたが)いて、事(こと)終(つい)に明(あき)かならざらんことを。故(ゆえ)に没奈何(ぼうなげ=仕方なく)、苟(かり)に残喘(ざんぜん=余命)を延(の)べ、誠(まこと)に天地(てんち)の間(あいだ)に為(な)ること一大(いちだい)の罪人(ざいにん)なり!」 と。説(と)き罷(おわ)りて、涙(なみだ)の泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「公主(こうしゅ)必(かなら)ずしも傷悲(しょうひ=悲しみ)するに及(およ)ばず。猪八戒(ちょはっかい)曾(かつ)て我(われ)に告(つ)げて、汝(なんじ)に一封(いっぽう)の書(ふみ)有(あ)りて、曾(かつ)て我(わ)が師父(しふ)が一命(いちめい)を救(すく)いしと説(と)けり、汝(なんじ)が書(ふみ)の上(うえ)にも也(また)父母(ふぼ)を思念(しねん)するの意(い)有(あ)り。老孫(ろうそん=俺様)来(きた)れる上(うえ)は、管(かなら)ず汝(なんじ)に与(あた)えて妖精(ようせい)を拿(とら)え、汝(なんじ)を帯(たい=連)れて回朝(かいちょう=朝廷に帰)りて駕(が=天子)に見(まみ)えしめ、別(べつ)に個(ひとり)の佳偶(かぐう=良き伴侶)を尋(たず)ね、双親(そうしん=両親)に侍奉(じほう=仕え奉)じて老(おい)に到(いた)らしめん、汝(なんじ)意(い)は如何(いかん)?」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「和尚(おしょう)よ、汝(なんじ)死(し)を尋(たず)ぬること莫(なか)れ。昨者(さくしゃ=昨日)汝(なんじ)が二人(ふたり)の師弟(してい)の、あの般(ごと)きの好漢(こうかん=豪の者)たちも、也(また)曾(かつ)て我(わ)が黄袍郎(こうほうろう)に打(う)ち過(す)ごすことを得(え)ざりき。汝(なんじ)此(こ)の般(ごと)き一個(ひとり)の筋(すじ)多(おお)く骨(ほね)少(すくな)きの痩鬼(そうき=痩せっぽち)の、一(ひとつ)に似(に)たり個(ひとつ)の螃蟹(ほうかい=蟹)が容姿(ようし=姿)に、骨(ほね)皆(みな)外(そと)に長(のび)ておるに、何(なん)の本事(ほんじ=腕前)か有(あ)りて、汝(なんじ)敢(あえ)て妖魔(ようま)を拿(とら)うるの話(はなし)を説(と)くか?」 と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、 「汝(なんじ)原(もと)眼色(がんしょく=目利き)無(な)くして、人(ひと)を認(みと)むるを得(え)ざるなり。俗語(ぞくご)に云(いわ)く、尿泡(にょうほう=浮き袋)は大(おお)いなりと雖(いえど)も斤両(きんりょう=目方)無(な)く、秤鉈(びょうどう=分銅)は小(ちいさ)しと雖(いえど)も千斤(せんきん)を圧(おさ=圧)すと。彼(かれ)らが相貌(そうぼう=容貌)は、空(むな)しく大(おお)きくして用(よう)無(な)く、路(みち)を走(はし)れば風(かぜ)を抗(ふせ=防)ぎ、衣(い)を穿(き)れば布(ぬの)を費(ついや)し、火(ひ)を種(う)うれば心(こころ)空(むな)しく、門(もん)を頂(いただ)けば腰(こし)軟(やわ)らかく、食(しょく)を食(くら)えば功(こう)無(な)し。咱(われら)が老孫(ろうそん)は小(ちいさ)きは小(ちいさ)き也(なり)ども、筋節(きんせつ=腕っ節)有(あ)り」 と。かの公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)真個(しんこ=本当)に手段(しゅだん)有(あ)るか?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(わ)が手段(しゅだん)は、汝(なんじ)是(こ)れ也(また)曾(かつ)て看(み)たること無(な)からん、絶(ぜっ)て妖(よう)を降(くだ)すを会(え)し、極(きわ)めて能(よ)く怪(かい)を伏(ふく)す」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)却(かえっ)て我(われ)を誤(あやま)ること莫(なか)れ」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「決然(けつぜん=きっと)汝(なんじ)を誤(あやま)るを得(え)ず」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)既(すで)に妖(よう)を降(くだ)し怪(かい)を伏(ふく)するを会(え)るならば、如今(いま)却(かえっ)て怎(いか)なる様(よう)にか彼(かれ)を拿(とら)うる?」 と。行者(ぎょうじゃ)説(と)くには、 「汝(なんじ)且(しばら)く回避(かいひ=身を隠)し回避(かいひ)せよ、我(わ)が此(こ)の眼前(がんぜん=目の前)に在(あ)ること莫(なか)れ、倘(も)し彼(かれ)の来(きた)る時(とき)に、手脚(しゅきゃく=手足)を動(うご)かすに好(よ)からず、ただ恐(おそ)るるは汝(なんじ)の彼(かれ)と情(じょう)濃(こまやか)にして、彼(かれ)を捨(す)て得(え)ざらんことを」 と。公主(こうしゅ)道(い)えるには、 「我(われ)怎(いか)でか彼(かれ)を捨(す)て得(え)ざらん? 其(そ)の此(こ)の処(ところ)に稽留(けいりゅう=留まり)するは、已(や)むを得(え)ざるの耳(のみ)!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)彼(かれ)と十三年(じゅうさんねん)の夫妻(ふさい)を做(な)りし上(うえ)は、豈(あ)に情意(じょうい=情)無(な)からんや? 我(われ)もし彼(かれ)に見(まみ)えなば、彼(かれ)と児戯(じげき=戯れ)をせず、一棍(いっこん=一棒)も便(すなわ)ち是(こ)れ一棍(いっこん)、一拳(いっけん)も便(すなわ)ち是(こ)れ一拳(いっけん)にして、須(すべから)く彼(かれ)を打(う)ち倒(たお)して、才(はじ)めて汝(なんじ)の回朝(かいちょう)し駕(が)に見(まみ)ゆるを得(う)べし」 と。かの公主(こうしゅ)果(はた)して行者(ぎょうじゃ)が言(こと)に依(よ)りて、僻静(へきせい=人目なき処)の処(ところ)に往(ゆ)きて身(み)を潜(ひそ)む。也(また)是(こ)れ彼女(かのじょ)が姻縁(いんえん=縁)の該(まさ)に尽(つ)きるべきなれば、故(ゆえ)に大聖(たいせい)の来臨(らいりん=来訪)に遇(あ)えるなり。 かの猴王(こうおう)公主(こうしゅ)を把(もっ)て蔵(かく)し了(おわ)り、彼(かれ)却(かえっ)て身(み)を揺(ゆ)りて一(ひとつ)変(へん)じ、就(すなわ)ち変(へん)じて公主(こうしゅ)が一般(いっぱん)の容姿(ようし=姿)と做(な)り、洞中(どうちゅう)に回(まわ)り転(てん=戻)り、専(もっぱ)らかの怪(かい)を候(ま)つ。 さて八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)と、二人(ふたり)の孩子(こども)を把(もっ)て宝象国(ほうしょうこく)の中(うち)に拿(と)り到(いた)り、かの白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に往(ゆ)きて捽(ひきおと=投げ落)し下(おろ)せば、憐(あわ)れむ可(べ)し皆(みな)掼(たたきつ)けて個(ひとつ)の肉餅(にくへい=肉の餅)の相似(にたり)に做(な)り、鮮血(せんけつ=鮮き血)迸(ほとばし)り流(なが)れ、骨骸(こっがい=骨)粉碎(ふんさい=粉砕)す。慌(あわ)てるかなかの満朝(まんちょう=朝廷中)の多官(たかん)の報(ほう)じて道(い)えるには、 「不好(ふこう=大変)了(りょう)! 不好(ふこう)了(りょう)! 天上(てんじょう)より二人(ふたり)の人(ひと)の掼(たたきつ)け下(おろ)され来(きた)れる!」 と。八戒(はっかい)厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるには、 「かの孩子(こども)は是(こ)れ黄袍妖精(こうほうようせい)が儿子(むすこ)の、老猪(ろうちょ=俺様)と沙弟(さてい=沙の弟)とに拿(とら)え将(も)ち来(きた)られたり!」 と。かの怪(かい)は還(な)お銀安殿(ぎんあんでん)に在(あ)りて、宿酒(しゅくしゅ=前夜の酔い)未(いま)だ醒(さ)めず、正(まさ)に睡夢(すいむ=眠り)の間(あいだ)に、人(ひと)の彼(かれ)が名字(みょうじ=名)を叫(さけ)ぶを聴(き)き得(え)て、彼(かれ)就(すなわ)ち身(み)を翻(ひるがえ)し、頭(かしら)を抬(もた)げ上(あ)げて観(み)るに、ただかの雲端(うんたん=雲の上)の裡(うち)に是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)沙和尚(さおしょう)の二人(ふたり)の吆喝(ようかつ=喚く)を見(み)る。妖怪(ようかい)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)いて道(い)えるには、 「猪八戒(ちょはっかい)は便(すなわ)ち也(また)罷(よし)、沙和尚(さおしょう)は是(こ)れ我(われ)が家(いえ)の裡(うち)に绑(しば=縛)り着(つ)けしに、彼(かれ)何(いか)にして出(い)で来(きた)るを得(え)し? 我(わ)が渾家(こんか=妻)は、怎(いか)にして肯(あえ)て彼(かれ)を放(はな)たん? 我(わ)が孩児(がいじ=子)は、怎(いか)にして彼(かれ)が手(て)に到(いた)り得(え)し? 此(こ)れは恐(おそ)らくは猪八戒(ちょはっかい)の我(われ)の出(い)で往(ゆ)きて彼(かれ)と交戦(こうせん)するを得(え)ざるがために、故此(ゆえ)に此(こ)の計(けい)を将(もっ)て来(きた)り我(われ)を羈(つなぎと=引き留)めんとするならん。我(われ)もし此(こ)の個(ひとつ)の泛頭(はんとう=嵌め手)を認(みと)めて、就(すなわ)ち彼(かれ)と打(う)たば、噫(ああ)! 我(われ)却(かえっ)て還(な)お酒(さけ)に害(そこな)われ居(お)るなり! 仮(も)し若(も)し彼(かれ)に一釘鈀(いっていは=一撃)を筑(つ)き上(あ)げられなば、却(かえっ)て此(こ)の威風(いふう)を滅(めっ)せずや、かの個(ひとつ)の関竅(かんきょう=弱み)を識破(しきは=見破)られん、且(しばら)く我(われ)の家(いえ)に回(かえ)りて、是(こ)れ我(わ)が儿子(むすこ)なるや我(わ)が儿子(むすこ)ならざるやを看(み)るを等(ま)ち、然(しか)して後(のち)に彼(かれ)と話(はなし)しても遅(おそ)からず」 と。好(よ)き妖怪(ようかい)や、彼(かれ)也(また)王駕(おうが=王の御車)に辞(じ=暇乞い)せず、山林(さんりん)を転(てん=巡)じ、径(ただち)に洞中(どうちゅう)に去(ゆ)きて信息(しんそく=消息)を査(しらべ)る。此(こ)の時(とき)朝中(ちょうちゅう)には已(すで)に彼(かれ)の是(こ)れ個(ひとり)の妖怪(ようかい)なるを知(し)れり。原(もと)彼(かれ)が夜(よる)の裡(うち)に一個(ひとり)の宮娥(きゅうが)を食(く)らいしに、還(な)お十七個(じゅうしちこ)の命(いのち)を脱(のが)れ去(さ)りし者(もの)有(あ)りて、五更(ごこう=明け方)の時(とき)、国王(こくおう)に奏(そう)して、彼(かれ)の如(ごと)く此(こ)の如(ごと)くなるを説(と)き了(おわ)れり。又(また)彼(かれ)が辞(じ)せずして去(さ)りしに因(よ)りて、愈(いよいよ)彼(かれ)の是(こ)れ怪(かい)なるを知(し)れば、かの国王(こくおう)即(すなわ)ち多官(たかん)を着(つか)わしてかの仮(かり)の老虎(ろうこ)を看守(かんしゅ=見張)らしむるは題(だい=述べ)せず。 さてかの怪(かい)径(ただち)に洞口(どうぐち)に回(かえ)る。行者(ぎょうじゃ)彼(かれ)の来(きた)るを見(み)て、法(ほう=手立て)を設(もう)けて彼(かれ)を哄(たぶらか)し、眼(め)を把(もっ)て一(ひとつ)擠(つぶ=瞬)き了(おわ)り、撲簌簌(ぼくぞくぞく=はらはらと)涙(なみだ)の雨(あめ)の落(お)つるが如(ごと)く、天(てん)の児(こ)地(ち)の児(こ)と、脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)ちて、此(こ)の洞(どう)の裡(うち)に在(あ)りて嚎啕(ごうとう=わめき)き痛哭(つうこく=嘆き泣)く。かの怪(かい)一時間(ひととき)何処(いずこ)にか認(みと)め得(え)ん? 前(まえ)に上(のぼ)り来(きた)りて摟(いだ)き住(とど)めて道(い)えるには、 「渾家(こんか)や、汝(なんじ)何(なん)の事(こと)か有(あ)りて、此(こ)の般(ごと)く煩悩(ぼんのう=悩み)する?」 と。かの大聖(たいせい)編(あ)み成(な)せるの鬼話(きわ=作り話)、捏(こ)ね出(いだ)せるの虚詞(きょし=偽り)を、涙汪汪(るいおうおう=涙ぐみ)として告(もう)して道(い)えるには、 「郎君(ろうくん)よ! 常言(じょうげん=世の諺)に道(い)わく、男子(だんし)に妻(つま)無(な)ければ財(たから)に主(あるじ)無(な)く、婦女(ふじょ)に夫(おっと)無(な)ければ身(み)空(むな)しく落(お)つと! 汝(なんじ)昨日(きのう)朝(ちょう)に進(い)りて親(したしみ)を認(みと)めしに、怎(いか)にして回(かえ)り来(きた)らざる? 今朝(けさ)猪八戒(ちょはっかい)に沙和尚(さおしょう)を劫(かどわ)かされ、又(また)我(わ)が二人(ふたり)の孩児(がいじ)を把(もっ)て搶(か)り去(さ)られ、是(こ)れ我(われ)の苦(くる)しく告(こ)いしも、更(さら)に肯(あえ)て饒(ゆる)さず。彼(かれ)説(い)えらく、拿(と)り去(さ)りて朝中(ちょうちゅう)に往(ゆ)きて外公(がいこう=祖父)を認(みと)めさしめんと。此(こ)の半日(はんじつ)にも孩児(がいじ)の見(み)えず、又(また)如何(いかん)なる存亡(そんぼう=生死)なるを知(し)らず、汝(なんじ)又(また)家(いえ)に来(きた)り見(み)えず、我(われ)をして怎(いか)にしてか生(い)き乍(なが)ら割(さ)き捨(す)てしめん? 故此(ゆえ)に止(とど)むること能(あた)わず傷心(しょうしん)痛哭(つうこく)するなり」 と。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)に大(おお)いに怒(いか)って道(い)えるには、 「真個(しんこ=本当)に是(こ)れ我(わ)が儿子(むすこ)なるか?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「正(まさ)に是(こ)れなり、猪八戒(ちょはっかい)に搶(か)り去(さ)られたり」 と。かの妖魔(ようま)気(き)に得(え)て乱(みだ)れ跳(おど)りて道(い)えるには、 「罷(や)んだ! 罷(や)んだ! 我(わ)が児(こ)は彼(かれ)に掼(たたきつ)け殺(ころ)されたり! 已(すで)に是(こ)れ活(い)く可(べ)からざるなり! 只(た)だ好(よ)し、かの和尚(おしょう)を拿(とら)え来(きた)らせて我(わ)が儿子(むすこ)と命(いのち)を償(つぐな)わせ、仇(あだ)を報(ほう)ぜん! 渾家(こんか)よ、汝(なんじ)且(しばら)く哭(な)くこと莫(なか)れ、汝(なんじ)如今(いま)心(こころ)の裡(うち)に覚(おぼ)えるに怎(いか)なる様(よう)なるか? 且(しばら)く一(ひとつ)医治(いじ=手当て)し医治(いじ)せよ」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(われ)怎(いか)にもせず、ただ孩児(がいじ)を捨(す)て得(え)ざるのみにて、哭(な)きて我(われ)をして些(いささ)か心疼(しんとう=胸の痛み)有(あ)らしめたり」 と。妖魔(ようま)道(い)えるには、 「打緊(たいしたこと)ならず、汝(なんじ)請(こ)う起(た)ち上(あ)がれ、我(わ)が此(こ)の処(ところ)に件(ひとつ)の宝貝(ほうべい=宝)有(あ)り、ただ汝(なんじ)がかの疼(いた)む上(うえ)に在(あ)りて一(ひとつ)摸(な)で摸(な)での児(こ)せば、就(すなわ)ち疼(いた)まずならん。却(かえっ)要(よう)するに仔細(しさい=用心)せよ、大指(おおゆび)の児(こ)をして弾(はじ)き着(つ)くること休(なか)れ、もし大指(おおゆび)の児(こ)をして弾(はじ)き着(つ)くれば啊(や)、就(すなわ)ち我(わ)が本相(ほんそう=本来の姿)を看(み)し出(いだ)し来(きた)らん」 と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)えるには、 「此(こ)の潑怪(はつかい=卑しき怪)、倒(かえっ)て也(また)老実(ろうじつ=実直)なり、刑法(けいほう=拷問)を動(うご)かさずして、就(すなわ)ち自(みずか)ら供(きょう=白状)したり。彼(かれ)の宝貝(ほうべい)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)るを等(ま)ちて、我(われ)試(こころ)みに彼(かれ)を一(ひとつ)弾(はじ)きて、彼(かれ)の是(こ)れ何(なん)の妖怪(ようかい)なるを看(み)ん」 と。かの怪(かい)行者(ぎょうじゃ)を携(たずさ)えて、一直(ひたすら)に洞(どう)の裡(うち)の深遠(しんえん)密閉(みっぺい=奥深く閉ざされし)之處(ところ)に行(ゆ)き到(いた)る。却(かえっ)て口(くち)の中(うち)より一件(いっけん)の宝貝(ほうべい)を吐(は)き出(いだ)す。鶏子(けいし=鶏卵)の大小(おおいさ)有(あ)りて、是(こ)れ一顆(いっか=一粒)の舎利子(しゃりし)玲瓏(れいろう=透き通れる)の内丹(ないたん)なり。行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)えるには、 「好(よ)き東西(もの)なるかな! 此(こ)の件(ひとつ)の物(もの)は幾多(いくばく)の坐工(ざこう=座禅の修行)を打(う)たれしかを知(し)らず、幾年(いくとせ)の磨難(まなん=苦難)を煉(ね)られ、幾転(いくてん)の雌雄(しゆう)を配(はい=調合)されて、此(こ)の顆(つぶ)の内丹(ないたん)舎利(しゃり)を煉(ね)り成(な)せるならん。今日(こんにち)大(おお)いに縁法(えんぽう=因縁)有(あ)りて、老孫(ろうそん=俺様)に遇(あ)えるなり」 と。かの猴子(さるこ)拿(と)り将(も)ち過(よ)ぎ来(きた)らせて、那(いず)こに何(なん)の疼(いた)む処(ところ)か有(あ)らん、特(こと)さらに意(い)に摸(な)で一(ひとつ)摸(な)でして、一指頭(いっしとう=指先)にて弾(はじ)き将(も)ち去(さ)る。かの妖(よう)慌(あわ)てて、手(て)を劈(つんざ)きて来(きた)りて搶(か)り取(と)らんとすれど、汝(なんじ)思量(しりょう=考え)よ、かの猴子(さるこ)の好(いか)にも溜撒(りゅうさつ=素速き)ならずや、かの宝貝(ほうべい)を一口(ひとくち)に肚(はら)の裡(うち)に吸(す)い込(こ)めり。かの妖魔(ようま)拳(こぶし)を攥(にぎ)り着(つ)けて就(すなわ)ち打(う)てば、行者(ぎょうじゃ)に一只(いっし=一方)の手(て)にて隔(さえぎ=受け止)められ、顔(かお)を把(もっ)て一(ひとつ)抹(な)で了(おわ)り、本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)し出(いだ)し、一声(ひとこえ) 「妖怪(ようかい)! 無礼(ぶれい)なること莫(なか)れ! 汝(なんじ)且(しばら)く認(みと)め認(みと)めて我(われ)の是(こ)れ誰(たれ)なるを看(み)よ」 と道(い)える。かの妖怪(ようかい)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)えるには、 「呀(あっ)! 渾家(こんか)よ、汝(なんじ)何(なん)とて此(こ)の一副(ひとつ)の嘴臉(しれん=面つき)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)れるなる?」 と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)えるには、 「我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の個(ひとり)の潑怪(はつかい)を把(もっ)てやらん! 誰(たれ)か是(こ)れ汝(なんじ)が渾家(こんか)ならん? 汝(なんじ)が祖宗(そそう=先祖)を連(つら)ねても也(また)還(ま)だ認(みと)め得(え)ざるなり?」 と。かの怪(かい)忽然(こつぜん=俄)かに省悟(せいご=思い当たり)して道(い)えるには、 「我(われ)些(いささ)か汝(なんじ)を認(みと)め得(え)るこころ有(あ)るに似(に)たり」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)を打(う)たず、汝(なんじ)再(ふたた)び認(みと)め認(みと)めて看(み)よ」 と。かの怪(かい)道(い)えるには、 「我(われ)汝(なんじ)を見(み)て眼(め)熟(なれ=見覚え)れたりと雖(いえど)も、一時間(ひととき)に却(かえっ)て姓名(せいめい)を想(おも)い起(おこ)すこと能(あた)わず。汝(なんじ)果(はた)して是(こ)れ誰(たれ)にて、何処(いずこ)よりか来(きた)れる? 汝(なんじ)我(わ)が渾家(こんか)を把(もっ)て何処(いずこ)にか估(お)し倒(たお)し着(つ)けて、却(かえっ)て来(きた)りて我(わ)が家(いえ)に在(あ)りて我(わ)が宝貝(ほうべい)を詐誘(さゆう=騙し取)らんとするは、着実(ちゃくじつ=全く)無礼(ぶれい)! 可悪(かお=憎し)!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)是(こ)れ也(また)我(われ)を認(みと)め得(え)ず。我(われ)は是(こ)れ唐僧(とうぞう)が大徒弟(だいとてい)にして、孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)と称(しょう)す。我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)が五百年前(ごひゃくねんまえ)の旧(ふるき)祖宗(そそう=御先祖)なるなり!」 と。かの怪(かい)道(い)えるには、 「此(こ)の話(はなし)有(な)し! 此(こ)の話(はなし)有(な)し! 我(われ)唐僧(とうぞう)を拿(とら)え住(とど)めし時(とき)、ただ彼(かれ)に二人(ふたり)の徒弟(とてい)の、猪八戒(ちょはっかい)と沙和尚(さおしょう)と称(しょう)する有(あ)るを知(し)るのみ、何時(いつ)か曾(かつ)て人(ひと)の個(ひとり)の姓(せい)の孫(そん)なるを説(い)うを聞(き)きし。汝(なんじ)は何処(いずこ)より来(きた)れるの個(ひとり)の怪物(かいぶつ)なるかを知(し)らず、此(こ)の処(ところ)に到(いた)りて我(われ)を騙(だま)かす!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)ら二人(ふたり)と同(とも)に来(きた)らず、是(こ)れ我(わ)が師父(しふ)の因(よ)りて老孫(ろうそん=俺様)が慣(なら)れて妖怪(ようかい)を打(う)ち、殺傷(さっしょう)すること甚(はなは)だ多(おお)きを、彼(かれ)は是(こ)れ個(ひとり)の慈悲(じひ)好善(こうぜん)の之人(ひと)なれば、我(われ)を将(もっ)て逐(お)い回(かえ)されし故此(ゆえ)に、曾(かつ)て彼(かれ)と一路(いちろ=同行)に行走(こうそう=歩み行)かざりき。汝(なんじ)は是(こ)れ汝(なんじ)が祖宗(そそう)が名姓(めいせい=名)を知(し)らざるなり」 と。かの怪(かい)道(い)えるには、 「汝(なんじ)好(よ)くも丈夫(じょうぶ=立派な男)ならざるかな! 既(すで)に師父(しふ)が赶逐(かんちく=追放)を受(う)け乍(なが)ら、却(かえっ)て何(なん)の嘴臉(しれん=面つき)の又(また)来(きた)りて人(ひと)に見(まみ)ゆるか!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の個(ひとり)の潑怪(はつかい)、豈(あ)に一日(いちじつ)師(し)と為(な)れば終身(しゅうしん)父(ちち)と為(な)し、父子(ふし)に隔宿(かくしゅく=一晩越し)の仇(あだ)無(な)しなるを知(し)らんや! 汝(なんじ)我(わ)が師父(しふ)を傷害(しょうがい)せしを、我(われ)何(なん)とて来(きた)りて彼(かれ)を救(すく)わざらん? 汝(なんじ)彼(かれ)を害(そこな)うも便(たやす)しとせよ、却(かえっ)て又(また)背(はい)前面後(ぜんめんご=陰にて陽にて)我(われ)を罵(ののし)るは、是(こ)れ怎(いか)に説(と)くか?」 と。妖怪(ようかい)道(い)えるには、 「我(われ)何時(いつ)か嘗(かつ)て汝(なんじ)を罵(ののし)りしや?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)の説(い)える所(ところ)なり」 と。かの怪(かい)道(い)えるには、 「汝(なんじ)彼(かれ)を信(しん)ずること莫(なか)れ、かの個(ひとり)の猪八戒(ちょはっかい)は、嘴(くち)を尖(とが)らして、些(いささ)か能(よ)く老婆(ろうば)の舌(した)を学(なら)うの有(あ)り、汝(なんじ)怎(いか)でか彼(かれ)を聴(き)けるか?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「且(しばら)く必(かなら)ずしも此(こ)の閑話(かんわ=無駄話)を講(こう=語)るに及(およ)ばず、ただ老孫(ろうそん)の今日(こんにち)汝(なんじ)が家(いえ)の裡(うち)に到(いた)りしを説(と)かん、汝(なんじ)好(よ)く怠慢(たいまん=疎か)に遠客(えんかく=遠来の客)を遇(むか)えたり。酒饌(しゅせん=酒肴)の款待(かんたい=もてなし)無(な)しと雖(いえど)も、頭(かしら)は却(かえっ)て是(こ)れ有(あ)るなり、快(はや)く快(はや)く頭(かしら)を将(もっ)て伸(の)べ過(よ)ぎ来(きた)らせよ、老孫(ろうそん)の一棍(いっこん)を打(う)ちて茶(ちゃ)に当(あ)てんを等(ま)て!」 と。かの怪(かい)打(う)つを説(と)くを聞(き)き得(え)て、呵呵(かか=からから)と大笑(たいしょう)して道(い)えるには、 「孫行者(そんぎょうじゃ)よ、汝(なんじ)計較(けいこう=考え)を差(たが)えたり! 汝(なんじ)既(すで)に打(う)たんと要(よう)すと説(と)き乍(なが)ら、我(われ)に跟(したが)いて此(こ)の裡(うち)に進(い)るる可(べ)からざりしなり。我(わ)が此(こ)の処(ところ)には大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう=群れなす妖)の、還(な)お百十(ひゃくじゅう=百余)有(あ)り、汝(なんじ)の満身(まんしん)手(て)なるを饒(ゆる)すも、也(また)打(う)ちて我(わ)が門(もん)を出(い)で往(ゆ)くことを得(え)じ!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「胡説(こぜつ=たわごと)するなかれ! 百十個(ひゃくじゅっこ)を説(と)くに及(およ)ばず、就(すなわ)ち幾千(いくせん)幾万(いくまん)の有(あ)るも、ただ一個一個(ひとりひとり)査(しら)べ明(あきら)かに了(おわ)りてこそ好(よ)く打(う)たん、棍棍(こんこん=棒の一撃ごと)空(むな)しき無(な)く、汝(なんじ)をして根(こん)を断(た)ち跡(あと)を絶(た)たしめん!」 と。 かの怪(かい)言(こと)を聞(き)き、急(きゅう)に号令(ごうれい)を伝(つた)え、かの山前山後(さんぜんさんご=山の前後)の群妖(ぐんよう)、洞裡洞外(どうりどうがい=洞の内外)の諸怪(しょかい)を把(もっ)て、一斉(いっせい)に点(てん=召集)し起(おこ)し、各(おのおの)器械(きかい=武具)を執(と)り、かの三四層(さんよんそう=三四重)の門(もん)を把(もっ)て、密密(みつみつ=隙間なく)攔阻(らんそ=塞ぎ)ぎて放(はな)たず。行者(ぎょうじゃ)見(み)て、満心(まんしん)に歓喜(かんき=喜び)し、双手(そうしゅ=両手)に棍(こん=棒)を理(ととの=構)え、一声(ひとこえ) 「変(へん)じよ!」 と喝(かつ)すれば、変(へん)じて三頭六臂(さんとうろっぴ)と成(な)り、金箍棒(きんこぼう)を把(もっ)て一(ひとつ)幌(ひるがえ)して、変(へん)じて三根(さんこん=三本)の金箍棒(きんこぼう)と做(な)る。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が六只(ろくし=六つ)の手(て)に、三根(さんこん)の棒(ぼう)を使(つか)いて、一路(いちろ=一直線)に打(う)ち将(も)ち去(ゆ)くは、好(よ)くも便(すなわ)ち虎(とら)の羊群(ようぐん=羊の群れ)に入(い)るが如(ごと)く、鷹(たか)の鶏柵(けいさく=鶏小屋)に来(きた)るが如(ごと)し。憐(あわ)れむ可(べ)しかの小怪(しょうかい=子分の妖)の、湯(ふ=触)れ着(つ)く者(もの)は、頭(かしら)粉碎(ふんさい)の如(ごと)く;刮(かす)り着(つ)く者(もの)は、血(ち)の水流(すいりゅう)の如(ごと)し! 往来縦横(おうらいじゅうおう=縦横無尽)に、人(ひと)の之(これ)無(な)きの境(さかい)に入(い)るが如(ごと)し。ただ一個(ひとり)の老妖(ろうよう)を剩(のこ)して、門(もん)を赶(お)い出(い)で来(きた)りて罵(ののし)って道(い)えるには、 「汝(なんじ)此(こ)の潑猴(はつこう=卑しき猿)、其(そ)の実(じつ)憊懶(はいらん=横着者)! 何(なん)とて門(もん)の子(こ)に上(のぼ)り来(きた)りて人家(じんか=他人の家)を欺負(きぶ=苛)めるか!」 と。行者(ぎょうじゃ)急(きゅう)に頭(かしら)を回(めぐ)らし、手(て)を用(もち)いて招(まね)き呼(よ)んで道(い)えるには、 「汝(なんじ)来(きた)れ! 汝(なんじ)来(きた)れ! 汝(なんじ)を打(う)ち倒(たお)してこそ、才(はじ)めて是(こ)れ功績(こうせき=手柄)ならん!」 と。かの怪物(かいぶつ)宝刀(ほうとう)を挙(あ)げ、頭(こうべ)を分(わ)かって便(すなわ)ち砍(き)れば、好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)き、面(おもて)に觌(ま)えて相(あい)迎(むか)う。此(こ)の一場(いちじょう=一戦)はかの山頂(さんちょう)の上(うえ)に在(あ)りて、半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧の半ば)の裡(うち)に殺(ころ)し合(あ)うなり: 大聖(たいせい)は神通(じんつう)大(おお)いに、 妖魔(ようま)は本事(ほんじ)高(たか)し。 此(こ)の方(ほう)は生金棒(せいこんぼう=金の棒)を横(よこ)に理(ととの=構)え、 彼(か)の方(ほう)は蘸鋼刀(さんこうとう=鋼の刀)を斜(ななめ)に挙(あ)ぐ。 悠悠(ゆうゆう)として刀(かたな)起(おこ)れば明霞(めいか=明き霞)亮(あきらか)に、 軽軽(けいけい)として棒(ぼう)架(ささ)えれば彩雲(さいうん=彩りの雲)飄(ひるがえ)る。 往来(おうらい)護頂(ごちょう=頭を守る)も翻(かえ)ること多次(たじ=度々)、 反復(はんぷく)渾身(こんしん=体中)も転(めぐ)ること数遭(すうそう=幾度)。 一個(ひとつ)は風(かぜ)に随(したが)って更(あらた)に面目(めんぼく=姿)を変(か)え、 一個(ひとつ)は地(ち)に立(た)ちて把(もっ)て身(み)を揺(ゆ)る。 彼(か)の方(ほう)は火眼(かがん=火の眼)を大(おお)いに睜(みは)りて猿膊(えんぱく=猿の腕)を伸(の)ばし、 此(こ)の方(ほう)は金睛(こんせい=金の瞳)を明(あきらか)に幌(ひるがえ)して虎腰(こよう=虎の腰)を折(お)る。 汝(なんじ)来(きた)り我(われ)去(ゆ)きて交鋒(こうほう=切り結び)し戦(たたか)い、 刀(かたな)迎(むか)え棒(ぼう)架(ささ)えて相(あい)饒(ゆる)さず。 猴王(こうおう)が鉄棍(てっこん)は三略(さんりゃく=兵法書)に依(よ)り、 怪物(かいぶつ)が鋼刀(こうとう)は六韜(りくとう=兵法書)に按(あん)ず。 一個(ひとつ)は慣(なら)いて手段(しゅだん)を行(おこな)いて魔主(ましゅ=妖の主)と為(な)り、 一個(ひとつ)は広(ひろ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)して唐僧(とうぞう)を保(ほ)す。 猛烈(もうれつ)なる猴王(こうおう)は猛烈(もうれつ)を添(そ)え、 英豪(えいごう)なる怪物(かいぶつ)は英豪(えいごう)を長(ちょう=増)す。 死生(しせい)を顧(かえり)みず空(くう)の中(うち)に打(う)ち、 皆(みな)唐僧(とうぞう)の仏(ほとけ)を遥(はるか)に拝(はい)するが為(ため)なり。 彼(かれ)ら二人(ふたり)戦(たたか)うこと五六十合(ごろくじゅうごう)有(あ)りて、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)えるには、 「此(こ)の個(ひとり)の潑怪(はつかい)、彼(かれ)がかの口(くち)の刀(かたな)は、倒(かえっ)て也(また)能(よ)く老孫(ろうそん=俺様)が此(こ)の根(こん)の棒(ぼう)に抵(あた=拮抗)し住(とど)むるを得(う)。老孫(ろうそん)の個(ひとつ)の破綻(はたん=隙)を彼(かれ)に見(み)せかけて、彼(かれ)の能(よ)く認(みと)むるや否(いな)やを看(み)ん」 と。好(よ)き猴王(こうおう)や、双手(そうしゅ)に棍(こん)を挙(あ)げ、一個(ひとつ)の高探馬(こうたんば=相手の顔を探る構え)の勢子(せいす=構え)を使(つか)う。かの怪(かい)是(こ)れ計(けい)なるを識(し)らず、空(すき=隙)の有(あ)るを見(み)て、宝刀(ほうとう)を舞(ま)わせ、径(ただち)に下三路(かさんろ=下半身)に奔(はし)りて砍(き)らんとせしに、行者(ぎょうじゃ)に急(きゅう)に個(ひとつ)の大中平(だいちゅうへい=中段の構え)に転(てん=変)ぜられて、彼(かれ)がかの口(くち)の刀(かたな)を挑(あ)け開(ひら)かれ、又(また)一個(ひとつ)の葉底偸桃(ようていとうとう=葉の裏から桃を盗む)の勢(せい=構え)を使(つか)い、妖精(ようせい)が頭頂(とうちょう=頭の上)に望(むか)いて一棍(いっこん)を打(う)てば、就(すなわ)ち彼(かれ)を打(う)ちて無影無踪(むえいむそう=影も形もなく)ならしめ、急(きゅう)に棍子(こんす=棒)を収(おさ)めて看(み)る処(ところ)、妖精(ようせい)の見(み)えず、行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)えるには、 「我(わ)が児(こ)よ、打(う)つに禁(た)えずして、就(すなわ)ち打(う)ちて見(み)えずならしめたり。果(はた)して是(こ)れ打(う)ち殺(ころ)さば、好道(さいわい)にも也(また)些(いささ)か膿血(のうち=膿と血)有(あ)る可(べ)きに、如何(いかん)ぞ一毫(いちごう=微塵)の踪影(そうえい=痕跡)も無(な)きは? 想(おも)うに是(こ)れ走(に)げたるならん」 と。急(きゅう)に身(み)を縦(じゅう=跳ね)らせて雲端(うんたん=雲の上)の裡(うち)に跳(おど)り在(あ)りて看(み)る処(ところ)、四辺(しへん=四方)に更(さら)に動静(どうじょう=物音)無(な)し。 「老孫(ろうそん)が此(こ)の双(ふたつ)の眼睛(がんせい=両の眼)は、何処(いずこ)を管(かん=構わ)ず、一(ひとつ)抹(な)ですべて見(み)ゆるに、却(かえっ)て何(なん)とて此(こ)の如(ごと)く溜撒(りゅうさつ=素速く)走(に)げ往(ゆ)き得(う)るか? 我(われ)暁(さと)り得(え)たり:かの怪(かい)の些(いささ)か我(われ)を認(みと)むるこころ有(あ)ると説(い)えるは、必(かなら)ず是(こ)れ凡間(ぼんげん=下界)の怪(かい)に非(あら)ず、多(おお)くは是(こ)れ天上(てんじょう)より来(きた)れる精(せい)ならん」 と。 かの大聖(たいせい)一時(ひととき)忍(しの)ぶること能(あた)わずして怒(いかり)を発(はっ)し、鉄棒(てつぼう)を攥(にぎ)り着(つ)け、個(ひとつ)の筋斗(きんと=宙返り)を打(う)って、ただ南天門(なんてんもん)の上(うえ)に跳(おど)り到(いた)る。慌(あわ)てるかなかの龐劉苟畢(ほうりゅうこうひつ)、張陶鄧辛(ちょうとうとうしん)等の衆(しゅう=神々)、両辺(りょうへん)に身(み)を躬(かが)め背(せ)を控(ひか=丸)めて、敢(あえ)て攔阻(らんそ=阻止)せず、彼(かれ)をして天門(てんもん)を打(う)ち入(い)らしめ、通明殿(つうめいでん)の下(した)に至(いた)らしむ。早(はや)くも張葛許邱(ちょうかつきょきゅう)の四大天師(よんだいてんし)の問(と)うて道(い)えるには、 「大聖(たいせい)何(いず)こよりか来(きた)れる?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「因(よ)りて唐僧(とうぞう)を保(ほ)して宝象国(ほうしょうこく)に至(いた)るに、一個(ひとり)の妖魔(ようま)有(あ)りて、国女(こくじょ=王の娘)を欺騙(ぎへん=たぶらか)し、吾(わ)が師(し)を傷害(しょうがい)せるを、老孫(ろうそん=俺様)彼(かれ)と賭闘(ととう=戦いを競)えり。正(まさ)に斗(たたか)うの間(あいだ)に、此(こ)の怪(かい)の見(み)えずなれり。想(おも)うにかの怪(かい)は是(こ)れ凡間(ぼんげん)の怪(かい)に非(あら)ず、多(おお)くは是(こ)れ天上(てんじょう)の精(せい)ならんと、特に来(きた)りて査勘(さかん=調べ)す、那(いず)れの一路(いちろ=部署)にか何(なん)の妖神(ようしん)か走(に)げ了(おわ)りしかを」 と。天師(てんし)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち霊霄殿(れいしょうでん)の上(うえ)に進(すす)みて啓奏(けいそう=奏上)し、九曜星官(くようせいかん)、十二元辰(じゅうにげんしん)、東西南北中央(とうざいなんぼくちゅうおう)の五斗(ごと)、河漢群辰(かかんぐんしん)、五岳四涜(ごがくしとく)、普天神聖(ふてんしんせい)を差(さし)えて査勘(さかん)せしむるを蒙(こうむ)るに、皆(みな)天上(てんじょう)に在(あ)るも、更(さら)に一個(ひとり)も敢(あえ)て方位(ほうい)を離(はな)るる無(な)し。又(また)かの斗牛宮(とぎゅうきゅう)の外(そと)を査(しら)ぶるに、二十八宿(にじゅうはっしゅく)は、顛倒(てんとう=ひっくり返し数えて)ただ二十七位(にじゅうしちい)有(あ)るのみ、内(うち)に独(ひとり)奎星(けいせい)を少(か)きり。天師(てんし)回(まわ)り奏(そう)して道(い)えるには、 「奎木狼(けいぼくろう)下界(げかい=下界に下)れり」 と。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、 「何程(いかほど)天(てん)に在(あ)らざるか?」 と。天師(てんし)道(い)えるには、 「四卯(しぼう=四度の点呼)到(いた)らず。三日(みっか)に卯(ぼう=点呼)を点(てん)ずること一次(いちじ=一回)なるに、今(いま)已(すで)に十三日(じゅうさんにち)なり」 と。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、 「天上(てんじょう)の十三日(じゅうさんにち)は、下界(げかい)は已(すで)に是(こ)れ十三年(じゅうさんねん)なり」 と。即(すなわ)ち本部(ほんぶ=所属)に命(めい)じて彼(かれ)を上界(じょうかい)に収(おさ)めしむ。かの二十七宿(にじゅうしちしゅく)の星員(せいいん)は、旨意(しい=勅命)を領(りょう=承)り、天門(てんもん)を出(い)で、各(おのおの)呪語(じゅご=呪文)を念(ねん)じて、奎星(けいせい)を驚動(きょうどう)せしむ。汝(なんじ)彼(かれ)の何処(いずこ)に在(あ)りて身(み)を潜(ひそ)ませしかを道(い)わば、彼(かれ)は原(もと)是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)の天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がしし時(とき)に打(う)ち怕(おど)ろされし神将(しんしょう)なれば、かの山澗(さんかん=谷)の裡(うち)に闪(かく)れ在(あ)りて災(わざわい)を潜(ひそ)め、水気(すいき=水の気)に妖雲(よううん=妖の雲)を隠(かく)され着(つ)けて居(お)る故此(ゆえ)に、曾(かつ)て彼(かれ)を看(み)ることを得(え)ざりき。彼(かれ)本部(ほんぶ)が星員(せいいん)の呪(じゅ)を念(ねん)ずるを聴(き)き得(え)て、方(はじ)めて敢(あえ)て頭(かしら)を出(いだ)し、衆(しゅう)に随(したが)いて上界(じょうかい)に上(のぼ)る。大聖(たいせい)に天門(てんもん)を攔(さえぎ)り住(とど)められて打(う)たんとせられしが、幸(さいわい)に衆星(しゅうせい)の勧(すす)めて住(とど)むるに虧(よ)り、押(お)されて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)ゆ。かの怪(かい)腰間(ようかん)より金牌(きんぱい=金の札)を取出(とりいだ)し、殿下(でんか)に在(あ)りて頭(かしら)を磕(ぬかず)きて罪(つみ)を納(おさ)む。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、 「奎木狼(けいぼくろう)よ、上界(じょうかい)に無辺(むへん=限りなき)の勝景(しょうけい=素晴らしき景色)有(あ)るに、汝(なんじ)受用(じゅよう=楽し)めずして、却(かえっ)て私(ひそ)かに一方(いっぽう)に走(はし)りしは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 と。奎宿(けいしゅく)頭(かしら)を磕(ぬかず)きて奏(そう)して道(い)えるには、 「万歳(ばんぜい)、臣(しん)が死罪(しざい)を赦(ゆる)し給(たま)え。かの宝象国(ほうしょうこく)が王(おう)の公主(こうしゅ)は、凡人(ぼんじん=並の人)に非(あら)ざるなり。彼女(かのじょ)は本(もと)是(こ)れ披香殿(ひこうでん)の香(こう)を侍(じ=給仕)するの玉女(ぎょくじょ=仙女)にして、因(よ)りて臣(しん)と私通(しつう=密通)せんと欲(ほっ)せしが、臣(しん)恐(おそ)るるは天宮(てんぐう)が勝境(しょうきょう=清浄な地)を点汚(てんお=汚さ)んことを、彼女(かのじょ)凡(ぼん=人界)を思(おも)いて先(さき)に下界(げかい)に去(さ)り、皇宮内院(こうきゅうないいん=王宮の奥)に托生(たくしょう=生れ変わ)れり。是(こ)れ臣(しん)の前期(ぜんき=前世の約束)に負(そむ)かざるのみにて、妖魔(ようま)に変(へん)じ作(な)り、名山(めいざん)を占(し)め、彼女(かのじょ)を洞府(どうふ)に摂(しょう)し到(いた)らせ、彼女(かのじょ)と一十三年(じゅうさんねん)の夫妻(ふさい)を配(はい=娶)りたり。一飲一啄(いちいんいったく=一膳の飯一突きの餌)も、前定(ぜんじょう=前世の定め)に非(あら)ざるは莫(な)し、今(いま)孫大聖(そんたいせい)の此(こ)の処(ところ)に到(いた)りて功(こう)を成(な)すに被(それ)られ了(おわ)れり」 と。玉帝(ぎょくてい)言(こと)を聞(き)き、金牌(きんぱい)を収(おさ)め、彼(かれ)を貶(へん=左遷)じて兜率宮(とそつきゅう)に去(ゆ)かしめて太上老君(たいじょうろうくん)と火(ひ)を焼(た)かしめ、俸(ほう=給料)を帯(たい=伴な)い差操(さそう=使役)せられ、功(こう)有(あ)れば職(しょく)に復(ふく)し、功(こう)無(な)ければ重(かさ)ねて其(そ)の罪(つみ)を加(くわ)えらる。行者(ぎょうじゃ)玉帝(ぎょくてい)の此(こ)の如(ごと)く発放(はっぽう=処置)するを見(み)て、心中(しんちゅう)に歓喜(かんき)し、朝(ちょう)に向(むか)って個(ひとつ)の大喏(だいじょ=丁寧な会釈)を唱(とな)え、又(また)衆神(しゅうしん)に向(むか)って道(い)えるには、 「列位(れっい=皆様)、起動(きどう=お世話になり)たり」 と。天師(てんし)笑(わら)って道(い)えるには、 「かの個(ひとり)の猴子(さるこ)は還(な)お是(こ)れ此(こ)の如(ごと)く村俗(そんぞく=野暮)なり、彼(かれ)に替(かわ)りて怪神(かいしん=妖神)を収(おさ)め了(おわ)りしも、也(また)倒(かえっ)て天恩(てんおん=天の恩)を謝(しゃ)せずして、却(かえっ)て就(すなわ)ち喏喏(じゃくじゃく=へいへい)として退(しりぞ)く」 と。玉帝(ぎょくてい)道(い)えるには、 「只(た)だ彼(かれ)の事(こと)無(な)きを得(う)れば、天上(てんじょう)の清平(せいへい=平穏)なるを落得(らくとく=得)するは是(こ)れ幸(さいわい)なり」 と。 かの大聖(たいせい)祥光(しょうこう)を按落(あんらく=降ろ)し、径(ただち)に碗子山(わんしさん)波月洞(はげつどう)に転(てん=戻)じ、公主(こうしゅ)を尋(たず)ね出(いだ)し、かの思凡下界(しぼんげかい=凡を慕い下界に下りし)の妖(よう)を収(おさ)めしの言語(げんご=次第)を将(もっ)て正(まさ)に陳訴(ちんそ=申し述)べんとするに、ただ半空(はんくう)の中(うち)に八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)の厲声(れいせい=鋭く)高(たか)く叫(さけ)んで道(い)えるを聞(き)くには、 「師兄(しけい)よ、妖精(ようせい)有(あ)りて、幾個(いくつ)かの児(こ)を我(われ)らに留(とど)めて打(う)たしめよ」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「妖精(ようせい)は已(すで)に尽(ことごと)く絶(た)えたり」 と。沙僧(しゃそう)道(い)えるには、 「既(すで)に妖精(ようせい)を把(もっ)て打(う)ち絶(た)えしめなば、何(なん)の掛礙(けがい=懸念)も無(な)し、公主(こうしゅ)を将(もっ)て朝中(ちょうちゅう)に引(ひ)き入(い)れ往(ゆ)かしめん。目(め)を睜(みは=開)くること莫(なか)れ、兄弟(きょうだい)ら個(ひとつ)の縮地法(しゅくちほう=地を縮める法)を使(つか)わん」 と。かの公主(こうしゅ)ただ耳(みみ)の内(うち)に風(かぜ)の響(ひび)くを聞(き)き得(え)るのみにして、霎時間(しょうじかん=瞬く間)に径(ただち)に城里(じょうり)に回(かえ)り着(つ)く。彼(かれ)ら三人(さんにん)公主(こうしゅ)を帯(たい=伴)えて金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に上(のぼ)らしむれば、かの公主(こうしゅ)父王(ぶおう)と母后(ぼごう)とに参拝(さんぱい=拝謁)し、姉妹(しまい)に会(かい)し、各官(かくかん=諸官)倶(とも)に来(きた)りて拝見(はいけん=拝謁)す。かの公主(こうしゅ)才(はじ)めて啓奏(けいそう=奏上)して道(い)えるには、 「多(おお)く孫長老(そんちょうろう)が法力(ほうりき)の無辺(むへん)に虧(よ)りて、黄袍怪(こうほうかい)を降(くだ)し、奴(われ)を救(すく)いて国(くに)に回(かえ)らしめられましたり」 と。かの国王(こくおう)問(と)うて曰(いわ)く、 「黄袍(こうほう)は是(こ)れ個(ひとつ)の何(なん)の怪(かい)ぞ?」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「陛下(へいか)が駙馬(ふば=娘婿)は、是(こ)れ上界(じょうかい)の奎星(けいせい)なり、令嬢(れいじょう=御息女)は乃(すなわ)ち香(こう)を侍(じ)するの玉女(ぎょくじょ)なるが、因(よ)りて凡(ぼん)を思(おも)いて人間(にんげん)に降落(こうらく)せしは、小可(しょうか=些細)に非(あら)ざるなり、皆(みな)前世前縁(ぜんせぜんえん)の因(よ)りて、該(まさ)に此(こ)れらの姻眷(いんけん=姻戚)の有(あ)るべきなり。かの怪(かい)は老孫(ろうそん)に天宮(てんぐう)に上(のぼ)り玉帝(ぎょくてい)に啓奏(けいそう)せられ、玉帝(ぎょくてい)彼(かれ)が四卯(しぼう)到(いた)らざるを査(しら)べ得(え)られ、下界(げかい)に十三日(じゅうさんにち)なるを、就(すなわ)ち是(こ)れ十三年(じゅうさんねん)なり、蓋(けだ)し天上(てんじょう)の一日(いちじつ)は、下界(げかい)の一年(いちねん)なり。随(したが)いて本部(ほんぶ)が星宿(せいしゅく)を差(つか)わして、彼(かれ)を上界(じょうかい)に収(おさ)めしめ、兜率宮(とそつきゅう)に貶(へん)じて功(こう)を立(た)てしめに去(ゆ)かしめ訖(おわ)んぬ、老孫(ろうそん)却(かえっ)て令嬢(れいじょう)を救(すく)い得(え)て来(きた)れるなり」 と。かの国王(こくおう)行者(ぎょうじゃ)が恩徳(おんとく)を謝(しゃ)し了(おわ)り、便(すなわ)ち教(おし)えて、 「汝(なんじ)が師父(しふ)を看(み)に去(ゆ)き来(きた)れ」 と。彼(かれ)ら三人(さんにん)径(ただち)に宝殿(ほうでん)を下(お)り、衆官(しゅうかん)と朝房(ちょうぼう)の裡(うち)に到(いた)り、鉄籠(てつろう=鉄の檻)を抬(か)き出(いだ)し、仮(かり)の虎(とら)が鉄索(てっさく=鉄の鎖)を解(と)く。人(ひと)は彼(かれ)を看(み)て是(こ)れ虎(とら)なれども、独(ひと)り行者(ぎょうじゃ)は彼(かれ)を看(み)て是(こ)れ人(ひと)なり。原(もと)かの師父(しふ)は妖術(ようじゅつ)に魇(おさ=魔)せられ着(つ)けて、行走(あるき)すること能(あた)わず、心(こころ)の上(うえ)は明(あき)らかなるも、ただ口(くち)と眼(め)と開(ひら)き難(がた)し。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、 「師父(しふ)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ個(ひとり)の好(よ)き和尚(おしょう)なるに、何(なん)とて此(こ)の般(ごと)き個(ひとつ)の悪(あ)しき容姿(ようし=姿)を弄(ろう=こしら)え出(いだ)し来(きた)れるなる? 汝(なんじ)我(われ)の凶(きょう)を行(おこな)い悪(あく)を做(な)すを怪(あやし)み、我(われ)を赶(お)い回(かえ)さしめ、汝(なんじ)要(よう)するに心(こころ)を一(ひとつ)にして善(ぜん)に向(むか)わんとせしに、何(なん)とて一旦(いったん)此(こ)の如(ごと)き個(ひとつ)の嘴臉(しれん=面つき)を弄(ろう)え出(いだ)し来(きた)れる?」 と。八戒(はっかい)道(い)えるには、 「哥(あにき)や、彼(かれ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え、ただ管(ひたすら)に揭挑(けいちょう=粗探し)するのみなること莫(なか)れ已(おわ)れ」 と。行者(ぎょうじゃ)道(い)えるには、 「汝(なんじ)万事(ばんじ)を攛唆(そんだつ=唆)して、是(こ)れ彼(かれ)が個(ひとり)の得意(とくい)の好(よ)き徒弟(とてい)なり、汝(なんじ)彼(かれ)を救(すく)わずして、又(また)老孫(ろうそん)を尋(たず)ぬるは怎(いか)にする? 原(もと)汝(なんじ)と説(と)き来(きた)れるには、妖精(ようせい)を降(くだ)し、我(われ)を罵(ののし)りしの仇(あだ)を報(ほう)ずるを待(ま)ちて、就(すなわ)ち回(かえ)り往(ゆ)かんと」 と。沙僧(しゃそう)近(ちか)く前(まえ)に寄(よ)りて跪(ひざまず)き下(おろ)して道(い)えるには、 「哥(あにき)や、古人(こじん)云(いわ)く、僧(そう)の面(おもて)を看(み)ずんば仏(ほとけ)の面(おもて)を看(み)よと。兄長(けいちょう)既(すで)に是(こ)れ此(こ)の処(ところ)に到(いた)りなば、万望(まんぼう=切に願わく)ば彼(かれ)を一(ひとつ)救(すく)い給(たま)え。もしは我(われ)らの能(よ)く救(すく)うを得(う)るならば、也(また)敢(あえ)て許(あま)りに遠(とお)く来(きた)りて汝(なんじ)を奉請(ほうせい=お招き)せざるなり」 と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を用(もち)いて挽(たす)け起(おこ)して道(い)えるには、 「我(われ)豈(あ)に心(こころ)を安(やす)んじて救(すく)わざるの理(り)有(あ)らんや? 快(はや)く水(みず)を取(と)り来(きた)れ」 と。かの八戒(はっかい)星(ほし)を飛(と)ばすが如(ごと)く駅中(えきちゅう)に去(ゆ)き、行李(こうり)と馬匹(ばひつ)とを取(と)り、紫金鉢盂(しきんはつう=紫金の鉢)を将(もっ)て取出(とりいだ)し、水(みず)を半盂(はんう=半杯)に盛(も)り、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた=手渡)す。行者(ぎょうじゃ)水(みず)を手(て)に接(うけ)取(と)り、真言(しんごん=真の言葉)を念(ねん)じ動(どう)かし、かの虎(とら)に望(むか)いて頭(こうべ)を劈(つんざ)いて一口(ひとくち)噴(ふ)き上(あ)げれば、妖術(ようじゅつ)を退(しりぞ)け、虎気(こき=虎の気)を解(と)きたり。長老(ちょうろう)原身(げんしん=本来の体)を現(あらわ)し、性(せい)を定(さだ)め睛(ひとみ)を睜(みは)りて、才(はじ)めて是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)なるを認(みと)め得(え)て、一把(いっぱ)に攙(たす)け住(とど)めて道(い)えるには、 「悟空(ごくう)! 汝(なんじ)何処(いずこ)よりか来(きた)れる?」 と。沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に侍立(じりつ=かしこまり立)ちて、かの行者(ぎょうじゃ)を請(しょう)じて妖精(ようせい)を降(くだ)し、公主(こうしゅ)を救(すく)い、虎気(こき)を解(と)き、并(ならび)に回朝(かいちょう=朝廷に帰)の上項(じょうこう=以上の)の事(こと)を、備(つぶさ)に一(ひとつ)陳(の=述)べ了(おわ)る。三蔵(さんぞう)之(これ)を謝(しゃ)して尽(つく)さずして道(い)えるには、 「賢徒(けんと=賢き弟子)よ、汝(なんじ)に虧(よ)れり! 汝(なんじ)に虧(よ)れり! 此(こ)の一去(いっきょ)に、早(はや)く西方(さいほう)に詣(いた)り、径(ただち)に東土(とうど)に回(かえ)り、唐王(とうおう)に奏(そう)ぜんに、汝(なんじ)が功労(こうろう)は第一(だいいち)ならん」 と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)えるには、 「説(と)く莫(なか)れ説(と)く莫(なか)れ! ただかの話(はなし)の児(こ)を念(ねん)ぜざれば、愛厚(あいこう=ご厚情)の情(じょう)を感(かん)ずるに足(た)れるのみ」 と。国王(こくおう)此(こ)の言(こと)を聞(き)き、又(また)彼(かれ)ら四衆(ししゅう=四人)を勧(すす)めて謝(しゃ)し、素筵(そえん=精進の宴)を整治(せいち=設)け、東閣(とうかく=東の館)を大(おお)いに開(ひら)く。彼(かれ)ら師徒(しと)皇恩(こうおん=王の恩)を受(う)け、王(おう)に辞(じ=暇乞い)して西(にし)に去(ゆ)けば、国王(こくおう)又(また)多官(たかん)を率(ひき)いて遠(とお)く送(おく)る。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ: 君(きみ)は宝殿(ほうでん)に回(かえ)りて江山(こうざん=国)を定(さだ)め、 僧(そう)は雷音(らいおん)に去(ゆ)きて仏祖(ぶっそ)に参(まい)る。 畢竟(ひっきょう=結局)此(こ)の後(のち)又(また)何(なん)の事(こと)の有(あ)り、何時(いつ)か西天(さいてん)に到(いた)り得(う)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説明)を聴(き)け。 第三十二回 平頂山(へいちょうざん)に功曹(こうそう)信(しん)を伝(つた)う 蓮花洞(れんかどう)に木母(もくぼ)災(さい)に逢(あ)う  さて唐僧(とうそう)は再(ふたた)び孫行者(そんぎょうじゃ)を得(え)て、師徒(しと)たちは一心同体(いっしんどうたい)、共(とも)に西方(さいほう)を詣(いた)った。宝象国(ほうぞうこく)より公主(こうしゅ)を救(すく)い、君臣(くんしん)に城(しろ)の西(にし)まで送(おく)られてより、道すがら飢(う)えては餐(く)い渇(かわ)いては飲(の)み、夜(よる)は宿(やど)り暁(あかつき)には行(ゆ)く、その労苦(ろうく)は言(い)い尽(つ)くせぬ。また三春(さんしゅん)の景候(おり)に当(あ)たった。その時節(じせつ)のさまは   軽風(けいふう)柳(やなぎ)を吹(ふ)いて緑(みどり)絲(いと)の如(ごと)し、佳景(かけい)最(もっと)も題(だい)に堪(た)えたり   時(とき)は鳥語(ちょうご)を催(うなが)し、暖(あたた)かく烘(ほ)して花(はな)発(ひら)き、遍地(へんち)芳菲(ほうひ)   海棠(かいどう)の庭院(ていいん)に双燕(そうえん)来(きた)る、正(まさ)に是(こ)れ春(はる)を賞(しょう)する時(とき)   紅塵(こうじん)紫陌(しはく)、綺羅(きら)弦管(げんかん)、草(くさ)を闘(たたか)わし卮(さかずき)を伝(つた)う  師徒たちが正(まさ)に行(ゆ)き賞(しょう)する間(あいだ)に、又(また)一山(いちざん)の路(みち)を遮(さえぎ)るを見(み)た。唐僧は言った。「徒弟(とてい)たち、仔細(しさい)にせよ。前(まえ)に遇(あ)う山(やま)は高(たか)く、恐(おそ)らくは虎狼(ころう)の阻擋(そかい=行く手を阻むこと)あらん。」  行者は言った。「師父(しふ)、出家人(しゅっけにん)は在家(ざいけ)の話(はなし)を言(い)うことなかれ。汝(なんじ)はあの烏巣和尚(うそうおしょう)の『心経(しんぎょう)』に『心(こころ)に掛礙(けげ=妨げ)無(な)く、掛礙無(な)きが故(ゆえ)に恐怖(きょうふ)無(な)く、顛倒夢想(てんどうむそう)を遠(とお)く離(はな)る』と言(い)えるを記(おぼ)えずや。ただただ心(こころ)の上(うえ)の垢(あか)を掃除(そうじ)し、耳(みみ)の辺(ほと)りの塵(ちり)を洗(あら)い浄(きよ)めよ。苦中(くちゅう)の苦(く)を受(う)けずんば、人上(じんじょう)の人(ひと)と為(な)り難(がた)し。汝、憂慮(ゆうりょ)を生(しょう)ずるなかれ。ただ老孫(ろうそん)有(あ)らば、たとえ天(てん)の塌(お)ち下(くだ)ることあるも、事無(ことな)きを保(たも)つべし。何(なん)の虎狼(ころう)をか怕(おそ)れん!」  長老(ちょうろう)は馬(うま)の勒(たづな)を回(めぐ)らして言った。「我(われ)当年(とうねん)旨(し)を奉(ほう)じて長安(ちょうあん)を出(い)でしより、只(た)だ西(にし)来(きた)りて仏顔(ぶつがん)を拝(はい)せんことを憶(おも)うのみ。   舎利国(しゃりこく)中(ちゅう)に金象(きんぞう)彩(あや)なし、浮屠塔(ふととう)裏(うち)に玉毫(ぎょくごう)斑(まだら)なり   天下(てんか)の無名(むめい)の水(みず)を尋(たず)ね窮(きわ)め、人間(にんげん)の不到(ふとう)の山(やま)を歴(へ)て遍(あまね)し   逐逐(ちくちく)たる煙波(えんぱ)重迭迭(ちょうじょうじょう)、幾時(いつ)か能(よ)く此(こ)の身(み)の閑(かん)なるを得(え)ん」  行者はこれを聞(き)いて、笑(わら)い呵呵(かか)として言った。「師(し)の身(み)の閑(かん)ならんことを要(よう)するは、何(なん)の難事(なんじ)かあらん。若(も)し功(こう)成(な)りし後(のち)は、万縁(ばんえん)都(ことごと)く罷(や)み、諸法(しょほう)皆(みな)空(くう)ならん。その時節(じせつ)、自然(じねん)として然(しか)り、却(かえ)って是(こ)れ身(み)の閑(かん)ならずや。」  長老はこの言(げん)を聞き、只(た)だ憂(うれ)いを忘(わす)れて楽しむを得(え)たり。轡(くつわ)を放(はな)ちて銀駔(ぎんそ=白き駿馬)を催(うなが)し、韁(たづな)を兜(かぶ)めて玉龍(ぎょくりゅう)を趲(はや)めた。師徒たち山(やま)に上(のぼ)り得(え)たれば、十分(じゅうぶん)に険峻(けんしゅん)、真(まこと)に嵯峨(さが)たる好(よ)き山(やま)なり。   巍巍(ぎぎ)たる峻嶺(しゅんれい)、削削(さくさく)たる尖峰(せんぽう)   湾環(わんかん)たる深澗(しんかん)下(か)、孤峻(こしゅん)たる陡崖(とうがい)の辺(ほと)り   湾環たる深澗下には、只(た)だ聴(き)く唿喇喇(こつらつらつ)として水(みず)に戯(たわむ)るる蟒(うわばみ)の身(み)を翻(ひるがえ)すを   孤峻たる陡崖の辺(ほと)りには、但(ただ)見(み)る崒嵂嵂(しゅつりつりつ)として林(はやし)を出(い)づる虎(とら)の尾(お)を剪(き)るを   上(うえ)に往(ゆ)きて看(み)れば、巒頭(らんとう)突兀(とつごつ)として青霄(せいしょう)に透(とお)る   眼(め)を回(めぐ)らして観(み)れば、壑下(がくか)深沉(しんちん)として碧落(へきらく)に隣(とな)る   高(たか)きに上(のぼ)り来(きた)れば、梯(きざはし)に似(に)て凳(こしかけ)に似(に)たり   低(ひく)きに行(ゆ)けば、塹(ほり)の如(ごと)く坑(あな)の如(ごと)し   真個(しんこ)に是(こ)れ古怪(こかい)なる巔峰(てんぽう)の嶺(みね)、果然(かぜん)に是(こ)れ連尖(れんせん)の削壁(さくへき)の崖(がけ)   巔峰の嶺上(れいじょう)には、薬(くすり)を採(と)る人(ひと)尋思(たずねおも)うて走(はし)るを怕(おそ)る   削壁の崖前(がいぜん)には、柴(たきぎ)を打(う)つ夫(おっと)寸歩(すんぽ)も行(ゆ)き難(がた)し   胡羊(こよう)野馬(やば)乱(みだ)れて梭(おさ)を攛(な)げ、狡兎(こうと)山牛(さんぎゅう)布陣(ふじん)の如(ごと)し   山(やま)高(たか)くして日(ひ)を蔽(おお)い星斗(せいと)を遮(さえぎ)り、時(とき)に妖獣(ようじゅう)と蒼狼(そうろう)に逢(あ)う   草径(そうけい)迷漫(めいまん)として馬(うま)を進(すす)め難(がた)し、怎(いか)でか雷音(らいおん)に仏王(ぶつおう)に見(まみ)えん  長老は馬(うま)を勒(たづな)めて山(やま)を観(み)る、正(まさ)に難行(なんこう)の処(ところ)に在(あ)り。只(た)だ見(み)る、あの緑莎坡(りょくさは=緑の草の坡)の上(うえ)に、佇(たたず)み立(た)てる一人(ひとり)の樵夫(しょうふ)あり。汝(なんじ)は彼(かれ)が怎生(いか)に扮装(いでたち)せしかを道(い)わんや。   頭(かしら)には一頂(いっちょう)の老藍(ろうらん)の氈笠(せんりゅう=毛氈の笠)を戴(いただ)き、身(み)には一領(いちりょう)の毛皂(もうぞう)の衲衣(のうえ=継ぎ接ぎの法衣)を穿(き)る   老藍の氈笠は、煙(けむり)を遮(さえぎ)り日(ひ)を蓋(おお)い、果(はた)して稀奇(きき)なり   毛皂の衲衣は、楽(たのし)しみ以(もっ)て憂(うれ)いを忘(わす)れ、真(まこと)に罕見(かんけん)なり   手(て)には鋼斧(こうふ)を持(も)ち、快(すばや)く磨(みが)き明(あきら)かに、刀(かたな)にて干柴(かんさい=枯れ木)を伐(き)り、束(たば)ねて緊(きつ)く収(おさ)む   担頭(たんとう=荷の先)に春色(しゅんしょく)、幽然(ゆうぜん)として四序(しじょ=四季)融融(ゆうゆう)   身外(しんがい)の閑情(かんじょう)、常(つね)に是(こ)れ三星(さんせい)淡淡(たんたん)   老(お)ゆるまで只(た)だ分(ぶん)に随(したが)って過(す)ぐるのみ、何(なん)の栄辱(えいじょく)か暫(しばら)くも山(やま)に関(かか)わらん  かの樵子(しょうし)は正(まさ)に坡前(はぜん)に在(あ)りて朽柴(きゅうさい=朽ちた薪)を伐(き)りしが、忽(たちま)ち長老の東(ひがし)より来(きた)るに逢(あ)った。柯(えだ)を停(とど)め斧(おの)を住(とど)めて林外(りんがい)に出(い)で、歩(あゆみ)を趨(はし)らせて身(み)を石崖(せきがい)の上(うえ)に将(もち)い、長老に向(むか)いて厳(きび)しき声(こえ)を高(たか)うして叫(さけ)んで言った。 「かの西(にし)に進(すす)む長老よ!暫(しばら)く片時(へんじ)を停(とど)めよ。我(われ)一言(いちげん)の奉告(ほうこく)あり。此(こ)の山(やま)に一伙(いっか=一団)の毒魔(どくま)狠怪(こんかい=獰猛な妖怪)あり、専(もっぱ)ら汝(なんじ)ら東(ひがし)より来(き)て西(にし)へ去(ゆ)く人(ひと)を食(く)うというぞ。」  長老はこれを聞き、魂(たましい)飛(と)び魄(たましい)散(さん)じ、戦兢兢(せんけいけい=おののき)として雕鞍(ちょうあん=彫刻の鞍)に坐(ざ)し穏(おだ)やかならず、急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らし、忙(いそが)しく徒弟を呼(よ)んで言った。 「汝(なんじ)、かの樵夫(しょうふ)が此の山に毒魔狠怪(どくまこんかい)ありと報(ほう)ずるを聴(き)いたるや。誰(たれ)か敢(あ)え往(ゆ)きて細(こま)かに彼(かれ)に一問(いちもん)を問(と)う者(もの)あらんや?」  行者は言った。「師父(しふ)、心(こころ)を放(はな)て。老孫(ろうそん)が往(ゆ)きて彼(かれ)に一箇(ひとつ)の端的(たんてき=確かなところ)を問(と)うて来(こ)ん。」  好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、径(ただ)ちに山(やま)に上(のぼ)り来(きた)り、樵子に向(むか)いて「大哥(たいか=兄貴)」と声(こえ)を掛(か)け、道(い)うに問訊(もんじん=合掌の挨拶)をなせり。樵夫は礼(れい)に答(こた)えて言った。 「長老よ、汝(なんじ)ら何(なん)の故(ゆえ)有(あ)りて此(ここ)に来(きた)れるや?」  行者は言った。「大哥(たいか)に瞞(あざむ)かずして言(い)わん。我(われ)らは東土(とうど)より差(つか)わされ西天(さいてん)に経(きょう)を取(と)りに来(きた)る者(もの)なり。あの馬(うま)の上(うえ)なるは我が師父(しふ)にて、彼(かれ)は些(いささ)か胆(きも)小(ちいさ)し。適(たまた)ま見教(みおしえ)を蒙(こうむ)り、甚(なに)がしの毒魔狠怪(どくまこんかい)ありと説(と)かれたれば、此(ここ)に我(われ)来(きた)りて一声(ひとこえ)を奉問(ほうもん)せん。  かの魔(ま)は幾年(いくねん)の魔(ま)か、怪(かい)は幾年(いくねん)の怪(かい)か。還(また)是(こ)れ箇(ひとつ)の把勢(はせい=武術の達人)か、是(こ)れ箇の雛児(すうじ=ひよっこ)か。煩(わずら)わしくも大哥(たいか)、実(じつ)を説(と)きて話(はな)せ。然(しか)らば我(われ)好(よ)く山神(さんしん)土地(とち)に着(つ)けて彼(かれ)を遞解(ていかい=送り届け解き払う)し、身(み)を起(おこ)さしめん。」  樵子はこれを聞き、天(てん)を仰(あお)ぎ大(おお)いに笑(わら)うて言った。「汝(なんじ)は原来(もと)箇(ひとり)の風和尚(ふうおしょう=気違い坊主)なり。」  行者は言った。「我(われ)は風(ふう=気違い)ならずや、此(こ)れは老実(ろうじつ=正直)の話(はなし)なり。」  樵子は言った。「汝(なんじ)は老実(ろうじつ)なりと言(い)うも、怎(いか)で敢(あ)えて彼(かれ)を遞解(ていかい)し身(み)を起(おこ)さしむと説(と)くや?」  行者は言った。「汝(なんじ)が這(か)くの如(ごと)く彼(かれ)の威風(いふう)を長(ちょう)じ、胡言乱語(こげんらんご)して路(みち)を遮(さえぎ)り信(しん)を報(ほう)ずるは、莫(も)しや是(こ)れ彼(かれ)と親(した)しきこと有(あ)るに非(あら)ざるか。  親(した)しからずんば必(かなら)ず隣(となり)、隣ならずんば必(かなら)ず友(とも)なり。」  樵子は笑(わら)うて言った。「汝(なんじ)は這(こ)の風潑和尚(ふうはつおしょう=乱暴な気違い坊主)、忒(あまり)に道理(どうり)無(な)し。我(われ)は倒(かえ)って好意(こうい)にて、特(こと)に来(きた)りて汝(なんじ)らに報(ほう)じ、汝らを教(おし)えて、路(みち)を行(ゆ)く時(とき)早晚(そうばん=朝晩)間(かん)に防備(ぼうび)せしむるに、汝(なんじ)は倒(かえ)って我(われ)が身(み)の上(うえ)に頼(おお)せつける。且(しばら)く我(われ)妖魔(ようま)の出処(しゅっしょ=出所)を暁(さと)らずと説(い)わんか、就(たと)い暁(さと)るとも、汝(なんじ)敢(あ)えて彼(かれ)を怎(いか)に遞解(ていかい)せんや。解(と)きて何処(いずこ)へ往(ゆ)かしめんや?」  行者は言った。「若(も)し是(こ)れ天魔(てんま)なれば、玉帝(ぎょくてい)に解(と)き与(あた)えん。若(も)し是(こ)れ土魔(どま)なれば、土府(どふ)に解(と)き与(あた)えん。西方(さいほう)の者(もの)は仏(ほとけ)に帰(き)し、東方(とうほう)の者(もの)は聖(せい)に帰(き)す。北方(ほっぽう)の者(もの)は真武(しんぶ)に解(と)き与(あた)え、南方(なんぽう)の者(もの)は火徳(かとく)に解(と)き与(あた)えん。是(こ)れ蛟精(こうせい=蛟竜の精)なれば海主(かいしゅ=海の主)に解(と)き与(あた)え、是(こ)れ鬼祟(きすい=鬼の祟り)なれば閻王(えんおう)に解(と)き与(あた)え、各(おの)おの地頭(じとう=持ち場)方向(ほうこう)あり。我(わ)が老孫(ろうそん)は到(いた)る処(ところ)里人(りじん=土地の者)に熟(なじ)み、一張(いっちょう)の批文(ひぶん=下文)を発(はっ)し、彼(かれ)をして連夜(れんや)解(と)き着(つ)けて飛(と)び跑(はし)らしめんのみ。」  かの樵子は呵呵(かか)たる冷笑(れいしょう)を止(とど)め得(え)ずして言った。「汝(なんじ)は這(こ)の風潑和尚(ふうはつおしょう)、想(おも)うに方上(ほうじょう=諸国)を雲遊(うんゆう)して、些(いささ)かの書符呪水(しょふじゅすい=符を書き水に呪をかける)の法術(ほうじゅつ)を学(まな)びしのみ、只(た)だ邪(じゃ)を駆(か)り鬼(おに)を縛(いまし)むるに可(か)なるも、還(ま)だ曾(かつ)て這(か)くの如(ごと)き狠毒(こんどく)の怪(かい)に撞遇(であ)わざるかな。」  行者は言った。「怎(いか)で彼(かれ)の狠毒(こんどく)なるを見(み)んや?」  樵子は言った。「此(こ)の山(やま)は径過(けいか=通り抜け)に六百里(ろっぴゃくり)の遠近(えんきん)有(あ)り、名(な)を平頂山(へいちょうざん)と喚(よ)ぶ。山中(さんちゅう)に一洞(いっどう)有(あ)り、名(な)を蓮花洞(れんかどう)と喚(よ)ぶ。洞裏(どうり)に両箇(ふたり)の魔頭(まとう=妖怪の頭目)有(あ)り、彼(かれ)らは影(かげ)を画(えが)き形(かたち)を図(はか)り、和尚(おしょう)を捉(とら)えんと要(よう)し、名(な)を抄(うつ)し姓(せい)を訪(たず)ね、唐僧(とうそう)を食(く)わんと要(よう)す。  汝(なんじ)若(も)し別処(べっしょ)より来(きた)る者(もの)ならば還(ま)だ好(よ)けれど、但(た)だ一箇(ひとつ)の唐(とう)の字(じ)を犯(おか)さば、去(ゆ)くことを想(おも)う莫(な)かれ、去(ゆ)くことを得(え)んや!」  行者は言った。「我(われ)らは正(まさ)に唐朝(とうちょう)より来(きた)れる者(もの)なり。」  樵子は言った。「彼(かれ)は正(まさ)に汝(なんじ)らを食(く)わんと要(よう)するぞ。」  行者は言った。「造化(ぞうか=幸運)!造化!但(た)だ知(し)らず彼(かれ)の怎(いか)なる様(さま)に食(く)わんとするを。」  樵子は言った。「汝(なんじ)は彼(かれ)が怎(いか)に食(く)わんとするを要(よう)するや?」  行者は言った。「若(も)し先(ま)ず頭(かしら)を食(く)わば、還(ま)だ耍子(しゃし=面白がること)に好(よ)し。若(も)し先(ま)ず脚(あし)を食(く)わば、就(すなわ)ち難為(なんい=難儀)ならん。」  樵子は言った。「先(ま)ず頭(かしら)を食(く)わば怎(いか)に説(と)き、先(ま)ず脚(あし)を食(く)わば怎(いか)に説(と)くや?」  行者は言った。「汝(なんじ)は還(ま)だ曾(かつ)て着(あ)わざるかな。若(も)し先(ま)ず頭(かしら)を食(く)わば、一口(ひとくち)に彼(かれ)を咬(か)み下(おろ)し、我(われ)已(すで)に死(し)したれば、彼(かれ)が怎(いか)に煎(い)り炒(い)り熬(あぶ)り煮(に)るとても、我(われ)も亦(ま)た疼痛(とうつう)を知(し)らず。若(も)し先(ま)ず脚(あし)を食(く)わば、彼(かれ)孤拐(ここい=踝)を啃(かじ)り、腿亭(たいてい=脛)を嚼(か)み、腰截骨(ようせいこつ=腰椎)に食(く)い到(いた)るも、我(われ)は還(ま)だ急忙(いそ)ぎて死(し)せず、却(かえ)って是(こ)れ零零碎碎(れいれいさいさい=ずたずたに)に苦(く)を受(う)けんに非(あら)ずや。此(こ)れ難為(なんい)と為(な)す所以(ゆえん)なり。」  樵子は言った。「和尚(おしょう)よ、彼(かれ)の那里(どこ)に這(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の工夫(くふう=暇)有(あ)らんや。只(た)だ汝(なんじ)を把(とら)え住(とど)め、籠(かご)の裏(うち)に捆(くく)り、囫圇(こつりん=丸ごと)蒸(ふか)して食(く)わんのみ。」  行者は笑(わら)うて言った。「這(こ)れ更(さら)に好(よ)し!更(さら)に好(よ)し!疼(いた)みは倒(かえ)って疼(いた)みを忍(しの)ばず、只(た)だ些(いささ)かの悶気(もんき=鬱屈)を受(う)くるのみならん。」  樵子は言った。「和尚、調嘴(ちょうすい=口先でからかう)するなかれ。かの妖怪(ようかい)は身(み)に随(したが)えて五件(ごけん)の宝貝(ほうばい=宝物)有(あ)り、神通(じんつう)極(きわ)めて大(だい)に極(きわ)めて広(こう)なり。就(たと)い擎天(けいてん=天を支うる)の玉柱(ぎょくちゅう)、架海(かかい=海に架る)の金梁(きんりょう)と雖(いえど)も、若(も)し唐朝(とうちょう)の和尚を保(たも)ちて去(ゆ)かしめんとせば、也(ま)た須(すべから)く発発昏(はっぱつこん=気を失うこと)することを要(よう)す。」  行者は言った。「幾箇(いくつ)の昏(こん)を発(はっ)するや?」  樵子は言った。「三箇四箇(さんこんしか)の昏(こん)を発(はっ)することを要(よう)す。」  行者は言った。「不打緊(ふたいじん=差し支えなし)、不打緊。我(われ)らは一年(いちねん)に、常(つね)に七八百箇(ななはっぴゃくこ)の昏児(こんじ)を発(はっ)す。這(こ)の三箇四箇の昏児(こんじ)は発(はっ)し易(やす)く、発発児(はっぱつじ)せば就(すなわ)ち過(す)ぎ去(さ)らん。」  好(よ)き大聖(たいせい)、全然(ぜんぜん)懼(おそ)れ無(な)く、一心(いっしん)に只(た)だ唐僧(とうそう)を保(たも)たんと要(よう)し、樵夫(しょうふ)を捽脱(そつだつ=振り切り)し、歩(あゆみ)を曳(ひ)きて而(しか)して転(めぐ)り、径(ただ)ちに山坡(さんは)の馬頭(ばとう)の前(まえ)に至(いた)りて言った。 「師父(しふ)、甚(なに)の大事(だいじ)も無(な)し。有(あ)る便(すなわ)ち箇(ひとり)把(ば)の妖精児(ようせいじ)有(あ)るのみ、只(た)だ此処(ここ)の人(ひと)胆(きも)小(ちいさ)く、彼(かれ)を心上(しんじょう)に放(お)けり。我(われ)有(あ)り、彼(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)のことかあらん。路(みち)を行(ゆ)かん!路(みち)を行(ゆ)かん!」  長老は説(と)くを見(み)て、只(た)だ懐(ふところ)を放(はな)ちて随(したが)い行(ゆ)くを得(え)たり。正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、早(はや)くも那(か)の樵夫(しょうふ)の見(み)えざるなり。長老は言った。「那(か)の信(しん)を報(ほう)ぜし樵子(しょうし)は如何(いか)にして就(すなわ)ち見(み)えざるや?」  八戒は言った。「我(われ)ら造化(ぞうか=運)低(ひく)く、日裏鬼(じつりき=真昼の幽霊)に撞遇(であ)いたり。」  行者は言った。「想(おも)うに彼(かれ)林子(はやし)の裏(うち)に鑽(もぐ)り進(い)りて柴(たきぎ)を尋(たず)ねしならん。我(われ)に看(み)て来(こ)しめよ。」  好(よ)き大聖、火眼金睛(かがんきんせい)を睜(ひら)き、漫山越嶺(まんざんえつれい=山を越え嶺を越え)の望(のぞ)む処(ところ)、却(かえ)って踪跡(そうせき)無(な)し。忽(たちま)ち頭(かしら)を挙(あ)げて雲端(うんたん)の裏(うち)を往(ゆ)きて一見(いっけん)すれば、見(み)る是(こ)れ日値功曹(にっちこうそう=日直の功曹)なり。彼(かれ)は就(すなわ)ち雲(くも)を縦(はし)らせて追(お)い上(のぼ)り、幾声(いくこえ)か毛鬼(もうき=毛むくじゃらの鬼)と罵(ののし)りて言った。 「汝(なんじ)怎(いか)にして話(はなし)有(あ)りて来(きた)りて直(ただ)ちに説(と)かず、却(かえ)って那(か)の般(ごと)く変化(へんげ)して老孫(ろうそん)を演様(えんよう=たぶらかす)せるや?」  慌(あわ)てたる那(か)の功曹(こうそう)は礼(れい)を施(ほどこ)して言った。「大聖よ、信(しん)を報(ほう)ずること来(きた)ること遅(おそ)し、罪(つみ)を勿(なか)れ、罪を勿(なか)れ。那(か)の怪(かい)は果然(かぜん)神通(じんつう)広大(こうだい)、変化(へんげ)多端(たたん)なり。只(た)だ汝(なんじ)の騰那(とうな=立ち回り)の乖巧(かいこう=機転)と、神機(しんき)を運動(うんどう)するを見(み)、仔細(しさい)に汝(なんじ)が師父(しふ)を保(たも)て。仮若(かりに)些(いささ)かに怠慢(たいまん)せば、西天(さいてん)の路(みち)は去(ゆ)くことを想(おも)う莫(なか)れ。」  行者はこれを聞き、功曹(こうそう)を叱退(しったい=叱り退け)て、切切(せつせつ=深く)心(こころ)に在(あ)らしめ、雲頭(うんとう)を按(おさ)え、径(ただ)ちに山上(さんじょう)に来(きた)った。只(た)だ見(み)る、長老(ちょうろう)と八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)は、簇擁(ぞくよう=取り囲み)して前進(ぜんしん)す。彼(かれ)は却(かえ)って暗(あん)に想(おも)えらく、 「我(われ)若(も)し功曹(こうそう)の言語(げんご)を実実(じつじつ)に師父(しふ)に告誦(こくしょう=告げ知ら)せば、師父は彼(かれ)済事(さいじ=役に立つ)ならず、必(かなら)ず就(すなわ)ち哭(な)かん。仮若(かりに)彼(かれ)と実(じつ)を説(と)かずんば、夢(くら)き頭(かしら)を着(つ)けて、彼(かれ)を帯(たい)して走(はし)らば、常言(じょうげん)に道(い)わく『乍(にわか)に芦圩(ろいよ=葦の茂み)に入(い)れば、深浅(しんせん)を知(し)らず』と。倘(も)し妖魔(ようま)に撈(からめ)り去(さ)られなば、却(かえ)って又(また)老孫(ろうそん)をして心(こころ)を費(つい)やさしめんや?且(しばら)く我(われ)に八戒(はっかい)を一顧(いっこ)照顧(しょうこ=世話)せしめ、先(ま)ず彼(かれ)をして頭(かしら)を出(いだ)して那(か)の怪(かい)と一仗(いちじょう=一戦)を打(う)たしめて看(み)ん。若(も)し打(う)ち過(す)ぎ得(う)れば、就(すなわ)ち彼(かれ)の一功(いっこう)と算(かぞ)えん。若(も)し手段(しゅだん)無(な)く、怪(かい)に拿(とら)え去(さ)られなば、老孫(ろうそん)の再去(さいきょ)して彼(かれ)を救(すく)うも遅(おそ)からず、却(かえ)って好(よ)く我(わ)が本事(ほんじ=腕前)を顕(あら)わし名(な)を出(いだ)さん。」  正(まさ)に自家(じか)計較(けいこう=思案)し、以心問心(いしんもんしん=心に問いかけ)して道(い)わく、「只(た)だ恐(おそ)るるは八戒(はっかい)懶(らん=怠け)を避(さ)けて便(すなわ)ち頭(かしら)を出(いだ)すを肯(がえん)ぜず、師父(しふ)又(また)些(いささ)か短(たん=欠点)を護(まも)ること有(あ)らん。老孫(ろうそん)に彼(かれ)を羈勒(きろく=手綱を掛け)し羈勒(きろく)せしめよ。」  好(よ)き大聖、汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)は箇(ひとつ)の虚頭(きょとう=芝居)を弄(ろう)し、眼(め)を揉(も)むこと一揉(ひとす)り、些(いささ)かの涙(なみだ)を揉(も)み出(いだ)し、師父(しふ)を迎(むか)えて、前(まえ)に向(むか)い径(ただ)ちに走(はし)る。八戒(はっかい)は見(み)て、連忙(れんぼう=大急ぎ)で叫(さけ)んだ。 「沙和尚(しゃおしょう)よ、担子(たんす=荷)を歇(やす)め下(おろ)し、行李(こうり)を拿(と)り出(いだ)せ、我(われ)両箇(ふたり)に分(わ)かたんか!」  沙僧は言った。「二哥(にいさん)、分(わ)かちて怎(いか)にせんや?」  八戒は言った。「分(わ)かたんか!汝(なんじ)は流沙河(りゅうさが)に往(ゆ)きて還(ま)た妖怪(ようかい)と為(な)り、老猪(ろうちょ)は高老荘(こうろうそう)の上(うえ)に往(ゆ)きて渾家(こんか=女房)を盼盼(はんはん=待ちわ)びん。白馬(はくば)を売(う)りて、一口(ひとくち)の棺木(かんぼく=棺桶)を買(か)い、師父(しふ)と送老(そうろう=葬送)をなさん。大家(たいか=皆)散火(さんか=解散)して、還(ま)た西天(さいてん)へ往(ゆ)かんや?」  長老は馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて聴(き)きて、道(い)わく、「這(こ)の夯貨(こうか=鈍物)!正(まさ)に路(みち)を行(ゆ)くに、怎(いか)にして又(また)胡説(こせつ=でたらめ)せるや?」  八戒は言った。「汝(なんじ)が儿子(こども)こそ便(すなわ)ち胡説(こせつ)せよ!汝(なんじ)孫行者(そんぎょうじゃ)の那処(あそこ)より涙(なみだ)を将(も)ちて哭(な)き将(きた)るを見(み)ざるや。彼(かれ)は是(こ)れ箇(ひとり)の天(てん)に鑽(もぐ)り地(ち)に入(い)り、斧(おの)に砍(き)られ火(ひ)に焼(や)かるるも、下油鍋(かゆなべ=油の鍋)すら都(ことごと)く怕(おそ)れざるの好漢(こうかん=好漢)なるに、如今(いま)愁帽(しゅうぼう=憂いの帽子)を戴(いただ)き、涙汪汪(るいおうおう=涙ぽろぽろ)として哭(な)き来(きた)るは、必(かなら)ず是(こ)れ那(か)の山(やま)険峻(けんしゅん)にして、妖怪(ようかい)凶狠(きょうこん=凶暴)なればなり。我(われ)らの這(か)くの如(ごと)き軟弱(なんじゃく)の人児(ひとこ)にて、怎(いか)でか去(ゆ)き得(え)んや?」  長老は言った。「汝(なんじ)且(しばら)く胡談(こだん=でたらめ言)するを休(や)め、我(われ)に彼(かれ)に一声(ひとこえ)を問(と)わしめ、看(み)よ是(こ)れ怎(いか)に話(はな)すを。」問(と)うて道(い)わく、「悟空(ごくう)、甚(なに)の話(はなし)か有(あ)らば当面(とうめん)に計較(けいこう)せよ、汝(なんじ)怎(いか)にして自家(じか)煩悩(はんのう)せるや。這(か)くの般(ごと)き箇(ひとつ)の哭包臉(こくほうれん=泣き面)、是(こ)れ我(われ)を唬(おど)さんとするか!」  行者は言った。「師父(しふ)啊(や)、先刻(さっき)那(か)の信(しん)を報(ほう)ぜしは、是(こ)れ日値功曹(にっちこうそう)なり。彼(かれ)妖精(ようせい)凶狠(きょうこん)にして、此処(ここ)行(ゆ)き難(がた)しと説(と)けり。果然(かぜん)の山高(やまたか)く路険(みちけわ)しく、前進(ぜんしん)すること能(あた)わず、日(ひ)を改(あらた)めて再(ふたた)び去(ゆ)かんか。」  長老はこれを聞き、恐惶悚懼(きょうこうしょうく=恐れおののき)、彼(かれ)の虎皮裙(こひくん=虎皮の袈裟)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)わく、「徒弟(とてい)呀(や)、我(われ)らは三停路(さんていろ=三分割の道)の已(すで)に停半(ていはん=一つ半)を走(はし)り了(おわ)れり、何(なん)の因(ゆえ)にか退悔(たいげ=後悔退く)の言(げん)を説(と)くや?」  行者は言った。「我(われ)に箇(ひとつ)の尽心(じんしん=尽くす心)無(な)きに非(あら)ざれど、但(た)だ只(た)だ恐(おそ)るるは魔多(まおお)く力弱(ちからよわ)く、行勢(こうせい=形勢)孤単(こたん)なるのみ。縦然(たと)い是(こ)れ塊(かたまり)の鉄(てつ)なるも、炉(ろ)に下(くだ)して能(よ)く幾根(いくぼん)の釘(くぎ)を打(う)ち得(え)んや?」  長老は言った。 「徒弟呀(や)、汝(なんじ)も亦(ま)た説(と)けることは是(せい)なり、果然(かぜん)一人(ひとり)も亦(ま)た難(かた)し。兵書(へいしょ)に云(い)わく『寡(か=少)は以(もっ)て衆(しゅう)に敵(てき)す可(べ)からず』と。此処(ここ)に我(われ)還(ま)た八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)有(あ)り、都(ことごと)く是(こ)れ徒弟(とてい)なり、汝(なんじ)が調度使用(ちょうどしよう=指図)に任(まか)せ、或(あるい)は護将(ごしょう=護衛の将)と為(な)り、或(あるい)は幇手(ほうしゅ=助太刀)と為(な)り、協力同心(きょうりょくどうしん)して、山径(さんけい)を掃清(そうせい)し、我(われ)を領(ひき)いて山(やま)を過(す)ごさば、却(かえ)って都(ことごと)く還(ま)た正果(しょうか=悟りの果)を了(おわ)らずや?」  那(か)の行者(ぎょうじゃ)の這(こ)の一場(いちじょう)の扭捏(じゅうねつ=もったいぶり)は、只(た)だ長老(ちょうろう)の此(こ)の幾句(いくく)の話(はなし)を逗(ひ)き出(いだ)さんとす。彼(かれ)は涙(なみだ)を搵(おさ)えて道(い)わく、 「師父啊(や)、若(も)し此(こ)の山(やま)を過(す)ごさんと要(よう)せば、須(すべから)く是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)の我(わ)れに両件(りょうけん)の事(こと)に依(したが)い得(う)れば、才(はじ)めて三分(さんぶん)の去(ゆ)き得(う)ること有(あ)らん。仮若(かりに)我(わ)が言(げん)に依(したが)わずんば、我(わ)が手(て)を替(か)うること得(え)ず、半分児(はんぶんじ)も想(おも)うて過(す)ぎ去(ゆ)く莫(なか)れ。」  八戒は言った。「師兄(しきょう)去(ゆ)かずんば、就(すなわ)ち散火(さんか)せんか、我(われ)を攀(ひきこ)むること勿(なか)れ。」  長老は言った。「徒弟(とてい)よ、且(しばら)く汝(なんじ)が師兄(しきょう)に問(と)え、看(み)よ彼(かれ)汝(なんじ)に教(おし)えて甚(なに)を做(な)さしむるを。」  呆子(ほうし=間抜け)は真個(しんこ)に行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて説(と)いて道(い)わく、「哥哥(あにき)、汝(なんじ)我(われ)に教(おし)えて甚(なに)の事(こと)を做(な)さしむるや?」  行者は言った。「第一件(だいいっけん)は是(こ)れ師父(しふ)を看(み)ること、第二件(だいにけん)は是(こ)れ巡山(じゅんざん=山の見回り)に去(ゆ)くこと。」  八戒は言った。 「師父(しふ)を看(み)るは是(こ)れ坐(ざ)し、巡山(じゅんざん)に去(ゆ)くは是(こ)れ走(はし)る。終(つい)に然(しか)らずんば我(われ)に教(おし)えて一会(ひととき)坐(ざ)し又(また)走(はし)り、一会(ひととき)走(はし)り又(また)坐(ざ)せしめ、両処(ふたところ)怎(いか)でか顧盼(こはん=見回し)し得(え)来(きた)らんや?」  行者は言った。「汝(なんじ)に教(おし)えて両件(りょうけん)斉(ひと)しく幹(な)すに非(あら)ず、只(た)だ一件(いっけん)を領(う)けば便(すなわ)ち罷(や)めり。」  八戒は又(また)笑(わら)うて言った。「這(こ)れ等(ほど)も亦(ま)た好(よ)く計較(けいこう)す。但(た)だ知(し)らず、師父(しふ)を看(み)るは是(こ)れ怎(いか)なる様(さま)に、巡山(じゅんざん)は是(こ)れ怎(いか)なる様(さま)なるを。汝(なんじ)先(ま)ず我(われ)と講(こう)じ講(こう)ぜよ、我(われ)に箇(ひとつ)の相応(そうおう=釣り合い)なる些児(しゃじ=もの)に依(したが)わしめて、去(ゆ)きて幹(な)さしめよ。」  行者は言った。「師父(しふ)を看(み)るとは、師父(しふ)出恭(しゅっきょう=用足し)に去(ゆ)かば、汝(なんじ)伺候(じこう=付き添)え。師父(しふ)路(みち)を行(ゆ)かんと要(よう)せば、汝(なんじ)扶持(ふじ=助け)せよ。師父(しふ)斎(とき=食事)を食(く)わんと要(よう)せば、汝(なんじ)斎(とき)を化(け=乞)せよ。若(も)し彼(かれ)些(いささ)か飢(う)えなば、汝(なんじ)該(まさ)に打(う)たるべし。些(いささ)か顔(かお)の皮(かわ)黄(きいろ)ばめば、汝(なんじ)該(まさ)に打(う)たるべし。些(いささ)か形骸(けいがい=身体)痩(や)せなば、汝(なんじ)該(まさ)に打(う)たるべし。」  八戒は慌(あわ)てて道(い)わく、「這(こ)れは難(かた)し!  難(かた)し!難(かた)し!伺候(じこう)扶持(ふじ)は、通(すべて)不打緊(ふたいじん)なれど、就(たと)い身(み)を離(はな)れずして負(お)うとも、也(ま)た還(ま)た容易(ようい)なり。仮若(かりに)我(われ)をして郷下(いなか)に去(ゆ)きて斎(とき)を化(け)せしめなば、此(こ)の西方(さいほう)の路(みち)上(じょう)にて、我(われ)を識(し)らずして是(こ)れ経(きょう)を取(と)りに来(きた)れる和尚(おしょう)と道(い)わば可(よ)けれど、只(た)だ道(い)わん、是(こ)れ那(か)の山(やま)の裏(うち)より走(はし)り出(い)でし箇(ひとつ)の半壮不壮(はんそうふそう=中途半端に肥えし)の健猪(けんちょ=元気な豚)なりと。夥(くみ)し上(うえ)に許多(あまた)の人(ひと)、叉(さすまた)・鈀(くまで)・掃帚(ほうき)を把(と)りて、老猪(ろうちょ)を囲(かこ)み倒(たお)し、家(いえ)に拿(と)り去(さ)りて宰(ころ)し、腌(しおづ)けにして年(とし)を越(こ)さんに、這(こ)れ却(かえ)って遭瘟(そうおん=疫病に遭う)ならずや?」  行者は言った。「巡山(じゅんざん)に去(ゆ)かんか。」  八戒は言った。「巡山(じゅんざん)なれば便(すなわ)ち怎(いか)なる様(さま)なるや?」  行者は言った。「就(すなわ)ち此(こ)の山(やま)に入(い)り、多少(いくばく)の妖怪(ようかい)有(あ)り、是(こ)れ甚(なん)の山(やま)か、是(こ)れ甚(なん)の洞(ほら)かを打聴(うちさぐ=探り)し、我(われ)ら好(よ)く過(す)ぎ去(ゆ)かんとす。」  八戒は言った。「此(こ)れ小可(しょうか=造作なし)、老猪(ろうちょ)巡山(じゅんざん)に去(ゆ)かんか。」  那(か)の呆子(ほうし)は就(すなわ)ち衣裙(いぐん=衣の裾)を撒(あ)げ起(おこ)し、釘鈀(ていは)を挺(つきだ)し、雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)、径(ただ)ちに深山(しんざん)に入(い)る。気昂昂(きこうこう=意気揚々)、大路(たいろ)に奔(はし)り上(のぼ)る。  行者(ぎょうじゃ)は旁(かたわら)に在(あ)りて、嘻嘻(きき)たる冷笑(れいしょう)を忍(しの)び得(え)ず。長老(ちょうろう)は罵(ののし)って言った。 「汝(なんじ)は這(こ)の潑猴(はつこう=暴れ猿)!兄弟(けいてい)たちに対(たい)して全(まった)く愛憐(あいれん)の意(い)無(な)く、常(つね)に嫉妒(しっと)の心(こころ)を懐(いだ)く。汝(なんじ)は這(か)くの如(ごと)き獐智(しょうち=小賢しい知恵)を做(な)し、巧言令色(こうげんれいしょく)して、彼(かれ)を撮弄(さつろう=そそのか)して甚(なん)の巡山(じゅんざん)に去(ゆ)かしめ、却(かえ)って又(また)此処(ここ)に在(あ)りて彼(かれ)を笑(わら)うとは!」  行者は言った。「彼(かれ)を笑(わら)うに非(あら)ず、我(わ)が此(こ)の笑(わら)い中(うち)に味(あじ)有(あ)り。汝(なんじ)看(み)よ、猪八戒(ちょはっかい)の此(こ)の一去(いっきょ)は、決(けっ)して巡山(じゅんざん)せず、亦(ま)た敢(あ)えて妖怪(ようかい)に見(まみ)えず、何処(いずこ)へ往(ゆ)きて些(しばら)く身(み)を隠(かく)し避(よ)けるを知(し)らず、一箇(ひとつ)の謊(うそ)を捏(こしら)え来(きた)りて、我(われ)らを哄(だま)さんとす。」  長老は言った。 「汝(なんじ)怎(いか)で就(すなわ)ち彼(かれ)が然(しか)るを暁(さと)るや?」  行者は言った。「我(われ)彼(かれ)を是(こ)の等(ごと)くならんと估出(みつも)りたり。信(しん)ぜずんば、我(われ)に彼(かれ)に跟(したが)いて去看看(みてこ)しめ、彼(かれ)に聴聴(きいてこ)しめよ。一則(いっそく)は彼(かれ)が手段(しゅだん)を幇副(ほうふく=助け)して妖(よう)を降(くだ)し、二則(にそく)は看(み)ん、彼(かれ)に箇(ひとつ)の誠心(せいしん)の仏(ほとけ)を拝(おが)むこと有(あ)りやを。」  長老は言った。「好好好(よしよしよし)、汝(なんじ)却(かえ)って彼(かれ)を捉弄(とらんろく=からかう)すること莫(なか)れ。」  行者は応諾(おうだく)して、径直(ただち)に山坡(さんは)に追(お)い上(のぼ)り、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうりょうちゅう=蝉の一種)と作(な)れり。実(じつ)に変(へん)ずること軽巧(けいこう=軽妙)なり、但(ただ)見(み)よ彼(かれ)が   翅(つばさ)薄(うす)く風(かぜ)に舞(ま)うに力(ちから)を用(もち)いず、腰(こし)尖(とが)りて細(ほそ)きこと針(はり)の如(ごと)し   蒲(がま)を穿(うが)ち草(くさ)を抹(こす)りて花陰(かいん)を過(す)ぐ、疾(はや)きこと流星(りゅうせい)に似(に)て還(ま)た甚(はなは)だし   眼睛(がんせい)明映映(めいえいえい)として、声気(せいき)渺喑喑(びょういんいん)たり   昆虫(こんちゅう)の類(るい)に惟(た)だ他(かれ)を小(ちいさ)とし、亭亭款款(ていていかんかん)として機深(きしん)なり   幾番(いくたび)か閑日(かんじつ)に幽林(ゆうりん)に歇(やす)み、一身(いっしん)渾(ことごと)く見(み)えず、千眼(せんがん)も能(よ)く尋(たず)ぬること莫(な)し  と、嚶(えい)の一翅(ひとつばさ)飛(と)び将(ゆ)きて、八戒(はっかい)に追(お)い上(のぼ)り、彼(かれ)の耳朶(みみ)の後(うし)ろ鬃根(そうこん=鬣の根)の下(した)に釘(と)り着(つ)けり。那(か)の呆子(ほうし)は只(た)だ管(ひたすら)路(みち)を行(ゆ)くのみ、怎(いか)でか身(み)の上(うえ)に人(ひと)有(あ)るを知(し)らんや。行(ゆ)くこと七八里(しちはちり)の路(みち)有(あ)りて、釘鈀(ていは)を撇(なげう)ち下(おろ)し、頭(かしら)を吊(つる)し転(めぐ)らして、唐僧(とうそう)を望(のぞ)み、手(て)を指(さ)し脚(あし)を画(か)きて罵(ののし)って言った。 「汝(なんじ)罷軟(はいなん=軟弱)の老和尚(ろうおしょう)、捉掐(そくこう=いじめる)の弼馬温(ひつばおん)、面弱(めんじゃく=気弱)の沙和尚(しゃおしょう)!彼(かれ)らは都(ことごと)く那処(あそこ)に在(あ)りて自在(じざい)なるに、我(われ)が老猪(ろうちょ)を捉弄(とらんろく)して路(みち)を跄(はし)らしむ!大家(みな)経(きょう)を取(と)るに、都(ことごと)く正果(しょうか)を成(な)さんことを望(のぞ)むに、偏(ひとえ)に我(われ)をして来(きた)りて甚(なん)の山(やま)を巡(めぐ)らしむるとは!哈哈哈(はっはっはっ)!妖怪(ようかい)有(あ)るを暁(さと)らば、些(いささ)か避(よ)けて走(はし)らん。還(ま)た一半(いっぱん=半分)に彀(た)らざるに、却(かえ)って我(われ)をして彼(かれ)を尋(たず)ねしむ、這(こ)れ等(ほど)の晦気(わき=不運)なるかな!我(われ)那処(あそこ)へ往(ゆ)きて覚(ねむ)りを睡(ね)らん、一覚(ひとねむり)睡(ね)って回(かえ)り去(さ)り、含含糊糊(がんがんここ=曖昧)に彼(かれ)に答(こた)え、只(た)だ説(い)わん『山(やま)を巡(めぐ)り了(おわ)れり』と、就(すなわ)ち其(そ)の帳(ちょう=決着)を了(おわ)らんのみ。」  那(か)の呆子(ほうし)は一時間(ひととき)僥倖(ぎょうこう=運よく)に、釘鈀(ていは)を搴(かつ)ぎて又(また)走(はし)る。只(た)だ見(み)る、山凹(さんおう=山の窪み)の裏(うち)に一彎(ひとすじ)の紅草坡(こうそうは=赤き草の坡)有(あ)り。彼(かれ)は頭(かしら)より一(ひとつ)鑽(もぐ)り進(い)り得(え)、釘鈀(ていは)を使(つか)うて箇(ひとつ)の地鋪(ちほ=寝床)を撲(はた=ぱた)と作(つく)り、轂轆(こくろく=ごろり)と睡(ね)り下(おろ)し、腰(こし)を伸(の)ばすこと一伸(ひとすじ)して、道(い)う一声(ひとこえ)「快活(かいかつ=気持ちよい)!」と、「是(こ)れ那(か)の弼馬温(ひつばおん)と雖(いえど)も、也(ま)た我(わ)が這(か)くの般(ごと)く自在(じざい)なることを得(え)ざるべし!」  原来(もと)行者(ぎょうじゃ)は彼(かれ)の耳根(じこん=耳の根)の後(うし)ろに在(あ)りて、句句児(くくじ=一言一句)聴(き)き着(つ)けり。忍(しの)び得(え)ず、飛(と)び将(ゆ)き起(お)きて、又(また)彼(かれ)を捉弄(とらんろく)すること一捉弄(ひとからかい)せんとす。又(また)身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて箇(ひとつ)の啄木虫(たくぼくちゅう=きつつき)と作(な)れり。但(ただ)見(み)よ   鉄嘴(てっし=鉄の嘴)尖尖(せんせん)として紅溜(こうりゅう)に、翠翎(すいりょう=緑の羽)艶艶(えんえん)として光明(こうめい)なり   一双(いっそう)の鋼爪(こうそう=鋼の爪)利(するど)きこと釘(くぎ)の如(ごと)し、腹(はら)餒(うう)るも何(なん)ぞ林静(りんせい)なるを妨(さまた)げん   最(もっと)も枯槎(こさ=枯れ枝)の朽爛(きゅうらん)を愛(あい)し、偏(ひとえ)に老樹(ろうじゅ)の伶仃(れいてい=独り立つ)を嫌(きら)う   圜睛(かんせい=丸き目)決尾(けつび=尾を決する)性(せい)通霊(つうれい=抜け目なく)にして、辟剥(へきはく=こつこつ)の声(こえ)聴(き)くに堪(た)えたり  這(こ)の虫鷖(ちゅうえい=虫)は不大不小(ふだいふしょう=大きからず小さからず)、秤(はかり)に上(のぼ)せて称(はか)れば、只(た)だ二三両(にさんりょう)の重(おも)さ有(あ)るのみ。紅銅(あかがね)の嘴(くちばし)、黒鉄(くろがね)の脚(あし)、刷剌(さつらつ)と一翅(ひとつばさ)飛(と)び下(お)り来(きた)る。那(か)の八戒(はっかい)は頭(かしら)を投(なげう)ち倒(たお)して、正(まさ)に睡(ね)り着(つ)きたるに、彼(かれ)に照(めが)けて嘴唇(くちびる)の上(うえ)を扢揸(こっさ=がぶり)と一下(ひとつ)やられたり。那(か)の呆子(ほうし)は慌(あわ)てて爬(は)い将(ゆ)き起(お)き上(あが)り、口(くち)の裏(うち)に乱(みだ)りに嚷(わめ)いて道(い)わく、 「妖怪(ようかい)有(あ)り!  妖怪(ようかい)有(あ)り!我(われ)を把(とら)えて一槍(ひとやり)戳(つ)きて去(さ)り了(おわ)れり!嘴(くちばし)の上(うえ)好(い)たく疼(いた)からずや!」  手(て)を伸(の)ばし摸摸(さわり)て、泱(ほとばし)りて血(ち)出(い)で来(きた)るを見(み)て、彼(かれ)は道(い)わく、「蹭蹬(そうとう=不運)啊(や)!我(われ)又(また)甚(なん)の喜事(きじ=祝い事)無(な)きに、怎(いか)にして嘴(くちばし)の上(うえ)に紅(あか)を掛(か)けたるや?」  彼(かれ)は這(こ)の血(ち)の手(て)を看(み)て、口(くち)の裏(うち)に絮絮叨叨(じょじょとうとう=ぶつぶつ)と両辺(りょうほう)を乱(みだ)りに看(み)るも、却(かえ)って動静(どうじょう=物音)見(み)えず、道(い)わく、 「甚(なに)の妖怪(ようかい)無(な)きに、怎(いか)にして我(われ)を一槍(ひとやり)戳(つ)くや?」  忽(たちま)ち頭(かしら)を挙(あ)げて上(うえ)に往(ゆ)きて看(み)る時(とき)、原来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の啄木虫(たくぼくちゅう)の、半空(はんくう)の裏(うち)に在(あ)りて飛(と)ぶなり。呆子(ほうし)は歯(は)を咬(か)みて罵(ののし)って道(い)わく、 「此(こ)の亡人(もうじん=死に損ない)め!弼馬温(ひつばおん)が我(われ)を欺(あな)どるは罷(や)めり、汝(なんじ)も亦(ま)た来(きた)りて我(われ)を欺(あな)どる!我(われ)暁(さと)れり、彼(かれ)は一定(きっと)我(われ)を是(こ)れ人(ひと)と認(みと)めず、只(た)だ我(わ)が嘴(くちばし)を把(もっ)て当(あて)て一段(ひとくぎり)の黒朽枯爛(こくきゅうこらん=黒く朽ちて爛れた)の樹(き)と為(な)し、内中(うち)に虫(むし)生(しょう)じて、虫児(むしこ)を尋(たず)ねて食(く)わんとし、我(われ)を将(もっ)て這(こ)の一下(ひとつ)啄(つつ)き了(おわ)れるならん。我(われ)に嘴(くちばし)を懐(ふところ)に揣(いだ)きて睡(ね)らしめよ。」  那(か)の呆子(ほうし)は轂轆(こくろく)と依然(いぜん)として睡(ね)り倒(たお)る。行者(ぎょうじゃ)は又(また)飛(と)び来(きた)り、耳根(じこん)の後(うし)ろを着(つ)けて又(また)啄(つつ)くこと一下(ひとつ)。呆子(ほうし)は慌(あわ)てて爬(は)い起(お)き上(あが)りて道(い)わく、 「此(こ)の亡人(もうじん)め、却(かえ)って我(われ)を打攪(だっかく=邪魔)すること狠(はなは)だし!想(おも)うに此処(ここ)は彼(かれ)の窠巣(かそう=巣)にして、蛋(たまご)を生(しょう)じ雛(ひな)を布(しか)ければ、我(われ)に占(し)められんことを怕(おそ)れ、此(こ)の故(ゆえ)に這(か)くの般(ごと)く打攪(だっかく)するならん。罷(や)めん!罷(や)めん!罷(や)めん!彼(かれ)を睡(ね)らじ!」  釘鈀(ていは)を搴(かつ)ぎ、径(ただ)ちに紅草坡(こうそうは)を出(い)で、路(みち)を找(たず)ねて又(また)走(はし)る。  喜(よろこ)ばずんばあらず孫行者(そんぎょうじゃ)、笑(わら)い倒(たお)るるは箇(ひとり)の美猴王(びこうおう)なり。行者(ぎょうじゃ)は道(い)わく、「此(こ)の夯貨(こうか=鈍物)は大(おお)いに両箇(ふたつ)の眼(め)を睜(ひら)きて、連(つら)なる自家人(じかじん=身内)すら也(ま)た認(みと)め得(え)ざるかな!」  好(よ)き大聖(たいせい)、身(み)を揺(ゆ)るがして又(また)一変(いっぺん)し、還(ま)た変(へん)じて箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)を作(な)し、彼(かれ)の耳朶(みみ)の後(うし)ろに釘(と)り着(つ)き、他(かれ)の身(み)の上(うえ)を離(はな)れず。那(か)の呆子(ほうし)は深山(しんざん)に入(い)り、又(また)行(ゆ)くこと四五里(しごり)有(あ)りて、只(た)だ見(み)る、山凹(さんおう)の中(うち)に桌面大(ちゃくめんだい=卓ほどの大きさ)の四四方方(ししほうほう=真四角)たる三塊(みつ)の青石頭(せいせきとう=青き石)有(あ)り。呆子(ほうし)は釘鈀(ていは)を放(お)ろし下(おろ)し、石頭(いし)に対(むか)いて箇(ひとつ)の大喏(だいじゃ=深き礼)を唱(とな)えたり。行者(ぎょうじゃ)は暗(あん)に笑(わら)うて道(い)わく、「此(こ)の呆子(ほうし)め!石頭(いし)は又(また)人(ひと)に非(あら)ず、又(また)話(はなし)すること能(あた)わず、又(また)礼(れい)を返(かえ)すこと能(あた)わざるに、彼(かれ)に喏(じゃ)を唱(とな)うるは怎(いか)なることぞ、是(こ)れ箇(ひとつ)の瞎帳(かつちょう=無駄なこと)ならずや。」  原来(もと)那(か)の呆子(ほうし)は石頭(いし)を当(あて)て唐僧(とうそう)・沙僧(しゃそう)・行者(ぎょうじゃ)の三人(みたり)と為(な)し、彼(かれ)に向(むか)いて演習(えんしゅう=稽古)せるなり。彼(かれ)は道(い)わく、 「我(われ)此(こ)の回去(かえり)に、師父(しふ)に見(まみ)えて、若(も)し妖怪(ようかい)有(あ)りやと問(と)わば、就(すなわ)ち説(い)わん『妖怪(ようかい)有(あ)り』と。彼(かれ)甚(なん)の山(やま)を問(と)わば、我(われ)若(も)し説(い)わん『是(こ)れ泥(どろ)にて捏(こ)ねたる、土(つち)にて做(つく)れる、錫(すず)にて打(う)ちたる、銅(どう)にて鋳(い)たる、麺(こな)にて蒸(ふか)せる、紙(かみ)にて糊(こ)れる、筆(ふで)にて画(えが)ける』と、彼(かれ)ら我(われ)を説(い)うて呆(ほう=間抜け)なりと見(み)なば、若(も)し此(こ)の話(はなし)を講(こう)ぜば、一発(いっぱつ=ますます)呆(ほう)を説(と)かん。我(われ)只(た)だ説(い)わん『是(こ)れ石頭山(せきとうざん)』と。彼(かれ)甚(なん)の洞(ほら)を問(と)わば、也(ま)た只(た)だ説(い)わん『是(こ)れ石頭洞(せきとうどう)』と。  彼(かれ)甚(なん)の門(もん)を問(と)わば、却(かえ)って説(い)わん『是(こ)れ釘(くぎ)を釘(うち)たる鉄葉門(てつようもん=鉄の葉の門)』と。彼(かれ)裏辺(うち)の多遠(いかほど)を問(と)わば、只(た)だ説(い)わん『内(うち)に入(い)るに三層(さんそう)有(あ)り』と。十分(じゅうぶん)に再(ふたた)び捜尋(そうじん=詮索)して、門上(もんじょう)の釘子(くぎ)の多少(いくつ)を問(と)わば、只(た)だ説(い)わん『老猪(ろうちょ)心忙(こころあわただ)しくして記(おぼ)ゆること真(まこと)ならず』と。此間(ここ)に編造(へんぞう=作り事)停当(ていとう=用意)なれば、那(か)の弼馬温(ひつばおん)を哄(だま)して去(ゆ)かしめん!」  那(か)の呆子(ほうし)は捏合(ねつごう=作り上)げ了(おわ)り、釘鈀(ていは)を拖(ひ)きて、径(ただ)ちに本路(ほんろ=来た道)に回(かえ)る。怎(いか)でか行者(ぎょうじゃ)の耳朶(みみ)の後(うし)ろに在(あ)りて、一一(いちいち)聴(き)き得(え)て明白(めいはく)なるを知(し)らんや。行者(ぎょうじゃ)は彼(かれ)の回(かえ)り来(くる)を見(み)て、即(すなわ)ち両翅(ふたつばさ)を騰(あ)げて預(あらかじ)め回(かえ)り去(さ)り、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)して師父(しふ)に見(まみ)えたり。師父(しふ)は道(い)わく、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)来(きた)れるか、悟能(ごのう)は怎(いか)にして回(かえ)り来(こ)ざるや?」  行者は笑(わら)うて言った。「彼(かれ)は那処(あそこ)に在(あ)りて謊(うそ)を編(あ)むなり、就(すなわ)ち来(きた)らんと待(ま)て。」  長老は言った。「彼(かれ)の両箇(ふたつ)の耳朶(みみ)は眼(め)を蓋(おお)うて、愚拙(ぐせつ=愚か)の人(ひと)なるに、彼(かれ)会(よ)く甚(なん)の謊(うそ)を編(あ)まんや。又(また)是(こ)れ汝(なんじ)の甚(なに)がしの鬼話(きわ=嘘話)を捏合(ねつごう)して彼(かれ)を頼(おお)せるならん。」  行者は言った。「師父(しふ)、汝(なんじ)は只(た)だ這(か)くの如(ごと)く短(たん=欠点)を護(まも)る。此(こ)れは是(こ)れ対問(ついもん=突き合わせ)の話(はなし)有(あ)るなり。」彼(かれ)が那(か)の草(くさ)の裏(うち)に鑽(もぐ)りて覚(ねむり)を睡(ね)り、啄木虫(たくぼくちゅう)に叮(さ)されて醒(さ)め、石頭(いし)に向(むか)いて喏(じゃ)を唱(とな)え、甚(なに)がしの石頭山(せきとうざん)・石頭洞(せきとうどう)・鉄葉門(てつようもん)・妖精(ようせい)有(あ)りと編造(へんぞう)せしことを、預(あらかじ)め説(と)き了(おわ)れり。  説(と)き畢(おわ)るや、多(あま)たずして、那(か)の呆子(ほうし)走(はし)り将(きた)る。又(また)那(か)の謊(うそ)を忘(わす)れんことを怕(おそ)れ、頭(かしら)を低(た)れて口(くち)の裏(うち)に温習(おんしゅう=復習)す。行者(ぎょうじゃ)に一声(ひとこえ)喝(かつ)せられて道(い)わく、「呆子(ほうし)!甚(なに)を念(とな)えるや?」  八戒は耳朶(みみ)を掀(まく)り起(おこ)して来看看(みて)道(い)わく、「我(われ)地頭(じとう=目的地)に到(いた)り了(おわ)れり!」  那(か)の呆子(ほうし)は上(のぼ)り前(すす)んで跪(ひざまず)き倒(たお)る。長老(ちょうろう)は攙(たす)け起(おこ)して道(い)わく、「徒弟(とてい)、辛苦(しんく=ご苦労)啊(や)。」  八戒は言った。「正(まさ)に是(こ)れ。  路(みち)を行(ゆ)く人(ひと)、山(やま)を爬(はい)る人(ひと)は、第一(だいいち)に辛苦(しんく)なり。」  長老は言った。「妖怪(ようかい)有(あ)りしや?」  八戒は言った。「妖怪(ようかい)有(あ)り!妖怪(ようかい)有(あ)り!一堆(ひとつかみ)の妖怪(ようかい)なり!」  長老は言った。「怎(いか)にして汝(なんじ)を打発(ほうはつ=追い返)せしや?」  八戒は説(と)く、「彼(かれ)我(われ)をして猪祖宗(ちょそそう=豚のご先祖)、猪外公(ちょがいこう=豚の祖父)と做(な)さしめ、些(いささ)かの粉湯素食(ふんとうそじょく=春雨汁と精進料理)を安排(あんばい)して、我(われ)に教(おし)えて一頓(ひとくい)食(く)わせ、説(と)きて道(い)わく『旗鼓(きこ=旗と太鼓)を擺(なら)べて我(われ)らを送(おく)りて山(やま)を過(す)がしめん』と。」  行者は言った。「想(おも)うに草(くさ)の裏(うち)に在(あ)りて睡(ね)り着(つ)き、説(と)けるは是(こ)れ夢話(むわ=寝言)ならんか?」  呆子(ほうし)はこれを聞き、就(すなわ)ち嚇(おどろ)かされて矮(ひく)くなること三寸(さんすん)して道(い)わく、「爺爺(じいさま)呀(や)!我(われ)睡(ね)りしを彼(かれ)怎(いか)で暁(さと)るや?」  行者は上前(すす)み出(い)で、一把(ひとつかみ)に揪(ひっつか)み住(とど)めて道(い)わく、「汝(なんじ)過(こ)ち来(こ)よ、我(われ)に汝(なんじ)を問(と)わしめよ。」  呆子(ほうし)は又(また)慌(あわ)て、戦戦兢兢(せんせんけいけい)として道(い)わく、「問(と)うは便(すなわ)ち罷(や)めり、揪扯(きゅうしゃ=つかみ引く)は怎(いか)なることぞ?」  行者は言った。「是(こ)れ甚(なん)の山(やま)ぞ?」  八戒は言った。「是(こ)れ石頭山(せきとうざん)。」 「甚(なん)の洞(ほら)ぞ?」  道(い)わく、「是(こ)れ石頭洞(せきとうどう)。」 「甚(なん)の門(もん)ぞ?」  道(い)わく、「是(こ)れ釘(くぎ)を釘(うち)たる鉄葉門(てつようもん)。」 「裏辺(うち)は多遠(いかほど)ぞ?」  道(い)わく、「内(うち)に入(い)るは是(こ)れ三層(さんそう)。」  行者は言った。「汝(なんじ)説(と)くを消(よう)せず、後半截(こうはんせつ=後半)は我(われ)記(おぼ)ゆること真(まこと)なり。恐(おそ)らくは師父(しふ)信(しん)ぜざらん、我(われ)汝(なんじ)に替(かわ)りて説(と)き了(おわ)らんか。」  八戒は言った。「嘴臉(しれん=面構え)!汝(なんじ)は又(また)曾(かつ)て去(ゆ)かざるに、汝(なんじ)些(なに)を暁(さと)りて、我(われ)に替(かわ)りて説(と)かんと要(よう)するや?」  行者は笑(わら)うて言った。「門上(もんじょう)の釘子(くぎ)の多少(いくつ)有(あ)りしを、只(た)だ説(い)わん『老猪(ろうちょ)心忙(こころあわただ)しくして記(おぼ)ゆること真(まこと)ならず』と。可(か)なりや?」  那(か)の呆子(ほうし)は即(すなわ)ち慌忙(こうぼう)として跪(ひざまず)き倒(たお)る。行者は言った。「石頭(いし)に向(むか)いて喏(じゃ)を唱(とな)え、当(あて)て我(われ)三人(みたり)と做(な)し、彼(かれ)に対(たい)して一問一答(いちもんいっとう)せしは、可(か)なりや?又(また)説(い)えり『我(われ)に謊児(うそ)を編(あ)み得(え)て停当(ていとう)ならば、那(か)の弼馬温(ひつばおん)を哄(だま)して去(ゆ)かしめん』と。可(か)なりや?」  那(か)の呆子(ほうし)は連忙(れんぼう)として只(た)だ磕頭(かとう=額を地に打ち付ける)して道(い)わく、「師兄(しきょう)、我(われ)巡山(じゅんざん)に去(ゆ)きしに、汝(なんじ)も跟(したが)い去(ゆ)きて聴(き)けるに成(な)りたるか?」  行者は罵(ののし)って言った。「我(われ)汝(なんじ)を把(とっ)て箇(ひとり)の饢糠(のうこう=糠ばかり食う)の夯貨(こうか)!這(か)くの般(ごと)く要緊(ようきん=肝心)の所在(ところ)に、汝(なんじ)に教(おし)えて巡山(じゅんざん)に去(ゆ)かしむるに、汝(なんじ)は却(かえ)って往(ゆ)きて覚(ねむり)を睡(ね)る!啄木虫(たくぼくちゅう)の汝(なんじ)を叮(さ)して醒(さ)ますに非(あら)ずんば、汝(なんじ)は還(ま)た那処(あそこ)に在(あ)りて睡(ね)るなり。叮(さ)されて醒(さ)むるに及(およ)び、又(また)這(か)くの如(ごと)き大謊(だいほう=大嘘)を編(あ)むは、大事(だいじ)を誤(あやま)らずや?汝(なんじ)快(すみ)やかに孤拐(ここい=踝)を伸(の)べ過(わた)せ、五棍(ごこん)を打(う)ちて心(こころ)に記(き)せ!」  八戒は慌(あわ)てて道(い)わく、「那(か)の哭喪棒(こくそうぼう=葬式の棒)は重(おも)く、擦(こす)ること一擦(ひとこす)りすれば皮(かわ)塌(つぶ)れ、挽(ひ)くこと一挽(ひとひ)きすれば筋(すじ)傷(きずつ)く、若(も)し五下(いつつ)打(う)たば、就(すなわ)ち是(こ)れ死(し)するなり!」  行者は言った。「汝(なんじ)打(う)たるるを怕(おそ)るるに、却(かえ)って怎(いか)で謊(うそ)を扯(ひ)くや?」  八戒は言った。「哥哥(あにき)呀(や)、只(た)だ是(こ)れ此(こ)の一遭児(ひとたび)のみ、以後(いご)再(ふたた)び敢(あ)えてせじ。」  行者は言った。「一遭(ひとたび)なれば便(すなわ)ち三棍(さんこん)を打(う)たんか。」  八戒は言った。「爺爺(じいさま)呀(や)、半棍児(はんこんじ=半分の棍)すら也(ま)た禁(た)え得(え)ず!」  呆子(ほうし)は計(けい)奈何(いかん)も無(な)く、師父(しふ)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)わく、「汝(なんじ)我(われ)に替(かわ)りて箇(ひとつ)の方便(ほうべん=取り成し)を説(と)け。」  長老は言った。「悟空(ごくう)の汝(なんじ)謊(うそ)を編(あ)むと説(と)けるを、我(われ)還(ま)た信(しん)ぜざりき。今(いま)果(はた)して此(か)くの如(ごと)くならば、実(じつ)に該(まさ)に打(う)たるべし。但(た)だ如今(いま)山(やま)を過(す)ぐるに人(ひと)の使喚(しかん=使役)少(すくな)し。悟空(ごくう)、汝(なんじ)且(しばら)く彼(かれ)を饒(ゆる)せ、山(やま)を過(す)ぎてより再(ふたた)び打(う)たんか。」  行者は言った。「古人(こじん)云(い)わく『父母(ふぼ)の言情(げんじょう=言葉と情)に順(したが)う、呼(よ)んで大孝(たいこう)と為(な)す』と。師父(しふ)打(う)つなと説(と)かば、我(われ)就(すなわ)ち且(しばら)く汝(なんじ)を饒(ゆる)さん。汝(なんじ)再(ふたた)び彼(かれ)と巡山(じゅんざん)に去(ゆ)け、若(も)し再(ふたた)び謊(うそ)を説(と)きて事(こと)を誤(あやま)らば、我(われ)定(さだ)めて一下(ひとつ)も也(ま)た汝(なんじ)を饒(ゆる)さじ!」  那(か)の呆子(ほうし)は只(た)だ爬(は)い起(お)き上(あが)りて大路(たいろ)に奔(はし)り上(のぼ)り、又(また)去(ゆ)くを得(え)たり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)は疑心(ぎしん)暗鬼(あんき=心の鬼)を生(しょう)じ、步步(ほほ)に只(た)だ疑(うたが)うらくは是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の変化(へんげ)して彼(かれ)に跟(したが)い住(とど)まれるならんと。故(ゆえ)に一物(ひとつのもの)を見(み)れば、即(すなわ)ち疑(うたが)うて是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)と為(な)す。  走(はし)ること七八里(しちはちり)有(あ)りて、一隻(ひとつ)の老虎(ろうこ=虎)の、山坡(さんは)の上(うえ)より跑(はし)り過(す)ぐるを見(み)るも、彼(かれ)も亦(ま)た怕(おそ)れず、釘鈀(ていは)を挙(あ)げて道(い)わく、 「師兄(しきょう)は謊(うそ)を説(と)くを聴(き)きに来(きた)れるか、此(こ)の遭(たび)は編(あ)まじ。」  又(また)走(はし)る処(ところ)、那(か)の山風(さんぷう)の来(きた)ること甚(はなは)だ猛(たけ)しく、呼(こ)う的一声(ひとこえ)に、一顆(ひとつ)の枯木(こぼく=枯れ木)を把(もっ)て刮(なぎ)倒(たお)し、滚(ころ)び至(いた)って面前(めんぜん)に至(きた)る。彼(かれ)は又(また)脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)ちて道(い)わく、「哥(あにき)啊(や)!  是(こ)れ怎(いか)なる起(おこ)りぞ!一行(ひとこと)『敢(あ)えて謊(うそ)を編(あ)まじ』と説(と)き罷(や)めるに、又(また)甚(なん)の樹(き)に変化(へんげ)して来(きた)りて人(ひと)を打(う)つや!」  又(また)前(まえ)に向(むか)い走(はし)るに、只(た)だ見(み)る、一箇(ひとつ)の白頸老鴉(はくけいろうあ=首の白き烏)の、当頭(とうとう=真上)より喳喳(さっさつ)と連(つづ)けて幾声(いくこえ)か叫(な)く。彼(かれ)は又(また)道(い)わく、「哥哥(あにき)、不羞(はずかしからず)!不羞!我(われ)編(あ)まじと説(と)けば就(すなわ)ち編(あ)まず、只(た)だ管(ひたすら)又(また)老鴉(ろうあ=烏)に変化(へんげ)して怎(いか)にするや。汝(なんじ)来(きた)りて聴(き)くか?」  原来(もと)此(こ)の一番(ひとたび)は行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って曾(かつ)て彼(かれ)に跟(したが)い去(ゆ)かざりしに、彼(かれ)の那処(あそこ)に却(かえ)って自(みずか)ら驚(おどろ)き自(みずか)ら怪(あやし)み、乱(みだ)りに疑(うたが)い乱(みだ)りに猜(あて)る。故(ゆえ)に往(ゆ)かずんばあらずして皆(みな)是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の彼(かれ)が身(み)に随(したが)えると疑(うたが)うなり。呆子(ほうし)の驚疑(きょうぎ)は且(しばら)く題(だい)せず。  却説(さて)那(か)の山(やま)は平頂山(へいちょうざん)と叫做(よば)れ、那(か)の洞(ほら)は蓮花洞(れんかどう)と叫做(よば)る。洞裏(どうり)に両妖(りょうよう=二人の妖怪)あり。一(ひとり)は金角大王(きんかくだいおう)と喚(よ)び、一(ひとり)は銀角大王(ぎんかくだいおう)と喚(よ)ぶ。  金角(きんかく)は正(まさ)に坐(ざ)して、銀角(ぎんかく)に対(たい)して説(と)く、「兄弟(けいてい)よ、我(われ)ら多少時(いくほど)も山(やま)を巡(めぐ)らざりしや?」  銀角は言った。「半箇月(はんげつ=半月)有(あ)り。」  金角は言った。「兄弟よ、汝(なんじ)今日(こんにち)我(われ)と与(とも)に去(ゆ)きて巡巡(めぐりめぐ)らんか。」  銀角は言った。「今日(こんにち)山(やま)を巡(めぐ)るは怎(いか)にせんや?」  金角は言った。「汝(なんじ)知(し)らずや。近(ちか)ごろ聞(き)き得(え)たるは、東土(とうど)唐朝(とうちょう)より箇(ひとり)の御弟(ぎょてい=皇帝の義弟)唐僧(とうそう)を差(つか)わし、西方(さいほう)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)ましむ。一行(いっこう)四衆(ししゅう)、叫做(よば)れて孫行者(そんぎょうじゃ)・猪八戒(ちょはっかい)・沙和尚(しゃおしょう)、馬(うま)を連(つら)ねて五口(ごく=五騎)なり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の那処(いずこ)に在(あ)るを、我(われ)と与(とも)に彼(かれ)を把(とら)えて来(こ)よ。」  銀角は言った。「我(われ)ら人(ひと)を食(く)わんと要(よう)せば、那処(どこ)に幾箇(いくにん)か撈(からめ)らざらんや。此(こ)の和尚(おしょう)の那処(あそこ)に到(いた)れるは、彼(かれ)をして去(ゆ)かしめんか。」  金角は言った。「汝(なんじ)暁(さと)らずや。我(われ)当年(とうねん)天界(てんかい)を出(い)でし時(とき)、嘗(かつ)て人言(じんげん=人の言)を聞(き)き得(え)たり。  唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち金蝉長老(きんぜんちょうろう)の臨凡(りんぽん=この世に降りし)にして、十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の好人(こうにん)なり。一点(いってん)の元陽(げんよう=陽気の元)未(いま)だ泄(も)れず、人(ひと)有(あ)りて彼(かれ)が肉(にく)を食(く)わば、寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)せんというぞ。」  銀角は言った。「若(も)し彼(かれ)が肉(にく)を食(く)うて就(すなわ)ち寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)する可(べ)くんば、我(われ)ら甚(なん)の坐(ざ)を打(う)たん、甚(なん)の功(こう)を立(た)てん、甚(なん)の龍(りゅう)と虎(とら)を煉(ね)らん、甚(なん)の雌(めす)と雄(おす)を配(はい)せんや。  只(た)だ該(まさ)に彼(かれ)を食(く)わんと去(ゆ)かんのみ。我(われ)に去(ゆ)きて彼(かれ)を拿(とら)え来(こ)しめよ。」  金角は言った。「兄弟よ、汝(なんじ)些(いささ)か性急(せいきゅう)なり、且(しばら)く忙着(あわてる)こと莫(なか)れ。汝(なんじ)若(も)し門(もん)を走(はし)り出(い)でて、好歹(よしあし)を管(かま)わず、但(た)だ是(こ)れ和尚(おしょう)なれば就(すなわ)ち拿(とら)え将(きた)らば、假如(かりに)是(こ)れ唐僧(とうそう)に非(あら)ざるも、却(かえ)って也(ま)た人子(じんし=人として)に当(あた)らざらんや。我(われ)彼(かれ)の模様(ようぼう=姿)を記(おぼ)え、曾(かつ)て彼(かれ)が師徒(しと)を将(もっ)て一箇(ひとつ)の影(かげ)を画(えが)き、一箇(ひとつ)の形(かたち)を図(はか)り了(おわ)れり。汝(なんじ)拿(と)り去(ゆ)く可(べ)し。但(た)だ和尚(おしょう)に遇(あ)わば、此(こ)れを以(もっ)て照験照験(しょうけんしょうけん=照合)せよ。」又(また)某(それがし)の人(ひと)は是(こ)れ某(それがし)の名字(みょうじ)と、一一(いちいち)説(と)き了(おわ)れり。  銀角は図像(ずぞう=絵姿)を得(え)、姓名(せいめい)を知(し)り、即(すなわ)ち洞(ほら)を出(い)で、三十名(さんじゅうめい)の小怪(しょうかい=子分)を点(てん)し起(おこ)し、便(すなわ)ち山(やま)の上(うえ)に来(きた)りて巡邏(じゅんら=見回り)す。  却説(さて)八戒(はっかい)は運拙(うんせつ=運が悪く)、正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、可可的(まさに)に群魔(ぐんま=妖怪の群れ)に撞遇(であ)い、当面(とうめん)に擋(さえぎ)り住(とど)めて道(い)わく、 「那(そちら)より来(きた)るは甚(なん)の人(ひと)ぞ?」  呆子(ほうし)は才(はじ)めて頭(かしら)を挙(あ)げ上(あ)げ、耳朶(みみ)を掀(まく)りて、見(み)れば是(こ)れ些(いくたり)かの妖魔(ようま)なり。彼(かれ)は就(すなわ)ち慌(あわ)て、心(こころ)の中(うち)に暗(あん)に道(い)わく、「我(われ)若(も)し説(い)わん『是(こ)れ経(きょう)を取(と)りに来(きた)れる和尚(おしょう)』と、彼(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を撈(からめ)り去(さ)らん。只(た)だ説(い)わん『是(こ)れ路(みち)を行(ゆ)く者(もの)』と。」  小妖(しょうよう)は回(かえ)りて報(ほう)じて道(い)わく、「大王(だいおう)、是(こ)れ路(みち)を行(ゆ)く者(もの)なり。」  那(か)の三十名(さんじゅうめい)の小怪(しょうかい)の、中間(なか)に認(みと)め得(う)る者有(あ)り、認(みと)め得(え)ざる者有(あ)り、旁辺(かたわら)に聴(き)きて指(さ)し点(てん)じて話(はな)す者有(あ)り、道(い)わく、「大王(だいおう)、此(こ)の和尚(おしょう)は、此(こ)の図(ず)の中(うち)の猪八戒(ちょはっかい)の模様(ようぼう)に象(に)たり。」  叫(い)うて影神図(えいしんず=姿を写した絵)を掛(か)け起(おこ)さしむ。八戒(はっかい)は見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)わく、「怪(あや)しき哉(かな)、此(こ)の時(とき)些(しばら)く精神(せいしん=元気)無(な)かりしは!原来(もと)是(こ)れ彼(かれ)が我(わ)が影神(えいしん=姿)を伝(つた)え将(きた)れるなり!」  小妖(しょうよう)は槍(やり)を用(もち)いて挑(ささ)げ、銀角(ぎんかく)は手(て)を用(もち)いて指(さ)して道(い)わく、「此(こ)の白馬(はくば)に騎(の)るは是(こ)れ唐僧(とうそう)、此(こ)の毛臉(もうれん=毛だらけの顔)は是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)。」  八戒は聴(き)きて道(い)わく、「城隍(じょうこう=土地神)よ、我(われ)無(な)きは便(すなわ)ち罷(や)めり、猪頭三牲(ちょとうさんせい=豚の頭と三種の供物)、清醮二十四分(せいしょうにじゅうしぶん=二十四の供物)を。」  口(くち)の裏(うち)に唠唠叨叨(ろうろうとうとう=ぶつぶつ)と、只(た)だ管(ひたすら)許願(きょがん=願を掛)く。那(か)の怪(かい)は又(また)道(い)わく、「此(こ)の黒長(こくちょう=黒く長き)なるは是(こ)れ沙和尚(しゃおしょう)、此(こ)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長き嘴と大なる耳)なるは是(こ)れ猪八戒(ちょはっかい)。」  呆子(ほうし)は彼(かれ)を説(と)けるを聴(き)きて、慌(あわ)てて箇(ひとつ)の嘴(くちばし)を把(もっ)て懐(ふところ)に揣(いだ)きて蔵(かく)し了(おわ)れり。那(か)の怪(かい)叫(さけ)んで道(い)わく、「和尚(おしょう)、嘴(くちばし)を伸(の)ばし出(いだ)せ!」  八戒は言った。「胎裏病(たいりびょう=生まれつきの病)、伸(の)ばし出(いだ)すこと得(え)ず。」  那(か)の怪(かい)は小妖(しょうよう)に令(めい)じて钩子(こうし=鉤)を使(つか)いて钩(かぎ)り出(いだ)さしむ。八戒は慌(あわ)てて箇(ひとつ)の嘴(くちばし)を伸(の)ばし出(いだ)して道(い)わく、「小家形(しょうかぎょう=小者)なるのみならん、此(こ)れ是(こ)れならずや。汝(なんじ)看(み)んと要(よう)せば便(すなわ)ち看(み)よ、钩(かぎ)るは怎(いか)なることぞ?」  那(か)の怪(かい)は是(こ)れ八戒(はっかい)と認(みと)め、宝刀(ほうとう)を掣(ひきぬ)き出(いだ)し、上前(すす)み出(い)でて就(すなわ)ち砍(き)る。這(こ)の呆子(ほうし)は釘鈀(ていは)を挙(あ)げて按(おさ)え住(とど)めて道(い)わく、「我(わ)が児(こ)よ、無礼(ぶれい)を休(や)めよ!鈀(くまで)を看(み)よ!」  那(か)の怪(かい)は笑(わら)うて言った。「此(こ)の和尚(おしょう)は是(こ)れ半路出家(はんろしゅっけ=中途で出家せし)なり。」  八戒は言った。「好(よ)き児(こ)よ!些(いささ)か霊性(れいせい=利発)有(あ)り!汝(なんじ)怎(いか)で就(すなわ)ち老爺(ろうや=おれさま)の半路出家(はんろしゅっけ)なるを暁(さと)るや?」  那(か)の怪(かい)は言った。「汝(なんじ)会(よ)く此(こ)の鈀(くまで)を使(つか)えば、一定(きっと)是(こ)れ人家(にんか=他人の家)の園圃(えんぽ=畑)の中(うち)に在(あ)りて地(つち)を筑(つ)き、彼(かれ)が此(こ)の鈀(くまで)を偷(ぬす)み将(きた)れるならん。」  八戒は言った。 「我(わ)が児(こ)よ、汝(なんじ)那処(どこ)で老爺(ろうや)が此(こ)の鈀(くまで)を認(みと)め得(え)んや。我(われ)は那(か)の地(つち)を筑(つ)くの鈀(くまで)に比(ひ)せず。此(こ)れは是(こ)れ   巨歯(きょし=大なる歯)鋳(い)り来(きた)ること龍爪(りゅうそう=竜の爪)の如(ごと)く、渗金(しんきん=金をしみ込ませ)妝(かざ)り就(つく)ること虎形(こぎょう=虎の形)に似(に)たり   若(も)し対敵(たいてき)に逢(あ)えば寒風(かんぷう)洒(そそ)ぎ、但(た)だ相持(そうじ=切り結ぶ)に遇(あ)えば火焰(かえん)生(しょう)ず   能(よ)く唐僧(とうそう)に替(かわ)りて障礙(しょうがい=障り)を消(け)し、西天(さいてん)の路(みち)上(じょう)に妖精(ようせい)を捉(とら)う   輪動(りんどう=振り回)せば煙霞(えんか=霞)日月(じつげつ)を遮(さえぎ)り、使(つか)い起(おこ)せば昏雲(こんうん=暗き雲)斗星(とせい)を暗(くら)くす   筑(つ)き倒(たお)せば泰山(たいざん)の老虎(ろうこ)も怕(おそ)れ、掀(ひるがえ)し翻(かえ)せば大海(たいかい)の老龍(ろうりゅう)も驚(おどろ)く   饒(たと)い汝(なんじ)が這(こ)の妖(よう)に手段(しゅだん)有(あ)るも、一鈀(ひとくまで)に九箇(ここのつ)の血窟窿(けっくつろう=血の穴)ならん!」  那(か)の怪(かい)はこれを聞き、那処(どこ)に肯(がえん)じて讓(ゆず)らんや。七星剣(しちせいけん)を使(つか)い、解数(かいすう=技)を披(ひら)き開(ひら)き、八戒(はっかい)と一往一来(いちおういちらい)、山(やま)の中(うち)に在(あ)りて賭闘(ととう=勝負)すること二十回合(にじゅうがいごう)、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。八戒(はっかい)は狠(きつ)さを発(はっ)し起(おこ)し、死(し)を捨(す)てて相迎(むか)えたり。  那(か)の怪(かい)は彼(かれ)の耳朶(みみ)を捽(ひ)き、粘涎(ねんぜん=粘り気のよだれ)を噴(ふ)き、釘鈀(ていは)を舞(ま)い、口(くち)の裏(うち)に吆吆喝喝(ようようかつかつ=わあわあ)せるを見(み)て、也(ま)た尽(ことごと)く些(いささ)かの悚懼(しょうく=恐れ)有(あ)り。即(すなわ)ち頭(かしら)を回(めぐ)らして小怪(しょうかい)を招呼(しょうこ=呼び寄)せ、一斉(いっせい)に手(て)を動(うご)かす。  若(も)し一箇(ひとり)が一箇(ひとり)を打(う)たば、実(じつ)に還(ま)た好(よ)し。彼(かれ)は那些(これら)の小妖(しょうよう)の斉(ひとしく)上(のぼ)るを見(み)て、慌(あわ)てて手脚(しゅきゃく=手足)し、遮架(しゃか=防ぎ)住(とど)むること能(あた)わず、陣(じん)を敗(やぶ)り、頭(かしら)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち跑(はし)る。  原来(もと)是(こ)れ道路(みち)平(たいら)かならず、未(いま)だ曾(かつ)て細(こま)かに看(み)ざりしに、忽(たちま)ち蓏蘿藤(ららとう=つる草)に絆(つまず)かれて箇(ひとつ)の踉蹌(ろうそう=よろめき)をなせり。掙(もが)き起(お)き上(あが)りて正(まさ)に走(はし)らんとするに、又(また)箇(ひとり)の小妖(しょうよう)に、地(ち)に睡(ね)り倒(たお)れて、彼(かれ)が脚跟(きゃくこん=かかと)を扳(ひ)き着(つ)けられ、撲(ぼく)と又(また)跌(つまず)きて箇(ひとつ)の狗吃屎(くしっし=犬が糞を食う)の体(てい)となり、一群(ひとむれ)に追(お)い上(のぼ)られて按(おさ)え住(とど)められ、鬃毛(そうもう=たてがみ)を抓(つか)まれ、耳朶(みみ)を揪(ひっつか)まれ、脚(あし)を扯(ひ)かれ、尾(お)を拉(ひ)かれ、扛扛抬抬(こうこうたいたい=担ぎ上げ)て、擒(とら)えられて洞(ほら)の裏(うち)に進(い)り了(おわ)れり。  咦(い)!正(まさ)に是(こ)れ   一身(いっしん)魔発(まはつ=魔心の起こる)は消滅(しょうめつ)し難(がた)く   万種(ばんしゅ)の災生(さいしょう=災いの生ずる)は除(のぞ)き易(やす)からず  畢竟(つい)に猪八戒(ちょはっかい)の性命(せいめい=命)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説き明かす)を聴(き)け。 第三十三回 外道(げどう)、真性(しんしょう)を迷(まよ)わす 元神(げんしん)、本心(ほんしん)を助(たす)く  さて那(か)の怪(かい)は八戒(はっかい)を洞(ほら)の裏(うち)に拿(とら)え進(い)りて道(い)わく、「哥哥(あにき)啊(や)、一箇(ひとり)拿(とら)え将(きた)れり。」  老魔(ろうま)は喜(よろこ)んで道(い)わく、「拿(とら)え来(きた)りて我(われ)に看(み)しめよ。」  二魔(にま)は言った。「此(こ)れ是(こ)れならずや?」  老魔は言った。「兄弟(けいてい)、錯(あやま)りて拿(とら)えり、此(こ)の和尚(おしょう)は用(よう)無(な)し。」  八戒は就(すなわ)ち経(きょう)を綽(ひろ)げて説(と)いて道(い)わく、「大王(だいおう)、用(よう)無(な)き和尚(おしょう)ならば、彼(かれ)を放(はな)ち出(いだ)さんか、人子(じんし=人として)に当(あた)らざらん!」  二魔は言った。「哥哥(あにき)、彼(かれ)を放(はな)つこと勿(なか)れ。用(よう)無(な)しと雖(いえど)も、亦(ま)た是(こ)れ唐僧(とうそう)と一起(いっき=一緒)の者(もの)、猪八戒(ちょはっかい)と叫做(よば)る。彼(かれ)を且(しばら)く後辺(こうへん=裏手)の浄水池(じょうすいち=清き水の池)の中(うち)に浸(ひた)し、毛衣(もうい=毛皮)を浸(ひた)し退(と)かしめ、塩(しお)を使(つか)うて腌(しおづ)けにし、晒(ほ)し乾(から)からしめ、天陰(てんいん=曇りの日)を等(ま)ちて酒(さけ)の下(さかな)にせん。」  八戒はこれを聞きて道(い)わく、「蹭蹬(そうとう=不運)啊(や)!腌臘(えんろう=塩漬けの肉)を販(あきな)う妖怪(ようかい)に撞遇(であ)いたり!」  那(か)の小妖(しょうよう)は八戒(はっかい)を把(もっ)て抬(かつ)ぎ進(い)り、水(みず)の裏(うち)に抛(なげう)ちて題(だい)せず。  却説(さて)三蔵(さんぞう)は坡前(はぜん)に坐(ざ)して、耳熱(じねつ=耳が熱く)し眼跳(がんちょう=眼が跳ね)、身体(しんたい)安(やす)んぜず、一声(ひとこえ)叫(さけ)んで道(い)わく、「悟空(ごくう)!怎(いか)にして悟能(ごのう)は此(こ)の番(たび)の巡山(じゅんざん)に、去(ゆ)きてより久(ひさ)しくして而(しか)も来(きた)らざるや?」  行者は言った。「師父(しふ)は還(ま)た彼(かれ)が心(こころ)を暁(さと)らざるかな。」  三蔵は言った。「彼(かれ)に甚(なん)の心(こころ)か有(あ)るや?」  行者は言った。「師父啊(や)、此(こ)の山(やま)若(も)し是(こ)れ怪(かい)有(あ)らば、彼(かれ)半歩(はんぽ)も行(ゆ)き難(がた)く、一定(きっと)虚張声勢(きょちょうせいせい=見せかけの威勢)して、跑(はし)り将(きた)り回(かえ)りて我(われ)に報(ほう)ぜん。想(おも)うに是(こ)れ怪(かい)無(な)く、路途(みち)平静(へいせい)ならば、彼(かれ)一直(いっちょく=真っ直ぐ)に去(ゆ)き了(おわ)れり。」  三蔵は言った。「仮若(かりに)真個(しんこ=本当)に去(ゆ)き了(おわ)らば、却(かえ)って那処(いずこ)に在(あ)りて相会(まみ)えんや。此間(ここ)は乃(すなわ)ち是(こ)れ山野(さんや)空闊(くうかつ=広々とした)の処(ところ)、那(か)の店市城井(てんしじょうせい=宿場や町井戸)の間(あいだ)に比(ひ)す可(べ)からず。」  行者は言った。「師父(しふ)慮(おもんぱか)ること莫(なか)れ、且(しばら)く請(こ)うて馬(うま)に上(のぼ)れ。那(か)の呆子(ほうし)は些(いささ)か懶惰(らんだ=怠け)有(あ)り、断然(だんぜん)に走(はし)ること遅慢(ちまん=のろい)ならん。汝(なんじ)馬(うま)を把(もっ)て些(いささ)か打(う)ち動(うご)かせば、我(われ)ら定(きっ)と彼(かれ)に追(お)い上(のぼ)り、一同(いちどう)に去(ゆ)かんか。」  真個(しんこ)に唐僧(とうそう)は馬(うま)に上(のぼ)り、沙僧(しゃそう)は担(に)を挑(かつ)ぎ、行者(ぎょうじゃ)は前面(ぜんめん)に在(あ)りて路(みち)を引(ひ)きて山(やま)に上(のぼ)る。  却説(さて)那(か)の老怪(ろうかい)は又(また)二魔(にま)を喚(よ)んで道(い)わく、「兄弟(けいてい)よ、汝(なんじ)既(すで)に八戒(はっかい)を拿(とら)え了(おわ)れば、断乎(だんこ=きっと)就(すなわ)ち唐僧(とうそう)有(あ)らん。再(ふたた)び去(ゆ)きて山(やま)を巡巡(めぐりめぐ)らんか、切(きっ)と彼(かれ)を放(はな)ち過(す)ごすこと莫(なか)れ。」  二魔は言った。「就(すなわ)ち行(ゆ)かん、就(すなわ)ち行(ゆ)かん。」  汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)は急(いそ)ぎ五十名(ごじゅうめい)の小妖(しょうよう)を点(てん)し起(おこ)し、山(やま)に上(のぼ)りて巡邏(じゅんら)す。正(まさ)に走(はし)る処(ところ)、只(た)だ見(み)る、祥雲(しょううん=めでたい雲)縹緲(ひょうびょう=たなびき)、瑞気(ずいき=めでたい気)盤旋(ばんせん=めぐる)。二魔は道(い)わく、「唐僧(とうそう)来(きた)れり。」  衆妖(しゅうよう=妖怪ども)は道(い)わく、「唐僧(とうそう)は那処(どこ)に在(あ)るや?」  二魔は言った。「好人(こうにん)の頭上(ずじょう)には祥雲(しょううん)照頂(しょうちょう=頂を照らし)、悪人(あくにん)の頭上(ずじょう)には黒気(こくき)冲天(ちゅうてん=天を衝く)。那(か)の唐僧(とうそう)は原(もと)是(こ)れ金蝉長老(きんぜんちょうろう)の臨凡(りんぽん)にして、十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の好人(こうにん)なれば、此(こ)の故(ゆえ)に這(か)くの如(ごと)き雲(くも)の縹緲(ひょうびょう)有(あ)るなり。」  衆怪(しゅうかい)は都(ことごと)く看(み)えざるに、二魔(にま)は手(て)を用(もち)いて指(さ)して道(い)わく、「那(あれ)是(こ)れならずや?」  那(か)の三蔵(さんぞう)は就(すなわ)ち馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて一箇(ひとつ)の寒噤(かんきん=身震い)を打(う)てり。又(また)一指(ひとさし)すれば、又(また)一箇(ひとつ)の寒噤(かんきん)を打(う)つ。一連(いちれん)に指(さ)すこと三指(さんし)なれば、彼(かれ)は一連(いちれん)に三箇(みっつ)の寒噤(かんきん)を打(う)ち、心神(しんしん)寧(やす)んぜずして道(い)わく、「徒弟(とてい)啊(や)、我(われ)怎(いか)にして寒噤(かんきん)を打(う)つや?」  沙僧は言った。「寒噤(かんきん)を打(う)つは、想(おも)うに是(こ)れ傷食病(しょうしょくびょう=食べ過ぎの病)の発(はっ)したるならん。」  行者は言った。「胡説(こせつ=でたらめ)せよ、師父(しふ)は是(こ)れ此(こ)の深山峻嶺(しんざんしゅんれい)を走(はし)りて、必然(ひつぜん)小心(しょうしん=少し)虚驚(きょきょう=気のせいの驚き)するなり。怕(おそ)るる莫(なか)れ!怕(おそ)るる莫(なか)れ!老孫(ろうそん)に棒(ぼう)を把(もっ)て一路(ひとみち)打(う)たしめ、汝(なんじ)と与(とも)に驚(おどろき)を圧(おさ)え圧(おさ)えしめよ。」  好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、棒(ぼう)を理(ととの)え開(ひら)き、馬前(ばぜん)に在(あ)りて幾箇(いくつ)かの解数(かいすう=技)を披(ひら)き、上三下四(じょうさんげし)、左五右六(さごうろく)、尽(ことごと)く那(か)の六韜三略(りくとうさんりゃく=兵法書)に按(あん)じて、神通(じんつう)を使(つか)い起(おこ)す。那(か)の長老(ちょうろう)は馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて之(これ)を観(み)るに、真個(しんこ)に是(こ)れ寰中(かんちゅう=天下)に少(すくな)く、世上(せじょう)に全(まった)く無(な)し。路(みち)を剖(さ)き開(ひら)いて一直(いっちょく)前行(ぜんこう)すれば、険(あやう)く那(か)の怪物(かいぶつ)を唬(おどろ)かし倒(たお)さんとす。  彼(かれ)は山頂(さんちょう)に在(あ)りて之(これ)を見(み)て、魂(たましい)飛(と)び魄(たましい)喪(うしな)い、忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)うて道(い)わく、「幾年間(いくねんかん)か孫行者(そんぎょうじゃ)と聞(き)き説(と)けども、今日(こんにち)才(はじ)めて知(し)れり、話(はなし)虚(きょ)を伝(つた)えず、果(はた)して是(こ)れ真(まこと)なり。」  衆怪(しゅうかい)は上前(すす)みて道(い)わく、「大王(だいおう)、怎(いか)にして他人(たにん)の志気(しき=意気)を長(ちょう)じ、自己(じこ)の威風(いふう)を滅(めっ)するや。汝(なんじ)誰(たれ)を誇(ほこ)るや?」  二魔は言った。「孫行者(そんぎょうじゃ)は神通(じんつう)広大(こうだい)、那(か)の唐僧(とうそう)は彼(かれ)を食(く)わんとするも成(な)らじ。」  衆怪は言った。「大王(だいおう)、汝(なんじ)に手段(しゅだん)無(な)くんば、我(われ)らに幾箇(いくにん)かを着(つ)けて去(ゆ)きて大大王(だいだいおう)に報(ほう)ぜしめ、彼(かれ)に本洞(ほんどう)の大小(だいしょう)の兵(へい)を点(てん)し起(おこ)さしめ、陣勢(じんせい)を擺(なら)べ開(ひら)かしめ、合力齐心(ごうりょくさいしん=力を合わせ心を一に)して、彼(かれ)の那処(どこ)へ走(はし)り去(さ)るを怕(おそ)れんや!」  二魔は言った。「汝(なんじ)ら曾(かつ)て彼(かれ)が那(か)の一条(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)を見(み)ざるか、万夫不当(ばんぷふとう=万人も敵せず)の勇(ゆう)有(あ)り。我(わ)が洞中(どうちゅう)に不過(わずか)四五百兵(しごひゃくへい)なるに、怎(いか)でか彼(かれ)が那(か)の一棒(ひとぼう)に禁(た)え得(え)んや?」  衆妖(しゅうよう)は言った。「這(こ)れ等(ほど)に説(と)かば、唐僧(とうそう)は食(く)い成(な)らず、却(かえ)って猪八戒(ちょはっかい)を錯(あやま)りて拿(とら)えずや。如今(いま)送(おく)り還(かえ)さんか。」  二魔は言った。「拿(とら)えるは便(すなわ)ち亦(ま)た曾(かつ)て錯(あやま)りて拿(とら)えず、送(おく)るは便(すなわ)ち亦(ま)た好(よ)く軽(かる)く送(おく)らず。唐僧(とうそう)は終(つい)に是(こ)れ食(く)わんと要(よう)すれど、只(た)だ眼下(がんか=今)は還(ま)た尚(な)お能(あた)わず。」  衆妖は言った。「這(こ)れ般(ほど)に説(と)かば、還(ま)た幾年(いくねん)か過(す)ぐるや?」  二魔は言った。「也(ま)た幾年(いくねん)を消(よう)せず。我(われ)那(か)の唐僧(とうそう)を見(み)るに、只(た)だ善図(ぜんと=穏便に図る)す可(べ)く、悪取(あくしゅ=乱暴に取る)す可(べ)からず。若(も)し勢(いきおい)に倚(よ)りて彼(かれ)を拿(とら)えんと要(よう)せば、聞(き)くも也(ま)た一聞(いちぶん)を得(え)じ。只(た)だ以(もっ)て善(ぜん)を以(もっ)て去(ゆ)きて彼(かれ)を感(かん)ぜしめ、彼(かれ)が心(こころ)と我(わ)が心(こころ)と相合(あいがっ)するを赚(かせ)ぎ得(え)れば、却(かえ)って就(すなわ)ち善中(ぜんちゅう)に計(けい)を取(と)り、以(もっ)て之(これ)を図(はか)る可(べ)し。」  衆妖は言った。「大王(だいおう)若(も)し定計(ていけい=計略を定め)て彼(かれ)を拿(とら)えんに、我(われ)らを用(もち)う可(べ)きや?」  二魔は言った。「汝(なんじ)ら都(ことごと)く各(おの)おの本寨(ほんさい=持ち場)に回(かえ)れ、但(た)だ大王(だいおう)に報(ほう)じて知(し)らしむるを許(ゆる)さず。若(も)し是(こ)れ彼(かれ)を驚動(きょうどう)せば、必然(ひつぜん)風訊(ふうじん=消息)を走(はし)らせ、我(わ)が計策(けいさく)を敗(やぶ)らん。我(われ)自(みずか)ら箇(ひとつ)の神通変化(じんつうへんげ)有(あ)り、以(もっ)て彼(かれ)を拿(とら)う可(べ)し。」  衆妖(しゅうよう)は散(さん)じ去(さ)り、彼(かれ)は独(ひと)り山(やま)を跳(と)び下(お)り来(きた)り、那(か)の道路(みち)の旁(かたわら)に在(あ)りて、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて箇(ひとり)の年老(としお)いたる道者(どうしゃ=道士)を作(な)せり。真個(しんこ)に是(こ)れ怎生(いか)なる扮装(いでたち)ぞ。但(ただ)見(み)よ彼(かれ)が   星冠(せいかん=星の冠)晃亮(こうりょう=きらきら)とし、鶴髪(かくはつ=鶴の如き白髪)蓬松(ほうしょう=ぼうぼう)たり   羽衣(うい=羽の衣)は繍帯(しゅうたい=刺繍の帯)を囲(めぐ)らし、雲履(うんり=雲の履き物)は黄棕(おうそう=黄の棕櫚)を綴(つづ)る   神清(しんせい=心清らか)く目朗(もくろう=眼明る)きこと仙客(せんかく=仙人)の如(ごと)く、体健(たいけん=体健やか)に身軽(しんけい=身軽)きこと寿翁(じゅおう=長寿の翁)に似(に)たり   甚(なん)の清牛道士(せいぎゅうどうし)を説(と)かん、也(ま)た素券先生(そけんせんせい)に強(まさ)れり   妝(よそお)い成(な)す仮象(かぞう=偽りの姿)は真象(しんぞう=真の姿)の如(ごと)く、捏(こしら)え作(な)す虚情(きょじょう=偽りの情)は実情(じつじょう=真の情)に似(に)たり  彼(かれ)は那(か)の大路(たいろ)の旁(かたわら)に在(あ)りて、箇(ひとり)の跌折腿(てっせつたい=足を折った)道士(どうし)を妝(よそお)い做(な)し、脚(あし)の上(うえ)血(ち)淋津(りんしん=したたり)として、口(くち)の裏(うち)に哼哼(こうこう=うんうん)と、只(た)だ「救人(きゅうじん=人を救え)!救人(きゅうじん)!」と叫(さけ)ぶ。  却説(さて)此(こ)の三蔵(さんぞう)は孫大聖(そんたいせい)と沙僧(しゃそう)を仗(たの)み、歓喜(かんき)して前(まえ)に来(きた)る。正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、只(た)だ聴(き)く「師父(しふ)、人(ひと)を救(すく)え!」と叫(さけ)ぶを。三蔵は聞(き)き得(え)て道(い)わく、「善哉(ぜんざい)!善哉(ぜんざい)!此(こ)の曠野(こうや=広き野)の山(やま)の中(うち)、四下裏(あたり)に更(さら)に村舎(そんしゃ=村の家)無(な)きに、是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)の叫(さけ)ぶぞ。想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ虎豹狼虫(こひょうろうちゅう=虎豹狼や虫けら)に唬(おどろ)かされ倒(たお)されたるならん。」  這(こ)の長老(ちょうろう)は俊馬(しゅんめ=駿馬)を兜(たづな)し回(めぐ)らし、叫(さけ)んで道(い)わく、「那(そちら)の難(なん)に有(あ)る者(もの)は是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)ぞ。出(い)で来(きた)る可(べ)し。」  這(こ)の怪(かい)は草科(そうか=草むら)の裏(うち)より爬(は)い出(い)で、長老(ちょうろう)の馬前(ばぜん)に対(たい)し、乒乓(へいほう=ひたすら)に只管(ひたすら)磕頭(かとう)す。三蔵は馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて彼(かれ)の是(こ)れ箇(ひとり)の道者(どうしゃ)にして、却(かえ)って又(また)年紀(とし)高大(こうだい)なるを見(み)て、甚(はなは)だ意(い)に過(す)ぎず、連忙(れんぼう)として馬(うま)を下(お)りて攙(たす)け道(い)わく、「請(こ)う起(た)て、請(こ)う起(た)て。」  那(か)の怪(かい)は道(い)わく、「疼(いた)い!疼(いた)い!疼(いた)い!」  手(て)を離(はな)ちて看(み)る処(ところ)、只(た)だ見(み)る彼(かれ)の脚(あし)の上(うえ)に血(ち)流(なが)るるを。三蔵は驚(おどろ)きて問(と)うて道(い)わく、 「先生(せんせい)啊(や)、汝(なんじ)那処(いずこ)より来(きた)れるや。何(なん)の因(ゆえ)にか尊足(そんそく=尊き足)を傷(きずつ)けられたるや?」  那(か)の怪(かい)は巧語花言(こうごかげん=巧みな言葉)、虚情仮意(きょじょうかい=偽りの情)にて道(い)わく、「師父啊(や)、此(こ)の山(やま)の西(にし)に去(ゆ)くに、一座(ひとつ)の清幽(せいゆう=静かで奥深き)なる観宇(かんう=寺観)有(あ)り。我(われ)は是(こ)れ那(か)の観裏(かんり=観の中)の道士(どうし)なり。」  三蔵は言った。「汝(なんじ)本観(ほんかん)の中(うち)に在(あ)りて香火(こうか=線香の火)を侍奉(じぶ=仕え)し、経法(きょうほう=経の法)を演習(えんしゅう)せず、何為(なんす)れぞ此処(ここ)に在(あ)りて閑行(かんこう=ぶらつく)や?」  那(か)の魔(ま)は言った。「前日(せんじつ)山南(さんなん=山の南)の里(さと)の施主(せしゅ=檀那)の家(いえ)に、道衆(どうしゅう=道士たち)を邀(まね)きて星(ほし)を禳(はら)い、福(ふく)を散(さん)じて来(きた)ること晩(おそ)かりしに因(よ)り、我(われ)師徒(しと)二人(ふたり)、一路(ひとみち)に而(しか)して行(ゆ)けり。深衢(しんく=深き衢)に行(ゆ)き至(いた)るに、忽(たちま)ち一隻(ひとつ)の斑斕猛虎(はんらんもうこ=斑の猛虎)に遇(あ)い、我(わ)が徒弟(とてい)を将(もっ)て銜(くわ)え去(さ)られたり。貧道(ひんどう=拙者)は戦兢兢(せんけいけい)として命(いのち)を亡(ほろ)ぼし走(はし)り、一跤(ひとたび)乱石坡(らんせきは=乱れた石の坡)の上(うえ)に跌(つまず)きて、腿足(たいそく=腿と足)を傷(きずつ)け、回路(かいろ=帰り道)を知(し)らず。今日(こんにち)大(おお)いに天縁(てんえん=天の縁)有(あ)り、師父(しふ)に遇(あ)い得(えた)れば、万(よろず)望(のぞ)む、師父(しふ)大(おお)いに慈悲(じひ)を発(はっ)し、我(わ)が一命(いちめい)を救(すく)え。若(も)し観中(かんちゅう)に到(いた)り得(う)れば、就(すなわ)ち是(こ)れ身(み)を典(いれ)し命(いのち)を売(う)るとも、一定(きっと)深恩(しんおん=深き恩)を重(かさ)ねて謝(しゃ)せん。」  三蔵はこれを聞き、認(みと)めて真実(しんじつ)と為(な)し、道(い)わく、「先生啊(や)、汝(なんじ)と我(われ)は都(ことごと)く是(こ)れ一命(いちめい=一つの命)の人(ひと)なり。我(われ)は是(こ)れ僧(そう)、汝(なんじ)は是(こ)れ道(どう)、衣冠(いかん=衣服と冠)別(わか)ると雖(いえど)も、修行(しゅぎょう)の理(り)は則(すなわ)ち同(おな)じ。我(われ)汝(なんじ)を救(すく)わざらば、就(すなわ)ち是(こ)れ出家(しゅっけ)の輩(やから)に非(あら)ざるなり。救(すく)うは便(すなわ)ち汝(なんじ)を救(すく)わん、汝(なんじ)は却(かえ)って路(みち)を走(はし)ること得(え)ざるかな。」  那(か)の怪(かい)は言った。「立(た)つことも也(ま)た起(お)き上(あが)ること得(え)ず、怎(いか)でか路(みち)を走(はし)らんや?」  三蔵は言った。「也(ま)た罷(や)めん、也(ま)た罷(や)めん。我(われ)は還(ま)た路(みち)を走(はし)ること得(う)。馬(うま)を将(もっ)て汝(なんじ)に讓(ゆず)りて一程(ひとくだり)騎(の)らしめ、汝(なんじ)が上宮(じょうぐう=貴き宮)に到(いた)らば、我(われ)に馬(うま)を還(かえ)さんか。」  那(か)の怪(かい)は言った。「師父(しふ)、厚情(こうじょう=厚き情)を感蒙(かんもう=蒙)れり。只(た)だ是(こ)れ腿胯(たいこ=腿と股)を跌(つまず)き傷(きずつ)けて、馬(うま)に騎(の)ること能(あた)わず。」  三蔵は言った。「正(まさ)に是(こ)れ。」  沙和尚(しゃおしょう)を叫(よ)んで道(い)わく、「汝(なんじ)行李(こうり)を把(もっ)て我(わ)が馬(うま)の上(うえ)に捎(の)せよ。汝(なんじ)彼(かれ)を一程(ひとくだり)負(お)わんか。」  沙僧は言った。「我(われ)彼(かれ)を負(お)わん。」  那(か)の怪(かい)は急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らし、彼(かれ)を抹(み)ること一眼(ひとまなざし)して道(い)わく、「師父啊(や)、我(われ)は那(か)の猛虎(もうこ)に唬(おど)かされて怕(おそ)れをなせり。此(こ)の晦気色臉(わきしょくれん=不吉な色の顔)の師父(しふ)を見(み)れば、愈々(いよいよ)驚怕(きょうは=恐れ)して、敢(あ)えて彼(かれ)に負(お)わるることを要(よう)せず。」  三蔵は叫(さけ)んで道(い)わく、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)負(お)わんか。」  行者は連声(れんせい=続けさま)に答(こた)えて道(い)わく、「我(われ)負(お)わん、我(われ)負(お)わん!」  那(か)の妖(よう)は就(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を認定(にんてい=見定め)し、順順(じゅんじゅん=すんなり)と彼(かれ)に負(お)わるることを要(よう)し、再(ふたた)び言語(げんご)せず。  沙僧は笑(わら)うて言った。「此(こ)の眼色(がんしょく=見る目)無(な)き老道(ろうどう)め!我(われ)の負(お)うが好(よ)からざるに、顛倒(てんとう=かえって)彼(かれ)に負(お)わるることを要(よう)す。彼(かれ)若(も)し師父(しふ)の見(み)ざる時(とき)に、三尖石(さんせんせき=三つ尖の石)の上(うえ)に、筋(すじ)を把(もっ)て都(ことごと)く掼(なげう)ち断(た)ち了(おわ)らんずるに!」  行者は負(お)うて、口(くち)のうちに笑(わら)うて道(い)わく、「汝(なんじ)は此(こ)の潑魔(はつま=暴れ妖怪)、怎(いか)で敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)を惹(からか)うや。汝(なんじ)も亦(ま)た問(と)え、老孫(ろうそん)は是(こ)れ幾年(いくねん)の人児(ひとこ)なるかを!汝(なんじ)が這(か)くの般(ごと)き鬼話児(きわじ=嘘話)は、只(た)だ好(よ)く唐僧(とうそう)を瞞(あざむ)くも、又(また)好(よ)く来(きた)りて我(われ)を瞞(あざむ)かんや。我(われ)は汝(なんじ)の是(こ)れ此(こ)の山中(さんちゅう)の怪物(かいぶつ)なるを認(みと)め得(えた)り、想(おも)うに是(こ)れ我(わ)が師父(しふ)を食(く)わんと要(よう)するならん。我(わ)が師父(しふ)は又(また)是(こ)れ等閑(とうかん=並)の輩(やから)に非(あら)ず、是(こ)れ汝(なんじ)が食(く)う所(ところ)ならんや!汝(なんじ)若(も)し彼(かれ)を食(く)わんと要(よう)せば、也(ま)た須(すべから)く是(こ)れ多(おお)き一半(いっぱん=半分)を分(わ)けて老孫(ろうそん)に与(あた)うるなり。」  那(か)の魔(ま)は行者(ぎょうじゃ)の口(くち)のうちに念誦(ねんじゅ=唱える)するを聞(き)き得(え)て、道(い)わく、「師父(しふ)、我(われ)は是(こ)れ好人家(こうにんか=まともな家)の児孫(じそん=子孫)、道士(どうし)と做(な)れり。  今日(こんにち)不幸(ふこう)にして、虎狼(ころう)の厄(やく=災い)に遇(あ)えるのみ、我(われ)は是(こ)れ妖怪(ようかい)に非(あら)ず。」  行者は言った。「汝(なんじ)既(すで)に虎狼(ころう)を怕(おそ)るるに、怎(いか)で《北斗経(ほくときょう)》を念(とな)えざるや?」  三蔵は正(まさ)に然(しか)くして馬(うま)に上(のぼ)らんとし、此(こ)の言(げん)を聞(き)きて、罵(ののし)って道(い)わく、「此(こ)の潑猴(はつこう)め!人(ひと)の命(いのち)を救(すく)うは、七級(しちきゅう=七層)の浮屠(ふと=仏塔)を造(つく)るに勝(まさ)れり。汝(なんじ)彼(かれ)を負(お)うて負(お)う児(のみ)して便(すなわ)ち罷(や)めよ、且(しばら)く甚(なん)の北斗経(ほくときょう)南斗経(なんときょう)を講(こう)ぜんや!」  行者はこれを聞きて道(い)わく、「此(こ)の廝(やつ)は造化(ぞうか=幸運)なり!我(わ)が那(か)の師父(しふ)は是(こ)れ箇(ひとり)の慈悲(じひ)好善(こうぜん)の人(ひと)にして、又(また)些(いささ)か外好裏枒槎(がいこうりささ=外は善く内はごつごつ)有(あ)り。我(われ)汝(なんじ)を負(お)わざらんと待(まて)ば、彼(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を怪(あやし)まん。  負(お)うは便(すなわ)ち負(お)わん、須(すべから)く汝(なんじ)と与(とも)に講(こう)じ開(ひら)かん。若(も)し是(こ)れ大小便(だいしょうべん=用足し)ならば、先(ま)ず我(われ)と和(あい)して説(い)え。若(も)し脊梁(せりょう=背骨)の上(うえ)に淋(したた)り下(くだ)らば、臊気(そうき=生臭き臭い)堪(た)え難(がた)く、且(か)つ我(わ)が衣服(いふく)を汚(けが)して、人(ひと)無(な)く漿洗(しょうせん=洗濯)せざらん。」  那(か)の怪(かい)は言った。「我(われ)が這(か)くの般(ごと)き一把子(ひとつかみ)の年紀(とし)にて、豈(あに)汝(なんじ)が話(はなし)の説(と)くを知(し)らざらんや。」  行者は才(はじ)めて拉(ひ)き将(ゆ)き起(おこ)し、背(せ)の上(うえ)に負(お)うて、長老(ちょうろう)・沙僧(しゃそう)と同(とも)に、大路(たいろ)を奔(はし)りて西(にし)に行(ゆ)く。  那(か)の山(やま)の上(うえ)の高低(こうてい)平(たいら)かならざる処(ところ)は、行者(ぎょうじゃ)は心(こころ)に留(とど)めて慢(ゆっ)くり走(はし)り、唐僧(とうそう)をして前(まえ)に去(ゆ)かしむ。行(ゆ)くこと三五里(さんごり)の路(みち)に上(のぼ)らざるに、師父(しふ)と沙僧(しゃそう)は山凹(さんおう)の中(うち)に下(お)り了(おわ)り、行者(ぎょうじゃ)は却(かえ)って望(のぞ)み見(み)えず。心(こころ)の中(うち)に埋怨(ばいえん=恨み)して道(い)わく、 「師父(しふ)は偌大(じゃだい=これほど)の年紀(とし)にて、再(ふたた)び事体(じたい=事の道理)を暁(さと)らざるかな。此(こ)れ等(ほど)の遠路(えんろ)なれば、就(たと)い是(こ)れ空身子(からだ=空の身)なるも也(ま)た還(ま)た手重(ておも=手に重い)を嫌(きら)い、恨(うら)んで捽(なげう)たんことを得(え)ざるに、却(かえ)って又(また)我(われ)に教(おし)えて此(こ)の妖怪(ようかい)を負(お)わしむるとは!彼(かれ)の是(こ)れ妖怪(ようかい)なるを説(と)かずと雖(いえど)も、就(たと)い是(こ)れ好人(こうにん)なるも、這(こ)れ等(ほど)の年紀(とし)なれば、也(ま)た死(し)すべきに着(つ)けり。掼(なげう)ち殺(ころ)さんか、彼(かれ)を負(お)うて怎(いか)にせんや?」  此(こ)の大聖(たいせい)が正(まさ)に算計(さんけい=思案)して掼(なげう)たんと要(よう)するに、原来(もと)那(か)の怪(かい)は就(すなわ)ち知(し)り了(おわ)り、且(か)つ会(よ)く山(やま)を遣(つかわ)すことを。就(すなわ)ち一箇(ひとつ)の移山倒海(いざんとうかい=山を移し海を倒す)の法術(ほうじゅつ)を使(つか)い、就(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)の背(せ)の上(うえ)に在(あ)りて訣(けつ)を捻(ねん)じ、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、一座(ひとつ)の須弥山(しゅみせん)を遣(つかわ)して空中(くうちゅう)に在(あ)らしめ、頭(かしら)を劈(つんざ)いて来(きた)りて行者(ぎょうじゃ)を圧(お)す。  此(こ)の大聖(たいせい)は慌(あわ)てて頭(かしら)を偏(かたよ)せること一偏(ひとかた)して、左肩背(さけんはい=左の肩と背)の上(うえ)に圧(お)し着(つ)けられたり。笑(わら)うて道(い)わく、「我(わ)が児(こ)よ、汝(なんじ)甚(なん)の重身法(じゅうしんぽう=体重を重くする法)を使(つか)いて来(きた)りて老孫(ろうそん)を圧(お)すや。此(こ)れは倒(かえ)って也(ま)た怕(おそ)れず、只(た)だ是(こ)れ正担(せいたん=真っ直ぐな荷)は挑(にな)うに好(よ)く、偏担児(へんたんじ=片寄った荷)は挨(しの)び難(がた)しのみ。」  那(か)の魔(ま)は道(い)わく、「一座(ひとつ)の山(やま)にて彼(かれ)を圧(お)さえ住(とど)むること能(あた)わず!」  却(かえ)って又(また)呪語(じゅご)を念(とな)え、一座(ひとつ)の峨眉山(がびさん)を遣(つかわ)して空中(くうちゅう)に来(きた)らしめて圧(お)す。行者(ぎょうじゃ)は又(また)頭(かしら)を偏(かたよ)せること一偏(ひとかた)して、右肩背(うけんはい)の上(うえ)に圧(お)し着(つ)けられたり。看(み)よ彼(かれ)の両座(ふたつ)の大山(たいざん)を挑(にな)うて、飛星(ひせい=流星)の如(ごと)く師父(しふ)を追(お)い来(きた)るを!  那(か)の魔頭(まとう)は見(み)て、就(すなわ)ち嚇(おどろ)かされて渾身(こんしん=全身)は汗(あせ)と為(な)り、遍体(へんたい=体中)に津(つば)を生(しょう)じて道(い)わく、「彼(かれ)は却(かえ)って会(よ)く山(やま)を担(にな)う!」  又(また)性情(せいじょう=気持)を整(ととの)え、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、一座(ひとつ)の泰山(たいざん)を将(もっ)て空中(くうちゅう)に遣(つかわ)し、頭(かしら)を劈(つんざ)いて行者(ぎょうじゃ)を圧(お)し住(とど)めたり。  那(か)の大聖(たいせい)は力軟(りきなん=力弱まり)筋麻(きんま=筋がしびれ)、彼(かれ)が此(こ)の泰山下頂(たいざんかちょう=泰山で頭上から圧す)の法(ほう)に遭逢(そうほう=出会)い、只(た)だ圧(お)されて三尸神(さんししん=三尸の神)咋(さけ)び、七竅(しちきょう=七つの孔)に紅(あか)を噴(ふ)かしむるのみ。  好(よ)き妖魔(ようま)、神通(じんつう)を使(つか)うて行者(ぎょうじゃ)を圧(お)し倒(たお)し、却(かえ)って疾(すみ)やかに長風(ちょうふう)に駕(が)して唐三蔵(とうさんぞう)を追(お)い去(ゆ)き、就(すなわ)ち雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)りて手(て)を伸(の)ばし下(おろ)し来(きた)り、馬(うま)の上(うえ)より人(ひと)を撾(つか)まんとす。  慌(あわ)てたる箇(ひとり)の沙僧(しゃそう)は行李(こうり)を投(なげう)ち、降妖棒(ごうようぼう)を掣(ひきぬ)き出(いだ)し、当頭(とうとう=真っ向)より擋(さえぎ)り住(とど)めたり。那(か)の妖魔(ようま)は一口(ひとふり)の七星剣(しちせいけん)を挙(あ)げ、対面(たいめん)より来(きた)りて迎(むか)う。此(こ)れ一場(ひとくさり)の好(よ)き殺(たたかい)なり。   七星剣(しちせいけん)、降妖杖(ごうようじょう)、万映(ばんえい=万を映じ)の金光(きんこう)閃亮(せんりょう=きらめき)の如(ごと)し   此(こ)の圜眼(かんがん=丸き眼)は凶(きょう)なること黒殺神(こくさつしん)の如(ごと)く、彼(か)の鉄臉(てつれん=鉄の顔)は真(まこと)に是(こ)れ巻簾将(けんれんしょう)   那(か)の怪(かい)は山前(さんぜん)に大(おお)いに能(のう)を顕(あら)わし、一心(いっしん)に唐三蔵(とうさんぞう)を捉(とら)えんと要(よう)す   此(こ)の者(もの)は努力(どりょく)して真僧(しんそう)を保(たも)ち、一心(いっしん)に寧(むし)ろ死(し)するも肯(がえん)じて放(はな)たず   彼(かれ)両箇(ふたり)は雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(いぶ)して天宮(てんぐう)を照(てら)し、土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて斗象(とぞう=星宿)を遮(さえぎ)る   殺(たたか)いて那(か)の一轮(ひとわ)の紅日(こうじつ)をして淡(あわ)くして光(ひかり)無(な)からしめ、大地(だいち)乾坤(けんこん)昏蕩蕩(こんとうとう=暗く揺れ)たり   来往(らいおう)相持(そうじ)すること八九回(はっきゅうかい)、期(おも)わず戦(たたかい)に沙和尚(しゃおしょう)敗(やぶ)る  那(か)の魔(ま)は十分(じゅうぶん)に凶猛(きょうもう)にして、一口(ひとふり)の宝剣(ほうけん)を使(つか)い、流星(りゅうせい)の解数(かいすう=技)を滚(ころが)し来(きた)り、箇(ひとり)の沙僧(しゃそう)を戦(たたか)うて軟弱(なんじゃく)搪(ふせ)ぎ難(がた)からしめ、頭(かしら)を回(めぐ)らして走(はし)らんとせしに、早(はや)くも彼(かれ)に宝杖(ほうじょう)を逼(せま)り住(とど)められ、大手(おおて)を輪(めぐ)らし開(ひら)かれて、沙僧(しゃそう)を撾(つか)み住(とど)め、左脇(さきょう=左の脇)の下(した)に挟(わきばさ)み、右手(めて)を将(もっ)て馬上(ばじょう)に去(ゆ)きて三蔵(さんぞう)を拿(とら)え、脚尖児(つまさき)を以(もっ)て行李(こうり)を钩(か)け、口(くち)を張(ひら)き開(ひら)き、馬鬃(ばそう=馬のたてがみ)を咬(か)み、摂法(せっぽう=物を引き寄せる法)を使(つか)い起(おこ)し、彼(かれ)らを一陣風(ひとふう)に、都(ことごと)く蓮花洞(れんかどう)の裏(うち)に拿(とら)え到(いた)り、厳(きび)しき声(こえ)を高(たか)うして叫(さけ)んで道(い)わく、「哥哥(あにき)!此(こ)の和尚(おしょう)らは都(ことごと)く拿(とら)え来(きた)れり!」  老魔(ろうま)はこれを聞きて大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)わく、「拿(とら)え来(きた)りて我(われ)に看(み)しめよ。」  二魔(にま)は言った。「此(こ)れ是(こ)れならずや?」  老魔は言った。「賢弟(けんてい)呀(や)、又(また)錯(あやま)りて拿(とら)え来(きた)れり。」  二魔は言った。「汝(なんじ)唐僧(とうそう)を拿(とら)えよと説(と)きしなり。」  老魔は言った。「是(こ)れは便(すなわ)ち就(すなわ)ち是(こ)れ唐僧(とうそう)なれど、只(た)だ還(ま)た曾(かつ)て那(か)の手段(しゅだん)有(あ)る孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)え住(とど)めず。須(すべから)く是(こ)れ彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)めて、才(はじ)めて好(よ)く唐僧(とうそう)を食(く)うべきなり。若(も)し曾(かつ)て彼(かれ)を拿(とら)え得(え)ずんば、切(きっ)と彼(かれ)が人(ひと)を動(うご)かすこと莫(なか)れ。那(か)の猴王(こうおう)は神通(じんつう)広大(こうだい)、変化(へんげ)多般(たはん)なり。我(われ)ら若(も)し彼(かれ)が師父(しふ)を食(く)わば、彼(かれ)肯(がえん)じて甘心(かんしん=甘んじ)せんや。来(きた)りて那(か)の門前(もんぜん)に吵鬧(そうどう=騒ぎ立て)なば、想(おも)うて能(よ)く安生(あんせい=安穏)を得(え)んや。」  二魔は笑(わら)うて言った。「哥(あにき)啊(や)、汝(なんじ)も亦(ま)た忒(あまり)に会(よ)く人(ひと)を抬挙(たいきょ=持ち上げ)す。  若(も)し汝(なんじ)が彼(かれ)を夸奨(こしょう=誉めそやす)に依(したが)わば、天上(てんじょう)に少(すくな)く、地下(ちか)に全(まった)く無(な)しとならんに、我(わ)れ之(これ)を観(み)るに、也(ま)た只(た)だ此(か)くの如(ごと)くにして、甚(なん)の手段(しゅだん)も無(な)し。」  老魔は言った。「汝(なんじ)拿(とら)え住(とど)めたるか?」  二魔は言った。「彼(かれ)は已(すで)に我(われ)に三座(みっつ)の大山(たいざん)を遣(つかわ)されて山下(さんか)に圧(お)さえられ、寸歩(すんぽ)も挙移(きょい=動かす)すること能(あた)わず。此(こ)の故(ゆえ)に才(はじ)めて唐僧(とうそう)・沙和尚(しゃおしょう)を馬(うま)・行李(こうり)と連(つら)ねて、都(ことごと)く摂(ひきよ)せ将(きた)れるなり。」  那(か)の老魔(ろうま)はこれを聞きて満心(まんしん)歓喜(かんき)して道(い)わく、「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!此(こ)の廝(やつ)を拿(とら)え住(とど)めて、唐僧(とうそう)は才(はじ)めて是(こ)れ我(われ)らの口裏(くちうち=口の中)の食(しょく)なり。」  小妖(しょうよう)を叫(よ)んで道(い)わく、「快(すみ)やかに酒(さけ)を安排(あんばい)して、且(しばら)く汝(なんじ)が二大王(にだいおう)と与(とも)に一箇(ひとつ)の得功(とっこう=手柄)の杯児(さかずき)を奉(ほう)ぜよ。」  二魔は言った。「哥哥(あにき)、且(しばら)く酒(さけ)を食(く)うこと勿(なか)れ。小(ちいさ)き者(もの)らを叫(よ)んで猪八戒(ちょはっかい)を水(みず)より撈(すく)い上(あ)げて吊(つる)し起(おこ)さしめよ。」  遂(つい)に八戒(はっかい)を東廊(とうろう=東の廊下)に吊(つる)し、沙僧(しゃそう)を西辺(せいへん)に吊(つる)し、唐僧(とうそう)を中間(ちゅうかん)に吊(つる)し、白馬(はくば)を槽上(そうじょう=馬槽のほとり)に送(おく)り、行李(こうり)を収(おさ)め将(ゆ)きて進(い)れたり。  老魔は笑(わら)うて言った。 「賢弟(けんてい)は好(よ)き手段(しゅだん)なり!両次(ふたたび)に三箇(みたり)の和尚(おしょう)を捉(とら)えたり。但(た)だ孫行者(そんぎょうじゃ)は山(やま)に圧(お)さえ住(とど)めらると雖(いえど)も、也(ま)た須(すべから)く箇(ひとつ)の法(ほう)を作(な)し、怎(いか)にして彼(かれ)を拿(とら)え来(きた)りて蒸(ふか)すに凑(あつ)めてこそ好(よ)けれ。」  二魔は言った。「兄長(けいちょう)請(こ)う坐(ざ)せよ。  若(も)し孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)えんと要(よう)せば、我(われ)らの身(み)を動(うご)かすを消(よう)せず、只(た)だ両箇(ふたり)の小妖(しょうよう)に、両件(ふたつ)の宝貝(ほうばい)を拿(と)らせ、彼(かれ)を装(い)れ将(きた)らしめんのみ。」  老魔は言った。「甚(なん)の宝貝(ほうばい)を拿(と)りて去(ゆ)かしむるや?」  二魔は言った。「我(わ)が紫金紅葫芦(しきんべにひょうたん)と、汝(なんじ)が羊脂玉浄瓶(ようしぎょくじょうへい)を拿(と)らしめよ。」  老魔は宝貝(ほうばい)を将(もっ)て取(と)り出(いだ)して道(い)わく、「那(ど)の両箇(ふたり)を差(つかわ)さんか?」  二魔は言った。「精細鬼(せいさいき)・伶俐虫(れいりちゅう)の二人(ふたり)を差(つかわ)さん。」  吩咐(いいつ)けて道(い)わく、「汝(なんじ)両箇(ふたり)は此(こ)の宝貝(ほうばい)を拿(と)り、径(ただ)ちに高山(こうざん)の絶頂(ぜっちょう)に至(いた)り、底児(そこ)をして天(てん)に朝(むか)わしめ、口児(くち)をして地(ち)に朝(むか)わしめ、一声(ひとこえ)叫(さけ)べ『孫行者(そんぎょうじゃ)!』と。彼(かれ)若(も)し応(こた)えなば、已(すで)に裏(うち)に装(い)れられたるなり。即(すなわ)ち随(したが)いて太上老君(たいじょうろうくん)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)奉勅(ほうちょく)の帖児(ふだ)を貼(は)り着(つ)けなば、彼(かれ)は一時三刻(いちじさんこく=一時半)に化(か)して膿(うみ)と為(な)らん。」  二小妖(にしょうよう)は叩頭(こうとう)し、宝貝(ほうばい)を将(もっ)て領(う)け出(いだ)して行者(ぎょうじゃ)を拿(とら)えに去(ゆ)く。題(だい)せず。  却説(さて)那(か)の大聖(たいせい)は魔(ま)に法(ほう)を使(つか)われて山根(さんこん=山の麓)の下(した)に圧(お)さえ住(とど)められ、苦(く)に遇(あ)えば三蔵(さんぞう)を思(おも)い、災(わざわい)に逢(あ)えば聖僧(しょうそう)を念(おも)い、厳(きび)しき声(こえ)を揚(あ)げて叫(さけ)んで道(い)わく、 「師父(しふ)啊(や)!想(おも)うに当時(そのかみ)汝(なんじ)両界山(りょうかいざん)に到(いた)り、圧帖(あつじょう=押さえの札)を掲(あ)げしに、老孫(ろうそん)は大難(たいなん)を脱(のが)れ、教(きょう)を沙門(しゃもん)に秉(と)り、菩薩(ぼさつ)の法旨(ほうし)を賜(たま)わりしを感(かん)じ、我(われ)と汝(なんじ)は同住同修(どうじゅうどうしゅ)、同縁同相(どうえんどうそう)、同見同知(どうけんどうち)せり。乍(にわか)に想(おも)えば此処(ここ)に到(いた)り、魔障(ましょう=魔の障り)に遭逢(そうほう)し、又(また)彼(かれ)に山(やま)を遣(つかわ)されて圧(お)さる。憐(あわ)れむ可(べ)し!憐(あわ)れむ可(べ)し!汝(なんじ)が死(し)するは該当(まさ)なれど、只(た)だ沙僧(しゃそう)・八戒(はっかい)と那(か)の小龍(しょうりゅう)の馬(うま)に化(か)せし一場(ひとくさり)を難為(なんい=苦しめる)するのみ!此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ   樹大(じゅだい=樹の大)なれば風(かぜ)を招(まね)きて風(かぜ)樹(き)を撼(ゆる)がし   人(ひと)名高(なだか)きが為(ため)に名(な)人(ひと)を喪(うしな)う  と!」  嘆(なげ)き罷(や)むれば、那(か)の珠涙(しゅるい=玉の涙)雨(あめ)の如(ごと)し。早(はや)くも山神(さんしん)・土地(とち)と五方掲諦神衆(ごほうかいたいしんしゅう=五方の掲諦の神たち)を驚(おどろ)かせり。金頭掲諦(きんとうかいたい)は会(かい)して道(い)わく、「此(こ)の山(やま)は是(こ)れ誰(たれ)のものぞ?」  土地は言った。「是(こ)れ我(われ)らのものなり。」 「汝(なんじ)が山下(さんか)に圧(お)さえしは是(こ)れ誰(たれ)ぞ?」  土地は言った。 「是(こ)れ誰(たれ)なるを知(し)らず。」  掲諦(かいたい)は言った。「汝(なんじ)ら原来(もと)知(し)らざるか。此(こ)れに圧(お)さえられたるは、五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大鬧(だいどう=大騒ぎ)せし斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)行者(ぎょうじゃ)にして、如今(いま)正果(しょうか)に皈依(きえ=帰依)し、唐僧(とうそう)に跟(したが)うて徒弟(とてい)と做(な)れり。汝(なんじ)ら怎(いか)で山(やま)を妖魔(ようま)に借(か)し与(あた)えて彼(かれ)を圧(お)さしむるや。汝(なんじ)らは是(こ)れ死(し)したるなり。彼(かれ)若(も)し一日(いちじつ)身(み)を脱(のが)れ出(い)で来(きた)らば、彼(かれ)肯(がえん)じて汝(なんじ)を饒(ゆる)さんや!就(たと)い是(こ)れ軽(かる)きより従(したが)うも、土地(とち)は也(ま)た箇(ひとつ)の擺站(はいざん=駅送り)を問(と)われ、山神(さんしん)は也(ま)た箇(ひとつ)の充軍(じゅうぐん=流刑)を問(と)われ、我(われ)らも亦(ま)た箇(ひとつ)の大不応(だいふおう=大いなる不応)を領(う)けるのみ。」  那(か)の山神(さんしん)・土地(とち)は才(はじ)めて怕(おそ)れて道(い)わく、「委実(いじつ=まこと)に知(し)らず知(し)らず。只(た)だ聴(き)く那(か)の魔頭(まとう)の遣山呪法(けんざんじゅほう=山を遣わす呪法)を念(とな)え起(おこ)すを、我(われ)ら就(すなわ)ち山(やま)を把(もっ)て移(うつ)し将(きた)れるのみ、誰(たれ)か暁(さと)らん是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)ならんとは?」  掲諦(かいたい)は言った。「汝(なんじ)且(しばら)く怕(おそ)るるを休(や)めよ。律上(りつじょう=律の文)に云(い)えること有(あ)り『知(し)らざる者(もの)は坐(ざ=罰)せず』と。我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に計較(けいこう)して、彼(かれ)を放(はな)ち出(いだ)さん、彼(かれ)に手(て)を動(うご)かして汝(なんじ)らを打(う)たしむること勿(なか)れ。」  土地は言った。「就(すなわ)ち理(り)無(な)からん、既(すで)に放(はな)ち出(いだ)して又(また)打(う)たるるとは?」  掲諦は言った。「汝(なんじ)は知(し)らずや、彼(かれ)に一条(ひとすじ)の如意金箍棒(にょいきんこぼう)有(あ)り、十分(じゅうぶん)に利售(りがい=鋭く)なるぞ。打(う)ち着(つ)くれば就(すなわ)ち死(し)し、挽(ひ)き着(つ)くれば就(すなわ)ち傷(きずつ)く。磕(こつ)くこと一磕(ひとこつ)きすれば筋(すじ)断(た)え、擦(こす)ること一擦(ひとこす)りすれば皮(かわ)塌(つぶ)れるなり!」  那(か)の土地(とち)・山神(さんしん)は、心(こころ)の中(うち)に恐懼(きょうく)し、五方掲諦(ごほうかいたい)と与(とも)に商議(しょうぎ=相談)し了(おわ)り、却(かえ)って三山門外(さんざんもんがい=三つの山の門の外)に来(きた)りて叫(さけ)んで道(い)わく、「大聖(たいせい)!山神(さんしん)・土地(とち)・五方掲諦(ごほうかいたい)来(きた)りて見(まみ)えんとす。」  好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、彼(かれ)は虎(とら)痩(や)せて雄心(ゆうしん)は還(ま)た在(あ)り、自然(じねん)の気象(きしょう=気構え)昂昂(こうこう)、声音(せいおん)朗朗(ろうろう)として道(い)わく、「我(われ)に見(まみ)えて怎(いか)にせんや?」  土地は言った。「大聖(たいせい)に告(つ)げて知(し)らしめん。山(やま)を遣(つかわ)し開(ひら)き、大聖(たいせい)に出(い)で来(きた)らしめ、小神(しょうしん=卑しい神)の不恭(ふきょう=不敬)の罪(つみ)を赦(ゆる)されん。」  行者は言った。「山(やま)を遣(つかわ)し開(ひら)かば、汝(なんじ)を打(う)たじ。」  一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(い)わく、「起(お)き去(さ)れ!」と。就(すなわ)ち官府(かんふ=役所)の発放(ほうはつ=下知)の一般(ごと)し。那(か)の衆神(しゅうしん)は真言呪語(しんごんじゅご)を念(とな)え動(うご)かし、山(やま)を仍(もと)のごとく遣(つかわ)して本位(ほんい=元の位置)に帰(かえ)し、行者(ぎょうじゃ)を放(はな)ち起(おこ)せり。  行者は跳(と)び将(ゆ)き起(お)き上(あが)り、土(つち)を抖(はら)い抖(はら)い、裙(くん=裳)を束(つか)ね束(つか)ね、耳朶(みみ)の後(うし)ろより棒(ぼう)を掣(ひきぬ)き出(いだ)し、山神(さんしん)・土地(とち)を叫(よ)んで道(い)わく、「都(ことごと)く孤拐(ここい=踝)を伸(の)べ過(わた)せ、每人(ひとり)ずつ先(ま)ず両下(ふたつ)打(う)ち、老孫(ろうそん)と与(とも)に悶(もん=鬱憤)を散(さん)じ散(さん)ぜよ!」  衆神(しゅうしん)は大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)わく、「剛才(さっき)大聖(たいせい)は已(すで)に吩咐(いいつけ)して、我(われ)らが罪(つみ)を恕(ゆる)せり。怎(いか)にして出(い)で来(きた)るや就(すなわ)ち言語(げんご)を変(か)えて打(う)たんと要(よう)するや?」  行者は言った。「好(よ)き土地(とち)!好(よ)き山神(さんしん)!汝(なんじ)らは倒(かえ)って老孫(ろうそん)を怕(おそ)れず、却(かえ)って妖怪(ようかい)を怕(おそ)るるかな!」  土地は言った。「那(か)の魔(ま)は神通(じんつう)広大(こうだい)、法術(ほうじゅつ)高強(こうきょう)にして、真言呪語(しんごんじゅご)を念(とな)え動(うご)かし、我(われ)らを拘喚(こうかん=呼び出し)て彼(かれ)が洞裏(どうり)に在(あ)らしめ、一日(いちじつ)に一箇(ひとり)ずつ輪流(りんりゅう=交代)に当値(とうち=当直)せしむるなり!」  行者は当値(とうち)の二字(ふたじ)を聴(き)きて、却(かえ)って也(ま)た心(こころ)驚(おどろ)き、面(かお)を天(てん)に仰(あお)ぎ朝(むか)い、声(こえ)を高(たか)うして大(おお)いに叫(さけ)んで道(い)わく、 「蒼天(そうてん)!蒼天(そうてん)!那(か)の混沌(こんとん)初分(しょぶん=初めて分かれし)、天開(てんかい)き地闢(ちびら)けしより、花果山(かかざん)に我(われ)を生(しょう)じ、我(われ)も亦(ま)た曾(かつ)て明師(めいし)を遍訪(へんぼう=遍く訪ね)、長生(ちょうせい)の秘訣(ひけつ)を伝授(でんじゅ)せられたり。想(おも)うに我(わ)が那(か)の風(かぜ)に随(したが)いて変化(へんげ)し、虎(とら)を伏(ふく)し龍(りゅう)を降(くだ)し、天宮(てんぐう)を大鬧(だいどう)し、名(な)を大聖(たいせい)と称(とな)えしに、更(さら)に曾(かつ)て山神(さんしん)・土地(とち)を把(もっ)て心(こころ)に欺(あざむ)きて使喚(しかん)せず。今日(こんにち)此(こ)の妖魔(ようま)無状(ぶじょう=無礼)にして、怎(いか)で敢(あ)えて山神(さんしん)・土地(とち)を喚(よ)んで奴僕(ぬぼく=召使)と為(な)し、彼(かれ)に替(かわ)りて輪流(りんりゅう)に当値(とうち)せしむるや。天(てん)啊(や)!  既(すで)に老孫(ろうそん)を生(しょう)ぜば、怎(いか)で又(また)此(こ)の輩(やから)を生(しょう)ぜしや?」  那(か)の大聖(たいせい)が正(まさ)に感慨(かんがい)する間(あいだ)に、又(また)山凹(さんおう)の裏(うち)より霞光(かこう=霞の光)の焰焰(えんえん=きらめき)として来(きた)るを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)は道(い)わく、「山神(さんしん)・土地(とち)よ、汝(なんじ)ら既(すで)に此(こ)の洞中(どうちゅう)に在(あ)りて当値(とうち)せば、那(あ)の光(ひかり)を放(はな)つは是(こ)れ甚(なん)の物件(もの)ぞ?」  土地は言った。「那(あ)れは是(こ)れ妖魔(ようま)の宝貝(ほうばい)の光(ひかり)を放(はな)つなり。想(おも)うに是(こ)れ妖精(ようせい)の宝貝(ほうばい)を拿(と)り来(きた)りて汝(なんじ)を降(くだ)さんとするならん。」  行者は言った。「此(こ)れは却(かえ)って好(よ)く耍子児(しゃしじ=面白がる)なるかな!我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)に問(と)わん、彼(かれ)が此(こ)の洞中(どうちゅう)に甚(なん)の人(ひと)の彼(かれ)と与(とも)に相往(しょうおう=行き来)する有(あ)るや?」  土地は言った。「彼(かれ)の愛(あい)するは是(こ)れ丹(たん)を焼(や)き薬(くすり)を煉(ね)ること、喜(よろこ)ぶは是(こ)れ全真道人(ぜんしんどうじん=全真教の道士)なり。」  行者は言った。「怪(あや)しき哉(かな)彼(かれ)が箇(ひとり)の老道士(ろうどうし)に変化(へんげ)して、我(わ)が師父(しふ)を騙(だま)し去(さ)りしは。既(すで)に此(こ)れ等(ほど)ならば、汝(なんじ)ら都(ことごと)く且(しばら)く打(う)たるるを記(き)せ、回(かえ)り去(さ)れ。老孫(ろうそん)自(みずか)ら彼(かれ)を拿(とら)えんと待(まて)。」  那(か)の衆神(しゅうしん)は俱(ことごと)く空(くう)に騰(あ)がりて散(さん)ず。此(こ)の大聖(たいせい)は身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて箇(ひとり)の老真人(ろうしんじん=老いた仙人)を作(な)す。汝(なんじ)彼(かれ)が怎生(いか)なる扮装(いでたち)なるを道(い)わんや。   頭(かしら)には双髽髻(そうさけい=二つの髷)を挽(ま)き、身(み)には百衲衣(ひゃくのうえ=継ぎ接ぎの衣)を穿(き)る   手(て)には漁鼓簡(ぎょこかん=漁鼓の撥)を敲(たた)き、腰(こし)には呂公縧(りょこうとう=呂洞賓の帯)を系(か)く   斜(ななめ)に大路(たいろ)の下(した)に倚(よ)り、専(もっぱ)ら小魔妖(しょうまよう=小妖怪)を候(ま)つ   頃刻(しばらく)して妖(よう)到(いた)り来(きた)れば、猴王(こうおう)暗(あん)に刁(こうかつ=悪巧み)を放(はな)つ  多(あま)たずして、那(か)の両箇(ふたり)の小妖(しょうよう)到(いた)り来(きた)る。行者(ぎょうじゃ)は金箍棒(きんこぼう)を将(もっ)て伸(の)ばし開(ひら)けば、那(か)の妖(よう)は曾(かつ)て防備(ぼうび)せざりしに、脚(あし)を絆(つまず)かれ、撲(ぼく=ぽん)と一跌(ひとつまずき)せり。爬(は)い起(お)き上(あが)りて、才(はじ)めて行者(ぎょうじゃ)を見(み)て、口(くち)の裏(うち)に嚷(わめ)いて道(い)わく、「憊懶(はいらん=不精者)!憊懶(はいらん)!若(も)し我(わ)が大王(だいおう)の汝(なんじ)が此(こ)の行(ぎょう)の人(ひと)を敬重(けいちょう=尊ぶ)に非(あら)ずんば、就(すなわ)ち和(あい)して比較(ひかく=決着)し起(おこ)さんものを。」  行者は陪(とも)に笑(わら)うて言った。「比較(ひかく)して甚(なん)かせん。道人(どうじん=道士)の道人(どうじん)を見(み)るは、都(ことごと)く是(こ)れ一家人(いっかじん=同じ一家)なり。」  那(か)の怪(かい)は言った。「汝(なんじ)怎(いか)にして此処(ここ)に睡(ね)りて、我(われ)をして一跌(ひとつまずき)せしむるや?」  行者は言った。「小道童(しょうどうどう=小さき道童)が我(われ)が此(こ)の老道人(ろうどうじん)を見(み)れば、一跌児(ひとつまずき)を跌(つまず)いて見面銭(けんめんせん=面会の祝儀)と做(な)さんと要(よう)するなり。」  那(か)の妖(よう)は言った。「我(わ)が大王(だいおう)の見面銭(けんめんせん)は只(た)だ幾両(いくりょう)の銀子(ぎんし=銀)を要(よう)するに、汝(なんじ)怎(いか)で一跌児(ひとつまずき)を跌(つまず)いて見面銭(けんめんせん)と做(な)すや。汝(なんじ)は別(べつ)に是(こ)れ一郷風(いっきょうふう=他所の風習)ならん、決(けっ)して是(こ)れ我(わ)が此処(ここ)の道士(どうし)に非(あら)ず。」  行者は言った。「我(われ)は当真(ほんとう)に非(あら)ず、我(われ)は是(こ)れ蓬莱山(ほうらいさん)より来(きた)れるなり。」  那(か)の妖(よう)は言った。 「蓬莱山(ほうらいさん)は是(こ)れ海島(かいとう=海の島)神仙(しんせん)の境界(きょうがい)なり。」  行者は言った。「我(われ)神仙(しんせん)に非(あら)ずんば、誰(たれ)か是(こ)れ神仙(しんせん)ならんや?」  那(か)の妖(よう)は却(かえ)って嗔(いかり)を回(めぐ)らして喜(よろこび)と作(な)し、上前(すす)みて道(い)わく、「老神仙(ろうしんせん)!老神仙!我(われ)らは肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡人の眼と身)にて、能(よ)く識認(しきにん=見分け)ず、言語(げんご)冲撞(しょうとう=突き当たる)せり。怪(とが)むる莫(なか)れ、怪(とが)むる莫(なか)れ。」  行者は言った。「我(われ)汝(なんじ)を怪(とが)めず。常言(じょうげん)に道(い)わく『仙体(せんたい=仙人の体)は凡地(ぼんち=俗地)を踏(ふ)まず』と、汝(なんじ)怎(いか)で之(これ)を知(し)るや。我(われ)今日(こんにち)汝(なんじ)が山(やま)の上(うえ)に到(いた)り、一箇(ひとり)の仙(せん)を成(な)し道(みち)を了(おわ)る好人(こうにん)を度(ど=救済)せんと要(よう)す。那(ど)の箇(ひとり)か肯(がえん)じて我(われ)に跟(したが)い去(ゆ)かんとするや?」  精細鬼(せいさいき)は言った。「師父(しふ)、我(われ)汝(なんじ)に跟(したが)い去(ゆ)かん。」  伶俐虫(れいりちゅう)は言った。「師父(しふ)、我(われ)汝(なんじ)に跟(したが)い去(ゆ)かん。」  行者は明(あきらか)に知(し)りて故(ことさら)に問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)二位(ふたり)那処(いずこ)より来(きた)れるや?」  那(か)の怪(かい)は言った。「蓮花洞(れんかどう)より来(きた)れり。」 「那処(いずこ)へ往(ゆ)かんと要(よう)するや?」  那(か)の怪(かい)は言った。「我(わ)が大王(だいおう)の教命(きょうめい=命令)を奉(ほう)じ、孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)えに去(ゆ)くなり。」  行者は言った。「那(ど)の箇(ひとり)を拿(とら)えるや?」  那(か)の怪(かい)は又(また)言った。「孫行者(そんぎょうじゃ)を。」  孫行者は言った。「是(こ)れ唐僧(とうそう)に跟(したが)いて経(きょう)を取(と)る那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)ならんか?」  那(か)の妖(よう)は言った。「正是(まさにそう)、正是(まさにそう)。汝(なんじ)も亦(ま)た彼(かれ)を認(みと)め得(う)るや?」  行者は言った。「那(か)の猴(さる)は些(いささ)か無礼(ぶれい)なり。我(われ)彼(かれ)を認(みと)め得(え)て、我(われ)も亦(ま)た些(いささ)か彼(かれ)を悩(なや)ます。我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に彼(かれ)を拿(とら)えに去(ゆ)き、就(すなわ)ち汝(なんじ)と与(とも)に功(こう)を助(たす)くるに当(あて)ん。」  那(か)の怪(かい)は言った。「師父(しふ)、汝(なんじ)が功(こう)を助(たす)くるを須(もち)いず。我(わ)が二大王(にだいおう)に些(いささ)か法術(ほうじゅつ)有(あ)り、三座(みっつ)の大山(たいざん)を遣(つかわ)して彼(かれ)を山下(さんか)に圧(お)さえ、寸歩(すんぽ)も移(うつ)ること難(がた)からしめ、我(われ)両箇(ふたり)に宝貝(ほうばい)を拿(と)り来(きた)りて彼(かれ)を装(い)れしむるなり。」  行者は言った。「是(こ)れ甚(なん)の宝貝(ほうばい)ぞ?」  精細鬼(せいさいき)は言った。「我(わ)がは是(こ)れ紅葫芦(べにひょうたん)、彼(かれ)がは是(こ)れ玉浄瓶(ぎょくじょうへい)。」  行者は言った。「怎(いか)なる様(さま)に彼(かれ)を装(い)れるや?」  小妖(しょうよう)は言った。「此(こ)の宝貝(ほうばい)の底児(そこ)をして天(てん)に朝(むか)わしめ、口児(くち)をして地(ち)に朝(むか)わしめ、彼(かれ)を一声(ひとこえ)叫(さけ)べ。彼(かれ)若(も)し応(こた)えなば、就(すなわ)ち裏(うち)に装(い)れたり。上(うえ)に一張(ひとつ)の太上老君(たいじょうろうくん)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)奉勅(ほうちょく)の帖子(ふだ)を貼(は)り着(つ)けなば、彼(かれ)は一時三刻(いちじさんこく)に化(か)して膿(うみ)と為(な)らん。」  行者は説(と)くを見(み)て、心(こころ)の中(うち)に暗(あん)に驚(おどろ)いて道(い)わく、「利售(りがい=手強い)!利售(りがい)!当時(そのかみ)日値功曹(にっちこうそう)の信(しん)を報(ほう)じて、五件(いつつ)の宝貝(ほうばい)有(あ)りと説(と)きしが、是(こ)れ両件(ふたつ)なり。那(か)の三件(みっつ)は又(また)是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるを知(し)らず。」  行者は笑(わら)うて言った。「二位(ふたり)よ、汝(なんじ)宝貝(ほうばい)を把(もっ)て我(われ)に借(か)して看(み)しめよ。」  那(か)の小妖(しょうよう)は那(なん)の訣竅(けっきょう=からくり)を知(し)らざれば、就(すなわ)ち袖中(しゅうちゅう)より両件(ふたつ)の宝貝(ほうばい)を取(と)り出(いだ)し、双手(もろて)にて行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)せり。行者は見(み)て、心(こころ)の中(うち)に暗(あん)に喜(よろこ)んで道(い)わく、「好(よ)き東西(もの)!好(よ)き東西(もの)!我(われ)若(も)し尾子(しっぽ)を把(もっ)て一抉(ひとつま)みし、颼(しゅう)と跳(と)び起(お)きて走(はし)り去(さ)らば、只(た)だ当(あて)て是(こ)れ老孫(ろうそん)に送(おく)れるに。」  忽(たちま)ち又(また)思(おも)えらく、「不好(よくない)!不好(よくない)!搶(うば)うは便(すなわ)ち搶(うば)い去(さ)らんも、只(た)だ是(こ)れ老孫(ろうそん)が名頭(なあたま=評判)を壊(こわ)さん、是(こ)れを白日搶奪(はくじつそうだつ=白昼の強奪)と叫做(よば)れん。」  復(また)彼(かれ)に遞(わた)し与(あた)えて道(い)わく、「汝(なんじ)は還(ま)た曾(かつ)て我(わ)が宝貝(ほうばい)を見(み)ざるかな。」  那(か)の怪(かい)は言った。「師父(しふ)に甚(なん)の宝貝(ほうばい)か有(あ)るや。也(ま)た我(われ)に借(か)して凡人(ぼんじん)に看(み)せて災(さい)を圧(おさ)えしめよ。」  好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、手(て)を伸(の)ばし下(おろ)して尾(しっぽ)の上(うえ)の毫毛(ごうもう)を一根(ひとすじ)抜(ぬ)き、捻(ねん)じ捻(ねん)じして「変(へん)ぜよ!」と叫(さけ)べば、即(すなわ)ち変(へん)じて一箇(ひとつ)の一尺七寸(いっしゃくしちすん)の大(おおい)なる紫金紅葫芦(しきんべにひょうたん)を作(な)し、腰(こし)の裏(うち)より拿(と)り将(ゆ)き出(いだ)して道(い)わく、「汝(なんじ)我(わ)が葫芦(ひょうたん)を看(み)るや?」  那(か)の伶俐虫(れいりちゅう)は手(て)に接(う)け、看(み)て道(い)わく、「師父(しふ)、汝(なんじ)が此(こ)の葫芦(ひょうたん)は長大(ちょうだい)にして、様範(ようはん=形)有(あ)り、看(み)て好(よ)けれど、却(かえ)って只(た)だ是(こ)れ中用(ちゅうよう=役に立つ)せず。」  行者は言った。「怎(いか)で中用(ちゅうよう)せざるや?」  那(か)の怪(かい)は言った。「我(われ)らが此(こ)の両件(ふたつ)の宝貝(ほうばい)は、毎一箇(ひとつ)ずつ千人(せんにん)を装(い)る可(べ)きなり。」  行者は言った。「汝(なんじ)が此(こ)の人(ひと)を装(い)れるは、何(なん)ぞ稀罕(きかん=珍しき)に足(た)らんや。我(わ)が此(こ)の葫芦(ひょうたん)は、天(てん)を連(つら)ねて都(ことごと)く裏(うち)に装(い)るなり!」  那(か)の怪(かい)は言った。「就(すなわ)ち以(もっ)て天(てん)を装(い)る可(べ)きか?」  行者は言った。「当真(ほんとう)に天(てん)を装(い)る。」  那(か)の怪(かい)は言った。「只(た)だ怕(おそ)るるは是(こ)れ謊(うそ)ならん。就(すなわ)ち装(い)れて我(われ)らに看看(みせ)てこそ才(はじ)めて信(しん)ぜん、然(しか)らずんば決(けっ)して汝(なんじ)を信(しん)ぜじ。」  行者は言った。「天(てん)若(も)し我(われ)を悩(なや)ませば、一月(いちげつ)の間(あいだ)に、常(つね)に彼(かれ)を装(い)ること七八遭(ななはちたび)。我(われ)を悩(なや)ませざれば、就(すなわ)ち半年(はんとし)も也(ま)た彼(かれ)を装(い)ること一次(ひとたび)ならず。」  伶俐虫(れいりちゅう)は言った。「哥(あにき)啊(や)、天(てん)を装(い)る宝貝(ほうばい)を、彼(かれ)と与(とも)に換(か)えんか。」  精細鬼(せいさいき)は言った。「彼(かれ)が天(てん)を装(い)れるを、怎(いか)で肯(がえん)じて我(われ)が人(ひと)を装(い)れると相換(あいか)えんや。」  伶俐虫(れいりちゅう)は言った。「若(も)し肯(がえん)ぜずんば、彼(かれ)に此(こ)の浄瓶(じょうへい)を貼(てんぷ=おまけ)するも罷(や)めんか。」  行者は心(こころ)の中(うち)に暗(あん)に喜(よろこ)んで道(い)わく、「葫芦(ひょうたん)に葫芦(ひょうたん)を換(か)え、余外(よがい=おまけ)に浄瓶(じょうへい)を貼(つ)けられ、一件(ひとつ)に両件(ふたつ)を換(か)うるは、実(じつ)に甚(はなは)だ相応(そうおう=釣り合う)なり!」  即(すなわ)ち上前(すす)みて那(か)の伶俐虫(れいりちゅう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)わく、「天(てん)を装(い)る可(べ)きか換(か)う可(べ)きか?」  那(か)の怪(かい)は言った。「但(た)だ天(てん)を装(い)れば就(すなわ)ち換(か)えん、換(か)えずんば、我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)が儿子(せがれ)なり!」  行者は言った。「也(ま)た罷(や)めん、也(ま)た罷(や)めん。我(われ)装(い)れて汝(なんじ)らに看看(みせ)ん。」  好(よ)き大聖(たいせい)、頭(かしら)を低(た)れて訣(けつ)を捻(ねん)じ、一箇(ひとつ)の呪語(じゅご)を念(とな)え、那(か)の日遊神(にちゆうしん)・夜遊神(やゆうしん)・五方掲諦神(ごほうかいたいしん)を叫(よ)んで道(い)わく、 「即(すなわ)ち去(ゆ)きて我(われ)と与(とも)に玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)し上(たてまつ)れ。説(い)え、老孫(ろうそん)は正果(しょうか)に皈依(きえ)し、唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(さいてん)に去(ゆ)きて経(きょう)を取(と)るに、路(みち)は高山(こうざん)に阻(へだ)てられ、師(し)は苦厄(くやく)に逢(あ)えり。妖魔(ようま)の那(か)の宝(たから)を、吾(われ)彼(かれ)を誘(さそ)いて之(これ)と換(か)えんと欲(ほっ)す。万千(よろず)拜上(はいじょう=謹んで申し上げ)せよ、天(てん)を将(もっ)て老孫(ろうそん)に借(か)し与(あた)えて半箇時辰(はんこじしん=一時間)装(い)れ閉(と)ざさしめ、以(もっ)て成功(せいこう)を助(たす)けしめよ。若(も)し半声(ひとこえ)も肯(がえん)ぜずと道(い)わば、即(すなわ)ち霊霄殿(れいしょうでん)に上(のぼ)り、刀兵(とうへい=武力)を動(うご)かさん!」  那(か)の日遊神(にちゆうしん)は径(ただ)ちに南天門(なんてんもん)の裏(うち)霊霄殿下(れいしょうでんか)に至(いた)り、玉帝(ぎょくてい)に啓奏(けいそう=奏上)して、前事(ぜんじ=先の事)を備(つぶさ)に言(い)えり。  玉帝は道(い)わく、「此(こ)の潑猴頭(はつこうとう=暴れ猿め)は、言(げん)を出(いだ)して状(じょう=礼)無(な)し。前者(さき)観音(かんのん)来(きた)りて説(と)き、彼(かれ)を放(はな)ちて唐僧(とうそう)を保護(ほご)せしめしに、朕(ちん)が此処(ここ)に又(また)五方掲諦(ごほうかいたい)・四値功曹(しちこうそう)を差(つかわ)し、輪流(りんりゅう)に護持(ごじ=守護)せしむるに、如今(いま)又(また)天(てん)を借(か)りて装(い)れんとす。天(てん)は装(い)る可(べ)きか?」  才(はじ)めて装(い)る可(べ)からずと説(と)けるに、那(か)の班中(はんちゅう=列の中)より哪吒三太子(なたさんたいし)闪(ひらめ)き出(い)で、奏(そう)して道(い)わく、「万歳(ばんぜい)、天(てん)も也(ま)た装(い)る可(べ)し。」  玉帝は言った。「天(てん)は怎(いか)なる様(さま)に装(い)るや?」  哪吒(なた)は言った。「混沌(こんとん)初分(しょぶん)より、軽清(けいせい=軽く清き)を以(もっ)て天(てん)と為(な)し、重濁(じゅうだく=重く濁れる)を以(もっ)て地(ち)と為(な)す。天(てん)は是(こ)れ一団(ひとかたまり)の清気(せいき)にして瑶天宮闕(ようてんきゅうけつ=天の宮殿)を扶托(ふたく=支え)す。理(り)を以(もっ)て之(これ)を論(ろん)ずれば、実(じつ)に装(い)り難(がた)し。但(た)だ只(た)だ孫行者(そんぎょうじゃ)の唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西(にし)に去(ゆ)きて経(きょう)を取(と)るは、誠(まこと)に謂(い)う所(ところ)の泰山(たいざん)の福縁(ふくえん)、海深(かいしん)の善慶(ぜんけい=深き善き慶び)なれば、今日(こんにち)当(まさ)に彼(かれ)の成功(せいこう)を助(たす)く可(べ)し。」  玉帝は言った。「卿(けい)に何(なん)の助(たすけ)か有(あ)るや?」  哪吒は言った。「請(こ)う、旨意(しい=勅旨)を降(くだ)し、北天門(ほくてんもん)に往(ゆ)きて真武(しんぶ)に問(と)うて皂雕旗(そうちょうき=黒い鷲の旗)を借(か)り、南天門(なんてんもん)の上(うえ)に一展(ひとひろげ)して、那(か)の日月星辰(じつげつせいしん)を把(もっ)て閉(とざ)し了(おわ)らしめよ。対面(たいめん)に人(ひと)見(み)えず、白(しろ)を捉(とら)えて黒(くろ)を見(み)ざらしめ、那(か)の怪(かい)を哄(だま)して、只(た)だ説(い)え『天(てん)を装(い)り了(おわ)れり』と、以(もっ)て行者(ぎょうじゃ)の成功(せいこう)を助(たす)けよ。」  玉帝はこれを聞きて道(い)わく、「卿(けい)が奏(そう)する所(ところ)に依(よ)らん。」  那(か)の太子(たいし)は旨(し)を奉(ほう)じ、前(まえ)に来(きた)りて北天門(ほくてんもん)に至(いた)り、真武(しんぶ)に見(まみ)えて前事(ぜんじ)を備(つぶさ)に言(い)えり。那(か)の祖師(そし)は随(したが)って旗(はた)を将(もっ)て太子(たいし)に付(ふ)せり。  早(はや)くも遊神(ゆうしん)の急(いそ)ぎ大聖(たいせい)の耳辺(じへん)に降(くだ)りて道(い)わく、「哪吒太子(なたたいし)来(きた)りて功(こう)を助(たす)けんとす」とあり。  行者は面(かお)を仰(あお)いで之(これ)を観(み)るに、只(た)だ見(み)る祥雲(しょううん)繚繞(りょうじょう=たなびき)、果(はた)して是(こ)れ神(かみ)有(あ)り。却(かえ)って頭(かしら)を回(めぐ)らして小妖(しょうよう)に対(たい)して道(い)わく、「天(てん)を装(い)らんか。」  小妖は言った。「装(い)らんと要(よう)せば就(すなわ)ち装(い)れ、只(た)だ管(ひたすら)阿綿花屎(あめんかし=ぐずぐず)するは怎(いか)なることぞ?」  行者は言った。「我(われ)方才(さっき)神(しん)を運(めぐ)らし呪(じゅ)を念(とな)え来(きた)れるなり。」  那(か)の小妖(しょうよう)は都(ことごと)く眼(め)を睜(ひら)き、彼(かれ)の怎(いか)なる様(さま)に天(てん)を装(い)るを看(み)んとす。此(こ)の行者(ぎょうじゃ)は一箇(ひとつ)の仮(にせ)の葫芦児(ひょうたん)を将(もっ)て抛(なげう)ち上(のぼ)せり。汝(なんじ)想(おも)え、此(こ)れは是(こ)れ一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)の変(へん)ぜしもの、能(よ)く多(いかほど)の重(おも)さ有(あ)らんや。  那(か)の山頂(さんちょう)の上(うえ)の風(かぜ)に吹(ふ)かれて去(さ)られ、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ふわふわ)として、足(た)だ半箇時辰(はんこじしん)有(あ)りて、方(はじ)めて才(やっ)と落(お)ち下(くだ)れり。  只(た)だ見(み)る、那(か)の南天門(なんてんもん)の上(うえ)に、哪吒太子(なたたいし)が皂旗(そうき=黒き旗)を撥喇喇(はつらつらつ)と展開(てんかい)し、日月星辰(じつげつせいしん)を把(もっ)て俱(ことごと)く遮(さえぎ)り閉(とざ)し了(おわ)る。真(まこと)に是(こ)れ   乾坤(けんこん=天地)は墨(すみ)に染(そ)み就(な)り   宇宙(うちゅう)は靛(あい=藍)に装(よそお)い成(な)る  なり。二小妖(にしょうよう)は大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)わく、「才(さっき)話(はなし)せし時(とき)には、只(た)だ午(ひる)に向(むか)う可(べ)かりしに、却(かえ)って怎(いか)にして就(すなわ)ち黄昏(たそがれ)と為(な)れるや?」  行者は言った。「天(てん)既(すで)に装(い)り了(おわ)れば、時候(じこう=時)を弁(わきま)えず、怎(いか)で黄昏(たそがれ)ならざらん!」 「如何(いか)に又(また)此(こ)れ等(ほど)の様(さま)に黒(くろ)きや?」  行者は言った。「日月星辰(じつげつせいしん)は都(ことごと)く裏(うち)に装(い)り了(おわ)り、外(そと)に却(かえ)って光(ひかり)無(な)ければ、怎(いか)で黒(くろ)からざらん!」  小妖は言った。「師父(しふ)、汝(なんじ)は那廂(どちら)に在(あ)りて話(はな)せるや?」  行者は言った。「我(われ)汝(なんじ)が面前(めんぜん)に在(あ)るに是(こ)れならずや?」  小妖は手(て)を伸(の)ばし摸(さわ)り着(つ)けて道(い)わく、「只(た)だ話(はな)す声(こえ)見(み)えて、更(さら)に面目(めんもく=顔)見(み)えず。師父(しふ)、此間(ここ)は是(こ)れ甚(なん)の去処(ところ)ぞ?」  行者は又(また)彼(かれ)を哄(だま)して道(い)わく、「脚(あし)を動(うご)かすこと莫(なか)れ。此間(ここ)は乃(すなわ)ち是(こ)れ渤海(ぼっかい)の岸上(がんじょう)なり。若(も)し脚(あし)を塌(すべ)らせば、落(お)ち下(くだ)り去(ゆ)かば啊(や)、七八日(しちはちにち)にして也(ま)た還(ま)た底(そこ)に到(いた)ること得(え)じ!」  小妖は大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)わく、「罷(や)めん!罷(や)めん!罷(や)めん!天(てん)を放(はな)て。我(われ)らは是(こ)れ此(か)くの如(ごと)く装(い)るなるを暁(さと)れり。若(も)し一会子(ひととき)弄(いじ)って、海(うみ)に落(お)ち下(くだ)り去(さ)らば、家(いえ)に帰(かえ)ること得(え)じ!」  好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、彼(かれ)の認(みと)めて真実(しんじつ)と為(な)せるを見(み)て、又(また)呪語(じゅご)を念(とな)えて太子(たいし)を驚動(きょうどう)し、旗(はた)を把(もっ)て卷(ま)き起(おこ)さしむれば、却(かえ)って早(はや)くも日光(にっこう)の正午(しょうご)なるを見(み)る。  小妖は笑(わら)うて言った。「妙(たえ)啊(や)!妙(たえ)啊(や)!此(か)くの如(ごと)き好(よ)き宝貝(ほうばい)を、若(も)し換(か)えずんば、誠(まこと)に是(こ)れ家(いえ)を養(やしな)う儿子(せがれ)に非(あら)ざらん!」  那(か)の精細鬼(せいさいき)は葫芦(ひょうたん)を交(わた)し、伶俐虫(れいりちゅう)は浄瓶(じょうへい)を拿(と)り出(いだ)し、一斉児(いっせいに)行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)せり。行者(ぎょうじゃ)は却(かえ)って仮(にせ)の葫芦児(ひょうたん)を将(もっ)て那(か)の怪(かい)に遞(わた)せり。  行者は既(すで)に宝貝(ほうばい)を換(か)え了(おわ)りて、却(かえ)って又(また)事(こと)を幹(な)して找絶(そうぜつ=念入りに)す。臍下(さいか=臍の下)より一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、変(へん)じて一箇(ひとつ)の銅銭(どうせん)を作(な)し、叫(さけ)んで道(い)わく、「小童(こわっぱ)よ、汝(なんじ)此(こ)の銭(ぜに)を拿(と)りて往(ゆ)きて一張(ひとつ)の紙(かみ)を買(か)い来(こ)よ。」  小妖は言った。「何(なん)に用(もち)いるや?」  行者は言った。「我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に一箇(ひとつ)の合同文書(ごうどうぶんしょ=証文)を写(うつ)さん。汝(なんじ)は此(こ)の両件(ふたつ)の人(ひと)を装(い)る宝貝(ほうばい)を将(もっ)て我(わ)が一件(ひとつ)の天(てん)を装(い)る宝貝(ほうばい)に換(か)えたれば、恐(おそ)らくは人心(じんしん)平(たいら)かならず、向後(こうご=後日)に去(ゆ)きて日久年深(にちきゅうねんしん=年月が経て)、甚(なに)がしの反悔(はんかい=後戻り)有(あ)らんに不便(ふべん)ならん。此(こ)の故(ゆえ)に此(こ)れを写(うつ)して各(おの)おの執(と)りて照(あかし)と為(な)さんとす。」  小妖は言った。「此間(ここ)に又(また)筆墨(ひつぼく=筆と墨)無(な)きに、甚(なん)の文書(ぶんしょ)を写(うつ)さん。我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に一箇(ひとつ)の呪(じゅ=誓い)を赌(か)けんか。」  行者は言った。「怎(いか)なる様(さま)に赌(か)くるや?」  小妖は言った。「我(われ)ら両件(ふたつ)の人(ひと)を装(い)る宝(たから)を、汝(なんじ)が一件(ひとつ)の天(てん)を装(い)る宝(たから)に貼(てんぷ)し換(か)えて、若(も)し反悔(はんかい)有(あ)らば、一年四季(いちねんしき=一年中)遭瘟(そうおん=疫病に遭う)せん。」  行者は笑(わら)うて言った。「我(われ)は是(こ)れ決(けっ)して反悔(はんかい)せじ、如(も)し反悔(はんかい)有(あ)らば、也(ま)た汝(なんじ)に照(なら)いて四季(しき)に遭瘟(そうおん)せん。」  誓(ちかい)を説(と)き了(おわ)り、身(み)を将(もっ)て一縦(ひととび)し、尾子(しっぽ)を把(もっ)て翹(あ)げること一翹(ひとあげ)して、南天門(なんてんもん)の前(まえ)に跳(と)び上(のぼ)り、哪吒太子(なたたいし)の旗(はた)を麾(ふる)うて相助(あいたす)くるの功(こう)を謝(しゃ)せり。太子(たいし)は宮(きゅう)に回(かえ)りて旨(し)を繳(かえ)し、旗(はた)を将(もっ)て真武(しんぶ)に送(おく)り還(かえ)して題(だい)せず。  此(こ)の行者(ぎょうじゃ)は霄漢(しょうかん=大空)の間(あいだ)に佇立(ちょりつ=立ち止まり)、那(か)の箇(ひとり)の小妖(しょうよう)を観看(かんかん=見物)す。  畢竟(つい)に怎生(いか)に区処(くしょ=処置)するを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第三十四回 魔王(まおう)、巧(たく)みに算(さん)りて心猿(しんえん)を困(くるし)む 大聖(たいせい)、騰那(とうな)して宝貝(ほうばい)を騙(かた)る  さて那(か)の両箇(ふたり)の小妖(しょうよう)は、仮(にせ)の葫芦(ひょうたん)を手(て)の中(うち)に拿(と)り、争(あらそ)うて一会(ひととき)看(み)ておったが、忽(ふ)と頭(かしら)を挙(あ)げれば行者(ぎょうじゃ)の見(み)えざるなり。  伶俐虫(れいりちゅう)は言った。「哥(あにき)啊(や)、神仙(しんせん)も亦(ま)た会(よ)く誑語(きょうご=嘘)を打(う)つかな。彼(かれ)宝貝(ほうばい)を換(か)えて我(われ)らを度(ど)して仙(せん)に成(な)さしめんと説(と)けるに、怎(いか)にして辞(ことば)もせず就(すなわ)ち去(ゆ)き了(おわ)れるや?」  精細鬼(せいさいき)は言った。「我(われ)ら相応便宜(そうおうべんぎ=おおいに得)すること多(おお)きのみ、彼(かれ)敢(あ)えて去(ゆ)き得(え)成(な)らんや。葫芦(ひょうたん)を拿(と)り過(わた)せ、我(われ)に天(てん)を装(い)らしめ、也(ま)た試演試演(しえんしえん=試しにやって)して看(み)しめよ。」  真個(しんこ)に葫芦(ひょうたん)を把(もっ)て上(うえ)へ一抛(ひとなげ)すれば、撲(ぼく=ぽん)と就(すなわ)ち落(お)ち将(ゆ)き下(くだ)る。慌(あわ)てたる箇(ひとり)の伶俐虫(れいりちゅう)は道(い)わく、「怎(いか)にして装(い)らざるや!装(い)らず!莫(も)しや是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の仮(いつわ)りて神仙(しんせん)に変(へん)じ、仮(にせ)の葫芦(ひょうたん)を将(もっ)て我(われ)らの真(まこと)のを換(か)え去(さ)れるならんか?」  精細鬼は言った。「胡説(こせつ=でたらめ)するなかれ!孫行者(そんぎょうじゃ)は是(こ)れ那(か)の三座(みっつ)の山(やま)に圧(お)さえ住(とど)められたるに、怎生(いか)でか出(い)で得(え)んや。拿(と)り過(わた)せ、我(われ)に彼(かれ)が那(か)の幾句(いくく)の呪児(じゅじ)を念(とな)えて装(い)れて看(み)しめよ。」  此(こ)の怪(かい)も亦(ま)た葫芦児(ひょうたん)を把(もっ)て空(くう)に望(むか)いて投(な)げ起(おこ)し、口(くち)のうちに念(とな)えて道(い)わく、「若(も)し半声(ひとこえ)も肯(がえん)ぜざること有(あ)らば、就(すなわ)ち霊霄殿(れいしょうでん)の上(うえ)に上(のぼ)り、刀兵(とうへい)を動(うご)かさん!」  念(とな)え了(おわ)らざるに、撲(ぼく)と又(また)落(お)ち将(ゆ)き下(くだ)る。両妖(りょうよう)は道(い)わく、「装(い)らず装(い)らず!  一定(きっと)是(こ)れ箇(ひとつ)の仮(にせ)なり。」  正(まさ)に嚷(わめ)く処(ところ)、孫大聖(そんたいせい)は半空(はんくう)の裏(うち)に在(あ)りて明(あきらか)に聴(き)き得(え)、真実(しんじつ)に看(み)え着(つ)けたり。恐(おそ)るるは彼(かれ)の弄(いじ)る時辰(じしん=時)の多(おお)きにして、緊要(きんよう=肝心)の処(ところ)より風訊(ふうじん=消息)を走(はし)らせば、身(み)を将(もっ)て一抖(ひとふるい)し、那(か)の葫芦(ひょうたん)に変(へん)ぜし毫毛(ごうもう)を把(もっ)て、身(み)の上(うえ)に収(おさ)め来(きた)り、那(か)の両妖(りょうよう)をして四手(よんしゅ=両手両足)皆(みな)空(むな)しからしめたり。  精細鬼は言った。「兄弟(けいてい)、葫芦(ひょうたん)を拿(と)り来(こ)よ。」  伶俐虫は言った。「汝(なんじ)の拿(と)り着(つ)けたるなり。」 「天(てん)呀(や)!怎(いか)にして見(み)えざるや?」  都(ことごと)く去(ゆ)きて地下(ちか)を乱(みだ)りに摸(さぐ)り、草(くさ)の裏(うち)を胡(やたら)に尋(たず)ね、袖子(そで)を吞(の)み、腰間(ようかん)に揣(いだ)くも、那処(どこ)に得(え)んや。二妖(によう)は嚇(おどろ)かされて呆呆掙掙(ほうほうそうそう=ぼう然)として道(い)わく、「怎(いか)にせば好(よ)からん!怎(いか)にせば好(よ)からん!当時(そのかみ)大王(だいおう)の宝貝(ほうばい)を将(もっ)て我(われ)らに付(ふ)し与(あた)え、孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(と)らしめよと教(おし)えたるに、今(いま)行者(ぎょうじゃ)は既(すで)に曾(かつ)て拿(とら)え得(え)ず、宝貝(ほうばい)すら都(ことごと)く見(み)えずなりぬ。我(われ)ら怎(いか)で敢(あ)えて去(ゆ)きて回話(かいわ=返事)せんや。此(こ)の一頓(ひとくさり)の直直(ちょくちょく=まっすぐ)に打(う)ち死(ころ)さるるのみ!怎(いか)にせば好(よ)からん!怎(いか)にせば好(よ)からん!」  伶俐虫は言った。 「我(われ)ら走(に)げ了(おわ)らんか。」  精細鬼は言った。「那処(どこ)へ往(ゆ)きて走(に)ぐるや?」  伶俐虫は言った。「何処(いずこ)へ往(ゆ)きて走(に)ぐも管(かま)わず、罷(や)めんか。若(も)し回(かえ)り去(さ)りて宝貝(ほうばい)無(な)しと説(い)わば、断然(だんぜん)是(こ)れ命(いのち)を送(おく)るのみ。」  精細鬼は言った。「走(に)ぐること勿(なか)れ、還(ま)た回(かえ)り去(ゆ)かん。二大王(にだいおう)は平日(へいじつ)汝(なんじ)を看(み)ること甚(はなは)だ好(よ)し。我(われ)一句児(ひとこと)を推(お)して汝(なんじ)が身(み)の上(うえ)に在(あ)らしめん。彼(かれ)若(も)し肯(がえん)じて将就(しょうしゅ=大目に見る)せば、性命(せいめい)を留(とど)め得(え)ん。説(と)き過(す)ぎずんば、就(すなわ)ち打(う)ち死(ころ)さるるも、還(ま)た此間(ここ)に在(あ)らん。两頭(りょうとう)とも着(つ)かざるを弄(な)すこと莫(なか)れ。去(ゆ)かん来(きた)らん、去(ゆ)かん来(きた)らん!」  那(か)の怪(かい)は商議(しょうぎ)し了(おわ)り、歩(あゆみ)を転(めぐ)らして山(やま)に回(かえ)る。  行者(ぎょうじゃ)は半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて彼(かれ)の回(かえ)り去(ゆ)くを見(み)、又(また)身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて蝿児(はいじ=蝿)と作(な)り、飛(と)び下(お)り去(ゆ)きて小妖(しょうよう)に跟(したが)う。汝(なんじ)は彼(かれ)既(すで)に蝿(はえ)に変(へん)ぜば、那(か)の宝貝(ほうばい)は却(かえ)って何処(いずこ)に放(お)きしと道(い)わんや。若(も)し路(みち)の上(うえ)に投(なげう)てば、草(くさ)の裏(うち)に蔵(かく)して、人(ひと)に見(み)られて拿(と)り去(さ)られなば、却(かえ)って是(こ)れ労(ろう)して功(こう)無(な)きに非(あら)ずや。彼(かれ)は還(ま)た身(み)に帯(たい)し在(あ)り。身(み)に帯(たい)し在(あ)るとは啊(や)、蝿(はえ)は豆粒(まめつぶ)の大小(おおいさ)に過(す)ぎざるに、如何(いか)でか容(い)るることを得(え)んや。原来(もと)彼(かれ)が那(か)の宝貝(ほうばい)は、彼(かれ)が金箍棒(きんこぼう)と相同(あいおなじ)く、如意仏宝(にょいぶっぽう)と叫做(よば)れ、身(み)に随(したが)いて変化(へんげ)し、大(だい)なる可(べ)く、小(しょう)なる可(べ)きが故(ゆえ)に、身(み)の上(うえ)にも亦(ま)た容(い)るることを得(え)るなり。  彼(かれ)は嚶(えい)的一声(ひとこえ)に飛(と)び下(おり)去(ゆ)き、那(か)の怪(かい)に跟(した)い定(さだ)め、多(あま)たずして、洞(ほら)の裏(うち)に到(いた)れり。只(た)だ見(み)る、那(か)の両箇(ふたり)の魔頭(まとう)の、那処(あそこ)に坐(ざ)して酒(さけ)を飲(の)めるを。小妖(しょうよう)は上(かみ)に朝(むか)いて跪(ひざまず)き下(おろ)し、行者(ぎょうじゃ)は就(すなわ)ち那(か)の門櫃(もんき=扉の框)の上(うえ)に釘(と)り着(つ)き、耳(みみ)を側(そばだ)てて聴(き)く。  小妖は言った。「大王(だいおう)。」  二老魔(にろうま)は即(すなわ)ち杯(さかずき)を停(とど)めて道(い)わく、「汝(なんじ)ら来(きた)れるか?」  小妖は言った。「来(きた)れり。」  又(また)問(と)う、「孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)え着(つ)けたるや否(いな)や?」  小妖は叩頭(こうとう)し、敢(あ)えて声(こえ)を言(い)わず。老魔(ろうま)は又(また)問(と)うも、又(また)敢(あ)えて応(こた)えず、只(た)だ叩頭(こうとう)するのみ。之(これ)を問(と)うこと再三(さいさん)なれば、小妖(しょうよう)は俯伏(ふふく=ひれ伏し)して地(ち)に在(あ)りて道(い)わく、 「小(ちいさ)き者(もの)らの万千(ばんせん)の死罪(しざい)を赦(ゆる)せ!小(ちいさ)き者(もの)らの万千(ばんせん)の死罪(しざい)を赦(ゆる)せ!  我(われ)ら宝貝(ほうばい)を執(と)り、半山(はんざん)の中(うち)に走(はし)り到(いた)るに、忽(たちま)ち蓬莱山(ほうらいさん)の一箇(ひとり)の神仙(しんせん)に遇(あ)えり。彼(かれ)我(われ)らに那処(いずこ)へ去(ゆ)くと問(と)えば、我(われ)ら答(こた)えて道(い)わく『孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)えに去(ゆ)く』と。那(か)の神仙(しんせん)は孫行者(そんぎょうじゃ)と説(い)えるを聴(き)きて、彼(かれ)も亦(ま)た彼(かれ)を悩(なや)み、我(われ)らと与(とも)に功(こう)を幇(たす)けんと要(よう)せり。是(こ)れ我(われ)ら曾(かつ)て彼(かれ)に功(こう)を幇(たす)けんことを叫(よ)ばざりしが、却(かえ)って宝貝(ほうばい)を拿(と)りて人(ひと)を装(い)るるの情由(じょうゆ=事情)を、彼(かれ)と与(とも)に説(と)き了(おわ)れり。那(か)の神仙(しんせん)にも亦(ま)た一箇(ひとつ)の葫芦(ひょうたん)有(あ)り、善(よ)く能(よ)く天(てん)を装(い)る。我(われ)らも亦(ま)た是(こ)れ妄想(もうそう=むやみ)の心(こころ)、家(いえ)を養(やしな)うの意(い)にて、彼(かれ)が天(てん)を装(い)るを、我(わ)が人(ひと)を装(い)ると、彼(かれ)と与(ともに)換(か)えんかとせり。原(もと)説(と)けるは葫芦(ひょうたん)に葫芦(ひょうたん)を換(か)え、伶俐虫(れいりちゅう)又(また)彼(かれ)に一箇(ひとつ)の浄瓶(じょうへい)を貼(てんぷ)せり。誰(たれ)か想(おも)わん、彼(かれ)が仙家(せんけ=仙人)の物(もの)は、凡人(ぼんじん)の手(て)に近(ちか)づくことを得(え)ず、正(まさ)に試演(しえん=試し)する処(ところ)に、就(すなわ)ち人(ひと)すら都(ことごと)く見(み)えざるなり。万(よろず)望(のぞ)む、小(ちいさ)き者(もの)らの死罪(しざい)を饒(ゆる)せ!」  老魔(ろうま)は説(と)くを聴(き)きて、暴躁(ぼうそう=荒れ狂う)すること雷(かみなり)の如(ごと)く、道(い)わく、「罷(や)めり!罷(や)めり!是(こ)れは是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の仮(いつわ)りて神仙(しんせん)に妝(よそお)い、騙(だま)し哄(たぶらか)して去(ゆ)けるなり!那(か)の猴頭(こうとう=猿め)は神通(じんつう)広大(こうだい)、到(いた)る処(ところ)人(ひと)に熟(なじ)み、那(ど)の箇(ひとり)の毛神(もうしん=卑しき神)か彼(かれ)を放(はな)ち出(いだ)して、宝貝(ほうばい)を騙(かた)り去(ゆ)かしめたるを知(し)らず!」  二魔(にま)は言った。「兄長(けいちょう)怒(いか)りを息(やす)めよ。叵耐(はなはだ)那(か)の猴頭(こうとう)は着然(ちゃくぜん=まこと)に無礼(ぶれい)なり。既(すで)に手段(しゅだん)有(あ)らば、便(すなわ)ち走(に)げ了(おわ)るも也(ま)た罷(や)めんに、怎(いか)にして又(また)宝貝(ほうばい)を騙(かた)るや。我(われ)若(も)し本事(ほんじ=腕前)無(な)くして彼(かれ)を拿(とら)えずんば、永(とこしえ)に西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて怪(かい)と為(な)らじ!」  老魔は言った。「怎生(いか)にして彼(かれ)を拿(とら)えんや?」  二魔は言った。「我(われ)らに五件(いつつ)の宝貝(ほうばい)有(あ)り、両件(ふたつ)を去(うしな)いて、還(ま)た三件(みっつ)有(あ)り。務(つと)めて彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)めんと要(よう)す。」  老魔は言った。「還(ま)た那(ど)の三件(みっつ)有(あ)るや?」  二魔は言った。「還(ま)た七星剣(しちせいけん)と芭蕉扇(ばしょうせん)は我(わ)が身辺(しんぺん=身辺)に在(あ)り、那(か)の一条(ひとすじ)の幌金縄(こうきんじょう)は、圧竜山(あつりゅうざん)圧竜洞(あつりゅうどう)の老母親(ろうぼしん=母上)の那処(あそこ)に在(あ)りて収(おさ)め着(つ)けたり。如今(いま)両箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を差(つかわ)して母親(ぼしん)を請(まね)き来(きた)らせ、唐僧(とうそう)の肉(にく)を食(く)わしめんとし、就(すなわ)ち彼(かれ)に教(おし)えて幌金縄(こうきんじょう)を帯(たい)し来(きた)らせ、孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)えんとす。」  老魔は言った。 「那(ど)の箇(ひとり)を差(つかわ)すや?」  二魔は言った。「此(こ)れ等(ほど)の廃物(はいぶつ=役立たず)を差(つかわ)さじ!」  将(もっ)て精細鬼(せいさいき)・伶俐虫(れいりちゅう)を一声(ひとこえ)に喝(かつ)し起(おこ)せば、二人(ふたり)は道(い)わく、「造化(ぞうか=幸運)!造化(ぞうか)!打(う)たるることも也(ま)た曾(かつ)てせず、罵(ののし)らるることも也(ま)た曾(かつ)てせず、却(かえ)って就(すなわ)ち饒(ゆる)されたり。」  二魔は言った。「那(か)の常随(じょうずい=常付き)の伴当(ばんとう=従者)巴山虎(はさんこ)・倚海龍(いかいりゅう)を叫(よ)んで来(こ)よ。」  二人(ふたり)は跪(ひざまず)き下(おろ)す。二魔は吩咐(いいつけ)て道(い)わく、「汝(なんじ)却(かえ)って要(よう)す小心(しょうしん=慎重)なるを。」  俱(とも)に応(こた)えて道(い)わく、「小心(しょうしん)。」 「却(かえ)って要(よう)す仔細(しさい=入念)なるを。」  俱(とも)に応(こた)えて道(い)わく、「仔細(しさい)。」  又(また)問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)老奶奶(ろうばばさま=御母堂)の家(いえ)を認(みと)め得(う)るや?」  又(また)俱(とも)に応(こた)えて道(い)わく、「認(みと)め得(う)。」 「汝(なんじ)既(すで)に認(みと)め得(う)れば、汝(なんじ)快(すみ)やかに早(はや)く走動(はしりうご)け、老奶奶(ろうばばさま)の処(もと)に到(いた)り、多(おお)く拜上(はいじょう)せよ、説(い)え『請(こ)う、唐僧(とうそう)の肉(にく)を食(く)いに来(きた)れ』と。就(すなわ)ち着(つ)けて幌金縄(こうきんじょう)を帯(たい)し来(きた)らせ、孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)えんと要(よう)す。」  二怪(にかい)は命(めい)を領(う)けて疾(すみ)やかに走(はし)る。怎(いか)でか那(か)の行者(ぎょうじゃ)の旁(かたわら)に在(あ)りて、一一(いちいち)明(あきらか)に聴(き)き得(えた)るを知(し)らんや。彼(かれ)は翅(つばさ)を展開(てんかい)し、飛(と)び将(ゆ)き去(さ)り、巴山虎(はさんこ)に追(お)い上(のぼ)り、彼(かれ)が身(み)の上(うえ)に釘(と)り着(つ)けり。  行(ゆ)くこと二三里(にさんり)にして、就(すなわ)ち彼(かれ)両箇(ふたり)を打(う)ち殺(ころ)さんと要(よう)せしが、又(また)思(おも)えらく、「彼(かれ)らを打(う)ち殺(ころ)すは、何(なん)の難事(なんじ)かあらん。但(た)だ彼(かれ)が奶奶(ばばさま)の身辺(しんぺん)に那(か)の幌金縄(こうきんじょう)有(あ)り、又(また)何処(いずこ)に住(す)むを知(し)らざれば、我(われ)に且(しばら)く彼(かれ)に一問(いちもん)問(と)うてより再(ふたた)び打(う)たしめよ。」  好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、嚶(えい)的一声(ひとこえ)に、小妖(しょうよう)を離(はな)れ避(よ)けし、彼(かれ)をして先(さき)に行(ゆ)くこと百十歩(ひゃくじっぽ)有(あ)らしめ、却(かえ)って又(また)身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、也(ま)た変(へん)じて箇(ひとり)の小妖児(しょうようじ)を作(な)し、一頂(いっちょう)の狐皮帽子(こひぼうし=狐皮の帽子)を戴(いただ)き、虎皮裙(こひくん)を将(もっ)て倒(さかさま)に插(さ)し上(あ)げ来(きた)りて勒(し)め住(とど)め、追(お)い上(のぼ)りて道(い)わく、 「路(みち)を行(ゆ)く者(もの)よ、我(われ)を一等(ひととき)待(ま)て。」  那(か)の倚海龍(いかいりゅう)は頭(かしら)を回(めぐ)らして問(と)うて道(い)わく、「那処(いずこ)より来(きた)れるや?」  行者は言った。「好(よ)き哥(あにき)啊(や)、連(つら)なる自家人(じかじん=身内)すら也(ま)た認(みと)め得(え)ざるや?」  小妖は言った。「我(わ)が家(いえ)に汝(なんじ)無(な)し。」  行者は言った。「怎(いか)で我(われ)無(な)からん。汝(なんじ)再(ふたた)び認(みと)め認(みと)めて看(み)よ。」  小妖は言った。「面生(みなれぬ)なり面生(みなれぬ)なり、曾(かつ)て相会(まみ)えず。」  行者は言った。「正是(まさにそう)、汝(なんじ)ら曾(かつ)て我(われ)に会(まみ)えざりしなり。我(われ)は是(こ)れ外班(がいはん=外部の組)の者(もの)なり。」  小妖は言った。 「外班(がいはん)の長官(ちょうかん)なるか、是(こ)れ曾(かつ)て会(まみ)えず。汝(なんじ)那処(いずこ)へ往(ゆ)くや?」  行者は言った。「大王(だいおう)説(と)けるは、汝(なんじ)二位(ふたり)を差(つかわ)して老奶奶(ろうばばさま)を請(まね)き来(きた)らせ、唐僧(とうそう)の肉(にく)を食(く)わしめんとし、彼(かれ)に教(おし)えて就(すなわ)ち幌金縄(こうきんじょう)を帯(たい)し来(きた)らせ、孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)えんとす。恐(おそ)るるは汝(なんじ)二位(ふたり)の走(はし)ること緩(ゆる)く、些(いささ)か貪頑(たんがん=遊び呆け)して、正事(せいじ)を誤(あやま)らんことを。又(また)我(われ)を差(つかわ)して来(きた)りて汝(なんじ)らに催(うなが)して快(すみ)やかに去(ゆ)かしめよと。」  小妖(しょうよう)は海底眼(かいていがん=核心)を説(と)き着(つ)くるを見(み)て、更(さら)に疑(うたが)わず、行者(ぎょうじゃ)を果(はた)して認(みと)めて一家人(いっかじん)と做(な)し、急急忙忙(きゅうきゅうぼうぼう)として、前(まえ)へ飛(と)び跑(はし)り、一気(ひと息)に又(また)跑(はし)ること八九里(はっきゅうり)有(あ)り。  行者は言った。「忒(あまり)に走(はし)ること快(すみ)やかなり。我(われ)ら家(いえ)を離(はな)れて多少(いくほど)の路(みち)有(あ)るや?」  小怪(しょうかい)は言った。「十五六里(じゅうごろくり)有(あ)り。」  行者は言った。「還(ま)た多遠(いかほど)有(あ)るや?」  倚海龍(いかいりゅう)は手(て)を用(もち)いて一指(ひとさし)して道(い)わく、「烏林子(うりんし=黒き林)の裏(うち)が就(すなわ)ち是(こ)れなり。」  行者は頭(かしら)を挙(あ)げて一帯(ひとすじ)の黒林(こくりん)の遠(とお)からざるを見(み)、料(おもんぱか)るに那(か)の老怪(ろうかい)は只(た)だ林子(はやし)の裏(うち)外(そと)に在(あ)るならんと。却(かえ)って歩(あゆみ)を立(た)て定(さだ)め、那(か)の小怪(しょうかい)をして前(まえ)に走(はし)らしめ、即(すなわ)ち鉄棒(てつぼう)を取(と)り出(いだ)し、上前(すす)みて、脚(あし)の後(うし)ろを着(つ)けて一刮(ひとひねり)せり。  憐(あわ)れむ可(べ)し、忒(あまり)に打(う)つに禁(た)えず、就(すなわ)ち両箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を把(もっ)て刮(ひね)って一団(ひとかたまり)の肉餅(にくへい=肉の餅)と做(な)し、却(かえ)って脚(あし)を拖(ひ)きて、路傍(ろぼう)の深(ふか)き草科(そうか=草むら)の裏(うち)に蔵(かく)せり。  即(すなわ)ち便(すみ)やかに一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)ぜよ!」と叫(さけ)べば、変(へん)じて箇(ひとり)の巴山虎(はさんこ)を作(な)し、自身(じしん)は却(かえ)って変(へん)じて箇(ひとり)の倚海龍(いかいりゅう)と作(な)り、仮(いつわ)りて両箇(ふたり)の小妖(しょうよう)に妝(よそお)い做(な)し、径(ただ)ちに那(か)の圧竜洞(あつりゅうどう)に往(ゆ)きて老奶奶(ろうばばさま)を請(まね)く。此(こ)れを叫做(よば)れて   七十二変(しちじゅうにへん)は神通(じんつう)大(だい)に   物(もの)を指(さ)し騰那(とうな)するは手段(しゅだん)高(たか)し  と。  三五歩(さんごほ)にして、林子(はやし)の裏(うち)に跳(と)び到(いた)り、正(まさ)に找尋(そうじん=探す)する処(ところ)、只(た)だ見(み)る、両扇(りょうせん=二枚)の石門(せきもん)の、半(なか)ば開(ひら)き半(なか)ば掩(おお)える有(あ)り。敢(あ)えて擅(ほしいまま)に入(い)らず、只(た)だ吆(こえ)を一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶを得(え)て道(い)わく、「開門(かいもん)!開門(かいもん)!」  早(はや)くも那(か)の門(もん)を把(は)せる一箇(ひとり)の女怪(じょかい=女の妖怪)を驚動(きょうどう)し、那(か)の半扇児(はんせんじ=片方の扉)を将(もっ)て開(ひら)きて道(い)わく、「汝(なんじ)は那処(いずこ)より来(きた)れるや?」  行者は言った。「我(われ)は是(こ)れ平頂山(へいちょうざん)蓮花洞(れんかどう)の裏(うち)より差(つかわ)され来(きた)りて老奶奶(ろうばばさま)を請(まね)く者(もの)なり。」  那(か)の女怪(じょかい)は言った。「進(い)れ。」  二層門(にそうもん=二番目の門)の下(した)に到(いた)り、頭(かしら)を闪(ひらめ)かして裏(うち)へ往(ゆ)きて観看(かんかん)するに、又(また)見(み)る、那(か)の正(まさ)に当(ま)たる中(なか)に高(たか)く坐(ざ)せる一箇(ひとり)の老媽媽児(ろうばばじ=老婆)有(あ)り。汝(なんじ)彼(かれ)が怎生(いか)なる模様(ようぼう=姿)なるを道(い)わんや。但(ただ)見(み)よ   雪鬢(せつびん=雪の如き鬢)蓬松(ほうしょう=ぼうぼう)とし、星光(せいこう=星の光)晃亮(こうりょう=きらきら)たり   臉皮(れんぴ=顔の皮)紅潤(こうじゅん=赤みを帯び)として皺文(しゅうぶん=皺)多(おお)く、歯牙(しが=歯)稀疏(きしょ=まばら)にして神気(しんき)壮(さか)んなり   貌似(かたち)は菊残(きくざん=菊の残り)霜裏(そうり=霜の中)の色(いろ)、形(かたち)は松老(しょうろう=松の老い)雨余(うよ=雨の後)の顔(かお)の如(ごと)し   頭(かしら)には白練(びゃくれん=白き練り絹)の糸(いと)を集(あつ)めし帕(はちまき)を纏(まと)い、耳(みみ)には黄金(おうごん)の宝(たから)を嵌(は)めし環(わ)を墜(さ)ぐ  孫大聖(そんたいせい)は見(み)て、敢(あ)えて進(い)り入(い)らず、只(た)だ二門(にんもん)の外(そと)に在(あ)りて仵(む)くる臉(かお)をして、脱脱(たったつ=ぽろぽろ)と哭(な)き起(おこ)れり。汝(なんじ)彼(かれ)の哭(な)けるは怎(いか)にと道(い)わんや、莫(も)しや是(こ)れ彼(かれ)を怕(おそ)るるか。  就(たと)い怕(おそ)るるも也(ま)た便(すなわ)ち哭(な)かじ、况(いわん)や先(さき)に彼(かれ)が宝貝(ほうばい)を哄(たぶらか)し、又(また)彼(かれ)が小妖(しょうよう)を打(う)ち殺(ころ)せるに、却(かえ)って何(なん)の為(ため)にか哭(な)くや。彼(かれ)当時(そのかみ)曾(かつ)て九鼎油鍋(きゅうていゆなべ)に下(くだ)り、就(たと)い煠(ゆで)らるること七八日(しちはちにち)なるも也(ま)た曾(かつ)て一点(いってん)の涙児(なみだ)も有(あ)らざりしに、只(た)だ唐僧(とうそう)の経(きょう)を取(と)るの苦悩(くのう)を想起(そうき)するが為(ため)に、彼(かれ)は涙(なみだ)痛腸(つうちょう=痛む腸)より出(い)で、眼(め)を放(はな)ちて便(すなわ)ち哭(な)けり。心(こころ)に却(かえ)って想(おも)えらく、 「老孫(ろうそん)既(すで)に手段(しゅだん)を顕(あら)わし、小妖(しょうよう)に変(へん)じて、此(こ)の老怪(ろうかい)を請(まね)きに来(きた)れるに、直直(ちょくちょく=まっすぐ)に站(た)ちて話(はな)すの理(り)有(あ)ること無(な)し。一定(きっと)彼(かれ)に見(まみ)えて磕頭(かとう=額ずく)してこそ才(はじ)めて可(よ)けれ。我(われ)人(ひと)と為(な)りて一場(ひとくさり)の好漢(こうかん=好漢)を做(な)し、止(ただ)三人(みたり)を拜(はい)せり。西天(さいてん)に仏祖(ぶっそ)を拜(はい)し、南海(なんかい)に観音(かんのん)を拜(はい)し、両界山(りょうかいざん)に師父(しふ)の我(われ)を救(すく)われしに、我(われ)彼(かれ)を拜(はい)すること四拜(よんぱい)せり。彼(かれ)が為(ため)に六葉(ろくよう)の連肝肺(れんかんぱい=肝肺)を使(つか)い砕(くだ)き、三毛七孔心(さんもうしちくしん=心の臓)を用(もち)い尽(つく)せり。一巻(ひとまき)の経(きょう)能(よ)く幾何(いくばく)の値(あたい)かあらん。今日(こんにち)却(かえ)って我(われ)をして往(ゆ)きて此(こ)の怪(かい)を拜(はい)せしむ。若(も)し跪(ひざまず)き拜(はい)せずんば、必(かなら)ず風訊(ふうじん)を走(はし)らせん。  苦(くる)しい啊(や)!算(かぞ)うるに只(た)だ師父(しふ)の困(くるしみ)を受(う)くるが為(ため)に、我(われ)をして人(ひと)に辱(はずかしめ)を受(う)けしむるなり!」  此(こ)の際(きわ)に到(いた)りて也(ま)た及(およ)ぶこと奈何(いかん)も無(な)く、撞(と)び将(ゆ)きて進(い)り、上(かみ)に朝(むか)いて跪(ひざまず)き下(おろ)して道(い)わく、「奶奶(ばばさま)、磕頭(かとう)。」  那(か)の怪(かい)は言った。「我(わ)が児(こ)よ、起(お)きよ。」  行者は暗(あん)に道(い)わく、「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!叫(よ)ぶこと結実(けつじつ=しっかり)せり!」  老怪(ろうかい)は問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)は那処(いずこ)より来(きた)れるや?」  行者は言った。「平頂山(へいちょうざん)蓮花洞(れんかどう)より、二位(ふたり)の大王(だいおう)の令(れい)有(あ)るを蒙(こうむ)り、差(つかわ)され来(きた)りて奶奶(ばばさま)を請(まね)き、唐僧(とうそう)の肉(にく)を食(く)わしめんとし、幌金縄(こうきんじょう)を帯(たい)せしめ、孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)えんと要(よう)すると教(おし)えられしなり。」  老怪は大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)わく、「好(よ)き孝順(こうじゅん=親孝行)の儿子(むすこ)!」  就(すなわ)ち去(ゆ)きて轎(かご)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしめんとす。行者は道(い)わく、「我(わ)が児(こ)啊(や)!妖精(ようせい)も亦(ま)た轎(かご)を抬(かつ)ぐか!」  後壁廂(こうへきしょう=裏手)に即(すなわ)ち両箇(ふたり)の女怪(じょかい)有(あ)り、一頂(いっちょう)の香藤轎(こうとうきょう=藤の香轎)を抬(かつ)ぎ出(いだ)し、門外(もんがい)に放(お)き、青絹緯幔(せいけんいまん=青絹の帷)を掛(か)け上(あ)げたり。  老怪は身(み)を起(お)こし洞(ほら)を出(い)で、轎(かご)の裏(うち)に坐(ざ)す。後(うしろ)に幾箇(いくたり)かの小女怪(しょうじょかい)有(あ)り、減妝(げんしょう=化粧道具)を捧(ささ)げ、鏡架(きょうか=鏡の台)を端(ただ)しく持(も)ち、手巾(しゅきん=手拭い)を提(さ)げ、香盒(こうごう=香の箱)を托(たく)して、左右(さゆう)に跟随(ついずい)す。  那(か)の老怪(ろうかい)は道(い)わく、 「汝(なんじ)ら来(きた)りて怎(いか)にするや。我(われ)自家(じか)の儿子(むすこ)の去処(ところ)へ往(ゆ)くに、那処(どこ)に人(ひと)の伏侍(ぶくじ=仕える)無(な)きを愁(うれ)えんや、汝(なんじ)らを要(よう)して去(ゆ)きて勤(つとめ)を献(けん)じ嘴(くち)を塌(おと)すか。都(ことごと)く回(かえ)り去(さ)れ!門(もん)を関(とざ)して家(いえ)を看(み)よ!」  那(か)の幾箇(いくたり)かの小妖(しょうよう)は果(はた)して俱(ことごと)く回(かえ)り去(さ)り、止(ただ)両箇(ふたり)の轎(かご)を抬(かつ)ぐ者(もの)のみ。  老怪は問(と)うて道(い)わく、「那(か)の差(つかわ)され来(きた)れるは甚(なん)の名字(な)を叫做(よば)れるや?」  行者は連忙(れんぼう)として答(こた)えて道(い)わく、「彼(かれ)は巴山虎(はさんこ)と叫做(よば)れ、我(われ)は倚海龍(いかいりゅう)と叫做(よば)る。」  老怪は言った。「汝(なんじ)両箇(ふたり)前(まえ)に走(はし)り、我(われ)と与(とも)に路(みち)を開(ひら)け。」  行者は暗(あん)に想(おも)えらく、「可(べ)し是(こ)れ晦気(わき=不運)や!経(きょう)は倒(かえ)って曾(かつ)て取(と)り得(え)ざるに、且(しばら)く来(きた)りて彼(かれ)に替(かわ)りて皂隷(そうれい=下役)を做(な)すとは!」  却(かえ)って又(また)敢(あ)えて抵強(ていきょう=逆らう)せず、只(た)だ向前(まえにすす)みて路(みち)を引(ひ)き、大四声(だいしせい=大声)に喝(かつ)し起(おこ)すを得(え)たり。  行(ゆ)くこと五六里(ごろくり)の遠近(えんきん)にして、彼(かれ)は就(すなわ)ち石崖(せきがい)の上(うえ)に坐(ざ)し、那(か)の轎(かご)を抬(かつ)ぐ者(もの)の到(いた)るを等候(ま)ち、行者(ぎょうじゃ)は道(い)わく、「略(いささ)か歇(やす)み歇(やす)みするは如何(いかん)?圧(おさ)えて肩頭(けんとう=肩)疼(いた)む啊(や)。」  小怪(しょうかい)は那(なん)の訣竅(けっきょう=からくり)を知(し)らざれば、就(すなわ)ち轎子(かご)を把(もっ)て歇(やす)め下(おろ)せり。行者(ぎょうじゃ)は轎(かご)の後(うしろ)に在(あ)り、胸脯(きょうほ=胸)の上(うえ)より一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き下(おろ)し、変(へん)じて一箇(ひとつ)の大(おおい)なる焼餅(しょうへい=焼き餅)を作(な)し、抱(いだ)きて啃(かじ)る。  轎夫(きょうふ=駕籠かき)は言った。「長官(ちょうかん)、汝(なんじ)の食(く)えるは是(こ)れ甚(なん)ぞ?」  行者は言った。「好(よ)く説(い)えず。此(こ)の遠(とお)き路(みち)を、奶奶(ばばさま)を請(まね)きに来(きた)るに、些(いささ)かの賞賜(しょうし=褒美)無(な)く、肚裏(はらのうち)飢(う)えたり。原(もと)帯(たい)し来(きた)れる干粮(かんりょう=携帯食)なれば、我(われ)に些(いささ)か食(く)わしめてより再(ふたた)び走(はし)らしめよ。」  轎夫は言った。「些(いささ)か我(われ)らに把(あた)えて食(く)わしめよ。」  行者は笑(わら)うて言った。 「来(こ)よ、都(ことごと)く是(こ)れ一家人(いっかじん)なるに、怎(いか)にして計較(けいこう=勘定)せんや?」  那(か)の小妖(しょうよう)は好歹(よしあし)を知(し)らず、行者(ぎょうじゃ)を囲(かこ)み、其(そ)の干粮(かんりょう)を分(わ)かたんとす。行者(ぎょうじゃ)に棒(ぼう)を掣(ひきぬ)き出(いだ)され、頭(かしら)を着(つ)けて一磨(ひとすり)せられて、一箇(ひとり)の湯(ゆ)に着(あ)きたる者(もの)は、打(う)たれて稀爛(きらん=ぐちゃぐちゃ)となり、  一箇(ひとり)の擦(こす)り着(つ)きたる者(もの)は、死(し)せずして還(ま)た哼(うな)る。  那(か)の老怪(ろうかい)は人(ひと)の哼(うな)るを聴(き)き、轎子(かご)の裏(うち)より頭(かしら)を伸(の)ばし出(いだ)して看(み)る時(とき)、行者(ぎょうじゃ)に轎(かご)の前(まえ)に跳(と)び到(いた)られ、頭(かしら)を劈(つんざ)いて一棍(ひとぼう)打(う)たれて、一箇(ひとつ)の窟窿(くつろう=穴)を打(う)たれ、脳漿(のうしょう=脳味噌)迸(ほとばし)り流(なが)れ、鮮血(せんけつ)直(ただ)ちに冒(ほとばし)れり。轎(かご)より拖(ひ)き出(いだ)して看(み)る処(ところ)、原(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の九尾狐狸(きゅうびこり=九尾の狐)なり。  行者は笑(わら)うて言った。「造孽畜(ぞうげいちく=畜生め)!甚(なん)の老奶奶(ろうばばさま)を叫(よ)ばんや!汝(なんじ)老奶奶(ろうばばさま)を叫(よ)ばば、就(すなわ)ち該(まさ)に老孫(ろうそん)を称(とな)えて上太祖公公(じょうたいそこうこう=曾祖父)と做(な)すべきなり!」  好(よ)き猴王(こうおう)、彼(かれ)が那(か)の幌金縄(こうきんじょう)を捜(さぐ)し出(いだ)し、袖(そで)の裏(うち)に籠(こ)め、歓喜(かんき)して道(い)わく、「那(か)の潑魔(はつま)に縦(たと)い手段(しゅだん)有(あ)るも、已(すで)に此(こ)の三件児(みつ)の宝貝(ほうばい)は姓(せい)を孫(そん)と為(な)せり!」  却(かえ)って又(また)両根(ふたすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き、変(へん)じて箇(ひとり)の巴山虎(はさんこ)・倚海龍(いかいりゅう)を作(な)し、又(また)両根(ふたすじ)を拔(ぬ)きて変(へん)じて両箇(ふたり)の轎(かご)を抬(かつ)ぐ者(もの)と作(な)し、彼(かれ)は却(かえ)って変(へん)じて老奶奶(ろうばばさま)の模様(ようぼう=姿)と作(な)り、轎(かご)の裏(うち)に坐(ざ)せり。轎子(かご)を将(もっ)て抬(かつ)ぎ起(おこ)させ、径(ただ)ちに本路(ほんろ=来た道)に回(かえ)る。  多(あま)たずして、蓮花洞(れんかどう)の洞口(どうこう)に到(いた)る。那(か)の毫毛(ごうもう)の変(へん)ぜし小妖(しょうよう)は、俱(ことごと)く前(まえ)に在(あ)りて道(い)わく、「開門(かいもん)!開門(かいもん)!」  内(うち)に門(もん)を把(は)せる小妖(しょうよう)有(あ)り、門(もん)を開(ひら)きて道(い)わく、「巴山虎(はさんこ)・倚海龍(いかいりゅう)来(きた)れるか?」  毫毛(ごうもう)は言った。「来(きた)れり。」 「汝(なんじ)らの請(まね)きし奶奶(ばばさま)は呢(いずこ)ぞ?」  毫毛は手(て)を用(もち)いて指(さ)して道(い)わく、「那(あ)の轎内(きょうない=轎の中)の是(こ)れならずや?」  小怪は言った。「汝(なんじ)且(しばら)く住(とど)まれ、我(われ)に進(い)り去(ゆ)きて先(ま)ず報(ほう)ぜしめよ。」  報(ほう)じて道(い)わく、「大王(だいおう)、奶奶(ばばさま)来(きた)れる耶(かな)。」  両箇(ふたり)の魔頭(まとう)は説(と)くを聞(き)き、即(すなわ)ち香案(こうあん=香の台)を排(なら)べて来(きた)りて接(むか)えしむ。行者(ぎょうじゃ)は聴(き)きて暗(あん)に喜(よろこ)んで道(い)わく、「造化(ぞうか=幸運)!也(ま)た我(われ)の輪(ばん)に人(ひと)と為(な)れるかな!我(われ)先(ま)ず小妖(しょうよう)に変(へん)じ、去(ゆ)きて老怪(ろうかい)を請(まね)き、彼(かれ)に一箇(ひとつ)の頭(こうべ)を磕(ぬか)ずき了(おわ)れり。此(こ)の番(たび)来(きた)れるに、我(われ)は老怪(ろうかい)に変(へん)じ、是(こ)れ彼(かれ)が母親(ぼしん)なれば、定(きっ)と四拜(よんぱい)の礼(れい)を行(おこな)わん。怎(いか)ならずと雖(いえど)も、好(よ)く道(い)わば也(ま)た彼(かれ)の両箇(ふたつ)の頭児(こうべ)を赚(かせ)ぐかな!」  好(よ)き大聖(たいせい)、轎子(かご)を下(お)り、衣服(いふく)を抖(はら)い抖(はら)い、那(か)の四根(よんすじ)の毫毛(ごうもう)を将(もっ)て身(み)の上(うえ)に収(おさ)めたり。那(か)の門(もん)を把(は)せる小妖(しょうよう)は、空(から)の轎(かご)を把(もっ)て門(もん)の裏(うち)に抬(かつ)ぎ入(い)れ、彼(かれ)は却(かえ)って随(したが)い後(うしろ)より徐(しず)かに行(ゆ)く。那(か)の般(ごと)く嬌嬌啻啻(きょうきょうていてい=しなやかに)、扭扭捏捏(じゅうじゅうねつねつ=もったいぶり)として、就(すなわ)ち象(に)たり、那(か)の老怪(ろうかい)の行動(こうどう)に。径自(ただち)に進(い)り去(ゆ)く。  又(また)只(た)だ見(み)る、大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう=妖怪ども)の、都(ことごと)く来(きた)りて跪(ひざまず)き接(むか)え、鼓楽簫韶(こがくしょうしょう=太鼓笛の音楽)、一派(いっぱ)響喨(きょうりょう=響き渡り)、博山炉(はくさんろ=香炉)の裏(うち)に、靄靄(あいあい=もうもう)たる香烟(こうえん=香の煙)あり。  彼(かれ)は正庁(せいちょう=表の間)の中(なか)に到(いた)り、南面(なんめん)して坐(ざ)すれば、両箇(ふたり)の魔頭(まとう)は、双膝(そうしつ=両膝)を跪(ひざまず)き倒(たお)し、上(かみ)に朝(むか)いて叩頭(こうとう)し、叫(さけ)んで道(い)わく、「母親(ぼしん)、孩児(がいじ=子)拜揖(はいゆう=拝礼)す。」  行者は言った。「我(わ)が児(こ)よ、起(お)きよ。」  却説(さて)猪八戒(ちょはっかい)は梁(はり)の上(うえ)に吊(つる)されたるに、哈哈(はは)と一声(ひとこえ)笑(わら)えり。沙僧(しゃそう)は言った。「二哥(にいさん)は好(よ)き啊(や)!吊(つ)らるるより笑(わらい)を出(いだ)せるかな!」  八戒は言った。「兄弟(けいてい)、我(わ)が笑(わらい)の中(うち)に故(ゆえ)有(あ)り。」  沙僧は言った。「甚(なん)の故(ゆえ)ぞ?」  八戒は言った。「我(われ)ら只(た)だ怕(おそ)るるは是(こ)れ奶奶(ばばさま)の来(きた)れるに、就(すなわ)ち蒸(ふか)して食(く)わんとすと。原来(もと)是(こ)れ奶奶(ばばさま)に非(あら)ず、旧話(きゅうわ=旧知)の来(きた)れるなり。」  沙僧は言った。「甚(なん)の旧話(きゅうわ)ぞ?」  八戒は笑(わら)うて言った。「弼馬温(ひつばおん)の来(きた)れるなり。」  沙僧は言った。「汝(なんじ)怎(いか)で彼(かれ)と是(こ)れなるを認(みと)め得(う)るや?」  八戒は言った。「腰(こし)を弯(かが)めて『我(わ)が児(こ)よ起(お)きよ』と叫(よ)べば、那(そ)の後(うしろ)に就(すなわ)ち猴(さる)の尾巴子(しっぽ)を掬(ま)き起(おこ)せり。我(われ)は汝(なんじ)より吊(つ)らるること高(たか)ければ、此(こ)の故(ゆえ)に看(み)ること明(あきらか)なり。」  沙僧は言った。「且(しばら)く言語(げんご)すること勿(なか)れ、彼(かれ)の甚(なに)を説(と)くかを聴(き)け。」  八戒は言った。「正是(まさにそう)、正是(まさにそう)。」  那(か)の孫大聖(そんたいせい)は中間(ちゅうかん)に坐(ざ)して問(と)うて道(い)わく、「我(わ)が児(こ)よ、我(われ)を請(まね)きしは何(なん)の事(こと)を幹(な)さんとするや?」  魔頭(まとう)は言った。 「母親啊(や)、連日(れんじつ)児(こ)ら礼(れい)少(すくな)く、曾(かつ)て孝順(こうじゅん)を得(え)ず。今朝(けさ)愚兄弟(ぐけいてい=愚かな兄弟)は東土(とうど)の唐僧(とうそう)を拿(とら)え得(えた)れど、敢(あ)えて擅(ほしいまま)に食(く)わず、母親(ぼしん)を請(まね)き来(きた)りて生(なま)を献(けん)じ、好(よ)く蒸(ふか)して母親(ぼしん)に与(あた)えて食(く)わせ、寿(じゅ)を延(の)べんとす。」  行者は言った。「我(わ)が児(こ)よ、唐僧(とうそう)の肉(にく)は我(われ)は倒(かえ)って食(く)わず、聞(き)くならく箇(ひとつ)の猪八戒(ちょはっかい)の耳朶(みみ)の甚(はなは)だ好(よ)き有(あ)るを。割(き)り将(ゆ)き下(おろ)して整治(せいち=調理)して我(われ)に酒(さけ)の下(さかな)にせしめよ。」  那(か)の八戒(はっかい)は聴(き)きて慌(あわ)てて道(い)わく、「遭瘟(そうおん=疫病)の!  汝(なんじ)来(きた)れるは我(わ)が耳朶(みみ)を割(き)らんが為(ため)なり!我(われ)喊(さけ)び出(いだ)せば好(よ)く聴(き)こえざる啊(や)!」  噫(ああ)、只(た)だ呆子(ほうし)の一句(ひとこと)の情(じょう)に通(つう)ぜる話(はなし)の為(ため)に、猴王(こうおう)の変化(へんげ)の風(ふう=消息)を走(はし)らせり。那処(あそこ)に幾箇(いくたり)かの巡山(じゅんざん)の小怪(しょうかい)、門(もん)を把(は)せる衆妖(しゅうよう)有(あ)り、都(ことごと)く撞(と)び将(ゆ)きて進(い)り、報(ほう)じて道(い)わく、「大王(だいおう)、禍事(かじ=大変)なり!孫行者(そんぎょうじゃ)が奶奶(ばばさま)を打(う)ち殺(ころ)し、仮(いつわ)りて妝(よそお)い来(きた)れる耶(かな)!」  魔頭(まとう)は此(こ)の言(げん)を聞(き)きて、那(なん)の分説(ぶんせつ=言い訳)を容(い)れんや。七星宝剣(しちせいほうけん)を掣(ひきぬ)き、行者(ぎょうじゃ)を望(めが)けて臉(かお)を劈(つんざ)いて砍(き)り来(きた)る。好(よ)き大聖(たいせい)、身(み)を将(もっ)て一幌(ひとゆれ)すれば、只(た)だ見(み)る満洞(まんどう)の紅光(こうこう)、預(あらかじ)め走(に)げ了(おわ)れり。此(か)くの如(ごと)き手段(しゅだん)は、着実(ちゃくじつ)に好(よ)く耍子(しゃし=面白がる)なり、正(まさ)に是(こ)れ那(か)の   聚(あつま)れば則(すなわ)ち形(かたち)を成(な)し   散(ち)れば則(すなわ)ち気(き)と成(な)る  なり。嚇(おどろ)かされたる箇(ひとり)の老魔頭(ろうまとう)は魂(たましい)飛(と)び魄(たましい)散(さん)じ、衆(しゅう)の群精(ぐんせい=妖怪ども)は指(ゆび)を噬(か)み頭(かしら)を揺(ゆす)ぶ。  老魔は言った。「兄弟(けいてい)よ、唐僧(とうそう)と沙僧(しゃそう)・八戒(はっかい)・白馬(はくば)・行李(こうり)を都(ことごと)く把(もっ)て那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)に送(おく)り還(かえ)し、是非(ぜひ=争い)の門(もん)を閉(とざ)さんか。」  二魔は言った。「哥哥(あにき)、汝(なんじ)那処(どこ)の話(はなし)を説(と)くや。我(われ)多少(いくほど)の辛勤(しんきん=苦労)を費(つい)やしたるを知(し)らず、此(こ)の計策(けいさく)を施(ほどこ)し、那(か)の和尚(おしょう)を将(もっ)て都(ことごと)く摂(ひきよ)せ将(きた)れるなり。如今(いま)汝(なんじ)が此(か)くの等(ごと)く孫行者(そんぎょうじゃ)の詭譎(きけつ=策略)を怕懼(おそれ)するに似(に)たれば、就(すなわ)ち俱(とも)に送(おく)り去(さ)りて彼(かれ)に還(かえ)さんか。真(まこと)に所謂(いわゆる)刀(かたな)を畏(おそ)れ剣(けん)を避(さ)くるの人(ひと)にして、豈(あに)大丈夫(だいじょうふ)の為(な)す所(ところ)ならんや。  汝(なんじ)且(しばら)く請(こ)う坐(ざ)して懼(おそ)るること勿(なか)れ。我(われ)汝(なんじ)の孫行者(そんぎょうじゃ)神通(じんつう)広大(こうだい)なりと説(と)けるを聞(き)けども、我(われ)彼(かれ)と与(とも)に相会(まみ)えること一場(ひとくさり)有(あ)りしも、却(かえ)って曾(かつ)て彼(かれ)と与(とも)に比試(ひし=試合)せず。披掛(ひかけ=甲冑)を取(と)り来(こ)よ、我(われ)に彼(かれ)を尋(たず)ねて交戦(こうせん)すること三合(さんごう)せしめよ。仮若(かりに)彼(かれ)三合(さんごう)に我(われ)に勝(か)つこと過(す)ぎずんば、唐僧(とうそう)は還(ま)た是(こ)れ我(われ)らの食(しょく)なり。如(も)し三戦(さんせん)して我(われ)彼(かれ)に勝(か)つこと能(あた)わずんば、其(そ)の時(とき)再(ふたた)び唐僧(とうそう)を彼(かれ)に送(おく)るも遅(おそ)からず。」  老魔は言った。「賢弟(けんてい)の説(と)けるは是(せい)なり。」教(いいつけ)て道(い)わく、「披掛(ひかけ)を取(と)れ。」  衆妖(しゅうよう)は披掛(ひかけ)を抬(かつ)ぎ出(いだ)し、二魔(にま)は結束(けっそく=身支度)斉整(せいせい=整い)、宝剣(ほうけん)を執(と)りて門外(もんがい)に出(い)で、一声(ひとこえ)叫(さけ)んで道(い)わく、「孫行者(そんぎょうじゃ)!汝(なんじ)那処(いずこ)へ走(に)げ往(ゆ)けるや?」  此(こ)の時(とき)大聖(たいせい)は已(すで)に雲端(うんたん)の裏(うち)に在(あ)り、彼(かれ)が名(な)を叫(よ)ぶを聞(き)き、急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らして観看(かんかん)すれば、原来(もと)是(こ)れ那(か)の二魔(にま)なり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が怎生(いか)なる扮装(いでたち)なるを   頭(かしら)には鳳盔(ほうかい=鳳の兜)を戴(いただ)きて臘雪(ろうせつ=臘月の雪)を欺(あなど)り、身(み)には戦甲(せんこう=鎧)を披(き)て鑌鉄(ひんてつ=良質の鉄)を幌(きらめ)かす   腰間(ようかん)の帯(おび)は是(こ)れ蟒竜筋(もうりゅうきん=大蛇と竜の筋)、粉皮靴(ふんぴか=白革の靴)の靿(くつわき=筒)は梅花(ばいか)の摺(ひだ)なり   顔(かお)は灌口(かんこう)の活真君(かつしんくん=生ける二郎神)の如(ごと)く、貌(かたち)は巨霊(きょれい=巨霊神)に比(ひ)して二別(ふたつのへだて)無(な)し   七星宝剣(しちせいほうけん)を手(て)の中(うち)に擎(ささ)げ、怒気(どき)霄(そら)を冲(つ)いて威(い)烈烈(れつれつ)たり  二魔は高(たか)く叫(さけ)んで道(い)わく、「孫行者(そんぎょうじゃ)!快(すみ)やかに我(わ)が宝貝(ほうばい)と我(わ)が母親(ぼしん)を還(かえ)せ、我(われ)汝(なんじ)が唐僧(とうそう)を饒(ゆる)して経(きょう)を取(と)りに去(ゆ)かしめん!」  大聖は忍(しの)び得(え)ず罵(ののし)って言った。「此(こ)の潑怪物(はつかいぶつ)め、汝(なんじ)が孫外公(そんがいこう=孫じいさん)を錯(あやま)りて認(みと)めるかな!早(はや)き児(こと)に我(わ)が師父(しふ)・師弟(してい)・白馬(はくば)・行嚢(こうのう=荷物)を送(おく)り還(かえ)し、仍(な)お我(われ)に些(いささ)かの盤纏(ばんてん=路銀)を打発(ほうはつ=持た)せ、西(にし)へ路(みち)を行(ゆ)かしめよ。若(も)し牙(きば)の縫(すきま)の裏(うち)より半箇(はんこ)の不(ふ)の字(じ)を道(い)わば、就(すなわ)ち自家(じか)で一筋(ひとすじ)の縄児(なわ)を搓(よ)りて去(ゆ)け、也(ま)た汝(なんじ)が外公(がいこう=じいさん)の手(て)を動(うご)かすを免(まぬか)れんに。」  二魔はこれを聞き、急(いそ)ぎ雲(くも)に縦(のぼ)りて空(くう)の中(うち)に跳(と)び、宝剣(ほうけん)を輪(めぐ)らして来(きた)りて刺(さ)す。行者(ぎょうじゃ)は鉄棒(てつぼう)を掣(ひきぬ)き、手(て)を劈(つんざ)いて相迎(むか)えたり。  彼(かれ)両箇(ふたり)は半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて、此(こ)の場(ひとくさり)の好(よ)き殺(たたかい)なり。   棋(ご)は対手(たいしゅ=好敵手)に逢(あ)い、将(しょう)は良才(りょうさい=優れた将才)に遇(あ)う   棋(ご)の対手(たいしゅ)に逢(あ)えば興(きょう)を蔵(かく)し難(がた)く、将(しょう)の良才(りょうさい)に遇(あ)えば功(こう)を用(もち)う可(べ)し   那(か)の両員(りょういん)の神将(しんしょう)の相交(あいまじわ)るは、好(よ)く便(すなわ)ち南山(なんざん)の虎(とら)の闘(たたかい)、北海(ほっかい)の竜(りゅう)の争(あらそい)に似(に)たり   竜(りゅう)争(あらそ)う処(ところ)には、鱗甲(りんこう=鱗)輝(かがやき)を生(しょう)じ、虎(とら)闘(たたか)う時(とき)には、爪牙(そうが=爪と牙)乱(みだ)りに落(お)つ   爪牙(そうが)乱(みだ)りに落(お)ちて銀鉤(ぎんこう=銀の鉤)を撒(ま)き、鱗甲(りんこう)輝(かがやき)を生(しょう)じて鉄葉(てつよう=鉄の葉)を支(ささ)う   此(こ)の一箇(ひとり)は翻翻復復(ほんぽんふくふく)として、千般(せんぱん)の解数(かいすう=技)有(あ)り   那(か)の一箇(ひとり)は来来往往(らいらいおうおう)として、半点(はんてん)の放閑(ほうかん=暇)も無(な)し   金箍棒(きんこぼう)は、頂門(ちょうもん=頭頂)を離(はな)るること只(た)だ三分(さんぶ)を隔(へだ)つるのみ   七星剣(しちせいけん)は、心窩(しんか=胸)に向(むか)うて惟(た)だ一蹍(いってん=僅か)を争(あらそ)う   那(か)の威風(いふう)は逼(せま)りて斗牛(とぎゅう=星宿)をして寒(かん)ならしめ、此(こ)の怒気(どき)は雷電(らいでん)よりも勝(まさ)って険(けわ)し  彼(かれ)両箇(ふたり)は戦(たたか)うこと三十回合(さんじゅうがいごう)有(あ)りて、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。  行者は暗(あん)に喜(よろこ)んで道(い)わく、「此(こ)の潑怪(はつかい)は倒(かえ)って也(ま)た老孫(ろうそん)が鉄棒(てつぼう)を架(ささ)え住(とど)むる可(べ)し!我(われ)已(すで)に彼(かれ)が三件(みっつ)の宝貝(ほうばい)を得(え)たるに、却(かえ)って此(か)くの般(ごと)く苦苦(くく=しきり)と彼(かれ)と厮殺(しさつ=斬り合い)するは、我(わ)が工夫(くふう=時間)を誤(あやま)らずや。若(も)しは葫芦(ひょうたん)或(あるい)は浄瓶(じょうへい)を拿(と)りて彼(かれ)を装(い)り去(ゆ)かば、多少(いかほど)か好(よ)からん。」  又(また)想(おも)えらく、「不好(よくない)!不好(よくない)!常言(じょうげん)に道(い)わく『物(もの)は主(あるじ)に随(したが)うて便(べん)なり』と。倘(も)し我(われ)彼(かれ)を叫(よ)んで応(こた)えざらば、却(かえ)って又(また)事業(じぎょう=大事)を誤(あやま)らずや。且(しばら)く幌金縄(こうきんじょう)を使(つか)うて頭(かしら)を扣(から)めんか。」  好(よ)き大聖(たいせい)、一只手(かたて)にて棒(ぼう)を使(つか)い、彼(かれ)が宝剣(ほうけん)を架(ささ)え住(とど)め、一只手(かたて)にて那(か)の縄(なわ)を把(もっ)て抛(な)げ起(おこ)し、刷喇(さつらつ)と魔頭(まとう)を扣(から)めたり。  原来(もと)那(か)の魔頭(まとう)に一箇(ひとつ)の《緊縄呪(きんじょうじゅ)》有(あ)り、一箇(ひとつ)の《松縄呪(しょうじょうじゅ)》有(あ)り。若(も)し别人(たにん)を扣(から)め住(とど)めなば、就(すなわ)ち《緊縄呪(きんじょうじゅ)》を念(とな)えて、能(よ)く脱(のが)るることを得(え)ざらしめ、若(も)し自家人(じかじん=身内)を扣(から)め住(とど)めなば、就(すなわ)ち《松縄呪(しょうじょうじゅ)》を念(とな)えて、身(み)を傷(きずつ)くることを得(え)ざらしむ。彼(かれ)は是(こ)れ自家(じか)の宝貝(ほうばい)なるを認(みと)め得(え)、即(すなわ)ち《松縄呪(しょうじょうじゅ)》を念(とな)え、縄(なわ)を把(もっ)て松(ゆる)く動(うご)かし、便(すなわ)ち脱(のが)れ出(い)で、反(かえ)って行者(ぎょうじゃ)を望(めが)けて抛(な)げ将(ゆ)き去(さ)り、却(かえ)って早(はや)く大聖(たいせい)を扣(から)め住(とど)めたり。  大聖は正(まさ)に「瘦身法(しゅくしんぽう=身を縮める法)」を使(つか)い、身(み)を脱(のが)れんと想(おも)うとせしに、却(かえ)って那(か)の魔(ま)に《緊縄呪(きんじょうじゅ)》を念(とな)え動(うご)かされ、緊緊(きんきん)と扣(から)め住(とど)められて、怎(いか)でか脱(のが)るることを得(え)んや。褪(ゆる)めて頸項(けいこう=首)の下(した)に至(いた)れば、原(もと)是(こ)れ一箇(ひとつ)の金圈子(きんけんし=金の輪)の套(かぶ)せ住(とど)めたるなり。  那(か)の怪(かい)は縄(なわ)を将(もっ)て一扯(ひとき)に扯(ひ)き将(ゆ)き下(おろ)し、光頭(こうとう=坊主頭)を照(てら)して七八(しちはち)の宝剣(ほうけん)を砍(き)りたるに、行者(ぎょうじゃ)の頭皮児(とうひじ=頭の皮)も也(ま)た曾(かつ)て一紅(ひとあか)み紅(あか)まざりき。  那(か)の魔(ま)は言った。「此(こ)の猴(さる)め、汝(なんじ)が此(か)くの等(ごと)く頭(あたま)硬(かた)ければ、我(われ)汝(なんじ)を砍(き)らず、且(しばら)く汝(なんじ)を帯(たい)して回(かえ)り去(ゆ)きてより再(ふたた)び汝(なんじ)を打(う)たん。我(わ)が那(か)の両件(ふたつ)の宝貝(ほうばい)を将(もっ)て早(はや)きに趁(つ)けて我(われ)に還(かえ)せ!」  行者は言った。 「我(われ)汝(なんじ)が甚(なん)の宝貝(ほうばい)を拿(と)りしとて、汝(なんじ)我(われ)に問(と)うて要(よう)するや?」  那(か)の魔頭(まとう)は身(み)の上(うえ)を将(もっ)て細細(さいさい=こまごまと)捜検(そうけん=調べ)、却(かえ)って那(か)の葫芦(ひょうたん)・浄瓶(じょうへい)を都(ことごと)く捜(さぐ)し出(いだ)し、又(また)縄(なわ)を把(もっ)て牽(ひ)き着(つ)け、帯(たい)して洞(ほら)の裏(うち)に至(いた)りて道(い)わく、「兄長(けいちょう)、拿(とら)え将(きた)れり。」  老魔は言った。「誰(たれ)を拿(とら)え来(きた)れるや?」  二魔は言った。「孫行者(そんぎょうじゃ)なり。汝(なんじ)来(きた)りて看(み)よ、汝(なんじ)来(きた)りて看(み)よ。」  老魔は一見(いっけん)して、是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)なるを認(みと)め、満面(まんめん)歓喜(かんき)して道(い)わく、「是(こ)れ彼(かれ)なり!是(こ)れ彼(かれ)なり!彼(かれ)を把(もっ)て長長(ながなが)の縄児(なわ)もて柱枓(ちゅうと=柱)の上(うえ)に拴(つな)ぎ着(つ)けて耍子(しゃし=慰み)にせん!」  真個(しんこ)に行者(ぎょうじゃ)を把(もっ)て拴(つな)ぎ住(とど)め、両箇(ふたり)の魔頭(まとう)は、却(かえ)って後面(こうめん=奥)の堂(どう)の裏(うち)に進(い)りて酒(さけ)を飲(の)む。  那(か)の大聖(たいせい)は柱根(ちゅうこん=柱の根)の下(した)に在(あ)りて爬蹉(はさ=もが)き、忽(たちま)ち八戒(はっかい)を驚動(きょうどう)せり。那(か)の呆子(ほうし)は梁(はり)の上(うえ)に吊(つる)されて、哈哈(はは)と笑(わら)うて道(い)わく、「哥哥(あにき)啊(や)、耳朶(みみ)は食(く)い成(な)らざるなり!」  行者は言った。「呆子(ほうし)よ、可(よ)く吊(つ)らるること自在(じざい)なるや。我(われ)如今(いま)就(すなわ)ち出(い)で去(ゆ)き、管情(きっと)汝(なんじ)らを救(すく)わん。」  八戒は言った。 「不羞(はずかしからず)!不羞(はずかしからず)!本身(ほんしん=自分の身)すら脱(のが)れ難(がた)きに、還(ま)た人(ひと)を救(すく)わんと想(おも)うとは。罷(や)めよ罷(や)めよ罷(や)めよ!師徒(しと)たち都(ことごと)く一処(ひとところ)に在(あ)りて死(し)し、好(よ)く陰司(いんし=冥府)の裏(うち)へ到(いた)りて路(みち)を問(と)わん!」  行者は言った。「胡説(こせつ)するなかれ!汝(なんじ)看(み)よ我(われ)の出(い)で去(ゆ)くを。」  八戒は言った。「我(われ)汝(なんじ)の怎(いか)にして出(い)で去(ゆ)くを看(み)ん。」  那(か)の大聖(たいせい)は口(くち)の裏(うち)にて八戒(はっかい)と話(はな)し、眼(め)の裏(うち)に却(かえ)って那些(これら)の妖怪(ようかい)を抹(み)る。彼(かれ)の裏(うち)に在(あ)りて酒(さけ)を飲(の)み、幾箇(いくたり)かの小妖(しょうよう)の盤(さら)を拿(と)り盞(さかずき)を拿(と)り、壺(つぼ)を執(と)りて酒(さけ)を酾(そそ)ぎ、絶(た)えず両頭(りょうとう)を乱(みだ)りに跑(はし)り、関防(かんぼう=見張り)の略(いささ)か些(しばら)く鬆(ゆる)めるを見(み)て、彼(かれ)は面前(めんぜん)に人(ひと)無(な)きを見(み)、就(すなわ)ち神通(じんつう)を弄(ろう)す。  棒(ぼう)を順(したが)え出(いだ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)ぜよ!」と叫(さけ)べば、即(すなわ)ち変(へん)じて一箇(ひとつ)の純鋼(じゅんこう=純粋の鋼)の銼児(やすり)を作(な)し、那(か)の頸項(けいこう)の圈子(わ)を扳(こじ)過(あ)げ、三五銼(みつやすり)にして、銼(やすりかけ)て両段(りょうだん)と做(な)し、銼口(やすりあと)を扳(こじ)開(ひら)き、脱(のが)れ将(ゆ)き出(い)でたり。  一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き、叫(よ)んで変(へん)じて一箇(ひとつ)の仮身(かりみ=偽りの身)を作(な)し、那処(あそこ)に拴(つな)ぎ着(つ)け、真身(しんしん)は却(かえ)って幌(ゆ)るること一幌(ひとゆれ)に、変(へん)じて箇(ひとり)の小妖(しょうよう)を作(な)し、旁辺(かたわら)に立(た)つ。  八戒は又(また)梁(はり)の上(うえ)に在(あ)りて喊(さけ)んで道(い)わく、「不好(よくない)了(かな)!不好(よくない)了(かな)!拴(つな)がれたるは是(こ)れ仮貨(にせもの)にして、吊(つ)られたるは是(こ)れ正身(しょうしん=本物)なり!」  老魔(ろうま)は杯(さかずき)を停(とど)めて便(すなわ)ち問(と)う、「那(か)の猪八戒(ちょはっかい)の吆喝(わめ)けるは是(こ)れ甚(なん)ぞ?」  行者は已(すで)に小妖(しょうよう)に変(へん)じ、上前(すす)みて道(い)わく、「猪八戒(ちょはっかい)は孫行者(そんぎょうじゃ)を攛道(そそのか)して『変化(へんげ)して走(に)げ了(おわ)らんか』と教(おし)えたるに、彼(かれ)肯(がえん)ぜずして走(に)げず、那処(あそこ)に在(あ)りて吆喝(わめ)けるなり。」  二魔は言った。「還(ま)た猪八戒(ちょはっかい)の老実(ろうじつ=正直)なりと説(と)くに、原来(もと)此(か)くの等(ごと)く老実(ろうじつ)ならざるかな!該(まさ)に二十(にじゅう)の多嘴棍(たすいこん=おしゃべりの罰棒)を打(う)つべし!」  此(こ)の行者(ぎょうじゃ)は就(すなわ)ち去(ゆ)きて一条(ひとすじ)の棍(こん)を拿(と)り来(きた)りて打(う)たんとす。八戒は言った。「汝(なんじ)打(う)つこと些(いささ)か軽(かる)くせよ。若(も)し些(いささ)か重(おも)くせば、我(われ)又(また)喊(さけ)び起(おこ)さん、我(われ)汝(なんじ)を認(みと)め得(う)るなり!」  行者は言った。「老孫(ろうそん)の変化(へんげ)は、也(ま)た只(た)だ汝(なんじ)らの為(ため)なるに、汝(なんじ)怎(いか)にして倒(かえ)って風息(ふうそく=消息)を走(はし)らせるや。此(こ)の一洞(ひとほら)の妖精(ようせい)は、都(ことごと)く認(みと)め得(え)ざるに、怎(いか)で偏(ひとえ)に汝(なんじ)のみ認(みと)め得(う)るや?」  八戒は言った。「汝(なんじ)頭臉(とうれん=頭と顔)を変(へん)じたると雖(いえど)も、還(ま)た曾(かつ)て屁股(けつ=尻)を変(へん)ぜず。那(そ)の屁股(けつ)の上(うえ)の両塊(ふたつ)の紅(あか)きは是(こ)れならずや。我(われ)此(こ)の因(ゆえ)に汝(なんじ)と是(こ)れなるを認(みと)め得(う)るなり。」  行者は随(したが)って後面(こうめん)に往(ゆ)き、厨中(ちゅうちゅう=台所)に演(いた)り到(いた)り、鍋底(なべぞこ)の上(うえ)を摸(さわ)ること一把(ひとつかみ)し、両臀(りょうでん=両の尻)を将(もっ)て擦(こす)り黒(くろ)くし、前辺(ぜんぺん)に行(ゆ)き至(いた)る。八戒(はっかい)は見(み)て又(また)笑(わら)うて言った。「那(か)の猴(さる)は何処(いずこ)へ去(ゆ)きて此(こ)の一会(ひととき)混(まぎ)れ、弄(な)して箇(ひとつ)の黒屁股(くろけつ=黒い尻)と做(な)し来(きた)れるかな。」  行者(ぎょうじゃ)は仍(な)お跟前(そば)に站(た)ち、彼(かれ)が宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)まんと要(よう)す。真個(しんこ)に甚(はなは)だ見識(けんしき=思慮)有(あ)り。庁(ひろま)に上(のぼ)り、那(か)の怪(かい)に対(たい)して一箇(ひとつ)の腿子(たいし=膝)を扯(ひ)きて道(い)わく、「大王(だいおう)、汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)は柱(はしら)の上(うえ)に拴(つな)がれて、左右(さゆう)に爬蹉(はさ=もが)き、那(か)の一根(ひとすじ)の金縄(きんじょう)を磨(す)り壊(こわ)さん。一根(ひとすじ)の粗壮(そそう=太く丈夫)なる些(しゃ=もの)の縄(なわ)を得(え)て換(か)え将(ゆ)き下(おろ)してこそ才(はじ)めて好(よ)けれ。」  老魔(ろうま)は言った。 「説(と)けることは是(せい)なり。」即(すなわ)ち腰間(ようかん)の獅蛮帯(しまんたい=獅子蛮の帯)を将(もっ)て解(と)き下(おろ)し、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)せり。  行者は帯(おび)を接(う)け、仮(いつわ)りに妝(よそお)える行者(ぎょうじゃ)を把(もっ)て拴(つな)ぎ住(とど)め、那(か)の一条(ひとすじ)の縄(なわ)を換(か)え下(おろ)し、一窩児窩児(いっかじかじ=ぐるぐると)袖(そで)の内(うち)に籠(こ)め、又(また)一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、変(へん)じて一根(ひとすじ)の仮(にせ)の幌金縄(こうきんじょう)を作(な)し、双手(もろて)にて那(か)の怪(かい)に送(おく)り与(あた)えたり。  那(か)の怪(かい)は只(た)だ酒(さけ)に貪(むさぼ)るが因(ゆえ)に、那(なん)ぞ曾(かつ)て細(こま)かに看(み)んや、就(すなわ)ち便(すみ)やかに収(おさ)め下(おろ)せり。此(こ)れ是(こ)れ   大聖(たいせい)騰那(とうな)して本事(ほんじ)を弄(ろう)し   毫毛(ごうもう)又(また)幌金縄(こうきんじょう)を換(か)う  なり。  此(こ)の件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)を得(え)て、急(いそ)ぎ身(み)を転(めぐ)らして門外(もんがい)に跳(と)び出(い)で、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)して高(たか)く叫(さけ)んで道(い)わく、「妖怪(ようかい)!」  那(か)の門(もん)を把(は)せる小妖(しょうよう)は問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)は是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)にして、此処(ここ)に在(あ)りて呼喝(こかつ=呼ばわる)や?」  行者は言った。「汝(なんじ)快(すみ)やかに早(はや)く進(い)り去(ゆ)き、汝(なんじ)が那(か)の潑魔(はつま)に報(ほう)ぜよ、説(い)え『者行孫(しゃぎょうそん)来(きた)れり』と。」  那(か)の小妖(しょうよう)は言(げん)の如(ごと)く報(ほう)ず。老魔(ろうま)は大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)わく、「孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)え住(とど)めたるに、又(また)怎(いか)にして一箇(ひとり)の者行孫(しゃぎょうそん)有(あ)るや?」  二魔は言った。「哥哥(あにき)、彼(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)のことかあらん。宝貝(ほうばい)は都(ことごと)く我(わ)が手(て)の裏(うち)に在(あ)り。我(われ)に那(か)の葫芦(ひょうたん)を拿(と)り出(いだ)し去(ゆ)かしめ、彼(かれ)を装(い)れて将(きた)らしめよ。」  老魔は言った。「兄弟(けいてい)、仔細(しさい)。」  二魔は葫芦(ひょうたん)を拿(と)り、山門(さんもん)を走(はし)り出(い)づるに、忽(ふ)と見(み)る、孫行者(そんぎょうじゃ)と模様(ようぼう=姿)の一般(おなじ)なるも、只(た)だ是(こ)れ略(いささ)か矮(ひく)き些(しゃ=もの)なるを。問(と)うて道(い)わく、「汝(なんじ)は那処(いずこ)より来(きた)れるや?」  行者は言った。「我(われ)は是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の兄弟(けいてい)なり。聞(き)くならく汝(なんじ)が我(わ)が家兄(かけい=兄)を拿(とら)えたると、却(かえ)って来(きた)りて汝(なんじ)と与(とも)に事(こと)を尋(たず)ねんとす。」  二魔は言った。「是(こ)れ我(われ)の拿(とら)えたるなり、洞中(どうちゅう)に鎖(つな)ぎ着(つ)けたり。汝(なんじ)今(いま)既(すで)に来(きた)れば、必(かなら)ず索戦(さくせん=戦いを求め)せん。我(われ)も亦(ま)た汝(なんじ)と与(とも)に兵(へい)を交(まじ)えず、我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)を一声(ひとこえ)叫(さけ)ばん、汝(なんじ)敢(あ)えて我(われ)に応(こた)うるや?」  行者は言った。「可(べ)し怕(おそ)るるか汝(なんじ)の叫(さけ)ぶこと千声(せんせい)なるを、我(われ)は就(すなわ)ち汝(なんじ)に答(こた)えること万声(ばんせい)ならん!」  那(か)の魔(ま)は宝貝(ほうばい)を執(と)り、空(くう)の中(うち)に跳(と)び上(のぼ)り、底児(そこ)をして天(てん)に朝(むか)わしめ、口児(くち)をして地(ち)に朝(むか)わしめ、一声(ひとこえ)叫(さけ)んで「者行孫(しゃぎょうそん)」と。  行者は却(かえ)って敢(あ)えて答(こた)えず、心(こころ)の中(うち)に暗(あん)に想(おも)えらく、「若(も)し応(こた)えなば、就(すなわ)ち装(い)れられ進(い)り去(ゆ)かん。」  那(か)の魔(ま)は言った。「汝(なんじ)怎(いか)にして我(われ)に応(こた)えざるや?」  行者は言った。「我(われ)些(いささ)か耳閉(みみつぶれ=耳が遠い)にして、曾(かつ)て聴(き)き得(え)ず。汝(なんじ)高(たか)く叫(さけ)べ。」  那(か)の怪物(かいぶつ)は又(また)一声(ひとこえ)「者行孫(しゃぎょうそん)」と叫(さけ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)は底下(した)に在(あ)りて指頭(ゆび)を掐(つま)んで一算(ひとかぞ)えして、道(い)わく、「我(わ)が真(まこと)の名字(みょうじ)は孫行者(そんぎょうじゃ)と叫做(よば)れ、起(おこ)したる鬼名字(きみょうじ=仮の名)は者行孫(しゃぎょうそん)と叫做(よば)る。真(まこと)の名字(みょうじ)は以(もっ)て装(い)る可(べ)く、鬼名字(きみょうじ)は好(よ)く道(い)わば装(い)る可(べ)からず。」  却(かえ)って就(すなわ)ち忍(しの)び得(え)ず、彼(かれ)に一声(ひとこえ)応(こた)えたれば、颼(しゅう)と彼(かれ)に吸(す)い込(こ)まれて葫芦(ひょうたん)の裏(うち)に進(い)り、帖児(ふだ)を貼(は)り着(つ)けられたり。  原来(もと)那(か)の宝貝(ほうばい)は、那(なん)の甚(なん)の名字(みょうじ)の真假(しんか)を管(かま)わんや、但(た)だ一箇(ひとつ)の応(こた)うるの気児(き)を綽(とら)えば、就(すなわ)ち装(い)り去(さ)るなり。  大聖(たいせい)は彼(かれ)が葫芦(ひょうたん)の裏(うち)に到(いた)り、渾然(こんぜん=すっかり)として烏黒(うこく=真っ暗)なり。頭(かしら)を把(もっ)て上(うえ)へ一頂(ひとつき)するも、那処(どこ)に頂(つ)き動(うご)かさんや、且(か)つ是(こ)れ塞(ふさ)ぐこと甚(はなは)だ緊(きつ)ければ、却(かえ)って才(はじ)めて心(こころ)の中(うち)に焦躁(しょうそう=いらだち)して道(い)わく、「当時(そのかみ)我(われ)山(やま)の上(うえ)に在(あ)りて、那(か)の両箇(ふたり)の小妖(しょうよう)に遇(あ)えるに、彼(かれ)曾(かつ)て我(われ)に告誦(こくしょう)して説(と)けり、『葫芦(ひょうたん)浄瓶(じょうへい)に拘(かかわ)らず、人(ひと)を裏(うち)に装(い)れれば、只(た)だ一時三刻(いちじさんこく)を消(よう)して、就(すなわ)ち化(か)して膿(うみ)と為(な)る』と。敢(あ)えずや莫(も)しや我(われ)を化(か)し了(おわ)れるならんか?」  一条(ひとすじ)の心(こころ)又(また)想(おも)えらく、「没事(ぶじ)!化(か)すこと得(え)じ!老孫(ろうそん)は五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大鬧(だいどう)し、太上老君(たいじょうろうくん)に八卦炉(はっけろ)の中(うち)に放(お)かれて四十九日(しじゅうくにち)煉(ね)られ、煉(ね)り成(な)して箇(ひとつ)の金子心肝(きんすしんかん=金の心肝)、銀子肺腑(ぎんすはいふ=銀の肺腑)、銅頭鉄背(どうとうてっぱい=銅の頭鉄の背)、火眼金睛(かがんきんせい)と為(な)れり。那処(どこ)に一時三刻(いちじさんこく)にして就(すなわ)ち我(われ)を化(か)し得(え)んや。且(しばら)く彼(かれ)と進(い)り去(ゆ)き、彼(かれ)の怎(いか)にするを看(み)ん!」  二魔は拿(と)りて裏(うち)に進(い)りて道(い)わく、「哥哥(あにき)、拿(とら)え来(きた)れり。」  老魔は言った。「誰(たれ)を拿(とら)えしや?」  二魔は言った。「者行孫(しゃぎょうそん)なり、是(こ)れ我(われ)葫芦(ひょうたん)の裏(うち)に装(い)りたるなり。」  老魔は歓喜(かんき)して言った。「賢弟(けんてい)請(こ)う坐(ざ)せよ。  動(うご)かすこと勿(なか)れ、只(た)だ揺(ゆす)りて響(ひび)くを得(え)てより再(ふたた)び帖児(ふだ)を掲(あ)げよ。」  行者は聴(き)きて道(い)わく、「我(われ)が此(か)くの般(ごと)き一箇(ひとつ)の身子(からだ)にて、怎(いか)で便(すなわ)ち揺(ゆす)りて響(ひび)き得(え)んや。只(た)だ化(か)して稀汁(きじゅう=どろどろの汁)と為(な)るを除(のぞ)かば、才(はじ)めて揺(ゆす)りて響(ひび)く可(べ)きなり。我(われ)に一泡(ひとつ)の溺(にょう=小便)を撒(ひ)らしめんか、彼(かれ)若(も)し揺(ゆす)りて響(ひび)くを得(え)ば、一定(きっと)帖(ふだ)を掲(あ)げ蓋(ふた)を起(おこ)さん。我(われ)空(すき)に乗(の)じて走(に)げ他娘(にげちま)わんか!」  又(また)思(おも)えらく、「不好(よくない)不好(よくない)!溺(にょう)は響(ひび)く可(べ)しと雖(いえど)も、只(た)だ是(こ)れ此(こ)の直裰(じきとつ=法衣)を汚(けが)さん。彼(かれ)が揺(ゆす)る時(とき)を等(ま)ち、我(われ)但(た)だ些(いささ)かの唾津(だえき)を聚(あつ)めて口(くち)を漱(すす)ぎ、稀漓呼喇(きりこらつ=どろどろ)と、彼(かれ)を哄(だま)して掲(あ)げ開(ひら)かせ、老孫(ろうそん)再(ふたた)び走(に)がんか。」  大聖(たいせい)は準備(じゅんび)を作(な)し了(おわ)るに、那(か)の怪(かい)は酒(さけ)に貪(むさぼ)って揺(ゆす)らず。大聖(たいせい)は一箇(ひとつ)の法(ほう)を作(な)し、意思(いし=つもり)は只(た)だ彼(かれ)を哄(だま)して来(きた)りて揺(ゆす)らせんとす。忽然(たちまち)叫(さけ)んで道(い)わく、「天(てん)呀(や)!孤拐(ここい=踝)が都(ことごと)く化(か)し了(おわ)れり!」  那(か)の魔(ま)は也(ま)た揺(ゆす)らず。大聖(たいせい)は又(また)叫(さけ)んで道(い)わく、「娘(はは)啊(や)!腰截骨(ようせいこつ=腰椎)を連(つら)ねて都(ことごと)く化(か)し了(おわ)れり!」  老魔は言った。「腰(こし)に化(か)し至(いた)れば、都(ことごと)く化(か)し尽(つく)せり。帖児(ふだ)を掲(あ)げ起(おこ)して看看(みてみ)よ。」  那(か)の大聖(たいせい)はこれを聞き、就(すなわ)ち一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き、「変(へん)ぜよ!」と叫(さけ)べば、変(へん)じて箇(ひとつ)の半截(はんせつ=半分)の身子(からだ)を作(な)し、葫芦(ひょうたん)の底(そこ)の上(うえ)に在(あ)らしめ、真身(しんしん)は却(かえ)って変(へん)じて箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅうじ)と作(な)り、那(か)の葫芦(ひょうたん)の口辺(くちべた)に釘(と)り着(つ)けり。  只(た)だ見(み)る、那(か)の二魔(にま)の帖児(ふだ)を掲(あ)げ起(おこ)して看(み)る時(とき)、大聖(たいせい)は早(はや)く已(すで)に飛(と)び出(い)で、一箇(ひとつ)の滚(ころび)を打(う)ち、又(また)変(へん)じて箇(ひとり)の倚海龍(いかいりゅう)と作(な)せり。倚海龍(いかいりゅう)は却(かえ)って是(こ)れ原(もと)老奶奶(ろうばばさま)を請(まね)きに去(ゆ)きし那(か)の小妖(しょうよう)なり。彼(かれ)は変(へん)じて、旁辺(かたわら)に站(た)てり。  那(か)の老魔(ろうま)は葫芦口(ひょうたんのくち)を扳(こじ)き、一張(ひとつ)を張(のぞ)きて、是(こ)れ箇(ひとつ)の半截(はんせつ)の身子(からだ)の動耽(うごめく)なるを見(み)て、彼(かれ)も亦(ま)た真假(しんか)を認(みと)めず、慌忙(こうぼう)として叫(さけ)んで道(い)わく、「兄弟(けいてい)、蓋(ふた)をせよ!蓋(ふた)をせよ!還(ま)た曾(かつ)て化(か)し得(え)了(おわ)らざるなり!」  二魔は依旧(もとのごとく)貼(は)り着(つ)けたり。大聖(たいせい)は旁(かたわら)に在(あ)りて暗(あん)に笑(わら)うて道(い)わく、「老孫(ろうそん)の已(すで)に此処(ここ)に在(あ)るを知(し)らざるかな!」  那(か)の老魔(ろうま)は壺(つぼ)を拿(と)り、満満(まんまん)と一盃(ひとさかずき)の酒(さけ)を斟(つ)ぎ、近(ちか)づき前(すす)みて双手(もろて)にて二魔(にま)に遞(わた)して道(い)わく、「賢弟(けんてい)、我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に一箇(ひとつ)の鍾児(さかずき)を遞(わた)さん。」  二魔は言った。「兄長(けいちょう)、我(われ)ら已(すで)に此(こ)の半会(ひととき)の酒(さけ)を食(の)み了(おわ)れるに、又(また)甚(なん)の鍾(さかずき)を遞(わた)すや?」  老魔は言った。「汝(なんじ)唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)を拿(とら)え住(とど)めたるは猶(な)お可(よ)し、又(また)孫行者(そんぎょうじゃ)を索(もと)め、者行孫(しゃぎょうそん)を装(い)れり。此(か)くの如(ごと)き功労(こうろう)なれば、該(まさ)に汝(なんじ)と与(とも)に幾鍾(いくさかずき)か多(おお)く遞(わた)すべし。」  二魔は哥哥(あにき)の恭敬(きょうけい=うやうやしき)なるを見(み)て、怎(いか)で敢(あ)えて接(う)けざらんや。但(た)だ一只手(かたて)にて葫芦(ひょうたん)を托(ささ)げ、一只手(かたて)は敢(あ)えて去(ゆ)きて接(う)けず、却(かえ)って葫芦(ひょうたん)を把(もっ)て倚海龍(いかいりゅう)に遞(わた)し、双手(もろて)にて去(ゆ)きて杯(さかずき)を接(う)けんとす。那(か)の倚海龍(いかいりゅう)の是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の変(へん)ぜしものなるを知(し)らず。  汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の葫芦(ひょうたん)を端(ただ)しく持(も)ち、殷勤(いんぎん=丁寧)に奉侍(ほうじ)するを。二魔(にま)は酒(さけ)を接(う)けて食(の)み、也(ま)た一盃(ひとさかずき)を回奉(かいほう=返杯)せんと要(よう)するに、老魔(ろうま)は言った。「酒(さけ)を回(まわ)すを消(よう)せず、我(わ)が此処(ここ)に汝(なんじ)に陪(ばい)して一盃(ひとさかずき)せんか。」  両人(ふたり)は只(た)だ管(ひたすら)謙遜(けんそん=譲り合い)す。行者(ぎょうじゃ)は葫芦(ひょうたん)を頂(いただ)き、眼(め)を転(めぐ)らさず、彼(かれ)両箇(ふたり)の左右(さゆう)に杯(さかずき)を伝(つた)うるを看(み)て、全(まった)く計較(けいこう=用心)無(な)きを見(み)、彼(かれ)は就(すなわ)ち一箇(ひとつ)の葫芦(ひょうたん)を把(もっ)て衣袖(いしゅう=袖)のうちに揌(おしこ)め、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)きて変(へん)じて一箇(ひとつ)の仮(にせ)の葫芦(ひょうたん)と作(な)し、一様(おなじ)にして二(ふたつ)無(な)く、手(て)の中(うち)に捧(ささ)げたり。  那(か)の魔(ま)は一会(ひととき)酒(さけ)を遞(わた)し、也(ま)た真假(しんか)を看(み)ず、一把(ひとつかみ)に宝貝(ほうばい)を接(う)け過(わた)し、各(おの)おの席(せき)に上(のぼ)り、安然(あんぜん)として坐(ざ)し、依然(いぜん)として叙飲(じょいん=語らい飲み)す。  孫大聖(そんたいせい)は身(み)を撤(ひ)いて走(はし)り過(す)ぎ、宝貝(ほうばい)を得(え)て、心(こころ)の中(うち)に暗(あん)に喜(よろこ)んで道(い)わく、 「饒(たと)い此(こ)の魔頭(まとう)に手段(しゅだん)有(あ)るも、畢竟(つい)に葫芦(ひょうたん)は還(ま)た姓(せい)を孫(そん)と為(な)す!」  畢竟(つい)に向后(こののち)怎(いか)なる様(さま)に施為(しい=振る舞い)して、方(はじ)めて師(し)を救(すく)い怪(かい)を滅(ほろぼ)すことを得(う)るを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第三十五回 外道(げどう)、威(い)を施(ほどこ)して正性(しょうせい)を欺(あざむ)く 心猿(しんえん)、宝(ほう)を得(え)て邪魔(じゃま)を伏(ふく)す 「本性(ほんしょう)円明(えんみょう=円かに明らか)なれば道(みち)自(おのずか)ら通(つう)じ、翻身(ほんしん=身を翻)して網羅(もうら=網)の中(なか)より跳出(ちょうしゅつ=跳び出)し了(おわ)んぬ。修(しゅう)し成(な)せる変化(へんげ)は容易(たやす)きに非(あら)ず、煉(ね)り就(な)せる長生(ちょうせい)豈(あに)俗(ぞく)と同(おな)じからんや。清濁(せいだく)幾番(いくたび)か運転(うんてん)に随(したが)い、辟開(へきかい=開き拓)きて数劫(すうごう=幾たびもの劫)の任(まま)に西東(ざいとう)す。逍遙(しょうよう)として億万年(おくまんねん)も計(はか)り無(な)く、一点(いってん)の神光(しんこう)永(とわ)に空(くう)に注(そそ)ぐ」 此(こ)の詩(し)は暗(あん)に孫大聖(そんだいせい)の道妙(どうみょう=道の奥義)に合(かな)う。彼(かれ)自(みずか)ら那(か)の魔(ま)の真宝(しんぽう=真の宝)を得(え)て、袖(そで)の中(うち)に籠(こ)め、喜(よろこ)んで道(い)わく、 「潑魔(はつま=あくまでも図太い魔)め、苦苦(くく=苦心惨憺)として心(こころ)を用(もち)いて我(われ)を拿(とら)えんとす、誠(まこと)に所謂(いわゆる)水中(すいちゅう)の月(つき)を撈(すく)うが如(ごと)し。老孫(ろうそん)若(も)し汝(なんじ)を擒(とりこ)にせんと要(よう)せば、便(すなわ)ち火上(かじょう)の氷(こおり)を弄(ろう)するに似(に)たり」 葫蘆(ころ=瓢箪)を蔵(かく)し、密々(ひそひそ=こっそり)と門外(もんがい)を溜(ぬけ)け出(い)で、本相(ほんしょう=本来の姿)を現(あらわ)し、厳(きび)しき声(こえ)を高(たか)めて叫(さけ)んで道(い)わく、 「精怪(せいかい=妖怪)、門(もん)を開(ひら)け!」 旁(かたわ)らに小妖(しょうよう=小妖怪)有(あ)りて道(い)わく、 「汝(なんじ)は又(また)是(こ)れ甚(いず)れの人(ひと)ぞ、敢(あえ)て来(きた)りて吆喝(ようかつ=怒鳴り立て)るか?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「速(すみ)やかに汝(なんじ)が那(か)の老潑魔(ろうはつま=図太い老いぼれ魔)に報(ほう)じよ、吾(われ)乃(すなわ)ち行者孫(ぎょうじゃそん)来(きた)れる也(なり)」 那(か)の小妖(しょうよう)急(いそ)ぎ入(い)りて裏(うち)に報(ほう)じて道(い)わく、 「大王(だいおう)、門外(もんがい)に個(ひとり)の甚麼(いず)れの行者孫(ぎょうじゃそん)と云(い)える者(もの)の来(きた)れる有(あ)り」 老魔(ろうま)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)わく、 「賢弟(けんてい)、不好了(ふこうりょう=大変)だ!他(かれ)を惹動(じゃくどう=刺激し)て一窩風(いっかふう=一族郎党)にして了(しま)った!幌金縄(こうきんじょう)には現(げん)に孫行者(そんぎょうじゃ)を拴(つな)ぎ着(つ)け、葫蘆(ころ)の裏(うち)には現(げん)に者行孫(しゃぎょうそん)を装(つ)め着(つ)けしに、怎麼(どう)して又(また)個(ひとり)の甚麼(いず)れの行者孫(ぎょうじゃそん)の有(あ)るや?想(おも)うに是(こ)れ他(かれ)の幾(いく)つかの兄弟(きょうだい)都(みな)来(きた)れるならん」 二魔(じま)道(い)わく、 「兄長(けいちょう)放心(ほうしん=心安ん)ぜよ、我(わ)が此(こ)の葫蘆(ころ)は一千人(いっせんにん)を装(つ)め下(い)るる能(あた)わくする哩(ぞ)。我(われ)才(いま)者行孫(しゃぎょうそん)一個(ひとり)を装(つ)めたるのみ、又(また)那(か)の甚麼(いず)れの行者孫(ぎょうじゃそん)を怕(おそ)れんや!我(われ)に出(い)でて看看(みみ=見て)しめ、一発(いっぱつ=一緒に)装(つ)め来(きた)らん」 老魔(ろうま)道(い)わく、 「兄弟(きょうだい)仔細(しさい=用心)せよ」 你(なんじ)看(み)よ、那(か)の二魔(じま)は個(ひとつ)の仮(にせ)の葫蘆(ころ)を拿(と)り着(つ)け、還(なお)前番(ぜんばん=先程)の如(ごと)く雄糾々(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)、気昂々(きこうこう=意気軒昂)として門(もん)を出(い)で、高(たか)く呼(よ)んで道(い)わく、 「汝(なんじ)是(こ)れ那裡(いずこ)の人氏(じんし=生まれ)ぞ、敢(あえ)て此間(ここ)に在(あ)りて吆喝(ようかつ=怒鳴る)すか?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか?家居(かきょ=住まい)は花果山(かかさん)、祖貫(そかん=本籍)は水簾洞(すいれんどう)。只(た)だ天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がししが為(ため)に、多時(たじ=長き間)争競(そうきょう=争い)を罷(や)めたり。如今(にこん=今や)幸(さいわ)いに災(さい)を脱(のが)れ、道(みち)を棄(す)てて僧(そう)の用(よう)に従(したが)う。秉教(へいきょう=教えを奉じ)けて雷音(らいおん)に上(のぼ)り、経(きょう)を求(もと)めて覚正(かくしょう=悟りの正道)に帰(き)す。相逢(あいまみ)える野潑魔(やはつま=田舎の図太い魔)、却(かえっ)て神通(じんつう)を把(もっ)て弄(ろう)す。還(かえ)せ我(わ)が大唐(だいとう)の僧(そう)を、上(のぼ)りて西(にし)に仏聖(ぶっしょう)を参(さん)ぜん。両家(りょうけ)戦争(せんそう)を罷(や)め、各(おのおの)平安(へいあん)の境(さかい)を守(まも)らん。休(や)めよ老孫(ろうそん)を焦(いらだ)たせ、傷残(しょうざん=傷つけ損なう)することを老(おい)の性命(せいめい)に! 那(か)の魔(ま)道(い)わく、 「汝(なんじ)且(しばら)く過(よ)り来(こ)よ、我(われ)汝(なんじ)と相打(あいう=打ち合い)たず、但(た)だ我(われ)汝(なんじ)を一声(ひとこえ)叫(よ)ばば、汝(なんじ)敢(あえ)て応(こた)うるか?」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)わく、 「汝(なんじ)我(われ)を叫(よ)べば、我(われ)便(すなわ)ち応(こた)えん。我(われ)若(も)し汝(なんじ)を叫(よ)ばば、汝(なんじ)応(こた)う可(べ)きか?」 那(か)の魔(ま)道(い)わく、 「我(われ)汝(なんじ)を叫(よ)ぶは、是(こ)れ我(われ)に個(ひとつ)の宝貝(ほうばい=宝)の葫蘆(ころ)有(あ)り、以(もっ)て人(ひと)を装(つ)む可(べ)ければ也(なり)。汝(なんじ)我(われ)を叫(よ)ぶも、却(かえっ)て何(なん)の物(もの)有(あ)るや?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「我(われ)にも亦(また)個(ひとつ)の葫蘆児(ころじ=瓢箪ちゃん)有(あ)り」 那(か)の魔(ま)道(い)わく、 「既(すで)に有(あ)らば、拿(と)り出(いだ)して我(われ)に看看(みみ=見せ)よ」 行者(ぎょうじゃ)便(すなわ)ち袖(そで)の中(うち)より葫蘆(ころ)を取(と)り出(いだ)して道(い)わく、 「潑魔(はつま)、汝(なんじ)看(み)よ!」 幌(ひら)と一幌(ひとゆ=ひと振り)、復(ま)た袖(そで)の中(うち)に蔵(かく)す、他(かれ)の来(きた)りて搶(うば)わんことを恐(おそ)るる也(なり)。那(か)の魔(ま)見(み)て大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)わく、 「他(かれ)の葫蘆(ころ)は是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れるや?怎麼(どう)して便(すなわ)ち我(わ)がのと一般(いっぱん=同じ)なる?縦(たと)い是(こ)れ一根(ひとね)の藤(ふじ)の上(うえ)に結(むす)べるにしても、亦(また)個(ひとつ)の大小不同(だいしょうふどう=大小の違い)、偏正不一(へんせいふいつ=偏り正しきの違い)有(あ)るに、却(かえっ)て怎麼(どう)して一般無二(いっぱんむに=寸分違わず同じ)なるや?」 他(かれ)便(すなわ)ち正色(せいしょく=真剣な顔)して叫(よ)んで道(い)わく、 「行者孫(ぎょうじゃそん)、汝(なんじ)が那(か)の葫蘆(ころ)は是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れるや?」 行者(ぎょうじゃ)委(まこと)に那(か)の来歴(らいれき=由来)を知(し)らざるも、口(くち)を接(つ)ぎ来(きた)って便(すなわ)ち他(かれ)に一句(ひとく)を問(と)いて道(い)わく、 「汝(なんじ)が那(か)の葫蘆(ころ)は是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れるや?」 那(か)の魔(ま)是(こ)れ個(ひとつ)の見識(けんしき=策略)とは知(し)らず、只(た)だ是(こ)れ句(く)の老実(ろうじつ=正直)なる言語(げんご)と思(おも)い、便(すなわ)ち根本(こんぽん=元来自体)を頭(かしら)より説(と)き出(いだ)して道(い)わく、 「我(わ)が此(こ)の葫蘆(ころ)は混沌(こんとん)初分(しょぶん=初めて分かれし時)、天開(てんかい)地闢(ちへき=天地開闢)の際(さい)、一位(いちい)の太上老祖(たいじょうろうそ)有(あ)り、女媧(じょか)の名(な)を解化(げけ=仮に名乗)して、石(いし)を煉(ね)りて天(てん)を補(おぎな)い、普(あまね)く閻浮世界(えんぶせかい=この世)を救(すく)い給(たも)う。補(おぎな)い到(いた)る乾宮夬地(けんきゅうかいち=乾の方の夬の地)に、一座(いちざ)の昆侖山(こんろんさん)の脚下(きゃっか=麓)を見(み)るに、一縷(いちる=ひと筋)の仙藤(せんとう=仙なる藤)有(あ)り、上(うえ)に這個(この)紫金紅葫蘆(しきんこうころ=紫金の赤き瓢箪)を結(むす)び着(つ)けたるは、却(かえっ)て便(すなわ)ち是(こ)れ老君(ろうくん)の留(とど)め下(おろ)して如今(いま)に到(いた)れる者(もの)也(なり)」 大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)き、便(すなわ)ち他(かれ)の口気(こうき=言い方)を綽(そっ=盗み取)りて道(い)わく、 「我(わ)が葫蘆(ころ)も、亦(また)是(こ)れ那裡(あそこ)より来(きた)れる也(なり)」 魔頭(まとう=魔の頭目)道(い)わく、 「怎(どう)して見(み)得(う)べきや?」 大聖(たいせい)道(い)わく、 「自(みずか)ら清濁(せいだく)初(はじ)めて開(ひら)けしより、天(てん)西北(せいほく)に満(み)たず、地(ち)東南(とうなん)に満(み)たず、太上道祖(たいじょうどうそ)女媧(じょか)に解化(げけ=化身)し、天(てん)の缺(かけ)を補(おぎな)い完(まっと)うし、行(ゆ)きて昆侖山(こんろんさん)の下(した)に至(いた)るに、一根(ひとね)の仙藤(せんとう)有(あ)り、藤(ふじ)に兩個(ふたつ)の葫蘆(ころ)を結(むす)べり。我(われ)得(え)しは是(こ)れ一個(ひとつ)の雄(おす)、汝(なんじ)が那(か)のは却(かえっ)て是(こ)れ雌(めす)也(なり)」 那(か)の怪(かい)道(い)わく、 「雌雄(しゆう)を説(と)く勿(なか)れ、但(た)だ只(た)だ人(ひと)を装(つ)め得(う)るを、便(すなわ)ち是(こ)れ好(よ)き宝貝(ほうばい)也(なり)」 大聖(たいせい)道(い)わく、 「汝(なんじ)も亦(また)説(と)き得(え)て是(ぜ)なり、我(われ)便(すなわ)ち汝(なんじ)をし先(さき)に装(つ)めしめん」 那(か)の怪(かい)甚(はなは)だ喜(よろこ)び、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)って跳(と)び将(や)り起(た)ち去(さ)り、空中(くうちゅう)に到(いた)りて葫蘆(ころ)を執(と)り着(つ)け、一声(ひとこえ)叫(よ)ばんとす。 「行者孫(ぎょうじゃそん)」 大聖(たいせい)聴(き)き得(え)て、却(かえっ)て便(すなわ)ち気(いき)を歇(やす)めず連(つづ)けて八九声(はちきゅうこえ)応(こた)えたれど、只(た)だ是(こ)れ装(つ)め去(さ)る能(あた)わず。那(か)の魔(ま)墜(お)ち将(や)り来(きた)り、脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)って道(い)わく、 「天(てん)那(や)!只(た)だ説(い)う世情(せいじょう=世の習い)改變(かいへん=変わ)らざる哩(ぞ)!這樣(このよう)なる個(ひとつ)の宝貝(ほうばい)も亦(また)老公(ろうこう=亭主)を怕(おそ)る、雌(めす)雄(おす)を見(み)ては、便(すなわ)ち敢(あえ)て装(つ)めざるか!」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)わく、 「汝(なんじ)且(しばら)く収(おさ)め起(た)てよ、輪(ばん)到(いた)りて老孫(ろうそん)の該(かか)わる汝(なんじ)を叫(よ)ぶ哩(ぞ)」 急(いそ)ぎ筋斗(きんと=宙返り)を縦(はな)ち、跳(と)び起(た)ち去(さ)り、葫蘆(ころ)の底児(ていじ=底)を将(もっ)て天(てん)に朝(む)け、口児(こうじ=口)を地(ち)に朝(む)け、妖魔(ようま)を照(てら)し定(さだ)めて、叫(よ)ばんとす。 「銀角大王(ぎんかくだいおう)」 那(か)の怪(かい)敢(あえ)て口(くち)を閉(と)ざさず、只(た)だ一声(ひとこえ)応(こた)うるを得(え)、倏(たちま)ち裏(うち)に装(つ)められ、行者(ぎょうじゃ)に「太上老君急急如律令奉敕(たいじょうろうくんきゅうきゅうにょりつりょうほうちょく)」の帖子(じょうじ=札)を貼(は)り着(つ)けられ、心中(しんちゅう)暗(あん)に喜(よろこ)んで道(い)わく、 「我(わ)が児(こ)よ、汝(なんじ)今日(こんにち)も亦(また)来(きた)りて新(あたら)しきを試(こころ)みるか!」 他(かれ)便(すなわ)ち雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)え下(おろ)し、葫蘆(ころ)を拿(と)り着(つ)け、心心念念(しんしんねんねん=一心不乱)に、只(た)だ是(こ)れ師父(しふ)を救(すく)わんと要(よう)し、又(また)蓮花洞(れんかどう)の洞口(どうこう)に向(むか)いて来(きた)る。那(か)の山(やま)上(うえ)は都(みな)是(こ)れ些(いささ)かの窪踏不平(わとうふへい=窪んで凸凹)なる路(みち)、況(いわ)んや他(かれ)は又(また)是(こ)れ個(ひとつ)の圈盤腿(けんばんたい=がに股)なるを、拐呀拐(かいあかい=よろよろ)と走着(ある)き、揺(ゆ)るる那(か)の葫蘆(ころ)の裏(うち)漷漷索索(かくかくさくさく=ごぼごぼざらざら)、响声(きょうせい=音)絶(た)えず。 你(なんじ)道(い)う他(かれ)怎麼(どう)して便(すなわ)ち响声(きょうせい=音)有(あ)るや?原来(げんらい=もともと)孫大聖(そんだいせい)は是(こ)れ熬煉(ごうれん=鍛え抜かれ)し過(す)ぎたる身体(しんたい=体)なるを、急切(きゅうせつ=急には)他(かれ)を化(か)し得(え)ず、那(か)の怪(かい)も亦(また)能(よ)く騰雲駕霧(とううんがむ=雲に乗り霧を駕す)すると雖(いえど)も、過(す)ぎず是(こ)れ些(いささ)かの法術(ほうじゅつ)、大端(たいたん=大抵)は是(こ)れ凡胎(ぼんたい=凡夫の胎)未(いま)だ脱(だっ)せず、宝貝(ほうばい)の裏(うち)に到(いた)りて便(すなわ)ち化(か)し了(しま)う。行者(ぎょうじゃ)は還(なお)他(かれ)が便(すなわ)ち化(か)し了(しま)うとは当(あ)てず、笑(わら)って道(い)わく、 「我(わ)が儿子(こ)よ、知(し)らず是(こ)れ撒尿(さつにょう=小便を漏らす)耶(か)、知(し)らず是(こ)れ漱口(そうこう=口をゆすぐ)哩(ぞ)、這(こ)れは是(こ)れ老孫(ろうそん)の干(や)り過(す)ぎし買売(ばいばい=商売)也(なり)。七八日(しちはちにち)に到(いた)りて、稀汁(きじゅう=どろどろの汁)と化(か)し成(な)るに等(ひと)しからざれば、我(われ)も亦(また)蓋(ふた)を掲(あ)げて看看(みみ=見て)せず。忙(いそ)ぐ怎(なん)のや?甚(なん)の要緊(ようきん=大事)有(あ)るや?想着(おも)うに我(われ)の出(い)で来(きた)れる容易(たやす)き、便(すなわ)ち該(かか)わる千年(せんねん)看(み)ざるこそ好(よ)けれ!」 他(かれ)葫蘆(ころ)を拿(と)り着(つ)け話(はなし)を説(と)き、不觉(おぼえ)ず洞口(どうこう)に到(いた)り、把(もっ)て那(か)の葫蘆(ころ)を揺揺(ゆるゆる=ゆさゆさ)、一発(いっぱつ=ますます)响(なり)きたれば、他(かれ)道(い)わく、 「這個(これ)は発課(はっか=占い)の筒子(とうし=筒)の响(なり)に象(に)たり、倒(かえっ)て好(よ)く発課(はっか=占い)す可(べ)し。老孫(ろうそん)に一課(いっか)を発(はっ)しめ、師父(しふ)甚麼(いつの)時(とき)か才(はじ)めて出門(しゅつもん=出発)し得(う)るかを看看(みみ=見て)ん」 你(なんじ)看(み)よ、他(かれ)手(て)の裏(うち)に住(や)まず揺(ゆ)り、口(くち)の裏(うち)に住(や)まず念(ねん)じて道(い)わく、 「周易文王(しゅうえきぶんおう)、孔子聖人(こうしせいじん)、桃花女先生(とうかじょせんせい)、鬼谷子先生(きこくしせんせい)」 那(か)の洞(ほら)の裏(うち)の小妖(しょうよう)見(み)て道(い)わく、 「大王(だいおう)、禍事(かじ=一大事)了(なり)!行者孫(ぎょうじゃそん)二大王爺爺(にだいおうやや=二大王様)を葫蘆(ころ)の裏(うち)に装(つ)めて発課(はっか=占い)する哩(ぞ)!」 那(か)の老魔(ろうま)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、唬(おどろ)かされ魂(たましい)飛(と)び魄(たましい)散(ち)り、骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、撲(ぼく=どさり)と跌倒(てっとう=倒れ)して地(ち)に在(あ)り、声(こえ)を放(はな)って大(おおい)に哭(な)いて道(い)わく、 「賢弟(けんてい)呀(や)!我(われ)汝(なんじ)と私(ひそ)かに上界(じょうかい=天界)を離(はな)れ、転托(てんたく=生まれ変わり)して塵凡(じんぼん=俗世)に、同(とも)に栄華(えいが)を享(う)け、永(とわ)に山洞(さんどう)の主(あるじ)と為(な)らんと指望(しぼう=期し)せしに。怎(どう)して知(し)らん此(こ)の和尚(おしょう)の為(ため)に汝(なんじ)の性命(せいめい)を傷(そこな)われ、吾(わ)が手足(しゅそく=兄弟)の情(じょう)を断(た)たんとは!」 満洞(まんどう=洞じゅう)の群妖(ぐんよう=妖怪ども)、一斉(いっせい)に痛哭(つうこく=嘆き泣く)。 猪八戒(ちょはっかい)梁(はり)の上(うえ)に吊(つる)され在(あ)りて、他(かれ)が一家子(いっかし=一家)の斉(ひとしく)哭(な)くを聴(き)き得(え)、忍(しの)び住(とど)めず叫(さけ)んで道(い)わく、 「妖精(ようせい)、汝(なんじ)且(しばら)く哭(な)く勿(なか)れ、老猪(ろうちょ=この猪八戒)に講(こう=話)し汝(なんじ)に聴(き)かしめん。先(さき)に来(きた)れるは孫行者(そんぎょうじゃ)、次(つぎ)に来(きた)れるは者行孫(しゃぎょうそん)、後(のち)に来(きた)れるは行者孫(ぎょうじゃそん)、返復(へんぷく=繰り返す)三字(さんじ)、都(みな)是(こ)れ我(わ)が師兄(しけい=兄弟子)一人(ひとり)也(なり)。他(かれ)に七十二(しちじゅうに)の変化(へんげ)有(あ)り、騰那(とうな=身を翻)して入(い)り来(きた)り、宝貝(ほうばい)を盗(ぬす)み、令弟(れいてい=貴殿の弟)を装(つ)めたり。令弟(れいてい)は已(すで)に是(こ)れ死(し)せる也(なり)、必(かなら)ずしも這等(このよう)に扛喪(こうそう=喪に服し嘆く)せず、快些児(すみやか=手早く)鍋灶(かそう=釜とかまど)を刷(あら)い浄(きよ)め、些(いささ)かの香蕈(こうじん=香りきのこ)、蘑菇(まこ=マッシュルーム)、茶芽(ちゃが=茶の芽)、竹筍(ちくじゅん=筍)、豆腐(とうふ)、麺筋(めんきん=麺のグルテン)、木耳(もくじ=きくらげ)、蔬菜(そさい=野菜)を弁(もう)け、我(われ)が師徒(しと=師弟)たちを請(しょう)じて下(お)り来(きた)らしめ、汝(なんじ)が令弟(れいてい)の為(ため)に巻(かん)を受(う)け生経(しょうじょうきょう=受生経)を念(ねん)ぜしめよ」 那(か)の老魔(ろうま)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)大(おおい)に怒(いか)って道(い)わく、 「只(た)だ説(い)う猪八戒(ちょはっかい)は老実(ろうじつ=大人しい)と、原来(げんらい=なんと)甚(はなは)だ老実(ろうじつ)ならず!他(かれ)倒(かえっ)て笑話児(しょうわじ=冗談)を作(つく)りて我(われ)を打覷(ださ=からか)う!」 小妖(しょうよう)を叫(よ)んで、 「且(しばら)く挙哀(きょあい=喪を挙げる)を休(や)め、猪八戒(ちょはっかい)を把(もっ)て解(と)き下(おろ)し、蒸(ふか)し得(え)て稀爛(きらん=ぐちゃぐちゃ)となし、我(われ)に飽(あ)かんばかり食(く)わしめ、去(さ)って孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)え、仇(あだ)を報(ほう)ぜん」 沙僧(しゃそう)八戒(はっかい)を埋怨(ばいえん=恨み言)して道(い)わく、 「好(よ)きかな!我(われ)汝(なんじ)に多話(たわ=口出し)する莫(なか)れと教(おし)えたるに、多話(たわ)の者(もの)は先(さき)に蒸(ふか)され食(く)わるる哩(ぞ)!」 那(か)の呆子(ほうし=うつけ者の八戒)も亦(また)尽(ことごと)く幾分(いくぶん)の悚懼(しょうく=おびえ)有(あ)り。旁(かたわ)らに一(ひとり)の小妖(しょうよう)道(い)わく、 「大王(だいおう)、猪八戒(ちょはっかい)は不好蒸(ふかしにく)し」 八戒(はっかい)道(い)わく、 「阿弥陀仏(あみだぶつ)!是(こ)れ那位(どちら)の哥哥(あにい=兄貴)の陰徳(いんとく)を積(つ)めるや?果(はた)して是(こ)れ不好蒸(ふかしにく)し」 又(また)一個(ひとり)の妖(よう)有(あ)りて道(い)わく、 「他(かれ)の皮(かわ)を将(もっ)て剥(は)ぎ了(しま)えば、便(すなわ)ち好(よ)く蒸(ふか)す可(べ)し」 八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(い)わく、 「好蒸(よくふか)ける!好蒸(よくふか)ける!皮骨(ひこつ=皮と骨)は然(しか)も粗糙(そそう=粗い)と雖(いえど)も、湯(ゆ)滚(わ)けば便(すなわ)ち爛(ただ)れる、棬戸戸(けんここ=ひっこめ)!棬戸(けんこ=ひっこめ)!」 正(まさ)に嚷(わめ)く処(ところ)、只(た)だ見(み)る前門外(ぜんもんがい=表門の外)に一個(ひとり)の小妖(しょうよう)の報(ほう)じて道(い)わく、 「行者孫(ぎょうじゃそん)又(また)罵(ののし)りて門(もん)に上(のぼ)り来(きた)れる也(なり)!」 那(か)の老魔(ろうま)又(また)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)わく、 「這厮(こいつ)我(われ)を軽(かろん)じて人(ひと)無(な)しとす!」 叫(よ)ばんとす、 「小(ちいさ)き者(もの)たち、且(しばら)く猪八戒(ちょはっかい)を把(もっ)て照旧(もとのまま)吊(つる)し起(た)て、査(しら)べて一査(ひとしら)べ、還(なお)幾件(いくつ)の宝貝(ほうばい)有(あ)るかを」 管家(かんか=家令)の小妖(しょうよう)道(い)わく、 「洞(ほら)の中(うち)に還(なお)三件(みっつ)の宝貝(ほうばい)有(あ)る哩(ぞ)」 老魔(ろうま)問(と)う、 「是(こ)れ那(いず)れの三件(みっつ)ぞ?」 管家(かんか)の道(い)わく、 「還(なお)七星剣(しちせいけん)、芭蕉扇(ばしょうせん)と浄瓶(じょうへい)有(あ)り」 老魔(ろうま)道(い)わく、 「那(か)の瓶子(へいじ=瓶)は中用(ちゅうよう=役に立た)ず、原(もと)是(こ)れ人(ひと)を叫(よ)び、人(ひと)応(こた)うれば便(すなわ)ち装(つ)め得(う)るに、転(かえっ)て個(ひとつ)の口訣児(くけつじ=呪文)を把(もっ)て那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)に教(おし)え、倒(かえっ)て自家(じか=自分)の兄弟(きょうだい)を装(つ)め去(さ)らしめたり。他(かれ)を用(もち)いず、家(いえ)の裏(うち)に放(お)き在(お)き、快(すみやか)に剣(けん)と扇子(せんす)を将(もっ)て拿(と)り来(きた)れ」 那(か)の管家(かんか)の即(すなわ)ち両件(ふたつ)の宝貝(ほうばい)を将(もっ)て老魔(ろうま)に献(けん)ず。老魔(ろうま)芭蕉扇(ばしょうせん)を後項衣領(こうこういりょう=後ろ襟)に插(さ)し、七星剣(しちせいけん)を手(て)の中(うち)に提(さ)げ、又(また)大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)を点(てん=召集)し起(た)て、三百余名(さんびゃくよめい)有(あ)り、都(みな)に一個々(ひとりひとり)槍(やり)を拈(ひね)り棒(ぼう)を弄(ろう)し、索(なわ)を理(ととの)え刀(かたな)を輪(めぐ)らしむ。這(こ)の老魔(ろうま)却(かえっ)て盔(かぶと)を頂(いただ)き甲(よろい)を貫(つらぬ)き、一領(ひとえ)の赤焰々(せきえんえん=真っ赤)の糸袍(しほう=絹の袍)を罩(おお)う。群妖(ぐんよう)陣(じん)を擺(はい=並べ)し出(い)で、孫大聖(そんだいせい)を拿(とら)えんと要(よう)す。 那(か)の孫大聖(そんだいせい)早(はや)く已(すで)に二魔(じま)の葫蘆(ころ)の裏(うち)に化(か)し在(あ)るを知(し)り、却(かえっ)て他(かれ)を緊々(きんきん=しっかり)と拴扣(せんこう=縛り留)め停当(ていとう=きちんと)し、腰間(ようかん)に撒(ちら)し、手(て)に金箍棒(きんこぼう)を持(た)し着(つ)け、厮殺(しさつ=斬り合い)を準備(じゅんび)す。只(た)だ見(み)る那(か)の老妖(ろうよう)紅旗(こうき)を招展(しょうてん=翻)し、門(もん)を跳(と)び出(い)で来(きた)る。却(かえっ)て怎生(いか)に打扮(だはん=身なり)せるか? 頭(かしら)の上(うえ)の盔纓(かぶとのえい=兜の飾り房)光焰々(こうえんえん=ぴかぴか)、 腰間(ようかん)の帯(おび)束(つか)ねし彩霞(さいか=彩りの霞)鮮(あざ)やかなり。 身(み)に穿(き)る鎧甲(がいこう=鎧)は龍鱗(りゅうりん)を砌(みだ=並べ)し、 上(うえ)に罩(おお)う紅袍(こうほう)は烈火(れっか)の然(も)ゆるが如(ごと)し。 円眼(えんがん=丸き目)開(ひら)けば光(ひかり)電(いなずま)を掣(ひ)き、 鋼鬚(こうしゅ=鋼の髭)飄(ひるがえ)り起(た)てば乱(みだ)れて煙(けむり)を飛(と)ばす。 七星宝剣(しちせいほうけん)軽(かる)く手(て)に提(さ)げ、 芭蕉扇子(ばしょうせんす)半(なか)ば肩(かた)を遮(おお)う。 行(ゆ)くこと流雲(りゅううん)の海岳(かいがく=海と山)を離(はな)るるに似(に)、 声(こえ)は霹靂(へきれき=雷)の山川(さんせん)を震(ふる)わすに如(しか)り。 威風凛々(いふうりんりん)天将(てんしょう)を欺(あざむ)き、 怒(いか)って群妖(ぐんよう)を帥(ひき)い洞前(どうぜん)に出(い)づ。 那(か)の老魔(ろうま)急(いそ)ぎ小妖(しょうよう)に令(れい)じて陣勢(じんせい)を擺(はい=布)き開(ひら)かしめ、罵(ののし)って道(い)わく、 「汝(なんじ)這(こ)の猴子(さる)十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり!我(わ)が兄弟(きょうだい)を害(そこな)い、我(わ)が手足(しゅそく)を傷(そこな)う、着然(ちゃくぜん=まったく)に可恨(かこん=恨むべし)!」 行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)わく、 「汝(なんじ)這(こ)の討死(とうし=死を請う)の怪物(かいぶつ)!汝(なんじ)一個(ひとり)の妖精(ようせい)の性命(せいめい)を舍不得(しゃぶとく=惜しむ)も、我(わ)が師父(しふ)、師弟(してい)に似(に)たるは、馬(うま)を連(つら)ねて四個(よっつ)の生霊(せいれい=命)ぞ、平白(へいはく=わけもなく)に洞(ほら)の裏(うち)に吊(つる)され在(あ)る、我(わ)が心(こころ)何(なん)ぞ忍(しの)びん!情理(じょうり)何(なん)ぞ甘(あま)んぜん!快々(すみやか)に送(おく)り将(や)り出(いだ)して還(かえ)し我(われ)に与(あた)え、多々(おおく)些(いささ)かの盤費(ばんぴ=路銀)を貼(つ)け、喜喜歓歓(ききかんかん=喜び勇み)て老孫(ろうそん)を打発(ほっぱつ=送り出)し起(た)てば、還(なお)汝(なんじ)が這個(この)老妖(ろうよう)の狗命(くめい=犬の命)を饒(ゆる)さん!」 那(か)の怪(かい)那(なん)ぞ容(ゆる)して分説(ぶんせつ=弁明)せしめん、宝剣(ほうけん)を挙(あ)げて劈頭(へきとう=真っ向)より便(すなわ)ち砍(き)る、這(こ)の大聖(たいせい)鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて手(て)を挙(あ)げて相(あい)迎(むか)う。這(こ)の一場(ひと場)洞門外(どうもんがい)に在(あ)りて好殺(こうさつ=見事な斬り合い)!咦(ああ)! 金箍棒(きんこぼう)と七星剣(しちせいけん)、 対撞(たいしょう=ぶつかり合い)て霞光(かこう)電(いなずま)の如(ごと)し。 悠悠(ゆうゆう=悠々たる)冷気(れいき)人(ひと)を逼(せま)りて寒(さむ)く、 蕩蕩(とうとう=広々たる)昏雲(こんうん)嶺堰(れいえん=峰と堰)を遮(おお)う。 那(か)の個(ひとり)は皆(みな)手足(しゅそく)の情(じょう)に因(よ)り、 些児(さじ=少し)も善(ぜん)を放(はな)たず。 這(こ)の個(ひとり)は只(た)だ取経僧(しゅきょうそう)の為(ため)、 毫厘(ごうり=毫も)容(ゆる)して緩(ゆる)かにせず。 両家(りょうけ)各(おのおの)一般(いっぱん=同じ)の仇(あだ)を恨(うら)み、 二処(ふたところ)毎(つね)に生(しょう)ずる怒怨(どえん=怒りと恨み)を懐(いだ)く。 只(た)だ殺(ころ)し得(え)て天(てん)昏(くら)く地(ち)暗(くら)く鬼神(きじん)驚(おどろ)き、 日(ひ)淡(あわ)く煙(けむり)濃(こ)く龍虎(りゅうこ)戦(たたか)う。 這(こ)の個(ひとり)牙(きば)を咬(か)み玉釘(ぎょくてい)を磋(やすりか)け、 那(か)の個(ひとり)怒目(どぼく)して金焰(きんえん)を飛(と)ばす。 一来一往(いちらいおう=行きつ戻りつ)英雄(えいゆう)を逞(たくま)しくし、 住(や)まず翻騰(ほんとう=飛び回り)する棒(ぼう)と剣(けん)。 這(こ)の老魔(ろうま)と大聖(たいせい)戦(たたか)うこと経(へ)て二十回合(にじっこうごう)、勝負(しょうぶ)を分(わか)たず、他(かれ)那(か)の剣梢(けんしょう=剣の先)を把(もっ)て一指(ひとさ)し、叫(よ)ばんとす、 「小妖(しょうよう)斉(ひとしく)来(こ)よ!」 那(か)の三百余(さんびゃくよ)の精(せい=妖怪)、一斉(いっせい)に擁(お)し上(のぼ)り、行者(ぎょうじゃ)を垓心(がいしん=真ん中)に囲(かこ)む。好(よ)きかな大聖(たいせい)、公然(こうぜん=堂々)として懼(おそれ)無(な)く、一条(ひとすじ)の棒(ぼう)を使(つか)い、左(ひだり)に衝(つ)き右(みぎ)に撞(ぶつ)かれ、後(うしろ)に抵(ふせ)ぎ前(まえ)を遮(さえぎ)る。那(か)の小妖(しょうよう)都(みな)手段(しゅだん=腕前)有(あ)り、打(う)てば打(う)つほど越(いよいよ)上(くわわ)り、一(ひとえ)に綿絮(めんじょ=綿)の身(み)に纏(まと)わるるに似(に)て、腰(こし)を摟(だ)き腿(もも)を扯(ひ)き、肯(あえ)て退(しりぞ)かず、大聖(たいせい)慌(あわ)てて、即(すなわ)ち個(ひとつ)の身外身法(しんがいしんぽう=分身の法)を使(つか)い、左脇下(さきょうか=左の脇)の毫毛(ごうもう=産毛)を将(もっ)て、一把(ひとつかみ)抜(ぬ)き、嚼(か)み砕(くだ)きて噴(ふ)き去(さ)り、声(こえ)を喝(かつ=張り上げ)て叫(よ)ばんとす、 「変(へん)ぜよ!」 一根々(ひとすじひとすじ)都(みな)変(へん)じて行者(ぎょうじゃ)と做(な)る。你(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の長(たか)きは棒(ぼう)を使(つか)い、短(みじか)きは拳(こぶし)を輪(めぐ)らし、再(また)小(ちいさ)きは下手(したて=手の下ろし所)無(な)く、孤拐(ここい=足首)を抱(いだ)きて筋(すじ)を啃(かじ)り、那(か)の小妖(しょうよう)を把(もっ)て都(みな)打(う)ち得(え)て星落(せいらく=星の散る)き雲散(うんさん=雲の散る)き、斉(ひとしく)声(こえ)を喊(あげ)て道(い)わく、 「大王(だいおう)啊(あ)、事(こと)諧(かな)わず矣(なり)!難(かた)い矣(かな)乎哉(や)!満地(まんち)盈山(えいざん=山に満つ)皆(みな)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)了(なり)!」 這(こ)の身外法(しんがいほう=分身の法)に被(よ)って群妖(ぐんよう)を打(う)ち退(しりぞ)け、止(ただ)撇(なげう)ち得(え)たるは老魔(ろうま)の囲(かこ)みの中間(ちゅうかん)に困(くるし)めるのみ、赶(お)い得(え)て東(ひがし)に奔(はし)り西(にし)に走(はし)り、出路(しゅつろ=逃げ道)門(もん)無(な)し。 那(か)の魔(ま)慌(あわ)てて、左手(ひだりて)を将(もっ)て宝剣(ほうけん)を擎(ささ)げ、右手(みぎて)を項(うなじ)の後(うしろ)に伸(の)ばし、芭蕉扇子(ばしょうせんす)を取(と)り出(いだ)し、東南(とうなん)丙丁火(へいていか=丙丁の火)を望(のぞ)み、正(まさ)に離宮(りきゅう=離の宮)に対(たい)し、唿喇(こらつ=ひゅう)と一扇子(ひとあおぎ)、搧(あお)ぎ将(や)り下(おろ)す、只(た)だ見(み)る那(か)の就(すなわ)ち地(ち)の上(うえ)、火光(かこう)焰々(えんえん=めらめら)。原来(げんらい)這般(このよう)なる宝貝(ほうばい)、平白(へいはく=何の訳もなく)に地(ち)より搧(あお)ぎ出(いだ)して火(ひ)と成(な)る。那(か)の怪物(かいぶつ)着実(ちゃくじつ=実に)無情(むじょう)なり。一連(いちれん)七八扇子(しちはちあおぎ)を搧(あお)ぎ、熯天(かんてん=天を乾かし)熾地(しち=地を焦が)し、烈火(れっか)飛騰(ひとう=燃え上がる)。好火(よきひ=見事な火): 那(か)の火(ひ)は是(こ)れ天上火(てんじょうか=天の火)に非(あら)ず、炉中火(ろちゅうか=炉の火)に非(あら)ず、亦(また)山頭火(さんとうか=山の火)に非(あら)ず、亦(また)竈底火(そうていか=かまどの火)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ五行(ごぎょう)の中(うち)より自然(じねん)に取(と)り出(いだ)せる一点(いってん)の霊光火(れいこうか=霊妙なる光の火)也(なり)。這(こ)の扇(おうぎ)も亦(また)是(こ)れ凡間(ぼんかん=この世)に常有(じょうゆう=常に有る)の物(もの)に非(あら)ず、亦(また)人工(じんこう)の造就(ぞうしゅう=作り上げ)せる物(もの)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ自(みずか)ら開闢混沌(かいびゃくこんとん)より以来(いらい)産(う)み成(な)せる珍宝(ちんぽう=珍しき宝)の物(もの)也(なり)。此(こ)の扇(おうぎ)を用(もち)い、此(こ)の火(ひ)を搧(あお)げば、煌煌燁燁(こうこうようよう=きらきら)として、便(すなわ)ち電(いなずま)の紅綃(こうしょう=赤き薄絹)を掣(ひ)くが如(ごと)く、灼灼輝輝(しゃくしゃくきき=あかあかと光り)て、却(かえっ)て霞(かすみ)の絳綺(こうき=深紅の錦)を飛(と)ばすに似(に)たり。更(さら)に一縷(いちる=ひと筋)の青煙(せいえん)も無(な)く、尽(ことごと)く是(こ)れ満山(まんざん)の赤焰(せきえん=真っ赤な炎)、只(た)だ焼(や)き得(え)て嶺上(れいじょう=峰の上)の松(まつ)を翻(ひるがえ)して火樹(かじゅ=火の木)と成(な)し、崖前(がいぜん=崖の前)の柏(かしわ)を変(へん)じて灯籠(とうろう)と作(な)す。那(か)の窩(そう=巣)の中(うち)の走獣(そうじゅう=獣)は性命(せいめい)を貪(むさぼ)り、西(にし)に撞(ぶつ)かり東(ひがし)に奔(はし)り、這(こ)の林内(りんない)の飛禽(ひきん=鳥)は羽毛(うもう)を惜(おし)み、高(たか)く飛(と)び遠(とお)く挙(あが)る。這(こ)の場(ひと場)の神火(しんか=神の火)飄空(ひょうくう=空に漂い)燎(や)き、只(た)だ焼(や)き得(え)て石(いし)爛(ただ)れ溪(たに)乾(かわ)き遍地(へんち=あちこち)紅(あか)し! 大聖(たいせい)此(こ)の悪火(あくか=恐ろしき火)を見(み)て、却(かえっ)て亦(また)心驚(しんきょう=心驚き)胆顫(たんせん=胆ふる)い、声(こえ)を道(い)わんとす、 「不好了(ふこうりょう=大変)!我(わ)が本身(ほんしん=本体)は可(よ)きも、毫毛(ごうもう)は不済(ふせい=役に立たず)、一(ひとたび)這(こ)の火(ひ)の中(うち)に落(お)ちば、豈(あに)真(まこと)に燎毛(りょうもう=毛を焼く)の易(やす)きが如(ごと)からずや?」 身(み)を将(もっ)て一抖(ひとゆす)り、遂(つい)に毫毛(ごうもう)を収(おさ)めて身(み)に上(のぼ)らしめ、只(た)だ一根(ひとすじ)を将(もっ)て変(へん)じて仮(にせ)の身子(しんし=体)と做(な)し、火(ひ)を避(よ)け災(さい)を逃(のが)れ、他(かれ)の真身(しんしん=本体)は、避火訣(ひかけつ=火避けの呪文)を捻(ねん)じ、筋斗(きんと)を縦(はな)ち、跳(と)び将(や)り起(た)ち去(さ)り、大火(たいか)の中(うち)を脱離(だつり)し、径(ただち)に他(かれ)が蓮花洞(れんかどう)の裏(うち)に奔(はし)り、想着(おも)うに師父(しふ)を救(すく)わんと要(よう)す。急(いそ)ぎ門前(もんぜん)に到(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、又(また)見(み)る那(か)の洞門外(どうもんがい)に百十(ひゃくじゅう)の小妖(しょうよう)有(あ)り、都(みな)頭(かしら)破(やぶ)れ脚(あし)折(お)れ、肉(にく)綻(は)け皮(かわ)開(ひら)け、原来(げんらい)都(みな)是(こ)れ他(かれ)が分身法(ぶんしんぽう)に打(う)ち傷(きずつ)けられし者(もの)にて、都(みな)此(ここ)に在(あ)りて声々(こえごえ)に喚喚(よびよび=うめき)て、疼(いた)みを忍(しの)びて立(た)てり。大聖(たいせい)見(み)て、悪性(あくしょう=乱暴な性分)凶頑(きょうがん=凶暴)を按(おさ)え住(とど)めず、鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし起(た)ち、一路(いちろ=まっすぐ)打(う)ち将(や)り入(い)る。可怜(あわれ)把(もっ)て那(か)の苦(くるし)く人身(じんしん=人の身)を煉(ね)りし功果(こうか=修行の功)を息(や)め、依然(いぜん)として是(こ)れ塊(かたまり)の旧(もと)の皮毛(ひもう=皮と毛)! 那(か)の大聖(たいせい)小妖(しょうよう)を打(う)ち絶(た)え、洞(ほら)の裏(うち)に撞(つ)き入(い)り、師父(しふ)を解(と)かんと要(よう)す、又(また)見(み)る那(か)の内面(うちめん=奥)に火光(かこう)焰々(えんえん)有(あ)り、唬(おどろ)かされ得(え)て他(かれ)手慌(てあわ)て脚忙(あしあわ)て道(い)わく、 「罷了(ひょうりょう=おしまいだ)!罷了!這(こ)の火(ひ)後門口(こうもんこう=裏口)より焼(や)き起(た)り来(きた)る、老孫(ろうそん)却(かえっ)て師父(しふ)を救(すく)い難(がた)し也(なり)!」 正(まさ)に悚懼(しょうく=おびえ)の処(ところ)、仔細(しさい=よくよく)看(み)る時(とき)、呀(ああ)!原来(げんらい)是(こ)れ火光(かこう)に非(あら)ず、却(かえっ)て是(こ)れ一道(ひとすじ)の金光(きんこう)也(なり)。他(かれ)性(せい)を正(ただ)し、裏(うち)に往(ゆ)きて之(これ)を視(み)るに、乃(すなわ)ち羊脂玉浄瓶(ようしぎょくじょうへい=羊脂玉の浄瓶)の放光(ほうこう=光を放つ)なるを、却(かえっ)て自(みずか)ら心中(しんちゅう)に喜(よろこ)んで道(い)わく、 「好(よ)き宝貝(ほうばい)耶(や)!這(こ)の瓶子(へいじ)曾(かつ)て是(こ)れ那(か)の小妖(しょうよう)の山(やま)の上(うえ)に拿(と)り在(あ)りて放光(ほうこう)せるを、老孫(ろうそん)得(え)しに、不想(おもわず)那(か)の怪(かい)又(また)復(また)搜(さが)し去(さ)れり。今日(こんにち)此(ここ)に蔵(かく)し在(あ)るは、原来(げんらい)亦(また)放光(ほうこう)す」 你(なんじ)看(み)よ、他(かれ)這(こ)の瓶子(へいじ)を窃(ぬす)み、喜喜歓歓(ききかんかん)として、且(しばら)く師父(しふ)を救(すく)わず、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きんじて洞外(どうがい)に向(むか)いて走(はし)る。才(いま)門(もん)を出(い)づるや、只(た)だ見(み)る那(か)の妖魔(ようま)宝剣(ほうけん)を提(さ)げ、扇子(せんす)を拿(と)り、南(みなみ)より来(きた)る。 孫大聖(そんだいせい)回避(かいひ=避け)及(およ)ばず、那(か)の老魔(ろうま)に被(よ)って剣(けん)を挙(あ)げられ劈頭(へきとう=真っ向)より便(すなわ)ち砍(き)らる。大聖(たいせい)急(いそ)ぎ筋斗雲(きんとうん)を縦(はな)ち、跳(と)び将(や)り起(た)ち去(さ)り、無影無踪(むえいむそう=影も形もなく)に逃(のが)れ了(しま)うは不題(さておき)。 却説(さて)那(か)の怪(かい)門口(もんこう)に到(いた)り得(え)しが、但(た)だ見(み)る尸(しかばね)横(よこたわ)りて地(ち)に満(み)つ、便(すなわ)ち是(こ)れ他(かれ)が手下(しゅか=配下)の群精(ぐんせい=妖怪ども)、慌(あわ)て得(え)て天(てん)を仰(あお)ぎて長嘆(ちょうたん=大いに嘆)じ、止(とど)め住(とど)めず声(こえ)を放(はな)って大(おおい)に哭(な)いて道(い)わく、 「苦(くるし)い哉(かな)!痛(いた)ましき哉(かな)!」 有詩(しあ)りて証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く、 恨(うら)む可(べ)し猿乖(えんかい=猿の悪賢さ)馬劣頑(ばれつがん=馬の愚かで頑迷)を、 霊胎(れいたい=霊妙なる胎)転托(てんたく=生まれ変わり)て塵凡(じんぼん)に降(くだ)る。 只(た)だ因(よ)りて念(ねん)を錯(あやま)り天闕(てんけつ=天の宮)を離(はな)れ、 致(いた)して忘形(ぼうけい=姿を忘れ)て此(こ)の山(やま)に落(お)つ。 鴻雁(こうがん=雁)群(むれ)を失(うしな)いて情(じょう)切切(せつせつ=切々)たり、 妖兵(ようへい)族(ぞく)を絶(た)えて涙(なみだ)潺潺(せんせん=しとしと)たり。 何(いず)れの時(とき)か孽(げき=罪)満(み)ちて愆鎖(けんさ=咎の鎖)を開(ひら)き、 返本還原(へんぽんげんげん=本に返り原に還り)て御関(ぎょかん=天の関)に上(のぼ)らん? 那(か)の老魔(ろうま)慚惶(ざんこう=恥じ恐れ)已(や)まず、一步(いっぽ)に一声(ひとこえ)、哭(な)きて洞内(どうない)に入(い)る、只(た)だ見(み)る那(か)の什物家火(じゅうもつかか=家財道具)俱(みな)在(あ)り、只(た)だ落(お)ち得(え)たるは静悄悄(せいしょうしょう=ひっそり)として、人形(ひとがた=人の姿)没(な)し。悲切切(ひせつせつ=悲しげ)として、愈(いよいよ)凄惨(せいさん=痛まし)し。独(ひと)り個(ひとり)洞(ほら)の中(うち)に坐(ざ)し、蹋伏(とうふく=うずくまり)て那(か)の石案(せきあん=石の卓)の上(うえ)に在(あ)り、宝剣(ほうけん)を斜(なな)めに案(あん)の辺(ほとり)に倚(よ)せ、扇子(せんす)を肩(かた)の後(うしろ)に插(さ)し、昏昏默默(こんこんもくもく=ぼんやり)として睡(ねむ)り了(しまう)、這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ人(ひと)喜事(きじ=嬉しい事)に逢(あ)えば精神(せいしん)爽(さわ)やかに、悶(もん=憂い)心(こころ)に上(のぼ)れば瞌睡(かっすい=まどろみ)多(おお)し。 話(はなし)説(と)く、孫大聖(そんだいせい)筋斗雲(きんとうん)を撥転(はってん=引き返)し、佇立(ちょりつ=立ち止まり)て山前(さんぜん)に在(あ)り、想着(おも)うに師父(しふ)を救(すく)わんと要(よう)し、那(か)の浄瓶児(じょうへいじ=浄瓶ちゃん)を牢(かた)く腰間(ようかん)に扣(か)け、径(ただち)に洞口(どうこう)に来(きた)りて打探(だたん=偵察)す。見(み)るに那(か)の門(もん)両扇(りょうせん=二枚)開(ひら)き、静悄悄(せいしょうしょう)として消耗(しょうもう=物音)を聞(き)かず、随(したが)って即(すなわ)ち軽軽(かるがる=そっと)歩(あゆみ)を移(うつ)し、潜(ひそ)かに裏(うち)に入(い)る、只(た)だ見(み)る那(か)の魔(ま)石案(せきあん)に斜(なな)めに倚(よ)り、呼呼(ここ=ぐうぐう)と睡(ねむ)り、芭蕉扇(ばしょうせん)肩衣(けんい=肩衣)より褪(ぬ)け出(い)で、半(なか)ば脳後(のうご=後頭部)を蓋(おお)い、七星剣(しちせいけん)還(なお)斜(なな)めに案(あん)の辺(ほとり)に倚(よ)せるを、却(かえっ)て他(かれ)に軽軽(かるがる)と走上前(よりまえ=前へ寄)りて扇子(せんす)を抜(ぬ)かれ、急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らし、呼(こ)の一声(ひとこえ)跑(はし)り将(や)り出(い)で去(さ)る。原来(げんらい)這(こ)の扇柄児(せんへいじ=扇の柄)那(か)の怪(かい)の頭髪(とうはつ=髪)を刮(こす)り着(つ)けて、早(はや)く他(かれ)を驚醒(きょうせい)せり。頭(かしら)を抬(あ)げて看(み)る時(とき)、是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の偷(ぬす)めるを、急(いそ)ぎ慌(あわ)てて剣(けん)を執(と)りて来(きた)り赶(お)う。那(か)の大聖(たいせい)早(はや)く已(すで)に門前(もんぜん)を跳(と)び出(い)で、扇子(せんす)を腰間(ようかん)に撒(ちら)し、双手(もろて)に鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし開(ひら)き、那(か)の魔(ま)と抵敵(ていてき=抗戦)す。這(こ)の一場(ひと場)好殺(こうさつ): 潑妖王(はつようおう=図太き妖の王)を悩(なや)まし壊(やぶ)り、 怒(いか)り髪(かみ)衝(つ)き冠(かんむり)の志(こころざし)。 恨(うら)みて過(す)ぐるは撾(つか)み来(きた)りて囫圇(こつろん=丸ごと)に吞(の)まざるも、 頭(こうべ)の気(き)を解(と)き難(がた)きを。 悪口(あっく=悪態)猢猻(こそん=猿)を罵(ののし)る、 「汝(なんじ)老大(ろうだい=大層)人(ひと)を将(もっ)て戯(たわむ)れ、 我(わ)が若干(じゃっかん=多く)の生(せい=兵)を傷(そこな)い、 還(また)来(きた)りて宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)む! 這(こ)の場(ひと場)決(けっ)して容(ゆる)さず、 定(かなら)ず存亡(そんぼう)の計(けい)を見(み)ん!」 大聖(たいせい)妖魔(ようま)を喝(かつ)す、 「汝(なんじ)好(よ)く知趣(ちしゅ=分別)ならず! 徒弟(とてい)要(よう)す老師(ろうし=師)と争(あらそ)うは、 累卵(るいらん=積み重ねた卵)焉(いずく)んぞ能(よ)く石(いし)を撃(う)ちて砕(くだ)かんや?」 宝剣(ほうけん)来(きた)り、鉄棒(てつぼう)去(さ)り、 両家(りょうけ)更(さら)に仁義(じんぎ)を留(とど)めず。 一翻二復(いっぽんにふく=一度二度)輸贏(しゅえい=勝ち負け)を賭(か)け、 三転四回(さんてんしい=三度四度)武芸(ぶげい)を施(ほどこ)す。 蓋(けだ)し取経僧(しゅきょうそう)の為(ため)、 霊山(りょうざん)に仏位(ぶつい)を参(さん)ぜんとして、 致(いた)して金火(きんか)相投(あいとう=相容れ)ざらしめ、 五行(ごぎょう)撥乱(はつらん=乱れ動き)て和気(わき=和やかなる気)を傷(そこな)う。 威(い)を揚(あ)げ武(ぶ)を耀(かがや)かし神通(じんつう)を顕(あらわ)し、 石(いし)を走(はし)らせ沙(すな)を飛(と)ばして本事(ほんじ=腕前)を弄(ろう)す。 交鋒(こうほう=切り結ぶ)漸漸(ぜんぜん=次第に)日(ひ)将(まさ)に晡(く)れんとす、 魔頭(まとう)力(ちから)怯(おじ)えて先(さき)に回避(かいひ=退く)。 那(か)の老魔(ろうま)と大聖(たいせい)戦(たたか)うこと経(へ)て三四十合(さんじゅうしごう)、天(てん)将(まさ)に晩(く)れんとす、抵敵(ていてき=抗戦)し住(とど)めず、敗(やぶ)れて陣(じん)を下(くだ)り来(きた)り、径(ただち)に西南(せいなん)の上(かた)に往(ゆ)き、圧龍洞(あつりゅうどう)に投奔(とうほん=逃げ込)み去(さ)るは不題(さておき)。 這(こ)の大聖(たいせい)才(いま)雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、蓮花洞(れんかどう)の裏(うち)に闖(つ)き入(い)り、唐僧(とうそう)と八戒(はっかい)、沙和尚(しゃおしょう)を解(と)き下(おろ)す。他(かれ)三人(さんにん)災危(さいき=災い)を脱(のが)れ得(え)て、行者(ぎょうじゃ)に謝(しゃ)し、却(かえっ)て問(と)う、 「妖魔(ようま)那裡(いずこ)へ去(さ)りしや?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「二魔(じま)は已(すで)に葫蘆(ころ)の裏(うち)に装(つ)められ、想(おも)うに是(こ)れ此(こ)の会子(しばらく)に已(すで)に化(か)し了(しま)わん。大魔(だいま)は才(いま)しがた一陣(ひとしきり)戦(たたか)い敗(やぶ)れ、西南(せいなん)の圧龍山(あつりゅうざん)へ去(さ)り訖(おわ)んぬ。概(おおむ)ね洞(ほら)の小妖(しょうよう)、老孫(ろうそん)に被(よ)って分身法(ぶんしんぽう)に一半(なかば)打(う)ち殺(ころ)され、還(なお)些(いささ)かの敗残(はいざん=敗れて残り)し回(かえ)れる有(あ)るも、又(また)老孫(ろうそん)に殺(ころ)し絶(た)えられ、方(はじ)めて此(ここ)に入(い)り得(え)て、汝(なんじ)たちを解放(かいほう)せり」 唐僧(とうそう)謝(しゃ)し之(これ)を尽(つく)さずして道(い)わく、 「徒弟(とてい)啊(あ)、多(おお)く汝(なんじ)が労苦(ろうく=苦労)を受(う)くるに虧(よ)れり!」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)わく、 「誠然(せいぜん=まこと)に労苦(ろうく)なり。汝(なんじ)たちは還(なお)只(た)だ是(こ)れ吊(つる)され着(つ)けて疼(いた)みを受(う)くるのみ、我(わ)が老孫(ろうそん)は再(また)曾(かつ)て脚(あし)を住(とど)めず、急遞鋪(きゅうていほ=急ぎの宿場)の鋪兵(ほへい=宿場の兵)よりも還(なお)甚(はなは)だしく、反復(はんぷく)して裏外(うちそと)、奔波(ほんぱ=奔走)已(や)まず。因(よ)りて是(こ)れ他(かれ)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)み得(え)しを、方(はじ)めて能(よ)く妖魔(ようま)を平(たいら)げ退(しりぞ)け得(え)たり」 猪八戒(ちょはっかい)道(い)わく、 「師兄(しけい)、汝(なんじ)那(か)の葫蘆児(ころじ)を把(もっ)て拿(と)り出(いだ)して我(われ)たちと看看(みみ=見せ)よ。只(た)だ怕(おそ)らくは那(か)の二魔(じま)已(すで)に化(か)し了(しま)えるならん」 大聖(たいせい)先(ま)ず浄瓶(じょうへい)を将(もっ)て解(と)き下(おろ)し、又(また)金縄(きんじょう)と扇子(せんす)を将(もっ)て取(と)り出(いだ)し、然(しか)る後(のち)葫蘆児(ころじ)を把(もっ)て手(て)に拿(と)りて道(い)わく、 「看(み)る莫(なか)れ看(み)る莫(なか)れ!他(かれ)先(さき)に曾(かつ)て老孫(ろうそん)を装(つ)めしが、老孫(ろうそん)に被(よ)って漱口(そうこう=口をゆすぐ)と哄(だま)され、他(かれ)をし蓋子(がいじ=蓋)を揚(あ)げ開(ひら)かしめ、老孫(ろうそん)方(はじ)めて走(に)げ得(え)たり。我(われ)等(われら)切(きっ)して蓋(ふた)を掲(あ)ぐる莫(なか)れ、只(た)だ怕(おそ)らくは他(かれ)も亦(また)会(よく)喧(けん=術)を弄(ろう)して走(に)げんことを」 師徒(しと=師弟)たち喜喜歓歓(ききかんかん)、他(かれ)が那(か)の洞(ほら)の中(うち)の米(こめ)麺(めん)菜蔬(さいそ=野菜)を将(もっ)て捜(さが)し出(いだ)す。鍋灶(かそう=釜とかまど)を焼(や)き刷(あら)い、些(いささ)かの素斎(そさい=精進料理)を安排(あんばい=整え)て食(く)い、飽(あ)くまで餐(さん=食事)し一頓(ひとくらい)、洞(ほら)の中(うち)に安寝(あんしん=安らかに眠)る。一夜(いちや)詞(ことば)無(な)く、早(はや)く又(また)天暁(てんぎょう=夜明け)す。 却説(さて)那(か)の老魔(ろうま)径(ただち)に圧龍山(あつりゅうざん)に投(とう)じ、大小(だいしょう)の女怪(じょかい=女の妖怪)を会聚(かいしゅう=集)め、母(はは)を打(う)ち殺(ころ)し、兄弟(きょうだい)を装(つ)め、妖兵(ようへい)を絶滅(ぜつめつ)し、宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)み騙(だま)し取(と)れるの事(こと)を備(つぶさ)に言(い)えば、衆(しゅう)の女怪(じょかい)一斉(いっせい)に大(おおい)に哭(な)く。哀痛(あいつう)多時(たじ=長き間)にして道(い)わく、 「汝(なんじ)等(たち)且(しばら)く凄惨(せいさん=痛ましがる)を休(や)めよ。我(わ)が身辺(しんぺん=身の回り)に還(なお)這(こ)の一口(ひとふり)の七星剣(しちせいけん)有(あ)り、汝(なんじ)等(たち)の女兵(じょへい)を会(あつ)めしめんと欲(ほっ)す、都(みな)去(ゆ)きて圧龍山(あつりゅうざん)の後(うしろ)に在(あ)る外家(がいけ=母方)の親戚(しんせき)を借(か)り会(あつ)め、断(だん)じて要(よう)す那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)え住(とど)めて仇(あだ)を報(ほう)ぜん」 説(と)き了(おわ)らざるに、門外(もんがい)に小妖(しょうよう)有(あ)りて報(ほう)じて道(い)わく、 「大王(だいおう)、山後(さんご=山の裏)の老舅爺(ろうきゅうや=大叔父様)若干(じゃっかん=多く)の兵卒(へいそつ)を帥領(すいりょう=率い)て来(きた)れる也(なり)」 老魔(ろうま)言(げん)を聞(き)き、急(いそ)ぎ縞素(こうそ=喪服)の孝服(こうふく)に換(か)え、身(み)を躬(かが)めて迎接(げいせつ=出迎)う。原来(げんらい)那(か)の老舅爺(ろうきゅうや)は是(こ)れ他(かれ)が母(はは)の弟(おとうと)、名(な)を狐阿七大王(こあしちだいおう)と喚(よ)ぶ、哨山(しょうざん=山を見張る)の妖兵(ようへい)の報(ほう)じて道(い)うを聞(き)き得(え)て、他(かれ)が姉(あね)は孫行者(そんぎょうじゃ)に打(う)ち殺(ころ)され、仮(いつわ)りて姉(あね)の形(かたち)に変(へん)じ、外甥(がいせい=甥)の宝貝(ほうばい)を盗(ぬす)み、連日(れんじつ)平頂山(へいちょうざん)に在(あ)りて拒敵(きょてき=抗戦)せるが故(ゆえ)に、他(かれ)却(かえっ)て本洞(ほんどう)の妖兵(ようへい)二百余名(にひゃくよめい)を帥(ひき)い、特(ことさ)らに来(きた)りて陣(じん)を助(たす)けんとし、此(こ)の故(ゆえ)に先(ま)ず姉(あね)の家(いえ)に攏(よ)りて信(たより)を問(と)う。才(いま)門(もん)に入(い)りしに、老魔(ろうま)の孝服(こうふく)を挂(か)けたるを見(み)、二人(ふたり)大(おおい)に哭(な)く。哭(な)き久(ひさ)しくして、老魔(ろうま)拜(はい)し下(くだ)り、前事(ぜんじ=これまでの事)を備(つぶさ)に言(い)う。那(か)の阿七(あしち)大(おおい)に怒(いか)り、即(すなわ)ち老魔(ろうま)に命(めい)じて孝服(こうふく)を換(か)えしめ、宝剣(ほうけん)を提(さ)げしめ、女妖(じょよう=女の妖怪)を尽(ことごと)く点(てん=召集)し、合同(ごうどう=合流)して一処(いっしょ=一つ所)となし、風雲(ふううん)を縦(はな)ち、径(ただち)に東北(とうほく)を投(とう)じて来(きた)る。 這(こ)の大聖(たいせい)却(かえっ)て沙僧(しゃそう)に教(おし)えて早斎(そうさい=朝食)を整頓(せいとん=整)えしめ、食(く)いて路(みち)を走(はし)らんとす、忽(たちま)ち風声(ふうせい=風の音)を聴(き)き得(え)て、門(もん)を出(い)でて看看(みみ=見る)に、乃(すなわ)ち是(こ)れ一伙(ひとくれ)の妖兵(ようへい)、西南(せいなん)より上(のぼ)り来(きた)る。行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に驚(おどろ)き、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きんじて忙(いそ)ぎ八戒(はっかい)を呼(よ)んで道(い)わく、 「兄弟(きょうだい)、妖精(ようせい)又(また)救兵(きゅうへい)を請(しょう)じて来(きた)れる也(なり)」 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、驚恐(きょうきょう=おびえ)して色(いろ)を失(うしな)って道(い)わく、 「徒弟(とてい)、此(かく)の如(ごと)きは如何(いかん)?」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)わく、 「放心(ほうしん)せよ!放心(ほうしん)せよ!他(かれ)が這(こ)の宝貝(ほうばい)を都(みな)拿(と)り来(きた)りて我(われ)に与(あた)えよ」 大聖(たいせい)葫蘆(ころ)と浄瓶(じょうへい)を腰間(ようかん)に系(つな)ぎ、金縄(きんじょう)を袖(そで)の内(うち)に籠(こ)め、芭蕉扇(ばしょうせん)を肩(かた)の後(うしろ)に插(さ)し、双手(もろて)に鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、沙僧(しゃそう)に教(おし)えて師父(しふ)を保守(ほしゅ=守)し、洞(ほら)の中(うち)に穏(おだやか)に坐(ざ)せしめ、八戒(はっかい)をして釘鈀(ていは)を執(と)らしめ、同(とも)に洞外(どうがい)に出(い)でて敵(てき)を迎(むか)う。那(か)の怪物(かいぶつ)陣勢(じんせい)を擺(はい=布)き開(ひら)く、只(た)だ見(み)る当頭(とうとう=先頭)なるは是(こ)れ阿七大王(あしちだいおう)也(なり)。 他(かれ)生(うま)れ得(え)たるは玉面長髯(ぎょくめんちょうぜん=玉の顔に長き髯)、鋼眉刀耳(こうびとうじ=鋼の眉に刀の耳)、頭(かしら)に金煉盔(きんれんかぶと=金の鎖の兜)を戴(いただ)き、身(み)に鎖子甲(さしこう=鎖帷子)を穿(き)る、手(て)に方天戟(ほうてんげき)を執(と)り、声(こえ)を高(たか)めて罵(ののし)って道(い)わく、 「我(われ)汝(なんじ)が個(ひとり)の大胆(だいたん)なる潑猴(はつこう=図太き猿)を把(もっ)て!怎(どう)して敢(あえ)て這等(このよう)に人(ひと)を欺(あざむ)く!宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)み、眷族(けんぞく=一族)を傷(そこな)い、神兵(しんぺい)を殺(ころ)し、又(また)敢(あえ)て久(ひさ)しく洞府(どうふ=洞の屋敷)を占(し)む!赶早児(すみやか)に一個々(ひとりひとり)頸(くび)を引(ひ)きて死(し)を受(う)けよ、我(わ)が姉(あね)の家(いえ)の仇(あだ)を雪(すす)がん!」 行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)わく、 「汝(なんじ)這(こ)の伙(くれ)の作死(さくし=死を招く)の毛団(もうだん=毛の塊)、汝(なんじ)が孫外公(そんがいこう=孫の祖父)の手段(しゅだん)を識(し)らず!走(に)ぐる勿(なか)れ!吾(わ)が一棒(ひとぼう)を領(う)けよ!」 那(か)の怪物(かいぶつ)身(み)を側(そばだ)てて避(よ)け過(す)ぎ、方天戟(ほうてんげき)を使(つか)いて劈面(へきめん=真っ向)より相印(あいいん=打ち合)う。兩個(ふたり)山頭(さんとう=山の頂)に在(あ)りて一来一往(いちらいちおう)、戦(たたか)うこと経(へ)て三四回合(さんしこうごう)、那(か)の怪(かい)力(ちから)軟(よわ)り、陣(じん)を敗(やぶ)って回(かえ)り走(はし)る。行者(ぎょうじゃ)赶(お)い来(きた)るも、却(かえっ)て老魔(ろうま)に接(むか)え住(とど)められ、又(また)三合(さんごう)闘(たたか)う、只(た)だ見(み)る那(か)の狐阿七(こあしち)復(また)転(かえ)り来(きた)りて攻(せ)む。這壁廂(こちらがわ)の八戒(はっかい)見(み)て、急(いそ)ぎ九歯鈀(きゅうしは=九本歯の鈀)を掣(ひ)きて擋(ふせ)ぎ住(とど)む。一個(ひとり)一個(ひとり)を抵(ふせ)ぎ、戦(たたか)うこと経(へ)て多時(たじ=長き間)、勝敗(しょうはい)を分(わか)たず、那(か)の老魔(ろうま)一声(ひとこえ)喝(かつ)すれば、衆(しゅう)の妖兵(ようへい)一斉(いっせい)に囲(かこ)み上(のぼ)る。 却説(さて)那(か)の三蔵(さんぞう)蓮花洞(れんかどう)の裏(うち)に坐(ざ)し在(あ)りて、喊声(かんせい=喊声)の地(ち)を振(ふる)わすを聴(き)き得(え)、便(すなわ)ち叫(よ)ばんとす、 「沙和尚(しゃおしょう)、汝(なんじ)出(い)で去(さ)りて汝(なんじ)が師兄(しけい)の勝負(しょうぶ)如何(いかん)を看看(みみ=見て)よ」 沙僧(しゃそう)果(はた)して降妖杖(ごうようじょう)を挙(あ)げて出(い)で来(きた)り、一声(ひとこえ)喝(かつ)し、撞(つ)き将(や)り出(い)で去(さ)り、群妖(ぐんよう)を打(う)ち退(しりぞ)く。阿七(あしち)事勢(じせい=形勢)の利(り)あらざるを見(み)、頭(こうべ)を回(めぐ)らして便(すなわ)ち走(に)ぐるを、八戒(はっかい)に赶(お)いつかれ、背後(はいご)を照(てら)して一鈀(ひとつ)を、便(すなわ)ち筑(つ)き得(え)て九点(きゅうてん=九筋)の鮮紅(せんこう=真っ赤な血)外(そと)に向(むか)いて冒(ほとばし)り、可怜(あわれ)一霊(いちれい=ひとつの霊)の真性(しんしょう)前程(ぜんてい=あの世)に赴(おもむ)く。急(いそ)ぎ拖(ひ)き来(きた)りて衣服(いふく)を剥(は)いで看看(みみ=見る)処(ところ)、原来(げんらい)亦(また)是(こ)れ個(ひとり)の狐狸精(こりせい=狐の妖怪)也(なり)。 那(か)の老魔(ろうま)他(かれ)が老舅(ろうきゅう=大叔父)を傷(そこな)われしを見(み)、行者(ぎょうじゃ)を捨(す)て、宝剣(ほうけん)を提(さ)げ、便(すなわ)ち八戒(はっかい)を劈(き)らんとす、八戒(はっかい)鈀(は)を使(つか)いて架(か)ぎ住(とど)む。正(まさ)に賭闘(ととう=斬り合い)の間(あいだ)、沙僧(しゃそう)撞(つ)き近(ちか)づき前(まえ)に来(きた)り、杖(じょう)を挙(あ)げて便(すなわ)ち打(う)つ、那(か)の妖(よう)抵敵(ていてき=抗戦)し住(とど)めず、風雲(ふううん)を縦(はな)って南(みなみ)へ逃(に)げ走(はし)る、八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)緊緊(きんきん=ぴったり)と赶(お)い来(きた)る。大聖(たいせい)見(み)て、急(いそ)ぎ雲(くも)を縦(はな)ち空中(くうちゅう)に跳(と)び上(あ)がり、浄瓶(じょうへい)を解(と)き下(おろ)し、老魔(ろうま)を罩(おお)い定(さだ)め、叫(よ)ばんとす、 「金角大王(きんかくだいおう)!」 那(か)の怪(かい)只(た)だ是(こ)れ自家(じか=自分)の敗残(はいざん)の小妖(しょうよう)の呼(よ)び叫(さけ)ぶと思(おも)い、便(すなわ)ち頭(こうべ)を回(めぐ)らして一声(ひとこえ)応(こた)うるや、飕(しゅう=ひゅっ)と装(つ)め将(や)り入(い)られ、行者(ぎょうじゃ)に被(よ)って「太上老君急急如律令奉敕(たいじょうろうくんきゅうきゅうにょりつりょうほうちょく)」の帖子(じょうじ=札)を貼(は)り着(つ)けらる。只(た)だ見(み)る那(か)の七星剣(しちせいけん)塵埃(じんあい=土ぼこり)に墜(お)ち落(お)ち、亦(また)行者(ぎょうじゃ)に帰(き)す。八戒(はっかい)迎(むか)えて道(い)わく、 「哥哥(あにい)、宝剣(ほうけん)は汝(なんじ)得(え)たるも、精怪(せいかい)何(いずこ)に在(あ)るや?」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)わく、 「了了(りょうりょう=終わり終わり)!已(すで)に装(つ)め在(お)く我(わ)が這(こ)の瓶児(へいじ=瓶ちゃん)の裏(うち)也(なり)」 沙僧(しゃそう)聴(き)き説(と)きて、八戒(はっかい)と十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)す。 当時(そのとき)通(ことごと)く諸邪(しょじゃ=もろもろの邪)を掃(は)い浄(きよ)め、洞(ほら)の裏(うち)に回(かえ)り至(いた)り、三蔵(さんぞう)に与(あた)えて喜(よろこ)びを報(ほう)じて道(い)わく、 「山(やま)已(すで)に浄(きよ)く、妖(よう)已(すで)に無(な)し矣(なり)、請(こう)う師父(しふ)馬(うま)に上(のぼ)りて路(みち)を走(はし)れ」 三蔵(さんぞう)喜(よろこ)び自(みずか)ら勝(た)えず。師徒(しと)たち早斎(そうさい=朝食)を食(く)い、行李(こうり)と馬匹(ばひつ=馬)を収拾(しゅうしゅう=整理)し、西(にし)を奔(はし)って路(みち)を找(さが)す。 正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、猛(たけ)き路傍(みちばた)より一個(ひとり)の瞽者(こしゃ=盲人)闪(ひら)めき出(い)づるを見(み)る、走上前(よりまえ)りて三蔵(さんぞう)が馬(うま)を扯(ひ)き住(とど)めて、道(い)わく、 「和尚(おしょう)那裡(いずこ)へ去(ゆ)くや?還(かえ)せ我(わ)が宝貝(ほうばい)を!」 八戒(はっかい)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)わく、 「罷了(ひょうりょう=おしまいだ)!這(こ)れ是(こ)れ老妖(ろうよう)の宝貝(ほうばい)を討(もと)めに来(きた)れる也(なり)!」 行者(ぎょうじゃ)仔細(しさい=よくよく)観(み)るに、原来(げんらい)是(こ)れ太上李老君(たいじょうりろうくん)也(なり)、慌(あわ)て得(え)て近(ちか)づき前(まえ)に施礼(せれい=礼)して道(い)わく、 「老官児(ろうかんじ=おじいさん)、那裡(いずこ)へ去(ゆ)くや?」 那(か)の老祖(ろうそ)急(いそ)ぎ玉局宝座(ぎょくきょくほうざ)に升(のぼ)り、九霄(きゅうしょう=九天)の空裏(くうり)に佇立(ちょりつ=立ち)て、叫(よ)ばんとす、 「孫行者(そんぎょうじゃ)、還(かえ)せ我(わ)が宝貝(ほうばい)を」 大聖(たいせい)起(た)ちて空中(くうちゅう)に到(いた)りて道(い)わく、 「甚麼(いず)れの宝貝(ほうばい)ぞ?」 老君(ろうくん)道(い)わく、 「葫蘆(ころ)は是(こ)れ我(わ)が丹(たん=丹薬)を盛(も)る者(もの)、浄瓶(じょうへい)は是(こ)れ我(わ)が水(みず)を盛(も)る者(もの)、宝剣(ほうけん)は是(こ)れ我(わ)が魔(ま)を煉(ね)る者(もの)、扇子(せんす)は是(こ)れ我(わ)が火(ひ)を搧(あお)ぐ者(もの)、縄(なわ)は是(こ)れ我(わ)が一根(ひとすじ)の袍(ほう=袍)を勒(し)むる帯(おび)也(なり)。那(か)の兩個(ふたり)の怪(かい)は、一個(ひとり)は是(こ)れ我(わ)が金炉(きんろ=金の炉)を看(まも)る童子(どうじ)、一個(ひとり)は是(こ)れ我(わ)が銀炉(ぎんろ=銀の炉)を看(まも)る童子(どうじ)、只(た)だ因(よ)りて他(かれ)我(わ)が宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)み、下界(げかい)に走(はし)り来(きた)り、正(まさ)に覓(さが)す処(ところ)無(な)かりしに、却(かえっ)て是(こ)れ汝(なんじ)今(いま)拿(とら)え住(とど)め、功績(こうせき=手柄)を得(え)たり」 大聖(たいせい)道(い)わく、 「汝(なんじ)這(こ)の老官児(ろうかんじ=おじいさん)、着実(ちゃくじつ=まったく)に無礼(ぶれい)なり、縦(ほしいまま)に家属(かぞく=身内)を放(はな)って邪(よこしま)と為(な)さしむ、該(かか)わる個(ひとつ)の鈐束不厳(けんそくふげん=取り締まり不行届き)の罪名(ざいみょう)を問(と)わる可(べ)し」 老君(ろうくん)道(い)わく、 「我(わ)が事(こと)に干(あずか)らず、錯(あやま)って人(ひと)を怪(あやし)む可(べ)からず。此(こ)れ乃(すなわ)ち海上(かいじょう)の菩薩(ぼさつ)我(われ)に問(と)いて三次(さんじ)借(か)り、他(かれ)を此(ここ)に送(おく)りて妖魔(ようま)に托化(たくけ=化身)せしめ、汝(なんじ)が師徒(しと)真心(しんしん=真心)の西(にし)へ往(ゆ)く可(べ)きや否(いな)やを看看(みみ=試し見)んとす也(なり)」 大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)作念(さくねん=思い)って道(い)わく、 「這(こ)の菩薩(ぼさつ)も亦(また)老大(ろうだい=大層)に憊懶(はいらん=ずぼら)なり!当時(そのかみ)老孫(ろうそん)を解脱(げだつ)し、唐僧(とうそう)を保(ほ)して西(にし)へ去(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らしめんと教(おし)え、我(われ)説(い)えるに路途(ろと=道のり)艱渋(かんじゅう=困難)にして行(ゆ)き難(がた)しと、他(かれ)曾(かつ)て我(われ)に許(ゆる)して急難(きゅうなん=危難)の処(ところ)に到(いた)らば親(みずか)ら来(きた)りて相救(あいすく)わんと。如今(いま)反(かえっ)て精邪(せいじゃ=妖怪)をして掯害(こうがい=害する)せしめ、言語(げんご)の的(あて)ならず、該(かか)わる他(かれ)一世(いっせい=一生)夫(おっと)無(な)からん!若(も)し是(こ)れ老官児(ろうかんじ)親(みずか)ら来(きた)らざれば、我(われ)決(けっ)して他(かれ)に与(あた)えず。既(すで)に是(こ)れ汝(なんじ)の這等(このよう)に説(と)くならば、拿(と)り去(さ)れよ」 那(か)の老君(ろうくん)五件(いつつ)の宝貝(ほうばい)を収(おさ)め得(え)、葫蘆(ころ)と浄瓶(じょうへい)の蓋口(がいこう=蓋)を掲(あ)げ開(ひら)き、両股(りょうこ=二筋)の仙気(せんき=仙の気)を倒(さかさま)に出(いだ)し、手(て)を用(もち)いて一指(ひとさ)せば、仍(なお)化(か)して金(きん)、銀(ぎん)の二童子(にどうじ)と為(な)り、左右(さゆう)に相随(したが)う。只(た)だ見(み)る那(か)の霞光(かこう=霞の光)万道(ばんどう=幾万条)。 咦(ああ)!縹緲(ひょうびょう=かすか)として同(とも)に兜率院(とそついん=兜率天の院)に帰(き)し、逍遙(しょうよう)として直(ただち)に大羅天(だいらてん)に上(のぼ)る。 畢竟(つい)に知(し)らず此(こ)の後(のち)又(また)甚(なん)の事(こと)有(あ)るか、孫大聖(そんだいせい)怎生(いかに)して唐僧(とうそう)を保護(ほご)し、幾時(いつ)か西天(さいてん)に到(いた)り得(う)るかは、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説き明かし)を聴(き)け。 第三十六回 心猿(しんえん)、正(ただ)しく処(お)りて諸縁(しょえん)伏(ふく)し 旁門(ぼうもん)を劈(つんざ)き破(やぶ)りて月明(げつめい)を見(み)る 却説(さて)孫行者(そんぎょうじゃ)雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、師父(しふ)に対(たい)して菩薩(ぼさつ)の童子(どうじ)を借(か)りし事(こと)、老君(ろうくん)の宝貝(ほうばい)を収(おさ)め去(さ)りし事(こと)の次第(しだい)を備(つぶさ)に言(い)う。三蔵(さんぞう)稱謝(しょうしゃ=感謝)し已(や)まず、死心塌地(ししんとうち=心を堅く定め)、虔誠(けんせい=真心)を弁(もう)け、命(いのち)を捨(す)てて西(にし)に投(とう)じ、鞍(くら)に攀(よ)じて馬(うま)に上(のぼ)る。猪八戒(ちょはっかい)行李(こうり)を挑(にな)い、沙和尚(しゃおしょう)馬頭(ばとう)を攏(ととの)え、孫行者(そんぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を執(と)り、路(みち)を剖(ひら)き、径(ただち)に高山(こうざん)を下(くだ)って前進(ぜんしん)す。 説(と)き尽(つく)さず那(か)の水宿風餐(すいしゅくふうさん=水に宿り風に餐す)、霜(しも)を披(かぶ)り露(つゆ)を冒(おか)せるを、師徒(しと)たち行(ゆ)きて多時(たじ)を罷(や)めしが、前(まえ)に又(また)一(ひとつ)の山(やま)の路(みち)を阻(さえぎ)る。三蔵(さんぞう)那(か)の馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて高(たか)く叫(さけ)ばんとす、 「徒弟(とてい)啊(あ)、汝(なんじ)看(み)よ那裡(あそこ)の山勢(さんせい=山の形)崔巍(さいぎ=高くそびえ)たり、須(かなら)ず是(こ)れ仔細(しさい=用心)に提防(ていぼう=警戒)せんことを要(よう)す、恐(おそ)らくは又(また)魔障(ましょう=魔の障り)の身(み)を侵(おか)さん也(なり)」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「師父(しふ)休(や)めよ胡思乱想(こしらんそう=とりとめのない考え)を、只(た)だ定性(ていしょう=心を定め)存神(そんしん=精神を保)つを要(よう)せば、自然(じねん)に事(こと)無(な)し」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「徒弟(とてい)呀(や)、西天(さいてん)怎麼(どう)して這等(このよう)に行(ゆ)き難(がた)きや?我(われ)記(おぼ)うるに長安城(ちょうあんじょう)を離(はな)れしより、路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて春(はる)尽(つ)き夏(なつ)来(きた)り、秋(あき)残(のこ)り冬(ふゆ)至(いた)り、四五箇(しいつ)の年頭(ねんとう=年)有(あ)るに、怎麼(どう)して還(なお)到(いた)り得(う)ざるや?」 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、呵呵(かか=からから)と笑(わら)って道(い)わく、 「早(はや)い哩(ぞ)!早(はや)い哩(ぞ)!還(なお)曾(かつ)て大門(だいもん)を出(い)でざる哩(ぞ)!」 八戒(はっかい)道(い)わく、 「哥哥(あにい)扯謊(うそ)を言(い)う勿(なか)れ、人間(にんげん)に便(すなわ)ち這般(このよう)なる大門(だいもん)有(あ)るや?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「兄弟(きょうだい)、我(われ)たち還(なお)堂屋(どうおく=座敷)の裏(うち)を転(まわ)る哩(ぞ)!」 沙僧(しゃそう)笑(わら)って道(い)わく、 「師兄(しけい)、大話(たいわ=大げさな話)を少(すこ)しく説(と)きて我(われ)を吓(おど)かせ、那裡(いずこ)に便(すなわ)ち這般(このよう)なる大(おおい)なる堂屋(どうおく)有(あ)らん、却(かえっ)て亦(また)這般(このよう)なる大過梁(だいかりょう=大きな梁)を買(か)う処(ところ)無(な)し啊(あ)」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「兄弟(きょうだい)、若(も)し老孫(ろうそん)の看(み)る時(とき)に依(よ)らば、這(こ)の青天(せいてん)を把(もっ)て屋瓦(おくが=屋根瓦)と為(な)し、日月(じつげつ)を窗櫺(そうれい=窓の格子)と作(な)し、四山五岳(しざんごがく)を梁柱(りょうちゅう)と為(な)し、天地(てんち)猶(なお)一(ひとつ)の敞庁(しょうちょう=広間)の如(ごと)し!」 八戒(はっかい)聴(き)き説(と)きて道(い)わく、 「罷了(ひょうりょう=おしまいだ)!罷了!我(われ)たち只(た)だ当(あ)て些(しばらく)転(まわ)りて時(とき)に回(かえ)り去(さ)らん」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「乱談(らんだん=でたらめ)する必(かなら)ずしも要(い)らず、只(た)だ管(かま)いて老孫(ろうそん)に従(したが)いて路(みち)を走(はし)れ」 好(よ)きかな大聖(たいせい)、鉄棒(てつぼう)を横(よこ)に担(にな)い、唐僧(とうそう)を領(ひき)い定(さだ)め、山路(さんろ)を剖(ひら)き、一直(いっちょく=まっすぐ)に前進(ぜんしん)す。 那(か)の師父(しふ)馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて遥(はる)かに観(み)るに、好(よ)き一座(いちざ)の山景(さんけい)、真個(まこと)に是(こ)れ: 山頂(さんちょう)嵯峨(さが=険しく)として斗柄(とへい=北斗の柄)を摩(こす)り、 樹梢(じゅしょう=梢)仿佛(ほうふつ=おぼろげ)として雲霄(うんしょう=雲の上)に接(せっ)す。 青烟(せいえん)の堆(かさな)りの裏(うち)、時(とき)に聞(き)き得(う)る谷口(こくこう)の猿啼(えんてい=猿の鳴き声)、 乱翠(らんすい=乱れた緑)の陰中(いんちゅう)、毎(つね)に聴(き)く松間(しょうかん)の鶴唳(かくれい=鶴の鳴き声)。 嘯風(しょうふう=風に嘯く)の山魅(さんみ=山の妖)溪間(けいかん)に立(た)ち、樵夫(しょうふ=木こり)を戯弄(ぎろう=からか)い、 成器(せいき=器と成れる)の狐狸(こり=狐)崖畔(がいはん=崖のほとり)に坐(ざ)し、猟戸(りょうこ=猟師)を驚張(きょうちょう=びっくりさ)す。 好(よ)き山(やま)!看(み)よ那(か)の八面(はちめん)崖巍(がいぎ=崖の高き)、四囲(しい=四方)険峻(けんしゅん)なるを。 古怪(こかい=古めかしく怪しき)喬松(きょうしょう=高き松)翠蓋(すいがい=緑の傘)を盤(めぐ)らし、 枯摧(こさい=枯れ壊れし)老樹(ろうじゅ)藤蘿(とうら=藤やつる草)を挂(か)く。 泉水(せんすい)飛流(ひりゅう=飛ぶ流れ)、寒気(かんき)人(ひと)の毛髪(もうはつ)を透(つらぬ)いて冷(つめた)く、 顛峰(てんぽう=頂)屹崒(きつそつ=そびえ立ち)、清風(せいふう)眼(め)を射(い)て夢魂(むこん=夢心)驚(おどろ)く。 時(とき)に大虫(たいちゅう=虎)の哮吼(こうこう=ほえる)を聴(き)き、毎(つね)に山鳥(さんちょう)の時鳴(じめい=鳴く)を聞(き)く。 麂鹿(きろく=麂と鹿)群(むれ)を成(な)して荊棘(けいきょく=茨)を穿(うが)ち、往来(おうらい)に跳躍(ちょうやく)し、 獐兔(しょうと=獐と兎)党(とう=仲間)を結(むす)んで野食(やしょく=野の餌)を尋(たず)ね、前後(ぜんご)に奔跑(ほんぽう)す。 佇立(ちょりつ)して草坡(そうは=草の坂)に、一望(いちぼう)並(なら)びに客旅(かくりょ=旅人)無(な)く、 行(ゆ)きて深凹(しんおう=深い窪み)に来(きた)れば、四辺(しへん)俱(みな)豺狼(さいろう=山犬と狼)有(あ)り。 応(まさ)に仏祖(ぶっそ)の修行(しゅぎょう)の処(ところ)に非(あら)ず、尽(ことごと)く是(こ)れ飛禽(ひきん)走獣(そうじゅう)の場(ば)也(なり)。 那(か)の師父(しふ)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おどおど)として、此(こ)の深山(しんざん)に入(い)り、心中(しんちゅう)凄惨(せいさん=痛ましく)、馬(うま)を兜(とど)め住(とど)めて、一声(ひとこえ)叫(よ)ばんとす、 「悟空(ごくう)啊(あ)!我(われ)益智(やくち=益知)より山盟(さんめい=山の誓い)を登(のぼ)りしより、王不留行(おうふるぎょう)城(しろ)を送(おく)り出(い)でし。路(みち)の上(うえ)相逢(あいまみ)えしは三棱子(さんりょうし)、途中(とちゅう)催趱(さいさん=急ぎ立て)ししは馬兜鈴(ばとうれい)。坡(さか)を尋(たず)ね澗(たに)を転(めぐ)りて荊芥(けいがい)を求(もと)め、嶺(みね)を迈(こ)え山(やま)を登(のぼ)りて茯苓(ぶくりょう)を拝(はい)す。防己(ぼうき)一身(いっしん)竹瀝(ちくれき)の如(ごと)く、茴香(ういきょう)何(いず)れの日(ひ)か朝廷(ちょうてい)を拝(はい)せん?」 孫大聖(そんだいせい)言(げん)を聞(き)き、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう=冷ややかに笑)って道(い)わく、 「師父(しふ)掛念(けねん=気にかける)する必(かなら)ずしも要(い)らず、心焦(しんしょう=気を焦がす)を少(すく)なくし、且(しばら)く自(みずか)ら放心(ほうしん)して前進(ぜんしん)せよ、還(かえ)す可(べ)きは汝(なんじ)に個(ひとつ)の功(こう)到(いた)りて自然(じねん)に成(な)る也(なり)」 師徒(しと)たち山景(さんけい)を玩(もてあそ)び、歩(あゆみ)に信(まか)せて行(ゆ)く時(とき)、早(はや)く不觉(おぼえ)ず紅輪(こうりん=赤き夕日)西(にし)に墜(お)つ、正(まさ)に是(こ)れ: 十里(じゅうり)の長亭(ちょうてい)客(きゃく)の走(はし)る無(な)く、 九重(きゅうちょう)の天上(てんじょう)星辰(せいしん)現(あらわ)る。 八河(はちが)の船隻(せんせき=船)皆(みな)港(みなと)に収(おさ)まり、 七千(しちせん)の州県(しゅうけん)尽(ことごと)く門(もん)を関(と)ざす。 六宮五府(りっきゅうごふ)官宰(かんさい=役人)回(かえ)り、 四海三江(しかいさんこう)釣綸(ちょうりん=釣糸)を罷(や)む。 両座(りょうざ)の楼頭(ろうとう)鐘鼓(しょうこ)响(なり)、 一輪(いちりん)の明月(めいげつ)乾坤(けんこん=天地)に満(み)つ。 那(か)の長老(ちょうろう)馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて遥(はる)かに観(み)るに、只(た)だ見(み)る那(か)の山凹(さんおう=山の窪み)の裏(うち)に楼台(ろうだい)迭迭(じょうじょう=重なり)、殿閣(でんかく)重重(じゅうじゅう)有(あ)り。三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「徒弟(とてい)、此(こ)の時(とき)天色(てんしょく=空模様)已(すで)に晩(く)れ、幸(さいわ)いに那壁廂(あちらがわ)に楼閣(ろうかく)遠(とお)からざるを得(え)たり、想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ庵観寺院(あんかんじいん)ならん、我(われ)たち都(みな)那裡(そこ)に到(いた)りて一宵(ひとよ)を借(か)り宿(やど)り、明日(みょうにち)再(また)行(ゆ)かん」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「師父(しふ)の説(と)けるは是(ぜ)なり。忙(いそ)ぐ勿(なか)れ、我(われ)に且(しばら)く好歹(よしあし=善し悪し)如何(いかん)を看看(みみ=見て)しめよ」 那(か)の大聖(たいせい)空中(くうちゅう)に跳(と)び上(あが)り、仔細(しさい=つぶさ)に観(み)るに、果(はた)して是(こ)れ座(ひとつ)の山門(さんもん)也(なり)、但(た)だ見(み)る: 八字(はちじ)の磚墻(せんしょう=煉瓦塀)泥紅粉(でいこうふん=赤き塗料)し、 両辺(りょうへん)の門(もん)の上(うえ)金釘(きんてい=金の釘)を釘(う)つ。 迭迭(じょうじょう)の楼台(ろうだい)嶺畔(れいはん=峰のほとり)に蔵(かく)れ、 層層(そうそう)の宮闕(きゅうけつ)山中(さんちゅう)に隠(かく)る。 万仏閣(まんぶつかく)如来殿(にょらいでん)に対(たい)し、 朝陽楼(ちょうようろう)大雄門(だいゆうもん)に応(こた)う。 七層塔(しちそうとう)雲(くも)を屯(たくわ)え霧(きり)を宿(やど)し、 三尊仏(さんそんぶつ)神(しん)光栄(こうえい)を現(あらわ)す。 文殊台(もんじゅだい)伽藍舎(からんしゃ)に対(たい)し、 弥勒殿(みろくでん)大慈庁(だいじちょう)に靠(よ)る。 看山楼(かんざんろう)の外(そと)青光(せいこう)舞(ま)い、 歩虚閣(ほきょかく)の上(うえ)紫雲(しうん)生(しょう)ず。 松関(しょうかん)竹院(ちくいん)依依(いい=なごやか)として緑(みどり)なり、 方丈(ほうじょう)禅堂(ぜんどう)処処(しょしょ)に清(きよ)し。 雅雅幽幽(ががゆうゆう=優雅に幽玄に)楽事(らくじ=楽しき事)を供(きょう)し、 川川道道(せんせんどうどう=あちこちの道)喜(よろこ)んで回迎(かいげい=出迎)う。 参禅(ざんぜん)の処(ところ)禅僧(ぜんそう)の講(こう)有(あ)り、 演楽房(えんがくぼう)楽器(がっき)の鳴(なる)多(おお)し。 妙高台(みょうこうだい)の上(うえ)曇花(どんか=ウドンゲ)墜(お)ち、 説法壇(せっぽうだん)の前(まえ)貝葉(ばいよう=貝葉経)生(しょう)ず。 正(まさ)に是(こ)れ那(か)の林(はやし)三宝地(さんぽうち)を遮(おお)い、 山(やま)梵王宮(ぼんのうぐう)を擁(いだ)く。 半壁(はんぺき)の灯烟(とうえん=灯の煙)光(ひかり)闪灼(せんじゃく=ちらちら)し、 一行(いっこう)の香靄(こうあい=香りの靄)霧(きり)朦朧(もうろう)たり。 孫大聖(そんだいせい)雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、三蔵(さんぞう)に報(ほう)じて道(い)わく、 「師父(しふ)、果(はた)して是(こ)れ一座(いちざ)の寺院(じいん)也(なり)、却(かえっ)て好(よ)く借(か)り宿(やど)る可(べ)し、我(われ)たち去(ゆ)き来(きた)らん」 這(こ)の長老(ちょうろう)馬(うま)を放(はな)ち開(ひら)き、一直(いっちょく)に前(まえ)に来(きた)り、径(ただち)に山門(さんもん)の外(そと)に到(いた)る。行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「師父(しふ)、這(こ)の一座(いちざ)は是(こ)れ甚麼(いず)れの寺(てら)ぞ?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(わ)が馬蹄(ばてい=馬の蹄)才(いま)然(し)か停(とど)まり住(とど)まり、脚尖(きゃくせん=つま先)還(なお)未(いま)だ鐙(あぶみ)を出(い)でざるに、便(すなわ)ち我(われ)に是(こ)れ甚麼(いず)れの寺(てら)ぞと問(と)う、好(よ)くも分暁(ぶんぎょう=分別)無(な)きや!」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「汝(なんじ)老人家(ろうじんか=ご老人)自幼(じゆう=幼きより)僧(そう)と為(な)り、須(かなら)ず曾(かつ)て儒書(じゅしょ=儒の書)を講(こう)じ過(す)ぎ、方(はじ)めて去(ゆ)きて経法(きょうほう=経の法)を演(えん)じ、文理(ぶんり=文章の理)皆(みな)通(つう)じ、然(しか)る後(のち)唐王(とうおう)の恩宥(おんゆう=恩赦)を受(う)く、門(もん)の上(うえ)に那般(あのよう)なる大字(だいじ)有(あ)るを、如何(いかん)して認(みと)め得(え)ざるや?」 長老(ちょうろう)罵(ののし)って道(い)わく、 「潑猢猻(はつこそん=この図太い猿)!説話(せつわ=物言い)無知(むち)なり!我(われ)才(いま)しがた西(にし)に面(むか)いて馬(うま)を催(うなが)し、那(か)の太陽(たいよう)の影(かげ)に射(い)られ奈何(なんと)も、門(もん)字(じ)有(あ)ると雖(いえど)も、又(また)塵垢(じんこう=塵)に被(よ)って朦朧(もうろう=かすみ)せられ、此(こ)の故(ゆえ)に未(いま)だ曾(かつ)て看(み)ざる也(なり)」 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、腰児(こし)を把(もっ)て一躬(いっきゅう=ひと曲げ)し、二丈余(にじょうよ)の高(たか)さに長(たか)くなり、手(て)を用(もち)いて灰塵(はいじん=塵)を展(はら)い去(さ)って道(い)わく、 「師父(しふ)、請(こう)う看(み)よ」 上(うえ)に五個(いつつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち是(こ)れ「勅建宝林寺(ちょくけんほうりんじ)」也(なり)。行者(ぎょうじゃ)法身(ほっしん=変身)を収(おさ)めて、道(い)わく、 「師父(しふ)、這(こ)の寺(てら)の裏(うち)誰(たれ)か入(い)り去(さ)りて借(か)り宿(やど)るや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(われ)入(い)り去(さ)らん。汝(なんじ)たちの嘴臉(しれん=顔つき)醜陋(しゅうろう=醜く)、言語(げんご)粗疏(そそ=粗野)、性剛(せいごう=気性激しく)気傲(きごう=傲慢)なれば、倘或(もし)本処(ほんしょ=当地)の僧人(そうにん)に衝撞(しょうどう=ぶつか)り、借(か)り宿(やど)るを容(ゆる)されざれば、反(かえっ)て不美(ふび=不都合)と為(な)らん」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、請(こう)う師父(しふ)入(い)り去(さ)れ、多言(たげん)する必(かなら)ずしも要(い)らず」 那(か)の長老(ちょうろう)却(かえっ)て錫杖(しゃくじょう)を捨(す)て、斗篷(とほう=外套)を解(と)き下(おろ)し、衣(ころも)を整(ととの)え掌(てのひら)を合(あわ)せ、径(ただち)に山門(さんもん)に入(い)る、只(た)だ見(み)る両辺(りょうへん)の紅漆(こうしつ=赤漆)の欄干(らんかん)の裏面(うちめん)に、一対(いっつい)の金剛(こんごう)高(たか)く坐(ざ)し在(あ)り、装塑(そうそ=造り塗られ)し威儀(いぎ=威厳)悪醜(あくしゅう=醜く恐ろし)し: 一個(ひとり)は鉄面鋼鬚(てつめんこうしゅ=鉄の顔に鋼の髭)活容(かつよう=生きた姿)に似(に)、 一個(ひとり)は燥眉圜眼(そうびえんがん=乾いた眉に丸き眼)玲瓏(れいろう=あざやか)なるが若(ごと)し。 左辺(さへん)の拳頭(けんとう=拳)骨突(こつとつ=ごつごつ)として生鉄(せいてつ)の如(ごと)く、 右辺(うへん)の手掌(しゅしょう=手のひら)崚嶒(りょうそう=ごつごつ)として赤銅(せきどう)に賽(まさ)る。 金甲(きんこう=金の鎧)連環(れんかん)光(ひかり)燦爛(さんらん=きらびやか)、 明盔(めいかい=輝く兜)繍帯(しゅうたい=刺繍の帯)飄風(ひょうふう=風に飄る)に映(うつ)る。 西方(さいほう)真個(まこと)に多(おお)く仏(ほとけ)を供(く)し、 石鼎(せきてい=石の鼎)の中間(ちゅうかん)香火(こうか=線香の火)紅(あか)し。 三蔵(さんぞう)見(み)て、頭(こうべ)を点(うなず)かせて長嘆(ちょうたん)して道(い)わく、 「我(わ)が那(か)の東土(とうど)、若(も)し人(ひと)有(あ)りて亦(また)泥胎(でいたい=泥の胎)を将(もっ)て這等(このよう)に大(おおい)なる菩薩(ぼさつ)を塑(つく)り、香(こう)を焼(や)きて供養(くよう)せば啊(あ)、我(わ)が弟子(でし)も亦(また)西天(さいてん)に往(ゆ)かざる矣(なり)」 正(まさ)に嘆息(たんそく)の処(ところ)、又(また)二層(にそう)の山門(さんもん)の内(うち)に到(いた)り、四大天王(しだいてんのう)の相(すがた)有(あ)るを見(み)る、乃(すなわ)ち是(こ)れ持国(じこく)、多聞(たもん)、増長(ぞうちょう)、広目(こうもく)にして、東北西南(とうほくせいなん)風調雨順(ふうちょううじゅん=風が調い雨が順う)の意(い)に按(あて)る也(なり)。二層(にそう)の門(もん)の裏(うち)に入(い)りて、又(また)喬松(きょうしょう)四樹(よんじゅ)有(あ)り、一樹々(きごとき)翠蓋(すいがい)蓬蓬(ほうほう=茂り)て、却(かえっ)て傘状(さんじょう=傘の形)の如(ごと)く、忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)ぐれば、乃(すなわ)ち是(こ)れ大雄宝殿(だいゆうほうでん)也(なり)。那(か)の長老(ちょうろう)掌(てのひら)を合(あわ)せて皈依(きえ=帰依)し、身(み)を舒(の)べて下拜(かはい=伏し拝)す。拝(おが)み已(おわ)りて起(た)ち上(あ)がり、仏台(ぶつだい)を転(めぐ)り過(す)ぎ、後門(こうもん)の下(した)に到(いた)る、又(また)倒座観音(とうざかんのん=後ろ向きの観音)の南海(なんかい)を普度(ふど=広く済度)するの相(すがた)有(あ)り。那(か)の壁(かべ)の上(うえ)都(みな)是(こ)れ良工巧匠(りょうこうこうしょう=腕の良い工匠)の装塑(そうそ=造り塗り)せる那(か)の些(あれら)の蝦(えび)魚(うお)蟹(かに)鱉(すっぽん)の、頭(かしら)を出(いだ)し尾(お)を露(あらわ)し、海水(かいすい)を跳(と)び波潮(はちょう=波)を耍子(しゃし=遊び)する者(もの)也(なり)。長老(ちょうろう)又(また)頭(こうべ)を点(うなず)かすること三五度(さんごど)、感嘆(かんたん=感嘆)万千声(ばんせんこえ)にして道(い)わく、 「可怜(あわれ)啊(あ)!鱗甲(りんこう=鱗と甲)の衆生(しゅじょう)都(みな)仏(ほとけ)を拝(おが)むに、人(ひと)と為(な)りて何(なん)ぞ肯(あえ)て修行(しゅぎょう)せざるや!」 正(まさ)に讃嘆(さんたん)の間(あいだ)、又(また)三門(さんもん)の裏(うち)より一個(ひとり)の道人(どうにん=寺男)走出(でい)で来(きた)るを見(み)る。那(か)の道人(どうにん)忽(たちま)ち三蔵(さんぞう)の相貌(そうぼう=容貌)稀奇(きき=珍しく)、丰姿(ほうし=姿)俗(ぞく)に非(あら)ざるを見(み)、急(いそ)ぎ歩(あゆみ)を趋(はし)らせ上前(まえ)に施礼(せれい)して道(い)わく、 「師父(しふ)那裡(いずこ)より来(きた)れるや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「弟子(でし)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かか=御膝元)より差(つか)わされ上(のぼ)りて西天(さいてん)に仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めんとし、今(いま)宝方(ほうほう=貴地)に到(いた)り、天色(てんしょく)将(まさ)に晩(く)れんとす、一宿(ひとよ)を告(もう)し借(か)らん」 那(か)の道人(どうにん)道(い)わく、 「師父(しふ)怪(とが)むる莫(なか)れ、我(われ)主(あるじ)と為(な)り得(え)ず。我(われ)是(こ)れ此(ここ)に在(あ)りて地(ち)を掃(は)き鐘(かね)を撞(つ)き勤労(きんろう=労役)を打(う)つ道人(どうにん)也(なり)、裏面(うちめん)に還(なお)個(ひとり)の管家(かんか=寺の管理者)の老師父(ろうしふ)有(あ)る哩(ぞ)、我(われ)に入(い)り去(さ)りて他(かれ)に一声(ひとこえ)稟(もう)し上(あ)げしめよ。他(かれ)若(も)し汝(なんじ)を留(とど)めば、我(われ)便(すなわ)ち出(い)で来(きた)りて奉請(ほうせい=お招き)せん。若(も)し汝(なんじ)を留(とど)めざれば、我(われ)却(かえっ)て敢(あえ)て羈遅(きち=引き留め)せず」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「汝(なんじ)を累(わずら)わし及(いた)せり」 那(か)の道人(どうにん)急(いそ)ぎ方丈(ほうじょう)に到(いた)りて報(ほう)じて道(い)わく、 「老爺(ろうや=和尚様)、外(そと)に個(ひとり)の人(ひと)の来(きた)れる有(あ)り」 那(か)の僧官(そうかん=寺の執事)即(すなわ)ち身(み)を起(た)て、衣服(いふく)を換(か)え、毘盧帽(びるぼう=毘盧の帽)を一按(ひとおさ)え、袈裟(けさ)を披(き)て、急(いそ)ぎ門(もん)を開(ひら)きて迎接(げいせつ)し、道人(どうにん)に問(と)うて、 「那裡(いずこ)の人の来(きた)れるや?」 道人(どうにん)手(て)を用(もち)いて指(さ)し定(さだ)めて道(い)わく、 「那(あ)の正殿(せいでん)の後辺(うしろ)は是(こ)れ個(ひとり)の人(ひと)に非(あら)ずや?」 那(か)の三蔵(さんぞう)一個(ひとつ)の頭(かしら)を光(つるつる)にし、一領(ひとえ)の二十五条(にじゅうごじょう)達摩衣(だるまえ=達磨の衣)を穿(き)、足下(あしもと)に一双(いっそう)の泥(どろ)を拖(ひ)き水(みず)を帯(お)びたる達公鞋(だっこうがい=達公の鞋)を登(は)き、斜(なな)めに那(か)の後門(こうもん)の首(もと)に倚(よ)れり。僧官(そうかん)見(み)て大(おおい)に怒(いか)って道(い)わく、 「道人(どうにん)少(すく)なく打(う)たれよ!汝(なんじ)豈(あに)我(われ)の是(こ)れ僧官(そうかん)たるを知(し)らざるや、但(た)だ只(た)だ城上(じょうじょう=都)より来(きた)れる士夫(しふ=役人)の降香(こうこう=参詣)する有(あ)るに、我(われ)方(はじ)めて出(い)で来(きた)りて迎接(げいせつ)す。這等(このよう)なる個(ひとり)の和尚(おしょう)、汝(なんじ)怎麼(どう)して多虚少実(たきょしょうじつ=誇張多く実少なく)我(われ)に報(ほう)じて他(かれ)を接(むか)えしむるや!看(み)よ他(かれ)が那(か)の嘴臉(しれん=顔つき)、是(こ)れ個(ひとり)の誠実(せいじつ)なるに非(あら)ず、多(おお)くは是(こ)れ雲遊方上(うんゆうほうじょう=諸国を行脚する)の僧(そう)にして、今日(こんにち)天(てん)晩(く)るれば、想(おも)うに是(こ)れ来(きた)りて借(か)り宿(やど)らんと欲(ほっ)するならん。我(われ)たちが方丈(ほうじょう)の中(うち)、豈(あに)他(かれ)を容(ゆる)して打攪(だっかく=かき乱す)せんや!他(かれ)をして前廊下(まえのろうか)に往(ゆ)きて蹲(うずく)ましめ了(しま)え、我(われ)に報(ほう)ずる怎(なん)のや!」 身(み)を抽(ぬ)きんじて転(めぐ)り去(さ)る。長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)き、満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れて道(い)わく、 「可怜(あわれ)!可怜!這(こ)れ才(はじ)めて是(こ)れ人(ひと)郷(さと)を離(はな)れば賤(いや)しむとやらん!我(わ)が弟子(でし)小児(こども)の時より出家(しゅっけ)して、和尚(おしょう)と做(な)りしが、又(また)曾(かつ)て拜讖(はいさん=懺悔の法要)して葷(くん=肉)を食(くら)い歹意(あくい=悪意)を生(しょう)ぜず、経(きょう)を看(み)て怒(いかり)を懐(いだ)きて禅心(ぜんしん)を壊(こわ)さず。又(また)曾(かつ)て瓦(かわら)を投(な)げ磚(せん=煉瓦)を抛(なげう)ちて仏殿(ぶつでん)を傷(そこな)わず、阿羅(あら=阿羅漢)の臉(かお)の上(うえ)に真金(しんきん)を剥(は)がず。噫(ああ)!可怜(あわれ)啊(あ)!知(し)らず是(こ)れ那(いず)れの世裡(せり=前世)に天地(てんち)を触(ふ)れ傷(そこな)いし、我(われ)をして今生(こんじょう)常(つね)に不良人(ふりょうじん=ろくでなし)に遇(あ)わしむるや!和尚(おしょう)汝(なんじ)我(われ)たちを留(とど)めて宿(やど)らざるは便(すなわ)ち罷(や)むも、怎麼(どう)して又(また)這等(このよう)なる憊懶(はいらん=ふとどき)の話(はなし)を説(と)き、我(われ)たちをして前(まえ)の道廊下(ろうか)に去(ゆ)きて蹲(うずく)まらしむるや?此(こ)の話(はなし)行者(ぎょうじゃ)に説(と)かざれば還(なお)好(よ)けれど、若(も)し説(と)き了(しま)えば、那(か)の猴子(さる)入(い)り来(きた)り、一頓(ひとしきり)の鉄棒(てつぼう)に、孤拐(ここい=足首)を把(もっ)て都(みな)打断(うちおり)て汝(なんじ)に与(あた)えん!」 長老(ちょうろう)道(い)わく、 「也罷(やは=まあよい)、也罷、常言(じょうげん=諺)に道(い)う、人(ひと)将(まさ)に礼楽(れいがく=礼節)を先(さき)と為(な)す。我(われ)且(しばら)く入(い)り去(さ)りて他(かれ)に一声(ひとこえ)問(と)い、意下(こころ)如何(いかん)を看看(みみ=見て)ん」 那(か)の師父(しふ)脚迹(あしあと)を踏(ふ)みて、他(かれ)に従(したが)いて方丈門(ほうじょうもん)の裏(うち)に入(い)る、只(た)だ見(み)る那(か)の僧官(そうかん)衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ、気呼呼(きここ=ふんふん)として那裡(そこ)に坐(ざ)し在(あ)り、是(こ)れ経(きょう)を念(ねん)ずるか知(し)らず、又(また)是(こ)れ人家(ひと)と与(とも)に法事(ほうじ=法要)を写(しょ)するか知(し)らず、那(か)の桌案(たくあん=机)の上(うえ)に些(いささ)かの紙札(しさつ=紙)の堆積(たいせき=積み重なり)有(あ)るを見(み)る。唐僧(とうそう)敢(あえ)て深(ふか)く入(い)らず、便(すなわ)ち天井(てんじょう=中庭)の裏(うち)に立(た)ち、身(み)を躬(かが)めて高(たか)く叫(よ)ばんとす、 「老院主(ろういんしゅ=和尚様)、弟子(でし)問訊(もんしん=挨拶)し了(おわ)んぬ!」 那(か)の和尚(おしょう)便(すなわ)ち些(いささ)か他(かれ)の裏辺(うち)に入(い)り来(きた)るの意(い)を耐(た)え煩(わずら)わしく思(おも)う有(あ)り、半(なか)ば答(こた)え半(なか)ば答(こた)えざるに還(かえ)し個(ひとつ)の礼(れい)をして道(い)わく、 「汝(なんじ)是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れるや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「弟子(でし)乃(すなわ)ち是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かか)より差(つか)わされ上(のぼ)りて西天(さいてん)に活仏(かつぶつ=生き仏)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めんとし、宝方(ほうほう=貴地)を過(す)ぎるに天(てん)晩(く)るるを、一宿(ひとよ)を求(もと)めて借(か)らん、明日(みょうにち)天光(てんこう=夜明け)を犯(おか)さず便(すなわ)ち行(ゆ)かん。万(まん)く望(のぞ)む老院主(ろういんしゅ)方便(ほうべん=便宜)を方便(ほどこ)せよ」 那(か)の僧官(そうかん)才(いま)身(み)を欠(か)けて起(た)ち来(きた)りて道(い)わく、 「汝(なんじ)是(こ)れ那(か)の唐三蔵(とうさんぞう)麼(か)?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「不敢(ふかん=恐れ入ります)、弟子(でし)便(すなわ)ち是(こ)れ也(なり)」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「汝(なんじ)既(すで)に西天(さいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんとするに、怎麼(どう)して路(みち)も亦(また)会(あ)え走(はし)らざるや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「弟子(でし)更(さら)に曾(かつ)て貴処(きしょ=貴地)の路(みち)を走(はし)らず」 他(かれ)道(い)わく、 「正西(しょうせい)に去(ゆ)けば、只(た)だ四五里(しごり)の遠近(えんきん)有(あ)り、一座(いちざ)の三十里店(さんじゅうりてん)有(あ)り、店(てん)の上(うえ)に飯(めし)を売(う)る人家(じんか)有(あ)り、方便(ほうべん)好(よ)く宿(やど)る可(べ)し。我(わ)が此(ここ)は不便(ふべん)にして、好(よ)く汝(なんじ)たち遠(とお)くより来(きた)れる僧(そう)を留(とど)めず」 三蔵(さんぞう)掌(てのひら)を合(あわ)せて道(い)わく、 「院主(いんしゅ)、古人(こじん)云(い)える有(あ)り、庵観寺院(あんかんじいん)は、都(みな)是(こ)れ我(わ)が方上人(ほうじょうじん=行脚僧)の館駅(かんえき=宿駅)也(なり)、山門(さんもん)を見(み)れば便(すなわ)ち三升米(さんしょうまい)の分(ぶん)有(あ)り。汝(なんじ)怎麼(どう)して我(われ)を留(とど)めざる、却(かえっ)て是(こ)れ何(なん)の情(じょう)ぞ?」 僧官(そうかん)声(こえ)を怒(いか)らせて叫(よ)ばんとす、 「汝(なんじ)這(こ)の遊方(ゆうほう=行脚)の和尚(おしょう)、便(すなわ)ち是(こ)れ些(いささ)か油嘴油舌(ゆしゆぜつ=ペらぺら言う)の説話(せつわ=物言い)有(あ)り!」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「何(なん)をか油嘴油舌(ゆしゆぜつ)と為(な)すや?」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「古人(こじん)云(い)う、老虎(ろうこ=虎)城(しろ)に入(い)れば、家家(いえいえ)都(みな)門(もん)を閉(と)ざす。然(しか)も人(ひと)を咬(か)まざるも、日前(にちぜん=先だって)名(な)を壊(こわ)せり」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「怎麼(どう)して日前(にちぜん)名(な)を壊(こわ)せるや?」 他(かれ)道(い)わく、 「向年(こうねん=以前)幾衆(いくしゅ=何人か)の行脚僧(あんぎゃそう)有(あ)り、山門(さんもん)の口(くち)に来(きた)りて坐下(ざげ=腰を下ろ)せるを、是(こ)れ我(われ)他(かれ)の寒薄(かんぱく=貧しげ)なるを見(み)て、一個々(ひとりひとり)衣(ころも)破(やぶ)れ鞋(くつ)無(な)く、光頭(こうとう=丸坊主)赤脚(せききゃく=裸足)なるを、我(われ)他(かれ)が那般(あのよう)なる襤褸(らんる=ぼろ)を嘆(なげ)き、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ方丈(ほうじょう)に請(しょう)じ入(い)れ、之(これ)を上坐(じょうざ=上座)に延(まね)く。斎飯(さいはん=精進料理)を款待(かんたい=もてなし)し、又(また)故衣(こい=古着)を将(もっ)て各(おのおの)一件(ひとえ)を借(か)し他(かれ)に与(あた)え、便(すなわ)ち他(かれ)を留(とど)めて幾日(いくにち)か住(す)ましめたり。怎(どう)して知(し)らん他(かれ)自在(じざい=気楽)と衣食(いしょく)を貪図(どんど=むさぼり求め)、更(さら)に身(み)を起(た)たんと思量(しりょう=考え)せず、便(すなわ)ち住(す)むこと七八個(しちはっこ)の年頭(ねんとう=年)に及(およ)べり。住(す)むは便(すなわ)ち罷(や)むも、又(また)許多(あまた)の不公(ふこう=不当)の事(こと)を干(や)り出(いだ)せり」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「甚麼(いず)れの不公(ふこう)の事(こと)有(あ)るや?」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「汝(なんじ)我(われ)が説(と)くを聴(き)け: 閑時(かんじ=暇な時)墻(かべ)に沿(そ)いて瓦(かわら)を抛(なげう)ち、 悶来(もんらい=退屈すれば)壁上(へきじょう)に釘(くぎ)を扳(ひきぬ)く。 冷天(れいてん)火(ひ)に向(むか)いて窗櫺(そうれい=窓の格子)を折(お)り、 夏日(かじつ)門(もん)を拖(ひ)きて径(みち)を攔(さえぎ)る。 幡布(ばんぷ=幟の布)を扯(ひ)きて脚帯(きゃくたい=足の帯)と為(な)し、 牙香(がこう=香料)を偷(ぬす)みて蔓菁(まんせい=かぶら)に換(か)う。 常(つね)に琉璃(るり)を将(もっ)て油(あぶら)を把(もっ)て傾(こぼ)し、 碗(わん)を奪(うば)い鍋(なべ)を奪(うば)いて勝(しょう)を賭(か)く」 三蔵(さんぞう)言(げん)を聴(き)き、心中(しんちゅう)暗(あん)に道(い)わく、 「可怜(あわれ)啊(あ)!我(わ)が弟子(でし)豈(あに)那等(あのよう)の脊骨(せきこつ=背骨)無(な)き和尚(おしょう)ならんや?」 哭(な)かんと欲(ほっ)すれど、又(また)那(か)の寺(てら)の裏(うち)の老和尚(ろうおしょう)の他(かれ)を笑(わら)わんことを恐(おそ)れ、但(た)だ暗暗(あんあん=こっそり)と衣(ころも)を扯(ひ)きて涙(なみだ)を揩(ぬぐ)い、気(いき)を忍(しの)び声(こえ)を吞(の)み、急(いそ)ぎ走(はし)り出(い)で去(さ)り、三個(みっつ)の徒弟(とてい)に見(まみ)ゆ。那(か)の行者(ぎょうじゃ)師父(しふ)の面上(めんじょう)に怒(いかり)を含(ふく)めるを見(み)、向前(まえ)に問(と)うて、 「師父(しふ)、寺(てら)の和尚(おしょう)汝(なんじ)を打(う)ち来(きた)れるか?」 唐僧(とうそう)道(い)わく、 「曾(かつ)て打(う)たず」 八戒(はっかい)説(い)わく、 「一(ひとえ)に一定(きっと)打(う)ち来(きた)れるならん、是(こ)れならずんば、怎麼(どう)して還(なお)些(いささ)か哭包声(こくほうせい=泣き声)有(あ)るや?」 那(か)の行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「汝(なんじ)を罵(ののし)り来(きた)れるか?」 唐僧(とうそう)道(い)わく、 「亦(また)曾(かつ)て罵(ののし)らず」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「既(すで)に曾(かつ)て打(う)たず、又(また)曾(かつ)て罵(ののし)らざるに、汝(なんじ)這般(このよう)に苦悩(くのう=悩み)するは怎麼(どう)したるや?好道(よもや)是(こ)れ郷(さと)を思(おも)う哩(か)?」 唐僧(とうそう)道(い)わく、 「徒弟(とてい)、他(かれ)が此(ここ)は不便(ふべん)也(なり)」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)わく、 「此(ここ)想(おも)うに是(こ)れ道士(どうし)か?」 唐僧(とうそう)怒(いか)って道(い)わく、 「観(かん=道観)の裏(うち)に才(はじ)めて道士(どうし)有(あ)る、寺(てら)の裏(うち)は只(た)だ是(こ)れ和尚(おしょう)也(なり)」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「汝(なんじ)事(こと)を済(な)し得(え)ず、但(た)だ是(こ)れ和尚(おしょう)ならば、即(すなわ)ち我(われ)たちと一般(いっぱん=同じ)也(なり)。常言(じょうげん)に道(い)う、既(すで)に仏会(ぶつえ=仏の集い)の下(もと)に在(あ)れば、都(みな)是(こ)れ有縁(うえん=縁ある)の人(ひと)也(なり)。汝(なんじ)且(しばら)く坐(ざ)せ、我(われ)に入(い)り去(さ)りて看看(みみ=見て)しめよ」 好(よ)きかな行者(ぎょうじゃ)、頂上(ちょうじょう)の金箍(きんこ)を一按(ひとおさ)え、腰間(ようかん)の裙子(くんし=腰巻)を一束(ひとつか)ね、鉄棒(てつぼう)を執(と)り着(つ)け、径(ただち)に大雄宝殿(だいゆうほうでん)の上(うえ)に到(いた)り、那(か)の三尊(さんぞん)の仏像(ぶつぞう)を指(さ)して道(い)わく、 「汝(なんじ)本(もと)是(こ)れ泥塑(でいそ=泥で造り)金装(きんそう=金を塗り)の仮像(かぞう=偽りの像)、内裏(うち)豈(あに)感応(かんのう=霊験)無(な)からんや?我(わ)が老孫(ろうそん)大唐(だいとう)の聖僧(しょうそう)を保領(ほりょう=護り導き)て西天(さいてん)に往(ゆ)き仏(ほとけ)を拝(おが)み真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らしむ、今晚(こんばん)特(ことさ)らに此(ここ)に来(きた)りて投宿(とうしゅく)す、趁早(すみやか)に我(われ)と与(とも)に名(な)を報(ほう)せよ!仮若(もし)我(われ)等(われら)を留(とど)めざれば、便(すなわ)ち一頓(ひとしきり)の棍(こん)に金身(こんしん=金の御身)を打(う)ち砕(くだ)き、汝(なんじ)をして還(かえっ)て本相(ほんしょう=本来の姿)の泥土(でいど)を現(あらわ)さしめん!」 這(こ)の大聖(たいせい)正(まさ)に前辺(まえ)に在(あ)りて狠(こわ)きを発(はっ)し、叉子(さし=叉)を搗(つ)きて乱(みだ)りに説(と)ける時(とき)、只(た)だ見(み)る一個(ひとり)の晩香(ばんこう=夕の香)を焼(や)く道人(どうにん)、幾枝(いくえだ)の香(こう)を点(てん)じ、仏前(ぶつぜん)の炉(ろ)の裏(うち)に插(さ)さんと来(きた)るを、行者(ぎょうじゃ)に咄(とつ=どっと)の一声(ひとこえ)に被(よ)って、一跌(ひとつまずき)唬(おどろ)かされ、爬(は)い起(た)ち上(あ)がりて臉(かお)を見(み)るや、又(また)是(こ)れ一跌(ひとつまずき)、吓(おどろ)かされ得(え)て滚滚蹡蹡(こんこんしょうしょう=転がりよろめき)て、方丈(ほうじょう)の裏(うち)に跑(はし)り入(い)りて報(ほう)じて道(い)わく、 「老爺(ろうや)、外(そと)に個(ひとり)の和尚(おしょう)の来(きた)れる有(あ)り!」 那(か)の僧官(そうかん)道(い)わく、 「汝(なんじ)這(こ)の伙(くれ)の道人(どうにん)都(みな)少(すく)なく打(う)たれよ!一行(いっこう=さっき)他(かれ)をして前廊下(まえのろうか)に往(ゆ)きて蹲(うずく)ましむと説(と)けるに、又(また)甚麼(なん)を報(ほう)ずるや!再(また)説(い)わば二十(にじゅう)打(う)たん!」 道人(どうにん)説(い)わく、 「老爺(ろうや)、這個(こ)の和尚(おしょう)、那(か)の個(ひとり)の和尚(おしょう)と不同(ことなり)、生(うま)れ得(え)て悪躁(あくそう=獰猛)、脊骨(せきこつ=背骨)無(な)し」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「怎(いか)なる模様(すがた)ぞ?」 道人(どうにん)道(い)わく、 「是(こ)れ個(ひとつ)の円眼睛(えんがんせい=丸い眼)、査耳朵(さじと=垂れた耳)、満面毛(まんめんもう=顔じゅう毛)、雷公嘴(らいこうし=雷公の嘴)。手(て)に一根(ひとすじ)の棍子(こんす=棒)を執(と)り、牙(きば)を咬(か)み恨恨(こんこん=恨みに満ち)て、人(ひと)を尋(たず)ねて打(う)たんと欲(ほっ)する哩(ぞ)」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「我(われ)に出(い)で去(さ)りて看看(みみ=見て)しめよ」 他(かれ)即(すなわ)ち門(もん)を開(ひら)く、只(た)だ見(み)る行者(ぎょうじゃ)撞(つ)き入(い)り来(きた)れる、真個(まこと)に生(うま)れ得(え)て醜陋(しゅうろう=醜し):七高八低(しちこうはってい=でこぼこ)の孤拐臉(ここいれん=頬骨の出た顔)、両隻(ふたつ)の黄眼睛(こうがんせい=黄色い眼)、一個(ひとつ)の磕額頭(かつがくとう=出っ張った額)、獠牙(りょうが=牙)外(そと)に向(むか)いて生(しょう)じ、便(すなわ)ち象(かたち)は螃蟹(ほうかい=蟹)の属(たぐい)の如(ごと)く、肉(にく)は裏面(うち)に在(あ)りて、骨(ほね)は外(そと)に在(あ)り。那(か)の老和尚(ろうおしょう)慌(あわ)て得(え)て方丈(ほうじょう)の門(もん)を把(もっ)て関(と)ざし了(しま)う。行者(ぎょうじゃ)赶(お)いつき、撲(ぼく=ばりん)と門扇(もんせん=扉)を打(う)ち破(やぶ)りて、道(い)わく、 「赶早(すみやか)に乾浄(きれい)なる房子(へや)を将(もっ)て一千間(いっせんげん)掃(は)き浄(きよ)めよ、老孫(ろうそん)睡(ねむ)らん!」 僧官(そうかん)房(へや)の裏(うち)に匿(かく)れ在(あ)りて、道人(どうにん)に対(たい)して説(い)わく、 「他(かれ)の生(うま)れ得(え)て醜(みにく)きを怪(あやし)むや、原来(げんらい)是(こ)れ大話(たいわ=大げさな話)を説(と)き、折作(せっさく=罰当たり)の這般(このよう)なる嘴臉(しれん=顔つき)なり。我(わ)が此(ここ)は方丈(ほうじょう)、仏殿(ぶつでん)、鐘鼓楼(しょうころう)、両廊(りょうろう)を連(つら)ねて、共総(そうぜん=全部)も亦(また)三百間(さんびゃくげん)に上(のぼ)らざるに、他(かれ)却(かえっ)て一千間(いっせんげん)を要(よう)して睡(ねむ)らんとす、却(かえっ)て那裡(いずこ)より打(う)ち来(きた)れるや?」 道人(どうにん)説(い)わく、 「師父(しふ)、我(われ)も亦(また)是(こ)れ胆(きも)を吓(おどろ)かし破(やぶ)られたる人(ひと)也(なり)、汝(なんじ)の怎麼(いか)に答(こた)うるに憑(まか)せて他(かれ)に罷(や)めよ」 那(か)の僧官(そうかん)戦索索(せんさくさく=ぶるぶる)として高(たか)く叫(よ)ばんとす、 「那(そ)の借(か)り宿(やど)る長老(ちょうろう)、我(わ)が這(こ)の小荒山(しょうこうざん=小さき荒れ寺)は不便(ふべん)也(なり)、敢(あえ)て奉留(ほうりゅう=お留め)せず、別(ほか)の処(ところ)に往(ゆ)きて宿(やど)れよ」 行者(ぎょうじゃ)棍子(こんす=棒)を将(もっ)て盆来(ぼんらい=盥ほど)の粗細(そさい=太さ)に変(へん)じ、直壁壁(ちょくへきへき=まっすぐ)に天井(てんじょう=中庭)の裏(うち)に竪(た)てて、道(い)わく、 「和尚(おしょう)、不便(ふべん)ならば、汝(なんじ)便(すなわ)ち搬(うつ)り出(い)で去(さ)れ!」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「我(われ)たち小児(こども)の時より住(す)める寺(てら)、師公(しこう=師の師)師父(しふ)に伝(つた)え、師父(しふ)我(われ)が輩(ともがら)に伝(つた)う、我(われ)が輩(ともがら)遠(とお)く児孫(じそん=子孫)に継(つ)がんと要(よう)す。他(かれ)は是(こ)れ那裡(いずこ)の勾当(こうとう=仕事)か知(し)らず、冒冒実実(ぼうぼうじつじつ=無分別に)我(われ)たちに搬(うつ)れと教(おし)うる哩(ぞ)」 道人(どうにん)説(い)わく、 「老爺(ろうや)、十分(じゅうぶん)に魀(がい=困る)なれば、搬(うつ)り出(い)で去(さ)るも亦(また)罷(や)めよ、扛子(こうす=棒)門(もん)を打(う)ち入(い)り来(きた)れる也(なり)」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「汝(なんじ)胡説(こせつ=でたらめ)する莫(なか)れ!我(われ)たち老少(ろうしょう)衆大(しゅうだい)四五百名(しごひゃくめい)の和尚(おしょう)、那裡(いずこ)へ搬(うつ)らんや?搬(うつ)り出(い)でば、却(かえっ)て亦(また)住(す)む処(ところ)無(な)し」 行者(ぎょうじゃ)聴(き)き得(え)て道(い)わく、 「和尚(おしょう)、搬(うつ)る処(ところ)無(な)くんば、便(すなわ)ち一個(ひとり)をして出(い)で来(きた)りて打様棍(だようこん=見本の棒打ち)せよ!」 老和尚(ろうおしょう)叫(よ)ばんとす、 「道人(どうにん)汝(なんじ)出(い)で去(さ)りて我(われ)と与(とも)に個(ひとつ)の打様棍(だようこん)を打(う)ち来(きた)れ」 那(か)の道人(どうにん)慌(あわ)てて道(い)わく、 「爺爺(やや=お師様)呀(や)!那等(あのような)大(おおい)なる扛子(こうす=棒)、我(われ)に去(ゆ)きて打様棍(だようこん)を打(う)たしむるや!」 老和尚(ろうおしょう)道(い)わく、 「軍(ぐん=兵)を養(やしな)うこと千日(せんじつ)、軍(ぐん)を用(もち)うること一朝(いっちょう)。汝(なんじ)怎麼(どう)して出(い)で去(さ)らざるや?」 道人(どうにん)説(い)わく、 「那(か)の扛子(こうす)は打(う)ち来(きた)ると説(い)く莫(なか)れ、若(も)し倒(たお)れ下(お)り来(きた)らば、圧(おさ)えるも亦(また)個(ひとつ)の肉泥(にくでい=肉の泥)を圧(お)さん!」 老和尚(ろうおしょう)道(い)わく、 「亦(また)圧(おさ)えると説(と)く莫(なか)れ、只(た)だ道(い)わく天井(てんじょう)の裏(うち)に竪(た)て在(あ)るに、夜晚間(よる)路(みち)を走(はし)るに、記(おぼ)えざる啊(や)、一頭(ひとあたま)も亦(また)大(おおい)なる窟窿(くつろう=穴)を撞(つ)かん!」 道人(どうにん)説(い)わく、 「師父(しふ)、汝(なんじ)這般(このよう)に重(おも)きを暁(さと)り得(え)ながら、却(かえっ)て我(われ)に出(い)で去(さ)りて甚麼(なん)の打様棍(だようこん)を打(う)たしむるや?」 他(かれ)自家(じか=寺の中)の裏(うち)に転(めぐ)りて闹(さわ)ぎ起(た)ち来(きた)る、行者(ぎょうじゃ)聴(き)き得(え)て道(い)わく、 「是(こ)れ也(また)禁(た)え得(え)ず、仮若(もし)便(すなわ)ち一棍(ひとぼう)に一個(ひとり)を打(う)ち殺(ころ)さば、我(わ)が師父(しふ)又(また)我(われ)の行凶(ぎょうきょう=乱暴)を怪(とが)めん。且(しばら)く我(われ)に另(ほか)に一個(ひとつ)の甚麼(なに)を尋(たず)ねて打(う)ちて汝(なんじ)に看看(みみ=見せ)しめん」 忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)ぐるに、只(た)だ見(み)る方丈門外(ほうじょうもんがい)に一個(ひとつ)の石獅子(いしじし)有(あ)り、却(かえっ)て便(すなわ)ち棍(こん)を挙(あ)げ起(た)ち来(きた)り、乒乓(ひんぽん=がちゃん)と一下(ひとくだり)打(う)ち得(え)て粉乱麻砕(ふんらんまさい=粉々)となる。那(か)の和尚(おしょう)窗眼児(そうがんじ=窓の穴)の裏(うち)より看(み)るや、便(すなわ)ち吓(おどろ)かされ得(え)て骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、慌(あわ)てて床下(しょうか=寝台の下)に往(ゆ)きて拱(もぐ)り、道人(どうにん)便(すなわ)ち鍋門(かもん=かまどの口)の裏(うち)に往(ゆ)きて鑽(もぐ)り、口(くち)の中(うち)に住(や)まず叫(よ)ばんとす、 「爺爺(やや)、棍(こん)重(おも)し棍(こん)重(おも)し!禁(た)え得(え)ず!方便(ほうべん=勘弁)方便(ほうべん)!」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「和尚(おしょう)、我(われ)汝(なんじ)を打(う)たず。我(われ)汝(なんじ)に問(と)う:這(こ)の寺(てら)の裏(うち)に多少(いくら)の和尚(おしょう)有(あ)るや?」 僧官(そうかん)戦索索(せんさくさく)として道(い)わく、 「前後(ぜんご)是(こ)れ二百八十五(にひゃくはちじゅうご)の房頭(ぼうとう=房)、共(あわ)せて五百個(ごひゃくこ)の度牒(どちょう=得度証)有(あ)る和尚(おしょう)有(あ)り」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「汝(なんじ)快(すみやか)に去(ゆ)きて那(か)の五百個(ごひゃくこ)の和尚(おしょう)を把(もっ)て都(みな)点(てん=召集)し得(え)て斉斉整整(せいせいせいせい=きちんと)とし、長衣服(ながきころも)を穿(き)て出(い)で去(さ)り、我(わ)が那(か)の唐朝(とうちょう)の師父(しふ)を接(むか)え入(い)れ来(きた)らば、便(すなわ)ち汝(なんじ)を打(う)たざる也(なり)」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「爺爺(やや)、若(も)し是(こ)れ打(う)たざれば、便(すなわ)ち抬(かつ)ぐも亦(また)抬(かつ)ぎ入(い)れん」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「趁早(すみやか)に去(ゆ)け!」 僧官(そうかん)叫(よ)ばんとす、 「道人(どうにん)、汝(なんじ)胆(きも)の吓(おどろ)き破(やぶ)られたると説(と)く莫(なか)れ、便(すなわ)ち是(こ)れ心(こころ)の吓(おどろ)き破(やぶ)られたるも、便(すなわ)ち亦(また)去(ゆ)きて我(われ)と与(とも)に這些(これら)の人(ひと)を叫(よ)び来(きた)りて唐僧(とうそう)の老爺爺(ろうやや=お師様)を接(むか)えしめよ」 那(か)の道人(どうにん)没奈何(しようなく)、性命(せいめい)を捨(す)て、敢(あえ)て門(もん)を撞(つ)かず、後辺(うしろ)の狗洞(くどう=犬の穴)の裏(うち)より鑽(もぐ)り将(や)り出(い)で去(さ)り、径(ただち)に正殿(せいでん)の上(うえ)に到(いた)り、東辺(とうへん)に鼓(つづみ)を打(う)ち、西辺(さいへん)に鐘(かね)を撞(つ)く。鐘鼓(しょうこ)一斉(いっせい)に响(なり)く処(ところ)、両廊(りょうろう)の大小(だいしょう)の僧衆(そうしゅう)を驚動(けいどう)し、殿(でん)に上(のぼ)りて問(と)うて、 「這(こ)の早(はや)きに還(なお)下晩(かばん=夕方)なる哩(ぞ)、鐘(かね)を撞(つ)き鼓(つづみ)を打(う)ちて甚(なん)を做(な)すや?」 道人(どうにん)説(い)わく、 「快(すみやか)に衣服(いふく)を換(か)え、老師父(ろうしふ)に随(したが)いて班(はん=列)を排(なら)び、山門外(さんもんがい)に出(い)でて唐朝(とうちょう)より来(きた)れる老爺(ろうや)を迎接(げいせつ)せよ」 那(か)の衆(しゅう)の和尚(おしょう)、真個(まこと)に斉斉整整(せいせいせいせい)、班(はん)を擺(なら)べて門(もん)を出(い)でて迎接(げいせつ)す。有(あ)るは袈裟(けさ)を披(き)、有(あ)るは褊衫(へんさん=衣)を着(き)、無(な)きは個(ひとえ)の一口鐘(いっこうしょう=一つ口の鐘形衣)の直裰(じきとつ=衣)を穿(き)、十分(じゅうぶん)に窮(きゅう=貧し)きは、長衣服(ながきころも)無(な)く、便(すなわ)ち腰裙(ようくん=腰巻)を把(もっ)て両条(ふたすじ)接(つ)ぎ起(た)てて身(み)に披(き)る。行者(ぎょうじゃ)看(み)て道(い)わく、 「和尚(おしょう)、汝(なんじ)の穿(き)たるは是(こ)れ甚麼(いず)れの衣服(いふく)ぞ?」 和尚(おしょう)他(かれ)の醜悪(しゅうあく=醜く恐ろしき)なるを見(み)、道(い)わく、 「爺爺(やや)、打(う)つ勿(なか)れ、我(われ)に説(と)かしめよ。這(こ)れ是(こ)れ我(われ)たち城中(じょうちゅう)にて化(か=喜捨を請)せる布(ぬの)也(なり)、此間(ここ)に裁縫(さいほう=仕立て屋)無(な)く、是(こ)れ自家(じか=自分)の做(つく)りし個(ひとつ)の一裹窮(いっかきゅう=一枚の貧乏着)也(なり)」 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き暗(あん)に笑(わら)い、衆僧(しゅうそう)を押(おさ)え従(したが)え、山門(さんもん)の下(した)に出(い)でて跪(ひざまず)き下(おろ)す。那(か)の僧官(そうかん)頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて高(たか)く叫(よ)ばんとす、 「唐老爺(とうろうや)、請(こう)う方丈(ほうじょう)の裏(うち)に坐(ざ)せ」 八戒(はっかい)看(み)て道(い)わく、 「師父(しふ)老大(ろうだい=大層)に事(こと)を済(な)し得(え)ず、汝(なんじ)入(い)り去(さ)りし時(とき)、涙汪汪(るいおうおう=涙ぐみ)、嘴(くち)の上(うえ)に油瓶(ゆへい=油の瓶)を挂(か)け得(え)たり。師兄(しけい)怎麼(どう)して便(すなわ)ち此(こ)の獐智(しょうち=知恵)有(あ)り、彼(かれ)らをして頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて来(きた)り接(むか)えしむるや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「汝(なんじ)這個(こ)の呆子(ほうし=うつけ)、好(よ)くも礼(れい)を暁(さと)らざるや!常言(じょうげん)に道(い)う、鬼(おに)も亦(また)悪人(あくにん)を怕(おそ)るる哩(ぞ)」 唐僧(とうそう)彼(かれ)らの頭(こうべ)を磕(ぬかず)き礼拝(れいはい)するを見(み)て、甚(はなは)だ過意(かい=気の毒)ならず、上前(まえ)に叫(よ)ばんとす、 「列位(れつい=皆様)請(こう)う起(た)て」 衆僧(しゅうそう)頭(こうべ)を叩(たた)いて道(い)わく、 「老爺(ろうや)、若(も)し汝(なんじ)が徒弟(とてい)と与(とも)に一声(ひとこえ)方便(ほうべん=お許し)を説(と)き、扛子(こうす=棒)を動(うご)かさざらしめば、便(すなわ)ち一個月(ひとつき)跪(ひざまず)くも亦(また)罷(や)めよ」 唐僧(とうそう)叫(よ)ばんとす、 「悟空(ごくう)、彼(かれ)らを打(う)つ莫(なか)れ」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「曾(かつ)て打(う)たず、若(も)し打(う)てば、此(こ)の会(この時)に已(すで)に打(う)ち断(お)りて根(こん=根元)と為(な)れる矣(なり)」 那些(あれら)の和尚(おしょう)却(かえっ)て才(はじ)めて身(み)を起(た)ち、馬(うま)を牽(ひ)くは馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(にな)うは担(に)を挑(にな)い、唐僧(とうそう)を抬(かつ)ぎ、八戒(はっかい)を駄(お)い、沙僧(しゃそう)を挽(ひ)き、一斉(いっせい)に都(みな)山門(さんもん)の裏(うち)に入(い)り去(さ)り、却(かえっ)て後面(こうめん)の方丈(ほうじょう)の中(うち)に到(いた)り、叙(じょ=順序)に依(よ)って坐(ざ)す。衆僧(しゅうそう)却(かえっ)て又(また)礼拝(れいはい)す、三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「院主(いんしゅ)請(こう)う起(た)て、再(また)礼(れい)を行(おこな)う必(かなら)ずしも要(い)らず、貧僧(ひんそう=この拙僧)を作践(さくせん=辱しめ)ることなかれ、我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に都(みな)是(こ)れ仏門(ぶつもん)の弟子(でし)也(なり)」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「老爺(ろうや)は是(こ)れ上国(じょうこく=都)の欽差(きんさ=勅使)、小和尚(しょうおしょう)迎接(げいせつ)を失(うしな)えり。今(いま)荒山(こうざん)に到(いた)る、奈何(いかん)とも俗眼(ぞくがん=俗な眼)尊儀(そんぎ=尊き姿)を識(し)らず、老爺(ろうや)と与(とも)に邂逅(かいこう=思いがけず)相逢(あいまみ)ゆ。動(うご)きて老爺(ろうや)に問(と)う:一路(いちろ)の上(うえ)は是(こ)れ素(そ=精進)を食(くら)うか?是(こ)れ葷(くん=肉)を食(くら)うか?我(われ)たち好(よ)く去(ゆ)きて飯(めし)を弁(もう)けん」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「素(そ=精進)を食(くら)う」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「徒弟(とてい)、這個(こ)の爺爺(やや)好(よ)くは葷(くん)を食(くら)う」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「我(われ)たちも亦(また)素(そ)を食(くら)う、都(みな)是(こ)れ胎裡素(たいりそ=生まれつきの精進)也(なり)」 那(か)の和尚(おしょう)道(い)わく、 「爺爺(やや)呀(や)、這等(このよう)なる凶漢(きょうかん=荒くれ者)も亦(また)素(そ)を食(くら)うか!」 一個(ひとり)の胆量(たんりょう=度胸)の大(おおい)なる和尚(おしょう)有(あ)り、近(ちか)づき前(まえ)に又(また)問(と)うて、 「老爺(ろうや)既(すで)に素(そ)を食(くら)うならば、多少(いくら)の米(こめ)の飯(めし)を煮(に)れば方(はじ)めて彀(た)るや?」 八戒(はっかい)道(い)わく、 「小家子(こがら=せこい)の和尚(おしょう)!甚麼(なん)を問(と)うや!一家(いっか)に煮(に)し上(あ)ぐるに一石米(いっこくまい)を!」 那(か)の和尚(おしょう)都(みな)慌(あわ)てて、便(すなわ)ち去(ゆ)きて鍋灶(かそう=釜とかまど)を刷(あら)い洗(あら)い、各房(かくぼう=各部屋)の中(うち)に茶飯(さはん=食事)を安排(あんばい=整)え、明灯(めいとう=明るき灯)を高(たか)く掌(ささ)げ、桌椅(たくい=机と椅子)を調(ととの)え開(ひら)き、唐僧(とうそう)を管待(かんたい=もてな)す。 師徒(しと)たち都(みな)晩斎(ばんさい=夕食)を食(くら)い已(おわ)り、衆僧(しゅうそう)家火(かか=道具)を収拾(しゅうしゅう=片付け)し、三蔵(さんぞう)稱謝(しょうしゃ)して道(い)わく、 「老院主(ろういんしゅ)、宝山(ほうざん=貴寺)を打攪(だっかく=お騒がせ)し了(おわ)んぬ」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「不敢(ふかん)不敢、怠慢(たいまん=お粗末)怠慢」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(わ)が師徒(しと)却(かえっ)て那裡(いずこ)に在(あ)りて安歇(あんけつ=休)むや?」 僧官(そうかん)道(い)わく、 「老爺(ろうや)忙(いそ)ぐ勿(なか)れ、小和尚(しょうおしょう)自(みずか)ら区処(くしょ=手配)有(あ)り」 道人(どうにん)を叫(よ)ばんとす、 「那壁廂(あちら)に幾(いく)つかの人(ひと)の使令(しれい=命令)を聴(き)く有(あ)るや?」 道人(どうにん)説(い)わく、 「師父(しふ)、有(あ)り」 僧官(そうかん)吩咐(ふんふ=言いつ)けて道(い)わく、 「汝(なんじ)たち兩個(ふたり)をして去(ゆ)きて草料(そうりょう=馬草)を安排(あんばい=用意)し、唐老爺(とうろうや)の馬(うま)に与(あた)えて喂(やしな)わしめよ。幾(いく)つかをして前面(ぜんめん)に往(ゆ)きて那(か)の三間(さんげん)の禅堂(ぜんどう)を把(もっ)て、掃(は)き乾浄(きれい)にし、床帳(しょうちょう=寝台と帳)を鋪設(ほせつ=敷き整)え、快(すみやか)に老爺(ろうや)を請(しょう)じて安歇(あんけつ)せしめよ」 那些(あれら)の道人(どうにん)命(めい)を聴(き)き、各各(おのおの)整頓(せいとん)し斉(ととの)い備(そなわ)り、却(かえっ)て来(きた)りて唐老爺(とうろうや)に安寝(あんしん)を請(こう)う。他(かれ)の師徒(しと)たち馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)いて方丈(ほうじょう)を出(い)で、径(ただち)に禅堂(ぜんどう)の門首(もんしゅ=門前)に至(いた)りて看看(みみ=見る)処(ところ)、只(た)だ見(み)る那(か)の裏面(うち)灯火(とうか)光明(こうみょう)にして、両梢間(りょうしょうかん=両側の間)に四張(よんはり)の藤屜床(とうひしょう=籐の寝台)を鋪(し)けり。行者(ぎょうじゃ)見(み)て、那(か)の草料(そうりょう)を弁(もう)けし道人(どうにん)を喚(よ)び、草料(そうりょう)を将(もっ)て抬(かつ)ぎ来(きた)らしめ、禅堂(ぜんどう)の裏面(うち)に放(お)き在(お)き、白馬(はくば)を拴(つな)ぎ下(おろ)し、道人(どうにん)をして都(みな)出(い)で去(さ)らしむ。三蔵(さんぞう)中間(ちゅうかん)に坐(ざ)し、灯下(とうか=灯の下)に両班(りょうはん=両側)に五百個(ごひゃくこ)の和尚(おしょう)立(た)ち、都(みな)伺候(しこう=控え)して、敢(あえ)て側(そば)を離(はな)れず。三蔵(さんぞう)身(み)を欠(か)けて道(い)わく、 「列位(れつい)請(こう)う回(かえ)れ、貧僧(ひんそう)好(よ)く自(みずか)ら在(あ)りて安寝(あんしん)する也(なり)」 衆僧(しゅうそう)決(けっ)して敢(あえ)て退(しりぞ)かず。僧官(そうかん)上前(まえ)に大衆(だいしゅ)に吩咐(ふんふ)して、 「老爺(ろうや)の安置(あんち=お休み)を伏侍(ぶじ=お世話)し了(おわ)りて再(また)回(かえ)れ」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「即(すなわ)ち此(こ)れ便(すなわ)ち是(こ)れ安置(あんち)了(なり)、都(みな)便(すなわ)ち請(こう)う回(かえ)れ」 衆人(しゅうじん)却(かえっ)て才(はじ)めて敢(あえ)て散(さん)じ去(さ)り訖(おわ)んぬ。 唐僧(とうそう)歩(あゆみ)を挙(あ)げて門(もん)を出(い)でて小解(しょうげ=小便)す、只(た)だ見(み)る明月(めいげつ)天(てん)に当(あ)たり、叫(よ)ばんとす、 「徒弟(とてい)」 行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)都(みな)出(い)で来(きた)りて侍立(じりつ=控え立つ)。因(よ)りて這(こ)の月(つき)の清光(せいこう=清き光)皎潔(こうけつ=明らか)、玉宇(ぎょうう=玉の空)深沉(しんちん=深く沈む)なるに感(かん)じ、真(まこと)に是(こ)れ一輪(いちりん)高(たか)く照(てら)し、大地(だいち)分明(ぶんめい=はっきり)たり、月(つき)に対(たい)して帰(き)を懐(おも)い、口(くち)に占(し)めて一首(いっしゅ)の古風(こふう)の長篇(ちょうへん)を。詩(し)に云(い)わく: 「皓魄(こうはく=白き月)空(くう)に当(あた)りて宝鏡(ほうきょう)懸(かか)り、 山河(さんが)影(かげ)を揺(ゆるが)して十分(じゅうぶん)に全(まった)し。 瓊楼玉宇(けいろうぎょくう=玉の楼閣)清光(せいこう)満(み)ち、 氷鑑銀盤(ひょうかんぎんばん=氷の鏡に銀の盆)爽気(そうき)旋(めぐ)る。 万里(ばんり)此(こ)の時(とき)同(とも)に皎潔(こうけつ)にして、 一年(いちねん)今夜(こんや)最(もっと)も明鮮(めいせん=鮮やか)なり。 渾(すべて)霜餅(そうへい=霜の餅)の滄海(そうかい)を離(はな)るるが如(ごと)く、 却(かえっ)て氷輪(ひょうりん=氷の輪)の碧天(へきてん)に挂(かか)れるに似(に)たり。 別館(べっかん)寒窓(かんそう=寒き窓)孤客(こかく=独り旅人)悶(もだ)え、 山村(さんそん)野店(やてん=田舎の宿)老翁(ろうおう)眠(ねむ)る。 乍(にわか)に漢苑(かんえん=漢の苑)に臨(のぞ)みて秋鬢(しゅうびん=秋の鬢)に驚(おどろ)き、 才(いま)秦楼(しんろう=秦の楼)に到(いた)りて晩奩(ばんれん=夕の化粧箱)を促(うなが)す。 庾亮(ゆりょう)詩(し)有(あ)りて晋史(しんし)に伝(つた)え、 袁宏(えんこう)寐(い)ねずして江船(こうせん)に泛(うか)ぶ。 光(ひかり)杯面(はいめん=杯の面)に浮(うか)んで寒(さむ)きこと力(ちから)無(な)く、 清(きよ)き庭中(ていちゅう)に映(うつ)じて健(すこやか)にして仙(せん)有(あ)り。 処処(しょしょ=処々)の窗軒(そうけん=窓)白雪(はくせつ)を吟(ぎん)じ、 家家(かか)の院宇(いんう=庭)冰弦(ひょうげん=氷の弦)を弄(ろう)す。 今宵(こんしょう)静(しず)かに玩(もてあそ)びて山寺(さんじ)に来(きた)る、 何(いず)れの日(ひ)か相同(あいとも)に故園(こえん=故郷)に返(かえ)らん?」 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、近(ちか)づき前(まえ)に答(こた)えて曰(いわ)く、 「師父(しふ)啊(あ)、汝(なんじ)只(た)だ月色(げっしょく)の光華(こうか=輝き)を知(し)り、心(こころ)に故里(こり=故郷)を懐(いだ)くのみ、更(さら)に月中(げっちゅう)の意(い)の、乃(すなわ)ち先天(せんてん)法象(ほっしょう=法の象り)の規縄(きじょう=規矩)たるを知(し)らず。月(つき)三十日(さんじゅうにち)に至(いた)れば、陽魂(ようこん=陽の魂)の金(きん)散(さん)じ尽(つ)き、陰魄(いんぱく=陰の魄)の水(みず)輪(りん=輪)に盈(み)つ、故(ゆえ)に純黒(じゅんこく=真っ黒)にして光(ひかり)無(な)く、乃(すなわ)ち曰(い)う晦(かい=晦)と。此(こ)の時(とき)日(ひ)と与(とも)に相交(あいまじわ)り、晦朔(かいさく=晦と朔)両日(りょうじつ)の間(あいだ)に在(あ)りて、陽光(ようこう)を感(かん)じて孕(はら)む有(あ)り。初三日(みっか)に至(いた)れば一陽(いちよう)現(あらわ)れ、初八日(ようか)に二陽(によう)生(しょう)じ、魄中(はくちゅう)魂(こん)半(なかば)にして、其(そ)の平(たいら)なること縄(なわ)の如(ごと)し、故(ゆえ)に曰(い)う上弦(じょうげん)と。今(いま)十五日(じゅうごにち)に至(いた)れば、三陽(さんよう)備(そなわ)り足(た)る、是(こ)れを以(もっ)て団円(だんえん=円満)し、故(ゆえ)に曰(い)う望(ぼう)と。十六日(じゅうろくにち)に至(いた)れば一陰(いちいん)生(しょう)じ、二十二日(にじゅうににち)に二陰(にいん)生(しょう)じ、此(こ)の時(とき)魂中(こんちゅう)魄(はく)半(なかば)にして、其(そ)の平(たいら)なること縄(なわ)の如(ごと)し、故(ゆえ)に曰(い)う下弦(かげん)と。三十日(さんじゅうにち)に至(いた)れば三陰(さんいん)備(そなわ)り足(た)り、亦(また)当(まさ)に晦(かい)とす。此(こ)れ乃(すなわ)ち先天(せんてん)採煉(さいれん=採り煉る)の意(い)也(なり)。我(われ)等(われら)若(も)し能(よ)く二八(にはち=二八十六)を温養(おんよう=温め養い)、九九(きゅうきゅう=九九八十一)成功(せいこう)せば、那(そ)の時節(とき)、仏(ほとけ)に見(まみ)ゆるも容易(たやす)く、故田(こでん=故郷)に返(かえ)るも亦(また)易(やす)し也(なり)。詩(し)に曰(い)わく: 前弦(ぜんげん)の後(のち)後弦(こうげん)の前(まえ)、 薬味(やくみ=薬の味)平平(へいへい=穏やか)にして気象(きしょう)全(まった)し。 採(と)り得(え)て帰(かえ)り来(きた)りて炉裏(ろり)に煉(ね)り、 志心(ししん=志の心)功果(こうか)即(すなわ)ち西天(さいてん)也(なり)」 那(か)の長老(ちょうろう)聴(き)き説(と)きて、一時(ひととき)に解悟(げご=悟り開き)、真言(しんごん=真の教え)を明徹(めいてつ=明らかに暁)り、満心(まんしん)歓喜(かんき)し、悟空(ごくう)を稱謝(しょうしゃ=感謝)す。沙僧(しゃそう)旁(かたわ)らに在(あ)りて笑(わら)って道(い)わく、 「師兄(しけい)が此(こ)の言(げん)当(とう)ると雖(いえど)も、只(た)だ説(と)けるは弦前(げんぜん)は陽(よう)に属(ぞく)し、弦後(げんご)は陰(いん)に属(ぞく)し、陰中(いんちゅう)陽(よう)半(なかば)にして、水(みず)の金(きん)を得(う)ると。更(さら)に道(い)わざるは水火(すいか)相攙(そうさん=混じり合い)各(おのおの)縁(えん)有(あ)り、全(まった)く土母(どぼ=土の母)の配(はい=配合)の然(しか)るが如(ごと)きに憑(よ)ると。三家(さんか)同(とも)に会(かい)して争競(そうきょう=争い)無(な)く、水(みず)は長江(ちょうこう)に在(あ)りて月(つき)は天(てん)に在(あ)り」 那(か)の長老(ちょうろう)聞(き)き得(え)て、亦(また)茅塞(ぼうそく=塞がり)を開(ひら)く。正(まさ)に是(こ)れ理(り)明(あき)らかならば一竅(いっきょう=一つの穴)千竅(せんきょう=千の穴)に通(つう)じ、無生(むしょう=無生の理)を説(と)き破(やぶ)らば便(すなわ)ち是(こ)れ仙(せん)也(なり)。 八戒(はっかい)上前(まえ)に長老(ちょうろう)を扯(ひ)き住(とど)めて道(い)わく、 「師父(しふ)、乱講(らんこう=でたらめ)を聴(き)いて睡(ねむ)りを誤(あやま)る莫(なか)れ。這(こ)の月(つき)啊(や): 缺(か)くるも久(ひさ)しからずして又(また)団円(だんえん)し、 我(われ)が生(うま)れ来(きた)りて十全(じゅうぜん=完全)ならざるに似(に)たり。 飯(めし)を食(くら)うには我(わ)が腹(はら)の大(おお)ききを嫌(きら)い、 碗(わん)を拿(と)るには又(また)黏涎(ねんぜん=よだれ)有(あ)りと説(い)う。 他(かれ)らは都(みな)伶俐(れいり=利口)にして福(ふく)を修(おさ)め来(きた)り、 我(われ)自(みずか)ら痴愚(ちぐ=愚か)にして縁(えん)を積(つ)み下(おろ)せり。 我(われ)説(い)わく汝(なんじ)が経(きょう)を取(と)るは還(かえっ)て三途業(さんずごう=三途の業)を満(み)たし、 尾(お)を擺(ふ)り頭(こうべ)を揺(ゆ)りて直(ただち)に天(てん)に上(のぼ)らん!」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「也罷(やは=まあよい)、徒弟(とてい)たち路(みち)を走(はし)るに辛苦(しんく=労苦)す、先(ま)ず去(ゆ)きて睡(ね)り下(おろ)せ、我(われ)に這(こ)の巻(かん)の経(きょう)を把(もっ)て来(きた)りて一念(いちねん=ひと読)り念(ねん)ぜしめよ」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「師父(しふ)差(たが)えり、汝(なんじ)自幼(じゆう)出家(しゅっけ)して、和尚(おしょう)と做(な)り、小(ちいさ)き時(とき)の経文(きょうもん)、那(いず)れの本(ほん)か熟(なれ)ざるや?却(かえっ)て又(また)唐王(とうおう)の旨意(しい=勅命)を領(う)け、西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)に見(まみ)え、大乗(だいじょう)の真典(しんてん=真の経典)を求(もと)め取(と)らんとす。如今(いま)功(こう)未(いま)だ成(な)らず、仏(ほとけ)未(いま)だ見(み)えず、経(きょう)未(いま)だ曾(かつ)て取(と)らず、汝(なんじ)の念(ねん)ずるは是(こ)れ那(いず)れの巻(かん)の経児(きょうじ)ぞ?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(われ)自(みずか)ら長安(ちょうあん)を出(い)でしより、朝朝(ちょうちょう=朝ごと)跋渉(ばっしょう=歩き苦しみ)、日日(にちにち)奔波(ほんぱ=奔走)し、小(ちいさ)き時(とき)の経文(きょうもん)恐(おそ)らくは生(なま)り了(しま)わん。幸(さいわ)いに今夜(こんや)閑(ひま)を得(え)たれば、我(われ)に温習(おんしゅう=復習)を温習(おんしゅう)せしめよ」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「既(すで)に這等(このよう)に説(と)くならば、我(われ)たち先(ま)ず去(ゆ)きて睡(ね)らん也(なり)」 他(かれ)三人(さんにん)各(おのおの)一張(ひとはり)の藤床(とうしょう=籐の寝台)の上(うえ)に往(ゆ)きて睡(ねむ)り下(おろ)す。長老(ちょうろう)禅堂(ぜんどう)の門(もん)を掩(おお)い上(あ)げ、銀缸(ぎんこう=銀の灯)を高(たか)く剔(かき)げ、経本(きょうほん=経巻)を鋪(し)き開(ひら)き、默默(もくもく)として看(み)て念(ねん)ず。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の: 楼頭(ろうとう=楼の上)初鼓(しょこ=初更)人烟(じんえん=人家の煙)静(しず)かに、 野浦(やほ=野の浦)漁舟(ぎょしゅう=漁船)火(ひ)の滅(き)ゆる時(とき)。 畢竟(つい)に知(し)らず那(か)の長老(ちょうろう)怎(いか)なる様(さま)に寺(てら)を離(はな)るるかは、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説き明かし)を聴(き)け。 第三十七回 鬼王(きおう)夜(よる)に唐三蔵(とうさんぞう)に謁(えっ)し 悟空(ごくう)神化(しんげ)して嬰児(えいじ)を引(ひ)く 却説(さて)三蔵(さんぞう)宝林寺(ほうりんじ)の禅堂(ぜんどう)の中(うち)に坐(ざ)し、灯下(とうか=灯の下)に一会(ひとしきり)の《梁皇水懺(りょうこうすいさん)》を念(ねん)じ、一会(ひとしきり)の《孔雀真経(くじゃくしんきょう)》を看(み)、只(た)だ坐(ざ)して三更(さんこう=真夜中)の時(とき)に到(いた)り、却(かえっ)て才(ようや)く経本(きょうほん)を嚢(ふくろ)の裏(うち)に包(つつ)み、正(まさ)に身(み)を起(た)てて去(ゆ)きて睡(ね)んと欲(ほっ)するに、只(た)だ聴(き)こゆるは門外(もんがい)、撲剌剌(ぼくらつらつ=ばさり)と一声(ひとこえ)の響喨(きょうりょう=響き)、淅零零(せきれいれい=ひゅうひゅう)と一陣(ひとしきり)の狂風(きょうふう)の刮(ふ)くこと。 那(か)の長老(ちょうろう)灯(とうか=灯)を吹(ふ)き滅(け)されんことを恐(おそ)れ、慌(あわ)てて褊衫(へんさん=衣)の袖子(しゅうし=袖)を将(もっ)て遮(おお)い住(とど)む、又(また)那(か)の灯(ひ)の或(ある)い明(あか)るく或(ある)い暗(くら)きを見(み)、便(すなわ)ち些(いささ)か心驚(しんきょう=心驚き)胆戦(たんせん=胆ふるい)を覚(おぼ)ゆ。此(こ)の時(とき)又(また)困倦(こんけん=疲れ)上(のぼ)り来(きた)り、経案(きょうあん=経机)の上(うえ)に伏(ふ)して盹睡(とんすい=うたた寝)す、是(こ)れ眼(まなこ)を合(あわ)せて朦朧(もうろう=おぼろ)なると雖(いえど)も、却(かえっ)て還(なお)心中(しんちゅう)明白(めいはく=はっきり)にして、耳(みみ)の内(うち)に嚶嚶(おうおう=かすか)と那(か)の窗外(そうがい=窓の外)の陰風(いんぷう)の飒飒(さつさつ=ざあざあ)たるを聴(き)き着(つ)く。 好(よ)き風(かぜ)、真個(まこと)に那(か)の淅淅瀟瀟(せきせきしょうしょう=ざあざあ)、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ひらひら)たり。 淅淅瀟瀟(せきせきしょうしょう)として落葉(らくよう)を飛(と)ばし、 飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう)として浮雲(ふうん)を巻(ま)く。 満天(まんてん)の星斗(せいと=星)皆(みな)昏昧(こんまい=かすか)に、 遍地(へんち=あちこち)の塵沙(じんさ=砂埃)尽(ことごと)く洒紛(しゃふん=まい散)る。 一陣家(ひとしきり)は猛(たけ)く、一陣家(ひとしきり)は純(おだやか)なり。 純(おだやか)なる時(とき)松竹(しょうちく)清韻(せいいん=清き音)を敲(たた)き、 猛(たけ)き処(ところ)江湖(こうこ)波浪(はろう)渾(にご)る。 刮(ふ)き得(え)て那(か)の山鳥(さんちょう)栖(すみ)き難(がた)く声(こえ)哽哽(こうこう=むせび)、 海魚(かいぎょ)定(さだ)まらずして跳(は)ね噴噴(ふんぷん=ぴちぴち)。 東西(とうざい)の館閣(かんかく)門窓(もんそう)脱(はず)れ、 前後(ぜんご)の房廊(ぼうろう)神鬼(しんき)嘆(なげ)く。 仏殿(ぶつでん)の花瓶(かへい)吹(ふ)かれて地(ち)に堕(お)ち、 琉璃(るり)揺(ゆ)り落(お)ちて慧灯(えとう=智慧の灯)昏(くら)し。 香炉(こうろ)倒(たお)れて香灰(こうかい=香の灰)迸(ほとばし)り、 燭架(しょくか=燭台)歪斜(わいしゃ=斜め)にして燭焰(しょくえん=蝋燭の炎)横(よこた)わる。 幢幡(どうばん=幟)宝蓋(ほうがい=天蓋)都(みな)揺(ゆ)り拆(さ)かれ、 鐘鼓楼台(しょうころうだい)根(こん=土台)を撼動(かんどう=揺り動か)す。 那(か)の長老(ちょうろう)昏夢(こんむ=うつらうつら)の中(うち)に風声(ふうせい=風の音)の一時(ひととき)過(す)ぎ去(さ)る処(ところ)を聴(き)き着(つ)け、又(また)禅堂(ぜんどう)の外(そと)に、隐隐(いんいん=おぼろげ)に一声(ひとこえ)叫(よ)ぶを聞(き)き得(う)。 「師父(しふ)!」 忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げて夢中(むちゅう)に観(み)るに、門外(もんがい)に一条(ひとり)の漢子(かんし=男)立(た)ち在(あ)り、渾身(こんしん=全身)上下(じょうげ)、水淋淋(すいりんりん=びしょ濡れ)として、眼(め)の中(うち)涙(なみだ)を垂(た)れ、口(くち)の裏(うち)に住(や)まず叫(よ)ばんとす、 「師父(しふ)!師父!」 三蔵(さんぞう)身(み)を欠(か)けて道(い)わく、 「汝(なんじ)莫(も)し是(こ)れ魍魎(もうりょう=妖怪)妖魅(ようみ=妖)、神怪(しんかい)邪魔(じゃま)の、夜深(よふけ)の時(とき)に至(いた)りて此(ここ)に来(きた)りて我(われ)を戯(たわむ)るるか?我(われ)却(かえっ)て是(こ)れ那(か)の貪欲(とんよく)貪嗔(とんしん=貪り怒る)の類(たぐい)に非(あら)ず。我(われ)本(もと)是(こ)れ個(ひとり)の光明正大(こうみょうせいだい)の僧(そう)、東土大唐(とうどだいとう)の旨意(しい=勅命)を奉(ほう)じて、西天(さいてん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)むる者(もの)也(なり)。我(わ)が手下(しゅか=配下)に三個(みっつ)の徒弟(とてい)有(あ)り、都(みな)是(こ)れ龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)するの英豪(えいごう=豪傑)、怪(かい)を掃(はら)い魔(ま)を除(のぞ)くの壮士(そうし)也(なり)。他(かれ)ら若(も)し汝(なんじ)を見(み)れば、尸(しかばね)を砕(くだ)き骨(ほね)を粉(こな)にし、化(か)して微塵(みじん)と作(な)さん。此(こ)れ是(こ)れ我(わ)が大慈悲(だいじひ=大いなる慈悲)の意(い)、方便(ほうべん)の心(こころ)也(なり)。汝(なんじ)趁早(すみやか)に身(み)を潜(ひそ)め遠(とお)く遁(のが)れ、我(わ)が禅門(ぜんもん)に上(のぼ)り来(きた)る莫(なか)れ」 那(か)の人(ひと)禅堂(ぜんどう)に倚(よ)り定(さだ)めて道(い)わく、 「師父(しふ)、我(われ)は是(こ)れ妖魔鬼怪(ようまきかい)に非(あら)ず、亦(また)魍魎邪神(もうりょうじゃしん)に非(あら)ず」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「汝(なんじ)既(すで)に是(こ)れ此(こ)の類(たぐい)に非(あら)ざれば、却(かえっ)て深夜(しんや)に此(ここ)に来(きた)りて何(なん)を為(な)すや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「師父(しふ)、汝(なんじ)眼(め)を舍(おし)みて我(われ)を一看(ひとみ=ちょっと見)よ」 長老(ちょうろう)果(はた)して仔細(しさい=よくよく)に睛(ひとみ)を定(さだ)めて看(み)る処(ところ)、呀(ああ)!只(た)だ見(み)る他(かれ)頭(かしら)に一頂(ひとつ)の沖天冠(ちゅうてんかん=天を衝く冠)を戴(いただ)き、腰(こし)に一条(ひとすじ)の碧玉帯(へきぎょくたい)を束(つか)ね、身(み)に一領(ひとえ)の飛龍舞鳳(ひりゅうぶほう=飛ぶ龍舞う鳳)の赭黄袍(しゃこうほう=赤茶の袍)を穿(き)、足(あし)に一双(いっそう)の雲頭繍口(うんとうしゅうこう=雲の刺繍)の無憂履(むゆうり=憂い無き靴)を踏(ふ)み、手(て)に一柄(ひとふり)の列斗羅星(れつとうらせい=星を並べ羅列す)白玉珪(はくぎょくけい=白き玉の笏)を執(と)る。面(かお)は東岳長生帝(とうがくちょうせいてい)の如(ごと)く、形(すがた)は文昌開化君(ぶんしょうかいかくん)に似(に)たり。三蔵(さんぞう)見(み)て、大(おおい)に驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、急(いそ)ぎ身(み)を躬(かが)め厳(きび)しき声(こえ)を高(たか)めて叫(よ)ばんとす、 「是(こ)れ那(いず)れの一朝(いっちょう)の陛下(へいか)ぞ?請(こう)う坐(ざ)せ」 手(て)を用(もち)いて忙(いそ)ぎ攙(たす)けんとするも、撲(ぼく=からり)と個(ひとつ)の空虚(くうきょ=空)に、身(み)を回(めぐ)らして坐(ざ)し定(さだ)む。再(また)看(み)る処(ところ)、還(なお)是(こ)れ那(か)の個(ひとり)の人(ひと)也(なり)。長老(ちょうろう)便(すなわ)ち問(と)う、 「陛下(へいか)、汝(なんじ)是(こ)れ那裡(いずこ)の皇王(こうおう)ぞ?何(いず)れの邦(くに)の帝主(ていしゅ=君主)ぞ?想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ国土(こくど)寧(やす)からず、讒臣(ざんしん=讒言する臣)の欺虐(ぎぎゃく=虐げ)するに、半夜(よなか)に生(いき)を逃(のが)れて此(ここ)に至(いた)れるならん。何(なん)の話(はなし)有(あ)らば、説(と)きて我(われ)に聴(き)かせよ」 這(こ)の人才(この人は)涙(なみだ)を腮辺(さいへん=頬)に滴(したた)らせて旧事(きゅうじ=昔の事)を談(かた)り、愁(うれい)を眉上(びじょう=眉の上)に集(あつ)めて前因(ぜんいん=以前の事情)を訴(うった)え、道(い)わく、 「師父(しふ)啊(あ)、我(わ)が家(いえ)正西(しょうせい)に住(す)み、此(ここ)を離(はな)るること只(た)だ四十里(しじゅうり)の遠近(えんきん)有(あ)り。那廂(あちら)に一座(ひとつ)の城池(じょうち=城)有(あ)り、便(すなわ)ち是(こ)れ興基(こうき=興起)の処(ところ)也(なり)」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「甚麼(いず)れの地名(ちめい)と叫(よ)ぶや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「師父(しふ)に瞞(かく)さず説(い)わば、便(すなわ)ち是(こ)れ朕(ちん)当時(そのかみ)家邦(かほう=国)を創(つく)り立(た)て、号(ごう)を烏鶏国(うけいこく)と改(あらた)めし也(なり)」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「陛下(へいか)這等(このよう)に驚慌(きょうこう=慌て)たるは、却(かえっ)て甚(なん)の事(こと)に因(よ)りて此(ここ)に至(いた)れるや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「師父(しふ)啊(あ)、我(わ)が此(ここ)五年前(ごねんぜん)、天年(てんねん=天候)干旱(かんかん=日照り)し、草子(そうし=草の実)も生(しょう)ぜず、民(たみ)皆(みな)飢(う)えて死(し)に、甚(はなは)だ是(こ)れ情(じょう=心)を傷(そこな)う」 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、頭(こうべ)を点(うなず)かせて嘆(なげ)いて道(い)わく、 「陛下(へいか)啊(あ)、古人(こじん)云(い)う、国(くに)正(ただ)しければ天心(てんしん=天の心)順(したが)う。想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ汝(なんじ)の万民(ばんみん)を慈恤(じじゅつ=慈しみ憐れ)まざりしに、既(すで)に荒歉(こうけん=凶作)を遭(あ)う。怎麼(どう)して便(すなわ)ち城郭(じょうかく=城)を逃(に)げ離(はな)れするや?且(しばら)く去(ゆ)きて倉庫(そうこ)を開(ひら)き、黎民(れいみん=民)を賑済(しんさい=救済)し、前非(ぜんぴ=以前の過ち)を悔(く)い改(あらた)め、今善(こんぜん=今の善)を重(かさ)ねて興(おこ)し、那(か)の枉法(おうほう=法を曲げ)の冤人(えんじん=罪なき人)を放(はな)ち赦(ゆる)せ。自然(じねん)に天心(てんしん)和合(わごう)し、雨(う)順(したが)い風(かぜ)調(ととの)わん」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「我(わ)が国中(こくちゅう)倉稟(そうりん=蔵)空虚(くうきょ)にして、銭糧(せんりょう=銭や糧)尽(ことごと)く絶(た)え、文武(ぶんぶ)両班(りょうはん)俸禄(ほうろく=給料)を停(とど)め、寡人(かじん=私)の膳食(ぜんしょく=食事)も亦(また)葷(くん=肉)無(な)し。禹王(うおう)の水(みず)を治(おさ)むるに仿效(ほうこう=手本と)し、万民(ばんみん)と与(とも)に甘苦(かんく=苦楽)を同(とも)にし、沐浴(もくよく)斎戒(さいかい)し、昼夜(ちゅうや)香(こう)を焚(た)きて祈祷(きとう)す。此(かく)の如(ごと)くすること三年(さんねん)、只(た)だ干(ひ)し得(え)て河(かわ)枯(か)れ井(いど)涸(か)るるのみ。正(まさ)に都(みな)危急(ききゅう)の処(ところ)に在(あ)るに、忽然(こつぜん)として鍾南山(しょうなんざん)より一個(ひとり)の全真(ぜんしん=道士)来(きた)れり、能(よ)く風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)び、石(いし)に点(てん=触れ)じて金(きん)と成(な)す。先(ま)ず我(わ)が文武(ぶんぶ)の多官(たかん=多くの役人)に見(まみ)え、後(のち)に来(きた)りて朕(ちん)に見(まみ)え、当(まさ)に即(すなわ)ち他(かれ)を請(しょう)じて壇(だん)に登(のぼ)り祈祷(きとう)せしむるに、果(はた)して応(おう=霊験)有(あ)り、只(た)だ見(み)る令牌(れいはい=札)の响(なり)く処(ところ)、頃刻(しばらく)にして大雨(たいう)滂沱(ぼうだ=どしゃ降り)たり。寡人(かじん)只(た)だ三尺(さんじゃく)の雨(あめ)の足(た)らんことを望(のぞ)めるに、他(かれ)説(い)わく久旱(きゅうかん=長き日照り)は潤沢(じゅんたく=潤す)する能(あた)わずと、又(また)二寸(にすん)を多(おお)く下(くだ)せり。朕(ちん)他(かれ)の此(かく)の如(ごと)く尚義(しょうぎ=義を尊ぶ)なるを見(み)、便(すなわ)ち他(かれ)と与(とも)に八拝(はちはい=八拝)して交(まじわ)りを為(な)し、兄弟(きょうだい)を以(もっ)て之(これ)を称(よ)べり」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「此(こ)れ陛下(へいか)の万千(ばんせん=幾万)の喜(よろこび)也(なり)」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「喜(よろこび)何(いずこ)よりか来(きた)るや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「那(か)の全真(ぜんしん)既(すで)に這等(このよう)なる本事(ほんじ=腕前)有(あ)らば、若(も)し雨(あめ)を要(よう)する時(とき)は、便(すなわ)ち他(かれ)に教(おし)えて雨(あめ)を下(くだ)さしめ、若(も)し金(きん)を要(よう)する時(とき)は、便(すなわ)ち他(かれ)に教(おし)えて金(きん)を点(てん)ぜしむ。還(なお)那些(あれら)の不足(ふそく)有(あ)りて、却(かえっ)て城闕(じょうけつ=都)を離(はな)れて此(ここ)に来(きた)れるや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「朕(ちん)他(かれ)と与(とも)に寝食(しんしょく)を同(とも)にせしは、只(た)だ二年(にねん)を得(え)たり。又(また)陽春(ようしゅん=春)の天気(てんき)に遇(あ)い、紅杏(こうきょう=紅き杏)夭桃(ようとう=若き桃)、花(はな)を開(ひら)き蘂(ずい=花蕊)を綻(は)かせ、家家(かか)の士女(しじょ=男女)、処処(しょしょ=処々)の王孫(おうそん=若君)、俱(みな)去(ゆ)きて春(はる)を遊(あそ)び賞玩(しょうがん=楽しみ味わ)う。那(そ)の時節(とき)、文武(ぶんぶ)衙(が=役所)に帰(かえ)り、嬪妃(ひんひ=后妃)院(いん)に転(うつ)る。朕(ちん)那(か)の全真(ぜんしん)と手(て)を携(たずさ)えて歩(あゆみ)を緩(ゆる)め、御花園(ごかえん)の裏(うち)に至(いた)り、忽(たちま)ち八角琉璃井(はっかくるりい=八角の琉璃の井戸)の辺(ほとり)に行(ゆ)き到(いた)るに、知(し)らず他(かれ)些(いささ)かの甚麼(いず)れの物件(ぶっけん)を抛(なげう)ち下(おろ)し、井(いど)の中(うち)に万道(ばんどう=幾万条)の金光(きんこう)有(あ)り。朕(ちん)を哄(だま)して井(いど)の辺(ほとり)に到(いた)りて甚麼(いず)れの宝貝(ほうばい)を看(み)しめんとし、他(かれ)陡(にわか)に凶心(きょうしん=凶悪な心)を起(おこ)し、撲通(ぼくつう=どぼん)と寡人(かじん)を把(もっ)て井内(せいない=井戸の中)に推(お)し下(おろ)し、石板(せきばん=石の板)を将(もっ)て井口(せいこう=井戸の口)を盖(おお)い住(とど)め、泥土(でいど)を擁(かぶ)せ上(あ)げ、一株(ひとかぶ)の芭蕉(ばしょう)を移(うつ)して上(うえ)に栽(う)え着(つ)けたり。可怜(あわれ)我(われ)啊(や)、已(すで)に死(し)んで三年(さんねん)、是(こ)れ個(ひとり)の井(いど)に落(お)ちて生(せい)を傷(そこな)える冤屈(えんくつ=無念)の鬼(おに)也(なり)!」 唐僧(とうそう)鬼(おに)と説(い)くを聞(き)き、唬(おどろ)かされ得(え)て筋力(きんりき=筋の力)酥軟(そなん=ふにゃふにゃ)となり、毛骨(もうこつ=毛と骨)聳然(しょうぜん=ぞっとする)たり。没奈何(どうしようもなく)、只(た)だ言(げん)を将(もっ)て又(また)他(かれ)に問(と)うて道(い)わく、 「陛下(へいか)、汝(なんじ)の説(と)く此(こ)の話(はなし)全(まった)く理(り)に在(あ)らず。既(すで)に死(し)して三年(さんねん)、那(か)の文武(ぶんぶ)の多官(たかん)、三宮(さんきゅう)の皇后(こうごう)、三朝(さんちょう)に遇(あ)うて殿上(でんじょう)に駕(が)を見(まみ)ゆるに、怎麼(どう)して便(すなわ)ち汝(なんじ)を尋(たず)ねざるや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「師父(しふ)啊(あ)、他(かれ)が本事(ほんじ=腕前)を説(と)き起(お)こせば、果(はた)して世間(せけん)に罕(まれ)なり!朕(ちん)を害(そこな)いてより、他(かれ)当時(そのとき)花園(かえん)の内(うち)に在(あ)りて身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、便(すなわ)ち変(へん)じて朕(ちん)が模様(すがた)と做(な)り、更(さら)に差別(さべつ=違い)無(な)し。現今(いま)我(わ)が江山(こうざん=国)を占(し)め、暗(あん)に我(わ)が国土(こくど)を侵(おか)せり。他(かれ)我(わ)が両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)、四百朝官(しひゃくちょうかん)、三宮(さんきゅう)の皇后(こうごう)、六院(ろくいん)の嬪妃(ひんひ)を把(もっ)て、尽(ことごと)く他(かれ)に属(ぞく)せしめ了(しま)える也(なり)」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「陛下(へいか)、汝(なんじ)忒(いささ)かも懦(よわ)し」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「何(なん)ぞ懦(よわ)きや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「陛下(へいか)、那(か)の怪(かい)倒(かえっ)て些(いささ)か神通(じんつう)有(あ)り、汝(なんじ)の模様(すがた)に変(へん)じ作(な)り、汝(なんじ)が乾坤(けんこん=天下)を侵(おか)し占(し)むるも、文武(ぶんぶ)識(し)る能(あた)わず、后妃(こうひ)暁(さと)る能(あた)わず、只(た)だ汝(なんじ)の死(し)ししのみ明白(めいはく=はっきり)なり。汝(なんじ)何(なん)ぞ陰司(いんし=冥界)の閻王(えんおう)の処(ところ)に在(あ)りて具告(ぐこく=訴え出で)ず、汝(なんじ)が屈情(くつじょう=無念の思い)を把(もっ)て伸訴(しんそ=申し立て)を伸訴(しんそ)せざるや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「他(かれ)の神通(じんつう)広大(こうだい)にして、官吏(かんり)情熟(じょうじゅく=親しい)、都城隍(とじょうこう=都の城隍神)常(つね)に他(かれ)と与(とも)に会酒(かいしゅ=酒宴)し、海龍王(かいりゅうおう)尽(ことごと)く他(かれ)と与(とも)に親(しん=親戚)有(あ)り、東岳天斉(とうがくてんせい)は是(こ)れ他(かれ)の好(よ)き朋友(ほうゆう=友)、十代(じゅうだい)の閻羅(えんら)は是(こ)れ他(かれ)の異兄弟(いきょうだい=義兄弟)也(なり)。此(こ)の故(ゆえ)に這般(このよう)にして、我(われ)も亦(また)門(もん)の投告(とうこく=訴え出る)無(な)し」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「陛下(へいか)、汝(なんじ)陰司(いんし)の裏(うち)に既(すで)に他(かれ)を告(うった)うる本事(ほんじ)無(な)くんば、却(かえっ)て我(わ)が陽世(ようせ=この世)の間(あいだ)に来(きた)りて甚(なん)を作(な)すや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「師父(しふ)啊(あ)、我(わ)が此(こ)の一点(いってん)の冤魂(えんこん=無念の魂)、怎(いか)で敢(あえ)て汝(なんじ)が門(もん)に上(のぼ)り来(きた)らんや?山門前(さんもんぜん)に那(か)の護法(ごほう)諸天(しょてん)、六丁六甲(りくていりっこう)、五方掲諦(ごほうかいだい)、四値功曹(しちこうそう)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうからん)有(あ)り、緊(きん=ぴったり)と鞍馬(あんば=馬)に随(したが)う。却(かえっ)て才(いま)夜遊神(やゆうしん)に被(よ)って一陣(ひとしきり)の神風(しんぷう)に、我(われ)を把(もっ)て送(おく)り将(や)り入(い)れ来(きた)らしめ、他(かれ)説(い)わく我(わ)が三年(さんねん)の水災(すいさい=水の災い)該(かか)わりて満(み)つ、我(われ)に着(つ)けて来(きた)りて師父(しふ)を拝謁(はいえつ=お訪ね)せしむ。他(かれ)説(い)わく汝(なんじ)が手下(しゅか)に一個(ひとり)の大徒弟(だいとてい)有(あ)り、是(こ)れ斉天大聖(せいてんだいせい)にして、極(きわ)めて能(よ)く怪(かい)を斬(き)り魔(ま)を降(くだ)す。今(いま)来(きた)りて志心(ししん=真心)に拝懇(はいこん=懇願)す、千(せん)乞(こ)う我(わ)が国中(こくちゅう)に到(いた)り、妖魔(ようま)を拿(とら)え住(とど)め、邪正(じゃせい)を辨明(べんめい=見分け)せよ、朕(ちん)当(まさ)に草(くさ)を結(むす)び環(たまき)を銜(くわ)え、師恩(しおん=師の恩)を報酬(ほうしゅう)する也(なり)!」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「陛下(へいか)、汝(なんじ)此(こ)の来(きた)れるは是(こ)れ我(わ)が徒弟(とてい)を請(しょう)じて汝(なんじ)と与(とも)に去(ゆ)きて那(か)の妖怪(ようかい)を除(のぞ)かしめんとするか?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「正(まさ)に是(こ)れ!正(まさ)に是(こ)れ!」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(わ)が徒弟(とてい)別(ほか)の事(こと)を干(や)るは済(な)し得(え)ざるも、但(た)だ降妖(ごうよう=妖を降す)捉怪(たくかい=怪を捕らう)を説(と)けば、正(まさ)に他(かれ)が宜(よろ)しきに合(かな)う。陛下(へいか)啊(あ)、是(こ)れ他(かれ)を着(つ)けて怪(かい)を拿(とら)えしむると雖(いえど)も、但(た)だ恐(おそ)らくは理(り)の上(うえ)に難行(なんぎょう=行い難し)ならん」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「怎麼(どう)して難行(なんぎょう)なるや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「那(か)の怪(かい)既(すで)に神通(じんつう)広大(こうだい)にして、汝(なんじ)と与(とも)に相同(あいおなじ)く変(へん)じ得(え)、満朝(まんちょう)の文武(ぶんぶ)、一個々(ひとりひとり)言(げん)和(わ)し心(こころ)順(したが)い、三宮(さんきゅう)の妃嬪(ひひん)、一個々(ひとりひとり)意(い)合(かな)い情(じょう)投(とう)ず。我(わ)が徒弟(とてい)縦(たと)い手段(しゅだん=腕前)有(あ)るも、決(けっ)して敢(あえ)て軽(かる)く干戈(かんか=武器)を動(うご)かさず。倘(もし)多官(たかん)に被(よ)って拿(とら)え住(とど)められ、我(われ)たちの邦(くに)を欺(あざむ)き国(くに)を滅(ほろ)ぼすと説(い)われ、一款(いっかん)の大逆(たいぎゃく)の罪(つみ)を問(と)われ、城(しろ)の中(うち)に困(くるし)め陷(おとしい)れられば、却(かえっ)て是(こ)れ画虎刻鵠(がここくこく=虎を描き鵠を刻む)に非(あら)ずや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「我(わ)が朝中(ちょうちゅう)に還(なお)人(ひと)有(あ)る哩(ぞ)」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「却(かえっ)て好(よ)し!却(かえっ)て好(よ)し!想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ一代(いちだい)の親王(しんのう)の侍長(じちょう=長)の、何(いず)れの処(ところ)に発付(はっぷ=派遣)され鎮守(ちんしゅ=守備)し去(さ)れるならん」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「是(こ)れに非(あら)ず。我(わ)が本宮(ほんきゅう)に個(ひとり)の太子(たいし)有(あ)り、是(こ)れ我(わ)が親(みずか)ら生(う)める儲君(ちょくん=世継ぎ)也(なり)」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「那(か)の太子(たいし)想(おも)うに必(かなら)ず妖魔(ようま)に被(よ)って貶(おとし)められたるか?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「曾(かつ)てせず、他(かれ)只(た)だ金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)、五鳳楼(ごほうろう)の中(うち)に在(あ)り、或(ある)いは学士(がくし)と与(とも)に書(しょ)を講(こう)じ、或(ある)いは全真(ぜんしん)と共(とも)に位(くらい)に登(のぼ)る。此(こ)れより三年(さんねん)、太子(たいし)を禁(きん)じて皇宮(こうきゅう)に入(い)らしめず、娘娘(にゃんにゃん=母后)と与(とも)に相見(しょうけん=面会)するを彀(え)得(え)ざらしむ」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「此(こ)れ是(こ)れ何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「此(こ)れ是(こ)れ妖怪(ようかい)の使(つか)い下(おろ)せる計策(けいさく)にして、只(た)だ他(かれ)が母子(ぼし)の相見(あいまみ)え、閑中(かんちゅう=何気ない時)に長短(ちょうたん=あれこれ)を論(ろん)じ出(いだ)し、消息(しょうそく=秘密)の走(に)げんことを怕(おそ)るる也(なり)。此(こ)の故(ゆえ)に両(ふたり)面(めん)を会(かい)せず、他(かれ)永(とわ)に住(じゅう)し常(つね)に存(そん)ずるを得(う)る也(なり)」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「汝(なんじ)が災屯(さいたん=災い、汝(なんじ)が災屯(さいたん=災い)、想(おも)うに天(てん)の付(ふ)すに応(おう)じて、却(かえっ)て我(われ)と相類(あいるい=似たり)す。当時(そのかみ)我(わ)が父(ちち)曾(かつ)て水賊(すいぞく)に被(よ)って生(せい)を傷(そこな)われ、我(わ)が母(はは)水賊(すいぞく)に被(よ)って欺(あざむ)き占(し)められ、三箇月(みかげつ)を経(へ)て、我(われ)を分娩(ぶんべん=産み落と)せり。我(われ)水(みず)の中(うち)に在(あ)りて性命(せいめい)を逃(のが)れ、幸(さいわ)いに金山寺(きんざんじ)の恩師(おんし)に救(すく)い養(やしな)われ人(ひと)と成(な)り得(え)たり。記(おぼ)うるに我(われ)幼年(ようねん)に父母(ふぼ)無(な)かりしが、此間(ここ)の那(か)の太子(たいし)の双親(そうしん=両親)を失(うしな)えると、慚惶(ざんこう=恥じ恐れ)已(や)まず!」 又(また)問(と)うて道(い)わく、 「汝(なんじ)縦(たと)い太子(たいし)の朝(ちょう)に在(あ)る有(あ)るも、我(われ)怎(いか)で他(かれ)と与(とも)に相見(あいまみ)え得(え)んや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「如何(いかん)して見(み)え得(え)ざるや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「他(かれ)妖魔(ようま)に被(よ)って拘轄(こうかつ=拘束)され、一個(ひとり)の生身(しょうしん=産みの)の母(はは)すら尚(なお)見(み)るを得(え)ざるに、我(われ)一個(ひとり)の和尚(おしょう)、見(み)んと欲(ほっ)して何(なん)の由(よし)有(あ)らんや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「他(かれ)明早(あすのあさ)朝(ちょう)を出(い)で来(きた)る也(なり)」 三蔵(さんぞう)問(と)う、 「朝(ちょう)を出(い)でて甚(なん)を為(な)すや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「明日(みょうにち)早朝(そうちょう)、三千人馬(さんぜんじんば)を領(ひき)い、鷹犬(ようけん=鷹と犬)を架(か)けて城(しろ)を出(い)でて采猟(さいりょう=狩り)す、師父(しふ)断(かなら)ず他(かれ)と与(とも)に相見(あいまみ)ゆるを得(う)る也(なり)。見(み)ゆる時(とき)肯(あえ)て我(わ)が言語(げんご)を将(もっ)て他(かれ)に説(と)き与(あた)えれば、他(かれ)便(すなわ)ち信(しん)ぜん」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「他(かれ)本(もと)是(こ)れ肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡人の眼と身)、妖魔(ようま)に被(よ)って殿上(でんじょう)に哄(だま)され在(あ)り、那(いず)れの一日(いちじつ)か他(かれ)を幾声(いくこえ)も父王(ふおう)と叫(よ)ばざるや?他(かれ)怎(いか)で肯(あえ)て我(わ)が言語(げんご)を信(しん)ぜんや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「既(すで)に他(かれ)の信(しん)ぜざるを恐(おそ)るるならば、我(われ)一件(ひとつ)の表記(ひょうき=印)を留(とど)め下(おろ)して汝(なんじ)に与(あた)えん」 三蔵(さんぞう)問(と)う、 「是(こ)れ何(いず)れの物件(ぶっけん)ぞ?」 那(か)の人(ひと)手(て)の中(うち)に執(と)れる金廂白玉珪(きんしょうはくぎょくけい=金を嵌めた白玉の笏)を把(もっ)て放(おろ)し下(おろ)して道(い)わく、 「此(こ)の物(もの)以(もっ)て記(しるし)と為(な)す可(べ)し」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「此(こ)の物(もの)如何(いかん)ぞや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「全真(ぜんしん)我(わ)が模様(すがた)に変(へん)じ作(な)りしより、只(た)だ是(こ)れ此(こ)の件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)を少(すこ)しく変(へん)じたるのみ。他(かれ)宮中(きゅうちゅう)に到(いた)りて、那(か)の雨(あめ)を求(もと)めし全真(ぜんしん)の此(こ)の珪(けい)を拐(かどわ)かし去(さ)りたりと説(い)い、此(こ)れより三年(さんねん)、還(なお)此(こ)の物(もの)無(な)し。我(わ)が太子(たいし)若(も)し看(み)れば、他(かれ)物(もの)を睹(み)て人(ひと)を思(おも)い、此(こ)の仇(あだ)必(かなら)ず報(ほう)ぜん」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「也罷(やは=まあよい)、我(われ)に留(とど)めしめよ、徒弟(とてい)を着(つ)けて汝(なんじ)と与(とも)に処置(しょち=処理)せしめん。却(かえっ)て那裡(いずこ)に在(あ)りて等(ま)つや?」 那(か)の人(ひと)道(い)わく、 「我(われ)も亦(また)敢(あえ)て等(ま)たず。我(われ)此(ここ)を去(さ)り、還(また)夜遊神(やゆうしん)に央求(おうきゅう=懇願)して再(また)一陣(ひとしきり)の神風(しんぷう)を使(つか)わしめ、我(われ)を把(もっ)て皇宮内院(こうきゅうないいん=后宮)に送(おく)り入(い)れ、一夢(ひとゆめ)を我(わ)が那(か)の正宮皇后(せいきゅうこうごう)に托(たく)し、他(かれ)をして母子(ぼし)たちをして意(い)を合(あわ)せ、汝(なんじ)が師徒(しと)たちをして心(こころ)を同(おなじ)くせしめん」 三蔵(さんぞう)頭(こうべ)を点(うなず)かせて応承(おうしょう=承諾)して道(い)わく、 「汝(なんじ)去(ゆ)けよ」 那(か)の冤魂(えんこん)頭(こうべ)を叩(たた)いて拝別(はいべつ=別れを告げ)、歩(あゆみ)を挙(あ)げて相送(そうそう=見送り)す、知(し)らず怎麼(どう)して脚(あし)を踢(け)りしに、一個(ひとつ)の筋斗(きんと=転び)を跌(ふ)み、三蔵(さんぞう)を把(もっ)て驚醒(きょうせい)せしむ、却(かえっ)て原来(げんらい)是(こ)れ南柯(なんか=槐の南の枝)の一夢(ひとゆめ)也(なり)、慌(あわ)て得(え)て那(か)の一盞(ひとつ)の昏灯(こんとう=暗き灯)に対(たい)し、連(つづ)け忙(いそ)ぎ叫(よ)ばんとす、 「徒弟(とてい)!徒弟!」 八戒(はっかい)醒(さ)め来(きた)りて道(い)わく、 「甚麼(いず)れの土地土地(とちどち)ぞ?当時(そのかみ)我(われ)好漢(こうかん=男の中の男)と做(な)りしに、専一(ひたすら)人(ひと)を食(くら)いて日(ひ)を度(わた)り、腥膻(せいせん=生臭い肉)を受用(じゅよう=享受)し、実(じつ)に快活(かいかつ)なりしに、偏(ひとえ)に汝(なんじ)出家(しゅっけ)して、我(われ)たちをして汝(なんじ)を保護(ほご)して路(みち)を走(はし)らしむ!原(もと)説(い)えるに只(た)だ和尚(おしょう)と做(な)るのみ、如今(いま)拿(つか)まえられて奴才(どさい=下男)と做(な)され、日間(ひるま)包袱(ほうふく=荷)を挑(にな)い馬(うま)を牽(ひ)き、夜間(よる)尿瓶(にょうへい=小便瓶)を提(さ)げて脚(あし)を務(つと)む!這(こ)の早晚(こんな夜更け)に睡(ね)ず、又(また)徒弟(とてい)を叫(よ)びて甚(なん)を為(な)すや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「徒弟(とてい)、我(われ)才(いま)しがた案(あん=机)の上(うえ)に伏(ふ)して盹(うたたね)し、一個(ひとつ)の怪(あや)しき夢(ゆめ)を做(な)し了(しま)えり」 行者(ぎょうじゃ)跳(と)び将(や)り起(た)ち上(あ)がりて道(い)わく、 「師父(しふ)、夢(ゆめ)は想(おもい)の中(うち)より来(きた)る。汝(なんじ)未(いま)だ山(やま)に上(のぼ)らざるに、先(ま)ず妖怪(ようかい)を怕(おそ)れ、又(また)雷音(らいおん)の路(みち)の遠(とお)きを愁(うれ)え、到(いた)り得(う)ざらんことを、長安(ちょうあん)を思念(しねん=思い慕)い、何(いず)れの日(ひ)か回程(かいてい=帰路)に就(つ)くを知(し)らず、此(こ)の故(ゆえ)に心(こころ)多(おお)く夢(ゆめ)多(おお)し。老孫(ろうそん)が一点(いってん)の真心(しんしん)の、専(もっぱ)ら西方(さいほう)に仏(ほとけ)に見(まみ)えんと要(よう)し、更(さら)に一個(ひとつ)の夢児(ゆめ)も我(われ)に到(いた)らざるに似(に)たり」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「徒弟(とてい)、我(わ)が這(こ)の樁(ひとつの)夢(ゆめ)、是(こ)れ郷(さと)を思(おも)うの夢(ゆめ)に非(あら)ず。才(いま)然(し)か眼(まなこ)を合(あわ)せしに、一陣(ひとしきり)の狂風(きょうふう)の過(す)ぎ去(さ)る処(ところ)を見(み)、禅房(ぜんぼう)の門外(もんがい)に一朝(いっちょう)の皇帝(こうてい)有(あ)り、自(みずか)ら烏鶏国王(うけいこくおう)と云(い)い、渾身(こんしん)水(みず)に湿(ぬ)れ、満眼(まんがん)に涙(なみだ)垂(た)れたり」 這等(このよう)這等(このよう)、如此(かく)如此(かく)と、那(か)の夢中(むちゅう)の話(はなし)を一一(いちいち)に将(もっ)て行者(ぎょうじゃ)に説(と)き与(あた)う。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)わく、 「説(と)くを消(よう)せず、他(かれ)来(きた)りて夢(ゆめ)を汝(なんじ)に托(たく)せるは、分明(ぶんめい=はっきり)に是(こ)れ老孫(ろうそん)の一場(ひと場)の商売(しょうばい)を照顧(しょうこ=世話)する也(なり)。必(かなら)ず是(こ)れ個(ひとり)の妖怪(ようかい)の那(あ)そこに在(あ)りて位(くらい)を篡(うば)い国(くに)を謀(はか)れるならん、我(われ)に他(かれ)と与(とも)に個(ひとつ)の真偽(しんぎ)を辨(べん)ぜしめよ。想(おも)うに那(か)の妖魔(ようま)、棍(こん)の到(いた)る処(ところ)立(たち)どころに功(こう)を成(な)さんことを要(よう)す」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「徒弟(とてい)、他(かれ)説(い)えるに那(か)の怪(かい)神通(じんつう)広大(こうだい)哩(ぞ)」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「他(かれ)が甚麼(いず)れの広大(こうだい)を怕(おそ)れんや!早(はや)く老孫(ろうそん)の到(いた)れるを知(し)らば、他(かれ)をして即(すなわ)ち走(に)ぐるに方(みち)無(な)からしめん!」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(われ)又(また)記(おぼ)うるに一件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)を留(とど)め下(おろ)して表記(ひょうき=印)と做(な)せり」 八戒(はっかい)答(こた)えて道(い)わく、 「師父(しふ)胡纏(こてん=ごちゃごちゃ言う)する莫(なか)れ、個(ひとつ)の夢(ゆめ)を做(な)せば便(すなわ)ち罷(や)むに、怎麼(どう)して只(た)だ管(かま)いて当真(とうしん=本気)にするや?」 沙僧(しゃそう)道(い)わく、 「直(なお)き中(うち)の直(なお)きを信(しん)ぜざるも、須(かなら)ず仁(じん)の不仁(ふじん)なるを防(ふせ)げ。我(われ)たち火(ひ)を打(う)ち起(おこ)し、門(もん)を開(ひら)き、看看(みみ=見て)如何(いかん)なるか便是(それでよし)」 行者(ぎょうじゃ)果(はた)して門(もん)を開(ひら)き、一斉(いっせい)に看(み)る処(ところ)、只(た)だ見(み)る星月光(せいげつこう=星月の光)の中(うち)、階檐(かいえん=階段の軒)の上(うえ)に真個(まこと)に一柄(ひとふり)の金廂白玉珪(きんしょうはくぎょくけい)の放(お)かれ在(あ)る有(あ)り。八戒(はっかい)近(ちか)づき前(まえ)に拿(と)り起(た)ちて道(い)わく、 「哥哥(あにい)、這(こ)れ是(こ)れ甚麼(いず)れの東西(もの)ぞ?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「這(こ)れ是(こ)れ国王(こくおう)の手(て)の中(うち)に執(と)れる宝貝(ほうばい)、名(な)を玉珪(ぎょくけい)と喚(よ)ぶ。師父(しふ)啊(あ)、既(すで)に此(こ)の物(もの)有(あ)れば、想(おも)うに此(こ)の事(こと)是(こ)れ真(まこと)也(なり)。明日(みょうにち)妖(よう)を拿(とら)うるは、全(まった)く都(みな)老孫(ろうそん)が身(み)の上(うえ)に在(あ)る、只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)に三樁児(みっつの)造化(ぞうけ=運)の低(ひく)きことを要(よう)する哩(ぞ)」 八戒(はっかい)道(い)わく、 「好好好(やれやれやれ)!個(ひとつ)の夢(ゆめ)を做(な)せば罷(や)むに、又(また)他(かれ)に告誦(こくしょう=告げ口)す。他(かれ)が那些(あれら)の児(こと)か人(ひと)を作弄(さくろう=からかう)せざるや?便(すなわ)ち汝(なんじ)に三樁児(みっつ)の造化(ぞうけ)の低(ひく)きを教(おし)うるわ」 三蔵(さんぞう)回(かえ)りて裏面(うち)に入(い)りて道(い)わく、 「是(こ)れ那(いず)れの三樁(みっつ)ぞ?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「明日(みょうにち)汝(なんじ)に缸(かめ)を頂(いただ)き、気(き)を受(う)け、瘟(えやみ)に遭(あ)わんことを要(よう)す」 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)わく、 「一樁児(ひとつ)も亦(また)是(こ)れ難(かた)し、三樁児(みっつ)却(かえっ)て怎麼(どう)して耽(た)え得(え)んや?」 唐僧(とうそう)是(こ)れ個(ひとり)の聡明(そうめい)なる長老(ちょうろう)なれば、便(すなわ)ち問(と)う、 「徒弟(とてい)啊(あ)、此(こ)の三事(さんじ)如何(いかん)に講(こう=説)ずるや?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「亦(また)講(こう)ずるを消(よう)せず、我(われ)に先(ま)ず汝(なんじ)と与(とも)に二件(ふたつ)の物(もの)を与(あた)えしめよ」 好(よ)きかな大聖(たいせい)、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、叫(よ)ばんとす、 「変(へん)ぜよ!」 変(へん)じて一個(ひとつ)の紅金漆匣児(こうきんしつこうじ=赤金漆の箱)と做(な)り、白玉珪(はくぎょくけい)を把(もっ)て内(うち)に放(お)きて盛(も)り、道(い)わく、 「師父(しふ)、汝(なんじ)此(こ)の物(もの)を将(もっ)て手(て)の中(うち)に捧(ささ)げ、天(てん)の暁(あ)くる時(とき)に到(いた)らば、錦襴袈裟(きんらんけさ)を穿(き)て、正殿(せいでん)に去(ゆ)きて坐(ざ)して経(きょう)を念(ねん)じ、我(われ)に去(ゆ)きて他(かれ)が那(か)の城池(じょうち)を看看(みみ=見て)しめよ。端(まさ)に是(こ)れ個(ひとり)の妖怪(ようかい)ならば、便(すなわ)ち他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)し、亦(また)此間(ここ)に在(あ)りて個(ひとつ)の功績(こうせき=手柄)を立(た)てん。仮若(もし)是(こ)れに非(あら)ざれば、且(しばら)く禍(わざわい)を撞(つ)くを休(や)めよ」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「正(まさ)に是(こ)れ!正(まさ)に是(こ)れ!」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「那(か)の太子(たいし)城(しろ)を出(い)でざれば便(すなわ)ち罷(や)むも、若(も)し真個(まこと)に夢(ゆめ)に応(おう)じて城(しろ)を出(い)で来(きた)らば、我(われ)定(かなら)ず他(かれ)を引(ひ)きて来(きた)りて汝(なんじ)に見(まみ)えしめん」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(われ)を見(み)て如何(いかん)に迎(むか)え答(こた)うるや?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「来(きた)り到(いた)る時(とき)、我(われ)先(ま)ず報(ほう)じ知(し)らす、汝(なんじ)那(か)の匣蓋児(こうがいじ=箱の蓋)を把(もっ)て些(すこ)しく扯(ひ)き開(ひら)き、我(われ)に変(へん)じて二寸(にすん)の長(たか)さの一個(ひとり)の小和尚(こおしょう)と作(な)り、匣児(こうじ=箱)の裏(うち)に鑽(もぐ)り在(あ)らしめ、汝(なんじ)我(われ)を連(つ)れて手(て)の中(うち)に捧(ささ)げよ。那(か)の太子(たいし)寺(てら)に入(い)り来(きた)れば、必(かなら)ず仏(ほとけ)を拝(おが)む、汝(なんじ)他(かれ)をして怎(いか)に下拝(かはい)せしむるも、只(た)だ是(こ)れ他(かれ)を睬(かえりみ)ず。他(かれ)汝(なんじ)の身(み)を動(うご)かざるを見(み)れば、一定(きっと)汝(なんじ)を拿(とら)えしむ、汝(なんじ)他(かれ)の拿(とら)え下(おろ)すに憑(まか)せ、打(う)つも亦(また)他(かれ)に由(よら)せ、縛(いまし)むも亦(また)他(かれ)に由(よら)せ、殺(ころ)すも亦(また)他(かれ)に由(よら)せよ」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「呀(ああ)!他(かれ)が軍令(ぐんれい)大(おおい)なれば、真個(まこと)に我(われ)を殺(ころ)さば、怎麼(どう)して好(よ)からんや?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「事(こと)無(な)し、我(われ)有(あ)る哩(ぞ)、若(も)し那(か)の緊関(きんかん=肝心)の処(ところ)に到(いた)らば、我(われ)自然(じねん)に汝(なんじ)を護(まも)らん。他(かれ)若(も)し問(と)う時(とき)、汝(なんじ)説(い)わく是(こ)れ東土(とうど)の欽差(きんさ=勅使)にして西天(さいてん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を取(と)りて宝(ほう)を進(たてまつ)る和尚(おしょう)なりと。他(かれ)道(い)わく甚(なん)の宝貝(ほうばい)有(あ)るや?汝(なんじ)却(かえっ)て錦襴袈裟(きんらんけさ)を把(もっ)て他(かれ)に対(たい)して一徧(ひとわたり)説(と)き、道(い)わく、『此(こ)れは是(こ)れ三等(さんとう=三等級)の宝貝(ほうばい)、還(なお)頭一等(とういっとう)、第二等(だいにとう)の好(よ)き物(もの)有(あ)る哩(ぞ)』と。但(た)だ問(と)う処(ところ)なれば、便(すなわ)ち説(い)わく這(こ)の匣(はこ)の内(うち)に一件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)有(あ)り、上(かみ)は五百年(ごひゃくねん)を知(し)り、下(しも)は五百年(ごひゃくねん)を知(し)り、中(なか)は五百年(ごひゃくねん)を知(し)り、共(あわ)せて一千五百年(いっせんごひゃくねん)の過去未来(かこみらい)の事(こと)を、俱(みな)尽(ことごと)く暁(さと)り得(う)ると、却(かえっ)て老孫(ろうそん)を把(もっ)て放(はな)ち出(いだ)せ。我(われ)那(か)の夢中(むちゅう)の話(はなし)を将(もっ)て那(か)の太子(たいし)に告誦(こくしょう=告げ)せん、他(かれ)若(も)し肯(あえ)て信(しん)ぜば、便(すなわ)ち去(ゆ)きて那(か)の妖魔(ようま)を拿(とら)え、一(ひとつ)には他(かれ)と与(とも)に父王(ふおう)の仇(あだ)を報(ほう)じ、二(ふたつ)には我(われ)たち個(ひとつ)の名節(めいせつ=名誉)を立(た)てん。他(かれ)若(も)し信(しん)ぜざれば、再(また)白玉珪(はくぎょくけい)を将(もっ)て拿(と)りて他(かれ)に看(み)せよ。只(た)だ恐(おそ)らくは他(かれ)年幼(ねんよう)にして、還(なお)未(いま)だ認(みと)め得(え)ざる哩(ぞ)」 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き大(おおい)に喜(よろこ)んで道(い)わく、 「徒弟(とてい)啊(あ)、此(こ)の計(けい)絶妙(ぜつみょう)なり!但(た)だ此(こ)の宝貝(ほうばい)を説(と)くに、一個(ひとつ)は錦襴袈裟(きんらんけさ)と叫(よ)び、一個(ひとつ)は白玉珪(はくぎょくけい)と叫(よ)ぶ、汝(なんじ)の変(へん)じたる宝貝(ほうばい)却(かえっ)て甚(いず)れの名(な)と叫(よ)ぶや?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「便(すなわ)ち立帝貨(りつていか=帝を立つる者)と叫(よ)ばんか」 三蔵(さんぞう)言(げん)に依(よ)って心(こころ)の上(うえ)に記(しる)し在(お)く。師徒(しと)たち一夜(いちや)那(いず)くんぞ曾(かつ)て睡(ね)るを得(え)ん。天明(てんめい)を盼(ま)ち到(いた)り、恨(うら)めしくも点頭(てんとう=うなずき)して扶桑日(ふそうじつ=朝日)を喚(よ)び出(いだ)し、気(いき)を噴(ふ)いて満天(まんてん)の星(ほし)を吹(ふ)き散(ちら)さんことを得(え)ざらんことを。 不多時(しばらく)、東方(とうほう)発白(はっぱく=白み)す。行者(ぎょうじゃ)又(また)八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)に吩咐(ふんふ=言いつ)け、他(かれ)兩個(ふたり)に教(おし)えて、 「僧人(そうにん)を攪擾(かくじょう=邪魔)し、出(い)で来(きた)りて乱(みだ)りに走(はし)る可(べ)からず。我(われ)が功(こう)を成(な)し了(おわ)るの後(のち)を待(ま)ち、汝(なんじ)等(たち)と共(とも)に同(とも)に行(ゆ)かん」 才(いま)唐僧(とうそう)に別(わか)れ、唿哨(こっしょう=口笛)を打(う)ち、一筋斗(ひとこんと)に空中(くうちゅう)に跳(と)び上(あが)り、火眼(かがん=火の眼)を睜(みひら)いて平西(へいせい=西の方)を看(み)る処(ところ)、果(はた)して一座(ひとつ)の城池(じょうち)有(あ)り。汝(なんじ)道(い)う怎麼(どう)して便(すなわ)ち看(み)え得(え)たるや?当時(そのかみ)説(い)えるに那(か)の城池(じょうち)の寺(てら)を離(はな)るること只(た)だ四十里(しじゅうり)と、此(こ)の故(ゆえ)に高(たか)きに憑(よ)れば便(すなわ)ち望(のぞ)み見(み)えたる也(なり)。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に仔細(しさい=つぶさ)に看(み)る処(ところ)、又(また)那(か)の怪霧(かいむ=妖しき霧)愁雲(しゅううん=愁いの雲)の漠漠(ばくばく=立ちこめ)、妖風(ようふう)怨気(えんき)の紛紛(ふんぷん=渦巻く)を見(み)る。行者(ぎょうじゃ)空中(くうちゅう)に在(あ)りて讃嘆(さんたん)して道(い)わく、 「若(も)し是(こ)れ真王(しんおう=真の王)の宝座(ほうざ=玉座)に登(のぼ)らば、自(おのずか)ら祥光(しょうこう=吉祥の光)五色雲(ごしきうん)有(あ)らん。只(た)だ因(よ)りて妖怪(ようかい)龍位(りゅうい=玉座)を侵(おか)し、騰騰(とうとう=もくもく)たる黒気(こくき)金門(きんもん)を鎖(とざ)す」 行者(ぎょうじゃ)正(まさ)に然(しか)く感嘆(かんたん)す。忽(たちま)ち炮声(ほうせい=大砲の音)の響喨(きょうりょう=響く)を聴(き)き得(え)、又(また)只(た)だ見(み)る東門(とうもん)の開(ひら)く処(ところ)、一路(ひとすじ)の人馬(じんば)闪(ひら)めき出(い)づ、真個(まこと)に是(こ)れ采猟(さいりょう=狩)の軍(ぐん)、果(はた)して勢(いきおい)勇(ゆう)なり、但(た)だ見(み)る: 暁(あかつき)に禁城(きんじょう)の東(ひがし)を出(い)で、 囲(かこみ)を浅草(せんそう)の中(うち)に分(わ)かつ。 彩旗(さいき)開(ひら)いて日(ひ)に映(うつ)り、 白馬(はくば)驟(はし)って風(かぜ)を迎(むか)う。 鼉鼓(だこ=鼉の皮の鼓)冬冬(とうとう)と擂(う)ち、 標槍(ひょうそう=槍)対対(ついがい)に衝(つ)く。 鷹(たか)を架(か)く軍(ぐん)猛烈(もうれつ)、 犬(いぬ)を牽(ひ)く将(しょう)驍雄(ぎょうゆう)なり。 火砲(かほう)天(てん)に連(つら)なりて振(ふる)い、 粘竿(ねんかん=鳥もち竿)日(ひ)に映(うつ)じて紅(あか)し。 人人(ひとびと)弩箭(どぜん=弩の矢)を支(ささ)え、 箇箇(それぞれ)雕弓(ちょうきゅう=彫刻の弓)を挎(か)く。 網(あみ)を山坡(さんぱ=山の坂)の下(した)に張(は)り、 縄(なわ)を小径(しょうけい)の中(うち)に鋪(し)く。 一声(ひとこえ)の驚(おどろ)く霹靂(へきれき)、 千騎(せんき)の貔熊(ひゆう=猛獣)を擁(いだ)く。 狡兔(こうと=賢き兎)身(み)の保(たも)ち難(がた)く、 乖獐(かいしょう=賢き獐)智(ちえ)も亦(また)窮(きわ)まる。 狐狸(こり)該(かかわ)りて命(いのち)尽(つ)き、 麋鹿(びろく)当(まさ)に終(おわり)に喪(うしな)うべし。 山雉(さんち=山鳥)飛(と)び脱(のが)れ難(がた)く、 野鶏(やけい=雉)怎(いか)で凶(きょう)を避(よ)けんや? 他(かれ)ら都(みな)山場(さんじょう=猟場)を撿占(けんせん=選び占め)て猛獣(もうじゅう)を擒(とら)え、 林木(りんぼく)を摧残(さいざん=荒らし)て飛虫(ひちゅう)を射(い)んと要(よう)す。 那些(あれら)の人(ひと)城(しろ)を出(い)で得(え)て、歩(あゆみ)を東郊(とうこう=東の郊外)に散(さん)じ、不多時(しばらく)、二十里(にじゅうり)の向高田地(こうこうでんち=高き田畑)に有(あ)る時(とき)、又(また)只(た)だ見(み)る中軍営(ちゅうぐんえい)の裏(うち)に、小小(ちいさ)なる一個(ひとり)の将軍(しょうぐん)有(あ)り、盔(かぶと)を頂(いただ)き、甲(よろい)を貫(つらぬ)き、果肚花(かとばな=腹当ての花)、十八札(じゅうはちさつ=十八の札)、手(て)に青鋒宝剣(せいほうほうけん=青き刃の宝剣)を執(と)り、黄驃馬(こうひょうば=黄の駿馬)に坐(ざ)し、腰(こし)に満弦(まんげん=いっぱいに張りし)の弓(ゆみ)を帯(お)ぶ、真個(まこと)に是(こ)れ: 隐隐(いんいん=おぼろげ)たる君王(くんおう)の象(すがた)、 昂昂(こうこう=堂々たる)帝主(ていしゅ=君主)の容(かたち)。 規模(きぼ)小輩(しょうはい=小物)に非(あら)ず、 行動(こうどう)真龍(しんりゅう=真の龍)を顕(あらわ)す。 行者(ぎょうじゃ)空(くう)に在(あ)りて暗(あん)に喜(よろこ)んで道(い)わく、 「説(と)くを須(もち)いず、那(あ)れ便(すなわ)ち是(こ)れ皇帝(こうてい)の太子(たいし)了(なり)。我(われ)に他(かれ)を一戯(ひとたわむれ)戯(たわむ)れしめよ」 好(よ)きかな大聖(たいせい)、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、軍中(ぐんちゅう)に撞(つ)き入(い)りて太子(たいし)が馬前(ばぜん)に至(いた)り、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一個(ひとつ)の白兔児(はくとじ=白兎)と作(な)り、只(た)だ太子(たいし)が馬前(ばぜん)に在(あ)りて乱(みだ)りに跑(はし)る。太子(たいし)看(み)て、正(まさ)に歓心(かんしん=心の喜び)に合(かな)い、箭(や)を拈(ひね)り起(た)ち、弓(ゆみ)を曳(ひ)き満(み)たし、一箭(ひとや)正(まさ)に那(か)の兔児(うさぎ)に中(あた)る。原来(げんらい)是(こ)れ那(か)の大聖(たいせい)故意(わざ)と他(かれ)をして中(あた)らしめたるに、却(かえっ)て眼(め)乖(かしこ)く手(て)疾(はや)く、一把(ひとつかみ)に那(か)の箭頭(せんとう=矢尻)を接(う)け住(とど)め、箭翎花(せんれいか=矢羽)を把(もっ)て前辺(まえ)に落(おと)し、脚步(あしど)を投(な)げ開(ひら)いて跑(はし)り了(しま)う。那(か)の太子(たいし)箭(や)の玉兔(ぎょくと=玉の兎)に中(あた)れるを見(み)、馬(うま)を兜(あお)り開(ひら)き、独(ひと)り自(みずか)ら先(さき)を争(あらそ)いて来(きた)り赶(お)う。知(し)らず馬(うま)の行(ゆ)くの快(はや)きも、行者(ぎょうじゃ)風(かぜ)の如(ごと)し、馬(うま)の行(ゆ)くの遅(おそ)きときは、行者(ぎょうじゃ)慢(ゆる)く走(はし)り、只(た)だ他(かれ)が面前(めんぜん)に在(あ)りて遠(とお)からず。他(かれ)を一程一程(ひとくぎりひとくぎり)と、太子(たいし)を哄(みちび)きて宝林寺(ほうりんじ)の山門(さんもん)の下(した)に到(いた)らしめ、行者(ぎょうじゃ)本(もと)の身(み)を現(あらわ)し、兔児(うさぎ)の見(み)えざるに、只(た)だ一枝(ひとすじ)の箭(や)の門檻(もんかん=敷居)の上(うえ)に插(さ)さる在(あ)るを見(み)る。径(ただち)に撞(つ)き入(い)り去(さ)り、唐僧(とうそう)に見(まみ)えて道(い)わく、 「師父(しふ)、来(きた)れる!来(きた)れる!」 却(かえっ)て又(また)一変(ひとへん)じ、変(へん)じて二寸(にすん)の長短(ながさ)の小和尚児(こおしょうじ=小坊主)と做(な)り、紅匣(こうこう=赤き箱)の内(うち)に鑽(もぐ)り在(あ)る。 却説(さて)那(か)の太子(たいし)山門前(さんもんぜん)に赶(お)い到(いた)り、白兔(はくと)の見(み)えざるに、只(た)だ門檻(もんかん)の上(うえ)に一枝(ひとすじ)の雕翎箭(ちょうれいせん=彫り羽の矢)の插(さ)さり住(とど)めるを見(み)る。太子(たいし)大(おおい)に驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)って道(い)わく、 「怪(あや)しき哉(かな)!怪(あや)しき哉(かな)!分明(ぶんめい)に我(わ)が箭(や)玉兔(ぎょくと)に中(あた)りしに、玉兔(ぎょくと)怎麼(どう)して見(み)えず、只(た)だ箭(や)の此間(ここ)に在(あ)るあるのみ!想(おも)うに是(こ)れ年(とし)多(おお)く日(ひ)久(ひさ)しくして、精魅(せいみ=妖怪)と成(な)れるならん」 箭(や)を抜(ぬ)き、頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)る処(ところ)、山門(さんもん)の上(うえ)に五個(いつつ)の大字(だいじ)有(あ)り、勅建宝林寺(ちょくけんほうりんじ)と写(しる)し在(あ)り。 太子(たいし)道(い)わく、 「我(われ)之(これ)を知(し)れり。向年間(むかし)曾(かつ)て記(おぼ)うるに我(わ)が父王(ふおう)金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に在(あ)りて官(つかい)を差(つか)わし些(いささ)かの金帛(きんぱく=金と絹)を赍(おく)りて這(こ)の和尚(おしょう)と与(とも)に仏殿(ぶつでん)仏象(ぶつぞう)を修繕(しゅうぜん)せしめしが、不期(おもわず)今日(こんにち)此(ここ)に到(いた)れり。正(まさ)に是(こ)れ道院(どういん)を過(す)ぎて僧話(そうわ=僧の話)に逢(あ)い、又(また)浮生(ふせい=はかない世)の半日(はんじつ)の閑(ひま)を得(う)る、我(われ)且(しばら)く入(い)り去(さ)りて走走(あるこう)」 那(か)の太子(たいし)馬(うま)を跳(と)び下(お)り来(きた)り、正(まさ)に入(い)らんと欲(ほっ)するに、只(た)だ見(み)る那(か)の保驾(ほが=お供)の官将(かんしょう)と三千人馬(さんぜんじんば)の赶(お)いつき、簇簇擁擁(ぞくぞくようよう=ぞろぞろ)と、都(みな)山門(さんもん)の裏面(うち)に入(い)る。慌(あわ)て得(え)て那(か)の本寺(ほんじ)の衆僧(しゅうそう)、都(みな)来(きた)りて頭(こうべ)を叩(たた)き拜接(はいせつ=拝み迎)え、正殿(せいでん)の中間(ちゅうかん)に接(むか)え入(い)れ、仏象(ぶつぞう)を参拝(さんぱい)す。却(かえっ)て才(はじ)めて目(め)を挙(あ)げて観瞻(かんせん=眺め)、又(また)廊(ろう)を游(あそ)び景(けい)を玩(もてあそ)ばんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち正(まさ)に当中(まんなか)に一個(ひとり)の和尚(おしょう)の坐(ざ)し在(あ)るを見(み)る、太子(たいし)大(おおい)に怒(いか)って道(い)わく、 「這個(こ)の和尚(おしょう)無礼(ぶれい)なり!我(われ)今(いま)半朝(はんちょう=朝廷の半ば)の鑾駕(らんが=天子の駕)を率(ひき)いて山(やま)に入(い)るに、旨意(しい=勅命)の知会(ちかい=通達)無(な)しと雖(いえど)も、遠(とお)く接(むか)うるに当(あた)らざるも、此(こ)の時(とき)軍馬(ぐんば)門(もん)に臨(のぞ)むに、也(また)該(かか)わる身(み)を起(た)つべしに、怎麼(どう)して還(なお)坐(ざ)し着(つ)けて動(うご)かざるや?」 教(おし)えて、 「拿(とら)え下(おろ)せ!」 拿(とら)えよと説(い)う一声(ひとこえ)、両辺(りょうへん)の校尉(こうい=近衛)、一斉(いっせい)に手(て)を下(おろ)し、唐僧(とうそう)を把(もっ)て抓(つか)み将(や)り下(おろ)し、急(いそ)ぎ縄索(じょうさく=縄)を理(ととの)えて便(すなわ)ち縛(いまし)む。行者(ぎょうじゃ)匣(はこ)の裏(うち)に在(あ)りて默默(もくもく)と呪(じゅ=呪文)を念(ねん)じ、教(おし)えて道(い)わく、 「護法(ごほう)諸天(しょてん)、六丁六甲(りくていりっこう)、我(われ)今(いま)法(ほう)を設(もう)けて妖(よう)を降(くだ)さんとす、這(こ)の太子(たいし)知識(ちしき=承知)する能(あた)わず、縄(なわ)を将(もっ)て我(わ)が師父(しふ)を縛(いまし)めんとす、汝(なんじ)等(たち)即(すなわ)ち早(はや)く護持(ごじ=守護)せよ、若(も)し真(まこと)に縛(いまし)め了(しま)えば、汝(なんじ)等(たち)都(みな)該(かかわ)りて罪(つみ)有(あ)るべし!」 那(か)の大聖(たいせい)暗中(あんちゅう)に吩咐(ふんふ)す、誰(たれ)か敢(あえ)て遵(したが)わざらん、却(かえっ)て三蔵(さんぞう)を将(もっ)て護持(ごじ)し定(さだ)めたり:有(あ)る人(ひと)は摸(さわ)るも亦(また)他(かれ)が光頭(こうとう=坊主頭)に摸(さわ)り着(つ)かず、好(あたか)も一壁(ひとつ)の墻(かべ)の擋(ふせ)ぎ住(とど)めて、其(そ)の身(み)に攏(よ)り難(がた)きに似(に)たり。那(か)の太子(たいし)道(い)わく、 「汝(なんじ)是(こ)れ那方(いずこ)より来(きた)れる、這般(このよう)なる隠身法(おんしんぽう=隠れ身の術)を使(つか)いて我(われ)を欺(あざむ)くや!」 三蔵(さんぞう)上前(まえ)に施礼(せれい)して道(い)わく、 「貧僧(ひんそう=この拙僧)隠身法(おんしんぽう)無(な)し、乃(すなわ)ち是(こ)れ東土(とうど)の唐僧(とうそう)、雷音寺(らいおんじ)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めて宝(ほう)を進(たてまつ)る和尚(おしょう)也(なり)」 太子(たいし)道(い)わく、 「汝(なんじ)が那(か)の東土(とうど)は是(こ)れ中原(ちゅうげん)なると雖(いえど)も、其(そ)の窮(きゅう=貧しさ)比(なら)ぶ無(な)し、甚(なん)の宝貝(ほうばい)有(あ)るや、汝(なんじ)説(と)き来(きた)りて我(われ)に聴(き)かせよ」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「我(わ)が身(み)の上(うえ)に穿(き)たる這(こ)の袈裟(けさ)は、是(こ)れ第三様(だいさんよう=三番目)の宝貝(ほうばい)也(なり)。還(なお)第一等(だいいっとう)、第二等(だいにとう)の更(さら)に好(よ)き物(もの)有(あ)る哩(ぞ)!」 太子(たいし)道(い)わく、 「汝(なんじ)が那(か)の衣服(いふく)、半辺(なかば)は身(み)を苫(おお)い、半辺(なかば)は臂(うで)を露(あらわ)す、多少(いくら)の物(もの)に値(あたい)せん、敢(あえ)て宝貝(ほうばい)と称(よ)ぶや!」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「這(こ)の袈裟(けさ)全体(ぜんたい=全部)ならずと雖(いえど)も、詩(し)幾句(いくく)有(あ)り、詩(し)に曰(い)わく: 仏衣(ぶつえ=仏の衣)偏袒(へんたん=片肌脱ぎ)論(ろん)ずるを須(もち)いず、 内(うち)に真如(しんにょ=真実)を隠(かく)して世塵(せいじん=俗塵)を脱(だっ)す。 万線千針(ばんせんせんしん=幾万の糸幾千の針)正果(しょうか)を成(な)し、 九珠八宝(きゅうしゅはっぽう=九つの珠八つの宝)元神(げんしん)に合(がっ)す。 仙娥聖女(せんがせいじょ=仙女)恭(うやうや)しく修制(しゅうせい=作り)し、 禅僧(ぜんそう)に遺(のこ)し賜(たまわ)りて垢身(くしん=汚れた身)を静(きよ)む。 駕(が)を見(み)て迎(むか)えざるは猶(なお)自(おのずか)ら可(よ)きも、 汝(なんじ)が父冤(ふえん=父の無念)未(いま)だ報(ほう)ぜずして枉(むな)しく人(ひと)と為(な)る!」 太子(たいし)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)大(おおい)に怒(いか)って道(い)わく、 「這(こ)の潑和尚(はつおしょう=図太い坊主)胡説(こせつ=でたらめ)す!汝(なんじ)が那(か)の半片(はんぺん=半分)の衣(ころも)、汝(なんじ)が口(くち)の能(よく)舌(した)の便(たくみ)なるに憑(よ)せて、好(よ)しを夸(ほこ)り強(つよ)しを夸(ほこ)る。我(わ)が父冤(ふえん)何(いずこ)よりか未(いま)だ報(ほう)ぜざる、汝(なんじ)説(と)き来(きた)りて我(われ)に聴(き)かせよ」 三蔵(さんぞう)前(まえ)に一步(いっぽ)入(い)り、掌(てのひら)を合(あわ)せて問(と)うて道(い)わく、 「殿下(でんか)、人(ひと)として生(うま)れて天地(てんち)の間(あいだ)に在(あ)る、能(よ)く幾(いく)つの恩(おん)有(あ)るか?」 太子(たいし)道(い)わく、 「四恩(しおん)有(あ)り」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「那(いず)れの四恩(しおん)ぞ?」 太子(たいし)道(い)わく、 「天地(てんち)の蓋載(がいさい=覆い載せる)の恩(おん)、日月(じつげつ)の照臨(しょうりん=照らし臨む)の恩(おん)、国王(こくおう)の水土(すいど)の恩(おん)、父母(ふぼ)の養育(よういく)の恩(おん)を感(かん)ず」 三蔵(さんぞう)笑(わら)って曰(いわ)く、 「殿下(でんか)の言(げん)之(これ)失(しつ=過ち)有(あ)り、人(ひと)只(た)だ天地(てんち)の蓋載(がいさい)、日月(じつげつ)の照臨(しょうりん)、国王(こくおう)の水土(すいど)有(あ)るのみ、那(いず)くんぞ個(ひとつ)の父母(ふぼ)の養育(よういく)有(あ)るを得(え)んや?」 太子(たいし)怒(いか)って道(い)わく、 「和尚(おしょう)は是(こ)れ那(か)の游手游食(ゆうしゅゆうしょく=ぶらぶら食い)削髪(さくはつ=髪を剃り)逆君(ぎゃくくん=君に逆らう)の徒(ともがら)なり!人(ひと)父母(ふぼ)の養育(よういく)を得(え)ざれば、身(み)何(いずこ)よりか来(きた)らんや?」 三蔵(さんぞう)道(い)わく、 「殿下(でんか)、貧僧(ひんそう)知(し)らず。但(た)だ只(た)だ這(こ)の紅匣(こうこう=赤き箱)の内(うち)に一件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)有(あ)り、立帝貨(りつていか)と叫(よ)び、他(かれ)上(かみ)は五百年(ごひゃくねん)を知(し)り、中(なか)は五百年(ごひゃくねん)を知(し)り、下(しも)は五百年(ごひゃくねん)を知(し)り、共(あわ)せて一千五百年(いっせんごひゃくねん)の過去未来(かこみらい)の事(こと)を知(し)り、便(すなわ)ち父母(ふぼ)の養育(よういく)の恩(おん)無(な)きを知(し)り、貧僧(ひんそう)をして此(ここ)に在(あ)りて久(ひさ)しく等(ま)つこと多時(たじ=長き間)ならしめたり」 太子(たいし)聞(き)き説(と)きて、教(おし)えて、 「拿(と)り来(きた)りて我(われ)に看看(みみ=見せ)よ」 三蔵(さんぞう)匣蓋児(こうがいじ=箱の蓋)を扯(ひ)き開(ひら)く、那(か)の行者(ぎょうじゃ)跳(と)び将(や)り出(い)で、[足+勃]呀(ほつあ=ぴょこぴょこ)[足+勃]呀(ほつあ)と、両辺(りょうへん)に乱(みだ)りに走(はし)る。太子(たいし)道(い)わく、 「這(こ)の星星(ちいさき)の小人児(こびと)、能(よ)く甚(なん)の事(こと)を知(し)らんや?」 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き小(ちいさ)きを嫌(きら)い、却(かえっ)て便(すなわ)ち個(ひとつ)の神通(じんつう)を使(つか)い、腰(こし)を把(もっ)て一伸(ひと伸ばし)し、便(すなわ)ち長(たか)くなること三尺四五寸(さんじゃくしごすん)有(あ)り。衆(しゅう)の軍士(ぐんし)吃驚(きっきょう=びっくり)して道(い)わく、 「若(も)し是(こ)れ這般(このよう)に快(はや)く長(たか)くなれば、幾日(いくにち)も消(よう)せずして、便(すなわ)ち天(てん)を撑(つ)き破(やぶ)らん也(なり)」 行者(ぎょうじゃ)原身(げんしん=元の丈)に長(たか)くなり到(いた)れば、便(すなわ)ち長(たか)くならず。太子(たいし)才(はじ)めて問(と)うて道(い)わく、 「立帝貨(りつていか)、這(こ)の老和尚(ろうおしょう)説(い)わく汝(なんじ)能(よ)く未来過去(みらいかこ)の吉凶(きっきょう)を知(し)ると、汝(なんじ)却(かえっ)て亀(き=亀甲)有(あ)りて卜(ぼく=占)いと為(な)すか?蓍(し=蓍草)有(あ)りて筮(ぜい=筮)と為(な)すか?書句(しょく=書の句)に憑(よ)りて人(ひと)の禍福(かふく)を断(だん)ずるか?」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「我(われ)一毫(いちごう=少し)も用(もち)いず、只(た)だ是(こ)れ全(まった)く三寸(さんずん)の舌(した)に憑(よ)り、万事(ばんじ)尽(ことごと)く皆(みな)知(し)る」 太子(たいし)道(い)わく、 「這(こ)の厮(やつ)又(また)是(こ)れ胡説(こせつ)なり。古(いにしえ)より以来(いらい)、《周易(しゅうえき)》の書(しょ)の、極(きわ)めて玄妙(げんみょう)にして、天下(てんか)の吉凶(きっきょう)を断(だん)じ尽(つく)し、人(ひと)をして趨避(すうひ=進み避ける所)を知(し)らしむ、故(ゆえ)に亀(かめ)は卜(ぼく)する所以(ゆえん)なり、蓍(し)は筮(ぜい)する所以(ゆえん)なり。汝(なんじ)が言(げん)を聴(き)けば、何(いず)れの理(り)に拠(よ)りて、妄(みだ)りに禍福(かふく)を言(い)い、人心(じんしん)を扇惑(せんわく=惑わす)するや!」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「殿下(でんか)且(しばら)く忙(いそ)ぐ勿(なか)れ、我(われ)に説(と)きて汝(なんじ)に聴(き)かしめん。汝(なんじ)本(もと)是(こ)れ烏鶏国王(うけいこくおう)の太子(たいし)、汝(なんじ)が那裡(そこ)五年前(ごねんぜん)、年程(ねんてい=その年)荒旱(こうかん=日照り)し、万民(ばんみん)苦(くるしみ)を遭(あ)い、汝(なんじ)が家(いえ)の皇帝(こうてい)臣子(しんし=臣下)と共(とも)に、心(こころ)を秉(と)りて祈祷(きとう)せり。正(まさ)に一点(いってん)の雨(あめ)も無(な)きの時(とき)、鍾南山(しょうなんざん)より一個(ひとり)の道士(どうし)来(きた)り、他(かれ)善(よ)く風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)び、石(いし)に点(てん)じて金(きん)と為(な)す。君王(くんおう)忒(いささ)かも小(ちいさき)を愛(あい)し、便(すなわ)ち他(かれ)と与(とも)に拝(はい)して兄弟(きょうだい)と為(な)れり。這(こ)の樁(ひとつ)の事(こと)有(あ)るや?」 太子(たいし)道(い)わく、 「有有有(あるあるある)!汝(なんじ)再(また)説説(いってみ)よ」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「後(のち)三年(さんねん)全真(ぜんしん)を見(み)ざるに、孤(こ=我)と称(よ)ぶは却(かえっ)て是(こ)れ誰(たれ)ぞ?」 太子(たいし)道(い)わく、 「果(はた)して是(こ)れ個(ひとり)の全真(ぜんしん)有(あ)り、父王(ふおう)他(かれ)と与(とも)に拝(はい)して兄弟(きょうだい)と為(な)り、食(しょく)すれば則(すなわ)ち同(とも)に食(くら)い、寝(ね)れば則(すなわ)ち同(とも)に寝(ね)たり。三年前(さんねんぜん)御花園(ごかえん)の裏(うち)に景(けい)を玩(もてあそ)びし時(とき)、他(かれ)に一陣(ひとしきり)の神風(しんぷう)に被(よ)って、父王(ふおう)が手(て)の中(うち)の金廂白玉珪(きんしょうはくぎょくけい)を把(もっ)て、鍾南山(しょうなんざん)へ摂(さら)い回(かえ)し去(さ)られ、至今(いま)父王(ふおう)還(なお)他(かれ)を思慕(しぼ=慕い)す。他(かれ)を見(み)ざるに因(よ)りて、遂(つい)に心(こころ)を賞玩(しょうがん=楽しむ)に置(お)かず、花園(かえん)を把(もっ)て緊(きん)と閉(と)ざし、已(すで)に三年(さんねん)矣(なり)。皇帝(こうてい)と做(な)るは我(わ)が父王(ふおう)に非(あら)ずして何(なん)ぞや?」 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、哂笑(しんしょう=あざ笑い)絶(た)えず。太子(たいし)再(また)問(と)うも答(こた)えず、只(た)だ是(こ)れ哂笑(しんしょう)す。太子(たいし)怒(いか)って道(い)わく、 「這(こ)の厮(やつ)当(まさ)に言(い)うべきに言(い)わず、如何(どう)して這等(このよう)に哂笑(しんしょう)するや?」 行者(ぎょうじゃ)又(また)道(い)わく、 「還(なお)許多(あまた)の話(はなし)有(あ)る哩(ぞ)!奈何(いかん)とも左右(さゆう)の人(ひと)衆(おお)く、是(こ)れ説(と)く処(ところ)に非(あら)ず」 太子(たいし)他(かれ)が言語(げんご)の因(よし)有(あ)るを見(み)、袍袖(ほうしゅう=袍の袖)を将(もっ)て一展(ひとひるがえ)し、軍士(ぐんし)をして且(しばら)く退(しりぞ)かしむ。那(か)の駕上(がじょう=駕に従う)の官将(かんしょう)、急(いそ)ぎ令(れい)を伝(つた)え、三千人馬(さんぜんじんば)を将(もっ)て、都(みな)門外(もんがい)に出(い)でて住札(じゅうさつ=駐屯)せしむ。此(こ)の時(とき)殿上(でんじょう)人(ひと)無(な)く、太子(たいし)上(うえ)に坐(ざ)し、長老(ちょうろう)前辺(まえ)に立(た)ち、左手(ひだりて)の旁(かたわ)らに行者(ぎょうじゃ)立(た)つ。本寺(ほんじ)の諸僧(しょそう)皆(みな)退(しりぞ)く、行者(ぎょうじゃ)才(はじ)めて正色(せいしょく=真剣な顔)して上前(まえ)に道(い)わく、 「殿下(でんか)、化風(かふう=風と化)して去(さ)りしは是(こ)れ汝(なんじ)が生身(しょうしん=産みの)の父母(ふぼ)、見(げん)に位(くらい)に坐(ざ)せるは、是(こ)れ那(か)の祈雨(きう=雨乞い)の全真(ぜんしん)也(なり)」 太子(たいし)道(い)わく、 「胡説(こせつ)!胡説!我(わ)が父(ちち)全真(ぜんしん)の去(さ)りし後(のち)、風(かぜ)調(ととの)い雨(あめ)順(したが)い、国(くに)泰(やす)く民(たみ)安(やす)し。汝(なんじ)が説(と)くに照(てら)せば、便(すなわ)ち是(こ)れ我(わ)が父王(ふおう)に非(あら)ず。還(なお)是(こ)れ我(われ)年(とし)孺(わか)くして、汝(なんじ)を容(ゆる)し得(う)るも、若(も)し我(わ)が父王(ふおう)汝(なんじ)が這(こ)の番(ひとくさ)り的話(はなし)を聞(き)かば、拿(とら)え去(さ)りて、尸(しかばね)を砕(くだ)き万段(ばんだん)と為(な)さん!」 行者(ぎょうじゃ)を咄(とつ=どっと)の一声(ひとこえ)に喝(かつ)し下(おろ)す。行者(ぎょうじゃ)唐僧(とうそう)に対(たい)して道(い)わく、 「何如(いかん)ぞや?我(われ)説(い)えるに他(かれ)信(しん)ぜずと、果(はた)して!果(はた)して!如今(いま)却(かえっ)て那(か)の宝貝(ほうばい)を拿(と)りて進(たてまつ)り他(かれ)に与(あた)え、関文(かんぶん=通行証)を倒換(とうかん=交換)し、西方(さいほう)へ往(ゆ)かんか」 三蔵(さんぞう)即(すなわ)ち紅匣子(こうこうし=赤き箱)を将(もっ)て行者(ぎょうじゃ)に逓(わた)す。行者(ぎょうじゃ)接(う)け過(す)ぎ来(きた)り、身(み)を将(もっ)て一抖(ひとゆす)りすれば、那(か)の匣児(こうじ=箱)卒(たちま)ち見(み)えず、原(もと)是(こ)れ他(かれ)が毫毛(ごうもう)の変(へん)じたるを、他(かれ)に被(よ)って身(み)の上(うえ)に収(おさ)め去(さ)られたる也(なり)。却(かえっ)て白玉珪(はくぎょくけい)を双手(もろて)に捧(ささ)げ上(あ)げ、太子(たいし)に献(けん)ず。 太子(たいし)見(み)て道(い)わく、 「好(よ)き和尚(おしょう)!好(よ)き和尚(おしょう)!汝(なんじ)五年前(ごねんぜん)本(もと)是(こ)れ個(ひとり)の全真(ぜんしん)にして、来(きた)りて我(わ)が家(いえ)の宝貝(ほうばい)を騙(だま)し取(と)り、如今(いま)又(また)和尚(おしょう)に妝(よそお)い做(な)りて来(きた)りて進献(しんけん=献上)す!」 叫(よ)ばんとす、 「拿(とら)えよ!」 一声(ひとこえ)令(れい)を伝(つた)う、長老(ちょうろう)を把(もっ)て唬(おどろ)かされ慌(あわ)てて忙(いそ)ぎ行者(ぎょうじゃ)を指(さ)して道(い)わく、 「汝(なんじ)這(こ)の弼馬温(ひつばおん)!専(もっぱ)ら空頭禍(くうとうか=でっち上げの災い)を撞(つ)き、我(われ)を帯累(たいるい=巻き添え)する哩(ぞ)!」 行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に一斉(いっせい)に攔(さえぎ)り住(とど)めて道(い)わく、 「嚷(わめ)くを休(や)めよ!風(ふう=消息)を走(に)がす莫(なか)れ!我(われ)立帝貨(りつていか)と叫(よ)ばれず、還(なお)真名(しんめい=本名)有(あ)る哩(ぞ)」 太子(たいし)怒(いか)って道(い)わく、 「汝(なんじ)上(のぼ)り来(こ)よ!我(われ)汝(なんじ)に個(ひとつ)の真(まこと)の名字(みょうじ=名)を問(と)い、好(よ)く法司(ほうし=役所)に送(おく)りて罪(つみ)を定(さだ)めん!」 行者(ぎょうじゃ)道(い)わく、 「我(われ)は是(こ)れ那(か)の長老(ちょうろう)の大徒弟(だいとてい)、名(な)を悟空孫行者(ごくうそんぎょうじゃ)と喚(よ)び、我(わ)が師父(しふ)と与(とも)に西天(さいてん)に上(のぼ)りて経(きょう)を取(と)るに因(よ)り、昨宵(さくしょう=昨夜)此(ここ)に到(いた)りて宿(やど)を覓(もと)めり。我(わ)が師父(しふ)夜(よる)経巻(きょうかん)を読(よ)み、三更(さんこう)の時分(じぶん)に至(いた)りて一夢(ひとゆめ)を得(え)、汝(なんじ)が父王(ふおう)の道(い)えるを夢(ゆめ)みたり、他(かれ)那(か)の全真(ぜんしん)に被(よ)って欺(あざむ)き害(そこな)われ、御花園(ごかえん)の八角琉璃井(はっかくるりい)の内(うち)に推(お)し在(お)かれ、全真(ぜんしん)他(かれ)の模様(すがた)に変(へん)じ作(な)れりと。満朝(まんちょう)の官(かん)知(し)る能(あた)わず、汝(なんじ)年幼(ねんよう)にして亦(また)分暁(ぶんぎょう=見分け)無(な)く、汝(なんじ)を禁(きん)じて宮(きゅう)に入(い)らしめず、花園(かえん)を関(とざ)し、大端(たいたん=大方)消息(しょうそく=秘密)の漏(も)れんことを怕(おそ)るる也(なり)。汝(なんじ)が父王(ふおう)今夜(こんや)特(ことさ)らに来(きた)りて我(われ)に魔(ま)を降(くだ)さんことを請(こう)う、我(われ)恐(おそ)らくは是(こ)れ妖邪(ようじゃ)に非(あら)ざらんと、自(みずか)ら空中(くうちゅう)に在(あ)りて看(み)るに、果(はた)して是(こ)れ個(ひとり)の妖精(ようせい)也(なり)。正(まさ)に手(て)を動(うご)かして他(かれ)を拿(とら)えんと要(よう)するに、不期(おもわず)汝(なんじ)城(しろ)を出(い)でて猟(かり)を打(う)てり。汝(なんじ)が箭(や)の中(あた)てし玉兔(ぎょくと)は、便(すなわ)ち是(こ)れ老孫(ろうそん)也(なり)。老孫(ろうそん)汝(なんじ)を把(もっ)て寺(てら)の裏(うち)に引(ひ)き到(いた)り、師父(しふ)に見(まみ)え、此(こ)の衷腸(ちゅうちょう=胸の内)を訴(うった)う、句句(くく=一句一句)是(こ)れ実(まこと)也(なり)。汝(なんじ)既(すで)に然(しか)く白玉珪(はくぎょくけい)を認(みと)め得(う)るに、怎麼(どう)して鞠養(きくよう=育て)の恩情(おんじょう)を念(ねん)ぜず、親(おや)に替(かわ)りて仇(あだ)を報(ほう)ぜざるや?」 那(か)の太子(たいし)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)惨慽(さんせき=痛ましく)、暗(あん)に自(みずか)ら傷愁(しょうしゅう=傷み憂い)て道(い)わく、 「若(も)し此(こ)の言語(げんご)を信(しん)ぜざれば、他(かれ)却(かえっ)て三分(さんぶ=三割)の真実(しんじつ)有(あ)り。若(も)し信(しん)ぜば、怎(いか)で奈何(せんかた)なく、殿上(でんじょう)に見(み)ゆるは是(こ)れ我(わ)が父王(ふおう)なるを?」 這(こ)れ才(はじ)めて是(こ)れ進退(しんたい)両難(りょうなん)にして心(こころ)口(くち)に問(と)い、三思(さんし=三度考え)忍耐(にんたい)して口(くち)心(こころ)に問(と)う也(なり)。行者(ぎょうじゃ)他(かれ)の疑惑(ぎわく)して定(さだ)まらざるを見(み)、又(また)上前(まえ)に道(い)わく、 「殿下(でんか)心(こころ)を疑(うたが)う必(かなら)ずしも要(い)らず、請(こう)う殿下(でんか)駕(が)を本国(ほんごく)に回(めぐ)し、汝(なんじ)が国母娘娘(こくぼにゃんにゃん=母后)に一声(ひとこえ)問(と)い、他(かれ)が夫妻(ふさい)の恩愛(おんあい)の情(じょう)の、三年前(さんねんぜん)に比(くら)べて如何(いかん)を看看(みみ=見て)よ。只(た)だ此(こ)の一問(ひととい)、便(すなわ)ち真偽(しんぎ)を知(し)る矣(なり)」 那(か)の太子(たいし)心(こころ)を回(めぐ)らして道(い)わく、 「正(まさ)に是(こ)れ!且(しばら)く待(ま)て、我(われ)に我(わ)が母(はは)に問(と)いに去(ゆ)き来(きた)らん」 他(かれ)身(み)を跳(と)び起(た)ち、玉珪(ぎょくけい)を籠(かごい=懐に)えて便(すなわ)ち走(はし)る。行者(ぎょうじゃ)扯(ひ)き住(とど)めて道(い)わく、 「汝(なんじ)が這(こ)の人馬(じんば)都(みな)回(かえ)らば、却(かえっ)て消息(しょうそく=秘密)を走(に)がさずや、我(われ)功(こう)を成(な)し難(がた)からんや?但(た)だ汝(なんじ)に単人独馬(たんじんどくば=単騎)にて城(しろ)に入(い)ることを要(よう)し、名(な)を揚(あ)げ売弄(ばいろう=ひけらかす)す可(べ)からず、正陽門(せいようもん)に入(い)る莫(なか)れ、須(かなら)ず後宰門(こうさいもん=裏門)より入(い)り去(さ)れ。宮中(きゅうちゅう)に到(いた)りて汝(なんじ)が母(はは)に見(まみ)ゆるに、切(きっ)して高声(こうせい=大声)大気(たいき=荒々しき息)を休(や)め、須(かなら)ず是(こ)れ悄語(しょうご=ささやき)低言(ていげん=小声)なれ。恐(おそ)らくは那(か)の怪(かい)神通(じんつう)広大(こうだい)にして、一時(ひととき)消息(しょうそく)を走(に)がさば、汝(なんじ)が娘児(にゃんじ=母と子)たちの性命(せいめい)俱(みな)保(たも)ち難(がた)き也(なり)」 太子(たいし)謹(つつし)んで教命(きょうめい=教え)を遵(したが)い、山門(さんもん)を出(い)でて将官(しょうかん)に吩咐(ふんふ)して、 「穏(おだやか)に此(ここ)に在(あ)りて軍(ぐん)を屯(たくわ)え、移動(いどう)するを得(え)ざれ。我(われ)に一事(いちじ)有(あ)り、我(われ)が去(ゆ)き了(しま)りて来(きた)るを待(ま)ち、一同(いちどう)に城(しろ)に入(い)らん」 他(かれ)を看(み)よ: 指揮(しき=指図し)号令(ごうれい)して軍士(ぐんし)を屯(たくわ)え、 馬(うま)に上(のぼ)ること飛(と)ぶが如(ごと)く即(すなわ)ち城(しろ)に転(かえ)る。 這(こ)の一去(いっきょ)、知(し)らず娘娘(にゃんにゃん)に見(まみ)えて、何(なん)の話(はなし)説(と)く有(あ)るかは、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説き明かし)を聴(き)け。 第三十八回 嬰児(えいじ)母(はは)に問(と)うて邪正(じゃしょう)を知(し)り 金木(きんもく)玄(げん)に参(さん)じて仮真(かしん)を見(み)る   君(きみ)に逢(あ)わば只(た)だ受生(じゅしょう)の因(いん)を説(と)かん、すなわち如来(にょらい)会(え)上(じょう)の人(ひと)と作(な)らん。   一念(いちねん)静(しず)かに観(かん)ずれば塵世(じんせい)の仏(ほとけ)、十方(じっぽう)同(とも)に看(み)る威神(いじん)の降(くだ)るを。   今日(こんにち)の真(しん)の明主(めいしゅ)を知(し)らんと欲(ほっ)すれば、須(すべから)く当年(とうねん)の嫡母(ちゃくぼ)の身(み)に問(と)うべし。   別(べつ)に世間(せけん)の曾(かつ)て未(いま)だ見(み)ざる有(あ)り、一行(いっこう)一步一步(いっぽ)一花(いっか)新(あら)たなり。   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の烏鶏国(うけいこく)の王太子(おうたいし)、大聖(たいせい)と別(わか)れしより、多(おお)くの時(とき)ならずして城中(じょうちゅう)に回(かえ)り至(いた)る。果(はた)して朝門(ちょうもん)に奔(はし)らず、敢(あえ)て報(ほう)じて宣詔(せんしょう)を伝(つた)えず、径(ただ)ちに後宰門(こうさいもん)の首(ほとり)に至(いた)れば、幾箇(いくつ)かの太監(たいかん)の彼処(かしこ)に在(あ)って守(まも)る有(あ)り。太子(たいし)の来(きた)るを見(み)て、敢(あえ)て阻滞(そたい=引き止め)せず、彼(かれ)をして進(い)り去(さ)らしむ。   好(よ)き太子(たいし)かな、馬(うま)を一(ひと)つ夾(きょう=挟)み、撞(つ)き入(い)って裏面(うち)に至(いた)り、忽(たちま)ち錦香亭(きんこうてい)の下(した)に至(いた)る。只(た)だ見(み)れば那(か)の正宮(せいきゅう)の娘娘(にゃんにゃん)錦香亭(きんこうてい)の上(うえ)に坐(ざ)し、両辺(りょうべん)に数十箇(すうじっこ)の嬪妃(ひんひ)の扇(おうぎ)を掌(と)る有(あ)り、那(か)の娘娘(にゃんにゃん)彫欄(ちょうらん=彫りの欄干)に倚(よ)りて児(じ)と流涙(りゅうるい)する哩(のみ)。   你(なんじ)道(い)う、他(かれ)の涙(なみだ)を流(なが)すは怎(いか)にするかと? 原(もと)来(もと)他(かれ)四更(しこう)の時(とき)にも亦(ま)た一(ひとつ)の夢(ゆめ)を作(な)し、一半(いっぱん)を記(き)し得(え)、一半(いっぱん)を含糊(あいまい)にし、沉沉(ちんちん=深く)として思想(しそう)す。   這(こ)の太子(たいし)馬(うま)を下(お)り、亭下(ていか)に跪(ひざまず)き、叫(よ)んで道(いわ)く、「母親(はは)!」 那(か)の娘娘(にゃんにゃん)強(し)いて歓容(かんよう=喜びの顔)を整(ととの)え、声(こえ)を叫(あ)げて「孩児(がいじ)、喜(よろこ)ばしき哉(かな)! 喜(よろこ)ばしき哉(かな)! 這(こ)の二三年(にさんねん)前殿(ぜんでん)に在(あ)って你(なんじ)が父王(ぶおう)と講(こう)を開(ひら)き、相見(あいまみ)るを得(え)ず、我(われ)甚(はなは)だ思量(しりょう=思い)す。今日(こんにち)如何(いかん)して暇(いとま)を得(え)て我(われ)を看(み)に来(きた)る一面(いちめん)か? 誠(まこと)に万千(ばんせん)の喜(よろこ)び! 誠(まこと)に万千(ばんせん)の喜(よろこ)び! 孩児(がいじ)、你(なんじ)怎(なん)ぞ声音(こえ)の悲惨(ひさん)なるか? 你(なんじ)が父王(ぶおう)年紀(とし)高邁(こうまい)にして、一日(いちじつ)の竜(りゅう)碧海(へきかい)に帰(かえ)り、鳳(ほう)丹霄(たんしょう)に返(かえ)る有(あ)らば、你(なんじ)すなわち帝位(ていい)を伝(つた)えん、還(ま)た甚(なん)の悦(よろこ)ばざる有(あ)らんや?」   太子(たいし)叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「母親(はは)、我(われ)你(なんじ)に問(と)わん:位(くらい)に即(つ)き竜(りゅう)に登(のぼ)るは是(こ)れ那箇(だれ)ぞ? 孤(こ)と称(しょう)し寡(か)と道(い)うは果(はた)して何人(なんびと)ぞ?」   娘娘(にゃんにゃん)言(こと)を聞(き)いて道(いわ)く、「這(こ)の孩児(がいじ)風(ふう=狂気)を発(はっ)したり! 皇帝(こうてい)を作(な)すは是(こ)れ你(なんじ)が父王(ぶおう)なるに、你(なんじ)問(と)うて怎(いか)にせんとするか?」   太子(たいし)叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「万(よろず)に望(のぞ)む、母親(はは)子(こ)を敕(ゆる=許)して罪(つみ)無(な)からしめよ。敢(あえ)て問(と)わん;敕(ゆる)さずんば、敢(あえ)て問(と)わじ。」   娘娘(にゃんにゃん)道(いわ)く、「子母(しぼ=母子)の家(いえ)に何(なん)の罪(つみ)有(あ)らん? 敕(ゆる)さん、敕(ゆる)さん、快(すみ)やかに快(すみ)やかに説(と)き来(きた)れ。」   太子(たいし)道(いわ)く、「母親(はは)、我(われ)你(なんじ)に問(と)わん、三年前(さんねんまえ)夫妻宮裏(ふさいきゅうり)の事(こと)と後(のち)三年(さんねん)の恩愛(おんあい)と同(おな)じきか否(いな)か、如何(いかん)?」   娘娘(にゃんにゃん)説(と)くを見(み)て、魂(たましい)飄(ひょう=漂)い魄(はく)散(さん)じ、急(いそ)ぎ亭(てい)を下(お)り抱(いだ)き起(おこ)し、緊(かた)く懐(ふところ)に摟(いだ)き、眼(め)の中(うち)に涙(なみだ)を滴(したた)らして道(いわ)く、「孩児(がいじ)! 我(われ)你(なんじ)と久(ひさ)しく相見(あいまみ)ざりしに、怎(なん)ぞ今日(こんにち)宮(きゅう)に来(きた)りて此(これ)を問(と)うか?」   太子(たいし)怒(いか)りを発(はっ)して道(いわ)く、「母親(はは)話(ことば)有(あ)らば早(はや)く説(と)け、説(と)かざる時(とき)は、且(しばら)く大事(だいじ)を誤(あやま)らんとす。」   娘娘(にゃんにゃん)才(ようや)く左右(さゆう)を喝退(かったい=叱り退け)し、涙眼(るいがん)に声(こえ)を低(ひく)くして道(いわ)く、「這(こ)の樁(くだり)の事(こと)、孩児(がいじ)問(と)わずんば、我(われ)九泉(きゅうせん)の下(した)に到(いた)るも、亦(ま)た明白(めいはく)を得(え)じ。既(すで)に問(と)う時(とき)は、我(われ)が説(と)くを聴(き)け:   三載(さんさい)の前(まえ)は温(あたた)かに又(ま)た暖(あたた)かなり、三年(さんねん)の後(のち)は冷(つめた)きこと冰(こおり)の如(ごと)し。   枕辺(まくらべ)に切切(せつせつ=しきり)として言(ことば)を将(もっ)て問(と)えば、他(かれ)説(いわ)く、老邁(ろうまい)身(み)衰(おとろ)えて事(こと)興(おこ)らずと!」   太子(たいし)言(こと)を聞(き)いて、手(て)を撒(はな)ち身(み)を脱(のが)れ、鞍(くら)に攀(よ)じ登(のぼ)って馬(うま)に上(のぼ)る。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)一把(ひとつか)みに扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、「孩児(がいじ)、你(なんじ)甚(なん)の事(こと)有(あ)りてか、話(ことば)終(おわ)らずしてすなわち走(はし)るか?」   太子(たいし)面前(めんぜん)に跪(ひざまず)きて道(いわ)く、「母親(はは)、敢(あえ)て説(い)わず! 今日(こんにち)早朝(そうちょう)、欽差(きんさ=勅命)を蒙(こうむ)り、鷹(たか)を架(か)け犬(いぬ)を逐(お)って、城(しろ)を出(い)でて打猟(かり)し、偶(たまた)ま東土(とうど)より駕(が)し来(きた)れる箇(ひとつ)の取経(しゅきょう)の聖僧(しょうそう)に遇(あ)えり。大徒弟(だいとてい)有(あ)って乃(すなわ)ち孫行者(そんぎょうじゃ)、極(きわ)めて善(よ)く妖(よう)を降(くだ)す。原(もと)来(もと)我(われ)が父王(ぶおう)は御花園(ごかえん)の八角琉璃井(はっかくるりのい)の内(うち)に死(し)し、這(こ)の全真(ぜんしん)仮(かり)に父王(ぶおう)に変(へん)じて、竜位(りゅうい)を侵(おか)せり。今夜(こんや)三更(さんこう)、父王(ぶおう)夢(ゆめ)に托(たく)し、他(かれ)を請(こ)うて城(しろ)に到(いた)り怪(あやかし)を捉(とら)えんとす。孩児(がいじ)敢(あえ)て尽(ことごと)くは信(しん)ぜず、特(こと)に来(きた)って母(はは)に問(と)う。母親(はは)才(ようや)く這(こ)の等(ごと)き言語(ことば)を説(と)き出(いだ)せり、必(かなら)ず是(こ)れ箇(ひとつ)の妖精(ようせい)ならん。」   那(か)の娘娘(にゃんにゃん)道(いわ)く、「児(こ)や、外人(がいじん)の言(ことば)、你(なんじ)怎(なん)ぞすなわち信(しん)じて実(じつ)と為(な)すか?」   太子(たいし)道(いわ)く、「児(こ)還(ま)た敢(あえ)て実(じつ)と認(みと)めず、父王(ぶおう)表記(ひょうき=証拠の品)を遺(のこ)して他(かれ)に与(あた)えり。」   娘娘(にゃんにゃん)問(と)うて是(こ)れ何物(なにもの)ぞと、太子(たいし)袖中(しゅうちゅう)より那(か)の金廂白玉圭(きんしょうはくぎょくけい)を取(と)り出(いだ)し、娘娘(にゃんにゃん)に遞(わた)す。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)認(みと)め得(え)て是(こ)れ当時(とうじ)国王(こくおう)の宝(たから)なるを、止(とど)むるを得(え)ず涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)く、声(こえ)を叫(あ)げて道(いわ)く、「主公(しゅこう)! 你(なんじ)怎(なん)ぞ三年(さんねん)死(し)し去(さ)りて、来(きた)りて我(われ)を見(み)ず、却(かえっ)て先(ま)ず聖僧(しょうそう)に見(まみ)え、後(のち)に来(きた)りて我(われ)を見(み)るか?」   太子(たいし)道(いわ)く、「母親(はは)、這(こ)の話(ことば)は是(こ)れ怎(いか)に説(と)くか?」   娘娘(にゃんにゃん)道(いわ)く、「児(こ)や、我(われ)四更(しこう)の時分(じぶん)に、亦(ま)た一(ひとつ)の夢(ゆめ)を作(な)し、夢(ゆめ)に你(なんじ)が父王(ぶおう)の水(みず)淋淋(りんりん=びしょ濡れ)として、我(われ)が跟前(まえ)に立(た)ちて、親(みずか)ら他(かれ)が死(し)せると説(い)い、鬼魂(きこん)児(じ)唐僧(とうぞう)を拜請(はいせい)して仮(かり)の皇帝(こうてい)を降(くだ)し、他(かれ)が前身(ぜんしん)を救(すく)わんとすと。記(き)するは便(すなわ)ち是(こ)の等(ごと)き言語(ことば)と記(き)し得(え)るも、只(た)だ一半児(いっぱん)分明(ぶんめい)を得(え)ず、正(まさ)に這(こ)の処(ところ)に在(あ)って狐疑(こぎ=疑い)す。怎(なん)ぞ知(し)らん今日(こんにち)你(なんじ)又(ま)た来(きた)りて這(こ)の話(ことば)を説(と)き、又(ま)た宝貝(ほうべい)を将(もっ)て拿(と)り出(いだ)さんとは。我(われ)且(しばら)く収(おさ)め下(おろ)さん、你(なんじ)且(しばら)く去(ゆ)きて那(か)の聖僧(しょうそう)を請(こ)うて急急(きゅうきゅう)に之(これ)を為(な)せ。果(はた)して妖氛(ようふん=妖気)を掃蕩(そうとう)し、邪正(じゃしょう)を辨明(べんめい)せば、庶(こいねがわ)くは你(なんじ)が父王(ぶおう)の養育(よういく)の恩(おん)を報(ほう)ぜん也(なり)。」   太子(たいし)急忙(きゅうぼう)に馬(うま)に上(のぼ)り、後宰門(こうさいもん)を出(い)で、城池(じょうち)を逃(に)げ離(はな)れ、真箇(まこと)に是(こ)れ涙(なみだ)を噙(ふく)み頭(こうべ)を叩(たた)いて国母(こくぼ)に辞(じ)し、悲(かなし)みを含(ふく)み首(こうべ)を頓(とん)して唐僧(とうぞう)に復(ふく)す。多(おお)くの時(とき)ならずして、城門(じょうもん)を出(い)で、径(ただ)ちに宝林寺(ほうりんじ)の山門(さんもん)の前(まえ)に至(いた)りて馬(うま)を下(お)りる。   衆(しゅう)の軍士(ぐんし)太子(たいし)を接(むか)え、又(ま)た紅輪(こうりん=夕日)将(まさ)に墜(お)ちんとするを見(み)る。太子(たいし)令(れい)を伝(つた)えて、軍士(ぐんし)の乱(みだ)りに動(うご)くを許(ゆる)さず、他(かれ)又(ま)た独(ひと)り箇(ひとつ)山門(さんもん)に入(い)り、衣冠(いかん)を整束(せいそく=整え)し、拝(はい)して行者(ぎょうじゃ)を請(こ)う。   只(た)だ見(み)れば那(か)の猴王(こうおう)正殿(せいでん)より揺揺擺擺(ようようはいはい=ゆらゆら)として走(はし)り来(きた)る、那(か)の太子(たいし)双膝(そうしつ=両膝)を跪(ひざまず)き下(おろ)して道(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり。」   行者(ぎょうじゃ)上前(すす)みて攙(たす)け住(とど)めて道(いわ)く、「請(こう)じ起(お)きよ、你(なんじ)城中(じょうちゅう)に到(いた)りて、曾(かつ)て誰(たれ)に問(と)えるかいな?」   太子(たいし)道(いわ)く、「母親(はは)に問(と)えり。」 前言(ぜんげん)を将(もっ)て尽(ことごと)く説(と)き一遍(いっぺん)せり。   行者(ぎょうじゃ)微(かす)かに笑(わら)って道(いわ)く、「若是(も)し那(か)の般(ごと)き冷(つめた)きならば、想(おも)うに是(こ)れ箇(ひとつ)の甚(なん)の冰冷(ひれい=冷たい)なる東西(もの)の変(へん)じたるならん。不打緊(たいしたことなし)! 不打緊(たいしたことなし)! 我(われ)が老孫(ろうそん)の你(なんじ)が与(ため)に掃蕩(そうとう)するを待(ま)て。却(かえっ)て只(た)だ是(こ)れ今日(こんにち)晩(おそ)し、好(よ)く事(こと)を行(おこ)なうに不便(ふべん)なり。你(なんじ)先(ま)ず回(かえ)り去(さ)れ、明早(みょうそう=明朝)の我(われ)が来(きた)るを待(ま)て。」   太子(たいし)地(ち)に跪(ひざまず)き叩拝(こうはい)して道(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)只(た)だ此(ここ)に在(あ)って伺候(しこう=お仕え)し、明日(みょうにち)に到(いた)って師父(しふ)と一路(いちろ=道連れ)に去(ゆ)かんのみ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「不好(よろしからず)! 不好(よろしからず)! 若是(も)し你(なんじ)と一同(いちどう)に城(しろ)に入(い)らば、那(か)の怪物(かいぶつ)疑(うたが)いを生(しょう)じ、我(われ)が撞(ぶつか)り遇(あ)えると説(い)わず、却(かえっ)て你(なんじ)が老孫(ろうそん)を請(こ)うたと説(い)わば、却(かえっ)て他(かれ)をして反(かえっ)て你(なんじ)を怪(あやし)ましむるならずや?」   太子(たいし)道(いわ)く、「我(われ)如今(いま)城(しろ)に入(い)らば、他(かれ)も亦(ま)た我(われ)を怪(あやし)まん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「怪(あやし)んで你(なんじ)を怎(いか)にせんとするか?」   太子(たいし)道(いわ)く、「我(われ)早朝(そうちょう)より差(さし)を蒙(こうむ)り、若干(じゃっかん=幾ばくか)の人馬(じんば)・鷹犬(おうけん)を率(ひき)いて城(しろ)を出(い)でしが、今(いま)一日(いちじつ)更(さら)に一件(いっけん)の野物(やぶつ=獲物)無(な)し、怎(いか)にして駕(が)に見(まみ)えん? 若(も)し我(われ)に箇(ひとつ)の不才(ふさい=無能)の罪(つみ)を問(と)わば、羑里(ゆうり)に監(かん)し陷(おとしい)れん、你(なんじ)明日(みょうにち)城(しろ)に入(い)るも、却(かえっ)て何(なに)を将(もっ)て倚(よ)らんとす? 況(いわ)んや那(か)の班部(はんぶ)の中(うち)に更(さら)に箇(ひとつ)の相知(そうち=知人)の人(ひと)も無(な)きに。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)れ甚(なん)の打緊(たいしたこと)あらん! 你(なんじ)肯(あえ)て早(はや)く説(と)ける時(とき)は、却(かえっ)て尋(たず)ね下(おろ)さずして你(なんじ)を待(ま)たんや?」   好(よ)き大聖(たいせい)かな! 你(なんじ)看(み)よ、他(かれ)すなわち太子(たいし)の面前(めんぜん)に在(あ)って、箇(ひとつ)の手段(しゅだん)を顕(あらわ)し、身(み)を将(もっ)て一(ひと)つ縦(はな)ち、雲端(うんたん)の裏(うち)に跳(と)び在(あ)り、訣(けつ)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)の「唵藍浄法界(おんらんじょうほっかい)」の真言(しんごん)を念(とな)えば、拘(とら)え得(え)たる那(か)の山神(さんじん)・土地(どじ)半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)って施礼(せいれい)して道(いわ)く、「大聖(たいせい)、小神(しょうじん)を呼喚(こかん)す、何(なん)の使令(しれい=お召し)有(あ)るか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老孫(ろうそん)唐僧(とうぞう)を保護(ほご)して此(ここ)に到(いた)り、邪魔(じゃま)を拿(とら)えんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん那(か)の太子(たいし)打猟(かり)して物(もの)無(な)く、敢(あえ)て朝(ちょう)に回(かえ)らず。汝等(なんじら)に箇(ひとつ)の人情(にんじょう=恩義)を討(もと)めん、快(すみ)やかに将(もっ)て獐(のろ)・鹿(しか)・兔(うさぎ)、走獣(そうじゅう)・飛禽(ひきん)、各(おのおの)些(いくら)か尋(たず)ね来(きた)りて、他(かれ)を打発(ほうむけ=帰し)せよ。」   山神(さんじん)・土地(どじ)言(こと)を聞(き)いて、敢(あえ)て命(めい)を承(うけたまわ)らざらんや? 又(ま)た各(おのおの)幾何(いくばく)を要(よう)すると問(と)う。大聖(たいせい)道(いわ)く、「多少(たしょう)に拘(こだわ)らず、些(いくら)か取(と)り来(きた)らば便(すなわ)ち罷(や)めん。」   那(か)の各神(かくしん)すなわち本処(ほんしょ)の陰兵(いんぺい)を着(つ)けて、一陣(いちじん)の聚獣陰風(しゅうじゅういんぷう=獣を集める陰風)を刮(おこ)し、些(いくら)かの野鶏(やけい=野鳥)・山雉(やまきじ)、角鹿(つのしか=角ある鹿)・肥獐(ひのろ=肥えたのろ)、狐(きつね)・獾(あなぐま)・狢(むじな)・兔(うさぎ)、虎(とら)・豹(ひょう)・狼(おおかみ)・虫(けもの)を捉(とら)え、共(あわ)せて百千余隻(ひゃくせんよせき)有(あ)り、行者(ぎょうじゃ)に献(けん)ず。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老孫(ろうそん)要(い)らず、你(なんじ)可(べ)し他(かれ)らを把(もっ)て都(みな)筋(すじ)を捻就(ねんじゅう=よりかけ)て、単(た)だ那(か)の四十里(しじゅうり)の路(みち)の上(うえ)両旁(りょうぼう=両側)に擺(なら)べ在(お)き、那(か)の人(ひと)らを教(おし)えて鷹犬(おうけん)を縦(はな)たずして、拿(と)り回(かえ)って城(しろ)に去(ゆ)かしめ、汝等(なんじら)の功(こう)と算(さん)ぜよ。」   衆神(しゅうしん)言(こと)に依(よ)り、陰風(いんぷう)を散(さん)じ、左右(さゆう)に擺(なら)べ在(お)く。行者(ぎょうじゃ)才(ようや)く雲頭(うんとう)を按(おさ)え、太子(たいし)に対(たい)して道(いわ)く、「殿下(でんか)、請(こう)じ回(かえ)れ、路(みち)の上(うえ)已(すで)に物(もの)有(あ)り、你(なんじ)自(みずか)ら収(おさ)め去(ゆ)け。」   太子(たいし)他(かれ)が半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)って此(こ)の神通(じんつう)を弄(ろう)するを見(み)て、如何(いかん)ぞ信(しん)ぜざらん、只(た)だ得(え)て頭(こうべ)を叩(たた)き拝別(はいべつ)し、山門(さんもん)を出(い)でて令(れい)を伝(つた)え、軍士(ぐんし)らを教(おし)えて城(しろ)に回(かえ)らしむ。   只(た)だ見(み)れば那(か)の路旁(みちばた)果(はた)して無限(むげん)の野物(やぶつ)有(あ)り、軍士(ぐんし)ら鷹犬(おうけん)を放(はな)たず、一箇箇(ひとりひとり)俱(とも)に手(て)を着(つ)けて擒捉(きんどく=捕まえ)し喝采(かっさい)し、俱(とも)に道(いわ)く是(こ)れ千歳殿下(せんざいでんか)の洪福(こうふく=大いなる幸い)なりと、怎(なん)ぞ知(し)らん是(こ)れ老孫(ろうそん)の神功(しんこう)なるを?   你(なんじ)聴(き)け、凱歌(がいか)の声(こえ)唱(うた)いて、一(ひと)つに擁(かこ)んで城(しろ)に回(かえ)る。   這(こ)の行者(ぎょうじゃ)三蔵(さんぞう)を保護(ほご)し、那(か)の本寺(ほんじ)の中(うち)の和尚(おしょう)ら、彼(かれ)らと太子(たいし)の這(こ)の様(よう)に綢繆(ちゅうびゅう=親密)なるを見(み)て、怎(なん)ぞ恭敬(きょうけい)せざらんや? 却(かえっ)て又(ま)た斎供(さいく=斎食)を安排(あんばい=整え)し、唐僧(とうぞう)を管待(かんたい=もてなし)し、依然(いぜん)として還(ま)た禅堂(ぜんどう)の裏(うち)に歇(やす)む。   一更(いっこう)の時分(じぶん)に近(ちか)づくに、行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)に事(こと)有(あ)り、急(いそ)ぎて睡(ねむ)り得(え)ず。他(かれ)一(ひと)つ轂轆(こくろく=ごろり)と爬(はい)き起(お)き、唐僧(とうぞう)の床(とこ)の前(まえ)に到(いた)りて叫(よ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)。」   此(こ)の時(とき)長老(ちょうろう)還(ま)た未(いま)だ睡(ねむ)らざる哩(なり)、他(かれ)行者(ぎょうじゃ)の会(よ)く失驚打怪(しっきょうだかい=驚かし騒ぐ)するを暁(さと)り、睡(ねむ)りを推(お)して応(こた)えず。   行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が光頭(こうとう=坊主頭)を摸(さぐ)り、乱(みだ)りに揺(ゆ)って道(いわ)く、「師父(しふ)、怎(なん)ぞ睡(ねむ)り了(おわ)れるか?」   唐僧(とうぞう)怒(いか)って道(いわ)く、「這(こ)の頑皮(がんぴ=いたずら者)! 這(こ)の早晚(こんな夜更け)に還(ま)た睡(ねむ)らず、吆喝(ようかつ=わめき)して甚(なん)とするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、一(ひと)つの樁事(くだりのこと)有(あ)って你(なんじ)と計較(けいこう=相談)せん。」   長老(ちょうろう)道(いわ)く、「甚(なん)の事(こと)ぞ?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)日間(ひるま)那(か)の太子(たいし)と口(くち)を夸(ほこ)り、我(われ)が手段(しゅだん)の山(やま)より還(ま)た高(たか)く、海(うみ)より還(ま)た深(ふか)く、那(か)の妖精(ようせい)を拿(とら)えること囊(ふくろ)を探(さぐ)って物(もの)を取(と)るが般(ごと)く、手(て)を伸(の)べ去(さ)ってすなわち拿(とら)え将(もっ)て転(かえ)り来(きた)らんと説(い)えり。却(かえっ)て也(ま)た睡(ねむ)り得(え)ず、想起(おもいおこ)すれば、些(いくら)か難(むずか)しき哩(なり)。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「你(なんじ)難(むずか)しと説(い)えば、便(すなわ)ち拿(とら)えずして罷(や)めよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「拿(とら)えるは還(ま)た是(こ)れ拿(とら)えんと要(ほっ)すれど、只(た)だ是(こ)れ理(り)の上(うえ)順(したが)わず。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「這(こ)の猴頭(こうとう=猿め)乱(みだ)りに説(と)く! 妖精(ようせい)人君(じんくん)の位(くらい)を奪(うば)えるに、怎(なん)ぞ理(り)の上(うえ)順(したが)わずと做(な)すか!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)老人家(ろうじんか)只(た)だ経(きょう)を念(とな)え仏(ほとけ)を拜(おが)み、打坐(たざ)し参禅(さんぜん)することを知(し)るのみ、那(いず)れか曾(かつ)て那(か)の蕭何(しょうか)の律法(りっぽう)を見(み)し? 常言(じょうげん)に道(いわ)く、賊(ぞく)を拿(とら)えば贓(ぞう=盗品)を拿(とら)えよと。那(か)の怪物(かいぶつ)三年(さんねん)の皇帝(こうてい)を作(な)しながら、又(ま)た曾(かつ)て馬脚(ばきゃく=尻尾)を走(はし)らさず、風声(ふうせい=噂)を漏(も)らさず。他(かれ)は三宮妃后(さんきゅうひごう)と同(とも)に眠(ねむ)り、又(ま)た両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)と共(とも)に楽(たのし)む。我(われ)が老孫(ろうそん)本事(ほんじ)有(あ)って他(かれ)を拿(とら)え住(とど)むるも、亦(ま)た好(よ)く箇(ひとつ)の罪名(ざいみょう)を定(さだ)めがたし。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「怎(いか)にして好(よ)く罪(つみ)を定(さだ)めがたきか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「他(かれ)は就(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひとつ)の嘴(くち)無(な)き葫蘆(ひさご=瓢箪)なるも、也(ま)た你(なんじ)と幾(いく)たびか滚(ころ)がり上(あが)らん。他(かれ)敢(あえ)て道(いわ)ん、我(われ)は是(こ)れ烏鶏国(うけいこく)の王(おう)なり、甚(なん)の天(てん)に逆(さから)う事(こと)有(あ)って、你(なんじ)来(きた)りて我(われ)を拿(とら)えるかと。何(なに)の執照(しょうしょう=証拠)を将(もっ)て他(かれ)と折辯(せつべん=言い争)わん?」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「凭(よ)って你(なんじ)怎(いか)に生(い)き裁処(さいしょ=裁き処置)するか?」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「老孫(ろうそん)の計(はかりごと)已(すで)に成(な)れり、只(た)だ是(こ)れ你(なんじ)老人家(ろうじんか)に干礙(かんげ=差し障り)して、些(いくら)か児(じ)の護短(こたん=庇うこと)有(あ)るのみ。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「我(われ)怎(いか)にして護短(こたん)するか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「八戒(はっかい)生(うま)れ得(え)て夯(おろか)なるに、你(なんじ)些(いくら)か児(じ)他(かれ)に向(かたむ)くこと有(あ)り。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「我(われ)怎(いか)にして他(かれ)に向(かたむ)くか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)若(も)し他(かれ)に向(かたむ)かずんば、且(しばら)く如今(いま)胆(きも)を把(もっ)て大(おお)いに些(すこ)し放(はな)ち、沙僧(しゃそう)と只(た)だ此(ここ)に在(あ)れ。老孫(ろうそん)と八戒(はっかい)の此(こ)の時(とき)に趁(つ)いて先(ま)ず那(か)の烏鶏国(うけいこく)の城中(じょうちゅう)に入(い)り、御花園(ごかえん)を尋(たず)ね著(あて)て、琉璃井(るりのい)を打(う)ち開(ひら)き、那(か)の皇帝(こうてい)の尸首(しかばね)を撈(すく)い将(もっ)て上(あ)げ来(きた)り、我(われ)らが包袱(ほうほう=包み)の裏(うち)に包(つつ)まんを待(ま)て。明日(みょうにち)城(しろ)に入(い)り、且(しばら)く甚(なん)の倒換文牒(とうかんぶんじょう=通行証の交換)を管(かま)わず、那(か)の怪(あやかし)に見(まみ)えば、棍子(こんす=棒)を掣(ひっさ)げてすなわち打(う)たん。他(かれ)但(た)だ言語(ことば)有(あ)らば、すなわち骨櫬(こっしん=遺骨)を将(もっ)て他(かれ)と看(み)せ、你(なんじ)が殺(ころ)せるは是(こ)れ這(こ)の人物(ひと)なりと説(い)え! 却(かえっ)て太子(たいし)を教(おし)えて上(のぼ)り来(きた)りて父(ちち)を哭(な)かしめ、皇后(こうごう)を出(いだ)して来(きた)りて夫(おっと)を認(みと)めしめ、文武(ぶんぶ)・多官(たかん)に主(あるじ)を見(み)しめ、我(われ)が老孫(ろうそん)兄弟(きょうだい)らと手(て)を動(うご)かさん。這(こ)れ才(ようや)く是(こ)れ対頭(あいて)有(あ)る官事(かんじ=訴訟)の好(よ)く打(う)てるなり。」   唐僧(とうぞう)言(こと)を聞(き)いて暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「只(た)だ怕(おそ)るるは八戒(はっかい)肯(あえ)て去(ゆ)かざらんことを。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「如何(いかん)? 我(われ)你(なんじ)が護短(こたん)すると説(い)えば、你(なんじ)怎(なん)ぞすなわち他(かれ)の肯(あえ)て去(ゆ)かざるを知(し)るか? 你(なんじ)只(た)だ我(われ)が你(なんじ)を叫(よ)ぶ時(とき)の応(こた)えざるが象(ごと)く、半箇時辰(はんこじしん=一時辰の半ば)に便(すなわ)ち了(おわ)らん! 我(われ)が這(こ)の去(ゆ)くは、但(た)だ三寸(さんずん)の爛(ただ)れざる舌(した)に凭(よ)り、説(と)くに猪八戒(ちょはっかい)は莫(な)し、就(すなわ)ち是(こ)れ猪九戒(ちょきゅうかい)なるも、也(ま)た本事(ほんじ)有(あ)って他(かれ)を教(おし)えて我(われ)に跟(したが)いて走(はし)らしめん。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「也(ま)た罷(よ)かろう、你(なんじ)の去(ゆ)きて他(かれ)を叫(よ)ぶに随(したが)え。」   行者(ぎょうじゃ)師父(しふ)を離(はな)れ、径(ただ)ちに八戒(はっかい)の床(とこ)の辺(ほとり)に到(いた)り、叫(よ)んで道(いわ)く、「八戒(はっかい)! 八戒(はっかい)!」   那(か)の呆子(ほうけ=間の抜けた者)は是(こ)れ路(みち)を走(はし)りし辛苦(しんく)の人(ひと)、頭(かしら)を投(な)げ倒(たお)して只(た)だ情(ひたすら)に呼(いき)を打(う)ち、那(いず)れか叫(よ)び得(え)て醒(さ)めん?   行者(ぎょうじゃ)耳(みみ)を揪(つか)み、鬃(たてがみ)を抓(つか)み、他(かれ)を一(ひと)つ拉(ひ)き、拉(ひ)き起(おこ)して、声(こえ)を叫(あ)げて「八戒(はっかい)」と。那(か)の呆子(ほうけ)還(ま)た棱掙(りょうそう=ぼんやり)を打(う)ち、行者(ぎょうじゃ)又(ま)た一声(ひとこえ)叫(よ)べば、呆子(ほうけ)道(いわ)く、「睡(ね)れよ、莫(な)かれ頑(たわむ)れ! 明日(みょうにち)路(みち)を走(はし)らんと要(ほっ)する哩(ぞ)!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「是(こ)れ頑(たわむれ)に非(あら)ず、一(ひと)つの樁(くだり)の買売(ばいばい=商売)有(あ)って、我(われ)你(なんじ)と做(な)し去(ゆ)かん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「甚(なん)の買売(ばいばい)ぞ?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)曾(かつ)て那(か)の太子(たいし)の説(と)けるを聴(き)き得(え)たるか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)曾(かつ)て面(めん)を見(み)ず、曾(かつ)て甚(なん)を説(と)くと聴(き)かず。」   行者(ぎょうじゃ)説(と)く、「那(か)の太子(たいし)我(われ)に告誦(こくしょう=告げ)えて説(いわ)く、那(か)の妖精(ようせい)件(くだり)の宝貝(ほうべい)有(あ)り、万夫不当(ばんぷふとう=万人も当たり難き)の勇(ゆう)なり。我(われ)ら明日(みょうにち)朝(ちょう)に入(い)り、免(まぬか)れず他(かれ)と争敵(そうてき=戦い争)わん、倘(も)し那(か)の怪(あやかし)宝貝(ほうべい)を執(と)りて、我(われ)らを降(くだ)し倒(たお)さば、却(かえっ)て反(かえっ)て不美(ふび=不都合)を成(な)さずや。我(われ)想(おも)うに人(ひと)を打(う)って過(す)ぎざれば、先(さき)に手(て)を下(くだ)すに如(し)かず。我(われ)你(なんじ)と去(ゆ)きて他(かれ)のを偷(ぬす)み来(きた)らば、却(かえっ)て是(こ)れ好(よ)からずや?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥哥(あに)、你(なんじ)我(われ)を哄(だま)して賊(どろぼう)を作(な)しに去(ゆ)かしむる哩(なり)。這(こ)の買売(ばいばい)、我(われ)も也(ま)た去(ゆ)き得(う)べし、果(はた)して実実(じつじつ=確か)に帮寸(ほうすん=手助けの分け前)を暁(さと)り得(え)れば、我(われ)も也(ま)た你(なんじ)と講(こう)して明白(めいはく)にせん:宝貝(ほうべい)を偷(ぬす)み、妖精(ようせい)を降(くだ)せば、我(われ)却(かえっ)て甚(なん)の小家罕気(しょうかかんき=けちけち)の宝貝(ほうべい)を分(わ)かつを奈煩(ないはん=わずらわし)がず、我(われ)すなわち要(い)らん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)要(い)りて甚(なん)を作(な)さんとするか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)你(なんじ)らの乖巧(かいこう=利口)にして能(よ)く言(い)い、人(ひと)の面前(めんぜん)に化(け)し出(いだ)して斎(とき=食)を得(う)る如(ごと)きに如(し)かず、老猪(ろうちょ)身(み)は又(ま)た夯(おろか)に、言語(ことば)又(ま)た粗(あら)く、能(あた)わず経(きょう)を念(とな)うること、若(も)し那(か)の無済無生(むせいむしょう=救い無き)の処(ところ)に到(いた)らば、可(べ)し好(よ)く斎(とき)と換(か)えて食(くら)うべきか!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老孫(ろうそん)只(た)だ名(な)を図(はか)らんと要(ほっ)す、那(いず)れか甚(なん)の宝貝(ほうべい)を図(はか)らん、就(すなわ)ち你(なんじ)に与(あた)えて罷(や)めん。」   那(か)の呆子(ほうけ)都(みな)他(かれ)に与(あた)うと説(い)うを聴(き)き得(え)て、他(かれ)すなわち満心(まんしん)歓喜(かんき)し、一(ひと)つ轂轆(こくろく)と爬(はい)き将(もっ)て起(お)き上(あ)がり、衣服(いふく)を套(かぶ)り上(あ)げ、すなわち行者(ぎょうじゃ)と路(みち)を走(はし)る。   這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ清酒(せいしゅ)紅人面(こうじんめん=酒は人面を紅くす)、黄金(おうごん)道心(どうしん)を動(うご)かす。   両箇(ふたり)密密(みつみつ=こっそり)と門(もん)を開(ひら)き、三蔵(さんぞう)を逃(に)げ離(はな)れ、祥光(しょうこう)を縦(はな)ち、径(ただ)ちに那(か)の城(しろ)に奔(はし)る。   多(おお)くの時(とき)ならずして到(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)せば、只(た)だ楼頭(ろうとう=楼の上)に方(まさ)に二鼓(にこ=二更)なるを聴(き)く。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、二更(にこう)の時分(じぶん)なり。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「正好(ちょうどよい)! 正好(ちょうどよい)! 人(ひと)は皆(みな)頭覚(とうかく=最初の眠り)の裏(うち)に在(あ)って正(まさ)に濃(こまやか)に睡(ねむ)れる也(なり)。」   二人(ふたり)正陽門(せいようもん)に奔(はし)らず、径(ただ)ちに後宰門(こうさいもん)の首(ほとり)に到(いた)れば、只(た)だ梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)の声(こえ)響(ひび)くを聴(き)く。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、前後(ぜんご)の門(もん)皆(みな)緊急(きんきゅう=厳重)なり、如何(いかん)ぞ得(え)て入(い)らん?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「那(いず)れか賊(どろぼう)を作(な)す者の門(もん)の裏(うち)より走(はし)るを見(み)しや? 墻(かき=塀)を瞞(かく)れて跳(と)び過(す)ぎば便(すなわ)ち罷(や)めよ。」   行者(ぎょうじゃ)言(こと)に依(よ)り、身(み)を将(もっ)て一(ひと)つ縦(はな)ち、里羅城墻(りらじょうしょう=内側の城壁)の上(うえ)に跳(と)び上(あ)がり、八戒(はっかい)も也(ま)た跳(と)び上(あ)がる。   二人(ふたり)潜(ひそ)かに裏面(うち)に入(い)り、門路(もんろ=通路)を找(たず)ね著(あ)て、径(ただ)ちに那(か)の御花園(ごかえん)を尋(たず)ぬ。   正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、只(た)だ一座(ひとつ)の三檐白簇(さんえんはくぞく=三重の庇の白い)の門楼(もんろう)有(あ)り、上(うえ)に三箇(みっつ)の亮灼灼(りょうしゃくしゃく=きらきら)の大字(だいじ)有(あ)り、那(か)の星月(せいげつ)の光輝(こうき)に映(えい)じて、乃(すなわ)ち是(こ)れ御花園(ごかえん)。   行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に看(み)れば、幾重(いくえ)もの封皮(ふうひ=封印紙)有(あ)り、公然(こうぜん=そのまま)将(もっ)て鎖門(さもん=錠前)を鏽(さび)に住(とど)ましめり。すなわち八戒(はっかい)に命(めい)じて手(て)を動(うご)かしむ。   那(か)の呆子(ほうけ)鉄鈀(てっぱ=熊手)を掣(ひっさ)げ、力(ちから)を尽(つ)くして一(ひと)つ筑(つ)き、門(もん)を把(もっ)て筑(つ)き得(え)て粉砕(ふんさい)せり。   行者(ぎょうじゃ)先(ま)ず歩(あゆみ)を挙(あ)げて踏(ふ)み入(い)り、忍(しの)ぶるを得(え)ず跳(と)び将(もっ)て起(お)き上(あ)がり、大呼小叫(だいこしょうきょう=大声でわめ)く、唬(おど)ろかし得(え)て八戒(はっかい)上前(すす)みて扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、「哥(あに)や、害(そこ)ない殺(ころ)す我(われ)也(よ)! 那(いず)れか賊(どろぼう)を作(な)す者の乱(みだ)りに嚷(わめ)くを見(み)しや、這(こ)の般(ごと)き吆喝(ようかつ=わめき)するは! 人(ひと)を驚(おどろ)かし醒(さま)して、我(われ)らを把(もっ)て拿(とら)え住(とど)め、官司(かんし=役所)に発(はっ)せば、死罪(しざい)に該(あた)らざるも、也(ま)た要(よう)す原籍(げんせき)に解(かい)し回(かえ)して充軍(じゅうぐん=兵役)にせよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)や、你(なんじ)却(かえっ)て我(われ)が急(きゅう)を発(はっ)するの何(なん)の為(ため)なるかを知(し)らず、你(なんじ)這(これ)を看(み)よ:   彩画(さいが=彩色)の雕欄(ちょうらん)狼狽(ろうばい=荒れ果て)、宝妝(ほうしょう=美飾)の亭閣(ていかく)敧歪(きわい=傾ぎ)す。   莎汀(さてい=草の洲)・蓼岸(りょうがん=蓼の岸)尽(ことごと)く塵(ちり)に埋(うず)もれ、芍薬(しゃくやく)・荼蘼(とび=薔薇)俱(とも)に敗(やぶ)る。   茉莉(まつり=ジャスミン)・玫瑰(まいかい=薔薇)香(かおり)暗(くら)く、牡丹(ぼたん)・百合(ゆり)空(むな)しく開(ひら)く。   芙蓉(ふよう)・木槿(もくきん=むくげ)草(くさ)垓垓(がいがい=生い茂り)、異卉(いき=珍草)・奇葩(きは=珍花)壅(おお)い壊(やぶ)る。   巧石(こうせき=奇石)・山峰(さんぽう)俱(とも)に倒(たお)れ、池塘(ちとう=池)水(みず)涸(か)れて魚(うお)衰(おとろ)う。   青松(せいしょう)・紫竹(しちく)干柴(かんさい=乾いた薪)に似(に)たり、満路(まんろ)茸茸(じょうじょう=ふさふさ)たり蒿艾(こうがい=よもぎ)。   丹桂(たんけい=もくせい)・碧桃(へきとう)枝(えだ)損(そこ)なわれ、海榴(かいりゅう=ざくろ)・棠棣(とうてい=やぶさくら)根(ね)歪(ゆが)む。   橋頭(きょうとう)の曲径(きょくけい=曲がり道)に蒼苔(そうたい=苔)有(あ)り、冷落(れいらく=寂れ)たり花園(かえん)の境界(きょうがい)!」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「且(しばら)く他(かれ)を嘆(たん)じて甚(なん)を作(な)さん? 快(すみ)やかに我(われ)らの買売(ばいばい)を干(おこな)い去(ゆ)かん来(こ)!」   行者(ぎょうじゃ)然(しか)りと雖(いえど)も感慨(かんがい)するも、却(かえっ)て心(こころ)に留(とど)めて唐僧(とうぞう)の夢(ゆめ)を想起(おもいおこ)す、芭蕉樹(ばしょうじゅ)の下(した)方(まさ)に是(こ)れ井(い)なりと説(い)えるを。   正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、果(はた)して一株(ひとくわ)の芭蕉(ばしょう)の、生(お)い得(え)て茂盛(もせい=繁茂)し、衆(おお)くの花木(かぼく)に比(くら)べて不同(ことなり)なるを見(み)る、真(まこと)に是(こ)れ:   一種(いっしゅ)の霊苗(れいびょう=霊なる苗)秀(ひい)で、天生(てんせい)体性(たいせい)空(くう)なり。   枝枝(しし=枝ごと)片紙(へんし=紙片)を抽(ぬき)き、葉葉(ようよう=葉ごと)芳叢(ほうそう=香る叢)を巻(ま)く。   翠縷(すいる=緑の糸)千条(せんじょう)細(ほそ)く、丹心(たんしん=赤き心)一点(いってん)紅(あか)し。   凄凉(せいりょう)たり夜雨(やう)に愁(うれ)い、憔悴(しょうすい)たり秋風(しゅうふう)に怯(おび)ゆ。   長養(ちょうよう=育て)は元丁(げんてい=仙人)の力(ちから)、栽培(さいばい)は造化(ぞうか)の工(わざ)。   書(しょ)を緘(とじ)て妙用(みょうゆう)を成(な)し、揮洒(きしゃ=筆を振るう)に奇功(きこう)有(あ)り。   鳳翎(ほうれい=鳳の羽)寧(いず)くんぞ得(え)て似(に)ん、鸞尾(らんび=鸞の尾)迥(はる)かに相同(おなじ)じ。   薄露(はくろ=薄き露)瀼瀼(じょうじょう=したたり)、軽煙(けいえん=薄き霞)淡淡(たんたん)たり。   青陰(せいいん=青き陰)戸牖(こゆう=窓)を遮(おお)い、碧影(へきえい=緑の影)簾櫳(れんろう=簾)に上(のぼ)る。   鴻雁(こうがん=雁)の栖(すま)うを許(ゆる)さず、何(なん)ぞ玉驄(ぎょくそう=駿馬)を繋(つな)ぐに堪(た)えん。   霜天(そうてん)形(かたち)槁悴(こうすい=やつれ)、月夜(げつや)色(いろ)朦朧(もうろう)たり。   僅(わず)かに炎暑(えんしょ)を消(け)す可(べ)く、猶(な)お日(ひ)の烘(あぶ)るを避(さ)くるに宜(よろ)し。   桃李(とうり)の色(いろ)無(な)きを愧(は)じ、粉墻(ふんしょう=白壁)の東(ひがし)に冷落(れいらく)たり。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「八戒(はっかい)、手(て)を動(うご)かさんか! 宝貝(ほうべい)は芭蕉樹(ばしょうじゅ)の下(した)に埋(うず)め在(あ)る哩(ぞ)。」   那(か)の呆子(ほうけ)双手(そうしゅ=両手)に鈀(は=熊手)を挙(あ)げ、芭蕉(ばしょう)を筑(つ)き倒(たお)し、然(しか)る後(のち)嘴(くち)を用(もち)いて一(ひと)つ拱(ほじく)り、拱(ほじく)り得(え)て三四尺(さんししゃく)の深(ふか)さ有(あ)り、一塊(ひとくれ)の石板(せきばん)の蓋(おお)い住(とど)めるを見(み)る。   呆子(ほうけ)歓喜(かんき)して道(いわ)く、「哥(あに)や! 造化(ぞうけ=幸運)! 果(はた)して宝貝(ほうべい)有(あ)り、是(こ)れ一片(ひとかけら)の石板(せきばん)の蓋(おお)い著(つ)ける哩(ぞ)! 知(し)らず是(こ)れ壇児(つぼ)に盛(も)れるか、是(こ)れ櫃児(ひつ=箱)に装(つ)めるか。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)掀(もちあ)げ起(おこ)して看(み)よ。」   那(か)の呆子(ほうけ)果(はた)して又(ま)た一嘴(ひとくち)、拱(ほじく)り開(ひら)いて看(み)る処(ところ)、又(ま)た霞光(かこう=霞の光)灼灼(しゃくしゃく)、白気(はくき)明明(めいめい)たる有(あ)り。   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 宝貝(ほうべい)放光(ほうこう=光を放)つ哩(ぞ)!」 又(ま)た近(ちか)づき前(まえ)に細(こま)かに看(み)る時(とき)、呀(あ)! 原(もと)来(もと)是(こ)れ星月(せいげつ)の光(ひかり)、那(か)の井中(いのなか)の水(みず)の亮(あきらか=明るき)を映(えい)じ得(え)たるなり。   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)や、你(なんじ)但(た)だ事(こと)を干(おこな)えば、便(すなわ)ち要(よう)す根(ね=手筈)を留(とど)めよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)怎(いか)に根(ね)を留(とど)むるか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「這(こ)れは是(こ)れ一眼(ひとつ)の井(い)なり。你(なんじ)寺裏(てらうち)に在(あ)る時(とき)、早(はや)く井中(いのなか)に宝貝(ほうべい)有(あ)りと説(い)えり、我(われ)却(かえっ)て両条(ふたすじ)の包袱(ほうほう)を捆(くく)る縄(なわ)を帯(たい)し将(もっ)て来(きた)らん、怎(いか)にして箇(ひとつ)の法児(ほう=方法)を作(な)し、老猪(ろうちょ)を把(もっ)て放下(おろ)し去(ゆ)かしめん。如今(いま)空手(からて)にて、這(こ)の裏面(うち)の東西(もの)、怎(いか)にして得(え)て下(くだ)り去(さ)り上(のぼ)り来(きた)らん耶(や)?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)下(くだ)り去(ゆ)かんか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ下(くだ)り去(ゆ)かんと要(ほっ)すれど、只(た)だ縄索(じょうさく=縄)無(な)きのみ。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「你(なんじ)衣服(いふく)を脱(ぬ)げ、我(われ)你(なんじ)に箇(ひとつ)の手段(しゅだん)を与(あた)えん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「甚(なん)の好(よ)き衣服(いふく)有(あ)らん? 這(こ)の直裰(じきとつ=法衣)の子(し)を解(と)けばすなわち是(こ)れ了(おわ)らん。」   好(よ)き大聖(たいせい)かな、金箍棒(きんこぼう)を把(もっ)て拿(と)り出(いだ)し、両頭(りょうとう)を一(ひと)つ扯(ひ)き、叫(よ)んで「長(なが)かれ!」と、足(た)ること七八丈(しちはちじょう)の長(なが)さ有(あ)り。教(おし)えて道(いわ)く、「八戒(はっかい)、你(なんじ)一頭児(いっとう=片端)を抱(いだ)き、你(なんじ)を把(もっ)て井(い)の下(した)に放下(おろ)し去(ゆ)かん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)や、放(おろ)すは便(すなわ)ち放(おろ)し下(おろ)さん、若(も)し水辺(みずべ)に到(いた)らば、すなわち住(とど)まれよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)暁(さと)れり。」   那(か)の呆子(ほうけ)鉄棒(てつぼう)を抱(いだ)き、行者(ぎょうじゃ)に軽(かる)く提(さ)げ将(もっ)て起(おこ)され、他(かれ)を把(もっ)て放下(おろ)し去(ゆ)く。多(おお)くの時(とき)ならずして、水辺(みずべ)に放(おろ)し至(いた)れば、八戒(はっかい)道(いわ)く、「水(みず)に到(いた)れり!」   行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が説(い)うを聴(き)き得(え)て、却(かえっ)て棒(ぼう)を将(もっ)て下(した)へ一(ひと)つ按(おさ)う。那(か)の呆子(ほうけ)撲通(ぼくつう=どぼん)と箇(ひとつ)の没頭蹲(ぼっとうそん=頭から沈む)し、鉄棒(てつぼう)を投(な)げ、便(すなわ)ち水(みず)を負(お)い、口(くち)の裏(うち)に哺哺(ほほ=ぶつぶつ)と嚷(わめ)いて道(いわ)く、「這(こ)の天殺(てんさつ=天罰もの)の! 我(われ)水(みず)に到(いた)らば放(おろ)す莫(な)かれと説(い)えるに、他(かれ)却(かえっ)て我(われ)を把(もっ)て一(ひと)つ按(おさ)えたり!」   行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を擎(ささ)げ上(あ)げ来(きた)り、笑(わら)って道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、可(べ)し宝貝(ほうべい)有(あ)るか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「甚(なん)の宝貝(ほうべい)を見(み)ん、只(た)だ是(こ)れ一井(ひとつ)の水(みず)なるのみ!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「宝貝(ほうべい)は水底(みなそこ)に沈(しず)み在(あ)る哩(ぞ)、你(なんじ)下(くだ)り去(ゆ)きて一(ひと)つ摸(さぐ)り来(きた)れ。」   呆子(ほうけ)真箇(まこと)に深(ふか)く水性(すいせい=泳ぎ)を知(し)る、却(かえっ)てすなわち箇(ひとつ)の猛子(もうし=潜水)を打(う)ち、淬(つ)き将(もっ)て下(くだ)り去(ゆ)く。呀(あ)! 那(か)の井底(いてい)深(ふか)きこと緊(はなはだ)し! 他(かれ)却(かえっ)て着実(ちゃくじつ=しっかり)と又(ま)た一(ひと)つ淬(つ)き、忽(たちま)ち眼(め)を睜(ひら)いて一座(ひとつ)の牌楼(ぱいろう=門楼)の、上(うえ)に水晶宮(すいしょうきゅう)の三箇(みっつ)の字(あざ)有(あ)るを見(み)る。   八戒(はっかい)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、「罷(や)んだ! 罷(や)んだ! 路(みち)を錯(あやま)りて走(はし)り来(きた)れり! 蹡(つまず)きて海(うみ)に下(くだ)り来(きた)れる也(よ)! 海内(かいだい)に箇(ひとつ)の水晶宮(すいしょうきゅう)有(あ)るに、井裏(いのうち)に如何(いかん)ぞ之(これ)有(あ)らん?」   原(もと)来(もと)八戒(はっかい)は此(こ)れ是(こ)れ井竜王(いのりゅうおう)の水晶宮(すいしょうきゅう)なるを知(し)らざるなり。   八戒(はっかい)正(まさ)に話(こと)を叙(の)ぶる処(ところ)、早(はや)く一箇(ひとり)の巡水(じゅんすい)の夜叉(やしゃ)有(あ)り、門(もん)を開(ひら)き、他(かれ)の容姿(ようし=姿)を見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)き入(い)りて報(ほう)じて道(いわ)く、「大王(だいおう)、禍事(かじ=大変)なり! 井上(いのうえ)より一箇(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長い嘴と大耳)の和尚(おしょう)の落(お)ち来(きた)れり! 赤淋淋(せきりんりん=裸)として、衣服(いふく)全(まった)く無(な)く、還(ま)た死(し)せず、逼法(ひっぽう=無理やり)に説話(せつわ=話)する哩(ぞ)。」   那(か)の井竜王(いのりゅうおう)忽(たちま)ち此(こ)の言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、「這(こ)れは是(こ)れ天蓬元帥(てんぽうげんすい)の来(きた)れる也(なり)。昨夜(さくや)夜遊神(やゆうしん)上敕(じょうちょく=上の勅)を奉(ほう)じ、来(きた)りて烏鶏国王(うけいこくおう)の魂霊(こんれい)を取(と)り去(さ)りて唐僧(とうぞう)に拝見(はいけん)せしめ、斉天大聖(せいてんたいせい)を請(こ)うて妖(よう)を降(くだ)さんとす。這(こ)れは怕(おそ)らくは是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)・天蓬元帥(てんぽうげんすい)の来(きた)れるならん、却(かえっ)て他(かれ)を怠慢(たいまん=疎略)す可(べ)からず、快(すみ)やかに他(かれ)を接(むか)え去(ゆ)け也(よ)。」   那(か)の竜王(りゅうおう)衣冠(いかん)を整(ととの)え、衆(しゅう)の水族(すいぞく)を領(ひき)い、門(もん)を出(い)で来(きた)りて厲声(れいせい=厳しい声)に高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く、「天蓬元帥(てんぽうげんすい)、請(こう)ず、裏面(うち)に坐(ざ)せ。」   八戒(はっかい)却(かえっ)て才(ようや)く歓喜(かんき)して道(いわ)く、「原(もと)来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の故知(こち=旧知)なり。」   那(か)の呆子(ほうけ)好歹(よしあし)を管(かま)わず、径(ただ)ちに水晶宮(すいしょうきゅう)の裏(うち)に入(い)る。実(じつ)は上下(じょうげ=席次)を知(し)らず、赤淋淋(せきりんりん)として、すなわち上面(じょうめん=上座)に坐(ざ)す。   竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「元帥(げんすい)、近(ちか)ごろ聞(き)く、你(なんじ)性命(しょうめい)を得(え)、釈教(しゃっきょう)に皈依(きえ)し、唐僧(とうぞう)を保(たも)って西天(せいてん)に取経(しゅきょう)すと、如何(いかん)して此(こ)の処(ところ)に到(いた)り得(え)たるか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「正(まさ)に此(これ)が為(ため)に説(と)く、我(われ)が師兄(しけい)孫悟空(そんごくう)多多(おおい)に拜上(はいじょう=よろしく)と、我(われ)を着(つ)けて来(きた)りて你(なんじ)に甚(なん)の宝貝(ほうべい)を取(と)らんと問(と)わしむる哩(ぞ)。」   竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「憐(あわ)れむ可(べ)し、我(われ)が此(ここ)怎(いか)にして箇(ひとつ)の宝貝(ほうべい)を得(え)ん? 那(か)の江河淮済(こうかわいせい)の竜王(りゅうおう)の、飛騰(ひとう)変化(へんげ)して便(すなわ)ち宝貝(ほうべい)有(あ)るに比(くら)ぶ可(べ)からず。我(われ)久(ひさ)しく此(ここ)に困(くるし)み、日月(じつげつ)すら且(かつ)つ長(なが)くは見(み)るを得(え)ず、宝貝(ほうべい)果(はた)して何(いず)れより自(おのずか)ら来(きた)らん也(や)。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「推辞(たいじ=辞退)する莫(な)かれ、有(あ)れば便(すなわ)ち拿(と)り出(いだ)して罷(や)めよ。」   竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「有(あ)れば便(すなわ)ち一件(いっけん)の宝貝(ほうべい)有(あ)るも、只(た)だ拿(と)り出(いだ)すを得(え)ず、就(すなわ)ち元帥(げんすい)親(みずか)ら来(きた)りて看(み)ば、如何(いかん)?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「妙(みょう)妙(みょう)妙(みょう)! 須(すべから)く是(こ)れ看(み)に来(きた)る可(べ)し也(よ)。」   那(か)の竜王(りゅうおう)前(まえ)に走(はし)り、這(こ)の呆子(ほうけ)後(うしろ)に随(したが)い、水晶宮殿(すいしょうきゅうでん)を転(まわ)り過(す)ぎて、只(た)だ廊廡(ろうぶ=渡り廊下)の下(した)に、一箇(ひとり)の六尺長躯(ろくしゃくちょうく=六尺の長身)の横(よこたわ)り軃(たれ)る有(あ)るを見(み)る。   竜王(りゅうおう)手(て)を用(もち)いて指(ゆびさ)し定(さだ)めて道(いわ)く、「元帥(げんすい)、那廂(あそこ)すなわち是(こ)れ宝貝(ほうべい)なり。」   八戒(はっかい)上前(すす)みて看(み)れば、呀(あ)! 原(もと)来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の死(し)せる皇帝(こうてい)、沖天冠(ちゅうてんかん)を戴(いただ)き、赭黄袍(しゃこうほう=赭黄の袍)を穿(き)し、無憂履(むゆうり)を踏(ふ)み、藍田帯(らんでんたい)を系(し)め、直挺挺(ちょくていてい=まっすぐ)と那廂(あそこ)に睡(ねむ)り在(あ)る。   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「難(なん)難(なん)難(なん)! 算(かぞ)えて宝貝(ほうべい)と為(な)すを得(え)ず! 想(おも)うに老猪(ろうちょ)山(やま)に在(あ)って怪(あやかし)と為(な)りし時(とき)、常(つね)に此(こ)の物(もの)を将(もっ)て飯(めし)と当(あ)て、且(しばら)く説(と)く莫(な)かれ見(み)しの多少(たしょう)を、食(くら)うも也(ま)た食(くら)い夠(あ)きること無数(むすう)なり、那(いず)れか甚(なん)の宝貝(ほうべい)と做(な)すや!」   竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「元帥(げんすい)原(もと)来(もと)知(し)らず、他(かれ)は本(もと)是(こ)れ烏鶏国(うけいこく)の王(おう)の尸首(しかばね)なるが、井中(いのなか)に自(おのずか)ら到(いた)りしより、我(われ)他(かれ)と定顔珠(じょうがんじゅ=容顔を保つ珠)を与(あた)えて定(さだ)め住(とど)め、曾(かつ)て壊(やぶ)るるを得(え)ざりき。你(なんじ)若(も)し肯(あえ)て他(かれ)を背負(お)い出(いだ)し、斉天大聖(せいてんたいせい)に見(まみ)え、仮(かり)に起死回生(きしかいせい=死者を生き返らす)の意(こころ)有(あ)らば、宝貝(ほうべい)を説(と)く莫(な)く、凭(よ)って你(なんじ)が要(い)る甚(なん)の東西(もの)にも皆(みな)有(あ)らん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「既(すで)に這(こ)の等(ごと)く説(と)かば、我(われ)你(なんじ)と背負(お)い出(いだ)さん、只(た)だ把(もっ)て多少(たしょう)の焼埋銭(しょうまいせん=埋葬料)を我(われ)に与(あた)えよと説(い)え。」   竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「其(そ)の実(じつ)銭(ぜに)無(な)し。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)好(よ)く白(ただ)で人(ひと)を使(つか)うか? 果然(はた)して銭(ぜに)無(な)くんば、背負(お)わじ!」   竜王(りゅうおう)道(いわ)く、「背負(お)わずんば、請(こう)ず、行(ゆ)けよ。」   八戒(はっかい)すなわち走(はし)る。竜王(りゅうおう)両箇(ふたり)の力量(りきりょう=力持ち)の夜叉(やしゃ)を差(さし)し、尸(しかばね)を把(もっ)て抬(かつ)ぎ将(もっ)て出(いだ)し去(ゆ)き、水晶宮(すいしょうきゅう)の門外(もんがい)に送(おく)り至(いた)り、那廂(あそこ)に投(な)げ在(お)き、辟水珠(へきすいじゅ=水を避ける珠)を摘(つ)めば、すなわち水(みず)の響(ひび)き有(あ)り。   八戒(はっかい)急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らして看(み)れば、水晶宮(すいしょうきゅう)の門(もん)見(み)えず、一把(ひとつかみ)に那(か)の皇帝(こうてい)の尸首(しかばね)を摸(さぐ)り著(あ)て、慌(あわ)て得(え)て他(かれ)脚(あし)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、水(みず)の面(おもて)より攛(と)び出(い)で、井壁(いのかき=井戸の壁)に扳(すが)り、叫(よ)んで道(いわ)く、「師兄(しけい)! 棒(ぼう)を伸(の)べ下(おろ)して我(われ)を一(ひと)つ救(すく)え!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「可(べ)し宝貝(ほうべい)有(あ)るか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「那(いず)れに有(あ)らん! 只(た)だ是(こ)れ水底(みなそこ)に一箇(ひとり)の井竜王(いのりゅうおう)有(あ)って、我(われ)に死人(しにん)を背負(お)えと教(おし)え、我(われ)曾(かつ)て背負(お)わざりしに、他(かれ)すなわち我(われ)を把(もっ)て門(もん)を出(いだ)し送(おく)り来(きた)り、すなわち那(か)の水晶宮(すいしょうきゅう)見(み)えずなり、只(た)だ那(か)の箇(ひとつ)の尸首(しかばね)を摸(さぐ)り著(あ)て、唬(おどろ)かし得(え)て我(われ)手(て)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、掙搓(しょうさ=もがき)するも動(うご)かざるなり! 哥(あに)や! 好歹(ともかく)我(われ)を救(すく)え児(よ)!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「那(か)の箇(ひとつ)すなわち是(こ)れ宝貝(ほうべい)なるに、如何(いかん)ぞ背負(お)い上(あ)げ来(きた)らざるか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「他(かれ)の死(し)して多少(いくばく)の時(とき)なるを知(し)らん、我(われ)他(かれ)を背負(お)いて怎(いか)にせんとするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)背負(お)わずんば、我(われ)回(かえ)り去(ゆ)かん也(よ)。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)那(いず)れに回(かえ)り去(ゆ)かんとするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)寺中(じちゅう)に回(かえ)り、師父(しふ)と同(とも)に睡(ねむ)り去(ゆ)かん。」 八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)はすなわち去(ゆ)かざるか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)爬(はい)き得(え)て上(のぼ)り来(きた)らば、便(すなわ)ち你(なんじ)を帯(たい)し去(ゆ)かん、爬(はい)き得(え)て上(のぼ)り来(きた)らずんば、便(すなわ)ち罷(や)めん。」   八戒(はっかい)慌(あわ)てたり、「怎(いか)に生(い)きて爬(はい)き得(え)て動(うご)かん! 你(なんじ)想(おも)え、城墻(じょうしょう)すら也(ま)た上(のぼ)り難(がた)し、這(こ)の井(い)は腹(はら=胴)大(おお)きく、口(くち)小(ちい)さく、壁(かべ)陡(けわ)しき圈墻(けんしょう=丸い壁)、又(ま)た是(こ)れ幾年(いくとせ)も曾(かつ)て水(みず)を打(く)まざりし井(い)なれば、団団(まるまる)と皆(みな)生(お)い長(た)ちたるは是(こ)れ苔痕(たいこん=苔の跡)なり、好(よ)く滑(なめらか)ならずや、我(われ)を教(おし)えて怎(いか)に爬(はい)かしめん? 哥哥(あに)、兄弟(きょうだい)らの和気(わき=仲)を失(うしな)う莫(な)かれ、我(われ)の背負(お)い上(あ)げ来(きた)るを待(ま)てよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、快(すみ)やかに快(すみ)やかに背負(お)い上(あ)げ来(きた)れ、我(われ)你(なんじ)と同(とも)に回(かえ)りて睡(ねむ)らん。」   那(か)の呆子(ほうけ)又(ま)た一箇(ひとつ)の猛子(もうし)を打(う)ち、淬(つ)き将(もっ)て下(くだ)り去(ゆ)き、尸首(しかばね)を摸(さぐ)り著(あ)て、曳(ひ)き過(よ)ぎ来(きた)り、身(み)の上(うえ)に背負(お)い、水(みず)の面(おもて)より攛(と)び出(い)で、井壁(いのかき)に扶(すが)りて道(いわ)く、「哥哥(あに)、背負(お)い上(あ)げ来(きた)れり。」   那(か)の行者(ぎょうじゃ)睛(ひとみ)を睜(ひら)いて看(み)る処(ところ)、真箇(まこと)に身(み)の上(うえ)に背負(お)い在(あ)り、却(かえっ)て才(ようや)く金箍棒(きんこぼう)を把(もっ)て井底(いてい)に伸(の)べ下(おろ)せば、那(か)の呆子(ほうけ)悩(なやみ)に著(つ)きたる人(ひと)なれば、口(くち)を張(ひら)き開(ひら)き、鉄棒(てつぼう)を咬(か)み著(つ)け、行者(ぎょうじゃ)に軽(かる)く提(さ)げ将(もっ)て出(いだ)さる。   八戒(はっかい)尸(しかばね)を将(もっ)て放下(おろ)し、衣服(いふく)を撈(すく)い過(よ)ぎて穿(き)る。行者(ぎょうじゃ)看(み)る時(とき)、那(か)の皇帝(こうてい)容顔(ようがん)旧(もと)に依(よ)り、生(い)ける時(とき)と未(いま)だ分毫(ぶんごう=少しも)改(あらた)めざるに似(に)たり。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)や、這(こ)の人(ひと)死(し)して三年(さんねん)なるに、怎(なん)ぞ還(ま)た容顔(ようがん)壊(やぶ)れざるか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)之(これ)を知(し)らず、這(こ)の井竜王(いのりゅうおう)我(われ)に対(たい)して説(いわ)く、他(かれ)定顔珠(じょうがんじゅ)を使(つか)って定(さだ)め住(とど)めたれば、尸首(しかばね)未(いま)だ曾(かつ)て壊(やぶ)るるを得(え)ざりきと。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 一(ひとつ)には是(こ)れ他(かれ)が冤仇(えんきゅう)未(いま)だ報(ほう)ぜざればなり、二(ふたつ)には該(まさ)に我(われ)らの成功(せいこう)なるべし、兄弟(きょうだい)快(すみ)やかに他(かれ)を把(もっ)て背負(お)いて去(ゆ)け。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「背負(お)いて那(いず)れに往(ゆ)かんとするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「背負(お)いて去(ゆ)きて師父(しふ)に見(まみ)えよ。」   八戒(はっかい)口(くち)の中(うち)に念(ねん)を作(な)して道(いわ)く、「怎(なん)の起(おこ)りぞ! 怎(なん)の起(おこ)りぞ! 好(よ)く好(よ)く睡(ねむ)れる人(ひと)を、這(こ)の猢猻(こそん=猿)の花言巧語(かげんこうご=甘言)に被(こうむ)り、我(われ)を哄(だま)して甚(なん)の買売(ばいばい)を教(おし)えて做(な)さしめ、如今(いま)却(かえっ)て這(こ)の等(ごと)き事(こと)を干(おこな)い、我(われ)を教(おし)えて死人(しにん)を背負(お)わしむ! 他(かれ)を背負(お)えば、腌臜(おぞ=汚らわしき)臭水(しゅうすい)の淋(したた)り将(もっ)て下(くだ)り来(きた)り、衣服(いふく)を汚(けが)さん、人(ひと)の我(われ)と漿洗(しょうせん=洗濯)する無(な)し。上(うえ)に幾箇(いくつ)かの補丁(つぎ)有(あ)り、天(てん)の陰(くも)るるに潮(しお)を発(はっ)し、如何(いか)にして穿(き)れんや?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)只(た)だ管(かま)わず背負(お)いて去(ゆ)け、寺裏(てらうち)に到(いた)らば、我(われ)你(なんじ)と衣服(いふく)を換(か)えん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「羞(はじ)らわず! 你(なんじ)の穿(き)たるすら也(ま)た有(あ)らざるに、又(ま)た我(われ)が為(ため)に換(か)えんとす!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)の般(ごと)く嘴(くち)を弄(ろう)すれば、便(すなわ)ち背負(お)わじて罷(や)めよ!」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「背負(お)わじ!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「便(すなわ)ち孤拐(ここつ=くるぶし)を伸(の)べ過(よ)ごせ、二十棒(にじゅうぼう)を打(う)たん!」   八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(いわ)く、「哥哥(あに)、那(か)の棒子(ぼうし)重(おも)し、若(も)し打(う)ち上(あ)ぐること二十(にじゅう)ならば、我(われ)は這(こ)の皇帝(こうてい)と一般(おなじ)ならん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「打(う)たるるを怕(おそ)るる時(とき)は、早(はや)き児(うち)に趁(つ)いて背負(お)いて路(みち)を走(はし)れ!」   八戒(はっかい)果然(はた)して打(う)たるるを怕(おそ)れ、好(よ)き気(き)無(な)く尸首(しかばね)を曳(ひ)き将(もっ)て過(よ)ぎ来(きた)り、身(み)の上(うえ)に背負(お)い、歩(あゆみ)を曳(ひ)きて園(その)を出(い)でてすなわち走(はし)る。   好(よ)き大聖(たいせい)かな、訣(けつ)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)の咒語(じゅご)を念(とな)え、巽地(そんち=巽の方角)に向(むか)いて一(ひと)つの気(いき)を吸(す)い、吹(ふ)き将(もっ)て去(ゆ)けばすなわち是(こ)れ一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)、八戒(はっかい)を把(もっ)て皇宮内院(こうきゅうないいん)より撮(つま)み出(いだ)し、城池(じょうち)を逃(に)げ離(はな)れさせ、風頭(ふうとう=風の先)を息(や)め、二人(ふたり)地(ち)に落(お)ち、徐徐(じょじょ=ゆるやか)と却(かえっ)て走(はし)り将(もっ)て来(きた)る。   那(か)の呆子(ほうけ)心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに悩(なや)み、算計(さんけい=企み)して恨(うらみ)を報(ほう)ぜんと要(ほっ)して行者(ぎょうじゃ)に道(いわ)く、「這(こ)の猴子(さる)我(われ)を捉弄(とくろう=からかい)す、我(われ)寺裏(てらうち)に到(いた)らば也(ま)た他(かれ)を捉弄(とくろう)し捉弄(とくろう)し、師父(しふ)を攛唆(そんさ=そそのか)し、只(た)だ他(かれ)の医(いや)し得(え)て活(い)かすと説(い)わん;医(いや)して活(い)かさずんば、師父(しふ)を教(おし)えて《緊箍児咒(きんこじゅ)》を念(とな)えしめ、這(こ)の猴子(さる)の脳漿(のうしょう=脳みそ)を把(もっ)て勒(しぼ)り出(いだ)さば、方(まさ)に我(われ)が心(こころ)に趁(かな)わん!」   路(みち)を走(はし)りながら、再再(さいさい=重ね重ね)尋思(じんし=思案)して道(いわ)く、「不好(よろしからず)! 不好(よろしからず)! 若(も)し他(かれ)に人(ひと)を医(いや)せと教(おし)えば、却(かえっ)て是(こ)れ容易(ようい)なり:他(かれ)閻王(えんおう)の家(や)に去(ゆ)きて魂霊児(こんれい)を討(もと)め将(もっ)て来(きた)り、すなわち医(いや)し活(い)かさん。只(た)だ陰司(いんし=冥界)に赴(おもむ)くを許(ゆる)さず、陽世(ようせい=この世)の間(あいだ)にすなわち能(よ)く医(いや)し活(い)かすと説(い)えば、這(こ)の法児(ほう)才(ようや)く好(よ)からん。」   説(と)き了(おわ)らざるに、却(かえっ)て山門(さんもん)の前(まえ)に到(いた)り、径直(ただち)に入(い)り去(ゆ)き、尸首(しかばね)を将(もっ)て那(か)の禅堂(ぜんどう)の門前(もんぜん)に投(な)げ在(お)き、道(いわ)く、「師父(しふ)、起(お)きて邪(あやかし)を看(み)よ。」   那(か)の唐僧(とうぞう)睡(ねむ)り得(え)ず、正(まさ)に沙僧(しゃそう)と行者(ぎょうじゃ)の八戒(はっかい)を哄(だま)して去(ゆ)きて久(ひさ)しく回(かえ)らざる事(こと)を講(こう)ずる処(ところ)、忽(たちま)ち他(かれ)の来(きた)りて一声(ひとこえ)叫(よ)ぶを聴(き)き、唐僧(とうぞう)連忙(れんぼう=大急ぎ)で身(み)を起(おこ)して道(いわ)く、「徒弟(とてい)、甚(なん)を看(み)るか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「行者(ぎょうじゃ)の外公(がいこう=母方の祖父)、老猪(ろうちょ)を教(おし)えて背負(お)い将(もっ)て来(きた)らしめたり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の馕糟(のうそう=食い意地の)の呆子(ほうけ)! 我(われ)が那(いず)れに甚(なん)の外公(がいこう)有(あ)らんか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)、你(なんじ)が外公(がいこう)に非(あら)ざれば、却(かえっ)て何(なん)ぞ老猪(ろうちょ)を教(おし)えて他(かれ)を背負(お)い来(きた)らしめたるか? 也(ま)た幾(いく)ばくの力(ちから)を費(つい)やせるを知(し)らざるなり!」   那(か)の唐僧(とうぞう)と沙僧(しゃそう)門(もん)を開(ひら)いて看(み)る処(ところ)、那(か)の皇帝(こうてい)容顔(ようがん)未(いま)だ改(あらた)めず、活(い)けるが般(ごと)き一般(おなじ)なり。   長老(ちょうろう)忽然(こつぜん)として惨凄(さんせい=痛まし)く道(いわ)く、「陛下(へいか)、你(なんじ)知(し)らずや那(いず)れの世(よ)の裏(うち)の冤家(えんか=仇)なるを、今(いま)の生(しょう)に他(かれ)に遇(あ)い、暗(ひそ)かに其(そ)の身(み)を喪(うしな)い、妻(つま)を抛(なげう)ち子(こ)に別(わか)れ、文武(ぶんぶ)の知(し)らざるを致(いた)し、多官(たかん)の暁(さと)らざるを致(いた)す! 憐(あわ)れむ可(べ)し你(なんじ)が妻子(さいし)の昏蒙(こんもう=暗愚)なる、誰(たれ)か曾(かつ)て香(こう)を焚(た)き茶(ちゃ)を献(けん)ずるを見(み)しや?」   忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)いて涙(なみだ)雨(あめ)の下(くだ)るが如(ごと)し。   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)、他(かれ)の死(し)せるは可(べ)し你(なんじ)が事(こと)を干(おこな)うか? 又(ま)た是(こ)れ你(なんじ)が家(いえ)の父祖(ふそ=父祖)に非(あら)ざるに、他(かれ)を哭(な)いて怎(いか)にせんとするか!」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「徒弟(とてい)や、出家人(しゅっけにん)は慈悲(じひ)を本(もと)と為(な)し、方便(ほうべん)を門(もん)と為(な)す、你(なんじ)怎(なん)ぞ這(こ)の等(ごと)く心(こころ)硬(かた)きか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「心(こころ)硬(かた)きに非(あら)ず、師兄(しけい)我(われ)と説(い)えるに、他(かれ)能(よ)く医(いや)し得(え)て活(い)かすと。若(も)し医(いや)して活(い)かさずんば、我(われ)も也(ま)た他(かれ)を背負(お)い来(きた)らざりしならん。」   那(か)の長老(ちょうろう)原(もと)来(もと)是(こ)れ一頭(ひとつ)の水(みず=優柔不断)なれば、那(か)の呆子(ほうけ)に揺(ゆ)り動(うご)かされ、也(ま)た便(すなわ)ちすなわち叫(よ)んで道(いわ)く、「悟空(ごくう)、若(も)し果(はた)して手段(しゅだん)有(あ)って這(こ)の皇帝(こうてい)を医(いや)し活(い)かさば、正(まさ)に是(こ)れ人(ひと)の一命(いちめい)を救(すく)うは、七級(しちきゅう)の浮図(ふと=仏塔)を造(つく)るに勝(まさ)れり、我(われ)らも也(ま)た霊山(りょうざん)に拝仏(はいぶつ)するに強(まさ)れり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、你(なんじ)怎(なん)ぞ這(こ)の呆子(ほうけ)の乱談(らんだん=でたらめ)を信(しん)ずるか! 人(ひと)若(も)し死(し)せば、或(あるい)は三七(さんしち)・五七(ごしち)、尽七日(じんしちにち=七七日)を尽(つく)し、陽間(ようかん=この世)の罪過(ざいか)を受(う)け満(み)てば、すなわち転生(てんしょう)し去(さ)らん、如今(いま)已(すで)に死(し)して三年(さんねん)、如何(いかん)ぞ救(すく)い得(え)ん!」   三蔵(さんぞう)其(そ)の言(こと)を聞(き)いて道(いわ)く、「也(ま)た罷(よ)からん。」   八戒(はっかい)苦(くるし)く恨(うら)んで息(や)まず道(いわ)く、「師父(しふ)、你(なんじ)他(かれ)に瞞(だま)さるる莫(な)かれ、他(かれ)些(いくら)かの夹脳風(きょうのうふう=脳の病)有(あ)り。你(なんじ)只(た)だ那(か)の話児(わじ=例の呪)を念(とな)えよ、管(きっ)と你(なんじ)に一箇(ひとり)の活人(かつじん)を還(かえ)さん。」   真箇(まこと)に唐僧(とうぞう)すなわち《緊箍児咒(きんこじゅ)》を念(とな)えば、勒(しぼ)り得(え)て那(か)の猴子(さる)眼(め)脹(は)れ頭(かしら)疼(いた)む。   畢竟(ひっきょう)怎(いか)に生(い)きて医(いや)し救(すく)うを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第三十九回 一粒(いちりゅう)の金丹(きんたん)天上(てんじょう)に得(え)、三年(さんねん)の故主(こしゅ)世間(せけん)に生(い)く   話説(さて)、那(か)の孫大聖(そんたいせい)、頭痛(ずつう)禁(た)え難(がた)く、哀告(あいこく=嘆き願い)して道(いわ)く、「師父(しふ)、念(とな)うる莫(なか)れ! 念(とな)うる莫(なか)れ! 我(われ)が医(いや)するを待(ま)て!」   長老(ちょうろう)問(と)う、「怎(いか)にして医(いや)するか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「只(た)だ陰司(いんし=冥界)を過(よぎ)り、那(か)の箇(ひとつ)の閻王(えんおう)の家(や)に他(かれ)の魂霊(こんれい)の有(あ)るを査勘(さがしあて=探し当て)、請(こ)い将(もっ)て来(きた)りて他(かれ)を救(すく)うより除(ほか)に無し。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「師父(しふ)他(かれ)を信(しん)ずる莫(なか)れ。他(かれ)原(もと)説(いわ)く、陰司(いんし)を過(よぎ)るを用(もち)いず、陽世(ようせい=この世)の間(あいだ)にすなわち能(よ)く医(いや)し活(い)かすと、方(まさ)に手段(しゅだん)を見(み)すべき哩(ぞ)。」   那(か)の長老(ちょうろう)邪風(じゃふう=邪な風)を信(しん)じ、又(ま)た《緊箍児咒(きんこじゅ)》を念(とな)えば、慌(あわ)て得(え)て行者(ぎょうじゃ)満口(まんこう)に招承(しょうしょう=請け合い)して道(いわ)く、「陽世(ようせい)の間(あいだ)に医(いや)せん! 陽世(ようせい)の間(あいだ)に医(いや)せん!」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「住(とど)まるを要(よう)す莫(なか)れ! 只(た)だ管(かま)わず念(とな)え! 只(た)だ管(かま)わず念(とな)え!」   行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の呆孽畜(ほうげいちく=間抜けな畜生)、師父(しふ)を攛道(そんどう=そそのか)して我(われ)を咒(じゅ=呪)する哩(なり)!」   八戒(はっかい)笑(わら)い得(え)て跌(つまず)きを打(う)って道(いわ)く、「哥(あに)耶(や)! 哥(あに)耶(や)! 你(なんじ)只(た)だ我(われ)を捉弄(とくろう=からかう)することを暁(さと)るのみ、我(われ)も也(ま)た你(なんじ)を捉弄(とくろう)し捉弄(とくろう)することを暁(さと)らざるか!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、念(とな)うる莫(なか)れ! 念(とな)うる莫(なか)れ! 老孫(ろうそん)の陽世(ようせい)の間(あいだ)に医(いや)するを待(ま)て。」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「陽世(ようせい)の間(あいだ)に怎(いか)にして医(いや)すか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)如今(いま)一筋斗雲(ひときんとうん)に、南天門(なんでんもん)の裏(うち)に撞(つ)き入(い)り、斗牛宮(とぎゅうきゅう)に入(い)らず、霊霄殿(れいしょうでん)に入(い)らず、径(ただ)ちに那(か)の三十三天(さんじゅうさんてん)の上(うえ)・離恨天(りこんてん)の宮(きゅう)・兜率院(とそついん)の内(うち)に到(いた)り、太上老君(たいじょうろうくん)に見(まみ)え、他(かれ)の九転還魂丹(くてんかんこんたん)を把(もっ)て一粒(いちりゅう)を求(もと)め得(え)て来(きた)らば、管(きっ)と取(と)りて他(かれ)を救(すく)い活(い)かさん也(なり)。」   三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)いて大(おおい)に喜(よろこ)んで道(いわ)く、「就(すなわ)ち去(ゆ)きて快(すみ)やかに来(きた)れ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「如今(いま)三更(さんこう)の時候(じこう=時分)なるのみ、投到(とうとう=行き着く)まで回(かえ)り来(きた)らば、好(よ)く天(てん)明(あ)けなん。只(た)だ是(こ)れ這(こ)の人(ひと)此(ここ)に睡(ねむ)り在(あ)るは、冷淡冷淡(れいたんれいたん=冷ややか)として、箇(ひとつ)の容姿(ようし=姿)に象(に)ず;須(すべから)く挙哀人(きょあいにん=喪主)を得(え)て他(かれ)を看(み)て哭(な)かせ、便(すなわ)ち才(ようや)く好(よ)からん哩(ぞ)。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「講(こう)ずるを消(もち)いず、這(こ)の猴子(さる)一定(きっと)是(こ)れ我(われ)を要(よう)して哭(な)かしむる哩(ぞ)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)の哭(な)かざるを怕(おそ)るるのみ! 你(なんじ)若(も)し哭(な)かずんば、我(われ)も也(ま)た医(いや)し成(な)さじ!」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥哥(あに)、你(なんじ)自(みずか)ら去(ゆ)け、我(われ)自(みずか)ら哭(な)いて罷(や)めん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「哭(な)くに幾様(いくよう=幾通り)か有(あ)り:若(も)し口(くち)を干(から)して喊(さけ)ぶを之(これ)を嚎(ごう=泣き叫び)と謂(い)い、扭搜(じゅそう=ひねり出)して些(いくら)かの眼泪児(なみだ)を出(いだ)すを之(これ)を啕(とう=すすり泣き)と謂(い)う。又(ま)た要(よう)す哭(な)き得(え)て眼泪(なみだ)有(あ)り、又(ま)た要(よう)す哭(な)き得(え)て心腸(しんちょう=心)有(あ)り、才(ようや)く算(かぞ)えて嚎啕痛哭(ごうとうつうこく=大声で泣き叫ぶ)哩(ぞ)。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)且(しばら)く箇(ひとつ)の様子(てほん)を哭(な)いて你(なんじ)に看(み)せん。」   他(かれ)那(いず)れより箇(ひとつ)の紙条(しじょう=紙切れ)を扯(ひ)き来(きた)るを知(し)らず、拈(ひね)って一箇(ひとつ)の紙拈児(しねんじ=紙撚り)と作(な)し、鼻孔(びこう=鼻の穴)の裏(うち)に往(ゆ)きて両(ふた)つ通(つ)き、幾箇(いくつ)かの涕噴(ていふん=くしゃみ)を打(う)てば、你(なんじ)看(み)よ他(かれ)眼泪汪汪(がんるいおうおう=涙ぐみ)、粘涎答答(ねんぜんとうとう=よだれたらし)として、哭(な)き将(もっ)て起(お)こり、口(くち)の裏(うち)に住(とど)まらざる絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくど)、数黄道黒(すこうどうこく=あれこれ数え立て)、真箇(まこと)に人(ひと)の死(し)にたるが般(ごと)き一般(おなじ)なり。   哭(な)きて那(か)の傷情(しょうじょう=悲しみ)の処(ところ)に到(いた)れば、唐長老(とうちょうろう)も也(ま)た涙(なみだ)滴(したた)り心(こころ)酸(す)し。   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ那(か)の様(よう)の哀痛(あいつう=痛哭)なり、再(ふたた)び声(こえ)を住(とど)むるを許(ゆる)さず。你(なんじ)這(こ)の呆子(ほうけ)我(われ)を哄(だま)し得(え)て去(ゆ)かしめ、你(なんじ)すなわち哭(な)かざるも、我(われ)還(ま)た聴(き)く哩(ぞ)! 若是(も)し這(こ)の等(ごと)く哭(な)けば便(すなわ)ち罷(や)めん、若(も)し略(やや)声児(こえ)を住(とど)めば、定(きっ)と二十箇(にじゅっこ)の孤拐(ここつ=くるぶし)を打(う)たん!」   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「你(なんじ)去(ゆ)け去(ゆ)け! 我(われ)が這(こ)の一(ひと)つ哭(な)き動(うご)き出(いだ)せば、両日(ふつか)哭(な)く哩(ぞ)。」   沙僧(しゃそう)他(かれ)が数落(かぞえ=数え立て)るを見(み)て、便(すなわ)ち去(ゆ)きて幾枝(いくえだ)の香(こう)を尋(たず)ね来(きた)りて焼献(しょうけん=焚いて供)す。   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「好好好(よしよしよし)! 一家児(いっかじ=一家)皆(みな)些(いくら)かの敬意(けいい)有(あ)り、老孫(ろうそん)才(ようや)く好(よ)く功(こう)を用(もち)いん。」   好(よ)き大聖(たいせい)かな、此(こ)の時(とき)半夜(はんや)の時分(じぶん)有(あ)り、他(かれ)が師徒(しと)三衆(さんしゅ)に別(わか)れ、筋斗雲(きんとうん)を縦(はな)ち、只(た)だ南天門(なんでんもん)の裏(うち)に入(い)る。果(はた)して也(ま)た霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に謁(えっ)せず、那(か)の斗牛天宮(とぎゅうてんきゅう)に上(のぼ)らず、一路(いちろ)の雲光(うんこう)にて、径(ただ)ちに三十三天(さんじゅうさんてん)・離恨天(りこんてん)の兜率宮(とそつきゅう)の中(うち)に来(きた)り到(いた)る。   才(ようや)く門(もん)に入(い)れば、只(た)だ見(み)る那(か)の太上老君(たいじょうろうくん)正(まさ)に那(か)の丹房(たんぼう=丹薬の部屋)の中(うち)に坐(ざ)し、衆(しゅう)の仙童(せんどう)と芭蕉扇(ばしょうせん)を執(と)りて火(ひ)を扇(あお)り丹(たん)を煉(ね)る哩(なり)。   他(かれ)行者(ぎょうじゃ)の来(きた)るを見(み)る時(とき)、即(すなわ)ち丹(たん)を看(み)る童児(どうじ)に吩咐(いいつけ)して道(いわ)く、「各(おのおの)要(よう)す仔細(しさい=注意)せよ、丹(たん)を偷(ぬす)む賊(どろぼう)又(ま)た来(きた)れる也(よ)。」   行者(ぎょうじゃ)礼(れい)を作(な)して笑(わら)って道(いわ)く、「老官児(ろうかんじ=翁よ)、這(こ)の等(ごと)く没搭撒(ぼっとうさ=無愛想)に、我(われ)を防備(ぼうび)して怎(いか)にせんとするか? 我(われ)如今(いま)那(か)の様(よう)の事(こと)を干(おこな)わざるなり。」   老君(ろうくん)道(いわ)く、「你(なんじ)那(か)の猴子(さる)、五百年前(ごひゃくねんまえ)大(おおい)に天宮(てんきゅう)を闘(あらそ)い乱(みだ)し、我(われ)が霊丹(れいたん)を把(もっ)て偷(ぬす)み食(くら)うこと無数(むすう)、小聖(しょうせい)二郎(じろう)を着(つ)けて上界(じょうかい)に捉拿(とら)え上(あ)げ、我(われ)が丹炉(たんろ)に送(おく)りて四十九日(しじゅうくにち)煉(ね)り、炭(すみ)も也(ま)た幾(いく)ばく費(つい)やせるを知(し)らず。你(なんじ)如今(いま)幸(さいわ)いに脱身(だっしん)を得(え)、仏果(ぶっか)に皈依(きえ)し、唐僧(とうぞう)を保(たも)って西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)る、前者(ぜんしゃ)平頂山(へいちょうざん)の上(うえ)に在(あ)って魔(ま)を降(くだ)し、刁難(ちょうなん=難癖)を弄(ろう)し、我(われ)と宝貝(ほうべい)を与(あた)えず、今日(こんにち)又(ま)た来(きた)りて甚(なん)を作(な)さんとするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「前日(ぜんじつ)の事(こと)、老孫(ろうそん)更(さら)に稽遅(けいち=遅滞)無(な)く、你(なんじ)が那(か)の五件(ごけん)の宝貝(ほうべい)を将(もっ)て当時(とうじ)交還(こうかん)せり、你(なんじ)反(かえっ)て疑心(ぎしん)して我(われ)を怪(あやし)むか?」   老君(ろうくん)道(いわ)く、「你(なんじ)路(みち)を走(はし)らず、潜(ひそ)かに吾(わ)が宮(きゅう)に入(い)るは怎(いか)にするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「別(わか)れし後(のち)、西(にし)に一方(いっぽう)を過(よぎ)る、名(な)を烏鶏国(うけいこく)と。那(か)の国王(こくおう)一(ひとり)の妖精(ようせい)の仮(かり)に道士(どうし)に粧(よそお)い、風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)ぶに被(こうむ)り、陰(ひそ)かに国王(こくおう)を害(そこ)なえり。那(か)の妖(よう)仮(かり)に国王(こくおう)の相貌(すがた)に変(へん)じ、現(げん)に金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に坐(ざ)す。是(こ)れ我(われ)が師父(しふ)夜(よる)宝林寺(ほうりんじ)に坐(ざ)して経(きょう)を看(み)るに、那(か)の国王(こくおう)鬼魂(きこん)我(われ)が師(し)に参拝(さんぱい)し、敦(ねんごろ)に老孫(ろうそん)を請(こ)うて他(かれ)と妖(よう)を降(くだ)し、邪正(じゃしょう)を辨明(べんめい)せしむ。正(まさ)に是(こ)れ老孫(ろうそん)思(おも)うに指実(しじつ=証拠)無(な)く、弟(おとうと)八戒(はっかい)と、夜(よる)園中(えんちゅう)に入(い)り、花園(かえん)を打(う)ち破(やぶ)り、埋蔵(まいぞう)の所(ところ)を尋(たず)ね著(あ)てば、乃(すなわ)ち是(こ)れ一眼(ひとつ)の八角琉璃井(はっかくるりのい)の内(うち)にて、他(かれ)の尸首(しかばね)を撈(すく)い上(あ)げしに、容顔(ようがん)改(あらた)めず。寺中(じちゅう)に到(いた)りて我(われ)が師(し)に見(まみ)えしに、他(かれ)慈悲(じひ)を発(はっ)し、老孫(ろうそん)を着(つ)けて医救(いきゅう)せしめ、陰司(いんし)の裏(うち)に赴(おもむ)きて霊魂(れいこん)を求索(きゅうさく)するを許(ゆる)さず、只(た)だ陽世(ようせい)の間(あいだ)に在(あ)って救治(きゅうち)せよと教(おし)う。我(われ)想(おも)うに回生(かいせい=生き返る)の処(ところ)無(な)ければ、特(こと)に来(きた)りて参謁(さんえつ)す、万(よろず)に望(のぞ)む道祖(どうそ)垂憐(すいれん=憐れみを垂れ)、九転還魂丹(くてんかんこんたん)を把(もっ)て一千丸児(いっせんがんじ)を借(か)り得(え)て、我(われ)が老孫(ろうそん)と他(かれ)を搭救(たっきゅう=救い出)せしめよ。」   老君(ろうくん)道(いわ)く、「這(こ)の猴子(さる)胡説(こせつ=たわごと)す! 甚(なん)の一千丸(いっせんがん)、二千丸(にせんがん)! 飯(めし)に当(あ)てて食(くら)う哩(ぞ)! 是(こ)れ那(いず)れの土塊(つちくれ)の捘(まる)めたるか、這(こ)の等(ごと)く容易(ようい)ならんや? 咄(こら)! 快(すみ)やかに去(ゆ)け! 有(あ)らず!」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「百十丸児(ひゃくじゅうがんじ)も也(ま)た罷(よ)からん。」   老君(ろうくん)道(いわ)く、「也(ま)た有(あ)らず。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「十来丸(じゅうらいがん)も也(ま)た罷(よ)からん。」   老君(ろうくん)怒(いか)って道(いわ)く、「這(こ)の潑猴(はっこう=暴れ猿)却(かえっ)て也(ま)た纏帳(てんちょう=くどくど)す! 有(あ)らず、有(あ)らず! 出(い)でよ、出(い)でよ!」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「真箇(まこと)に有(あ)らずんば、我(われ)別処(よそ)に問(と)い去(ゆ)きて救(すく)わん。」   老君(ろうくん)喝(かつ=叱)して道(いわ)く、「去(ゆ)け! 去(ゆ)け! 去(ゆ)け!」   這(こ)の大聖(たいせい)歩(あゆみ)を曳(ひ)き転(てん)じ、前(まえ)に向(むか)いてすなわち走(はし)る。老君(ろうくん)忽(たちま)ち的(と)尋思(じんし)して道(いわ)く、「這(こ)の猴子(さる)憊懶(はいらん=ずる賢)し哩(ぞ)、去(ゆ)くと説(い)えばすなわち去(ゆ)く、只(た)だ怕(おそ)るるは溜(すべ)り入(い)り来(きた)りてすなわち偷(ぬす)まんことを。」   即(すなわ)ち仙童(せんどう)に命(めい)じて叫(よ)び回(かえ)し来(きた)らせて道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の猴子(さる)、手足(しゅそく=手足)穏(おだやか)ならず、我(われ)這(こ)の還魂丹(かんこんたん)を把(もっ)て你(なんじ)に一丸(いちがん)送(おく)って罷(や)めん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老官児(ろうかんじ)、既(すで)に老孫(ろうそん)の手段(しゅだん)を暁(さと)り得(え)たれば、快(すみ)やかに金丹(きんたん)を把(もっ)て拿(と)り出(いだ)し、我(われ)と四六(しろく)に分(わ)かち分(わ)たば、還(ま)た是(こ)れ你(なんじ)の造化(ぞうけ=幸運)哩(ぞ);然(しか)らずんば、就(すなわ)ち你(なんじ)に箇(ひとつ)の皮笊籬(ひそうり=皮の笊)を送(おく)り、一(ひと)つ撈(すく)って箇(ひとつ)の罄尽(けいじん=からから)ならん。」   那(か)の老祖(ろうそ)葫蘆(ひさご)を取(と)り過(よ)ぎ来(きた)り、底子(ていし=底)を倒吊(さかさま)に過(よご)し、一粒(いちりゅう)の金丹(きんたん)を傾(あけ)い出(いだ)し、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)して道(いわ)く、「止(た)だ此(これ)有(あ)るのみ、拿(と)り去(ゆ)け、拿(と)り去(ゆ)け! 你(なんじ)に這(こ)の一粒(いちりゅう)を送(おく)り、那(か)の皇帝(こうてい)を医(いや)し活(い)かさば、只(た)だ你(なんじ)の功果(こうか=功徳)と算(さん)ぜよ。」   行者(ぎょうじゃ)接(う)けて道(いわ)く、「且(しばら)く忙(いそ)ぐを休(や)めよ、我(われ)が嘗(な)めて看(み)るを待(ま)て、只(た)だ怕(おそ)るるは是(こ)れ仮(にせ)なるを、他(かれ)に哄(だま)さるる莫(な)かれ。」   撲(ぼく=ぽん)との往(ゆ)きて口(くち)の裏(うち)に一(ひと)つ投(な)げば、慌(あわ)て得(え)て那(か)の老祖(ろうそ)上前(すす)みて扯(ひ)き住(とど)め、一把(ひとつかみ)に頂瓜皮(ちょうかひ=頭の皮)を揪(つか)み、拳頭(けんとう=拳)を揝(にぎ)って罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の潑猴(はっこう)若(も)し咽(の)み下(くだ)さんと要(ほっ)せば、すなわち直(ただ)ちに打(う)ち殺(ころ)さんとす!」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「嘴臉(しれん=この面)! 小家子様(こけち)! 那(いず)れの你(なんじ)のを食(くら)う哩(ぞ)! 能(よ)く幾箇(いくつ)の銭(ぜに)に値(あたい)せん? 虚多実少(きょたじっしょう=見かけ倒し)の、此(ここ)に在(あ)るは是(こ)れ非(ひ)なるか?」   原(もと)来(もと)那(か)の猴子(さる)の頦下(あごした)に嗉袋児(そのう=そのう)有(あ)り、他(かれ)那(か)の金丹(きんたん)を把(もっ)て嗉袋(そのう)の裏(うち)に噙(ふく)み在(あ)り、老祖(ろうそ)に捻(ひね)り著(つ)けられて道(いわ)く、「去(ゆ)けよ! 去(ゆ)けよ! 再(ふたた)び此(ここ)に来(きた)りて纏繞(てんじょう=絡みつく)することを休(や)めよ!」   這(こ)の大聖(たいせい)才(ようや)く老祖(ろうそ)に謝(しゃ)し、兜率天宮(とそつてんきゅう)を出(い)で離(はな)る。   你(なんじ)看(み)よ他(かれ)千条(せんじょう)の瑞靄(ずいあい=瑞雲)瑶闕(ようけつ=仙宮)を離(はな)れ、万道(ばんどう)の祥雲(しょううん)世塵(せじん=俗世)に降(くだ)る、須臾(しゅゆ=またたく間)の間(あいだ)に南天門(なんでんもん)を下(お)り、東観(とうかん)に回(かえ)り到(いた)れば、早(はや)く那(か)の太陽星(たいようせい)の上(のぼ)るを見(み)る。   雲頭(うんとう)を按(おさ)え、径(ただ)ちに宝林寺(ほうりんじ)の山門外(さんもんがい)に至(いた)れば、只(た)だ八戒(はっかい)の還(ま)た哭(な)く哩(なり)を聴(き)く。忽(たちま)ち近(ちか)づき前(まえ)に声(こえ)を叫(あ)げて道(いわ)く、「師父(しふ)。」   三蔵(さんぞう)喜(よろこ)んで道(いわ)く、「悟空(ごくう)来(きた)れり、可(べ)し丹薬(たんやく)有(あ)るか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「有(あ)り。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「怎(いか)にして得(え)て無(な)からんや? 他(かれ)偷(ぬす)むも也(ま)た去(ゆ)きて人(ひと)の家(や)より些(いくら)か偷(ぬす)み来(きた)れり!」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、你(なんじ)過(よぎ)り去(ゆ)けよ、你(なんじ)を用(もち)いずして了(おわ)れり。你(なんじ)眼泪(なみだ)を揩(ふ)け、別処(よそ)に哭(な)き去(ゆ)け。」   教(おし)えて道(いわ)く、「沙和尚(しゃおしょう)、些(いくら)かの水(みず)を取(と)り来(きた)りて我(われ)に用(もち)いさせよ。」   沙僧(しゃそう)急忙(きゅうぼう)に後面(うしろ)の井(い)の上(うえ)に往(ゆ)き、箇(ひとつ)の方便(ほうべん=便利)の吊桶(つるべ)有(あ)り、すなわち半鉢盂(はんはつう=半鉢)の水(みず)を将(もっ)て行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。   行者(ぎょうじゃ)水(みず)を接(う)け、口(くち)の中(うち)より丹(たん)を吐(は)き出(いだ)し、那(か)の皇帝(こうてい)の唇(くちびる)の裏(うち)に安(お)き、両手(りょうしゅ)に歯(は)を扳(こじ)き開(ひら)き、一口(ひとくち)の清水(せいすい)を用(もち)い、金丹(きんたん)を把(もっ)て冲(おしなが)して腹(はら)の下(した)に灌(そそ)ぎ込(い)る。   半箇時辰(はんこじしん)有(あ)るに、只(た)だ他(かれ)が腹(はら)の裏(うち)の呼呼(ここ=ごろごろ)と乱(みだ)りに響(ひび)くを聴(き)くも、只(た)だ是(こ)れ身体(しんたい)の転移(てんい=動く)するを得(え)ず。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)が金丹(きんたん)を弄(ろう)しても也(ま)た救(すく)い活(い)かすを得(え)ず、可(べ)し是(こ)れ老孫(ろうそん)を掯殺(けんさつ=苦しめ殺)するか!」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「豈(あ)に活(い)きざるの理(り)有(あ)らんや。這(こ)の般(ごと)き久(ひさ)しく死(し)せる尸(しかばね)の、如何(いかん)ぞ水(みず)を吞(の)み下(くだ)すを得(え)ん? 此(こ)れ乃(すなわ)ち金丹(きんたん)の仙力(せんりき)なり。金丹(きんたん)腹(はら)に入(い)りしより、却(かえっ)てすなわち腸(はらわた)鳴(な)れり、腸鳴(ちょうめい)は乃(すなわ)ち血脈(けつみゃく)の和(わ)し動(うご)くなり、但(た)だ気(き)絶(た)えて回(かい)し伸(の)ぶるを得(え)ざるのみ。人(ひと)の井裏(いのうち)に在(あ)って三年(さんねん)浸(ひた)れるを説(と)く莫(な)く、就(すなわ)ち是(こ)れ生鉄(なまがね)も也(ま)た上(うえ)に鏽(さび)を生(しょう)ぜん、只(た)だ是(こ)れ元気(げんき)尽(つ)き絶(た)えたるのみ、人(ひと)を得(え)て他(かれ)に一口(ひとくち)の気(いき)を度(わた)さば便(すなわ)ち好(よ)からん。」   那(か)の八戒(はっかい)上前(すす)みてすなわち気(いき)を度(わた)さんと欲(ほっ)すれば、三蔵(さんぞう)一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、「使(つか)う可(べ)からず! 還(ま)た悟空(ごくう)を教(おし)えて来(きた)らしめよ。」   那(か)の師父(しふ)甚(はなは)だ主張(しゅちょう=考え)有(あ)り:原(もと)来(もと)猪八戒(ちょはっかい)は幼児(ようじ)より生(いのち)を傷(そこな)い孽(あく)を作(な)して人(ひと)を食(くら)えば、是(こ)れ一口(ひとくち)の濁気(だくき=濁った息)なり;惟(ただ)行者(ぎょうじゃ)のみ小(ちいさ)きより修持(しゅじ=修行)し、松(まつ)を咬(か)み柏(かしわ)を嚼(か)み、桃果(とうか=桃の実)を食(くら)って生(い)きるなれば、是(こ)れ一口(ひとくち)の清気(せいき=清き息)なり。   這(こ)の大聖(たいせい)上前(すす)み、箇(ひとつ)の雷公嘴(らいこうし=雷公の嘴)を把(もっ)て那(か)の皇帝(こうてい)の口唇(こうしん)に噙(ふく)み、呼(ふう)との一口(ひとくち)の気(いき)を咽喉(のど)に収(おさ)め入(い)れ、重楼(じゅうろう=喉)を度(わた)り下(くだ)り、明堂(めいどう)を転(まわ)り、径(ただ)ちに丹田(たんでん)に至(いた)り、涌泉(ゆうせん)より泥垣宮(でいえんきゅう=頭頂)に倒(さかさま)に返(かえ)る。呼(ふう)との一声(ひとこえ)響喨(きょうりょう=響き)じて、那(か)の君王(くんおう)気(き)聚(あつま)り神(しん)帰(かえ)り、便(すなわ)ち身(み)を翻(かえ)し、拳(けん)を輪(めぐ)らし足(あし)を曲(かが)め、一声(ひとこえ)叫(よ)んで「師父(しふ)!」と、双膝(そうしつ=両膝)を塵埃(じんあい=地面)に跪(ひざまず)きて道(いわ)く、「記(き)す、昨夜(さくや)鬼魂(きこん)の拝謁(はいえつ)せるを、怎(なん)ぞ知(し)らん今朝(けさ)天(てん)暁(あ)けて陽神(ようしん)に返(かえ)らんとは!」   三蔵(さんぞう)慌(あわ)てて攙(たす)け起(おこ)して道(いわ)く、「陛下(へいか)、我(われ)が事(こと)を干(おこな)わず、你(なんじ)且(しばら)く我(われ)が徒弟(とてい)に謝(しゃ)せよ。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)那(いず)れの話(ことば)を説(と)くか? 常言(じょうげん)に道(いわ)く、家(いえ)に二主(にしゅ)無(な)しと、你(なんじ)他(かれ)の一拝児(いちはい)を受(う)くるも虧(そこな)われず。」   三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ意(こころ)に過(す)ぎず、那(か)の皇帝(こうてい)を攙(たす)け起(おこ)し、同(とも)に禅堂(ぜんどう)に入(い)り、又(ま)た八戒(はっかい)・行者(ぎょうじゃ)・沙僧(しゃそう)と拝見(はいけん)し了(おわ)り、方(まさ)に才(ようや)く座(ざ)に按(おさ)る。   只(た)だ見(み)れば那(か)の本寺(ほんじ)の僧人(そうにん)、早斎(そうさい=朝食)を整頓(せいとん)し、却(かえっ)て来(きた)りて奉献(ほうけん)せんと欲(ほっ)す;忽(たちま)ち那(か)の箇(ひとつ)の水衣(すいい=濡れ衣)の皇帝(こうてい)を見(み)て、箇箇(おのおの)驚張(きょうちょう=驚き慌て)、人人(ひとびと)疑(うたが)って説(と)く。   孫行者(そんぎょうじゃ)跳(と)び出(い)でて道(いわ)く、「那(か)の和尚(おしょう)ら、這(こ)の等(ごと)く驚疑(きょうぎ)する莫(なか)れ、這(こ)れ本(もと)是(こ)れ烏鶏国(うけいこく)の王(おう)、乃(すなわ)ち汝(なんじ)らの真主(しんしゅ)なり。三年前(さんねんまえ)怪(あやかし)に性命(しょうめい)を害(そこな)われ、是(こ)れ老孫(ろうそん)今夜(こんや)救(すく)い活(い)かせり。如今(いま)他(かれ)が城(しろ)に入(い)り去(ゆ)きて、邪正(じゃしょう)を辨明(べんめい)せんと要(ほっ)す。若(も)し斎(とき)有(あ)らば、擺(なら)べ将(もっ)て来(きた)れ、我(われ)らの食(くら)い了(おわ)りて路(みち)を走(はし)るを等(ま)て。」   衆僧(しゅうそう)すなわち湯水(とうすい=湯)を奉献(ほうけん)し、他(かれ)と面(かお)を洗(あら)い、衣服(いふく)を換(か)えしむ。那(か)の皇帝(こうてい)の赭黄袍(しゃこうほう)を把(もっ)て脱(ぬ)がしめ、本寺(ほんじ)の僧官(そうかん)、両領(りょうりょう)の布直裰(ふじきとつ=布の法衣)を将(もっ)て、他(かれ)と穿(き)せ;藍田帯(らんでんたい)を解(と)き下(おろ)し、一条(ひとすじ)の黄絲絛子(おうしじょうし=黄色の絹紐)を将(もっ)て他(かれ)と系(し)めしむ;無憂履(むゆうり)を褪(ぬ)ぎ下(おろ)し、他(かれ)に一双(ひとそろい)の旧(ふる)き僧鞋(そうあい=僧の靴)を与(あた)えて撒(は)かしむ。   却(かえっ)て才(ようや)く皆(みな)早斎(そうさい)を食(くら)い、馬匹(ばひつ=馬)に背(くら)を扣(かぶ)せる。   行者(ぎょうじゃ)問(と)う、「八戒(はっかい)、你(なんじ)の行李(こうり)は多(おお)くの重(おも)さ有(あ)るか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥哥(あに)、這(こ)の行李(こうり)日逐(ひごと)に挑(かつ)ぎ在(お)るも、倒(かえっ)て也(ま)た多(おお)くの重(おも)さ有(あ)るを知(し)らず。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)那(か)の一担児(ひっとう=一荷)を把(もっ)て両担(りょうたん)に分(わ)かち、一担児(ひっとう)を将(もっ)て你(なんじ)挑(かつ)ぎ、一担児(ひっとう)を将(もっ)て這(こ)の皇帝(こうてい)に挑(かつ)がせ、我(われ)ら早(はや)きに趁(つ)いて城(しろ)に入(い)りて事(こと)を干(おこな)わん。」   八戒(はっかい)歓喜(かんき)して道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 当時(とうじ)他(かれ)を背負(お)い来(きた)るに、幾(いく)ばくの力(ちから)を費(つい)やせるを知(し)らざりしが、如今(いま)医(いや)し活(い)かせば、原(もと)来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の替身(たいしん=身代わり)なり。」   那(か)の呆子(ほうけ)すなわち玄虚(げんきょ=小細工)を弄(ろう)し、行李(こうり)を将(もっ)て分(わ)かち開(ひら)き、すなわち寺中(じちゅう)に問(と)うて一条(ひとすじ)の匾担(へんたん=天秤棒)を取(と)り、軽(かる)き些(もの)を自(みずか)ら挑(かつ)ぎ、重(おも)き些(もの)を那(か)の皇帝(こうてい)に教(おし)えて挑(かつ)がしむ。   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「陛下(へいか)、你(なんじ)が那(か)の般(ごと)き打扮(いでたち)を着(つ)け、担子(たんし=荷)を挑(かつ)ぎ、我(われ)らに跟(したが)いて走(はし)るは、可(べ)し你(なんじ)を虧(そこな)うか?」   那(か)の国王(こくおう)慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(おろ)って道(いわ)く、「師父(しふ)、你(なんじ)は是(こ)れ我(われ)が重生(ちょうせい=生まれ変わり)の父母(ふぼ)の一般(ごとし)、担(にな)うを説(と)く莫(な)く、願(ねがわ)くは鞭(むち)を執(と)り鐙(あぶみ)に墜(つ)き、老爺(ろうや=旦那)に伏侍(ぶじ)し、同(とも)に行(ゆ)きて西天(せいてん)に上(のぼ)らん也(よ)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)の西天(せいてん)に去(ゆ)くを要(よう)せず、我(われ)内中(うち)に箇(ひとつ)の縁故(えんこ=訳)有(あ)り。你(なんじ)只(た)だ挑(かつ)ぎ得(え)て四十里(しじゅうり)城(しろ)に入(い)らば、妖精(ようせい)を捉(とら)えるを待(ま)ち、你(なんじ)還(ま)た你(なんじ)の皇帝(こうてい)を作(な)し、我(われ)ら還(ま)た我(われ)らの経(きょう)を取(と)らん也(よ)。」   八戒(はっかい)言(こと)を聴(き)いて道(いわ)く、「這(こ)の等(ごと)く説(と)かば、他(かれ)只(た)だ四十里(しじゅうり)の路(みち)を挑(かつ)ぐのみ、我(われ)が老猪(ろうちょ)は還(ま)た是(こ)れ長工(ちょうこう=年季奉公)なるか!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、胡説(こせつ=でたらめ)する莫(なか)れ、早(はや)きに趁(つ)いて外辺(そと)に路(みち)を引(みちび)け。」   真箇(まこと)に八戒(はっかい)那(か)の皇帝(こうてい)を領(ひき)いて前(まえ)に行(ゆ)き、沙僧(しゃそう)師父(しふ)を伏侍(ぶじ)して馬(うま)に上(のぼ)らせ、行者(ぎょうじゃ)後(うしろ)に随(したが)う。   只(た)だ見(み)れば那(か)の本寺(ほんじ)の五百(ごひゃく)の僧人(そうにん)、斉斉整整(せいせいせいせい=きちんと)と、細楽(さいがく=雅楽)を吹(ふ)き打(う)ち、皆(みな)山門(さんもん)の外(そと)に送(おく)り出(いだ)す。   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「和尚(おしょう)ら遠(とお)く送(おく)るに必(かなら)ずしも及(およ)ばず、但(た)だ恐(おそ)るるは官家(かんか=役所)の人の知覚(ちかく=気づく)有(あ)りて、我(われ)が事機(じき=計画)を泄漏(ろう=漏ら)し、反(かえっ)て不美(ふび)を為(な)さんことを。快(すみ)やかに回(かえ)れ! 快(すみ)やかに回(かえ)れ! 但(た)だ那(か)の皇帝(こうてい)の衣服(いふく)・冠帯(かんたい)を把(もっ)て、整頓(せいとん)して乾浄(きれい)にし、或(あるい)は今晚(こんばん)・明早(みょうそう)に、送(おく)りて城(しろ)の内(うち)に来(きた)らせよ、我(われ)些(いくら)かの封贍(ほうせん=褒美)・賞賜(しょうし)を討(もと)めて你(なんじ)らに謝(しゃ)せん。」   衆僧(しゅうそう)命(めい)に依(よ)りて各(おのおの)回(かえ)り訖(おわ)る。   行者(ぎょうじゃ)大歩(たいほ=大股)を攙(ひら)き開(ひら)き、師父(しふ)に追(お)い付(つ)き、一直(いっちょく)に前(まえ)に来(きた)る。正(まさ)に是(こ)れ:   西方(さいほう)に訣(けつ)有(あ)って好(よ)く真(しん)を尋(たず)ぬ、金木(きんもく)和同(わどう=調和)して却(かえっ)て神(しん)を煉(ね)る。   丹母(たんぼ)空(むな)しく懞懂夢(もうどうむ=朦朧たる夢)を懐(いだ)き、嬰児(えいじ)長(つね)に杌樗身(ごつちょしん=愚かな身)を恨(うら)む。   必(かなら)ず須(すべから)く井底(いてい)に明主(めいしゅ)を求(もと)め、還(ま)た要(よう)す天堂(てんどう)に老君(ろうくん)を拜(おが)まん。   色空(しきくう)を悟(さと)り得(え)て還(ま)た本性(ほんしょう)なれば、誠(まこと)に是(こ)れ仏(ほとけ)の有縁(うえん)の入(ひと)を度(ど)するなり。   師徒(しと)ら路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて、那(な)の半日(はんじつ)を消(け)すや、早(はや)く城池(じょうち)の相(あい)近(ちか)きを望(のぞ)み見(み)る。   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「悟空(ごくう)、前(まえ)の面(ほう)想(おも)うに是(こ)れ烏鶏国(うけいこく)ならん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、我(われ)ら快(すみ)やかに城(しろ)に追(お)い付(つ)きて事(こと)を干(おこな)わん。」   那(か)の師徒(しと)城(しろ)に入(い)り得(え)て来(きた)れば、只(た)だ見(み)る街市(がいし)の上(うえ)人物(じんぶつ)斉整(せいせい=整い)、風光(ふうこう)鬧熱(ねっねつ=賑わい)、早(はや)く又(ま)た鳳閣竜楼(ほうかくりゅうろう=楼閣)を見(み)る、十分(じゅうぶん)に壮麗(そうれい)なり。   詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く:   海外(かいがい)の宮楼(きゅうろう)上邦(じょうほう=上国)の如(ごと)く、人間(にんげん)の歌舞(かぶ)は前唐(ぜんとう)に若(し)く。   花(はな)は宝扇(ほうせん)を迎(むか)えて紅雲(こううん)繞(めぐ)り、日(ひ)は鮮袍(せんほう=鮮やかな袍)を照(てら)して翠霧(すいむ=緑の霞)光(ひか)る。   孔雀(くじゃく)の屏(びょう)開(ひら)いて香靄(こうあい=香る霞)出(い)で、珍珠(しんじゅ)の簾(すだれ)巻(ま)いて彩旗(さいき)張(は)る。   太平(たいへい)の景象(けいしょう)真(まこと)に賀(が)するに堪(た)えたり、静(しず)かに多官(たかん)を列(なら)べて奏章(そうしょう)沒(な)し。   三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)りて道(いわ)く、「徒弟(とてい)や、我(われ)ら此(ここ)に就(つ)きて朝(ちょう)に入(い)り関文(かんぶん=通行証)を倒換(とうかん)し、又(ま)た那(か)の箇(ひとつ)の衙門(がもん=役所)を攏(たず)ねて事(こと)を費(つい)やすを省(はぶ)け。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「説(と)き得(え)て理(り)有(あ)り、我(われ)兄弟(きょうだい)ら皆(みな)入(い)らん、人(ひと)多(おお)ければ才(ようや)く好(よ)く説話(せつわ=話)す。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「皆(みな)入(い)れ、村(そん=粗野)を撒(さん=振りまく)くを要(よう)す莫(なか)れ、先(ま)ず君臣(くんしん)の礼(れい)を行(おこな)い、然(しか)る後(のち)に講(こう)ぜよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「君臣(くんしん)の礼(れい)を行(おこな)えば、すなわち要(よう)す下拝(かはい)哩(ぞ)。」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、五拝三叩頭(ごはいさんこうとう)の大礼(たいれい)を行(おこな)わんと要(ほっ)す。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)不済(ふせい=だめ)なり、若(も)し他(かれ)に対(たい)して礼(れい)を行(おこな)えば、誠(まこと)に不智(ふち=愚か)と為(な)さん。你(なんじ)且(しばら)く我(われ)を先(さき)に裏辺(うち)に走(はし)り到(いた)らしめ、自(おのずか)ら処置(しょち)有(あ)らん。他(かれ)の若(も)し言語(ことば)有(あ)るを等(ま)ち、我(われ)に対答(とうとう)させよ。我(われ)若(も)し拜(おが)まば、你(なんじ)らも也(ま)た拜(おが)め;我(われ)若(も)し蹲(うずくま)らば、你(なんじ)らも也(ま)た蹲(うずくま)れ。」   你(なんじ)看(み)よ那(か)の禍(わざわい)を惹(まね)く猴王(こうおう)、朝門(ちょうもん)に引(みちび)き至(いた)り、閣門大使(かくもんたいし=門衛長)と言(い)って道(いわ)く、「我(われ)らは是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)の駕下(がか=御代)より差(さし)され来(きた)りて西天(せいてん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拜(おが)み経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり、今(いま)此(ここ)に到(いた)りて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)す、大(たい)人(じん)の転達(てんだつ=取り次ぎ)を煩(わずら)わす、是(こ)れ善果(ぜんか)を誤(あやま)らざると謂(い)うなり。」   那(か)の黄門官(こうもんかん)すなわち端門(たんもん)に入(い)り、丹墀(たんち=玉座前の庭)に跪(ひざまず)きて啓奏(けいそう)して道(いわ)く、「朝門外(ちょうもんがい)に五衆(ごしゅ)の僧人(そうにん)有(あ)り、言(い)う是(こ)れ東土(とうど)の唐国(とうこく)の欽差(きんさ=勅使)にして西天(せいてん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拜(おが)み経(きょう)を求(もと)む、今(いま)此(ここ)に至(いた)りて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんとす、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に入(い)らず、現(げん)に門外(もんがい)に在(あ)って宣(せん)を聴(き)く。」   那(か)の魔王(まおう)すなわち伝宣(でんせん=取り次ぎ)を令(れい)ず。   唐僧(とうぞう)却(かえっ)て同(とも)に朝門(ちょうもん)の裏面(うち)に入(い)り、那(か)の回生(かいせい=生き返り)の国主(こくしゅ)随行(ずいこう)す。正(まさ)に行(ゆ)くに、忍(しの)ぶるを得(え)ず腮辺(おおあご)より涙(なみだ)堕(お)ち、心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに道(いわ)く、「憐(あわ)れむ可(べ)し! 我(われ)が銅斗児(どうとじ=銅の斗)の江山(こうざん=国)、鉄囲(てつい=鉄の囲い)の社稷(しゃしょく=国)、誰(たれ)か知(し)らん他(かれ)に陰(ひそ)かに占(し)められたるを!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「陛下(へいか)切(きっ)と傷感(しょうかん=悲嘆)する莫(なか)れ、恐(おそ)るるは消息(しょうそく=情報)を走(はし)り漏(も)らさんことを。這(こ)の棍子(こんす=棒)我(われ)が耳朶(じた=耳)の裏(うち)に跳(はね)る哩(ぞ)、如今(いま)決(きっ)と要(よう)す功(こう)を見(み)ん、管(きっ)と取(と)りて妖魔(ようま)を打(う)ち殺(ころ)し、邪物(じゃぶつ)を掃蕩(そうとう)せば、這(こ)の江山(こうざん)久(ひさ)しからずしてすなわち還(かえ)りて你(なんじ)に帰(き)せん也(よ)。」   那(か)の君王(くんおう)敢(あえ)て言(こと)に違(たが)わず、只(た)だ得(え)て衣(ころも)を扯(ひ)き泪(なみだ)を揩(ふ)き、死(し)を捨(す)て生(いのち)に相(あい)し、径(ただ)ちに金鑾殿(きんらんでん)の下(した)に来(きた)り到(いた)る。   又(ま)た那(か)の両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)、四百(よんひゃく)の朝官(ちょうかん)の、一箇箇(ひとりひとり)威厳(いげん)端粛(たんしゅく=厳か)にして、像貌(ぞうぼう=容貌)軒昂(けんこう=堂々)たるを見(み)る。   這(こ)の行者(ぎょうじゃ)唐僧(とうぞう)を引(みちび)いて白玉階(はくぎょくかい=白玉石の階段)の前(まえ)に立(た)たしめ、身(み)を挺(た)てて動(うご)かざれば、那(か)の階下(かいか)の衆官(しゅうかん)、悚懼(しょうく=恐れ慄)せざる無(な)し、道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)十分(じゅうぶん)に愚濁(ぐだく=愚か)なり! 怎(なん)ぞ我(われ)が王(おう)に見(まみ)えて便(すなわ)ち下拝(かはい)せず、亦(ま)た言(ことば)を開(ひら)いて呼祝(こしゅく=祝詞)せず、喏(かしこまり)も也(ま)た一箇(ひとつ)唱(とな)えず、好(よ)く大胆(だいたん)にして無礼(ぶれい)なるかな!」   説(と)き了(おわ)らざるに、只(た)だ那(か)の魔王(まおう)の口(くち)を開(ひら)きて問(と)うを聴(き)く、「那(か)の和尚(おしょう)は是(こ)れ那方(いずこ)より来(きた)れるか?」   行者(ぎょうじゃ)昂然(こうぜん=堂々)と答(こた)えて道(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ南贍部洲(なんせんぶしゅう)・東土(とうど)大唐国(だいとうこく)より欽差(きんさ)を奉(ほう)じ前往(ゆ)きて西域(せいいき)・天竺国(てんじくこく)の大雷音寺(だいらいおんじ)に活仏(かつぶつ)を拜(おが)み真経(しんきょう)を求(もと)むる者(もの)なり。今(いま)此(こ)の方(ほう)に到(いた)り、敢(あえ)て空(むな)しく度(わた)らず、特(こと)に来(きた)りて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)す。」   那(か)の魔王(まおう)説(と)くを聞(き)き、心中(しんちゅう)怒(いか)りを作(な)して道(いわ)く、「你(なんじ)が東土(とうど)便(すなわ)ち怎(いか)にせんとするか! 我(われ)は你(なんじ)が朝(ちょう)に在(あ)って貢(みつぎ)を進(たてまつ)らず、你(なんじ)が国(くに)と相(あい)通(つう)ぜず、你(なんじ)怎(なん)ぞ我(われ)に見(まみ)えて礼(れい)に抗(あらが)い、参拝(さんぱい)を行(おこな)わざるか!」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)が東土(とうど)は古(いにしえ)より天朝(てんちょう)を立(た)て、久(ひさ)しく上国(じょうほう)と称(しょう)す、汝等(なんじら)は乃(すなわ)ち下土(かど=下国)の辺邦(へんぽう=辺境)なり。古(いにしえ)より道(いわ)く、上邦(じょうほう)の皇帝(こうてい)は、父(ちち)と為(な)り君(きみ)と為(な)り;下邦(かほう)の皇帝(こうてい)は、臣(しん)と為(な)り子(こ)と為(な)ると。你(なんじ)は倒(かえっ)て未(いま)だ曾(かつ)て我(われ)を接(むか)えず、且(か)つ敢(あえ)て我(われ)が拜(おが)まざるを争(あらそ)うか?」   那(か)の魔王(まおう)大(おおい)に怒(いか)り、文武官(ぶんぶかん)に教(おし)えて道(いわ)く、「這(こ)の野和尚(やおしょう=田舎坊主)を拿(とら)え下(おろ)して去(ゆ)け!」   声(こえ)を説(と)き「拿(とら)えよ!」と叫(よ)べば、你(なんじ)看(み)よ那(か)の多官(たかん)一斉(いっせい)に踊躍(ようやく=躍り出)す。   這(こ)の行者(ぎょうじゃ)一声(ひとこえ)喝(かつ)し、手(て)を用(もち)いて一(ひと)つ指(さ)し、教(おし)えて道(いわ)く、「来(きた)る莫(なか)れ!」   那(か)の一指(ひとさし)に、すなわち箇(ひとつ)の定身法(じょうしんほう=金縛りの法)を使(つか)えば、衆官(しゅうかん)俱(とも)に行動(うご)くこと能(あた)わず、真箇(まこと)に是(こ)れ校尉(こうい)階前(かいぜん)に木偶(もくぐう=木偶)の如(ごと)く、将軍(しょうぐん)殿上(でんじょう)に泥人(でいじん=泥人形)に似(に)たり。   那(か)の魔王(まおう)他(かれ)が文武(ぶんぶ)の多官(たかん)を定(さだ)め住(とど)めたるを見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ち、竜床(りゅうしょう=玉座)を跳(と)び下(お)り、すなわち来(きた)りて拿(とら)えんとす。   猴王(こうおう)暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「好(よ)し! 正(まさ)に老孫(ろうそん)の意(こころ)に合(かな)う、這(こ)の一(ひと)つ来(きた)らばすなわち是(こ)れ箇(ひとつ)の生鉄(なまがね)の鋳(い)たる頭(かしら)なるも、棍子(こんす)に湯(あ)たれば、也(ま)た箇(ひとつ)の窟窿(くつろう=穴)を打(う)たん!」   正(まさ)に身(み)を動(うご)かさんとするに、期(き)せずして旁(かたわら)より一箇(ひとり)の救命星(きゅうめいせい=命の恩人)の転(まわ)り出(い)づる。你(なんじ)道(い)う是(こ)れ誰(たれ)ぞと、原(もと)来(もと)是(こ)れ烏鶏国(うけいこく)の王太子(おうたいし)なり。急(いそ)ぎ上前(すす)みて那(か)の魔王(まおう)の朝服(ちょうふく)を扯(ひ)き住(とど)め、面前(めんぜん)に跪(ひざまず)きて道(いわ)く、「父王(ぶおう)怒(いか)りを息(いこ)え。」   妖精(ようせい)問(と)う、「孩児(がいじ)怎(いか)に説(と)くか?」   太子(たいし)道(いわ)く、「啓(もう)す、父王(ぶおう)知(し)るを得(え)よ、三年前(さんねんまえ)人(ひと)の説(と)くを聞(き)けば、箇(ひとつ)の東土(とうど)唐朝(とうちょう)の駕下(がか)の欽差(きんさ)の聖僧(しょうそう)の西天(せいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拜(おが)み経(きょう)を求(もと)むる有(あ)り、期(き)せずして今日(こんにち)才(ようや)く我(われ)が邦(くに)に来(きた)り到(いた)れり。父王(ぶおう)の尊性(そんせい=ご性質)威烈(いれつ=厳烈)なれば、若(も)し這(こ)の和尚(おしょう)を将(もっ)て拿(とら)え去(ゆ)きて斬首(ざんしゅ)せば、只(た)だ恐(おそ)るるは大唐(だいとう)の日(ひ)有(あ)りて此(こ)の消息(しょうそく)を得(え)、必(かなら)ず嗔怒(しんど=怒り)を生(しょう)ぜんことを。你(なんじ)想(おも)え那(か)の李世民(りせいみん)自(みずか)ら王位(おうい)を称(しょう)し、江山(こうざん)を一統(いっとう)し、心(こころ)未(いま)だ足(た)れるにしかず、又(ま)た海(うみ)を過(よぎ)りて征伐(せいばつ)することを興(おこ)せり。若(も)し我(われ)が王(おう)の他(かれ)が御弟(ぎょてい)の聖僧(しょうそう)を害(そこな)えるを知(し)らば、一定(きっと)兵(へい)を興(おこ)し馬(うま)を発(はっ)し、来(きた)りて我(われ)が王(おう)と敵(てき)を争(あらそ)わん。奈何(いかん)せん兵(へい)少(すく)なく将(しょう)微(かすか)なれば、那(そ)の時(とき)悔(く)ゆるもまた晩(おそ)からん。父王(ぶおう)児(こ)が奏(そう)する所(ところ)に依(よ)り、且(しばら)く那(か)の四箇(よったり)の和尚(おしょう)を把(もっ)て、他(かれ)に箇(ひとつ)の来歴(らいれき)の分明(ぶんめい)なるを問(と)い、先(ま)ず他(かれ)に一段(いちだん)の王駕(おうが)に参(さん)せざるを定(さだ)め、然(しか)る後(のち)に方(まさ)に可(べ)し罪(つみ)を問(と)わん。」   這(こ)の一編(ひとふで)、原(もと)来(もと)是(こ)れ太子(たいし)の小心(しょうしん=用心深さ)にて、恐(おそ)るるは来(きた)りて唐僧(とうぞう)を傷(そこな)わんことを、故(ことさら)に留(とど)めて妖魔(ようま)を住(とど)めんとす、更(さら)に行者(ぎょうじゃ)の打(う)たんと安排(あんばい=手配)するを知(し)らざるなり。   那(か)の魔王(まおう)果(はた)して其(そ)の言(こと)を信(しん)じ、竜床(りゅうしょう)の前面(ぜんめん)に立(た)ち、大(おおい)に一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(いわ)く、「那(か)の和尚(おしょう)は是(こ)れ何時(いつ)東土(とうど)を離(はな)れし? 唐王(とうおう)は何(なん)の事(こと)に因(よ)りて你(なんじ)に経(きょう)を求(もと)めしむるか?」   行者(ぎょうじゃ)昂然(こうぜん)として答(こた)えて道(いわ)く、「我(われ)が師父(しふ)は乃(すなわ)ち唐王(とうおう)の御弟(ぎょてい)、号(ごう)して三蔵(さんぞう)と曰(い)う。唐王(とうおう)の駕下(がか)に一(ひとり)の丞相(じょうしょう)有(あ)るに因(よ)り、姓(せい)は魏(ぎ)名(な)は徵(ちょう)と、天条(てんじょう=天の定め)を奉(ほう)じて夢(ゆめ)に涇河(けいが)の老竜(ろうりゅう)を斬(き)る。大唐王(だいとうおう)夢(ゆめ)に陰司(いんし)地府(じふ)に遊(あそ)び、復(ま)た回生(かいせい)を得(う)るの後(のち)、大(おおい)に水陸道場(すいりくどうじょう)を開(ひら)き、普(あまね)く冤魂(えんこん)・孽鬼(ごうき)を度(ど)す。我(われ)が師父(しふ)の経文(きょうもん)を敷演(ふえん=説き広め)、広(ひろ)く慈悲(じひ)を運(めぐ)らすに因(よ)り、忽(たちま)ち南海(なんかい)の観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の指教(しきょう)を得(え)て西(にし)に来(きた)る。我(われ)が師父(しふ)大(おおい)に弘願(こうがん=大願)を発(はっ)し、情(こころ)欣(よろこ)び意(こころ)美(うるわ)しく、国(くに)に報(ほう)じ忠(ちゅう)を尽(つく)し、唐王(とうおう)の文牒(ぶんじょう)を賜(たま)わるを蒙(こうむ)る。那(か)の時(とき)正(まさ)に是(こ)れ大唐(だいとう)貞観(じょうかん)十三年(じゅうさんねん)九月(くがつ)望前(ぼうぜん)の三日(みっか)なり。東土(とうど)を離(はな)れ、前(まえ)に両界山(りょうかいざん)に到(いた)り、我(われ)を収(おさ)めて大徒弟(だいとてい)と作(な)す、姓(せい)は孫(そん)、名(な)は悟空(ごくう)・行者(ぎょうじゃ);又(ま)た烏斯国界(うしこっかい)の高家荘(こうかしょう)に到(いた)り、二徒弟(にとてい)を収(おさ)む、姓(せい)は猪(ちょ)、名(な)は悟能(ごのう)・八戒(はっかい);流沙河界(りゅうさがかい)に、又(ま)た三徒弟(さんとてい)を収(おさ)む、姓(せい)は沙(しゃ)、名(な)は悟浄(ごじょう)・和尚(おしょう);前日(ぜんじつ)敕建(ちょくけん=勅建)の宝林寺(ほうりんじ)に在(あ)りて、又(ま)た新(あらた)に箇(ひとつ)の担(にな)いを挑(かつ)ぐ行童(あんじゃ=稚児)の道人(どうにん)を収(おさ)めたり。」   魔王(まおう)説(と)くを聞(き)き、又(ま)た那(か)の唐僧(とうぞう)を捜検(そうけん=身体検査)する法(ほう)無(な)く、巧計(こうけい=上手い計略)を弄(ろう)して行者(ぎょうじゃ)を盤詰(ばんきつ=詰問)し、怒目(どぼく=怒りの眼)に問(と)うて道(いわ)く、「那(か)の和尚(おしょう)、你(なんじ)其(そ)の初(はじ)めの時(とき)、一箇人(ひとり)東土(とうど)を離(はな)れ、又(ま)た四衆(ししゅ)を収(おさ)めたり、那(か)の三僧(さんそう)は可(ゆる)すも、這(こ)の一道(ひとりの道士)は容(い)れ難(がた)し。那(か)の行童(あんじゃ)断然(だんぜん=きっと)是(こ)れ拐(かどわか)し来(きた)れるなり。他(かれ)甚(なん)の名字(な)を做(な)すと叫(よ)ぶか? 度牒(どちょう=僧籍証明)有(あ)るか無(な)きか? 他(かれ)を拿(とら)え上(あ)げ来(きた)りて供(く=供述)を取(と)れ。」   唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の皇帝(こうてい)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=ぶるぶる慄き)て道(いわ)く、「師父(しふ)や! 我(われ)却(かえっ)て怎(いか)にして供(く)せんか?」   孫行者(そんぎょうじゃ)他(かれ)を一把(ひとつかみ)に捻(つね)って道(いわ)く、「你(なんじ)怕(おそ)るるを休(や)めよ、我(われ)が你(なんじ)に代(かわ)って供(く)するを等(ま)て。」   好(よ)き大聖(たいせい)かな、歩(あゆみ)を趋(はや)めて上前(すす)み、怪物(かいぶつ)に対(たい)して厲声(れいせい)に高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く、「陛下(へいか)、這(こ)の老道(ろうどう=老道士)は是(こ)れ一箇(ひとり)の瘖啞(いんあ=唖)の人(ひと)にして、却(かえっ)て又(ま)た些(いくら)かの耳聾(じろう=耳が遠い)有(あ)り。只(た)だ他(かれ)年幼(としわか)き間(ころ)曾(かつ)て西天(せいてん)を走(はし)り過(よぎ)り、道路(みち)を認(みと)め得(え)たるに因(よ)るのみ、他(かれ)が一節児(ひとくだり)の起落(きらく=経歴)・根本(こんぽん=素性)、我(われ)尽(ことごと)く之(これ)を知(し)る、望(のぞ)むらくは陛下(へいか)寛恕(かんじょ)し、我(われ)が他(かれ)に代(かわ)って供(く)するを待(ま)て。」   魔王(まおう)道(いわ)く、「早(はや)きに趁(つ)いて実実(じつじつ=ありのまま)に他(かれ)に代(かわ)って供(く)し来(きた)れ、罪(つみ)を取(と)るを免(まぬか)れん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く:   供(く)す、行童(あんじゃ)は年(とし)且(か)つ邁(ゆ)き、痴聾(ちろう=愚かで聾)・瘖啞(いんあ)にして家私(かし=家産)壊(やぶ)る。   祖居(そこ=本籍)は原(もと)是(こ)れ此間(ここ)の人(ひと)、五載(ごさい)の前(まえ)破敗(はばい=没落)に遭(あ)う。   天(てん)に雨(あめ)無(な)く、民(たみ)干(ひ)し壊(やぶ)れ、君王(くんおう)・黎庶(れいしょ=民衆)皆(みな)斎戒(さいかい)す。   香(こう)を焚(た)き沐浴(もくよく)して天公(てんこう=天)に告(つ)ぐるに、万里(ばんり)全(まった)く雲靉靆(うんあいたい=雲のたなびき)無(な)し。   百姓(ひゃくせい)の飢饉(ききん)倒懸(とうけん=逆さ吊り)の若(ごと)く、鍾南(しょうなん)忽(たちま)ち全真(ぜんしん)の怪(あやかし)を降(くだ)す。   風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)びて神通(じんつう)を顕(あらわ)し、然(しか)る後(のち)暗(ひそ)かに他(かれ)が命(いのち)を害(そこな)う。   花園(かえん)の水井(すいい)の下(した)に推(お)し入(い)れ、陰(ひそ)かに竜位(りゅうい)を侵(おか)して人(ひと)解(と)け難(がた)し。   幸(さいわ)いに吾(われ)来(きた)り、功果(こうか)大(おおい)なり、起死回生(きしかいせい)にして掛礙(けげ=妨げ)無(な)し。   願(ねがわ)くは皈依(きえ)して行童(あんじゃ)と作(な)り、僧(そう)と同(とも)に去(ゆ)きて西界(さいかい)に朝(ちょう)せん。   仮(かり)に君王(くんおう)に変(へん)じたるは是(こ)れ道人(どうにん)にして、道人(どうにん)転(うって)て是(こ)れ真王(しんのう)の代(かわ)りなり。   那(か)の魔王(まおう)金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に在(あ)りて、這(こ)の一編(ひとふで)の言語(ことば)を聞(き)き得(え)て、唬(おどろ)かし得(え)て他(かれ)心頭(しんとう=胸)に小鹿(しょうろく=子鹿)撞(つ)くが如(ごと)く、面上(めんじょう)に紅雲(こううん)起(おこ)り、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きてすなわち路(みち)を走(はし)らんとす。奈何(いかん)せん手内(しゅない=手中)に一(ひとつ)の兵器(へいき)無(な)く、頭(かしら)を転(めぐ)らし回(まわ)して、只(た)だ一箇(ひとり)の鎮殿将軍(ちんでんしょうぐん=殿を守る将軍)の、腰(こし)に一口(ひとふり)の宝刀(ほうとう)を挎(か)けるが、行者(ぎょうじゃ)に定身法(じょうしんほう)を使(つか)われ、直挺挺(ちょくていてい)として痴(おろか)・瘂(おし)の如(ごと)く、彼処(かしこ)に立(た)ち在(あ)るを見(み)る。他(かれ)近(ちか)づき前(まえ)に、這(こ)の宝刀(ほうとう)を奪(うば)い、すなわち雲頭(うんとう)に駕(が)して空(くう)を望(のぞ)んで去(ゆ)く。   気(いか)らし得(え)て沙和尚(しゃおしょう)爆躁(ばくそう=苛立ち)すること雷(かみなり)の如(ごと)く、猪八戒(ちょはっかい)高声(こうせい)に喊叫(かんきょう=叫)び、行者(ぎょうじゃ)の是(こ)れ一箇(ひとり)の急猴子(きゅうこうじ=せっかち猿)なるを埋怨(まんえん=恨み言)して道(いわ)く、「你(なんじ)就(すなわ)ち些(いくら)か慢(ゆっ)く説(と)けば、却(かえっ)て他(かれ)を穏(おだ)やかに住(とど)めざりしか? 如今(いま)他(かれ)雲(くも)に駕(が)して逃(に)げ走(はし)る、却(かえっ)て何処(いずこ)に往(ゆ)きて追尋(ついじん)せんか?」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)ら且(しばら)く乱(みだ)りに嚷(わめ)く莫(なか)れ。我(われ)ら那(か)の太子(たいし)を叫(よ)んで下(お)り来(きた)りて父(ちち)を拜(おが)ませ、嬪后(ひんごう)を出(いだ)し来(きた)りて夫(おっと)を拜(おが)ましめん。」   却(かえっ)て又(ま)た箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(とな)え、定身法(じょうしんほう)を解(と)き、「那(か)の多官(たかん)を教(おし)えて蘇醒(そせい)し回(かえ)り来(きた)りて君(きみ)を拜(おが)ましめ、方(まさ)に知(し)る是(こ)れ真実(しんじつ)の皇帝(こうてい)なるを、前情(ぜんじょう=これまでの事情)を訴(うった)えしめ、才(ようや)く分暁(ぶんぎょう=明白)を見(み)ん、我(われ)再(ふたた)び去(ゆ)きて他(かれ)を尋(たず)ねん。」   好(よ)き大聖(たいせい)かな、八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)に吩咐(いいつけ)して道(いわ)く、「好(よ)く生(い)きて他(かれ)が君臣(くんしん)・父子(ふし)・嬪后(ひんごう)と我(われ)が師父(しふ)を保護(ほご)せよ!」   只(た)だ説(と)く声(こえ)の去(ゆ)くを聴(き)けば、すなわち形影(けいえい=姿)見(み)えず。   他(かれ)原(もと)来(もと)九霄(きゅうしょう=天の高み)の雲裏(くもうち)に跳(と)び在(あ)り、眼(め)を睜(ひら)いて四(よも)を望(のぞ)み、那(か)の魔王(まおう)を看(み)る哩(なり)。   只(た)だ見(み)れば那(か)の畜(けもの)果(はた)して性命(しょうめい)を逃(に)げ得(え)て、径(ただ)ちに東北(とうほく)の上(ほう)に往(ゆ)く哩(ぞ)。   行者(ぎょうじゃ)追(お)い得(え)て将(まさ)に近(ちか)づかんとして、喝(かつ)して道(いわ)く、「那(か)の怪物(かいぶつ)、那(いず)れに去(ゆ)かんとするか! 老孫(ろうそん)来(きた)れる也(よ)!」   那(か)の魔王(まおう)急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らし、宝刀(ほうとう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く、「孫行者(そんぎょうじゃ)、你(なんじ)好(よ)く憊懶(はいらん=ずる賢)し! 我(われ)他(ひと)の帝位(ていい)を占(し)めに来(きた)るは、你(なんじ)と干(かかわ)り無(な)きに、你(なんじ)怎(なん)ぞ来(きた)りて不平(ふへい)を抱(いだ)き、我(われ)が機密(きみつ)を泄漏(ろう)するか!」   行者(ぎょうじゃ)呵呵(かか=からから)と笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)你(なんじ)を把(もっ)て大胆(だいたん)の潑怪(はっかい=暴れ者)とせよ! 皇帝(こうてい)又(ま)た你(なんじ)の做(な)すを許(ゆる)すか? 你(なんじ)既(すで)に我(われ)の是(こ)れ老孫(ろうそん)なるを知(し)れば、該(まさ)に遠(とお)く遁(のが)るべし;怎(なん)ぞ還(ま)た我(われ)が師父(しふ)に刁難(ちょうなん=難癖)し、甚(なん)の供状(くじょう)を取(と)らんと要(ほっ)するか! 適才(さっき)那(か)の供状(くじょう)は是(こ)れなるか非(ひ)なるか? 你(なんじ)走(はし)る莫(なか)れ! 好漢(こうかん=好漢)我(われ)が老孫(ろうそん)の這(こ)の一棒(ひとぼう)を食(くら)え!」   那(か)の魔(ま)身(み)を側(そば)だてて避(よ)け過(す)ぎ、宝刀(ほうとう)を掣(ひっさ)げて面(おもて)に劈(つ)き相(あい)還(かえ)す。   他(かれ)両箇(ふたり)手(て)を搭(かけ)し上(あ)ぐれば、這(こ)の一場(ひとくさり)の好(よ)き殺(たたか)いかな、真(まこと)に是(こ)れ:   猴王(こうおう)猛(たけ)し、魔王(まおう)強(つよ)し、刀(かたな)迎(むか)え棒(ぼう)架(かま)えて敢(あえ)て相(あい)当(あ)たる。   一天(いってん)の云霧(うんむ)三界(さんがい)を迷(まよ)わすは、只(た)だ当朝(とうちょう)に帝王(ていおう)を立(た)てんが為(ため)なり。   他(かれ)両箇(ふたり)戦(たたか)うこと数合(すうごう)を経(へ)て、那(か)の妖魔(ようま)猴王(こうおう)に抵(ふせ)ぎ住(とど)まるを得(え)ず、急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らし復(ま)た旧路(きゅうろ=来た道)より城裏(しろうち)に跳(と)び入(い)り、白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)・両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)の叢(むれ)の中(うち)に闯(つ)き入(い)り、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、即(すなわ)ち変(へん)じ得(え)て唐三蔵(とうさんぞう)と一般(おなじ)き容姿(ようし=姿)となり、并(なら)んで手(て)を攙(から)み、階前(かいぜん)に立(た)つ。   這(こ)の大聖(たいせい)追(お)い付(つ)き、すなわち棒(ぼう)を挙(あ)げて来(きた)りて打(う)たんと欲(ほっ)すれば、那(か)の怪(あやかし)道(いわ)く、「徒弟(とてい)打(う)つ莫(なか)れ、是(こ)れ我(われ)なり!」   急(いそ)ぎ棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて那(か)の箇(ひとり)の唐僧(とうぞう)を打(う)たんと欲(ほっ)すれば、又(ま)た道(いわ)く、「徒弟(とてい)打(う)つ莫(なか)れ、是(こ)れ我(われ)なり!」   一様(おなじ)きに両箇(ふたり)の唐僧(とうぞう)、実(じつ)に認(みと)め難(がた)し。   「倘(も)し一棒(ひとぼう)に妖怪(ようかい)の変(へん)じたる唐僧(とうぞう)を打(う)ち殺(ころ)さば、這(こ)れも也(ま)た功果(こうか)を成(な)さん;仮(かり)に一棒(ひとぼう)に我(われ)が真実(しんじつ)の師父(しふ)を打(う)ち殺(ころ)さば、却(かえっ)て怎(いか)にして好(よ)からん!」   只(た)だ得(え)て手(て)を停(とど)め、八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)を叫(よ)んで問(と)うて道(いわ)く、「果然(はた)して那(いず)れの箇(ひとり)が是(こ)れ怪(あやかし)にして、那(いず)れの箇(ひとり)が是(こ)れ我(われ)が師父(しふ)なるか? 你(なんじ)我(われ)に指(さししめ)せ、我(われ)好(よ)く他(かれ)を打(う)たん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)って相(あい)打(う)ち相(あい)嚷(わめ)けるに、我(われ)瞥瞥眼(ちらりみ=ちらと見)にすなわち両箇(ふたり)の師父(しふ)を見(み)るのみ、也(ま)た誰(たれ)の真(しん)なるか誰(たれ)の仮(かり)なるかを知(し)らず。」   行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、訣(けつ)を捻(ひね)り一声(ひとこえ)の咒語(じゅご)を念(とな)え、那(か)の護法諸天(ごほうしょてん)、六丁六甲(りくていりっこう)、五方掲諦(ごほうかたい)、四値功曹(しちこうそう)、一十八位(いっじゅうはちい)の護駕伽藍(ごがからん)、当坊土地(とうぼうどじ)、本境山神(ほんきょうさんじん)を叫(よ)んで道(いわ)く、「老孫(ろうそん)此(ここ)に至(いた)りて妖(よう)を降(くだ)すに、妖魔(ようま)我(われ)が師父(しふ)に変作(へんさく)し、気体(きたい)相同(そうどう=同じ)なれば、実(じつ)に認(みと)め難(がた)し。汝等(なんじら)暗中(あんちゅう)に知会(ちかい=知らせ)する者(もの)よ、請(こ)う、師父(しふ)を殿上(でんじょう)に上(のぼ)らしめ、我(われ)に魔(ま)を擒(とら)えしめよ。」   原(もと)来(もと)那(か)の妖怪(ようかい)善(よ)く云霧(うんむ)を騰(のぼ)るを、行者(ぎょうじゃ)の言語(ことば)を聴(き)き得(え)て、急(いそ)ぎ手(て)を撒(はな)ち金鑾宝殿(きんらんほうでん)に跳(と)び上(あ)がる。   這(こ)の行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を挙(あ)げて唐僧(とうぞう)を望(のぞ)みてすなわち打(う)つ。   憐(あわ)れむ可(べ)し! 若(も)し那(か)の幾位(いくたり)の神(かみ)を喚(よ)ばざりせば、這(こ)の一下(ひとくだり)に、就(すなわ)ち是(こ)れ二千箇(にせんこ)の唐僧(とうぞう)も、也(ま)た打(う)ちて肉醤(にくしょう=肉のすりつぶし)と為(な)さん!   多(おお)くは衆神(しゅうしん)の鉄棒(てつぼう)を架(か)え住(とど)むるに虧(よ)りて道(いわ)く、「大聖(たいせい)、那(か)の怪(あやかし)は雲(くも)を騰(のぼ)るを会(え)し、先(さき)に殿(でん)に上(のぼ)り去(ゆ)けり。」   行者(ぎょうじゃ)殿(でん)に追(お)い上(あ)がれば、他(かれ)又(ま)た跳(と)び将(もっ)て下(お)り来(きた)りて唐僧(とうぞう)を扯(ひ)き住(とど)め、人(ひと)の叢(むれ)の裏(うち)に又(ま)た一(ひと)つ混(まぎ)れ、依然(いぜん)として認(みと)め難(がた)し。   行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)快(こころよ)からず、又(ま)た那(か)の八戒(はっかい)の旁(かたわら)に在(あ)って冷笑(れいしょう=冷や笑い)するを見(み)れば、行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に怒(いか)って道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の夯貨(ほうか=間抜け)怎(いか)にするか? 如今(いま)両箇(ふたり)の師父(しふ)有(あ)れば、你(なんじ)叫(よ)ぶこと有(あ)り、応(こた)うること有(あ)り、伏侍(ぶじ)すること有(あ)る哩(ぞ)、你(なんじ)這(こ)の般(ごと)く歓喜(かんき)することの緊(はなはだ)しきは!」   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「哥(あに)や、我(われ)を呆(ほうけ)と説(と)くも、你(なんじ)我(われ)より又(ま)た呆(ほうけ)なり哩(ぞ)! 師父(しふ)既(すで)に認(みと)め得(え)ざれば、何(なん)ぞ労(ろう)して力(ちから)を費(つい)やさんや? 你(なんじ)且(しばら)く些(いくら)かの頭痛(ずつう)を忍(しの)び、我(われ)が師父(しふ)を叫(よ)んで那(か)の話児(わじ=例の呪)を念(とな)えしめ、我(われ)と沙僧(しゃそう)各(おのおの)一箇(ひとり)を攙(たす)けて聴(き)かん。若(も)し念(とな)うるを会(え)せざるは、必(かなら)ず是(こ)れ妖怪(ようかい)ならん、何(なん)の難(なん)か之(これ)有(あ)らん也(や)?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、你(なんじ)に虧(よ)れり也(よ)、正(まさ)に是(こ)れ、那(か)の話児(わじ)只(た)だ三人(みたり)の記(き)し得(う)る有(あ)るのみ。原(もと)是(こ)れ我(われ)が仏(ほとけ)如来(にょらい)の心苗(しんびょう=心の苗)の上(うえ)より発(はっ)せられ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)に伝(つた)え、菩薩(ぼさつ)又(ま)た我(われ)が師父(しふ)に伝(つた)え、便(すなわ)ち再(ふたた)び人(ひと)の知(し)ること無(な)し。也(ま)た罷(よ)からん、師父(しふ)、念(とな)えよ。」   真箇(まこと)に那(か)の唐僧(とうぞう)すなわち念(とな)え起(おこ)る。那(か)の魔王(まおう)怎(いか)にして知(し)り得(え)ん、口(くち)の裏(うち)に胡(やた)に哼(うな)り乱(みだ)りに哼(うな)る。   八戒(はっかい)道(いわ)く、「這(こ)の哼(うな)れるは却(かえっ)て是(こ)れ妖怪(ようかい)なり!」   他(かれ)手(て)を放(はな)ち、鈀(は=熊手)を挙(あ)げてすなわち筑(つ)く。   那(か)の魔王(まおう)身(み)を縦(はな)ち跳(と)び起(お)き、雲頭(うんとう)を踏(ふ)んで便(すなわ)ち走(はし)る。   好(よ)き八戒(はっかい)かな、一声(ひとこえ)喝(かつ)し、也(ま)た雲頭(うんとう)に駕(が)して追(お)い付(つ)き、慌(あわ)て得(え)て那(か)の沙和尚(しゃおしょう)唐僧(とうぞう)を捨(す)て、也(ま)た宝杖(ほうじょう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し来(きた)りて打(う)てば、唐僧(とうぞう)才(ようや)く咒語(じゅご)を停(とど)めたり。   孫大聖(そんたいせい)頭痛(ずつう)を忍(しの)び、鉄棒(てつぼう)を揝(にぎ)り、空(くう)の中(うち)に追(お)う。呀(あ)! 這(こ)の一場(ひとくさり)、三箇(みたり)の狠(つよ)き和尚(おしょう)の、一箇(ひとり)の潑妖魔(はつようま)を囲(かこ)み住(とど)む。   那(か)の魔王(まおう)八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)に釘鈀(ていは)・宝杖(ほうじょう)の左右(さゆう)より攻(せ)め住(とど)められ、行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)再(ふたた)び去(ゆ)きて、当面(まのあたり)に他(かれ)を打(う)たんと欲(ほっ)すれど、他(かれ)却(かえっ)て些(いくら)か我(われ)を怕(おそ)るるのみ、只(た)だ恐(おそ)るるは他(かれ)の又(ま)た走(はし)り了(おわ)らんことを。我(われ)が老孫(ろうそん)の高(たか)く跳(と)び、他(かれ)に箇(ひとつ)の搗蒜打(とうさんだ=叩き潰し)を与(あた)え、他(かれ)を結果(けっか=始末)して了(おわ)らん。」   這(こ)の大聖(たいせい)祥光(しょうこう)を縦(はな)ち、九霄(きゅうしょう)に起(おこ)り、正(まさ)に箇(ひとつ)の切手(きって=決め手)を下(くだ)さんと欲(ほっ)するに、只(た)だ那(か)の東北(とうほく)の上(ほう)に、一朶(ひとひら)の彩雲(さいうん)の裏面(うち)より、厲声(れいせい)に叫(よ)んで道(いわ)く、「孫悟空(そんごくう)、且(しばら)く手(て)を下(くだ)すを休(や)めよ!」   行者(ぎょうじゃ)頭(かしら)を回(めぐ)らして看(み)る処(ところ)、原(もと)来(もと)文殊菩薩(もんじゅぼさつ)なり。急(いそ)ぎ棒(ぼう)を収(おさ)め、上前(すす)みて施礼(せいれい)して道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)、那(いず)れに去(ゆ)くか?」   文殊(もんじゅ)道(いわ)く、「我(われ)来(きた)りて你(なんじ)に代(かわ)りて這(こ)の妖怪(ようかい)を収(おさ)めんとす。」   行者(ぎょうじゃ)謝(しゃ)して道(いわ)く、「煩(わずら)わしきを累(かさ)ねたり。」   那(か)の菩薩(ぼさつ)袖中(しゅうちゅう)より照妖鏡(しょうようきょう)を取(と)り出(いだ)し、那(か)の怪(あやかし)の原身(げんしん=正体)を照(てら)し住(とど)む。   行者(ぎょうじゃ)才(ようや)く八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)を招呼(しょうこ=招き呼)んで斉(とも)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えしむ。却(かえっ)て鏡子(かがみ)の裏(うち)より看(み)る処(ところ)、那(か)の魔王(まおう)生(お)い得(え)て好(よ)く凶悪(きょうあく)ならずや:   眼(め)は琉璃盞(るりざん=玻璃の器)に似(に)て、頭(かしら)は煉炒缸(れんそうこう=炒める甕)の若(ごと)し。   渾身(こんしん)三伏(さんぷく=真夏)の靛(あい=藍)、四爪(よんづめ)九秋(きゅうしゅう=晩秋)の霜(しも)。   搭拉(たら=垂れ)たる二箇(ふたつ)の耳(みみ)、一尾(ひとお)の帚(ほうき)の長(たけ)。   青毛(せいもう)鋭気(えいき)を生(しょう)じ、紅眼(こうがん)金光(きんこう)を放(はな)つ。   匾牙(へんが=平たい牙)玉板(ぎょくばん)を排(なら)べ、円鬚(えんしゅ=丸い髭)硬槍(こうそう)を挺(た)つ。   鏡裏(きょうり)に真象(しんぞう)を観(み)れば、原(もと)是(こ)れ文殊(もんじゅ)の一箇(ひとり)の獅猁王(しりおう)なり。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)、這(こ)れは是(こ)れ你(なんじ)が坐(ざ)の下(した)の一箇(ひとり)の青毛獅子(せいもうしし)なるに、却(かえっ)て怎(いか)にして走(はし)り将(もっ)て来(きた)りて精(せい)と成(な)り、你(なんじ)すなわち他(かれ)を収服(しゅうふく)せざるか?」   菩薩(ぼさつ)道(いわ)く、「悟空(ごくう)、他(かれ)は曾(かつ)て走(はし)らず、他(かれ)は是(こ)れ仏旨(ぶっし)の差(さし)し来(きた)れるなり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)の畜類(ちくるい)精(せい)と成(な)り、帝位(ていい)を侵奪(しんだつ)し、還(ま)た仏旨(ぶっし)の差(さ)し来(きた)れるを奉(ほう)ず。老孫(ろうそん)の唐僧(とうぞう)を保(たも)って苦(く)を受(う)くるが似(ごと)きは、該(まさ)に幾道(いくすじ)の敕書(ちょくしょ=勅書)を領(う)くべし!」   菩薩(ぼさつ)道(いわ)く、「你(なんじ)知(し)らざるなり;当初(とうしょ)這(こ)の烏鶏国(うけいこく)の王(おう)、善(ぜん)を好(この)み僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)し、仏(ほとけ)我(われ)を差(さし)して来(きた)りて他(かれ)を度(ど)して西(にし)に帰(かえ)らせ、早(はや)く金身羅漢(こんしんらかん)を証(しょう)せしむ。原身(げんしん)を以(もっ)て相見(あいまみ)る可(べ)からざるに因(よ)り、一種(いっしゅ)の凡僧(ぼんそう)に変做(へんさく)し、他(かれ)に問(と)うて些(いくら)かの斎供(さいく=供物)を化(か=乞)う。吾(われ)が幾句(いくく)の言語(ことば)を以(もっ)て相(あい)難(なんじ)せしに、他(かれ)我(われ)の是(こ)れ箇(ひとり)の好(よ)き人(ひと)なるを識(し)らず、我(われ)を把(もっ)て一条(ひとすじ)の縄(なわ)にて捆(くく)り、那(か)の御水河(ぎょすいが)の中(うち)に送(おく)りて、我(われ)を三日三夜(みっかみよ)浸(ひた)せり。多(おお)くは六甲金身(りっこうこんしん)の我(われ)を救(すく)いて西(にし)に帰(かえ)るに虧(よ)り、如来(にょらい)に奏(そう)ず。如来(にょらい)此(こ)の怪(あやかし)を将(もっ)て此(こ)の処(ところ)に令(れい)し到(いた)りて他(かれ)を推(お)し井(い)に下(おろ)し、他(かれ)を三年(さんねん)浸(ひた)して、以(もっ)て吾(われ)が三日(みっか)の水災(すいさい)の恨(うらみ)を報(ほう)ぜしむ。一飲一啄(いちいんいったく=飲食の一事)、前定(ぜんじょう)に非(あら)ざるは莫(な)し。今(いま)汝等(なんじら)の此(ここ)に来(きた)るを得(え)て、功績(こうせき)を成(な)せり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)甚(なん)の一飲一啄(いちいんいったく)の私仇(しきゅう)を報(ほう)ぜしと雖(いえど)も、但(た)だ那(か)の怪物(かいぶつ)幾(いく)ばくの人(ひと)を害(そこな)えるを知(し)らざる也(よ)。」   菩薩(ぼさつ)道(いわ)く、「也(ま)た曾(かつ)て人(ひと)を害(そこな)わず、他(かれ)の到(いた)りし後(のち)、這(こ)の三年(さんねん)の間(あいだ)、風調雨順(ふうちょううじゅん)・国泰民安(こくたいみんあん)にして、何(なん)の人(ひと)を害(そこな)うことの之(これ)有(あ)らんや?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「固然(もちろん)此(こ)の如(ごと)しと雖(いえど)も、但(た)だ只(た)だ三宮(さんきゅう)の娘娘(にゃんにゃん)の、他(かれ)と同(とも)に眠(ねむ)り同(とも)に起(お)き、他(かれ)が身体(しんたい)を点汚(てんお=汚)し、幾(いく)ばくの綱常(こうじょう)・倫理(りんり)を壊(やぶ)れるを、還(ま)た曾(かつ)て人(ひと)を害(そこな)わずと做(な)すか?」   菩薩(ぼさつ)道(いわ)く、「他(かれ)を点汚(てんお)するを得(え)ず、他(かれ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の騸(せん=去勢)られたる獅子(しし)なり。」   八戒(はっかい)言(こと)を聞(き)き、近(ちか)づき前(まえ)に、すなわち一把(ひとつかみ)を摸(さぐ)り、笑(わら)って道(いわ)く、「這(こ)の妖精(ようせい)真箇(まこと)に是(こ)れ糟鼻子(そうびし=赤鼻)の酒(さけ)を食(の)まざるか——枉(むな)しく其(そ)の名(な)を担(にな)えり!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「既(すで)に此(こ)の如(ごと)しならば、収(おさ)めて去(ゆ)けよ。若(も)し菩薩(ぼさつ)の親(みずか)ら来(きた)るに非(あら)ざれば、決(きっ)して他(かれ)の性命(しょうめい)を饒(ゆる)さざるならん。」   那(か)の菩薩(ぼさつ)却(かえっ)て箇(ひとつ)の咒(じゅ=呪)を念(とな)え、喝(かつ)して道(いわ)く、「畜生(ちくしょう)、還(ま)た皈正(きしょう=正に帰)せずんば、更(さら)に何時(いつ)を待(ま)たんとす!」   那(か)の魔王(まおう)才(ようや)く原身(げんしん)を現(あらわ)す。菩薩(ぼさつ)蓮花(れんげ)を放(はな)って妖魔(ようま)を罩(おお)い定(さだ)め、背(せ)の上(うえ)に坐(ざ)し、祥光(しょうこう)を踏(ふ)んで行者(ぎょうじゃ)に辞(じ)す。咦(ああ)!   径(ただ)ちに五台山(ごだいさん)の上(うえ)に転(てん)じ去(ゆ)き、宝蓮座(ほうれんざ)の下(した)に談経(だんきょう)を聴(き)く。   畢竟(ひっきょう)那(か)の唐僧(とうぞう)師徒(しと)の怎(いか)にして城(しろ)を出(い)ずるを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第四十回 嬰児(えいじ)戲(たわむ)れて禅心(ぜんしん)を乱(みだ)し 猿馬(えんば)刀帰(とうき)して木母(ぼくぼ)空(むな)し   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の孫大聖(そんたいせい)兄弟(きょうだい)三人(みたり)、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、径(ただ)ちに朝(ちょう)の内(うち)に至(いた)れば、只(た)だ見(み)る那(か)の君臣(くんしん)・儲后(ちょこう=皇太子)の、幾班児(いくくみ)か拜接(はいせつ)して恩(おん)を謝(しゃ)するを。   行者(ぎょうじゃ)菩薩(ぼさつ)の魔(ま)を降(くだ)し怪(あやかし)を収(おさ)めし那(か)の一節(ひとくだり)を将(もっ)て、他(かれ)が君臣(くんしん)に陳訴(のべ)て聴(き)かしむれば、一箇箇(めいめい)頂礼(ちょうらい=礼拝)して尽(や)まず。   正(まさ)に都(すべて)賀喜(がき=祝い合う)の間(あいだ)に在(あ)るに、又(ま)た黄門官(こうもんかん)の来(きた)りて奏(もう)すを聴(き)く、「主公(しゅこう)、外面(そと)に又(ま)た四箇(よったり)の和尚(おしょう)の来(きた)れる有(あ)り。」   八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(いわ)く、「哥哥(あに)、是(こ)れ妖精(ようせい)の法(ほう)を弄(ろう)し、仮(いつわ)って文殊菩薩(もんじゅぼさつ)を捏(つく)りて我(われ)らを哄(だま)し、却(かえっ)て又(ま)た和尚(おしょう)に変作(へんさく)し、来(きた)りて我(われ)らと智(ち)を闘(あらそ)わんとするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「豈(あ)に此(こ)の理(り)有(あ)らんや!」 すなわち宣(せん)して進(すす)み来(きた)らしめて看(み)るを命(めい)ず。   衆(しゅう)の文武(ぶんぶ)令(れい)を伝(つた)え、他(かれ)を着(つ)けて入(い)り来(きた)らしむ。   行者(ぎょうじゃ)看(み)る時(とき)、原(もと)来(もと)是(こ)れ那(か)の宝林寺(ほうりんじ)の僧人(そうにん)の、那(か)の沖天冠(ちゅうてんかん)・碧玉帯(へきぎょくたい)・赭黄袍(しゃこうほう)・無憂履(むゆうり)を捧(ささ)げて進(すす)み入(い)り来(きた)れる也(なり)。   行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に喜(よろこ)んで道(いわ)く、「来(きた)り得(え)て好(よ)し! 来(きた)り得(え)て好(よ)し!」   且(しばら)く道人(どうにん)を教(おし)えて過(よぎ)り来(きた)らせ、包巾(ほうきん=頭巾)を摘(と)り下(おろ)し、沖天冠(ちゅうてんかん)を戴(いただ)かしめ;布衣(ふい=布の衣)を脱(ぬ)ぎ、赭黄袍(しゃこうほう)を穿(き)せ;絛子(じょうし=紐)を解(と)き、碧玉帯(へきぎょくたい)を系(し)めしめ;僧鞋(そうあい)を褪(ぬ)ぎ、無憂履(むゆうり)を登(は)かしむ。太子(たいし)を教(おし)えて白玉圭(はくぎょくけい)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)らせ、他(かれ)と手(て)の裏(うち)に執(と)らしめ、早(はや)く請(こ)うて殿(でん)に上(のぼ)り孤(こ)と称(しょう)せしむ。正(まさ)に是(こ)れ古(いにしえ)より道(いわ)く、「朝廷(ちょうてい)一日(いちじつ)も君(きみ)無(な)かる可(べ)からず」と。   那(か)の皇帝(こうてい)那(いず)れか肯(あえ)て坐(ざ)せん、哭啼啼(こくていてい=泣き声)と階心(かいしん=階段の中央)に跪(ひざまず)きて道(いわ)く、「我(われ)已(すで)に三年(さんねん)死(し)せしが、今(いま)師父(しふ)の我(われ)を救(すく)いて回生(かいせい)せしむるを蒙(こうむ)るに、怎(なん)ぞ又(ま)た敢(あえ)て妄(みだ)りに自(みずか)ら尊(とうと)と称(しょう)せんか? 請(こ)う、那(いず)れの一位(いちい)の師父(しふ)の君(きみ)と為(な)れ、我(われ)願(ねがわ)くは妻子(さいし)を領(ひき)いて城外(じょうがい)に民(たみ)と為(な)らんに足(た)れり。」   那(か)の三蔵(さんぞう)那(いず)れか肯(あえ)て受(う)けん、一心(いっしん)只(た)だ是(こ)れ仏(ほとけ)を拜(おが)み経(きょう)を求(もと)めんと欲(ほっ)す。   又(ま)た行者(ぎょうじゃ)を請(こ)えば、行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「列位(れつい=皆様)に瞞(かく)して説(と)かず、老孫(ろうそん)若(も)し肯(あえ)て皇帝(こうてい)を作(な)さば、天下(てんか)・万国(ばんこく)・九州(きゅうしゅう)の皇帝(こうてい)、皆(みな)作(な)し遍(あまね)くしたらん。只(た)だ是(こ)れ我(われ)ら和尚(おしょう)を作(な)し慣(な)れて、是(こ)の般(ごと)く懶散(らんさん=だらしなく)なり。若(も)し皇帝(こうてい)を作(な)さば、すなわち要(よう)す頭(かしら)を留(とど)め髪(かみ)を長(なが)くし、黄昏(たそがれ)に睡(ねむ)らず、五鼓(ごこ=明け方)に眠(ねむ)らず、辺報(へんぽう=辺境の急報)有(あ)るを聴(き)けば心神(しんしん)安(やす)からず;災荒(さいこう)有(あ)るを見(み)れば憂愁(ゆうしゅう)奈何(いかん)ともすること無(な)し。我(われ)ら怎(いか)にして得(え)て慣(な)れんや? 你(なんじ)還(ま)た你(なんじ)の皇帝(こうてい)を作(な)し、我(われ)還(ま)た我(われ)の和尚(おしょう)を作(な)し、功(こう)を修(しゅ)し行(ぎょう)に去(ゆ)かん也(よ)。」   那(か)の国王(こくおう)苦(くるし)く讓(ゆず)ること過(す)ぎざれば、只(た)だ得(え)て宝殿(ほうでん)に上(のぼ)り、南面(なんめん)して孤(こ)と称(しょう)し、大赦(たいしゃ)を天下(てんか)に下(くだ)し、宝林寺(ほうりんじ)の僧人(そうにん)を封贈(ほうぞう=褒美を与え)して回(かえ)し去(ゆ)かしむ。   却(かえっ)て才(ようや)く東閣(とうかく)を開(ひら)き、唐僧(とうぞう)を筵宴(えんえん=饗宴)し、一壁廂(いっぺき=一方)には旨(むね)を伝(つた)えて丹青(たんせい=絵師)を宣召(せんしょう)し、唐(とう)の師徒(しと)四位(よい)の喜容(きよう=肖像)を写(うつ)し下(おろ)し、金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に供養(くよう)せしむ。   那(か)の師徒(しと)ら邦国(ほうこく)を安(やす)んじ、久(ひさ)しく停(とど)まるを肯(あえ)てせず、王駕(おうが)に辞(じ)して西(にし)に投(とう)ぜんと欲(ほっ)す。   那(か)の皇帝(こうてい)三宮妃后(さんきゅうひごう)・太子(たいし)・諸臣(しょしん)と、鎮国(ちんこく=国を鎮むる)の宝貝(ほうべい)、金銀(きんぎん)・緞帛(どんはく=絹布)を将(もっ)て、師父(しふ)に献(けん)じて恩(おん)に酬(むく)いんとす。   那(か)の三蔵(さんぞう)分毫(ぶんごう=少しも)受(う)けず、只(た)だ是(こ)れ関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し、悟空(ごくう)らを催(うなが)して馬(うま)に背(くら)を負(お)わせ早(はや)く行(ゆ)かしむ。   那(か)の国王(こくおう)甚(はなは)だ意(こころ)に過(す)ぎず、朝鑾駕(ちょうらんが=天子の車駕)を擺(なら)え整(ととの)えて唐僧(とうぞう)を請(こ)うて上座(じょうざ)に坐(ざ)せしめ、両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)を着(つ)けて引導(いんどう)せしめ、他(かれ)三宮妃后(さんきゅうひごう)・太子(たいし)と一家児(いっか=一家)にて、轂(こく=車輪)を捧(ささ)げ輪(りん)を推(お)し、城廓(じょうかく=城壁)の外(そと)に送(おく)り出(いだ)し、却(かえっ)て才(ようや)く竜輦(りゅうれん=天子の車)を下(お)り、衆(しゅう)と相別(そうべつ)す。   国王(こくおう)道(いわ)く、「師父(しふ)や、西天(せいてん)に到(いた)りて経(きょう)を回(かえ)し得(う)るの日(ひ)には、是(こ)れ必(かなら)ず還(ま)た寡人(かじん=私)が界内(かいだい)に到(いた)りて一顧(いっこ=一目)せよ。」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「弟子(でし)命(めい)を領(りょう)す。」   那(か)の皇帝(こうてい)涙(なみだ)を閣(とど)めて汪汪(おうおう=あふれ)、遂(つい)に衆臣(しゅうしん)と回(かえ)り去(ゆ)く。   那(か)の唐僧(とうぞう)一行(いっこう)四僧(しそう)、羊腸(ようちょう=羊の腸のような)の大路(たいろ)に上(のぼ)り、一心(いっしん)の裏(うち)に專(もっぱ)ら霊山(りょうざん)を拜(おが)まんとす。   正(まさ)に秋(あき)尽(つ)き冬(ふゆ)初(はじ)まるの時節(じせつ)に値(あた)る、但(た)だ見(み)る霜(しも)は紅葉(こうよう)を凋(しぼ)ませて林林(りんりん=林ごと)瘦(や)せ、雨(あめ)は黄粱(こうりょう=黍)を熟(じゅく)させて処々(しょしょ)盈(み)つ。日(ひ)暖(あたた)かに嶺梅(れいばい=嶺の梅)暁色(ぎょうしょく)に開(ひら)き、風(かぜ)山竹(さんちく)を揺(ゆ)すって寒声(かんせい)を動(うご)かす。   師徒(しと)ら烏鶏国(うけいこく)を離(はな)れ、夜(よる)住(じゅう)し暁(あかつき)に行(ゆ)くこと、将(まさ)に半月(はんげつ)有余(ゆうよ)ならんとするに、忽(たちま)ち又(ま)た一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る、真箇(まこと)に是(こ)れ摩天礙日(まてんげいじつ=天を摩し日を遮る)なり。   三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に心(こころ)驚(おどろ)き、急(いそ)ぎ韁(たづな)を兜(と)めて忙(いそ)ぎ行者(ぎょうじゃ)を呼(よ)ぶ。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)何(なん)の吩咐(いいつけ)有(あ)るか?」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「你(なんじ)看(み)よ、前(まえ)の面(ほう)に又(ま)た大山(たいざん)・峻嶺(しゅんれい)有(あ)り、須(すべから)く仔細(しさい)に堤防(ていぼう=用心)せよ、恐(おそ)るるは一時(いっとき)に又(ま)た邪物(じゃぶつ)の来(きた)りて我(われ)を侵(おか)さんことを。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「只(た)だ管(かま)わず路(みち)を走(はし)れ、多(おお)く心(こころ)を生(しょう)ずる莫(なか)れ、老孫(ろうそん)自(おのずか)ら防護(ぼうご)有(あ)り。」   那(か)の長老(ちょうろう)只(た)だ得(え)て懐(ふところ)を寛(ひろ)くし、鞭(むち)を加(くわ)え馬(うま)を策(むちう)ち、山岩(さんがん)に奔(はし)り至(いた)れば、果(はた)して也(ま)た十分(じゅうぶん)に険峻(けんしゅん)なり。   但(た)だ見(み)得(う)る:   高(たか)きや高(たか)からず、頂上(ちょうじょう)青霄(せいしょう=青空)に接(つらな)る;   深(ふか)きや深(ふか)からず、澗中(かんちゅう=谷の中)地府(じふ=地獄)の如(ごと)し。   山前(さんぜん)常(つね)に見(み)る骨都都(こつとつ=もくもく)たる白雲(はくうん)、扢騰騰(こつとうとう=たちこめる)たる黒霧(こくむ)。   紅梅(こうばい)・翠竹(すいちく)、緑柏(りょくはく)・青松(せいしょう)。   山後(さんご)に千万丈(せんまんじょう)の挟魂霊台(きょうこんれいだい=魂を挟む霊台)有(あ)り、台後(だいご)に古古怪怪(ここかいかい=奇怪)たる蔵魔洞(ぞうまどう)有(あ)り。   洞中(どうちゅう)に叮叮狢狢(ていていかくかく=ぽたぽた)たる滴水泉(てきすいせん)有(あ)り、泉下(せんか)に更(さら)に弯弯曲曲(わんわんきょくきょく=くねくね)たる流水澗(りゅうすいかん)有(あ)り。   又(ま)た那(か)の天(てん)に跳(と)び地(ち)に搠(つ)きて果(くだもの)を献(けん)ずる猿(さる)、丫丫叉叉(ああささ=ごつごつ)たる角(つの)帯(お)びし鹿(しか)、呢呢痴痴(じじちち=ぼんやり)として人(ひと)を看(み)る獐(のろ)を見(み)る。   晩(くれ)に至(いた)れば山(やま)を巴(はい)って穴(あな)を尋(たず)ぬる虎(とら)、暁(あかつき)を待(ま)って波(なみ)を翻(かえ)して水(みず)を出(い)づる竜(りゅう)。   洞門(どうもん)に登(のぼ)り得(え)て唿喇(こつらつ=がらがら)と響(ひび)き、飛禽(ひきん)を驚(おどろ)かし得(え)て撲魯(ぼくろ=ばさばさ)と起(お)き、那(か)の林中(りんちゅう)の走獣(そうじゅう)の鞠律律(きつりつりつ=ぞろぞろ)と行(ゆ)くを看(み)る。   此(こ)の一群(ひとむれ)の禽(とり)と獣(けもの)を見(み)れば、人(ひと)の心(こころ)を吓(おどろ)かし得(え)て扢磴磴(こつとうとう=どきどき)と驚(おどろ)く。   堂倒洞(どうとうどう)・堂堂倒洞(どうどうとうどう)、洞堂当倒(どうどうとうとう)、洞当仙(どうとうせん)。   青石(せいせき)染(そ)みて千塊(せんかい)の玉(たま)と成(な)り、碧紗(へきさ)籠(こも)りて万堆(ばんたい)の煙(けむり)を罩(おお)う。   師徒(しと)ら正(まさ)に悚懼(しょうく=恐れ慄く)に当(あた)るに、又(ま)た只(た)だ那(か)の山凹(やまくぼみ)の裏(うち)に一朶(ひとひら)の紅雲(こううん)有(あ)るを見(み)る、直(ただ)ちに九霄(きゅうしょう)の空内(くうない)に冒(のぼ)り到(いた)り、結聚(けっしゅ=凝集)して一団(ひとつ)の火気(かき)と成(な)る。   行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に驚(おどろ)き、近(ちか)づき前(まえ)に、唐僧(とうぞう)を把(もっ)て脚(あし)を搊(かか)え、馬(うま)より推(お)し下(おろ)し、叫(よ)んで道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)ら、走(はし)る莫(なか)れ、妖怪(ようかい)来(きた)れる也(よ)。」   慌(あわ)て得(え)て箇(ひとつ)の八戒(はっかい)急(いそ)ぎ釘鈀(ていは)を掣(ひっさ)げ、沙僧(しゃそう)忙(いそ)ぎ宝杖(ほうじょう)を輪(めぐ)らし、唐僧(とうぞう)を把(もっ)て中(なか)に囲(かこ)み護(まも)る。   話(ことば)両頭(ふたつ)に分(わ)かれる。   却(かえっ)て説(と)く、紅光(こうこう)の裏(うち)に、真箇(まこと)に是(こ)れ箇(ひとつ)の妖精(ようせい)なり。他(かれ)数年前(すうねんまえ)、人(ひと)の講(こう)ずるを聞(き)き得(え)て、「東土(とうど)の唐僧(とうぞう)西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)るは、乃(すなわ)ち是(こ)れ金蝉長老(きんせんちょうろう)の転生(てんしょう)にして、十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の好(よ)き人(ひと)なり。人(ひと)の他(かれ)の一塊(ひとかけら)の肉(にく)を食(くら)えば、延長(えんちょう)・長寿(ちょうじゅ)にして、天地(てんち)と同(とも)に休(やす)らう」と。   他(かれ)朝朝(ちょうちょう=朝ごと)に山間(さんかん)に在(あ)って等候(ま)つに、期(き)せずして今日(こんにち)到(いた)れり。   他(かれ)那(か)の半空(はんくう)の裏(うち)に在(あ)って、正(まさ)に然(しか)く観看(みわた)すに、只(た)だ三箇(みたり)の徒弟(とてい)の、唐僧(とうぞう)を把(もっ)て馬上(ばじょう)に囲(かこ)み護(まも)り、各各(めいめい)準(そな)えを備(そな)うるを見(み)る。   這(こ)の精霊(せいれい)夸賛(こさん=讃嘆)して尽(や)まず道(いわ)く、「好(よ)き和尚(おしょう)かな! 我(われ)才(ようや)く一箇(ひとり)の白面胖和尚(はくめんぱんおしょう=白く丸い顔の坊主)の馬(うま)に騎(の)れるを看(み)るに、真(まこと)に是(こ)れ那(か)の唐朝(とうちょう)の聖僧(しょうそう)なるに、却(かえっ)て怎(なん)ぞ三箇(みたり)の醜(みにく)き和尚(おしょう)に護持(ごじ=守)されたるか! 一箇箇(ひとりひとり)拳(けん)を伸(の)べ袖(そで)を斂(おさ)め、各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)り、似(に)たり人(ひと)と打(う)たんと欲(ほっ)するの一般(ごとし)。噫(ああ)! 知(し)らず是(こ)れ那(いず)れの眼力(がんりき=見る目)有(あ)る者(もの)か、想(おも)うに応(まさ)に我(われ)を認(みと)め得(え)たるならん、此(こ)の有様(ようぼう)にては、那(か)の唐僧(とうぞう)の肉(にく)の食(くら)い得(う)ることを想(おも)う莫(なか)れ。」   沈吟(ちんぎん=沈思)すること半晌(はんしょう=しばらく)、心(こころ)を以(もっ)て心(こころ)に問(と)うて自家(じか)商量(そうりょう=相談)して道(いわ)く、「若(も)し勢(いきおい)に倚(よ)って擒(とら)えんと要(ほっ)すれば、近(ちか)づき得(う)ること能(あた)わず;或(あるい)は善(ぜん)を以(もっ)て他(かれ)を迷(まよ)わすれば、却(かえっ)て手(て)に到(いた)り得(う)べし。但(た)だ他(かれ)が心(こころ)の迷惑(めいわく)するを哄(たぶらか)し得(え)て、我(われ)の善(ぜん)の内(うち)に在(あ)って機(き)を生(しょう)ずるを待(ま)て、断然(だんぜん)として拿(とら)えん。且(しばら)く下(くだ)り去(ゆ)きて他(かれ)を一(ひと)つ戲(たわむ)れん。」   好(よ)き妖怪(ようかい)かな、すなわち紅光(こうこう)を散(さん)じ、雲頭(うんとう)を按(おさ)えて落(おろ)し、那(か)の山坡(さんぱ=山の斜面)の裏(うち)に去(ゆ)き、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、七歳(ななつ)の頑童(がんどう=いたずら小僧)に変作(へんさく)し、赤条条(せきじょうじょう=裸)として、身(み)の上(うえ)に衣(ころも)無(な)く、麻縄(あさなわ)を将(もっ)て手足(しゅそく)を捆(くく)り、高(たか)く那(か)の松樹(しょうじゅ)の梢頭(しょうとう=梢)に吊(つ)るし在(お)き、口口声声(こうこうせいせい)に、只(た)だ「人(ひと)を救(すく)え! 人(ひと)を救(すく)え!」と叫(よ)ぶ。   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の孫大聖(そんたいせい)忽(たちま)ち頭(かしら)を抬(あ)げて再(ふたた)び看(み)る処(ところ)、只(た)だ那(か)の紅雲(こううん)散(さん)じ尽(つ)き、火気(かき)全(まった)く無(な)きを見(み)れば、便(すなわ)ち叫(よ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)、請(こ)う、馬(うま)に上(のぼ)りて路(みち)を走(はし)れ。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「你(なんじ)妖怪(ようかい)の来(きた)れると説(い)いしに、怎(なん)ぞ又(ま)た敢(あえ)て路(みち)を走(はし)るか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)才然間(さっき=先ほど)、一朶(ひとひら)の紅雲(こううん)の地(ち)より起(おこ)りて、空(くう)の中(うち)に到(いた)りて結(むす)んで一団(ひとつ)の火気(かき)と做(な)せるを見(み)れば、断然(だんぜん)是(こ)れ妖精(ようせい)なり。這(こ)の一会(ひととき)紅雲(こううん)散(さん)じたれば、想(おも)うに是(こ)れ箇(ひとつ)の過路(かろ=通りすがり)の妖精(ようせい)にして、敢(あえ)て人(ひと)を傷(そこな)わざるならん、我(われ)ら去(ゆ)かん!」   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「師兄(しけい)の話(ことば)最(もっと)も巧(たく)みなり、妖精(ようせい)に又(ま)た箇(ひとつ)の甚(なん)の過路(かろ)有(あ)らんや?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)那(いず)れに知(し)らん、若是(も)し那(か)の山(やま)・那(か)の洞(ほら)の魔王(まおう)の宴(えん)を設(もう)け、那(か)の諸山(しょざん)・各洞(かくどう)の精(せい)を邀請(ようせい)して会(え)に赴(おもむ)かしむれば、却(かえっ)すなわち東南西北(とうなんせいほく)四路(よすじ)の精霊(せいれい)の皆(みな)来(きた)りて会(え)に赴(おもむ)く有(あ)り、此(こ)の故(ゆえ)に他(かれ)只(た)だ心(こころ)に会(え)に赴(おもむ)く有(あ)るのみ、意(こころ)に人(ひと)を傷(そこな)う無(な)し。此(こ)れ乃(すなわ)ち過路(かろ)の妖精(ようせい)也(なり)。」   三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)いて、也(ま)た信(しん)ずるに似(に)て信(しん)ぜざるが似(ごと)く、只(た)だ得(え)て鞍(くら)に攀(よじのぼ)って馬(うま)に在(あ)り、路(みち)に順(したが)いて山(やま)に奔(はし)り前進(ぜんしん)す。   正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、只(た)だ「人(ひと)を救(すく)え!」と叫(よ)ぶ声(こえ)を聴(き)く。   長老(ちょうろう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、「徒弟(とてい)や、這(こ)の半山(なかやま)の裏(うち)に、是(こ)れ那(いず)れの甚(なん)の人(ひと)の叫(よ)ぶか?」   行者(ぎょうじゃ)上前(すす)みて道(いわ)く、「師父(しふ)只(た)だ管(かま)わず路(みち)を走(はし)れ、甚(なん)の人の轎(かご=駕籠)・騾轎(らきょう=驢馬の駕籠)・明轎(めいきょう)・睡轎(すいきょう)を纏(まと)う莫(なか)れ。這(こ)の所(ところ)に、就(すなわ)ち轎(かご)有(あ)るも、也(ま)た箇(ひとつ)の人(ひと)の你(なんじ)を抬(かつ)ぐ無(な)し。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「是(こ)れ扛抬(こうたい=担ぎ上げる)の轎(かご)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ叫喚(きょうかん=叫び呼ぶ)の叫(きゅう)なり。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)暁(さと)れり、閑事(かんじ=よけいなこと)を管(かま)うる莫(なか)れ、且(しばら)く路(みち)を走(はし)れ。」   三蔵(さんぞう)言(こと)に依(よ)り、馬(うま)を策(むちう)ちて又(ま)た進(すす)むに、行(ゆ)くこと一里(いちり)の遥(はるか)に上(のぼ)らざるに、又(ま)た「人(ひと)を救(すく)え!」と叫(よ)ぶ声(こえ)を聴(き)く。   長老(ちょうろう)道(いわ)く、「徒弟(とてい)、這(こ)の叫(よ)ぶ声(こえ)は、是(こ)れ鬼魅(きみ)・妖邪(ようじゃ)に非(あら)ず;若是(も)し鬼魅(きみ)・妖邪(ようじゃ)ならば、但(た)だ声(こえ)を出(いだ)す有(あ)るのみ、回(こた)うる声(こえ)有(あ)ること無(な)し。你(なんじ)聴(き)け、他(かれ)一声(ひとこえ)叫(よ)べば、又(ま)た一声(ひとこえ)叫(よ)ぶ、想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ箇(ひとつ)の難(なん)有(あ)るの人(ひと)ならん、我(われ)ら去(ゆ)きて他(かれ)を一(ひと)つ救(すく)う可(べ)し。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、今日(こんにち)且(しばら)く這(こ)の慈悲(じひ)の心(こころ)を把(もっ)て略(やや)収(おさ)め起(おこ)し収(おさ)め起(おこ)し、此(こ)の山(やま)を過(よぎ)るを待(ま)ち、再(ふたた)び慈悲(じひ)を発(はっ)せよ。這(こ)の去(ゆ)く処(ところ)は凶(きょう)多(おお)く吉(きち)少(すくな)し、你(なんじ)那(か)の草(くさ)に倚(よ)り木(き)に附(つ)くの説(せつ)を知(し)るか、是(こ)れ物(もの)の以(もっ)て精(せい)と成(な)る可(べ)きなり。諸般(しょはん=諸々)は還(ま)た可(ゆる)すも、只(た)だ一般(ひとくさり)の蟒蛇(うわばみ)有(あ)り、但(た)だ年(とし)遠(とお)く日(ひ)深(ふか)く修(しゅ)し得(え)て、精魅(せいみ)と成(な)れば、善(よ)く能(よ)く人(ひと)の小名児(しょうめい=幼名)を知(し)る。他(かれ)若(も)し草科(くさむら)の裏(うち)、或(あるい)は山凹(やまくぼみ)の中(うち)に在(あ)って、人(ひと)一声(ひとこえ)叫(よ)べば、人(ひと)の応(こた)えざるは還(ま)た可(よ)し;若(も)し一声(ひとこえ)応(こた)えば、他(かれ)すなわち人(ひと)の元神(げんしん=魂)を把(もっ)て綽(つか)み去(さ)り、当夜(とうや)に跟(したが)い来(きた)り、断然(だんぜん)として人(ひと)の性命(しょうめい)を傷(そこな)う。且(しばら)く走(はし)れ! 且(しばら)く走(はし)れ! 古人(こじん)云(いわ)く、脱(のが)れ得(え)て去(ゆ)かば、神明(しんめい)に謝(しゃ)せよと、切(きっ)と他(かれ)を聴(き)く可(べ)からず。」   長老(ちょうろう)只(た)だ得(え)て他(かれ)に依(よ)り、又(ま)た鞭(むち)を加(くわ)え馬(うま)を催(うなが)して去(ゆ)く。   行者(ぎょうじゃ)心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに想(おも)う、「這(こ)の潑怪(はっかい)那(いず)れに在(あ)るを知(し)らず、只(た)だ管(かま)わず叫(よ)び阿(あ)叫(よ)びする。我(われ)が老孫(ろうそん)の他(かれ)に一箇(ひとつ)の酉星法(ゆうせいほう)を送(おく)り、他(かれ)を教(おし)えて両(ふたり)面(めん)を見(み)ざらしめん。」   好(よ)き大聖(たいせい)かな、沙和尚(しゃおしょう)を叫(よ)んで前(まえ)に来(きた)らせて道(いわ)く、「馬(うま)に攏(そなわ)り、慢慢(ゆっくり)と走(はし)り在(お)れ、老孫(ろうそん)をして手(て)を解(と)かしめよ。」   你(なんじ)看(み)よ他(かれ)唐僧(とうぞう)をして先(さき)に幾歩(いくほ)行(ゆ)かしめ、却(かえっ)て箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(とな)え、箇(ひとつ)の移山縮地(いざんしゅくち=山を移し地を縮める)の法(ほう)を使(つか)い、金箍棒(きんこぼう)を把(もっ)て後(うしろ)へ一(ひと)つ指(さ)せば、他(かれ)が師徒(しと)此(こ)の峰頭(ほうとう=峰)を過(よぎ)り、前(まえ)に向(むか)いて走(はし)り去(ゆ)き、却(かえっ)て那(か)の怪物(かいぶつ)を把(もっ)て撇(なげう)ち下(おろ)し、他(かれ)再(ふたた)び歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、唐僧(とうぞう)に追(お)い付(つ)き、一路(いちろ)山(やま)に奔(はし)る。   只(た)だ見(み)れば那(か)の三蔵(さんぞう)又(ま)た那(か)の山(やま)の背後(うしろ)に「人(ひと)を救(すく)え!」と叫(よ)ぶ声(こえ)有(あ)るを聴(き)く。   長老(ちょうろう)道(いわ)く、「徒弟(とてい)や、那(か)の難(なん)有(あ)る人(ひと)の、大(おおい)に縁法(えんぽう=縁)無(な)く、曾(かつ)て我(われ)らに遇(あ)い得(え)ざりしなり。我(われ)ら他(かれ)を過(よぎ)り走(はし)り了(おわ)れるに、你(なんじ)聴(き)け、他(かれ)山(やま)の後(うしろ)に在(あ)って叫(よ)ぶ哩(ぞ)。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「在(あ)るは便(すなわ)ち還(ま)た山前(さんぜん)に在(あ)るも、只(た)だ如今(いま)風(かぜ)の転(てん)じたる也(なり)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「他(かれ)の甚(なん)の転風(てんぷう)・不転風(ふてんぷう)を管(かま)わん、且(しばら)く路(みち)を走(はし)れ。」   此(こ)の因(ゆえ)に、遂(つい)に皆(みな)言語(ことば)無(な)く、一步(いっぽ)にして此(こ)の山(やま)を叉(また)ぎ過(よぎ)らんことを恨(うら)む。話下(かか=以下)に題(だい)せず。   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の妖精(ようせい)山坡(さんぱ)の裏(うち)に在(あ)りて、連(つづ)けて三四声(さんよんこえ)叫(よ)ぶも、更(さら)に人(ひと)の到(いた)る無(な)ければ、他(かれ)心中(しんちゅう)思量(しりょう)して道(いわ)く、「我(われ)此(ここ)に在(あ)って唐僧(とうぞう)を等(ま)つに、他(かれ)の離(はな)るること三里(さんり)に上(のぼ)らざるを望見(みわた)せるに、却(かえっ)て怎(なん)ぞ這(こ)の半晌(はんしょう)還(ま)た到(いた)らざるか? 想(おも)うに是(こ)れ路(みち)を抄(つつし)み下(おろ)して去(ゆ)きたるならん。」   他(かれ)身(み)躯(み)を一(ひと)つ抖(ふる)い、縄索(じょうさく)を脱(ぬ)ぎ、又(ま)た紅光(こうこう)を縦(はな)ち、上空(じょうくう)して再(ふたた)び看(み)る。   覚(おぼ)えず孫大聖(そんたいせい)面(おもて)を仰(あお)ぎて回観(みかえ)し、是(こ)れ妖怪(ようかい)なるを識(し)り得(え)、又(ま)た唐僧(とうぞう)を把(もっ)て脚(あし)を撮(つま)み、馬(うま)より推(お)し下(おろ)して道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)ら、仔細(しさい)! 仔細(しさい)! 那(か)の妖精(ようせい)又(ま)た来(きた)れる也(よ)!」   慌(あわ)て得(え)て那(か)の八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)各(おのおの)兵刀(へいとう=武器)を執(と)り、唐僧(とうぞう)を将(もっ)て又(ま)た中(なか)に囲(かこ)み護(まも)る。   那(か)の精霊(せいれい)見(み)て、半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)って称羨(しょうせん=讃嘆)して已(や)まず道(いわ)く、「好(よ)き和尚(おしょう)かな! 我(われ)才(ようや)く那(か)の白面(はくめん)の和尚(おしょう)の馬(うま)の上(うえ)に坐(ざ)せるを見(み)るに、却(かえっ)て怎(なん)ぞ又(ま)た他(かれ)三人(みたり)に蔵(かく)されたるか? 這(こ)れ一(ひと)つ去(ゆ)きて面(めん)を見(み)て方(まさ)に知(し)らん。先(ま)ず那(か)の眼力(がんりき)有(あ)る者(もの)を弄(ろう)し倒(たお)して、方(まさ)に才(ようや)く唐僧(とうぞう)を捉(とら)え得(う)べし。然(しか)らずんば、徒(いたず)らに心機(しんき)を費(つい)やして物(もの)を獲(え)難(がた)く、枉(むな)しく情興(じょうきょう=興)を労(ろう)して総(すべ)て空(くう)を成(な)さん。」   却(かえっ)て又(ま)た雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、恰(あたか)も前番(ぜんばん=前回)の変化(へんげ)の似(ごと)く、高(たか)く松樹(しょうじゅ)の山頭(さんとう)に吊(つ)り在(あ)って等候(ま)つ、這(こ)の番(たび)は却(かえっ)て半里(はんり)の地(ち)に上(のぼ)らず。   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の孫大聖(そんたいせい)頭(かしら)を抬(あ)げて再(ふたた)び看(み)れば、只(た)だ那(か)の紅雲(こううん)又(ま)た散(さん)じたるを見(み)る、復(ま)た請(こ)うて師父(しふ)馬(うま)に上(のぼ)り前(まえ)に行(ゆ)かしむ。   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「你(なんじ)妖精(ようせい)又(ま)た来(きた)れると説(い)いしに、如何(いかん)ぞ又(ま)た路(みち)を走(はし)るを請(こ)うか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)れ還(ま)た是(こ)れ箇(ひとつ)の過路(かろ)の妖精(ようせい)にして、敢(あえ)て我(われ)らを惹(まね)かざるなり。」   長老(ちょうろう)又(ま)た怒(いか)りを懐(いだ)いて道(いわ)く、「這(こ)の潑猴(はっこう)、十分(じゅうぶん)に我(われ)を弄(ろう)す! 正(まさ)に妖魔(ようま)有(あ)る処(ところ)に当(あた)りて、却(かえっ)て無事(ぶじ)と説(と)き;這(こ)の般(ごと)き清平(せいへい=平穏)の所(ところ)に似(に)たるに、又(ま)た却(かえっ)て我(われ)を恐嚇(きょうかく=脅か)し、時(とき)ならずして嚷(わめ)いて甚(なん)の妖精(ようせい)有(あ)ると道(い)う。虚(きょ)多(おお)く実(じつ)少(すくな)く、軽重(けいちょう)を管(かま)わず、我(われ)を将(もっ)て脚(あし)を搊(かか)え、馬(うま)より捽(つき)り下(おろ)し、如今(いま)却(かえっ)て解(と)きて甚(なん)の過路(かろ)の妖精(ようせい)と説(と)く。仮(かり)に跌(つまず)きて我(われ)を傷(そこな)わば、却(かえっ)て也(ま)た意(こころ)に過(す)ぎ去(ゆ)かざらん! 這(こ)の等(ごと)し、這(こ)の等(ごと)し!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)怪(とが)むる莫(なか)れ、若是(も)し跌(つまず)きて你(なんじ)の手足(しゅそく)を傷(そこな)わば、却(かえっ)て還(ま)た好(よ)く医(いや)す可(べ)し;若是(も)し妖精(ようせい)に撈(すく)われ去(ゆ)かば、却(かえっ)て何処(いずこ)に跟(したが)い尋(たず)ねん?」   三蔵(さんぞう)大(おおい)に怒(いか)り、哏哏(こんこん=いらいら)として、《緊箍児咒(きんこじゅ)》を念(とな)えんと欲(ほっ)すれば、却(かえっ)て是(こ)れ沙僧(しゃそう)の苦(くるし)く勧(すす)むるに、只(た)だ得(え)て馬(うま)に上(のぼ)り又(ま)た行(ゆ)く。   還(ま)た曾(かつ)て坐(ざ)し得(え)て穏(おだやか)ならざるに、只(た)だ又(ま)た「師父(しふ)、人(ひと)を救(すく)えや!」と叫(よ)ぶを聴(き)く。   長老(ちょうろう)頭(かしら)を抬(あ)げて看(み)る時(とき)、原(もと)来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の小孩童(しょうがいどう=幼児)の、赤条条(せきじょうじょう=裸)として、那(か)の樹(き)の上(うえ)に吊(つ)り在(あ)れるなり。   韁(たづな)を兜(と)め住(とど)め、便(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の潑猴(はっこう)多(おお)くの大(おおい)なる憊懶(はいらん=ずる賢)なるかな! 全(まった)く些(いくら)か児(ばかり)の善良(ぜんりょう)の意(こころ)有(あ)ること無(な)く、心心(しんしん=心の底)只(た)だ是(こ)れ撒潑行凶(さっぱつぎょうきょう=暴れまわる)を要(ほっ)する哩(ぞ)! 我(われ)那(か)の般(ごと)く説(と)くに、叫(よ)び喚(よ)ぶるは是(こ)れ人(ひと)の声(こえ)なりと、他(かれ)すなわち千言万語(せんげんばんご)にて只(た)だ嚷(わめ)いて是(こ)れ妖怪(ようかい)なりとす! 你(なんじ)看(み)よ、那(か)の樹(き)の上(うえ)に吊(つ)り在(あ)るは是(こ)れ箇(ひとり)の人(ひと)ならずや?」   大聖(たいせい)師父(しふ)の怪(とが)め下(くだ)れるを見(み)、却(かえっ)て又(ま)た觌面(まのあたり)に容姿(ようし=姿)を見(み)て、一(ひとつ)には手脚(しゅきゃく=手立て)を作(な)すを得(え)ず、二(ふたつ)には又(ま)た《緊箍児咒(きんこじゅ)》を念(とな)えられんことを怕(おそ)るれば、頭(かしら)を低(た)れ、再(ふたた)び敢(あえ)て言(こと)を回(かえ)さず、唐僧(とうぞう)の樹(き)の下(した)に到(いた)るに讓(ゆず)る。   那(か)の長老(ちょうろう)鞭(むち)の梢(こずえ)を将(もっ)て指(さ)し問(と)うて道(いわ)く、「你(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの家(いえ)の孩児(がいじ=子)なるか? 何(なん)の事(こと)有(あ)るに因(よ)りて、此(ここ)の間(あいだ)に吊(つ)り在(あ)るか? 我(われ)に説(と)け、好(よ)く你(なんじ)を救(すく)わん。」   噫(ああ)! 分明(ぶんめい)他(かれ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の精霊(せいれい)の、這(こ)の等(ごと)く変化(へんげ)せるなるに、那(か)の師父(しふ)は却(かえっ)て是(こ)れ箇(ひとつ)の肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡夫の眼)にして、相識(みわ)けるを得(え)ざるなり。   那(か)の妖魔(ようま)他(かれ)の下(した)に問(と)うを見(み)て、愈(いよい)よ虚頭(きょとう=虚偽)を弄(ろう)し、眼(め)の中(うち)に涙(なみだ)を噙(ふく)み、叫(よ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)呀(や)、山(やま)を西(にし)に去(ゆ)けば一条(ひとすじ)の枯松澗(こしょうかん)有(あ)り、澗(たに)の那辺(かなた)に一(ひとつ)の庄村(しょうそん)有(あ)り、我(われ)は是(こ)れ那(そ)の処(ところ)の人(ひと)の家(いえ)なり。我(われ)が祖公公(そこひいじいさん)姓(せい)は紅(こう)、只(た)だ広(ひろ)く金銀(きんぎん)を積(つ)むに因(よ)り、家私(かし=家産)巨万(きょまん)にして、混名(あだな)を喚(よ)んで紅百万(こうひゃくまん)と做(な)す。年老(としお)いて世(よ)を帰(き)すること已久(ひさ)く、家産(かさん)我(われ)が父(ちち)に遺(のこ)せり。近(ちか)ごろ人事(じんじ=世の習い)奢侈(しゃし=贅沢)にして、家私(かし)漸(ようや)く廃(すた)れ、名(な)を改(あらた)めて喚(よ)んで紅十万(こうじゅうまん)と做(な)し、專(もっぱ)ら一(ひとつ)に四路(よすじ)の豪傑(ごうけつ)と交(まじわ)りを結(むす)び、金銀(きんぎん)を将(もっ)て借(か)し放(はな)ち、利息(りそく)を希図(きと=企て)す。怎(なん)ぞ知(し)らん那(か)の籍(せき)無(な)き人(ひと)の、設(もう)けて骗(だま)し去(ゆ)ける啊(かな)、本利(ほんり)帰(かえ)る無(な)し。我(われ)が父(ちち)洪誓(こうせい=大誓い)を発(はっ)して、分文(ぶんぶん=一銭)も借(か)さず。那(か)の金銀(きんぎん)を借(か)りし人(ひと)、身(み)貧(まずし)くして計(けい)無(な)く、凶党(きょうとう=凶徒)を結(むす)び成(な)し、明(あからさま)に火(ひ)を執(と)り杖(つえ)を執(と)り、白日(はくじつ)に我(われ)が門(もん)に殺(せっ)し上(のぼ)り、我(われ)が財帛(ざいはく=財産)を将(もっ)て尽(ことごと)く情(ことごと)く劫擄(ごうろ=奪い取)り、我(われ)が父親(ちち)を把(もっ)て殺(ころ)し、我(われ)が母親(はは)の些(いくら)かの顔色(がんしょく=色香)有(あ)るを見(み)て、拐(かどわ)かし将(もっ)て去(ゆ)きて甚(なん)の圧寨夫人(あっさいふじん=山賊の女房)と做(な)す。   那(そ)の時節(とき)、我(われ)が母親(はは)我(われ)を捨(す)て得(え)ず、我(われ)を把(もっ)て懐(ふところ)の裏(うち)に抱(いだ)き、哭哀哀(こくあいあい=泣き悲しみ)、戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)、賊寇(ぞくこう=賊)に跟従(したが)い、期(き)せずして此(こ)の山中(さんちゅう)に到(いた)りて、又(ま)た我(われ)を殺(ころ)さんと欲(ほっ)せしも、多(おお)くは我(われ)が母親(はは)の哀告(あいこく=嘆き願い)に虧(よ)り、我(われ)をして刀(かたな)の下(した)に身(み)死(し)するを免(まぬか)れしめ、却(かえっ)て縄子(なわ)を将(もっ)て我(われ)を樹(き)の上(うえ)に吊(つ)し、只(た)だ凍(こご)え餓(う)えて死(し)せしむるを教(おし)う、那(か)の些(いくら)かの賊(ぞく)我(われ)が母親(はは)を将(もっ)て何処(いずこ)に掠(かす)め往(ゆ)けるを知(し)らず。我(われ)此(ここ)に在(あ)ること已(すで)に三日三夜(みっかみよ)、更(さら)に一箇(ひとり)の人(ひと)の来(きた)りて行(ゆ)く無(な)し。知(し)らず那(いず)れの世(よ)の裏(うち)に修積(しゅせき=徳を積)みしに、今(いま)の生(しょう)に老師父(ろうしふ)に遇(あ)い得(う)るは、若(も)し肯(あえ)て大(だい)なる慈悲(じひ)を捨(す)て、我(われ)が一命(いちめい)を救(すく)い家(いえ)に回(かえ)らしむれば、就(すなわ)ち身(み)を典(いれ)し命(いのち)を売(う)るも、也(ま)た師恩(しおん)に酬(むく)い、黄沙(こうさ)の面(おもて)を蓋(おお)うを致(いた)すとも、更(さら)に敢(あえ)て忘(わす)れざる也(なり)。」   三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、真実(しんじつ)と認(みと)め、すなわち八戒(はっかい)を教(おし)えて縄索(じょうさく)を解放(かいほう)し、他(かれ)を救(すく)い下(おろ)し来(きた)らしむ。   那(か)の呆子(ほうけ)も也(ま)た人(ひと)を識(し)らず、便(すなわ)ち上前(すす)みて手(て)を動(うご)かさんと欲(ほっ)すれば、行者(ぎょうじゃ)旁(かたわら)に在(あ)りて、忍(しの)ぶるを得(え)ず一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(いわ)く、「那(か)の潑物(はつぶつ)! 你(なんじ)を認(みと)め得(う)る者の此(ここ)に在(あ)る哩(ぞ)! 只(た)だ管(かま)わず架空(かくう=作り事)に鬼(おに)を搗(つ)き、説謊(うそ)を説(と)いて人(ひと)を哄(だま)すな! 你(なんじ)既(すで)に家私(かし)を劫(かす)められ、父(ちち)は賊(ぞく)に傷(そこな)われ、母(はは)は人(ひと)に擄(かどわ)かされたれば、你(なんじ)を救(すく)い去(ゆ)きて誰人(だれ)に交(わた)さんとするか? 你(なんじ)何物(なに)を将(もっ)て我(われ)と与(あた)えて謝(しゃ)と作(な)さんとするか? 這(こ)の謊(うそ)脱節(だっせつ=辻褄が合わぬ)せる也(や)!」   那(か)の怪(あやかし)言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)怕(おそ)れを懐(いだ)き、すなわち大聖(たいせい)の是(こ)れ箇(ひとつ)の能(よ)き人(ひと)なるを知(し)り、暗(ひそ)かに他(かれ)を将(もっ)て心(こころ)の上(うえ)に放(お)き在(お)く。却(かえっ)て又(ま)た戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、涙(なみだ)を滴(したた)らして言(い)う、「師父(しふ)、我(われ)が父母(ふぼ)空亡(くうぼう=亡き)にして、家財(かざい)尽(ことごと)く絶(た)えたりと雖(いえど)も、還(ま)た些(いくら)かの田産(でんさん=田畑)の未(いま)だ動(うご)かざる有(あ)り、親戚(しんせき)皆(みな)存(そん)す。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)甚(なん)の親戚(しんせき)有(あ)るか?」   妖怪(ようかい)道(いわ)く、「我(われ)が外公(がいこう=母方の祖父)の家(いえ)は山南(さんなん)に在(あ)り、姑娘(こじょう=父の姉)は嶺北(れいほく)に住居(すま)う。澗頭(かんとう)の李四(りし)は、是(こ)れ我(われ)が姨夫(いふ=母の姉の夫);林内(りんない)の紅三(こうさん)は、是(こ)れ我(われ)が族伯(ぞくはく=父の従兄)。還(ま)た堂叔(どうしゅく=父の従弟)・堂兄(どうけい=従兄)の皆(みな)本荘(ほんしょう)の左右(さゆう)に住(す)む有(あ)り。老師父(ろうしふ)若(も)し肯(あえ)て我(われ)を救(すく)えば、荘(むら)の上(うえ)に到(いた)りて、諸親(しょしん)に見(まみ)え、老師父(ろうしふ)の拯救(きゅうじょう)の恩(おん)を将(もっ)て、一一(いちいち)衆(しゅう)に対(たい)して言説(げんせつ)し、些(いくら)かの田産(でんさん)を典売(てんばい=質に入れ売り)し、重重(じゅうじゅう=手厚く)酬謝(しゅうしゃ)せん也(よ)。」   八戒(はっかい)説(と)くを聴(き)き、行者(ぎょうじゃ)を扛(ささ)え住(とど)めて道(いわ)く、「哥哥(あに)、這(こ)の等(ごと)き一箇(ひとり)の小孩子家(こども)に、你(なんじ)只(た)だ管(かま)わず他(かれ)を盤詰(ばんきつ=詰問)して怎(いか)にするか! 他(かれ)の説(と)き得(え)るは是(ただし)きなり、強盗(ごうとう)は只(た)だ他(かれ)が些(いくら)かの浮財(ふざい=動産)を打劫(だっきょう)せるのみ、莫(まさ)か成(なる)まい房屋(いえ)・田産(でんさん)をも也(ま)た劫(かす)め得(え)て去(ゆ)くとは? 若(も)し他(かれ)が親戚(しんせき)らと説(と)かば、我(われ)ら縦(たと)い広大(こうだい)の食腸(しょくちょう=食い意地)有(あ)るも、也(ま)た他(かれ)が十畝(じっぽ)の田(た)の価(あたい)を食(くら)い了(おわ)るを得(え)ず。他(かれ)を救(すく)い下(おろ)して罷(や)めよ。」   呆子(ほうけ)只(た)だ是(こ)れ食(しょく=食べ物)を想(おも)うのみ、那(いず)れか甚(なん)の好歹(よしあし)を管(かま)わん、戒刀(かいとう=持戒の刀)を使(つか)って縄索(じょうさく)を挑(ほじく)り断(た)ち、怪(あやかし)を放(はな)ち下(おろ)し来(きた)る。   那(か)の怪(あやかし)唐僧(とうぞう)の馬(うま)の下(した)に対(たい)し、涙汪汪(るいおうおう=涙ぐみ)として只(た)だ情(ひたすら)に頭(こうべ)を磕(たた)く。   長老(ちょうろう)心(こころ)慈(じ)なれば、便(すなわ)ち叫(よ)んで道(いわ)く、「孩児(がいじ)、你(なんじ)馬(うま)に上(のぼ)り来(きた)れ、我(われ)你(なんじ)を帯(たい)して去(ゆ)かん。」   那(か)の怪(あやかし)道(いわ)く、「師父(しふ)や、我(われ)が手足(しゅそく)は皆(みな)吊(つ)り麻(しび)れ、腰胯(ようこ=腰)疼痛(とうつう=痛む)、一(ひとつ)には是(こ)れ郷下(いなか)の人家(ひと)なれば、馬(うま)に騎(の)るに慣(な)れず。」   唐僧(とうぞう)八戒(はっかい)を叫(よ)んで背負(お)わしむれば、那(か)の妖怪(ようかい)一眼(ひとみ)を抹(ぬぐ)って道(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)が皮膚(ひふ)は皆(みな)凍(こご)え熟(じゅく=ただれ)たれば、敢(あえ)て這(こ)の位(おなり)の師父(しふ)の背負(お)うを要(よう)せず。他(かれ)が嘴(くちばし)長(なが)く耳(みみ)大(おお)きく、脳後(のうご=後頭)の鬃(たてがみ)硬(かた)く、我(われ)を搠(つつ)き得(え)て慌(あわ)てしむ。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「沙和尚(しゃおしょう)を教(おし)えて背負(お)わしめん。」   那(か)の怪(あやかし)也(ま)た一眼(ひとみ)を抹(ぬぐ)って道(いわ)く、「師父(しふ)、那(か)の些(いくら)かの賊(ぞく)の来(きた)りて我(われ)が家(いえ)を打劫(だっきょう)せし時(とき)、一箇箇(ひとりひとり)皆(みな)花臉(かれん=化粧顔)を搽(ぬ)り、仮(にせ)の鬍子(ひげ)を帯(お)び、刀(かたな)を拿(と)り杖(つえ)を弄(ろう)せり。我(われ)他(かれ)に唬(おどろ)かされ怕(おそ)れれば、這(こ)の位(おなり)の晦気臉(わいきれん=不吉な顔)の師父(しふ)を見(み)て、一発(いっそう)魂(たましい)を没(な)くし了(おわ)れり、也(ま)た敢(あえ)て他(かれ)の背負(お)うを要(よう)せず。」   唐僧(とうぞう)孫行者(そんぎょうじゃ)を教(おし)えて背負(お)わしむれば、行者(ぎょうじゃ)呵呵(かか)と笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)背負(お)わん! 我(われ)背負(お)わん!」   那(か)の怪物(かいぶつ)暗(ひそ)かに自(みずか)ら歓喜(かんき)し、順順当当(じゅんじゅんとうとう=すんなり)として行者(ぎょうじゃ)の他(かれ)を背負(お)わんことを要(よう)す。   行者(ぎょうじゃ)他(かれ)を把(もっ)て路(みち)の旁(そば)に扯(ひ)き在(お)き、一(ひと)つ試(こころ)みるに、只(た)だ好(よ)く三斤十来両(さんきんじゅうらいりょう)の重(おも)さ有(あ)るのみ。   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の潑怪物(はつかいぶつ)、今日(こんにち)該(まさ)に死(し)すべきに、怎(なん)ぞ老孫(ろうそん)の面前(めんぜん)に在(あ)って鬼(おに)を搗(つ)くか! 我(われ)你(なんじ)の是(こ)れ箇(ひとつ)の那話児(なじ=例の者)なるを認(みと)め得(え)る呵(かな)。」   妖怪(ようかい)道(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)は是(こ)れ好(よ)き人家(ひと)の児女(むすめこ)なるに、不幸(ふこう)にして此(こ)の大難(たいなん)に遭(あ)う、我(われ)怎(なん)ぞ是(こ)れ箇(ひとつ)の甚(なん)の那話児(なじ)ならんか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)既(すで)に是(こ)れ好(よ)き人家(ひと)の児女(むすめこ)ならば、怎(なん)ぞ這(こ)の等(ごと)く骨頭(こつとう=骨)軽(かる)きか?」   妖怪(ようかい)道(いわ)く、「我(われ)が骨格児(こっかく=骨格)小(ちい)さきなり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)今年(ことし)幾歳(いくつ)なるか?」   那(か)の怪(あやかし)道(いわ)く、「我(われ)七歳(ななつ)なり。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「一歳(ひとつ)に一斤(いっきん)長(ちょう)ずるも、也(ま)た該(まさ)に七斤(ななきん)なるべきに、你(なんじ)怎(なん)ぞ四斤(よんきん)に満(み)たざるの重(おも)さなるか?」   那(か)の怪(あやかし)道(いわ)く、「我(われ)小時(ちいさきとき)乳(ち)を失(うしな)えり。」   行者(ぎょうじゃ)説(と)く、「也(ま)た罷(よ)からん、我(われ)你(なんじ)を背負(お)わん、若(も)し尿尿(にょう)・把把(ばば=大便)せば、須(すべから)く我(われ)と説(と)け。」   三蔵(さんぞう)才(ようや)く八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)と前(まえ)に走(はし)り、行者(ぎょうじゃ)孩児(がいじ)を背負(お)って後(うしろ)に随(したが)い、一行(いっこう)径(ただ)ちに西(にし)に投(とう)じて去(ゆ)く。   詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く:   道德(どうとく)高隆(こうりゅう=高く隆ん)なれば魔障(ましょう)高(たか)く、禅機(ぜんき)本(もと)静(しずか)にして静(しずか)より妖(よう)を生(しょう)ず。   心君(しんくん)正直(しょうじき)にして中道(ちゅうどう)を行(ゆ)き、木母(ぼくぼ)痴頑(ちがん=愚か)にして外趫(がいきょう=外へ走)る。   意馬(いば)言(い)わずして愛欲(あいよく)を懐(いだ)き、黄婆(こうば)語(ことば)無(な)くして自(おのずか)ら憂焦(ゆうしょう=焦がれ憂)う。   客邪(きゃくじゃ)志(こころざし)を得(え)て空(むな)しく歓喜(かんき)す、畢竟(ひっきょう)還(ま)た正(ただ)しき処(ところ)より消(しょう)ず。   孫大聖(そんたいせい)妖魔(ようま)を背負(お)い、心中(しんちゅう)唐僧(とうぞう)を埋怨(まんえん=恨み言)し、艱苦(かんく=苦労)を知(し)らざるを、「此(こ)の険峻(けんしゅん)の山場(さんば=山道)を行(ゆ)くに、空身(からみ)すら也(ま)た走(はし)り難(がた)し、却(かえっ)て老孫(ろうそん)を教(おし)えて人(ひと)を背負(お)わしむ。   這(こ)の厮(やつ)他(かれ)の是(こ)れ妖怪(ようかい)なるを説(と)く莫(なか)れ、就(すなわ)ち是(こ)れ好(よ)き人(ひと)なるも、他(かれ)父母(ふぼ)を没(な)くし了(おわ)れば、他(かれ)を背負(お)いて何人(だれ)に与(あた)えんとするを知(し)らず、倒(かえっ)て如(し)かず掼(たたきつ)け殺(ころ)して了(おわ)らんには。」   那(か)の怪物(かいぶつ)却(かえっ)て早(はや)く知覚(ちかく)し了(おわ)り、便(すなわ)ちすなわち箇(ひとつ)の神通(じんつう)を使(つか)い、四下(よも)の裏(うち)に往(ゆ)きて四(よつ)の気(いき)を吸(す)い、行者(ぎょうじゃ)の背(せ)の上(うえ)に吹(ふ)き在(お)けば、便(すなわ)ち重(おも)きこと千斤(せんきん)有(あ)るを覚(おぼ)ゆ。   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)が児(こ)よ、你(なんじ)重身法(じゅうしんほう=体重を重くする法)を弄(ろう)して我(われ)が老爺(ろうや=おじさん)を圧(おさ)える哩(ぞ)!」   那(か)の怪(あやかし)言(こと)を聞(き)き、恐(おそ)るるは大聖(たいせい)の他(かれ)を傷(そこな)わんことを、却(かえっ)てすなわち尸(しかばね)を解(と)き、元神(げんしん=魂)を出(いだ)し、跳(と)び将(もっ)て起(お)き去(ゆ)き、佇立(ちょりつ=立ち止まり)して九霄(きゅうしょう)の空裏(くうり)に在(あ)れば、這(こ)の行者(ぎょうじゃ)が背(せ)の上(うえ)愈(いよい)よ重(おも)し。   猴王(こうおう)怒(いか)りを発(はっ)し、他(かれ)を抓(つか)み過(よ)ぎ来(きた)り、那(か)の路(みち)の旁(そば)の頼石頭(らいせきとう=ごつごつした岩)の上(うえ)に往(ゆ)きて、滑辣(こつらつ=びしゃり)と一(ひと)つ掼(たたきつ)ければ、尸骸(しがい)を将(もっ)て掼(たたき)得(え)て箇(ひとつ)の肉餅(にくへい=肉の餅)の般(ごと)き一般(おなじ)となし、還(ま)た恐(おそ)るるは他(かれ)の又(ま)た無礼(ぶれい)ならんことを、索性(さっせい=いっそのこと)四肢(しし)を将(もっ)て扯(ひ)き下(おろ)し、路(みち)の両辺(りょうべん)に投(な)げ在(お)き、俱(とも)に粉碎(ふんさい)せり。   那(か)の物(もの)空(くう)の中(うち)に在(あ)りて、明明(めいめい)と看(み)るに、忍(しの)ぶるを得(え)ず心頭(しんとう=胸)より火(ひ)を起(おこ)して道(いわ)く、「這(こ)の猴和尚(こうおしょう)十分(じゅうぶん)に憊懶(はいらん)なり! 就(すなわ)ち我(われ)を是(こ)れ箇(ひとつ)の妖魔(ようま)にして、你(なんじ)が師父(しふ)を害(そこな)わんと欲(ほっ)すると作(な)すも、却(かえっ)て還(ま)た曾(かつ)て怎(いか)に手(て)を下(くだ)すを見(み)ざる哩(ぞ)、你(なんじ)怎(なん)ぞすなわち我(われ)を把(もっ)て這(こ)の等(ごと)く傷損(しょうそん)せるか! 早(はや)く是(こ)れ我(われ)算計(さんけい=用意)有(あ)りて、神(しん)を出(いだ)して走(はし)りたれば、然(しか)らずんば、是(こ)れ故(ゆえ)無(な)く生(いのち)を傷(そこな)う也(なり)。若(も)し此(こ)の時(とき)に趁(つ)いて唐僧(とうぞう)を拿(とら)えずんば、再(ふたた)び一(ひと)つ番(たび)を讓(ゆず)らば、愈(いよい)よ他(かれ)を教(おし)えて留(とど)まり智(ち)を長(ちょう)ぜしめん。」   好(よ)き怪物(かいぶつ)かな、すなわち半空(はんくう)の裏(うち)に在(あ)って一陣(いちじん)の旋風(せんぷう)を弄(ろう)し、呼(ふう)との一声(ひとこえ)響喨(きょうりょう=響き)じて、石(いし)を走(はし)らせ砂(すな)を揚(あ)ぐ、誠(まこと)に然(しか)く凶狠(きょうこん=凶暴)なり。   好(よ)き風(かぜ)かな:   淘淘(とうとう=ごうごう)と怒(いか)り巻(ま)く水雲(すいうん)腥(なまぐさ)く、黒気(こくき)騰騰(とうとう)として日明(ひあかり)を閉(とざ)す。   嶺樹(れいじゅ=嶺の木)根(ね)を連(つら)ねて通(ことごと)く抜(ぬ)き尽(つく)し、野梅(やばい)幹(みき)を帯(お)びて悉(ことごと)く皆(みな)平(たいら)ぐ。   黄沙(こうさ)目(め)を迷(まよ)わして人(ひと)走(はし)り難(がた)く、怪石(かいせき)残(そこな)い傷(きずつ)いて路(みち)怎(いか)にして平(たいら)かならん。   滚滚団団(こんこんだんだん=転がり巻き)として平地(へいち)暗(くら)く、遍山(へんざん)の禽獣(きんじゅう)哮(たけ)ぶ声(こえ)を発(はっ)す。   刮(ふ)き得(え)て那(か)の三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に存(たも)つこと難(がた)く、八戒(はっかい)敢(あえ)て仰(あお)ぎ視(み)ず、沙僧(しゃそう)頭(かしら)を低(た)れて面(おもて)を掩(おお)う。   孫大聖(そんたいせい)情(こころ)に知(し)る是(こ)れ怪物(かいぶつ)の風(かぜ)を弄(ろう)せるを、急(いそ)ぎ歩(あゆみ)を縦(はな)ちて来(きた)りて趕(お)う時(とき)、那(か)の怪(あやかし)已(すで)に風頭(ふうとう=風の先)を骋(はせ)らせ、唐僧(とうぞう)を将(もっ)て摂(さら)い去(ゆ)けり。踪(あと)無(な)く影(かげ)無(な)く、何方(いずかた)に摂(さら)い向(むか)えるを知(し)らず、跟(したが)い尋(たず)ぬるに処(ところ)無(な)し。   一時(いっとき)の間(あいだ)、風声(ふうせい)暫(しばら)く息(や)み、日色(にっしょく)光明(こうみょう)たり。   行者(ぎょうじゃ)上前(すす)みて観看(みわた)せば、只(た)だ白竜馬(はくりゅうば)の戦兢兢(せんせんきょうきょう)として声(こえ)を発(はっ)し嘶(いなな)き、行李(こうり)の担(たん)は路(みち)の下(した)に投(な)げ在(お)き、八戒(はっかい)は崖(がけ)の下(した)に伏(ふ)して呻吟(しんぎん)し、沙僧(しゃそう)は坡(さか)の前(まえ)に蹲(うずくま)って叫喚(きょうかん)するを見(み)る。   行者(ぎょうじゃ)喊(さけ)んで道(いわ)く、「八戒(はっかい)!」   那(か)の呆子(ほうけ)是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の声(こえ)なるを聴(き)き得(え)て、却(かえっ)て頭(かしら)を抬(あ)げて看(み)る時(とき)、狂風(きょうふう)已(すで)に静(しず)かなれば、爬(はい)き起(お)き、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、「哥哥(あに)、好(よ)き大(おおい)なる風(かぜ)なる哉(かな)!」   沙僧(しゃそう)却(かえっ)て也(ま)た上前(すす)みて道(いわ)く、「哥哥(あに)、這(こ)れは是(こ)れ一陣(いちじん)の旋風(せんぷう)なり。」 又(ま)た問(と)う、「師父(しふ)は那(いず)れに在(あ)るか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「風(かぜ)来(きた)ること緊(きび)しければ、我(われ)ら皆(みな)頭(かしら)を蔵(かく)し眼(め)を遮(おお)い、各(おのおの)風(かぜ)を避(よ)け、師父(しふ)も也(ま)た馬(うま)の上(うえ)に伏(ふ)せり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「如今(いま)却(かえっ)て那(いず)れに往(ゆ)き去(ゆ)きしや?」   沙僧(しゃそう)道(いわ)く、「是(こ)れ箇(ひとつ)の灯草(とうそう=灯芯)の做(つく)れるが似(ごと)くなれば、想(おも)うに一風(ひとふう)に巻(ま)き去(ゆ)かれたる也(ならん)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)ら、我(われ)ら此(これ)よりすなわち該(まさ)に散(さん)ずべきか!」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、早(はや)きに趁(つ)いて散(さん)じ、各(おのおの)頭路(とうろ=道)を尋(たず)ぬれば、多少(いくばく)か是(こ)れ好(よ)からん。那(か)の西天(せいてん)の路(みち)無窮無尽(むきゅうむじん)にして、何時(いつ)か能(よ)く到(いた)り得(え)ん!」   沙僧(しゃそう)言(こと)を聞(き)き、一箇(ひとつ)の失驚(しっきょう=びっくり)を打(う)ち、渾身(こんしん)麻木(まぼく=しびれ)て道(いわ)く、「師兄(しけい)、你(なんじ)皆(みな)説(と)くは是(こ)れ那(いず)れの話(ことば)なるか。我(われ)ら前生(ぜんしょう)に罪(つみ)有(あ)るに因(よ)り、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の勧化(かんげ=教化)を感(かん)じ蒙(こうむ)り、我(われ)らと摩頂受戒(まちょうじゅかい=頭を摩で戒を受く)し、法名(ほうみょう)を改換(かいかん)し、仏果(ぶっか)に皈依(きえ)し、願(ねがわ)くは唐僧(とうぞう)を保護(ほご)して西方(さいほう)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拜(おが)み経(きょう)を求(もと)め、功(こう)を将(もっ)て罪(つみ)を折(せっ=相殺)せんとす。今日(こんにち)此(ここ)に到(いた)りて、一たび(ひとたび)俱(とも)に休(や)め、這(こ)の等(ごと)き各(おのおの)頭路(とうろ)を尋(たず)ぬるの話(ことば)を説(と)き出(いだ)せば、可(べ)からずや菩薩(ぼさつ)の善果(ぜんか)に違(たが)い、自己(じこ)の徳行(とくぎょう)を壊(やぶ)り、人(ひと)の恥笑(ちしょう=嘲笑)を惹(まね)き、我(われ)らの始(はじめ)有(あ)りて終(おわり)無(な)しと説(い)わしめんか!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、你(なんじ)の説(と)くも也(ま)た是(ただし)し、奈何(いかん)せん師父(しふ)人(ひと)の説(と)くを聴(き)かず、我(われ)が老孫(ろうそん)火眼金睛(かがんきんせい=火の眼・金の瞳)にして好歹(よしあし)を認(みと)め得(う)れば、才然(さっき)這(こ)の風(かぜ)は、是(こ)れ那(か)の樹(き)の上(うえ)に吊(つ)り在(あ)りし孩児(がいじ)の弄(ろう)せるなり。我(われ)他(かれ)の是(こ)れ箇(ひとつ)の妖精(ようせい)なるを認(みと)め得(え)しに、你(なんじ)ら識(し)らず、那(か)の師父(しふ)も也(ま)た識(し)らず、認(みと)めて好(よ)き人家(ひと)の児女(むすめこ)と作(な)し、我(われ)に他(かれ)を背負(お)うて走(はし)らしむ。是(こ)れ老孫(ろうそん)算計(さんけい)して他(かれ)を擺布(はいふ=こき使)わんと欲(ほっ)せしに、他(かれ)すなわち箇(ひとつ)の重身法(じゅうしんほう)を弄(ろう)して我(われ)を圧(おさ)う。是(こ)れ我(われ)他(かれ)を把(もっ)て掼(たたきつ)き得(え)て粉碎(ふんさい)せしめしに、他(かれ)想(おも)うに是(こ)れ又(ま)た解尸(げし=尸を解く)の法(ほう)を使(つか)い、陣(ひとむれ)の旋風(せんぷう)を弄(ろう)し、我(われ)が師父(しふ)を把(もっ)て摂(さら)い去(ゆ)ける也(なり)。此(こ)の故(ゆえ)に上(うえ)、他(かれ)の每每(つねに)我(われ)が説(と)くを聴(き)かざるを怪(あやし)む。故(ゆえ)に我(われ)意(こころ)懶(ものう)く心(こころ)灰(はい)し、各人(おのおの)散(さん)ずると説(と)けり。既(すで)に是(こ)れ賢弟(けんてい)此(こ)の誠意(せいい)有(あ)れば、老孫(ろうそん)を教(おし)えて進退(しんたい)両難(りょうなん)ならしむ。八戒(はっかい)、你(なんじ)端(つまびらか)の要(よう)す怎(いか)に生(い)きて処(しょ)せんとするか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)才(ようや)く自(みずか)ら口(くち)を失(しっ)して乱(みだ)りに幾句(いくく)を説(と)きしも、其(そ)の実(じつ)也(ま)た該(まさ)に散(さん)ずべからず。哥哥(あに)、没及奈何(どうしようもなく)、還(ま)た沙弟(さてい)の言(こと)を信(しん)じ、去(ゆ)きて那(か)の妖怪(ようかい)を尋(たず)ねて師父(しふ)を救(すく)わん。」   行者(ぎょうじゃ)却(かえっ)て嗔(いかり)を回(めぐ)らして喜(よろこび)と作(な)し、道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)ら、還(ま)た要(よう)す来(きた)りて同心(どうしん)を結(むす)び、行李(こうり)・馬匹(ばひつ)を収拾(しゅうしゅう=整え)し、山(やま)に上(のぼ)りて怪物(かいぶつ)を找尋(たずね)し、師父(しふ)を搭救(だっきゅう)しに去(ゆ)かん。」   三箇人(みたり)葛(つた)に附(つ)き藤(ふじ)を扳(たぐ)り、坡(さか)を尋(たず)ね澗(たに)を転(まわ)り、行(ゆ)くこと五七十里(ごしちじゅうり)を経(へ)るも、却(かえっ)て也(ま)た箇(ひとつ)の音信(いんしん=便り)無(な)く、那(か)の山(やま)の上(うえ)飛禽(ひきん)・走獣(そうじゅう)全(まった)く無(な)く、老柏(ろうはく)・喬松(きょうしょう)常(つね)に見(み)る。   孫大聖(そんたいせい)着実(ちゃくじつ=ほんとう)に心(こころ)焦(あせ)り、身(み)を将(もっ)て一(ひと)つ縦(はな)ち、那(か)の巓険(てんけん=険しき頂)の峰頭(ほうとう)に跳(と)び上(あ)がり、一声(ひとこえ)喝(かつ)して「変(へん)ぜよ!」と叫(よ)ぶ。三頭六臂(さんとうろっぴ)に変作(へんさく)し、那(か)の大鬧天宮(だいのうてんきゅう)の本象(ほんぞう=本来の姿)の似(ごと)く、金箍棒(きんこぼう)を将(もっ)て、幌(ゆす)り一(ひと)つ幌(ゆす)り、三根(みつ)の金箍棒(きんこぼう)に変作(へんさく)し、劈哩撲辣(へきりぼくろう=ばりばり)と、東(ひがし)に往(ゆ)きて一路(ひとすじ)打(う)ち、西(にし)に往(ゆ)きて一路(ひとすじ)打(う)ち、両辺(りょうべん)住(とど)まらずの乱(みだ)りに打(う)つ。   八戒(はっかい)見(み)て道(いわ)く、「沙和尚(しゃおしょう)、不好(よろしからず)、師兄(しけい)は是(こ)れ師父(しふ)を尋(たず)ね得(え)ざれば、悩(なや)みて気心風(きしんぷう=逆上せ)を出(いだ)し来(きた)れるなり。」   那(か)の行者(ぎょうじゃ)一(ひと)つ会(ひととき)打(う)ちて、一伙(ひとむれ)の窮神(きゅうしん=貧しい神)を打(う)ち出(いだ)し来(きた)る、皆(みな)一片(ひとかけら)を披(まと)い、一片(ひとかけら)を掛(か)け、褌(こ)に襠(また)無(な)く、褲(こ)に口(くち)無(な)きの、山前(さんぜん)に跪(ひざまず)き、叫(よ)んで道(いわ)く、「大聖(たいせい)、山神(さんじん)・土地(どじ)来(きた)りて見(まみ)ゆ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「怎(なん)ぞすなわち許多(あまた)の山神(さんじん)・土地(どじ)有(あ)るか?」   衆神(しゅうしん)叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「上(うえ)大聖(たいせい)に告(もう)す、此(こ)の山(やま)を喚(よ)んで六百里(ろっぴゃくり)の鑽頭号山(さんとうごうざん)と做(な)す。我(われ)らは是(こ)れ十里(じゅうり)に一山神(いちさんじん)、十里(じゅうり)に一土地(いちどじ)、共(あわ)せて該(まさ)に三十名(さんじゅうめい)の山神(さんじん)、三十名(さんじゅうめい)の土地(どじ)なり。昨日(きのう)已(すで)に此(ここ)に大聖(たいせい)の来(きた)れるを聞(き)きしが、只(た)だ一時(いっとき)会(あつ)まり斉(そろ)わざるに因(よ)り、此(こ)の故(ゆえ)に接(むか)うること遅(おそ)く、大聖(たいせい)の怒(いか)りを発(はっ)せしむるを致(いた)せり、万(よろず)に望(のぞ)むらくは罪(つみ)を恕(ゆる)せよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)且(しばら)く你(なんじ)らの罪名(ざいみょう)を饒(ゆる)さん。我(われ)你(なんじ)らに問(と)わん:這(こ)の山(やま)の上(うえ)に多少(いくばく)の妖精(ようせい)有(あ)るか?」   衆神(しゅうしん)道(いわ)く、「爺爺(おじいさま)呀(や)、只(た)だ得(え)る一箇(ひとり)の妖精(ようせい)の、我(われ)らが頭(かしら)をも也(ま)た摩(す)り光(つるつる)にせられ、我(われ)らを弄(ろう)し得(え)て香(こう)少(すくな)く紙(かみ)無(な)く、血食(けっしょく=生贄)全(まった)く無(な)く、一箇箇(ひとりひとり)衣(ころも)身(み)を充(み)たさず、食(しょく)口(くち)を充(み)たさず、還(ま)た吃(くら)い得(え)て多少(いくばく)の妖精(ようせい)有(あ)る哩(ぞ)!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)の妖精(ようせい)は山前(さんぜん)に住(す)むか、是(こ)れ山後(さんご)に住(す)むか?」   衆神(しゅうしん)道(いわ)く、「他(かれ)は也(ま)た山前(さんぜん)・山後(さんご)に在(あ)らず。這(こ)の山中(さんちゅう)に一条(ひとすじ)の澗(たに)有(あ)って、枯松澗(こしょうかん)と叫(よ)び、澗(たに)の辺(ほとり)に一座(ひとつ)の洞(ほら)有(あ)って、火雲洞(かうんどう)と叫(よ)ぶ、那(か)の洞裏(どうり)に一箇(ひとり)の魔王(まおう)有(あ)って、神通(じんつう)広大(こうだい)にして、常(つね)に常(つね)に我(われ)ら山神(さんじん)・土地(どじ)を把(もっ)て拿(とら)え去(ゆ)き、火(ひ)を焼(た)き門(もん)を頂(いただ)かせ、夜(よる)に他(かれ)と鈴(すず)を提(さ)げ号(ごう)を喝(かつ=叫)ばしむ。小妖児(しょうようじ)又(ま)た甚(なん)の常例銭(じょうれいせん=付け届け)を討(もと)む。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「汝等(なんじら)は乃(すなわ)ち是(こ)れ陰鬼(いんき)の仙(せん)なるに、何(なん)の銭鈔(せんしょう=金銭)有(あ)らんか?」   衆神(しゅうしん)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ銭(ぜに)の他(かれ)に与(あた)うる無(な)ければ、只(た)だ得(え)て幾箇(いくつ)かの山獐(やまのろ)・野鹿(のしか)を捉(とら)え、早晩間(あさゆう)群精(ぐんせい)を打点(したく=供応)す;若(も)し物(もの)の相(あい)送(おく)る無(な)くんば、すなわち来(きた)りて廟宇(びょうう=社)を拆(こわ)し、衣裳(いしょう)を剥(は)ぎ、我(われ)らを撹(かき乱)し得(え)て安生(あんせい=安穏)なるを得(え)ざらしむ! 万(よろず)に望(のぞ)むらくは大聖(たいせい)我(われ)らと此(こ)の怪(あやかし)を剿除(そうじょ)し、山上(さんじょう)の生霊(せいれい)を拯救(きゅうじょう)せよ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)ら既(すで)に他(かれ)の節制(せっせい=支配)を受(う)け、常(つね)に他(かれ)が洞下(どうか)に在(あ)れば、可(べ)し他(かれ)の是(こ)れ那(いず)れの妖精(ようせい)にして、甚(なん)の名字(な)を叫(よ)ぶを知(し)るか?」   衆神(しゅうしん)道(いわ)く、「他(かれ)を説(と)き起(おこ)せば、或(あるい)は大聖(たいせい)も也(ま)た知(し)るならん。他(かれ)は是(こ)れ牛魔王(ぎゅうまおう)の児子(こ)にして、羅刹女(らせつにょ)の養(やしな)えるなり。他(かれ)曾(かつ)て火焰山(かえんざん)の裏(うち)に在(あ)って三百年(さんびゃくねん)修行(しゅぎょう)し、三昧真火(さんまいしんか)を煉(ね)り成(な)し、却(かえっ)て也(ま)た神通(じんつう)広大(こうだい)なり。牛魔王(ぎゅうまおう)他(かれ)をして号山(ごうざん)を鎮守(ちんしゅ)せしめ、乳名(にゅうめい)を紅孩児(こうがいじ)と叫(よ)び、号(ごう)を聖嬰大王(せいえいだいおう)と叫(よ)ぶ。」   行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き満心(まんしん)歓喜(かんき)し、土地(どじ)・山神(さんじん)を喝退(かったい)し、却(かえっ)て本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、峰頭(ほうとう)を跳(と)び下(お)り、八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)に対(たい)して道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)ら心(こころ)を放(はな)て、再(ふたた)び須(もち)いず思念(しねん=案ずる)せよ、師父(しふ)決(きっ)して生(いのち)を傷(そこな)わじ、妖精(ようせい)は老孫(ろうそん)と親(しん)有(あ)り。」   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「哥哥(あに)、説謊(うそ)を説(と)く莫(なか)れ。你(なんじ)は東勝神洲(とうしょうしんしゅう)に在(あ)り、他(かれ)が此(ここ)は是(こ)れ西牛賀洲(さいごがしゅう)、路程(みちのり)遥(はるか)にして、万水千山(ばんすいせんざん)を隔(へだ)て、海洋(かいよう)も也(ま)た両道(ふたすじ)有(あ)るに、怎(いか)にして你(なんじ)と親(しん)有(あ)らんか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「剛才(さっき)這(こ)の伙(ひとむれ)の皆(みな)是(こ)れ本境(ほんきょう)の土地(どじ)・山神(さんじん)なり。我(われ)他(かれ)に妖怪(ようかい)の原因(げんいん)を問(と)えば、他(かれ)道(いわ)く是(こ)れ牛魔王(ぎゅうまおう)の児子(こ)、羅刹女(らせつにょ)の養(やしな)えるにして、名字(な)を紅孩児(こうがいじ)と喚(よ)び、号(ごう)を聖嬰大王(せいえいだいおう)とすと。想(おも)うに我(われ)が老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんまえ)大(おおい)に天宮(てんきゅう)を鬧(あらそ)いし時(とき)、遍(あまね)く天下(てんか)の名山(めいざん)を遊(あそ)び、大地(だいち)の豪傑(ごうけつ)を尋訪(たずね)し、那(か)の牛魔王(ぎゅうまおう)曾(かつ)て老孫(ろうそん)と七弟兄(しちていけい)を結(むす)べり。一般(おなじ)く五六箇(ごろくこ)の魔王(まおう)有(あ)れど、止(た)だ老孫(ろうそん)の生(うま)れ得(え)て小巧(しょうこう=小柄)なる有(あ)るのみ、此(こ)の故(ゆえ)に牛魔王(ぎゅうまおう)を把(もっ)て大哥(たいか=長兄)と称(しょう)す。這(こ)の妖精(ようせい)は是(こ)れ牛魔王(ぎゅうまおう)の児子(こ)なれば、我(われ)他(かれ)が父親(ちち)と相識(あいみし)る、若(も)し将(もっ)て論(ろん)じ起(おこ)せば、還(ま)た是(こ)れ他(かれ)が老叔(ろうしゅく=年長の叔父)哩(ぞ)、他(かれ)怎(なん)ぞ敢(あえ)て我(われ)が師父(しふ)を害(そこな)わんか? 我(われ)ら早(はや)きに趁(つ)いて去(ゆ)かん来(こ)。」   沙和尚(しゃおしょう)笑(わら)って道(いわ)く、「哥(あに)や、常言(じょうげん)に道(いわ)く、三年(さんねん)門(もん)に上(のぼ)らざれば、親(しん)に当(あた)るも也(ま)た親(しん)ならずと哩(ぞ)。你(なんじ)他(かれ)と相別(そうべつ)すること五六百年(ごろくひゃくねん)、又(ま)た曾(かつ)て杯酒(はいしゅ=酒宴)を往還(おうかん)せず、又(ま)た箇(ひとつ)の節礼(せつれい=付け届け)の相邀(しょうよう=招き)有(あ)る無(な)きに、他(かれ)が那(いず)れに你(なんじ)と甚(なん)の親(しん)を認(みと)めん耶(や)?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)怎(なん)ぞ這(こ)の等(ごと)く人(ひと)を量(はか)るか! 常言(じょうげん)に道(いわ)く、一葉(いちよう)の浮萍(ふへい=浮草)大海(たいかい)に帰(き)し、人(ひと)と為(な)れば何処(いずこ)か相(あい)逢(あ)わざらん! 縦(たと)い他(かれ)親(しん)を認(みと)めざるも、好道(よもや)也(ま)た我(われ)が師父(しふ)を傷(そこな)わじ。他(かれ)が酒席(しゅせき)に相留(あいとど)むるを望(のぞ)まざるも、必定(きっと)也(ま)た我(われ)に箇(ひとつ)の囫圇(こつりん=丸ごと)の唐僧(とうぞう)を還(かえ)さん。」   三兄弟(さんきょうだい)各(おのおの)虔心(けんしん=敬虔な心)を弁(わきま)え、白馬(はくば)を牽(ひ)き、馬上(ばじょう)に行李(こうり)を背負(お)わせ、大路(たいろ)を找(たず)ねて一直(いっちょく)に前進(ぜんしん)す。   昼夜(ちゅうや)を分(わか)たず、行(ゆ)くこと百十里(ひゃくじゅうり)の遠近(えんきん)に、忽(たちま)ち一(ひとつ)の松林(しょうりん)を見(み)る、林中(りんちゅう)に一条(ひとすじ)の曲澗(きょくかん=曲がる谷)有(あ)り、澗下(かんか)に碧澄澄(へきちょうちょう=澄みきった)の活水(かっすい)の飛(と)び流(なが)るる有(あ)り、那(か)の澗(たに)の梢頭(しょうとう=先)に一座(ひとつ)の石板橋(せきばんきょう)有(あ)って、那廂(あちら)の洞府(どうふ)に通(つう)ず。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「兄弟(きょうだい)、你(なんじ)看(み)よ、那壁廂(あちら)に石崖(せきがい=岩壁)の磷磷(りんりん=ごつごつ)たる有(あ)り、想(おも)うに必(かなら)ず是(こ)れ妖精(ようせい)の住処(すみか)ならん。我(われ)ら衆(みんな)より商議(そうぎ)せん、那(いず)れの箇(ひとり)が行李(こうり)・馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ)することを管(つかさど)り、那(いず)れの箇(ひとり)が肯(あえ)て我(われ)に跟(したが)いて過(よぎ)り去(ゆ)きて妖(よう)を降(くだ)さんか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥哥(あに)、老猪(ろうちょ)甚(なん)の坐性(ざせい=じっとしている性分)も無(な)し、我(われ)你(なんじ)に随(したが)いて去(ゆ)かん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「好(よ)し! 好(よ)し!」 沙僧(しゃそう)に教(おし)えて道(いわ)く、「馬匹(ばひつ)・行李(こうり)を将(もっ)て俱(とも)に樹林(じゅりん)の深(ふか)き処(ところ)に潜(ひそ)め在(お)き、小心(しょうしん)に守護(しゅご)し、我(われ)両箇(ふたり)の門(もん)に上(のぼ)り去(ゆ)きて師父(しふ)を尋(たず)ぬるを待(ま)て耶(よ)。」   那(か)の沙僧(しゃそう)命(めい)に依(よ)り、八戒(はっかい)相(あい)随(したが)い、行者(ぎょうじゃ)と各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)って前(まえ)に来(きた)る。正(まさ)に是(こ)れ:   未(いま)だ嬰児(えいじ)を煉(ね)らざれば邪火(じゃか)勝(まさ)り、心猿(しんえん)・木母(ぼくぼ)共(とも)に扶持(ふじ)す。   畢竟(ひっきょう)這(こ)れ一(ひと)つ去(ゆ)きて吉凶(きっきょう)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第四十一回 心猿、火に遭いて敗れ 木母、魔に擒(とら)わる 善悪一時(ひととき)に念(ねん)を忘れ、栄枯(えいこ)都て心を関(かか)けず。晦明(かいめい)隠現(いんげん)として浮沈(ふちん)に任せ、分(ぶん)に随(したが)いて飢えて餐(くら)い渇して飲む。神静かにして湛然(たんぜん)として常に寂(じゃく)なれば、昏冥(こんめい)に便(すなわ)ち魔の侵(おか)す有り。五行蹭蹬(そうとう)して禅林(ぜんりん)を破り、風動けば必ず寒凛(かんりん)なり。  さて、かの孫大聖は八戒を引き連れ、沙僧に別れて枯松澗(こしょうかん)を跳び越え、直ちにかの怪石崖(かいせきがい)の前に到り着き、果たして一つの洞府(どうふ)有るを見た。真にまた景致(けいち)非凡なり。但見よ: 回銮(かいらん)の古道(こどう)は幽(ゆう)にして還(ま)た静かに、風月(ふうげつ)もまた玄鶴(げんかく)の弄(ろう)するを聴く。白雲(はくうん)透(す)き出でて満川(まんせん)の光、流水(りゅうすい)橋を過ぎて仙意(せんい)興(きょう)ず。猿嘯(えんしょう)き鳥啼(な)きて花木(かぼく)奇(き)なり、藤蘿(とうら)・石蹬(せきとう)・芝蘭(しらん)勝(すぐ)れたり。蒼(あお)く崖壑(がいがく)を揺(ゆ)るがしめて煙霞(えんか)を散じ、翠(みどり)は松篁(しょうこう)を染めて彩鳳(さいほう)を招く。遠きに列(つら)なる峰(みね)は屏風(びょうぶ)を插(さ)すに似、山は澗(たに)に朝(むか)い澗は繞(めぐ)りて真仙洞(しんせんどう)。崑崙(こんろん)の地脈(みゃく)より来龍(らいりゅう)を発(おこ)し、分(ぶん)有り縁(えん)有りて方(まさ)に受用(じゅよう)す。  門前に近づき行くに、一つの石碣(せっけつ)有るを見たれば、上に八箇の大字を鐫(え)りて、乃ち「号山枯松澗火雲洞(ごうざんこしょうかんかうんどう)」なり。かの壁廂(かたわら)に一群(ひとむれ)の小妖、そこに在りて槍を輪(めぐ)らし剣を舞わせて跳風(ちょうふう)して頑耍(たわむ)れておる。孫大聖は声を厲(はげ)しくして高く叫んで言う、「これ小者(こもの)ども、早くに往きて洞主(どうしゅ)に報じ知らせ、我が唐僧(とうそう)の師父(しふ)を送り出させよ。さもなくば汝ら這一洞(このどう)の精霊(せいれい)の性命(いのち)を免(まぬか)れん! 歯(は)に半箇(ばんこ)の不字(いやというこえ)を迸(ほとばし)らせば、我すなわち汝が山場(さんじょう)を掀(ひるがえ)し翻(かえ)し、汝が洞府を躙(ふみ)し平(たいら)ぐるぞ!」 かの小妖どもこの言(ことば)有るを聞き、慌(あわ)てて急ぎ身を転じ、各々洞裏(どうり)に帰り、両扇(りょうせん)の石門を関(と)ざし、内へと到り来たりて報じた、「大王、禍事(かじ)でございます!」  さて、かの怪は三蔵を洞中に拿(とら)え獲(え)てより、衣服を選剥(ひんぱ)ぎ、手足を縛り上げて後院(こういん)に捆(くく)り、小妖に打(み)ぎ浄(きよ)き水を打たせて刷洗(あらい)させ、籠(かご)に上(の)せて蒸(ふか)して食わんと欲しておったが、急ぎ禍事を報ずる声を聴き、かつは刷洗(あら)わず、便ち前庭(ぜんてい)に来たりて問うた、「何の禍事ぞ?」 小妖言う、「一人の毛臉(もうれん)雷公嘴(らいこうし)の和尚、一人の長嘴(ちょうし)大耳(だいじ)の和尚を帯(つ)れ、門前に在りて甚麼(なん)の唐僧の師父とかを求(もと)めておりまする。但し歯に半箇の不字を迸らせば、すなわち山場を掀し翻し、洞府を躙し平ぐると申しまする」 魔王微(ほほ)かに冷笑して言う、「これ孫行者と猪八戒じゃ、彼もまた却(かえ)って能(よ)く尋ねおるわい。彼が彼が師父を拿(とら)えたるは、半山(なかやま)より此処に到るまで百五十里有るに、怎(どう)してすなわち就(すなわ)ち門を尋ねて上(のぼ)り来たれるか?」 教えた、「小者ども、管車(かんしゃ)の者に、車を推(お)し出ださせよ!」 かの一班(ひとくみ)幾箇かの小妖、五輛(ごりょう)の小車児(しょうしゃじ)を推し出だし来たり、前門を開(ひら)いた。八戒望み見て言う、「兄者(あにじゃ)、この妖精は想うに我らを怕(お)じて、車を推し出だし、かの廂(ほう)へ搬(はこ)ぶのであろう」 行者言う、「否(いな)、且(しばら)く彼が何処に放(お)くかを見よ」 見ればかの小妖、車を金・木・水・火・土に按(したが)いて安(やす)んじ下し、五箇に看(み)させ、五箇を中(なか)へ通報(つうほう)させた。かの魔王問う、「停当(ととの)うたか?」 応(こた)う、「停当いました」 教えた、「槍を取り過(よ)こせ」 かの一夥(ひとむれ)の兵器を管(つかさど)る小妖有り、二箇に一杆(ひとえ)の丈八(じょうはち)長の火尖槍(かせんそう)を抬(か)き出ださしめ、妖王に遞(わた)した。妖王は槍を輪(めぐ)らし歩を踏み開き、また甚麼の盔甲(かいこう)も無く、只だ腰間(ようかん)に一条の錦繡(きんしゅう)の戦裙(せんくん)を束(しば)り、脚(あし)を赤(あらわ)にし、門前へと走出(ある)き出でた。行者と八戒、頭を抬(あ)げて観看(みまも)るに、但しあの怪物を見よ: 面(かお)は粉(おしろい)を傅(つ)くるが如く三分(さんぶ)白く、唇(くちびる)は朱(しゅ)を塗(ぬ)るが若(ごと)く一表(いっぴょう)の才(さい)。鬢(びん)は青雲(せいうん)を挽(わ)して靛染(てんぞめ)を欺(あざむ)き、眉(まゆ)は新月(しんげつ)を分(わ)かちて刀(かたな)に裁(た)つに似たり。戦裙は巧(たくみ)に盤龍鳳(ばんりゅうほう)を繡(ぬ)い、形は哪吒(なた)に比べて更(さら)に富胎(ふたい)なり。双の手(て)に槍を綽(と)りて威(い)凛冽(りんれつ)たり、祥光(しょうこう)体を護(まも)りて門を出(い)で来たる。哏声(こえ)は響きて春雷(しゅんらい)の吼(ほ)えるが若(ごと)く、暴眼(ぼうがん)は明(あき)らかにして掣電(せいでん)の乖(かい)なるが如し。此の魔の真の姓氏を識(し)らんと要(ほ)っせば、名は千古(せんこ)に揚(あ)がりて紅孩(こうがい)と喚(よ)ぶ。  かの紅孩児(こうがいじ)の怪、門を出(い)で得て、高く叫んで言う、「是(こ)れ甚麼人(なんびと)ぞ、我が此処(ここ)に在りて吆喝(わめ)くは!」 行者近づき前(すす)んで笑って言う、「我が賢侄(けんてつ=おい)よ、虚頭(うそ)を弄(ろう)するなかれ。汝今朝(けさ)山路の旁(かたわら)に在りて、高く松樹の梢頭(こずえ)に吊(つる)され、あの般(よう)なる一箇の瘦怯怯(やせこけて)たる黄病孩児(おうびょうのこども)でありしに、我が師父を哄(だま)したり。我却(かえ)って好意(せっかく)にて汝を駄(おぶ)うておるに、汝すなわち風(かぜ)を弄(ろう)して我が師父を摂(さら)い将(つ)れ来(きた)れり。汝如今(いま)またこの様(さま)を弄(ろう)すとも、我怎(どう)して汝を認(みと)めざらんや? 早きに趁(つ)けて我が師父を送り出だせ。面皮(めんぴ=顔)を白(むな)しくし、親情(しんじょう=親しきよしみ)を失(うしな)うなかれ。恐(おそ)らくは汝が令尊(りょうそん=父上)の知るところとなり、我が老孫の長(かしら)を以て幼(おさな)きを欺(あざむ)くを怪(とが)め、姿(すがた)に象(に)ざらんことを」  かの怪この言(ことば)を聞き、心中大いに怒り、咄(とつ)の一声(ひとこえ)喝(かつ)して言う、「かの潑猴頭(はっこうとう=暴け者)め! 我と汝と何(なん)の親情(しんじょう)有るか? 汝此処に在りて満口(くちいっぱい)に胡柴(うそ)を吐き、甚麼(なん)の声経児(こえぶり)を綽(と)るか! 誰(た)れが汝が賢侄(おい)ぞ?」 行者言う、「哥哥(あにき)、汝もまた不暁(し)らざるか。当年(むかし)我と汝が令尊(父上)と弟兄(きょうだい)の契りを結びし時、汝はまた未(いま)だ何処(いずこ)に在るかを知らざりしぞ」 かの怪言う、「この猴子(さる)め、一発(ますます)胡説(でたらめ)を申す! 汝は何処の人、我は何処の人、怎(どう)して我が父と兄弟と做(な)り得んか?」 行者言う、「汝は知らざるなり。我は乃(すなわ)ち五百年前(むかし)天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がせし斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空是(これ)なり。我当初(そのかみ)未だ天宮を闹(さわ)がざりし時、遍(あまね)く海角天涯(かいかくてんがい)を遊(めぐ)り、四大部洲(しだいぶしゅう)の方として到(いた)らざるは無かりき。その時節、専(もっぱ)ら豪傑(ごうけつ)を慕(した)い、汝が令尊を牛魔王と做(なづ)け、平天大聖(へいてんたいせい)と称(とな)え、我が老孫と結びて七弟兄(しちていけい)と為(な)り、彼をして大哥(だいか=長兄)と做(な)らしめたり;また一箇の蛟魔王(こうまおう)有り、複海大聖(ふくかいたいせい)と称し、二哥(じか)と做り;また一箇の大鵬魔王(たいほうまおう)有り、混天大聖(こんてんたいせい)と称し、三哥と做り;また一箇の獅狔王(しにょうおう)有り、移山大聖(いさんたいせい)と称し、四哥と做り;また一箇の獼猴王(みこうおう)有り、通風大聖(つうふうたいせい)と称し、五哥と做り;また一箇の獝狨王(いつじゅうおう)有り、駆神大聖(くしんたいせい)と称し、六哥と做り;惟(ただ)老孫のみ身小(みちいさ)く、斉天大聖と称し、排行(れいこう)第七なり。我が老弟兄(きょうだい)たちのその時節耍子(あそ)びし時、汝は還(ま)だ未(いま)だ生(うま)れざりしぞ!」  かの怪物この言(ことば)を聞き、那里(どう)してか肯(あえ)て信ぜん、火尖槍を挙(あ)げて就(すなわ)ち刺(つ)く。行者は正(まさ)にかの会家(つわもの)は忙(あわ)てず、また一箇の身法(しんぽう)を使(つか)い、槍頭(ほこさき)を閃(かわ)し過ぎ、鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし起(あ)げ、罵(ののし)って言う、「この小畜生(こちくしょう)め、高低(てかげん)を識(し)らざるか! 棍(こん)を見よ!」 かの妖精もまた身法を使い、鉄棒を譲(ゆず)り過ぎて言う、「潑猢猻(はっこそん=暴け猿)め、時務(じむ=とき)に達(さと)らざるか! 槍を見よ!」 彼の二人(ふたり)もまた親情(しんじょう)を論(あげつら)わず、一斉(いっせい)に変臉(けんそん)し、各(おのおの)神通(じんずう)を使い、雲端(うんたん)の裡(うち)へと跳(と)び上(あが)った。好(よ)き殺(あらそ)いかな: 行者の名声(めいせい)大(おお)いに、魔王の手段(てだて)強(つよ)し。一箇は横(よこた)えて金箍棒(きんこぼう)を挙げ、一箇は直(ただ)ちに火尖槍を挺(つ)く。霧(きり)を吐(は)きて三界(さんがい)を遮(おお)い、雲(くも)を噴(ふ)きて四方(しほう)を照(て)らす。一天(いってん)の殺気(さっき)、凶声(きょうせい)吼(ほ)え、日月星辰(じつげつせいしん)も光(ひかり)を見ず。語言(ことば)に遜譲(そんじょう=へりくだり)無く、情意(じょうい)両(ふた)つながら乖張(かいちょう=すねくれ)たり。かの一箇は心(こころ)を欺(あざむ)きて礼儀(れいぎ)を失(うしな)い、この一箇は臉(かお)を変(か)えて綱常(こうじょう=みち)無し。棒(ぼう)は架(か)けて威風(いふう)長(たけ)たかく、槍(やり)は来たりて野性(やせい)狂(くる)えり。一箇は是れ混元真大聖(こんげんしんたいせい)、一箇は是れ正果善財郎(しょうがぜんざいろう)。二人(ふたり)努(ゆめ)めて強勝(きょうしょう)を争(あらそ)うは、只だ唐僧の法王(ほうおう)を拝(はい)せんが為(ため)なり。  かの妖魔と孫大聖、戦うこと二十合(にじゅうがっしょう)を経(へ)て、勝敗(しょうはい)を分(わ)かたず。  猪八戒は旁(かたわら)に在りて、看(み)て明白(あきらか)なり:妖精は未(いま)だ敗降(はいこう)せざれども、却(かえ)って只だ遮攔(しゃらん)隔架(かくか)して、全(まった)く攻殺(こうさつ)の能(ちから)無し;行者は縦(たと)い彼に贏(か)たずとも、棒法(ぼうほう)精(くわ)しく強(つよ)く、来往(ゆきき)は只だかの妖精の頭上(ずじょう)に在り、左右(さゆう)を離(はな)れざるのみ。八戒密(ひそ)かに想(おも)う、「不好(いかん)じゃ、行者は溜撒(すばしこ)い。一時間(ひととき)に破綻(すき)を見(み)せて、かの妖魔を潜(もぐ)り込(こ)ませ、一鉄棒(ひとぼう)に打ち倒(たお)せば、すなわち我が功労(くろう)が無(な)くなってしまう」 汝(なんじ)看よ、彼は精神(せいしん)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、九歯鈀(きゅうしは)を挙(あ)げ、空裡(そらのうち)に在りて、妖精を望(めが)けて劈頭(てっぽう)より就(すなわ)ち築(つ)く。かの怪これを見て心驚(おどろ)き、急ぎ槍を拖(ひ)きて陣(じん)を敗(やぶ)れて下(お)り来(きた)る。行者は八戒に喝(かつ)して教えた、「趕上(おいつ)け! 趕上け!」  二人(ふたり)は彼が洞門の前に趕(お)い到(つ)いたるに、只だ妖精の一只の手(て)に火尖槍を挙(あ)げ、あの中間(まんなか)の一辆(りょう)の小車児(くるま)の上に站(た)ち、一只の手に拳(こぶし)を捏(ひね)り、おのが鼻(はな)の上へと向(むか)いて二拳(ふたこぶし)捶(う)ちたるを見た。八戒笑って言う、「この厮(やつ)は放頼(だだ)をこねて羞(はじ)知らず! 汝好(よ)くも道(い)う、鼻を捶(う)ち破(やぶ)りて、些(いささ)かの血(ち)を淌(したた)らせ、臉(かお)を搽(ぬ)り紅(あか)くして、何処(いずこ)へと我らを告(うった)えに往(ゆ)くか」 かの妖魔二拳捶(う)ち、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)うるや、口の裡(うち)より火(ひ)を噴(ふ)き出(いだ)し、鼻の裡(うち)より濃煙(のうえん)迸(ほとばし)り出(い)で、闸闸眼(またたくま)に火焰(かえん)斉(ひと)しく生(しょう)ず。かの五輛の車子(くるま)の上に、火光(かこう)涌(わ)き出(い)ず。連(つづ)けて幾口(いくくち)か噴(ふ)くに、只だ見る、あの紅焰焰(こうえんえん)たる大火(たいか)空(そら)を焼(や)き、一つの火雲洞(かうんどう)をして、かの煙火(えんか)に迷漫(まんえん)せしめ、真に是れ熯天熾地(かんてんしち=天をあぶり地をこがす)なり。八戒慌(あわ)てて言う、「兄者(あにじゃ)、不停当(いかん)じゃ! この一(ひとた)び火の裡(うち)へ潜(もぐ)り込(こ)めば、活(い)くるを得んと想う莫(な)かれ、老猪(ろうちょ)を弄(つく)りて一箇の焼熟(やきあがり)と做(な)し、香料(こうりょう)を加(くわ)えて、尽(ことごと)く彼に受用(じゅよう=食われ)されてしまうわ! 快(はよ)う走(に)げ! 快う走げ!」 走(に)ぐと声(こえ)するや、彼もまた行者を顧(かえり)みず、澗(たに)を過(わた)りて跑(に)げ去(い)ってしまった。この行者は神通広大(じんずうこうだい)なり、避火訣(ひけのじゅつ)を捏(ひね)り、火の中へ撞(つ)き入(い)り、かの妖怪を尋(たず)ねた。かの妖怪、行者の来(きた)るを見て、また幾口(いくくち)か吐(は)き上(くわ)うるに、かの火(ひ)は前(まえ)よりも更(さら)に勝(まさ)れり。好(よ)き火(ひ)かな: 炎炎烈烈(えんえんれつれつ)として空に盈(み)ちて燎(も)え、赫赫威威(かくかくいしい)として地に遍(あまね)く紅(あか)し。却(かえ)って火輪(かりん)の上下(じょうげ)に飛(と)ぶに似、猶(な)お炭屑(たんせつ)の西東(ざいとう)に舞(ま)うが如(ごと)し。この火は是れ燧人(すいじん)の木に鑽(きり)もし、また是れ老子(ろうし)の丹(たん)を炮(や)くにも非(あら)ず、天火(てんか)に非ず、野火(やか)に非ず、乃(すなわ)ち是れ妖魔の修錬(しゅうれん)して真(しん)と成(な)りし三昧火(さんまいか)なり。五輛の車児(くるま)は五行(ごぎょう)に合(がっ)し、五行生化(せいか)して火の煎(い)り成(な)る。肝木(かんもく)は能(よ)く心火(しんか)を生(しょう)じて旺(さか)んに、心火は脾土(ひど)をして平(たいら)ならしむ。脾土は金(きん)を生じ、金は化(か)して水(みず)と為(な)り、水は能(よ)く木(き)を生じて徹(とお)りて霊(れい)に通(つう)ず。生生化化(せいせいかか)皆(みな)火(ひ)に因(よ)り、火は長空(ちょうくう)に遍(あまね)くして万物(ばんぶつ)栄(さか)ゆ。妖邪(ようじゃ)久しく悟(さと)りて三昧(さんまい)を呼(よ)び、永(とこしな)えに西方(さいほう)第一(だいいち)に鎮(しず)むる名(な)なり。  行者は彼が煙火(えんか)の飛騰(ひとう)するに、怪を尋(たず)ぬる能(あた)わず、彼が洞門の前の路径(みちすじ)を見ること能(あた)わず、身を抽(ひ)いて火の中より跳(と)び出(い)でた。かの妖精は門首(もんしゅ)に在りて、看得明白(ありありとみてとり)、彼は行者の走(に)げ去(い)りたるを見て、却(かえ)って才(はじ)めて火具(かぐ)を収(おさ)め、群妖(ぐんよう)を帥(ひき)いて、洞内(どうない)に転(うつ)り、石門(せきもん)を閉(と)ざし、以(もっ)て勝(か)ち得たりと為(な)し、小(こもの)どもに宴(うたげ)を排(なら)べさせ楽(がく)を奏(そう)させ、歓笑(かんしょう)することはさておく。  さて、行者は枯松澗(こしょうかん)を跳び越え、雲頭(うんず)を按(おさ)え下(くだ)るに、只だ八戒と沙僧の朗朗(ほがらか)と松間(まつあいだ)に在りて講話(はな)しおるを聴(き)いた。行者上前(すす)み出(い)でて八戒を喝(しか)って言う、「この呆子(ばか)め、全(まった)く人气(ひとけ)無し! 汝すなわち妖火(ようか)を懼(おそ)れて、敗走(はいそう)して生(いのち)を逃(のが)れ、却(かえ)って老孫を捨(す)て置(お)き去(ざ)りにしたな。早(はや)くも是れ我に些(いささ)かの南北(なんぼく=分別)有ればこそじゃ!」  八戒笑って言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝はあの妖精に说着(いいあて)られておるわ。果(はた)して時務(じむ)に達(さと)らず。古人(いにしえびと)云(いわ)く、時務を識(し)る者を、呼(なづ)けて俊傑(しゅんけつ)と為(な)すと。あの妖精は汝と親(した)しからざるに、汝は強(し)いて親(しんぞく)を認(みと)めんとし;既(すで)に汝と赌闘(けんか)し、あの般(よう)なる無情(むじょう)の火(ひ)を放出(ほうしゅつ)するに、また走(に)げず、還(ま)た彼と恋戦(れんせん=みれんのいくさ)しようとするか!」 行者言う、「あの怪物の手段(てだて)は我に比(くら)べて何如(いかん)?」 八戒言う、「不済(だめ)じゃ」 「槍法は我に比べて何如?」 八戒言う、「また不済じゃ。老猪(ろうちょ)は彼が撑持(ふんば)りきれずにおるを見て、却(かえ)って来たりて汝を一鈀(ひとは)助(たす)けんとしたるに、期(おも)わずや彼は耍(たわむれ)を識(し)らず、すなわち陣を敗れて下(お)り来(きた)り、天理(てんり)も無く、すなわち火(ひ)を放(はな)ったわ」 行者言う、「是(まさ)に汝の来(きた)るべきに非(あら)ざりしなり。我また彼と幾合(いくがっ)か闘(たたか)い、我は巧(こう)を取りて彼を一棒(ひとぼう)撈(から)め獲(と)らんとせしに、却(かえ)って是れ好(よ)からずや?」  彼の二人(ふたり)は只管(ひたすら)あの妖精の手段(てだて)を論(あげつら)い、あの妖精の火毒(かどく)を講(はな)すに、沙和尚(さおしょう)は松の根(ね)に倚(よ)りて笑うこと呆(ばか)れるが如(ごと)し。行者看(み)て言う、「兄弟よ、汝は笑うこと怎(どう)した? 汝好(よ)くも道(い)う、甚(なん)の手段有りてか、かの妖魔を擒(とら)え、かの火陣(かじん)を破(やぶ)り得るか? この樁(こと)は、また大家(みんな)に益(えき)有るの事(こと)ぞ。常言(ことわざ)に道(い)う、衆毛(しゅうもう)毬(まり)を集(あつ)む、と。汝若(も)し妖魔を拿(とら)え、師父を救(すく)わば、また是れ汝が一件(ひとくだり)の大功績(だいこうせき)ぞ」 沙僧言う、「我もまた甚(なん)の手段も無く、また妖を降(くだ)す能(あた)わず。我は汝ら二人(ふたり)の都(みな)忙(あわて)に着(おちい)っておるを笑うのじゃ」 行者言う、「我怎(どう)して忙(あわて)に着ったか?」 沙僧言う、「あの妖精の手段は汝に如(し)かず、槍法も汝に如かず、只だ些(いささ)かの火勢(かせい)を多(おお)くせるのみ、故(ゆえ)に勝(か)つを得(え)ざるなり。若(も)し小弟(われ)が説(い)うに依(よ)らば、相生相克(そうせいそうこく)を以(もっ)て彼を拿(とら)えんに、何(なん)の難(かた)き処(ところ)有らんや?」 行者この言(ことば)を聞き、呵呵(からから)と笑って言う、「兄弟の説(いう)ところ、理(ことわり)有り。果(はた)して我らは忙(あわて)に着ってこの事を忘れておった。若し相生相克(そうしょうそうこく)の理を以てこれを論(あげつら)わば、須(すべから)く是れ水を以て火を克(かつ)べし。却(かえ)って何処(いずこ)へ往(ゆ)きて些(いささ)かの水を尋(たず)ね来たり、この妖火(ようか)を潑(そそ)ぎ滅(ほろぼ)さば、師父を救うに可(よ)からずや?」 沙僧言う、「是(まさ)にこの般(よう)なり、遅疑(ちぎ=ためらい)するに及(およ)ばず」 行者言う、「汝ら二人(ふたり)は只だ此間(ここ)に在りて、彼と索戦(いくさをもと)むるなかれ。老孫の東洋大海(とうようたいかい)へ往(ゆ)きて龍兵(りゅうへい)を求(もと)め借(か)り、些(いささ)かの水を将(も)ち来たり、妖火(ようか)を潑(そそ)ぎ息(け)し、この潑怪(はっかい)を捉(とら)えんを待(ま)て」 八戒言う、「兄者(あにじゃ)、心安(やすん)じて前(まえ)へ往(ゆ)かれよ。我ら理会得(わきまえ)ておる」  好(よ)き大聖かな、雲を縦(はな)ちて此の地(ところ)を離(はな)れ、頃刻(しばらく)にして東洋(とうよう)に到(いた)ったが、却(かえ)ってまた心(こころ)に海景(かいけい)を看玩(みあそ)ぶ無く、一箇の逼水法(ひっすいほう)を使(つか)い、波浪(はろう)を分(わ)かち開(ひら)いた。正(まさ)に行(ゆ)く時、一箇の巡海夜叉(じゅんかいやしゃ)の相撞(であ)うに遭(あ)い、孫大聖なるを見るや、急ぎ水晶宮(すいしょうきゅう)の裡(うち)に回(かえ)り、かの老龍王(ろうりゅうおう)に報じ知らせた。敖広(ごうこう)すなわち龍子(りゅうし)・龍孫(りゅうそん)・蝦兵(かへい)・蟹卒(かいそつ)を率(ひき)いて一斉に門を出(い)でて迎接(むか)え、請(しょう)じて裡(うち)に坐(ざ)せしめた。坐定(ざ)し、礼(れい)畢(おわ)りて茶(ちゃ)を告(すす)むるに、行者言う: 「茶には労(ろう)せず、一事(ひとこと)有りて相煩(わずら)わす。我、師父唐僧の西天(さいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を取(と)らんが為、号山枯松澗火雲洞(ごうざんこしょうかんかうんどう)を過(よぎ)るに、一箇の紅孩児(こうがいじ)の妖精有り、聖嬰大王(せいえいだいおう)と号(ごう)し、我が師父を拿(とら)え去(さ)ったり。是(ここ)に老孫、洞辺(どうへん)に尋(たず)ね到(いた)り、彼と交戦(こうせん)せしに、彼は却(かえ)って火(ひ)を放(はな)ち出(いだ)せり。我らは彼を禁(こら)え得(え)ず、水(みず)の能(よ)く火を克(か)つを想(おも)い、特(ことさ)らに来たりて汝に問うて些(いささ)かの水を求(もと)め、往(ゆ)きて我が為に一場(ひとしきり)の大雨(たいう)を下(くだ)し、妖火(ようか)を潑(そそ)ぎ滅(ほろぼ)し、唐僧の一難(いちなん)を救(すく)わんとす」 かの龍王言う、「大聖、差(あやま)てり。若し雨水(うすい)を求(もと)め取(と)らんと欲せば、我に来たりて問うべきに非(あら)ず」 行者言う、「汝は是れ四海龍王(しかいりゅうおう)、雨沢(うたく)を主司(しゅし)す。汝に来たり問わずして、却(かえ)って誰(たれ)に去(ゆ)きて問わんや?」 龍王言う、「我は雨を司(つかさど)ると雖(いえど)も、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に専(せん)にせず。須(すべから)く玉帝(ぎょくてい)の旨意(しい)を得て、何(いず)れの地方(ところ)に吩咐(いいつ)け、幾尺幾寸(なんしゃくなんすん)、甚麼の時辰(とき)に起(お)こり住(や)むかを定め、還(ま)た三官(さんかん)の筆を挙(あ)げ、太乙(たいいつ)の文(ふみ)を移(うつ)し、雷公電母(らいこうでんぼ)・風伯雲童(ふうはくうんどう)を会令(えいれい)することを要(よう)す。俗語(ぞくご)に云う、龍は雲無くして行(ゆ)かず、と」  行者言う、「我はまた風雲雷電(ふううんらいでん)を用(もち)いず、只だ些(いささ)かの雨水の火を滅(け)さんを要(よう)すのみ」 龍王言う: 「大聖は風雲雷電を用いられずとも、但(ただ)我一人(ひとり)のみにてはまた助力(じょりき)する能(あた)わず。舎弟(しゃてい=おとうと)どもをして大聖と同(とも)に一功(いっこう)を助(たす)けしめんことは何如(いかん)?」 行者言う、「令弟(りょうてい=おとうと)は何処(いずこ)に在るか?」 龍王言う、「南海龍王敖欽(ごうきん)、北海龍王敖閏(ごうじゅん)、西海龍王敖順(ごうじゅん)にございます」 行者笑って言う、「我若(も)しまた三海(さんかい)を遊(めぐ)り過(よぎ)らば、上界(じょうかい)へ往(ゆ)きて玉帝の旨意(しい)を求(もと)めんに如(し)かず」 龍王言う、「大聖の去(ゆ)かるるを消(よう)せず、只だ我が此処(ここ)に在りて鉄鼓金鐘(てっこきんしょう)を撞(つ)き動(うご)かせば、彼ら自(おのずか)ら頃刻(しばらく)にして至(いた)らん」 行者その言(ことば)を聞いて言う、「老龍王よ、快(はよ)う鐘鼓(しょうこ)を撞(つ)け」  須臾(しばらく)の間(あいだ)に、三海龍王(さんかいりゅうおう)擁(おしよ)せ至(いた)り、問うた、「大哥(あにき)、何の事(こと)有りてか弟等(ていら)に命(めい)ぜらるるか?」 敖広言う、「孫大聖が此処に在りて雨を借(か)りて妖を降(くだ)さんことを助力(たす)けられんことを求(もと)めておられる」 三弟(さんてい)すなわち引き進(すす)みて見(まみ)えること畢(おわ)り、行者は水を借(か)るの事(こと)を備(つぶさ)に言(い)うに、衆神(しゅうしん)箇箇(おのおの)歓(よろこ)んで従(したが)い、すなわち点(てん)じ起(おこ)した: 鯊魚(さめ)は驍勇(ぎょうゆう)として前部(ぜんぶ)と為(な)り、鱯痴(ぎぎ)は口(くち)大(おお)きくして先鋒(せんぽう)と作(な)る。鯉元帥(りげんすい)は波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を跳(おど)り、鯾提督(べんていとく)は霧(きり)を吐(は)き風(かぜ)を噴(ふ)く。鯖太尉(さばたいい)は東方(とうほう)に打哨(みは)り、鮊都司(はくとし)は西路(せいろ)に催征(せいちょう=せきたて)す。紅眼馬郎(こうがんばろう)は南面(なんめん)に舞(ま)い、黒甲将軍(こっこうしょうぐん)は北下(ほくか)に衝(つ)く。鱑把総(こうはそう)は中軍(ちゅうぐん)に号(ほら)を掌(つかさど)り、五方(ごほう)の兵(へい)は処々(ところどころ)に英雄(えいゆう)なり。縦横(じゅうおう)機巧(きこう)なるは鼈枢密(べっすうみつ)、妙算(みょうさん)玄微(げんび)なるは亀相分(きしょうぶん)。謀(はかりごと)有り智(ち)有るは鼉丞相(だじょうしょう)、多変(たへん)多能(たのう)なるは鼈総戎(べっそうじゅう)。横行(おうこう)する蟹士(かいし)は長剣(ちょうけん)を輪(めぐ)らし、直跳(ちょくちょう)する蝦婆(かば)は硬弓(こうきゅう)を扯(ひ)く。鮎外郎(ねんがいろう)は文簿(ぶんぼ)を査明(あきら)かにし、龍兵(りゅうへい)を点(てん)じて波中(はちゅう)を出(い)で離(はな)る。  詩に曰(いわ)く:四海龍王(しかいりゅうおう)、功(こう)を助(たす)くるを喜(よろこ)び、斉天大聖(せいてんたいせい)、相従(あいしたが)わんことを請(こ)う。只だ三蔵の途中の難(なん)に因(よ)りて、水を借(か)りて前(まえ)に来(きた)りて火紅(かこう)を滅(け)す。  かの行者、龍兵(りゅうへい)を領(ひき)いて、多(おお)からず時(とき)ならずして早(はや)くも号山枯松澗(ごうざんこしょうかん)の上に到(いた)った。行者言う、「敖氏昆玉(ごうしこんぎょく=敖兄弟)、遠(とお)くを渉(わた)らるるを煩(わずら)わす。此間(ここ)は乃ち妖魔の処(ところ)なれば、汝ら且(しばら)く空中に停(とど)まり、頭(こうべ)を出(いだ)し面(おもて)を露(あらわ)すなかれ。老孫をして彼と赌闘(けんか)せしめよ。若し彼に贏(か)たば、列位(みなさま)の捉拿(とらえ)を須(もち)いず;若し彼に輸(ま)けたるも、また列位の助陣(じじん)を用(もち)いず。只だ彼が但(たん)に火を放(はな)つ時、我が呼喚(よびかけ)を聴(き)きて、一斉(いっせい)に雨(あめ)を噴(ふ)かれよ」 龍王は倶(みな)号令(ごうれい)の如(ごと)し。  行者は却(かえ)って雲頭(うんず)を按(おさ)え、松林(しょうりん)の裡(うち)に入(い)りて八戒・沙僧に見(まみ)え、声を叫(あ)げて「兄弟」と言う。  八戒言う、「兄者(あにじゃ)、来(く)ること快(はや)いなあ! 曾(かつ)て龍王を請(しょう)じ得(え)て来(きた)られしか?」 行者言う、「倶(みな)来(きた)れり。  汝ら二人(ふたり)は切(かなら)ず須(すべから)く仔細(つまびらか)にせよ。只(た)だ雨大(おお)きくして、行李(こうり)を湿(ぬら)さんことを怕(おそ)る。老孫の彼と打(う)ちに往(ゆ)くを待(ま)て」  沙僧言う、「師兄(あにじゃ)、心安(やすん)じて前(まえ)へ往(ゆ)かれよ。我らは倶(みな)理会得(わきまえ)ておる」 行者は澗(たに)を跳(と)び過(よぎ)り、門首(もんしゅ)に到(いた)り、声を叫(あ)げて「開門(もんをあけよ)!」と言う。かの小妖どもまた去(ゆ)きて報じた、「孫行者が又(ま)た来(まい)りました」 紅孩(こうがい)は面(かお)を仰(あお)げて笑って言う、「あの猴子(さる)め、想うに火の中にて曾(かつ)て彼を焼(や)かざりしかば、此(ここ)を以て又(ま)た来(きた)れるか。この一(ひとた)び来(きた)るに、切(かなら)ず彼を饒(ゆる)すなかれ。断然(きっと)皮(かわ)を焦(こ)がし肉(にく)を爛(ただ)らしてこそ罷(や)まん!」 急ぎ身を縦(はな)ち、長槍(ちょうそう)を挺(つ)け、教えた、「小者(こもの)ども、火車子(ひぐるま)を推(お)し出だせ!」 彼、門前へと出(い)でて行者に向(むか)いて言う、「汝又(ま)た来(きた)るは怎(なん)とした?」 行者言う、「我が師父を還(かえ)せ」 かの怪言う、「この猴頭(こうとう)め、忒(い)たく不通変(へんがきかぬ)なり。あの唐僧は汝と為(な)りて師父と做(な)り得(う)るも、また我と為りて按酒(さかな)と做(な)り得るに、汝は還(ま)た彼を思量(おもいや)りて要(もと)めんとするか。莫想(おもうな)、莫想!」  行者、この言(ことば)を聞き、十分(じゅうぶん)に悩怒(いかり)し、金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げて劈頭(てっぽう)より就(すなわ)ち打(う)つ。かの妖精、火尖槍(かせんそう)を使(つか)い、急ぎ架(かま)えて相迎(むか)う。この一場(ひとしきり)の赌闘(けんか)は、前(まえ)に比(くら)べて同じからず。好(よ)き殺(あらそ)いかな:怒(いかり)は潑妖魔(はつようま)に発(おこ)り、悩(いかり)は猴王(こうおう)の将(つわもの)に急(きわ)まる。この一箇(かた)は専(もっぱ)ら取経僧(しゅきょうそう)を救(すく)わんとし、かの一箇は唐三藏(とうさんぞう)を食(くら)わんと要(ほっ)す。心(こころ)変(かわ)りて親情(しんじょう)無く、情(なさけ)疏(うと)くして義譲(ぎじょう)無し。この者(もの)は恨(うら)んで捉(とら)え住(とど)めて活(い)きながら皮(かわ)を剥(は)がんと欲し、かの者は拿(とら)え来(きた)りて生(なま)のまま醤(ひしお)に蘸(つ)けんと欲す。真に忒(い)たく英雄(えいゆう)、果(はた)して多(おお)く猛壮(もうそう)なり。棒(ぼう)来(きた)りて槍(やり)架(か)けて輸贏(ゆうえい)を赌(か)け、槍(やり)去(さ)りて棒(ぼう)迎(むか)えて下上(かみしも)を争(あらそ)う。手(て)を挙(あ)げて相(あい)輪(めぐ)らすこと二十回(にじゅっかい)、両家(りょうけ)の本事(ほんざい)は一般(おなじ)き様(よう)なり。  かの妖王、行者と戦うこと二十回合(にじゅうがっごう)を経(へ)て、勝(か)つを得(え)ざるを見(み)て取り、虚(うつ)ろに一槍(ひとほこ)を幌(ひるがえ)し、怎(どう)してか身を抽(ひ)き、拳(こぶし)を捏(ひね)り、又(ま)た鼻(はな)を将(も)って両下(ふたたび)捶(う)つや、却(かえ)ってすなわち火(ひ)を噴(ふ)き出(いだ)した。かの門前(もんぜん)の車子(くるま)の上に、煙火(えんか)迸(ほとばし)り起(おこ)り;口眼(こうがん)の中に、赤焰(せきえん)飛(と)び騰(のぼ)る。孫大聖は頭(こうべ)を回(めぐ)らして叫んだ、「龍王何処(いずこ)に在(おわ)すか?」 かの龍王兄弟(きょうだい)、衆(すべ)ての水族(すいぞく)を帥(ひき)いて、妖精の火光(かこう)の裡(うち)を望(めが)けて雨(あめ)を噴(ふ)き下(くだ)した。好(よ)き雨(あめ)かな! 真に是れ: 瀟瀟洒灑(しょうしょうしゃしゃ)として、密密沈沈(みつみつちんちん)たり。瀟瀟洒灑たるは、天辺(てんぺん)より星辰(せいしん)の墜落(ついらく)するが如(ごと)く;密密沈沈たるは、海口(かいこう)の浪(なみ)を倒(さかさま)に懸(か)けて滚(まろ)ぶに似(に)たり。初(はじ)めの時(とき)は拳(こぶし)の大小(おおきさ)なるが如(ごと)く、次(つい)で後(のち)には瓮(ほとぎ)を潑(そそ)ぎ盆(ぼん)を傾(かたむ)く。満地(まんち)に澆(そそ)ぎ流(なが)れて鴨頂緑(おうていりょく=鴨の頭の緑)をなし、高山(こうざん)は洗(あら)い出(いだ)して仏頭青(ぶっとうせい=仏の頭の青)を成(な)す。溝壑(こうがく)には水(みず)飛(と)んで千丈(せんじょう)の玉(ぎょく)をなし、澗泉(かんせん)の波(なみ)は漲(みなぎ)りて万条(ばんじょう)の銀(ぎん)をなす。三叉路(さんさろ)の口(くち)は見る見る満(み)ち、九曲溪(きゅうきょくけい)の中(うち)は漸(ようや)く平(たいら)かなり。これを是れ、唐僧に難(なん)有りて神龍(しんりゅう)助(たす)け、天河(てんが)を扳(たぐ)り倒(たお)して下(した)へ傾(かたむ)く、という。  かの雨(あめ)は淙淙(そうそう)として大小(おおいちいさ)あれども、かの妖精の火勢(かせい)を止息(とど)むる能(あた)わず。原来(もと)より龍王の私雨(しう=私の雨)は、只だ凡火(ぼんか=ただの火)を潑(そそ)ぎ得(う)るのみ、妖精の三昧真火(さんまいしんか)を、怎(どう)して潑(そそ)ぎ得(え)んや? 好(よ)き一(ひと)つの、火(ひ)の上(うえ)に油(あぶら)を澆(そそ)ぐが如(ごと)く、潑(そそ)ぐほどに越(いよいよ)灼(や)く。大聖言う、「我が訣(じゅつ)を捻(ひね)りて、火の中へ潜(もぐ)り入(い)らんことを待(ま)て!」 鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、妖を尋(たず)ねて打(う)たんとす。かの妖、彼の来(きた)るを見て、一口(ひとくち)の煙(けむり)を将(も)って、臉(かお)を劈(つんざ)いて噴(ふ)き来(きた)らせた。行者は急ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らすに、煼(いぶ)されて眼花雀乱(めがくらみ)し、忍(しの)び得(あた)ず泪(なみだ)の雨(あめ)の如(ごと)く落(お)つるを。原来(もと)この大聖は火(ひ)を怕(おそ)れず、只だ煙(けむり)を怕(おそ)る。当年(むかし)天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がせし時(とき)に因(よ)りて、老君(ろうくん)に八卦炉(はっけろ)の中に放(お)かれ、鍛(きた)えられしこと一番(ひとたび)あり、彼は幸(さいわ)いにかの巽位(そんい)に身(み)を安(やす)んじ、曾(かつ)て焼(や)き壊(こわ)されざりしが、只だ風(かぜ)の煙(けむり)を攪(かき)まぜて来(きた)らしめ、彼を煼(いぶ)して火眼金睛(かがんきんせい)と做(な)したれば、故(ゆえ)に今(いま)に至(いた)るまで只だ煙(けむり)を怕(おそ)るるなり。かの妖また一口(ひとくち)噴(ふ)くに、行者は当(た)え得(え)ず、雲頭(うんず)を縦(はな)ちて走(に)げ去(い)った。かの妖王は却(かえ)って又(ま)た火具(かぐ)を収(おさ)め、洞府(どうふ)に回帰(かえ)った。  この大聖、一身(みひとつ)に煙火(えんか)を帯(お)び、炮燥(ほうそう=かわきあつみ)禁(きん)じ難(がた)く、径(ただ)ちに澗水(かんすい)の内(うち)に投(とう)じて火(ひ)を救(すく)わんとす。怎(どう)して知(し)らん、冷水(れいすい)に一逼(せま)られ、弄(なさ)れて火気(かき)心(こころ)を攻(せ)め、三魂(さんこん)舎(やどり)を出(い)で、怜(あわ)れむべし、気(き)は胸膛(きょうどう)に塞(ふさが)り喉舌(こうぜつ)冷(つめた)く、魂(たましい)飛(と)び魄(たま)散(ち)じて残生(ざんせい)を喪(うしな)う! 慌(あわ)てたるかな、かの四海龍王(しかいりゅうおう)は半空(はんくう)の裡(うち)に在りて、雨沢(うたく)を収(おさ)め、高声(たかだか)と大叫(さけ)んだ、「天蓬元帥(てんぽうげんすい)! 巻帘将軍(けんれんしょうぐん)! 林中(りんちゅう)に蔵(かく)れ隠(かく)るるを休(や)め、且(しばら)く汝が師兄(あにでし)を尋(たず)ね出(いだ)せ!」  八戒と沙僧、彼が聖号(せいごう)を呼(よ)ぶを聴(き)き、急ぎ馬(うま)を解(と)き、担(に)を挑(にな)うて林(はやし)を奔(はし)り出(い)で、また泥濘(ぬかるみ)を顧(かえり)みず、澗辺(かんぺん)に順(したが)いて尋(たず)ね求(もと)むるに、只だ見る、かの上溜頭(かみのながれ)に、波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を滚(まろ)ばしめ、急流(きゅうりゅう)の中(うち)より一人(ひとり)の者(もの)を淌(なが)し下(くだ)して来(きた)る。沙僧これを見て、衣(ころも)を着(つ)けたるまま水の中(うち)へ跳(と)び下(お)り、抱(かか)え上(あ)げて岸(きし)に来(きた)るに、却(かえ)って是れ孫大聖の身躯(しんく)なり。噫(ああ)! 汝(なんじ)看よ、彼は四肢(しし)を踡跼(かがま)せて伸(の)ぶるを得(え)ず、渾身上下(みのうえみのした)冷(つめた)きこと氷(こおり)の如(ごと)し。沙和尚は満眼(まなこいっぱい)に泪(なみだ)を垂(た)れて言う、「師兄(あにじゃ)! 惜(お)しむらくは汝、億万年(おくまんねん)不老長生(ふろうちょうせい)の客(まろうど)なるに、如今(いま)は化(け)して箇(ひとつ)の中途(ちゅうと)の短命人(たんめいじん)と作(な)れるか!」 八戒笑って言う、「兄弟よ、泣(な)くな。この猴子(さる)めは佯(いつわ)りて死(し)を推(すす)め、我らを嚇(おど)しておるのじゃ。汝、彼を摸(さわ)ってみよ。胸前(むなさき)に還(ま)た一点(ひとつ)の熱気(ねっき)有(あ)るか無(な)きかを」 沙僧言う、「渾身(みうち)都(みな)冷(ひ)えておる。仮令(たと)い一点の熱気有るとも、怎(どう)してすなわち是れ回生(かいせい=よみがえり)ならんや?」 八戒言う、「彼には七十二般(ななじゅうにへん)の変化(へんげ)有れば、すなわち七十二(ななじゅうに)の性命(いのち)有るのじゃ。汝は脚(あし)を扯(ひ)いておれ、我が彼を擺布(とりあつか)うを待(ま)て」 真にかの沙僧は脚(あし)を扯(ひ)き、八戒は頭(こうべ)を扶(たす)け、彼を引(ひ)いて箇の直(すなお)と為(な)し、脚(あし)を推(お)し上(あ)げ来(きた)り、盤膝(ざしき)して坐(ざ)し定(さだ)めた。八戒は両の手(て)を搓(も)み熱(あつ)くし、彼が七竅(しちきょう=目耳鼻口)を捂(おお)い住(と)め、一箇の按摩禅法(あんませんぽう)を使(つか)うた。原来(もと)かの行者是れ冷水(れいすい)に逼(せま)られて、気(き)は丹田(たんでん)に阻(さえぎ)られ、声(こえ)を出(いだ)す能(あた)わざりしが、却(かえ)って幸(さいわ)いに八戒の按摸揉擦(あんまじゅうさつ)を得(え)て、須臾(しばらく)の間(あいだ)に、気(き)は三関(さんかん)を透(とお)り、明堂(めいどう)を転(てん)じ、孔竅(こうきょう)を衝(つ)き開(ひら)き、一声(ひとこえ)を叫(さけ)んだ、「師父(しふ)よ!」 沙僧言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝は生(い)くるも師父の為、死(し)するも還(ま)た口の裡(うち)に在(あ)るか。且(しばら)く蘇生(よみがえ)れ、我ら此処(ここ)に在(あ)るぞ」 行者は眼(め)を開(ひら)いて言う、「兄弟たちが此処に在(お)るか? 老孫は虧(そこない)を食(く)うたわ!」 八戒笑って言う、「汝は才(さっき)まで発昏(きぜつ)しておった。若し老猪(ろうちょ)が汝を救(すく)わざりせば、已(すで)に此(ここ)に帳(けり)がついておるわ。還(ま)た我に謝(あやま)らぬか!」 行者は却(かえ)って才(はじ)めて身(み)を起(おこ)し、面(かお)を仰(あお)げて言う、「敖氏弟兄(ごうしていけい)何処(いずこ)に在(おわ)すか?」 かの四海龍王は半空(はんくう)の中(うち)に在りて応(こた)えて言う、「小龍(しょうりゅう)此処(ここ)に伺候(しかい)しておる」 行者言う、「遠(とお)く労(ろう)させたり。曾(かつ)て功果(こうか)を成(な)し得(え)ず、且(しばら)く請(こ)う、回(かえ)られよ。改(あらた)めて日(ひ)を期(き)して再(ふたた)び謝(しゃ)せん」 龍王は水族(すいぞく)を帥(ひき)いて、泱泱(おうおう)として回(かえ)る。さておく。  沙僧は行者を攙(たす)け、一同に松林(しょうりん)の下(した)に到(いた)りて坐(ざ)し定(さだ)めた。少時(しばらく)あって、却(かえ)って神(しん)を定(さだ)め気(き)を順(したが)わしむるに、止(とど)め得(あた)ず泪(なみだ)の腮辺(ほおべ)に滴(したた)るを、また叫(さけ)んだ、「師父(しふ)よ! 憶(おも)う、昔(むかし)当年(そのかみ)大唐(だいとう)を出(い)でしを、岩前(いわまえ)に我を救(すく)うて災殃(さいよう)を脱(のが)れしめたり。三山六水(さんざんりくすい)に魔障(ましょう)に遭(あ)い、万苦千辛(ばんくせんしん)に寸腸(すんちょう)を割(さ)く。鉢(はつ)を托(たく)して朝餐(ちょうさん)は厚薄(こうはく)に随(したが)い、禅(ぜん)に参(さん)じて暮宿(ぼしゅく)は或(あるい)は林(はやし)或(あるい)は荘(しょう)なり。一心(いっしん)に成功果(せいこうか)を指望(きぼう)せしに、今日(こんにち)安(いず)くんぞ痛(いた)く傷(きず)つけられんとは知(し)らんや!」 沙僧言う、「兄者(あにじゃ)、且(しばら)く煩悩(なやみ)を休(や)めよ。我ら早(はよ)う計策(けいさく)を安(やす)んじ、何処(いずこ)へ往(ゆ)きて兵(へい)を請(こ)うて助力(じょりき)を得、師父を搭救(たす)け出(いだ)さんか?」 行者言う、「何処(いずこ)に請(こ)うて救(すく)いを求(もと)めんか?」 沙僧言う、「当初(かのかみ)菩薩(ぼさつ)の吩咐(いいつけ)に、我らをして唐僧を保護(まも)らしめ、彼は曾(かつ)て我らに許(ゆる)して、天(てん)を呼(よ)べば天応(こた)え、地(ち)を呼べば地応(こた)える、と仰(おお)せられた。何処へ請(こ)うて救(すく)いを求めに往(ゆ)かんか?」 行者言う、「想(おも)うに老孫の天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がせし時(とき)、あの神兵(しんぺい)どもは、都(みな)我を禁(こら)え得(え)ざりしなり。この妖精の神通(じんずう)小(ちいさ)からず、須(すべから)く是れ老孫が手段(てだて)よりも些(いささ)か大(おお)いなる者(もの)にして、才(はじ)めて彼を降(くだ)し得(う)るであろう。天神(てんしん)は不済(だめ)、地煞(ちさつ)も能(あた)わず。若(も)しこの妖魔を拿(とら)えんと要(ほっ)せば、須(すべから)く是れ観音菩薩(かんのんぼさつ)を請(しょう)じに往(ゆ)くこそ好(よ)けれ。奈何(いかん)せん、我は皮肉(ひにく)酸麻(さんま=しびれ)し、腰膝(ようしつ)疼痛(とうつう)して、筋斗雲(きんとうん)を駕(が)することが起(お)きず、怎(どう)して請(しょう)じ得(え)んか?」 八戒言う、「甚(なん)の話(ことば)をか吩咐(いいつけ)ある。我をして往(ゆ)かしめよ」 行者笑って言う、「也(また)罷(よ)からん。汝は是(まさ)に去(ゆ)き得(う)るなり。若(も)し菩薩に見(まみ)えなば、切(かなら)ず仰視(あおぎみ)るを休(や)め、只だ頭(こうべ)を低(た)れて礼拝(らいはい)せよ。彼が問(と)う時(とき)を待(ま)ちて、汝すなわち地名(ちめい)・妖名(ようめい)を彼に説(つ)げ、また師父の事(こと)を請(うかが)い教(おし)えよ。彼若(も)し肯(あえ)て来(きた)らば、定(きっ)と怪物を擒(とら)え取(と)られん」 八戒この言(ことば)を聞き、すなわち便(すなわ)ち雲霧(うんむ)を駕(が)し、南(みなみ)へ向(むか)いて去(い)った。  さて、かの妖王は洞(どう)の裡(うち)に在りて歓喜(かんき)して言う、「小者(こもの)ども、孫行者は虧(そこない)を食(く)うて去(い)ったり。この一陣(ひといくさ)は彼を死(し)に致(いた)さずといえども、好(よ)くも道(い)うに大昏(おおきにきぜつ)は発(おこ)したであろう。咦(おや)、只(た)だ怕(おそ)るるは彼が又(ま)た救兵(きゅうへい)を請(こ)いに来(きた)らんことを。快(はよ)う門(もん)を開(ひら)け、我をして往(ゆ)きて彼が誰(たれ)を請(こ)うかを見(み)しめよ」 衆妖(しゅうよう)門を開(ひら)くや、妖精はすなわち空裡(そらのうち)へ跳(と)び上(あが)りて観看(みわた)すに、只だ八戒の南(みなみ)へ往(ゆ)くを見(み)た。妖精は想(おも)う、南辺(なんぺん)にまた他(た)の処(ところ)無し、断然(きっと)是れ観音菩薩を請(こ)うに違(ちがい)ない、と。急ぎ雲(くも)を按(おさ)え下(おろ)し、叫(さけ)んだ、「小者ども、我がかの皮袋(かわぶくろ)を尋(たず)ね出(いだ)せ。多時(ひさし)く用(もち)いざれば、只(た)だ恐(おそ)るるは口縄(くちなわ)の牢(かた)からざることを。我が為に一条(ひとすじ)を換(か)え上(あ)げよ。二門(にこう)の下(した)に放(お)け。我が往(ゆ)きて八戒を賺(だま)し将(つ)れ回(かえ)り、袋(ふくろ)の内(うち)に装(い)れ、蒸(ふか)して稀爛(くたくた)にし、汝らに犒労(ねぎら)いせしめん」 原来(もと)かの妖精には一箇の如意(にょい)の皮袋(かわぶくろ)有り。衆(すべ)ての小妖、拿(と)り出(いだ)して、口縄(くちなわ)を換(か)え、洞門(どうもん)の内(うち)に安(やす)んずることはさておく。  さて、かの妖王は久(ひさ)しく此処(ここ)に居(お)り、倶(みな)是れ熟游(なれみち)の地(ところ)なれば、彼は暁(さと)れり、何(いず)れの路(みち)の南海(なんかい)へ往(ゆ)くが近(ちか)く、何れの路が遠(とお)きかを。彼はかの近路(ちかみち)より、一(ひと)たび雲頭(うんず)を駕(が)すれば、八戒を趕(お)い過(よぎ)り、端然(たたず)と壁岩(へきがん)の上に坐(ざ)し、一箇の「仮(にせ)の観世音(かんぜおん)」の姿(すがた)に変化(へんげ)し、八戒を等候(まちう)けた。かの呆子(ばか)め、正(まさ)に雲を縦(はな)ちて行(ゆ)く処(ところ)、忽然(たちまち)に菩薩を望(みか)け見(み)る。彼が那里(どう)してか真偽(しんぎ)を識(し)り得(え)ん? これを是れ「象(かたち)を見て仏(ほとけ)と作(な)す」という。呆子は雲を停(と)めて下拝(はい)して言う、「菩薩、弟子(でし)猪悟能(ちょごのう)、叩頭(ぬかず)きまする」 妖精言う、「汝は唐僧を保(まも)りて経(きょう)を取りに往(ゆ)かずして、却(かえ)って我に見(まみ)えて何事(なんごと)の干(かかわり)有るか?」 八戒言う、「弟子(でし)は師父と与(とも)に中途(なかみち)に至(いた)り、号山枯松澗火雲洞(ごうざんこしょうかんかうんどう)に遇(あ)い、一箇の紅孩児(こうがいじ)の妖精有り、彼が我が師父を摂(さら)い去(さ)りました。是(ここ)において弟子と師兄(あにでし)等(たち)、彼が門(もん)の上(ほとり)へ尋(たず)ね上(のぼ)り、彼と交戦(こうせん)いたしました。彼は原来(もと)火(ひ)を放(はな)つことを会(え)し、頭(はじめ)の一陣(ひといくさ)には、曾(かつ)て贏(か)つを得(え)ず;第二陣(だいにじん)には、龍王を請(こ)うて雨(あめ)を助(たす)けしめたるも、また火を滅(け)すこと能(あた)わず。  師兄は彼に焼(や)き壊(こわ)され、行動(うごく)すること能(あた)わず、弟子をして来(きた)りて菩薩を請(しょう)ぜしめ、万望(ねがわく)は垂慈(すいじ=めぐみをたれさせたま)い、我が師父の一難(いちなん)を救(すく)われんことを!」 妖精言う、「かの火雲洞(かうんどう)の洞主(どうしゅ)は、是れ箇(ひとり)の生(いのち)を傷(そこな)う者(もの)に非(あら)ず。定(きっ)と是れ汝らが彼を冲撞(ぶつか)りしなるべし」 八戒言う、「我は曾(かつ)て彼を冲撞(ぶつか)らず。是れ師兄悟空(ごくう)が彼を冲撞ったのじゃ。彼は一箇の小孩子(こども)に変作(へんし)し、樹(き)の上に吊(つる)され、我が師父を試(こころ)みたり。師父は甚(はなは)だ善心(ぜんしん)有り、我をして解(と)き下(おろ)さしめ、師兄をして彼を一程(ひとほど)駄(おぶ)わしめたり。是(ここ)に師兄が彼を一掼(ひとたびなげう)ちせしに、彼はすなわち風(かぜ)を弄(ろう)して、師父を摂(さら)い去(さ)ったのじゃ」 妖精言う、「汝、起(た)て。我に従(したが)いてかの洞(どう)の裡(うち)に入(い)りて洞主(どうしゅ)に見(まみ)え、汝が為に人情(なさけ)を説(と)き、汝が一箇の礼(あやまり)を陪(ともな)い、汝が師父を討(もと)め出(いだ)して罷(や)めよ」 八戒言う、「菩薩よ、若(も)し肯(あえ)て我が師父を還(かえ)されなば、すなわち彼に一箇の頭(こうべ)を磕(ぬか)ずくもまた罷(よ)からん」 妖王言う、「汝、跟(つ)いて来(こ)よ」  かの呆子は好歹(よしあし)を知(し)らず、すなわち彼に跟(したが)いて、径(ただ)ちに旧路(もとのみち)を回(かえ)るに、却(かえ)って南洋海(なんようかい)へは往(ゆ)かず、火雲門(かうんもん)に随(したが)い赴(おもむ)き、頃刻(しばらく)の間(あいだ)に、門首(もんしゅ)に到(いた)り着(つ)いた。妖精は中(なか)へ入(い)りて言う、「汝、疑忌(うたがい)を休(や)めよ。彼は是れ我が故人(こじん=旧知)なり。汝、入(はい)りて来(こ)よ」 呆子は只(ただ)得(え)ず、挙歩(あゆみ)を挙(あ)げて門(もん)を入(い)る。衆妖(しゅうよう)は一斉(いっせい)に吶喊(とっさく)し、八戒を捉(とら)え倒(たお)し、袋(ふくろ)の内(うち)に装(い)れ、口縄(くちなわ)を束(しば)り緊(かた)くし、高(たか)く駄梁(だりょう)の上(うえ)に吊(つる)し上(あ)げた。妖精は本象(ほんしょう=もとのすがた)を現(あらわ)し、中(なか)に坐(ざ)して言う、「猪八戒よ、汝に何(なん)の手段(てだて)有りてか、敢(あえ)て唐僧を保(まも)りて経(きょう)を取(と)り、敢えて菩薩を請(こ)うて我を降(くだ)さんとするか? 汝、大(おお)いに両(ふた)つの眼(め)を睜(みひら)けども、還(ま)た我を是れ聖嬰大王(せいえいだいおう)なりと認(みと)めざるか! 如今(いま)汝を拿(とら)え、三五日(みいつか)吊(つる)し得て、蒸(ふか)し熟(じゅく)して小妖(こよう)に賞賜(ほうび)し、権(かり)に案酒(さかな)と為(な)さん!」 八戒はこれを聴(き)き、裡(うち)に在りて罵(ののし)って言う、「潑怪物(はつかいぶつ=暴け化け物)め! 十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり! 若(も)し汝が百計千方(ひゃっけいせんぽう=あの手この手)にて我を騙(だま)して食(くら)わば、管(きっ)と教(きょう)せん、汝ら一箇一箇(めいめい)腫頭天瘟(しゅとうてんうん=疫病)に遭(あ)わんことを!」 呆子は罵(ののし)りてはまた罵り、嚷(わめ)きてはまた嚷(わめ)く。さておく。  さて、孫大聖と沙僧は正(まさ)に坐(ざ)しておるに、只だ一陣(ひとむれ)の腥風(なまぐさかぜ)の、面(おもて)を刮(かす)めて過(よぎ)るを見(み)た。彼はすなわち一箇の噴嚏(くしゃみ)を打(う)ちて言う、「不好(いかん)! 不好! この一陣の風(かぜ)は、凶(きょう)多(おお)く吉(きっ)少(すくな)し。想(おも)うに猪八戒が路(みち)を走(あやま)れるなるべし」 沙僧言う、「彼が路を錯(あやま)らば、人に問(と)わざること有らんや?」 行者言う、「必(かなら)ずや妖精に撞遇(であ)うたるならん」 沙僧言う、「妖精に撞遇(であ)うとも、彼は跑(に)げ回(かえ)らざること有らんや?」 行者言う、「不停当(いかん)じゃ。汝は此処(ここ)に坐(ざ)して看守(みまも)れ。我が澗(たに)を跑(はし)り過(よぎ)りて探(さぐ)りを入(い)れるを待(ま)て」 沙僧言う、「師兄(あにじゃ)は腰(こし)を痛(いた)めておる。只(た)だ恐(おそ)るるは又(ま)た彼が手(て)に着(おちい)らんことを。小弟(われ)をして往(ゆ)かしめよ」 行者言う、「汝は不済事(だめ)じゃ。還(ま)た我をして往(ゆ)かしめよ」 好(よ)き行者かな、歯(は)を咬(か)み、疼(いた)みを忍(しの)び、鉄棒(てつぼう)を捻(ひね)り、澗(たに)を過(わた)り往(ゆ)き、かの火雲洞(かうんどう)の前(まえ)に到(いた)り、声を叫(あ)げて「潑怪(はっかい=暴け化け物)!」と言う。かの門(もん)を把(まも)る小妖、また急ぎ裡(うち)へ入(い)りて報じた、「孫行者が又(ま)た門首(もんしゅ)に在りて叫(わめ)いておりまする!」 かの妖王は伝令(でんれい)して拿(とら)えよと叫(さけ)ぶ。かの一夥(ひとむれ)の小妖、槍刀(そうとう)簇擁(ぞくよう)し、斉(ひと)しく声(こえ)を挙(あ)げて吶喊(とっさく)し、すなわち門を開(ひら)き、都(みな)言(い)う、「拿住(とらえた)! 拿住!」 行者は果(はた)して疲倦(つか)れておるに、敢(あえ)て相迎(むか)えず、身を将(も)って路傍(みちばた)に潜(もぐ)り込(い)れ、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)えて「変!」と叫(さけ)ぶや、すなわち変じて一箇の銷金包袱(しょうきんほうふく=金襴のつつみ)と做(な)った。小妖これを見て、報じて言う、「大王、孫行者は怕(おじ)けました。只だ拿(とら)えよとの一声(ひとこえ)を説(い)うを聞くや、慌(あわ)てて包袱(つつみ)を投(な)げ下(おろ)して、走(に)げ去(い)りました」 妖王笑って言う、「あの包袱(つつみ)もまた甚(なん)の値(ね)有るの物(もの)ならず。左右(とにかく)是れ和尚(おしょう)の破褊衫(やぶれごろも)、旧帽子(ふるぼうし)なり。背(お)い入(い)れて拆洗(あらいばら)し、補襯(つぎあて)に做(な)せ」 一箇の小妖、果(はた)して包袱を背(お)うて進(い)りしが、是れ行者の変(へん)じたるを知(し)らず。行者言う、「好了(しめた)! この銷金包袱(つつみ)、背(お)われてしまった!」 かの妖精は以(もっ)て事(こと)と為(な)さず、門(もん)の内(うち)に投(ほう)り置(お)いた。  好(よ)き行者かな、仮(いつわり)の中(うち)に又(ま)た仮(いつわり)を重(かさ)ね、虚(きょ)の裡(うち)に還(ま)た虚(きょ)を還(かえ)す:すなわち一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き、一口の仙気(せんき)を吹(ふ)きかけ、変じて箇の包袱(つつみ)と一樣(おなじ)く作(な)し;彼が真身(しんじん)は、却(かえ)って又(ま)た変じて一箇の蒼蠅児(はえ)と做(な)り、門枢(とぼそ)の上(うえ)に釘(とま)り付(つ)いた。只だ聴(き)く、八戒がそこに在りて哼哩哼(うんうん)と、声音(こえ)清(きよ)からず、却(かえ)って一箇の瘟猪(びょうぶた)に似(に)たり。行者は「嬰(おう)」と飛(と)び去(さ)りて尋(たず)ぬる時(とき)、原来(もと)彼は皮袋(かわぶくろ)の裡(うち)に吊(つる)されておったのじゃ。行者は皮袋に釘(とま)り付(つ)き、また彼が悪言悪語(あくげんあくご)に妖怪長(ようかいのながし)、妖怪短(ようかいのみじかし)と、「汝、怎(どう)して仮(いつわ)りて箇の観音菩薩に変作(へんし)し、我を哄(だま)して回(かえ)らせ、此処(ここ)に吊(つる)し、還(ま)た我を食(くら)わんと説(い)うか! 一日(あるひ)有りて、我が師兄が斉天無量法(せいてんむりょうほう)を大展(おおいにの)べなば、満山(まんざん)の潑怪(はっかい)ども登時(たちどころ)に擒(とら)えん! 皮袋(かわぶくろ)を解(と)き開(ひら)いて我を出(いだ)さば、汝を千鈀(せんは)に築(つ)きてこそ方(まさ)に心(こころ)に趁(かな)わん!」と罵(ののし)りおるを聴(き)いた。  行者、この言(ことば)を聞き、暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「この呆子(ばか)めは、ここに在りて悶気(うっぷん)を受(う)けておれども、却(かえ)って還(ま)た旗鎗(はたほこ)を倒(たお)さざるなり。老孫は一定(きっ)とこの怪を拿(とら)えん。若(も)し此(こう)あらざれば、怎(どう)して恨(うらみ)を雪(すす)がんや!」 正(まさ)に設法(ほうべん)して八戒を拯救(たす)け出(いだ)さんと欲(ほっ)する処(ところ)、只だ聴(き)く、かの妖王の、「六健将(ろくけんしょう)何処(いずこ)に在(あ)るか?」と叫(さけ)ぶを。時(とき)に六箇の小妖有り、是れ彼が知己(ともだち)の精霊(せいれい)にして、健将(けんしょう)に封(ほう)ぜられ、都(みな)名字(な)有り:一箇を云裏霧(うんりむ)と做(なづ)け、一箇を霧裏雲(むりうん)と做(なづ)け、一箇を急如火(きゅうじょか)と做(なづ)け、一箇を快如風(かいじょふう)と做(なづ)け、一箇を興烘掀(こうこうきん)と做(なづ)け、一箇を掀烘興(きんこうこう)と做(なづ)く。六健将、上前(すす)み出(い)でて跪(ひざまず)くに、妖王言う、「汝らは老大王(ろうだいおう)の家(いえ)を認(みと)むるか?」 六健将言う、「認(みと)めております」 妖王言う、「汝らは我が為に星夜(よるひる)に往(ゆ)きて老大王を請(こ)い来(きた)れ。我が此処(ここ)に唐僧を捉(とら)えて蒸(ふか)して彼に与(あた)え食(くら)わしめ、寿(じゅ)を千紀(せんき)に延(の)べんと説(い)え」 六怪(ろっかい)命(めい)を領(う)け、一箇一箇(めいめい)厮拖厮扯(ひっぱりあい)して、径(ただ)ちに門を出(い)でて去(い)った。行者は「嬰(おう)」の一声(ひとこえ)、袋(ふくろ)より飛(と)び下(お)り来(きた)り、かの六怪に跟(つ)き定(さだ)め、洞中(どうちゅう)を逃(のが)れ離(はな)れた。  畢竟(つい)に怎(いか)に請(こ)い来(きた)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。 第四十二回 大聖、殷勤に南海を拝し 観音、慈善に紅孩を縛(いまし)む  話(ものがた)り説(い)わく、かの六健将(ろくけんしょう)は洞門(どうもん)を出(い)で、径(ただ)ちに西南(せいなん)の上(ほう)へ、路(みち)に依(よ)りて走(ゆ)く。行者は心中(むねのうち)に暗(ひそ)かに想(おも)う、「彼らは老大王(ろうだいおう)を請(こ)いて我が師父を食(くら)わんとす。老大王は断(かなら)ず牛魔王(ぎゅうまおう)ならん。我が老孫当年(むかし)彼と相会(あいまみ)えしこと、真に意(こころ)合(がっ)し情(なさけ)投(とう)じ、交游(まじわり)甚(はなは)だ厚(あつ)かりき。今(いま)に至(いた)るまで我は正道(しょうどう)に帰(き)せしに、彼は還(ま)た是れ邪魔(じゃま)なり。久(ひさ)しく別(わか)れたりと雖(いえど)も、還(ま)た彼が姿(すがた)を記(おぼ)えておる。且(しばら)く老孫の牛魔王に変作(へんし)し、彼を一(ひと)たび哄(だま)し、看(み)て是れ如何(いかん)ならんことを待(ま)て」 好(よ)き行者かな、六箇の小妖を逃(のが)れ離(はな)れ、翅(つばさ)を展(の)べ、前辺(まえ)へ飛(と)び向(むか)い、小妖を離(はな)るること十数里(じっすうり)の遠近(あたり)に、身を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、変じて箇(ひとり)の牛魔王と作(な)り、幾根(いくすじ)かの毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き下(おろ)し、「変!」と叫(さけ)ぶや、すなわち変じて幾箇(いくたり)かの小妖と作(な)った。かの山凹(やまくぼ)の裡(うち)に在りて、鷹(たか)を駕(が)し犬(いぬ)を牽(ひ)き、弩(ど)を搭(つが)え弓(ゆみ)を張(は)り、打囲(かり)の様子(ようす)を充(あて)がい、かの六健将を等候(まちう)けた。かの一夥(ひとむれ)は厮拖厮扯(ひっぱりあい)して、正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽然(たちまち)に牛魔王の中間(まんなか)に坐(ざ)しておるを見(み)るや、慌(あわ)てたるかな興烘掀(こうこうきん)・掀烘興(きんこうこう)は、撲(はった)と跪(ひざまず)いて言う、「老大王爺爺(ろうだいおうやや)が此処(ここ)に在(おわ)すぞ」 かの雲裏霧(うんりむ)・霧裏雲(むりうん)・急如火(きゅうじょか)・快如風(かいじょふう)は都(みな)是れ肉眼凡胎(にくがんぼんたい)なれば、那里(どう)してか真偽(しんぎ)を認(みと)め得(え)ん、すなわちまた一同(いちどう)に跪(ひざまず)き倒(たお)れ、頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺(だんなさま)! 小(こもの)どもは火雲洞(かうんどう)聖嬰大王(せいえいだいおう)の処(もと)より差(つか)わされ、老大王爺爺を請(こ)いて往(ゆ)きて唐僧(とうそう)の肉(にく)を食(くら)われ、寿(じゅ)を千紀(せんき)に延(の)べられんことを願(ねが)うてまいりました」 行者は口(くち)を借(か)りて答(こた)えて言う、「孩児(こども)たち起(た)て、我と同じく家(いえ)へ回(かえ)り、衣服(ころも)を換(か)えて来(きた)らん」 小妖、頭を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺の方便(おはからい)を望(ねが)います。府(やかた)へ回(かえ)らるるを消(よう)しませぬよう。路程(みちのり)遠(とお)く、恐(おそ)らくは我が大王の見責(とがめ)を受(う)けん。小どもは此(ここ)に就(つ)いて請(こ)うて行(ゆ)かん」 行者笑って言う、「好(よ)き乖(かしこ)き児女(こども)よ、也(また)罷(よ)からん、也罷。前(まえ)へ向(むか)いて路(みち)を開(ひら)け。我と汝らと去(ゆ)きて来(こ)ん」 六怪(ろっかい)は精神(せいしん)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、前(まえ)へ向(むか)いて路を喝(しか)り、大聖はその後(あと)より随(したが)うて来(きた)った。  多(おお)からず時(とき)ならずして、早(はや)くも本処(ほんじょ)に到(いた)り着(つ)いた。快如風(かいじょふう)・急如火(きゅうじょか)は洞(どう)の裡(うち)へ撞(つ)き入(い)りて報じた、「大王、老大王爺爺が来(み)られました」 妖王歓喜(よろこ)んで言う、「汝らは却(かえ)って中用(やくにたつ)よ、この等(よう)に来(く)るの快(はや)きは」  すなわち便(すなわ)ち叫(さけ)んだ、「各路(かくろ)の頭目(とうもく)よ、隊伍(たいご)を擺(なら)べ、旗鼓(きこ)を開(ひら)き、老大王爺爺を迎接(むか)えよ」 満洞(まんどう)の群妖(ぐんよう)、旨令(しれい)に遵依(したが)い、斉斉整整(きちんと)と、擺(なら)び将(つ)れ出(い)でた。この行者は昂昂烈烈(こうこうれつれつ=いかめしくたけだけしく)、胸脯(むなさき)を挺(つ)き出(いだ)し、身(み)を将(も)って一抖(ひとふるい)抖(ふる)わすや、却(かえ)ってかの架鷹犬(たかいぬをか)う毫毛(ごうもう)を、都(みな)身の上(うえ)へ収(おさ)め回(かえ)し、大歩(おおあし)を踏(ふ)み開(ひら)き、径(ただ)ちに門の裡(うち)へ走(ある)き入(い)り、南面(なんめん)の中(なか)に坐(ざ)した。紅孩児(こうがいじ)は当面(まのあたり)に跪(ひざまず)き、上(かみ)に朝(むか)いて頭を磕(ぬかず)いて言う、「父王(ちちうえ)、孩児(こども)拝揖(はいゆう=あいさつ)したてまつる」 行者言う、「孩児、免礼(れいにはおよば)ず」 かの妖王は四(よ)たび大拝(たいはい)して拝(おが)み畢(おわ)り、下手(しもて)に立(た)った。行者言う、「我が児(こ)よ、我を請(こ)いしは何事(なんごと)有るか?」 妖王は身を躬(かが)めて言う: 「孩児不才(ふさい=ふつつか)にて、昨日(きのう)一人(ひとり)を獲(とら)え得(えた)り。乃(すなわ)ち東土大唐(とうどだいとう)の和尚(おしょう)なり。常(つね)に人の講(はな)すを聴(き)けば、彼は是れ一箇の十世修行(じっせしゅぎょう)の人(ひと)にして、人、彼が一塊(ひとかけら)の肉を食(くら)えば、寿(じゅ)は蓬瀛(ほうえい=仙郷)の不老仙(ふろうせん)に似(に)たり、と。愚男(ぐなん=われ)敢(あえ)て自(みずか)ら食(くら)わず、特(ことさ)らに父王を請(こ)いて同じく唐僧の肉を享(う)け、寿(じゅ)を千紀(せんき)に延(の)べんとす」 行者この言(ことば)を聞き、一箇の失驚(おどろき)を打(う)ちて言う、「我が児よ、是れ那箇(ど)の唐僧ぞ?」 妖王言う、「是れ西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)く人(ひと)なり」 行者言う、「我が児よ、可(まさ)に是れ孫行者の師父なるか?」 妖王言う、「正(まさ)に是(しか)り」 行者は手を擺(ふ)り頭を揺(ゆす)って言う、「彼を惹(さわ)るな! 彼を惹るな! 別(ほか)の者(もの)は還(ま)た好(よ)く惹(さわ)るるも、孫行者はあの様(よう)なる人(ひと)ぞ。我が賢郎(けんろう=よいむすこ)よ、汝は曾(かつ)て彼と会(まみ)えざるか? あの猴子(さる)めは神通広大(じんずうこうだい)、変化多端(へんげたたん)なり。彼は曾(かつ)て天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がし、玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)は十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を差(つか)わし、天羅地網(てんらちもう)を布(し)きしも、また曾て彼を捉(とら)え得(え)ざりき。汝、怎(どう)して敢(あえ)て彼が師父を食(くら)わんや! 早(はよ)くに送(おく)り出(いだ)して彼に還(かえ)せ。あの猴子を惹(さわ)るな。彼若(も)し汝が彼が師父を食(くら)いたるを打(うち)聴(き)き着(つ)けば、彼もまた来(きた)りて汝と打(う)たず、彼は只だかの金箍棒(きんこぼう)を将(も)って山腰(やまのなかば)の裡(うち)へ往(ゆ)きて一箇の窟窿(あな)を搠(つ)き開(あ)け、山(やま)すら連(つれ)て掬(すく)い去(さ)ってしまうぞ。我が児よ、弄(なさ)れて汝が何処(いずこ)に身(み)を安(やす)んぜんや、我をして何人(たれ)に倚(よ)り靠(たの)んで老(おい)を養(やしな)わしめんや!」  妖王言う、「父王は何処(いずこ)の話(ことば)をか説(い)わるる。他人(ひと)の志気(こころざし)を長(たか)くし、孩児の威風(いふう)を滅(ほろぼ)すものかな。かの孫行者は共(とも)に兄弟三人(さんにん)有り、唐僧を領(ひき)いて我が半山(なかやま)の中(うち)に在りしを、我一個の変化(へんげ)を使(つか)い、彼が師父を摂(さら)い来(きた)らしめたり。彼とかの猪八戒(ちょはっかい)は当時(そのとき)我が門前(もんぜん)に尋(たず)ね到(いた)り、甚麼(なん)の攀親托熟(しんぞくをたのみなれなれしき)の言(ことば)を講(い)うたるを、我は怒(いかり)天(てん)に衝(つ)き発(おこ)らせ、彼と交戦(こうせん)すること幾合(いくがっ)かなりしが、また只だこの如(ごと)く、何(なん)の高作(こうさく=たいしたわざ)も見(み)えざりき。かの猪八戒が刺斜裡(よこあい)より来(きた)りて助戦(じょせん)せしに、是れ孩児が三昧真火(さんまいしんか)を吐(は)き出(いだ)し、彼を焼(や)きて一陣(ひといくさ)敗(やぶ)ったり。慌(あわ)てて彼は四海龍王(しかいりゅうおう)を請(こ)うて雨(あめ)を助(たす)けしめしが、また我が三昧真火を滅(け)し得(え)ず、我が焼(や)きて一箇の小発昏(こきぜつ)せしめ、連(つる)んで猪八戒をして南海観音菩薩(なんかいかんのんぼさつ)を請(こ)いに往(ゆ)かしめたり。是れ我が仮(いつわ)りて観音に変(へん)じ、猪八戒を賺(だま)し将(つ)れ回(かえ)り、見(いま)如意袋(にょいぶくろ)の中(うち)に吊(つる)されておるが、また彼を蒸(ふか)して衆(すべ)ての小(こもの)どもに与(あた)え食(くら)わしめんとす。かの行者は今朝(けさ)又(ま)た我が門首(もんしゅ)に来(きた)りて吆喝(わめ)き、我が伝令(でんれい)して彼を拿(とら)えよと教(さと)せしに、慌(あわ)てて彼は包袱(つつみ)をも都(みな)投(な)げ下(おろ)して走(に)げ去(い)った。却(かえ)って才(いま)父王を請(こ)い来(きた)りて唐僧の活像(いきうつし)を看(み)られ、方(まさ)に蒸(ふか)して与(あた)え食(くら)われ、寿(じゅ)を延(の)べ長生不老(ちょうせいふろう)ならんとす」  行者笑って言う、「我が賢郎よ、汝は只だ三昧火(さんまいか)有りて彼に贏(か)ち得(う)るを知(し)るのみにして、彼に七十二般(ななじゅうにへん)の変化有るを知(し)らざるなり!」 妖王言う、「憑(たの)む、彼が怎(どう)変化(へんげ)するも、我もまた認(みと)め得(う)。諒(おもんみ)るに彼は決(けっ)して敢(あえ)て我が門へ入(はい)り来(きた)らじ」 行者言う、「我が児よ、汝は然(しか)も彼を認(みと)むると雖(いえど)も、彼は却(かえ)って大(おお)きくは変(へん)ぜざるなり。狼犺(ろうこう=おおきい)たる大象(たいぞう)の如(ごと)きは、恐(おそ)らくは汝が門を入(はい)り得(え)じ;彼若(も)し小(ちいさ)く変作(へんし)せば、汝は却(かえ)って認(みと)め難(がた)からん」  妖王言う: 「憑(たの)む、彼が甚(なん)の小(ちいさ)き者に変(へん)ずるも、我が此処(ここ)には毎一層(どの)の門の上(うえ)に、四、五箇の小妖の把守(まも)り有り。彼、怎(どう)して生(い)きて入(い)り得(え)んや!」 行者言う、「汝は是れ不暁(し)らざるなり。彼は蒼蠅(はえ)・蚊子(か)・虼蚤(のみ)、或(あるい)は蜜蜂(みつばち)・蝴蝶(ちょう)并(ならび)に蟭蟟虫(しょうりょうちゅう=せみ)等の項(たぐい)に変ずることを会(え)し、また我が姿(すがた)に変ずることを会す。汝は却(かえ)って何処(いずこ)でか認(みと)め得(え)んか?」 妖王言う、「慮(おもんばか)るる勿(なか)れ。彼は就(すなわ)ち是れ鉄胆銅心(てったんどうしん=鉄のきも)なるも、また敢(あえ)て我が門へ近(ちか)づき来(きた)らざるなり」  行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)く説(い)わば、賢郎は甚(はなは)だ手段(てだて)有り、実(じつ)に是れ彼に敵(あた)り得(う)るならば、方(まさ)に我を請(こ)いて唐僧の肉を食(くら)わしむるに、奈何(いかん)せん我は今日(こんにち)は還(ま)た食(くら)わざるなり」 妖王言う、「如何(なん)としてか食(くら)われぬか?」 行者言う、「我近来(ちかごろ)年老(としお)い、汝が母(はは)は常(つね)に我を勧(すす)めて些(いささ)かの善事(ぜんじ)を作(な)させむとす。我は想(おも)うに善(ぜん)を作(な)すに甚(なん)も無(な)ければ、且(しばら)く些(いささ)かの斎戒(さいかい)を持(たも)たんと」  妖王言う、「父王の斎(ものいみ)は是れ長斎(ちょうさい=つねのものいみ)か、是れ月斎(げっさい=つきのものいみ)か、知(し)らず」 行者言う、「また是れ長斎に非(あら)ず、また是れ月斎に非ず、雷斎(らいさい)と喚(よ)び、毎月(まいつき)只だ四日(よっか)を該(あた)るのみ」 妖王問う、「是れ那(いず)れの四日(よっか)なるか?」 行者言う、「三辛(さんしん)初六(しょろく)に逢(あ)う。今朝(けさ)は是れ辛酉日(しんゆうじつ)なり。一則(ひとつ)には当(まさ)に斎(ものいみ)すべく、二来(ふたつ)には酉(ゆう)は会客(かいかく=客にあう)せず。  且(しばら)く明日(みょうにち)を待(ま)て。我が往(ゆ)きて親(みずか)ら彼を刷洗(あらいきよ)め蒸(ふか)し、児等(こどもら)と同じく享(う)けんことを」 かの妖王、この言(ことば)を聞き、心中(むねのうち)に暗(ひそ)かに想(おも)う、「我が父王は平日(つね)人を食(くら)いて生(い)き、今(いま)活(い)きて彀(た)うこと一千余歳(せんよさい)なるに、怎(どう)して如今(いま)また斎(ものいみ)を起(おこ)したもうか? 想(おも)うに当初(かのみぎ)悪(あく)を作(な)すこと多端(たたん)なりしに、この三四日(みよっか)の斎戒(さいかい)にて、那里(どう)してすなわち積(つ)み過(す)ぎ来(きた)り得(え)んや? この言(ことば)仮(いつわり)有り。可疑(あやし)! 可疑!」 すなわち身を抽(ひ)いて二門(にこう)の下(した)に走出(ある)き出(い)で、六健将(ろくけんしょう)を呼(よ)び来(きた)らせて問うた、「汝らの老大王(ろうだいおう)は何処(いずこ)より請(こ)い来(きた)れるか?」 小妖言う、「半路(なかみち)より請(こ)い来(きた)りました」 妖王言う、「我が説(い)うに汝らの来(く)ること快(はや)きは、曾(かつ)て家(いえ)に到(いた)らざりしならんか?」 小妖言う、「是(さよう)、曾て家に到らず」 妖王言う、「不好(いかん)じゃ! 彼が仮(いつわり)に着(おちい)ったり! これ老大王に非(あら)ざるなり!」 小妖は一斉(いっせい)に跪(ひざまず)いて言う、「大王、自家(じぶん)の父親(ちちおや)をも、また認(みと)められませぬか?」 妖王言う、「其(そ)の形容動静(すがたたちふるまい)を観(み)るに都(みな)象(に)たるも、只だ言語(ことばつき)の象(に)ざるあり。只(た)だ怕(おそ)るるは彼が仮(いつわり)に着(おちい)り、人(ひと)の虧(そこない)を食(くら)わんことを。汝ら都(みな)仔細(つまびらか)にするを要(よう)す:刀(かたな)を使(つか)う者(もの)は、刀々(かたなごと)に鞘(さや)を出(いだ)すべく、槍(やり)を使う者は、槍を磨(みが)き明(あき)らかにし、棍(こん)を使う者は棍を使(つか)い、縄(なわ)を使う者は縄を使え。我が再去(またゆ)きて彼を問(と)い、其(そ)の言語の如何(いかん)を看(み)るを待(ま)て。若(も)し果(はた)して是れ老大王ならば、今日(こんにち)食(くら)わずと説(い)うも、明日(みょうにち)食わずと説うも、便(すなわ)ち一箇月(ひとつき)遅(おく)るるも何(なん)の妨(さしつか)え有らん! 仮若(もし)言語(ことば)の対(むか)わざらんには、只(た)だ我が「哏(こん)」の一声(ひとこえ)を聴(き)きて、すなわち一斉(いっせい)に下手(てをくだ)せよ」 群魔(ぐんま)は各各(おのおの)命(めい)を領(う)け訖(おわ)んぬ。  この妖王はまた身を転(てん)じて裡(うち)に到(いた)り、行者に当面(まのあたり)してまた拝(おが)んだ。行者言う、「孩児(こども)よ、家(いえ)に常礼(じょうれい)無(な)し。拝(おが)むを須(もち)いず。但(た)だ甚(なん)の話(ことば)有らんか、只管(ひたすら)説(い)うて来(こ)よ」 妖王は地下(ち)に伏(ふ)して言う、「愚男(われ)は一則(ひとつ)には請(こ)い来(きた)って唐僧の肉を奉献(ほうけん)せんが為、二来(ふたつ)には一句(ひとこと)の話(ことば)有りて上(かみ)に請(うかが)わんとす。我、前日(せんじつ)閑行(ぶらつ)き、祥光(しょうこう)を駕(が)して、直(ただ)ちに九霄空内(きゅうしょうのうち)に至(いた)りしに、忽然(たちまち)に祖延道齢(そえんどうれい)の張先生(ちょうせんせい)に逢着(であ)いました」 行者言う、「可(まさ)に是れ天師(てんし)と做(な)る張道齢(ちょうどうれい)なるか?」 妖王言う、「正(まさ)に是(しか)り」 行者問うて曰(いわ)く、「甚(なん)の話(ことば)をか説(い)われしか?」 妖王言う、「彼、孩児の五官(ごかん)周正(しゅうせい)に、三停平等(さんていびょうどう=からだつきのとのい)なる生(う)まれつきなるを見て、我に問(と)う、是れ幾年(なんねん)・那月(なんがつ)・那日(なんにち)・那時(なんどき)の出世(しゅっせ=うまれ)なるか、と。児(われ)年(とし)幼(おさな)きに因(よ)りて、記(おぼ)えること真(まこと)ならず。先生(せんせい)は子平(しへい=占い)精熟(せいじゅく)なれば、我が為に五星(ごせい=めいぼう)を推(おしはか)り看(み)んと欲(ほっ)す。今(いま)父王を請(こ)えるは、正(まさ)に此(これ)を問(と)わんと欲(ほっ)するなり。倘或(もし)下次(このつぎ)また彼と会(まみ)えることを得ば、好(よ)く彼に煩(わずら)わして推算(すいさん)せしめん」  行者、この言(ことば)を聞き、上(かみ)に坐(ざ)したるまま暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「好(よ)き妖怪(ようかい)かな! 老孫、仏果(ぶっか)に帰(き)してより、唐(とう)の師父(しふ)を保(まも)り、一路(みちすがら)また幾箇(いくたり)かの妖精を捉(とら)えたれど、この厮(やつ)の克剥(こくはく=こまかくせまる)には似(に)ず。彼、我に甚麼(なん)の家長礼短(かちょうりたん=よしなしごと)、少米無柴(こめなくたきぎなし)の話説(はなし)を問(と)わば、我もまた好(よ)く信口(くちから)に捏膿(でっちあげ)て彼に答(こた)えん。彼が如今(いま)我に生年月日(うまれどし)を問(と)うに、我は却(かえ)って怎(どう)して知(し)らんや!」 好(よ)き猴王(こうおう)かな、また十分(じゅうぶん)に乖巧(かいこう=りこう)にして、巍巍(ぎぎ)と端(ただ)しく中間(まんなか)に坐(ざ)し、また些(いささ)かの児(ばかり)の惧色(おそれのいろ)も無(な)く、面(おもて)の上(うえ)には反(かえ)って喜(よろこび)盈盈(みちみち)として笑って言う、「賢郎(けんろう)請(こ)う起(た)て。我は年老(としお)いしに因(よ)り、連日(れんじつ)事(こと)有りて心懐(こころ)に遂(とげ)ざること有り、汝が生時(うまれどき)を果(はた)して偶然(たまたま)忘(わす)れてしまった。且(しばら)く明日(みょうにち)の家(いえ)に回(かえ)るを待(ま)ち、汝が母(はは)に問(と)わばすなわち知(し)らん」  妖王言う、「父王は我が八箇の字(はちじ=生年月日)を時常(つね)に口(くち)を離(はな)れず論説(ろんせつ)し、我に同天不老(どうてんふろう)の寿(じゅ)有りと説(い)われたるに、怎(どう)して今日(こんにち)一旦(あるひ)に忘(わす)れたもうか! 豈(あ)に此(こ)の理(ことわり)有らんや! 必(かなら)ず是れ仮(にせ)なり!」 哏(こん)の一声(ひとこえ)に、群妖(ぐんよう)槍刀(そうとう)簇擁(ぞくよう)し、行者を望(めが)けて没頭没臉(めちゃくちゃ)に札(つ)き来(きた)る。この大聖は金箍棒(きんこぼう)を使(つか)って架(か)き住(とど)め、本象(ほんしょう=もとのすがた)を現(あらわ)し出(いだ)し、妖精に向(むか)いて言う、「賢郎(けんろう)よ、汝は却(かえ)って理(ことわり)無し。那(いずく)に子(こ)の好(よ)く爺(おやじ)を打(う)つこと有らんや?」 かの妖王は満面(めんめん)羞慚(しゅうざん=はじらい)して、敢(あえ)て回視(かえりみ)ず。行者は金光(きんこう)と化(け)し、彼が洞府(どうふ)を走出(ある)き出(い)でた。小妖言う、「大王、孫行者が走(に)げました」 妖王言う、「罷(よ)せよ! 罷せよ! 彼をして走(に)がしてしまえ! 我は彼がこの一場(ひとあたり)の虧(そこない)を食(くら)うたわ!  且(しばら)く門(もん)を関(と)ざし、彼と話(ことば)を打(かわ)すなかれ。只(た)だ来(きた)りて唐僧を刷洗(あらいきよ)め、蒸(ふか)して食(くら)うてこそ罷(や)まん」  さて、かの行者は鉄棒(てつぼう)を搴(ひっさ)げ、呵呵(からから)と大笑(おおわら)いし、澗(たに)の彼方(かなた)より来(きた)る。沙僧はこれを聴(き)きつけ、急ぎ林(はやし)を出(い)でて迎(むか)えて言う、「兄者(あにじゃ)よ、この半日(はんじつ)に方(ようや)く回(かえ)られたか。如何(どう)してこの等(よう)に哂笑(わらい)たもうか、想(おも)うに師父を救(すく)い出(いだ)されたか?」 行者言う、「兄弟よ、曾(かつ)て師父を救(すく)い得(え)ざりしが、老孫は却(かえ)って一箇の上風(うわて)を得(え)て来(きた)ったわ」 沙僧言う、「甚麼(なん)の上風(うわて)か?」 行者言う、「原来(もと)猪八戒はかの怪の仮(いつわ)りて観音に変(へん)じしに哄(だま)され将(つ)れ回(かえ)られ、皮袋(かわぶくろ)の内(うち)に吊(つる)されておる。我、設法(てだて)して救援(たす)け出(いだ)さんと欲(ほっ)せしに、期(おも)わずや彼は甚麼(なん)の六健将(ろくけんしょう)をして老大王を請(こ)いに往(ゆ)かしめ、師父の肉を食(くら)わんとす。是(ここ)において老孫は、彼が老大王は必(かなら)ず牛魔王(ぎゅうまおう)ならんと想(おも)い、すなわち彼が姿(すがた)に変(へん)じ、充(まぎ)れ入(い)りて、中間(まんなか)に坐(ざ)した。彼が父王と叫(よ)べば、我すなわち彼に応(こた)え;彼は便(すなわ)ち叩頭(ぬかず)けば、我はすなわち直(ただ)に受(う)けたり。着実(じつ)に快活(かいかつ)なり! 果(はた)して上風(うわて)を得(え)たり!」 沙僧言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝は便(すなわ)ちこの般(よう)なる小便宜(こざかしいとく)を図(はか)らば、恐(おそ)らくは師父の性命(いのち)保(たも)ち難(がた)からん」 行者言う、「慮(おもんばか)るるを須(もち)いず。我が往(ゆ)きて菩薩(ぼさつ)を請(こ)うて来(きた)るを待(ま)て」 沙僧言う、「汝は還(ま)た腰(こし)を痛(いた)めておるではないか」 行者言う、「我は疼(いた)まぬわ。古人(いにしえびと)云(いわ)く、人、喜事(よろこびごと)に逢(あ)えば精神爽(せいしんさわ)やかなり、と。汝は行李(こうり)・馬匹(うま)を看(み)ておれ。我が往(ゆ)くを待(ま)て」  沙僧言う、「汝は仇(あだ)を置(お)き下(さ)げたり。恐(おそ)らくは彼が我が師父を害(そこな)わん。汝は須(すべから)く快(はよ)う去(ゆ)き快う来(きた)るべし」 行者言う、「我が来(く)ること快(はや)し。只(た)だ頓飯時(いっぱんのあいだ)を消(よう)するのみ、すなわち回(かえ)り来(きた)らん」  好(よ)き大聖かな、話(はな)す間(あいだ)に沙僧を逃(のが)れ離(はな)れ、筋斗雲(きんとうん)を縦(はな)ち、径(ただ)ちに南海(なんかい)に投(とう)ず。かの半空(はんくう)の裡(うち)に在りて、那(なん)ぞ半箇時辰(ひととき)を消(よう)さん、普陀山(ふださん)の景(けい)を望(みわ)け見(み)た。須臾(しばらく)にして雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)し、直(ただ)ちに落伽崖(らくががい)の上(うえ)に到(いた)り、端粛(たんしゅく)として正(まさ)に行(ゆ)くに、只(た)だ見る、二十四路諸天(にじゅうしろしょてん)の迎(むか)えて、「大聖、何処(いずこ)へか去(ゆ)かるるか?」と言うを。  行者は作礼(されい)すること畢(おわ)り、言う、「菩薩に見(まみ)えんとす」 諸天(しょてん)言う、「少(しばら)く停(とど)まれ、通報(つうほう)を容(ゆる)せ」 時(とき)に鬼子母諸天(きしもじょしょてん)有り、潮音洞(ちょうおんどう)の外(そと)に来(きた)りて報じて言う、「菩薩、知(し)ろしめされ。孫悟空(そんごくう)特に来(きた)りて参見(さんけん)いたしたしと」 菩薩、報(ほう)を聞き、すなわち命(めい)じて進去(なか)へ入(い)らしめた。大聖は衣(ころも)を斂(おさ)め命(めい)に皈(き)し、歩(あゆみ)を捉(と)り定(さだ)め、径(ただ)ちに裡(うち)へ入(い)り、菩薩を見るや倒身(みをなげう)って下拝(げはい)した。菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、汝は金蝉子(こんぜんじ)を領(ひき)いて西方(さいほう)へ経(きょう)を求(もと)めに往(ゆ)かずして、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて何(なん)の干(かかわり)有るか?」 行者言う、「上(かみ)に菩薩に告(もう)す。弟子(でし)、唐僧を保護(まも)って前行(さき)へ進(すす)み、一方(ひとところ)に至(いた)りましたるは、乃(すなわ)ち号山枯松澗火雲洞(ごうざんこしょうかんかうんどう)なり。一箇の紅孩児(こうがいじ)の妖精有り、聖嬰大王(せいえいだいおう)と喚(よ)ばれ、我が師父を摂(さら)い去(さ)りました。是(ここ)において弟子と猪悟能(ちょごのう)等(たち)、門前(もんぜん)に尋(たず)ね至(いた)り、彼と交戦(こうせん)いたしました。彼は三昧火(さんまいか)を放(はな)ち出(いだ)すに、我らは勝(か)つを得(え)ず、師父を救(すく)い出(いだ)す能(あた)わず。急ぎ東洋大海(とうようたいかい)に上(のぼ)り、四海龍王を請(こ)い到(いた)らせ、雨水(うすい)を施(ほどこ)させしが、また火(ひ)に勝(か)つ能(あた)わず、弟子を都(みな)熏(いぶ)し壊(こわ)され、幾(ほと)んど残生(ざんせい)を喪(うしな)うところなりました」 菩薩言う、「既(すで)に彼は是れ三昧火、神通広大(じんずうこうだい)ならば、怎(どう)して龍王を請(こ)いに往(ゆ)きて、我を請(こ)いに来(きた)らざるか?」  行者言う、「本(もと)より来(きた)らんと欲(ほっ)せしが、只(た)だ是れ弟子が煙(けむり)に熏(いぶ)され、雲(くも)を駕(が)する能(あた)わず、却(かえ)って猪八戒をして来(きた)りて菩薩を請(こ)わしめたるなり」 菩薩言う、「悟能(ごのう)は曾(かつ)て来(きた)らざるが」 行者言う、「正(まさ)に是(しか)り。未(いま)だ宝山(ほうざん)に到(いた)り着(つ)かざるに、かの妖精に仮(いつわ)りて菩薩の姿(すがた)に変做(へんし)られ、猪八戒をまた賺(だま)して洞中(どうちゅう)へ入(い)れ、現(いま)一箇の皮袋(かわぶくろ)の裡(うち)に吊(つる)されて、また蒸(ふか)して食(くら)わんといたしております」 菩薩、説(い)うを聴(き)き、心中(むねのうち)大いに怒(いか)って言う、「かの潑妖(はつよう=暴け妖)め、敢(あえ)て我が姿(すがた)に変(へん)ずるか!」 恨(うら)みの一声(ひとこえ)を発(おこ)し、手中(てのうち)の宝珠浄瓶(ほうじゅじょうびょう)を将(も)って海心(うみなか)へ「撲(ぽちゃん)」と一掼(なげう)つや、唬(おどろ)かされたるかな、かの行者は毛骨(もうこつ)竦然(しょうぜん)として、すなわち身(み)を起(おこ)し下面(しも)に侍立(じりつ)し、言う、「この菩薩は火性(ひしょう=かんしゃく)退(しりぞ)かず、好(よ)くも是れ老孫が説(い)うたる言(ことば)の好(よ)からざりしを怪(とが)め、彼が徳行(とくぎょう)を壊(こわ)したりとして、すなわち浄瓶(じょうびょう)を掼(なげう)たれたり。惜(お)しむらくは! 惜しむらくは! 早(はや)く知(し)らば我が老孫に送(おく)られたなら、却(かえ)って是れ一件(ひとくだり)の大人事(だいじんじ)ならずや?」 説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見る、かの海(うみ)の当(まんなか)に、波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を跳(おど)らせ、一箇の瓶(びん)を潜(もぐ)り出(いだ)し来(きた)るは、原来(もと)是れ一箇の怪物(かいぶつ)のそれを駄(おぶ)うて出(い)で来(きた)れるなり。行者は仔細(つまびらか)にかの瓶を駄(おぶ)う怪物の、怎(いか)なる姿(すがた)なるかを看(み)るに: 根源(こんげん)出処(しゅっしょ)を帮泥(ほうでい)と号(なづ)け、水底(すいてい)に光(ひかり)を増(ま)して独(ひと)り威(い)を顕(あらわ)す。世(よ)に隠(かく)れて能(よ)く天地(てんち)の性(しょう)を知(し)り、安(やす)く蔵(ぞう)して偏(ひとえ)に鬼神(きじん)の機(き)を暁(さと)る。身(み)を蔵(かく)して一縮(ひとちぢ)みすれば頭尾(とうび)無(な)く、足(あし)を展(の)べて能(よ)く行(ゆ)くこと飛(と)ぶに似(に)て快(はや)し。文王(ぶんおう)卦(け)を画(えが)きて曾(かつ)て元(はじ)めて卜(ぼく)し、常(つね)に庭台(ていだい)に納(い)れて伏羲(ふっき)に伴(ともな)う。雲龍(うんりゅう)透(す)き出(い)でて千般(せんばん)の俏(みめよ)きをなし、水を号(よ)び波を推(お)して浪(なみ)を把(と)って吹(ふ)く。条条(じょうじょう)の金線(きんせん)穿(うが)ちて甲(よろい)を成(な)し、点点(てんてん)に装(よそお)いて彩玳瑁(さいたいまい)を成(な)す。九宮八卦(きゅうきゅうはっけ)の袍(ほう)を披(き)き定(さだ)め、散砕(さんさい)鋪遮(ほしゃ)して緑燦衣(りょくさんい)をなす。生前(せいぜん)勇(いさみ)を好(この)んで龍王(りゅうおう)に幸(め)でられ、死後(しご)還(ま)た仏祖(ぶっそ)の碑(いしぶみ)を駄(おぶ)う。此の物(もの)の名(な)と姓(せい)を知(し)らんと要(ほっ)せば、風(かぜ)を興(おこ)し浪(なみ)を作(な)す悪亀(わるがめ)なり。  かの亀(かめ)は浄瓶(じょうびょう)を駄(おぶ)い、崖辺(がいへん)へ爬(はい)上(あ)がり、菩薩に向(むか)いて頭(こうべ)を二十四点(にじゅうよたび)点(うなず)かせ、権(かり)に二十四拝(にじゅうしはい)と為(な)した。行者これを見て、暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「原来(もと)是れ瓶(びん)を看(み)る者(もの)なり。想(おも)うに瓶の見(み)えざれば、すなわち彼に就(つ)きてそれを要(もと)めたるならん」 菩薩言う、「悟空よ、汝は下面(しも)に在りて甚(なん)と説(い)うか?」 行者言う、「甚(なん)も説(もう)しません」  菩薩、教(さと)す、「瓶(びん)を拿(と)り上(あ)げて来(こ)よ」 この行者、すなわち往(ゆ)きて瓶を拿(と)らんとすれど、唉(ああ)、拿(と)り動(うごか)し得(え)んとは想(おも)う莫(なか)れ。好(よ)きかな便(すなわ)ち「蜻蜓(とんぼ)の石柱(いしばしら)を撼(ゆ)り動(うご)かす」が似(ごと)く、怎(どう)して生(い)きてか半分毫(すこしばかり)をも揺(ゆ)り得(え)んや? 行者は上前(すす)み出(い)でて跪(ひざまず)きて言う、「菩薩、弟子は拿(と)り動(うごか)しませぬ」 菩薩言う、「この猴頭(こうとう)め、只(た)だ嘴(くち)を説(い)うを会(え)するのみか。瓶児(びん)すら汝も拿り動かさずして、怎(どう)して妖を降(くだ)し怪を縛(いまし)めに往(ゆ)かんや?」 行者言う、「菩薩に瞞(あざむき)かずして説(もう)さば、平日(つね)には拿(と)り動(うごか)せしが、今日(こんにち)は拿り動かせませぬ。想(おも)うに妖精の虧(そこない)を食(くら)うて、筋力(きんりょく)弱(よわ)ったるならん」 菩薩言う、「常時(つね)は是れ一箇の空瓶(からびん)なるが、如今(いま)は是れ浄瓶(じょうびょう)を海(うみ)へ抛(な)げ下(おろ)し去(さ)りたれば、この一時間(ひととき)の間(あいだ)に、三江五湖(さんこうごこ)・八海四瀆(はっかいしとく)・溪源潭洞(けいげんたんどう)の間(あいだ)を転(めぐ)り過(よぎ)り、共(あい)ともに一海水(いっかいすい)を裡(うち)に借(か)り入(い)れたるなり。汝が那(いずく)にか海を架(か)くるの斤量(おもさ)有らんや? 此(ここ)を以(もっ)て拿(と)り動(うごか)さざるなり」 行者は合掌(がっしょう)して言う、「是れ弟子の不知(しらざる)ところにございます」 かの菩薩は上前(すす)み出(い)で、右手(めて)を将(も)って軽軽(かるがる)と浄瓶(じょうびょう)を提(ひ)き起(あ)げ、左手(ゆんで)の掌(てのひら)の上(うえ)に托(の)せた。只(た)だ見る、かの亀(かめ)は頭(こうべ)を点点(こつこつ)とうなずかせ、水(みず)の中(うち)へ潜(もぐ)り下(お)りて去(い)った。行者言う、「原来(もと)是れ箇の家(いえ)を養(やしな)い瓶(びん)を看(み)る夯貨(あほう)なり!」 菩薩は坐(ざ)し定(さだ)めて言う、「悟空よ、我がこの瓶(びん)の中(うち)の甘露水漿(かんろすいしょう)は、かの龍王の私雨(しう)と同じからず、能(よ)くかの妖精の三昧火(さんまいか)を滅(ほろぼ)す。汝に与(あた)えて拿(と)り去(ゆ)かしめんと要(ほっ)すれど、汝は却(かえ)って拿(と)り動(うごか)さず;善財龍女(ぜんざいりゅうにょ)をして汝と同じく去(ゆ)かしめんと要(ほっ)すれど、汝は又(ま)た是れ好心(こうしん)ならず、専(もっぱ)ら只だ人(ひと)を騙(かた)ることを会(え)するのみ。汝、我がこの龍女の貌美(びぼう)なるを見、浄瓶(じょうびょう)が又(ま)た是れ一箇の宝物(ほうもつ)なるを見ば、汝、仮若(もし)騙(かた)り去(さ)らば、却(かえ)って那(いずく)に工夫(ひま)有りてか又(ま)た汝を尋(たず)ね来(きた)らん? 汝は須(すべから)く些(いささ)かの甚麼(なに)を留(とど)めて当(しち)と作(な)すべし」 行者言う、「怜(あわ)れむべし! 菩薩のこの等(よう)に多心(たしん=うたぐりぶか)きは。我が弟子は沙門(しゃもん)を秉(と)りてより、一向(ひたすら)あの様(よう)なる事(こと)をば干(おこな)わず。我をして些(いささ)かの当頭(しち)を留(とど)めしめよと仰(おお)せらるれど、却(かえ)って何物(なに)を将(も)ってせんか? 我が身(み)の上(うえ)のこの件(ひとえ)の綿布直裰(めんぷじきとつ=綿のころも)は、還(ま)た是れ汝(おんみ)が賜(たま)いしもの。この条(ひとすじ)の虎皮裙(こひくん=とらのかわのかけ)は、能(よ)く幾箇(いくら)の銅銭(どうせん)に値(あたい)せんや? この根(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)は、早晚(つね)に却(かえ)って身(み)を護(まも)らんと要(よう)す。但(た)だ只(た)だ是れ頭(あたま)の上(うえ)のこの箍児(たが)は、是れ一箇の金(きん)なるが、却(かえ)って又(ま)た汝に一箇の方法児(ほうほう)を弄(ろう)せられて我が頭(あたま)の上(うえ)に長(は)え付(つ)き、取(と)り下(おろ)すこと能(あた)わず。汝、今(いま)当頭(しち)を要(よう)せらるるならば、情願(こころよく)此(これ)を将(も)って当(しち)と為(な)さん。汝、一箇の松箍兒咒(ゆるめたがのじゅ)を念(とな)えて、此(これ)を除(の)き去(さ)られよ。然(しか)らずんば、何物(なに)を将(も)って当(しち)と為(な)さんや?」 菩薩言う、「汝、好(よ)く自(おのずか)ら在(あ)るかな! 我もまた汝が衣服(ころも)・鉄棒(てつぼう)・金箍(きんこ)を要(よう)せず。只(た)だ汝がかの脳後(こうご=うなじ)の救命(きゅうめい)の毫毛(ごうもう)を一根(ひとすじ)拔(ぬ)きて我に与(あた)えて当(しち)と作(な)せ」 行者言う、「この毫毛(ごうもう)も、また是れ汝(おんみ)が我に与(あた)えられしもの。但(た)だ恐(おそ)るるは一根(ひとすじ)を拔(ぬ)き下(おろ)さば、すなわち群(むれ)を拆(さ)き破(やぶ)り、又(ま)た我が性命(いのち)を救(すく)う能(あた)わざらんことを」 菩薩、罵(ののし)って言う、「この猴子(さる)め! 汝は便(すなわ)ち一毛(いちもう)をも拔(ぬ)かずして、我をしてこの善財(ぜんざい)もまた捨(す)て難(がた)からしむるか」 行者笑って言う、「菩薩よ、汝も却(かえ)ってまた多疑(たぎ=うたがいぶか)きかな。正(まさ)に是れ「僧(そう)の面(おもて)を看(み)ずんば仏(ほとけ)の面(おもて)を看よ」というもの。千万(なにとぞ)、我が師父の一難(いちなん)を救(すく)われよ!」  かの菩薩は逍遥(しょうよう)として欣喜(きんき)し蓮台(れんだい)を下(お)り、雲歩(うんぽ)香(かおり)を飄(ただよ)わして石崖(せきがい)に上(のぼ)る。只(た)だ聖僧(しょうそう)の障害(しょうがい)に遭(あ)えるが為(ため)に、妖怪を降(くだ)して救(すく)い回(かえ)さんと要(ほっ)す。  孫大聖(そんたいせい)は十分(じゅうぶん)に歓喜(よろこ)び、観音(かんのん)を請(しょう)じて潮音仙洞(ちょうおんせんどう)を出(い)でられしめた。諸天大神(しょてんたいしん)は都(みな)普陀岩(ふだがん)の上(うえ)に列(つら)なった。菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、海(うみ)を過(わた)れ」 行者は身を躬(かが)めて言う、「請(こ)う、菩薩の先(さき)に行(ゆ)かれよ」 菩薩言う、「汝、先(さき)に過(わた)れ」 行者は頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「弟子(でし)は敢(あえ)て菩薩の面前(めんぜん)に在りて施展(わざをおこな)わず。若(も)し筋斗雲(きんとうん)を駕(が)せば啊(や)、身(み)を掀(めく)り露(あらわ)し、恐(おそ)らくは菩薩の我が不敬(ふけい)を怪(とが)められんことを」 菩薩、この言(ことば)を聞き、すなわち善財龍女(ぜんざいりゅうにょ)をして蓮花池(れんげち)の裡(うち)に往(ゆ)かしめ、一瓣(ひとひら)の蓮花(れんか)を劈(さ)き、石岩(せきがん)の下辺(した)の水(みず)の上(うえ)に放(お)かせ、行者に教(さと)した、「汝、あの蓮花瓣児(はすのはなびら)に上(の)れ。我が汝を渡(わた)して海(うみ)を過(よぎ)らせん」 行者これを見て言う、「菩薩よ、この花瓣児(はなびら)は、又(ま)た軽(かる)く又(ま)た薄(うす)し。如何(どう)してか我を載(の)せ起(あ)ぐるを得(え)んや! この一(ひとた)び躙(ふ)み翻(ひるがえ)りて水(みず)の下(した)へ跌(ころ)び落(お)ちなば、却(かえ)って虎皮裙(こひくん)を湿(ぬ)らさずや? 硝(しょう=なめし)の走(ぬ)けたるを、天(てん)冷(さむ)きに怎(どう)して穿(き)られんや!」 菩薩、喝(かつ)して言う、「汝、且(しばら)く上(のぼ)りて看(み)よ!」 行者は敢(あえ)て推辞(ことわ)らず、命(いのち)を舎(す)てて上(うえ)へ跳(と)びた。果(はた)して先(ま)ずは軽小(かるちいさ)く見(み)えたるが、上(うえ)に到(いた)れば海船(かいせん)よりも還(ま)た三分(さんぶ)大(おお)きく、行者歓喜(よろこ)んで言う、「菩薩、我を載(の)せられました」 菩薩言う、「既(すで)に載(の)せ得(う)れば、如何(どう)して過(わた)り往(ゆ)かざるか?」 行者言う、「又(ま)た篙(さお)・槳(かい)・篷(ほ)・桅(ほばしら)も無(な)し。怎(どう)して生(い)きて過(わた)り得(え)んや?」 菩薩言う、「用(もち)いず」 只(た)だ彼が一口の気(いき)を把(と)って吹(ふ)き開(ひら)き吸(す)い攏(あつ)め、又(ま)た着実(しっか)と一口の気(いき)を吹(ふ)きて南洋苦海(なんようくかい)を過(よぎ)らせ、彼岸(ひがん)に登(のぼ)ることを得(え)た。行者は却(かえ)って脚(あし)に地(つち)を躙(ふ)みしめ、笑って言う、「この菩薩は神通(じんずう)を売弄(てら)い、老孫をこの等(よう)に呼(よ)び来(きた)り喝(しか)り去(さ)らるるに、全(まった)く力(ちから)を費(ついや)さざるなり!」  かの菩薩は概衆(がいしゅう)の諸天(しょてん)に吩咐(いいつけ)て各(おのおの)仙境(せんきょう)を守(まも)らしめ、善財龍女(ぜんざいりゅうにょ)をして洞門(どうもん)を閉(と)ざさしめ、彼は却(かえ)って祥雲(しょううん)を縦(はな)ち、普陀岩(ふだがん)を逃(のが)れ離(はな)れ、彼方(あちら)へ到(いた)りて叫(さけ)んだ、「恵岸(えがん)何処(いずこ)に在(あ)るか?」 恵岸(えがん)は乃(すなわ)ち托塔李天王(たくとうりてんのう)の第二(だいに)の太子(たいし)、俗名(ぞくみょう)木吒(もくた)是(これ)なり。乃ち菩薩の親(みずか)ら伝授(でんじゅ)したもうたる徒弟(でし)にして、左右(さゆう)を離(はな)れず、護法恵岸行者(ごほうえがんぎょうじゃ)と称(とな)う。すなわち菩薩に向(むか)って合掌(がっしょう)して伺候(しかし)した。菩薩言う、「汝、快(はよ)う上界(じょうかい)へ往(ゆ)き、汝が父王(ちちうえ)に見(まみ)え、彼に問うて天罡刀(てんごうとう)を借(か)り来(きた)りて一用(いちよう)せよ」 恵岸言う、「師父(しふ)は幾何(いくつ)を用(もち)いらるるか?」 菩薩言う、「全副(ぜんぶ)都(みな)要(よう)す」 恵岸は命(めい)を領(う)け、すなわち雲頭(うんず)を駕(が)し、径(ただ)ちに南天門(なんてんもん)の裡(うち)に入(い)り、雲楼宮殿(うんろうきゅうでん)に到(いた)り、父王に見(まみ)えて下拝(げはい)した。天王これを見て問う、「児(こ)よ、何処(いずこ)より来(きた)れるか?」 木吒言う、「師父は孫悟空(そんごくう)に請(こ)われて妖(よう)を降(くだ)しに来(きた)られ、児をして父王に拝上(もうしあ)げしめ、天罡刀(てんごうとう)を将(も)って借(か)りて一用(ひとつかい)せられんと仰(おお)せられました」 天王すなわち哪吒(なた)を喚(よ)んで刀(かたな)を将(も)って三十六把(さんじゅうろっぱ)取(と)り、木吒(もくた)に遞(わた)した。木吒は哪吒に向(むか)いて説(い)う、「兄弟(おとうと)よ、汝、回(かえ)りて多(おお)く母上(ははうえ)に拝上(もうしあ)げよ:我が事(こと)緊急(きんきゅう)なれば、刀を送(おく)り来(きた)りてよりまた頭(こうべ)を磕(ぬか)ずかん、と」 忙忙(いそいそ)と相別(わか)れ、祥光(しょうこう)を按(おさ)え落(おろ)し、径(ただ)ちに南海(なんかい)に至(いた)り、刀を捧(ささ)げて菩薩に与(わた)した。菩薩は手(て)の中(うち)に接(う)け取(と)り、抛(ほう)り将(つ)れ去(い)って、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)うるに、只(た)だ見る、かの刀(かたな)は化(け)して一座(ひとつ)の千葉蓮台(せんようれんだい)と作(な)った。菩薩は身(み)を縦(はな)って上(うえ)へのぼり、端(ただ)しく中間(まんなか)に坐(ざ)した。行者は旁(かたわら)に在りて暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「この菩薩は省使倹用(けちんぼう)よ。あの蓮花池(れんげち)の裡(うち)に五色宝蓮台(ごしきほうれんだい)有るに、坐(ざ)せしめ将(つ)れ来(きた)るを惜(お)しみ、却(かえ)って又(ま)た別人(ひと)に往(ゆ)きて借(か)りらるるは」 菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、言語(ものい)うを休(や)め、我に跟(したが)いて来(こ)よ」 却(かえ)って才(はじ)めて都(みな)雲頭(うんず)を駕(が)し、海上(かいじょう)を離(はな)れた。 白鸚哥(はくいんか)は翅(つばさ)を展(の)べて前(まえ)に飛(と)び、孫大聖(そんたいせい)と恵岸(えがん)はその後(あと)に随(したが)う。  頃刻(しばらく)の間(あいだ)に、早(はや)くも一座(ひとつ)の山頭(やまがしら)を見(み)るや、行者言う、「この山がすなわち是れ号山(ごうざん)なり。此処(ここ)よりかの妖精の門首(もんしゅ)に到(いた)るまで、約摸(おおむね)四百余里(しひゃくより)有るべし」 菩薩、この言(ことば)を聞き、すなわち命(めい)じて祥雲(しょううん)を住(とど)め下(おろ)し、かの山頭(やまがしら)の上(うえ)に在りて一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を念(とな)うるに、只(た)だ見る、かの山左山右(やまのひだりやまのぎ)より、許多(あまた)の神鬼(しんき)の走出(あるきい)で来(きた)るは、却(かえ)って乃(すなわ)ち是れ本山(ほんざん)の土地(どち)衆神(しゅうしん)なり。都(みな)菩薩の宝蓮座(ほうれんざ)の下(した)に到(いた)りて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いた。菩薩言う、「汝等(なんじら)は倶(みな)驚張(おどろきあわて)ること莫(なか)れ。我、今(いま)来(きた)って此の魔王(まおう)を擒(とら)えんとす。汝、我が為にこの団囲(あたり)を打掃(そうじ)し乾浄(きよ)くし、三百里(さんびゃくり)の遠近(あたり)の地方(ところ)に、一箇(ひとり)の生霊(せいれい)の地(ち)に在るを許(ゆる)さず。かの窩(す)の中(うち)の小獣(こけもの)、窟(あな)の内(うち)の雛虫(こむし)を、都(みな)顛峰(いただき)の上(うえ)へ送(おく)りて安生(やすらか)ならしめよ」 衆神(しゅうしん)は遵依(したが)って退(しりぞ)いた。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、また来(きた)りて回復(かいふく)するに、菩薩言う、「既(すで)に乾浄(きよ)しなば、倶(みな)各(おのおの)祠(やしろ)に回(かえ)れ」 遂(つい)に浄瓶(じょうびょう)を把(と)って扳(たぐ)り倒(たお)し、唿喇喇(こつらつらつ)と水(みず)を傾(かたむ)け出(いだ)すや、雷響(かみなり)の如(ごと)し。真に是れ: 山頭(やまがしら)を漫(みなぎ)り過(よ)ぎ、石壁(せきへき)を衝(つ)き開(ひら)く。山頭を漫り過ぐは海勢(かいせい)の如(ごと)く、石壁を衝き開くは汪洋(おうよう)に似(に)たり。黒霧(こくむ)天(てん)に漲(みなぎ)りて全(まった)く水気(すいき)、滄波(そうは)日(ひ)を影(うつ)して寒光(かんこう)を幌(ゆ)る。 遍(あまね)く崖(がけ)に玉浪(ぎょくろう)を衝(つ)き、満(み)つる海(うみ)に金蓮(きんれん)を長(しょう)ぜしむ。菩薩は大(おおい)に降魔法(ごうまほう)を展(の)べ、袖中(しゅうちゅう)より定身禅(じょうしんぜん)を取(と)り出(いだ)す。 化(け)して落伽仙景界(らくがせんけいかい)と做(な)し、真(しん)に南海(なんかい)の一般般(おなじさま)の如(ごと)し。秀蒲(しゅうほ)挺(ぬ)き出(い)でて曇花(どんか)嫩(わか)く、香草(こうそう)舒(の)び開(ひら)いて貝葉(ばいよう)鮮(あざやか)なり。紫竹(しちく)幾竿(いくかん)に鸚鵡(おうむ)歇(やす)らい、青松(せいしょう)数簇(すうぞく)に鷓鴣(しゃこ)喧(かまびす)し。万迭(ばんじょう)の波濤(はとう)四野(しや)に連(つら)なり、只(た)だ風(かぜ)の吼(ほ)ゆると水(みず)の天(てん)に漫(みなぎ)るを聞(き)く。孫大聖はこれを見て、暗中(ひそか)に賛嘆(さんたん)して言う、「果(はた)して是れ一箇の大慈大悲(だいじだいひ)の菩薩(ぼさつ)かな! 若(も)し老孫にこの法力(ほうりき)有らば、瓶児(びん)を将(も)って山(やま)を望(めが)けて一倒(ひとたびかたむ)け、禽獣蛇虫(きんじゅうだちゅう)を管(かえりみ)ること甚(なん)ぞや!」 菩薩、叫(さけ)ぶ、「悟空(ごくう)よ、手(て)を伸(の)べて過(わた)せ」 行者はすなわち忙(いそ)ぎ袖(そで)を斂(おさ)め、左手(ゆんで)を伸(の)べ出(いだ)した。菩薩は楊柳枝(ようりゅうし)を抜(ぬ)き、甘露(かんろ)を蘸(ひた)して、彼が手(て)の裡(うち)に一箇の「迷(めい)」の字(じ)を写(うつ)し、彼に教(さと)した、「拳(こぶし)を捏(ひね)り、快(はよ)う往(ゆ)きてかの妖精と索戦(いくさをもと)めよ。敗(やぶ)るるを許(ゆる)し、勝(か)つを許(ゆる)さず。敗(やぶ)れて将(つ)れ我がこの跟前(まえ)へ来(きた)らば、我れ自(おのずか)ら法力(ほうりき)有りて彼を収(おさ)めん」 行者は命(めい)を領(う)け、雲光(うんこう)を返(かえ)し、径(ただ)ちに洞口(どうぐち)に来(きた)り至(いた)り、一只(かた)の手(て)に拳(こぶし)を使(つか)い、一只の手に棒(ぼう)を使い、高(たか)く叫(さけ)んで言う、「妖怪(ようかい)、門(もん)を開(ひら)け!」 かの小妖ども、又(ま)た進去(なか)へ入(い)りて報じた、「孫行者が又(ま)た来(まい)りました!」 妖王言う、「緊(かた)く門を関(と)ざせ! 彼を睬(かま)うな!」 行者、叫(さけ)んで言う、「好(よ)き儿子(むすこ)よ! 老子(おやじ)を門の外(そと)に趕(お)い出(いだ)しおきて、還(ま)た門を開(ひら)かざるか!」 小妖、また報じて言う、「孫行者が例(あ)の話(ことば)を罵(ののし)り出(いだ)しました!」 妖王は只(た)だ教(さと)す、「彼を睬(かま)うな!」 行者は両(ふた)たび叫(よ)ぶに、門の開(ひら)かざるを見て、心中(むねのうち)大いに怒(いか)り、鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、門を将(も)って一下(ひとつ)に打(う)ちて一箇の窟窿(あな)を成(な)した。慌(あわ)てたるかな、かの小妖は跌(ころ)び将(つ)れ進去(なか)へ入(い)りて言う、「孫行者が門を打(う)ち破(やぶ)りました!」 妖王は幾度(いくたび)も報(ほう)ぜられ、又(ま)た前門(ぜんもん)を打ち破(やぶ)られたと説(い)うを聴(き)き、急ぎ身を縦(はな)ちて跳(と)び将(つ)れ出(い)で、長槍(ちょうそう)を挺(つ)け、行者に向(むか)いて罵(ののし)って言う、「この猴子(さる)め、老大(おおい)に起倒(てかげん)を識(し)らざるか! 我は汝に些(いささ)かの便宜(べんぎ)を得(え)さしめたるに、汝は還(ま)た尽足(ことたり)るを知(し)らず、又(ま)た来(きた)りて我を欺(あなど)るか! 我が門(もん)を打ち破(やぶ)りたるは、汝、那(いず)れの箇の罪名(つみ)を該(あた)るべきか?」 行者言う、「我が児(こ)よ、汝が老子(おやじ)を門の外に趕(お)い出(いだ)したるは、汝、那(いず)れの箇の罪名を該(あた)るべきか?」 かの妖王は羞(は)じ怒(いか)り、長槍(ちょうそう)を綽(と)って劈胸(むねめが)けにすなわち刺(つ)く;この行者は鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、架(か)き隔(へだ)てて相(あい)還(むく)う。一(ひと)たび手(て)を搭(と)り上(あ)ぐるや、闘(たたか)うこと四、五箇の回合(がっごう)を経(へ)て、行者は拳(こぶし)を捏(ひね)り、棒(ぼう)を拖(ひ)き、敗(やぶ)れて将(つ)れ下(お)り来(きた)る。かの妖王は山前(やままえ)に立(た)って言う、「我は刷洗(あらいきよ)めて唐僧(とうそう)を食(くら)わんと往(ゆ)くぞ!」 行者言う、「好(よ)き儿子(むすこ)よ、天(てん)が汝を看(み)ておるわ! 汝、来(こ)よ!」 かの妖精、この言(ことば)を聞き、愈(いよいよ)嗔怒(いかり)を加(くわ)え、一声(ひとこえ)を喝(かつ)し、面前(まえ)へ趕(お)い到(いた)り、槍(やり)を挺(つ)けて又(ま)た刺(つ)く。この行者は棒(ぼう)を輪(めぐ)らして又(ま)た幾合(いくがっ)か戦(たたか)い、陣(じん)に敗(やぶ)れて又(ま)た走(に)ぐ。かの妖王、罵(ののし)って言う、「猴子(さる)め、汝は前(まえ)には二、三十合(にじゅうさんじゅうがっ)の本事(ほんざい)有りしに、汝は怎(どう)して如今(いま)正(まさ)に闘(たたか)う時(とき)にすなわち走(に)がんと要(ほっ)するは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 行者笑って言う、「賢郎(けんろう)よ、老子(おやじ)は汝が火(ひ)を放(はな)つを怕(おそ)れるなり」 妖精言う、「我は火を放(はな)たじ。汝、上(のぼ)りて来(こ)よ」 行者言う、「既(すで)に火を放たずんば、些(いささ)か走(あ)け開(ひら)け。好漢子(ますらお)は家門前(いえのまえ)に在りて人を打(う)つこと莫(なか)れ」 かの妖精は是れ詐(いつわり)なるを知(し)らず、真(まこと)に槍(やり)を挙(あ)げて又(ま)た趕(お)う。行者は棒(ぼう)を拖(ひ)き、拳(こぶし)を放(はな)ちたれば、かの妖王は迷乱(みらん)に着(おちい)り、只管(ひたすら)に追(お)い趕(お)うた。前(さき)に走(はし)るは流星(りゅうせい)の空(そら)を過(よぎ)るが如(ごと)く、後(あと)に走るは弩箭(どせん)の弦(つる)を離(はな)るるが如(ごと)し。  一時(ひととき)ならずして、かの菩薩(ぼさつ)を望(みわ)け見(み)るに到(いた)った。行者言う、「妖精(ようかい)よ、我は汝を怕(おそ)れたり。汝、我を饒(ゆる)せよ。汝、如今(いま)南海観音菩薩(なんかいかんのんぼさつ)の処(もと)へ趕(お)い至(いた)りたるに、怎(どう)して還(ま)た回(かえ)らざるか?」 かの妖王は信(しん)ぜず、歯(は)を咬(か)み、只管(ひたすら)に趕(お)い来(きた)った。行者は身を将(も)って一(ひと)たび幌(ひるがえ)し、かの菩薩の神光(しんこう)の影(かげ)の裡(うち)に蔵(かく)れた。  この妖精、行者の無(な)くなりたるを見て、近(ちか)く前(まえ)へ進(すす)み、眼(め)を円(ま)るく睜(みひら)き、菩薩に向(むか)いて言う、「汝は是れ孫行者が請(こ)い来(きた)れる救兵(きゅうへい)なるか?」 菩薩は答(こた)えず。妖王は長槍(ちょうそう)を拈(ひね)り転(めぐ)らして喝(かつ)して言う、「咄(おのれ)! 汝は是れ孫行者が請い来れる救兵なるか?」 菩薩はまた答えず。妖精は菩薩を望(めが)けて劈心(むねめがけ)に一槍(ひとほこ)を刺(つ)き来(きた)るや、かの菩薩は金光(きんこう)と化(け)し、径(ただ)ちに九霄空内(きゅうしょうのうち)へ走上(のぼ)り去(い)った。行者は跟(つ)き定(さだ)めて言う、「菩薩よ、汝は好(よ)くも我を欺伏(あなど)りたもうかな! かの妖精が再三(さいさん)汝に問(と)うに、汝は怎(どう)して聾(つんぼ)を推(お)し啞(おし)を装(よそお)いて、敢(あえ)て声(こえ)を做(な)さず、彼に一槍(ひとほこ)に搠(つ)かれて走(に)がられ、却(かえ)ってあの箇の蓮台(れんだい)をも都(みな)投(な)げ下(おろ)されたは!」 菩薩は只(た)だ教(さと)す、「言語(ものい)う莫(な)かれ、彼がまた怎(どう)せんと要(ほっ)するかを看(み)よ」 この時(とき)、行者と木吒(もくた)は倶(ともに)空中(くうちゅう)に在りて、肩(かた)を并(なら)べて同じく看(み)ておるに、只(た)だ見る、かの妖(よう)は呵呵(からから)と冷笑(れいしょう)して言う、「潑猴頭(はっこうとう=暴け猿)め、我を錯(あやま)って認(みと)めたり! 彼は我が聖嬰(せいえい)を把(と)って箇の甚人(なんぴと)と作(な)すを知(し)らざるか。幾番(いくたび)か家(われ)に戦(たたか)いて過(す)ぐる能(あた)わず、又(ま)た往(ゆ)きて箇の甚麼(なん)の膿包菩薩(くさりぼさつ)を請(こ)い来(きた)れるに、却(かえ)って我が一槍(ひとほこ)に、搠(つ)きて形(かたち)無(な)く影(かげ)無(な)く去(い)なれしめ、又(ま)た箇の宝蓮台児(ほうれんだい)をも投(な)げたり。且(しばら)く我をして上(うえ)へのぼりて坐(ざ)せんことを待(ま)て」 好(よ)き妖精かな、彼もまた菩薩を学(まな)び、手(て)を盤(く)み脚(あし)を盤(く)んで、中間(まんなか)に坐(ざ)した。  行者、看(み)て言う、「好(よ)いかな! 好いかな! 好いかな! 蓮花台児(れんだい)は好(よ)く人に送(おく)られたり!」 菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、汝は又(ま)た甚(なん)と説(い)うか?」 行者言う、「説(いう)ことが何(なん)あらん、説うことが何あらん? 蓮台(れんだい)を人に送(おく)られたり! かの妖精は臀(しり)の下(した)に坐(ざ)し放(お)きたるに、終(つい)に汝が還(ま)た要(い)られんとするを得(え)じ?」 菩薩言う、「正(まさ)に彼の坐(ざ)するを要(よう)するなり」 行者言う、「彼が身躯(からだ)は小巧(こぢんまり)として、汝よりも還(ま)た坐(ざ)ること穏当(おだやか)ならん」 菩薩、叫(さけ)ぶ、「言語(ものい)う莫(なか)れ。且(しばら)く法力(ほうりき)を看(み)よ」 彼は楊柳枝(ようりゅうし)を将(も)って下(した)へ向(む)けて指(さ)し定(さだ)め、「退(しりぞ)け!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶや、只(た)だ見る、かの蓮台(れんだい)の花彩(かさい)は倶(とも)に無(な)く、祥光(しょうこう)は尽(ことごと)く散(ち)り、原来(もと)かの妖王は刀尖(とうせん)の上(うえ)に坐(ざ)しておったのじゃ。すなわち木吒(もくた)に命(めい)じた、「降妖杵(ごうよしょ)を使(つか)い、刀柄児(とうへい)を把(と)って打(う)ち打(う)ち去(ゆ)きて来(こ)よ」 かの木吒は雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)し、降魔杵(ごうましょ)を将(も)って、墻(かきね)を築(つ)くが一般(ごと)くに、築(つ)くこと千百余下(せんびゃくよか)有り。かの妖精は、両腿(りょうたい)を穿(つらぬ)き通(とお)りて刀尖(とうせん)出(い)で、血(ち)は流(なが)れて汪(おおみず)を成(な)し皮肉(ひにく)開(ひら)く。好(よ)き怪物(かいぶつ)かな、汝(なんじ)看よ、彼は歯(は)を咬(か)み、痛(いた)みを忍(しの)び、且(しばら)く長槍(ちょうそう)を捨(す)て、手(て)を将(も)って刀(かたな)を乱(みだ)りに拔(ぬ)く。行者は却(かえ)って言う、「菩薩よ、あの怪物(かいぶつ)は痛(いた)みを怕(おそ)れず、還(ま)た刀(かたな)を拔(ぬ)いております」 菩薩これを見て、木吒(もくた)を喚(よ)び上(あ)げ、「且(しばら)く彼が生命(いのち)を傷(そこな)うこと莫(なか)れ」 却又(また)楊柳枝(ようりゅうし)を把(と)って垂(た)れ下(おろ)し、「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を一声(ひとこえ)念(とな)うるに、あの天罡刀(てんごうとう)は都(みな)変(へん)じて倒須鉤児(さかさばり)と做(な)り、狼牙(ろうが=おおかみのきば)の一般(ごと)くにして、褪(ぬ)け得(う)ること莫(な)し。かの妖精は却(かえ)って才(はじ)めて慌(あわ)て、刀尖(とうせん)を扳(たぐ)り、痛(いた)みの声(こえ)を苦(くる)しげに告(もう)して言う、「菩薩よ、我が弟子(でし)は眼(め)有りて珠(たま)無(な)く、汝が広大(こうだい)の法力(ほうりき)を識(し)らざりき。千(なにとぞ)乞(こ)う、慈(じ)を垂(た)れて、我が性命(いのち)を饒(ゆる)したまえ! 再(ふたた)び敢(あえ)て悪(あく)を恃(たの)まず、願(ねがわ)くは法門(ほうもん)の戒行(かいぎょう)に入(い)らんことを」  菩薩、この言(ことば)を聞き、却(かえ)って二行者(にぎょうじゃ)・白鸚哥(はくいんか)と与(とも)に金光(きんこう)を低(ひく)く下(おろ)し、妖精の面前(めんぜん)に到(いた)り、問うて言う、「汝、吾が戒行(かいぎょう)を受(う)くる可(べ)きか?」 妖王は頭(こうべ)を点(うなず)かせ泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「若(も)し性命(いのち)を饒(ゆる)されたまわば、願わくば戒行を受けんことを」 菩薩言う、「汝、我が門(もん)に入(い)る可(べ)きか?」 妖王言う、「果(はた)して性命を饒されたまわば、願わくば法門に入らんことを」 菩薩言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、我、汝が為(ため)に摩頂受戒(まちょうじゅかい=頭をなでて戒をさずけ)せん」 すなわち袖中(しゅうちゅう)より一把(ひとふさ)の金剃頭刀児(きんていとうじ=剃刀)を取(と)り出(いだ)し、近(ちか)く前(まえ)へ去(ゆ)き、かの怪が頂(いただき)を分(わ)かって幾刀(いくと)か剃(そ)り、剃(そ)って一箇の太山圧頂(たいざんあっちょう=泰山が頭を圧するがごとき髷)と作(な)し、彼が為(ため)に三箇の頂搭(いただき)を留(とど)め、三箇の窩角揪児(かどのまげ)を挽(わ)き起(おこ)した。行者は旁(かたわら)に在りて笑って言う、「この妖精は大晦気(たいふん=ひどいふん)じゃ! 弄(なさ)れて不男不女(おとこでもなくおんなでもなく)、箇の甚麼(なん)の東西(もの)に象(に)たるかを知(し)れず!」 菩薩言う、「汝、今(いま)既(すで)に我が戒(かい)を受(う)けたれば、我も却(かえ)ってまた汝を慢(あなど)らず、汝を称(とな)えて善財童子(ぜんざいどうじ)と做(な)さんは、如何(いかん)?」  かの妖(よう)は頭(こうべ)を点(うなず)かせて受持(じゅじ=たもちう)け、只(た)だ命(いのち)を饒(ゆる)されんことを望(のぞ)んだ。菩薩は却(かえ)って手(て)を以(も)って一(ひと)たび指(さ)し、「退(しりぞ)け!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶや、撞(かち)の一声(ひとこえ)に、天罡刀(てんごうとう)は都(みな)脱落(だらく)して塵埃(じんあい=ちり)に落(お)ち、かの童子(どうじ)の身躯(しんく=からだ)は損(そこな)われず。菩薩、叫(さけ)ぶ、「恵岸(えがん)よ、汝、刀を将(も)って天宮(てんぐう)へ送(おく)り上(あ)げ、汝が父王(ちちうえ)に還(かえ)せ。我を接(むか)えに来(く)る莫(なか)れ、先(ま)ず普陀岩(ふだがん)に到(いた)りて衆(すべ)ての諸天(しょてん)に会(かい)して等候(ま)て」 かの木吒(もくた)は命(めい)を領(う)け、刀を送(おく)って上界(じょうかい)に上(のぼ)り、海(うみ)に回(かえ)ることはさておく。  さて、かの童子(どうじ)は野性(やせい)定(さだ)まらず、かの腿(もも)の疼(いた)みし処(ところ)の疼まず、臀(しり)の破(やぶ)れし処(ところ)の破れず、頭(あたま)に三箇の揪児(まげ)を挽(わ)われたるを見るや、彼は走(はし)り去(さ)って長槍(ちょうそう)を綽(と)り上(あ)げ、菩薩を望(めが)けて言う、「那(いずく)に甚(なん)の真(まこと)の法力(ほうりき)の我を降(くだ)す有らんや! 原来(もと)是れ一箇の掩様術法児(いつわりのてだて)なり! 甚(なん)の戒(かい)も受(う)けじ。槍(やり)を見よ!」 菩薩を望(めが)けて劈臉(かおめがけ)に刺(つ)き来(きた)る。恨(いか)りて箇の行者は鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして打(う)たんとせしに、菩薩は只(た)だ叫(さけ)ぶ、「打(う)つなかれ、我れ自(おのずか)ら懲治(こらしめ)有り」 却又(また)袖中(しゅうちゅう)より一箇の金箍児(きんこじ=金のたが)を取(と)り出(いだ)して言う、「この宝貝(ほうもつ)は原本(もと)是れ我が仏(ほとけ)如来(にょらい)の我に賜(たま)いし、東土(とうど)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)る人(ひと)を尋(たず)ねしむる金・緊・禁(きん・きん・きん)の三箇の箍児(たが)なり。緊箍児(きんこじ)は、先(ま)ず汝に与(あた)えて戴(いただ)かせ、禁箍児(きんこじ)は、守山大神(しゅざんだいしん)を収(おさ)めしが、この金箍児(きんこじ)は、未(いま)だ曾(かつ)て人に与(あた)えるを舎(す)て得(え)ざりしを、今(いま)この怪の無礼(ぶれい)なるを観(み)て、彼に与(あた)えんとす」 好(よ)き菩薩かな、箍児(たが)を将(も)って風(かぜ)に迎(むか)って一(ひと)たび幌(ひるがえ)し、「変!」と叫(さけ)ぶや、すなわち変(へん)じて五箇(いつつ)の箍児(たが)と作(な)り、童子(どうじ)の身(み)の上(うえ)を望(めが)けて抛(な)げ去(さ)り、「着(つけ)!」と一声(ひとこえ)喝(かつ)するに、一箇(ひとつ)は彼が頭頂(ちょうちょう)に套(かぶ)さり、二箇(ふたつ)は彼が左右(さゆう)の手(て)に套さり、二箇は彼が左右(さゆう)の脚(あし)に套(かぶ)さった。菩薩言う、「悟空(ごくう)よ、些(いささ)か走(あ)け開(ひら)け。我が《金箍児咒(きんこじしゅ)》を念(とな)うるを待(ま)て」 行者は慌(あわ)てて言う、「菩薩よ、請(こ)うて此(ここ)に来(きた)りて妖を降(くだ)されしに、如何(どう)して却(かえ)って我を咒(のろ)わんとせらるるか?」 菩薩言う、「この篇(ひとくさり)の咒(じゅ)は、是れ汝を咒(のろ)う《緊箍児咒(きんこじしゅ)》に非(あら)ず、是れかの童子を咒(のろ)う《金箍児咒(きんこじしゅ)》なり」 行者は却(かえ)って才(はじ)めて心(こころ)を放(はな)ち、左右(さゆう)に緊(したし)く随(したが)って、彼が咒(じゅ)を念(とな)うるを聴(き)いた。菩薩は訣(じゅつ)を捻(ひね)り、黙黙(だんまり)と幾遍(いくたび)か念(とな)うるに、かの妖精は耳(みみ)を搓(も)み腮(ほお)を揉(も)み、蹄(ひづめ)を揃(そろ)えて打滚(ころげまわ)った。正(まさ)に是れ: 一句(いっく)能(よ)く遍(あまね)く沙界(しゃかい=すなのごとき世界)に通(つう)じ、広大無辺(こうだいむへん)法力(ほうりき)深(ふか)し。  畢竟(つい)にかの童子(どうじ)の怎(いか)に皈依(きえ)するかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。 第四十三回 黒河(こくが)の妖孽(ようげつ)、僧を擒(とら)え去り 西洋(せいよう)の龍子(りゅうし)、鼉(だ)を捉(とら)え回(かえ)る  さて、かの菩薩(ぼさつ)は幾遍(いくたび)か念(とな)えて、却(かえ)って才(はじ)めて口(くち)を住(とど)めたるに、かの妖精(ようせい)はすなわち疼(いた)まなくなった。また正性(しょうしょう=こころをただ)して身を起(おこ)して看(み)る処(ところ)、頚項(くび)の裡(うち)と手足(てあし)の上(うえ)に都(みな)金箍(きんこ=金のたが)有り、勒(し)められて疼痛(とうつう)すれば、便(すなわ)ちかの箍児(たが)を除(のぞ)かんとせしに、褪(ぬ)け動(うご)くこと分毫(すこしばかり)も得(え)んとは想(おも)う莫(なか)れ。この宝貝(ほうもつ)は已(すで)に此(ここ)に是れ肉(にく)を見(み)て根(ね)を生(しょう)じ、抹(な)でるほどに越(いよいよ)疼(いた)む。  行者笑って言う、「我が那(かの)乖乖(かいかい=かわいいやつ)よ、菩薩は汝が養(そだ)ち大(おお)きくならざることを恐(おそ)れ、汝が為に一箇の頚圈(くびわ)・鐲頭(うでわ)を戴(いただ)かせられたのじゃ」 かの童子(どうじ)、この言(ことば)を聞き、また煩悩(はんのう=いらだち)を生(しょう)じ、此(ここ)に就(つ)いて槍(やり)を綽(と)り上(あ)げ、行者を望(めが)けて乱(みだ)りに刺(つ)く。行者は急ぎ身を閃(かわ)し、菩薩の後面(うしろ)に立(た)ち、叫(さけ)んだ、「咒(じゅ)を念(とな)え! 咒を念え!」 かの菩薩は楊柳枝児(ようりゅうし)を将(も)って、一点(ひとつぶ)の甘露(かんろ)を蘸(ひた)して洒(そそ)ぎ将(つ)れ去(い)き、「合(がっ)せ!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶや、只(た)だ見る、彼は槍(やり)を捨(す)て、一双(もろもろ)の手(て)は合掌(がっしょう)して胸(むね)に当(あ)て、再(ふたた)びまた開(ひら)き放(はな)つ能(あた)わず。今(いま)に至(いた)るまで一箇の「観音扭(かんのんひねり)」を留(とど)めたるは、すなわち此(こ)の意(こころ)なり。かの童子は手(て)を開(ひら)くことを得(え)ず、槍(やり)を拿(と)ることを得ず、方(はじ)めて是れ法力(ほうりき)の深微(しんび)なるを知(し)り、没奈何(どうすることもでき)ず、才(はじ)めて頭(こうべ)を納(い)れて下拝(げはい)した。  菩薩は真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、浄瓶(じょうびょう)を把(と)って敧(かたむ)け倒(たお)し、かの一海水(いっかいすい)を将(も)って、依然(もとのごと)く収(おさ)め去(さ)り、更(さら)に半点(すこしばかり)も存留(のこ)ること無(な)く、行者に向(むか)いて言う、「悟空(ごくう)よ、この妖精は已(すで)に是れ降(くだ)ったれど、却(かえ)って只(た)だ是れ野心(やしん)定(さだ)まらず。我をして彼に一歩一拝(いっぽいっぱい)を教(おし)えしめ、只(た)だ落伽山(らくがさん)まで拝(おが)み到(いた)らしめて、方(まさ)に才(はじ)めて法(ほう)を収(おさ)めん。汝、如今(いま)は快(はよ)う早(はよ)う洞中(どうちゅう)へ往(ゆ)き、汝が師父(しふ)を救(すく)い出(いだ)して来(こ)よ!」 行者は身を転(てん)じて頭を磕(ぬかず)いて言う、「菩薩の遠(とお)くを渉(わた)られし労(ろう)有り。弟子(でし)は当(まさ)に一程(ひとほど)を送(おく)るべし」 菩薩言う、「汝は送(おく)ることを消(よう)せず。恐(おそ)らくは汝が師父の性命(いのち)を誤(あやま)たん」 行者、この言(ことば)を聞き、歓喜(よろこ)んで叩別(わかれをあいさつ)した。かの妖精は早(はや)くも正果(しょうが)に帰(き)し、五十三参(ごじゅうさんさん)して観音を参拝(さんぱい)することは、且(しばら)く善菩薩(ぜんぼさつ)の童子(どうじ)を収(おさ)めたるを題(い)わず。  さて、かの沙僧(さそう)は久(ひさ)しく林間(りんかん)に坐(ざ)し、行者の到(いた)らざるを盼望(まちのぞ)み、行李(こうり)を将(も)って馬(うま)に捎(の)せ、一只(かた)の手(て)に降妖宝杖(ごうようほうじょう)を執(と)り、一只の手に繮縄(たづな)を牽(ひ)き、松林(しょうりん)を出(い)でて南(みなみ)を向(む)いて観看(みわた)した。只(た)だ見る、行者の欣喜(よろこび)として来(きた)るを。  沙僧、迎(むか)えて言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝は怎(どう)して菩薩を請(こ)いに往(ゆ)かれて、この時(とき)に才(ようや)く来(きた)られたか! 焦(あせ)り殺(ころ)すばかりじゃ!」 行者言う、「汝は還(ま)た夢(ゆめ)を做(み)ておるか。老孫は已(すで)に菩薩を請(しょう)じ、妖怪(ようかい)を降(くだ)して来(きた)ったわ」 行者は却(かえ)って菩薩の法力(ほうりき)を、備(つぶさ)に陳(の)べた一遍(ひととおり)なり。沙僧は十分(じゅうぶん)に歓喜(よろこ)んで言う、「師父を救(すく)いに往(ゆ)かん!」 彼の二人(ふたり)は才(はじ)めて澗(たに)を跳(と)び過(よぎ)り、門前(もんぜん)へ撞(つ)き到(いた)り、馬匹(ばひつ)を拴(つな)ぎ下(おろ)し、兵器(へいき)を挙(あ)げて斉(ひと)しく洞(どう)の裡(うち)へ打(う)ち入(い)り、群妖(ぐんよう)を剿(ほふ)り浄(きよ)くし、皮袋(かわぶくろ)を解(と)き下(おろ)し、八戒を放(はな)ち出(いだ)した。かの呆子(ばか)めは行者に謝(あやま)って言う、「兄者(あにじゃ)よ、あの妖精は何処(いずこ)に在(お)るか? 我をして往(ゆ)きて彼を幾鈀(いくは)か築(つ)かしめ、気(いき)を出(いだ)さしめよ!」 行者言う、「且(しばら)く師父を尋(たず)ねに往(ゆ)かん」  三人(みたり)は径(ただ)ちに後辺(うしろ)に至(いた)るに、只(た)だ見る、師父の赤条条(まるはだか)に院中(にわのなか)に捆(くく)られて哭(な)いておるを。沙僧は連(つる)んで繩(なわ)を解(と)き、行者はすなわち衣服(ころも)を取(と)りて穿(き)せ上(あ)げ、三人は面前(まえ)に跪(ひざまず)いて言う、「師父(しふ)よ、苦(くるしみ)を食(くら)われましたな」 三蔵(さんぞう)は謝(あやま)って言う、「賢徒(けんと=よき弟子)よ、多(おお)く汝らを累(わずら)わしたり。怎(いか)にしてか妖魔(ようま)を降(くだ)し得(え)たるか?」 行者はまた菩薩を請(こ)い、童子(どうじ)を収(おさ)めたるの言(ことば)を、備(つぶさ)に陳(の)べた一遍(ひととおり)なり。三蔵、これを聴(き)き、すなわち忙(いそ)ぎ跪(ひざまず)き下(お)り、南(みなみ)に朝(むか)いて礼拜(らいはい)した。行者言う、「彼に謝(あやま)ることを消(よう)せず。転(かえ)って是れ我らが彼が為に福(ふく)を作(な)し、一箇の童子(どうじ)を収(おさ)めたるなり」 如今(いま)「童子(どうじ)、観音(かんのん)を拝(おが)み、五十三参(ごじゅうさんさん)、参参(さんずるごと)に仏(ほとけ)を見(み)る」と説(い)うは、すなわち此(これ)是(な)り。沙僧に教(さと)して洞内(どうない)の宝物(ほうもつ)を収(おさ)めさせ、且(しばら)く米粮(べいりょう=こめかて)を尋(たず)ね、斎飯(さいはん)を安排(ととの)え、師父を管待(もてな)した。あの長老(ちょうろう)の性命(いのち)を得(え)たるは全(まった)く孫大聖(そんたいせい)に虧(よ)るもの、真経(しんきょう)を取(と)るは只(た)だ美猴精(びこうせい)に靠(よ)るのみ。  師徒(しと)たちは洞(どう)を出(い)で来(きた)り、鞍(くら)に攀(よ)じ上(あが)りて馬に上(の)り、大路(おおみち)を找(たず)ね、篤志(とくし=こころざしあつく)として西(にし)へ投(とう)じた。  行(ゆ)くこと一箇多月(ひとつきあまり)を経(へ)て、忽然(たちまち)に水声(すいせい)の耳(みみ)を振(ふる)わすを聴(き)くや、三蔵大いに驚(おどろ)いて言う、「徒弟(でし)よ、又(ま)た是れ何処(いずこ)の水声(みずのおと)ぞ?」 行者笑って言う、「この老師父(ろうしふ)は、忒(い)たくまた多疑(たぎ=うたがいぶか)きかな。和尚(おしょう)と做(な)ることは得(え)ぬわ。我ら一同四衆(ししゅう)なるに、偏(ひとえ)に汝のみ甚麼(なん)の水声を聴(き)かるるか。汝はあの《多心経(たしんきょう)》を又(ま)た忘(わす)れたもうたか?」 唐僧(とうそう)言う、「多心経(たしんきょう)は乃(すなわ)ち浮屠山(ふとざん)の烏巣禅師(うそうぜんじ)の口授(くじゅ)にして、共(あいとも)に五十四句(ごじゅうしく)、二百七十箇の字(じ)なり。我、当時(そのかみ)耳(みみ)に伝(つた)えられ、今(いま)に至(いた)るまで常(つね)に念(とな)うるに、汝は我が那(いず)れの句(く)を忘(わす)れたるを知(し)るか?」  行者言う、「老師父(ろうしふ)よ、汝は『無眼耳鼻舌身意(むげんにびぜっしんい)』を忘(わす)れたもうたり。我らが出家人(しゅっけにん)は、眼(め)は色(いろ)を視(み)ず、耳(みみ)は声(こえ)を聴(き)かず、鼻(はな)は香(こう)を嗅(か)がず、舌(した)は味(あじ)を嘗(な)めず、身(み)は寒暑(かんしょ)を知(し)らず、意(こころ)は妄想(もうぞう)を存(おさ)めず。此(か)くの如(ごと)きをこれ『六賊(ろくぞく)を祛(はら)い褪(しりぞ)く』と謂(い)うなり。汝、如今(いま)経(きょう)を求(もと)めんが為(ため)に、念念(ねんねん)意(こころ)に在(あ)り、妖魔を怕(おそ)れて身を舎(す)てんとせず、斎(とき)を食(くら)わんことを要(よう)して舌(した)を動(うご)かし、香甜(こうてん)を喜(この)んで鼻(はな)を嗅(か)がせ、声音(こえ)を聞(き)いて耳(みみ)を驚(おどろ)かし、事物(こと)を睹(み)て眸(ひとみ)を凝(こら)し、この六賊(ろくぞく)の紛紛(ふんぷん)として来(きた)るを招(まね)く。怎(どう)して生(い)きてか西天(さいてん)に仏(ほとけ)を見(み)ることを得(え)んや?」 三蔵、この言(ことば)を聞き、黙然(もくねん)として沉慮(しんりょ=ふかくおもい)して言う、「徒弟(でし)よ、我、一(ひと)たび当年(むかし)聖君(せいくん)に別(わか)れてより、昼夜(ちゅうや)に奔波(ほんぱ)して甚(はなは)だ殷勤(いんぎん)たり。芒鞋(ぼうかい=わらじ)は踏(ふ)み破(やぶ)る山頭(さんとう)の霧(きり)、竹笠(ちくりゅう)は衝(つ)き開(ひら)く嶺上(れいじょう)の雲(くも)。夜静(よるしずか)に猿(さる)の啼(な)くは殊(こと)に嘆(たん)ずべく、月明(つきあきらか)に鳥(とり)の噪(な)くは聞(き)くに堪(た)えず。何(いず)れの時(とき)か三三行(さんさんぎょう)を満足(まんぞく)し、如来(にょらい)の妙法文(みょうほうぶん)を取り得(う)るや?」  行者、聴(き)き畢(おわ)るや、忍(しの)び得(あた)ず掌(て)を鼓(う)って大笑(たいしょう)して言う、「この師父は原来(もと)只(た)だ是れ思郷(しきょう=ふるさとおもい)の息(や)み難(がた)きのみか! 若(も)しあの三三行(さんさんぎょう)の満(み)つることを要(ほっ)せば、何(なん)の難(かた)き有らんや!  常言(ことわざ)に道(い)う、功(こう)到(いた)れば自然(おのずか)ら成(な)る、と」 八戒は頭(こうべ)を回(めぐ)らして言う、「兄者(あにじゃ)よ、若(も)しこの般(よう)なる魔障(ましょう)の凶(きょう)高(たか)きに照依(したが)わば、すなわち一千年(いっせんねん)を走(ゆ)き上(あが)るともまた功を成(な)すを得(え)じ!」 沙僧言う、「二哥(にいさん)よ、汝と我は一般(おなじ)く、拙口鈍腮(せっこうどんさい=くちべた)なれば、大哥(だいか=長兄)の熱擦(ねつさつ=いらだち)を惹(ひ)き起(おこ)すなかれ。且(しばら)く只(た)だ肩(かた)を捱(す)り磨(ま)して担(に)を磨(ま)し、終(つい)に須(すべから)く日(ひ)有りて功を成(な)すべし」  師徒たちは正(まさ)に話(はな)す間(あいだ)に、脚(あし)は走(はし)りて停(とど)まらず、馬蹄(ばてい)は正(まさ)に疾(はや)く、前面(まえ)に一道(ひとすじ)の黒水(こくすい)の天(てん)に滔(みなぎ)る有るを見(み)るや、馬は進(すす)む能(あた)わず。四衆(ししゅう)は岸辺(がんぺん)に停(とど)まり立(た)ち、仔細(つまびらか)に観看(みわた)すに、但(ただ)しあのを見よ: 層層(そうそう)の濃浪(のうろう)、迭迭(じょうじょう)の渾波(こんぱ)。層層の濃浪は烏潦(うろう=くろいにごり)を翻(ひるがえ)し、迭迭の渾波は黒油(こくゆ)を巻(ま)く。近(ちか)く観て人身(じんしん)の影(かげ)を照(て)らさず、遠(とお)く望(のぞ)んで樹木(じゅもく)の形(かたち)を尋(たず)ぬること難(かた)し。滾滾(こんこん)たる一地(いっち)の墨(すみ)、滔滔(とうとう)たる千里(せんり)の灰(はい)。水沫(みずあぶく)浮(う)かび来(きた)って積炭(せきたん=つみあげたすみ)の如(ごと)く、浪花(なみばな)飄(ただよ)い起(おこ)って翻煤(はんばい=ひっくりかえしたすみ)に似(に)たり。牛羊(ぎゅうよう)飲(の)まず、鴉鵲(あじゃく)飛(と)ぶこと難(かた)し。牛羊の飲まざるは深黒(しんこく)を嫌(きら)い、鴉鵲の飛ぶこと難きは渺弥(びょうび=ひろびろ)を怕(おそ)る。只(た)だ是れ岸上(がんじょう)の芦蘋(ろひん=あし)のみ節令(せつれい)を知(し)り、灘頭(たんとう)の花草(かそう)は青奇(せいき)を闘(あらそ)う。 湖泊江河(こはくこうが)は天下(てんか)に有(あ)り、溪源沢洞(けいげんたくどう)は世間(せけん)に多(おお)し。人生(じんせい)皆(みな)相逢(あいまみ)う処(ところ)有り、誰(たれ)か西方(さいほう)の黒水河(こくすいが)を見(み)しや!  唐僧は馬を下(お)りて言う、「徒弟(でし)よ、この水(みず)は怎(どう)してこの如(ごと)く渾(にご)り黒(くろ)きか?」 八戒言う: 「是れ那家(どこのいえ)か靛缸(てんこう=あいだる)を潑(こぼ)したるならん」 沙僧言う、「然(しか)らず、是れ誰家(たがいえ)か筆硯(ひっけん)を洗(あら)いたるならん」 行者言う、「汝らは且(しばら)く胡猜乱道(でたらめなあてずいっぽう)を休(や)め、且(しばら)く設法(てだて)して師父を保(まも)りて過(わた)り往(ゆ)かしめよ」 八戒言う、「この河(かわ)は若(も)し老猪(ろうちょ)が過(わた)らんには難(かた)からず。或(あるい)は雲頭(うんず)を駕(が)し、或は河(かわ)に下(お)りて水(みず)を負(お)うて、頓飯時(ひとしいのあいだ)を消(よう)せず、我すなわち過(わた)り往(ゆ)かん」 沙僧言う、「若(も)し我が老沙(ろうさ)をしてせしめば、また只(た)だ雲を縦(はな)ち水(みず)を躙(ふ)み、頃刻(しばらく)にして過(よぎ)らん」 行者言う、「我らは容易(たやす)けれど、只(た)だ是れ師父の難(かた)きなり」 三蔵言う、「徒弟よ、この河は多少(どれほど)の寛(ひろ)さ有るか?」 八戒言う、「約摸(おおむね)十来里(じゅうらいり)の寛(ひろ)さ有らん」 三蔵言う: 「汝ら三人(みたり)計較(はかりごと)して、那(いず)れの者(もの)をして我を駄(おぶ)いて過(わた)らしめよか」 行者言う、「八戒が駄(おぶ)い得(う)るなり」 八戒言う、「好(よ)く駄えず。若(も)し駄うて騰雲(とううん)せば、三尺(さんじゃく)もまた地(ち)を離(はな)るる能(あた)わず。常言(ことわざ)に道(い)う、凡人(ぼんじん)を背負(お)うは重(おも)きこと丘山(きゅうざん)の若(ごと)し、と。若し駄うて水(みず)を負(お)わば、転(かえ)って我を連(つれ)て水(みず)の下(した)へ墜(お)ち去(い)かん」  師徒たちは河辺(かへん)に在りて、正(まさ)に都(みな)商議(そうぎ)しておるに、只(た)だ見る、かの上溜頭(かみのながれ)より、一人(ひとり)の者(もの)の一只(そう)の小舟児(こぶね)を棹(さおさ)し下(おろ)して来(きた)るを。唐僧喜んで言う、「徒弟(でし)よ、船(ふね)が来(きた)った。彼を呼(よ)んで我らを渡(わた)して過(よぎ)らせよ」  沙僧は声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んだ、「棹船(ふねをこ)ぐ者(もの)よ、来(きた)りて人(ひと)を渡(わた)せ! 来りて人を渡せ!」 船上(ふねのうえ)の者(もの)言う、「我は是れ渡船(わたしぶね)に非(あら)ず。如何(どう)して人を渡(わた)さんや?」 沙僧言う、「天上人間(てんじょうにんげん)、方便(ほうべん)を第一(だいいち)とす。汝は渡船に非(あら)ざるといえども、我らもまた是れ常(つね)に来(きた)りて汝を打撹(じゃま)するに非(あら)ず。我らは是れ東土(とうど)欽差(きんさ=勅使)として経(きょう)を取(と)るの仏子(ぶっし)なり。汝、方便(ほうべん)方便(おはからい)して、我らを渡(わた)して過(よぎ)らせよ。汝に謝(あやま)らん」 かの者(もの)、この言(ことば)を聞き、却(かえ)って船児(ふね)を把(と)って岸辺(がんぺん)へ棹(さおさ)し近(ちか)づけ、槳(かい)を扶(たす)けて言う、「師父(しふ)よ、我がこの船(ふね)は小(ちい)さく、汝らは人(ひと)多(おお)し。怎(どう)して全(みな)渡(わた)り得(え)んや?」  三蔵、近(ちか)づき前(すす)んで看(み)るに、かの船児(ふね)は原来(もと)是れ一段(ひときれ)の木頭(き)を刻(え)りたるものにして、中間(なか)に只(た)だ一箇の艙口(ふなぐち)有るのみ、只(た)だ好(よ)く両箇(ふたり)の人(ひと)を坐下(すわ)らしむるのみ。三蔵言う、「怎(いか)に生(せ)んか是れ好(よ)からん?」 沙僧言う、「この般(よう)ならば啊(や)、両遭児(ふたたび)に渡(わた)らん」 八戒はすなわち心術(しんじゅつ=たくらみ)を使(つか)い、懶(ものぐさ)を逃(のが)れ乖(かしこ)を討(もと)めて、言う、「悟浄(ごじょう)よ、汝と大哥(あにじゃ)はこの辺(ほとり)に在りて行李(こうり)・馬匹(うま)を看(み)ておれ。我が師父を保(まも)りて先(さき)に過(わた)り往(ゆ)き、却(かえ)ってまた来(きた)りて馬を渡(わた)らん。大哥をして跳(と)びて過(よぎ)らしめよ」 行者は頭(こうべ)を点(うなず)かせて言う、「汝の説(いう)ところは是(せい)なり」  かの呆子(ばか)めは唐僧を扶(たす)け、かの梢公(しょうこう=ふなかた)は船(ふね)を撑(さ)し開(ひら)き、棹(さお)を挙(あ)げて流(ながれ)を衝(つ)き、一直(ひたすら)に去(い)った。方(まさ)に才(はじ)めて中間(なかば)に行(ゆ)き到(いた)るや、只(た)だ一声(ひとこえ)の響喨(ひびき)を聴(き)く、浪(なみ)を巻(ま)き波(なみ)を翻(ひるがえ)し、天(てん)を遮(おお)い目(め)を迷(まよ)わす。あの陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)は十分(じゅうぶん)に利(き)き害(あし)し! 好(よ)き風(かぜ)かな: 当空(とうくう)一片(ひとひら)の炮雲(ほううん)起(おこ)り、中溜(ちゅうりゅう)千層(せんそう)の黒浪(こくろう)高(たか)し。両岸(りょうがん)に沙(すな)飛(と)んで日色(にっしょく)を迷(まど)わし、四辺(しへん)に樹(き)倒(たお)れて天号(てんごう)を振(ふる)わす。江(こう)を翻(ひるがえ)し海(うみ)を攪(かきみだ)して龍神(りゅうしん)怕(おそ)れ、土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて花木(かぼく)凋(しぼ)む。呼呼(ここ)と響(ひび)くは春雷(しゅんらい)の吼(ほ)えるが若(ごと)く、陣陣(じんじん)と凶(きょう)なるは餓虎(がこ)の哮(たける)が如(ごと)し。蟹鼈魚蝦(かいべつぎょか)朝(あさ)に上(うえ)へ拜(おが)み、飛禽走獣(ひきんそうじゅう)窩巢(かそう)を失(うしな)う。五湖(ごこ)の船戸(せんこ)皆(みな)難(なん)に遭(あ)い、四海(しかい)の人家(じんか)命(いのち)牢(たしか)ならず。溪内(けいだい)の漁翁(ぎょおう)鉤(はり)を把(と)ること難(かた)く、河間(かがん)の梢子(しょうし)怎(どう)して篙(さお)を撑(さ)せんや? 瓦(かわら)を掲(は)ぎ磚(かわら)を翻(ひるがえ)して房屋(ぼうおく)倒(たお)れ、天(てん)を驚(おどろ)かし地(ち)を動(うご)かして泰山(たいざん)揺(ゆ)る。  この陣(ひとむれ)の風(かぜ)は、原来(もと)是れあの棹船(ふねをこ)ぎし人(ひと)の弄(ろう)したるものにして、彼は本(もと)是れ黒水河(こくすいが)の怪物(かいぶつ)なり。眼(まなこ)の看(み)る前(まえ)に、かの唐僧(とうそう)と猪八戒(ちょはっかい)は、船児(ふね)もろとも水(みず)の裡(うち)へ淬(つ)け入(い)れられ、影(かげ)無(な)く形(かたち)無(な)く、何方(いずかた)へ摂(さら)い去(さ)られたるかを知(し)らず。  この岸(きし)の上(うえ)に在りて、沙僧(さそう)と行者は心慌(あわて)て言う、「怎(どう)してか好(よ)からん? 老師父(ろうしふ)は步步(あゆむごと)に災(わざわい)に逢(あ)い、才(ようや)く魔障(ましょう)を脱(のが)れ、幸(さいわ)いにこの一路(みち)の平安(へいあん)を得(え)たるに、又(ま)た黒水(こくすい)の迍邅(ちゅんたん=なやみ)に遇(あ)うとは!」 沙僧言う、「莫(もし)か是(こ)れ船(ふね)の翻(ひるがえ)りたるならんか。我ら下溜頭(しものながれ)へ往(ゆ)きて找尋(たずねもと)めに去(ゆ)かん」 行者言う、「是れ翻船(ふねのひるがえり)に非(あら)ず。若(も)し翻船ならば、八戒は水(みず)を会(え)すれば、彼は必(かなら)ず師父を保(まも)りて水(みず)を負(お)うて出(い)で来(きた)らん。我、才(さっき)あの棹船(ふねをこ)ぎし者(もの)の些(いささ)か不正気(ふまじめ)なるを見(み)たり。想(おも)うに必(かなら)ず是れこの厮(やつ)が風(かぜ)を弄(ろう)し、師父を把(と)って水(みず)の下(した)へ拖(ひ)き去(い)ったるならん」 沙僧、この言(ことば)を聞いて言う、「兄者(あにじゃ)よ、何(なん)ぞ早(はよ)く説(い)われざりしか。汝は馬(うま)と行李(こうり)を看(み)ておれ。我が水(みず)に下(お)りて找尋(たずねもと)めに往(ゆ)くを待(ま)て」 行者言う、「この水色(すいしょく)正(ただ)しからず。恐(おそ)らくは汝の去(ゆ)き得(え)ざらんことを」 沙僧言う、「この水(みず)は我があの流沙河(るさが)に比(くら)べて何如(いかん)か? 去(ゆ)き得(う)る! 去き得る!」  好(よ)き和尚(おしょう)かな、褊衫(へんさん=ころも)を脱(ぬ)ぎ、手脚(しゅきゃく)を札抹(からげ)し、降妖宝杖(ごうようほうじょう)を輪(めぐ)らし、撲(ぽちゃん)の一声(ひとこえ)に水路(すいろ)を分(わ)かち開(ひら)き、波中(はちゅう)へ潜(もぐ)り入(い)り、大踏歩(おおまた)に行(ゆ)き将(つ)れ入(い)り往(い)った。正(まさ)に走(ゆ)く処(ところ)、只(た)だ人の言語(ことば)するを聴(き)く。沙僧は旁(かたわら)に閃(ひらめ)き、眼(まなこ)を偸(ぬす)みて観看(みわた)すに、かの壁廂(むこう)に一座(ひとつ)の亭台(ていだい)有り、台門(たいもん)の外(そと)に八箇の大字(だいじ)を横(よこた)えて封(ふう)じて有るは、乃(すなわ)ち「衡陽峪黒水河神府(こうようよくこくすいがしんぷ)」なり。また聴(き)く、かの怪物(かいぶつ)の上(うえ)に坐(ざ)して、「一向(これまで)辛苦(しんく)なりしが、今日(こんにち)方(まさ)に物(もの)を得(う)ることを得(え)たり。この和尚(おしょう)は乃(すなわ)ち十世修行(じっせしゅぎょう)の好人(こうじん)にして、但(た)だ彼が一塊(ひとかけら)の肉(にく)を食(くら)うことを得(う)れば、すなわち長生不老(ちょうせいふろう)の人(ひと)と做(な)ることを得(う)。我、彼が為(ため)にもまた等(ま)つこと多時(ひさし)きに彀(た)るに、今朝(けさ)却(かえ)って我が志(こころざし)を負(そむ)かざるなり」と言うを。教(さと)す、「小者(こもの)ども! 快(はよ)う鉄籠(てつろう=鉄のおり)を抬(か)き出(いだ)し、この両箇の和尚(おしょう)を囫圇(そのまま)に蒸(ふか)し熟(じゅく)させ、柬(ふみ)を具(そな)えて往(ゆ)きて二舅爺(にきゅうや=二番目のおじ)を請(こ)い来(きた)り、彼と寿(じゅ)を暖(あたた)めん」 沙僧、この言(ことば)を聞き、心頭(むね)の火(ひ)の起(おこ)るを按(おさ)え住(とど)め得(え)ず、宝杖(ほうじょう)を掣(ひっさ)げ、門を将(も)って乱(みだ)りに打(う)ち、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って言う、「かの潑物(はつぶつ=暴け者)め、快(はよ)う我が唐僧(とうそう)の師父(しふ)と八戒(はっかい)の師兄(あにでし)を送(おく)り出(いだ)せ!」 唬(おどろ)かされたるかな、かの門内(もんない)の妖邪(ようじゃ)、急ぎ跑(はし)り去(さ)って報じた、「禍事(かじ)でございます!」 老怪(ろうかい)問う、「甚麼(なん)の禍事ぞ?」 小妖言う、「外(そと)に一箇の晦気色臉(わいろいろのかお)の和尚(おしょう)有り、前門(ぜんもん)を打(う)ちて罵(ののし)り、人(ひと)を要(もと)めておりまする!」 かの怪、この言(ことば)を聞き、すなわち披挂(ひかけ=よろい)を取(と)り来(きた)るを喚(よ)ぶ。小妖は披挂(よろい)を抬(か)き出(いだ)し、老妖(ろうよう)は結束(いでたち)を整(ととの)え、手(て)に一根(ひとすじ)の竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)を提(さ)げ、門を走出(あるきい)で来(きた)る。真に是れ凶頑(きょうがん)毒像(どくぞう=おそろしきすがた)なり。但(ただ)しそれを見よ: 方面(ほうめん=おおきなかお)圜睛(かんせい=まるいめ)霞彩(かさい)亮(あきら)かに、巻唇(けんしん)巨口(きょこう)血盆(けつぼん)の紅(あか)さ。幾根(いくすじ)かの鉄線(てっせん)稀髯(きぜん)擺(ゆ)れ、両鬢(りょうびん)朱砂(しゅしゃ)乱髮(らんぱつ)蓬(よもぎ)のごとし。形(かたち)は顕霊真太歳(けんれいしんたいさい)に似(に)、貌(かたち)は怒(いか)りを発(おこ)す狠雷公(こんらいこう)の如(ごと)し。身(み)に披(き)るは鉄甲(てっこう)団花(だんか)燦(さん)たり、頭(こうべ)に戴(いただ)くは金盔(きんかい)宝(ほう)を嵌(は)め込(こ)み濃(こまやか)なり。竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)手(て)の内(うち)に提(ひっさ)げ、行(ゆ)く時(とき)滚滚(こんこん)として狂風(きょうふう)を曳(ひ)く。生来(うまれつき)本(もと)是れ波中(はちゅう)の物(もの)、原流(げんりゅう)を脱(だっ)し去(さ)りて変化(へんげ)凶(きょう)なり。妖邪(ようじゃ)が真の姓字(せいじ)を問(と)わんと要(ほっ)せば、前身(ぜんしん)を小鼉龍(しょうだりゅう)と喚(よ)ぶ。  かの怪、喝(かつ)して言う、「是れ甚(なん)人(ひと)か此処(ここ)に在りて我が門(もん)を打(う)つか!」 沙僧言う: 「我、汝を把(と)って箇の無知(むち)の潑怪(はっかい=暴け化け物)と做(な)すわ! 汝、怎(どう)して玄虚(げんきょ=たくらみ)を弄(ろう)し、梢公(ふなかた)に変作(へんし)し、船(ふね)を架(か)けて我が師父を摂(さら)い来(きた)れるか? 早(はよ)うに送(おく)り還(かえ)さば、汝が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」 かの怪、呵呵(からから)と笑って言う、「この和尚(おしょう)は死活(しかつ=いのち)を知(し)らざるか! 汝が師父は是れ我が拿(とら)えたり。如今(いま)蒸(ふか)し熟(じゅく)して人(ひと)を請(こ)わんと要(ほっ)するなり! 汝、上(のぼ)りて来(き)て、我と一箇の雌雄(ゆうれつ)を見(み)よ! 三合(さんがっ)我に敵(かな)い得(う)れば啊(や)、汝が師父を還(かえ)さん;如(も)し三合に敵い得(え)ざれば、汝をも連(つれ)て一発(いっしょ)に都(みな)蒸(ふか)して食(くら)い、西天(さいてん)へ往(ゆ)かんとは想(おも)うな!」  沙僧、この言(ことば)を聞き、大いに怒(いか)り、宝杖(ほうじょう)を輪(めぐ)らし、劈頭(てっぽう)よりすなわち打(う)つ。かの怪は鋼鞭(こうべん)を挙(あ)げ、急ぎ架(かま)えて相迎(むか)う。二箇(ふたり)は水底(すいてい)に在りて、この場(ひとしきり)の好(よ)き殺(あらそ)いかな: 降妖杖(ごうようじょう)、竹節鞭(ちくせつべん)、二人(ふたり)怒(いかり)を発(おこ)して各(おのおの)先(さき)を争(あらそ)う。一箇は是れ黒水河(こくすいが)中の千載(せんざい)の怪(かい)、一箇は是れ霊霄殿外(れいしょうでんがい)旧時(きゅうじ)の仙(せん)。かの者(もの)は三蔵(さんぞう)の肉(にく)の中(うち)の吃(しょく)を貪(むさぼ)るに因(よ)り、この者は唐僧(とうそう)の命(いのち)の怜(あわ)れむべきを保(まも)るが為(ため)なり。都(みな)水底(すいてい)に来(きた)りて相(あい)争(あらそ)い闘(たたか)い、各(おのおの)功(こう)の成(な)らんことを要(よう)すれど両(ふたつ)ながら然(しか)らず。殺(あらそ)うて蝦魚(かぎょ)をして対対(つがいつがい)に頭(こうべ)を揺(ゆ)りて逃(のが)れ、蟹鼈(かいべつ)をして双双(つがいつがい)に首(こうべ)を縮(ちぢ)めて潜(ひそ)ましむ。只(た)だ水府(すいふ)の群妖(ぐんよう)の斉(ひと)しく鼓(つづみ)を擂(う)ち、門前(もんぜん)の衆怪(しゅうかい)の乱(みだ)りに争(あらそ)い喧(かまびす)しきを聴(き)く。好(よ)き箇の沙門(しゃもん)真悟浄(しんごじょう)、単身独力(たんしんどくりょく)に威権(いけん)を展(の)ぶ! 浪(なみ)を躍(おど)り波(なみ)を翻(ひるがえ)して勝敗(しょうはい)無(な)く、鞭(べん)は迎(むか)え杖(じょう)は架(か)えて両(ふたつ)ながら牽連(けんれん=からみあ)う。  算(かぞ)え来(きた)れば只(た)だ唐和尚(とうおしょう)が為(ため)、真経(しんきょう)を取りて仏天(ぶってん)を拝(はい)せんと欲(ほっ)するのみ。彼の二人(ふたり)戦(たたか)うこと三十回合(さんじゅうがっごう)を経(へ)て、高低(こうてい=ゆうれつ)を見(み)ず。沙僧は暗(ひそ)かに想(おも)う、「この怪物(かいぶつ)は是れ我が相手(あいて)なり。枉(いたずら)に自(おのずか)ら勝(か)つを能(あた)わず。且(しばら)く彼を引(ひ)き出(いだ)し、師兄(あにでし)をして彼を打(う)たしめよ」 この沙僧は虚(うつ)ろに一箇の架子(かまえ)を見(み)せて、宝杖(ほうじょう)を拖(ひ)いてすなわち走(に)ぐ。かの妖精は更(さら)に趕(お)い来(きた)らずして、言う、「汝、去(ゆ)けよ。我は汝と闘(たたか)わじ。我は且(しばら)く柬帖児(ふみ)を具(そな)えて往(ゆ)きて客(きゃく)を請(こ)わんとす」  沙僧は気(いき)を呼呼(ふうふう)とさせて水(みず)より跳(と)び出(い)で、行者に見(まみ)えて言う、「兄者(あにじゃ)よ、この怪物(かいぶつ)は無礼(ぶれい)なり」  行者問う、「汝は下(お)りて許多(あまた)の時(とき)を経(へ)て才(ようや)く出(い)で来(きた)れるが、端(つまびらか)に是れ甚(なん)の妖邪(ようじゃ)なるか? 曾(かつ)て師父を尋(たず)ね見(み)えたるか?」 沙僧言う、「彼がここの裡(うち)に、一座(ひとつ)の亭台(ていだい)有り、台門(たいもん)の外(そと)に八箇の大字(だいじ)を横(よこた)えて書(か)きて、『衡陽峪黒水河神府(こうようよくこくすいがしんぷ)』と喚(よ)ぶ。我は旁(かたわら)に閃(ひらめ)き、彼が裡(うち)にて話(はな)すを聴(き)けば、小(こもの)どもに鉄籠(てつろう)を刷洗(あらいきよ)めさせ、待(ま)って師父と八戒を蒸(ふか)し熟(じゅく)し、往(ゆ)きて彼が舅爺(おじ)を請(こ)い来(きた)りて寿(じゅ)を暖(あたた)めんとす、と。是(ここ)において我は怒(いかり)を発(おこ)し起(おこ)し、すなわち往(ゆ)きて門を打(う)った。かの怪物(かいぶつ)は一条(ひとすじ)の竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)を提(ひっさ)げて走出(あるきい)で来(きた)り、我とこの半日(はんじつ)を闘(たたか)い、約(おおむね)三十合(さんじゅうがっ)にして、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。我は却(かえ)って一箇の佯輸法(よそおいまけのほう)を使(つか)い、彼を引(ひ)き出(いだ)して、汝をして助陣(じじん)せしめんとせしに、かの怪物は乖(かしこ)きこと緊(はなはだ)し。彼は来(きた)りて我を趕(お)わず、只(た)だ回(かえ)りて柬(ふみ)を具(そな)えて客(きゃく)を請(こ)わんと要(ほっ)するのみなれば、我才(はじ)めて上(うえ)へ来(きた)ったり」 行者言う、「是れ箇の甚麼(なん)の妖邪(ようじゃ)なるかを知(し)らず?」  沙僧言う、「あの姿(すがた)は一箇の大鼈(おおすっぽん)に象(に)たり;然(しか)らずんば、すなわち是れ一箇の鼉龍(だりゅう=わに)ならん」 行者言う: 「那(いず)れの者(もの)か是れ彼が舅爺(おじ)なるかを知(し)らず」 説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見る、かの下湾(しもかわん)より一人(ひとり)の老人(ろうじん)が走出(あるきい)で来(きた)り、遠(とお)くよりの跪(ひざまず)き下(お)りて叫(さけ)ぶ、「大聖(たいせい)よ、黒水河(こくすいが)の河神(がしん)叩頭(ぬかず)きまする」 行者言う、「汝は莫(もし)か是れあの棹船(ふねをこ)ぎし妖邪(ようじゃ)が、また来(きた)りて我を騙(かた)るならんか?」 かの老人は、頭を磕(ぬかず)き泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「大聖よ、我は是れ妖邪(ようじゃ)に非(あら)ず。我は是れこの河(かわ)の内(うち)の真神(しんしん=まことのかみ)なり。かの妖精は旧年(きゅうねん=昨年)五月(ごがつ)の間(ころ)、西洋海(せいようかい)より大潮(おおしお)に趁(つ)じて此処(ここ)に来(きた)り、すなわち小神(しょうしん=われ)と交闘(こうとう)した。奈(いか)んせん我は年邁(としおい)身衰(みおとろ)え、彼に敵(かな)うこと過(す)ぐる能(あた)わず、我が坐(ざ)せるあの衡陽峪黒水河神府(こうようよくこくすいがしんぷ)を、すなわち占(せん)し奪(うば)い去(さ)って住(す)まれ、また我が許多(あまた)の水族(すいぞく)を傷(そこな)われり。我は却(かえ)って没奈何(どうしようもな)く、径(ただ)ちに海内(かいだい)へ往(ゆ)きて彼を告(うった)えたり。原来(もと)西海龍王(せいかいりゅうおう)は是れ彼が母舅(ぼきゅう=母のおじ)にして、我が状子(じょうし=そじょう)を准(ゆる)されず、我をして彼に讓(ゆず)りて住(す)ましめよと教(さと)されたり。我、啓奏(もうしあげ)じて上天(じょうてん)せんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん神(しん)微(かすか)に職(しょく)小(ちいさ)く、玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)ゆることを得(え)ず。今(いま)大聖の此(ここ)に到(いた)られたると聞(き)き、特に来(きた)りて参拝(さんぱい)し生(いのち)を投(とう)ず。万望(なにとぞ)大聖の我が為に力(ちから)を出(いだ)し冤(うらみ)を報(むく)いられんことを!」 行者、この言(ことば)を聞いて言う、「この等(よう)に説(い)わば、四海龍王(しかいりゅうおう)は都(みな)該(まさ)に罪(つみ)有るべし。彼、如今(いま)我が師父と師弟(してい)を摂(さら)い、蒸(ふか)し熟(じゅく)して往(ゆ)きて彼が舅爺(おじ)を請(こ)いて寿(じゅ)を暖(あたた)めんと揚言(いいふら)す。我が正(まさ)に彼を拿(とら)えんとせしに、幸(さいわ)いに汝の来(きた)りて報(しら)せらるるを得(え)たり。この等(よう)ならば啊(や)、汝は沙僧(さそう)に陪(ともな)いて此処(ここ)に在りて看守(みまも)れ。我が海(うみ)の中(なか)へ往(ゆ)き、先(ま)ずあの龍王(りゅうおう)を把(と)って捉(とら)え来(きた)り、彼をしてこの怪物(かいぶつ)を擒(とら)えしめんを待(ま)て」 河神(がしん)言う、「深(ふか)く大聖の大恩(だいおん)を感(かん)ずるなり!」  行者はすなわち雲(くも)を駕(が)し、径(ただ)ちに西洋大海(せいようたいかい)に至(いた)り、筋斗(きんと)を按(おさ)え、避水訣(ひすいのじゅつ)を捻(ひね)り、波浪(はろう)を分(わ)かち開(ひら)いた。正(まさ)に然(しか)るに走(ゆ)く処(ところ)、一箇の黒魚精(こくぎょせい)の、一箇の渾金(こんきん=まがね)の請書匣児(しょうしょこう=招待状の箱)を棒(ささ)げ、下流頭(しものながれ)より箭(や)の如(ごと)く梭(ひ)の如(ごと)くに潜(もぐ)り将(つ)れ上(あ)って来(きた)るに撞遇(であ)い、行者の撲(ぽん)と一箇(ひとつ)の満面(まんめん)に被(こうむ)るところとなり、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて頂(いただき)を分(わ)かって一下(ひとつ)打(う)てば、怜(あわ)れむべし、すなわち打(う)ちて脳漿(のうみそ)迸(ほとばし)り出(い)で、腮骨(さいこつ=ほおぼね)査(さ)け開(ひら)き、嗗都(こつと)の一声(ひとこえ)に水(みず)の面(おもて)に飘(ただよ)い出(い)でたり。彼は却(かえ)って匣児(はこ)を揭(あ)け開(ひら)いて看(み)る処(ところ)、裡(うち)に一張(ひとひら)の簡帖(ふみ)有り、上(うえ)に写(うつ)して有るは: 「愚甥(ぐせい=おい)鼉潔(だけつ)、頓首(とんしゅ)百拝(ひゃっぱい)し、二舅爺敖老大人台下(にきゅうやごうろうたいじんたいか)に啓上(けいじょう)す:向(さき)に佳恵(かけい=めぐみ)を承(うけたまわ)り、感感(かんかん)たり。今(いま)二物(にぶつ)を獲(とら)え得(えた)るに因(よ)りて、乃(すなわ)ち東土(とうど)の僧人(そうじん)、実(じつ)に世間(せけん)の罕物(かんぶつ=めずらしきもの)と為(な)す。甥(せい)敢(あえ)て自(みずか)ら用(もち)いず。舅爺(きゅうや)が聖誕(せいたん)の迩(ちか)きに在(あ)るを念(おも)うに因(よ)りて、特に菲筵(ひえん=つまらぬえん)を設(もう)け、預(あらかじ)め千寿(せんじゅ)を祝(しゅく)す。万望(なにとぞ)車駕(しゃが=おでまし)の速(すみや)かに臨(のぞ)まれんことを是(こ)れ荷(うけたまわ)らん!」  行者笑って言う: 「この厮(やつ)は却(かえ)って供状(くじょう=じはくしょ)を先(ま)ず老孫に遞(わた)し呉(く)れたり!」 正(まさ)に才(はじ)めて帖子(ふみ)を袖(そで)にし了(おわ)り、前(まえ)へ向(むか)いてまた再(ふたた)び行(ゆ)く。早(はや)くも一箇の探海(たんかい)の夜叉(やしゃ)有り、行者を望(みか)け見(み)るや、急ぎ身を抽(ひ)きて水晶宮(すいしょうきゅう)へ撞(つ)き上(あ)がり、大王(だいおう)に報じて、「斉天大聖孫爺爺(せいてんたいせいそんやや)が来(み)られました!」と言う。かの龍王敖順(ごうじゅん)はすなわち衆(すべ)ての水族(すいぞく)を領(ひき)いて宮(きゅう)を出(い)でて迎接(むか)え、「大聖、請(こ)う小宮(しょうきゅう)に入(い)りて少(しばら)く座(ざ)し、茶(ちゃ)を献(けん)ぜん」と言う。行者言う、「我は還(ま)た曾(かつ)て汝が茶(ちゃ)を吃(の)まざるに、汝は倒(かえ)って先(ま)ず我が酒(さけ)を吃(の)んだり!」 龍王笑って言う、「大聖は一向(ひたすら)仏門(ぶつもん)に皈依(きえ)し、葷酒(くんしゅ=なまぐさとさけ)を動(うごか)されぬに、却(かえ)って幾時(いつ)か我を請(こ)うて酒を吃(の)ませられたるか?」 行者言う、「汝は便(すなわ)ち曾て往(ゆ)きて酒を吃(の)まずとも、只(た)だ是れ一箇の酒を吃(の)むの罪名(つみ)を惹(ひ)き下(おろ)したり」 敖順(ごうじゅん)大いに驚(おどろ)いて言う、「小龍(しょうりゅう)何(なん)の故(ゆえ)にか罪(つみ)有らんや?」 行者は袖中(しゅうちゅう)より簡帖児(ふみ)を取(と)り出(いだ)し、龍王に遞(わた)した。龍王これを見るや、魂(たましい)飛(と)び魄(たま)散(ち)り、慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(お)りて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う: 「大聖、罪(つみ)を恕(ゆる)されたい! あの厮(やつ)は是れ舎妹(しゃまい=めい)の第九(だいく)の儿子(こ)なり。妹夫(まいふ=むこ)の風雨(ふうう)を錯(あやま)り行(おこな)い、雨数(うすう)を刻(きざ)み減(へ)らしたるに因(よ)りて、天曹(てんそう)に降旨(こうし)せられ、人曹官魏征丞相(じんそうかんぎちょうじょうしょう)をして夢(ゆめ)の裡(うち)に斬(き)らしめられたり。舎妹(しゃまい)は身(み)を安(やす)んずる処(ところ)無(な)く、是れ小龍(しょうりゅう)が彼を帯(つ)れて此(ここ)に到(いた)り、恩(おん)を以(もっ)て養(やしな)い人(ひと)と成(な)したるなり。前年(ぜんねん)不幸(ふこう)にも舎妹疾故(しっこ=やまいしてし)し、惟(ただ)彼のみ方(よんどころ)無く居住(きょじゅう)せしに、我は彼をして黒水河(こくすいが)に在(あ)りて性(せい)を養(やしな)い真(しん)を修(おさ)めしめたり。期(おも)わずや彼はこの悪孽(あくげつ=わるざい)を作(な)したるか。小龍、すなわち人(ひと)を差(つか)わして往(ゆ)きて彼を擒(とら)え来(きた)らしめん」 行者言う、「汝が令妹(れいまい=いもうと)には共(あいとも)に幾箇(いくたり)の賢郎(けんろう=りっぱなむすこ)有るか? 都(みな)何処(いずこ)に在(あ)りて怪(かい)を作(な)すか?」 龍王言う、「舎妹には九箇の儿子(こ)有り。あの八箇は都(みな)是れ好(よ)き者(もの)なり。第一(だいいち)の小黄龍(しょうこうりゅう)は、見(いま)淮瀆(わいとく)に居(お)り;第二(だいに)の小驪龍(しょうりりゅう)は、見(いま)済瀆(さいとく)に住(す)み;第三(だいさん)の青背龍(せいはいりゅう)は、江瀆(こうとく)を占(せん)し;第四(だいし)の赤髯龍(せきぜんりゅう)は、河瀆(かとく)を鎮守(ちんしゅ)し;第五(だいご)の徒労龍(とうろうりゅう)は、仏祖(ぶっそ)と与(とも)に鐘(かね)を司(つかさど)り;第六(だいろく)の穏獣龍(おんじゅうりゅう)は、神宮(しんぐう)と与に脊(せぼね)を鎮(しず)め;第七(だいしち)の敬仲龍(けいちゅうりゅう)は、玉帝(ぎょくてい)と与に擎天華表(けいてんかひょう)を守(まも)り;第八(だいはち)の蜃龍(しんりゅう)は、大家兄(だいかけい=長兄)の処(もと)に在りて太岳(たいがく)を砥拠(ていきょ=ささえまも)る。此(これ)乃ち第九(だいく)の鼉龍(だりゅう)にして、年幼(としおさな)くして甚(なん)の執事(しつじ=つとめ)も無きに因(よ)り、旧年(きゅうねん)より才(はじ)めて彼をして黒水河(こくすいが)に居(お)りて性を養(やしな)わしめ、名(な)の成(な)るを待(ま)ちて、別(べつ)に遷(うつ)し調(ちょう)用(よう)せんとせしに、誰(たれ)か知(し)らん、彼は吾が旨(むね)を遵(したが)わずして大聖に冲撞(ぶつか)りたるとは」 行者、この言(ことば)を聞き、笑って言う、「汝が妹妹(いもうと)には幾箇の妹丈(まいじょう=むこ)有るか?」 敖順(ごうじゅん)言う、「只(た)だ一箇の妹丈を嫁(とつ)ぎ得(え)たるのみ、乃(すなわ)ち涇河龍王(けいがりゅうおう)なり。向年(むかし)已(すで)に此(ここ)に斬(き)られ、舎妹(しゃまい)は孀居(そうきょ=やもめぐらし)して此(ここ)に在(あ)りしが、前年(ぜんねん)疾故(やまいしてし)たり」 行者言う、「一夫一妻(いっぷいっさい)なるに、如何(どう)してこの幾箇の雑種(ざっしゅ=あいのこ)を生(う)みしや?」 敖順(ごうじゅん)言う、「此(これ)を正(まさ)に『龍(りゅう)九種(きゅうしゅ)を生(う)み、九種(きゅうしゅ)各(おのおの)別(べつ)なり』と謂(い)うなり」  行者言う、「我は才(さっき)心中(むねのうち)煩悩(はんのう)し、簡帖(ふみ)を証(しょう)と為(な)し将(も)って天庭(てんてい)へ上奏(じょうそう)し、汝に箇の通同(つうどう=ぐる)にして怪(かい)を作(な)し、人口(じんこう)を搶奪(そうだつ)せるの罪(つみ)を問(と)わんと欲(ほっ)せしが、汝が言(いう)ところに拠(よ)れば、是れあの厮(やつ)の教誨(きょうかい=おしえ)を遵(したが)わざるなり。我、且(しばら)く汝をこの次(たび)は饒(ゆる)さん:一則(ひとつ)は是れ汝が昆玉(こんぎょく=きょうだい)の分(ぶん)を看(み)るが為、二来(ふたつ)には只(た)だ該(まさ)にあの厮(やつ)の年幼(としおさな)くして無知(むち)なるを怪(とが)むべきのみ、汝もまた甚(はなは)だはこれを知情(し)らざりしなり。汝、快(はよ)う人を差(つか)わして擒(とら)え来(きた)らせ、我が師父を救(すく)え! また区処(しょち)を作(な)さん」 敖順はすなわち太子摩昂(たいしまこう)を喚(よ)んだ、「快(はよ)う五百(ごひゃく)の蝦魚(かぎょ)の壮兵(そうへい)を点(てん)じ、小鼉(しょうだ)を将(も)って捉(とら)え来(きた)りて罪(つみ)を問(と)え!」 一壁廂(かたわら)に酒席(しゅせき)を安排(ととの)え、大聖(たいせい)と与(とも)に礼(れい)を陪(ともな)わんとす。行者言う、「龍王よ、再(ふたた)び多心(たしん)すること勿(なか)れ。既(すで)に講(いいひら)き開(あ)けて汝を饒(ゆる)したればすなわち罷(や)めよ。又(ま)た何(なん)ぞ酒(さけ)を弁(もう)くるを須(もち)いんや? 我、今(いま)須(すべから)く汝が令郎(れいろう=むすこ)と同じく回(かえ)るべし::一則(ひとつ)は老師父(ろうしふ)の愆(つみ)に遭(あ)えるが為、二則(ふたつ)は我が師弟(してい)の盼望(まちのぞ)めるが為なり」  かの老龍(ろうりゅう)は苦(くるしみ)て留(とど)むること住(とど)まらず、また龍女(りゅうにょ)の茶(ちゃ)を捧(ささ)げて来(きた)り献(けん)ずるを見(み)る。行者は立(た)ちて彼が一盞(ひとつ)の香茶(こうちゃ)を飲(の)み、老龍に別(わか)れ、すなわち摩昂(まこう)と与(とも)に兵(へい)を領(ひき)い、西海(せいかい)を離(はな)れた。早(はや)くも黒水河(こくすいが)の中(うち)に到(いた)るや、行者言う、「賢太子(けんたいし)よ、好(よ)く生(よく)怪(かい)を捉(とら)えよ。我は岸(きし)へ上(のぼ)りに往(ゆ)くぞ」 摩昂(まこう)言う、「大聖、心(こころ)を寛(ひろ)くせられよ。小龍子(しょうりゅうし)彼を拿(とら)え上(あ)げて先(ま)ず大聖に見(まみ)え、彼が罪名(ざいみょう)を懲治(こら)し、師父を送(おく)り上(あ)げて、才(はじ)めて敢(あえ)て帯(つ)れ回(かえ)りて海内(かいだい)に往(ゆ)き、我が家父(かふ=ちち)に見(まみ)えん」 行者は欣然(きこころよく)として相別(わか)れ、避水訣(ひすいのじゅつ)を捏(ひね)り、波津(はつ=なみ)を跳(と)び出(い)で、径(ただ)ちに東辺(とうへん)の崖(がけ)の上(うえ)に到(いた)った。沙僧(さそう)とあの河神(がしん)は迎(むか)えて言う、「師兄(あにじゃ)よ、汝は去(ゆ)かるる時(とき)は空(そら)より去(い)でられしに、怎(どう)して回(かえ)らるるには却(かえ)って河内(かだい)より回(かえ)られたるか?」 行者はあの魚精(ぎょせい)を打(う)ち殺(ころ)し、簡帖(ふみ)を得(え)、龍王(りゅうおう)に見(まみ)え、太子(たいし)と与(とも)に兵を領(ひき)いて来(きた)れるの事(こと)を、備(つぶさ)に陳(の)べた一遍(ひととおり)なり。沙僧は十分(じゅうぶん)に歓喜(よろこ)んだ。都(みな)岸辺(がんぺん)に立(た)ちて、師父を候(ま)ち接(むか)うることはさておく。  さて、かの摩昂太子(まこうたいし)は介士(かいし=つわもの)をして先(ま)ず彼が水府(すいふ)の門前(もんぜん)に到(いた)らしめ、妖怪(ようかい)に報(ほう)じて言わしめた: 「西海老龍王太子摩昂(せいかいろうりゅうおうたいしまこう)が来(み)られたり」 かの怪、正(まさ)に坐(ざ)しておるに、忽然(たちまち)摩昂の来(きた)れると聞(き)き、心中(むねのうち)疑惑(ぎわく)して言う、「我は黒魚精(こくぎょせい)を差(つか)わして簡帖(ふみ)を投(とう)じ二舅爺(にきゅうや)を拝請(はいせい)せしめたるに、この早晚(このごろ)回話(へんじ)の見(み)えざるは怎(どう)したことか。舅爺(おじ)は来(こ)られずして、却(かえ)って是れ表兄(いとこ)の来(きた)れるは?」 正(まさ)に説(い)う間(あいだ)に、只(た)だ見る、かの巡河(じゅんか)の小怪(しょうかい)のまた来(きた)りて報ずる、「大王、河(かわ)の内(うち)に一枝(ひとえだ)の兵(へい)有り、水府(すいふ)の西(にし)に屯(たむろ)し、旗号(きごう)の上(うえ)に書(か)きて『西海儲君摩昂小帥(せいかいちょくんまこうしょうすい)』と有り」 妖怪(ようかい)言う、「この表兄(いとこ)は却(かえ)ってまた狂妄(きょうもう=おごりたかぶり)よ:想(おも)うに是れ舅爺(おじ)の来(きた)るを得(え)ずして、彼を命(めい)じて宴(えん)に赴(おもむ)かしめたるならん。既(すで)に是れ宴(うたげ)に赴(おもむ)くに、如何(どう)して又(ま)た兵(へい)を領(ひき)い士(つわもの)を労(ろう)するか? 咳(ああ)! 但(た)だ恐(おそ)るるは其(そ)の間(あいだ)に故(わけ)有らんことを」  教(さと)す、「小者(こもの)ども、我が披挂(よろい)・鋼鞭(こうべん)を将(も)って伺候(したく)せよ。恐(おそ)らくは一時(ひととき)に変暴(へんぼう=にわかのあらそい)あらん。我をして且(しばら)く出(い)で往(ゆ)きて彼を迎(むか)え、是れ如何(いかん)なるかを看(み)しめよ」 衆妖(しゅうよう)は命(めい)を領(う)け、一箇一箇(めいめい)掌(てのひら)を擦(こす)り拳(こぶし)を摩(す)って準備(したく)した。  この鼉龍(だりゅう)門を出(い)で得(え)て、真(まこと)に一枝(ひとえだ)の海兵(かいへい)の右(みぎ)に札営(さえい=とりでをし)けるを見(み)るに、只(た)だ見る: 征旗(せいき)は繡帯(しゅうたい)を飄(ひるがえ)し、画戟(がげき)は明霞(めいか)を列(つら)ぬる。宝剣(ほうけん)光彩(こうさい)を凝(こ)らし、長槍(ちょうそう)は纓(えい)花(はな)を繞(めぐ)らす。弓(ゆみ)は弯(そ)りて月(つき)の小(ちいさ)きが如(ごと)く、箭(や)は插(さ)して狼牙(ろうが)に似(に)たり。大刀(だいとう)光(ひかり)燦燦(さんさん)たり、短棍(たんこん)硬(かた)く沙沙(ささ)たり。鯨(くじら)・鼇(おおがめ)并(ならび)に蛤蚌(こうぼう)、蟹鼈(かいべつ)共(とも)に魚蝦(ぎょか)。大小(だいしょう)斉(ひと)しく斉(ととの)いて擺(なら)び、干戈(かんか)は密麻(みつま=びっしり)の似(ごと)し。元戎(げんじゅう=たいしょう)の令(れい)に非(あら)ずんば、誰(たれ)か敢(あえ)て乱(みだ)りに爬喳(はいざわめ)かんや!  鼉怪(だけ)これを見て、径(ただ)ちにかの営門(えいもん)の前(まえ)に至(いた)り、声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んだ、「大表兄(だいひょうけい)よ、小弟(しょうてい)此処(ここ)に在(あ)りて拱候(まちう)けたてまつる。請(しょう)ずる有り」 一箇の巡営(じゅんえい)の螺螺(らら=かいたま)有り、急ぎ中軍帳(ちゅうぐんちょう)に至(いた)りて、「千歳殿下(せんざいでんか)に報(ほう)ず、外(そと)に鼉龍(だりゅう)の叫(よ)び請(しょう)ずる有り」と言う。太子(たいし)は頂上(ちょうじょう)の金盔(きんかい)を一(ひと)たび按(おさ)え、腰間(ようかん)の宝帯(ほうたい)を一(ひと)たび束(しば)り、手(て)に一根(ひとすじ)の三稜簡(さんりょうかん)を提(ひっさ)げ、歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(ひら)き、営(とりで)を跑(はし)り出(い)でて言う、「汝は我を請(こ)うて怎(なん)とせんとするか?」 鼉龍(だりゅう)は礼(れい)を進(すす)めて言う、「小弟(しょうてい)今朝(けさ)簡帖(ふみ)有りて舅爺(きゅうや)を拝請(はいせい)いたしたるに、想(おも)うに是れ舅爺の見棄(みす)てられ、表兄(ひょうけい)を着(つか)わされたるならん。兄長(けいちょう)既(すで)に来(きた)りて席(せき)に赴(おもむ)かるるに、如何(どう)して又(ま)た師(いくさ)を労(ろう)し衆(しゅう)を動(うご)かし、水府(すいふ)に入(い)らずして営(とりで)を此(ここ)に札(し)き、又(ま)た甲(よろい)を貫(つらぬ)き兵(へい)を提(ひっさ)ぐるは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 太子言う、「汝は舅爺(おじ)を請(こ)うて甚(なん)と做(な)さんとするか?」 妖怪言う、「小弟は一向(これまで)恩(おん)を蒙(こうむ)りて此処(ここ)に居(お)ることを賜(たま)われり。久(ひさ)しく尊顔(そんがん)に別(わか)れ、未(いま)だ孝順(こうじゅん=おやこうこう)を得(え)ず。昨日(きのう)一箇の東土(とうど)の僧人(そうじん)を捉(とら)え得(えた)り。我、聞(き)けば彼は是れ十世修行(じっせしゅぎょう)の元体(げんたい)にして、人(ひと)彼を食(くら)えば、以(もっ)て寿(じゅ)を延(の)ぶ可(べ)しと。舅爺(おじ)を請(こ)いて看(み)られしめ、鉄籠(てつろう)に上(の)せて蒸(ふか)し熟(じゅく)し、舅爺と与(とも)に寿(じゅ)を暖(あたた)めんと欲(ほっ)するなり」 太子、喝(かつ)して言う、「この厮(やつ)十分(じゅうぶん)に懵懂(もうどう=ものしらず)なり! 汝はかの僧人(そうじん)を是れ誰(たれ)なると道(い)うか?」 妖怪言う、「彼は是れ唐朝(とうちょう)より来(きた)れる僧人(そうじん)、西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)くの和尚(おしょう)なり」 太子言う、「汝は只(た)だ彼を是れ唐僧(とうそう)なるを知(し)るのみにして、彼が手下(てした)の徒弟(でし)の利(き)き害(あし)きを知(し)らざるなり」 妖怪言う: 「彼に一箇の長嘴(ちょうし)の和尚(おしょう)有り、猪八戒(ちょはっかい)と喚(よ)ばるるが、我もまた彼を捉(とら)え住(とど)め、唐和尚(とうおしょう)と与(とも)に同じく蒸(ふか)して食(くら)わんとす。還(ま)た一箇の徒弟(でし)有り、沙和尚(さおしょう)と喚(よ)ばれ、乃(すなわ)ち是れ一条(ひとすじ)の黒漢子(くろおとこ)にして、晦気色臉(わいろいろのかお)、一根(ひとすじ)の宝杖(ほうじょう)を使(つか)う。昨日(きのう)この門の外(そと)に在りて我と師父(しふ)を討(もと)めしに、我が河兵(かへい)を帥(ひき)い出(いだ)し、一頓(ひとしきり)の鋼鞭(こうべん)にて、戦(たたか)いて彼をして陣(じん)に敗(やぶ)れて生(いのち)を逃(のが)れしめたれば、また怎(なん)の利き害(あし)きをも見(み)ず」 太子言う、「原来(もと)是れ汝の知(し)らざるなり! 彼には還(ま)た一箇の大徒弟(だいとでし)有り、是れ五百年前(むかし)天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がせし上方太乙金仙(じょうほうたいいつきんせん)斉天大聖(せいてんたいせい)なり。如今(いま)唐僧(とうそう)を保護(まも)って西天(さいてん)へ往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めしむ。是れ普陀岩(ふだがん)の大慈大悲(だいじだいひ)観音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)め、彼が為に名を改(あらた)めさせ、孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)と喚(よ)ばる。汝、怎(どう)して做(な)すことも無くしてこの件(くだり)の禍(わざわい)を撞(ひ)き出(いだ)したるか? 彼はまた我が海内(かいだい)に在りて汝が差人(つかい)に遇(あ)い、請帖(ふみ)を奪(うば)い、径(ただ)ちに水晶宮(すいしょうきゅう)に入(い)り、我が父子(おやこ)たちを拿捏(なあつ=せめたて)、妖邪(ようじゃ)と結連(けつれん)し人口(じんこう)を搶奪(そうだつ)するの罪(つみ)有りとせり。汝、快(はよ)う唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)を把(と)って河辺(かへん)へ送(おく)り上(あ)げ、孫大聖(そんたいせい)に交(わた)し還(かえ)せ。我を憑(たの)んで彼と与(とも)に礼(あやまり)を陪(ともな)わば、汝は還(ま)た好(よ)く性命(いのち)を得(え)ん。若(も)し半箇(すこし)の不字(いやということば)有らば、全(まっと)うに此処(ここ)に居(お)ることを得(え)んとは想(おも)うな!」  かの怪鼉(かいだ)この言(ことば)を聞き、心中(むねのうち)大いに怒(いか)って言う、「我と汝は嫡親(てきしん)の姑表(こひょう=いとこ)なるに、汝は倒(かえ)って反(かえ)って他人(ひと)を護(まも)るか? 汝が言(いう)ところを聴(き)けば、すなわち唐僧(とうそう)を送(おく)り出(いだ)せと教(さと)すが、天地間(てんちかん)に那(いずく)にこの等(よう)なる容易(たやす)き事(こと)有らんや!  汝は便(すなわ)ち彼を怕(おそ)るるも、莫成(まさか)我もまた彼を怕れんや? 彼若(も)し手段(てだて)有らば、敢(あえ)て我が水府(すいふ)の門前(もんぜん)に来(きた)り、我と交戦(こうせん)すること三合(さんがっ)せよ。我才(はじ)めて彼と師父を与(あた)えん。若(も)し我に敵(かな)い過(す)ぐる能(あた)わずんば、すなわち彼をも連(つれ)て拿(とら)え来(きた)り、一斉(いっせい)に蒸(ふか)し熟(じゅく)し、また甚(なん)の親人(しんじん)も無(な)く、また往(ゆ)きて客(きゃく)を請(こ)わず、自家(じぶん)で門を関(と)ざし、小(こもの)どもをして唱唱(うたい)舞舞(まわ)せしめ、我は上(うえ)に坐(ざ)して、自自在在(のんき)に、彼が娘(あばずれ)を食(くら)わんのみならずや!」 太子、説(いう)を見て、口(くち)を開(ひら)いて罵(ののし)って言う、「この潑邪(はつじゃ=暴けもの)は果(はた)して無状(ぶじょう=なっておらぬ)なり! 且(しばら)く孫大聖(そんたいせい)をして汝と敵(てき)に対(むか)わしめず、汝、敢(あえ)て我と相持(あいまみ)ゆるか?」 かの怪言う、「好漢(ますらお)と做(な)らんには、相持(あいまみ)ゆるの甚(なん)をか怕(おそ)れん!」 教(さと)す、「披挂(よろい)を取(と)れ!」 一声(ひとこえ)を呼(よ)び喚(よ)ぶや、衆(すべ)ての小妖(しょうよう)左右(さゆう)に跟随(したが)い、披挂(よろい)を献(けん)じ上(あ)げ、鋼鞭(こうべん)を捧(ささ)げ上(あ)ぐ。彼の二人(ふたり)は臉(かお)を変(か)え、各(おのおの)英雄(えいゆう)を逞(たくま)しくし;号令(ごうれい)を伝(つた)え、一斉(いっせい)に鼓(つづみ)を擂(う)つ。この一場(ひとしきり)は沙僧(さそう)と争(あらそ)い闘(たたか)いしに比(くら)べて、甚(はなは)だ是れ同じからず。但(ただ)しあのを見よ: 旌旗(せいき)照耀(しょうよう)し、戈戟(かげき)光(ひかり)を揺(ゆ)る。この壁廂(かたわら)には営盤(えいばん=とりで)解散(かいさん)し、かの壁廂には門戸(もんこ)開張(かいちょう)す。摩昂太子(まこうたいし)は金簡(きんかん)を提(ひっさ)げ、鼉怪(だけ)は鞭(べん)を輪(めぐ)らして急(いそ)ぎ架(か)え償(むく)う。一声(ひとこえ)の炮(ほう)響(ひび)きて河兵(かへい)烈(はげ)しく、三棒(さんぼう)の鑼(ら)鳴(な)りて海士(かいし)狂(くる)う。蝦(えび)と蝦(えび)争(あらそ)い、蟹(かに)と蟹(かに)闘(たたか)う。鯨鼇(けいごう)は赤鯉(せきり)を呑(の)み、鯾鮊(べんはく)は黄鱨(こうしょう)を起(おこ)す。鲨鯔(さし)は鮆(さい)を吃(くら)い鯖魚(さば)走(に)げ、牡蠣(ぼれい)は蛏(てい)を擒(とら)え蛤蚌(こうぼう)慌(あわ)てる。少揚(しょうよう)の刺(とげ)は硬(かた)くして鉄棍(てっこん)の如(ごと)く、鱑司(こうし)の針(はり)は利(するど)きこと鋒芒(ほうぼう)に似(に)たり。鮃鱑(へいこう)は白蟮(はくぜん)を追(お)い、鱸鱠(ろかい)は烏鯧(うしょう)を捉(とら)う。一河(いちが)の水怪(すいかい)高下(こうげ)を争(あらそ)い、両処(りょうしょ)の龍兵(りゅうへい)弱強(じゃくきょう)を定(さだ)む。混戦(こんせん)多時(しばらく)にして波浪(はろう)滚(まろ)び、摩昂太子(まこうたいし)は金剛(こんごう)に賽(まさ)る。金簡(きんかん)当頭(とうとう)に重(おも)きを一声(ひとこえ)喝(かつ)し、妖鼉(ようだ)の怪王(かいおう)を作(な)すを拿(とら)え住(とど)めたり。  この太子(たいし)は三稜簡(さんりょうかん)を将(も)って一箇の破綻(すき)を閃(ひるがえ)したるに、かの妖精は是れ詐(いつわり)なるを知(し)らず、潜(もぐ)り将(つ)れ入(い)り来(きた)るや、彼が一箇の解数(わざ)を使(つか)い、妖精が右臂(うわん)を把(と)って、只(た)だ一簡(ひとつ)に、打(う)ちて箇の躘踵(りゅうしょう=よろめき)を成(な)し、趕(お)い前(すす)み出(い)で、また一(ひと)たび脚(あし)を拍(う)つや、地(ち)に跌(ころ)び倒(たお)れた。衆(すべ)ての海兵(かいへい)は一(ひと)せいに擁(おしよ)せ上前(すす)み、揪(つか)み翻(ひるがえ)し住(とど)め、繩(なわ)を将(も)って双手(もろて)を背(うしろ)に绑(しば)り、鉄索(てっさく=くさり)を将(も)って琵琶骨(びわこつ)を穿(つらぬ)き、岸(きし)の上(うえ)へ拿(とら)え上(あ)げ、孫行者(そんぎょうじゃ)の面前(めんぜん)へ押(お)し至(いた)りて言う、「大聖(たいせい)よ、小龍子(しょうりゅうし)妖鼉(ようだ)を捉(とら)え住(とど)めたり。請(こ)う、大聖の定奪(さだめ)を」  行者と沙僧(さそう)はこれを見て言う、「この厮(やつ)は旨令(しれい)を遵(したが)わず。汝が舅爺(おじ)は原(もと)汝をして此処(ここ)に居(お)り居住(きょじゅう)せしめ、汝に性(せい)を養(やしな)い身(み)を存(たも)たしめ、汝が名(な)の成(な)るの日(ひ)を待(ま)ちて、別(べつ)に遷(うつ)し用(よう)いらるる有らんとせられしに、汝は怎(どう)して強(し)いて水神(すいしん)の宅(いえ)を占(せん)し、勢(いきおい)に倚(よ)りて凶(きょう)を行(おこな)い、心(こころ)を欺(あざむ)き上(かみ)を誑(あざむ)き、玄虚(げんきょ=たくらみ)を弄(ろう)して、我が師父(しふ)・師弟(してい)を騙(かた)りしか? 我、汝をしてこの一棒(ひとぼう)を打(う)たんと待(ま)てるに、奈何(いかん)せん老孫がこの棒子(ぼう)は甚(はなは)だ重(おも)く、略(いささ)か打(う)ち打(う)てばすなわち性命(いのち)を了(おわ)らしめん。  汝、我が師父(しふ)を将(も)って何処(いずこ)に安(やす)んじたるか?」 かの怪は頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて住(とど)まずして言う、「大聖(たいせい)よ、小鼉(しょうだ)は大聖の大名(たいめい)を知(し)らず、却(かえ)って才(いま)表兄(ひょうけい)に逆(さから)い、強(つよ)みを骋(は)せ理(ことわり)に背(そむ)き、表兄(いとこ)に我を拿(とら)え住(とど)められたり。今(いま)大聖に見(まみ)え、幸(さいわ)いに大聖の殺(ころ)さざるの恩(おん)を蒙(こうむ)り、感(かん)謝(しゃ)すること尽(つ)きず。汝が師父(しふ)は還(ま)たあの水府(すいふ)の間(あいだ)に捆(くく)られておる。望(ねがわく)は大聖の我が鉄索(てっさく)を解(と)き、我が手(て)を放(はな)されんことを。我をして河(かわ)の中(うち)へ到(いた)りて彼を送(おく)り出(いだ)さしめよ」 摩昂(まこう)は旁(かたわら)に在りて言う、「大聖(たいせい)よ、この厮(やつ)は是れ一箇の逆怪(ぎゃっかい=さからうあくま)にして、彼は極(きわ)めて奸詐(かんさ=わるがしこ)し。若(も)し彼を放(はな)たば、恐(おそ)らくは悪念(あくねん)を生(しょう)ぜん」 沙和尚(さおしょう)言う、「我は彼が那(あ)の処(ところ)を認(みと)めておる。我をして師父を尋(たず)ねに往(ゆ)かしめよ」 彼の二人(ふたり)は水(みず)の中(うち)へ跳(と)び入(い)り、径(ただ)ちに水府(すいふ)の門前(もんぜん)に至(いた)るに、那里(そこ)の門扇(もんせん)は大(おお)いに開(ひら)き、更(さら)に一箇の小卒(こそつ)も無(な)し。直(ただ)ちに亭台(ていだい)の裡(うち)へ入(い)るに、唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)の、赤条条(まるはだか)に都(みな)そこに捆(くく)られておるを見(み)た。沙僧はすなわち忙(いそ)ぎ師父を解(と)き、河神(がしん)もまた随(したが)って八戒(はっかい)を解(と)き、一家(めいめい)一箇(ひとり)を背負(おぶ)うて水(みず)の面(おもて)を出(い)で、径(ただ)ちに岸辺(がんぺん)に至(いた)った。猪八戒(ちょはっかい)はあの妖精(ようせい)の鎖(くさり)に绑(しば)られて側(かたわら)に在るを見(み)るや、急ぎ鈀(は)を掣(ひっさ)げて上前(すす)み出(い)でてすなわち築(つ)き、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って言う、「潑邪畜(はつじゃちく=暴けけだもの)め! 汝、如今(いま)は我を食(くら)わぬか?」 行者は扯(ひ)き住(とど)めて言う、「兄弟(おとうと)よ、且(しばら)く彼が死罪(しざい)を饒(ゆる)せよ。敖順(ごうじゅん)が賢父子(けんおやこ)の情(なさけ)を看(み)よ」 摩昂(まこう)は礼(れい)を進(すす)めて言う、「大聖(たいせい)よ、小龍子(しょうりゅうし)敢(あえ)て久(ひさ)しく停(とど)まらず。既(すで)に汝が師父を救(すく)い得(えた)れば、我はこの厮(やつ)を帯(つ)れ去(い)って家父(ちち)に見(まみ)えん;大聖の彼が死罪(しざい)を饒(ゆる)されたもうとも、家父は決(けっ)して彼が活罪(かつざい=いきながらえるつみ)を饒(ゆる)されず、定(きっ)と発落(ほうらく=しょぶん)の処置(しょち)有りて、仍(また)大聖に回復(へんじ)して罪(つみ)を謝(あやま)らるべし」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、汝、彼を領(ひき)いて去(ゆ)け。多(おお)く令尊(れいそん=ちちうえ)に拝上(もうしあ)げよ、尚(なお)面(おもて)して謝(あやま)るを容(ゆる)されよ」 かの太子(たいし)はあの妖鼉(ようだ)を押(おさ)え、水(みず)の中(うち)へ投(とう)じ、海兵(かいへい)を帥(ひき)い、径(ただ)ちに西洋大海(せいようたいかい)へ転(てん)じることはさておく。  さて、かの黒水河神(こくすいがしん)は行者に謝(あやま)って言う、「多(おお)く大聖の水府(すいふ)を復(ふく)し得(え)たるの恩(おん)を蒙(こうむ)りましたり!」  唐僧(とうそう)言う、「徒弟(でし)よ、如今(いま)還(ま)た東岸(とうがん)に在(あ)るに、如何(どう)してこの河(かわ)を渡(わた)らんや?」 河神(がしん)言う、「老爺(ろうや=だんなさま)、慮(おもんばか)りたもうな。且(しばら)く請(こ)う馬に上(の)られよ。小神(しょうしん)路(みち)を開(ひら)き、老爺(だんな)を引(みちび)きて河(かわ)を過(わた)らしめん」 かの師父(しふ)は才(はじ)めて白馬(はくば)に騎(の)り、八戒(はっかい)は繮縄(たづな)を采(と)り、沙和尚(さおしょう)は行李(こうり)を挑(にな)い、孫行者(そんぎょうじゃ)は左右(さゆう)を扶持(たす)けたまう。只(た)だ見る、河神(がしん)は阻水(そすい)の法術(ほうじゅつ)を作(な)し起(おこ)し、上流(じょうりゅう)を将(も)って擋(ふさ)ぎ住(とど)めた。須臾(しばらく)にして下流(かりゅう)は撤(ひ)き乾(から)され、一条(ひとすじ)の大路(おおみち)を開(ひら)き出(いだ)した。師徒(しと)たちは西辺(にし)を過(よぎ)り行(ゆ)き、河神(がしん)に謝(あやま)り、崖(がけ)に登(のぼ)って路(みち)に上(のぼ)った。これを正(まさ)に是れ: 禅僧(ぜんそう)救(すく)い有りて西域(せいいき)に来(きた)り、徹地(てっち)に波(なみ)無(な)くして黒河(こくが)を過(わた)る。  畢竟(つい)に怎(いか)にしてか仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むることを得(う)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。 第四十四回 法身(ほっしん)元運(げんうん)に車力(しゃりき)に逢い 心正(しんせい)にして妖邪(ようじゃ)脊関(せきかん)を度(わた)る  詩に曰(いわ)く: 経(きょう)を求(もと)めて障(さわり)を脱(のが)れて西(にし)に向(むか)い游(ゆ)く、無数(むすう)の名山(めいざん)尽(つ)きて休(や)まず。兔(う)走(はし)り鳥(とり)飛(と)んで昼夜(ちゅうや)を催(うなが)し、鳥(とり)啼(な)き花(はな)落(お)ちて自(おのずか)ら春秋(しゅんじゅう)なり。微塵(みじん)の眼底(がんてい)三千界(さんぜんがい)、錫杖(しゃくじょう)の頭辺(とうへん)四百州(しひゃくしゅう)。水(みず)に宿(やど)り風(かぜ)を餐(くら)うて紫陌(しはく=みやこじ)に登(のぼ)る、未(いま)だ期(き)せず何(いず)れの日(ひ)か是(こ)れ回頭(かいとう=かえるとき)ならんとは。  話(ものがた)り説(い)わく、唐三藏(とうさんぞう)は幸(さいわ)いに龍子(りゅうし)の妖(よう)を降(くだ)し、黒水河神(こくすいがしん)の路(みち)を開(ひら)かれしに虧(よ)りて、師徒(しと)たちは黒水河(こくすいが)を過(わた)り、大路(おおみち)を找(たず)ねて一直(ひたすら)に西(にし)へ来(きた)った。真に是れ風(かぜ)を迎(むか)え雪(ゆき)を冒(おか)し、月(つき)を戴(いただ)き星(ほし)を披(き)、行(ゆ)くこと彀(た)うること多時(ひさし)く、また早春(そうしゅん)の天気(てんき)に値(あ)う。但(ただ)し見る、三陽(さんよう)運(うん)を転(てん)じ、万物(ばんぶつ)輝(かがや)きを生(しょう)ず。 三陽(さんよう)運を転じ、満天(まんてん)明媚(めいび)として図画(とが)を開(ひら)き;万物輝きを生じ、遍地(へんち)芳菲(ほうひ)として繡茵(しゅういん)を設(もう)く。 梅(うめ)は残(のこ)る数点(すうてん)の雪(ゆき)、麦(むぎ)は漲(みなぎ)る一川(いっせん)の雲(くも)。漸(ようや)く冰(こおり)解(と)けて山泉(さんせん)溜(りゅう)し、尽(ことごと)く萌芽(ほうが)を放(はな)ちて焼痕(しょうこん)を没(ぼっ)す。正(まさ)に是れ那(か)の太昊(たいこう)震(しん)に乗(じょう)じ、勾芒(こうぼう)辰(しん)を御(ぎょ)し、花香(かこう)風気(ふうき)暖(あたたか)かに、雲淡(うす)く日光(にっこう)新(あらた)なり。道旁(みちばた)の楊柳(ようりゅう)は青眼(せいがん)を舒(の)べ、膏雨(こうう)万象(ばんしょう)の春(はる)を滋生(じょうせい)す。  師徒たちは路上(みち)に在りて景色(けいしき)を游観(みあそ)び、馬(うま)を緩(ゆる)めて行(ゆ)くに、忽然(たちまち)一声(ひとこえ)の吆喝(さけび)を聴(き)く。好(よ)きかな便(すなわ)ち千万人(せんまんにん)の吶喊(とっさく)の声(こえ)に似(に)たり。唐三藏は心中(むねのうち)怕(おそ)れ、馬を兜(ひ)き住(とど)めて前進(すす)むこと能(あた)わず、急ぎ頭を回(めぐ)らして言う、「悟空(ごくう)よ、是れ何処(いずこ)のこの等(よう)なる響振(ひびき)ぞ?」 八戒言う、「好(よ)く一(ひと)つの地裂(ちれつ)山崩(さんほう)に似(に)たり」 沙僧言う、「またすなわち雷声(らいせい)霹靂(へきれき)の如(ごと)し」 三蔵言う、「還(ま)た是れ人(ひと)の喊(さけ)び馬(うま)の嘶(いなな)きならん」 孫行者笑って言う、「汝らは都(みな)猜(あて)り着(あ)てず。且(しばら)く住(とど)まれ、老孫の看(み)て是れ如何(いかん)なるかを待(ま)て」  好(よ)き行者かな、身を将(も)って一(ひと)たび縦(はな)ち、雲光(うんこう)を踏(ふ)んで空中(くうちゅう)に起(おこ)り、眼(め)を睜(みひら)いて観看(みわた)すに、遠(とお)くに一座(ひとつ)の城池(じょうち)を見(み)る。また近(ちか)く覷(み)れば、倒(かえ)ってまた祥光(しょうこう)隠隠(いんいん)として、甚麼(なん)の凶気(きょうき)の紛紛(ふんぷん)たるも見(み)えず。行者は暗(ひそ)かに自(おのずか)ら沉吟(しんぎん=おもいめぐら)して言う、「好(よ)き処(ところ)かな! 如何(どう)して響声(ひびき)の耳(みみ)を振(ふる)わす有らんや? かの城(しろ)の中(うち)にはまた旌旗(せいき)の闪灼(せんしゃく=ひらめき)も戈戟(かげき)の光明(こうみょう)も無く、また是れ炮声(ほうせい)の響振(ひびき)ならず、何(なん)を以(もっ)てか人馬(じんば)の喧嘩(けんか)するが若(ごと)くならんや?」 正(まさ)に議(はか)る間(あいだ)に、只(た)だ見る、かの城門(じょうもん)の外(そと)に、一塊(ひとかたまり)の沙灘(さたん=すなはま)の空地(くうち)有り、許多(あまた)の和尚(おしょう)を群(むら)がり集(あつ)まらせ、そこに在りて車児(くるま)を扯(ひ)いておる。  原来(もと)是れ一斉(いっせい)に力(ちから)を着(つ)けて号(かけごえ)を打(う)ち、斉(ひと)しく「大力王菩薩(だいりきおうぼさつ)」と喊(さけ)ぶに因(よ)りて、唐僧(とうそう)を驚(おどろ)かし動(うご)かしたるなり。行者は漸々(ようやく)雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)して看(み)る処(ところ)、呀(ああ)! あの車子(くるま)に装(つ)みたるは都(みな)是れ磚(かわら)・瓦(かわら)・木植(ぼくしょく=ざいもく)・土坯(どへい=れんが)の類(たぐい)なり;灘頭(たんとう)の坡坂(ははん=さか)最(もっと)も高(たか)く、また一道(ひとすじ)の夾脊小路(きょうせきしょうろ=せすじのようなこみち)有り、両座(ふたつ)の大関(たいかん)、関下(かんか)の路(みち)は都(みな)是れ直立(ちょくりつ)壁陡(へきとう=がけのごとき)の崖(がけ)なれば、あの車児(くるま)怎(どう)して引(ひ)き上(あ)ぐることを得(え)んや? 天色(てんしょく)の和暖(わだん)なると雖(いえど)も、かの人(ひと)らは却(かえ)ってまた衣衫(いさん)藍縷(らんる=ぼろ)として、この象(さま)を看(み)れば十分(じゅうぶん)に窘迫(きんぱく=くるしみ)せり。行者は心疑(うたが)って言う、「想(おも)うに是れ寺院(じいん)を修蓋(しゅうがい=ふしん)するならん。彼が此処(ここ)は五穀豊登(ごこくほうとう)にて、雑工人(ざっくにん=人足)を尋(たず)ね出(いだ)し得(え)ざるが故(ゆえ)に、この和尚(おしょう)たち親(みずか)ら努(つと)め力(ちから)めるならん」 正(まさ)に自(おのずか)ら猜疑(さいぎ=あてずいっぽう)して未(いま)だ定(さだ)まらざるに、只(た)だ見る、かの城門(じょうもん)の裡(うち)より、揺揺擺擺(よろよろと)として、両箇(ふたり)の少年(しょうねん)の道士(どうし)が走出(あるきい)で来(きた)る。汝(なんじ)看よ、彼は怎(いか)に打扮(いでたち)せるか、但(ただ)しそれを見よ: 頭(こうべ)に星冠(せいかん)を戴(いただ)き、身(み)に錦繡(きんしゅう)を披(き)る。頭に戴く星冠は光耀耀(こうようよう)たり、身に披る錦繡は彩霞(さいか)飄(ただよ)う。足(あし)に踏(ふ)むは雲頭履(うんとうり)、腰(こし)に系(し)むるは熟糸縧(じゅくしとう=ねいとのおび)。面(かお)は満月(まんげつ)の如(ごと)くして多く聡俊(そうしゅん=りこう)に、形(かたち)は瑶天(ようてん)の仙客(せんかく)に似(に)て嬌(なまめ)かし。  かの和尚(おしょう)たち、道士の来(きた)るを見るや、一箇一箇(めいめい)心驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、力(ちから)を倍(ばい)し加(くわ)え、恨(うら)み苦(くる)しげにあの車子(くるま)を引(ひ)く。行者はすなわち暁(さと)り得(え)たり:「咦(おや)! 必(かなら)ずやこの和尚(おしょう)たちはあの道士(どうし)を怕(おそ)れておるならん。然(しか)らずんば啊(や)、怎(どう)してこの等(よう)に力を着けて引(ひ)き扯(ひ)かんや? 我、曾(かつ)て人の言(ことば)を聴(き)けり、西方(さいほう)の路上(みちじょう)に、一箇の敬道滅僧(けいどうめっそう=道をうやまい僧をほろぼす)の処(ところ)有りと。断(かなら)ず此間(ここ)は是(こ)れなり。我、回(かえ)りて師父(しふ)に報(ほう)ぜんと待(ま)てど、奈何(いかん)せん事(こと)の明白(めいはく)ならざれば、返(かえ)って彼が我を怪(とが)むるを惹(ひ)き起(おこ)さん。敢(あえ)て道(い)わんや、この等(よう)なる一箇の伶俐(れいり=りこう)の之人(ひと)にして、すなわち実信(じっしん=たしかなききこみ)を探(さぐ)ること能(あた)わざらんや? 且(しばら)く下(お)りて往(ゆ)きて問(と)い得(え)て明白(あきらか)ならんを待(ま)ち、好(よ)く回(かえ)りて師父に話(ことば)せん」  汝(なんじ)は彼の誰(たれ)に来(きた)りて問(と)うと道(い)うか? 好(よ)き大聖かな、雲頭(うんず)を按(おさ)え落(おと)し、郡城(ぐんじょう)の脚(ふもと)へ去(ゆ)き、身を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、変じて箇(ひとり)の游方(ゆうほう=雲水)の雲水全真(うんすいぜんしん=雲水の道士)と做(な)り、左臂(さひじ)の上に一箇の水火籃児(すいかご)を挂(か)け、手(て)に漁鼓(ぎょこ=つづみ)を敲(たた)き、口(くち)に道情詞(どうじょうし=道教のうた)を唱(うたい)、城門(じょうもん)に近(ちか)づき、両箇の道士を迎(むか)え、当面(まのあたり)に身を躬(かが)めて言う: 「道長(どうちょう)よ、貧道(ひんどう=われ)起手(きしゅ=あいさつ)したてまつる」 かの道士は礼(れい)を還(かえ)して言う、「先生(せんせい)は何処(いずこ)より来(きた)られたるか?」 行者言う: 「我が弟子(でし)は海角(かいかく)に雲游(うんゆう)し、天涯(てんがい)に浪蕩(ろうとう=さすら)う;今朝(けさ)此処(ここ)に来(きた)り、善人家(ぜんにんけ=ほどこしをするいえ)に募(つの)らんと欲(ほっ)す。  動(どう)じて問(とう)ん、二位(ふたり)の道長(どうちょう)よ、この城(しろ)の中(うち)の那(いず)れの条(すじ)の街(まち)にか道(どう)を好(この)み、那(いず)れの箇の巷(こうじ)にか賢(けん)を好むか? 我が貧道(ひんどう)が好(よ)く去(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(こじき)して吃(くら)わんことを」  かの道士笑って言う、「この先生(せんせい)よ、怎(どう)してこの等(よう)なる敗興(はいきょう=しらけ)の話(ことば)を説(い)わるるか?」 行者言う、「何(なん)をか敗興と為(な)すか?」 道士言う、「汝は些(いささ)かの斎(とき)を化(こじき)して吃(くら)わんと要(ほっ)するは、却(かえ)って是れ敗興に非(あら)ずや?」 行者言う、「出家人(しゅっけにん)は乞化(こつけ=こじき)を以(もっ)て由(よし)と為(な)すに、却(かえ)って斎(とき)を化して吃(くら)わずんば、怎(どう)して生(い)きて銭(ぜに)有りて買(か)わんや?」  道士笑って言う、「汝は是れ遠方(えんぽう)より来(きた)れる者(もの)にして、我がこの城(しろ)の中(うち)の事(こと)を知(し)らざるなり。我がこの城の中には、且(しばら)く文武(ぶんぶ)の官員(かんいん)の道(どう)を好(この)み、富民(ふみん)長者(ちょうじゃ)の賢(けん)を愛(あい)し、大男小女(だいなんしょうにょ=おとなもこどもも)の我らを見(み)て拜(おが)み請(しょう)じて斎(とき)を奉(たてまつ)ると説(い)うをも休(や)めよ、この般(よう)なるは都(みな)須(すべから)く掛歯(かし=くちにのぼす)るに及(およ)ばず、頭一等(だいいっとう=なによりも)なるはすなわち是れ万歳君王(ばんぜいくんのう)の道(どう)を好(この)み賢(けん)を愛(あい)するなり」 行者言う、「我が貧道(ひんどう)は一則(ひとつ)には是れ年幼(としおさな)く、二則(ふたつ)には是れ遠方(えんぽう)より乍(にわか)に来(きた)れるが故(ゆえ)に、実(じつ)に是れ不暁(し)らざるなり。煩(わずら)わしくも二位の道長、この里(ここ)の地名(ちめい)・君王の道を好み賢を愛するの事(こと)を、細(つまびらか)かに説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせられよ。すなわち同道(どうどう=おなじみち)の情(なさけ)を見(み)るに足(た)らん」 道士説(いう)、「この城(しろ)を名(なづ)けて車遅国(しゃちこく)と喚(よ)び、宝殿(ほうでん)の上(うえ)の君王(くんのう)は我らと親(しんせき)有(あ)り」 行者、この言(ことば)を聞き、呵呵(からから)と笑って言う、「想(おも)うに是れ道士が皇帝(こうてい)と做(な)られたるか?」 彼言う、「是(しか)に非(あら)ず。只(た)だ是れこの二十年前(にじゅうねんまえ)に因(よ)りて、民(たみ)亢旱(こうかん=ひでり)に遭(あ)い、天(てん)に一点(ひとつぶ)の雨(あめ)無(な)く、地(ち)に穀苗(こくびょう=もえ)絶(た)え、君臣黎庶(くんしんれいしょ=うえからしたまで)・大小人家(だいしょうじんか)の論(かかわ)り無(な)く、家毎(いえごと)に沐浴(もくよく)し香(こう)を焚(た)き、戸毎(やどごと)に天(てん)を拝(おが)みて雨(あめ)を求(もと)めた。正(まさ)に都(みな)倒懸(とうけん=さかさづり)の命(いのち)を捱(しの)ぶの処(ところ)に在(あ)りしに、忽然(たちまち)天(てん)より三箇の仙長(せんちょう)を降(くだ)し、俯(ふ)して生霊(せいれい)を救(すく)わしめたり」 行者問うて言う、「是れ那(いず)れの三箇の仙長なるか?」 道士説(いう)、「すなわち是れ我が家(いえ)の師父(しふ)なり」 行者言う、「尊師(そんし)の甚(なん)と号(なづ)くるか?」 道士云(いわ)く: 「我が大師父(だいしふ)は、号(な)を虎力大仙(こりきたいせん)と做(な)し;二師父(にしふ)は、鹿力大仙(ろくりきたいせん);三師父(さんしふ)は、羊力大仙(ようりきたいせん)なり」 行者問うて曰(いわ)く、「三位(さんい)の尊師(そんし)には、多少(どれほど)の法力(ほうりき)有るか?」 道士云(いわ)く、「我が那(かの)師父(しふ)は、風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)ぶは、只(た)だ翻掌(はんしょう=てのひらをかえす)の間(あいだ)に在(あ)り、水(みず)を指(さ)して油(あぶら)と為(な)し、石(いし)を点(てん)じて金(きん)と成(な)すは、却(かえ)って身を転(ころ)がすの易(やす)きが如(ごと)し。この般(よう)なる法力有るを以(もっ)て、能(よ)く天地(てんち)の造化(ぞうか)を奪(うば)い、星斗(せいと)の玄微(げんび)を換(か)え、君臣(くんしん)相(あい)敬(うやま)いて、我らと与(とも)に結(むす)んで親(しんせき)と為(な)れるなり」 行者言う、「この皇帝(こうてい)は十分(じゅうぶん)に造化(ぞうか=しあわせ)なり。常言(ことわざ)に道(い)う、術(じゅつ)は公卿(こうけい)を動(うごか)す、と。老師父(ろうしふ)のこの般(よう)なる手段(てだて)有りて、親(しんせき)を結(むす)ばれたるは、実(じつ)に彼に虧(そこな)わず。噫(おお)、我が貧道(ひんどう)に星星(せいせい=いささか)の縁法(えんぽう=えにし)有りて、かの老師父(ろうしふ)の一面(いちめん)を見(み)ることを得(う)るやを知(し)らずや?」 道士笑って曰(いわ)く、「汝が我が師父に見(まみ)えんと要(ほっ)するか。何(なん)の難(かた)き処(ところ)有らんや! 我ら二人(ふたり)は是れ彼が胸(むね)に靠(よ)り肉(にく)に貼(は)るの徒弟(でし)なり。我が師父は却(かえ)って又(ま)た好(よ)く道(どう)を愛(あい)し賢(けん)を愛(あい)し、只(た)だ道(どう)の字(じ)を説(い)うを聴(き)けば、すなわちまた大門(だいもん)を出(い)でて接(むか)えらるるなり。若(も)し我ら二人が汝を引合(ひきあわ)せば、乃(すなわ)ち吹灰(すいき=はいをふく)の力(ちから)なり」 行者は深(ふか)く一箇の大喏(だいじゃ=おじぎ)を唱(とな)えて言う、「多(おお)く挙荐(きょせん=ひきあわせ)を承(うけたまわ)る。此(ここ)に就(つ)いて中(なか)へ入(い)らんか」 道士説(いう)、「且(しばら)く少(しばら)く片時(ひととき)を待(ま)て。汝は此処(ここ)に在りて坐(ざ)せ。我ら二人の公事(くじ)を把(と)って干(しお)え来(きた)らんを待(ま)ち、汝と与(とも)に入(い)らん」 行者言う、「出家人(しゅっけにん)は拘(とらわれ)無(な)く束(しばり)無(な)く、自由自在(じゆうじざい)なり。何(なん)の公幹(こうかん=ようたし)有らんや?」 道士は手(て)を以(も)ってかの沙灘(さたん)の上(うえ)の僧人(そうじん)を指(さ)し定(さだ)めて、「彼の做(な)すは是れ我が家(いえ)の生活(しごと)なり。恐(おそ)らくは彼の懶(ものぐさ)を逃(のが)るるを、我ら往(ゆ)きて彼に一卯(いちぼう=てんけん)を点(てん)じ来(きた)らん」  行者笑って言う、「道長(どうちょう)は差(あやま)てり!  僧道(そうどう)の輩(やから)は都(みな)是れ出家人(しゅっけにん)なるに、何(なん)の故(ゆえ)にか彼が我らの為(ため)に活(しごと)を做(な)し、我らの点卯(てんけん)に伏(したが)うや?」 道士云(いわ)く、「汝は知(し)らざるなり。当年(むかし)雨(あめ)を求(もと)めし時(とき)に因(よ)りて、僧人(そうじん)は一辺(かたわら)に在りて仏(ほとけ)を拝(おが)み、道士(どうし)は一辺に在りて斗(と=ほし)に告(もう)し、都(みな)朝廷(ちょうてい)の粮餉(りょうしょう=きょうよう)を請(こ)うたり。誰(たれ)か知(し)らん、あの和尚(おしょう)は不中用(ふちゅうよう)にて、空(むな)しく空経(くうきょう)を念(とな)えて、事(こと)を済(すく)うこと能(あた)わず。後(のち)に我が師父の一到(いっとう)にして、雨(あめ)を喚(よ)び風(かぜ)を呼(よ)び、万民(ばんみん)の塗炭(とたん=くるしみ)を抜済(ばっさい=すくいだ)されたり。却(かえ)って才(はじ)めて朝廷(ちょうてい)を悩(いか)らせ、あの和尚(おしょう)を无用(むよう)なりと説(い)い、彼が山門(さんもん)を拆(こわ)し、彼が仏像(ぶつぞう)を毀(こぼ)ち、彼が度牒(どちょう=僧籍)を追(お)い、彼をして郷(さと)に回(かえ)るを放(ゆる)さず、御(ぎょ)として我が家(いえ)に賜(たま)わりて活(しごと)を做(な)さしめ、すなわち小厮(こもの)の一般(ごと)くに当(あて)られたり。我が家(いえ)の裡(うち)の火(ひ)を焼(た)く者(もの)もまた彼(かれ)なり、地(ち)を掃(は)く者もまた彼(かれ)なり、門(もん)を頂(ささ)うる者もまた彼(かれ)なり。後辺(うしろ)に還(ま)た住房(じゅうぼう)有り、未(いま)だ曾(かつ)て完備(かんび)せざるに因(よ)りて、この和尚(おしょう)をして磚瓦(かわら)を引(ひ)かせ、木植(ぼくしょく=ざいもく)を拖(ひ)かせ、房宇(ぼうう=いえ)を起(た)て蓋(おお)わせしめたり。只(た)だ恐(おそ)るるは彼の貪頑(たんがん=わがままものぐさ)にして懶(ものぐさ)を逃(のが)れ、車(くるま)を引(ひ)くを肯(がえん)ぜざるを、この故(ゆえ)を以(もっ)て我ら二人をして往(ゆ)きて査点(さてん=てんけん)査点(てんけん)せしむるなり」  行者、この言(ことば)を聞き、道士を扯(ひ)き住(とど)めて泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「我が説(い)うに我は無縁(むえん)なりと、真(まこと)に箇(ひとつ)の無縁にして、老師父(ろうしふ)の尊面(そんめん)を見(み)ることを得(え)ざるなり!」 道士云(いわ)く、「如何(どう)して面(おもて)を見(み)ることを得(え)ざるか?」 行者言う、「我が貧道(ひんどう)は方上(ほうじょう=あちこち)を雲游(うんゆう)するは、一則(ひとつ)には是れ性命(しょうみょう=いのち)の為(ため)、二則(ふたつ)にはまた親(しんぞく)を尋(たず)ぬるが為なり」 道士問う、「汝に甚麼(なん)の親(しんぞく)有るか?」 行者言う、「我に一箇の叔父(おじ)有り、幼(おさな)きより出家(しゅっけ)し、髪(かみ)を削(そ)りて僧(そう)と為(な)り、向日(むかし)年程(ねんど)の饑饉(ききん)に、また外面(そと)へ来(きた)りて求乞(ぐこつ=こじき)したり。この幾年(いくとせ)回(かえ)り家(いえ)せず、我、祖上(そじょう=せんぞ)の恩(おん)を念(おも)い、特に来(きた)りて便(ついで)に尋(たず)ね訪(おとず)るに、想(おも)うに是れ此(ここ)等の地方(ところ)に羈遅(きち=とどこお)り、身(み)を脱(のが)るること能(あた)わざるならん、また知(し)る可(べ)からずなり。我、怎(どう)してか彼を尋(たず)ね着(あ)てて一面(いちめん)を見(み)ん、才可(まさ)に汝と与(とも)に城(しろ)に入(い)るを得(え)んや?」 道士云(いわ)く、「この般(よう)ならば却(かえ)って是れ容易(たやす)し。我ら二人(ふたり)は且(しばら)く坐(ざ)せよ。すなわち汝を煩(わずら)わして沙灘(さたん)の上へ往(ゆ)きて我が為に一査(いっさ)せしめん。只(た)だ頭目(とうもく=かしら)に五百名(ごひゃくめい)の数目(かず)有(あ)るを点(てん)ずればすなわち罷(や)めよ。看(み)よ、内中(うち)の那(いず)れの者(もの)か是れ汝が令叔(れいしゅく=おじ)なるを。果(はた)して有(あ)らば啊(や)、我ら道中(どうちゅう)の情分(じょうぶん=よしみ)を看(み)、彼を放(はな)ちて去(い)かしめ、却(かえ)って汝と与(とも)に城(しろ)に進(い)らんは、好(よ)からずや?」  行者は頂謝(ちょうしゃ=かしこまり)すること尽(つ)きず、一声(ひとこえ)の長揖(ちょうゆう=おじぎ)をなして道士に別(わか)れ、漁鼓(ぎょこ=つづみ)を敲(たた)き、径(ただ)ちに沙灘(さたん)の之上(うえ)へ往(ゆ)く。双関(そうかん)を過(よぎ)り、夾脊(きょうせき)を転(てん)じ下(お)るや、かの和尚(おしょう)たちは一斉(いっせい)に跪(ひざまず)き下(お)りて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺(だんなさま)よ、我ら曾(かつ)て懶(ものぐさ)を逃(のが)れず、五百名(ごひゃくめい)半箇(はんこ)も少(すくな)からず、都(みな)此処(ここ)に在(あ)りて車(くるま)を扯(ひ)いておりまする」 行者、看(み)て暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「これらの和尚(おしょう)は、道士に打(う)たれて怕(おそ)れ、我がこの仮(にせ)の道士を見(み)てすなわちこの般(よう)に悚懼(おそれおのの)く。若(も)し是れ一箇の真(まこと)の道士ならば、好(よ)くも道(い)うにまた活(い)き成(な)らざるべし」 行者はまた手(て)を揺(ふ)って言う、「跪(ひざまず)くことを要(よう)せず、怕(おそ)るるを休(や)めよ。我は是れ監工(かんこう=現場監督)に非(あら)ず。我が此(ここ)に来(きた)れるは是れ親(しんぞく)を尋(たず)ぬるなり」 衆僧(しゅうそう)たちは認親(みよりたずね)と説(いう)を聴(き)き、すなわち彼を把(と)って圈子陣(わのじん=輪)にて囲(かこ)み将(つ)れ上(あ)がり、一箇一箇(めいめい)頭を出(いだ)し面(おもて)を露(あらわ)し、咳(せき)を打(う)ち響(ひびき)を立(た)て、巴(あた)ふるを得(え)ずも認(みと)め出(いだ)されんことを要(よう)した。「那(いず)れの者(もの)か是れ彼が親(みより)なるを知(し)らず」と。行者は一(ひと)しきり認(みと)めて、呵呵(からから)と笑(わら)い将(つ)れ起(おこ)った。衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや=だんな)は親(みより)を認(みと)められずして、如何(どう)して笑(わらい)を発(おこ)さるるか?」 行者言う、「汝らは我が何(なに)を笑(わら)うを知(し)るか? 汝らがこれらの和尚(おしょう)の全(まった)く長俊(ちょうしゅん=りっぱ)ならざるを笑(わら)うなり! 父母(ふぼ)が汝を生(う)み下(おろ)したるは、皆(みな)命(めい)の華蓋(かがい=どんてん)に犯(おか)し、爺(ちち)を妨(さまた)げ娘(はは)を克(そこない)、或(あるい)は是れ姉妹(しまい)を招(まね)かざるに因(よ)りて、才(はじ)めて汝を把(と)って舎(す)て断(た)ちて出家(しゅっけ)させたるなり。汝、怎(どう)して三宝(さんぽう)を遵(したが)わず、仏法(ぶっぽう)を敬(うやま)わず、往(ゆ)きて経(きょう)を看(み)り懺(さんげ)を拝(おが)まずして、却(かえ)って怎(どう)して道士と傭工(やとい)し、奴婢(ぬひ)と作(な)りて使喚(つかわ)るるか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、汝の来(きた)りて我らを羞(はずかし)めらるるかな! 汝(おんみ)は想(おも)うに是れ外辺(そと)より来(きた)られたる者(ひと)にして、我が此処(ここ)の利(き)き害(あし)きを知(し)られぬなり」 行者言う、「果(はた)して是れ外方(がいほう)より来(きた)れる者(もの)にして、実(じつ)に汝が此処(ここ)に甚(なん)の利害(りがい)有るを知(し)らざるなり」  衆僧(しゅうそう)は泪(なみだ)を滴(したた)らして言う、「我らがこの一国(いっこく)の君王(くんのう)は、偏心(へんしん=えこひいき)にして無道(むどう)にして、只(た)だ喜(よろこ)ぶは是れ老爺(ろうや=おまえさま)等の輩(やから)を得(え)るに在(あ)り、悩(いか)るは是れ我らが仏子(ぶっし)なり」 行者言う、「何(なん)の為(ため)にか来(きた)れるか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「只(た)だ風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)ぶに因(よ)りて、三箇の仙長(せんちょう)の此処(ここ)に来(きた)り、我らを滅(ほろぼ)し、君王(くんのう)を哄(だま)し信(しん)ぜしめ、我らが寺(てら)を拆(こわ)し、度牒(どちょう)を追(お)い、郷(さと)に帰(かえ)るを放(ゆる)さず、また役(えき)を補(おぎな)い当差(とうさい=つとめ)することを許(ゆる)さず、あの仙長(せんちょう)の家(いえ)に賜(たま)わりて使用(つか)わしめ、苦楚(くそ=くるしみ)当(あた)るに難(がた)し! 但(た)だ一箇の游方(ゆうほう)の道者(どうしゃ)の此(ここ)に至(いた)れば、すなわち請(しょう)じて王(おう)を拝(はい)し賞(しょう)を領(う)けしむ;若(も)し是れ和尚(おしょう)の来(きた)るならば、遠近(えんきん)を分(わか)たず、すなわち拿(とら)え来(きた)りて仙長(せんちょう)の家(いえ)に与(あた)えて傭工(やとい)せしむるなり」 行者言う、「必(かなら)ずやあの道士に還(ま)た甚麼(なん)の巧(たくみ)なる法術(ほうじゅつ)有りて、君王(くんのう)を誘(さそ)いたるならん。若(も)し只(た)だ是れ風(かぜ)を呼(よ)び雨(あめ)を喚(よ)ぶのみならば、また都(みな)是れ旁門(ぼうもん=いかがわしきもん)の小法術(しょうほうじゅつ)のみ、安(いずく)んぞ君心(くんしん)を動(うごか)し得(え)んや?」 衆僧(しゅうそう)言う、「彼は砂(すな)を摶(まる)め汞(みずがね)を煉(ね)り、打坐(だざ=ざぜん)存神(ぞんしん)、水を点じて油(あぶら)と為(な)し、石(いし)を点じて金(きん)と成(な)すことを会(え)す。如今(いま)三清観宇(さんせいかんう=さんせいのみや)を興(おこ)し蓋(おお)い、天地(てんち)に向(むか)いて昼夜(ちゅうや)経(きょう)を看(み)り懺悔(さんげ)し、君王の万年(ばんねん)不老(ふろう)を祈(いの)る。この故(ゆえ)を以(もっ)てすなわち君心(くんしん)を惑(まど)わし動(うご)かしたるなり」 行者言う、「原来(もと)この般(よう)ならば、汝ら都(みな)走(に)げてしまえばすなわち罷(や)むに」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、走(に)げ脱(のが)れませぬ! あの仙長(せんちょう)は君王に奏(もう)し准(ゆる)され、我らを把(と)って影身図(えいしんず=にせのえ)を画(えが)かせ、四下(あたり)に長川(つねに)張(は)り挂(か)けさせたり。彼がこの車遅国(しゃちこく)の地界(ちかい)もまた寛(ひろ)く、各府(かくふ)・州県(しゅうけん)・郷村(ごうそん)・店集(てんしゅう=いちば)の之方(あたり)に、都(みな)一張(ひとひら)の和尚図(おしょうず)有り、上(うえ)には是れ御筆(ぎょひつ)の親(みずか)ら題(だい)せられたるなり。若(も)し官職(かんしょく)有る者(もの)は、一箇の和尚(おしょう)を拿(とら)え得(う)れば、三級(さんきゅう)に高升(こうしょう)し;官職無き者(もの)は、一箇の和尚を拿え得れば、すなわち白銀(はくぎん)五十両(ごじゅうりょう)を賞(ほうび)せらる。この故(ゆえ)を以(もっ)て走(に)げ脱(のが)れませぬ。且(か)つ莫(も)し是れ和尚(おしょう)ならずとも、すなわち鬃(たてがみ)を剪(き)れる者(もの)、禿子(はげ)、毛(け)の稀(まばら)なる者(もの)も、都(みな)また逃(のが)るること難(かた)し。四下(あたり)に快手(かいしゅ=めしとり)また多(おお)く、緝事(しゅうじ=あんさつ)の者(もの)また広(ひろ)し。憑(たの)むに汝が怎(どう)するもまた是れ脱(のが)るること難(かた)し。我ら没奈何(どうしようもな)く、只(た)だ此(ここ)に在りて苦(くるしみ)を捱(しの)ぶのみ」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、汝ら死(し)んでしまえばすなわち罷(や)むに」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、死ぬる者(もの)は有(あ)り。到(いた)る処(ところ)より捉(とら)え来(きた)りて本処(ほんじょ)の和尚(おしょう)と与(あいとも)に、また共(あいとも)に二千余衆(にせんよしゅう)有り、此(ここ)に到(いた)りて苦楚(くそ)を熬(こら)うること得(え)ず、爊煎(おうせん=あぶり)を受(う)くること得(え)ず、寒冷(かんれい)を忍(しの)ぶこと得(え)ず、水土(すいど)に服(ふく)すること得(え)ざるにより、死(し)したるは六七百(ろくしちひゃく)有り、自尽(じじん=じさつ)したるは七八百(しちはっぴゃく)有り、只(た)だ我がこの五百箇(ごひゃくこ)のみ死(し)するを得(え)ざるなり」 行者言う、「怎(どう)して死するを得(え)ざるか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「梁(はり)に懸(かか)れば繩(なわ)断(た)え、刀(かたな)で刎(はね)れば疼(いた)まず、河(かわ)に投(とう)ずれば飘(ただよ)いて沈(しず)まず、薬(くすり)を服(の)めば身(み)安(やす)くして損(そこな)われず」 行者言う: 「汝らは却(かえ)って造化(ぞうか=しあわせ)なり。天(てん)の汝らに長寿(ちょうじゅ)を賜(たま)いたるなり!」 衆僧(しゅうそう)言う、「老爺(ろうや)よ、汝は一箇の字(じ)を少(すくな)くしたもうたり。是れ長(とこしな)えに罪(つみ)を受(う)くるなり! 我らが日食(にっしょく)三度(さんど)は、乃(すなわ)ち是れ糙米(そうまい=くずごめ)を熬(ね)りて得(え)たる稀粥(きしゅく=うすがゆ)にして、晩(くれ)に到(いた)ればすなわち沙灘(さたん)の上(うえ)に在りて露(つゆ)を冒(おか)して身(み)を安(やす)んじ、才(はじ)めて眼(まなぶた)を合(あ)わすればすなわち神人(しんじん)の擁護(おうご=まもり)有(あ)り」 行者言う、「想(おも)うに是れ累苦(るいく=つかれくるしみ)て、鬼(おに)を見(み)るか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「是れ鬼(おに)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是れ六丁六甲(りくていりっこう)・護教伽藍(ごきょうがらん)なり。但(た)だ夜(よる)に至(いた)ればすなわち来(きた)りて保護(ほご)す。但(た)だ死(し)なんと要(ほっ)する者(もの)有(あ)れば、すなわち保(たも)って彼をして死(し)なざらしむ」 行者言う、「これらの神(かみ)は却(かえ)ってまた理(ことわり)無し。只(た)だ該(まさ)に汝らをして早(はよ)く死(し)み早(はよ)く天(てん)に升(のぼ)らしむべきに、却(かえ)って来(きた)りて保護(ほご)するは怎(なん)としたことぞ?」 衆僧(しゅうそう)言う、「彼は我が夢寐(むび=ゆめ)の中(うち)に在りて我らを勧(すす)め解(と)き、死(し)を尋(たず)ねるを要(よう)せず、且(しばら)く苦(くるしみ)を捱(しの)うて、あの東土大唐(とうどだいとう)の聖僧(しょうそう)の西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)くの羅漢(らかん)を等(ま)てと教(さと)さるるなり。彼が手下(てした)に一箇の徒弟(でし)有り、乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)、神通広大(じんずうこうだい)、専(もっぱ)ら忠良(ちゅうりょう)の心(こころ)を秉(と)り、人間(にんげん)の為(ため)に不平(ふへい)の事(こと)を報(むく)い、困(くるしみ)を済(すく)い危(あやうき)を扶(たす)け、孤(みなしご)を恤(あわれ)み寡(やもめ)を念(おも)う。只(た)だ彼の来(きた)りて神通(じんずう)を顕(あらわ)し、道士(どうし)を滅(ほろぼ)し、還(ま)た汝らが沙門禅教(しゃもんぜんきょう)を敬(うやま)わしめたもうを等(ま)てよ、と」  行者、この言(ことば)を聞き得(え)て、心中(むねのうち)暗(ひそ)かに笑って言う、「老孫に手段(てだて)無しと説(い)う莫(なか)れ、預(あらかじ)め神聖(しんせい)は早(はや)く名(な)を伝(つた)えたり」 彼は急ぎ身を抽(ひ)き、漁鼓(ぎょこ)を敲(たた)き、衆僧(しゅうそう)に別(わか)れ、径(ただ)ちに城門口(じょうもんぐち)へ来(きた)りて道士に見(まみ)えた。かの道士は迎(むか)えて言う、「先生(せんせい)よ、那(いず)れの一位(いちい)か是れ令親(れいしん=おみより)なるか?」 行者言う、「五百箇(ごひゃくこ)都(みな)我と親(しんせき)有(あ)り」 両箇の道士笑って言う、「汝は怎(どう)してすなわち許多(あまた)の親(みより)有るか?」 行者言う、「一百箇(ひゃっこ)は是れ我が左隣(ひだりのとなり)、一百箇は是れ我が右舎(みぎのとなり)、一百箇は是れ我が父党(ちちがた)、一百箇は是れ我が母党(ははがた)、一百箇は是れ我が交契(まじわり)なり。汝若(も)し肯(がえん)じてこの五百人(ごひゃくにん)を都(みな)放(はな)たば、我すなわち汝と与(とも)に進去(なかへい)らん;放(はな)たずんば、我は往(ゆ)かじ」 道士云(いわ)く、「汝は想(おも)うに些(いささ)かの風病(ふうびょう=きちがい)有りて、一時間(ひととき)にすなわち胡説(でたらめ)をなしたるか。あの和尚(おしょう)たちは、乃(すなわ)ち国王(こくおう)の御賜(ぎょし=勅賜)なり。若(も)し一二名(いちにめい)を放(はな)つも、還(ま)た師父(しふ)の処(もと)に在りて病状(びょうじょう)を遞(てい)し、然(しか)る後(のち)に一箇の死状(しじょう)を補(おぎな)いて、才(はじ)めて了(おわ)ることを得(う)るなり。怎(どう)して都(みな)放(はな)てと説(い)わるるか? この理(ことわり)は通(つう)ぜず!  通ぜず! 且(しばら)く我が家(いえ)に人(ひと)の使喚(つかわ)るる無(な)きを説(い)わず、すなわち是れ朝廷(ちょうてい)もまた怪(とが)めたもうべし。彼が那里(あちら)には長(つね)に差官(さかん)を要(よう)して査勘(さかん=検査)し、或(あるい)は時(とき)に御駕(ぎょが=みゆき)もまた親(みずか)ら来(きた)りて点札(てんさつ=てんけん)せらるるに、怎(どう)して敢(あえ)て放(はな)たんや?」 行者言う、「放(はな)たずか?」 道士説(いう)、「放たず!」 行者は連(つづ)けて三声(みこえ)問(とう)て、すなわち怒(いかり)将(つ)れ起(おこ)り、耳朶(みみ)の裡(うち)より鉄棒(てつぼう)を取(と)り出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)って一(ひと)たび捻(ひね)れば、すなわち碗来(わんばかり)の粗細(ふとさ)となり、一(ひと)たび幌(ひるがえ)して、道士が臉(かお)の上(うえ)へ向(むか)って一刮(ひとなで)す。怜(あわ)れむべし、すなわち打(う)ちて頭(あたま)破(やぶ)れ血(ち)流(なが)れ身(み)地(ち)に倒(たお)れ、皮(かわ)開(ひら)き頸(くび)折(お)れて脳漿(のうみそ)傾(こぼ)る!  かの灘(なぎさ)の上(うえ)の僧人(そうじん)は、遠(とお)くより彼の両箇の道士を打(う)ち殺(ころ)したるを望(みか)け見(み)るや、車児(くるま)を捨(す)て、跑(はし)り将(つ)れ上(あ)がり来(きた)りて言う、「不好(いかん)! 不好! 皇親(こうしん=こくし)を打(う)ち殺(ころ)されたり!」 行者言う、「那(いず)れの者(もの)か是れ皇親(こくし)なるか?」 衆僧(しゅうそう)は彼を把(と)って簸箕陣(ふるいのじん)にて囲(かこ)みて、言う、「彼が師父(しふ)は殿上(でんじょう)に上(のぼ)れば王(おう)に参(さん)ぜず、殿(でん)を下(お)りれば主(しゅ)に辞(じ)せず、朝廷(ちょうてい)は常(つね)に称(とな)えて国師兄長先生(こくしけいちょうせんせい)と做(な)す。汝、怎(どう)して此処(ここ)へ到(いた)りて禍(わざわい)を闖(のぞ)みしめたるか? 彼が徒弟(でし)の出(い)で来(きた)りて監工(かんこう)せしは、汝と干(かかわり)無(な)きに、汝は怎(どう)して彼を把(と)って来(きた)りて打(う)ち殺(ころ)されたるか? あの仙長(せんちょう)は汝の来(きた)りて打(う)ち殺(ころ)したると説(い)わず、只(た)だ是れ来(きた)りて此(ここ)に監工(かんこう)せしに、我らが彼が性命(いのち)を害(そこな)いたりと説(い)わば、我ら怎(どう)せん? 且(しばら)く汝と与(とも)に城(しろ)へ進(い)り往(ゆ)き、人命(にんめい)を会(かい)して出(い)で来(こ)よ」 行者笑って言う、「列位(みなさま)嚷(わめ)くを休(や)めよ。我は是れ雲水全真(うんすいぜんしん)に非(あら)ず、我は是れ汝らを救(すく)いに来(きた)れるなり」 衆僧(しゅうそう)言う、「汝は倒(かえ)って人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)し、我らを害(そこな)い、担児(に)を添(そ)えたるに、如何(どう)して是れ我らを救(すく)うと為(な)さんや?」 行者言う、「我は是れ大唐聖僧(だいとうしょうそう)の徒弟(でし)孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)、特に此(ここ)に来(きた)りて汝らが性命(いのち)を救(すく)わんとするなり」 衆僧(しゅうそう)言う、「是(しか)に非(あら)ず! 是に非ず! あの老爺(ろうや)は我らが彼を認(みと)めておる」 行者言う、「また曾(かつ)て彼と会(まみ)えずして、如何(どう)して認(みと)め得(え)んや?」 衆僧(しゅうそう)言う、「我らは夢(ゆめ)の中(うち)に嘗(かつ)て一箇の老者(ろうじゃ)に見(まみ)え、自(みずか)ら太白金星(たいはくきんせい)と言(い)い、常(つね)に我らを教誨(きょうかい)して、あの孫行者(そんぎょうじゃ)が姿(すがた)を説(と)きて錯(あやま)りて認(みと)むるを教(さと)す莫(なか)れと仰(おお)せられたり」 行者言う、「彼は汝らと怎(どう)説(い)われしか?」 衆僧(しゅうそう)言う、「彼の説(いう)には、あの大聖(たいせい)は: 額(ひたい)を磕(う)ちて金睛(きんせい)幌亮(こうりょう)たり、円(まる)き頭(こうべ)毛臉(もうれん=けづら)にして腮(ほお)無(な)し。牙(きば)を咨(む)き嘴(くち)尖(とが)りて性情(せいじょう)乖(かい=すね)たり、貌(かたち)は雷公(らいこう)に比(くら)べて古怪(こかい)なり。慣(なら)いしは金箍鉄棒(きんこてつぼう)、曾(かつ)て天闕(てんけつ)を攻(せ)め開(ひら)きしことあり。如今(いま)正(しょう)に皈(き)して僧(そう)を保(まも)り来(きた)り、専(もっぱ)ら人間(にんげん)の災害(さいがい)を救(すく)う、と」  行者、この言(ことば)を聞き、又(ま)た嗔(いか)り又(ま)た喜(よろこ)ぶ。喜(よろこ)ぶは老孫が為(ため)に名(な)を伝(つた)うるを替(かわ)りてするを! 嗔(いか)るはあの老賊(ろうぞく)の憊懶(はいらん=くわせもの)にして、我が元身(げんしん=もとのすがた)を把(と)って都(みな)この夥(むれ)の凡人(ぼんじん)に説(つた)えたるを! 忽(たちまち)声(こえ)を失(うしな)って言う、「列位(みなさま)は誠(まこと)に然(しか)り、我を孫行者(そんぎょうじゃ)と認(みと)むるなかれ。我は是れ孫行者が門人(もんじん=でし)にして、此処(ここ)へ来(きた)りて禍(わざわい)を闖(のぞ)む耍子(あそび)を学(まな)ばんとするなり。那(いずこ)か是れ孫行者(そんぎょうじゃ)の来(きた)らざる処(ところ)ならんや?」 手(て)を以(も)って東(ひがし)へ一(ひと)たび指(さ)すや、衆僧(しゅうそう)を哄(だま)して頭を回(めぐ)らしめ、彼は却(かえ)って本相(ほんそう=もとのすがた)を現(あらわ)した。衆僧(しゅうそう)たちは方(はじ)めて才(ようや)く認(みと)め得(え)て、一箇一箇(めいめい)身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)して言う、「爺爺(だんなさま)! 我らは凡胎肉眼(ぼんたいにくがん)にして、是れ爺爺(おんみ)の顕化(げんげ=お現れ)なるを知(し)らざりき。望(ねがわ)くは爺爺の我らが為(ため)に恨(うらみ)を雪(すす)ぎ災(わざわい)を消(け)し、早(はよ)う城(しろ)に進(い)りて邪(じゃ)を降(くだ)し正(しょう)に従(したが)わしめたまえ!」 行者言う、「汝らは且(しばら)く我に跟(したが)いて来(こ)よ」 衆僧(しゅうそう)は左右(さゆう)に緊(したし)く随(したが)う。  かの大聖(たいせい)は径(ただ)ちに沙灘(さたん)の上(うえ)に至(いた)り、一箇の神通(じんずう)を使(つか)い、車児(くるま)を把(と)って両関(りょうかん)を引(ひ)き過(よぎ)らせ、夾脊(きょうせき)を穿(うが)ち過(よぎ)らせ、提(ひっさ)げ起(あ)げて、捽(ひね)りて粉碎(ふんさい)と成(な)し、かの磚瓦(かわら)・木植(ぼくしょく=ざいもく)を、尽(ことごと)く坡坂(ははん=さか)の下(した)へ抛(な)げ下(おろ)し、衆僧(しゅうそう)に喝(かつ)して教(さと)した、「散(さん)ぜよ! 我が手脚(てあし)の辺(ほとり)に在(あ)る莫(なか)れ。我が明日(みょうにち)この皇帝(こうてい)に見(まみ)え、あの道士(どうし)を滅(ほろぼ)さんを待(ま)て!」 衆僧(しゅうそう)言う、「爺爺(だんなさま)よ、我らは敢(あえ)て遠(とお)くへ走(に)ぐるを得(え)ず。但(た)だ恐(おそ)るるは在官人(ざいかんにん=役人)の拿(とら)え住(とど)めて解(つ)れ来(きた)り、却(かえ)ってまた打(う)たれ発贖(ほっしょく=あがなわせ)られ、返(かえ)ってまた災(わざわい)を生(しょう)ぜんことを」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、我、汝らが為(ため)に一箇の護身法児(ごしんぽう=まもりのほう)を与(あた)えん」 好(よ)き大聖かな、毫毛(ごうもう)を把(と)って一把(ひとつかみ)拔(ぬ)き、嚼(か)みて粉碎(ふんさい)と為(な)し、毎一箇(ひとりひとり)の和尚(おしょう)に彼が一截(ひときれ)を与(あた)え、都(みな)彼らに教(さと)した、「無名指甲(くすりゆびのつめ)の裡(うち)に捻(ひね)り込(い)れ、拳(こぶし)を捏(ひね)り、只管(ひたすら)に路(みち)を走(ゆ)け。人(ひと)の敢(あえ)て汝を拿(とら)うる者(もの)無(な)きをばすなわち罷(や)めよ;  若(も)し人(ひと)の汝を拿(とら)うる者(もの)有(あ)らば、拳(こぶし)を握(にぎ)り締(し)めて、一声(ひとこえ)『斉天大聖(せいてんたいせい)』と叫(さけ)べ。我すなわち来(きた)りて汝を護(まも)らん」 衆僧(しゅうそう)言う、「爺爺(だんなさま)よ、倘(もし)去(ゆ)くこと遠(とお)きを得(え)、汝が見(み)えず、叫(よ)べども応(こた)えられざらんには、是れ怎(どう)してか好(よ)からんや?」  行者言う、「汝は只管(ひたすら)心(こころ)を放(はな)て。すなわち是れ万里(ばんり)の遥(はる)かなるも、可(よ)く全(まっと)うに事(こと)無(な)きを保(たも)たん」 衆僧(しゅうそう)の胆量(きもっ玉)の大(おお)いなる者有(あ)り、拳(こぶし)を捏(ひね)り、悄悄(こっそり)と一声(ひとこえ)「斉天大聖(せいてんたいせい)!」と叫(さけ)ぶや、只(た)だ見る、一箇の雷公(らいこう)の面前(めんぜん)に站(た)ち、手(て)に鉄棒(てつぼう)を執(と)るは、すなわち千軍万馬(せんぐんばんば)なるも、また身(み)に近(ちか)づくこと能(あた)わず。この時(とき)百十衆(ひゃくじっしゅう)の斉(ひと)しく叫(さけ)ぶ者有(あ)り、足(た)すらに百十箇(ひゃくじっこ)の大聖(たいせい)の護持(ごじ)有(あ)り。衆僧(しゅうそう)は頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺(だんなさま)! 果(はた)して霊顕(れいげん=れいあらたか)なり!」  行者はまた吩咐(いいつ)けた、「『寂(じゃく)』の字(じ)を一声(ひとこえ)叫(さけ)べば、還(ま)た汝に収(おさ)め了(おわ)らん」 真に是れ一声「寂(じゃく)!」と叫(さけ)べば、依然(もとのごと)くまた是れ毫毛(ごうもう)のあの指甲(つめ)の縫(すきま)の裡(うち)に在(あ)るなり。衆和尚(しゅうおしょう)は却(かえ)って才(はじ)めて歓喜(よろこ)びて生(いのち)を逃(のが)れ、一斉(いっせい)に而(て)散(さん)じた。行者言う、「十分(じゅうぶん)に遠遁(えんとん=とおくにげ)する可(べ)からず。我が城中(じょうちゅう)の消息(しらせ)を聴(き)け。但(た)だ招僧榜(しょうそうぼう=僧をつのるふれ)の出(い)づる有(あ)らば、すなわち城(しろ)に進(い)りて我が毫毛(ごうもう)を還(かえ)せよ」 五百箇(ごひゃくこ)の和尚(おしょう)は、東(ひがし)なるは東(ひがし)へ、西(にし)なるは西(にし)へ、走(はし)るは走(はし)り、立(た)つは立(た)ち、四散(しさん)することはさておく。  さて、かの唐僧(とうそう)は路傍(みちばた)に在りて、行者が回話(へんじ)するを等(ま)つこと得(え)ず、猪八戒(ちょはっかい)をして馬(うま)を引(みちび)きて西(にし)へ投(とう)ぜしめ、些(いささ)かの僧人(そうじん)の奔走(ほんそう=いそぎある)くに遇(あ)い、城辺(じょうへん)に近(ちか)づくに、行者の還(ま)た十数箇(じっすうこ)の未(いま)だ散(さん)ぜざる和尚(おしょう)と与(とも)にそこに在(あ)るを見(み)た。三蔵(さんぞう)は馬を勒(ひ)きて言う、「悟空(ごくう)よ、汝は怎(どう)して来(きた)りて一箇の響声(ひびき)を探(さぐ)るに、許久(ひさし)くも回(かえ)らざるか?」 行者は十数箇の和尚(おしょう)を引(みちび)き、唐僧が馬前(ばぜん)に対(むか)いて礼(れい)を施(ほどこ)し、上項(じょうこう=かみのくだり)の事(こと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせた。三蔵は大いに驚(おどろ)いて言う、「この般(よう)ならば啊(や)、我らは怎(どう)せんか?」 かの十数箇の和尚(おしょう)言う、「老爺(ろうや=だんなさま)、心(こころ)を安(やす)んじられよ。孫大聖爺爺(そんたいせいやや)は乃(すなわ)ち天神(てんしん)の降(くだ)りたもうたるにして、神通広大(じんずうこうだい)、定(きっ)と老爺(だんな)の無虞(むぐ=やすらか)なるを保(たも)たれん。我らは是れこの城(しろ)の裡(うち)の勅建智淵寺(ちょくけんちえんじ)の内(うち)の僧人(そうじん)なり。この寺(てら)は是れ先王太祖(せんのうたいそ)の御造(ぎょぞう)に因(よ)りて、現(いま)に先王太祖(せんのうたいそ)の神象(しんぞう)の内(うち)に在(あ)り、未(いま)だ曾(かつ)て拆毀(たきこぼ)たれず、城中(じょうちゅう)の寺院(じいん)は、大小(だいしょう)尽(ことごと)く皆(みな)拆(こわ)されたり。我ら請(こ)う、老爺(だんな)の早(はよ)うに城(しろ)に進(い)りたまい、我が荒山(こうざん=わがやまかげ)に到(いた)りて安(やす)んじ下(おろ)されよ。明日(みょうにち)の早朝(そうちょう)を待(ま)てば、孫大聖(そんたいせい)に必(かなら)ず処置(しょち)有るべし」 行者言う、「汝らの説(いう)ところは是(せい)なり。也(また)罷(よ)からん、早(はよ)きに趁(つ)けて城(しろ)へ進(い)り往(ゆ)かん」 かの長老(ちょうろう)は却(かえ)って才(はじ)めて馬を下(お)り、行(ゆ)きて城門(じょうもん)の下(した)に到(いた)る。この時(とき)已(すで)に太陽(たいよう)西(にし)に墜(お)ちんとす。吊橋(つりばし)を過(わた)り、三層(さんそう)の門(もん)の裡(うち)に進(い)るや、街上(まちじょう)の人(ひと)は智淵寺(ちえんじ)の和尚(おしょう)の馬を牽(ひ)き包(つつみ)を挑(にな)うを見(み)て、尽(ことごと)く皆(みな)回避(よ)けた。正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、却(かえ)って山門(さんもん)の前(まえ)に到(いた)るに、但(ただ)し見る、あの門の上(うえ)に高(たか)く一面(ひとつら)の金字(きんじ)の大扁(だいへん)を懸(か)けて有るは、乃(すなわ)ち「勅建智淵寺(ちょくけんちえんじ)」なり。衆僧(しゅうそう)は門を推(お)し開(ひら)き、金剛殿(こんごうでん)を穿(うが)ち過(よぎ)り、正殿(せいでん)の門を把(と)って開(ひら)いた。唐僧は袈裟(けさ)を取(と)りて披(き)上(あ)げ、金身(こんしん)を拝(おが)み畢(おわ)り、方(まさ)に入(い)る。衆僧(しゅうそう)叫(さけ)ぶ、「看家(るすい)の者(もの)!」 老和尚(ろうおしょう)走出(あるきい)で来(きた)り、行者を見るやすなわち拝(おが)んで言う、「爺爺(だんなさま)! 汝の来(きた)られたるか?」 行者言う、「汝は我を是れ那(いず)れの箇の爺爺(やや)なると認(みと)めて、すなわちこの等(よう)に呼(よ)び拝(おが)むか?」 かの和尚(おしょう)言う、「我は汝を是れ斉天大聖孫爺爺(せいてんたいせいそんやや)なると認(みと)めておる。我らは夜夜(よるごと)に夢(ゆめ)の中(うち)に汝を見(み)る。太白金星(たいはくきんせい)常(つね)に来(きた)りて夢(ゆめ)を托(たく)し、只(た)だ汝の来(きた)るを等(ま)て、我ら才(はじ)めて性命(いのち)を得(う)べし、と説(い)われたり。  今日(こんにち)果(はた)して尊顔(そんがん)の夢(ゆめ)と異なる無(な)きを見(み)る。爺爺(だんなさま)よ、早(はよ)う来(きた)られしを喜(よろこ)ぶ! 再(ま)た一二日(いちににち)遅(おく)るれば、我らは已(すで)に倶(みな)鬼(おに)と做(な)っておるところなり!」 行者笑って言う、「請(こ)う起(た)て、請う起て。明日(みょうにち)すなわち分暁(けじめ)有らん」 衆僧(しゅうそう)は斉飯(さいはん)を安排(ととの)え、彼の師徒(しと)たちはこれを吃(くら)い、方丈(ほうじょう)を打掃(そうじ)し乾浄(きよ)くし、一宿(いっしゅく)を安寝(あんしん)した。  二更(にこう=よつじ)の時候(ころ)、孫大聖(そんたいせい)は心中(むねのうち)に事(こと)有りて、偏(ひとえ)に睡(ねむ)り着(つ)くこと能(あた)わず。只(た)だ那里(あそこ)にて吹打(すいだ=ふえつづみ)するを聴(き)き、悄悄(こっそり)と爬(はい)き起(お)き上(あが)り、衣服(ころも)を穿(き)、空中(くうちゅう)へ跳(と)び上(あが)りて観看(みわた)すに、原来(もと)是れ正南(せいなん)の上(ほう)に灯燭(とうしょく)熒煌(けいこう=あきらかにかがや)けり。雲頭(うんず)を低(ひく)く下(おろ)して仔細(つまびらか)にまた看(み)れば、却(かえ)って是れ: 三清観(さんせいかん)の道士(どうし)の星(ほし)を禳(はら)うなり。但(ただ)しあのを見よ:霊区(れいく)の高殿(こうでん)、福地(ふくち)の真堂(しんどう)。霊区の高殿は、巍巍(ぎぎ)として壮(さか)んなること蓬壺(ほうこ)の景(けい)に似(に)たり;福地の真堂は、隐隐(いんいん)として清(きよ)きこと化楽宮(けらくぐう)の如(ごと)し。両辺(りょうへん)の道士は笙簧(しょうこう)を奏(そう)し、正面(しょうめん)の高公(こうこう)は玉簡(ぎょくかん)を擎(ささ)ぐ。《消災懺(しょうさいさん)》を宣理(のべつくろ)い、《道徳経(どうとくきょう)》を開講(かいこう)す。揚塵(ようじん)幾度(いくたび)も尽(ことごと)く符(ふ)を伝(つた)え、表白(ひょうびゃく)一番(ひとたび)皆(みな)俯伏(ふふく)す。水(みず)を咒(じゅ)し檄(げき)を発(はっ)すれば、燭焰(しょくえん)飄揺(ひょうよう)として上界(じょうかい)を衝(つ)き;罡(こう)を査(さぐ)り斗(と)を布(し)けば、香煙(こうえん)馥郁(ふくいく)として清霄(せいしょう)に透(とお)る。案頭(あんとう)に供献(くげん)の新鮮(しんせん)なる有(あ)り、桌上(たくじょう)に斎筵(さいえん)の豊盛(ほうせい)なる有(あ)り。 殿門(でんもん)の前(まえ)に一聯(ひとくさり)の黄綾織錦(こうりょうしょっきん)の対句(ついく)を挂(か)け、二十二箇(にじゅうにこ)の大字(だいじ)を繡(ぬ)いて、云(いわ)く:「雨順風調(うじゅんふうちょう=雨ときをえて風やわらぐ)、願(ねが)わくは天尊(てんそん)の無量法(むりょうほう)を祝(しゅく)さん;河清海晏(かせいかいあん=黄河すみ海おだやか)、祈(いの)るらくは万歳(ばんぜい)の有余年(ゆうよねん)あらんことを」 行者は三箇の老道士(ろうどうし)の法衣(ほうえ)を披(き)たるを見(み)て、想(おも)うに是れあの虎力(こりき)・鹿力(ろくりき)・羊力(ようりき)の大仙(たいせん)なるべし。下(しも)に七八百箇(しちはっぴゃくこ)の散衆(さんじゅう=へいぼうず)有り、鼓(つづみ)を司(つかさど)り鐘(かね)を司り、香(こう)に侍(じ)し表白(ひょうびゃく)し、尽(ことごと)く都(みな)両辺(りょうへん)に侍立(じりつ)す。行者は暗(ひそ)かに自(おのずか)ら喜(よろこ)んで言う、「我、下(お)りて往(ゆ)きて彼と一(ひと)たび混(ま)じり混(ま)じらんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん単糸(たんし)は線(いと)と為(な)らず、孤掌(こしょう)は鳴(な)り難(がた)し。且(しばら)く回(かえ)りて八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を照顧(みまも)り、一同(いちどう)に来(きた)りて耍耍(たわむ)れん」  祥雲(しょううん)を按(おさ)え落(おと)し、径(ただ)ちに方丈(ほうじょう)の中(うち)に至(いた)るに、原来(もと)八戒(はっかい)と沙僧(さそう)は脚(あし)を通(つう)じて睡(ねむ)っておる。行者は先(ま)ず悟浄(ごじょう)を叫(よ)ぶに、沙和尚(さおしょう)醒(さ)めて言う、「兄者(あにじゃ)よ、汝は還(ま)た曾(かつ)て睡(ねむ)られぬか?」 行者言う、「汝、且(しばら)く起(た)て。我と汝と些(いささ)かの受用(じゅよう=ちょうだい)し来(きた)らん」 沙僧言う、「半夜三更(やなか)に、口(くち)枯(かわ)き眼(め)澁(しぶ)るに、何(なん)の受用(ちょうだい)有らんや?」 行者言う、「この城(しろ)の裡(うち)に果(はた)して一座(ひとつ)の三清観(さんせいかん)有り。観(かん)の裡(うち)の道士(どうし)たちは醮(みそぎ)を修(おさ)め、三清殿(さんせいでん)の上(うえ)に許多(あまた)の供養(くよう)有り:饅頭(まんとう)は足(た)すらに斗大(とだい=ますほど)の有(あ)り、焼果(しょうか=やきがし)は五六十斤(ごろくじっきん)の一箇(ひとつ)有(あ)り、襯飯(しんぱん=そうじきめし)無数(むすう)、果品(かひん)も新鮮(しんせん)なり。汝と受用(ちょうだい)しに往(ゆ)かん!」 かの猪八戒(ちょはっかい)は睡夢(ねむり)の裡(うち)に在りて好吃(おいし)い物(もの)を説(いう)を聴(き)くやすなわち醒(さ)めて、言う、「兄者(あにじゃ)よ、すなわち我を帯挈(たいけつ=つれこ)まれぬか?」 行者言う、「兄弟(おとうと)よ、汝が物(もの)を吃(くら)わんと要(ほっ)せば、大呼小叫(おおさわぎ)して師父(しふ)を驚(おどろ)かし醒(さ)ますなかれ。都(みな)我に跟(したが)いて来(こ)よ」 彼の二人(ふたり)は衣服(ころも)を套(き)上(あ)げ、悄悄(こっそり)と門前(もんぜん)を走出(あるきい)で、行者に随(したが)って雲頭(うんず)を踏(ふ)み、跳(と)び将(つ)れ起(お)った。かの呆子(ばか)めは灯光(とうこう)を見(み)るや、すなわち手(て)を下(くだ)さんとせしに、行者は扯(ひ)き住(とど)めて言う、「且(しばら)く忙(いそ)ぐを休(や)めよ。彼が散(さん)ずるを待(ま)ちて、方(まさ)に可(よ)く下(お)り往(ゆ)くべし」 八戒言う、「彼は才(いま)念(とな)うること興頭上(たけなわ)に到(いた)れるに、却(かえ)って怎(どう)して肯(がえん)じて散(さん)ぜんや?」 行者言う: 「我が一箇の法児(ほうべん)を弄(ろう)するを待(ま)て。彼すなわち散(さん)ぜん」 好(よ)き大聖かな、訣(じゅつ)を捻(ひね)り、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)え、巽地(そんち)の上(うえ)へ向(むか)いて一口の気(いき)を吸(す)い、呼(ふう)と吹(ふ)き去(さ)らば、すなわち是れ一陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)、径(ただ)ちに直(ひたすら)にあの三清殿(さんせいでん)の上(うえ)へ巻(ま)き進(い)り、彼が些(いささ)かの花瓶(かへい)・燭台(しょくだい)・四壁(しへき)の上(うえ)に懸(か)け挂(か)けたる功徳(くどく=かけがき)を、一斉(いっせい)に刮(ふ)き倒(たお)し、遂(つい)に灯火(とうか)も光(ひかり)無(な)し。衆道士(しゅうどうし)は心驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)くに、虎力大仙(こりきたいせん)言う、「徒弟(でし)たち且(しばら)く散(さん)ぜよ。この陣(ひとむれ)の神風(しんぷう)の過(よぎ)りしに、灯燭(とうしょく)・香花(こうか)を吹(ふ)き滅(け)されたり。各人(めいめい)寝(いね)に帰(かえ)り、明朝(みょうちょう)早(はよ)く起(お)き、多く幾巻(いくかん)かの経文(きょうもん)を念(とな)いて数(かず)を補(おぎな)え」 衆道士(しゅうどうし)は果(はた)して各(おのおの)退(しりぞ)き回(かえ)った。  この行者は却(かえ)って八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を引(みちび)き、雲頭(うんず)を按(おさ)え落(おろ)し、三清殿(さんせいでん)へ闯(つ)き上(あが)った。呆子(ばか)めは生熟(なまみじゅく)を論(あげつら)わず、焼果(やきがし)を拿(と)り過(よこ)し、口(くち)を張(ひら)いてすなわち啃(かじ)るに、行者は鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げ、手(て)に着(つ)くやすなわち打(う)つ。八戒は手を縮(ちぢ)めて避(よ)け過(よぎ)りて言う、「還(ま)た曾(かつ)て甚麼(なん)の滋味(あじ)をも嘗(な)めざるに、すなわち打(う)たるるか!」 行者言う、「小家子行(こじんまわり)なることを要(よう)せず。且(しばら)く礼(れい)を叙(の)べて坐(ざ)して受用(じゅよう=ちょうだい)せよ」 八戒言う、「羞(は)じずや! 物(もの)を偷(ぬす)んで吃(くら)うに、還(ま)た礼(れい)を叙(の)べるを要(よう)すとは!  若(も)し請(しょう)じ将(つ)れ来(きた)らば、却(かえ)って如何(どう)せんとするか?」 行者言う、「この上(うえ)に坐(ざ)せるは是れ甚麼(なん)の菩薩(ぼさつ)なるか?」  八戒笑って言う、「三清(さんせい)をも認(みと)め得(え)ずして、却(かえ)って甚麼(なん)の菩薩(ぼさつ)と認(みと)めんや!」 行者言う、「那(いず)れの三清なるか?」 八戒言う、「中間(なか)なるは是れ元始天尊(げんしてんそん)、左(ひだり)なるは是れ霊宝道君(れいほうどうくん)、右(みぎ)なるは是れ太上老君(たいじょうろうくん)なり」 行者言う、「都(みな)この般(よう)なる姿(すがた)に変(へん)じてこそ、才(はじ)めて吃(くら)うこと安穏(おだやか)ならん」  かの呆子(ばか)めは急(あせ)り、あの香噴噴(こうふんふん=こうばし)き供養(くよう)を聞(か)ぎて吃(くら)わんと要(ほっ)し、高台(こうだい)へ爬(はい)き上(あ)がり、老君(ろうくん)を把(と)って一嘴(ひとくち)に拱(お)し下(おろ)して言う、「老官児(ろうかんじ=としより)よ、汝もまた坐(ざ)すること彀(た)うるに、我が老猪(ろうちょ)をして坐(ざ)せしめよ」 八戒は変じて太上老君(たいじょうろうくん)と做(な)り、行者は変じて元始天尊(げんしてんそん)と做り、沙僧(さそう)は変じて霊宝道君(れいほうどうくん)と作(な)り、原象(げんぞう=もとのすがた)を都(みな)推(お)し下(おろ)した。坐(ざ)し下(お)る時(とき)に及(いた)りて、八戒はすなわち大饅頭(おおまんとう)を搶(うば)いて吃(くら)うに、行者言う、「忙(いそ)ぐ莫(なか)れ!」 八戒言う、「兄者(あにじゃ)よ、この如(か)く変(へん)じたるに、還(ま)た吃(くら)わずして何(なに)をか等(ま)たんや?」 行者言う、「兄弟(おとうと)よ、物(もの)を吃(くら)う事(こと)は小(ちいさ)く、天機(てんき)を泄漏(せつろう=もらす)事(こと)は大(おお)いなり。この聖象(しょうぞう)を都(みな)地下(ちした)に推(お)し倒(たお)したれば、倘(もし)起早(はやおき)の道士(どうし)の来(きた)りて鐘(かね)を撞(つ)き地(ち)を掃(は)き、或(あるい)は一箇の根頭(たちきり)に絆(つまず)かば、却(かえ)って消息(しらせ)を走(はし)らせ漏(も)らさずや? 汝、彼を把(と)って一辺(かたわら)へ蔵(かく)し過(よぎ)らせよ」 八戒言う、「此処(ここ)は路(みち)生(な)れて、門(もん)を摸(さぐ)り着(あ)てず、却(かえ)って那(いずこ)にか彼を蔵(かく)さんや?」 行者言う、「我が才(さっき)進(い)り来(きた)りし時(とき)、あの右手(みぎて)の下(した)に一重(ひとえ)の小門児(こもん)有り、あの裡(うち)は穢気(わいき=きたなきにほい)の畜人(しこくにんをい)ますがごとし。必(かなら)ずや是れ一箇の五穀輪廻(ごこくりんね)の所(ところ)ならん。汝、彼を把(と)ってそこへ送(おく)り去(さ)れ」 この呆子(ばか)めは些(いささ)かの夯力量(ごうりきりょう=ばからしいちから)有り、跳(と)び下(お)り来(きた)り、三箇の聖像(せいぞう)を肩膊(けんぱく=かた)の上(うえ)に拿(と)り、扛(かつ)ぎ将(つ)れ出(い)でた。あの廂(ほう)に到(いた)り、脚(あし)を用(もち)いて門を登(け)り開(ひら)いて看(み)れば、原来(もと)是れ一箇の大東厠(だいとうし=おおてあらい)なり。笑って言う、「この弼馬温(ひつばおん=うまかい)め、着然(なるほど)会(よ)く嘴(くち)を弄(ろう)し舌(した)を弄(ろう)するわ! 一箇の毛坑(もうこう=べんじょ)をもまた彼が為に一箇の道号(どうごう=おくりな)を起(おこ)し、甚麼(なん)の『五穀輪廻の所(ところ)』と喚(よ)ぶとは!」 かの呆子(ばか)めは肩(かた)に扛(かつ)いだるままに且(しばら)く捨(す)てて去(い)かず、口(くち)の裡(うち)に啯啯哝哝(こくこくのうのう)と祷(いの)って言う、「三清(さんせい)三清、我が説(いう)を汝ら聴(き)け:遠方(えんぽう)此(ここ)に到(いた)り、慣(なら)わしとして妖精(ようせい)を滅(ほろぼ)し、供養(くよう)を享(う)けんと欲(ほっ)すれど、安寧(あんねい)の処(ところ)無し。汝が坐位(ざい=ざ)を借(か)り、略(いささ)か少(しばら)く停(とど)まらん。汝ら坐(ざ)すること久(ひさ)しきも、また且(しばら)く毛坑(べんじょ)に下(お)りよ。汝ら平日(つね)には家(いえ)に受用(じゅよう)無窮(むきゅう)にして、一箇の清浄(しょうじょう)の道士(どうし)と做(な)るも;今日(こんにち)の裡(うち)には免(まぬか)れず些(いささ)かの穢物(えぶつ)を享(う)けて、また一箇の臭気(しゅうき)を受(う)くるの天尊(てんそん)と做(な)れ!」  祝(いの)り罷(おわ)るや、烹(ほとばし)ると裡(うち)へ向(むか)って一灒(ひとはね)す。灒(はね)かけて半衣襟(なかえり)の臭水(しゅうすい)となり、殿(でん)の上(うえ)へ走(ある)き上(あ)がり来(きた)る。行者言う、「可(よ)く蔵(かく)し得好(よ)かりしか?」 八戒言う、「蔵(かく)するは便(すなわ)ち蔵(かく)し得好(よ)かりしが;只(た)だ是れ些(いささ)かの水(みず)を灒(はね)き起(おこ)して、衣服(ころも)を汚(けが)し、些(いささ)かの腌髒(あんぞう=きたな)き臭気(しゅうき)有(あ)り。汝、悪心(おしそう)にするなかれ」 行者笑って言う、「也(また)罷(よ)からん。汝、且(しばら)く来(きた)りて受用(じゅよう)せよ。但(た)だ一箇の乾浄(きよ)き身子(からだ)を得(え)て門を出(い)づることを得(え)るかを知(し)らざるのみ」 かの呆子(ばか)めは還(ま)た変じて老君(ろうくん)と做(な)った。三人(みたり)は坐(ざ)し下(お)り、尽(ことごと)く情(こころ)のままに受用(じゅよう)し、先(ま)ず大饅頭(おおまんとう)を吃(くら)い、後(のち)に簇盤(ぞくばん)・襯飯(しんぱん)・点心(てんしん)・拖炉(たろ)・餅錠(へいじょう)・油煠(ゆさく=あぶらあげ)・蒸酥(じょうそ=むしまんじゅう)を吃(くら)い、那(いずく)にか甚麼(なん)の冷熱(れいねつ)を管(かえりみ)ること有らん、任情(すきに)に吃(くら)い起(おこ)した。原来(もと)孫行者(そんぎょうじゃ)は大(おお)くは煙火食(えんかしょく=火をとおしたもの)を吃(くら)わず、只(た)だ幾箇の果子(くだもの)を吃(くら)うて、彼の二人(ふたり)に陪(ともな)うた。あの一頓(ひとしょく)は流星(りゅうせい)の月(つき)を趕(お)い、風(かぜ)の残雲(ざんうん)を巻(ま)くが如(ごと)く、吃(くら)うて罄尽(けいじん=あきらかにつき)たり。已(すで)に此(ここ)に吃(くら)うべきの無(な)きを得(え)たるに、還(ま)た走路(みちをゆ)かず、且(しばら)くそこに在(あ)りて閑講(むだばなし)して食(しょく)を消(け)して耍子(たわむ)れた。  噫(ああ)! この般(よう)なる事(こと)有らんや! 原来(もと)あの東廊下(とうろうか)に一箇の小道士(しょうどうし)有り、才(いま)睡(ねむ)り下(お)りたるが、忽然(たちまち)起(お)き上(あ)がって言う、「我が手鈴児(てすず)を殿(でん)の上(うえ)に忘(わす)れたり。若(も)し失落(うしな)わば、明日(みょうにち)師父(しふ)の見責(みとがめ)を受(う)けん」  あの同(とも)に睡(ねむ)れる者(もの)と与(とも)に、「汝は睡(ねむ)っておれ。我が尋(たず)ねに往(ゆ)くを待(ま)て」と説(いう)や、急忙(いそぎ)の中(うち)に底衣(したぎ)を穿(き)ず、只(た)だ一領(ひとえ)の直裰(じきとつ=ころも)を扯(ひ)きて、径(ただ)ちに正殿(せいでん)の中(うち)に到(いた)りて鈴(すず)を尋(たず)ぬ。摸(さぐ)り来(きた)り摸り去(さ)るに、鈴児(すず)摸(さぐ)り着(あ)てたり。正(まさ)に頭を回(めぐ)らさんと欲(ほっ)するに、只(た)だ呼吸(こきゅう)の声(こえ)有るを聴(き)く。道士は怕(おそ)れ、急ぎ歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(ひら)いて外(そと)へ走(に)げ出(い)でんとする時(とき)、怎(どう)したるにか、一箇の荔枝核子(れいしのたね)を躙(ふ)みて、撲(ぽん)と滑(すべ)って一跌(ひとたお)れし、狢(こつ)の一声(ひとこえ)に、一箇の鈴児(すず)を跌(おと)して粉碎(ふんさい)と成(な)した。猪八戒(ちょはっかい)は忍(しの)び得(あた)ずして呵呵(からから)と大笑(たいしょう)して出(いだ)したれば、一箇の小道士(しょうどうし)をして三魂(さんこん)を唬(おどろ)かし走(はし)らせ、七魄(しちはく)を驚(おどろ)かし回(かえ)らせ、一歩一跌(いっぽいってつ=よろめきながら)、後方丈(こうほうじょう)の外(そと)へ撞(つ)き到(いた)り、門を打(う)って叫(さけ)んだ、「師公(しこう)! 不好(いかん)! 禍事(かじ)でございます!」 三箇の老道士(ろうどうし)は還(ま)た曾(かつ)て睡(ねむ)らず、すなわち門を開(ひら)いて問う、「甚(なん)の禍事(かじ)有るか?」 彼は戦戦兢兢(おののきおののき)て言う、「弟子(でし)手鈴児(てすず)を忘失(わすれうしな)い、因(よ)って殿(でん)の上(うえ)へ鈴(すず)を尋(たず)ねに往(ゆ)きましたるに、只(た)だ人の呵呵(からから)と大笑(おおわらい)するを聴(き)き、険(あわ)や我を唬(おどろ)かし殺(ころ)さるるところなり!」 老道士(ろうどうし)はこの言(ことば)を聞き、すなわち叫(さけ)ぶ、「灯(あかり)を掌(と)って来(こ)よ。看(み)よ、是れ甚麼(なん)の邪物(じゃぶつ)なるかを」 一声(ひとこえ)の伝令(でんれい)、あの両廊(りょうろう)の道士(どうし)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、大大小小(おおいもちいさきも)、都(みな)爬(はい)き起(お)きて灯(あかり)を点(とも)し火(ひ)を着(つ)け、正殿(せいでん)の上(うえ)へ往(ゆ)きて観看(みわた)した。  端(つまびらか)に是れ何如(いかん)なるかは知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。 第四十五回 三清観(さんせいかん)に大聖(たいせい)名(な)を留(とど)め 車遅国(しゃちこく)に猴王(こうおう)法(ほう)を顕(あらわ)す  さて、孫大聖(そんたいせい)は左手(ゆんで)を以(も)って沙和尚(さおしょう)を一把(ひとつまみ)捻(つね)り、右手(めて)を以って猪八戒(ちょはっかい)を一把捻ったれば、彼の二人(ふたり)は却(かえ)ってすなわち省悟(さと)り、高(たか)き処(ところ)に坐(ざ)し、臉(かお)を倥(つ)んとし、言(ものい)わず語(かた)らず、あの道士(どうし)たちの灯(あかり)を点(とも)し火(ひ)を着(つ)け、前後(ぜんご)を照(て)らし看(み)るに任(まか)せ、彼ら三人(みたり)はすなわち泥塑金装(でいそきんそう=どろでつくり金をかざりし)の一般(ごと)き姿(すがた)なり。虎力大仙(こりきたいせん)言う、「歹人(あくにん)無(な)きに、如何(どう)して供献(くよう)を都(みな)吃(くら)われたるか?」 鹿力大仙(ろくりきたいせん)言う、「却(かえ)って人の吃(くら)える勾当(しわざ)に象(に)たり。皮(かわ)有(あ)る物(もの)は都(みな)皮を剥(む)かれ、核(たね)有る物は都(みな)核を吐(は)き出(いだ)されたり。却(かえ)って怎(どう)して人形(ひとがた)の見(み)えざるか?」 羊力大仙(ようりきたいせん)言う、「師兄(しけい)疑(うたが)うなかれ。想(おも)うに是れ我らが虔心敬意(けんしんけいい=つつしみい)て此処(ここ)に在りて昼夜(ちゅうや)経(きょう)を誦(とな)え、前後(ぜんご)に文(ふみ)を申(もう)し、また是れ朝廷(ちょうてい)の名号(みょうごう)なれば、断然(きっ)と天尊(てんそん)を驚(おどろ)かし動(うご)かしたもうならん。想うに是れ三清爺爺(さんせいやや)の聖駕(せいが=みゆき)の降臨(こうりん)あって、これらの供養(くよう)を受用(じゅよう)されたるならん。今(いま)に趁(つ)けて仙従(せんじゅう=おとも)未(いま)だ返(かえ)らず、鶴駕(かくが=みゆき)此(ここ)に在(あ)らば、我ら可(よ)く天尊(てんそん)に拝(おが)み告(もう)し、些(いささ)かの聖水(せいすい)・金丹(きんたん)を懇(ねんご)ろに求(もと)め、陛下(へいか)に進(しん)じたてまつらば、却(かえ)って是れ長生永寿(ちょうせいえいじゅ)ならずや、我らが功果(こうか)をも見(み)るならんか?」 虎力大仙(こりきたいせん)言う、「説(いう)ところは是(せい)なり」 教(さと)す、「徒弟(でし)たち楽(がく)を動(うご)かし経(きょう)を誦(とな)えよ! 一壁廂(かたわら)に法衣(ほうえ)を取(と)り来(きた)らせ、我が罡(こう)を歩(あゆ)みて拝祷(はいとう)するを待(ま)て」 かの小道士(しょうどうし)たちは倶(みな)命(めい)に遵(したが)い、両班児(りょうはん)に擺(なら)び列(つら)ねて斉(ととの)い整(ととの)え、[口+当](とう)の一声(ひとこえ)の磬(けい)の響(ひびき)に、斉(ひと)しく《黄庭道徳真経(こうていどうとくしんきょう)》の巻(かん)を念(とな)う。虎力大仙(こりきたいせん)は法衣(ほうえ)を披(き)、玉簡(ぎょくかん)を擎(ささ)げ、面前(めんぜん)に対(むか)いて舞蹈(ぶとう)し揚塵(ようじん)し、地(ち)に拝(おが)み伏(ふ)し、上(かみ)に朝(むか)いて啓奏(けいそう)して言う: 「誠惶誠恐(せいこうせいきょう=かしこみかしこみ)、稽首(けいしゅ)して帰依(きえ)したてまつる。臣等(しんら)教(きょう)を興(おこ)し、清虚(せいきょ)を仰望(もうしあお)ぐ。僧(そう)を滅(ほろぼ)して鄙俚(ひり=いやしき)を鄙(いや)しみ、道(どう)を敬(うやま)いて光輝(こうき)たり。宝殿(ほうでん)を敕修(ちょくしゅう)し、庭闈(ていい)を御制(ぎょせい)す。広(ひろ)く供養(くよう)を陳(つら)ね、高(たか)く龍旗(りゅうき)を挂(か)く。通宵(よもすがら)燭(しょく)を秉(と)り、鎮日(ひねもす)香(こう)菲(かんば)し。一誠(いちせい)上(かみ)に達(たっ)し、寸敬(すんけい)虔(つつし)みて帰(き)す。今(いま)降駕(こうが)を蒙(こうむ)るも、未(いま)だ仙車(せんしゃ)返(かえ)らず。望(ねがわ)くは些(いささ)かの金丹(きんたん)・聖水(せいすい)を賜(たま)わり、朝廷(ちょうてい)に進(しん)じて、寿(じゅ)を南山(なんざん)に比(ひ)せしめられんことを」  八戒(はっかい)、この言(ことば)を聞き、心中(むねのうち)忐忑(たんとく=おどおど)し、黙(だんまり)して行者に対(むか)いて言う、「これ我らの不是(あやまち)なり。物(もの)を吃(くら)いて、且(しばら)く走路(みちをゆ)かずして、只(た)だこの般(よう)なる祷祝(いのり)を等(ま)てり。却(かえ)って怎(どう)して答(こた)え応(おう)ぜんや?」 行者はまた一把(ひとつまみ)捻(つね)り、忽(たちま)ちに口(くち)を開(ひら)いて一声(ひとこえ)叫(さけ)んで言う、「晩輩(ばんぱい=おさなき)の小仙(しょうせん)よ、且(しばら)く拝祝(はいしゅく)を休(や)めよ。我らは是れ蟠桃会(ばんとうえ)の上(ほとり)より来(きた)れるにして、曾(かつ)て金丹(きんたん)・聖水(せいすい)を帯(たずさ)え来(きた)らざるなり。日(ひ)を改(あらた)めてまた来(きた)りて垂賜(すいじ=たまわる)を待(ま)て」 かの大小(だいしょう)の道士(どうし)たち、話(ことば)の説(い)い出(いだ)されたるを聴(き)き、一箇一箇(めいめい)衣(ころも)を抖(ふるわ)して戦(おのの)いて言う、「爺爺(だんなさま)よ! 活(いき)たる天尊(てんそん)の凡(このよ)に臨(のぞ)みたもうたるなり。是(かなら)ず放(はな)つなかれ。好歹(なにとぞ)一箇の長生(ちょうせい)の法児(ほうべん)を求(もと)めんことを!」  鹿力大仙(ろくりきたいせん)は上前(すすみで)て、また拝(おが)んで云(いわ)く: 「揚塵頓首(ようじんとんしゅ)し、謹(つつし)んで丹誠(たんせい=まごころ)を弁(わきま)う。微臣(びしん)命(めい)に帰(き)し、三清(さんせい)を俯仰(ふぎょう=あおぎした)ぐ。自来(このかた)此界(しかい)に、道(どう)を興(おこ)し僧(そう)を除(のぞ)く。国王(こくおう)心(こころ)に喜(よろこ)び、玄齢(げんれい=みちのとし)を敬重(けいちょう)す。羅天大醮(らてんだいしょう=大がたのみそぎ)、徹夜(てつや)して経(きょう)を看(み)る。幸(さいわ)いに天尊(てんそん)の棄(す)てたまわざるに、聖駕(せいが)を降(くだ)して庭(にわ)に臨(のぞ)ましむ。俯(ふ)して垂念(すいねん=おもい)を求(もと)め、仰望(もうしあお)いで恩栄(おんえい)を蒙(こうむ)る。是(かなら)ず些(いささ)かの聖水(せいすい)を留(とど)め、弟子(でし)たちに与(あた)えて寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)せしめられんことを」  沙僧(さそう)は行者を捻(つね)り、黙黙(だんまり)として言う、「兄者(あにじゃ)よ、得(う)ること緊(きわま)りて、また祷告(いのり)に来(きた)ったり」 行者言う、「彼に些(いささ)か与(あた)えよ」 八戒は寂寂(そっと)言う、「那(いずこ)にか得(う)る有らんや?」 行者言う、「汝は只(た)だ我を看(み)ておれ。我に有(あ)らば、汝らもまた都(みな)有(あ)るなり」 かの道士(どうし)は吹打(すいだ)し畢(おわ)るや、行者は口を開(ひら)いて言う、「かの晩輩(ばんぱい)の小仙(しょうせん)よ、拝伏(はいふく)を須(もち)いず。我、些(いささ)かの聖水(せいすい)を留(とど)めて汝らに与(あた)えざらんと欲(ほっ)せば、恐(おそ)らくは苗裔(びょうえい=すえ)を滅(ほろぼ)さん;若(も)し汝に与(あた)えんと要(ほっ)せば、また忒(い)たく容易(たやす)し」 衆道(しゅうどう)はこの言(ことば)を聞き、一斉(いっせい)に俯伏(ふふく)して頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「万望(なにとぞ)天尊(てんそん)の弟子(でし)が恭敬(きょうけい)の意(こころ)を念(おも)われ、千(なにとぞ)乞(こ)う喜(よろこ)んで些須(いささか)を賜(たま)わらんことを。我が弟子(でし)広(ひろ)く道徳(どうとく)を宣(の)べ、国王(こくおう)に奏(もう)して普(あまね)く玄門(げんもん)を敬(うやま)わしめん」 行者言う: 「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、器皿(うつわ)を取(と)り来(きた)れ」 かの道士たちは一斉に頓首(とんしゅ)して恩(おん)を謝(しゃ)した。虎力大仙(こりきたいせん)は強(つよみ)を愛(この)み、すなわち一口(ひとつ)の大缸(おおかめ)を抬(か)ぎ来(きた)らせて殿(でん)の上(うえ)に放(お)き;鹿力大仙(ろくりきたいせん)は一(ひとつ)の砂盆(さぼん=すなぼん)を端(ただ)しく供桌(くたく=そなえつくえ)の之上(うえ)に安(お)き;羊力大仙(ようりきたいせん)は花瓶(かへい)を把(と)って花(はな)を摘(つ)み、中間(なか)に移(うつ)した。行者言う、「汝らは都(みな)殿前(でんぜん)に出(い)で、格子(こうし)を掩(おお)え。天機(てんき)を泄(も)らす可(べ)からず。好(よ)く汝らの為(ため)に些(いささ)かの聖水(せいすい)を留(とど)めん」 衆道(しゅうどう)は一斉に丹墀(たんち=だん)の下(した)に跪(ひざまず)き伏(ふ)し、殿門(でんもん)を掩(とざ)した。  かの行者は立(た)ち将(つ)れ起(あが)り、虎皮裙(こひくん)を掀(めく)り上(あ)げ、一花瓶(ひとつ)の臊溺(そうでき=にょう)を撒(ひ)り了(おわ)った。猪八戒(ちょはっかい)はこれを見て歓喜(よろこ)んで言う、「兄者(あにじゃ)よ、我は汝とこの幾年(いくとせ)の兄弟(きょうだい)と做(な)りしが、只(た)だこれらの児(ばかり)は曾(かつ)て我を弄(ろう)せざりき。我は才(いま)些(いささ)かの物(もの)を吃(くら)いて、道(みち)すがらこの箇の事(こと)を干(おこな)わんと要(ほっ)せしなり」 かの呆子(ばか)めは衣服(ころも)を揭(まく)り上(あ)ぐるや、忽喇喇(こつらつらつ)と、すなわち呂梁洪(りょりょうこう)の坂(さか)を倒(たお)れ下(くだ)る来(きた)るが似(ごと)く、沙沙(さささ)と一砂盆(ひとつ)を溺(いばり)し、沙和尚(さおしょう)は却(かえ)ってまた半缸(はんがめ)を撒(ひ)り、依旧(もとのごとく)衣(ころも)を整(ととの)えて端然(ただしく)上(うえ)に坐(ざ)して言う、「小仙(しょうせん)聖水(せいすい)を領(うけたまわ)れ」 かの道士(どうし)たちは格子(こうし)を推(お)し開(ひら)き、頭(こうべ)を磕(ぬかず)き礼拜(らいはい)して恩(おん)を謝(しゃ)し、缸(かめ)を抬(か)ぎ出(いだ)し、あの瓶(びん)・盆(ぼん)を総(すべ)て一処(ひとところ)に帰(き)し集(あつ)め、教(さと)す、「徒弟(でし)よ、一箇の鍾子(さかずき)を取(と)り来(きた)りて嘗(な)めてみよ」 小道士(しょうどうし)はすなわち一箇の茶鐘(ちゃさかずき)を拿(と)り来(きた)り、老道士(ろうどうし)に遞(わた)した。道士は一鍾(ひとさかずき)を舀(く)み出(いだ)し、口(くち)へ喝(の)み下(おろ)すや、只管(ひたすら)唇(くちびる)を抹(ぬぐ)い嘴(くち)を咂(すす)る。鹿力大仙(ろくりきたいせん)言う: 「師兄(あにでし)よ、好吃(おいし)うございますか?」 老道士は嘴(くち)を努(つきだ)して言う、「甚(たいし)て好吃(おいし)からず。些(いささ)かの酣[西+単](かんたん=しおからみ)の之味(あじ)有(あ)り」  羊力大仙(ようりきたいせん)言う、「我をして嘗(な)めしめよ」 また一口(ひとくち)喝(の)んで、言う、「些(いささ)かの猪溺(ちょでき=ぶたのいばり)の臊気(そうき=なまぐささ)有(あ)り」  行者は上(うえ)に坐(ざ)して、この話(ことば)の説(い)い出(いだ)されたるを聴(き)き、已(すで)に此(ここ)に識破(みやぶ)られたるを知(し)りて、言う、「我、一箇の手段(てだて)を弄(ろう)し、索性(いっそ)一箇の名(な)を留(とど)めん」 大(おお)いに叫(さけ)んで云(いわ)く: 「道号(どうごう)道号、汝は好(よ)く胡思(みだりにおもえ)り! 那(いず)れの箇の三清(さんせい)か、肯(あえ)て凡基(ぼんき=このよ)に降(くだ)らんや? 吾(われ)真姓(しんせい=まことのうじ)を将(も)って、説(つ)げて汝に知(し)らしめん。大唐(だいとう)の僧衆(そうしゅう)、旨(むね)を奉(ほう)じて西(にし)に来(きた)る。良宵(りょうしょう=よる)事(こと)無(な)く、宮闈(きゅうい)に下降(げこう)す。供養(くよう)を吃(くら)い、閑坐(かんざ)して嬉嬉(きき=たわむ)る。汝が叩拝(こうはい)を蒙(こうむ)るに、何(なに)を以(もっ)てか之(これ)に答(こた)えん?  那(いずこ)か是れ甚麼(なん)の聖水(せいすい)ならん、汝らの吃(の)みたるは都(みな)是れ我が一溺(いちでき)の尿(いばり)なり!」  かの道士たち、この言(ことば)を聞き得(え)て、門を攔(ふさ)ぎ住(とど)め、一斉(いっせい)に叉(さすまた)・鈀(は)・掃帚(ほうき)・瓦塊(かわら)・石頭(いし)を動(うごか)し、没頭没臉(めちゃくちゃ)に裡(うち)へ向(むか)って乱(みだ)りに打(う)った。  好(よ)き行者かな、左手(ゆんで)に沙僧(さそう)を挟(かい)し、右手(めて)に八戒(はっかい)を挟し、門を闯(つ)き出(い)で、祥光(しょうこう)を駕(が)し、径(ただ)ちに智淵寺(ちえんじ)の方丈(ほうじょう)に転(てん)じ、敢(あえ)て師父(しふ)を驚(おどろ)かし動(うご)かさず、三人(みたり)はまたまた睡(ねむ)り下(お)ろした。  早(はや)くも是れ五鼓三点(ごこさんてん=あけがた)、かの国王(こくおう)朝(ちょう)を設(もう)け、両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)・四百朝官(しひゃくちょうかん)を聚(あつ)む。但(ただ)し見る、絳紗(こうしゃ)の灯火(とうか)光明(こうみょう)に、宝鼎(ほうてい)の香雲(こううん)靉靆(あいたい=たなびけ)り。この時(とき)唐三藏(とうさんぞう)醒(さ)めて叫(よ)ぶ、「徒弟(でし)徒弟、我を伏侍(つか)えて倒換関文(とうかんかんぶん=つうこうしょう)に往(ゆ)かん」 行者と沙僧(さそう)・八戒(はっかい)は急ぎ身を起(おこ)し、衣服(ころも)を穿(き)、左右(さゆう)に侍立(じりつ)して言う、「上(かみ)に師父に告(もう)す。この昏君(くんくん=あほうなきみ)はあの道士(どうし)どもを信(しん)じ、道(どう)を興(おこ)し僧(そう)を滅(ほろぼ)す。恐(おそ)らくは言語(ことば)の差(たが)い錯(あやま)りて、関文(かんぶん)を倒換(ひきか)えるを肯(がえん)ぜざらん。我ら師父を護持(ごじ)し、都(みな)朝(ちょう)に入(い)り往(ゆ)かん」 唐僧(とうそう)は大いに喜(よろこ)び、錦襴袈裟(きんらんけさ)を披(き)た。行者は通関文牒(つうかんぶんちょう)を帯(たずさ)え、悟浄(ごじょう)をして鉢盂(はつう)を捧(ささ)げしめ、悟能(ごのう)をして錫杖(しゃくじょう)を拿(と)らしめ、行嚢(こうのう=にもつ)・馬匹(ばひつ)を将(も)って智淵寺(ちえんじ)の僧(そう)に交(わた)して看守(みまも)らせ、径(ただ)ちに五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に到(いた)り、黄門官(こうもんかん)に対(むか)いて礼(れい)を作(な)し、姓名(せいめい)を報(ほう)じ、言(いわ)く是れ東土大唐(とうどだいとう)より経(きょう)を取りに来(きた)れる和尚(おしょう)の此処(ここ)に来(きた)りて関文(かんぶん)を倒換(ひきか)えんと欲(ほっ)す、煩(わずら)わしくも転奏(てんそう)を為(な)されよ、と。かの閣門大使(かくもんたいし)、朝(ちょう)に入(い)りて金階(きんかい)に俯伏(ふふく)して奏(もう)して曰(いわ)く、「外(そと)に四箇(よたり)の和尚(おしょう)有り、東土大唐より経を取りに来(きた)れると説(い)い、関文を倒換(ひきか)えんと欲(ほっ)して、現(いま)五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に在(あ)りて旨(むね)を候(ま)っておりまする」 国王、奏(そう)を聞いて言う、「この和尚(おしょう)め、死(し)を尋(たず)ぬるに処(ところ)無(な)くして、却(かえ)って此処(ここ)に来(きた)りて死を尋ぬるか! あの巡捕官員(じゅんほかんいん)は、怎(どう)して彼を拿(とら)えて解(つ)れ来(きた)らざるか?」 旁(かたわら)より当駕の太師(とうがのたいし)闪(ひらめ)き過(よぎ)り、啓奏(けいそう)して言う: 「東土大唐(とうどだいとう)は、乃(すなわ)ち南贍部洲(なんせんぶしゅう)、号(な)して中華大国(ちゅうかたいこく)と曰(い)い、此(ここ)に到(いた)るに万里(ばんり)の遙(はる)かなる有(あ)り、路(みち)に妖怪(ようかい)多(おお)し。この和尚(おしょう)は一定(きっ)と些(いささ)かの法力(ほうりき)有(あ)らば、方(まさ)に敢(あえ)て西(にし)へ来(きた)れるなり。望(ねがわ)くは陛下(へいか)の中華(ちゅうか)の遠僧(えんそう=とおいところのぼうず)を看(み)られ、且(しばら)く召(め)して来(きた)らせ牒(しょう)を験(あか)して放(はな)たれよ。庶(ねがわ)くは善縁(ぜんえん)の意(こころ)を失(うしな)わざらんことを」 国王は奏(そう)を准(ゆる)し、唐僧等(とうそうら)を把(と)って金鑾殿(きんらんでん)の下(した)に宣(せん)し至(いた)らしめた。師徒(しと)たちは階前(かいぜん)に排列(ならびつらな)り、関文(かんぶん)を捧(ささ)げて国王に遞(わた)す。国王は展(ひろ)げ開(ひら)いて方(まさ)に看(み)んとするに、また黄門官(こうもんかん)の来(きた)りて奏(もう)するを見(み)る、「三位(さんい)の国師(こくし)が来(み)られました」 慌(あわ)てたるかな国王は関文(かんぶん)を収(おさ)め、急ぎ龍座(りゅうざ)を下(お)り、近侍(きんじ)の者(もの)をして繡墩(しゅうとん=もうせん)を設(もう)けさせ、身を躬(かが)めて迎接(むか)えた。三藏等(さんぞうら)は頭を回(めぐ)らして観看(みわた)すに、あの大仙(たいせん)の、揺揺擺擺(よろよろ)として、後(うしろ)に一双(ふたり)の丫髻(あげまき)蓬頭(ほうとう=みだれがみ)の小童児(こわっぱ)を帯(つ)れ、裡(おく)へ向(むか)って直(ただ)ちに入(い)るを見(み)る。両班(りょうはん)の官(かん)は背(せ)を控(ひ)き身を躬(かが)めて、敢(あえ)て仰(あお)ぎ視(み)ず。彼は金鑾殿(きんらんでん)に上(のぼ)り、国王に対(むか)いて径(ただ)ちに礼(れい)を行(おこな)わず。  かの国王言う、「国師(こくし)よ、朕(ちん)は未(いま)だ曾(かつ)て奉請(ほうせい)せざるに、今日(こんにち)は如何(どう)して肯(あえ)て降(くだ)られたるか?」 老道士(ろうどうし)云(いわ)く、「一事(ひとこと)有りて奉告(ほうこく)するが故(ゆえ)に来(きた)れるなり。あの四箇(よたり)の和尚(おしょう)は是れ那(いず)れの国(くに)より来(きた)れるか?」 国王言う、「是れ東土大唐(とうどだいとう)より西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに差(つか)わされし者(もの)にして、此(ここ)に来(きた)りて関文(かんぶん)を倒換(ひきか)えんとす」 かの三道士(さんどうし)は掌(てのひら)を鼓(う)って大笑(たいしょう)して言う: 「我が説(い)うに彼は走(に)げたりと、原来(もと)還(ま)た此処(ここ)に在(あ)るか!」 国王驚(おどろ)いて言う、「国師(こくし)に何(なん)の話(ことば)有るか? 彼は才(いま)来(きた)りて姓名(せいめい)を報(ほう)じ、正(まさ)に拿(とら)えて国師に送(おく)り使用(つか)わしめんと欲(ほっ)せしに、奈何(いかん)せん当駕太師(とうがたいし)の奏(もう)する所(ところ)の理(ことわり)有(あ)り、朕(ちん)は遠来(えんらい)の意(こころ)を看(み)るに因(よ)りて、中華(ちゅうか)の善縁(ぜんえん)を滅(ほろぼ)さず、方(まさ)に才(はじ)めて召(め)しいれて牒(しょう)を験(あか)せしめたり。期(おも)わずや国師のこの問(とい)有るは、想(おも)うに是れ彼の尊顔(そんがん)を冒涜(ぼうとく)し、罪(つみ)を得(う)る処(ところ)有(あ)らんか?」 道士笑って云(いわ)く、「陛下(へいか)は知(し)ろしめさず。彼は昨日(きのう)来(きた)れる者(もの)にして、東門(とうもん)の外(そと)に在(あ)りて我が二箇の徒弟(でし)を打(う)ち殺(ころ)し、五百箇(ごひゃくこ)の囚僧(しゅうそう=とらわれのぼうず)を放(はな)ち、車輛(しゃりょう=くるま)を捽(ひね)り砕(くだ)き、夜間(やかん)観(かん)へ闯(つ)き入(い)りて、三清(さんせい)の聖象(せいぞう)を毀損(きそん)し、御賜(ぎょし)の供養(くよう)を偷(ぬす)み吃(くら)いましたり。  我らは彼に蒙蔽(もうべい=あざむ)かれ、只(た)だ是れ天尊(てんそん)の下降(げこう)ならんと道(おも)い、些(いささ)かの聖水(せいすい)・金丹(きんたん)を求(もと)め、陛下に進(しん)じて、寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)せんことを指望(きぼう)せしに、期(おも)わずや彼は些(いささ)かの小便(しょうべん)を遺(のこ)して、我らを哄(だま)し瞞(あざむ)けり。我ら各(おのおの)一口(ひとくち)を喝(の)み、滋味(あじ)を嘗(な)め出(いだ)し、正(まさ)に手(て)を下(くだ)して擒(とら)え拿(から)めんとせしに、彼は却(かえ)って走(に)げ去(い)ったり。今日(こんにち)還(ま)た此(ここ)の間(あいだ)に在(あ)るは、正(まさ)に所謂(いわゆる)『冤家(おんな)路(みち)窄(せま)し』なり!」 かの国王、この言(ことば)を聞き、怒(いかり)を発(おこ)して四衆(ししゅう)を誅(ころ)さんと欲(ほっ)す。孫大聖(そんたいせい)は合掌(がっしょう)して口を開(ひら)き、声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んで言う、「陛下(へいか)、暫(しばら)く雷霆(らいてい=いかづち)の怒(いかり)を息(いこ)わせ、僧等(そうら)の啓奏(けいそう)するを容(ゆる)されよ」 国王言う、「汝は国師(こくし)を冲撞(ぶつか)れり。国師が言(ことば)に、豈(あ)に差(たが)い謬(あやまり)有らんや!」 行者言う、「彼の説(いう)には、我が昨日(きのう)城外(じょうがい)に到(いた)りて彼が二箇の徒弟(でし)を打(う)ち殺(ころ)したりと。是れ誰(たれ)か知証(しょうこ)するか? 我ら且(しばら)く屈(くっ)して認(みと)め、二箇の和尚(おしょう)をして命(いのち)を償(つぐな)わしめ、還(ま)た二箇を放(はな)ちて経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめよ。彼はまた我が車輛(くるま)を捽(ひね)り砕(くだ)き、囚僧(しゅうそう)を放(はな)てりと説(い)う。この事(こと)もまた見証(けんしょう)無(な)ければ、料(おもんみ)るに該(まさ)に死(し)すべからず、また一箇の和尚をして罪(つみ)を領(うけ)しめて罷(や)めよ。彼の説(いう)には我が三清(さんせい)を毀(こぼ)ち、観宇(かんう)を闹(さわ)がせたりと。これ又(ま)た是れ我を栽害(さいがい=ぬれぎぬ)するなり」 国王言う、「怎(どう)して栽害(ぬれぎぬ)と見(み)んや?」 行者言う、「我が僧(そう)は乃(すなわ)ち東土(とうど)の人(ひと)にして、乍(にわか)に此処(ここ)に来(きた)れるに、街道(かいどう)すら尚(な)お通(とお)らず、如何(どう)して夜裡(よなか)にすなわち彼が観中(かんちゅう)の事(こと)を知(し)らんや? 既(すで)に小便(しょうべん)を遺(のこ)したるならば、該(まさ)に当時(そのとき)捉(とら)え住(とど)むべきに、却(かえ)ってこの早晚(このごろ)名(な)を坐(ざ)して人(ひと)を害(そこな)う。天下(てんか)に仮名托姓(かめいだくせい=にせのな)の者(もの)無限(むげん)なるに、怎(どう)してすなわち是れ我(われ)と説(い)わるるか? 望(ねがわ)くは陛下(へいか)の嗔(いかり)を回(めぐ)らして詳(つまびらか)に察(さっ)せられんことを」 かの国王は本来(もと)昏乱(こんらん=くらみ)たる者(もの)なれば、行者に一遍(ひととおり)説(と)かれて、彼はすなわち決断(けつだん)定(さだ)まらず。  正(まさ)に疑惑(ぎわく)の之(あいだ)に在(あ)るに、また黄門官(こうもんかん)の来(きた)りて奏(もう)するを見(み)る、「陛下(へいか)、門外(もんがい)に許多(あまた)の郷老(きょうろう=むらのろうじん)の宣(せん)を聴(き)く者有(あ)り」 国王言う、「何(なん)の事(こと)の干(かかわり)有るか?」 すなわち命(めい)じて宣(め)して来(きた)らしむ。殿前(でんぜん)に宣(め)し至(いた)るに、三四十名(さんじゅうしじゅうめい)の郷老(きょうろう)有り、上(かみ)に朝(むか)いて頭(こうべ)を磕(ぬかず)いて言う、「万歳(ばんぜい)よ、今年(ことし)一春(いっしゅん)に雨(あめ)無(な)く、但(た)だ恐(おそ)るるは夏月(かげつ)の干荒(かんこう=ひでり)を。特に来(きた)りて啓奏(けいそう)し、請(こ)う、あの位(くらい)の国師爺爺(こくしやや)の甘雨(かんう=うるおいのあめ)を一場(ひとしきり)祈(いの)られ、普(あまね)く黎民(れいみん=たみ)を済(すく)われたまえ」 国王言う、「郷老(きょうろう)よ、且(しばら)く退(しりぞ)け。すなわち雨(あめ)の来(きた)る有(あ)らん」 郷老は恩(おん)を謝(しゃ)して出(い)づ。国王言う、「唐朝(とうちょう)の僧衆(そうしゅう)よ、朕(ちん)が道(どう)を敬(うやま)い僧(そう)を滅(ほろぼ)すは何(なん)の為(ため)ぞ? 只(た)だ当年(むかし)雨(あめ)を求(もと)めしに、我が朝(ちょう)の僧人(そうじん)は更(さら)に未(いま)だ曾(かつ)て一点(ひとつぶ)をも求(もと)め得(え)ざりしが為(ため)なり。幸(さいわ)いに天(てん)の国師(こくし)を降(くだ)して、塗炭(とたん=くるしみ)を拯援(じょうえん=すくい)だすかれたり。汝、今(いま)遠(とお)くより来(きた)りて、国師(こくし)を冒涜(ぼうとく)せるは、本(もと)当(まさ)に即時(そくじ)に罪(つみ)を問(と)うべけれど、姑(しばら)く且(しばら)く汝を恕(ゆる)さん。敢(あえ)て我が国師(こくし)と赌勝(かけあがき)して雨(あめ)を求(もと)めんか? 若(も)し一場(ひとしきり)の甘雨(かんう)を祈(いの)り得(え)て、万民(ばんみん)を済度(さいど=すくいわた)らば、朕すなわち汝が罪名(ざいみょう)を饒(ゆる)し、関文(かんぶん)を倒換(ひきか)え、汝を放(はな)ちて西(にし)へ去(い)かしめん。若(も)し赌(か)けに過(す)ぐること能(あた)わず、雨(あめ)無(な)からんには、すなわち汝らを将(も)って殺場(さつじょう=しのば)に推(お)し赴(おもむ)かせ、典刑(てんけい=さらしもの)にして衆(しゅう)に示(しめ)さん」 行者笑って言う、「小和尚(こぼうず)もまた些(いささ)かの児(ばかり)の求祷(きとう)を暁(さと)っておる」 国王、説(いう)を見て、すなわち命(めい)じて壇場(だんじょう=さいだん)を打掃(そうじ)させ、一壁廂(かたわら)に教(さと)す、「駕(が)を擺(なら)べよ。寡人(われ)親(みずか)ら五鳳楼(ごほうろう)に上(のぼ)りて観看(みわた)さん」 当時(そのとき)多官(たかん)駕(が)を擺(なら)べ、須臾(しばらく)にして楼(ろう)に上(のぼ)りて坐(ざ)した。唐三藏(とうさんぞう)は行者・沙僧(さそう)・八戒(はっかい)に随(したが)い、楼下(ろうか)に侍立(じりつ)し、かの三道士(さんどうし)は国王に陪(ともな)うて楼上(ろうじょう)に坐(ざ)した。少時(しばらく)あって、一員(ひとり)の官(かん)の飛馬(ひば=はやうま)にて来(きた)り報(ほう)ず、「壇場(だんじょう)の諸色(しょしょく=ようい)皆(みな)備(そなわ)り、請(こ)う国師爺爺(こくしやや)の壇(だん)に登(のぼ)られんことを」  かの虎力大仙(こりきたいせん)は身を欠(かが)め手を拱(く)み、国王に辞(じ)し、径(ただ)ちに楼(ろう)を下(お)り来(きた)る。行者は前(まえ)へ向(むか)い進(すす)み出(い)でて攔(ふさ)ぎ住(とど)めて言う、「先生(せんせい)よ、何処(いずこ)へか去(ゆ)かるるか?」 大仙(たいせん)言う、「壇(だん)に登(のぼ)りて雨(あめ)を祈(いの)らん」 行者言う、「汝もまた忒(い)たく自(みずか)ら重(おもん)ずるかな、更(さら)に我が遠郷(えんきょう=とおいさと)の之僧(そう)をも讓(ゆず)らざるは。也(また)罷(よ)からん、これ正(まさ)に是れ『強龍(きょうりゅう)も地頭蛇(じとうだ=その地のへび)を圧(おさ)えず』なり。先生先(さき)に去(ゆ)かれよ。必(かなら)ず君前(くんぜん)に対(むか)いて講(いいひら)き開(あ)けよ」 大仙(たいせん)言う、「甚(なん)をか講(いいひら)かんや?」 行者言う、「我と汝と都(みな)壇(だん)に上(のぼ)りて雨(あめ)を祈(いの)らば、雨(あめ)の是れ汝がものか、是れ我がものなるかを知(し)らんや。是れ誰(たれ)が功績(こうせき)なるかを見(み)わずしてしまう」 国王は上(うえ)に在りてこれを聴(き)き、心中(むねのうち)暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで言う、「あの小和尚(こぼうず)の説(いう)ことばは倒(かえ)って些(いささ)かの筋節(きんせつ=わけ)有り」 沙僧(さそう)はこれを聴(き)き、暗(ひそ)かに笑って想(おも)う、「一腹(ひとつ)の筋節(わけ)の、還(ま)た曾(かつ)て拿(と)り出(いだ)さざるを知(し)らざるなり!」 大仙(たいせん)言う: 「講(いいひら)くを消(よう)せず。陛下(へいか)は自然(おのずか)ら之(これ)を知(し)ろしめす」 行者言う、「然(しか)りと雖(いえど)も之(これ)を知(し)ろしめすとも、奈何(いかん)せん我が遠来(えんらい)の僧(そう)は、未(いま)だ曾(かつ)て汝と相会(あいまみ)えず。その時(とき)彼此(おたがい)に混(まぎ)れ頼(たの)みては、勾当(こうとう=とりきめ)を成(な)さず。須(すべから)く講(いいひら)き開(あ)けてこそ方(まさ)に好(よ)く事(こと)を行(おこな)うべけれ」  大仙(たいせん)言う、「この一たび壇(だん)に上(のぼ)らば、只(た)だ我が令牌(れいばい=ふだ)を看(み)て号(しるし)と為(な)す:一声(ひとこえ)の令牌(ふだ)響(ひび)けば風(かぜ)来(きた)り、二声響けば雲(くも)起(おこ)り、三声響けば雷(かみなり)・閃(いなびかり)斉(ひと)しく鳴(な)り、四声響けば雨(あめ)至(いた)り、五声響けば雲散(くもち)り雨収(あめや)まん」  行者笑って言う、「妙(みょう)なるかな! 我が僧(そう)は是れ曾(かつ)て見(み)ざるなり! 請(さよう)なら! 請(さよう)なら!」  大仙(たいせん)は歩(あゆみ)を踏(ふ)み開(ひら)いて前(まえ)へ進(すす)み、三藏等(さんぞうら)はその後(あと)に随(したが)い、径(ただ)ちに壇門(だんもん)の外(そと)に到(いた)った。頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)すに、那里(そこ)に一座(ひとつ)の高台(こうだい)有り、約(おおむね)三丈(さんじょう)余(あま)りの高(たか)さなり。台(だい)の左右(さゆう)に二十八宿(にじゅうはっしゅく)の旗号(きごう)を插(さ)し、頂上(ちょうじょう)に一張(ひとつ)の桌子(つくえ)を放(お)き、桌(つくえ)の上(うえ)に一箇の香炉(こうろ)有り、炉(ろ)のなかには香煙(こうえん)靄靄(あいあい=たなびけ)り。両辺(りょうへん)に二隻(ふたつ)の燭台(しょくだい)有り、台(だい)の上(うえ)に風燭(ふうしょく)煌煌(こうこう=あきらかにかがや)けり。炉(ろ)の辺(ほとり)に一箇の金牌(きんばい)を靠(よ)せかけ、牌(ばい)の上に鐫(え)りたるは是れ雷神(らいじん)の名号(みょうごう)なり。底下(した)に五箇の大缸(おおかめ)有り、都(みな)満缸(みつるかめ)の清水(せいすい)を注(そそ)ぎ、水(みず)の上(うえ)に楊柳枝(ようりゅうし)を浮(うか)べたり。楊柳枝(ようりゅうし)の上(うえ)に、一面(ひとつら)の鉄牌(てっぱい)を托(の)せ、牌(ばい)の上(うえ)に書(か)きたるは是れ雷霆都司(らいていとし)の符字(ふじ)なり。左右(さゆう)に五箇の大樁(だいしょう=おおぐい)有り、樁(ぐい)の上(うえ)に五方蛮雷使者(ごほうばんらいししゃ)の名録(みょうろく)を写(うつ)せり。毎一樁(ぐいごと)の辺(ほとり)に、二箇の道士(どうし)を立(た)たせ、各(おのおの)鉄鎚(てっつい)を執(と)り、樁(ぐい)を打(う)つを伺候(したく)せり。台(だい)の後面(うしろ)に許多(あまた)の道士(どうし)有り、そこに在りて作文書(ふみをか)けり。正中間(まんなか)に一架(ひとつ)の紙炉(かみろ)を設(もう)け、また幾箇(いくたり)かの象生(ぞうしょう=かたどり)の人物(じんぶつ)有り、都(みな)是れあの執符使者(しゅうふししゃ)・土地賛教(どちさんきょう)の之神(かみ)なり。  かの大仙(たいせん)は走進(あるきい)りて、更(さら)に謙遜(へりくだ)らず、直(ただ)ちに高台(こうだい)に上(のぼ)りて立(た)ち定(さだ)めた。旁(かたわら)に一箇の小道士(しょうどうし)有り、幾張(いくひら)かの黄紙(おうし)に書(か)き就(おお)せたる符字(ふじ)と、一口(ひとふり)の宝剣(ほうけん)を捧(ささ)げ、大仙(たいせん)に遞(わた)した。大仙は宝剣(ほうけん)を執(と)り、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(とな)え、一道(ひとすじ)の符(ふ)を将(も)って燭(しょく)の上(うえ)に在(あ)りて焼(や)いた。かの底下(した)の二、三箇の道士(どうし)、一箇の執符(ふをと)る象生(かたどり)と、一道(ひとすじ)の文書(ふみ)を拿(と)り過(よこ)し、また火(ひ)を点(つ)けて之(これ)を焚(た)いた。かの上(うえ)に乒(へい)の一声(ひとこえ)の令牌(ふだ)の響(ひびき)有(あ)るや、只(た)だ見る、かの半空(はんくう)の裡(うち)に、悠悠(ゆうゆう)として風色(かぜけ)の飘(ただよ)い来(きた)るを。猪八戒(ちょはっかい)は口(くち)の裡(うち)に作念(つぶや)いて言う: 「不好(いかん)! 不好! この道士(どうし)は果(はた)して本事(ほんざい)有(あ)るわ! 令牌(ふだ)が一下(ひとつ)響(ひび)きしに、果たしてすなわち風(かぜ)を刮(ふ)かせたり!」  行者言う、「兄弟(おとうと)よ、悄悄(しずか)にせよ。汝らは再(ふたた)び我と言語(ものい)うなかれ。只管(ひたすら)師父(しふ)を護持(ごじ)せよ。我が事(こと)を干(おこな)いに往(ゆ)くを待(ま)て」 好(よ)き大聖かな、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を拔(ぬ)き下(おろ)し、一口の仙気(せんき)を吹(ふ)きかけ、「変!」と叫(さけ)ぶや、すなわち変じて一箇の「仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)」と作(な)り、唐僧(とうそう)の手下(てした)に立(た)たせた。彼が真身(しんじん)は元神(がんじん=たましい)を出(いだ)し、半空(はんくう)の中(うち)へ趕(お)い到(いた)り、高(たか)く叫(さけ)んだ、「あの司風(しふう=かぜをつかさどる)の者(もの)は是れ那(た)れなるか?」 慌(あわ)てたるかな、あの風婆婆(ふうばば)は布袋(ぬのぶくろ)を捻(ひね)り住(とど)め、巽二郎(そんじろう)は口縄(くちなわ)を札(から)げ住(とど)め、上前(すすみで)て礼(れい)を施(ほどこ)した。行者言う、「我は唐朝(とうちょう)の聖僧(しょうそう)を保護(まも)りて西天(さいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)き、路(みち)に車遅国(しゃちこく)を過(よぎ)り、あの妖道(ようどう)と赌勝(かけあがき)して雨(あめ)を祈(いの)るに、汝は怎(どう)して老孫を助(たす)けずして、反(かえ)ってあの道士(どうし)を助くるか? 我、且(しばら)く汝を饒(ゆる)さん。風(かぜ)を把(と)って収(おさ)めよ。若(も)し些(いささ)かの風(かぜ)の児(ばかり)もあって、あの道士(どうし)が髭(ひげ)を吹(ふ)きて動(うご)かすことあらば、各(おのおの)二十鉄棒(にじゅうてつぼう)を打(う)たん!」 風婆婆(ふうばば)言う、「不敢不敢(もったいなしもったいなし)!」 遂(つい)に而(て)些(いささ)かの風気(ふうき)も無(な)し。八戒は忍(しの)び得(あた)ずして乱(みだ)りに嚷(わめ)いて言う、「あの先児(せんじ=おまえ)請(さが)れ! 令牌(ふだ)は已(すで)に響(ひび)きしに、怎(どう)して些(いささ)かの風(かぜ)の児(ばかり)も見(み)えざるか? 汝、下(お)りて来(き)て、我らをして上(のぼ)らしめよ!」  かの道士(どうし)はまた令牌(ふだ)を執(と)り、符檄(ふげき)を焼(や)き、撲(ぽん)とまた一下(ひとつ)打(う)てば、只(た)だ見る、かの空中(くうちゅう)に雲霧(うんむ)の遮(おお)い満(み)てり。孫大聖(そんたいせい)はまた当頭(まっこう)より叫(さけ)んだ、「布雲(うみをしく)の者(もの)は是れ那(た)れなるか?」 慌(あわ)てたるかな、あの推雲童子(すいうんどうじ)・布霧郎君(ふむろうくん)、当面(まのあたり)に礼(れい)を施(ほどこ)した。行者はまた前事(さきのこと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせたれば、あの雲童(うんどう)・霧子(むし)もまた雲霧(うんむ)を収(おさ)め、太陽星(たいようせい)を放(はな)ちて耀耀(ようよう)と輝(かがや)かせ、一天(いってん)万里(ばんり)更(さら)に雲(くも)無(な)し。八戒笑って言う、「この先児(おまえ)は只(た)だ好(よ)くこの皇帝(こうてい)を哄(だま)し、黎民(れいみん)を搪塞(とうそく=ごまか)するのみ。全(まった)く些(いささ)かの真実(しんじつ)の本事(ほんざい)も無し! 令牌(ふだ)が両下(ふたたび)響(ひび)きしに、如何(どう)してまた雲(くも)の生(しょう)ずるを見(み)ざるか?」  かの道士(どうし)は心中(むねのうち)焦躁(いらいら)し、宝剣(ほうけん)を仗(たの)み、頭髪(かみのけ)を解散(ときみだ)し、呪(じゅ)を念(とな)え、符(ふ)を焼(や)き、再(また)一令牌(ひとふだ)を打(う)ち将(つ)れ下(おろ)すに、只(た)だ見る、かの南天門(なんてんもん)の裡(うち)より、鄧天君(とうてんくん)の雷公電母(らいこうでんぼ)を領(ひき)いて当空(とうくう)に到(いた)り、行者を迎(むか)えて礼(れい)を施(ほどこ)した。行者はまた前項(さきのくだり)の事(こと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせて、言う、「汝らは怎(どう)して来(きた)ること志誠(まこと)なるか! 是れ何(なん)の法旨(ほうし=みことのり)なるか?」 天君(てんくん)言う、「あの道士(どうし)が五雷法(ごらいほう)は是れ一箇の真(まこと)のものなり。彼は文書(ふみ)を発(はっ)し、文檄(ぶんげき)を焼(や)きて、玉帝(ぎょくてい)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、玉帝は旨意(しい)を擲(なげう)たせ、径(ただ)ちに九天応元雷声普化天尊府(きゅうてんおうげんらいしょうふかてんそんふ)の下(もと)に至(いた)らしめた。我ら旨(むね)を奉(ほう)じて前(まえ)に来(きた)り、雷電(らいでん)を助(たす)けて雨(あめ)を下(くだ)さんとするなり」 行者言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、且(しばら)く都(みな)住(とど)まれ、同じく老孫が事(こと)を行(おこな)うを候(ま)て」 果(はた)して雷(かみなり)もまた鳴(な)らず、電(いなびかり)もまた灼(ひか)らず。  かの道士(どうし)は愈(いよいよ)着忙(あわて)り、また香(こう)を添(そ)え、符(ふ)を焼(や)き、呪(じゅ)を念(とな)え、令牌(ふだ)を打(う)ち下(おろ)した。半空(はんくう)の中(うち)に、また四海龍王(しかいりゅうおう)の、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せ至(いた)る。行者は当頭(まっこう)より喝(かつ)して言う、「敖広(ごうこう)! 何処(いずこ)へか去(ゆ)くか?」 かの敖広(ごうこう)・敖順(ごうじゅん)・敖欽(ごうきん)・敖閏(ごうじゅん)は上前(すすみで)て礼(れい)を施(ほどこ)した。行者はまた前項(さきのくだり)の事(こと)を説(と)き一遍(ひととおり)聞(き)かせて、言う、「向日(このあいだ)労(ろう)ありて、未(いま)だ曾(かつ)て功(こう)を成(な)さず;今日(こんにち)の事(こと)は、望(ねがわ)くは助力(じょりき)を為(な)されよ」 龍王(りゅうおう)言う、「遵命(じゅんめい)! 遵命!」 行者はまた敖順(ごうじゅん)に謝(あやま)って言う、「前日(せんじつ)令郎(れいろう=むすこ)の怪(かい)を縛(いまし)め、師父(しふ)を搭救(たす)けしに虧(よ)りたり」 龍王(りゅうおう)言う、「あの厮(やつ)は還(ま)た鎖(くさり)に海(うみ)の中(うち)に在(あ)り、敢(あえ)て擅(ほしいまま)に便(べん)ぜず、正(まさ)に大聖(たいせい)の発落(ほうらく=さばき)を請(こ)わんと欲(ほっ)するなり」 行者言う、「憑(たの)む、汝が怎(どう)に処治(しょち)するも罷(よ)からん。如今(いま)且(しばら)く我を助(たす)けて一功(いっこう)を成(な)さしめよ。あの道士(どうし)が四声(よんせい)の令牌(ふだ)は已(すで)に畢(おわ)り、却(かえ)って輪(ばん)は老孫の下(お)りて事(こと)を干(おこな)うに到(いた)れり。但(た)だ我は文書(ふみ)を発(はっ)し符檄(ふげき)を焼(や)き、甚(なん)の令牌(ふだ)を打(う)つことを会(え)せず。汝ら列位(みなさま)は却(かえ)って要(よう)す我を助(たす)けて行行(おこな)われよ」 鄧天君(とうてんくん)言う、「大聖(たいせい)の吩咐(いいつけ)に、誰(たれ)か敢(あえ)て従(したが)わざらん! 但(た)だ只(た)だ是れ一箇の号令(ごうれい)を得(え)てこそ、方(まさ)に敢(あえ)て令(れい)に依(よ)りて行(おこな)うべけれど;然(しか)らずんば、雷雨(らいう)乱(みだ)れて、大聖(たいせい)の款(かん=きまり)無(な)きを顕(あらわ)さん」 行者言う、「我、棍子(こんす=ぼう)を将(も)って号(しるし)と為(な)さん」 かの雷公(らいこう)は大いに驚(おどろ)いて言う、「爺爺(だんなさま)よ! 我ら怎(どう)してこの棍子(ぼう)を吃(くら)い得(え)んや?」 行者言う、「是れ汝らを打(う)つに非(あら)ず。但(た)だ我がこの棍子(ぼう)の往(ゆ)きて上(うえ)を一(ひと)たび指(さ)すを看(み)よ、すなわち風(かぜ)を刮(ふ)くことを要(よう)す」 あの風婆婆(ふうばば)・巽二郎(そんじろう)は口(くち)を没(いれ)て応(こた)えて言う、「すなわち風(かぜ)を放(はな)さん!」 「棍子(こんす)の第二(だいに)の指(ゆびさし)には、すなわち雲(くも)を布(し)くことを要(よう)す」 あの推雲童子(すいうんどうじ)・布霧郎君(ふむろうくん)言う、「すなわち雲(くも)を布(し)かん!  すなわち雲を布かん!」 「棍子(こんす)の第三(だいさん)の指(ゆびさし)には、すなわち雷鳴(かみなり)り電灼(いなびかり)することを要(よう)す」 あの雷公(らいこう)・電母(でんぼ)言う、「奉承(ほうしょう=かしこまり)! 奉承!」 「棍子(こんす)の第四(だいし)の指(ゆびさし)には、すなわち雨(あめ)を下(くだ)すことを要(よう)す」 あの龍王(りゅうおう)言う、「遵命(じゅんめい)! 遵命!」 「棍子(こんす)の第五(だいご)の指(ゆびさし)には、すなわち大日(たいじつ)の晴天(せいてん)なることを要(よう)す。却(かえ)って違(たが)い誤(あやま)ること莫(なか)れ」 吩咐(いいつけ)し畢(おわ)るや、遂(つい)に雲頭(うんず)を按(おさ)え下(おろ)し、毫毛(ごうもう)を把(と)って一抖(ひとふるい)し、身(み)の上(うえ)へ収(おさ)め回(かえ)した。かの人(ひと)らは肉眼凡胎(にくがんぼんたい)なれば、那(いずく)にか暁(さと)らんや? 行者はすなわち旁(かたわら)に在りて高(たか)く叫(さけ)んで言う、「先生(せんせい)請(さよう)なら、四声(よんせい)の令牌(ふだ)は倶(みな)已(すで)に響(ひび)き畢(おわ)り、更(さら)に風雲雷雨(ふううんらいう)の有(あ)ること無(な)し。該(まさ)に我に讓(ゆず)らるべきなり」 かの道士(どうし)は无奈(どうすることもでき)ず、敢(あえ)て久(ひさ)しく占(せん)めず、只(た)だ得(え)ず台(だい)を下(お)りて彼に讓(ゆず)り、嘴(くち)を努(つきだ)し、径(ただ)ちに楼(ろう)の上(うえ)へ往(ゆ)きて駕(が)に見(まみ)えた。行者言う、「我をして彼に跟(したが)いて往(ゆ)かしめ、彼が些(いささ)かの甚(なん)を説(いう)を看(み)ん」  只(た)だ聴(き)く、かの国王の問うて、「寡人(われ)は此処(ここ)に在りて耳(みみ)を洗(あら)いて誠(まこと)に聴(き)けり。汝が那里(そちら)にて四声(よんせい)の令(れい)響(ひび)きしに、風雨(ふうう)の見(み)えざるは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」と。道士云(いわ)く、「今日(こんにち)龍神(りゅうしん)は都(みな)家(いえ)に在(お)らざるなり」 行者は声を厲(はげ)しくして言う: 「陛下(へいか)よ、龍神(りゅうしん)は倶(みな)家(いえ)に在(お)ります。只(た)だ是れこの国師(こくし)の法(ほう)の霊(れい)ならずして、彼を請(こ)うて来(きた)らしむる能(あた)わざるのみ。和尚(おしょう)が請(こ)い来(きた)りて汝に看(み)しめんを等(ま)てよ」 国王言う、「すなわち去(ゆ)きて壇(だん)に登(のぼ)れ。寡人(われ)は還(ま)た此(ここ)に在(あ)りて雨(あめ)を候(ま)たん」 行者は旨(むね)を得(え)、急ぎ身を抽(ひ)いて壇所(だんじょ)に到(いた)り、唐僧(とうそう)を扯(ひ)いて言う、「師父(しふ)よ、請(こ)う台(だい)に上(のぼ)られよ」 唐僧言う、「徒弟(でし)よ、我は却(かえ)って雨(あめ)を祈(いの)ることを会(え)せず」 八戒笑って言う、「彼は汝を害(そこな)うたり。若(も)し還(ま)た雨(あめ)無(な)からば、柴蓬(たきぎ)を拿(と)り上(あ)げて、一把火(ひとつかみのひ)にて帳(けり)をつけてしまえ!」 行者言う、「汝は雨(あめ)を求(もと)むることを会(え)せざるも、好(よ)くは経(きょう)を念(とな)うることを会(え)す。我が汝を助(たす)くるを待(ま)て」 かの長老(ちょうろう)は才(はじ)めて挙歩(あゆみ)を挙(あ)げて壇(だん)に登(のぼ)り、上(うえ)に到(いた)りて端然(ただしく)坐(ざ)し、性(しょう)を定(さだ)め神(しん)を帰(き)し、黙(だんまり)とあの《密多心経(みったしんきょう)》を念(とな)えた。正(まさ)に坐(ざ)する処(ところ)、忽(たちまち)一員(ひとり)の官(かん)の、飛馬(ひば=はやうま)にて来(きた)りて問(とう)を見(み)る、「あの和尚(おしょう)よ、怎(どう)して令牌(ふだ)を打(う)たず、符檄(ふげき)を焼(や)かざるか?」 行者は高声(たかだか)と答(こた)えて言う、「用(もち)いず! 用いず! 我らは是れ静功祈祷(せいこうきとう=しずかなるいのり)なり」  かの官(かん)は去(さ)りて回奏(かいそう)することはさておく。  行者は老師父(ろうしふ)が経文(きょうもん)を念(とな)い尽(つく)したるを聴(き)き届(とど)け、却(かえ)って耳朶(みみ)の内(うち)より鉄棒(てつぼう)を取(と)り出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)って一(ひと)たび幌(ひるがえ)せば、すなわち丈二(じょうに)の長短(ながさ)、碗来(わんばかり)の粗細(ふとさ)有(あ)り。棍(ぼう)を将(も)って空(そら)を望(めが)けて一(ひと)たび指(さ)すや、あの風婆婆(ふうばば)これを見て、急忙(いそぎ)皮袋(かわぶくろ)を扯(ひ)き開(ひら)き、巽二郎(そんじろう)は口縄(くちなわ)を解放(ときはな)った。只(た)だ聴(き)く、呼呼(こおこお)と風(かぜ)の響(ひび)き、満城(まんじょう)の中(うち)に瓦(かわら)を掲(は)ぎ磚(かわら)を翻(ひるがえ)し、砂(すな)を揚(あ)げ石(いし)を走(はし)らす。看(み)るに起(おこ)こせば、真に箇(ひとつ)の好(よ)き風(かぜ)にして、却(かえ)ってあの尋常(つね)の之風(かぜ)と同じからざるなり。但(ただ)しそれを見よ: 柳(やなぎ)を折(お)り花(はな)を傷(そこない)、林(はやし)を摧(くだ)き樹(き)を倒(たお)す。九重殿(きゅうちょうでん)は壁(かべ)を損(そこない)墻(しょう=かき)を崩(くず)し、五鳳楼(ごほうろう)は梁(はり)を揺(ゆ)るがし柱(はしら)を撼(うご)かす。天辺(てんぺん)の紅日(こうじつ)光(ひかり)無(な)く、地下(ちか)の黄砂(こうさ)翅(つばさ)有(あ)り。演武庁前(えんぶちょうぜん)には武将(ぶしょう)驚(おどろ)き、会文閣内(かいぶんかくだい)には文官(ぶんかん)懼(おそ)る。三宮(さんきゅう)の粉黛(ふんたい=おんなたち)は青糸(せいし=くろかみ)を乱(みだ)し、六院(ろくいん)の嬪妃(ひんひ)は宝髻(ほうけい=たぶさ)を蓬(みだ)す。侯伯(こうはく)は金冠(きんかん)落(お)ちて繡纓(しゅうえい)を失(うしな)い、宰相(さいしょう)は烏紗(うさ=くろぼうし)飘(ただよ)うて展翅(てんし=かざり)を失(うしな)う。当駕(とうが=でんちゅう)に言(ことば)有(あ)るも敢(あえ)て談(はな)さず、黄門(こうもん)は本(ほん)を執(と)るも由(よし)無(な)くして遞(てい)す。金魚(きんぎょ)・玉帯(ぎょくたい)は班(つら)に依(よ)らず、象簡(ぞうかん)・羅衫(らさん)も品叙(ひんじょ=くらい)を無(な)くす。彩閣(さいかく)・翠屏(すいへい)尽(ことごと)く損傷(そんしょう)し、緑窓(りょくそう)・朱戸(しゅこ)皆(みな)狼狽(ろうばい)す。金鑾殿(きんらんでん)には瓦(かわら)走(はし)り磚(かわら)飛(と)び、錦雲堂(きんうんどう)には門(もん)歪(ゆが)み槅(こうし)砕(くだ)く。この陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)は果(はた)して是れ凶(きょう)にして、刮(ふ)きてかの君王(くんのう)父子(おやこ)の相(あい)会(まみ)ゆること難(かた)からしめ;六街三市(ろくがいさんし)に人(ひと)の踪(あと)無(な)く、万戸千門(ばんこせんもん)皆(みな)緊(かた)く閉(と)ず!  正(まさ)に是れ那(か)の狂風(きょうふう)の大(おおい)に作(おこ)るに、孫行者(そんぎょうじゃ)はまた神通(じんずう)を顕(あらわ)し、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って一(ひと)たび鑽(きりも)み、空(そら)を望(めが)けてまた一(ひと)たび指(さ)すに、只(た)だ見る: 推雲童子(すいうんどうじ)、布霧郎君(ふむろうくん)。推雲童子は神威(しんい)を顕(あらわ)し、骨都都(こつとつとつ)として石(いし)に触(ふ)れて天(てん)を遮(おお)い;布霧郎君(ふむろうくん)は法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、濃漠漠(のうばくばく)として煙(けぶり)を飛(と)ばして地(ち)を蓋(おお)う。茫茫(ぼうぼう)として三市(さんし)暗(くら)く、冉冉(ぜんぜん)として六街(ろくがい)昏(くら)し。風(かぜ)に因(よ)って海上(かいじょう)を離(はな)れ、雨(あめ)に随(したが)いて崑崙(こんろん)を出(い)づ。頃刻(しばらく)にして天地(てんち)に漫(みなぎ)り、須臾(またく)にして世塵(せいじん)を蔽(おお)う。宛然(えんぜん)として混沌(こんとん)の如(ごと)く、鳳楼門(ほうろうもん)を見(み)ず。  この時(とき)昏霧(こんむ)朦朧(もうろう)として、濃雲(のううん)靉靆(あいたい)たり。孫行者(そんぎょうじゃ)はまた金箍棒(きんこぼう)を把(と)って一(ひと)たび鑽(きりも)み、空(そら)を望(めが)けてまた一(ひと)たび指(さ)すに、慌(あわ)てたるかな: 雷公(らいこう)奮(ふる)い怒(いか)り、電母(でんぼ)生(しょう)じ嗔(いか)る。雷公の奮い怒るは、火獣(かじゅう)に倒(さかしま)に騎(の)りて天関(てんかん)を下(くだ)り、電母の生じ嗔るは、金蛇(きんじゃ)を乱(みだ)りに掣(ひ)きて斗府(とふ)を離(はな)る。唿喇喇(こつらつらつ)と霹靂(へきれき)を施(ほどこ)し、鉄叉山(てっさざん)を振(ふる)い砕(くだ)き;淅瀝瀝(せきれきれき)と紅綃(こうしょう)を閃(ひらめ)かし、東洋海(とうようかい)を飛(と)び出(い)づ。呼呼(ここ)隐隐(いんいん)として車声(しゃせい=くるまのおと)滚(まろ)び、燁燁煌煌(ようようこうこう)として稲米(とうまい)飘(ただよ)う。万萌(ばんぼう)万物(ばんぶつ)の精神(せいしん)改(あらた)まり、多少(いずばく)の昆虫(こんちゅう)の蟄(ちっ=こもり)も已(すで)に開(ひら)く。君臣(くんしん)は楼上(ろうじょう)に心(こころ)驚(おどろ)き駭(おそれ)り、商賈(しょうこ=あきびと)は声(こえ)を聞(き)いて胆(きも)怯(おじ)け忙(あわ)てる。あの沉雷(ちんらい=おもだるきかみなり)護閃(ごせん=いなびかり)は、乒乒乓乓(へいへいぽんぽん)として、一(ひと)つの那(か)の地裂(ちれつ)山崩(さんほう)の之勢(いきおい)に似(に)たり。唬(おどろ)かされてかの満城(まんじょう)の人(ひと)は、戸毎(やどごと)に香(こう)を焚(た)き、家毎(いえごと)に紙(かみ)を化(た)く。  孫行者(そんぎょうじゃ)は高(たか)く呼(よ)ばわった、「老鄧(ろうとう=鄧天君)よ! 仔細(つまびらか)に我に替(かわ)りてあの贓(ぞう)を貪(むさぼ)り法(ほう)を壊(こぼ)つの之官(かん)、忤逆不孝(ごぎゃくふこう=おやにさからう)の之(こ)を看(み)て、多く幾箇(いくたり)か打(う)ち殺(ころ)して衆(しゅう)に示(しめ)せ!」 あの雷(かみなり)は愈(いよいよ)発(おこ)りて振(ふる)い響(ひび)き起(おこ)った。行者は却(かえ)って又(ま)た鉄棒(てつぼう)を把(と)って上(うえ)へ向(むか)けて一(ひと)たび指(さ)すに、只(た)だ見る: 龍(りゅう)号令(ごうれい)を施(ほどこ)し、雨(あめ)乾坤(けんこん=あめつち)に漫(みなぎ)る。勢(いきおい)は銀漢(ぎんかん=あまのがわ)の天塹(てんざん=ほり)を傾(かたむ)くるが如(ごと)く、疾(はや)きこと雲流(うんりゅう)の海門(かいもん)を過(よぎ)るに似(に)たり。楼頭(ろうとう)に声(こえ)滴滴(てきてき)たり、窓外(そうがい)に響(ひびき)瀟瀟(しょうしょう)たり。天上(てんじょう)には銀河(ぎんが)瀉(そそ)ぎ、街前(がいぜん)には白浪(はくろう)滔(みなぎ)る。淙淙(そうそう)として瓮(ほとぎ)を撿(かえりみ)るが如(ごと)く、滚滚(こんこん)として盆(ぼん)を澆(そそ)ぐに似(に)たり。孤荘(こそう=ひとりざと)は将(まさ)に屋(いえ)を漫(みなぎ)らんとし、野岸(やがん)は橋(はし)を平(たいら)げんと欲(ほっ)す。真に箇(ひとつ)の桑田(そうでん)変(へん)じて滄海(そうかい)と為(な)り、霎時(しばらく)にして陸岸(りくがん)波濤(はとう)を滚(まろ)ばす。神龍(しんりゅう)此(これ)を借(か)りて来(きた)りて相(あい)助(たす)け、長江(ちょうこう)を抬(か)き上(あ)げて下(した)を望(めが)けて澆(そそ)ぐ。  この場(ひとしきり)の雨(あめ)は、辰時(たつのとき)より下(ふ)り起(おこ)り、只(た)だ午時(うまのとき)の前後(まえあたり)まで下(ふ)りて、かの車遅城(しゃちじょう)を下(くだ)して、裡裡外外(うちうちそとそと)、水(みず)街衢(がいく=ちまた)に漫(みなぎ)らしめた。かの国王は旨(むね)を伝(つた)えて言う、「雨(あめ)は彀(た)うる! 雨は彀うる! 十分(じゅうぶん)にまた多(おお)ければ、また禾苗(かびょう=もえ)を渰(おぼ)れ壊(こわ)し、反(かえ)って不美(ふび=よくな)きを為(な)さん」 五鳳楼(ごほうろう)の下(した)の聴事官(ちょうじかん=とりつぎ)は馬(うま)を策(むちう)ち雨(あめ)を冒(おか)して来(きた)り報(ほう)ず、「聖僧(しょうそう)よ、雨(あめ)彀(た)うりましたり」 行者、この言(ことば)を聞き、金箍棒(きんこぼう)を将(も)って上(うえ)へ向(むか)けてまた一(ひと)たび指(さ)すや、只(た)だ見る、霎時間(またたくま)に、雷(かみなり)収(おさ)まり風(かぜ)息(や)み、雨(あめ)散(ち)り雲(くも)収(おさ)まった。国王は満心(こころいっぱい)に歓喜(よろこ)び、文武(ぶんぶ)は尽(ことごと)く皆(みな)称賛(しょうさん)して言う、「好(よ)き和尚(おしょう)かな! これ正(まさ)に是れ『強中(きょうちゅう)更(さら)に強中(きょうちゅう)の手(て)有(あ)り』なり! すなわち是れ我が国師(こくし)の雨(あめ)を求(もと)むるは霊(たか)しといえども、若(も)し晴(は)れんことを要(ほっ)せば、細雨(ほそさめ)は還(ま)た半日(はんじつ)を下(ふ)りて、すなわち清爽(せいそう=さわやか)ならざるに、怎(どう)してこの和尚(おしょう)は晴(はれ)を要(よう)すればすなわち晴れ、頃刻(またたくま)に杲杲(こうこう=あきらか)として日出(ひい)で、万里(ばんり)すなわち雲(くも)無(な)きは?」  国王は教(さと)して鑾(らん=みくるま)を回(めぐ)らせ、関文(かんぶん)を倒換(ひきか)え、唐僧(とうそう)を打発(た)って過(よぎ)り往(ゆ)かしめた。正(まさ)に御宝(ぎょほう=ぎょけい)を用(もち)いんとする時(とき)、またかの三箇の道士(どうし)に上前(すすみで)て攔(ふさ)ぎ住(とど)められて言う、「陛下(へいか)よ、この場(ひとしきり)の雨(あめ)は全(まった)く和尚(おしょう)の功(こう)に非(あら)ず、還(ま)た是れ我が道門(どうもん)の之(ちから)なり」 国王言う、「汝は才(さっき)龍王(りゅうおう)は家(いえ)に在(お)らず、曾(かつ)て雨(あめ)有(あ)らずと説(い)いしに、彼は走(はし)り上(のぼ)りて、静功祈祷(せいこうきとう)を以(もっ)て、すなわち雨(あめ)下(くだ)り来(きた)りしに、怎(どう)してまた彼と功(こう)を争(あらそ)うは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ?」 虎力大仙(こりきたいせん)言う、「我は壇(だん)に上(のぼ)りて文書(ふみ)を発(はっ)し、符檄(ふげき)を焼(や)き、令牌(ふだ)を撃(う)てば、あの龍王(りゅうおう)誰(たれ)か敢(あえ)て来(きた)らざらん?  想(おも)うに是れ別方(よそ)へ召請(しょうせい)され、風雲雷雨(ふううんらいう)の五司(ごし)倶(みな)在(あ)らざりしが、一(ひと)たび我が令(れい)を聞(き)くや、随(したが)って趕(お)い来(きた)り、適(たまたま)我が下(お)りて彼が上(のぼ)りしに遇(あ)い、一時(ひととき)にこの箇の機会(おり)に撞(であ)いたるが故(ゆえ)に、すなわち雨(あめ)が降(ふ)ったり。根(もと)より算(かぞ)え来(きた)れば、還(ま)た是れ我が請(こ)いし龍(りゅう)の下(くだ)せるの雨(あめ)なるに、怎(どう)してこれを彼が功果(こうか)と算(かぞ)えんや?」 かの国王は昏乱(こんらん)して、この言(ことば)を聴(き)き、却又(また)疑惑(ぎわく)未(いま)だ定(さだ)まらず。行者は前(まえ)へ一歩(いっぽ)近(ちか)づき、合掌(がっしょう)して奏(もう)して言う、「陛下(へいか)よ、これらの旁門(ぼうもん)の法術(ほうじゅつ)は、また一箇の功果(こうか)を成(な)さず、我がものとも彼がものとも算(かぞ)うるを得(え)ず。如今(いま)四海龍王(しかいりゅうおう)の、現(いま)空中(くうちゅう)に在(お)る有(あ)り。我が僧(そう)は未(いま)だ曾(かつ)て発放(ほうほう=さばき)せざれば、彼は還(ま)た敢(あえ)て遽(にわか)に退(しりぞ)かず。あの国師(こくし)若(も)し能(よ)く龍王(りゅうおう)を叫(よ)んで身(み)を現(あらわ)さしめ得(う)れば、すなわち彼が功労(こうろう)と算(かぞ)えん」 国王は大いに喜(よろこ)んで言う、「寡人(われ)は二十三年(にじゅうさんねん)の皇帝(こうてい)と做(な)りしが、更(さら)に曾(かつ)て活(いき)たる龍(りゅう)の是れ怎(いか)なる姿(すがた)なるかを見(み)ざりき。汝が両家(りょうけ)各(おのおの)法力(ほうりき)を顕(あらわ)せ。僧道(そうどう)を論(あげつら)わず、但(た)だ叫(よ)び得(え)て来(きた)る者(もの)は、すなわち是れ功(こう)有(あ)るとなし;叫(よ)び出(いだ)さざる者(もの)は、罪(つみ)有(あ)りとす」 かの道士(どうし)に那(いずく)んぞあの様(よう)なる本事(ほんざい)有(あ)らんや? すなわち叫(よ)ばんとするも、あの龍王(りゅうおう)は大聖(たいせい)の此(ここ)に在(おわ)すを見(み)て、また敢(あえ)て頭(こうべ)を出(いだ)さず。道士云(いわ)く、「我が輩(やから)は能(あた)わず。汝是れ叫(よ)び来(きた)れ」 かの大聖(たいせい)は面(かお)を仰(あお)げて空(そら)に朝(むか)い、声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んだ、「敖広(ごうこう)何処(いずこ)に在(おわ)すか? 弟兄(ていけい)たち都(みな)原身(げんしん=もとのすがた)を現(あらわ)して看(み)よ!」 かの龍王(りゅうおう)は喚(よば)わるるを聴(き)き、すなわち忙(いそ)ぎ本身(ほんしん)を現(あらわ)した。四條(よんすじ)の龍(りゅう)、半空(はんくう)の中(うち)に在りて霧(きり)を度(わた)り雲(くも)を穿(うが)ち、飛(と)び舞(ま)うて金鑾殿(きんらんでん)の上(うえ)に向(むか)う。但(ただ)しそれを見よ: 飛騰(ひとう)変化(へんげ)、霧(きり)を繞(めぐ)り雲(くも)を盤(めぐ)らす。玉爪(ぎょくそう=たまのつめ)は鉤(かぎ)を垂(た)れて白(しろ)く、銀鱗(ぎんりん)は鏡(かがみ)に舞(ま)いて明(あき)らかなり。髯(ひげ)は素練(それん=しろきぬ)を飘(ただよ)わして根根(こんこん)爽(さわやか)に、角(つの)は軒昂(けんこう=たかぶり)として挺挺(ていてい=すくよか)に清(きよ)し。額(ひたい)を磕(う)ちて崔巍(さいぎ=たかく)に、睛(ひとみ)円(まる)くして幌亮(こうりょう=あきらか)なり。隠顕(いんけん)測(はか)ること能(あた)わず、飛揚(ひよう)評(ひょう)ずる可(べ)からず。雨(あめ)を祷(いの)れば時(とき)に随(したが)って雨(あめ)を布(し)き、晴(はれ)を求(もと)むれば便(すなわ)ち天(てん)晴(は)る。これを才(はじ)めて是れ有霊有聖(うれいゆうせい)の真龍象(しんりゅうぞう)にして、祥瑞(しょうずい)繽紛(ひんぷん)として殿庭(でんてい)を繞(めぐ)る。  かの国王は殿(でん)の上(うえ)に在りて香(こう)を焚(た)き、衆公卿(しゅうこうけい)は階前(かいぜん)に在りて礼拜(らいはい)した。国王言う、「貴体(きたい=おんからだ)の降臨(こうりん)の労(ろう)有り。請(こ)う回(かえ)られよ。寡人(われ)日(ひ)を改(あらた)めて醮(みそぎ)して謝(しゃ)せん」 行者言う、「列位(みなさま)の衆神(しゅうしん)各(おのおの)自(おのずか)ら帰(かえ)り去(い)だせ。この国王(こくおう)は日を改めて醮(みそぎ)して謝(あやま)ると申さるるなり」 かの龍王(りゅうおう)は径(ただ)ちに自(おのずか)ら海(うみ)に帰(かえ)り、衆神(しゅうしん)は各各(おのおの)天(てん)に回(かえ)った。これを正(まさ)に是れ: 広大無辺(こうだいむへん)の真(しん)の妙法(みょうほう)、至真(ししん)性(しょう)を了(おわ)えて旁門(ぼうもん)を劈(ひら)く。  畢竟(つい)に怎(いか)にしてか邪(じゃ)を除(のぞ)くかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(かいせつ)を聴(き)け。 第四十六回 外道(げどう)、強(ごう)を弄(ろう)して正法(しょうぼう)を欺(あざむ)き 心猿(しんえん)、聖(せい)を顕(あらわ)して諸邪(しょじゃ)を滅(めっ)す 話(かたり)説(つげ)ば、かの国王(こくおう)、孫行者(そんぎょうじゃ)に龍(りゅう)を呼(よ)び聖(せい)を使(つか)わすの法(ほう)の有るを見るや、すなわち将(も)ちて関文(かんぶん)に宝印(ほういん)を用(もち)い、便(すなわ)ち唐僧(とうそう)に遞(わた)して西路(せいろ)を放行(ほうこう)せんと要(もと)む。かの三人(みたり)の道士(どうし)は、慌(あわ)てて金鑾殿(きんらんでん)の上に拝倒(はいとう)して啓奏(けいそう)するに、かの皇帝(こうてい)、すなわち龍位(りゅうい)を下(お)り、御手(おんて)を忙(いそ)がしく攙(たす)けかけて言う、「国師(こくし)よ、今日(こんにち)此の大礼(たいれい)を行(おこな)うは、何(なん)の故(ゆえ)ぞや?」と。 道士(どうし)説(いう)、「陛下(へいか)、我等(われら)此(ここ)に至(いた)りては社稷(しゃしょく)を匡扶(きょうふ)し、国(くに)を保(たも)ち民(たみ)を安(やす)んじ、苦(くる)しうして二十年(にじゅうねん)を歴(へ)て来(きた)れるに、今日(こんにち)この和尚(おしょう)めが法力(ほうりき)を弄(ろう)し、抓(つか)みて投(なげう)ち去(さ)り、我らが声名(せいめい)を敗(やぶ)りまして候(そろ)う。陛下(へいか)は一場(ひとひら)の雨(あめ)を以(も)って、すなわち人(ひと)を殺(ころ)せる罪(つみ)を恕(ゆる)したまわんとす。豈(あ)に我等(われら)を軽(かろん)ずるに非(あら)ざらんや。願(ねが)わくは陛下(へいか)、且(しばら)く彼(か)の関文(かんぶん)を留住(りゅうぞう)たまい、我が兄弟(きょうだい)をして彼と与(とも)に再(ふたた)び一賭(ひとたび)け賭(と)けしめ、如何(いかん)なるかを看たまえ」と。 かの国王(こくおう)は著実(ちゃくじつ)昏乱(こんらん)たり、東(ひがし)に説(い)えば東(ひがし)に向(むか)い、西(にし)に説(い)えば西(にし)に向(むか)い、真箇(まこと)にかの関文(かんぶん)を収(おさ)めて言う、「国師(こくし)よ、汝は怎(いか)にして彼と与(とも)に賭(と)くると?」と。虎力大仙(こりきたいせん)言う、「我は彼と与(とも)に坐禅(ざぜん)を賭(と)かん」と。国王言う、「国師(こくし)は差(あやま)れり。かの和尚(おしょう)は乃(すなわ)ち禅教(ぜんきょう)の出身(しゅっしん)なれば、必(かなら)ず先(ま)ず禅機(ぜんき)を会(え)得(う)べてこそ、敢(あ)えて旨(むね)を奉(ほう)じて経(きょう)を求(もと)めん。汝怎(いか)でか彼と与(とも)に此(これ)を賭(と)かんとする?」と。大仙(たいせん)言う、「我がこの坐禅(ざぜん)は、常(つね)と比(くら)ぶるに同(おな)じからず。一(ひと)つの異名(いめい)有りて、『雲梯顕聖(うんていけんせい)』と教(い)い做(な)す」と。国王言う、「何(なに)をか雲梯顕聖(うんていけんせい)と謂(い)う?」と。大仙(たいせん)言う、「一百張(ひゃくじょう)の桌子(たくし)を要(よう)し、五十張(ごじっじょう)を以(も)って一禅台(いちぜんだい)と做(な)し、一張(いちじょう)ずつ迭(かさ)ね将(も)ちて起(た)て去(や)り、手を攀(よ)じて上(のぼ)るを許(ゆる)さず、また梯凳(ていとう)を用(もち)いて登(のぼ)るを用(もち)いず、各(おのおの)一朶(ひとはな)の雲頭(うんとう)を駕(が)し、台(だい)に上(のぼ)りて坐(ざ)し下(くだ)り、幾(いく)箇(か)の時辰(じしん)かを約定(やくじょう)して動(うご)かざらんことを」と。 国王(こくおう)、此(これ)に些(いささ)かの難処(なんしょ)の有るを見るや、すなわち便(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて問(と)い言う、「かの和尚(おしょう)よ、我が国師(こくし)は汝と与(とも)に雲梯顕聖(うんていけんせい)の坐禅(ざぜん)を賭(と)かんと要(もと)むるが、孰(いず)れか会(え)するや?」と。行者(ぎょうじゃ)、言(げん)を聞(き)きて沈吟(ちんぎん)して答(こた)えず。八戒(はっかい)言う、「兄者(あにじゃ)、怎(いか)にしてか言(ものい)わざる?」と。行者言う、「兄弟(きょうだい)よ、実(じつ)は汝に瞞(あざむ)かずして説(い)わんに、もし踢天弄井(てきてんろうせい)、撹海翻江(こうかいほんこう)、担山赶月(たんざんかんげつ)、換斗移星(かんといせい)、諸般(しょはん)の巧事(こうじ)は、我都(みな)干(な)し得(う)べし。すなわち是れ頭(こうべ)を砍(き)り脳(のう)を剁(たた)き、腹(はら)を剖(さ)き心(こころ)を剜(えぐ)る、異様(いよう)の騰那(とうな)も、却(かえ)ってもまた怕(おそ)れず。但(ただ)し坐禅(ざぜん)を説(い)えば、我すなわち輸(ま)けたり。我争(いずく)んぞ此の坐性(ざしょう)有らんや。汝すなわち我を鉄柱(てっちゅう)の上に鎖(さ)しつくとも、我もまた上(かみ)下(しも)と爬蹅(はさ)し、莫(な)かれかく坐(ざ)し得(う)ることを想(おも)え」と。 三蔵(さんぞう)は忽然(たちまち)開言(かいげん)て言う、「我は坐禅(ざぜん)を会(え)たり」と。行者(ぎょうじゃ)、歓喜(かんぎ)して言う、「却好(かえってよし)却好(かえってよし)! 可(よ)く幾多(いくばく)の時(とき)か坐(ざ)し得(う)る?」と。三蔵言う、「我幼年(ようねん)の方(かた)上(じょう)の禅僧(ぜんそう)の道(みち)を講(こう)ずるに遇(あ)いしに、かの性命(しょうみょう)の根本上(こんぽんじょう)に、性(せい)を定(さだ)め神(しん)を存(そん)じて、死生関(ししょうかん)の裡(うち)に在(あ)りても、また二三箇(にさんこ)の年頭(ねんとう)を坐(ざ)しつ」と。行者言う、「師父(しふ)もし二三年(にさんねん)坐(ざ)さば、我等(われら)すなわち取経(しゅけい)を罷(や)めん。多(おお)くも二三箇(にさんこ)の時辰(じしん)に上(のぼ)らずして、すなわち下(お)り来(きた)らんず」と。三蔵言う、「徒弟(でし)や、却(かえ)って是れ上(のぼ)ること能(あた)わず」と。行者言う、「汝上前(まえ)にちて応答(こた)えよ、我汝を送(おく)りて上(のぼ)らん」と。 かの長老(ちょうろう)は果(はた)して掌(て)を合(あ)わせ胸(むね)に当(あ)てて言う、「貧僧(ひんそう)は坐禅(ざぜん)を会(え)たり」と。国王(こくおう)、旨(むね)を伝(つた)えて禅台(ぜんだい)を立(た)てしむ。国家(こっか)に倒山(とうざん)の力(ちから)有れば、半箇(はんか)の時辰(じしん)を消(へだ)たずして、すなわち両座(ふたつ)の台(だい)を設(もう)け起(お)こし、金鑾殿(きんらんでん)の左右(そうゆう)に在(あ)らしむ。 かの虎力大仙(こりきたいせん)は殿(でん)を下(お)り、階心(かいしん)に立(た)ち、身(み)を一縦(ひとたびとお)すや、一朶(ひとはな)の席雲(せきうん)を踏(ふ)みて、径(ただち)に西辺(にしべ)の台(だい)の上に至(いた)りて坐(ざ)し下(くだ)る。行者(ぎょうじゃ)、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)きて、仮象(かぞう)に変(へん)じ做(な)し、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に陪(ばい)して下(しも)に立(た)たしめ、彼は却(かえ)って五色(ごしき)の祥雲(しょううん)を作(つく)り、唐僧(とうそう)を将(も)ちて撮(つま)み起(あ)げて空中(くうちゅう)に上げ、径(ただち)に東辺(ひがしべ)の台(だい)の上に至(いた)りて坐(ざ)し下(くだ)らしむ。彼また祥光(しょうこう)を斂(おさ)め、変(へん)じて一箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)と做(な)り、飛(と)びて八戒(はっかい)の耳朶(じだ)の辺(ほとり)に在(あ)りて言う、「兄弟(きょうだい)よ、仔細(つまびらか)に師父(しふ)を看着(みまも)りてよ、再(ふたた)び老孫(ろうそん)の替身(たいしん)と説話(ものがたり)すること莫(な)かれ」と。かの呆子(あほう)は笑(わら)って言う、「理会得(りかいえた)! 理会得(りかいえた)!」と。 却(かえ)って説(と)く、かの鹿力大仙(ろくりきたいせん)は繍墩(しゅうとん)の上に在(あ)りて坐(ざ)し、多時(たじ)これを看るに、彼(か)の二人(ふたり)は高台(こうだい)の上に在(あ)りて勝負(しょうぶ)を分(わ)かたざれば、この道士(どうし)すなわち彼(か)の師兄(しけい)を助(たす)けて一功(いっこう)を成(な)さんとす。脳後(のうご)の短髪(たんぱつ)を一根(ひとすじ)抜(ぬ)き、これを捻(ね)じて一団(ひとくれ)と做(な)し、弾(はじ)き将(も)ちて上げ去(や)れば、径(ただち)に唐僧(とうそう)の頭上(ずじょう)に至(いた)り、変(へん)じて一箇(ひとつ)の大臭虫(だいしゅうちゅう)と做(な)り、長老(ちょうろう)を咬(か)み住(と)めるなり。かの長老(ちょうろう)は先(ま)ず痒(かゆ)きを覚(さと)り、然(しか)る後(のち)疼(いた)みを覚(さと)る。元来(がんらい)、坐禅(ざぜん)の者(もの)は手を動(うご)かすを許(ゆる)さず、手を動(うご)かせば輸(まけ)と算(かぞ)うれば、一時間(ひととき)疼痛(とうつう)の禁(こら)え難(がた)く、彼は頭(こうべ)を縮(ちぢ)め、衣襟(いきん)に就(つ)きて痒(かゆ)きを擦(こす)る。八戒(はっかい)言う、「不好了(たいへんだ)! 師父(しふ)や、羊児風(ようじふう)の発(はっ)したり」と。沙僧(さそう)言う、「否(いな)、是れ頭風(ずふう)の発(はっ)したるなり」と。 行者(ぎょうじゃ)これを聴きて言う、「我が師父(しふ)は乃(すなわ)ち志誠(しせい)の君子(くんし)なり。彼坐禅(ざぜん)を会(え)たりと説(い)えば、断然(だんぜん)会(え)たり、会(え)ずと説(い)えば、ただ是れ会(え)ざるのみ。君子家(くんしか)、豈(あ)に謬(あやまり)有らんや。汝等(なんだち)二人(ふたり)は言(ものい)うを休(や)めよ、我の上(のぼ)りて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。 好(よ)き行者(ぎょうじゃ)かな、嚶(おう)の一声(ひとこえ)として、飛(と)びて唐僧(とうそう)の頭上(ずじょう)に在(あ)るに、ただ見れば、豆粒(とうりゅう)大(おお)きさの一箇(ひとつ)の臭虫(しゅうちゅう)の彼(か)の師父(しふ)を叮(さ)す有り。慌(あわ)てて手を以(も)ちて捻(つま)み下(おろ)し、師父(しふ)に替(か)わりて撓撓(とうとう)摸摸(もも)りたり。かの長老(ちょうろう)は疼(いた)からず痒(かゆ)からず、端然(たんぜん)として上に坐(ざ)し居(お)る。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに想(おも)えらく、「和尚(おしょう)の頭(あたま)は光(ひかり)て、虱子(しっし)もまた一箇(ひとつ)安(やす)んじ得ざるに、如何(いか)でか此の臭虫(しゅうちゅう)有らん? 想(おも)うに是れかの道士(どうし)の弄(もう)せる玄虚(げんきょ)にして、我が師父(しふ)を害(そこな)わんとするならん。哈哈(ははあ)! 枉(むな)しくもまた輸贏(しゅえい)の見えざれば、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて彼を一弄(ひといたずら)か弄(ろう)するを待て!」と。 この行者(ぎょうじゃ)、飛(と)び将(も)ちて去(ゆ)き、金殿(きんでん)の獣頭(じゅうとう)の上に落(お)ち下(くだ)り、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(ひとへん)じ、一条(ひとすじ)の七寸(しちすん)長(なが)き蜈蚣(ごこう)に変(へん)じ做(な)り、径(ただち)に来(きた)りて道士(どうし)の鼻凹(びおう)の裡(うち)を叮(さ)すこと一下(ひとつ)したり。かの道士(どうし)は坐(ざ)すること穏(おだ)やかならず、一箇(ひとつ)の筋斗(きんと)にて翻(ひるがえ)り将(も)ちて下(お)り去(ゆ)き、幾(ほとん)ど性命(しょうみょう)を喪(うしな)わんとせしが、幸(さいわ)いに大小(だいしょう)の官員(かんいん)の人(ひと)多(おお)くして救(すく)い起(お)こしたり。国王(こくおう)大(おお)いに驚(おどろ)き、すなわち当駕(とうが)の太師(たいし)をして彼を領(いな)れて文華殿(ぶんかでん)の裡(うち)に往(ゆ)きて梳洗(そせん)せしむ。行者(ぎょうじゃ)は仍(な)お祥雲(しょううん)を駕(が)し、師父(しふ)を将(も)ちて駄(お)い下(おろ)し階前(かいぜん)に至(いた)るに、已(すで)に是れ長老(ちょうろう)の勝(かち)を得たるなり。 かの国王(こくおう)、ただ放行(ほうこう)ぜよと教(おし)うのみなるに、鹿力大仙(ろくりきたいせん)また奏(そう)して言う、「陛下(へいか)、我が師兄(しけい)は原(もと)と暗風疾(あんぷうしつ)有りて、高(たか)き処(ところ)に到(いた)り、天風(てんぷう)を冒(おか)ししに因(よ)り、旧疾(きゅうしつ)の挙発(きょはつ)せしゆえ、故(こと)さらに和尚(おしょう)をして勝(かち)を得しめたるのみ。且(しばら)く彼を留下(りゅうげ)たまい、我の彼と与(とも)に隔板猜枚(かくばんさいばい)を賭(と)くを待(ま)て」と。国王言う、「怎(いか)にしてこれを隔板猜枚(かくばんさいばい)と謂(い)い做(な)すか?」と。鹿力(ろくりき)言う、「貧道(ひんどう)に隔板知物(かくばんちぶつ)の法(ほう)有り。かの和尚(おしょう)能(よ)く彀(あた)わんや否(いな)やを看ん。彼もし我に過(まさ)りて猜(あ)て得(う)れば、彼をして出(い)で去(ゆ)かしめよ。猜(あ)て着(あた)らずんば、陛下(へいか)の問擬(もんぎ)て罪名(ざいみょう)を下(くだ)したまわんに任(まか)せ、我が昆仲(こんちゅう)の恨(うらみ)を雪(すす)ぎ、二十年(にじゅうねん)の国(くに)を保(たも)ちし恩(おん)を汚(けが)さざらんのみ」と。 真箇(まこと)にかの国王(こくおう)は十分(じゅうぶん)の昏乱(こんらん)にして、此の讒言(ざんげん)に依(よ)る。すなわち旨(むね)を伝(つた)え、一箇(ひとつ)の朱紅漆(しゅこうぬり)の櫃子(きす)を将(も)ち、内官(ないかん)に命(めい)じて宮殿(きゅうでん)に抬(かつ)ぎ到(いた)らせ、娘娘(にゃんにゃん)をして件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)を放(お)き上げしむ。 須臾(しばし)にして抬(かつ)ぎ出(いだ)し、白玉階(はくぎょくかい)の前(まえ)に放(お)き、僧道(そうどう)に教(おし)えて言う、「汝等(なんだち)両家(りょうけ)、各(おのおの)法力(ほうりき)を賭(と)け、かの櫃中(きちゅう)の是れ何(なん)の宝貝(ほうばい)なるかを猜(あ)てよ」と。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)や、櫃中(きちゅう)の物(もの)を、如何(いか)にしてか知り得ん?」と。行者(ぎょうじゃ)、祥光(しょうこう)を斂(おさ)め、還(ま)た蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ做(な)り、唐僧(とうそう)の頭上(ずじょう)に釘(とど)まりて言う、「師父(しふ)放心(ほうしん)ぜよ、我の去(ゆ)きて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、軽軽(けいけい)と飛(と)びて櫃(きす)の上に到(いた)り、かの櫃脚(ききゃく)の下(もと)に爬(は)い在(あ)るに、一条(ひとすじ)の板縫児(ばんほうじ)の有るを見る。彼これより潜(くぐ)り将(も)ちて入り去(ゆ)き、一箇(ひとつ)の紅漆丹盤(こうしつたんばん)の有りて、内(うち)に一套(ひとくさり)の宮衣(きゅうい)を放(お)けるを見るに、乃(すなわ)ち是れ山河社稷襖(さんがしゃしょくおう)、乾坤地理裙(けんこんちりき)なり。手を以(も)ちて拿(と)り起(あ)げて、抖(ゆす)り乱(みだ)し、舌尖(ぜっせん)の上を咬(か)み破(やぶ)り、一口(ひとくち)の血哨(けっしょう)を哨(ふ)き将(も)ちて去(ゆ)き、声(こえ)を叫(よば)わりて「変(へん)ぜよ!」と曰(い)うや、すなわち変(へん)じて一件(ひとえ)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)と做(な)る。臨行(りんこう)にまた一泡(ひとふく)の臊溺(そうでき)を撒(ま)き上ぐるを加(くわ)え、却(かえ)って還(ま)た板縫(ばんほう)の裡(うち)より潜(くぐ)り出(い)で、飛(と)びて唐僧(とうそう)の耳朶(じだ)の上に在(あ)りて言う、「師父(しふ)や、汝ただ是れ襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)なりと猜(あ)てよ」と。三蔵言う、「彼は宝貝(ほうばい)を猜(あ)てよと教(おし)うるに、襤褸(らんる)は是れ件(なに)の宝貝(ほうばい)ぞ?」と。行者言う、「彼を管(かま)うる莫(なか)れ、ただ猜(あ)て着(あた)らば便(すなわ)ち是れなり」と。 唐僧(とうそう)、前(まえ)に一歩(ひとあし)を進(すす)めて正(まさ)に猜(あ)てんとせしに、かの鹿力大仙(ろくりきたいせん)言う、「我先(ま)ず猜(あ)てん。かの櫃裡(きり)は是れ山河社稷襖(さんがしゃしょくおう)、乾坤地理裙(けんこんちりき)なり」と。唐僧言う、「否(いな)、否(いな)、櫃裡(きり)は是れ一件(ひとえ)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)なり」と。国王言う、「この和尚(おしょう)無礼(ぶれい)なり! 敢(あ)えて我が国中(こくちゅう)に宝(たから)無(な)しと笑(わら)い、甚(なん)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)か猜(あ)つる!」と。 教(おし)えて曰(のたま)わく、「拿(とら)えよ!」と。かの両班(りょうはん)の校尉(こうい)、すなわち手を動(うご)かさんとせしに、慌(あわ)てたる唐僧(とうそう)、掌(て)を合(あ)わせて高(たか)く呼(よば)わりて言う、「陛下(へいか)、且(しばら)く貧僧(ひんそう)を一時(ひととき)赦(ゆる)したまい、櫃(きす)を打(う)ち開(あ)けて看るを待(ま)て。端(はた)して是れ宝(たから)ならば、貧僧(ひんそう)罪(つみ)を領(う)け奉(たてまつ)らん。もし宝(たから)に非(あら)ざれば、却(かえ)って貧僧(ひんそう)を屈(くつ)するに非(あら)ざらんや?」と。国王(こくおう)、打(う)ち開(あ)けて看よと教(おし)う。当駕官(とうがかん)すなわち開(ひら)き、丹盤(たんばん)を捧(ささ)げ出(いだ)して看れば、果(はた)して是れ一件(ひとえ)の襤褸(らんる=ボロ)一口鐘(いっこうしょう)なり。国王(こくおう)大(おお)いに怒(いか)りて言う、「是れ誰(たれ)が此の物(もの)を放(お)き上げたるか?」と。龍座(りゅうざ)の後面(こうめん)より、三宮皇后(さんぐうこうごう)の閃(ひらめ)き上(のぼ)りて言う、「我主(わがぬし)、是れ梓童(しどう)が親手(みずから)手を下(くだ)して放(お)きし山河社稷襖(さんがしゃしょくおう)、乾坤地理裙(けんこんちり)なるに、却(かえ)って怎(いか)にして此の物(もの)に変(へん)じ成(な)りしかを知らず」と。国王言う、「御妻(ぎょさい)は請(こ)うて退(しりぞ)け、寡人(かじん)これを知る。宮中(きゅうちゅう)の用(もち)うる所(ところ)の物(もの)は、無非(すべて)是れ緞絹綾羅(どんけんりょうら)なるに、争(いか)でか此の甚(なん)の襤褸(らんる=ボロ)有らん?」と。教(おし)えて曰(のたま)わく、「櫃(きす)を抬(かつ)ぎ上げ来(きた)らせよ、朕(ちん)の親(みずか)ら一宝(ひとつのたから)を蔵(かく)して、再(ふたた)び試(こころ)みて如何(いかん)なるかを待て」と。 かの皇帝(こうてい)すなわち後宮(こうきゅう)に転(うつ)り、御花園(ごかえん)の裡(うち)の仙桃樹(せんとうじゅ)の上に結(むす)び得たる一個(ひとつ)の大桃子(だいとうじ)の、碗来(わんばかり)の大小(おおきさ)有るを把(と)りて、摘(つ)み下(おろ)して櫃内(きない)に放(お)き、また抬(かつ)ぎ下(おろ)して猜(あ)てよと叫(よば)わる。唐僧言う、「徒弟(でし)や、また来(きた)りて猜(あ)てよとのこと」と。行者言う、「放心(ほうしん)せよ、我の再(ふたた)び去(ゆ)きて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。また嚶(おう)の一声(ひとこえ)として飛(と)び将(も)ちて去(ゆ)き、還(ま)た板縫児(ばんほうじ)より潜(くぐ)り入りて見れば、是れ一個(ひとつ)の桃子(とうじ)なるに、正(まさ)に彼(か)の意(こころ)に合(かな)えば、すなわち原身(げんしん)を現(あらわ)し、櫃裡(きり)に坐(ざ)して、桃子(とうじ)を将(も)ちて一頓(ひとくい)に口(くち)にて啃(かじ)りて干乾浄浄(からりときれい)にし、両辺(りょうべん)の腮凹児(さいおうじ)まで都(みな)啃(かじ)り浄(きよ)めて、核児(たね)を将(も)ちて内(うち)に安(やす)んじ置(お)く。仍(な)お蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ、飛(と)び将(も)ちて出(い)で去(ゆ)き、唐僧(とうそう)の耳朶(じだ)に釘(とど)まりて言う、「師父(しふ)や、ただ是れ一個(ひとつ)の桃核子(とうかくし)なりと猜(あ)てよ」と。 長老言う、「徒弟(でし)や、休(や)めて我を弄(ろう)せよ。先前(さきほど)は口(くち)の快(きわ)まらざりしに因(よ)らずんば、幾(ほとん)ど拿(とら)え去(ゆ)かれて典刑(てんけい)に処(しょ)せられしところなり。この番(たび)は須(かなら)ず宝貝(ほうばい)を猜(あ)てこそ方(まさ)に好(よ)からんに、桃核子(とうかくし)は是れ甚(なん)の宝貝(ほうばい)ぞ?」と。行者言う、「怕(おそ)るるを休(や)めよ、ただ管(ひたすら)に彼に贏(か)たば便(すなわ)ち已(や)まん」と。 三蔵(さんぞう)正(まさ)に言(げん)を開(ひら)かんとせしに、かの羊力大仙(ようりきたいせん)の、貧道(ひんどう)先(ま)ず猜(あ)てん、是れ一顆(ひとつ)の仙桃(せんとう)なり、と道(いわ)えるを聴けり。三蔵猜(あ)て言う、「桃(とう)に非(あら)ず、是れ一個(ひとつ)の光桃核子(こうとうかくし)なり」と。かの国王(こくおう)喝(かつ)して言う、「是れ朕(ちん)の放(お)きし仙桃(せんとう)なるに、如何(いか)でか核(たね)ならん? 三国師(さんこくし)の猜(あ)て着(あた)れるなり」と。三蔵言う、「陛下(へいか)、打(う)ち開(あ)けて看たまわば就(すなわ)ち是れなり」と。当駕官(とうがかん)また抬(かつ)ぎ上げ去(ゆ)きて打(う)ち開(あ)け、丹盤(たんばん)を捧(ささ)げ出(いだ)せば、果(はた)して是れ一個(ひとつ)の核子(かくし)にして、皮肉(ひにく)倶(とも)に無(な)し。国王(こくおう)これを見て、心(こころ)驚(おどろ)きて言う、「国師(こくし)よ、彼と与(とも)に賭闘(ととう)するを休(や)めよ、彼をして去(ゆ)かしめよ。寡人(かじん)の親手(みずから)蔵(かく)しし仙桃(せんとう)も、如今(いま)はただ一箇(ひとつ)の核子(かくし)あるのみなり。是れ甚人(たれ)か食(くら)いたるか? 想(おも)うに是れ鬼神(きしん)の暗(ひそ)かに彼を助(たす)くる有るならん」と。 八戒(はっかい)、これを聴きて、沙僧(さそう)と与(とも)に微微(びび)と冷笑(れいしょう)して言う、「還(ま)だ彼の桃子(とうじ)を食(くら)うの積年(せきねん)なるを知らざるに!」と。 正(まさ)に話(はなし)の間(あいだ)に、ただ見れば、かの虎力大仙(こりきたいせん)、文華殿(ぶんかでん)より梳洗(そせん)し了(おわ)りて、殿前(でんぜん)に走(のぼ)り上(きた)りて言う、「陛下(へいか)、この和尚(おしょう)には搬運抵物(はんうんていぶつ)の術(じゅつ)有り。櫃(きす)を抬(かつ)ぎ上げ来(きた)らせよ、我彼(か)の術法(じゅっぽう)を破(やぶ)りて、彼と与(とも)に再(ふたた)び猜(あてが)わん」と。国王言う、「国師(こくし)は還(な)お甚(なに)をか猜(あ)てんと要(もと)むるか?」と。虎力(こりき)言う、「術法(じゅっぽう)はただ物件(ぶっけん)を抵(か)え得(う)るのみ、却(かえ)って人身(じんしん)を抵(か)うることを得ず。この道童(どうどう)を将(も)ちて内(うち)に蔵(かく)さば、管教(きっと)彼に抵(か)え換(か)うることを得ざらしめん」と。 この小童(しょうどう)、果(はた)して櫃裡(きり)に蔵(かく)され、櫃蓋(きがい)を掩(おお)い上げ、抬(かつ)ぎ将(も)ちて下(おろ)し去(ゆ)き、教(おし)えて曰(い)わく、「かの和尚(おしょう)よ、再(ふたた)び猜(あ)てよ、この三番(みたびめ)は是れ甚(なん)の宝貝(ほうばい)なるか」と。三蔵言う、「また来(きた)れる!」と。行者言う、「我の再(ふたた)び去(ゆ)きて看て来(きた)らんことを待(ま)て」と。嚶(おう)とまた飛(と)び去(ゆ)き、内(うち)に潜(くぐ)り入りて見れば、是れ一個(ひとつ)の小童児(しょうどうじ)なり。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、彼は却(かえ)って見識(けんしき)有り、果(はた)して是れ騰那(とうな)の天下(てんか)に少(すくな)く、この伶俐(れいり)の世間(せけん)に稀(まれ)なるに似(に)たり! 彼すなわち身(み)を揺(ゆ)るがして一変(ひとへん)じ、一個(ひとり)の老道士(ろうどうし)の一般(ごと)き容貌(ようぼう)に変(へん)じ做(な)り、櫃裡(きり)に入りて声(こえ)を叫(よば)わりて「徒弟(でし)や」と曰(い)う。童児(どうじ)言う、「師父(しふ)、汝は何処(いずこ)より来(きた)れるか?」と。行者言う、「我遁法(とんぽう)を使(つか)いて来(きた)れる」と。童児言う、「汝来(きた)れるに何(なん)の教誨(おしえ)か有る?」と。行者言う、「かの和尚(おしょう)は汝の櫃(きす)に入り来(きた)れるを見たり。彼もし道童(どうどう)と猜(あ)てなば、却(かえ)ってまた輸(まけ)んとせずや? 是(ここ)に特に来(きた)りて汝と与(とも)に計較(けいこう)せんとす。頭(こうべ)を剃(そ)りて、我等(われら)和尚(おしょう)と猜(あ)てんことを」と。童児言う、「但(ただ)師父(しふ)の処治(しょち)に任(まか)せよ、ただ我等(われら)の彼に贏(か)たんことを要(もと)むるのみ。もしまた彼に輸(まけ)なば、但(ただ)に声名(せいめい)を低(ひく)うするのみならず、また朝廷(ちょうてい)の敬重(けいちょう)せざらんことを恐(おそ)る」と。行者言う、「説(いう)ところは是(せい)なり。我が児(こ)よ、過(こ)ち来(きた)れ、彼に贏(か)たば、我重重(かさねがさね)に汝に賞(ほうび)を与(あた)えん」と。 すなわち金箍棒(きんこぼう)を将(も)ちて一把(ひとふり)の剃頭刀(ていとうとう)に変(へん)じ做(な)し、かの童児(どうじ)を摟抱(ろうほう)て、口(くち)の裡(うち)にて叫(よば)わりて言う、「乖乖(かいかい)、疼(いた)みを忍(しの)び、声(こえ)を放(はな)つこと莫(なか)れ、我の汝に剃頭(ていとう)するを待て」と。須臾(しばらく)にして髪(かみ)を剃(そ)り下(おろ)し、これを窩(まる)めて一団(ひとくれ)と做(な)し、かの櫃脚(ききゃく)の紇絡(こつらく)に塞(つ)め込(こ)み、刀児(とうじ)を収(おさ)め、彼(か)の光頭(こうとう)を摸(さす)りて言う、「我が児(こ)よ、頭(あたま)は便(すなわ)ち和尚(おしょう)に象(に)たるが、ただ是れ衣裳(いしょう)の趁(かな)わざるのみ。脱(ぬ)ぎ下(おろ)せ、我汝がために一変(ひとへん)ぜん」と。 かの道童(どうどう)の穿(き)たるは一領(ひとえ)の葱白色(そうはくしょく)の雲頭花絹(うんとうかけん)に錦(にしき)の沿辺(えんぺん)を繍(ぬい)とれる鶴氅(かくしょう)なるが、真箇(まこと)に脱(ぬ)ぎ下(おろ)したるに、行者(ぎょうじゃ)に一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きかけられ、「変(へん)ぜよ!」と叫(よば)わるや、すなわち変(へん)じて一件(ひとえ)の土黄色(どおうしょく)の直裰児(ちょくとつじ)と做(な)り、彼に穿(き)せたり。 また二根(ふたすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、変(へん)じて一個(ひとつ)の木魚児(もくぎょじ)と做(な)し、彼の手の裡(うち)に遞(わた)して言う、「徒弟(でし)よ、須(かなら)ず聴け。ただ道童(どうどう)と叫(よば)わるとも、千万(くれぐれ)も出(い)で去(ゆ)くこと莫(なか)れ。もし和尚(おしょう)と叫(よば)わらば、汝すなわち我がために櫃蓋(きがい)を頂(いただ)き開(あ)け、木魚(もくぎょ)を敲(たた)き、一巻(ひとまき)の仏経(ぶっきょう)を念(とな)えて潜(くぐ)り出(い)でよ。方(はじ)めて成功(せいこう)を得(う)べきなり」と。童児言う、「我はただ《三官経(さんかんきょう)》、《北斗経(ほくときょう)》、《消災経(しょうさいきょう)》を念(とな)うるを会(え)るのみ、仏家(ぶっけ)の経(きょう)を念(とな)うるを会(え)ず」と。行者言う、「汝仏(ほとけ)を念(とな)うるを会(え)るか?」と。童児言う、「阿弥陀仏(あみだぶつ)は、孰(たれ)か念(とな)うるを会(え)ざらん?」と。行者言う、「也罷(やめおこう)也罷(やめおこう)、すなわち仏(ほとけ)を念(とな)えよ、我のまた汝に教(おし)うるを省(はぶ)かん。切記(かならず覚え)せよ、我去(ゆ)かん」と。 還(ま)た蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ、潜(くぐ)り出(い)で去(ゆ)き、飛(と)びて唐僧(とうそう)の耳輪(じりん)の辺(ほとり)に在(あ)りて言う、「師父(しふ)、汝ただ是れ一個(ひとり)の和尚(おしょう)なりと猜(あ)てよ」と。三蔵言う、「この番(たび)は彼の准(きっと)贏(か)たん」と。行者言う、「汝怎(いか)にしてか定(さだ)め得(う)る?」と。三蔵言う、「経(きょう)の上に云(い)える有り、仏(ほとけ)・法(ほう)・僧(そう)を三宝(さんぼう)とす。和尚(おしょう)は却(かえ)ってまた是れ一宝(いっぽう)なり」と。 正(まさ)に説(と)く処(ところ)に、ただかの虎力大仙(こりきたいせん)の、陛下(へいか)、第三番(みたびめ)は是れ一個(ひとり)の道童(どうどう)なり、と道(いわ)えるを見る。只管(ただただ)叫(よば)わるれども、彼争(どう)して肯(あ)えて出(い)で来(きた)らん。三蔵(さんぞう)掌(て)を合(あ)わせて言う、「是れ一個(ひとり)の和尚(おしょう)なり」と。八戒(はっかい)力(ちから)を尽(つく)して高(たか)く叫(よば)わりて言う、「櫃裡(きり)は是れ一個(ひとり)の和尚(おしょう)なり!」と。かの童児(どうじ)、忽(たちま)ち櫃蓋(きがい)を頂(いただ)き開(あ)け、木魚(もくぎょ)を敲(たた)き、仏(ほとけ)を念(とな)えて、潜(くぐ)り出(い)で来(きた)る。喜(よろこ)ばせたるかの両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)は、斉(ひと)しく声(こえ)を喝采(かっさい)し、唬(おどろ)かしたるかの三人(みたり)の道士(どうし)は、拑口無言(きょうこうむげん)たり。 国王言う、「この和尚(おしょう)は是れ鬼神(きしん)の輔佐(ほさ)する有るなり! 怎(いか)にして道士(どうし)の櫃(きす)に入りたるが、就(すなわ)ち変(へん)じて和尚(おしょう)と做(な)り得んや? 縦(たと)い待詔(たいしょう)の跟(したが)いて入り去(ゆ)きたりとも、またただ頭(こうべ)を剃(そ)り得(う)るのみなるべしに、如何(いか)でか衣服(いふく)もまた能(よ)く体(からだ)に趁(かな)い、口(くち)の裡(うち)また会(よ)く仏(ほとけ)を念(とな)うるや? 国師(こくし)よ! 彼をして去(ゆ)かしめよ!」と。 虎力大仙(こりきたいせん)言う、「陛下(へいか)、左右(とにかく)是れ棋(き)の対手(たいしゅ)に逢(あ)い、将(しょう)の良材(りょうざい)に遇(あ)うの類(たぐい)なり。貧道(ひんどう)は将(も)ちて鍾南山(しょうなんざん)にて幼時(ようじ)に学(まな)びし武芸(ぶげい)をもて、索性(いっそ)彼と与(とも)に一賭(ひとたび)か賭(と)けん」と。国王言う、「何(なん)の武芸(ぶげい)か有る?」と。虎力言う、「弟兄(ていけい)三人(みたり)、都(みな)些(いささ)かの神通(じんつう)有り。頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)すことを会(え)て、また能(よ)く安(やす)んじ上ぐ。腹(はら)を剖(さ)き心(こころ)を剜(えぐ)りて、還(ま)た再(ふたた)び長(ととの)い完(まった)うし。滾油鍋(こうゆか)の裡(うち)に在りて、また能(よ)く澡(あら)い浴(あ)ぶることを」と。国王大(おお)いに驚(おどろ)きて言う、「この三事(さんじ)は都(みな)是れ死を尋(たず)ぬるの路(みち)なり!」と。虎力言う、「我等(われら)に此の法力(ほうりき)有ればこそ、才(はじ)めて敢(あ)えて此の朗言(ろうげん)を出(いだ)しつるなれ、断(きっ)として彼と与(とも)に賭(と)けてこそ已(や)まん」と。 かの国王(こくおう)叫(よば)わりて言う、「東土(とうど)の和尚(おしょう)よ、我が国師(こくし)は肯(あ)えて汝を放(はな)たず、還(な)お汝と与(とも)に頭(こうべ)を砍(き)り腹(はら)を剖(さ)き、滾油鍋(こうゆか)に下(くだ)りて澡(あら)い浴(あ)ぶるを賭(と)かんと要(もと)むるぞ」と。行者(ぎょうじゃ)は正(まさ)に蟭蟟虫(しょうりょうちゅう)に変(へん)じ做(な)りて、往来(おうらい)して事(こと)を報(ほう)じおるに、忽(たちま)ち此の言(げん)を聴くや、すなわち毫毛(ごうもう)を収(おさ)め、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、哈哈(ははは)と大笑(たいしょう)して言う、「造化(ぞうか)! 造化(ぞうか)! 売買(ばいばい)の門(もん)に上(のぼ)り来(きた)れるぞ!」と。八戒言う、「この三件(みくだり)は都(みな)是れ性命(しょうみょう)を喪(うしな)うの事(こと)なるに、怎(いか)でか売買(ばいばい)の門(もん)に上(のぼ)りたりと説(い)うか?」と。行者言う、「汝は還(ま)だ我が本事(ほんじ)を知らざるなり」と。八戒言う、「兄者(あにじゃ)、汝はただこの等(よう)の変化騰那(へんげとうな)すら已(すで)に彀(た)れるに、怎(いか)でか還(ま)たこの等(よう)の本事(ほんじ)有るか?」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、 我や、頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)さるるも能(よ)くもの言(い)い、 臂膊(ひほく)を剁(たた)き切(き)らるるも能(よ)く人(ひと)を打(う)つ。 腿脚(たいきゃく)を扎(えぐ)り去(さ)らるるも会(よ)く路(みち)を走(ゆ)き、 腹(はら)を剖(さ)きて還(ま)た平(たいら)かなるは妙絶倫(みょうぜつりん)なり。 人家(じんか)の扁食(へんしょく)を包(つつ)むに似(に)て、 一捻(ひとひね)りに一箇(ひとつ)すなわち囫圇(こつりん)となり。 油鍋(ゆか)にて澡(あら)い浴(あ)ぶるは更(さら)に易(やす)く、 ただ温湯(おんとう)の垢塵(こうじん)を滌(あら)うに当(あ)たるのみ。 と。 八戒(はっかい)・沙僧(さそう)これを聞(き)きて、呵呵(くわくわ)と大笑(たいしょう)す。行者(ぎょうじゃ)上前(まえにち)て言う、「陛下(へいか)、小和尚(しょうおしょう)は頭(こうべ)を砍(き)らるるを会(え)たり」と。国王言う、「汝怎(いか)にしてか頭(こうべ)を砍(き)らるるを会(え)たる?」と。行者言う、「我当年(とうねん)寺裡(じり)に在りて修行(しゅぎょう)せしに、曾(かつ)て一個(ひとり)の方上(ほうじょう)の禅和子(ぜんわし)に遇(あ)いしが、我に一個(ひとつ)の砍頭法(かんとうほう)を教(おし)えたり。好(よ)きや否(いな)やを知らざるも、如今(いま)且(しばら)く試(こころ)みに新(あらた)にせん」と。国王笑(わら)って言う、「かの和尚(おしょう)は年幼(ねんよう)にして事(こと)を知らず。頭(こうべ)を砍(き)るに何処(いずこ)かよき新(あらた)の試(ため)し有らん? 頭(こうべ)は乃(すなわ)ち六陽(ろくよう)の首(かしら)なれば、砍(き)り下(おろ)さばすなわち便(すなわ)ち死するのみ」と。虎力言う、「陛下(へいか)、正(まさ)に彼をして此(かく)の如(ごと)くならしめんことを要(もと)むるこそ、方(はじ)めて我等(われら)が気(いき)を出(いだ)し得(う)べきなれ」と。かの昏君(こんくん)彼(か)の言(げん)を信(しん)じ、すなわち旨(むね)を伝(つた)えて殺場(さつば)を設(もう)けしむ。 一声(ひとこえ)の旨(むね)を伝(つた)うるや、すなわち羽林軍(うりんぐん)三千(さんぜん)の、朝門(ちょうもん)の外(そと)に擺列(ならびつらな)る有り。国王(こくおう)教(おし)えて曰(いわ)く、「和尚(おしょう)先(ま)ず去(ゆ)きて頭(こうべ)を砍(き)られよ」と。行者(ぎょうじゃ)欣然(きんぜん)として応(こた)えて言う、「我先(ま)ず去(ゆ)かん! 我先(ま)ず去(ゆ)かん!」と。手を拱(こまね)きて、高(たか)く呼(よば)わりて言う、「国師(こくし)よ、大胆(だいたん)の先(さき)を占(し)むるを恕(ゆる)したまえ」と。頭(こうべ)を引(ひ)き回(めぐ)らし、外(そと)に向(むか)いて就(すなわ)ち走(ゆ)く。唐僧(とうそう)一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて言う、「徒弟(でし)や、仔細(つまびらか)にせよ、彼処(あそこ)は是れ戯(たわむ)るる処(ところ)に非(あら)ず」と。行者言う、「彼を怕(おそ)るるに怎(なん)の廉(いわれ)かあらん! 手を撒(はな)て、我の去(ゆ)きて来(きた)らんを待て」と。 かの大聖(たいせい)径(ただち)に殺場(さつば)の裡面(うち)に至(いた)り、劊子手(かいししゅ)に撾(つか)み住(とど)められ、捆(くく)りて一団(ひとくれ)と做(な)され、かの土墩(どとん)の高(たか)き処(ところ)に按(おさ)えらるるに、ただ一声(ひとこえ)の「開刀(かいとう)!」と喊(さけ)ぶを聴くや、颯(さっ)と個(ひとつ)の頭(こうべ)を砍(き)り将(も)ちて下(おろ)されたり。また劊子手(かいししゅ)に一脚(ひとあし)にて踢(け)り去(や)られ、好(あたか)も西瓜(すいか)の滚(ころが)るるが一般(ごと)く、滚(ころが)ること三四十歩(さんしじっぽ)の遠近(おちか)に及(およ)べり。行者(ぎょうじゃ)の腔子(こうし)の中(うち)は更(さら)に血(ち)を出(いだ)さず、ただ肚裡(はらのうち)の「頭(かしら)来(こ)よ!」と叫(よば)わるを聴くのみ。慌(あわ)てたる鹿力大仙(ろくりきたいせん)、この般(ごと)き手段(しゅだん)の有るを見るや、すなわち呪語(じゅご)を念(とな)え、本坊(ほんぼう)の土地神祇(どちしんぎ)に教(おし)えて曰(いわ)く、「人(ひと)の頭(こうべ)を将(も)ちて扯(ひ)き住(とど)めよ。我の和尚(おしょう)に贏(か)ちて国王(こくおう)に奏(そう)し了(おわ)らば、汝がために小祠堂(しょうしどう)を造(つく)り替(か)えて大廟宇(だいびょうう)と做(な)し、泥塑像(でいぞぞう)を改(あらた)めて正金身(しょうこんじん)と作(つく)らん」と。 元来(がんらい)かの土地神祇(どちしんぎ)らは、彼に五雷法(ごらいほう)の有るに因(よ)りて、また彼の使喚(しかん)に服(ふく)すれば、暗(あん)に真箇(まこと)に行者(ぎょうじゃ)の頭(こうべ)を把(おさ)え住(とど)めたり。行者(ぎょうじゃ)また声(こえ)を叫(よば)わりて「頭(かしら)来(こ)よ!」と曰(い)えども、かの頭(こうべ)は一(ひと)しく根(ね)を生(しょう)じたるが如(ごと)く、動(うご)かし得んと想(おも)うこと莫(なか)れ。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)焦(あせ)り、拳(こぶし)を捻(にぎ)りて、一掙(ひとふんば)り掙(ふんば)るや、捆(くく)りたる縄(なわ)を将(も)ちて就(すなわ)ち皆(みな)掙(ふ)り断(た)ち、声(こえ)を喝(かつ)して「長(のび)よ!」と曰(い)うや、颯(さっ)と腔子内(こうしない)より一個(ひとつ)の頭(こうべ)の長(は)え出(い)でたり。唬(おどろ)かしたるかの劊子手(かいししゅ)は箇箇(おのおの)心(こころ)驚(おどろ)き、羽林軍(うりんぐん)は人人(ひとびと)胆(きも)を戦(おのの)かせり。かの監斬官(かんざんかん)急(いそ)ぎ走(はし)り入りて朝(ちょう)に奏(そう)して言う、 「万歳(ばんざい)、かの小和尚(しょうおしょう)、頭(こうべ)を砍(き)られしが、また一顆(ひとつ)の頭(あたま)を長(は)え出(いだ)したり」と。八戒(はっかい)冷笑(れいしょう)して言う、「沙僧(さそう)よ、兄者(あにじゃ)に還(な)おこの般(ごと)き手段(しゅだん)有らんとは誰(たれ)か知らん」と。沙僧言う、「彼に七十二般(しちじゅうにばん)の変化(へんげ)有れば、すなわち七十二箇(しちじゅうにこ)の頭(あたま)有るなり」と。 説(と)き了(おわ)らざるに、行者(ぎょうじゃ)走(はし)り来(きた)りて声(こえ)を叫(よば)わりて「師父(しふ)」と曰(い)う。三蔵(さんぞう)大(おお)いに喜(よろこ)びて言う、「徒弟(でし)や、辛苦(つらか)りしか?」と。行者言う、「辛苦(つら)からず、却(かえ)って好(よ)き戯(たわむれ)なり」と。八戒言う、「兄者(あにじゃ)、刀瘡薬(とうそうやく)を用(もち)うるか?」と。行者言う、「汝は摸(さわ)りて看よ、刀痕(とうこん)の有るや否(いな)やを」と。かの呆子(あほう)手を伸(の)べて一摸(ひとさわり)するや、すなわち呆呆睜睜(ほうけたる目)に笑(わら)いて言う、「妙哉(みょうなるかな)! 妙哉(みょうなるかな)! 却(かえ)ってもまた完全(まった)く長(ととの)い、截疤児(せっぱ)も些(いささ)かも無(な)し!」と。 兄弟(きょうだい)たち正(まさ)に都(みな)歓喜(かんき)せしに、また国王(こくおう)の関文(かんぶん)を領(う)けよと叫(よば)わるを聴く、「汝の罪(つみ)を赦(ゆる)さん! 疾(と)く去(ゆ)け! 疾(と)く去(ゆ)け!」と。行者言う、「関文(かんぶん)は領(う)くとも、必(かなら)ずや国師(こくし)もまた曹(そう)に赴(おもむ)きて頭(こうべ)を砍(き)られよ。また当(まさ)に試(こころ)みに新(あらた)ならんことを」と。国王言う、「大国師(だいこくし)よ、かの和尚(おしょう)もまた汝を肯(あ)えて放(はな)たざるなり。汝彼と与(とも)に賭勝(としょう)してよ、且(しばら)く寡人(かじん)を唬(おどろ)かすこと莫(なか)れ」と。 虎力(こりき)もまた已(や)むを得ず去(ゆ)き、幾箇(いくたり)かの劊子手(かいししゅ)にまた地(ち)に捆(くく)り翻(ひるがえ)され、一幌(ひとひらめき)して頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)され、一脚(ひとあし)もまた踢(け)り将(も)ちて去(や)らる。滚(ころが)ること三十余歩(さんじゅうよほ)有りて、彼の腔子裡(こうしり)もまた血(ち)を出(いだ)さず、また一声(ひとこえ)の「頭(かしら)来(こ)よ!」と叫(よば)わる。行者(ぎょうじゃ)すなわち忙(いそ)ぎて一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)ぜよ!」と叫(よば)わるや、一条(ひとつ)の黄犬(こうけん)に変(へん)じ做(な)りて場中(じょうちゅう)に走(はし)り入り、かの道士(どうし)の頭(こうべ)を一口(ひとくち)に銜(くわ)え来(きた)り、径(ただち)に御水河(ぎょすいが)の辺(ほとり)に走(はし)り到(いた)りて投(なげう)ち下(おろ)しけり。これを措(お)かず。 却(かえ)って説(と)く、かの道士(どうし)三声(みこえ)まで叫(よば)われども、人(ひと)の頭(こうべ)到(いた)らず、怎(いか)でか行者(ぎょうじゃ)が手段(しゅだん)に似(に)たるを得ん、長(は)え出(い)でずして、腔子中(こうしちゅう)より骨都都(こつこつと)紅光(こうこう)の迸(ほとばし)り出(い)づ。憐(あわ)れむべし、 空(むな)しく喚雨呼風(かんうこふう)の法(ほう)有りとも、怎(いか)でか長生果正仙(ちょうせいかしょうせん)に比(くら)ぶべき。 と。 須臾(しばらく)にして塵埃(じんあい)に倒(たお)れ臥(ふ)せるを、衆人(しゅうじん)の観看(みまも)れば、乃(すなわ)ち是れ一隻(ひとつ)の無頭(むとう)の黄毛虎(こうもうこ)なり。かの監斬官(かんざんかん)また来(きた)りて奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、大国師(だいこくし)は頭(こうべ)を砍(き)り下(おろ)されても長(は)え出(い)だすこと能(あた)わず、塵埃(じんあい)の裡(うち)に死したるは、一隻(ひとつ)の無頭(むとう)の黄毛虎(こうもうこ)に御座(ござ)ります」と。国王(こくおう)奏(そう)を聞(き)きて、大(おお)いに驚(おどろ)き失色(しっしょく)し、目(め)を転(めぐ)らさずしてかの二人(ふたり)の道士(どうし)を看つむ。鹿力(ろくりき)身(み)を起(お)こして言う、「我が師兄(しけい)は已(すで)に命(めい)の禄(ろく)に到(いた)りて絶(た)えたるならんに、如何(いか)でか是れ一隻(ひとつ)の黄虎(こうこ)ならん! これ都(みな)是れかの和尚(おしょう)の憊懶(はいらん)にして、掩眼法児(えんがんほうじ)なるを料(つか)い、我が師兄(しけい)を将(も)ちて畜類(ちくるい)に変(へん)じ做(な)したるなり! 我今(いま)定(かなら)ず彼を饒(ゆる)さじ、定(かなら)ず彼と与(とも)にかの剖腹剜心(ぼうふくえんしん)を賭(と)かんとす!」と。 国王(こくおう)これを聞(き)きて、方(はじ)めて性(せい)を定(さだ)め神(しん)を回(めぐ)らし、また「かの和尚(おしょう)よ、二国師(にこくし)は還(な)お汝と与(とも)に賭(と)かんと要(もと)むるぞ」と叫(よば)わる。行者言う、「小和尚(しょうおしょう)は久(ひさ)しく煙火食(えんかしょく)を吃(くら)わざりしが、先日(せんじつ)西(にし)へ来(きた)るに、忽(たちま)ち斎公(さいこう)の家(いえ)の飯(はん)を勧(すす)むるに遇(あ)い、幾箇(いくつ)かの饃饃(まんじゅう)を多(おお)く吃(くら)いたれば、ここ数日(すうじつ)腹中(ふくちゅう)痛(いた)みを作(な)し、想(おも)うに是れ虫(むし)を生(しょう)じたるならん。正(まさ)に陛下(へいか)の刀(かたな)を借(か)り、肚皮(とひ)を剖(さ)き開(あ)け、臓腑(ぞうふ)を拿(と)り出(いだ)し、脾胃(ひい)を洗(あら)い浄(きよ)めてこそ、方(はじ)めて好(よ)く西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す」と。 国王(こくおう)これを聞(き)きて、教(おし)えて「彼を拿(とら)えて曹(そう)に赴(おもむ)かしめよ」と。かの多(おお)くの人(ひと)の、攙(たす)くるは攙(たす)け、扯(ひ)くは扯(ひ)く。行者(ぎょうじゃ)手を展(の)べ脱(のが)れて言う、「人(ひと)の攙(たす)くるを用(もち)いず、自家(みずから)走(ゆ)き去(ゆ)かん。但(ただ)し一件(ひとこと)、手を縛(しば)るを許(ゆる)されず。我手を用(もち)いて臓腑(ぞうふ)を洗(あら)い刷(けず)らんと欲(ほっ)すればなり」と。国王(こくおう)旨(むね)を伝(つた)えて、教(おし)えて曰(いわ)く、「彼(か)の手を縛(しば)ること莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)揺揺擺擺(ゆらりゆらり)として、径(ただち)に殺場(さつば)に至(いた)り、身(み)を将(も)ちて大樁(だいとう)に靠(もた)せ、衣帯(いたい)を解(と)き開(あ)けて、肚腹(とふく)を露(あらわ)す。かの劊子手(かいししゅ)、一条(ひとすじ)の縄(なわ)を彼(か)の膊項(はくこう)に套(か)け上げ、一条(ひとすじ)の縄(なわ)にて彼(か)の腿足(たいそく)を札(しば)り、一口(ひとふり)の牛耳短刀(ぎゅうじたんとう)を把(と)り、一幌(ひとひらめき)して肚皮(とひ)の下(もと)に一割(ひとさ)きすれば、個(ひとつ)の窟窿(くつろう)を搠(あ)けたり。この行者(ぎょうじゃ)両手(りょうて)にて肚腹(とふく)を爬(か)き開(あ)け、腸臓(ちょうぞう)を拿(と)り出(いだ)し、一条(ひとすじ)ずつ理(ととの)うること多時(たじ)に及び、依然(もとのごとく)内(うち)に安(やす)んじ置(お)き、照旧(もとどおり)に盤曲(ばんきょく)し、肚皮(とひ)を捻(ひね)りて、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「長(のび)よ!」と叫(よば)わるや、依然(もとのごと)く長(ととの)い合(あ)えり。 国王(こくおう)大(おお)いに驚(おどろ)き、彼(か)の関文(かんぶん)を将(も)ちて手の中(うち)に捧(ささ)げて言う、「聖僧(しょうそう)よ、西行(せいこう)を誤(あやまた)ず、汝に与(あた)うるに関文(かんぶん)を以(も)ちて去(ゆ)かしめよ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って言う、「関文(かんぶん)は小可(ささい)なり、また請(こ)う、二国師(にこくし)をも剖剖剜剜(ぼうぼうえんえん)せしめよ、如何(いかん)?」と。国王(こくおう)鹿力(ろくりき)に向(むか)いて説(と)く、「この事(こと)は寡人(かじん)と与(とも)に干渉(かかわ)るる所(ところ)に非(あら)ず。是れ汝の彼と与(とも)に敵対(てきたい)を作(な)さんと要(もと)めたるなり。請(こ)う去(ゆ)け、請(こ)う去(ゆ)け」と。鹿力言う、「心(こころ)を寛(ひろ)うせよ、料(はか)りたるに我決(けっ)して彼に輸(まけ)じ」と。 視(み)よ、彼もまた孫大聖(そんたいせい)に象(に)たり、揺揺擺擺(ゆらりゆらり)として、径(ただち)に殺場(さつば)に入り、劊子手(かいししゅ)に縄(なわ)を套(か)けられ、牛耳短刀(ぎゅうじたんとう)を将(も)ちて、唿喇(こつら)の一声(ひとこえ)に肚腹(とふく)を割(さ)き開(あ)くるや、彼もまた肝腸(かんちょう)を拿(と)り出(いだ)し、手を用(もち)いて理弄(りろう)たり。行者(ぎょうじゃ)すなわち一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)ぜよ!」と叫(よば)わるや、すなわち一隻(ひとわ)の餓鷹(がおう)に変(へん)じ做(な)り、翅爪(しそう)を展(の)べ開(ひら)き、颯(さっ)と彼(か)の五臓心肝(ごぞうしんかん)を将(も)ちて、尽(ことごと)く情(こころ)に抓(つか)み去(さ)り、何方(いずかた)に飛(と)び向(むか)いて受用(じゅよう)するかを知らず。この道士(どうし)は弄(な)り做(な)されて一個(ひとつ)の空腔破肚(くうこうはと)の淋漓鬼(りんりき)、少臓無腸(しょうぞうむちょう)の浪蕩魂(ろうとうこん)と成(な)れり。かの劊子手(かいししゅ)大樁(だいとう)を蹬(ふ)み倒(たお)し、屍(しかばね)を拖(ひ)きて看れば、呀(ああ)! 元来(もと)是れ一隻(ひとつ)の白毛角鹿(はくもうかくろく)なり! 慌(あわ)てたるかの監斬官(かんざんかん)また来(きた)りて奏(そう)して言う、「二国師(にこくし)は晦気(かいき)にして、正(まさ)に腹(はら)を剖(さ)く時(とき)、一隻(ひとわ)の餓鷹(がおう)のために臓腑肝腸(ぞうふかんちょう)を都(みな)刁(ついば)み去(さ)られたり。かの処(ところ)に死してをるは、原身(げんしん)は是れ一個(ひとつ)の白毛角鹿(はくもうかくろく)にて御座(ござ)ります」と。 国王(こくおう)怕(おそ)れて言う、「怎(いか)にして是れ一箇(ひとつ)の角鹿(かくろく)なるか?」と。かの羊力大仙(ようりきたいせん)また奏(そう)して言う、「我が師兄(しけい)既(すで)に死したるに、如何(いか)でか獣形(じゅうけい)を現(あらわ)すを得ん? これ都(みな)是れかの和尚(おしょう)の術法(じゅっぽう)を弄(ろう)して我等(われら)を坐害(ざがい)するなり。我の師兄(しけい)に替(か)わりて仇(あだ)を報(ほう)ぜんことを待(ま)て」と。国王言う、「汝に何(なん)の法力(ほうりき)の彼に贏(か)つべき有るか?」と。羊力言う、「我彼と与(とも)に滾油鍋(こうゆか)に下(くだ)りて澡(あら)い浴(あ)ぶるを賭(と)かん」と。国王(こくおう)すなわち一口(ひとつ)の大鍋(おおなべ)を取(と)り来(きた)らせ、香油(こうゆ)を満(み)たしめて、彼二人(ふたり)に賭(と)け去(ゆ)かしむ。 行者言う、「多(おお)く下顧(かこ)を承(うけたまわ)る。小和尚(しょうおしょう)は一向(ひたすら)澡(あら)い浴(あ)ぶることを曾(かつ)てせざりしが、ここ両三日(にさんにち)皮膚(ひふ)燥痒(そうよう)すれば、好歹(ともかく)も蕩蕩(とうとう)去(ゆ)かん」と。かの当駕官(とうがかん)果(はた)して油鍋(ゆか)を安(やす)んじ下(おろ)し、乾柴(かんさい)を架(か)け起(おこ)し、烈火(れっか)を燃(も)え着(つ)けて、油(あぶら)を焼(や)き滚(わか)し、「和尚(おしょう)先(ま)ず下(くだ)り去(ゆ)け」と教(おし)う。 行者(ぎょうじゃ)掌(て)を合(あ)わせて言う、「文洗(ぶんせん)か、武洗(ぶせん)かを知らず」と。国王言う、「文洗(ぶんせん)は如何(いかん)? 武洗(ぶせん)は如何(いかん)?」と。行者言う、「文洗(ぶんせん)は衣服(いふく)を脱(ぬ)がず、この般(ごと)く手を叉(ま)ねき、下(くだ)り去(ゆ)きて一箇(ひとつ)の滚(ころが)りを打(うち)、すなわち起(た)ち来(きた)るのみ。衣服(いふく)を汚(けが)し壊(やぶ)るを許(ゆる)さず、もし一点(ひとつ)の油膩(ゆじ)有らば輸(まけ)と算(かぞ)う。武洗(ぶせん)は一枚(ひとつ)の衣架(いか)、一条(ひとすじ)の手巾(しゅきん)を取(と)り、衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎて、跳(と)び将(も)ちて下(くだ)り去(ゆ)き、任意(まま)に筋斗(きんと)を翻(ひるがえ)し、蜻蜓(せいてい)を竪(た)て、戯(たわむれ)として澡(あら)い浴(あ)ぶるなり」と。国王(こくおう)羊力(ようりき)に向(むか)いて説(と)く、「汝は彼と与(とも)に文洗(ぶんせん)か、武洗(ぶせん)か?」と。羊力言う、「文洗(ぶんせん)には恐(おそ)らくは彼(か)の衣服(いふく)は是れ薬(くすり)にて煉(ね)りたるものにして、油(あぶら)を隔(へだ)てん。武洗(ぶせん)にせん」と。 行者(ぎょうじゃ)また上前(まえにち)て言う、「大胆(だいたん)を恕(ゆる)せよ、屡次(しばしば)先(さき)を占(し)めたり」と。視(み)よ、彼は布(ぬの)の直裰(ちょくとつ)を脱(ぬ)ぎ、虎皮裙(こひくん)を褪(ぬ)ぎ、身(み)を一縦(ひととお)すや、鍋内(かない)に跳(と)び入り、波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を斗(あらそ)わし、水(みず)を負(お)うが一般(ごと)くに頑耍(がんしゃ)す。八戒(はっかい)これを見て、指(ゆび)を咬(か)みて、沙僧(さそう)に向(むか)いて言う、「我等(われら)もまたこの猴子(こうし)を錯(あやま)りて看たり! 平時間(へいぜん)に劖言訕語(ざんげんさんご)して彼を戯(たわむ)れしに、怎(いか)でか彼にこの般(ごと)き真実(しんじつ)の本事(ほんじ)有らんとは知らざりし!」と。 彼二人(ふたり)は唧唧噥噥(しつしつのうのう)して、誇奨(こしょう)すこと尽(つ)きず。行者(ぎょうじゃ)これを望(み)て、心(こころ)に疑(うたが)いて言う、「かの呆子(あほう)の我を笑(わら)うなり! 正(まさ)に是れ巧者(こうしゃ)は労(ろう)多(おお)く拙者(せっしゃ)は閑(ひま)なり。老孫(ろうそん)がこの般(ごと)く舞弄(ぶろう)するに、彼は倒(かえ)って自在(じざい)なり。我の彼を作(な)して一縄(ひとすじ)の捆(くく)りを受(う)けしめ、彼の怕(おそ)るるや否(いな)やを看んことを待て」と。 正(まさ)に洗浴(せんよく)しおるに、一箇(ひとつ)の水花(すいか)を打(うち)て、油鍋(ゆか)の底(そこ)に淬(つ)け入り、一個(ひとつ)の棗核釘児(そうかくていじ)に変(へん)じ做(な)り、再(ふたた)びも起(た)ち上がらざりけり。かの監斬官(かんざんかん)近(ちか)づき前(まえ)にてまた奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、小和尚(しょうおしょう)は滾油(こうゆ)のために烹(に)え殺(ころ)されたり」と。国王(こくおう)大(おお)いに喜(よろこ)び、骨骸(こつがい)を撈(すく)い上げて看よと教(おし)う。劊子手(かいししゅ)一把(ひとつ)の鉄笊籬(てっそうり)を将(も)ちて油鍋(ゆか)の裡(うち)にて撈(すく)うに、元来(もと)かの笊籬(そうり)の眼(め)は稀(まばら)にして、行者(ぎょうじゃ)の変(へん)じたる釘(くぎ)は小(ちい)さければ、往往来来(ゆきつもどりつ)するに、眼孔(がんこう)より漏(も)り下(くだ)り去(ゆ)きて、何処(いずこ)にか撈(すく)い得(う)べき! また奏(そう)して言う、「和尚(おしょう)は身微(しんび)骨嫩(こつどん)なれば、倶(みな)札化(さっか)したり」と。 国王(こくおう)教(おし)えて曰(いわ)く、「三人(みたり)の和尚(おしょう)を拿(とら)えて下(くだ)し去(ゆ)け!」と。両辺(りょうべん)の校尉(こうい)は、八戒(はっかい)の面(おもて)の凶(きょう)なるを見るや、先(ま)ず揪(ひっつか)み翻(ひるがえ)し、背心(はいしん)を将(も)ちて捆(くく)り了(おわ)れたれば、慌(あわ)てたる三蔵(さんぞう)高(たか)く叫(よば)わりて言う、「陛下(へいか)、貧僧(ひんそう)を一時(ひととき)赦(ゆる)したまえ。 我が彼(か)の徒弟(でし)は、教(きょう)に帰(き)してより、歴々(れきれき)と功(こう)有りて、今日(こんにち)国師(こくし)に衝(しょう)撞(とう)て油鍋(ゆか)の内(うち)に死したり。奈何(いかん)せん、先(さき)に死する者(もの)は神(しん)と為(な)るなれば、我貧僧(ひんそう)怎(いか)でか敢(あ)えて生(しょう)を貪(むさぼ)らん! 正(まさ)に是れ、天下(てんか)の官員(かんいん)もまた天下(てんか)の百姓(ひゃくせい)を管(つかさど)るなり。陛下(へいか)もし臣(しん)をして死せしめば、臣(しん)豈(あ)に敢(あ)えて死せざらんや? ただ願(ねが)わくは恩(おん)を寛(ひろ)うし、我に半盞(はんさん)の涼漿水飯(りょうしょうすいはん)、三張(みまい)の紙馬(しば)を賜(たま)わり、油鍋(ゆか)の辺(ほとり)に到(いた)りて此の一陌紙(いちはくし)を焼(た)くことを容(ゆる)され、我が師徒(してい)の一念(いちねん)をも表(あらわ)さしめ、その時(とき)また罪(つみ)を領(う)けんことを」と。 国王(こくおう)これを聞(き)きて言う、「也是(もっとも)なり、あの中華(ちゅうか)の民(たみ)は多(おお)く義気(ぎき)有るなり」と。すなわち漿飯(しょうはん)と黄銭(こうせん)とを些(いささ)か取(と)りて彼に与(あ)えよと命(めい)ず。果(はた)して取(と)りて唐僧(とうそう)に遞(わた)す。唐僧(とうそう)沙和尚(さおしょう)をして同(とも)に去(ゆ)かしむ。階下(かいか)に行(ゆ)き至(いた)るに、幾箇(いくたり)かの校尉(こうい)の、八戒(はっかい)の耳朶(じだ)を揪(ひっつか)みて、鍋(なべ)の辺(ほとり)に拉(ひ)きて来(きた)れる有り。三蔵(さんぞう)鍋(なべ)に向(むか)いて祝(の)りて曰(いわ)く、 徒弟(でし)孫悟空(そんごくう)よ! 戒(かい)を受(う)けて禅林(ぜんりん)を拝(おが)みしより、我を護(まも)りて西(にし)に来(きた)る恩愛(おんあい)深(ふか)し。 指望(こいねが)わくは同時(どうじ)に大道(だいどう)を成(じょう)ぜんとせしに、何期(はからんや)今日(こんにち)汝の陰(よみ)に帰(き)せんとは! 生前(せいぜん)はただ経(きょう)を求(もと)むるの意(こころ)のみにして、死後(しご)にもまた仏(ほとけ)を念(とな)うるの心(こころ)を存(そん)す。 万里(ばんり)の英魂(えいこん)よ須(かなら)ず等候(まつ)べし、幽冥(ゆうめい)に鬼(き)と做(な)りて雷音(らいおん)に上(のぼ)らん! と。 八戒(はっかい)これを聴きて言う、「師父(しふ)、この般(ごと)き祝(の)りに非(あら)ず。沙和尚(さおしょう)よ、汝我に替(か)わりて漿飯(しょうはん)を奠(そな)えよ、我の祷(いの)るを待(ま)て」と。かの呆子(あほう)地(ち)に捆(くく)られたるまま、気呼呼(あえぎいき)て言う、 禍(わざわい)を闖(おか)しし潑猴子(はつこうし)、無知(むち)の弼馬温(ひつばおん)よ! 該死(しぬべき)の潑猴子(はつこうし)、油烹(ゆに)の弼馬温(ひつばおん)よ! 猴児(こうじ)は了帳(りょうちょう)、馬温(ばおん)は根(ね)を断(た)てり! と。 孫行者(そんぎょうじゃ)油鍋(ゆか)の底(そこ)に在りて、かの呆子(あほう)の乱(みだ)りに罵(ののし)るを聴くに、忍(しの)ぶること能(あた)わず、本相(ほんそう)を現(あらわ)して、赤淋淋(まっはだか)のまま油鍋(ゆか)の底(そこ)に立(た)ちて言う、「馕糟(のうそう)の夯貨(こうか)め! 汝孰(たれ)をか罵(ののし)るか!」と。唐僧(とうそう)これを見て言う、「徒弟(でし)や、我を唬(おどろ)かし殺(ころ)すなり!」と。沙僧言う、「大哥(たいか)は干浄(すっかり)佯死(ようし)を推(お)し慣(な)れたるなり!」と。 慌(あわ)てたるかの両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)、上前(まえ)に来(きた)りて奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、かの和尚(おしょう)は曾(かつ)て死せず、また油鍋(ゆか)の裡(うち)より潜(くぐ)り出(い)で来(きた)れるなり」と。監斬官(かんざんかん)は朝廷(ちょうてい)を虚誑(きょきょう)することを恐(おそ)れ、却(かえ)ってまた奏(そう)して言う、「死せるは是れ死したるが、ただ是れ日期(にちき)の凶(きょう)を犯(おか)し、小和尚(しょうおしょう)の魂(たましい)を現(あらわ)しに来(きた)れるなり」と。行者(ぎょうじゃ)これを聞(き)きて大(おお)いに怒(いか)り、鍋(なべ)より跳(と)び出(い)で、油膩(ゆじ)を揩(ぬぐ)い、衣服(いふく)を穿(き)け上げ、棒(ぼう)を掣(ひ)き出(いだ)し、監斬官(かんざんかん)を撾(ひっつか)み寄(よ)せ、頭(あたま)を的(めが)けて一下(ひとつ)に打(う)ちて肉団(にくだん)と做(な)し了(おわ)りて言う、「我何(なん)の魂(たましい)をか現(あらわ)さん!」と。唬(おどろ)きたる多官(たかん)は遽(すみや)かに八戒(はっかい)を解(と)き放(はな)ち、地(ち)に跪(ひざま)ずきて哀告(あいこく)して「罪(つみ)を恕(ゆる)せ! 罪(つみ)を恕(ゆる)せ!」と。国王(こくおう)の龍座(りゅうざ)を走(くだ)り下(お)るるを、行者(ぎょうじゃ)殿(でん)に上(のぼ)りて扯(ひ)き住(とど)めて言う、「陛下(へいか)走(ゆ)きたまうこと莫(なか)れ、且(しばら)く汝が三国師(さんこくし)をもまた油鍋(ゆか)に下(くだ)らしめよ」と。かの皇帝(こうてい)戦戦兢兢(おそれおののき)て言う、「三国師(さんこくし)よ、汝朕(ちん)の命(いのち)を救(すく)え、疾(と)く鍋(なべ)に下(くだ)り去(ゆ)け、和尚(おしょう)をして我を打(う)たしむること莫(なか)れ」と。 羊力(ようりき)殿(でん)を下(お)り、行者(ぎょうじゃ)に照依(したが)いて衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ、油鍋(ゆか)に跳(と)び下(くだ)り、また彼(か)の般(ごと)く支吾(しご)て洗浴(せんよく)す。行者(ぎょうじゃ)国王(こくおう)を放(はな)ち、油鍋(ゆか)の辺(ほとり)に近(ちか)づき、火(ひ)を焼(た)く者(もの)に柴(たきぎ)を添(そ)えよと叫(よば)わるに、却(かえ)って手を伸(の)べて一探(ひとさぐり)するや、呀(ああ)! かの滾油(こうゆ)は都(みな)冰冷(ひょうれい)なり。心(こころ)の裡(うち)に暗(ひそ)かに想(おも)えらく、「我の澡(あら)いし時(とき)は滚熱(こんねつ)なるに、彼の澡(あら)う時(とき)は却(かえ)って冷(つめた)し。我暁(さと)り得たり。これ孰(いず)れの龍王(りゅうおう)か此(ここ)に在りて彼を護持(ごじ)るならん」と。 急(いそ)ぎ身(み)を縦(とお)して空中(くうちゅう)に跳(と)び上がり、一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の呪語(じゅご)を念(とな)えて、かの北海龍王(ほっかいりゅうおう)を喚(よ)び来(きた)らせて言う、「我この帯角(たいかく)の蚯蚓(きゅういん)、有鱗(うりん)の泥鰌(でいしゅう)めを把(と)らえん! 汝怎(いか)にして道士(どうし)を助(たす)けて冷龍(れいりゅう)を以(も)ちて鍋底(かてい)を護(まも)り住(とど)め、彼をして聖(せい)を顕(あらわ)して我に贏(か)たしむるか!」と。唬(おどろ)きたるかの龍王(りゅうおう)喏喏連声(だくだくれんせい)して言う、「敖順(ごうじゅん)敢(あ)えて相(あい)助(たす)けず。大聖(たいせい)は元来(もと)知らざるなり。この孽畜(げっちく)は苦(くる)しく修行(しゅぎょう)すること一場(ひとくさり)にして、本殻(ほんかく)を脱(だっ)し得たれど、却(かえ)ってただ是れ五雷法(ごらいほう)のみ真受(しんじゅ)せしに、その余(よ)は都(みな)旁門(ぼうもん)を躙(ふ)み了(おわ)りて、仙道(せんどう)に帰(き)し難(がた)し。これが是れ彼の小茅山(しょうぼうざん)に在りて学(まな)び来(きた)れる大開剥(だいかいはく)なり。あの二人(ふたり)は已(すで)に是れ大聖(たいせい)の彼(か)の法(ほう)を破(やぶ)りて本相(ほんそう)を現(あらわ)せしが、この一人(ひとり)もまた是れ彼が自(みずか)ら煉(ね)りたる冷龍(れいりゅう)にして、ただ好(よ)く世俗(せぞく)の人(ひと)を哄瞞(こうまん)て戯(たわむ)るるに適(かな)うのみ、怎(いか)でか大聖(たいせい)を瞞(あざむ)き得ん! 小龍(しょうりゅう)如今(いま)彼(か)の冷龍(れいりゅう)を収(おさ)め了(おわ)らば、管教(きっと)彼の骨(ほね)砕(くだ)け皮(かわ)焦(こ)げん、何(なん)の手段(しゅだん)をか顕(あらわ)さん」と。行者言う、「早(はや)きに趁(つ)けて収(おさ)めよ、打(う)たるるを免(まぬが)れん!」と。かの龍王(りゅうおう)一陣(ひとむれ)の旋風(せんぷう)と化(け)して油鍋(ゆか)の辺(ほとり)に到(いた)り、冷龍(れいりゅう)を捉(とら)えて海(うみ)に下(くだ)し去(ゆ)けり。これを措(お)かず。 行者(ぎょうじゃ)下(お)り来(きた)り、三蔵(さんぞう)・八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と与(とも)に殿前(でんぜん)に立(た)つに、かの道士(どうし)の滾油鍋(こうゆか)の裡(うち)に在りて打掙(とうしょう)き、爬(はい)き出(い)づること能(あた)わず、一滑(ひとすべ)りして跌(つまず)くを見るに、霎時間(またたくま)に骨(ほね)脱(だっ)し皮(かわ)焦(こ)げ肉(にく)爛(ただ)れたり。監斬官(かんざんかん)また来(きた)りて奏(そう)して言う、「万歳(ばんざい)、三国師(さんこくし)は煠化(さっか)せられたり」と。かの国王(こくおう)満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れ、手にて御案(ぎょあん)を撲(たた)きて、声(こえ)を放(はな)って大(おお)いに哭(な)きて言う、 人身(じんしん)の得難(えがた)しとは果(はた)して難(かた)し、真伝(しんでん)に遇(あ)わずんば丹(たん)を煉(ね)ること莫(なか)れ。 空(むな)しく驱神咒水(くしんじゅすい)の術(じゅつ)有りて、却(かえ)って延寿保生(えんじゅほしょう)の丸(がん)無(な)し。 円明(えんみょう)混(こん)じて、怎(いか)でか涅槃(ねはん)せん、徒(いたず)らに心機(しんき)を用(もち)いて命(めい)安(やす)からず。 早(はや)くこの般(ごと)き軽(かろ)き折挫(せっざ)を覚(さと)らば、豈(あ)に秘食(ひしょく)て穏(おだや)かに山(やま)に居(きょ)するに如(し)かんや! と。 これ正(まさ)に是れ、 点金煉汞(てんきんれんこう)何(なん)の済(すくい)か成(な)さん、喚雨呼風(かんうこふう)も総(すべ)て是れ空(くう)! と。 畢竟(ひっきょう)師徒(してい)らの怎(いか)にしてか維持(いじ)たるかを知らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第四十七回 聖僧(しょうそう)夜(よる)通天水(つうてんすい)に阻(はば)まれ 金木(きんぼく)慈(じ)を垂(た)れて小童(しょうどう)を救(すく)う   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の国王(こくおう)竜床(りゅうしょう=玉座)に倚(よ)り掛(かか)り、涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)く、只(た)だ哭(な)きて天(てん)の晩(く)るるに至(いた)るも住(とど)まず。   行者(ぎょうじゃ)上前(すす)み出(い)でて高呼(こうこ=大声)して道(いわ)く、「你(なんじ)怎(いか)にして這(こ)の等(ごと)く昏乱(こんらん=呆乱)せるか! 見(み)よ、那(か)の道士(どうし)の尸骸(しがい)を放(お)き置(お)けり。一箇(ひとつ)は是(こ)れ虎(とら)、一箇(ひとつ)は是(こ)れ鹿(しか)、那(か)の羊力(ようりょく)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の羚羊(かもしか)なり。信(しん)ぜずんば、骨(ほね)を撈(すく)い上(あ)げて来(きた)りて看(み)よ、那(いず)れに人(ひと)の那(か)の様(よう)の骷髏(されこうべ)有(あ)らんや? 他(かれ)ら本(もと)是(こ)れ精(せい)と成(な)りし山獣(さんじゅう)にして、心(こころ)を同(おなじ)うして此(ここ)に到(いた)りて你(なんじ)を害(そこな)わんとせしが、気数(きすう=運勢)の還(ま)た旺(さか)んなるを見(み)て、敢(あえ)て手(て)を下(くだ)さざりしのみ。若(も)し再(ふたた)び二年(にねん)を過(よぎ)り、你(なんじ)が気数(きすう)衰敗(すいばい)せば、他(かれ)すなわち你(なんじ)が性命(しょうめい)を害(そこな)い、你(なんじ)が江山(こうざん)を一股児(ひとまとめ)に尽(ことごと)く他(かれ)に属(しょく)せしめん。幸(さいわ)いに我(われ)ら早(はや)く来(きた)り、妖邪(ようじゃ)を除(のぞ)きて你(なんじ)が命(いのち)を救(すく)えるに、你(なんじ)還(ま)た何(なん)を哭(な)くか? 何(なん)を哭(な)くか! 急(いそ)ぎ関文(かんぶん)を打発(ほうむけ=渡し)し、我(われ)を送(おく)り出(いだ)せ。」   国王(こくおう)此(これ)を聞(き)き、方(まさ)に才(ようや)く省悟(せいご=悟)す。   那(か)の文武(ぶんぶ)の多官(たかん)俱(とも)に奏(もう)して道(いわ)く、「死(し)せる者(もの)果(はた)して是(こ)れ白鹿(はくろく)・黄虎(こうこ)、油鍋(あぶらなべ)の裏(うち)果(はた)して是(こ)れ羊(ひつじ)の骨(ほね)なり。聖僧(しょうそう)の言(こと)、聴(き)かざる可(べ)からず。」   国王(こくおう)道(いわ)く、「既(すで)に是(こ)れ這(こ)の等(ごと)し、聖僧(しょうそう)に感謝(かんしゃ)す。今日(こんにち)天(てん)晩(く)れたれば、太師(たいし)を教(おし)えて且(しばら)く聖僧(しょうそう)を智淵寺(ちえんじ)に請(こ)じ至(いた)らしめよ。明日(みょうにち)早朝(そうちょう)、大(おおい)に東閣(とうかく)を開(ひら)き、光禄寺(こうろくじ)を教(おし)えて素淨(そじょう=精進)の筵宴(えんえん)を安排(あんばい)して酬謝(しゅうしゃ)せしめよ。」   果(はた)して送(おく)りて寺裏(てらうち)に至(いた)りて安歇(あんけつ=休ま)しむ。   次日(よくじつ)五更(ごこう=明け方)の時候(じこう=時分)、国王(こくおう)朝(ちょう)を設(もう)け、多官(たかん)を聚集(しゅうしゅう)し、旨(むね)を伝(つた)えて道(いわ)く、「快(すみ)やかに招僧榜文(しょうそうぼうぶん=僧を募る掲示)を出(いだ)し、四門(よんもん)・各路(かくろ)に張(は)り掛(か)けよ。」 一壁廂(いっぺき=一方)には大(おおい)に筵宴(えんえん)を排(なら)べ、駕(が)を擺(なら)えて朝(ちょう)を出(い)で、智淵寺(ちえんじ)の門外(もんがい)に至(いた)り、三蔵(さんぞう)らを請(こ)うて、共(とも)に東閣(とうかく)に入(い)りて宴(えん)に赴(おもむ)く。話下(かか)に在(あ)らず。   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の命(いのち)を脱(のが)れし和尚(おしょう)ら招僧(しょうそう)の榜(ぼう)有(あ)ると聞(き)き、箇箇(おのおの)欣然(きんぜん=喜び)として、皆(みな)城中(じょうちゅう)に入(い)り来(きた)りて孫大聖(そんたいせい)を尋(たず)ね、毫毛(ごうもう=毛)を交納(こうのう=返納)して恩(おん)に謝(しゃ)す。   這(こ)の長老(ちょうろう)宴(えん)を散(さん)じ、那(か)の国王(こくおう)関文(かんぶん)を換(か)え、皇后(こうごう)・嬪妃(ひんひ)・両班(りょうはん)の文武(ぶんぶ)と同(とも)に、朝門(ちょうもん)の外(そと)に送(おく)り出(いだ)す。   只(た)だ見(み)れば那(か)の些(いくら)かの和尚(おしょう)の道旁(みちばた)に跪拜(きはい)して、口(くち)に称(しょう)して道(いわ)く、「斉天大聖(せいてんたいせい)の爺爺(おじいさま)! 我(われ)らは是(こ)れ沙灘(さたん=砂浜)の上(うえ)の命(いのち)を脱(のが)れし僧人(そうにん)なり。爺爺(おじいさま)の妖孽(ようごう)を掃除(そうじょ)し、我(われ)らを救抜(きゅうばつ)せるを聞(き)き知(し)り、又(ま)た我(われ)が王(おう)の榜(ぼう)を出(いだ)して僧(そう)を招(まね)くを蒙(こうむ)るに、特(こと)に来(きた)りて毫毛(ごうもう)を交納(こうのう)し、天恩(てんおん)を叩謝(こうしゃ)す。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「汝等(なんじら)来(きた)れることは幾何(いくばく)なるか?」   僧人(そうにん)道(いわ)く、「五百名(ごひゃくめい)、半箇(ひとり)も少(すくな)からず。」   行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(もっ)て一(ひと)つ抖(ふる)い、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め、君臣(くんしん)・僧俗(そうぞく)の人(ひと)に対(たい)して説(と)いて道(いわ)く、「這(こ)の些(いくら)かの和尚(おしょう)は実(じつ)に是(こ)れ老孫(ろうそん)の放(はな)ちたるなり、車輛(しゃりょう=車)は是(こ)れ老孫(ろうそん)の双関(そうかん)を運転(うんてん)し夾脊(きょうせき)を穿(うが)ち、捽(つ)き碎(くだ)けるなり。那(か)の両箇(ふたり)の妖道(ようどう)も也(ま)た是(こ)れ老孫(ろうそん)の打(う)ち殺(ころ)せるなり。今日(こんにち)妖邪(ようじゃ)を滅(めっ)して、方(まさ)に知(し)る是(こ)れ禅門(ぜんもん)の道(みち)有(あ)るを、向後(こうご)来(きた)りて再(ふたた)び胡(みだ)りに為(な)し乱(みだ)りに信(しん)ずる可(べ)からず。望(のぞ)むらくは你(なんじ)三教(さんきょう)を把(もっ)て一(いつ)に帰(き)し、也(ま)た僧(そう)を敬(うやま)い、也(ま)た道(どう)を敬(うやま)い、也(ま)た人才(じんさい)を養育(よういく)せよ、我(われ)你(なんじ)が江山(こうざん)の永(なが)く固(かた)きを保(ほ)せん。」   国王(こくおう)言(こと)に依(よ)り、感謝(かんしゃ)して尽(や)まず、遂(つい)に唐僧(とうぞう)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)で去(ゆ)かしめ訖(おわ)る。   這(こ)れ一(ひと)つ去(ゆ)くは、只(た)だ殷勤(いんきん=労わり)に三蔵(さんぞう)を経(へ)て、努力(どりょく)して修持(しゅじ)して一元(いちげん)を光(こう=輝か)すが為(ため)なり。   暁(あかつき)に行(ゆ)き夜(よる)住(じゅう)し、渇(かわ)けば飲(の)み飢(う)えれば餐(くら)い、覚(おぼ)えずの春(はる)尽(つ)き夏(なつ)残(のこ)り、又(ま)た是(こ)れ秋光(しゅうこう)の天気(てんき)なり。   一日(いちじつ)、天色(てんしょく)已(すで)に晩(く)れたれば、唐僧(とうぞう)馬(うま)を勒(たづな)めて道(いわ)く、「徒弟(とてい)、今宵(こよい)何処(いずこ)に身(み)を安(やす)んぜんとするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「師父(しふ)、出家人(しゅっけにん)那(か)の在家人(ざいけにん)の話(ことば)を説(と)く莫(なか)れ。」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「在家人(ざいけにん)は怎(いか)にして、出家人(しゅっけにん)は怎(いか)にするか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「在家人(ざいけにん)は、這(こ)の時候(じこう=時分)温床(おんしょう=暖かき床)・暖被(だんぴ=暖かき布団)、懐中(ふところ)に子(こ)を抱(いだ)き、脚後(あしもと)に妻(つま)を蹬(ふ)み、自自在在(じじざいざい)として睡(ねむ)る;我(われ)ら出家人(しゅっけにん)は、那(いず)れに能(よ)くする有(あ)らん! 便(すなわ)ち是(こ)れ要(よう)す月(つき)を帯(お)び星(ほし)を披(まと)い、風(かぜ)を餐(くら)い水(みず)に宿(やど)り、路(みち)有(あ)れば且(しばら)く行(ゆ)き、路(みち)無(な)きに方(まさ)に住(とど)まらん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥哥(あに)、你(なんじ)只(た)だ其(そ)の一(ひとつ)を知(し)って、其(そ)の二(ふたつ)を知(し)らず。如今(いま)路(みち)多(おお)く険峻(けんしゅん)にして、我(われ)重(おも)き担(たん)を挑(かつ)ぎ、着実(ちゃくじつ)に走(はし)り難(がた)し、須(すべから)く箇(ひとつ)の去(ゆ)く処(ところ)を尋(たず)ね、好(よ)く一覚(ひとねむり)を眠(ねむ)り、精神(せいしん)を養(やしな)い、明日(みょうにち)方(まさ)に好(よ)く担(たん)を捱(たえしの)ばん、然(しか)らずんば、却(かえっ)て我(われ)を累(つか)れ倒(たお)さざらんや?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「月(つき)の光(ひかり)に趁(つ)いて再(ふたた)び一程(ひとほど)走(はし)り、人家(じんか)の所(ところ)に到(いた)りて再(ふたた)び住(とど)まらん。」   師徒(しと)ら没奈何(どうしようもなく)、只(た)だ得(え)て相(あい)随(したが)い行者(ぎょうじゃ)に前(まえ)に往(ゆ)かしむ。   又(ま)た行(ゆ)くこと多(おお)くの時(とき)ならずして、只(た)だ滔滔(とうとう)たる浪(なみ)の響(ひび)くを聴(き)く。   八戒(はっかい)道(いわ)く、「罷(や)んだ! 尽頭路(じんとうろ=行き止まり)に来(きた)り到(いた)れり!」   沙僧(しゃそう)道(いわ)く、「是(こ)れ一股(ひとすじ)の水(みず)の擋(さえぎ)り住(とど)める也(なり)。」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「却(かえっ)て怎(いか)に生(い)きて得(え)て渡(わた)らんか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「我(われ)が之(これ)を試(こころ)み、深浅(しんせん)の如何(いかん)を看(み)ん。」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「悟能(ごのう)、你(なんじ)乱談(らんだん=でたらめ)する莫(なか)れ、水(みず)の浅深(せんしん)、如何(いかん)ぞ試(こころ)み得(え)んか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「一箇(ひとつ)の鵝卵石(がらんせき=玉石)を尋(たず)ね、当(まんなか)に抛(な)げ在(お)け。若是(も)し水泡(みずあわ)を濺(は)ね起(おこ)さば是(こ)れ浅(あさ)く、若是(も)し骨都都(こつとつ=ぼこぼこ)と沈(しず)み下(くだ)りて声(こえ)有(あ)らば是(こ)れ深(ふか)し。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)去(ゆ)きて試(こころ)みて看(み)よ。」   那(か)の呆子(ほうけ)路旁(みちばた)に一塊(ひとくれ)の頑石(がんせき=ごつごつした石)を摸(さぐ)り、水(みず)の中(うち)を望(のぞ)んで抛(な)げ去(ゆ)けば、只(た)だ骨都都(こつとつ)と魚津(ぎょしん=魚の水しぶき)の泛(わ)き起(おこ)り、水底(みなそこ)に沈(しず)むを聴(き)く。   他(かれ)道(いわ)く、「深深深(ふかいふかいふかし)! 去(ゆ)く可(べ)からず!」   唐僧(とうぞう)道(いわ)く、「你(なんじ)深浅(しんせん)を試(こころ)み得(え)ると雖(いえど)も、却(かえっ)て多少(いくばく)の寛闊(かんかつ=広さ)有(あ)るを知(し)らず。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「這(こ)れは却(かえっ)て知(し)らず、知(し)らず。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)が看(み)るを待(ま)て。」   好(よ)き大聖(たいせい)かな、筋斗雲(きんとうん)を縦(はな)ち、空(くう)の中(うち)に跳(と)び在(あ)り、睛(ひとみ)を定(さだ)めて観看(みわた)すれば、但(た)だ那(か)を見(み)る:   洋洋(ようよう)たる光(ひかり)月(つき)を浸(ひた)し、浩浩(こうこう)たる影(かげ)天(てん)に浮(うか)ぶ。   霊派(れいは=霊なる流れ)華岳(かがく)を呑(の)み、長流(ちょうりゅう)百川(ひゃくせん)を貫(つらぬ)く。   千層(せんそう)の汹浪(きょうろう=荒波)滚(まろ)び、万迭(ばんじょう)の峻波(しゅんぱ)顛(たゆた)う。   岸口(がんこう)に漁火(ぎょか=漁火)無(な)く、沙頭(さとう=砂浜)に鷺(さぎ)の眠(ねむ)る有(あ)り。   茫然(ぼうぜん)として渾(すべ)て海(うみ)に似(に)たり、一望(いちぼう)更(さら)に辺(ほとり)無(な)し。   急(いそ)ぎ雲頭(うんとう)を収(おさ)め、河辺(かへん)に按(おさ)え落(おろ)して道(いわ)く、「師父(しふ)、寛(ひろ)し寛(ひろ)し! 去(ゆ)く可(べ)からず! 老孫(ろうそん)が火眼金睛(かがんきんせい)は、白日(はくじつ)の裏(うち)に常(つね)に千里(せんり)を看(み)、凶吉(きょうきつ)の是(ただし)きを暁(さと)るも、夜(よる)の裏(うち)に也(ま)た還(ま)た三五百里(さんごひゃくり)を看(み)る。如今(いま)通(つう)じて辺岸(へんがん)を見(み)るを得(え)ざれば、怎(いか)にして寛闊(かんかつ)の数(かず)を定(さだ)め得(え)んか?」   三蔵(さんぞう)大(おおい)に驚(おどろ)き、口(くち)言(い)う能(あた)わず、声音(こえ)哽咽(こうえつ=むせび)して道(いわ)く、「徒弟(とてい)や、這(こ)の等(ごと)き似(ごと)きは怎(いか)にせんか?」   沙僧(しゃそう)道(いわ)く、「師父(しふ)哭(な)く莫(なか)れ、你(なんじ)看(み)よ那(か)の水辺(みずべ)に立(た)てるは、可(べ)し是(こ)れ箇(ひとり)の人(ひと)ならずや。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「想(おも)うに是(こ)れ罾(すなど)を扳(はえ=仕掛け)ける漁人(ぎょじん=漁師)ならん、我(われ)が問(と)いに去(ゆ)くを待(ま)て来(こ)。」   鉄棒(てつぼう)を拿(と)り、両三步(にさんぽ)跑(はし)りて面前(めんぜん)に到(いた)りて看(み)る処(ところ)、呀(あ)! 是(こ)れ人(ひと)に非(あら)ず、是(こ)れ一面(ひとつ)の石碑(せきひ)なり。   碑(ひ)の上(うえ)に三箇(みっつ)の篆文(てんぶん=篆書)の大字(だいじ)有(あ)り、下辺(した)に両行(ふたくだり)、十箇(とお)の小字(しょうじ)有(あ)り。三箇(みっつ)の大字(だいじ)は乃(すなわ)ち「通天河(つうてんが)」、十箇(とお)の小字(しょうじ)は乃(すなわ)ち「径(ただ)ちに過(よぎ)る八百里(はっぴゃくり)、亘古(こうこ=古来)人行(ひとゆ)く少(すくな)し」。   行者(ぎょうじゃ)叫(よ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)、你(なんじ)来(きた)りて看(み)よ。」   三蔵(さんぞう)見(み)て、涙(なみだ)を滴(したた)らして道(いわ)く、「徒弟(とてい)や、我(われ)当年(とうねん)長安(ちょうあん)に別(わか)れし時(とき)、只(た)だ西天(せいてん)の走(はし)り易(やす)きを説(と)きしに、那(なん)ぞ知(し)らん妖魔(ようま)の阻隔(そかく=遮り)し、山水(さんすい)の迢遥(ちょうよう=遥か)なるを!」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「師父(しふ)、你(なんじ)且(しばら)く聴(き)け、是(こ)れ那(いず)れの鼓鈸(こばち=鉦と鐃)の声音(こえ)なるか? 想(おも)うに是(こ)れ斎(とき=法事)を作(な)す人家(じんか)ならん。我(われ)ら且(しばら)く去(ゆ)きて些(いくら)かの斎飯(さいはん=斎食)を趕(お)い食(くら)い、箇(ひとつ)の渡口(とこう=渡し場)を問(と)うて船(ふね)を尋(たず)ね、明日(みょうにち)過(よぎ)り去(ゆ)かん。」   三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に聴(き)き得(え)て、果(はた)して鼓鈸(こばち)の声(こえ)有(あ)り、「却(かえっ)て是(こ)れ道家(どうか)の楽器(がっき)に非(あら)ず、足(た)るに是(こ)れ我(われ)が僧家(そうけ)の事(こと)を挙(おこ)すなり。我(われ)ら去(ゆ)かん来(こ)。」   行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に在(あ)って馬(うま)を引(みちび)き、一行(いっこう)響(ひびき)を聞(き)いて来(きた)る。那(いず)れに甚(なん)の正路(せいろ)有(あ)らん、高(たか)き無(な)く低(ひく)き無(な)く、漫(ただ)だ沙灘(さたん=砂浜)を過(よぎ)り、一簇(ひとむら)の人家(じんか)の住処(すみか)を望見(みわた)せば、約摸(おおよそ)四五百家(しごひゃっか)有(あ)り、却(かえっ)て也(ま)た皆(みな)住(す)み得(え)て好(よ)し。   但(た)だ見(み)る:   山(やま)に倚(よ)って路(みち)に通(つう)じ、岸(きし)に傍(そ)いて渓(たに)に臨(のぞ)む。   処々(しょしょ)柴扉(さいひ=柴の扉)掩(おお)い、家家(かか)竹院(ちくいん=竹の庭)関(とざ)す。   沙頭(さとう)に宿(やど)る鷺(さぎ)夢魂(むこん=夢心)清(きよ)く、柳外(りゅうがい)に啼(な)く鵑(けん=ほととぎす)喉舌(こうぜつ=のど)冷(つめた)し。   短笛(たんてき)声(こえ)無(な)く、寒砧(かんちん=砧)韻(いん)ならず。   紅蓼(こうりょう)枝(えだ)月(つき)を揺(ゆ)り、黄蘆(こうろ=葦)葉(は)風(かぜ)と闘(たたか)う。   陌頭(はくとう=畦道)の村犬(そんけん)疏籬(そり=まばらな垣)に吠(ほ)え、渡口(とこう)の老漁(ろうぎょ)釣艇(ちょうてい=釣舟)に眠(ねむ)る。   灯火(とうか)稀(まれ)に、人煙(じんえん)静(しずか)にして、半空(はんくう)の皎月(こうげつ)鏡(かがみ)を懸(か)くるが如(ごと)し。   忽(たちま)ち一陣(いちじん)の白蘋香(はくひんこう=白い浮草の香)を聞(き)く、却(かえっ)て是(こ)れ西風(せいふう)の岸(きし)を隔(へだ)てて送(おく)れるなり。   三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)り、只(た)だ那(か)の路頭(みちかど)の上(うえ)に一家児(いっけ)有(あ)るを見(み)る、門外(もんがい)に一首(ひとつ)の幢幡(どうばん=幟)を竪(た)て在(お)き、内裏(うち)に灯燭(とうしょく=灯明)の荧煌(けいこう=きらきら)し、香烟(こうえん=香の煙)の馥郁(ふくいく=芳しき)有(あ)り。   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「悟空(ごくう)、此(こ)の処(ところ)は那(か)の山凹(やまくぼみ)・河辺(かへん)に比(くら)ぶれば、却(かえっ)て是(こ)れ不同(ことなり)なり。人間(にんげん)の屋檐(おくのき=軒)の下(した)に在(あ)れば、可(べ)し冷露(れいろ=冷たい露)を遮(さえぎ)り、心(こころ)を放(はな)ちて穏(おだやか)に睡(ねむ)る。你(なんじ)ら皆(みな)来(くる)る莫(なか)れ、我(われ)を先(さき)に那(か)の斎公(さいこう=施主)の門首(もんしゅ=門前)に到(いた)りて告求(こっきゅう=願い出)しめよ。若(も)し肯(あえ)て我(われ)を留(とど)めば、我(われ)すなわち你(なんじ)らを招呼(しょうこ=招き呼)ばん;仮(かり)に留(とど)めずんば、你(なんじ)却(かえっ)て撒潑(さっぱつ=暴れる)を要(よう)す莫(なか)れ。汝等(なんじら)が臉嘴(れんし=顔)醜陋(しゅうろう=醜き)なるは、只(た)だ恐(おそ)るるは人(ひと)を唬(おどろ)かし、禍(わざわい)を闯(まね)き出(いだ)さば、却(かえっ)て倒(かえっ)て住(す)む処(ところ)無(な)からん矣(かな)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「説(と)き得(え)て理(り)有(あ)り。請(こ)う、師父(しふ)先(さき)に去(ゆ)け、我(われ)ら此(ここ)に在(あ)って守(まも)り待(ま)たん。」   那(か)の長老(ちょうろう)才(ようや)く斗笠(とりゅう=笠)を摘(と)り、頭(かしら)を光(つるつる)にし、褊衫(へんさん=法衣)を抖抖(ふるい)い、錫杖(しゃくじょう)を拖(ひ)き、径(ただ)ちに人家(じんか)の門外(もんがい)に来(きた)り到(いた)る。那(か)の門(もん)の半(なか)ば開(ひら)き半(なか)ば掩(おお)えるを見(み)れば、三蔵(さんぞう)敢(あえ)て擅(ほしいまま)に入(い)らず。   聊(いささ)か片時(へんじ=しばらく)站(た)てば、只(た)だ裏面(うち)より一箇(ひとり)の老者(ろうしゃ=老人)の走(はし)り出(い)づる有(あ)り、項下(あごした)に数珠(じゅず)を掛(か)け、口(くち)に阿弥陀仏(あみだぶつ)を念(とな)え、径(ただ)ちに自(みずか)ら来(きた)りて門(もん)を関(とざ)さんとす。   慌(あわ)て得(え)て這(こ)の長老(ちょうろう)掌(て)を合(あわ)せ高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん=挨拶)す。」   那(か)の老者(ろうしゃ)礼(れい)を還(かえ)して道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の和尚(おしょう)、却(かえっ)て来(きた)ること遅(おそ)し。」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「怎(いか)に説(と)くか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「来(きた)ること遅(おそ)ければ物(もの)無(な)し。早(はや)く来(きた)らば啊(な)、我(われ)が舎下(しゃか=拙宅)にて僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)し、尽(ことごと)く飽(あ)きるまで飯(めし)を食(くら)わせ、熟米(じゅくまい=白米)三升(さんしょう)、白布(はくふ)一段(いったん)、銅銭(どうせん)十文(じゅうもん)なり。你(なんじ)怎(なん)ぞ這(こ)の時(とき)に才(ようや)く来(きた)れるか?」   三蔵(さんぞう)身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、貧僧(ひんそう)は是(こ)れ斎(とき)を趕(お)う者(もの)に非(あら)ず。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「既(すで)に斎(とき)を趕(お)わずんば、此(ここ)に来(きた)りて何(なん)を干(おこな)うか?」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)の欽差(きんさ)にして西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)る者(もの)なり。今(いま)貴処(きしょ=当地)に到(いた)り、天色(てんしょく)已(すで)に晩(く)れ、府上(ふじょう=ご宅)の鼓鈸(こばち)の声(こえ)を聴(き)き得(え)たれば、特(こと)に来(きた)りて一宿(いっしゅく)を告(もう)し借(か)らんとす、天(てん)明(あ)けなばすなわち行(ゆ)かん也(よ)。」   那(か)の老者(ろうしゃ)手(て)を揺(ゆす)って道(いわ)く、「和尚(おしょう)、出家人(しゅっけにん)誑語(おうご=嘘)を打(う)つを休(や)めよ。東土(とうど)大唐(だいとう)より我(われ)が此(ここ)に到(いた)るに、五万四千里(ごまんよんせんり)の路(みち)有(あ)るに、你(なんじ)這(こ)の等(ごと)き単身(たんしん)にて、如何(いかん)ぞ来(きた)り得(え)んか?」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)の見(み)るところ最(もっと)も是(ただし)きも、但(た)だ我(われ)還(ま)た三箇(みたり)の小徒(しょうと)有(あ)り、山(やま)に逢(あ)えば路(みち)を開(ひら)き、水(みず)に遇(あ)えば橋(はし)を迭(か)け、貧僧(ひんそう)を保護(ほご)して、方(まさ)に此(ここ)に到(いた)り得(う)るなり。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「既(すで)に徒弟(とてい)有(あ)れば、何(なん)ぞ同(とも)に来(きた)らざる?」 教(おし)えて道(いわ)く、「請(こ)う、請(こ)う、我(われ)が舎下(しゃか)に処(ところ)の安歇(あんけつ)する有(あ)り。」   三蔵(さんぞう)頭(かしら)を回(めぐ)らして声(こえ)を叫(あ)げて道(いわ)く、「徒弟(とてい)、此(こ)こに来(きた)れ。」   那(か)の行者(ぎょうじゃ)本(もと)来(もと)性急(せいきゅう)、八戒(はっかい)生(うま)れ来(きた)って粗魯(そろ=粗野)、沙僧(しゃそう)却(かえっ)て也(ま)た莽撞(もうとう=乱暴)なれば、三箇人(みたり)師父(しふ)の招呼(しょうこ)を聴(き)き得(え)て、馬(うま)を牽(ひ)き、担(たん)を挑(かつ)ぎ、好歹(よしあし)を問(と)わず、一陣風(ひとふう)に闯(つ)き将(もっ)て入(い)り去(ゆ)く。   那(か)の老者(ろうしゃ)見(み)て、唬(おどろ)かし得(え)て地(ち)に倒(たお)れ跌(つまず)き、口(くち)の裏(うち)只(た)だ説(と)くは「妖怪(ようかい)来(きた)れる! 妖怪(ようかい)来(きた)れる!」   三蔵(さんぞう)攙(たす)け起(おこ)して道(いわ)く、「施主(せしゅ)怕(おそ)るる莫(なか)れ、是(こ)れ妖怪(ようかい)に非(あら)ず、是(こ)れ我(われ)が徒弟(とてい)なり。」   老者(ろうしゃ)戦兢兢(せんせんきょうきょう)として道(いわ)く、「這(こ)の般(ごと)き好(よ)き俊(すぐれ)たる師父(しふ)なるに、怎(なん)ぞ這(こ)の様(よう)の醜(みにく)き徒弟(とてい)を尋(たず)ねたるか!」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「相貌(そうぼう)中(あた)らざると雖(いえど)も、却(かえっ)て倒(かえっ)て能(よ)く竜(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)し、怪(あやかし)を捉(とら)え妖(よう)を擒(とら)う。」   老者(ろうしゃ)信(しん)ずるに似(に)て信(しん)ぜざるが似(ごと)く、唐僧(とうぞう)を扶(たす)けて慢(ゆっくり)と走(はし)る。   却(かえっ)て説(と)く、那(か)の三箇(みたり)の凶頑(きょうがん=乱暴者)庁房(ちょうぼう=広間)の裏(うち)に闯(つ)き入(い)りて上(あ)がり、馬(うま)を拴(つな)ぎ、行李(こうり)を投(な)げ下(おろ)す。   那(か)の庁中(ちょうちゅう)に原(もと)幾箇(いくたり)かの和尚(おしょう)の経(きょう)を念(とな)うる有(あ)るに、八戒(はっかい)長(なが)き嘴(くちばし)を掬(すく)えて喝(かつ)して道(いわ)く、「那(か)の和尚(おしょう)ら、念(とな)うるは是(こ)れ甚(なん)の経(きょう)なるか?」   那(か)の些(いくら)かの和尚(おしょう)一声(ひとこえ)問(と)わるるを聴(き)き、忽然(こつぜん)として頭(かしら)を抬(あ)げて外来(がいらい)の人(ひと)を観看(みわた)せば、嘴(くちばし)長(なが)く耳朶(みみ)大(おお)きく、身(み)粗(あら)く背膊(はいばく=肩)寛(ひろ)く、声(こえ)響(ひび)くこと雷(かみなり)の咋(さく=轟)くが如(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)と沙僧(しゃそう)の、容貌(ようぼう)更(さら)に醜陋(しゅうろう)なり。   庁堂(ちょうどう)の幾衆(いくしゅ)の僧(そう)、人(ひと)の怕(おそ)れざる無(な)し。   闍黎(じゃり=導師)還(ま)た経(きょう)を念(とな)うれば、班首(はんしゅ=座長)行(ぎょう)を罷(や)めよと教(おし)う。   磬(けい)と鈴(すず)を顧(かえり)みるに難(がた)く、仏象(ぶつぞう)も且(しばら)く投(な)げ下(おろ)す。   一斉(いっせい)に吹(ふ)き息(け)して灯(ともしび)を消(け)せば、驚(おどろ)き散(さん)じて光(ひかり)乍乍(さくさく=きらきら)。   跌跌(てってつ)と爬爬(はは=這い這い)、門檻(しきい)何(なん)ぞ曾(かつ)て跨(また)がん!   你(なんじ)が頭(かしら)我(われ)が頭(かしら)に撞(ぶつか)り、倒(たお)れたる葫蘆(ひさご)の架(たな)に似(に)たり。   清清(せいせい)たる好(よ)き道場(どうじょう)も、翻(ひるがえ)って大笑話(たいしょうわ=大笑い)と成(な)る。   這(こ)の兄弟(きょうだい)三人(みたり)、那(か)の些(いくら)かの人(ひと)の跌跌爬爬(てってつはは=転げ這う)せるを見(み)て、鼓(たた)き掌(て)を哈哈(はは=からから)と大(おおい)に笑(わら)う。   那(か)の些(いくら)かの僧(そう)愈(いよい)よ悚懼(しょうく=恐れ慄)を加(くわ)え、頭(こうべ)を磕(たた)き脳(あたま)を撞(ぶつ)け、各(おのおの)性命(しょうめい)を顧(かえり)み、通(ことごと)く跑(に)げ淨(きよ)め了(おわ)りぬ。   三蔵(さんぞう)那(か)の老者(ろうしゃ)を攙(たす)け、庁堂(ちょうどう)に走(はし)り上(あ)がれば、灯火(とうか)全(まった)く無(な)く、三人(みたり)嘻嘻哈哈(ききはは=ゲラゲラ)として還(ま)た笑(わら)う。   唐僧(とうぞう)罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の潑物(はつぶつ)、十分(じゅうぶん)に不善(ふぜん)なり! 我(われ)朝朝(ちょうちょう=朝ごと)に教誨(きょうかい=教え戒)め、日日(にちにち)に叮嚀(ていねい=言い含む)。古人(こじん)云(いわ)く、教(おし)えずして善(ぜん)なるは、聖(せい)に非(あら)ずして何(なん)ぞ! 教(おし)えて後(のち)善(ぜん)なるは、賢(けん)に非(あら)ずして何(なん)ぞ! 教(おし)うるも亦(ま)た善(ぜん)ならざるは、愚(ぐ)に非(あら)ずして何(なん)ぞ! 汝等(なんじら)這(こ)の般(ごと)く撒潑(さっぱつ=暴れ)するは、誠(まこと)に至下至愚(しげしぐ=最下最愚)の類(たぐい)と為(な)す! 門(もん)を走(はし)り入(い)りて高低(こうてい=礼儀)を知(し)らず、老施主(ろうせしゅ)を唬(おどろ)かし倒(たお)し、念経(ねんきょう)の僧(そう)を驚(おどろ)かし散(さん)じ、人家(じんか)の好(よ)き事(こと)を把(もっ)て皆(みな)撹(かき乱)し壊(こわ)せるは、却(かえっ)て是(こ)れ罪(つみ)を我(われ)に堕(おと)さざるか?」   説(と)き得(え)て他(かれ)ら敢(あえ)て言(こと)を回(かえ)さず。   那(か)の老者(ろうしゃ)方(まさ)に是(こ)れ他(かれ)が徒弟(とてい)なるを信(しん)じ、急(いそ)ぎ頭(かしら)を回(めぐ)らして礼(れい)を作(な)して道(いわ)く、「老爺(ろうや)、大事(だいじ)無(な)し、大事(だいじ)無(な)し、才然(さっき)灯(ともしび)を関(け)し、花(はな)を散(さん)じ、仏事(ぶつじ)将(まさ)に収(おさ)めんとする也(なり)。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「既(すで)に了帳(りょうちょう=終わり)ならば、満散(まんさん=結願)の斎(とき)を擺(なら)べ出(いだ)し、我(われ)ら食(くら)いて睡(ねむ)らん。」   老者(ろうしゃ)叫(よ)んで道(いわ)く、「灯(ともしび)を掌(と)り来(きた)れ! 灯(ともしび)を掌(と)り来(きた)れ!」   家(いえ)の裏(うち)の人(ひと)聴(き)き得(え)て、大(おおい)に驚(おどろ)き小(ちいさ)く怪(あやし)んで道(いわ)く、「庁上(ちょうじょう)に経(きょう)を念(とな)うるに、許多(あまた)の香燭(こうしょく=線香と蝋燭)有(あ)るに、如何(いかん)ぞ又(ま)た灯(ともしび)を掌(と)れと教(おし)うるか?」   幾箇(いくたり)かの僮僕(どうぼく=召使)出(い)で来(きた)りて看(み)る時(とき)、這(こ)の箇(ひとつ)黑洞洞(こくどうどう=真っ暗)なれば、すなわち火把(ひともし=松明)・灯籠(とうろう)に点(てん)じ、一(ひと)つに擁(かこ)んで至(いた)る。忽(たちま)ち頭(かしら)を抬(あ)げて八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)を見(み)れば、慌(あわ)て得(え)て火把(ひともし)を投(な)げ、忽(たちま)ち身(み)を抽(ぬ)きて中門(ちゅうもん)を関(とざ)し、裏(うち)に往(ゆ)きて嚷(わめ)いて道(いわ)く、「妖怪(ようかい)来(きた)れる! 妖怪(ようかい)来(きた)れる!」   行者(ぎょうじゃ)火把(ひともし)を拿(と)り上(あ)げ、灯燭(とうしょく)に点(てん)じ、一張(ひとつ)の交椅(こうい=椅子)を扯(ひ)き過(よ)ぎ、唐僧(とうぞう)を請(こ)うて上(うえ)に坐(ざ)せしめ、他(かれ)兄弟(きょうだい)ら両旁(りょうぼう)に坐(ざ)し、那(か)の老者(ろうしゃ)前面(まえ)に坐(ざ)す。   正(まさ)に坐(ざ)を叙(の)ぶる間(あいだ)、只(た)だ裏面(うち)の門(もん)の開(ひら)く処(ところ)を聴(き)き、又(ま)た一箇(ひとり)の老者(ろうしゃ)の走(はし)り出(い)づる有(あ)り、拐杖(かいじょう=杖)を拄(つ)いて道(いわ)く、「是(こ)れ甚(なん)の邪魔(じゃま)の、黒夜(こくや)の裏(うち)に我(われ)が善門(ぜんもん)の家(いえ)に来(きた)れるか?」   前面(まえ)に坐(ざ)せる老者(ろうしゃ)、急(いそ)ぎ身(み)を起(おこ)し屏門(へいもん=衝立の門)の後(うしろ)に迎(むか)えて道(いわ)く、「哥哥(あに)嚷(わめ)く莫(なか)れ、是(こ)れ邪魔(じゃま)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち東土(とうど)大唐(だいとう)より経(きょう)を取(と)るの羅漢(らかん)なり。徒弟(とてい)らの相貌(そうぼう)凶(きょう=恐ろし)なると雖(いえど)も、果(はた)して是(こ)れ山悪(さんあく=山は険し)く人善(ひとぜん=人は善)なり。」   那(か)の老者(ろうしゃ)方(まさ)に才(ようや)く拐杖(かいじょう)を放(おろ)し下(おろ)し、他(かれ)ら四位(よったり)と礼(れい)を行(おこな)う。礼(れい)畢(おわ)り、也(ま)た面前(まえ)に坐(ざ)して叫(よ)んで道(いわ)く、「茶(ちゃ)を看(み=出)せ、斎(とき)を排(ならべ)よ。」 連(つづ)けて数声(すうせい)叫(よ)ぶも、幾箇(いくたり)かの僮僕(どうぼく)、戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、敢(あえ)て帳(とばり)に攏(ちかづ)かず。   八戒(はっかい)忍(しの)ぶるを得(え)ず問(と)うて道(いわ)く、「老者(ろうしゃ)、你(なんじ)が這(こ)の盛价(せいか=お召使)の、両辺(りょうぼう)に走(はし)るは怎(いか)にするか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「他(かれ)らを教(おし)えて斎(とき)を捧(ささ)げ来(きた)りて老爺(ろうや)に侍奉(じほう=お仕え)せしむるなり。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「幾箇人(いくたり)の伏侍(ぶじ)するか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「八箇人(はちたり)なり。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「這(こ)の八箇人(はちたり)の伏侍(ぶじ)するは那(いず)れの箇(ひとり)なるか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)ら四位(よったり)に伏侍(ぶじ)す。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「那(か)の白面(はくめん)の師父(しふ)は、只(た)だ一箇人(ひとり)を消(しょう=費や)すのみ;毛臉(もうれん=毛だらけの顔)・雷公嘴(らいこうし)の箇(ひとり)は、只(た)だ両箇人(ふたり)を消(しょう)す;那(か)の晦気臉(わいきれん=不吉な顔)の箇(ひとり)は、八箇人(はちたり)を要(よう)す;我(われ)は二十箇人(にじゅうたり)の伏侍(ぶじ)を得(え)て方(まさ)に彀(た)れり。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「這(こ)の等(ごと)く説(と)かば、想(おも)うに是(こ)れ你(なんじ)が食腸(しょくちょう=食い意地)の大(おお)いなる些(すこし)ならん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「也(ま)た将就(しょうしゅう=まあまあ)に看(み)て過(す)ぐる可(べ)し。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「人(ひと)有(あ)り、人(ひと)有(あ)り。」 七大八小(しちだいはっしょう=大小様々)に、すなわち叫(よ)び出(いだ)すこと三四十人(さんしじゅうにん)有(あ)り。   那(か)の和尚(おしょう)と老者(ろうしゃ)の、一問一答(いちもんいっとう)の講話(こうわ=問答)せるを、衆人(しゅうじん)方(まさ)に才(ようや)く怕(おそ)れず。   却(かえっ)て上(うえ)に一張(ひとつ)の桌(たく=卓)を排(なら)べ、唐僧(とうぞう)を請(こ)うて上(うえ)に坐(ざ)せしめ;両辺(りょうぼう)に三張(みつ)の桌(たく)を擺(なら)べ、他(かれ)ら三位(みたり)を請(こ)うて坐(ざ)せしめ;前面(まえ)に一張(ひとつ)の桌(たく)、二位(ふたり)の老者(ろうしゃ)坐(ざ)す。   先(ま)ず素(そ)の果品(かひん=果物)・菜蔬(さいそ=野菜)を排(なら)べ上(あ)げ、然(しか)る後(のち)は面飯(めんはん=麺)・米飯(べいはん)・閑食(かんしょく=菓子)・粉湯(ふんとう=汁粉)を、排(なら)び得(え)て斉斉整整(せいせいせいせい)たり。   唐長老(とうちょうろう)箸(はし)を挙(あ)げ上(あ)げ来(きた)り、先(ま)ず一巻(ひとまき)の《啓斎経(けいさいきょう)》を念(とな)う。   那(か)の呆子(ほうけ)一(ひとつ)には些(いくら)かの急吞(きゅうどん=慌て食い)有(あ)り、二(ふたつ)には些(いくら)か飢(う)えたれば、那(いず)れか唐僧(とうぞう)の経(きょう)の了(おわ)るを等(ま)たん、紅漆(こうしつ=赤塗り)の木碗(もくわん=木の椀)を拿(と)り過(よ)ぎ来(きた)り、一碗(ひとわん)の白米飯(はくべいはん)を把(もっ)て、撲(ぼく=ぱく)と口(くち)の下(した)に投(な)げ入(い)るれば、すなわち了(おわ)りぬ。   旁(かたわら)の小(こ)の道(いわ)く、「這(こ)の位(おなり)の老爺(ろうや)忒(はなはだ)没算計(ぼっさんけい=考え無し)、饅頭(まんじゅう)を籠(こ)めざるに、怎(なん)ぞ飯(めし)を把(もっ)て籠(こ)めたるか、却(かえっ)て衣服(いふく)を汚(けが)さざるか?」   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「曾(かつ)て籠(こ)めず、食(くら)いたり。」   小(こ)の道(いわ)く、「你(なんじ)曾(かつ)て口(くち)を挙(あ)げざるに、怎(いか)にしてすなわち食(くら)いたるか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「児子們(こどもども)便(すなわ)ち説謊(うそ)を説(と)く! 分明(ぶんめい)に食(くら)いたり;信(しん)ぜずんば、再(ふたた)び食(くら)うて你(なんじ)に看(み)せん。」   那(か)の小(こ)の們(ども)、又(ま)た碗(わん)を端(も)ち、一碗(ひとわん)を盛(も)って八戒(はっかい)に遞(わた)す。呆子(ほうけ)幌(ゆす)り一(ひと)つ幌(ゆす)り、又(ま)た口(くち)の下(した)に投(な)げ入(い)るればすなわち了(おわ)りぬ。   衆(しゅう)の僮僕(どうぼく)見(み)て道(いわ)く、「爺爺(おじいさま)呀(や)! 你(なんじ)は是(こ)れ磨磚(ません=磨いた煉瓦)の砌(きず)きたる喉(のど)なるか、着実(じゃっじつ=ほんとう)に又(ま)た光(つるつる)に又(ま)た溜(なめらか)なり!」   那(か)の唐僧(とうぞう)一巻(ひとまき)の経(きょう)還(ま)た未(いま)だ了(おわ)らざるに、他(かれ)已(すで)に五六碗(ごろくわん)手(て)を過(よぎ)れり。然(しか)る後(のち)却(かえっ)て才(ようや)く同(とも)に箸(はし)を挙(あ)げ、一斉(いっせい)に斎(とき)を食(くら)う。   呆子(ほうけ)米飯(べいはん)・面飯(めんはん)、果品(かひん)・閑食(かんしょく)を論(ろん)ぜず、只(た)だ情(ひたすら)に一(ひと)つ撈(すく)い乱(みだ)りに噇(くら)い、口(くち)の裏(うち)に還(ま)た嚷(わめ)いて道(いわ)く、「飯(めし)を添(そ)えよ! 飯(めし)を添(そ)えよ!」 漸(ようや)く不見来(みえずな)りぬ!   行者(ぎょうじゃ)叫(よ)んで道(いわ)く、「賢弟(けんてい)、少(すこ)しく食(くら)うを減(へ)らせよ、也(ま)た山凹(やまくぼみ)の裏(うち)に餓(うえ)を忍(しの)ぶに強(まさ)れり、将就(しょうしゅう)に彀(た)りて半飽(はんぽう)なるも也(ま)た好(よ)し。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「嘴臉(しれん=この面)! 常言(じょうげん)に道(いわ)く、僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)して飽(あ)かざるは、活(い)きながら埋(う)むるに如(し)かざる哩(ぞ)。」   行者(ぎょうじゃ)教(おし)えて道(いわ)く、「家火(かか=食器)を収(おさ)めよ、他(かれ)を睬(かま)う莫(なか)れ!」   二老者(にろうしゃ)躬身(きゅうしん=身をかがめ)して道(いわ)く、「老爺(ろうや)に瞞(かく)して説(と)かず、白日(はくじつ)の裏(うち)は倒(かえっ)て也(ま)た怕(おそ)れず、這(こ)の般(ごと)き大肚子(だいとし=大食い)の長老(ちょうろう)なるも、也(ま)た百十衆(ひゃくじっしゅ)を斎(とき)し起(た)つ可(べ)し;只(た)だ是(こ)れ晩(おそ)くなり、残斎(ざんさい=残り)を収(おさ)めて、只(た)だ一石(いっこく)の面飯(めんはん)・五斗(ごと)の米飯(べいはん)と幾桌(いくたく)の素食(そしょく)とを蒸(ふか)し得(え)たるのみ、幾箇(いくたり)かの親隣(しんりん)と衆僧(しゅうそう)らを請(こ)うて福(ふく)を散(さん)ぜんと欲(ほっ)す。期(き)せずして你(なんじ)ら列位(れつい)の来(きた)りて、衆僧(しゅうそう)を唬(おどろ)かし跑(に)げしめ、親隣(しんりん)すら也(ま)た曾(かつ)て敢(あえ)て請(こ)わず、尽(ことごと)く数(かず)を皆(みな)列位(れつい)に供奉(きょうほう)せり。若(も)し飽(あ)かずんば、再(ふたた)び蒸(ふか)し去(ゆ)かしめん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「再(ふたた)び蒸(ふか)し去(ゆ)け! 再(ふたた)び蒸(ふか)し去(ゆ)け!」   話(ことば)畢(おわ)りて家火(かか)・桌席(たくせき)を収(おさ)め、三蔵(さんぞう)身(み)を拱(きょう=拱手)し、斎供(さいく)を謝(しゃ)し、才(ようや)く問(と)うて道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、高姓(こうせい=お名前)は?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「姓(せい)は陳(ちん)なり。」   三蔵(さんぞう)掌(て)を合(あわ)せて道(いわ)く、「這(こ)れは是(こ)れ我(われ)が貧僧(ひんそう)の華宗(かそう=同姓)なり。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「老爺(ろうや)も也(ま)た姓(せい)は陳(ちん)なるか?」   三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「是(こ)れ、俗家(ぞくけ)も也(ま)た姓(せい)は陳(ちん)なり。請(こ)う問(と)わん、適才(さっき)做(な)ししは甚(なん)の斎事(さいじ=法事)なるか?」   八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)他(かれ)に問(と)うて怎(いか)にするか! 豈(あ)に知(し)らざらんや? 必(かなら)ず是(こ)れ青苗斎(せいびょうさい)・平安斎(へいあんさい)・了場斎(りょうじょうさい)なるのみ。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「是(こ)れに非(あら)ず、是(こ)れに非(あら)ず。」   三蔵(さんぞう)又(ま)た問(と)う、「端(つまびらか)の何(なん)の為(ため)なるか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「是(こ)れ一場(ひとくさり)の預修亡斎(よしゅうぼうさい)なり。」   八戒(はっかい)笑(わら)い得(え)て跌(つまずき)を打(う)って道(いわ)く、「公公(こうこう=おじいさん)忒(はなはだ)没眼力(ぼつがんりき=見る目無し)! 我(われ)らは是(こ)れ謊(うそ)を扯(ひ)き橋(はし)を架(か)けて人(ひと)を哄(だま)すの大王(だいおう)なるに、你(なんじ)怎(なん)ぞ這(こ)の謊話(うそ)を把(もっ)て我(われ)を哄(だま)すか! 和尚家(おしょうけ)豈(あ)に斎事(さいじ)を知(し)らざらんや? 只(た)だ箇(ひとつ)の預修寄庫斎(よしゅうきこさい)・預修填還斎(よしゅうてんかんさい)有(あ)るのみ、那(いず)れに箇(ひとつ)の預修亡斎(よしゅうぼうさい)の有(あ)らんか? 你(なんじ)が家人(かじん)又(ま)た曾(かつ)て死(し)せる有(あ)らざるに、甚(なん)の亡斎(ぼうさい)を作(な)すか?」   行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「這(こ)の呆子(ほうけ)些(いくら)か乖(かしこ)くなれり也(よ)。老公公(ろうこうこう)、你(なんじ)は是(こ)れ錯(あやま)りて説(と)けるなり、怎(いか)にして預修亡斎(よしゅうぼうさい)と做(な)すか?」   那(か)の二位(ふたり)身(み)を欠(か)いて道(いわ)く、「你(なんじ)ら経(きょう)を取(と)るに、怎(なん)ぞ正路(せいろ)を走(はし)らず、却(かえっ)て蹡(つまず)きて我(われ)が此(ここ)に到(いた)り来(きた)れるか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「走(はし)るは是(こ)れ正路(せいろ)なるも、只(た)だ一股(ひとすじ)の水(みず)の擋(さえぎ)り住(とど)めて、得(え)て渡(わた)らず、鼓鈸(こばち)の声(こえ)を聞(き)くに因(よ)り、特(こと)に来(きた)りて府(ふ=ご宅)に造(いた)りて宿(やど)を借(か)る。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)ら水辺(みずべ)に到(いた)りて、曾(かつ)て些(いくら)かの甚(なん)を見(み)しや?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「止(た)だ一面(ひとつ)の石碑(せきひ)を見(み)るのみ、上(うえ)に通天河(つうてんが)の三字(みつじ)を書(か)き、下(した)に『径(ただ)ちに過(よぎ)る八百里(はっぴゃくり)、亘古(こうこ)人行(ひとゆ)く少(すくな)し』の十字(じゅうじ)を書(か)けり、再(ふたた)び別(べつ)の物(もの)無(な)し。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「再(ふたた)び上(うえ)の岸(きし)に往(ゆ)きて走走(ある)けば、好(よ)きの那(か)の碑記(ひき)を離(はな)るること只(た)だ里許(りきょ=一里ばかり)に、一座(ひとつ)の霊感大王廟(れいかんだいおうびょう)有(あ)るに、你(なんじ)曾(かつ)て見(み)ざるか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「未(いま)だ見(み)ず、請(こ)う公公(こうこう)説(と)け、何(なん)をか霊感(れいかん)と為(な)すか?」   那(か)の両箇(ふたり)の老者(ろうしゃ)一斉(いっせい)に涙(なみだ)を垂(た)れて道(いわ)く、「老爺(ろうや)呀(や)! 那(か)の大王(だいおう):   一方(いっぽう)に感応(かんのう)して廟宇(びょうう=社)を興(おこ)し、千里(せんり)に威霊(いれい)を祐(たす)けて黎民(れいみん=民)を守(まも)る。   年年(ねんねん)荘上(しょうじょう=村)に甘露(かんろ)を施(ほどこ)し、歳歳(さいさい)村中(そんちゅう)に慶雲(けいうん)を落(おと)す。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「甘雨(かんう)を施(ほどこ)し、慶雲(けいうん)を落(おと)すは、也(ま)た是(こ)れ好(よ)き意思(いし=心)なるに、你(なんじ)却(かえっ)て這(こ)の等(ごと)く傷情(しょうじょう=悲しみ)・煩悩(はんのう)するは、何(なん)ぞ也(や)?」   那(か)の老者(ろうしゃ)脚(あし)を跌(ふみなら)し胸(むね)を捶(う)ち、哏(こん=うめき)と一声(ひとこえ)発(はっ)して道(いわ)く、「老爺(ろうや)呀(や)! 恩(おん)多(おお)きと雖(いえど)も還(ま)た怨(うらみ)有(あ)り、慈恵(じけい)なると縦(たと)えども却(かえっ)て人(ひと)を傷(そこな)う。只(た)だ童男童女(どうなんどうにょ)を吃(くら)わんと要(ほっ)するに因(よ)るのみ、是(こ)れ昭彰(しょうしょう=明らか)の正直(しょうじき)の神(かみ)に非(あら)ざるなり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「童男童女(どうなんどうにょ)を吃(くら)わんと要(ほっ)するか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れなり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「想(おも)うに必(かなら)ず輪(りん=順番)の你(なんじ)が家(いえ)に到(いた)れるならんか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「今年(ことし)正(まさ)に舎下(しゃか=拙宅)に到(いた)れり。我(われ)らが此(ここ)に、百(ひゃく)の人家(じんか)の居住(きょじゅう)有(あ)り。此(こ)の処(ところ)は車遅国(しゃちこく)・元会県(げんかいけん)の管(かん)する所(ところ)に属(しょく)し、陳家荘(ちんかしょう)と喚(よ)ぶ。這(こ)の大王(だいおう)一年(いちねん)に一次(ひとたび)の祭賽(さいさい=祭)に、一箇(ひとり)の童男(どうなん)、一箇(ひとり)の童女(どうにょ)、猪羊(ちょよう=豚と羊)・牲醴(せいれい=供物)を要(よう)して他(かれ)に供献(きょうけん)す。他(かれ)一頓(ひとくい)に吃(くら)い了(おわ)れば、我(われ)らを保(ほ)して風調雨順(ふうちょううじゅん)ならしむ;若(も)し祭賽(さいさい)せずんば、すなわち来(きた)りて禍(わざわい)を降(くだ)し災(さい)を生(しょう)ず。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)が府上(ふじょう)に幾位(いくたり)の令郎(れいろう=ご子息)有(あ)るか?」   老者(ろうしゃ)胸(むね)を捶(う)って道(いわ)く、「憐(あわ)れむ可(べ)し! 憐(あわ)れむ可(べ)し! 甚(なん)の令郎(れいろう)を説(と)かん、羞(はじ)殺(ころ)す我(われ)らかな! 這(こ)の箇(ひとり)は是(こ)れ我(われ)が舎弟(しゃてい=弟)にして、名(な)を陳清(ちんせい)と喚(よ)び、老拙(ろうせつ=私)は陳澄(ちんちょう)と做(な)す。我(われ)今年(ことし)六十三歳(ろくじゅうさんさい)、他(かれ)今年(ことし)五十八歳(ごじゅうはっさい)、児女(じじょ)の上(うえ)に皆(みな)艱難(かんなん=困難)なり。我(われ)五十歳(ごじっさい)の上(うえ)に還(ま)た児子(こ)無(な)く、親友(しんゆう)ら我(われ)に勧(すす)めて一妾(いちしょう=側室)を納(い)れしめ、没奈何(どうしようもなく)一房(ひとふさ)を尋(たず)ね下(おろ)して、一女(ひとり)を生(う)み得(え)、今年(ことし)才(ようや)く八歳(はっさい)に交(まじわ)る、名(な)を取(と)って一秤金(いっしょうきん)と喚(よ)ぶ。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「好(よ)き貴名(きめい=立派な名)! 怎(いか)にして一秤金(いっしょうきん)と做(な)すか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「我(われ)児女(じじょ)の艱難(かんなん)なるに因(よ)り、橋(はし)を修(おさ)め路(みち)を補(おぎな)い、寺(てら)を建(た)て塔(とう)を立(た)て、斎僧(さいそう)に布施(ふせ)し、一本(ひとつ)の帳目(ちょうもく=帳面)有(あ)って、那(いず)れに三両(さんりょう)を使(つか)い、那(いず)れに五両(ごりょう)を使(つか)えるを、女(むすめ)を生(う)むの年(とし)に到(いた)りて、却(かえっ)て好(よ)く用(もち)い過(よぎ)ること三十斤(さんじゅっきん)の黄金(おうごん)有(あ)り。三十斤(さんじゅっきん)を一秤(いっしょう)と為(な)せば、此(こ)の故(ゆえ)に喚(よ)んで一秤金(いっしょうきん)と做(な)す。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「那(か)の箇(ひとり)の児子(こ)は么(いか)なるか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「舎弟(しゃてい)に箇(ひとつ)の児子(こ)有(あ)って、也(ま)た是(こ)れ偏出(へんしゅつ=妾腹)なり、今年(ことし)七歳(しちさい)にして、名(な)を取(と)って陳関保(ちんかんほう)と喚(よ)ぶ。」   行者(ぎょうじゃ)問(と)う、「何(なん)ぞ此(こ)の名(な)を取(と)るか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「家下(かか=家)に關聖爺爺(かんせいおじいさま=関帝)を供養(くよう)し、關爺(かんや)の位(くらい)の下(した)に在(あ)って此(こ)の児子(こ)を求(もと)め得(え)たるに因(よ)り、故(ゆえ)に関保(かんほう)と名(な)づく。我(われ)兄弟(きょうだい)二人(ふたり)、年歳(とし)百二(ひゃくに)なるに、止(た)だ這(こ)の両箇(ふたり)の人種(にんしゅ=子孫)を得(え)たるのみ、期(き)せずして輪次(りんじ=順番)我家(わがや)に到(いた)りて祭賽(さいさい)せば、此(こ)の故(ゆえ)に敢(あえ)て献(けん)ぜざること無(な)し。此(こ)の故(ゆえ)に父子(ふし)の情(じょう)、割(さ)き難(がた)く捨(す)て難(がた)し、先(ま)ず孩児(がいじ)と超生(ちょうせい=往生)の道場(どうじょう)を作(な)せるが故(ゆえ)に、預修亡斎(よしゅうぼうさい)と曰(い)うは、此(これ)なり。」   三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、止(とど)むるを得(え)ず腮辺(おおあご)より涙(なみだ)下(くだ)って道(いわ)く、「這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ古人(こじん)の云(いわ)く、黄梅(こうばい=熟れた梅)落(お)ちずして青梅(せいばい=青き梅)落(お)ち、老天(ろうてん)偏(ひとえ)に児(こ)無(な)き人(ひと)を害(そこな)うと。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)が再(ふたた)び他(かれ)に問(と)うを待(ま)て。老公公(ろうこうこう)、你(なんじ)が府上(ふじょう)に多(おお)くの大(おおい)なる家当(かとう=財産)有(あ)るか?」   二老(にろう)道(いわ)く、「頗(すこぶ)る些(いくら)か児(ばかり)有(あ)り、水田(すいでん)四五十頃(しごじっけい)有(あ)り、旱田(かんでん)六七十頃(ろくしちじっけい)有(あ)り、草場(そうば=牧場)八九十処(はちくじっしょ)有(あ)り、水黄牛(すいこうぎゅう)二三百頭(にさんびゃくとう)有(あ)り、驢馬(ろば=驢馬と馬)三二十匹(さんにじゅっぴき)有(あ)り、猪羊(ちょよう)・鶏鵝(けいが=鶏と鵞鳥)数(かず)無(な)し。舎下(しゃか)にも也(ま)た吃(くら)い着(つ)かざるの陳粮(ちんりょう=古米)有(あ)り、穿(き)了(おわ)らざるの衣服(いふく)有(あ)り。家財(かざい)・産業(さんぎょう)、也(ま)た尽(ことごと)く数(かぞ)え得(う)べし。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)這(こ)の等(ごと)き家業(かぎょう)は、也(ま)た你(なんじ)が省(つつし)み将(もっ)て起(おこ)し来(きた)れるに虧(よ)れり。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「怎(いか)にして我(われ)の省(つつし)むを見(み)るか?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「既(すで)に這(こ)の家私(かし=財産)有(あ)るに、怎(なん)ぞ親生(しんせい=実の)の児女(じじょ)を舍(す)てて祭賽(さいさい)するを得(え)んか? 五十両(ごじゅうりょう)の銀子(ぎんし=銀)を拚(かまわ)ずすれば、可(べ)し一箇(ひとり)の童男(どうなん)を買(か)わん;一百両(いっぴゃくりょう)の銀子(ぎんし)を拚(かまわ)ずすれば、可(べ)し一箇(ひとり)の童女(どうにょ)を買(か)わん、絞纏(こうてん=諸経費)を連(つら)ねても二百両(にひゃくりょう)の数(かず)に過(す)ぎざれば、可(べ)しすなわち自己(じこ)の児女(じじょ)・后代(こうたい)を留(とど)めん、却(かえっ)て是(こ)れ好(よ)からずや?」   二老(にろう)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(いわ)く、「老爺(ろうや)! 你(なんじ)知(し)らざるなり、那(か)の大王(だいおう)甚(はなは)だ是(こ)れ霊感(れいかん)にして、常(つね)に我(われ)らが人家(じんか)に来(きた)りて行走(ある)く。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「他(かれ)来(きた)りて行走(ある)けば、你(なんじ)ら他(かれ)の是(こ)れ甚(なん)の嘴臉(すがた)なるを看(み)るか? 幾多(いくばく)の長短(たけ)有(あ)るか?」   二老(にろう)道(いわ)く、「其(そ)の形(かたち)を見(み)ず、只(た)だ一陣(いちじん)の香風(こうふう)を聞(き)き得(え)れば、すなわち大王爺爺(だいおうおじいさま)の来(きた)れるを知(し)り、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ満斗(まんと=斗いっぱい)に香(こう)を焚(た)き、老少(ろうしょう)風(ふう)を望(のぞ)んで下拝(かはい)す。他(かれ)我(われ)らが這(こ)の人家(じんか)の、匙(さじ)大(おお)きく碗(わん)小(ちい)さきの事(こと)を把(もっ)て、他(かれ)皆(みな)之(これ)を知(し)り、老幼(ろうよう)の生(うま)れし時(とき)の年月(ねんげつ)を、他(かれ)皆(みな)之(これ)を記(き)す。只(た)だ親生(しんせい)の児女(じじょ)を要(よう)して、他(かれ)方(まさ)に受用(じゅよう=享受)す。二三百両(にさんびゃくりょう)の買(か)う処(ところ)無(な)きを説(と)く莫(なか)れ、就(すなわ)ち是(こ)れ幾千万両(いくせんまんりょう)なるも、也(ま)た這(こ)の般(ごと)き一模一樣(いちもいちよう=そっくり)の同年同月(どうねんどうげつ)の児女(じじょ)を買(か)う処(ところ)無(な)し。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「原(もと)来(もと)這(こ)の等(ごと)し、也(ま)た罷(よ)からん、也(ま)た罷(よ)からん、你(なんじ)且(しばら)く你(なんじ)が令郎(れいろう)を抱(いだ)き出(いだ)し来(きた)れ、我(われ)看(み)ん。」   那(か)の陳清(ちんせい)急(いそ)ぎ裏面(うち)に入(い)り、関保児(かんほうじ)を将(もっ)て庁上(ちょうじょう)に抱(いだ)き出(いだ)し、灯前(とうぜん=灯の前)に放(お)き在(お)く。小孩児(こども)那(なん)ぞ死活(しご=死と生)を知(し)らん、両(ふたつ)の袖(そで)に果子(くだもの)を籠(こ)め、跳跳(ぴょんぴょん)と跳舞(おど)り、吃(くら)いて耍子(あそ)ぶ。   行者(ぎょうじゃ)見(み)て、默默(もくもく)と一声(ひとこえ)の咒語(じゅご)を念(とな)え、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、那(か)の関保児(かんほうじ)と一般(おなじ)き容姿(ようし=姿)に変作(へんさく)す。   両箇(ふたり)の孩児(がいじ)、手(て)を攙(から)み、灯前(とうぜん)に在(あ)って跳舞(おど)れば、唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の老者(ろうしゃ)慌(あわ)てて唐僧(とうぞう)に跪(ひざまず)いて道(いわ)く、「老爺(ろうや)、不当人子(ふとうじんし=とんでもない)! 不当人子(ふとうじんし)! 這(こ)の位(おなり)の老爺(ろうや)才然(さっき)話(ことば)を説(と)きしが、怎(なん)ぞすなわち我(われ)が児(こ)と一般(おなじ)き容姿(ようし)に変作(へんさく)し、他(かれ)一声(ひとこえ)叫(よ)べば、斉(とも)に応(こた)え斉(とも)に走(はし)る! 却(かえっ)て我(われ)らの年寿(ねんじゅ=寿命)を折(せっ)し了(おわ)らん! 請(こ)う本相(ほんぞう)を現(あらわ)せ! 請(こ)う本相(ほんぞう)を現(あらわ)せ!」   行者(ぎょうじゃ)臉(かお)を把(もっ)て一(ひと)つ抹(ぬぐ)い、本相(ほんぞう)を現(あらわ)す。   那(か)の老者(ろうしゃ)面前(めんぜん)に跪(ひざまず)いて道(いわ)く、「老爺(ろうや)原(もと)来(もと)這(こ)の様(よう)の本事(ほんじ)有(あ)り。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「可(べ)し你(なんじ)が児子(こ)に象(に)るか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「象象象(にているにているにている)! 果然(はた)して一般(おなじ)き嘴臉(すがた)、一般(おなじ)き声音(こえ)、一般(おなじ)き衣服(いふく)、一般(おなじ)き長短(たけ)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)還(ま)た未(いま)だ細(こま)かに看(み)ざる哩(ぞ)、秤(はかり)を取(と)り来(きた)りて称(はか)り、可(べ)し他(かれ)と一般(おなじ)き軽重(おもさ)なるかを。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「是是是(はいはい)は、是(こ)れ一般(おなじ)き重(おも)さなり。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「這(こ)の等(ごと)き似(ごと)きに、可(べ)し祭賽(さいさい)し過(す)ぐる可(べ)きか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「忒(はなはだ)好(よ)し忒(はなはだ)好(よ)し! 祭(まつ)り得(え)て過(す)ぎたり!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「我(われ)今(いま)這(こ)の孩児(がいじ)が性命(しょうめい)に替(かわ)り、你(なんじ)が家(いえ)の香烟后代(こうえんこうだい=子孫)を留(とど)め、我(われ)去(ゆ)きて那(か)の大王(だいおう)を祭賽(さいさい)せん也(よ)。」   那(か)の陳清(ちんせい)地(ち)に跪(ひざまず)き頭(こうべ)を磕(たた)いて道(いわ)く、「老爺(ろうや)果(はた)して若(も)し慈悲(じひ)して替(かわ)り得(う)れば、我(われ)白銀(はくぎん)一千両(いっせんりょう)を送(おく)り、唐老爺(とうろうや)と与(あた)えて盤纏(ばんてん=路銀)と做(な)して西天(せいてん)に去(ゆ)かしめん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「就(すなわ)ち老孫(ろうそん)に謝(しゃ)せざるか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)已(すで)に替(かわ)りて祭(まつ)られたれば、你(なんじ)も無(な)き也(なり)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「怎(いか)にして得(え)て無(な)からんか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「那(か)の大王(だいおう)吃(くら)い了(おわ)らん。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「他(かれ)敢(あえ)て我(われ)を吃(くら)わんか?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)を吃(くら)わざれば、好道(よもや)腥(なまぐさ)きを嫌(きら)わん。」   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「天命(てんめい)に任(まか)せ従(したが)わん、我(われ)を吃(くら)わば、是(こ)れ我(われ)が命(いのち)の短(みじか)きなり;吃(くら)わざれば、是(こ)れ我(われ)の造化(ぞうけ=幸運)なり。我(われ)你(なんじ)と祭賽(さいさい)に去(ゆ)かん。」   那(か)の陳清(ちんせい)只(た)だ管(かま)わず頭(こうべ)を磕(たた)いて相謝(あいしゃ)し、又(ま)た銀(ぎん)五百両(ごひゃくりょう)を送(おく)ると允(ゆる)す。   惟(ただ)陳澄(ちんちょう)は也(ま)た頭(こうべ)を磕(たた)かず、也(ま)た謝(しゃ)を説(と)かず、只(た)だ是(こ)れ那(か)の屏門(へいもん)に倚(よ)り掛(かか)りて痛哭(つうこく=激しく泣)く。   行者(ぎょうじゃ)之(これ)を知(し)り、上前(すす)みて扯(ひ)き住(とど)めて道(いわ)く、「老大(ろうだい=あにさん)、你(なんじ)が這(こ)の我(われ)に允(ゆる)さず、我(われ)に謝(しゃ)せざるは、想(おも)うに是(こ)れ你(なんじ)が女(むすめ)を捨(す)て得(え)ざるか?」   陳澄(ちんちょう)才(ようや)く跪(ひざまず)き下(おろ)って道(いわ)く、「是(こ)れ捨(す)て得(え)ず。敢(あえ)て老爺(ろうや)の盛情(せいじょう=厚意)を蒙(こうむ)り、我(われ)が侄子(おい)を救(すく)い替(かわ)れるも彀(た)れり。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ老拙(ろうせつ)に児(こ)無(な)く、止(た)だ此(こ)の一女(ひとり)なるのみ、就(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)の死(し)しし後(のち)、他(かれ)も也(ま)た哭(な)き得(え)て痛切(つうせつ=切なく)ならん、怎(なん)ぞ捨(す)て得(え)ん!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)快(すみ)やかに去(ゆ)きて五斗(ごと)の米(こめ)の飯(めし)を蒸(ふか)し上(あ)げ、些(いくら)かの好(よ)き素菜(そさい=精進料理)を整治(せいち=整え)し、我(われ)が那(か)の長嘴(ちょうし=長い嘴)の師父(しふ)と与(あた)えて食(くら)わせ、他(かれ)を教(おし)えて你(なんじ)が女(むすめ)に変作(へんさく)せしめ、我(われ)兄弟(きょうだい)同(とも)に去(ゆ)きて祭賽(さいさい)し、索性(さっせい=いっそのこと)箇(ひとつ)の陰騭(いんしつ=陰徳)を行(おこな)い、你(なんじ)が両箇(ふたり)の児女(じじょ)の性命(しょうめい)を救(すく)わん、如何(いかん)?」   那(か)の八戒(はっかい)此(こ)の言(こと)を聴(き)き得(え)て、心中(しんちゅう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(いわ)く、「哥哥(あに)、你(なんじ)精神(せいしん)を弄(ろう)さんと要(ほっ)して、我(われ)が死活(しご)を管(かま)わず、すなわち我(われ)を攀扯(はんちゃ=巻き添え)せんとす。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「賢弟(けんてい)、常言(じょうげん)に道(いわ)く、鶏児(にわとり)功(こう)無(な)きの食(しょく)を吃(くら)わずと。你(なんじ)我(われ)門(もん)に入(い)り、盛斎(せいさい=手厚い斎)を感承(かんしょう=蒙)り、你(なんじ)還(ま)た吃(くら)い飽(あ)かずと嚷(わめ)く哩(ぞ)、怎(なん)ぞすなわち人家(じんか)と些(いくら)かの患難(かんなん)を救(すく)わざるか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)や、你(なんじ)は便(すなわ)ち変化(へんげ)を会(え)するも、我(われ)却(かえっ)て会(え)せざる哩(ぞ)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)も也(ま)た三十六般(さんじゅうろっぱん)の変化(へんげ)有(あ)るに、怎(なん)ぞ会(え)せざるか?」   唐僧(とうぞう)叫(よ)んで道(いわ)く、「悟能(ごのう)、你(なんじ)が師兄(しけい)の説(と)くところ最(もっと)も是(ただし)く、処(しょ)するところ甚(はなは)だ当(とう=適切)なれり。常言(じょうげん)に人(ひと)の一命(いちめい)を救(すく)うは、七級(しちきゅう)の浮屠(ふと=仏塔)を造(つく)るに勝(まさ)ると。一(ひとつ)には厚情(こうじょう=厚意)に感謝(かんしゃ)し、二(ふたつ)には当(まさ)に陰徳(いんとく)を積(つ)むべし、況(いわ)んや涼夜(りょうや=涼しき夜)に事(こと)無(な)きに、你(なんじ)兄弟(きょうだい)耍耍(あそび)に去(ゆ)かん来(こ)。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「你(なんじ)看(み)よ師父(しふ)の説(と)ける話(ことば)を! 我(われ)只(た)だ山(やま)に変(へん)じ樹(き)に変(へん)じ、石頭(いし)に変(へん)じ癩象(らいぞう=病める象)に変(へん)じ、水牛(すいぎゅう)に変(へん)じ大胖漢(だいはんかん=大男)に変(へん)ずるは還(ま)た可(よ)し、若(も)し小女児(しょうじょ)に変(へん)ずれば、幾分(いくぶん)か難(むずか)しき哩(ぞ)。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「老大(ろうだい)他(かれ)を信(しん)ずる莫(なか)れ、你(なんじ)が令愛(れいあい=娘)を抱(いだ)き出(いだ)して看(み)よ。」   那(か)の陳澄(ちんちょう)急(いそ)ぎ裡辺(うち)に入(い)り、一秤金(いっしょうきん)の孩児(がいじ)を抱(いだ)き将(もっ)て、庁上(ちょうじょう)に到(いた)る。一家子(いっか=一家)の、妻妾(ししょう=妻と妾)・大小(だいしょう)、老幼(ろうよう)・内外(ないがい)を分(わか)たず、皆(みな)出(い)で来(きた)りて頭(こうべ)を磕(たた)き礼拝(いらい)し、只(た)だ請(こ)う孩児(がいじ)の性命(しょうめい)を救(すく)えと。   那(か)の女(むすめ)の頭(かしら)の上(うえ)に一箇(ひとつ)の八宝垂珠(はっぽうすいじゅ=八宝と垂れ珠)の花翠箍(かすいこ=花の髪飾り)を戴(いただ)き、身(み)の上(うえ)に一件(ひとつ)の紅閃黄(こうせんおう=赤と黄)の紵糸襖(ちょしあお=絹の上着)を穿(き)、上(うえ)に一件(ひとつ)の官緞子(かんどんす=上等の緞子)・棋盤領(きばんりょう=碁盤襟)の披風(ひふう=外套)を套(かぶ)り;腰間(ようかん)に一条(ひとすじ)の大紅花絹裙(だいこうかけんくん=大きな紅の絹の裙)を系(し)め、脚下(あしもと)に一双(ひとそろい)の蝦蟆頭(がまとう=蟇の頭)・浅紅(せんこう=薄紅)の紵糸鞋(ちょしあい=絹の靴)を踏(ふ)み、腿上(たいじょう=腿)に両隻(ふたつ)の綃金膝褲児(しょうきんしつこじ=金糸の膝袴)を系(し)め、也(ま)た果子(くだもの)を袖(そで)して吃(くら)う哩(ぞ)。   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「八戒(はっかい)、這(こ)れすなわち是(こ)れ女孩児(おんなのこ)なり、你(なんじ)快(すみ)やかに他(かれ)に象(に)て変(へん)ぜよ、我(われ)ら祭賽(さいさい)に去(ゆ)かん。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥(あに)や、這(こ)の般(ごと)く小巧(しょうこう=小柄)・俊秀(しゅんしゅう=美しき)なるに、怎(いか)にして変(へん)ぜんか?」   行者(ぎょうじゃ)叫(よ)んで道(いわ)く、「快(すみ)やかにせよ! 討打(うち=ぶたれる)を莫(なか)れ!」   八戒(はっかい)謊(あわ)てて道(いわ)く、「哥哥(あに)打(う)つ莫(なか)れ、我(われ)が変(へん)じて看(み)るを待(ま)て。」   這(こ)の呆子(ほうけ)咒語(じゅご)を念(とな)え動(うご)かし、頭(かしら)を把(もっ)て幾(いく)たびか揺(ゆす)り、「変(へん)ぜよ!」と叫(よ)ぶ。真箇(まこと)に頭(かしら)を変(へん)じ過(よ)ぎ来(きた)り、就(すなわ)ち也(ま)た女孩児(おんなのこ)が面目(めんもく)に象(に)るも、只(た)だ是(こ)れ肚子(はら)胖大(はんだい=太く大)く、郎伉(ろうこう=ごつごつ)として象(に)ず。   行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(いわ)く、「再(ふたた)び変(へん)じ変(へん)ぜよ!」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「凭(よ)って打(う)たれて了(おわ)らん! 変(へん)じ過(よ)ぎ来(きた)らざれば、奈何(いかん)?」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「莫(まさ)か成(なる)まい丫頭(あたま=娘)の頭(かしら)に、和尚(おしょう)の身子(からだ)ならんとは? 弄(ろう)し得(え)て這(こ)の等(ごと)く不男不女(ふなんふにょ)にしては、却(かえっ)て怎(いか)に生(い)きて是(こ)れ好(よ)からんか? 你(なんじ)可(べ)し罡(こう=北斗)を布(し)き起(おこ)せ。」   他(かれ)すなわち他(かれ)に一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き掛(か)くれば、果然(はた)して即時(そくじ)に身子(からだ)を把(もっ)て変(へん)じ過(よ)ぎ、那(か)の孩児(がいじ)と一般(おなじ)となる。   便(すなわ)ち教(おし)えて道(いわ)く、「二位(ふたり)の老者(ろうしゃ)、你(なんじ)が宝眷(ほうけん=ご家族)と令郎(れいろう)・令愛(れいあい)を帯(たい)して進(い)り去(ゆ)け、錯(あやま)つこと莫(なか)れ。一会家(ひととき)、我(われ)兄弟(きょうだい)偸懶(とうらん=怠け)・討乖(とうかい=利口ぶり)して、走(はし)り進(い)り去(ゆ)かば、転(うって)て識認(みわ)け難(がた)し。你(なんじ)好(よ)き果子(くだもの)を将(もっ)て他(かれ)と吃(くら)わしめ、他(かれ)を教(おし)えて哭(な)き叫(よ)ばしむ可(べ)からず、恐(おそ)るるは大王(だいおう)の一時(いっとき)に知覚(ちかく)し、風訊(ふうしん=情報)を走(はし)らせて了(おわ)らんことを、我(われ)両人(ふたり)の耍子(あそび)に去(ゆ)くを等(ま)て也(よ)!」   好(よ)き大聖(たいせい)かな、沙僧(しゃそう)に吩咐(いいつけ)して唐僧(とうぞう)を保護(ほご)せしめ、他(かれ)は陳関保(ちんかんほう)に変作(へんさく)し、八戒(はっかい)は一秤金(いっしょうきん)に変作(へんさく)す。   二人(ふたり)俱(とも)に停当(ていとう=用意)し了(おわ)り、却(かえっ)て問(と)うて道(いわ)く、「怎(いか)にして供献(きょうけん)するか? 還是(それとも)捆(くく)りて去(ゆ)くか、是(こ)れ綁(しば)りて去(ゆ)くか? 蒸(ふか)し熟(じゅく)して去(ゆ)くか、是(こ)れ剁(きざ)み碎(くだ)いて去(ゆ)くか?」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「哥哥(あに)、我(われ)を弄(ろう)する莫(なか)れ、我(われ)に這(こ)の手段(しゅだん)無(な)し。」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「不敢不敢(とんでもない)! 只(た)だ是(こ)れ両箇(ふたつ)の紅漆(こうしつ)の丹盤(たんばん=赤塗りの盆)を用(もち)い、二位(ふたり)を請(こ)うて盤(ばん)の内(うち)に坐(ざ)せしめ、桌上(たくじょう)に放(お)き在(お)き、両箇(ふたり)の后生(こうせい=若者)を着(つ)けて一張(ひとつ)の桌(たく)を抬(かつ)ぎ、你(なんじ)らを把(もっ)て庙(びょう=社)の上(うえ)に抬(かつ)ぎ去(ゆ)かしむるのみ。」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「好好好(よしよしよし)! 盤子(ばん)を拿(と)り出(いだ)せ、我(われ)ら試(こころ)みん。」   那(か)の老者(ろうしゃ)すなわち両箇(ふたつ)の丹盤(たんばん)を取(と)り出(いだ)し、行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)坐(ざ)し上(あ)がり、四箇(よったり)の后生(こうせい)、両張(ふたつ)の桌(たく)を抬(かつ)ぎ上(あ)げ、天井(てんせい=中庭)の裏(うち)に往(ゆ)きて走走児(ある)き、又(ま)た抬(かつ)ぎ回(かえ)して堂上(どうじょう)に放(お)き在(お)く。   行者(ぎょうじゃ)歓喜(かんき)して道(いわ)く、「八戒(はっかい)、這(こ)の般(ごと)き子(し)に走走(ある)き耍耍(あそ)いすれば、我(われ)らも也(ま)た是(こ)れ上台盤(じょうたいばん=食卓に上る)の和尚(おしょう)なれり。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「若是(も)し抬(かつ)ぎ去(ゆ)きて、還(ま)た抬(かつ)ぎ回(かえ)り来(きた)らば、両頭(ふたつ)とも抬(かつ)ぎて天(てん)の明(あ)くるに到(いた)るも、我(われ)も也(ま)た怕(おそ)れず;只(た)だ是(こ)れ庙裏(びょううち)に抬(かつ)ぎ到(いた)れば、すなわち吃(くら)わんと要(ほっ)する哩(ぞ)、這(こ)の箇(ひとつ)却(かえっ)て是(こ)れ耍子(あそび)に非(あら)ざるなり!」   行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「你(なんじ)只(た)だ我(われ)を看(み)て在(あ)れ、我(われ)を吃(くら)わんと划(はか)る時(とき)は、你(なんじ)すなわち走(はし)り了(おわ)れ。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「他(かれ)の怎(いか)にして吃(くら)うを知(し)らんや? 如(も)し先(さき)に童男(どうなん)を吃(くら)わば、我(われ)すなわち好(よ)く跑(に)げん;如(も)し先(さき)に童女(どうにょ)を吃(くら)わば、我(われ)却(かえっ)て如何(いかん)?」   老者(ろうしゃ)道(いわ)く、「常年(つね)祭賽(さいさい)の時(とき)、我(われ)が此(ここ)に胆(きも)の大(おおい)なる者有(あ)って、庙後(びょうご)に鑽(もぐ)り在(あ)り、或(あるい)は供桌(きょうたく=供物台)の下(した)に在(あ)りて、他(かれ)の先(さき)に童男(どうなん)を吃(くら)い、後(のち)に童女(どうにょ)を吃(くら)うを見(み)たり。」   八戒(はっかい)道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)!」   兄弟(きょうだい)正(まさ)に然(しか)く談論(だんろん)するに、只(た)だ外面(そと)の鑼鼓(らこ=鉦と太鼓)の天(てん)に喧(かまびすし)しく、灯火(とうか)の照(てら)し耀(かがや)くを聴(き)き、同荘(どうしょう=同じ村)の衆人(しゅうじん)前門(ぜんもん)を打(う)ち開(ひら)きて叫(よ)んで道(いわ)く、「童男童女(どうなんどうにょ)を抬(かつ)ぎ出(いだ)せ!」   這(こ)の老者(ろうしゃ)哭哭啼啼(こくこくていてい=めそめそ)と、那(か)の四箇(よったり)の后生(こうせい)他(かれ)ら二人(ふたり)を抬(かつ)ぎ将(もっ)て出(いだ)し去(ゆ)く。   端(つまびらか)の性命(しょうめい)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第四十八回 魔(ま)、寒風(かんぷう)を弄して大雪(たいせつ)を飄(ひるがえ)し 僧(そう)、仏(ほとけ)を拝(おが)まんと思うて層氷(そうひょう)を履(ふ)む さて、陳家荘(ちんかそう)の衆の信人(しんじん)ら、豬羊牲醴(ちょようせいれい)と行者・八戒とを、喧喧嚷嚷(けんけんじょうじょう=どよめきわめき)しつつ、直(ただち)に霊感廟(れいかんびょう)の裡(うち)に抬(かつ)ぎ至りて排(なら)べ下(おろ)し、童男童女(どうなんどうじょ)を上首(じょうしゅ=上座)に設(もう)く。行者、頭を回(めぐ)らして見れば、かの供桌(くようだい)の上に香花(こうか)・蝋燭(ろうしょく)あり、正面(しょうめん)に一箇の金字(きんじ)の牌位(はいいた位牌)あり、上に「霊感大王之神(れいかんだいおうのかみ)」と写(しる)し、更(さら)に別(べつ)の神象(しんぞう=神像)無し。衆の信(しんじん)、擺列(ならびつらね)て停当(ととの)い、一斉に上(かみ)に向(むか)いて頭を叩(う)って言う、「大王爺爺(だいおうおじじさま)、今年今月今日今時、陳家荘(ちんかそう)の祭主(さいしゅ)陳澄(ちんとう)ら衆の信、年甲(ねんこう=年齢)斉(ひと)しからずといえど、謹(つつし)んで年例(ねんれい)に遵(したが)い、童男一名(どうなんいちめい)陳関保(ちんかんぽう)、童女一名(どうじょいちめい)陳一秤金(ちんいっしょうきん)、豬羊牲醴(ちょようせいれい)如数(かずのごとく)を供献(ぐけん)し、大王に奉上(ほうじょう)して享用(きょうよう)を請(こ)い、風調雨順(ふうちょううじゅん)、五穀豊登(ごこくほうとう=五穀豊穣)を保祐(ほゆう=加護)したまえ」と。祝(の)り畢(おわ)り、紙馬(しば)を焼(た)き、各(おのおの)本宅(ほんたく)に回(もど)る。これ語(かた)らず。 かの八戒、人の散(さん)ずるを見て、行者に向かいて言う、「我ら家(うち)へ往(ゆ)こうか」と。行者言う、「汝が家は何処(いずこ)に在(あ)る」と。八戒言う、「老陳(ろうちん)の家へ往きて睡(ね)もう」と。行者言う、「呆子(あほう)め、また乱談(らんだん)せるか。既に彼に允(ゆる)したれば、須(かなら)ず彼とこの願心(がんしん=願い)を了(おえ)てこそ然(しか)るべきに」と。八戒言う、「汝こそ呆子ならずして、かえって我を呆子と言うか!ただ彼を哄(たぶら)かして戯(たわむ)るるのみにて罷(や)めよ、いかにしてすでに彼と祭賽(さいさい)して、真(まこと)に当(あ)て起(お)こすか!」と。行者言う、「胡説(こせつ=でたらめ)するな。人を為(な)すは徹(てっ=徹底)を為(な)すべし。一定(きっと)かの大王の来たりて食(くら)うを待ちてこそ、これ全始全終(ぜんしぜんしゅう=終始まっとう)というもの。然(しか)らずんば、また彼をして災(わざわい)を降(くだ)し害(がい)を貽(のこ)さしめ、かえって美(び)ならざらん」と。 正(まさ)に説(と)きおる間(あいだ)、ただ呼呼(こおう)と風(かぜ)の響(ひび)くを聴く。八戒言う、「いけない!風の響きはあの話(=例の奴)が来たのだ!」と。行者ただ叫ぶ、「物言(ものい)うな、我が答(こた)えん」と。 頃刻間(しばらく)にして、廟門(びょうもん)の外に一箇の妖邪(ようじゃ)の来(きた)るあり。視よ、彼のいかなる形(かたち)なるを、 金甲金盔(きんこうきんかい)燦爛(さんらん)として新(あたら)しく、腰(こし)に宝帯(ほうたい)を纏(まと)いて紅雲(こううん)を繞(めぐ)らす。 眼(まなこ)は晩(おそ)く出(い)ずる明星(みょうじょう)の皎(あきらか)なるがごとく、牙(きば)は重(かさ)ねて排(なら)べし鋸歯(きょし=のこぎりの歯)の分(わか)るるに似(に)たり。 足下(あしもと)に煙霞(えんか)飄蕩々(ひょうとうとう)とし、身辺(みのほとり)に霧靄(ぶあい)暖熏々(だんくんくん)たり。 行(ゆ)く時(とき)陣々(じんじん)として陰風(いんふう)冷(つめた)く、立(た)つ処(ところ)層々(そうそう)として煞気(さっき)温(あたた)かなり。 却(かえ)って巻帘扶駕(かんれんふが=御簾を巻き駕を扶ける)の将(しょう)に似(に)たり、猶(なお)寺(てら)を鎮(しず)むる大門神(だいもんじん)の如(ごと)し。 と。 かの怪物(かいぶつ)、廟門(びょうもん)を攔(さえぎ)りて問うて言う、「今年祭祀(さいし)するは那家(どのいえ)ぞ」と。行者、笑吟吟(にこにこ)として答えて言う、「下問(かもん)を承(うけたまわ)る。荘頭(そうとう=村の長)は陳澄(ちんとう)・陳清(ちんせい)の家なり」と。 かの怪(かい)、答(こたえ)を聞きて、心中(しんちゅう)疑似(ぎじ=不審)して言う、「この童男(どうなん)は胆(きも)大(おお)きく、言談(げんだん)伶俐(れいり=利口)なり。常(つね)に来たりて供養(くよう)を受用(じゅよう)するは、一声(ひとこえ)問えば物言(ものい)わず、また一声問えば、魂(たましい)を唸(おど)され、手を以て捉(とら)えんとすれば、すでに死人(しびと)なり。いかにして今日この童男(どうなん)は善(よ)く能(よ)く応対(おうたい)するか」と。怪物、敢えて来たりて拿(とら)えず、また問う、「童男童女(どうなんどうじょ)は何(なん)と名を叫(よ)ぶか」と。行者笑って言う、「童男は陳関保(ちんかんぽう)、童女は一秤金(いっしょうきん)なり」と。怪物言う、「この祭賽(さいさい)はすなわち上年(きょねん)よりの旧規(きゅうき)なり。今、我に供献(ぐけん)すれば、当(まさ)に汝を食(くら)うべし」と。行者言う、「敢えて抗拒(こうきょ)せず、請う、自(みずか)ら在(あるがまま)に受用(じゅよう)したまえ」と。 怪物これを聴き、また敢えて手を動かさず、門を攔(さえぎ)りて喝(しか)って言う、「汝、頂嘴(いいかえ)すな!我は常年(つね)のごとく先(ま)ず童男(どうなん)を食(くら)うに、ことしはかえって先ず童女(どうじょ)を食(くら)わんとす!」と。八戒慌てて言う、「大王、なお旧(もと)のごとくにせよ、例(れい)を食(くら)い壊(こわ)したもうな」と。 かの怪(かい)、分説(ぶんせつ=言いわけ)を容(ゆる)さず、手を放(はな)ちて、すなわち八戒を捉(とら)えんとす。呆子(あほう)、撲(ぽん)と跳(と)び下(お)り、本相(ほんそう)を現じ、釘鈀(ていは=馬鍬)を掣(ひっさ)げ、手を劈(つんざ)いて一筑(ひとつき)。かの怪物、手を縮(ちぢ)めて、前(まえ)に向かいてすなわち走(はし)る。ただ当(とう)と一声の響(ひび)くを聴く。八戒言う、「甲(よろい)を筑(つ)き破(やぶ)ったり!」と。行者もまた本相を現じて視(み)る処(ところ)、元来(もと)これ氷盤(ひょうばん=氷の盆)ほどの大いさの二箇の魚鱗(うろこ)なり。「赶上(おっつけ)!」と喝(かつ)するや、二人空中に跳(と)び上(あ)がる。 かの怪物、会(え)に赴(おもむ)くにより、かつて兵器(へいき)を帯(お)び来(きた)らざれば、空手(くうしゅ)にて雲端(うんたん)の裡(うち)に在りて問うて言う、「汝は那方(いずかた)の和尚か、此(ここ)に到りて人を欺(あざむ)き、我が香火(こうか=祭祀)を破(やぶ)り、我が名声(めいせい)を壊(こわ)す」と。行者言う、「この潑物(はつぶつ)め、元来(もと)知らぬか。我らはすなわち東土大唐(とうどだいとう)の聖僧三蔵(せいそうさんぞう)の、欽差(きんさ)を奉じて西天に経を取りに往(ゆ)く徒弟(でし)なり。昨(きのう)夜(よる)陳家(ちんか)に寓(やど)るにより、邪魔(じゃま)のありて、霊感(れいかん)と号(ごう)を仮(か)り、年々童男童女(どうなんどうじょ)を要(もと)めて祭賽(さいさい)すると聞けり。これ我らの慈悲(じひ)を以て、生霊(せいれい=生けるもの)を拯救(すくい)し、汝この潑物(はつぶつ)を捉(とら)えんとす!早(はや)うに趁(じゅん)じて実(まこと)に実に供(きょう=白状)せよ!一年に二箇の童男童女(どうなんどうじょ)を食(くら)い、汝はここに在りて幾年(いくとせ)大王を称(とな)え、多少(いくばく)の男女(だんじょ)を食(くら)いしか。一箇一箇(ひとりひとり)算(かぞ)えて我に還(かえ)さば、汝が死罪(しざい)を饒(ゆる)さん!」と。 かの怪、これを聞きてすなわち走(はし)る。八戒のまた一釘鈀(ひとつき)に遭(あ)えど、いまだ打(う)ち当(あ)たらず、彼は一陣の狂風(きょうふう)に化(か)し、通天河(つうてんが)の内に潜(もぐ)り入(い)る。行者言う、「彼を趕(お)うに及(およ)ばず、この怪(かい)は想(おも)うに河中(かちゅう)の物(もの)ならん。且(しばら)く明日(みょうにち)を待ちて法(ほう)を設(もう)けて彼を拿(とら)え、我が師父を送りて河を過(わた)らしめん」と。八戒、言に依(よ)り、径(ただち)に廟(みや)の裡(うち)に回(もど)り、かの豬羊(ちょよう)の祭醴(さいれい)を、桌面(たくめん=卓ごと)一斉に陳家(ちんか)へ搬(はこ)ぶ。 この時、唐長老(とうちょうろう)・沙和尚(さおしょう)と陳家の兄弟(きょうだい)、正(まさ)に庁(ひろま)の中に在りて信(たより)を候(ま)ちおるに、忽(たちまち)かの二人の豬羊(ちょよう)らの物をみな天井(てんせい=中庭)の裡(うち)に投(な)げ置(お)くを見る。三蔵、迎(むか)え出でて問うて言う、「悟空、祭賽(さいさい)の事はいかん」と。行者、かの名を称(とな)え怪(かい)を趕(お)いて河中(かちゅう)に潜(もぐ)り入(い)りし事を、一通(ひととおり)説(と)き畢(おわ)る。二老(ふたりのろうじゃ)十分に喜び、すなわち廂房(しょうぼう=離れ)を掃除(そうじ)し、床鋪(しょうほ=寝床)を安排(もう)けて、彼の師徒(してい)を請(しょう)じて就寝(しゅうしん)せしむ。これ語(かた)らず。 さて、かの怪(かい)、命(いのち)を得(え)て水内(すいない)に回帰(かいき)し、宮中(きゅうちゅう)に坐して黙々(もくもく)として言(こと)無(な)し。水中の大小の眷族(けんぞく=眷属)、問うて言う、「大王は毎年(まいとし)祭(まつり)を享(う)けては、回(かえ)り来たりて歓喜(かんき)したもうに、いかにして今日は煩悩(はんのう=心配)したもう」と。かの怪言う、「常年(つね)は享(う)け畢(おわ)りて、また些(いささ)かの余物(よぶつ)を帯(お)びて汝らに与(あた)えて受用(じゅよう)せしめたるに、今日は我すらまたいまだ食(くら)い得(え)ず。造化(ぞうか=運)低(ひく)くして、一箇の対頭(たいとう=敵)に撞(ぶつ)かり、ほとんど性命(いのち)を傷(そこな)わんとしたり」と。 衆の水族(すいぞく)問う、「大王、それは孰(たれ)か」と。かの怪言う、「一人の東土大唐(とうどだいとう)聖僧(せいそう)の徒弟(でし)にして、西天に往(ゆ)きて仏を拝(おが)み経を求(もと)むる者なり。男女(だんじょ)に仮(か)り変じ、廟(みや)の裡(うち)に坐(ざ)せり。我は彼に本相(ほんそう)を現(あらわ)され、危(あや)うく性命(いのち)を傷(そこな)わるるところなり。一向(ひたすら)人の講(い)うを聞けり、『唐三蔵(とうさんぞう)はすなわち十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の好(よ)き人(ひと)にして、ただ彼の肉(にく)一塊(ひとかたまり)を得て食(くら)えば寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)す』と。期(き)せずや彼が手下(てした)にこのごとき徒弟(でし)ありて、我は彼に名声(めいせい)を壊(こわ)され、香火(こうか)を破(やぶ)られたり。心に唐僧(とうそう)を捉(とら)えんと欲すれど、ただ能(よ)くするを得(え)ざることを怕(おそ)るるのみ」と。 かの水族(すいぞく)の中より、一人の斑衣鰍婆(はんいけつば=まだら衣の鮒女)の闪(ひらめ)き上(あ)がり、怪物(かいぶつ)に向かいて跬跬拜拜(ききはいばい=ぺこぺこ拝み)して笑って言う、「大王、唐僧(とうそう)を捉(とら)えんと欲せば、何(なん)の難(かた)き処(ところ)かあらん!ただ捉(とら)え留(とど)めたるのち、我に些(いささ)かの酒肉(しゅにく)を賞(ほうび)し賜(たま)うや否やを知らず」と。かの怪言う、「汝もし謀(はかりごと)あらば、力を合同(ごうどう)し用(もち)いて、唐僧(とうそう)を捉(とら)えなば、汝と与(とも)に拝(はい)して兄妹(けいまい)と為(な)り、席(せき)を共(とも)にしてこれを享(う)けん」と。 鰍婆(けつば)、拝謝(はいしゃ)して言う、「久(ひさ)しく大王に呼風喚雨(こふうかんう=風雨を呼ぶ)の神通(じんずう)、攪海翻江(こうかいほんこう=海を掻き江を翻す)の勢力(せいりょく)あるを知れど、降雪(こうせつ=雪を降らす)を会(え)するや否やを知らず」と。かの怪言う、「会(え)す」と。また言う、「既に降雪(こうせつ)を会(え)すれば、冷(つめた)きを作(な)し冰(こおり)を結(むす)ぶを会(え)するや否やを知らず」と。かの怪言う、 「更(さら)に会(え)す!」 と。鰍婆(けつば)、掌を鼓(う)ちて笑って言う、「かくのごとくならば極(きわ)めて易(やす)し!極めて易し!」と。かの怪言う、「汝且(しばら)く極めて易(やす)きの功(こう=手立て)を、将(も)ち来(きた)りて我に講(と)き聴(き)かせよ」と。 鰍婆(けつば)言う、「今夜(こんや)三更(さんこう=真夜中)の天気(てんき)あり。大王、遅疑(ちぎ=ためらい)するに及(およ)ばず、早(はや)うに趁(じゅん)じて法(ほう)を作(な)し、一陣の寒風(かんぷう)を起(お)こし、一陣の大雪(たいせつ)を下(くだ)し、通天河(つうてんが)を尽(ことごと)く皆(みな)凍結(とうけつ)せしめたまえ。我ら善(よ)く変化(へんげ)する者どもをして、変じて幾人かの人形(ひとがた)と作(な)り、路(みち)の口(くち)に在りて、包(つつみ)を背負(お)い傘(かさ)を持(た)ち、担(にないもの)を担(にな)い車(くるま)を推(お)し、絶(た)えず冰(こおり)の上を行走(ある)かしめよ。かの唐僧(とうそう)の経を取るの心は甚(はなは)だ急(きゅう)なれば、このごとき人の行(ゆ)くを見ば、断然(だんぜん)冰(こおり)を踏(ふ)みて渡(わた)らんとす。大王は河心(かしん=川の真ん中)に穩(やす)らかに坐(ざ)し、彼が脚踪(あしあと)の響(ひび)く処(ところ)を待ちて、寒冰(かんぴょう)を迸(ほとばし)り裂(さ)かしめ、彼が徒弟(でし)らと一斉に水中(すいちゅう)に墜落(ついらく)せしめよ。一鼓(いっこ=一息)に得(う)べきなり!」と。 かの怪これを聞き、満心(まんしん)に歓喜して言う、「甚(はなは)だ妙(みょう)!甚だ妙!」と。すなわち水府(すいふ)を出(い)で、長空(ちょうくう)を踏(ふ)みて風を興(おこ)し雪を作(な)し、冷(つめた)きを結(むす)び凝(こ)らして冰(こおり)と成(な)す。これ語(かた)らず。 さて、唐長老(とうちょうろう)の師徒(してい)四人、陳家(ちんか)に歇(やす)みて、天の暁(あ)けんとするに近(ちか)づくに、師徒ら衾寒枕冷(きんかんちんれい=布団は冷たく枕は寒し)。八戒、咳(せ)き歌(うた)い戦(おのの)きて睡(ね)る能(あた)わず、叫んで言う、「師兄(しい)、寒(さむ)い!」と。行者言う、「汝この呆子(あほう)め、忒(あん)まりに長俊(ちょうしゅん=しっかり)せぬ!出家人(しゅっけにん)は寒暑(かんしょ)に侵(おか)されぬに、いかにして寒(さむ)きを怕(おそ)るるか」と。 三蔵言う、「弟子よ、果たして寒(さむ)し。視よ、すなわちこれ 重衾(じゅうきん=重ねた夜着)に暖気(だんき)無く、袖手(しゅうしゅ=袖に手を入るる)は冰(こおり)を揣(いだ)くがごとし。 この時(とき)敗葉(はいよう=枯れ葉)は霜蕊(そうずい)を垂(た)れ、蒼松(そうしょう)は凍鈴(とうれい)を掛(か)く。 地(ち)の裂(さ)くるは寒(かん)の甚(はなは)だしきに因(よ)り、池(いけ)の平(たいら)なるは水(みず)の凝(こ)るが為(ため)なり。 漁舟(ぎょしゅう)に叟(ろうじん)を見ず、山寺(さんじ)にいかでか僧(そう)に逢(あ)わん。 樵子(しょうし=きこり)は柴(たきぎ)の少(すくな)きを愁(うれ)い、王孫(おうそん=若君)は炭(すみ)の増(ま)すを喜(よろこ)ぶ。 征人(せいじん=旅人)は須(かなら)ず鉄(てつ)の似(ごと)く、詩客(しかく=詩人)の筆(ふで)は菱(ひし)の如(ごと)し。 皮襖(ひおう=革の上着)すら猶(なお)薄(うす)しと嫌(きら)い、貂裘(ちょうきゅう=貂の衣)も尚(なお)軽(かる)しと恨(うら)む。 蒲団(ふとん)に老衲(ろうのう=老僧)は僵(こご)え、紙帳(しちょう=紙の帳)に旅魂(りょこん)は驚(おどろ)く。 繍被(しゅうひ=刺繍の夜着)に裀褥(いんじょく=敷物)を重(かさ)ぬるも、渾身(こんしん=全身)戦抖鈴(せんとれい=がたがた震う) と」と。 師徒らみな睡(ね)る能(あた)わず、爬(はい)き起(お)きて衣服(いふく)を穿(き)て、門を開(ひら)きて視(み)る処(ところ)、ああ!外(そと)は白茫茫(しろぼうぼう)たり、元来(もと)雪(ゆき)の降(ふ)れるなり。行者言う、「怪(あや)しむらくは汝らの寒(さむ)きを病(や)むなり、さればこのごとき大雪(たいせつ)であったか!」と。 四人、眼(まなこ)を同(とも)にして観看(みわた)せば、好(よ)き雪(ゆき)かな!ただ見よ、あの 彤雲(とううん=どんより雲)密(みつ)に布(し)き、惨霧(さんむ)重(かさ)ねて浸(ひた)す。 彤雲密布(とううんみっぷ)すれば、朔風(さくふう=北風)凛凛(りんりん)として空(くう)に号(さけ)び、 惨霧重浸(さんむじょうしん)すれば、大雪(たいせつ)紛紛(ふんぷん)として地(ち)を蓋(おお)う。 真箇(まこと)にこれ六出花(りくしゅつか=六花の雪)、片片(へんぺん)として瓊(たま)を飛(と)ばし、千林(せんりん)の樹(き)、株株(しゅしゅ)として玉(たま)を帯(お)ぶ。 須臾(しばらく)に粉(こな)を積(つ)み、頃刻(またたくま)に塩(しお)と成(な)る。 白鸚歌(はくおうか)は素(しろ)さを失(うしな)い、皓鶴(こうかく=白鶴)の羽毛(うもう)と同(おな)じ。 平(たいら)かに呉楚(ごそ)の千江(せんこう)の水(みず)を添(そ)え、東南(とうなん)の幾樹(いくじゅ)の梅(うめ)を圧倒(あっとう)す。 却(かえ)って便(すなわ)ち戦(たたか)い退(しりぞ)けし玉龍(ぎょくりゅう)三百万(さんびゃくまん)に似(に)たり、果たして敗鱗残甲(はいりんざんこう=破れた鱗と甲)の天(てん)に満(み)ちて飛(と)ぶが如(ごと)し。 いずくにか東郭履(とうかくのくつ)、袁安臥(えんあんが)、孫康映読(そんこうえいどく)を得ん、更(さら)に子猷舟(しゆうしゅう)、王恭幣(おうきょうへい)、蘇武餐氈(そぶさんせん)を見ず。 ただただ幾家(いくけ)の村舎(そんしゃ)は銀(ぎん)を砌(みが)けるがごとく、万里(ばんり)の江山(こうざん)は玉(ぎょく)の団(まろ)きに似(に)たり。 好(よ)き雪(ゆき)かな! と。 柳絮(りゅうじょ=柳の綿毛)は橋(はし)に漫(み)ち、梨花(りか)は舎(いえ)を蓋(おお)う。 柳絮(りゅうじょ)橋(はし)に漫(み)てば、橋辺(きょうへん)の漁叟(ぎょそう=漁師)は蓑衣(さい)を掛(か)け、 梨花(りか)舎(いえ)を蓋(おお)えば、舎下(しゃか)の野翁(やおう=田舎じいさん)は榾柮(こっぽつ=薪)を煨(おこ)す。 客子(かくし=旅人)は酒(さけ)を沽(か)うに難(かた)く、蒼頭(そうとう=下男)は梅(うめ)を覓(もと)むるに苦(くる)しむ。 洒洒瀟瀟(しゃしゃしょうしょう)として蝶翹(ちょうぎょう=蝶の羽)を裁(た)ち、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう)として鵝衣(がい=鵞鳥の羽)を剪(き)る。 団団滾滾(だんだんこんこん)として風(かぜ)の勢(いきおい)に随(したが)い、迭迭層層(じょうじょうそうそう)として道路(どうろ)迷(まよ)う。 陣々の寒威(かんい)は小幕(しょうまく=小さき帳)を穿(うが)ち、飕飕(しゅうしゅう)たる冷気(れいき)は幽幃(ゆうい=奥の帳)を透(とお)る。 豊年(ほうねん)の祥瑞(しょうずい=めでたき兆し)は天(てん)より降(くだ)り、人間(じんかん)の好事宜(こうじぎ=めでたき事)を賀(が)するに堪(た)えたり。 と。 かの場(ひとしきり)の雪(ゆき)、紛紛洒洒(ふんぷんしゃしゃ=はらはら)として、果たして玉(ぎょく)を剪(き)り綿(わた)を飛(と)ばすが如(ごと)し。師徒(してい)ら嘆(たん)じ玩(あそ)ぶこと多時(しばらく)なるに、ただ見よ、陳家(ちんか)の老者(ろうじゃ)、二人の僮僕(どうぼく)をして道路(どうろ)を掃(は)き開(ひら)かしめ、また二人(ふたり)をして熱湯(ねっとう)を送(おく)り出(いだ)して面(かお)を洗(あら)わしむ。須臾(しばらく)にしてまた滾茶(こんちゃ=熱い茶)・乳餅(にゅうへい=乳製品の菓子)を送(おく)り、また炭火(たんか)を抬(かつ)ぎ出(いだ)し、俱(みな)廂房(しょうぼう)に到(いた)る。師徒ら叙坐(じょざ=席次に着く)。 長老問うて言う、「老施主(ろうせしゅ)、貴地(きち)の時令(じれい=時候)、春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の分(わか)ちあるや否やを知らず」と。陳老(ちんろう)笑って言う、「此間(ここ)は僻地(へきち)なりといえど、ただ風俗人物(ふうぞくじんぶつ)の上国(じょうこく)と異なるのみ、諸凡(およそ)穀苗(こくびょう=穀物の苗)・牲畜(せいちく=家畜)に至りては、みな天を同(おな)じうし日(ひ)を共(とも)にす。いずくんぞ四時(しいじ)を分(わか)たざるの理(ことわり)あらんや」と。三蔵言う、「既に四時(しいじ)を分(わか)てば、いかにして如今(いま)すでにこのごとき大雪(たいせつ)、このごとき寒冷(かんれい)あるか」と。陳老言う、「この時(とき)は七月(しちがつ)なりといえど、昨日(きのう)すでに白露(はくろ)に交(な)り、すなわちこれ八月節(はちがつせつ)なり。我がここは常年(つね)八月の間(あいだ)にすでに霜雪(そうせつ)あり」と。三蔵言う、「甚(はなは)だ我が東土(とうど)と同じからず、我が彼処(かしこ)は冬節(とうせつ=冬至)に交(な)りてこそ方(はじ)めてこれあるなり」と。 正(まさ)に話しおる間(あいだ)、また僮僕(どうぼく)の来たりて桌(つくえ)を安(す)え、粥(かゆ)を喰(くら)うを請(こ)うを見る。粥(かゆ)罷(おわ)りの後(のち)、雪は早間(あさ)よりもまた大(おお)きく、須臾(しばらく)にして平地(へいち)二尺(にしゃく)ほどの深(ふか)さあり。三蔵、心焦(こが)れて涙を垂(た)る。陳老言う、「老爺(ろうや)、放心(ほうしん)あれ。雪の深(ふか)きを見て憂慮(ゆうりょ)したもうな。我が舎下(しゃか)に頗(すこぶ)る幾石(いくこく)かの粮食(りょうしょく=食料)あり、老爺らを半生(はんしょう=半生)供養(くよう)し得(う)べし」と。 三蔵言う、「老施主、貧僧(ひんそう)の苦(くるしみ)を知りたまわず。我が当年(むかし)聖恩(せいおん)を蒙(こうむ)り旨意(しい)を賜(たま)わり、大駕(たいが)を擺(た)て親(みずか)ら関(かん)を送り出(いだ)されたり。唐王(とうおう)の御手(おて)杯(さかずき)を擎(ささ)げて餞(はなむけ)を奉(たてまつ)り、「いつの日(ひ)にか回(かえ)るべきか」と問(と)わせられたり。貧僧、山川(さんせん)の険(けわ)しきあるを知らず、口(くち)に順(したが)いて回奏(かいそう)し、「ただ三年(さんねん)を消(き)やすのみ、必ず経を取りて国(くに)に回(かえ)るべし」と申(もう)し上げたり。別(わか)れてより、今すでに七、八箇年頭(ねんとう=年)なるに、いまだ仏(ほとけ)の面(おもて)を見(み)ず。欽限(きんげん=勅命の期限)に違(たが)わんことを恐(おそ)れ、また怕(おそ)るるはこれ妖魔(ようま)の凶狠(きょうこん=凶暴)なるなり。これ焦虑(こうりょ=悩み)する所以(ゆえん)なり。今日(こんにち)縁(えん)ありて潭府(たんぷ=お宅)に寓(やど)るを得、昨夜(さくや)愚徒(ぐと)らが略(ほぼ)小惠(しょうけい)を施(ほどこ)して報答(ほうとう)せしは、実(げ)に一隻(ひとそう)の船(ふね)を求(もと)めて河(かわ)を渡(わた)らんことを指望(しぼう)せるなり。期(き)せずや天(てん)大雪(たいせつ)を降(くだ)し、道路(どうろ)迷漫(めいまん)として、いつごろか才(ようや)く功(こう)を成(な)して故土(こど=故郷)に回(かえ)るを得んや!」と。 陳老言う、「老爺、放心あれ。正(まさ)に多(おお)きの日子(ひにち=日々)を過(す)ごしたるに、いずくんぞこの幾日(いくにち)に在(あ)らんや。且(しばら)く天の晴(は)れ、冰(こおり)の化(と)くるを待て。老拙(ろうせつ)家(いえ)を傾(かたむ)け産(さん)を費(ついや)して、必(かなら)ず処置(しょち)して老爺を送り河(かわ)を過(わた)らしめん」と。ただ見よ、一僮(ひとりのこもの)また早斎(そうさい=朝食)に請(しょう)じ入(い)る。庁(ひろま)の上に到(いた)りて食(くら)い畢(おわ)り、叙(じょ=語らい)すること多からざるに、また午斎(ごさい=昼食)の相継(あいつ)いで進(すす)む。三蔵、品物(ひんぶつ)の豊盛(ほうせい)なるを見、再四(かさねがさね)安(やす)んぜずして言う、「既に見留(けんりゅう=お引き留め)を蒙(こうむ)れば、ただ家常(かじょう=普段の食事)を以て相待(あいま)つべきのみ」と。陳老言う、「老爺、替祭救命(だいさいきゅうめい=身代わりに供えられ命を救われし)の恩を感蒙(かんもう)せり。逐日(ひび)筵(えん)を設(もう)けて奉款(ほうかん=もてなし)すると雖(いえど)も、また酬(むく)い難(がた)く謝(しゃ)し難(がた)し」と。 この後(のち)大雪(たいせつ)ようやく住(や)み、すなわち人の行(ゆ)くあり。陳老、三蔵の快(こころよ)からざるを見、また花園(かえん)を掃除(そうじ)し、大盆(だいぼん)に火(ひ)を架(か)け、請(しょう)じて雪洞(せつどう=雪見の部屋)の裡(うち)に往(ゆ)きて閑耍(かんしゃ=のんびり遊び)散悶(さんもん=気晴らし)せしむ。八戒笑って言う、「あの老爺(ろうや)は忒(あん)まりに算計(さんけい)無し!春(はる)二、三月(にさんがつ)こそ好(よ)く花園(かえん)を賞(め)ずるなれ、このごとき大雪(たいせつ)にまた寒(さむ)きに、何(なに)をか賞玩(しょうがん)せん!」と。行者言う、 「呆子(あほう)め、事(こと)を知らぬか!雪景(せっけい)は自然(じねん)に幽静(ゆうせい)なり。一則(ひとつ)には遊賞(ゆうしょう)し、二来(ふたつ)には師父と与(とも)に懐(こころ)を寛(ひろ)うするなり」 と。陳老言う、「正(まさ)に然(しか)り、正に然り」と。遂(つい)にここに邀(しょう)じて園(その)に到(いた)る。ただ見よ、 景(けい)は三秋(さんしゅう=晩秋)に値(あた)り、風光(ふうこう)は臘(ろう=冬)の如(ごと)し。 蒼松(そうしょう)は玉蕊(ぎょくずい)を結(むす)び、衰柳(すいりゅう)は銀花(ぎんか)を掛(か)く。 階下(かいか)の玉苔(ぎょくたい)は粉屑(ふんせつ)を堆(うずたか)くし、窗前(そうぜん)の翠竹(すいちく)は瓊芽(けいが=玉の芽)を吐(は)く。 巧石(こうせき=奇石)の山頭(さんとう)、養魚(ようぎょ)の池内(ちない)。 巧石の山頭には、削削尖峰(さくさくせんぽう=けずりたてし峰)玉筍(ぎょくじゅん)を排(なら)べ、 養魚の池内には、清清(せいせい)たる活水(かっすい)冰盤(ひょうばん)と作(な)る。 岸(きし)に臨(のぞ)む芙蓉(ふよう)は嬌色(きょうしょく)浅(あさ)く、崖(がけ)に傍(そ)う木槿(もくきん)は嫩枝(どんし)を垂(た)る。 秋海棠(しゅうかいどう)は、全(まった)く圧倒(あっとう)せられ、臘梅樹(ろうばいじゅ)は、聊(いささ)か新枝(しんし)を発(はっ)す。 牡丹亭(ぼたんてい)・海榴亭(かいりゅうてい)・丹桂亭(たんけいてい)、亭亭(ていてい)尽(ことごと)く鵝毛(がもう)の堆積(たいせき)、 放懐処(ほうかいしょ)・款客処(かんかくしょ)・遣興処(けんきょうしょ)、処処(しょしょ)みな蝶翅(ちょうし)の鋪漫(ほまん)。 両籬(りょうり)の黄菊(こうきく)は玉綃金(ぎょくしょうきん)、幾樹(いくじゅ)の丹楓(たんぷう)は紅(あか)に白(しろ)を間(まじ)う。 無数の閑庭(かんてい)は冷(つめた)くして到(いた)り難(がた)く、且(しばら)く雪洞(せつどう)の冷(つめた)きこと冰(こおり)の如(ごと)きを観(み)よ。 あの裡(うち)に一箇の獣面象足(じゅうめんぞうそく)の銅火盆(どうかぼん)を放(お)き、熱烘烘(ねつこうこう)と炭火(たんか)の才(いま)しがた生(おこ)されたり。 あの上下(じょうげ)に幾張(いくつ)かの虎皮(こひ)を搭苫(とうせん=覆い)せる漆(うるし)の交椅(こうい=椅子)あり、軟温温(なんおんおん)と紙窗(しそう)に鋪設(ふせつ)せり。 四壁(しへき)の上に幾軸(いくじく)かの名公(めいこう)の古画(こが)を掛(か)く。すなわちこれ 七賢過関(しちけんかかん)、寒江独釣(かんこうどくちょう)、迭嶂層巒(じょうしょうそうらん)雪景(せっけい)を団(まろ)び、 蘇武餐氈(そぶさんせん)、折梅逢使(せつばいほうし)、瓊林玉樹(けいりんぎょくじゅ)寒文(かんぶん)を写(うつ)す。 説(つ)き尽(つく)さず、あの家(いえ)水亭(すいてい)に近(ちか)ければ魚(うお)の買(か)い易(やす)く、雪(ゆき)山径(さんけい)を迷(まよ)わせれば酒(さけ)の沽(か)い難(がた)きを。 真箇(まこと)に容膝(ようしつ=膝を容るるばかり)の処(ところ)に堪(た)うべく、算(かぞ)え来(きた)れば何(なん)ぞ蓬壺(ほうこ=仙境)を訪(たず)ねるを用(もち)いんや? と。 衆人(ひとびと)観玩(かんがん)すること良(やや)久(ひさ)しく、すなわち雪洞(せつどう)の裡(うち)に於(お)いて坐下(ざげ)し、鄰叟(りんそう=隣の老人)に向(むか)いて経を取るの事(こと)を道(かた)り、また香茶(こうちゃ)を捧(ささ)げて飲(の)み畢(おわ)る。陳老問う、「列位(れつい=皆さま)の老爺、酒(さけ)を飲(の)みたもうや否や」と。三蔵言う、「貧僧(ひんそう)は飲(の)まず、小徒(しょうと)らは略(ほぼ)幾杯(いくはい)かの素酒(そしゅ=精進酒)を飲(の)まん」と。陳老大いに喜び、すなわち命じて言う、「素果品(そかひん)を取り、酒(さけ)を燉暖(とんたん=温め)し、列位の寒(かん)を湯(ゆる)め(=寒気を和らげ)奉(たてまつ)れ」と。かの僮僕(どうぼく)すなわち桌(つくえ)を抬(かつ)ぎ炉(ろ)を囲(かこ)み、二人の鄰叟(りんそう)と各(おのおの)幾杯(いくはい)か飲(の)み、家火(かか=食器)を収(おさ)めたり。 覚(おぼ)えず天色(てんしょく)の将(まさ)に晩(く)れんとするとき、また仍(な)お庁(ひろま)の上に請(しょう)じて晩斎(ばんさい)す。ただ街(まち)の上の行人(ぎょうじん)のみな言うを聴く、「好(よ)き寒天(かんてん=寒い日和)かな!通天河(つうてんが)を凍(こお)らせ住(とど)めたり!」と。三蔵これを聞きて言う、「悟空、河(かわ)の凍(こお)り住(とど)めては、我らはいかんせん」と。陳老言う、「乍寒乍冷(さかんされい=急に寒くなり)たれば、想(おも)うに近(ちか)き河辺(かへん)の浅水処(せんすいしょ)の凍結(とうけつ)ならん」と。かの行人(ぎょうじん)言う、「八百里(はっぴゃくり)をみな凍(こお)らせて鏡面(きょうめん)の一般(ごと)くにし、路(みち)の口(くち)に人の走(ゆ)くあり!」と。 三蔵、人の走(ゆ)くと聴きて、すなわち往(ゆ)きて視(み)んと欲す。陳老言う、「老爺、忙(いそ)ぐな。今日(こんにち)は晩(おそ)し、明日(みょうにち)往きて視よ」と。遂(つい)にここに鄰叟(りんそう)に別(わか)れ、また晩斎(ばんさい)し畢(おわ)り、依然(もとのごと)く廂房(しょうぼう)に歇(やす)む。 次日(じつ)天(てん)の暁(あ)くるに及(いた)り、八戒起(お)きて言う、「師兄(しい)、今夜(こんや)は更(さら)に寒(さむ)し、想(おも)うに必(かなら)ずや河(かわ)も凍(こお)り住(とど)めたるならん」と。三蔵、門(もん)に迎(むか)いて天(てん)に朝(むか)いて礼拜(らいはい)して言う、「衆位(しゅい)の護教大神(ごきょうだいじん)、弟子(でし)一向(ひたすら)西(にし)より来(きた)り、虔心(けんしん)に仏(ほとけ)を拝(おが)み、苦(くるし)みて山川(さんせん)を歴(へ)たるに、更(さら)に一声(ひとこえ)の報怨(ほうえん=不平)も無し。今此(ここ)に至(いた)り、皇天(こうてん)の祐助(ゆうじょ)を感得(かんとく)し、河水(かすい)を結凍(けっとう)せしむ。弟子空心(うつろなるこころ)をもて権(かり)に謝(しゃ)し奉る。経を取り回(かえ)るを得(う)れば、唐皇(とうおう)に奏上(そうじょう)し、誠(まこと)を竭(つ)くして酬答(しゅうとう)せん」と。礼拜(らいはい)し畢(おわ)り、遂(つい)に悟浄(ごじょう)に馬を背負(お)わせ、冰(こおり)に趁(じゅん)じて河(かわ)を過(わた)らんとす。 陳老また言う、「忙(いそ)ぐな、幾日(いくにち)かを待ちて雪(ゆき)融(と)け冰(こおり)解(と)かば、老拙(ろうせつ)ここに船(ふね)を弁(もう)けて相送(あいおく)らん」と。沙僧言う、「すなわち往(ゆ)くも話(はなし)ならず、また住(とどま)るも話ならず。口説(こうせつ)は憑(よりどころ)無く、耳(みみ)に聞くは眼(め)に見るに如(し)かず。我、馬を背負(お)いたり。且(しばら)く師父を請(しょう)じて親(みずか)ら往(ゆ)きて視(み)しめよ」と。陳老言う、「いうところ理(ことわり)あり」と。教えて言う、「小(こもの)ら、疾(と)く往(ゆ)きて我らが六匹(ろっぴき)の馬(うま)を背(お)い来(きた)れ!かつ唐僧(とうそう)老爺の馬(うま)を背(お)うな」と。すなわち六人(ろくにん)の小价(しょうかい=下男)の跟随(つきしたが)い、一行(いっこう)の人(ひと)、径(ただち)に河辺(かへん)へ往(ゆ)きて来(み)る。 真箇(まこと)にこれ、 雪(ゆき)は積(つ)みて山(やま)の聳(そび)ゆるが如(ごと)く、雲(くも)は収(おさ)まりて暁(あかつき)を破(やぶ)りて晴(は)る。 寒(かん)は楚塞(そさい)を凝(こおら)せて千峰(せんぽう)瘦(や)せ、冰(こおり)は江湖(こうこ)を結(むす)びて一片(いっぺん)平(たいら)かなり。 朔風(さくふう)凛凛(りんりん)、滑凍(かつとう)棱棱(りょうりょう)。 池魚(ちぎょ)は密藻(みっそう)に偎(よりそ)い、野鳥(やちょう)は枯槎(こさ=枯れ木)を恋(こい)す。 塞外(さいがい)の征夫(せいふ)は俱(みな)指(ゆび)を墜(おと)し、江頭(こうとう)の梢子(しょうし=船頭)は乱(みだ)りに牙(は)を敲(たた)く。 蛇腹(だふく)を裂(さ)き、鳥足(ちょうそく)を断(た)つ、果たして冰山(ひょうざん)千百尺(せんびゃくしゃく)。 万壑(ばんがく)に冷(つめた)く銀(ぎん)を浮(うか)べ、一川(いっせん)に寒(かん)く玉(ぎょく)を浸(ひた)す。 東方(とうほう)に自(おのずか)ら僵蚕(きょうさん)の出(い)づるを信じ、北地(ほくち)に果たして鼠窟(そくつ)の有るあり。 王祥(おうしょう)臥(ふ)し、光武(こうぶ)渡(わた)る、一夜(いちや)の渓橋(けいきょう)底(そこ)より連(つら)なりて固(かた)し。 曲沼(きょくしょう)は棱層(りょうそう=氷柱)を結(むす)び、深淵(しんえん)は重迭(ちょうじょう)に沍(こお)る。 通天(つうてん)の闊水(かつすい)更(さら)に波(なみ)無く、皎潔(こうけつ)たる冰(こおり)漫(み)ちて陸路(りくろ)の如(ごと)し。 と。 三蔵と一行(いっこう)の人、河辺(かへん)に到(いた)り、馬を勒(ひきとど)めて観看(みわた)せば、真箇(まこと)にあの路(みち)の口(くち)の上(うえ)に人の行走(ある)くあり。三蔵問うて言う、「施主(せしゅ)、あの人ら冰(こおり)に上(のぼ)りて何処(いずこ)へ往(ゆ)くか」と。陳老言う、「河(かわ)の彼方(かなた)はすなわち西梁女国(せいりょうにょこく)なり。この起(た)ちの人(ひと)らはみな売買(ばいばい=商い)をなす者なり。我がこの方(ほう)の百銭(ひゃくせん)の物(もの)、彼方(かなた)に到(いた)れば万銭(まんせん)に値(あたい)すべく、彼方(かなた)の百銭の物もまたこの方に到れば万銭に値すべし。利(り)重(おも)く本(もと)軽(かる)し。これ人の生死(しょうし)を顧(かえり)みずして往(ゆ)く所以(ゆえん)なり。常年(つね)は家(いえ)に五、七人一船(ごしちにんいっせん)、また十数人(じゅうすうにん)一船(いっせん)にて、飄洋(ひょうよう=海を漂い)して過(わた)れり。見如今(いま)河道(かどう)の凍(こお)り住(とど)むるをもて、故(ゆえ)に命(いのち)を捨(す)てて步行(ほこう)するなり」と。 三蔵言う、「世間(せけん)の事(こと)はただ名利(みょうり)を最(もっと)も重(おも)しと為(な)す。彼の利(り)を為(な)す者(もの)の、死(し)を捨(す)て生(せい)を忘(わす)るるがごときは、我が弟子(でし)の旨(むね)を奉じて忠(ちゅう)を全(まっと)うするも、またただ名(な)を為(な)するのみ。彼と能(よ)く幾何(いくばく)か差(たが)わんや!」と。教えて言う、「悟空、疾(と)く施主(せしゅ)の家(いえ)に回(もど)り、行囊(こうのう=荷物)を收拾(しゅうしゅう)し、馬匹(ばひつ)を叩背(こうばい=鞍を置き)し、この層氷(そうひょう)に趁(じゅん)じ、早(はや)く西方(せいほう)へ奔(はし)れ」と。行者、笑吟吟(にこにこ)として答(こた)う。 沙僧言う、「師父や、常言(ことわざ)に云う、『千日(せんにち)に千升(せんしょう)の米(こめ)を食(くら)う』と。今すでに陳府上(ちんふじょう=陳家)に托頼(たくらい=お世話)しおるに、且(しばら)くまた幾日(いくにち)か住(とど)まり、天の晴(は)れ冰(こおり)の化(と)くるを待ち、船(ふね)を弁(もう)けて過(わた)らんに、忙(いそ)ぎの中(うち)には恐(おそ)らくは錯(あやま)ちの有(あ)らん」と。三蔵言う、「悟浄(ごじょう)、いかにしてこのごとき愚見(ぐけん)を抱(いだ)くか!もしこれ正(しょう)・二月(にがつ)ならば、一日(いちじつ)ごとに暖(あたた)かさを増(ま)し、凍(こおり)の解(と)くるを待(ま)つべし。この時(とき)はすなわち八月(はちがつ)、一日ごとに冷(つめた)さを増(ま)すに、いかでか便(すなわ)ち凍(こおり)の解(と)くるを望(のぞ)み得(え)ん!しかもまた半載(はんさい=半年)の行程(こうてい)を誤(あやま)らずや」と。 八戒、馬(うま)より跳(と)び下(お)りて言う、「汝ら且(しばら)く閑口(かんこう=無駄口)を講(こう)ずるな。老豬(ろうちょ=おれ)をして試(こころ)みにいかほどの厚薄(あつさうすさ)あるかを視(み)しめよ」と。 行者言う、「呆子(あほう)め、前夜(ぜんや)水(みず)を試(こころ)みしには、能(よ)く石(いし)を抛(なげ)るべきなりしが、如今(いま)は冰(こおり)凍(こお)りて重(かさ)ねて漫(み)てり、いかにしてか試み得ん」と。八戒言う、「師兄(しい)は知らぬ。我に釘鈀(ていは)を挙(あ)げて彼(かれ)を一下(ひとつき)筑(つ)かしめよ。もし筑(つ)き破(やぶ)らば、すなわち冰(こおり)の薄(うす)きなり、且(しばら)く敢えて行(ゆ)かず。もし筑(つ)き動(うご)かさずんば、すなわち冰(こおり)の厚(あつ)きなり、いかでか行(ゆ)かざらん」と。三蔵言う、 「正(まさ)に然(しか)り、いうところ理(ことわり)あり」 と。かの呆子(あほう)、衣(ころも)を撩(まく)り步(あゆみ)を引(ひ)き、河辺(かへん)に走上(のぼ)り、両手(りょうて)に鈀(ていは)を挙(あ)げ、力(ちから)の限(かぎ)り一筑(ひとつき)。ただ撲(ぽく)と一声(ひとこえ)の響(ひび)き、九箇(ここのつ)の白迹(はくせき=白い跡)を筑(つ)きしかど、手(て)もまた振(しび)れて疼(いた)む。呆子(あほう)笑って言う、「往(ゆ)くべし!往くべし!底(そこ)まで連(つら)なりて錮(こおりつ)き住(とど)めたり!」と。 三蔵これを聞き、十分(じゅうぶん)に歓喜し、衆(ひとびと)と同(とも)に陳家(ちんか)に回(もど)り、ただ收拾(しゅうしゅう)して走路(そうろ=出立)を命(めい)ず。かの二人の老者(ろうじゃ)苦(くるし)みて留(とど)むるも住(とど)めず、ただ些(いささ)かの干粮(かんりょう=乾し糧)・烘炒(こうしょう=炒り物)を安排(もう)け、些(いささ)かの焼餅(しょうへい=焼き餅)・饃饃(まんとう)を作(つく)りて相送(あいおく)る。 一家子(いっけ)頭(こうべ)を磕(う)ち礼拜(らいはい)し、また一盤子(ひとさら)の散碎(さんさい=小銭)の金銀(きんぎん)を捧(ささ)げ出(いだ)し、面前(まえ)に跪(ひざまず)いて言う、「多く老爺(ろうや)の子(こ)を活(いか)しし恩(おん)を蒙(こうむ)る。聊(いささ)か途中(とちゅう)一飯(いっぱん)の敬(けい)を表(あらわ)さん」と。三蔵、手を擺(ふ)り頭を揺(ゆ)り、ただ受(う)けずして言う、「貧僧(ひんそう)出家人(しゅっけにん)に財帛(ざいはく=金品)何(なん)の用(よう)かあらん。途中(とちゅう)にもまた敢えて取出(とりだ)さず。ただ斎(とき)を化(か)して日(ひ)を度(わた)るを以て正事(しょうじ)と為(な)す。干粮(かんりょう)を収(おさ)むればすなわち足(た)れり」と。 二老(ふたりのろうじゃ)また再三(さいさん)央求(おうぐ=懇願)す。行者、指先(ゆびさき)を用(もち)いて一小塊(ひとかけら)を捻(つま)み、約(およそ)四、五銭(ごせん)の重(おも)さあり、唐僧(とうそう)に遞(わた)して言う、「師父、ただ些(いささ)かの襯銭(しんせん=布施)と当(あ)てさせたまえ。二老(ふたり)の意(こころ)を空(むな)しく負(そこな)わしめたもうな」と。遂(つい)にここに相向(あいむか)いて別(わか)れ、径(ただち)に河辺(かへん)の冰(こおり)の上に至(いた)る。かの馬蹄(ばてい=馬のひづめ)滑(すべ)ること一下(ひとつ)して、危(あや)うく三蔵を馬より跌(お)とし下(おろ)さんとす。沙僧言う、「師父、行(ゆ)き難(がた)し!」と。 八戒言う、「且(しばら)く住(とど)まれ!陳老官(ちんろうかん=陳のじいさま)に問うて一束(ひとたば)の稻草(どうそう=藁)を討(こ)い、我が用(よう)に供(そな)えん」と。行者言う、「稻草(どうそう)を要(もと)むるは何(なん)の用(よう)ぞ」と。八戒言う、「汝はいずくんぞこれを知らん。稻草(どうそう)を要(もち)いて馬蹄(ばてい)を包(つつ)まばこそ方(はじ)めて滑(すべ)らず、師父の跌(お)ち下(おろ)さるるを免(まぬが)れしむるなり」と。陳老、岸(きし)の上(うえ)に在りてこれを聞き、急ぎ人家(じんか=家の者)に命じて一束(ひとたば)の稻草(どうそう)を取(と)らしめ、かつ唐僧を請(しょう)じて岸に上(のぼ)り馬(うま)を下(お)りしむ。八戒、草(わら)を将(も)ちて馬足(ばそく=馬の足)を包裹(ほうか=包み)し、然(しか)る後(のち)冰(こおり)を踏(ふ)みて行(ゆ)く。 陳老(ちんろう)に別(わか)れ河辺(かへん)を離(はな)れ、行(ゆ)くこと三、四里(り)の遠近(おちこち)なるに、八戒、九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)を把(と)りて唐僧(とうそう)に遞(わた)して言う、「師父、汝これを馬上(ばじょう)に横(よこた)えたまえ」と。行者言う、「この呆子(あほう)め、奸詐(かんさ=ずるい)かな!錫杖(しゃくじょう)は元来(もと)汝が挑(にな)うものなるに、いかにしてまた師父に拿(も)たしむるか」と。八戒言う、「汝はかつて冰凌(ひょうりょう=氷の上)を走(ある)きしこと無ければ、暁(さと)らぬなり。凡(およ)そ冰凍(ひょうとう)の上には、必(かなら)ず凌眼(りょうがん=氷の穴)あり。もしや凌眼(りょうがん)を躙(ふ)みて、脱(ぬ)け将(も)ちて下(お)り往(ゆ)かば、もし横担(おうたん=横に担ぐ)の物(もの)無(な)からんには、骨都(こつと)と水(みず)に落(お)ち、すなわち一箇の大鍋蓋(だいかがい=大鍋の蓋)の盖(おお)い住(とど)むるが如(ごと)く、いかでか潜(もぐ)り上(あが)り来(きた)るを得ん! 須(かなら)ずこのごとく架(か)し住(とど)めてこそ方(はじ)めて可(よ)し」 と。行者、暗(ひそ)かに笑って言う、「この呆子(あほう)め、かえってこれ一人の積年(つみねん=古参)の冰(こおり)を走(ある)く者(もの)じゃ!」と。果たしてみな彼に依(よ)れり。長老(ちょうろう)は錫杖(しゃくじょう)を横(よこた)えに担(にな)い、行者は鉄棒(てつぼう)を横に担い、沙僧は降妖宝杖(ごうようほうじょう)を横に担い、八戒は肩(かた)に行李(こうり)を挑(にな)い、腰(こし)に釘鈀(ていは)を横(よこた)えて、師徒(してい)ら放心(ほうしん)して前進(ぜんしん)す。 この一(ひと)すじに天の晩(く)るるまで行(ゆ)き、些(いささ)かの干粮(かんりょう)を食(くら)い、また敢えて久(ひさ)しく停(とど)まらず、星月(せいげつ)の光華(こうか)に対(むか)い、冰凍(ひょうとう)の上の亮灼灼(りょうしゃくしゃく=きらきら)、白茫茫(はくぼうぼう=白一色)なるを観(み)て、ただ情(まま)に奔走(ほんそう)す。果たしてこれ 馬(うま)蹄(ひづめ)を停(とど)めず と。師徒ら眼(まなこ)を合(あわ)する能(あた)わず、一夜(いちや)を走(ある)き通(とお)したり。天明(てんめい)にまた些(いささ)かの干粮(かんりょう)を食(くら)い、西(にし)を望(のぞ)みてまた進(すす)む。 正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、ただ冰(こおり)の底(そこ)より撲喇喇(ぼつらつら)と一声(ひとこえ)の響喨(きょうりょう=高らかな音)の聞こゆるを、危(あや)うく白馬(はくば)を唸(おど)し倒(たお)さんとす。三蔵大いに驚いて言う、「弟子や!いかにしてこのごとき響喨(ひびき)ぞ」と。八戒言う、「この河(かわ)は忒(あん)まりにもまた凍(こお)りて結(けっ)し実(じつ)したり。地凌(じりょう=地の氷)の響(ひび)けるなり。またこれ半(なかば)の中間(ちゅうかん)の底(そこ)まで連(つら)なりて通(つう)じて錮(こおりつ)き住(とど)めたるならん」と。三蔵これを聞き、また驚(おどろ)きまた喜(よろこ)び、馬を策(むちう)って前進(ぜんしん)し、趱行(さんこう=急ぎ行く)す。これ語(かた)らず。 さて、かの妖邪(ようじゃ)、水府(すいふ)に回帰(かいき)してより、衆精(しゅうせい=配下の精)を引(ひ)きて冰(こおり)の下(した)に在り。等候(まつ)こと多時(しばらく)なるに、ただ馬蹄(ばてい)の響(ひび)く処(ところ)を聴くや、彼は底(そこ)に在りて一箇の神通(じんずう)を弄(ろう)し、滑喇(かつらつ)と冰凍(ひょうとう)を迸(ほとばし)り開(ひら)く。慌てたるかな孫大聖(そんたいせい)、空中に跳(と)び上(あ)がるより早(はや)く、かの白馬(はくば)を水内(すいない)に落(おと)し、三人(さんにん)尽(ことごと)く皆(みな)脱(ぬ)け下(お)りたり。かの妖邪(ようじゃ)、三蔵(さんぞう)を捉(とら)え、群精(ぐんせい)を引(ひ)きて径(ただち)に水府(すいふ)に回(もど)り、声(こえ)を厲(はげ)しくして高叫(たかよばわ)りす、「鰍妹(けつまい)何処(いずこ)に在(あ)るか」と。 老鰍婆(ろうけつば)、門に迎(むか)えて礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「大王、敢(あ)えて、敢えて!」と。妖邪(ようじゃ)言う、「賢妹(けんまい)、何(なん)とてこの言(ことば)を出(いだ)すか!一言既(すで)に出(い)づれば、駟馬(しば=四頭立ての馬)も追(お)い難(がた)し。原(もと)説(い)えり、汝が計(けい)に従(したが)いて唐僧(とうそう)を捉(とら)えなば、汝と与(とも)に拝(はい)して兄妹(けいまい)と為(な)らんと。今日(こんにち)果たして妙計(みょうけい)を成(な)し、唐僧(とうそう)を捉(とら)えたり。すなわち好(よ)く前言(ぜんげん)の味(み=趣旨)を了(おえ)たるか」と。 教えて言う、「小(こもの)ら、案桌(あんたく=膳)を抬(かつ)ぎ過(よ)ぎ、刀(かたな)を磨(と)ぎ快(するど)くし来(きた)れ。この和尚(おしょう)を将(も)ちて腹を剖(さ)き心を剜(えぐ)り、皮を剥(は)ぎ肉を剮(きざ)み、一壁廂(いっぺきしょう=一方)には楽器(がっき)を響動(きょうどう=鳴り響か)せ、賢妹(けんまい)と共(とも)にこれを食(くら)い、寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)せん」と。 鰍婆(けつば)言う、「大王、且(しばら)く彼を食(くら)うを休(や)めたまえ。恐(おそ)らくは彼が徒弟(でし)らの尋(たず)ね来(きた)りて吵鬧(そうどう=騒ぎ)せんことを。且(しばら)く両日(りょうじつ)を寧耐(ねいたい=静かに待)ち、あの者(もの)の尋(たず)ね来(きた)らざるを譲(ゆず)り、然(しか)る後(のち)剖(さ)き開(ひら)き、大王を請(しょう)じて上坐(じょうざ)せしめ、衆の眷族(けんぞく)環列(かんれつ=めぐり並)び、吹弾歌舞(すいだんかぶ)して大王に奉上(ほうじょう)し、従容(しょうよう=ゆったり)自(みずか)ら在(あるがまま)に享用(きょうよう)したまわば、却(かえ)って好(よ)からずや」と。かの怪(かい)、言に依(よ)り、唐僧(とうそう)を宮後(きゅうご)に蔵(かく)し、一箇の六尺(ろくしゃく)の長(なが)さの石匣(せきこう=石の箱)を使(もち)いて、中(なか)に盖(おお)い込(い)る。これ語(かた)らず。 さて、八戒・沙僧、水(みず)の裡(うち)に在りて行囊(こうのう)を撈(すく)い上(あ)げ、白馬(はくば)の身(み)の上に放(お)きて駄(にな)わせ、水路(すいろ)を分(わか)ち、浪(なみ)を涌(わ)かし波(なみ)を翻(ひるがえ)し、水(みず)を負(お)うて出(い)づるを、ただ見よ、行者、半空(はんくう)に在りてこれを見て、問うて言う、 「師父(しふ)は何処(いずこ)に在(あ)るか」 と。八戒言う、「師父(しふ)は陳(ちん)と姓(せい)し、名(な)を到底(とうてい=底まで)と改(あらた)めたり。如今(いま)尋(たず)ぬる処(ところ)無し、且(しばら)く岸(きし)に上(のぼ)りてまた区処(くしょ=処置)をなさん」と。 元来(もと)八戒は本(もと)天蓬元帥(てんぽうげんすい)の臨凡(りんぽん=下界に降りし)にして、彼が当年(むかし)天河(てんが)の八万(はちまん)の水兵(すいへい)大衆(だいしゅ)を掌管(しょうかん)せしにより、沙和尚(さおしょう)は流沙河(るさが)の内(うち)の出身(しゅっしん)、白馬(はくば)は本(もと)西海(せいかい)の龍孫(りゅうそん)なり。これ水性(すいしょう=水の性)を能(よ)く知(し)る所以(ゆえん)なり。大聖(たいせい)、空中に在りて指引(しいん=導)し、須臾(しばらく)にして東崖(とうがい=東の岸)に回(めぐ)り転(てん)じ、馬匹(ばひつ)を晒刷(さいさつ=乾かし磨き)し、衣裳(いしょう)を靦掠(めんりゃく=乾かし整え)し、大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を按(お)ろし落(おろ)し、一同(いちどう)に陳家荘(ちんかそう)の上(うえ)に到(いた)る。 早(はや)くに人(ひと)の二老(ふたりのろうじゃ)に報(しら)せて言う、「四箇(よったり)の経を取る老爺(ろうや)の、如今(いま)ただ三箇(みったり)を残(のこ)して来(きた)れり」と。兄弟(きょうだい)すなわち忙(いそ)ぎ門外(もんがい)に接(むか)え出(いだ)し、果たして衣裳(いしょう)のなお湿(ぬ)れるを見て言う、「老爺(ろうや)ら、我らかのごとく苦(くるし)みて留(とど)めしに、却(かえ)って肯(がえん)じて住(とど)まらず、ただこの様(さま)にしてこそ方(はじ)めて罷(や)まんとせしか。いかにして三蔵(さんぞう)老爺(ろうや)の見(み)えざるか」と。八戒言う、「三蔵(さんぞう)とは喚(よ)ばず、名(な)を改(あらた)めて陳到底(ちんとうてい)と喚(よ)ぶなり」と。 二老(ふたりのろうじゃ)、涙を垂(た)れて言う、「哀れむべし!哀れむべし!我は雪(ゆき)の融(と)くるを待(ま)ちて船(ふね)を備(そな)え相送(あいおく)らんと申(もう)せしに、堅(かた)く執(と)りて従(したが)わず、ついに性命(いのち)を喪(うしな)わしめたり!」と。行者言う、「老爺(ろうや)、古人(こじん)に替(かわ)りて憂(うれい)を耽(ふか)うな。我が師父(しふ)は彼の死(し)せず長命(ちょうめい)なるを管(つかさど)る。老孫(ろうそん)が知(し)るところ、決然(けつぜん)としてかの霊感大王(れいかんだいおう)の法(ほう)を弄(ろう)し算計(さんけい)して往(ゆ)きたるなり。汝且(しばら)く放心(ほうしん)せよ。我らと与(とも)に衣服(いふく)を漿(さら)い、関文(かんぶん)を晒(ほ)し、草料(そうりょう=飼葉)を取りて白馬(はくば)を喂(やしな)わせよ。我が弟兄(ていけい)のあの者(もの)を尋(たず)ね当(あ)て、師父(しふ)を救(すく)い出(いだ)し、索性(いっそ)草(くさ)を剪(き)り根(ね)を除(のぞ)き、汝(なんじ)が一荘(いっそう=村中)の人(ひと)に替(かわ)りて後患(こうがん)を除(のぞ)き、庶幾(こいねがわく)は永永(とこしえ)に安生(あんせい=安らか)を得(え)しめん」と。 陳老(ちんろう)これを聞き、満心(まんしん)に歓喜し、すなわち斎供(さいく=供応)を安排(もう)くるを命(めい)ず。兄弟(きょうだい)三人、飽(あ)くまで餐(くら)うこと一頓(ひとしきり)、馬匹(ばひつ)・行囊(こうのう)を陳家(ちんか)に交(わた)して看守(かんしゅ)せしめ、各(おのおの)兵器(へいき)を整(ととの)え、径(ただち)に道辺(どうへん)に赴(おもむ)きて師(し)を尋(たず)ね怪(かい)を擒(から)めんとす。 これ正(まさ)に、 誤(あやま)りて層氷(そうひょう)を踏(ふ)みて本性(ほんしょう)を傷(そこな)い、大丹(たいたん=丹薬)脱漏(だつろう)していかでか周全(しゅうぜん=完全)ならん? と。畢竟(ひっきょう)いかにしてか唐僧(とうそう)を救(すく)い得(う)るやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第四十九回 三蔵(さんぞう)、災(わざわい)有りて水宅(すいたく)に沈(しず)み 観音(かんのん)、難(なん)を救(すく)いて魚籃(ぎょらん)を現(あらわ)す さて、孫大聖(そんたいせい)と八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)の三人(さんにん)、陳老(ちんろう)に辞(わか)れを告(つ)げ、河辺(かへん)に来(きた)りて言(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)ら二人(ふたり)議(ぎ)して定(さだ)めよ、孰(たれ)か先(ま)ず水(みず)に下(お)りるべきか」と。八戒(はっかい)言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、我(われ)ら二人(ふたり)の手段(てだて)は如何(いかん)とも見(み)えず、やはり汝(なれ)が先(ま)ず水(みず)に下(お)りらるべきか」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「賢弟(けんてい)に隠(かく)して申(もう)さず。もし山(やま)の裡(うち)の妖精(ようせい)ならば、全(まった)く汝(なんじ)らの力(ちから)を費(ついや)すを用(もち)いぬが、水中(すいちゅう)の事(こと)は、我(われ)の往(ゆ)くべからざる処(ところ)なり。すなわち下海行江(かかいこうこう=海に下り江を行く)にも、我(われ)は須(かなら)ず避水訣(ひすいけつ=水を避ける呪文)を捻(ひね)り、或(ある)いは何(いず)れの魚蟹(ぎょかい=魚と蟹)の形(かたち)に変化(へんげ)してこそ、方(はじ)めて往(ゆ)き得(う)るなり。もしあの如(ごと)く訣(けつ)を捻(ひね)らば、却(かえ)って鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らすを得(え)ず、神通(じんずう)を使(つか)うを得(え)ず、妖怪(ようかい)を打(う)つを得(え)ず。我(われ)、久(ひさ)しく汝(なんじ)ら二人(ふたり)のすなわち慣水(かんすい=水に慣れた)の人(ひと)なるを知(し)れり。これ汝(なんじ)ら二人(ふたり)をして下(お)り往(ゆ)かしむる所以(ゆえん)なり」と。 沙僧(しゃそう)言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、小弟(しょうてい)は去(ゆ)き得(う)ると雖(いえど)も、但(ただ)水底(すいてい)の如何(いかん)を知(し)らず。我等(われら)皆(みな)共(とも)に去(ゆ)きて、兄君(あにぎみ)何(なに)の姿(すがた)に変作(へんさく=変わり成る)し、或(ある)いは我(われ)が汝(なれ)を負(お)ひて、水道(すいどう=水の道)を分(わ)かち、妖聖(ようせい)の巣穴(そうけつ)を尋(たず)ね著(あ)て、汝(なれ)先(ま)ず進(すす)み入(い)りて打聴(うちょう=探り聞く)せよ。もし師父(しふ)未(いま)だ傷損(しょうそん=傷つき損なう)せず、尚(な)お彼処(そこ)に在(あ)らば、我等(われら)好(よ)く力(ちから)を努(つと)めて征討(せいとう=討ち平らぐ)すべし。假若(もし)この怪(かい)の法(ほう)を弄(ろう)するに非(あら)ずして、或(ある)いは師父(しふ)を渰殺(えんさつ=水に沈め殺す)し、或(ある)いは妖(よう)に喰(く)われたるならば、我等(われら)苦(くる)しみ求(もと)むるを須(もち)いず、早(はや)く別(べつ)に道路(どうろ=道筋)を尋(たず)ぬるは如何(いかん)」と。 行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「賢弟(けんてい)の言(い)う処(ところ)理(り)有(あ)り。汝(なんじ)ら孰(たれ)か我(われ)を負(お)はん」と。八戒(はっかい)密(ひそ)かに喜(よろこ)んで思(おも)う、「この猴(さる=猿)は我(われ)を捉弄(とらん=からかい弄ぶ)すること幾許(いくばく)なるを知(し)らざりしが、今番(こんばん=この度)元来(もとより)水(みず)を会(え)せず。老猪(ろうちょ=俺さま)が彼(かれ)を負(お)ひて、また彼(かれ)を捉弄(とらん)して弄(もてあそ)ばん」と。呆子(ほうし=間の抜けた奴)笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として叫(さけ)んで言(い)う、「兄者(あにじゃ)、我(われ)が汝(なれ)を負(お)はん」と。行者(ぎょうじゃ)すなわち意(い)有(あ)るを知(し)れど、却(かえ)って将計就計(しょうけいしゅうけい=相手の計に乗ずる)して言(い)う、「是(ぜ)なり、また好(よ)し。汝(なれ)は悟浄(ごじょう)よりは些(いささ)か膂力(りょりょく=腕力)有(あ)り」と。八戒(はっかい)すなわち彼(かれ)を背負(せお)う。沙僧(しゃそう)水路(すいろ)を剖(さ)き開(ひら)き、弟兄(ていけい=兄弟)皆(みな)通天河(つうてんが)の裡(うち)に入(い)る。 水底(すいてい)に向(むか)って行(ゆ)くこと百十里(ひゃくじゅうり)の遠近(おちかく=遠さ)なるに、かの呆子(ほうし)行者(ぎょうじゃ)を捉弄(とらん)せんと欲(ほっ)す。行者(ぎょうじゃ)すなわち随(したが)って一根(いっこん)の毫毛(ごうもう=身の毛)を抜(ぬ)き取(と)り、変(へん)じて假身(かしん=偽りの身)と作(な)し、八戒(はっかい)の背(せ)に伏(ふ)せり。真身(しんしん)は変(へん)じて一箇(いっこ)の猪虱子(ちょしっし=豚の虱)と作(な)り、緊緊(きんきん=ぴったり)と他(かれ)の耳朶(じだ=耳)の裡(うち)に貼(てん)し著(つ)く。八戒(はっかい)正(まさ)に行(ゆ)くに、忽然(こつぜん)として一箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=つまずき)を打(う)ち、得故子(とくこし=わざとらしく)行者(ぎょうじゃ)を前(まえ)へと一投(ひとな)げし、撲(ぼく=ぽん)と一跌(いってつ=一転び)を跌(ふ)む。元来(もとより)かの假身(かしん)は本(もと)毫毛(ごうもう=身の毛)の変(へん)ずる処(ところ)なれば、却(かえ)って就(すなわ)ち飄(ひるがえ)り起(お)き去(さ)りて、無影無形(むえいむぎょう=影も形も無し)なり。 沙僧(しゃそう)言(い)う、「二哥(にいこう=次兄)よ、汝(なれ)は是(これ)如何(いかん)に説(と)くや。好(よ)く生(しょう)じて路(みち)を行(ゆ)かず、就(すなわ)ち泥(どろ)の裡(うち)に跌(ふ)むは、便(すなわ)ち罷(や)むも亦(また)可(か)なるに、却(かえ)って大哥(たいか=長兄)を何処(いずこ)へか跌(ふ)み往(ゆ)かしめたるを知(し)らず」と。八戒(はっかい)言(い)う、「かの猴(さる)は跌(ふ)むに禁(た)へず、一跌(ひとた)び跌(ふ)めば就(すなわ)ち跌(ふ)み化(か)し了(おわ)る。兄弟(きょうだい)よ、他(かれ)の死活(しかつ=死ぬも生くるも)を管(かん)する莫(なか)れ。我(われ)と汝(なれ)且(しばら)く去(ゆ)きて師父(しふ)を尋(たず)ねん」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「不好(ふよし)なり。また他(かれ)の来(きた)るを得(え)ざるべからず。他(かれ)は水性(すいせい=水の性)を知(し)らずと雖(いえど)も、他(かれ)は我等(われら)より乖巧(かいこう=利口)なり。もし他(かれ)の来(きた)る無(な)からば、我(われ)は汝(なれ)と共(とも)に去(ゆ)かず」と。 行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)の耳朶(じだ)の裡(うち)に在(あ)りて、忍(しの)ぶを得(え)ずして高(たか)く叫(さけ)んで言(い)う、「悟浄(ごじょう)よ、老孫(ろうそん=俺さま)は是処(ここ)に在(あ)り也(なり)」と。沙僧(しゃそう)聴(き)き得(え)て、笑(わら)って言(い)う、「罷了(それまで)!この呆子(ほうし)は是(これ)死(し)したり!汝(なれ)如何(いかん)にして就(すなわ)ち敢(あ)えて他(かれ)を捉弄(とらん)するや!如今(いま)声(こえ)を聞(き)けども面(おもて)を見(み)ざるに為(な)し了(おわ)りて、却(かえ)って是(ぜ)如何(いかん)にすれば好(よ)きか」と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて泥(どろ)の裡(うち)に跪(ひざまず)き磕頭(がとう=地に頭を打ち付ける)して言(い)う、「兄者(あにじゃ)、是(これ)我(われ)が不是(あやまち=過ち)なり。師父(しふ)を救(すく)ひて岸(きし)に上(あ)がりてより礼(れい)を陪(ばい=詫びる)せんことを待(ま)て。汝(なれ)は何処(いずこ)に在(あ)りて声(こえ)を作(な)すや。就(すなわ)ち影(かげ)もて我(われ)を殺(ころ)さんとす!請(こ)う原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し出(いだ)せ。我(われ)汝(なれ)を負(お)はん。再(ふたた)び敢(あ)えて衝撞(しょうどう=ぶつかり当たる)せず」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「是(これ)汝(なれ)が尚(な)お我(われ)を負(お)ひて在(あ)る也(なり)。我(われ)汝(なれ)を弄(ろう)せず。汝(なれ)疾(と)く走(はし)れ!疾(と)く走(はし)れ!」と。かの呆子(ほうし)絮絮叨叨(じょじょとうとう=くどくどと)、只管(ひたすら)陪礼(ばいれい=詫び言)を念誦(ねんじゅ=唱える)し、爬(は)い起(お)きて沙僧(しゃそう)と又(また)進(すす)む。 行(ゆ)くこと又(また)百十里(ひゃくじゅうり)の遠近(おちかく)有(あ)りて、忽(たちま)ち頭(こうべ)を挙(あ)げて望(のぞ)み見(み)れば、一座(いちざ)の楼台(ろうだい=高楼)有(あ)り、上(うえ)に「水黿之第(すいげんしだい=水黿の館)」の四箇(よんこ)の大字(だいじ)有(あ)り。沙僧(しゃそう)言(い)う、「この廂(かた=あたり)こそ想(おも)うに妖精(ようせい)の住処(すみか)ならん。我(われ)ら二人(ふたり)は虚実(きょじつ=実の程)を知(し)らず、如何(いかん)にして門(もん)に上(のぼ)りて戦(たたかい)を索(もと)めん」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「悟浄(ごじょう)よ、かの門(もん)の裡(うち)と外(そと)に水(みず)有(あ)りや」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「水(みず)無(な)し」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「既(すで)に水(みず)無(な)からば、汝(なれ)再(ふたた)び左右(さゆう)に隠(かく)れ蔵(ぞう)し在(あ)れ、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて打聴(うちょう=探り聞く)するを待(ま)て」と。 好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、爬(は)い離(はな)れて八戒(はっかい)の耳朶(じだ)の裡(うち)より出(い)で、又(また)身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)し、一箇(ひとつ)の長脚蝦婆(ちょうきゃくかば=足長の蝦の媼)と変作(へんさく)し、两三跳(りょうさんちょう=二、三跳ね)に跳(と)びて門(もん)の裡(うち)に到(いた)る。眼(まなこ)を睜(ひら)いて見(み)る時(とき)、只(ただ)見(み)る、かの怪(かい)上(うえ)に坐(ざ)し在(あ)り、衆(しゅう)の水族(すいぞく=水の族)両辺(りょうべん)に擺列(はいれつ=並び列ぶ)し、一箇(ひとり)の斑衣鱖婆(はんいけつば=斑の衣を着た鱖の媼)側手(そくしゅ=脇手)に坐(ざ)し在(あ)り、皆(みな)唐(とう)の僧(そう)を喰(く)わんと議(ぎ)し商(しょう)す。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)に留(とど)め、両辺(りょうべん)を尋(たず)ね找(さが)すも見(み)えず、忽(たちま)ち一箇(ひとり)の大肚蝦婆(だいとかば=大腹の蝦の媼)の走(はし)り将(もっ)て来(きた)り、径(ただ)ちに西廊下(せいろうか=西の廊下)に往(ゆ)きて立(た)ち定(さだ)むるを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)跳(と)びて面前(めんぜん)に到(いた)り称呼(しょうこ=呼びかけ)して言(い)う、「姆姆(ぼぼ=おばあさん)よ、大王(だいおう)と衆(しゅう)は唐(とう)の僧(そう)を喰(く)わんと商議(しょうぎ=相談)すれど、唐(とう)の僧(そう)は却(かえ)って何処(いずこ)に在(あ)るか」と。蝦婆(かば)言(い)う、「唐(とう)の僧(そう)は大王(だいおう)に雪(ゆき)を降(ふ)らせ氷(こおり)を結(むす)ばれて、昨日(きのう)拿(とら)えて宮後(きゅうご=宮の裏)の石匣(せきこう=石の箱)の中間(ちゅうかん)に在(あ)り。只(ただ)明日(あす)他(かれ)の徒弟(とてい=弟子)たちの来(きた)りて吵闹(そうとう=騒ぎ立てる)無(な)きを等(ま)ちて、就(すなわ)ち楽(がく)を奏(そう)して享用(きょうよう=味わい用いる)する也(なり)」と。 行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)きて、一会(いちえ=しばらく)演(えん=もてあそび)じて、径(ただ)ちに尋(たず)ねて宮後(きゅうご)に到(いた)り、看(み)れば果(はた)して一箇(ひとつ)の石匣(せきこう=石の箱)有(あ)りて、却(かえ)って人家(じんか=人の家)の槽房(そうぼう=家畜小屋)の裡(うち)の猪槽(ちょそう=豚の餌桶)に象(に)たり、又(また)人間(にんげん)の一口(いっこう)の石棺材(せっかんざい=石の棺)の如(ごと)き様(よう)なり。量量(はかりはかり=測ってみる)に足(た)るらく六尺(ろくしゃく)の長短(ちょうたん=長さ)有(あ)り。却(かえ)って上(うえ)に伏(ふ)せり在(あ)りて、一会(いちえ)聴(き)けば、只(ただ)三蔵(さんぞう)の裡(うち)に在(あ)りて嚶嚶(えいえい=すすり泣くさま)として哭(な)くを聞(き)く也(なり)。 行者(ぎょうじゃ)言語(げんご=言葉)せず、耳(みみ)を側(そばだ)てて再(ふたた)び聴(き)けば、かの師父(しふ)牙(は)を挫(くじ)きて響(ひび)かせ、哏(こん=うめき)と一声(ひとこえ)発(はっ)して言(い)う、 「自(みずか)ら恨(うら)む、江流(こうりゅう=江に流されし身)の命(めい)の愆(つみ=過ち)有(あ)るを。  生(うま)るる時(とき)多少(たしょう)の水災(すいさい)に纏(まと)わるるを。  娘(はは)の胎腹(たいふく)を出(い)でて波浪(はろう)を淘(あら)い、  仏(ほとけ)を拝(はい)して西天(せいてん)に渺淵(びょうえん=遠き淵)に堕(お)つ。  前(さき)に黒河(こくが)に遇(あ)いて身(み)に難(なん)有(あ)り、  今(いま)氷解(ひょうげ=氷の解け)に逢(あ)いて命(めい)泉(いずみ)に帰(き)す。  知(し)らず徒弟(とてい)の能(よ)く来(きた)るや否(いな)や、  真経(しんきょう)を得(え)て故園(こえん=故郷)に返(かえ)る可(べ)きかを。」 行者(ぎょうじゃ)忍(しの)ぶを得(え)ず、叫(さけ)んで言(い)う、「師父(しふ)よ、水災(すいさい)を恨(うら)む莫(なか)れ。経(きょう)に云(いわ)く、土(ど)は乃(すなわ)ち五行(ごぎょう)の母(はは)、水(すい)は乃(すなわ)ち五行(ごぎょう)の源(みなもと)なり。土(ど)無(な)くんば生(しょう)ぜず、水(すい)無(な)くんば長(ちょう)ぜず。老孫(ろうそん=俺さま)の来(きた)れり!」と。三蔵(さんぞう)聞(き)き得(え)て言(い)う、「徒弟(とてい)よ、我(われ)を救(すく)へや!」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「汝(なれ)且(しばら)く心(こころ)を放(はな)て。我等(われら)の妖精(ようせい)を擒(とら)え住(じゅう)するを待(ま)てば、管(きっ)と汝(なれ)をして難(なん)を脱(だっ)せしむ」と。三蔵(さんぞう)言(い)う、「些(いささ)か児(すこし)疾(と)く下手(しゅしゅ=手を下す)せよ!又(また)一日(いちじつ)を停(とど)めば、足(た)すらに我(われ)を悶殺(もんさつ=悶え殺す)する也(なり)」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「没事(むじ=何でも無い)!没事(むじ)!我(われ)去(ゆ)かん也(なり)!」と。急(いそ)ぎて頭(こうべ)を回(めぐ)らし、跳(と)び将(もっ)て出(い)で、門外(もんがい)に到(いた)りて原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し叫(さけ)んで「八戒(はっかい)!」と。かの呆子(ほうし)と沙僧(しゃそう)近(ちか)づきて言(い)う、「兄者(あにじゃ)、如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「正(まさ)に是(これ)この怪(かい)の師父(しふ)を騙(あざむ)ける也(なり)。師父(しふ)は未(いま)だ傷損(しょうそん)せず、怪物(かいぶつ)に蓋(おお)われて石匣(せきこう)の下(した)に在(あ)り。汝(なんじ)ら二人(ふたり)疾(と)く早(はや)く戦(たたかい)を挑(いど)み、老孫(ろうそん)をして先(ま)ず水面(すいめん)に出(い)だしめよ。汝(なんじ)らもし他(かれ)を擒(とら)え得(う)れば就(すなわ)ち擒(とら)えよ。擒(とら)え得(え)ずんば、一箇(ひとつ)の佯輸(ようゆ=偽りの負け)を作(な)し、他(かれ)を引(ひ)きて水(みず)を出(い)だしめ、我(われ)の他(かれ)を打(う)たんを等(ま)て」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「兄者(あにじゃ)心(こころ)を放(はな)ちて先(ま)ず去(ゆ)け、小弟(しょうてい)らの貌(かたち)を鑑(かんが)み色(いろ)を弁(べん)ずるを待(ま)て」と。この行者(ぎょうじゃ)避水法(ひすいほう=水を避ける法)を捻(ひね)り、波(なみ)の裡(うち)を鑽(もぐ)り出(い)で、岸辺(がんべん)に停(とど)まり立(た)ちて等候(とうこう=待ち受ける)す。 汝(なんじ)看(み)よ、かの猪八戒(ちょはっかい)の凶(きょう)を行(おこな)い、門前(もんぜん)に闖(とお)り至(いた)り、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)ぶ、「潑怪物(はつかいぶつ=たわけの化物)!我(われ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)せ!」と。慌(あわ)てたるかの門裡(もんり)の小妖(しょうよう=小妖)急(いそ)ぎ報(ほう)じて、「大王(だいおう)、門外(もんがい)に人(ひと)有(あ)りて師父(しふ)を要(もと)むる也(なり)」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「これ定(さだ)めてかの潑和尚(はつおしょう=たわけの坊主)の来(きた)れるならん」と。教(さと)して、「疾(と)く披挂(ひかけ=甲冑)と兵器(へいき)を取(と)り来(きた)れ!」と。衆(しゅう)の小妖(しょうよう)連忙(れんぼう=大慌て)に取(と)り出(いだ)す。妖邪(ようじゃ)結束(けっそく=身支度)し了(おわ)り、兵器(へいき)を手(て)に執(と)り、即(すなわ)ち門(もん)を開(ひら)かしめ、走(はし)り将(もっ)て出(い)で来(きた)る。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に対(たい)して列(れつ)す。妖邪(ようじゃ)の如何(いかん)に披挂(ひかけ=武装)せるを見(み)よ。好(よ)き怪物(かいぶつ)なる哉(かな)!汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)を、   頭(こうべ)に戴(いだ)く金盔(きんかい=金の兜)は晃(こう)として且(また)輝(かがや)き、   身(み)に披(き)る金甲(きんこう=金の鎧)は虹霓(こうげい=虹)を掣(ひ)く。   腰(こし)に囲(めぐ)らす宝帯(ほうたい=宝の帯)は珠翠(しゅすい=珠と翡翠)を団(まる)くし、   足(あし)に踏(ふ)む煙黄(えんこう=煙る黄)の靴(くつ)は様(かたち)奇(き)なり。   鼻準(びじゅん=鼻筋)高(たか)く隆(りゅう=盛り上が)りて嶠(きょう=尖った峰)の聳(そび)ゆるが如(ごと)く、   天庭(てんてい=額)広(ひろ)く闊(かつ)として龍儀(りゅうぎ=龍の姿)の若(ごと)し。   眼光(がんこう=眼の光)閃灼(せんしゃく=きらめき)して円(まろ)く還(また)暴(あら)く、   牙歯(がし=歯)は鋼鋒(こうほう=鋼の切先)尖(とが)りて又(また)斉(そろ)う。   短髪(たんぱつ=短き髪)蓬松(ほうしょう=蓬と乱れ)として火焰(かえん)を飄(ひるがえ)し、   長鬚(ちょうしゅ=長き髭)瀟洒(しょうしゃ=さっぱり)として金錐(きんすい=金の錐)を挺(てい)す。   口(くち)に咬(か)む一枝(いっし)の青嫩藻(せいどんそう=青く柔らかき藻)、   手(て)に拿(と)る九瓣(きゅうべん=九つの花びら)の赤銅錘(せきどうつい=赤銅の鎚)。   一声(ひとこえ)咿啞(いあ=ぎいぎい)として門(もん)開(ひら)くる処(ところ)、   響(ひび)きは三春(さんしゅん=春三月)の驚蟄(けいちつ=啓蟄)の雷(かみなり)に似(に)たり。   この等(とう)の形容(けいよう=姿かたち)は人世(じんせい)に少(すくな)く、   敢(あ)えて霊顕大王(れいけんだいおう)の威(い)と称(しょう)す。 妖邪(ようじゃ)門(もん)を出(い)で得(え)て、随(したが)って後(うしろ)に百十箇(ひゃくじっこ=百か十ばかり)の小妖(しょうよう)有(あ)り、一箇一箇(いっこいっこ=めいめい)槍(やり)を輪(めぐ)らし剣(けん)を舞(ま)い、両哨(りょうしょう=両の組)に擺(はい=並び)き開(ひら)きて、八戒(はっかい)に向(むか)って言(い)う、「汝(なれ)は那(いず)れの寺(てら)の和尚(おしょう)ぞ、何(なん)の為(ため)に此(ここ)に到(いた)りて喧嚷(けんじょう=わめき立てる)か」と。八戒(はっかい)喝(かつ=どな)って言(い)う、「我(われ)は汝(なれ)を把(とっ)てこの打(う)ち死(し)せざる潑物(はつぶつ=たわけの化物)よ!汝(なんじ)前夜(ぜんや=昨夜)我(われ)と嘴(くち)を頂(さしはさ)みしに、今日(こんにち)如何(いかん)にして知(し)らずを推(お)して来(きた)りて我(われ)に問(と)うや。我(われ)は本(もと)東土(とうど=東の国)大唐(だいとう)の聖僧(しょうそう)の徒弟(とてい)にして、西天(せいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。汝(なんじ)玄虚(げんきょ=まやかし)を弄(ろう)し、假(いつわ)りて何(なん)の霊感大王(れいかんだいおう)を作(な)し、専(もっぱ)ら陳家荘(ちんかそう=陳家の村)に在(あ)りて童男童女(どうなんどうじょ=童の男と女)を喰(く)わんと要(もと)む。我(われ)は本(もと)陳清(ちんせい)が家(いえ)の一秤金(いっしょうきん)なるに、汝(なんじ)我(われ)を認(みと)め得(え)ざるか」と。 かの妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)この和尚(おしょう)、甚(はなは)だ理(り)無(な)し!汝(なんじ)一秤金(いっしょうきん)に変作(へんさく)すれば、該(まさ)に一箇(ひとつ)の名(な)を冒(おか)し替(か)わるるの罪(つみ)有(あ)るべきに、我(われ)は倒(かえ)って未(いま)だ汝(なんじ)を喰(く)わず、反(かえ)って汝(なんじ)に我(われ)が手背(しゅはい=手の甲)を傷(きず)つけられ、已(すで)に此(これ)汝(なんじ)を讓(ゆず)り了(おわ)るに、汝(なんじ)如何(いかん)にして又(また)我(われ)が門(もん)の上(うえ)を尋(たず)ねて来(きた)るや」と。八戒(はっかい)言(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に我(われ)を讓(ゆず)らば、却(かえ)って如何(いかん)にして又(また)冷風(れいふう=冷たい風)を弄(ろう)し、大(おお)きなる雪(ゆき)を下(くだ)し、堅(かた)き氷(こおり)を凍結(とうけつ)して、我(われ)が師父(しふ)を害(がい)するや。疾(と)く早(はや)く我(われ)が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)さば、万事(ばんじ)皆(みな)休(や)まん。牙(は)より半箇(はんこ=半分)の「不」の字(じ)を迸(ほとばし)らせば、汝(なんじ)只(ただ)手(て)の中(うち)の钯(は=馬鍬)を看(み)よ、決(けっ)して汝(なんじ)を饒(ゆる)さざる也(なり)」と。 妖邪(ようじゃ)言(こと)を聞(き)きて、微微(びび=かすか)と冷笑(れいしょう=あざわらい)して言(い)う、「この和尚(おしょう)、此(この)長舌(ちょうぜつ=長き舌)を売(う)り、大口(たいこう=大口を叩く)を胡夸(こか=やたらに誇る)。果(はた)して是(これ)我(われ)冷(つめた)きを作(な)し雪(ゆき)を下(くだ)し河(かわ)を凍(こお)らせ、汝(なんじ)が師父(しふ)を摂(とら)えし也(なり)。汝(なんじ)今(いま)門(もん)の上(うえ)に嚷(わめ)き来(きた)りて、取(と)り返(かえ)さんと思量(しりょう=思い量る)も、只(ただ)怕(おそ)らくはこの一番(いちばん)はかの一番(いちばん)に比(なら)べざらん。かの時節(じせつ=時)、我(われ)会(え=集会)に赴(おもむ)くに因(よ)りて、曾(かつ)て兵器(へいき)を帯(たい)し得(え)ざりしかば、誤(あやま)って汝(なんじ)の傷(きず)に中(あた)れり。汝(なんじ)如今(いま)且(しばら)く走(はし)るを休(や)めよ、我(われ)汝(なんじ)と交敵(こうてき=相敵する)三合(さんごう=三渡り)せん。三合(さんごう)我(われ)に敵(てき)し過(す)ぐれば、汝(なんじ)が師父(しふ)を還(かえ)さん。敵(てき)し過(す)ぎずんば、汝(なんじ)をも連(つれ=ともに)て一発(いっぱつ)に喰(く)わん」と。八戒(はっかい)言(い)う、「好(よ)き乖児子(かいじし=利口な倅)なる哉(かな)!正(まさ)に是(これ)この等(とう)の説(せつ)なり!細(こま)かに钯(は)を看(み)よ!」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)は元来(もとより)半路(はんろ=道半ば)の上(うえ)に出家(しゅっけ=家を出でて僧となる)せし和尚(おしょう)なり」と。八戒(はっかい)言(い)う、「我(われ)が児(こ)よ、汝(なんじ)真(まこと)に箇(たしか)に些(いささ)か霊感(れいかん)有(あ)るか、如何(いかん)にして就(すなわ)ち我(われ)の半路(はんろ)より出家(しゅっけ)せしを暁(さと)り得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)钯(は)を使(つか)うを会(え)すれば、想(おも)うに是(これ)何処(いずこ)の園(その)を種(う)るるに雇(やと)われ在(あ)りて、他(かれ)が釘钯(ていは=釘付きの馬鍬)を拐(かい=くすね)て将(もっ)て来(きた)れるならん」と。八戒(はっかい)言(い)う、「児子(じし=倅)よ、我(われ)がこの钯(は)はかの地(ち)を築(きず)くの钯(は)に非(あら)ず。汝(なんじ)看(み)よ、   巨歯(きょし=大きな歯)鋳(い)て如(も)し龍爪(りゅうそう=龍の爪)、   遜金(そんきん=金を遜る)妝(かざ)り来(きた)りて蟒形(もうけい=大蛇の形)に似(に)たり。   もし対敵(たいてき=相対する敵)に逢(あ)えば寒風(かんぷう=冷たい風)洒(そそ)ぎ、   但(ただ)相持(そうじ=持ち合う)に遇(あ)えば火焰(かえん)生(しょう)ず。   能(よ)く聖僧(しょうそう)と怪物(かいぶつ)を除(のぞ)き、   西方(せいほう)の路(みち)の上(うえ)に妖精(ようせい)を捉(とら)う。   輪(めぐ)らし動(うご)かせば煙雲(えんうん)日月(じつげつ)を遮(さえぎ)り、   使(つか)い開(ひら)けば霞彩(かさい=霞の彩)照(て)りて分(わか)ち明(あき)らかなり。   太山(たいざん)を築(きず)き倒(たお)せば千(せん)の虎(とら)怕(おそ)れ、   大海(たいかい)を掀(あお)り翻(ひるがえ)せば万(ばん)の龍(りゅう)驚(おどろ)く。   汝(なんじ)の威霊(いれい)に手段(てだて)有(あ)るを饒(ゆる)すも、   一築(ひとづ)きには須(かなら)ず九窟窿(きゅうくつろう=九つの穴)を教(きょう)ずべし!」 かの妖邪(ようじゃ)那処(いずく)にか肯(がえん)じて信(しん)ぜん、銅錘(どうつい=銅の鎚)を挙(あ)げて劈頭(へきとう=頭上から)より就(すなわ)ち打(う)つ。八戒(はっかい)釘钯(ていは)を使(つか)いて架(か=受け止め)ぎ住(じゅう)して言(い)う、「汝(なんじ)この潑物(はつぶつ)、元来(もとより)亦(また)半路(はんろ)の上(うえ)に成精(せいせい=精と成る)せし邪魔(じゃま=あくま)なるか」と。かの怪(かい)言(い)う、「汝(なんじ)如何(いかん)にして我(われ)の半路(はんろ)より成精(せいせい)せしを認(みと)め得(え)るや」と。八戒(はっかい)言(い)う、「汝(なんじ)銅錘(どうつい)を使(つか)うを会(え)すれば、想(おも)うに是(これ)何処(いずこ)かの銀匠(ぎんしょう=銀細工師)の家(いえ)に雇(やと)われ在(あ)りて炉(ろ)を扯(ひ=ふいごを引く)き、汝(なんじ)の手(て)を得(え)しに被(よ)りて、偸(ぬす)み将(もっ)て出(いだ)し来(きた)れるならん」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「これは是(これ)銀(ぎん)を打(う)つの錘(つい)に非(あら)ず。汝(なんじ)看(み)よ、   九瓣(きゅうべん=九つの花びら)集(あつ)め成(な)す花骨朶(かこつた=花の蕾)、   一竿(いっかん=一本の柄)虚孔(きょこう=うつろなる孔)万年青(まんねんせい)。   元来(もとより)凡間(ぼんかん=この世)の物(もの)に比(なら)べず、   出処(しゅっしょ=出所)は還(また)仙苑(せんえん=仙の園)より名(な)を得(う)。   緑房(りょくぼう=緑の室)紫菂(しでき=紫の実)瑶池(ようち=仙池)に老(お)い、   素質(そしつ=白き質)清香(せいこう=清き香)碧沼(へきしょう=碧き沼)に生(しょう)ず。   我(われ)の功(こう)を用(もち)いて摶煉(たんれん=こね鍛える)し過(す)ぐるに因(よ)りて、   堅(かた)きこと鋼(こう)の如(ごと)く鋭(するど)く徹(とお)りて霊(れい)に通(つう)ず。   槍刀剣戟(そうとうけんげき)渾(ことごと)く賽(せい=競う)い難(がた)く、   鉞斧戈矛(えつふかぼう=鉞・斧・戈・矛)敢(あ)えて経(ふ)るる莫(な)し。   縦(たと)い汝(なんじ)が钯(は)の能(よ)く利刃(りじん=鋭き刃)なるを讓(ゆず)るも、   吾(われ)が錘(つい)に湯(ふ)るれば迸(ほとばし)りて釘(てい)を折(お)らん!」 沙和尚(しゃおしょう)他(かれ)ら二人(ふたり)の話(はなし)に攀(よじのぼ)るを見(み)て、忍(しの)ぶを得(え)ず、近(ちか)づき前(まえ)に到(いた)りて高(たか)く叫(さけ)んで言(い)う、「かの怪物(かいぶつ)浪言(ろうげん=みだりな言)を得(う)る莫(なか)れ!古人(こじん)云(いわ)く、口説(こうぜつ=口に言う)は憑(たより)無(な)く、做出(さしゅつ=実際に為す)して便(すなわ)ち見(み)ゆ、と。走(はし)る莫(なか)れ!且(しばら)く我(われ)が一杖(いちじょう=一撃の杖)を喰(くら)へ!」と。妖邪(ようじゃ)錘杆(ついかん=鎚の柄)を使(つか)いて架(か)ぎ住(じゅう)して言(い)う、「汝(なんじ)も亦(また)半路(はんろ)の裡(うち)より出家(しゅっけ)せし和尚(おしょう)なり」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「汝(なんじ)如何(いかん)にして認(みと)め得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)がこの姿(すがた)、一箇(ひとり)の磨博士(まはくし=磨粉職人)の出身(しゅっしん=生まれ)に象(に)たり」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「如何(いかん)にして我(われ)の箇(ひとり)の磨博士(まはくし)に象(に)たるを認(みと)め得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)磨博士(まはくし)に非(あら)ざれば、如何(いかん)にして擀麺杖(かんめんじょう=麺棒)を使(つか)うを会(え)するや」と。沙僧(しゃそう)罵(ののし)って言(い)う、「汝(なんじ)この孽障(げっしょう=業障の者)、是(これ)も亦(また)曾(かつ)て見(み)ずや!   この般(ごと)き兵器(へいき)は人間(にんげん)に少(すくな)く、   此(ここ)を以(もっ)て宝杖(ほうじょう=宝の杖)の名(な)を知(し)り難(がた)し。   月宮(げっきゅう=月の宮)無影(むえい=影無き)の処(ところ)より出(い)で、   梭羅(さら=沙羅)の仙木(せんぼく=仙なる木)琢磨(たくま=みがき)て成(な)る。   外辺(がいへん=外側)に宝(ほう)を嵌(は)めて霞光(かこう)耀(かがや)き、   内裡(ないり=内側)に金(きん)を鑽(きりも)みて瑞気(ずいき=瑞の気)凝(こ)る。   先日(せんじつ)も曾(かつ)て御宴(ぎょえん=帝の宴)に陪(ばい=陪侍)し、   今朝(こんちょう)正(ただ)しきを秉(と)りて唐(とう)の僧(そう)を保(まも)る。   西方(せいほう)の路(みち)の上(うえ)に知識(ちしき=知る者)無(な)く、   上界(じょうかい=上の界)の宮中(きゅうちゅう)に大(おお)いなる名(な)有(あ)り。   喚(よ)んで降妖真宝杖(こうようしんほうじょう)と做(な)し、   管(きっ)と一下(いっか=一打)に天霊(てんれい=天の霊)を砕(くだ)くを教(きょう)ずべし!」 かの妖邪(ようじゃ)分説(ぶんせつ=言い分け)を容(い)れず、三家(さんか=三人)顔(かお)を変(へん)ず。この一場(いちば=一戦)、水底(すいてい)の下(した)に在(あ)りて好(よ)く殺(ころ)し合(あ)う、   銅錘(どうつい)宝杖(ほうじょう)と釘钯(ていは)、   悟能(ごのう)悟浄(ごじょう)妖邪(ようじゃ)と戦(たたか)う。   一箇(ひとり)は是(これ)天蓬(てんぽう)の世界(せかい)に臨(のぞ)み、   一箇(ひとり)は是(これ)上将(じょうしょう)の天涯(てんがい)に降(くだ)る。   他(かれ)二人(ふたり)夾攻(きょうこう=挟み攻め)して水怪(すいかい)に威武(いぶ=武威)を施(ほどこ)し、   この一箇(ひとり)独(ひと)り神僧(しんそう)に抵(あた)りて勢(いきおい)誇(ほこ)る可(べ)し。   分(ぶん)有(あ)り縁(えん)有(あ)って大道(だいどう)を成(な)し、   相(あい)生(しょう)じ相(あい)克(こく)して恒沙(ごうじゃ=ガンジス河の砂)を秉(と)る。   土(ど)は水(すい)を克(こく)し、水(すい)乾(かわ)きて底(そこ)を見(み)る。   水(すい)は木(もく)を生(しょう)じ、木(もく)旺(さか)んにして花(はな)開(ひら)く。   禅法(ぜんぽう)参修(さんしゅ=禅を参じ修す)して一体(いったい)に帰(き)し、   還丹(かんたん=還元の丹)炮煉(ほうれん=焼き鍛う)して三家(さんか)を伏(ふく)す。   土(ど)は是(これ)母(はは)、金芽(きんが=金の芽)を発(はっ)し、   金(きん)神水(しんすい)を生(しょう)じて嬰娃(えいあ=嬰児)を産(う)む。   水(すい)は本(もと)と為(な)り、木華(もくか=木の華)を潤(うるお)し、   木(もく)に輝煌(きこう=煌めき)有(あ)りて烈火(れっか)の霞(かすみ)を生(しょう)ず。   五行(ごぎょう)を集簇(しゅうぞく=寄せ集む)るに皆(みな)別異(べつい=各々異なり)、   故(ゆえ)に然(しか)りて顔(かお)を変(へん)じて各(おのおの)争(あらそ)い差(ちが)う。   看(み)よ彼(かれ)が銅錘(どうつい)の九瓣(きゅうべん)光明(こうみょう)好(よ)く、   宝杖(ほうじょう)の千絲(せんし=千の糸)彩繍(さいしゅう=彩りの刺繍)佳(よ)し。   钯(は)は陰陽(いんよう)に按(あん)じて九曜(くよう)を分(わ)かつも、   解数(げすう=技の数)を明(あき)らめざれば乱(みだ)れて麻(あさ)の如(ごと)し。   躯(み)を捐(す)て命(いのち)を棄(す)つるは僧(そう)の難(なん)に因(よ)り、   死(し)を忘(わす)れ生(せい)を舎(す)つるは釈迦(しゃか)の為(ため)なり。   ここを致(いた)して銅錘(どうつい)忙(いそが)しくして墜(お)ちず、   左(ひだり)に宝杖(ほうじょう)を遮(さえぎ)り右(みぎ)に钯(は)を遮(さえぎ)る。 三人(さんにん)水底(すいてい)の裡(うち)に在(あ)りて斗(たたか)うこと両箇(ふたつ)の時辰(じしん=二時間)を経(へ)るも、勝敗(しょうはい)を分(わ)かたず。猪八戒(ちょはっかい)料(はか)りて他(かれ)に贏(か)ち得(え)ざるを道(い)い、沙僧(しゃそう)に向(むか)って一箇(ひとつ)の眼色(がんしょく=目配せ)を投(な)ぐれば、二人(ふたり)詐(いつわ)りて敗(はい)し佯(いつわ)りて輸(ま)け、各(おのおの)兵器(へいき)を拖(ひきず)り、頭(こうべ)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(はし)る。かの怪物(かいぶつ)教(さと)して、「小(ちい)さき者(もの)ども、此(ここ)に扎住(さっじゅう=留まれ)!我(われ)のこの厮(やつ)を追(お)い著(つ)け、将(もっ)て来(きた)りて汝等(なんじら)と湊(あつ)めて喰(く)わんとす」と。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)風(かぜ)の敗葉(はいよう=散る葉)を吹(ふ)くが如(ごと)く、雨(あめ)の残花(ざんか=残りの花)を打(う)つに似(に)て、他(かれ)二人(ふたり)を將(ひき)いて水面(すいめん)を出(い)でしむ。 かの孫大聖(そんたいせい)東岸(とうがん)の上(うえ)に在(あ)りて、眼(まなこ)を転(てん)ぜず、只(ただ)河辺(かへん)の水勢(すいせい=水の勢い)を望(のぞ)み在(あ)るに、忽然(こつぜん)として波浪(はろう)の翻騰(ほんとう=逆巻く)し、喊声(かんせい=鬨の声)の号吼(ごうこう=吠え叫ぶ)するを見(み)る。八戒(はっかい)先(ま)ず岸(きし)に跳(と)び上(あ)がりて言(い)う、「来(きた)る!来(きた)る!」と。沙僧(しゃそう)も亦(また)岸辺(がんべん)に到(いた)りて言(い)う、「来(きた)る!来(きた)る!」と。かの妖邪(ようじゃ)随(したが)って後(うしろ)より叫(さけ)ぶ、「何処(いずこ)へか走(はし)る!」と。才(ようや)く頭(こうべ)を出(いだ)せるを、行者(ぎょうじゃ)に喝(かつ)して、「棍(こん=棒)を看(み)よ!」と言(い)わる。かの妖邪(ようじゃ)身(み)を閃(ひるがえ)して避(よ)け過(す)ぎ、銅錘(どうつい)を使(つか)いて急(いそ)ぎ架(か)ぎて相(あい)還(かえ)す。一箇(ひとり)は河辺(かへん)に浪(なみ)を涌(わ)かせ、一箇(ひとり)は岸上(がんじょう)に威(い)を施(ほどこ)す。手(て)を搭(かわ)して上(うえ)未(いま)だ三合(さんごう)を経(へ)ざるに、かの妖(よう)架(か)ぎ遮(さえぎ)るを得(え)ず、一箇(ひとつ)の花(はな=水花)を打(う)ちて、又(また)水(みず)の裡(うち)に淬(つ=潜る)み、ここに風(かぜ)平(たい)らかに浪(なみ)息(や)む。 行者(ぎょうじゃ)高崖(こうがい=高い崖)に回(かい)り転(てん)じて言(い)う、「兄弟(きょうだい)たち、辛苦(しんく=労い)なり」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、この妖精(ようせい)は、他(かれ)岸上(がんじょう)に在(あ)りては覚(おぼ)ゆるに不済(ふせい=役立たず)なれど、水底(すいてい)に在(あ)りては亦(また)尽(ことごと)く利害(りがい=手強い)也(なり)!我(われ)二哥(にいこう)と左右(さゆう)より斉(ひと)しく攻(せ)めしも、只(ただ)箇(ひとつ)の両平(りょうへい=引き分け)を戦(たたか)い得(え)たるのみ。却(かえ)って如何(いかん)に処置(しょち)して師父(しふ)を救(すく)はんや」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「疑(うたが)い遅(ち)るるを須(もち)いず、他(かれ)に師父(しふ)を傷(きず)つけられんことを恐(おそ)る」と。八戒(はっかい)言(い)う、「兄者(あにじゃ)、我(われ)この一去(いっきょ=一度行く)に他(かれ)を哄(だま)して出(いだ)さん。汝(なんじ)声(こえ)を作(な)すこと莫(なか)れ、但(ただ)只(ただ)半空(はんくう=中空)の裡(うち)に在(あ)りて等候(とうこう)し、他(かれ)の頭(こうべ)を鑽(もぐ)り出(いだ)すを估(はか)りて、却(かえ)って一箇(ひとつ)の搗蒜打(とうさんだ=蒜を搗くが如き打撃)を使(つか)い、他(かれ)が頂門(ちょうもん=頭頂)の上(うえ)に照(むか)って着着実実(ちゃくちゃくじつじつ=確実に)に一下(いっか)せよ!縦(たと)い打(う)ち死(し)にし得(え)ずとも、好(よ)くも亦(また)疼(いたみ)を護(まも)りて暈(くら)みを発(はっ)せん。却(かえ)って老猪(ろうちょ=俺さま)の追(お)い著(つ)きて一钯(ひとつのは)を等(ま)てば、管(きっ)と他(かれ)をして帳(ちょう=決着)を了(お)わらしむべし!」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「正(まさ)に是(これ)!正(まさ)に是(これ)!これを『裏応外合(りおうがいごう=内と外と呼応する)』と做(な)し、方(はじ)めて事(こと)を済(な)す可(べ)し」と。他(かれ)二人(ふたり)復(また)水(みず)の裡(うち)に入(い)る。 さて、かの妖邪(ようじゃ)陣(じん)に敗(はい)れて生(い)きんと逃(のが)れ、本宅(ほんたく=本の館)に回(かい)り帰(き)するに、衆妖(しゅうよう)宮中(きゅうちゅう)に接(むか)え到(いた)る。鱖婆(けつば)上(のぼ)り前(まえ)に到(いた)りて問(と)うて言(い)う、「大王(だいおう)、かの二人(ふたり)の和尚(おしょう)を何方(いずかた)までか追(お)い往(ゆ)きて来(きた)れるや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「かの和尚(おしょう)たち元来(もとより)還(また)一箇(ひとり)の幇手(ほうしゅ=助け手)有(あ)り。他(かれ)二人(ふたり)岸(きし)に跳(と)び上(あ)がり往(ゆ)きしに、かの幇手(ほうしゅ)一条(いちじょう)の鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして我(われ)を打(う)てり。我(われ)閃(ひるがえ)り過(す)ぎて他(かれ)と相(あい)持(じ=持ち合う)せしが、他(かれ)がかの棍子(こんし=棒)の多少(たしょう)の斤重(きんじゅう=重さ)有(あ)るをも知(し)らず、我(われ)が銅錘(どうつい)は架(か)ぎ得(う)ると想(おも)う莫(なか)れ。戦(たたか)い未(いま)だ三合(さんごう)ならざるに、我(われ)却(かえ)って敗(はい)して回(かい)り来(きた)れる也(なり)」と。 鱖婆(けつば)言(い)う、「大王(だいおう)、かの幇手(ほうしゅ)の甚(なん)なる相貌(そうぼう=姿かたち)なるを記(き)し得(え)るや」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「是(これ)一箇(ひとり)の毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし=毛だらけの顔に雷公の嘴)、査耳朶(さじだ=垂れ耳)、折鼻梁(せつびりょう=潰れた鼻梁)、火眼金睛(かがんきんせい=火の目に金の瞳)の和尚(おしょう)なり」と。鱖婆(けつば)説(せつ)を聞(き)きて、一箇(ひとつ)の寒噤(かんきん=寒け)を打(う)ちて言(い)う、「大王(ああ)!汝(なんじ)の俊(しゅん=目ざとい)を識(し)りて性命(しょうめい=命)を逃(のが)れ得(え)たるは幸(さいわい)なり!もし再(ふたた)び三合(さんごう)せば、決然(けつぜん)として全生(ぜんせい=全く生きる)を得(え)ざる也(なり)!かの和尚(おしょう)は我(われ)認(みと)め得(え)たり」と。妖邪(ようじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)彼(かれ)の是(これ)孰(たれ)なるを認(みと)め得(え)るや」と。鱖婆(けつば)言(い)う、「我(われ)当年(とうねん=昔)東洋海(とうようかい)の裡(うち)に在(あ)りて、曾(かつ)て老龍王(ろうりゅうおう)の他(かれ)が名誉(めいよ=名)を説(と)くを聞(き)き得(え)たり。乃(すなわ)ち五百年前(ごひゃくねんまえ)天宮(てんきゅう)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、混元一気(こんげんいっき)上方(じょうほう)太乙金仙(たいいっきんせん)美猴王(びこうおう)斉天大聖(せいてんたいせい)と称(しょう)せられ、如今(いま)仏教(ぶっきょう)に帰依(きえ)し、唐(とう)の僧(そう)を保(まも)りて西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんとし、名(な)を改(あらた)めて孫悟空(そんごくう)行者(ぎょうじゃ)と喚(よ)ばるる者(もの)なり。他(かれ)の神通(じんずう)広大(こうだい)にして、変化(へんげ)多端(たたん=様々)なり。大王(だいおう)、汝(なんじ)如何(いかん)にして他(かれ)を惹(いら)だてるや!今後(こんご)再(ふたた)び他(かれ)と戦(たたか)うこと莫(なか)れ」と。 説(と)き了(おわ)らざるに、只(ただ)門裡(もんり)の小妖(しょうよう)の来(きた)り報(ほう)ずるを見(み)る、「大王(だいおう)、かの二人(ふたり)の和尚(おしょう)又(また)門前(もんぜん)に来(きた)りて戦(たたかい)を索(もと)むる也(なり)」と。妖精(ようせい)言(い)う、「賢妹(けんまい=賢き妹)の見(けん=見解)る処(ところ)甚(はなは)だ長(たけ)たり。再(ふたた)び出(い)で去(ゆ)かず、他(かれ)の如何(いかん)にするを看(み)よ」と。急(いそ)ぎ伝令(でんれい=命令を伝う)して教(さと)す、「小(ちい)さき者(もの)ども、門(もん)を把(と)りて緊(かた)く閉(と)ざせ。正(まさ)に是(これ)君(きみ)の門外(もんがい)に叫(さけ)ぶに任(まか)すも、只(ただ)是(ただ)門(もん)を開(ひら)かず。他(かれ)をして両日(りょうじつ)纏(まと)わしめ、性(しょう=気)の攤(たん=くたびれ)りて回(かい)り去(さ)る時(とき)、我等(われら)却(かえ)って自(おのずか)ら在(あ)りて唐(とう)の僧(そう)を享用(きょうよう)せざらんや」と。かの小妖(しょうよう)一斉(いっせい)に皆(みな)石頭(せきとう=石)を搬(はこ)び、泥塊(でいかい=泥の塊)を塞(ふさ)ぎ、門(もん)を把(と)りて閉殺(へいさつ=閉め切る)。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)連(つづ)けに叫(さけ)ぶも出(い)で来(きた)らず。呆子(ほうし)心(こころ)焦(じれ)って、就(すなわ)ち釘钯(ていは)を使(つか)いて門(もん)を築(きず)く。かの門(もん)は已(すで)に此(これ)緊(かた)く閉(と)ざし牢(ろう)く関(かん=閉ざす)して、想(おも)うに能(よ)く彀(た)る可(べ)からず。他(かれ)が七八钯(しちはちは=七、八撃)に被(よ)りて門扇(もんせん=扉)を築(きず)き破(やぶ)るも、裡(うち)は却(かえ)って皆(みな)泥土(でいど)と石塊(せっかい)にて、高(たか)く千層(せんそう=幾重にも)迭(つみかさ)ねたり。沙僧(しゃそう)見(み)て言(い)う、「二哥(にいこう)よ、この怪物(かいぶつ)懼(おそ)るること甚(はなは)だしく、門(もん)を閉(と)ざして出(い)でず。我(われ)と汝(なれ)且(しばら)く河崖(かがい=川の崖)に回(かい)り上(のぼ)り、再(ふたた)び大哥(たいか)と計較(けいこう=相談)して去(ゆ)き来(きた)らん」と。八戒(はっかい)言(こと)に依(よ)りて、径(ただ)ちに東岸(とうがん)に転(てん)ず。 かの行者(ぎょうじゃ)半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧の中間)に在(あ)りて、鉄棒(てつぼう)を提(さ)げて等候(とうこう)し在(あ)る也(なり)。他(かれ)二人(ふたり)の上(のぼ)り来(きた)るを看(み)るに、妖怪(ようかい)の見(み)えざれば、即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を按(おさ)えて岸辺(がんべん)に迎(むか)え至(いた)り、問(と)うて言(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、かの話児(わじ=例の奴)は如何(いかん)にして上(のぼ)り来(きた)らざるや」と。沙僧(しゃそう)言(い)う、「かの怪物(かいぶつ)宅門(たくもん=館の門)を緊(かた)く閉(と)ざして、再(ふたた)び出(い)で来(きた)りて面(おもて)を見(み)せず。二哥(にいこう)の門扇(もんせん)を打(う)ち破(やぶ)りて看(み)るに被(よ)りて、かの裡(うち)は皆(みな)些(いささ)かの泥土(でいど)と石塊(せっかい)を使(つか)いて実実(じつじつ=ぎっしり)と迭(つみかさ)ね住(じゅう)せり。此(ここ)を以(もっ)て戦(たたかい)を得(う)る能(あた)わず、却(かえ)って来(きた)りて兄者(あにじゃ)と計議(けいぎ=相談)し、再(ふたた)び如何(いかん)に法(ほう)を設(もう)けて師父(しふ)を救(すく)わんとす」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「この般(ごと)きに似(に)ては却(かえ)って法(ほう)の治(なお)す可(べ)き無(な)し。汝(なんじ)ら二人(ふたり)只(ただ)河岸(かがん)の上(うえ)に在(あ)りて巡視(じゅんし=見回り)し在(あ)れ、他(かれ)の別処(べっしょ)へ往(ゆ)き走(はし)るを放(はな)つこと不可(ふか)なり。我(われ)の去(ゆ)き来(きた)るを待(ま)て」と。八戒(はっかい)言(い)う、「兄者(あにじゃ)、汝(なんじ)何処(いずこ)へか往(ゆ)くや」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「我(われ)普陀岩(ふだいわん=普陀の岩)に上(のぼ)りて菩薩(ぼさつ)を拝(はい)し問(と)わん。この妖怪(ようかい)の何処(いずこ)の出身(しゅっしん)にして、姓(せい)は甚(なん)と名(な)は孰(たれ)なるを看(み)ん。他(かれ)が祖居(そきょ=先祖の住処)を尋(たず)ね著(あ)て、他(かれ)が家属(かぞく=家族)を拿(とら)え、他(かれ)が四隣(しりん=四方の隣)を捉(とら)えて、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて怪(かい)を擒(とら)え師(し)を救(すく)わん」と。八戒(はっかい)笑(わら)って言(い)う、「兄者(あにじゃ)や、この等(とう)に干(な)さんは、只(ただ)是(これ)忒(はなは)だ事(こと)を費(ついや)し、時辰(じしん=時)を担擱(たんかく=遅らせる)のみ」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「管(きっ)と汝(なんじ)に事(こと)を費(ついや)さず、担擱(たんかく)せしめず!我(われ)去(ゆ)きて就(すなわ)ち来(きた)らん!」と。 好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、急(いそ)ぎ祥光(しょうこう=瑞光)を縦(はな)ち、河口(こうこう)を避(よ)け離(はな)れ、径(ただ)ちに南海(なんかい)に赴(おもむ)く。何処(いずく)にか半箇(はんこ)の時辰(じしん)を消(しょう=費やす)せん、早(はや)くも落伽山(らくかさん)の遠(とお)からざるを望(のぞ)み見(み)る。雲頭(うんとう)を低(ひく)くして、径(ただ)ちに普陀崖(ふだいがい)の上(うえ)に至(いた)る。只(ただ)かの二十四路(にじゅうしろ)の諸天(しょてん=諸の天)と守山大神(しゅざんだいしん)、木吒行者(もくたぎょうじゃ)、善財童子(ぜんざいどうじ)、捧珠竜女(ほうじゅりゅうにょ)の、一斉(いっせい)に上(のぼ)り前(まえ)に到(いた)り、迎(むか)えて施礼(せれい=礼を施す)して言(い)う、「大聖(たいせい)何(いず)れよりか来(きた)る」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「事(こと)有(あ)りて菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えんと要(もと)む」と。衆神(しゅうしん)言(い)う、「菩薩(ぼさつ)今朝(こんちょう)洞(どう)を出(い)でらるるに、人(ひと)の随(したが)うを許(ゆる)さず、自(みずか)ら竹林(ちくりん)の裡(うち)に入(い)りて観玩(かんがん=眺め楽しむ)。大聖(たいせい)の今日(こんにち)必(かなら)ず来(きた)るべきを知(し)りて、我等(われら)に此(ここ)に在(あ)りて大聖(たいせい)を候接(こうせつ=待ち迎える)し、就(すなわ)ち見(まみ)ゆ可(べ)からざるを吩咐(ふんふ=言いつけ)せり。請(こ)う翠岩(すいがん=緑の岩)の前(まえ)に聊(いささ)か片時(へんじ=しばらく)坐(ざ)せ。菩薩(ぼさつ)の出(い)で来(きた)るを待(ま)たば、自(おのずか)ら道理(どうり=計らい)有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)に依(よ)るも、未(いま)だ坐(ざ)せざるに、又(また)かの善財童子(ぜんざいどうじ)の上(のぼ)り前(まえ)に到(いた)りて施礼(せれい)するを見(み)て言(い)う、「孫大聖(そんたいせい)、前(さき)に盛意(せいい=厚意)を蒙(こうむ)り、幸(さいわい)に菩薩(ぼさつ)の棄(す)てず収(おさ)め留(とど)めらるるに、早晩(そうばん=朝な夕な)左右(さゆう)を離(はな)れず、専(もっぱ)ら蓮台(れんだい=蓮の台)の下(した)に侍(じ=仕える)して、甚(はなは)だ善慈(ぜんじ=慈悲)を得(う)」と。行者(ぎょうじゃ)是(これ)紅孩児(こうがいじ)なるを知(し)り、笑(わら)って言(い)う、「汝(なんじ)かの時節(じせつ)は魔業(まごう=魔の業)心(こころ)を迷(まよ)わせしが、今朝(こんちょう)正果(しょうか=悟りの実)を得(う)るに至(いた)りて、才(ようや)く老孫(ろうそん=俺さま)の是(これ)好人(こうじん=善き人)なるを知(し)れる也(なり)」と。 行者(ぎょうじゃ)久(ひさ)しく等(ま)てども見(み)えず、心(こころ)焦(じれ)って言(い)う、「列位(れっい=皆様)我(われ)が為(ため)に伝報(でんぽう=取り次ぎ)せよ。但(ただ)遅(おく)るれば、吾(われ)が師(し)の命(いのち)を傷(きず)つけんことを恐(おそ)る」と。諸天(しょてん)言(い)う、「敢(あ)えて報(ほう)ぜず。菩薩(ぼさつ)の吩咐(ふんふ)に、只(ただ)他(かれ)の自(みずか)ら出(い)で来(きた)るを等(ま)て、と」と。 行者(ぎょうじゃ)性急(せいきゅう=気短か)にして、何処(いずく)にか等(ま)ち得(う)ん、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて裡(うち)へ往(ゆ)かんと便(すなわ)ち走(はし)る。噫(ああ)!この美猴王(びこうおう)、性(しょう)急(きゅう)にして能(よ)く鵲薄(じゃくはく=せっかち)なり。諸天(しょてん)留(とど)むるを得(え)ず、裡辺(りへん=奥)へ往(ゆ)かんと要(もと)む。歩(あゆみ)を曳(ひ)いて深林(しんりん=深き林)に入(い)り、眼(まなこ)を睜(ひら)いて偸(ひそ)かに覷(うかが)い著(つ)く。   遠(とお)く救苦尊(くくそん=苦を救う尊)を観(み)れば、   盤(あぐら)坐(ざ)して残(のこ)れる箬箬(じゃくじゃく=竹の葉)を襯(し)く。   懶散(らんさん=だらしなく)として梳妝(そしょう=身支度)を怕(おそ)れ、   容顔(ようがん=顔かたち)多(おお)く綽約(しゃくやく=しとやか)たり。   散(さん)じて一窩絲(いっかし=一塊の髪)を挽(ま)き、   未(いま)だ曾(かつ)て纓絡(ようらく=飾り紐)を戴(いだ)かず。   素藍袍(そらんほう=白藍の袍)を掛(か)けず、   貼身(てっしん=肌着)の小襖(しょうおう=小さな上着)を縛(しば)る。   漫(みだ)りに腰(こし)に錦裙(きんくん=錦の裙)を束(たば)ね、   一双(いっそう=両)の脚(あし)を赤(あか)くせり。   披肩(ひけん=肩掛け)の繍帯(しゅうたい=刺繍の帯)無(な)く、   精光(せいこう=つるつる)たる両臂膊(りょうひはく=両の腕)。   玉手(ぎょくしゅ=玉の手)に鋼刀(こうとう=鋼の刀)を執(と)り、   正(まさ)に竹皮(ちくひ=竹の皮)を把(と)りて削(けず)る在(あ)り。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て、忍(しの)ぶを得(え)ず、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(さけ)んで言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、弟子(でし)孫悟空(そんごくう)志心(ししん=心を尽くし)朝礼(ちょうれい=礼拝)す」と。菩薩(ぼさつ)教(さと)して、「外面(がいめん)に俟候(しこう=控え待て)」と。行者(ぎょうじゃ)叩頭(こうとう=頭を地に打ち付ける)して言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、我(われ)が師父(しふ)難(なん)有(あ)り、特に来(きた)りて通天河(つうてんが)の妖怪(ようかい)の根源(こんげん=元)を拝(はい)し問(と)う」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く出(い)で去(ゆ)け、我(われ)の出(い)で来(きた)るを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)敢(あ)えて強(し)いるを得(え)ず、只(ただ)竹林(ちくりん)を走(はし)り出(い)でるを得(え)、衆(しゅう)の諸天(しょてん)に向(むか)って言(い)う、「菩薩(ぼさつ)今日(こんにち)又(また)家事(かじ=家の道具)を重置(ちょうち=新たに整う)せらるる也(なり)。如何(いかん)にして蓮台(れんだい)に坐(ざ)せず、妝飾(しょうしょく=身支度)せず、喜(よろこ)ばずして、林(はやし)の裡(うち)に在(あ)りて篾(べん=竹ひご)を削(けず)りて何(なに)を做(な)さるるや」と。諸天(しょてん)言(い)う、「我等(われら)は却(かえ)って知(し)らず。今朝(こんちょう)洞(どう)を出(い)でらるるに、未(いま)だ曾(かつ)て妝束(しょうそく=身支度)せざるに、就(すなわ)ち林中(りんちゅう)に入(い)り往(ゆ)かれ、又(また)我等(われら)に此(ここ)に在(あ)りて大聖(たいせい)を接候(せっこう=待ち迎える)せよと教(おし)えらるるは、必(かなら)ず大聖(たいせい)の事(こと)有(あ)るが為(ため)ならん」と。行者(ぎょうじゃ)没奈何(ぼうなか=致し方無く)、只(ただ)等候(とうこう)するを得(え)るのみ。 多(あま)たの時(とき)を経(へ)ずして、只(ただ)菩薩(ぼさつ)の手(て)に一箇(ひとつ)の紫竹籃児(しちくらんじ=紫竹の籠)を提(さ)げて林(はやし)より出(い)でて、「悟空(ごくう)、我(われ)汝(なんじ)と唐(とう)の僧(そう)を救(すく)いに去(ゆ)かん」と言(い)うを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(くだ)って言(い)う、「弟子(でし)敢(あ)えて催促(さいそく=急かす)せず。且(しばら)く請(こ)う、菩薩(ぼさつ)衣(ころも)を着(き)て座(ざ)に登(のぼ)られよ」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「衣(ころも)を着(き)るを消(もち)いず、此(この)儘(まま)に就(つ)いて去(ゆ)かん也(なり)」と。かの菩薩(ぼさつ)諸天(しょてん)を撇(す)て下(お)ろし、祥雲(しょううん)を縦(はな)ちて騰空(とうくう=空に騰る)し去(さ)るに、孫大聖(そんたいせい)只(ただ)相(あい)随(したが)うを得(う)るのみ。 頃刻(けいこく=またたく間)の間(あい)に、通天河(つうてんが)の界(さかい)に到(いた)る。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)看(み)て言(い)う、「師兄(しきょう)の性急(せいきゅう)なるよ、南海(なんかい)に在(あ)りて如何(いかん)に乱(みだ)りに嚷(わめ)き乱(みだ)りに叫(さけ)びしや、一箇(ひとり)の未(いま)だ梳妝(そしょう)せざる菩薩(ぼさつ)を將(つ)れて逼(せま)り来(きた)れるは」と。説(と)き了(おわ)らざるに、河岸(かがん)に到(いた)る。二人(ふたり)下(くだ)り拝(はい)して言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、我等(われら)擅(ほしいまま)に干(おか)せり。罪(つみ)有(あ)り!罪(つみ)有(あ)り!」と。菩薩(ぼさつ)即(すなわ)ち一根(いっこん)の襖(おう=上着)を束(たば)ぬるの絲縧(しとう=絹の帯)を解(と)き下(おろ)し、籃児(らんじ=籠)を將(もっ)て拴(つな)ぎ定(さだ)め、絲縧(しとう)を提(さ)げて、半(なかば)雲彩(うんさい=雲)を踏(ふ)み、抛(なげう)ちて河(かわ)の中(うち)に在(あ)らしめ、上(かみ)の方(ほう)の溜頭(りゅうとう=流れの頭)へ扯(ひ)き著(つ)けて、口(くち)に頌子(じゅす=呪文)を念(ねん)じて言(い)う、「死(し)せるは去(さ)れ、活(い)けるは住(とど)まれ。死(し)せるは去(さ)れ、活(い)けるは住(とど)まれ!」と。七遍(しちへん=七度)念(ねん)じて、籃児(らんじ)を提(さ)げ起(おこ)せば、但(ただ)見(み)る、かの籃(かご)の裡(うち)に亮灼灼(りょうしゃくしゃく=きらきら)と一尾(いちび)の金魚(きんぎょ)有(あ)りて、還(なお)眼(まなこ)を瞬(またた)かせ鱗(うろこ)を動(うご)かす。菩薩(ぼさつ)叫(さけ)んで、「悟空(ごくう)、疾(と)く水(みず)に下(お)りて汝(なんじ)が師父(しふ)を救(すく)へや」と言(い)う。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「未(いま)だ曾(かつ)て妖邪(ようじゃ)を拿(とら)え住(じゅう)せざるに、如何(いかん)にして師父(しふ)を救(すく)い得(う)べきや」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「この籃児(らんじ)の裡(うち)に是(あら)ざるか」と。八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)拝(はい)し問(と)うて、「この魚(うお)如何(いかん)にして生(しょう)ずるや、かの等(とう)の手段(てだて)有(あ)りしは」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「他(かれ)は本(もと)我(われ)が蓮花池(れんかち=蓮の池)の裡(うち)に養(やしな)い大(おお)きくせし金魚(きんぎょ)にして、毎日(まいにち)頭(こうべ)を浮(うか)べて経(きょう)を聴(き)き、手段(てだて)を修(しゅ)し成(な)せり。かの一柄(いっぺい)の九瓣(きゅうべん)の銅錘(どうつい)は、乃(すなわ)ち一枝(いっし)の未(いま)だ開(ひら)かざる菡萏(かんたん=蓮の蕾)にして、他(かれ)に運(めぐ)らし煉(ね)られて兵(へい=武器)と成(な)れる也(なり)。何(いず)れの一日(いちじつ)なるを知(し)らず、海潮(かいちょう=海の潮)泛(みなぎ)り漲(みち)て、走(はし)りて此(ここ)の間(あいだ)に到(いた)れり。我(われ)今朝(こんちょう)欄(らん=手すり)に扶(すが)りて花(はな)を看(み)るに、却(かえ)ってこの厮(やつ)の出(い)で拝(はい)するを見(み)ざりしかば、指(ゆび)を掐(つま)み紋(もん=手相)を巡(めぐ)りて、他(かれ)の此(ここ)に在(あ)りて精(せい)と成(な)り、汝(なんじ)が師父(しふ)を害(がい)するを算(さん)し著(あ)てたり。此(ここ)を以(もっ)て未(いま)だ梳妝(そしょう)に及(およ)ばず、神功(しんこう=神の業)を運(めぐ)らし、竹籃児(ちくらんじ=竹の籠)を織(お)り箇(ひとつ)作(つく)りて他(かれ)を擒(とら)えたる也(なり)」と。 行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「菩薩(ぼさつ)、既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、且(しばら)く片時(へんじ=しばし)待(ま)て。我等(われら)陳家荘(ちんかそう)の衆(しゅう)の信人(しんじん=信心者)たちを叫(よ)び来(きた)らせ、菩薩(ぼさつ)の金面(きんめん=尊顔)を看(み)しめん。一(ひとつ)には恩(おん)を留(とど)め、二(ふたつ)にはこの怪(かい)を収(おさ)むるの事(こと)を説(と)き、好(よ)く凡人(ぼんじん)をして信心(しんじん)して供養(くよう)せしめん」と。菩薩(ぼさつ)言(い)う、「也(また)罷(よか)ろう。汝(なんじ)疾(と)く去(ゆ)きて叫(よ)び来(きた)れ」と。かの八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)、一斉(いっせい)に飛(と)び跑(はし)りて荘前(そうぜん=村の前)に至(いた)り、高(たか)く呼(よ)ばわって言(い)う、「皆(みな)来(きた)りて活観音菩薩(かつかんのんぼさつ=生き観音)を看(み)よ!皆(みな)来(きた)りて活観音菩薩(かつかんのんぼさつ)を看(み)よ!」と。一荘(いっそう=村中)の老幼(ろうよう=老いも若きも)男女(だんじょ)皆(みな)河辺(かへん)に向(むか)い、泥水(でいすい=泥水)を顧(かえり)みず、皆(みな)裡(うち)に跪(ひざまず)き入(い)りて、磕頭(がとう)し礼拜(らいはい=礼拝)す。中(うち)に善(よ)く図画(とが=絵)を描(えが)く者(もの)有(あ)りて、影神(えいしん=肖像)を伝(つた)え下(おろ)す。これをこそ是(これ)魚籃観音(ぎょらんかんのん=魚籠の観音)の現身(げんしん=姿を現す)とは為(な)す也(なり)。当時(とうじ)菩薩(ぼさつ)は就(すなわ)ち南海(なんかい)に帰(かい)す。 八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)、水道(すいどう=水の道)を分(わ)かち、径(ただ)ちにかの水黿之第(すいげんしだい)に往(ゆ)きて師父(しふ)を尋(たず)ね找(さが)す。元来(もとより)かの裡辺(りへん=奥)の水怪魚精(すいかいぎょせい=水の怪と魚の精)は、尽(ことごと)く皆(みな)死(し)し爛(ただ)れたり。却(かえ)って後宮(こうきゅう=奥の宮)に入(い)り、石匣(せきこう=石の箱)を掲(あ)け開(ひら)き、唐(とう)の僧(そう)を負(お)ひて、波津(はしん=波の渡し)を出(い)で離(はな)れ、衆(しゅう)と相(あい)見(み)ゆ。かの陳清(ちんせい)兄弟(きょうだい)叩頭(こうとう)して称謝(しょうしゃ=感謝)して言(い)う、「老爺(ろうや=旦那)は小人(しょうじん=私め)の勧(すす)めて留(とど)まるを依(よ)らざりしに因(よ)りて、此(かく)の如(ごと)き苦(くるしみ)を受(う)けしむるを致(いた)せり」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「説(と)くを消(もち)いず。汝等(なんじら)が此(ここ)の人家(じんか=家々)は、下年(かねん=翌年)再(ふたた)び祭賽(さいさい=祭り)を用(もち)いず。かの大王(だいおう)は已(すで)に此(これ)根(こん)を除(のぞ)かれて、永(とこしえ)に傷害(しょうがい=危害)無(な)し。陳老児(ちんろうじ=陳じいさん)、如今(いま)才(ようや)く好(よ)く汝(なんじ)を累(わずらわ)す可(べ)し。疾(と)く一只(いっせき)の船(ふね)を尋(たず)ね、我等(われら)を送(おく)りて河(かわ)を過(わた)り去(さ)らしめよ」と。かの陳清(ちんせい)言(い)う、「有(あ)る!有(あ)る!有(あ)る!」と。就(すなわ)ち板(いた)を解(と)きて船(ふね)を打(う)たしむ。衆(しゅう)の荘客(そうかく=村の者)この言(こと)を聞(き)き得(え)て、喜(よろこ)び捨(す=寄進)せざるは無(な)し。かの者(もの)は「我(われ)桅篷(いほう=帆)を買(か)わん」と道(い)い、この者(もの)は「我(われ)篙槳(こうしょう=棹と櫂)を弁(そな)えん」と道(い)い、或(ある)いは「我(われ)縄(なわ)を出(いだ)さん」と説(と)き、或(ある)いは「我(われ)水手(すいしゅ=船頭)を雇(やと)わん」と説(と)く。正(まさ)に皆(みな)河辺(かへん)の上(うえ)に在(あ)りて吵闹(そうとう=騒ぎ立てる)するに、忽(たちま)ち河(かわ)の中間(ちゅうかん)より高(たか)く叫(さけ)ぶを聞(き)く、「孫大聖(そんたいせい)、船(ふね)を打(う)つこと莫(なか)れ、人家(じんか)の財物(ざいぶつ)を花費(かひ=費やす)するな。我(われ)汝(なんじ)ら師徒(しと=師弟)たちを送(おく)りて過(わた)らん」と。 衆人(しゅうじん)説(せつ)を聞(き)きて、箇箇(ここ=めいめい)心(こころ)に驚(おどろ)き、胆(きも)の小(ちい)さき者(もの)は走(はし)りて家(いえ)に回(かい)り、胆(きも)の大(おお)きき者(もの)は戦兢兢(せんきょうきょう=おののきつつ)貪(むさぼ)り看(み)る。須臾(しゅゆ=しばらく)にして、かの水(みず)の裡(うち)より一箇(ひとり)の怪(かい)の鑽(もぐ)り出(い)づる有(あ)り。汝(なんじ)道(い)え、如何(いかん)に生(しょう)ずる姿(すがた)なるか、   方頭(ほうとう=四角き頭)の神物(しんぶつ)は凡品(ぼんぴん=並の品)に非(あら)ず、   九助(きゅうじょ=九つの助け)霊機(れいき=霊妙)にして水仙(すいせん=水の仙)と号(ごう)す。   尾(お)を曳(ひ)きて能(よ)く千紀(せんき=千年)の寿(いのち)を延(の)べ、   身(み)を潜(ひそ)めて静(しず)かに百川(ひゃくせん)の淵(ふち)に隠(かく)る。   波(なみ)を翻(ひるがえ)し浪(なみ)を跳(と)んで江岸(こうがん)を衝(つ)き、   日(ひ)に向(むか)い風(かぜ)に朝(むか)いて海辺(かいへん)に臥(ふ)す。   気(き)を養(やしな)い霊(れい)を含むは真(まこと)に道(みち)有(あ)り、   多年(たねん=長年)粉(ふん)を盖(おお)える癩頭黿(らいとうげん=瘡頭の大鼈)。 かの老黿(ろうげん=老いた大鼈)又(また)叫(さけ)んで、「大聖(たいせい)、船(ふね)を打(う)つこと莫(なか)れ。我(われ)汝(なんじ)ら師徒(しと)を送(おく)りて過(わた)らん」と言(い)う。行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして言(い)う、「我(われ)汝(なんじ)をこの孽畜(げっちく=業深き畜生)を把(とっ)て、もし辺前(へんぜん=岸辺)に到(いた)らば、この一棒(いちぼう)に就(すなわ)ち汝(なんじ)を打(う)ち死(し)にせん!」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「我(われ)大聖(たいせい)の恩(おん)を感(かん)じて、情願(ねが)いに好心(こうしん=善意)を弁(つと)めて汝(なんじ)ら師徒(しと)を送(おく)らんとす。汝(なんじ)如何(いかん)にして反(かえ)って我(われ)を打(う)たんと要(もと)むるや」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「汝(なんじ)と何(なん)の恩恵(おんけい)有(あ)るや」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「大聖(たいせい)、汝(なんじ)知(し)らずや、この底(そこ)の水黿之第(すいげんしだい)は、乃(すなわ)ち我(われ)が住宅(じゅうたく=住まい)にして、歴代(れきだい)以来(いらい)祖上(そじょう=先祖)より伝(つた)え留(とど)めて我(われ)に到(いた)る。我(われ)本根(ほんこん=本来の性)を省悟(しょうご=悟る)するに因(よ)りて、霊気(れいき)を養(やしな)い成(な)し、此(この)処(ところ)に在(あ)りて修行(しゅぎょう)す。我(われ)將(もっ)て祖居(そきょ=先祖の住処)を一遍(いっぺん)翻盖(ほんがい=建て直す)し、立(た)てて一箇(ひとつ)の水黿之第(すいげんしだい)と做(な)せり。かの妖邪(ようじゃ)は乃(すなわ)ち九年前(くねんまえ)海嘯(かいしょう=津波)波(なみ)の翻(ひるがえ)りしに、他(かれ)潮頭(ちょうとう=波頭)を追(お)いて、此(この)処(ところ)に来(きた)り於(お)いて、凶頑(きょうがん=凶暴)を仗(たの)み逞(たくま)しくして、我(われ)と争(あらそ)い闘(たたか)い、他(かれ)に我(われ)が多くの児女(じじょ=子ら)を傷(きず)つけられ、我(われ)が多くの眷族(けんぞく=一族)を奪(うば)われたり。我(われ)他(かれ)に闘(たたか)い過(す)ぐるを得(え)ず、巣穴(そうけつ)を將(もっ)て白白(しらじら=ただ)と他(かれ)に占(せん)めらるるに被(よ)れり。今(いま)大聖(たいせい)の此(ここ)に至(いた)りて唐(とう)の師父(しふ)を搭救(たっきゅう=救い上げ)し、観音菩薩(かんのんぼさつ)を請(しょう)じて妖氛(ようふん=妖の気)を掃(はら)い浄(きよ)め、怪物(かいぶつ)を収(おさ)め去(さ)らせ、第宅(だいたく=館)を將(もっ)て還(かえ)し我(われ)に帰(き)せしめらるるを蒙(こうむ)る。我(われ)如今(いま)老小(ろうしょう=老いも若きも)を団圞(だんらん=円満に集う)し、再(ふたた)び土(つち)を挨(ひろ)い泥(どろ)を幇(たす)くるを須(もち)いずして、旧舎(きゅうしゃ=旧き家)に居(きょ)するを得(う)。この恩(おん)重(おも)きこと丘山(きゅうざん=丘と山)の若(ごと)く、深(ふか)きこと大海(たいかい)の如(ごと)し。且(か)つ但(ただ)我等(われら)の恵(めぐみ)を蒙(こうむ)るのみに非(あら)ず、只(ただ)この一荘(いっそう)の上(うえ)の人(ひと)も、年々(ねんねん)の祭賽(さいさい=祭り)を免(まぬが)れ、多少(たしょう=幾多)の人家(じんか)の児女(じじょ=子ら)を全(まっと)うせり。これ誠(まこと)に所謂(いわゆる)一挙(いっきょ)にして両得(りょうとく=二つを得る)の恩(おん)也(なり)。敢(あ)えて報答(ほうとう=恩返し)せざらんや」と。 行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)きて、心(こころ)の裡(うち)に暗(あん)かに喜(よろこ)び、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)めて言(い)う、「汝(なんじ)は端(たしか)に是(これ)真実(しんじつ)の情(じょう)なるか」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「大聖(たいせい)の恩徳(おんとく)洪深(こうしん=広く深き)なるに因(よ)りて、怎(いか)でか虚謬(きょびゅう=偽り)せん」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「既(すで)に是(これ)真情(しんじょう)ならば、汝(なんじ)天(てん)に向(むか)いて咒(のろい=誓い)を賭(か)けよ」と。かの老黿(ろうげん)紅(あか)き口(くち)を張(は)り、天(てん)に朝(むか)いて誓(ちか)いを発(はっ)して言(い)う、「我(われ)もし真情(しんじょう)に唐(とう)の僧(そう)を送(おく)りてこの通天河(つうてんが)を過(わた)らしめずんば、身(み)を将(もっ)て化(か)して血水(けっすい=血の水)と為(な)さん!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って言(い)う、「汝(なんじ)上(のぼ)れ、汝(なんじ)上(のぼ)れ」と。老黿(ろうげん)却(かえ)って才(ようや)く岸辺(がんべん)に近(ちか)づき負(よ)り、身(み)を一縦(いっしょう=ひと跳ね)にして、河崖(かがい)を爬(よ)じ上(あ)がる。衆人(しゅうじん)近(ちか)づき前(まえ)に到(いた)りて観(み)れば、四丈(しじょう)の囲円(いえん=周囲)の、一箇(ひとつ)の大(おお)いなる白盖(はくがい=白き甲羅)なり。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「師父(しふ)、我等(われら)他(かれ)が身(み)に上(のぼ)り、渡(わた)りて過(す)ぎ去(さ)らん也(なり)」と。三蔵(さんぞう)言(い)う、「徒弟(とてい)よ、かの層(かさ)なる厚(あつ)き氷(こおり)の凍(こお)れるすら、尚(なお)且(かつ)迍邅(ちゅんてん=行き悩む)せり。況(いわ)んやこの黿(げん)の背(せ)をや、恐(おそ)らくは穏便(おんびん=安穏)ならざらん」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て。我(われ)はかの層(かさ)なる厚(あつ)き氷(こおり)の凍(こお)れるよりも、穏(おだや)かなること緊(いよいよ)なり。但(た)だ一歪(ひとゆが)みせば、功果(こうか=功徳)を成(な)さず!」と。行者(ぎょうじゃ)言(い)う、「師父(しふ)よ、凡(およ)そ諸(もろもろ)の衆生(しゅじょう)、人話(じんわ=人の言葉)を説(と)くを会(え)すれば、決(けっ)して誑語(おうご=嘘)を打(う)たず」と。教(さと)して、「兄弟(きょうだい)たち、疾(と)く馬(うま)を牽(ひ)きて来(きた)れ」と。 河辺(かへん)に到(いた)れば、陳家荘(ちんかそう)の老幼(ろうよう)男女(だんじょ)一斉(いっせい)に来(きた)りて拝送(はいそう=拝み送る)。行者(ぎょうじゃ)馬(うま)を牽(ひ)きて白黿(はくげん=白き大鼈)の盖(こうら)の上(うえ)に在(あ)らしめ、唐(とう)の僧(そう)を請(しょう)じて馬(うま)の頸項(けいこう=首)の左辺(さへん=左側)に立(た)たしめ、沙僧(しゃそう)を右辺(うへん=右側)に立(た)たしめ、八戒(はっかい)を馬(うま)の後(うしろ)に立(た)たしめ、行者(ぎょうじゃ)は馬(うま)の前(まえ)に立(た)つ。又(また)かの黿(げん)の無礼(ぶれい=不作法)ならんことを恐(おそ)れ、虎筋(こきん=虎の筋)の縧子(とうし=紐)を解(と)き下(おろ)し、老黿(ろうげん)の鼻(はな)の裡(うち)に穿(とお)し、扯(ひ)き起(おこ)して一条(いちじょう)の韁縄(こうじょう=手綱)に象(に)せしめ、却(かえ)って一只(いっせき)の脚(あし)を踏(ふ)んで盖(こうら)の上(うえ)に在(あ)らしめ、一只(いっせき)の脚(あし)は頭(あたま)の上(うえ)に登(のぼ)らしめ、一只(いっせき)の手(て)は鉄棒(てつぼう)を執(と)り、一只(いっせき)の手(て)は韁縄(こうじょう)を扯(ひ)き、叫(さけ)んで言(い)う、「老黿(ろうげん)よ、慢慢(まんまん=ゆっくり)と走(はし)れよ。一歪(ひとゆが)みせば、就(すなわ)ち頭(こうべ)に照(むか)って一下(いっか)!」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「敢(あ)えず!敢(あ)えず!」と。 他(かれ)却(かえ)って四足(しそく=四本の足)を蹬(ふんば)り開(ひら)き、水面(すいめん)を踏(ふ)むこと平地(へいち)を行(ゆ)くが如(ごと)し。衆人(しゅうじん)皆(みな)岸(きし)の上(うえ)に在(あ)りて、香(こう)を焚(た)き叩頭(こうとう)し、皆(みな)南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)を念(ねん)ず。これ正(まさ)に是(これ)真(しん)の羅漢(らかん)の凡(ぼん=この世)に臨(のぞ)み、活(い)ける菩薩(ぼさつ)の出現(しゅつげん)する也(なり)。衆人(しゅうじん)只(ただ)拝(はい)して形影(けいえい=姿かたち)の見(み)えざるを望(のぞ)むに至(いた)りて方(はじ)めて回(かい)る。 さて、かの師父(しふ)白黿(はくげん)に駕(が=乗る)して、何(なん)ぞ一日(いちじつ)を消(しょう)せん、八百裡(はっぴゃくり=八百里)の通天河(つうてんが)の界(さかい)を行(ゆ)き過(す)ぎ、干手干脚(かんしゅかんきゃく=手も足も乾いた儘)に登岸(とうがん=岸に上がる)。三蔵(さんぞう)崖(がけ)に上(のぼ)り、手(て)を合(あわ)せて称謝(しょうしゃ)して言(い)う、「老黿(ろうげん)よ、汝(なんじ)を累(わずらわ)せり。物(もの)の贈(おく)る可(べ)き無(な)し。我(われ)の経(きょう)を取(と)りて回(かい)り謝(しゃ)するを待(ま)て」と。老黿(ろうげん)言(い)う、「師父(しふ)の謝(しゃ)を賜(たま)わるを労(ろう)せず。我(われ)聞(き)くならく、西天(せいてん)の仏祖(ぶっそ)は無滅無生(むめつむしょう=滅も無く生も無し)にして、能(よ)く過去未来(かこみらい)の事(こと)を知(し)ると。我(われ)此(この)間(あいだ)に在(あ)りて、整(つぶさ)に修行(しゅぎょう)すること一千三百余年(いっせんさんびゃくよねん)なり。延寿身軽(えんじゅしんけい=寿命延び身軽く)にして、人語(じんご=人の言葉)を説(と)くを会(え)すると雖(いえど)も、只(ただ)本殻(ほんかく=元の甲羅)を脱(だっ)し難(がた)し。万(まこと)に望(のぞ)む、老師父(ろうしふ)の西天(せいてん)に到(いた)りて我(われ)が為(ため)に仏祖(ぶっそ)に一声(ひとこえ)問(と)い、我(われ)の何時(いつ)本殻(ほんかく)を脱(だっ)し得(え)て、一箇(ひとつ)の人身(じんしん=人の身)を得(う)可(べ)きかを看(み)られんことを」と。三蔵(さんぞう)響允(きょういん=快く承諾)して言(い)う、「我(われ)問(と)はん、我(われ)問(と)はん」と。かの老黿(ろうげん)才(ようや)く水(みず)の裡(うち)に淬(つ=潜る)み去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)遂(つい)に唐(とう)の僧(そう)に伏侍(ふくじ=お仕え)して馬(うま)に上(のぼ)らせ、八戒(はっかい)行嚢(こうのう=荷物)を挑(にな)い、沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に随(したが)い、師徒(しと=師弟)たち大路(たいろ=本道)を找(たず)ね、一直(いっちょく=まっすぐ)に西(にし)を奔(はし)る。これをこそ是(これ)、   聖僧(しょうそう)旨(むね=勅旨)を奉(ほう)じて弥陀(みだ)を拝(はい)し、   水(みず)遠(とお)く山(やま)遥(はる)かにして災難(さいなん)多(おお)し。   意志(いし)心(こころ)誠(まこと)なれば死(し)を懼(おそ)れず、   白黿(はくげん)負(にな)い渡(わた)して天河(てんが)を過(す)ぐ。 畢竟(ひっきょう=結局)知(し)らず、この後(のち)還(また)多少(たしょう)の路程(ろてい=道のり)有(あ)り、還(また)甚(なん)の凶吉(きょうきつ=吉凶)有(あ)るは、且(しばら)く下回(かかい=次の回)の分解(ぶんかい=説き明かす)を聴(き)け。 第五十回 情(じょう)乱れ性(せい)従(したが)うは愛欲(あいよく)に因(よ)り 神(しん)昏(くら)み心(こころ)動(うご)いて魔頭(まとう)に遇(あ)う 詞(し)に曰(いわ)く、 心地(しんじ)頻頻(ひんぴん)に掃(は)き、塵情(じんじょう)細細(さいさい)に除(のぞ)け、 坑塹(こうざん=落とし穴)の毗盧(びる=法身)を陷(おとしい)るるを教(おし)うる莫(な)かれ。 本体(ほんたい)常(つね)に清浄(しょうじょう)にして、方(はじ)めて元初(げんしょ)を論(ろん)ずべし。 性燭(せいしょく=心の灯)は須(かなら)ず挑剔(ちょうてき=かき立て)し、曹渓(そうけい)は吸呼(きゅうこ=呼吸)に任(まか)せ、 猿馬(えんば=心の猿と意の馬)の気(き)の声(こえ)の粗(あら)きをして勿(なか)らしめよ。 昼夜(ちゅうや)綿綿(めんめん)として息(いこ)いて、方(はじ)めてこれ功夫(くふう)の顕(あらわ)るるなり。 と。 この一首の詞(し)、牌名(はいめい)を『南柯子(なんかし)』と曰(い)う。ただ唐僧(とうそう)の通天河(つうてんが)の寒氷(かんぴょう)の災(わざわい)を脱却(だっきゃく)し、白黿(はくげん)の負(お)うところを踏(ふ)みて彼岸(ひがん)に登(のぼ)りしを道(い)う。四衆(ししゅ=四人)西(にし)へ奔(はし)るに、正(まさ)に厳冬(げんとう=厳しい冬)の景(けい)に遇(あ)う。ただ見よ、あの 林光(りんこう)漠漠(ばくばく)として烟中(えんちゅう)に淡(あわ)く、山骨(さんこつ)棱棱(りょうりょう)として水外(すいがい)に清(きよ)し。 と。 師徒(してい)ら正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)に当(あた)り、忽然(たちまち)また一座(ひとつ)の大山(だいざん)に遇(あ)い、去道(ゆくて)を阻(はば)む。路(みち)窄(せま)く崖(がけ)高(たか)く、石(いし)多(おお)く嶺(みね)峻(けわ)しく、人馬(じんば)行(ゆ)き難(がた)し。三蔵(さんぞう)、馬上(ばじょう)に在りて繮縄(こうじょう=手綱)を兜(たぐ)り寄(よ)せ、一声(ひとこえ)「弟子(でし)よ」と叫(よ)ぶ。 かの孫行者(そんぎょうじゃ)、八戒・沙僧を引(ひ)きて近(ちか)づき進(すす)み侍立(じりつ=かしこまり立ち)して言う、「師父(しふ)、何(なん)の吩咐(いいつけ)かある」と。三蔵言う、「視よ、あの前面(ぜんめん)の山(やま)の高(たか)きに、ただ恐(おそ)らくは虎狼(ころう=虎や狼)の怪(かい)を作(な)し、妖獣(ようじゅう)の人(ひと)を傷(そこな)わん。こんどはこれ必(かなら)ず仔細(つまびらか)にせよ!」と。行者言う、「師父、放心(ほうしん)して慮(おもんばか)るな。我ら兄弟(きょうだい)三人、性(せい)和(わ)し意(い)合(がっ)し、正(しょう)に帰(き)して真(しん)を求(もと)め、怪(かい)を蕩(はら)い妖(よう)を降(くだ)すの法(ほう)を使(つか)い出(いだ)さんに、何(なん)の虎狼(ころう)妖獣(ようじゅう)か怕(おそ)るることがあらん!」と。三蔵これを聞き、ただ懐(ふところ)を放(はな)ちて前進(ぜんしん)するを得(え)、谷口(こっこう)に到(いた)り、馬を促(うなが)して崖(がけ)に登(のぼ)り、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、好(よ)き山(やま)かな、 嵯峨(さが)矗矗(ちょくちょく)として、巒削(らんさく)巍巍(ぎぎ)たり。 嵯峨矗矗(さがちょくちょく)として霄漢(しょうかん=天の川)を衝(つ)き、巒削巍巍(らんさくぎぎ)として碧空(へきくう)を妨(さまた)ぐ。 怪石(かいせき)乱(みだ)りて堆(うずたか)きは坐(すわ)れる虎(とら)の如(ごと)く、蒼松(そうしょう)斜(なな)めに掛(かか)れるは飛(と)ぶ龍(りゅう)に似(に)たり。 嶺上(れいじょう)の鳥(とり)の啼(な)きは嬌韻(きょういん)美(うつく)しく、崖前(がいぜん)の梅(うめ)の放(ひら)くは異香(いこう)濃(こま)やかなり。 澗水(かんすい)潺湲(せんかん)として流(なが)れ出(い)でて冷(つめた)く、巓雲(てんうん)黯淡(あんたん)として過(よ)ぎ来(きた)りて凶(きょう)なり。 また見よ、あの飄飄(ひょうひょう)たる雪(ゆき)、凛凛(りんりん)たる風(かぜ)、咆哮(ほうこう)たる餓虎(がこ=飢えた虎)の山中(さんちゅう)に吼(ほ)えるを。 寒鴉(かんあ=からす)は樹(き)を揀(えら)むに栖(すま)う処(ところ)無(な)く、野鹿(やろく)は窩(すみか)を尋(たず)ぬるに定(さだま)れる踪(あと)無し。 嘆(たん)ずべし行人(ぎょうじん)の進(すす)むに難(かた)きを、眉(まゆ)を皺(ひそ)め顔(かお)を愁(うれ)えて頭(かしら)を把(も)って蒙(おお)う。 と。 師徒(してい)四衆(ししゅ)、雪(ゆき)を冒(おか)し寒(かん)を衝(つ)き、戦澌澌(せんしし=がたがた震え)として、かの顛峰峻嶺(てんぽうしゅんれい=峰や高い嶺)を行(ゆ)き過(す)ぐるに、遠(とお)く山凹(やまくぼ)の中(うち)に楼台(ろうだい)の高(たか)く聳(そび)え、房舎(ぼうしゃ=家屋)の清幽(せいゆう=静か)なるを望(なが)み見る。唐僧、馬上(ばじょう)に欣然(きんぜん)として言う、「弟子や、この一日(いちじつ)また飢(う)えまた寒(さむ)し。幸(さいわ)いにあの山凹(やまくぼ)の裡(うち)に楼台房舎(ろうだいぼうしゃ)あり、断(きっ)とこれ荘戸(そうこ=農家)の人家(じんか)、庵観寺院(あんかんじいん)ならん。且(しばら)く往(ゆ)きて些(いささ)かの斎飯(さいはん)を化(こ)し、食(くら)いてまた走(ゆ)かん」と。 行者これを聞き、急ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて視(み)れば、ただ見よ、かの壁廂(へきしょう=向こう側)に凶雲(きょううん)隐隐(いんいん)として、悪気(あくき)紛紛(ふんぷん)たり。首(こうべ)を回(めぐ)らして唐僧(とうそう)に向かいて言う、「師父(しふ)、あの辺(へん)は好(よ)き処(ところ)に非(あら)ず」と。三蔵言う、「楼台亭宇(ろうだいていう)の有(あ)るを見るに、いかにしてか好き処に非ざらん」と。行者笑って言う、 「師父や、汝はいずくんぞ知(し)らん。西方(せいほう)の路上(ろじょう)には多く妖怪邪魔(ようかいじゃま)あり、善(よ)く能(よ)く荘宅(そうたく=屋敷)を点化(てんか=化現)す。いずれの楼台房舎(ろうだいぼうしゃ)、館閣亭宇(かんかくていう)を拘(かかわ)らず、みな指(ゆびさ)し化(け)して人(ひと)を哄(たぶら)かすを能(よ)くす。汝、知(し)れるか、龍(りゅう)の九種(きゅうしゅ)を生(しょう)ずるに、内(うち)に一種(いっしゅ)の名(な)を『蜃(しん)』と曰(い)うものあり。蜃気(しんき)の放(はな)ち出(いだ)すところ、すなわち楼閣(ろうかく)浅池(せんち)の如(ごと)し。もし大江(たいこう)に遇(あ)いて昏迷(こんめい)し、蜃(しん)この勢(いきおい)を現(あらわ)さば、もし鳥鵲(ちょうじゃく=鳥や鵲)の飛騰(ひとう)するあらんには、定(かなら)ず来たりて翅(つばさ)を歇(やす)めん。汝が上万論千(じょうまんろんせん=幾万幾千)なるを怕(おそ)れんや、尽(ことごと)く彼に一気(いっき)にこれを呑(の)まるるのみ。この意(こころ)の人を害(そこな)うこと最(もっと)も重(おも)し。あの壁廂(へきしょう)の気色(きしょく)凶悪(きょうあく)なれば、断(きっ)として入(い)るべからず」 と。三蔵言う、「既に入(い)るべからずんば、我は却(かえ)って実(げ)に飢(う)えたり」と。行者言う、「師父果たして飢(う)えたまわば、且(しばら)く請(こ)う、馬を下(お)り、この平(たいら)なる処(ところ)に在りて坐下(ざげ)せよ。我が別(べつ)の処(ところ)に往(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(こ)し来(きた)りて汝に食(くら)わせるを待て」と。 三蔵、言に依(よ)りて馬を下(お)りる。八戒、繮縄(こうじょう)を采(と)り定(さだ)め、沙僧、行李(こうり)を放下(おろ)し、すなわち往(ゆ)きて包裹(ほうか=包み)を解(と)き開(ひら)き、鉢盂(はつう=托鉢の器)を取出(とりだ)して行者に遞(わた)す。行者、鉢盂(はつう)を手に接(う)け、沙僧に吩咐(いいつけ)て言う、「賢弟(けんてい)、却(かえ)って前進(ぜんしん)すべからず。好(よ)く生(よく)師父(しふ)を保護してこの処(ところ)に穩(やす)らかに坐(ざ)せしめ、我が斎(とき)を化(こ)して回(かえ)り来(きた)るを待(ま)ちて、また西(にし)へ往(ゆ)かん」と。沙僧、諾(だく=承知)を領(りょう)す。 行者また三蔵に向かいて言う、「師父、この去処(ところ)は吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し。切(きっ)と身を動(うご)かして別(べつ)に往(ゆ)かんと要(もと)めたもうな。老孫(ろうそん)斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)くぞ」と。唐僧言う、「多言(たげん)するに及(およ)ばず、ただ汝の疾(と)く往(ゆ)きて疾く来(きた)るを要(もと)むのみ。我はここに在りて汝を等(ま)たん」と。 行者、身を転(てん)じて行(ゆ)かんと欲し、また却(かえ)って回(かえ)り来(きた)りて言う、「師父、我は汝に些(いささ)かの坐性(ざしょう=坐る根気)の無(な)きを知(し)る。我、汝に一箇の安身法児(あんしんほうじ=身を安んずる手立て)を与(あた)えん」と。すなわち金箍棒(きんこぼう)を取り、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、かの平(たいら)なる地(ち)の下(もと)の周囲(しゅうい)を将(も)ちて一道(ひとすじ)の圈子(けんす=輪)を画(か)き、唐僧を請(しょう)じて中間(ちゅうかん)に坐(ざ)せしめ、八戒・沙僧をして左右(そうゆう)に侍立(じりつ)せしめ、馬(うま)と行李(こうり)をばみな近身(きんしん=身近)に放(お)き置(お)き、唐僧に向(むか)いて掌を合わせて言う、「老孫(ろうそん)の画(か)きたるこの圈(わ)は、あの銅墻鉄壁(どうしょうてっぺき=銅の塀と鉄の壁)よりも強(まさ)り、いかなる虎豹狼虫(こひょうろうちゅう)、妖魔鬼怪(ようまきかい)なりとも、みな敢えて近(ちか)づくこと莫(な)からん。ただただ汝らの圈外(けんがい)に走(はし)り出(い)づるを許(ゆる)さざるのみ。ただ中間(なか)に在りて穩(やす)らかに坐(ざ)せば、汝に虞(おそれ)無(な)きを保(ほ)せん。しかしもし圈児(けんじ=輪)を出(い)でなば、定(かなら)ず毒手(どくしゅ)に遭(あ)わん。千万(くれぐれ)千万!至嘱(ししょく=こころより頼む)至嘱!」と。 三蔵、言に依(よ)り、師徒(してい)ら俱(みな)端然(たんぜん)と坐下(ざげ)す。行者ようやく雲頭(うんとう)を起(お)こし、荘(むら)を尋(たず)ねて斎(とき)を化(こ)し、一直(ひたすら)に南(みなみ)へ行(ゆ)くに、忽然(たちまち)あの古樹(こじゅ)の天(てん)に参(さん=聳え)ずるを見る。すなわちこれ一村(ひとむら)の荘舎(そうしゃ)なり。雲頭を按(おろ)し下(おろ)し、仔細(つまびらか)に観看(みわた)せば、ただ見よ、 雪(ゆき)は衰柳(すいりゅう=枯れ柳)を欺(あざむ)き、冰(こおり)は方塘(ほうとう=四角い池)を結(むす)ぶ。 疏疏(そそ)たる修竹(しゅうちく)は青(あお)を揺(ゆ)り、郁郁(いくいく)たる喬松(きょうしょう)は翠(みどり)を凝(こら)す。 幾間(いくけん)かの茅屋(ぼうおく)は半(なかば)銀(ぎん)を装(よそお)い、一座(ひとつ)の小橋(しょうきょう)は斜(なな)めに粉(こな)を砌(みが)けり。 籬辺(りへん)に微(かす)かに水仙花(すいせんか)を吐(は)き、檐下(えんか=軒下)に長(なが)く冰凍箸(ひょうとうちょ=氷柱)を垂(た)る。 颯颯(さつさつ)たる寒風(かんぷう)異香(いこう)を送(おく)り、雪(ゆき)漫(み)ちて梅(うめ)の開(ひら)く処(ところ)を見ず。 と。 行者、步(あゆみ)に随(したが)いて荘景(そうけい=村の景)を観看(みわた)しおるに、ただ呀(ぎい)と一声(ひとこえ)、柴扉(さいひ=柴の門)の響(ひび)く処(ところ)より、一人の老者(ろうじゃ)の走出(いできた)るを聴く。手(て)に藜杖(りじょう=杖)を拖(ひ)き、頭(かしら)に羊裘(ようきゅう=羊の毛衣)を頂(いただ)き、身(み)に破衲(はのう=継ぎはぎの衣)を穿(き)、足(あし)に蒲鞋(ほぐつ=藁靴)を踏(ふ)み、杖(つえ)を拄(つ)き、身を仰(あお)げて天(てん)に朝(むか)いて言う、「西北風(せいほくふう)起(お)これば、明日(みょうにち)晴(は)れるであろう」と。 説(いい)了(おわ)らざるに、後辺(うしろ)より一匹(ひとむれ)の哈巴狗児(はっぱくじ=狆)の跑(はし)り出(い)づるあり、行者を望(めが)けて汪汪(わんわん)と乱(みだ)りに吠(ほ)ゆ。老者ようやく頭を転(めぐ)らし来(きた)り、行者の鉢盂(はつう)を捧(ささ)げるを見るや、一箇の問訊(もんじん)を打(な)して言う、「老施主(ろうせしゅ)、我が和尚(おしょう)はこれ東土大唐(とうどだいとう)の欽差(きんさ)として西天(せいてん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(おが)み経を求(もと)むる者なり。适(たまたま)宝方(ほうほう=貴地)を過(よ)ぎりしに、我が師父(しふ)腹中(ふくちゅう)飢餒(きだい=飢え)えたもう。特に尊府(そんぷ=お宅)を造(おとずれ)て一斎(いっさい)を募化(もけ=乞い受)けんとす」と。 老者これを聞き、頭を点(うなず)かせ杖(つえ)を頓(とん=突き)て言う、「長老(ちょうろう)、汝且(しばら)く斎(とき)を化(こ)すを休(や)めよ、汝は路(みち)を錯(あやま)りたり」と。行者言う、「錯(あやま)らず」と。老者言う、「西天(せいてん)の大路(たいろ)は、あの直北(ちょくほく=真北)の下(もと)に在(あ)り。此間(ここ)よりかの処(ところ)に到(いた)るまで千里(せんり)の遥(はるか)あり。なおまた往(ゆ)きて大路(たいろ)を找(たず)ね行(ゆ)かざるか」と。行者笑って言う、「正(まさ)に直北(ちょくほく)の下(もと)なり。我が師父(しふ)は現(いま)大路(たいろ)の上(うえ)に在(あ)りて端坐(たんざ)し、我が斎(とき)を化(こ)すを等(ま)ちたもうなり」と。 かの老者言う、「この和尚(おしょう)、胡(みだ)りに説(い)えり。汝が師父(しふ)の大路(たいろ)の上(うえ)に在りて汝の斎(とき)を化(こ)すを等(ま)つとして、この千里(せんり)の遥(はるか)なるに、すなわち走路(ある)くことを会(え)するとも、また須(かなら)ず六、七日(ろくしちにち)を得(う)べく、走(はし)り回(かえ)るにまた六、七日を要(よう)せんに、却(かえ)って彼を餓(うえ)え殺(ころ)さざらんや」と。行者笑って言う、「老施主(ろうせしゅ)に隠して申さず。我、才(いま)しがた師父(しふ)を離(はな)れて、いまだ一盞(ひとつぎ)の熱茶(ねっちゃ)の時(とき)に上(のぼ)らざるに、却(かえ)ってすでに此(ここ)に走(はし)り到(いた)れり。如今(いま)斎(とき)を化(こ)し畢(おわ)らば、また趁(じゅん)じて往(ゆ)きて午斎(ごさい)を作(な)すべし」と。 老者、説(いう)を聞き、心中(しんちゅう)怕(おそ)れて言う、「この和尚(おしょう)は鬼(おに)なり!鬼なり!」と。急ぎ身を抽(ひ)きて裡(うち)へ往(ゆ)かんとす。行者、一把(ひとつかみ)に扯(ひき)とめて言う、「施主(せしゅ)いずこへか往(ゆ)く。斎(とき)あらば疾(と)く些(いささ)か化(こ)せ」と。老者言う、「方便(ほうべん=都合)ならず!方便ならず!別(べつ)の一家(ひとや)を転(めぐ)り給え!」と。行者言う、「汝この施主(せしゅ)、好(よ)くも事(こと)を会(え)せぬかな!汝、我より此(ここ)に到(いた)るまで千里(せんり)の遥(はるか)ありと申せしに、もしまた一家を転(めぐ)らば、却(かえ)ってまた千里(せんり)あらずや? 真(まこと)にこれ我が師父(しふ)を餓(うえ)え殺(ころ)すなり」 と。かの老者言う、「実(げ)に汝に隠して申さず。我が家(いえ)の老小(ろうしょう=家族)六、七口(ろくしちこう)、才(いま)しがた三升(さんしょう)の米(こめ)を淘(と)いで鍋(なべ)に下(おろ)し、いまだかつて煮(に)熟(じゅく)せざるなり。汝且(しばら)く別(べつ)の処(ところ)へ往(ゆ)きて転転(まわって)また来(きた)れ」と。行者言う、「古人云(いわ)く、『三家(さんか)を走(はし)るは一家(いっか)に坐(ざ)するに如(し)かず』と。我が貧僧(ひんそう)ここに在りて一(ひと)と等(ま)たん」と。 かの老者、纏(まと)わるることの緊(きつ)きを見、惱(いらだ)ちて藜杖(りじょう)を挙(あ)げてすなわち打(う)つ。行者、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、彼の光頭(つるつるあたま)を照(めが)けて七、八下(ななはちした)打(う)たれたれど、ただこれ彼に痒(かゆ)きを拂(はら)わるると当(あ)てるのみ。かの老者言う、「これは一箇の撞頭(どうとう=頭でぶつかる)の和尚(おしょう)なり!」と。行者笑って言う、「老官児(ろうかんじ=じいさん)、汝がいかでか打(う)つに任(まか)すとも、ただ杖数(じょうすう=杖の数)の明白(めいはく)なるを記(き)するを要(よう)す。一杖(ひとつえ)に一升(いっしょう)の米(こめ)、慢慢(ゆっくり)と量(はか)り来(きた)れ」と。 かの老者これを聞き、急ぎ藜杖(りじょう)を投(なげう)ち、跑(はし)りて裡(うち)に入(い)りて門を把(と)りて関(とざ)し、ただ嚷(わめ)く、「有鬼(ゆうき)!有鬼!」と。慌てたるかなかの一家子(いっけ)、戦戦兢兢(おののき)として、前後(ぜんご)の門をばみな関(とざ)し上(あ)げたり。 行者、彼の門を関(とざ)せるを見、心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに想う、「この老賊(ろうぞく=じじい)、才(いま)しがた米(こめ)を淘(と)いで鍋(なべ)に下(おろ)せりと申せしが、虚(きょ)なるか実(じつ)なるかを知らず。常言(ことわざ)に道う、『道(どう)は賢良(けんりょう)を化(か)し、釈(しゃく)は愚(ぐ)を化(か)す』と。且(しばら)く老孫(ろうそん)の進(すす)み入(い)りて視(み)るを待て」と。 好(よ)き大聖かな、訣(けつ)を捻(ひね)り、一箇の隠身遁法(いんしんとんぽう=姿を隠す術)を使(つか)い、径(ただち)に厨中(ちゅうちゅう=台所)に走(はし)り入(い)りて視(み)る処(ところ)、果たしてかの鍋(なべ)の裡(うち)気騰騰(きとうとう=湯気もうもう)として、半鍋(はんなべ)の乾飯(かんぱん=炊いた飯)を煮(に)たり。すなわち鉢盂(はつう)を把(と)って裡(うち)へ一椏(ひとすくい)し、満満(なみなみ)と一鉢盂(ひとはつう)を椏(すく)い、すなわち雲に駕(が)して回(めぐ)り転(てん)ず。これ語(かた)らず。 さて、唐僧(とうそう)圈(わ)の裡(うち)に坐(ざ)して、等候(ま)つこと多時(しばらく)なるに、行者の回(かえ)り来(きた)るを見(み)ず。身を欠(かが)めて悵望(ちょうぼう=嘆き望み)して言う、「この猿(さる)め、いずこへ斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)きしか」と。八戒、旁(かたわら)に在りて笑って言う、「彼がいずこへ戯(たわむ)れに往(ゆ)きしを知(し)らんや!何(なん)の斎(とき)をか化(こ)し、却(かえ)って我らをここに在りて坐牢(ざろう=牢に坐す)せしむるか!」と。三蔵言う、「いかにしてかこれを坐牢(ざろう)と謂(い)う」と。八戒言う、「師父(しふ)、汝は元来(もと)知(し)りたまわず。古人(こじん)地(ち)を划(か)いて牢(ろう)と為(な)せり。彼、棍子(こんす)を以て圈児(わ)を划(か)きしは、鉄壁銅墻(てっぺきどうしょう)よりも強(まさ)ると申せど、もし虎狼妖獣(ころうようじゅう)の来(きた)る時(おり)あらば、いかでか彼を擋(ふせ)ぎ留(とど)め得(え)ん。ただ好(よ)く白々(ただ)と彼に送(おく)りて与(くら)わしむるのみじゃ」と。 三蔵言う、「悟能(ごのう)、汝のいかに処治(しょち)するに任(まか)すか」と。八戒言う、「此間(ここ)はまた風を蔵(かく)さず、また冷(つめた)きを避(さ)けず。もし老豬(ろうちょ=おれ)に依(よ)らば、ただ路(みち)に順(したが)い、西(にし)へ向(むか)いて且(しばら)く行(ゆ)くべし。師兄(しい)斎(とき)を化(こ)し畢(おわ)り、雲に駕(が)すれば、必(かなら)ず来(きた)ること疾(と)し、彼をして趕(お)いつかしめよ。もし斎(とき)あらば、食(くら)いてまた走(ゆ)かん。如今(いま)この一会(ひととき)坐(ざ)して、老大(いた)く脚(あし)が冷(つめた)い!」と。 三蔵この言(こと)を聞くや、すなわちこれ晦気星(わいきせい=不運の星)の宮(きゅう)に進(い)りしなり。遂(つい)に呆子(あほう)に依(よ)り、一斉に圈外(けんがい)に出(い)づ。沙僧、馬を牽(ひ)き、八戒、担(に)を担(にな)い、かの長老(ちょうろう)路に順(したが)いて步行(ほこう)し前進(ぜんしん)す。 いまだ一時(いっとき)ならざるに、かの楼閣(ろうかく)の所(ところ)に到(いた)る。元来(もと)これ坐北向南(ざほくこうなん=北を背に南に向く)の家(いえ)なり。門外(もんがい)に八字(はちじ)の粉墻(ふんしょう=白壁)あり、一座(ひとつ)の倒垂蓮升斗門楼(とうすいれんしょうともんろう=蓮の垂れ飾りと升斗のある門楼)あり、みなこれ五色(ごしき)の装(よそおい)なり。かの門児(もんじ)半(なかば)開き半(なかば)掩(おお)えり。 八戒、すなわち馬を門枕石鼓(もんちんせっこ=門の台石)の上(ほとり)に拴(つな)ぎ、沙僧、担子(たんす=荷)を歇(やす)め、三蔵、風(かぜ)を畏(おそ)れて門限(もんげん=敷居)の上(うえ)に坐(ざ)す。八戒言う、「師父(しふ)、この所(ところ)は想(おも)うに公侯(こうこう)の宅(たく)、相輔(しょうほ=宰相)の家(いえ)ならん。前門(ぜんもん)の外(そと)に人(ひと)無(な)きは、想(おも)うにみな裡(うち)に在りて火(ひ)を烘(あぶ)るならん。汝ら坐(ざ)しておれ、我をして進(すす)み入(い)りて視(み)しめよ」と。唐僧言う、「仔細(つまびらか)にせよ!人家(じんか)を衝撞(しょうどう=ぶつかり)するな」と。呆子(あほう)言う、 「我、暁(さと)れり。正(しょう)なる禅門(ぜんもん)に帰(き)してより、この一向(このところ)また些(いささ)かの礼数(れいすう=礼儀)を学(まな)びたり、あの村莽(そんもう=田舎者の粗暴)の夫(おっと)には比(くら)べざるなり」 と。 かの呆子(あほう)、釘鈀(ていは)を把(と)って腰(こし)の裡(うち)に撒(さ)し入(い)れ、一領(ひとえ)の青錦直裰(せいきんじきとつ)を整(ととの)え一整(ひとととのえ)、斯斯文文(ししぶんぶん=もったいぶりて)、門の裡(うち)に走(はし)り入(い)る。ただ見よ、これ三間(さんげん)の大庁(だいちょう=大広間)、簾櫳(れんろう=簾と窓)高(たか)く控(ひ)き上(あ)げられ、静悄悄(しずか)として全(まった)く人の迹(あと)無(な)く、また桌椅(たくい=机や椅子)・家火(かか=道具)も無し。屏門(へいもん)を転(めぐ)り過(よ)ぎ、裡(うち)へまた走(ゆ)けば、すなわちこれ一座(ひとつ)の穿堂(せんどう=通り抜けの間)、堂(どう)の後(うしろ)に一座の大楼(だいろう=二階建て)あり、楼(ろう)の上(うえ)の窗格(そうかく=窓の格子)半(なかば)開(ひら)き、隐隐(いんいん)として一頂(ひとつ)の黄綾帳幔(こうりょうちょうまん=黄色い綾の帳)の見(み)ゆ。 呆子(あほう)言う、「想(おも)うに人(ひと)の寒(さむ)きを怕(おそ)れて、なお睡(ね)むるならん」と。彼また内外(ないがい)を分(わか)たず、步(あゆみ)を引(ひ)いて楼(ろう)の上(うえ)に走上(のぼ)り、手を用(もち)いて掀(かか)げ開(ひら)いて視(み)るや、呆子をして一箇の躘踵(りゅうしょう=ひっくり返り)を唸(おど)ろかしむ。 元来(もと)あの帳(とばり)の裡(うち)の象牙床(ぞうげしょう=象牙の寝台)の上(うえ)に、白媸媸(はくしし=白っぽく)たる一堆(ひとたまり)の骸骨(がいこつ)、骷髏(されこうべ)の巴斗(はと=大きな斗)ほどの大いさあり、腿挺骨(たいていこつ=脚の骨)の四、五尺(しごしゃく)の長(なが)さあるあり。 呆子(あほう)、性(こころ)を定(さだ)めて、腮辺(ほお)の涙の落(お)つるを止(とど)めえず、骷髏(されこうべ)に向(むか)いて頭を点(うなず)かせ嘆(たん)じて云(いわ)く、 「汝は知(し)らず、いずれの代(だい)いずれの朝(ちょう)の元帥(げんすい)の体(からだ)、いずれの邦(くに)いずれの国(くに)の大将軍(だいしょうぐん)なるを。 当時(そのかみ)豪傑(ごうけつ)強(つよ)きを争(あらそ)いて勝(か)てりしが、今日(こんにち)凄凉(せいりょう)として骨筋(こっきん)を露(あらわ)す。 妻児(さいじ=妻子)の来(きた)りて侍奉(じほう=仕える)するを見(み)ず、いずくんぞ士卒(しそつ=兵)の香(こう)を把(と)って焚(た)くに逢(あ)わんや? 謾(みだ)りにこのごときを観(み)れば真(しん)に嘆(たん)ずるに堪(た)えたり、惜(お)しむべきかな興王覇業(こうおうはぎょう=国を興し覇を唱えし)の人(ひと)よ」 と。 八戒、正(まさ)に才(ようや)く感嘆(かんたん)しおるに、ただ見よ、かの帳幔(ちょうまん)の後(うしろ)より火光(かこう)の一幌(ひとひらめき)あり。呆子(あほう)言う、「想(おも)うに侍奉香火(じほうこうか)の人の後面(うしろ)に在(あ)るならん」と。急ぎ步(あゆみ)を転(てん)じて帳(とばり)を過(よ)ぎて観看(みわた)せば、却(かえ)ってこれ穿楼(せんろう=窓越し)の窗扇(そうせん=窓の扉)の光(ひかり)を透(とお)すなり。 かの壁廂(へきしょう)に一張(ひとつ)の彩漆(さいしつ=色塗り)の桌(つくえ)あり、桌の上(うえ)に乱(みだ)りに幾件(いくえん)かの錦繍綿衣(きんしゅうめんい=錦の綿入れ)を搭(か)けおけり。呆子(あほう)これを提(ひっさ)げ上(あ)げて視(み)るに、却(かえ)ってこれ三件(みつ)の納錦背心児(のうきんはいしんじ=錦の刺し子の肌着)なり。 彼また好歹(よしあし)を管(かま)わず、拿(と)りて楼(ろう)を下(お)り来(きた)り、庁房(ひろま)を出(い)で、径(ただち)に門外(もんがい)に到(いた)りて言う、「師父(しふ)、ここには全(まった)く人煙(じんえん)無(な)く、一所(ひとところ)の亡霊(ぼうれい)の宅(たく)なり。 老豬(ろうちょ)裡(うち)に走(はし)り入(い)り、直(ただち)に高楼(こうろう)の上(うえ)に至(いた)るに、黄綾(こうりょう)の帳(とばり)の内(うち)に一堆(ひとたまり)の骸骨(がいこつ)あり。串楼(せんろう)の旁(かたわら)に三件(みつ)の納錦(のうきん)の背心(はいしん)ありしを、我が拿(と)り来(きた)れり。これまた我らの一程児(ひとほど=旅の)の造化(ぞうか=幸運)なり。この時(とき)天気(てんき)寒冷(かんれい)なれば、正(まさ)に用(よう)に当(あた)る処(ところ)なり。師父、且(しばら)く褊衫(へんさん)を脱(ぬ)ぎ、彼を且(しばら)く下(した)に穿(き)て、受用(じゅよう)し受用し、冷(つめた)きを食(くら)うを免(まぬが)れよ」 と。 三蔵言う、「不可不可(ならぬならぬ)!律(りつ)に云(いわ)く、『公取(こうしゅ)窃取(せっしゅ)みな盗(とう)と為(な)す』と。もしや人(ひと)の覚知(かくち)し、我らに趕(お)いつき、官(かん)に到(いた)らば、断然(だんぜん)として一箇の窃盗(せっとう)の罪(つみ)ならん。なおまた送(おく)り入(い)れて彼に与(あた)え、原処(もとのところ)に搭(か)け置(お)かしめよ!我らここに在りて風(かぜ)を避(さ)け一坐(ひとまどい)し、悟空(ごくう)の来(きた)る時(おり)を等(ま)ちて走路(たびだ)たん。出家人(しゅっけにん)はこのごとき小(ちいさ)きを愛(あい)するな」と。 八戒言う、「四顧(しこ=見回す)に人(ひと)無(な)く、鶏犬(けいけん=鶏や犬)すらまたこれを知(し)らず。ただ我らのみこれを知(し)れるに、孰(たれ)か我を告(つ)げんや。何(なん)の証見(しょうけん=証拠)かあらん。すなわち拾(ひろ)い得(え)たるの一般(ごとし)なり、いずくんぞ何(なん)の公取窃取(こうしゅせっしゅ)をか論(ろん)ぜんや!」と。 三蔵言う、「汝、胡(みだ)りに做(な)すかな!人(ひと)のこれを知(し)らずといえど、天(てん)いずくんぞ蓋(おお)わんや!玄帝(げんてい)の垂訓(すいくん)に云(いわ)く、『暗室(あんしつ=人目なき部屋)に心(こころ)を虧(か)くれば、神目(しんもく=神の目)電(いなずま)の如(ごと)し』と。早(はや)うに趁(じゅん)じて送(おく)り往(ゆ)きて彼に還(かえ)せ、非礼(ひれい)の物(もの)を愛(あい)するな」と。 かの呆子(あほう)、肯(がえん)じて聴(き)かんなど思うな。唐僧に向(むか)いて笑って言う、「師父や、我が人(ひと)と為(な)りてより、また幾件(いくえん)かの背心(はいしん)を穿(き)たれど、いまだこのごとき納錦(のうきん)のを見(み)ざりき。汝、穿(き)たずんば、且(しばら)く老豬(ろうちょ)に穿(き)しめよ、試(こころ)みに新(あらた)にして、脊背(せなか)を晤晤(あっため)ん。師兄(しい)の来(きた)るを等(ま)ちて、脱(ぬ)ぎて彼に還(かえ)して走路(たびだ)たん」と。沙僧言う、「既にこのごとく申さるるならば、我もまた一件(ひとえ)を穿(き)たん」と。 二人、斉(ひと)しく上蓋(じょうがい=上着)の直裰(じきとつ)を脱(ぬ)ぎ、背心(はいしん)を套(かさ)ね上(あ)ぐ。才(ようや)く帯子(たいす=帯)を緊(し)むるや、いかにしてか立(た)ち站(た)つも穩(やす)からず、撲(ぽん)と一跌(ひとたおれ)したり。元来(もと)この背心児(はいしんじ)は綁縛手(ほうばくしゅ=縄目)に賽(まさ)り、霎時間(またたくま)に、彼の二人をして背剪手(はいせんしゅ=後ろ手に縛り)貼心(むねぴったり)に捆(くく)り了(おわ)んぬ。 慌てたるかな三蔵、足(あし)を跌(ふみなら)して報怨(ほうえん=恨み言)し、急ぎ上前(すす)み出でて解(と)かんとすれど、いずくんぞすなわち解(と)き開(ひら)くを得(え)ん。三人(さんにん)かの処(ところ)に在りて吆喝(ようかつ=叫び)の声(こえ)の絶(た)えざるに、却(かえ)って早(はや)くも魔頭(まとう=妖魔の頭)を驚動(きょうどう)したり。 さて、かの一座(ひとつ)の楼房(ろうぼう)は果たして妖精(ようせい)の点化(てんか=化現)せしところにして、終日(ひねもす)ここに在りて人(ひと)を拿(とら)うるなり。彼、洞(どう)の裡(うち)に正(まさ)に坐(ざ)しおるに、忽然(たちまち)怨恨(えんこん)の声(こえ)を聞き、急ぎ門を出(い)でて来(きた)り視(み)れば、果たして幾人(いくたり)かを捆(くく)り住(とど)めたり。 妖魔(ようま)すなわち小妖(しょうよう)を喚(よ)び、同(とも)にかの辺(へん)に到(いた)り、楼台房屋(ろうだいぼうおく)の形(かたち)を収(おさ)め、唐僧(とうそう)を攙(たす)け住(とど)め、白馬(はくば)を牽(ひ)き、行李(こうり)を挑(にな)わせ、八戒・沙僧を将(も)ちて一斉に洞(どう)の裡(うち)に捉(とら)え到(いた)る。 老妖魔(ろうようま)、台(だい)に登(のぼ)りて高(たか)く坐(ざ)し、衆の小妖(しょうよう)唐僧(とうそう)を把(と)って台の辺(ほとり)に推(お)し近(ちか)づけ、地に跪(ひざまず)き伏(ふ)せしむ。妖魔(ようま)問うて言う、「汝は那方(いずかた)の和尚(おしょう)か。 いかにしてこのごとく胆(きも)大(おお)きく、白日(ひるま)に我が衣服(いふく)を偸盗(とうとう=盗み)せるか」 と。 三蔵、涙を滴(したた)らせて告(もう)して曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)はこれ東土大唐(とうどだいとう)の欽差(きんさ)として西天(せいてん)へ往(ゆ)きて経を取る者なり。腹中(ふくちゅう)飢餒(きだい)するにより、大徒弟(だいとてい)をして斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)かしめしがいまだ回(かえ)らず、かれが言語(げんご=言いつけ)に依(よ)るを得(え)ず、誤(あやま)りて仙庭(せんてい=おんみや)に撞(ぶつか)り入(い)りて風(かぜ)を避(さ)けたり。期(き)せずや我がこの二人の徒弟(でし)の小(ちいさ)きを愛(あい)し、この衣物(いぶつ)を拿(と)り出(いだ)せり。貧僧(ひんそう)は決(けっ)して敢えて心(こころ)を壊(やぶ)らず、当(まさ)に送(おく)りて本処(もとのところ)に還(かえ)さしめんとせしに、彼、我が言(こと)を聴(き)かず、これを穿(き)て脊背(せなか)を晤晤(あっため)んと欲し、料(おもんみ)らずや大王(だいおう)の機会(きかい=計略)に中(あた)り、貧僧(ひんそう)を拿(とら)え来(きた)らるるに至(いた)れり。万(よろず)望(のぞ)むらくは慈憫(じびん=あわれみ)して我が残生(ざんしょう=余命)を留(とど)め、真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らしめ、永(とこしえ)に大王(だいおう)の恩情(おんじょう)を注(そそ)ぎ、東土(とうど)に回(かえ)りて千古(せんこ=末永く)に伝揚(でんよう)せんことを!」 と。 かの妖魔(ようま)笑って言う、「我がここには常(つね)に人言(ひとげん=人の言)を聴(き)けり、『人(ひと)の唐僧(とうそう)の肉(にく)一塊(ひとかたまり)を食(くら)えば、髪(かみ)白(しろ)きもまた黒(くろ)く、歯(は)落(お)つるも更(さら)に生(しょう)ず』と。幸(さいわ)いに今日(こんにち)請(こ)わずして自(みずか)ら来(きた)れり。なお汝を饒(ゆる)さんことを指望(しぼう)するか!汝があの大徒弟(だいとてい)は何(なん)と名(な)を喚(よ)び、何方(いずかた)へ斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)きしか」と。 八戒これを聞き、すなわち口を開(ひら)いて称揚(しょうよう=誉めたたえ)て言う、「我が師兄(しい)はすなわち五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大闹(おおさわ)がしし斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)なり」と。かの妖魔(ようま)、斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)と聴くや、老大(いた)く些(いささ)か悚懼(しょうく=恐れ)あり。口の内(うち)には言(い)わず、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想う、「久(ひさ)しくかの者(もの)の神通(じんずう)広大(こうだい)なりと聞(き)けり、如今(いま)期(き)せずして会(あ)うとは」と。 教えて言う、「小(こもの)ら、唐僧(とうそう)を捆(くく)り、あの二人が解(と)き下(おろ)せし宝貝(ほうばい=宝)を将(と)り、二条(ふたすじ)の縄(なわ)に換(か)えてまた捆(くく)れ。且(しばら)く後辺(うしろ)に抬(かつ)ぎ置(お)き、我がかの大徒弟(だいとてい)を拿(とら)え住(とど)むるを待(ま)ちて、一発(いっぺん)に刷洗(さっせん=洗い清め)、却(かえ)って好(よ)く凑籠(そうろう=蒸籠に揃え)て蒸(ふか)して食(くら)わん」と。 衆の小妖(しょうよう)、一声に答(こた)え、三人を一斉に捆(くく)り、後辺(うしろ)に抬(かつ)ぎ往(ゆ)き、白馬(はくば)を槽頭(そうとう=槽のほとり)に拴(つな)ぎ、行李(こうり)を屋(いえ)の裡(うち)に挑(にな)い入(い)る。衆の妖(よう)みな兵器(へいき)を磨(と)ぎ、行者の擒拿(きんだ=捕縛)を準備(じゅんび)す。これ語(かた)らず。 さて、孫行者(そんぎょうじゃ)、南荘(なんそう=南の村)の人家(じんか)より一鉢盂(ひとはつう)の斎飯(さいはん)を摂(と)り、雲に駕(が)して旧路(きゅうろ=来た道)に回(めぐ)り返(かえ)る。径(ただち)に山坡(さんぱ=坂)の平(たいら)なる処(ところ)に至(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)せば、早(はや)くも唐僧(とうそう)を見(み)ず、いずこへか往(ゆ)きしかを知(し)らず。棍(こん)の划(か)きし圈子(わ)はなお在(あ)れど、ただ人馬(じんば)の皆(みな)見(み)えざるのみ。かの楼台(ろうだい)の処所(しょしょ=場所)を回(かえ)り看(み)れば、また俱(みな)無(な)く、ただ山根(さんこん=山のふもと)の怪石(かいせき)を見るのみ。 行者、心に驚いて言う、「説(と)くに及(およ)ばず!彼らは定(さだ)めてあの毒手(どくしゅ)に遭(あ)えるなり!」と。急ぎ路に依(よ)りて馬蹄(ばてい=蹄の跡)を看(み)て、西(にし)に向(むか)いて趕(お)う。行(ゆ)くこと五、六里(ごろくり)あるに、正(まさ)に悽愴(せいそう=悲嘆)の際(さい)に、ただ北坡(ほくは=北の坂)の外(そと)に人(ひと)の言語(げんご=話し声)の聞こゆるを。 視(み)る時(おり)、すなわちこれ一人の老翁(ろうおう)あり、氈衣(せんい=毛氈の衣)の体(からだ)を苫(おお)える、暖帽(だんぼう)の頭(かしら)を蒙(おお)える、足下(あしもと)に一双(ひとくつ)の半新半旧(はんしんはんきゅう)の油靴(ゆうか=油を塗った靴)を踏(ふ)み、手に一根(ひとつえ)の龍頭拐棒(りゅうとうかいぼう=竜頭の杖)を持(た)ち、後辺(うしろ)に一人の年幼(としわか)き僮僕(どうぼく)の跟(したが)うあり、一枝(ひとえだ)の臘梅花(ろうばいか=蝋梅)を折(お)り、坡前(はぜん=坂の前)より歌(うた)を念(とな)えつつ走(あゆ)む。 行者、鉢盂(はつう)を放下(おろ)し、觌面(てきめん=面と向かい)て一箇の問訊(もんじん)を道(な)し、叫(よばわ)る、「老公公(ろうこうこう)、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん)し奉(たてまつ)る」と。かの老翁(ろうおう)すなわち礼を返して言う、「長老(ちょうろう)いずこより来(きた)る」と。行者言う、「我ら東土(とうど)より来(きた)り、西天(せいてん)へ往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経を求(もと)む、一行(いっこう)師徒(してい)四衆(ししゅ)なり。我、師父(しふ)の飢(う)えたもうによるをもて、特に化斎(けさい=斎を乞う)に往(ゆ)き、彼の三衆(さんしゅ)をしてあの山坡(さんぱ)の平(たいら)なる処(ところ)に坐(ざ)して相候(あいま)たしめたり。回(かえ)り来(きた)るに及びて見(み)えず、いずこの路上(ろじょう)へか往(ゆ)きしを知(し)らず。公公(こうこう)に動問(どうもん=お尋ね)す、かつて見(み)たもうや否や」と。 老者これを聞き、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)して言う、「汝があの三衆(さんしゅ)に、一箇の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長い嘴に大きな耳)の者(もの)の有るや否や」と。行者言う、「有り有り有り!」と。「また一箇の晦気色顔(わいろのつら)の者(もの)の、一匹(ひとむれ)の白馬(はくば)を牽(ひ)き、一人の白顔(しろいかお)の胖和尚(ふとおしょう)を領(つ)れたる有(あ)るや否や」と。行者言う、「是(しか)り是り是り!」と。 老翁(ろうおう)言う、「汝ら路(みち)を錯(あやま)りたり。汝、彼を尋(たず)ぬるを休(や)めよ、各(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて去(さ)れ」と。行者言う、 「かの白顔(しろいかお)のはこれ我が師父(しふ)、かの怪様(あやしのかたち)のはこれ我が師弟(してい)なり。我、彼と共(とも)に虔心(けんしん)を発(おこ)し、西天(せいてん)に往(ゆ)きて経を取(と)らんと要(もと)むるに、いかでか彼を尋(たず)ね往(ゆ)かざらんや!」 と。 老翁(ろうおう)言う、「我、才(いま)しがたここを過(よ)ぎりしとき、彼の路(みち)を錯(あやま)り走(はし)りて、妖魔(ようま)の口(くち)の裡(うち)に闯(つ)け入(い)り往(ゆ)くを見たり」と。行者言う、「公公(こうこう)の指教(しきょう=お教え)を煩(わずら)わさん、これいかなる妖魔(ようま)にして、何方(いずかた)に居(お)るか、我が好(よ)く門に上(のぼ)りて彼らを取索(しゅさく=取り戻)し、西天(せいてん)へ往(ゆ)かんとす」と。 老翁(ろうおう)言う、「この山(やま)を金兜山(きんとうざん)と喚(よ)ぶ。山前(さんぜん)に一箇の金兜洞(きんとうどう)あり。あの洞(どう)の中(うち)に一箇の独角兕大王(どっかくじだいおう)あり。かの大王(だいおう)神通(じんずう)広大(こうだい)、威武(いぶ)高強(こうきょう)なり。あの三衆(さんしゅ)はこんど断(きっ)として命(いのち)無(な)からん。汝もし尋(たず)ね往(ゆ)かば、ただ汝すらまた保(たも)ち難(がた)からんことを怕(おそ)るるのみ、去(ゆ)かざるの愈(まさ)れるに如(し)かず。我また敢えて汝を阻(はば)まず、また敢えて汝を留(とど)めず、ただ汝が心中(しんちゅう)の度量(たくりょう=思案)に任(まか)すのみ」と。 行者、再拝(さいはい)して称謝(しょうしゃ)して言う、「多く公公(こうこう)の指教(しきょう)を蒙(こうむ)る。我、いずくんぞ尋(たず)ね往(ゆ)かざるの理(ことわり)あらんや!」と。この斎飯(さいはん)を倒(あけ)て彼に与(あた)え、この空(から)の鉢盂(はつう)を自家(じか=自分)で收拾(しゅうしゅう)す。 かの老翁(ろうおう)、拐棒(かいぼう=杖)を放下(おろ)し、鉢盂(はつう)を接(う)けて僮僕(どうぼく)に遞(わた)し、本象(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、双双(ふたりとも)跪(ひざまず)き下(お)り頭を叩(う)って叫(よばわ)る、「大聖(たいせい)、小神(しょうしん)敢えて隠(かく)し瞞(あざむ)かず。我らこの二人はすなわちこれこの山(やま)の山神(さんしん)・土地(とち)なり。ここに在りて大聖(たいせい)を候接(こうせつ)し奉(たてまつ)る。この斎飯(さいはん)は鉢盂(はつう)もろとも小神(しょうしん)収(おさ)め下(おろ)し、大聖(たいせい)の身(み)を軽(かる)くして好(よ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)さしめん。唐僧(とうそう)の難(なん)を救(すく)い出(いだ)したもうを待(ま)ちて、この斎(とき)を以て唐僧(とうそう)に還(かえ)し奉(たてまつ)らば、方(はじ)めて大聖(たいせい)の至(いた)れる恭(きょう=敬い)と至れる孝(こう)とを顕(あらわ)すべきなり」と。 行者、喝(しか)って言う、「汝この毛鬼(もうき=毛むくじゃらの鬼)め、討打(ぶたれ)たいか!既に我の到(いた)るを知(し)りながら、何(なん)ぞ早(はや)く迎(むか)えざりし。またこのごとく頭を藏(かく)し尾(お)を露(あらわ)すは、これいかなる道理(どうり)ぞ」と。土地(とち)言う、「大聖(たいせい)の性急(せいきゅう)なるに、小神(しょうしん)敢えて造次(ぞうじ=軽はずみ)せず、威顔(いがん=お怒り)を犯(おか)さんことを恐(おそ)れたり。これをもて象(すがた)を隠(かく)して告(つ)げ知(し)らせたり」と。 行者、怒(いかり)を息(いこ)うて言う、「汝且(しばら)く打(う)たるるを記(き)せ!好(よ)く生(よく)我が為(ため)に鉢盂(はつう)を収(おさ)め著(お)けよ!我があの妖精(ようせい)を拿(とら)えに往(ゆ)きて来(きた)らんを待て!」と。土地(とち)・山神(さんしん)、遵(したが)い領(りょう=承)す。 この大聖(たいせい)ようやく一束(ひとたば)の虎筋縧(こきんとう=虎の筋の帯)を束(しば)り、虎皮裙(こひくん)を捲(まく)り上(あ)げ、金箍棒(きんこぼう)を執(と)り、径(ただち)に山前(さんぜん)に奔(はし)り、妖洞(ようどう)を找尋(そうじん=探し求)む。山崖(さんがい)を転(めぐ)り過(よ)ぐるに、ただ見よ、あの乱石(らんせき)磷磷(りんりん)、翠崖(すいがい=緑の崖)の辺(ほとり)に両扇(ふたおもて)の石門(せきもん)あり、門外(もんがい)に許多(あまた)の小妖(しょうよう)の、そこに在りて槍(やり)を輪(めぐ)らし剣(けん)を舞(ま)わせるあり。真箇(まこと)にこれ、 烟雲(えんうん)瑞(ずい)を凝(こら)し、苔蘚(たいせん)青(あお)を堆(うずたか)くす。 崚嶒(りょうそう=けわしき)の怪石(かいせき)列(つらな)り、崎嶇(きくう=でこぼこ)の曲道(きょくどう)縈(めぐ)る。 猿(さる)嘯(うそぶ)き鳥(とり)啼(な)いて風景(ふうけい)麗(うるわ)しく、鸞(らん)飛(と)び鳳(ほう)舞(ま)うて蓬瀛(ほうえい=仙境)の若(ごと)し。 向陽(こうよう=日当たり)の幾樹(いくじゅ)の梅(うめ)初(はじ)めて放(ひら)き、暖(あたたか)きを弄(ろう)する千竿(せんかん)の竹(たけ)自(おのずか)ら青(あお)し。 陡崖(とうがい=険しい崖)の下(した)、深澗(しんかん=深い谷)の中(うち)、 陡崖の下には雪(ゆき)粉(こな)を堆(うずたか)くし、深澗の中には水(みず)冰(こおり)を結(むす)ぶ。 両林(りょうりん)の松柏(しょうはく)千年(せんねん)秀(ひい)で、幾簇(いくむら)の山茶(さんさ=椿)一樣(ひとしく)紅(あか)し。 と。 この大聖(たいせい)、観看(みわた)すれど尽(つ)きず、步(あゆみ)を引(ひ)き開(ひら)きて径(ただち)に門前(もんぜん)に至(いた)り、声(こえ)を厲(はげ)しくして高叫(たかよばわ)りす、「かの小妖(しょうよう)、汝疾(と)く進(すす)み入(い)りて汝があの洞主(どうしゅ)に説(つ)げ、我は本(もと)唐朝(とうちょう)聖僧(せいそう)の徒弟(でし)斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)なるが、疾(と)く彼をして我が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)さしめよ。さもなくば汝らの性命(いのち)を喪(うしな)わしめん!」と。 かの伙(むれ)の小妖(しょうよう)、急ぎ洞(どう)の裡(うち)に入(い)りて報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、前面(ぜんめん)に一人の毛顔勾嘴(もうれんこうし=毛だらけの顔に曲がった口)の和尚(おしょう)あり、斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)と称(とな)えて、その師父(しふ)を要(もと)めに来(きた)りまする」と。 かの魔王(まおう)この言(こと)を聞き、満心(まんしん)に歓喜して言う、「正(まさ)に彼の来(きた)るを要(もと)むるところなり!我、本宮(ほんぐう)を離(はな)れて塵世(じんせい)に下降(げこう)してより、更(さら)にかつて武芸(ぶげい)を試(こころ)みたること無し。今日(こんにち)彼の来(きた)るは、必(かなら)ずこれ一箇の対手(たいしゅ=好敵手)ならん」と。すなわち命じて言う、「小(こもの)ら!兵器(へいき)を取出(とりだ)せ」と。 かの洞(どう)の中(うち)の大小(だいしょう)の群魔(ぐんま)、箇箇(おのおの)精神(せいしん)抖擻(とうそう=奮い立ち)、すなわち忙(いそ)ぎ一根(ひとつ)の丈二(じょうに=一丈二尺)の長(なが)き点鋼槍(てんこうそう=鋼の槍)を抬(かつ)ぎ出(いだ)して老怪(ろうかい)に遞(わた)す。老怪(ろうかい)、令(れい)を伝えて教う、「小(こもの)ら、各(おのおの)整齐(せいせい=身支度)を要(よう)せよ。進(すす)む者(もの)は賞(ほうび)、退(しりぞ)く者(もの)は誅(ちゅう=殺)せん!」と。 衆の妖(よう)令を得(え)、老怪(ろうかい)に随(したが)い、騰(とび)いで門を出(い)でて叫(よばわ)る、「孰(たれ)かこれ孫悟空(そんごくう)なる」と。行者、旁(かたわら)に在りて闪(かわ)し過(よ)ぎ、かの魔王(まおう)の生(うま)れつきの好(よ)くも凶醜(きょうしゅう=凶悪醜悪)なるを見る、 独角(どっかく)参差(しんし=でこぼこ)として、双眸(そうぼう=両眼)幌亮(こうりょう=きらきら)たり。 頂上(ちょうじょう)の粗皮(そひ=厚き皮)突(とつ)き出(い)で、耳根(じこん=耳の付け根)の黒肉(こくにく)光(ひか)れり。 舌(した)長(なが)くして時(とき)に鼻(はな)を攪(かきまわ)し、口(くち)闊(ひろ)くして版牙(はんが=前歯)黄(き)なり。 毛皮(もうひ)は青(あお)きこと靛(でん=藍)の似(ごと)く、筋攣(きんれん=すじ)は硬(かた)きこと鋼(はがね)の如(ごと)し。 犀(さい)に比(くら)ぶれば水(みず)に照(てら)すに難(かた)く、象牯(ぞうこ=牡の象)に荒(こう=野)を耕(たがや)さず。 喘月犁雲(ぜんげつりうん=月に喘ぎ雲を犁く)の用(よう)全(まった)く無く、倒(かえ)って天を欺(あざむ)き地を振(ふる)うの強(つよ)きあり。 両隻(ふたつ)の焦筋(しょうきん=焦げた筋)の藍靛手(らんでいしゅ=藍色の手)、雄威(ゆうい)直(なお)点鋼槍(てんこうそう)を挺(つきた)てたり。 細(こま)かにこのごとき凶姿(きょうし)を看(み)れば、枉(むだ)に兕大王(じだいおう)と名称(なづ)けられず! と。 孫大聖(そんたいせい)、上前(すす)み出でて言う、「汝が孫外公(そんがいこう=孫のじいさん)ここに在(あ)る也(なり)!疾(と)く早(はや)う我が師父(しふ)を還(かえ)せ、両(りょう)ながら毀傷(きしょう=傷つけ)無(な)からん!もし『不(いな)』の字(じ)の半箇(はんこ)をも道(い)わば、我、汝をして死(し)して葬身(そうしん)の地(ところ)無(な)からしめん!」と。 かの魔(ま)喝(しか)って言う、「我が汝を、この大胆(だいたん)なる潑猴精(はつこうせい=暴れ猿の精)め!汝に些(いささ)かの何(なん)の手段(てだて)ありて、敢えてこのごとき大言(たいげん)を出(いだ)すか」と。行者言う、「汝この潑物(はつぶつ)め、これまたいまだ我が老孫(ろうそん)の手段(てだて)を見(み)ざるか!」と。かの妖魔(ようま)言う、「汝が師父(しふ)は我が衣服(いふく)を偸盗(とうとう)せり。実(げ)にこれ我が拿(とら)え住(とど)めたるところ、如今(いま)まさに蒸(ふか)して食(くら)わんとす。汝はこれ何(なん)たる好漢(こうかん=好漢)なるか、すなわち敢えて我が門の上(ほとり)に来(きた)りて取(と)り討(もと)めんとするか!」と。 行者言う、「我が師父(しふ)はすなわち忠良正直(ちゅうりょうしょうじき)の僧(そう)なり。いずくんぞ汝が何(いず)れの妖物(ようぶつ)を偸(ぬす)むの理(ことわり)あらんや」と。妖魔(ようま)言う、「我、山路(さんろ)の辺(ほとり)に一座(ひとつ)の仙荘(せんそう)を点化(てんか)せしに、汝が師父(しふ)潜(ひそ)かに裡(うち)に入(い)り、心(こころ)に情欲(じょうよく)を愛(あい)し、我が三領(みつ)の納錦綿装背心児(のうきんめんそうはいしんじ)を将(と)りて偸(ぬす)み身に穿(き)たり。ただ証拠(しょうこ)あり、これをもて我才(ようや)く彼を拿(とら)えたり。汝、今果たして手段(てだて)あらば、すなわち我と比勢(ひせい=勝負)せよ。もし三合(さんごう)に我に敵(かな)い過(す)ぐれば、汝が師(し)の命(いのち)を饒(ゆる)さん。もし我に敵い過(す)ぐるを得(え)ずんば、汝をして一路(いちろ)に陰(かげ=冥土)に帰(き)せしめん!」と。 行者笑って言う、 「潑物(はつぶつ)め!講口(こうこう=口論)するを須(もち)いず!ただ比勢(ひせい)と申すは、正(まさ)に老孫(ろうそん)の意(こころ)に合(かな)う。走(のぼ)り上(あが)り来(こ)よ、吾が棒(ぼう)を食(くら)え!」 と。 かの怪物(かいぶつ)、何(なん)の赌闘(ととう=勝負)かを怕(おそ)れん、鋼槍(こうそう=鋼の槍)を挺(つきた)てて面(おもて)を劈(つんざ)いて迎(むか)う。この一場(ひとしきり)の好(よ)き殺(たたか)いかな!視よ、あの 金箍棒(きんこぼう)挙(あが)り、長杆槍(ちょうかんそう)迎(むか)う。 金箍棒挙がれば、亮藿藿(りょうかくかく=きらきら)として電(いなずま)の金蛇(きんじゃ)を掣(ひ)くが似(ごと)く、 長杆槍迎(むか)えば、明幌幌(めいこうこう=ぴかぴか)として龍(りゅう)の黒海(こくかい)を離(はな)るるが如(ごと)し。 かの門前(もんぜん)の小妖(しょうよう)鼓(つづみ)を擂(う)ち、陣勢(じんせい)を排(ひら)いて威風(いふう)を助(たす)け、 この壁廂(へきしょう)の大聖(たいせい)功(こう)を施(ほどこ)し、縦横(じゅうおう)を出(いだ)して本事(ほんざい)を逞(たくま)しくす。 彼(か)の処(ところ)に一杆(ひとさお)の槍(やり)、精神(せいしん)抖擻(とうそう=奮い立ち)、 我がここに一条(ひとすじ)の棒(ぼう)、武芸(ぶげい)高強(こうきょう)なり。 正(まさ)にこれ英雄(えいゆう)の英雄漢(えいゆうかん)に遇(あ)い、果たして対手(たいしゅ)の才(はじ)めて対手人(たいしゅじん)に逢(あ)うなり。 かの魔王(まおう)は口(くち)に紫気(しき)を噴(ふ)きて煙霧(えんむ)を盤(めぐ)らし、 この大聖(たいせい)は眼(まなこ)に光華(こうか)を放(はな)ちて繍雲(しゅううん)を結(むす)ぶ。 ただ大唐(だいとう)の僧(そう)に難(なん)あるが為(ため)に、両家(りょうけ)義(ぎ)無(な)く苦(くるし)く争輪(そうりん=争い回る)。 と。 彼の二人、戦(たたか)うこと三十合(さんじっごう)を経(ふ)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。かの魔王(まおう)、孫悟空(そんごくう)の棍法(こんぽう)の斉整(せいせい=整然)、一往一来(いちおういちらい)に些(いささ)かの破綻(はたん=隙)も全(まった)く無きを見、喜ぶこと彼の声を連(つら)ねて喝采(かっさい)して言う、「好(よ)き猴児(さる)かな!好き猴児かな!真箇(まこと)にこれあの天宮(てんぐう)を闹(さわ)がしし本事(ほんざい)なり!」と。 この大聖(たいせい)もまた彼が槍法(そうほう)の乱(みだ)れず、右(みぎ)を遮(さえぎ)り左(ひだり)を擋(ふせ)ぎ、甚(はなは)だ解数(かいすう=手順)あるを愛(め)で、また叫(よばわ)って言う、 「好(よ)き妖精(ようせい)かな!好き妖精かな!果たしてこれ一箇の丹(たん)を偸(ぬす)みし魔頭(まとう)なり!」 と。 二人また闘(たたか)うこと一、二十合(いちにじっごう)なるに、かの魔王(まおう)槍尖(そうせん=槍先)を把(と)って地を点(つ)き、小妖(しょうよう)に喝令(かつれい=命じ)して斉(ひと)しく来(きた)らしむ。かの潑怪(はつかい)ら、箇箇(おのおの)刀(かたな)を拿(と)り杖(つえ)を弄(ろう)し、剣(けん)を執(と)り槍(やり)を輪(めぐ)らし、孫大聖(そんたいせい)を把(と)って中間(ちゅうかん)に囲(かこ)む。 行者、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、ただ叫(よばわ)る、「来(きた)ること好(よ)し!来ること好し!正(まさ)に吾が意(こころ)に合(かな)う!」と。一条の金箍棒(きんこぼう)を使(つか)い、前(まえ)に迎(むか)え後(うしろ)に架(かま)え、東(ひがし)を擋(ふせ)ぎ西(にし)を除(のぞ)けば、かの伙(むれ)の群妖(ぐんよう)、思(おも)いも寄らず肯(がえん)じて退(しりぞ)かんとす。 行者、焦躁(しょうそう=いらいら)するを忍(こら)えきれず、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って将(も)ち起(あ)げ去(や)り、「変(へん)!」と喝(かつ)すれば、すなわち変じて千百条(せんぴゃくじょう)の鉄棒(てつぼう)と作(な)り、好(よ)きかな便(すなわ)ち飛蛇走蟒(ひじゃそうもう=飛ぶ蛇走る蟒)の似(ごと)く、空(くう)に盈(み)ちて裡(うち)より乱(みだ)りに落(お)ち下(くだ)る。 かの伙(むれ)の妖精(ようせい)これを見、箇箇(おのおの)魄散魂飛(はくさんこんぴ=魂も消え飛び)、頭を抱(いだ)き頸(くび)を縮(ちぢ)め、尽(ことごと)く洞(どう)の中(うち)へ逃(に)げて命(いのち)を求(もと)む。 老魔王(ろうまおう)、唏唏(きき)と冷笑(れいしょう)して言う、「かの猿(さる)め、無礼(ぶれい)するな!手段(てだて)を看(み)よ!」と。すなわち忙(いそ)ぎ袖中(しゅうちゅう)より一箇の亮灼灼(りょうしゃくしゃく)白森森(はくしんしん=白くぎらぎら)の圈子(けんす=輪)を取出(とりだ)し、空(くう)を望(めが)けて抛(な)げ上(あ)げ、「著(あた)れ!」と一声叫(よばわ)る。唿喇(こつらつ)と一下(ひとつ)、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って収(おさ)めて一条(ひとすじ)と做(な)し、套(おお)い将(も)ちて去(さ)りぬ。 ここをもて孫大聖(そんたいせい)赤手空拳(せきしゅくうけん)と作(な)り、筋斗(きんと)を翻(う)って性命(いのち)を逃(のが)る。かの妖魔(ようま)勝(かち)を得(え)て洞(どう)に回帰(かいき)し、行者(ぎょうじゃ)朦朧(もうろう)として主張(しゅちょう=方針)を失(うしな)う。これ正(まさ)に、 道(どう)一尺(いっしゃく)高(たか)ければ魔(ま)一丈(いちじょう)高(たか)く、性(せい)乱れ情(じょう)昏(くら)みて家(いえ)を錯認(さくにん=見誤る)。 恨(うら)むべし法身(ほっしん)に坐位(ざい=座)無(な)く、当時(そのとき)行動(こうどう)の念頭(ねんとう)差(たが)えり。 と。畢竟(ひっきょう)この番(たび)いかにしてか結果(けっか)するやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第五十一回 心猿、空(むな)しく千般(せんばん)の計(けい)を用(もち)い 水火(すいか)、功(こう)無(な)くして魔(ま)を煉(ね)るに難(かた)し さて斉天大聖は、空手(からて)で陣に敗れ、来たって金兜山(きんとうざん)の後に坐し、ぽろぽろと両眼より涙を滴(したた)らせ、叫んで言うには、「師父よ! そなたと共にとこそ思いしに── 仏恩(ぶっとん)は徳(とく)有(あ)り和融(わゆう)有り、 同(とも)に幼(おさな)く同に生じて意(こころ)窮(きわ)まること莫(な)し。 同に住み同に修(おさ)めて同に解脱(げだつ)し、 同に慈(いつく)しみ同に念じて霊功(れいこう)を顕(あら)わす。 同縁(どうえん)同相(どうそう)、心真(しん)に契(ちぎ)り、 同見(どうけん)同知(どうち)、道(みち)転(うた)た通(つう)ず。 豈(あに)料(はか)らんや、今(いま)主杖(しゅじょう)無く、 空拳(くうけん)赤脚(せっきゃく)、怎(いか)でか興隆(こうりゅう)せんや!」 大聖はしばらく痛ましげにしていたが、心の中にひそかに思案して言うには、「あの妖精は我(われ)を見知っておる。記憶するに、彼(かれ)は陣上(じんじょう)に在(あ)って我を称(ほ)めて、『真(まこと)に天宮(てんぐう)を騒(さわ)がせし類(たぐい)かな!』と申した。これでは決して凡間(ぼんげん)の怪物ではあるまい、定(さだ)めて天上の凶星(きょうせい)であろう。思うに凡(ぼん)を思いて下界(げかい)に降(くだ)ったか、また何処(いずこ)より降り来たりし魔頭(まとう)か、先(ま)ずは上界(じょうかい)へ参(まい)って調べ調べ致(いた)そう」。 行者はここに至って心に心を問うて、自(みずか)ら張(は)り自ら主(あるじ)となり、急(きゅう)に身を翻(ひるがえ)して祥雲(しょううん)を起(お)こし、直ちに南天門の外に到(いた)れば、ふと目を上げて広目天王(こうもくてんのう)を見る。面と向かって迎えて長揖(ちょうゆう)して言うには、「大聖、何処(いずこ)へ往(ゆ)かれる」。 行者言う、「用事(ようじ)有って玉帝(ぎょくてい)に謁見(えっけん)致したい、そなたは此処に在(あ)って何をなさる」。広目言う、「今日は巡(めぐ)り当(あた)って南天門を視察(しさつ)する番(ばん)なり」。言い終えぬうちに、またかの馬(ば)・趙(ちょう)・温(おん)・関(かん)の四大元帥(げんすい)の礼(れい)を作(な)して言うを見る、「大聖、お迎(むか)え損(そこ)ないました。茶(ちゃ)を召(め)されよ」。行者言う、「用事が有るのじゃ」。遂(つい)に広目と四元帥(しげんすい)に辞(じ)し、径(ただ)ちに南天門の内に入り、直ちに霊霄殿(れいしょうでん)の外に到れば、果(はた)して又(また)張道陵(ちょうどうりょう)・葛仙翁(かつせんおう)・許旌陽(きょせいよう)・丘弘済(きゅうこうさい)の四天師(してんし)並びに南斗六司(なんとろくし)・北斗七元(ほくとしちげん)が皆(みな)殿前(でんぜん)に在って行者を迎え、一斉(いっせい)に手を起(お)こして言うには、「大聖、何(いか)にして此処(ここ)に到(いた)れる」。又(また)問う、「唐僧を保(まも)るの功(こう)、完(おわ)れるや否(いな)や」。行者言う、「早(はや)い早い! 路(みち)遥(はる)かに魔(ま)広(ひろ)く、僅(わず)かに一半(いっぱん)の功(こう)有るのみ、目下(もっか)金兜山金兜洞(きんとうどう)に阻(へだ)てられておる。 一箇(ひとつ)の兕怪(じかい)が有って、唐の師父を洞中(どうちゅう)に拿(と)り籠(こ)めたれば、是(こ)れ老孫(ろうそん)その門(もん)を尋(たず)ねて往(ゆ)きて一場(いちじょう)の戦(いくさ)を交(まじ)えたるに、彼奴(きゃつ)の神通(じんつう)広大(こうだい)にして、老孫の金箍棒(きんこぼう)を搶(うば)い去(さ)った。此(こ)れに因(よ)って魔王(まおう)を縛(しば)るに難(かた)し。 疑(うたが)わくは上界(じょうかい)の何(いず)れの凶星(きょうせい)か凡(ぼん)を思いて下界に降ったるか、また何処より降り来たりし魔頭(まとう)か、老孫此(こ)れに因(よ)って玉帝を尋(たず)ね、彼(かれ)に箝束(かんそく)厳(きび)しからざるを問(と)わんとす」。許旌陽笑って言う、「この猿(さる)め、相変わらず此(か)くの如(ごと)く放刁(ほうとう=我儘(わがまま)を言う)なり!」。行者言う、「放(ほう)刁(とう)では有らぬ、我が老孫は一生(いっしょう)この口(くち)の些(いささ)か緊(きつ)きを以(も)って、初(はじ)めて頭(こうべ)の在(あ)り処(か)を尋ね当(あ)てるのじゃ」。張道陵言う、「多(おお)くを説(と)くに及(およ)ばず、只(た)だ彼(かれ)が為(ため)に伝(つた)え奏(そう)するのみ」。 行者言う、「多謝(たしゃ)多謝!」。当時(そのとき)四天師(してんし)は霊霄(れいしょう)に伝奏(でんそう)し、玉陛(ぎょくへい)に引見(いんけん)す。行者は上(かみ)に向かって大喏(だいじゃく)を唱(とな)えて言う、「老官児(ろうかんじ)よ、御苦労(ごくろう)御苦労! 我が老孫、唐僧を保護(ほご)して西天(せいてん)へ経(きょう)を取りに往(ゆ)くに、一路(いちろ)凶(きょう)多(おお)く吉(きつ)少(すくな)し、これまた説(と)くに及(およ)ばず。今(いま)金兜山金兜洞に来たり在(あ)るに、一箇の兕怪(じかい)有って、唐僧を洞裏(どうり)に拿(と)り籠めたり、これを蒸(ふか)さんとするか煮(に)んとするか乾(ほ)さんとするかは知(し)らず。是(ここ)において老孫その門(かど)を尋ねて往きて彼と戦(たたか)いを交(まじ)えたれば、かの怪(かい)は却(かえ)って些(いささ)か老孫を見知(みし)る様子(ようす)、卓(まこと)に神通広大にして、老孫の金箍棒(きんこぼう)を搶(うば)い去(さ)った。此(こ)れに因って妖魔(ようま)を縛(しば)るに難(かた)し。疑(うたが)わくは上天の凶星、凡を思いて下界に降れるかと、此(こ)の為(ため)に老孫特に来たりて啓奏(けいそう)す。伏(ふ)して天尊(てんそん)の慈(じ)を垂(た)れて洞鑑(どうかん)し、凶星(きょうせい)を査勘(さかん)するの旨(むね)を降(くだ)し、兵(へい)を発(はっ)して妖魔を収剿(しゅうそう)し給(たま)わんことを。老孫、戦慄(せんりつ)屏営(へいえい)の至(いた)りに勝(た)えず!」 却又(また)深躬(しんきゅう)を打(う)って言う、「以(も)って聞(きこ)し召(め)されよ」。傍(かたわ)らに葛仙翁(かつせんおう)有って笑って言う、「猿(さる)めは何(なん)ぞ前倨後恭(ぜんきょこうきょう=初め傲(おご)りて後(のち)へつらう)なる」。行者言う、「不敢(ふかん)不敢! 何の前倨後恭か、老孫は今(いま)棒(ぼう)無くして弄(ろう)する能(あた)わざるのみ」。 彼(か)の時(とき)玉皇天尊(ぎょくこうてんそん)奏(そう)を聞(きこ)し召(め)されて、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて可韓司(かかんし)に旨(むね)を降(くだ)して知らしむ、「既(すで)に悟空(ごくう)の奏する所(ところ)の如(ごと)くんば、諸天(しょてん)の星斗(せいと)・各宿(かくしゅく)の神王(しんのう)を随(したが)えて査(さぐ)り、凡(ぼん)を思いて下界に降(くだ)れる者有(あ)りや無(な)きやを、随(したが)って復奏(ふくそう)施行(しこう)して以(も)って聞(きこ)し召(め)すべし」。可韓丈人真君(かかんじょうじんしんくん)旨(むね)を領(りょう)し、当時(そのとき)即ち大聖と同(とも)に往(ゆ)きて査(さぐ)る。先(ま)ず四天門(してんもん)の門上(もんじょう)の神王官吏(しんのうかんり)を査(さぐ)り;次(つぎ)に三微垣(さんびえん)の垣中(えんちゅう)の大小(だいしょう)の群真(ぐんしん)を査り;又(また)雷霆(らいてい)の官将(かんしょう)たる陶(とう)・張(ちょう)・辛(しん)・鄧(とう)、苟(こう)・畢(ひつ)・龐(ほう)・劉(りゅう)を査り;最後(さいご)にようやく三十三天(さんじゅうさんてん)を査るに、天天(てんてん)自(おのずか)ら在(あ)り;又(また)二十八宿(にじゅうはっしゅく)を査るに、東七宿(とうしちしゅく)は角(かく)・亢(こう)・氐(てい)・房(ぼう)・参(しん)・尾(び)・箕(き)、西七宿(せいしちしゅく)は斗(と)・牛(ぎゅう)・女(じょ)・虚(きょ)・危(き)・室(しつ)・壁(へき)、南七宿(なんしちしゅく)、北七宿(ほくしちしゅく)、宿宿(しゅくしゅく)安寧(あんねい)なり;又(また)太陽(たいよう)・太陰(たいいん)、水火木金土(すいかもくこんご)の七政(しちせい)、羅睺(らごう)・計都(けいと)・炁(き)・孛(はい)の四余(しよ)を査る。満天(まんてん)の星斗(せいと)、並(なら)びに凡を思いて下界に降(くだ)れる者有ること無(な)し。行者言う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我が老孫もかの霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に上(のぼ)って玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)を打攪(じゃま)するには及(およ)ばぬ、深(ふか)く不便(ふべん)なり。そなたは自(みずか)ら回旨(かいし=復命(ふくめい))して往(ゆ)け、我は只(た)だ此処(ここ)に在ってそなたの回話(かいわ=返答(へんとう))を待(ま)つのみ」。かの可韓丈人真君命(めい)に依(よ)る。 孫行者は久(ひさ)しく等候(こうこう)し、詩(し)を作(つく)って興(きょう)を紀(しる)して曰(いわ)く、 風清(かぜきよ)く雲霽(くもは)れて升平(しょうへい)を楽しみ、 神静(しんしず)かに星明(ほしあき)らかに瑞禎(ずいてい)を顕(あら)わす。 河漢(かかん)安寧(あんねい)にして天地泰(たい)なり、 五方八極(ごほうはっきょく)戈旌(かせい)を偃(ふ)す。 かの可韓司丈人真君、歴歴(れきれき)と査勘(さかん)し、玉帝に回奏(かいそう)して言うには、「満天(まんてん)の星宿(せいしゅく)少(すくな)からず、各方(かくほう)の神将(しんしょう)皆(みな)存(そん)し、並びに凡(ぼん)を思いて下界に降れる者有ること無し」。玉帝奏(そう)を聞(きこ)し召(め)されて、「孫悟空(そんごくう)に幾員(いくにん)かの天将(てんしょう)を選(えら)ばしめ、下界(げかい)して魔(ま)を擒(とら)えに往(ゆ)かしめよ」。四大天師(しだいてんし)旨意(しい)を奉(ほう)じ、即ち霊霄宝殿(れいしょうほうでん)を出(い)で、行者に向かって言う、「大聖よ、玉帝の寛恩(かんおん)として、天宮(てんぐう)に凡(ぼん)を思う神(かみ)無(な)しと言(こと)のたまい、そなたに幾員かの天将(てんしょう)を選(えら)ばしめて魔を擒(とら)えに往かせるとのことぞ」。行者は頭(こうべ)を低(た)れてひそかに思案して言う、「天上の将(しょう)は老孫に如(し)かざる者多(おお)く、老孫に勝(まさ)る者少(すくな)し。想(おも)うに我(われ)天宮(てんぐう)を騒(さわ)がせし時(とき)、玉帝は十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を遣(つか)わし、天羅地網(てんらちもう)を布(し)けり、更(さら)に曾(かつ)て一将(いっしょう)として敢(あ)えて我と手(て)を比(くら)べんとする者有らざりき。その後(のち)に向(むか)って、小聖(しょうせい)二郎(じろう)を調(ちょう)せられて、方(まさ)に我が敵手(てきしゅ)たり。今(いま)かの怪物(かいぶつ)の手段(しゅだん)は又(また)老孫に強(すぐ)れる、どうして能(よ)く勝(か)つことを得(え)んや」。許旌陽(きょせいよう)言う、「此(こ)の時(とき)と彼(か)の時(とき)は、大(おお)いに同じからざるなり。常言(じょうげん)に『一物(いちもつ)は一物(いちもつ)を降(くだ)す』と言(い)うぞ、そなた好(よ)く旨意(しい)に違(たが)わんや。但(た)だ高見(こうけん)に凭(よ)りて天将(てんしょう)を選用(せんよう)し、遅疑(ちぎ)して事(こと)を誤(あやま)ること得(え)ざれ」。行者言う、 「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、深(ふか)く上恩(じょうおん)を感(かん)ず。果(はた)して好(よ)く旨(むね)に違(たが)うべからず。一(ひと)つには老孫また空(むな)しくこの度(たび)を走(はし)る可(べ)からず、旌陽(せいよう)の煩(わずら)わしさを転(てん)じて玉帝に奏(そう)し、只(た)だ托塔李天王(たくとうりてんのう)と哪吒太子(なたたいし)とを遣(つか)わされよ。彼(かれ)にはまた幾件(いくけん)かの妖(よう)を降(くだ)す兵器(へいき)有り、暫(しばら)く下界(げかい)してかの怪(かい)と一仗(いちじょう=一戦(いっせん))を見(み)て、如何(いかん)を看(み)んと欲(ほっ)す。果(はた)して能(よ)く彼を擒(とら)え得(う)れば、是(こ)れ老孫の幸(こう)なり;若(も)し能(あた)わずんば、其(そ)の時(とき)また区処(くしょ=処置(しょち))を為(な)さん」。 真(まこと)にかの天師(てんし)玉帝に啓奏(けいそう)すれば、玉帝即(すなわ)ち李天王父子(りてんのうふし)に令(れい)じて、衆部(しゅうぶ)の天兵(てんぺい)を率(ひき)いて、行者と助力(じょりょく)せしむ。かの天王即ち旨(むね)を奉(ほう)じて来たりて行者に会(かい)す。行者又(また)天師に向かって言う、 「玉帝の遣差(けんさ=遣(つか)わし)たる天王を蒙(こうむ)り、謝(しゃ)するに尽(つ)くす所(ところ)を知らず。また一事(いちじ)有り、重(かさ)ねて転達(てんだつ)を煩(わずら)わす。但(た)だ二箇(ふたり)の雷公(らいこう)を得(え)て使用(しよう)し、天王の戦闘(せんとう)の時(とき)を等(ま)ちて、雷公をして雲端(うんたん)の中(うち)に下(くだ)して一箇の雷楔(らいせつ=雷(かみなり)の楔(くさび))を当(あ)て、頂門(ちょうもん=頭(あたま)の頂(いただき))の上(うえ)を錠(う)ち死(し)なせしめてかの妖魔(ようま)をば、深(ふか)く良計(りょうけい)と為(な)さん」。天師笑って言う、「好(よ)し! 好し! 好し!」。天師又(また)玉帝に奏(そう)し、九天府(きゅうてんふ)の下(もと)に旨(むね)を伝(つた)えて鄧化(とうか)・張蕃(ちょうばん)の二雷公(にらいこう)を点(てん)し、天王と力(ちから)を合(あ)わせて妖(よう)を縛(しば)り難(なん)を救(すく)わしむ。遂(つい)に天王・孫大聖と径(ただ)ちに南天門の外に下(くだ)る。 頃刻(しばらく)にして到(いた)れば、行者言う、「此(こ)の山(やま)は便(すなわ)ち是(こ)れ金兜山(きんとうざん)、山の真中(まんなか)は乃(すなわ)ち是れ金兜山じゃ。列位(れつい)相談(そうだん)し、却(かえ)って何(いず)れの者を先(さき)に往(ゆ)かせて戦(たたかい)を索(もと)めしめんか」。天王は雲頭(うんとう)を停(とど)め、天兵を山南(さんなん)の坡下(はか=坂(さか)の下(した))に扎(とど)めて言う、「大聖は素(もと)より小児(しょうじ)哪吒(なた)の、曾(かつ)て九十六洞(きゅうじゅうろくどう)の妖魔を降(くだ)し、善(よ)く変化(へんげ)し、身(み)に随(したが)えて妖を降す兵器有るを知(し)る。須(すべか)らく彼をして先(ま)ず往(ゆ)きて陣(じん)に出(い)でしむべし」。行者言う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、老孫が太子(たいし)を引(ひ)きて往(ゆ)かん」。かの太子は雄威(ゆうい)を抖擻(しゅんそう=奮(ふる)い起(お)こ)し、大聖と高山(こうざん)に跳(と)び上(あが)り、径(ただ)ちに洞口(どうこう)に至(いた)れば、但(た)だ見(み)るにかの洞門(どうもん)は緊(きつ)く閉(と)ざされ、崖下(がいか)に精(せい)無(な)し。行者は上前(うえまえ)に出(い)でて高(たか)く叫ぶ、「潑魔(はつま=愚(おろ)かなる魔)! 早(はや)く門(もん)を開(ひら)け! 我が師父(しふ)を還(かえ)せや!」 かの洞裏(どうり)に在って門を把(まも)る小妖(しょうよう)見て、急(いそ)ぎ報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、孫行者(そんごくう)は一箇の小童男(しょうどうなん=童(わらわ))を領(ひき)いて、門前(もんぜん)に在って戦(たたかい)を叫(さけ)んでおりまする」。かの魔王(まおう)言う、「この猿(さる)め、鉄棒(てつぼう)は我に奪(うば)われて空手(からて)なり、争(あらそ)い難(がた)し、想(おも)うに是(こ)れ救兵(きゅうへい)を請(こ)い得(え)て来(きた)れるならん」。叫ぶ、「兵器(へいき)を取(と)れ!」 魔王は槍(やり)を手(て)に綽(と)り、門外(もんがい)に走(は)せ出(い)でて観看(かんかん)すれば、かの小童男(わらわ)は、相貌(そうぼう)清奇(せいき)として生(うま)れつき、十分(じゅうぶん)に精壮(せいそう=逞(たくま)し)なり。真(まこと)に是(こ)れ、 玉面(ぎょくめん)嬌容(きょうよう)満月(まんげつ)の如(ごと)く、 朱唇(しゅしん)方口(ほうこう)銀牙(ぎんが)を露(あらわ)す。 眼光(がんこう)電(でん)を掣(ひ)き睛珠(せいしゅ)暴(あら)われ、 額(ひたい)闊(ひろ)く霞(かすみ)を凝(こ)らし髪髻(はつけい)髽(そう=もとゆい)なり。 繍帯(しゅうたい)風(かぜ)に舞(ま)いて彩焔(さいえん)を飛(と)ばし、 錦袍(きんぽう)日(ひ)に映(えい)じて金花(きんか)を放(はな)つ。 環縧(かんじょう)灼灼(しゃくしゃく)として心鏡(しんきょう)を攀(よ)じ、 宝甲(ほうこう)輝輝(きき)として戦靴(せんか)を襯(そ)う。 身(み)小(ちい)さく声(こえ)洪(おお)きにして壮麗(そうれい)多(おお)し、 三天(さんてん)護教(ごきょう)の悪(あく)哪吒(なた)なり。 魔王笑って言う、「そなたは李天王(りてんのう)の第三(だいさん)の孩児(がいじ=子(こ))、名(な)を哪吒太子(なたたいし)と喚(よ)ぶ、却(かえ)って如何(いか)にして我がこの門前(もんぜん)に到(いた)りて呼喝(こかつ=喚(わめ)く)するか」。太子言う、「汝(なんじ)この潑魔(はつま=愚かなる魔)、乱(みだ)れを作(な)して東土(とうど)の聖僧(しょうそう)を困害(こんがい=苦(くる)しめ損(そこな)う)するに因(よ)り、玉帝の金旨(きんし)を奉(ほう)じて、特に来たりて汝を拿(と)らんとす!」 魔王大(おお)いに怒(いか)って言う、「そなたは想(おも)うに孫悟空(そんごくう)の請(こ)いし所(ところ)ならん。我は便(すなわ)ち是(こ)れかの聖僧(しょうそう)の魔頭(まとう=仇(かたき))なるぞ! 量(はか)るに汝(なんじ)が如(ごと)きこの小児曹(しょうじそう=童(わらべ)め)に何(なん)の武芸(ぶげい)有ってか、敢(あ)えて浪言(ろうげん=大言(たいげん))を出(い)だすや! 往(ゆ)くな! 我が一槍(いっそう)を食(く)らえ!」 この太子は斬妖剣(ざんようけん)を使(つか)い、手(て)を劈(さ)いて相迎(むか)う。彼(かれ)の二箇(ふたり)は手(て)を搭(か)け合(あ)わせて、ようやく闘(たたか)いを賭(か)けしに、かの大聖は急(きゅう)に山坡(さんば=坂(さか))に転(てん)じ、叫ぶ、「雷公(らいこう)何処(いずこ)に在る。早(はや)く往(ゆ)きて、かの妖魔に一箇の雷楔(らいせつ)を下(くだ)し、太子を助(たす)けて降伏(こうぶく)せしめよ!」 鄧(とう)・張(ちょう)の二公(にこう)、即ち雲光(うんこう)を踏(ふ)みて、正(まさ)に手(て)を下(くだ)さんと欲(ほっ)するに、只(た)だ見(み)るにかの太子の法(ほう)を出(いだ)して、身(み)を一変(いっぺん)して三頭六臂(さんとうろっぴ)と作(な)り、手(て)に六般(ろくはん)の兵器(へいき)を把(と)って、妖魔を望(めが)けて砍(き)り来(きた)るを見る。かの魔王もまた三頭六臂(さんとうろっぴ)と変(へん)じ、三柄(さんぺい)の長槍(ちょうそう)を以(も)って抵(ふせ)ぐ。この太子又(また)妖(よう)を降(くだ)す法力(ほうりき)を弄(ろう)し出(い)だし、六般(ろくはん)の兵器を抛(な)げ起(お)こす。是(こ)れ那(なん)の六般の兵器か。却(かえ)って是(こ)れ砍妖剣(かんようけん)・斬妖刀(ざんようとう)・縛妖索(ばくようさく)・降魔杵(ごうましょ)・繍球(しゅうきゅう)・火輪児(かりんじ)、大(おお)いに一声(いっせい)「変(へん)!」と叫べば、一(いち)は十(じゅう)に変じ、十は百(ひゃく)に変じ、百は千(せん)に変じ、千は万(まん)に変じ、皆(みな)是(こ)れ一般(いっぱん)の兵器、驟雨(しゅうう)の冰雹(ひょう)の如(ごと)く、紛紛密密(ふんぷんみつみつ)として、妖魔を望(めが)けて打(う)ち将(も)って往(ゆ)く。かの魔王は公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、一隻(いっぴき)の手(て)を出(いだ)してかの白森森(はくしんしん=白(しろ)く光(ひか)る)なる圈子(けんし=輪(わ))を取(と)り出(いだ)し、空(くう)を望(めが)けて抛(ほう)り起(お)こし、「着(ちゃく)!」と一声(ひとこえ)叫べば、唿喇(こつらつ)の一下(いっか)に、六般(ろくはん)の兵器をば套(から)め下(おろ)し来(きた)る。慌(あわ)てたるはかの哪吒太子、赤手(せきしゅ)にて逃(のが)れて生(い)き、魔王は勝(か)ちを得(え)て回(かえ)る。 鄧(とう)・張(ちょう)の二雷公(にらいこう)、空中(くうちゅう)に在ってひそかに笑って言う、「早(はや)くも是(こ)れ我(われ)先(ま)ず頭勢(とうせい=気配(けはい))を看(み)て、曾(かつ)て雷楔(らいせつ)を放(はな)たざりしは、もし彼(かれ)に套(から)め将(も)って往(ゆ)かれなば、却(かえ)ってどうして天尊(てんそん)に回見(かいけん=謁見(えっけん))せん」。二公は雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(お)ろし、太子と山南(さんなん)の坡下(はか=坂(さか)の下(した))に来たり、李天王に向かって言う、「妖魔(ようま)は果(はた)して神通(じんつう)広大(こうだい)なり!」 悟空(ごくう)は傍(かたわ)らに在って笑って言う、「彼奴(きゃつ)の神通もまた只(た)だ此(か)くの如(ごと)きのみ、争(いか)でか奈何(いかん)ともすべき、あの圈子(けんし=輪(わ))の利害(りがい=手強(てごわ)き)なるには。是(こ)れ何(なん)の宝貝(ほうばい)なるか知(し)らず、投(な)げ起(おこ)せば善(よ)く諸物(しょぶつ)を套(から)むるかな」。哪吒(なた)は恨(うら)んで言う、「この大聖は甚(はなは)だ人(ひと)と成(な)らず! 我等(われら)は兵(へい)を折(お)り陣(じん)に敗(やぶ)れて、十分(じゅうぶん)に煩悶(はんもん=悩(なや)み)せるに、皆(みな)只(た)だ汝(なんじ)が為(ため)なるに、汝は反(かえ)って喜笑(きしょう)するとは何(なん)ぞや!」 行者言う、「そなたは煩悶(なやみ)すると言(い)うが、終(つい)には我が老孫は煩悶せずや。我が今(いま)計(けい)も奈何(いかん)ともする無(な)く、哭(な)く可(べ)からず、故(ゆえ)に只(た)だ笑(わら)うを得(う)るのみじゃ」。天王言う、「此(か)くの如(ごと)くんば怎(いか)でか結果(けっか)を生(しょう)ぜん」。行者言う、「汝等(なんじら)の又(また)怎(いか)に計較(けいこう=相談(そうだん))するに凭(よ)るとも、只(た)だ圈子(けんし)の套(から)め往(ゆ)かざる者(もの)にてこそ、便(すなわ)ち彼(かれ)を拿(と)り住(とど)むべけれ」。天王言う、「套(から)め往(ゆ)かざる者は、惟(た)だ水火(すいか)の最(もっと)も利(り)有るのみ。常言(じょうげん)に『水火(すいか)は情(なさけ)無(な)し』と言(い)う」。行者は言(こと)を聞(き)いて言う、「説(と)いて理(り)有り! 汝等(なんじら)は且(しばら)く此処(ここ)に穏(おだ)やかに坐(ざ)し、老孫の再(ふたた)び天(てん)に上(のぼ)って走走(そうそう=ちょいと往(ゆ)き)して来(きた)るを待(ま)て」。鄧(とう)・張(ちょう)の二公(にこう)言う、「又(また)甚(なに)を為(な)しに往(ゆ)かれるか」。行者言う、「老孫のこの度(たび)は、玉帝に啓奏(けいそう)するに及(およ)ばず、只(た)だ南天門の内(うち)に到(いた)って彤華宮(とうかきゅう)に上(のぼ)り、熒惑(けいわく)の火徳星君(かとくせいくん)を請(こ)い来(きた)りて此処(ここ)に火(ひ)を放(はな)ち、かの怪物(かいぶつ)を一場(いちじょう)焼(や)き、或(ある)いは連(つれだ)ってあの圈子(けんし)も焼(や)きて灰燼(かいじん=灰(はい))と作(な)し、妖魔(ようま)を捉(とら)えんとす。一(ひと)つには兵器(へいき)を取(と)り返(かえ)して汝等(なんじら)を天(てん)に帰(かえ)らしめ、二(ふた)つには吾(わ)が師(し)の難(なん)を解脱(げだつ)す可(べ)ければなり」。太子は言(こと)を聞(き)いて甚(はなは)だ喜(よろこ)び、言う、「遅疑(ちぎ)するに及(およ)ばず、大聖の早(はや)く往(ゆ)きて早(はや)く来(きた)らんことを請(こ)う、我等(われら)は只(た)だ此処(ここ)に在って拱候(きょうこう=手(て)を拱(こまぬ)いて待(ま))つのみ」。 行者は祥光(しょうこう)を起(お)こし、又(また)南天門の外に至(いた)れば、かの広目(こうもく)と四将(ししょう)と迎(むか)えて言う、「大聖、何(いか)にして又(また)来(きた)れる」。行者言う、「李天王(りてんのう)は太子(たいし)をして師(いくさ)を出(いだ)さしめたるに、只(た)だ一陣(いちじん)にて、かの魔王(まおう)に六件(ろっけん)の兵器を撈(かす)め将(も)って往(ゆ)かれたり。我が今(いま)彤華宮(とうかきゅう)に到(いた)りて火徳星君(かとくせいくん)を請(こ)い、助陣(じょじん=加勢(かせい))せんと欲(ほっ)するなり」。 四将(ししょう)は久(ひさ)しく留(とど)めるを敢(あ)えず、彼(かれ)をして入(い)らしむ。彤華宮(とうかきゅう)に至(いた)れば、只(た)だ見(み)るにかの火部(かぶ)の衆神(しゅうしん)有り、即(すなわ)ち入(い)りて報(しら)せて言う、「孫悟空(そんごくう)主公(しゅこう)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す」。かの南方三炁(なんぽうさんき)の火徳星君、衣(い)を整(ととの)えて門(もん)を出(い)でて迎(むか)え入(い)れて言う、「昨日(きのう)可韓司(かかんし)小宮(しょうきゅう)を査点(さてん)せしに、更(さら)に一人(いちにん)の凡(ぼん)を思(おも)う者有(あ)らず」。行者言う、「已(すで)に知(し)れるが、但(た)だ李天王と太子は陣(じん)に敗(やぶ)れて兵器(へいき)を失(うしな)い、特に来たりてそなたの救援(きゅうえん)救援を請(こ)うなり」。星君言う、 「かの哪吒(なた)は乃(すなわ)ち三壇海会大神(さんだんかいえたいじん)、彼(かれ)の出身(しゅっしん)の時(とき)、曾(かつ)て九十六洞(きゅうじゅうろくどう)の妖魔(ようま)を降(くだ)し、神通(じんつう)広大(こうだい)なり、若(も)し彼(かれ)にして能(あた)わずんば、小神(しょうしん)また怎(いか)でか敢(あ)えて望(のぞ)まんや」。行者言う、「李天王と計議(けいぎ)するに因(よ)り、天地間(てんちかん)の至(いた)りて利(り)有る者は、惟(た)だ水火(すいか)のみなり。かの怪物(かいぶつ)に一箇(ひとつ)の圈子(けんし=輪(わ))有って、善(よ)く人(ひと)の物件(ぶっけん)を套(から)むるに、是(こ)れ何(なん)の宝貝(ほうばい)なるかを知(し)らず、此(こ)の故(ゆえ)に火(ひ)は能(よ)く諸物(しょぶつ)を滅(めっ)すと説(と)き、特に星君を請(こ)うて火部(かぶ)を領(ひき)いて下方(げほう)に到(いた)り、縦(ほしいまま)に火(ひ)を放(はな)ちてかの妖魔(ようま)を焼(や)き、我が師父(しふ)の難(なん)を救(すく)わんとす」。 火徳星君は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち本部(ほんぶ)の神兵(しんぺい)を点(てん)し、行者と同(とも)に金兜山(きんとうざん)の南坡下(なんぱか=南(みなみ)の坂(さか)の下(した))に到(いた)り、天王・雷公等(らいこうら)と相見(あいまみ)ゆ。天王言う、「孫大聖、汝(なんじ)はまた往(ゆ)きて彼奴(きゃつ)を出(いだ)させよ、我(われ)をして彼(かれ)と戦(たたか)いを交(まじ)え、彼(かれ)が圈子(けんし)を拿(と)り動(うご)かして出(いだ)すを待(ま)ちて、我は却(かえ)って閃(ひら)りと過(よ)ぎ、火徳(かとく)をして衆(しゅう)を帥(ひき)いて彼を焼(や)かしめん」。行者笑って言う、「是(し)なり、我と汝(なんじ)と往(ゆ)かん」。火徳(かとく)は太子・鄧(とう)・張(ちょう)の二公(にこう)と高峰(こうほう)の上(うえ)に立(た)ち、彼(かれ)と挑戦(ちょうせん)す。 この大聖、金兜洞(きんとうどう)の洞口(どうこう)に到(いた)り、「門(もん)を開(ひら)け! 早(はや)く我が師父(しふ)を還(かえ)せ!」と一声(ひとこえ)叫べば、かの妖(よう)又(また)急(いそ)ぎ通報(つうほう)して言う、「孫悟空(そんごくう)又(また)来(きた)れり!」 かの魔(ま)は衆(しゅう)を帥(ひき)いて洞(どう)を出(い)で、行者を見て言う、 「汝(なんじ)この潑猴(はっこう=愚(おろ)かなる猿(さる))、又(また)甚(なん)の兵(へい)を請(こ)えるや」。この壁廂(へきしょう=此方(こなた))より上の托塔天王(たくとうりてんのう)、喝(かつ)して言う、 「潑魔頭(はつまとう=愚かなる魔頭)! 我(われ)を認(みと)むるか」。魔王笑って言う、「李天王(りてんのう)、想(おも)うに是(こ)れ汝が令郎(れいろう=息子(むすこ))の為(ため)に仇(あだ)を報(ほう)じて、兵器(へいき)を討(もと)めんと欲(ほっ)するか」。天王言う、「一(ひとつ)には仇を報(ほう)じて兵器を討(もと)め、二(ふた)つには来たりて汝(なんじ)を拿(と)りて唐僧(とうそう)を救(すく)わん! 往(ゆ)くな! 我が一刀(いっとう)を食(く)らえ!」 かの怪物(かいぶつ)は身(み)を側(そば)めて避(かわ)し過(よ)ぎ、長槍(ちょうそう)を挺(つ)り出(いだ)して、手(て)に随(したが)えて相迎(むか)う。 彼(かれ)の二箇(ふたり)は洞前(どうぜん)に在って、この場(ば)の好殺(こうさつ=見事(みごと)な殺(あや)め合(あ)い)! 汝(なんじ)看(み)よかの── 天王は刀(かたな)砍(き)り、妖怪(ようかい)は槍(やり)迎(むか)う。 刀砍(とうかん)の霜光(そうこう)烈火(れっか)を噴(ふ)き、 槍迎(そうげい)の鋭気(えいき)愁雲(しゅううん)を迸(ほとばし)らす。 一箇(ひとつ)は是(こ)れ金兜山(きんとうざん)に生成(せいせい)されたる悪怪(あくかい)、 一箇は是れ霊霄殿(れいしょうでん)より差(さ)し下(くだ)されたる天神(てんしん)。 かの一箇(ひとつ)は禅性(ぜんしょう)を欺(あざむ)くに因(よ)って威武(いぶ)を施(ほどこ)し、 この一箇は師(し)の災(わざわい)を救(すく)わんが為(ため)に大倫(たいりん)を展(の)ぶ。 天王は法(ほう)を使(つか)うて沙石(させき)を飛(と)ばし、 魔怪(まかい)は強(つよ)みを争(あらそ)うて土塵(どじん)を播(ま)く。 土(つち)を播(ま)けば能(よ)く天地(てんち)をして暗(くら)からしめ、 沙(すな)を飛(と)ばせば善(よ)く海江(かいこう)をして渾(にご)らしむ。 両家(りょうか)は功績(こうせき)を争(あらそ)うて力(ちから)め、 皆(みな)唐僧(とうそう)の世尊(せそん)を拝(はい)せんが為(ため)なり。 かの孫大聖、彼(かれ)の二箇(ふたり)の戦(たたか)いを交(まじ)うるを見て、即(すなわ)ち身(み)を転(てん)じて高峰(こうほう)に跳(と)び上(あが)り、火徳星君(かとくせいくん)に向かって言う、「三炁(さんき)用心(ようじん)せよ!」 汝(なんじ)看(み)よ、かの妖魔と天王の正(まさ)に斗(たたか)うて好処(こうしょ=佳境(かきょう))に到(いた)りしに、又(また)圈子(けんし=輪(わ))を取(と)り出(いだ)せば、天王は見て、即(すなわ)ち祥光(しょうこう)を撥(ひるがえ)し、陣(じん)に敗(やぶ)れて走(はし)る。この高峰(こうほう)の上(うえ)に在る火徳星君、忙(いそ)ぎて号令(ごうれい)を伝(つた)え、衆部(しゅうぶ)の火神(かしん)をして一斉(いっせい)に火(ひ)を放(はな)たしむ。この一場(いちじょう)は真(まこと)に利害(りがい=手強(てごわ)し)。好火(こうか=見事(みごと)なる火)! 経(きょう)に云(い)う「南方(なんぽう)は是れ火(ひ)の精(せい)なり」と。星星(せいせい)の火(ひ)といえども、能(よ)く万頃(ばんけい)の田(た)を焼(や)き;乃(すなわ)ち三炁(さんき)の威(い)は、能(よ)く百端(ひゃくたん)の火(ひ)を変(か)う。今(いま)火槍(かそう)・火刀(かとう)・火弓(かきゅう)・火箭(かせん)有って、各部(かくぶ)の神祇(しんぎ)の用(よう)うる所(ところ)一(いつ)ならず。但(た)だ見(み)るにかの半空(はんくう)の中(うち)、火鴉(かあ=火(ひ)の鴉(からす))飛(と)び噪(さわ)ぎ;満山頭(まんさんとう)に、火馬(かば=火の馬)奔騰(ほんとう=駆(か)けめぐ)る。双双(そうそう)の赤鼠(せきそ)、対対(たいたい)の火龍(かりゅう)。双双の赤鼠(せきそ)は烈焔(れつえん)を噴(ふ)きて、万里(ばんり)通紅(つうこう);対対の火龍(かりゅう)は濃煙(のうえん)を吐(は)きて、千方(せんぽう)共(とも)に黒(くろ)し。火車児(かしゃじ)推(お)し出(いだ)され、火葫蘆(かころ=火の瓢箪(ひょうたん))撒(ま)き開(ひら)く。火旗(かき)揺(ゆ)り動(うご)けば一天(いってん)の霞(かすみ)、火棒(かぼう)攪(か)き行(ゆ)けば盈地(えいち)の燎(かがり)。甯戚(ねいせき)の牛(うし)を鞭(むち)うつを説(と)くにも勝(まさ)り、周郎(しゅうろう)の赤壁(せきへき)に強(すぐ)れり。これを是(こ)れ天火(てんか)非凡(ひぼん)真(まこと)に利害(りがい)、烘烘焃焃(こうこうかくかく)として火風(かふう)紅(くれない)なり! かの妖魔は火(ひ)の来(きた)るを見て、全(まった)く恐惧(きょうく=恐(おそ)れ)無く、圈子(けんし)を空(くう)に望(めが)けて抛(ほう)り起(おこ)せば、唿喇(こつらつ)一声(ひとこえ)、この火龍(かりゅう)火馬(かば)、火鴉(かあ)火鼠(かそ)、火槍(かそう)火刀(かとう)、火弓(かきゅう)火箭(かせん)を、一(ひと)つの圈子(わ)もて又(また)套(から)め下(おろ)し、本洞(ほんどう)に転(てん)じ回(かえ)り、勝(か)ちを得(え)て兵(へい)を収(おさ)む。 この火徳星君、手(て)に一杆(いっかん)の空旗(くうき=空(から)の旗(はた))を把(と)り執(と)り、衆将(しゅうしょう)を招(まね)き回(かえ)し、天王等(てんのうら)と会合(かいごう)して、山南坡下(なんぱか)に坐(ざ)し、行者に向かって言う、「大聖よ、この凶魔(きょうま)は、真(まこと)に罕(まれ)に見(み)る所(ところ)なり! 我(われ)今(いま)火具(かぐ)を折(お)られたり、怎(いか)でか是(こ)れ好(よ)からん」。行者笑って言う、「報怨(ほうえん=恨(うら)み言(ごと))するを須(もち)いず、列位(れつい)は且(しばら)く請(こ)うて寛(くつろ)ぎ坐(ざ)し、老孫の再(ふたた)び去去(きょきょ=ちょいと往(ゆ)き)して来(きた)るを待(ま)て」。天王言う、「汝(なんじ)又(また)何処(いずこ)へ往(ゆ)かんとするか」。行者言う、「かの怪物(かいぶつ)は既(すで)に火(ひ)を懼(おそ)れずんば、断然(だんぜん)として水(みず)を懼(おそ)れん。常言(じょうげん)に『水(みず)は能(よ)く火(ひ)に克(か)つ』と言(い)う。老孫の北天門(ほくてんもん)の内(うち)に往(ゆ)きて、水徳星君(すいとくせいくん)を請(こ)い、水勢(すいせい)を施布(しふ=施(ほどこ)し)して、彼(かれ)の洞裏(どうり)に一灌(ひとそそ)ぎし、魔王(まおう)を渰(おぼ)れ死(し)なせ、物件(ぶっけん)を取(と)りて天将(てんしょう)に還(かえ)さんとす」。天王言う、「この計(けい)は妙(みょう)なりといえども、但(た)だ恐(おそ)らくは汝(なんじ)の師父(しふ)までも連(つれだ)って渰(おぼ)れ殺(ころ)さるるを」。行者言う、 「無事(ぶじ)なり! 我が師(し)を渰(おぼ)れ死(し)なすれば、我(われ)自(おのずか)ら一箇の法児(ほうじ=方法(ほうほう))有って、彼(かれ)をして活(い)き来(きた)らしめん。今(いま)列位(れつい)を稽遅(けいち=遅(おく)ら)せるは、甚(はなは)だ是(こ)れ不当(ふとう)なり」。火徳言う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、且(しばら)く請(こ)うて行(ゆ)け、請うて行け」。 好(よ)き大聖、又(また)筋斗雲(きんとん)に駕(が)し、径(ただ)ちに北天門(ほくてんもん)の外に到(いた)れば、ふと目を上げ、多聞天王(たもんてんのう)の前(まえ)に進(すす)み出(い)でて礼(れい)を施(ほどこ)して言うを見る、「孫大聖、何処(いずこ)へ往(ゆ)かれる」。行者言う、「一事(いちじ)有って烏浩宮(うこうきゅう)に入(い)りて水徳星君(すいとくせいくん)に見(まみ)えんとす、汝(なんじ)は此処(ここ)に在って何(なに)を為(な)せる」。多聞言う、「今日は巡(めぐ)り当(あた)って視察(しさつ)する番(ばん)なり」。正(まさ)に説(と)く処(ところ)、又(また)かの龐(ほう)・劉(りゅう)・苟(こう)・畢(ひつ)の四大天将(しだいてんしょう)の、礼(れい)を進(すす)めて茶(ちゃ)に邀(むか)うるを見る。行者言う、「不労(ふろう=御(ご)苦労(くろう)なく)不労! 我が事(こと)急(きゅう)なり!」 遂(つい)に諸神(しょしん)に別(わか)れを告(つ)げ、直(ただ)ちに烏浩宮(うこうきゅう)に至(いた)り、水部(すいぶ)の衆神(しゅうしん)をして即時(そくじ)に通報(つうほう)せしむ。衆神(しゅうしん)報(しら)せて言う、「斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)来(きた)れり」。水徳星君は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち四海(しかい)・五湖(ごこ)・八河(はちが)・四瀆(しとく)・三江(さんこう)・九派(きゅうは)並びに各処(かくしょ)の龍王(りゅうおう)を査点(さてん=点検(てんけん))するを俱(とも)に遣(つか)わし退(しりぞ)け、冠(かんむり)を整(ととの)え帯(おび)を束(つか)ね、宮門(きゅうもん)を出(い)でて迎(むか)え、宮内(きゅうない)に迎え入(い)れて言う、「昨日(きのう)可韓司(かかんし)小宮(しょうきゅう)を査勘(さかん)せしに、恐(おそ)らくは本部(ほんぶ)の神(かみ)の、凡(ぼん)を思(おも)うて怪(かい)を作(な)せる者有らんと、正(まさ)に此処(ここ)に在って江海河瀆(こうかいかとく)の神(かみ)を点査(てんさ)するに、未(いま)だ完(おわ)らざるなり」。行者言う、「かの魔王(まおう)は是(こ)れ江河(こうが)の神(かみ)に非(あら)ず、此(こ)れ乃(すなわ)ち広大(こうだい)の精(せい)なり。先(ま)ず玉帝の李天王父子(りてんのうふし)並びに二箇(ふたり)の雷公(らいこう)を下界(げかい)に差(さ)し遣(つか)わされて擒拿(きんだ=捕(と)ら)えんことを蒙(こうむ)りしが、彼(かれ)に一箇の圈子(けんし=輪(わ))を弄(ろう)せられて、六件(ろっけん)の神兵(しんぺい)を套(から)め往(ゆ)かれたり。老孫(ろうそん)奈何(いかん)ともする無(な)く、又(また)彤華宮(とうかきゅう)に上(のぼ)りて火徳星君(かとくせいくん)を請(こ)い、火部(かぶ)の衆神(しゅうしん)を帥(ひき)いて火(ひ)を放(はな)たしめたるに、又(また)火龍(かりゅう)火馬(かば)等の物(もの)を、一(ひと)つの圈子(わ)もて套(から)め往(ゆ)かれたり。我(われ)想(おも)うにこの物(もの)既(すで)に火(ひ)を懼(おそ)れずんば、必(かなら)ずや水(みず)を懼(おそ)れん。特に来(きた)りて星君に告請(こくせい)し、水勢(すいせい)を施(ほどこ)して、我(われ)と共(とも)にかの妖精(ようせい)を捉(とら)え、兵器(へいき)を取(と)りて天将(てんしょう)に帰(かえ)さんことを請(こ)う。吾(わ)が師(し)の難(なん)もまた救(すく)う可(べ)ければなり」。水徳は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち黄河水伯神王(こうがすいはくしんのう)に令(れい)じて、「大聖に随(したが)いて往(ゆ)きて功(こう)を助(たす)けよ」。水伯(すいはく)は自(みずか)ら衣袖(いしゅう=袖(そで))の中(うち)より一箇(ひとつ)の白玉(はくぎょく)の盂児(うじ=器(うつわ))を取(と)り出(いだ)して言う、「我(われ)にこの物(もの)有って水(みず)を盛(も)る」。行者言う、「看(み)るにこの盂児(う)は能(よ)く幾何(いくばく)を盛(も)るか、妖魔(ようま)どうして渰(おぼ)れ得(う)ん」。水伯言う、「大聖に瞞(あざむ)き申(もう)さず。我がこの一盂(いちう)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ黄河(こうが)の水(みず)なり。半盂(はんう)は便(すなわ)ち半河(はんが=川(かわ)の半分(はんぶん))、一盂(いちう)は便(すなわ)ち一河(いちが=川一(かわひと)つ)なり」。行者喜(よろこ)んで言う、「只(た)だ半盂(はんう)を消(しょう)するのみにて足(た)れり」。遂(つい)に水徳(すいとく)に辞別(じべつ)し、黄河神(こうがしん)と急(きゅう)に天闕(てんけつ=天(てん)の宮門(きゅうもん))を離(はな)る。 かの水伯(すいはく)は盂児(う)を黄河(こうが)に望(むか)えて半盂(はんう)を舀(く)み、大聖に跟(したが)いて金兜山(きんとうざん)に至(いた)り、南坡下(なんぱか)に在(あ)る天王・太子・雷公・火徳(かとく)に見(まみ)え、具(つぶさ)に前事(ぜんじ)を言(い)う。行者言う、「細(こま)かに講(の)ぶるに及(およ)ばず、且(しばら)く水伯(すいはく)をして我(われ)に跟(したが)いて往(ゆ)かしめよ。我(われ)が彼(かれ)の門(もん)を叫(さけ)び開(ひら)かせ、彼(かれ)の出(い)で来(きた)るを待(ま)たず、便(すなわ)ち水(みず)を門裏(もんり)に一倒(ひとそそ)ぎし、かの怪物(かいぶつ)を一窩子(ひとまとめ)に皆(みな)渰(おぼ)れ死(し)なせ、我は却(かえ)って往(ゆ)きて師父(しふ)の尸首(ししゅ=骸(むくろ))を撈(すく)い上(あ)げ、再(ふたた)び救(すく)い活(い)かすも遅(おそ)からず」。かの水伯は命(めい)に依(よ)り、緊(きん)と行者に随(したが)い、山坡(さんぱ)を転(てん)じ、径(ただ)ちに洞口(どうこう)に至(いた)り、「妖怪(ようかい)門(もん)を開(ひら)け!」と一声(ひとこえ)叫ぶ。かの門(もん)を把(まも)る小妖(しょうよう)、孫大聖の声(こえ)なるを聴(き)き得(え)て、急(いそ)ぎ又(また)往(ゆ)きて報(しら)せて言う、 「孫悟空(そんごくう)又(また)来(きた)れり!」 かの魔(ま)は聞(き)いて、宝貝(ほうばい)を帯(たい)し、槍(やり)を綽(と)って直(ただ)ちに走(はし)り、一声(ひとこえ)響(ひび)かせて、石門(せきもん)を開(ひら)く。この水伯(すいはく)は白玉(はくぎょく)の盂(う)を内(うち)に向(むか)えて一傾(ひとそそ)ぎせしに、かの妖(よう)は水(みず)の来(きた)るを見て、長槍(ちょうそう)を撒(す)て、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ圈子(けんし=輪(わ))を取(と)り出(いだ)し、二門(にもん)を撑(ささ)え住(とど)む。只(た)だ見(み)るにかの一股(ひとすじ)の水(みず)、骨都都(こつとつ)として皆(みな)外(そと)に向(むか)えて泛(あふ)れ将(も)って出(い)ず。慌(あわ)てたるは孫大聖、急(きゅう)に筋斗(きんとん)を起(お)こし、水伯(すいはく)と高峰(こうほう)に跳(と)び上(あが)る。かの天王同衆(どうしゅう)は皆(みな)雲(くも)に駕(が)して高峰(こうほう)の前(まえ)に停(とど)まりて観看(かんかん)すれば、かの水(みず)は波濤(はとう)泛漲(はんちょう)して、着実(ちゃくじつ)に狂瀾(きょうらん=荒(あら)き波(なみ))なり。好水(こうすい=見事(みごと)なる水)! 真(まこと)に是(こ)れ── 一勺(いっしゃく)の多(おお)きのみ、果(はた)して不測(ふそく)なり。 盖(けだ)し唯(た)だ神功(しんこう)の運化(うんげ=働(はたら)き)のみ、 万物(ばんぶつ)を利(り)して百川(ひゃくせん)に流漲(りゅうちょう)す。 只(た)だ聞(き)こゆるはかの潺潺(せんせん)の声(こえ)の谷(たに)を振(ふる)わせ、又(また)見(み)るはかの滔滔(とうとう)の勢(いきおい)の天(てん)に漫(み)つるを。雄威(ゆうい)響(ひび)くこと雷(かみなり)の奔(はし)り走(はし)るが若(ごと)く、猛(たけ)き涌(わ)き波(なみ)は雪(ゆき)の巻(ま)き顛(たお)るるが如(ごと)し。千丈(せんじょう)の波(なみ)高(たか)くして路道(ろどう)を漫(みた)し、万層(ばんそう)の濤(なみ)激(げき)して山岩(さんがん)に泛(あふ)る。冷冷(れいれい)として玉(ぎょく)を漱(すす)ぐが如(ごと)く、滚滚(こんこん)として弦(げん)を鳴(な)らすに似(に)たり。石(いし)に触(ふ)れて滄滄(そうそう)として砕玉(さいぎょく)を噴(ふ)き、回湍(かいたん)渺渺(びょうびょう)として渦(うず)は円(まる)し。低低(ていてい)凹凹(おうおう)流(ながれ)に随(したが)うて蕩(うご)き、満澗(まんかん)平溝(へいこう)上下(じょうげ)連(つら)なる。行者は見て心(こころ)慌(あわ)てて言う、「不好(ふこう=不味(まず)い)! 水(みず)四野(しや)に漫(みち)て、民田(みんでん)を渰(おぼ)らし、未(いま)だ彼(かれ)の洞裏(どうり)に灌(そそ)がず、曾(いか)でか之(これ)を奈何(いかん)せん」。水伯(すいはく)を喚(よ)んで急(いそ)ぎ水(みず)を収(おさ)めしむ。水伯言う、「小神(しょうしん)は只(た)だ水(みず)を放(はな)つを会(え)するのみ、却(かえ)って水を収(おさ)むるを会(え)せず、常言(じょうげん)に『潑水(はすい=零(こぼ)した水)は収(おさ)め難(がた)し』と言(い)う」。咦(ああ)! かの座(ざ)の山(やま)は却(かえ)ってまた高峻(こうしゅん)なり、この場(ば)の水(みず)は只(た)だ低(ひく)きに奔(はし)りて流(なが)る。須臾(しゅゆ=暫(しばら)く)の間(あいだ)に、四散(しさん)して澗壑(かんがく=谷(たに))に帰(かえ)る。 又(また)只(た)だ見(み)るにかの洞外(どうがい)に幾箇(いくつ)かの小妖(しょうよう)跳(と)び出(い)でて、外辺(そとべ)に在って吆吆喝喝(ようようかつかつ=喚(わめ)き立(た)て)、拳(こぶし)を伸(の)べ袖(そで)を邏(まく)り、棒(ぼう)を弄(ろう)し槍(やり)を拈(ひね)り、依(い)旧(もと)の如(ごと)く喜喜歡歡(ききかんかん)として耍子(あそ)ぶ。天王言う、「この水(みず)は元来(もと)曾(かつ)て洞内(どうない)に灌(そそ)がず、枉(むだ)に一場(いちじょう)の功(こう)を費(ついや)せるかな!」 行者は堪(た)えず心中(しんちゅう)に怒(いかり)を発(はっ)し、双手(そうしゅ)に拳(こぶし)を輪(めぐ)らし、妖魔(ようま)の門首(もんしゅ=門前(もんぜん))に闖(と)び入(い)り、喝(かつ)して言う、「何処(いずこ)へ走(に)ぐる! 看(み)よ打(だ)!」 唬(おど)されたるはかの幾箇(いくつ)かの小妖(しょうよう)、槍(やり)棒(ぼう)を投(な)げ棄(す)て、洞裏(どうり)に跑(はし)り入(い)り、戦兢兢(せんきょうきょう=おののきながら)報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、打(う)ち将(も)って来(きた)れり!」 魔王は長槍(ちょうそう)を挺(つ)り、門前(もんぜん)に迎(むか)え出(い)でて言う、「この潑猴(はっこう=愚(おろ)かなる猿(さる))老大(ろうだい=大(おお)い)に憊懶(はいらん=横着(おうちゃく))なり! 汝(なんじ)幾番(いくたび)も我(われ)に敵(てき)し得(え)ず、水火(すいか)を縦(ほしいまま)にするもまた近(ちか)づく能(あた)わざるに、どうして又(また)踵(つ)ぎ将(も)って来(きた)りて命(いのち)を送(おく)るか」。行者言う、「この倅(せがれ)め反(さか)しまに説(と)くかな! 我(われ)が命(いのち)を送(おく)るか、汝(なんじ)が命を送るか知(し)らず! 過(よ)ぎ来(きた)れ、老外公(ろうがいこう=この爺(じい))の一拳(いっけん)を食(く)らえ!」 かの妖魔(ようま)笑って言う、「この猿(さる)め強(しい)て纏帳(てんちょう=絡(から)み付(つ)く)す! 我(われ)は倒(かえ)って槍(やり)を使(つか)うに、彼(かれ)は却(かえ)って拳(こぶし)を使(つか)う。あの如(ごと)き一箇の筋骷子(きんこし=痩(や)せこけ)の拳頭(げんとう=拳(こぶし))、只(た)だ好(よ)く一箇の核桃(かくとう=胡桃(くるみ))ほどの大(おお)いさ有るのみ、どうして箇の錘子(つち=槌(つち))と称(とな)え起(お)こる可(べ)けんや。罷(や)め! 罷め! 罷め! 我(われ)且(しばら)く槍(やり)を放下(ほうか=下(お)ろ)し、汝(なんじ)と一路(いちろ)の拳(けん)を走走(はし)らせて看(み)ん!」 行者笑って言う、「説(と)いて是(ぜ)なり! 上(うえ)へ走(はし)り来(きた)れ!」 かの妖(よう)は衣(い)を撩(まく)り歩(あゆみ)を進(すす)め、一箇の架子(かし=構(かま)え)を作(な)し、両箇(ふたつ)の拳(こぶし)を挙(あ)げ起(おこ)せば、真(まこと)に油(あぶら)を打(う)つ鉄錘(てっつい=鉄(てつ)の槌(つち))の形(かたち)に似(に)たり。この大聖は足(あし)を展(の)べ身(み)を挪(うつ)し、解数(げすう=技(わざ))を擺(ひら)き開(ひら)き、かの洞門前(どうもんぜん)に在って、かの魔王(まおう)と拳勢(けんせい=拳(けん)の型(かた))を逓(かわ)し走走(はし)る。この一場(いちじょう)の好打(こうだ=見事(みごと)な打(う)ち合(あ)い)! 咦(ああ)! 大四平(だいしへい)を引(ひ)き開(ひら)き、 双飛脚(そうひきゃく)を踢(け)り起(おこ)す。 韜脇(とうきょう)劈胸墩(へききょうとん)、 剜心摘胆着(えんしんてきたんちゃく)。 仙人(せんにん)指路(しろ)、老子(ろうし)騎鶴(きかく)。 餓虎(がこ)の撲食(ぼくしょく=襲(おそ)い掛(か)かり)最(もっと)も人(ひと)を傷(そこな)い、 蛟龍(こうりゅう)の戯水(ぎすい)能(よ)く凶悪(きょうあく)なり。 魔王(まおう)は箇の蟒翻身(もうほんしん=大蛇(うわばみ)の身(み)返(がえ)し)を使(つか)い、 大聖(たいせい)は却(かえ)って鹿解角(ろくかいかく)を施(ほどこ)す。 翹跟(ぎょうこん=踵(かかと)上(あ)げ)淬地龍(そいちりゅう)、 扭腕(じゅうわん=手首(てくび)を捻(ひね))拿天橐(なてんたく)。 青獅(せいし)口(くち)を張(は)りて来(きた)り、 鯉魚(りぎょ)脊(せ)を跌(ふ)みて躍(おど)る。 蓋頂撒花(がいちょうさっか)、繞腰貫索(にょうようかんさく)。 迎風貼扇児(げいふうてんせんじ)、急雨催花落(きゅううさいからく)。 妖精(ようせい)は便(すなわ)ち観音掌(かんのんしょう)を使(つか)い、 行者(ぎょうじゃ)は就(すなわ)ち羅漢脚(らかんきゃく)に対(むか)う。 長掌(ちょうしょう)は開闊(かいかつ)自然(しぜん)に松(ゆる)し、 怎(いか)でか短拳(たんけん)の緊削(きんさく)多(おお)きに比(ひ)せん。 二箇(ふたり)相持(あいたもち)すること数十回(すうじっかい)、 一般(いっぱん)の本事(ほんじ)にして強弱(きょうじゃく)無(な)し。 彼(かれ)の二箇(ふたり)がかの洞門前(どうもんぜん)に在って厮打(しだ=打(う)ち合(あ)う)を見て、只(た)だ見(み)るにこの高峰頭(こうほうとう=峰(みね)の頂(いただき))に在って、喜(よろこ)べるは箇の李天王(りてんのう)の厲声(れいせい)に喝采(かっさい)し、火徳星(かとくせい)は掌(てのひら)を鼓(う)って夸称(こしょう=称(たた)える)。かの二箇(ふたり)の雷公(らいこう)と哪吒太子(なたたいし)は、衆神(しゅうしん)を帥(ひき)いて跟前(こんぜん=前(まえ))に跳(と)び到(いた)り、皆(みな)来(きた)りて相助(あいたす)けんと欲(ほっ)す;この壁廂(へきしょう=此方(こなた))の群妖(ぐんよう)は旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(う)ち、剣(けん)を舞(ま)い刀(かたな)を輪(めぐ)らして一斉(いっせい)に護(まも)る。孫大聖(そんたいせい)は事(こと)の諧(とのわ)ざるを見て、毫毛(ごうもう)を一把(いちわ=一(ひと)つかみ)抜(ぬ)き下(おろ)し、空(くう)に望(めが)けて撒(ま)き起(おこ)し、「変(へん)!」と叫べば、即(すなわ)ち変じて三五十箇(さんごじっこ)の小猴(しょうこう)と作(な)り、一擁(いちよう=一度(いちど)に)して上前(うえまえ)し、かの妖(よう)を纏(から)み住(とど)め、腿(あし)を抱(いだ)く者(もの)は腿を抱き、腰(こし)を扯(ひ)く者は腰を扯き、眼(め)を抓(つか)む者は眼を抓み、毛(け)を引(ひ)き抜(ぬ)く者は毛を抜(ぬ)く。かの怪物(かいぶつ)は慌(あわ)てて、急(いそ)ぎ圈子(けんし=輪(わ))を拿(と)り将(も)って出(いだ)す。大聖と天王等(てんのうら)は彼(かれ)が圈套(けんとう=輪(わ)の罠(わな))を弄(ろう)し出(いだ)すを見て、雲頭(うんとう)を撥転(はってん)し、高峰(こうほう)に走(はし)り上(あが)りて陣(じん)を逃(のが)る。かの妖(よう)は圈子(けんし)を上(うえ)に向かえて抛(ほう)り起(おこ)せば、唿喇(こつらつ)の一声(ひとこえ)、かの三五十箇(さんごじっこ)の毫毛(ごうもう)の変(へん)じたる小猴(しょうこう)を收(おさ)めて本相(ほんそう)と為(な)し、洞中(どうちゅう)に套(から)め入(い)れ、勝(か)ちを得(え)、兵(へい)を領(ひき)いて門(もん)を閉(と)じ、賀(が)し喜(よろこ)んで去(さ)る。 この太子(たいし)言う、「孫大聖はまた是(こ)れ箇の好漢(こうかん=好(い)い漢(おとこ))なり! この一路(いちろ)の拳(けん)は、走(はし)らせて錦上添花(きんじょうてんか=錦(にしき)に花(はな)を添(そ)う)に似(に)たり。分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)うは、正(まさ)に是れ人前(ひとまえ)に貴(とうとき)を顕(あらわ)すなり」。行者笑って言う、「列位(れつい)此処(ここ)に在って遠(とお)く観(み)られたが、かの怪(かい)の本事(ほんじ)は、老孫(ろうそん)に比(くら)べて如何(いかん)」。李天王言う、「彼(かれ)は拳(こぶし)緩(ゆる)く脚(あし)遅(おそ)く、大聖(たいせい)の緊疾(きんしつ=素早(すばや)き)に如(し)かず。彼(かれ)は我等(われら)の往(ゆ)くを見て、也就(すなわ)ち着忙(ちゃくぼう=慌(あわ)て)し;又(また)汝(なんじ)の分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)い出(いだ)すを見て、彼(かれ)は急(いそ)ぎたり、故(ゆえ)に大(おお)いに一箇の圈套(けんとう=輪(わ)の罠(わな))を弄(ろう)せるなり」。行者言う、「魔王(まおう)は治(ち)し好(よ)し、只(た)だ套子(とうし=輪(わ))の降(くだ)し難(がた)きのみ」。火徳(かとく)と水伯(すいはく)言う、「若(も)しまだ勝(か)たんとせば、除非(じょひ=~の他(ほか)に)彼(かれ)がかの宝貝(ほうばい)を得(う)るに非(あら)ざれば、然(しか)る後(のち)に擒(とら)う可(べ)し」。行者言う、「彼(かれ)がかの宝貝(ほうばい)は何(いか)にして得(う)可(べ)き。只(た)だ是(こ)れ偷(ぬす)み往(ゆ)きて来(きた)る除(ほか)に無し」。鄧(とう)・張(ちょう)の二公(にこう)笑って言う、「若(も)し偷礼(とうれい=盗(ぬす)みの技(わざ))を行(おこな)わんとせば、大聖(たいせい)を除(お)いてまた能(よ)くする者(もの)有ること無し。想(おも)うに当年(とうねん)大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし時(とき)、御酒(ぎょしゅ)を偷(ぬす)み、蟠桃(ばんとう)を偷み、龍肝鳳髄(りゅうかんほうずい)及び老君(ろうくん)の丹(たん)を偷みしは、あれは何(なん)なる手段(しゅだん)ぞや! 今日(こんにち)正(まさ)に此処(ここ)に拿(と)りて用(もち)う可(べ)きなり」。行者言う、「好説(こうせつ=宜(よろ)しい)好説! 既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、汝等(なんじら)は且(しばら)く坐(ざ)し、老孫(ろうそん)の探(さぐ)って来(きた)るを待(ま)て」。好(よ)き大聖、峰頭(ほうとう=峰(みね)の頂(いただき))より跳(と)び下(お)り、私(ひそ)かに洞口(どうこう)に至(いた)り、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変じて箇の麻蠅(まよう=蠅(はえ))の児(じ)と作(な)る。真(まこと)に秀溜(しゅうりゅう=可愛(かわい)らし)! 汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)を── 翎翅(りょうし=羽(はね))薄(うす)きこと竹膜(ちくまく=竹(たけ)の皮(かわ))の如(ごと)く、 身躯(しんく=体(からだ))小(ちい)さきこと花心(かしん=花(はな)の芯(しん))に似(に)たり。 手足(しゅそく)毛(け)よりも更(さら)に奘(さかん=太(ふと))く、 星星(せいせい)たる眼窟(がんくつ=眼(まなこ))明明(めいめい)たり。 善(よ)く自(おのずか)ら香(かおり)を聞(き)き気(き)を逐(お)い、 飛(と)ぶ時(とき)迅速(じんそく)として風(かぜ)に乗(じょう)ず。 称(はか)り来(きた)れば剛(ちょうど)定盤星(ていばんせい=秤(はかり)の目盛(めも)り)を圧(おさ)え、 愛(あい)す可(べ)き些些(しゃしゃ=些(ちい)さ)の用(よう)有(あ)り。 軽軽(けいけい)と門(もん)の上(うえ)に飛(と)び在(あ)り、門(もん)の縫(ほころ)びの辺(ほとり)に爬(はい)り到(いた)り、潜(もぐ)り込(こ)んで往(ゆ)けば、只(た)だ見(み)るにかの大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)、舞(ま)う者(もの)は舞い、唱(うた)う者は唱い、両旁(りょうぼう=両側(りょうがわ))に排列(はいれつ)し;老魔王(ろうまおう)は台上(だいじょう)に高(たか)く坐(ざ)し、面前(めんぜん)に些(いささ)かの蛇肉(じゃにく)・鹿脯(ろくほ=鹿(しか)の乾(ほ)し肉(にく))・熊掌(ゆうしょう=熊(くま)の手(て))・駝峰(だほう=駱駝(らくだ)の瘤(こぶ))・山蔬果品(さんそかひん=山菜(さんさい)と果物(くだもの))を擺(なら)べ、一把(いちわ)の青磁(せいじ)の酒壺(しゅこ)有って、香噴噴(こうふんふん)の羊酪椰醪(ようらくやろう=羊(ひつじ)の乳(ちち)と椰子(やし)の酒(さけ))、大碗(だいわん)にて寛(ひろ)く懐(ふところ)を開(ひら)いて暢飲(ちょういん=心(こころ)ゆくまで飲(の))む。行者は小妖(しょうよう)の叢(むらがり)の中(うち)に落(お)ち、又(また)変じて一箇の獾頭精(かんとうせい=穴熊(あなぐま)の精(せい))と作(な)り、慢慢(まんまん=ゆっくり)と台(だい)の辺(ほとり)に演(はい)り近(ちか)づき、彀(たくさん)に看(み)ること多時(たじ=暫(しばら)く)なるに、全(まった)く宝貝(ほうばい)の何方(いずかた)に放(お)かれたるを見(み)出(いだ)さず。急(きゅう)に身(み)を抽(ひ)きて台後(だいご=台(だい)の裏(うら))に転(てん)じ、又(また)見(み)るにかの後庁(こうちょう=奥(おく)の間(ま))に高(たか)く火龍(かりゅう)を吊(つる)して吟嘯(ぎんしょう=呻(うな)り声(ごえ))し、火馬(かば)を号嘶(ごうせい=嘶(いなな)か)しむ。ふと目を上げて、彼(かれ)の金箍棒(きんこぼう)の東壁(とうへき=東(ひがし)の壁(かべ))に靠(もた)せ在(あ)るを見(み)て、喜(よろこ)ぶこと心(こころ)痒(かゆ)くして撾(つか)み難(がた)く、更(さら)に容(かたち)を変(え)んことを忘(わす)れ、上前(うえまえ)に走(はし)り往(ゆ)きて鉄棒(てつぼう)を拿(と)り、原身(げんしん=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)して解数(げすう=技(わざ))を繰(く)り出(いだ)し、一路(いちろ)棒(ぼう)を打(う)ち将(も)って出(い)づる。慌(あわ)てたるはかの群妖(ぐんよう)、胆(きも)を戦(おのの)かし心(こころ)を驚(おどろ)かし、老魔王(ろうまおう)も措手(そしゅ=手(て)の打(う)ち)及(およ)ばず、却(かえ)って彼(かれ)に三箇(みっつ)を推(お)し倒(たお)され、二箇(ふたつ)を放(ほう)り倒(たお)され、一條(ひとすじ)の血路(けつろ=血(ち)の道(みち))を打(う)ち開(ひら)き、径(ただ)ちに自(おのずか)ら洞門(どうもん)を出(い)づ。此(ここ)にこそ是(な)れ── 魔頭(まとう)驕(おご)り傲(あなど)って防備(ぼうび)無く、 主杖(しゅじょう=主(あるじ)の杖(つえ))還(かえ)って本人(ほんにん)に帰(き)す。 畢竟(ひっきょう)吉凶(きっきょう)の如何(いかん)は知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十二回 悟空、大いに金兜洞(きんとうどう)を鬧(さわ)がし 如来、暗(あん)に主人公(しゅじんこう)を示(しめ)す さて孫大聖(そんたいせい)は金箍棒(きんこぼう)を得(え)、打(う)ちて門前(もんぜん)に出(い)で、高峰(こうほう)に跳(と)び上(あが)り、衆神(しゅうしん)に向かって心(こころ)に満(み)つるまで喜(よろこ)ぶ。李天王(りてんのう)言う、「そなたのこの場(ば)は如何(いかん)」。行者言う、「老孫(ろうそん)変化(へんげ)して彼(かれ)の洞中(どうちゅう)に進(すす)み入(い)りしに、かの怪物(かいぶつ)は愈々(いよいよ)唱(うた)い舞(ま)うて、勝(か)ち酒(ざけ)を食(く)っておったわ、更(さら)に曾(かつ)て彼(かれ)の宝貝(ほうばい)の何処(いずこ)に在(あ)るかを探(さぐ)り得(え)なんだ。我(われ)が彼(かれ)の後面(こうめん=裏(うら))に転(てん)じ、ふと馬(うま)の嘶(いなな)き龍(りゅう)の吟(うな)りを聴(き)き得(え)て、是(こ)れ火部(かぶ)の物(もの)と知(し)ったり。東壁廂(とうへきしょう=東(ひがし)の壁(かべ)の側(そば))に我が金箍棒(きんこぼう)の靠(もた)せ在(あ)るを、是(ここ)において老孫(ろうそん)手(て)に拿(と)り在(あ)りて、一路(いちろ)打(う)ち将(も)って出(い)で来(きた)るなり」。衆神(しゅうしん)言う、「そなたの宝貝(ほうばい)は得(え)られたが、我等(われら)の宝貝(ほうばい)は何時(いつ)手(て)に到(いた)らん」。行者言う、「難(かた)からず! 難からず! 我(われ)にこの一根(いっこん)の鉄棒(てつぼう)有れば、怎(いか)なるとも、また彼(かれ)を打(う)ち倒(たお)し、宝貝(ほうばい)を取(と)りて汝等(なんじら)に還(かえ)さん」。 正(まさ)に講(こう)ずる処(ところ)、只(た)だ聞(き)こゆるはかの山坡下(さんぱか=坂(さか)の下(した))に鑼鼓(らこ=鉦(かね)と太鼓(たいこ))斉(ひと)しく鳴(な)り、喊声(かんせい=鬨(とき)の声(こえ))地(ち)を振(ふる)わす。元来(もと)是(こ)れ兕大王(じだいおう)の衆(しゅう)の精霊(せいれい)を帥(ひき)いて来(きた)りて行者(ぎょうじゃ)を赶(お)うなり。行者は見て、叫んで言う、「好(よ)し! 好し! 好し! 正(まさ)に吾(わ)が意(こころ)に合(かな)えり! 列位(れつい)は請(こ)うて坐(ざ)し、老孫(ろうそん)の再(ふたた)び往(ゆ)きて彼(かれ)を捉(とら)え来(きた)るを待(ま)て」。 好(よ)き大聖、鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げて面(おもて)を劈(さ)いて迎(むか)い、喝(かつ)して言う、「潑魔(はつま=愚(おろ)かなる魔)、何処(いずこ)へ走(に)ぐる! 棍(こん)を見よ!」 かの怪(かい)は槍(やり)を使(つか)って支(ささ)え住(とど)め、罵(ののし)って言う、「賊(ぞく)の猿頭(えんとう=猿(さる)め)! 着実(ちゃくじつ)に無礼(ぶれい)なり! 汝(なんじ)どうして白昼(はくちゅう)に吾(わ)が物件(ぶっけん)を劫(かす)めしや」。行者言う、「我(われ)この汝(なんじ)が如(ごと)き死(し)を知(し)らざる孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))め! 汝(なんじ)は倒(かえ)って圈套(けんとう=輪(わ)の罠(わな))を弄(ろう)して白昼(はくちゅう)に我が物(もの)を搶奪(ごうだつ=奪(うば)い取(と))りおった! 何(いず)れの件(くだり)か是れ汝(なんじ)の物(もの)なる。往(ゆ)くな! 老爺(ろうや=この爺(じい))の一棍(いっこん)を食(く)らえ!」 かの怪物(かいぶつ)は槍(やり)を輪(めぐ)らして隔(へだ)て架(か)う。この一場(いちじょう)の好戦(こうせん=見事(みごと)な戦(いくさ))── 大聖(たいせい)は威猛(いもう=威(い)と猛(たけ)き)を施(ほどこ)し、 妖魔(ようま)は柔(じゅう=従(したが)う)を順(したが)わず。 両家(りょうか)斉(ひと)しく勇(ゆう)を闘(たたか)わせ、 何(いず)れか肯(あ)えて干休(かんきゅう=止(や)め)せん! この一箇(ひとつ)の鉄棒(てつぼう)は龍尾(りゅうび)の如(ごと)く、 かの一箇の長槍(ちょうそう)は蟒頭(もうとう=大蛇(うわばみ)の頭(かしら))に似(に)たり。 この一箇は棒(ぼう)来(きた)って解数(げすう=技(わざ))風(かぜ)の響(ひび)くが如(ごと)く、 かの一箇は槍(やり)架(か)って雄威(ゆうい)水(みず)の流(なが)るるに似(に)たり。 只(た)だ見(み)るにかの彩霧(さいむ)朦朦(もうもう)として山嶺(さんれい)暗(くら)く、 祥雲(しょううん)靉靉(あいあい)として樹林(じゅりん)愁(うれ)う。 満空(まんくう)の飛鳥(ひちょう)皆(みな)翅(つばさ)を停(とど)め、 四野(しや)の狼虫(ろうちゅう=狼(おおかみ)と虫(むし))尽(ことごと)く頭(こうべ)を縮(ちぢ)む。 かの陣上(じんじょう)には小妖(しょうよう)喊(さけ)び、 この壁廂(へきしょう=此方(こなた))には行者(ぎょうじゃ)抖擻(しゅんそう=奮(ふる)い起(お)こ)る。 一條(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)に敵(てき)する人(ひと)無(な)く、 打(う)ちて西方(せいほう)万里(ばんり)を遍(あまね)く遊(あそ)ぶ。 かの杆(え)の長槍(ちょうそう)は真(まこと)の敵手(てきしゅ)、 永(とこしな)えに金皘(きんしょう)を鎮(しず)めて上筹(じょうちゅう=上(じょう)の策(さく))と称(とな)う。 相(あい)遇(あ)うてこの場(ば)に好散(こうさん=見事(みごと)な別(わか)れ)無く、 高低(こうてい=勝負(しょうぶ))を見(み)ざれば誓(ちか)って休(や)めじ。 かの魔王(まおう)と孫大聖(そんたいせい)の戦(たたか)うこと三箇時辰(さんこじしん=六時間(ろくじかん))、勝敗(しょうはい)を分(わ)たず、早(はや)くまた天色(てんしょく=空(そら)の色(いろ))の将(まさ)に晩(く)れんとするを見る。妖魔(ようま)は長槍(ちょうそう)を支(つ)いて言う、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)止(とど)まれ、天(てん)昏(くら)く地(ち)暗(くら)し、是(こ)れ箇の賭闘(ととう=戦(たたか)い)の時(とき)に非(あら)ず、且(しばら)く各(おのおの)歇息(けっそく=休(やす)み)歇息し、明朝(みょうちょう=明日(あす)の朝(あさ))また汝(なんじ)と比迸(ひほう=競(きそ)い)せん」。行者は罵(ののし)って言う、「潑畜(はっちく=愚かなる畜生)言(いう)な! 老孫(ろうそん)の興頭(こうとう=興(きょう))は纔(わず)かに来(きた)れるのみ、甚(なん)の天(てん)の晩(く)るるを管(かん=構(かま))うや! 是(ぜ)必(ひつ)ず汝(なんじ)と一箇の輸贏(ゆえい=勝敗(しょうぶ))を定(さだ)めん!」 かの怪物(かいぶつ)一声(ひとこえ)喝(かつ)し、虚(うつろ)に一槍(いっそう)を幌(ひるがえ)して、性命(しょうみょう=命(いのち))を逃(のが)れ、群妖(ぐんよう)を帥(ひき)いて干戈(かんか=武器(ぶき))を収(おさ)め転(てん)じ、洞中(どうちゅう)に入(い)りて門(もん)を緊緊(きんきん)と閉(と)ざす。 この大聖は棍(こん)を引(ひ)いて方(ようや)く回(かえ)れば、天神(てんしん)は岸頭(がんとう=岸(きし)の端(はし))に在って賀(が)し喜(よろこ)び、皆(みな)言う、「是(こ)れ能(のう)有り力(ちから)有る大斉天(だいせいてん)、量(はかり)無(な)く辺(へん)無(な)き真(しん)の本事(ほんじ=技(わざ))なり!」 行者笑って言う、「過奨(かしょう=過(す)ぎた褒(ほ)め)を承(うけたまわ)る! 過奨を承る!」 李天王(りてんのう)は近(ちか)づき前(すす)みて言う、「この言(こと)は実(じつ)に褒奨(ほうしょう)に非(あら)ず、真(まこと)に是れ一條(ひとすじ)の好漢子(こうかんし=好(い)い漢(おとこ))なり! この一陣(いちじん)もまた当時(とうじ)の地網(ちもう)を瞞(あざむ)き天羅(てんら)を罩(おお)えしに亜(つ)がざるなり!」 行者言う、「且(しばら)く夙話(しゅくわ=昔話(むかしばなし))を題(だい)するを休(や)めよ。かの妖魔(ようま)は老孫(ろうそん)にこの一場(いちじょう)を打(う)たれて、必(かなら)ずや疲倦(ひけん=疲(つか)れ)せん。我(われ)もまた辛苦(しんく=苦労(くろう))を説(と)く可(べ)からず、汝等(なんじら)は皆(みな)懐(ふところ)を放(はな)ちて坐坐(ざざ=くつろぎ)し、我(われ)が再(ふたた)び洞中(どうちゅう)に進(すす)み入(い)りて彼(かれ)の圈子(けんし=輪(わ))を探(さぐ)り、務(つと)めて彼(かれ)のを偷(ぬす)み、かの怪(かい)を捉(とら)え、兵器(へいき)を尋(たず)ね取(と)り、奉(たてまつ)りて汝等(なんじら)に還(かえ)して天(てん)に帰(かえ)らしめんを待(ま)て」。太子(たいし)言う、「今(いま)已(すで)に天(てん)晩(く)れたり、安(やす)らかに一宿(いっしゅく)を眠(ねむ)り、明早(みょうそう=明日(あす)の早朝(そうちょう))に往(ゆ)かんには若(し)かず」。行者笑って言う、「この小郎(しょうろう=若(わか)き君(きみ))は世事(せじ)を知(し)らず! 何処(いずこ)に賊(どろぼう)を為(な)す者(もの)の好(よ)く白日(はくちゅう)の裡(うち)に手(て)を下(くだ)すを見(み)んか。この如(ごと)き掏摸(とうも=掏摸(すり))の類(たぐい)は、必(かなら)ず夜(よる)往(ゆ)きて夜来(よるきた)り、知(し)らず覚(さと)らざるこそ、便(すなわ)ち是れ売買(ばいばい=商売(しょうばい))なるぞ」。火徳(かとく)と雷公(らいこう)言う、「三太子(さんたいし)言(いう)な、この事(こと)は我等(われら)知(し)らず、大聖(たいせい)は是れ箇の慣家(かんか=熟練者(じゅくれんしゃ))熟套(じゅくとう=手馴(てな)れた手口(てぐち))なり、須(すべか)らく彼(かれ)をしてこの時(とき)に趁(じゅん=乗(の))ぜしむべし。一(ひと)つには魔頭(まとう)困倦(こんけん=疲(つか)れ倦(う)み)、二(ふたつ)には夜(よる)黒(くら)くして防(ふせ)ぎ無(な)し、就(すなわ)ち請(こ)うて快(はや)く往(ゆ)け! 快く往け!」 好(よ)き大聖、笑唏唏(しょうきき=にこにこ)と、鉄棒(てつぼう)を将(も)って藏(かく)し、高峰(こうほう)より跳(と)び下(お)り、又(また)洞口(どうこう)に至(いた)り、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて一箇の促織児(そくしょくじ=蟋蟀(こおろぎ))と作(な)る。真(まこと)に嘴(くちばし)硬(かた)く須(ひげ)長(なが)く皮(かわ)黒(くろ)く、眼(め)明(あき)らかにして爪(つめ)脚(あし)丫叉(あさ=叉(また))なり。 風清(かぜきよ)く月明(つきあき)らかにして牆涯(しょうがい=塀(へい)の端(はし))に叫(な)き、 夜静(よるしず)かにして人(ひと)の話(はな)すに同(おな)じ。 露(つゆ)を泣(な)いて凄凉(せいりょう)の景色(けいしき)、 声音(せいおん)断続(だんぞく)して夸(ほ)むるに堪(た)えたり。 客窓(かくそう=旅(たび)の窓(まど))旅思(りょし=旅(たび)の想(おも)い)彼(かれ)を聞(き)くを怕(おそ)る、 偏(ひとえ)に空階(くうかい=空(から)の階(きざはし))床下(しょうか=床(ゆか)の下(した))に在り。 大腿(だいたい=太腿(ふともも))を蹬(ふんば)り開(ひら)いて三五跳(さんごちょう=三(み)つ五(いつ)つ跳(と))び、門(もん)の辺(ほとり)に跳(と)び到(いた)り、自(みずか)ら門(もん)の縫(ほころ)びの裡(うち)より潜(もぐ)り将(も)って進(すす)み入(い)り、かの壁根(へきこん=壁(かべ)の根元(ねもと))の下(した)に蹲(うずくま)り、内面(うち)の灯光(とうこう=灯(あかし)の光(ひかり))に迎(むか)いて、仔細(しさい)に観看(かんかん)す。只(た)だ見(み)るにかの大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)、一箇一箇(ひとつひとつ)狼餐虎咽(ろうさんこえん=狼(おおかみ)の如(ごと)く貪(むさぼ)り食(くら)い)、正(まさ)に皆(みな)東西(とうざい=物(もの))を食(く)っておるなり。行者は揲揲錘錘(しょうしょうついつい=こおろぎの鳴(な)き声(ごえ))と一遍(いっぺん)叫(な)きて廻(めぐ)る。少時(しばらく)の間(あいだ)に、家火(かか=道具(どうぐ))を収(おさ)め、又(また)皆(みな)往(ゆ)きて窩舗(かほ=寝床(ねどこ))を安排(あんばい=整(ととの)え)、各各(おのおの)身(み)を安(やす)んず。 約摸(やくも=大体(だいたい))一更(いっこう=午後八時(ごごはちじ))の時分(じぶん)有って、行者は纔(ようや)く彼(かれ)の後辺(こうへん=裏(うら))の房(へや)の裡(うち)に到(いた)れば、只(た)だ聴(き)くにかの老魔(ろうま)令(れい)を伝(つた)えて、「各門上(かくもんじょう)の小(こ)の者(もの)、醒睡(せいすい=寝(ね)ぼけ)るな! 恐(おそ)らくは孫悟空(そんごくう)又(また)甚(なん)に変(へん)じて私(ひそ)かに入(い)り家(いえ)に盗(ぬす)み入(い)らん」と教(おし)う。又(また)些(いささ)かの該班(がいはん=当番(とうばん))の坐夜(ざや=夜警(やけい))の者有って、滌滌托托(てきてきたくたく=拍子木(ひょうしぎ)の音(おと))、梆鈴(ほうれい=拍子木(ひょうしぎ)と鈴(すず))斉(ひと)しく響(ひび)く。この大聖は愈々(いよいよ)事(こと)を行(おこな)い好(よ)く、房門(ぼうもん=部屋(へや)の戸(と))に潜(もぐ)り入(い)り、一架(いっか)の石床(せきしょう=石(いし)の寝台(しんだい))有って、左右(さゆう)に幾箇(いくつ)かの粉(おしろい)を抹(ぬ)り胭脂(べに)を搽(ぬ)れる山精樹鬼(さんせいじゅき=山(やま)の精(せい)と樹(き)の鬼(おに))を列(つら)ね、鋪蓋(ほがい=寝具(しんぐ))を展(の)べて老魔(ろうま)に伏侍(ぶくじ=仕(つか)え)し、脚(あし)を脱(ぬ)ぐ者は脚を脱ぎ、衣(い)を解(と)く者は衣を解くを見(み)る。只(た)だ見(み)るにかの魔王(まおう)は衣服(いふく=着物(きもの))を寛(ゆる)めて、左(ひだ)りの肐膊(きゃくはく=腕(うで))の上(うえ)に、白森森(はくしんしん=白(しろ)く光(ひか)る)としてかの圈子(けんし=輪(わ))を套(つ)け在(あ)り、元来(もと)一箇の連珠(れんじゅ=珠(たま)つなぎ)の鐲頭(しょくとう=腕輪(うでわ))の形(かたち)に象(に)たり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)は更(さら)に取(と)り下(おろ)さず、転(うつ)って上(うえ)へ向かえて両抹(りょうまつ=二(ふた)なで)抹(な)でて、緊緊(きんきん)と肐膊(うで)の上に勒(し)めつけ、方(ようや)く纔(ようや)く睡(ねむ)り下(お)る。行者は見て、身(み)を将(も)って又(また)変(へん)じ、変(へん)じて一箇の黄皮(こうひ=黄色(きいろ)い皮(かわ))の虼蚤(こつそう=蚤(のみ))と作(な)り、石床(せきしょう)に跳(と)び上(あが)り、被(ふとん)の裡(うち)に潜(もぐ)り入(い)り、かの怪(かい)の肐膊(うで)の上(うえ)に爬(はい)り在(あ)りて、着実(ちゃくじつ)に一口(ひとくち)、叮(さ)したるにかの怪(かい)身(み)を翻(ひるがえ)して罵(ののし)って言う、「これらの少(すくな)く打(う)たれし奴才(どさい=下郎(げろう))め! 被(ふとん)も抖(はた)かず、床(とこ)も拂(はら)わず、何(なん)の東西(もの)か知(し)らず、我(われ)をこの一下(ひとくち)咬(か)みおった!」 彼(かれ)は却(かえ)って圈子(けんし)を将(も)って又(また)上(うえ)へ向かえて両捋(りょうらつ=二(ふた)なで)捋(な)で上(あ)げ、依然(いぜん)として睡(ねむ)り下(お)る。行者はかの圈子(けんし)の上(うえ)に爬(はい)り上(あが)り、又(また)一口(ひとくち)咬(か)む。かの怪(かい)は睡(ねむ)るを得(え)ず、又(また)身(み)を翻(ひるがえ)して過(よ)ぎ来(きた)りて言う、「刺鬧(しとう=痒(かゆ)くて痛(いた)き)我(われ)を殺(ころ)すなり!」 行者は彼(かれ)の関防(かんぼう=警戒(けいかい))の緊(きつ)きを見(み)、宝貝(ほうばい)又(また)身(み)に随(したが)えて、肯(あ)えて除(と)り下(おろ)さざれば、料(はか)るに彼(かれ)のを偷(ぬす)むこと得(え)じ。床(とこ)を跳(と)び下(お)り来(きた)り、還(かえ)って促織児(こおろぎ)に変(へん)じ做(な)り、房門(ぼうもん)を出(い)で、径(ただ)ちに後面(こうめん=裏(うら))に至(いた)れば、又(また)龍吟(りゅうぎん)馬嘶(ばせい)を聴(き)き得(え)たり。元来(もと)かの層(そう)の門(もん)は緊(きつ)く鎖(とざ)され、火龍(かりゅう)火馬(かば)は、皆(みな)内(うち)に吊(つる)され在(あ)り。行者は原身(げんしん=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)し、門前(もんぜん)に走(はし)り近(ちか)づき、一箇の解鎖法(かいさほう=錠(じょう)を解(と)く法(ほう))を使(つか)い、呪語(じゅご=呪文(じゅもん))を念(ねん)じ動(うご)かし、手(て)を以(も)って一抹(いちまつ=ひと撫(な)で)すれば、扢扠(こつさ)一声(ひとこえ)、かの鎖(くさり)の双鐄(そうこう=両方(りょうほう)の鎹(かすがい))俱(とも)に就(すなわ)ち脱落(だつらく)し、門(もん)を推(お)し開(ひら)き、闖(と)び将(も)って進(い)り入(い)って観看(かんかん)すれば、元来(もと)かの内面(うち)は火器(かき=火(ひ)の道具(どうぐ))に照(て)らされて明晃晃(めいこうこう=明(あか)るく輝(かがや)き)、白日(はくじつ)の一般(ごと)し。ふと見(み)るに東西(とうざい=東西(ひがしにし))の両辺(りょうへん=両側(りょうがわ))に斜(なな)めに幾件(いくけん)かの兵器(へいき)の靠(もた)せ在(あ)るは、皆(みな)是(こ)れ太子(たいし)の砍妖剣(かんようけん)等の物(もの)、並(なら)びにかの火徳(かとく)の火弓(かきゅう)火箭(かせん)等の物(もの)なり。行者は火光(かこう)に映(えい)じて、周囲(しゅうい)を一遍(いっぺん)看(み)て廻(めぐ)り、又(また)見(み)るにかの門背後(もんはいご=扉(とびら)の裏(うら))に一張(いっちょう)の石桌子(せきたくじ=石(いし)の卓(つくえ))有って、上(うえ)に一箇の篾絲盤児(べっしばんじ=竹(たけ)の籠(かご))有り、一把(いちわ)の毫毛(ごうもう)を放(お)き在(あ)り。大聖は心(こころ)に満(み)つるまで喜(よろこ)び、毫毛(ごうもう)を将(も)って拿(と)り起(おこ)し、両口(ふたくち)の熱気(ねっき)を呵(ふ)きかけ、「変(へん)!」と一声(ひとこえ)叫べば、即(すなわ)ち変(へん)じて三五十箇(さんごじっこ)の小猴(しょうこう)と作(な)り、彼(かれ)らを教(おし)えて皆(みな)刀(とう)・剣(けん)・杵(しょ)・索(さく)・球(きゅう)・輪(りん)及び弓(きゅう)・箭(せん)・槍(そう)・車(しゃ)・葫蘆(ころ)・火鴉(かあ)・火鼠(かそ)・火馬(かば)の、一(いっ)応(おう)套(から)め往(ゆ)かれし所(ところ)の物(もの)を拿(と)らしめ、火龍(かりゅう)に騎(の)り、火勢(かせい)を縦(ほしいまま)にして、内(うち)より外(そと)に向かえて焼(や)き来(きた)る。只(た)だ聞(き)こゆるは烘烘焃焃(こうこうかくかく)、撲撲乒乒(ぼくぼくへいへい)、好(よ)く便(すなわ)ち咋雷連炮(さくらいれんぽう=雷(かみなり)と続(つづ)け炮(ほう))の声(こえ)に似(に)たり。慌(あわ)てたるは此等(これら)の大小(だいしょう)の妖精(ようせい)、夢夢査査(むむささ=夢(ゆめ)うつつ)と、被(ふとん)を披(き)り、頭(こうべ)を朦(おお)い、喊(さけ)ぶ者は喊び、哭(な)く者は哭き、一箇一箇(ひとりひとり)走(に)ぐる途(みち)無(な)く、この火(ひ)に焼(や)かれて大半(たいはん)死(し)す。美猴王(びこうおう)は勝(か)ちを得(え)て回(かえ)り来(きた)るに、只(た)だ好(よ)く三更(さんこう=午前零時(ごぜんれいじ))の時分(じぶん)有り。 さてかの高峰(こうほう)の上(うえ)に在(あ)る李天王(りてんのう)衆位(しゅうい)は、ふと火光(かこう)の幌亮(こうりょう=明(あか)るく輝(かがや)く)を見(み)て、一擁(いちよう=一度(いちど)に)して前(すす)み来(きた)れば、行者の龍(りゅう)に騎(の)り、喝喝呼呼(かつかつここ=喚(わめ)き立(た)て)と、小猴(しょうこう)を縦(ほしいまま)にして、径(ただ)ちに峰頭(ほうとう)に上(あが)り、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(さけ)んで言うを見る、「兵器(へいき)を収(おさ)めに来(こ)よ! 兵器を収めに来よ!」 火徳(かとく)と哪吒(なた)は一声(ひとこえ)答(こた)え、この行者は身(み)を将(も)って一抖(ひとゆす)りすれば、かの一把(いちわ)の毫毛(ごうもう)は復(また)身(み)の上(うえ)に来(きた)る。哪吒太子(なたたいし)は彼(かれ)の六件(ろっけん)の兵器(へいき)を収(おさ)め、火徳星君(かとくせいくん)は衆(しゅう)の火部(かぶ)をして火龍(かりゅう)等の物(もの)を収(おさ)めしめ、皆(みな)笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として行者を賛(たた)え賀(が)するは題(だい)せず。 さてかの金兜山(きんとうざん)の裡(うち)は火焰(かえん)紛紛(ふんぷん=燃(も)え盛(さか)り)、唬(おど)されたるは箇の兕大王(じだいおう)、魂(たましい)体(からだ)に附(ふ)かず、急(いそ)ぎ身(み)を欠(か)いて房門(ぼうもん)を開(ひら)き、双手(そうしゅ)に圈子(けんし=輪(わ))を拿(と)り看(み)て、東(ひがし)へ推(お)せば東の火(ひ)滅(めっ)し、西(にし)へ推せば西の火消(き)ゆ、満空(まんくう)の中(うち)に煙(けむり)を冒(おか)し火(ひ)を突(つ)き、宝貝(ほうばい)を執(と)りて一遍(いっぺん)跑(はし)り廻(めぐ)り、四下裏(しかり=四方(しほう))の烟火(えんか)俱(とも)に熄(き)ゆ。急(いそ)ぎ忙(いそ)ぎ群妖(ぐんよう)を収(おさ)め救(すく)えば、已(すで)に此(ここ)に焼(や)き殺(ころ)されて大半(たいはん)、男男女女(だんだんじょじょ)、収(おさ)むるに百十余丁(ひゃくじゅうよてい=百十余人(ひゃくじゅうよにん))に上(のぼ)らず;又(また)蔵兵(ぞうへい=兵器庫(へいきこ))の内(うち)を査看(さかん)するに、各件(かっけん)皆(みな)無(な)し;又(また)後面(こうめん=裏(うら))に往(ゆ)きて看(み)る処(ところ)、八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)と長老(ちょうろう)の還(また)捆(くく)り住(とど)められて未(いま)だ解(と)かれず、白竜馬(はくりゅうば)は還(また)槽(そう=飼(か)い桶(おけ))の上(うえ)に在(あ)り、行李担(こうりたん=荷物(にもつ))もまた屋(いえ)の裡(うち)に在(あ)るを見る。妖魔(ようま)は遂(つい)に恨(うら)んで言う、「何(いず)れの箇の小妖(しょうよう)か仔細(しさい)ならずして、火(ひ)を失(しっ)し、此(か)くの如(ごと)きを致(いた)せるは!」 傍(かたわ)らに近侍(きんじ=側仕(そばづか)え)の者有って告(もう)して言う、「大王(だいおう)、この火(ひ)は本家(ほんけ)の事(こと)に干(かかわ)らず、多くは是れ一箇の営(えい)を偷(ぬす)み寨(とりで)を劫(かす)むるの賊(ぞく)が、あの火部(かぶ)の物(もの)を放(はな)ち、神兵(しんぺい)を盗(ぬす)みて去(さ)れるなり」。老魔(ろうま)は方(ようや)く然(しか)と省悟(せいご=悟(さと))して言う、「別(べつ)の人(ひと)有るに非(あら)ず、断乎(だんこ=断(た)ち)じて是れ孫悟空(そんごくう)のあの賊(ぞく)なり! 怪(あや)しむらくは我(われ)睡(ねむ)りに臨(のぞ)みし時(とき)安穏(あんのん)ならざりしは! 想(おも)うに是れかの賊猴(ぞくこう=盗人(ぬすびと)の猿(さる))の変化(へんげ)して進(すす)み入(い)り来(きた)り、我がこの肐膊(うで)の上(うえ)にて両口(ふたくち)叮(さ)せるなり。一定(きっと)是れ我が宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)まんと欲(ほっ)したるが、我(われ)の抹勒(まつろく=きつく締(し)め)めること緊(きつ)きを見(み)て、下(くだ)す手(て)能(あた)わず、此(こ)の故(ゆえ)に兵器(へいき)を盗(ぬす)み、火龍(かりゅう)を縦(ほしいまま)にして、この狠毒(げんどく=酷(ひど)き)の心(こころ)を放(はな)ち、意(こころ)は我(われ)を焼(や)き殺(ころ)さんと欲(ほっ)するなり。賊猴(ぞくこう)よ! 汝(なんじ)は枉(むだ)に機関(きかん=企(くわだ)て)を使(つか)えり、我が本事(ほんじ=腕前(うでまえ))を知(し)らず! 我(われ)は但(た)だこの件(くだり)の宝貝(ほうばい)を帯(お)びさえすれば、便(すなわ)ち是(こ)れ大海水(たいかいすい)に入(い)るも溺(おぼ)るる能(あた)わず、火池(かち=火(ひ)の池(いけ))に赴(おもむ)くも焚(や)かるる能(あた)わざるなり! この番(たび)若(も)しあの賊(ぞく)を拿(と)り住(とど)めなば、只(た)だ刮(か)りて点垛(てんだ=切(き)り刻(きざ)み)し、方(まさ)に我が心(こころ)に趁(かな)わん!」 話(はなし)を説(と)き着(つ)けて、懊悩(おうのう=悔(くや)み悩(なや)む)すること多時(たじ=暫(しばら)く)、覚(おぼ)えずして鶏(にわとり)鳴(な)きて天(てん)暁(あ)く。 かの高峰(こうほう)の上(うえ)に在って太子(たいし)は六件(ろっけん)の兵器(へいき)を得(え)、行者に向かって言う、「大聖(たいせい)、天色(てんしょく=空(そら)の色(いろ))已(すで)に明(あき)らかなり、怠慢(たいまん)するを須(もち)いず。我等(われら)かの妖魔(ようま)の鋭気(えいき)を挫(くじ)けるに趁(じょう=乗(の))じ、火部(かぶ)等(ら)と汝(なんじ)を扶(たす)け住(とど)め、再(ふたた)び往(ゆ)きて力戦(りきせん)せば、庶幾(こいねがわ)くはこの次(たび)こそ擒拿(きんだ=捕(と)ら)う可(べ)けん」。行者笑って言う、「説(と)いて理(り)有り。我等(われら)心(こころ)を斉(ととの)えて、耍子児(あそび)に往(ゆ)かん!」 一箇一箇(ひとりひとり)威風(いふう)を抖擻(しゅんそう=奮(ふる)い起(お)こ)し、喜(よろこ)んで武芸(ぶげい)を弄(ろう)し、径(ただ)ちに洞口(どうこう)に至(いた)る。行者叫(さけ)んで言う、「潑魔(はつま=愚(おろ)かなる魔)出(い)で来(こ)よ! 老孫(ろうそん)と打(う)たん者(もの)!」 元来(もと)かの二扇(にせん=二枚(にまい))の石門(せきもん)は火気(かき=火(ひ)の気(け))に化(か)せられて灰燼(かいじん=灰(はい))と成(な)り、門(もん)の裡(うち)に幾箇(いくつ)かの小妖(しょうよう)有って、正(まさ)に然(しか)と地(ち)を掃(は)き灰(はい)を撮(すく)いおるに、ふと衆聖(しゅうせい)の斉(ひと)しく来(きた)るを見(み)て、慌(あわ)てて掃帚(ほうき)を投(な)げ棄(す)て、灰耙(はいば=灰(はい)かき)を撇(す)て、裡(うち)に走(はし)り入(い)り、又(また)報(しら)せて言う、「孫悟空(そんごくう)は多くの天神(てんしん)を領(ひき)いて、又(また)門外(もんがい)に在って罵(ののし)り戦(たたか)っておりまする!」 かの兕怪(じかい)は報(ほう)を聞(き)いて大(おお)いに驚(おどろ)き、扢迸迸(こつほうほう=ぎしぎし)と鋼牙(こうが=鋼(はがね)の歯(は))を咬(か)み響(ひび)かせ; 滴溜溜(てきりゅうりゅう=きょろきょろ)と、環眼(かんがん=丸(まる)き眼(まなこ))を睜(みは)り円(まる)くし、長槍(ちょうそう)を挺(つ)り出(いだ)し、宝貝(ほうばい)を帯(たい)し、門(もん)を出(い)で来(きた)り、潑口(はっこう=口(くち)を極(きわ)め)に乱(みだ)りに罵(ののし)って言う、「我(われ)この汝(なんじ)が如(ごと)き営(えい)を偷(ぬす)み火(ひ)を放(はな)ちし賊猴(ぞくこう=盗人(ぬすびと)の猿(さる))め! 汝(なんじ)に何(いか)ほどの手段(しゅだん)有って、敢(あ)えてこの如(ごと)く我(われ)を藐視(びょうし=見下(みくだ)す)するか」。行者は笑顔(えがお)して罵(ののし)って言う、「潑怪物(はつかいぶつ=愚かなる怪物)! 汝(なんじ)我が手段(しゅだん)を知(し)らんと欲(ほっ)せば、且(しばら)く上前(うえまえ)に来(きた)れ、我(われ)説(と)きて汝(なんじ)に聞(き)かせん── 自(おのずか)ら小(ちい)さきより生(うま)れ来(きた)って手段(しゅだん)強(つよ)く、 乾坤(けんこん=天地(てんち))万里(ばんり)に名(な)を揚(あ)ぐ。 当時(とうじ)穎悟(えいご=賢(かしこ)く)にして仙道(せんどう)を修(おさ)め、 昔日(せきじつ)伝(つた)え来(きた)れる不老(ふろう)の方(ほう)。 志(こころざし)を立(た)てて方寸地(ほうすんち)に拝(はい)し投(とう)じ、 虔心(けんしん=篤(あつ)き心(こころ))に聖人(せいじん)の郷(さと)に参見(さんけん)す。 学(まな)び成(な)りて変化(へんげ)無量(むりょう)の法(ほう)、 宇宙(うちゅう)長空(ちょうくう)任(まま)に我(われ)狂(くる)う。 閑(ひま)には山前(さんぜん)に在って虎(とら)を将(た)い伏(ふく)し、 悶(もん=退屈(たいくつ))には海内(かいだい)に来(きた)りて龍(りゅう)を把(と)り降(くだ)す。 祖居(そこ=元(もと)の住(す)みか)花果(かか)に王位(おうい)を称(とな)え、 水簾洞(すいれんどう)の裡(うち)に剛強(ごうきょう)を逞(たくま)しうす。 幾番(いくたび)か意(こころ)天界(てんかい)を図(はか)る有り、 数次(すうじ)無知(むち)にして上方(じょうほう)を奪(うば)う。 御(ぎょ)に斉天(せいてん)の名(な)を大聖(たいせい)と賜(たまわ)り、 敕封(ちょくほう)また美猴王(びこうおう)を贈(おく)らる。 只(た)だ宴(えん)の蟠桃会(ばんとうえ)を設(もう)くるに因(よ)り、 簡(ふみ)無くして我を邀(むか)うれば我が性(せい)剛(つよ)し。 暗(あん)に瑤池(ようち)を闖(と)び入(い)りて玉液(ぎょくえき)を偷(ぬす)み、 私(ひそ)かに空閣(くうかく)に行(ゆ)きて瓊漿(けいしょう)を飲(の)む; 龍肝鳳髄(りゅうかんほうずい)曾(かつ)て偷(ぬす)み食(くら)い、 百味(ひゃくみ)の珍饈(ちんしゅう)我(われ)窃(ぬす)み嘗(な)む; 千載(せんざい)の蟠桃(ばんとう)随(したが)って受用(じゅよう)し、 万年(まんねん)の丹薬(たんやく)任(まま)に腸(はらわた)を充(み)たす。 天宮(てんぐう)の異物(いぶつ)般般(はんぱん)に取(と)り、 聖府(せいふ)の奇珍(きちん)件件(けんけん)に藏(ぞう)す。 玉帝(ぎょくてい)我(われ)に手段(しゅだん)有るを訪(たず)ね、 即(すなわ)ち天兵(てんぺい)を発(はっ)して戦場(せんじょう)を擺(し)く。 九曜(くよう)の悪星(あくせい)我(われ)に遭(あ)うて貶(おと)され、 五方(ごほう)の凶宿(きょうしゅく)吾(われ)に被(こうむ)りて傷(きずつ)く。 普天(ふてん)の神将(しんしょう)皆(みな)敵(てき)無く、 十万(じゅうまん)の雄師(ゆうし)敢(あ)えて当(あた)らず。 玉皇(ぎょくこう)を威(い)し逼(せま)って旨意(しい)を伝(つた)えしめ、 灌江(かんこう)の小聖(しょうせい)兵(へい)を把(と)って揚(あ)ぐ。 相持(あいたもち)すること七十単二変(しちじゅうたんにへん)、 各(おのおの)精神(せいしん)を弄(ろう)して箇箇(かくかく)強(つよ)し。 南海(なんかい)の観音(かんのん)来(きた)りて戦(いくさ)を助(たす)け、 浄瓶(じょうびん)楊柳(ようりゅう)もまた相(あい)幫(たす)く。 老君(ろうくん)又(また)金剛套(こんごうとう)を使(つか)いて、 我(われ)を把(と)り擒(とら)えて上方(じょうほう)に拿(と)り到(いた)る。 绑(しば)りて玉皇張大帝(ぎょくこうちょうたいてい)に見(まみ)えしめ、 曹官(そうかん)拷較(ごうこう=拷問(ごうもん)尋問(じんもん))して罪(つみ)該当(がいとう=当然(とうぜん))なり。 即(すなわ)ち大力(だいりき)を差(さ)し遣(つか)わし刀(かたな)を開(ひら)きて斬(き)らしむるに、 刀(かたな)頭皮(とうひ)を砍(き)れば火焰(かえん)光(ひかり)を発(はっ)す。 百計千方(ひゃっけいせんぽう)弄(ろう)して死(し)なず、 吾(われ)を将(も)って押(お)し赴(おもむ)かしめて老君堂(ろうくんどう)に至(いた)る。 六丁神火(りくていしんか)炉中(ろちゅう)に煉(ね)られて、 煉(ね)り得(う)るに渾身(こんしん=身(み)の内(うち))硬(かた)きこと鋼(はがね)に似(に)たり。 七七(しちしち)の数(かず)完(おわ)って鼎(かなえ)を開(ひら)きて看(み)れば、 我(われ)が身(み)跳(と)び出(い)でて又(また)凶張(きょうちょう=暴(あば)れ)る。 諸神(しょしん)は戸(と)を閉(と)じて遮(さえぎ)るもの無く、 衆聖(しゅうせい)商量(しょうりょう=相談(そうだん))して仏(ほとけ)を把(と)りて央(たの)む。 其(そ)の実(じつ)如来(にょらい)は法力(ほうりき)多(おお)く、 果(はた)して智慧(ちえ)広(ひろ)くして量(はかり)無(な)し。 手中(しゅちゅう)に筋斗(きんとん)を翻(ひるがえ)して賭賽(とさい=賭(か)け)し、 山(やま)を将(も)って我を圧(おさ)うるも我(われ)強(し)うる能(あた)わず。 玉皇(ぎょくこう)纔(ようや)く安天会(あんてんえ)を設(もう)け、 西域(せいいき)方(まさ)に極楽場(ごくらくじょう)と称(とな)う。 老孫(ろうそん)を圧(おさ)え困(くるし)むること五百載(ごひゃくさい)、 一些(いっさい=少(すこ)し)の茶飯(さはん=茶(ちゃ)と飯(めし))も曾(かつ)て嘗(な)めず。 金蝉長老(きんぜんちょうろう)凡世(ぼんせい)に臨(のぞ)み、 東土(とうど)彼(かれ)を差(つかわ)して仏(ほとけ)の郷(さと)を拝(はい)せしむ。 真経(しんきょう)を取(と)りて上国(じょうこく)に回(かえ)らんと欲(ほっ)し、 大唐(だいとう)の帝主(ていしゅ)先亡(せんぼう)を度(わた)らんとす。 観音(かんのん)我(われ)を勧(すす)めて善(ぜん)に皈依(きえ)し、 教(おしえ)を秉(と)り迦持(かじ=加護(かご))して狂(くる)うを放(ほしいまま)にせず。 高山(こうざん)の根(ね)の下(した)の難(なん)を解脱(げだつ)し、 如今(いま)西(にし)に去(さ)って経(きょう)の章(しょう)を取(と)る。 潑魔(はつま=愚かなる魔)よ獐狐(しょうこ=鹿(しか)と狐(きつね))の智(ち)を弄(ろう)するを休(や)めよ、 我(われ)が唐僧(とうそう)を還(かえ)して法王(ほうおう)を拝(はい)せしめよ!」 かの怪(かい)は言(こと)を聞(き)き、行者を指(ゆびさ)して言う、「汝(なんじ)は元来(もと)是れ一箇の天(てん)を偷(ぬす)む大賊(だいぞく)なり! 往(ゆ)くな! 吾(わ)が一槍(いっそう)を食(く)らえ!」 この大聖は棒(ぼう)を使(つか)って迎(むか)う。二箇(ふたり)正(まさ)に自(おのずか)ら相持(あいたもち)するに、この壁廂(へきしょう=此方(こなた))の哪吒太子(なたたいし)は嗔(いかり)を生(しょう)じ、火徳星君(かとくせいくん)は狠(こんき=気(き)を荒(あ)ら)を発(はっ)し、即(すなわ)ちかの六件(ろっけん)の神兵(しんぺい)・火部(かぶ)等の物(もの)を将(も)って、妖魔(ようま)の身(み)の上(うえ)に望(めが)けて抛(ほう)り来(きた)らしむ。孫大聖(そんたいせい)は更(さら)に雄勢(ゆうせい=勢(いきおい))を加(くわ)う。一辺(いっぺん=片方(かたほう))には又(また)雷公(らいこう)の捎(しょう=棍棒(こんぼう))を使(つか)い、天王(てんのう)の刀(かたな)を挙(あ)ぐる有り、上下(じょうげ)を分(わ)たず、一擁(いちよう=一度(いちど)に)して斉(ひと)しく来(きた)る。かの魔頭(まとう)は巍巍(ぎぎ=堂々(どうどう))として冷笑(れいしょう)し、袖子(しゅうし=袖(そで))の中(うち)より暗暗(あんあん=ひそか)に宝貝(ほうばい)を取(と)り出(いだ)し、手(て)を撒(はな)って空(くう)に抛(ほう)り起(おこ)し、「着(ちゃく)!」と一声(ひとこえ)叫べば、唿喇(こつらつ)の一下(いっか)に、六件(ろっけん)の神兵(しんぺい)・火部(かぶ)等の物(もの)・雷公(らいこう)の捎(こんぼう)・天王(てんのう)の刀(かたな)・行者(ぎょうじゃ)の棒(ぼう)を、尽(ことごと)く情(こころ)よく又(また)皆(みな)撈(かす)め往(ゆ)き、衆神霊(しゅうしんれい)は依然(いぜん)として赤手(せきしゅ)なり、孫大聖(そんたいせい)は仍(な)お是(こ)れ空拳(くうけん)なり。妖魔(ようま)は勝(か)ちを得(え)て身(み)を回(めぐ)らし、叫ぶ、「小(こ)の者(もの)たち、石(いし)を搬(はこ)んで門(もん)を砌(きず)き、土(つち)を動(うご)かして修造(しゅうぞう)し、従(あらた)めて新(あらた)に房廊(ぼうろう=部屋(へや)と廊下(ろうか))を整理(せいり)せよ。斉(ととの)い備(そなわ)らば、唐僧(とうそう)三衆(さんしゅう=三人(さんにん))を殺(ころ)して来(きた)りて土(つち)を謝(しゃ)し、大衆(たいしゅう)福(ふく)を散(さん)じて受用(じゅよう=受(う)け用(もち))いん」。衆(しゅう)の小妖(しょうよう)は命(めい)を領(りょう)じて維持(いじ=取(と)り計(はか)ら)うは題(だい)せず。 さてかの李天王(りてんのう)は衆(しゅう)を帥(ひき)いて高峰(こうほう)に回(かえ)り上(あが)るに、火徳(かとく)は哪吒(なた)の性急(せいきゅう)なるを怨(うら)み、雷公(らいこう)は天王の放刁(ほうとう=我儘(わがまま))を怪(あや)しみ、惟(た)だ水伯(すいはく)は傍(かたわ)らに在って語(ことば)無(な)し。行者は彼等(かれら)の面(おもて)を相(あい)睹(み)ざるを見(み)、心(こころ)に縈思(えいし=纏(まと)わる思(おも)い)有るを、奈何(いかん)ともする無(な)く、恨(うらみ)を懐(いだ)きて強(しい)て歓(よろこ)び、衆(しゅう)に向かって笑って言う、「列位(れつい)煩悶(はんもん=悩(なや)み)するを須(もち)いず、古(いにしえ)より道(い)う『勝敗(しょうはい)は兵家(へいか)の常(つね)』と。我(われ)と彼(かれ)の武芸(ぶげい)を論(ろん)ずるに、また只(た)だ此(か)くの如(ごと)きのみ。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ彼(かれ)はこの箇の圈子(けんし=輪(わ))を多(おお)くせるが故(ゆえ)に、以(も)って害(がい)を為(な)し、我等(われら)の兵器(へいき)を将(も)って又(また)套(から)め将(も)って往(ゆ)かれたり。汝等(なんじら)且(しばら)く心(こころ)を放(はな)て、老孫(ろうそん)の再(ふたた)び往(ゆ)きて彼(かれ)の脚色(きゃくしょく=素性(すじょう))を査査(ささ=調(しら)べ)して来(きた)るを待(ま)て」。太子(たいし)言う、「汝(なんじ)前(さき)に玉帝(ぎょくてい)に啓奏(けいそう)し、満天世界(まんてんせかい)を査勘(さかん)するも、更(さら)に一点(いってん)の踪跡(しょうせき)も無し、如今(いま)又(また)何処(いずこ)へか往(ゆ)きて査(さぐ)らんとする」。行者言う、「我(われ)想(おも)い起(お)こすに、仏法(ぶっぽう)は辺(へん)無(な)し。如今(いま)且(しばら)く西天(せいてん)に上(のぼ)りて我(わ)が仏(ほとけ)如来(にょらい)に問(と)い、彼(かれ)をして慧眼(えがん)を着(つ)けて大地(だいち)四部洲(しぶしゅう)を観看(かんかん)せしめ、この怪(かい)の是(こ)れ何方(いずかた)の生長(せいちょう=生(う)まれ)なるか、何処(いずこ)の郷貫(きょうかん=本籍(ほんせき))の住居(じゅうきょ)なるか、圈子(けんし)は是れ件(くだり)の甚(なん)の宝貝(ほうばい)なるかを看(み)しめん。怎(いか)なるとも、一定(きっと)彼(かれ)を拿(と)り、列位(れつい)と気(き)を出(いだ)し、汝等(なんじら)の喜(よろこ)びて天(てん)に帰(かえ)るを還(かえ)さん」。衆神(しゅうしん)言う、 「既(すで)にこの意(こころ)有らば、久(ひさ)しく停(とど)まるを須(もち)いず、快(はや)く往(ゆ)け! 快く往け!」 好(よ)き行者、去(ゆ)かんと一声(ひとこえ)説(と)けば、就(すなわ)ち筋斗雲(きんとうん)を縦(ほしいまま)にし、早(はや)くも霊山(りょうざん)に至(いた)り、祥光(しょうこう)を落(お)として、四方(しほう)を観看(かんかん)すれば、好去処(こうきょしょ=見事(みごと)な場所(ばしょ))── 霊峰(れいほう)疏傑(そけつ=疎(まば)らに秀(ひい)で)、 迭嶂(じょうしょう=重(かさ)なる峰(みね))清佳(せいか=清(きよ)く佳(よ)し)、 仙岳(せんがく)頂巓(ちょうてん)碧漢(へきかん=青空(あおぞら))を摩(す)る。 西天(せいてん)に巨鎮(きょちん=大(おお)きな鎮(まもり))を瞻(み)れば、 形勢(けいせい)中華(ちゅうか)を圧(おさ)う。 元気(げんき)流通(りゅうつう)して天地遠(てんちとお)く、 威風(いふう)飛(と)び徹(とお)って満台(まんだい)の花(はな)。 時(とき)に鐘磬(しょうけい=鐘(かね)と磬(けい))の音(おと)の長(なが)きを聞(き)き、 毎(つね)に経声(きょうせい=読経(どきょう)の声(こえ))の明朗(めいろう)なるを聴(き)く。 又(また)見(み)るにかの青松(せいしょう)の下(した)に優婆(うば)の講(こう)じ、 翠柏(すいはく=緑(みどり)の柏(かしわ))の間(あいだ)に羅漢(らかん)の行(ぎょう)ずるを。 白鶴(はくかく)情(なさけ)有って鷲嶺(じゅれい)に来(きた)り、 青鸞(せいらん)意(い)を著(つ)けて閑亭(かんてい=静(しず)かなる亭(てい))に佇(たたず)む。 玄猴(げんこう=黒(くろ)き猿(さる))対対(たいたい)として仙果(せんか)を擎(ささ)げ、 寿鹿(じゅろく)双双(そうそう)として紫英(しえい=紫(むらさき)の花(はな))を献(けん)ず。 幽鳥(ゆうちょう)声(こえ)頻(しき)りにして訴(うった)うる語(ことば)の如(ごと)く、 奇花(きか)色(いろ)絢(あや)にして名(な)を知(し)らず。 回巒(かいらん=巡(めぐ)る峰(みね))盤繞(ばんにょう)重重(じゅうじゅう)顧(かえり)み、 古道(こどう)湾環(わんかん=曲(まが)りくねり)処処(しょしょ)平(たいら)かなり。 正(まさ)に是(こ)れ清虚(せいきょ)霊秀(れいしゅう)の地(ち)、 荘厳(しょうごん)大覚(だいかく)の仏家(ぶっけ)の風(ふう)なり。 かの行者は正(まさ)に然(しか)と山景(さんけい)を点看(てんかん=眺(なが)め)しおるに、ふと人(ひと)の「孫悟空(そんごくう)、何処(いずこ)より来(きた)れる? 何処(いずこ)へか往(ゆ)かんとする」と叫(さけ)ぶを聴(き)き得(え)たり。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして看(み)れば、元来(もと)是れ比丘尼尊者(びくにそんじゃ)なり。大聖は礼(れい)を作(な)して言う、 「正(まさ)に一事(いちじ)有って、如来(にょらい)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す」。比丘尼(びくに)言う、「汝(なんじ)この頑皮(がんぴ=いたずら者(もの))め! 既(すで)に如来に見(まみ)えんと欲(ほっ)するに、どうして宝刹(ほうさつ=寺(てら))に登(のぼ)らず、且(しばら)く此処(ここ)に在って山(やま)を看(み)るか」。行者言う、「初(はじ)めて貴地(きち)に来(きた)れるが故(ゆえ)に、此(こ)れ大胆(だいたん)なり」。比丘尼言う、「汝(なんじ)快(はや)く我(われ)に跟(したが)いて来(こ)よ」。この行者は緊(きん)と随(したが)いて雷音寺(らいおんじ)の山門(さんもん)の下(した)に至(いた)れば、又(また)見(み)るにかの八大金剛(はちだいこんごう)の、雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇(いさ)ましく)として両辺(りょうへん)に擋(さえぎ)り住(とど)むるを。比丘尼言う、「悟空(ごくう)、暫(しばら)く片時(へんじ=暫(しばら)く)候(ま)て、我(われ)が汝(なんじ)の為(ため)に奏(そう)し上(のぼ)りて来(こ)んを等(ま)てよ」。行者は只(た)だ住立(じゅうりつ=立(た)ち止(とど)ま)りて門外(もんがい)に在(あ)るを得(う)。かの比丘尼は仏前(ぶつぜん)に至(いた)りて合掌(がっしょう)して言う、「孫悟空(そんごくう)事(こと)有って、如来(にょらい)に見(まみ)えんと欲(ほっ)します」。如来は旨(むね)を伝(つた)えて入(い)らしめ、金剛(こんごう)は纔(ようや)く路(みち)を閃(そら)して放行(ほうこう)す。行者は頭(こうべ)を低(た)れて礼拝(らいはい)し畢(おわ)る。如来問(と)うて言う、「悟空(ごくう)、前(さき)に観音尊者(かんのんそんじゃ)の汝(なんじ)が身(み)を解脱(げだつ)し、釈教(しゃっきょう)に皈依(きえ)し、唐僧(とうそう)を保(まも)って此処(ここ)に来(きた)りて経(きょう)を求(もと)むるを聞(き)き得(え)たるが、汝(なんじ)どうして独(ひと)り此処(ここ)に到(いた)れる。何(なん)の事故(じこ)有るか」。行者は頓首(とんしゅ=平伏(へいふく))して言う、「上(かみ)に我(わ)が仏(ほとけ)に告(もう)す、弟子(でし)迦持(かじ=加護(かご))を秉(と)りてより、唐朝(とうちょう)の師父(しふ)と西(にし)に来(きた)り、金兜山金兜洞(きんとうざんきんとうどう)に到(いた)り、一箇の悪魔頭(あくまとう)に遇(あ)えり。名(な)を兕大王(じだいおう)と喚(よ)び、神通(じんつう)広大(こうだい)にして、師父(しふ)と師弟(してい)等(ら)を把(と)りて洞中(どうちゅう)に摂(と)り入(い)れたり。弟子(でし)彼(かれ)に向(むか)いて求(もと)め取(と)らんとせしに、好意(こうい)無く、両家(りょうか)比迸(ひほう=競(きそ))いしに、彼(かれ)に一箇の白森森(はくしんしん)なる圈子(けんし=輪(わ))を将(も)って、我が鉄棒(てつぼう)を搶(うば)われたり。我(われ)は彼(かれ)の是(こ)れ天将(てんしょう)の凡(ぼん)を思(おも)いて下(くだ)れるかと恐(おそ)れ、急(いそ)ぎ上界(じょうかい)に上(のぼ)りて査勘(さかん)するも出(いだ)さず。玉帝(ぎょくてい)の李天王父子(りてんのうふし)を差(さ)し遣(つか)わされて助援(じょえん)せしを蒙(こうむ)りしが、又(また)彼(かれ)に太子(たいし)の六般(ろくはん)の兵器(へいき)を搶(うば)われたり。及び火徳星君(かとくせいくん)を請(こ)いて火(ひ)を放(はな)ちて彼(かれ)を焼(や)かしむるに、又(また)彼(かれ)に火具(かぐ)を搶(うば)われ往(ゆ)けり。又(また)水徳星君(すいとくせいくん)を請(こ)いて水(みず)を放(はな)ちて彼(かれ)を渰(おぼ)らしむるに、一毫(いちごう=少(すこ)し)もまた彼(かれ)を渰(おぼ)らすこと着(あた)らず。弟子(でし)若干(じゃっかん=少(すくな)からず)の精神(せいしん)気力(きりょく)を費(ついや)し、かの鉄棒(てつぼう)等の物(もの)を将(も)って偷(ぬす)み出(いだ)し、復(また)往(ゆ)きて戦(たたかい)を索(もと)めしに、又(また)彼(かれ)に前物(ぜんぶつ)を将(も)って依然(いぜん)として套(から)め往(ゆ)かれ、収(おさ)め降(くだ)す法(ほう)無(な)し。此(こ)の因(よ)って特に我(わ)が仏(ほとけ)に告(もう)し、垂(た)れて慈(じ)を垂(た)れて弟子(でし)と看(み)て給(たま)わんことを望(のぞ)み、果(はた)して是(こ)れ何物(なにもの)の出身(しゅっしん)なるかを、我(われ)好(よ)く往(ゆ)きて彼(かれ)が家属(かぞく)四隣(しりん)を拿(と)り、この魔頭(まとう)を擒(とら)え、我が師父(しふ)を救(すく)い、拱(きょう)を合(あわ)せて虔(けん)に誠(まこと)を捧(ささ)げ、正果(しょうが)を拝求(はいきゅう)せん」。如来(にょらい)は説(と)くを聞(きこ)し召(め)され、慧眼(えがん)を将(も)って遥(はる)かに観(み)て、早(はや)く已(すで)に知識(ちしき=知(し)り)て、行者に向かって言う、「かの怪物(かいぶつ)は我(われ)これを知(し)るといえども、但(た)だ汝(なんじ)に与(あた)えて説(と)く可(べ)からず。汝(なんじ)この猿(さる)めは口(くち)敞(ひら=軽(かる)く)く、一(ひと)たび伝(つた)えて『是(こ)れ我(われ)が汝(なんじ)に彼(かれ)を説(と)きたり』と道(い)わば、彼(かれ)は便(すなわ)ち汝(なんじ)と闘(たたか)わず、定(かなら)ず霊山(りょうざん)に嚷(わめ)き上(のぼ)り、反(かえ)って禍(わざわい)を我(われ)に遺(のこ)さん。我(われ)が此処(ここ)に法力(ほうりき)を著(つ)けて汝(なんじ)を助(たす)けて彼(かれ)を擒(とら)えに往(ゆ)かしめん」。行者は再拝(さいはい)して称謝(しょうしゃ)して言う、「如来(にょらい)は我(われ)を助(たす)くるに甚(なん)の法力(ほうりき)か」。如来は即(すなわ)ち十八尊(じゅうはっそん)の羅漢(らかん)に令(れい)じて宝庫(ほうこ)を開(ひら)かしめ、十八粒(じゅうはちりゅう)の「金丹砂(きんたんさ)」を取(と)りて悟空(ごくう)に与(あた)えて助力(じょりょく)せしむ。行者言う、「金丹砂(きんたんさ)は却(かえ)って如何(いかん)」。如来言う、「汝(なんじ)往(ゆ)きて洞外(どうがい)に在って、かの妖魔(ようま)に比試(ひし=試合(じあい))を叫(さけ)べ。彼(かれ)を演(えん=誘(さそ)い)出(いだ)し、却(かえ)って羅漢(らかん)をして砂(すな)を放(はな)たしめ、彼(かれ)を陷(おとしい)れ住(とど)めて、彼(かれ)をして身(み)を動(うご)かすこと得(え)ざらしめ、脚(あし)を拔(ぬ)くこと得(え)ざらしめ、汝(なんじ)の凭(たのみ)に揪(つか)み打(う)たしめよ」。行者笑って言う、「妙(みょう)! 妙! 妙! 早(はや)きに趁(じょう=乗(の))じて往(ゆ)かん!」 かの羅漢(らかん)は遅延(ちえん)するを敢(あ)えず、即(すなわ)ち金丹砂(きんたんさ)を取(と)りて門(もん)を出(い)づ。行者は又(また)如来(にょらい)に謝(しゃ)す。一路(いちろ)査看(さかん)するに、止(た)だ十六尊(じゅうろくそん)の羅漢(らかん)有るのみ。行者は嚷(わめ)いて言う、「是(こ)れ何(いず)れの箇の去処(きょしょ=場所(ばしょ))ぞ、却(かえ)って人(ひと)を売放(ばいほう=見逃(みのが))すか!」 衆(しゅう)の羅漢言う、「何(いず)れの者か売放(みのが)せる」。行者言う、「元(もと)十八尊(じゅうはっそん)を差(さ)し遣(つか)わされたるに、今(いま)どうして只(た)だ十六尊(じゅうろくそん)を得(う)るのみか」。 説(と)き了(おわ)らぬに、裡辺(うちべ=中(なか))より降龍(ごうりゅう)・伏虎(ふっこ)の二尊(にそん)走(はし)り出(い)で、上前(うえまえ)に来(きた)りて言う、「悟空(ごくう)、どうして就(すなわ)ちこの如(ごと)く放刁(ほうとう=我儘(わがまま))なるか。我等(われら)二箇(ふたり)は後(うしろ)に在って如来(にょらい)の吩咐(ふんぷ=言(い)いつ)け給(たま)う話(はなし)を聴(き)いておったなり」。行者言う、「忒(はなは)だ売法(ばいほう=法(ほう)を売(う)る=手抜(てぬ)き)なり! 忒(はなは)だ売法なり! 纔(さっき)自(おのずか)ら若(も)し嚷(わめ)くこと些(いささ)か遅(おそ)かりせば、汝等(なんじら)敢(あ)えて就(すなわ)ち出(い)で来(こ)ざりしならん」。衆(しゅう)の羅漢は呵呵(かか)と笑って祥雲(しょううん)を起(おこ)す。 多(おお)からず時(とき)にして、金兜山(きんとうざん)の界(さかい)に到(いた)る。かの李天王(りてんのう)は見て、衆(しゅう)を帥(ひき)いて相迎(むか)え、備(つぶさ)に前事(ぜんじ)を言(い)う。羅漢言う、「絮繁(じょはん=くどくど)するに及(およ)ばず、快(はや)く往(ゆ)きて彼(かれ)を叫(さけ)び出(いだ)せ」。この大聖は拳(こぶし)を捻(ひね)り、洞口(どうこう)に来(きた)り、罵(ののし)って言う、「潑怪物(はつかいぶつ=愚かなる怪物)、快(はや)く出(い)で来(きた)りて汝(なんじ)が孫外公(そんがいこう=この爺(じい))と一箇の上下(じょうげ=勝負(しょうぶ))を見(み)よ!」 かの小妖(しょうよう)又(また)飛(と)び跑(はし)り往(ゆ)きて報(しら)ずれば、魔王(まおう)は怒(いか)って言う、「この賊猴(ぞくこう=盗人(ぬすびと)の猿(さる))又(また)何(いず)れの者を請(こ)いしに来(きた)りて猖獗(しょうけつ=暴(あば))れおるか!」 小妖言う、「更(さら)に甚(なん)の将(しょう)も無く、止(た)だ彼(かれ)一人(ひとり)のみに候(そうろう)」。魔王言う、「あの根(こん)の棒子(ぼうし=棒(ぼう))は已(すで)に我(われ)に收(おさ)め来(きた)られたるに、どうして却又(また)一人(ひとり)此処(ここ)に到(いた)れるか。敢(あ)えて是(こ)れ又(また)拳(けん)を走走(はし)らせんと欲(ほっ)するか」。随(したが)って宝貝(ほうばい)を帯(たい)し、槍(やり)を手(て)に綽(と)り、小妖(しょうよう)をして石塊(せっかい=石(いし)の塊(かたまり))を搬(はこ)び開(ひら)かしめ、門(もん)を跳(と)び出(い)で来(きた)りて罵(ののし)って言う、「賊猴(ぞくこう)! 汝(なんじ)幾番(いくたび)も便宜(べんぎ=利(り))を得(え)ずんば、就(すなわ)ち該(まさ)に回避(かいひ=退(しりぞ))す可(べ)きに、如何(いか)にして又(また)来(きた)りて吆喝(ようかつ=喚(わめ))くか」。行者言う、「この潑魔(はつま=愚かなる魔)は好歹(こうたい=善(ぜん)し悪(あ)しき)を識(し)らず! 若(も)し汝(なんじ)が外公(がいこう=この爺(じい))の来(きた)らざらんことを要(よう)せば、除非(じょひ=~の他(ほか)に)汝(なんじ)が降(こう)を服(ふく)し、礼(れい)を陪(ばい=詫(わ)び)し、我が師父(しふ)師弟(してい)を送(おく)り出(いだ)さば、我(われ)就(すなわ)ち汝(なんじ)を饶(ゆる)さん!」 かの怪(かい)言う、「汝(なんじ)がかの三箇(みっつ)の和尚(おしょう)は已(すで)に我(われ)に洗(あら)い浄(きよ)められたり、久(ひさ)しからずして便(すなわ)ち宰殺(さいさつ=屠(ほふ)り殺(ころ))せんとするに、汝(なんじ)は還(また)起倒(きとう=身(み)の程(ほど))を識(し)らず! 去(さ)れよ!」 行者は宰殺(さいさつ)の二字(にじ)を説(と)くを聞(き)いて、扢蹬蹬(こつとうとう=かっと)と腮辺(さいへん=頬(ほお)の辺(ほとり))に火(ひ)を発(はっ)し、心頭(しんとう=胸(むね)の内(うち))の怒(いかり)を按(おさ)え住(とど)むること能(あた)わず、架子(かし=構(かま)え)を捨(す)て、拳(こぶし)を輪(めぐ)らし、斜(なな)めに行(ゆ)き抅歩(こうほ=歩(あゆみ)を钩(かぎ))み、妖魔(ようま)を望(めが)けて一箇の挂面(けいめん=面(おもて)を打(う)つ技(わざ))を使(つか)う。 かの怪(かい)は長槍(ちょうそう)を展(の)べ、手(て)を劈(さ)いて相迎(むか)う。行者は左(ひだり)に跳(と)び右(みぎ)に跳(と)び、かの妖魔(ようま)を哄(たぶら)かす。妖魔(ようま)は是(こ)れ計(けい)なるを知(し)らず、洞口(どうこう)を離(はな)れて南(みなみ)へ赶(お)いて来(きた)る。行者は即(すなわ)ち羅漢(らかん)を招呼(しょうこ=招(まね)き呼(よ))んで金丹砂(きんたんさ)をかの妖魔(ようま)に望(めが)けて一斉(いっせい)に抛(ほう)り下(おろ)さしめ、共(とも)に神通(じんつう)を顕(あらわ)す。好砂(こうさ=見事(みごと)な砂)! 正(まさ)に是(こ)れ── 霧(きり)に似(に)て煙(けむり)の如(ごと)く初(はじ)め散漫(さんまん=広(ひろ)がり)、 紛紛靄靄(ふんぷんあいあい)として天涯(てんがい)に下(くだ)る。 白茫茫(はくぼうぼう)として、到(いた)る処(ところ)人(ひと)の眼(まなこ)を迷(まよ)わし; 昏漠漠(こんばくばく)として、飛(と)ぶ時(とき)路(みち)を找(さが)すを差(たが)う。 柴(たきぎ)を打(う)つ樵子(しょうし=木(き)こり)は伴(とも)を失(うしな)い、 薬(くすり)を採(と)る仙童(せんどう)は家(いえ)を見(み)ず。 細細(さいさい)として軽(かる)く飘(ひるがえ)ること麦面(ばくめん=麦(むぎ)の粉(こな))の如(ごと)く、 粗粗(そそ)として翻(ひるがえ)り复(かえ)ること芝麻(しま=胡麻(ごま))に似(に)たり。 世界(せかい)朦朧(もうろう)として山頂(さんちょう)暗(くら)く、 長空(ちょうくう)迷没(めいぼつ)として太陽(たいよう)遮(さえぎ)らる。 囂塵(ごうじん=埃(ほこり))の駿馬(しゅんめ)に随(したが)うに比(ひ)せず、 軽軟(けいなん)の香車(こうしゃ)を襯(そ)うると言(い)い難(がた)し。 この砂(すな)は本(もと)是(こ)れ無情(むじょう)の物(もの)、 地(ち)を蓋(おお)い天(てん)を遮(さえぎ)って怪(かい)を把(と)り拿(とら)う。 只(た)だ妖魔(ようま)の正道(しょうどう)を侵(おか)すが為(ため)に、 阿羅(あら=阿羅漢(あらかん))法(ほう)を奉(ほう)じて豪華(ごうか)を逞(たくま)しうす。 手中(しゅちゅう)に就(すなわ)ち明珠(めいしゅ)の現(あらわ)るる有り、 等時(とうじ=たちまち)刮(けず)り得(う)るに眼(まなこ)に花(はな)を生(しょう)ず。 かの妖魔(ようま)は飛砂(ひさ)の目(め)を迷(まよ)わすを見(み)て、頭(こうべ)を将(も)って低(た)く一低(ひとた)れすれば、足下(そっか=足(あし)の下(した))に就(すなわ)ち三尺余(さんじゃくよ)の深(ふか)さ有り。慌(あわ)てたるは彼(かれ)、身(み)を将(も)って一縦(ひととび)し、浮(う)き上(うえ)の一層(いっそう)に跳(と)び在(あ)るも、未(いま)だ立(た)ち得(う)ること穏(おだ)やかならざるに、須臾(しゅゆ=暫(しばら)く)にして又(また)二尺余(にじゃくよ)の深(ふか)さ有り。 かの怪(かい)は急(いそ)ぎて、脚(あし)を拔(ぬ)き出(いだ)し、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ圈子(けんし=輪(わ))を取(と)り、上(うえ)に向かえて一撇(ひとなげ)、「着(ちゃく)!」と一声(ひとこえ)叫べば、唿喇(こつらつ)の一下(いっか)に、十八粒(じゅうはちりゅう)の金丹砂(きんたんさ)を又(また)尽(ことごと)く套(から)め往(ゆ)き、歩(あゆみ)を引(ひ)き回(かえ)し、径(ただ)ちに本洞(ほんどう)に帰(かえ)る。 かの羅漢(らかん)は一箇一箇(ひとりひとり)空手(くうしゅ)にて雲(くも)を停(とど)む。行者は近(ちか)づき前(すす)みて問(と)うて言う、「衆(しゅう)の羅漢、どうして砂(すな)を下(くだ)さざるか」。羅漢言う、「適才(さっき)一声(ひとこえ)響(ひび)きしに、金丹砂(きんたんさ)は就(すなわ)ち見(み)えず成(な)りたり」。行者笑って言う、「又(また)是れあの話児(はなじ=例(れい)の物(もの))の套(から)め将(も)って往(ゆ)かれしなり」。天王等(てんのうら)の衆(しゅう)言う、「この般(ごと)く伏(ふく)し難(がた)きかな、却(かえ)ってどうして彼(かれ)を捉(とら)え得(え)、何日(いつのひ)か天(てん)に帰(かえ)り、何(なん)の顔(かんばせ)にて帝(みかど)に見(まみ)えんや!」 傍(かたわ)らに降龍(ごうりゅう)・伏虎(ふっこ)の二羅漢(にらかん)有って、行者に向かって言う、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)我等(われら)二箇(ふたり)の門(もん)を出(い)づるの遅滞(ちたい=遅(おく)れ)しは何(なん)なるかを暁(さと)れるか」。行者言う、「老孫(ろうそん)は只(た)だ汝等(なんじら)の逃(のが)れ隠(かく)れて来(こ)ざるを怪(あや)しむのみ、却(かえ)って甚(なん)の話(はなし)有るかを知(し)らず」。羅漢言う、「如来(にょらい)我等(われら)二箇(ふたり)に吩咐(いいつ)けて言(のたま)わく、『かの妖魔(ようま)は神通(じんつう)広大(こうだい)なり、如(も)し金丹砂(きんたんさ)を失(うしな)わば、就(すなわ)ち孫悟空(そんごくう)をして離恨天(りこんてん)兜率宮(とそつきゅう)の太上老君(たいじょうろうくん)の処(もと)に上(のぼ)りて彼(かれ)が踪跡(しょうせき)を尋(たず)ねしめよ、庶幾(こいねがわ)くは一鼓(いっこ=一気(いっき))にして擒(とら)う可(べ)けん』と」。行者は言(こと)を聞(き)いて言う、「恨(くや)む可(べ)し! 恨む可し! 如来(にょらい)は却(かえ)ってもまた老孫(ろうそん)を闪赚(せんたん=欺(あざむ))き給(たま)えり! 当時(そのとき)就(すなわ)ち我(われ)に対(むか)いて説(と)かば、却(かえ)って汝等(なんじら)をして遠(とお)く涉(わた)らしめずして済(す)まんものを!」 李天王(りてんのう)言う、「既(すで)に是(こ)れ如来(にょらい)にこの明示(めいじ)有らば、大聖(たいせい)は就(すなわ)ち当(まさ)に早(はや)く起(た)つ可(べ)し」。 好(よ)き行者、去(ゆ)かんと一声(ひとこえ)説(と)けば、就(すなわ)ち一道(いちどう)の筋斗雲(きんとうん)を縦(ほしいまま)にし、直(ただ)ちに南天門(なんてんもん)の裡(うち)に入(い)る。時(とき)に四大元帥(しだいげんすい)有って拳(こぶし)を擎(ささ)げ手(て)を拱(こまぬ)いて言う、「怪(かい)を擒(とら)うるの事(こと)如何(いかん)」。行者は且(かつ)行(ゆ)き且(かつ)答(こた)えて言う、「未(いま)だ! 未だ! 如今(いま)根(ね)を尋(たず)ぬる処(ところ)有りて往(ゆ)くなり」。四将(ししょう)は留(とど)め阻(さえぎ)るを敢(あ)えず、彼(かれ)をして天門(てんもん)を進(すす)ましめ、霊屑殿(れいしょうでん)に上(のぼ)らず、斗牛宮(とぎゅうきゅう)に入(い)らず、径(ただ)ちに三十三天(さんじゅうさんてん)の外(ほか)の離恨天(りこんてん)兜率宮(とそつきゅう)の前(まえ)に至(いた)る。両(ふたり)の仙童(せんどう)の侍立(じりつ=側(そば)に立(た)ち仕(つか)うるを見(み)るに、彼(かれ)もまた姓名(せいめい)を通(つう)ぜず、一直(いっちょく)に径(ただ)ちに走(はし)る。慌(あわ)てたるは両童(りょうどう)、扯(ひ)き住(とど)めて言う、 「汝(なんじ)は是れ何人(なんぴと)か。何処(いずこ)へか往(ゆ)かんとする」。行者は纔(ようや)く説(と)く、「我(われ)は是れ斉天大聖(せいてんたいせい)、李老君(りろうくん)を尋(たず)ねんと欲(ほっ)するなり」。仙童言う、「汝(なんじ)どうしてこの様(よう)に粗魯(そろ=乱暴(らんぼう))なる。且(しばら)く住(とど)まれ、我等(われら)をして通報(つうほう)せしめよ」。行者は那(なん)ぞ分説(ぶんせつ=弁明(べんめい))を容(い)れん、一声(ひとこえ)喝(かつ)して、裡(うち)へ向かえて径(ただ)ちに走(はし)るに、ふと老君(ろうくん)の内(うち)より自(おのずか)ら出(い)で来(きた)るを見(み)、撞(ぶ)つかりて満懐(まんかい=胸(むね)いっぱい)なり。行者は身(み)を躬(くぐ)めて一箇の喏(じゃく)を唱(とな)えて言う、「老官(ろうかん=爺(じい)さま)、一向(ひたすら)看(みまか)うことを少(すくな)くしたり」。老君笑って言う、「この猿(さる)め、往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らず、却(かえ)って我が処(もと)へ来(きた)りて何(なん)の干(かかわり)有るか」。行者言う、「経(きょう)を取り経を取り、昼夜(ちゅうや)停(とど)まる無(な)し;些(いささ)かの妨(さまた)げ有り、此処(ここ)に到(いた)りて行行(こうこう=ちょいと参(まい))るなり」。老君言う、「西天(せいてん)の路(みち)の阻(へだて)は、我(われ)と何(なん)の干(かかわり)か有る」。行者言う、 「西天(せいてん)西天、汝(なんじ)且(しばら)く言(いう)を休(や)めよ;踪跡(しょうせき)を尋(たず)ね着(あ)てば、汝(なんじ)と纏纏(てんてん=絡(から)み合(あ))わん」。老君言う、「我(われ)が此処(ここ)は乃(すなわ)ち是れ無上(むじょう)の仙宮(せんきゅう)、何(なん)の踪跡(しょうせき)の尋(たず)ぬ可(べ)き有らん」。行者は裡(うち)に入(い)り、眼(まなこ)を転(めぐ)らさず、東(ひがし)を張(み)り西(にし)を看(み)し、幾層(いくそう)かの廊宇(ろうう=廊下(ろうか)と建物(たてもの))を走(はし)り過(よ)ぎしに、ふと見(み)るにかの牛欄(ぎゅうらん=牛(うし)の囲(かこ)い)の辺(ほとり)に一箇の童児(どうじ)の盹睡(とんすい=居眠(いねむ)り)し、青牛(せいぎゅう)の欄中(らんちゅう=囲(かこ)いの中(うち))に在(あ)らざるを。行者言う、「老官(ろうかん)よ、牛(うし)が走(に)げたり! 牛が走げたり!」 老君は大(おお)いに驚(おどろ)いて言う、「この孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))め、何時(いつ)走(に)げたりしぞ」。正(まさ)に嚷(わめ)く間(あいだ)に、かの童児(どうじ)は方(ようや)く醒(さ)め、当面(とうめん=目(め)の前(まえ))に跪(ひざまず)いて言う、「爺爺(やや=御(お)じいさま)、弟子(でし)は睡(ねむ)っており、何時(いつ)走(に)げたりしかを知(し)りませぬ」。老君は罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)この儞(きさま)どうして盹睡(いねむり)せるか」。童児は頭(こうべ)を叩(たた)いて言う、「弟子(でし)は丹房(たんぼう=丹(たん)を煉(ね)る室(しつ))の裡(うち)に在って一粒(いちりゅう)の丹(たん)を拾(ひろ)い得(え)、当時(そのとき)これを食(くら)えば、就(すなわ)ち此処(ここ)に在って睡(ねむ)りました」。 老君言う、「想(おも)うに是れ前日(ぜんじつ)煉(ね)りし七返火丹(しちへんかたん)の、一粒(いちりゅう)を吊(つる)し落(おと)せるを、この儞(きさま)に拾(ひろ)われ食(くら)われたるならん。 かの丹(たん)は一粒(いちりゅう)を食(くら)えば、該(まさ)に七日(しちにち)睡(ねむ)る可(べ)きに、かの孽畜(げっちく)は汝(なんじ)の睡(ねむ)れるに因(よ)り、人(ひと)の看管(かんかん=見張(みは)り)する無く、遂(つい)に機(き)に乗(じょう)じて下界(げかい)に走(に)げ下(お)り往(ゆ)き、今(いま)また是(こ)れ七日(しちにち)なり」。即(すなわ)ち何(なん)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)みしかを査(さぐ)る。行者言う、「甚(なん)の宝貝(ほうばい)も無し、只(た)だ彼(かれ)に一箇の圈子(けんし=輪(わ))有って、甚(はなは)だ是れ利害(りがい=手強(てごわ)し)なるを見(み)るのみ」。老君は急(いそ)ぎ査看(さかん)するに、諸般(しょはん=種々(しゅじゅ))俱(とも)に在(あ)り、止(た)だ金剛琢(こんごうたく)の見(み)えざるのみ。老君言う、「是(こ)れこの孽畜(げっちく)の我が金剛琢(こんごうたく)を偷(ぬす)みて去(さ)れるなり!」 行者言う、「元来(もと)是(こ)れこの件(くだり)の宝貝(ほうばい)なり! 当時(そのかみ)老孫(ろうそん)を打(う)ちしは彼(かれ)なり! 如今(いま)下界(げかい)に在って張狂(ちょうきょう=暴(あば)れ狂(くる))い、我等(われら)の多少(たしょう)の物件(ぶっけん)を套(から)めたるかを知(し)らず!」 老君言う、「この孽畜(げっちく)は甚(いず)れの地方(ちほう)に在(あ)るか」。行者言う、「現(げん)に金兜山金兜洞(きんとうざんきんとうどう)に住(す)む。彼(かれ)は我が唐僧(とうそう)を捉(と)りて内(うち)に入(い)れ、我が金箍棒(きんこぼう)を搶(うば)えり。天兵(てんぺい)を請(こ)いて相助(あいたす)けしむるに、又(また)太子(たいし)の神兵(しんぺい)を搶(うば)われり。及び火徳星君(かとくせいくん)を請(こ)うに、又(また)彼(かれ)が火具(かぐ)を搶(うば)われり。惟(た)だ水伯(すいはく)は彼(かれ)を渰(おぼ)れ死(し)なす能(あた)わざりしも、倒(かえ)って還(また)曾(かつ)て彼(かれ)が物件(ぶっけん)を搶(うば)われず。如来(にょらい)を請(こ)うて羅漢(らかん)を下(くだ)して砂(すな)を下(くだ)さしむるに至(いた)りて、又(また)金丹砂(きんたんさ)を搶(うば)われ往(ゆ)けり。汝(なんじ)が如(ごと)きこの老官(ろうかん=爺(じい)さま)は、怪物(かいぶつ)を縦(ほしいまま)に放(はな)ち、搶奪(ごうだつ=奪(うば)い取(と))りて人(ひと)を傷(そこな)うは、該(まさ)に何(なん)の罪(つみ)に当(あた)る可(べ)きか」。老君言う、「我(わ)がかの金剛琢(こんごうたく)は、乃(すなわ)ち是れ我(われ)が函関(かんかん)を過(よぎ)りて胡(こ)を化(け)しし器(うつわ)、自(みずか)ら幼(おさな)きより煉(ね)り成(な)せる宝(たから)なり。汝(なんじ)が甚(なん)の兵器(へいき)・水火(すいか)なるも、俱(とも)に能(よ)く彼(かれ)に近(ちか)づく莫(な)し。若(も)し我が芭蕉扇児(ばしょうせんじ)を偷(ぬす)み往(ゆ)かば、我(われ)と雖(いえど)もまた能(よ)く彼(かれ)を奈何(いかん)ともする莫(な)からん」。 大聖(たいせい)は纔(ようや)く歓歓喜喜(かんかんきき=大(おお)いに喜(よろこ))び、老君(ろうくん)に随(したが)う。老君は芭蕉扇(ばしょうせん)を執(と)り、祥雲(しょうこう)に駕(が)して同行(どうぎょう)し、仙宮(せんきゅう)を出(い)で、南天門(なんてんもん)の外(そと)に、雲頭(うんとう)を低(ひく)く下(おろ)し、径(ただ)ちに金兜山(きんとうざん)の界(さかい)に至(いた)り、十八尊(じゅうはっそん)の羅漢(らかん)・雷公(らいこう)・水伯(すいはく)・火徳(かとく)・李天王父子(りてんのうふし)に見(まみ)え、備(つぶさ)に前事(ぜんじ)を一遍(いっぺん)言(い)う。老君言う、「孫悟空(そんごくう)は還(また)往(ゆ)きて彼(かれ)を誘(さそ)い出(いだ)せ、我(われ)好(よ)く彼(かれ)を收(おさ)めん」。この行者は峰頭(ほうとう)より跳(と)び下(お)り、又(また)高声(こうせい)に罵(ののし)って言う、「北(きた)の潑孽畜(はつげっちく=愚かなる畜生)! 早(はや)きに趁(じょう=乗(の))じて出(い)で来(きた)りて死(し)を受(う)けよ!」 かの小妖(しょうよう)は又(また)往(ゆ)きて知(し)らせれば、老魔(ろうま)言う、「この賊猴(ぞくこう)又(また)何(いず)れの者を請(こ)いしに来(きた)れるか」。急(いそ)ぎ槍(やり)を綽(と)り宝(たから)を挙(あ)げ、門(もん)を出(い)でて迎(むか)え来(きた)る。行者は罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)この潑魔(はつま=愚かなる魔)、今番(こんばん=今度(こんど))は坐(ざ)して定(さだ)めて是(こ)れ死(し)するのみ! 往(ゆ)くな! 吾(わ)が一掌(いっしょう)を食(く)らえ!」 急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)って一箇の満懐(まんかい=胸(むね)いっぱい)に跳(と)びつき、面(おもて)を劈(さ)いて一箇の耳括子(じかつし=平手打(ひらてう)ち)を打(う)ち、頭(こうべ)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち跑(はし)る。かの魔(ま)は槍(やり)を輪(めぐ)らして就(すなわ)ち赶(お)うに、只(た)だ聞(き)こゆるは高峰(こうほう)の上(うえ)に叫(さけ)ぶ声(こえ)──「かの牛児(ぎゅうじ=牛(うし))め、還(また)家(いえ)に帰(かえ)らずんば、何日(いつのひ)をか待(ま)つ可(べ)き」と。かの魔(ま)は頭(こうべ)を挙(あ)げ、太上老君(たいじょうろうくん)なるを見(み)て、就(すなわ)ち唬(おど)されて心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)いて言う、「この賊猴(ぞくこう)は真(まこと)に是れ一箇の地裡鬼(ちりき=土地(とち)の鬼(おに))なり! 却(かえ)ってどうして就(すなわ)ち我(わ)が主公(しゅこう=主(あるじ))を訪(たず)ね得(え)て来(きた)れるか」。老君は一箇の呪語(じゅご=呪文(じゅもん))を念(ねん)じ、扇子(おうぎ)を将(も)って搧(あお)ぐこと一下(いっか)なれば、かの怪(かい)は圈子(けんし=輪(わ))を将(も)って投(な)げ来(きた)るを、老君に一把(ひとつかみ)に接(う)け住(とど)めらる;又(また)一(ひと)搧(あお)げば、かの怪物(かいぶつ)は力(ちから)軟(よわ)く筋(すじ)麻(しび)れ、本相(ほんそう=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)せば、元来(もと)是れ一隻(いっぴき)の青牛(せいぎゅう)なり。老君は金鋼琢(こんごうたく)に一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きかけて、かの怪(かい)の鼻(はな)を穿(うが)ち、勒袍帯(ろくぼうたい=袍(ほう)の帯(おび))を解(と)き下(おろ)して、琢(たく)の上(うえ)に系(か)け、手(て)の中(うち)に牽(ひ)く。今(いま)に至(いた)るまで一箇の牛(うし)の鼻(はな)を拴(つな)ぐ拘児(こうじ=輪(わ))を留(とど)め、又(また)の名(な)を賓郎(ひんろう)とす、職(しょく)として此(こ)れを之(これ)謂(い)うなり。老君は衆神(しゅうしん)に辞(じ)し、青牛(せいぎゅう)の背(せ)の上(うえ)に跨(またが)り、彩雲(さいうん)に駕(が)して、径(ただ)ちに兜率院(とそついん)に帰(かえ)る;妖怪(ようかい)を縛(しば)りて、高(たか)く離恨天(りこんてん)に升(のぼ)る。孫大聖(そんたいせい)は纔(ようや)く天王等(てんのうら)の衆(しゅう)と同(とも)に洞裡(どうり)に打(う)ち入(い)り、かの百十箇(ひゃくじっこ)の小妖(しょうよう)を尽(ことごと)く皆(みな)打(う)ち殺(ころ)し、各(おのおの)兵器(へいき)を取(と)り、天王父子(てんのうふし)に謝(しゃ)して天(てん)に回(かえ)らしめ、雷公(らいこう)は府(ふ)に入(い)り、火徳(かとく)は宮(きゅう)に帰(かえ)り、水伯(すいはく)は河(かわ)に回(かえ)り、羅漢(らかん)は西(にし)に向(むか)う;然(しか)る後(のち)に纔(ようや)く唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)を解放(かいほう)し、鉄棒(てつぼう)を拿(と)る。彼(かれ)の三人(さんにん)は又(また)行者(ぎょうじゃ)に謝(しゃ)し、馬匹(ばひつ=馬(うま))行装(ぎょうそう=荷物(にもつ))を收拾(しゅうしゅう=取(と)りまとめ)し、師徒(しと)たちは洞(どう)を離(はな)れ、大路(たいろ=大(おお)きな道(みち))を找(さが)して方(ようや)く走(はし)る。 正(まさ)に走(はし)る間(あいだ)に、只(た)だ聞(き)こゆるは路傍(みちばた)に「唐聖僧(とうしょうそう)、斎飯(さいはん=斎(とき)の食事(しょくじ))を食(く)うて去(ゆ)かれよ」と叫(さけ)ぶを。かの長老(ちょうろう)は心(こころ)驚(おどろ)く。 是(こ)れ何(なん)の人の叫(さけ)ぶなるかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十三回 禅主(ぜんしゅ)、餐(さん)を呑(の)んで鬼孕(きにん)を懐(いだ)き 黄婆(こうば)、水(みず)を運(はこ)びて邪胎(じゃたい)を解(と)く 徳行(とくぎょう)は修(おさ)むるに八百(はっぴゃく)を要(よう)し、 陰功(いんこう)は須(すべか)らく三千(さんぜん)を積(つ)むべし。 物我(ぶつが)と親冤(しんえん)を均(ひと)しく平(たいら)かにして、 始(はじ)めて西天(せいてん)の本願(ほんがん)に合(かな)う。 魔兕(まじ)は刀兵(とうへい)に怯(おじ)けず、 空(むな)しく水火(すいか)を労(ろう)して愆(あやま)ち無し。 老君(ろうくん)降伏(こうぶく)して却(かえ)って天(てん)に朝(ちょう)し、 笑(わら)って青牛(せいぎゅう)を把(と)りて牽(ひ)き転(てん)ず。 さてかの大路(たいろ)の旁(かたわら)に叫喚(きょうかん)せし者(もの)は誰(たれ)ぞ。乃(すなわ)ち是れ金兜山(きんとうざん)の山神(さんじん)土地(とち)にして、紫金(しきん)の鉢盂(はつう)を捧(ささ)げて叫(さけ)んで言う、「聖僧(しょうそう)よ、この鉢盂(はつう)の飯(めし)は孫大聖(そんたいせい)の好(よ)き処(ところ)に向(むか)いて化(け)し来(きた)り給(たま)えるなり。 汝等(なんじら)良言(りょうげん)を聴(き)かざるに因(よ)り、誤(あやま)って妖魔(ようま)の手(て)に入(い)り、大聖(たいせい)をして労苦(ろうく)万端(ばんたん)ならしめ、今日(こんにち)方(ようや)く救(すく)い出(いだ)すを得(え)たり。且(しばら)く来(きた)りて飯(めし)を食(く)い、再(ふたた)び往(ゆ)きて路(みち)を走(はし)れ、孫大聖(そんたいせい)の一片(いっぺん)の恭孝(きょうこう=恭(うやうや)しく孝(こう)ある)の心(こころ)を孤負(そむ=裏切(うらぎ))ること莫(な)かれ」。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)よ、万分(まんぶん)に汝(なんじ)に虧(か=損(そこな))わせたり! 言(ことば)謝(しゃ)するに尽(つ)くす所(ところ)を知(し)らず! 早(はや)く圈痕(けんこん=輪(わ)の跡(あと))を出(い)でざりせば、那(なん)ぞこの殺身(さっしん)の害(がい)有らんや」。行者言う、「師父(しふ)に瞞(あざむ)き申(もう)さず、只(た)だ汝(なんじ)の我が圈子(けんし=輪(わ))を信(しん)ぜざるに因(よ)り、却(かえ)って汝(なんじ)をして别人(べつじん)の圈子(けんし)を受(う)けしめたり。多少(たしょう)の苦楚(くそ=苦(くる)しみ)なるか、嘆(なげ)く可(べ)し! 嘆く可し!」 八戒(はっかい)言う、「どうして又(また)一箇の圈子(けんし)有るか」。行者言う、「皆(みな)是れ汝(なんじ)がこの孽嘴孽舌(げっしげっぜつ=災(わざわい)いの嘴(くちばし)と舌(した))の夯貨(こうか=間抜(まぬ)け)めの、師父(しふ)をしてこの一場(いちじょう)の大難(たいなん)に遭(あ)わせしめたり! 老孫(ろうそん)をして天(てん)を翻(ひるがえ)し地(ち)を覆(くつがえ)し、天兵(てんぺい)水火(すいか)と仏祖(ぶっそ)の丹砂(たんさ)を請(こ)いしめ、尽(ことごと)く彼(かれ)に一箇の白森森(はくしんしん)なる圈子(けんし)を使(つか)われて套(から)め往(ゆ)かれたり。如来(にょらい)は暗(あん)に羅漢(らかん)に示(しめ)して、老孫(ろうそん)に対(むか)いかの妖(よう)の根原(こんげん)を説(と)き出(いだ)さしめ、纔(ようや)く老君(ろうくん)を請(こ)い来(きた)りて収伏(しゅうふく)せしに、却(かえ)って是れ一箇の青牛(せいぎゅう)の怪(かい)を為(な)せるなり」。三蔵は言(こと)を聞(き)き、感激(かんげき)尽(つ)くる所(ところ)を知(し)らずして言う、「賢徒(けんと=賢(かしこ)き弟子(でし))よ、今番(こんばん=今度(こんど))この経(へ)を経(ふ)て、下次(かじ=次(つぎ))は定(さだ)めて然(しか)と汝(なんじ)が吩咐(ふんぷ=言(い)いつけ)を聴(き)かん」。遂(つい)に此(ここ)に四人(よにん)かの飯(めし)を分(わ)け食(くら)うに、かの飯(めし)は熱気騰騰(ねっきとうとう)たり。行者言う、「この飯(めし)は時(とき)を多(おお)く経(ふ)れるに、却(かえ)ってどうして還(また)熱(あつ)きか」。土地(とち)は跪(ひざまず)き下(お)りて言う、「是れ小神(しょうしん)大聖(たいせい)の功(こう)の完(おわ)れるを知(し)り、纔(さっき)自(おのずか)ら熱(あたた)め来(きた)りて伺候(しこう=お仕(つか)え)せるなり」。須臾(しゅゆ=暫(しばら)く)にして飯(めし)畢(おわ)り、鉢盂(はつう)を收拾(しゅうしゅう)し、土地(とち)山神(さんしん)に辞(じ)す。 かの師父(しふ)は纔(ようや)く鞍(くら)に攀(よ)じ登(のぼ)り馬(うま)に上(あが)り、高山(こうざん)を過(よ)ぐ。正(まさ)に是(こ)れ── 慮(おもんぱかり)を滌(あら)い心(こころ)を洗(あら)うて正覚(しょうがく)に皈(き)し、 風(かぜ)を餐(くら)い水(みず)に宿(やど)りて西(にし)に向(むか)いて行(ゆ)く。 行(ゆ)くこと彀(たくさん)に多時(たじ=暫(しばら)く)にして、又(また)早春(そうしゅん)の天気(てんき)に値(あ)い、些(いささ)か「紫燕(しえん)呢喃(じなん=囀(さえず)り)、黄鸝(こうり)睍睆(けんかん=美(うつく)しき声(こえ))」を聴(き)く。 紫燕(しえん)呢喃(じなん)として香嘴(こうし=香(かお)る嘴(くちばし))困(つか)れ、 黄鸝(こうり)睍睆(けんかん)として巧音(こうおん=巧(たく)みな音(おと))頻(しき)りなり。 満地(まんち)の落紅(らっこう=散(ち)る花(はな))錦(にしき)を布(し)くが如(ごと)く、 遍山(へんざん)の発翠(はっすい=萌(も)え出(い)ずる緑(みどり))茵(しとね)を堆(うずたか)くするに似(に)たり。 嶺上(れいじょう=嶺(みね)の上(うえ))青梅(せいばい)豆(まめ)を結(むす)び、 崖前(がいぜん=崖(がけ)の前(まえ))古柏(こはく=古(ふる)き柏(かしわ))雲(くも)を留(とど)む。 野(の)潤(うるお)いて煙光(えんこう)淡(あわ)く、 沙(すな)暄(あたた)かにして日色(じっしょく)曛(くら)し。 幾処(いくところ)かの園林(えんりん)花(はな)蕊(ずい=花(はな)の芯(しん))を放(はな)ち、 陽(よう)大地(だいち)に回(めぐ)りて柳(やなぎ)の芽(め)新(あら)たなり。 正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、ふと一道(いちどう)の小河(しょうが)に遇(あ)う、澄澄(ちょうちょう)たる清水(せいすい)、湛湛(たんたん)たる寒波(かんぱ)。唐長老(とうちょうろう)は馬(うま)を勒(ひ)き過(よ)ぎて観看(かんかん)すれば、遠(とお)く河(かわ)のあちら側(がわ)に柳陰(りゅういん=柳(やなぎ)の陰(かげ))の碧(みどり)を垂(た)れ、微(かす)かに茅屋(ぼうおく=藁(わら)葺(ぶ)きの家(いえ))の幾椽(いくてん)を露(あらわ)すを見(み)る。行者は遥(はる)かにかの廂(かた=方(ほう))を指(ゆびさ)して言う、 「あそこに人家(じんか)有り、一定(きっと)是れ擺渡(はいと=渡(わた)し)の者(もの)じゃ」。三蔵言う、「我(われ)かの廂(ほう)を見(み)るにまたこの般(ごと)くなるも、却(かえ)って船(ふね)の隻(せき)を見(み)ず、未(いま)だ敢(あ)えて言(ことば)を開(ひら)かず」。八戒(はっかい)は行李(こうり)を旋(めぐ)らし下(おろ)し、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(さけ)んで言う、「擺渡(わたし)の者! 船(ふね)を撑(さ)して過(よ)ぎ来(きた)れ!」 連(つづ)けて幾遍(いくたび)も叫(さけ)べば、只(た)だ見(み)るにかの柳陰(やなぎかげ)の裡面(うち)より、咿咿啞啞(いいああ=きしきし)と、一隻(いっせき)の船児(せんじ=小舟(こぶね))を撑(さ)し出(いだ)す。多(おお)からず時(とき)にして、この岸(きし)に相近(ちか)づく。師徒(しと)たちは仔細(しさい)にかの船児(ふね)を看(み)れば、真(まこと)に是(こ)れ── 短棹(たんとう=短(みじか)き櫂(かい))波(なみ)を分(わ)ち、 軽橈(けいじょう=軽(かる)き櫂(かい))浪(なみ)に泛(うか)ぶ。 瞰堂(かんどう)は油漆彩(ゆうしつさい=油(あぶら)と漆(うるし)の彩(いろどり))、 艎板(こうばん=船(ふね)の板(いた))満(み)ちて平倉(へいそう)なり。 船頭(せんとう=船(ふね)の舳(へさき))には鉄纜(てつらん=鉄(てつ)の綱(つな))窩(か)を盤(わだかま)り、 船後辺(ふなあとべ)には舵楼(だろう=舵(かじ)の楼(たかどの))明亮(めいりょう)なり。 是れ一葦(いちい)の航(こう=葦(あし)の舟(ふね))といえども、 また湖(こ)に泛(うか)び海(うみ)に浮(うか)ぶに亜(つ)がざるなり。 縦(たと)い錦纜(きんらん=錦(にしき)の綱(つな))牙檣(がしょう=象牙(ぞうげ)の帆柱(ほばしら))無(な)くとも、 実(じつ)に松樁(しょうしょう=松(まつ)の杭(くい))桂楫(けいしゅう=桂(かつら)の櫂(かい))有(あ)り。 固(もと)より万里(ばんり)の神舟(しんしゅう)に如(し)かざるも、 真(まこと)に一河(いちが=一(ひと)つの川(かわ))の隔(へだ)てを渡(わた)る可(べ)し。 往来(おうらい)只(た)だ両崖(りょうがい)の辺(ほとり)に在(あ)り、 出入(しゅつにゅう)古渡口(ことこう=古(ふる)き渡(わた)し場(ば))を離(はな)れず。 かの船児(ふね)は須臾(しばらく)にして岸(きし)に頂(いただ)き、梢子(しょうし=船頭(せんどう))有って叫(さけ)んで云(い)わく、「河(かわ)を過(よ)ぐる者(もの)、此処(ここ)へ来(こ)よ」。三蔵は馬(うま)を縦(はな)って近(ちか)づき前(すす)みて看(み)る処(ところ)、かの梢子(せんどう)の怎(いか)なる形(かたち)ぞ── 頭(こうべ)には錦絨(きんじゅう=錦(にしき)の毛織(けおり))の帕(はちまき)を裹(ま)き、 足(あし)には皂絲(そうし=黒(くろ)き絹糸(きぬいと))の鞋(くつ)を踏(ふ)む。 身(み)には百納(ひゃくのう=継(つ)ぎはぎ)の綿襠襖(めんとうおう=綿入(わたい)れの襖(あお))を穿(き)、 腰(こし)には千針(せんしん=千(せん)の針(はり))の裙布衫(くんぷさん=裾(すそ)の布(ぬの)の衫(ころも))を束(つか)ぬ。 手腕(しゅわん=手首(てくび))皮(かわ)粗(あら)くして筋力(きんりき)硬(かた)く、 眼(め)花(かす)み眉(まゆ)皺(しわ)みて面容(めんよう=顔(かお)つき)衰(おとろ)う。 声音(せいおん)嬌細(きょうさい=細(ほそ)く優(やさ)し)にして鶯(うぐいす)の囀(さえず)るが如(ごと)く、 近(ちか)く観(み)るに乃(すなわ)ち是れ老(おい)たる裙釵(くんさい=女(おんな))なり。 行者は船(ふね)の辺(ほとり)に近(ちか)づきて言う、「汝(なんじ)は是れ擺渡(わたし)の者(もの)か」。かの婦人(ふじん)言う、 「是(さ)なり」。行者言う、「梢公(しょうこう=船頭(せんどう))どうして在(あ)らず、却(かえ)って梢婆(しょうば=女(おんな)の船頭(せんどう))をして船(ふね)を撑(さ)さしむるか」。婦人(ふじん)は微(かす)かに笑(わら)いて答(こた)えず、手(て)を用(もち)いて跳板(ちょうばん=渡(わた)し板(いた))を拖(ひ)き上(あ)ぐ。沙和尚(しゃおしょう)は行李(こうり)を将(も)って上(うえ)に挑(かつ)ぎ上(あ)げ、行者は師父(しふ)を扶(たす)けて跳(ちょう)に上(あが)らせ、然(しか)る後(のち)に順(したが)って船(ふね)を過(よ)ぎ来(きた)らせ、八戒(はっかい)は白馬(はくば)を牽(ひ)き上(あ)げ、跳板(いた)を收(おさ)む。かの婦人(ふじん)は船(ふね)を撑(さ)し開(ひら)き、櫂(かい)を揺(ゆ)り動(うご)かし、頃刻(しばらく)の間(あいだ)に河(かわ)を過(よ)ぐ。 身(み)は西岸(せいがん=西(にし)の岸(きし))に登(のぼ)り、長老(ちょうろう)は沙僧(しゃそう)をして包(つつみ)を解(と)かしめ、幾文(いくもん)かの銭鈔(せんしょう=銭(ぜに))を取(と)りて彼(かれ)に与(あた)う。婦人(ふじん)は更(さら)に多寡(たか=多(おお)い少(すく)ない)を争(あらそ)わず、纜(つな)を将(も)って水(みず)に傍(そ)える樁(くい)の上(うえ)に拴(つな)ぎ、笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として径(ただ)ちに庄屋(しょうおく=農家(のうか))の裡(うち)に入(い)り往(ゆ)く。三蔵はかの水(みず)の清(きよ)きを見(み)て、一時(ひととき)口(くち)渴(かわ)き、便(すなわ)ち八戒(はっかい)に、「鉢盂(はつう)を取(と)り、些(いささ)かの水(みず)を舀(く)み来(きた)りて我(われ)に飲(の)ませよ」と着(つ)く。 かの呆子(ほうし=間抜(まぬ)け)言う、「我(われ)もまた正(まさ)に些(いささ)か飲(の)まんと欲(ほっ)するなり」。即(すなわ)ち鉢盂(はつう)を取(と)り、一鉢(ひとつ)を舀(く)み、師父(しふ)に逓(わた)す。師父は一少半(いちしょうはん=少(すこ)しの半分(はんぶん))を飲(の)み、還(また)多半(たはん=多(おお)くの半分(はんぶん))を剰(あま)せり。呆子(ほうし)は接(う)け来(きた)りて、一気(いっき)に飲(の)み乾(ほ)し、却(かえ)って三蔵(さんぞう)の馬(うま)に上(あが)るを伏侍(ぶくじ)す。師徒(しと)たちは路(みち)を找(さが)して西(にし)に行(ゆ)くに、半箇時辰(はんこじしん=一時間(いちじかん))に上(のぼ)らざるに、かの長老(ちょうろう)は馬(うま)の上(うえ)に在って呻吟(しんぎん=うめ)いて言う、「腹痛(ふくつう=腹(はら)痛(いた)し)!」 八戒(はっかい)は後(うしろ)に随(したが)いて言う、「我(われ)もまた些(いささ)か腹痛(はらいた)し」。沙僧(しゃそう)言う、「想(おも)うに是れ冷水(れいすい)を飲(の)みしならん」。説(と)き未(いま)だ畢(おわ)らぬに、師父(しふ)は声(こえ)を挙(あ)げて喚(よん)で言う、「疼(いた)きこと緊(きつ)し!」 八戒(はっかい)もまた言う、「疼きこと緊し!」 彼(かれ)の二箇(ふたり)は疼痛(とうつう)禁(とど)め難(がた)く、漸漸(ぜんぜん)として肚子(とし=腹(はら))大(おお)きくなる。手(て)を用(もち)いて摸(さわ)る時(とき)、血団(けつだん=血(ち)の塊(かたまり))肉塊(にくかい)の有(あ)るに似(に)て、住(や)むこと無(な)く骨冗骨冗(こつじょうこつじょう=もぞもぞ)と乱(みだ)りに動(うご)く。三蔵(さんぞう)は正(まさ)に穏(おだ)やか便(べん)ならざるに、忽然(こつぜん)として見(み)るにかの路傍(みちばた)に一箇の村舎(そんしゃ=村(むら)の家(いえ))有って、樹梢頭(じゅしょうとう=木(き)の梢(こずえ))に二箇(ふたつ)の草把(そうは=藁(わら)の束(たば))を挑(かか)げ在(あ)り。行者言う、「師父(しふ)、好(よ)くなれり、あの廂(ほう)は是れ一箇の酒(さけ)を売(う)る人家(じんか)じゃ。我等(われら)且(しばら)く往(ゆ)きて些(いささ)かの熱湯(ねっとう=熱(あつ)き湯(ゆ))を化(け)し得(え)て汝(なんじ)に飲(の)ませ、就(すなわ)ち薬(くすり)を売(う)る者有(あ)りや否(いな)やを問(と)い、一貼(ひとふり)の薬(くすり)を討(もと)め、汝(なんじ)と腹痛(はらいた)を治(なお)さん」。三蔵は言(こと)を聞(き)いて甚(はなは)だ喜(よろこ)び、却(かえ)って白馬(はくば)を打(う)ちて、多(おお)からず時(とき)にして、村舎(むらのいえ)の門口(もんこう)に到(いた)りて馬(うま)を下(お)りる。但(た)だ見(み)るにかの門児(もんじ=門(もん))の外(そと)に一箇の老婆婆(ろうばば)有って、端(ただ)しく草墩(そうとん=藁(わら)の台(だい))の上(うえ)に坐(ざ)して麻(あさ)を績(う)む。行者は上前(うえまえ)に出(い)で、一箇の問訊(もんじん=合掌(がっしょう)の挨拶(あいさつ))を打(う)って言う、「婆婆(ばば)さま、貧僧(ひんそう)は是れ東土大唐(とうどだいとう)より来(きた)れる者(もの)、我が師父(しふ)は乃(すなわ)ち唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい=帝(みかど)の弟(おとうと))なり。河(かわ)を過(よ)ぐるに因(よ)りて河水(かすい)を飲(の)み、肚腹(とふく=腹(はら))の疼痛(とうつう)を覚(おぼ)ゆ」。かの婆婆(ばば)は哈哈(はは)と喜(よろこ)んで言う、「汝等(なんじら)はあの辺(へん)の河(かわ)の裡(うち)に在って水(みず)を飲(の)み来(きた)れるか」。行者言う、「是(こ)れこの東辺(とうへん=東(ひがし)の方(ほう))の清水河(せいすいが)に在って飲(の)めるなり」。かの婆婆(ばば)は欣欣(きんきん=嬉(うれ)しげ)として笑(わら)って言う、「好耍子(こうしゃし=面白(おもしろ)い)! 好耍子! 汝等(なんじら)皆(みな)進(すす)み来(こ)よ、我(われ)汝等(なんじら)と説(と)かん」。 行者は即(すなわ)ち唐僧(とうそう)を攙(たす)け、沙僧(しゃそう)は即(すなわ)ち八戒(はっかい)を扶(たす)く。両人(ふたり)は声声(こえごえ)に喚(うめ)き、肚子(はら)を腆(ふく)らませ、一箇一箇(ひとりひとり)只(た)だ疼(いた)み得(う)るに面(おもて)黄(き)く眉(まゆ)皺(しわ)み、草舎(そうしゃ=藁(わら)の家(いえ))に入(い)りて坐(ざ)す。行者は只(た)だ叫(さけ)ぶ、「婆婆(ばば)さま、是(ぜ)必(ひつ)ず些(いささ)かの熱湯(あつきゆ)を焼(た)きて我が師父(しふ)に与(あた)えよ、我等(われら)汝(なんじ)に謝(しゃ)せん」。かの婆婆(ばば)は且(しばら)く湯(ゆ)を焼(た)かず、笑唏唏(しょうきき)として後辺(うしろ)に跑(はし)り走(ゆ)きて叫(さけ)んで言う、「汝等(なんじら)来(きた)りて看(み)よ! 汝等来たりて看よ!」 かの裡面(うち)より、蹼蹼踏踏(ぼくぼくとうとう=ばたばた)と、又(また)二三人(にさんにん)の半老不老(はんろうふろう=老(お)いかけ)の婦人(ふじん)走(はし)り出(い)で、皆(みな)来(きた)りて唐僧(とうそう)を望(みつ)めて洒笑(ししょう=笑(わら)いこけ)る。行者は大(おお)いに怒(いか)り、一声(ひとこえ)喝(かつ)し、歯(は)を将(も)って一嗟(ひとか=かちかみ)すれば、唬(おど)されたるはかの一家子(いっかそ=家中(かちゅう))、跌跌蹡蹡(てっていしょうそう=よろよろ)として、後(うしろ)へ向かえて就(すなわ)ち走(はし)る。行者は上前(すす)み出(い)で、かの老婆子(ろうばし=婆(ばあ)さん)を扯(ひ)き住(とど)めて言う、「早(はや)く湯(ゆ)を焼(た)け、我(われ)汝(なんじ)を饶(ゆる)さん!」 かの婆子(ばし)は戦兢兢(せんきょうきょう=おののきながら)言う、「爺爺(やや=おじいさま)や、我(われ)が湯(ゆ)を焼(た)くもまた事(こと)を済(な)さず、また彼(かれ)の二箇(ふたり)の肚疼(はらいた)を治(なお)すを得(え)ず。汝(なんじ)我(われ)を放(はな)て、我(われ)の説(と)くを等(ま)てよ」。行者は彼(かれ)を放(はな)てば、彼(かれ)説(と)く、「我(われ)が此処(ここ)は乃(すなわ)ち是れ西梁女国(せいりょうじょこく)なり。我等(われら)がこの一国(いっこく)は尽(ことごと)く是れ女人(にょにん)、更(さら)に男子(だんし)無(な)し、此(こ)の故(ゆえ)に汝等(なんじら)を見(み)て歓喜(かんき)せるなり。汝(なんじ)が師父(しふ)の飲(の)みしあの水(みず)は不好(ふこう=悪(わる))し、あの條(すじ)の河(かわ)は喚(よ)んで子母河(しぼが)と做(な)す。我(わ)がかの国王城外(こくおうじょうがい)に、還(また)一座(いちざ)の迎陽館駅(げいようかんえき)有り、駅門(えきもん)の外(そと)に一箇の照胎泉(しょうたいせん)有り。我(われ)が此処(ここ)の人(ひと)は、但(た)だ年(とし)二十歳(にじっさい)以上(いじょう)に登(のぼ)るを得(う)れば、方(まさ)に敢(あ)えて往(ゆ)きてあの河(かわ)の裡(うち)の水(みず)を飲(の)む。水(みず)を飲(の)みし後(のち)、便(すなわ)ち腹痛(ふくつう)して胎(たい)有るを覚(おぼ)ゆ。三日(みっか)の後(のち)に至(いた)りて、あの迎陽館(げいようかん)の照胎水(しょうたいすい)の辺(ほとり)に到(いた)りて照(てら)し往(ゆ)く。若(も)し照(てら)して双影(そうえい=二重(にじゅう)の影(かげ))の有るを得(う)れば、便(すなわ)ち就(すなわ)ち孩児(がいじ=子(こ))を降生(こうしょう)す。汝(なんじ)が師(し)は子母河(しぼが)の水(みず)を飲(の)みしに、此(こ)れを以(も)って胎気(たいき)を成(な)し、また日(ひ)ならずして孩子(こども)を生(う)まんとす、熱湯(あつきゆ)どうして治(なお)し得(う)べき」。三蔵は言(こと)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)って言う、「徒弟(でし)よ! 此(か)くの如(ごと)くんば怎(いか)でか了(おわ)らん」。八戒(はっかい)は腰(こし)を扭(ね)じ胯(また)を撒(ひら)いて哼(うな)って言う、「爺爺(やや)や! 孩子(こども)を生(う)まんとするに、我等(われら)は却(かえ)って是れ男身(だんしん=男(おとこ)の体(からだ))! 何処(いずこ)に産門(さんもん)の開(ひら)く可(べ)き有らん。如何(いか)でか脱(ぬ)け出(い)づることを得(え)ん」。行者笑って言う、「古人(こじん)云(いわ)く『瓜(うり)熟(じゅく)すれば自(おのずか)ら落(お)つ』と、若(も)しあの箇の時節(じせつ)に到(いた)らば、一定(きっと)脇下(わきのした)より一箇の窟窿(くつろう=穴(あな))を裂(さ)き、潜(もぐ)り出(い)で来(こ)ん」。八戒(はっかい)は説(と)くを聞(き)き、戦兢兢(おののき)として疼痛(とうつう)に忍(しの)ぶこと得(え)ずして言う、「罷(や)んだ罷んだ! 死(し)んだ死んだ!」 沙僧(しゃそう)笑って言う、「二哥(にいさん)、扭(ねじ)る莫(な)かれ扭る莫かれ! 只(た)だ怕(おそ)らくは養児腸(ようじちょう=産道(さんどう))を錯(あやま)り、弄(ろう)して一箇の胎前病(たいぜんびょう)を做(な)さん」。かの呆子(ほうし)は愈々(いよいよ)慌(あわ)て、眼(めん)の中(うち)に涙(なみだ)を噙(ふく)み、行者を扯(ひ)いて言う、「哥哥(あにい)! 汝(なんじ)この婆婆(ばば)に問(と)うて、何処(いずこ)に手(て)の軽(かる)き穏婆(おんば=産婆(さんば))有るかを看(み)、預(あらかじ)め幾箇(いくつ)かを尋(たず)ね下(お)ろせ。この半会(はんえ=暫(しばら)く)一陣陣(ひとしきりひとしきり)と動盪(どうとう=波打(なみう)ち)の緊(きつ)きこと、想(おも)うに是れ摧陣疼(さいじんとう=陣痛(じんつう))なるならん。 快(はや)い! 快い!」 沙僧(しゃそう)又(また)笑って言う、「二哥(にいさん)、既(すで)に摧陣疼(じんつう)と知(し)らば、扭(ねじ)り動(うご)くこと莫(な)かれ、只(た)だ恐(おそ)らくは漿泡(しょうほう=羊(よう)水(すい)の袋(ふくろ))を擠(つ)き破(やぶ)らんのみ」。三蔵は哼(うな)りて言う、「婆婆(ばば)さま、汝(なんじ)が此処(ここ)に医家(いか=医者(いしゃ))有るや。我が徒弟(でし)をして往(ゆ)かしめ一貼(ひとふり)の堕胎薬(だたいやく)を買(か)い来(きた)らしめ、食(の)んで胎(たい)を打(う)ち下(おろ)さん」。かの婆子(ばし)言う、「就(すなわ)ち薬(くすり)有るもまた事(こと)を済(な)さず。只(た)だ是れ我等(われら)がこの正南街(せいなんがい=真南(まみなみ)の町(まち))に一座(いちざ)の解陽山(かいようざん)有り、山中(さんちゅう)に一箇の破児洞(はじどう)有り、洞裡(どうり)に一眼(いちげん)の落胎泉(らくたいせん)有り。須(すべか)らくあの井(い)の裡(うち)の水(みず)を一口(ひとくち)飲(の)むを得(う)れば、方(まさ)に纔(ようや)く胎気(たいき)を解(と)く可(べ)し。 却(かえ)って如今(いま)は水(みず)を取(と)ることを得(え)ず、向年(こうねん=先年(せんねん))一箇の道人(どうにん)来(きた)りて、名(な)を如意真仙(にょいしんせん)と称(とな)え、あの破児洞(はじどう)を把(と)りて改(あらた)め聚仙庵(しゅせんあん)と做(な)し、落胎泉(らくたいせん)の水(みず)を護(まも)り住(とど)め、肯(あ)えて善(よ)く人(ひと)に賜(たま)わず。但(た)だ水(みず)を求(もと)めんと欲(ほっ)する者(もの)は、須(すべか)らく花紅表礼(かこうひょうれい=祝儀(しゅうぎ)の品(しな))・羊酒果盤(ようしゅかばん=羊(ひつじ)と酒(さけ)と果物(くだもの)の膳(ぜん))を要(よう)し、志誠(しせい=真心(まごころ))に奉献(ほうけん)して、只(た)だ一碗児(いちわん)の水(みず)を彼(かれ)に拝(おが)み求(もと)めて得(う)るのみなり。汝等(なんじら)がこの行脚僧(あんぎゃそう=雲水(うんすい))に、どうして許多(あまた)の銭財(せんざい)の買弁(ばいべん=調(ととの)え)を得(え)ん。但(た)だ只(た)だ命(いのち)を挨(しの)び、時(とき)を待(ま)ちて生産(せいさん)するより外(ほか)無し」。行者はこの言(こと)を聞(き)き得(え)て、心(こころ)に満(み)つるまで喜(よろこ)んで言う、「婆婆(ばば)さま、汝(なんじ)が此処(ここ)よりあの解陽山(かいようざん)に到(いた)るに幾多(いくばく)の路程(ろてい)有るか」。婆婆(ばば)言う、「三十里(さんじゅうり)有り」。行者言う、「好(よ)くなれり! 好くなれり! 師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て、老孫(ろうそん)が些(いささ)かの水(みず)を取(と)り来(きた)りて汝(なんじ)に飲(の)ませなん」。好(よ)き大聖、沙僧(しゃそう)に吩咐(ふんぷ=言(い)いつ)けて言う、 「汝(なんじ)好(よ)く仔細(しさい)に師父(しふ)を看着(みまも)れ、若(も)しこの家子(いえ)の者(もの)の無礼(ぶれい)にして、師父(しふ)を侵(おか)し哄(たぶら)かさば、汝(なんじ)旧時(きゅうじ=昔(むかし))の手段(しゅだん)を拿(と)り出(いだ)し、虎(とら)の威(い)を装(よそお)いて彼(かれ)を唬(おど)せ、我(われ)が水(みず)を取(と)り往(ゆ)くを等(ま)てよ」。沙僧(しゃそう)は命(めい)に依(よ)る。只(た)だ見(み)るにかの婆子(ばし)の一個(ひとつ)の大瓦鉢(だいがはつ=大(おお)きな瓦(かわら)の鉢(はち))を端(ただ)しく出(いだ)し、行者に逓(わた)して言う、「この鉢頭児(はち)を拿(も)って往(ゆ)け、是(ぜ)必(ひつ)ず多(おお)く取(と)り来(きた)り、我等(われら)と留(とど)めて急(きゅう)に用(もち)いんが為(ため)にせよ」。行者は真(まこと)に瓦鉢(がはつ)を接(う)け、草舎(そうしゃ)を出(い)で、雲(くも)を縦(はな)って去(さ)る。かの婆子(ばし)は纔(ようや)く空(くう)を望(のぞ)んで礼拝(らいはい)して言う、「爺爺(やや)や! この和尚(おしょう)は雲(くも)に駕(が)することを会(え)するなり!」 纔(ようや)く進(すす)み入(い)りてあの幾箇(いくつ)かの婦人(ふじん)を叫(よ)び出(いだ)し、唐僧(とうそう)に対(むか)いて頭(こうべ)を磕(ぬか)ずき礼拝(らいはい)し、皆(みな)称(とな)えて羅漢菩薩(らかんぼさつ)と為(な)し、一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))に湯(ゆ)を焼(た)き飯(めし)を弁(つく)り、唐僧(とうそう)を供奉(ぐぶ=供養(くよう))するは題(だい)せず。 さてかの孫大聖(そんたいせい)は筋斗雲(きんとうん)を起(おこ)し、少頃(しばらく)の間(あいだ)に一座(いちざ)の山頭(さんとう=山(やま)の頂(いただき))の、雲角(うんかく=雲(くも)の先(さき))を阻(へだ)つるを見(み)、即(すなわ)ち雲光(うんこう)を按(おさ)え、睛(ひとみ)を睜(みは)りて看(み)る処(ところ)、好山(こうざん=見事(みごと)な山)! 但(た)だ見(み)るにかの── 幽花(ゆうか)錦(にしき)を擺(なら)べ、 野草(やそう)藍(あい)を鋪(し)く。 澗水(かんすい)相(あい)連(つら)なりて落(お)ち、 渓雲(けいうん)一樣(いちよう)に閑(しず)かなり。 重重(じゅうじゅう)たる谷壑(こくがく=谷(たに))に藤蘿(とうら=藤(ふじ)と蔦(つた))密(みつ)に、 遠遠(えんえん)たる峰巒(ほうらん=峰(みね))に樹木(じゅもく)蘩(しげ)し。 鳥(とり)啼(な)き雁(かり)過(よ)ぎ、 鹿(しか)飲(の)み猿(さる)攀(よ)じる。 翠岱(すいたい=緑(みどり)の峰(みね))屏嶂(へいしょう=屏風(びょうぶ)の如(ごと)く、 青崖(せいがい=青(あお)き崖(がけ))髻鬟(けいかん=髷(まげ))に似(に)たり。 塵埃(じんあい)滚滚(こんこん)として真(まこと)に到(いた)り難(がた)く、 泉石(せんせき)涓涓(けんけん)として看(み)るに厭(あ)かず。 毎(つね)に仙童(せんどう)の薬(くすり)を採(と)りて去(さ)るを見(み)、 常(つね)に樵夫(しょうふ=木(き)こり)の薪(たきぎ)を負(お)うて還(かえ)るに逢(あ)う。 果(はた)して天台(てんだい)の景(けい)に亜(つ)がず、 三峰(さんぽう)西華山(せいかざん)に勝(まさ)れり! この大聖は正(まさ)に然(しか)とあの山(やま)の尽(つ)きざるを観看(かんかん)しおるに、又(また)只(た)だ見(み)るにかの背陰(はいん=日陰(ひかげ))の処(ところ)に、一所(いっしょ)の庄院(しょういん=荘(しょう)の館(やかた))有り、ふと犬吠(けんばい=犬(いぬ)の吼(ほ)え)の声(こえ)の聞(き)こゆる有り。大聖は山(やま)を下(お)り、径(ただ)ちに庄所(しょうしょ=荘(しょう)の在(あ)り処(か))に至(いた)れば、却(かえ)ってまた好(よ)き箇の去処(きょしょ=場所(ばしょ))なり。看(み)よかの── 小橋(しょうきょう)活水(かっすい=流(なが)れる水(みず))に通(つう)じ、 茅舎(ぼうしゃ)青山(せいざん)に倚(よ)る。 村犬(そんけん=村(むら)の犬(いぬ))籬落(りらく=垣根(かきね))に汪(ほ)え、 幽人(ゆうじん=隠者(いんじゃ))自(おのずか)ら往還(おうげん)す。 時(とき)ならずして門首(もんしゅ=門前(もんぜん))に来(きた)り至(いた)れば、一箇の老道人(ろうどうにん)の、緑茵(りょくいん=緑(みどり)の芝(しば))の上(うえ)に盤坐(ばんざ)するを見(み)る。大聖は瓦鉢(がはつ)を放(お)き下(おろ)し、近(ちか)づき前(すす)みて問訊(もんじん=合掌(がっしょう)の挨拶(あいさつ))すれば、かの道人(どうにん)は身(み)を欠(か)いて礼(れい)を返(かえ)して言う、「何方(いずかた)よりの来者(らいしゃ)か。小庵(しょうあん)に至(いた)りて何(なん)の勾当(こうとう=用事(ようじ))有るか」。行者言う、「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土大唐(とうどだいとう)欽差(きんさ=勅使(ちょくし))の西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)く者(もの)なり。我が師父(しふ)の誤(あやま)って子母河(しぼが)の水(みず)を飲(の)みしに因(よ)り、如今(いま)腹(はら)疼(いた)み腫脹(しゅちょう=脹(ふく)れ)うて禁(とど)め難(がた)し。土人(どじん=土地(とち)の人(ひと))に問(と)い及(およ)べば、説(と)くに胎気(たいき)を結(むす)び成(な)して、方(ほう=方法(ほうほう))として治(なお)す可(べ)き無しと。訪(たず)ね得(う)るに解陽山(かいようざん)破児洞(はじどう)に落胎泉(らくたいせん)有って以(も)って胎気(たいき)を消(け)す可(べ)しと、此(こ)の故(ゆえ)に特に来(きた)りて如意真仙(にょいしんせん)に拝見(はいけん)し、些(いささ)かの泉水(せんすい)を求(もと)め、師父(しふ)を搭救(たっきゅう=救(すく))い申(もう)さんとす。老道(ろうどう)の指引(しいん=案内(あんない))指引を累(るい=煩(わずら))わす」。かの道人(どうにん)笑って言う、「此間(ここ)が就(すなわ)ち是れ破児洞(はじどう)、今(いま)改(あらた)めて聚仙庵(しゅせんあん)と為(な)せり。我(われ)は却(かえ)って别人(べつじん)に非(あら)ず、即(すなわ)ち是れ如意真仙(にょいしんせん)老爺(ろうや)の大徒弟(だいとてい)なり。汝(なんじ)は甚(なん)の名字(みょうじ=名(な))と喚(よ)ぶ者(もの)か。 我(われ)をして好(よ)く汝(なんじ)の為(ため)に通報(つうほう)せしめよ」。行者言う、「我(われ)は是れ唐三蔵法師(とうさんぞうほうし)の大徒弟(だいとてい)、賤名(せんみょう=拙(つたな)き名(な))は孫悟空(そんごくう)なり」。かの道人(どうにん)問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)が花紅酒礼(かこうしゅれい=祝儀(しゅうぎ)の品(しな))は、皆(みな)何処(いずこ)に在(あ)るか」。行者言う、 「我(われ)は是れ一箇の路(みち)を過(よ)ぐる挂搭僧(かとうそう=雲水(うんすい))、曾(かつ)て弁(ととの)え来(きた)らず」。道人(どうにん)笑って言う、「汝(なんじ)好(よ)く痴(おろか)なるかな! 我(わ)が老師父(ろうしふ)は山泉(さんせん)を護(まも)り住(とど)めて、並(なら)びに曾(かつ)て白(ただ)に人(ひと)に送(おく)らず。汝(なんじ)回(かえ)り往(ゆ)きて礼(れい)を弁(ととの)え将(も)って来(こ)よ、我(われ)好(よ)く通報(つうほう)せん、然(しか)らずんば請(こ)うて回(かえ)れ、想(おも)う莫(な)かれ想う莫かれ!」 行者言う、「人情(にんじょう)は聖旨(せいし=勅命(ちょくめい))より大(おお)いなり、汝(なんじ)往(ゆ)きて我が老孫(ろうそん)の名字(な)を説(と)け、彼(かれ)は必(かなら)ずや一箇の人情(にんじょう)を做(な)し、或(ある)いは井(い)を連(つれだ)って都(すべ)て我(われ)に送(おく)らんも知(し)れず」。 かの道人(どうにん)はこの言(こと)を聞(き)き、只(た)だ進(すす)み入(い)りて通報(つうほう)するを得(う)るに、却(かえ)って見(み)るにかの真仙(しんせん)の琴(こと)を撫(まさぐ)るを、只(た)だ彼(かれ)が琴(こと)の終(おわ)るを待(ま)ちて、方(まさ)に纔(ようや)く説(と)いて言う、「師父(しふ)、外(そと)に一箇の和尚(おしょう)有って、口(くち)に唐三蔵(とうさんぞう)の大徒弟(だいとてい)孫悟空(そんごくう)と称(とな)え、落胎泉(らくたいせん)の水(みず)を求(もと)めて、彼(かれ)が師父(しふ)を救(すく)わんと欲(ほっ)します」。かの真仙(しんせん)は説(と)くを聞(き)かざれば便(すなわ)ち罷(や)むも、一(ひと)たび悟空(ごくう)の名字(な)を説(と)くを聞(き)き得(え)て、却(かえ)って就(すなわ)ち怒(いかり)心(こころ)の上(うえ)より起(お)こり、悪(あく)胆(きも)の辺(ほとり)より生(しょう)じ、急(いそ)ぎ身(み)を起(おこ)し、琴床(きんしょう=琴(こと)の台(だい))を下(お)り、素服(そふく=白(しろ)き衣(ころも))を脱(ぬ)ぎ、道衣(どうい)に換(か)え上(あ)げ、一把(いちわ)の如意鉤(にょいこう)を取(と)り、庵門(あんもん)を跳(と)び出(い)でて叫(さけ)んで言う、 「孫悟空(そんごくう)何処(いずこ)に在(あ)る」。行者は頭(こうべ)を転(めぐ)らし、観(み)るにかの真仙(しんせん)の打扮(だはん=身(み)なり)── 頭(こうべ)には星冠(せいかん=星(ほし)の冠(かんむり))を戴(いただ)きて彩艶(さいえん)を飛(と)ばし、 身(み)には金縷(きんる=金(きん)の糸(いと))の法衣(ほうい)紅(くれない)を穿(き)る。 足下(そっか=足(あし)もと)の雲鞋(うんあい=雲(くも)の鞋(くつ))錦繍(きんしゅう)を堆(うずたか)くし、 腰間(ようかん)の宝帯(ほうたい)玲瓏(れいろう)を繞(めぐ)らす。 一雙(いっそう)の納錦(のうきん)凌波(りょうは)の襪(しとうず)、 半(なか)ば裙襕(くんらん=裾(すそ)の襴(らん))を露(あらわ)して繍絨(しゅじゅう=刺繍(ししゅう)の毛(け))閃(ひらめ)く。 手(て)には如意金鉤(にょいきんこう)を拿(と)り、 鐏(そん=穂先(ほさき))利(するど)く杆(え=柄(え))長(なが)きこと蟒龍(もうりゅう)の若(ごと)し。 鳳眼(ほうがん)光明(こうみょう)にして眉菂(びてき=眉(まゆ)の瞳(ひとみ))竪(た)ち、 鋼牙(こうが)尖利(せんり)にして口(くち)紅(あか)く翻(ひるがえ)る。 額下(がくか=顎(あご)の下(した))髯(ひげ)飘(ひるがえ)ること烈火(れっか)の如(ごと)く、 鬢辺(びんぺん=鬢(びん)の辺(ほとり))赤髪(せきはつ)短(みじか)く蓬松(ほうしょう=蓬(よもぎ)の如(ごと)く)たり。 形容(けいよう=姿(すがた))悪(あ)しきこと温元帥(おんげんすい)に似(に)たれど、 争(いか)でか奈何(いかん)衣冠(いかん)の同一ならざる。 行者は見(み)て、合掌(がっしょう)して礼(れい)を作(な)して言う、「貧僧(ひんそう)は便(すなわ)ち是れ孫悟空(そんごくう)なり」。かの先生(せんせい)笑って言う、「汝(なんじ)真(まこと)に是れ孫悟空(そんごくう)なるか、却(かえ)って是れ假名托姓(かめいだくせい=偽(いつわ)りの名(な)を托(かこつ)けし者(もの)なるか」。行者言う、「汝(なんじ)看(み)よ先生(せんせい)の話(はなし)を、常言(じょうげん)に『君子(くんし)は行(ゆ)くに名(な)を更(あらた)めず、坐(ざ)するに姓(せい)を改(あらた)めず』と道(い)う。我(われ)は便(すなわ)ち是れ悟空(ごくう)なり、豈(あに)假托(かたく=偽(いつわ)り托(かこつ)け)の理(ことわり)有らんや」。先生言う、 「汝(なんじ)は我(われ)を認(みと)むることを得(う)るか」。行者言う、「我(われ)は正(しょう)に釈門(しゃくもん)に帰(き)し、誠(まこと)を僧教(そうきょう)に秉(と)りしに因(よ)り、この一向(ひたすら)山(やま)を登(のぼ)り水(みず)を涉(わた)りて、我(わ)がかの幼時(ようじ=幼(おさな)き頃(ころ))の朋友(ほうゆう)をも皆(みな)疏失(そしつ=疎(うと)んじ失(うしな))い、未(いま)だ拝訪(はいほう=訪(たず)ね)るに及(いた)らず、尊顔(そんがん=貴(とうと)き御顔(みかお))を識(し)ること少(すくな)し。 適間(さっき)子母河(しぼが)西郷(せいきょう=西(にし)の郷(さと))の人家(じんか)に問(と)うに、先生(せんせい)の乃(すなわ)ち如意真仙(にょいしんせん)なるを言(い)い及(およ)べば、此(こ)の故(ゆえ)にこれを知(し)れるなり」。 かの先生(せんせい)言う、「汝(なんじ)は汝(なんじ)が路(みち)を走(はし)れ、我(われ)は我(われ)が真(しん)を修(おさ)めん、汝(なんじ)来(きた)りて我(われ)を訪(たず)ぬるは怎(いか)なるか」。行者言う、「我が師父(しふ)の誤(あやま)って子母河(しぼが)の水(みず)を飲(の)み、腹(はら)疼(いた)みて胎(たい)を成(な)せるに因(よ)り、特に仙府(せんぷ)に来(きた)り、一碗(いちわん)の落胎泉(らくたいせん)の水(みず)を拝求(はいきゅう)し、師(し)の難(なん)を救解(きゅうげ)せんとす」。かの先生(せんせい)は目(め)を怒(いから)して言う、「汝(なんじ)が師父(しふ)は是れ唐三蔵(とうさんぞう)なるか」。行者言う、「正(まさ)に是(ぜ)なり、正に是なり」。先生は歯(は)を咬(か)み恨(うら)んで言う、「汝等(なんじら)は曾(かつ)て一箇の聖嬰大王(せいえいだいおう)に会(あ)えること有るか」。行者言う、「彼(かれ)は是れ号山(ごうざん)枯松澗(こしょうかん)火雲洞(かうんどう)の紅孩児(こうがいじ)妖怪(ようかい)の綽号(しゃくごう=あだ名(あだな))なるが、真仙(しんせん)は彼(かれ)を問(と)うて怎(いか)にする」。先生言う、「是れ我(わ)が舎侄(しゃてつ=甥(おい))なり、我(われ)は乃(すなわ)ち牛魔王(ぎゅうまおう)の兄弟(きょうだい)なり。前者(さきだって)家兄(かけい=兄(あに))の処(もと)より信(たより)有りて来(きた)り我(われ)に報(しら)せ、称(とな)えて説(と)くに『唐三蔵(とうさんぞう)の大徒弟(だいとてい)孫悟空(そんごくう)の憊懶(はいらん=横着(おうちゃく))にして、彼(かれ)をして害(そこな)われたり』と。我(われ)が此処(ここ)に正(まさ)に汝(なんじ)を尋(たず)ねて仇(あだ)を報(ほう)ずる処(ところ)無(な)きに、汝(なんじ)は倒(かえ)って来(きた)りて我(われ)を尋(たず)ね、還(また)甚(なん)の水(みず)をか要(よう)せんとするか!」 行者は陪(とも)に笑(わら)って言う、「先生(せんせい)は差(たが)えり、汝(なんじ)が令兄(れいけい)もまた曾(かつ)て我(われ)と朋友(ほうゆう)を做(な)し、幼年(ようねん)の間(あいだ)にもまた曾(かつ)て七弟兄(しちていきょう)を拝(はい)せしが、但(た)だ只(た)だ是れ先生(せんせい)の尊府(そんぷ=御宅(おたく))を知(し)らず、拝望(はいぼう=拝謁(はいえつ))を失(しっ)せり。如今(いま)令侄(れいてつ=甥(おい))は好(よ)き処(ところ)を得(え)て、現(げん)に観音菩薩(かんのんぼさつ)に随(したが)いて、善財童子(ぜんざいどうじ)と做(な)りたるは、我等(われら)すら尚且(なお)かつ如(し)かざるに、どうして反(かえ)って我(われ)を怪(あやし)むか」。先生は喝(かつ)して言う、「この潑猢猻(はつこそん=愚(おろ)かなる猿(さる))! 還(また)巧舌(こうぜつ=巧(たく)みな舌(した))を弄(ろう)す! 我(わ)が舎侄(おい)は還(また)自在(じざい)に王(おう)と為(な)るが好(よ)きか、還(また)人(ひと)の為(ため)に奴(やっこ)と為(な)るが好(よ)きか。無礼(ぶれい)なること得(え)ざれ! 我がこの一鉤(いっこう)を食(く)らえ!」 大聖は鉄棒(てつぼう)を使(つか)って架(か)き住(とど)めて言う、「先生(せんせい)打(う)つの話(はなし)を説(と)くこと莫(な)かれ、且(しばら)く些(いささ)かの泉水(せんすい)を与(あた)えて去(ゆ)かれよ」。かの先生(せんせい)は罵(ののし)って言う、「潑猢猻(おろかなる猿)! 死活(しかつ=命(いのち)の有無(うむ))を知(し)らず! 如(も)し三合(さんごう)に我(われ)に敵(てき)し得(う)れば、汝(なんじ)に水(みず)を与(あた)えて去(ゆ)かしめん;敵(てき)し往(ゆ)かずんば、只(た)だ汝(なんじ)を把(と)りて剁(き)りて肉醤(にくしょう=肉(にく)の味噌(みそ))と為(な)し、方(まさ)に我が侄子(おい)の為(ため)に仇(あだ)を報(ほう)ぜん」。大聖は罵(ののし)って言う、「我(われ)この汝(なんじ)が如(ごと)き起倒(きとう=身(み)の程(ほど))を識(し)らざる孽障(げっしょう=畜生(ちくしょう))め! 既(すで)に打(う)たんと要(よう)せば、上(うえ)へ走(はし)り来(きた)りて棍(こん)を見(み)よ!」 かの先生(せんせい)は如意鉤(にょいこう)を手(て)を劈(さ)いて相還(むか)う。二箇(ふたり)聚仙庵(しゅせんあん)に在って好殺(こうさつ=見事(みごと)な戦(いくさ))── 聖僧(しょうそう)誤(あやま)って成胎(せいたい)の水(みず)を食(くら)い、 行者(ぎょうじゃ)来(きた)りて如意仙(にょいせん)を尋(たず)ぬ。 那(なん)ぞ暁(さと)らん真仙(しんせん)の元(もと)是れ怪(かい)にして、 強(つよ)みに倚(よ)りて落胎泉(らくたいせん)を護(まも)り住(とど)むるを。 相逢(あいあ)うて仇隙(きゅうげき=恨(うら)み)を講(こう)ずるに及(いた)り、 争持(そうじ=争(あらそ)い)決(けっ)して如然(じょぜん=その如(ごと)く)に遂(と)げず。 言(ことば)来(きた)り語(ことば)去(さ)りて僝僽(さんしゅう=言(いい)争(あらそ)い)を成(な)し、 意(こころ)悪(あ)しく情(なさけ)凶(きょう)にして冤(えん)を報(ほう)ぜんと要(よう)す。 この一箇(ひとり)は師(し)の命(いのち)を傷(そこな)われしに因(よ)りて水(みず)を求(もと)め来(きた)り、 かの一箇は侄(おい)の身(み)を亡(ほろぼ)されしが為(ため)に泉(いずみ)を与(あた)えず。 如意鉤(にょいこう)強(つよ)きこと蝎(さそり)の毒(どく)の如(ごと)く、 金箍棒(きんこぼう)狠(きょう)しきこと龍巓(りゅうてん)に似(に)たり。 当胸(とうきょう=胸(むね)の真(ま)ん前(まえ))に乱(みだ)りに刺(さ)して威猛(いもう)を施(ほどこ)し、 脚(あし)に着(つ)けて斜(なな)めに鉤(か)けて妙玄(みょうげん=妙(たえ)なる技(わざ))を展(の)ぶ。 陰手(いんしゅ=裏(うら)の手(て))の棍(こん)投(な)げて傷(きず)処(ところ)重(おも)く、 過肩(かけん=肩(かた)を越(こ)え)の鉤(こう)起(おこ)りて頭(こうべ)に近(ちか)く鞭(むちう)つ。 腰(こし)を鎖(さ)する一棍(いっこん)は鷹(たか)の雀(すずめ)を捉(とら)うるが如(ごと)く、 頂(いただき)を圧(おさ)うる三鉤(さんこう)は蜋(かまきり)の蝉(せみ)を捕(と)らうるに似(に)たり。 往往来来(おうおうらいらい)として勝敗(しょうはい)を争(あらそ)い、 返返復復(へんぺんふくふく)として両(ふた)たび回(めぐ)り還(かえ)る。 鉤攣(こうれん)棒打(ぼうだ)前後(ぜんご)無(な)く、 輸贏(ゆえい=勝敗(しょうぶ))の那辺(なへん=何処(いずこ))に在(あ)るかを見(み)ず。 かの先生(せんせい)と大聖(たいせい)の戦(たたか)うこと十数合(じゅうすうごう)に経(ふ)れるに、大聖(たいせい)に敵(てき)し得(え)ず。この大聖は愈々(いよいよ)猛烈(もうれつ)を加(くわ)え、一條(ひとすじ)の棒(ぼう)の滚滚(こんこん=転(ころ)がり)たる流星(りゅうせい)の似(ごと)く、頭(こうべ)を着(めが)けて乱(みだ)りに打(う)てば、先生(せんせい)は筋力(きんりょく)に敗(やぶ)れ、倒(さかしま)に如意鉤(にょいこう)を拖(ひ)きて、山(やま)の上(うえ)へ走(に)げて往(ゆ)く。 大聖(たいせい)は彼(かれ)を赶(お)うに往(ゆ)かず、却(かえ)って庵内(あんない)に来(きた)りて水(みず)を尋(たず)ぬれば、かの道人(どうにん)は早(はや)く庵門(あんもん)を把(と)りて閉(と)ざせり。 大聖は瓦鉢(がはつ)を拿(と)り、門前(もんぜん)に赶(お)い至(いた)り、力(ちから)を尽(つ)くして一脚(いっきゃく)、庵門(あんもん)を踢(け)り破(やぶ)り、闖(と)び将(も)って進(すす)み入(い)れば、かの道人(どうにん)の井欄(せいらん=井戸(いど)の欄(らん))の上(うえ)に伏(ふ)し在(あ)るを見(み)る。大聖に一声(ひとこえ)喝(かつ)せられ、棒(ぼう)を挙(あ)げて打(う)たんとするに、かの道人(どうにん)は後(うしろ)へ跑(はし)って往(ゆ)きしが、その時(とき)纔(ようや)く吊桶(つるべ)を尋(たず)ね出(いだ)し、正(まさ)に自(おのずか)ら水(みず)を打(く)まんとするに、又(また)かの先生(せんせい)に前辺(まえべ)に赶(お)い到(いた)られ、如意鉤(にょいこう)を使(つか)って大聖(たいせい)の脚(あし)を鉤(か)けて一跌(ひとたお)され、嘴(くち)を地(ち)に哏(つ)ける跌(たお)れ方(かた)を跌(ふ)んだり。大聖は爬(はい)起(お)き来(きた)り、鉄棒(てつぼう)を使(つか)って就(すなわ)ち打(う)てば、彼(かれ)は却(かえ)って傍(かたわら)に閃(ひら)りと在(あ)り、鉤(こう)を執(と)って言う、「汝(なんじ)の我が水(みず)を取(と)り去(ゆ)くことを得(う)るや否(いな)やを看(み)ん!」 大聖は罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)上(うえ)へ来(こ)よ! 汝上へ来よ! 我(われ)この汝(なんじ)が如(ごと)き孽障(げっしょう=畜生(ちくしょう))を把(と)りて、直(ただ)ちに打(う)ち殺(ころ)さん!」 かの先生(せんせい)もまた上前(うえまえ)に出(い)でて拒敵(きょてき=防(ふせ)ぎ戦(たたか))わず、只(た)だ是れ禁(とど)め住(とど)めて、大聖(たいせい)の水(みず)を打(く)むことを許(ゆる)さず。大聖は彼(かれ)の動(うご)かざるを見(み)て、却(かえ)って左手(ひだりて)をして鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、右手(みぎて)に吊桶(つるべ)を使(つか)い、索子(さくし=綱(つな))を将(も)って纔(ようや)く突魯魯(とつろろ=するする)と放(お)ろし下(おろ)すに、彼(かれ)は又(また)来(きた)りて鉤(こう)を使(つか)う。大聖は一隻(いっぴき)の手(て)にて撑持(ささ)え得(え)ず、又(また)彼(かれ)に一鉤(ひとこう)もて脚(あし)を鉤(か)けられ、一箇の躘踵(りゅうしょう=よろめき)を扯(ひ)かれ、井索(せいさく=井戸(いど)の綱(つな))と通(つれだ)って井(いど)の裡(うち)へ跌(お)ち下(お)りて往(ゆ)く。大聖言う、「この儞(きさま)は却(かえ)って是れ無礼(ぶれい)なり!」 爬(はい)起(お)き上(あが)り、双手(そうしゅ)に棒(ぼう)を輪(めぐ)らし、頭(こうべ)も無(な)く面(おもて)も無(な)く打(う)ち将(も)って上(うえ)へ往(ゆ)けば、かの先生(せんせい)は依然(いぜん)として走(に)げて往(ゆ)き、敢(あ)えて迎敵(むかいう)たず。大聖は又(また)水(みず)を取(と)らんと欲(ほっ)するに、奈何(いかん)ともする無(な)く吊桶(つるべ)無(な)く、又(また)恐(おそ)らくは来(きた)りて鉤(か)ぎ扯(ひ)かれんことを、心(こころ)の中(うち)に暗暗(あんあん=ひそか)に想(おも)いて言う、「且(しばら)く往(ゆ)きて一箇の帮手(てだすけ)を叫(よ)び来(こ)ん!」 好(よ)き大聖、雲頭(うんとう)を撥転(はってん)し、径(ただ)ちに村舎(そんしゃ)の門首(もんしゅ)に至(いた)り、「沙和尚(しゃおしょう)」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。かの裡辺(うちべ)に在って三蔵(さんぞう)は痛(いたみ)を忍(しの)んで呻吟(しんぎん)し、猪八戒(ちょはっかい)は哼声(こうせい=うめき声(ごえ))絶(た)ゆること無(な)きに、叫(よ)ぶを聴(き)き得(え)て、二人(ふたり)喜(よろこ)んで言う、 「沙僧(しゃそう)よ、悟空(ごくう)の来(きた)れるなり」。沙僧(しゃそう)は連(つづ)き忙(いそ)ぎ門(もん)を出(い)でて接(むか)えて言う、「大哥(たいか=兄貴(あにき))、水(みず)を取(と)り来(きた)れるか」。大聖は門(もん)を入(い)り、唐僧(とうそう)に対(むか)い備(つぶさ)に前事(ぜんじ)を言(い)えば、三蔵(さんぞう)は涙(なみだ)を滴(したた)らして言う、「徒弟(でし)よ、此(か)くの如(ごと)くんば怎(いか)でか了(おわ)らん」。大聖言う、「我(われ)は来(きた)りて沙兄弟(さきょうだい)を我(われ)と同(とも)に往(ゆ)かしめ、あの庵(いおり)の辺(ほとり)に到(いた)り、老孫(ろうそん)のあの儞(きさま)と敵闘(てきとう)するを等(ま)ち、沙僧(しゃそう)をして便(たより)に乗(じょう)じて水(みず)を取(と)り来(きた)らせ、汝(なんじ)を救(すく)わしめんとす」。三蔵言う、「汝(なんじ)の二箇(ふたり)の病(やまい)無(な)き者(もの)までも皆(みな)去(さ)りて、我等(われら)の二箇(ふたり)の病(やまい)有る者(もの)を捨(す)て下(おろ)し、誰(たれ)をして伏侍(ぶくじ=世話(せわ))せしめんとするか」。かの老婆婆(ろうばば)は傍(かたわら)に在って言う、 「老羅漢(ろうらかん)は只管(ひたす)ら心(こころ)を放(はな)て、汝(なんじ)が徒弟(でし)を要(よう)するに須(もち)いず、我(わ)が家(いえ)に自(おのずか)ら看顧(かんこ=看病(かんびょう))し伏侍(せわ)する有(あ)り。汝等(なんじら)の早朝(そうちょう)に到(いた)りし時(とき)、我等(われら)実(じつ)に愛憐(あいれん=慈(いつく)しみ)の意(こころ)有りしが、纔(さっき)この位(くらい)の菩薩(ぼさつ)の雲(くも)に来(きた)り霧(きり)に去(さ)るを見(み)て、方(まさ)に汝等(なんじら)の是れ羅漢菩薩(らかんぼさつ)なるを知(し)れり。我(わ)が家(いえ)は決(けっ)して敢(あ)えて復(また)汝等(なんじら)を害(そこな)わじ」。行者は咄(とつ)の一声(ひとこえ)にして言う、「汝等(なんじら)女流(じょりゅう)の輩(ともがら)、敢(あ)えて何(いず)れの者(もの)を傷(そこな)わん」。老婆子(ろうばし)笑って言う、「爺爺(やや)や、還(また)是れ汝等(なんじら)に造化(ぞうか=幸運(こううん))有って、我(わ)が家(いえ)に来(きた)り到(いた)れるなり! 若(も)し第二(だいに)の家(いえ)に到(いた)らば、汝等(なんじら)もまた囫圇(こつりん=無事(ぶじ))なることを得(え)ざりしならん!」 八戒(はっかい)は哼哼(こうこう=うんうん)と言う、「囫圇(ぶじ)ならずは、是(こ)れ怎(いか)なるか」。婆婆(ばば)言う、「我(わ)が一家児(いっかじ)四五口(しごく=四五人(しごにん))は、皆(みな)是れ幾歳(いくつ)かの年紀(ねんき=年齢(ねんれい))有る者(もの)にて、あの風月(ふうげつ=色事(いろごと))の事(こと)を尽(ことごと)く皆(みな)休(や)めたれば、此(こ)の故(ゆえ)に肯(あ)えて汝等(なんじら)を傷(そこな)わず。若(も)し還(また)第二(だいに)の家(いえ)に到(いた)らば、老小(ろうしょう=老人(ろうじん)と若者(わかもの))衆大(しゅうだい=多(おお)く大(おお)い)にして、あの年(とし)小(わか)きの者(もの)の、何(いず)れか肯(あ)えて汝等(なんじら)を放(はな)ちて過(よ)ぎ往(ゆ)かしめんや! 就(すなわ)ち汝等(なんじら)と交合(こうごう=媾合(まぐわ))いせんとす。假如(も)し従(したが)わざれば、就(すなわ)ち汝等(なんじら)が命(いのち)を害(そこな)い、汝等(なんじら)が身(み)の上(うえ)の肉(にく)を把(と)って、皆(みな)割(さ)りて往(ゆ)き香袋児(こうたいじ=香(かお)り袋(ぶくろ))を做(つく)らんとす」。八戒(はっかい)言う、「若(も)しこの如(ごと)くんば、我(われ)は決(けっ)して傷(そこな)い無(な)し。彼等(かれら)は皆(みな)是れ香噴噴(こうふんぷん=香(かお)り立(た)つ)なれば、好(よ)く香袋(こうたい)を做(つく)るに;我(われ)は是れ一箇の臊猪(そうちょ=臭(くさ)き猪(いのこ))なれば、就(すなわ)ち肉(にく)を割(さ)りて往(ゆ)かれても、また是れ臊(くさ)きのみ、此(こ)の故(ゆえ)に以(も)って傷(そこな)い無(な)かる可(べ)し」。行者笑って言う、「汝(なんじ)嘴(くち)を説(と)くこと莫(な)かれ、些(いささ)かの力(ちから)を省(はぶ)きて、好(よ)く生産(せいさん)する也(なり)」。かの婆婆(ばば)言う、「遅疑(ちぎ)するに及(およ)ばず、快(はや)く水(みず)を求(もと)めに往(ゆ)け」。行者言う、「汝(なんじ)が家(いえ)に吊桶(つるべ)有るや。一箇を借(か)りて使(つか)わしめよ」。かの婆子(ばし)は即(すなわ)ち後辺(うしろ)に往(ゆ)きて一個(ひとつ)の吊桶(つるべ)を取(と)り出(いだ)し、又(また)一條(ひとすじ)の索子(つな)を窩(たぐ)りて、沙僧(しゃそう)に逓(わた)す。沙僧言う、 「二條(ふたすじ)の索子(つな)を帯(たい)して往(ゆ)かん、恐(おそ)らくは一時(ひととき)井(いど)深(ふか)くして用(もち)いん」。沙僧(しゃそう)は桶索(つな)を接(う)け、即(すなわ)ち大聖(たいせい)に随(したが)いて村舎(そんしゃ)を出(い)で、一同(いちどう)に雲(くも)に駕(が)して去(さ)る。那(なん)ぞ半箇時辰(はんこじしん)を消(しょう)せん、却(かえ)って解陽山(かいようざん)の界(さかい)に到(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、径(ただ)ちに庵外(あんがい)に至(いた)る。大聖は沙僧(しゃそう)に吩咐(ふんぷ=言(い)いつ)けて言う、「汝(なんじ)桶索(つな)を将(も)って拿(と)り、且(しばら)く一辺(いっぺん=片方(かたほう))に在(あ)りて隠(かく)れ居(お)れ、老孫(ろうそん)の出頭(しゅっとう=乗(の)り出(い)ず)るを等(ま)て戦(たたかい)を索(もと)めん。汝(なんじ)我(われ)の二箇(ふたり)の戦(たたか)いを交(まじ)えて正(まさ)に濃(こま)やかなる時(とき)を待(ま)ちて、汝(なんじ)機(き)に乗(じょう)じて進(すす)み入(い)り、水(みず)を取(と)りて就(すなわ)ち走(はし)れ」。沙僧(しゃそう)は謹(つつし)んで言(げん)に依(よ)る。 孫大聖(そんたいせい)は鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)き、門(もん)に近(ちか)づきて高(たか)く叫(さけ)ぶ、「門(もん)を開(ひら)け! 門を開け!」 かの門(もん)を守(まも)る者(もの)見て、急(いそ)ぎ裡(うち)に入(い)り通報(つうほう)して言う、「師父(しふ)、あの孫悟空(そんごくう)又(また)来(きた)れり」。かの先生(せんせい)は心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)って言う、「この潑猴(はっこう=愚(おろ)かなる猿(さる))老大(ろうだい=大(おお)い)に無状(ぶじょう=無礼(ぶれい))なり! 一向(ひたすら)彼(かれ)に些(いささ)かの手段(しゅだん)有るを聞(き)きたるが、果(はた)して今日(こんにち)方(まさ)に知(し)れり、彼(かれ)があの條(すじ)の棒(ぼう)は真(まこと)に是れ敵(てき)し難(がた)し」。道人(どうにん)言う、「師父(しふ)、彼(かれ)の手段(しゅだん)は高(たか)しといえども、汝(なんじ)もまた彼(かれ)に亜(つ)がざるなり、正(まさ)に是れ一箇の敵手(てきしゅ)なり」。先生言う、「前面(ぜんめん=先(さき))の両回(りょうかい)は、彼(かれ)に贏(か)たれたり」。道人言う、 「前(さき)の両回(ふたたび)は贏(か)たれたれども、ただ是れ一猛(いちもう=一(ひと)つの勢(いきおい))の性(せい)に過(す)ぎず;後面(こうめん=後(あと))の両次(ふたたび)の水(みず)を打(く)みし時(とき)に、師父(しふ)に彼(かれ)を鉤(か)けて両跌(ふたたお)しめられたるは、却(かえ)って是れ相(あい)比肩(ひけん=肩(かた)を並(なら)ぶ)ならずや。先(さき)に既(すで)に奈何(いかん)ともせずして去(さ)り、今(いま)又(また)復(また)来(きた)れるは、必(かなら)ずや是れ三蔵(さんぞう)の胎(たい)成(な)りて身(み)重(おも)く、埋怨(ばいえん=恨(うら)み)の緊(きつ)きに、已(や)むを得(え)ずして来(きた)れるなり、決(けっ)して彼(かれ)が師(し)の心(こころ)を慢(あなど)る有(あ)らん。管(きっ)と我(わ)が師(し)の決勝(けっしょう)すること疑(うたが)い無(な)からん」。真仙(しんせん)は言(こと)を聞(き)き、喜孜孜(きしし=嬉(うれ)しげ)として懐(ふところ)に春意(しゅんい)満(み)ち、笑盈盈(しょうえいえい=にこやか)として一陣(ひとむれ)の威風(いふう)、如意鉤(にょいこう)を挺(つ)り出(いだ)し、門(もん)を走出(はし)り来(きた)りて喝(かつ)して言う、「潑猢猻(はつこそん=愚かなる猿)! 汝(なんじ)又(また)来(きた)りて甚(なに)をか作(な)す」。大聖言う、「我(われ)の来(きた)れるは只(た)だ是れ水(みず)を取(と)らんのみ」。真仙(しんせん)言う、「泉水(せんすい)は乃(すなわ)ち吾(わ)が家(いえ)の井(いど)なり、是(こ)れ帝王(ていおう)宰相(さいしょう)なると凭(よ)るとも、また須(すべか)らく表礼(ひょうれい=祝儀(しゅうぎ))羊酒(ようしゅ)を以(も)って来(きた)り求(もと)め、方(まさ)に纔(ようや)く些須(しゃしゅ=少(すこ)し)を与(あた)う可(べ)し。況(いわ)んや汝(なんじ)は又(また)是れ我(わ)が仇人(きゅうじん=仇(かたき))なるに、擅(ほしいまま)に敢(あ)えて白手(せきしゅ=素手(すで))に来(きた)りて取(と)らんとするか」。大聖言う、「真(まこと)に与(あた)えざるか」。真仙(しんせん)言う、「与えず、与えず!」 大聖は罵(ののし)って言う、「潑孽障(はつげっしょう=愚かなる畜生)! 既(すで)に水(みず)を与(あた)えずんば、棍(こん)を見(み)よ!」 一箇の架子(かし=構(かま)え)を作(な)し、一箇の満懐(まんかい=胸(むね)いっぱい)を搶(と)り、説(と)くを容(い)れず、頭(こうべ)を着(めが)けて便(すなわ)ち打(う)つ。かの真仙(しんせん)は身(み)を側(そば)めて避(かわ)し過(よ)ぎ、鉤(こう)を使(つか)って急(きゅう)に架(か)きて相還(むか)う。この一場(いちじょう)は前(さき)に比(ひ)して更(さら)に勝(まさ)れり、好殺(こうさつ=見事(みごと)な戦(いくさ))── 金箍棒(きんこぼう)、如意鉤(にょいこう)、 二箇(ふたり)奮(ふる)い怒(いか)りて各(おのおの)仇(あだ)を懐(いだ)く。 砂(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走(はし)らせて乾坤(けんこん)暗(くら)く、 土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)げて日月(じつげつ)愁(うれ)う。 大聖(たいせい)は師(し)を救(すく)わんとて水(みず)を取(と)りに来(きた)り、 妖仙(ようせん)は侄(おい)の為(ため)に求(もと)むるを容(ゆる)さず。 両家(りょうか)斉(ひと)しく力(ちから)を尽(つく)し、 一処(いっしょ)に安休(あんきゅう=休(やす)むこと)を賭(か)く。 歯(は)を咬(か)みて勝負(しょうぶ)を争(あらそ)い、 歯(は)を切(き)りて剛柔(ごうじゅう)を定(さだ)む。 機(き)を添(そ)えて見(けん)るに、愈々(いよいよ)抖擻(しゅんそう=奮(ふる)い起(おこ))り、 雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(おく)りて鬼神(きしん)も愁(うれ)う。 朴朴兵兵(ぼくぼくへいへい)として鉤(こう)棒(ぼう)響(ひび)き、 喊声(かんせい)哮吼(こうこう)して山丘(さんきゅう)を振(ふる)わす。 狂風(きょうふう)滚滚(こんこん)として林木(りんぼく)を催(うなが)し、 殺気(さっき)紛紛(ふんぷん)として斗牛(とぎゅう)を過(よ)ぐ。 大聖(たいせい)は争(あらそ)うて愈々(いよいよ)喜悦(きえつ)し、 真仙(しんせん)は打(う)てば越(いよいよ)綢繆(ちゅうびゅう=執念深(しゅうねんぶか))し。 心(こころ)有り意(い)有りて相(あい)争(あらそ)い戦(たたか)い、 存亡(そんぼう)を定(さだ)めざれば罷(や)めじ。 彼(かれ)の二箇(ふたり)は庵門外(あんもんがい)に在って手(て)を交(まじ)え、跳跳(ちょうちょう)舞舞(ぶぶ)として、山坡(さんぱ=坂(さか))の下(した)に斗(たたか)い到(いた)り、恨(うら)み苦(くるし)みて相持(あいたもち)するは題(だい)せず。 さてかの沙和尚(しゃおしょう)は吊桶(つるべ)を提(さ)げ、門(もん)を闖(と)び入(い)りて往(ゆ)けば、只(た)だ見(み)るにかの道人(どうにん)の井(いど)の辺(ほとり)に在って擋(さえぎ)り住(とど)めて言う、「汝(なんじ)は是れ甚(なん)の者(もの)か、敢(あ)えて水(みず)を取(と)りに来(きた)る!」 沙僧(しゃそう)は吊桶(つるべ)を放(お)き下(おろ)し、降妖宝杖(ごうようほうじょう)を取(と)り出(いだ)し、話(はなし)を対(たい)せず、頭(こうべ)を着(めが)けて便(すなわ)ち打(う)つ。かの道人(どうにん)は避(よ)けきれず、左臂膊(さひはく=左(ひだり)の腕(うで))を把(と)りて打折(うちお)られ、道人(どうにん)は地(ち)の下(した)に倒(たお)れて命(いのち)を掙(あが)く。沙僧(しゃそう)は罵(ののし)って言う、「我(われ)汝(なんじ)がこの孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))を打(う)ち殺(ころ)さんと欲(ほっ)するも、奈何(いかん)ともする無(な)く汝(なんじ)は是れ一箇の人身(じんしん=人(ひと)の体(からだ))なり! 我(われ)は還(また)汝(なんじ)を怜(あわ)れみ、汝(なんじ)を饶(ゆる)して去(さ)らしめん! 我(われ)をして水(みず)を打(く)ましめよ!」 かの道人(どうにん)は天(てん)を叫(よ)び地(ち)を叫(よ)びて、後面(こうめん=裏(うら))へ爬(はい)って往(ゆ)く。沙僧(しゃそう)は却(かえ)って纔(ようや)く吊桶(つるべ)を将(も)って井中(せいちゅう)に向(むか)えて満満(まんまん=なみなみ)と一吊桶(ひとつるべ)の水(みず)を打(く)み、庵門(あんもん)を出(い)で、雲霧(うんむ)を起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)を望(のぞ)んで喊(さけ)んで言う、「大哥(あにき)、我(われ)已(すで)に水(みず)を取(と)りて去(さ)らんとす! 彼(かれ)を饶(ゆる)せ! 彼を饶せ!」 大聖は聴(き)き得(え)て、方(まさ)に纔(ようや)く鉄棒(てつぼう)を使(つか)って鉤(こう)を支(ささ)え住(とど)めて言う、「汝(なんじ)老孫(ろうそん)の説(と)くを聴(き)け、我(われ)本(もと)斬(き)り尽(つ)くし殺(ころ)し絶(た)やさんと待(ま)てりしが、奈何(いかん)ともする無(な)く汝(なんじ)は曾(かつ)て法(ほう)を犯(おか)さず、二(ふたつ)には汝(なんじ)が令兄(れいけい=兄(あに))牛魔王(ぎゅうまおう)の情(じょう)の上(うえ)を看(み)てなり。先頭(さき)に来(きた)りしには、我(われ)は鉤(か)ぎて両下(ふたたび)跌(たお)され、未(いま)だ水(みず)を得(え)て去(さ)らず。纔(さっき)然(しか)と来(きた)りしは、我(われ)は是れ一箇の調虎離山(ちょうこりざん=虎(とら)を調(あやつ)り山(やま)を離(はな)る)の計(けい)にて、汝(なんじ)を哄(たぶら)かして出(い)で来(きた)らせて争(あらそ)い戦(たたか)わせしめ、却(かえ)って我が師弟(してい)に水(みず)を取(と)らせて去(さ)らしめたり。老孫(ろうそん)若(も)し肯(あ)えて本事(ほんじ=腕前(うでまえ))を拿(と)り出(いだ)して汝(なんじ)を打(う)たば、汝(なんじ)が是れ一箇の甚(なん)の如意真仙(にょいしんせん)なるを説(と)くのみならず、就(すなわ)ち是れ又(また)幾箇(いくつ)か有るとも、また打(う)ち殺(ころ)したらん。正(まさ)に是れ『打(う)ち殺(ころ)すは放生(ほうしょう=生(い)かして放(はな)つ)に如(し)かず』、且(しばら)く汝(なんじ)を饶(ゆる)して幾年(いくとせ)か活(い)かしめ、已後(いご=以後(いご))また水(みず)を取(と)る者有(あ)らば、切(きっ)と彼(かれ)を勒掯(ろくこう=苦(くる)しめ)ること可(べ)からず」。かの妖仙(ようせん)は好歹(こうたい=善(ぜん)し悪(あ)しき)を識(し)らず、一演(ひとえん=ひとあおり)して、就(すなわ)ち来(きた)りて脚(あし)を鉤(か)がんとせしに、大聖(たいせい)に鉤頭(こうとう=鉤(かぎ)の先(さき))を閃(かわ)され、赶(お)い上前(うえまえ)に、「休(や)め走(に)ぐる!」と一声(ひとこえ)喝(かつ)せらる。かの妖仙(ようせん)は措手(そしゅ=手(て)の打(う)ち)及(およ)ばず、一箇の蹼辣(ぼくらつ=どさり)を推(つ)かれ、掙(あが)きて起(た)つこと能(あた)わず。大聖は如意鉤(にょいこう)を奪(うば)い過(よ)ぎ来(きた)り、折(お)りて両段(りょうだん)と為(な)し、総(すべ)て拿(と)りて又(また)一抉(ひとさ)き、抉(さ)きて四段(よんだん)と作(な)し、これを地(ち)に擲(な)げて言う、「潑孽畜(はつげっちく=愚かなる畜生)! 再(また)敢(あ)えて無礼(ぶれい)ならんか」。かの妖仙(ようせん)は戦兢兢(おののき)として辱(はじ)を忍(しの)んで言(ことば)無(な)く、この大聖(たいせい)は呵呵(かか)と笑(わら)い、雲(くも)に駕(が)して起(た)つ。詩(し)有って証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く── 真鉛(しんえん)若(も)し煉(ね)らんには真水(しんすい)を須(もち)い、 真水(しんすい)調和(ちょうわ)して真汞(しんこう)乾(かわ)く。 真汞(しんこう)真鉛(しんえん)母気(ぼき)無(な)く、 霊砂(れいさ)霊薬(れいやく)是(こ)れ仙丹(せんたん)なり。 嬰児(えいじ)枉(むだ)に結(むす)んで胎象(たいしょう)を成(な)し、 土母(どぼ)功(こう)を施(ほどこ)して難(なん)を費(ついや)さず。 旁門(ぼうもん)を推(お)し倒(たお)して正教(しょうきょう)を宗(むね)とし、 心君(しんくん=心(こころ)の主(あるじ))意(い)を得(え)て笑容(しょうよう)を還(かえ)す。 大聖(たいせい)は祥光(しょうこう)を縦(はな)ち、沙僧(しゃそう)に赶(お)いつき、真水(しんすい)を得(え)て、喜喜歡歡(ききかんかん)として、本処(ほんしょ=元(もと)の場所(ばしょ))に回(かえ)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、径(ただ)ちに村舎(そんしゃ)に来(きた)れば、只(た)だ見(み)るに猪八戒(ちょはっかい)の肚子(はら)を腆(ふく)らませ、門枋(もんぼう=門(もん)の柱(はしら))に倚(よ)りて哼(うな)りおる。行者は悄(ひそ)かに上前(すす)み出(い)でて言う、「呆子(ほうし=間抜(まぬ)け)、何時(いつ)房(ぼう=産室(さんしつ))を占(し)めたるか」。呆子(ほうし)は慌(あわ)てて言う、「哥哥(あにい)嘲(あざけ)ること莫(な)かれ、曾(かつ)て水(みず)の来(きた)れる有(あ)りや」。行者は還(また)彼(かれ)を耍(からか)わんとするに、沙僧(しゃそう)は後(うしろ)に随(したが)いて就(すなわ)ち到(いた)り、笑って言う、「水(みず)が来(きた)った! 水が来った!」 三蔵(さんぞう)は痛(いたみ)を忍(しの)んで身(み)を欠(か)いて言う、「徒弟(でし)よ、汝等(なんじら)を労(ろう)せりなり!」 かの婆婆(ばば)もまた喜(よろこ)び、幾口(いくにん)の者(もの)皆(みな)出(い)でて礼拝(らいはい)して言う、「菩薩(ぼさつ)や、却(かえ)って是れ得(え)難(がた)し! 得難し!」 即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ一箇の花磁盞子(かじさんし=花(はな)の磁器(じき)の杯(さかずき))を取(と)り、半盞児(はんさん=半分(はんぶん))を舀(く)み、三蔵(さんぞう)に逓(わた)して言う、「老師父(ろうしふ)、細細(さいさい=ゆっくり)と飲(の)め、只(た)だ一口(ひとくち)を消(しょう)するのみにて、就(すなわ)ち胎気(たいき)を解(と)かん」。八戒(はっかい)言う、「我(われ)は盞子(さかずき)を用(もち)いず、吊桶(つるべ)を連(つれだ)って我(われ)に飲(の)ましめよ」。かの婆子(ばし)言う、 「老爺爺(ろうやや)や、人(ひと)を唬(おど)し殺(ころ)すもまた罷(や)めよ! 若(も)しこの吊桶(ひとつるべ)の水(みず)を飲(の)まば、好道(よもや)腸子(ちょうし=腸(はらわた))も肚子(はら)も都(みな)化(か)し尽(つ)くさん!」 吓(おど)されたる呆子(ほうし)は敢(あ)えて胡為(こい=勝手(かって)な振(ふ)る舞(ま)い)を為(な)さず、また只(た)だ半盞(はんさん)を飲(の)むのみ。那(なん)ぞ頓飯(とんぱん=食事(しょくじ)ほど)の時(とき)有(あ)らん、彼(かれ)の二箇(ふたり)は腹中(ふくちゅう)絞痛(こうつう)し、只(た)だ轂轆轆(こくろくろく=ごろごろ)と三五陣(さんごじん=三四度(さんよんど))の腸鳴(ちょうめい=腸(はらわた)の鳴(な)り)を聴(き)く。腸鳴(はらわたのなり)の後(のち)、かの呆子(ほうし)は忍(しの)ぶこと能(あた)わず、大小便(だいしょうべん)斉(ひと)しく流(なが)れ、唐僧(とうそう)もまた忍(しの)ぶこと能(あた)わずして静(しず)かなる処(ところ)に往(ゆ)きて手(て)を解(と)かんとす。行者言う、 「師父(しふ)よ、切(きっ)と風(かぜ)の地裡(うち)に出(い)で往(ゆ)くこと莫(な)かれ。人(ひと)の子(こ)を怕(おそ)るるに、一時(ひととき)風(かぜ)を冒(おか)して、弄(ろう)して一箇の産後(さんご)の疾(やまい)を做(な)さん」。かの婆婆(ばば)は即(すなわ)ち二箇(ふたつ)の浄桶(じょうとう=便器(べんき))を取(と)り来(きた)り、彼(かれ)の二箇(ふたり)をして方便(ほうべん=用(よう)を足(た))さしむ。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、各(おのおの)幾遍(いくたび)か行(おこな)いて、纔(ようや)く疼痛(とうつう)の住(とど)まるを覚(おぼ)え、漸漸(ぜんぜん)として腫脹(しゅちょう)を銷(け)し、かの血団肉塊(けつだんにくかい)を化(か)せり。かの婆婆(ばば)の家(いえ)は又(また)些(いささ)かの白米粥(はくまいがゆ)を煎(せん)じて彼等(かれら)と虚(きょ=衰(おとろ)え)を補(おぎな)わんとす。八戒(はっかい)言う、「婆婆(ばば)さま、我(わ)が身子(からだ)は実落(じつらく=しっかり)しておる、虚(おとろえ)を補(おぎな)うを用(もち)いず。且(しばら)く些(いささ)かの湯水(とうすい=湯(ゆ))を焼(た)きて我(われ)と一箇の澡(そう=入浴(にゅうよく))を洗(あら)わしめよ、却(かえ)って好(よ)く粥(かゆ)を食(く)らわん」。沙僧(しゃそう)言う、 「哥哥(あにい)、澡(ゆ)を洗(あら)う可(べ)からず、月子(げっし=産後(さんご))の人(ひと)は水漿(すいしょう=水(みず))を弄(ろう)すれば病(やまい)を致(いた)す」。八戒(はっかい)言う、「我(われ)はまた曾(かつ)て大生(たいせい=本格(ほんかく)な出産(しゅっさん))を為(な)さず、左右(そうゆう=とにかく)只(た)だ是れ一箇の小産(しょうざん=流産(りゅうざん))なるのみ、彼(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)ぞや。洗洗(あらい)て児(ちょっと)干浄(きれい)にせん」。真(まこと)にかの婆子(ばし)は些(いささ)かの湯(ゆ)を焼(た)きて彼(かれ)の二箇(ふたり)と手脚(しゅきゃく=手(て)と足(あし))を浄(きよ)めしむ。唐僧(とうそう)は纔(ようや)く両盞児(にさん)の粥湯(しゅくとう=粥(かゆ)の汁(しる))を食(くら)うに、八戒(はっかい)は就(すなわ)ち十数碗(じゅうすうわん)を食(くら)い、還(また)只(た)だ添(そ)えんことを要(よう)す。行者笑って言う、「夯貨(こうか=間抜(まぬ)け)! 少(すくな)く食(くら)え! 弄(ろう)して一箇の沙包肚(さほうと=砂袋(すなぶくろ)の腹(はら))を做(な)し、形(かたち)に象(に)ざらんとす」。八戒(はっかい)言う、「無事(ぶじ)! 無事! 我(われ)は又(また)是れ母猪(ぼちょ=雌豚(めすぶた))に非(あら)ず、彼(かれ)を怕(おそ)るるに甚(なん)ぞや」。かの家子(いえ)の者(もの)は真(まこと)に又(また)往(ゆ)きて飯(めし)を收拾(しゅうしゅう=取(と)り)え煮(た)く。 老婆婆(ろうばば)は唐僧(とうそう)に向かって言う、「老師父(ろうしふ)、この水(みず)を把(と)りて我(われ)に賜(たま)われ」。行者言う、 「呆子(ほうし)よ、水(みず)を飲(の)まざるか」。八戒(はっかい)言う、「我(わ)が肚腹(とふく=腹(はら))もまた疼(いた)まず、胎気(たいき)は想(おも)うに已(すで)に行(めぐ)り散(ちら)じて、洒然(しぜん=さっぱり)として事(こと)無(な)し、又(また)水(みず)を飲(の)んで何(なに)をか為(な)さん」。行者言う、「既(すで)に彼(かれ)の二箇(ふたり)は皆(みな)好(よ)くなれるなれば、水(みず)を将(も)って汝(なんじ)が家(いえ)に送(おく)らん」。かの婆婆(ばば)は行者(ぎょうじゃ)に謝(しゃ)し、余剰(よじょう)の水(みず)を将(も)って、瓦罐(がかん=瓦(かわら)の壺(つぼ))の之中(うち)に装(つ)め、後辺(うしろ)の地下(ちか)に埋(う)め、衆(しゅう)の老小(ろうしょう)に対(むか)って言う、「この罐(つぼ)の水(みず)は、我(わ)が棺材本(かんざいほん=葬式(そうしき)の費用(ひよう))に彀(た)れるなり!」 衆(しゅう)の老小(ろうしょう)は歓喜(かんき)せざる無(な)く、斎飯(さいはん)を整(ととの)え、桌凳(たくとう=卓(たく)と腰掛(こしかけ))を調(ととの)え開(ひら)き、唐僧(とうそう)たちは斎(とき)を食(くら)う。消消停停(しょうしょうていてい=ゆっくり)と、将息(しょうそく=休養(きゅうよう))すること一宿(いっしゅく)。次日(よくじつ)天(てん)明(あ)けて、師徒(しと)たちは婆婆(ばば)の家(いえ)に謝(しゃ)し、村舎(そんしゃ)を出(い)で離(はな)る。唐三蔵(とうさんぞう)は鞍(くら)に攀(よ)じて馬(うま)に上(あが)る。沙和尚(しゃおしょう)は行嚢(こうのう=荷物(にもつ))を挑(かつ)ぐ。孫大聖(そんたいせい)は前辺(まえべ=前(まえ))に路(みち)を引(みちび)き、猪八戒(ちょはっかい)は纏縄(たづな)を攏(ひ)き寄(よ)す。此処(ここ)にこそ是(な)れ── 口孽(こうげつ=口(くち)の罪(つみ))を洗(あら)い浄(きよ)めて身(み)干浄(きれい)に、 凡胎(ぼんたい)を銷(け)し化(か)して体(からだ)自然(じねん)なり。 畢竟(ひっきょう)国界(こっかい)の中(うち)に到(いた)りてまた甚(なん)の理会(りかい=沙汰(さた))有るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十四回 法性(ほっしょう)、西(にし)より来(きた)りて女国(じょこく)に逢(あ)い 心猿(しんえん)、計(けい)を定(さだ)めて烟花(えんか)を脱(のが)る さて三蔵(さんぞう)師徒(しと)は村舎(そんしゃ)の人家(じんか)に別(わか)れ、路(みち)に依(よ)りて西(にし)に進(すす)むに、三四十里(さんしじゅうり)に上(のぼ)らずして、早(はや)くも西梁国(せいりょうこく)の界(さかい)に到(いた)る。唐僧(とうそう)は馬(うま)の上(うえ)に在って指(ゆびさ)して言う、「悟空(ごくう)、前方(まえ)に城池(じょうち=城(しろ))の相近(ちか)づき、市井(しせい=町(まち))の上(うえ)に人語(じんご)喧嘩(けんか=賑(にぎ)やか)なるは、想(おも)うに是れ西梁女国(せいりょうじょこく)ならん。汝等(なんじら)は須(すべか)らく仔細(しさい)なるを要(よう)し、規矩(きく=礼儀(れいぎ))を謹(つつし)み慎(つつし)み、切(きっ)と情懐(じょうかい=情(じょう)の心(こころ))を放蕩(ほうとう=奔放(ほんぽう))にし、法門(ほうもん)教旨(きょうし=教(おしえ)の趣旨(しゅし))を紊乱(びんらん=乱(みだ))すこと休(や)めよ」。三人(さんにん)は言(こと)を聞(き)き、謹(つつし)んで厳命(げんめい)に遵(したが)う。言(ことば)未(いま)だ尽(つ)きざるに、却(かえ)って東関廂街口(とうかんしょうがいこう=東門(ひがしもん)外(がい)の町(まち)の入口(いりぐち))に至(いた)る。かの処(ところ)の人(ひと)は皆(みな)是れ長裙(ちょうくん=長(なが)い裾(すそ))短襖(たんおう=短(みじか)い襖(あお))、粉面油頭(ふんめんゆとう=白粉(おしろい)の顔(かお)と油(あぶら)の髪(かみ))、老(おい)少(わかき)を分(わ)たず、尽(ことごと)く是れ婦女(ふじょ)にして、正(まさ)に両街(りょうがい)の上(うえ)に在って買(かい)を做(な)し売(ばい)を做(な)しおるに、ふと彼(かれ)ら四衆(ししゅう)の来(きた)れるを見(み)て、一斉(いっせい)に皆(みな)掌(てのひら)を鼓(う)って呵呵(かか)と、容(かたち)を整(ととの)えて歓笑(かんしょう)して言う、「人種(じんしゅ=男(おとこ))が来(き)た! 人種が来た!」 慌(あわ)てたるはかの三蔵(さんぞう)、馬(うま)を勒(ひ)けども行(ゆ)き難(がた)く、須臾(しばらく)の間(あいだ)に就(すなわ)ち街道(がいどう=通(とお)り)を塞(ふさ)ぎ満(みた)し、惟(た)だ笑語(しょうご=笑(わら)い声(ごえ))を聞(き)くのみ。八戒(はっかい)は口(くち)の裡(うち)に乱(みだ)りに嚷(わめ)いて言う、「我(われ)は是れ一箇の銷猪(しょうちょ=去勢(きょせい)した豚(ぶた))ぞ! 我は是れ一箇の銷猪ぞ!」 行者言う、「呆子(ほうし=間抜(まぬ)け)、胡談(こだん=でたらめ)を言(い)うこと莫(な)かれ、旧(もと)の嘴顔(しれん=顔(かお)つき)を拿(と)り出(いだ)せば便(すなわ)ち是れなり」。八戒(はっかい)は真(まこと)に頭(こうべ)を把(と)って上(うえ)へ両揺(ふたゆす)り揺(ゆす)り、一双(ひとそろ)いの蒲扇(ほせん=蒲(がま)の扇(おうぎ))の耳(みみ)を竪(た)て起(おこ)し、蓮蓬(れんぽう=蓮(はす)の実(み))の吊搭(ちょうとう=垂(た)れ下(さが))りし唇(くちびる)を扭(ね)じ動(うご)かし、一声(ひとこえ)の喊(とき)を発(はっ)すれば、それらの婦女(ふじょ)たちを唬(おど)して跌跌爬爬(てっていはは=転(ころ)びまく)らしむ。詩(し)有って証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く── 聖僧(しょうそう)仏(ほとけ)を拝(はい)して西梁(せいりょう)に到(いた)れば、 国内(こくない)衠陰(しょんいん=ことごとく陰(いん))にして世(よ)に陽(よう)少(すくな)し。 農士工商(のうしこうしょう)皆(みな)女輩(じょはい=女(おんな))にして、 漁樵耕牧(ぎょしょうこうぼく)尽(ことごと)く紅妝(こうそう=紅(べに)の粧(よそお)い)なり。 嬌娥(きょうが=美(うつく)しき女(おんな))路(みち)に満(み)ちて人種(おとこ)を呼(よ)び、 幼婦(ようふ=若(わか)き女(おんな))街(まち)に盈(み)ちて粉郎(ふんろう=白粉(おしろい)の郎(おとこ))を接(むか)う。 是(こ)れ悟能(ごのう)の丑相(しゅうそう=醜(みにく)き姿(すがた))を施(ほどこ)さざれば、 烟花(えんか=色里(いろざと))に囲(かこ)まれ困(くるし)められて苦(くるしみ)当(あた)り難(がた)からん! 遂(つい)に此(ここ)に衆(しゅう)は皆(みな)恐惧(きょうく=恐(おそ)れ)、敢(あ)えて上前(すすみで)ず、一箇一箇(ひとりひとり)皆(みな)手(て)を捻(ひね)り腰(こし)を縮(ちぢ)め、頭(こうべ)を揺(ゆす)り指(ゆび)を咬(か)み、戦戦兢兢(おののき)として、街旁(がいぼう=通(とお)りの端(はし))路下(ろか=路(みち)の下(した))に排(なら)び塞(ふさ)がり、皆(みな)唐僧(とうそう)を看(み)る。孫大聖(そんたいせい)も却(かえ)ってまた丑相(みにくきすがた)を弄(ろう)し出(いだ)して路(みち)を開(ひら)く。沙僧(しゃそう)もまた吓虎(かくこ=脅(おど)し)を装(よそお)いて維持(いじ=取(と)り締(し)ま)り、八戒(はっかい)は馬(うま)を采(と)り、嘴(くち)を掬(すく)い、耳(みみ)を擺(ゆす)る。 一行(いっこう)前(すす)み進(すす)むに、又(また)見(み)るにかの市井(まち)の上(うえ)の房屋(ぼうおく=家(いえ))の斉(ひと)しく整(ととの)い、鋪面(ほめん=店(みせ)の構(かま)え)の軒昂(けんこう=立派(りっぱ))なる、一般(いっぱん)に塩(しお)を売(う)り米(こめ)を売(う)る有(あ)り、酒肆(しゅし=酒屋(さかや))茶房(さぼう=茶屋(ちゃや))、鼓角楼台(こかくろうだい=太鼓(たいこ)と角笛(つのぶえ)の楼台(ろうだい))貨殖(かしょく=商(あきな)い)を通(つう)じ、旗亭(きてい=旗(はた)の亭(てい))候館(こうかん=待合(まちあい)の館(やかた))に簾櫳(れんろう=簾(すだれ))を挂(か)く。師徒(しと)たちは転(ま)がり抹角(まっかく=角(かど)を曲(ま)が)り、ふと見(み)るに一箇の女官(にょかん)の街下(がいか=街(まち)の下(した))に侍立(じりつ)し、高声(こうせい)に叫(さけ)んで言う有り、「遠(とお)くより来(きた)れる使客(しきゃく=使(つかい)の客(きゃく))、擅(ほしいまま)に城門(じょうもん)に入(い)る可(べ)からず、請(こ)うて館駅(かんえき)に投(とう)じて名(な)を簿(ぼ)に注(しる)し上(のぼ)し、下官(げかん)の名(な)を執(と)りて駕(が)に奏(そう)し、引(いん=通行証(つうこうしょう))を験(あらた)めて放行(ほうこう)するを待(ま)て」。 三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)いて馬(うま)を下(お)り、観看(かんかん)するにかの衙門(がもん=役所(やくしょ))の上(うえ)に一扁(いっぺん=一枚(いちまい)の扁額(へんがく))有って、上(うえ)に「迎陽駅(げいようえき)」の三字(さんじ)を書(か)けり。長老(ちょうろう)言う、「悟空(ごくう)、あの村舎(むら)の人家(じんか)の伝言(つて)は是(こ)れ実(まこと)なり、果(はた)して迎陽(げいよう)の駅(えき)有り」。沙僧(しゃそう)笑って言う、 「二哥(にいさん)、汝(なんじ)は却(かえ)って往(ゆ)きて照胎泉(しょうたいせん)の辺(ほとり)に照(てら)して、双影(そうえい=二重(にじゅう)の影(かげ))の有るや否(いな)やを看(み)よ」。八戒(はっかい)言う、「我(われ)を弄(からか)うこと莫(な)かれ! 我(われ)は自(おのずか)らあの盞児(さかずき)の落胎泉(らくたいせん)の水(みず)を飲(の)みてより、已(すで)に此(ここ)に胎(たい)を打(う)ち下(おろ)したれば、還(また)彼(かれ)を照(てら)して怎(なん)ぞや」。三蔵(さんぞう)は頭(こうべ)を回(めぐ)らして吩咐(ふんぷ=言(い)いつ)けて言う、「悟能(ごのう)、謹言(きんげん=慎(つつし)んで言(い)え)! 謹言!」 遂(つい)に上前(すすみで)てかの女官(にょかん)と礼(れい)を作(な)す。女官(にょかん)は路(みち)を引(みちび)き、彼等(かれら)を請(しょう)じて皆(みな)駅内(えきない)に進(すす)み入(い)らしめ、正庁(せいちょう)に坐(ざ)せしめ、即(すなわ)ち茶(ちゃ)を看(だ)すを喚(よ)ぶ。又(また)見(み)るにかの手下(しゅか)の者(もの)は尽(ことごと)く是れ三綹(さんりゅう=三(み)つ分(わ)け)の髪(かみ)を梳(と)かし、両截(りょうせつ=二(ふた)つ切(ぎ))りの衣(い)を穿(き)るの類(たぐい)にして、汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の茶(ちゃ)を拿(と)る者(もの)もまた笑(わら)う。少頃(しばらく)にして茶(ちゃ)罷(おわ)り、女官(にょかん)は身(み)を欠(か)いて問(と)うて曰(いわ)く、「使客(しきゃく)は何処(いずこ)より来(きた)れるか」。行者言う、「我等(われら)は乃(すなわ)ち東土大唐王(とうどだいとうおう)の駕下(がか=御代(みよ))の欽差(きんさ=勅使(ちょくし))の、西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。我が師父(しふ)は便(すなわ)ち是れ唐王(とうおう)の御弟(ぎょてい)、号(ごう)して唐三蔵(とうさんぞう)と曰(い)い、我(われ)は乃(すなわ)ち彼(かれ)が大徒弟(だいとてい)孫悟空(そんごくう)、この二箇(ふたり)は是れ我が師弟(してい)の猪悟能(ちょごのう)・沙悟浄(しゃごじょう)、一行(いっこう)馬(うま)を連(つれだ)って五口(ごく=五名(ごめい))なり。身(み)に随(したが)えて通行文牒(つうこうぶんちょう)有り、乞(こ)う照験(しょうけん=照合(しょうごう))して放行(ほうこう)し給(たま)え」。かの女官(にょかん)は筆(ふで)を執(と)って書き罷(おわ)り、下(お)り来(きた)りて頭(こうべ)を叩(たた)いて言う、「老爺(ろうや)罪(つみ)を恕(ゆる)し給(たま)え、下官(げかん)は乃(すなわ)ち迎陽駅(げいようえき)の駅丞(えきじょう)なり、実(じつ)に上邦(じょうほう=大国(たいこく))の老爺(ろうや)なるを知(し)らず、知(し)らば当(まさ)に遠(とお)く迎(むか)う可(べ)かりしを」。拝(はい)し畢(おわ)りて身(み)を起(おこ)し、即(すなわ)ち管事(かんじ=係(かかり))の者(もの)に令(れい)じて飲饌(いんせん=飲食(いんしょく))を安排(あんばい)せしめ、言う、「爺爺(やや)たちは一時(ひととき)寛(くつろ)ぎ坐(ざ)し、下官(げかん)の城(しろ)に進(すす)み入(い)りて我(わ)が王(おう)に啓奏(けいそう)し、関文(かんぶん=通行証(つうこうしょう))を倒換(とうかん=書(か)き換(か))え、領給(りょうきゅう=下賜(かし))を打発(ほっぱつ=支給(しきゅう))し、老爺(ろうや)たちを送(おく)りて西(にし)に進(すす)ましめんを待(ま)て」。三蔵(さんぞう)は欣然(きんぜん)として坐(ざ)するは題(だい)せず。 且(しばら)く説(と)くはかの駅丞(えきじょう)は衣冠(いかん)を整(ととの)え、径(ただ)ちに城中(じょうちゅう)の五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に入(い)り、黄門官(こうもんかん)に向かって言う、 「我(われ)は是れ迎陽館駅(げいようかんえき)の丞(じょう)なり、事(こと)有って駕(が)に見(まみ)えんとす」。黄門(こうもん)は即時(そくじ)に啓奏(けいそう)し、旨(むね)を降(くだ)して伝宣(でんせん)して殿(でん)に至(いた)らしめ、問(と)うて曰(いわ)く、「駅丞(えきじょう)に何(なん)の事(こと)有って奏(そう)し来(きた)れるか」。駅丞(えきじょう)言う、「微臣(びしん)駅(えき)に在(あ)りて、東土大唐王(とうどだいとうおう)の御弟(ぎょてい)唐三蔵(とうさんぞう)を接(むか)え得(えた)り。三箇(みっつ)の徒弟(でし)有って、名(な)を孫悟空(そんごくう)・猪悟能(ちょごのう)・沙悟浄(しゃごじょう)と喚(よ)び、馬(うま)を連(つれだ)って五口(ごめい)、西天(せいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を取(と)らんと欲(ほっ)す。特に来(きた)りて主公(しゅこう=主君(しゅくん))に啓奏(けいそう)す、彼(かれ)をして関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)えて放行(ほうこう)することを許(ゆる)さる可(べ)きか」。女王(じょおう)は奏(そう)を聞(きこ)し召(め)されて心(こころ)に満(み)つるまで喜(よろこ)び、衆(しゅう)の文武(ぶんぶ)に対(むか)って言う、「寡人(かじん=我(われ))夜来(やらい=昨夜(さくや))夢(ゆめ)に金屏(きんぺい=金(きん)の屏風(びょうぶ))の彩艶(さいえん)を生(しょう)じ、玉鏡(ぎょくきょう=玉(ぎょく)の鏡(かがみ))の光明(こうみょう)を展(の)ぶるを見(み)たり、乃(すなわ)ち是れ今日(こんにち)の喜兆(きちょう=吉兆(きっちょう))なり」。衆(しゅう)の女官(にょかん)は丹墀(たんち=殿前(でんぜん)の庭(にわ))に擁(かこ)み拝(はい)して言う、「主公(しゅこう)、怎(いか)でか是れ今日(こんにち)の喜兆(きっちょう)なるを見(み)んとする」。女王(じょおう)言う、「東土(とうど)の男人(だんじん)、乃(すなわ)ち唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)なり。我(わ)が国中(こくちゅう)は混沌(こんとん)の開闢(かいびゃく=天地(てんち)の始(はじ))まれるの時(とき)より、累代(るいだい)の帝王(ていおう)に、更(さら)に曾(かつ)て一箇の男人(おとこ)の此処(ここ)に至(いた)れるを見(み)ず。幸(さいわい)に今(いま)唐王(とうおう)の御弟(ぎょてい)の降(くだ)り給(たま)えるは、想(おも)うに是れ天(てん)の賜(たま)えるならん。寡人(かじん)は一国(いっこく)の富(とみ)を以(も)って、願(ねが)わくは御弟(ぎょてい)を招(まね)きて王(おう)と為(な)し、我(われ)は願(ねが)わくは后(きさき)と為(な)り、彼(かれ)と陰陽(いんよう)配合(はいごう)し、子(こ)を生(う)み孫(まご)を生(う)み、永(とこしな)えに帝業(ていぎょう)を伝(つた)えん、却(かえ)って是れ今日(こんにち)の喜兆(きっちょう)ならずや」。衆(しゅう)の女官(にょかん)は拝舞(はいぶ)して称揚(しょうよう)し、歓悦(かんえつ)せざるは無(な)し。駅丞(えきじょう)又(また)奏(そう)して言う、「主公(しゅこう)の論(ろん)は、乃(すなわ)ち万代(ばんだい)に家(いえ)を伝(つた)うるの好(よ)しきなり。但(た)だ只(た)だ是れ御弟(ぎょてい)の三徒(さんと)は凶悪(きょうあく)にして、相貌(そうぼう)を成(な)さず」。女王(じょおう)言う、「卿(けい)は御弟(ぎょてい)の怎(いか)なる形(かたち)なるを、彼(かれ)が徒弟(でし)の怎(いか)に凶丑(きょうしゅう=醜(みにく)き)なるを見(み)しや」。駅丞(えきじょう)言う、「御弟(ぎょてい)は相貌堂堂(そうぼうどうどう)として、丰姿(ほうし=姿(すがた))英俊(えいしゅん=秀(ひい)で)たり、誠(まこと)に是れ天朝(てんちょう)上国(じょうこく)の男児(だんじ)、南贍中華(なんせんちゅうか)の人物(じんぶつ)なり。かの三徒(さんと)は却(かえ)って是れ形容(けいよう)獰悪(どうあく)にして、相貌(そうぼう)精(せい)の如(ごと)し」。女王(じょおう)言う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、彼(かれ)が徒弟(でし)を把(と)りて彼(かれ)に領給(りょうきゅう)を与(あた)え、関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、彼(かれ)を打発(ほっぱつ)して西天(せいてん)に往(ゆ)かしめ、只(た)だ御弟(ぎょてい)を留(とど)め置(お)かば、何(なん)の不可(ふか)か有らん」。衆官(しゅうかん)拝奏(はいそう)して言う、「主公(しゅこう)の言(こと)は極(きわ)めて当(とう)を得(えた)り、臣等(しんら)は此(これ)を欽(つつし)み此を遵(したが)わん。 但(た)だ只(た)だ是れ匹配(ひっぱい=娶(めと)り合(あ)い)の事(こと)、媒(なこうど)無(な)くんば可(べ)からず、古(いにしえ)より道(い)う『姻縁(いんえん)の配合(はいごう)は紅葉(こうよう)に凭(よ)り、月老(げつろう)の夫妻(ふさい)は赤縄(せきじょう)に系(かか)る』と」。女王(じょおう)言う、「卿(けい)の奏(そう)する所(ところ)に依(よ)らば、就(すなわ)ち当駕(とうが=当番(とうばん))の太師(たいし)をして媒(なこうど)を作(な)さしめ、迎陽駅丞(げいようえきじょう)をして主婚(しゅこん)せしめ、先(ま)ず駅中(えきちゅう)に往(ゆ)きて御弟(ぎょてい)と親(しん)を求(もと)めしめよ。彼(かれ)の許可(きょか)するを待(ま)ちて、寡人(かじん)は却(かえ)って駕(が)を擺(し)きて城(しろ)を出(い)でて迎(むか)えん」。かの太師(たいし)駅丞(えきじょう)は旨(むね)を領(りょう)じて朝(ちょう)を出(い)づ。 さて三蔵(さんぞう)師徒(しと)たちは駅庁(えきちょう=駅(えき)の広間(ひろま))の上(うえ)に在って正(まさ)に斎飯(さいはん)を享(う)けおるに、只(た)だ見(み)るに外(そと)の者(もの)の報(しら)ずる有り、「当駕(とうばん)の太師(たいし)が我等(われら)が本官(ほんかん)の老姆(ろうぼ)と来(きた)れり」と。三蔵(さんぞう)言う、「太師(たいし)の来(きた)れるは却(かえ)って是れ何(なん)の意(こころ)ぞ」。八戒(はっかい)言う、「怕(おそ)らくは是れ女王(じょおう)の我等(われら)を請(しょう)ぜんとするならん」。行者言う、「是れ相(あい)請(しょう)ずるに非(あら)ず、便(すなわ)ち是れ親(しん)を説(と)くならん」。 三蔵(さんぞう)言う、「悟空(ごくう)、假如(も)し放(はな)たずして、強(し)いて成親(せいしん=夫婦(ふうふ)の契(ちぎ)り)を逼(せま)らば、却(かえ)って怎(いか)でか是れ好(よ)からん」。行者言う、 「師父(しふ)は只管(ひたす)ら彼(かれ)に允(ゆる)し給(たま)え、老孫(ろうそん)に自(おのずか)ら処治(しょち=始末(しまつ))有(あ)るのみ」。 説(と)き了(おわ)らぬに、二(ふたり)の女官(にょかん)は早(はや)くも至(いた)り、長老(ちょうろう)に対(むか)いて下拝(げはい)す。長老(ちょうろう)は一一(いちいち)礼(れい)を返(かえ)して言う、「貧僧(ひんそう)は出家人(しゅっけにん)なり、何(なん)の徳(とく)能(のう)有って、敢(あ)えて大人(たいじん)の下拝(げはい)を労(ろう)せん」。かの太師(たいし)は長老(ちょうろう)の相貌(そうぼう)の軒昂(けんこう=立派(りっぱ))なるを見(み)て、心(こころ)の中(うち)にひそかに喜(よろこ)んで言う、「我(わ)が国中(こくちゅう)に実(じつ)に造化(ぞうか=幸運(こううん))有り、この男子(だんし)は、却(かえ)ってまた我(わ)が王(おう)の夫(つま)と做(な)るを得(う)べし」。二官(にかん)は拝(はい)し畢(おわ)りて起(た)ち上(あが)り、左右(さゆう)に侍立(じりつ)して言う、「御弟(ぎょてい)爺爺(やや)、万千(ばんせん)の喜(よろこ)びなり!」 三蔵(さんぞう)言う、「我(われ)は出家人(しゅっけにん)、喜(よろこび)は何処(いずこ)よりか来(きた)らん」。太師(たいし)は身(み)を躬(くぐ)めて言う、「此処(ここ)は乃(すなわ)ち西梁女国(せいりょうじょこく)、国中(こくちゅう)自(おのずか)ら来(きた)って一箇の男子(おとこ)も没(な)し。今(いま)幸(さいわい)に御弟(ぎょてい)爺爺(やや)の降臨(こうりん)せるを、臣(しん)は我(わ)が王(おう)の旨意(しい)を奉(ほう)じて、特に来(きた)りて親(しん)を求(もと)むるなり」。三蔵(さんぞう)言う、「善(よ)い哉(かな)! 善い哉! 我(われ)が貧僧(ひんそう)は只身(たびと)にて貴地(きち)に来(きた)り到(いた)れるのみ、又(また)児女(じにょ=子供(こども))の相随(したが)うも無(な)く、止(た)だ頑徒(がんと=愚(おろ)かなる弟子(でし))三箇(みっつ)有るのみ、大人(たいじん)の求(もと)むるは是れ何(いず)れの箇の親事(しんじ)なるかを知(し)らず」。駅丞(えきじょう)言う、 「下官(げかん)纔(さっき)朝(ちょう)に進(すす)み入(い)りて啓奏(けいそう)せしに、我(わ)が王(おう)は十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、『夜来(ゆうべ)一箇の吉夢(きちむ)を得(え)て、金屏(きんぺい)の彩艶(さいえん)を生(しょう)じ、玉鏡(ぎょくきょう)の光明(こうみょう)を展(の)ぶるを夢(ゆめ)に見(み)たり』と道(のたま)い、御弟(ぎょてい)の乃(すなわ)ち中華(ちゅうか)上国(じょうこく)の男児(だんじ)なるを知(し)り、我(わ)が王(おう)は願(ねが)わくは一国(いっこく)の富(とみ)を以(も)って、御弟(ぎょてい)爺爺(やや)を招贅(しょうぜい=婿(むこ)に迎(むか)え)して夫(つま)と為(な)し、南面(なんめん)に坐(ざ)して孤(こ=王(おう)の自称(じしょう))と称(とな)えさせんとし、我(わ)が王(おう)は願(ねが)わくは帝后(ていごう)と為(な)らんとす。旨(むね)を伝(つた)えて太師(たいし)をして媒(なこうど)を作(な)さしめ、下官(げかん)をして主婚(しゅこん)せしめ、此(こ)の故(ゆえ)に特に来(きた)りてこの親事(しんじ)を求(もと)むるなり」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、頭(こうべ)を低(た)れて語(かた)らず。太師(たいし)言う、「大丈夫(だいじょうふ)は時(とき)に遇(あ)えば錯(あやま)つ可(べ)からず、この如(ごと)き招贅(むこいれ)の事(こと)は、天下(てんか)に雖(いえど)も有(あ)り;国(くに)を托(たく)するの富(とみ)は、世上(せじょう)に実(じつ)に稀(まれ)なり。請(こ)う御弟(ぎょてい)速(すみやか)に允(ゆる)し給(たま)え、庶幾(こいねがわ)くは好(よ)く回奏(かいそう)せん」。長老(ちょうろう)は愈々(いよいよ)痴瘂(ちあ=唖(おうし)の如(ごと)く)たり。 八戒(はっかい)は傍(かたわら)に在って碓挺嘴(たいていし=杵(きね)の如(ごと)き嘴(くちばし))を掬(すく)いて叫(さけ)んで言う、「太師(たいし)、汝(なんじ)往(ゆ)きて国王(こくおう)に上復(じょうふく=申(もう)し上(あ)げ)せよ:『我が師父(しふ)は乃(すなわ)ち久(ひさ)しく修(おさ)めて道(みち)を得(えた)る羅漢(らかん)なれば、決(けっ)して汝(なんじ)が国(くに)を托(たく)するの富(とみ)を愛(あい)せず、また汝(なんじ)が国(くに)を傾(かたむ)くるの容(かたち)をも愛(あい)せず、些(いささ)か早(はや)く関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、彼(かれ)を打発(ほっぱつ)して西(にし)に往(ゆ)かしめ、我(われ)を此処(ここ)に留(とど)めて招贅(むこいれ)せしめよ』と、如何(いかん)」。太師(たいし)は説(と)くを聞(き)き、胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)き、敢(あ)えて回話(かいわ=返答(へんとう))せず。駅丞(えきじょう)言う、「汝(なんじ)は是れ一箇の男身(だんしん=男(おとこ)の体(からだ))なるといえども、但(た)だ只(た)だ形容(けいよう)醜陋(しゅうろう)にして、我(わ)が王(おう)の意(こころ)に中(あた)らず」。八戒(はっかい)笑って言う、「汝(なんじ)は甚(はなは)だ通変(つうへん=臨機応変(りんきおうへん))ならず、常言(じょうげん)に『粗柳簸箕(そりゅうはき=粗(あら)き柳(やなぎ)は箕(み)を簸(ひる))細柳斗(さいりゅうと=細(ほそ)き柳(やなぎ)は斗(ます)』と道(い)う、世上(せじょう)誰(たれ)か男児(おとこ)の醜(みにく)きを見(み)んや」。行者言う、「呆子(ほうし)、胡談(でたらめ)を得(う)る莫(な)かれ、師父(しふ)の尊意(そんい)に任(まか)せよ、行(おこな)う可(べ)きは則(すなわ)ち行い、止(や)む可(べ)きは則ち止め、媒妁(ばいしゃく=仲人(なこうど))の工夫(くふう=手間(てま))を担閣(たんかく=遅(おく)ら)すこと莫(な)かれ」。三蔵(さんぞう)言う、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)の怎(いか)に説(と)くも好(よ)し!」 行者言う、「老孫(ろうそん)に依(よ)りて説(と)かば、汝(なんじ)が此処(ここ)に在(あ)るもまた好(よ)し、古(いにしえ)より道(い)う『千里(せんり)の姻縁(いんえん)は線(いと)の牽(ひ)くに似(に)たり』と、何処(いずこ)にまたこの般(ごと)き相応(そうおう=釣合(つりあ)い)の処(ところ)有らんや」。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)よ、我等(われら)が此処(ここ)に在って富貴(ふうき)を貪図(たんず=貪(むさぼ)り図(はか))らば、誰(たれ)か却(かえ)って西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らん。那(なん)ぞ我(わ)が大唐(だいとう)の帝主(ていしゅ)を望(のぞみ)を壊(こわ)さざらんや」。太師(たいし)言う、「御弟(ぎょてい)上(かみ)に在(あ)れ、微臣(びしん)敢(あ)えて言(こと)を隠(かく)さず。我(わ)が王(おう)の旨意(しい)は、元(もと)只(た)だ御弟(ぎょてい)を求(もと)めて親(しん)と為(な)すを教(おし)えるのみ、汝(なんじ)が三位(さんい)の徒弟(でし)をして会親(かいしん=親戚(しんせき)の会(かい))の筵宴(えんえん)に赴(おもむ)かしめ、領給(りょうきゅう)を発付(ほっぷ=支給(しきゅう))し、関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)えて、西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめんとす」。行者言う、「太師(たいし)の説(と)くは理(り)有り、我等(われら)は作難(さくなん=難(なん)じ渋(しぶ))るに及(およ)ばず、情願(ねが)わくは師父(しふ)を留(とど)め置(お)き、汝(なんじ)が主(あるじ)と夫(つま)と為(な)らしめ、関文(つうこうしょう)を快(はや)く換(か)え、我等(われら)を打発(ほっぱつ)して西(にし)に去(さ)らしめ、経(きょう)を取(と)りて回(かえ)り来(きた)るを待(ま)ちて、好(よ)く此処(ここ)に到(いた)りて爺娘(やじょう=父母(ふぼ))に拝(はい)し、盤纏(ばんてん=旅費(りょひ))を討(もと)め、大唐(だいとう)に回(かえ)らん」。かの太師(たいし)と駅丞(えきじょう)は行者に対(むか)いて礼(れい)を作(な)して言う、「多謝(たしゃ)老師(ろうし)の玉成(ぎょくせい=成就(じょうじゅ))の恩(おん)!」 八戒(はっかい)言う、「太師(たいし)、切(きっ)と口(くち)の裡(うち)に菜碟児(さいてつ=菜(さい)の皿(さら))を擺(なら)ぶることを要(よう)する莫(な)かれ、既(すで)に我等(われら)の許諾(きょだく)せる上(うえ)は、且(しばら)く汝(なんじ)が主(あるじ)をして先(ま)ず一席(いっせき)を安排(あんばい)せしめ、我等(われら)と一鍾(ひとさかずき)の肯酒(こうしゅ=承諾(しょうだく)の酒(さけ))を飲(の)ましめよ、如何(いかん)」。太師(たいし)言う、「有(あ)り有り有り、就(すなわ)ち筵宴(えんえん)を擺設(はいせつ)し来(きた)らしめん」。かの駅丞(えきじょう)と太師(たいし)は歓天喜地(かんてんきち=大喜(おおよろこ)び)して女主(じょしゅ)に回奏(かいそう)するは題(だい)せず。 さて唐長老(とうちょうろう)は一把(ひとつかみ)に行者を扯(ひ)き住(とど)め、罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)この猿頭(えんとう=猿(さる)め)、我(われ)を弄(ろう)し殺(ころ)すなり! どうしてこの般(ごと)き話(はなし)を説(と)き出(いだ)し、我(われ)をして此処(ここ)に在って婚(こん)を招(まね)かしめ、汝等(なんじら)は西天(せいてん)に仏(ほとけ)を拝(はい)し、我(われ)は就(すなわ)ち死(し)するともまた敢(あ)えて此(か)くの如(ごと)くせじ」。行者言う、「師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て、老孫(ろうそん)豈(あに)汝(なんじ)が性情(せいじょう)を知(し)らざらんや、但(た)だ只(た)だ是れ此(こ)の地(ち)に到(いた)り、此(こ)の人(ひと)に遇(あ)いては、将(まさ)に計(けい)に就(つ)きて計(けい)を将(も)ちいざるを得(え)ざるのみ!」 三蔵(さんぞう)言う、「怎(いか)なるをか将計就計(しょうけいしゅうけい)と做(な)すか」。行者言う、「汝(なんじ)若(も)し住(とど)まる法児(ほうじ=やり方(やりかた))を使(つか)いて彼(かれ)に允(ゆる)さざれば、彼(かれ)は便(すなわ)ち肯(あ)えて関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)えず、我等(われら)を放(はな)ちて路(みち)を走(はし)らしめず。倘(も)し或(ある)いは意(こころ)悪(あ)しく心(こころ)毒(どく)にして、多くの者(もの)を喝令(かつれい)して汝(なんじ)が肉(にく)を割(さ)らせ、甚(なん)の香袋(こうたい)かを做(つく)らしめば、我等(われら)豈(あに)善報(ぜんぽう=良(よ)い報(むく)い)有(あ)らんや。一定(きっと)降魔蕩怪(ごうまとうかい)の神通(じんつう)を使(つか)い出(いだ)さざるを得(え)ず。汝(なんじ)知(し)れるか、我等(われら)の手脚(しゅきゃく=手足(てあし))はまた重(おも)く、器械(きかい=武器(ぶき))はまた凶(きょう)なり、但(た)だ手(て)を動(うご)かし兒(ちょっと)するも、この一国(いっこく)の人(ひと)を尽(ことごと)く打(う)ち殺(ころ)さん。彼(かれ)らは我等(われら)を阻(へだ)て擋(さえぎ)るといえども、却(かえ)って是れ怪物(かいぶつ)妖精(ようせい)に非(あら)ず、還(また)是れ一国(いっこく)の人身(じんしん=人(ひと)の身(み))なり;汝(なんじ)は又(また)平素(へいそ=日頃(ひごろ))是れ一箇の善(ぜん)を好(この)み慈悲(じひ)なる人(ひと)にて、路(みち)の上(うえ)に一霊(いちれい=一(ひと)つの魂(たましい))も損(そこな)わず、若(も)し無限(むげん)の平人(へいじん=一般(いっぱん)の人(ひと))を打(う)ち殺(ころ)さば、汝(なんじ)が心(こころ)怎(いか)でか忍(しの)ばん! 誠(まこと)に不善(ふぜん)を為(な)すなり」。三蔵(さんぞう)は説(と)くを聞(き)きて、言う、「悟空(ごくう)、この論(ろん)は最(もっと)も善(よ)し。但(た)だ恐(おそ)らくは女主(じょしゅ)の我(われ)を招(まね)きて内(うち)に入(い)れ、夫婦(ふうふ)の礼(れい)を行(おこな)わんと要(よう)し、我(われ)怎(いか)でか肯(あ)えて元陽(げんよう=男(おとこ)の精気(せいき))を喪(うしな)い、仏家(ぶっけ)の徳行(とくぎょう)を敗壊(はいかい)し;真精(しんせい)を走(はし)らせ、本教(ほんきょう)の人身(じんしん)を墜落(ついらく)せんや」。行者言う、「今日(こんにち)親事(しんじ)を允(ゆる)しなば、彼(かれ)は一定(きっと)皇帝(こうてい)の礼(れい)を以(も)って、駕(が)を擺(し)きて城(しろ)を出(い)でて汝(なんじ)を迎(むか)えん。汝(なんじ)は更(さら)に辞(じ)を推(お)すことを要(よう)せず、就(すなわ)ち彼(かれ)が鳳輦龍車(ほうれんりゅうしゃ=鳳凰(ほうおう)と龍(りゅう)の車(くるま))に坐(ざ)し、宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、面(おもて)を南(みなみ)にして坐(ざ)し、女王(じょおう)に向(むか)い御宝(ぎょほう)の印信(いんしん=印(いん))を取(と)り出(いだ)さしめ、我等(われら)兄弟(きょうだい)を宣(せん)して朝(ちょう)に進(すす)み入(い)らしめ、通行文牒(つうこうぶんちょう)を把(と)りて印(いん)を用(もち)いしめ、再(ふたた)び女王(じょおう)を請(こ)うて一箇の手字花押(しゅじかおう=自署(じしょ)と花押(かおう))を写(うつ)させ、僉押(せんおう=連署(れんしょ))して交付(こうふ)して我等(われら)に与(あた)えしめよ。一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))に筵宴(えんえん)を擺(なら)ばしめ、就(すなわ)ち女王(じょおう)と会喜(かいき=祝(いわ)いの宴(うたげ))するに当(あ)て、就(すなわ)ち我等(われら)と送行(そうこう=見送(みおく)り)を為(な)さしめよ。筵宴(えんえん)の已(すで)に畢(おわ)るを待(ま)ちて、再(ふたた)び駕(が)を排(なら)ばしめ、只(た)だ我等(われら)三人(さんにん)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)で、回(かえ)り来(きた)りて女王(じょおう)と配合(はいごう)せんと説(と)け。彼(かれ)が君臣(くんしん)を哄(たぶら)かして歓悦(かんえつ)せしめ、更(さら)に阻(へだ)て擋(さえぎ)るの心(こころ)無(な)からしめ、また毒悪(どくあく)の念(ねん)を起(おこ)さざらしめ、却(かえ)って城外(じょうがい)に送(おく)り出(いだ)すを待(ま)ちて、汝(なんじ)は龍車鳳輦(りゅうしゃほうれん)を下(お)り、沙僧(しゃそう)をして左右(さゆう)に伺候(しこう=控(ひか)え)しめ、汝(なんじ)の白馬(はくば)に騎(の)るを伏侍(ぶくじ)せしめ、老孫(ろうそん)は却(かえ)って一箇の定身法(じょうしんぽう=身動(みうご)きを封(ふう)ずる法(ほう))を使(つか)い、彼(かれ)が君臣(くんしん)人等(じんとう)をして皆(みな)動(うご)くこと能(あた)わざらしめ、我等(われら)は大路(たいろ)に順(したが)いて只管(ひたすら)に西(にし)に向(むか)いて行(ゆ)かん。行(ゆ)くこと一昼夜(いっちゅうや)ならば、我(われ)は却(かえ)って一箇の呪(じゅ)を念(ねん)じ、術法(じゅっぽう)を解(と)き、還(また)彼(かれ)が君臣(くんしん)たちをして蘇生(そせい)し城(しろ)に回(かえ)らしめん。一(ひとつ)には彼(かれ)らの性命(しょうみょう)を傷(そこな)わず、二(ふたつ)には汝(なんじ)が元神(げんしん=魂(たましい))を損(そこな)わず。これを假親脱網(かりしんだつもう=偽(いつわ)りの婚姻(こんいん)にて網(あみ)を脱(のが)る)の計(けい)と做(な)す、豈(あに)一挙両全(いっきょりょうぜん)の美(び)に非(あら)ずや」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、酔(よ)いしが方(まさ)に醒(さ)め、夢(ゆめ)の初(はじ)めて覚(さ)むるが如(ごと)く、楽(たのし)んで以(も)って憂(うれい)を忘(わす)れ、称謝(しょうしゃ)尽(つ)くる所(ところ)を知(し)らずして言う、「深(ふか)く賢徒(けんと)の高見(こうけん)を感(かん)ず」。四衆(ししゅう)は心(こころ)を同(おな)じくし意(い)を合(あ)わせ、正(まさ)に自(おのずか)ら商量(しょうりょう=相談(そうだん))するは題(だい)せず。 さてかの太師(たいし)と駅丞(えきじょう)は宣詔(せんしょう=召(め)し)を等(ま)たず、直(ただ)ちに朝門(ちょうもん)に入(い)り白玉階(はくぎょくかい=白玉(はくぎょく)の階(きざはし))の前(まえ)に奏(そう)して言う、 「主公(しゅこう)の佳夢(かむ=良(よ)き夢(ゆめ))は最(もっと)も準(かな)えり、魚水(ぎょすい=夫婦(ふうふ))の歓(よろこび)は就(な)れり」。女王(じょおう)は奏(そう)を聞(きこ)し召(め)され、珠簾(しゅれん=珠(たま)の簾(すだれ))を巻(ま)き、龍床(りゅうしょう)を下(お)り、桜唇(おうしん=桜(さくら)の唇(くちびる))を啓(ひら)き、銀歯(ぎんし=銀(ぎん)の歯(は))を露(あらわ)し、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として嬌声(きょうせい=嬌(なまめ)かしき声(こえ))に問(と)うて曰(いわ)く、「賢卿(けんけい)、御弟(ぎょてい)に見(まみ)えて、怎(いか)に説(と)き来(きた)れるか」。 太師(たいし)言う、「臣(しん)等(ら)駅(えき)に到(いた)り、御弟(ぎょてい)に拝見(はいけん)し畢(おわ)り、即(すなわ)ち求親(きゅうしん)の事(こと)を備(つぶさ)に言(い)えり。御弟(ぎょてい)には還(また)推托(すいたく=辞退(じたい))の辞(ことば)有りしが、幸(さいわい)に彼(かれ)が大徒弟(だいとてい)の慨然(がいぜん)として見允(けんいん=承諾(しょうだく))し、願(ねが)わくは彼(かれ)が師父(しふ)を留(とど)めて我(わ)が王(おう)と夫(つま)と為(な)さしめ、面(おもて)を南(みなみ)にして帝(てい)と称(とな)えしめ、只(た)だ先(ま)ず関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、彼(かれ)が三人(さんにん)を打発(ほっぱつ)して西(にし)に去(さ)らしめんことを教(おし)えるのみ;経(きょう)を取(と)り得(えて)回(かえ)り来(きた)らば、好(よ)く此処(ここ)に到(いた)りて爺娘(ふぼ)に拝認(はいにん)し、盤費(りょひ)を討(もと)めて大唐(だいとう)に回(かえ)らんとす」。女王(じょおう)笑って言う、「御弟(ぎょてい)にはまた何(なん)の説(ことば)か有(あ)る」。 太師(たいし)奏(そう)して言う、「御弟(ぎょてい)は言(い)わず、願(ねが)わくは我(わ)が主(あるじ)に配(はい)せんとす、只(た)だ是れ彼(かれ)があの二徒弟(にてい)が、先(ま)ず席(せき)の肯酒(こうしゅ)を食(くら)わんと要(よう)するのみ」。女王(じょおう)は言(こと)を聞(きこ)し召(め)され、即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて光禄寺(こうろくじ)に宴(えん)を排(なら)ばしめ、一壁廂(いっぽう)に大駕(たいが)を排(なら)ばしめ、城(しろ)を出(い)でて夫君(ふくん=夫(つま))を迎(むか)えしむ。衆(しゅう)の女官(にょかん)は即(すなわ)ち王命(おうめい)を欽遵(きんじゅん=謹(つつし)んで遵(したが))い、宮殿(きゅうでん)を掃除(そうじ)し、庭台(ていだい=庭(にわ)と台(だい))を鋪設(ふせつ)す。一班児(ひとむれ)の宴(えん)を擺(なら)ぶ者(もの)は、火速(かそく=大急(おおいそ)ぎ)に安排(あんばい)し;一班児の駕(が)を擺(なら)ぶ者(もの)は、流星(りゅうせい)の如(ごと)く整備(せいび)す。汝(なんじ)看(み)よかの西梁国(せいりょうこく)は是れ婦女(ふじょ)の邦(くに)なるといえども、かの鑾輿(らんよ=天子(てんし)の車(くるま))は中華(ちゅうか)の盛(さかん)なるに亜(つ)がず、但(た)だ見(み)るに── 六龍(ろくりゅう)彩(いろどり)を噴(ふ)き、 双鳳(そうほう)祥(しょう)を生(しょう)ず。 六龍(ろくりゅう)彩(いろどり)を噴(ふ)きて車(くるま)を扶(たす)けて出(い)で、 双鳳(そうほう)祥(しょう)を生(しょう)じて輦(れん)に駕(が)して来(きた)る。 馥蘛(ふくいく=芳(かんば)し)たる異香(いこう)藹(あい)たり、 氤氳(いんうん)たる瑞気(ずいき)開(ひら)く。 金魚(きんぎょ)玉佩(ぎょくはい)多官(たかん)擁(かこ)み、 宝髻(ほうけい)雲鬟(うんかん)衆女(しゅうじょ)排(なら)ぶ。 鴛鴦(えんおう)の掌扇(しょうせん)鑾駕(らんが)を遮(さえぎ)り、 翡翠(ひすい)の珠簾(しゅれん)鳳釵(ほうさ)を影(えい)ず。 笙歌(しょうか)音(おと)美(うつく)しく、 弦管(げんかん)声(こえ)諧(との)う。 一片(いっぺん)の歓情(かんじょう)碧漢(へきかん)を冲(つ)き、 無辺(むへん)の喜気(きき)霊台(れいだい)より出(い)づ。 三檐(さんえん)の羅蓋(らがい)天宇(てんう)を揺(ゆる)がし、 五色(ごしき)の旌旗(せいき)御階(ぎょかい)に映(えい)ず。 此(こ)の地(ち)自(おのずか)ら来(きた)りて合卺(ごうきん=盃(さかずき)を交(か)わすこと無(な)きに、 女王(じょおう)今日(こんにち)男才(だんさい=男(おとこ)の才(さい))に配(はい)す。 多(おお)からず時(とき)にして、大駕(たいが)は城(しろ)を出(い)で、早(はや)くも迎陽館駅(げいようかんえき)に到(いた)る。忽(たちま)ち人(ひと)有って三蔵(さんぞう)師徒(しと)に報(しら)せて言う、 「駕(が)が到(いた)られたり」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち三徒(さんと)と衣(い)を整(ととの)えて庁(ひろま)を出(い)でて駕(が)を迎(むか)う。女王(じょおう)は簾(すだれ)を巻(ま)き輦(れん)を下(お)りて言う、「那(いず)れの一位(いちい)か是れ唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)なる」。太師(たいし)指(ゆびさ)して言う、「あの駅門外(えきもんがい)の香案前(こうあんぜん=香(こう)の案(あん)の前(まえ))に襴衣(らんい=襴(らん)のある衣(ころも))を穿(き)たる者(もの)が便(すなわ)ち是れなり」。女王(じょおう)は鳳目(ほうもく)を閃(ひらめ)かし、蛾眉(がび)を簇(あつ)め、仔細(しさい)に観看(かんかん)すれば、果(はた)して一表非凡(いっぴょうひぼん=並(なみ)ならぬ風采(ふうさい))なり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)を── 丰姿(ほうし)英偉(えいい)にして、 相貌(そうぼう)軒昂(けんこう)たり。 歯白(はしろ)くして銀(ぎん)を砌(みが)くが如(ごと)く、 唇紅(くちあか)くして口(くち)四方(しほう)なり。 頂(いただき)平(たいら)かに額(ひたい)闊(ひろ)く天倉(てんそう)満(み)ち、 目秀(めひい)で眉清(まゆきよ)く地閣(ちかく=顎(あご))長(なが)し。 両耳(りょうじ)に輪(りん)有って真(まこと)の傑士(けっし)、 一身(いっしん)俗(ぞく)ならず是れ才郎(さいろう)なり。 好(よ)き箇の妙齢(みょうれい)聡俊(そうしゅん)風流(ふうりゅう)の子(し)、 西梁(せいりょう)の窈窕(ようちょう=奥(おく)ゆかしき)の娘(むすめ)に配(はい)す可(べ)し。 女王(じょおう)は看(み)てあの心(こころ)歓(よろこ)び意(こころ)美(うるわ)しきの外(ほか)、覚(おぼ)えず淫情(いんじょう=色情(しきじょう))汲汲(きゅうきゅう=湧(わ)き上(あが)り)、愛欲(あいよく)恣恣(しし=勝手(かって)まま)に、桜桃(おうとう=桜(さくら)んぼ)の小口(こぐち)を展(の)べ放(はな)ち、呼(よ)んで言う、「大唐(だいとう)の御弟(ぎょてい)、還(また)来(きた)りて鳳(ほう)を占(し)め鸞(らん)に乗(の)らざるか」。三蔵(さんぞう)は言(こと)を聞(き)き、耳(みみ)紅(あか)く面(おもて)赤(あか)く、羞(は)ずかしげにして敢(あ)えて頭(こうべ)を挙(あ)げず。猪八戒(ちょはっかい)は傍(かたわら)に在って、嘴(くち)を掬(すく)い、眼(まなこ)を饧(とろ)けさせてかの女王(じょおう)を観看(かんかん)すれば、却(かえ)ってまた嫋娜(じょうだ=しなやか)にして、真(まこと)に眉(まゆ)は翠羽(すいう=翡翠(かわせみ)の羽(はね))の如(ごと)く、肌(はだえ)は羊脂(ようし=羊(ひつじ)の脂(あぶら))に似(に)たり。 顔(かお)には桃花(とうか)の花弁(はなびら)を襯(そ)え、 鬢(びん)には金鳳(きんぽう)の糸(いと)を堆(うずたか)くす。 秋波(しゅうは=秋(あき)の波(なみ)の如(ごと)き眼(まなこ))湛湛(たんたん)として妖嬈(ようじょう=艶(なまめ)かし)の態(たい)、 春筍(しゅんじゅん=春(はる)の筍(たけのこ)の如(ごと)き指(ゆび))繊繊(せんせん)として妖媚(ようび)の姿(すがた)。 斜(なな)めに軃(た)るる紅綃(こうしょう=紅(べに)の絹(きぬ))彩艶(さいえん)を飘(ひるがえ)し、 高(たか)く簪(かんざ)す珠翠(しゅすい=珠(たま)と翡翠(ひすい))光輝(こうき)を顕(あらわ)す。 昭君(しょうくん)の美貌(びぼう)を説(と)くも甚(なん)ぞや、 果(はた)して是れ西施(せいし)に賽(まさ)れり。 柳腰(りゅうよう=柳(やなぎ)の腰(こし))微(かす)かに展(の)べて金珮(きんぱい=金(きん)の帯飾(おびかざ)り)鳴(な)り、 蓮歩(れんぽ=蓮(はす)の歩(あゆ)み)軽(かる)く動(うご)いて玉肢(ぎょくし=玉(ぎょく)の肢体(したい))を移(うつ)す。 月裡(げつり)の嫦娥(じょうが)も此処(ここ)に到(いた)り難(がた)く、 九天(きゅうてん)の仙子(せんし)も怎(いか)でか斯(か)くの如(ごと)くならん。 宮妝(きゅうしょう=宮中(きゅうちゅう)の粧(よそおい))巧様(こうよう=巧(たく)みな様(さま))凡類(ぼんるい)に非(あら)ず、 誠然(まこと)に王母(おうぼ)の瑤池(ようち)に降(くだ)れるなり。 かの呆子(ほうし)は好(よ)き処(ところ)に看(み)到(いた)り、忍(しの)ぶこと能(あた)わずして口(くち)嘴(くちばし)に涎(よだれ)を流(なが)し、心頭(しんとう=胸(むね)の内(うち))に鹿(しか)を撞(つ)かれ、一時(ひととき)の間(あいだ)に骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、好(よ)く便(すなわ)ち雪獅子(せっしし=雪(ゆき)の獅子(しし))の火(ひ)に向(むか)えるに似(に)て、覚(おぼ)えずして都(みな)化(か)し去(さ)らんとす。 只(た)だ見(み)るにかの女王(じょおう)の近(ちか)づき前(すす)み来(きた)り、一把(ひとつかみ)に三蔵(さんぞう)を扯(ひ)き住(とど)め、俏語(しょうご=艶(なまめ)かしき言葉(ことば))嬌声(きょうせい)にて、叫(さけ)んで言う、 「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、請(こ)う龍車(りゅうしゃ)に上(あが)り、我(われ)と同(とも)に金鑾宝殿(きんらんほうでん)に上(のぼ)り、夫婦(ふうふ)を匹配(はいごう)しに往(ゆ)かん」。この長老(ちょうろう)は戦兢兢(おののき)として立(た)ち站(た)つこと住(とど)まらず、酔(よ)えるが如(ごと)く痴(おろか)なるに似(に)たり。行者は側(そば)に在って教(おし)えて言う、「師父(しふ)は太(はなは)だ謙(へりくだ)るに及(およ)ばず、請(こ)う師娘(しじょう=師(し)の奥方(おくがた))と共(とも)に輦(れん)に上(あが)り、快(はや)く快く関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、我等(われら)の経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くを等(ま)てよ」。長老(ちょうろう)は敢(あ)えて言(ことば)を返(かえ)さず、行者を把(と)って両抹(ふたなで)抹(な)で、止(とど)むること能(あた)わずして涙(なみだ)を落(おと)せば、行者言う、「師父(しふ)切(きっ)と煩悶(なやみ)給(たま)うこと莫(な)かれ、この般(ごと)き富貴(ふうき)、受用(じゅよう=享(う)け)けずして還(また)怎(なに)をか待(ま)たんや」。三蔵(さんぞう)は没及奈何(いかんともするなく)、只(た)だ依従(いじゅう)するを得(う)るのみ、涙(なみだ)を揩(ぬぐ)い、強(しい)て歓容(かんよう=喜(よろこ)びの顔(かお))を整(ととの)え、歩(あゆみ)を移(うつ)して近(ちか)づき前(すす)み、女主(じょしゅ)と── 同(とも)に素手(そしゅ=白(しろ)き手(て))を携(たずさ)え、 共(とも)に龍車(りゅうしゃ)に坐(ざ)す。 かの女主(じょしゅ)は喜孜孜(きしし=嬉(うれ)しげ)として夫妻(ふさい)に配(はい)せんと欲(ほっ)し、 この長老(ちょうろう)は憂惶惶(ゆうこうこう=憂(うれ)い恐(おそ)れ)として只(た)だ仏(ほとけ)を拝(はい)せんと思(おも)う。 一箇(ひとり)は洞房花燭(どうぼうかしょく=新婚(しんこん)の床(とこ))に鴛侶(えんりょ=鴛鴦(えんおう)の伴(とも))を交(まじ)えんと要(よう)し、 一箇は西宇霊山(せいうりょうざん)に世尊(せそん)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す。 女帝(じょてい)は真情(しんじょう)、聖僧(しょうそう)は假意(かりそめ)の心(こころ)。 女帝の真情(まごころ)は、指(ゆび)し望(のぞ)むに和諧(わがい=仲睦(なかむつ)まじ)く倶(とも)に老(お)いんことを; 聖僧の假意(かりそめ)は、牢(かた)く情意(じょうい)を藏(ぞう)して元神(げんしん)を養(やしな)う。 一箇(ひとり)は男身(おとこ)を見るを喜(よろこ)び、恨(うら)むらくは白昼(はくちゅう)に頭(こうべ)を並(なら)べて伉儷(こうれい=夫婦(ふうふ))を諧(との)えざらんことを; 一箇は女色(じょしょく)に逢(あ)うを怕(おそ)れ、只(た)だ思量(しりょう=思(おも)う)に即時(ただち)に網(あみ)を脱(のが)れて雷音(らいおん=雷音寺(らいおんじ))に上(のぼ)らんことを。 二箇(ふたり)和会(わかい=睦(むつ)み合(あ))いて同(とも)に輦(れん)に登(のぼ)るも、 豈(あに)料(はか)らんや唐僧(とうそう)に各(おのおの)心(こころ)有(あ)らんとは! それらの文武官(ぶんぶかん)は、主公(しゅこう)と長老(ちょうろう)の同(とも)に鳳輦(ほうれん)に登(のぼ)り、肩(かた)を並(なら)べて坐(ざ)するを見(み)て、一箇一箇(ひとりひとり)眉(まゆ)に花(はな)咲(さ)き眼(まなこ)笑(わら)い、儀従(ぎじゅう=儀仗(ぎじょう)の従者(じゅうしゃ))を撥転(はってん)し、復(また)城中(じょうちゅう)に入(い)る。孫大聖(そんたいせい)は纔(ようや)く沙僧(しゃそう)をして行李(こうり)を挑(かつ)がせ、白馬(はくば)を牽(ひ)かせ、大駕(たいが)の後辺(うしろ)に随(したが)いて同(とも)に行(ゆ)かしむ。猪八戒(ちょはっかい)は前(まえ)へ向(むか)いて乱(みだ)りに跑(はし)り、先(さき)に五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に到(いた)り、嚷(わめ)いて言う、「好(よ)き自在(じざい=気楽(きらく))! 好(よ)き現成(げんせい=出来合(できあ)い)! これでは弄(ろう)し成(な)らぬ! これでは弄し成らぬ! 喜酒(きしゅ=祝(いわ)いの酒(さけ))を食(くら)うて進(すす)みて親(しん)と為(な)るこそ是(ぜ)なれ!」 唬(おど)されたるは些(いささ)かの儀従(ぎじゅう)を執(と)り導(みちび)くの女官(にょかん)たち、一箇一箇(ひとりひとり)駕(が)の辺(ほとり)に回(かえ)り至(いた)って言う、 「主公(しゅこう)、あの一個(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長(なが)き嘴(くちばし)と大(おお)きき耳(みみ))の者(もの)が、五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に在って喜酒(いわいざけ)を食(くら)わんと嚷(わめ)いておりまする」。女主(じょしゅ)は奏(そう)を聞(きこ)し召(め)され、長老(ちょうろう)と香肩(こうけん=香(かお)る肩(かた))に倚(よ)り、桃腮(とうさい=桃(もも)の頬(ほお))を偎(よ)せ、檀口(だんこう=檀(まゆみ)の口(くち))を開(ひら)き、俏声(しょうせい=艶(なまめ)かしき声(こえ))に叫(さけ)んで言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、長嘴大耳(ながきくちばしとおおききみみ)の者(もの)は是れ汝(なんじ)が何(いず)れの箇の高徒(こうと)なるか」。三蔵(さんぞう)言う、「是れ我(わ)が第二(だいに)の徒弟(でし)なり、彼(かれ)は生(うま)れつき食腸(しょくちょう=食(く)い意地(いじ))寛大(かんだい)にして、一生(いっしょう)口(くち)の肥(こ)ゆるを図(はか)る。須(すべか)らく先(ま)ず些(いささ)かの酒食(しゅしょく)を安排(あんばい)して彼(かれ)に食(くら)わしめ、方(まさ)に事(こと)を行(おこな)う可(べ)けれ」。女主(じょしゅ)は急(いそ)ぎ問(と)う、「光禄寺(こうろくじ)の筵宴(えんえん)を安排(あんばい)し完(おわ)れるや否(いな)や」。女官(にょかん)奏(そう)して言う、「已(すで)に完(おわ)り、葷素(くんそ=肉(にく)と精進(しょうじん))の両様(りょうよう=二通(ふたとお)り)を東閣(とうかく=東(ひがし)の閣(たかどの))の上(うえ)に設(もう)けました」。女王(じょおう)又(また)問(と)う、「怎(いか)にして両様(ふたとおり)なるか」。女官(にょかん)奏(そう)して言う、「臣(しん)は恐(おそ)らくは唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)と高徒(こうと)等(ら)の平素(ひごろ)斎(とき)を食(くら)わんことを、故(ゆえ)に葷素(にくとしょうじん)の両様(ふたとおり)有(あ)るなり」。女王(じょおう)は却(かえ)って又(また)笑吟吟(にこにこ)として、長老(ちょうろう)の香腮(こうさい=香(かお)る頬(ほお))に偎(よ)せて言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、汝(なんじ)は葷(にく)を食(くら)うか素(しょうじん)を食(くら)うか」。 三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)は素(しょうじん)を食(くら)えども、但(た)だ是れ未(いま)だ酒(さけ)を戒(いまし)めず、須(すべか)らく幾杯(いくはい)かの素酒(そしゅ=精進(しょうじん)の酒(さけ))を得(え)て、我(わ)が二徒弟(にてい)に些(いささ)か食(くら)わしめよ」。説(と)き未(いま)だ了(おわ)らぬに、太師(たいし)啓奏(けいそう)して言う、「請(こ)う東閣(とうかく)に赴(おもむ)きて宴(えん)に会(え)し、今宵(こんしょう)は吉日良辰(きちじつりょうしん=吉日(きちじつ)の良(よ)き辰(とき))なれば、就(すなわ)ち御弟(ぎょてい)爺爺(やや)と成親(せいしん=夫婦(ふうふ)の契(ちぎ)り)することを得(う)べく、明日(みょうにち)天(てん)は黄道(こうどう=吉日(きちじつ))を開(ひら)かば、請(こ)う御弟(ぎょてい)爺爺(やや)の宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、面(おもて)を南(みなみ)にして年号(ねんごう)を改(あらた)め位(くらい)に即(つ)き給(たま)え」。女王(じょおう)は大(おお)いに喜(よろこ)び、即(すなわ)ち長老(ちょうろう)と手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、龍車(りゅうしゃ)を下(お)り、共(とも)に端門(たんもん)の裡(うち)に入(い)る。但(た)だ見(み)るにかの── 風(かぜ)仙楽(せんがく)を飘(ひるがえ)して楼台(ろうだい)を下(くだ)り、 閶闔(しょうこう=宮門(きゅうもん))の中間(ちゅうかん)に翠輦(すいれん=翡翠(ひすい)の輦(れん))来(きた)る。 鳳闕(ほうけつ=鳳凰(ほうおう)の門(もん))大(おお)いに開(ひら)いて光(ひかり)藹藹(あいあい)たり、 皇宮(こうきゅう)閉(と)じずして錦(にしき)排排(はいばい)と並(なら)ぶ。 麒麟殿(きりんでん)の内(うち)炉煙(ろえん)嫋(ただよ)い、 孔雀屏(くじゃくへい)の辺(ほとり)房影(ぼうえい)回(めぐ)る。 亭閣(ていかく)崢嶸(そうこう=聳(そび)え)えて上国(じょうこく)の如(ごと)く、 玉堂金馬(ぎょくどうきんば)更(さら)に奇(き)なる哉(かな)! 既(すで)に東閣(とうかく)の下(した)に至(いた)れば、又(また)聞(き)こゆるは一派(いっぱ)の笙歌(しょうか)の声韻(せいいん)の美(うつく)しく、又(また)見(み)るは両行(りょうこう=二列(にれつ))の紅粉(こうふん=紅(べに)の粉(おしろい))の貌(かたち)の嬌嬈(じょうじょう=艶(なまめ)かし)きを。正中堂(せいちゅうどう=中央(ちゅうおう)の間(ま))に両般(ふたとおり)の盛宴(せいえん)を排設(ならべもう)く:左辺(さへん)の上首(じょうしゅ=上座(かみざ))は是れ素筵(そえん=精進(しょうじん)の膳(ぜん))、右辺(うへん)の上首は是れ葷筵(くんえん=肉(にく)の膳(ぜん))、下(しも)の両路(りょうろ=両側(りょうがわ))は尽(ことごと)く是れ単席(たんせき=一人(ひとり)の席(せき))なり。かの女王(じょおう)は袍袖(ほうしゅう=袍(ほう)の袖(そで))を斂(おさ)め、十指(じっし)尖尖(せんせん=先(さき)細(ほそ)く)、玉杯(ぎょくはい)を奉(ささ)げて、便(すなわ)ち来(きた)りて席(せき)を安(やす)んず。行者は近(ちか)づき前(すす)みて言う、「我(われ)が師徒(しと)は皆(みな)是れ素(しょうじん)を食(くら)う。先(ま)ず請(こ)う師父(しふ)をして左手(ひだりて)の素席(そせき)に坐(ざ)せしめ、転(うつ)りて下(しも)に三席(さんせき)を、左右(さゆう)に分(わか)ち、我(われ)が兄弟(きょうだい)たちの好(よ)く坐(ざ)するをせよ」。太師(たいし)喜(よろこ)んで言う、「是(ぜ)なり、是なり。師徒(しと)は即(すなわ)ち父子(ふし)なり、肩(かた)を並(なら)ぶ可(べ)からず」。衆(しゅう)の女官(にょかん)は連(つづ)き忙(いそ)ぎ席面(せきめん=席(せき)の配置(はいち))を調(ととの)う。女王(じょおう)は一一(いちいち)杯(さかずき)を伝(つた)え、彼(かれ)が弟兄(ていけい=兄弟(きょうだい))三位(さんい)を安(やす)んず。行者は又(また)唐僧(とうそう)と一箇の眼色(がんしょく=目配(めくば)せ)を投(な)げ、師父(しふ)をして礼(れい)を返(かえ)さしむ。三蔵(さんぞう)は下(お)り来(きた)り、却(かえ)ってまた玉杯(ぎょくはい)を擎(ささ)げ、女王(じょおう)と席(せき)を安(やす)んず。それらの文武官(ぶんぶかん)は、上(かみ)に向(むか)って皇恩(こうおん)を拝謝(はいしゃ)し、各(おのおの)品従(ひんじゅう=位(くらい)の順(じゅん))に依(よ)り、両辺(りょうへん)に分(わか)れて坐(ざ)し、纔(ようや)く音楽(おんがく)を住(とど)めて酒(さけ)を請(しょう)ず。 かの八戒(はっかい)は好歹(よしあし)を管(かま)わず、肚子(はら)を放(はな)ち開(ひら)き、只管(ひたすら)に情(こころ)のままに食(くら)い起(お)こる。また甚(なん)の玉屑米飯(ぎょくせつべいはん=玉(ぎょく)の屑(くず)の如(ごと)き白米(はくまい)の飯(めし))・蒸餅(じょうへい=蒸(む)し餅(もち))・糖糕(とうこう=砂糖(さとう)の糕(こう))・蘑菇(まこ=茸(きのこ))・香蕈(こうしん=香(かお)り茸(たけ))・筍芽(じゅんが=筍(たけのこ)の芽(め))、木耳(もくじ=木(き)くらげ)・黄花菜(こうかさい)・石花菜(せっかさい=心太(ところてん))・紫菜(しさい=海苔(のり))・蔓菁(まんせい=蕪(かぶ))・芋頭(うとう=里芋(さといも))・蘿菔(らふく=大根(だいこん))・山薬(さんやく=山芋(やまいも))・黄精(おうせい=鳴子百合(なるこゆり))なるをも管(かま)わず、一骨辣(いっこつらつ=一息(ひといき))に噇(くら)いて箇の罄尽(けいじん=空(から)っぽ)と為(な)し、五七杯(ごしちはい)の酒(さけ)を飲(の)む。口(くち)の裡(うち)に嚷(わめ)いて言う、「添(そ)え換(か)えるを看(み)よ! 大觥(だいこう=大(おお)きな杯(さかずき))を拿(と)り来(こ)れ! また幾觥(いくさかずき)か飲(の)みて、各人(おのおの)事(こと)を干(な)さんに往(ゆ)かん」。沙僧(しゃそう)問(と)うて言う、 「好(よ)き筵席(えんせき)を食(くら)わずして、還(また)甚(なん)の事(こと)をか干(な)さんとする」。呆子(ほうし)笑って言う、「古人(こじん)云(いわ)く『弓(ゆみ)を造(つく)る者は弓を造り、箭(や)を造る者は箭を造る』と。我等(われら)如今(いま)招(まね)く者は招き、嫁(とつ)ぐ者は嫁ぎ、経(きょう)を取(と)る者は還(また)経を取りに往(ゆ)き、路(みち)を走(はし)る者は還また路を走らん、只管(ひたすら)に杯(さかずき)を貪(むさぼ)りて事(こと)を誤(あやま)る莫(な)かれ、早(はや)く兒(ちょっと)関文(つうこうしょう)を打発(ほっぱつ)せよ、正(まさ)に是れ『将軍(しょうぐん)馬(うま)を下(お)りず、各自(かくじ)前程(ぜんてい=行(ゆ)く先(さき))に奔(はし)る』なり」。女王(じょおう)は説(と)くを聞(きこ)し召(め)され、即(すなわ)ち大杯(おおさかずき)を取(と)り来(きた)らしむ。近侍官(きんじかん)は連(つづ)き忙(いそ)ぎ幾箇(いくつ)かの鸚鵡杯(おうむはい)・鸕鶿杓(ろじしゃく)・金叵羅(きんぱら)・銀鑿落(ぎんさくらく)・玻璃盞(はりさん)・水晶盆(すいしょうぼん)・蓬莱碗(ほうらいわん)・琥珀鍾(こはくしょう)を取(と)り、玉液(ぎょくえき)を満(み)たし斟(つ)ぎ、瓊漿(けいしょう)を連(つづ)け注(そそ)ぎ、果(はた)して皆(みな)各(おのおの)一巡(いちめぐり)を飲(の)む。 三蔵(さんぞう)は身(み)を欠(か)いて起(た)ち、女王(じょおう)に対(むか)い合掌(がっしょう)して言う、「陛下(へいか)、多(おお)く盛設(せいせつ=立派(りっぱ)な饗応(きょうおう))を蒙(こうむ)り、酒(さけ)は已(すで)に彀(た)れり。請(こ)う宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、関文(つうこうしょう)を倒換(かきか)え、天(てん)の早(はや)きに赶(お)いつき、彼(かれ)の三人(さんにん)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)だし給(たま)え」。女王(じょおう)は言(こと)に依(よ)り、長老(ちょうろう)を携(たずさ)え、筵宴(えんえん)を散(さん)じ、金鑾宝殿(きんらんほうでん)に上(のぼ)り、即(すなわ)ち長老(ちょうろう)をして位(くらい)に即(つ)かしめんとす。三蔵(さんぞう)言う、 「不可(ふか)! 不可! 適(さっき)太師(たいし)の言(い)い過(す)ぐしたるは、明日(みょうにち)天(てん)黄道(こうどう)を開(ひら)かば、貧僧(ひんそう)は纔(ようや)く敢(あ)えて位(くらい)に即(つ)き孤(こ)と称(とな)えんとす。 今日(こんにち)は即(すなわ)ち関文(つうこうしょう)に印(いん)し、彼(かれ)を打発(ほっぱつ)して去(さ)らしめよ」。女王(じょおう)は言(こと)に依(よ)り、仍(な)お龍床(りゅうしょう)に坐(ざ)し、即(すなわ)ち金交椅(きんこうい=金(きん)の椅子(いす))一張(いっちょう)を取(と)り、龍床(りゅうしょう)の左手(ひだり)に放(お)き、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて坐(ざ)せしめ、徒弟(でし)たちを叫(よ)んで通行文牒(つうこうぶんちょう)を拿(と)り上(あ)げ来(きた)らしむ。大聖(たいせい)は便(すなわ)ち沙僧(しゃそう)をして包(つつみ)を解(と)かしめ、関文(ぶんちょう)を取(と)り出(いだ)さしむ。大聖(たいせい)は関文(ぶんちょう)を双手(そうしゅ)にて捧(ささ)げ上(あ)ぐ。かの女王(じょおう)は細(こま)かに一番(ひとわたり)看(み)るに、上(うえ)に大唐皇帝(だいとうこうてい)の宝印(ほういん)九顆(きゅうか=九個(きゅうこ))有り、下(しも)に宝象国(ほうしょうこく)の印(いん)、烏鶏国(うけいこく)の印(いん)、車遅国(しゃちこく)の印(いん)有り。女王(じょおう)は看(み)て罷(おわ)り、嬌滴滴(きょうてきてき=嬌(なまめ)かしげ)として笑語(しょうご)して言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)は又(また)陳(ちん)を姓(せい)とするか」。三蔵(さんぞう)言う、「俗家(ぞくけ)は陳(ちん)を姓とし、法名(ほうみょう)は玄奘(げんじょう)なり。我(われ)が唐王(とうおう)の聖恩(せいおん)に因(よ)り御弟(ぎょてい)と認(みと)められ、我(われ)に姓(せい)を賜(たまわ)りて唐(とう)と為(な)せしなり」。女王(じょおう)言う、「関文(ぶんちょう)の上(うえ)に如何(いかん)として高徒(こうと)の名(な)無きは」。三蔵(さんぞう)言う、「三箇(みっつ)の頑徒(がんと)は、是れ我(わ)が唐朝(とうちょう)の人物(じんぶつ)に非(あら)ず」。女王(じょおう)言う、「既(すで)に汝(なんじ)が唐朝(とうちょう)の人物に非(あら)ざれば、何(なん)の為(ため)にか肯(あ)えて汝(なんじ)に随(したが)いて来(きた)れる」。三蔵(さんぞう)言う、「大(おお)きなる箇の徒弟(でし)は、祖貫(そこ=本籍(ほんせき))東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)の人氏(じんし=者(もの));第二(だいに)の者は乃(すなわ)ち西牛賀洲(さいごがしゅう)烏斯荘(うしそう)の人氏;第三(だいさん)の者は乃(すなわ)ち流沙河(るさが)の人氏なり。彼(かれ)の三人(さんにん)は皆(みな)罪(つみ)の天条(てんじょう=天(てん)の掟(おきて))を犯(おか)すに因(よ)り、南海(なんかい)の観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の彼(かれ)が苦(くるしみ)を解脱(げだつ)し、善(ぜん)を秉(と)りて皈依(きえ)し、功(こう)を以(も)って罪(つみ)を折(せっ)し、情願(ねが)わくは我(われ)を保護(ほご)して西天(せいてん)に上(のぼ)りて経(きょう)を取(と)らんとせるなり。皆(みな)是れ途(みち)の中(うち)に収(おさ)め得(え)たる者(もの)なるが故(ゆえ)に、此(こ)れを以(も)って未(いま)だ法名(ほうみょう)を牒(ちょう)に注(しる)さざるなり」。女王(じょおう)言う、「我(われ)汝(なんじ)と法名(ほうみょう)を添(そ)え注(しる)さんは、好(よ)きか」。三蔵(さんぞう)言う、「但(た)だ陛下(へいか)の尊意(そんい)に凭(よ)れ」。女王(じょおう)は即(すなわ)ち筆硯(ひつけん=筆(ふで)と硯(すずり))を取(と)り来(きた)らしめ、香翰(こうかん=香(かお)る筆(ふで))を濃(こまやか)に磨(す)り、香毫(こうごう=香(かお)る毛(もう))に飽(あ)くまで潤(うるお)い、牒文(ちょうぶん)の後(うしろ)に、孫悟空(そんごくう)・猪悟能(ちょごのう)・沙悟浄(しゃごじょう)三人(さんにん)の名諱(めいい=実名(じつみょう))を写(うつ)し上(あ)げ、却(かえ)って纔(ようや)く御印(ぎょいん)を取(と)り出(いだ)し、端端正正(たんたんせいせい)と印(いん)し、又(また)一箇の手字花押(しゅじかおう)を画(えが)き、伝(つた)えて将(も)って下(おろ)す。孫大聖(そんたいせい)は接(う)け、沙僧(しゃそう)をして包裹(ほうか=包(くる)み)停当(ていとう=整(ととの)え)せしむ。かの女王(じょおう)は又(また)碎金碎銀(さいきんさいぎん=金(きん)と銀(ぎん)の端金(はがね))一盤(いちばん=一(ひと)つの盆(ぼん))を賜(たま)い出(いだ)し、龍床(りゅうしょう)を下(お)りて行者に逓(わた)して言う、「汝(なんじ)の三人(さんにん)はこれを将(も)って権(かり)に路費(ろひ=旅費(りょひ))と為(な)し、早(はや)く西天(せいてん)に上(のぼ)れ。汝等(なんじら)の経(きょう)を取(と)りて回(かえ)り来(きた)るを待(ま)ちて、寡人(かじん)には還(また)重(おも)き謝(しゃ)有(あ)るべし」。行者言う、「我等(われら)は出家人(しゅっけにん)、金銀(きんぎん)を受(う)けず、途(みち)の中(うち)に自(おのずか)ら乞化(こつけ=托鉢(たくはつ))の処(ところ)有(あ)り」。女王(じょおう)は彼(かれ)の受(う)けざるを見(み)て、又(また)綾錦(りょうきん=綾(あや)と錦(にしき))十匹(じゅっぴき)を取(と)り出(いだ)し、行者に対(むか)いて言う、「汝等(なんじら)の行色(ぎょうしょく=旅(たび)の支度(したく))匆匆(そうそう=慌(あわ)ただし)く、裁制(さいせい=仕立(した)て)するに及(およ)ばず、これを将(も)って路(みち)の上(うえ)に一着(ひとそろい)の衣服(いふく)を做(つく)りて寒(かん)を遮(さえぎ)らんにせよ」。行者言う、「出家人(しゅっけにん)は綾錦(りょうきん)を穿(き)るを得(え)ず、自(おのずか)ら護体(ごたい=身(み)を守(まも)る)の布衣(ふい=布(ぬの)の衣(ころも))有(あ)り」。女王(じょおう)は彼(かれ)の受(う)けざるを見(み)て、教(おし)える、「御米(ぎょまい)三升(さんじょう)を取(と)り、路(みち)に在って権(かり)に一飯(いっぱん)と為(な)せ」と。八戒(はっかい)は飯(めし)の字(じ)を説(と)くを聞(き)きて、便(すなわ)ち就(すなわ)ちこれを接(う)け、包袱(ほうふく=風呂敷(ふろしき))の間(あいだ)に捎(さしはさ)む。行者言う、「兄弟(きょうだい)、行李(こうり)は現(げん)に今(いま)沉重(ちんじゅう=重(おも)い)なるに、且(しばら)く倒(あに)気力(きりょく)有って米(こめ)を挑(かつ)がんや」。八戒(はっかい)笑って言う、「汝(なんじ)何処(いずこ)でか知(し)らん、米(こめ)の好(よ)きは是れ一箇の日消貨(にちしょうか=日々(にちにち)消(き)ゆる品(しな))にして、只(た)だ一頓飯(ひときりのめし)を消(しょう)するのみにて、就(すなわ)ち帳(ちょう)を了(おわ)らん」。遂(つい)に此(ここ)に合掌(がっしょう)して恩(おん)を謝(しゃ)す。 三蔵(さんぞう)言う、「敢(あ)えて陛下(へいか)の貧僧(ひんそう)と相同(あいともな)い彼(かれ)の三人(さんにん)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)で、我(われ)の彼等(かれら)に幾句(いくく)を嘱付(しょくふ=言(い)い含(ふく))め、彼(かれ)をして好(よ)く生(い)きて西(にし)に去(さ)らしむるを待(ま)ち、我(われ)は却(かえ)って回(かえ)り来(きた)り、陛下(へいか)と永(とこしな)えに栄華(えいが)を受(う)け、掛(か)ける無(な)く牽(ひ)く無(な)く、方(まさ)に会(あ)いて鸞(らん)と交(まじ)わり鳳(ほう)と友(とも)とならんことを得(う)べし」。女王(じょおう)は是(こ)れ計(けい)なるを知(し)らず、便(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて駕(が)を擺(なら)ばしめ、三蔵(さんぞう)と並(なら)びて香肩(こうけん)に倚(よ)り、同(とも)に鳳輦(ほうれん)に登(のぼ)り、西城(せいじょう)を出(い)でて去(さ)る。満城(まんじょう)の皆(みな)中(うち)に盞(さかずき)に浄水(じょうすい)を添(そ)え、炉(ろ)に真香(しんこう)を降(くだ)し、一(ひとつ)には女王(じょおう)の鑾駕(らんが)を看(み)、二(ふたつ)には御弟(ぎょてい)の男身(おとこ)を看(み)んとす。老(おい)も無(な)く小(わかき)も無(な)く、尽(ことごと)く是れ粉容嬌面(ふんようきょうめん=白粉(おしろい)の顔(かお)に嬌(なまめ)かしき面(おもて))・緑鬢雲鬟(りょくびんうんかん=緑(みどり)の鬢(びん)に雲(くも)の髪(かみ))の輩(ともがら)なり。多(おお)からず時(とき)にして、大駕(たいが)は城(しろ)を出(い)で、西関(せいかん)の処(ところ)に到(いた)れば、行者(ぎょうじゃ)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)、心(こころ)を同(おな)じくし意(い)を合(あ)わせ、結束(けっそく=支度(したく))を整(ととの)え、径(ただ)ちに鑾輿(らんよ)を迎(むか)え、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(さけ)んで言う、「かの女王(じょおう)は遠(とお)く送(おく)るに及(およ)ばず、我等(われら)は此処(ここ)に就(つ)きて拝別(はいべつ)せん」。長老(ちょうろう)は慢(ゆっ)くりと龍車(りゅうしゃ)を下(お)り、女王(じょおう)に対(むか)い手(て)を拱(こまぬ)いて言う、「陛下(へいか)は請(こ)う回(かえ)り給(たま)え、貧僧(ひんそう)をして経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめよ」。女王(じょおう)は言(こと)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、唐僧(とうそう)を扯(ひ)き住(とど)めて言う、「御弟(ぎょてい)哥哥(あにい)、我(われ)は願(ねが)わくは一国(いっこく)の富(とみ)を将(も)って、汝(なんじ)を招(まね)きて夫(つま)と為(な)し、明日(みょうにち)高(たか)く宝位(ほうい)に登(のぼ)り、位(くらい)に即(つ)きて君(きみ)と称(とな)え、我(われ)は願(ねが)わくは君(きみ)の后(きさき)と為(な)らんとす、喜筵(きえん=祝(いわ)いの宴(うたげ))も通(すべ)て皆(みな)食(くら)い了(おわ)れるに、如何(いかん)として却又(また)変卦(へんか=変(か)わり)し給(たま)えるか」。 八戒(はっかい)は説(と)くを聞(き)き、一箇の風(ふう=狂(くる)い)を発(はっ)し、嘴(くち)を把(と)って乱(みだ)りに扭(ねじ)り、耳(みみ)を乱(みだ)りに揺(ゆす)り、駕(が)の前(まえ)に闖(と)び至(いた)り、嚷(わめ)いて言う、 「我等(われら)和尚家(おしょうけ=僧(そう)の身(み))と汝(なんじ)がこの粉骷髏(ふんころう=白粉(おしろい)の骸骨(がいこつ))と甚(なん)の夫妻(ふうふ)をか做(な)さん! 我が師父(しふ)を放(はな)ちて路(みち)を走(はし)らしめよ!」 かの女王(じょおう)は彼(かれ)のあの等(ごと)く撒潑(さっぱつ=暴(あば)れ)弄醜(ろうしゅう=醜(みにく)き態(てい))するを見(み)て、唬(おど)されて魂(たましい)飛(と)び魄(はく)散(ちら)り、輦駕(れんが)の之中(うち)に跌(ころ)び入(い)る。沙僧(しゃそう)は却(かえ)って三蔵(さんぞう)を把(と)りて人(ひと)の叢(むらがり)より搶(うば)い出(いだ)し、馬(うま)に上(あが)るを伏侍(ぶくじ)す。只(た)だ見(み)るにかの路傍(みちばた)より一箇の女子(じょし)閃(ひら)りと出(い)で、喝(かつ)して言う、 「唐御弟(とうぎょてい)、何処(いずこ)へか走(に)ぐる! 我(われ)と汝(なんじ)と風月(ふうげつ=色事(いろごと))を耍(あそ)ばんに去(ゆ)かん!」 沙僧(しゃそう)は罵(ののし)って言う、「賊輩(ぞくはい=盗人(ぬすびと)ども)の無知(むち)なる!」 宝杖(ほうじょう)を掣(ひ)いて頭(こうべ)を劈(さ)いて就(すなわ)ち打(う)つ。かの女子(じょし)は一陣(ひとむれ)の旋風(せんぷう=辻風(つじかぜ))を弄(ろう)し、嗚(う)の一声(ひとこえ)に、唐僧(とうそう)を把(と)りて摂(さら)い将(も)って去(さ)り、影(かげ)無(な)く踪(あと)無(な)く、何処(いずこ)に落(お)ちたるかを知(し)らず。咦(ああ)! 正(まさ)に是(こ)れ── 烟花(えんか=色里(いろざと))の網(あみ)を脱(のが)れ得(う)るも、 又(また)風月(ふうげつ)の魔(ま)に遇(あ)う。 畢竟(ひっきょう)かの女子(じょし)の是(こ)れ人(ひと)なるか怪(かい)なるか、老師父(ろうしふ)の性命(しょうみょう)の死(し)を得(う)るか生(い)を得(う)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十五回 色邪(しきじゃ)、淫(みだ)りに唐三蔵(とうさんぞう)を戲(たわむ)れしむ 性正(しょうしょう)、修持(しゅじ)して身(み)を壊(やぶ)らず さて孫大聖(そんたいせい)と猪八戒(ちょはっかい)は正(まさ)に法(ほう)を使(つか)ってかの婦女(ふじょ)たちを定(さだ)めんとしおるに、ふと風(かぜ)の響(ひび)く処(ところ)より沙僧(しゃそう)の嚷(わめ)き闹(さわ)ぐを聞(き)き得(え)、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らす時(とき)、唐僧(とうそう)の見(み)えざるなり。行者言う、「是れ甚(なん)の者(もの)か来(きた)りて師父(しふ)を搶(うば)い往(ゆ)きたる」。沙僧(しゃそう)言う、「是れ一箇の女子(じょし)にて、一陣(ひとむれ)の旋風(つじかぜ)を弄(ろう)し、師父(しふ)を把(と)りて摂(さら)い去(さ)りたり」。 行者は言(こと)を聞(き)き、唿哨(こっしょう=口笛(くちぶえ))して雲端(うんたん)の中(うち)に跳(と)び在(あ)り、手(て)を用(もち)いて涼篷(りょうほう=日除(ひよ)け)を搭(かざ)し、四下裏(しかり=四方(しほう))を観看(かんかん)すれば、只(た)だ見(み)るに一陣(ひとむれ)の灰塵(はいじん)の、風(かぜ)滚滚(こんこん)として、西北(せいほく)の上(うえ)へ向(むか)いて去(さ)るを。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして叫(さけ)んで言う、「兄弟(きょうだい)たち、快(はや)く雲(くも)に駕(が)して我(われ)と同(とも)に師父(しふ)を赶(お)いに往(ゆ)かん!」 八戒(はっかい)と沙僧(しゃそう)は、即(すなわ)ち行嚢(こうのう=荷物(にもつ))を馬(うま)の背(せ)に捎(の)せ、一声(ひとこえ)響(ひび)かせて、皆(みな)半空(はんくう)の裡(うち)に跳(と)び往(ゆ)く。慌(あわ)てたるはかの西梁国(せいりょうこく)の君臣(くんしん)女輩(じょはい)たち、塵埃(じんあい)に跪(ひざまず)き、皆(みな)言う、 「是れ白日(はくじつ)に飛昇(ひしょう=天(てん)に昇(のぼ))せる羅漢(らかん)なり、我(わ)が主(あるじ)驚疑(きょうぎ=驚(おどろ)き疑(うたが))い給(たま)うに及(およ)ばず。唐御弟(とうぎょてい)もまた是れ一箇の道(みち)有る禅僧(ぜんそう)にして、我等(われら)は皆(みな)眼(め)に珠(たま)無(な)く、中華(ちゅうか)の男子(だんし)を錯(あやま)り認(みと)め、枉(むだ)にこの場(ば)の神思(しんし=心遣(こころづか)い)を費(ついや)せり。請(こ)う主公(しゅこう)輦(れん)に上(あが)りて朝(ちょう)に回(かえ)り給(たま)え」と。女王(じょおう)は自(おのずか)ら慚愧(ざんき=恥(は)じ入(い))るを覚(おぼ)え、多官(たかん)は皆(みな)一斉(いっせい)に国(くに)に回(かえ)るは題(だい)せず。 さて孫大聖(そんたいせい)兄弟(きょうだい)三人(さんにん)は空(くう)に騰(のぼ)り霧(きり)を踏(ふ)み、あの陣(ひとむれ)の旋風(つじかぜ)を望(のぞ)んで、一直(いっちょく)に赶(お)い来(きた)るに、前(まえ)に至(いた)るは一座(いちざ)の高山(こうざん)、只(た)だ見(み)るに灰塵(はいじん)は息(や)み静(しず)まり、風頭(ふうとう=風(かぜ)の先(さき))は散(ちら)じて、更(さら)に怪(かい)の何方(いずかた)へ向(むか)えるかを知(し)らず。兄弟(きょうだい)たちは雲霧(うんむ)を按(おさ)え下(おろ)し、路(みち)を找(さが)して尋訪(じんぽう=尋(たず)ね訪(おとず))るに、ふと見(み)るに一壁廂(いっぺきしょう=片側(かたがわ))に、青石(せいせき)の光明(こうみょう)にして、却(かえ)って一箇の屏風(びょうぶ)の形(かたち)に似(に)たり。三人(さんにん)は馬(うま)を牽(ひ)いて石屏(せきへい=石(いし)の屏風(びょうぶ))を転(ま)がり過(よ)ぐれば、石屏(せきへい)の後(うしろ)に二扇(にせん=二枚(にまい))の石門(せきもん)有って、門(もん)の上(うえ)に六箇(むっつ)の大文字(だいもんじ)有り、乃(すなわ)ち是れ「毒敵山琵琶洞(どくてきざんびわどう)」なり。八戒(はっかい)は無知(むち)にして、上前(すすみで)て就(すなわ)ち釘鈀(ていは=熊手(くまで))を使(つか)って門(もん)を筑(う)たんとすれば、行者は急(いそ)ぎ止(とど)めて言う、「兄弟(きょうだい)忙(いそ)ぐ莫(な)かれ、我等(われら)旋風(つじかぜ)に随(したが)いて赶(お)うには便(すなわ)ち此処(ここ)まで赶(お)い到(いた)り、尋(たず)ぬることこの会(ひとしきり)、方(まさ)にこの門(もん)に遇(あ)えるも、又(また)深浅(しんせん=奥行(おくゆ)き)の如何(いかん)を知(し)らず。倘(も)し是れこの門児(もんじ)に非(あら)ずんば、却(かえ)って彼(かれ)の怪(あやし)むを見(み)んことを惹(ひ)かずや。汝(なんじ)の二箇(ふたり)は且(しばら)く馬(うま)を牽(ひ)き、還(また)石屏(せきへい)の前(まえ)に転(てん)じて片時(しばらく)立(た)ち等(ま)て、老孫(ろうそん)の進(すす)み入(い)りて探(さぐ)り探(さぐ)りし、有無虚実(うむきょじつ)を察(さっ)し、却(かえ)って好(よ)く事(こと)を行(おこな)わんを待(ま)て」。沙僧(しゃそう)は説(と)くを聞(き)き、大(おお)いに喜(よろこ)んで言う、 「好(よ)し! 好し! 好し! 正(まさ)に是れ粗中(そちゅう=荒(あら)き中(うち))に細(さい=細心(さいしん))有り、果(はた)して急(きゅう)の処(ところ)より寛(くつろ)ぐ」。彼(かれ)の二人(ふたり)は馬(うま)を牽(ひ)いて頭(こうべ)を回(めぐ)らす。 孫大聖(そんたいせい)は一箇の神通(じんつう)を顕(あらわ)し、訣(けつ=印(いん))を捻(ひね)り、一箇の呪語(じゅご=呪文(じゅもん))を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、変(へん)じて蜜蜂児(みつばち)と作(な)る。真(まこと)に軽巧(けいこう=軽(かる)やか)! 汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)を── 翅(はね)薄(うす)くして風(かぜ)に随(したが)うて軟(やわ)らかく、 腰(こし)軽(かる)くして日(ひ)に映(えい)じて纖(ほそ)し。 嘴(くちばし)甜(あま)くして曾(かつ)て蕊(ずい=花(はな)の芯(しん))を觅(もと)め、 尾(お)利(するど)くして善(よ)く蟾(ひきがえる)を降(くだ)す。 蜜(みつ)を醸(かも)す功(こう)何(なん)ぞ浅(あさ)き、 衙(が=役所(やくしょ))に投(とう)じて礼(れい)自(おのずか)ら謙(へりくだ)る。 如今(いま)巧計(こうけい)を施(ほどこ)し、 飛(と)び舞(ま)うて門檐(もんえん=門(もん)の庇(ひさし))に入(い)る。 行者は自(みずか)ら門(もん)の瑕(きず=隙間(すきま))の処(ところ)より潜(もぐ)り将(も)って進(すす)み入(い)り、飛(と)んで二層(にそう)の門(もん)の裡(うち)を過(よ)ぐれば、只(た)だ見(み)るに正(まさ)に当中(まんなか)の花亭子(かていし=花(はな)の亭(てい))の上(うえ)に一箇の女怪(じょかい)の端坐(たんざ)し、左右(さゆう)に幾箇(いくつ)かの彩衣繍服(さいいしゅうふく=彩(いろどり)の衣(ころも)と刺繍(ししゅう)の服(ふく))・丫髻(あけい=少女(しょうじょ)の髪形(かみがた))両揫(りょうしゅう)の女童(じょどう)を列(つら)ね、皆(みな)歓天喜地(かんてんきち=大喜(おおよろこ)び)として、正(まさ)に何(なに)をか講論(こうろん=話(はな)し合(あ))えるかを知(し)らず。この行者は軽軽(けいけい=そっと)と上(うえ)へ飛(と)び往(ゆ)き、かの花亭子(はなのてい)の格子(こうし)の上(うえ)に钉(とま)り、耳(みみ)を側(そばだ)てて纔(ようや)く聴(き)くに、又(また)二箇(ふたり)の総角(そうかく=髪(かみ)を結(ゆ)い)蓬頭(ほうとう=蓬(よもぎ)の如(ごと)き頭(かしら))の女子(じょし)の、二盤(ふたさら)の熱騰騰(ねつとうとう=湯気(ゆげ)立(た)つ)の面食(めんしょく=粉(こな)の食(しょく))を捧(ささ)げ、亭(てい)に上(のぼ)り来(きた)って言うを見る、「奶奶(だいだい=奥方(おくがた))、一盤(ひとさら)は是れ人肉(じんにく)の餡(あん)の荤饃饃(くんまんまん=肉(にく)饅頭(まんじゅう))、一盤(ひとさら)は是れ豆沙(とうしゃ=小豆(あずき)あん)の餡(あん)の素饃饃(そまんまん=精進(しょうじん)の饅頭(まんじゅう))に候(そうろう)」。かの女怪(じょかい)笑って言う、「小(こ)の者(もの)たち、唐御弟(とうぎょてい)を攙(たす)け出(いだ)せ」。 幾箇(いくつ)かの彩衣繍服(あやぎぬ)の女童(じょどう)、後房(こうぼう=奥(おく)の部屋(へや))に向(むか)い走(はし)り、唐僧(とうそう)を扶(たす)け出(いだ)す。かの師父(しふ)は面(おもて)黄(き)く唇(くちびる)白(しろ)く、眼(め)紅(あか)く涙(なみだ)滴(したた)らし、行者は暗(あん)の裡(うち)に嗟嘆(さたん=嘆(なげ))じて言う、「師父(しふ)は毒(どく)に中(あた)られたり!」 かの怪(かい)は亭(てい)を下(お)り、春葱(しゅんそう=春(はる)の葱(ねぎ))の十指(じっし)の繊繊(せんせん)を露(あらわ)し、長老(ちょうろう)を扯(ひ)き住(とど)めて言う、「御弟(ぎょてい)心(こころ)を寛(ひろ)くせよ、我(われ)が此処(ここ)は是れ西梁女国(せいりょうじょこく)の宮殿(きゅうでん)ならず、富貴(ふうき)奢華(しゃか)に比(ひ)せずといえども、其(そ)の実(じつ)は却(かえ)ってまた清閑(せいかん=静(しず)かで閑(ひま))自在(じざい)にして、正(まさ)に好(よ)く念仏(ねんぶつ)看経(かんきょう=経(きょう)を読(よ))むに適(かな)えり。我(われ)汝(なんじ)と一箇の道伴児(どうばんじ=道(みち)の伴(とも))を做(な)さば、真(まこと)に是れ百歳(ひゃくさい)の和諧(わがい=仲睦(なかむつ)まじさ)ならん」。三蔵(さんぞう)は語(かた)らざれば、かの怪(かい)言う、「且(しばら)く煩悶(なやみ)を休(や)めよ。我(われ)知(し)れるに汝(なんじ)は女国(じょこく)の中(うち)に宴(えん)に赴(おもむ)きし時(とき)、曾(かつ)て飲食(いんしょく)を進(すす)め得(え)ざりしを。此処(ここ)に葷素(くんそ=肉(にく)と精進(しょうじん))の面飯(めんぱん=麺(めん)と飯(めし))の二盤(ふたさら)有り、汝(なんじ)の凭(たの)みに些(いささ)か受用(じゅよう=いただ)きて驚(おどろき)を圧(おさ)よ」。 三蔵(さんぞう)は沈思黙想(ちんしもくそう=沈(しず)み思(おも)い黙(もだ)し想(おも))して言う、「我(われ)語(かた)らず、東西(もの)を食(くら)わざらんと待(ま)てども、この怪(かい)はかの女王(じょおう)と同(おな)じからず、女王(じょおう)は還(また)是れ人身(じんしん)にて、行動(こうどう)に礼(れい)を以(も)ってす;この怪(かい)は乃(すなわ)ち是れ妖神(ようしん)なれば、恐(おそ)らくは害(がい)を加(くわ)えんことを、奈何(いかん)せん? 我(わ)が三箇(みっつ)の徒弟(でし)は、我(われ)の困(くるし)み陷(おちい)りて此処(ここ)に在(あ)るを知(し)らず、倘(も)し或(ある)いは害(がい)を加(くわ)えられなば、却(かえ)って枉(むだ)に性命(いのち)を捨(す)てんか」と。心(こころ)を以(も)って心(こころ)に問(と)い、計(けい)の奈(いかん)ともする所(ところ)無(な)く、只(た)だ強(しい)て精神(せいしん)を打(う)ち起(おこ)し、口(くち)を開(ひら)いて言う、「荤(にく)の何如(いかん)? 素(しょうじん)の何如(いかん)?」 女怪(じょかい)言う、「荤(にく)のは是れ人肉(じんにく)の餡(あん)の饃饃(まんじゅう)、素(しょうじん)のは是れ豆沙(あずきあん)の餡(あん)の饃饃(まんじゅう)なり」。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)は素(しょうじん)を食(くら)う」。かの怪(かい)笑って言う、「女童(じょどう)、熱茶(ねっちゃ)を看(だ)し来(きた)り、汝(なんじ)が家長(かちょう=主(あるじ))の爺爺(やや)に素饃饃(しょうじんのまんじゅう)を食(くら)わしめよ」。一女童(いちじょどう)、果(はた)して香茶(こうちゃ)一盞(いっさん)を捧(ささ)げ、長老(ちょうろう)の面前(めんぜん)に放(お)く。 かの怪(かい)は一箇の素饃饃(しょうじんまん)を将(も)って劈(さ)き破(やぶ)り、三蔵(さんぞう)に逓(わた)す。三蔵(さんぞう)は一箇の荤饃饃(にくまん)を囫圇(こつりん=丸(まる)ごと)のまま女怪(じょかい)に逓(わた)す。女怪(じょかい)笑って言う、「御弟(ぎょてい)、汝(なんじ)どうして劈(さ)き破(やぶ)りて我(われ)に与(あた)えざるか」。三蔵(さんぞう)は合掌(がっしょう)して言う、「我(われ)は出家人(しゅっけにん)、敢(あ)えて荤(くん=肉食(にくじき)の戒(かい))を破(やぶ)らず」。かの女怪(じょかい)言う、「汝(なんじ)出家人(しゅっけにん)の敢(あ)えて荤(くん)を破(やぶ)らずんば、どうして前日(ぜんじつ)子母河(しぼが)の辺(ほとり)に在って水(みず)を飲(の)みしこと高(たか)く、今日(こんにち)又(また)好(よ)く豆沙(あずきあん)の餡(あん)を食(くら)うか」。三蔵(さんぞう)言う、「水高(みずたか)ければ船(ふね)去(さ)ること急(きゅう)なり、沙(すな)陷(おちい)れば馬(うま)行(ゆ)くこと遅(おそ)し」。行者は格子眼(こうしがん=格子(こうし)の隙間(すきま))に在って二箇(ふたり)の言語(げんご)の相攀(あいよ)じるを聴(き)き、恐(おそ)らくは師父(しふ)の真性(しんしょう=正(ただ)しき心(こころ))を乱(みだ)さんことを、忍(しの)ぶこと能(あた)わず、本相(ほんそう=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)いて喝(かつ)して言う、「孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))無礼(ぶれい)なり!」 かの女怪(じょかい)は見て、口(くち)より一道(ひとすじ)の烟光(えんこう=煙(けむり)の光(ひかり))を噴(ふ)き、花亭子(はなのてい)を把(と)りて罩(おお)い住(とど)め、教(おし)える、「小(こ)の者(もの)たち、御弟(ぎょてい)を收(おさ)めよ!」 彼(かれ)は却(かえ)って一柄(いっぺい)の三股(みつまた)の鋼叉(こうさ=鋼(はがね)の叉(また))を拿(と)り、亭門(ていもん)を跳(と)び出(い)で、罵(ののし)って言う、「潑猴(はっこう=愚(おろ)かなる猿(さる))の憊懶(はいらん=横着(おうちゃく))なる! どうして敢(あ)えて私(ひそか)に吾(わ)が家(いえ)に入(い)り、我(われ)が容貌(ようぼう)を偷(ぬす)み窺(うかが)うか! 往(ゆ)くな! 老娘(ろうじょう=この女(おんな))の一叉(いっさ)を食(く)らえ!」 この大聖は鉄棒(てつぼう)を使(つか)って架(か)き住(とど)め、且(かつ)戦(たたか)い且(かつ)退(しりぞ)く。 二人(ふたり)は打(う)ちて洞外(どうがい)に出(い)づれば、かの八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)は、正(まさ)に石屏(せきへい)の前(まえ)に在って等候(とうこう)しおるに、ふと彼(かれ)の二箇(ふたり)の争持(そうじ=争(あらそ)い)するを見(み)て、慌(あわ)てたるは八戒(はっかい)、白馬(はくば)を将(も)って牽(ひ)き過(よ)ぎて言う、「沙僧(しゃそう)、汝(なんじ)は只管(ひたすら)行李(こうり)馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ=見張(みは))れ、老猪(ろうちょ=この猪(いのこ))の往(ゆ)きて帮(たす)け打(う)ち帮(たす)け打たんを等(ま)てよ」。好(よ)き呆子(ほうし)、双手(そうしゅ)に鈀(くまで)を挙(あ)げ、赶(お)い上前(うえまえ)に叫(さけ)んで言う、「師兄(しけい=兄弟子(あにでし))は後(うしろ)に靠(よ)り、我(われ)をしてこの潑賤(はっせん=愚(おろ)かなる賎(いや)しき女(おんな))を打(う)たしめよ!」 かの怪(かい)は八戒(はっかい)の来(きた)るを見(み)て、彼(かれ)は又(また)一箇の手段(しゅだん)を使(つか)い、一声(ひとこえ)呼(よ)ばわりて、鼻中(びちゅう=鼻(はな)の内(うち))より火(ひ)を出(いだ)し、口内(こうない)に煙(けむり)を生(しょう)じ、身子(からだ)を把(と)って一抖(ひとゆす)り抖(ゆす)れば、三股叉(みつまた)の飛(と)び舞(ま)うて沖(つ)き迎(むか)う。かの女怪(じょかい)もまた幾隻(いくつ)の手(て)有るかを知(し)らず、頭(こうべ)も無(な)く面(おもて)も無(な)く滚(ころ)がり将(も)って来(きた)る。この行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)は、両辺(りょうへん)より攻(せ)め住(とど)む。かの怪(かい)言う、「孫悟空(そんごくう)、汝(なんじ)好(よ)く進退(しんたい)を識(し)らず! 我(われ)は便(すなわ)ち汝(なんじ)を認(みと)むるに、汝(なんじ)は我(われ)を認(みと)めず。汝(なんじ)がかの雷音寺(らいおんじ)の仏如来(ほとけにょらい)も、還(また)我(われ)を怕(おそ)れるなり、量(はか)るに汝(なんじ)がこの二箇(ふたり)の毛人(もうじん=毛(け)だらけの人(ひと))の、到(いた)り得(う)る処(ところ)ぞ! 皆(みな)上(のぼ)り来(こ)よ、一箇一箇(ひとりひとり)仔細(しさい)に看(み)よ打(う)たん!」 この一場(いちじょう)の怎(いか)でか好戦(こうせん=見事(みごと)な戦(いくさ))なるを見(み)ん── 女怪(じょかい)は威風(いふう)長(たけ)しく、 猴王(こうおう)は気概(きがい=気(き)構(がま)え)興(おこ)る。 天蓬元帥(てんぽうげんすい)功績(こうせき)を争(あらそ)い、 乱(みだ)りに釘鈀(ていは)を挙(あ)げて能(のう)を顕(あらわ)さんと要(よう)す。 かの一箇(ひとり)は手多(ておお)く叉緊(さきん)くして烟光(えんこう)繞(めぐ)り、 この二箇(ふたり)は性急(せいきゅう)にして兵強(へいきょう)く霧気(むき)騰(のぼ)る。 女怪(じょかい)は只(た)だ配偶(はいぐう=配偶者(はいぐうしゃ))を求(もと)むるに因(よ)り、 男僧(だんそう)は怎(いか)でか肯(あ)えて元精(げんせい=男(おとこ)の精気(せいき))を泄(も)らさん! 陰陽(いんよう)対(たい)せずして相持(あいたもち)し闘(たたか)い、 各(おのおの)雄才(ゆうさい)を逞(たくま)しうして恨(うら)み苦(くるしみ)て争(あらそ)う。 陰(いん)は静(しずか)にして栄(えい)を養(やしな)い動動(どうどう=動(うご)かんこと)を思(おも)い、 陽(よう)は収(おさ)まりて息(いこ)い衛(まも)り清清(せいせい=清(きよ)き)を愛(あい)す。 致(いた)りて両処(りょうしょ=両方(りょうほう))に和睦(わぼく)無(な)からしめ、 叉(さ)・鈀(くまで)・鉄棒(てつぼう)にて輸贏(ゆえい=勝敗(しょうぶ))を賭(か)く。 この棒(ぼう)は力(ちから)有り、鈀(くまで)は更(さら)に能(よ)し、 女怪(じょかい)の鋼叉(こうさ)丁(てい)に丁(てい)を対(たい)す。 毒敵山(どくてきざん)の前(まえ)に三(みつ)ながら譲(ゆず)らず、 琵琶洞(びわどう)の外(そと)に両(ふたり)ながら情(なさけ)無(な)し。 かの一箇(ひとり)は唐僧(とうそう)の鳳侶(ほうりょ=鳳凰(ほうおう)の伴(とも))を諧(との)うるを得(う)るを喜(よろこ)び、 この二箇(ふたり)は必(かなら)ず長老(ちょうろう)に随(したが)いて真経(しんきょう)を取(と)らんとす。 天(てん)を驚(おどろ)かし地(ち)を動(うご)かして来(きた)りて相(あい)戦(たたか)い、 只(た)だ殺(あらそ)い得(う)るに日月(じつげつ)光(ひかり)無(な)く星斗(せいと)更(あらた)まるまでなり! 三箇(みっつ)は斗(たたか)い罷(おわ)ること多時(たじ=暫(しばら)く)、勝負(しょうぶ)を分(わ)たず。かの女怪(じょかい)は身(み)を将(も)って一縦(ひととび)し、一箇の倒馬毒樁(とうばどくしょう=馬(うま)を倒(たお)す毒(どく)の杭(くい))を使(つか)い出(いだ)せば、覚(おぼ)えずして大聖(たいせい)の頭皮(とうひ)の上(うえ)を把(と)りて扎(さ)すこと一下(いっか)なり。行者は「苦(くるし)い!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)び、忍耐(にんたい)すること得(え)ず、痛(いたみ)を負(お)いて陣(じん)に敗(やぶ)れて走(はし)る。八戒(はっかい)は事(こと)の諧(とのわ)ざるを見(み)て、鈀(くまで)を拖(ひ)いて身(み)を徹(ひるがえ)して退(しりぞ)く。かの怪(かい)は勝(か)ちを得(え)、鋼叉(こうさ)を收(おさ)む。 行者は頭(こうべ)を抱(いだ)き、眉(まゆ)を皺(しか)め面(おもて)を苦(くる)しめ、「利害(りがい=手強(てごわ)い)! 利害!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。八戒(はっかい)は跟前(こんぜん=前(まえ))に到(いた)りて問(と)うて言う、「哥哥(あにい)、汝(なんじ)どうして正(まさ)に好(よ)き処(ところ)に戦(たたか)い到(いた)りながら、却(かえ)って就(すなわ)ち苦(くるしみ)を叫(さけ)ぶこと天(てん)に連(つら)なるかのように走(に)げて来(きた)れる」。行者は頭(こうべ)を抱(いだ)いて、只(た)だ「疼(いた)い! 疼い! 疼い!」と叫(さけ)ぶ。沙僧(しゃそう)言う、「想(おも)うに是れ汝(なんじ)が頭風(ずふう=頭痛(ずつう))の発(はっ)したるならん」。行者は跳(と)びて言う、「是(こ)れならず! 是れならず!」 八戒(はっかい)言う、「哥哥(あにい)、我(われ)は曾(かつ)て汝(なんじ)の傷(きず)を負(お)えるを見(み)ざるに、却(かえ)って頭痛(ずつう)し、何(なん)ぞや」。行者は哼哼(こうこう=うんうん)として言う、「了不得(たいへん)! 了不得! 我(われ)と彼(かれ)の正(まさ)に然(しか)と打(う)ちおる処(ところ)に、彼(かれ)は我(われ)の彼(かれ)が叉勢(させい=叉(また)の構(かま)え)を破(やぶ)れるを見(み)て、彼(かれ)は就(すなわ)ち身子(からだ)を把(と)って一縦(ひととび)し、是れ何(なん)の兵器(へいき)なるかを知(し)らず、我(われ)が頭(こうべ)の上(うえ)を着(めが)けて扎(さ)すこと一下(いっか)なれば、就(すなわ)ちこの般(ごと)く頭痛(ずつう)の禁(とど)め難(がた)く、此(こ)の故(ゆえ)に陣(じん)に敗(やぶ)れて来(きた)れるなり」。八戒(はっかい)笑って言う、 「只(た)だこの等(ごと)く静(しずか)なる処(ところ)に在って常(つね)に夸口(ここう=自慢(じまん))し、汝(なんじ)が頭(こうべ)は是れ修煉(しゅれん)せしものと説(と)きおるに、却(かえ)ってどうして就(すなわ)ちこの一下(ひとさ)しに禁(た)えざるか」。行者言う、「正(まさ)に是(ぜ)なり、我(われ)がこの頭(こうべ)は修煉(しゅれん)して真(しん)を成(な)してより、蟠桃(ばんとう)仙酒(せんしゅ)・老子(ろうし)の金丹(きんたん)を盗(ぬす)み食(くら)い、大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がせし時(とき)にも、又(また)玉帝(ぎょくてい)に大力鬼王(だいりききおう)・二十八宿(にじゅうはっしゅく)を差(さ)し遣(つか)わされ、斗牛宮(とぎゅうきゅう)に押(お)し赴(おもむ)かれて処々(しょしょ)に斬(き)られしに、それらの神将(しんしょう)の刀斧鎚剣(とうふついけん=刀(かたな)・斧(おの)・槌(つち)・剣(けん))を使(つか)い、雷(かみなり)打(う)ち火(ひ)焼(や)き、及び老子(ろうし)の我(われ)を把(と)って八卦炉(はっけろ)に安(やす)んじて、鍛煉(たんれん)すること四十九日(よんじゅうくにち)なるに至(いた)るまで、俱(とも)に未(いま)だ傷(きず)を損(そこな)わず。今日(こんにち)この婦人(ふじん)の用(もち)いしは何(なん)の兵器(へいき)なるかを知(し)らず、老孫(ろうそん)が頭(こうべ)を把(と)りて弄(ろう)し傷(きずつ)けるなり!」 沙僧(しゃそう)言う、「汝(なんじ)手(て)を放(はな)て、我(われ)の看(み)るを等(ま)て。破(やぶ)れたること莫(な)かれ!」 行者言う、「破(やぶ)れず! 破れず!」 八戒(はっかい)言う、「我(われ)往(ゆ)きて西梁国(せいりょうこく)に膏薬(こうやく)を討(もと)め、汝(なんじ)に貼(は)らしめん」。行者言う、「又(また)腫(は)れず破(やぶ)れず、どうして膏薬(こうやく)の貼(は)る可(べ)けんや」。八戒(はっかい)笑って言う、「哥(あにい)よ、我(わ)が胎前産後(たいぜんさんご)の病(やまい)は倒(かえ)って曾(かつ)て有(あ)らざるに、汝(なんじ)は倒(かえ)って一箇の脳門癰(のうもんよう=額(ひたい)の出来物(できもの))を弄(ろう)し出(いだ)したり」。沙僧(しゃそう)言う、「二哥(にいさん)且(しばら)く取笑(からかい)を休(や)めよ。如今(いま)天色(てんしょく=空(そら)の色(いろ))は晩(く)れたり、大哥(たいか)は頭(こうべ)を傷(きずつ)け、師父(しふ)は又(また)死活(しかつ)を知(し)らず、怎(いか)でか是れ好(よ)からん」。 行者は哼(うな)って言う、「師父(しふ)は事(こと)無(な)し。我(われ)が進(すす)み入(い)りし時(とき)、蜜蜂児(みつばち)に変(へん)じ做(な)り、内(うち)に飛(と)び入(い)りて、かの婦人(ふじん)の花亭子(はなのてい)の上(うえ)に坐(ざ)せるを見(み)たり。少頃(しばらく)して、二箇(ふたり)の丫鬟(あかん=侍女(じじょ))が、二盤(ふたさら)の饃饃(まんじゅう)を捧(ささ)げ:一盤(ひとさら)は是れ人肉(じんにく)の餡(あん)、荤(くん=肉(にく))の;一盤(ひとさら)は是れ豆沙(あずき)の餡(あん)、素(しょうじん)の。又(また)二箇(ふたり)の女童(じょどう)をして師父(しふ)を扶(たす)け出(いだ)して一個(ひとつ)を食(くら)わせて驚(おどろき)を圧(おさ)めしめ、又(また)師父(しふ)と甚(なん)の道伴児(どうばんじ)かを做(な)さんとす。師父(しふ)は始(はじ)めかの婦人(ふじん)と話(ことば)を答(こた)えず、また饃饃(まんじゅう)を食(くら)わざりしが、後(のち)に彼(かれ)が甜言美語(てんげんびご=甘(あま)い言葉(ことば)と美(うつく)しき言葉(ことば))なるを見(み)て、怎(いか)にしてか、就(すなわ)ち口(くち)を開(ひら)きて語(かた)り、却(かえ)って素(しょうじん)を食(くら)うと説(と)けり。かの婦人(ふじん)は就(すなわ)ち一箇の素(しょうじん)のを将(も)って劈(さ)き開(ひら)きて師父(しふ)に逓(わた)し、師父(しふ)は一箇の囫圇(まるごと)なる荤(にく)のを将(も)ってかの婦人(ふじん)に逓(わた)せり。婦人(ふじん)言う、『怎(どう)して劈(さ)き破(やぶ)らざるか』と。師父(しふ)言う、『出家人(しゅっけにん)は敢(あ)えて荤(くん)を破(やぶ)らず』と。かの婦人(ふじん)言う、『既(すで)に荤(くん)を破(やぶ)らずんば、前日(ぜんじつ)どうして子母河(しぼが)の辺(ほとり)に在って水(みず)を飲(の)むこと高(たか)く、今日(こんにち)又(また)好(よ)く豆沙(あずき)の餡(あん)を食(くら)うか』と。師父(しふ)は彼(かれ)が意(こころ)を解(げ)せず、彼(かれ)に两句(ふたこと)を答(こた)えて言う、『水高(みずたか)ければ船(ふね)去(さ)ること急(きゅう)なり、沙(すな)陷(おちい)れば馬(うま)行(ゆ)くこと遅(おそ)し』と。我(われ)格子(こうし)の上(うえ)に在って聴(き)き得(え)て、恐(おそ)らくは師父(しふ)の性(しょう)を乱(みだ)さんことを、便(すなわ)ち就(すなわ)ち原身(げんしん=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)し、棒(ぼう)を掣(ひ)いて就(すなわ)ち打(う)てり。彼(かれ)もまた神通(じんつう)を使(つか)い、煙霧(えんむ)を噴(ふ)き出(いだ)し、御弟(ぎょてい)を收(おさ)めよと叫(さけ)び、就(すなわ)ち鋼叉(こうさ)を輪(めぐ)らし、老孫(ろうそん)と洞(どう)を打(う)ち出(い)で来(きた)れるなり」。沙僧(しゃそう)は説(と)くを聞(き)き、指(ゆび)を咬(か)んで言う、「この潑賤(はっせん=愚かなる賎(いや)しき女(おんな))もまた何処(いずこ)よりか就(すなわ)ち我等(われら)に随(したが)うて来(きた)れるかを知(し)らず、上項(じょうこう=前項(ぜんこう))の事(こと)を把(と)って皆(みな)知(し)りおるなり!」 八戒(はっかい)言う、「この等(ごと)く説(と)かば、便(すなわ)ち我等(われら)は安歇(あんけつ=休(やす)み)すること成(な)らずや。甚(なん)の黄昏(たそがれ)半夜(よなか)なるを管(かま)わず、且(しばら)く彼(かれ)が門(もん)の上(うえ)に往(ゆ)きて戦(たたかい)を索(もと)め、嚷嚷闹闹(じょうじょうどうどう=喚(わめ)き騒(さわ))ぎ、彼(かれ)を撹(かきみだ)して一箇の睡(ねむ)らざらしめ、彼(かれ)をして我が師父(しふ)を捉弄(とらわれあそ)ばしむること莫(な)からしめよ」。行者言う、「頭痛(ずつう)して、往(ゆ)くを得(え)ず!」 沙僧(しゃそう)言う、「戦(たたかい)を索(もと)むるに及(およ)ばず。一(ひとつ)には師兄(しけい)頭痛(ずつう)し、二(ふたつ)には我(わ)が師父(しふ)は是れ一箇の真僧(しんそう)にして、決(けっ)して色空(しきくう)を以(も)って性(しょう)を乱(みだ)さず、且(しばら)く就(すなわ)ち山坡(さんぱ=坂(さか)の下(した))の、風(かぜ)を閉(と)ずる処(ところ)に在って、この一夜(いちや)を坐(ざ)し、精神(せいしん)を養(やしな)い、天(てん)の明(あ)くるを待(ま)ちて再(ふたた)び理会(りかい=沙汰(さた))を為(な)さん」。遂(つい)に此(ここ)に三箇(みっつ)の弟兄(ていけい)は、白馬(はくば)を拴(つな)ぎ牢(かた)くし、行嚢(こうのう)を守護(しゅご)し、就(すなわ)ち坡(さか)の下(した)に在って安歇(やす)むは題(だい)せず。 さてかの女怪(じょかい)は凶悪(きょうあく)の心(こころ)を放(お)き下(おろ)し、歓愉(かんゆ=喜(よろこ)び)の色(いろ)を重(かさ)ねて整(ととの)え、叫(さけ)んで言う、「小(こ)の者(もの)たち、前後(ぜんご)の門(もん)を把(と)って皆(みな)緊(きつ)く関(とざ)せよ」。又(また)二箇(ふたり)をして更(こう=夜警(やけい))を支(ささ)えしめ、行者を防守(ぼうしゅ=警戒(けいかい))し、但(た)だ門(もん)の響(ひび)くを聴(き)かば、即時(そくじ)に通報(つうほう)せしむ。却(かえ)って又(また)教(おし)える、「女童(じょどう)、臥房(がぼう=寝室(しんしつ))を将(も)って收拾(しゅうしゅう)し斉整(せいせい)にし、燭(しょく=蝋燭(ろうそく))を掌(とも)し香(こう)を焚(た)き、唐御弟(とうぎょてい)を請(しょう)じ来(きた)れ、我(われ)彼(かれ)と交歓(こうかん=睦(むつ)み合(あ))わん」と。遂(つい)に長老(ちょうろう)を後辺(うしろ)より把(と)りて攙(たす)け出(いだ)す。かの女怪(じょかい)は十分(じゅうぶん)の嬌媚(きょうび=艶(なまめ)かしさ)の態(たい)を弄(ろう)し出(いだ)し、唐僧(とうそう)を携(たずさ)え定(さだ)めて言う、「常言(じょうげん)に『黄金(おうごん)は未(いま)だ貴(とうと)しと為(な)さず、安楽(あんらく)は値(あたい)多(おお)し』と。且(しばら)く汝(なんじ)と一時の夫妻児(ふさいじ=夫婦(ふうふ))を做(な)し、耍子(あそび)に去(ゆ)かん」。この長老(ちょうろう)は牙関(がかん=歯(は)の関(かん))を咬(か)み定(さだ)め、声(こえ)もまた透(とお)さず。往(ゆ)かざらんと欲(ほっ)すれども、恐(おそ)らくは彼(かれ)の心(こころ)を生(しょう)じて命(いのち)を害(そこな)わんことを、只(た)だ戦兢兢(おののく)を得(う)るのみ、彼(かれ)に跟(したが)いて歩(あゆみ)を香房(こうぼう=香(かお)る部屋(へや))に入(い)るも、却(かえ)って痴(おろか)なるが如(ごと)く唖(おうし)の如(ごと)く、何処(いずこ)にか頭(こうべ)を挙(あ)げ目(め)を挙(あ)げん、更(さら)に曾(かつ)て彼(かれ)が房裡(うち)の是れ甚(なん)の床鋪(しょうほ=寝台(しんだい))幔帳(まんちょう=帳(とばり))なるかを看(み)ず、また甚(なん)の箱籠(そうろう=長持(ながもち))梳粧(しょしょう=化粧台(けしょうだい))有るかを知(し)らず、かの女怪(じょかい)の説(と)き出(いだ)す所(ところ)の雨意雲情(ういうんじょう=情交(じょうこう)の情(じょう))も、また漠然(ばくぜん)として聴(き)く所(ところ)無(な)し。好(よ)き和尚(おしょう)、真(まこと)に是れ那(か)の── 目(め)悪色(あくしょく=悪(あ)しき色(いろ))を視(み)ず、 耳(みみ)淫声(いんせい=淫(みだ)らな声(こえ))を聴(き)かず。 彼(かれ)はこの錦繍(きんしゅう)の嬌容(きょうよう)を把(と)りて糞土(ふんど)の如(ごと)くし、 金珠(きんじゅ)の美貌(びぼう)を灰塵(かいじん=埃(ほこり))と若(な)す。 一生(いっしょう)只(た)だ参禅(さんぜん)を愛(あい)し、 半歩(はんぽ)も仏地(ぶっち)を離(はな)れず。 何処(いずこ)にか玉(ぎょく)を惜(お)しみ香(かおり)を怜(あわ)れむことを会(え)せん、 只(た)だ修真(しゅうしん)養性(ようしょう)を暁(さと)るのみ。 かの女怪(じょかい)は、活潑潑(かっぱつかっぱつ=生(い)き生(い)き)として、春意(しゅんい)辺(へん)無(な)く; この長老(ちょうろう)は、死丁丁(していてい=死(し)んだ如(ごと)く)として、禅機(ぜんき)在(あ)る有(あ)り。 一箇(ひとり)は軟玉温香(なんぎょくおんこう=柔(やわ)らかき玉(たま)と温(あたた)かき香(かおり))に似(に)、 一箇は死灰槁木(しかいこうぼく=冷(つめ)たい灰(はい)と枯(か)れ木(き))の如(ごと)し。 かの一箇(ひとり)は、鴛衾(えんきん=鴛鴦(えんおう)の夜着(よぎ))を展(の)べて、淫興(いんきょう=淫(みだ)らな興(きょう))濃濃(のうのう); この一箇は、褊衫(へんさん=僧衣(そうい))を束(つか)ねて、丹心(たんしん=赤(あか)き心(こころ))耿耿(こうこう)たり。 かの者(もの)は胸(むね)を貼(は)り股(もも)を交(まじ)えて鸞鳳(らんぽう=鸞(らん)と鳳凰(ほうおう))を和(わ)せんと要(よう)し、 この者は壁(かべ)に画(えが)きて山(やま)に帰(かえ)り達摩(だるま)を訪(たず)ねんと欲(ほっ)す。 女怪(じょかい)は衣(い)を解(と)きて、彼(かれ)が肌香膚膩(きこうふじ=肌(はだ)の香(かおり)と膩(あぶら)け)を売弄(ろうろう=見(み)せびらか)し; 唐僧(とうそう)は衽(えり)を斂(おさ)めて、緊(きつ)と糙肉粗皮(そうにくそひ=粗(あら)き肉(にく)と皮(かわ))を藏(ぞう)す。 女怪(じょかい)言う、「我(われ)は枕(まくら)剰(あま)り衾(よぎ)閑(ひま)なり、どうして睡(ねむ)らざるか」。 唐僧(とうそう)言う、「我(われ)は頭(こうべ)光(つるつる)にして服(ふく)異(こと)なれば、怎(いか)でか相(あい)陪(ともな)わん!」 かの者(もの)言う、「我(われ)願(ねが)わくは前朝(ぜんちょう)の柳翠翠(りゅうすいすい)と作(な)らん」。 この者言う、「貧僧(ひんそう)は是れ月闍黎(げつしゃり)に非(あら)ず」。 女怪(じょかい)言う、「我(われ)は美(うつく)しきこと西施(せいし)に若(し)くまた嫋娜(じょうだ=しなやか)なり」。 唐僧(とうそう)言う、「我(わ)が越王(えつおう)は此(こ)れに因(よ)りて久(ひさ)しく尸(しかばね)を埋(うず)めり」。 女怪(じょかい)言う、「御弟(ぎょてい)、汝(なんじ)記(おぼ)えるか『寧(むし)ろ花(はな)の下(した)に死(し)するを教(おし)え、鬼(おに)と做(な)るもまた風流(ふうりゅう)』と」。 唐僧(とうそう)言う、「我(わ)が真陽(しんよう=真(しん)の陽気(ようき))は至宝(しほう)為(た)り、怎(いか)でか軽(かる)く汝(なんじ)がこの粉骷髏(ふんころう=白粉(おしろい)の骸骨(がいこつ))に与(あた)えん」。 彼(かれ)の二箇(ふたり)は散言砕語(さんげんさいご=取(と)り留(と)め無(な)き言葉(ことば))にて、直(ただ)ちに更深(こうしん=夜更(よふ)け)に斗(たたか)い到(いた)るも、唐長老(とうちょうろう)は全(まった)く念(ねん)を動(うご)かさず。かの女怪(じょかい)は扯(ひ)き扯(ひ)き拉(ひ)き拉(ひ)きて放(はな)たざれども、この師父(しふ)は只(た)だ是れ老老成成(ろうろうせいせい=至極(しごく)真面目(まじめ))として肯(うべな)わず。直(ただ)ちに纏(から)み到(いた)ること半夜(よなか)の時候(じこう=頃(ころ))有(あ)りて、かの怪(かい)を把(と)りて悩(いから)しむるに至(いた)り、叫(さけ)ぶ、「小(こ)の者(もの)たち、縄(なわ)を拿(と)り来(こ)よ!」 憐(あわ)れむ可(べ)し一箇の心愛(しんあい=愛(あい)し)の人児(ひと)を、一條(ひとすじ)の縄(なわ)もて、捆(くく)りて一箇の猱獅(どうし=猿(さる)の獅子(しし))の形(かたち)に象(に)せしめ、又(また)拖(ひ)きて房廊(ぼうろう=部屋(へや)と廊下(ろうか))の下(した)に往(ゆ)かしめ、却(かえ)って銀灯(ぎんとう=銀(ぎん)の灯(あかり))を吹(ふ)き滅(け)し、各(おのおの)寝処(しんしょ=寝床(ねどこ))に帰(かえ)る。 一夜(いちや)詞(ことば)無(な)く、覚(おぼ)えずして鶏声(けいせい=鶏(にわとり)の声(こえ))三唱(さんしょう=三度(さんど)の時報(じほう))。かの山坡(さんぱ)の下(した)に在って孫大聖(そんたいせい)は身(み)を欠(か)いて言う、「我(われ)がこの頭(こうべ)は痛(いた)むこと一會(ひとしきり)にして、如今(いま)に到(いた)りてはまた疼(いた)まず麻(しび)れず、只(た)だ是れ些(いささ)か痒(かゆ)きを作(な)す有(あ)るのみ」。八戒(はっかい)笑って言う、「痒(かゆ)かば便(すなわ)ちまた彼(かれ)をして扎(さ)すこと一下(ひとさ)しを教(おし)えんには、何如(いかん)」。行者は一口(ひとくち)啐(つばき)して言う、「放(ほう)! 放! 放!」 八戒(はっかい)又(また)笑って言う、「放! 放! 放! 我が師父(しふ)はこの一夜(いちや)倒(かえ)って浪浪浪(ろうろうろう=浮(う)かれ気味(ぎみ))なり!」 沙僧(しゃそう)言う、「且(しばら)く口(くち)を斗(たたか)わすこと莫(な)かれ、天(てん)亮(あか)るなれば、快(はや)く早(はや)きに赶(お)いつきて妖怪(ようかい)を捉(とら)えに往(ゆ)かん」。行者言う、「兄弟(きょうだい)、汝(なんじ)は只管(ひたすら)此処(ここ)に在って馬(うま)を守(まも)れ、身(み)を動(うご)かすことを得(う)る莫(な)かれ。猪八戒(ちょはっかい)は我(われ)に跟(したが)いて往(ゆ)け」。かの呆子(ほうし)は精神(せいしん)を抖擻(しゅんそう=奮(ふる)い起(おこ))し、一領(ひとそろい)の皂錦直裰(そうきんじきとく=黒(くろ)き錦(にしき)の直裰(じきとく))を束(つか)ね一束(ひとつか)ねし、行者に相随(あいしたが)い、各(おのおの)兵器(へいき)を帯(たい)し、山崖(さんがい=山(やま)の崖(がけ))に跳(と)び上(あが)り、径(ただ)ちに石屏(せきへい)の下(した)に至(いた)る。行者言う、「汝(なんじ)且(しばら)く立(た)ち住(とど)まれ、只(た)だ怕(おそ)らくはこの怪物(かいぶつ)の夜(よる)の裡(うち)に師父(しふ)を傷(そこな)いしならん、先(ま)ず我(われ)の進(すす)み入(い)りて探(さぐ)り探(さぐ)りするを等(ま)て。倘若(も)し彼(かれ)に哄(たぶら)かされて、元陽(げんよう)を喪(うしな)い、真(まこと)に德行(とくぎょう)を虧(そこな)わば、却(かえ)って就(すなわ)ち大衆(たいしゅう)散火(さんか=解散(かいさん));若(も)し性情(せいじょう)を乱(みだ)さず、禅心(ぜんしん)未(いま)だ動(うご)かざれば、却(かえ)って好(よ)く力(ちから)を努(つと)めて相持(あいたもち)し、精怪(せいかい)を打(う)ち殺(ころ)し、師(し)を救(すく)いて西(にし)に去(さ)らん」。八戒(はっかい)言う、「汝(なんじ)好(よ)く痴瘂(ちあ=唖(おうし)の如(ごと)き)なるかな! 常言(じょうげん)に『乾魚(かんうお=干(ほ)し魚(うお))好(よ)く猫児(ねこ)と枕頭(まくら)を作(な)す可(べ)きか』と道(い)う、就(すなわ)ち此(か)くの如(ごと)くならずとも、就(すなわ)ち此(か)くの如(ごと)くならずとも、また汝(なんじ)を抓(つか)むこと兒把(ひとつかみ)は要(よう)するなり!」 行者言う、「胡疑(こぎ=でたらめな疑(うたが)い)乱説(らんせつ)すること莫(な)かれ、我(われ)の往(ゆ)きて看(み)るを待(ま)て」。 好(よ)き大聖、石屏(せきへい)を転(ま)がり、八戒(はっかい)に別(わか)れ、身(み)を揺(ゆ)るがして還(また)一箇の蜜蜂児(みつばち)に変(へん)じ、門裡(もんり)に飛(と)び入(い)れば、かの門裡(うち)に二箇(ふたり)の丫鬟(じじょ)の、頭(こうべ)を梆鈴(ほうれい=拍子木(ひょうしぎ)と鈴(すず))に枕(まくら)し、正(まさ)に然(しか)と睡(ねむ)りおるを見(み)る。却(かえ)って花亭子(はなのてい)に到(いた)りて観看(かんかん)すれば、かの妖精(ようせい)は元来(もと)半夜(よなか)まで弄(ろう)して、皆(みな)辛苦(しんく=疲(つか)れ)れ、一箇一箇(ひとりひとり)皆(みな)天(てん)の暁(あ)くるを知(し)らず、還(また)睡(ねむ)りおるなり。行者は後面(こうめん=裏(うら))に飛(と)び来(きた)り、隐隐(いんいん=かすか)に只(た)だ唐僧(とうそう)の声(こえ)の喚(うめ)くを聴(き)き得(え)、ふと頭(こうべ)を挙(あ)げ、かの步廊(ほろう=歩(ある)きの廊下(ろうか))の下(した)に、師父(しふ)が手足(てあし)を一(ひと)まとめに縛(しば)られて捆(くく)られ在(あ)るを見(み)る。行者は軽軽(そっと)と唐僧(とうそう)の頭(こうべ)の上(うえ)に钉(とま)り、叫(よ)んで言う、「師父(しふ)」。唐僧(とうそう)は声音(こえ)を認(みと)めて、言う、「悟空(ごくう)の来(きた)れるか。我(われ)が命(いのち)を救(すく)え!」 行者言う、「夜来(ゆうべ)の好事(こうじ=良(よ)き事(こと))は如何(いかん)」。三蔵(さんぞう)は歯(は)を咬(か)んで言う、「我(われ)は寧(むし)ろ死(し)するともまた肯(あ)えて此(か)くの如(ごと)くはせじ!」 行者言う、「昨日(きのう)我(われ)は彼(かれ)に相怜(あいあわ)れみ相愛(あいあい)するの意(こころ)有るを見(み)たるに、却(かえ)ってどうして今日(こんにち)汝(なんじ)をこの般(ごと)く挫折(ざせつ=虐(しいた)げ)せるか」。三蔵(さんぞう)言う、 「彼(かれ)は我(われ)を把(と)りて纏(から)むこと半夜(よなか)、我(われ)は衣(い)も解(と)かず帯(おび)も解(と)かず、身(み)未(いま)だ床(とこ)に沾(ふ)れず。彼(かれ)は我(われ)の肯(うべな)いて従(したが)わざるを見(み)て、纔(ようや)く我(われ)を此処(ここ)に捆(くく)れるなり。汝(なんじ)千万(くれぐれ)も我(われ)を救(すく)いて経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かしめよ!」 彼(かれ)が師徒(しと)たちは正(まさ)に然(しか)と問答(もんどう)しおるに、早(はや)くもかの妖精(ようせい)を驚(おどろ)かし醒(さ)ます。妖精(ようせい)は是(こ)れ下狠(かこん=酷(ひど)きこと)なれども、却(かえ)って還(また)流連(るれん=未練(みれん))不舍(しゃ=捨(す)て難(がた)き)の意(こころ)有り、一覚(ひとねむり)して身(み)を翻(ひるがえ)し、只(た)だ「経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)かん」の一句(いっく)を聴(き)き得(え)て、彼(かれ)は就(すなわ)ち床(とこ)を滚(ころ)げ下(お)り来(きた)り、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(さけ)んで言う、「好(よ)き夫妻(ふうふ)を做(な)さずして、却(かえ)って甚(なん)の経(きょう)をか取(と)りに往(ゆ)かんとするか!」 行者は慌(あわ)て、師父(しふ)を撇(す)て、急(いそ)ぎ翅(はね)を展(の)べ、飛(と)び将(も)って出(い)で、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、「八戒(はっかい)」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。かの呆子(ほうし)は石屏(せきへい)を転(ま)がり過(よ)ぎて言う、「あの話児(はなじ=例(れい)の事(こと))は成(な)れるか」。行者笑って言う、「不曾(いまだ)! 不曾! 老師父(ろうしふ)は彼(かれ)に摩弄(まろう=手籠(てご)め)にせられしも従(したが)わず、悩(いか)りて、あそこに捆(くく)り在(あ)り、正(まさ)に我(われ)と前情(ぜんじょう=先(さき)の事(こと))を訴(うった)えおるに、かの怪(かい)驚(おどろ)き醒(さ)め、我(われ)慌(あわ)てて出(い)で来(きた)れるなり」。八戒(はっかい)言う、「師父(しふ)は曾(かつ)て甚(なに)か説(と)きしや」。行者言う、「彼(かれ)は只(た)だ『衣(い)も解(と)かず帯(おび)も解(と)かず、身(み)未(いま)だ床(とこ)に沾(ふ)れず』と説(と)けるのみ」。八戒(はっかい)笑って言う、「好(よ)し! 好し! 好し! 還(また)是れ一箇の真(しん)の和尚(おしょう)なり! 我等(われら)彼(かれ)を救(すく)いに往(ゆ)かん!」 呆子(ほうし)は粗魯(そろ=乱暴(らんぼう))にして、分説(ぶんせつ=弁明(べんめい))を容(い)れず、釘鈀(ていは)を挙(あ)げ、かの石頭門(せきとうもん=石(いし)の門(もん))を望(めが)けて力(ちから)を尽(つ)くして一鈀(ひとくまで)、唿喇喇(こつらら)と筑(う)ちて幾塊(いくかた)と做(な)す。唬(おど)されたるはかの幾箇(いくつ)かの梆鈴(ほうれい)を枕(まくら)にして睡(ねむ)れる丫環(じじょ)たち、二層(にそう)の門外(もんがい)に跑(はし)り至(いた)り、「門(もん)を開(ひら)け! 前門(ぜんもん)は昨日(きのう)のあの二箇(ふたり)の丑(みにく)き男人(おとこ)に打(う)ち破(やぶ)られたり!」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。かの女怪(じょかい)は正(まさ)に房門(ぼうもん)を出(い)でんとするに、只(た)だ見(み)るに四五箇(しごこ)の丫鬟(じじょ)の跑(はし)り進(すす)み入(い)りて報(しら)せて言う、「奶奶(おくがた)、昨日(きのう)のあの二箇(ふたり)の丑(みにく)き男人(おとこ)が又(また)来(きた)りて前門(ぜんもん)を把(と)り已(すで)に打(う)ち砕(くだ)けり」。かの怪(かい)は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ叫(さけ)ぶ、「小(こ)の者(もの)たち! 快(はや)く湯(ゆ)を焼(た)きて面(おもて)を洗(あら)い梳粧(しょしょう=化粧(けしょう))せよ!」 叫(さけ)ぶ、「御弟(ぎょてい)を縄(なわ)と連(つれだ)って後房(こうぼう)に抬(かつ)ぎ収(おさ)めよ、我(われ)の彼(かれ)を打(う)ちに往(ゆ)くを等(ま)て!」 好(よ)き妖精(ようせい)、走(はし)り出(い)で来(きた)り、三股叉(みつまた)を挙(あ)げて罵(ののし)って言う、「潑猴(はっこう=愚かなる猿)! 野彘(やてい=野(の)の猪(いのこ))! 老大(ろうだい=大(おお)い)に無知(むち)なり! 汝(なんじ)どうして敢(あ)えて我が門(もん)を打(う)ち破(やぶ)るか!」 八戒(はっかい)は罵(ののし)って言う、「濫淫賤貨(らんいんせんか=淫(みだ)らなる賎(いや)しき女(おんな))! 汝(なんじ)は倒(かえ)って我が師父(しふ)を困陷(こんかん=閉(と)じ込(こ))め、返(かえ)って敢(あ)えて硬嘴(こうし=強(つよ)き口(くち))を為(な)すか! 我が師父(しふ)は是れ汝(なんじ)が哄(たぶら)かし将(も)って来(きた)りて老公(ろうこう=夫(つま))と做(な)す者(もの)なるに、快(はや)く快く送(おく)り出(いだ)して汝(なんじ)を饶(ゆる)さん! 敢(あ)えて再(また)不(ふ)の字(じ)の半箇(なかば)を説(と)かば、老猪(ろうちょ=この猪(いのこ))の一頓(ひとくらい)の鈀(くまで)もて、山(やま)を連(つれだ)って也(また)汝(なんじ)のを筑(う)ち倒(たお)さん!」 かの妖精(ようせい)は那(なん)ぞ分説(べんめい)を容(い)れん、身躯(しんく=体(からだ))を抖擻(しゅんそう)し、前(さき)に依(よ)って法(ほう)を弄(ろう)し、鼻口(びこう=鼻(はな)と口(くち))の内(うち)より煙(けむり)を噴(ふ)き火(ひ)を冒(おか)し、鋼叉(こうさ)を挙(あ)げて就(すなわ)ち八戒(はっかい)を刺(さ)す。八戒(はっかい)は身(み)を側(そば)めて避(かわ)し過(よ)ぎ、鈀(くまで)を着(つ)けて就(すなわ)ち筑(う)ち、孫大聖(そんたいせい)は鉄棒(てつぼう)を使(つか)って力(ちから)を合(あ)わせて相(あい)帮(たす)く。かの怪(かい)は又(また)神通(じんつう)を弄(ろう)し、また是れ幾隻(いくつ)の手(て)なるかを知(し)らず、左右(さゆう)に遮(さえぎ)り攔(さえぎ)り、交鋒(こうほう=矛(ほこ)を交(まじ))えること三五(さんご)の回合(がっごう)、何(なん)の兵器(へいき)なるかを知(し)らず、八戒(はっかい)の嘴唇(しっぴん=唇(くちびる))の上(うえ)を把(と)りて、また扎(さ)すこと一下(いっか)なり。かの呆子(ほうし)は鈀(くまで)を拖(ひ)き、嘴(くち)を捂(おお)い、痛(いたみ)を負(お)うて生(い)きて逃(のが)る。行者もまた却(かえ)って些(いささ)か彼(かれ)を醋(くや)しがり、虚(うつろ)に一棒(いっぽう)を投(な)げ、陣(じん)に敗(やぶ)れて走(はし)る。かの妖精(ようせい)は勝(か)ちを得(え)て回(かえ)り、小(こ)の者(もの)たちをして石塊(せっかい)を搬(はこ)んで前門(ぜんもん)を塁迭(るいじょう=積(つ)み重(かさ)ね)せしむるは題(だい)せず。 さてかの沙和尚(しゃおしょう)は正(まさ)に坡前(さかまえ=坂(さか)の前(まえ))に在って馬(うま)を放(はな)ちおるに、只(た)だ聴(き)くにあそこに猪(いのこ)の哼(うな)る有り、ふと頭(こうべ)を挙(あ)げ、八戒(はっかい)の嘴(くち)を捂(おお)い、哼(うな)り将(も)って来(きた)るを見(み)る。沙僧(しゃそう)言う、「怎(いか)に説(と)くか」。呆子(ほうし)は哼(うな)って言う、「了不得(たいへん)! 了不得! 疼(いた)い疼い疼い!」 説(と)き了(おわ)らぬに、行者也(また)跟前(こんぜん)に到(いた)りて笑って言う、「好(よ)き呆子(ほうし)かな! 昨日(きのう)は我(われ)を咒(のろ)いて是れ脳門癰(のうもんよう)と為(な)せしに、今日(こんにち)は却(かえ)ってまた弄(ろう)して一箇の腫嘴瘟(しゅしおん=腫(は)れ嘴(くち)の病(やまい))を做(な)したるか!」 八戒(はっかい)は哼(うな)って言う、 「忍(しの)び難(がた)し忍び難し! 疼(いた)きこと緊(きつ)し! 利害(てごわい)、利害!」 三人(さんにん)は正(まさ)に然(しか)と難処(なんしょ=苦(くる)しみの処(ところ))に在(あ)るに、只(た)だ見(み)るに一箇の老媽媽児(ろうばばじ=婆(ばあ)さん)の、左手(ひだりて)に一箇の青竹籃児(せいちくらんじ=青竹(あおだけ)の籠(かご))を提(さ)げ、自(みずか)ら南山(なんざん)の路(みち)の上(うえ)より菜(な)を挑(つ)んで来(きた)る有り。沙僧(しゃそう)言う、「大哥(たいか)、あの媽媽(ばあさん)の来(きた)ること近(ちか)づけり、我(われ)の彼(かれ)に一箇の信児(たより)を問(と)わしめ、これが是れ甚(なん)の妖精(ようせい)にて、是れ甚(なん)の兵器(へいき)なるか、この般(ごと)く人(ひと)を傷(そこな)うかを看(み)んを等(ま)てよ」。行者言う、「汝(なんじ)且(しばら)く住(とど)まれ、老孫(ろうそん)の彼(かれ)に問(と)いに往(ゆ)くを等(ま)て」。行者は急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)りて看(み)るに、只(た)だ見(み)るに頭直上(ずちょくじょう=頭(あたま)の真(ま)上(うえ))に祥雲(しょうこう)の頂(いただき)を蓋(おお)う有り、左右(さゆう)に香霧(こうむ)の身(み)を籠(こ)む有(あ)り。行者は認(みと)め得(え)て、即(すなわ)ち叫(さけ)ぶ、「兄弟(きょうだい)たち、還(また)来(きた)りて頭(こうべ)を叩(たた)かざるか! あの媽媽(ばあさん)は是れ菩薩(ぼさつ)の来(きた)り給(たま)えるなり」。慌(あわ)てたるは猪八戒(ちょはっかい)、痛(いたみ)を忍(しの)んで下拝(げはい)し、沙和尚(しゃおしょう)は馬(うま)を牽(ひ)いて身(み)を躬(くぐ)め、孫大聖(そんたいせい)は合掌(がっしょう)して跪(ひざまず)き、「南無大慈大悲救苦救難霊感観世音菩薩(なむだいじだいひくくきゅうなんれいかんかんぜおんぼさつ)」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。かの菩薩(ぼさつ)は彼等(かれら)の元光(げんこう=本(ほん)の光(ひかり))を認(みと)め得(えた)るを見(み)て、即(すなわ)ち祥雲(しょうこう)を踏(ふ)み、半空(はんくう)に起(た)ち、真象(しんぞう=真(しん)の姿(すがた))を現(あらわ)せば、元来(もと)是れ魚籃(ぎょらん=魚(うお)の籠(かご))の象(かたち)なり。行者は空(くう)の中(うち)に赶(お)い到(いた)り、拝(はい)して告(もう)して言う、「菩薩(ぼさつ)、弟子(でし)の失迎(しつげい=出迎(でむか)えを失(しっ))せる罪(つみ)を恕(ゆる)し給(たま)え! 我等(われら)は力(ちから)を尽(つ)くして師(し)を救(すく)わんとし、菩薩(ぼさつ)の降(くだ)り給(たま)えるを知(し)らざりき、今(いま)魔難(まなん)に遇(あ)いて収(おさ)め難(がた)し、万(まん)が一(ひとつ)にも菩薩(ぼさつ)の搭救(たっきゅう=救(すく)い)搭救を望(のぞ)む!」 菩薩(ぼさつ)言う、「この妖精(ようせい)は十分(じゅうぶん)に利害(りがい=手強(てごわ)し)、彼(かれ)があの三股叉(みつまた)は是れ生成(せいせい=生(う)まれつき)の二隻(ふたつ)の鉗脚(けんきゃく=鋏(はさみ)の脚(あし))なり。人(ひと)を扎(さ)して痛(いた)ましむるは、是れ尾(お)の上(うえ)の一箇の鉤子(こうし=鉤(かぎ))にして、喚(よ)んで倒馬毒(とうばどく)と做(な)す。本身(ほんしん)は是れ一箇の蝎子精(かつしせい=蠍(さそり)の精)なり。彼(かれ)は前者(さきだって)雷音寺(らいおんじ)に在って仏(ほとけ)の経(きょう)を談(だん)ずるを聴(き)きしに、如来(にょらい)見(み)て、合(あた)らず手(て)を用(もち)いて彼(かれ)を推(お)すこと一把(ひとつかみ)ありしかば、彼(かれ)は就(すなわ)ち鉤子(かぎ)を転(てん)じて、如来(にょらい)の左手(ひだりて)の中拇指(ちゅうぼし=中指(なかゆび))の上(うえ)を把(と)りて扎(さ)すこと一下(いっか)なれば、如来(にょらい)もまた疼(いた)みて禁(とど)め難(がた)く、即(すなわ)ち金剛(こんごう)をして彼(かれ)を拿(と)らしめしに、彼(かれ)は却(かえ)って此処(ここ)に在(あ)るなり。若(も)し唐僧(とうそう)を救(すく)い得(う)らんとせば、除(じょ=~の他(ほか))は是れ別(べつ)に一位(いちい)に告(もう)すならんに好(よ)し、我(われ)もまた彼(かれ)に近(ちか)づくことを得(え)ず」。行者は再拝(さいはい)して言う、「望(のぞ)むらくは菩薩(ぼさつ)の指示(しじ)指示し、別(べつ)に何(いず)れの位(くらい)に告(もう)して往(ゆ)かば好(よ)きかを、弟子(でし)即(すなわ)ち往(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)ぜん」。菩薩(ぼさつ)言う、「汝(なんじ)往(ゆ)きて東天門(とうてんもん)の裡(うち)の光明宮(こうみょうきゅう)に昴日星官(ぼうじつせいかん)に告求(こっきゅう)せよ、方(まさ)に能(よ)く降伏(こうぶく)せん」。言(ことば)罷(おわ)り、遂(つい)に化(か)して一道(ひとすじ)の金光(きんこう)と為(な)り、径(ただ)ちに南海(なんかい)に回(かえ)る。 孫大聖(そんたいせい)は纔(ようや)く雲頭(うんとう)を按(おさ)え、八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)に対(むか)って言う、「兄弟(きょうだい)心(こころ)を放(はな)て、師父(しふ)に救星(きゅうせい=救(すく)いの星(ほし))有(あ)り」。沙僧(しゃそう)言う、「是れ何処(いずこ)の救星(きゅうせい)なるか」。行者言う、「纔(さっき)然(しか)と菩薩(ぼさつ)の指示(しじ)有り、我(われ)をして昴日星官(ぼうじつせいかん)に告(もう)し請(しょう)ぜしむ、老孫(ろうそん)往(ゆ)き来(きた)らん」。八戒(はっかい)は嘴(くち)を捂(おお)い哼(うな)って言う、「哥(あにい)よ! 就(すなわ)ち星官(せいかん)に問(と)うて些(いささ)かの止疼(しとう=痛(いた)み止(ど)め)の薬餌(やくじ=薬(くすり))を討(もと)め来(きた)れ!」 行者笑って言う、「薬(くすり)を用(もち)いるを須(もち)いず、只(た)だ昨日(きのう)の疼(いた)み過(す)ぎし夜(よる)の如(ごと)くにすれば便(すなわ)ち好(よ)くならん」。沙僧(しゃそう)言う、「煩(わずらわ)しく叙(の)べるに及(およ)ばず、快(はや)く早(はや)く去(ゆ)け」。好(よ)き行者、急(いそ)ぎ忙(いそ)ぎ筋斗雲(きんとうん)に駕(が)し、須臾(しばらく)にして東天門(とうてんもん)の外(そと)に到(いた)る。ふと増長天王(ぞうちょうてんのう)の面(おもて)に向(むか)って礼(れい)を作(な)して言うを見る、「大聖(たいせい)、何処(いずこ)へか往(ゆ)かれる」。 行者言う、「唐僧(とうそう)を保(まも)りて西方(せいほう)に経(きょう)を取(と)らんとするに因(よ)り、路(みち)に魔障(ましょう=魔(ま)の妨(さまた)げ)の身(み)に纏(まと)うに遇(あ)い、光明宮(こうみょうきゅう)に到(いた)りて昴日星官(ぼうじつせいかん)に見(まみ)えて走走(ちょっと参(まい))らんとす」。ふと又(また)陶(とう)・張(ちょう)・辛(しん)・鄧(とう)の四大元帥(しだいげんすい)の、また何処(いずこ)へか往(ゆ)くを問(と)うを見(み)るに、行者言う、 「昴日星官(ぼうじつせいかん)を尋(たず)ねて妖(よう)を降(くだ)し師(し)を救(すく)わんとす」。四元帥(しげんすい)言う、「星官(せいかん)は今朝(けさ)玉帝(ぎょくてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じて、観星台(かんせいだい)に上(のぼ)りて巡札(じゅんさつ=巡回(じゅんかい))しに往(ゆ)かれたり」。行者言う、「この話(はなし)の有(あ)る可(べ)きか」。辛天君(しんてんくん)言う、「小将(しょうしょう)等(ら)は彼(かれ)と同(とも)に斗牛宮(とぎゅうきゅう)を下(お)りたり、豈(あに)敢(あ)えて假(いつわ)りを説(と)かんや」。陶天君(とうてんくん)言う、「今(いま)已(すで)に許久(だいぶ)なれば、或(ある)いは将(まさ)に回(かえ)らんとす。大聖(たいせい)は還(また)先(ま)ず光明宮(こうみょうきゅう)に往(ゆ)け、如(も)しまだ回(かえ)らずんば、再(ふたた)び観星台(かんせいだい)に往(ゆ)くも可(べ)し」。大聖(たいせい)は遂(つい)に喜(よろこ)び、即(すなわ)ち彼等(かれら)に別(わか)れ、光明宮(こうみょうきゅう)の門首(もんしゅ)に至(いた)れば、果(はた)して是れ人(ひと)無(な)く、復(また)身(み)を抽(ひ)きて就(すなわ)ち走(はし)るに、只(た)だ見(み)るにかの壁廂(かたがわ)に一行(ひとむれ)の兵士(へいし)の擺列(ならびつら)なる有って、後面(うしろ)より星官(せいかん)の来(きた)る。かの星官(せいかん)は還(また)穿(き)たるは是れ駕(が)を拝(はい)する朝衣(ちょうい=朝服(ちょうふく))にして、一身(いっしん)の金縷(きんる)なり。但(た)だ見(み)るに彼(かれ)を── 冠(かんむり)には五嶽(ごがく)の金光(きんこう)の彩(いろどり)を簪(かんざ)し、 笏(しゃく)には山河(さんが)の玉色(ぎょくしょく)の瓊(たま)を執(と)る。 袍(ほう)には七星(しちせい)を挂(か)けて雲(くも)靉靆(あいあい)たり、 腰(こし)には八極(はっきょく)を囲(めぐ)らして宝環(ほうかん)明(あき)らかなり。 叮当(ていとう)たる珮(はい)の響(ひびき)は韻(いん)を敲(たた)くが如(ごと)く、 迅速(じんそく)たる風(かぜ)の声(こえ)は鈴(すず)を擺(ゆす)るに似(に)たり。 翠羽扇(すいうせん)開(ひら)いて昴宿(ぼうしゅく)を来(きた)し、 天香(てんこう)飘(ひるがえ)り袭(おそ)うて門庭(もんてい)に満(み)つ。 前行(さきゆ)くの兵士(へいし)、行者の光明宮(こうみょうきゅう)の外(そと)に立(た)つを見(み)て、急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)じて報(しら)せて言う、「主公(しゅこう)、孫大聖(そんたいせい)が此処(ここ)に在(おわ)します」。かの星官(せいかん)は雲霧(うんむ)を斂(おさ)め朝衣(ちょうふく)を整束(せいそく)し、執事(しつじ=従者(じゅうしゃ))を停(とど)めて左右(さゆう)を分(わ)かたせ、上前(すすみで)て礼(れい)を作(な)して言う、「大聖(たいせい)、何(なん)の用(よう)あって来(きた)れるか」。行者言う、「専(もっぱ)ら来(きた)りて拝(おが)み煩(わずら)わして師父(しふ)の難(なん)を救(すく)わんとす」。星官(せいかん)言う、「何(なん)の難(なん)か。何(いず)れの地方(ちほう)に在(あ)るか」。行者言う、「西梁国(せいりょうこく)毒敵山(どくてきざん)琵琶洞(びわどう)に在(あ)り」。星官(せいかん)言う、「あの山洞(さんどう=山(やま)の洞(ほら))に甚(なん)の妖怪(ようかい)有って、却(かえ)って来(きた)りて小神(しょうしん)を呼喚(こかん=呼(よ)び出(いだ))さるるか」。行者言う、 「観音菩薩(かんのんぼさつ)適才(さっき)顕化(けんげ=姿(すがた)を現(あらわ))し給(たま)いて、是れ一箇の蝎子精(さそりのせい)なるを説(と)き、特に先生(せんせい)を挙(あ)げてこそ方(まさ)に能(よ)く治(なお)し得(う)ると、此(こ)の因(よ)って来(きた)りて請(しょう)ずるなり」。星官(せいかん)言う、「本(もと)玉帝(ぎょくてい)に回奏(かいそう)せんと欲(ほっ)するも、奈何(いかん)ともする無(な)く大聖(たいせい)の此処(ここ)に至(いた)り、又(また)菩薩(ぼさつ)の挙薦(きょせん=推挙(すいきょ))を感(かん)ずれば、恐(おそ)らくは事(こと)を遅誤(ちご=遅(おく)らせ誤(あやま))らんことを、小神(しょうしん)は敢(あ)えて茶(ちゃ)を献(けん)ずるを請(こ)わず、且(しばら)く汝(なんじ)と去(ゆ)きて妖精(ようせい)を降(くだ)し、却(かえ)って再(ふたた)び来(きた)りて旨(むね)を回(かい)さん」。大聖(たいせい)は言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち同(とも)に東天門(とうてんもん)を出(い)で、直(ただ)ちに西梁国(せいりょうこく)に至(いた)る。毒敵山(どくてきざん)の遠(とお)からざるを望見(ぼうけん)すれば、行者は指(ゆびさ)して言う、「この山(やま)が便(すなわ)ち是れなり」。星官(せいかん)は雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、行者と石屏(せきへい)の前(まえ)の山坡(さんぱ)の下(した)に至(いた)る。沙僧(しゃそう)は見て言う、「二哥(にいさん)起(た)て、大哥(たいか)が星官(せいかん)を請(しょう)じ得(え)て来(きた)られたり」。かの呆子(ほうし)は還(また)嘴(くち)を捂(おお)いて言う、「罪(つみ)を恕(ゆる)せ罪を恕せ! 病(やまい)身(み)に在(あ)れば、礼(れい)を行(おこな)う能(あた)わず」。星官(せいかん)言う、「汝(なんじ)は是れ修行(しゅぎょう)の者(もの)なるに、何(なん)の病(やまい)か之(これ)有(あ)らん」。八戒(はっかい)言う、「早間(このあいだ)あの妖精(ようせい)と戦(たたか)いを交(まじ)え、彼(かれ)に我(われ)が唇(くちびる)の上(うえ)を着(つ)けて扎(さ)されて、今(いま)に至(いた)るも還(また)疼(いた)むなり」。星官(せいかん)言う、「汝(なんじ)上(うえ)へ来(こ)よ、我(われ)汝(なんじ)と医治(いじ=治療(ちりょう))医治せん」。呆子(ほうし)は纔(ようや)く手(て)を放(はな)ち、口(くち)の裡(うち)に哼哼噴噴(こうこうふんふん=うんうんすうすう)と言う、「千万(くれぐれ)も治(なお)せ! 好(よ)くならば汝(なんじ)に謝(しゃ)せん」。かの星官(せいかん)は手(て)を用(もち)いて嘴唇(くちびる)の上(うえ)を把(と)って一摸(ひとさわ)り摸(さわ)り、一口(ひとくち)の気(いき)を吹(ふ)きかくれば、就(すなわ)ち疼(いた)まず成(な)る。呆子(ほうし)は喜(よろこ)んで下拝(げはい)して言う、「妙(みょう)! 妙!」 行者笑って言う、「星官(せいかん)を煩(わずら)わして我(われ)が頭(こうべ)の上(うえ)をも摸摸(さわり)さわりし給(たま)え」。星官(せいかん)言う、「汝(なんじ)は未(いま)だ毒(どく)に遭(あ)わざるに、彼(かれ)を摸(さわ)りて何(なに)をか為(な)さん」。行者言う、「昨日(きのう)もまた曾(かつ)て遭(あ)いしが、只(た)だ夜(よる)を過(よ)ぎて、纔(ようや)く疼(いた)まずなりしも、如今(いま)また些(いささ)か麻痒(まよう=痺(しび)れと痒(かゆ)み)有り、只(た)だ恐(おそ)らくは天陰(てんいん=曇(くも)り)に発(はっ)せんことを、また治(なお)すを煩(わずら)わさん」。星官(せいかん)は真(まこと)にまた頭(こうべ)の上(うえ)を把(と)って一摸(ひとさわ)り摸り、一口(ひとくち)気(いき)を吹(ふ)きかくれば、也就(すなわ)ち余毒(よどく)を解(と)き、麻(しび)れず痒(かゆ)からず成(な)る。八戒(はっかい)は狠(こんき)を発(はっ)して言う、「哥哥(あにい)、あの潑賤(はっせん=愚かなる賎女(せんじょ))を打(う)ちに往(ゆ)かん!」 星官(せいかん)言う、「是(ぜ)なり是なり、汝(なんじ)の二箇(ふたり)は彼(かれ)を叫(さけ)び出(いだ)せ、我(われ)の好(よ)く彼(かれ)を降(くだ)さんを等(ま)てよ」。 行者と八戒(はっかい)は山坡(さんぱ)に跳(と)び上(あが)り、又(また)石屏(せきへい)の後(うしろ)に至(いた)る。呆子(ほうし)は口(くち)の裡(うち)に乱(みだ)りに罵(ののし)り、手(て)は鈎(かぎ)を撈(すく)うが如(ごと)く、一頓(ひとくらい)の釘鈀(ていは)もて、かの洞門外(どうもんがい)に塁迭(つみかさ)ねたる石塊(せっかい)を把(と)って爬(か)き開(ひら)き、一層門(いっそうもん)に闖(と)び至(いた)り、又(また)一釘鈀(ひとくまで)もて、二門(にもん)を将(も)って筑(う)ちて粉碎(ふんさい)と得(う)る。慌(あわ)てたるはかの門裡(うち)の小妖(しょうよう)、飛(と)んで報(しら)せて言う、「奶奶(おくがた)! あの二箇(ふたり)の丑(みにく)き男人(おとこ)が、又(また)二層門(にそうもん)をも把(と)りて打(う)ち破(やぶ)ったり!」 かの怪(かい)は正(まさ)に唐僧(とうそう)を解放(かいほう)し、素(しょうじん)の茶飯(さはん)を討(もと)めて彼(かれ)に食(くら)わしめんとしおるに、二門(にもん)の打(う)ち破(やぶ)られたるを聴(き)き得(え)て、即便(すなわ)ち花亭子(はなのてい)を跳(と)び出(い)で、叉(また)を輪(めぐ)らして八戒(はっかい)を刺(さ)しに来(きた)る。八戒(はっかい)は釘鈀(ていは)を使(つか)って迎(むか)え架(か)い、行者は傍(かたわら)に在って、又(また)鉄棒(てつぼう)を使(つか)って来(きた)りて打(う)つ。かの怪(かい)は身辺(しんぺん=側(そば))に赶(お)い至(いた)り、毒手(どくしゅ=毒(どく)の手(て))を下(くだ)さんとせしに、彼(かれ)の二箇(ふたり)は方法(ほうほう=やり方(やりかた))を識(し)り得(え)て、頭(こうべ)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(はし)る。かの怪(かい)は石屏(せきへい)の後(うしろ)を赶(お)い過(よ)ぐれば、行者は「昴宿(ぼうしゅく)何処(いずこ)に在(おわ)す」と一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ。只(た)だ見(み)るにかの星官(せいかん)の山坡(さんぱ)の上(うえ)に立(た)ち、本相(ほんそう=元(もと)の姿(すがた))を現(あらわ)せば、元来(もと)是れ一隻(いっぴき)の双冠子(そうかんし=二重(にじゅう)の鶏冠(とさか))の大公鶏(だいこうけい)にして、頭(こうべ)を昂(あ)げ起(おこ)すこと約(およ)そ六七尺(ろくしちしゃく)、妖精(ようせい)に対(むか)いて一声(ひとこえ)叫(な)けば、かの怪(かい)は即時(そくじ)に就(すなわ)ち本象(ほんぞう=元(もと)の形(かたち))を現(あらわ)し、是れ一箇の琵琶(びわ)ほどの大(おお)いさの蝎子精(さそりのせい)なり。星官(せいかん)再(ふたた)び一声(ひとこえ)叫(な)けば、かの怪(かい)は渾身(こんしん=身(み)の内(うち))酥軟(そなん=ぐにゃぐにゃ)となり、坡前(さかまえ)に死(し)す。詩(し)有って証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く── 花冠(かかん)繍頸(しゅうけい)団纓(だんえい)の若(ごと)く、 爪(つめ)硬(かた)く距(けづめ)長(なが)くして目(め)睛(ひとみ)を怒(いか)らす。 踴躍(ゆうやく)の雄威(ゆうい)五徳(ごとく)を全(まっと)うし、 崢嶸(そうこう)の壮勢(そうせい)三鳴(さんめい)に羡(うらや)まる。 豈(あに)凡鳥(ぼんちょう=凡(なみ)の鳥(とり))の茅屋(ぼうおく)に啼(な)くに如(し)かんや、 本(もと)是れ天星(てんせい)の聖名(せいめい)を顕(あらわ)す。 毒蝎(どくかつ)枉(むだ)に人道(じんどう)の行(ぎょう)を修(おさ)め、 原(げん)に還(かえ)り本(もと)に反(かえ)って真形(しんぎょう)を見(み)る。 八戒(はっかい)は上前(すすみで)て、一隻(いっぴき)の脚(あし)もてかの怪(かい)の胸背(きょうはい=胸(むね)と背(せ))を躧(ふ)み住(とど)めて言う、 「孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))! 今番(こんばん=今度(こんど))は倒馬毒(とうばどく)を使(つか)うを得(え)じ!」 かの怪(かい)は動(うご)くこともまた動(うご)かず、呆子(ほうし)に一頓(ひとくらい)の釘鈀(ていは)もて、搗(つ)きて一団(ひとたまり)の爛醤(らんしょう=ぐちゃぐちゃの味噌(みそ))と作(な)さる。かの星官(せいかん)は復(また)金光(きんこう)を聚(あつ)め、雲(くも)に駕(が)して去(さ)る。行者と八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)は天(てん)に向(むか)って拱(こまぬ)き謝(しゃ)して言う、「有累(ゆうるい=御(ご)苦労(くろう))有累! 改日(あらためてひ)に宮(きゅう)に赴(おもむ)きて拝酬(はいしゅう=拝(はい)して報(むく))いん」。三人(さんにん)は謝(しゃ)し畢(おわ)り、却(かえ)って纔(ようや)く行李(こうり)馬匹(ばひつ)を收拾(しゅうしゅう)し、皆(みな)洞裡(どうり)に進(すす)み入(い)れば、かの大小(だいしょう)の丫環(じじょ)たち、両辺(りょうへん)に跪(ひざまず)き下(お)りて拝(はい)して言う、「爺爺(やや)たち、我等(われら)は是れ妖邪(ようじゃ)に非(あら)ず、皆(みな)是れ西梁国(せいりょうこく)の女人(にょにん)にして、前者(さきだって)この妖精(ようせい)に摂(さら)われ来(きた)れる者(もの)なり。汝(なんじ)が師父(しふ)は後辺(おく)の香房(こうぼう)の裡(うち)に在って坐(ざ)して哭(な)いておられまする」。行者は言(こと)を聞(き)き、仔細(しさい)に観看(かんかん)すれば、果(はた)して妖気(ようき)の見(み)えざるなり。遂(つい)に後辺(おく)に入(い)りて叫(さけ)んで言う、「師父(しふ)!」 かの唐僧(とうそう)は衆(しゅう)の斉(ひと)しく来(きた)れるを見(み)て、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)して言う、 「賢徒(けんと)よ、汝等(なんじら)に累(るい=御(ご)苦労(くろう))を及(およぼ)せり! かの婦人(ふじん)は如何(いかん)なりしや」。八戒(はっかい)言う、「あの儞(きさま)は元(もと)是れ一箇の大(おお)きなる母(めす)の蝎子(さそり)なり。幸(さいわ)いに観音菩薩(かんのんぼさつ)の指示(しじ)を得(え)、大哥(たいか)の天宮(てんぐう)に往(ゆ)きてかの昴日星官(ぼうじつせいかん)を請(こ)い得(え)て降(くだ)り給(たま)い、あの儞(きさま)を把(と)りて収伏(しゅうふく)せられたり。纔(さっき)老猪(ろうちょ=この猪(いのこ))に筑(う)ちて一箇の泥(どろ)と做(な)されて、方(まさ)に敢(あ)えて深(ふか)く此処(ここ)に入(い)り、師父(しふ)の面(おもて)を見(み)るを得(え)たり」。唐僧(とうそう)は謝(しゃ)するに尽(つ)くる所(ところ)を知(し)らず。又(また)些(いささ)かの素米(そまい=精進(しょうじん)の米(こめ))・素面(そめん=精進(しょうじん)の麺(めん))を尋(たず)ね、飲食(いんしょく)を安排(あんばい)し、一頓(ひとくい)を食(くら)い、それらの摂(さら)われ将(も)って来(きた)られたる女子(じょし)たちを山(やま)の下(した)に赶(お)い下(おろ)し、家(いえ)に回(かえ)る路(みち)を指(ゆびさ)し与(あた)う。一把(ひとつかみ)の火(ひ)を点(つ)け、幾間(いくけん)かの房宇(ぼうう=家(いえ))を把(と)って、焼(や)き毀(こわ)して罄尽(けいじん=残(のこ)らず)し、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて馬(うま)に上(あが)らせ、大路(たいろ)を找(さが)して西(にし)に行(ゆ)く。正(まさ)に是(こ)れ── 塵縁(じんえん)を割断(さつだん)して色相(しきそう)を離(はな)れ、 金海(きんかい)を推(お)し干(ほ)して禅心(ぜんしん)を悟(さと)る。 畢竟(ひっきょう)何年(いずれのとし)の上(うえ)にか才(わずか)に真(しん)を成(な)すことを得(う)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十六回 神狂(しんきょう)して草寇(そうこう)を誅し 道昧(くら)くして心猿(しんえん)を放つ 詩に曰(いわ)く、 霊台(れいだい)に物(もの)無(な)きを之(こ)れ清(せい)と謂(い)い、 寂寂(せきせき)として全(まった)く一念(いちねん)の生(しょう)ずること無(な)し。 猿馬(えんば)を牢(ろう)に収(おさ)め放蕩(ほうとう)を休(や)めよ、 精神(せいしん)を謹慎(きんしん)して崢嶸(そうろう)たること莫(な)かれ。 六賊(ろくぞく)を除(のぞ)き、三乗(さんじょう)を悟(さと)れば、 万縁(ばんえん)都(すべ)て罷(や)みて自(おのず)から分明(ぶんみょう)なり。 色邪(しきじゃ)永(とこしえ)に滅(めっ)して真界(しんかい)を超(こ)え、 坐(ざ)して西方(さいほう)極楽(ごくらく)の城(しろ)を享(う)く。 さて、唐三蔵(とうさんぞう)は釘(くぎ)を咬(か)み鉄(てつ)を嚼(か)み、死(し)を以(もっ)て命(いのち)を留(とど)めて一箇(ひとつ)の壊(やぶ)れざるの身(み)を得(え)、行者の等(ら)が蝎子精(かつしせい)を打(う)ち殺(ころ)して琵琶洞(びわどう)より救(すく)い出(いだ)ししを蒙(こうむ)り感(かん)ず。一路(いちろ)詞(ことば)無(な)く、又(また)早(つと)に是(こ)れ朱明(しゅめい)の時節(じせつ)なり。但(た)だ那(か)の、 熏風(くんぷう)時(とき)に送(おく)る野蘭(やらん)の香(かおり)、 濯雨(たくう)才(いま)し方(まさ)に晴(は)れて新竹(しんちく)凉(すず)し。 艾葉(がいよう)山(やま)に満(み)ちて客(かく)の采(と)る無(な)く、 蒲花(ほか)澗(たに)に盈(み)ちて自(おのず)から芳(かんば)しさを争(あらそ)う。 海榴(かいりゅう)嬌艶(きょうえん)にして遊蜂(ゆうほう)喜(よろこ)び、 渓柳(けいりゅう)陰(かげ)濃(こまや)かにして黄雀(こうじゃく)狂(くる)う。 長路(ちょうろ)那(なん)ぞ能(よ)く角黍(かくしょ)を包(つつ)まん、 龍舟(りゅうしゅう)応(まさ)に汨羅江(べきらこう)に吊(とむら)うべし。 を覚(おぼ)ゆ。 彼(かれ)の師徒(しと)たちは端陽(たんよう)の景(けい)を賞(しょう)し、中天(ちゅうてん)の節(せつ)を虚(むな)しく度(わた)りしが、忽(たちま)ち又(また)一座(いちざ)の高山(こうざん)の路(みち)を阻(はば)むを見(み)る。長老(ちょうろう)は馬(うま)を勒(よ)りて頭(かしら)を回(めぐ)らし、叫(さけ)んで道(い)わく、「悟空(ごくう)、前(まえ)に山(やま)有(あ)り、恐(おそ)らくは又(また)妖怪(ようかい)を生(しょう)ぜん。是(こ)れ必(かなら)ず謹(つつし)み防(ふせ)げ」と。行者等(ら)道(いわ)く、「師父(しふ)御安心(ごあんしん)あれ、我等(われら)皈命(きめい)して誠(まこと)を投(とう)ずる身(み)、何(なん)の妖怪(ようかい)をか怕(おそ)れん」と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)いて甚(はなは)だ喜(よろこ)び、鞭(むち)を加(くわ)えて駿馬(しゅんめ)を催(うなが)し、轡(くつわ)を放(はな)って蛟竜(こうりゅう)を趲(はや)ましむ。須臾(しゅゆ)にして山崖(さんがい)に上(のぼ)り、頭(こうべ)を挙(あ)げて観(み)れば、真個(まこと)に是(こ)れ、頂巓(ちょうてん)の松柏(しょうはく)雲(くも)に接(せっ)して青(あお)く、石壁(せきへき)の荊榛(けいしん)野藤(やとう)を掛(か)く。万丈(ばんじょう)崔巍(さいぎ)たり、千層(せんそう)懸削(けんさく)たり。 万丈(ばんじょう)崔巍(さいぎ)として峰嶺(ほうれい)峻(たか)く、 千層(せんそう)懸削(けんさく)として壑崖(がくがい)深(ふか)し。 蒼苔(そうたい)碧蘚(へきせん)陰石(いんせき)に鋪(し)き、 古檜(こかい)高槐(こうかい)大林(だいりん)を結(むす)ぶ。 林(はやし)の深(ふか)き処(ところ)、幽禽(ゆうきん)を聴(き)けば、 巧(たくみ)なる声(こえ)の襕睆(らんかん)たるは実(げ)に吟(ぎん)ずるに堪(た)えたり。 澗内(かんない)の水流(みずながれ)は玉(たま)を瀉(そそ)ぐが如(ごと)く、 路旁(みちばた)の花(はな)の落(お)つるは金(きん)を堆(つ)むに似(に)たり。 山勢(さんせい)悪(あ)しく、行(ゆ)くに堪(た)えず、 十歩(じっぽ)全(まった)く半歩(はんぽ)の平(たいら)かなるも無し。 狐狸(こり)麋鹿(びろく)双(そう)を成(な)して遇(あ)い、 白鹿(はくろく)玄猿(げんえん)対(つい)を作(な)して迎(むか)う。 忽(たちま)ち虎嘯(こしょう)の人胆(じんたん)を驚(おどろ)かすを聞(き)き、 鶴鳴(かくめい)の耳(みみ)を振(ふる)わせて天庭(てんてい)に透(とお)る。 黄梅(こうばい)紅杏(こうきょう)供食(きょうしょく)に堪(た)えたり、 野草(やそう)閑花(かんか)名(な)を識(し)らず。 四衆(ししゅう)山(やま)に入(い)り、緩(ゆる)やかに行(ゆ)くこと良(やや)久(ひさ)しく、山頭(さんとう)を過(す)ぎ、西坡(せいは)を下(くだ)れば、乃(すなわ)ち是(こ)れ一段(いちだん)の平陽(へいよう)の地(ち)なり。猪八戒(ちょはっかい)は精神(せいしん)を売弄(ろう)し、沙和尚(さおしょう)に担子(たんす)を挑(にな)わせ、彼(かれ)は双手(もろて)に鈀(は)を挙(あ)げ、前(まえ)に進(すす)みて馬(うま)を追(お)う。那(か)の馬(うま)は更(さら)に彼(かれ)を懼(おそ)れず、那(か)の呆子(ほうし)の嗒笞笞(とうちち)と追(お)うに任(まか)せ、只(た)だ緩(ゆる)やかに行(ゆ)いて緊(はや)からず。行者道(いわ)く、「兄弟(けいてい)、汝(なんじ)彼(かれ)を追(お)うて怎(なん)とする。彼(かれ)をして緩(ゆる)やかに行(ゆ)かしめて罷(や)めよ」と。八戒道(いわ)く、「天色(てんしょく)将(まさ)に晩(く)れんとす。山(やま)に上(のぼ)りてよりこの一日(いちじつ)を行(ゆ)き、肚裡(はらのうち)餓(う)えたり。大家(みんな)些(すこ)し歩(あゆ)みを動(うご)かし、人(ひと)の家(いえ)を尋(たず)ねて些(いささ)かの斎(とき)を化(か)して喫(く)わん」と。行者言(こと)を聞(き)いて道(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)彼(かれ)をして速(はや)く行(ゆ)かしめん」と。金箍棒(きんこぼう)を幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、一声(ひとこえ)喝(かつ)すれば、那(か)の馬(うま)は韁(たづな)を溜(すべ)らせ、飛(と)ぶが如(ごと)く箭(や)に似(に)て、平路(へいろ)に順(したが)って前(まえ)へと往(ゆ)き去(さ)れり。汝(なんじ)ら馬(うま)の八戒(はっかい)を怕(おそ)れず、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)を怕(おそ)るるは何(なん)ぞや。行者は五百年前(ごひゃくねんぜん)曾(かつ)て玉帝(ぎょくてい)より大羅天(だいらてん)御馬監(ぎょばかん)に封(ほう)ぜられ馬(うま)を養(やしな)い、官名(かんみょう)弼馬温(ひつばおん)たり。故此(このゆえ)伝(つた)え留(とど)めて今(いま)に至(いた)るまで、是(こ)れ馬(うま)皆(みな)猴子(こうし)を懼(おそ)る。那(か)の長老(ちょうろう)は韁口(たづなくち)を挽(ひ)き留(とど)むる能(あた)わず、只(た)だ鞍橋(あんきょう)を扳(ひ)き緊(かた)くし、彼(かれ)をして一路(いちろ)轡頭(くつわがしら)を放(はな)たしめ、二十里(にじゅうり)ばかり向(むこ)うの開(ひら)けた田地(でんち)にして、方(ようや)く歩(あゆみ)を緩(ゆる)めて行(ゆ)けり。 正(まさ)に走(はし)る処(ところ)、忽(たちま)ち一棒(いっぽう)の鑼声(らせい)を聴(き)く。路(みち)の両辺(りょうへん)より三十余人(さんじゅうよにん)閃(ひら)めき出(い)で、一箇一箇(めいめい)槍刀棍棒(そうとうこんぼう)を持(もち)、路口(ろこう)を遮(さえぎ)りて道(い)わく、「和尚(おしょう)! 何処(いずこ)へ往(ゆ)く!」と。唬(おど)ろかされたるは箇(こ)の唐僧(とうそう)、戦兢兢(せんきょうきょう)として、坐(すわ)りも穏(おだ)やかならず、馬(うま)より跌(つまず)き下(お)り、路旁(みちばた)の草科(そうか)の裡(うち)に蹲(うずくま)り、只(た)だ叫(さけ)んで、「大王(だいおう)命(いのち)を饒(ゆる)せ! 大王(だいおう)命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と。那(か)の頭(かしら)たる二人(ふたり)の大漢(だいかん)道(いわ)く、「汝(なんじ)を打(う)たず、只(た)だ盤纏(ばってん)有(あ)らば留下(とど)めよ」と。長老(ちょうろう)方(ようや)く省(さと)り悟(さと)り、彼(かれ)の是(こ)れ一伙(いっか)の強人(ごうじん)なるを知(し)る。却(しか)りて身(み)を欠(か)がめ頭(こうべ)を挙(あ)げて観(み)れば、但(た)だ那(か)の、一箇(ひとり)は青臉(せいれん)獠牙(りょうが)にして太歳(たいさい)を欺(あざむ)き、一箇(ひとり)は暴睛(ぼうせい)圜眼(かんがん)にして喪門(そうもん)に賽(まさ)る。鬢辺(びんぺん)の紅髪(こうはつ)は飄火(ひょうか)の如(ごと)く、頷下(がんか)の黄鬚(こうしゅ)は針(はり)を插(さ)すに似(に)たり。彼(かれ)の両箇(ふたり)の頭(こうべ)には虎皮(こひ)の花磕脳(かこうのう)を戴(いただ)き、腰(こし)には貂裘(ちょうきゅう)の彩戦裙(さいせんくん)を系(し)めり。一箇(ひとり)は手中(しゅちゅう)に狼牙棒(ろうがぼう)を執(と)り、一箇(ひとり)は肩(かた)に扢撻藤(こつたつとう)を横(よこ)たえて担(にな)う。果(はた)して巴山虎(はさんこ)に亜(つ)がず、真個(まこと)に出水龍(しゅっすいりゅう)の猶(ごと)し。 三蔵(さんぞう)彼(かれ)の這般(かくのごと)き凶悪(きょうあく)を見(み)、只(た)だ起(た)ち上(あ)がりて、掌(てのひら)を合(あ)わせて胸(むね)に当(あ)てて道(い)わく、 「大王(だいおう)、貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土(とうど)の唐王(とうおう)より西天(さいてん)へ差(つか)わされし取経(しゅきょう)の者(もの)なり。長安(ちょうあん)を別(わか)れてより、年(とし)深(ふか)く日(ひ)久(ひさ)しく、些(いささ)かの盤纏(ばってん)も有(あ)れど亦(ま)た使(つか)い尽(つく)せり。出家人(しゅっけにん)は専(もっぱ)ら乞化(こつけ)を以(もっ)て由(よ)す所(ところ)と為(な)す、那(いず)くにか箇(こ)の財帛(ざいはく)を得(え)ん。 万(よろず)大王(だいおう)の方便(ほうべん)方便(ほうべん)を望(のぞ)み、貧僧(ひんそう)をして過(す)ぎ往(ゆ)かしめ給(たま)え!」 と。那(か)の二箇(ふたり)の賊(ぞく)は衆(しゅう)を率(ひき)いて前(まえ)に進(すす)みて道(いわ)く、 「我等(われら)は此処(ここ)に在(あ)りて一片(いっぺん)の虎心(こしん)を起(おこ)し、要路(ようろ)を截(さえぎ)り、専(もっぱ)ら些(いささ)かの財帛(ざいはく)を要(もと)む。甚(なん)の方便(ほうべん)方便(ほうべん)ぞ。汝(なんじ)果(はた)して財帛(ざいはく)無(な)くんば、早(はや)く衣服(ころも)を脱(ぬ)ぎ下(お)ろし、白馬(はくば)を留下(とど)めて、汝(なんじ)を過(す)ぎ往(ゆ)かしめん!」 と。三蔵道(いわ)く、「阿弥陀仏(あみだぶつ)! 貧僧(ひんそう)のこの衣服(ころも)は、是(こ)れ東家(とうか)に布(ぬの)を化(か)し、西家(せいか)に針(はり)を化(か)し、零零砕砕(れいれいさいさい)と化(か)し来(きた)れるものなり。汝(なんじ)若(も)し剥(は)ぎ去(さ)らば、豈(あ)に我(われ)を害(そこな)い殺(ころ)さずや。只(た)だ是(こ)の世(よ)に在(あ)りて好漢(こうかん)と作(な)れば、那(か)の世(よ)に在(あ)りて畜生(ちくしょう)に変(へん)ずるのみ!」と。那(か)の賊(ぞく)言(こと)を聞(き)いて大(おお)いに怒(いか)り、大棍(だいこん)を掣(ひっさ)げ、前(まえ)に進(すす)みて就(すなわ)ち打(う)つ。 這(こ)の長老(ちょうろう)は口内(こうない)に言(い)わず、心中(しんちゅう)暗(あん)に想(おも)うて道(い)わく、「憐(あわ)れむべし! 汝(なんじ)は只(た)だ汝(なんじ)の棍子(こんす)を説(と)くのみ、未(いま)だ我(わ)が徒弟(でてい)の棍子(こんす)を知(し)らざるなり!」と。那(か)の賊(ぞく)は那(なん)ぞ分説(ぶんせつ)を容(い)れん、棒(ぼう)を挙(あ)げ、頭(かしら)も無(な)く臉(かお)も無(な)く打(う)ち来(きた)る。長老(ちょうろう)は一生(いっしょう)説謊(うそ)を言(い)うことをせざるも、這(こ)の急難(きゅうなん)の処(ところ)に遇(あ)い、没奈何(なすべ)なく、只(た)だ一箇(ひとつ)の誑語(おうご)を打(だ)して道(いわ)く、「二位(ふたり)の大王(だいおう)、且(しばら)く手(て)を動(うご)かすこと莫(な)かれ。我(われ)に一箇(ひとり)の小徒弟(しょうでてい)有(あ)り、後面(うしろ)に在(あ)りて就(まも)なく到(いた)らん。彼(かれ)の身(み)上(うえ)に幾両(いくりょう)かの銀子(ぎんす)有(あ)り、把(と)って汝(なんじ)に与(あた)えん」と。那(か)の賊道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は是(こ)れ亦(ま)た虧(そん)を喫(く)うべからず。且(しばら)く捆(くく)り起(おこ)せ」と。 衆(しゅう)の婁羅(ろうら)一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)し、一条(ひとすじ)の縄(なわ)を把(も)って捆(くく)り、高高(たかだか)と樹(き)の上(うえ)に吊(つる)せり。 却説(さて)三箇(さんにん)の撞禍精(どうかせい)、随後(あと)より趕(お)い来(きた)る。八戒(はっかい)は呵呵(かか)と大(おお)いに笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)の去(ゆ)くこと好(よ)く速(はや)きかな、何処(いずこ)に在(あ)りてか我等(われら)を待(ま)つらん」と。忽(たちま)ち長老(ちょうろう)の樹(き)の上(うえ)に在(あ)るを見(み)、彼(かれ)又(また)説(い)わく、「汝(なんじ)看(み)よ、師父(しふ)は待(ま)つは便(すなわ)ち罷(や)めり、却(しか)るに又(また)這般(かくのごと)き心腸(しんちょう)有(あ)り、樹(き)に爬(よ)じ上(のぼ)り、藤児(つる)を扯(ひ)いて鞦韆(ぶらんこ)を打(う)ちて耍子(あそ)ぶり!」と。行者(ぎょうじゃ)見(み)て道(いわ)く、「呆子(ほうし)、乱談(らんだん)すること莫(な)かれ。師父(しふ)の吊(つる)され在(あ)るは那処(あそこ)に非(あら)ずや。汝(なんじ)両箇(ふたり)は緩(ゆる)やかに来(きた)れ、我(われ)をして往(ゆ)きて看(み)しめよ」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、急(いそ)ぎて高坡(こうは)に登(のぼ)り細(こま)かに看(み)れば、是(こ)れ一伙(いっか)の強人(ごうじん)なるを認(みと)め、心中(しんちゅう)暗(あん)に喜(よろこ)んで道(いわ)く、「造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 買売(あきない)門(もん)に上(のぼ)れり!」と。即(すなわ)ち歩(あゆみ)を転(てん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、乾乾淨淨(からりと清(きよ)き)一箇(ひとり)の小和尚(こおしょう)と作(な)り、一領(ひとえ)の緇衣(しい)を穿(き)、年紀(とし)只(た)だ二八(じゅうろく)ばかり、肩(かた)に一箇(ひとつ)の藍布(らんぷ)の包袱(ほうふく)を背負(お)い、歩(あゆみ)を運(はこ)びて前辺(まえ)に到(いた)り、叫(さけ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)、這(こ)れは怎(いか)なる説話(せつわ)ぞ。這(こ)れは都(すべ)て些(これら)の甚(なん)の歹人(あくにん)ぞ」と。三蔵道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、還(ま)だ我(われ)を救(すく)わずして、還(ま)た甚(なん)をか問(と)う」と。行者道(いわ)く、「是(こ)れ干(かか)わる所(ところ)の勾当(こうとう)は甚(なん)ぞ」と。三蔵道(いわ)く、「この一伙(いっか)の路(みち)を攔(さえぎ)る者(もの)、我(われ)を攔(さえぎ)り止(とど)め、買路銭(ばいろせん)を要(もと)む。身辺(みのほとり)に物(もの)無(な)きに因(よ)り、遂(つい)に我(われ)を此処(ここ)に吊(つる)し、只(た)だ汝(なんじ)の来(きた)るを待(ま)ちて计较(けいきょう)计较(けいきょう)せんとす。然(しか)らずんば、この一匹(いっぴき)の馬(うま)を把(と)って彼(かれ)に送(おく)り与(あた)えんか」と。行者言(こ と)を聞(き)いて笑(わら)って道(いわ)く、 「師父(しふ)は不済(ふさい)なり。天下(てんか)にも亦(ま)た和尚(おしょう)有(あ)れど、汝(なんじ)が如(ごと)き皮(ひ)の松(ゆる)きは却(かえ)って少(すくな)し。唐太宗(とうたいそう)の汝(なんじ)を西天(さいてん)に差(つか)わして仏(ほとけ)に見(まみ)えしむるに、誰(たれ)か汝(なんじ)にこの龍馬(りゅうば)を人(ひと)に送(おく)らしめし」 と。三蔵道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、似(か)くの如(ごと)く吊(つる)し起(おこ)され、打(う)たれて要(もと)めらるるに、怎(いか)にせば是(よ)からん」と。行者道(いわ)く、「汝(なんじ)怎(いか)に彼(かれ)と説(と)き来(きた)れる」と。三蔵道(いわ)く、「彼(かれ)我(われ)を打(う)つこと急(きゅう)なりしに、没奈何(なすべ)なく、汝(なんじ)を供(きょう)し出(いだ)せり」と。行者道(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)は好(よ)く没搭撒(ぼったいら)しき、汝(なんじ)我(われ)を供(きょう)して怎(なん)とする」と。三蔵道(いわ)く、「我(われ)は汝(なんじ)の身辺(みのほとり)に些(いささ)かの盤纏(ばってん)有(あ)りと説(い)い、且(しばら)く彼(かれ)に我(われ)を打(う)つこと莫(な)からしめんとて、是(こ)れ一時(いっとき)の救難(きゅうなん)の話(ことば)なり」と。行者道(いわ)く、「好(よ)し! 好(よ)し! 好(よ)し! 汝(なんじ)の抬挙(たいあげ)を承(う)けたまわる。正(まさ)に是(こ)の様(よう)に供(きょう)せよ。若(も)し肯(あえ)て一月(いちげつ)に七八十遭(ななじゅうはちじゅうそう)供(きょう)し得(う)れば、老孫(ろうそん)愈々(いよいよ)買売(あきない)有(あ)らん」 と。 那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)は行者(ぎょうじゃ)の彼(かれ)の師父(しふ)と話(はな)すを見(み)、勢(せい)を撒開(ひら)き、囲(かこ)み将(も)って上(のぼ)り来(きた)りて道(いわ)く、「小和尚(こおしょう)、汝(なんじ)の師父(しふ)は汝(なんじ)の腰(こし)の裡(うち)に盤纏(ばってん)有(あ)りと説(い)えり。趁早(はや)く拿出(とりだ)せ、汝等(なんじら)の性命(いのち)を饒(ゆる)さん! 若(も)し半箇(ひとこと)の不字(いな)を道(い)わば、就(すなわ)ち都(みな)汝(なんじ)の残生(ざんせい)を送(おく)らん!」と。行者(ぎょうじゃ)は包袱(ほうふく)を放下(おろ)して道(いわ)く、「列位(れつい)の長官(ちょうかん)、嚷(さわ)ぐこと莫(な)かれ。盤纏(ばってん)は些(いささ)かこの包袱(ほうふく)の此(なか)に在(あ)り。多(おお)からず、只(た)だ馬蹄金(ばていきん)二十来錠(にじゅうらいじょう)、粉面銀(ふんめんぎん)二三十錠(にさんじゅうじょう)、散砕(さんさい)のものは未(いま)だ数(かず)を見(み)ず。要(い)る時(とき)は就(すなわ)ち包(つつみ)ながら拿(と)り去(さ)れ。切(せつ)に我(わ)が師父(しふ)を打(う)つこと莫(な)かれ。古書(こしょ)に云(いわ)く、徳(とく)は本(もと)なり、財(たから)は末(すえ)なりと。此(こ)れは是(こ)れ末事(まつじ)なり。我等(われら)出家人(しゅっけにん)は、自(おのず)から化(か)する処(ところ)有(あ)り。若(も)し箇(ひとり)の斎僧(さいそう)の長者(ちょうじゃ)に遇(あ)わば、襯銭(しんせん)も亦(ま)た有(あ)り、衣服(ころも)も亦(ま)た有(あ)り、能(よ)く幾何(いくばく)を用(もち)いん。只(た)だ我(わ)が師父(しふ)を放下(おろ)さんことを望(のぞ)む、我(われ)就(すなわ)ち一併(いっぺい)に奉承(ほうしょう)せん」と。那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)言(こと)を聞(き)いて、都(みな)甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、「這(こ)の老和尚(ろうおしょう)は慳吝(けんりん)なるに、這(こ)の小和尚(こおしょう)は却(かえ)って還(ま)た慷慨(こうがい)なり」と。教(い)わく、「放(おろ)し下(おろ)せ」と。那(か)の長老(ちょうろう)は性命(いのち)を得(え)、馬(うま)に跳(と)び上(のぼ)り、行者(ぎょうじゃ)を顧(かえり)みるに暇(いとま)あらず、鞭(むち)を操(と)って、一直(ひたすら)に旧路(きゅうろ)へ跑(はし)り回(かえ)れり。 行者(ぎょうじゃ)忙(いそ)ぎて叫(さけ)んで道(いわ)く、「路(みち)を錯(あやま)り走(はし)れり」と。包袱(ほうふく)を提(ひっさ)げ、就(すなわ)ち追(お)い去(さ)らんとす。那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「何処(いずこ)へ往(ゆ)く。盤纏(ばってん)を将(も)って留下(とど)めよ、刑(けい)を動(うご)かすを免(まぬか)れん!」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「説(と)き開(ひら)かん、盤纏(ばってん)は須(かなら)ず三分(さんぶん)に之(こ)れを分(わ)かつべし」と。那(か)の賊頭(ぞくとう)道(いわ)く、「這(こ)の小和尚(こおしょう)は忒(はなは)だ乖(かしこ)し、就(すなわ)ち彼(かれ)の師父(しふ)を瞞(だま)して些(すこ)しを留(とど)め起(お)こさんとす。也(ま)た罷(よ)し、拿出(とりだ)して看(み)よ。若(も)し多(おお)からん時(とき)は、也(ま)た些(すこ)しを分(わ)かち汝(なんじ)に与(あた)えて背地(うら)に果子(くだもの)を買(か)いて喫(く)わしめん」と。行者道(いわ)く、「哥(あに)や、是(こ)れ這(か)くの如(ごと)く説(と)くに非(あら)ず。我(われ)が那処(あそこ)に甚(なん)の盤纏(ばってん)か有(あ)らん。説(い)わく汝(なんじ)両箇(ふたり)の别人(たにん)の金銀(きんぎん)を打劫(だちごく)するは、是(こ)れ必(かなら)ず些(すこ)しを我(われ)と分(わ)かてと」と。那(か)の賊(ぞく)言(こと)を聞(き)いて大(おお)いに怒(いか)り、罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は死活(しかつ)を知(し)らず! 汝(なんじ)は却(かえ)って我(われ)に与(あた)えず、反(かえ)って我(われ)に要(もと)む! 走(に)ぐること莫(な)かれ! 看(み)よ打(う)たん!」と。一条(ひとすじ)の撻撻藤棍(たつたつとうこん)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)の光頭(こうとう)を照(めが)けて七八下(ななはっか)打(う)てり。行者(ぎょうじゃ)は只(た)だ知(し)らざるを当(あ)て、且(しばら)く満面(まんめん)に陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「哥(あに)や、若(も)し是(こ)くの如(ごと)く打(う)たば、来年(らいねん)の春(はる)を打(う)ち罷(や)むに到(いた)るまで打(う)つとも、亦(ま)た当真(ほんとう)とはせざるなり」と。那(か)の賊(ぞく)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は好(よ)く硬頭(かたあたま)なり!」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「不敢(かたじけな)し不敢(かたじけな)し、過奨(かしょう)を承(う)けたまわる。也(ま)た将就(おおめ)に看(み)るに堪(た)えたり」と。那(か)の賊(ぞく)は那(なん)ぞ分説(ぶんせつ)を容(い)れん、両三箇(にさんにん)一斉(いっせい)に乱打(らんだ)す。行者道(いわ)く、「列位(れつい)怒(いか)りを息(やす)めよ、我(われ)をして拿出(とりだ)さしめよ」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、耳(みみ)の中(なか)を摸(さぐ)って一(ひと)さぐり、一箇(ひとつ)の繍花針(しゅうかしん)を拔出(ぬきいだ)して道(いわ)く、「列位(れつい)、我(われ)出家人(しゅっけにん)は、果(はた)して曾(かつ)て盤纏(ばってん)を帯(お)び得(え)ず、只(た)だこの針(はり)のみ汝(なんじ)に送(おく)らん」と。那(か)の賊道(いわ)く、「晦気(わざわい)なるかな! 一箇(ひとり)の富貴(ふうき)の和尚(おしょう)を放(はな)ちて、却(かえ)ってこの窮(まずし)き禿驢(とくろ)を拿(と)らえるとは。汝(なんじ)好(よ)くも裁縫(しほう)を做(な)すことを会(え)するか、我(われ)針(はり)を要(もと)めて甚(なん)とせん」と。行者(ぎょうじゃ)は要(い)らずと説(い)うを聞(き)き、就(すなわ)ち手中(しゅちゅう)に拈(ひね)り、幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、碗(わん)来(ほど)の粗(あら)さ細(ほそ)さの一条(ひとすじ)の棍子(こんす)に変(へん)ぜしむ。那(か)の賊(ぞく)怕(おそ)れて道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)は生(うま)れつき小(ちい)さけども、却(かえ)って術法(じゅっぽう)を弄(ろう)することを会(え)す」と。行者(ぎょうじゃ)は棍子(こんす)を地(ち)の下(した)に插(さ)し込(い)れて道(いわ)く、「列位(れつい)拿(と)り動(うご)かし得(う)れば、就(すなわ)ち汝(なんじ)に送(おく)らん」と。二箇(ふたり)の賊(ぞく)前(まえ)に進(すす)みて奪(うば)い取(と)らんとす。憐(あわ)れむべし、蜻蛉(とんぼ)の石柱(せきちゅう)を撼(ゆる)がすが如(ごと)く、半分毫(すこし)も弄(ろう)し動(うご)かさんと思(おも)うこと莫(な)かれ。この条(ひとすじ)の棍(こん)は本(もと)是(こ)れ如意金箍棒(にょいきんこぼう)、天秤(てんびん)に称(はか)りたる一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃくきん)の重(おも)さなり。那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)怎(どう)して知(し)り得(え)ん。 大聖(たいせい)は前(まえ)に進(すす)み出(い)で、軽軽(かるがる)と拿起(とりあ)げ、一箇(ひとつ)の蟒翻身拗歩勢(もうほんしんようほせい)を繰(く)り出(いだ)し、強人(ごうじん)を指(ゆびさ)して道(いわ)く、「汝等(なんじら)都(みな)造化(ぞうけ)低(ひく)し、我(わ)が老孫(ろうそん)に遇(あ)えり!」と。那(か)の賊(ぞく)前(まえ)に進(すす)み来(きた)り、又(また)五六十下(ごろくじっか)打(う)てり。行者笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)も亦(ま)た手(て)を打(う)ち困(つか)らしめたり。且(しばら)く老孫(ろうそん)をして一棒(いっぽう)打(う)たしめよ、却(かえ)って当真(ほんとう)とすること莫(な)かれ」と。汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)は棍子(こんす)を展開(ひろ)げ、幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、井欄(いどばた)の粗(あら)さ七八丈(しちはちじょう)の長(なが)さ有(あ)り、蕩(どう)と一棍(いっこん)、一箇(ひとり)を打(う)ち倒(たお)して地(ち)に在(あ)らしめ、唇(くちびる)を土(つち)に揞(おしつ)け、再(ふたた)び声(こえ)を作(な)さず。那(か)の箇(ひとり)の開言(かいげん)して罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の禿厮(とくし)は老大(おおい)に無礼(ぶれい)なり! 盤纏(ばってん)無(な)きのみか、転(うたた)我(われ)が一人(ひとり)を傷(そこな)う!」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「且(しばら)く消停(やすら)え、且(しばら)く消停(やすら)え! 我(われ)をして一箇一箇(ひとりひとり)打(う)ち来(きた)らしめ、一発(いっそ)汝(なんじ)をして根(ね)を断(た)たしめん!」と。蕩(どう)と亦(ま)た一棍(いっこん)、第二(だいに)の者を亦(ま)た打(う)ち殺(ころ)せり。唬(おど)ろかされたるは那(か)の衆(しゅう)の婁羅(ろうら)、槍(やり)を撇(す)て棍(こん)を棄(す)て、四路(よつじ)に生命(いのち)を逃(のが)れて走(に)げ去(さ)れり。 却説(さて)唐僧(とうそう)は馬(うま)に騎(の)り、東(ひがし)へ向(むか)いて正(まさ)に跑(はし)る。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「師父(しふ)何処(いずこ)へ往(ゆ)く、路(みち)を錯(あやま)り走(はし)れり」と。長老(ちょうろう)馬(うま)を兜(おさ)えて道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、趁早(はや)く往(ゆ)きて汝(なんじ)の師兄(しけい)と説(い)え、彼(かれ)をして棍下(こんか)に情(なさけ)を留(とど)め、那些(これら)の強盗(ごうとう)を打(う)ち殺(ころ)すこと莫(な)からしめよ」と。八戒道(いわ)く、「師父(しふ)住(とど)まれ、我(われ)をして往(ゆ)かしめよ」と。呆子(ほうし)一路(いちろ)前辺(まえ)へ跑(はし)り到(いた)り、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「哥哥(あに)、師父(しふ)の汝(なんじ)に人(ひと)を打(う)つこと莫(な)かれと教(おし)うるなり」と。行者道(いわ)く、「兄弟(けいてい)、那(いず)くにか曾(かつ)て人(ひと)を打(う)てる」と。八戒道(いわ)く、「那些(かの)強盗(ごうとう)は何処(いずこ)へ往(ゆ)き去(さ)りし」と。行者道(いわ)く、「別(ほか)の者は都(みな)散(ちら)りたり、只(た)だ両箇(ふたり)の頭(かしら)のみ此処(ここ)に在(あ)りて睡(ねむ)れるなり」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)両箇(ふたり)の遭瘟(そうおん)の者、好(よ)くも是(こ)れ夜(よる)を熬(こ)らえしか、這般(かくのごと)く辛苦(くろう)せしに、別処(よそ)へ往(ゆ)きて睡(ね)らず、却(かえ)って此処(ここ)に睡(ねむ)るとは!」と。呆子(ほうし)身辺(そば)に行(ゆ)き到(いた)り、看(み)て道(いわ)く、「倒(かえ)って我(われ)と是(こ)れ一起(いっしょ)なり。乾淨(きれい)に口(くち)を張(ひら)きて睡(ねむ)り、些(すこ)しの粘涎(よだれ)を淌(たら)し出(いだ)せり」と。行者道(いわ)く、「是(こ)れ老孫(ろうそん)が一棍子(ひとこんす)にて豆腐(とうふ)を打(う)ち出(いだ)せしなり」と。八戒道(いわ)く、「人(ひと)の頭(あたま)に又(また)豆腐(とうふ)有(あ)りや」と。行者道(いわ)く、「脳(のう)を打(う)ち出(いだ)せしなり!」と。八戒(はっかい)は脳(のう)を打(う)ち出(いだ)せしと聞(き)き、慌(あわ)てて跑(はし)り回(かえ)り、唐僧(とうそう)に対(むか)いて道(いわ)く、「散(ちら)りて伙(くみ)を成(な)さざるなり!」と。三蔵道(いわ)く、「善(ぜん)なるかな! 善(ぜん)なるかな! 何(いず)れの条(すじ)の路(みち)の上(うえ)へ往(ゆ)き去(さ)りし」と。八戒道(いわ)く、 「打(う)つや打(う)つや直脚(ちょくきゃく)にして了(おわ)れり、又(また)何処(いずこ)へか往(ゆ)き走(はし)らん」 と。三蔵道(いわ)く、「汝(なんじ)怎(いか)にして散伙(さんか)と説(い)う」と。八戒道(いわ)く、「打(う)ち殺(ころ)せり、散伙(さんか)ならずして是(こ)れ甚(なん)ぞ」と。三蔵問(と)う、「打(う)たれて怎(いか)なる有様(ありさま)ぞ」と。八戒道(いわ)く、「頭(あたま)の上(うえ)に二箇(ふたつ)の大(おお)きなる窟窿(くつろう)を打(う)たれたり」と。三蔵教(いわ)く、「包(つつみ)を解(と)き開(ひら)き、幾文(いくもん)かの襯銭(しんせん)を取(と)り、早(はや)く那処(あそこ)へ往(ゆ)きて二箇(ふたつ)の膏薬(こうやく)を討(こう)て、彼(かれ)両箇(ふたり)に与(あた)えて貼(は)らしめよ」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、 「師父(しふ)は好(よ)く没正経(むしょうじょう)なり。膏薬(こうやく)は只(た)だ活人(かつじん)の瘡腫(そうしゅ)に貼(は)るを得(う)るのみ、那(いず)くにか好(よ)く死人(しにん)の窟窿(くつろう)に貼(は)るを得(え)ん」 と。三蔵道(いわ)く、「真(まこと)に打(う)ち殺(ころ)せしか」と。就(すなわ)ち惱(なや)み起(おこ)り、口裡(くちのうち)に絶(た)えず絮絮叨叨(じょじょとうとう)と、猢猻(こじん)長(なが)し、猴子(こうし)短(みじか)しと、馬(うま)を兜回(めぐ)らし、沙僧(さそう)・八戒(はっかい)と死人(しにん)の前(まえ)に至(いた)り、那(か)の血(ち)淋漓(りんり)たる、山坡(さんぱ)の下(した)に倒臥(とうが)せるを見(み)る。 這(こ)の長老(ちょうろう)は甚(はなは)だ見(み)るに忍(しの)びず、即(すなわ)ち八戒(はっかい)に着(い)わく、「早(はや)く釘鈀(ていは)を使(つか)い、一箇(ひとつ)の坑子(あな)を築(つ)いて埋(うず)めん、我(われ)彼(かれ)の為(ため)に一巻(ひとまき)の倒頭経(とうとうきょう)を念(ねん)ぜん」と。八戒道(いわ)く、「師父(しふ)は人(ひと)を左使(さし)し給(たま)えり。行者(ぎょうじゃ)人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)せしに、還(ま)た彼(かれ)をして往(ゆ)かしめ焼(や)き埋(うず)ましむべきに、怎(どう)して老猪(ろうちょ)をして土工(どこう)を做(な)さしむる」と。行者(ぎょうじゃ)は師父(しふ)に罵(ののし)られて惱(いか)り、八戒(はっかい)を喝(かつ)して道(いわ)く、「潑(はつ)なる懶(ものぐさ)夯貨(ほうか)! 趁早(はや)く往(ゆ)きて埋(うず)めよ! 些(すこ)しも遅(おく)るれば、就(すなわ)ち是(こ)れ一棍(いっこん)ぞ!」と。呆子(ほうし)慌(あわ)て、山坡(さんぱ)の下(した)に往(ゆ)きて築(つ)くこと三尺(さんじゃく)の深(ふか)さに及(いた)りしが、下面(した)は都(みな)是(こ)れ石脚(せききゃく)石根(せきこん)、鈀歯(はし)を扛(ささ)え止(とど)む。呆子(ほうし)は鈀(は)を捨(す)て、便(すなわ)ち嘴(くち)を把(も)って拱(ほ)る。拱(ほ)って軟(やわ)らかき処(ところ)に到(いた)り、一嘴(ひとくち)に二尺五(にしゃくご)有(あ)り、両嘴(ふたくち)に五尺(ごしゃく)の深(ふか)さ有(あ)り、二箇(ふたり)の賊(ぞく)の尸(しかばね)を埋(うず)め、盤(めぐ)らして一箇(ひとつ)の墳堆(ふんたい)と作(な)せり。 三蔵叫(いわ)く、「悟空(ごくう)、香燭(こうしょく)を取(と)り来(きた)れ、我(われ)をして祷祝(とうしゅく)せしめ、好(よ)く経(きょう)を念(ねん)ぜん」と。行者(ぎょうじゃ)は嘴(くち)を努(つきだ)して道(いわ)く、「好(よ)くも趣(おもむき)を知(し)らず! この半山(はんざん)の中(なか)、前(まえ)に村(むら)に巴(つか)えず、後(うしろ)に店(みせ)に着(つ)かず、那(いず)くに香燭(こうしょく)を討(こう)や。就(たとい)銭(せん)有(あ)るも亦(ま)た買(か)うに処(ところ)無(な)し」と。三蔵(さんぞう)恨恨(こんこん)として道(いわ)く、「猴頭(こうとう)過(す)ぎ去(さ)れ! 我(われ)をして土(つち)を撮(つま)みて香(こう)を焚(た)き祷告(とうこく)せしめよ」と。 是(こ)れ是(こ)れ三蔵(さんぞう)鞍(くら)を離(はな)れて野冢(やちょう)に悲(かな)しみ、聖僧(せいそう)善念(ぜんねん)を以(もっ)て荒墳(こうふん)に祝(しゅく)す。祝(しゅく)して云(いわ)く、 「拝(おが)み惟(おもんみ)るに好漢(こうかん)よ、祷(いの)りの原因(げんいん)を聴(き)け。 念(おも)うに我(わ)が弟子(でし)は、東土(とうど)の唐人(とうじん)なり。 太宗皇帝(たいそうこうてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じ、西方(さいほう)に上(のぼ)りて経文(きょうもん)を求(もと)む。 適(たまた)ま此(こ)の地(ち)に来(きた)り、爾等(なんじら)多人(たにん)に逢(あ)えり。 何(いず)れの府(ふ)・何(いず)れの州(しゅう)・何(いず)れの県(けん)なるを知(し)らざるも、都(みな)此(こ)の山内(さんない)に在(あ)りて党(とう)を結(むす)び群(ぐん)を成(な)せり。 我(われ)好話(こうわ)を以(もっ)て、殷勤(いんきん)に哀告(あいこく)せり。 爾等(なんじら)聴(き)かず、返(かえ)って善(ぜん)に生(しよう)じて嗔(いかり)を生(しょう)ず。 却(しか)るに行者(ぎょうじゃ)に遭(あ)い、棍下(こんか)に身(み)を傷(そこな)えり。 切(つつし)み念(おも)うに尸骸(しがい)暴露(ばくろ)せり、吾(われ)随(したが)いて土(つち)を掩(おお)い墳(ふん)を盤(めぐ)らせり。 青竹(せいちく)を折(お)りて香燭(こうしょく)と為(な)す、光彩(こうさい)無(な)きも、心(こころ)の勤(つと)め有(あ)り。 頑石(がんせき)を取(と)りて施食(せじき)と作(な)す、滋味(じみ)無(な)きも、誠(まこと)の真(しん)有(あ)り。 汝(なんじ)森羅殿(しんらでん)の下(もと)に到(いた)りて詞(うったえ)を興(おこ)し、樹(き)を倒(たお)して根(ね)を尋(たず)ぬるとも、 彼(かれ)は孫(そん)を姓(せい)とし、我(われ)は陳(ちん)を姓(せい)とし、各(おのおの)異姓(いせい)に居(お)れり。 冤(えん)に頭(かしら)有(あ)り、債(さい)に主(ぬし)有(あ)り、切(せつ)に我(わ)が取経(しゅきょう)の僧人(そうにん)を告(うった)うること莫(な)かれ」 と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)は推(お)して乾淨(きれい)にせり。彼(かれ)の打(う)ちし時(とき)却(かえ)って我等(われら)両箇(ふたり)も亦(ま)た無(な)かりしなり」と。三蔵(さんぞう)真個(まこと)に又(また)土(つち)を撮(つま)みて祷告(とうこく)して道(いわ)く、「好漢(こうかん)よ状(うったえ)を告(もう)さば、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)を告(うった)えよ、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)の事(こと)にも亦(ま)た干(かか)わらざるなり」と。 大聖(たいせい)言(こと)を聞(き)きて、忍不住(たえず)笑(わら)って道(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)の老人家(ろうじんか)は忒(はなは)だ情義(じょうぎ)無(な)し。汝(なんじ)の取経(しゅきょう)の為(ため)に、我(われ)多少(いくばく)の殷勤(いんきん)労苦(ろうく)を費(つい)やせしを、如今(いま)この両箇(ふたり)の毛賊(もうぞく)を打(う)ち殺(ころ)せしに、汝(なんじ)は却(かえ)って彼(かれ)をして往(ゆ)きて老孫(ろうそん)を告(うった)えしめんとす。我(われ)手(て)を動(うご)かして打(う)てるとは雖(いえど)も、却(かえ)って只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)の為(ため)なり。汝(なんじ)西天(さいてん)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らずんば、我(われ)汝(なんじ)と徒弟(でてい)と作(な)らず、怎(どう)して此処(ここ)に来(きた)り、会(あた)も人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)すこと有(あ)らんや。索性(いっそ)我(われ)をして彼(かれ)を祝(しゅく)せしめよ」と。 鉄棒(てつぼう)を攥(にぎ)り、那(か)の墳(ふん)を望(めが)けて三下(みつ)搗(つ)き、道(いわ)く、「遭瘟(そうおん)の強盗(ごうとう)よ、汝(なんじ)聴(き)け! 我(われ)汝(なんじ)に前(まえ)に七八棍(ななはちこん)、後(うしろ)に七八棍(ななはちこん)打(う)たれ、我(われ)をして疼(いた)みも痒(かゆ)みもせざらしめたり。性子(しょうし)を触(ふ)れて惱(いか)らしめ、一差二誤(いっさにご)に汝(なんじ)を打(う)ち殺(ころ)せり。尽(ことごと)く汝(なんじ)の何処(いずこ)へ往(ゆ)きて告(うった)うるに任(まか)す。我(わ)が老孫(ろうそん)は実(げ)に是(こ)れ怕(おそ)れず。玉帝(ぎょくてい)は我(われ)を認(みと)め、天王(てんのう)は我(われ)に随(したが)う。二十八宿(にじゅうはっしゅく)は我(われ)を懼(おそ)れ、九曜星官(くようせいかん)は我(われ)を怕(おそ)る。府県城隍(ふけんじょうこう)は我(われ)に跪(ひざまず)き、東岳天斉(とうがくてんせい)は我(われ)を怖(おそ)る。十代閻君(じゅうだいえんくん)は曾(かつ)て我(われ)と僕従(ぼくじゅう)と為(な)り、五路猖神(ごろしょうしん)は曾(かつ)て我(われ)と後生(こうせい)と当(な)れり。三界五司(さんがいごし)、十方諸宰(じっぽうしょさい)を論(あげつら)わず、都(みな)我(われ)と情(なさけ)深(ふか)く面熟(めんじゅく)なり。汝(なんじ)の何処(いずこ)へ往(ゆ)きて告(うった)うるに随(したが)え!」と。 三蔵(さんぞう)は這般(かくのごと)き悪話(あくわ)を説(と)き出(いだ)すを見(み)、却(かえ)って又(また)心(こころ)驚(おどろ)いて道(いわ)く、「徒弟(でてい)や、我(わ)がこの祷祝(とうしゅく)は汝(なんじ)をして好生(こうせい)の徳(とく)を体(たい)し、良善(りょうぜん)の人(ひと)と為(な)らしめんとするに、汝(なんじ)怎(どう)して就(すなわ)ち真(まこと)に受(う)け起(おこ)すや」と。行者道(いわ)く、「師父(しふ)、此(こ)れは是(こ)れ好(よ)く耍子(あそ)ぶ勾当(こうとう)に非(あら)ず。且(しばら)く汝(なんじ)と早(はや)く宿(やど)を尋(たず)ねて往(ゆ)かん」と。那(か)の長老(ちょうろう)は只(た)だ嗔(いかり)を懐(いだ)いて馬(うま)に上(のぼ)る。 孫大聖(そんたいせい)に不睦(ふぼく)の心(こころ)有(あ)り、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に亦(ま)た嫉妒(しっと)の意(い)有(あ)り、師徒(しと)都(みな)面(おもて)是(ぜ)にして背(せ)は非(ひ)なり。大路(たいろ)に依(よ)りて西(にし)へ向(むか)いて正(まさ)に走(はし)るに、忽(たちま)ち路北(ろくほく)の下(もと)に一座(いちざ)の荘院(そういん)有(あ)るを見(み)る。三蔵(さんぞう)鞭(むち)を用(も)って指(さ)し定(さだ)めて道(いわ)く、「我等(われら)那処(あそこ)へ到(いた)りて宿(やど)を借(か)らん」と。八戒道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り」と。遂(つい)に荘舎(そうしゃ)の辺(ほとり)に至(いた)りて馬(うま)を下(お)る。看(み)れば、却(かえ)って也(ま)た好(よ)き箇(こ)の住場(すまい)かな、但(た)だ、 野花(やか)径(みち)に盈(み)ち、雑樹(ざつじゅ)扉(と)を遮(おお)う。 遠岸(えんがん)山水(さんすい)を流(なが)し、平畦(へいけい)麦葵(ばくき)を種(う)う。 蒹葭(けんか)露(つゆ)潤(うるお)いて軽鴎(けいおう)宿(やど)り、 楊柳(ようりゅう)風(かぜ)微(かす)かにして倦鳥(けんちょう)栖(すま)う。 青柏(せいはく)松(まつ)と間(まじ)えて翠碧(すいへき)を争(あらそ)い、 紅蓬(こうほう)蓼(たで)に映(えい)じて芳菲(ほうひ)を闘(たたか)わす。 村犬(そんけん)吠(ほ)え、晩鶏(ばんけい)啼(な)く、 牛羊(ぎゅうよう)食(くら)い飽(あ)きて牧童(ぼくどう)帰(かえ)る。 爨煙(さんえん)霧(きり)を結(むす)んで黄粱(こうりょう)熟(じゅく)し、 正(まさ)に是(こ)れ山家(さんか)の入暮(いりくれ)の時(とき)なり。 長老(ちょうろう)前(まえ)に進(すす)む。忽(たちま)ち那(か)の村舎(そんしゃ)の門(もん)の裡(うち)より一箇(ひとり)の老者(ろうじゃ)走出(かけい)でるを見(み)、即(すなわ)ち彼(かれ)と相見(そうけん)し、問訊(もんじん)を道(い)えり。那(か)の老者(ろうじゃ)問(と)うて道(いわ)く、「僧家(そうけ)何処(いずこ)より来(きた)れる」と。三蔵道(いわ)く、「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土大唐(とうどだいとう)より欽差(きんさ)せられ西天(さいてん)へ往(ゆ)きて経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。適(たまた)ま宝方(ほうぼう)を過(す)ぎるに、天色(てんしょく)将(まさ)に晩(く)れんとす。特(こと)に来(きた)りて檀府(だんぷ)に一宵(いっしょう)の宿(やど)を告(もう)さん」と。老者笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)が貴処(きしょ)より我(わ)が此処(ここ)に到(いた)る、程途(ていと)迢逓(ちょうてい)たり、怎(どう)して水(みず)を渉(わた)り山(やま)に登(のぼ)り、独(ひと)り此処(ここ)に到(いた)れる」と。三蔵道(いわ)く、「貧僧(ひんそう)に還(ま)た三箇(さんにん)の徒弟(でてい)有(あ)りて同(とも)に来(きた)れり」と。老者問(と)う、「高徒(こうと)何処(いずこ)に在(あ)る」と。三蔵(さんぞう)手(て)を用(も)って指(さ)して道(いわ)く、「那(か)の大路(たいろ)の旁(かたわら)に立(た)てるは便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。老者(ろうじゃ)猛(にわ)かに頭(こうべ)を挙(あ)げ、彼等(かれら)の面貌(めんぼう)の醜陋(しゅうろう)なるを見(み)、急(いそ)ぎて身(み)を回(めぐ)らし裡(うち)へ向(むか)って就(すなわ)ち走(はし)る。三蔵(さんぞう)に扯(ひ)き止(とど)められて道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、千万(くれぐれ)も慈悲(じひ)あれ、一宿(いっしゅく)を借(か)りんことを告(もう)す!」と。老者(ろうじゃ)は戦兢兢(せんきょうきょう)として口(くち)を鉗(とざ)して言(い)い難(がた)く、頭(こうべ)を揺(ゆ)り、手(て)を擺(ふ)りて道(いわ)く、「不不不(いやいやいや)人(ひと)の形(かたち)に象(に)ず! 是是是(これこれこれ)幾箇(いくたり)かの妖精(ようせい)なり!」と。三蔵(さんぞう)陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「施主(せしゅ)切(せつ)に恐懼(きょうく)するを休(や)めよ。我(わ)が徒弟(でてい)は生(うま)れつき是(こ)の如(ごと)き相貌(そうぼう)にして、妖精(ようせい)に非(あら)ざるなり!」と。老者道(いわ)く、「爺爺(おおかた)や、一箇(ひとり)は夜叉(やしゃ)、一箇(ひとり)は馬面(ばめん)、一箇(ひとり)は雷公(らいこう)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「雷公(らいこう)は我(わ)が孫(まご)なり、夜叉(やしゃ)は我(わ)が曾孫(ひまご)なり、馬面(ばめん)は我(わ)が玄孫(やしゃご)なり!」と。那(か)の老者(ろうじゃ)聴(き)きて、魄(たましい)散(ちら)り魂(たま)飛(と)び、面容(めんよう)色(いろ)を失(うしな)い、只(た)だ進(い)り往(ゆ)かんとす。三蔵(さんぞう)彼(かれ)を攙(ささ)え、同(とも)に草堂(そうどう)に到(いた)り、陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、彼等(かれら)を怕(おそ)るること莫(な)かれ。彼等(かれら)は都(みな)是(こ)の如(ごと)く麁魯(そろ)にして、説話(せつわ)を会(え)せざるのみ」と。 正(まさ)に勧解(かんかい)する処(ところ)、只(た)だ見(み)る、後面(うしろ)より一箇(ひとり)の婆婆(ばば)走出(かけい)で、五六歳(ごろくさい)の一人(ひとり)の小児(しょうじ)を携(たずさ)え、道(いわ)く、「爺爺(じいさま)、何為(なんす)れぞ這般(かくのごと)く驚恐(きょうきょう)する」と。老者(ろうじゃ)才(はじ)めて叫(いわ)く、「媽媽(ばあさま)、茶(ちゃ)を看(も)て来(きた)れ」と。 那(か)の婆婆(ばば)は真個(まこと)に孩児(こども)を置(お)き、裏面(うち)に入(い)りて二鍾(ふたつ)の茶(ちゃ)を捧(ささ)げ出(いだ)せり。茶(ちゃ)罷(や)みて、三蔵(さんぞう)は却(かえ)って下(お)り来(きた)り、婆婆(ばば)に対(むか)いて礼(れい)を作(な)して道(いわ)く、「貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より西天(さいてん)へ差(つか)わされし取経(しゅきょう)の者(もの)なり。才(いま)し方(まさ)に貴処(きしょ)に到(いた)り、尊府(そんぷ)に拝(おが)み求(もと)めて宿(やど)を借(か)らんとす。是(こ)れ我(わ)が三箇(さんにん)の徒弟(でてい)の貌(かたち)醜(みにく)きに因(よ)り、老家長(ろうかちょう)見(み)て虚驚(きょきょう)せられしなり」と。婆婆道(いわ)く、「貌(かたち)の醜(みにく)きを見(み)て這(か)くの如(ごと)く虚驚(きょきょう)せば、若(も)し老虎(ろうこ)豺狼(さいろう)を見(み)ば、却(かえ)って怎(いか)にせば好(よ)からん」と。老者道(いわ)く、「媽媽(ばあさま)や、人面(じんめん)の醜陋(しゅうろう)なるは還(ま)た可(よ)し、只(た)だ言語(げんご)の吓(おど)すこと一入(ひとしお)なるのみ。我(われ)彼(かれ)の夜叉(やしゃ)・馬面(ばめん)・雷公(らいこう)に象(に)たると説(い)えば、彼(かれ)吆喝(さけ)んで道(いわ)く、雷公(らいこう)は彼(かれ)の孫(まご)なり、夜叉(やしゃ)は彼(かれ)の曾孫(ひまご)なり、馬面(ばめん)は彼(かれ)の玄孫(やしゃご)なりと。我(われ)此(こ)の言(こと)を聴(き)き、故然(ゆえに)悚懼(しょうく)せるなり」と。唐僧道(いわ)く、「不是(いいえ)不是(いいえ)、雷公(らいこう)に象(に)たるは我(わ)が大徒(だいと)の孫悟空(そんごくう)、馬面(ばめん)に象(に)たるは我(わ)が二徒(にと)の猪悟能(ちょごのう)、夜叉(やしゃ)に象(に)たるは我(わ)が三徒(さんと)の沙悟浄(さごじょう)なり。彼等(かれら)は是(こ)れ醜陋(しゅうろう)なりと雖(いえど)も、却(かえ)って也(ま)た教(きょう)を沙門(しゃもん)に秉(と)り、善果(ぜんか)に皈依(きえ)せり。甚(なん)の悪魔毒怪(あくまどくかい)ならず、彼(かれ)を怕(おそ)れて怎(どう)せよ」と。公婆(こうば)両箇(ふたり)、彼等(かれら)の名号(みょうごう)を説(と)き沙門(しゃもん)に皈正(きせい)せし言(こと)を聞(き)き、却(かえ)って才(はじ)めて性(しょう)を定(さだ)め驚(おどろき)を回(かえ)し、教(いわ)く、「請(しょう)じ来(きた)れ、請(しょう)じ来(きた)れ」と。長老(ちょうろう)門(もん)を出(い)でて呼(よ)び来(きた)り、又(また)吩咐(いいつ)けて道(いわ)く、「適才(さっき)この老者(ろうじゃ)は甚(はなは)だ汝等(なんじら)を悪(にく)めり。今(いま)進(い)り往(ゆ)きて相見(そうけん)するに、切(せつ)に礼(れい)に抗(あらが)うこと莫(な)かれ、各(おのおの)尊重(そんちょう)するを要(よう)せよ」と。八戒道(いわ)く、「我(われ)は俊秀(しゅんしゅう)なり、我(われ)は斯文(しぶん)なり、師兄(しけい)の撒潑(さっぱつ)には比(くら)べず」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、 「嘴(くち)長(なが)く、耳(みみ)大(おお)きく、臉(かお)醜(みにく)きに非(あら)ずんば、便(すなわ)ち亦(ま)た一箇(ひとり)の好男子(こうだんし)なるべし」 と。沙僧道(いわ)く、「争(あらそ)い講(と)くこと莫(な)かれ、此処(ここ)は是(こ)れ那(か)の乖(かしこ)を抓(つか)み俏(しゃれ)を弄(ろう)するの処(ところ)に非(あら)ず。且(しばら)く進(い)れ! 且(しばら)く進(い)れ!」と。 遂(つい)に此(ここ)に行嚢(こうのう)馬匹(ばひつ)を把(も)って、都(みな)草堂(そうどう)の上(うえ)に到(いた)り、斉同(ともに)一箇(ひとつ)の喏(じゃく)を唱(とな)え、坐(ざ)し定(さだ)めり。那(か)の媽媽児(ばば)は賢慧(けんけい)にして、即(すなわ)ち便(すべから)く小児(しょうじ)を携(たずさ)え転(めぐ)らし、飯(めし)を煮(に)るを吩咐(いいつ)け、一頓(ひとくい)の素斎(そさい)を安排(あんばい)し、彼(かれ)の師徒(しと)に喫(く)わしめたり。漸漸(ようや)く晩(く)れて、又(また)灯(ともしび)を掌(とも)し起(おこ)し、都(みな)草堂(そうどう)の上(うえ)に在(あ)りて閑叙(かんじょ)す。 長老(ちょうろう)才(はじ)めて問(と)う、「施主(せしゅ)の高姓(こうせい)は」と。老者道(いわ)く、「楊(よう)と姓(せい)とす」と。又(また)年紀(とし)を問(と)う。老者道(いわ)く、「七十四歳(しちじゅうよんさい)なり」と。又(また)問(と)う、「幾位(いくたり)の令郎(れいろう)ぞ」と。老者道(いわ)く、「只(た)だ一箇(ひとり)を得(う)るのみ。適才(さっき)媽媽(ばあさま)の携(たずさ)えしは小孫(こまご)なり」と。 長老、「令郎(れいろう)を請(しょう)じて相見(そうけん)し拝揖(はいゆう)せしめよ」と。老者道(いわ)く、「那(かの)厮(やつ)は拝(はい)するに中(あた)らず。老拙(ろうせつ)命(めい)苦(くる)しく、彼(かれ)を養(やしな)い着(つ)けず、如今(いま)家(いえ)に在(あ)らざるなり」と。三蔵道(いわ)く、「何方(いずかた)に生理(せいり)するや」と。老者(ろうじゃ)頭(こうべ)を点(うなず)かして嘆(たん)じて、 「憐(あわ)れむべし! 憐(あわ)れむべし! 若(も)し肯(あえ)て何方(いずかた)かに生理(せいり)せば、是(こ)れ吾(わ)が幸(こう)なり! 那(かの)厮(やつ)は専(もっぱ)ら悪念(あくねん)を生(しょう)じ、本等(ほんとう)を務(つと)めず、専(もっぱ)ら好(この)んで家(いえ)を打(う)ち道(みち)を截(さえぎ)り、人(ひと)を殺(ころ)し火(ひ)を放(はな)つ! 相交(まじわ)るは都(みな)是(こ)れ些(これら)の狐群狗党(こぐんくとう)なり! 五日(いつか)の前(まえ)より出(い)で去(さ)り、今(いま)に至(いた)るまで未(いま)だ回(かえ)らず」 と。三蔵(さんぞう)説(と)くを聞(き)き、敢(あえ)て言喘(げんぜん)せず、心中(しんちゅう)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、「或(ある)いは悟空(ごくう)の打(う)ち殺(ころ)せしが是(こ)れならん」と。長老(ちょうろう)神思(しんし)安(やす)からず、身(み)を欠(か)がめて道(いわ)く、「善(ぜん)なるかな! 善(ぜん)なるかな! 如此(かくのごと)き賢(けん)なる父母(ふぼ)に、何(なん)ぞ悪逆(あくぎゃく)の児(こ)を生(う)める」と。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)みて道(いわ)く、「老官児(ろうかんじ)、似(か)くの如(ごと)き不良(ふりょう)不肖(ふしょう)、姦盗邪淫(かんとうじゃいん)の子(こ)は、父母(ふぼ)を連累(れんるい)す、彼(かれ)を要(もち)いて何(なん)の用(よう)か有(あ)らん! 我(われ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて彼(かれ)を尋(たず)ね来(きた)りて打(う)ち殺(ころ)さしめよ」と。老者道(いわ)く、「我(われ)も亦(ま)た彼(かれ)を送(おく)らんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん更(さら)に以次(いじ)の人丁(じんてい)無(な)し。縦(たとい)不才(ふさい)なりとも、一定(かなら)ず還(ま)た彼(かれ)を留(とど)めて老漢(ろうかん)と土(つち)を掩(おお)わしめん」と。沙僧(さそう)と八戒(はっかい)笑(わら)って道(いわ)く、「師兄(しけい)、閑事(かんじ)を管(つかさど)ること莫(な)かれ。汝(なんじ)と我(われ)は是(こ)れ官府(かんふ)に非(あら)ず。他家(たか)の不肖(ふしょう)は、我(われ)と何(なん)の干(かか)わりか有(あ)らん! 且(しばら)く施主(せしゅ)に告(もう)し、一束(ひとたば)の草(わら)を賜(たま)い、那(あ)の廂(かた)に在(あ)りて鋪(とこ)を打(う)ちて睡(ねむ)り、天明(てんめい)に路(みち)を走(はし)らん」と。老者(ろうじゃ)即(すなわ)ち身(み)を起(おこ)し、沙僧(さそう)をして後園(こうえん)へ到(いた)りて二箇(ふたつ)の稲草(わら)を拿(と)らしめ、彼等(かれら)をして園中(えんちゅう)の草団瓢(そうだんぴょう)の内(うち)に安歇(あんけつ)せしめたり。行者(ぎょうじゃ)は馬(うま)を牽(ひ)き、八戒(はっかい)は行李(こうり)を挑(にな)い、長老(ちょうろう)と同(とも)に皆(みな)団瓢(だんぴょう)の内(うち)に到(いた)りて安歇(あんけつ)す。是(こ)れを題(あげ)ず。 却説(さて)那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)の内(うち)に果(はた)して老楊(ろうよう)の子(こ)有(あ)り。天早(あさ)に山前(さんぜん)に在(あ)りて行者(ぎょうじゃ)に二箇(ふたり)の賊首(ぞくしゅ)を打(う)ち殺(ころ)されしより、彼等(かれら)は都(みな)四散(しさん)して生命(いのち)を逃(のが)れ、約摸(おおよそ)四更(しこう)の時候(じこう)に到(いた)り、又(また)結坐(けっし)して一伙(いっか)と作(な)り、門前(もんぜん)に在(あ)りて門(もん)を打(う)つ。老者(ろうじゃ)門(もん)の響(ひび)くを聴(き)き、即(すなわ)ち衣(ころも)を披(はお)りて道(いわ)く、「媽媽(ばあさま)、那(かの)厮(やつ)ら来(きた)れり」と。 媽媽道(いわ)く、「既(すで)に来(きた)らば、汝(なんじ)往(ゆ)きて門(もん)を開(ひら)き、彼(かれ)を家(いえ)に放(い)れ来(きた)らしめよ」と。老者(ろうじゃ)方(ようや)く門(もん)を開(ひら)けば、只(た)だ見(み)る、那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)都(みな)嚷(わめ)いて道(いわ)く、「餓(う)えたり! 餓(う)えたり!」と。這(こ)の老楊(ろうよう)の子(こ)は忙(いそ)ぎて裏面(うち)に入(い)り、彼(かれ)の妻(つま)を呼(よ)び起(おこ)し、米(こめ)を打(つ)いて飯(めし)を煮(に)る。却(しか)るに厨下(くりや)に柴(たきぎ)無(な)く、後園(こうえん)へ往(ゆ)きて柴(たきぎ)を拿(と)り厨房(くりや)に到(いた)り、妻(つま)に問(と)うて道(いわ)く、「後園(こうえん)の白馬(はくば)は何処(いずこ)のものぞ」と。其(そ)の妻(つま)道(いわ)く、「是(こ)れ東土(とうど)の取経(しゅきょう)の和尚(おしょう)なり。昨晚(さくばん)此(ここ)に至(いた)りて宿(やど)を借(か)り、公公婆婆(じいさまばあさま)彼(かれ)を管待(かんたい)して一頓(ひとくい)の晩斎(ばんさい)を与(あた)え、草団瓢(そうだんぴょう)の内(うち)に在(あ)りて睡(ねむ)るを教(おし)えり」と。 那(かの)厮(やつ)言(こと)を聞(き)き、草堂(そうどう)を走出(かけい)で、手(て)を拍(う)ち掌(てのひら)を打(う)って笑(わら)って道(いわ)く、「兄弟(けいてい)たち、造化(ぞうけ)! 造化(ぞうけ)! 冤家(うんか)我(わ)が家(いえ)の裡(うち)に在(あ)り!」と。衆(しゅう)の賊道(いわ)く、「那(いず)れの冤家(うんか)ぞ」と。那(かの)厮(やつ)道(いわ)く、「却(かえ)って是(こ)れ我等(われら)の頭(かしら)を打(う)ち殺(ころ)せし和尚(おしょう)なるが、我(わ)が家(いえ)に来(きた)りて宿(やど)を借(か)り、現(いま)草団瓢(そうだんぴょう)の裡(うち)に睡(ねむ)れるなり」と。衆(しゅう)の賊道(いわ)く、 「却(かえ)って好(よ)し! 却(かえ)って好(よ)し! 此等(これら)の禿驢(とくろ)を拿(と)らえ、一箇一箇(ひとりひとり)剁(きざ)みて肉醤(にくしょう)と成(な)さば、一(ひとつ)には那(か)の行嚢(こうのう)白馬(はくば)を得(え)、二(ふたつ)には我等(われら)の頭(かしら)の為(ため)に仇(あだ)を報(むく)いん!」 と。那(かの)厮(やつ)道(いわ)く、「且(しばら)く忙(いそ)ぐこと莫(な)かれ。汝等(なんじら)且(しばら)く往(ゆ)きて刀(かたな)を磨(と)げ。我(われ)をして飯(めし)の熟(に)えるを待(ま)ち、大家(みんな)飽(あ)くまで喫(く)い、一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)さん」と。真個(まこと)に那些(かの)賊(ぞく)は刀(かたな)を磨(と)ぐは刀(かたな)を磨(と)ぎ、槍(やり)を磨(と)ぐは槍(やり)を磨(と)ぐ。 那(か)の老児(ろうじ)此(こ)の言(こと)を聴(き)き、悄(しの)びやかに後園(こうえん)に走(はし)り到(いた)り、唐僧(とうそう)の四位(よたり)を呼(よ)び起(おこ)して道(いわ)く、「那(かの)厮(やつ)衆(しゅう)を領(ひき)いて来(きた)れり。汝等(なんじら)の此(ここ)に在(あ)るを知(し)り、害(がい)を図(はか)らんと欲(ほっ)す。我(わ)が老拙(ろうせつ)汝(なんじ)の遠(とお)くより来(きた)れるを念(おも)い、傷害(しょうがい)するに忍(しの)びず。早(はや)く行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)せよ、我(われ)汝(なんじ)を送(おく)りて後門(うしろど)より出(い)ださん!」と。三蔵(さんぞう)聴(き)きて、戦兢兢(せんきょうきょう)として叩頭(こうとう)し老者(ろうじゃ)に謝(しゃ)し、即(すなわ)ち八戒(はっかい)を喚(よ)んで馬(うま)を牽(ひ)かしめ、沙僧(さそう)に担(にな)いを挑(にな)わせ、行者(ぎょうじゃ)に九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)を拿(と)らしめたり。老者(ろうじゃ)は後門(うしろど)を開(ひら)き、彼(かれ)を放(はな)ち去(さ)らしめ、依(よ)りて旧(もと)の如(ごと)く悄(しの)びやかに前(まえ)に来(きた)りて睡(ねむ)り下(お)れり。 却説(さて)那(かの)厮(やつ)ら刀槍(とうそう)を磨(と)ぎ速(はや)くし、飯食(めし)を喫(く)い飽(あ)きし時(とき)、巳(すで)に五更(ごこう)の天気(てんき)なり。一斉(いっせい)に園中(えんちゅう)に来(きた)りて看(み)る処(ところ)、却(かえ)って見(み)えず。即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて灯(ともしび)を点(とも)し火(ひ)を着(つ)け、尋(たず)ぬること彀(た)ゆるまでに多時(しばらく)、四(よも)に踪跡(そうせき)無(な)く、只(た)だ後門(うしろど)の開(ひら)けるを見(み)て、都(みな)道(いわ)く、「後門(うしろど)より走(に)げたり! 走(に)げたり!」と。一声(ひとこえ)喊(さけ)び発(はっ)し、「趕(お)い将(つ)って上(うえ)に拿(と)り来(きた)れ」と。一箇一箇(めいめい)飛(と)ぶが如(ごと)く箭(や)に似(に)て、一直(ひたすら)に東方(とうほう)の日出(ひので)まで趕(お)い到(いた)りしに、却(かえ)って才(はじ)めて唐僧(とうそう)を望(みわた)せり。那(か)の長老(ちょうろう)忽(たちま)ち喊声(かんせい)を聴(き)き、頭(こうべ)を回(めぐ)らして観(み)れば、後面(うしろ)に二三十人(にさんじゅうにん)有(あ)り、槍刀(そうとう)簇簇(ぞくぞく)として来(きた)る。便(すなわ)ち叫(さけ)んで、「徒弟(でてい)や、賊兵(ぞくへい)追(お)い至(いた)れり、怎(いか)に奈何(いかん)せん!」と。行者道(いわ)く、「放心(ほうしん)せよ! 放心(ほうしん)せよ! 老孫(ろうそん)彼等(かれら)を了(おわ)らしめんと来(きた)る!」と。三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(よ)りて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、切(せつ)に人(ひと)を傷(そこな)うこと莫(な)かれ、只(た)だ彼(かれ)を吓(おど)し退(しりぞ)けて便(すなわ)ち罷(や)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)は那(なん)ぞ肯(あえ)て信(しん)を聴(き)かん、急(いそ)ぎて棒(ぼう)を掣(ひっさ)げ首(こうべ)を回(めぐ)らして相(むか)い迎(むか)えて道(いわ)く、「列位(れつい)何処(いずこ)へ往(ゆ)く」と。衆(しゅう)の賊(ぞく)罵(ののし)って道(いわ)く、「禿厮(とくし)無礼(ぶれい)なり! 我(わ)が大王(だいおう)の命(いのち)を還(かえ)せ!」と。那(かの)厮(やつ)ら圈子陣(けんしじん)を成(な)して行者(ぎょうじゃ)を中(なか)に囲(かこ)み、槍刀(そうとう)を挙(あ)げて乱(みだ)りに砍(き)り乱(みだ)りに搠(つ)く。這(こ)の大聖(たいせい)は金箍棒(きんこぼう)を幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、碗(わん)来(ほど)の粗(あら)さにし、那(か)の伙(くみ)の賊(ぞく)を打(う)ちて星(ほし)の落(お)ち雲(くも)の散(ち)るが如(ごと)くならしむ。湯(ふ)るる者は就(すなわ)ち死(し)し、挽(ふ)るる者は就(すなわ)ち亡(ほろ)ぶ。搕(あ)たる者は骨(ほね)折(お)れ、擦(す)るる者は皮(ひ)傷(きず)つく。乖(かしこ)き些(もの)は跑(に)げ脱(のが)れて幾箇(いくたり)か有(あ)り、痴(おろ)かなる些(もの)は都(みな)閻王(えんおう)に見(まみ)えたり! 三蔵(さんぞう)は馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて、許多(あまた)の人(ひと)を打(う)ち倒(たお)すを見(み)、慌(あわ)てて馬(うま)を放(はな)ちて西(にし)へ奔(はし)る。猪八戒(ちょはっかい)と沙和尚(さおしょう)は、鞭鐙(べんとう)に緊(かた)く随(したが)いて去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)は那(か)の死(し)なずして傷(きず)を帯(お)びたる賊人(ぞくじん)に問(と)うて道(いわ)く、「那(いず)れか是(こ)れ那(か)の楊老児(ようろうじ)の子(こ)ぞ」と。那(か)の賊(ぞく)哼哼(うんうん)と告(もう)して道(いわ)く、「爺爺(おおかた)、那(か)の黄(き)を穿(き)たるが是(こ)れなり!」と。行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に進(すす)み、刀(かたな)を奪(うば)い過(よ)ぎ、箇(ひとり)の黄(き)を穿(き)たる者の頭(こうべ)を割(き)り下(おろ)し、血(ち)淋漓(りんり)たるを手(て)の中(なか)に提(さ)げ、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、雲歩(うんぽ)を運(はこ)びて、唐僧(とうそう)の馬前(ばぜん)に趕(お)い着(つ)き、頭(こうべ)を提(ひっさ)げて道(いわ)く、「師父(しふ)、是(こ)れ楊老児(ようろうじ)の逆子(ぎゃくし)なり。老孫(ろうそん)将(も)って首級(しゅきゅう)を取(と)り来(きた)れり」と。三蔵(さんぞう)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、慌(あわ)てて馬(うま)より跌(つまず)き下(お)り、罵(ののし)って道(いわ)く、「這(こ)の潑猢猻(はつこじん)唬(おど)ろかし殺(ころ)すも我(われ)なり! 早(はや)く拿(と)り過(よ)ぎよ! 早(はや)く拿(と)り過(よ)ぎよ!」と。八戒(はっかい)前(まえ)に進(すす)み、人(ひと)の頭(こうべ)を一脚(ひとあし)にて路旁(みちばた)に踢(け)り下(おろ)し、釘鈀(ていは)を使(つか)って些(すこ)しの土(つち)を築(つ)いて蓋(おお)えり。沙僧(さそう)は担子(たんす)を放下(おろ)し、唐僧(とうそう)を攙(ささ)えて道(いわ)く、「師父(しふ)請(こう)起(た)て」と。那(か)の長老(ちょうろう)は地(ち)の下(した)に在(あ)りて正(ただ)しく性(しょう)をし、心中(しんちゅう)に《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ起(おこ)し、箇(こ)の行者(ぎょうじゃ)を勒(し)めて耳(みみ)紅(あか)く面(かお)赤(あか)く、眼(め)脹(は)れ頭(あたま)昏(くら)ませ、地(ち)の下(した)に在(あ)りて滚(まろ)ばしめ、只(た)だ教(いわ)く、「念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。那(か)の長老(ちょうろう)念(ねん)ずること十余遍(じゅうよへん)に彀(た)ゆるも、還(ま)た口(くち)を住(とど)めず。行者(ぎょうじゃ)は筋斗(きんと)を翻(ひるがえ)し、蜻蛉(とんぼ)を竪(た)て、疼痛(とうつう)禁(とど)め難(がた)く、只(た)だ叫(さけ)んで、「師父(しふ)我(わ)が罪(つみ)を饒(ゆる)せ! 話(ことば)有(あ)らば便(すなわ)ち説(い)え、念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。三蔵(さんぞう)却(かえ)って才(はじ)めて口(くち)を住(とど)めて道(いわ)く、「話(ことば)を説(と)くこと無(な)し、我(われ)汝(なんじ)を跟(したが)うるを要(い)らず、汝(なんじ)回(かえ)り去(さ)れ!」と。行者(ぎょうじゃ)疼(いた)みを忍(しの)びて叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「師父(しふ)、怎(なん)すれぞ就(すなわ)ち我(われ)を趕(お)い去(さ)るや」と。三蔵道(いわ)く、「汝(なんじ)が這(こ)の潑猴(はつこう)、凶悪(きょうあく)太(はなは)だ甚(はなはだ)し、是(こ)れ箇(ひとり)の取経(しゅきょう)の人(ひと)に非(あら)ず。昨日(きのう)山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)りて、那(か)の両箇(ふたり)の賊頭(ぞくとう)を打(う)ち殺(ころ)せしを、我(われ)已(すで)に汝(なんじ)の不仁(ふじん)を怪(あや)しめり。晩(く)るるに及(およ)びて老者(ろうじゃ)の家(いえ)に到(いた)り、彼(かれ)の斎(とき)を賜(たま)い宿(やど)を借(か)らるるを蒙(こうむ)り、又(また)彼(かれ)の後門(うしろど)を開(ひら)きて我等(われら)をして性命(いのち)を逃(のが)れしむるを蒙(こうむ)れり。彼(かれ)が子(こ)の不肖(ふしょう)なるは、我(われ)と干(かか)わり無(な)しと雖(いえど)も、亦(ま)た該(まさ)に就(すなわ)ち彼(かれ)の首(こうべ)を梟(くびき)るべからず。況(いわ)んや又(また)多人(たにん)を殺(ころ)し、多少(いくばく)の生命(いのち)を壊(そこな)い、天地(てんち)の多少(いくばく)の和気(わき)を傷(そこな)えり。屡次(たびたび)汝(なんじ)を勧(すす)むるに、更(さら)に一毫(いちごう)の善念(ぜんねん)も無(な)し。汝(なんじ)を要(もち)いて何(なん)と為(な)さん! 早(はや)く走(に)げよ! 早(はや)く走(に)げよ! 又(また)真言(しんごん)を念(ねん)ぜらるるを免(まぬか)れよ!」と。行者(ぎょうじゃ)怕(おそ)れ、只(た)だ教(いわ)く、「念(ねん)ずるな、念(ねん)ずるな! 我(われ)去(ゆ)かん!」と。去(さ)ると説(い)う声(こえ)の下(もと)に、一路(いちろ)の筋斗雲(きんとうん)、影(かげ)無(な)く踪(あと)無(な)く、遂(つい)に見(み)えずなりぬ。咦(ああ)! 這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ、 心(こころ)に凶狂(きょうきょう)有(あ)れば丹(たん)熟(じゅく)せず、 神(しん)に定位(ていい)無(な)ければ道(みち)成(な)り難(がた)し。 畢竟(はてさて)那(か)の大聖(たいせい)の何方(いずかた)へ投(とう)じ往(ゆ)くやは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十七回 真行者(しんぎょうじゃ)落伽山(らかさん)に苦(く)を訴(うった)え 仮猴王(かこうおう)水簾洞(すいれんどう)に文(ぶみ)を謄(うつ)す 却説(さて)孫大聖(そんたいせい)は惱悶(なやみくよくよ)として、空(そら)の中(なか)に起(た)ち、花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に回(かえ)らんと欲(ほっ)すれど、本洞(ほんどう)の小妖(しょうよう)の見笑(みわら)いし、「我(われ)の爾(なんじ)より出(い)でて爾(なんじ)に反(かえ)るは、大丈夫(だいじょうふ)の器(うつわ)に非(あら)ず」と笑(わら)わんことを恐(おそ)る。天宮(てんぐう)へ投奔(とうほん)せんと欲(ほっ)すれど、又(また)天宮(てんぐう)の内(うち)久(ひさ)しく住(す)むを容(い)れざらんことを恐(おそ)る。海島(かいとう)に投(とう)ぜんと欲(ほっ)すれど、却(かえ)って又(また)那(か)の三島(さんとう)の諸仙(しょせん)に見(まみ)ゆるを羞(は)ず。龍宮(りゅうぐう)へ奔(はし)らんと欲(ほっ)すれど、又(また)気(き)を伏(ふく)して龍王(りゅうおう)に求告(きゅうこく)するに服(ふく)せず。真個(まこと)に是(こ)れ依(よ)る所(ところ)無(な)く倚(よ)る所(ところ)無(な)く、苦(くる)しみ自(みずか)ら忖量(そんりょう)して道(いわ)く、「罷(や)めよ! 罷(や)めよ! 罷(や)めよ! 我(われ)還(ま)た往(ゆ)きて我(わ)が師父(しふ)に見(まみ)えん、是(こ)れ還(ま)た正果(しょうか)ならん」と。遂(つい)に雲頭(うんとう)を按下(おしくだ)し、径(ただ)ちに三蔵(さんぞう)の馬前(ばぜん)に至(いた)りて侍立(じりつ)して道(いわ)く、「師父(しふ)、弟子(でし)のこの遭(たび)を恕(ゆる)せ! 向後(こののち)再(ふたた)び敢(あえ)て凶(きょう)を行(おこ)なわず、一一(ことごとく)師父(しふ)の教誨(きょうかい)を受(う)けん。千万(くれぐれ)も還(ま)た我(われ)を得(え)て汝(なんじ)を保(ほ)し西天(さいてん)へ往(ゆ)かしめ給(たま)え」 と。唐僧(とうそう)見(み)て、更(さら)に答(こた)えず、馬(うま)を兜(おさ)え、即(すなわ)ち《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ、顛(てん)し来(きた)り倒(とう)し去(さ)り、又(また)念(ねん)ずること二十余遍(にじゅうよへん)有(あ)り、大聖(たいせい)を咒(じゅ)し倒(たお)して地(ち)に在(あ)らしめ、箍児(こじ)の肉(にく)の裡(うち)に陷(おちい)ること一寸来(いっすんばかり)の深浅(ふかさ)有(あ)り、方(ようや)く口(くち)を住(とど)めて道(いわ)く、「汝(なんじ)回(かえ)り去(さ)らず、又(また)来(きた)りて我(われ)に纏(まと)わるは怎(なん)とする」と。行者(ぎょうじゃ)只(た)だ教(いわ)く、 「念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ! 我(われ)は是(こ)れ日(ひ)を過(す)ごす処(ところ)有(あ)るなり、只(た)だ怕(おそ)るるは汝(なんじ)の我(われ)無(な)くして西天(さいてん)へ往(ゆ)き得(え)ざるを」 と。三蔵(さんぞう)怒(いか)りを発(はっ)して道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの猢猻(こじん)は生(せい)を殺(ころ)し命(いのち)を害(そこな)い、我(われ)を連累(れんるい)すること多少(いくばく)ぞ。如今(いま)実(げ)に汝(なんじ)を要(い)らず! 我(われ)の往(ゆ)き得(う)るも往(ゆ)き得(え)ざるも、汝(なんじ)の事(こと)に干(かか)わらず! 早(はや)く走(に)げよ! 早(はや)く走(に)げよ! 些(すこ)しも遅(おく)るれば、我(われ)又(また)真言(しんごん)を念(ねん)ぜん、この番(たび)は決(けっ)して口(くち)を住(とど)めず、汝(なんじ)の脳漿(のうしょう)を把(も)って都(みな)勒(し)め出(いだ)さん!」と。大聖(たいせい)疼痛(とうつう)忍(しの)び難(がた)く、師父(しふ)の更(さら)に心(こころ)を回(かえ)さざるを見(み)、没奈何(なすべ)なく、只(た)だ又(また)筋斗雲(きんとうん)に駕(が)し、空(そら)の中(なか)に起(た)ち、忽然(たちまち)省(さと)り悟(さと)って道(いわ)く、「這(こ)の和尚(おしょう)我(わ)が心(こころ)に負(そむ)けり。我(われ)且(しばら)く普陀崖(ふだがい)に向(むか)いて観音菩薩(かんのんぼさつ)に告(うった)え訴(うった)えんと往(ゆ)かん」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、筋斗(きんと)を撥(はね)回(めぐ)らし、那(なん)ぞ一箇時辰(いちじしん)を消(しょう)せん、早(つと)に南洋(なんよう)の大海(たいかい)に至(いた)り、祥光(しょうこう)を住(とど)め下(おろ)し、直(ただ)ちに落伽山(らかさん)の上(うえ)に到(いた)り、紫竹林(しちくりん)の裡(うち)に撞入(つきい)る。忽(たちま)ち木吒行者(もくたぎょうじゃ)の迎(むか)うる面(おもて)に作礼(されい)するを見(み)て道(いわ)く、 「大聖(たいせい)何処(いずこ)へ往(ゆ)く」と。行者道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えんとす」と。木吒(もくた)即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を引(みちび)きて潮音洞(ちょういんどう)の口(くち)に至(いた)る。又(また)善財童子(ぜんざいどうじ)の作礼(されい)して道(いわ)く、「大聖(たいせい)何(なん)の用(よう)か有(あ)りて告(もう)す所(ところ)ぞ」と。行者道(いわ)く、「事(こと)有(あ)りて菩薩(ぼさつ)に告(もう)さんとす」と。 善財(ぜんざい)一箇(ひとつ)の告(うったえ)の字(じ)を聴(き)き、笑(わら)って道(いわ)く、「好(よ)き刁嘴(ねじくち)の猴児(こうじ)よ、還(ま)た当時(そのかみ)我(われ)の唐僧(とうそう)を拿(と)らえしに汝(なんじ)に欺(あざむ)かれしに象(に)たり! 我(わ)が菩薩(ぼさつ)は是(こ)れ箇(ひとり)の大慈大悲(だいじだいひ)、大願大乗(だいがんだいじょう)、救苦救難(くくぐなん)、無辺無量(むへんむりょう)の聖善(せいぜん)の菩薩(ぼさつ)なり。甚(なん)の不是(あやまり)の処(ところ)有(あ)りてか、汝(なんじ)彼(かれ)を告(うった)えんとする」と。行者(ぎょうじゃ)は満懐(いっぱい)の悶気(もんき)有(あ)り、一(ひと)たび此(こ)の言(こと)を聞(き)くや、心中(しんちゅう)怒(いかり)を発(はっ)し、咄(とつ)の一声(ひとこえ)、善財童子(ぜんざいどうじ)を喝(かつ)して箇(ひとつ)の倒退(とうたい)をさせ、道(いわ)く、「この背義忘恩(はいぎぼうおん)の小畜生(しょうちくしょう)、着実(まこと)に愚魯(ぐろ)なり! 汝(なんじ)の那(そ)の時節(とき)に作怪(さっかい)して精(せい)と成(な)りしに、我(われ)菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて汝(なんじ)を収(おさ)め、迦持(かじ)に皈正(きせい)せしめ、如今(いま)この等(よう)の極楽(ごくらく)長生(ちょうせい)、自在逍遥(じざいしょうよう)、天(てん)と寿(じゅ)を同(おな)じうするを得(え)たるに、還(ま)た老孫(ろうそん)に拝謝(はいしゃ)せず、転(うたた)倒(さかしま)に這般(かくのごと)く侮慢(ぶまん)す! 我(われ)は是(こ)れ事(こと)有(あ)りて来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に告(もう)し求(もと)めんとするに、却(かえ)って怎(どう)して我(われ)の刁嘴(ねじくち)にして菩薩(ぼさつ)を告(うった)えんとすと説(い)うや」と。善財(ぜんざい)陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「還(ま)た是(こ)れ箇(ひとり)の急(せ)き猴子(こうし)なり。我(われ)汝(なんじ)と作笑耍子(ざれごと)せるに、汝(なんじ)怎(どう)して就(すなわ)ち臉(かお)を変(か)えたる」と。 正(まさ)に講(はな)す処(ところ)、只(た)だ見(み)る、白鸚哥(はくおうか)の飛(と)び来(きた)り飛(と)び去(さ)る。是(こ)れ菩薩(ぼさつ)の呼喚(よびたま)うなるを知(し)り、木吒(もくた)と善財(ぜんざい)遂(つい)に前(まえ)に進(すす)みて引導(いんどう)し、宝蓮台(ほうれんだい)の下(した)に至(いた)る。行者(ぎょうじゃ)菩薩(ぼさつ)を望見(みわた)すや、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)し、止(とど)むること能(あた)わず涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)く、声(こえ)を放(はな)って大(おお)いに哭(な)けり。菩薩(ぼさつ)は木吒(もくた)と善財(ぜんざい)に扶(たす)け起(おこ)さしめて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、甚(なん)の傷感(しょうかん)の事(こと)有(あ)るか、明(あき)らけく説(と)き来(きた)れ。哭(な)くな哭(な)くな、我(われ)汝(なんじ)と苦(く)を救(すく)い災(わざわい)を消(け)さん」と。行者(ぎょうじゃ)涙(なみだ)を垂(た)れて再(ふたた)び拝(おが)んで道(いわ)く、「当年(とうねん)弟子(でし)人(ひと)と為(な)りしより、曾(かつ)て那(いず)れの気(き)を受(う)けしや。自(おのず)から菩薩(ぼさつ)の天災(てんさい)を解脱(げだつ)せられ、教(きょう)を沙門(しゃもん)に秉(と)るを蒙(こうむ)りしより、唐僧(とうそう)を保護(ほご)して西天(さいてん)へ往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)め、我(わ)が弟子(でし)身(み)を捨(す)て命(いのち)を拚(かけ)て、彼(かれ)の魔障(ましょう)を救(すく)い解(と)きしは、老虎(ろうこ)の口(くち)の裡(うち)より脆骨(ぜいこつ)を奪(うば)い、蛟竜(こうりゅう)の背(せ)の上(うえ)に生鳞(せいりん)を掲(はが)すが如(ごと)し。只(た)だ真正(しんせい)に帰(き)して正果(しょうか)を成(な)し、業(ごう)を洗(あら)い邪(じゃ)を除(のぞ)かんことを指(ゆび)し望(のぞ)みしに、怎(どう)して知(し)らん、那(か)の長老(ちょうろう)は義(ぎ)に背(そむ)き恩(おん)を忘(わす)れ、直(ただ)に一片(いっぺん)の善縁(ぜんえん)を迷(まよ)わし、更(さら)に皂白(そうびゃく)の苦(く)を察(さっ)せざるとは!」と。菩薩道(いわ)く、「且(しばら)く那(か)の皂白(そうびゃく)の原因(げんいん)を説(と)きて我(われ)に聴(き)かしめよ」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち那(か)の草寇(そうこう)を打(う)ち殺(ころ)せし前後始終(ぜんごしじゅう)を、細(こま)かに陳(の)べ一遍(ひとわたり)せり。 却説(さて)唐僧(とうそう)は彼(かれ)の多人(たにん)を打(う)ち殺(ころ)せしに因(よ)り、心(こころ)に怨恨(えんこん)を生(しょう)じ、皂白(そうびゃく)を分(わか)たず、遂(つい)に《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ、彼(かれ)を趕(お)うこと幾次(いくたび)か、天(てん)に上(のぼ)るに路(みち)無(な)く、地(ち)に入(い)るに門(もん)無(な)く、特(こと)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に告(うった)え訴(うった)うるなり。 菩薩道(いわ)く、「唐三蔵(とうさんぞう)は旨(むね)を奉(ほう)じて西(にし)に投(とう)じ、一心(いっしん)に善(ぜん)を秉(と)りて僧(そう)と為(な)らんことを要(よう)し、決(けっ)して軽(かる)がるしく性命(いのち)を傷(そこな)わず。汝(なんじ)の如(ごと)き無量(むりょう)の神通(じんつう)有(あ)るもの、何(なん)の苦(くる)しみか許多(あまた)の草寇(そうこう)を打(う)ち殺(ころ)すや! 草寇(そうこう)は是(こ)れ不良(ふりょう)なりと雖(いえど)も、到底(つまるところ)是(こ)れ箇(ひとつ)の人身(じんしん)なり、打(う)ち殺(ころ)すべからず。那(か)の妖禽怪獣(ようきんかいじゅう)、鬼魅精魔(きみせいま)と同(おな)じからず。那(か)の者を打(う)ち殺(ころ)すは、是(こ)れ汝(なんじ)の功績(こうせき)なり。この人身(じんしん)を打(う)ち殺(ころ)すは、還(ま)た是(こ)れ汝(なんじ)の不仁(ふじん)なり。但(た)だ祛(はら)い退(しりぞ)け散(ちら)さば、自然(おのず)から汝(なんじ)の師父(しふ)を救(すく)い得(え)たり。我(わ)が公論(こうろん)に拠(よ)れば、還(ま)た是(こ)れ汝(なんじ)の不善(ふぜん)なり」と。行者(ぎょうじゃ)涙(なみだ)を噙(ふく)みて叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「縦(たとい)是(こ)れ弟子(でし)の不善(ふぜん)なりとも、也(ま)た当(まさ)に功(こう)を将(も)って罪(つみ)を折(しょう)すべく、這般(かくのごと)く我(われ)を逐(お)うべからず。万(よろず)菩薩(ぼさつ)の大慈悲(だいじひ)を捨(ほどこ)し、《松箍児咒(しょうこじじゅ)》を将(も)って念(ねん)じ念(ねん)じ、金箍(きんこ)を褪(ぬ)ぎ下(おろ)し、交(かわ)して汝(なんじ)に還(かえ)し、我(われ)を放(はな)ち仍(よ)りて水簾洞(すいれんどう)へ往(ゆ)きて生(せい)を逃(のが)れしめ給(たま)え!」と。菩薩笑(わら)って道(いわ)く、「《緊箍児咒(きんこじじゅ)》は、本(もと)是(こ)れ如来(にょらい)の我(われ)に伝(つた)えしものなり。当年(とうねん)我(われ)を東土(とうど)に差(つか)わして取経人(しゅきょうにん)を尋(たず)ねしめ、我(われ)に三件(さんけん)の宝貝(ほうばい)を賜(たま)えり。乃(すなわ)ち是(こ)れ錦襕袈裟(きんらんけさ)、九環錫杖(きゅうかんしゃくじょう)、金緊禁(きんきんきん)三箇(みっつ)の箍児(こじ)、咒語(じゅご)三篇(さんぺん)を秘授(ひじゅ)せられたり。却(かえ)って甚(なん)の《松箍児咒(しょうこじじゅ)》も無(な)し」と。行者道(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)告辞(こくじ)して菩薩(ぼさつ)を去(さ)らん」と。 菩薩道(いわ)く、「汝(なんじ)我(われ)に辞(じ)して何処(いずこ)へか往(ゆ)く」と。行者道(いわ)く、「我(われ)西天(さいてん)に上(のぼ)り、如来(にょらい)を拝(おが)み告(もう)し、《松箍児咒(しょうこじじゅ)》を念(ねん)ぜんことを求(もと)めんと往(ゆ)くなり」と。菩薩道(いわ)く、「汝(なんじ)且(しばら)く住(とど)まれ、我(われ)汝(なんじ)と祥晦(しょうかい)の如何(いかん)を看(み)ん」と。行者道(いわ)く、「看(み)るを消(もち)いず、只(た)だこの様(よう)に不祥(ふしょう)なるも亦(ま)た彀(た)れり」と。菩薩道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)を看(み)ず、唐僧(とうそう)の祥晦(しょうかい)を看(み)るなり」と。 好(よ)きかな菩薩(ぼさつ)、端坐(たんざ)して蓮台(れんだい)に在(あ)り、心(こころ)を三界(さんがい)に運(めぐ)らし、慧眼(えげん)遥(はる)かに観(み)て、遍(あまね)く宇宙(うちゅう)に周(あまね)し、霎時間(しばらく)にして口(くち)を開(ひら)いて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)の那(か)の師父(しふ)は頃刻(しばらく)の際(あいだ)に、就(すなわ)ち身(み)を傷(そこな)うの難(なん)有(あ)らんとす。久(ひさ)しからずして便(すなわ)ち来(きた)りて汝(なんじ)を尋(たず)ぬべし。汝(なんじ)只(た)だ此(こ)の処(ところ)に在(あ)れ、我(われ)をして唐僧(とうそう)と説(と)かしめ、彼(かれ)をして還(ま)た汝(なんじ)と同(とも)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)り、正果(しょうか)を了(おわ)らしめん」と。孫大聖(そんたいせい)は只(た)だ皈依(きえ)するを得(え)、敢(あえ)て造次(ぞうじ)せず、宝蓮台(ほうれんだい)の下(した)に侍立(じりつ)す。是(こ)れを題(あげ)ず。 却説(さて)唐長老(とうちょうろう)は行者(ぎょうじゃ)を趕(お)い回(かえ)してより、八戒(はっかい)に馬(うま)を引(みちび)かせ、沙僧(さそう)に担(にない)を挑(にな)わせ、馬(うま)を連(つら)ねて四口(よったり)、西(にし)へ奔(はし)ること五十里(ごじゅうり)の遠近(あたり)に上(のぼ)らざるに、三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(よ)りて道(いわ)く、「徒弟(でてい)よ、五更(ごこう)の時(とき)村舎(そんしゃ)を出(い)でてより、又(また)那(か)の弼馬温(ひつばおん)に気惱(きのう)を着(つ)けられ、この半日(はんじつ)飢(う)えて又(また)飢(う)え、渇(かわ)きて又(また)渇(かわ)く。那(た)れか往(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(か)し来(きた)りて我(われ)に喫(く)わしめん」と。八戒道(いわ)く、「師父(しふ)且(しばら)く馬(うま)を下(お)りることを請(こう)ぜよ、我(われ)をして近隣(きんりん)の庄村(そうそん)有(あ)るや無(な)きやを看(み)しめ、斎(とき)を化(か)さんと往(ゆ)かん」と。三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、馬(うま)より滚(まろ)び下(お)りぬ。呆子(ほうし)雲頭(うんとう)を縦(はな)ち起(おこ)し、半空(はんくう)の中(なか)に在(あ)りて仔細(つまびらか)に観(み)わたせば、一望(いちぼう)尽(ことごと)く是(こ)れ山嶺(さんれい)、人(ひと)の家(いえ)有(あ)らんと思(おも)うこと莫(な)かれ。八戒(はっかい)雲(くも)を按下(おしくだ)し来(きた)り、三蔵(さんぞう)に対(むか)いて道(いわ)く、「却(かえ)って化斎(けさい)する処(ところ)無(な)し。一望(いちぼう)の間(あいだ)、全(まった)く荘舎(そうしゃ)無(な)し」と。三蔵道(いわ)く、「既(すで)に化斎(けさい)の処(ところ)無(な)くんば、且(しばら)く些(いささ)かの水(みず)を得(え)て渇(かわ)きを解(と)くも亦(ま)た可(よ)し」と。八戒道(いわ)く、「我(われ)をして南山(なんざん)の澗(たに)の下(した)へ往(ゆ)きて些(すこ)しの水(みず)を取(と)り来(きた)らしめよ」と。沙僧(さそう)即(すなわ)ち鉢盂(はつう)を取(と)り、八戒(はっかい)に遞(わた)せば、八戒(はっかい)鉢盂(はつう)を托(たく)し、雲霧(うんむ)を駕(が)し起(おこ)して去(さ)れり。 那(か)の長老(ちょうろう)は路旁(みちばた)に坐(ざ)し、等(ま)つこと彀(た)ゆるまでに多時(しばらく)なるも、回(かえ)り来(きた)らず。憐(あわ)れむべし、口(くち)乾(かわ)き舌(した)苦(にが)く熬(た)え難(がた)し。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、 神(しん)を保(たも)ち気(き)を養(やしな)うを之(こ)れ精(せい)と謂(い)い、 情性(じょうしょう)原来(もと)一(いつ)の形(かたち)を稟(う)く。 心乱(みだ)れ神昏(くら)みて諸病(しょびょう)作(おこ)り、 形(かたち)衰(おとろ)え精(せい)敗(やぶ)れて道元(どうげん)傾(かたむ)く。 三花(さんか)就(な)らずして空(むな)しく労碌(ろうろく)し、 四大(しだい)蕭条(しょうじょう)として枉(むだ)に争(あらそ)いを費(つい)やす。 土木(どぼく)功(こう)無(な)く金水(きんすい)絶(た)え、 法身(ほっしん)疏懶(そらん)にして何(いず)れの時(とき)か成(な)らん! 沙僧(さそう)旁(かたわら)に在(あ)りて、三蔵(さんぞう)の飢渇(きかつ)忍(しの)び難(がた)く、八戒(はっかい)の又(また)水(みず)を取(と)り来(きた)らざるを見(み)、只(た)だ行嚢(こうのう)を穏(おだ)やかにし、白馬(はくば)を牢(かた)く拴(つな)ぎて道(いわ)く、 「師父(しふ)、汝(なんじ)自(みずか)ら在(あ)れ、我(われ)をして往(ゆ)きて水(みず)を催(うなが)し来(きた)らしめよ」 と。長老(ちょうろう)涙(なみだ)を含(ふく)みて言(こと)無(な)く、但(た)だ頭(こうべ)を点(うなず)かして相(あい)答(こた)う。沙僧(さそう)急(いそ)ぎて雲光(うんこう)に駕(が)し、亦(ま)た南山(なんざん)へ向(むか)いて去(さ)れり。 那(か)の師父(しふ)は独(ひと)り煉(ね)り自(みずか)ら熬(た)え、困苦(こんく)太(はなは)だ甚(はなはだ)し。正(まさ)に愴惶(そうこう)の際(きわ)に在(あ)りて、忽(たちま)ち一声(ひとこえ)の響(ひび)き亮(あき)らけきを聴(き)く。唬(おど)ろかされたる長老(ちょうろう)身(み)を欠(か)がめて看(み)る処(ところ)、原来(もと)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の路旁(みちばた)に跪(ひざまず)き、双手(もろて)に一箇(ひとつ)の磁杯(じはい)を捧(ささ)げて道(いわ)く、「師父(しふ)、老孫(ろうそん)無(な)くんば、汝(なんじ)水(みず)すらも亦(ま)た彀(た)ること能(あた)わざるなり。この一杯(ひとはい)の好(よ)き凉水(すずみず)、汝(なんじ)且(しばら)く一口(ひとくち)水(みず)を喫(の)んで渇(かわ)きを解(と)け、我(われ)をして再(ま)た往(ゆ)きて斎(とき)を化(か)さしめよ」と。長老道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)の水(みず)を喫(の)まず! 立地(そのば)に渇(かわ)き死(し)するとも、我(われ)当(まさ)に命(めい)に任(まか)せん! 汝(なんじ)を要(い)らず! 汝(なんじ)去(さ)れ!」と。行者道(いわ)く、「我(われ)無(な)くんば汝(なんじ)西天(さいてん)へ往(ゆ)き得(え)ざるなり」と。三蔵道(いわ)く、「往(ゆ)き得(う)るも往(ゆ)き得(え)ざるも、汝(なんじ)の事(こと)に干(かか)わらず! 潑猢猻(はつこじん)! 只(た)だ管(ひたす)ら来(きた)りて我(われ)に纏(まと)わりて甚(なん)とせん!」 と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)臉(かお)を変(か)え、怒(いかり)を発(はっ)して嗔(いかり)を生(しょう)じ、長老(ちょうろう)を喝(かつ)し罵(ののし)って道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの狠心(こんしん)の潑禿(はっとく)、十分(じゅうぶん)に我(われ)を賤(いやし)む!」と。鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、磁杯(じはい)を捨(す)て、長老(ちょうろう)の脊背(せなか)の上(うえ)を望(めが)けて砑(お)すこと一下(ひとつ)、那(か)の長老(ちょうろう)昏暈(こんうん)して地(ち)に在(あ)り、言(ことば)を能(あた)わず。彼(かれ)に兩個(ふたつ)の青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)を手(て)の中(なか)に提(ひっさ)げられ、筋斗雲(きんとうん)に駕(が)せられ、何処(いずこ)へか知(し)れず去(さ)りぬ。 却説(さて)八戒(はっかい)は鉢盂(はつう)を托(たく)し、只(た)だ山南(さんなん)の坡下(はした)へ奔(はし)る。忽(たちま)ち山凹(やまくぼ)の間(あいだ)に、一座(いちざ)の草舎(そうしゃ)の人家(じんか)有(あ)るを見(み)る。原来(もと)在先(さき)に看(み)し時(とき)、山(やま)の高(たか)きに遮(さえぎ)られ、未(いま)だ見(み)得(え)ざりしなり。今(いま)辺前(ほとり)に来(きた)り到(いた)りて、方(はじ)めて是(こ)れ人(ひと)の家(いえ)なるを知(し)る。呆子(ほうし)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、「我(われ)若(も)し是(こ)の如(ごと)き醜(みにく)き嘴臉(しれん)ならば、決然(かなら)ず我(われ)を怕(おそ)れ、枉(むだ)に神思(しんし)を労(ろう)し、断然(かなら)ず斎飯(さいはん)を化(か)し得(え)じ。須(かなら)ず是(こ)れ変(へん)じて好(よ)からん! 須(かなら)ず是(こ)れ変(へん)じて好(よ)からん!」と。好(よ)きかな呆子(ほうし)、訣(けつ)を捻(ひね)り、一箇(ひとつ)の咒(じゅ)を念(ねん)じ、身(み)を把(も)って揺(ゆ)るがすこと七八揺(ななはちゆ)り、一箇(ひとり)の食癆病(しょくろうびょう)の黄胖(おうはん)の和尚(おしょう)に変作(へんさく)し、口裡(くちのうち)に哼哼噴噴(こうこうふんふん)と、門前(もんぜん)に挨(すりよ)り近(ちか)づき、叫(さけ)んで道(いわ)く、「施主(せしゅ)、厨中(くりや)に剩飯(のこりめし)有(あ)り、路上(みち)に飢(う)えたる人(ひと)有(あ)り。貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土(とうど)より往(ゆ)きて西天(さいてん)に取経(しゅきょう)する者(もの)なり。我(わ)が師父(しふ)路(みち)に在(あ)りて飢(う)え渇(かわ)けり。家中(いえなか)に鍋巴(なべこげ)冷飯(ひやめし)有(あ)らば、千万(なにとぞ)些(すこ)しを化(か)して口(くち)を救(すく)え」と。 原来(もと)那(か)の家(いえ)の子(もの)の男人(おとこ)は家(いえ)に在(あ)らず、都(みな)秧(なえ)を插(さ)し穀(こく)を種(う)えんと往(ゆ)き去(さ)り、只(た)だ両箇(ふたり)の女人(おんな)の家(いえ)に在(あ)る有(あ)るのみ。正(まさ)に才(いま)し方(まさ)に午飯(ごはん)を煮(に)し、両盆(ふたつ)に盛(も)り起(おこ)し、却(しか)るに收拾(しゅうしゅう)して田(た)へ送(おく)り下(おろ)さんとし、鍋(なべ)の裡(うち)に還(ま)た些(すこ)しの飯(めし)と鍋巴(なべこげ)有(あ)りて、未(いま)だ盛(も)らざりしなり。那(か)の女人(おんな)は彼(かれ)の這(か)くの如(ごと)き病容(びょうよう)を見(み)、却(かえ)って又(また)東土(とうど)より西天(さいてん)へ往(ゆ)くの話(ことば)を説(と)くを聞(き)き、只(た)だ恐(おそ)るるは彼(かれ)の是(こ)れ病(やまい)に昏(くら)みて胡説(こせつ)せしを、又(また)怕(おそ)るるは跌(つまず)き倒(たお)れて門首(かど)に死(し)せんことを、只(た)だ哄哄翕翕(こうこうきゅうきゅう)と、些(すこ)しの剩飯(のこりめし)鍋巴(なべこげ)を将(も)って、満満(いっぱい)に一鉢(ひとつ)を与(あた)えたり。呆子(ほうし)拿(と)り転(めぐ)り来(きた)り、本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、径(ただ)ちに旧路(きゅうろ)に回(かえ)る。正(まさ)に走(はし)る間(あいだ)、人(ひと)の「八戒(はっかい)」と呼(よ)ぶを聴(き)く。八戒(はっかい)頭(こうべ)を挙(あ)げて看(み)る時(とき)、却(かえ)って是(こ)れ沙僧(さそう)の山崖(さんがい)の上(うえ)に立(た)ちて喊(さけ)ぶなり。「此処(ここ)へ来(きた)れ! 此処(ここ)へ来(きた)れ!」と。崖(がけ)を下(くだ)りて及(およ)び、前(まえ)に迎(むか)え至(いた)りて道(いわ)く、「この澗(たに)の裡(うち)に好(よ)き清水(しみず)有(あ)るに舀(く)まず、汝(なんじ)何処(いずこ)へか往(ゆ)き去(さ)りし」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)此処(ここ)に到(いた)り、山凹子(やまくぼ)に人(ひと)の家(いえ)有(あ)るを見(み)、我(われ)往(ゆ)きてこの一鉢(ひとつ)の干飯(ひやめし)を化(か)し来(きた)れり」と。沙僧道(いわ)く、「飯(めし)も亦(ま)た用(もち)いる所(ところ)なれど、只(た)だ師父(しふ)の渇(かわ)くこと緊(きゅう)なりしに、怎(どう)して水(みず)を得(え)て往(ゆ)かん」と。八戒道(いわ)く、「水(みず)を要(い)るも亦(ま)た易(やす)し。汝(なんじ)衣襟(えり)を将(も)って来(きた)りてこの飯(めし)を兜(つつ)め、我(われ)をして鉢盂(はつう)を使(つか)いて水(みず)を舀(く)ましめよ」と。 二人(ふたり)歓歓喜喜(よろこびうれい)として、路(みち)の上(うえ)に回(かえ)り至(いた)りしに、只(た)だ見(み)る、三蔵(さんぞう)の面(かお)地(ち)に磕(つ)き、塵埃(じんあい)の中(なか)に倒(たお)れ、白馬(はくば)は韁(たづな)を撒(はな)ち、路旁(みちばた)に在(あ)りて長(なが)く嘶(いなな)き跑(はし)り跳(おど)り、行李(こうり)の担(にない)は踪影(そうえい)見(み)えず。慌(あわ)てたる八戒(はっかい)は脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)ち、大(おお)いに呼(よ)び小(こ)さく叫(さけ)んで道(いわ)く、「講(い)うを消(もち)いず! 講(い)うを消(もち)いず! 這(こ)れは還(ま)た是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の趕(お)い走(に)がせし余党(よとう)の、此(ここ)に来(きた)りて師父(しふ)を打(う)ち殺(ころ)し、行李(こうり)を搶(うば)い去(さ)りしなるべし!」と。沙僧道(いわ)く、「且(しばら)く往(ゆ)きて馬(うま)を把(も)って拴(つな)ぎ止(とど)めよ!」と。只(た)だ叫(さけ)んで、「怎(いか)にせば好(よ)からん! 怎(いか)にせば好(よ)からん! 這(こ)れ誠(まこと)に所謂(いわゆる)半途(はんと)にして廃(はい)し、中道(ちゅうどう)にして止(や)むなり!」と。一声(ひとこえ)「師父(しふ)!」と叫(さけ)び、満眼(まんがん)に珠(たま)を抛(なげうち)、傷心(しょうしん)して痛(いた)く哭(な)けり。八戒道(いわ)く、「兄弟(けいてい)且(しばら)く哭(な)くを休(や)めよ。如今(いま)事(こと)已(すで)に此(ここ)に到(いた)れり、取経(しゅきょう)の事(こと)は、且(しばら)く説(と)くこと莫(な)かれ。汝(なんじ)師父(しふ)の尸霊(しれい)を看(み)て、我(われ)をして馬(うま)を騎(の)りて那(か)の府州県(ふしゅうけん)の郷村店集(きょうそんてんしゅう)へ到(いた)りて売(う)りて幾両(いくりょう)かの銀子(ぎんす)と作(な)し、一口(ひとつ)の棺木(かんぼく)を買(か)い、師父(しふ)を把(も)って埋(うず)め、我(われ)両箇(ふたり)各(おのおの)道路(みち)を尋(たず)ねて散伙(さんか)せん」と。沙僧(さそう)は実(げ)に舍(す)つるに忍(しの)びず、唐僧(とうそう)の身体(からだ)を扳(ひき)え転(めぐ)らし、臉(かお)を以(もっ)て臉(かお)を温(あたた)め、一声(ひとこえ)哭(な)いて、「苦命(くめい)の師父(しふ)よ!」と。只(た)だ見(み)る、那(か)の長老(ちょうろう)の口鼻(くちはな)の裡(うち)より熱気(ねっき)を吐(は)き出(いだ)し、胸前(むなさき)温暖(おんだん)なり。連(つづ)けて叫(さけ)んで、「八戒(はっかい)、汝(なんじ)来(きた)れ! 師父(しふ)は未(いま)だ命(いのち)を傷(そこな)われざるなり!」と。那(か)の呆子(ほうし)才(はじ)めて前(まえ)に近(ちか)づき扶(たす)け起(おこ)す。長老(ちょうろう)蘇醒(そせい)し、一会(しばらく)呻吟(しんぎん)して、罵(ののし)って道(いわ)く、「好(よ)き潑猢猻(はつこじん)、我(われ)を打(う)ち殺(ころ)すもまた!」と。沙僧(さそう)・八戒(はっかい)問(と)うて道(いわ)く、「是(こ)れ那(いず)れの猢猻(こじん)ぞ」と。長老(ちょうろう)言(い)わず、只(た)だ嘆息(たんそく)し、却(かえ)って水(みず)を討(こう)て幾口(いくくち)か喫(の)み、才(はじ)めて説(と)く、「徒弟(でてい)よ、汝等(なんじら)剛(いま)し方(まさ)に去(さ)りしに、那(か)の悟空(ごくう)更(さら)に来(きた)りて我(われ)に纏(まと)われり。是(こ)れ我(われ)堅(かた)く執(と)りて収(おさ)めざりしに、彼(かれ)遂(つい)に我(われ)を将(も)って一棒(いっぽう)打(う)ち、青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)都(みな)搶(うば)い去(さ)れり」と。八戒(はっかい)聴(き)きて、口中(こうちゅう)の牙(きば)を咬(か)み響(ひび)かせ、心頭(しんとう)の火(ひ)を発(はっ)して道(いわ)く、「叵耐(こらえが)たきこの潑猴子(はつこうし)、怎(どう)して敢(あえ)て這般(かくのごと)く無礼(ぶれい)ならん!」と。沙僧(さそう)に教(いわ)く、「汝(なんじ)師父(しふ)に伏侍(ぶじ)せよ、我(われ)をして彼(かれ)の家(いえ)へ到(いた)りて包袱(ほうふく)を討(こう)ぜしめよ!」と。沙僧道(いわ)く、「汝(なんじ)且(しばら)く怒(いかり)を発(はっ)するを休(や)めよ。我等(われら)師父(しふ)を扶(たす)けて那(か)の山凹(やまくぼ)の人家(じんか)に到(いた)りて些(いささ)かの熱(あたたか)き茶湯(ちゃとう)を化(か)し、先(さき)に化(か)せし飯(めし)を将(も)って熱(あたた)め、師父(しふ)を調理(ちょうり)し、再(ま)た往(ゆ)きて彼(かれ)を尋(たず)ねん」と。八戒(はっかい)言(こと)に依(したが)い、師父(しふ)を扶(たす)けて馬(うま)に上(のぼ)らせ、鉢盂(はつう)を拿(と)り、冷飯(ひやめし)を兜(つつ)み、直(ただ)ちに那(か)の家(いえ)の門首(かど)に至(いた)る。只(た)だ見(み)る、那(か)の家(いえ)に只(た)だ一箇(ひとり)の老婆子(ろうばし)の家(いえ)に在(あ)る有(あ)るのみ、忽(たちま)ち彼等(かれら)を見(み)、慌(あわ)てて隠(かく)れ過(よ)ぎぬ。沙僧(さそう)掌(てのひら)を合(あわ)せて道(いわ)く、「老母親(ろうぼしん)、我等(われら)は是(こ)れ東土唐朝(とうどとうちょう)より西天(さいてん)へ差(つか)わされし者(もの)なり。師父(しふ)些(すこ)し不快(ふかい)有(あ)り、特(こと)に府上(ふじょう)を拝(おが)み、一口(ひとくち)の熱(あたたか)き茶湯(ちゃとう)を化(か)し、彼(かれ)に与(あた)えて飯(めし)を喫(く)わしめん」と。那(か)の媽媽(ばば)道(いわ)く、「適才(さっき)一箇(ひとり)の食癆病(しょくろうびょう)の和尚(おしょう)有(あ)り、東土(とうど)より差(つか)わされしと説(い)いて、已(すで)に斎(とき)を化(か)して去(さ)りぬ。又(また)一箇(ひとり)の甚(なん)の東土(とうど)の者有(あ)らん。我(われ)人(ひと)の家(いえ)に在(あ)らず、請(こう)じて別(べつ)に転転(めぐ)り給(たま)え」と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)き、八戒(はっかい)に扶(たす)けられ、馬(うま)を下(お)りて身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、「老婆婆(ろうばば)、我(わ)が弟子(でし)に三箇(さんにん)の徒弟(でてい)有(あ)り、意(い)を合(あわ)せ心(こころ)を同(おなじう)し、我(われ)を保護(ほご)して天竺国(てんじくこく)の大雷音(だいらいおん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めしむ。只(た)だ我(わ)が大徒弟(だいと)の孫悟空(そんごくう)と喚(よ)ぶ者の一生(いっしょう)凶悪(きょうあく)にして、善道(ぜんどう)に遵(したが)わざるに因(よ)り、是(こ)れ我(われ)逐(お)い回(かえ)せり。図(はか)らざりき、彼(かれ)暗々(ひそか)に走(はし)り来(きた)り、我(わ)が背(せ)の上(うえ)を着(つ)けて一棒(いっぽう)打(う)ち、我(わ)が行嚢(こうのう)衣鉢(いばつ)を将(も)って搶(うば)い去(さ)れり。如今(いま)一箇(ひとり)の徒弟(でてい)を着(つかわ)して彼(かれ)を尋(たず)ねて取(と)り討(こう)ぜんとす。因(よ)って那(か)の空路(くうろ)の上(うえ)は是(こ)れ坐(ざ)する処(ところ)に非(あら)ざれば、特(こと)に来(きた)りて老婆婆(ろうばば)の府上(ふじょう)に権(かり)に一時(いっとき)安息(あんそく)せん。行李(こうり)を討(と)り将(も)って来(きた)らば就(すなわ)ち行(ゆ)かん、決(けっ)して敢(あえ)て久(ひさ)しく住(す)まじ」と。那(か)の媽媽(ばば)道(いわ)く、「剛才(さっき)一箇(ひとり)の食癆病(しょくろうびょう)の黄胖(おうはん)の和尚(おしょう)有(あ)り、彼(かれ)斎(とき)を化(か)して去(さ)りぬ。也(ま)た東土(とうど)より西天(さいてん)へ往(ゆ)くと説(い)えり、怎(どう)して又(また)一起(ひとくみ)有(あ)らん」と。 八戒(はっかい)忍不住(たえず)笑(わら)って道(いわ)く、「就(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)なり。我(われ)生(うま)れつき嘴(くち)長(なが)く耳(みみ)大(おお)ききに因(よ)り、汝(なんじ)が家(いえ)の怕(おそ)れて斎(とき)を与(あた)えざらんことを恐(おそ)る。故(ゆえ)に那(か)の如(ごと)き形(かたち)に変作(へんさく)せしなり。汝(なんじ)信(しん)ぜずんば、我(わ)が兄弟(けいてい)の衣兜(ふところ)の裡(うち)は是(こ)れ汝(なんじ)が家(いえ)の鍋巴飯(なべこげめし)ならずや」と。那(か)の媽媽(ばば)認(みと)めて果(はた)して是(こ)れ彼(かれ)の与(あた)えし飯(めし)なるを知(し)り、遂(つい)に彼(かれ)を拒(こば)まず、彼等(かれら)を留(とど)めて坐(ざ)せしめ、却(かえ)って一確(ひとつ)の熱(あたたか)き茶(ちゃ)を焼(わか)し、沙僧(さそう)に遞(わた)して飯(めし)を泡(ひた)さしむ。沙僧(さそう)即(すなわ)ち冷飯(ひやめし)を将(も)って泡(ひた)し、師父(しふ)に遞(わた)す。師父(しふ)幾口(いくくち)か喫(く)い、性(しょう)を定(さだ)むること多時(しばらく)にして道(いわ)く、「那(た)れか往(ゆ)きて行李(こうり)を討(こう)ぜん」と。八戒道(いわ)く、 「我(われ)前年(ぜんねん)師父(しふ)の彼(かれ)を趕(お)い回(かえ)せしに因(よ)り、我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)を尋(たず)ぬること一次(ひとたび)有(あ)り、彼(かれ)の花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)を認(みと)めたり。我(われ)をして往(ゆ)かしめよ! 我(われ)をして往(ゆ)かしめよ!」 と。長老道(いわ)く、「汝(なんじ)往(ゆ)くを得(え)ず。那(か)の猢猻(こじん)は原(もと)汝(なんじ)と和(わ)せず、汝(なんじ)又(また)説話(せつわ)麁魯(そろ)なり。或(も)しは一言両句(ひとことふたこと)の間(あいだ)に、些(すこ)しの差池(たがい)有(あ)らば、彼(かれ)就(すなわ)ち汝(なんじ)を打(う)たんとす。悟浄(ごじょう)を着(つかわ)して往(ゆ)かしめよ」と。沙僧(さそう)応承(おうしょう)して道(いわ)く、「我(われ)往(ゆ)かん、我(われ)往(ゆ)かん」と。長老(ちょうろう)又(また)沙僧(さそう)に吩咐(いいつ)けて道(いわ)く、「汝(なんじ)那(あ)の処(ところ)に到(いた)らば、須(かなら)ず一箇(ひとつ)の頭勢(けはい)を看(み)よ。彼(かれ)若(も)し肯(あえ)て汝(なんじ)に包袱(ほうふく)を与(あた)えんには、汝(なんじ)就(すなわ)ち仮(かり)に謝(しゃ)して拿(と)り来(きた)れ。若(も)し肯(あえ)ずんば、切(せつ)に彼(かれ)と争競(そうきょう)すること莫(な)かれ、径(ただ)ちに南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に至(いた)り、此(こ)の情(こと)を将(も)って告訴(こくそ)し、菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて往(ゆ)きて彼(かれ)に問(と)いて要(もと)めよ」と。沙僧(さそう)一一(ことごとく)聴(き)き従(したが)い、八戒(はっかい)に向(むか)いて道(いわ)く、「我(われ)今(いま)彼(かれ)を尋(たず)ねて往(ゆ)かん、汝(なんじ)千万(くれぐれ)も僝僽(うらむ)こと莫(な)かれ、好(よ)く生(よ)く師父(しふ)を供養(くよう)せよ。この人家(じんか)に亦(ま)た撒潑(さっぱつ)すべからず、恐(おそ)らくは彼(かれ)の飯(めし)を供(きょう)ずるを肯(あえ)ぜざらんことを。我(われ)往(ゆ)きて就(すなわ)ち回(かえ)らん」と。八戒(はっかい)頭(こうべ)を点(うなず)かして道(いわ)く、「我(われ)理会(りかい)し得(う)たり。但(た)だ汝(なんじ)往(ゆ)きて、討(と)り得(う)るも討(と)り得(え)ざるも、次(つぎ)の早(あさ)に回(かえ)り来(きた)れ。弄(な)し做(な)すこと尖担(せんたん)の柴(たきぎ)を担(にな)いて両頭(りょうとう)脱(だっ)するが如(ごと)きこと莫(な)かれ」と。沙僧(さそう)遂(つい)に訣(けつ)を捻(ひね)り、雲光(うんこう)を駕(が)し起(おこ)し、直(ただ)ちに東勝神洲(とうしょうしんしゅう)へ奔(はし)り去(さ)る。真個(まこと)に是(こ)れ、 身(み)は神飛(しんぴ)に在(あ)りて舎(すみか)を守(まも)らず、 炉(ろ)有(あ)りて火(ひ)無(な)く怎(どう)して丹(たん)を焼(や)かん。 黄婆(こうば)主(あるじ)に別(わか)れて金老(きんろう)を求(もと)め、 木母(ぼくぼ)師(し)を延(まね)くも病顔(びょうがん)を奈何(いかん)ともせん。 此(こ)の去(ゆ)くや何日(いずれのひ)にか返(かえ)るを知(し)らず、 這(こ)の回(たび)は幾時(いつ)にか還(かえる)を量(はか)り難(がた)し。 五行(ごぎょう)生克(しょうこく)情(じょう)順(したが)う無(な)く、 只(た)だ心猿(しんえん)の復(また)関(かん)に進(すす)むを待(まつ)のみ。 那(か)の沙僧(さそう)は半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて、行(ゆ)くこと三昼夜(さんちゅうや)を経(へ)て、方(ようや)く東洋(とうよう)の大海(たいかい)に到(いた)り、忽(たちま)ち波浪(はろう)の声(こえ)を聞(き)き、頭(こうべ)を低(た)れて観(み)わたせば、真個(まこと)に是(こ)れ黒霧(こくむ)天(てん)に漲(みなぎ)りて陰気(いんき)盛(さか)ん、滄溟(そうめい)日(ひ)を銜(ふく)んで暁光(ぎょうこう)寒(かん)なり。 彼(かれ)も亦(ま)た観玩(かんがん)する心(こころ)無(な)く、仙山(せんざん)を望(のぞ)みて瀛洲(えいしゅう)を渡(わた)り、東方(とうほう)へ向(むか)いて直(ただ)ちに花果山(かかざん)の界(さかい)に抵(いた)る。海風(かいふう)に乗(の)り、水勢(すいせい)を踏(ふ)み、又(また)多時(しばらく)にして、却(かえ)って高峰(こうほう)の戟(ほこ)を排(なら)べ、峻壁(しゅんぺき)の屏(びょうぶ)を懸(か)くるを望見(みわた)し、即(すなわ)ち峰頭(ほうとう)に至(いた)り、雲(くも)を按(おさ)えて路(みち)を找(たず)ねて山(やま)を下(くだ)り、水簾洞(すいれんどう)を尋(たず)ぬ。歩(あゆみ)を前(まえ)に近(ちか)づくるに、只(た)だ一派(ひとは)の喧声(けんせい)を聴(き)く。見(み)れば那(か)の山中(さんちゅう)に無数(むすう)の猴精(こうせい)有(あ)り、滔滔(とうとう)として乱(みだ)りに嚷(わめ)く。沙僧(さそう)又(また)前(まえ)に近(ちか)づき仔細(つまびらか)に再(ふたた)び看(み)れば、原来(もと)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の石台(せきだい)の上(うえ)に高(たか)く坐(ざ)し、双手(もろて)に一張(ひとひろ)の紙(かみ)を扯(ひ)き、朗朗(ろうろう)として念(よ)むを聞(き)く。 「東土大唐(とうどだいとう)王皇帝李(おうこうていり)、駕前(がぜん)に敕命(ちょくめい)して御弟聖僧(ぎょていせいそう)陳玄奘法師(ちんげんじょうほっし)を、西方天竺国(さいほうてんじくこく)娑婆霊山(しゃばりょうぜん)大雷音寺(だいらいおんじ)に上(のぼ)りて、専(もっぱ)ら如来仏祖(にょらいぶっそ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)めしむ。 朕(ちん)促病(そくびょう)の身(み)を侵(おか)し、魂(たましい)地府(ちふ)に遊(あそ)ぶに因(よ)り、幸(さいわい)に陽数(ようすう)の臻(いた)りて長(なが)き有(あ)り、冥君(めいくん)の放送(ほうそう)して回生(かいしょう)せしむるを感(かん)ず。広(ひろ)く善会(ぜんね)を陳(の)べ、度亡(どもう)の道場(どうじょう)を修建(しゅうけん)す。盛(さかん)に救苦救難(くくぐなん)観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の金身(こんしん)出現(しゅつげん)し、西方(さいほう)に仏(ほとけ)有(あ)り経(きょう)有(あ)りて、幽亡(ゆうもう)を度(ど)し超脱(ちょうだつ)すべきを指示(しじ)せられしを蒙(こうむ)る。特(こと)に法師玄奘(ほっしげんじょう)を着(つかわ)し、遠(とお)く千山(せんざん)を歴(へ)て、経偈(きょうげ)を詢(たず)ね求(もと)めしむ。 倘(も)し西邦(さいほう)の諸国(しょこく)を過(す)ぐるに、善縁(ぜんえん)を滅(めっ)せず、牒(じょう)に照(てら)して施行(せこう)せよ。 大唐貞観(だいとうじょうがん)一十三年(じゅうさんねん)秋吉日(あききちじつ)御前文牒(ごぜんぶんじょう)。 大国(たいこく)を別(わか)れてより以来(このかた)、諸邦(しょほう)を経(へ)度(わた)り、中途(ちゅうと)に大徒弟孫悟空行者(だいとそんごくうぎょうじゃ)、二徒弟猪悟能八戒(にとちょごのうはっかい)、三徒弟沙悟浄和尚(さんとさごじょうおしょう)を収(おさ)め得(えた)り」 と。念(よ)みては頭(はじめ)より又(また)念(よ)む。沙僧(さそう)聴(き)けば是(こ)れ通関文牒(つうかんぶんじょう)なり。止(とど)むること能(あた)わず前(まえ)に近(ちか)づき、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで、「師兄(しけい)、師父(しふ)の関文(かんぶん)を汝(なんじ)それを念(よ)んで怎(なん)とする」と。 那(か)の行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き急(いそ)ぎて頭(こうべ)を挙(あ)ぐるも、是(こ)れ沙僧(さそう)なるを認(みと)めず、叫(いわ)く、「拿(と)れ! 拿(と)れ!」と。衆猴(しゅうこう)一斉(いっせい)に囲繞(いじょう)し、沙僧(さそう)を把(も)って拖(ひ)き拖(ひ)き扯(ひ)き扯(ひ)き、拿(と)り近(ちか)づき前(まえ)に来(きた)らせ、喝(かつ)して道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何人(なんぴと)ぞ、擅(ほしいまま)に敢(あえ)て吾(わ)が仙洞(せんどう)に近(ちか)づくか」と。沙僧(さそう)彼(かれ)の臉(かお)を変(か)え、相(あい)認(みと)めんとせざるを見(み)、只(た)だ上(うえ)に向(むか)って行礼(ぎょうれい)して道(いわ)く、「上(うえ)に告(もう)す師兄(しけい)、前者(さきだって)実(げ)に是(こ)れ師父(しふ)の性(しょう)暴(あら)く、師兄(しけい)を錯(あやま)り怪(あやし)み、師兄(しけい)を把(も)って幾遍(いくへん)か咒(じゅ)し、逐(お)いて家(いえ)へ趕(お)い回(かえ)せり。一(ひとつ)には弟等(ていら)未(いま)だ曾(かつ)て勧解(かんかい)せざりしに、二(ふたつ)には又(また)師父(しふ)の飢渇(きかつ)の為(ため)に水(みず)を尋(たず)ね斎(とき)を化(か)さんと往(ゆ)けり。図(はか)らざりき師兄(しけい)の好意(こうい)以(もっ)て復(ま)た来(きた)りしに、又(また)師父(しふ)の法(ほう)を執(と)りて留(とど)めざるを怪(あや)しみ、遂(つい)に師父(しふ)を把(も)って打(う)ち倒(たお)し、昏暈(こんうん)して地(ち)に在(あ)らしめ、行李(こうり)を将(も)って搶(うば)い去(さ)れり。後(のち)に師父(しふ)を救(すく)い転(めぐ)らし、特(こと)に来(きた)りて兄(あに)を拝(おが)む。若(も)し師父(しふ)を恨(うら)まずんば、還(ま)た昔日(むかし)の解脱(げだつ)の恩(おん)を念(おも)い、小弟(しょうてい)と同(とも)に行李(こうり)を将(も)って回(かえ)りて師父(しふ)に見(まみ)え、共(とも)に西天(さいてん)に上(のぼ)り、この正果(しょうか)を了(おわ)らん。倘(も)し怨恨(えんこん)の深(ふか)くして、肯(あえ)て同(とも)に往(ゆ)かずんば、千万(なにとぞ)包袱(ほうふく)を把(も)って弟(おとうと)に賜(たま)え。兄(あに)は深山(しんざん)に在(あ)りて桑楡(そうゆ)の晩景(ばんけい)を楽(たの)しむも、亦(ま)た誠(まこと)に両全(りょうぜん)の美(び)ならん」 と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)して道(いわ)く、「賢弟(けんてい)、この論(ろん)は甚(はなは)だ我(わ)が意(い)に合(がっ)せず。我(われ)の唐僧(とうそう)を打(う)ち、行李(こうり)を搶(うば)いしは、我(われ)の西方(さいほう)に上(のぼ)らざるに因(よ)らず、亦(ま)た我(われ)の此(こ)の地(ち)に居(お)るを愛(あい)するに因(よ)らず。我(われ)今(いま)牒文(じょうぶん)を熟読(じゅくどく)せり。我(われ)自(みずか)ら西方(さいほう)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)め、東土(とうど)に送(おく)り上(のぼ)せ、我(われ)独(ひと)り功(こう)を成(な)し、那(か)の南贍部洲(なんせんぶしゅう)の人(ひと)をして我(われ)を立(た)てて祖(そ)と為(な)し、万代(ばんだい)に名(な)を伝(つた)えしめん」と。沙僧笑(わら)って道(いわ)く、「師兄(しけい)の言(げん)えるは当(とう)を欠(か)けり。自来(もとより)箇(ひとつ)の孫行者(そんぎょうじゃ)の経(きょう)を取(と)るの説(せつ)は無(な)し。我(わ)が仏如来(ほとけにょらい)三蔵真経(さんぞうしんきょう)を造(つく)り下(おろ)し、原(もと)観音菩薩(かんのんぼさつ)をして東土(とうど)へ往(ゆ)きて取経人(しゅきょうにん)を尋(たず)ねて経(きょう)を求(もと)めしめ、我等(われら)をして苦(くる)しく千山(せんざん)を歴(へ)、諸国(しょこく)を詢(たず)ね、那(か)の取経人(しゅきょうにん)を保護(ほご)せしむるを要(よう)す。菩薩(ぼさつ)曾(かつ)て言(い)えり、取経人(しゅきょうにん)は乃(すなわ)ち如来(にょらい)の門生(もんしょう)、号(ごう)して金蝉長老(きんせんちょうろう)と曰(い)う。只(た)だ彼(かれ)の仏祖(ぶっそ)の経(きょう)を談(だん)ずるを聴(き)かざるに因(よ)り、霊山(りょうぜん)より貶(へん)し下(おろ)され、東土(とうど)に転生(てんしょう)し、彼(かれ)をして西方(さいほう)に果(か)を正(ただ)し、大道(だいどう)を復(また)修(しゅう)せしむ。路(みち)の上(うえ)に遇(あ)う所(ところ)に該(まさ)に這般(かくのごと)き魔障(ましょう)有(あ)りて、我等(われら)三人(さんにん)を解脱(げだつ)し、彼(かれ)と護法(ごほう)を做(な)さしむ。兄(あに)若(も)し唐僧(とうそう)を得(え)て往(ゆ)かずんば、那(いず)れの仏祖(ぶっそ)か肯(あえ)て経(きょう)を汝(なんじ)に伝(つた)えん! 却(かえ)って是(こ)れ空(むな)しく一場(ひとくさり)の神思(しんし)を労(ろう)するに非(あら)ずや」と。 那(か)の行者道(いわ)く、「賢弟(けんてい)、汝(なんじ)原来(もと)懞懂(もうとう)にして、但(た)だ其(そ)の一(いつ)を知(し)りて、其(そ)の二(に)を知(し)らず。諒(おもんみ)るに汝(なんじ)の説(と)く所(ところ)は、汝(なんじ)に唐僧(とうそう)有(あ)りて、我(われ)と同(とも)に保護(ほご)すと。我(われ)に就(すなわ)ち唐僧(とうそう)無(な)からんや。我(われ)此処(ここ)に別(べつ)に一箇(ひとり)の道(みち)有(あ)る真僧(しんそう)を選(えら)び在(あ)らしめ、老孫(ろうそん)独力(どくりょく)で扶持(ふじ)せんに、何(なん)の不(しか)ることか有(あ)らん! 已(すで)に明日(みょうにち)出(い)で立(た)ちて去(ゆ)かんと選(えら)び定(さだ)めり。汝(なんじ)信(しん)ぜずんば、我(われ)をして請(しょう)じ来(きた)りて汝(なんじ)に看(み)せしめん」と。叫(いわ)く、「小(こ)の者たち、早(はや)く老師父(ろうしふ)を請(しょう)じて出(いだ)せ」と。 果(はた)して跑(はし)り進(い)り往(ゆ)き、一匹(いっぴき)の白馬(はくば)を牽(ひ)き出(いだ)し、一箇(ひとり)の唐三蔵(とうさんぞう)を請(しょう)じ出(いだ)せり。一箇(ひとり)の八戒(はっかい)の行李(こうり)を挑(にな)う跟(したが)い、一箇(ひとり)の沙僧(さそう)の錫杖(しゃくじょう)を拿(と)れる有(あ)り。這(こ)の沙僧(さそう)見(み)て大(おお)いに怒(いか)りて道(いわ)く、「我(わ)が老沙(ろうさ)は行(ゆ)くも名(な)を更(あらた)めず、坐(すわ)るも姓(せい)を改(あらた)めず、何処(いずこ)にか又(また)一箇(ひとり)の沙和尚(さおしょう)有(あ)らん! 無礼(ぶれい)すること莫(な)かれ! 我(わ)が一杖(いちじょう)を喫(く)らえ!」と。好(よ)きかな沙僧(さそう)、双手(もろて)に降妖杖(ごうようじょう)を挙(あ)げ、一箇(ひとり)の仮(にせ)の沙僧(さそう)を把(も)って頭(こうべ)より劈(つんざ)くこと一下(ひとつ)、打(う)ち殺(ころ)せり。原来(もと)是(こ)れ一箇(ひとり)の猴精(こうせい)なり。那(か)の行者(ぎょうじゃ)惱(いか)り、金箍棒(きんこぼう)を輪(めぐ)らし、衆猴(しゅうこう)を率(ひき)い、沙僧(さそう)を把(も)って囲(かこ)めり。沙僧(さそう)東(ひがし)に衝(つ)き西(にし)に撞(あた)り、打(う)ちて路口(ろこう)を出(い)で、雲霧(うんむ)を縦(はな)ちて生命(いのち)を逃(のが)れて道(いわ)く、「這(こ)の潑猴(はつこう)此(か)くの如(ごと)く憊懶(はいらん)なり、我(われ)菩薩(ぼさつ)に告(うった)えんと往(ゆ)かん!」と。 那(か)の行者(ぎょうじゃ)は沙僧(さそう)の一箇(ひとり)の猴精(こうせい)を打(う)ち殺(ころ)し、沙和尚(さおしょう)を逼(せま)って走(に)がし去(さ)らしめしを見(み)、彼(かれ)も亦(ま)た来(きた)りて追(お)い趕(お)わず、洞(どう)に回(かえ)りて小(こ)の者たちに、打(う)ち殺(ころ)せし妖尸(ようし)を把(も)って一辺(いっぺん)に拖(ひ)き、皮(かわ)を剥(は)ぎ、肉(にく)を取(と)って煎(い)り炒(い)り、椰子酒(やししゅ)・葡萄酒(ぶどうしゅ)を将(も)って、衆猴(しゅうこう)と同(とも)に都(みな)喫(く)えり。別(べつ)に一箇(ひとり)の変化(へんげ)を会(え)する妖猴(ようこう)を選(えら)び、還(ま)た一箇(ひとり)の沙和尚(さおしょう)に変(へん)ぜしめ、新(あらた)めて教(おし)え道(みちび)き、西方(さいほう)に上(のぼ)らんとす。是(こ)れを題(あげ)ず。 沙僧(さそう)一(ひと)たび雲(くも)に駕(が)して東海(とうかい)を離(はな)れ、行(ゆ)くこと一昼夜(いっちゅうや)を経(へ)て、南海(なんかい)に到(いた)る。正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、早(つと)に落伽山(らかさん)の遠(とお)からざるを見(み)、急(いそ)ぎて前(まえ)に至(いた)り低(ひく)く雲霧(うんむ)を停(とど)めて観(み)わたす。好(よ)き去処(ところ)なるかな! 果(はた)して是(こ)れ、 乾(けん)を包(つつ)むの奥(おく)、坤(こん)を括(くく)るの区(く)なり。 百川(ひゃくせん)を会(あつ)めて日(ひ)を浴(あ)び星(ほし)を滔(あら)い、 衆流(しゅうりゅう)を帰(き)して風(かぜ)を生(しょう)じ月(つき)を漾(ただよ)わす。 潮(しお)発(はっ)して騰凌(とうりょう)し大鯤(だいこん)化(け)し、 波(なみ)翻(ひるがえ)りて浩蕩(こうとう)として巨鰲(きょごう)遊(あそ)ぶ。 水(みず)西北海(せいほくかい)に通(つう)じ、浪(なみ)正東洋(しょうとうよう)に合(がっ)す。 四海(しかい)相連(あいれん)じて地脈(ちみゃく)を同(おなじう)し、 仙方洲島(せんぽうしゅうとう)各(おのおの)仙宮(せんぐう)有(あ)り。 満地(まんち)の蓬莱(ほうらい)を言(い)うを休(や)めよ、且(しばら)く普陀雲洞(ふだうんどう)を看(み)よ。 好(よ)き景致(けいち)なるかな! 山頭(さんとう)の霞彩(かさい)元精(げんせい)を壮(さかん)にし、 岩下(がんか)の祥風(しょうふう)月晶(げっしょう)を漾(ただよ)わす。 紫竹林(しちくりん)の中(うち)に孔雀(くじゃく)飛(と)び、 緑楊枝(りょくようし)の上(うえ)に霊鸚(れいおう)語(かた)る。 琪花(きか)瑶草(ようそう)年々(ねんねん)秀(ひい)で、 宝樹(ほうじゅ)金蓮(こんれん)歳々(さいさい)生(しょう)ず。 白鶴(はっかく)幾番(いくたび)か頂上(ちょうじょう)に朝(ちょう)し、 素鸞(そらん)数次(すうじ)山亭(さんてい)に到(いた)る。 遊魚(ゆうぎょ)も亦(ま)た真性(しんしょう)を修(しゅう)することを解(げ)し、 浪(なみ)を躍(おど)り波(なみ)を穿(うが)ちて経(きょう)を聴(き)く。 沙僧(さそう)徐(しず)かに落伽山(らかさん)に歩(あゆ)み、仙境(せんけい)を玩看(がんがん)するに、只(た)だ見(み)る、木吒行者(もくたぎょうじゃ)の当面(まのあたり)に相迎(むか)えて道(いわ)く、「沙悟浄(さごじょう)、汝(なんじ)唐僧(とうそう)を保(ほ)して経(きょう)を取(と)らずして、却(かえ)って此(ここ)に来(きた)りて何(なん)の干(かか)わりか有(あ)る」と。沙僧(さそう)作礼(されい)し畢(おわ)りて道(いわ)く、 「一事(いちじ)有(あ)りて特(こと)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に朝見(ちょうけん)せんとす、煩(わずら)わしくも引見(いんけん)引見(いんけん)せよ」 と。木吒(もくた)情(じょう)に是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)を尋(たず)ぬるなるを知(し)り、更(さら)に題(あ)げ起(おこ)さず、即(すなわ)ち先(さき)に進(い)り往(ゆ)きて菩薩(ぼさつ)に対(むか)いて道(いわ)く、「外(そと)に唐僧(とうそう)の小徒弟(しょうでてい)沙悟浄(さごじょう)の朝拝(ちょうはい)せる有(あ)り」と。孫行者(そんぎょうじゃ)台下(だいか)に在(あ)りて聴(き)き、笑(わら)って道(いわ)く、「這(こ)れは定(かなら)ず是(こ)れ唐僧(とうそう)に難(なん)有(あ)りて、沙僧(さそう)の菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じに来(きた)れるなるべし」と。菩薩(ぼさつ)即(すなわ)ち木吒(もくた)に命(めい)じて門外(もんがい)より呼(よ)び進(い)らしむ。 這(こ)の沙僧(さそう)身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)し、拝(おが)み畢(おわ)りて頭(こうべ)を挙(あ)げ正(まさ)に前事(ぜんじ)を告(もう)さんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち孫行者(そんぎょうじゃ)の旁(かたわら)に立(た)てるを見(み)、説話(せつわ)するを等(ま)つこと能(あた)わず、就(すなわ)ち降妖杖(ごうようじょう)を掣(ひっさ)げて行者(ぎょうじゃ)を望(めが)けて劈面(へきめん)に便(すなわ)ち打(う)つ。這(こ)の行者(ぎょうじゃ)更(さら)に手(て)を回(かえ)さず、身(み)を側(そば)めて避(かわ)し過(よ)ぐ。沙僧(さそう)口裡(くちのうち)に乱(みだ)りに罵(ののし)って道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)を把(も)って箇(ひとり)の十悪(じゅうあく)を犯(おか)し造反(ぞうはん)せる潑猴(はつこう)とせしに、汝(なんじ)又(また)来(きた)りて菩薩(ぼさつ)を影瞞(えいまん)す!」と。菩薩(ぼさつ)喝(かつ)して道(いわ)く、「悟浄(ごじょう)手(て)を動(うご)かすこと莫(な)かれ、甚(なん)の事(こと)有(あ)るも先(ま)ず我(われ)と説(と)け」と。沙僧(さそう)宝杖(ほうじょう)を収(おさ)め、再(ふたた)び台下(だいか)に拝(おが)み、気沖冲(いきりた)って菩薩(ぼさつ)に対(むか)いて道(いわ)く、 「この猴(さる)一路(いちろ)凶(きょう)を行(おこ)なうこと、数(かぞ)うべからず。前日(せんじつ)山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)りて二箇(ふたり)の路(みち)を剪(き)る強人(ごうじん)を打(う)ち殺(ころ)し、師父(しふ)彼(かれ)を怪(あや)しめり。図(はか)らざりき晩間(よる)に就(つ)ち賊(ぞく)の窩主(あくしゅ)の家(いえ)に宿(やど)り、又(また)一伙(いっか)の賊人(ぞくじん)を把(も)って尽(ことごと)く打(う)ち殺(ころ)し、又(また)血(ち)淋漓(りんり)たる一箇(ひとつ)の人(ひと)の頭(こうべ)を提(さ)げ来(きた)りて師父(しふ)に与(あた)えて看(み)せり。師父(しふ)唬(おど)ろかされて馬(うま)より跌(つまず)き下(お)り、彼(かれ)を幾句(いくく)か罵(ののし)り、彼(かれ)を趕(お)い回(かえ)せり。分別(わかれ)の後(のち)、師父(しふ)飢渇(きかつ)太(はなは)だ甚(はなはだ)しく、八戒(はっかい)をして水(みず)を尋(たず)ねしめしに、久(ひさ)しく等(ま)てども来(きた)らず、又(また)我(われ)をして彼(かれ)を尋(たず)ねしめり。図(はか)らざりき孫行者(そんぎょうじゃ)の我等(われら)二人(ふたり)の在(あ)らざるを見(み)、復(ま)た回(かえ)り来(きた)りて師父(しふ)を把(も)って一鉄棍(ひとてっこん)打(う)ち、両箇(ふたつ)の青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)を搶(うば)い去(さ)れり。我等(われら)回(かえ)り来(きた)り、師父(しふ)を将(も)って救(すく)い醒(さま)し、特(こと)に彼(かれ)の水簾洞(すいれんどう)に往(ゆ)きて彼(かれ)を尋(たず)ねて包袱(ほうふく)を討(こう)じしに、想(おも)わざりき彼(かれ)臉(かお)を変(か)え、肯(あえ)て我(われ)を認(みと)めず、師父(しふ)の関文(かんぶん)を将(も)って念(よ)んで又(また)念(よ)めり。我(われ)彼(かれ)に念(よ)んで甚(なん)と做(な)すと問(と)えば、彼(かれ)説(いわ)く、唐僧(とうそう)を保(ほ)せず、我(われ)自(みずか)ら西天(さいてん)に上(のぼ)りて経(きょう)を取(と)り、東土(とうど)に送(おく)り上(のぼ)せ、それを我(わ)が功果(こうか)と算(かぞ)え、我(われ)を立(た)てて祖(そ)と為(な)し、万古(ばんこ)に伝(つた)え揚(あ)げんと。我(われ)又(また)説(いわ)く、唐僧(とうそう)無(な)くんば、那(た)れか肯(あえ)て経(きょう)を汝(なんじ)に伝(つた)えんやと。彼(かれ)説(いわ)く、我(われ)已(すで)に一箇(ひとり)の道(みち)有(あ)る真僧(しんそう)を選(えら)べりと。及(およ)び請(しょう)じ出(いだ)せば、果(はた)して是(こ)れ一匹(いっぴき)の白馬(はくば)、一箇(ひとり)の唐僧(とうそう)、後(うしろ)に八戒(はっかい)・沙僧(さそう)の跟(したが)える有(あ)り。我(われ)道(いわ)く、我(われ)は便(すなわ)ち是(こ)れ沙和尚(さおしょう)なり、何処(いずこ)にか又(また)一箇(ひとり)の沙和尚(さおしょう)有(あ)らんと。是(こ)れ我(われ)前(まえ)に趕(お)い進(すす)み、彼(かれ)をして我(わ)が一宝杖(いっぽうじょう)を喫(く)らわしめたるに、原来(もと)是(こ)れ箇(ひとり)の猴精(こうせい)なりき。彼(かれ)就(すなわ)ち衆(しゅう)を率(ひき)いて我(われ)を拿(と)らえんとし、是(こ)れ我(われ)特(こと)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)に告(うった)え請(しょう)ずるなり。彼(かれ)の筋斗雲(きんとうん)を使(つか)うを知(し)らず、預(あらかじ)め此(こ)の処(ところ)に到(いた)れるか、又(また)彼(かれ)の甚(なん)の巧語花言(こうごかげん)を将(も)ってか、菩薩(ぼさつ)を影瞞(えいまん)せるを知(し)らず」 と。菩薩道(いわ)く、「悟浄(ごじょう)、人(ひと)を頼(き)めること莫(な)かれ。悟空(ごくう)此(ここ)に到(いた)りて今(いま)已(すで)に四日(よっか)なり、我(われ)更(さら)に曾(かつ)て彼(かれ)を放(はな)ちて回(かえ)らしめず。彼(かれ)に何処(いずこ)にか別(べつ)に唐僧(とうそう)を請(しょう)じ、自(みずか)ら往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)るの意(い)有(あ)らんや」と。沙僧道(いわ)く、「見如今(いま)水簾洞(すいれんどう)に一箇(ひとり)の孫行者(そんぎょうじゃ)有(あ)り、怎(どう)して敢(あえ)て欺(あざむ)き誑(いつわ)らんや」と。 菩薩道(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、汝(なんじ)急(いそ)ぎを発(はっ)するを休(や)めよ。悟空(ごくう)をして汝(なんじ)と同(とも)に花果山(かかざん)へ往(ゆ)きて看看(みみ)せしめん。是(こ)れ真(しん)なれば難(なん)じて滅(めっ)し難(がた)く、是(こ)れ仮(か)なれば易(やす)く除(のぞ)かれん。那(あ)の処(ところ)に到(いた)らば自(おのず)から分暁(ぶんぎょう)を見(み)ん」と。這(こ)の大聖(たいせい)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち沙僧(さそう)と菩薩(ぼさつ)に辞(じ)す。この一去(いっきょ)、那(か)の、 花果山前(かかざんぜん)に皂白(そうびゃく)を分(わか)ち、 水簾洞口(すいれんどうこう)に真邪(しんじゃ)を弁(べん)ぜん。 畢竟(はてさて)如何(いか)にか分辨(ぶんべん)するやは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十八回 二心(にしん)大乾坤(だいけんこん)を攪(か)き乱(みだ)し 一体(いったい)真寂滅(しんじゃくめつ)を修(しゅ)し難(がた)し 這(こ)の行者(ぎょうじゃ)と沙僧(さそう)は菩薩(ぼさつ)に拝(おが)み辞(じ)し、両道(ふたすじ)の祥光(しょうこう)を縦(はな)ち起(おこ)し、南海(なんかい)を離(はな)る。原来(もと)行者(ぎょうじゃ)の筋斗雲(きんとうん)は速(はや)く、沙和尚(さおしょう)の仙雲(せんうん)は覚(おぼ)えず遅(おそ)し。行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち先(さき)に行(ゆ)かんとす。沙僧(さそう)扯(ひ)き止(とど)めて道(いわ)く、「大哥(あに)この等(よう)に頭(こうべ)を蔵(かく)し尾(お)を露(あらわ)して、先(さき)に往(ゆ)きて根(ね)を安(やす)んずるに及(およ)ばず。小弟(しょうてい)をして汝(なんじ)と一同(いっしょ)に走(はし)らしめよ」と。 大聖(たいせい)は本(もと)是(こ)れ良(りょう)の心(こころ)なれど、沙僧(さそう)に却(かえ)って疑(うたがい)の意(い)有(あ)り。真個(まこと)に二人(ふたり)同(とも)に雲(くも)に駕(が)して去(さ)る。多時(しばらく)ならずして、果(はた)して花果山(かかざん)を見(み)、雲頭(うんとう)を按下(おしくだ)し、二人(ふたり)洞外(どうがい)に在(あ)りて細(こま)かに看(み)れば、果(はた)して一箇(ひとり)の行者(ぎょうじゃ)の、石台(せきだい)の上(うえ)に高(たか)く坐(ざ)し、群猴(ぐんこう)と酒(さけ)を飲(の)み楽(たのしみ)を作(な)せるを見(み)る。形(かたち)大聖(たいせい)と異(こと)なること無(な)し。也(ま)た是(こ)れ黄髪(こうはつ)金箍(きんこ)、金睛火眼(きんせいかがん)。身(み)に穿(き)たるも也(ま)た是(こ)れ錦布(きんぷ)の直裰(じきとつ)、腰(こし)に系(し)めたるは虎皮裙(こひくん)。手中(しゅちゅう)に也(ま)た一条(ひとすじ)の金箍鉄棒(きんこてつぼう)を拿(と)り、足下(あしもと)に也(ま)た一双(ひとそろい)の麂皮靴(きひか)を踏(ふ)む。也(ま)た是(こ)れこの等(よう)の毛臉(もうれん)雷公嘴(らいこうし)、朔腮(さくさい)別土星(べつどせい)、査耳(さじ)額顱(がくろ)闊(ひろ)く、獠牙(りょうが)外(そと)に向(むか)いて生(お)う。 這(こ)の大聖(たいせい)怒(いかり)を発(はっ)し、一(ひと)たび手(て)を撒(はな)ち、沙和尚(さおしょう)を撇(す)て、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて前(まえ)に進(すす)み、罵(ののし)って道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何等(なんら)の妖邪(ようじゃ)ぞ、敢(あえ)て我(わ)が相貌(そうぼう)を変(へん)じ、敢(あえ)て我(わ)が児孫(じそん)を占(し)め、擅(ほしいまま)に吾(わ)が仙洞(せんどう)に居(お)り、擅(ほしいまま)にこの威福(いふく)を作(な)す!」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)見(み)て、公然(おおっぴら)に答(こた)えず、亦(ま)た鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて来(きた)りて迎(むか)う。二行者(にぎょうじゃ)一処(いっしょ)に在(あ)りて、果(はた)して是(こ)れ真偽(しんぎ)を分(わか)たず。好(よ)きかな打(う)つかな、 二条(ふたすじ)の棒(ぼう)、二(ふたり)の猴精(こうせい)、 この場(ば)の相敵(あいあらそ)いは実(げ)に軽(かろ)んずべからず。 都(みな)唐(とう)の御弟(ぎょてい)を護持(ごじ)せんことを要(よう)し、 各(おのおの)功績(こうせき)を施(ほどこ)して英名(えいめい)を立(た)てんとす。 真猴(しんこう)は実(げ)に沙門(しゃもん)の教(おしえ)を受(う)け、 仮怪(けかい)は虚(むな)しく仏子(ぶっし)の情(じょう)を称(とな)う。 蓋(けだ)し神通(じんつう)の変化(へんげ)多(おお)きを為(な)し、 真(しん)無(な)く仮(か)無(な)く両(ふたり)相(あい)平(たいら)かなり。 一箇(ひとり)は是(こ)れ混元一気(こんげんいっき)の斉天大聖(せいてんたいせい)、 一箇(ひとり)は是(こ)れ久(ひさ)しく煉(ね)りし千霊(せんれい)の縮地精(しゅくちせい)。 この者は是(こ)れ如意金箍棒(にょいきんこぼう)、 那(か)の者は是(こ)れ随心鉄杆兵(ずいしんてっかんぺい)。 隔(へだ)て架(か)え遮(さえぎ)り攔(ふせ)ぐに勝敗(しょうはい)無(な)く、 撑(ささ)え持(たも)ち抵(あた)り敵(てき)するに輸贏(ゆえい)没(な)し。 先前(さき)には洞外(どうがい)に手(て)を交(まじ)えしが、 少頃(しばらく)にして争持(そうじ)は半空(はんくう)に起(おこ)る。 彼(かれ)の二箇(ふたり)各(おのおの)雲光(うんこう)を踏(ふ)み、跳(おど)り闘(たたか)って九霄(きゅうしょう)の雲内(うんない)に上(のぼ)る。沙僧(さそう)は旁(かたわら)に在(あ)りて、敢(あえ)て手(て)を下(くだ)さず、彼等(かれら)のこの一場(ひとくさり)を戦(たたか)うを見(み)るに、誠(まこと)に然(しか)り真偽(しんぎ)を認(みと)め難(がた)し。刀(かたな)を抜(ぬ)いて相助(あいたす)けんと欲(ほっ)すれど、又(また)真(しん)の者を傷(そこな)わんことを恐(おそ)る。忍耐(にんたい)すること良(やや)久(ひさ)しく、且(しばら)く身(み)を縦(はな)ちて山崖(さんがい)に跳(と)び下(お)り、降妖宝杖(ごうようほうじょう)を使(つか)い、水簾洞(すいれんどう)の外(そと)に打(う)ち近(ちか)づき、群妖(ぐんよう)を驚(おどろ)かし散(ちら)し、石凳(せきとう)を掀(ひっく)り返(かえ)し、酒(さけ)を飲(の)み肉(にく)を食(く)らえる器皿(きべい)を、尽(ことごと)く打(う)ち砕(くだ)き、彼(かれ)の青氈(せいせん)の包袱(ほうふく)を尋(たず)ぬるに、四下(あたり)の裡(うち)全(まった)く見(み)えず。 原来(もと)彼(かれ)の水簾洞(すいれんどう)は本(もと)是(こ)れ一股(ひとすじ)の瀑布(ばくふ)飛泉(ひせん)の、洞門(どうもん)を遮(さえぎ)り掛(か)けるなり。遠(とお)く看(み)れば一条(ひとすじ)の白布(はくふ)の簾(すだれ)の如(ごと)く、近(ちか)く看(み)れば乃(すなわ)ち是(こ)れ一股(ひとすじ)の水脈(すいみゃく)なり。故(ゆえ)に水簾洞(すいれんどう)と曰(い)う。沙僧(さそう)は進(すす)む歩(みち)の来歴(らいれき)を知(し)らず、故此(このゆえ)尋(たず)ぬるに難(かた)し。即(すなわ)ち便(すべから)く雲(くも)を縦(はな)ち、九霄(きゅうしょう)の雲裡(うんり)に趕(お)い着(つ)き、宝杖(ほうじょう)を輪(めぐ)らすも、又(また)手(て)を下(くだ)すに好(よ)からず。 大聖道(いわ)く、「沙僧(さそう)、汝(なんじ)既(すで)に力(ちから)を助(たす)くるを得(え)ずんば、且(しばら)く師父(しふ)に回復(かいふく)せよ。我等(われら)の這般(かくのごとく)這般(かくのごとく)なるを説(と)け、老孫(ろうそん)をしてこの妖(よう)と南海(なんかい)落伽山(らかさん)の菩薩(ぼさつ)の前(まえ)に打(う)ち上(のぼ)りて箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を弁(べん)ぜしめよ」と。道(い)い罷(おわ)るや、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く説(と)く。沙僧(さそう)二箇(ふたり)の相貌(そうぼう)・声音(せいおん)、更(さら)に一毫(いちごう)の差別(さべつ)も無(な)く、皂白(そうびゃく)分(わか)ち難(がた)きを見(み)、只(た)だ言(こと)に依(したが)い、雲頭(うんとう)を撥(はね)転(めぐ)らし、唐僧(とうそう)に回復(かいふく)す。是(こ)れを題(あげ)ず。 汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)は、且(か)つ行(ゆ)き且(か)つ闘(たたか)い、直(ただ)ちに嚷(わめ)きて南海(なんかい)に到(いた)り、径(ただ)ちに落伽山(らかさん)に至(いた)り、打(う)ち打(う)ち罵(ののし)り罵(ののし)り、喊声(かんせい)絶(た)ゆること無(な)し。早(つと)に護法(ごほう)の諸天(しょてん)を驚(おどろ)かし、即(すなわ)ち潮音洞(ちょういんどう)の裡(うち)に報(ほう)じ入(い)れて道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)、果(はた)して二箇(ふたり)の孫悟空(そんごくう)の打(う)ち将(つ)って来(きた)れるなり」と。那(か)の菩薩(ぼさつ)は木吒行者(もくたぎょうじゃ)・善財童子(ぜんざいどうじ)・龍女(りゅうにょ)と蓮台(れんだい)を降(くだ)り、門(もん)を出(い)でて喝(かつ)して道(いわ)く、「那(かの)孽畜(げっちく)何処(いずこ)へか走(に)ぐる!」と。 この二箇(ふたり)遞(たがい)に相(あい)揪(ひ)き止(とど)めて道(いわ)く、「菩薩(ぼさつ)、この厮(やつ)果(はた)して弟子(でし)の形(かたち)に象(に)たり。才(いま)し方(まさ)に水簾洞(すいれんどう)より打(う)ち起(おこ)り、戦闘(せんとう)すること多時(しばらく)なるも、勝負(しょうぶ)を分(わか)たず。沙悟浄(さごじょう)は肉眼(にくがん)愚蒙(ぐもう)にして、分(わか)ち識(し)ることを能(あた)わず、力(ちから)有(あ)れども助(たす)くるに難(かた)し。是(こ)れ弟子(でし)彼(かれ)をして西路(せいろ)へ回(かえ)り往(ゆ)きて師父(しふ)に回復(かいふく)せしめ、我(われ)この厮(やつ)と宝山(ほうざん)に打(う)ち到(いた)り、菩薩(ぼさつ)の慧眼(えげん)を借(か)り、弟子(でし)と箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を認(みと)め、邪正(じゃしょう)を弁明(べんめい)せよ」 と。道(い)い罷(おわ)るや、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く一遍(ひとわたり)説(と)く。衆(しゅう)の諸天(しょてん)と菩薩(ぼさつ)都(みな)看(み)ること良(やや)久(ひさ)しきも、認(みと)め得(う)んと思(おも)うこと莫(な)かれ。菩薩道(いわ)く、「且(しばら)く手(て)を放(はな)て、両辺(りょうへん)に站(た)ち下(おろ)せ、我(われ)をして再(ま)た看(み)しめよ」と。果(はた)して手(て)を撒(はな)ち、両辺(りょうへん)に站(た)ち定(さだ)む。此(こ)の辺(かた)説(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ真(しん)なり!」と。那(か)の辺(かた)説(いわ)く、「彼(かれ)は是(こ)れ仮(か)なり!」と。 菩薩(ぼさつ)木吒(もくた)と善財(ぜんざい)を喚(よ)んで前(まえ)に進(すす)ませ、悄(ひそ)かに吩咐(いいつ)けて、「汝等(なんじら)一箇(ひとり)は一箇(ひとり)を帮(たす)け止(とど)めよ。我(われ)をして暗(ひそ)かに《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)じ、那(いず)れの疼(いた)みを害(こうむ)るかを看(み)て便(すなわ)ち是(こ)れ真(しん)、疼(いた)まざるは便(すなわ)ち是(こ)れ仮(か)ならん」と。彼(かれ)の二人(ふたり)果(はた)して各(おのおの)一箇(ひとり)を帮(たす)く。菩薩(ぼさつ)暗(ひそ)かに真言(しんごん)を念(ねん)ずれば、二箇(ふたり)一斉(いっせい)に疼(いた)みを喊(さけ)び、都(みな)頭(こうべ)を抱(いだ)き、地(ち)の下(した)に滚(まろ)び、只(た)だ叫(さけ)んで、「念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。菩薩(ぼさつ)念(ねん)ぜざれば、彼(かれ)の二箇(ふたり)又(また)一斉(いっせい)に揪(ひ)き止(とど)め、旧(もと)に照(てら)して嚷(わめ)き闘(たたか)う。菩薩(ぼさつ)計(けい)も奈何(いかん)ともなく、即(すなわ)ち諸天(しょてん)木吒(もくた)に令(めい)じ、前(まえ)に進(すす)みて力(ちから)を助(たす)けしむ。衆神(しゅうしん)真(しん)の者を傷(そこな)わんことを恐(おそ)れ、亦(ま)た敢(あえ)て手(て)を下(くだ)さず。 菩薩(ぼさつ)一声(ひとこえ)「孫悟空(そんごくう)」と叫(さけ)べば、二箇(ふたり)一斉(いっせい)に答(こた)う。菩薩道(いわ)く、「汝(なんじ)当年(とうねん)官(かん)弼馬温(ひつばおん)に拝(はい)せられ、大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がしし時(とき)、神将(しんしょう)皆(みな)汝(なんじ)を認(みと)め得(う)。汝(なんじ)且(しばら)く上界(じょうかい)へ往(ゆ)きて分辨(ぶんべん)し回話(かいわ)せよ」と。這(こ)の大聖(たいせい)恩(おん)を謝(しゃ)し、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た恩(おん)を謝(しゃ)す。 二人(ふたり)扯(ひ)き扯(ひ)き拉(ひ)き拉(ひ)き、口裡(くちのうち)に絶(た)えず嚷(わめ)き闘(たたか)い、径(ただ)ちに南天門(なんてんもん)の外(そと)に至(いた)る。慌(あわ)てたるは那(か)の広目天王(こうもくてんのう)、馬趙温関(ばちょうおんかん)四大天将(しだいてんしょう)を率(ひき)い、及(およ)び門(もん)を把(まも)る大小(だいしょう)の衆神(しゅうしん)、各(おのおの)兵器(へいき)を使(つか)って遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「何処(いずこ)へか走(に)ぐる! 此間(ここ)は是(こ)れ争闘(そうとう)の処(ところ)ならんや」と。大聖道(いわ)く、 「我(われ)唐僧(とうそう)を保護(ほご)して西天(さいてん)へ経(きょう)を取(と)らんと往(ゆ)くに因(よ)り、路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて賊徒(ぞくと)を打(う)ち殺(ころ)せしを、那(か)の三蔵(さんぞう)我(われ)を趕(お)い回(かえ)せり。我(われ)径(ただ)ちに普陀崖(ふだがい)に到(いた)りて観音菩薩(かんのんぼさつ)に見(まみ)えて苦(く)を訴(うった)えしに、想(おも)わざりきこの妖精(ようせい)何時(いつ)にか就(すなわ)ち我(わ)が形(かたち)に変作(へんさく)し、唐僧(とうそう)を打(う)ち倒(たお)し、包袱(ほうふく)を搶(うば)い去(さ)れり。沙僧(さそう)の花果山(かかざん)に至(いた)りて尋(たず)ね討(こう)じしに、只(た)だこの妖精(ようせい)の我(わ)が巢穴(そうけつ)を占(し)めたるを見(み)しのみ。後(のち)普陀崖(ふだがい)に到(いた)りて菩薩(ぼさつ)に告(うった)え請(しょう)じしに、又(また)我(われ)の台下(だいか)に侍立(じりつ)せるを見(み)、沙僧(さそう)誑(いつわ)って我(われ)の筋斗雲(きんとうん)に駕(が)せしと説(と)き、又(また)先(さき)に菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に在(あ)りて遮飾(しゃしょく)せりと。菩薩(ぼさつ)は却(かえ)って是(こ)れ箇(ひとり)の正明(せいみょう)にして、沙僧(さそう)の言(げん)を聴(き)かず、我(われ)に命(めい)じて彼(かれ)と同(とも)に花果山(かかざん)へ到(いた)りて看験(かんけん)せしめたり。原来(もと)この妖精(ようせい)果(はた)して老孫(ろうそん)の形(かたち)に象(に)たり。才(いま)し方(まさ)に水簾洞(すいれんどう)より打(う)ちて普陀山(ふださん)に到(いた)りて菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えしに、菩薩(ぼさつ)も亦(ま)た識(し)り認(みと)むるに難(かた)し。故(ゆえ)に此(ここ)に打(う)ち到(いた)れり。諸天(しょてん)の眼力(がんりき)を煩(わずら)わし、我(われ)と箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を認(みと)めよ」 と。説(と)き罷(おわ)るや、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く這般(かくのごと)く一遍(ひとわたり)説(と)く。衆(しゅう)の天神(てんしん)看(み)ること彀(た)ゆるまでに多時(しばらく)なるも、亦(ま)た弁(べん)ずること能(あた)わず。彼(かれ)の二箇(ふたり)吆喝(さけ)んで道(いわ)く、「汝等(なんじら)既(すで)に認(みと)むる能(あた)わずんば、路(みち)を開(ひら)け、我等(われら)をして往(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えしめよ!」と。衆神(しゅうしん)搪抵(とうてい)し得(え)ず、天門(てんもん)を放(はな)ち開(ひら)き、直(ただ)ちに霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に至(いた)る。 馬元帥(ばげんすい)張葛許邱(ちょうかつきょきゅう)の四天師(してんし)と同(とも)に奏(そう)して道(いわ)く、「下界(げかい)に一般(ひとくさり)の二箇(ふたり)の孫悟空(そんごくう)有(あ)り、天門(てんもん)に打(う)ち進(い)り、口(くち)に王(おう)に見(まみ)えんと称(しょう)す」と。説(と)き了(おわ)らざるに、二箇(ふたり)直(ただ)ちに嚷(わめ)き将(つ)って進(い)り来(きた)る。唬(おど)ろかされたるは那(か)の玉帝(ぎょくてい)、即(すなわ)ち宝殿(ほうでん)に降(くだ)り立(た)ち、問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)二箇(ふたり)何(なん)の事(こと)に因(よ)りてか擅(ほしいまま)に天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がし、朕(ちん)の前(まえ)に嚷(わめ)き至(いた)って死(し)を尋(たず)ぬる」と。 大聖(たいせい)口(くち)に称(しょう)して、「万歳(ばんぜい)! 万歳(ばんぜい)! 臣(しん)今(いま)命(めい)に皈(き)し、教(きょう)を沙門(しゃもん)に秉(と)り、再(ふたた)び敢(あえ)て心(こころ)を欺(あざむ)き上(うえ)を誑(いつわ)らず。只(た)だこの妖精(ようせい)の臣(しん)の形(かたち)に変作(へんさく)せるに因(よ)るのみ」と。如此如彼(かくかくしかじか)と、前情(ぜんじょう)を把(も)って備(つぶさ)に一遍(ひとわたり)陳(の)べ、「指望(こいねがわく)は臣(しん)と箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を弁(べん)ぜんことを!」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く一遍(ひとわたり)陳(の)ぶ。 玉帝(ぎょくてい)即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて托塔李天王(たくとうりてんのう)を宣(せん)し、教(おし)えて、「照妖鏡(しょうようきょう)を把(も)って来(きた)りてこの厮(やつ)の誰(たれ)か真(しん)誰(たれ)か仮(か)を照(てら)し、彼(かれ)をして仮(か)滅(めっ)し真(しん)存(そん)ぜしめよ」と。天王(てんのう)即(すなわ)ち鏡(かがみ)を取(と)りて照(てら)し止(とど)め、玉帝(ぎょくてい)を請(しょう)じて衆神(しゅうしん)と同(とも)に観(み)わたさしむ。鏡中(きょうちゅう)は乃(すなわ)ち是(こ)れ二箇(ふたり)の孫悟空(そんごくう)の影(かげ)、金箍(きんこ)衣服(ころも)、毫髪(ごうはつ)も差(たが)わず。玉帝(ぎょくてい)も亦(ま)た弁(べん)じ出(いだ)し得(え)ず、殿外(でんがい)に趕(お)い出(いだ)す。這(こ)の大聖(たいせい)呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)し、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も哈哈(はは)と歓喜(かんき)し、頭(こうべ)を揪(ひ)き頸(くび)を抹(な)で、復(ま)た天門(てんもん)を打(う)ち出(い)で、西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)に墜落(ついらく)して道(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)と師父(しふ)に見(まみ)えんと往(ゆ)かん! 我(われ)汝(なんじ)と師父(しふ)に見(まみ)えんと往(ゆ)かん!」と。 却説(さて)那(か)の沙僧(さそう)は花果山(かかざん)より彼(かれ)の二箇(ふたり)に辞(じ)し、又(また)行(ゆ)くこと三昼夜(さんちゅうや)にして、本荘(ほんそう)に回(かえ)り至(いた)り、前事(ぜんじ)を把(も)って唐僧(とうそう)に一遍(ひとわたり)説(と)けり。唐僧(とうそう)自家(おのれ)悔(く)い恨(うら)んで道(いわ)く、「当時(そのかみ)只(た)だ是(こ)れ孫悟空(そんごくう)の我(われ)を一棍(ひとこん)打(う)ち、包袱(ほうふく)を搶(うば)い去(さ)りしと説(い)いしに、豈(あ)に知(し)らんや却(かえ)って是(こ)れ妖精(ようせい)の仮(かり)に変(へん)ぜる行者(ぎょうじゃ)なりしとは!」と。沙僧(さそう)又(また)告(もう)して道(いわ)く、「この妖(よう)又(また)仮(かり)に一箇(ひとり)の長老(ちょうろう)、一匹(いっぴき)の白馬(はくば)に変(へん)じ、又(また)一箇(ひとり)の八戒(はっかい)の我等(われら)の包袱(ほうふく)を挑(にな)える有(あ)り、又(また)一箇(ひとり)の我(われ)に変作(へんさく)せる有(あ)り。我(われ)忍不住(たえず)惱怒(のうど)し、一杖(いちじょう)にて打(う)ち殺(ころ)せしに、原来(もと)是(こ)れ一箇(ひとり)の猴精(こうせい)なりき。此(こ)れに因(よ)りて驚(おどろ)き散(ちら)り、又(また)菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に到(いた)りて苦(く)を訴(うった)う。菩薩(ぼさつ)我(われ)に着(つかわ)して師兄(しけい)と又(また)同(とも)に往(ゆ)きて識(し)り認(みと)めしめしに、那(か)の妖(よう)果(はた)して師兄(しけい)と一般(おなじ)き形(かたち)なり。我(われ)力(ちから)を助(たす)くるに難(かた)く、故(ゆえ)に先(さき)に来(きた)りて師父(しふ)に回復(かいふく)す」と。 三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)う。八戒(はっかい)は哈哈(はは)と大(おお)いに笑(わら)って道(いわ)く、「好好好(よしよしよし)! 這(こ)の施主(せしゅ)の家(いえ)の婆婆(ばば)の言(げん)に応(おう)ぜり! 彼(かれ)幾起(いくくさり)かの取経(しゅきょう)の者有(あ)りと説(い)えり。這(こ)れは却(かえ)って又(また)起(ひとくさり)ならずや」と。 那(か)の家(いえ)の子(もの)の老老小小(ろうろうしょうしょう)、都(みな)来(きた)りて沙僧(さそう)に問(と)う、「汝(なんじ)この幾日(いくにち)何処(いずこ)へか盤纏(ばってん)を討(こう)じに往(ゆ)きし」と。沙僧笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)東勝神洲(とうしょうしんしゅう)花果山(かかざん)へ往(ゆ)きて大師兄(だいしけい)を尋(たず)ねて行李(こうり)を取(と)り討(こう)じ、又(また)南海普陀山(なんかいふださん)に到(いた)りて観音菩薩(かんのんぼさつ)を拝見(はいけん)し、却(かえ)って又(また)花果山(かかざん)へ到(いた)り、方(ようや)く転(めぐ)り回(かえ)りて此(ここ)に至(いた)れり」と。那(か)の老者(ろうじゃ)又(また)問(と)う、「往返(おうへん)に多少(いくばく)の路程(ろてい)有(あ)る」と。沙僧道(いわ)く、「約(およそ)二十余万里(にじゅうよばんり)有(あ)り」と。老者道(いわ)く、「爺爺(おおかた)や、この幾日(いくにち)にして、就(すなわ)ち這(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の路(みち)を走(はし)りしとは、只(た)だ雲(くも)に駕(が)するを除(のぞ)くのみ、方(はじ)めて能(よ)く彀(た)り到(いた)るを得(え)ん!」と。八戒道(いわ)く、「雲(くも)に駕(が)せずんば、如何(いか)にか海(うみ)を過(わた)らん」と。沙僧道(いわ)く、「我等(われら)の走路(みちゆき)は那(なん)ぞ算(かぞ)うるに足(た)らん。若(も)し我(わ)が大師兄(だいしけい)ならば、只(た)だ一二日(いちにじつ)を消(しょう)するのみ、往(ゆ)き回(かえ)ることも亦(ま)た可(よ)し」と。那(か)の家(いえ)の子(もの)言(こと)を聴(き)き、都(みな)是(こ)れ神仙(しんせん)なりと説(と)く。八戒道(いわ)く、「我等(われら)神仙(しんせん)ならずと雖(いえど)も、神仙(しんせん)は還(ま)た是(こ)れ我等(われら)の晩輩(ばんぱい)なり!」と。 正(まさ)に説(と)く間(あいだ)、只(た)だ半空(はんくう)の中(なか)に喧嘩(けんか)し人(ひと)の嚷(わめ)くを聴(き)く。慌(あわ)てて都(みな)出(い)で来(きた)りて看(み)れば、却(かえ)って是(こ)れ二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)の打(う)ち将(つ)って来(きた)るなり。八戒(はっかい)見(み)て、忍不住(たえず)手(て)の痒(かゆ)きを覚(おぼ)えて道(いわ)く、「我(われ)をして往(ゆ)きて認(みと)め認(みと)め看(み)しめよ」と。好(よ)きかな呆子(ほうし)、急(いそ)ぎて身(み)を縦(はな)ちて跳(と)び起(おこ)り、空(そら)を望(のぞ)んで高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「師兄(しけい)嚷(わめ)くこと莫(な)かれ、我(わ)が老猪(ろうちょ)来(きた)れり!」と。那(か)の二箇(ふたり)一斉(いっせい)に応(こた)えて道(いわ)く、「兄弟(けいてい)、来(きた)りて妖精(ようせい)を打(う)て! 来(きた)りて妖精(ようせい)を打(う)て!」と。那(か)の家(いえ)の子(もの)又(また)驚(おどろ)き又(また)喜(よろこ)んで道(いわ)く、「是(こ)れ幾位(いくたり)かの雲(くも)に騰(の)り霧(きり)を駕(が)する羅漢(らかん)の我(わ)が家(いえ)に歇(やす)めるなり! 就(すなわ)ち是(こ)れ斎僧(さいそう)を発願(ほつがん)せる者も、亦(ま)た這(か)くの如(ごと)き好(よ)き人(ひと)を斎(とき)するに斎(あ)たらず」と。更(さら)に茶飯(さはん)を計較(けいきょう)せず、愈々(いよいよ)供養(くよう)し、又(また)説(いわ)く、「この二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)は只(た)だ怕(おそ)らくは闘(たたか)い出(いだ)して不好(わるき)を来(きた)し、地(ち)覆(くつがえ)り天(てん)翻(ひるがえ)り、禍(わざわい)を那処(あそこ)に作(な)さんことを!」と。三蔵(さんぞう)那(か)の老者(ろうじゃ)の当面(まのあたり)には是(こ)れ喜(よろこ)び、背後(うしろ)には是(こ)れ憂(うれい)なるを見(み)、即(すなわ)ち言(こと)を開(ひら)いて道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)放心(ほうしん)せよ、憂嘆(ゆうたん)を生(しょう)ずること莫(な)かれ。貧僧(ひんそう)徒弟(でてい)を収伏(しゅうふく)し、悪(あく)を去(さ)りて善(ぜん)に帰(き)せば、自然(おのず)から汝(なんじ)に謝(しゃ)せん」と。那(か)の老者(ろうじゃ)満口(くちいっぱい)に答(こた)えて道(いわ)く、「不敢(かたじけな)し! 不敢(かたじけな)し!」と。 沙僧道(いわ)く、「施主(せしゅ)講(い)うことを休(や)めよ。師父(しふ)此処(ここ)に坐(ざ)し在(お)わせ、我(われ)をして二哥(にい)と往(ゆ)かしめ、一家(それぞれ)一箇(ひとり)を扯(ひ)き来(きた)りて汝(なんじ)が面前(めんぜん)に到(いた)らしめん。汝(なんじ)就(すなわ)ち那(か)の話児(ことば)を念(ねん)じ、那(いず)れの疼(いた)みを害(こうむ)るかを看(み)て便(すなわ)ち是(こ)れ真(しん)、疼(いた)まざるは便(すなわ)ち是(こ)れ仮(か)なり」と。三蔵道(いわ)く、「言(げん)えること極(きわ)めて当(とう)を得(う)」と。沙僧(さそう)果(はた)して半空(はんくう)に起(た)ちて道(いわ)く、「二位(ふたり)手(て)を住(とど)めよ、我(われ)汝(なんじ)と師父(しふ)の面前(めんぜん)に到(いた)りて箇(ひとつ)の真偽(しんぎ)を弁(べん)ぜんと往(ゆ)かん」と。這(こ)の大聖(たいせい)手(て)を放(はな)ち、那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た手(て)を放(はな)つ。沙僧(さそう)一箇(ひとり)を攙(ささ)え止(とど)め、叫(さけ)んで道(いわ)く、「二哥(にい)、汝(なんじ)も亦(ま)た一箇(ひとり)を攙(ささ)えよ」と。果(はた)して攙(ささ)え止(とど)め、雲頭(うんとう)を落(おと)し下(おろ)し、径(ただ)ちに草舎(そうしゃ)の門外(もんがい)に至(いた)る。三蔵(さんぞう)見(み)て、就(すなわ)ち《緊箍児咒(きんこじじゅ)》を念(ねん)ずれば、二人(ふたり)一斉(いっせい)に苦(くる)しみを叫(さけ)んで道(いわ)く、「我等(われら)這(か)くの如(ごと)く苦(くる)しみ闘(たたか)うに、汝(なんじ)還(ま)た我(われ)を咒(じゅ)して怎(なん)とする。念(ねん)ずること莫(な)かれ! 念(ねん)ずること莫(な)かれ!」と。那(か)の長老(ちょうろう)は本心(ほんしん)慈善(じぜん)なれば、遂(つい)に口(くち)を住(とど)めて念(ねん)ぜず、却(かえ)って亦(ま)た真偽(しんぎ)を認(みと)め得(え)ず。彼(かれ)の二箇(ふたり)手(て)を掙(もが)き脱(ぬ)け、依然(もとのごと)く又(また)打(う)つ。 這(こ)の大聖道(いわ)く、「兄弟(けいてい)たち、師父(しふ)を保(ほ)せよ、我(われ)をして彼(かれ)と閻王(えんおう)の前(まえ)に打(う)ち到(いた)りて折弁(せつべん)せしめよ!」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く説(と)く。二人(ふたり)抓(ひっか)き抓(ひっか)き挜(おさ)え挜(おさ)え、須臾(しばらく)にして又(また)見(み)えずなりぬ。八戒道(いわ)く、「沙僧(さそう)、汝(なんじ)既(すで)に水簾洞(すいれんどう)に到(いた)りて、仮(にせ)の八戒(はっかい)の行李(こうり)を挑(にな)えるを見(み)しに、怎(どう)して搶(うば)い将(も)って来(きた)らざりし」と。沙僧道(いわ)く、「那(か)の妖精(ようせい)我(われ)の宝杖(ほうじょう)を使(つか)いて彼(かれ)の仮(にせ)の沙僧(さそう)を打(う)つを見(み)、彼(かれ)就(すなわ)ち乱(みだ)りに囲(かこ)み上(のぼ)り来(きた)りて拿(と)らえんとせり。是(こ)れ我(われ)性命(いのち)を顧(かえり)みて走(に)げたり。菩薩(ぼさつ)に告(うった)うるに及(およ)び、行者(ぎょうじゃ)と復(ま)た洞口(どうこう)に至(いた)りしに、彼(かれ)の二箇(ふたり)空(そら)の中(なか)に在(あ)りて打(う)てり。是(こ)れ我(われ)往(ゆ)きて彼(かれ)の石凳(せきとう)を掀(ひっく)り返(かえ)し、彼(かれ)の小妖(しょうよう)を打(う)ち散(ちら)ししに、只(た)だ一股(ひとすじ)の瀑布(ばくふ)の泉水(せんすい)の流(なが)るるを見(み)しのみにして、竟(つい)に洞門(どうもん)の何処(いずこ)に開(ひら)けるを知(し)らず、行李(こうり)を尋(たず)ぬるに着(つ)かず、故(ゆえ)に空手(くうしゅ)にて師命(しめい)に回復(かいふく)せしなり」と。八戒道(いわ)く、「汝(なんじ)原来(もと)暁(さと)らざるなり。 我(われ)前年(ぜんねん)彼(かれ)を請(しょう)じに往(ゆ)きし時(とき)、先(さき)に洞門(どうもん)の外(そと)に在(あ)りて相見(そうけん)し、後(のち)我(われ)彼(かれ)を説(と)き泛(あふ)らしめしに、彼(かれ)就(すなわ)ち跳(と)び下(お)り、洞裡(どうり)へ往(ゆ)きて衣(ころも)を換(か)え来(きた)りし時(とき)、我(われ)彼(かれ)の身(み)を将(も)って水(みず)の裡(うち)に一(ひと)たび潜(もぐ)るを見(み)たり。那(か)の一股(ひとすじ)の瀑布(ばくふ)の水流(すいりゅう)は、就(すなわ)ち是(こ)れ洞門(どうもん)なり。想必(おもうに)那(か)の怪(かい)我等(われら)の包袱(ほうふく)を将(も)って那(か)の裡(うち)に収(おさ)めたるならん」 と。三蔵道(いわ)く、「汝(なんじ)既(すで)にこの門(もん)を知(し)らば、汝(なんじ)彼等(かれら)の都(みな)家(いえ)に在(あ)らざるに趁(じゅん)じ、先(さき)に彼(かれ)の洞裡(どうり)に到(いた)りて包袱(ほうふく)を取(と)り出(いだ)せ。我等(われら)西天(さいてん)へ往(ゆ)かん。彼(かれ)来(きた)るとも、我(われ)已(すで)に彼(かれ)を用(もち)いじ」と。八戒道(いわ)く、「我(われ)往(ゆ)かん」と。沙僧(さそう)説(いわ)く、「二哥(にい)、彼(かれ)の那(か)の洞前(どうぜん)に千数(せんすう)の小猴(しょうこう)有(あ)り、汝(なんじ)一人(ひとり)にては恐(おそ)らくは彼(かれ)を弄(ろう)し得(え)ず、反(かえ)って不美(ふび)を為(な)さん」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「怕(おそ)れず! 怕(おそ)れず!」と。急(いそ)ぎて門(もん)を出(い)で、雲霧(うんむ)を縦(はな)ち、径(ただ)ちに花果山(かかざん)に上(のぼ)りて行李(こうり)を尋(たず)ね取(と)らんとす。是(こ)れを題(あげ)ず。 却説(さて)那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)又(また)打(う)ち嚷(わめ)きて陰山(いんざん)の背後(はいご)に到(いた)る。唬(おど)ろかされたるは那(か)の満山(まんざん)の鬼(おに)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、蔵(かく)れ蔵(かく)れ逃(のが)れ逃(のが)れす。先(さき)に跑(に)げし者有(あ)り、陰司門(いんしもん)の裡(うち)に撞入(つきい)り、森羅宝殿(しんらほうでん)に報(ほう)じ上(のぼ)せて道(いわ)く、 「大王(だいおう)、背陰山(はいんざん)の上(うえ)に、二箇(ふたり)の斉天大聖(せいてんたいせい)有(あ)りて打(う)ち得(え)て来(きた)れり!」 と。慌(あわ)てたるは那(か)の第一殿(だいいちでん)の秦広王(しんこうおう)、二殿(にでん)の楚江王(そこうおう)、三殿(さんでん)の宋帝王(そうていおう)、四殿(しでん)の卞城王(べんじょうおう)、五殿(ごでん)の閻羅王(えんらおう)、六殿(ろくでん)の平等王(びょうどうおう)、七殿(しちでん)の泰山王(たいざんおう)、八殿(はちでん)の都市王(としおう)、九殿(きゅうでん)の仵官王(ごかんおう)、十殿(じゅうでん)の転輪王(てんりんおう)に伝(つた)え報(ほう)ず。一殿(いちでん)より一殿(いちでん)に転(てん)じ、霎時間(しばらく)にして十王(じゅうおう)会(かい)し斉(そろ)い、又(また)人(ひと)をして地蔵王(じぞうおう)に飛報(ひほう)せしむ。尽(ことごと)く森羅殿(しんらでん)の上(うえ)に在(あ)りて、陰兵(いんぺい)を点(てん)じ聚(あつ)め、真假(しんか)を擒(とら)えんと等(ま)つ。 只(た)だ那(か)の強風(きょうふう)滚滚(こんこん)、惨霧(さんむ)漫漫(まんまん)たるを聴(き)く。二行者(にぎょうじゃ)一(ひと)たび翻(ひるがえ)り一(ひと)たび滚(まろ)びつつ、森羅殿(しんらでん)の下(した)に打(う)ち至(いた)る。陰君(いんくん)前(まえ)に近(ちか)づきて遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「大聖(たいせい)何(なん)の事(こと)有(あ)りてか、我(わ)が幽冥(ゆうめい)を鬧(さわ)がす」と。這(こ)の大聖道(いわ)く、 「我(われ)唐僧(とうそう)を保(ほ)して西天(さいてん)に経(きょう)を取(と)らんと往(ゆ)くに因(よ)り、路(みち)西梁国(さいりょうこく)を過(す)ぎ、一山(いちざん)に至(いた)りしに、強賊(ごうぞく)の我(わ)が師(し)を截劫(せつごう)する有(あ)り。是(こ)れ老孫(ろうそん)幾箇(いくたり)かを打(う)ち殺(ころ)せしに、師父(しふ)我(われ)を怪(あや)しみ、我(われ)を把(も)って逐(お)い回(かえ)せり。我(われ)随(したが)って南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に到(いた)りて訴(うった)え告(もう)せしに、那(か)の妖精(ようせい)怎(いか)にしてか就(すなわ)ち気(き)の口(くち)を綽(つか)み、仮(かり)に我(わ)が形(かたち)に変作(へんさく)し、半路(なかみち)に在(あ)りて師父(しふ)を打(う)ち倒(たお)し、行李(こうり)を搶(うば)い奪(うば)えり。師弟(してい)沙僧(さそう)、我(わ)が本山(ほんざん)へ向(むか)いて包袱(ほうふく)を取(と)り討(こう)じしに、この妖(よう)仮(かり)に師(し)の名(な)を立(た)て、西天(さいてん)へ往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんとす。沙僧(さそう)跑(に)げ遁(のが)れて南海(なんかい)に至(いた)りて菩薩(ぼさつ)に見(まみ)えしに、我(われ)正(まさ)に側(かたわら)に在(あ)り。彼(かれ)原因(げんいん)を備(つぶさ)に説(と)き、菩薩(ぼさつ)又(また)我(われ)に命(めい)じて彼(かれ)と同(とも)に花果山(かかざん)に至(いた)りて観(み)わたさしむ。果(はた)してこの厮(やつ)に我(わ)が巢穴(そうけつ)を占(し)められたり。我(われ)彼(かれ)と菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に争(あらそ)い弁(べん)じて到(いた)りしに、其実(じつ)相貌(そうぼう)・言語(げんご)等(ら)俱(とも)に一般(おなじ)く、菩薩(ぼさつ)も亦(ま)た真假(しんか)を弁(べん)ずるに難(かた)し。又(また)この厮(やつ)と天堂(てんどう)に打(う)ち上(のぼ)りしに、衆神(しゅうしん)も亦(ま)た果(はた)して弁(べん)じ難(がた)く、我(わ)が師(し)に見(まみ)ゆるに因(よ)り、我(わ)が師(し)《緊箍咒(きんこじゅ)》を念(ねん)じて試験(しけん)せしに、我(われ)と一般(おなじ)く疼痛(とうつう)せり。故此(このゆえ)幽冥(ゆうめい)に鬧(さわ)ぎ至(いた)れり。陰君(いんくん)の我(われ)と生死簿(しょうじぼ)を査看(さかん)し、仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)の是(こ)れ何(なん)の出身(しゅっしん)なるを看(み)、早(はや)く彼(かれ)の魂魄(こんぱく)を追(お)わんことを望(のぞ)み、二心(にしん)の沌乱(とんらん)を教(おし)うるを免(まぬが)れん」 と。那(か)の怪(かい)も亦(ま)た此(か)くの如(ごと)く一遍(ひとわたり)説(と)く。 陰君(いんくん)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち簿(ぼ)を管(つかさど)る判官(はんがん)を喚(よ)んで一一(ことごとく)頭(はじめ)より査勘(さかん)せしむるに、更(さら)に箇(ひとつ)の仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)の名(な)も無(な)し。再(ふたた)び毛虫(もうちゅう)の文簿(ぶんぼ)を看(み)るに、那(か)の猴子(こうし)一百三十条(ひゃくさんじゅうじょう)は已(すで)に是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)の幼年(ようねん)に道(みち)を得(え)し時(とき)、大(おお)いに陰司(いんし)を鬧(さわ)がし、死名(しみょう)を消(け)して一筆(いっぴつ)に之(こ)れを勾(こう)し、自(おのず)から後(のち)来(きた)る凡是(およそ)猴属(こうぞく)の者、尽(ことごと)く名号(みょうごう)無(な)し。 査勘(さかん)し畢(おわ)りて当殿(とうでん)に回報(かいほう)し、陰君(いんくん)各(おのおの)笏(しゃく)を執(と)りて行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて説(いわ)く、「大聖(たいせい)、幽冥(ゆうめい)の処(ところ)既(すで)に名号(みょうごう)の査(しら)ぶべき無(な)くんば、汝(なんじ)還(ま)た陽間(ようかん)へ往(ゆ)きて折弁(せつべん)せよ」と。正(まさ)に説(と)く処(ところ)、只(た)だ地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)の道(いわ)くを聴(き)く、 「且(しばら)く住(とど)まれ! 且(しばら)く住(とど)まれ! 我(われ)をして諦聴(たいちょう)をして汝(なんじ)と箇(ひとつ)の真假(しんか)を聴(き)かしめよ」 と。原来(もと)那(か)の諦聴(たいちょう)は是(こ)れ地蔵菩薩(じぞうぼさつ)の経案(きょうあん)の下(した)に伏(ふ)せる一箇(ひとつ)の獣(けもの)の名(な)なり。彼(かれ)若(も)し地(ち)の下(した)に伏(ふ)さば、一霎時(ひととき)にして、四大部洲(しだいぶしゅう)の山川社稷(さんせんしゃしょく)、洞天福地(どうてんふくち)の間(あいだ)の、蠃虫(らちゅう)鱗虫(りんちゅう)毛虫(もうちゅう)羽虫(うちゅう)昆虫(こんちゅう)、天仙(てんせん)地仙(ちせん)神仙(しんせん)人仙(じんせん)鬼仙(きせん)を将(も)って、善悪(ぜんあく)を顧鑒(こかん)し、賢愚(けんぐ)を察聴(さっちょう)することを可(よ)しとす。 那(か)の獣(けもの)地蔵(じぞう)の鈞旨(きんし)を奉(ほう)じ、就(すなわ)ち森羅庭院(しんらていいん)の中(なか)に於(お)いて、地(ち)に俯伏(ふふく)し、須臾(しばらく)にして頭(こうべ)を抬(もた)げ起(おこ)し、地蔵(じぞう)に対(むか)いて道(いわ)く、「怪(かい)の名(な)は是(こ)れ有(あ)れど、但(た)だ当面(まのあたり)に説(と)き破(やぶ)るべからず、又(また)力(ちから)を助(たす)けて彼(かれ)を擒(とら)うること能(あた)わず」と。地蔵道(いわ)く、「当面(まのあたり)に説(と)き出(いだ)さば便(すなわ)ち怎(いか)にせん」と。諦聴道(いわ)く、「当面(まのあたり)に説(と)き出(いだ)さば、恐(おそ)らくは妖精(ようせい)の悪(あく)を発(はっ)し、宝殿(ほうでん)を騒擾(そうじょう)し、陰府(いんぷ)をして安(やす)からざらしめん」と。又(また)問(と)う、「何(なん)と為(な)すか力(ちから)を助(たす)けて擒(とら)え拿(とら)うること能(あた)わざる」と。諦聴道(いわ)く、「妖精(ようせい)の神通(じんつう)は、孫大聖(そんたいせい)と二(ふたつ)無(な)し。幽冥(ゆうめい)の神(かみ)に、能(よ)く幾何(いくばく)の法力(ほうりき)か有(あ)らん。故此(このゆえ)擒(とら)え拿(とら)うること能(あた)わず」と。地蔵道(いわ)く、「似(か)くの如(ごと)くんば怎(いか)にしてか祛除(きょじょ)せん」と。諦聴(たいちょう)言(いわ)く、「仏法(ぶっぽう)無辺(むへん)なり」と。 地蔵(じぞう)早(はや)く已(すで)に省(さと)り悟(さと)り、即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて道(いわ)く、「汝(なんじ)二箇(ふたり)の形容(けいよう)一(いつ)の如(ごと)く、神通(じんつう)二(ふたつ)無(な)し。若(も)し弁明(べんめい)せんことを要(よう)せば、須(かなら)ず雷音寺(らいおんじ)の釈迦如来(しゃかにょらい)の那(か)の処(ところ)に到(いた)りて、方(はじ)めて明白(めいはく)を得(う)べし」と。二箇(ふたり)一斉(いっせい)に嚷(わめ)いて道(いわ)く、「説(と)ける所(ところ)は是(ぜ)なり! 説(と)ける所(ところ)は是(ぜ)なり! 我(われ)汝(なんじ)と西天(さいてん)の仏祖(ぶっそ)の前(まえ)に折弁(せつべん)せんと往(ゆ)かん!」と。那(か)の十殿(じゅうでん)の陰君(いんくん)送(おく)り出(いだ)し、地蔵(じぞう)に謝(しゃ)し、翠雲宮(すいうんぐう)に回(かえ)り上(のぼ)り、鬼使(きし)に着(つかわ)して幽冥(ゆうめい)の関隘(かんあい)を閉(と)ざさしむ。是(こ)れを題(あげ)ず。 看(み)よ、那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)は、雲(くも)を飛(と)ばし霧(きり)に奔(はし)り、西天(さいてん)に打(う)ち上(のぼ)る。詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。詩に曰(いわ)く、 人(ひと)に二心(にしん)有(あ)れば禍災(かさい)を生(しょう)じ、 天涯海角(てんがいかいかく)に疑猜(ぎさい)を致(いた)す。 宝馬(ほうば)三公(さんこう)の位(くらい)を思(おも)わんと欲(ほっ)し、 又(また)金鑾(きんらん)一品(いっぴん)の台(うてな)を憶(おも)う。 南征北討(なんせいほくとう)休歇(きゅうけつ)無(な)く、 東擋西除(とうとうさいじょ)未(いま)だ定(さだ)まらずや。 禅門(ぜんもん)須(かなら)ず無心(むしん)の訣(けつ)を学(まな)び、 静(しず)かに嬰児(えいじ)を養(やしな)いて聖胎(せいたい)を結(むす)べ。 彼(かれ)の二箇(ふたり)那(か)の半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて、扯(ひ)き扯(ひ)き拉(ひ)き拉(ひ)き、抓(ひっか)き抓(ひっか)き挜(おさ)え挜(おさ)え、且(か)つ行(ゆ)き且(か)つ闘(たたか)い、直(ただ)ちに大西天(だいさいてん)霊鷲仙山(りょうじゅうせんざん)雷音宝刹(らいおんほうさつ)の外(そと)に嚷(わめ)き至(いた)る。早(つと)に那(か)の四大菩薩(しだいぼさつ)、八大金剛(はちだいこんごう)、五百阿羅(ごひゃくあら)、三千掲諦(さんぜんかいたい)、比丘尼(びくに)・比丘僧(びくそう)・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)の諸(もろもろ)の大聖衆(だいしょうしゅ)の、都(みな)七宝蓮台(しっぽうれんだい)の下(した)に到(いた)りて、各(おのおの)如来(にょらい)の説法(せっぽう)を聴(き)けるを見(み)る。 那(か)の如来(にょらい)正(まさ)に這(こ)れを講(こう)ず。 有(う)に非(あら)ざる中(うち)に有(う)有(あ)り、 無(む)に非(あら)ざる中(うち)に無(む)有(あ)り。 色(しき)に非(あら)ざる中(うち)に色(しき)有(あ)り、 空(くう)に非(あら)ざる中(うち)に空(くう)有(あ)り。 有(う)を非(ひ)として有(う)と為(な)し、 無(む)を非(ひ)として無(む)と為(な)す。 色(しき)を非(ひ)として色(しき)と為(な)し、 空(くう)を非(ひ)として空(くう)と為(な)す。 空(くう)即(すなわ)ち是(こ)れ空(くう)、 色(しき)即(すなわ)ち是(こ)れ色(しき)。 色(しき)に定色(じょうしき)無(な)く、色(しき)即(すなわ)ち是(こ)れ空(くう)。 空(くう)に定空(じょうくう)無(なく)、空(くう)即(すなわ)ち是(こ)れ色(しき)。 空(くう)を知(し)りて空(くう)ならず、 色(しき)を知(し)りて色(しき)ならず。 と。名(なづ)けて照了(しょうりょう)と為(な)し、始(はじ)めて妙音(みょうおん)に達(たっ)す。 概(おおむ)ね衆(しゅう)稽首(けいしゅ)して皈依(きえ)し、流通(るつう)読誦(どくじゅ)の際(きわ)に、如来(にょらい)天花(てんげ)を降(くだ)して普(あまね)く繽紛(ひんぷん)と散(さん)じ、即(すなわ)ち宝座(ほうざ)を離(はな)れ、大衆(だいしゅ)に対(むか)いて道(いわ)く、「汝等(なんじら)俱(とも)に是(こ)れ一心(いっしん)なれど、且(しばら)く二心(にしん)の競(きそ)い闘(たたか)いて来(きた)るを看(み)よ」と。大衆(だいしゅう)目(め)を挙(あ)げて之(こ)れを看(み)れば、果(はた)して是(こ)れ二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)の、天(てん)に吆(さけ)び地(ち)に喝(かつ)し、雷音勝境(らいおんしょうきょう)に打(う)ち至(いた)るなり。慌(あわ)てたるは那(か)の八大金剛(はちだいこんごう)、前(まえ)に進(すす)みて遮(さえぎ)り止(とど)めて道(いわ)く、「汝等(なんじら)何処(いずこ)へか往(ゆ)かんと欲(ほっ)する」と。 這(こ)の大聖道(いわ)く、「妖精(ようせい)我(わ)が形(かたち)に変作(へんさく)せり。宝蓮台(ほうれんだい)の下(した)に至(いた)りて、如来(にょらい)を煩(わずら)わして我(われ)が為(ため)に箇(ひとつ)の虚実(きょじつ)を弁(べん)ぜん」と。衆金剛(しゅこんごう)抵擋(ていとう)し得(え)ず、直(ただ)ちに台下(だいか)に嚷(わめ)き至(いた)り、仏祖(ぶっそ)の前(まえ)に跪(ひざまず)きて拝(おが)み告(もう)して道(いわ)く、 「弟子(でし)唐僧(とうそう)を保護(ほご)し、来(きた)って宝山(ほうざん)を造(たず)ね、真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らんとし、一路(いちろ)の上(うえ)に魔(ま)を煉(ね)り怪(かい)を縛(しば)るに、幾許(いくばく)の精神(せいしん)を費(つい)やせるを知(し)らず。前(さき)に中途(ちゅうと)に至(いた)り、偶(たまた)ま強徒(ごうと)の劫(かす)め虜(とりこ)にするに遇(あ)い、委(まこと)に是(こ)れ弟子(でし)二次(にど)に幾人(いくたり)かを打(う)ち傷(そこな)えり。師父(しふ)我(われ)を怪(あや)しみて趕(お)い回(かえ)し、同(とも)に如来(にょらい)の金身(こんしん)を拝(おが)むを容(い)れず。弟子(でし)無奈(なすべ)なく、只(た)だ南海(なんかい)に投奔(とうほん)し、観音(かんのん)に見(まみ)えて苦(く)を訴(うった)う。図(はか)らざりきこの妖精(ようせい)、仮(かり)に弟子(でし)の声音(せいおん)相貌(そうぼう)に変(へん)じ、師父(しふ)を将(も)って打(う)ち倒(たお)し、行李(こうり)を把(も)って搶(うば)い去(さ)れり。師弟(してい)悟浄(ごじょう)我(わ)が山(やま)に尋(たず)ね至(いた)るに、この妖(よう)に仮(かり)に巧言(こうげん)を捏(つく)られ、真僧(しんそう)の経(きょう)を取(と)るの故(ゆえ)有(あ)りと説(と)かれたり。悟浄(ごじょう)身(み)を脱(のが)れて南海(なんかい)に至(いた)り、詳細(しょうさい)を備(つぶさ)に説(と)く。観音(かんのん)之(こ)れを知(し)り、遂(つい)に弟子(でし)に令(めい)じて悟浄(ごじょう)と同(とも)に再(ふたた)び我(わ)が山(やま)に至(いた)らしむ。此(こ)れに因(よ)り、両人(ふたり)真假(しんか)を比(くら)べ並(なら)べ、南海(なんかい)に打(う)ち至(いた)り、又(また)天宮(てんぐう)に打(う)ち到(いた)り、又(また)曾(かつ)て唐僧(とうそう)に打(う)ち見(まみ)え、冥府(めいふ)に打(う)ち見(まみ)えしも、俱(とも)に能(よ)く弁認(べんにん)する莫(な)し。故此(このゆえ)大胆(だいたん)に軽(かる)がるしく造(たず)ぬ。千(なにとぞ)大(おお)いに方便(ほうべん)の門(もん)を開(ひら)き、広(ひろ)く慈憫(じびん)の念(ねん)を垂(た)れ、弟子(でし)と邪正(じゃしょう)を弁明(べんめい)し、庶(こいねがわく)は好(よ)く唐僧(とうそう)を保護(ほご)して親(みずか)ら金身(こんしん)を拝(おが)み、経(きょう)を取(と)りて東土(とうど)に回(かえ)り、永(とこしえ)に大教(だいきょう)を揚(あ)げん」 と。大衆(だいしゅう)彼(かれ)の二張(ふたつ)の口(くち)の一樣(おなじ)き声(こえ)にて俱(とも)に一遍(ひとわたり)説(と)くを聴(き)くに、衆(しゅう)も亦(ま)た弁(べん)ぜず、惟(ただ)如来(にょらい)のみ則(すなわ)ち通(つう)じて之(こ)れを知(し)る。正(まさ)に道(い)い破(やぶ)らんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち南下(なんか)の彩雲(さいうん)の間(あいだ)より、観音(かんのん)の来(きた)りて、我(わ)が仏(ほとけ)に参拝(さんぱい)するを見(み)る。 我(わ)が仏(ほとけ)掌(てのひら)を合(あわ)せて道(いわ)く、「観音尊者(かんのんそんじゃ)、汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)、誰(たれ)か是(こ)れ真(しん)に誰(たれ)か是(こ)れ仮(か)ぞ」と。菩薩道(いわ)く、「前日(せんじつ)弟子(でし)の荒境(こうきょう)に在(あ)りしに、委(まこと)に弁(べん)ずること能(あた)わず。彼(かれ)又(また)天宮(てんぐう)地府(ちふ)に至(いた)るも、亦(ま)た俱(とも)に認(みと)め難(がた)し。特(こと)に来(きた)りて如来(にょらい)に拝(おが)み告(もう)す、千万(なにとぞ)彼(かれ)と弁明(べんめい)弁明(べんめい)せよ」と。如来笑(わら)って道(いわ)く、「汝等(なんじら)の法力(ほうりき)広大(こうだい)なるも、只(た)だ能(よ)く普(あまね)く周天(しゅうてん)の事(こと)を閲(けみ)し、能(よ)く遍(あまね)く周天(しゅうてん)の物(もの)を識(し)らず、亦(また)能(よ)く広(ひろ)く周天(しゅうてん)の種類(しゅるい)を会(え)せざるなり」と。菩薩(ぼさつ)又(また)周天(しゅうてん)の種類(しゅるい)を請(こ)い示(しめ)す。如来(にょらい)才(はじ)めて道(いわ)く、 「周天(しゅうてん)の内(うち)に五仙(ごせん)有(あ)り、乃(すなわ)ち天地神人鬼(てんちしんじんき)なり。五虫(ごちゅう)有(あ)り、乃(すなわ)ち蠃鱗毛羽昆(らりんもううこん)なり。この厮(やつ)は天(てん)に非(あら)ず地(ち)に非(あら)ず神(しん)に非(あら)ず人(ひと)に非(あら)ず鬼(おに)に非(あら)ず、亦(また)蠃(ら)に非(あら)ず鱗(りん)に非(あら)ず毛(もう)に非(あら)ず羽(う)に非(あら)ず昆(こん)に非(あら)ず。又(また)四猴(しこう)の世(よ)を混(こん)ずる者有(あ)りて、十類(じゅうるい)の種(たね)に入(い)らず」 と。菩薩道(いわ)く、「敢(あ)えて問(と)う、是(こ)れ那(いず)れの四猴(しこう)ぞ」と。如来道(いわ)く、 「第一(だいいち)は是(こ)れ霊明石猴(れいみょうせきこう)、変化(へんげ)に通(つう)じ、天時(てんじ)を識(し)り、地利(ちり)を知(し)り、星(ほし)を移(うつ)し斗(と)を換(か)う。 第二(だいに)は是(こ)れ赤尻馬猴(せっきばこう)、陰陽(いんよう)を暁(さと)り、人事(じんじ)を会(え)し、出入(しゅつにゅう)に善(よ)く、死(し)を避(さ)け生(せい)を延(の)ぶ。 第三(だいさん)は是(こ)れ通臂猿猴(つうびえんこう)、日月(じつげつ)を拿(と)り、千山(せんざん)を縮(ちぢ)め、休咎(きゅうきゅう)を弁(べん)じ、乾坤(けんこん)を摩弄(まろう)す。 第四(だいし)は是(こ)れ六耳獼猴(ろくじびこう)、音(おと)を聆(き)くに善(よ)く、理(ことわり)を察(さっ)すること能(よ)く、前後(ぜんご)を知(し)り、万物(ばんぶつ)皆(みな)明(あき)らかなり。 この四猴(しこう)なる者は、十類(じゅうるい)の種(たね)に入(い)らず、両間(りょうかん)の名(な)に達(たっ)せず。我(われ)観(み)るに仮(にせ)の悟空(ごくう)は乃(すなわ)ち六耳獼猴(ろくじびこう)なり。この猴(さる)若(も)し一処(ひとところ)に立(た)てば、能(よ)く千里(せんり)の外(そと)の事(こと)を知(し)り、凡(およそ)人(ひと)の説話(せつわ)するも、亦(ま)た之(こ)れを知(し)ることを能(よ)くす。故此(このゆえ)音(おと)を聆(き)くに善(よ)く、理(ことわり)を察(さっ)すること能(よ)く、前後(ぜんご)を知(し)り、万物(ばんぶつ)皆(みな)明(あき)らかなり。真(しん)の悟空(ごくう)と同象(どうぞう)同音(どうおん)なる者は、六耳獼猴(ろくじびこう)なり」 と。那(か)の獼猴(びこう)如来(にょらい)の彼(かれ)が本象(ほんぞう)を説(と)き出(いだ)すを聞(き)き得(え)、胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)き、急(いそ)ぎて身(み)を縦(はな)ち、跳(と)び起(おこ)りて就(すなわ)ち走(に)ぐ。如来(にょらい)彼(かれ)の走(に)ぐるを見(み)て、即(すなわ)ち大衆(だいしゅ)に令(めい)じて手(て)を下(くだ)さしむ。早(つと)に四菩薩(しぼさつ)、八金剛(はちこんごう)、五百阿羅(ごひゃくあら)、三千掲諦(さんぜんかいたい)、比丘僧(びくそう)、比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)、優婆夷(うばい)、観音(かんのん)、木吒(もくた)有(あ)りて、一斉(いっせい)に囲繞(いじょう)す。孫大聖(そんたいせい)も亦(ま)た前(まえ)に進(すす)まんとせしに、如来道(いわ)く、「悟空(ごくう)手(て)を動(うご)かすを休(や)めよ、我(われ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて彼(かれ)を擒(とら)えしめよ」と。 那(か)の獼猴(びこう)毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん)として、脱(のが)るるに難(かた)きを料(おもんばか)り、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、一箇(ひとつ)の蜜蜂児(みつばち)に変作(へんさく)し、上(うえ)へ向(むか)いて便(すなわ)ち飛(と)ぶ。如来(にょらい)金鉢盂(きんはつう)を将(も)って撇(な)げ起(おこ)し去(さ)れば、正(まさ)に那(か)の蜂児(みつばち)を蓋(おお)いて、落(お)ち下(くだ)り来(きた)る。大衆(だいしゅう)知(し)らず、以(おも)えらく走(に)げたりと。如来笑(わら)って云(いわ)く、「大衆(だいしゅう)言(い)うこと莫(な)かれ、妖精(ようせい)未(いま)だ走(に)げず、見(いま)我(わ)がこの鉢盂(はつう)の下(した)に在(あ)り」と。大衆(だいしゅう)一斉(いっせい)に前(まえ)に進(すす)み、鉢盂(はつう)を把(も)って揭(はぐ)り起(おこ)せば、果(はた)して本象(ほんぞう)を現(あらわ)して、是(こ)れ一箇(ひとり)の六耳獼猴(ろくじびこう)なり。孫大聖(そんたいせい)忍不住(たえず)、鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、頭(こうべ)より劈(つんざ)くこと一下(ひとつ)、打(う)ち殺(ころ)して、今(いま)に至(いた)るまでこの一種(いっしゅ)を絶(た)てり。如来(にょらい)忍(しの)びず、一声(ひとこえ)、 「善(ぜん)なるかな! 善(ぜん)なるかな!」 と。大聖道(いわ)く、「如来(にょらい)彼(かれ)を慈憫(じびん)すべからず。彼(かれ)我(わ)が師父(しふ)を打(う)ち傷(そこな)い、我(わ)が包袱(ほうふく)を搶(うば)い奪(うば)えり。律(りつ)に依(よ)りて彼(かれ)を問(と)うに得財傷人(とくざいしょうにん)、白昼搶奪(はくちゅうごうだつ)を以(もっ)てせば、也(ま)た該(まさ)に箇(ひとつ)の斬罪(ざんざい)なるべし!」と。如来道(いわ)く、「汝(なんじ)自(みずか)ら速(はや)く往(ゆ)きて唐僧(とうそう)を保護(ほご)し、此(ここ)に来(きた)りて経(きょう)を求(もと)めしめよ」と。大聖(たいせい)叩頭(こうとう)し謝(しゃ)して道(いわ)く、「上(うえ)に如来(にょらい)に告(もう)し知(し)らしめよ。那(か)の師父(しふ)は定(かなら)ず是(こ)れ我(われ)を要(い)らず。我(われ)この去(ゆ)くに、若(も)し収(おさ)め留(とど)めずんば、却(かえ)って又(また)一番(ひとくさり)の神思(しんし)を労(ろう)せずや! 如来(にょらい)の方便(ほうべん)を望(のぞ)み、松箍児咒(しょうこじじゅ)を把(も)って一(ひと)たび念(ねん)じ、この金箍(きんこ)を褪(ぬ)ぎ下(おろ)し、如来(にょらい)に交(かわ)し還(かえ)し、我(われ)を放(はな)ちて還俗(げんぞく)し去(さ)らしめ給(たま)え」と。如来道(いわ)く、「汝(なんじ)乱(みだ)りに想(おも)うを休(や)めよ、切(せつ)に刁(ねじ)くるを放(はな)つこと莫(な)かれ。我(われ)観音(かんのん)に教(おし)えて汝(なんじ)を送(おく)り往(ゆ)かしめん、彼(かれ)の収(おさ)めざらんことを怕(おそ)るること莫(な)かれ。好(よ)く生(よ)く彼(かれ)を保護(ほご)して往(ゆ)け、那(そ)の時(とき)功(こう)成(な)って極楽(ごくらく)に帰(き)し、汝(なんじ)も亦(ま)た蓮台(れんだい)に坐(ざ)せん」と。 那(か)の観音(かんのん)旁(かたわら)に在(あ)りて聴(き)き説(と)き、即(すなわ)ち掌(てのひら)を合(あわ)せて聖恩(せいおん)を謝(しゃ)し、悟空(ごくう)を領(ひき)い、輒(すなわ)ち雲(くも)に駕(が)して去(さ)る。随後(あとより)木吒行者(もくたぎょうじゃ)、白鸚哥(はくおうか)も、一同(いっしょ)に趕(お)い上(のぼ)る。多時(しばらく)ならずして、中途(ちゅうと)の草舎(そうしゃ)の人家(じんか)に到(いた)る。沙和尚(さおしょう)看(み)て、急(いそ)ぎて師父(しふ)を請(しょう)じて門(もん)を拝(おが)みて迎接(げいせつ)す。菩薩道(いわ)く、「唐僧(とうそう)、前日(せんじつ)汝(なんじ)を打(う)ちしは、乃(すなわ)ち仮(にせ)の行者(ぎょうじゃ)六耳獼猴(ろくじびこう)なり。幸(さいわい)に如来(にょらい)知識(しき)有(あ)りて、已(すで)に悟空(ごくう)に打(う)ち殺(ころ)されたり。汝(なんじ)今(いま)須(かなら)ず是(こ)れ悟空(ごくう)を収(おさ)め留(とど)めよ。一路(いちろ)の上(うえ)魔障(ましょう)未(いま)だ消(しょう)えず、須(かなら)ず彼(かれ)を得(え)て汝(なんじ)を保護(ほご)せしめて、才(はじ)めて霊山(りょうざん)に到(いた)り、仏(ほとけ)に見(まみ)えて経(きょう)を取(と)るを得(う)べし。再(ふたた)び嗔(いか)り怪(あや)しむこと莫(な)かれ」と。三蔵(さんぞう)叩頭(こうとう)して道(いわ)く、「謹(つつし)んで教旨(きょうし)を遵(したが)わん」と。 正(まさ)に拝(おが)み謝(しゃ)する時(とき)、只(た)だ正東(しょうとう)の上(うえ)に狂風(きょうふう)滚滚(こんこん)たるを聴(き)く。衆(しゅう)目(め)を注(そそ)いで之(こ)れを視(み)れば、乃(すなわ)ち猪八戒(ちょはっかい)の両箇(ふたつ)の包袱(ほうふく)を背負(お)い、風(かぜ)に駕(が)して至(いた)れるなり。呆子(ほうし)菩薩(ぼさつ)を見(み)て、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)して道(いわ)く、「弟子(でし)前日(せんじつ)師父(しふ)に別(わか)れて花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に至(いた)りて包袱(ほうふく)を尋(たず)ね得(え)しに、果(はた)して一箇(ひとり)の仮(にせ)の唐僧(とうそう)・仮(にせ)の八戒(はっかい)を見(み)、都(みな)弟子(でし)に打(う)ち殺(ころ)され、原来(もと)是(こ)れ二箇(ふたり)の猴身(こうしん)なりき。却(かえ)って裡(うち)に入(い)り、方(はじ)めて包袱(ほうふく)を尋(たず)ね着(つ)け、当時(そのとき)査点(さてん)せしに、一物(いちもつ)も少(すくな)からず。却(かえ)って風(かぜ)に駕(が)して此(ここ)に転(めぐ)り来(きた)れり。更(さら)に二箇(ふたり)の行者(ぎょうじゃ)の下落(いずこ)なるを知(し)らざりしなり」と。菩薩(ぼさつ)如来(にょらい)の怪(あやしき)を識(し)れる事(こと)を把(も)って、一遍(ひとわたり)説(と)けり。那(か)の呆子(ほうし)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、称謝(しょうしゃ)すること尽(つ)きず。 師徒(しと)たち拝(おが)み謝(しゃ)し了(おわ)り、菩薩(ぼさつ)海(うみ)に回(かえ)り、却(かえ)って都(みな)旧(もと)に照(てら)して意(い)を合(あわ)せ心(こころ)を同(おなじう)し、冤(えん)を洗(あら)い怒(いかり)を解(と)く。又(また)那(か)の村舎(そんしゃ)の人家(じんか)に謝(しゃ)し、行嚢(こうのう)馬匹(ばひつ)を整(ととの)え束(つか)ね、大路(たいろ)を找(たず)ねて西(にし)へ向(むか)う。正(まさ)に是(こ)れ、 中道(ちゅうどう)分離(ぶんり)して五行(ごぎょう)乱(みだ)れ、 妖(よう)を降(くだ)し聚(あつま)り会(かい)して元明(げんみょう)を合(がっ)す。 神(しん)心舎(しんしゃ)に帰(き)して禅(ぜん)方(まさ)に定(さだ)まり、 六識(ろくしき)祛(はら)い降(くだ)って丹(たん)自(おのず)から成(な)る。 畢竟(はてさて)この去(ゆ)くに、三蔵(さんぞう)の何時(いつ)にか仏(ほとけ)に面(まみ)えて経(きょう)を求(もと)め得(う)るやは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第五十九回 唐三蔵(とうさんぞう)路(みち)火焰山(かえんざん)に阻(はば)まれ 孫行者(そんぎょうじゃ)一(ひと)たび芭蕉扇(ばしょうせん)を調(ととの)う 若干(じゃっかん)の種性(しゅしょう)本(もと)来(きた)れるは同(おな)じく、海(うみ)の納(い)るること無窮(むきゅう)なり。千思万慮(せんしばんりょ)終(つい)に妄(もう)を成(な)し、般般色色(はんはんしきしき)和融(わゆう)す。功(こう)完(まっと)うし行(ぎょう)満(み)つる日(ひ)有(あ)り、円明(えんみょう)の法性(ほっしょう)高(たか)く隆(さか)んならん。差別(しゃべつ)をして西東(ざいとう)を走(はし)らせて、緊(かた)く鎖(じょう)し牢(ろう)せよ。収(おさ)め来(きた)りて丹炉(たんろ)の内(うち)に安放(あんぽう)し、煉(ね)り得(う)ること金烏(きんう)一樣(いちよう)の紅(くれない)の如(ごと)し。朗朗輝輝(ろうろうきき)として嬌艶(きょうえん)に、出入(しゅつにゅう)の龍(りゅう)に乗(の)るに任(まか)す。 話(わ)に表(あらわ)す、三蔵(さんぞう)菩薩(ぼさつ)の教旨(きょうし)を遵(したが)い、行者(ぎょうじゃ)を収(おさ)め、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と二心(にしん)を剪(き)り断(た)ち、猿馬(えんば)を鎖鑨(さろう)し、心(こころ)を同(おなじう)し力(ちから)を戮(あわ)せて、西天(さいてん)へ趕(お)い奔(はし)る。説(と)き尽(つく)すべからず、光陰(こういん)は箭(や)の如(ごと)く、日月(じつげつ)は梭(ひ)の如(ごと)し。夏月(かげつ)の炎天(えんてん)を歴(へ)過(す)ぎ、却(かえ)って又(また)三秋(さんしゅう)の霜景(そうけい)に値(あ)う。但(た)だ那(か)の、 薄雲(うすぐも)断絶(だんぜつ)して西風(せいふう)緊(きゅう)なり、 鶴(つる)岫(みね)に遠(とお)く鳴(な)きて霜林(そうりん)錦(にしき)の如(ごと)し。 光景(こうけい)正(まさ)に蒼涼(そうりょう)、山(やま)長(なが)く水(みず)更(さら)に長(なが)し。 征鴻(せいこう)北塞(ほくさい)に来(きた)り、玄鳥(げんちょう)南陌(なんぼく)に帰(かえ)る。 客路(かくろ)孤単(こたん)を怯(おそ)れ、衲衣(のうえ)容易(ようい)に寒(かん)なり。 師徒四衆(しとししゅう)、前(まえ)に進(すす)み行(ゆ)く処(ところ)、漸(ようや)く熱気(ねっき)の人(ひと)を蒸(む)すを覚(おぼ)ゆ。三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(よ)りて道(いわ)く、「如今(いま)正(まさ)に是(こ)れ秋(あき)なるに、却(かえ)って怎(どう)して返(かえ)って熱気(ねっき)有(あ)るや」と。八戒道(いわ)く、「原来(もと)知(し)らざるなり。西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)に一箇(ひとつ)の斯哈哩国(しかりこく)有(あ)り、乃(すなわ)ち是(こ)れ日(ひ)の落(お)つるの処(ところ)、俗(ぞく)に呼(よ)んで天(てん)の尽頭(じんとう)と為(な)す。若(も)し申酉(しんゆう)の時(とき)に到(いた)らば、国王(こくおう)人(ひと)を差(つかわ)して城(しろ)に上(のぼ)らしめ、鼓(つづみ)を擂(う)ち角(つの)を吹(ふ)き、海沸(かいふつ)の厳(いかめ)しきを混雑(こんざつ)す。日(ひ)は乃(すなわ)ち太陽(たいよう)の真火(しんか)、西海(さいかい)の間(あいだ)に落(お)つるに、火(ひ)の水(みず)を淬(にら)ぐが如(ごと)く、声(こえ)に接(せっ)して滚沸(こんふつ)す。若(も)し鼓角(こかく)の声(こえ)の耳(みみ)を混(ま)ぜる無(な)くんば、即(すなわ)ち城中(じょうちゅう)の小児(しょうじ)を振(ふる)い殺(ころ)さん。此(こ)の地(ち)熱気(ねっき)人(ひと)を蒸(む)すは、想必(おもうに)日(ひ)の落(お)つるの処(ところ)に到(いた)れるならん」と。 大聖(たいせい)説(と)くを聞(き)き、忍不住(たえず)笑(わら)って道(いわ)く、「呆子(ほうし)乱談(らんだん)すること莫(な)かれ! 若(も)し斯哈哩国(しかりこく)を論(あげつら)わば、正(まさ)に好(よ)く早(はや)きのみ。師父(しふ)の朝(あさ)に三(みつ)暮(ゆうべ)に二(ふたつ)の、この等(よう)の担閣(たんかく)にては、小(ちいさ)きより老(お)いに至(いた)り、老(お)いて又(また)小(ちいさ)く、老小(ろうしょう)三生(さんしょう)するも、也(ま)た還(ま)た到(いた)らじ」と。八戒道(いわ)く、「哥(あに)や、汝(なんじ)の説(と)くに拠(よ)れば、是(こ)れ日(ひ)の落(お)つるの処(ところ)に非(あら)ずんば、何為(なんす)れぞ這(か)くの如(ごと)く酷熱(こくねつ)なる」と。沙僧道(いわ)く、「想(おも)うに是(こ)れ天時(てんじ)正(ただ)しからず、秋(あき)に夏(なつ)の令(りょう)を行(おこ)なうが故(ゆえ)ならん」と。 彼(かれ)の三箇(みたり)正(まさ)に都(みな)争(あらそ)い講(と)くに、只(た)だ見(み)る、那(か)の路旁(みちばた)に一座(いちざ)の荘院(そういん)有(あ)り。乃(すなわ)ち是(こ)れ紅瓦(こうが)の蓋(おお)える房舎(ぼうしゃ)、紅磚(こうせん)の砌(きず)ける垣墻(えんしょう)、紅油(こうゆ)の門扇(もんせん)、紅漆(こうしつ)の板榻(ばんとう)、一片(いっぺん)都(みな)是(こ)れ紅(あか)きなり。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)りて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)往(ゆ)きて那(か)の人家(じんか)に箇(ひとつ)の消息(しょうそく)を問(と)い、那(か)の炎熱(えんねつ)の故(ゆえ)の何(なん)なるを看(み)よ」と。 大聖(たいせい)金箍棒(きんこぼう)を収(おさ)め、衣裳(ころも)を整粛(せいしゅく)し、扭捏(じじ)として箇(ひとつ)の斯文(しぶん)の気象(きしょう)を作(な)し、大路(たいろ)を綽(よ)けて下(お)り、径(ただ)ちに門前(もんぜん)に至(いた)りて観(み)わたす。那(か)の門裡(もんり)忽然(たちまち)一箇(ひとり)の老者(ろうじゃ)走出(かけい)でる。但(た)だ見(み)る、彼(かれ)は、 一領(ひとえ)の黄(き)ならず紅(あか)ならぬ葛布(かっぷ)の深衣(しんい)を穿(き)、 一頂(ひとつ)の青(あお)ならず皂(くろ)ならぬ篾絲(べっし)の凉帽(りょうぼう)を戴(いただ)く。 手中(しゅちゅう)に一根(ひとすじ)の彎(まが)らず直(なお)からず暴節(ぼうせつ)の竹杖(ちくじょう)を拄(つ)き、 足下(あしもと)に一双(ひとそろい)の新(あたら)しからず旧(ふる)からず搫靸(はんとう)の靴鞋(かぐつ)を踏(ふ)む。 面(かお)は紅銅(あかがね)に似(に)、鬚(ひげ)は白練(はくれん)の如(ごと)し。 両道(ふたすじ)の寿眉(じゅび)碧眼(へきがん)を遮(おお)い、 一張(ひとつ)の咍口(たいこう)金牙(きんが)を露(あらわ)す。 那(か)の老者(ろうじゃ)猛(にわ)かに頭(こうべ)を挙(あ)げ、行者(ぎょうじゃ)を見(み)て、一驚(ひとおどろき)を喫(きっ)し、竹杖(ちくじょう)を拄(つ)きたるまま、喝(かつ)して道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何処(いずこ)より来(きた)れる怪人(かいじん)ぞ。我(わ)がこの門首(かど)に在(あ)りて何(なん)の干(かかわり)か有(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、「老施主(ろうせしゅ)、我(われ)を怕(おそ)るるを休(や)めよ。我(われ)は是(こ)れ甚(なん)の怪人(かいじん)ならず、貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より欽差(きんさ)せられ西方(さいほう)に上(のぼ)りて経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。師徒(しと)四人(よったり)、適(たまた)ま宝方(ほうぼう)に至(いた)り、天気(てんき)の蒸(む)し熱(あつ)きを見(み)る。一(ひとつ)には其(そ)の故(ゆえ)を解(げ)せざるに、二(ふたつ)には地(ち)の名(な)を知(し)らず。特(こと)に拝(おが)み問(と)いて一二(いちに)を指教(しきょう)せよ」と。那(か)の老者(ろうじゃ)却(かえ)って才(はじ)めて心(こころ)を放(はな)ち、笑(わら)って云(いわ)く、 「長老(ちょうろう)罪(つみ)すること勿(な)かれ、我(わ)が老漢(ろうかん)一時(いっとき)眼(め)が花(はな)やぎ、尊顔(そんがん)を識(し)らざりしなり」 と。行者道(いわ)く、「不敢(かたじけな)し」と。老者(ろうじゃ)又(また)問(と)う、「令師(れいし)は那(いず)れの条(すじ)の路(みち)の上(うえ)に在(あ)る」と。行者道(いわ)く、「那(か)の南首(なんしゅ)の大路(たいろ)の上(うえ)に立(た)てるは是(こ)れならずや!」と。老者(ろうじゃ)教(いわ)く、「請(しょう)じ来(きた)れ、請(しょう)じ来(きた)れ」と。行者(ぎょうじゃ)歓喜(かんき)し、手(て)を把(も)って一(ひと)たび招(まね)けば、三蔵(さんぞう)即(すなわ)ち八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と同(とも)に、白馬(はくば)を牽(ひ)き、行李(こうり)を挑(にな)いて前(まえ)に近(ちか)づき、都(みな)老者(ろうじゃ)に対(むか)いて礼(れい)を作(な)す。 老者(ろうじゃ)三蔵(さんぞう)の丰姿(ほうし)の標致(ひょうち)なる、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)の相貌(そうぼう)の奇稀(きき)なるを見(み)、又(また)驚(おどろ)き又(また)喜(よろこ)び、只(た)だ裡(うち)に入(い)りて坐(ざ)することを請(しょう)じ、小(こ)の者たちに茶(ちゃ)を看(み)させ、一壁廂(いっぺきしょう)に飯(めし)を弁(べん)ぜしむ。三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、身(み)を起(おこ)して称謝(しょうしゃ)して道(いわ)く、「敢(あ)えて問(と)う公公(こうこう)、貴処(きしょ)は秋(あき)に遇(あ)うに、何(なん)ぞ返(かえ)って炎熱(えんねつ)なる」と。老者道(いわ)く、「敝地(へいち)は喚(よ)んで火焰山(かえんざん)と做(な)す。春(はる)無(な)く秋(あき)無(な)く、四季(しき)皆(みな)熱(あつ)し」と。三蔵道(いわ)く、「火焰山(かえんざん)は却(かえ)って那(いず)れの辺(かた)に在(あ)る。西(にし)へ往(ゆ)くの路(みち)を阻(はば)むや」と。老者道(いわ)く、「西方(さいほう)は却(かえ)って往(ゆ)くを得(え)ず。那(か)の山(やま)此(ここ)を離(はな)るること六十里(ろくじゅうり)の遠(とお)さ有(あ)り、正(まさ)に是(こ)れ西方(さいほう)の必(かなら)ず由(よ)るの路(みち)なるに、却(かえ)って八百里(はっぴゃくり)の火焰(かえん)有(あ)り、四周囲(ししゅうい)寸草(すんそう)も生(しょう)ぜず。若(も)し山(やま)を過(す)ぎ得(う)るも、就(すなわ)ち是(こ)れ銅(どう)の脳蓋(のうがい)、鉄(てつ)の躯(からだ)も、也(ま)た化(か)して汁(しる)と成(な)らん」と。三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、敢(あ)えて再(ふたた)び問(と)わず。 只(た)だ見(み)る、門外(もんがい)に一箇(ひとり)の少年(しょうねん)の男子(だんし)、一輛(ひとつ)の紅(あか)き車(くるま)を推(お)し、門旁(かどばた)に住(とど)めて、一声(ひとこえ)「糕(もち)を売(う)る!」と叫(さけ)ぶ。大聖(たいせい)一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一箇(ひとつ)の銅銭(どうせん)に変(へん)じ、那(か)の人(ひと)に問(と)うて糕(もち)を買(か)う。那(か)の人(ひと)銭(せん)を接(う)け、好歹(よしあし)を論(あげつら)わず、車(くるま)の上(うえ)の衣裹(ころもつつみ)を揭(はぐ)り、熱気(ねっき)騰騰(とうとう)たる中(うち)より、一塊(ひとかけ)の糕(もち)を拿(と)り出(いだ)して行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。 行者(ぎょうじゃ)手(て)の中(なか)に托(たく)すれば、火盆(ひぼん)の裡(うち)の灼炭(しゃくたん)、煤炉(ばいろ)の内(うち)の紅釘(こうてい)に似(に)たり。汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)は左手(ひだりて)を右手(みぎて)に倒(さかしま)にし、右手(みぎて)を左手(ひだりて)に換(か)え、只(た)だ道(いわ)く、「熱(あつ)し熱(あつ)し熱(あつ)し! 喫(く)い難(がた)し喫(く)い難(がた)し!」と。那(か)の男子(だんし)笑(わら)って道(いわ)く、「熱(あつ)きを怕(おそ)るるは此処(ここ)に来(く)ること莫(な)かれ、此処(ここ)は是(こ)れこの等(よう)に熱(あつ)きなり」と。行者道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの漢子(おとこ)は好(よ)くも理(ことわり)を明(あき)らめず。常言(じょうげん)に道(い)わく、冷(つめ)たからず熱(あつ)からざれば、五穀(ごこく)結(むす)ばずと。彼(かれ)のこの等(よう)に熱(あつ)きこと甚(はなはだ)しきに、汝(なんじ)がこの糕粉(もちこ)は、自(おのず)か何処(いずこ)より来(きた)れる」と。那(か)の人道(いわ)く、「若(も)し糕粉(もちこ)の米(こめ)を知(し)らんと欲(ほっ)せば、敬(つつし)んで鉄扇仙(てっせんせん)に求(もと)めよ」と。行者道(いわ)く、「鉄扇仙(てっせんせん)は怎(いか)にする」と。那(か)の人道(いわ)く、「鉄扇仙(てっせんせん)に一柄(ひとえ)の芭蕉扇(ばしょうせん)有(あ)り。求(もと)め得(え)て来(きた)らば、一扇(ひとあおぎ)には火(ひ)を息(や)め、二扇(ふたあおぎ)には風(かぜ)を生(しょう)じ、三扇(みあおぎ)には雨(あめ)を降(ふ)らす。我等(われら)就(すなわ)ち布種(たねまき)し、時(とき)に及(およ)んで収穫(しゅうかく)し、故(ゆえ)に五穀(ごこく)を得(え)て生(せい)を養(やしな)う。然(しか)らずんば、誠(まこと)に寸草(すんそう)も生(しょう)ずること能(あた)わざるなり」と。 行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、急(いそ)ぎて身(み)を抽(ひ)いて裡(うち)に走(はし)り入(い)り、糕(もち)を将(も)って三蔵(さんぞう)に遞(わた)して道(いわ)く、「師父(しふ)放心(ほうしん)せよ、且(しばら)く年(とし)を隔(へだ)てて焦(あせ)ること莫(な)かれ。糕(もち)を喫(く)いて、我(われ)汝(なんじ)と説(と)かん」と。長老(ちょうろう)糕(もち)を手(て)に接(う)け、本宅(ほんたく)の老者(ろうじゃ)に向(むか)いて道(いわ)く、「公公(こうこう)糕(もち)を請(こう)ぜよ」と。老者道(いわ)く、「我(わ)が家(いえ)の茶飯(さはん)未(いま)だ奉(たてまつ)らざるに、敢(あ)えて汝(なんじ)の糕(もち)を喫(く)わんや」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「老人家(ろうじんか)、茶飯(さはん)は倒(かえ)って賜(たま)うに及(およ)ばず。我(われ)汝(なんじ)に問(と)わん、鉄扇仙(てっせんせん)は何処(いずこ)に住(す)む」と。老者道(いわ)く、「汝(なんじ)彼(かれ)を問(と)うて怎(なん)とする」と。行者道(いわ)く、「適才(さっき)那(か)の糕(もち)を売(う)る人(ひと)の説(と)くには、この仙(せん)に一柄(ひとえ)の芭蕉扇(ばしょうせん)有(あ)り、求(もと)め将(も)って来(きた)らば、一扇(ひとあおぎ)には火(ひ)を息(や)め、二扇(ふたあおぎ)には風(かぜ)を生(しょう)じ、三扇(みあおぎ)には雨(あめ)を降(ふ)らし、汝(なんじ)がこの方(ほう)布種(たねまき)し収穫(しゅうかく)して、才(はじ)めて五穀(ごこく)を得(え)て生(せい)を養(やしな)うと。我(われ)彼(かれ)を尋(たず)ねて扇(おうぎ)を討(こう)じ来(きた)りて、火焰山(かえんざん)の火(ひ)を扇(あお)ぎ息(や)めて過(す)ぎ往(ゆ)かんと欲(ほっ)す。且(か)つこの方(ほう)をして時(とき)に依(よ)りて収(おさ)め種(う)え、安生(あんせい)を得(え)しめんとす」と。老者道(いわ)く、「固(もと)よりこの説(せつ)有(あ)り。汝等(なんじら)は却(かえ)って礼物(れいもつ)無(な)し、恐(おそ)らくは那(か)の聖賢(せいけん)の肯(あえ)て来(きた)らざらんことを」と。三蔵道(いわ)く、 「彼(かれ)は甚(なん)の礼物(れいもつ)をか要(もと)むる」 と。老者道(いわ)く、「我(わ)が此処(ここ)の人家(じんか)は、十年(じゅうねん)に一度(ひとたび)拝(おが)み求(もと)む。四猪(よんちょ)四羊(よんよう)、花紅表裡(かこうひょうり)、異香時果(いこうじか)、鶏鵞美酒(けいがびしゅ)、沐浴(もくよく)して虔誠(けんせい)に、那(か)の仙山(せんざん)に拝(おが)み到(いた)り、彼(かれ)を請(しょう)じて洞(どう)を出(い)でしめ、此(ここ)に至(いた)りて施為(せい)せしむ」と。行者道(いわ)く、「那(か)の山(やま)は何処(いずこ)に坐落(ざいらく)する。喚(よ)んで甚(なん)の地名(ちめい)と為(な)す。幾多(いくばく)の里数(りすう)有(あ)る。我(われ)をして往(ゆ)きて彼(かれ)に扇子(おうぎ)を要(もと)めしめよ」と。老者道(いわ)く、「那(か)の山(やま)は西南方(せいなんぽう)に在(あ)り、名(な)を喚(よ)んで翠雲山(すいうんざん)と為(な)す。山中(さんちゅう)に一(ひとつ)の仙洞(せんどう)有(あ)り、名(な)を喚(よ)んで芭蕉洞(ばしょうどう)と為(な)す。我(わ)が此処(ここ)の衆信人等(しゅうしんじんとう)仙山(せんざん)を拝(おが)まんと往(ゆ)くに、往回(おうかい)一月(いちげつ)を走(はし)るを要(よう)し、計(かぞ)うるに一千四百五六十里(いっせんしひゃくごろくじゅうり)有(あ)り」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「不打緊(わけな)し、就(すなわ)ち往(ゆ)きて就(すなわ)ち来(きた)らん」と。那(か)の老者道(いわ)く、「且(しばら)く住(とど)まれ、些(すこ)しの茶飯(さはん)を喫(く)い、些(すこ)しの乾糧(かんりょう)を弁(べん)じ、須(かなら)ず両人(ふたり)の伴(とも)を做(な)すべし。那(か)の路(みち)の上(うえ)人家(じんか)無(な)く、又(また)狼虎(ろうこ)多(おお)し、一日(いちじつ)に到(いた)るべからず、耍子(あそび)と当(あ)てること莫(な)かれ」と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「用(もち)いず用(もち)いず、我(われ)去(ゆ)かん!」と。一声(ひとこえ)説(い)うや、忽然(たちまち)見(み)えずなりぬ。那(か)の老者(ろうじゃ)慌(あわ)てて張(あわて)て道(いわ)く、「爺爺(おおかた)や! 原来(もと)是(こ)れ雲(くも)に騰(の)り霧(きり)を駕(が)するの神人(しんじん)なり!」と。 且(しばら)くこの家(いえ)の子(もの)の唐僧(とうそう)を供奉(くほう)すること倍(ばい)するを説(と)かず。却説(さて)那(か)の行者(ぎょうじゃ)は霎時(しばらく)にして径(ただ)ちに翠雲山(すいうんざん)に到(いた)り、祥光(しょうこう)を按住(おさえおろ)し、正(まさ)に自(みずか)ら洞口(どうこう)を找(たず)ね尋(たず)ぬるに、忽然(たちまち)丁丁(ていてい)の声(こえ)を聞(き)く。乃(すなわ)ち是(こ)れ山林(さんりん)の内(うち)の一人(ひとり)の樵夫(しょうふ)の木(き)を伐(き)るなり。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち歩(あゆみ)を趨(はや)めて前(まえ)に至(いた)る。又(また)彼(かれ)の道(いわ)くを聞(き)く、 「雲際(うんさい)依依(いい)として旧林(きゅうりん)を認(みと)め、 断崖(だんがい)荒草(こうそう)路(みち)尋(たず)ぬるに難(かた)し。 西山(せいざん)望見(ぼうけん)す朝(あした)に雨(あめ)の来(きた)らんを、 南澗(なんかん)帰(かえ)る時(とき)渡(わた)る処(ところ)深(ふか)し」 と。行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に近(ちか)づきて作礼(されい)して道(いわ)く、「樵哥(しょうか)、問訊(もんじん)せり」と。那(か)の樵子(しょうし)柯斧(かふ)を撇(す)て、礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、「長老(ちょうろう)何処(いずこ)へか往(ゆ)く」と。行者道(いわ)く、「敢(あ)えて問(と)う樵哥(しょうか)、這(こ)れは是(こ)れ翠雲山(すいうんざん)ならんや」と。樵子道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り」と。行者道(いわ)く、「一箇(ひとり)の鉄扇仙(てっせんせん)の芭蕉洞(ばしょうどう)有(あ)りと、何処(いずこ)に在(あ)る」と。樵子笑(わら)って道(いわ)く、「この芭蕉洞(ばしょうどう)は是(こ)れ有(あ)れど、却(かえ)って箇(ひとり)の鉄扇仙(てっせんせん)無(な)く、只(た)だ一箇(ひとり)の鉄扇公主(てっせんこうしゅ)有(あ)るのみ。又(また)名(な)を羅刹女(らせつにょ)と曰(い)う」と。 行者道(いわ)く、「人(ひと)の言(い)えるには、彼(かれ)に一柄(ひとえ)の芭蕉扇(ばしょうせん)有(あ)りて、能(よ)く火焰山(かえんざん)を熄(け)し得(う)と。敢(あ)えて是(こ)れ彼(かれ)ならんや」と。樵子道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り正(まさ)に是(しか)り。この聖賢(せいけん)にこの件(ひとつ)の宝貝(ほうばい)有(あ)り、善(よ)く能(よ)く火(ひ)を熄(け)し、那(か)の方(ほう)の人家(じんか)を保護(ほご)す。故此(このゆえ)称(しょう)して鉄扇仙(てっせんせん)と為(な)す。我(わ)が此処(ここ)の人家(じんか)は彼(かれ)を用(もち)いるに着(つ)かず、只(た)だ彼(かれ)の羅刹女(らせつにょ)と呼(よ)ばるるを知(し)るのみ。乃(すなわ)ち大力牛魔王(だいりきぎゅうまおう)の妻(つま)なり」と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、心中(しんちゅう)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、 「又(また)是(こ)れ冤家(うんか)なり! 当年(とうねん)紅孩児(こうがいじ)を伏(ふく)せし時、是(こ)れこの厮(やつ)の養(やしな)えるならんと説(い)えり。前(さき)に那(か)の解陽山(かいようざん)破児洞(はじどう)に在(あ)りて彼(かれ)が叔子(おじ)に遇(あ)いしに、尚(なお)且(か)つ水(みず)を与(あた)えるを肯(あえ)ぜず、報仇(あだうち)の意(い)を作(な)さんとせしに、今(いま)又(また)彼(かれ)が父母(ふぼ)に遇(あ)う、怎(いか)にしてかこの扇子(おうぎ)を借(か)り得(え)んや」 と。樵子(しょうし)行者(ぎょうじゃ)の沈思黙慮(ちんしもくりょ)し、嗟嘆(さたん)して已(や)まざるを見(み)、便(すべから)く笑(わら)って道(いわ)く、「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)出家人(しゅっけにん)なるに、何(なん)の憂疑(ゆうぎ)か有(あ)る。この条(すじ)の小路(こみち)東(ひがし)へ向(むか)いて去(さ)るに、五六里(ごろくり)に上(のぼ)らずして、就(すなわ)ち是(こ)れ芭蕉洞(ばしょうどう)なり。心(こころ)を焦(こが)すことを得(え)ざれ」と。行者道(いわ)く、「樵哥(しょうか)に瞞(だま)して説(と)かず、我(われ)は是(こ)れ東土唐朝(とうどとうちょう)より西天(さいてん)へ差(つか)わされ経(きょう)を求(もと)むる唐僧(とうそう)の大徒弟(だいと)なり。前年(ぜんねん)火雲洞(かうんどう)に在(あ)りて、曾(かつ)て羅刹(らせつ)の子(こ)紅孩児(こうがいじ)と些(いささ)かの言語(げんご)有(あ)り。但(た)だ恐(おそ)るるは羅刹(らせつ)の仇(あだ)を懐(いだ)きて与(あた)えざらんことを、故(ゆえ)に憂疑(ゆうぎ)を生(しょう)ずるなり」と。樵子道(いわ)く、「大丈夫(だいじょうふ)は貌(かたち)を鑑(かんが)み色(いろ)を弁(べん)ず。只(た)だ扇(おうぎ)を求(もと)むるを名(な)と為(な)し、往時(むかし)の溲話(しわ)を認(みと)むること莫(な)かれ、管(きっと)情(こころ)よく借(か)り得(う)べし」と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、深々(ふかぶか)と一箇(ひとつ)の大(おお)きなる喏(じゃく)を唱(とな)えて道(いわ)く、「樵哥(しょうか)の教誨(きょうかい)を謝(しゃ)す、我(われ)去(ゆ)かん」と。 遂(つい)に樵夫(しょうふ)に別(わか)れ、径(ただ)ちに芭蕉洞(ばしょうどう)の口(くち)に至(いた)る。但(た)だ見(み)る、那(か)の両扇(ふたつ)の門(もん)緊(かた)く閉(とざ)し牢(かた)く関(とざ)し、洞外(どうがい)の風光(ふうこう)秀麗(しゅうれい)なり。好(よ)き去処(ところ)なるかな! 正(まさ)に是(こ)れ那(か)の、 山(やま)は石(いし)を以(もっ)て骨(ほね)と為(な)し、石(いし)は土(つち)の精(せい)を作(な)す。 煙霞(えんか)宿潤(しゅくじゅん)を含(ふく)み、苔蘚(たいせん)新青(しんせい)を助(たす)く。 嵯峨(さが)たる勢(いきおい)聳(そび)えて蓬島(ほうとう)を欺(あざむ)き、幽静(ゆうせい)の花香(かこう)海瀛(かいえい)の若(ごと)し。 幾樹(すうじゅ)の喬松(きょうしょう)野鶴(やかく)栖(すま)い、数株(すうしゅ)の衰柳(すいりゅう)山鶯(さんおう)語(かた)る。 誠(まこと)に是(こ)れ千年(せんねん)の古迹(こせき)、万載(ばんさい)の仙踪(せんしょう)なり。 碧梧(へきご)に彩鳳(さいほう)鳴(な)き、活水(かっすい)に蒼龍(そうりゅう)隠(かく)る。 曲径(きょくけい)に蓽蘿(ひつら)垂(た)れ掛(かか)り、石梯(せきてい)に藤葛(とうかつ)攀(よ)じ籠(こも)る。 猿(さる)翠岩(すいがん)に嘯(うそぶ)きて月(つき)の上(のぼ)るを忻(よろこ)び、鳥(とり)高樹(こうじゅ)に啼(な)きて晴空(せいくう)を喜(よろこ)ぶ。 両林(りょうりん)の竹蔭(たけかげ)凉(すず)しきこと雨(あめ)の如(ごと)く、一径(いっけい)の花(はな)濃(こまや)かにして繍絨(しゅうじゅう)を没(ぼっ)す。 時(とき)に白雲(はくうん)の遠岫(えんしゅう)に来(きた)るを見(み)るも、略(ほぼ)定体(ていたい)無(な)くして漫(みだ)りに風(かぜ)に随(したが)う。 行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に進(すす)みて叫(さけ)んで、「牛大哥(ぎゅうだいか)、開門(もんをひら)け! 開門(もんをひら)け!」と。呀(あ)の一声(ひとこえ)、洞門(どうもん)開(ひら)き、裡辺(うち)より一箇(ひとり)の毛女(もうじょ)走出(かけい)で、手中(しゅちゅう)に花籃(はなかご)を提(ひっさ)げ、肩(かた)に鋤子(すき)を担(にな)う。真個(まこと)に是(こ)れ一身(いっしん)藍縷(らんる)にして妝飾(そうしょく)無(な)けれど、満面(まんめん)精神(せいしん)有(あ)りて道心(どうしん)有(あ)り。行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に進(すす)みて迎(むか)え、掌(てのひら)を合(あわ)せて道(いわ)く、「女童(じょどう)、汝(なんじ)を煩(わずら)わして公主(こうしゅ)に一声(ひとこえ)転(とりつ)ぎ報(ほう)ぜよ。我(われ)本(もと)是(こ)れ取経(しゅきょう)の和尚(おしょう)なるが、西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて、火焰山(かえんざん)を過(す)ぎ難(がた)し。特(こと)に来(きた)りて拝(おが)み借(か)りせん、芭蕉扇(ばしょうせん)一(ひとつ)用(もち)いんことを」と。那(か)の毛女(もうじょ)道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの寺(てら)の和尚(おしょう)ぞ。甚(なん)と喚(よ)ぶ名字(な)ぞ。我(われ)好(よ)く汝(なんじ)と通報(つうほう)せん」と。行者道(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ東土(とうど)より来(きた)れる、孫悟空(そんごくう)和尚(おしょう)と喚(よ)ばるる者(もの)なり」と。 那(か)の毛女(もうじょ)即(すなわ)ち便(すべから)く身(み)を回(めぐ)らし、洞内(どうない)に転(てん)じ、羅刹(らせつ)に対(むか)いて跪(ひざまず)いて道(いわ)く、「奶奶(だんなさま)、洞門(どうもん)の外(そと)に一箇(ひとり)の東土(とうど)より来(きた)れる孫悟空(そんごくう)和尚(おしょう)有(あ)りて、奶奶(だんなさま)に見(まみ)えんとし、拝(おが)みて芭蕉扇(ばしょうせん)を求(もと)め、火焰山(かえんざん)を過(す)ぐるに一用(いちよう)せんとす」と。那(か)の羅刹(らせつ)孫悟空(そんごくう)の三字(さんじ)を聴(き)くや、便(すべから)く塩(しお)を撮(つま)みて火(ひ)に入(い)れ、火(ひ)の上(うえ)に油(あぶら)を澆(そそ)ぐが如(ごと)し。 骨都都(こつとつ)として紅(あか)く臉(かお)の上(うえ)に生(しょう)じ、悪狠狠(あくごうごう)として怒(いかり)心頭(しんとう)に発(はっ)し、口中(こうちゅう)に罵(ののし)って道(いわ)く、「この潑猴(はつこう)! 今日(こんにち)来(きた)れり!」と。叫(いわ)く、「丫鬟(あこめ)、披挂(ひかけ)を取(と)り、兵器(へいき)を拿(と)り来(きた)れ!」と。随(したが)って即(すなわ)ち披挂(ひかけ)を取(と)り、両口(ふたつ)の青鋒宝剣(せいほうほうけん)を拿(と)り、整(ととの)え束(つか)ねて出(い)で来(きた)る。行者(ぎょうじゃ)洞外(どうがい)に在(あ)りて閃(ひらめ)き過(よ)ぎ、偷(ひそ)かに怎(いか)なる打扮(いでたち)なるを看(み)れば、只(た)だ見(み)る、彼(かれ)は、 頭(こうべ)に団花(だんか)の手帕(しゅはた)を裹(つつ)み、身(み)に納錦(のうきん)の雲袍(うんぽう)を穿(き)る。 腰間(ようかん)に双(ふたつ)に束(し)む虎筋(こきん)の縧(ひも)、微(かす)かに繍裙(しゅうくん)の偏(ひとえ)なるを露(あらわ)す。 鳳嘴(ほうし)の弓鞋(きょうがい)三寸(さんずん)、龍鬚(りゅうしゅ)の膝褌(しつこん)金(きん)を銷(けず)る。 手(て)に宝剣(ほうけん)を提(ひっさ)げて怒声(どせい)高(たか)く、凶(きょう)なること月婆(げっぱ)の容貌(ようぼう)に比(くら)べたり。 那(か)の羅刹(らせつ)門(もん)を出(い)で、高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「孫悟空(そんごくう)何(いずこ)にか在(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に進(すす)み、身(み)を躬(かが)めて礼(れい)を施(ほどこ)して道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)、老孫(ろうそん)此(ここ)に在(あ)りて奉揖(ほうゆう)す」と。羅刹(らせつ)咄(とつ)の一声(ひとこえ)して道(いわ)く、「誰(たれ)か是(こ)れ汝(なんじ)の嫂嫂(あによめ)ぞ! 那(いず)れか汝(なんじ)の奉揖(ほうゆう)を要(もと)めん!」と。行者道(いわ)く、「尊府(そんぷ)の牛魔王(ぎゅうまおう)は、当初(そのかみ)曾(かつ)て老孫(ろうそん)と義(ぎ)を結(むす)び、乃(すなわ)ち七兄弟(しちけいてい)の親(したしみ)なり。今(いま)聞(き)くならく公主(こうしゅ)は牛大哥(ぎゅうだいか)の令正(れいせい)なりと。安(いず)くんぞ嫂嫂(あによめ)を以(もっ)て之(こ)れを称(しょう)せざるを得(え)んや!」と。羅刹道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの潑猴(はつこう)! 既(すで)に兄弟(けいてい)の親(したしみ)有(あ)りながら、如何(いかん)ぞ我(わ)が子(こ)を坑(あな)に陷(おとしい)れたる」と。行者(ぎょうじゃ)佯(いつわ)って問(と)うて道(いわ)く、「令郎(れいろう)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。羅刹道(いわ)く、「我(わ)が児(こ)は是(こ)れ号山(ごうざん)枯松澗(こしょうかん)火雲洞(かうんどう)の聖嬰大王(せいえいだいおう)紅孩児(こうがいじ)なるに、汝(なんじ)に傾(くつがえ)されたり。我等(われら)正(まさ)に汝(なんじ)を尋(たず)ぬるに処(ところ)無(な)くして仇(あだ)を報(むく)いんとせしに、汝(なんじ)今(いま)門(もん)に上(のぼ)りて命(いのち)を納(おさ)む、我(われ)肯(あえ)て汝(なんじ)を饒(ゆる)さんや!」と。行者(ぎょうじゃ)満臉(まんれん)に陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)原来(もと)理(ことわり)を察(さっ)せず、老孫(ろうそん)を錯(あやま)り怪(あや)しむ。汝(なんじ)が令郎(れいろう)は師父(しふ)を捉(とら)えて、蒸(ふか)さんとし煮(に)なんとせしに因(よ)り、幸(さいわい)に観音菩薩(かんのんぼさつ)の彼(かれ)を収(おさ)めて去(さ)り、我(わ)が師(し)を救(すく)い出(いだ)されしなり。彼(かれ)如今(いま)菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に在(あ)りて善財童子(ぜんざいどうじ)と做(な)り、実(げ)に菩薩(ぼさつ)の正果(しょうか)を受(う)け、不生不滅(ふしょうふめつ)、不垢不浄(ふくふじょう)、天地(てんち)と寿(じゅ)を同(おなじう)し、日月(じつげつ)と庚(こう)を同(おなじう)す。汝(なんじ)は却(かえ)って老孫(ろうそん)の命(いのち)を保(たも)つ恩(おん)を謝(しゃ)せず、返(かえ)って老孫(ろうそん)を怪(あや)しむ、是(こ)れ何(なん)の道理(どうり)ぞ!」と。羅刹道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの巧(たくみ)なる嘴(くち)の潑猴(はつこう)! 我(わ)が那(か)の児(こ)は命(いのち)を傷(そこな)われずと雖(いえど)も、再(ふたた)び怎(いか)にしてか我(わ)が跟前(まえ)に到(いた)り得(え)、何(いず)れの時(とき)にか一(ひと)たび面(おもて)を見(み)ることを得(え)ん」 と。行者笑(わら)って道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)令郎(れいろう)に見(まみ)えんことを要(よう)せば、何(なん)の難(なん)ずる処(ところ)か有(あ)らん。汝(なんじ)且(しばら)く扇子(おうぎ)を把(も)って我(われ)に借(か)し、火(ひ)を扇(あお)ぎ息(や)めて、我(わ)が師父(しふ)を送(おく)りて過(す)ぎ往(ゆ)かしめよ。我(われ)就(すなわ)ち南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の処(ところ)に到(いた)りて彼(かれ)を請(しょう)じて来(きた)りて汝(なんじ)に見(まみ)えしめ、就(すなわ)ち扇子(おうぎ)を送(おく)りて汝(なんじ)に還(かえ)さんに、何(なん)の不可(ふか)か有(あ)らん! 那(そ)の時節(とき)に、汝(なんじ)彼(かれ)の曾(かつ)て一毫(いちごう)を傷(そこな)い損(そこな)えるや否(いな)やを看(み)よ。若(も)し些須(いささか)の傷(きず)有(あ)らば、汝(なんじ)の怪(あや)しむるも亦(ま)た理(ことわり)有(あ)り。若(も)し旧時(むかし)に比(くら)べて標致(ひょうち)ならば、還(ま)た当(まさ)に我(われ)に謝(しゃ)すべし」と。羅刹道(いわ)く、「潑猴(はつこう)、少(すこ)しく舌(した)を饒(ゆる)にするを要(よう)す! 頭(こうべ)を伸(の)べ来(きた)れ、我(われ)をして幾剣(いくけん)か砍(き)らしめよ! 若(も)し疼痛(とうつう)を受(う)け得(う)れば、就(すなわ)ち扇子(おうぎ)を汝(なんじ)に借(か)さん。若(も)し忍耐(にんたい)し得(え)ずんば、汝(なんじ)をして早(はや)く閻君(えんくん)に見(まみ)えしめん!」と。 行者(ぎょうじゃ)手(て)を叉(く)んで前(まえ)に進(すす)み、笑(わら)って道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)切(せつ)に多言(たげん)すること莫(な)かれ。老孫(ろうそん)光頭(こうとう)を伸(の)べ、尊意(そんい)の多少(いくばく)を砍(き)るに任(まか)す。但(た)だ気力(きりょく)無(な)くならば便(すなわ)ち罷(や)め、是(こ)れ必(かなら)ず扇子(おうぎ)を借(か)りて用(もち)いん」と。那(か)の羅刹(らせつ)分説(ぶんせつ)を容(い)れず、双手(もろて)に剣(けん)を輪(めぐ)らし、行者(ぎょうじゃ)の頭(こうべ)の上(うえ)を照(めが)けて乒乒乓乓(ひょうひょうほうほう)と、砍(き)ること十数下(じゅうすうか)有(あ)りしに、この行者(ぎょうじゃ)全(まった)く認(みと)めて真(まこと)とせず。羅刹(らせつ)怕(おそ)れ、頭(こうべ)を回(めぐ)らして走(に)げんとす。行者道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)、何処(いずこ)へか去(ゆ)く。早(はや)く我(われ)に借(か)して使(つか)わしめよ!」と。那(か)の羅刹道(いわ)く、「我(わ)が宝貝(ほうばい)は原(もと)軽(かる)がるしく借(か)さず」と。行者道(いわ)く、「既(すで)に借(か)すを肯(あえ)ぜずんば、汝(なんじ)が老叔(ろうしゅく)の一棒(いっぽう)を喫(く)らえ!」と。 好(よ)きかな猴王(こうおう)、一隻手(かたて)に扯(ひ)き止(とど)め、一隻手(かたて)に耳内(じない)に往(ゆ)きて棒(ぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、碗(わん)来(ほど)の粗(あら)さ細(ほそ)さ有(あ)り。那(か)の羅刹(らせつ)手(て)を掙(もが)き脱(ぬ)け、剣(けん)を挙(あ)げて来(きた)りて迎(むか)う。行者(ぎょうじゃ)随(したが)って又(また)棒(ぼう)を輪(めぐ)らして便(すなわ)ち打(う)つ。二箇(ふたり)翠雲山(すいうんざん)の前(まえ)に在(あ)りて、親情(しんじょう)を論(あげつら)わず、却(かえ)って只(た)だ仇隙(きゅうげき)を講(と)く。この一場(ひとくさり)の好(よ)きかな殺(あらそ)い、 裙釵(くんさい)は本(もと)是(こ)れ修(しゅ)し成(な)りし怪(あやしき)もの、子(こ)の為(ため)に仇(あだ)を懐(いだ)きて潑猴(はつこう)を恨(うら)む。 行者(ぎょうじゃ)は狠怒(こんぬ)を生(しょう)ずと雖(いえど)も、師(し)の路(みち)を阻(はば)まるるに因(よ)りて娥流(がりゅう)に讓(ゆず)る。 先(ま)ず芭蕉扇(ばしょうせん)を拝(おが)み借(か)らんことを言(い)い、驍雄(ぎょうゆう)を展(の)べずして性(しょう)を柔(やわ)らかに耐(た)う。 羅刹(らせつ)無知(むち)にして剣(けん)を掄(ふる)って砍(き)り、猴王(こうおう)意(い)有(あ)りて親(したしみ)の由(よし)を説(と)く。 女流(じょりゅう)怎(どう)して男児(だんじ)と闘(たたか)わん、到底(つまるところ)男剛(だんごう)にして女流(じょりゅう)を圧(おさ)う。 この者は金箍鉄棒(きんこてつぼう)多(おお)く凶猛(きょうもう)にして、那(か)の者は霜刃青鋒(そうじんせいほう)甚(はなは)だ緊稠(きんちゅう)なり。 面(おもて)を劈(つんざ)きて打(う)ち、頭(こうべ)を照(めが)けて投(な)げ、恨(うら)み苦(くる)しみ相持(あいじ)して罷(や)むことを休(や)めず。 左(ひだり)に擋(ふせ)ぎ右(みぎ)に遮(さえぎ)りて武芸(ぶげい)を施(ほどこ)し、前(まえ)に迎(むか)え後(うしろ)に架(か)えて奇謀(きぼう)を騁(はせ)る。 却(かえ)って才(いま)し方(まさ)に沈酣(ちんかん)の処(ところ)に闘(たたか)い到(いた)りしに、覚(おぼ)えず西方(さいほう)に日頭(にちとう)の墜(お)つるを。 羅刹(らせつ)忙(いそ)ぎて真(しん)の扇(おうぎ)を将(も)って、一扇(ひとあおぎ)に揮(ふる)い動(うご)かせば鬼神(きじん)も愁(うれ)うる! 那(か)の羅刹女(らせつにょ)と行者(ぎょうじゃ)相持(あいじ)すること晩(く)るるに到(いた)り、行者(ぎょうじゃ)の棒(ぼう)の重(おも)く、却(かえ)って又(また)解数(げすう)の周密(しゅうみつ)なるを見(み)、料(おもんみ)るに彼(かれ)と闘(たたか)いて過(す)ぎじと。即(すなわ)ち便(すべから)く芭蕉扇(ばしょうせん)を取(と)り出(いだ)し、幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、一扇(ひとあおぎ)の陰風(いんぷう)、行者(ぎょうじゃ)を把(も)って扇(あお)ぎて影(かげ)無(な)く形(かたち)無(な)からしめ、収(おさ)め留(とど)め得(う)んと思(おも)うこと莫(な)かれ。この羅刹(らせつ)勝(かち)を得(え)て回(かえ)り帰(き)す。 那(か)の大聖(たいせい)は飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう)として、左(ひだり)に沈(しず)むも地(ち)に落(お)つること能(あた)わず、右(みぎ)に墜(お)つるも身(み)を存(ぞん)するを得(え)ず。就(すなわ)ち旋風(せんぷう)の敗葉(はいよう)を翻(ひるがえ)し、流水(りゅうすい)の残花(ざんか)を淌(なが)すが如(ごと)く、一晩夜(ひとよ)滚(まろ)びて、天明(てんめい)に直(いた)るまで、方(ようや)く一座(いちざ)の山(やま)の上(うえ)に落(お)ち、双手(もろて)に一塊(ひとくれ)の峰石(ほうせき)を抱(いだ)き止(とど)む。性(しょう)を定(さだ)むること良(やや)久(ひさ)しく、仔細(つまびらか)に観(み)わたして、却(かえ)って才(はじ)めて是(こ)れ小須弥山(しょうしゅみせん)なるを認(みと)めたり。大聖(たいせい)長(なが)く嘆(たん)じて一声(ひとこえ)道(いわ)く、「好(よ)くも利害(りがい)なる婦人(ふじん)かな! 怎(どう)して就(すなわ)ち老孫(ろうそん)を把(も)って此処(ここ)へ送(おく)り来(きた)れるや。我(われ)当年(とうねん)曾(かつ)て此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて霊吉菩薩(れいきつぼさつ)に告(もう)し求(もと)め黄風怪(こうふうかい)を降(くだ)して我(わ)が師父(しふ)を救(すく)われしことを記(き)し憶(おぼ)う。那(か)の黄風嶺(こうふうれい)此(ここ)より直南(ちょくなん)の上(うえ)に三千余里(さんぜんより)有(あ)り、今(いま)西路(せいろ)より転(めぐ)り来(きた)れば、乃(すなわ)ち東南方(とうなんぽう)の隅(すみ)なり、幾万里(いくばんり)なるを知(し)らず。我(われ)をして下(お)り往(ゆ)きて霊吉菩薩(れいきつぼさつ)に一箇(ひとつ)の消息(しょうそく)を問(と)わしめ、好(よ)く旧路(きゅうろ)に回(かえ)らん」と。正(まさ)に躊躇(ちゅうちょ)する間(あいだ)、又(また)鐘声(しょうせい)の響(ひび)き亮(あき)らけきを聴(き)き、急(いそ)ぎて山坡(さんぱ)を下(くだ)り、径(ただ)ちに禅院(ぜんいん)に至(いた)る。那(か)の門前(もんぜん)の道人(どうにん)行者(ぎょうじゃ)の形容(けいよう)を認(みと)め、即(すなわ)ち裡(うち)に入(い)りて報(ほう)じて道(いわ)く、「前年(ぜんねん)来(きた)りて菩薩(ぼさつ)を請(しょう)じて黄風怪(こうふうかい)を降(くだ)さんと往(ゆ)かしめし那(か)の毛臉(もうれん)の大聖(たいせい)又(また)来(きた)れり」と。菩薩(ぼさつ)是(こ)れ悟空(ごくう)なるを知(し)り、連(つづ)けて宝座(ほうざ)を下(くだ)りて相(あい)迎(むか)え、内(うち)に入(い)りて礼(れい)を施(ほどこ)して道(いわ)く、「恭喜(おめでた)し! 経(きょう)を取(と)りて来(きた)れるや」と。悟空(ごくう)答(こた)えて道(いわ)く、「正(まさ)に好(よ)く未(いま)だ到(いた)らず! 早(はや)きのみ早(はや)きのみ!」と。霊吉道(いわ)く、「既(すで)に未(いま)だ曽(かつ)て雷音(らいおん)に到(いた)り得(え)ざるに、何(なん)を以(もっ)てか荒山(こうざん)を回顧(かいこ)する」と。行者道(いわ)く、 「上年(ぜんねん)盛情(せいじょう)を蒙(こうむ)りて黄風怪(こうふうかい)を降(くだ)されてより、一路(いちろ)の上(うえ)に幾許(いくばく)の苦楚(くそ)を歴(へ)たりしかを知(し)らず。今(いま)火焰山(かえんざん)に到(いた)りて、前(すす)み進(すす)むこと能(あた)わず、土人(どじん)に詢(と)い問(と)うに、一箇(ひとり)の鉄扇仙(てっせんせん)の芭蕉扇(ばしょうせん)有(あ)りて、火(ひ)を扇(あお)ぎて滅(めっ)し得(う)と説(い)えり。老孫(ろうそん)特(こと)に往(ゆ)きて尋(たず)ね訪(たず)ぬるに、原来(もと)那(か)の仙(せん)は是(こ)れ牛魔王(ぎゅうまおう)の妻(つま)、紅孩児(こうがいじ)の母(はは)なり。彼(かれ)説(いわ)く、我(われ)彼(かれ)が子(こ)を把(も)って観音菩薩(かんのんぼさつ)の童子(どうじ)と做(な)し、常(つね)に見(み)ることを得(え)ざらしめたりと。我(われ)と仇(あだ)を為(な)し、扇(おうぎ)を借(か)すを肯(あえ)ぜず、我(われ)と争(あらそ)い闘(たたか)えり。彼(かれ)我(わ)が棒(ぼう)の重(おも)くして撑(ささ)え難(がた)きを見(み)、遂(つい)に扇子(おうぎ)を将(も)って我(われ)を一(ひと)たび扇(あお)ぎ、我(われ)を扇(あお)ぎて悠悠蕩蕩(ゆうゆうとうとう)として、直(ただ)ちに此(ここ)に至(いた)りて、方(ようや)く落(お)ち住(とど)まれり。故此(このゆえ)軽(かる)がるしく禅院(ぜんいん)を造(たず)ね、箇(ひとつ)の帰路(きろ)を問(と)う。此(こ)の処(ところ)より火焰山(かえんざん)に到(いた)る、幾(いくばく)の里数(りすう)有(あ)るを知(し)らず」 と。霊吉(れいきつ)笑(わら)って道(いわ)く、「那(か)の婦人(ふじん)は名(な)を羅刹女(らせつにょ)と喚(よ)び、又(また)鉄扇公主(てっせんこうしゅ)と做(な)す。彼(かれ)の那(か)の芭蕉扇(ばしょうせん)は本(もと)是(こ)れ崑崙山(こんろんざん)の後(うしろ)、混沌(こんとん)開闢(かいびゃく)以来(このかた)、天地(てんち)の産(う)み成(な)せる一箇(ひとつ)の霊宝(れいほう)にして、乃(すなわ)ち太陽(たいよう)の精葉(せいよう)なり。故(ゆえ)に能(よ)く火気(かき)を滅(めっ)す。 仮若(も)し人(ひと)に扇(あお)ぎ着(つ)かば、八万四千里(はちまんしせんり)を飄(ただよ)いて、方(はじ)めて陰風(いんぷう)息(や)まんとす。我(わ)がこの山(やま)より火焰山(かえんざん)に到(いた)る、只(た)だ五万余里(ごまんより)有(あ)るのみ。此(こ)れは還(ま)た是(こ)れ大聖(たいせい)の留雲(りゅううん)の能(ちから)有(あ)れば、故(ゆえ)に止(とど)まり得(え)たり。若(も)し是(こ)れ凡人(ぼんじん)ならば、正(まさ)に好(よ)く住(とど)まることを得(え)ざるなり」 と。行者道(いわ)く、「利害(りがい)なるかな利害(りがい)なるかな! 我(わ)が師父(しふ)は却(かえ)って怎(いか)にしてか那(か)の方(ほう)を度(わた)り得(え)ん」と。 霊吉道(いわ)く、「大聖(たいせい)放心(ほうしん)せよ、この一来(いちら い)も、亦(ま)た是(こ)れ唐僧(とうそう)の縁法(えんほう)にして、合(まさ)に大聖(たいせい)をして功(こう)を成(な)さしむべし」と。行者道(いわ)く、「怎(いか)にしてか成功(せいこう)を見(み)ん」と。霊吉道(いわ)く、「我(われ)当年(とうねん)如来(にょらい)の教旨(きょうし)を受(う)け、我(われ)に一粒(ひとつぶ)の定風丹(じょうふうたん)、一柄(ひとえ)の飛龍杖(ひりゅうじょう)を賜(たま)えり。飛龍杖(ひりゅうじょう)は已(すで)に風魔(ふうま)を降(くだ)し了(おわ)り、この定風丹(じょうふうたん)は未(いま)だ曾(かつ)て用(もち)いらるるを見(み)ず。如今(いま)大聖(たいせい)に送(おく)らん、管(きっと)那(か)の厮(やつ)をして汝(なんじ)を扇(あお)ぎて動(うご)かざらしめん。汝(なんじ)却(かえ)って扇子(おうぎ)を要(もと)め得(え)て、火(ひ)を扇(あお)ぎ息(や)めば、却(かえ)って就(すなわ)ちこの功(こう)を立(た)てずや」と。行者(ぎょうじゃ)頭(こうべ)を低(た)れて礼(れい)を作(な)し、感謝(かんしゃ)すること尽(つ)きず。 那(か)の菩薩(ぼさつ)即(すなわ)ち衣袖(いしゅう)の中(なか)より一箇(ひとつ)の錦袋(きんたい)を取(と)り出(いだ)し、那(か)の一粒(ひとつぶ)の定風丹(じょうふうたん)を将(も)って行者(ぎょうじゃ)と衣領(えり)の裡辺(うち)に安(お)き、針(はり)と糸(いと)を将(も)って緊(かた)く緊(かた)く縫(ぬ)い、行者(ぎょうじゃ)を送(おく)りて門(もん)を出(い)でて道(いわ)く、「款(もてなし)を留(とど)むるに及(およ)ばず、西北(せいほく)の方(かた)へ上(のぼ)りて往(ゆ)けば、就(すなわ)ち是(こ)れ羅刹(らせつ)の山場(さんじょう)なり」と。 行者(ぎょうじゃ)霊吉(れいきつ)に辞(じ)し、筋斗雲(きんとうん)に駕(が)し、径(ただ)ちに翠雲山(すいうんざん)に返(かえ)り、頃刻(しばらく)にして至(いた)る。鉄棒(てつぼう)を使(つか)って洞門(どうもん)を打(う)ちて叫(さけ)んで道(いわ)く、「開門(もんをひら)け! 開門(もんをひら)け! 老孫(ろうそん)扇子(おうぎ)を借(か)りて使(つか)わんと来(きた)れり!」と。慌(あわ)てたるは那(か)の門裡(もんり)の女童(じょどう)、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて来(きた)りて報(ほう)じて、「奶奶(だんなさま)、扇子(おうぎ)を借(か)りる者が又(また)来(きた)れり!」と。羅刹(らせつ)言(こと)を聞(き)き、心中(しんちゅう)悚懼(しょうく)して道(いわ)く、「この潑猴(はつこう)真(まこと)に本事(ほんじ)有(あ)り! 我(わ)が宝貝(ほうばい)は人(ひと)に扇(あお)ぎ着(つ)かば、八万四千里(はちまんしせんり)を去(さ)りて方(はじ)めて停止(ていし)すべきに、彼(かれ)怎(どう)して才(いま)し方(まさ)に吹(ふ)き去(さ)られしに就(すなわ)ち回(かえ)り来(きた)れるや。この番(たび)は我(われ)をして一(ひと)たびに彼(かれ)を二三扇(にさんせん)扇(あお)がしめ、彼(かれ)をして帰路(きろ)を找(たず)ね着(つ)かざらしめん!」と。急(いそ)ぎて身(み)を縦(はな)ち、結束(けっそく)を整(ととの)え、双手(もろて)に剣(けん)を提(ひっさ)げ、門(もん)を出(い)で来(きた)りて道(いわ)く、「孫行者(そんぎょうじゃ)! 汝(なんじ)我(われ)を怕(おそ)れずして、又(また)死(し)を尋(たず)ぬるか!」と。 行者笑(わら)って道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)慳吝(けんりん)なるを得(え)ず、是(こ)れ必(かなら)ず我(われ)に借(か)して使(つか)わしめよ。唐僧(とうそう)を保(ほ)して山(やま)を過(す)がしめ得(う)れば、就(すなわ)ち汝(なんじ)に送(おく)り還(かえ)さん。我(われ)は是(こ)れ箇(ひとり)の志誠(しせい)余(あまり)有(あ)るの君子(くんし)にして、那(か)の物(もの)を借(か)りて還(かえ)さざるの小人(しょうじん)に非(あら)ざるなり」と。羅刹(らせつ)又(また)罵(ののし)って道(いわ)く、「潑猢猻(はつこじん)! 好(よ)くも道理(どうり)無(な)く、分暁(ぶんぎょう)無(な)し! 子(こ)を奪(うば)われしの仇(あだ)、尚(なお)未(いま)だ報(むく)い得(え)ざるに、扇(おうぎ)を借(か)るの意(い)、豈(あ)に心(こころ)の如(ごと)くなるを得(え)んや! 汝(なんじ)走(に)ぐること莫(な)かれ! 我(わ)が老娘(ろうじょう)の一剣(いっけん)を喫(く)らえ!」と。 大聖(たいせい)公然(おおっぴら)に懼(おそ)れず、鉄棒(てつぼう)を使(つか)って手(て)を劈(つんざ)いて相(むか)い迎(むか)う。彼(かれ)の二箇(ふたり)往往来来(おうおうらいらい)し、戦(たたか)うこと五七回合(ごしちがっごう)を経(へ)るに、羅刹女(らせつにょ)は手(て)軟(やわ)らかにして掄(ふる)い難(がた)く、孫行者(そんぎょうじゃ)は身(み)強(つよ)くして敵(てき)するに善(よ)し。彼(かれ)事勢(じせい)の諧(ととの)わざるを見(み)、即(すなわ)ち扇子(おうぎ)を取(と)り、行者(ぎょうじゃ)を望(めが)けて一扇(ひとあおぎ)扇(あお)げば、行者(ぎょうじゃ)巍然(ぎぜん)として動(うご)かず。行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、笑吟吟(しょうぎんぎん)として道(いわ)く、「この番(たび)は那(か)の番(たび)に比(くら)べず! 汝(なんじ)の怎(いか)に扇(あお)ぎ来(きた)るに任(まか)す、老孫(ろうそん)若(も)し一(ひと)たびも動(うご)かば、就(すなわ)ち漢子(おとこ)と算(かぞ)えられじ!」と。那(か)の羅刹(らせつ)又(また)二(ふた)たび扇(あお)ぐ。果(はた)して動(うご)かず。 羅刹(らせつ)慌(あわ)て、急(いそ)ぎて宝貝(ほうばい)を収(おさ)め、身(み)を転(てん)じて回(かえ)りて洞裡(どうり)に走(はし)り入(い)り、門(もん)を将(も)って緊(かた)く緊(かた)く関(とざ)し上(あ)げたり。 行者(ぎょうじゃ)彼(かれ)の門(もん)を閉(とざ)せるを見(み)、却(かえ)って就(すなわ)ち一箇(ひとつ)の手段(しゅだん)を弄(ろう)し、衣領(えり)を拆(さ)き開(ひら)き、定風丹(じょうふうたん)を把(も)って口(くち)の中(なか)に噙(ふく)み、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、一箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうろうちゅうじ)に変作(へんさく)し、彼(かれ)が門隙(もんげき)の処(ところ)より潜(もぐ)り進(い)る。 只(た)だ見(み)る、羅刹(らせつ)の叫(さけ)んで道(いわ)く、「渇(かわ)きたり! 渇(かわ)きたり! 早(はや)く茶(ちゃ)を拿(と)り来(きた)れ!」と。近侍(きんじ)の女童(じょどう)、即(すなわ)ち香茶(こうちゃ)一壺(ひとつ)を将(も)って、沙沙(ささ)と一碗(ひとわん)に満(み)たし斟(つ)ぎ、茶沫(あわ)を冲(おこ)して漕漕(そうそう)たり。行者(ぎょうじゃ)見(み)て歓喜(かんき)し、嚶(えい)の一声(ひとこえ)に一(ひと)たび翅(つばさ)をうごかし、茶沫(あわ)の下(した)に飛(と)び在(あ)り。那(か)の羅刹(らせつ)渇(かわ)き極(きわ)まり、茶(ちゃ)を接(う)けて、二三気(にさんき)に都(みな)飲(の)み了(おわ)れり。行者(ぎょうじゃ)已(すで)に彼(かれ)が肚腹(とふく)の内(うち)に到(いた)り、原身(ほんぞう)を現(あらわ)し、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)、扇子(おうぎ)を我(われ)に借(か)して使(つか)わしめよ!」と。 羅刹(らせつ)大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、叫(さけ)んで、「小(こ)の者たち、前門(ぜんもん)を関(とざ)せるや否(いな)や」と。俱(とも)に説(いわ)く、「関(とざ)せり」と。彼(かれ)又(また)説(いわ)く、 「既(すで)に門(もん)を関(とざ)せりとせば、孫行者(そんぎょうじゃ)如何(いかん)ぞ家裡(うち)に在(あ)りて叫(さけ)び呼(よ)ぶや」 と。女童道(いわ)く、「汝(なんじ)が身(み)の上(うえ)に在(あ)りて叫(さけ)ぶなり」と。羅刹道(いわ)く、「孫行者(そんぎょうじゃ)、汝(なんじ)何処(いずこ)に在(あ)りて術(じゅつ)を弄(ろう)するや」と。行者道(いわ)く、「老孫(ろうそん)一生(いっしょう)術(じゅつ)を弄(ろう)することを会(え)せず、都(みな)是(こ)れ些(これら)の真(しん)の手段(しゅだん)、実(げ)の本事(ほんじ)なり。已(すで)に尊嫂(そんそう)の尊腹(そんぷく)の内(うち)に在(あ)りて耍子(あそ)び、已(すで)に其(そ)の肺肝(はいかん)を見(み)たり。我(われ)汝(なんじ)の亦(ま)た飢(う)え渇(かわ)けるを知(し)る、我(われ)先(ま)ず汝(なんじ)に一箇(ひとつ)の坐碗児(ざわんじ)を送(おく)りて渇(かわ)きを解(と)かん!」と。却(かえ)って就(すなわ)ち脚(あし)を把(も)って下(した)へ一(ひと)たび登(ふ)む。那(か)の羅刹(らせつ)小腹(しょうふく)の中(うち)、疼痛(とうつう)禁(とど)め難(がた)く、地(ち)の下(した)に坐(ざ)して苦(くるしみ)を叫(さけ)ぶ。行者道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)推辞(しい)するを得(え)ず、我(われ)再(ま)た汝(なんじ)に一箇(ひとつ)の点心(てんしん)を送(おく)りて飢(うえ)を充(あ)てん!」と。又(また)頭(こうべ)を把(も)って上(うえ)へ一(ひと)たび頂(いただ)く。那(か)の羅刹(らせつ)心痛(しんつう)禁(とど)め難(がた)く、只(た)だ地(ち)の上(うえ)に在(あ)りて滚(まろ)び、疼(いた)みて彼(かれ)をして面(かお)黄(き)く唇(くちびる)白(しろ)からしめ、只(た)だ「孫叔叔(そんおじさま)命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と叫(さけ)ばしむ。 行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って才(はじ)めて手(て)と脚(あし)を収(おさ)めて道(いわ)く、「汝(なんじ)才(はじ)めて叔叔(おじさま)と認(みと)めたるか。我(われ)牛大哥(ぎゅうだいか)の情(なさけ)の上(うえ)を看(み)て、且(しばら)く汝(なんじ)の性命(いのち)を饒(ゆる)さん。早(はや)く扇子(おうぎ)を将(も)って拿(と)り来(きた)りて我(われ)に使(つか)わしめよ」と。羅刹道(いわ)く、「叔叔(おじさま)、扇(おうぎ)有(あ)り! 扇(おうぎ)有(あ)り! 汝(なんじ)出(い)で来(きた)りて拿(と)り去(さ)れ!」と。行者道(いわ)く、「扇子(おうぎ)を拿(と)りて我(われ)に看(み)せよ、出(い)で来(きた)らん」と。羅刹(らせつ)即(すなわ)ち女童(じょどう)に叫(さけ)んで一柄(ひとえ)の芭蕉扇(ばしょうせん)を拿(と)らしめ、旁(かたわら)に執(と)らしむ。行者(ぎょうじゃ)探(さぐ)りて喉嚨(のど)の上(うえ)に到(いた)りて見(み)て道(いわ)く、「嫂嫂(あによめ)、我(われ)既(すで)に汝(なんじ)の性命(いのち)を饒(ゆる)す。腰肋(ようろく)の下(した)に一箇(ひとつ)の窟窿(くつろう)を搠(うが)ちて出(い)でず、還(ま)た自(みずか)ら口(くち)より出(い)でん。汝(なんじ)口(くち)を把(も)って三(み)たび張(ひら)け」と。那(か)の羅刹(らせつ)果(はた)して口(くち)を張(ひら)き開(ひら)く。行者(ぎょうじゃ)還(ま)た一箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうろうちゅう)と作(な)り、先(ま)ず飛(と)び出(い)で、芭蕉扇(ばしょうせん)の上(うえ)に丁(とど)まる。那(か)の羅刹(らせつ)知(し)らず、連(つづ)けて三(み)たび張(ひら)き、叫(さけ)んで、「叔叔(おじさま)出(い)で来(きた)れ」と。行者(ぎょうじゃ)原身(ほんぞう)に化(か)し、扇子(おうぎ)を拿(と)り、叫(さけ)んで道(いわ)く、「我(われ)此(ここ)に在(あ)るに非(あら)ずや? 謝(しゃ)借(しゃか)り了(おわ)れり! 謝(しゃ)借(しゃか)り了(おわ)れり!」と。歩(あゆみ)を運(はこ)びて、前(まえ)へ便(すなわ)ち走(はし)る。小(こ)の者たち連(つづ)けて門(もん)を開(ひら)き、彼(かれ)を放(はな)ちて洞(どう)を出(い)ださしむ。 這(こ)の大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を撥(はね)転(めぐ)らし、径(ただ)ちに東路(とうろ)に回(かえ)り、霎時(しばらく)にして雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おと)し、紅磚(こうせん)の壁下(へきか)に立(た)つ。八戒(はっかい)見(み)て歓喜(かんき)して道(いわ)く、「師父(しふ)、師兄(しけい)来(きた)れり! 来(きた)れり!」と。三蔵(さんぞう)即(すなわ)ち本荘(ほんそう)の老者(ろうじゃ)と沙僧(さそう)と同(とも)に門(もん)を出(い)でて接(むか)え、同(とも)に舎内(しゃない)に至(いた)る。芭蕉扇(ばしょうせん)を把(も)って旁(かたわら)に靠(たてか)けて道(いわ)く、「老官児(ろうかんじ)、是(こ)れこの扇子(おうぎ)ならんや」と。老者道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り! 正(まさ)に是(しか)り!」と。唐僧(とうそう)喜(よろこ)んで道(いわ)く、「賢徒(けんと)莫大(ばくだい)の功(こう)有(あ)り、この宝貝(ほうばい)を求(もと)め得(え)しは、甚(はなは)だ労苦(ろうく)せり」と。行者道(いわ)く、「労苦(ろうく)は倒(かえ)って説(と)かず。那(か)の鉄扇仙(てっせんせん)、汝(なんじ)誰(たれ)ならんと道(い)わんや。那(かの)厮(やつ)原来(もと)是(こ)れ牛魔王(ぎゅうまおう)の妻(つま)、紅孩児(こうがいじ)の母(はは)にして、名(な)を喚(よ)んで羅刹女(らせつにょ)、又(また)鉄扇公主(てっせんこうしゅ)と喚(よ)ぶ。我(われ)洞外(どうがい)に尋(たず)ね到(いた)りて扇(おうぎ)を借(か)らんとせしに、彼(かれ)就(すなわ)ち我(われ)と仇隙(きゅうげき)を講(と)き起(おこ)し、我(われ)を把(も)って幾剣(いくけん)か砍(き)れり。是(こ)れ我(われ)棒(ぼう)を使(つか)いて彼(かれ)を吓(おど)かせしに、彼(かれ)就(すなわ)ち扇子(おうぎ)を把(も)って我(われ)を一(ひと)たび扇(あお)ぎ、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう)として、直(ただ)ちに小須弥山(しょうしゅみせん)まで刮(ふ)き到(いた)れり。幸(さいわい)に霊吉菩薩(れいきつぼさつ)に見(まみ)え、我(われ)に一粒(ひとつぶ)の定風丹(じょうふうたん)を送(おく)り、帰路(きろ)を指(さ)し与(あた)えられ、復(ま)た翠雲山(すいうんざん)に至(いた)れり。又(また)羅刹女(らせつにょ)に見(まみ)えしに、羅刹女(らせつにょ)又(また)扇子(おうぎ)を使(つか)いて、我(われ)を搧(あお)けども動(うご)かず、彼(かれ)就(すなわ)ち洞(どう)に回(かえ)れり。是(こ)れ老孫(ろうそん)一箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうろうちゅう)に変作(へんさく)し、飛(と)んで洞裡(どうり)に入(い)り去(さ)りしなり。那(かの)厮(やつ)正(まさ)に茶(ちゃ)を討(こう)じて喫(の)まんとせしに、是(こ)れ我(われ)又(また)茶沫(あわ)の下(した)に潜(もぐ)り、彼(かれ)が肚裡(はらのうち)に到(いた)り、手脚(てあし)を起(おこ)せり。彼(かれ)疼痛(とうつう)禁(とど)め難(がた)く、口(くち)を住(とど)めず我(われ)を呼(よ)んで叔叔(おじさま)命(いのち)を饒(ゆる)せと做(な)し、情(こころ)を将(も)って扇(おうぎ)を我(われ)に借(か)すと願(ねが)えり。我(われ)却(かえ)って彼(かれ)を饒(ゆる)し、扇(おうぎ)を拿(と)り将(も)って来(きた)れり。火焰山(かえんざん)を過(す)ぎて、仍(よ)りて彼(かれ)に送(おく)り還(かえ)さん」と。三蔵(さんぞう)言(こと)を聞(き)き、感謝(かんしゃ)すること尽(つ)きず。師徒(しと)たち俱(とも)に拝(おが)みて老者(ろうじゃ)に辞(じ)す。 一路(いちろ)西(にし)より来(きた)り、約(およそ)行(ゆ)くこと四十里(しじゅうり)の遠近(あたり)有(あ)りて、漸(ようや)く酷熱(こくねつ)人(ひと)を蒸(む)す。沙僧(さそう)只(た)だ叫(さけ)んで、 「脚底(あしうら)烙(や)かるること慌(あわただ)しきかな!」 と。八戒(はっかい)又(また)道(いわ)く、「爪子(ひづめ)燙(や)かれて痛(いた)し!」と。馬(うま)は尋常(つね)より又(また)速(はや)く、只(た)だ地(ち)の熱(あつ)くして停(とど)まり難(がた)きに因(よ)り、十分(じゅうぶん)に進(すす)み難(がた)し。行者道(いわ)く、「師父(しふ)且(しばら)く馬(うま)を下(お)りることを請(こう)ぜよ、兄弟(けいてい)たち走(はし)ること莫(な)かれ、我(われ)をして火(ひ)を搧(あお)ぎ息(や)めしめ、風雨(ふうう)の後(のち)を待(ま)ちて、地土(ちど)些(すこ)し冷(つめ)たきに、再(ま)た山(やま)を過(す)ぎて往(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)果(はた)して扇(おうぎ)を挙(あ)げ、径(ただ)ちに火(ひ)の辺(ほとり)に至(いた)り、力(ちから)を尽(つく)して一(ひと)たび扇(あお)げば、那(か)の山(やま)の上(うえ)の火光(かこう)烘烘(こうこう)として騰(のぼ)り起(おこ)る。再(ま)た一(ひと)たび扇(あお)げば、更(さら)に百倍(ひゃくばい)着(つ)く。又(また)一(ひと)たび扇(あお)げば、那(か)の火(ひ)足(た)ること千丈(せんじょう)の高(たか)さ有(あ)り、漸(ようや)く身体(からだ)に焼(や)き着(つ)く。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎて回(かえ)るも、已(すで)に両股(りょうこ)の毫毛(ごうもう)を焼(や)き浄(きよ)められ、径(ただ)ちに唐僧(とうそう)の面前(めんぜん)に跑(はし)り至(いた)りて叫(さけ)んで、「早(はや)く回(かえ)れ、早(はや)く回(かえ)れ! 火(ひ)来(きた)れり、火(ひ)来(きた)れり!」と。那(か)の師父(しふ)馬(うま)に爬(よじ)上(のぼ)り、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と、復(ま)た東(ひがし)へ来(きた)ること二十余里(にじゅうより)有(あ)りて、方(ようや)く歇(やす)み下(おろ)して道(いわ)く、「悟空(ごくう)、如何(いかん)なりしや!」と。行者(ぎょうじゃ)扇子(おうぎ)を投(な)げ下(おろ)して道(いわ)く、「不停当(いけな)し! 不停当(いけな)し! 那(かの)厮(やつ)に哄(だま)されたり!」と。 三蔵(さんぞう)説(と)くを聞(き)き、愁(うれい)眉尖(びせん)を促(せま)らせ、悶(もん)心(こころ)の上(うえ)に添(そ)わり、止(とど)むること能(あた)わず両涙(りょうるい)交流(こうりゅう)し、只(た)だ道(いわ)く、「怎(いか)にせば是(よ)からん!」と。八戒道(いわ)く、「哥哥(あに)、汝(なんじ)急急忙忙(きゅうきゅうそうそう)として回(かえ)れと叫(さけ)びしは、是(こ)れ怎(いか)なる説(と)き方(かた)ぞ」と。行者道(いわ)く、「我(われ)扇子(おうぎ)を将(も)って一(ひと)たび搧(あお)ぎしに、火光(かこう)烘烘(こうこう)たり。第二(だいに)の扇(あおぎ)には、火気(かき)愈々(いよいよ)盛(さか)んなり。第三(だいさん)の扇(あおぎ)には、火頭(かとう)飛(と)ぶこと千丈(せんじょう)の高(たか)さ有(あ)り。若(も)し跑(に)ぐること速(はや)からざらしめば、毫毛(ごうもう)を把(も)って都(みな)焼(や)き尽(つく)されたるならん!」と。八戒笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)常(つね)に雷(いかずち)に打(う)たれても傷(きず)つかず、火(ひ)に焼(や)かれても損(そこな)われずと説(い)うに、如今(いま)何(なん)ぞ又(また)火(ひ)を怕(おそ)るる」と。行者道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの呆子(ほうし)、全(まった)く事(こと)を知(し)らず! 那(そ)の時節(とき)は心(こころ)を用(もち)いて防備(ぼうび)せしに、故此(このゆえ)傷(きず)つかざりしなり。今日(こんにち)は只(た)だ火光(かこう)を搧(あお)ぎ息(や)めんとすることの為(ため)に、曾(かつ)て避火訣(ひよけのけつ)を捻(ひね)らず、又(また)未(いま)だ護身法(ごしんほう)を使(つか)わず、故(ゆえ)に両股(りょうこ)の毫毛(ごうもう)を把(も)って焼(や)かれたるなり」と。沙僧道(いわ)く、「似(か)くの如(ごと)く火(ひ)盛(さか)んにして、西(にし)に通(つう)ずる路(みち)無(な)くんば、怎(いか)にせば是(よ)からん」と。八戒道(いわ)く、「只(た)だ火(ひ)無(な)き処(ところ)を揀(えら)んで走(はし)らば便(すなわ)ち罷(や)めよ」と。三蔵道(いわ)く、「那(いず)れの方(かた)か火(ひ)無(な)き」と。八戒道(いわ)く、「東方(とうほう)南方(なんぽう)北方(ほっぽう)俱(とも)に火(ひ)無(な)し」と。又(また)問(と)う、「那(いず)れの方(かた)か経(きょう)有(あ)る」と。八戒道(いわ)く、「西方(さいほう)に経(きょう)有(あ)り」と。三蔵道(いわ)く、「我(われ)只(た)だ経(きょう)有(あ)る処(ところ)へ往(ゆ)かんと欲(ほっ)するのみ!」と。沙僧道(いわ)く、「経(きょう)有(あ)る処(ところ)に火(ひ)有(あ)り、火(ひ)無(な)き処(ところ)に経(きょう)無(な)し、誠(まこと)に是(こ)れ進退(しんたい)両(ふたつ)ながら難(かた)し!」と。 師徒(しと)たち正(まさ)に自(みずか)ら胡談乱講(こだんらんこう)するに、只(た)だ人(ひと)の叫(さけ)んで道(いわ)くを聴(き)く、「大聖(たいせい)煩悶(はんもん)するを須(もち)いず、且(しばら)く来(きた)りて些(すこし)の斎飯(さいはん)を喫(く)いて再(ま)た議(ぎ)せん」と。四衆(ししゅう)回(かえ)りて看(み)る時(とき)、一箇(ひとり)の老人(ろうじん)を見(み)る。身(み)に飄風(ひょうふう)の氅(つばさごろも)を披(はお)り、頭(こうべ)に偃月(えんげつ)の冠(かんむり)を頂(いただ)き、手(て)に龍頭杖(りゅうとうじょう)を執(と)り、足(あし)に鉄靿靴(てつようか)を踏(ふ)み、後(うしろ)に一箇(ひとり)の雕嘴魚腮(ちょうしぎょさい)の鬼(おに)を帯(したが)え、鬼(おに)の頭(こうべ)の上(うえ)に一箇(ひとつ)の銅盆(どうぼん)を頂(いただ)き、盆内(ぼんない)に些(すこ)しの蒸餅(じょうへい)糕糜(こうび)・黄粮米飯(こうりょうべいはん)有(あ)り。西路(せいろ)の下(もと)に在(あ)りて身(み)を躬(かが)めて道(いわ)く、「我(われ)本(もと)是(こ)れ火焰山(かえんざん)の土地(とち)なり。大聖(たいせい)の聖僧(せいそう)を保護(ほご)して前(すす)み進(すす)むこと能(あた)わざるを知(し)り、特(こと)に一斎(いっさい)を献(たてまつ)る」と。行者道(いわ)く、「斎(とき)を喫(く)うは小可(ささい)なり、この火光(かこう)何(いず)れの時(とき)にか滅(めっ)し得(え)て、我(わ)が師父(しふ)をして過(す)ぎ往(ゆ)かしめん」と。土地道(いわ)く、「火光(かこう)を滅(めっ)せんことを要(よう)せば、須(かなら)ず羅刹女(らせつにょ)を求(もと)めて芭蕉扇(ばしょうせん)を借(か)るべし」と。行者(ぎょうじゃ)路旁(みちばた)に往(ゆ)きて扇子(おうぎ)を拾(ひろ)い上(あ)げて道(いわ)く、「這(こ)れは是(こ)れならずや。那(か)の火光(かこう)扇(あお)げば扇(あお)ぐほど愈々(いよいよ)着(つ)くは、何(なん)ぞや」と。土地(とち)看(み)て、笑(わら)って道(いわ)く、「この扇(おうぎ)は是(こ)れ真(しん)ならず、彼(かれ)に哄(だま)されたり」と。行者道(いわ)く、「如何(いか)にして方(はじ)めて真(しん)を得(う)べき」と。那(か)の土地(とち)又(また)背(せ)を控(ひ)き身(み)を躬(かが)め、微(かす)かに笑(わら)って道(いわ)く、 「若(も)し還(ま)た真(しん)の蕉扇(しょうせん)を借(か)らんことを要(よう)せば、須(かなら)ず是(こ)れ大力王(だいりきおう)を尋(たず)ね求(もと)むべし」 と。 畢竟(はてさて)大力王(だいりきおう)に甚(なん)の縁故(えんこ)有(あ)るを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第六十回 牛魔王(ぎゅうまおう)戦(いくさ)を罷(や)めて華筵(かえん)に赴(おもむ)き 孫行者(そんぎょうじゃ)二(ふた)たび芭蕉扇(ばしょうせん)を調(ととの)う 土地(とち)説(いわ)く、「大力王(だいりきおう)は即(すなわ)ち牛魔王(ぎゅうまおう)なり」と。行者道(いわ)く、「この山(やま)は本(もと)牛魔王(ぎゅうまおう)の放(はな)ちし火(ひ)にして、仮(かり)に名(な)づけて火焰山(かえんざん)とせるか」と。土地道(いわ)く、「不是(いいえ)不是(いいえ)。大聖(たいせい)若(も)し肯(あえ)て小神(しょうしん)の罪(つみ)を赦(ゆる)さば、方(はじ)めて敢(あえ)て直言(ちょくげん)せん」と。行者道(いわ)く、「汝(なんじ)何(なん)の罪(つみ)か有(あ)る。直(ただ)ちに説(と)いて妨(さまた)げ無(な)し」と。土地道(いわ)く、「この火(ひ)は原(もと)大聖(たいせい)の放(はな)ちしものなり」と。行者(ぎょうじゃ)怒(いか)って道(いわ)く、「我(われ)は何処(いずこ)に在(あ)る、汝(なんじ)この等(よう)に乱談(らんだん)す! 我(われ)豈(あ)に是(こ)れ火(ひ)を放(はな)つの輩(ともがら)ならんや」と。土地道(いわ)く、「是(こ)れ汝(なんじ)も亦(ま)た我(われ)を認(みと)め得(え)ざるなり。此間(ここ)原(もと)この座(ざ)の山(やま)無(な)かりしに、大聖(たいせい)の五百年前(ごひゃくねんぜん)大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がしし時(とき)、顕聖(けんせい)に擒(とら)えられ、老君(ろうくん)に圧(あっ)し赴(おもむ)けられ、大聖(たいせい)を将(も)って八卦炉(はっけろ)の内(うち)に安(やすん)じ、煅煉(たんれん)の後(のち)鼎(かなえ)を開(ひら)きしに、汝(なんじ)に丹炉(たんろ)を蹬(ふ)み倒(たお)され、落(お)ち来(きた)れる幾箇(いくつ)かの磚(かわら)有(あ)りて、内(うち)に余火(よか)有(あ)り、此(こ)の処(ところ)に到(いた)りて化(か)して火焰山(かえんざん)と成(な)れり。我(われ)本(もと)是(こ)れ兜率宮(とそつぐう)の炉(ろ)を守(まも)るの道人(どうにん)なりしが、当時(そのかみ)老君(ろうくん)に我(われ)の守(まもり)を失(しっ)せしを怪(あや)しめられ、此(こ)の間(かん)に降(くだ)され、就(すなわ)ち火焰山(かえんざん)の土地(とち)と做(な)れるなり」と。猪八戒(ちょはっかい)言(こと)を聞(き)きて恨(うら)んで道(いわ)く、「怪(あや)しむらくは汝(なんじ)の這(か)くの如(ごと)き打扮(いでたち)なるかな! 原来(もと)是(こ)れ道士(どうし)の変(へん)ぜる土地(とち)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)半(なか)ば信(しん)じ半(なか)ば信(しん)ぜずして道(いわ)く、「汝(なんじ)且(しばら)く説(と)け、早(はや)く大力王(だいりきおう)を尋(たず)ぬるは何(なん)の故(ゆえ)ぞ」と。土地道(いわ)く、 「大力王(だいりきおう)は乃(すなわ)ち羅刹女(らせつにょ)の丈夫(おっと)なり。彼(かれ)この向(ごろ)羅刹(らせつ)を撇(す)て、現(いま)積雷山(せきらいざん)摩雲洞(まうんどう)に在(あ)り。一箇(ひとり)の万歳狐王(ばんさいこおう)有(あ)りしが、那(か)の狐王(こおう)死(し)に、遺(のこ)し下(おろ)せる一箇(ひとり)の女児(むすめ)有(あ)り、玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)と喚(よ)ぶ。那(か)の公主(こうしゅ)に百万(ひゃくまん)の家私(かし)有(あ)れど、掌管(しょうかん)する人(ひと)無(な)く、二年前(にねんぜん)、牛魔王(ぎゅうまおう)の神通(じんつう)広大(こうだい)なるを訪(たず)ね着(あ)て、情(こころ)を将(も)って倒(さかしま)に家私(かし)を陪(そな)え、招(まね)いて夫(おっと)と為(な)さんことを願(ねが)えり。那(か)の牛王(ぎゅうおう)羅刹(らせつ)を棄(す)て、久(ひさ)しく回顧(かいこ)せず。若(も)し大聖(たいせい)牛王(ぎゅうおう)を尋(たず)ね着(あ)て、拝(おが)み求(もと)めて此(ここ)に来(きた)らしめば、方(はじ)めて真(しん)の扇(おうぎ)を借(か)り得(う)べし。一(ひとつ)には火焔(かえん)を扇(あお)ぎ息(や)めて、師父(しふ)の前進(ぜんしん)を保(ほ)すべく、二(ふたつ)には永(とこしえ)に火患(かかん)を除(のぞ)きて、此(こ)の地(ち)の生霊(せいれい)を保(ほ)すべく、三(みっつ)には我(われ)を赦(ゆる)して天(てん)に帰(き)らしめ、老君(ろうくん)の法旨(ほっし)を回(かえ)し繳(たてまつ)らしめん」 と。行者道(いわ)く、 「積雪山(せきせつざん)は何処(いずこ)に坐落(ざいらく)する。彼(かれ)に到(いた)るに多少(いくばく)の程途(ていと)有(あ)る」 と。土地道(いわ)く、「正南方(しょうなんぽう)に在(あ)り。此間(ここ)より彼(かれ)に到(いた)る、三千余里(さんぜんより)有(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、即(すなわ)ち沙僧(さそう)・八戒(はっかい)に吩咐(いいつ)けて師父(しふ)を保護(ほご)せしめ、又(また)土地(とち)に教(おし)えて、陪伴(ばん)して回(かえ)ること勿(な)かれとし、随(したが)って即(すなわ)ち忽(たちまち)の一声(ひとこえ)、渺然(びょうぜん)として見(み)えずなりぬ。 那(か)の処(ところ)半箇時辰(はんこじしん)を消(しょう)するや、早(つと)に一座(いちざ)の高山(こうざん)の漢(そら)を凌(しの)ぐを見(み)る。雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おと)し、顛峰(てんぽう)の上(うえ)に停(とど)まり立(た)ちて観(み)わたせば、真(まこと)に是(こ)れ好(よ)き山(やま)なるかな、 高(たか)きや高(たか)からず、頂(いただき)碧漢(へきかん)を摩(ま)し、 大(おお)きや大(おお)きならず、根(ね)黄泉(こうせん)に扎(さ)す。 山前(さんぜん)日(ひ)暖(あたた)かに、嶺後(れいご)風(かぜ)寒(かん)なり。 山前(さんぜん)日(ひ)暖(あたた)かにして、三冬(さんとう)草木(そうもく)の知(し)る無(な)き有(あ)り、 嶺後(れいご)風(かぜ)寒(かん)にして、九夏(きゅうか)氷霜(ひょうそう)の化(け)せざるを見(み)る。 龍潭(りゅうたん)澗(たに)に接(せっ)して水(みず)長(なが)く流(なが)れ、 虎穴(こけつ)崖(がけ)に依(よ)って花(はな)早(はや)く放(ひら)く。 水流(みずながれ)千派(せんぱ)飛瓊(ひけい)に似(に)て、花(はな)一心(いっしん)を放(ひら)きて錦(にしき)を布(し)くが如(ごと)し。 湾環(わんかん)たる嶺上(れいじょう)に湾環(わんかん)の樹(き)、扢扠(こつさ)たる石外(せきがい)に扢扠(こつさ)の松(まつ)。 真個(まこと)に是(こ)れ高(たか)き山(やま)、峻(けわ)しき嶺(みね)、陡(けわ)しき崖(がけ)、深(ふか)き澗(たに)、 香(かんば)しき花(はな)、美(うつく)しき果(み)、紅(あか)き藤(ふじ)、紫(むらさき)の竹(たけ)、青(あお)き松(まつ)、翠(みどり)の柳(やなぎ)。 八節四時(はっせつしいじ)顔(かお)改(あらた)めず、千年万古(せんねんばんこ)色(いろ)龍(りゅう)の如(ごと)し。 大聖(たいせい)看(み)ること彀(た)ゆるまでに多時(しばらく)、歩(あゆみ)を尖峰(せんぽう)より下(くだ)し、深山(しんざん)に入(い)り、路徑(ろけい)を找(たず)ね尋(たず)ぬ。正(まさ)に自(みずか)ら箇(ひとつ)の消息(しょうそく)無(な)きに、忽(たちま)ち松陰(しょういん)の下(した)に、一箇(ひとり)の女子(じょし)の、手(て)に一枝(ひとえだ)の香蘭(こうらん)を折(お)り、裊裊娜娜(じょうじょうだだ)として来(きた)るを見(み)る。大聖(たいせい)怪石(かいせき)の旁(かたわら)に閃(ひらめ)き、睛(ひとみ)を定(さだ)めて観(み)わたせば、那(か)の女子(じょし)の怎(いか)なる形(かたち)ぞ、 嬌嬌(きょうきょう)たる傾国(けいこく)の色(いろ)、緩緩(かんかん)として歩(あゆみ)蓮(はす)を移(うつ)す。 貌(かたち)は王嬙(おうしょう)の若(ごと)く、顔(かんばせ)は楚女(そじょ)の如(ごと)し。 花(はな)の如(ごと)く語(ことば)を解(かい)し、玉(たま)の如(ごと)く香(かおり)を生(しょう)ず。 高髻(こうけい)青(あお)を堆(つ)んで碧鴉(へきあ)を軃(た)れ、双眼(そうがん)緑(みどり)を蘸(ひた)して秋水(しゅうすい)を横(よこた)う。 湘裙(しょうくん)半(なか)ば露(あらわ)して弓鞋(きょうがい)小(ちい)さく、翠袖(すいしゅう)微(かす)かに舒(の)べて粉腕(ふんわん)長(なが)し。 暮雨朝雲(ぼううちょううん)を説(と)くも甚(なん)ぞや、真個(まこと)に是(こ)れ朱唇皓歯(しゅしんこうし)なり。 錦江(きんこう)滑膩(かつじ)として蛾眉(がび)秀(ひい)で、文君(ぶんくん)と薛濤(せつとう)に賽(まさ)れり。 那(か)の女子(じょし)漸漸(ようや)く石辺(いしべ)に走近(ちかづ)く。大聖(たいせい)身(み)を躬(かが)めて礼(れい)を施(ほどこ)し、緩(ゆる)やかに言(い)って曰(いわ)く、「女菩薩(にょぼさつ)何処(いずこ)へか往(ゆ)く」と。那(か)の女子(じょし)未(いま)だ曾(かつ)て観(み)わたさざるに、叫(よ)び問(と)うを聴(き)き、却(かえ)って自(みずか)ら頭(こうべ)を挙(あ)ぐるや、忽(たちま)ち大聖(たいせい)の相貌(そうぼう)の醜陋(しゅうろう)なるを見(み)、老大(おおい)に心(こころ)驚(おどろ)き、退(しりぞ)かんと欲(ほっ)するも退(しりぞ)き難(がた)く、行(ゆ)かんと欲(ほっ)するも行(ゆ)き難(がた)く、只(た)だ戦兢兢(せんきょうきょう)として、勉(つと)めて答(こた)えて道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何方(いずかた)の来者(らいしゃ)ぞ。敢(あ)えて此間(ここ)に在(あ)りて誰(たれ)をか問(と)う」と。 大聖(たいせい)沈思(ちんし)して道(いわ)く、「我(われ)若(も)し経(きょう)を取(と)り扇(おうぎ)を求(もと)むるの事(こと)を説(と)き出(いだ)さば、恐(おそ)らくはこの厮(やつ)牛王(ぎゅうおう)と親(したしみ)有(あ)らん。且(しばら)く只(た)だ仮(かり)の親(したしみ)を以(もっ)って意(い)を托(たく)し、魔王(まおう)を請(しょう)ずるの言(げん)を来(きた)りて答(こた)えて方(はじ)めて可(よ)からん」と。那(か)の女子(じょし)彼(かれ)の語(かた)らざるを見(み)、顔色(がんしょく)を変(か)え、怒声(どせい)に喝(かつ)して道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ何人(なんぴと)ぞ、敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)を問(と)う!」と。大聖(たいせい)身(み)を躬(かが)めて陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ翠雲山(すいうんざん)より来(きた)れる者(もの)なり。初(はじ)めて貴処(きしょ)に到(いた)り、路徑(ろけい)を知(し)らず。敢(あ)えて菩薩(ぼさつ)に問(と)う、此間(ここ)は是(こ)れ積雷山(せきらいざん)ならんや」と。那(か)の女子道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り」と。大聖道(いわ)く、「一箇(ひとつ)の摩雲洞(まうんどう)有(あ)りと、何処(いずこ)に坐落(ざいらく)する」と。那(か)の女子道(いわ)く、「汝(なんじ)那(か)の洞(どう)を尋(たず)ぬるは甚(なん)と做(な)す」と。大聖道(いわ)く、「我(われ)は是(こ)れ翠雲山(すいうんざん)芭蕉洞(ばしょうどう)の鉄扇公主(てっせんこうしゅ)の牛魔王(ぎゅうまおう)を請(しょう)ぜんと央(たの)まれて来(きた)れる者(もの)なり」と。 那(か)の女子(じょし)鉄扇公主(てっせんこうしゅ)の牛魔王(ぎゅうまおう)を請(しょう)ずるの言(げん)を一(ひと)たび聴(き)くや、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)り、耳根子(じみみ)の徹(とお)るまで通紅(つうこう)となり、口(くち)を潑(はげ)しくして罵(ののし)って道(いわ)く、「この賤婢(せんぴ)、着実(まこと)に無知(むち)なり! 牛王(ぎゅうおう)我(わ)が家(いえ)に到(いた)りて未(いま)だ二載(にさい)に及(およ)ばざるに、也(ま)た彼(かれ)に送(おく)りし珠翠金銀(しゅすいきんぎん)、綾羅緞匹(りょうらどんぴつ)の多少(いくばく)なるを知(し)らず。年(とし)に柴(たきぎ)を供(きょう)じ、月(つき)に米(こめ)を供(きょう)じ、自自在在(じざいじざい)に受用(じゅよう)しながら、還(ま)た羞(はじ)を識(し)らず、又(また)来(きた)りて彼(かれ)を請(しょう)ずるとは怎(なん)とする!」と。大聖(たいせい)言(こと)を聞(き)き、情(じょう)に是(こ)れ玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)なるを知(し)り、故意(わざ)と鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、大(おお)いに一声(ひとこえ)喝(かつ)して道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの潑賤(はっせん)、家私(かし)を将(も)って牛王(ぎゅうおう)を買(か)い住(とど)め、誠(まこと)に是(こ)れ銭(ぜに)を陪(そな)えて漢(おとこ)に嫁(とつ)ぐものなり! 汝(なんじ)は却(かえ)って羞(はじ)ず、却(かえ)って敢(あえ)て誰(たれ)をか罵(ののし)る!」と。 那(か)の女子(じょし)見(み)て、唬(おど)ろかされて魄(たましい)散(ちら)り魂(たま)飛(と)び、好(よ)き歩(あゆみ)も無(な)く乱(みだ)りに金蓮(きんれん)を躧(ふ)み、戦兢兢(せんきょうきょう)として頭(こうべ)を回(めぐ)らして便(すなわ)ち走(に)ぐ。這(こ)の大聖(たいせい)吆吆喝喝(ようようかつかつ)と、随後(あと)より相(あい)跟(したが)う。原来(もと)松陰(しょういん)を穿(うが)ち過(よ)ぐれば、就(すなわ)ち是(こ)れ摩雲洞(まうんどう)の口(くち)なり。女子(じょし)跑(はし)り進(い)り往(ゆ)き、撲(ぽん)と門(もん)を把(も)って関(とざ)せり。大聖(たいせい)却(かえ)って鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、咳咳(がいがい)として歩(あゆみ)を停(とど)めて看(み)れば、好(よ)き所在(ところ)なるかな、 樹林(じゅりん)森密(しんみつ)にして、崖(がけ)削(けず)りて崚嶒(りょうそう)たり。 薜蘿(へいら)陰(かげ)冉冉(ぜんぜん)として、蘭蕙(らんけい)味(あじ)馨馨(けいけい)たり。 流泉(りゅうせん)玉(たま)を漱(すす)ぎて修竹(しゅうちく)を穿(うが)ち、 巧石(こうせき)機(き)を知(し)りて落英(らくえい)を帯(お)ぶ。 煙霞(えんか)遠岫(えんしゅう)を籠(こ)み、日月(じつげつ)雲屏(うんぺい)を照(てら)す。 龍吟(りゅうぎん)虎嘯(こしょう)、鶴唳(かくれい)鶯鳴(おうめい)。 一片(いっぺん)の清幽(せいゆう)真(げ)に愛(あい)すべく、琪花瑶草(きかようそう)景(けい)常(つね)に明(あき)らかなり。 天台(てんだい)の仙洞(せんどう)に亜(つ)がず、海上(かいじょう)の蓬瀛(ほうえい)に勝(まさ)れり。 且(しばら)く行者(ぎょうじゃ)の此処(ここ)に在(あ)りて景致(けいち)を観(み)わたすを言(い)わず。却説(さて)那(か)の女子(じょし)は跑(はし)りて粉汗(ふんかん)淋淋(りんりん)たり、唬(おど)ろかされて蘭心(らんしん)吸吸(きゅうきゅう)たり。径(ただ)ちに書房(しょぼう)の裡面(うち)に入(い)る。原来(もと)牛魔王(ぎゅうまおう)は正(まさ)に那(あ)の処(ところ)に在(あ)りて静(しず)かに丹書(たんしょ)を玩(もてあそ)べり。この女子(じょし)好(よ)き気(き)無(な)くして懐(ふところ)に倒(たお)れ入(い)り、耳(みみ)を抓(か)き腮(ほお)を撓(か)き、声(こえ)を放(はな)って大(おお)いに哭(な)けり。牛王(ぎゅうおう)満面(まんめん)に陪笑(ばいしょう)して道(いわ)く、「美人(びじん)、煩悶(はんもん)することを得(え)ざれ。甚(なん)の話(ことば)の説(と)くべき有(あ)る」と。那(か)の女子(じょし)天(てん)に跳(おど)り地(ち)に索(もと)め、口中(こうちゅう)に罵(ののし)って道(いわ)く、 「潑魔(はつま)我(われ)を害(そこな)い殺(ころ)すもまた!」 と。牛王(ぎゅうおう)笑(わら)って道(いわ)く、「汝(なんじ)甚(なん)の事(こと)の為(ため)にか我(われ)を罵(ののし)る」と。女子道(いわ)く、「我(われ)父母(ふぼ)に依(よ)る無(な)きに因(よ)り、汝(なんじ)を招(まね)いて身(み)を護(まも)り命(いのち)を養(やしな)わしむ。江湖(こうこ)の中(うち)に汝(なんじ)を是(こ)れ条(ひとすじ)の好漢(こうかん)なりと説(と)くに、汝(なんじ)原来(もと)是(こ)れ箇(ひとり)の内(つま)を懼(おそ)るるの庸夫(ようふ)なり!」と。牛王(ぎゅうおう)説(と)くを聞(き)き、女子(じょし)を将(も)って抱(いだ)き止(とど)めて道(いわ)く、「美人(びじん)、我(われ)に那些(いず)れの不是(あやまり)の処(ところ)有(あ)るか、汝(なんじ)且(しばら)く緩(ゆる)やかに説(と)き来(きた)れ、我(われ)汝(なんじ)と礼(れい)を陪(ばい)せん」と。女子道(いわ)く、「適才(さっき)我(われ)洞外(どうがい)に在(あ)りて花陰(かいん)を閑歩(かんぽ)し、蘭(らん)を折(お)り蕙(けい)を采(と)りしに、忽(たちま)ち一箇(ひとり)の毛臉(もうれん)雷公嘴(らいこうし)の和尚(おしょう)有(あ)りて、猛(にわ)かに前(まえ)に来(きた)りて礼(れい)を施(ほどこ)し、我(われ)を把(も)って一箇(ひとつ)の呆掙(ほうせい)に吓(おど)ろかされたり。性(しょう)を定(さだ)めて何人(なんぴと)なるを問(と)うに及(およ)び、彼(かれ)説(いわ)く、鉄扇公主(てっせんこうしゅ)の彼(かれ)を央(たの)んで牛魔王(ぎゅうまおう)を請(しょう)ぜしめに来(きた)れるなりと。我(われ)に両句(ふたこと)説(い)われて、彼(かれ)は却(かえ)って我(われ)を一場(ひとくさり)罵(ののし)り、一根(ひとすじ)の棍子(こんす)を将(も)って、我(われ)を趕(お)いて打(う)てり。若(も)し走(に)ぐること些(すこ)し速(はや)からざらしめば、幾(あわ)や彼(かれ)に打(う)ち殺(ころ)されたるならん! これ豈(あ)に汝(なんじ)を招(まね)いて禍(わざわい)を為(な)さしめしに非(あら)ずや。我(われ)を害(そこな)い殺(ころ)すもまた!」と。 牛王(ぎゅうおう)言(こと)を聞(き)き、却(かえ)って彼(かれ)と容(かたち)を整(ととの)えて礼(れい)を陪(ばい)し、温存(おんぞん)すること良(やや)久(ひさ)しくして、女子(じょし)方(ようや)く気(いき)を息(やす)めたり。魔王(まおう)却(かえ)って発狠(いきりた)って道(いわ)く、「美人(びじん)在上(うえにいま)す、敢(あ)えて相(あい)瞞(だま)たてまつらず。那(か)の芭蕉洞(ばしょうどう)は是(こ)れ僻静(へきせい)なりと雖(いえど)も、却(かえ)って清幽(せいゆう)自在(じざい)なり。我(わ)が山妻(さんさい)は自幼(おさなきより)修持(しゅじ)し、也(ま)た是(こ)れ箇(ひとり)の道(みち)を得(え)たる女仙(にょせん)なるが、却(かえ)って是(こ)れ家門(かもん)厳謹(げんきん)にして、内(うち)に一尺(いっしゃく)の童(わらべ)も無(な)し。焉(いず)くんぞ雷公嘴(らいこうし)の男子(だんし)の央(たの)まれて来(きた)ること有(あ)らんや。これ想(おも)うに是(こ)れ何処(いずこ)より来(きた)れる怪妖(かいよう)、或(あるい)は仮(かり)に名声(めいせい)を綽(かた)どり、此(ここ)に至(いた)りて我(われ)を訪(たず)ぬるならん。我(われ)をして出(い)で往(ゆ)きて看看(みみ)せしめよ」と。 好(よ)きかな魔王(まおう)、歩(あゆみ)を運(はこ)び、書房(しょぼう)を出(い)で、大庁(だいちょう)に上(のぼ)りて披挂(ひかけ)を取(と)り、結束(けっそく)し了(おわ)り、一条(ひとすじ)の混鉄棍(こんてっこん)を拿(と)り、門(もん)を出(い)でて高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、「是(こ)れ誰人(たれ)ぞ我(わ)が此処(ここ)に在(あ)りて無状(ぶじょう)なる」と。 行者(ぎょうじゃ)旁(かたわら)に在(あ)りて、彼(かれ)が那(か)の形(かたち)の、五百年前(ごひゃくねんぜん)と又(また)大(おお)いに同(おな)じからざるを見(み)る。只(た)だ見(み)る、 頭(こうべ)上(うえ)に一頂(ひとつ)の水磨銀亮(すいまぎんりょう)の熟鉄盔(じゅくてつき)を戴(いただ)き、 身(み)上(うえ)に一副(ひとそろい)の絨穿錦繍(じゅうせんきんしゅう)の黄金甲(おうごんこう)を貫(つらぬ)き、 足下(あしもと)に一双(ひとそろい)の巻尖粉底(かんせんふんてい)の麂皮靴(きひか)を踏(ふ)み、 腰間(ようかん)に一条(ひとすじ)の寄糸三股(よりいとさんこ)の獅蛮帯(しまんたい)を束(し)む。 一双眼(そうがん)光(ひかり)明鏡(めいきょう)の如(ごと)く、両道(ふたすじ)の眉(まゆ)艶(あで)やかなること紅霓(こうげい)に似(に)たり。 口(くち)は血盆(けつぼん)の若(ごと)く、歯(は)は銅板(どうばん)を排(なら)ぶ。 吼声(こうせい)響(ひび)き震(ふる)いて山神(さんしん)怕(おそ)れ、行動(こうどう)威風(いふう)悪鬼(あっき)慌(あわ)つ。 四海(しかい)に名称(めいしょう)有(あ)りて世(よ)を混(こん)じ、西方(さいほう)大力(だいりき)と魔王(まおう)と号(ごう)す。 這(こ)の大聖(たいせい)衣(ころも)を整(ととの)えて前(まえ)に進(すす)み、深々(ふかぶか)と一箇(ひとつ)の大(おお)きなる喏(じゃく)を唱(とな)えて道(いわ)く、「長兄(ちょうけい)、還(ま)た小弟(しょうてい)を認(みと)めたまうや」と。牛王(ぎゅうおう)礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)ならんや」と。大聖道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り、正(まさ)に是(しか)り。一向(ひたすら)久(ひさ)しく別(わか)れて未(いま)だ拝(はい)せず。適才(さっき)此(ここ)に到(いた)りて一女子(いちじょし)に問(と)いしに、方(はじ)めて兄(あに)に見(まみ)え得(えた)り。丰采(ほうさい)果(はた)して常(つね)に勝(まさ)り、真(げ)に賀(が)すべきかな!」と。牛王(ぎゅうおう)喝(かつ)して道(いわ)く、 「且(しばら)く巧舌(こうぜつ)を休(や)めよ! 我(われ)聞(き)くならく、汝(なんじ)天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がし、仏祖(ぶっそ)に降(くだ)され圧(あっ)せられて五行山(ごぎょうざん)の下(した)に在(あ)りしが、近(ちか)ごろ天災(てんさい)を解脱(げだつ)し、唐僧(とうそう)を保護(ほご)して西天(さいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)に見(まみ)え経(きょう)を求(もと)むと。怎(どう)して号山(ごうざん)枯松澗(こしょうかん)火雲洞(かうんどう)に在(あ)りて我(わ)が小児(しょうじ)牛聖嬰(ぎゅうせいえい)を害(そこな)いしや。正(まさ)に此処(ここ)に在(あ)りて汝(なんじ)を惱(なや)ましむるに、汝(なんじ)却(かえ)って怎(いか)にして又(また)来(きた)りて我(われ)を尋(たず)ぬる」と。 大聖(たいせい)礼(れい)を作(な)して道(いわ)く、「長兄(ちょうけい)誤(あやま)りて小弟(しょうてい)を怪(あや)しむるを得(え)ざれ。当時(そのかみ)令郎(れいろう)吾(わ)が師(し)を捉(とら)え、其(そ)の肉(にく)を食(く)らわんとせしに、小弟(しょうてい)彼(かれ)に近(ちか)づくを得(え)ず。幸(さいわい)に観音菩薩(かんのんぼさつ)の我(わ)が師(し)を救(すく)わんと欲(ほっ)し、彼(かれ)を勧(すす)めて正(ただ)しきに帰(き)せしめられたり。現今(いま)善財童子(ぜんざいどうじ)と做(な)り、兄長(けいちょう)よりも還(ま)た高(たか)く、極楽(ごくらく)の門堂(もんどう)を享(う)け、逍遥(しょうよう)の永寿(えいじゅ)を受(う)く。何(なん)の不可(ふか)か有(あ)らん、返(かえ)って我(われ)を怪(あや)しむや」と。牛王(ぎゅうおう)罵(ののし)って道(いわ)く、「この乖(かしこ)き嘴(くち)の猢猻(こじん)! 子(こ)を害(そこな)いしの情(じょう)、汝(なんじ)に説(と)き過(す)ぎられたり。汝(なんじ)才(いま)し方(まさ)に我(わ)が愛妾(あいしょう)を欺(あざむ)き、我(わ)が門(もん)に打(う)ち上(のぼ)りしは何(なん)ぞや」と。大聖笑(わら)って道(いわ)く、「我(われ)長兄(ちょうけい)を拝謁(はいえつ)せんとせしに見(まみ)えず、那(か)の女子(じょし)に向(むか)いて拝(おが)み問(と)いしに、是(こ)れ二嫂嫂(にそうそう)なるを知(し)らざりき。彼(かれ)の我(われ)を幾句(いくく)か罵(ののし)りしに因(よ)り、是(こ)れ小弟(しょうてい)一時(いっとき)の粗鹵(そろ)にして、嫂嫂(あによめ)を驚(おどろ)かせり。長兄(ちょうけい)の寛恕(かんじょ)寛恕(かんじょ)あらんことを望(のぞ)む!」と。牛王道(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、我(われ)故旧(こきゅう)の情(なさけ)を看(み)て、汝(なんじ)を饒(ゆる)して去(さ)らしめん」と。大聖道(いわ)く、「既(すで)に寛恩(かんおん)を蒙(こうむ)り、感謝(かんしゃ)尽(つ)きず。但(た)だ尚(なお)一事(いちじ)の奉瀆(ほうとく)する有(あ)り、万(よろず)周済(しゅうさい)周済(しゅうさい)を望(のぞ)む」と。牛王(ぎゅうおう)罵(ののし)って道(いわ)く、「この猢猻(こじん)起倒(きとう)を識(し)らず! 汝(なんじ)を饒(ゆる)し了(おわ)りしに、倒(かえ)って還(ま)た走(に)げず、反(かえ)って来(きた)りて我(われ)に纏(まと)わる! 甚(なん)の周済(しゅうさい)周済(しゅうさい)ぞ!」と。大聖道(いわ)く、 「実(げ)に長兄(ちょうけい)を瞞(だま)たてまつらず、小弟(しょうてい)唐僧(とうそう)を保(ほ)して西(にし)へ進(すす)むに因(よ)り、路(みち)火焰山(かえんざん)に阻(はば)まれて、前進(ぜんしん)すること能(あた)わず。土人(どじん)に詢(と)い問(と)うに、尊嫂(そんそう)羅刹女(らせつにょ)に一柄(ひとえ)の芭蕉扇(ばしょうせん)有(あ)りと知(し)り、求(もと)めて一用(いちよう)せんと欲(ほっ)す。昨日(きのう)旧府(きゅうふ)に到(いた)り、嫂嫂(あによめ)を奉拝(ほうはい)せしに、嫂嫂(あによめ)堅(かた)く執(と)って借(か)さず。是(ここ)を以(もっ)って特(こと)に長兄(ちょうけい)に求(もと)む。兄長(けいちょう)の天地(てんち)の心(こころ)を開(ひら)き、小弟(しょうてい)と同(とも)に大嫂(だいそう)の処(ところ)へ一行(いっこう)し、千万(なにとぞ)扇(おうぎ)を借(か)りて火焰(かえん)を扇(あお)ぎ滅(めっ)し、唐僧(とうそう)を保(ほ)して山(やま)を過(す)がしめ得(う)れば、即時(そくじ)に完璧(かんべき)にせんことを望(のぞ)む」 と。牛王(ぎゅうおう)言(こと)を聞(き)き、心(こころ)火(ひ)の発(はっ)するが如(ごと)く、鋼牙(こうが)を咬(か)み響(ひび)かせて罵(ののし)って道(いわ)く、「汝(なんじ)無礼(ぶれい)ならずと説(い)えど、汝(なんじ)原来(もと)是(こ)れ扇(おうぎ)を借(か)るの故(ゆえ)なり! 一定(かなら)ず先(ま)ず我(わ)が山妻(さんさい)を欺(あざむ)き、山妻(さんさい)想(おも)うに是(こ)れ肯(あえ)ぜざりしならん、故(ゆえ)に来(きた)りて我(われ)を尋(たず)ぬるなり! 且(か)つ又(また)我(わ)が愛妾(あいしょう)を趕(お)えり! 常言(じょうげん)に道(い)わく、朋友(ほうゆう)の妻(つま)は欺(あざむ)くべからず、朋友(ほうゆう)の妾(めかけ)は滅(ほろぼ)すべからずと。 汝(なんじ)既(すで)に我(わ)が妻(つま)を欺(あざむ)き、又(また)我(わ)が妾(めかけ)を滅(ほろぼ)す、多(いか)ほどの無礼(ぶれい)ぞ! 上(のぼ)り来(きた)りて我(わ)が一棍(いっこん)を喫(く)らえ!」 と。大聖道(いわ)く、 「哥(あに)の打(う)たんと説(と)かば、弟(おとうと)も亦(ま)た懼(おそ)れず。但(た)だ宝貝(ほうばい)を求(もと)むるは、是(こ)れ我(わ)が真心(しんしん)なり。万(よろず)乞(こ)う我(われ)に借(か)して使(つか)わしめよ!」 と。牛王道(いわ)く、「汝(なんじ)若(も)し三合(さんがっ)に我(われ)に敵(てき)し得(う)れば、我(われ)山妻(さんさい)をして汝(なんじ)に借(か)さしめん。如(も)し敵(てき)し過(す)ぎずんば、汝(なんじ)を打(う)ち殺(ころ)して、我(われ)と恨(うらみ)を雪(すす)がん!」と。大聖道(いわ)く、「哥(あに)の説(と)ける所(ところ)は是(ぜ)なり。小弟(しょうてい)この一向(ひたすら)疏懶(そらん)にして、曾(かつ)て兄(あに)と相(あい)会(かい)せず、この幾年(いくとせ)の武芸(ぶげい)の昔日(むかし)に比(くら)べて如何(いかん)を知(し)らず。我(われ)兄弟(けいてい)たち請(こ)う演(えん)じ演(えん)じて棍(こん)を看(み)よ」と。 この牛王(ぎゅうおう)は那(なん)ぞ分説(ぶんせつ)を容(い)れん、混鉄棍(こんてっこん)を掣(ひっさ)げて頭(こうべ)より劈(つんざ)きて便(すなわ)ち打(う)つ。この大聖(たいせい)金箍棒(きんこぼう)を持(たも)ち、手(て)に随(したが)って相(むか)い迎(むか)う。 二箇(ふたり)のこの場(ば)の好(よ)きかな闘(たたかい)、 金箍棒(きんこぼう)、混鉄棍(こんてっこん)、臉(かお)を変(か)えて朋友(ほうゆう)を以(もっ)て論(あげつら)わず。 那(か)の者説(いわ)く、「正(まさ)に汝(なんじ)がこの猢猻(こじん)の子(こ)を害(そこな)いし情(じょう)を怪(あや)しむ!」と。 この者説(いわ)く、「汝(なんじ)が令郎(れいろう)已(すで)に道(みち)を得(え)たり、嗔(いか)り恨(うら)むことを休(や)めよ!」と。 那(か)の者説(いわ)く、「汝(なんじ)無知(むち)にして怎(どう)して敢(あえ)て我(わ)が門(もん)に上(のぼ)る」と。 この者説(いわ)く、「我(われ)因(よし)有(あ)りて特(こと)に来(きた)りて相(あい)問(と)う」と。 一箇(ひとり)は扇子(おうぎ)を求(もと)めて唐僧(とうそう)を保(ほ)せんことを要(よう)し、 一箇(ひとり)は芭蕉(ばしょう)を借(か)さざること忒(はなは)だ鄙吝(ひりん)なり。 語(ことば)去(さ)り言(ことば)来(きた)りて旧情(きゅうじょう)を失(うしな)い、挙家(きょか)義(ぎ)無(な)く皆(みな)忿(いきどおり)を生(しょう)ず。 牛王(ぎゅうおう)の棍(こん)起(おこ)れば蛟竜(こうりゅう)に賽(まさ)り、大聖(たいせい)の棒(ぼう)迎(むか)えば神鬼(しんき)遁(のが)る。 初(はじ)めには山前(さんぜん)に争(あらそ)い闘(たたか)いしが、後(のち)には斉(ひと)しく祥雲(しょううん)に駕(が)して進(すす)む。 半空(はんくう)の内(うち)に神通(じんつう)を顕(あらわ)し、五彩(ごさい)の光中(こうちゅう)に妙運(みょううん)を施(ほどこ)す。 二条(ふたすじ)の棍(こん)響(ひび)きて天関(てんかん)を震(ふる)わせど、輸贏(ゆえい)を見(み)ずして皆(みな)傍寸(ぼうすん)なり。 這(こ)の大聖(たいせい)と那(か)の牛王(ぎゅうおう)闘(たたか)うこと百十回合(ひゃくじゅうがっごう)を経(へ)るも、勝負(しょうぶ)を分(わか)たず。正(まさ)に難解難分(なんかいなんぶん)の際(きわ)に在(あ)りて、只(た)だ山峰(さんぽう)の上(うえ)に人(ひと)の叫(さけ)んで道(いわ)くを聴(き)く、 「牛爺爺(ぎゅうじいさま)、我(わ)が大王(だいおう)多多(くれぐれ)も拝上(はいじょう)し、幸(さいわい)に早臨(そうりん)を賜(たま)いて、好(よ)く安座(あんざ)せんことを」 と。牛王(ぎゅうおう)説(と)くを聞(き)き、混鉄棍(こんてっこん)を使(つか)って金箍棒(きんこぼう)を支(ささ)え止(とど)め、叫(さけ)んで道(いわ)く、「猢猻(こじん)、汝(なんじ)且(しばら)く住(とど)まれ、我(われ)をして一箇(ひとり)の朋友(ほうゆう)の家(いえ)へ往(ゆ)きて会(かい)に赴(おもむ)き来(きた)らしめよ!」と。言(い)い畢(おわ)るや、雲頭(うんとう)を按下(おしくだ)し、径(ただ)ちに洞裡(どうり)に至(いた)る。玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)に対(むか)いて道(いわ)く、 「美人(びじん)、才(いま)し方(まさ)の那(か)の雷公嘴(らいこうし)の男子(だんし)は乃(すなわ)ち孫悟空(そんごくう)猢猻(こじん)なり。我(われ)に一頓(ひとくさり)の棍(こん)にて打(う)ち走(に)がされ、再(ふたた)び敢(あえ)て来(きた)らじ。汝(なんじ)放心(ほうしん)して耍子(あそ)べ。我(われ)一箇(ひとり)の朋友(ほうゆう)の処(ところ)へ到(いた)りて酒(さけ)を喫(の)まんと往(ゆ)かんとす」 と。彼(かれ)才(はじ)めて盔甲(きこう)を卸(おろ)し、一領(ひとえ)の鴉青(あせい)の剪絨(せんじゅう)の襖子(おうし)を穿(き)、門(もん)を出(い)で、辟水金睛獣(へきすいきんせいじゅう)に跨(またが)り上(のぼ)り、小(こ)の者たちに門庭(もんてい)を看守(かんしゅ)せしめ、半雲半霧(はんうんはんむ)にして、一直(ひたすら)に西北方(せいほくぽう)へ向(むか)いて去(さ)れり。 大聖(たいせい)高峰(こうほう)の上(うえ)に在(あ)りて看(み)て、心中(しんちゅう)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、「この老牛(ろうぎゅう)は又(また)甚(なん)の朋友(ほうゆう)をか識(し)り結(むす)びて、何処(いずこ)へか会(かい)に赴(おもむ)かんとする。老孫(ろうそん)をして彼(かれ)に跟(したが)いて走走(あるか)しめよ」と。好(よ)きかな行者(ぎょうじゃ)、身(み)を将(も)って幌(ゆ)るがして一(ひと)ゆるがし、一陣(ひとむれ)の清風(せいふう)に変作(へんさく)して趕(お)い上(のぼ)り、随(したが)って同(とも)に走(はし)る。多時(しばらく)ならずして、一座(いちざ)の山中(さんちゅう)に到(いた)る。那(か)の牛王(ぎゅうおう)寂然(せきぜん)として見(み)えずなりぬ。大聖(たいせい)原身(ほんぞう)を聚(あつ)め、山(やま)に入(い)りて尋(たず)ね看(み)るに、那(か)の山中(さんちゅう)に一面(ひとつ)の清水(せいすい)の深潭(しんたん)有(あ)り、潭辺(たんぺん)に一座(いちざ)の石碣(せっけつ)有(あ)り、碣上(けつじょう)に六箇(みっつ)の大字(だいじ)有(あ)り。乃(すなわ)ち乱石山(らんせきざん)碧波潭(へきはたん)なり。 大聖(たいせい)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、「老牛(ろうぎゅう)断然(かなら)ず水(みず)の下(した)へ往(ゆ)き去(さ)りたり。水底(すいてい)の精(せい)は、若(も)し是(こ)れ蛟精(こうせい)ならずんば、必(かなら)ず是(こ)れ龍精(りゅうせい)魚精(ぎょせい)、或(あるい)は是(こ)れ亀鼈黿鼉(きべつげんだ)の精(せい)ならん。老孫(ろうそん)をして也(ま)た下(お)り往(ゆ)きて看看(みみ)せしめよ」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ひね)り、一箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)し、一箇(ひとつ)の螃蟹(かに)に変作(へんさく)す。大(おお)きからず小(ちい)さからず、三十六斤(さんじゅうろっきん)の重(おも)さ有(あ)り。撲(ぽん)と水(みず)の中(なか)に跳(と)び入(い)り、径(ただ)ちに潭底(たんてい)に沈(しず)む。忽(たちま)ち一座(いちざ)の玲瓏剔透(れいろうてきとう)の牌楼(ぱいろう)を見(み)る。楼(ろう)の下(した)に那(か)の辟水金睛獣(へきすいきんせいじゅう)の拴(つな)がれたる有(あ)り。牌楼(ぱいろう)の裡(うち)に進(すす)み入(い)れば、却(かえ)って就(すなわ)ち水(みず)無(な)し。大聖(たいせい)爬(はい)り進(い)り、仔細(つまびらか)に看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る、那(か)の壁廂(かたわら)に一派(ひとは)の音楽(おんがく)の声(こえ)有(あ)り。但(た)だ、 朱宮貝闕(しゅきゅうばいけつ)、世(よ)と殊(こと)ならず。 黄金(おうごん)を屋瓦(おくが)と為(な)し、白玉(はくぎょく)を門枢(もんすう)と作(な)す。 屏(びょうぶ)に玳瑁(たいまい)の甲(こう)を開(ひら)き、檻(てすり)に珊瑚(さんご)の珠(たま)を砌(きず)く。 祥雲瑞藹(しょううんずいあい)蓮座(れんざ)に輝(かがや)き、上(うえ)は三光(さんこう)に接(せっ)し下(した)は八衢(はちく)に通(つう)ず。 是(こ)れ天宮(てんぐう)と海蔵(かいぞう)に非(あら)ずんば、果(はた)して此処(ここ)の蓬壺(ほうこ)に賽(まさ)る。 高堂(こうどう)に宴(えん)を設(もう)けて賓主(ひんしゅ)を羅(つら)ね、大小(だいしょう)の官員(かんいん)冠冕珠(かんべんしゅ)あり。 忙(いそ)ぎて玉女(ぎょくじょ)を呼(よ)んで牙槃(がはん)を捧(ささ)げしめ、催(うなが)して仙娥(せんが)を喚(よ)んで律呂(りつりょ)を調(しら)べしむ。 長鯨(ちょうげい)鳴(な)き、巨蟹(きょかい)舞(ま)い、鼈(べつ)笙(しょう)を吹(ふ)き、鼉(だ)鼓(つづみ)を撃(う)つ。 驪頷(りがん)の珠(たま)樽俎(そんそ)を照(てら)し、鳥篆(ちょうてん)の文(ぶん)翠屏(すいへい)に列(なら)ぶ。 蝦鬚(かしゅ)の簾(すだれ)廊廡(ろうぶ)に掛(か)かり、八音(はちおん)迭(たがい)に奏(そう)して仙韶(せんしょう)を雑(まじ)う。 宮商(きゅうしょう)響(ひび)き徹(とお)りて雲霄(うんしょう)を遏(とど)む。 青頭(せいとう)の鱸妓(ろぎ)瑶瑟(ようしつ)を撫(ぶ)し、紅眼(こうがん)の馬郎(ばろう)玉簫(ぎょくしょう)を品(ふ)く。 鱖婆(けいば)頂(いただ)きに香獐脯(こうしょうほ)を献(たてまつ)り、龍女(りゅうにょ)頭(こうべ)に金鳳翹(きんぽうぎょう)を簪(さ)す。 喫(く)うは是(こ)れ天廚(てんちゅう)八宝(はっぽう)の珍羞(ちんしゅう)の味(あじわい)、 飲(の)むは是(こ)れ紫府(しふ)瓊漿(けいしょう)の熟(ね)らし醸(かも)せる醪(もろみ)なり。 那(か)の上(うえ)に坐(ざ)せるは是(こ)れ牛魔王(ぎゅうまおう)、左右(さゆう)に三四箇(さんよにん)の蛟精(こうせい)有(あ)り、前面(ぜんめん)に一箇(ひとり)の老龍精(ろうりゅうせい)の坐(ざ)せる有(あ)り、両辺(りょうへん)は乃(すなわ)ち龍子(りゅうし)龍孫(りゅうそん)龍婆(りゅうば)龍女(りゅうにょ)なり。正(まさ)に那(あ)の処(ところ)に在(あ)りて觥籌交錯(こうちゅうこうさく)の際(きわ)なるに、孫大聖(そんたいせい)一直(ひたすら)に走(はし)り将(つ)って上(うえ)へ進(すす)みしに、老龍(ろうりゅう)に見(み)らるる。即(すなわ)ち命(めい)じて、「那(か)の野蟹(やかい)を拿下(とりおろ)せ!」と。龍子(りゅうし)龍孫(りゅうそん)一擁(いちよう)して前(まえ)に進(すす)み、大聖(たいせい)を把(も)って拿(と)り止(とど)む。大聖(たいせい)忽(たちまち)人言(じんげん)を作(な)し、只(た)だ叫(さけ)んで、「命(いのち)を饒(ゆる)せ! 命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と。老龍道(いわ)く、 「汝(なんじ)は是(こ)れ何処(いずこ)より来(きた)れる野蟹(やかい)ぞ。怎(どう)して敢(あえ)て庁堂(ちょうどう)に上(のぼ)り、尊客(そんかく)の前(まえ)に在(あ)りて、横行乱走(おうこうらんそう)するや。 早(はや)く供(きょう)し来(きた)れ、汝(なんじ)の死罪(しざい)を免(まぬが)れん!」 と。好(よ)きかな大聖(たいせい)、仮(かり)に虚言(きょげん)を捏(つく)り、衆(しゅう)に対(むか)いて供(きょう)して道(いわ)く、 「生(しょう)ずるは湖中(こちゅう)よりして活(い)くるを為(な)し、崖(がけ)に傍(そ)いて窟(あな)を作(つく)りて権(かり)に居(お)る。 蓋(けだ)し日(ひ)久(ひさ)しうして身(み)の舒(の)ぶるを得(う)るに因(よ)り、官(かん)に横行(おうこう)の介士(かいし)を受(う)く。 草(くさ)を踏(ふ)み泥(どろ)を拖(ひ)きて落索(らくさく)し、从来(もとより)未(いま)だ行儀(ぎょうぎ)を習(なら)わず。 法度(ほうど)を知(し)らずして王威(おうい)を冒(おか)す、伏(ふ)して尊慈(そんじ)の罪(つみ)を恕(ゆる)さんことを望(のぞ)む!」 と。座上(ざじょう)の衆精(しゅうせい)言(こと)を聞(き)き、都(みな)身(み)を拱(きょう)して老龍(ろうりゅう)に対(むか)いて礼(れい)を作(な)して道(いわ)く、「蟹介士(かいかいし)初(はじ)めて瑶宮(ようきゅう)に入(い)り、王礼(おうれい)を知(し)らず。尊公(そんこう)の彼(かれ)を饒(ゆる)して去(さ)らしめんことを望(のぞ)む」と。老龍(ろうりゅう)称(しょう)して謝(しゃ)せり。衆精(しゅうせい)即(すなわ)ち教(おし)えて、「那(かの)厮(やつ)を放(はな)て、且(しばら)く打(う)つを記(しる)し、外(そと)に在(あ)りて伺候(しこう)せよ」と。大聖(たいせい)一声(ひとこえ)応(こた)え、外(そと)へ向(むか)いて命(いのち)を逃(のが)れ、径(ただ)ちに牌楼(ぱいろう)の下(した)に至(いた)り、心中(しんちゅう)暗(あん)に想(おも)うて道(いわ)く、「この牛王(ぎゅうおう)此(ここ)に在(あ)りて杯(さかずき)を貪(むさぼ)る、那(いず)くにか彼(かれ)の散(ちら)るを等(ま)ち得(え)ん。就(たとい)散(ちら)るとも、也(ま)た肯(あえ)て扇(おうぎ)を我(われ)に借(か)さじ。如(しか)らずんば彼(かれ)の金睛獣(きんせいじゅう)を偷(ぬす)み、牛魔王(ぎゅうまおう)に変作(へんさく)して、那(か)の羅刹女(らせつにょ)の処(ところ)へ往(ゆ)きて彼(かれ)を哄(だま)し、彼(かれ)の扇子(おうぎ)を騙(かた)りて、我(わ)が師父(しふ)を送(おく)りて山(やま)を過(す)がしむるに妙(みょう)なるに如(し)かず」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、即(すなわ)ち本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、金睛獣(きんせいじゅう)の韁縄(たづな)を解(と)き、撲(ぱ)と一把(ひとつかみ)に雕鞍(ちょうあん)に跨(またが)り上(のぼ)り、径(ただ)ちに騎(の)りて水底(すいてい)を出(い)づ。潭外(たんがい)に到(いた)り、身(み)を将(も)って牛王(ぎゅうおう)の形(かたち)に変作(へんさく)し、獣(けもの)を打(う)ち、雲(くも)を縦(はな)ち、多時(しばらく)ならずして、已(すで)に翠雲山(すいうんざん)芭蕉洞(ばしょうどう)の口(くち)に至(いた)り、一声(ひとこえ)「開門(もんをひら)け!」と叫(さけ)ぶ。那(か)の洞門(どうもん)の裡(うち)に両箇(ふたり)の女童(じょどう)有(あ)り、声音(せいおん)を聞(き)き得(え)て門(もん)を開(ひら)き、牛魔王(ぎゅうまおう)の嘴臉(しれん)なるを見(み)、即(すなわ)ち入(い)りて報(ほう)じて、「奶奶(だんなさま)、爺爺(だんな)家(いえ)に来(かえ)られたり」と。那(か)の羅刹(らせつ)言(こと)を聞(き)き、忙(いそ)ぎて雲鬟(うんかん)を整(ととの)え、急(いそ)ぎて蓮歩(れんぽ)を移(うつ)し、門(もん)を出(い)でて迎接(げいせつ)す。 這(こ)の大聖(たいせい)雕鞍(ちょうあん)を下(お)り、金睛獣(きんせいじゅう)を牽(ひ)き進(い)り、大胆(だいたん)を弄(ろう)して、女佳人(じょかじん)を謳(あざむ)き騙(かた)る。羅刹女(らせつにょ)は肉眼(にくがん)なれば、彼(かれ)を認(みと)め出(いだ)し得(え)ず、即(すなわ)ち手(て)を携(たずさ)えて入(い)る。丫鬟(あこめ)に着(つかわ)して座(ざ)を設(もう)け茶(ちゃ)を看(み)さしむ。一家(いっか)の子(もの)主公(しゅこう)なるを見(み)て、敬謹(けいきん)せざるは無(な)し。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、寒温(かんおん)を叙(じょ)す。「牛王(ぎゅうおう)」道(いわ)く、「夫人(ふじん)久闊(ひさし)」と。羅刹道(いわ)く、 「大王(だいおう)万福(ばんぷく)」 と。又(また)云(いわ)く、「大王(だいおう)新婚(しんこん)を寵幸(ちょうこう)し、奴家(ぬか)を抛(す)て撇(さ)れたり。今日(こんにち)は是(こ)れ那(いず)れの陣(ひとむれ)の風(かぜ)か汝(なんじ)を吹(ふ)き来(きた)れる」と。大聖笑(わら)って道(いわ)く、「敢(あ)えて抛(す)て撇(さ)てんや、只(た)だ玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)に招(まね)かれてより、家事(かじ)繁冗(はんじょう)にして、朋友(ほうゆう)多(おお)く顧(かえり)みるに、是(ここ)を以(もっ)って稽留(けいりゅう)して外(そと)に在(あ)り。却(かえ)って也(ま)た又(また)一箇(ひとつ)の家当(かとう)を治(おさ)め得(え)たり」と。又(また)道(いわ)く、「近(ちか)ごろ聞(き)くならく、悟空(ごくう)の那(かの)厮(やつ)唐僧(とうそう)を保(ほ)して、将(まさ)に火焰山(かえんざん)の界(さかい)に近(ちか)づかんとす。恐(おそ)らくは彼(かれ)の来(きた)りて汝(なんじ)に扇子(おうぎ)を借(か)らんことを問(と)わん。我(われ)那(かの)厮(やつ)の子(こ)を害(そこな)いしの仇(あだ)の未(いま)だ報(むく)いざるを恨(うら)む。但(た)だ来(きた)る時(とき)は、人(ひと)を差(つかわ)して我(われ)に報(ほう)ぜしめよ、我(われ)をして彼(かれ)を拿(と)らえ、屍(しかばね)を分(わ)かちて万段(ばんだん)とし、以(もっ)て我(われ)夫妻(ふさい)の恨(うらみ)を雪(すす)がしめよ」と。 羅刹(らせつ)言(こと)を聞(き)き、涙(なみだ)を滴(したた)らせて告(もう)して道(いわ)く、「大王(だいおう)、常言(じょうげん)に説(と)く、男児(だんじ)に婦(つま)無(な)ければ財(たから)に主(あるじ)無(な)く、女子(じょし)に夫(おっと)無(な)ければ身(み)に主(あるじ)無(な)しと。我(わ)が性命(いのち)、幾(あわ)やこの猢猻(こじん)に害(そこな)われんとせしなり!」と。大聖(たいせい)聴(き)き得(え)て、故意(わざ)と怒(いかり)を発(はっ)して罵(ののし)って道(いわ)く、「那(か)の潑猴(はつこう)何時(いつ)か過(す)ぎ去(さ)りし」と。羅刹道(いわ)く、「還(ま)た未(いま)だ去(さ)らず。昨日(きのう)我(わ)が此処(ここ)に到(いた)りて扇子(おうぎ)を借(か)らんとせしに、我(われ)彼(かれ)の孩児(こども)を害(そこな)いしの故(ゆえ)あるに因(よ)り、披挂(ひかけ)して宝剣(ほうけん)を輪(めぐ)らし、門(もん)を出(い)でて就(すなわ)ち那(か)の猢猻(こじん)を砍(き)れり。彼(かれ)疼(いた)みを忍(しの)び、我(われ)を呼(よ)んで嫂嫂(あによめ)と做(な)し、大王(だいおう)曾(かつ)て彼(かれ)と義(ぎ)を結(むす)べりと説(い)えり」と。大聖道(いわ)く、「是(こ)れ五百年前(ごひゃくねんぜん)曾(かつ)て七兄弟(しちけいてい)と拝(はい)せしなり」と。羅刹道(いわ)く、「我(われ)に罵(ののし)られて敢(あえ)て言(ことば)を回(かえ)さず、砍(き)られて敢(あえ)て手(て)を動(うご)かさず、後(のち)我(われ)に一扇子(ひとあおぎ)にて扇(あお)ぎ去(さ)られたり。何処(いずこ)に在(あ)りてか箇(ひとつ)の定風(じょうふう)の法(ほう)を尋(たず)ね得(え)しか、今朝(けさ)又(また)門外(もんがい)に在(あ)りて叫(さけ)び呼(よ)べり。是(こ)れ我(われ)又(また)扇(おうぎ)を使(つか)いて扇(あお)ぎしに、動(うご)かさんと思(おも)うこと莫(な)かれ。急(いそ)ぎて剣(けん)を掄(ふる)いて砍(き)らんとせし時(とき)、彼(かれ)は就(すなわ)ち我(われ)を讓(ゆず)らざりき。我(われ)彼(かれ)が棒(ぼう)の重(おも)きを怕(おそ)れ、就(すなわ)ち洞裡(どうり)に走(はし)り入(い)り、門(もん)を緊(かた)く関(とざ)し上(あ)げたり。何処(いずこ)よりか知(し)らず、彼(かれ)又(また)我(わ)が肚腹(とふく)の内(うち)に潜(もぐ)り入(い)り、幾(あわ)や彼(かれ)に性命(いのち)を害(そこな)われんとせしなり! 是(こ)れ我(われ)彼(かれ)を幾声(いくこえ)か叔叔(おじさま)と呼(よ)び、扇(おうぎ)を将(も)って彼(かれ)に与(あた)えて去(さ)らしめたり」と。 大聖(たいせい)又(また)仮意(かりごころ)に胸(むね)を捶(う)って道(いわ)く、「惜(お)しむべし惜(お)しむべし! 夫人(ふじん)錯(あやま)てり、怎(どう)して就(すなわ)ちこの宝貝(ほうばい)を把(も)って那(か)の猢猻(こじん)に与(あた)えたる。 我(われ)を惱(なや)まし殺(ころ)すもまた!」 と。羅刹笑(わら)って道(いわ)く、「大王(だいおう)怒(いかり)を息(やす)めよ。彼(かれ)に与(あた)えしは是(こ)れ仮(にせ)の扇(おうぎ)なり、但(た)だ彼(かれ)を哄(だま)して去(さ)らしめたるなり」と。大聖問(と)う、「真(しん)の扇(おうぎ)は何処(いずこ)に在(あ)る」と。羅刹道(いわ)く、「放心(ほうしん)せよ放心(ほうしん)せよ! 我(われ)収(おさ)め在(お)けり」と。丫鬟(あこめ)に叫(さけ)んで酒(さけ)を整(ととの)えさせて接風(せっぷう)し賀喜(がき)し、遂(つい)に杯(さかずき)を擎(ささ)げて奉(たてまつ)りて道(いわ)く、「大王(だいおう)、燕爾(えんじ)の新婚(しんこん)なり、千万(なにとぞ)結髪(けっぱつ)を忘(わす)るること莫(な)かれ。且(しばら)く一杯(ひとつ)の郷中(きょうちゅう)の水(みず)を喫(の)め」と。大聖(たいせい)敢(あえ)て接(う)けずんばあるべからず、只(た)だ笑吟吟(しょうぎんぎん)として、觴(さかずき)を手(て)に挙(あ)げて道(いわ)く、「夫人(ふじん)先(ま)ず飽(あ)け。我(われ)外産(がいさん)を治(おさ)めんことを図(はか)るに因(よ)り、久(ひさ)しく夫人(ふじん)に別(わか)れたり。早晩(あさゆう)家門(かもん)を護(まも)り守(まも)らるるを蒙(こうむ)る、権(かり)に酬謝(しゅうしゃ)と為(な)さん」と。羅刹(らせつ)復(ま)た杯(さかずき)を接(う)けて斟(つ)ぎ起(おこ)し、大王(だいおう)に遞(わた)して道(いわ)く、「古(いにしえ)より道(い)わく、妻(つま)とは斉(ひとし)きものなり、夫(おっと)は乃(すなわ)ち身(み)を養(やしな)うの父(ちち)なりと。甚(なん)の謝(しゃ)をか講(と)かん」と。 両人(ふたり)謙謙講講(けんけんこうこう)として、方(ようや)く坐(ざ)し下(おろ)して酒(さけ)を巡(めぐ)らす。大聖(たいせい)敢(あえ)て葷(なまぐさ)を破(やぶ)らず、只(た)だ幾箇(いくつ)かの果子(くだもの)を喫(く)い、彼(かれ)と言言語語(げんげんごご)す。 酒(さけ)数巡(すうじゅん)に至(いた)り、羅刹(らせつ)半酣(はんかん)なるを覚(おぼ)え、色情(しきじょう)微(かす)かに動(うご)き、就(すなわ)ち孫大聖(そんたいせい)と挨挨擦擦(あいあいさっさつ)、搭搭拈拈(とうとうねんねん)として、手(て)を携(たずさ)え、俏語(しょうご)温存(おんぞん)し、肩(かた)を並(なら)べ、低声(ていせい)に俯就(ふしゅう)す。一杯(ひとつ)の酒(さけ)を将(も)って、汝(なんじ)一口(ひとくち)喝(の)み、我(われ)一口(ひとくち)喝(の)み、却(かえ)って又(また)果(くだもの)を哺(ふく)ましむ。大聖(たいせい)仮意虚情(かりごころ)に、相(あい)陪(ばい)し相(あい)笑(わら)い、没奈何(なすべ)なく、也(ま)た彼(かれ)と相(あい)倚(よ)り相(あい)偎(よ)る。果(はた)して是(こ)れ、 釣詩鉤(ちょうしこう)、掃愁帚(そうしゅうそう)、万事(ばんじ)を破(やぶ)り除(のぞ)くは酒(さけ)に過(す)ぐるは無し。 男児(だんじ)節(せつ)を立(た)てて襟懐(きんかい)を放(はな)ち、女子(じょし)情(じょう)を忘(わす)れて笑口(しょうこう)を開(ひら)く。 面(おもて)の赤(あか)きことは夭桃(ようとう)に似(に)、身(み)の揺(ゆ)らぐこと嫩柳(どんりゅう)の如(ごと)し。 絮絮叨叨(じょじょとうとう)として話語(わご)多(おお)く、捻捻掐掐(ねんねんこうこう)として風情(ふうぜい)有(あ)り。 時(とき)に雲鬟(うんかん)を掠(かす)むるを見(み)、又(また)尖(とが)れる手(て)を輪(めぐ)らすを見(み)る。 幾番(いくたび)か常(つね)に脚(あし)を把(も)って跷(あ)げ、数次(すうじ)每(ごと)に衣袖(いしゅう)を将(も)って抖(はら)う。 粉項(ふんこう)自然(おのず)から低(ひく)く、蛮腰(ばんよう)漸(ようや)く扭(ねじ)るるを覚(おぼ)ゆ。 合歓(ごうかん)の言語(げんご)曾(かつ)て捨(す)てず、酥胸(そきょう)半(なか)ば露(あらわ)して金鈕(きんちゅう)を鬆(ゆる)む。 酔(よ)い来(きた)って真個(まこと)に玉山(ぎょくざん)の頽(くず)るるが如(ごと)く、餳眼(とうがん)摩娑(まさ)して幾(いく)たびか醜(しこ)を弄(ろう)す。 大聖(たいせい)彼(かれ)の這(か)くの如(ごと)く酣然(かんぜん)たるを見(み)、暗(ひそ)かに自(みずか)ら心(こころ)を留(とど)め、挑(いど)み闘(たたか)って道(いわ)く、「夫人(ふじん)、真(しん)の扇子(おうぎ)は汝(なんじ)何処(いずこ)に収(おさ)めたる。早晩(あさゆう)仔細(つまびらか)にせよ。但(た)だ恐(おそ)るるは孫行者(そんぎょうじゃ)の変化(へんげ)多端(たたん)にして、却(かえ)って又(また)来(きた)りて騙(かた)り去(さ)らんことを」と。羅刹(らせつ)笑嘻嘻(しょうきき)として、口(くち)の中(なか)より吐(は)き出(いだ)せしは、只(た)だ一箇(ひとつ)の杏葉(きょうよう)ほどの大(おお)いさ有(あ)るのみ。大聖(たいせい)に遞(わた)して道(いわ)く、「これ宝貝(ほうばい)ならずや」と。大聖(たいせい)手(て)の中(なか)に接(う)くるも、却(かえ)って又(また)信(しん)ぜず、暗(あん)に想(おも)うて、「これ些些(わずか)なるもの、怎(いか)にしてか火(ひ)を扇(あお)ぎて滅(めっ)し得(え)ん。怕(おそ)らくは又(また)是(こ)れ仮(にせ)ならん」と。羅刹(らせつ)彼(かれ)の宝貝(ほうばい)を看(み)て沈思(ちんし)せるを見(み)、忍不住(たえず)前(まえ)に進(すす)み、粉面(ふんめん)を将(も)って行者(ぎょうじゃ)の臉(かお)の上(うえ)に搵(おしあ)て、叫(さけ)んで道(いわ)く、 「親親(いとしいひと)、汝(なんじ)宝貝(ほうばい)を収(おさ)めて酒(さけ)を喫(の)め、只(ひたす)ら出神(しゅっしん)して甚(なん)をか想(おも)うや」 と。大聖(たいせい)就(すなわ)ち脚(あし)に趁(じゅん)じて彼(かれ)に一句(ひとこと)を問(と)うて道(いわ)く、「這(か)くの如(ごと)き小小(ちいさ)きの物(もの)、如何(いか)にしてか八百里(はっぴゃくり)の火焰(かえん)を扇(あお)ぎ得(う)る」と。羅刹(らせつ)酒(さけ)に真性(しんしょう)を陶(とう)せられ、憚(はばか)ること無(な)く、就(すなわ)ち方法(ほうほう)を説(と)き出(いだ)して道(いわ)く、「大王(だいおう)、汝(なんじ)と別(わか)れて二載(にさい)なり。汝(なんじ)想(おも)うに是(こ)れ昼夜(ちゅうや)歓(たのしみ)を貪(むさぼ)り、那(か)の玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)に神思(しんし)を弄(ろう)し傷(そこな)われしか、怎(どう)して自家(おのれ)の宝貝(ほうばい)の事情(じじょう)までも、都(みな)忘(わす)れたるや。只(た)だ左手(ひだりて)の大指頭(おおゆび)を将(も)って那(か)の柄(え)の上(うえ)の第七縷(だいしちる)の紅絲(こうし)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)哃嘘呵吸嘻吹呼(どうきょかきゅうきすいこ)と念(ねん)ぜば、即(すなわ)ち一丈二尺(いちじょうにしゃく)の長(なが)さ短(みじか)さに長(ちょう)ず。この宝貝(ほうばい)変化(へんげ)無窮(むきゅう)なり! 那(たと)い彼(かれ)の八万里(はちまんり)の火焰(かえん)も、一扇(ひとあおぎ)にして消(しょう)すべきなり」 と。大聖(たいせい)言(こと)を聞(き)き、切(せつ)に切(せつ)と心(こころ)の上(うえ)に記(き)し、却(かえ)って扇(おうぎ)をも把(も)って口(くち)の裡(うち)に噙(ふく)み、臉(かお)を把(も)って一(ひと)たび抹(な)で、本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、声(こえ)を厳(いかめ)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(いわ)く、 「羅刹女(らせつにょ)! 汝(なんじ)看(み)よ、我(われ)は是(こ)れ汝(なんじ)が親(したし)き老公(おっと)ならんや! 就(すなわ)ち我(われ)を把(も)って這(かく)の如(ごと)く許多(あまた)の醜(みにく)き勾当(こうとう)に纏(まと)わせり。羞(はじ)ならずや! 羞(はじ)ならずや!」 と。那(か)の女子(じょし)一(ひと)たび是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なるを見(み)、慌(あわ)てて桌席(たくせき)を推(お)し倒(たお)し、塵埃(じんあい)に跌(つまず)き落(お)ち、羞愧(しゅうき)比(くら)ぶるもの無(な)く、只(た)だ「我(われ)を気(いき)どおり殺(ころ)すもまた! 我(われ)を気(いき)どおり殺(ころ)すもまた!」と叫(さけ)ぶ。 這(こ)の大聖(たいせい)は、彼(かれ)の死活(しかつ)を管(かん)せず、手(て)を捽(もが)き脱(ぬ)け、大(おお)きなる歩(あゆみ)を運(はこ)び、径(ただ)ちに芭蕉洞(ばしょうどう)を出(い)でぬ。正(まさ)に是(こ)れ、 心(こころ)に美色(びしょく)を貪(むさぼ)る無(な)く、意(い)を得(え)て顔(かお)を笑(わら)わせて回(かえ)る。 身(み)を将(も)って一(ひと)たび縦(はな)ち、祥雲(しょうこう)を踏(ふ)み、高山(こうざん)に跳(と)び上(のぼ)り、扇子(おうぎ)を将(も)って吐(は)き出(いだ)し、方法(ほうほう)を演(えん)じ演(えん)ず。左手(ひだりて)の大指頭(おおゆび)を将(も)って那(か)の柄(え)の上(うえ)の第七縷(だいしちる)の紅絲(こうし)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)哃嘘呵吸嘻吹呼(どうきょかきゅうきすいこ)と念(ねん)ぜしに、果(はた)して長(た)けて一丈二尺(いちじょうにしゃく)の長(なが)さ短(みじか)さ有(あ)り。手(て)の中(なか)に拿(と)り、仔細(つまびらか)に看(み)て又(また)看(み)るに、前番(ぜんばん)の仮(にせ)のと比(くら)ぶれば果(はた)して是(こ)れ同(おな)じからず。只(た)だ見(み)る、祥光(しょうこう)幌幌(こうこう)として、瑞気(ずいき)紛紛(ふんぷん)たり。上(うえ)に三十六縷(さんじゅうろくる)の紅絲(こうし)有(あ)り、経(たて)を穿(うが)ち絡(からみ)を度(わた)り、表裡(ひょうり)相(あい)聯(つら)なる。原来(もと)行者(ぎょうじゃ)は只(た)だ箇(ひとつ)の長(ちょう)ずるの方法(ほうほう)を討(こう)じ得(え)たるのみにして、曾(かつ)て彼(かれ)が箇(ひとつ)の小(ちい)さくするの口訣(くけつ)を討(こう)じ得(え)ざりしかば、左右(さゆう)只(た)だ是(こ)れ那(か)の等(ほど)の長(なが)さ短(みじか)さなり。没奈何(なすべ)なく、只(た)だ肩(かた)に搴(かい)して、旧路(きゅうろ)を找(たず)ねて回(かえ)る。是(こ)れを題(あげ)ず。 却説(さて)那(か)の牛魔王(ぎゅうまおう)は碧波潭(へきはたん)の底(そこ)に在(あ)りて衆精(しゅうせい)と筵席(えんせき)を散(ちら)し、門(もん)を出(い)で来(きた)るに、辟水金睛獣(へきすいきんせいじゅう)の見(み)えざるあり。老龍王(ろうりゅうおう)衆精(しゅうせい)を聚(あつ)めて問(と)うて道(いわ)く、「是(こ)れ誰(たれ)か牛爺(ぎゅうじい)の金睛獣(きんせいじゅう)を偷(ぬす)み放(はな)ちしや」と。衆精(しゅうせい)跪(ひざまず)いて道(いわ)く、「人(ひと)の敢(あ)えて偷(ぬす)める者は無し。我等(われら)は俱(とも)に筵前(えんぜん)に在(あ)りて酒(さけ)を供(きょう)じ盤(ばん)を捧(ささ)げ、供(とも)に唱(うたい)楽(がく)を奏(そう)し、更(さら)に一人(ひとり)も前(まえ)に在(あ)らざりき」と。老龍道(いわ)く、「家楽児(かがくじ)は断乎(かなら)ず敢(あえ)てせじ。曾(かつ)て甚(なん)の生人(なれぬひと)の進(い)り来(きた)れる有(あ)りしか」と。龍子(りゅうし)龍孫(りゅうそん)道(いわ)く、「適才(さっき)安座(あんざ)の時(とき)、一箇(ひとり)の蟹精(かいせい)此(ここ)に到(いた)れり、那(か)の者が便(すなわ)ち是(こ)れ生人(なれぬひと)なり」と。 牛王(ぎゅうおう)説(と)くを聞(き)き、頓然(とんぜん)として省(さと)り悟(さと)って道(いわ)く、「講(い)うを消(もち)いず! 早間(あさ)賢友(けんゆう)人(ひと)を着(つかわ)して我(われ)を邀(むか)えし時(とき)、一箇(ひとり)の孫悟空(そんごくう)の唐僧(とうそう)を保(ほ)して経(きょう)を取(と)り、路(みち)火焰山(かえんざん)に遇(あ)いて過(す)ぎ難(がた)く、曾(かつ)て我(われ)に芭蕉扇(ばしょうせん)を借(か)らんことを求(もと)めし者有(あ)り。我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)に与(あた)えず、彼(かれ)と我(われ)賭(か)け闘(たたか)うこと一場(ひとくさり)にして、未(いま)だ勝負(しょうぶ)を分(わか)たざりしに、我(われ)却(かえ)って彼(かれ)を捨(す)て、径(ただ)ちに盛会(せいかい)に赴(おもむ)けり。那(か)の猴子(こうし)は千般(せんぱん)の伶俐(れいり)、万様(ばんよう)の機関(きかん)なり。断乎(かなら)ず是(こ)れ那(かの)厮(やつ)の蟹精(かいせい)に変作(へんさく)し、此(ここ)に来(きた)りて消息(しょうそく)を打探(だたん)し、我(わ)が獣(けもの)を偷(ぬす)み、山妻(さんさい)の処(ところ)へ往(ゆ)きて那(か)の一把(ひとつ)の芭蕉扇(ばしょうせん)を騙(かた)りたるならん!」と。衆精(しゅうせい)説(と)くを見(み)、一箇一箇(めいめい)胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)き、問(と)うて道(いわ)く、「是(こ)れ那(か)の大(おお)いに天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がしし孫悟空(そんごくう)ならんか」と。牛王道(いわ)く、「正(まさ)に是(しか)り。列公(れっこう)若(も)し西天(さいてん)の路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて、不是(あやまり)の処(ところ)有(あ)らば、切(せつ)に要(よう)す彼(かれ)を避(さ)くること些(すこ)しせよ」と。老龍道(いわ)く、「似(か)くの如(ごと)く説(と)かば、大王(だいおう)の駿騎(しゅんき)は、却(かえ)って之(これ)を如何(いかん)せん」と。牛王(ぎゅうおう)笑(わら)って道(いわ)く、「不妨(さしつかえ)なし、不妨(さしつかえ)なし。列公(れっこう)各(おのおの)散(ちら)ぜよ、我(われ)をして彼(かれ)を趕(お)わしめよ」と。 遂(つい)て而(しか)して水路(すいろ)を分(わ)かち、潭底(たんてい)を跳(と)び出(い)で、黄雲(こううん)に駕(が)し、径(ただ)ちに翠雲山(すいうんざん)芭蕉洞(ばしょうどう)に至(いた)る。只(た)だ羅刹女(らせつにょ)の脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)ち、大(おお)いに呼(よ)び小(こ)さく叫(さけ)ぶを聴(き)く。門(もん)を推(お)し開(ひら)きて、又(また)辟水金睛獣(へきすいきんせいじゅう)の下辺(した)に拴(つな)がれたるを見(み)る。牛王(ぎゅうおう)高(たか)く叫(さけ)んで、「夫人(ふじん)、孫悟空(そんごくう)は那(いず)れの廂(かた)へか去(さ)りし」と。衆(しゅう)の女童(じょどう)牛魔(ぎゅうま)を見(み)、一斉(いっせい)に跪(ひざまず)いて道(いわ)く、 「爺爺(だんな)来(かえ)られたりや?」 と。羅刹女(らせつにょ)牛王(ぎゅうおう)を扯(ひ)き止(とど)め、頭(こうべ)を磕(う)ち脳(なずき)を撞(う)ち、口裡(くちのうち)に罵(ののし)って道(いわ)く、「潑(はつ)なる老天殺(ろうてんさつ)! 怎(いか)して這(か)くの如(ごと)く不謹慎(ふきんしん)にして、那(か)の猢猻(こじん)に金睛獣(きんせいじゅう)を偷(ぬす)ませ、汝(なんじ)の形(かたち)に変作(へんさく)せしめ、此(ここ)に到(いた)りて我(われ)を騙(かた)らしめたるや!」と。牛王(ぎゅうおう)歯(は)を切(き)って道(いわ)く、「猢猻(こじん)は那(いず)れの廂(かた)へか去(さ)りし」と。羅刹(らせつ)胸膛(むなさき)を捶(う)って罵(ののし)って道(いわ)く、「那(か)の潑猴(はつこう)我(わ)が宝貝(ほうばい)を賺(かた)り、原身(ほんぞう)を現(あらわ)して走(に)げ去(さ)れり! 我(われ)を気(いき)どおり殺(ころ)すもまた!」と。牛王道(いわ)く、「夫人(ふじん)保重(ほちょう)せよ、心(こころ)を焦(こが)すを得(え)ざれ。我(われ)をして猢猻(こじん)を趕(お)い着(つ)け、宝貝(ほうばい)を奪(うば)い、彼(かれ)の皮(かわ)を剥(は)ぎ、彼(かれ)の骨(ほね)を鏗(くだ)き砕(くだ)き、彼(かれ)の心肝(しんかん)を擺(なら)べ出(いだ)し、汝(なんじ)と気(いき)を出(いだ)さん!」と。叫(さけ)んで、「兵器(へいき)を拿(と)り来(きた)れ!」と。女童道(いわ)く、「爺爺(だんな)の兵器(へいき)は、此処(ここ)に在(あ)らず」と。牛王道(いわ)く、「汝(なんじ)が奶奶(だんなさま)の兵器(へいき)を拿(と)り来(きた)れ!」と。侍婢(じひ)両把(ふたつ)の青鋒宝剣(せいほうほうけん)を将(も)って捧(ささ)げ出(いだ)す。牛王(ぎゅうおう)那(か)の赴宴(ふえん)の鴉青絨襖(あせいじゅうおう)を脱(ぬ)ぎ、一(ひと)まとめに貼身(ちょうしん)の小衣(しょうい)を束(し)め、双手(もろて)に剣(けん)を綽(ひっさ)げ、芭蕉洞(ばしょうどう)を出(い)で、径(ただ)ちに火焰山(かえんざん)の上(うえ)へ奔(はし)りて趕(お)い来(きた)る。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の、 恩(おん)を忘(わす)るるの漢(おとこ)、痴心(ちしん)の婦(おんな)を騙(かた)り、 烈性(れっせい)の魔(ま)、来(きた)って木吒(もくた)の人(ひと)に近(ちか)づく。 畢竟(はてさて)この去(ゆ)くに吉凶(きっきょう)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第六十一回 猪八戒、力を助けて魔王を破り 孫行者、三たび芭蕉扇を調(ととの)う 牛魔王(ぎゅうまおう)、孫大聖(そんたいせい)に追(お)い付(つ)きて、只(た)だ彼(かれ)の肩膊(けんぱく=肩(かた))の上(うえ)に、那(あ)の柄(ひ)の芭蕉扇(ばしょうせん)を掮(かつ)ぎ、怡顔悦色(いがんえつしょく=嬉(うれ)しげな顔(かお)付(つ)き)して行(ゆ)くを見(み)る。魔王大(おお)いに驚(おどろ)きて道(い)う、 「猢猻(こんそん=猿(さる))め、原来(もと)運用(うんよう)の方法(ほうほう)児(じ)をも叨餂(とうてん=盗(ぬす)み取(と))り得(え)て来(き)おったか。我(われ)若(も)し面(めん)と向(む)かいて彼(かれ)に索取(せいしゅ=求(もと)め取(と))らば、他(かれ)定(かなら)ず与(あた)えじ。倘若(も)し我一扇(ひとあお)ぎ扇(あお)がば、十万八千里(じゅうまんはっせんり)の遠(とお)きに去(さ)らしめんとし、却(かえ)って他(かれ)の意(い)を遂(と)げしむるに非(あら)ずや。我(われ)聞(き)くならく、唐僧(とうそう)は那(か)の大路(たいろ)の上(うえ)に在(あ)りて等候(ま)ち居(お)ると。彼(かれ)の二徒弟(にとしてい)の猪精(ちょせい)、三徒弟(さんとしてい)の沙流精(さるせい)は、我(われ)当年(とうねん)妖怪(ようかい)を做(な)しし時(とき)、亦(また)曾(かつ)て他(かれ)に会(あ)えり。且(しばら)く猪精の形(かたち)に変(へん)じ、返(かえ)して彼(かれ)を一場(いちじょう)騙(だま)さん。料(はか)るに猢猻は得意(とくい)を以(もっ)て喜(よろこ)びと為(な)し、必(かなら)ず詳細(つまびら)かに提防(ていぼう=用心(ようじん))せじ」と。 好(よ)き魔王、他(かれ)亦(また)七十二変(しちじゅうにへん)有(あ)り、武芸(ぶげい)も亦(また)大聖(たいせい)と一般(おな)じけれど、只(た)だ身子(しんし=体(からだ))の狼犺(ろうこう=大(おお)きくて鈍(にぶ))き些(ほど)にして、敏捷(びんしょう)に欠(か)け、活達(かったつ=機敏(きびん))ならざる些(ほど)有(あ)り。宝剣(ほうけん)を蔵(かく)し、咒語(じゅご)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)じ、即(すなわ)ち八戒(はっかい)と一般(おな)じき嘴顔(しれん=面(つら)付(つ)き)に変(へん)じ、下路(かろ=近道(ちかみち))を抄(と)りて、面(めん)と向(む)かいて大聖(たいせい)を迎(むか)え、叫(さけ)んで道(い)う、 「師兄(しけい)、我(われ)来(きた)る也(なり)!」 這(こ)の大聖果然(はた)して歓喜(かんき)す。古人云(い)う、「得勝(とくしょう)の猫児(ねここ)は歓(よろこ)ぶこと虎(とら)に似(に)たり」と。只(た)だ強能(きょうのう=強(つよ)き力(ちから))を倚(たの)み、更(さら)に来人(らいじん)の意思(いし)を察(さっ)せず、八戒(はっかい)の形(かたち)なるを見(み)て、便(すなわ)ち叫(さけ)んで道(い)う、 「兄弟(きょうだい)、汝(なんじ)何処(いずこ)へ往(ゆ)く」と。 牛魔王(ぎゅうまおう)、経児(けいじ=調子(ちょうし))を綽(と)りて道(い)う、 「師父(しふ)は汝(なんじ)の久(ひさ)しく回(かえ)らざるを見(み)て、牛魔王(ぎゅうまおう)の手段(しゅだん)大(おお)いにして、汝(なんじ)他(かれ)と闘(たたか)い勝(か)たず、彼(かれ)の宝貝(ほうばい=宝(たから))を得(う)ること難(かた)からんことを恐(おそ)れ、我(われ)をして汝(なんじ)を迎(むか)えしめしなり」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、 「心(こころ)を費(つい)やすに及(およ)ばず、我(われ)已(すで)に手(て)を得(え)たり」と。 牛王(ぎゅうおう)又(また)問(と)うて道(い)う、 「汝(なんじ)怎(いか)にして得(え)し」と。 行者道(い)う、 「那(か)の老牛(ろうぎゅう)は我(われ)と百十合(ひゃくじゅうがっごう)戦(たたか)い経(へ)て、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。 他(かれ)我(われ)を撇(す)て、那(か)の乱石山(らんせきざん)碧波潭(へきはたん)の底(そこ)に去(ゆ)きて、一伙(いっか=一群(ひとむれ))の蛟精(こうせい)・竜精(りゅうせい)と飲酒(いんしゅ)せり。是(こ)れ我(われ)暗(ひそ)かに他(かれ)に跟(したが)い往(ゆ)き、螃蟹(かに)に変(へん)じ、他(かれ)の騎(の)る所(ところ)の辟水金睛獣(へきすいきんせいじゅう)を偷(ぬす)み、老牛(ろうぎゅう)の形(かたち)に変(へん)じ、径(ただ)ちに芭蕉洞(ばしょうどう)に至(いた)りて那(か)の羅刹女(らせつにょ)を哄(だま)せり。那(か)の女子(じょし)は老孫(ろうそん)と一場(いちじょう)の干夫妻(かんふさい=仮(かり)の夫婦(ふうふ))を結(むす)び、是(こ)れ老孫(ろうそん)法(ほう)を設(もう)けて騙(だま)し将(も)ち来(きた)れるなり」と。 牛王道(い)う、 「却(かえ)って是(こ)れ生受(しょうじゅ=御苦労(ごくろう))、哥哥(あに)の労碌(ろうろく=苦労(くろう))太(はなは)だ甚(はなは)だし。把手(とって)を把(と)りて扇子(せんす)を我(われ)に拿(と)らしめよ」と。 孫大聖(そんたいせい)は那(な)んの真仮(しんか=真(しん)と偽(いつわ)り)を知(し)らん、亦(また)此(これ)に慮(おもんばか)るに及(およ)ばず、遂(つい)に扇子(せんす)を将(も)って他(かれ)に遞(わた)す。 原来(もと)那(か)の牛王(ぎゅうおう)は、他(かれ)那(か)の扇子(せんす)の収放(しゅうほう=縮(ちぢ)め伸(の)ばし)の根本(こんぽん)を知(し)れば、手(て)に接(う)け取(と)り、箇(ひと)の甚(なん)の訣児(けつじ=呪文(じゅもん))を捻(ねん)じたるか知(し)らねど、依然(いぜん)として一片(いっぺん)の杏葉(きょうよう=杏(あんず)の葉(は))の小(ちい)さに似(に)たり。本象(ほんぞう=本来(ほんらい)の姿(すがた))を現(あらわ)し、口(くち)を開(ひら)きて罵(ののし)って道(い)う、 「潑猢猻(はつこんそん=この猿(さる)め)! 我(われ)を認(みと)むるや」と。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て、心中(しんちゅう)自(おの)ずから悔(く)いて道(い)う、 「是(こ)れ我(われ)の不是(ふぜ=過(あやま)ち)なり」と。 一声(ひとこえ)恨(うら)み、足(あし)を跌(ふ)みて高(たか)く呼(よ)んで道(い)う、 「咦(い)! 逐年家(ちくねんか=年(とし)ごと)雁(かり)を打(う)ちしに、今(いま)却(かえ)って小雁児(こがんじ)に眼睛(め)を鹐(つつ)かれたり」と。 狠(ひど)く他(かれ)をして爆躁(ばくそう=激(はげ)しい怒(いか)り)すること雷(かみなり)の如(ごと)くならしめ、鉄棒(てつぼう)を掣(と)り、頭(あたま)を劈(つんざ)いて便(すなわ)ち打(う)つ。那(か)の魔王(まおう)は扇子(せんす)を将(も)って他(かれ)を一下(ひとあお)ぎ搧(あお)がんとせしが、知(し)らずや那(か)の大聖(たいせい)は先前(さき)に蟭蟟虫(しょうりょうちゅう=蝉(せみ)の一種(いっしゅ))に変(へん)じて羅刹女(らせつにょ)の腹中(ふくちゅう)に入(い)りし時(とき)、定風丹(じょうふうたん)を口(くち)の裡(うち)に噙(ふく)み在(あ)りしを、覚(おぼ)えずして咽(の)み下(くだ)して肚裡(とりのうち)に在(あ)れば、五臓(ごぞう)皆(みな)牢(ろう=堅(かた))く、皮骨(ひこつ)皆(みな)固(かた)く、他(かれ)の怎(いか)に搧(あお)ぐと雖(いえど)も、再(ふたた)び他(かれ)を搧(あお)ぎ動(うご)かすこと能(あた)わず。牛王慌(あわ)て、宝貝(ほうばい)を口(くち)の中(うち)に放(ほう)り入(い)れ、双手(もろて)に剣(けん)を輪(ふる)いて就(すなわ)ち砍(き)る。 那(か)の両箇(ふたり)、那(か)の半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて、這(こ)の一場(いちじょう)の好殺(こうさつ=見事(みごと)な戦(たたか)い): 斉天(せいてん)の孫大聖(そんたいせい)、 混世(こんせい)の潑牛王(はつぎゅうおう)、 只(た)だ芭蕉扇(ばしょうせん)の為(ため)に、 相逮(あいあ)うて各(おのおの)強(つよ)きを騁(はせ)る。 粗心(そしん)の大聖(たいせい)は人(ひと)を将(も)って騙(だま)し、 大胆(だいたん)の牛王(ぎゅうおう)は扇(おうぎ)を把(も)って誆(あざむ)く。 這(こ)の一箇(ひとつ)は、金箍棒(きんこぼう)起(おこ)りて情義(じょうぎ)無(な)し、 那(か)の一箇(ひとつ)は、双刃(そうじん)の青鋒(せいほう)智量(ちりょう=知恵(ちえ))有(あ)り。 大聖(たいせい)は威(い)を施(ほどこ)して彩霧(さいむ=色(いろ)取(ど)りの霧(きり))を噴(ふ)き、 牛王(ぎゅうおう)は潑(はつ=暴(あば)れ)れて毫光(ごうこう=細(ほそ)き光(ひかり))を吐(は)く。 斉(ひと)しく勇(ゆう)を闘(たたか)わせ、両(ふた)りながら良(よ)からず、 歯(は)を咬(か)み鑢(やす)りかけて気(き)昂昂(こうこう)たり。 土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)ぐれば天地(てんち)暗(くら)く、 砂(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走(はし)らせば鬼神(きしん)も蔵(かく)る。 這(こ)の箇(ひとつ)說(い)う、「汝(なんじ)敢(あ)えて無知(むち)にして我(われ)を返(かえ)し騙(だま)すか」と、 那(か)の箇(ひとつ)說(い)う、「我(われ)が妻(つま)は汝(なんじ)と共(とも)に相将(あいいた)らんことを許(ゆる)せり」と。 言(げん)は村(そん=粗野(そや))に語(ご)は潑(はつ=乱暴(らんぼう))にして、性(せい)は烈(はげ)しく情(じょう)は剛(つよ)し。 那(か)の箇(ひとつ)說(い)う、「汝(なんじ)人(ひと)の妻女(さいじょ)を哄(だま)すは真(まこと)に該(まさ)に死(し)すべし! 官司(かんし=役所(やくしょ))に告(うった)えば罪殃(ざいおう=罰(ばつ))有(あ)らん」と。 伶俐(れいり)の斉天聖(せいてんせい)、 凶頑(きょうがん=凶暴(きょうぼう))の大力王(だいりきおう)、 一心(いっしん)只(た)だ殺(ころ)さんことを要(よう)し、 更(さら)に商量(しょうりょう=相談(そうだん))を待(ま)たず。 棒(ぼう)打(う)ち剣(けん)迎(むか)えて斉(ひと)しく力(ちから)を尽(つ)くし、 些(いささ)かも松慢(しょうまん=緩(ゆる)み)あらば閻王(えんおう)に見(まみ)えん。 且(しばら)く他(かれ)の両箇(ふたり)の相闘(あいたたか)いて分(わか)ち難(がた)きを說(い)わず、却(かえ)って唐僧(とうそう)の途中(とちゅう)に坐(ざ)し在(あ)るを表(あらわ)さんに、一則(ひとつ)には火気(かき)の人(ひと)を蒸(む)す、二来(ふたつ)には心(こころ)焦(こが)れて口(くち)渇(かわ)き、火焰山(かえんざん)の土地(どち)に向(むか)って道(い)う、 「敢(あ)えて尊神(そんしん)に問(と)う、那(か)の牛魔王(ぎゅうまおう)の法力(ほうりき)は如何(いかん)」と。 土地道(い)う、 「那(か)の牛王(ぎゅうおう)の神通(じんつう)小(ちい)さからず、法力(ほうりき)辺(かぎ)り無(な)く、正(まさ)に是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)の敵手(てきしゅ=好敵手(こうてきしゅ))なり」と。 三蔵道(い)う、 「悟空(ごくう)は是(こ)れ走路(ある)くことを会(え)する者(もの)、往常家(つね)は二千里(にせんり)の路(みち)も、一霎時(いっしゅんじ)に便(すなわ)ち回(かえ)るに、怎(いか)して如今(いま)去(い)って一日(いちにち)なるか。断(たぶん)是(こ)れ那(か)の牛王(ぎゅうおう)と賭闘(ととう=勝負(しょうぶ))せるならん」と。 叫(よ)んで道(い)う、 「悟能(ごのう)、悟浄(ごじょう)! 汝(なんじ)両箇(ふたり)、那(いず)れか一箇(ひとり)往(ゆ)きて汝(なんじ)が師兄(しけい)を一迎(ひとむか)え迎(むか)えよ。倘(も)し敵(てき)に遇(あ)わば、就(すなわ)ち当(まさ)に力(ちから)を用(もち)いて相助(あいたす)け、扇子(せんす)を求(もと)め得(え)て来(きた)り、我(われ)の煩躁(はんそう=いらだち)を解(と)き、早(はや)く山(やま)を過(す)ぎて路(みち)を赶(いそ)がん」と。 八戒道(い)う、 「今日(こんにち)天(てん)晩(く)れたり。我(われ)想(おも)うに他(かれ)を接(むか)えに往(ゆ)かんとすれど、但(た)だ是(た)だ積雷山(せきらいざん)の路(みち)を認(みと)めざるのみ」と。 土地道(い)う、 「小神(しょうしん)認(みと)む。且(しばら)く巻簾将軍(けんれんしょうぐん=沙悟浄(さごじょう))をして汝(なんじ)が師父(しふ)と伴(とも)を做(な)さしめ、我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)かん」と。 三蔵大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、 「尊神(そんしん)の労(ろう)有(あ)り、功(こう)成(な)って再(ふたた)び謝(しゃ)せん」と。 那(か)の八戒(はっかい)、精神(せいしん)を抖擻(しんぼう=奮(ふる)い起(お)こ)し、皂錦直裰(そうきんじきとつ=黒(くろ)い錦(にしき)の法衣(ほうえ))を一束(ひとしば)り束(たば)ね、釵(さ)を搴(かか)げ、即(すなわ)ち土地(どち)と雲霧(うんむ)を縦(はな)ち起(おこ)し、径(ただ)ちに東方(とうほう)に回(かえ)って去(ゆ)く。正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽(たちま)ち喊殺声(かんさつせい=鬨(とき)の声(こえ))高(たか)く、狂風(きょうふう)滚滚(こんこん)たるを聴(き)く。 八戒(はっかい)雲頭(うんとう)を按(おさ)えて看(み)る時(とき)、原来(もと)孫行者(そんぎょうじゃ)と牛王(ぎゅうおう)と厮殺(しさつ=殺(ころ)し合(あ))えるなり。土地道(い)う、 「天蓬(てんぽう)還(ま)だ上前(すす)み出(い)でざるか、怎(いか)にせん」と。 呆子(ほうし=八戒(はっかい))釘鈀(ていは)を掣(と)り、声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、 「師兄(しけい)、我(われ)来(きた)る也(なり)!」と。 行者恨(うら)んで道(い)う、 「汝(なんじ)が這(こ)の夯貨(こうか=鈍(まぬけ))め、我(われ)が多少(いくばく)の大事(だいじ)を誤(あやま)らしめたるぞ」と。 八戒道(い)う、 「師父(しふ)我(われ)をして汝(なんじ)を迎(むか)えに来(こ)しむ。山路(さんろ)を認(みと)めざるに因(よ)りて、良(やや)久(ひさ)しく商議(しょうぎ)し、土地(どち)をして我(われ)を引(みちび)かしめ、故此(こ)の故(ゆえ)に来(きた)ること遅(おそ)し。如何(いかん)ぞ大事(だいじ)を誤(あやま)りしとは」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)の来(きた)ること遅(おそ)きを怪(あやし)むに非(あら)ず。這(こ)の潑牛(はつぎゅう)十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり! 我(われ)羅刹(らせつ)の処(ところ)に向(む)かいて扇子(せんす)を弄(ろう)し得(え)て来(きた)りしに、却(かえ)って這(こ)の厮(やつ)汝(なんじ)の形(かたち)に変(へん)じ、口(くち)に我(われ)を迎(むか)うと称(とな)う。我(われ)一時(ひととき)歓悦(かんえつ)し、転(うたた)扇子(せんす)を把(と)りて他(かれ)が手(て)に遞(わた)し、他(かれ)却(かえ)って本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、老孫(ろうそん)と此(ここ)に在(あ)りて比並(ひへい=競(きそ)い合(あ))う。此(こ)れを以(もっ)て大事(だいじ)を誤(あやま)りしなり」と。 八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)いて大(おお)いに怒(いか)り、釘鈀(ていは)を挙(あ)げて面(めん)と向(む)かいて罵(ののし)って道(い)う、 「我(われ)は汝(なんじ)が這(こ)の血皮脹(けっぴちょう=血(ち)脹(ふく)れ)の遭瘟(そうおん=疫病(えきびょう)やみ)めを把(と)らん! 汝(なんじ)怎(なん)じて敢(あ)えて汝(なんじ)が祖宗(そそう=先祖(せんぞ))の形(かたち)に変(へん)じ、我(われ)が師兄(しけい)を騙(だま)し、我(われ)が兄弟(きょうだい)をして睦(むつ)まじからざらしむる」と。 汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)の頭(あたま)無(な)く臉(つら)無(な)く釘鈀(ていは)をして乱(みだ)りに築(つ)かしむるを。那(か)の牛王(ぎゅうおう)は、一則(ひとつ)には行者(ぎょうじゃ)と一日(いちにち)闘(たたか)いて、力(ちから)倦(つか)れ神(しん)疲(つか)れし、二則(ふたつ)には八戒(はっかい)の釘鈀(ていは)の凶猛(きょうもう)なるを見(み)て、遮架(しゃか=受(う)け止(と))めるに及(およ)ばず、陣(じん)を敗(やぶ)りて就(すなわ)ち走(はし)る。 只(た)だ見(み)る、那(か)の火焰山(かえんざん)の土地(どち)、陰兵(おんぺい=冥界(めいかい)の兵(へい))を帥(ひき)い領(い)れ、面(めん)と向(む)かいて擋(さえぎ)り住(とど)めて道(い)う、 「大力王(だいりきおう)、且(しばら)く手(て)を住(とど)めよ。唐三蔵(とうさんぞう)の西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)るは、神(かみ)の保(たも)たざる無(な)く、天(てん)の祐(たす)けざる無(な)く、三界(さんがい)に通知(つうち)し、十方(じっぽう)に擁護(ようご)す。快(はや)く芭蕉扇(ばしょうせん)を将(も)ち来(きた)りて火焰(かえん)を搧(あお)ぎ息(き)えしめ、他(かれ)をして災(わざわい)無(な)く障(さわり)無(な)く、早(はや)く山(やま)を過(す)ぎて去(ゆ)かしめよ。 然(しか)らずんば、上天(じょうてん)汝(なんじ)が罪愆(ざいけん=罪(つみ))を責(せ)め、定(かなら)ず誅(ちゅう=誅殺(ちゅうさつ))に遭(あ)わん」と。 牛王道(い)う、 「汝(なんじ)が這(こ)の土地(どち)、全(まった)く理(り)を察(さっ)せず! 那(か)の潑猴(はつこう=猿(さる)め)は我(われ)が子(こ)を奪(うば)い、我(われ)が妾(しょう)を欺(あざむ)き、我(われ)が妻(つま)を騙(だま)し、番番(つぎつぎ)に道(どう)無(な)し。我(われ)恨(うら)むらくは囫圇(こつろん=丸(まる)呑(の)み)に他(かれ)を呑(の)み下(くだ)し、大便(だいべん=糞(くそ))に化(か)して狗(いぬ)に喂(や)らんことを得(え)ざるを、怎(なん)で肯(あ)えんで宝貝(ほうばい)を将(も)って他(かれ)に借(か)さんや」と。 說(い)い了(おわ)らざるに、八戒(はっかい)追(お)い上(あ)がりて罵(ののし)って道(い)う、 「我(われ)は汝(なんじ)が這(こ)の箇(こ)の結心癀(けっしんこう=心(こころ)の病(やまい))めを把(と)らん! 快(はや)く扇(おうぎ)を拿(だ)し出(いだ)せ、汝(なんじ)が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」と。 那(か)の牛王(ぎゅうおう)は只(た)だ頭(こうべ)を回(めぐ)らし、宝剣(ほうけん)を将(も)って又(また)八戒(はっかい)と戦(たたか)い、孫大聖(そんたいせい)は棒(ぼう)を挙(あ)げて相(あい)助(たす)く。這(こ)の一場(いちじょう)、那(か)の処(ところ)に在(あ)りて好殺(こうさつ)なり: 成精(せいせい=精(せい)と化(か))せし豕(いのこ)、 作怪(さっかい=怪(かい)を為(な))せる牛(うし)、 兼(あわ)せて上(かみ)には天(てん)を偷(ぬす)みし得道(とくどう)の猴(さる)。 禅性(ぜんしょう)は自来(もと)能(よ)く戦煉(せんれん=戦(たたか)い鍛(きた))う、 必(かなら)ず当(まさ)に土(ど)を用(もち)いて元由(げんゆ=根源(こんげん))を合(がっ)すべし。 釘鈀(ていは)の九歯(きゅうし)は尖(とが)りて還(なお)利(するど)く、 宝剣(ほうけん)の双鋒(そうほう)は快(きれ)にして更(さら)に柔(やわ)らかなり。 鉄棒(てつぼう)は巻舒(けんじょ=伸縮(しんしゅく))して主仗(しゅじょう=主(おも)なる頼(たの)み)と為(な)り、 土神(どしん)は力(ちから)を助(たす)けて丹頭(たんとう=丹(たん)の元(もと))を結(むす)ぶ。 三家(さんか)の刑克(けいこく=相容(あいい)れざる)相争(あいあらそ)い競(きそ)い、 各(おのおの)雄才(ゆうさい)を展(の)べて運籌(うんちゅう=策略(さくりゃく))を要(よう)す。 牛(うし)を捉(とら)えて地(ち)を耕(たがや)せば金銭(きんせん)長(の)び、 豕(いのこ)を喚(よ)びて炉(ろ)に帰(かえ)らしめば木気(もくき)収(おさ)まる。 心(こころ)焉(ここ)に在(あ)らずんば何(なん)ぞ道(みち)を作(な)さん、 神(しん)常(つね)に舎(しゃ=心(こころ)の宿(やど))を守(まも)れば猴(さる)を拴(つな)がんと要(よう)す。 胡乱(うろん=でたらめ)に嚷(わめ)き、苦(くる)しく相求(あいもと)め、 三般(さんぱん=三種(さんしゅ))の兵刃(へいじん)響(ひび)き捜捜(そうそう)たり。 鈀(は)は築(つ)き剣(けん)は傷(きずつ)けて好意(こうい)無(な)く、 金箍棒(きんこぼう)の起(おこ)るは因由(いんゆ=訳(わけ))有(あ)り。 只(た)だ殺(ころ)し得(え)て、星(ほし)光(ひか)らず、月(つき)皎(あき)らかならず、 一天(いってん)の寒霧(かんむ)は黒悠悠(こくゆうゆう=暗(くら)く悠(ゆう)とした)たり! 那(か)の魔王(まおう)勇(ゆう)を奮(ふる)いて強(つよ)きを争(あらそ)い、且(か)つ行(ゆ)き且(か)つ闘(たたか)い、一夜(いちや)闘(たたか)いても上下(じょうげ)を分(わ)かたず、早(はや)く亦(また)天明(てんめい)す。前面(ぜんめん)は是(こ)れ他(かれ)が積雷山(せきらいざん)摩雲洞(まうんどう)の口(くち)なり。他(かれ)三箇(さんにん)と土地(どち)・陰兵(おんぺい)と、又(また)喧嘩(けんか)の声(こえ)耳(みみ)を振(ふる)わせ、那(か)の玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)を驚(おどろ)かし、丫鬟(あかん=侍女(じじょ))を喚(よ)んで是(こ)れ何処(いずこ)の人(ひと)の嚷(わめ)くなるを看(み)しむ。只(た)だ見(み)る、守門(しゅもん)の小妖(しょうよう)来(きた)りて報(ほう)ず、 「是(こ)れ我家(わがや)の爺爺(じいさま)と、昨日(きのう)那(か)の雷公嘴(らいこうし=雷神(らいじん)の嘴(くちばし))の漢子(おとこ)並(なら)びに一箇(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長(なが)い嘴(くちばし)と大(おお)きな耳(みみ))の和尚(おしょう)と、火焰山(かえんざん)の土地(どち)等(ら)の衆(しゅう)と厮殺(しさつ)せるなり!」と。 玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)言(げん)を聴(き)き、即(すなわ)ち外護(がいご=外(そと)を守(まも)る)の大小(だいしょう)の頭目(とうもく)に命(めい)じ、各(おのおの)槍刀(そうとう)を執(と)りて力(ちから)を助(たす)けしむ。前後(ぜんご)に七長八短(しちちょうはったん=まちまち)なること百十余口(ひゃくじゅうよこう)を点(てん)じ起(おこ)し、一箇箇(めいめい)精神(せいしん)を売弄(ばいろう=誇示(こじ))し、槍(やり)を拈(ひね)り棒(ぼう)を弄(もてあそ)び、斉(ひと)しく告(もう)して道(い)う、 「大王爺爺(だいおうじいさま)、我等(われら)は奶奶(ばあさま)の内旨(ないし=内(うち)の命(めい))を奉(ほう)じ、特に来(きた)りて力(ちから)を助(たす)けんとす也(なり)!」と。 牛王大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、 「来(きた)れるは好(よ)し! 来(きた)れるは好(よ)し!」と。 衆妖(しゅうよう)一斉(いっせい)に上前(すす)み出(い)でて乱(みだ)りに砍(き)る。八戒(はっかい)措手(そしゅ=手(て)の打(う)ちよう)及(およ)ばず、釘鈀(ていは)を引(ひ)き摺(ず)りて陣(じん)を敗(やぶ)りて走(はし)り、大聖(たいせい)は筋斗雲(きんとうん)を縦(はな)ちて重囲(じゅうい)を跳(と)び出(い)で、衆(しゅう)の陰兵(おんぺい)も亦(また)四散(しさん=四面(しめん)に散(ち))じて奔走(ほんそう)す。老牛(ろうぎゅう)勝(か)ちを得(え)、衆妖(しゅうよう)を聚(あつ)めて洞(ほら)に帰(かえ)り、緊(きつ)く洞門(どうもん)を閉(と)じて題(あげつら)わず。 行者道(い)う、 「這(こ)の厮(やつ)驍勇(ぎょうゆう=強(つよ)く勇(いさ)まし)なり! 昨日(きのう)の申時(さるのこく)前後(ぜんご)より、老孫(ろうそん)と戦(たたか)い起(おこ)り、今夜(こんや)に直(いた)るまで、未(いま)だ輸贏(ゆえい=勝敗(しょうぶ))を定(さだ)めず。却(かえ)って汝(なんじ)両箇(ふたり)の来(きた)りて力(ちから)を接(つ)ぐを得(え)たり。此(か)くの如(ごと)く半日(はんじつ)一夜(いちや)苦闘(くとう)するも、他(かれ)更(さら)に労困(ろうこん=疲労(ひろう))を見(み)せず。才(わず)かに這(こ)の一群(ひとむれ)の小妖(しょうよう)、却(かえ)って又(また)莽壯(もうそう=荒(あら)っぽく逞(たくま)し)し。他(かれ)洞門(どうもん)を将(も)って緊(きつ)く閉(と)じて出(い)でずんば、之(これ)を奈何(いかん)せん」と。 八戒道(い)う、 「哥哥(あに)、汝(なんじ)昨日(きのう)巳時(みのこく)に師父(しふ)を離(はな)れしに、怎(いか)して申時(さるのこく)に至(いた)りて才(わず)かに他(かれ)と闘(たたか)い起(おこ)りし。汝(なんじ)が那(あ)の両三箇(にさんこ)の時辰(じしん)は、那(か)の処(ところ)に在(あ)りし」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)に別(わか)れし後(のち)、頃刻(しばらく)にして就(すなわ)ち這(こ)の座(ざ)の山(やま)の上(うえ)に到(いた)り、一箇(ひとり)の女子(じょし)に問訊(もんじん=尋(たず)ね)ししに、原来(もと)是(こ)れ他(かれ)が愛妾(あいしょう)の玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)なり。我(われ)鉄棒(てつぼう)をして他(かれ)を一唬(ひとおど)し唬(おど)さしむれば、他(かれ)就(すなわ)ち洞(ほら)の中(うち)に跑(はし)り入(い)り、那(か)の牛王(ぎゅうおう)を叫(よ)び出(いだ)せり。老孫(ろうそん)と狔言狔語(じげんじご=つまらぬ言(い)い合(あ)い)し、一会(ひとしき)り嚷(わめ)き、又(また)他(かれ)と手(て)を交(まじ)え、一箇時辰(いっこじしん)闘(たたか)えり。正(まさ)に打(う)ち居(お)る処(ところ)、人(ひと)有(あ)りて他(かれ)を請(しょう)じて宴(うたげ)に赴(おもむ)かしめしが去(ゆ)けり。是(こ)れ我(われ)他(かれ)に跟(したが)いて那(か)の乱石山(らんせきざん)碧波潭(へきはたん)の底(そこ)に到(いた)り、螃蟹(かに)に変(へん)じ、消息(しょうそく)を探(さぐ)り、他(かれ)が辟水金睛獣(へきすいきんせいじゅう)を偷(ぬす)み、仮(かり)に牛王(ぎゅうおう)の形(かたち)に変(へん)じ、復(また)翠雲山(すいうんざん)の芭蕉洞(ばしょうどう)に至(いた)り、羅刹女(らせつにょ)を騙(だま)し、他(かれ)が扇子(せんす)を哄(だま)し得(え)たり。門(もん)を出(い)でて試(こころ)みに方法(ほうほう)を試演(しえん=演(えん)じてみ)し、扇子(せんす)を把(と)って長(なが)く弄(な)し得(え)たれど、只(た)だ小(ちい)さく収(おさ)むることを会(え)せざりき。正(まさ)に掮(かつ)いで走(はし)る処(ところ)、他(かれ)仮(いつわ)りて汝(なんじ)の嘴顔(しれん)に変(へん)じ、返(かえ)して騙(だま)し去(さ)られたり。故此(このゆえ)両三箇時辰(にさんこじしん)を耽擱(たんかく=遅(おく)ら)せしなり」と。 八戒道(い)う、 「這(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ俗語(ぞくご)に云(い)う、大海(たいかい)の裡(うち)に豆腐船(とうふぶね)を翻(ひるがえ)し、湯(ゆ)の裡(うち)より来(きた)り、水(みず)の裡(うち)へ去(ゆ)く、なり。如今(いま)他(かれ)が扇子(せんす)を得(う)ること難(かた)し、如何(いか)にして師父(しふ)を保(たも)ちて山(やま)を過(す)ぐるを得(え)ん。且(しばら)く回(かえ)りて、路(みち)を転(てん)じて他(かれ)が娘(はは)を走(はし)らしめよ」と。 土地道(い)う、 「大聖(たいせい)焦(じれ)りて悩(なや)むこと莫(なか)れ、天蓬(てんぽう)懈怠(けたい=怠(なま)ける)すること莫(なか)れ。但(た)だ転路(てんろ=道(みち)を変(か)える)を說(い)えば、就(すなわ)ち是(こ)れ旁門(ぼうもん=邪道(じゃどう))に入(い)る、箇(ひとつ)の修行(しゅぎょう)の類(たぐい)を成(な)さず。古語(こご)に云(い)う、行(ゆ)くに径(こみち)に由(よ)らず、豈(あ)に肯(あ)えんで転(てん)じて走(はし)らんや。汝(なんじ)が那(あ)の師父(しふ)は、正路(せいろ)の上(うえ)に在(あ)りて坐(ざ)し、眼巴巴(がんぱぱ=瞳(ひとみ)をこらし)只(た)だ汝等(なんじら)の成功(せいこう)を望(のぞ)み居(お)るなり」と。 行者(ぎょうじゃ)狠(きび)しく発(な)して道(い)う、 「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ! 呆子(ほうし)胡談(こだん=でたらめ)を要(よう)する莫(なか)れ! 土地(どち)の說(い)えるは理(り)有(あ)り。我等(われら)正(まさ)に他(かれ)と輸贏(ゆえい)を賭(と)し、手段(しゅだん)を弄(ろう)さんとす。我(われ)が地煞変(ちさつへん)を施為(しい=施(ほどこ))すを待(ま)て。 西方(せいほう)に到(いた)りてより対頭(たいとう=敵(てき))無(な)く、 牛王(ぎゅうおう)は本(もと)是(こ)れ心猿(しんえん)の変(へん)なり。 今番(こんばん)正(まさ)に好(よ)く源流(げんりゅう)に会(え)し、 断(たぶん)相持(そうじ=相(あい)争(あらそ))いて宝扇(ほうせん)を借(か)らんと要(よう)す。 清涼(せいりょう)に趁(じゅん)じて、火焰(かえん)を息(き)えしめ、 頑空(がんくう)を打(う)ち破(やぶ)りて仏面(ぶつめん)を参(まい)らん。 行(ぎょう)満(み)ちて超昇(ちょうしょう)し極楽天(ごくらくてん)に、 大家(みんな)同(とも)に龍華宴(りゅうげえん)に赴(おもむ)かん!」と。 那(か)の八戒(はっかい)言(げん)を聴(き)き、便(すなわ)ち努力(どりょく)を生(しょう)じ、慇懃(いんぎん)に道(い)う、 「是(しか)り、是(しか)り、是(しか)り! 去(ゆ)かん、去(ゆ)かん、去(ゆ)かん! 管(かま)うこと甚(なん)ぞ、牛王(ぎゅうおう)の会(え)すると会(え)せざるとを。 木(もく)は亥(がい)に生(しょう)じて配(はい)せられて猪(いのこ)と為(な)り、 牛(うし)を牽(ひ)き転(てん)じて土類(どるい)に帰(かえ)る。 申(しん)の下(もと)に生(しょう)ずる金(きん)は本(もと)是(こ)れ猴(さる)、 刑(けい)無(な)く克(こく)無(な)くして和気(わき)多(おお)し。 芭蕉(ばしょう)を用(もち)いて、水意(すいい)を為(な)し、 焰火(えんか)消除(しょうじょ)して既済(きせい)を成(な)さん。 昼夜(ちゅうや)離(はな)るること休(や)めて苦(くる)しみ功(こう)を尽(つ)くし、 功(こう)完(まった)うして赶(いそ)ぎ盂蘭会(うらんえ)に赴(おもむ)かん」と。 他(かれ)両箇(ふたり)土地(どち)・陰兵(おんぺい)を領(ひき)いて一斉(いっせい)に上前(すす)み出(い)で、釘鈀(ていは)を将(も)ち、鉄棒(てつぼう)を輪(ふる)い、乒乒乓乓(ひょうひょうぼうぼう)と、一箇(ひとつ)の摩雲洞(まうんどう)の前門(ぜんもん)を把(と)って打(う)ち得(え)て粉碎(ふんさい)と為(な)す。唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の外護(がいご)の頭目(とうもく)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき恐(おそ)れ)て、闖(つ)け入(い)りて裡辺(うち)に報(ほう)じて道(い)う、 「大王(だいおう)! 孫悟空(そんごくう)衆(しゅう)を率(ひき)いて前門(ぜんもん)を打(う)ち破(やぶ)れり也(なり)!」と。 那(か)の牛王(ぎゅうおう)正(まさ)に玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)と其(そ)の事(こと)を備(つぶさ)に言(い)い、孫行者(そんぎょうじゃ)を懊恨(おうこん=恨(うら)み惜(お)し)み居(お)る処(ところ)、前門(ぜんもん)を打(う)ち破(やぶ)ると聴(き)き、十分(じゅうぶん)に怒(いか)りを発(はっ)し、急(いそ)ぎ披掛(ひかけ=甲冑(かっちゅう)を着(き))し、鉄棍(てっこん)を拿(と)り、裡辺(うち)より罵(ののし)り出(い)でて道(い)う、 「潑猢猻(はつこんそん)! 汝(なんじ)は是(こ)れ多(いか)ほど大(おお)きな人(ひと)なるに、敢(あ)えて這(かく)の等(ごと)く門(もん)に上(のぼ)りて撒潑(さっぱつ=暴(あば)れ)れ、我(われ)が門扇(もんせん=扉(とびら))を打(う)ち破(やぶ)るか」と。 八戒(はっかい)近(ちか)づきて乱(みだ)りに罵(ののし)って道(い)う、 「潑(はつ)の老剥皮(ろうはくひ=皮(かわ)を剥(は)がれし老(ろう)い)! 汝(なんじ)は是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の様(よう)の人物(じんぶつ)なるに、敢(あ)えて那(か)の大小(だいしょう)を量(はか)るか! 走(はし)ること莫(なか)れ! 鈀(は)を看(み)よ!」と。 牛王(ぎゅうおう)喝(かつ)して道(い)う、 「汝(なんじ)が這(こ)の囔糟食(のうそうしょく=食(く)いだめ)の夯貨(こうか)め、怎(いか)に見(み)えずや! 快(はや)く那(か)の猴児(こうじ=猿(さる)め)を叫(よ)びて上(のぼ)らしめよ!」と。 行者道(い)う、 「好歹(よしあし)を知(し)らざる盞草(さんそう)め! 我(われ)昨日(きのう)は還(なお)汝(なんじ)と兄弟(きょうだい)を論(ろん)ぜしに、今日(こんにち)は就(すなわ)ち是(こ)れ仇人(きゅうじん=敵(かたき))なり! 仔細(つつし)んで吾(われ)が一棒(いっぽう)を吃(くら)え!」と。 那(か)の牛王(ぎゅうおう)勇(ゆう)を奮(ふる)いて迎(むか)う。這(こ)の場(ば)は前番(ぜんばん)よりも更(さら)に勝(まさ)れり。三箇(みたり)の英雄(えいゆう)、厮(あい)混(ま)じりて一処(ひとところ)に在(あ)り。好殺(こうさつ)なり: 釘鈀(ていは)・鉄棒(てつぼう)神威(しんい)を逞(たくま)しうし、 同(とも)に陰兵(おんぺい)を帥(ひき)いて老犠(ろうぎ=老(お)いた牛(うし))と戦(たたか)う。 犠牲(ぎせい=牛(うし))独(ひと)り凶強(きょうきょう)の性(せい)を展(の)べ、 遍(あまね)く同天(どうてん)に法力(ほうりき)恢(かい=大(おお)い)なり。 鈀(は)を使(つか)いて築(つ)き、棍(こん)を着(つ)けて擂(う)ち、 鉄棒(てつぼう)の英雄(えいゆう)又(また)奇(き)を出(いだ)す。 三般(さんぱん)の兵器(へいき)叮当(ていとう)と響(ひび)き、 隔架(かくか=受(う)け)し遮攔(しゃらん=遮(さえぎ))り、誰(たれ)か誰(たれ)に譲(ゆず)らん? 他(かれ)は他(かれ)が首(かしら)為(た)ると說(い)い、 我(われ)は我(われ)が魁(かい=頭(かしら))を奪(うば)うと說(い)う。 士兵(しへい)証(しょう)と為(な)れども分解(ぶんかい=決着(けっちゃく))し難(がた)く、 木土(もくど)相煎(あいに)えて上下(じょうげ)に随(したが)う。 這(こ)の両箇(ふたり)說(い)う、 「汝(なんじ)如何(いかん)ぞ芭蕉扇(ばしょうせん)を借(か)さざる!」と。 那(か)の一箇(ひとつ)道(い)う、 「汝(なんじ)焉(いずく)んぞ敢(あ)えて心(こころ)を欺(あざむ)きて我(われ)が妻(つま)を騙(だま)す! 妾(しょう)を赶(お)い児(こ)を害(そこな)いし仇(あだ)未(いま)だ報(ほう)ぜず、 門(もん)を敲(たた)き戸(と)を打(う)ちて又(また)驚疑(きょうぎ)す!」と。 這(こ)の箇(ひとつ)說(い)う、 「汝(なんじ)仔細(つつし)んで如意棒(にょいぼう)を堤防(ていぼう=用心(ようじん))せよ、擦(こす)ること些(いささ)かもあらば就(すなわ)ち皮(かわ)破(やぶ)れん!」と。 那(か)の箇(ひとつ)說(い)う、 「好(よ)く生(よく)鈀頭(はとう)の歯(は)を避(よ)けよ、一(ひと)たび傷(きずつ)けば九孔(きゅうこう=九(ここの)つの孔(あな))より血(ち)淋漓(りんり)たらん!」と。 牛魔(ぎゅうま)は威猛(いもう)を施(ほどこ)すをも怕(おそ)れず、 鉄棍(てっこん)高(たか)く擎(ささ)げて見機(けんき=機(き)を見(み)る)有(あ)り。 雲(くも)を翻(ひるがえ)し雨(あめ)を覆(くつがえ)して随(したが)って来往(らいおう)し、 霧(きり)を吐(は)き風(かぜ)を噴(ふ)きて任(まか)せて発揮(はっき)す。 恨(うら)み苦(くる)しむ這(こ)の場(ば)、皆(みな)命(いのち)を拚(かえりみ)ず、 各(おのおの)悪念(あくねん)を懐(いだ)きて喜(よろこ)んで相持(あいじ=相(あい)争(あらそ))う。 架子(かし=構(かま)え)を捨(す)て、高低(こうてい)を讓(ゆず)り、 前(まえ)に迎(むか)え後(うしろ)に擋(ふせ)いで総(すべ)て虧(き=損(そん))無(な)し。 兄弟(きょうだい)二人(ふたり)斉(ひと)しく力(ちから)を尽(つく)し、 単身(たんしん)一棍(いっこん)独(ひと)り施為(しい=技(わざ)をふる)う。 卯時(ぼうのこく)より辰時(しんのこく)の後(のち)まで戦(たたか)い、 戦(たたか)い罷(や)めて牛魔(ぎゅうま)手(て)を束(つか)ねて回(かえ)る。 他(かれ)三箇(みたり)死(し)を含(ふく)み生(せい)を忘(わす)れ、又(また)百十余合(ひゃくじゅうよごう)闘(たたか)う。八戒(はっかい)呆性(ほうしょう=愚(おろ)かなる性(さが))を発(はっ)し、行者(ぎょうじゃ)の神通(じんつう)を仗(たの)み、鈀(は)を挙(あ)げて乱(みだ)りに築(つ)く。牛王(ぎゅうおう)遮架(しゃか)及(およ)ばず、陣(じん)を敗(やぶ)りて頭(こうべ)を回(めぐ)らし、就(すなわ)ち洞門(どうもん)に奔(はし)る。却(かえ)って土地(どち)・陰兵(おんぺい)に洞門(どうもん)を攔(さえぎ)り住(とど)められ、喝(かつ)して道(い)う、 「大力王(だいりきおう)、何処(いずこ)へ走(はし)る! 吾等(われら)此(ここ)に在(あ)り!」と。 那(か)の老牛(ろうぎゅう)洞(ほら)に進(すす)み入(い)るを得(え)ず、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)き出(いだ)し、又(また)八戒(はっかい)・行者(ぎょうじゃ)の赶(お)い来(きた)るを見(み)、慌(あわ)てて盔甲(かいこう=兜(かぶと)と鎧(よろい))を卸(おろ)し、鉄棍(てっこん)を捨(す)て、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)じ、一隻(いっせき)の天鹅(てんが=白鳥(はくちょう))に変(へん)じ、空(そら)を望(のぞ)んで飛(と)び走(はし)る。 行者(ぎょうじゃ)看(み)て、笑(わら)って道(い)う、 「八戒(はっかい)! 老牛(ろうぎゅう)去(い)けり」と。 那(か)の呆子(ほうし)漠然(ばくぜん)として知(し)らず、土地(どち)も亦(また)暁(さと)る能(あた)わず、一箇箇(めいめい)東(ひがし)を張(み)り西(にし)を覷(うかが)い、只(た)だ積雷山(せきらいざん)の前後(ぜんご)を乱(みだ)りに找(さが)す。 行者(ぎょうじゃ)指(ゆびさ)して道(い)う、 「那(あ)の空中(くうちゅう)に飛(と)ぶは是(こ)れならずや」と。 八戒道(い)う、 「那(あ)れは是(こ)れ一隻(いっせき)の天鹅(てんが)なり」と。 行者道(い)う、 「正(まさ)に是(こ)れ老牛(ろうぎゅう)の変(へん)じたるなり」と。 土地道(い)う、 「既(すで)に此(か)くの如(ごと)しなれば、却(かえ)って怎(いか)に生(しょう)ぜんや」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)両箇(ふたり)此(こ)の門(もん)を打(う)ち進(い)り、群妖(ぐんよう)を把(と)って情(こころ)を尽(つ)くし剿除(そうじょ=討(う)ち平(たい)ら)げ、他(かれ)が窩巣(かそう=巣(す))を拆(こわ)し、他(かれ)が帰路(きろ)を絶(た)て。老孫(ろうそん)の他(かれ)と変化(へんげ)を賭(と)するを等(ま)て」と。 那(か)の八戒(はっかい)と土地(どち)は、言(げん)に依(よ)りて洞門(どうもん)を攻(せ)め破(やぶ)ることは題(あげつら)わず。 這(こ)の大聖(たいせい)金箍棒(きんこぼう)を収(おさ)め、訣(けつ)を捻(ねん)じ咒(じゅ)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)じ、箇(ひとつ)の海東青(かいとうせい=鷹(たか)の一種(いっしゅ))に変(へん)じ、颯(さっ)と一翅(ひとつばさ)、雲眼(うんがん=雲(くも)の間(あいだ))の裡(うち)に潜(もぐ)り在(あ)り、倒(さか)しまに飛(と)び下(お)り来(きた)り、天鹅(てんが)の身(み)の上(うえ)に落(お)ち、頸項(けいこう=首(くび))を抱(いだ)きて眼(め)を嗛(つつ)く。 那(か)の牛王(ぎゅうおう)も亦(また)是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の変化(へんげ)なるを知(し)り、急(いそ)ぎ翅(つばさ)を抖抖(ゆす)り、一隻(いっせき)の黄鷹(こうよう=黄色(きいろ)い鷹(たか))に変(へん)じ、返(かえ)って来(きた)りて海東青(かいとうせい)を嗛(つつ)く。 行者(ぎょうじゃ)又(また)箇(ひとつ)の烏鳳(うほう=黒(くろ)い鳳凰(ほうおう))に変(へん)じ、専(もっぱ)ら黄鷹(こうよう)を赶(お)う。 牛王(ぎゅうおう)識(し)り得(え)て、又(また)一隻(いっせき)の白鶴(はくかく=白(しろ)い鶴(つる))に変(へん)じ、一声(ひとこえ)長(なが)く唳(な)き、南(みなみ)を望(のぞ)んで飛(と)び去(ゆ)く。 行者(ぎょうじゃ)立(た)ち定(さだ)まり、翎毛(れいもう=羽(はね))を抖抖(ゆす)り、又(また)一隻(いっせき)の丹鳳(たんぽう=赤(あか)い鳳凰(ほうおう))に変(へん)じ、一声(ひとこえ)高(たか)く鳴(な)く。 那(か)の白鶴(はくかく)は鳳(ほう)の是(こ)れ鳥王(ちょうおう)なるを見(み)て、諸禽(しょきん=鳥(とり)ども)敢(あ)えて妄(みだ)りに動(うご)かず、刷(さっ)と一翅(ひとつばさ)、山崖(さんがい)を淬(ひ)いて下(お)り、身(み)を将(も)って一変(いっぺん)じ、一隻(いっせき)の香獐(こうしょう=麝香(じゃこう)鹿(じか))に変(へん)じ、乜乜些些(びびしゃしゃ=のこのこと)として、崖前(がいぜん)に在(あ)りて草(くさ)を食(く)らう。 行者(ぎょうじゃ)認(みと)め得(え)、也就(また)翅(つばさ)を落(おと)し来(きた)り、一隻(いっせき)の餓虎(がこ=飢(う)えた虎(とら))に変(へん)じ、尾(お)を剪(き)り蹄(ひづめ)を跑(はし)らせ、獐(しょう)を赶(お)いて食(しょく)と作(な)さんと要(よう)す。 魔王慌(あわ)てて手(て)足(あし)を失(うしな)い、又(また)一隻(いっせき)の金銭花斑(きんせんかはん=銭(ぜに)の模様(もよう)の斑(ぶち))の大豹(たいひょう=大(おお)きな豹(ひょう))に変(へん)じ、餓虎(がこ)を傷(そこな)わんと要(よう)す。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て、風(かぜ)に迎(むか)い、頭(あたま)を把(と)って一幌(ひとゆす)りし、又(また)一隻(いっせき)の金眼狻猊(きんがんさんげい=金(きん)の眼(め)の獅子(しし))に変(へん)じ、声(こえ)は霹靂(へきれき=雷(かみなり))の如(ごと)く、鉄額銅頭(てつがくどうとう=鉄(てつ)の額(ひたい)と銅(どう)の頭(あたま))、復(また)身(み)を転(てん)じて大豹(たいひょう)を食(く)らわんと要(よう)す。 牛王(ぎゅうおう)急(きゅう)に著(つ)き、又(また)一箇(ひとり)の人熊(じんゆう=人(ひと)の熊(くま))に変(へん)じ、脚(あし)を放(はな)ち開(ひら)き、就(すなわ)ち来(きた)りて那(か)の狻猊(さんげい)を擒(とら)えんとす。 行者(ぎょうじゃ)箇(ひとつ)の滚(ころ)びを打(う)ち、就(すなわ)ち一隻(いっせき)の頼象(らいぞう=大(おお)きな象(ぞう))に変(へん)じ、鼻(はな)は長蛇(ちょうだ=長(なが)い蛇(へび))の似(ごと)く、牙(きば)は竹筍(ちくじゅん=竹(たけ)の子(こ))の如(ごと)く、鼻(はな)を撒(ひら)き開(ひら)きて、那(か)の人熊(じんゆう)を卷(ま)かんと要(よう)す。 牛王(ぎゅうおう)嘻嘻(きき)と一笑(ひとわら)いし、原身(げんしん=本来(ほんらい)の姿(すがた))を現(あらわ)し、一隻(いっせき)の大白牛(だいはくぎゅう=大(おお)きな白(しろ)い牛(うし))と為(な)る。頭(あたま)は峻嶺(しゅんれい=険(けわ)しい峰(みね))の如(ごと)く、眼(め)は閃光(せんこう=閃(ひらめ)く光(ひかり))の若(ごと)く、両隻(ふたつ)の角(つの)は両座(ふたつ)の鉄塔(てっとう)に似(に)たり、牙(きば)は利刃(りじん=鋭(するど)い刃(やいば))を排(なら)ぶ。頭(あたま)より尾(お)に連(つら)なるまで、千余丈(せんよじょう)の長短(ちょうたん)有(あ)り、蹄(ひづめ)より背(せ)に至(いた)るまで、八百丈(はっぴゃくじょう)の高下(こうげ)有(あ)り。 行者(ぎょうじゃ)に向(むか)い高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、 「潑猢猻(はつこんそん)! 汝(なんじ)如今(いま)我(われ)を将(も)って奈何(いかん)せんとするか」と。 行者(ぎょうじゃ)也就(また)原身(げんしん)を現(あらわ)し、金箍棒(きんこぼう)を抽(ぬ)き出(いだ)し、腰(こし)を把(と)って一躬(ひとゆが)めし、声(こえ)を喝(かつ)して叫(さけ)ぶ、 「長(の)びよ!」と。 長(の)び得(え)て身(み)の高(たか)さ万丈(ばんじょう)、頭(あたま)は泰山(たいざん)の如(ごと)く、眼(め)は日月(じつげつ)の如(ごと)く、口(くち)は血池(けっち=血(ち)の池(いけ))に似(に)たり、牙(きば)は門扇(もんせん=扉(とびら))に似(に)たり、手(て)に一条(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)を執(と)り、頭(あたま)を着(つ)いて就(すなわ)ち打(う)つ。 那(か)の牛王(ぎゅうおう)は頭(あたま)を硬(かた)くし、角(つの)を将(も)って来(きた)りて触(ふ)る。這(こ)の一場(いちじょう)、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ嶺(みね)を撼(ゆる)がし山(やま)を揺(ゆる)がし、天(てん)を驚(おどろ)かし地(ち)を動(うご)かす! 詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く、 道(みち)一尺(いっしゃく)高(たか)ければ魔(ま)千丈(せんじょう)、 奇巧(きこう)の心猿(しんえん)力(ちから)を用(もち)いて降(くだ)す。 若(も)し火山(かざん)に烈焰(れつえん)無(な)からしめんと得(ほっ)せば、 必(かなら)ず宝扇(ほうせん)に清涼(せいりょう)有(あ)るを須(ま)つ。 黄婆(こうば=土(つち))志(こころざし)を矢(ちか)いて元老(げんろう)を扶(たす)け、 木母(もくぼ=猪八戒(ちょはっかい))情(なさけ)を留(とど)めて妖(よう)を掃蕩(そうとう)す。 五行(ごぎょう)を和睦(わぼく)して正果(しょうか)に帰(かえ)し、 魔(ま)を煉(ね)り垢(あか)を滌(あら)いて西方(せいほう)に上(のぼ)る。 他(かれ)両箇(ふたり)大(おお)いに神通(じんつう)を展(の)べ、半山(はんざん)の中(うち)に在(あ)りて賭闘(ととう)し、驚(おどろ)かし得(え)て那(か)の過往(かおう=通(とお)りかかる)虚空(こくう)一切(いっさい)の神衆(しんしゅ)と、金頭掲諦(きんとうかいだい)、六甲六丁(りっこうりくてい)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうがらん)と、皆(みな)来(きた)りて魔王(まおう)を囲困(いこん=包囲(ほうい))す。 那(か)の魔王(まおう)公然(こうぜん)として懼(おそ)れず。汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)の東(ひがし)に一頭(ひとつ)、西(にし)に一頭(ひとつ)、直挺挺(ちょくていてい=真(ま)っ直(す)ぐ)として光耀耀(こうようよう=光(ひか)り輝(かがや))く両隻(ふたつ)の鉄角(てっかく=鉄(てつ)の角(つの))、往(ゆ)き来(きた)りて抵触(ていしょく=突(つ)き当(あ))たるを。南(みなみ)に一撞(ひとつ)き、北(きた)に一撞(ひとつ)き、毛森森(もうしんしん=毛(け)むくじゃら)として筋暴暴(きんばくばく=筋(すじ)むきだし)の一条(ひとすじ)の硬尾(こうび=硬(かた)い尾(お))、左右(さゆう)に敲(たた)き揺(ゆ)る。 孫大聖(そんたいせい)面(めん)と向(むか)いて迎(むか)え、衆多(しゅうた)の神四面(しめん)より打(う)つ。牛王(ぎゅうおう)急(きゅう)となり、地(ち)に就(つ)いて一滚(ひところ)びし、本象(ほんぞう)に復(ふく)し、便(すなわ)ち芭蕉洞(ばしょうどう)に投(とう)じて去(ゆ)く。 行者(ぎょうじゃ)也(また)法象(ほうぞう=法(ほう)の姿(すがた))を収(おさ)め、衆多(しゅうた)の神と随(したが)って後(うしろ)より追襲(ついしゅう=追(お)い撃(う))つ。那(か)の魔王(まおう)洞(ほら)の裡(うち)に闖(つ)け入(い)り、門(もん)を閉(と)じて出(い)でず。概(すべて)の衆(しゅう)は一箇(ひとつ)の翠雲山(すいうんざん)を把(と)って囲(かこ)み得(え)て水(みず)も洩(も)らさぬ程(ほど)なり。 正(まさ)に都(みな)門(もん)に上(のぼ)りて攻(せ)め打(う)ち居(お)る処(ところ)、忽(たちま)ち八戒(はっかい)と土地(どち)・陰兵(おんぺい)の嚷嚷(じょうじょう=わいわい)として至(いた)るを聴(き)く。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て問(と)うて曰(いわ)く、 「那(か)の摩雲洞(まうんどう)の事体(じたい=事(こと)の次第(しだい))如何(いかん)」と。 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、 「那(か)の老牛(ろうぎゅう)の娘子(じょうし=女房(にょうぼう))は我(われ)が一鈀(ひとは)に築(つ)き殺(ころ)され、衣(ころも)を剥(は)ぎ開(ひら)いて看(み)れば、原来(もと)是(こ)れ箇(ひとつ)の玉面狸精(ぎょくめんりせい=玉面(ぎょくめん)の狸(たぬき)の精(せい))なり。那(か)の一群(ひとむれ)の妖(よう)は、俱(ことごと)く是(こ)れ些(いささ)かの驢騾犢特(ろらとくとく=驢馬(ろば)・騾馬(らば)・子牛(こうし)・牡牛(おうし))、獾狐狢獐(かんこかくしょう=穴熊(あなぐま)・狐(きつね)・狢(むじな)・獐(のろ))、羊虎麋鹿(ようこびろく=羊(ひつじ)・虎(とら)・麋(おおしか)・鹿(しか))等(ら)の類(たぐい)にして、已(すで)に此(こ)れ尽(ことごと)く皆(みな)剿戮(そうりく=討(う)ち滅(ほろ)ぼ)し、又(また)他(かれ)が洞府(どうふ)の房廊(ぼうろう=部屋(へや)と廊下(ろうか))を将(も)って火(ひ)を放(はな)ちて焼(や)けり。土地(どち)の說(い)うには、他(かれ)還(ま)た一処(ひとところ)の家小(かしょう=家族(かぞく))有(あ)りて、此(こ)の山(やま)に住居(じゅうきょ)すと。故(ゆえ)に又(また)此(ここ)に来(きた)りて掃蕩(そうとう)するなり」と。 行者道(い)う、 「賢弟(けんでい)功(こう)有(あ)り、喜(よろこ)ぶ可(べ)し! 喜(よろこ)ぶ可(べ)し! 老孫(ろうそん)は空(むな)しく那(か)の老牛(ろうぎゅう)と変化(へんげ)を賭(と)いしも、未(いま)だ勝(か)つことを得(え)ず。他(かれ)無大不大(むだいふだい=この上(うえ)なく大(おお)き)き白牛(はくぎゅう)に変(へん)じ做(な)り、我(われ)法天象地(ほうてんぞうち=天(てん)に法(のっと)り地(ち)に象(かたど)る)の身量(しんりょう=体(たい)の大(おお)きさ)に変(へん)じ、正(まさ)に他(かれ)と抵触(ていしょく)の間(あいだ)に在(あ)りしに、幸(さいわい)に諸神(しょしん)の下降(げこう)を蒙(こうむ)り、多時(しばらく)囲困(いこん)せしが、他(かれ)却(かえ)って原身(げんしん)に復(ふく)し、洞(ほら)の中(うち)へ走(はし)り入(い)りて去(い)けり」と。 八戒道(い)う、 「那(あ)れは是(こ)れ芭蕉洞(ばしょうどう)ならずや」と。 行者道(い)う、 「正(まさ)に是(こ)れ! 正(まさ)に是(こ)れ! 羅刹女(らせつにょ)正(まさ)に此(こ)の間(かん)に在(あ)り」と。 八戒(はっかい)狠(きび)しく発(はっ)して道(い)う、 「既(すで)に是(こ)の般(ごと)しなれば、怎(いか)して打(う)ち進(い)らず、那(か)の厮(やつ)を剿除(そうじょ)し、他(かれ)に扇子(せんす)を問(と)い要(もと)めず、倒(かえ)って他(かれ)をして停留(ていりゅう=留(とど)ま)り智(ち)を長(ちょう)ぜしめ、両口児(ふたり)に情(じょう)を叙(の)べしむるや」と。 好(よ)き呆子(ほうし)、威風(いふう)を抖擻(しんぼう)し、鈀(は)を挙(あ)げて門(もん)を照(めが)けて一築(ひとつつ)きし、忽辣(こつらつ)たる一声(ひとこえ)、那(か)の石崖(せきがい=岩(いわ)の崖(がけ))を将(も)って門(もん)と連(つら)なりて築(つ)き倒(たお)して一辺(いっぺん)と為(な)す。 慌(あわ)て得(え)て那(か)の女童(じょどう=侍女(じじょ))忙(いそ)ぎ報(ほう)ず、 「爺爺(じいさま)! 何人(なんぴと)か前門(ぜんもん)を把(と)って都(みな)打(う)ち壊(こわ)したるを知(し)らず!」と。 牛王(ぎゅうおう)方(まさ)に跑(はし)り進(い)り、喘吁吁(ぜんくく=息(いき)を切(き)らし)として、正(まさ)に羅刹女(らせつにょ)に孫行者(そんぎょうじゃ)と扇子(せんす)を奪(うば)い賭闘(ととう)せし事(こと)を告(つ)げ居(お)る処(ところ)、報(ほう)を聞(き)いて心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)り、就(すなわ)ち口中(こうちゅう)より扇子(せんす)を吐(は)き出(いだ)し、羅刹女(らせつにょ)に遞(わた)す。 羅刹女(らせつにょ)扇(おうぎ)を手(て)に接(う)け在(あ)りて、満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れて道(い)う、 「大王(だいおう)! 這(こ)の扇子(せんす)を把(と)って那(か)の猢猻(こんそん)に送(おく)り与(あた)え、他(かれ)をして兵(へい)を退(しりぞ)けて去(ゆ)かしめよ」と。 牛王道(い)う、 「夫人(ふじん)や、物(もの)は小(ちい)さけれど恨(うら)みは則(すなわ)ち深(ふか)し。汝(なんじ)且(しばら)く坐(ざ)し在(あ)れ、我(われ)の再(ふたた)び他(かれ)と比並(ひへい)し去(ゆ)き来(きた)るを等(ま)て」と。 那(か)の魔(ま)披掛(ひかけ)を重(かさ)ねて整(ととの)え、又(また)両口(ふたふり)の宝剣(ほうけん)を選(えら)び、門(もん)を出(い)でて来(きた)る。正(まさ)に八戒(はっかい)の鈀(は)を将(も)って門(もん)を築(つ)くに遇(あ)い、老牛(ろうぎゅう)更(さら)に話(はなし)を打(う)たず、剣(けん)を掣(と)りて臉(つら)を劈(つんざ)いて便(すなわ)ち砍(き)る。 八戒(はっかい)鈀(は)を挙(あ)げて迎(むか)い、後(うしろ)へ幾歩(いくほ)か倒(さか)しまに退(しりぞ)き、門(もん)を出(い)でて来(きた)るに、早(はや)く大聖(たいせい)の棒(ぼう)を輪(ふる)いて当頭(とうとう=真(ま)っ向(こう))に在(あ)り。 那(か)の牛魔(ぎゅうま)即(すなわ)ち狂風(きょうふう)に駕(が)し、洞府(どうふ)を跳(と)び離(はな)れ、又(また)皆(みな)那(か)の翠雲山(すいうんざん)の上(うえ)に在(あ)りて相持(そうじ)す。衆多(しゅうた)の神四面(しめん)より囲繞(いにょう=取(と)り囲(かこ))み、土地(どち)の兵(へい)左右(さゆう)より攻撃(こうげき)す。這(こ)の一場(いちじょう)、又(また)好殺(こうさつ)なり: 雲(くも)は世界(せかい)を迷(まよ)わせ、 霧(きり)は乾坤(けんこん=天地(てんち))を罩(おお)う。 颯颯(さつさつ)たる陰風(いんぷう)に砂(すな)石(いし)滚(ころ)がり、 巍巍(ぎぎ)たる怒気(どき)に海波(かいは)渾(にご)る。 剣(けん)二口(ふたふり)を重(かさ)ねて磨(みが)き、 甲(よろい)全身(ぜんしん)に復(また)挂(か)く。 冤(えん)を結(むす)ぶこと海(うみ)より深(ふか)く、 恨(うら)みを懐(いだ)けば愈(いよい)よ嗔(しん=怒(いか)り)を生(しょう)ず。 汝(なんじ)看(み)よ、斉天大聖(せいてんたいせい)の功績(こうせき)の為(ため)に、 当年(とうねん)の老故人(ろうこじん=古(ふる)き友(とも))を講(こう=論(ろん))ぜざるを。 八戒(はっかい)威(い)を施(ほどこ)して扇子(せんす)を求(もと)め、 衆神(しゅうしん)法(ほう)を護(まも)りて牛君(ぎゅうくん)を捉(とら)う。 牛王(ぎゅうおう)の双手(もろて)停息(ていそく=休(やす)む)する無(な)く、 左(ひだり)に遮(さえぎ)り右(みぎ)に擋(ふせ)いで精神(せいしん)を弄(ろう)す。 只(た)だ殺(ころ)し得(え)て、那(か)の過(よぎ)る鳥(とり)も飛(と)び難(がた)く皆(みな)翅(つばさ)を斂(おさ)め、 游(およ)ぐ魚(うお)も躍(おど)らず尽(ことごと)く鱗(うろこ)を潜(ひそ)む。 鬼(おに)泣(な)き神(かみ)嚎(さけ)んで天地(てんち)暗(くら)く、 竜(りゅう)愁(うれ)え虎(とら)怕(おそ)れて日光(にっこう)昏(くら)し! 那(か)の牛王(ぎゅうおう)命(いのち)を拚(かえりみ)ず躯(み)を捐(す)て、五十余合(ごじゅうよごう)闘(たたか)い経(へ)て、抵敵(ていてき=抗(あらが))い住(とど)むるを得(え)ず、陣(じん)を敗(やぶ)り、北(きた)を望(のぞ)んで就(すなわ)ち走(はし)る。 早(はや)く五台山(ごだいさん)秘魔岩(ひまがん)の神通広大(じんつうこうだい)なる潑法金剛(はっぽうこんごう)有(あ)りて、阻(さえぎ)り住(とど)めて道(い)う、 「牛魔(ぎゅうま)、汝(なんじ)何処(いずこ)へ往(ゆ)く! 我等(われら)は乃(すなわ)ち釈迦牟尼仏祖(しゃかむにぶっそ)の差(つか)わして来(きた)らしめ、天羅地網(てんらちもう=天(てん)と地(ち)の網(あみ))を布(し)き列(つら)ね、此(ここ)に至(いた)りて汝(なんじ)を擒(とら)うるなり!」と。 正(まさ)に說(い)う間(あいだ)、後(うしろ)に随(したが)いて大聖(たいせい)、八戒(はっかい)、衆神(しゅうしん)の赶(お)い来(きた)る有(あ)り。 那(か)の魔王(まおう)慌(あわ)てて身(み)を転(てん)じ、南(みなみ)を望(のぞ)んで走(はし)る。又(また)峨眉山(がびざん)清涼洞(せいりょうどう)の法力無量(ほうりきむりょう)なる勝至金剛(しょうしこんごう)に撞(ぶつ)かり擋(さえぎ)り住(とど)められ、喝(かつ)して道(い)う、 「吾(われ)仏旨(ぶっし)を奉(ほう)じて此(ここ)に在(あ)り、正(まさ)に汝(なんじ)を拿(とら)え住(とど)めんと要(よう)す也(なり)!」と。 牛王(ぎゅうおう)心(こころ)慌(あわ)て脚(あし)軟(やわ)らぎ、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きて東(ひがし)に往(ゆ)かんとすれば、却(かえ)って須弥山(しゅみせん)摩耳崖(まじがい)の毘盧沙門(びるしゃもん)大力金剛(だいりきこんごう)に迎(むか)え住(とど)められ道(い)う、 「汝(なんじ)老牛(ろうぎゅう)何(いずこ)へ往(ゆ)く! 我(われ)如来(にょらい)の密令(みつれい)を蒙(こうむ)り、来(きた)りて汝(なんじ)を捕獲(ほかく)するを教(おし)えられたり!」と。 牛王(ぎゅうおう)又(また)悚然(しょうぜん=恐(おそ)れおのの)として退(しりぞ)き、西(にし)を望(のぞ)んで就(すなわ)ち走(はし)る。又(また)崑崙山(こんろんさん)金霞嶺(きんかれい)の不壊尊王(ふえそんおう)永住金剛(えいじゅうこんごう)に遇(あ)い、敵(あだ)し住(とど)めて喝(かつ)して道(い)う、 「這(こ)の厮(やつ)又(また)将(まさ)に安(いず)こへか走(はし)らんとす! 我(われ)西天大雷音寺(せいてんだいらいおんじ)の仏老(ぶつろう)の親言(しんげん=直(じか)の仰(おお)せ)を領(うけたまわ)り、此(ここ)に在(あ)りて把截(はさい=塞(ふさ)ぎ止(と))む。誰(たれ)か汝(なんじ)を放(はな)たんや!」と。 那(か)の老牛(ろうぎゅう)心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、之(これ)を悔(く)いるに及(およ)ばず。那(か)の四面八方(しめんはっぽう)皆(みな)是(こ)れ仏兵(ぶっぺい)天将(てんしょう)なるを見(み)て、真(まこと)に箇(こ)れ羅網(らもう)高(たか)く張(は)られたるに似(に)て、命(いのち)を脱(のが)るること能(あた)わず。 正(まさ)に倉惶(そうこう=あわてふため)く際(きわ)に在(あ)りしに、又(また)行者(ぎょうじゃ)の衆(しゅう)を帥(ひき)いて赶(お)い来(きた)ると聞(き)き、他(かれ)就(すなわ)ち雲頭(うんとう)に駕(が)し、上(うえ)を望(のぞ)んで便(すなわ)ち走(はし)る。却(かえ)って好(よ)し、托塔李天王(たくとうりてんおう)並(なら)びに哪吒太子(なたたいし)有(あ)りて、魚肚薬叉(ぎょとやくしゃ)、巨霊神将(きょれいしんしょう)を領(ひき)い、空中(くうちゅう)に幔(とば)り住(とど)めて、叫(さけ)んで道(い)う、 「慢(ゆる)やかにせよ! 慢(ゆる)やかにせよ! 吾(われ)玉帝(ぎょくてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じ、特に来(きた)りて此(ここ)に汝(なんじ)を剿除(そうじょ)するなり!」と。 牛王(ぎゅうおう)急(きゅう)となり、前(さき)に依(よ)りて身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)じ、還(また)一隻(いっせき)の大白牛(だいはくぎゅう)に変(へん)じ做(な)り、両隻(ふたつ)の鉄角(てっかく)を将(も)って天王(てんおう)を触(つ)かんとす。天王(てんおう)刀(かたな)を将(も)って来(きた)りて砍(き)る。 後(のち)に随(したが)いて孫行者(そんぎょうじゃ)又(また)到(いた)る。哪吒太子(なたたいし)声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、 「大聖(たいせい)、衣甲(いこう=甲冑(かっちゅう))身(み)に在(あ)れば、礼(れい)を為(な)すこと能(あた)わず。 愚(ぐ)なる父子(おやこ)は昨日(きのう)仏如来(ほとけにょらい)に見(まみ)え、檄(げき=文書(ぶんしょ))を発(はっ)して玉帝(ぎょくてい)に奏聞(そうもん)せしに、唐僧(とうそう)の路(みち)火焰山(かえんざん)に阻(へだて)られ、孫大聖(そんたいせい)牛魔王(ぎゅうまおう)を伏(ふく)すること難(かた)しと。玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)え、特に我(われ)が父王(ぶおう)を差(つか)わして衆(しゅう)を領(ひき)い助力(じょりょく)せしむ」と。 行者道(い)う、 「這(こ)の厮(やつ)神通(じんつう)小(ちい)さからず! 又(また)這(かく)の等(ごと)き身(み)の躯(からだ)に変(へん)じ做(な)る、却(かえ)って怎(いか)に奈何(いかん)せん」と。 太子(たいし)笑(わら)って道(い)う、 「大聖(たいせい)疑(うたが)うこと勿(なか)れ、汝(なんじ)我(われ)の他(かれ)を擒(とら)うるを看(み)よ」と。 這(こ)の太子即(すなわ)ち一声(ひとこえ)「変(へん)じよ!」と喝(かつ)し、三頭六臂(さんとうろっぴ)に変(へん)じ得(え)、身(み)を飛(と)ばして牛王(ぎゅうおう)が背(せ)の上(うえ)に跳(と)び在(あ)り、斬妖剣(ざんようけん)を将(も)って頸項(けいこう)の上(うえ)に向(む)かって一揮(ひとふる)いし、覚(おぼ)えずして箇(ひとつ)の牛頭(ぎゅうとう)を把(と)って斬(き)り下(おろ)す。 天王(てんおう)刀(かたな)を収(おさ)め、却(かえ)って才(わず)かに行者(ぎょうじゃ)と相(あい)見(まみ)ゆ。 那(か)の牛王(ぎゅうおう)の腔子(こうし=胴(どう))の裡(うち)より又(また)一箇(ひとつ)の頭(あたま)を潜(もぐ)り出(いだ)し、口(くち)より黒気(こくき)を吐(は)き、眼(め)より金光(きんこう)を放(はな)つ。哪吒(なた)に又(また)一剣(いっけん)砍(き)られ、頭(あたま)の落(お)つる処(ところ)、又(また)一箇(ひとつ)の頭(あたま)を潜(もぐ)り出(いだ)す。一連(つづ)け様(ざま)に十数剣(じゅうすうけん)砍(き)り、随(したが)いて十数箇(じゅうすうこ)の頭(あたま)を長(はえ)し出(いだ)す。 哪吒(なた)火輪児(かりんじ=火(ひ)の輪(わ))を取(と)り出(いだ)して那(か)の老牛(ろうぎゅう)の角(つの)の上(うえ)に挂(か)け、便(すなわ)ち真火(しんか)を吹(ふ)き、焰焰烘烘(えんえんこうこう=めらめらと燃(も)え盛(さか))り、牛王(ぎゅうおう)を焼(や)き得(え)て張狂(ちょうきょう=狂(くる)い哮吼(たけび))し、頭(あたま)を揺(ゆ)り尾(お)を擺(ふ)らしむ。才(わず)かに変化(へんげ)して身(み)を脱(のが)れんと要(よう)するに、又(また)托塔天王(たくとうてんおう)に照妖鏡(しょうようきょう)を将(も)って本象(ほんぞう)を照(て)らし住(とど)められ、騰那(とうな=身(み)のかわし)すること動(うご)かず、生(い)きる計(はかりごと)無(な)く、只(た)だ「我(われ)が命(いのち)を傷(そこな)うこと莫(なか)れ! 情(こころ)より願(ねが)いて仏家(ぶっけ)に帰順(きじゅん)せん也(なり)!」と叫(さけ)ぶのみ。 哪吒道(い)う、 「既(すで)に身命(しんめい)を惜(お)しむならば、快(はや)く扇子(せんす)を拿(だ)し出(いだ)せ!」と。 牛王道(い)う、 「扇子(せんす)は我(われ)が山妻(さんさい=妻(つま))の処(ところ)に在(あ)りて収(おさ)め在(あ)り」と。 哪吒(なた)說(い)うを聞(き)き、縛妖索(ばくようさく=妖(よう)を縛(しば)る縄(なわ))を将(も)って解(と)き下(おろ)し、他(かれ)が那(か)の頸項(けいこう)の上(うえ)に跨(またが)り、一把(ひとつか)みに鼻頭(びとう=鼻(はな)の先(さき))を拿(つか)み住(とど)め、索(なわ)を将(も)って鼻孔(びこう)の裡(うち)に穿(とお)し、手(て)を将(も)って牽(ひ)き来(きた)る。 孫行者(そんぎょうじゃ)却(かえ)って四大金剛(しだいこんごう)、六丁六甲(りくていりっこう)、護教伽藍(ごきょうがらん)、托塔天王(たくとうてんおう)、巨霊神将(きょれいしんしょう)並(なら)びに八戒(はっかい)、土地(どち)、陰兵(おんぺい)を会(え)し聚(あつ)め、白牛(はくぎゅう)を簇擁(ぞくよう=取(と)り囲(かこ))み、芭蕉洞(ばしょうどう)の口(くち)に回(かえ)り至(いた)る。 老牛(ろうぎゅう)叫(さけ)んで道(い)う、 「夫人(ふじん)、扇子(せんす)を将(も)ち出(いだ)せ、我(われ)が性命(いのち)を救(すく)え!」と。 羅刹(らせつ)叫(さけ)ぶを聴(き)き、急(いそ)ぎ釵環(さかん=簪(かんざし)と耳環(みみわ))を卸(おろ)し、色服(しょくふく=色(いろ)ある衣(ころも))を脱(ぬ)ぎ、青絲(せいし=黒(くろ)い髪(かみ))を挽(ま)いて道姑(どうこ=道(どう)を修(おさ)める女(おんな))の如(ごと)く、縞素(こうそ=白(しろ)い喪服(もふく))を穿(き)て比丘(びく=尼僧(にそう))に似(に)たり。双手(もろて)に那(あ)の柄(ひ)の丈二(じょうに)の長短(ちょうたん)有(あ)る芭蕉扇子(ばしょうせんす)を捧(ささ)げ、門(もん)を出(い)でて来(きた)る。又(また)金剛(こんごう)・衆聖(しゅうせい)と天王(てんおう)父子(おやこ)の有(あ)るを見(み)、慌(あわ)てて地下(ちか)に跪(ひざまず)き、頭(あたま)を磕(ぬか)ずきて礼拝(らいはい)し道(い)う、 「望(のぞ)むらくは菩薩(ぼさつ)我(われ)が夫妻(ふさい)の命(いのち)を饒(ゆる)し給(たま)え。願(ねが)わくは此(こ)の扇(おうぎ)を将(も)って孫叔叔(そんおじさま)に奉承(ほうしょう=捧(ささ)げ)げ、成功(せいこう)して去(ゆ)かしめんことを!」と。 行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づきて扇(おうぎ)を接(う)け、大衆(だいしゅ)と共(とも)に祥雲(しょううん)に駕(が)し、径(ただ)ちに東路(とうろ)に回(かえ)る。 却(かえ)って說(い)う、那(か)の三蔵(さんぞう)と沙僧(さそう)は、一会(ひととき)立(た)ち、一会(ひととき)坐(ざ)し、行者(ぎょうじゃ)の久(ひさ)しく回(かえ)らざるを盼望(ぼうぼう=待(ま)ち望(のぞ))み、何等(なんたる)か憂慮(ゆうりょ)せし! 忽(たちま)ち祥雲(しょううん)の空(そら)に満(み)ち、瑞光(ずいこう)の地(ち)に満(み)ち、飄飄颻颻(ひょうひょうようよう=ひらひらと)として、衆神(しゅうしん)の行(ゆ)くを盖(おお)い近(ちか)づき来(きた)るを見(み)て、這(こ)の長老(ちょうろう)害怕(おそれ)て道(い)う、 「悟浄(ごじょう)! 那(か)の壁廂(かたわら)は是(こ)れ誰(たれ)の神兵(しんぺい)の来(きた)れるなる」と。 沙僧(さそう)認(みと)め得(え)て道(い)う、 「師父(しふ)や、那(あ)れは是(こ)れ四大金剛(しだいこんごう)、金頭掲諦(きんとうかいだい)、六甲六丁(りっこうりくてい)、護教伽藍(ごきょうがらん)と過往(かおう)の衆神(しゅうしん)なり。牛(うし)を牽(ひ)くは是(こ)れ哪吒三太子(なたさんたいし)、鏡(かがみ)を拿(と)るは是(こ)れ托塔李天王(たくとうりてんおう)、大師兄(だいしけい)は芭蕉扇(ばしょうせん)を執(と)り、二師兄(にしけい)並(なら)びに土地(どち)は後(うしろ)に随(したが)い、其(そ)の余(よ)は皆(みな)是(こ)れ護衛(ごえい)の神兵(しんぺい)なり」と。 三蔵(さんぞう)聽(き)き說(おわ)り、毗盧帽(びるぼう=毗盧(びる)の帽子(ぼうし))に換(か)え、袈裟(けさ)を穿(き)、悟浄(ごじょう)と衆聖(しゅうせい)を拝(はい)し迎(むか)え、称謝(しょうしゃ)して道(い)う、 「我(われ)が弟子(でし)何(なん)の徳能(とくのう=徳(とく)と能力(のうりょく))有(あ)りて、敢(あ)えて列位(れっい)の尊聖(そんせい)の凡(よ)に臨(のぞ)むを労(ろう)するや」と。 四大金剛(しだいこんごう)道(い)う、 「聖僧(せいそう)喜(よろこ)べ、十分(じゅうぶん)の功行(こうぎょう=修行(しゅぎょう)の功(こう))将(まさ)に完(まった)うせんとす! 吾等(われら)仏旨(ぶっし)を奉(ほう)じて差(つか)わされ来(きた)りて汝(なんじ)を助(たす)く。汝(なんじ)当(まさ)に力(ちから)を尽(つ)くして修持(しゅじ=修行(しゅぎょう)を保(たも))ち、須臾(しゅゆ=わずかの間(あいだ))も怠惰(たいだ)することを得(う)る勿(なか)れ」と。 三蔵(さんぞう)歯(は)を叩(か)み頭(あたま)を叩(ぬかず)き、身(み)を受(う)け命(めい)を受(う)く。 孫大聖(そんたいせい)扇子(せんす)を執(と)り、山(やま)の辺(ほとり)に行(ゆ)き近(ちか)づき、気(いき)の力(ちから)を尽(つ)くして一扇(ひとあお)ぎ揮(ふる)えば、那(か)の火焰山(かえんざん)平(たい)らかに焰(ほのお)を息(しず)め、寂寂(じゃくじゃく)として光(ひかり)を除(のぞ)く。行者(ぎょうじゃ)喜喜歡歓(ききかんかん=大喜(おおよろこ)び)し、又(また)一扇(ひとあお)ぎ搧(あお)ぐに、只(た)だ習習瀟瀟(しゅうしゅうしょうしょう=そよそよと)たる清風(せいふう)の微(かす)かに動(うご)くを聞(き)くのみ。第三扇(だいさんせん)、天(てん)に満(み)ちて雲(くも)漠漠(ばくばく)とし、細雨(さいう)の霏霏(ひひ=しとしと)と落(お)つ。 詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く、 火焰山(かえんざん)遥(はる)かに八百程(はっぴゃくてい)、 火光(かこう)大地(だいち)に声名(せいめい)有(あ)り。 火(ひ)は五漏(ごろう)を煎(せん=煎(い))じて丹(たん)熟(じゅく)し難(がた)く、 火(ひ)は三関(さんかん)を燎(や)いて道(みち)清(きよ)からず。 時(とき)に芭蕉(ばしょう)を借(か)りて雨露(うろ)を施(ほどこ)し、 幸(さいわい)に天将(てんしょう)の神功(しんこう)を助(たす)くるを蒙(こうむ)る。 牛(うし)を牽(ひ)きて仏(ほとけ)に帰(かえ)らせば顛劣(てんれつ=乱暴(らんぼう))を休(や)め、 水火(すいか)相(あい)聯(つら)なれば性(せい)自(おの)ずから平(たい)らかなり。 此(こ)の時(とき)三蔵(さんぞう)燥(そう=いらだち)を解(と)き煩(はん)を除(のぞ)き、心(こころ)清(きよ)く意(い)了(おわ)る。四衆(ししゅう)皈依(きえ)し、金剛(こんごう)に謝(しゃ)して、各(おのおの)宝山(ほうざん)に転(かえ)る。六丁六甲(りくていりっこう)は空(そら)に升(のぼ)りて保護(ほご)し、過往(かおう)の神祇(しんぎ)は四散(しさん)し、天王(てんおう)・太子(たいし)は牛(うし)を牽(ひ)きて径(ただ)ちに仏地(ぶっち)に帰(かえ)り回繳(かいきゃく=復命(ふくめい))す。 止(ただ)本山(ほんざん)の土地(どち)のみ、羅刹女(らせつにょ)を押(おさ)え、旁(かたわら)に在(あ)りて伺候(しこう=付(つ)き添(そ))う。 行者道(い)う、 「那(か)の羅刹(らせつ)や、汝(なんじ)路(みち)を走(はし)らず、還(ま)た此(ここ)に立(た)ち在(あ)りて甚(なん)を等(ま)つ」と。 羅刹(らせつ)跪(ひざまず)いて道(い)う、 「万(よろず)望(のぞ)むらくは大聖(たいせい)慈(じ)を垂(た)れ、扇子(せんす)を将(も)って我(われ)に還(かえ)し給(たま)え」と。 八戒(はっかい)喝(かつ)して道(い)う、 「潑賤人(はつせんじん=この賤(いや)しき女(おんな)め)、高低(こうてい=分別(ふんべつ))を知(し)らず! 汝(なんじ)が性命(いのち)を饒(ゆる)ししが就(すなわ)ち彀(た)れるに、還(ま)た甚(なん)の扇子(せんす)を討(もと)めんと要(よう)す。我等(われら)山(やま)を過(す)ぎて去(ゆ)きて、売(う)りて銭(ぜに)と為(な)し点心(てんしん=間食(かんしょく))を買(か)って喰(く)わざるや如何(いかん)。費(つい)やしし這(こ)の許多(あまた)の精神(せいしん)・力(ちから)を、又(また)肯(あ)えんで汝(なんじ)に与(あた)えんや! 雨(あめ)蒙蒙(もうもう)たるに、還(ま)た回(かえ)らざるや」と。 羅刹(らせつ)再(ふたた)び拝(はい)して道(い)う、 「大聖(たいせい)原(もと)扇(おうぎ)を以(もっ)て火(ひ)を扇(あお)ぎ息(き)えて我(われ)に還(かえ)すと說(い)えり。 今(いま)此(こ)の一場(いちじょう)、誠(まこと)に之(これ)を悔(く)いること晩(おそ)し。只(た)だ不倜儻(ふてきとう=思(おも)い切(き)りが悪(わる))きに因(よ)りて、労師動衆(ろうしどうしゅう=大勢(おおぜい)を煩(わずら)わす)を致(いた)せり。我等(われら)も亦(また)人道(じんどう=人(ひと)の道(みち))に修(しゅ)し成(な)れり、只(た)だ未(いま)だ正果(しょうか)に帰(かえ)らざるのみ。見今(いま)真身(しんしん)現象(げんしょう)して西(にし)に帰(かえ)り、我(われ)再(ふたた)び敢(あ)えて妄(みだ)りに作(な)さじ。 願(ねが)わくは本扇(ほんせん)を賜(たま)わり、従(したが)って自(みずか)ら新(あらた)に立(た)ち、身(み)を修(おさ)め命(いのち)を養(やしな)いて去(ゆ)かんことを」と。 土地道(い)う、 「大聖(たいせい)! 此(こ)の女(おんな)の深(ふか)く火(ひ)を息(き)える法(ほう)を知(し)るに趁(じゅん)じ、火根(かこん=火(ひ)の根源(こんげん))を断(た)ち絶(た)ち、他(かれ)に扇子(せんす)を還(かえ)し給(たま)え。小神(しょうしん)此(ここ)に居(きょ)して苟(かりそめ)にも安(やす)んじ、這(こ)の方(ほう)の生民(せいみん=民(たみ))を拯救(すく)い、些(いささ)かの血食(けっしょく=供物(くもつ))を求(もと)めんことは、誠(まこと)に恩便(おんべん=恩恵(おんけい))と為(な)さん」と。 行者道(い)う、 「我(われ)当時(そのとき)郷人(きょうじん=土地(とち)の者(もの))に問(と)えるに、這(こ)の山(やま)は火(ひ)を扇(あお)ぎ息(き)えて、只(た)だ一年(いちねん)の五穀(ごこく)を収(おさ)むるを得(う)るのみ、便(すなわ)ち又(また)火(ひ)発(はっ)すと! 如何(いか)にして治(おさ)めて根(ね)を除(のぞ)くを得(え)ん」と。 羅刹道(い)う、 「若(も)し是(こ)れ火根(かこん)を断(た)ち絶(た)たんと要(ほっ)せば、只(た)だ連(つづ)けて四十九扇(しじゅうきゅうせん)扇(あお)ぐを消(しょう=要(よう))するのみ、永遠(えいえん)に再(ふたた)び発(はっ)せず」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、扇子(せんす)を執(と)り、筋力(きんりょく=力(ちから))を使(つ)い尽(つ)くす。山(やま)の頭(いただき)を望(のぞ)んで連(つづ)けて四十九扇(しじゅうきゅうせん)扇(あお)げば、那(か)の山(やま)の上(うえ)大雨(たいう)淙淙(そうそう=ざあざあ)たり。果然(はた)して是(こ)れ宝貝(ほうばい)なり:火(ひ)の有(あ)る処(ところ)には雨(あめ)降(ふ)り、火(ひ)の無(な)き処(ところ)は天(てん)晴(は)る。 他(かれ)が師徒(しと)達(たち)は這(こ)の火(ひ)の無(な)き処(ところ)に立(た)ち在(あ)りて、雨(あめ)に湿(しめ)るに遭(あ)わず。一夜(いちや)坐(ざ)し、次(つぎ)の早(あさ)に才(わず)かに馬匹(ばひつ=馬(うま))・行李(こうり=荷物(にもつ))を收拾(しゅうしゅう=取(と)り纏(まと))め、扇子(せんす)を把(と)って羅刹(らせつ)に還(かえ)し、又(また)道(い)う、 「老孫(ろうそん)若(も)し汝(なんじ)に与(あた)えずんば、人(ひと)の我(われ)を言(げん)にして信(しん)無(な)しと說(い)わんことを恐(おそ)る。汝(なんじ)扇子(せんす)を将(も)って山(やま)に回(かえ)り、再(ふたた)び事(こと)を生(しょう)ずること休(や)めよ。汝(なんじ)の人身(じんしん)を得(え)たるを看(み)て、汝(なんじ)を饒(ゆる)して去(ゆ)かしむるなり!」と。 那(か)の羅刹(らせつ)扇子(せんす)を接(う)け、箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、捏(ひね)りて箇(ひとつ)の杏葉児(きょうようじ=杏(あんず)の葉(は))と做(な)し、口(くち)の裡(うち)に噙(ふく)み、衆聖(しゅうせい)に拝謝(はいしゃ)し、姓(せい)を隠(かく)して修行(しゅぎょう)し、後来(のち)也(また)正果(しょうか)を得(え)、経蔵(きょうぞう)の裡(うち)に万古(ばんこ)に名(な)を流(なが)す。 羅刹(らせつ)、土地(どち)俱(とも)に感激(かんげき)して恩(おん)を謝(しゃ)し、随(したが)って後(うしろ)より相送(あいおく)る。 行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)は、三蔵(さんぞう)を保(たも)って遂(つい)に此(ここ)に前進(ぜんしん)す。真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ身体(しんたい)清涼(せいりょう)にして、足下(そっか)滋潤(じじゅん=潤(うるお))えり。 誠(まこと)に所謂(いわゆる)、 坎離既済(かんりきせい)して真元(しんげん)合(がっ)し、 水火均平(すいかきんぺい)にして大道(だいどう)成(な)る。 畢竟(つい)に幾年(いくとせ)にして才(わず)かに東土(とうど)に回(かえ)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。 第六十二回 垢(あか)を滌(あら)いて心(こころ)を洗(あら)うは惟(ただ)塔(とう)を掃(は)き、魔(ま)を縛(しば)りて正(しょう)に帰(かえ)るは乃(すなわ)ち身(み)を修(おさ)む 十二時中(じゅうにじちゅう=一日中(いちにちじゅう))忘(わす)るるを得(え)ず、 行功(ぎょうこう=修行(しゅぎょう)の功(こう))百刻(ひゃっこく)全(まった)く収(おさ)む。 五年(ごねん)十万八千周(じゅうまんはっせんしゅう)、 神水(しんすい)を涸(か)らしむるを休(や)め教(し)め、 火光(かこう)の愁(うれ)いを縦(ほしいまま)にすること莫(なか)れ。 水火(すいか)調停(ちょうてい)して損(そん)じる処(ところ)無(な)く、 五行(ごぎょう)聯絡(れんらく)して鉤(かぎ)の如(ごと)し。 陰陽(いんよう)和合(わごう)して雲楼(うんろう)に上(のぼ)り、 鸞(らん)に乗(の)って紫府(しふ=仙界(せんかい))に登(のぼ)り、 鶴(つる)に跨(またが)って瀛洲(えいしゅう=仙境(せんきょう))に赴(おもむ)く。 這(こ)の一篇(いっぺん)の詞(し)は、牌名(はいめい=曲名(きょくめい))「臨江仙(りんこうせん)」。単(ひとえ)に唐三蔵(とうさんぞう)の師徒(しと)四衆(ししゅう)の、水火既済(すいかきせい)して、本性(ほんしょう)清涼(せいりょう)にして、純陰(じゅんいん)の宝扇(ほうせん)を借(か)り得(え)、燥火(そうか=乾(かわ)いた火(ひ))を扇(あお)ぎ息(き)えて山(やま)を過(す)ぎ、一日(いちにち)ならずして行(ゆ)きて八百(はっぴゃく)の程(てい)を過(す)ぎしことを道(い)う。師徒達(しとたち)散誕逍遥(さんたんしょうよう=気儘(きまま)に逍遙(しょうよう))し、西(にし)を望(のぞ)んで去(ゆ)く。 正(まさ)に秋末冬初(しゅうまつとうしょ=秋(あき)の終(お)わり冬(ふゆ)の初(はじ)め)の時序(じじょ=時候(じこう))に値(あた)り、些(いささ)か見(み)たり: 野菊(やぎく)の残英(ざんえい=残(のこ)りし花(はな))落(お)ち、 新梅(しんばい=新(あたら)しき梅(うめ))の嫩蕊(どんずい=若(わか)き蕊(しべ))生(しょう)ず。 村村(そんそん)禾稼(かか=穀物(こくもつ))を納(おさ)め、 処処(しょしょ)香羹(こうこう=香(かお)る羹(あつもの))を食(くら)う。 平林(へいりん)木(き)落(お)ちて遠山(えんざん)現(あらわ)れ、 曲澗(きょくかん=曲(まが)りくねる谷(たに))霜(しも)濃(こ)くして幽壑(ゆうがく=深(ふか)い谷(たに))清(きよ)し。 応鍾(おうしょう=陰暦十月(いんれきじゅうがつ))の気(き)、 蟄(ちっ=冬眠(とうみん)の虫(むし))を閉(と)じ営(えい=営(いとな))み、 純陰(じゅんいん)陽(よう)を生(しょう)じ、 月帝(げってい)玄溟(げんめい=玄(げん)の溟(めい))、 水徳(すいとく)盛(さか)んにして、 舜日(しゅんじつ=舜(しゅん)の日(ひ))晴(は)れを憐(あわ)れむ。 地気(ちき)下降(げこう)し、 天気(てんき)上昇(じょうしょう)す。 虹(にじ)は影(かげ)を蔵(かく)して見(み)えず、 池沼(ちしょう=池(いけ)と沼(ぬま))漸(ようや)く氷(こおり)を生(しょう)ず。 懸崖(けんがい=険(けわ)しい崖(がけ))に索(つな)を挂(か)くる藤花(とうか=藤(ふじ)の花(はな))敗(やぶ)れ、 松竹(しょうちく)寒(かん)を凝(こ)らして色(いろ)更(さら)に青(あお)し。 四衆(ししゅう)行(ゆ)き彀(た)ること多時(たじ=久(ひさ)し)く、前(まえ)又(また)城池(じょうち=城(しろ)の近(ちか)づくに遇(あ)う。 唐僧(とうそう)馬(うま)を勒(おさ)えて徒弟(とてい)を叫(よ)びて、 「悟空(ごくう)、汝(なんじ)那(か)の廂(かたわら)の楼閣(ろうかく)の崢嶸(そうこう=そびえ立(た)つ)なるを看(み)よ、是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の去処(ところ)ぞ」と。 行者(ぎょうじゃ)頭(あたま)を抬(もた)げて観(み)るに、乃(すなわ)ち是(こ)れ一座(ひとつ)の城池(じょうち)なり。真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ: 竜蟠(りゅうばん=竜(りゅう)のうずくまる)の形勢(けいせい)、 虎踞(こきょ=虎(とら)のうずくまる)の金城(きんじょう=堅(かた)き城(しろ))。 四垂(しすい=四方(しほう))の華蓋(かがい=天子(てんし)の傘(かさ))近(ちか)く、 百転(ひゃくてん)の紫墟(しきょ=紫(むらさき)の墟(おか))平(たい)らかなり。 玉石(ぎょくせき)の橋欄(きょうらん)に巧獣(こうじゅう=巧(たく)みな獣(けもの))を排(なら)べ、 黄金(おうごん)の台座(だいざ)に賢明(けんめい)を列(つら)ぬ。 真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ神洲(しんしゅう)の都会(とかい)、 天府(てんふ)の瑶京(ようけい=玉(たま)の都(みやこ))。 万里(ばんり)の邦畿(ほうき=国(くに)の都(みやこ)の周辺(しゅうへん))固(かた)く、 千年(せんねん)の帝業(ていぎょう)隆(さか)んなり。 蛮夷(ばんい)拱服(きょうふく=恭(うやうや)しく従(したが))いて君恩(くんおん)遠(とお)く、 海岳(かいがく)朝元(ちょうげん=元(げん)に朝(ちょう)す)して聖会(せいかい)盈(み)つ。 御階(ぎょかい=天子(てんし)の階段(かいだん))清潔(せいけつ)に、 輦路(れんろ=天子(てんし)の通(とお)る道(みち))清寧(せいねい)たり。 酒肆(しゅし=酒屋(さかや))歌声(かせい)闹(にぎ)やかに、 花楼(かろう=遊郭(ゆうかく))喜気(きき)生(しょう)ず。 未央宮(びおうきゅう)の外(そと)長春樹(ちょうしゅんじゅ)、 応(まさ)に朝陽(ちょうよう)の彩鳳(さいほう)の鳴(な)くを許(ゆる)すべし。 行者道(い)う、 「師父(しふ)、那(あ)の座(ざ)の城池(じょうち)は、是(こ)れ一国(いっこく)の帝王(ていおう)の所(ところ)なり」と。 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、 「天下(てんか)の府(ふ)には府城(ふじょう)有(あ)り、県(けん)には県城(けんじょう)有(あ)るに、怎(いか)して就(すなわ)ち是(こ)れ帝王(ていおう)の所(ところ)と見(み)えんや」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)知(し)らずや、帝王(ていおう)の居(きょ)は、府県(ふけん)と自(おの)ずから是(こ)れ同(おな)じからず。汝(なんじ)看他(かれ)の四面(しめん)に十数座(じゅうすうざ)の門(もん)有(あ)り、周囲(しゅうい)百十余里(ひゃくじゅうより)有(あ)り、楼台(ろうだい)高(たか)く聳(そび)え、雲霧(うんむ)繽紛(ひんぷん=賑(にぎ)やか)たるを。帝京邦国(ていけいほうこく)に非(あら)ずんば、何(なん)を以(もっ)てか此(こ)の壮麗(そうれい)有(あ)らんや」と。 沙僧道(い)う、 「哥哥(あに)は眼(め)明(あき)らかにして、帝王(ていおう)の処(ところ)と識(し)り得(え)ると雖(いえど)も、却(かえ)って甚(なん)と喚(よ)ばるる名色(みょうしき=名称(めいしょう))ぞ」と。 行者道(い)う、 「又(また)牌匾(はいへん=看板(かんばん))・旌号(せいごう=旗(はた)の印(しるし))無(な)し、何(なん)を以(もっ)てか之(これ)を知(し)らん。須(すべから)く城中(じょうちゅう)に到(いた)りて詢(たず)ね問(と)い、方(はじ)めて知(し)る可(べ)きなり」と。 長老(ちょうろう)馬(うま)に策(むちう)ち、須臾(しばらく)にして門(もん)に到(いた)る。馬(うま)を下(お)り橋(はし)を過(す)ぎ、門(もん)を進(い)りて観(み)るに、只(た)だ見(み)る、六街三市(ろくがいさんし=町(まち)の大通(おおどお)りと市場(いちば))、貨殖(かしょく=商品(しょうひん))通(つう)じ財(ざい)を為(な)し、又(また)衣冠(いかん=身(み)なり)の隆盛(りゅうせい)なる、人物(じんぶつ)の豪華(ごうか)なるを見(み)る。 正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽(たちま)ち十数箇(じゅうすうこ)の和尚(おしょう)の、一箇箇(めいめい)枷(かせ)を披(き)鎖(くさり)を戴(いただ)き、門(もん)に沿(そ)いて乞化(こつけ=托鉢(たくはつ))し、著実(じゃくじつ=実(じつ)に)藍縷(らんる=ぼろぼろ)不堪(たま)らざるを見(み)る。 三蔵歎(たん)じて曰(いわ)く、 「兔(うさぎ)死(し)して狐(きつね)悲(かな)しみ、物(もの)其(そ)の類(たぐい)を傷(いた)む」と。 叫(よ)んで、 「悟空(ごくう)、汝(なんじ)上前(すす)み出(い)でて他(かれ)に一声(ひとこえ)問(と)え、何(なん)の為(ため)に這(かく)の等(ごと)く罪(つみ)に遭(あ)う」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)に依(よ)り、即(すなわ)ち叫(さけ)んで、 「那(そ)の和尚(おしょう)、汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの寺(てら)の裡(うち)の者(もの)なる。甚(なん)の事(こと)の為(ため)に枷(かせ)を披(き)鎖(くさり)を戴(いただ)く」と。 衆僧(しゅうそう)跪(ひざまず)き倒(たお)れて道(い)う、 「爺爺(じいさま)、我等(われら)は是(こ)れ金光寺(きんこうじ)の屈(くつ)を負(お)える和尚(おしょう)なり」と。 行者道(い)う、 「金光寺(きんこうじ)は何方(いずこ)に坐落(ざいらく=在(あ))る」と。 衆僧道(い)う、 「隅頭(ぐうとう=角(かど))を転(まわ)り過(す)ぎれば就(すなわ)ち是(こ)れ」と。 行者(ぎょうじゃ)他(かれ)を将(も)って唐僧(とうそう)の前(まえ)に帯(つ)れ在(あ)り、問(と)うて道(い)う、 「怎(いか)にして屈(くつ)を負(お)えるか、汝(なんじ)說(い)え、我(われ)聽(き)かん」と。 衆僧道(い)う、 「爺爺(じいさま)、汝等(なんじら)の那(いず)の方(ほう)より来(きた)れるを知(し)らねど、我等(われら)些(いささ)か面善(めんぜん=見覚(みおぼ)え)有(あ)るに似(に)たり。此(こ)の問(とい)は此(ここ)に在(あ)りて奉告(ほうこく)するを敢(あ)えず。請(こう)う、荒山(こうざん=我(わ)が寺(てら))に到(いた)り、具(つぶさ)に苦楚(くそ=苦(くる)しみ)を說(い)わん」と。 長老道(い)う、 「也(また)是(こ)れなり。我等(われら)且(しばら)く他(かれ)が那(あ)の寺(てら)の中(うち)へ到(いた)り、仔細(つまびら)かに縁由(えんゆ=いきさつ)を詢(たず)ねん」と。 同(とも)に山門(さんもん)に至(いた)る。門(もん)の上(うえ)に横(よこ)に七箇(ななつ)の金字(きんじ)を写(うつ)して「勅建護国金光寺(ちょくけんごこくきんこうじ)」と有(あ)り。 師徒達(しとたち)門(もん)を進(い)り得(え)て来(きた)りて観(み)るに、但(た)だ見(み)る那(か)の: 古殿(こでん)香灯(こうとう)冷(つめ)たく、 虚廊(きょろう=空虚(くうきょ)な廊下(ろうか))葉(は)を掃(は)く風(かぜ)。 雲(くも)を凌(しの)ぐ千尺(せんしゃく)の塔(とう)、 性(せい)を養(やしな)う幾株(いくしゅ)の松(まつ)。 満地(まんち)の落花(らっか)客(かく)の過(よぎ)る無(な)く、 檐前(えんぜん)の蛛網(ちゅうもう=蛛(くも)の巣(す))任(まま)に攀(よじのぼ)り籠(こも)る。 鼓(つづみ)を空(むな)しく架(か)け、 鐘(かね)を枉(むだ)に懸(か)く、 絵壁(かいへき=絵(え)の壁(かべ))塵(ちり)多(おお)く彩象(さいぞう=彩色(さいしき)の像(ぞう))朦(もう=ぼんやり)たり。 講座(こうざ)幽然(ゆうぜん)として僧(そう)見(み)えず、 禅堂(ぜんどう)静(しず)かなり矣(かな)、鳥(とり)常(つね)に逢(あ)う。 凄凉(せいりょう=寂(さび)しさ)嘆息(たんそく)に堪(た)え、 寂寞(じゃくまく)苦(くる)しみ窮(きわ)まり無(な)し。 仏前(ぶつぜん)香炉(こうろ)の設(もう)け有(あ)りと雖(いえど)も、 灰(はい)冷(つめ)たく花(はな)残(のこ)って事事(ことごと)空(むな)し。 三蔵(さんぞう)心(こころ)酸(さん=痛(いた))み、止(とど)むるを得(え)ずして眼中(がんちゅう)より涙(なみだ)を出(いだ)す。 衆僧達(しゅうそうたち)枷鎖(かさ)を頂(いただ)き、正殿(せいでん)を将(も)って推(お)し開(ひら)き、長老(ちょうろう)を請(しょう)じて殿(でん)に上(のぼ)り仏(ほとけ)を拝(はい)せしむ。 長老(ちょうろう)殿(でん)に進(い)り、心香(しんこう=心(こころ)の香(こう))を奉(ほう)じ、歯(は)を叩(か)みて三咂(さんさつ=三度(みたび)すす)る。 却(かえ)って後面(こうめん)に転(うつ)り、那(か)の方丈(ほうじょう)の檐柱(えんちゅう=庇(ひさし)の柱(はしら))の上(うえ)に又(また)六七箇(ろくしちこ)の小和尚(こおしょう)の鎖(さ)れ在(あ)るを見(み)、三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ見(み)るに忍(しの)びず。 方丈(ほうじょう)に到(いた)り、衆僧(しゅうそう)俱(とも)に来(きた)りて頭(あたま)を叩(ぬかず)きて問(と)うて道(い)う、 「列位(れっい)の老爺(ろうや)、象貌(ぞうぼう=姿(すがた)・顔(かお)付(つ)き)一(ひと)ならず、是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より来(きた)れるなる可(べ)きや」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、 「這(こ)の和尚(おしょう)何(なん)の未卜先知(みぼくせんち=占(うらな)い先知(さきし)り)の法(ほう)有(あ)るか。我等(われら)正(まさ)に是(こ)れなり。汝(なんじ)怎(いか)にして認(みと)め得(え)し」と。 衆僧道(い)う、 「爺爺(じいさま)、我等(われら)何(なん)の未卜先知(みぼくせんち)の法(ほう)有(あ)らん、只(た)だ痛(いた)く屈苦(くっく=屈(くつ)の苦(くる)しみ)を負(お)い、分(わか)ち明(あき)らかにする処(ところ)無(な)く、日逐家(ひごと)只(た)だ是(こ)れ天(てん)を叫(よ)び地(ち)を叫(よ)ぶのみ。 想(おも)うに是(こ)れ天神(てんしん)を驚(おどろ)かし動(うご)かせしならん。昨日(きのう)夜間(やかん)、各人(めいめい)都(みな)一夢(ひとゆめ)を得(え)、說(い)う、箇(ひとり)の東土大唐(とうどだいとう)より来(きた)れる聖僧(せいそう)有(あ)りて、我等(われら)が性命(いのち)を救(すく)い得(え)、庶(ねが)わくは此(こ)の冤苦(えんく=無実(むじつ)の苦(くる)しみ)伸(の)ぶ可(べ)しと。今日(こんにち)果(はた)して老爺(ろうや)の這(かく)の般(ごと)き異象(いしょう=異(こと)なる姿(すがた))を見(み)る。故(ゆえ)に認(みと)め得(え)たるなり」と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、 「汝等(なんじら)が此(ここ)は是(こ)れ何(いず)れの地方(ちほう)なる。何(なん)の冤屈(えんくつ)有(あ)る」と。 衆僧(しゅうそう)跪(ひざまず)きて告(もう)す、 「爺爺(じいさま)、此(こ)の城(しろ)名(な)を祭賽国(さいさいこく)と喚(よ)び、乃(すなわ)ち西邦(せいほう=西(にし)の国(くに))の大(おお)いなる去処(ところ)なり。当年(とうねん)四夷(しい=四方(しほう)の異民族(いみんぞく))の朝貢(ちょうこう)有(あ)り。南(みなみ)は月陀国(げつだこく)、北(きた)は高昌国(こうしょうこく)、東(ひがし)は西梁国(せいりょうこく)、西(にし)は本鉢国(ほんぱつこく)にして、年年(ねんねん)美玉(びぎょく)明珠(めいしゅ)、嬌妃(きょうひ=美(うつく)しい妃(きさき))駿馬(しゅんめ=駿馬(しゅんめ))を進貢(しんこう)す。我(われ)が此(ここ)は干戈(かんか=武器(ぶき))を動(うごか)さず、征討(せいとう)に去(ゆ)かざるに、他(かれ)が那(あ)の処(ところ)自然(おのずから)拝(はい)して上邦(じょうほう=宗主国(そうしゅこく))と為(な)す」と。 三蔵道(い)う、 「既(すで)に拝(はい)して上邦(じょうほう)と為(な)すならば、想(おも)うに是(こ)れ汝(なんじ)が這(こ)の国王(こくおう)の道(みち)有(あ)りて、文武(ぶんぶ)賢良(けんりょう)なるならん」と。 衆僧道(い)う、 「爺爺(じいさま)、文(ぶん)也(また)賢(けん)ならず、武(ぶ)也(また)良(りょう)ならず、国君(こくくん)也(また)是(こ)れ道(みち)有(あ)るに非(あら)ず。我(われ)が這(こ)の金光寺(きんこうじ)は、自来(もと)宝塔(ほうとう)の上(うえ)に祥雲(しょううん)籠(こも)り罩(おお)い、瑞靄(ずいあい=瑞(めでた)い靄(もや))高(たか)く升(のぼ)り、夜(よる)は霞光(かこう=霞(かすみ)の光(ひかり))を放(はな)つこと万里(ばんり)に人(ひと)の曾(かつ)て見(み)る有(あ)り。昼(ひる)は彩気(さいき=彩(いろ)の気(き))を噴(ふ)くこと四国(しこく)の同(とも)に瞻(み)ざるは無(な)し。此(こ)れを以(もっ)て天府神京(てんふしんけい)と以(おも)い、四夷(しい)朝貢(ちょうこう)す。 只(た)だ是(こ)れ三年(さんねん)の前(まえ)、孟秋(もうしゅう=陰暦七月(いんれきしちがつ))朔日(さくじつ=一日(ついたち))、夜半(やはん)子時(ねのこく)に、一場(ひとしき)りの血雨(けつう=血(ち)の雨(あめ))を下(くだ)せり。天明(てんめい)の時(とき)、家家(いえいえ)害怕(おそれ)て、戸戸(こここ)悲(かなしみ)を生(しょう)ず。 衆公卿(しゅうこうけい)国王(こくおう)に奏上(そうじょう)せしが、天公(てんこう)の甚(なん)の事(こと)の見責(けんせき=咎(とが)め)なるを知(し)らず。当時(そのかみ)道士(どうし)を延請(えんせい=招(まね))きて醮(さい=祭祀(さいし))を打(う)たせ、和尚(おしょう)に経(きょう)を看(み)しめ、天(てん)に答(こた)え地(ち)に謝(しゃ)せしむ。 誰(たれ)か暁(し)らん、我(われ)が這(こ)の寺(てら)の裡(うち)の黄金宝塔(おうごんほうとう)の汚(けが)されしを。這(こ)の両年(りょうねん)外国(がいこく)来(きた)りて朝貢(ちょうこう)せず。 我(われ)が王(おう)征伐(せいばつ)せんと欲(ほっ)するに、衆臣(しゅうしん)諫(いさ)めて道(い)う、我(われ)が寺(てら)の裡(うち)の僧人(そうにん)塔(とう)の上(うえ)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)めり、此(こ)れを以(もっ)て祥雲瑞靄(しょううんずいあい)無(な)く、外国(がいこく)朝(ちょう)せざるなり、と。 昏君(くんくん=暗(くら)い君(きみ))は更(さら)に理(り)を察(さっ)せず、那(か)の些(いささ)かの贓官(ぞうかん=汚職(おしょく)役人(やくにん))、我(われ)が僧衆(そうしゅう)を将(も)って拿(とら)え去(さ)り、千般(せんぱん=あれこれ)拷打(ごうだ=拷問(ごうもん))し、万様(ばんよう=さまざま)追求(ついきゅう=追及(ついきゅう))せり。 当時(そのかみ)此(ここ)に三輩(さんぱい=三世代(さんせだい))の和尚(おしょう)有(あ)りしが、前(さき)の両輩(りょうぱい)は已(すで)に拷打(ごうだ)に過(す)ぎて死(し)ねり。如今(いま)又(また)我(われ)が輩(ともがら)を捉(とら)えて罪(つみ)を問(と)い枷鎖(かさ)す。 老爺(ろうや)上(うえ)に在(ましま)す、我等(われら)怎(なん)ぞ敢(あ)えて心(こころ)を欺(あざむ)きて塔中(とうちゅう)の宝(たから)を盗(ぬす)まんや! 万(よろず)望(のぞ)むらくは爺爺(じいさま)憐(あわれ)み念(おも)い、方(もの)は類(たぐい)を以(もっ)て聚(あつ)まり、物(もの)は群(むれ)を以(もっ)て分(わか)る、大慈大悲(だいじだいひ)を捨(す)てて広(ひろ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、我等(われら)が性命(いのち)を拯救(すく)い給(たま)え!」と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、頭(こうべ)を点(うなず)かして歎(たん)じて道(い)う、 「這(こ)の椿(たね)の事(こと)暗昧(あんまい=暗(くら)く)明(あき)らかにし難(がた)し。一則(ひとつ)は是(こ)れ朝廷(ちょうてい)の政(まつりごと)を失(うしな)い、二来(ふたつ)は是(こ)れ汝等(なんじら)の災(わざわい)有(あ)るなり。既(すで)に然(しか)らば天(てん)血雨(けつう)を降(くだ)して宝塔(ほうとう)を汚(けが)せり、那(そ)の時節(じせつ)何(なん)ぞ本(ほん)を啓(ひら)き君(きみ)に奏(そう)して、苦(くるしみ)を受(う)くるを致(いた)さざりし」と。 衆僧道(い)う、 「爺爺(じいさま)、我等(われら)凡人(ぼんじん)、怎(いか)でか天意(てんい)を知(し)らん。況(いわ)んや前輩(ぜんぱい)俱(とも)に未(いま)だ辨(わきま)え得(え)ざるに、我等(われら)如何(いか)に之(これ)を処(しょ)せんや」と。 三蔵道(い)う、 「悟空(ごくう)、今日(こんにち)甚(なん)の時分(じぶん)なる」と。 行者道(い)う、 「申時(さるのこく)前後(ぜんご)有(あ)り」と。 三蔵道(い)う、 「我(われ)君(きみ)に面(まみ)えて関文(かんぶん=通行証(つうこうしょう))を倒換(とうかん=書(か)き換(か))えんと欲(ほっ)すれど、奈何(いかん)せん、這(こ)の衆僧(しゅうそう)の事(こと)、明白(めいはく)を得(え)ざれば、君(きみ)に対(たい)して言(げん)を奏(そう)し難(がた)し。我(われ)当時(そのかみ)長安(ちょうあん)を離(はな)れ、法門寺(ほうもんじ)の裡(うち)に在(あ)りて願(がん)を立(た)てたり。上(のぼ)りて西方(せいほう)に逢(あ)うては廟(びょう)に逢(あ)えば香(こう)を焼(た)き、寺(てら)に遇(あ)えば仏(ほとけ)を拝(はい)し、塔(とう)を見(み)れば塔(とう)を掃(は)かん、と。 今日(こんにち)此(ここ)に至(いた)り、屈(くつ)を受(う)くる僧人(そうにん)の有(あ)るに遇(あ)うは、乃(すなわ)ち宝塔(ほうとう)の累(るい=厄介(やっかい))に因(よ)る。汝(なんじ)我(われ)が為(ため)に一柄(ひとえ)の新(あたら)しき笤帚(ほうき)を弁(ととの)えよ。我(われ)の沐浴(もくよく)するを待(ま)ちて、上(のぼ)り去(ゆ)きて掃(は)い掃(は)わん。即(すなわ)ち這(こ)の汚穢(おわい=汚(けが)れ)の事(こと)の何如(いかん)、光(ひかり)を放(はな)たざる故(ゆえ)の何如(いかん)を看(み)、端的(たんてき=真相(しんそう))を訪(たず)ね著(あ)てて、方(はじ)めて好(よ)く君(きみ)に面(まみ)えて言(げん)を奏(そう)し、他等(かれら)が這(こ)の苦難(くなん)を解救(かいきゅう)するなり」と。 此(こ)の些(これら)の枷鎖(かさ)の和尚(おしょう)聽(き)き說(おわ)り、連(つる)れて厨房(ちゅうぼう)に往(ゆ)きて把(ひとえ)の厨刀(ちゅうとう=包丁(ほうちょう))を取(と)り、八戒(はっかい)に遞(わた)して道(い)う、 「爺爺(じいさま)、汝(なんじ)此(こ)の刀(かたな)を将(も)って那(か)の柱(はしら)の上(うえ)に鎖(さ)され在(あ)る小和尚(こおしょう)の鉄鎖(てっさ=鉄(てつ)の鎖(くさり))を打(う)ち開(ひら)き、他(かれ)を去(ゆ)かしめて斎飯(さいはん=精進料理(しょうじんりょうり))・香湯(こうとう=香(かお)る湯(ゆ))を安排(あんばい=用意(ようい))し、老爺(ろうや)の進斎(しんさい=食事(しょくじ))・沐浴(もくよく)を伏侍(ぶじ=お世話(せわ))せしめよ。我等(われら)且(しばら)く街(まち)に上(のぼ)りて把(ひとえ)の新(あたら)しき笤帚(ほうき)を化(こじ=求(もと))め来(きた)りて、老爺(ろうや)に与(あた)えて塔(とう)を掃(は)かしめん」と。 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、 「鎖(くさり)を開(ひら)くに何(なん)の難(かた)き有(あ)らんや。刀斧(とうふ=刀(かたな)と斧(おの))を用(もち)いず、我(われ)が那(あ)の一位(ひとり)の毛臉(もうれん=毛(け)の顔(かお))の老爺(ろうや)をして教(さしむ)けよ、他(かれ)は是(こ)れ鎖(くさり)を開(ひら)くの積年(せきねん=古参(こさん))なり」と。 行者(ぎょうじゃ)真(まこと)に近(ちか)づき前(すす)み、箇(ひとつ)の解鎖法(かいさほう=錠(じょう)を外(はず)す術(じゅつ))を施(ほどこ)し、手(て)を将(も)って一抹(ひとぬぐ)いすれば、幾把(いくつ)の鎖(くさり)も俱(とも)に退(しりぞ)き落(お)つ。 那(か)の小和尚(こおしょう)達(たち)俱(とも)に厨中(ちゅうちゅう)に跑(はし)り到(いた)り、鍋竈(かそう=釜(かま)と竈(かまど))を浄(きよ)め刷(みが)き、茶飯(さはん=茶(ちゃ)と飯(めし))を安排(あんばい)す。 三蔵(さんぞう)の師徒達(しとたち)斎(とき=斎食(さいしょく))を喰(く)い、漸(ようや)く天(てん)昏(く)るるに、只(た)だ見(み)る、那(か)の枷鎖(かさ)の和尚(おしょう)の、両把(ふたつ)の笤帚(ほうき)を拿(と)って進(い)り来(きた)るを。三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ喜(よろこ)ぶ。 正(まさ)に說(い)う処(ところ)、一箇(ひとり)の小和尚(こおしょう)灯(あかり)を点(つ)け、来(きた)りて洗澡(せんそう=入浴(にゅうよく))を請(しょう)ず。 此(こ)の時(とき)満天(まんてん)の星月光輝(せいげつこうき=星(ほし)と月(つき)の光(ひかり))、譙楼(しょうろう=物見櫓(ものみやぐら))の上(うえ)更鼓(こうこ=夜(よる)の刻(こく)を告(つ)げる太鼓(たいこ))斉(ひと)しく発(はっ)す。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の: 四壁(しへき)寒風(かんぷう)起(おこ)り、 万家(ばんか)灯火(とうか)明(あき)らかなり。 六街(ろくがい)戸牖(こゆう=窓(まど))を関(とざ)し、 三市(さんし)門庭(もんてい)を閉(と)ず。 釣艇(ちょうてい=釣(つ)り舟(ぶね))深樹(しんじゅ)に帰(かえ)り、 耕犁(こうり=鋤(すき))短縄(たんじょう)を罷(や)む。 樵夫(しょうふ=木樵(きこり))柯斧(かふ=斧(おの))を歇(やす)め、 学子(がくし)書(しょ)を誦(しょう)ずる声(こえ)。 三蔵(さんぞう)沐浴(もくよく)し畢(おわ)り、小袖(こそで)の褊衫(へんさん=袖(そで)の狭(せま)い法衣(ほうえ))を穿(き)、環絛(かんじょう=環(わ)の帯(おび))を束(たば)ね、足下(そっか)に一足(ひとそく)の軟公鞋(なんこうがい=柔(やわ)らかい靴(くつ))に換(か)え、手(て)の裡(うち)に一把(ひとえ)の新(あたら)しき笤帚(ほうき)を拿(と)り、衆僧(しゅうそう)に向(むか)って道(い)う、 「汝等(なんじら)安寝(あんしん=安(やす)らかに眠(ねむ))れ、我(われ)の塔(とう)を掃(は)き去(ゆ)き来(きた)るを待(ま)て」と。 行者道(い)う、 「塔(とう)の上(うえ)は既(すで)に血雨(けつう)の汚(けが)す所(ところ)と為(な)り、又(また)況(いわ)んや日久(ひさ)しくして光(ひかり)無(な)ければ、悪物(あくぶつ=悪(あ)しき者(もの))を生(しょう)ずるを恐(おそ)る。一則(ひとつ)には夜静(やせい=夜(よる)の静(しず)けさ)にして風寒(ふうかん=風(かぜ)の冷(つめ)たさ)有(あ)り、又(また)箇(ひとり)の伴侶(はんりょ)無(な)ければ、自(みずか)ら去(ゆ)けば差池(さち=過(あやま)ち)有(あ)らんことを恐(おそ)る。老孫(ろうそん)汝(なんじ)と同(とも)に上(のぼ)らんは如何(いかん)」と。 三蔵道(い)う、 「甚(はなは)だ好(よ)し! 甚(はなは)だ好(よ)し!」と。 両人(ふたり)各(おのおの)一把(ひとえ)を把(と)り、先(ま)ず大殿(だいでん)の上(うえ)に到(いた)り、琉璃灯(るりとう=瑠璃(るり)の灯(あかり))を点(つ)け起(おこ)し、香(こう)を焼(た)き、仏前(ぶつぜん)に拝(はい)して道(い)う、 「弟子(でし)陳玄奘(ちんげんじょう)、東土大唐(とうどだいとう)の差(つかい)を奉(ほう)じ霊山(りょうざん)に往(ゆ)き我(わ)が仏如来(ほとけにょらい)に参見(さんけん)して経(きょう)を取(と)らんとす。今(いま)祭賽国(さいさいこく)金光寺(きんこうじ)に至(いた)り、本僧(ほんそう)の宝塔(ほうとう)の汚(けが)され、国王(こくおう)の僧(そう)の宝(たから)を盗(ぬす)みしを疑(うたが)い、冤(えん)を銜(ふく)みて罪(つみ)を取(と)り、上下(じょうげ)明(あき)らかにし難(がた)きと言(い)うに遇(あ)う。弟子(でし)誠(まこと)を竭(つ)くして塔(とう)を掃(は)く。望(のぞ)むらくは我(わ)が仏(ほとけ)の威霊(いれい)、早(はや)く塔(とう)を汚(けが)せるの原因(げんいん)を示(しめ)し、凡夫(ぼんぷ)の冤屈(えんくつ)を致(いた)すこと莫(なか)れ」と。 祝(いの)り罷(おわ)り、行者(ぎょうじゃ)と塔門(とうもん)を開(ひら)き、下層(かそう)より上(うえ)を望(のぞ)みて而(しか)して掃(は)く。 只(た)だ見(み)る、這(こ)の塔(とう)は、真(まこと)に是(こ)れ崢嶸(そうこう)として漢(かん=天の川(あまのがわ))に倚(よ)り、突兀(とつこつ=高(たか)く聳(そび)え)として空(くう)を凌(しの)ぐ。 正(まさ)に五色琉璃塔(ごしきるりとう)、 千金舎利峰(せんきんしゃりほう)と喚(よ)ばる。 梯(てい=階段(かいだん))転(めぐ)ること窟(くつ=穴(あな))を穿(うが)つが如(ごと)く、 門(もん)開(ひら)くこと籠(かご)を出(い)づるに似(に)たり。 宝瓶(ほうへい)影(かげ)天辺(てんぺん)の月(つき)を射(い)て、 金鐸(きんたく=金(きん)の鈴(すず))声(こえ)海上(かいじょう)の風(かぜ)を伝(つた)う。 但(た)だ見(み)る那(か)の虚檐拱斗(きょえんきょうと=庇(ひさし)と斗栱(ときょう))、絶頂(ぜっちょう)に雲(くも)を留(とど)む。 虚檐拱斗(きょえんきょうと)は、作(つく)り成(な)せる巧石(こうせき)の花(はな)を穿(うが)つ鳳(ほう)、 絶頂留雲(ぜっちょうりゅううん)は、造(つく)り就(な)せる浮屠(ふと=仏塔(ぶっとう))の霧(きり)を繞(めぐ)る竜(りゅう)。 遠(とお)く眺(なが)めれば千里(せんり)の外(そと)を観(み)る可(べ)く、 高(たか)く登(のぼ)れば九霄(きゅうしょう=天(てん)の高(たか)き処(ところ))の中(うち)に在(あ)るに似(に)たり。 層層(そうそう)の門(もん)の上(うえ)の琉璃灯(るりとう)は、塵(ちり)有(あ)りて火(ひ)無(な)く、 步步(ほほ)の檐前(えんぜん)の白玉欄(はくぎょくらん)は、垢(あか)積(つも)りて虫(むし)飛(と)ぶ。 塔心(とうしん)の裡(うち)、仏座(ぶつざ)の上(うえ)、香烟(こうえん)尽(ことごと)く絶(た)え、 窓櫺(そうれい=窓(まど)の桟(さん))の外(そと)、神(かみ)の面前(めんぜん)、蛛網(ちゅうもう)牽(ひ)き蒙(おお)う。 炉(ろ)の裡(うち)に鼠糞(そふん=鼠(ねずみ)の糞(ふん))多(おお)く、 盞(さん=灯皿(ひさら))の内(うち)に油熔(ゆよう=溶(と)けた油(あぶら))少(すくな)し。 只(た)だ中間(ちゅうかん)の宝(たから)を暗(あん=ひそか)に失(うしな)えるに因(よ)りて、 僧人(そうにん)を苦(くる)しめ殺(ころ)して命(いのち)落空(らくくう=空(むな)し)くす。 三蔵(さんぞう)心(こころ)を発(おこ)して塔(とう)を将(も)って掃(は)かんとし、 管(きっと)旧時(きゅうじ=昔(むかし))の容(かたち)を重(かさ)ねて見(み)るを教(し)めん。 唐僧(とうそう)帚子(ほうき)を将(も)って一層(ひとつ)を掃(は)き、又(また)一層(ひとつ)に上(のぼ)る。此(か)くの如(ごと)く掃(は)きて第七層(だいななそう)の上(うえ)に至(いた)るに、却(かえ)って早(はや)く二更(にこう=二(ふた)つ目(め)の刻(こく))の時分(じぶん)なり。 那(か)の長老(ちょうろう)漸(ようや)く困倦(こんけん=疲(つか)れと眠気(ねむけ))を覚(おぼ)ゆ。行者道(い)う、 「困(ねむ)きならば、汝(なんじ)且(しばら)く坐(ざ)し在(あ)れ、老孫(ろうそん)の汝(なんじ)に替(かわ)りて掃(は)くを等(ま)て」と。 三蔵道(い)う、 「這(こ)の塔(とう)は是(こ)れ多少(いく)つの層数(そうすう)なる」と。 行者道(い)う、 「怕(おそ)らくは十三層(じゅうさんそう)有(あ)らざらんや」と。 長老(ちょうろう)労倦(ろうけん=疲労(ひろう))を耽(たのし)みて道(い)う、 「是(かなら)ず掃(は)き了(おわ)りて、方(はじ)めて本願(ほんがん=元(もと)の願(がん))に趁(かな)わん」と。 又(また)三層(さんそう)掃(は)き、腰(こし)酸(さん=だる)く腿(あし)痛(いた)み、就(すなわ)ち十層(じっそう)の上(うえ)に在(あ)りて坐(ざ)し倒(たお)れて道(い)う、 「悟空(ごくう)、汝(なんじ)我(われ)に替(かわ)りて那(か)の三層(さんそう)を把(と)って掃(は)き浄(きよ)めて下(お)り来(きた)れ」と。 行者(ぎょうじゃ)精神(せいしん)を抖擻(しんぼう)し、第十一層(だいじゅういっそう)に登(のぼ)り、霎時(しばらく)にして又(また)第十二層(だいじゅうにそう)に上(のぼ)る。 正(まさ)に掃(は)く処(ところ)、只(た)だ塔頂(とうちょう)の上(うえ)に人(ひと)の言語(げんご=話(はな)す声(こえ))有(あ)るを聽(き)く。 行者道(い)う、 「怪(あや)しき哉(かな)! 怪(あや)しき哉(かな)! 這(こ)の早晚(ころ)三更(さんこう=三(みっ)つ目(め)の刻(こく))の時分(じぶん)なるに、怎(いか)して人(ひと)の這(こ)の頂(いただき)の上(うえ)に在(あ)りて言語(げんご)するを得(え)し。断(たぶん)乎(か)是(こ)れ邪物(じゃぶつ=邪(よこしま)な者(もの))ならん! 且(しばら)く看(み)て去(ゆ)かん」と。 好(よ)き猴王(こうおう)、軽軽(けいけい)と笤帚(ほうき)を挟(わきばさ)み、衣服(いふく)を撒(まく)り起(おこ)し、前門(ぜんもん)より潜(もぐ)り出(い)で、雲頭(うんとう)を踏(ふ)んで観(み)るに、只(た)だ見(み)る、第十三層(だいじゅうさんそう)の塔心(とうしん)の裡(うち)に二箇(ふたり)の妖精(ようせい)の坐(ざ)し在(あ)りて、面前(めんぜん)に一盤(ひとさら)の下飯(げはん=おかず)、一隻(ひとつ)の碗(わん)、一把(ひとつ)の壺(つぼ)を放(お)き、那(か)の処(ところ)に在(あ)りて拳(けん)を猜(あて)り酒(さけ)を喰(の)み居(お)るなり。 行者(ぎょうじゃ)箇(ひとつ)の神通(じんつう)を施(ほどこ)し、笤帚(ほうき)を捨(す)て、金箍棒(きんこぼう)を掣(と)り出(いだ)し、塔門(とうもん)を攔(さえぎ)り住(とど)めて喝(かつ)して道(い)う、 「好(よ)き怪物(かいぶつ)! 塔(とう)の上前(うえ)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)みしは原来(もと)是(こ)れ汝(なんじ)なり!」と。 両箇(ふたり)の怪物(かいぶつ)慌(あわ)て、急(いそ)ぎ身(み)を起(おこ)し、壺(つぼ)を拿(と)り碗(わん)を拿(と)って乱(みだ)りに掼(なげつ)けらんとすれど、行者(ぎょうじゃ)に鉄棒(てつぼう)を横(よこ)たえて攔(さえぎ)り住(とど)められ道(い)う、 「我(われ)若(も)し汝(なんじ)を打(う)ち殺(ころ)さば、人(ひと)の供状(きょうじょう=自白(じはく))する無(な)からん」と。 只(た)だ棒(ぼう)を把(と)って逼(せま)り将(ゆ)く。那(か)の怪(かい)壁(かべ)に貼(は)り付(つ)き、掙(もが)き動(うご)くことを得(え)んと想(おも)うこと莫(なか)れ、口(くち)の裡(うち)只(た)だ「命(いのち)を饒(ゆる)せ、命(いのち)を饒(ゆる)せ! 我(われ)が事(こと)に干(かかわ)らず! 自(おの)ずから宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)めるの那(か)の処(ところ)に在(あ)る有(あ)り」と叫(さけ)ぶのみ。 行者(ぎょうじゃ)箇(ひとつ)の拿法(だほう=捕(とら)える術(じゅつ))を施(ほどこ)し、一只(かたて)の手(て)で抓(つか)み将(も)って過(よぎ)り来(きた)り、径(ただ)ちに第十層(だいじっそう)の塔中(とうちゅう)に拿(とら)え下(おろ)す。報(ほう)じて道(い)う、 「師父(しふ)、宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)めるの賊(ぞく)を拿(とら)え住(とど)めたり!」と。 三蔵(さんぞう)正(まさ)に自(おの)ずから盹睡(とんすい=うたた寝(ね))し居(お)りしが、忽(たちま)ち此(こ)の言(げん)を聞(き)き、又(また)驚(おどろ)き又(また)喜(よろこ)んで道(い)う、 「是(こ)れ何処(いずこ)より拿(とら)え来(きた)れる」と。 行者(ぎょうじゃ)怪物(かいぶつ)を把(と)って前(まえ)に揪(ひっつか)み到(いた)らせ跪(ひざまず)かしめ道(い)う、 「他(かれ)は塔頂(とうちょう)の上(うえ)に在(あ)りて拳(けん)を猜(あて)り酒(さけ)を喰(の)み耍子(あそ)び居(お)りしを、是(こ)れ老孫(ろうそん)喧嘩(けんか)の声(こえ)を聽(き)き得(え)、一(ひと)たび雲(くも)を縦(はな)ち、頂(いただき)の上(うえ)に跳(と)び到(いた)りて攔(さえぎ)り住(とど)め、未(いま)だ力(ちから)を著(つ)けず。但(た)だ一棒(いっぽう)に打(う)ち殺(ころ)しては、人(ひと)の供状(きょうじょう)する無(な)からんことを恐(おそ)る。故此(このゆえ)軽軽(かるがる)と捉(とら)え来(きた)れるなり。師父(しふ)他(かれ)が箇(ひとつ)の口詞(こうし=供述(きょうじゅつ))を取(と)り、他(かれ)の是(こ)れ何処(いずこ)の妖精(ようせい)なる、偷(ぬす)める宝貝(ほうばい)の何処(いずこ)に在(あ)るかを看(み)給(たま)え」と。 那(か)の怪物(かいぶつ)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)とし、口(くち)に「命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と叫(さけ)び、遂(つい)に実(じつ)に従(したが)って供(きょう)して道(い)う、 「我(われ)二箇(ふたり)は是(こ)れ乱石山(らんせきざん)碧波潭(へきはたん)の万聖竜王(ばんせいりゅうおう)の差(つか)わして来(きた)りて塔(とう)を巡(めぐ)らしむるなり。他(かれ)を奔波児灞(ほんぱじは)と喚(よ)び做(な)し、我(われ)を灞波児奔(ははじほん)と喚(よ)び做(な)す。他(かれ)は是(こ)れ鮎魚怪(ねんぎょかい=鯰(なまず)の怪(かい))、我(われ)は是(こ)れ黒魚精(こくぎょせい=黒魚(くろうお)の精(せい))なり。 我(われ)が万聖老竜(ばんせいろうりゅう)一箇(ひとり)の女児(むすめ)を生(う)み、就(すなわ)ち万聖公主(ばんせいこうしゅ)と喚(よ)び做(な)す。那(か)の公主(こうしゅ)は花容月貌(かようげつぼう=花(はな)の容(かたち)月(つき)の貌(かお))にして、二十分(にじゅっぷん)の人才(じんさい)有(あ)り、一箇(ひとり)の駙馬(ふば=娘婿(むすめむこ))を招(まね)き得(え)、九頭駙馬(きゅうとうふば)と喚(よ)び做(な)し、神通(じんつう)広大(こうだい)なり。 前年(ぜんねん)竜王(りゅうおう)と此(ここ)に来(きた)り、大(おお)いなる法力(ほうりき)を顕(あらわ)し、一陣(ひとむれ)の血雨(けつう)を下(くだ)し、宝塔(ほうとう)を汚(けが)し、塔中(とうちゅう)の舎利子(しゃりし)の仏宝(ぶっぽう)を偷(ぬす)めり。公主(こうしゅ)又(また)大羅天(だいらてん)の上(うえ)霊霄殿(れいしょうでん)の前(まえ)に去(ゆ)き、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の九葉霊芝草(きゅうようれいしそう)を偷(ぬす)み、那(か)の潭(ふち)の底(そこ)に養(やしな)い在(あ)るが、金光霞彩(きんこうかさい=金(きん)の光(ひかり)と霞(かすみ)の彩(いろ))、昼夜(ちゅうや)光明(こうみょう)なり。 近日(ちかごろ)聞(き)くならく、箇(ひとり)の孫悟空(そんごくう)の西天(せいほう)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)く有(あ)り、他(かれ)神通(じんつう)広大(こうだい)にして、路(みち)に沿(そ)いて専(もっぱ)ら人(ひと)の不是(ふぜ=過(あやま)ち)を尋(たず)ぬと說(い)う。此(こ)れを以(もっ)て此(こ)の些(これら)の時(とき)常(つね)に我等(われら)を差(つか)わし此(ここ)に来(きた)りて巡攔(じゅんらん=見張(みは)り)し、若(も)し還(ま)た那(か)の孫悟空(そんごくう)の到(いた)る時(とき)有(あ)らば、好(よ)く準備(じゅんび)せんとすなり」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、嘻嘻(きき)と冷笑(れいしょう=冷(ひ)ややかに笑(わら))って道(い)う、 「那(か)の孽畜(げっちく=畜生(ちくしょう))等(ら)の這(かく)の等(ごと)く無礼(ぶれい)なりとは。怪(あや)しむらくは前日(せんじつ)牛魔王(ぎゅうまおう)を請(しょう)じて那(か)の処(ところ)に在(あ)りて会(え)に赴(おもむ)かしめしが、原来(もと)他(かれ)は這(こ)の一群(ひとむれ)の潑魔(はつま=悪(わる)ぢえの魔(ま))と交(まじ)わりを結(むす)び、専(もっぱ)ら良(よ)からざる事(こと)を幹(な)すなり!」と。 說(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、八戒(はっかい)と両三箇(にさんこ)の小和尚(こおしょう)の、塔下(とうか)より両箇(ふたつ)の灯篭(とうろう)を提(さ)げて、走(はし)り上(のぼ)り来(きた)りて道(い)う、 「師父(しふ)、塔(とう)を掃(は)きて去(ゆ)きて睡(ねむ)らず、此(ここ)に在(あ)りて甚(なん)を講(こう=話(はな))じ居(お)る」と。 行者道(い)う、 「師弟(してい)、汝(なんじ)の来(きた)れるは正(まさ)に好(よ)し。塔(とう)の上前(うえ)の宝貝(ほうばい)は、乃(すなわ)ち万聖老竜(ばんせいろうりゅう)の偷(ぬす)み去(さ)れるなり。今(いま)此(こ)の二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)をして塔(とう)を巡(めぐ)らしめ、我等(われら)の来(きた)れる消息(しょうそく)を探(さぐ)り聽(き)かしめ居(お)りしを、却(かえ)って才(わず)かに我(われ)が拿(とら)え住(とど)めたるなり」と。 八戒道(い)う、 「何(なん)と喚(よ)ばるる名字(みょうじ=名(な))なる、甚(なん)の妖精(ようせい)なる」と。 行者道(い)う、 「才(わず)かに然(しか)じて口詞(こうし)を供(きょう)せり。一箇(ひとり)を奔波児灞(ほんぱじは)と喚(よ)び做(な)し、一箇(ひとり)を灞波児奔(ははじほん)と喚(よ)び做(な)す。一箇(ひとり)は是(こ)れ鮎魚怪(ねんぎょかい)、一箇(ひとり)は是(こ)れ黒魚精(こくぎょせい)なり」と。 八戒(はっかい)鈀(は)を掣(と)りて就(すなわ)ち打(う)たんとし、道(い)う、 「既(すで)に是(こ)れ妖精(ようせい)ならば、口詞(こうし)を取(と)り了(おわ)りて、打(う)ち殺(ころ)さずして何(なに)をか待(ま)たん」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)知(し)らずや、且(しばら)く活(い)けるを留(とど)め、好(よ)く皇帝(こうてい)に見(まみ)えて話(はなし)を講(こう)じ、又(また)好(よ)く鑿眼(さくがん=手掛(てがか)り)と做(な)して賊(ぞく)を尋(たず)ね宝(たから)を追(お)わん」と。 好(よ)き呆子(ほうし)、真(まこと)に鈀(は)を収(おさ)め、一家(ひとり)に一箇(ひとり)、都(みな)抓(つか)んで塔(とう)を下(お)り来(きた)る。 那(か)の怪(かい)只(た)だ「命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と叫(さけ)ぶ。 八戒道(い)う、 「正(まさ)に汝(なんじ)が鮎魚(ねんぎょ=鯰(なまず))・黒魚(こくぎょ)を要(よう)して些(いささ)かの鮮湯(せんとう=新鮮(しんせん)な汁(しる))を做(つく)り、那(か)の冤屈(えんくつ)を負(お)える和尚(おしょう)に与(あた)えて喰(く)わしめんとす」と。 両三箇(にさんこ)の小和尚(こおしょう)喜喜歡歓(ききかんかん)として、灯篭(とうろう)を提(さ)げて長老(ちょうろう)を引(みちび)いて塔(とう)を下(お)る。 一箇(ひとり)先(さき)に跑(はし)りて衆僧(しゅうそう)に報(ほう)じて道(い)う、 「好(よ)し了(ぬ)! 好(よ)し了(ぬ)! 我等(われら)青天(せいてん=青(あお)い空(そら))を見(み)るを得(え)たり! 宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)める妖怪(ようかい)は、已(すで)に是(こ)れ爺爺達(じいさまたち)の捉(とら)え将(も)ち来(きた)れるなり!」と。 行者(ぎょうじゃ)教(さしず)して、 「鉄索(てっさく=鉄(てつ)の鎖(くさり))を拿(も)ち来(きた)れ、琵琶骨(びわこつ=鎖骨(さこつ))を穿(とお)し、此(ここ)に鎖(さ)し在(あ)れ。汝等(なんじら)看守(かんしゅ)せよ、我等(われら)睡(ねむ)りに去(ゆ)きて、明日(みょうにち)又(また)理会(りかい=取(と)り計(はから))いを做(な)さん」と。 那(か)の些(これら)の和尚(おしょう)都(みな)緊緊(きんきん)と之(これ)を守(まも)り、三蔵達(さんぞうたち)をして安寝(あんしん)せしむ。 覚(おぼ)えずして天(てん)暁(あけ)る。長老道(い)う、 「我(われ)悟空(ごくう)と入朝(にゅうちょう)し、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し去(ゆ)き来(きた)らん」と。 長老即(すなわ)ち錦襴袈裟(きんらんけさ)を穿(き)、毗盧帽(びるぼう)を戴(いただ)き、威儀(いぎ)を整(ととの)え束(たば)ね、歩(あゆみ)を運(はこ)びて前進(ぜんしん)す。行者(ぎょうじゃ)也(また)虎皮裙(こひくん)を一束(ひとしば)り束(たば)ね、綿布直裰(めんぷじきとつ=木綿(もめん)の法衣(ほうえ))を一整(ひとととの)えし、関文(かんぶん)を取(と)りて同(とも)に去(ゆ)く。 八戒道(い)う、 「怎(いか)して這(こ)の両箇(ふたり)の妖賊(ようぞく)を帯(つ)れざる」と。 行者道(い)う、 「我等(われら)の奏(そう)し過(す)ぐるを待(ま)て、自(おの)ずから駕帖(がじょう=勅命(ちょくめい))有(あ)りて人(ひと)をして他(かれ)を提(ひ)き来(きた)らしめん」と。 遂(つい)に朝門(ちょうもん)の外(そと)に行(ゆ)き至(いた)る。看(み)れども尽(つ)きざるは那(か)の朱雀黄竜(しゅじゃくこうりゅう)、清都絳闕(せいとこうけつ=都(みやこ)の宮殿(きゅうでん))なり。 三蔵(さんぞう)東華門(とうかもん)に到(いた)り、閣門大使(かくもんたいし)に向(むか)って礼(れい)を做(な)して道(い)う、 「大人(たいじん)の転奏(てんそう=取(と)り次(つ)ぎ)を煩(わずら)わさん。貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より西天(せいほう)に経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされし者(もの)なり、意(こころ)君(きみ)に面(まみ)え、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)す」と。 那(か)の黄門官(こうもんかん)果(はた)して之(これ)と通報(つうほう)し、階前(かいぜん)に至(いた)りて奏(そう)して道(い)う、 「外面(がいめん)に二箇(ふたり)の異容異服(いよういふく=異(こと)なる姿(すがた)と服(ふく))の僧人(そうにん)有(あ)り、称(とな)えて言(い)う、南贍部洲(なんせんぶしゅう)東土唐朝(とうどとうちょう)より西方(せいほう)に差(つか)わされ仏(ほとけ)を拝(はい)して経(きょう)を求(もと)めんとし、我(わ)が王(おう)に朝(ちょう)し関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)すと」と。 国王(こくおう)言(げん)を聞(き)き、旨(むね)を伝(つた)えて宣(せん=召(め)す)を教(し)む。 長老即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を引(みちび)いて入朝(にゅうちょう)す。文武百官(ぶんぶひゃっかん)、行者(ぎょうじゃ)を見(み)て、驚(おどろ)き怕(おそ)れざるは無(な)く、或(あるい)は是(こ)れ猴和尚(こうおしょう=猿(さる)の僧(そう))と說(い)い、或(あるい)は是(こ)れ雷公嘴和尚(らいこうしおしょう)と說(い)い、箇箇(めいめい)悚然(しょうぜん)として、敢(あ)えて久(ひさ)しく視(み)ず。 長老(ちょうろう)階前(かいぜん)に在(あ)りて舞蹈(ぶとう=舞(ま)い蹈(ふ))み山呼(さんこ=万歳(ばんぜい)を唱(とな))うるの行(ぎょう)の拝(はい)をなす。大聖(たいせい)は手(て)を叉(く)み、斜(なな)めに旁(かたわら)に立(た)ち、公然(こうぜん)として動(うご)かず。 長老(ちょうろう)啓奏(けいそう)して道(い)う、 「臣僧(しんそう)は乃(すなわ)ち南贍部洲(なんせんぶしゅう)東土大唐国(とうどだいとうこく)より差(つか)わされ来(きた)り、西方(せいほう)天竺国(てんじくこく)大雷音寺(だいらいおんじ)の仏(ほとけ)を拝(はい)し真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)る者(もの)なり。路(みち)宝方(ほうぼう=貴国(きこく))を経(へ)て、敢(あ)えて擅(ほしいまま)に過(す)ぎず、随身(ずいしん)の関文(かんぶん)有(あ)り、験(けん)を倒(か)えて方(はじ)めて行(ゆ)かんことを乞(こ)う」と。 那(か)の国王(こくおう)言(げん)を聞(き)きて大(おお)いに喜(よろこ)ぶ。旨(むね)を伝(つた)えて唐朝聖僧(とうちょうせいそう)を金鑾殿(きんらんでん)に上(のぼ)らしめ、繍墩(しゅうとん=刺繍(ししゅう)の褥(しとね))を安(やす)んじて坐(ざ)を賜(たま)うを教(し)む。 長老(ちょうろう)独(ひと)り殿(でん)に上(のぼ)り、先(ま)ず関文(かんぶん)を将(も)って捧(ささ)げ上(あ)ぐるを、然(しか)る後(のち)恩(おん)を謝(しゃ)して敢(あ)えて坐(ざ)す。 那(か)の国王(こくおう)関文(かんぶん)を将(も)って一遍(ひととおり)看(み)て、心中(しんちゅう)喜悦(きえつ)して道(い)う、 「汝(なんじ)が大唐王(だいとうおう)の疾(やまい)有(あ)るに似(に)たるも、能(よ)く高僧(こうそう)を選(えら)み、路途(ろと)の遥遠(ようえん)なるを避(さ)けず、我(わ)が仏(ほとけ)を拝(はい)して経(きょう)を取(と)らしむるは。寡人(かじん)が此(ここ)の和尚(おしょう)は、専心(せんしん)只(た)だ是(こ)れ賊(ぬすびと)を做(な)し、国(くに)を敗(やぶ)り君(きみ)を傾(かたむ)くのみ!」と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、掌(て)を合(がっ)して道(い)う、 「怎(いか)でか国(くに)を敗(やぶ)り君(きみ)を傾(かたむ)くと見(み)えんや」と。 国王道(い)う、 「寡人(かじん)が這(こ)の国(くに)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ西域(せいいき)の上邦(じょうほう)なり。常(つね)に四夷(しい)の朝貢(ちょうこう)有(あ)るは、皆(みな)国内(こくない)に箇(ひとつ)の金光寺(きんこうじ)有(あ)り、寺内(じない)に一座(ひとつ)の黄金宝塔(おうごんほうとう)有(あ)り、塔(とう)の上(うえ)に光彩(こうさい)の天(てん)を衝(つ)く有(あ)るに因(よ)る。近(ちか)ごろ本寺(ほんじ)の賊僧(ぞくそう)に其(そ)の中(うち)の宝(たから)を暗(あん=ひそか)に窃(ぬす)まれ、三年(さんねん)光彩(こうさい)有(あ)ること無(な)く、外国(がいこく)も這(こ)の二年(にねん)也(また)来(きた)りて朝(ちょう)せず。寡人(かじん)心(こころ)に之(これ)を痛(いた)み恨(うら)めり」と。 三蔵(さんぞう)掌(て)を合(がっ)し笑(わら)って道(い)う、 「万歳(ばんぜい)、毫厘(ごうり)を差(たが)えば、千里(せんり)を失(うしな)う、とは。 貧僧(ひんそう)昨晚(さくばん)天府(てんふ=貴(き)らの都(みやこ))に到(いた)り、一(ひと)たび城門(じょうもん)を進(い)れば、就(すなわ)ち十数箇(じゅうすうこ)の枷紐(かちゅう=枷(かせ)と紐(ひも))の僧(そう)を見(み)たり。何(なん)の罪(つみ)なるを問(と)い及(およ)ぼせば、他(かれ)道(い)う、是(こ)れ金光寺(きんこうじ)の冤屈(えんくつ)を負(お)える者(もの)なりと。寺(てら)に到(いた)りて細(こま)かに審(つまびらか)にするに、更(さら)に本寺(ほんじ)の僧人(そうにん)の事(こと)に干(かかわ)らず。貧僧(ひんそう)夜(よる)に入(い)りて塔(とう)を掃(は)き、已(すで)に那(か)の宝(たから)を偷(ぬす)める妖賊(ようぞく)を獲(え)たり」と。 国王大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、 「妖賊(ようぞく)は安(いず)こに在(あ)る」と。 三蔵道(い)う、 「現(げん)に小徒(しょうと)に鎖(さ)されて金光寺(きんこうじ)の裡(うち)に在(あ)り」と。 那(か)の国王(こくおう)急(いそ)ぎ金牌(きんぱい)を降(くだ)し、 「錦衣衛(きんいえい)に金光寺(きんこうじ)に快(はや)く到(いた)り妖賊(ようぞく)を取(と)り来(きた)らしめ、寡人(かじん)親(みずか)ら審(つまびらか)にせん」と。 三蔵(さんぞう)又(また)奏(そう)して道(い)う、 「万歳(ばんぜい)、錦衣衛(きんいえい)有(あ)ると雖(いえど)も、還(ま)た小徒(しょうと)の去(ゆ)くを得(え)て方(はじ)めて可(よ)し」と。 国王道(い)う、 「高徒(こうと)は何処(いずこ)に在(あ)る」と。 三蔵(さんぞう)手(て)を将(も)って指(さ)して道(い)う、 「那(か)の玉階(ぎょくかい=玉(たま)の階(きざはし))の旁(かたわら)に立(た)つ者(もの)は便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。 国王(こくおう)見(み)て、大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、 「聖僧(せいそう)此(かく)の如(ごと)き豊姿(ほうし=立派(りっぱ)な姿(すがた))なるに、高徒(こうと)は怎(いか)して這(かく)の等(ごと)き象貌(ぞうぼう)なる」と。 孫大聖(そんたいせい)聽(き)きて、声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、 「陛下(へいか)、人(ひと)は貌(かたち)に由(よ)って相(そう)ず可(べ)からず、海水(かいすい)は斗(ます)を以(もっ)て量(はか)る可(べ)からず。若(も)し豊姿(ほうし)を愛(あい)する者のみならば、如何(いか)でか妖賊(ようぞく)を捉(とら)え得(え)んや」と。 国王(こくおう)言(げん)を聞(き)き、驚(おどろ)きを回(めぐ)らして喜(よろこび)と作(な)して道(い)う、 「聖僧(せいそう)の說(い)えるは是(ぜ)なり。朕(ちん)が此(ここ)は人材(じんざい)を選(えら)ばず、只(た)だ賊(ぞく)を獲(え)宝(たから)を得(え)て塔(とう)に帰(かえ)すを上(じょう)と為(な)すのみ」と。 再(ふたた)び当駕官(とうがかん)をして車蓋(しゃがい=車(くるま)の傘(かさ))を看(み)しめ、錦衣衛(きんいえい)に好(よ)く生(よく)聖僧(せいそう)を伏侍(ぶじ)して妖賊(ようぞく)を取(と)りに去(ゆ)かしむ。 那(か)の当駕官(とうがかん)即(すなわ)ち大轎(だいきょう=大(おお)きな駕籠(かご))一乗(いちじょう)、黄傘(おうさん=黄色(きいろ)い傘(かさ))一柄(ひとえ)を備(そな)え、錦衣衛(きんいえい)校尉(こうい=近衛(このえ))を点(てん)じ起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)を将(も)って八(や)つに抬(かつ)ぎ八(や)つに綽(つる)べ、大(おお)いに四声(よんせい)路(みち)を喝(かつ)し、径(ただ)ちに金光寺(きんこうじ)に至(いた)る。 此(これ)より満城(まんじょう)の百姓(ひゃくせい)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、聖僧(せいそう)及(および)那(か)の妖賊(ようぞく)を看(み)ざる処(ところ)無(な)く人(ひと)無(な)し。 八戒(はっかい)、沙僧(さそう)は喝道(かつどう=道(みち)を開(ひら)く声(こえ))を聽(き)き、只(た)だ是(こ)れ国王(こくおう)の差官(さかん=遣(つか)わしの官(かん))と說(い)い、急(いそ)ぎ出(い)でて迎(むか)うに、原来(もと)是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の轎(きょう=駕籠(かご))の上(うえ)に坐(ざ)し居(お)るなり。 呆子(ほうし)面(めん)と向(むか)って笑(わら)って道(い)う、 「哥哥(あに)、汝(なんじ)本身(ほんしん=本物(ほんもの)の身分(みぶん))を得(え)たり」と。 行者(ぎょうじゃ)轎(きょう)を下(お)り、八戒(はっかい)を攙(たす)けて道(い)う、 「我(われ)怎(いか)して本身(ほんしん)を得(え)し」と。 八戒道(い)う、 「汝(なんじ)黄傘(おうさん)を打(さ)し、八人(はちにん)の轎(きょう)に抬(かつ)がれ居(お)るは、却(かえ)って是(こ)れ猴王(こうおう)の職分(しょくぶん)ならずや。故(ゆえ)に汝(なんじ)の本身(ほんしん)を得(え)たりと說(い)う」と。 行者道(い)う、 「且(しばら)く取笑(しゅしょう=冗談(じょうだん))すること莫(なか)れ」と。 遂(つい)に二箇(ふたり)の妖物(ようぶつ)を解(と)き下(おろ)し、押(お)して国王(こくおう)に見(まみ)ゆ。 沙僧道(い)う、 「哥哥(あに)、也(また)小弟(しょうてい)を帯挈(たいけつ=引(ひ)き連(つ)れ)て帯挈(たいけつ)よ」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)只(た)だ此(ここ)に在(あ)りて行李(こうり)・馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ)せよ」と。 那(か)の枷鎖(かさ)の僧(そう)道(い)う、 「爺爺達(じいさまたち)は都(みな)去(ゆ)きて皇恩(こうおん=王(おう)の恩(おん))を承(う)くる、我等(われら)の此(ここ)に在(あ)りて看守(かんしゅ)するを等(ま)て」と。 行者道(い)う、 「既(すで)に此(か)くの如(ごと)しなれば、我(われ)の去(ゆ)きて国王(こくおう)に奏(そう)し過(す)ぐるを等(ま)て、却(かえ)って来(きた)りて汝(なんじ)を放(はな)たん」と。 八戒(はっかい)一箇(ひとり)の妖賊(ようぞく)を揪(ひっつか)み、沙僧(さそう)一箇(ひとり)の妖賊(ようぞく)を揪(ひっつか)み、孫大聖(そんたいせい)は依(よ)りて旧(もと)の如(ごと)く轎(きょう)に坐(ざ)し、頭搭(とうとう=先払(さきばら)い)を擺(なら)べ開(ひら)き、二箇(ふたり)の妖怪(ようかい)を押(お)し当朝(とうちょう)に赴(おもむ)く。 須臾(しばらく)にして白玉階(はくぎょくかい)に至(いた)り、国王(こくおう)に向(むか)って道(い)う、 「那(か)の妖賊(ようぞく)は已(すで)に取(と)り来(きた)れり」と。 国王(こくおう)遂(つい)に龍床(りゅうしょう=王(おう)の寝台(しんだい))を降(くだ)り、唐僧(とうそう)及(および)文武(ぶんぶ)の多官(たかん)と同(とも)に之(これ)を目視(み)る。 那(か)の怪(かい)の一箇(ひとり)は是(こ)れ暴腮烏甲(ぼうさいうこう=むくれた腮(あご)と黒(くろ)い甲(こう))、尖嘴利牙(せんしりが=尖(とが)った嘴(くちばし)と鋭(するど)い牙(きば))、一箇(ひとり)は是(こ)れ滑皮大肚(かっぴだいと=つるつるの皮(かわ)と大(おお)きな腹(はら))、巨口長鬚(きょこうちょうしゅ=大(おお)きな口(くち)と長(なが)い髭(ひげ))、然(しか)りと雖(いえど)も是(こ)れ足(あし)有(あ)りて行(ゆ)くことを得(う)るも、大抵(おおかた)是(こ)れ変(へん)じ成(な)れる人(ひと)の象(かたち)なり。 国王(こくおう)問(と)うて曰(いわ)く、 「汝(なんじ)は是(こ)れ何方(いずこ)の賊怪(ぞくかい)、那(いず)れの処(ところ)の妖精(ようせい)なる。幾年(いくとせ)か吾(わ)が国土(こくど)を侵(おか)し、何年(なんねん)か我(わ)が宝貝(ほうばい)を盗(ぬす)みし。一盤(ひとくち)に共(とも)に多少(いくばく)の賊徒(ぞくと)有(あ)りて、都(みな)何(なん)と喚(よ)ばるる名字(みょうじ)なる。実(じつ)に従(したが)って一一(いちいち)供(きょう)し来(きた)れ!」と。 二怪(にかい)上(うえ)に向(むか)って跪(ひざまず)き、頸(くび)の内(うち)血(ち)淋淋(りんりん=したたる)たれど、更(さら)に疼痛(とうつう=痛(いた)み)を知(し)らず、供(きょう)して道(い)う、 「三載(さんさい)の外(ほか)、七月(しちがつ)初一日(ついたち)、箇(ひとり)の万聖竜王(ばんせいりゅうおう)有(あ)りて、許多(あまた)の親戚(しんせき)を帥(ひき)い領(い)れ、住居(じゅうきょ)するは本国(ほんごく)の東南(とうなん)に在(あ)り、此(ここ)を離(はな)るること路(みち)百十(ひゃくじゅう)有(あ)り、潭(ふち)を碧波(へきは)と号(ごう)し、山(やま)を乱石(らんせき)と名(な)づく。 女(むすめ)を生(う)みて多嬌(たきょう=甚(はなは)だ艶(あだ))に、妖嬈美色(ようじょうびしょく=妖(あや)しく艶(なま)めかしい美(び)の色(いろ))、一箇(ひとり)の九頭駙馬(きゅうとうふば)を招贅(しょうせい=婿(むこ)に迎(むか))し、神通(じんつう)無敵(むてき)なり。 他(かれ)汝(なんじ)が塔(とう)の上前(うえ)の珍奇(ちんき=珍(めず)らしき奇(き))なるを知(し)り、竜王(りゅうおう)と合盤(ごうばん=ぐる)に為(な)りて賊(ぞく)を做(な)し、先(ま)ず血雨(けつう)一場(ひとしき)りを下(くだ)し、後(のち)に舎利(しゃり)を把(と)って偷(ぬす)み訖(おわ)んぬ。 見今(いま)龍宮(りゅうぐう)を照(て)らし耀(かがや)かし、縦(たと)い黑夜(こくや=暗(くら)い夜(よる))と雖(いえど)も白日(はくじつ)の如(ごと)く明(あき)らかなり。 公主(こうしゅ)能(のう)を施(ほどこ)し、寂寂密密(じゃくじゃくみつみつ=ひそやかに)と、又(また)王母(おうぼ)の霊芝(れいし)を偷(ぬす)み、潭中(たんちゅう)に在(あ)りて宝物(ほうもつ)を温養(おんよう=温(ぬく)め養(やしな))う。 我(われ)二箇(ふたり)は是(こ)れ賊頭(ぞくとう=盗賊(とうぞく)の頭(かしら))に非(あら)ず、乃(すなわ)ち竜王(りゅうおう)の差(つか)わして来(きた)れる小卒(しょうそつ=下(した)っぱの兵(へい))なり。今夜(こんや)擒(とら)えられ、供(きょう)する所(ところ)は実(じつ)なり」と。 国王道(い)う、 「既(すで)に供(きょう)を取(と)り了(おわ)りながら、如何(いか)して自家(じか=自分(じぶん))の名字(みょうじ)を供(きょう)せざる」と。 那(か)の怪道(い)う、 「我(われ)を奔波児灞(ほんぱじは)と喚(よ)び做(な)し、他(かれ)を灞波児奔(ははじほん)と喚(よ)び做(な)す。奔波児灞(ほんぱじは)は是(こ)れ箇(ひとつ)の鮎魚怪(ねんぎょかい)、灞波児奔(ははじほん)は是(こ)れ箇(ひとつ)の黒魚精(こくぎょせい)なり」と。 国王(こくおう)錦衣衛(きんいえい)に好(よ)く生(よく)収監(しゅうかん=牢(ろう)に収(おさ))めしめ、旨(むね)を伝(つた)えて、 「金光寺(きんこうじ)の衆僧(しゅうそう)の枷鎖(かさ)を赦(ゆる)し、快(はや)く光禄寺(こうろくじ)をして宴(うたげ)を排(なら)べ、就(すなわ)ち麒麟殿(きりんでん)の上(うえ)に於(お)いて聖僧(せいそう)の賊(ぞく)を獲(え)し功(こう)を謝(しゃ)し、議(はか)りて聖僧(せいそう)に賊首(ぞくしゅ)を捕擒(ほきん)するを請(こ)わん」と。 光禄寺(こうろくじ)即時(そくじ)に葷素(くんそ=肉(にく)と精進(しょうじん))両様(りょうよう)の筵席(えんせき)を備(そな)う。国王(こくおう)唐僧(とうそう)四衆(ししゅう)を請(しょう)じて麒麟殿(きりんでん)に上(のぼ)り叙坐(じょざ=席(せき)に着(つ))し、問(と)うて道(い)う、 「聖僧(せいそう)の尊号(そんごう)は」と。 唐僧(とうそう)掌(て)を合(がっ)して道(い)う、 「貧僧(ひんそう)俗家(ぞくか=俗(ぞく)の家(いえ))の姓(せい)は陳(ちん)、法名(ほうみょう)を玄奘(げんじょう)と申(もう)す。君(きみ)の姓(せい)を賜(たま)わるを蒙(こうむ)りて唐(とう)と為(な)し、賤号(せんごう=拙(つたな)い号(ごう))を三蔵(さんぞう)と」と。 国王(こくおう)又(また)問(と)う、 「聖僧(せいそう)の高徒(こうと)は何(なん)の号(ごう)なる」と。 三蔵道(い)う、 「小徒(しょうと)は俱(とも)に号(ごう)無(な)し。第一箇(だいいっこ)の名(な)を孫悟空(そんごくう)、第二箇(だいにこ)の名(な)を猪悟能(ちょごのう)、第三箇(だいさんこ)の名(な)を沙悟浄(さごじょう)と。此(こ)れは乃(すなわ)ち南海観世音菩薩(なんかいかんぜおんぼさつ)の起(つ)け給(たま)える名字(みょうじ)なり。貧僧(ひんそう)を拝(はい)して師(し)と為(な)せるに因(よ)り、貧僧(ひんそう)又(また)悟空(ごくう)を将(も)って行者(ぎょうじゃ)と喚(よ)び、悟能(ごのう)を八戒(はっかい)と喚(よ)び、悟浄(ごじょう)を和尚(おしょう)と喚(よ)ぶ」と。 国王(こくおう)聽(き)き畢(おわ)り、三蔵(さんぞう)を請(しょう)じて上席(じょうせき)に坐(ざ)し、孫行者(そんぎょうじゃ)を側首(そくしゅ=脇(わき))の左席(させき)に坐(ざ)し、猪八戒(ちょはっかい)・沙和尚(さおしょう)を側首(そくしゅ)の右席(うせき)に坐(ざ)し、倶(とも)に是(こ)れ素果(そか=精進(しょうじん)の果物(くだもの))、素菜(そさい)、素茶(そさ)、素飯(そはん)なり。前面(ぜんめん)の一席(いっせき)の葷(くん=肉(にく))のには、国王(こくおう)坐(ざ)し、下首(かしゅ=下座(げざ))に百十席(ひゃくじゅうせき)の葷(くん)の有(あ)りて、文武(ぶんぶ)の多官(たかん)坐(ざ)す。 衆臣(しゅうしん)君恩(くんおん)を謝(しゃ)し、徒(と=弟子(でし))は師(し)に罪(つみ)を告(つ)げ、坐(ざ)し定(さだ)まる。 国王(こくおう)盞(さかずき)を把(と)れば、三蔵(さんぞう)敢(あ)えて酒(さけ)を飲(の)まず、他(かれ)三箇(みたり)は各(おのおの)安席酒(あんせきしゅ=席(せき)を安(やす)んずる酒(さけ))を受(う)く。 下辺(したべ)に只(た)だ管弦(かんげん=管楽器(かんがっき)と弦楽器(げんがっき))の斉(ひと)しく奏(そう)するを聽(き)くは、乃(すなわ)ち是(こ)れ教坊司(きょうぼうし=宮中(きゅうちゅう)の楽所(がくしょ))の楽(がく)を動(うごか)すなり。 汝(なんじ)看(み)よ、八戒(はっかい)の食嗓(しょくそう=食(しょく)の喉(のど))を放(はな)ち開(ひら)き、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ虎咽狼呑(こえんろうどん=虎(とら)の咽(のど)・狼(おおかみ)の呑(の)み)、一席(いっせき)の果菜(かさい=果物(くだもの)と菜(さい))の類(たぐい)を将(も)って喰(く)い得(え)て罄尽(けいじん=残(のこ)らず)す。 少頃(しばらく)の間(あいだ)に、添(そ)え換(か)うる湯飯(とうはん=汁(しる)と飯(めし))又(また)来(きた)り、又(また)喰(く)い得(え)て一毫(いちごう=少(すこ)し)も剰(あま)さず。巡酒(じゅんしゅ=酌(しゃく)を廻(めぐ)らす)の来(きた)るに、又(また)杯杯(はいばい)に辞(じ)せず。 這(こ)の場(ば)の筵席(えんせき)、直(ただ)に楽(たの)しんで午後(ごご)に到(いた)りて方(はじ)めて散(さん)ず。 三蔵(さんぞう)盛宴(せいえん)を謝(しゃ)するに、国王(こくおう)又(また)留(とど)めて道(い)う、 「這(こ)の一席(いっせき)は聊(いささ)か聖僧(せいそう)の怪(かい)を獲(え)し功(こう)を表(あらわ)す」と。 光禄寺(こうろくじ)に教(さしず)して、 「快(はや)く席(せき)を建章宮(けんしょうきゅう)の裡(うち)に翻(うつ)し到(いた)し、再(ふたた)び聖僧(せいそう)を請(しょう)じて賊首(ぞくしゅ)を定(さだ)め捕(とら)え、宝(たから)を取(と)り塔(とう)に帰(かえ)すの計(けい)を議(はか)らん」と。 三蔵道(い)う、 「既(すで)に賊(ぞく)を捕(とら)え宝(たから)を取(と)らんと要(よう)せば、再(ふたた)び宴(うたげ)する労(ろう)を要(よう)せず。貧僧等(ひんそうら)は此(ここ)に就(つ)きて王(おう)に辞(じ)し、就(すなわ)ち妖怪(ようかい)を擒捉(きんそく)し去(ゆ)かん」と。 国王(こくおう)肯(うべな)わず、一定(きっと)建章宮(けんしょうきゅう)に請(しょう)じ到(いた)り、又(また)一席(いっせき)を喰(く)う。 国王(こくおう)酒(さけ)を挙(あ)げて道(い)う、 「那(いず)れの位(くらい)の聖僧(せいそう)か衆(しゅう)を帥(ひき)いて出師(すいし=出陣(しゅつじん))し、妖(よう)を降(くだ)し賊(ぞく)を捕(とら)えん」と。 三蔵道(い)う、 「大徒弟(だいとしてい)の孫悟空(そんごくう)をして去(ゆ)かしめん」と。 大聖(たいせい)手(て)を拱(きょう=拱(こまぬ))いて応(おう)じ承(うけたまわ)る。 国王道(い)う、 「孫長老(そんちょうろう)既(すで)に去(ゆ)かば、多少(いくばく)の人馬(じんば)を用(もち)い、幾時(いつ)か出城(しゅつじょう)せん」と。 八戒(はっかい)忍(しの)び得(え)ず高声(こうせい)に叫(さけ)んで道(い)う、 「何処(いずこ)に甚(なん)の人馬(じんば)を用(もち)いん! 又(また)何処(いずこ)に甚(なん)の時辰(じしん)を管(かん)せん! 如今(いま)の酒(さけ)に酔(よ)い飯(めし)に飽(あ)くるに趁(じゅん)じ、我(われ)師兄(しけい)と共(とも)に去(ゆ)き、手(て)到(いた)れば擒(とら)え来(きた)らん!」と。 三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(い)う、 「八戒(はっかい)の此(こ)の一向(このごろ)勤緊(きんきん=精(せい)を出(だ)す)なるかな!」と。 行者道(い)う、 「既(すで)に此(か)くの如(ごと)しなれば、沙僧(さそう)の弟(おとうと)をして師父(しふ)を保護(ほご)せしめ、我(われ)二箇(ふたり)去(ゆ)き来(きた)らん」と。 那(か)の国王道(い)う、 「二位(ふたり)の長老(ちょうろう)既(すで)に人馬(じんば)を用(もち)いずんば、兵器(へいき)を用(もち)うる可(べ)きや」と。 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、 「汝(なんじ)が家(いえ)の兵器(へいき)は、我等(われら)用(もち)うるを得(え)ず。我(われ)が弟兄(ていけい=兄弟(きょうだい))自(おの)ずから随身(ずいしん)の器械(きかい=武具(ぶぐ))有(あ)り」と。 国王(こくおう)說(い)うを聞(き)き、即(すなわ)ち大觥(だいこう=大(おお)きな杯(さかずき))を取(と)り来(きた)り、二位(ふたり)の長老(ちょうろう)に与(あた)えて送行(そうこう=見送(みおく)り)す。 孫大聖道(い)う、 「酒(さけ)は喰(の)まざる。只(た)だ錦衣衛(きんいえい)をして二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を拿(と)り来(きた)らしめ、我等(われら)他(かれ)を帯(つ)れ去(ゆ)きて鑿眼(さくがん=手掛(てがか)り)と做(な)さん」と。 国王(こくおう)旨(むね)を伝(つた)え、即時(そくじ)に提(ひ)き出(いだ)す。 二人(ふたり)二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を挟(わきばさ)み、風頭(ふうとう=風(かぜ)の先(さき))に駕(が)し、箇(ひとつ)の摂法(せっぽう=人(ひと)を連(つ)れ去(さ)る術(じゅつ))を施(ほどこ)し、径(ただ)ちに東南(とうなん)に上(のぼ)りて去(ゆ)く。 噫(ああ)! 他那(かれ)の: 君臣(くんしん)一見(いっけん)して風霧(ふうむ=風(かぜ)と霧(きり))に騰(のぼ)り、 才(はじ)めて師徒(しと)の是(こ)れ聖僧(せいそう)なるを識(し)る。 畢竟(つい)に此(こ)の去(ゆ)きて如何(いか)に擒獲(きんかく=捕(と)らえ獲(え))るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。 第六十三回 二僧(にそう)、怪(かい)を蕩(はら)いて龍宮(りゅうぐう)を鬧(さわ)がし 群聖(ぐんせい)、邪(じゃ)を除(のぞ)きて宝貝(ほうばい)を獲(う) 却(かえ)って說(い)う、祭賽国(さいさいこく)の国王(こくおう)と大小(だいしょう)の公卿(こうけい)は、孫大聖(そんたいせい)と八戒(はっかい)の雲(くも)に駕(が)し霧(きり)に乗(の)り、二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を提(さ)げ、飄然(ひょうぜん=ひらりと)として去(ゆ)くを見(み)、一箇箇(めいめい)天(てん)に向(む)かって礼拝(らいはい)して道(い)う、 「話(はなし)虚(うそ)を伝(つた)えず! 今日(こんにち)方(はじ)めて此(こ)の輩(やから)の神仙(しんせん)・活仏(かつぶつ)有(あ)るを知(し)れり!」と。 又(また)他(かれ)の遠(とお)く去(ゆ)きて踪(あと)無(な)きを見(み)、却(かえ)って三蔵(さんぞう)、沙僧(さそう)に拝謝(はいしゃ)して道(い)う、 「寡人(かじん)肉眼凡胎(にくがんぼんたい=並(なみ)の眼(め)と身(み))、只(た)だ高徒(こうと)の力量(りきりょう)有(あ)りて、妖賊(ようぞく)を拿(とら)え住(とど)むるのみと知(し)りしに、豈(あ)に知(し)らんや、乃(すなわ)ち雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)に駕(が)するの上仙(じょうせん)ならんとは」と。 三蔵道(い)う、 「貧僧(ひんそう)些(いささか)の法力(ほうりき)無(な)く、一路(いちろ)上(じょう)多(おお)くは這(こ)の三箇(みたり)の小徒(しょうと)に頼(よ)る」と。 沙僧道(い)う、 「陛下(へいか)に説(つ)げて瞞(あざむ)かず、我(われ)が大師兄(だいしけい)は乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)の皈依(きえ)せしなり。 他(かれ)曾(かつ)て天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)を使(つか)いて、十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)も、一箇(ひとり)の対手(あいて)無(な)く、只(た)だ太上老君(たいじょうろうくん)をして害怕(おそ)れしめ、玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)をして心(こころ)驚(おどろ)かしめたり。 我(われ)が二師兄(にしけい)は乃(すなわ)ち天蓬元帥(てんぽうげんすい)の果正(かしょう=正果(しょうか)を得(え))せしなり。他(かれ)也(また)曾(かつ)て天河(てんが=天(あま)の川(かわ))の八万(はちまん)の水兵(すいへい)大衆(だいしゅう)を掌管(しょうかん=取(と)り仕切(しき))れり。 惟(ただ)我(われ)が弟子(でし)のみ法力(ほうりき)無(な)く、乃(すなわ)ち巻簾大将(けんれんたいしょう)の戒(かい)を受(う)けしなり。 愚(ぐ)なる弟兄(ていけい)若干(そこばく)の別事(べつじ=他(ほか)の事(こと))には無能(むのう)なれど、若(も)し妖(よう)を擒(とら)え怪(かい)を縛(しば)り、賊(ぞく)を拿(とら)え亡(ぼう=逃亡者(とうぼうしゃ))を捕(とら)え、虎(とら)を伏(ふく)し竜(りゅう)を降(くだ)し、天(てん)を踢(け)り井(いど)を弄(もてあそ)び、以(もっ)て海(うみ)を攪(か)き江(かわ)を翻(ひるがえ)すの類(たぐい)を說(い)わば、略(ほぼ)一二(いちに)を通(つう)ず。 這(こ)の雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)に駕(が)し、雨(あめ)を喚(よ)び風(かぜ)を呼(よ)び、那(か)の斗(ます)を換(か)え星(ほし)を移(うつ)し、山(やま)を担(にな)い月(つき)を赶(お)うが与(ごと)きは、特(とく)に余事(よじ=おまけ)のみ、何(なん)ぞ道(い)うに足(た)らんや!」と。 国王(こくおう)說(い)うを聞(き)き、愈(いよい)よ十分(じゅうぶん)に敬(けい)を加(くわ)え、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて上座(じょうざ)に坐(ざ)し、口(くち)に口(くち)に称(とな)えて老仏(ろうぶつ)と為(な)し、沙僧(さそう)等(ら)を将(も)って皆(みな)菩薩(ぼさつ)と称(とな)う。満朝(まんちょう)の文武(ぶんぶ)欣然(きんぜん)として、一国(いっこく)の黎民(れいみん=民(たみ))頂礼(ちょうらい)することは題(あげつら)わず。 却(かえ)って說(い)う、孫大聖(そんたいせい)と八戒(はっかい)は狂風(きょうふう)に駕(が)し、二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を把(と)って乱石山(らんせきざん)碧波潭(へきはたん)に摂(つれ)し到(いた)り、雲頭(うんとう)を住(とど)め定(さだ)め、金箍棒(きんこぼう)を将(も)って一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、叫(さけ)んで「変(へん)じよ!」と。 一把(ひとふり)の戒刀(かいとう=戒(かい)の刀(かたな))に変(へん)じ、一箇(ひとり)の黒魚怪(こくぎょかい)の耳(みみ)を割(き)り、鮎魚精(ねんぎょせい)の下唇(したくちびる)を割(き)り、水(みず)の裡(うち)に撇(す)て、喝(かつ)して道(い)う、 「快(はや)く早(はや)く那(か)の万聖龍王(ばんせいりゅうおう)の許(もと)に去(ゆ)きて報(ほう)じ知(し)らせよ、說(い)え、我(われ)斉天大聖(せいてんたいせい)孫爺爺(そんじいさま)此(ここ)に在(あ)りと。他(かれ)をして即(すなわ)ち祭賽国(さいさいこく)金光寺(きんこうじ)の塔(とう)の上前(うえ)の宝貝(ほうばい)を送(おく)り出(いだ)さしめ、他(かれ)が一家(いっか)の性命(いのち)を免(まぬか)れしめよ! 若(も)し迸(こぼ)すに半箇(はんこ)の不字(ふじ=否(いな)の字(じ))もあらば、我(われ)は這(こ)の潭(ふち)の水(みず)を将(も)って攪(か)き浄(きよ)め、他(かれ)が一門(いちもん)の老幼(ろうよう=老(お)いも若(わか)きも)をして誅(ちゅう=誅戮(ちゅうりく))に遭(あ)わしめん!」と。 那(か)の二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)、命(いのち)を得(え)、痛(いたみ)を負(お)うて生(いき)を逃(のが)れ、鎖索(ささく=鎖(くさり)と縄(なわ))を拖(ひ)き、水(みず)の内(うち)に淬(ひ)たり入(い)る。 唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の些(これら)の黿鼉(げんだ=大(おお)きな鼈(すっぽん)と鰐(わに))、亀鱉(きべつ=亀(かめ)と鼈(すっぽん))、蝦蟹(かかい=蝦(えび)と蟹(かに))、魚精(ぎょせい)をして、都(みな)来(きた)りて囲(かこ)み住(とど)めて問(と)うて道(い)わしむ、 「汝(なんじ)二箇(ふたり)何(なん)の為(ため)に縄(なわ)を拖(ひ)き索(くさり)を帯(お)びる」と。 一箇(ひとり)は耳(みみ)を掩(おお)い、頭(あたま)を揺(ゆ)り尾(お)を擺(ふ)り、一箇(ひとり)は嘴(くち)を捂(おお)い、脚(あし)を跌(ふ)み胸(むね)を捶(う)つ。都(みな)嚷嚷鬧鬧(じょうじょうどうどう=わいわいがやがや)と、径(ただ)ちに龍王(りゅうおう)の宮殿(きゅうでん)に上(のぼ)りて報(ほう)じて、 「大王(だいおう)、禍事(かじ=災(わざわい))なるかな!」と。 那(か)の万聖龍王(ばんせいりゅうおう)正(まさ)に九頭駙馬(きゅうとうふば)と飲酒(いんしゅ)し居(お)りしが、忽(たちま)ち他(かれ)二箇(ふたり)の来(きた)るを見(み)、即(すなわ)ち杯(さかずき)を停(とど)めて何(なん)の禍事(かじ)なるを問(と)う。 那(か)の二箇(ふたり)即(すなわ)ち告(もう)して道(い)う、 「昨夜(さくや)巡攔(じゅんらん)し居(お)りしに、唐僧(とうそう)・孫行者(そんぎょうじゃ)に塔(とう)を掃(は)かるるに捉獲(そくかく)され、鉄索(てっさく)を以(もっ)って拴(つな)ぎ鎖(さ)されたり。今朝(けさ)国王(こくおう)に見(まみ)えしに、又(また)那(か)の行者(ぎょうじゃ)と猪八戒(ちょはっかい)に我(われ)二箇(ふたり)を抓(つか)まれ、一箇(ひとり)は耳(みみ)を割(き)られ、一箇(ひとり)は唇(くちびる)を割(き)られ、水(みず)の中(うち)に抛(ほう)られ、我(われ)をして来(きた)りて報(ほう)ぜしめ、那(か)の塔頂(とうちょう)の宝貝(ほうばい)を索(もと)めんと要(よう)す」と。 遂(つい)に前後(ぜんご)の事(こと)を将(も)って、細(こま)かに一遍(ひととおり)說(い)う。 那(か)の老竜(ろうりゅう)は是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)斉天大聖(せいてんたいせい)と聽(き)き說(おわ)り、魂(たましい)の体(からだ)に附(つ)かず、魄(たましい)九霄(きゅうしょう=天(てん)の高(たか)き処(ところ))に散(さん)ずるまで唬(おどろ)き、戦兢兢(せんせんきょうきょう)として駙馬(ふば)に向(むか)って道(い)う、 「賢婿(けんせい=賢(かしこ)き婿(むこ))や、別箇(ほか)の者(もの)の来(きた)るならば還(ま)た好(よ)く計較(けいこう=工面(くめん))すれど、若(も)し果(はた)して是(こ)れ他(かれ)ならば、却(かえ)って善(よ)からざるなり!」と。 駙馬(ふば)笑(わら)って道(い)う、 「太岳(たいがく=妻(つま)の父(ちち))心(こころ)を放(はな)て。愚婿(ぐせい=拙(つたな)き婿(むこ))自(みずか)ら幼(おさな)きより些(いささか)の武芸(ぶげい)を学(まな)び、四海(しかい=天下(てんか))の内(うち)に、也(また)曾(かつ)て幾箇(いくたり)かの豪傑(ごうけつ)に会(あ)えり。他(かれ)を怕(おそ)れて甚(なん)をか做(な)さん! 我(われ)の出(い)で去(ゆ)きて他(かれ)と三合(さんごう)交戦(こうせん)するを等(ま)て、管(きっと)那(か)の厮(やつ)をして首(こうべ)を縮(ちぢ)めて帰降(きこう)し、敢(あ)えて仰(あお)ぎ視(み)ざらしめん」と。 好(よ)き妖怪(ようかい)、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ち披掛(ひかけ)し、一般(ひとふり)の兵器(へいき)を使(つか)う、月牙鏟(げつがさん=三日月(みかづき)形(がた)の鏟(さび))と喚(よ)ばる。歩(あゆ)みて宮(きゅう)を出(い)で、水道(すいどう=水(みず)の路(みち))を分(わ)け開(ひら)き、水(みず)の面(おもて)の上(うえ)に在(あ)りて叫(さけ)んで道(い)う、 「是(こ)れ甚(なん)の斉天大聖(せいてんたいせい)なる! 快(はや)く上(のぼ)り来(きた)りて命(いのち)を納(おさ)めよ!」と。 行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)岸辺(きしべ)に立(た)ちて、那(か)の妖精(ようせい)の怎(いか)に生(しょう)ずる打扮(だはん=身(み)なり)なるを観(み)る: 一頂(ひとつ)の爛銀盔(らんぎんかい=光(ひか)る銀(ぎん)の兜(かぶと))を戴(いただ)き、光(ひかり)白雪(はくせつ)を欺(あざむ)く、 一副(ひとそろ)いの兜鍪甲(とうむこう=兜(かぶと)と鎧(よろい))を貫(つらぬ)き、亮(ひかり)秋霜(しゅうそう)に敵(てき)す。 上(うえ)には錦征袍(きんせいほう=錦(にしき)の戦袍(せんぽう))を罩(おお)い、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ彩雲(さいうん)の玉(たま)を籠(こ)めるが如(ごと)く、 腰(こし)には犀紋帯(さいもんたい=犀(さい)の模様(もよう)の帯(おび))を束(たば)ね、果然(はた)して花蟒(かもう=花(はな)の蟒(うわばみ))の金(きん)を纏(まと)うに象(に)たり。 手(て)には月牙鏟(げつがさん)を執(と)り、霞(かすみ)飛(と)び電(いなずま)掣(ひ)き、 脚(あし)には猪皮靴(ちょひが=豚(ぶた)の皮(かわ)の靴(くつ))を穿(き)、水(みず)を利(するど)くし波(なみ)を分(わ)かつ。 遠(とお)く看(み)る時(とき)は一頭一面(いっとういちめん=一(ひと)つの頭(あたま)と一(ひと)つの顔(かお))、 近(ちか)く睹(み)る処(ところ)は四面(しめん)皆(みな)人(ひと)なり。 前(まえ)に眼(め)有(あ)り、後(うしろ)に眼(め)有(あ)り、八方(はっぽう)通(とお)じて見(み)ゆ、 左(ひだり)也(も)口(くち)、右(みぎ)也(も)口(くち)、九口(きゅうこう)言論(げんろん)す。 一声(ひとこえ)吆喝(ようかつ=叫(さけ)び)して長空(ちょうくう)振(ふる)い、 鶴(つる)の飛(と)び鳴(な)きて九宸(きゅうしん=九(ここの)つの天(てん))を貫(つらぬ)くに似(に)たり。 他(かれ)人(ひと)の対答(たいとう)する無(な)きを見(み)、又(また)一声(ひとこえ)叫(さけ)ぶ、 「那(いず)れか是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)なる」と。 行者(ぎょうじゃ)金箍(きんこ=金(きん)の箍(たが))を一按(ひとおさ)えし、鉄棒(てつぼう)を一理(ひとととの)えして道(い)う、 「老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。 那(か)の怪道(い)う、 「汝(なんじ)家居(かきょ=家(いえ))何処(いずこ)に在(あ)り、身(み)何方(いずこ)より出(い)づ。怎(いか)して祭賽国(さいさいこく)に到(いた)り得(え)て、那(か)の国王(こくおう)と塔(とう)を守(まも)り、却(かえ)って大胆(だいたん)にも我(われ)が頭目(とうもく=手下(てした))を獲(え)、又(また)敢(あ)えて凶(きょう)を行(おこな)い、吾(わ)が宝山(ほうざん=貴(とうと)ぶべき山(やま))に上(のぼ)りて戦(たたかい)を索(もと)めるや」と。 行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)う、 「汝(なんじ)が這(こ)の賊怪(ぞくかい)、原来(もと)汝(なんじ)が孫爺爺(そんじいさま)を識(し)らざるなり! 汝(なんじ)上前(すす)み出(い)でよ、我(われ)が道(い)うを聽(き)け: 老孫(ろうそん)が祖(そ)は花果山(かかざん)に住(す)み、 大海(たいかい)の間(あいだ)水簾洞(すいれんどう)なり。 自(みずか)ら幼(おさな)きより修(おさ)めて不壊身(ふえしん=壊(やぶ)れざる身(み))と成(な)り、 玉皇(ぎょくこう)我(われ)を斉天聖(せいてんせい)に封(ほう)ず。 只(た)だ斗牛宮(とぎゅうきゅう=天宮(てんぐう))を大(おお)いに鬧(さわ)がししに因(よ)りて、 天上(てんじょう)の諸神(しょしん)勝(か)ちを取(と)り難(がた)し。 当(まさ)に如来(にょらい)を請(しょう)じて妙高(みょうこう=妙(たえ)なる高(たか)き法(ほう))を展(の)べしめ、 無辺(むへん)の智慧(ちえ)凡(およ)の用(よう)に非(あら)ず。 筋斗(きんと)を翻(ひるがえ)して神通(じんつう)を賭(と)いしが為(ため)に、 手(て)化(か)して山(やま)と為(な)りて我(われ)を圧(おさ)うること重(おも)し。 今(いま)に整(いた)るまで五百年(ごひゃくねん)、 観者(かんじゃ=観音(かんのん))の勧(すす)め解(と)くに方(はじ)めて命(いのち)を逃(のが)る。 大唐(だいとう)の三蔵(さんぞう)西天(せいてん)に上(のぼ)り、 遠(とお)く霊山(りょうざん)に拝(はい)して仏頌(ぶつじゅ=仏(ほとけ)の偈(げ))を求(もと)む。 吾(わ)が身(み)を解脱(げだつ)して他(かれ)を保護(ほご)し、 魔(ま)を煉(ね)り怪(かい)を浄(きよ)めて修行(しゅぎょう)に従(したが)う。 路(みち)西域(せいいき)祭賽城(さいさいじょう)に逢(あ)う。 僧人(そうにん)を屈害(くつがい=無実(むじつ)の害(がい))して三代(さんだい)の命(いのち)を失(うしな)う。 我等(われら)慈悲(じひ)旧情(きゅうじょう=古(ふる)き誼(よしみ))を問(と)い、 乃(すなわ)ち塔(とう)の上前(うえ)に光(ひかり)の映(うつ)る無(な)きに因(よ)る。 吾(わ)が師(し)塔(とう)を掃(は)いて分明(ぶんめい)を探(さぐ)り、 夜(よる)三更(さんこう)に至(いた)りて天籟(てんらい=自然(しぜん)の音(おと))静(しず)かなり。 魚精(ぎょせい)を捉(とら)えて実供(じっきょう=真実(しんじつ)の供述(きょうじゅつ))を取(と)り、 他(かれ)言(い)う、汝等(なんじら)宝珍(ほうちん=宝(たから))を偷(ぬす)めりと。 合盤(ごうばん)して盗(とう)と為(な)るに龍王(りゅうおう)有(あ)り、 公主(こうしゅ)連名(れんめい=名(な)を連(つら)ぬ)して万聖(ばんせい)と称(とな)う。 血雨(けつう)澆(そそ)ぎ淋(ふ)りて塔(とう)の上前(うえ)の光(ひかり)を、 他(かれ)が宝貝(ほうばい)を将(も)って偷(ぬす)み来(きた)りて用(もち)う。 殿前(でんぜん)の供状(きょうじょう)更(さら)に虚(うそ)無(な)く、 我(われ)君言(くんげん=王(おう)の言葉(ことば))を奉(ほう)じて此(こ)の境(さかい)に馳(は)せるなり。 此(こ)れを以(もっ)て相(あい)尋(たず)ねて戦争(せんそう=戦(たたか)い)を索(もと)め、 再(ふたた)び孫爺(そんや)の姓(せい)を問(と)うを須(ま)たず。 快(はや)く宝貝(ほうばい)を将(も)って他(かれ)に献(けん)じ還(かえ)し、 汝(なんじ)が老少(ろうしょう=老(お)いも少(わか)きも)全家(ぜんか)の命(いのち)を免(まぬか)れしめよ。 敢(あ)えて若(も)し無知(むち)にして勝(すぐ)れたる強(つよ)きを騁(は)せば、 汝(なんじ)をして水(みず)涸(か)れ山(やま)頽(くず)れて都(みな)蹭蹬(そうとう=行(ゆ)き詰(づま))らしめん!」と。 那(か)の駙馬(ふば)言(げん)を聞(き)き、微微(びび)と冷笑(れいしょう)して道(い)う、 「汝(なんじ)は原来(もと)是(こ)れ経(きょう)を取(と)るの和尚(おしょう)なるに、没要緊(なんのかかわり)に事(こと)を羅織(らしょく=引(ひ)き起(おこ))す。我(われ)は他(かれ)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)み、汝(なんじ)は仏(ほとけ)の経文(きょうもん)を取(と)る、汝(なんじ)と何(なん)の干(かかわ)り有(あ)りて、却(かえ)って来(きた)りて厮闘(しとう=殺(ころ)し合(あ))うや」と。 行者道(い)う、 「這(こ)の賊怪(ぞくかい)甚(はなは)だ理(り)に達(たっ)せず! 我(われ)は国王(こくおう)の恩恵(おんけい)を受(う)けず、他(かれ)の水米(すいべい=水(みず)と米(こめ))を食(くら)わざれば、該(まさ)に他(かれ)と力(ちから)を出(いだ)すべからずと雖(いえど)も、但(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)は他(かれ)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)み、他(かれ)の宝塔(ほうとう)を汚(けが)し、年(とし)を屡(しばしば)重(かさ)ねて金光寺(きんこうじ)の僧人(そうにん)を屈苦(くっく)す。他(かれ)は是(こ)れ我(われ)が一門同気(いちもんどうき=同(おな)じ門(もん)の気(き)を同(おな)じうする者(もの))なり、我(われ)怎(なん)で他(かれ)と力(ちから)を出(いだ)さず、冤枉(えんおう=無実(むじつ))を辨(わきま)え明(あき)らかにせざるを得(え)んや」と。 駙馬道(い)う、 「汝(なんじ)既(すで)に此(か)くの如(ごと)しならば、想(おも)うに是(こ)れ賭賽(とさい=勝負(しょうぶ))を行(おこな)わんと要(よう)するならん。常言(じょうげん)に道(い)う、武(たたかい)は善(よ)く作(な)さずと。但(た)だ只(た)だ怕(おそ)るるは、手(て)を起(おこ)す処(ところ)に於(お)いて、情(なさけ)を留(とど)むるを得(え)ず、一時間(ひととき)に汝(なんじ)が性命(いのち)を傷(そこな)い、汝(なんじ)の去(ゆ)きて経(きょう)を取(と)るを誤(あやま)らんことを!」と。 行者大(おお)いに怒(いか)り、罵(ののし)って道(い)う、 「這(こ)の潑賊怪(はつぞくかい)、甚(なん)の強能(きょうのう)有(あ)りて、敢(あ)えて大口(おおぐち)を開(ひら)くや! 走(はし)り上(のぼ)り来(きた)れ、老爺(ろうや)が一棒(いっぽう)を喰(くら)え!」と。 那(か)の駙馬(ふば)更(さら)に心(こころ)慌(あわ)てず、月牙鏟(げつがさん)を把(と)って鉄棒(てつぼう)を架(か)し、就(すなわ)ち那(か)の乱石山(らんせきざん)の頭(いただき)に在(あ)りて、這(こ)の一場(いちじょう)真(まこと)に箇(こ)れ好殺(こうさつ): 妖魔(ようま)宝塔(ほうとう)の光(ひかり)無(な)きを盗(ぬす)み、 行者(ぎょうじゃ)妖(よう)を擒(とら)えて国王(こくおう)に報(ほう)ず。 小怪(しょうかい)生(いき)を逃(のが)れて水内(すいない)に回(かえ)り、 老竜(ろうりゅう)胆(きも)を破(やぶ)りて各(おのおの)商量(しょうりょう)す。 九頭駙馬(きゅうとうふば)威武(いぶ)を施(ほどこ)し、 披掛(ひかけ)して前(すす)み来(きた)りて素強(そきょう=日頃(ひごろ)の強(つよ)さ)を展(の)ぶ。 怒(いか)り発(はっ)する斉天(せいてん)の孫大聖(そんたいせい)、 金箍棒(きんこぼう)起(おこ)りて十分(じゅうぶん)に剛(つよ)し。 那(か)の怪物(かいぶつ)は、九箇(ここの)つの頭顱(とうろ=頭(あたま))に十八(じゅうはち)の眼(め)、 前前後後(ぜんぜんごご)毫光(ごうこう)を放(はな)ち、 這(こ)の行者(ぎょうじゃ)は、一双(ひとそろい)の鉄臂(てっぴ=鉄(てつ)の腕(うで))に千斤(せんきん)の力(ちから)、 藹藹紛紛(あいあいふんぷん=盛(さか)んに)として瑞祥(ずいしょう)を并(あわ)す。 鏟(さん)は一陽(いちよう)の初(はじ)めて月(つき)を現(あらわ)すに似(に)たり、 棒(ぼう)は万里(ばんり)に遍(あまね)く霜(しも)を飛(と)ばすが如(ごと)し。 他(かれ)說(い)う、「汝(なんじ)干(かかわ)る無(な)くして休(や)めて不平(ふへい)を報(ほう)ぜよ!」と、 我(われ)道(い)う、「汝(なんじ)意(こころ)有(あ)りて宝(たから)を偷(ぬす)むは真(まこと)に良(よ)からず!」と。 那(か)の潑賊(はつぞく)よ、少(すこ)しく軽狂(けいきょう=軽(かる)はずみ)なるを、 宝貝(ほうばい)を他(かれ)に還(かえ)して安康(あんこう=安(やす)らぎ)を得(え)よ! 棒(ぼう)迎(むか)え鏟(さん)架(か)して高下(こうげ)を争(あらそ)い、 輸贏(ゆえい)を見(み)ざるは練戦場(れんせんじょう=戦(たたか)いの場(ば))なり。 他(かれ)両箇(ふたり)往往来来(おうおうらいらい)と、三十余合(さんじゅうよごう)闘(たたか)い経(へ)て、勝負(しょうぶ)を分(わか)たず。 猪八戒(ちょはっかい)山前(さんぜん)に立(た)ちて、彼等(かれら)の戦(たたか)いの酣美(かんび=酣(たけなわ))なる処(ところ)に到(いた)るを見(み)、釘鈀(ていは)を挙(あ)げ、妖精(ようせい)の背後(はいご)より一築(ひとつつ)きす。 原来(もと)那(か)の怪(かい)の九箇(ここの)つの頭(あたま)は、転転(めぐりめぐ)りて都(みな)是(こ)れ眼(め)にして、看(み)ること明白(めいはく)なり。八戒(はっかい)の背後(はいご)より来(きた)るを見(み)、即(すなわ)ち鏟鐏(さんそん=鏟(さび)の柄(え)の先(さき))を将(も)って釘鈀(ていは)を架(か)し、鏟頭(さんとう=鏟(さび)の頭(あたま))を以(も)って鉄棒(てつぼう)を抵(ふせ)ぐ。 又(また)五七合(ごしちごう)耐(た)え戦(たたか)うも、前後(ぜんご)斉(ひと)しく輪(ふる)うに擋(ふせ)ぐを得(え)ず、他(かれ)却(かえ)って箇(ひとつ)の滚(ころ)びを打(う)ち、空(くう)に騰(のぼ)り跳(と)び起(お)き、本象(ほんぞう)を現(あらわ)す。乃(すなわ)ち是(こ)れ一箇(ひとつ)の九頭虫(きゅうとうちゅう=九(ここの)つの頭(あたま)の虫(むし))なり。 其(そ)の形象(けいしょう)を観(み)れば十分(じゅうぶん)に悪(あ)しく、 此(こ)の身模(しんぼ=姿(すがた))を見(み)れば人(ひと)を殺(ころ)さんばかりに怕(おそ)ろし! 他(かれ)生(う)まれ得(え)て: 毛羽(もうう=毛(け)と羽(はね))錦(にしき)を鋪(し)き、 団身(だんしん=丸(まる)き身(み))絮(わた)を結(むす)ぶ。 方円(ほうえん=縦横(たてよこ))丈二(じょうに)の規模(きぼ)有(あ)り、 長短(ちょうたん)は黿鼉(げんだ)の様致(ようち=姿(すがた))に似(に)たり。 両隻(ふたつ)の脚(あし)尖(とが)りて利(するど)きこと鉤(かぎ)の如(ごと)く、 九箇(ここの)つの頭(あたま)集(あつ)まり環(かん)きて一処(ひとところ)に在(あ)り。 翅(つばさ)を展(ひら)けば極(きわ)めて善(よ)く飛揚(ひよう=飛(と)び揚(あが))り、 縦(たと)い大鵬(たいほう=大(おお)きな鵬(おおとり))と雖(いえど)も他(かれ)が気力(きりょく)に及(およ)ばず、 声(こえ)を発(はっ)すれば遠(とお)く天涯(てんがい)を振(ふる)わせ、 仙鶴(せんかく)に比(くら)べても還(ま)た能(よ)く高(たか)く唳(な)く。 眼(め)多(おお)くして閃灼(せんしゃく=きらきら)と金光(きんこう)を幌(ひるがえ)し、 気(き)傲(おご)りて凡鳥(ぼんちょう=並(なみ)の鳥(とり))の類(たぐい)と同(おな)じからず。 猪八戒(ちょはっかい)看(み)て心(こころ)驚(おどろ)きて道(い)う、 「哥(あに)や! 我(われ)人(ひと)と為(な)りてより、也(また)曾(かつ)て這(かく)の等(ごと)き箇(ひとつ)の悪物(あくぶつ)を見(み)ず! 是(こ)れ甚(なん)の血気(けっき)か此(こ)の禽獣(きんじゅう)を生(しょう)ぜし」と。 行者道(い)う、 「真(まこと)に箇(こ)れ罕(まれ)に有(あ)るなり! 真(まこと)に箇(こ)れ罕(まれ)に有(あ)るなり! 我(われ)の赶(お)い上(あ)がりて打(う)ち去(ゆ)くを等(ま)て!」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、急(いそ)ぎ祥雲(しょううん)を縦(はな)ち、空(くう)の中(うち)に跳(と)び在(あ)り、鉄棒(てつぼう)を将(も)って頭(あたま)を照(めが)けて便(すなわ)ち打(う)つ。 那(か)の怪物(かいぶつ)大(おお)いに身(み)を顕(あらわ)し、翅(つばさ)を展(ひら)き斜(ななめ)に飛(と)び、颯(さっ)と箇(ひとつ)の翻身(ほんしん=身(み)を翻(ひるがえ)し)を打(う)ち、山前(さんぜん)に掠(かす)め到(いた)り、半腰(はんよう=腰(こし)の半(なか)ば)の裡(うち)より又(また)一箇(ひとつ)の頭(あたま)を伸(の)ばし出(いだ)し、口(くち)を開(ひら)くこと血盆(けつぼん=血(ち)の盥(たらい))の相(あい)似(に)たるに、八戒(はっかい)を把(と)って一口(ひとくち)に鬃(たてがみ)を咬(か)み着(つ)け、半(なか)ば拖(ひ)き半(なか)ば扯(ひ)きて、碧波潭(へきはたん)の水内(すいない)に捉(とら)え下(おろ)して去(ゆ)く。 龍宮(りゅうぐう)の外(そと)に至(いた)り、還(ま)た前番(ぜんばん)の形(かたち)に変(へん)じ、八戒(はっかい)を将(も)って之(これ)を地(ち)に擲(なげう)ち、叫(さけ)んで、 「小(こ)の者達(ものたち)何処(いずこ)に在(あ)る」と。 那(か)の里面(うち)の鯖・鮊・鯉・鱖(せい・はく・り・けつ)の魚精(ぎょせい)、亀・鱉・黿・鼉(き・べつ・げん・だ)の介怪(かいかい=甲(こう)の怪(かい))、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せ来(きた)り、声(こえ)に「有(はい)!」と道(い)う。 駙馬道(い)う、 「這(こ)の和尚(おしょう)を把(と)って、那(か)の処(ところ)に縛(しば)り在(あ)れ。我(われ)が巡攔(じゅんらん)の小卒(しょうそつ)の仇(あだ)を報(ほう)ぜんとす!」と。 衆精(しゅうせい)推推嚷嚷(すいすいじょうじょう=押(お)し合(あ)い)して、八戒(はっかい)を抬(かつ)ぎ進(い)れ去(ゆ)く時(とき)、那(か)の老竜王(ろうりゅうおう)歓喜(かんき)して迎(むか)え出(い)でて道(い)う、 「賢婿(けんせい)功(こう)有(あ)り、怎(いか)にして他(かれ)を捉(とら)え来(きた)れる」と。 那(か)の駙馬(ふば)上項(じょうこう=先(さき)の件(けん))の原故(げんこ=いきさつ)を把(と)って、一遍(ひととおり)說(い)う。老竜(ろうりゅう)即(すなわ)ち酒(さけ)を排(なら)べて功(こう)を賀(が)することは題(あげつら)わず。 却(かえ)って說(い)う、孫行者(そんぎょうじゃ)は妖精(ようせい)の八戒(はっかい)を擒(とら)えしを見(み)、心中(しんちゅう)懼(おそ)れて道(い)う、 「這(こ)の厮(やつ)恁般(かくも)利害(りがい=手強(てごわ))し! 我(われ)朝(ちょう)に回(かえ)りて師(し)に見(まみ)えんと待(ま)てば、那(か)の国王(こくおう)の我(われ)を笑(わら)わんことを恐(おそ)る。開(ひら)きて言(げん)を戦(たたかい)に罵(ののし)らんと要(よう)すれば、曾奈(さいわい)我(われ)又(また)単身(たんしん)にして、況(いわ)んや水面(すいめん)の事(こと)は慣(な)れず。 且(しばら)く我(われ)の変化(へんげ)して進(い)り去(ゆ)き、那(か)の怪(かい)の呆子(ほうし)を把(と)って怎(いか)に生(しょう)ずる擺布(はいふ=扱(あつか)い)するかを看(み)、若(も)し便(べん)を得(え)ば、且(しばら)く他(かれ)を偷(ぬす)み出(いだ)して事(こと)を幹(な)さん」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)じ、還(ま)た一箇(ひとつ)の螃蟹(かに)に変(へん)じ做(な)り、水(みず)の内(うち)に淬(ひた)り、径(ただ)ちに牌楼(ぱいろう=門(もん)の楼(ろう))の前(まえ)に至(いた)る。 原来(もと)此(こ)の路(みち)は是(こ)れ他(かれ)前番(ぜんばん)牛魔王(ぎゅうまおう)を襲(おそ)い金睛獣(きんせいじゅう)を盗(ぬす)みしに走(はし)り熟(な)れたるなり。 直(ただ)ちに那(か)の宮闕(きゅうけつ=宮殿(きゅうでん))の下(もと)に至(いた)り、横(よこ)に爬(は)い過(よ)ぎ去(ゆ)くに、又(また)那(か)の老竜王(ろうりゅうおう)と九頭虫(きゅうとうちゅう)の合家児(いっかこ=家族(かぞく)一同(いちどう))歓喜(かんき)して飲酒(いんしゅ)せるを見(み)る。 行者(ぎょうじゃ)敢(あ)えて相(あい)近(ちか)づかず、東廊(とうろう=東(ひがし)の廊下(ろうか))の下(した)を爬(は)い過(よ)ぎ、幾箇(いくたり)かの蝦精(かせい=蝦(えび)の精(せい))・蟹精(かいせい=蟹(かに)の精(せい))の、紛紛紜紜(ふんぷんうんうん=ぞろぞろと)耍子(あそ)び居(お)るを見(み)る。 行者(ぎょうじゃ)一会(ひとしき)り言談(げんだん=話(はなし))を聽(き)き、却(かえ)って就(すなわ)ち語(ご)を学(まな)び話(はなし)を学(まな)び、問(と)うて道(い)う、 「駙馬爺爺(ふばじいさま)の拿(とら)え来(きた)れる那(あ)の長嘴(ちょうし=長(なが)い嘴(くちばし))の和尚(おしょう)は、此(こ)の頃(ころ)死(し)に了(おわ)りしや未(いま)だか」と。 衆精(しゅうせい)道(い)う、 「未(いま)だ死(し)なず。那(か)の西廊(せいろう=西(にし)の廊下(ろうか))の下(した)に縛(しば)られ在(あ)りて哼(うな)り居(お)るは是(こ)れならずや」と。 行者(ぎょうじゃ)說(い)うを聽(き)き、又(また)軽軽(けいけい)と西廊(せいろう)を爬(は)い過(よ)ぐれば、真(まこと)に那(か)の呆子(ほうし)の柱(はしら)の上(うえ)に縛(しば)られ在(あ)りて哼(うな)り居(お)るなり。 行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づきて道(い)う、 「八戒(はっかい)、我(われ)を認(みと)むるや」と。 八戒(はっかい)声音(こえ)を聽(き)き得(え)て、是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)と知(し)り、道(い)う、 「哥哥(あに)、怎(いか)にせし! 反(かえ)って這(こ)の厮(やつ)に我(われ)を捉(とら)えられ居(お)るなり!」と。 行者(ぎょうじゃ)四顧(しこ=見回(みまわ))すに人(ひと)無(な)く、鉗(はさみ)を将(も)って索子(さくし=縄(なわ))を咬(か)み断(た)ち、走(はし)るを叫(さけ)ぶ。那(か)の呆子(ほうし)手(て)を脱(のが)れて道(い)う、 「哥哥(あに)、我(われ)が兵器(へいき)は、他(かれ)に収(おさ)められたり、又(また)奈何(いかん)」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)収(おさ)めらるる処(ところ)の那(いずこ)なるを知(し)れるや」と。 八戒道(い)う、 「当(まさ)に那(か)の怪(かい)に拿(とら)えられて宮殿(きゅうでん)に上(のぼ)り去(ゆ)けり」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)先(ま)ず牌楼(ぱいろう)の下(した)に去(ゆ)きて我(われ)を待(ま)て」と。 八戒(はっかい)生(いき)を逃(のが)れ、悄(ひっそ)りと溜(すべ)り出(い)づ。 行者(ぎょうじゃ)身(み)を復(かえ)して宮殿(きゅうでん)に爬(は)い上(のぼ)り、左首(ひだり)の下(した)に光彩(こうさい)森森(しんしん=きらきら)たる有(あ)るを観(み)れば、乃(すなわ)ち是(こ)れ八戒(はっかい)が釘鈀(ていは)の光(ひかり)を放(はな)てるなり。箇(ひとつ)の隠身法(おんしんぽう=姿(すがた)を隠(かく)す術(じゅつ))を施(ほどこ)し、鈀(は)を将(も)って偷(ぬす)み出(いだ)し、牌楼(ぱいろう)の下(した)に到(いた)り、声(こえ)を叫(さけ)んで、 「八戒(はっかい)! 兵器(へいき)を接(う)けよ!」と。 呆子(ほうし)鈀(は)を得(え)て、便(すなわ)ち道(い)う、 「哥哥(あに)、汝(なんじ)先(さき)に走(はし)れ、老猪(ろうちょ=拙者(せっしゃ))の打(う)ち進(い)りて宮殿(きゅうでん)ならんを等(ま)て。若(も)し勝(か)ちを得(え)ば、就(すなわ)ち他(かれ)が一家子(いっかこ)を捉(とら)え住(とど)めん。若(も)し勝(か)たずんば、敗(やぶ)れて出(い)で来(きた)らん、汝(なんじ)此(こ)の潭(ふち)の岸(きし)の上(うえ)に在(あ)りて救応(きゅうおう=救(すく)い応(おう))ぜよ」と。 行者(ぎょうじゃ)大(おお)いに喜(よろこ)び、只(た)だ仔細(つつし)むを教(おし)う。八戒道(い)う、 「他(かれ)を怕(おそ)れず! 水(みず)の裡(うち)の本事(ほんじ=腕前(うでまえ))、我(われ)略(ほぼ)些(いささ)か有(あ)り」と。 行者(ぎょうじゃ)他(かれ)を捨(す)て、水(みず)の面(おもて)を負(せお)うて出(い)づることは題(あげつら)わず。 這(こ)の八戒(はっかい)皂直裰(そうじきとつ=黒(くろ)い法衣(ほうえ))を束(たば)ね、双手(もろて)に鈀(は)を纏(まと)い、一声(ひとこえ)喊(さけ)び、打(う)ち将(も)って進(い)り入(い)る。 慌(あわ)て得(え)て那(か)の大小(だいしょう)の水族(すいぞく)、奔奔波波(ほんほんはは=ばたばた)と、宮殿(きゅうでん)に跑(はし)り上(のぼ)り、吆喝(ようかつ)して道(い)う、 「不好(たいへん)なれり! 長嘴(ちょうし)の和尚(おしょう)縄(なわ)を掙(も)ぎ断(た)ちて返(かえ)し打(う)ち進(い)り来(きた)れり!」と。 那(か)の老竜(ろうりゅう)と九頭虫(きゅうとうちゅう)並(なら)びに一家子(いっかこ)は俱(とも)に措手(そしゅ)及(およ)ばず、跳(と)び起(お)きて、隠(かく)れ隠(かく)れ逃(のが)れ逃(のが)れす。 這(こ)の呆子(ほうし)死活(しがつ=命(いのち)の有無(うむ))を顧(かえり)みず、宮殿(きゅうでん)に闖(つ)け上(のぼ)り、一路(ひとみち)の鈀(は)、門扇(もんせん)を築(つ)き破(やぶ)り、桌椅(たくい=卓(たく)と椅(いす))を打(う)ち破(やぶ)り、些(これら)の飲酒(いんしゅ)の家火(かか=道具(どうぐ))の類(たぐい)を把(と)って、尽(ことごと)く皆(みな)打(う)ち砕(くだ)く。 詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く、 木母(もくぼ)水怪(すいかい)に遭逢(そうほう)して擒(とら)えられ、 心猿(しんえん)捨(す)てずして苦(くるしみ)相(あい)尋(たず)ぬ。 暗(あん)に巧計(こうけい)を施(ほどこ)して鎖(くさり)を偷(ぬす)み開(ひら)き、 大(おお)いに神威(しんい)を顕(あらわ)して怒(いか)り恨(うら)むこと深(ふか)し。 駙馬(ふば)忙(いそ)ぎて公主(こうしゅ)を携(たずさ)えて隠(かく)れ、 龍王(りゅうおう)戦慄(せんりつ)して声音(こえ)を絶(た)つ。 水宮(すいきゅう)絳闕(こうけつ=水(みず)の宮殿(きゅうでん))門窗(もんそう=扉(とびら)と窓(まど))損(そこな)われ、 龍子(りゅうし)龍孫(りゅうそん)尽(ことごと)く魂(たましい)を没(ほろぼ)す。 這(こ)の一場(いちじょう)、八戒(はっかい)に玳瑁屏(たいまいへい=鼈甲(べっこう)の屏風(びょうぶ))を把(と)って打(う)ち得(え)て粉碎(ふんさい)と為(な)し、珊瑚樹(さんごじゅ)を掼(なげう)ち得(え)て凋零(ちょうれい=散(ち)り零(こぼ))れしむ。 那(か)の九頭虫(きゅうとうちゅう)公主(こうしゅ)を将(も)って内(うち)に安蔵(あんぞう)し、急(いそ)ぎ月牙鏟(げつがさん)を取(と)り、前宮(ぜんきゅう)に赶(お)い至(いた)りて喝(かつ)して道(い)う、 「潑夯豕彘(はつこうしし=この鈍(まぬけ)な豚(ぶた)め)! 怎(なん)じて敢(あ)えて心(こころ)を欺(あざむ)きて吾(わ)が眷族(けんぞく=一族(いちぞく))を驚(おどろ)かすや」と。 八戒(はっかい)罵(ののし)って道(い)う、 「這(こ)の賊怪(ぞくかい)、汝(なんじ)焉(いずく)んぞ敢(あ)えて我(われ)を将(も)って捉(とら)え来(きた)る! 這(こ)の場(ば)は我(われ)が事(こと)に干(かかわ)らず、是(こ)れ汝(なんじ)が我(われ)を請(しょう)じて家(いえ)に来(きた)りて打(う)たしむるなり! 快(はや)く宝貝(ほうばい)を拿(だ)して我(われ)に還(かえ)し、国王(こくおう)に回(かえ)り見(まみ)えて事(こと)を了(おわ)らん。然(しか)らずんば、決(けっ)して汝(なんじ)が一家(いっか)の命(いのち)を饒(ゆる)さじ也(なり)!」と。 那(か)の怪(かい)那(なん)ぞ肯(あ)えんで情(なさけ)を容(い)れん、歯(は)を咬(か)み定(さだ)め、八戒(はっかい)と鋒(ほこ)を交(まじ)う。 那(か)の老竜(ろうりゅう)才(わず)かに神思(しんし=気持(きも)ち)を定(さだ)め、龍子(りゅうし)・龍孫(りゅうそん)を領(ひき)い、各(おのおの)槍刀(そうとう)を執(と)り、斉(ひと)しく来(きた)りて攻(せ)め取(と)る。 八戒(はっかい)事体(じたい)の諧(ととのわ)ざるを見(み)、虚(うつろ)に一鈀(ひとは)を幌(ひるがえ)し、身(み)を撤(ひ)いて便(すなわ)ち走(はし)る。那(か)の老竜(ろうりゅう)衆(しゅう)を帥(ひき)いて追(お)い来(きた)る。 須臾(しばらく)にして、水(みず)の中(うち)より攛(と)び出(い)で、都(みな)潭(ふち)の面(おもて)の上(うえ)に到(いた)りて翻騰(ほんとう=飛(と)び跳(は)ね)す。 却(かえ)って說(い)う、孫行者(そんぎょうじゃ)は潭(ふち)の岸(きし)に立(た)ちて等候(ま)ち居(お)りしが、忽(たちま)ち彼等(かれら)の八戒(はっかい)を追(お)い赶(お)い、水(みず)の中(うち)を出(い)で離(はな)るるを見(み)、就(すなわ)ち半(なか)ば雲霧(うんむ)を踏(ふ)み、鉄棒(てつぼう)を掣(と)り、声(こえ)を喝(かつ)して「走(はし)るを休(や)めよ!」と。只(た)だ一下(ひとおろ)しに、箇(ひとつ)の老竜(ろうりゅう)の頭(あたま)を把(と)って打(う)ち得(え)て稀爛(きらん=ぐちゃぐちゃ)と為(な)す。 憐(あわ)れむべし、血(ち)潭中(たんちゅう)に濺(そそ)いで紅水(こうすい=赤(あか)い水(みず))泛(あふ)れ、 屍(しかばね)浪(なみ)の上(うえ)に飄(ただよ)いて敗鱗(はいりん=敗(やぶ)れた鱗(うろこ))浮(うか)ぶ! 唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の龍子(りゅうし)・龍孫(りゅうそん)各各(めいめい)命(いのち)を逃(のが)れしめ、九頭駙馬(きゅうとうふば)は龍(りゅう)の屍(しかばね)を収(おさ)め、宮(きゅう)を転(うつ)って去(ゆ)く。 行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)且(しばら)く追襲(ついしゅう)せず、岸(きし)に回(かえ)り上(のぼ)り、前事(ぜんじ)を備(つぶさ)に言(い)う。 八戒道(い)う、 「這(こ)の厮(やつ)鋭気(えいき=鋭(するど)い気(き))挫(くじ)かれたり! 我(われ)が那(あ)の一路(ひとみち)の鈀(は)に打(う)ち進(い)りし時(とき)、打(う)ち得(え)て落花流水(らっかりゅうすい=散(ち)る花(はな)と流(なが)れる水(みず))、魂(たましい)散(さん)じ魄(たましい)飛(と)べり! 正(まさ)に那(か)の駙馬(ふば)と厮闘(しとう)せしに、却(かえ)って老竜王(ろうりゅうおう)に赶(お)われ居(お)りしが、却(かえ)って汝(なんじ)の打(う)ち殺(ころ)ししに頼(よ)れり。 那(か)の厮等(やつら)回(かえ)り去(ゆ)きて、一定(きっと)喪(も)を停(とど)め孝(こう=喪服(もふく))を挂(か)けん、決(けっ)して肯(あ)えんで出(い)で来(きた)らじ。今(いま)又(また)天色(てんしょく=空(そら)の色(いろ))晩(く)れたり、却(かえ)って怎(いか)に奈何(いかん)せん」と。 行者道(い)う、 「甚(なん)の天(てん)の晩(く)るるを管(かん)せん! 此(こ)の機会(きかい)に乗(じょう)じ、汝(なんじ)還(ま)た下(お)り去(ゆ)きて攻戦(こうせん)し、必(かなら)ず宝貝(ほうばい)を取(と)り出(いだ)して、方(はじ)めて朝(ちょう)に回(かえ)る可(べ)きなり」と。 那(か)の呆子(ほうし)意(い)懶(ものう)く情(じょう)疏(うと)く、徉徉(ようよう=のらりくらり)と推托(すいたく=言(い)い訳(わけ))す。行者(ぎょうじゃ)催(うなが)し逼(せま)って道(い)う、 「兄弟(きょうだい)多(おお)く疑(うたが)うを須(もち)いず、還(ま)た剛才(さっき)の如(ごと)く引(ひ)き出(いだ)し来(きた)り、我(われ)の他(かれ)を打(う)つを等(ま)て」と。 両人(ふたり)正(まさ)に自(みずか)ら商量(しょうりょう)し居(お)るに、只(た)だ狂風(きょうふう)滚滚(こんこん)と、惨霧(さんむ=ものすごい霧(きり))陰陰(いんいん)として、忽(たちま)ち東方(とうほう)より径(ただ)ちに南(みなみ)へ往(ゆ)くを聽(き)く。 行者(ぎょうじゃ)仔細(つまびらか)に観(み)るに、乃(すなわ)ち二郎顕聖(じろうけんせい)の、梅山(ばいざん)の六兄弟(ろくきょうだい)を領(ひき)い、鷹犬(ようけん=鷹(たか)と犬(いぬ))を架(か)し、狐兔(こと=狐(きつね)と兔(うさぎ))を挑(にな)い、獐鹿(しょうろく=獐(のろ)と鹿(しか))を抬(かつ)ぎ、一箇箇(めいめい)腰(こし)に弯弓(わんきゅう=曲(まが)った弓(ゆみ))を挎(か)け、手(て)に利刃(りじん)を把(と)り、風霧(ふうむ)を縦(はな)ちて踊躍(ゆうやく=躍(おど)り)し来(きた)るなり。 行者道(い)う、 「八戒(はっかい)、那(あ)れは是(こ)れ我(われ)が七聖(しちせい)の兄弟(きょうだい)なり。倒(かえ)って好(よ)く他等(かれら)を留(とど)め請(しょう)じて、我(われ)と戦(たたかい)を助(たす)けしめん。若(も)し功(こう)を成(な)すを得(え)ば、倒(かえ)って是(こ)れ一場(いちじょう)の大(おお)いなる機会(きかい)なり」と。 八戒道(い)う、 「既(すで)に是(こ)れ兄弟(きょうだい)ならば、極(きわ)めて該(まさ)に留(とど)め請(しょう)ずべし」と。 行者道(い)う、 「但(た)だ内(うち)に顕聖(けんせい)の大哥(だいか=長兄(ちょうけい))有(あ)り、我(われ)曾(かつ)て他(かれ)に降伏(こうふく)せられしを、好(よ)く他(かれ)に見(まみ)えず。汝(なんじ)去(ゆ)きて雲頭(うんとう)を攔(さえぎ)り住(とど)め、叫(さけ)んで道(い)え、真君(しんくん)、且(しばら)く略(しばら)く住(とど)まり給(たま)え、斉天大聖(せいてんたいせい)此(ここ)に在(あ)りて進(すす)みて拝(はい)せんと、と。他(かれ)若(も)し是(こ)れ我(われ)と聽(き)かば、断(たぶん)然(しか)じて住(とど)まらん。他(かれ)の安(やす)んじ下(おろ)すを待(ま)ちて、我(われ)却(かえ)って好(よ)く見(まみ)えん」と。 那(か)の呆子(ほうし)急(いそ)ぎ雲頭(うんとう)を縦(はな)ち、山(やま)に上(のぼ)りて攔(さえぎ)り住(とど)め、声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、 「真君(しんくん)、且(しばら)く車駕(しゃが=車(くるま))を慢(おそ)うし給(たま)え、斉天大聖(せいてんたいせい)の請(こ)うて見(まみ)えんとす有(あ)り」と。 那(か)の爺爺(じいさま)說(い)うを聞(き)き、即(すなわ)ち令(れい)を伝(つた)えて就(すなわ)ち六兄弟(ろくきょうだい)を停(とど)め、八戒(はっかい)と相(あい)見(まみ)ゆること畢(おわ)り、問(と)う、 「斉天大聖(せいてんたいせい)何処(いずこ)に在(あ)る」と。 八戒道(い)う、 「現(げん)に山下(さんか)に在(あ)りて呼喚(こかん=召(め)し)を聽(き)く」と。 二郎道(い)う、 「兄弟達(きょうだいたち)、快(はや)く去(ゆ)きて請(しょう)じ来(きた)れ」と。 六兄弟(ろくきょうだい)は乃(すなわ)ち康(こう)、張(ちょう)、姚(よう)、李(り)、郭(かく)、直(ちょく)にして、各各(めいめい)営(えい)を出(い)でて叫(さけ)んで道(い)う、 「孫悟空(そんごくう)の哥哥(あに)、大哥(だいか)の請(しょう)有(あ)り」と。 行者(ぎょうじゃ)上前(すす)み、衆(しゅう)に向(むか)って礼(れい)を做(な)し、遂(つい)に同(とも)に山(やま)に上(のぼ)る。 二郎爺爺(じろうじいさま)迎(むか)えて見(まみ)え、手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、一同(いちどう)に相見(そうけん)して道(い)う、 「大聖(たいせい)、汝(なんじ)大難(たいなん)を脱(のが)れ、戒(かい)を沙門(しゃもん=仏門(ぶつもん))に受(う)け、日(ひ)を刻(きざ)みて功(こう)完(まった)くし、高(たか)く蓮座(れんざ=蓮(はす)の座(ざ))に登(のぼ)らんとす。賀(が)す可(べ)し! 賀(が)す可(べ)し!」と。 行者道(い)う、 「敢(あ)えず。向(さき)に莫大(ばくだい)の恩(おん)を蒙(こうむ)りしも、未(いま)だ斯須(ししゅ=わずか)の報(ほう)をも展(の)べず。然(しか)りと雖(いえど)も難(なん)を脱(のが)れて西(にし)に行(ゆ)くも、功行(こうぎょう)の何如(いかん)を未(いま)だ知(し)らず。今(いま)路(みち)祭賽国(さいさいこく)に遇(あ)うに因(よ)り、僧(そう)の災(わざわい)を搭救(たっきゅう)し、此(ここ)に在(あ)りて妖(よう)を擒(とら)え宝(たから)を索(もと)む。偶(たまた)ま兄長(けいちょう)の車駕(しゃが)の降臨(こうりん)するを見(み)、大胆(だいたん)にも留(とど)めて一助(いちじょ)を請(こ)う。未(いま)だ審(つまびらか)にせず、兄長(けいちょう)自(みずか)ら何処(いずこ)より来(きた)れる、肯(あ)えんで愛(あい)を見(み)るや否(いな)やを」と。 二郎(じろう)笑(わら)って道(い)う、 「我(われ)閑暇(かんか=暇(ひま))にして事(こと)無(な)きに因(よ)り、衆兄弟(しゅうきょうだい)と同(とも)に采猟(さいりょう=狩猟(しゅりょう))して回(かえ)る所(ところ)なるが、幸(さいわい)に大聖(たいせい)の棄(す)てず留(とど)め会(え)するを蒙(こうむ)る、故旧(こきゅう=旧(ふる)き誼(よしみ))の情(じょう)に感(かん)ずるに足(た)る。若(も)し力(ちから)を挟(そ)えて妖(よう)を降(くだ)すを命(めい)ぜば、敢(あ)えて命(めい)の如(ごと)くならざらんや! 却(かえ)って此(こ)の地(ち)は是(こ)れ何(なん)の怪賊(かいぞく)なるを知(し)らず」と。 六聖(ろくせい)道(い)う、 「大哥(だいか)忘(わす)れたるか。此間(ここ)は是(こ)れ乱石山(らんせきざん)、山下(さんか)は乃(すなわ)ち碧波潭(へきはたん)、万聖(ばんせい)の龍宮(りゅうぐう)なり」と。 二郎(じろう)驚(おどろ)き呀(あ)って道(い)う、 「万聖老竜(ばんせいろうりゅう)は却(かえ)って事(こと)を生(しょう)ぜざるに、怎(いか)して敢(あ)えて塔(とう)の宝(たから)を偷(ぬす)まんや」と。 行者道(い)う、 「他(かれ)近日(ちかごろ)一箇(ひとり)の駙馬(ふば)を招(まね)けり、乃(すなわ)ち是(こ)れ九頭虫(きゅうとうちゅう)の精(せい)と成(な)れるなり。他(かれ)郎丈(ろうじょう=婿(むこ)と舅(しゅうと))二箇(ふたり)賊(ぞく)を做(な)し、祭賽国(さいさいこく)に将(も)って一場(ひとしき)りの血雨(けつう)を下(くだ)し、金光寺(きんこうじ)の塔頂(とうちょう)の舎利(しゃり)の仏宝(ぶっぽう)を偷(ぬす)み来(きた)れり。 那(か)の国王(こくおう)其(そ)の意(い)を解(かい)せず、苦(くるしみ)に僧人(そうにん)を拿(とら)えて拷打(ごうだ)す。是(こ)れ我(われ)が師父(しふ)の慈悲(じひ)にして、夜(よる)来(きた)りて塔(とう)を掃(は)き、当(まさ)に我(われ)の塔(とう)の上前(うえ)に在(あ)りて二箇(ふたり)の小妖(しょうよう)を拿(とら)え住(とど)めしは、是(こ)れ他(かれ)が差(つか)わして巡(めぐ)り探(さぐ)らしめし者(もの)なり。今朝(けさ)朝中(ちょうちゅう)に押(お)し赴(おもむ)かせ、実実(まことまこと)に供(きょう)し招(しょう)せり。 那(か)の国王(こくおう)就(すなわ)ち我(われ)が師(し)を請(しょう)じて収(おさ)め降(くだ)さしめ、師(し)我等(われら)をして此(ここ)に到(いた)らしむ。 先(ま)ず一場(いちじょう)戦(たたか)い、九頭虫(きゅうとうちゅう)の腰(こし)の裡(うち)より一箇(ひとつ)の頭(あたま)を伸(の)ばし出(いだ)され、八戒(はっかい)を把(と)って銜(くわ)え去(さ)られしが、我(われ)却(かえ)って変化(へんげ)して水(みず)に下(お)り、八戒(はっかい)を解(と)けり。 才(わず)かに然(しか)じて大(おお)いに一場(いちじょう)戦(たたか)いしに、是(こ)れ我(われ)が老竜(ろうりゅう)を把(と)って打(う)ち殺(ころ)し、那(か)の厮等(やつら)屍(しかばね)を収(おさ)め孝(こう)を挂(か)けて去(ゆ)けり。我(われ)二箇(ふたり)正(まさ)に戦(たたかい)を索(もと)めんと議(はか)り居(お)るに、却(かえ)って兄長(けいちょう)の儀仗(ぎじょう=行列(ぎょうれつ))の降臨(こうりん)するを見(み)る。故此(このゆえ)軽(かろ)く瀆(けが)すなり」と。 二郎道(い)う、 「既(すで)に老竜(ろうりゅう)を傷(そこな)いしならば、正(まさ)に好(よ)く他(かれ)と攻撃(こうげき)し、那(か)の厮(やつ)をして手(て)を措(お)く能(あた)わざらしめ、却(かえ)って窩巣(かそう=巣(す))までも連(つら)ねて尽(ことごと)く滅(ほろぼ)さざらんや」と。 八戒道(い)う、 「是(こ)れ此(か)くの如(ごと)しと雖(いえど)も、天(てん)の晩(く)るるを奈何(いかん)せん」と。 二郎道(い)う、 「兵家(へいか)に云(い)う、征(ゆ)くに時(とき)を待(ま)たず、何(なん)ぞ天(てん)の晩(く)るるを怕(おそ)れんや!」と。 康(こう)・姚(よう)・郭(かく)・直(ちょく)道(い)う、 「大哥(だいか)忙(いそ)ぐこと莫(なか)れ。那(か)の厮(やつ)の家眷(かけん=家族(かぞく))此(ここ)に在(あ)り、料(はか)るに去(ゆ)く処(ところ)無(な)し。孫二哥(そんにいあに)も也(また)是(こ)れ貴客(きかく)、猪剛鬣(ちょごうりょう)又(また)正果(しょうか)に帰(かえ)れり。我等(われら)が営内(えいない)に、随帯(ずいたい=持(も)ち合(あ)わせ)の酒肴(しゅこう=酒(さけ)と肴(さかな))有(あ)り。小(こ)の者達(ものたち)をして火(ひ)を取(と)らしめ、此(ここ)に就(つ)きて鋪設(ほせつ=席(せき)を設(もう))けしめん。一則(ひとつ)には二位(ふたり)と喜(よろこび)を賀(が)し、二来(ふたつ)には也(また)情(じょう)を叙(の)ぶるに当(あ)てん。且(しばら)く此(こ)の一夜(いちや)を歓会(かんかい)し、天明(てんめい)を待(ま)ちて戦(たたかい)を索(もと)むるに何(なん)ぞ遅(おそ)からん」と。 二郎(じろう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、 「賢弟(けんてい)の說(い)えるは極(きわ)めて当(あた)れり」と。 却(かえ)って小校(しょうこう=部下(ぶか))に命(めい)じて安排(あんばい)せしむ。 行者道(い)う、 「列位(れっい)の盛情(せいじょう=厚(あつ)い志(こころざし))、敢(あ)えて固(かた)く却(しりぞ)けず。但(た)だ和尚(おしょう)と做(な)りてより、都(みな)是(こ)れ斎戒(さいかい=精進(しょうじん))なれば、葷素(くんそ)の便(べん)ならざるを恐(おそ)る」と。 二郎道(い)う、 「素(そ)の果品(かひん=果物(くだもの))有(あ)り、酒(さけ)も也(また)是(こ)れ素(そ)なり」と。 衆兄弟(しゅうきょうだい)星月光前(せいげつこうぜん=星(ほし)と月(つき)の光(ひかり)の前(まえ))に在(あ)り、天(てん)を幕(まく)とし地(ち)を席(むしろ)とし、杯(さかずき)を挙(あ)げて旧(きゅう)を叙(の)ぶ。 正(まさ)に是(こ)れ、寂寞(じゃくまく=寂(さび)しさ)は更(こう=夜(よる)の刻(こく))長(なが)く、歓娯(かんご=喜(よろこ)び)は夜(よる)短(みじか)し。早(はや)くも覚(おぼ)えずして東方(とうほう)白(しろ)みを発(はっ)す。 那(か)の八戒(はっかい)幾鍾(いくさかずき)かの酒(さけ)を喰(の)んで興(きょう)抖抖(とうとう=湧(わ)き立(た)ち)として道(い)う、 「天(てん)将(まさ)に明(あ)けなんとす、老猪(ろうちょ)の水(みず)に下(お)り去(ゆ)きて戦(たたかい)を索(もと)むるを等(ま)て」と。 二郎道(い)う、 「元帥(げんすい)仔細(つつし)め、只(た)だ他(かれ)を引(ひ)き出(いだ)すを要(よう)す、我(われ)が兄弟達(きょうだいたち)の好(よ)く手(て)を下(くだ)さんことを」と。 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、 「我(われ)暁(さと)れり! 我(われ)暁(さと)れり!」と。 汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の衣(ころも)を斂(おさ)め鈀(は)を纏(まと)い、分水法(ぶんすいほう=水(みず)を分(わ)く術(じゅつ))を施(ほどこ)し、跳(と)び将(も)って下(お)り去(ゆ)き、径(ただ)ちに那(か)の牌楼(ぱいろう)の下(した)に至(いた)り、声(こえ)を発(はっ)し喊(さけ)び、殿内(でんない)に打(う)ち入(い)る。 此(こ)の時(とき)那(か)の龍子(りゅうし)は麻(あさ=喪服(もふく))を披(き)て、龍(りゅう)の屍(しかばね)を看(み)て哭(な)き、龍孫(りゅうそん)と那(か)の駙馬(ふば)は、後面(こうめん)に在(あ)りて棺材(かんざい=棺(ひつぎ))を收拾(しゅうしゅう)し居(お)るなり。 這(こ)の八戒(はっかい)罵(ののし)り上前(すす)み、手(て)の起(おこ)る処(ところ)、鈀頭(はとう)重(おも)く着(つ)き、箇(ひとつ)の龍子(りゅうし)の脳(のう)を夾(はさ)みて頭(あたま)と連(つら)なり、一鈀(ひとは)に九箇(ここの)つの窟窿(くつろう=穴(あな))を築(つ)き、唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の龍婆(りゅうば=竜(りゅう)の妻(つま))と衆(しゅう)をして裡(うち)へ向(むか)い乱(みだ)りに跑(はし)らしめ、哭(な)いて道(い)わしむ、 「長嘴(ちょうし)の和尚(おしょう)又(また)我(われ)が児(こ)を把(と)って打(う)ち殺(ころ)したり!」と。 那(か)の駙馬(ふば)言(げん)を聞(き)き、即(すなわ)ち月牙鏟(げつがさん)を将(も)ち、龍孫(りゅうそん)を帯(つ)れて外(そと)へ殺(せめ)ぎ出(い)で来(きた)る。 這(こ)の八戒(はっかい)鈀(は)を挙(あ)げて敵(てき)を迎(むか)え、且(か)つ戦(たたか)い且(か)つ退(しりぞ)き、水(みず)の中(うち)を跳(と)び出(い)づ。 這(こ)の岸(きし)の上(うえ)の斉天大聖(せいてんたいせい)と七兄弟(しちきょうだい)は一斉(いっせい)に上前(すす)み、槍刀(そうとう)を乱(みだ)りに扎(さ)し、箇(ひとつ)の龍孫(りゅうそん)を把(と)って幾段(いくきれ)かの肉餅(にくへい=肉(にく)の塊(かたまり))に剁(きざ)む。 那(か)の駙馬(ふば)停当(ていとう=収(おさ)まり)ならざるを見(み)、山前(さんぜん)に在(あ)りて箇(ひとつ)の滚(ころ)びを打(う)ち、又(また)本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、翅(つばさ)を展(ひら)き、旋繞(せんにょう=旋回(せんかい))し飛騰(ひとう)す。 二郎(じろう)即(すなわ)ち金弓(きんきゅう=金(きん)の弓(ゆみ))を取(と)り、銀弾(ぎんだん=銀(ぎん)の弾(たま))を安(つ)け、弓(ゆみ)を扯(ひ)き満(み)たし、上(うえ)に向(むか)って就(すなわ)ち打(う)つ。 那(か)の怪(かい)急(いそ)ぎ翅(つばさ)を鎩(おと)し、辺前(へんぜん=際(きわ))に掠(かす)め到(いた)り、二郎(じろう)を咬(か)まんと要(よう)するに、半腰(はんよう)の裡(うち)より才(わず)かに一箇(ひとつ)の頭(あたま)を伸(の)ばし出(いだ)せしを、那(か)の頭(かしら)の細犬(さいけん=細(ほそ)き犬(いぬ))に、攛(と)び上(あ)がられ、汪(わん)たる一口(ひとくち)に、頭(あたま)を把(と)って血(ち)淋淋(りんりん)と咬(か)み将(も)って下(おろ)さる。 那(か)の怪物(かいぶつ)痛(いたみ)を負(お)うて生(いき)を逃(のが)れ、径(ただ)ちに北海(ほっかい)に投(とう)じて去(ゆ)く。 八戒(はっかい)便(すなわ)ち赶(お)い去(ゆ)かんと要(よう)するに、行者(ぎょうじゃ)止(とど)めて道(い)う、 「且(しばら)く他(かれ)を赶(お)うこと莫(なか)れ。正(まさ)に是(こ)れ窮寇(きゅうこう=追(お)い詰(つ)められた賊(ぞく))は追(お)う勿(なか)れ。他(かれ)細犬(さいけん)に頭(あたま)を咬(か)まれしゆえ、必(かなら)ず是(こ)れ死(し)多(おお)く生(せい)少(すくな)し。我(われ)の他(かれ)の形(かたち)に変(へん)じ做(な)るを等(ま)て、汝(なんじ)水路(すいろ)を分(わ)け開(ひら)き、我(われ)を赶(お)って進(い)り去(ゆ)かしめ、那(か)の宮主(こうしゅ)を尋(たず)ね、他(かれ)が宝貝(ほうばい)を詐(だま)し取(と)り来(きた)らん」と。 二郎(じろう)と六聖(ろくせい)道(い)う、 「他(かれ)を赶(お)わざるは、倒(かえ)って也(また)罷(よ)し。只(た)だ是(こ)れ此(こ)の種族(しゅぞく)を世(よ)に遺(のこ)せば、必(かなら)ず後人(こうじん)の害(がい)と為(な)らん」と。 今(いま)に至(いた)るまで箇(ひとつ)の九頭虫(きゅうとうちゅう)の滴血(てきけつ=滴(したた)る血(ち))有(あ)るは、是(こ)れ遺種(いしゅ=残(のこ)りし種(たね))なり。 那(か)の八戒(はっかい)言(げん)に依(よ)り、水路(すいろ)を分(わ)け開(ひら)き、行者(ぎょうじゃ)怪(かい)の象(かたち)に変(へん)じて前(まえ)に走(はし)り、八戒(はっかい)吆吆喝喝(ようようかつかつ=わあわあ)と後(うしろ)より追(お)う。 漸(ようや)く追(お)うて龍宮(りゅうぐう)に至(いた)るに、只(た)だ見(み)る、那(か)の万聖宮主(ばんせいこうしゅ)の道(い)う、 「駙馬(ふば)、怎(いか)して這(かく)の等(ごと)く慌張(こうちょう=あわただし)き」と。 行者道(い)う、 「那(か)の八戒(はっかい)勝(か)ちを得(え)、我(われ)を把(と)って赶(お)い将(も)って進(い)り来(きた)れり。道(おも)うに他(かれ)に敵(てき)すること能(あた)わずと。 汝(なんじ)快(はや)く宝貝(ほうばい)を把(と)って好(よ)く生(よく)蔵(かく)せよ!」と。 那(か)の宮主(こうしゅ)急(いそ)ぎて難(かた)く真假(しんか)を識(し)り、即(すなわ)ち後殿(こうでん)の裡(うち)より一箇(ひとつ)の渾金匣子(こんきんこうし=総金(そうきん)の箱(はこ))を取(と)り出(いだ)し来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)して道(い)う、 「這(こ)れは是(こ)れ仏宝(ぶっぽう)なり」と。 又(また)一箇(ひとつ)の白玉匣子(はくぎょくこうし=白(しろ)い玉(たま)の箱(はこ))を取(と)り出(いだ)し、也(また)行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)して道(い)う、 「這(こ)れは是(こ)れ九葉霊芝(きゅうようれいし)なり。汝(なんじ)這(こ)の宝貝(ほうばい)を拿(と)って蔵(かく)し去(ゆ)け、我(われ)の猪八戒(ちょはっかい)と二三合(にさんごう)闘(たたか)い、他(かれ)を擋(ふせ)ぎ住(とど)むるを等(ま)て、汝(なんじ)宝貝(ほうばい)を収(おさ)め好(よ)く了(おわ)りて、再(ふたた)び出(い)で来(きた)りて他(かれ)と合戦(がっせん)せよ」と。 行者(ぎょうじゃ)二箇(ふたつ)の匣児(こうじ=箱(はこ))を将(も)って身辺(しんぺん)に収(おさ)め、臉(つら)を把(と)って一抹(ひとぬぐ)いし、本象(ほんぞう)を現(あらわ)して道(い)う、 「宮主(こうしゅ)、汝(なんじ)看(み)よ、我(われ)は是(こ)れ駙馬(ふば)なる可(べ)きや」と。 宮主(こうしゅ)慌(あわ)て、便(すなわ)ち匣子(こうし)を搶奪(そうだつ=奪(うば)い取(と))らんと要(よう)するに、八戒(はっかい)に跑(はし)り上(のぼ)られ、背(せ)に着(つ)けて一鈀(ひとは)、地(ち)に築(つ)き倒(たお)さる。 還(ま)た一箇(ひとり)の老龍婆(ろうりゅうば)の身(み)を撤(ひ)いて就(すなわ)ち走(はし)る有(あ)りしが、八戒(はっかい)に扯(ひっつか)まれ、鈀(は)を挙(あ)げて才(わず)かに築(つ)かんとするに、行者道(い)う、 「且(しばら)く住(とど)まれ! 他(かれ)を打(う)ち殺(ころ)すこと莫(なか)れ、活(い)けるを留(とど)め、好(よ)く国内(こくない)に去(ゆ)きて功(こう)を見(み)せん」と。 遂(つい)に龍婆(りゅうば)を将(も)って水(みず)の面(おもて)に提(ひ)き出(いだ)す。 行者(ぎょうじゃ)随(したが)って後(のち)より二箇(ふたつ)の匣子(こうじ)を捧(ささ)げて岸(きし)に上(のぼ)り、二郎(じろう)に向(むか)って道(い)う、 「兄長(けいちょう)の威力(いりょく)を感(かん)じ、宝貝(ほうばい)を得(え)、妖賊(ようぞく)を掃(は)い浄(きよ)めたり」と。 二郎道(い)う、 「一則(ひとつ)には是(こ)れ那(か)の国王(こくおう)の洪福(こうふく=大(おお)いなる福(ふく))の天(てん)に斉(ひと)しき、二則(ふたつ)には是(こ)れ賢昆玉(けんこんぎょく=貴公(きこう)たち)の神通(じんつう)無量(むりょう)、我(われ)何(なん)の功(こう)か之(これ)有(あ)らん!」と。 兄弟達(きょうだいたち)俱(とも)に道(い)う、 「孫二哥(そんにいあに)既(すで)に已(すで)に功(こう)成(な)れり、我等(われら)は此(ここ)に就(つ)きて告別(こくべつ)せん」と。 行者(ぎょうじゃ)感謝(かんしゃ)して尽(つ)きず、留(とど)めて同(とも)に国王(こくおう)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す。諸公(しょこう)肯(うべな)わず、遂(つい)に衆(しゅう)を帥(ひき)いて灌口(かんこう)に回(かえ)る。 行者(ぎょうじゃ)匣子(こうじ)を捧(ささ)げ、八戒(はっかい)龍婆(りゅうば)を拖(ひ)き、半(なか)ば雲(くも)に半(なか)ば霧(きり)に、頃刻間(しばらく)にして国内(こくない)に到(いた)る。 原来(もと)那(か)の金光寺(きんこうじ)の解脱(げだつ)せられし和尚(おしょう)は、都(みな)城外(じょうがい)に在(あ)りて迎接(げいせつ)し居(お)りしが、忽(たちま)ち他(かれ)二箇(ふたり)の雲霧(うんむ)の定(さだ)まるを見(み)、近(ちか)づき前(すす)みて頭(あたま)を磕(ぬかず)き礼拝(らいはい)し、城(しろ)の中(うち)に接(むか)え入(い)る。 那(か)の国王(こくおう)と唐僧(とうそう)は正(まさ)に殿上(でんじょう)に在(あ)りて講論(こうろん=話(はな)し合(あ))い居(お)る処(ところ)、此(ここ)に先(さき)に走(はし)れる和尚(おしょう)の礼(れい)に仗(よ)りて胆(きも)を着(つ)け朝門(ちょうもん)に進(い)り奏(そう)して道(い)う、 「万歳(ばんぜい)、孫・猪(そん・ちょ)の二老爺(にろうや)賊(ぞく)を擒(とら)え宝(たから)を獲(え)て来(きた)れり也(なり)」と。 那(か)の国王(こくおう)說(い)うを聽(き)き、連(つる)れて殿(でん)を下(お)り、唐僧(とうそう)、沙僧(さそう)と共(とも)に、迎(むか)えて神功(しんこう)を称謝(しょうしゃ)すること尽(つ)きず、随(したが)って筵(うたげ)を排(なら)べて恩(おん)を謝(しゃ)せしむ。 三蔵道(い)う、 「且(しばら)く賜飲(しいん=酒(さけ)を賜(たま)わる)を須(もち)いず、小徒(しょうと)をして塔中(とうちゅう)の宝(たから)を帰(かえ)さしめ、方(はじ)めて飲宴(いんえん)す可(べ)し」と。 三蔵(さんぞう)又(また)行者(ぎょうじゃ)に問(と)うて道(い)う、 「汝等(なんじら)昨日(きのう)国(くに)を離(はな)れしに、怎(いか)して今日(こんにち)才(わず)かに来(きた)れる」と。 行者(ぎょうじゃ)那(か)の駙馬(ふば)と戦(たたか)い、龍王(りゅうおう)を打(う)ち、真君(しんくん)に逢(あ)い、妖怪(ようかい)を敗(やぶ)り、及(およ)び変化(へんげ)して宝貝(ほうばい)を詐(だま)し取(と)りし事(こと)を、細(こま)かに一遍(ひととおり)說(い)う。 三蔵(さんぞう)と国王(こくおう)、大小(だいしょう)の文武(ぶんぶ)は、俱(とも)に之(これ)を喜(よろこ)ぶに勝(た)えず。 国王(こくおう)又(また)問(と)う、 「龍婆(りゅうば)は人(ひと)の言語(げんご)を能(よ)くするや否(いな)や」と。 八戒道(い)う、 「乃(すなわ)ち是(こ)れ龍王(りゅうおう)の妻(つま)にして、許多(あまた)の龍子(りゅうし)・龍孫(りゅうそん)を生(う)めり、豈(あ)に人言(じんげん)を知(し)らざらんや」と。 国王道(い)う、 「既(すで)に人言(じんげん)を知(し)らば、快(はや)く早(はや)く前後(ぜんご)の賊(ぞく)を做(な)しし事(こと)を說(い)え」と。 龍婆道(い)う、 「仏宝(ぶっぽう)を偷(ぬす)みしは、我(われ)全(まった)く知(し)らず。都(みな)是(こ)れ我(われ)が那(あ)の夫君(ふくん=夫(おっと))の龍鬼(りゅうき)と那(か)の駙馬(ふば)の九頭虫(きゅうとうちゅう)の、汝(なんじ)が塔(とう)の上前(うえ)の光(ひかり)の乃(すなわ)ち是(こ)れ仏家(ぶっけ)の舎利子(しゃりし)なるを知(し)り、三年前(さんねんまえ)血雨(けつう)を下(くだ)し、機(き)に乗(じょう)じて盗(ぬす)み去(さ)れるなり」と。 又(また)問(と)う、 「霊芝草(れいしそう)は是(こ)れ怎(いか)にして偷(ぬす)みし」と。 龍婆道(い)う、 「只(た)だ是(こ)れ我(われ)が小女(しょうじょ)の万聖宮主(ばんせいこうしゅ)の、私(ひそか)に大羅天(だいらてん)の上(うえ)霊霄殿(れいしょうでん)の前(まえ)に入(い)り、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の九葉霊芝草(きゅうようれいしそう)を偷(ぬす)めるなり。 那(か)の舎利子(しゃりし)は此(こ)の草(くさ)の仙気(せんき)を得(え)て温養(おんよう)せられ、千年(せんねん)壊(やぶ)れず、万載(ばんさい)光(ひかり)を生(しょう)じ、地下(ちか)に去(ゆ)き、或(あるい)は田(た)の中(うち)に在(あ)りて、掃(は)き掃(は)うこと一(ひと)すれば即(すなわ)ち万道(ばんどう)の霞光(かこう)、千条(せんじょう)の瑞気(ずいき)有(あ)り。 如今(いま)汝(なんじ)に奪(うば)い来(きた)られ、我(われ)をして夫(おっと)死(し)し子(こ)絶(た)え、婿(むこ)喪(うしな)われ女(むすめ)亡(ほろ)ぶるを得(え)しむ。千万(くれぐれも)我(われ)が命(いのち)を饒(ゆる)し給(たま)え!」と。 八戒道(い)う、 「正(まさ)に汝(なんじ)を饒(ゆる)さざらんとすなり!」と。 行者道(い)う、 「家(いえ)に全犯(ぜんぱん=全員(ぜんいん)が罪(つみ)を犯(おか)すこと)無(な)し。我(われ)便(すなわ)ち汝(なんじ)を饒(ゆる)さん、只(た)だ便(すなわ)ち汝(なんじ)が長遠(ちょうえん=末永(すえなが)く)我(われ)に替(かわ)りて塔(とう)を看(み)ることを要(よう)す」と。 龍婆道(い)う、 「好(よ)く死(し)するは悪(あ)しく活(い)くるに如(し)かず。但(た)だ我(われ)が命(いのち)を留(とど)めば、汝(なんじ)の教(おし)うるに任(まか)せて甚(なん)をか做(な)さん」と。 行者(ぎょうじゃ)鉄索(てっさく)を取(と)り来(きた)るを叫(さけ)ぶ。当駕官(とうがかん)即(すなわ)ち鉄索(てっさく)一条(ひとすじ)を取(と)り、龍婆(りゅうば)の琵琶骨(びわこつ=鎖骨(さこつ))を把(と)って穿(とお)す。 沙僧(さそう)に教(おし)えて、 「国王(こくおう)を請(しょう)じ来(きた)りて我等(われら)の塔(とう)を安(やすん)ずるを看(み)しめよ」と。 那(か)の国王(こくおう)即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ駕(が=車駕(しゃが))を排(なら)べ、遂(つい)に三蔵(さんぞう)と手(て)を携(たずさ)えて朝(ちょう)を出(い)で、文武(ぶんぶ)の多官(たかん)を并(あわ)せ、随(したが)って金光寺(きんこうじ)に至(いた)り塔(とう)に上(のぼ)る。 舎利子(しゃりし)を将(も)って第十三層(だいじゅうさんそう)の塔頂(とうちょう)の宝瓶(ほうへい)の中間(ちゅうかん)に安(やすん)じ、龍婆(りゅうば)を把(と)って塔心(とうしん)の柱(はしら)の上(うえ)に鎖(さ)し、真言(しんごん)を念(ねん)じ動(うご)かし、本国(ほんごく)の土地(どち)・城隍(じょうこう=城(しろ)の神(かみ))と本寺(ほんじ)の伽藍(がらん)を喚(よ)び出(いだ)し、三日(みっか)毎(ごと)に飲食(おんじき)一餐(いっさん)を送(おく)り、這(こ)の龍婆(りゅうば)に与(あた)えて口(くち)を度(わた)らしめ、少(すこ)しも差訛(さか=過(あやま)ち)有(あ)らば、即(すなわ)ち行(ぎょう)じて斬(き)らしむ。衆神(しゅうしん)暗(あん)に領諾(りょうだく=承(うけたまわ))す。 行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って芝草(しそう=霊芝(れいし)の草(くさ))を将(も)って十三層(じゅうさんそう)の塔(とう)を層層(そうそう)に掃(は)き過(す)ぎ、瓶(へい)の内(うち)に安(やすん)じ、舎利子(しゃりし)を温養(おんよう)す。 此(こ)れ才(はじ)めて是(こ)れ旧(きゅう)を整(ととの)えて新(あたら)しきが如(ごと)く、霞光(かこう)万道(ばんどう)、瑞気(ずいき)千条(せんじょう)、依然(いぜん)として八方(はっぽう)共(とも)に睹(み)、四国(しこく)同(とも)に瞻(み)る。 塔門(とうもん)を下(お)るに、国王(こくおう)就(すなわ)ち謝(しゃ)して道(い)う、 「老仏(ろうぶつ)と三位(さんみ)の菩薩(ぼさつ)の此(ここ)に到(いた)らざれば、怎(いか)でか此(こ)の事(こと)を明(あき)らかにするを得(え)んや!」と。 行者道(い)う、 「陛下(へいか)、金光(きんこう)の二字(にじ)は好(よ)からず、是(こ)れ久(ひさ)しく住(とど)まるべきの物(もの)に非(あら)ず。金(きん)は乃(すなわ)ち流動(りゅうどう)の物(もの)、光(ひかり)は乃(すなわ)ち熌灼(せんしゃく=ちらちらする)の気(き)なり。貧僧(ひんそう)汝(なんじ)の為(ため)に此(こ)の場(ば)を労碌(ろうろく=骨折(ほねお))せり。此(こ)の寺(てら)を将(も)って改(あらた)めて伏龍寺(ふくりゅうじ)と做(な)し、汝(なんじ)をして永遠(えいえん)に常存(じょうそん=長(なが)く存(そん))せしめん」と。 那(か)の国王(こくおう)即(すなわ)ち字号(じごう=文字(もじ))を換(か)うるを命(めい)じ、新(あたら)しき匾(へん=扁額(へんがく))を懸(か)けしむ。乃(すなわ)ち是(こ)れ「勅建護国伏龍寺(ちょくけんごこくふくりゅうじ)」なり。 一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))には御宴(ぎょえん)を安排(あんばい)し、一壁廂(いっぺきしょう=他方(たほう))には丹青(たんせい=絵師(えし))を召(め)して四衆(ししゅう)の生形(せいけい=姿(すがた))を写(うつ)させ、五鳳楼(ごほうろう)に名号(みょうごう)を注(ちゅう)す。 国王(こくおう)鑾駕(らんが=天子(てんし)の車(くるま))を擺(なら)べ、唐僧(とうそう)の師徒(しと)を送(おく)り、金玉(きんぎょく)を賜(たま)いて酬答(しゅうとう=返礼(へんれい))せんとすれど、師徒達(しとたち)堅(かた)く辞(じ)して、一毫(いちごう)も受(う)けず。 這(こ)れ真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ: 邪怪(じゃかい)剪除(せんじょ)されて万境(ばんきょう)静(しず)かに、 宝塔(ほうとう)光(ひかり)を回(めぐ)らして大地(だいち)明(あき)らかなり。 畢竟(つい)に此(こ)の去(ゆ)きて前路(ぜんろ)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。 第六十四回 荊棘嶺(けいきょくれい)に悟能(ごのう)努力(どりょく)し 木仙庵(もくせんあん)に三蔵(さんぞう)詩(し)を談(だん)ず 祭賽国(さいさいこく)の国王(こくおう)の唐三蔵(とうさんぞう)師徒(しと)の宝(たから)を獲(え)怪(かい)を擒(とら)えし恩(おん)を謝(しゃ)せるを表(あらわ)すに、贈(おく)る所(ところ)の金玉(きんぎょく)は、分毫(ぶんごう=少(すこ)しも)受(う)けず。却(かえ)って当駕官(とうがかん)に命(めい)じて、四位(よにん)の常(つね)に穿(き)る衣服(いふく)に照(しょう)し依(よ)り、各(おのおの)二套(ふたく)を作(つく)らしめ、鞋襪(がいべつ=靴(くつ)と靴下(くつした))各(おのおの)二足(にそく)、絛環(じょうかん=帯(おび)と環(わ))各(おのおの)二条(にじょう)を作(つく)らしめ、外(ほか)に乾糧(かんりょう=乾(ほ)し糧(かて))・烘炒(こうしょう=炒(い)った物(もの))を備(そな)え、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し、大(おお)いに鑾駕(らんが)を排(なら)べ、文武(ぶんぶ)の多官(たかん)を并(あわ)せ、満城(まんじょう)の百姓(ひゃくせい)、伏龍寺(ふくりゅうじ)の僧人(そうにん)、大(おお)いに吹(ふ)き大(おお)いに打(う)ち、四衆(ししゅう)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)づ。 約(およ)そ二十里(にじゅうり)にして、先(ま)ず国王(こくおう)に辞(じ)す。衆人(しゅうじん)又(また)二十里(にじゅうり)送(おく)りて辞(じ)し回(かえ)る。伏龍寺(ふくりゅうじ)の僧人(そうにん)は五六十里(ごろくじゅうり)送(おく)りて回(かえ)らず、或(あるい)は同(とも)に西天(せいてん)に上(のぼ)らんと要(よう)し、或(あるい)は修行(しゅぎょう)して伏侍(ぶじ)せんと要(よう)す。 行者(ぎょうじゃ)皆(みな)肯(あ)えんで回(かえ)らざるを見(み)、遂(つい)に箇(ひとつ)の手段(しゅだん)を弄(ろう)し、毫毛(ごうもう)を把(と)って三四十根(さんしじゅうこん)抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)じよ!」と叫(さけ)ぶ。 都(みな)変(へん)じて斑斕(はんらん=斑(ぶち)の)猛虎(もうこ)と為(な)り、前路(ぜんろ)を攔(さえぎ)り、哮吼(こうこう=吠(ほ)え)し踊躍(ゆうやく=跳(と)び)る。 衆僧(しゅうそう)方(はじ)めて懼(おそ)れ、敢(あ)えて前進(ぜんしん)せず。大聖(たいせい)才(わず)かに師父(しふ)を引(みちび)き馬(うま)に策(むちう)ちて去(ゆ)く。 少時(しばらく)の間(あいだ)に、去(ゆ)くこと遠(とお)きを得(え)て、衆僧人(しゅうそうにん)声(こえ)を放(はな)ちて大(おお)いに哭(な)き、都(みな)喊(さけ)んで、 「恩(おん)有(あ)り義(ぎ)有(あ)るの老爺(ろうや)! 我等(われら)縁(えん)無(な)く、肯(あ)えんで我等(われら)を度(ど)し給(たま)わざるなり!」と。 且(しばら)く衆僧(しゅうそう)の啼哭(ていこく=泣(な)き叫(さけ)ぶ)を說(い)わず、却(かえ)って說(い)う、師徒(しと)四衆(ししゅう)、大路(たいろ)の上(うえ)に走(はし)り上(のぼ)り、却(かえ)って才(わず)かに毫毛(ごうもう)を収(おさ)め回(かえ)し、一直(いっちょく)に西(にし)へ去(ゆ)く。 正(まさ)に是(こ)れ時序(じじょ=季節(きせつ))遷(うつ)り易(やす)く、又(また)早(はや)くも冬(ふゆ)残(のこ)り春(はる)至(いた)り、暖(あたた)かならず寒(さむ)からず、正(まさ)に好(よ)く逍遙(しょうよう)として路(みち)を行(ゆ)く。 忽(たちま)ち一条(ひとすじ)の長(なが)き嶺(みね)を見(み)る。嶺頂(れいちょう=嶺(みね)の頂(いただき))の上(うえ)是(こ)れ路(みち)なり。 三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(おさ)えて観(み)るに、那(か)の嶺(みね)の上前(うえ)荊棘(けいきょく=茨(いばら))丫叉(あさ=枝(えだ)が叉(また)になる)、薜蘿(へきら=つた)牽(ひ)き繞(まと)い、是(こ)れ道路(どうろ)の痕跡(こんせき)有(あ)ると雖(いえど)も、左右(さゆう)は却(かえ)って都(みな)是(こ)れ荊刺(けいし=茨(いばら)の刺(とげ))・棘針(きょくしん=茨(いばら)の針(はり))なり。 唐僧(とうそう)叫(よ)んで、 「徒弟(とてい)、這(こ)の路(みち)怎(いか)にして生(しょう)じて走(はし)り得(う)べき」と。 行者道(い)う、 「怎(いか)でか走(はし)り得(え)ざらん」と。 又(また)道(い)う、 「徒弟(とてい)や、路痕(ろこん=道(みち)の痕(あと))は下(した)に在(あ)り、荊棘(けいきょく)は上(うえ)に在(あ)り。只(た)だ是(こ)れ蛇虫(だちゅう=蛇(へび)と虫(むし))の地(ち)に伏(ふ)して而(しか)して游(およ)ぐを除(のぞ)きてこそ、方(はじ)めて去(ゆ)く可(べ)けれ。若(も)し汝等(なんじら)走(はし)らば、腰(こし)も也(また)伸(の)ばし難(がた)く、我(われ)をして如何(いか)でか馬(うま)に乗(の)らしめん」と。 八戒道(い)う、 「打緊(だいじ)ならず。我(われ)が鈀柴手(はししゅ=鈀(は)で柴(しば)を刈(か)る手(て))を出(いだ)さんを等(ま)て。釘鈀(ていは)を将(も)って荊棘(けいきょく)を分(わ)け開(ひら)き、馬(うま)に乗(の)るを說(い)わず、轎(かご)を抬(かつ)ぐと雖(いえど)も也(また)汝(なんじ)の過(す)ぎ去(ゆ)くを包(請(う)け合(あ))わん」と。 三蔵道(い)う、 「汝(なんじ)力(ちから)有(あ)ると雖(いえど)も、長遠(ちょうえん=長(なが)き道(みち))熬(た)え難(がた)し。却(かえ)って多少(いくばく)の遠近(えんきん)なるを知(し)らず、怎(いか)でか這(かく)の許多(あまた)の精神(せいしん)を費(つい)やすを得(え)ん」と。 行者道(い)う、 「商量(しょうりょう)を須(もち)いず、我(われ)の去(ゆ)きて看(み)るを等(ま)て」と。 身(み)を将(も)って一縦(ひととび)し、半空(はんくう)に跳(と)び在(あ)りて看(み)る時(とき)、一望(いちぼう)際(きわ)り無(な)し。真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ: 地(ち)を匝(めぐ)り天(てん)に遠(とお)く、 煙(けぶり)を凝(こ)らし雨(あめ)を帯(お)ぶ。 夾道(きょうどう=道(みち)の両側(りょうがわ))柔茵(じゅういん=柔(やわ)らかき敷物(しきもの))乱(みだ)れ、 漫山(まんざん=山(やま)一面(いちめん))翠蓋(すいがい=緑(みどり)の蓋(おおい))張(は)る。 密密搓搓(みつみつささ=びっしりと)初(はじ)めて葉(は)を発(はっ)し、 攀攀扯扯(はんはんしゃしゃ=からみつき)正(まさ)に芬芳(ふんぽう=香(かお)り)なり。 遥(はる)かに望(のぞ)めば何(いず)こをか尽(つ)くる所(ところ)と知(し)らず、 近(ちか)く観(み)れば一(ひと)に緑雲(りょくうん=緑(みどり)の雲(くも))の茫(ぼう=広(ひろ)がる)たるに似(に)たり。 蒙蒙茸茸(もうもうじょうじょう=ふさふさと)、 郁郁蒼蒼(いくいくそうそう=青々(あおあお)と茂(しげ))る。 風声(ふうせい)飄(ひるがえ)って索索(さくさく)と、 日影(にちえい)映(うつ)して煌煌(こうこう)たり。 那(そ)の中間(ちゅうかん)に松(まつ)有(あ)り柏(かしわ)有(あ)りて還(ま)た竹(たけ)有(あ)り、 梅(うめ)多(おお)く柳(やなぎ)多(おお)くして更(さら)に桑(くわ)多(おお)し。 薜蘿(へきら)古樹(こじゅ=古(ふる)き木(き))に纏(まと)い、 藤葛(とうかつ=藤(ふじ)と葛(くず))垂楊(すいよう=柳(やなぎ))を繞(めぐ)る。 盤団(ばんだん=まるくかたまり)すること架(たな)の似(ごと)く、 聯絡(れんらく)すること床(とこ)の如(ごと)し。 花(はな)の開(ひら)く処(ところ)有(あ)りて真(まこと)に錦(にしき)を布(し)き、 無端(むたん=わけもなく)卉(くさ)発(ひら)いて遠(とお)く香(かおり)を生(しょう)ず。 人(ひと)と為(な)りて誰(たれ)か荊棘(けいきょく)に遭(あ)わざらん、 那(なん)ぞ西方(せいほう)の荊棘(けいきょく)の長(なが)きを見(み)ん! 行者(ぎょうじゃ)看(み)ること多時(たじ=久(ひさ)しい)にして、雲頭(うんとう)を将(も)って按(おさ)え下(おろ)して道(い)う、 「師父(しふ)、這(こ)の去処(ところ)遠(とお)し!」と。 三蔵(さんぞう)問(と)う、 「多少(いくばく)の遠(とお)さ有(あ)る」と。 行者道(い)う、 「一望(いちぼう)際(きわ)り無(な)く、千里(せんり)の遥(はる)かなるに似(に)たり」と。 三蔵(さんぞう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、 「怎(いか)にして生(しょう)ぜんか是(こ)れ好(よ)き」と。 沙僧(さそう)笑(わら)って道(い)う、 「師父(しふ)愁(うれ)うること莫(なか)れ。我等(われら)也(また)焼荒(しょうこう=野焼(のや)き)する者(もの)に学(まな)び、一把(ひとつかみ)の火(ひ)を放(はな)ち、荊棘(けいきょく)を焼(や)き絶(た)えて過(す)ぎ去(ゆ)かん」と。 八戒道(い)う、 「乱(みだ)りに談(だん)ずること莫(なか)れ! 焼荒(しょうこう)は須(すべから)く十来月(じゅうらいげつ=十月(じゅうがつ)頃(ごろ))に在(あ)るべし、草(くさ)衰(おとろ)え木(き)枯(か)るるに、方(はじ)めて好(よ)く火(ひ)を引(ひ)く可(べ)し。如今(いま)正(まさ)に是(こ)れ蕃盛(はんせい=茂(しげ)り栄(さか)える)の時(とき)なり、怎(いか)でか焼(や)き得(え)ん!」と。 行者道(い)う、 「就(すなわ)ち是(こ)れ焼(や)き得(う)るも、也(また)人(ひと)を怕(おそ)らしむ」と。 三蔵道(い)う、 「這(かく)の般(ごと)くして怎(いか)でか度(わた)るを得(え)ん」と。 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、 「度(わた)るを得(え)んと要(ほっ)せば、還(ま)た我(われ)に依(よ)れ」と。 好(よ)き呆子(ほうし)、箇(ひとつ)の訣(けつ)を捻(ねん)じ、箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、腰(こし)を把(と)って一躬(ひとゆが)めし、「長(たか)くなれ!」と叫(さけ)ぶ。 就(すなわ)ち長(たか)くなりて二十丈(にじゅうじょう)の高下(こうげ)有(あ)る身(み)の躯(からだ)と為(な)り、釘鈀(ていは)を把(と)って一幌(ひとゆす)りし、「変(へん)じよ!」と教(さしむ)く。 就(すなわ)ち変(へん)じて三十丈(さんじゅうじょう)の長短(ちょうたん)有(あ)る鈀柄(はへい=鈀(は)の柄(え))と為(な)り、歩(あゆみ)を運(はこ)びて、双手(もろて)に鈀(は)を使(つか)い、荊棘(けいきょく)を将(も)って左右(さゆう)に摟(わ)け開(ひら)いて、 「師父(しふ)請(こう)う我(われ)に跟(したが)い来(きた)れ也(なり)!」と。 三蔵(さんぞう)見(み)て甚(はなは)だ喜(よろこ)び、即(すなわ)ち馬(うま)に策(むちう)ちて緊(きつ)く随(したが)う。後面(こうめん)に沙僧(さそう)行李(こうり)を挑(にな)い、行者(ぎょうじゃ)也(また)鉄棒(てつぼう)を使(つか)って撥(か)き開(ひら)く。 這(こ)の一日(いちにち)未(いま)だ手(て)を住(とど)めず、行(ゆ)くこと百十里(ひゃくじゅうり)有(あ)り、将(まさ)に天(てん)晩(く)れんとするに、一塊(ひとくれ)の空闊(くうかつ=広(ひろ)く空(あ)く)の処(ところ)の、当路(とうろ=道(みち)の中(なか))に一通(ひとつ)の石碣(せっけつ=石碑(せきひ))有(あ)るを見(み)る。上(うえ)に三箇(みっつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「荊棘嶺(けいきょくれい)」、下(した)に二行(ふたくだり)十四箇(じゅうよんこ)の小字(しょうじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「荊棘(けいきょく)蓬攀(ほうはん)八百里(はっぴゃくり)、古来(こらい)路(みち)有(あ)れど人(ひと)行(ゆ)くこと少(すくな)し」と。 八戒(はっかい)見(み)て笑(わら)って道(い)う、 「我(われ)が老猪(ろうちょ)の他(かれ)に上(うえ)へ两句(ふたく)を添(そ)えんを等(ま)て:自今(いまより)八戒(はっかい)能(よ)く開(ひら)き破(やぶ)り、直(ただ)ちに西方(せいほう)に透(とお)りて路(みち)尽(ことごと)く平(たい)らかなり!」と。 三蔵(さんぞう)欣然(きんぜん)として馬(うま)を下(お)りて道(い)う、 「徒弟(とてい)や、汝(なんじ)を労(つか)れしめたり! 我等(われら)は就(すなわ)ち此(ここ)に在(あ)りて今宵(こんしょう)を住(とど)まり過(す)ごし、明日(みょうにち)天光(てんこう=明(あ)かるくなる)を待(ま)ちて再(ふたた)び走(はし)らん」と。 八戒道(い)う、 「師父(しふ)住(とど)まること莫(なか)れ。此(こ)の天色(てんしょく)の晴明(せいめい)なるに趁(じゅん)じ、我等(われら)興(きょう)有(あ)り、夜(よる)を連(つら)ねて路(みち)を摟(わ)け開(ひら)きて他(かれ)が娘(はは)を走(はし)らしめよ!」と。 那(か)の長老(ちょうろう)只(た)だ相従(したが)うを得(え)るのみ。 八戒(はっかい)上前(すす)みて努力(どりょく)し、師徒達(しとたち)人(ひと)は手(て)を住(とど)めず、馬(うま)は蹄(ひづめ)を停(とど)めず、又(また)一日一夜(いちにちいちや)行(ゆ)くに、却(かえ)って又(また)天色(てんしょく)晩(く)れたり。 那(か)の前面(ぜんめん)蓬蓬結結(ほうほうけつけつ=もじゃもじゃと茂(しげ))り、又(また)風(かぜ)の竹韻(ちくいん=竹(たけ)の音(おと))を敲(たた)き、颯颯(さつさつ)たる松声(しょうせい=松(まつ)の音(おと))を聞(き)く。 却(かえ)って好(よ)く又(また)一段(ひとくだり)の空地(くうち)有(あ)りて、中間(ちゅうかん)乃(すなわ)ち是(こ)れ一座(ひとつ)の古廟(こびょう)なり。廟門(びょうもん)の外(そと)に、松柏(しょうはく=松(まつ)と柏(かしわ))の青(あお)を凝(こ)らし、桃梅(とうばい=桃(もも)と梅(うめ))の麗(うるわ)しきを闘(たたか)わす有(あ)り。 三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)り、三箇(みたり)の徒弟(とてい)と同(とも)に看(み)るに、只(た)だ見(み)る: 岩前(がんぜん)の古廟(こびょう)寒流(かんりゅう)を枕(まくら)とし、 落目(らくもく=沈(しず)む日(ひ))荒煙(こうえん)廃丘(はいきゅう=廃(すた)れた丘(おか))を鎖(とざ)す。 白鶴(はくかく)の叢中(そうちゅう)歳月(さいげつ)深(ふか)く、 緑蕪(りょくぶ=緑(みどり)の草(くさ))の台下(たいか)自(おの)ずから春秋(しゅんじゅう)たり。 竹(たけ)青珮(せいはい=青(あお)い佩玉(はいぎょく))を揺(ゆ)るがして語(ことば)を聞(き)くかと疑(うたが)い、 鳥(とり)余音(よいん)を弄(もてあそ)んで愁(うれい)を訴(うった)うるに似(に)たり。 鶏犬(けいけん=鶏(にわとり)と犬(いぬ))通(つう)ぜず人迹(じんせき=人(ひと)の跡(あと))少(すくな)く、 閑花(かんか)野蔓(やまん=野(の)のつる)牆頭(しょうとう=塀(へい)の上(うえ))を繞(めぐ)る。 行者(ぎょうじゃ)看(み)て道(い)う、 「此(こ)の地(ち)吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し、久(ひさ)しく坐(ざ)すべからず」と。 沙僧道(い)う、 「師兄(しけい)疑(うたがい)を差(たが)えり。這(かく)の如(ごと)き杳(よう)として人煙(じんえん)無(な)きの処(ところ)に、又(また)箇(ひとつ)の怪獣(かいじゅう)妖禽(ようきん)無(な)し、他(かれ)の怎(なん)をか怕(おそ)れん」と。 說(い)い了(おわ)らざるに、忽(たちま)ち一陣(ひとむれ)の陰風(いんぷう)を見(み)る。廟門(びょうもん)の後(うしろ)より、一箇(ひとり)の老者(ろうじゃ)の転(まわ)り出(い)づる有(あ)り。頭(あたま)に角巾(かくきん=角(つの)形(がた)の頭巾(ずきん))を戴(いただ)き、身(み)に淡服(たんぷく=淡(あわ)い色(いろ)の服(ふく))を穿(き)、手(て)に拐杖(かいじょう=杖(つえ))を把(と)り、足(あし)に芒鞋(ぼうがい=藁(わら)の靴(くつ))を踏(ふ)む。後(うしろ)に一箇(ひとり)の青臉獠牙(せいれんりょうが=青(あお)い顔(かお)と牙(きば))・紅鬚赤身(こうしゅせきしん=赤(あか)い髭(ひげ)と裸(はだか)の身(み))の鬼使(きし=鬼(おに)の使(つか)い)の跟(したが)う有(あ)り。頭(あたま)に一盤(ひとさら)の面餅(めんぺい=小麦粉(こむぎこ)の餅(もち))を頂(いただ)き、跪(ひざまず)きて道(い)う、 「大聖(たいせい)、小神(しょうしん)は乃(すなわ)ち荊棘嶺(けいきょくれい)の土地(どち)なり。大聖(たいせい)の此(ここ)に到(いた)るを知(し)り、以(もっ)て接待(せったい)する無(な)ければ、特に蒸餅(じょうへい=蒸(む)した餅(もち))一盤(ひとさら)を備(そな)え、老師父(ろうしふ)に奉上(ほうじょう)し、各(おのおの)一餐(いっさん)を請(こ)う。此(こ)の地(ち)八百里(はっぴゃくり)、更(さら)に人家(じんか)無(な)し。聊(いささ)か些(いささ)かを喰(く)うて飢(うえ)を充(あ)てん」と。 八戒(はっかい)歓喜(かんき)し、上前(すす)みて手(て)を舒(の)べ、就(すなわ)ち餅(もち)を取(と)らんと欲(ほっ)す。 知(し)らずや行者(ぎょうじゃ)は端詳(たんしょう=じっくり見(み)る)すること已(すで)に久(ひさ)しく、一声(ひとこえ)喝(かつ)して、 「且(しばら)く住(とど)まれ! 這(こ)の厮(やつ)は是(こ)れ好(よ)き人(ひと)に非(あら)ず! 無礼(ぶれい)なるを得(え)ること莫(なか)れ! 汝(なんじ)は是(こ)れ甚(なん)の土地(どち)なるに、来(きた)りて老孫(ろうそん)を誑(あざむ)くや! 棍(こん)を看(み)よ!」と。 那(か)の老者(ろうじゃ)他(かれ)の打(う)ち来(きた)るを見(み)、身(み)を将(も)って一転(ひとまわ)りし、化(か)して一陣(ひとむれ)の陰風(いんぷう)と為(な)り、呼(こ)たる一声(ひとこえ)、箇(ひとり)の長老(ちょうろう)を把(と)って摂(さら)い将(も)って起(お)こし去(ゆ)く。飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ふわふわと)、何(いずこ)へか摂(さら)い去(ゆ)けるを知(し)らず。 慌(あわ)て得(え)て那(か)の大聖(たいせい)跟(あと)を尋(たず)ぬる処(ところ)無(な)く、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)倶(とも)に相(あい)顧(かえり)みて色(いろ)を失(うしな)い、白馬(はくば)も亦(また)只(た)だ自(おの)ずから驚(おどろ)き吟(いなな)く。 三兄弟(さんきょうだい)連(つら)ねて馬(うま)四口(よんく)、恍恍忽忽(こうこうこつこつ=ぼんやり)として、遠(とお)く高(たか)く張(は)りて、並(なみ)に一毫(いちごう)の下落(げらく=行方(ゆくえ))も無(な)く、前後(ぜんご)に找尋(そうじん=探(さが)し求(もと))むることは題(あげつら)わず。 却(かえ)って說(い)う、那(か)の老者(ろうじゃ)鬼使(きし)と同(とも)に、長老(ちょうろう)を把(と)って一座(ひとつ)の煙霞石屋(えんかせきおく=霞(かすみ)の石(いし)の家(いえ))の前(まえ)に抬(かつ)ぎ到(いた)り、軽軽(かるがる)と放(お)し下(おろ)し、他(かれ)と手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)けて道(い)う、 「聖僧(せいそう)怕(おそ)るること莫(なか)れ。我等(われら)は是(こ)れ歹人(あくにん=悪(わる)い者(もの))に非(あら)ず、乃(すなわ)ち荊棘嶺(けいきょくれい)の十八公(じゅうはちこう)是(こ)れなり。風清(ふうせい=風(かぜ)清(きよ)く)月霽(げっせい=月(つき)晴(は)るる)の宵(よい)なるに因(よ)り、特に汝(なんじ)を請(しょう)じ来(きた)りて友(とも)に会(え)し詩(し)を談(だん)じ、情懐(じょうかい=心(こころ)の思(おも)い)を消遣(しょうけん=晴(は)ら)さんとすのみ」と。 那(か)の長老(ちょうろう)却(かえ)って才(わず)かに性(せい)を定(さだ)め、眼(め)を睜(みひら)いて仔細(つまびらか)に観(み)るに、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ: 漠漠(ばくばく)たる煙雲(えんうん)去所(きょしょ=行(ゆ)く所(ところ))、 清清(せいせい)たる仙境(せんきょう)人家(じんか)。 正(まさ)に好(よ)く身(み)を潔(きよ)めて修煉(しゅれん)し、 宜(よろ)しく竹(たけ)を種(う)え花(はな)を栽(う)うべし。 毎(つね)に翠岩(すいがん=緑(みどり)の岩(いわ))の鶴(つる)の来(きた)るを見(み)、 時(とき)に青沼(せいしょう=青(あお)い沼(ぬま))の蛙(かえる)の鳴(な)くを聞(き)く。 更(さら)に天台(てんだい)の丹竈(たんそう=丹(たん)の竈(かまど))に賽(まさ)り、 仍(なお)華岳(かがく)の明霞(めいか)を期(き)す。 耕雲(こううん=雲(くも)を耕(たがや)し)釣月(ちょうげつ=月(つき)を釣(つ)る)を說(い)うこと甚(なん)ぞ、 此間(ここ)の隠逸(いんいつ=隠(かく)れ棲(す)む)は誇(ほこ)るに堪(た)えり。 坐(ざ)すること久(ひさ)しければ幽懐(ゆうかい=奥深(おくふか)き思(おも)い)海(うみ)の如(ごと)く、 朦朧(もうろう)として月(つき)上(のぼ)りて窗紗(そうしゃ=窓(まど)の紗(しゃ))を照(て)らす。 三蔵(さんぞう)正(まさ)に自(みずか)ら点(てん)じ看(み)るに、漸(ようや)く月(つき)明(あき)らかに星(ほし)朗(ほがら)かなり。只(た)だ人語(じんご=人(ひと)の話(はな)す)の相(あい)談(だん)じて、都(みな)道(い)う、 「十八公(じゅうはちこう)聖僧(せいそう)を請(しょう)じ得(え)て来(きた)れり」と聽(き)く。 長老(ちょうろう)頭(あたま)を抬(もた)げて観(み)るに、乃(すなわ)ち三箇(みたり)の老者(ろうじゃ)なり。前(まえ)の者(もの)は霜姿(そうし=霜(しも)の如(ごと)き姿(すがた))豊采(ほうさい=豊(ゆた)かな風采(ふうさい))、第二(だいに)は緑鬢(りょくびん=緑(みどり)の鬢(びん))婆娑(ばさ=揺(ゆ)らぐ)、第三(だいさん)は虚心(きょしん=中空(なかぞら))黛色(たいしょく=黛(まゆずみ)の色(いろ))なり。各各(めいめい)面貌(めんぼう=顔(かお)付(つ)き)、衣服(いふく)倶(とも)に相(あい)同(おな)じからず、都(みな)来(きた)りて三蔵(さんぞう)と礼(れい)を做(な)す。 長老(ちょうろう)礼(れい)を還(かえ)して道(い)う、 「弟子(でし)何(なん)の徳行(とくぎょう)有(あ)りて、敢(あ)えて列位(れっい)の仙翁(せんおう)の下愛(かあい=目(め)をかけられる)を労(ろう)するや」と。 十八公(じゅうはちこう)笑(わら)って道(い)う、 「一向(ひたすら)聖僧(せいそう)の道(みち)有(あ)ると聞(き)き知(し)り、多時(たじ=久(ひさ)しく)等候(ま)ち居(お)りしが、今(いま)幸(さいわい)に一遇(いちぐう=ひとたび会(あ))う。如(も)し果(はた)して珠玉(しゅぎょく=珠(たま)の言葉(ことば))を吝(おし)まず、寛(くつろ)ぎ坐(ざ)して懐(ふところ)を叙(の)べば、禅機(ぜんき)の真派(しんぱ=真(しん)の流(なが)れ)を見(み)るに足(た)らん」と。 三蔵(さんぞう)身(み)を躬(かが)めて道(い)う、 「敢(あ)えて仙翁(せんおう)の尊号(そんごう)を問(と)う」と。 十八公道(い)う、 「霜姿(そうし)の者(もの)を孤直公(こちょくこう)と号(ごう)し、緑鬢(りょくびん)の者(もの)を凌空子(りょうくうし)と号(ごう)し、虚心(きょしん)の者(もの)を拂雲叟(ふつうんそう)と号(ごう)し、老拙(ろうせつ=拙者(せっしゃ))を号(ごう)して勁節(けいせつ)と曰(い)う」と。 三蔵道(い)う、 「四翁(しおう)の尊寿(そんじゅ)は幾何(いくばく)なる」と。 孤直公(こちょくこう)道(い)う、 我(われ)が歳(とし)今(いま)千歳(せんさい)の古(いにしえ)を経(へ)て、 天(てん)を撑(ささ)え葉(は)茂(しげ)りて四時(しいじ=四季(しき))春(はる)なり。 香枝(こうし=香(かお)る枝(えだ))郁郁(いくいく)として竜蛇(りゅうだ)の状(かたち)、 碎影(さいえい=砕(くだ)けた影(かげ))重重(ちょうちょう)として霜雪(そうせつ)の身(み)。 幼(おさな)きより堅剛(けんごう)にして能(よ)く老(お)いるに耐(た)え、 今(いま)より正(まさ)しく直(なお)くして真(しん)を修(おさ)むるを喜(よろこ)ぶ。 烏(からす)栖(すま)い鳳(ほう)宿(やど)るは凡(なみ)の輩(やから)に非(あら)ず、 落落森森(らくらくしんしん=まばらに茂(しげ))として俗塵(ぞくじん)に遠(とお)し。 凌空子(りょうくうし)笑(わら)って道(い)う、 吾(われ)が年(とし)千載(せんざい)風霜(ふうそう)に傲(おご)り、 高幹(こうかん=高(たか)き幹(みき))霊枝(れいし=霊(れい)なる枝(えだ))力(ちから)自(おの)ずから剛(つよ)し。 夜静(よるしずか)に声(こえ)有(あ)ること雨滴(うてき=雨(あめ)のしたたり)の如(ごと)く、 秋晴(あきは)れて蔭影(いんえい)雲(くも)の張(は)るに似(に)たり。 盤根(ばんこん=張(は)る根(ね))已(すで)に長生(ちょうせい)の訣(けつ)を得(え)、 命(めい)を受(う)けては尤(とりわけ)不老(ふろう)の方(ほう)に宜(よろ)し。 鶴(つる)を留(とど)め竜(りゅう)に化(か)するは俗(ぞく)の輩(やから)に非(あら)ず、 蒼蒼爽爽(そうそうそうそう=青々(あおあお)として爽(さわ)やか)として仙郷(せんきょう)に近(ちか)し。 拂雲叟(ふつうんそう)笑(わら)って道(い)う、 歳寒(さいかん=寒(かん)の歳(とし))虚(むな)しく度(わた)りて千秋(せんしゅう)有(あ)り、 老景(ろうけい=老(お)いの景(けい))瀟然(しょうぜん=寂(さび)しく)として清(きよ)くして更(さら)に幽(ゆう)なり。 囂塵(ごうじん=騒(さわ)がしき塵(ちり))を雑(まじ)えざれば終(つい)に冷淡(れいたん)に、 霜雪(そうせつ)を飽(あ)くまで経(へ)て自(おの)ずから風流(ふうりゅう)なり。 七賢(しちけん)を侶(とも)と作(な)して同(とも)に道(みち)を談(だん)じ、 六逸(りくいつ)を朋(とも)と為(な)して共(とも)に唱酬(しょうしゅう=詩(し)を唱和(しょうわ))す。 玉(たま)を戛(たた)き金(きん)を敲(たた)くは瑣瑣(ささ=些細(ささい))ならず、 天然(てんねん)の情性(じょうせい)と仙(せん)と游(あそ)ぶ。 勁節(けいせつ)十八公(じゅうはちこう)笑(わら)って道(い)う、 我(われ)亦(また)千年(せんねん)約(およ)そ余(あまり)有(あ)り、 蒼然(そうぜん=深(ふか)き緑(みどり))として貞秀(ていしゅう=貞(てい)しく秀(ひい))でて自(おの)ずから如如(にょにょ=おのずから)たり。 憐(あわれ)むに堪(た)えたり雨露(うろ)の生成(せいせい)の力(ちから)、 乾坤(けんこん=天地(てんち))の造化(ぞうか)の機(き)を借(か)り得(え)たり。 万壑(ばんがく=多(おお)くの谷(たに))の風煙(ふうえん)惟(ただ)我(われ)のみ盛(さか)んに、 四時(しいじ)の洒落(しゃらく=心(こころ)の晴(は)れやか)は吾(われ)の疏(まば)らなるを讓(ゆず)る。 翠影(すいえい)を盖(おお)い張(は)りて仙客(せんかく)を留(とど)め、 博弈(ばくえき=碁(ご)を打(う)ち)し琴(こと)を調(しら)べて道書(どうしょ)を講(こう)ず。 三蔵(さんぞう)称(とな)えて謝(しゃ)して道(い)う、 「四位(よにん)の仙翁(せんおう)、倶(とも)に高寿(こうじゅ)を享(う)く、但(た)だ勁節翁(けいせつおう)は又(また)千歳余(せんさいよ)なり。高年(こうねん)にして道(みち)を得(え)、豊采(ほうさい)清奇(せいき=清(きよ)く奇(き))なるは、得(え)ずんば非(あら)ずや漢(かん)の時の四皓(しこう)なるか」と。 四老(しろう)道(い)う、 「過奨(かしょう=過(すぎ)た褒(ほ)め)を承(うけたまわ)る! 過奨(かしょう)を承(うけたまわ)る! 吾等(われら)は是(こ)れ四皓(しこう)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち深山(しんざん)の四操(しそう=四(よ)つの節操(せっそう))なり。敢(あ)えて聖僧(せいそう)に問(と)う、妙齢(みょうれい=御年(おんとし))幾何(いくばく)なる」と。 三蔵(さんぞう)掌(て)を合(がっ)し身(み)を躬(かが)めて答(こた)えて曰(いわ)く、 四十年前(しじゅうねんまえ)母胎(ぼたい)を出(い)ず、 未(いま)だ産(う)まれざるの時(とき)命(めい)已(すで)に災(わざわい)あり。 生(いき)を逃(のが)れ水(みず)に落(お)ちて波(なみ)に随(したが)い滚(ころ)がり、 幸(さいわい)に金山(きんざん)に遇(あ)いて本骸(ほんがい=元(もと)の骸(むくろ))を脱(のが)る。 性(せい)を養(やしな)い経(きょう)を看(み)て懈怠(けたい)無(な)く、 心(こころ)を誠(まこと)にして仏(ほとけ)を拝(はい)して敢(あ)えて俄(にわか)に捱(おしくら)せんや。 今(いま)皇上(こうじょう)の差(つかわ)して西(にし)に去(ゆ)くを蒙(こうむ)り、 路(みち)仙翁(せんおう)の下愛(かあい)の来(きた)るに遇(あ)う。 四老(しろう)倶(とも)に称(とな)えて道(い)う、 「聖僧(せいそう)は母(はは)の胎(たい)を出(い)でしより、即(すなわ)ち仏教(ぶっきょう)に従(したが)い、果然(はた)して是(こ)れ小(ちい)さきより修行(しゅぎょう)し、真(しん)に中正(ちゅうせい)にして道(みち)有(あ)るの上僧(じょうそう)なり。我等(われら)幸(さいわい)に台顔(たいがん=御(お)顔(かお))に接(せっ)す、敢(あ)えて大教(だいきょう=立派(りっぱ)な教(おし)え)を求(もと)め、禅法(ぜんぽう)を以(もっ)て一二(いちに)を指教(しきょう)するを望(のぞ)み、生平(せいへい=生涯(しょうがい))を慰(なぐさ)むるに足(た)らんことを」と。 長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)き、慨然(がいぜん)として懼(おそ)れず、即(すなわ)ち衆(しゅう)に向(むか)って言(い)いて曰(いわ)く、 「禅(ぜん)とは是(こ)れ静(しずか)なり、法(ほう)とは是(こ)れ度(わたす)なり。静中(せいちゅう)の度(ど)、悟(さと)りに非(あら)ざれば成(な)らず。 悟(さと)るとは、心(こころ)を洗(あら)い慮(おもんぱかり)を滌(あら)い、俗(ぞく)を脱(だっ)し塵(ちり)を離(はな)るる是(こ)れなり。 夫(そ)れ人身(じんしん)得(え)難(がた)く、中土(ちゅうど)生(しょう)じ難(がた)く、正法(しょうぼう)遇(あ)い難(がた)し。此(こ)の三者(さんしゃ)を全(まった)うすれば、幸(さいわい)より大(おお)いなるは莫(な)し。 至徳(しとく)妙道(みょうどう)、渺漠(びょうばく)として希夷(きい)、六根(ろっこん)六識(ろくしき)、遂(つい)に掃除(そうじ)す可(べ)し。 菩提(ぼだい)とは、死(し)せず生(しょう)ぜず、余(あまり)無(な)く欠(か)け無(な)く、空色(くうしき)包羅(ほうら)し、聖凡(せいぼん)倶(とも)に遣(や)る。 真(しん)を訪(たず)ねて元始(げんし)の鉗鎚(けんつい=鍛(きた)える道具(どうぐ))を了(おわ)え、実(じつ)を悟(さと)って牟尼(むに)の手段(しゅだん)を了(おわ)る。 象罔(ぞうもう=形(かたち)無(な)きもの)を発揮(はっき)し、涅槃(ねはん)を踏(ふ)み砕(くだ)く。 必(かなら)ず覚中(かくちゅう)の覚(かく)を覚(さと)り、悟中(ごちゅう)の悟(ご)を悟(さと)り、一点(いってん)の霊光(れいこう)全(まった)く保護(ほご)す可(べ)し。 烈焰(れつえん)を放(はな)ち開(ひら)いて婆娑(ばさ=この世(よ))を照(て)らし、 法界(ほっかい)縦横(じゅうおう)として独(ひと)り露(あら)わる。 幽微(ゆうび)を至(いた)し、更(さら)に固(かた)く守(まも)り、 玄関(げんかん)口(くち)に說(い)うも誰(たれ)か人(ひと)を度(わた)さん。 我(われ)本(もと)元(げん)より大覚禅(だいかくぜん)を修(おさ)め、 縁(えん)有(あ)り志(こころざし)有(あ)りて方(はじ)めて記(き)して悟(さと)る。」 四老(しろう)耳(みみ)を側(そばだ)てて受(う)け、無辺(むへん)の喜悦(きえつ)を生(しょう)じ、一箇箇(めいめい)稽首(けいしゅ=頭(あたま)を下(さ)げ)し皈依(きえ)し、身(み)を躬(かが)めて拝謝(はいしゃ)して道(い)う、 「聖僧(せいそう)は乃(すなわ)ち禅機(ぜんき)の悟本(ごぼん=悟(さと)りの本(もと))なり!」と。 拂雲叟(ふつうんそう)道(い)う、 「禅(ぜん)は静(しずか)なりと雖(いえど)も、法(ほう)は度(わた)すと雖(いえど)も、須(すべから)く性(せい)を定(さだ)め心(こころ)を誠(まこと)にして、縦(たと)い大覚(だいかく)の真仙(しんせん)と為(な)るも、終(つい)に無生(むしょう)の道(みち)に坐(ざ)す。我等(われら)が之(これ)の玄(げん)、又(また)大(おお)いに同(おな)じからざるなり」と。 三蔵云(い)う、 「道(みち)は乃(すなわ)ち常(つね)に非(あら)ず、体用(たいよう=本体(ほんたい)と作用(さよう))合一(ごういつ)、如何(いか)にして同(おな)じからざる」と。 拂雲叟(ふつうんそう)笑(わら)って云(い)う、 「我等(われら)生来(せいらい)堅実(けんじつ)にして、体用(たいよう)は爾(なんじ)に比(くら)べて同(おな)じからず。 天地(てんち)に感(かん)じて以(もっ)て身(み)を生(しょう)じ、雨露(うろ)を蒙(こうむ)って而(しか)して色(いろ)を滋(やしな)う。 風霜(ふうそう)を笑(わら)い傲(おご)り、日月(じつげつ)を消磨(しょうま=費(つい)や)す。 一葉(いちよう)も凋(しぼ)まず、千枝(せんし)も節操(せっそう)あり。 此(こ)の話(はなし)の沖虚(ちゅうきょ=虚(むな)しきに冲(あた)らず、爾(なんじ)は梵語(ぼんご)を執持(しゅうじ=固執(こしつう))するが似(ごと)し。 道(みち)なる者(もの)は、本(もと)中国(ちゅうごく)に安(やす)んずるに、反(かえ)って来(きた)りて西方(せいほう)に証(しょう)を求(もと)む。 空(むな)しく草鞋(そうがい=藁(わら)の靴(くつ))を費(つい)やし、箇(ひとつ)の甚(なん)をか尋(たず)ぬるを知(し)らず。 石獅子(いしじし)の心肝(しんかん)を剜(えぐ)り、野狐涎(やこぜん=野狐(やこ)の涎(よだれ))に骨髄(こつずい)を灌(そそ)がれ徹(とお)る。 本(もと)を忘(わす)れて禅(ぜん)を参(さん)じ、妄(みだ)りに仏果(ぶっか)を求(もと)むるは、都(みな)我(われ)が荊棘嶺(けいきょくれい)の葛藤謎語(かっとうめいご=葛(くず)の謎(なぞ)の言葉(ことば))、蘿苽渾言(らこんげん=つる草(くさ)の混(こん)じり言(ごん))に似(に)たり。 此(こ)の般(ごと)き君子(くんし)、怎(いか)でか生(しょう)じて接引(せついん=導(みちび)き引(ひ)く)せん。這(か)くの等(ごと)き規模(きぼ=法(のり))、如何(いか)でか印授(いんじゅ=印(いん)を授(さず))けん。 必(かなら)ず須(すべから)く見前(けんぜん=眼前(がんぜん))の面目(めんもく=本当(ほんとう)の顔(かお))を検点(けんてん=点検(てんけん))し、静中(せいちゅう)に自(おの)ずから生涯(しょうがい)有(あ)るべし。 底(そこ)無(な)き竹籃(ちくらん=竹(たけ)の籠(かご))の水(みず)を汲(く)み、根(ね)無(な)き鉄樹(てつじゅ=鉄(てつ)の木(き))の花(はな)を生(しょう)ず。 霊宝峰(れいほうほう)の頭(いただき)に牢(かた)く脚(あし)を着(つ)け、帰(かえ)り来(きた)りて雅会(がかい)に龍華(りゅうげ)に上(のぼ)らん」と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、頭(あたま)を叩(ぬかず)きて拝謝(はいしゃ)す。十八公(じゅうはちこう)手(て)を用(もち)いて攙(たす)け扶(たす)け、孤直公(こちょくこう)身(み)を将(も)って扯(ひ)き起(おこ)す。 凌空子(りょうくうし)箇(ひとつ)の哈哈(ははは)を打(う)って道(い)う、 「拂雲(ふつうん)の言(げん)、分明(ぶんめい)に漏泄(ろうせつ=漏(も)らし)せり。聖僧(せいそう)請(こう)う起(た)ち給(たま)え、尽(ことごと)くは信(しん)ず可(べ)からず。我等(われら)此(こ)の月明(げつめい)に趁(じゅん)じ、原(もと)修持(しゅじ)を講論(こうろん)するが為(ため)に非(あら)ず、且(しばら)く自(みずか)ら吟哦(ぎんが=詩(し)を吟(ぎん)じ)し逍遙(しょうよう)し、襟懐(きんかい=胸(むね)の内(うち))を放蕩(ほうとう=思(おも)うままに)せんとすなり」と。 拂雲叟(ふつうんそう)笑(わら)って石屋(せきおく)を指(さ)して道(い)う、 「若(も)し吟哦(ぎんが)せんと要(ほっ)せば、且(しばら)く小庵(しょうあん)に入(い)りて一茶(いっさ)するは何如(いかん)」と。 長老(ちょうろう)真(まこと)に身(み)を欠(かが)め、石屋(せきおく)の前(まえ)に向(むか)って観(み)るに、門(もん)の上(うえ)に三箇(みっつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃(すなわ)ち「木仙庵(もくせんあん)」。 遂(つい)に此(ここ)に同(とも)に入(い)り、又(また)坐次(ざじ=席次(せきじ))を叙(の)ぶるに、忽(たちま)ち那(か)の赤身(せきしん)の鬼使(きし)の、一盤(ひとさら)の茯苓膏(ぶくりょうこう=茯苓(ぶくりょう)の膏(こう))を捧(ささ)げ、五盞(いつつ)の香湯(こうとう=香(かお)る湯(ゆ))を将(も)って奉上(ほうじょう)するを見(み)る。 四老(しろう)唐僧(とうそう)を請(しょう)じて先(さき)に喰(く)わしむるに、三蔵(さんぞう)驚(おどろ)き疑(うたが)い、敢(あ)えて便(すなわ)ち喰(く)らわず。那(か)の四老(しろう)一斉(いっせい)に享用(きょうよう=味(あじ)わい)するに、三蔵(さんぞう)却(かえ)って才(わず)かに二塊(ふたきれ)を喰(く)らい、各(おのおの)香湯(こうとう)を飲(の)んで収(おさ)め去(さ)らしむ。 三蔵(さんぞう)心(こころ)を留(とど)めて偷(ぬす)み看(み)るに、只(た)だ見(み)る、那(か)の処(ところ)玲瓏(れいろう=透(す)き通(とお)る)として光彩(こうさい)有(あ)ること、月下(げっか)の一般(ごと)く: 水(みず)は石(いし)の辺(ほとり)より自(おの)ずから流(なが)れ出(い)で、 香(かおり)は花(はな)の裡(うち)より飄(ひるがえ)り来(きた)る。 満座(まんざ)清虚(せいきょ=清(きよ)く虚(むな)しき)雅致(がち=雅(が)な趣(おもむき))、 全(まった)く半点(はんてん)の塵埃(じんあい=塵(ちり))も無(な)し。 那(か)の長老(ちょうろう)此(こ)の仙境(せんきょう)を見(み)て。 以(おも)えらく意(い)を得(え)たりとし、情(じょう)楽(たの)しく懐(ふところ)開(ひら)け、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、忍(しの)び得(え)ずして一句(ひとく)を念(ねん)じて道(い)う、 「禅心(ぜんしん)月(つき)に似(に)て迥(はる)かに塵(ちり)無(な)し」と。 勁節老(けいせつろう)笑(わら)って即(すなわ)ち聯(つら)ねて道(い)う、 「詩興(しきょう)天青(てんせい=天(てん)の青(あお))の如(ごと)く更(さら)に新(あたら)し」と。 孤直公道(い)う、 「好句(こうく)漫(みだ)りに錦繍(きんしゅう)を摶(つく)るを裁(さい)す」と。 凌空子道(い)う、 「佳文(かぶん)点(てん)ぜずして奇珍(きちん)を唾(は)く」と。 拂雲叟道(い)う、 「六朝(りくちょう)一(ひと)たび洗(あら)いて繁華(はんか)尽(つ)き、 四始(しし)重(かさ)ねて刪(けず)りて雅頌(がしょう)分(わか)つ」と。 三蔵道(い)う、 「弟子(でし)一時(ひととき)口(くち)を失(しっ)し、胡(みだ)りに幾字(いくじ)を談(だん)じ、誠(まこと)に所謂(いわゆる)班門(はんもん)に斧(おの)を弄(ろう)す。適(たまたま)列仙(れっせん)の言(げん)を聞(き)くに、清新(せいしん)飄逸(ひょういつ)、真(まこと)の詩翁(しおう)なり」と。 勁節老道(い)う、 「聖僧(せいそう)閑叙(かんじょ=無駄話(むだばなし))を須(もち)いず、出家人(しゅっけにん)は全始全終(ぜんしぜんしゅう=終始(しゅうし)全(まった)し)。既(すで)に起句(きく)有(あ)らば、何(なん)ぞ結句(けっく)無(な)からんや。望(のぞ)むらくは之(これ)を卒(お)え成(な)さんことを」と。 三蔵道(い)う、 「弟子(でし)能(あた)わず、十八公(じゅうはちこう)の結(むす)んで篇(へん)を成(な)すを煩(わずら)わさんは妙(みょう)なり」と。 勁節道(い)う、 「汝(なんじ)は好(よ)き心腸(しんちょう=心(こころ))なるかな! 汝(なんじ)の起(おこ)せる句(く)なるに、如何(いか)して肯(あ)えんで結果(けっか=結(むす)び)せざる。珠璣(しゅき=珠(たま))を慳吝(けんりん=惜(お)し)むは、道理(どうり)に非(あら)ざるなり」と。 三蔵(さんぞう)只(た)だ後(のち)の二句(にく)を続(つづ)くるを得(え)て云(いわ)く、 「半枕(はんちん)の松風(しょうふう)茶(ちゃ)未(いま)だ熟(じゅく)せず、 吟懐(ぎんかい=詩(し)を吟(ぎん)ずる思(おも)い)瀟洒(しょうしゃ)として満腔(まんこう=胸(むね)いっぱい)春(はる)」と。 十八公道(い)う、 「好(よ)きかな『吟懐(ぎんかい)瀟洒(しょうしゃ)として満腔(まんこう)の春(はる)』!」と。 孤直公道(い)う、 「勁節(けいせつ)、汝(なんじ)深(ふか)く詩味(しみ)を知(し)る、此(こ)れを以(もっ)て只管(ひたすら)咀嚼(そしゃく=味(あじ)わう)。何(なん)ぞ再(ふたた)び一篇(いっぺん)を起(おこ)さざる」と。 十八公(じゅうはちこう)亦(また)慨然(がいぜん)として辞(じ)せず道(い)う、 「我(われ)は却(かえ)って是(こ)れ頂針(ちょうしん=前(まえ)の句(く)の末字(まつじ)を次(つぎ)の句(く)の頭(かしら)とす)の字(じ)を以(もっ)て起(おこ)さん: 春(はる)栄(さか)え華(はな)やかならず冬(ふゆ)枯(か)れず、 雲(くも)来(きた)り霧(きり)往(ゆ)くも只(た)だ無(な)きが如(ごと)し」と。 凌空子道(い)う、 「我(われ)亦(また)前(まえ)に体(のっと)りて頂針(ちょうしん)二句(にく): 風(かぜ)無(な)くして婆娑(ばさ)の影(かげ)を揺曳(ようえい=揺(ゆ)り曳(ひ))き、 客(かく)有(あ)りて福寿(ふくじゅ)の図(ず)を欣(よろこ)び憐(あわれ)む」と。 拂雲叟(ふつうんそう)亦(また)頂針(ちょうしん)して道(い)う、 「図(ず)は西山(せいざん)の堅節(けんせつ)の老(ろう)に似(に)て、 清(きよ)きこと南国(なんごく)の没心(ぼっしん)の夫(おっと)の如(ごと)し」と。 孤直公(こちょくこう)亦(また)頂針(ちょうしん)して道(い)う、 「夫(それ)側葉(そくよう=傍(かたわら)の葉(は))に因(よ)りて梁棟(りょうとう=梁(はり)と棟(むなぎ))と称(とな)えられ、 台(うてな)は横柯(おうか=横(よこ)の枝(えだ))の為(ため)に憲烏(けんう=烏(からす)の憲(のり))と作(な)る」と。 長老(ちょうろう)聽(き)きて、讃嘆(さんたん)して已(や)まず道(い)う、 「真(まこと)に是(こ)れ陽春白雪(ようしゅんはくせつ=高(たか)ぶしき詩(し))、浩気(こうき)霄(そら)を衝(つ)く! 弟子(でし)不才(ふさい)なれど、敢(あ)えて再(ふたた)び两句(ふたく)を起(おこ)さん」と。 孤直公道(い)う、 「聖僧(せいそう)は乃(すなわ)ち道(みち)有(あ)るの士(し)、大養(たいよう=大(おお)いに養(やしな)う)の人(ひと)なり。再(ふたた)び相(あい)聯句(れんく)するを須(もち)いず、請(こ)う全篇(ぜんぺん)を賜教(しきょう)せよ、庶(ねが)わくは我等(われら)亦(また)好(よ)く勉強(べんきょう)して而(しか)して和(わ)せん」と。 三蔵(さんぞう)已(や)むを得(え)ず、只(た)だ笑(わら)って一律(いちりつ)を吟(ぎん)じて曰(いわ)く、 杖錫(じょうしゃく=錫杖(しゃくじょう))を西(にし)に来(きた)して法王(ほうおう)を拝(はい)し、 願(ねが)わくは妙典(みょうてん)を求(もと)めて遠(とお)く伝(つた)え揚(あ)げん。 金芝(きんし)三秀(さんしゅう)詩壇(しだん)の瑞(ずい)、 宝樹(ほうじゅ)千花(せんか)蓮蕊(れんずい)の香(かおり)。 百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)須(すべから)く歩(あゆみ)を進(すす)むべく、 十方世界(じっぽうせかい)に行蔵(ぎょうぞう=出処進退(しゅっしょしんたい))を立(た)てん。 修(おさ)め成(な)す玉象(ぎょくぞう)荘厳(しょうごん)の体(たい)、 極楽門前(ごくらくもんぜん)是(こ)れ道場(どうじょう)。 四老(しろう)聽(き)き畢(おわ)り、倶(とも)に極(きわ)めて賛揚(さんよう)す。 十八公道(い)う、 「老拙(ろうせつ)無能(むのう)なれど、大胆(だいたん)にして僭越(せんえつ=身分(みぶん)を越(こ))し、也(また)勉(つと)めて一首(いっしゅ)を和(わ)せん」と。 云(いわ)く, 「勁節(けいせつ)孤高(ここう)として木王(もくおう)を笑(わら)い、 霊椿(れいちん=霊(れい)なる椿(つばき))は我(われ)が名(な)の揚(あ)がるに似(に)ず。 山空(やまむな)しくして百丈(ひゃくじょう)竜蛇(りゅうだ)の影(かげ)、 泉(いずみ)千年(せんねん)の琥珀(こはく)を泌(しみだ)して香(かお)る。 乾坤(けんこん)に与(くみ)して気概(きがい)を生(しょう)ずるを解(かい)し、 風雨(ふうう)に因(よ)って行蔵(ぎょうぞう)を化(か)するを喜(よろこ)ぶ。 衰残(すいざん=衰(おとろ)え残(のこ)る)自(みずか)ら愧(は)ず仙骨(せんこつ)無(な)きことを、 惟(ただ)苓膏(れいこう=茯苓(ぶくりょう)の膏(こう))の寿場(じゅじょう=長寿(ちょうじゅ)の場(ば))を結(むす)ぶ有(あ)るのみ」と。 孤直公道(い)う、 「此(こ)の詩(し)起句(きく)豪雄(ごうゆう)、聯句(れんく)力(ちから)有(あ)り、但(た)だ結句(けっく)自(みずか)ら謙(へりくだ)ること太(はなは)だ過(す)ぎたり。羨(うらや)むに堪(た)えり! 羨(うらや)むに堪(た)えり! 老拙(ろうせつ)也(また)一首(いっしゅ)を和(わ)せん」と。 云(いわ)く、 「霜姿(そうし)常(つね)に喜(よろこ)ぶ禽王(きんおう=鳥(とり)の王(おう))の宿(やど)るを、 四絶堂前(しぜつどうぜん)大器(たいき)揚(あ)がる。 露(つゆ)重(おも)く珠纓(しゅえい=珠(たま)の纓(えい))翠蓋(すいがい)を蒙(こうむ)り、 風(かぜ)軽(かる)く石歯(せきし=石(いし)の歯(は))寒香(かんこう)を砕(くだ)く。 長廊(ちょうろう)夜静(よるしずか)にして吟声(ぎんせい)細(こま)やかに、 古殿(こでん)秋陰(しゅういん)淡影(たんえい)を蔵(ぞう)す。 元日(がんじつ)春(はる)を迎(むか)えて曾(かつ)て寿(ことぶき)を献(けん)じ、 老(お)い来(きた)りて傲(おご)りを山場(さんじょう=山(やま)の場(ば))に寄(よ)す」と。 凌空子(りょうくうし)笑(わら)って言(い)いて曰(いわ)く、 「好詩(こうし)! 好詩(こうし)! 真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ月脇天心(げっきょうてんしん=月(つき)の脇(わき)と天(てん)の心(こころ))、老拙(ろうせつ)何(なん)ぞ能(よ)く和(わ)するを為(な)さん。但(た)だ空(むな)しく過(す)ぐ可(べ)からず、也(また)須(すべから)く幾句(いくく)を扯談(しゃだん=つまらぬことを言(い))すべし」と。 曰(いわ)く、 「梁棟(りょうとう)の材(ざい)帝王(ていおう)に近(ちか)く、 太清宮外(たいせいきゅうがい)声(こえ)の揚(あが)る有(あ)り。 晴軒(せいけん=晴(は)れた軒(のき))恍若(こうじゃく=さながら)青気(せいき)の来(きた)るが如(ごと)く、 暗壁(あんぺき=暗(くら)き壁(かべ))尋常(じんじょう)に翠香(すいこう)を度(わた)す。 壮節(そうせつ=壮(さか)んな節(せつ))凛然(りんぜん)として千古(せんこ)秀(ひい)で、 深根(しんこん)結(むす)ばれて九泉(きゅうせん)に蔵(ぞう)す。 凌雲(りょううん)の勢(いきお)い婆娑(ばさ)の影(かげ)を盖(おお)い、 群芳(ぐんぽう=多(おお)くの花(はな))の艶麗(えんれい)の場(ば)に在(あ)らず」と。 拂雲叟道(い)う、 「三公(さんこう)の詩(し)、高雅(こうが)清淡(せいたん)、正(まさ)に是(こ)れ錦繍(きんしゅう)の囊(ふくろ)を放(はな)ち開(ひら)くなり。我(われ)身(み)に力(ちから)無(な)く、我(われ)腹(はら)に才(さい)無(な)し。三公(さんこう)の教(おしえ)を得(え)、茅塞(ぼうそく=塞(ふさ)がり)頓(にわか)に開(ひら)く。已(や)むを得(え)ず、也(また)幾句(いくく)を打油(だゆ=下手(へた)な詩(し)を作(つく))す、幸(さいわい)に哂(わら)うこと勿(なか)れ」と。 詩(し)に曰(いわ)く、 「淇澳園中(きおうえんちゅう)聖王(せいおう)を楽しみ、 渭川(いせん)千畝(せんぼ)任(まま)に分(わか)ち揚(あ)ぐ。 翠筠(すいいん=緑(みどり)の竹(たけ))湘娥(しょうが)の涙(なみだ)を染(そ)めず、 班籜(はんたく=斑(ぶち)の筍(たけのこ))漢史(かんし)の香(かおり)を伝(つた)うるに堪(た)えたり。 霜葉(そうよう)自来(もと)顔(かお)改(あらた)めず、 煙梢(えんしょう=煙(けむり)の梢(こずえ))此(ここ)より色(いろ)何(なん)ぞ蔵(かく)さん。 子猷(しゆう)世(よ)を去(さ)りて知音(ちいん=心(こころ)の友(とも))少(すくな)く、 亘古(こうこ=古(いにしえ)より)名(な)を翰墨場(かんぼくじょう=文(ぶん)の場(ば))に留(とど)む」と。 三蔵道(い)う、 「衆仙老(しゅうせんろう)の詩(し)、真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ鳳(ほう)を吐(は)き珠(たま)を噴(ふ)く、游夏(ゆうか)も賛(さん)ずること莫(な)し。厚愛(こうあい)高情(こうじょう)、之(これ)を感(かん)ずること極(きわ)まれり。但(た)だ夜(よる)已(すで)に深沈(しんちん)し、三箇(みたり)の小徒(しょうと)、何処(いずこ)にか我(われ)を等(ま)ち居(お)るを知(し)らず。意(おも)うに弟子(でし)久(ひさ)しく留(とど)まる能(あた)わず、敢(あ)えて此(ここ)に告(つ)げ回(かえ)りて尋訪(じんぼう)せん。尤(とりわけ)天窮(てんきゅう=この上(うえ)なく)の至愛(しあい)を、老仙(ろうせん)の帰路(きろ)を指示(しじ)するを望(のぞ)む」と。 四老(しろう)笑(わら)って道(い)う、 「聖僧(せいそう)慮(おもんばか)ること勿(なか)れ。我等(われら)也(また)是(こ)れ千載(せんざい)の奇逢(きほう=稀(まれ)な出会(であ)い)、況(いわ)んや天光(てんこう)晴爽(せいそう)にして、夜(よる)深(ふか)しと雖(いえど)も却(かえ)って月明(げつめい)昼(ひる)の如(ごと)し。再(ふたた)び寛(くつろ)ぎ坐(ざ)し坐(ざ)し、天暁(てんぎょう)を待(ま)てば自(おの)ずから当(まさ)に遠(とお)く嶺(みね)を過(す)ぎて送(おく)らん、高徒(こうと)は一定(きっと)相(あい)会(え)す可(べ)きなり」と。 正(まさ)に話(はな)す間(あいだ)、只(た)だ石屋(せきおく)の外(そと)に、二箇(ふたり)の青衣(せいい=青(あお)い衣(ころも))の女童(じょどう=侍女(じじょ))の、一対(ひとくみ)の絳紗灯籠(こうしゃとうろう=紅(あか)い紗(しゃ)の灯籠(とうろう))を挑(にな)い、後(うしろ)に一箇(ひとり)の仙女(せんにょ)を引(みちび)くを見(み)る。 那(か)の仙女(せんにょ)一枝(ひとえだ)の杏花(きょうか=杏(あんず)の花(はな))を拈(ひね)り、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこと)として門(もん)を進(い)りて相見(そうけん)す。 那(か)の仙女(せんにょ)怎(いか)に生(しょう)ずる形(かたち)なるか。他(かれ)生(う)まれ得(え)て: 青姿(せいし=青(あお)い姿(すがた))翡翠(ひすい)を妝(よそお)い、 丹臉(たんれん=赤(あか)い顔(かお))胭脂(えんじ)に賽(まさ)る。 星眼(せいがん=星(ほし)の眼(め))光(ひかり)還(また)彩(あや)あり、 蛾眉(がび=蛾(が)の眉(まゆ))秀(ひい)でて又(また)斉(ととの)う。 下(した)には一条(ひとすじ)の五色梅(ごしきばい)の浅紅(せんこう=淡(あわ)い紅(べに))の裙子(くんす=スカート)を襯(した)にし、 上(うえ)には一件(ひとえ)の煙裏火(えんりか=煙(けむり)の裡(うち)の火(ひ))の比甲(ひこう=袖(そで)無(な)しの上着(うわぎ))の軽衣(けいい)を穿(き)る。 弓鞋(きょうがい=曲(ま)がった靴(くつ))に鳳嘴(ほうし=鳳凰(ほうおう)の嘴(くちばし))を彎(ま)げ、 綾襪(りょうべつ=綾(あや)の靴下(くつした))に錦(にしき)を繍(ぬ)い泥(でい)を泥(ぬ)る。 妖嬈(ようじょう=なまめかし)く嬌(あだ)なること天台女(てんだいじょ)に似(に)て、 当年(とうねん)の俏(あだ)なる妲姫(だっき)に亜(つ)がず。 四老(しろう)身(み)を欠(かが)めて問(と)うて道(い)う、 「杏仙(きょうせん)何(いずこ)より来(きた)れる」と。 那(か)の女子(じょし)衆(しゅう)に向(むか)って万福(ばんぷく=婦人(ふじん)の礼(れい))を道(い)えて道(い)う、 「佳客(かかく=良(よ)き客(きゃく))の此(ここ)に在(あ)りて賡酬(こうしゅう=詩(し)を唱和(しょうわ))すると知(し)り、特に来(きた)りて相(あい)訪(おとず)る。敢(あ)えて一見(いっけん)を求(もと)む」と。 十八公(じゅうはちこう)唐僧(とうそう)を指(さ)して道(い)う、 「佳客(かかく)此(ここ)に在(あ)り、何(なん)ぞ見(まみ)えんことを求(もと)むるを労(ろう)せん!」と。 三蔵(さんぞう)身(み)を躬(かが)め、敢(あ)えて言語(げんご)せず。 那(か)の女子(じょし)叫(さけ)んで、 「快(はや)く茶(ちゃ)を献(けん)じ来(きた)れ」と。 又(また)二箇(ふたり)の黄衣(こうい=黄色(きいろ)い衣(ころも))の女童(じょどう)有(あ)り、一箇(ひとつ)の紅漆丹盤(こうしつたんばん=赤(あか)い漆(うるし)の膳(ぜん))を捧(ささ)げ、盤内(ばんない)に六箇(むっつ)の細磁茶盂(さいじちゃう=細(こま)かき磁器(じき)の茶碗(ちゃわん))有(あ)り、盂内(うない)に幾品(いくひん)の異果(いか=珍(めず)らしき果物(くだもの))を設(もう)け、横(よこ)に匙児(しじ=匙(さじ))を担(にな)い、一把(ひとつ)の白鉄(はくてつ=白(しろ)い鉄(てつ))に黄銅(おうどう)を嵌(は)めたる茶壺(ちゃこ=茶(ちゃ)の急須(きゅうす))を提(さ)ぐ。壺内(こない)香茶(こうちゃ)鼻(はな)を噴(ふ)く。 茶(ちゃ)を斟(つ)ぎて、那(か)の女子(じょし)微(かす)かに春葱(しゅんそう=春(はる)の葱(ねぎ)のような指(ゆび))を露(あらわ)し、磁盂(じう)を捧(ささ)げて先(さき)に三蔵(さんぞう)に奉(ほう)じ、次(つぎ)に四老(しろう)に奉(ほう)じ、然(しか)る後(のち)一盞(ひとつ)は、自(みずか)ら取(と)りて而(しか)して陪(ばい)す。 凌空子道(い)う、 「杏仙(きょうせん)何(なん)ぞ坐(ざ)せざる」と。 那(か)の女子(じょし)方(はじ)めて去(ゆ)きて坐(ざ)す。 茶(ちゃ)畢(おわ)り身(み)を欠(かが)めて問(と)うて道(い)う、 「仙翁(せんおう)今宵(こんしょう)の盛楽(せいらく=盛(さか)んな楽し(たの)しみ)、佳句(かく)一二(いちに)を請(こ)うて教(おし)えを賜(たま)わるは如何(いかん)」と。 拂雲叟道(い)う、 「我等(われら)皆(みな)鄙俚(ひり=卑(いや)しい)の言(げん)なるに、惟(ただ)聖僧(せいそう)は真(しん)の盛唐(せいとう)の作(さく)、甚(はなは)だ嘉(よ)しと羨(うらや)む可(べ)し」と。 那(か)の女子道(い)う、 「如(も)し教(おしえ)を吝(おし)まずんば、一観(いっかん)を賜(たま)わらんことを乞(こ)う」と。 四老(しろう)即(すなわ)ち長老(ちょうろう)の前詩(ぜんし)後詩(こうし)并(なら)びに禅法論(ぜんぽうろん)を以(もっ)て、一遍(ひととおり)宣(の)ぶ。 那(か)の女子(じょし)満面(まんめん)に春風(しゅんぷう)を帯(お)びて衆(しゅう)に向(むか)って道(い)う、 「妾身(しょうしん=わたくし)不才(ふさい)にして、当(まさ)に醜(しこ=醜態(しゅうたい))を献(けん)ずべからず。但(た)だ此(こ)の佳句(かく)を聆(き)けば、似(に)たり虚(むな)しくす可(べ)からず。勉強(べんきょう)して後詩(こうし)を将(も)って奉和(ほうわ)一律(いちりつ)せんは如何(いかん)」と。 遂(つい)に朗吟(ろうぎん)して道(い)う、 「上蓋(じょうがい=上(うえ)に蓋(おお)い)名(な)を漢武王(かんぶおう)に留(とど)め、 周時(しゅうじ)孔子(こうし)壇場(だんじょう)を立(た)つ。 董仙(とうせん)我(われ)を愛(あい)して林(はやし)を成(な)し積(つ)み、 孫楚(そんそ)曾(かつ)て寒食(かんしょく)の香(かおり)を憐(あわれ)めり。 雨(あめ)紅姿(こうし)を潤(うるお)して嬌(あだ)にして且(か)つ嫩(わか)く、 煙(けむり)翠色(すいしょく)を蒸(む)して顕(あらわれ)て還(また)蔵(かく)る。 自(みずか)ら知(し)る過熟(かじゅく)微酸(びさん)の意(い)、 落(お)つる処(ところ)年々(ねんねん)麦場(ばくじょう)に伴(ともな)う」と。 四老(しろう)詩(し)を聞(き)き、人人(めいめい)称(とな)えて賀(が)し、都(みな)道(い)う、 「清雅(せいが)脱塵(だつじん=塵(ちり)を脱(だっ)す)、句内(くない)に春意(しゅんい)を含(ふく)む。好(よ)きかな『雨(あめ)紅姿(こうし)を潤(うるお)して嬌(あだ)にして且(か)つ嫩(わか)し、雨(あめ)紅姿(こうし)を潤(うるお)して嬌(あだ)にして且(か)つ嫩(わか)し』!」と。 那(か)の女子(じょし)笑(わら)って悄(ひっそ)りと答(こた)えて道(い)う、 「惶恐(こうきょう=恐縮(きょうしゅく))! 惶恐(こうきょう)! 適(たまたま)聖僧(せいそう)の章(しょう)を聞(き)くに、誠(まこと)に然(しか)り錦心繍口(きんしんしゅうこう=錦(にしき)の心(こころ)と繍(ぬいとり)の口(くち))。如(も)し珠玉(しゅぎょく)を吝(おし)まずんば、一闋(いっけつ)を賜(たま)わり教(おし)えを賜(たま)わるは如何(いかん)」と。 唐僧(とうそう)敢(あ)えて答(こた)えず。 那(か)の女子(じょし)漸(ようや)く見愛(けんあい=好(この)み愛(あい)す)の情(じょう)有(あ)り、挨挨軋軋(あいあいあつあつ=すり寄(よ)り)と、漸(ようや)く坐(ざ)の辺(ほとり)に近(ちか)づき、声(こえ)を低(ひく)くし悄(ひっそ)りと語(かた)りて呼(よ)んで道(い)う、 「佳客(かかく)莫者(ばくしゃ=ためらうこと)れ、此(こ)の良宵(りょうしょう=良(よ)き宵(よい))に趁(じゅん)じ、耍子(あそ)ばずして待(ま)ちて怎(いか)にせんと要(よう)する。人生(じんせい)の光景(こうけい)、能(よ)く幾何(いくばく)か有(あ)らん」と。 十八公道(い)う、 「杏仙(きょうせん)尽(ことごと)く仰高(ぎょうこう=高(たか)きを仰(あお)ぐ)の情(じょう)有(あ)り、聖僧(せいそう)豈(あ)に俯就(ふしゅう=身(み)を低(ひく)くす)の意(い)無(な)からんや。如(も)し憐(あわれ)みを見(み)えずんば、是(こ)れ趣(おもむき)を知(し)らざるなり」と。 孤直公道(い)う、 「聖僧(せいそう)は乃(すなわ)ち道(みち)有(あ)り名(な)有(あ)るの士(し)、決(けっ)して苟且(こうしょ=いいかげん)に事(こと)を行(おこな)わず。此(か)くの如(ごと)き様(よう)の挙措(きょそ=振(ふ)る舞(ま)い)は、是(こ)れ我等(われら)の罪過(ざいか)を取(と)るなり。人(ひと)の名(な)を汚(けが)し、人(ひと)の徳(とく)を壊(こわ)すは、遠達(えんたつ=遠(とお)く達(たっ)する)に非(あら)ず。果(はた)して是(こ)れ杏仙(きょうせん)の意(い)有(あ)らば、拂雲叟(ふつうんそう)と十八公(じゅうはちこう)をして媒(なこうど)を做(な)さしめ、我(われ)と凌空子(りょうくうし)と保親(ほしん=仲人(なこうど))を做(な)し、此(こ)の姻眷(いんけん=縁組(えんぐみ))を成(な)さば、何(なん)ぞ美(うつく)しからざらんや!」と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聽(き)き、遂(つい)に顔色(かおいろ)を変(か)え、跳(と)び起(お)きて高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う、 「汝等(なんじら)皆(みな)是(こ)れ一類(いちるい)の邪物(じゃぶつ)、這(かく)の般(ごと)く我(われ)を誘(いざな)う! 当時(そのかみ)只(た)だ砥礪(しれい=磋琢(さたく))の言(げん)を以(もっ)て、玄(げん)を談(だん)じ道(みち)を談(だん)ず可(べ)かりしに、如今(いま)怎(いか)して美人局(びじんきょく=美人局(つつもたせ))を以(もっ)て来(きた)りて貧僧(ひんそう)を騙(だま)し害(そこな)わんとする! 是(こ)れ何(なん)の道理(どうり)ぞ!」と。 四老(しろう)三蔵(さんぞう)の怒(いか)りを発(はっ)するを見(み)、一箇箇(めいめい)指(ゆび)を咬(か)みて驚(おどろき)を担(にな)い、再(ふたた)び復(ま)た言(い)わず。 那(か)の赤身(せきしん)の鬼使(きし)暴躁(ばくそう=激(はげ)しい怒(いか)り)すること雷(かみなり)の如(ごと)くして道(い)う、 「這(こ)の和尚(おしょう)好(いか)にして抬挙(たいきょ=目(め)をかける)を識(し)らざる! 我(われ)が這(こ)の姉(あね)、那(いず)れの些(ところ)か好(よ)からざる。他(かれ)が人材(じんざい)俊雅(しゅんが=優(すぐ)れて雅(みやび))、玉質(ぎょくしつ=玉(たま)の質(しつ))嬌姿(きょうし=艶(あだ)な姿(すがた))。必(かなら)ずしも那(か)の女工(にょこう=裁縫(さいほう))針指(しんし=針仕事(はたらき))を說(い)わず、只(た)だ這(こ)の一段(ひとくだり)の詩才(しさい)のみにても、也(また)汝(なんじ)に配(はい)するに過(す)ぎたり。汝(なんじ)怎(いか)して這(かく)の等(ごと)く推辞(すいじ=辞退(じたい))する。錯過(あやまちす)ぐるを休(や)めよ! 孤直公(こちょくこう)の言(げん)甚(はなは)だ当(あた)れり。如(も)し果(はた)して苟合(こうごう=苟(かりそめ)の結婚(けっこん))す可(べ)からずんば、我(われ)の再(ふたた)び汝(なんじ)の与(ため)に主婚(しゅこん=媒酌(ばいしゃく))するを待(ま)て」と。 三蔵(さんぞう)大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、彼等(かれら)の怎(いか)に胡(みだ)りに談(だん)じ乱(みだ)りに講(こう)ずると雖(いえど)も、只(た)だ是(こ)れ従(したが)わず。 鬼使(きし)又(また)道(い)う、 「汝(なんじ)が這(こ)の和尚(おしょう)、我等(われら)好言好語(こうげんこうご=穏(おだ)やかな言葉(ことば))なるに、汝(なんじ)聽(き)き従(したが)わず。若(も)し是(こ)れ我等(われら)村野(そんや=野蛮(やばん))の性(さが)を発(はっ)するならば、還(かえ)って汝(なんじ)を把(と)って摂(さら)い去(ゆ)き、汝(なんじ)をして和尚(おしょう)做(な)るを得(え)ず、老婆(ろうば=妻(つま))娶(めと)るを得(え)ざらしめ、却(かえ)って枉(むだ)に人(ひと)と為(な)ること一世(いっせい)ならずや」と。 那(か)の長老(ちょうろう)心(こころ)金石(きんせき)の如(ごと)く、堅(かた)く執(と)って従(したが)わず。暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、 「我(われ)が徒弟達(とていたち)は何処(いずこ)にか我(われ)を尋(たず)ぬるを知(し)らず!」と。 一声(ひとこえ)說(い)うや、止(とど)むるを得(え)ずして眼中(がんちゅう)より涙(なみだ)を堕(お)とす。 那(か)の女子(じょし)笑(わら)いを陪(ともな)い、身(み)の辺(ほとり)に挨(すりよ)り至(いた)り、翠袖(すいしゅう=緑(みどり)の袖(そで))の中(うち)より一箇(ひとつ)の蜜合綾(みつごうりょう=蜜(みつ)色(いろ)の綾(あや))の汗巾児(かんきんじ=汗拭(あせぬぐ)いの手巾(てぬぐい))を取(と)り出(いだ)し、他(かれ)が涙(なみだ)を揩(ぬぐ)わんとし、道(い)う、 「佳客(かかく)煩悩(ぼんのう)を得(う)ること勿(なか)れ。我(われ)汝(なんじ)と玉(たま)に倚(よ)り香(こう)に偎(す)り、耍子(あそ)びに去(ゆ)かん」と。 長老(ちょうろう)咄(とつ)たる一声(ひとこえ)吆喝(ようかつ)し、身(み)を跳(と)び起(お)こして就(すなわ)ち走(はし)らんとするに、那(か)の些(これら)の人(ひと)に引(ひ)き引(ひ)き摺(ず)り摺(ず)り、天明(てんめい)まで嚷(わめ)かれる。 忽(たちま)ち那(か)の処(ところ)に叫声(きょうせい=呼(よ)ぶ声(こえ))の、 「師父(しふ)! 師父(しふ)! 汝(なんじ)那(いず)れの方(ほう)にか言語(げんご)し居(お)る」と有(あ)るを聽(き)く。 原来(もと)那(か)の孫大聖(そんたいせい)と八戒(はっかい)・沙僧(さそう)は、馬(うま)を牽(ひ)き、担(にな)いを挑(にな)い、一夜(いちや)曾(かつ)て脚(あし)を住(とど)めず、荊(いばら)を穿(うが)ち棘(おどろ)を度(わた)り、東(ひがし)に尋(たず)ね西(にし)に找(さが)し、却(かえ)って好(よ)く半(なか)ば雲(くも)に半(なか)ば霧(きり)に、八百里(はっぴゃくり)の荊棘嶺(けいきょくれい)を過(す)ぎて西(にし)に下(お)りしに、唐僧(とうそう)の吆喝(ようかつ)するを聽(き)き、却(かえ)って就(すなわ)ち一声(ひとこえ)喊(さけ)べるなり。 那(か)の長老(ちょうろう)門(もん)を掙(もが)き出(い)で、声(こえ)を叫(さけ)んで、 「悟空(ごくう)、我(われ)此(ここ)に在(あ)り、快(はや)く来(きた)りて我(われ)を救(すく)え! 快(はや)く来(きた)りて我(われ)を救(すく)え!」と。 那(か)の四老(しろう)と鬼使(きし)、那(か)の女子(じょし)と女童(じょどう)は、幌(ゆ)る一幌(ひとゆる)ぎに都(みな)見(み)えずなりぬ。 須臾(しばらく)の間(あいだ)に、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)倶(とも)に辺前(へんぜん=傍(そば))に到(いた)りて道(い)う、 「師父(しふ)、汝(なんじ)怎(いか)して此(ここ)に到(いた)り得(え)し」と。 三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)を扯(ひっつか)んで道(い)う、 「徒弟(とてい)や、多(おお)く汝等(なんじら)を労(つか)れしめたり! 昨日(きのう)晩間(ばんかん)見(み)し那(あ)の老者(ろうじゃ)の、土地(どち)の斎(とき)を送(おく)るの事(こと)を言(い)いしは、是(こ)れ汝(なんじ)の一声(ひとこえ)喝(かつ)して打(う)たんとせしに、他(かれ)就(すなわ)ち我(われ)を把(と)って此(こ)の方(ほう)に抬(かつ)ぎ来(きた)れり。 他(かれ)我(われ)と手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、門(もん)を走(はし)り入(い)りて、又(また)三箇(みたり)の老者(ろうじゃ)の、此(ここ)に来(きた)りて我(われ)に会(え)するを見(み)、倶(とも)に我(われ)を聖僧(せいそう)と做(な)し、一箇箇(めいめい)言談(げんだん)清雅(せいが)にして、極(きわ)めて善(よ)く詩(し)を吟(ぎん)ず。 我(われ)他(かれ)と賡和(こうわ)し相(あい)攀(よじのぼ)り、夜半(やはん)の時候(じこう)有(あ)ると覚(おぼ)えしに、又(また)一箇(ひとり)の美貌(びぼう)の女子(じょし)の灯火(とうか)を執(と)り、也(また)此(ここ)に来(きた)りて我(われ)に会(え)し、一首(いっしゅ)の詩(し)を吟(ぎん)じ、我(われ)を称(とな)えて佳客(かかく)と做(な)せり。 我(われ)が相貌(そうぼう)を見(み)て、配偶(はいぐう=配偶者(はいぐうしゃ))を求(もと)めんと欲(ほっ)するに因(よ)り、我(われ)方(はじ)めて省悟(せいご=悟(さと))し、正(まさ)に従(したが)わざる時(とき)、又(また)他(かれ)が做媒(なこうど)の做媒(なこうど)し、保親(ほしん)の保親(ほしん)し、主婚(しゅこん)の主婚(しゅこん)し、我(われ)誓(ちか)いを立(た)てて肯(うべな)わず、正(まさ)に掙(もが)きて走(はし)らんと欲(ほっ)し、他(かれ)と嚷鬧(じょうどう=言(い)い争(あらそ))いしに、不期(はからず)も汝等(なんじら)到(いた)れり。一則(ひとつ)には天明(てんめい)し、二来(ふたつ)には還(また)是(こ)れ汝(なんじ)を怕(おそ)れて、只(た)だ才(わず)かに還(ま)た引(ひ)き引(ひ)き摺(ず)り摺(ず)り居(お)りしが、忽然(たちまち)にして就(すなわ)ち見(み)えずなりぬ」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)既(すで)に他(かれ)と叙話(じょわ=語(かた)り合(あ))し詩(し)を談(だん)じしならば、就(すなわ)ち曾(かつ)て他(かれ)に箇(ひとつ)の名字(みょうじ)を問(と)わざりしや」と。 三蔵道(い)う、 「我(われ)曾(かつ)て他(かれ)が之(これ)の号(ごう)を問(と)えり。那(か)の老者(ろうじゃ)を十八公(じゅうはちこう)と喚(よ)び做(な)し、号(ごう)して勁節(けいせつ)と。第二(だいに)を号(ごう)して孤直公(こちょくこう)、第三(だいさん)を号(ごう)して凌空子(りょうくうし)、第四(だいよん)を号(ごう)して拂雲叟(ふつうんそう)。那(か)の女子(じょし)は、人(ひと)他(かれ)を称(とな)えて杏仙(きょうせん)と做(な)す」と。 八戒道(い)う、 「此(こ)の物(もの)何処(いずこ)に在(あ)る。才(わず)か那(いず)れの方言(ほうげん=方角(ほうがく))へか去(ゆ)きし」と。 三蔵道(い)う、 「去(ゆ)く向(ゆ)くの方(ほう)は、何所(いずこ)なるを知(し)らず、但(た)だ只(た)だ詩(し)を談(だん)ぜし処(ところ)は、此(ここ)を去(さ)ること遠(とお)からず」と。 他(かれ)三人(みたり)師父(しふ)と同(とも)に看(み)る処(ところ)、只(た)だ一座(ひとつ)の石崖(せきがい=岩(いわ)の崖(がけ))有(あ)り、崖(がけ)の上(うえ)に木仙庵(もくせんあん)の三字(さんじ)有(あ)り。 三蔵道(い)う、 「此間(ここ)正(まさ)に是(こ)れなり」と。 行者(ぎょうじゃ)仔細(つまびらか)に之(これ)を観(み)るに、却(かえ)って原来(もと)是(こ)れ一株(ひとかぶ)の大檜樹(だいかいじゅ=大(おお)きな桧(ひのき))、一株(ひとかぶ)の老柏(ろうはく=老(お)いた柏(かしわ))、一株(ひとかぶ)の老松(ろうしょう=老(お)いた松(まつ))、一株(ひとかぶ)の老竹(ろうちく=老(お)いた竹(たけ))。竹(たけ)の後(うしろ)に一株(ひとかぶ)の丹楓(たんぷう=赤(あか)い楓(かえで))有(あ)り。 再(ふたた)び崖(がけ)の那(か)の辺(ほとり)を看(み)れば、還(ま)た一株(ひとかぶ)の老杏(ろうきょう=老(お)いた杏(あんず))、二株(ふたかぶ)の臘梅(ろうばい=蝋梅(ろうばい))、二株(ふたかぶ)の丹桂(たんけい=赤(あか)い桂(かつら))有(あ)り。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、 「汝(なんじ)曾(かつ)て妖怪(ようかい)を見(み)しや」と。 八戒道(い)う、 「未(いま)だ見(み)ず」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)知(し)らずや、就(すなわ)ち是(こ)れ此(こ)の幾株(いくかぶ)の樹木(じゅもく)の此(ここ)に在(あ)りて精(せい)を成(な)せるなり」と。 八戒道(い)う、 「哥哥(あに)怎(いか)にして成精(せいせい=精(せい)と化(か))せる者(もの)の是(こ)れ樹(き)なるを知(し)れる」と。 行者道(い)う、 「十八公(じゅうはちこう)は乃(すなわ)ち松樹(しょうじゅ)、孤直公(こちょくこう)は乃(すなわ)ち柏樹(はくじゅ)、凌空子(りょうくうし)は乃(すなわ)ち檜樹(かいじゅ)、拂雲叟(ふつうんそう)は乃(すなわ)ち竹竿(ちっかん)、赤身鬼(せきしんき)は乃(すなわ)ち楓樹(ふうじゅ)、杏仙(きょうせん)は即(すなわ)ち杏樹(きょうじゅ)、女童(じょどう)は即(すなわ)ち丹桂(たんけい)・臘梅(ろうばい)なり」と。 八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、好歹(よしあし)を論(ろん)ぜず、一頓(ひとくれ)の釘鈀(ていは)、三五(さんご)の長嘴(ちょうし=長(なが)い嘴(くちばし))、拱(ほじく)りを連(つら)ね筑(つ)きを帯(お)び、両棵(ふたかぶ)の臘梅(ろうばい)、丹桂(たんけい)、老杏(ろうきょう)、楓楊(ふうよう=楓(かえで))を把(と)って倶(とも)に地(ち)に揮(なげう)ち倒(たお)す。果然(はた)して那(か)の根(ね)の下(した)倶(とも)に鮮血(せんけつ)淋漓(りんり)たり。 三蔵(さんぞう)近(ちか)づき前(すす)みて扯(ひっつか)み住(とど)めて道(い)う、 「悟能(ごのう)、他(かれ)を傷(そこな)う可(べ)からず! 他(かれ)は気候(きこう=修練(しゅうれん)の力(ちから))を成(な)せりと雖(いえど)も、却(かえ)って曾(かつ)て我(われ)を傷(そこな)わず。我等(われら)路(みち)を找(さが)して去(ゆ)かん」と。 行者道(い)う、 「師父(しふ)彼(かれ)を惜(お)しむ可(べ)からず、恐(おそ)らくは日後(じつご)大怪(たいかい)と成(な)りて、人(ひと)を害(そこな)うこと浅(あさ)からざらんことを」と。 那(か)の呆子(ほうし)索性(さっしょう=思(おも)い切(き))って一頓(ひとくれ)の鈀(は)にて、松(まつ)・柏(かしわ)・檜(ひのき)・竹(たけ)を将(も)って一斉(いっせい)に皆(みな)筑(つ)き倒(たお)し、却(かえ)って才(わず)かに師父(しふ)を請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしめ、大路(たいろ)に順(したが)いて一斉(いっせい)に西(にし)に行(ゆ)く。 畢竟(つい)に前(まえ)に去(ゆ)きて如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。 第六十五回 妖邪(ようじゃ)、仮(いつわ)りて小雷音(しょうらいおん)を設(もう)け 四衆(ししゅう)、皆(みな)大厄難(だいやくなん)に遭(あ)う 這(こ)の回(かい)の因果(いんが)、人(ひと)を勧(すす)めて善(ぜん)を為(な)し、切(せつ)に悪(あく)を作(な)すを休(や)めよ。 一念(いちねん)生(しょう)ずれば、神明(しんめい)照鑑(しょうかん=照(て)らし鑑(かんが)み)し、任(まま)に他(かれ)をして作(な)さしむ。 拙蠢(せつしゅん=愚(おろ)かなる)乖能(かいのう=賢(かしこ)き才(さい))君(きみ)怎(いか)でか学(まな)ばん、両般(りょうはん=二(ふた)つの類(たぐい))還(ま)た是(こ)れ無心(むしん)の薬(くすり)。 生前(せいぜん)に道(みち)有(あ)るに趁(じゅん)じて正(まさ)に該(まさ)に修(おさ)むべく、浪(みだ)りに泊(とど)まること莫(なか)れ。 根源(こんげん)を認(みと)め、本殻(ほんかく=元(もと)の殻(から))を脱(だっ)せよ。 長生(ちょうせい)を訪(たず)ねんには、須(すべから)く把捉(はそく=しっかり掴(つか))すべし。 時時(じじ)に明(あき)らかに見(み)ることを要(よう)し、醍醐(だいご)を斟酌(しんしゃく=酌(く)み分(わ))く。 三関(さんかん)を貫徹(かんてつ)して黒海(こくかい)を填(うず)め、管(きっと)善者(ぜんじゃ)をして鸞鶴(らんかく)に乗(の)らしめん。 那(そ)の其(そ)の間(あいだ)愍故(びんこ=憐(あわれ)みの故(ゆえ))更(さら)に慈悲(じひ)を、極楽(ごくらく)に登(のぼ)らしめん。 唐三蔵(とうさんぞう)の一念(いちねん)の虔誠(けんせい)を表(あらわ)すに、且(しばら)く天神(てんしん)の保護(ほご)を言(い)うことを休(や)め、此(か)くの如(ごと)き草木(そうもく)の霊(れい)すら、尚(なお)来(きた)りて引(みちび)き送(おく)り、雅会(がかい)一宵(いっしょう)にして、荊棘(けいきょく)の針刺(しんし)を脱(だっ)し出(い)で、再(ふたた)び蘿蓏(らら=つる草(くさ))の攀(よじのぼ)り纏(まと)うこと無(な)し。 四衆(ししゅう)西進(せいしん)し、行(ゆ)き彀(た)ること多時(たじ)にして、又(また)冬(ふゆ)の残(のこ)りに値(あた)る。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の三春(さんしゅん)の日(ひ): 物華(ぶっか=万物(ばんぶつ)の華(はな))交泰(こうたい=交(まじ)わり泰(やす))し、 斗柄(とへい=北斗(ほくと)の柄(え))寅(いん)に回(めぐ)る。 草芽(そうが=草(くさ)の芽(め))地(ち)に遍(あまね)く緑(みどり)に、 柳眼(りゅうがん=柳(やなぎ)の芽(め))堤(つつみ)に満(み)ちて青(あお)し。 一嶺(ひとみね)の桃花(とうか)紅錦涴(こうきんわ=紅(あか)い錦(にしき)の汚(けが)れ)の如(ごと)く、 半渓(はんけい=半(なか)ばの谷(たに))の煙水(えんすい)碧羅明(へきらめい=碧(あお)い羅(うすぎぬ)の明(あき)らか)なり。 幾多(いくばく)の風雨(ふうう)、無限(むげん)の心情(しんじょう)。 日(ひ)は花心(かしん=花(はな)の心(しん))を晒(さら)して艶(あで)やかに、 燕(つばめ)苔蕊(たいずい=苔(こけ)の蕊(しべ))を銜(ふく)んで軽(かる)し。 山色(さんしょく)は王維(おうい)が画(え)の濃淡(のうたん)、 鳥声(ちょうせい)は季子(きし)が舌(した)の縦横(じゅうおう)。 芳菲(ほうひ=香(かお)る草花(そうか))繍(ぬいとり)を鋪(し)くも人(ひと)賞(め)づる無(な)く、 蝶(ちょう)舞(ま)い蜂(はち)歌(うた)うは却(かえ)って情(じょう)有(あ)り。 師徒達(しとたち)也(また)自(みずか)ら芳(かおり)を尋(たず)ね翠(みどり)を踏(ふ)み、緩(ゆる)やかに馬歩(ばほ=馬(うま)の歩(あゆみ))に随(したが)う。 正(まさ)に行(ゆ)くの間(あいだ)、忽(たちま)ち一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る。遠(とお)く望(のぞ)めば天(てん)と相(あい)接(せっ)するが与(ごと)し。 三蔵(さんぞう)鞭(むち)を揚(あ)げて指(さ)して道(い)う、 「悟空(ごくう)、那(あ)の座(ざ)の山(やま)は也(また)多少(いくばく)の高(たか)さなるを知(し)らず、便(すなわ)ち青天(せいてん)に接(せっ)し、碧漢(へきかん=碧(あお)い天河(てんが))に透(とお)り衝(つ)くに似(に)たり」と。 行者道(い)う、 「古詩(こし)に云(い)わずや、只(た)だ天(てん)の上(うえ)に在(あ)る有(あ)るのみ、更(さら)に山(やま)の与(とも)に斉(ひと)しきは無(な)し、と。但(た)だ山(やま)の極(きわ)めて高(たか)く、与(とも)に他(かれ)と比並(ひへい)す可(べ)き無(な)きを言(い)うのみ。豈(あ)に天(てん)に接(せっ)するの理(り)有(あ)らんや!」と。 八戒道(い)う、 「若(も)し天(てん)に接(せっ)せずんば、如何(いか)して崑崙山(こんろんさん)を把(と)って天柱(てんちゅう)と号(ごう)せん」と。 行者道(い)う、 「汝(なんじ)知(し)らずや、古(いにしえ)より天(てん)は西北(せいほく)に満(み)たず。崑崙山(こんろんさん)は西北(せいほく)の乾位(けんい=乾(けん)の方角(ほうがく))の上(うえ)に在(あ)り、故(ゆえ)に頂天塞空(ちょうてんそくくう=天(てん)を頂(いただ)き空(くう)を塞(ふさ)ぐ)の意(い)有(あ)り、遂(つい)に天柱(てんちゅう)と名(な)づく」と。 沙僧(さそう)笑(わら)って道(い)う、 「大哥(だいか)這(こ)の好話児(こうわじ=良(よ)い話(はなし))を把(と)って他(かれ)与(と)說(い)うこと莫(なか)れ。他(かれ)聽(き)き去(さ)りて、又(また)别人(べつじん)を降(くだ)さん。我等(われら)且(しばら)く路(みち)を走(はし)らん、那(あ)の山(やま)に上(のぼ)るを等(ま)て、就(すなわ)ち高下(こうげ)を知(し)らん」と。 那(か)の呆子(ほうし)沙僧(さそう)を赶(お)って厮耍厮闘(ししゃしとう=戯(たわむ)れ合(あ)う)し、老師父(ろうしふ)の馬(うま)快(はや)きこと飛(と)ぶが如(ごと)く、須臾(しばらく)にして、那(か)の山崖(さんがい)の辺(ほとり)に到(いた)る。 一步步(いっぽいっぽ)上(うえ)へ向(むか)って行(ゆ)き来(きた)るに、只(た)だ見(み)る那(か)の山(やま): 林中(りんちゅう)風(かぜ)颯颯(さつさつ)として、 澗底(かんてい=谷(たに)の底(そこ))水(みず)潺潺(せんせん)たり。 鴉雀(あじゃく=烏(からす)と雀(すずめ))飛(と)び過(す)ぐるを得(え)ず、 神仙(しんせん)也(また)難(かた)しと道(い)う。 千崖万壑(せんがいばんがく=多(おお)くの崖(がけ)と谷(たに))、 億曲百湾(おくきょくひゃくわん=幾(いく)えも曲(まが)りくね)る。 塵埃(じんあい)滚々(こんこん)として人(ひと)の到(いた)る無(な)く、 怪石(かいせき)森森(しんしん)として看(み)るに厭(あ)かず。 雲(くも)有(あ)る処(ところ)は水(みず)の滉(ひろ)ぐるが如(ごと)く、 樹(き)なる方(ところ)は鳥声(ちょうせい)繁(しげ)し。 鹿(しか)芝(し)を銜(ふく)んで去(ゆ)き、 猿(さる)桃(もも)を摘(つ)んで還(かえ)る。 狐貉(こかく=狐(きつね)と狢(むじな))往来(おうらい)して崖上(がいじょう)に跳(と)び、 麖獐(けいしょう=大鹿(おおしか)と獐(のろ))出入(しゅつにゅう)して嶺頭(れいとう)に頑(たわむ)る。 忽(たちま)ち虎嘯(こしょう=虎(とら)の吠(ほ)え)の胆(きも)を驚(おどろ)かすを聞(き)き、 斑豹(はんぴょう=斑(ぶち)の豹(ひょう))・蒼狼(そうろう=蒼(あお)い狼(おおかみ))路(みち)を把(と)って攔(さえぎ)る。 唐三蔵(とうさんぞう)一見(いっけん)して心(こころ)驚(おどろ)く。孫行者(そんぎょうじゃ)は神通(じんつう)広大(こうだい)なり。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)、一声(ひとこえ)哮吼(こうこう)して、狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)を吓(おど)し過(よ)ぎ、路(みち)を剖(さ)き開(ひら)き、師父(しふ)を引(みちび)きて直(ただ)ちに高山(こうざん)に上(のぼ)る。 嶺頭(れいとう)を過(す)ぎ行(ゆ)き、西(にし)の平(たいら)かなる処(ところ)に下(お)りるに、忽(たちま)ち祥光(しょうこう)藹藹(あいあい)、彩霧(さいむ)紛紛(ふんぷん)として、一所(ひとところ)の楼台殿閣(ろうたいでんかく)有(あ)り、隠隠(いんいん)として鐘磬(しょうけい=鐘(かね)と磬(けい))悠揚(ゆうよう)なるを見(み)る。 三蔵道(い)う、 「徒弟達(とていたち)、是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の去処(ところ)なるを看(み)よ」と。 行者(ぎょうじゃ)頭(あたま)を抬(もた)げ、手(て)を用(もち)いて凉篷(りょうほう=日除(ひよ)け)を搭(か)け、仔細(つまびらか)に観(み)るに、那(か)の壁廂(かたわら)好(よ)き箇(こ)の所在(ところ)! 真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ: 珍楼宝座(ちんろうほうざ=珍(めず)らしき楼(ろう)と宝(たから)の座(ざ))、 上刹名方(じょうさつめいほう=上(じょう)の寺(てら)と名(な)だたる地(ち))。 谷虚(こくきょ=谷(たに)の虚(むな)しき)地籟(ちらい=地(ち)の音(おと))を繁(しげ)くし、 境寂(きょうじゃく=境(さかい)の静(しず)か)天香(てんこう)を散(さん)ず。 青松(せいしょう=青(あお)い松(まつ))雨(あめ)を帯(お)びて高閣(こうかく)を遮(さえぎ)り、 翠竹(すいちく=緑(みどり)の竹(たけ))雲(くも)を留(とど)めて講堂(こうどう)を護(まも)る。 霞光(かこう)縹緲(ひょうびょう)として竜宮(りゅうぐう)顕(あらわ)れ、 彩色(さいしょく)飄颻(ひょうよう)として沙界(しゃかい=仏(ほとけ)の世界(せかい))長(たけ)し。 朱欄玉戸(しゅらんぎょくこ=朱(あか)い欄(らん)と玉(たま)の戸(と))、 画棟雕梁(がとうちょうりょう=絵(え)の棟(むなぎ)と雕(ほ)れる梁(はり))。 経(きょう)を談(だん)じて香(こう)座(ざ)に満(み)ち、 籙(ろく)を語(かた)れば月(つき)窗(まど)に当(あ)たる。 鳥(とり)丹樹(たんじゅ=赤(あか)い木(き))の内(うち)に啼(な)き、 鶴(つる)石泉(せきせん)の旁(かたわら)に飲(の)む。 四囲(しい)に花(はな)発(ひら)いて琪園(きえん=玉(たま)の園(その))秀(ひい)で、 三面(さんめん)に門(もん)開(ひら)いて舎衛(しゃえい)の光(ひかり)あり。 楼台(ろうだい)突兀(とつこつ)として門(もん)嶂(しょう=峰(みね))を迎(むか)え、 鐘磬(しょうけい)虚徐(きょじょ=緩(ゆる)やか)にして声韻(せいいん)長(たけ)し。 窗(まど)開(ひら)けば風(かぜ)細(こま)やかに、 簾(すだれ)巻(ま)けば煙(けむり)茫(ぼう)たり。 僧(そう)の情(じょう)の散淡(さんたん=淡々(たんたん))なる有(あ)り、 俗(ぞく)の意(い)の和昌(わしょう=和(やわ)らぎ栄(さか)ゆ)無(な)し。 紅塵(こうじん=俗世(ぞくせい))到(いた)らざる真(しん)の仙境(せんきょう)、 静土(じょうど)招提(しょうだい=寺(てら))の好(よ)き道場(どうじょう)。 行者(ぎょうじゃ)看(み)て罷(おわ)り、回复(かいふく=返答(へんとう))して道(い)う、 「師父(しふ)、那(あ)の去処(ところ)は是(こ)れ便(すなわ)ち是(こ)れ一座(ひとつ)の寺院(じいん)なれど、却(かえ)って禅光瑞藹(ぜんこうずいあい)の中(うち)に、又(また)些(いささか)の凶気(きょうき)有(あ)るは何(なん)ぞや。此(こ)の景象(けいしょう)を観(み)るに、也(また)雷音(らいおん)に似(に)たれど、却(かえ)って路道(ろどう=道筋(みちすじ))差池(さち=違(たが))えり。我等(われら)那(か)の廂(かたわら)に到(いた)りて、決(けっ)して擅(ほしいまま)に入(い)る可(べ)からず、恐(おそ)らくは毒手(どくしゅ=毒(どく)の手(て))に遭(あ)わん」と。 唐僧道(い)う、 「既(すで)に雷音(らいおん)の景(けい)有(あ)れば、莫(も)しや是(こ)れ霊山(りょうざん)ならずや。汝(なんじ)我(われ)が誠心(せいしん)を誤(あやま)り、我(われ)が来意(らい)を担擱(たんかく=遅(おく)ら)すことを休(や)めよ」と。 行者道(い)う、 「是(こ)れならず、是(こ)れならず! 霊山(りょうざん)の路(みち)も我(われ)也(また)幾遍(いくたび)か走(はし)り過(す)ぎたり、那(あ)れは是(こ)れ這(こ)の路途(ろと)ならんや!」と。 八戒道(い)う、 「縦(たと)い是(こ)れならずんば、也(また)必(かなら)ず箇(ひとり)の好(よ)き人(ひと)の居住(きょじゅう)有(あ)らん」と。 沙僧道(い)う、 「多(おお)く疑(うたが)うを須(もち)いず。此(こ)の条(ひとすじ)の路(みち)は未(いま)だ免(まぬか)れずして那(か)の門首(もんしゅ=門(もん)の前(まえ))より過(よぎ)らん。是(ぜ)と非(ひ)とは一見(いっけん)して知(し)る可(べ)きなり」と。 行者道(い)う、 「悟浄(ごじょう)の說(い)えるは理(り)有(あ)り」と。 那(か)の長老(ちょうろう)馬(うま)に策(むちう)ち鞭(むち)を加(くわ)えて山門(さんもん)の前(まえ)に至(いた)り、雷音寺(らいおんじ)の三箇(みっつ)の大字(だいじ)を見(み)、慌(あわ)て得(え)て馬(うま)より滚(ころ)がり下(お)り、地(ち)の下(した)に倒(たお)れ、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って道(い)う、 「潑猢猻(はつこんそん)! 我(われ)を害(そこな)い殺(ころ)せり! 現(げん)に是(こ)れ雷音寺(らいおんじ)なるに、還(ま)た我(われ)を哄(あざむ)くか!」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)いを陪(ともな)って道(い)う、 「師父(しふ)悩(なや)むこと莫(なか)れ。汝(なんじ)再(ふたた)び看(み)よ。山門(さんもん)の上(うえ)は乃(すなわ)ち四箇(よっつ)の字(じ)なるに、汝(なんじ)怎(いか)して只(た)だ三箇(みっつ)を念(よ)み出(いだ)して、倒(かえ)って還(ま)た我(われ)を怪(あやし)むや」と。 長老(ちょうろう)戦兢兢(せんせんきょうきょう)として爬(は)い起(お)きて再(ふたた)び看(み)れば、真(まこと)に箇(こ)れ四箇(よっつ)の字(じ)にして、乃(すなわ)ち小雷音寺(しょうらいおんじ)なり。 三蔵道(い)う、 「就(すなわ)ち是(こ)れ小雷音寺(しょうらいおんじ)とても、必(かなら)ず也(また)箇(ひとり)の仏祖(ぶっそ)の内(うち)に在(ましま)す有(あ)らん。経(きょう)の上(うえ)に三千諸仏(さんぜんしょぶつ)を言(い)う、想(おも)うに是(こ)れ一方(いっぽう)に在(あ)らざるならん。観音(かんのん)の南海(なんかい)に在(ましま)すが似(ごと)く、普賢(ふげん)は峨眉(がび)に在(ましま)し、文殊(もんじゅ)は五台(ごだい)に在(ましま)す。這(こ)れは那(いず)れの一位(いちい)の仏祖(ぶっそ)の道場(どうじょう)なるを知(し)らず。 古人(こじん)云(い)う、仏(ほとけ)有(あ)り経(きょう)有(あ)り、方(ほう)無(な)く宝(たから)無(な)し、と。我等(われら)進(すす)み去(ゆ)く可(べ)し」と。 行者道(い)う、 「進(すす)み入(い)る可(べ)からず。此(こ)の処(ところ)吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し。若(も)し禍患(かかん)有(あ)らば、汝(なんじ)我(われ)を怪(あやし)むこと莫(なか)れ」と。 三蔵道(い)う、 「就(すなわ)ち是(こ)れ仏(ほとけ)無(な)くとも、也(また)必(かなら)ず箇(ひとつ)の仏象(ぶつぞう=仏像(ぶつぞう))有(あ)らん。我(われ)が弟子(でし)の心愿(しんがん)は仏(ほとけ)に遇(あ)えば仏(ほとけ)を拝(はい)す。如何(いか)でか汝(なんじ)を怪(あやし)まん」と。 即(すなわ)ち八戒(はっかい)に命(めい)じて袈裟(けさ)を取(と)らしめ、僧帽(そうぼう)に換(か)え、衣冠(いかん)を結束(けっそく)し、歩(あゆみ)を挙(あ)げて前進(ぜんしん)す。 只(た)だ山門(さんもん)の裡(うち)に人(ひと)の叫(さけ)んで道(い)う有(あ)るを聽(き)く、 「唐僧(とうそう)、汝(なんじ)自(みずか)ら東土(とうど)より来(きた)りて我(わ)が仏(ほとけ)に拝見(はいけん)すと、怎(いか)して還(ま)た這(かく)の等(ごと)く怠慢(たいまん)なる」と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き即便(すなわ)ち下拝(げはい)し、八戒(はっかい)也(また)頭(あたま)を磕(ぬかず)き、沙僧(さそう)也(また)跪(ひざまず)き倒(たお)る。惟(ただ)大聖(たいせい)のみ馬(うま)を牽(ひ)き行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)して後(うしろ)に在(あ)り。 方(はじ)めて二層門(にそうもん)の内(うち)に入(い)り到(いた)るや、就(すなわ)ち如来大殿(にょらいだいでん)を見(み)る。殿門(でんもん)の外(そと)宝台(ほうだい)の下(した)に、五百羅漢(ごひゃくらかん)、三千掲諦(さんぜんかいだい)、四金剛(しこんごう)、八菩薩(はちぼさつ)、比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)、無数(むすう)の聖僧(せいそう)・道者(どうしゃ)を擺(なら)べ列(つら)ぬ。真(まこと)に箇(こ)れ也(また)香花(こうか)艶麗(えんれい)、瑞気(ずいき)繽紛(ひんぷん)たり。 慌(あわ)て得(え)て那(か)の長老(ちょうろう)と八戒(はっかい)・沙僧(さそう)は、一步一拝(いっぽいっぱい=一歩(いっぽ)ごとに一拝(いっぱい))、霊台(れいだい)の間(あいだ)に拝(はい)し上(のぼ)る。行者(ぎょうじゃ)は公然(こうぜん)として拝(はい)せず。 又(また)蓮台座(れんだいざ)の上(うえ)より声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(さけ)んで道(い)う有(あ)るを聞(き)く、 「那(そ)の孫悟空(そんごくう)、如来(にょらい)に見(まみ)えて怎(いか)して拝(はい)せざる」と。 知(し)らずや行者(ぎょうじゃ)は又(また)仔細(つまびらか)に観(み)て、是(こ)れ仮(にせ)と見得(みえと)け、遂(つい)に馬匹(ばひつ)・行嚢(こうのう)を捨(す)て、棒(ぼう)を手(て)に掣(と)って喝(かつ)して道(い)う、 「汝(なんじ)が這(こ)の一群(ひとむれ)の孽畜(げっちく)、十分(じゅうぶん)に胆大(たんだい)なり! 怎(いか)して仮(いつわ)りて仏名(ぶつみょう)に倚(よ)り、如来(にょらい)の清徳(せいとく)を敗壊(はいかい)するや! 走(はし)ること莫(なか)れ!」と。 双手(もろて)に棒(ぼう)を輪(ふる)い、上前(すす)みて便(すなわ)ち打(う)つ。 只(た)だ半空(はんくう)の中(うち)に叮狢(ていかく=かちん)たる一声(ひとこえ)を聽(き)き、一副(ひとくみ)の金鐃(きんどう=金(きん)の鉦(かね))を撇(なげう)ち下(おろ)し、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って頭(あたま)より帯(つな)ぎて足(あし)に至(いた)るまで、金鐃(きんどう)の内(うち)に合(がっ)す。 慌(あわ)て得(え)て箇(ひとり)の猪八戒(ちょはっかい)、沙和尚(さおしょう)は連(つる)れて鈀(は)・杖(つえ)を使(つか)い起(おこ)さんとせしが、就(すなわ)ち些(これら)の阿羅(あら)・掲諦(かいだい)、聖僧(せいそう)・道者(どうしゃ)に一斉(いっせい)に近(ちか)づき前(すす)みて囲(かこ)み繞(まと)われり。 他(かれ)二箇(ふたり)措手(そしゅ)及(およ)ばず、尽(ことごと)く皆(みな)拿(とら)えられ、三蔵(さんぞう)を将(も)って捉(とら)え住(とど)め、一斉(いっせい)に都(みな)縄(なわ)を纏(まと)い索(くさり)を绑(しば)り、緊(きつ)く縛(しば)り牢(ろう)に栓(かんぬき)さる。 原来(もと)那(か)の蓮花座(れんかざ)の上(うえ)に仏祖(ぶっそ)を装(よそお)える者(もの)は乃(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひとり)の妖王(ようおう)にして、衆(しゅう)の阿羅(あら)等(ら)は都(みな)是(こ)れ些(いささか)の小怪(しょうかい)なり。 遂(つい)に仏祖(ぶっそ)の体象(たいぞう=姿(すがた))を収(おさ)め、依然(いぜん)として妖身(ようしん)を現(あらわ)し、三衆(さんしゅう)を将(も)って後辺(こうへん)に抬(かつ)ぎ入(い)れて收藏(しゅうぞう)し、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って金鐃(きんどう)の裡(うち)に合(がっ)して永(なが)く開(ひら)き放(はな)たず、只(た)だ宝台(ほうだい)の上(うえ)に擱(お)き在(あ)り、三昼夜(さんちゅうや)を限(かぎ)りて膿血(のうけつ=膿(うみ)と血(ち))と化(か)さんとす。 化(か)し了(おわ)りて後(のち)、才(わず)かに鉄籠(てつろう=鉄(てつ)の籠(かご))を将(も)って他(かれ)三箇(みたり)を蒸(ふか)して受用(じゅよう=食(く)ら)わんとす。 此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ: 碧眼(へきがん=青(あお)い眼(め))の猢児(こじ=猿(さる)の子(こ))真假(しんか)を識(し)り、 禅機(ぜんき)象(かたち)を見(み)て金身(こんしん)を拝(はい)す。 黄婆(こうば)盲目(もうもく)にして同(とも)に参礼(さんらい)し、 木母(もくぼ)痴心(ちしん)にして共(とも)に話(はなし)を論(ろん)ず。 邪怪(じゃかい)強(つよ)きを生(しょう)じて本性(ほんしょう)を欺(あざむ)き、 魔頭(まとう)悪(あく)を懐(いだ)きて天人(てんにん)を詐(あざむ)く。 誠(まこと)に是(こ)れ道(みち)小(ちい)さくして魔頭(まとう)大(おお)いなり、 旁門(ぼうもん=邪道(じゃどう))に錯(あやま)り入(い)りて枉(むだ)に身(み)を費(つい)やす。 那(そ)の時(とき)群妖(ぐんよう)は唐僧(とうそう)三衆(さんしゅう)を将(も)って後(うしろ)に收藏(しゅうぞう)し、馬(うま)を把(と)って後辺(こうへん)に拴(つな)ぎ、他(かれ)が袈裟(けさ)・僧帽(そうぼう)を把(と)って行李担(こうりたん)の内(うち)に安(やすん)じ、亦(また)收藏(しゅうぞう)し、一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))厳(きび)しく緊(きん)ずることは題(あげつら)わず。 却(かえ)って說(い)う、行者(ぎょうじゃ)は金鐃(きんどう)の裡(うち)に合(がっ)せられ、黒洞洞(こくどうどう=真(ま)っ暗(くら))として、燥(そう=いらだち)得(え)て満身(まんしん)に汗(あせ)を流(なが)し、左(ひだり)に拱(もが)き右(みぎ)に撞(つ)けども、出(い)づるを得(え)ず。急(きゅう)となりて鉄棒(てつぼう)を使(つか)って乱(みだ)りに打(う)てど、動(うご)かすこと分毫(ぶんごう=少(すこ)し)も得(え)んと想(おも)うこと莫(なか)れ。 彼(かれ)が心(こころ)の裡(うち)に算計(さんけい=工夫(くふう))を没(な)くし、身(み)を将(も)って外(そと)へ向(む)かって一掙(ひとふんば)りし、却(かえ)って那(か)の金鐃(きんどう)を掙(も)ぎ破(やぶ)らんと要(よう)し、遂(つい)に一箇(ひとつ)の訣(けつ)を捻(ねん)じて、就(すなわ)ち長(たか)さ千百丈(せんびゃくじょう)有(あ)るに長(たか)くなる。那(か)の金鐃(きんどう)也(また)他(かれ)の身(み)に随(したが)って長(たか)くなり、全(まった)く些(いささか)の瑕縫(かほう=隙間(すきま))の光明(こうみょう)も無(な)し。 却(かえ)って又(また)訣(けつ)を捻(ねん)じて身子(しんし=体(からだ))を把(と)って下(した)へ向(む)かって一小(ひとちい)さくし、小(ちい)さきこと芥菜子児(かいさいしじ=芥子粒(けしつぶ))の如(ごと)くにすれば、那(か)の鐃(どう)也(また)就(すなわ)ち身(み)に随(したが)って小(ちい)さくなり、更(さら)に些些(いささか)の孔竅(こうきょう=穴(あな))も没(な)し。 他(かれ)又(また)鉄棒(てつぼう)を把(と)って一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)じよ!」と叫(さけ)ぶ。即(すなわ)ち変(へん)じて幡竿(ばんかん=旗竿(はたざお))の一樣(ごと)くに做(な)り、金鐃(きんどう)を撑(ささ)え住(とど)む。 他(かれ)却(かえ)って脳後(のうご=後頭部(こうとうぶ))の毫毛(ごうもう)の長(なが)きを選(えら)んで二根(ふたみ)抜(ぬ)き下(おろ)し、「変(へん)じよ!」と叫(さけ)ぶ。即(すなわ)ち変(へん)じて梅花頭(ばいかとう)五瓣(ごべん)の鑿(のみ)と做(な)り、棒(ぼう)の下(した)に挨(すりよ)りて、千百下(せんびゃくか)鑽(き)りしが、只(た)だ鑽(き)り得(え)て蒼蒼(そうそう)と响(ひび)き魀(た)るのみ、再(ふたた)び些(いささか)も鑽(き)り動(うご)かさず。 行者(ぎょうじゃ)急(きゅう)となり、却(かえ)って箇(ひとつ)の訣(けつ)を捻(ねん)じ、一声(ひとこえ)「唵囒静法界(おんらんじょうほっかい)、乾元亨利貞(けんげんこうりてい)」の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、那(か)の五方掲諦(ごほうかいだい)、六丁六甲(りくていりっこう)、一十八位(じゅうはちい)の護教伽藍(ごきょうがらん)を拘(よ)び得(え)て、都(みな)金鐃(きんどう)の外(そと)に在(あ)らしめ道(い)わしむ、 「大聖(たいせい)、我等(われら)は倶(とも)に師父(しふ)を保護(ほご)し、妖魔(ようま)の傷害(しょうがい)を教(さしむ)けず。汝(なんじ)又(また)我等(われら)を拘喚(よびよ)して甚(なん)をか做(な)さしむる」と。 行者道(い)う、 「我(われ)が那(あ)の師父(しふ)は、我(われ)が勧解(かんかい=諫(いさ)め)を聽(き)かず。就(すなわ)ち他(かれ)を弄(ろう)し殺(ころ)すも也(また)虧(か)けず! 但(た)だ只(た)だ汝等(なんじら)怎(いか)にして快(はや)く法(ほう)を作(な)して這(こ)の鐃鈸(どうばち=鉦(かね)と銅鑼(どら))を掀(あ)げ開(ひら)き、我(われ)を放(はな)ち出(いだ)して、再(ふたた)び処治(しょち=始末(しまつ))を作(な)さん。這(こ)の里面(うち)光(ひかり)通(つう)ぜず、満身(まんしん)暴燥(ばくそう=いらだち)、却(かえ)って悶(もん)じ殺(ころ)さるるに非(あら)ずや」と。 衆神(しゅうしん)真(まこと)に鐃(どう)を掀(あ)ぐれど、就(すなわ)ち長(は)じ就(な)れるの一般(ごと)く、揭(あ)ぐること分毫(ぶんごう)も得(え)んと想(おも)うこと莫(な)かれ。 金頭掲諦(きんとうかいだい)道(い)う、 「大聖(たいせい)、這(こ)の鐃鈸(どうばち)は是(こ)れ件(ひとつ)の甚(なん)の宝貝(ほうばい)なるを知(し)らず、上(うえ)を帯(つな)ぎて下(した)に至(いた)るまで、合(がっ)して一塊(ひとかたまり)と成(な)れり。小神(しょうしん)力(ちから)薄(うす)く、掀(あ)げ動(うご)かすこと能(あた)わず」と。 行者道(い)う、 「我(われ)里面(うち)に在(あ)りて、知(し)らず多少(いくばく)の神通(じんつう)を使(つか)いしも、也(また)動(うご)かすを得(え)ず」と。 掲諦(かいだい)言(げん)を聞(き)き、即(すなわ)ち六丁神(りくていしん)をして唐僧(とうそう)を保護(ほご)せしめ、六甲神(りっこうしん)をして金鐃(きんどう)を看守(かんしゅ)せしめ、衆伽藍(しゅうがらん)をして前後(ぜんご)を照察(しょうさつ=見張(みは))せしめ、他(かれ)却(かえ)って祥光(しょうこう)を縦(はな)ち起(おこ)し、須臾(しばらく)の間(あいだ)に南天門(なんてんもん)の裡(うち)に闖(つ)け入(い)り、宣召(せんしょう=召(め)し)を待(ま)たず、直(ただ)ちに霊霄宝殿(れいしょうほうでん)の下(もと)に上(のぼ)り、玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えて俯伏(ふふく=伏(ふ)し拝(はい))して啓奏(けいそう)して道(い)う、 「主公(しゅこう)、臣(しん)は乃(すなわ)ち五方掲諦使(ごほうかいだいし)なり。今(いま)斉天大聖(せいてんたいせい)の唐僧(とうそう)を保(たも)ちて経(きょう)を取(と)る有(あ)り、路(みち)一山(ひとやま)に遇(あ)い、名(な)を小雷音寺(しょうらいおんじ)と曰(い)う。 唐僧(とうそう)霊山(りょうざん)と錯(あやま)り認(みと)めて進(すす)みて拝(はい)せしに、原来(もと)是(こ)れ妖魔(ようま)の仮(いつわ)りに設(もう)くる所(ところ)にして、他(かれ)が師徒(しと)を困(くるし)め陷(おとしい)れ、大聖(たいせい)を将(も)って一副(ひとくみ)の金鐃(きんどう)の内(うち)に合(がっ)し、進退(しんたい)門(もん)無(な)く、看(み)る看(み)る死(し)に至(いた)らんとす。特に来(きた)りて啓奏(けいそう)す」と。 即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて、 「二十八宿星辰(にじゅうはっしゅくせいしん)を差(つか)わし、快(はや)く去(ゆ)きて厄(やく)を釈(と)き妖(よう)を降(くだ)せ」と。 那(か)の星宿(せいしゅく)少(すこ)しも緩(ゆる)やかにすることを敢(あ)えず、掲諦(かいだい)に随(したが)って同(とも)に、天門(てんもん)を出(い)で、山門(さんもん)の内(うち)に至(いた)る。 二更(にこう)の時分(じぶん)有(あ)りて、那(か)の些(これら)の大小(だいしょう)の妖精(ようせい)は、唐僧(とうそう)を獲(え)しに因(よ)り、老妖(ろうよう)倶(とも)に犒賞(こうしょう=ねぎら)いし、各(おのおの)去(ゆ)きて睡(ねむ)る。 衆星宿(しゅうせいしゅく)更(さら)に驚張(きょうちょう=騒(さわ)ぎ立(た))てず、都(みな)鐃鈸(どうばち)の外(そと)に到(いた)りて報(ほう)じて道(い)う、 「大聖(たいせい)、我等(われら)は是(こ)れ玉帝(ぎょくてい)の差(つか)わして二十八宿(にじゅうはっしゅく)を来(きた)らしめ、此(ここ)に到(いた)りて汝(なんじ)を救(すく)うなり」と。 行者(ぎょうじゃ)說(い)うを聽(き)きて大(おお)いに喜(よろこ)び、便(すなわ)ち教(おし)えて、 「兵器(へいき)を動(うご)かして打(う)ち破(やぶ)れ、老孫(ろうそん)就(すなわ)ち出(い)で来(きた)らんとす!」と。 衆星宿道(い)う、 「敢(あ)えて打(う)たず。此(こ)の物(もの)は乃(すなわ)ち渾金(こんきん=総金(そうきん))の宝(たから)、打(う)てば必(かなら)ず响(ひび)かん。响(ひび)く時(とき)妖魔(ようま)を驚(おどろ)かし動(うご)かさば、却(かえ)って救(すく)い拔(ぬ)き難(がた)し。 我等(われら)の兵器(へいき)を用(もち)いて他(かれ)を捎(さぐ)るを等(ま)て、汝(なんじ)が那(あ)の処(ところ)に但(た)だ些(いささか)の光(ひかり)の処(ところ)有(あ)るを見(み)ば就(すなわ)ち走(はし)れ」と。 行者道(い)う、 「正(まさ)に是(こ)れなり」と。 汝(なんじ)看(み)よ、彼等(かれら)の槍(やり)を使(つか)うは槍(やり)を使(つか)い、剣(けん)を使(つか)うは剣(けん)を使(つか)い、刀(かたな)を使(つか)うは刀(かたな)を使(つか)い、斧(おの)を使(つか)うは斧(おの)を使(つか)い、扛(か)ぐは扛(か)ぎ、抬(かつ)ぐは抬(かつ)ぎ、掀(あ)ぐるは掀(あ)げ、捎(さぐ)るは捎(さぐ)り、三更(さんこう)の天気(てんき)に弄(ろう)し到(いた)るも、漠然(ばくぜん)として動(うご)かず、就(すなわ)ちは铸(い)て成(な)れる囫圇(こつりん=丸(まる)ごと)の一般(ごと)し。 那(か)の行者(ぎょうじゃ)は裡(うち)に在(あ)りて、東(ひがし)に張(み)り張(み)り、西(にし)に望(のぞ)み望(のぞ)み、爬(は)い過(よ)ぎ来(きた)り、滚(ころ)び過(よ)ぎ去(ゆ)くも、些(いささか)の光(ひかり)の亮(あき)らかなるを見(み)んと想(おも)うこと莫(な)かれ。 亢金龍(こうきんりゅう)道(い)う、 「大聖(たいせい)や、且(しばら)く焦躁(しょうそう=いらだち)を休(や)めよ。此(こ)の宝(たから)を観(み)るに定(さだ)めて是(こ)れ箇(ひとつ)の如意(にょい)の物(もの)、断(たぶん)然(しか)じて也(また)能(よ)く変化(へんげ)す。汝(なんじ)那(あ)の里面(うち)に在(あ)りて、那(か)の合縫(ごうほう=合(あ)わさり目(め))の処(ところ)に於(お)いて、手(て)を用(もち)いて摸(さぐ)り着(つ)けよ。我(われ)の角尖児(かくせんじ=角(つの)の先(さき))を使(つか)って拱(もぐ)り進(い)らしむるを等(ま)て、汝(なんじ)変化(へんげ)して、松(ゆる)き処(ところ)に順(したが)いて身(み)を脱(のが)れん」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)に依(よ)り、真(まこと)に里面(うち)に在(あ)りて乱(みだ)りに摸(さぐ)る。 這(こ)の星宿(せいしゅく)身(み)を把(と)って小(ちい)さく変(へん)じれば、那(か)の角尖児(かくせんじ)は就(すなわ)ち箇(ひとつ)の針尖(しんせん=針(はり)の先(さき))の一樣(ごと)く、鐃(どう)の合縫口(ごうほうこう)の上(うえ)に順(したが)って、伸(の)ばし将(も)って進(い)り去(ゆ)く。憐(あわ)れむべし千斤(せんきん)の力(ちから)を使(つか)い尽(つ)くして、方(はじ)めて裏面(りめん)を穿透(かんつう=突(つ)き通(とお))すを得(え)たり。 却(かえ)って本身(ほんしん)と角(つの)とを将(も)って法象(ほうぞう)を使(つか)い、「長(たか)くなれ! 長(たか)くなれ! 長(たか)くなれ!」と叫(さけ)べば、角(つの)は就(すなわ)ち碗(わん)の来(きた)るが如(ごと)きの粗細(そさい)に長(たか)くなる。 那(か)の鐃口(どうこう=鉦(かね)の口(くち))は倒(かえ)って也(また)金(きん)の铸(い)たるに象(に)ず、皮肉(ひにく)の長(は)じ成(な)れるに好(よ)く似(に)て、亢金龍(こうきんりゅう)の角(つの)に順(したが)って、緊緊(きんきん)と噙(ふく)み住(とど)め、四下裡(あたり)に更(さら)に一絲(ひとすじ)の抜縫(ばっぽう=抜(ぬ)く隙間(すきま))も無(な)し。 行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が角(つの)を摸(さぐ)り着(つ)けて叫(さけ)んで道(い)う、 「不済事(ふざいじ=駄目(だめ))なり! 上下(じょうげ)に一毫(いちごう)の松(ゆる)き処(ところ)も没(な)し! 没奈何(なんともならず)、汝(なんじ)些(いささ)かの疼(いたみ)を忍(しの)びて、我(われ)を帯(つ)れて出(い)で去(ゆ)け」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、即(すなわ)ち金箍棒(きんこぼう)を将(も)って一把(ひとふり)の鋼鑿(こうさく=鋼(はがね)の鑿(のみ))に変(へん)じ、他(かれ)が那(あ)の角尖(かくせん)の上(うえ)に一箇(ひとつ)の孔竅(こうきょう)を穿(うが)ち、身子(しんし)を把(と)って箇(ひとつ)の芥菜子児(かいさいしじ)の似(ごと)くに変(へん)じ、那(か)の錐穴(きりあな)の裡(うち)に拱(もぐ)り在(あ)りて蹲(うずくま)り、叫(さけ)んで、 「角(つの)を扯(ひ)き出(いだ)せ! 角(つの)を扯(ひ)き出(いだ)せ!」と。 這(こ)の星宿(せいしゅく)又(また)知(し)らず多少(いくばく)の力(ちから)を費(つい)やしし、方(はじ)めて才(わず)かに抜(ぬ)き出(いだ)し、力(ちから)尽(つ)き筋(すじ)柔(やわ)らぐを使(つか)い得(え)て、地(ち)の下(した)に倒(たお)る。 行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って自(みずか)ら他(かれ)が角尖(かくせん)の錐穴(きりあな)の裡(うち)より潜(もぐ)り出(い)で、原身(げんしん)を現(あらわ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(と)り出(いだ)し、鐃鈸(どうばち)を照(めが)けて当(あた)たる一声(ひとこえ)打(う)ち去(ゆ)けば、就(すなわ)ち銅山(どうざん)を崩(くず)し倒(たお)すが如(ごと)く、金鐃(きんどう)を咋(か)み開(ひら)く。可惜(あたら)箇(ひとつ)の仏門(ぶつもん)の器(うつわ)を把(と)って、打(う)ち做(な)して千百塊(せんびゃくかい)の散碎(さんさい=砕(くだ)け散(ち))の金(きん)と為(な)す! 唬(おどろ)かし得(え)て那(か)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)驚張(きょうちょう)し、五方掲諦(ごほうかいだい)髪(かみ)を竪(た)て、大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)皆(みな)夢(ゆめ)より醒(さ)む。 老妖王(ろうようおう)睡(ねむ)りの裡(うち)に慌張(こうちょう)し、急(いそ)ぎ起(お)きて衣(ころも)を披(き)鼓(つづみ)を擂(う)ち、群妖(ぐんよう)を聚(あつ)め点(てん)じ、各(おのおの)器械(きかい)を執(と)る。 此(こ)の時(とき)天(てん)将(まさ)に黎明(れいめい)ならんとす。一斉(いっせい)に赶(お)い宝台(ほうだい)の下(した)に到(いた)り、只(た)だ孫行者(そんぎょうじゃ)と列宿(れっしゅく)の砕(くだ)け破(やぶ)れたる金鐃(きんどう)の外(そと)に囲(かこ)み在(あ)るを見(み)、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、即(すなわ)ち令(れい)じて、 「小(こ)の者達(ものたち)! 緊(きつ)く前門(ぜんもん)を関(とざ)し、人(ひと)を放(はな)ち出(いだ)すこと莫(なか)れ!」と。 行者(ぎょうじゃ)說(い)うを聽(き)き、即(すなわ)ち星衆(せいしゅう)を携(たずさ)え、雲(くも)に駕(が)して九霄(きゅうしょう)の空(そら)の裡(うち)に跳(と)び在(あ)る。 那(か)の妖王(ようおう)砕金(さいきん)を収(おさ)め、妖卒(ようそつ)を排(なら)べ開(ひら)き、山門(さんもん)の外(そと)に列(つら)ぬ。 妖王(ようおう)恨(うら)みを懐(いだ)き、没奈何(なんともならず)披掛(ひかけ)し、一根(ひとすじ)の短軟狼牙棒(たんなんろうがぼう=短(みじか)く軟(やわ)らかき狼牙(ろうが)の棒(ぼう))を使(つか)い、営(えい)を出(い)でて高(たか)く叫(さけ)んで、 「孫行者(そんぎょうじゃ)! 好男子(こうなんし=真(しん)の男(おとこ))は遠(とお)く走(はし)り高(たか)く飛(と)ぶ可(べ)からず! 快(はや)く前(まえ)に向(むか)い来(きた)りて我(われ)と三合(さんごう)交戦(こうせん)せよ!」と。 行者(ぎょうじゃ)忍(しの)び得(え)ず、即(すなわ)ち星衆(せいしゅう)を引(みちび)き、雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(おろ)し、那(か)の妖精(ようせい)の怎(いか)に生(しょう)ずる形(かたち)なるを観(み)るに、但(た)だ見(み)る他(かれ): 頭(あたま)を蓬(みだ)らせて、一条(ひとすじ)の扁薄金箍(へんはくきんこ=扁(ひら)たく薄(うす)い金(きん)の箍(たが))を勒(し)め、 眼(め)を光(ひか)らせて、両道(ふたすじ)の黄眉(こうび=黄色(きいろ)い眉(まゆ))の竪(た)てるを簇(あつ)む。 懸胆鼻(けんたんび=胆(きも)を懸(か)けたる鼻(はな))、孔竅(こうきょう=鼻(はな)の穴(あな))開(ひら)き査(さ)たり、 四方口(しほうこう=四角(しかく)い口(くち))、牙歯(がし)尖(とが)りて利(するど)し。 一副(ひとそろい)の叩結連環鎧(こうけつれんかんがい=鎧(よろい))を穿(き)、 一条(ひとすじ)の生絲穗縦(せいしすいじょう=生糸(きいと)の房(ふさ)付(つ)きの帯(おび))を勒(し)む。 脚(あし)に烏喇鞋(うらつがい=皮(かわ)の靴(くつ))一対(いっつい)を踏(ふ)み、 手(て)に狼牙棒(ろうがぼう)一根(ひとすじ)を執(と)る。 此(こ)の形(かたち)獣(けもの)に似(に)て獣(けもの)に如(し)かず、 相貌(そうぼう)人(ひと)に非(あら)ざれど却(かえ)って人(ひと)に似(に)たり。 行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を挺(ささ)げて喝(かつ)して道(い)う、 「汝(なんじ)は是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の怪物(かいぶつ)なるに、擅(ほしいまま)に敢(あ)えて仏祖(ぶっそ)を仮装(けそう=装(よそお))い、山頭(さんとう)を侵(おか)し占(し)め、虚(むな)しく小雷音寺(しょうらいおんじ)を設(もう)くるや!」と。 那(か)の妖王道(い)う、 「這(こ)の猴児(こうじ)は也(また)是(こ)れ我(われ)が姓名(せいめい)を知(し)らざるか、故(ゆえ)に来(きた)りて仙山(せんざん)を冒(おか)し犯(おか)す。此(こ)の処(ところ)を喚(よ)んで小西天(しょうせいてん)と做(な)す。我(われ)修行(しゅぎょう)して、正果(しょうか)を得(え)たるに因(よ)り、天(てん)の宝閣珍楼(ほうかくちんろう=宝(たから)の楼閣(ろうかく))を与(あた)うる有(あ)り。我(われ)が名(な)は乃(すなわ)ち是(こ)れ黄眉老仏(こうびろうぶつ)、此(ここ)の里(さと)の人(ひと)は知(し)らず、但(た)だ我(われ)を称(とな)えて黄眉大王(こうびだいおう)、黄眉爺爺(こうびじいさま)と為(な)す。 一向(ひたすら)久(ひさ)しく汝(なんじ)の西(にし)に往(ゆ)くを知(し)り、些(いささか)の手段(しゅだん)有(あ)るを、此(こ)れを以(もっ)て象(かたち)を設(もう)け能(のう)を顕(あらわ)し、汝(なんじ)が師父(しふ)を誘(いざな)い進(い)らしめ、汝(なんじ)と箇(ひとつ)の賭賽(とさい=賭(か)け)を打(う)たんと要(よう)す。如(も)し若(も)し我(われ)に闘(たたか)い勝(か)つを得(え)ば、汝(なんじ)が師徒(しと)を饒(ゆる)し、汝等(なんじら)をして箇(ひとつ)の正果(しょうか)を成(な)さしめん。如(も)し若(も)し能(あた)わずんば、汝等(なんじら)を将(も)って打(う)ち殺(ころ)し、我(われ)の去(ゆ)きて如来(にょらい)に見(まみ)え経(きょう)を取(と)り、中華(ちゅうか)に果正(かしょう)するを等(ま)てん」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、 「妖精(ようせい)海口(かいこう=大口(おおぐち))を須(もち)いず、既(すで)に賭(か)けんと要(ほっ)せば、快(はや)く上(のぼ)り来(きた)りて棒(ぼう)を領(う)けよ!」と。 那(か)の妖王(ようおう)喜孜孜(きしし=大喜(おおよろこ)び)として、狼牙棒(ろうがぼう)を使(つか)って抵(ふせ)ぎ住(とど)む。這(こ)の一場(いちじょう)好殺(こうさつ): 両条(ふたすじ)の棒(ぼう)、一(ひと)ならず、 將(は)た起來(おこ)れば形状(けいじょう)有(あ)りて說(い)わん: 一条(ひとすじ)は短軟(たんなん)仏家(ぶっけ)の兵(へい)、 一条(ひとすじ)は堅硬(けんこう)海蔵(かいぞう=海(うみ)の蔵(くら))に蔵(ぞう)す。 都(みな)随心(ずいい)変化(へんげ)の功(こう)有(あ)り、 今番(こんばん)相(あい)遇(あ)いて強壮(きょうそう)を争(あらそ)う。 短軟(たんなん)の狼牙(ろうが)雑錦(ざっきん)に妝(よそお)い、 堅硬(けんこう)の金箍(きんこ)蛟竜(こうりゅう)の象(かたち)。 若(も)し粗(あら)く若(も)し細(ほそ)く実(まこと)に誇(ほこ)る可(べ)く、 要(よう)するに短(みじか)く要(よう)するに長(なが)く甚(はなは)だ停当(ていとう=程(ほど)よ)し。 猴(さる)と魔(ま)と、斉(ひと)しく仗(たたか)いを打(う)ち、 這(こ)の場(ば)真(まこと)に箇(こ)れ虚誑(きょきょう=偽(いつわ)り)無(な)し。 馴猴(じゅんこう=馴(な)れたる猿(さる))教(きょう)を秉(と)って心猿(しんえん)と作(な)り、 潑怪(はつかい)天(てん)を欺(あざむ)きて仮象(けぞう=偽(にせ)の姿(すがた))を弄(ろう)す。 嗔嗔恨恨(しんしんこんこん=怒(いか)り恨(うら)み)各(おのおの)情(なさけ)無(な)く、 悪悪凶凶(あくあくきょうきょう)都(みな)様(よう)有(あ)り。 那(か)の一箇(ひとつ)は当頭(とうとう)に手(て)起(おこ)して放(はな)つを松(ゆる)めず、 這(こ)の一箇(ひとつ)は架(か)し捨(す)てて劈面(へきめん=面(おもて)を割(さ)く)推(お)し讓(ゆず)り難(がた)し。 雲(くも)を噴(ふ)き日(ひ)を照(て)らして昏(くら)く、 霧(きり)を吐(は)き峰(みね)の嶂(しょう=屏風(びょうぶ))を遮(さえぎ)る。 棒(ぼう)来(きた)り棒(ぼう)去(ゆ)きて両(ふた)りながら相(あい)迎(むか)え、 生(せい)を忘(わす)れ死(し)を忘(わす)るるは三蔵(さんぞう)に因(よ)る。 看(み)よ他(かれ)二箇(ふたり)の五十回合(ごじゅうがっごう)闘(たたか)い経(へ)て、輸贏(ゆえい)を見(み)ず。 那(か)の山門(さんもん)の口(くち)に、鑼(どら)を鳴(な)らし鼓(つづみ)を擂(う)ち、衆妖精(しゅうようせい)吶喊(とっかん=鬨(とき)の声(こえ))して旗(はた)を揺(ゆ)る。 這(こ)の壁廂(かたわら)に二十八宿(にじゅうはっしゅく)の天兵(てんぺい)と五方掲諦(ごほうかいだい)の衆聖(しゅうせい)有(あ)り、各(おのおの)器械(きかい)を掮(かつ)ぎ、一声(ひとこえ)吆喝(ようかつ)して、那(か)の魔頭(まとう)を把(と)って中(なか)に囲(かこ)む。吓(おどろ)かし得(え)て那(か)の山門外(さんもんがい)の群妖(ぐんよう)鼓(つづみ)を擂(う)ち難(がた)く、戦兢兢(せんせんきょうきょう)として手(て)軟(やわ)らぎて鑼(どら)を敲(たた)かず。 老妖魔(ろうようま)公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、一只(かたて)の手(て)に狼牙棒(ろうがぼう)を使(つか)って衆兵(しゅうへい)を架(か)し、一只(かたて)の手(て)に去(ゆ)きて腰間(ようかん)より一条(ひとすじ)の旧白布搭包児(きゅうはくふたっぽうじ=古(ふる)い白(しろ)い布(ぬの)の袋(ふくろ))を解(と)き下(おろ)し、上(うえ)に向(むか)って一抛(ひとなげ)すれば、滑(かつ)たる一声(ひとこえ)响喨(きょうりょう=響(ひび)き)して、孫大聖(そんたいせい)、二十八宿(にじゅうはっしゅく)と五方掲諦(ごほうかいだい)を、一搭包児(ひとふくろ)に通(ことごと)く装(つ)み将(も)って去(ゆ)き、肩(かた)に挎(か)け、歩(あゆみ)を運(はこ)びて身(み)を回(めぐ)らす。衆(しゅう)の小妖(しょうよう)箇箇(めいめい)歓然(かんぜん)として勝(か)ちを得(え)て回(かえ)る。 老妖(ろうよう)小(こ)の者達(ものたち)に教(さしず)して三五十条(さんごじゅうじょう)の麻索(まさく=麻(あさ)の縄(なわ))を取(と)らしめ、搭包(たっぽう)を解(と)き開(ひら)き、一箇(ひとり)を拿(とら)えては一箇(ひとり)を捆(くく)り、一箇箇(めいめい)都(みな)骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、皮膚(ひふ)窳皺(わしゅう=萎(しぼ)み皺(しわ)む)。 捆(くく)り了(おわ)りて後辺(こうへん)に抬(かつ)ぎ去(ゆ)き、好歹(よしあし)を分(わ)かたず、倶(とも)に之(これ)を地(ち)に擲(なげう)つ。 妖王(ようおう)又(また)筵(うたげ)を排(なら)べて暢飲(ちょういん=思(おも)う存分(ぞんぶん)飲(の))むを命(めい)じ、旦(あした)より暮(くれ)に至(いた)って方(はじ)めて散(さん)じ、各(おのおの)寝処(しんしょ=寝(ね)る所(ところ))に帰(かえ)ることは題(あげつら)わず。 却(かえ)って說(い)う、孫大聖(そんたいせい)と衆神(しゅうしん)は夜半(やはん)に捆(くく)られ至(いた)り、忽(たちま)ち悲泣(ひきゅう=悲(かな)しみ泣(な)く)の声(こえ)有(あ)るを聞(き)く。 耳(みみ)を側(そばだ)てて聽(き)く時(とき)、却(かえ)って原来(もと)是(こ)れ三蔵(さんぞう)の声音(こえ)にして、哭(な)いて道(い)う、 「悟空(ごくう)や! 我(われ)自(みずか)ら恨(うら)む当時(そのかみ)伊(かれ)に聽(き)かざりしを、 今日(こんにち)災危(さいき=災(わざわい)の危(き))に遭(あ)うを致(いた)せるを。 金鐃(きんどう)の内(うち)汝(なんじ)を傷(そこな)い、 麻縄(まじょう=麻(あさ)の縄(なわ))我(われ)を捆(くく)るも誰(たれ)か知(し)らん。 四人(よにん)遭逢(そうほう)して命(めい)の苦(くる)しきに縁(よ)り、 三千(さんぜん)の功行(こうぎょう)尽(ことごと)く傾(かたむ)き頽(くず)る。 何(なん)に由(よ)りてか迍邅(ちゅんたん=行(ゆ)き悩(なや)み)の難(なん)を解(と)き得(え)て、 坦蕩(たんとう=広々(ひろびろ))たる西方(せいほう)に去(ゆ)きて復(ま)た帰(かえ)らん!」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聽(き)き、暗(ひそ)かに自(みずか)ら憐(あわれ)みて道(い)う、 「那(か)の師父(しふ)は是(こ)れ未(いま)だ吾(われ)が言(げん)を聽(き)かざりしと雖(いえど)も、今(いま)此(こ)の毒(どく)に遭(あ)うも、然(しか)りと雖(いえど)も患難(かんなん)の中(うち)に於(お)いて、還(ま)た老孫(ろうそん)を憶(おも)い念(ねん)ずるの意(い)有(あ)り。此(こ)の夜静(やせい)かに妖(よう)眠(ねむ)り、人(ひと)の防備(ぼうび)無(な)きに趁(じゅん)じ、且(しばら)く去(ゆ)きて衆等(しゅとう)を解脱(げだつ)して生(いき)を逃(のが)れしめん」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、箇(ひとつ)の遁身法(とんしんぽう=身(み)を逃(のが)る術(じゅつ))を使(つか)い、身(み)を将(も)って一小(ひとちい)さくし、縄(なわ)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、唐僧(とうそう)の身辺(しんぺん)に走近(ちかづ)き、声(こえ)を叫(さけ)んで「師父(しふ)」と。 長老(ちょうろう)声音(こえ)を認(みと)め得(え)、叫(さけ)んで道(い)う、 「汝(なんじ)何(なん)の為(ため)に此(ここ)に到(いた)れる」と。 行者(ぎょうじゃ)悄(ひっそ)りと前項(ぜんこう=先(さき)の件(けん))の事(こと)を把(と)って一遍(ひととおり)告(つ)げる。長老(ちょうろう)甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(い)う、 「徒弟(とてい)! 快(はや)く我(われ)を一救(ひとすく)いせよ! 向后(こののち)の事(こと)は但(た)だ汝(なんじ)が処(しょ)に任(まか)す、再(ふたた)び強(し)いざらん!」と。 行者(ぎょうじゃ)才(わず)かに手(て)を動(うご)かし、先(ま)ず師父(しふ)を解(と)き、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を放(はな)ち、又(また)二十八宿(にじゅうはっしゅく)、五方掲諦(ごほうかいだい)を箇箇(めいめい)解(と)き、又(また)馬(うま)を牽(ひ)き過(よ)ぎ来(きた)りて、快(はや)く先(さき)に走(はし)り出(い)で去(ゆ)くを教(おし)う。 方(はじ)めて門(もん)を出(い)でしに、却(かえ)って行李(こうり)の何処(いずこ)に在(あ)るを知(し)らず、又(また)来(きた)りて找尋(そうじん=探(さが)し求(もと))む。 亢金龍(こうきんりゅう)道(い)う、 「汝(なんじ)は好(よ)く物(もの)を重(おも)んじ人(ひと)を軽(かろん)ず! 既(すで)に汝(なんじ)が師父(しふ)を救(すく)いたるが就(すなわ)ち彀(た)れるに、又(また)還(ま)た甚(なん)の行李(こうり)をか尋(たず)ぬる」と。 行者道(い)う、 「人(ひと)固(もと)より要緊(ようきん=肝心(かんじん))なれど、衣鉢(いはつ=法衣(ほうえ)と鉢(はつ))は尤(とりわけ)要緊(ようきん)なり。包袱(ほうふく=包(つつ)み)の中(うち)に通関文牒(つうかんぶんちょう)、錦襴袈裟(きんらんけさ)、紫金鉢盂(しきんはつう=紫(むらさき)の金(きん)の鉢(はつ))有(あ)り、倶(とも)に是(こ)れ仏門(ぶつもん)の至宝(しほう)なり、如何(いか)でか要(い)らざらんや!」と。 八戒道(い)う、 「哥哥(あに)、汝(なんじ)去(ゆ)きて找尋(そうじん)せよ、我等(われら)先(さき)に路上(ろじょう)に去(ゆ)きて汝(なんじ)を等(ま)たん」と。 汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の星衆(せいしゅう)の、唐僧(とうそう)を簇擁(ぞくよう)し、箇(ひとつ)の摂法(せっぽう)を使(つか)い、共(とも)に神通(じんつう)を弄(ろう)し、一陣(ひとむれ)の風(かぜ)に垣囲(えんい=塀(へい)の囲(かこ)い)を撮(つま)み出(いだ)し、大路(たいろ)を奔(はし)って山坡(さんぱ=山(やま)の坂(さか))を下(お)り、却(かえ)って平(たいら)かなる処(ところ)に屯(たむろ)して等候(ま)つ。 約(およ)そ三更(さんこう)の時分(じぶん)、孫大聖(そんたいせい)軽(かる)く挪(うご)かし慢(ゆる)やかに歩(あゆ)み、里面(うち)に走(はし)り入(い)る。原来(もと)一層層(いっそうそう)の門戸(もんこ)甚(はなは)だ緊(きん)なり。 他(かれ)就(すなわ)ち高楼(こうろう)に爬(は)い上(のぼ)りて看(み)る時(とき)、窗牖(そうゆう=窓(まど))皆(みな)関(とざ)さる。下(お)り去(ゆ)かんと欲(ほっ)すれど、又(また)窗櫺児(そうれいじ=窓(まど)の桟(さん))の响(ひび)かんことを恐(おそ)れ、敢(あ)えて推(お)し動(うご)かさず。 訣(けつ)を捻(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)るがして一変(いっぺん)じ、箇(ひとつ)の仙鼠(せんそ=仙(せん)の鼠(ねずみ))に変(へん)ず、俗名(ぞくみょう=俗(ぞく)の名(な))蝙蝠(こうもり)。 汝(なんじ)道(い)わんや他(かれ)の怎(いか)に生(しょう)ずる形(かたち)なるか: 頭(あたま)尖(とが)りて還(ま)た鼠(ねずみ)に似(に)たり、 眼(め)亮(あき)らかなるも亦(また)之(これ)の如(ごと)し。 翅(つばさ)有(あ)って黄昏(たそがれ)に出(い)で、 光(ひかり)無(な)くして白昼(はくちゅう)に居(お)る。 身(み)を蔵(かく)して瓦穴(がけつ=瓦(かわら)の穴(あな))を穿(うが)ち、 食(しょく)を覓(もと)めて蚊児(ぶんじ=蚊(か))を撲(う)つ。 偏(ひとえ)に晴明(せいめい)の月(つき)を喜(よろこ)び、 飛騰(ひとう)最(もっと)も時(とき)を識(し)る。 他(かれ)封(ふう)ぜざる瓦口(がこう=瓦(かわら)の口(くち))の椽子(てんし=垂木(たるき))の下(した)に順(したが)って、潜(もぐ)り将(も)って進(い)り去(ゆ)き、門(もん)を越(こ)え戸(と)を過(す)ぎ、中間(ちゅうかん)に到(いた)りて看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る、那(か)の第三重(だいさんじゅう)の楼窗(ろうそう=楼(ろう)の窓(まど))の下(した)に、熌灼灼(せんしゃくしゃく=きらきら)たる一道(ひとすじ)の毫光(ごうこう)有(あ)り。是(こ)れ灯燭(とうしょく=灯(あかり)と蝋燭(ろうそく))の光(ひかり)に非(あら)ず、香火(こうか)の光(ひかり)に非(あら)ず、又(また)飛霞(ひか=飛(と)ぶ霞(かすみ))の光(ひかり)に非(あら)ず、掣電(せつでん=稲妻(いなずま))の光(ひかり)に非(あら)ず。 他(かれ)半(なか)ば飛(と)び半(なか)ば跳(と)び、光(ひかり)の前(まえ)に近(ちか)づきて看(み)る時(とき)、却(かえ)って是(こ)れ包袱(ほうふく)の光(ひかり)を放(はな)てるなり。 那(か)の妖精(ようせい)唐僧(とうそう)の袈裟(けさ)を把(と)って脱(ぬ)がせ、曾(かつ)て折(お)らず、就(すなわ)ち乱乱(みだれ)として揌(おしこ)みて包袱(ほうふく)の内(うち)に在(あ)らしむ。 那(か)の袈裟(けさ)は本(もと)是(こ)れ仏宝(ぶっぽう)にして、上辺(うえ)に如意珠(にょいじゅ)、摩尼珠(まにじゅ)、紅瑪瑙(こうめのう)、紫珊瑚(しさんご)、舎利子(しゃりし)、夜明珠(やめいじゅ)有(あ)り、此(こ)れを以(もっ)て透(とお)るの光彩(こうさい)有(あ)るなり。 他(かれ)此(こ)の衣鉢(いはつ)を見(み)て、心中(しんちゅう)一喜(いっき)し、就(すなわ)ち本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、拿(と)り将(も)って過(よぎ)り来(きた)り、也(また)担縄(たんじょう=担(にな)い縄(なわ))の偏正(へんせい=曲(ま)がり正(ただ)しき)を管(かん)せず、肩(かた)に抬(かつ)ぎ上(あ)げ、下(した)へ向(む)かって就(すなわ)ち走(はし)る。不期(はからず)も一頭(いっとう=片方(かたほう))を脱(ぬ)かし、撲(ぽ)と楼板(ろうばん=床板(ゆかいた))の上(うえ)に落(お)ち、唿喇(こつらつ)たる一声(ひとこえ)响喨(きょうりょう)す。 噫(ああ)! 有(あ)るか此(かく)の如(ごと)き事(こと):可可(あたかも)の老妖精(ろうようせい)の楼下(ろうか)に在(あ)りて睡(ねむ)り居(お)りしが、一声(ひとこえ)の响(ひびき)に他(かれ)を把(と)って驚(おどろ)かし醒(さ)まし、跳(と)び起(お)きて乱(みだ)りに叫(さけ)んで道(い)う、 「人(ひと)有(あ)り了(ぬ)! 人(ひと)有(あ)り了(ぬ)!」と。 那(か)の些(これら)の大小(だいしょう)の妖(よう)都(みな)起(お)き、灯(あかり)を点(つ)け火(ひ)を打(う)ち、一斉(いっせい)に吆喝(ようかつ)し、前後(ぜんご)に去(ゆ)きて看(み)る。 或(あるい)は来(きた)りて報(ほう)じて道(い)う、 「唐僧(とうそう)走(はし)れり!」と。 又(また)或(あるい)は来(きた)りて報(ほう)じて道(い)う、 「行者(ぎょうじゃ)・衆人(しゅうじん)倶(とも)に走(はし)れり!」と。 老妖(ろうよう)急(いそ)ぎ号令(ごうれい)を伝(つた)えて、教(さしず)して、 「拿(とら)えよ! 各門(かくもん)の上(うえ)謹慎(きんしん=油断(ゆだん)するな)!」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聽(き)き、又(また)他(かれ)が羅網(らもう=網(あみ))に遭(あ)わんことを恐(おそ)れ、包袱(ほうふく)を挑(にな)い成(な)さず、筋斗(きんと)を縦(はな)って就(すなわ)ち楼窗(ろうそう)の外(そと)に跳(と)び出(い)でて走(はし)る。 那(か)の妖精(ようせい)前前後後(ぜんぜんごご)に、唐僧(とうそう)等(ら)を尋(たず)ぬるに着(つ)かず。又(また)天色(てんしょく)の将(まさ)に明(あ)けんとするを見(み)、棒(ぼう)を取(と)り、衆(しゅう)を帥(ひき)いて来(きた)りて赶(お)う。 只(た)だ見(み)る、那(か)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)と五方掲諦(ごほうかいだい)等(ら)の神(かみ)の、雲霧(うんむ)騰騰(とうとう)として、山坡(さんぱ)の下(した)に屯(たむろ)し住(とど)まるを。 妖王(ようおう)一声(ひとこえ)喝(かつ)して、 「何処(いずこ)へか去(ゆ)く! 吾(われ)来(きた)れるなり!」と。 角木蛟(かくぼくこう)急(いそ)ぎ喚(よ)んで、 「兄弟達(きょうだいたち)! 怪物(かいぶつ)来(きた)れるなり!」と。 亢金龍(こうきんりゅう)、女土蝠(じょどふく)、房日兔(ぼうじっと)、心月狐(しんげっこ)、尾火虎(びかこ)、箕水豹(きすいひょう)、斗木獬(とぼくかい)、牛金牛(ぎゅうきんご)、氐土貉(ていどかく)、虚日鼠(きょじっそ)、危月燕(きげつえん)、室火猪(しつかちょ)、壁水㺄(へきすいゆ)、奎木狼(けいぼくろう)、婁金狗(ろうきんく)、胃土彘(いどてい)、昴日雞(ぼうじっけい)、畢月烏(ひつげつう)、觜火猴(しかこう)、参水猿(しんすいえん)、井木犴(せいぼくかん)、鬼金羊(ききんよう)、柳土獐(りゅうどしょう)、星日馬(せいじつば)、張月鹿(ちょうげつろく)、翼火蛇(よくかだ)、軫水蚓(しんすいいん)、 金頭掲諦(きんとうかいだい)、銀頭掲諦(ぎんとうかいだい)、六甲(りっこう)、六丁(りくてい)等(ら)の神(かみ)、護教伽藍(ごきょうがらん)を領(ひき)い、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)と同(とも)に、—唐三蔵(とうさんぞう)を領(ひき)いず、白龍馬(はくりゅうば)を捨(す)て—各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)り、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せて上(のぼ)る。 這(こ)の妖王(ようおう)見(み)て、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)し、一声(ひとこえ)哨子(しょうじ=呼子(よびこ))を叫(さけ)べば、四五千(しごせん)の大小(だいしょう)の妖精(ようせい)有(あ)り、一箇箇(めいめい)威強(いきょう=威(い)と強(つよ)さ)力(ちから)勝(まさ)り、西山坡(せいさんぱ)の上(うえ)に渾戦(こんせん=入(い)り乱(みだ)れて戦(たたか))す。好殺(こうさつ)なり: 魔頭(まとう)潑悪(はつあく=暴(あば)れ悪(あ)し)にして真性(しんせい)を欺(あざむ)き、 真性(しんせい)温柔(おんじゅう)なれば怎(いか)でか魔(ま)に奈何(いかん)せん。 百計(ひゃっけい)施(ほどこ)して為(な)すも苦(くるしみ)を脱(だっ)し難(がた)く、 千方(せんぽう)妙用(みょうよう)するも和(わ)する能(あた)わず。 諸天(しょてん)来(きた)りて擁護(ようご)し、 衆聖(しゅうせい)干戈(かんか=武器(ぶき))を助(たす)く。 情(なさけ)を留(とど)めて木母(もくぼ)を虧(そこな)い、 志(こころざし)を定(さだ)めて黄婆(こうば)を感(かん)ぜしむ。 渾戦(こんせん)天(てん)を驚(おどろ)かし并(ならび)に地(ち)を振(ふる)わせ、 強(あら)く争(あらそ)いて網(あみ)を設(もう)け与(と)羅(あみ)を張(は)る。 那(か)の壁廂(かたわら)旗(はた)を揺(ゆ)り吶喊(とっかん)し、 這(こ)の壁廂(かたわら)鼓(つづみ)を擂(う)ち鑼(どら)を篩(ふる)う。 槍刀(そうとう)密密(みつみつ)として寒光(かんこう)蕩(あふ)れ、 剣戟(けんげき)紛紛(ふんぷん)として殺気(さっき)多(おお)し。 妖卒(ようそつ)凶(きょう)にして還(ま)た勇(ゆう)なれば、 神兵(しんぺい)怎(いか)でか奈何(いかん)せん! 愁雲(しゅううん)日月(じつげつ)を遮(さえぎ)り、 惨霧(さんむ)山河(さんが)を罩(おお)う。 苦(くるし)く引(ひ)き苦(くるし)く挽(ひ)きて来(きた)りて相(あい)戦(たたか)うは、 皆(みな)三蔵(さんぞう)の弥陀(みだ)を拝(はい)せるに因(よ)る。 那(か)の妖精(ようせい)倍(ますます)勇猛(ゆうもう)を加(くわ)え、衆(しゅう)を帥(ひき)いて上前(すす)みて掩殺(えんさつ=襲(おそ)い殺(ころ))す。 正(まさ)に那(か)の勝敗(しょうはい)を分(わ)かたざるの際(きわ)に在(あ)りしに、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)の一声(ひとこえ)叱咤(しった=叱(しか)り)して道(い)う、 「老孫(ろうそん)来(きた)れるなり!」と有(あ)るを聞(き)く。 八戒(はっかい)迎(むか)えて道(い)う、 「行李(こうり)は如何(いかん)」と。 行者道(い)う、 「老孫(ろうそん)の性命(いのち)几乎(ほとんど)免(まぬか)れ難(がた)かりしに、却(かえ)って便(すなわ)ち甚(なん)の行李(こうり)をか說(い)わん!」と。 沙僧(さそう)宝杖(ほうじょう)を執(と)って道(い)う、 「且(しばら)く叙話(じょわ=語(かた)り合(あ)い)を休(や)め、快(はや)く去(ゆ)きて妖精(ようせい)を打(う)たん!」と。 那(か)の星宿(せいしゅく)、掲諦(かいだい)、丁甲(ていこう)等(ら)の神(かみ)は、群妖(ぐんよう)に垓心(がいしん=戦(いくさ)の真(ま)ん中(なか))に囲(かこ)まれて渾(こん)じて殺(ころ)し合(あ)い、老妖(ろうよう)棒(ぼう)を使(つか)って来(きた)りて他(かれ)三箇(みたり)を打(う)つ。 這(こ)の行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)は棍杖(こんじょう=棒(ぼう)と杖(つえ))を捨(す)て開(ひら)き、釘鈀(ていは)を輪(ふる)って抵(ふせ)ぎ住(とど)む。 真(まこと)に箇(こ)れ是(こ)れ地(ち)暗(くら)く天(てん)昏(くら)く、勝(か)つを取(と)るを得(え)ず。只(た)だ殺(ころ)し得(え)て、太陽星(たいようせい)は西(にし)の山根(さんこん=山(やま)の根元(こんげん))に没(ぼっ)し、太陰星(たいいんせい)は東(ひがし)の海嶠(かいきょう=海(うみ)の嶺(みね))に生(しょう)ずるまでなり。 那(か)の妖(よう)天(てん)の晩(く)るるを見(み)、箇(ひとつ)の哨子(しょうじ)を打(う)ち、群妖(ぐんよう)に各各(めいめい)心(こころ)を留(とど)めしめ、他(かれ)却(かえ)って宝貝(ほうばい)を取(と)り出(いだ)す。 孫行者(そんぎょうじゃ)看(み)ること分明(ぶんめい)なり。那(か)の怪(かい)搭包(たっぽう)を解(と)き下(おろ)し、手(て)の中(うち)に拿(と)る。 行者(ぎょうじゃ)一声(ひとこえ)「不好(わる)し了(ぬ)! 走(はし)らん!」と道(い)うや、他(かれ)就(すなわ)ち八戒(はっかい)・沙僧(さそう)、諸天(しょてん)等(ら)の衆(しゅう)を顧(かえり)みるを得(え)ず、一路(ひとみち)に筋斗(きんと)して、九霄(きゅうしょう)の空(そら)の裡(うち)に跳(と)び上(のぼ)る。 衆神(しゅうしん)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)は其(そ)の意(い)を解(かい)せず、他(かれ)に抛(な)げ上(あ)げ去(さ)られ、又(また)都(みな)裡面(うち)に装(つ)まれ、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)を走(はし)らしむるのみ。 那(か)の妖王(ようおう)兵(へい)を収(おさ)めて寺(てら)に回(かえ)り、又(また)縄索(じょうさく)を取(と)り出(いだ)すを教(さしず)し、旧(もと)に照(しょう=のっと)りて绑(しば)る。 唐僧(とうそう)、八戒(はっかい)、沙僧(さそう)を将(も)って梁(はり)に懸(か)け高(たか)く吊(つる)し、白馬(はくば)を後辺(こうへん)に拴(つな)ぎ、諸神(しょしん)亦(また)倶(とも)に縛(しば)られ、地窖子(ちこうし=穴蔵(あなぐら))の内(うち)に抬(かつ)ぎ入(い)れ、蓋(ふた)を封(ふう)じ鎖(さ)す。 那(か)の衆妖(しゅうよう)遵依(じゅんい=言(い)いつけに従(したが))し、一一(いちいち)収(おさ)むることは題(あげつら)わず。 却(かえ)って說(い)う、行者(ぎょうじゃ)九霄(きゅうしょう)に跳(と)び在(あ)りて、性命(いのち)を全(まっと)うし、妖兵(ようへい)の旗号(きごう=旗(はた)の印(しるし))を張(は)らずして回(まわ)り転(てん)ずるを見(み)、已(すで)に衆等(しゅとう)の擒(とら)えられたるを知(し)る。 他(かれ)却(かえ)って祥光(しょうこう)を按(おさ)え下(おろ)し、那(か)の東山(とうざん)の頂(いただき)の上(うえ)に落(お)ち、牙(きば)を咬(か)みて怪物(かいぶつ)を恨(うら)み、涙(なみだ)を滴(したた)らして唐僧(とうそう)を想(おも)い、面(おもて)を仰(あお)ぎて天(てん)を朝(あお)ぎ望(のぞ)み、悲(かなし)み嗟(なげ)いて忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)い、叫(さけ)んで道(い)う、 「師父(しふ)や! 汝(なんじ)は是(こ)れ那(いず)れの世(よ)の裡(うち)にか這(こ)の迍邅(ちゅんたん)の難(なん)を造(つく)り下(おろ)し、今生(こんじょう)の裡(うち)に步步(ほほ)妖精(ようせい)に遇(あ)う。此(かく)の如(ごと)き般(ごと)くの苦楚(くそ=苦(くるしみ))も逃(のが)れ難(がた)し、怎(いか)にして生(しょう)ぜんか是(こ)れ好(よ)き!」と。 独(ひと)り一箇(ひとり)、嗟嘆(さたん=嘆(なげ)き)すること多時(たじ)にして、復(ま)た又(また)神(しん)を寧(やすん)じ思慮(しりょ=思(おもい)巡(めぐ)ら)し、心(こころ)を以(もっ)て心(こころ)に問(と)うて道(い)う、 「這(こ)の妖魔(ようま)は是(こ)れ箇(いか)の甚(なん)の搭包子(たっぽうし=袋(ふくろ))なるを知(し)らず、那(かく)の般(ごと)く許多(あまた)の物件(ぶっけん)を装(つ)み得(う)るや。如今(いま)天神(てんしん)天将(てんしょう)の許多(あまた)の人(ひと)を将(も)って又(また)都(みな)装(つ)み進(い)れたり。我(われ)天(てん)に救(すくい)を求(もと)めんと待(ま)てど、奈何(いかん)せん玉帝(ぎょくてい)の怪(あやし)み見(み)んことを恐(おそ)る。我(われ)記(おぼ)うるに箇(ひとり)の北方真武(ほっぽうしんぶ)有(あ)り、号(ごう)して蕩魔天尊(とうまてんそん)と曰(い)う。他(かれ)如今(いま)現(げん)に南贍部洲(なんせんぶしゅう)武当山(ぶとうざん)の上(うえ)に在(ましま)す。我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)を請(しょう)じ来(きた)り、師父(しふ)の難(なん)を搭救(たっきゅう)するを等(ま)てん」と。 正(まさ)に是(こ)れ: 仙道(せんどう)未(いま)だ成(な)らずして猿馬(えんば=心(こころ)の猿(さる)と意(い)の馬(うま))散(さん)じ、 心神(しんしん)主(あるじ)無(な)くして五行(ごぎょう)枯(か)る。 畢竟(つい)に此(こ)の去(ゆ)きての端的(たんてき=結末(けつまつ))の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽(き)け。 第六十六回 諸神(しょしん)、毒手(どくしゅ)に遭(あ)い 弥勒(みろく)、妖魔(ようま)を縛(ばく)す 話(かく)かた孫大聖(そんたいせい)、施(ほどこ)すべき計(はかりごと)無(な)く、一朶(いちだ)の祥雲(しょううん)を縦(ほしいまま)にして筋斗(きんとう)に駕(が)し、直(ただ)ちに南贍部洲(なんせんぶしゅう)へと転(うつ)りて武当山(ぶとうさん)を拝(はい)し、蕩魔天尊(とうまてんそん)を参請(さんせい)して、三蔵(さんぞう)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)・天兵(てんぺい)等(とう)の衆(しゅう)の災(わざわい)を釈(と)かんとす。彼(かれ)は半空(はんくう)に在(あ)りて停止(ていし)する無(な)く、一日(いちにち)ならずして、早(はや)くも祖師(そし)の仙境(せんけい)を望(のぞ)み見(み)、軽(かる)く雲頭(うんとう)を按(あん)じ下(お)ろして、睛(ひとみ)を定(さだ)めて観(み)るに、好(よ)き去処(ところ)なり。 巨鎮(きょちん)は東南(とうなん)に、中天(ちゅうてん)の神岳(しんがく)。 芙蓉峰(ふようほう)は竦傑(しょうけつ=聳(そび)え傑(すぐ))れ、紫蓋嶺(しがいれい)は巍峨(ぎが=高(たか)く聳(そび))れたり。 九江(きゅうこう)の水(みず)尽(つ)きて荊揚(けいよう)遠(とお)く、百越(ひゃくえつ)の山(やま)連(つら)なりて翼軫(よくしん)多(おお)し。 上(かみ)には太虚(たいきょ)の宝洞(ほうどう)、朱陸(しゅりく)の霊台(れいだい)有(あ)り。 三十六宮(さんじゅうろっきゅう)に金磬(きんけい)響(ひび)き、百千萬客(ひゃくせんまんかく)香(こう)を進(すす)めて来(きた)る。 舜(しゅん)巡(めぐ)り禹(う)祷(いの)りて、玉簡(ぎょくかん)金書(きんしょ)なり。 楼閣(ろうかく)には青鳥(せいちょう)飛(と)び、幢幡(どうばん)には赤裾(せききょ)揺(ゆ)る。 地(ち)は名山(めいざん)を設(もう)けて宇宙(うちゅう)に雄(ゆう)たり、天(てん)は仙境(せんけい)を開(ひら)きて空虚(くうきょ)に透(とお)る。 幾樹(いくじゅ)の榔梅(ろうばい)花(はな)正(まさ)に放(ひら)き、満山(まんざん)の瑶草(ようそう)色(いろ)皆(みな)舒(の)ぶ。 竜(りゅう)は澗底(かんてい)に潜(ひそ)み、虎(とら)は崖中(がいちゅう)に伏(ふ)す。 幽含(ゆうがん=幽(かす)かなる含(ふく)み)は訴(うった)うる語(ご)の如(ごと)く、馴鹿(じゅんろく)人(ひと)の行(ゆ)くに近(ちか)し。 白鶴(はっかく)は雲(くも)に伴(ともな)いて老檜(ろうかい)に棲(す)み、青鸞(せいらん)丹鳳(たんぽう)は陽(ひ)に向(むか)いて鳴(な)く。 玉虚師相(ぎょくきょしそう)真仙(しんせん)の地(ち)、金闕仁慈(きんけつじんじ)治世(ちせい)の門(もん)。 上帝祖師(じょうていそし)は、即(すなわ)ち浄楽国王(じょうらくこくおう)と善勝皇后(ぜんしょうこうごう)とが日(ひ)の光(ひかり)を呑(の)む夢(ゆめ)を見(み)、覚(さ)めて孕(はら)む有(あ)りて、胎(たい)を懐(いだ)くこと一十四ヶ月(じゅうよんかげつ)、開皇(かいこう)元年(がんねん)甲辰(こうしん)の歳(とし)三月(さんがつ)初一日(ついたち)午(うま)の刻(こく)に王宮(おうきゅう)に降誕(こうたん)し給(たま)えり。那(そ)の爺(じい)は、幼(おさな)くして勇猛(ゆうもう)、長(ちょう)じて神霊(しんれい)なり。王位(おうい)を統(す)べず、惟(た)だ修行(しゅぎょう)を務(つと)む。父母(ふぼ)禁(きん)ずるに難(がた)く、皇宮(こうきゅう)を棄捨(きしゃ)す。玄(げん)を参(まい)り定(じょう)に入(い)り、此(こ)の山(やま)の中(うち)に在(あ)り。功(こう)完(まった)く行(ぎょう)満(み)ちて、白日(はくじつ)に飛昇(ひしょう)す。玉皇(ぎょっこう)敕号(ちょくごう)して、真武(しんぶ)の名(な)を賜(たま)う。玄虚(げんきょ)上(かみ)に応(おう)じ、亀蛇(きだ)形(かたち)を合(あわ)す。周天(しゅうてん)六合(りくごう)、皆(みな)万霊(ばんれい)と称(しょう)す。幽(ゆう)として察(さっ)せざる無(な)く、顕(けん)として成(な)さざる無(なし)。劫(こう)終(おわ)り劫(こう)始(はじま)るに、魔精(ませい)を剪伐(せんばつ)す。 孫大聖(そんたいせい)、仙境(せんけい)の景致(けいち)を玩(もてあそ)びつつ、早(はや)くも一天門(いってんもん)・二天門(にてんもん)・三天門(さんてんもん)に来(きた)り、却(かえ)って太和宮(たいわきゅう)の外(そと)に至(いた)れば、忽(たちま)ち那(か)の祥光(しょうこう)瑞気(ずいき)の間(あいだ)に、五百(ごひゃく)の霊官(れいかん)の簇(むら)がり擁(よう)するを見(み)る。那(そ)の霊官(れいかん)上前(じょうぜん)に迎(むか)えて道(い)う、「那(そ)の来(きた)るは誰(たれ)ぞ」と。大聖(たいせい)道(い)う、「我(われ)は乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)なり、師相(しそう)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す」と。衆(しゅう)の霊官(れいかん)聞(き)きて、随(したが)って報(ほう)ず。祖師(そし)即(すなわ)ち殿(でん)を下(お)り、太和宮(たいわきゅう)まで迎(むか)え出(い)づ。行者(ぎょうじゃ)礼(れい)を作(な)して道(い)う、「我(われ)に一事(いちじ)有(あ)りて奉労(ほうろう=労(ろう)を奉(たてまつ))らん」と。問(と)う、「何事(なにごと)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くが、路(みち)に険難(けんなん)に遭(あ)う。西牛賀洲(さいごがしゅう)に至(いた)り、山(やま)有(あ)りて小西天(しょうせいてん)と喚(よ)び、小雷音寺(しょうらいおんじ)に一(ひと)りの妖魔(ようま)有(あ)り。我(わ)が師父(しふ)山門(さんもん)に入(い)り得(え)て、阿羅(あら)・掲諦(かいたい)・比丘(びく)・聖僧(しょうそう)の排列(はいれつ)する有(あ)るを見(み)、以(もっ)て真仏(しんぶつ)と為(な)し、身(み)を倒(さかしま)にして拝(おが)まんとせしに、忽(たちま)ち彼(かれ)に拿(とら)えられ縛(いまし)められたり。我(われ)又(また)防閑(ぼうかん=防(ふせ)ぎ閑(まも)る)に失(しっ)し、彼(かれ)が一副(いっぷく)の金鐃(きんどう)を抛(な)げ掛(か)けられて、我(われ)を其(そ)の裡(うち)に罩(おお)われ、纖毫(せんごう=細(こま)き毛筋(けすじ))の縫(ぬい)も無(な)く、口(くち)合(がっ)すること鉗(かん=やっとこ)の如(ごと)し。甚(はなは)だ金頭掲諦(きんとうかいたい)の請奏(せいそう)して玉帝(ぎょくてい)に奏(そう)し、欽差(きんさ)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)の当夜(とうや)下界(げかい)するに虧(よ)りて、掀(かか)げ掲(あ)ぐるも起(た)たず。幸(さいわ)いに亢金龍(こうきんりゅう)の角(つの)を鐃(どう)の内(うち)に透(とお)し入(い)れて、我(われ)を度(すく)い出(い)だすを得(え)、我(われ)が金鐃(きんどう)を打(う)ち砕(くだ)きて、怪物(かいぶつ)を驚(おどろ)かし醒(さ)ませり。追(お)い戦(たたか)うの間(あいだ)、又(また)一(ひと)つの白布(はくふ)の搭包児(たくほうじ=風呂敷(ふろしき)包(づつ)み)を撒(ま)かれて、我(われ)と二十八宿(にじゅうはっしゅく)并(なら)びに五方(ごほう)の掲諦(かいたい)とを、尽(ことごと)く皆(みな)装(つつ)み去(さ)られ、復(ま)た縄(なわ)を用(もち)いて捆(くく)られたり。是(こ)れ我(われ)当夜(とうや)脱逃(だっとう)して、星辰(せいしん)等(とう)の衆(しゅう)と我(わ)が唐僧(とうそう)等(とう)とを救(すく)えり。後(のち)衣鉢(いはつ)を尋(たず)ね找(さが)す為(ため)、又(また)那(か)の妖(よう)を驚(おどろ)かし醒(さ)まし、天兵(てんぺい)と追(お)い戦(たたか)えり。那(か)の怪(かい)又(また)搭包児(たくほうじ)を拿(と)り出(いだ)し、理弄(りろう=扱(あつか)い弄(もてあそ))するの時(とき)、我(われ)却(かえ)って前音(ぜんいん=以前(いぜん)の音(おと))を知(し)りて、遂(つい)に走(はし)り去(さ)りしに、衆等(しゅうとう)は彼(かれ)に依(よ)って然(しか)しく装(つつ)み去(さ)られたり。我(われ)施(ほどこ)すべき計(はかりごと)無(な)く、特(こと)に来(きた)りて師相(しそう)を拝(はい)し求(もと)め、一(ひと)つの助力(じょりょく)を賜(たま)わらんとす」と。 祖師(そし)道(い)う、「我(われ)当年(とうねん)北方(ほっぽう)に威(い)を鎮(しず)め、真武(しんぶ)の位(くらい)を統摂(とうせつ)し、天下(てんか)の妖邪(ようじゃ)を剪伐(せんばつ)せしは、乃(すなわ)ち玉帝(ぎょくてい)の敕旨(ちょくし)を奉(ほう)じたればなり。後(のち)又(また)髪(かみ)を披(ひら)き跣足(せんそく=素足(すあし))にて、騰蛇(とうだ)神亀(しんき)を踏(ふ)み、五雷神将(ごらいしんしょう)・巨虬(きょきゅう=大(おお)きき虬(みずち))・獅子(しし)・猛獣(もうじゅう)・毒竜(どくりゅう)を領(りょう)して、東北方(とうほくほう)の黒気(こっき)妖氛(ようふん)を収降(しゅうこう)せしは、乃(すなわ)ち元始天尊(げんしてんそん)の符召(ふしょう)を奉(ほう)じたればなり。今日(こんにち)静(しず)かに武当山(ぶとうさん)を享(う)け、太和殿(たいわでん)に安逸(あんいつ)し、一向(ひたすら)海岳(かいがく)平寧(へいねい)にして、乾坤(けんこん)清泰(せいたい)なり。奈何(いかん)せん我(わ)が南贍部洲(なんせんぶしゅう)并(なら)びに北俱蘆洲(ほっくるしゅう)の地(ち)は、妖魔(ようま)剪伐(せんばつ)されて、邪鬼(じゃき)踪(あと)を潜(ひそ)めたり。今(いま)大聖(たいせい)の下降(げこう)を蒙(こうむ)る、行(おこな)わざるを得(え)ざるなり。只(た)だ是(こ)れ上界(じょうかい)に旨意(しい)有(あ)らざれば、擅(ほしいまま)に干戈(かんか)を動(うご)かすを敢(あ)えず。仮若(もし)法(ほう)を以(もっ)て衆神(しゅうしん)を遣(つかわ)さば、又(また)玉帝(ぎょくてい)の見罪(けんざい=罪(つみ)に問(と)わるる)を恐(おそ)れ、十分(じゅうぶん)に大聖(たいせい)を却(しりぞ)けなば、又(また)是(こ)れ我(われ)人情(にんじょう)に逆(さか)らうなり。我(われ)諒(おもんばか)るに、那(か)の西路(せいろ)上(じょう)縦(たと)い妖邪(ようじゃ)有(あ)るも、亦(ま)た大害(たいがい)を為(な)さじ。我(われ)今(いま)亀(き)・蛇(じゃ)の二将(にしょう)并(なら)びに五大神竜(ごだいしんりゅう)を着(つか)わして汝(なんじ)と助力(じょりょく)せしめ、管(きっと)も妖精(ようせい)を擒(とりこ)にし、汝(なんじ)が師(し)の難(なん)を救(すく)わしめん」と。行者(ぎょうじゃ)祖師(そし)を拝謝(はいしゃ)し、即(すなわ)ち亀(き)・蛇(じゃ)・竜神(りゅうじん)と各(おのおの)精鋭(せいえい)の兵(へい)を帯(たい)し、復(ま)た西洲(せいしゅう)の界(さかい)に転(うつ)る。一日(いちにち)ならずして、小雷音寺(しょうらいおんじ)に到(いた)り、雲頭(うんとう)を按(あん)じ下(お)ろし、直(ただ)ちに山門(さんもん)の外(そと)に至(いた)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶ。 却(さ)て説(と)く、那(か)の黄眉大王(こうびだいおう)は衆怪(しゅうかい)を宝閣(ほうかく)の下(もと)に聚(あつ)めて説(い)う、「孫行者(そんぎょうじゃ)此(こ)の両日(りょうじつ)来(きた)らず、又(また)何(いず)れの方(かた)へか往(ゆ)きて兵(へい)を借(か)りたるか知(し)れず」と。説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、前門(ぜんもん)の上(うえ)の小妖(しょうよう)の報(ほう)じて道(い)う、「行者(ぎょうじゃ)、幾(いく)つかの竜蛇亀相(りゅうじゃきそう)を引(ひ)きて、門(もん)の外(そと)に在(あ)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶ」と。妖魔(ようま)道(い)う、「此(こ)の猴児(こうじ=猿(さる)め)怎(いか)でか竜蛇亀相(りゅうじゃきそう)を得(え)たる。此等(これら)の類(たぐい)は、却(かえ)って是(こ)れ何方(いずこ)より来(きた)れる者(もの)ぞ」と。随(したが)って披挂(ひかく=鎧(よろい)を着(つ))し、山門(さんもん)を走出(はしりで)て高(たか)く叫(よ)ぶ、「汝等(なんだち)は那路(いずこ)の竜神(りゅうしん)ぞ、敢(あ)えて吾(わ)が仙境(せんけい)を造(おか)すや」と。五竜(ごりゅう)二将(にしょう)は相貌(そうぼう)崢嶸(そうこう=際立(きわだ))ち、精神(せいしん)抖擻(とそう=奮(ふる)い立(た))ちて喝(かつ)して道(い)う、「那(そ)の潑怪(はつかい=暴(あば)れ怪(かい))め! 我(われ)は乃(すなわ)ち武当山(ぶとうさん)太和宮(たいわきゅう)混元教主(こんげんきょうしゅ)蕩魔天尊(とうまてんそん)の前(まえ)なる五位(ごい)の竜神(りゅうしん)・亀(き)・蛇(じゃ)の二将(にしょう)なり。今(いま)斉天大聖(せいてんたいせい)の相邀(しょうよう=招(まね))き、我(わ)が天尊(てんそん)の符召(ふしょう)を蒙(こうむ)り、此(ここ)に到(いた)りて汝(なんじ)が此(こ)の妖精(ようせい)を捕(とら)えんとす。速(すみや)かに唐僧(とうそう)と天星(てんせい)等(とう)とを送(おく)り出(いだ)さば、汝(なんじ)が一死(いっし)を免(まぬか)れしめん! 然(しか)らずんば、将(まさ)に此(こ)の一山(いっさん)の怪(かい)を、其(そ)の屍(しかばね)を砕(くだ)き劈(つんざ)き、幾間(いくけん)の房(ぼう)を、焼(や)きて灰燼(かいじん)と為(な)さん」と。 那(か)の怪(かい)言(げん)を聞(き)き、心(こころ)の中(うち)大(おおい)に怒(いか)って道(い)う、「此(こ)の畜生(ちくしょう)何(なん)の法力(ほうりき)有(あ)りてか、敢(あ)えて大言(たいげん)を出(いだ)す。走(に)ぐる莫(なか)れ! 吾(わ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え」と。此(こ)の五条(ごじょう)の竜(りゅう)は、雲(くも)を翻(ひるがえ)して雨(あめ)を使(つか)い、那(そ)の両員(りょういん)の将(しょう)は、土(つち)を播(ま)き沙(すな)を揚(あ)げ、各(おのおの)槍刀(そうとう)剣戟(けんげき)を執(と)り、一斉(いっせい)に擁(お)いて攻(せ)む。孫大聖(そんたいせい)又(また)鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて後(うしろ)より随(したが)う。此(こ)の一場(いちば)の好(よ)き殺(たたかい)なり。 凶魔(きょうま)は武(ぶ)を施(ほどこ)し、行者(ぎょうじゃ)は兵(へい)を求(もと)む。 凶魔(きょうま)は武(ぶ)を施(ほどこ)し、擅(ほしいまま)に珍楼(ちんろう)を拠(す)えて仏象(ぶつぞう)を施(し)く。 行者(ぎょうじゃ)は兵(へい)を求(もと)め、遠(とお)く宝境(ほうきょう)に参(まい)りて竜神(りゅうしん)を借(か)る。 亀蛇(きだ)は水火(すいか)を生(しょう)じ、妖怪(ようかい)は刀兵(とうへい)を動(うご)かす。 五竜(ごりゅう)は旨(むね)を奉(ほう)じて西路(せいろ)に来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)は師(し)の為(ため)に後(うしろ)に在(あ)りて収(おさ)む。 剣戟(けんげき)は光明(こうみょう)彩電(さいてん)を揺(ゆ)るがし、槍刀(そうとう)は晃亮(こうりょう=煌(きら)め)き霓虹(げいこう)を閃(ひらめ)かす。 此(こ)の狼牙棒(ろうげぼう)は、強(つよ)く能(よ)く短(みじか)く軟(やわ)らかなり。 彼(か)の金箍棒(きんこぼう)は、意(こころ)の随(まにま)に心(こころ)の如(ごと)し。 只(た)だ聞(き)く、扢撲(こつぼく)の響(ひび)き声(こえ)は爆竹(ばくちく)の如(ごと)く、叮当(ていとう)の音韻(おんいん)は金(かね)を敲(たた)くに似(に)たり。 水火(すいか)斉(ひと)しく来(きた)りて怪物(かいぶつ)を征(う)ち、刀兵(とうへい)共(とも)に簇(むら)がりて精霊(せいれい)を繞(めぐ)る。 喊殺(かんさつ)は狼虎(ろうこ)を驚(おどろ)かし、喧嘩(けんか)は鬼神(きじん)を振(ふる)わす。 渾戦(こんせん=入(い)り乱(みだ)れての戦(たたかい))正(まさ)に勝(しょう)無(な)きの処(ところ)に当(あた)り、妖魔(ようま)又(また)宝(たから)和(なら)びに珍(ちん)を取(と)る。 行者(ぎょうじゃ)、五竜(ごりゅう)二将(にしょう)を帥(ひき)いて、妖魔(ようま)と戦(たたか)うこと半個時辰(はんこじしん=一(ひと)とき)を経(へ)しに、那(か)の妖精(ようせい)即(すなわ)ち搭包(たくほう)を解(と)き下(おろ)して手(て)に在(あ)り。行者(ぎょうじゃ)見(み)て心(こころ)驚(おどろ)き、叫(よ)んで道(い)う、「列位(れっい=皆(みな)さま)、仔細(しさい=用心(ようじん))」と。那(そ)の竜神(りゅうしん)蛇亀(じゃき)は甚(なん)の仔細(しさい)なるかを知(し)らず、一(ひと)り一(ひと)り皆(みな)兵(へい)を停(とど)めて、近(ちか)づき前(まえ)に抵擋(ていとう=防(ふせ))ぐ。那(か)の妖精(ようせい)幌(ひら)りの一声(ひとこえ)、搭包児(たくほうじ)を把(と)って将(まさ)に撇(な)げ起(お)こさんとす。孫大聖(そんたいせい)は五竜(ごりゅう)二将(にしょう)を顧(かえり)みるに遑(いとま)あらず、筋斗(きんとう)に駕(が)して、九霄(きゅうしょう=天(てん)の高(たか)き処(ところ))に跳(と)びて逃脱(だっとう)す。彼(かれ)は箇(こ)の竜神(りゅうしん)亀蛇(きだ)を一(ひと)つの搭包子(たくほうし)に又(また)装(つつ)み将(も)ち去(さ)りたり。妖精(ようせい)勝(かち)を得(え)て寺(てら)に回(かえ)り、亦(ま)た縄(なわ)を以(もっ)て捆(くく)り、抬(かつ)ぎて地窖子(ちこうし=地下(ちか)の穴蔵(あなぐら))の裡(うち)に蓋(おお)い住(こ)めて題(かた)らず。 汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を落(おと)し、山巓(さんてん)の上(うえ)に斜(なな)めに敧(よこた)わり、精(せい)無(な)く采(さい=元気(げんき))無(な)く、懊(なげ)き恨(うら)んで道(い)う、「此(こ)の怪物(かいぶつ)十分(じゅうぶん)に利害(りがい=手強(てごわ))し」と。覚(おぼ)えず眼(まなこ)を合(あわ)せ、睡(ねむ)るが一般(ごと)きに、猛(たけ)く人(ひと)の叫(よ)んで道(い)うを聞(き)く、「大聖(たいせい)、睡(ねぶ)りを推(お)すこと莫(なか)れ、快(すみや)く早(はや)く上(うえ)に緊(いそ)ぎて救(すくい)を求(もと)めよ。汝(なんじ)が師父(しふ)の性命(せいめい)、只(た)だ須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))の間(あいだ)に在(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)り跳(と)び起(お)きて看(み)るに、元来(もと)是(こ)れ日値功曹(にちちこうそう)なり。行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の毛神(もうしん=ちっぽけな神(かみ))、此(こ)の向(かた)那(いず)れの方(かた)に在(あ)りてか血食(けっしょく=生贄(いけにえ))を貪(むさぼ)り図(はか)り、来(きた)りて点卯(てんぼう=点呼(てんこ))せざりしに、今日(こんにち)却(かえ)って来(きた)りて我(われ)を驚(おどろ)かす! 孤拐(ここい=脛(すね))を伸(の)べ過(す)ごせ、老孫(ろうそん)に両棒(りょうぼう)打(う)たしめて悶(もん)を解(と)かしめよ」と。功曹(こうそう)慌(あわ)てて施礼(せれい)して道(い)う、「大聖(たいせい)、汝(なんじ)は是(こ)れ人間(にんげん)の喜仙(きせん=喜(よろこ)びの仙(せん))なるに、何(なん)の悶(もん)か之(こ)れ有(あ)らん! 我等(われら)早(はや)く菩薩(ぼさつ)の旨令(しれい)を奉(ほう)じ、我等(われら)をして暗(あん)に唐僧(とうそう)を護佑(ごゆう=守(まも)り助(たす))けしめ、乃(すなわ)ち土地(どち)等(とう)の神(かみ)と同(おな)じく、暫(しばら)くも左右(さゆう)を離(はな)るるを敢(あ)えざれば、是(こ)れを以(もっ)て常(つね)に来(きた)りて参見(さんけん)するを得(え)ず、怎(いか)でか反(かえ)って見責(けんせき)せらるるや」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に保護(ほご)するならば、如今(いま)那(か)の衆星(しゅうせい)・掲諦(かいたい)・伽藍(がらん)并(なら)びに我(わ)が師(し)等(とう)は、妖精(ようせい)に何方(いずこ)に困(くるし)められ、甚(なん)の罪苦(ざいく)を受(う)くるぞ」と。功曹(こうそう)道(い)う、「汝(なんじ)が師父(しふ)師弟(してい)は皆(みな)宝殿(ほうでん)の廊下(ろうか)に吊(つる)され、星辰(せいしん)等(とう)の衆(しゅう)は皆(みな)地窖(ちこう=穴蔵(あなぐら))の間(あいだ)に収(おさ)められて罪(つみ)を受(う)けたり。此(こ)の両日(りょうじつ)大聖(たいせい)の消息(しょうそく)を聞(き)かざりしに、却(かえ)って才(さい=たった今(いま))妖精(ようせい)の又(また)神竜(しんりゅう)・亀(き)・蛇(じゃ)を拿(とら)えて、又(また)地窖(ちこう)の裡(うち)へ送(おく)り往(ゆ)くを見(み)、方(はじ)めて大聖(たいせい)の請(こう)じ来(きた)れる兵(へい)なるを知(し)り、小神(しょうしん)特(こと)に来(きた)りて大聖(たいせい)を尋(たず)ぬるなり。大聖(たいせい)労倦(ろうけん=疲(つか)れ)を辞(じ)すること莫(なか)れ、千万(せんまん)再(ふたた)び急(いそ)ぎ急(いそ)ぎ去(ゆ)きて救援(きゅうえん)を求(もと)めよ」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて此(ここ)に及(およ)び、覚(おぼ)えず功曹(こうそう)に対(たい)して滴(したた)る涙(なみだ)を流(なが)して道(い)う、「我(われ)如今(いま)天宮(てんきゅう)に上(のぼ)るに愧(は)じ、海蔵(かいぞう)に臨(のぞ)むに羞(はじ)る! 菩薩(ぼさつ)の原由(げんゆ=由縁(ゆえん))を問(と)うを怕(おそ)れ、如来(にょらい)の玉象(ぎょくぞう)を見(み)るに愁(うれ)う! 才(さい=たった今(いま))拿(とら)え去(さ)られしは、乃(すなわ)ち真武師相(しんぶしそう)の亀(き)・蛇(じゃ)・五竜聖衆(ごりゅうしょうしゅう)なり。我(われ)をして再(ふたた)び方(てだて)を求(もと)むる無(な)からしむ、奈何(いかん)せん」と。功曹(こうそう)笑(わら)って道(い)う、「大聖(たいせい)懐(ふところ)を寛(ひろ)くせよ、小神(しょうしん)一処(いっしょ)の精兵(せいへい)を想起(おもいいだ)す、請(しょう)じ来(きた)らば断然(だんぜん)降(くだ)すべし。適才(さっき=たった今(いま))大聖(たいせい)の武当(ぶとう)に至(いた)りしは、是(こ)れ南贍部洲(なんせんぶしゅう)の地(ち)なり。此(こ)の枝(えだ)の兵(へい)も亦(ま)た南贍部洲(なんせんぶしゅう)の盱眙山(こいさん)蠙城(ひんじょう)に在(あ)り、即(すなわ)ち今(いま)の泗洲(ししゅう)是(こ)れなり。那(そこ)に箇(ひと)りの大聖国師王菩薩(たいせいこくしおうぼさつ)有(あ)り、神通(じんつう)広大(こうだい)なり。彼(かれ)が手下(しゅか)に箇(ひと)りの徒弟(とてい)有(あ)り、名(な)を小張太子(しょうちょうたいし)と喚(よ)び、還(また)四大神将(しだいしんしょう)有(あ)り、昔年(せきねん)曾(かつ)て水母娘娘(すいぼにゃんにゃん)を降伏(こうふく)せり。汝(なんじ)今(いま)若(も)し去(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)ぜば、彼(かれ)来(きた)りて恩(おん)を施(ほどこ)し相助(あいたす)け、准(きっと)も怪(かい)を捉(とら)え師(し)を救(すく)うべし」と。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)喜(よろこ)んで道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く去(ゆ)きて我(わ)が師父(しふ)を保護(ほご)し、他(かれ)を傷(きずつ)くること勿(なか)れ、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて請(しょう)ずるを待(ま)て」と。 行者(ぎょうじゃ)筋斗雲(きんとううん)を縦(ほしいまま)に起(おこ)し、怪(かい)の処(ところ)を逃(のが)れ離(はな)れ、直(ただ)ちに盱眙山(こいさん)に奔(はし)る。一日(いちにち)ならずして早(はや)く到(いた)り、細(こま)かに観(み)るに真(まこと)に好(よ)き去処(ところ)なり。 南(みなみ)は江津(こうしん=川(かわ)の渡(わた)し)に近(ちか)く、北(きた)は淮水(わいすい)に臨(のぞ)む。 東(ひがし)は海嶠(かいきょう=海(うみ)の岬(みさき))に通(つう)じ、西(にし)は封浮(ほうふ)に接(せっ)す。 山頂(さんちょう)の上(うえ)には楼観(ろうかん)の崢嶸(そうこう=聳(そび))えたる有(あ)り、山凹(さんおう=谷(たに))の裡(うち)には澗泉(かんせん)の浩涌(こうよう=湧(わ)き上(あ)が)る有(あ)り。 嵯峨(さが=険(けわ)しき)たる怪石(かいせき)、槃秀(ばんしゅう=盤(めぐ)り秀(ひい))づる喬松(きょうしょう)。 百般(ひゃくはん)の果品(かひん)時(とき)に応(おう)じて新(あたら)しく、千様(せんよう)の花枝(かし)日(ひ)を迎(むか)えて放(ひら)く。 人(ひと)は蟻陣(ぎじん=蟻(あり)の列(れつ))の如(ごと)く往来(おうらい)多(おお)く、船(ふね)は雁行(がんこう=雁(かり)の列(れつ))に似(に)て帰(かえ)り去(ゆ)くこと広(ひろ)し。 上辺(うわべ)には瑞岩観(ずいがんかん)・東岳宮(とうがくきゅう)・五顕祠(ごけんし)・亀山寺(きざんじ)有(あ)り、鐘韻(しょういん)香烟(こうえん)碧漢(へきかん=青空(あおぞら))に冲(のぼ)る。 又(また)玻璃泉(はりせん)・五塔峪(ごとうよく)・八仙台(はっせんだい)・杏花園(きょうかえん)有(あ)り、山光(さんこう)樹色(じゅしょく)蠙城(ひんじょう)に映(えい)ず。 白雲(はくうん)横(よこた)われど度(わた)らず、幽鳥(ゆうちょう)倦(う)みて還(ま)た鳴(な)く。 泰嵩衡華(たいすうこうか)の秀(ひい)づるを説(と)くも甚(なん)ぞや、此間(ここ)の仙景(せんけい)は蓬瀛(ほうえい=蓬莱(ほうらい)と瀛洲(えいしゅう))の若(ごと)し。 大聖(たいせい)点玩(てんがん=見(み)て回(まわ)る)し尽(つく)さず、直(ただ)ちに淮河(わいが)を過(す)ぎ、蠙城(ひんじょう)の内(うち)に入(い)り、大聖禅寺(たいせいぜんじ)の山門(さんもん)の外(そと)に到(いた)れば、又(また)見(み)る、那(か)の殿宇(でんう)の軒昂(けんこう=高々(たかだか))とし、長廊(ちょうろう)の彩麗(さいれい=彩(いろど)り美(うつく))しき、一(ひと)つの宝塔(ほうとう)の崢嶸(そうこう)たる有(あ)り。真(まこと)に是(こ)れ、 雲(くも)に插(さ)し漢(かん=天(てん)の川(かわ))に倚(よ)りて高(たか)きこと千丈(せんじょう)、仰(あお)ぎ視(み)れば金瓶(きんぺい)碧空(へきくう)に透(とお)る。 上下(じょうげ)に光(ひかり)有(あ)りて宇宙(うちゅう)に凝(ぎょう)し、東西(とうざい)に影(かげ)無(な)くして簾櫳(れんろう=簾(すだれ)と窓(まど))に映(うつ)る。 風(かぜ)宝鐸(ほうたく=宝(たから)の鈴(すず))を吹(ふ)いて天楽(てんがく)を聞(き)き、日(ひ)は冰虬(ひょうきゅう=氷(こおり)の如(ごと)き虬(みずち))に映(えい)じて梵宮(ぼんきゅう)に対(たい)す。 飛宿(ひしゅく=飛(と)び宿(やど))る霊禽(れいきん)時(とき)に訴(うった)うる語(ご)を為(な)し、遥(はる)かに淮水(わいすい)の渺(びょう=はるか)なること窮(きわま)り無(な)しを瞻(み)る。 行者(ぎょうじゃ)且(か)つ観(み)且(か)つ走(はし)り、直(ただ)ちに二層門(にそうもん)の下(もと)に至(いた)る。那(か)の国師王菩薩(こくしおうぼさつ)早(はや)く已(すで)に之(これ)を知(し)り、即(すなわ)ち小張太子(しょうちょうたいし)と門(もん)を出(い)でて迎迓(げいが=迎(むか)え)う。相見(しょうけん)し叙礼(じょれい)し畢(おわ)りて、行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くが、路(みち)上(じょう)に箇(ひと)つの小雷音寺(しょうらいおんじ)有(あ)り、那(そこ)に箇(ひと)りの黄眉怪(こうびかい)有(あ)りて、仮(いつわ)りて仏祖(ぶつそ)に充(あ)つ。我(わ)が師父(しふ)真偽(しんぎ)を弁(わきま)えずして就(すなわ)ち下拝(げはい)し、彼(かれ)に拿(とら)えられたり。又(また)金鐃(きんどう)を将(もっ)て我(われ)を罩(おお)えしが、幸(さいわ)いに天(てん)の星辰(せいしん)の降(くだ)りて救(すく)い出(いだ)すに虧(よ)れり。是(こ)れ我(われ)金鐃(きんどう)を打(う)ち砕(くだ)き、与(とも)に賭闘(ととう=賭(か)けて闘(たたか))いしに、又(また)一(ひと)つの布搭包児(ふたくほうじ)を将(もっ)て、天神(てんしん)・掲諦(かいたい)・伽藍(がらん)と我(わ)が師父(しふ)・師弟(してい)とを尽(ことごと)く皆(みな)装(つつ)み入(い)れたり。我(われ)前(さき)に武当山(ぶとうさん)に往(ゆ)きて玄天上帝(げんてんじょうてい)の救援(きゅうえん)を請(こう)じ、彼(かれ)五竜(ごりゅう)亀蛇(きだ)を差(つか)わして怪(かい)を拿(とら)えしむるも、又(また)彼(かれ)が一(ひと)つの搭包子(たくほうし)に装(つつ)み去(さ)られたり。弟子(でし)依(よ)る所(ところ)無(な)く倚(たの)む所(ところ)無(な)ければ、故(ゆえ)に来(きた)りて菩薩(ぼさつ)を拝請(はいせい)し、大(おおい)に威力(いりょく)を展(の)べ、将(まさ)に那(か)の水母(すいぼ)を収(おさ)めし神通(じんつう)と、生民(せいみん=民(たみ))を拯(すく)うの妙用(みょうよう)とを以(もっ)て、弟子(でし)と同(とも)に去(ゆ)きて師父(しふ)の一難(いちなん)を救(すく)わん! 経(きょう)を取り得(え)て回(かえ)らば、永(なが)く中国(ちゅうごく)に伝(つた)え、我(わ)が仏(ほとけ)の智慧(ちえ)を揚(あ)げ、般若(はんにゃ)の波羅(はら)を興(おこ)さん」と。 国師王(こくしおう)道(い)う、「汝(なんじ)が今日(こんにち)の事(こと)は、誠(まこと)に我(わ)が仏教(ぶっきょう)の興隆(こうりゅう)なり、理(ことわり)当(まさ)に親(みずか)ら去(ゆ)くべし。奈(さ)るかな時(とき)初夏(しょか)に値(あた)り、正(まさ)に淮水(わいすい)の泛漲(はんちょう=増水(ぞうすい))の時(とき)、新(あらた)に水猿大聖(すいえんたいせい)を収(おさ)めたり。那(か)の奴(やつ)は水(みず)に遇(あ)えば即(すなわ)ち興(おこ)る故(ゆえ)、恐(おそ)らくは我(われ)の去(ゆ)きし後(のち)、彼(かれ)空(すき)に乗(じょう)じて頑(あば)れを生(しょう)じ、治(おさ)むるに神(かみ)無(な)からん。今(いま)小徒(しょうと)に四将(ししょう)を領(りょう)じて汝(なんじ)と去(ゆ)きて助力(じょりょく)せしめ、魔(ま)を煉(ね)り収伏(しゅうふく)せん」と。行者(ぎょうじゃ)称謝(しょうしゃ)し、即(すなわ)ち四将(ししょう)并(なら)びに小張太子(しょうちょうたいし)と同(とも)に、又(また)雲(くも)に駕(が)して小西天(しょうせいてん)に回(かえ)り、直(ただ)ちに小雷音寺(しょうらいおんじ)に至(いた)る。小張太子(しょうちょうたいし)は一(ひと)つの楮白槍(ちょはくそう)を使(つか)い、四大将(しだいしょう)は四把(よんは)の錕鋘剣(こんごけん)を輪(めぐ)らし、孫大聖(そんたいせい)と上前(じょうぜん)に戦(たたかい)を罵(ののし)る。小妖(しょうよう)又(また)去(ゆ)きて報(ほう)じ知(し)らす。那(か)の妖王(ようおう)復(ま)た群妖(ぐんよう)を帥(ひき)い、鼓噪(こそう=鬨(とき)の声(こえ))して出(い)でて道(い)う、「猢猻(こん=猿(さる)め)! 汝(なんじ)今(いま)又(また)何人(なんぴと)を請(しょう)じ得(え)て来(きた)れるや」と。説(い)い了(おわ)らざるに、小張太子(しょうちょうたいし)四将(ししょう)を指揮(しき)して上前(じょうぜん)に喝(かつ)して道(い)う、「潑妖精(はつようせい=暴(あば)れ妖怪(ようかい))め! 汝(なんじ)面上(めんじょう)に肉(にく)無(な)くして、我等(われら)の此(ここ)に在(あ)るを認(みと)めざるか」と。妖王(ようおう)道(い)う、「是(こ)れ那方(いずこ)の小将(しょうしょう)ぞ、敢(あ)えて来(きた)りて彼(かれ)と助力(じょりょく)するや」と。太子(たいし)道(い)う、「吾(われ)は乃(すなわ)ち泗州(ししゅう)大聖国師王菩薩(たいせいこくしおうぼさつ)の弟子(でし)にして、四大神将(しだいしんしょう)を帥領(すいりょう)し、令(れい)を奉(ほう)じて汝(なんじ)を擒(とりこ)にす」と。妖王(ようおう)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の孩児(がいじ=小僧(こぞう))、甚(なん)の武芸(ぶげい)有(あ)りてか、擅(ほしいまま)に敢(あ)えて此(ここ)に到(いた)りて軽薄(けいはく=無礼(ぶれい))するや」と。 太子(たいし)道(い)う、「汝(なんじ)我(わ)が武芸(ぶげい)を知(し)らんと欲(ほっ)せば、我(われ)の道(い)うを待(ま)て。 祖(そ)は西土(せいど)流沙国(るさこく)に居(きょ)し、我(わ)が父(ちち)は原(もと)沙国(さこく)の王(おう)為(た)り。 自幼(じゆう=幼(おさな)きより)一身(いっしん)疾苦(しっく=病(やまい)の苦(くるしみ))多(おお)く、命(めい)は華蓋(かがい=星(ほし)の名(な))に干(かか)り悪星(あくせい)の妨(さまた)ぐる所(ところ)と為(な)る。 師(し)の為(ため)に遠(とお)く長生(ちょうせい)の訣(けつ)を慕(した)い、分(ぶん)有(あ)りて相逢(あいまみ)えて薬(くすり)の方(ほう)を捨(す)てしむ。 半粒(はんりゅう)の丹砂(たんしゃ)病(やまい)を祛(はら)い退(しりぞ)け、願(ねが)わくは修行(しゅぎょう)に従(したが)いて王(おう)と為(な)らず。 学(まな)び成(な)りて不老(ふろう)天寿(てんじゅ)と同(おな)じく、容顔(ようがん)永(ながら)えに少年郎(しょうねんろう)に似(に)たり。 曾(かつ)て龍華会(りゅうげえ)に赶赴(かんぷ=急(いそ)ぎ赴(おもむ))き、曾(かつ)て雲(くも)に騰(のぼ)りて仏堂(ぶつどう)に到(いた)る。 霧(きり)を捉(とら)え風(かぜ)を拿(とら)えて水怪(すいかい)を収(おさ)め、竜(りゅう)を擒(とりこ)にし虎(とら)を伏(ふく)して山場(さんじょう)を鎮(しず)む。 民(たみ)を撫(ぶ)して高(たか)く浮屠塔(ふととう)を立(た)て、海(うみ)を静(しず)めて深(ふか)く舎利(しゃり)の光(ひかり)を明(あき)らむ。 楮白槍(ちょはくそう)の尖(さき)能(よ)く怪(かい)を縛(いまし)め、淡緇衣(たんしい=淡(うす)き黒衣(こくい))の袖(そで)妖(よう)を把(とっ)て降(くだ)す。 如今(いま)静楽(じょうらく)蠙城(ひんじょう)の内(うち)、大地(だいち)に名(な)を揚(あ)げて小張(しょうちょう)と説(い)う。 妖王(ようおう)説(と)き聞(き)き、微微(びび=かすか)に冷笑(れいしょう)して道(い)う、「那(そ)の太子(たいし)よ、汝(なんじ)国家(こっか)を捨(す)て、那(か)の国師王菩薩(こくしおうぼさつ)に従(したが)い、修(おさ)むるは是(こ)れ甚(なん)の長生不老(ちょうせいふろう)の術(じゅつ)ぞ。只(た)だ淮水(わいすい)の水怪(すいかい)を収捕(しゅうほ)するに好(よ)し、却(かえ)って怎(いか)でか孫行者(そんぎょうじゃ)の誑謬(おうびゅう=虚偽(きょぎ))の言(げん)を聴信(ちょうしん)し、千山万水(せんざんばんすい)を越(こ)え、此(ここ)に来(きた)りて命(いのち)を納(おさ)むるや。看(み)よ汝(なんじ)の長生(ちょうせい)し得(う)るや不老(ふろう)なるやを」と。 小張(しょうちょう)言(げん)を聞(き)き、心(こころ)の中(うち)大(おおい)に怒(いか)り、槍(やり)を纏(まと)いて面(おもて)に当(あ)てて便(すなわ)ち刺(さ)す。四大将(しだいしょう)一(いっせい)に擁(お)して斉(ひと)しく攻(せ)め、孫大聖(そんたいせい)鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて上前(じょうぜん)に又(また)打(う)つ。好(よ)き妖精(ようせい)かな、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、彼(か)が那(か)の短(みじか)く軟(やわ)らかなる狼牙棒(ろうげぼう)を輪(めぐ)らし、左(ひだり)を遮(さえぎ)り右(みぎ)を架(か)ぎ、直(ひた)すら挺(つ)き横(よこ)に衝(つ)く。此(こ)の場(ば)の好(よ)き殺(たたかい)なり。 小太子(しょうたいし)、楮白槍(ちょはくそう)、四柄(よんへい)の錕鋘剣(こんごけん)は更(さら)に強(つよ)し。 悟空(ごくう)又(また)金箍棒(きんこぼう)を使(つか)い、心(こころ)を斉(ひとつ)にして囲繞(いにょう=取(と)り囲(かこ))み妖王(ようおう)を殺(あや)めんとす。 妖王(ようおう)は其(そ)れ実(じつ)神通(じんつう)大(だい)にして、分毫(ぶんごう=少(すこ)しも)も懼(おそ)れず左右(さゆう)に搪(ふせ)ぐ。 狼牙棒(ろうげぼう)は是(こ)れ仏中(ぶっちゅう)の宝(たから)、剣(けん)砍(き)り槍(やり)輪(めぐ)るも傷(きずつ)くること莫(な)し。 只(た)だ聞(き)く、狂風(きょうふう)の声(こえ)吼吼(こうこう=吠(ほ)える声(こえ))、又(また)観(み)る、悪気(あくき)混茫茫(こんもうもう=混沌(こんとん)として広(ひろ))し。 那(か)れは意(こころ)有(あ)りて凡(ぼん)を弄(もてあそ)び本事(ほんじ=技(わざ))を弄(ろう)し、此(こ)れは心(こころ)を専(もっぱら)にして仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を取(と)るの章(しょう)なり。 幾番(いくたび)か馳騁(ちてい=駆(か)け巡(めぐ))り、数次(すうじ)張狂(ちょうきょう=暴(あば)れ狂(くる))う。 雲霧(うんむ)を噴(ふ)き、三光(さんこう)を閉(とざ)し、奮怒(ふんぬ)し懊嗔(おうしん=怒(いか)り恨(うら))み各(おのおの)良(よ)からず。 多時(たじ=久(ひさ)しく)三乗(さんじょう)無上(むじょう)の法(ほう)、致(いた)らしむ百芸(ひゃくげい=様々(さまざま)な技(わざ))の苦(くるし)く相(あい)将(ともな)うを。 概(おおむ)ね衆(しゅう)争(あらそ)い戦(たたか)うこと多時(たじ)なるも、勝負(しょうぶ)を分(わ)たず。那(か)の妖精(ようせい)又(また)搭包児(たくほうじ)を解(と)く。行者(ぎょうじゃ)又(また)叫(よ)ぶ、「列位(れっい)、仔細(しさい=用心(ようじん))」と。太子(たいし)并(なら)びに衆等(しゅうとう)は「仔細(しさい)」の意(い)を知(し)らず。那(か)の怪(かい)滑(かつ)の一声(ひとこえ)、四大将(しだいしょう)と太子(たいし)とを、一(ひと)つの搭包(たくほう)に又(また)装(つつ)み将(も)ち入(い)れんとす。只(た)だ是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)預(あらかじ)め知覚(ちかく)して走(はし)りたり。那(か)の妖王(ようおう)勝(かち)を得(え)て寺(てら)に回(かえ)り、又(また)縄(なわ)を取(と)りて捆(くく)り、地窖(ちこう)に送(おく)り、牢(かた)く封(ふう)じ固(かた)く鎖(さ)して題(かた)らず。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)筋斗雲(きんとううん)を縦(ほしいまま)にして空(くう)に起(おこ)り、那(か)の怪(かい)の兵(へい)を回(めぐ)らし門(もん)を閉(と)ざすを見(み)、方(はじ)めて祥光(しょうこう)を按(あん)じ下(お)ろし、西山坡(せいさんぱ)の上(うえ)に立(た)ち、悵望(ちょうぼう=遠(とお)くを眺(なが))めて悲啼(ひてい=悲(かな)しみ泣(な))いて道(い)う。 師父(しふ)よ! 我(われ)禅林(ぜんりん)に秉教(へいきょう=教(おしえ)を奉(ほう))じ入(い)りしより、菩薩(ぼさつ)の難(なん)を脱(のが)れし深(ふか)き恩(おん)を感荷(かんか=感謝(かんしゃ))す。 汝(なんじ)を保(たも)ちて西(にし)より来(きた)りて大道(だいどう)を求(もと)め、相同(あいとも)に輔助(ほじょ)して雷音(らいおん)に上(のぼ)らんとす。 只(た)だ平坦(へいたん)なる羊腸路(ようちょうろ=羊(ひつじ)の腸(はらわた)の如(ごと)き細道(ほそみち))を言(い)いしに、豈(あ)に料(はか)らんや崔嵬(さいかい=高(たか)く険(けわ)しき)たる怪物(かいぶつ)の侵(おか)さんとは。 百計千方(ひゃっけいせんぽう=あらゆる手立(てだ)て)も汝(なんじ)を救(すく)い難(がた)く、東(ひがし)に求(もと)め西(にし)に告(つ)ぐるも枉(ま)げて心(こころ)を労(ろう)す。 大聖(たいせい)正(まさ)に凄惨(せいさん=痛(いた)まし)きの時(とき)に当(あた)り、忽(たちま)ち見(み)る、那(か)の西南(せいなん)の上(うえ)に一朶(いちだ)の彩雲(さいうん)の地(ち)に墜(お)ち、満山頭(まんさんとう)に大雨(たいう)の繽紛(ひんぷん=乱(みだ)れ降(ふ))り、人(ひと)の叫(よ)んで道(い)う有(あ)り、「悟空(ごくう)、我(われ)を認(みと)るるか」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ走(はし)り前(まえ)に看(み)る処(ところ)、那(そ)の箇(こ)の人(ひと)は、 大耳(だいじ)横頤(おうい=張(は)りし顎(あご))方面相(ほうめんそう=四角(しかく)き顔(かお))、肩(かた)査(さ=開(ひら))き腹(はら)満(み)ちて身軀(しんく)胖(ゆた)かなり。 一腔(いっこう=胸(むね)いっぱい)の春意(しゅんい)喜(よろこび)盈盈(えいえい=満(み)ちあふ)れ、両眼(りょうがん)の秋波(しゅうは=澄(す)んだ瞳(ひとみ))光(ひかり)蕩蕩(とうとう=揺(ゆ)らめ)く。 敞袖(しょうしゅう=広(ひろ)き袖(そで))飄然(ひょうぜん)として福気(ふくき)多(おお)く、芒鞋(ぼうかい=藁(わら)の靴(くつ))洒落(しゃらく=軽(かる)やか)として精神(せいしん)壮(さか)んなり。 極楽(ごくらく)場中(じょうちゅう)第一(だいいち)の尊(そん)、南無弥勒(なむみろく)の笑和尚(しょうおしょう)。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て、連(つづ)け様(ざま)に下拝(げはい)して道(い)う、「東来仏祖(とうらいぶつそ)何処(いずこ)へか去(ゆ)く。弟子(でし)回避(かいひ)を失(しっ)せり、万罪(ばんざい)! 万罪(ばんざい)」と。仏祖(ぶつそ)道(い)う、「我(われ)此(こ)の来(きた)れるは、専(もっぱ)ら此(こ)の小雷音(しょうらいおん)の妖怪(ようかい)の為(ため)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「多(おお)く老爺(ろうや=仏(ほとけ)さま)の盛徳(せいとく)大恩(だいおん)を蒙(こうむ)る。敢(あ)えて問(と)う、那(か)の妖(よう)は那方(いずこ)の怪物(かいぶつ)、何処(いずこ)の精魔(せいま)ぞ、又(また)知(し)らず彼(かれ)が那(か)の搭包児(たくほうじ)は是(こ)れ件(くだり)の甚(なん)の宝貝(ほうばい=宝(たから))なるか、煩(わずら)わしくも老爺(ろうや)指示(しじ)し給(たま)え」と。仏祖(ぶつそ)道(い)う、「彼(かれ)は是(こ)れ我(わ)が面前(めんぜん)の司磬(しけい=磬(けい)を司(つかさど))る一(ひと)りの黄眉童児(こうびどうじ)なり。 三月三日(さんがつみっか)、我(われ)元始会(げんしえ)に赴(おもむ)くに因(よ)りて、彼(かれ)を宮(きゅう)に留(とど)めて看守(かんしゅ)せしめしに、彼(かれ)我(わ)が此(こ)の幾件(いくけん)かの宝貝(ほうばい)を拐(かどわ)かし来(きた)り、仏(ほとけ)に仮(いつわ)りて精(せい)と成(な)れり。那(か)の搭包児(たくほうじ)は是(こ)れ我(わ)が後天袋(こうてんたい)にして、俗名(ぞくみょう)は人種袋(じんしゅたい)と喚(よ)ぶ。那(か)の条(ひと)つの狼牙棒(ろうげぼう)は是(こ)れ箇(ひと)りの磬(けい)を敲(たた)く槌児(ついじ=槌(つち))なり」と。行者(ぎょうじゃ)説(と)き聞(き)き、高(たか)く一声(ひとこえ)を叫(よ)んで道(い)う、「好(よ)き箇(こ)の笑和尚(しょうおしょう)かな! 汝(なんじ)此(こ)の童児(どうじ)を走(にが)し了(おお)せ、彼(かれ)をして誑(いつわ)りて仏祖(ぶつそ)と称(しょう)せしめ、老孫(ろうそん)を陷害(かんがい)せしむ、未(いま)だ免(まぬか)れず箇(ひと)つの家法(かほう)の謹(つつし)まざるの過(あやまち)有(あ)るを」と。弥勒(みろく)道(い)う、「一(ひと)つには是(こ)れ我(われ)謹(つつし)まずして、人口(じんこう=人(ひと))を走失(そうしつ)せしめ、二(ふた)つには是(こ)れ汝(なんじ)ら師徒(しと)の魔障(ましょう=魔(ま)の障(さわ)り)未(いま)だ完(まった)からず、此(こ)の故(ゆえ)に百霊(ひゃくれい)下界(げかい)して、応(まさ)に難(なん)を受(う)くべきなり。我(われ)今(いま)来(きた)りて汝(なんじ)と彼(かれ)を収(おさ)めんとす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)神通(じんつう)広大(こうだい)なるに、汝(なんじ)又(また)些(いささ)かの兵器(へいき)無(な)し、何(なに)を以(もっ)てか之(これ)を収(おさ)めんや」と。 弥勒(みろく)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)此(こ)の山坡(さんぱ)の下(もと)に一(ひと)つの草庵(そうあん)を設(もう)け、一(ひと)つの田(た)の瓜果(かか=瓜(うり)と果物(くだもの))を此(ここ)に種(う)えん。汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)と索戦(さくせん=戦(たたかい)を求(もと))めよ。交戦(こうせん)の時(とき)、敗(やぶ)るるを許(ゆる)して勝(か)つを許(ゆる)さず、彼(かれ)を我(わ)が此(こ)の瓜田(かでん)の裡(うち)へ引(ひ)き来(きた)れ。我(わ)が他(ほか)の瓜(うり)は皆(みな)是(こ)れ生(なま)なるに、汝(なんじ)却(かえ)って変(へん)じて一(ひと)つの大(おお)いなる熟瓜(じゅくか=熟(じゅく)した瓜(うり))と作(な)れ。彼(かれ)来(きた)りて定(きっと)瓜(うり)を食(くら)わんと欲(ほっ)せば、我(われ)却(かえ)って汝(なんじ)を将(もっ)て彼(かれ)に与(あた)えて食(くら)わしめん。肚中(ちゅう=腹(はら)の裡(うち))に下(くだ)りては、任(まま)に汝(なんじ)の其(そ)の内(うち)に在(あ)りて彼(かれ)を擺布(はいふ=扱(あつか))うに、其(そ)の時(とき)我(われ)の彼(かれ)が搭包児(たくほうじ)を取(と)り得(え)て、彼(かれ)を装(つつ)みて回(かえ)るを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の計(けい)妙(みょう)なると雖(いえど)も、汝(なんじ)却(かえ)って怎(いか)でか変(へん)じたる熟瓜(じゅくか)を認(みと)るるや。彼(かれ)怎(いか)でか就(すなわ)ち肯(あえ)て我(われ)に跟(したが)いて此(ここ)に来(きた)らんや」と。弥勒(みろく)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)治世(ちせい)の尊(そん)として、慧眼(えげん)高明(こうめい)なり、豈(あ)に汝(なんじ)を認(みと)めざらんや! 憑(よ)りて汝(なんじ)甚(なん)の物(もの)に変作(へんさく)するも、我(われ)皆(みな)之(これ)を知(し)る。但(た)だ恐(おそ)らくは那(か)の怪(かい)肯(あえ)て跟(したが)い来(きた)らざらんのみ。我(われ)却(かえ)って汝(なんじ)に一(ひと)つの法術(ほうじゅつ)を教(おし)えん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)断然(だんぜん)是(こ)れ搭包児(たくほうじ)を以(もっ)て我(われ)を装(つつ)まんとす、怎(いか)でか肯(あえ)て跟(したが)い来(きた)らん! 何(なん)の法術(ほうじゅつ)有(あ)りてか来(きた)らしむべきや」と。弥勒(みろく)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)手(て)を伸(の)べ来(きた)れ」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち左手(ひだりて)を舒(の)べ将(も)ち過(す)ごし去(ゆ)かしむ。弥勒(みろく)右手(みぎて)の食指(しょくし=人差(ひとさ)し指(ゆび))を将(もっ)て口(くち)中(ちゅう)の神水(しんすい)に蘸(ひた)し、行者(ぎょうじゃ)が掌(たなごころ)の上(うえ)に一(ひと)つの「禁(きん)」の字(じ)を写(うつ)し、彼(かれ)をして拳(こぶし)を捏(にぎ)らしめ、妖精(ようせい)の面(おもて)に当(あた)りて手(て)を放(はな)たば、彼(かれ)就(すなわ)ち跟(したが)い来(きた)らんと教(おし)う。 行者(ぎょうじゃ)拳(こぶし)を揝(にぎ)り、欣然(きんぜん=喜(よろこ)んで)領教(りょうきょう=教(おしえ)を受(う))け、一隻手(いっせきしゅ=片手(かたて))に鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、直(ただ)ちに山門(さんもん)の外(そと)に至(いた)り、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「妖魔(ようま)よ、汝(なんじ)が孫爺爺(そんやや=孫(そん)のじいさま)又(また)来(きた)れり! 快(すみや)か出(い)で来(きた)りて、汝(なんじ)と箇(ひと)つの上下(じょうげ=勝負(しょうぶ))を見(み)ん」と。小妖(しょうよう)又(また)忙(いそ)がしく奔(はし)り告(つ)ぐ。妖王(ようおう)問(と)うて道(い)う、「彼(かれ)又(また)幾(いく)らの兵(へい)を領(りょう)して来(きた)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶや」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「別(べつ)に甚(なん)の兵(へい)も無(な)く、止(ただ)彼(かれ)一(ひと)りのみ」と。妖王(ようおう)笑(わら)って道(い)う、「那(か)の猴児(こうじ)計(けい)窮(きわ)まり力(ちから)竭(つ)き、人(ひと)を求(もと)むるに処(ところ)無(な)く、断然(だんぜん)是(こ)れ命(いのち)を送(おく)り来(きた)れるなり」と。随(したが)って又(また)結束(けっそく=身支度(みじたく))を整(ととの)え、宝貝(ほうばい)を帯(たい)し、那(か)の軽(かる)く軟(やわ)らかなる狼牙棒(ろうげぼう)を挙(あ)げ、走出(はしりで)て站(た)ちて叫(よ)んで道(い)う、「孫悟空(そんごくう)、今番(こんばん=今度(こんど))掙挫(そうざ=足掻(あが))くを得(え)ざるなり」と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)う、「潑怪物(はつかいぶつ)め! 我(われ)怎(いか)でか掙挫(そうざ)くを得(え)ざるや」と。妖王(ようおう)道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)が計(けい)窮(きわ)まり力(ちから)竭(つ)き、人(ひと)を求(もと)むるに処(ところ)無(な)く、独(ひと)り箇(み)強(し)いて支持(しじ)するを見(み)る。如今(いま)拿(とら)えなば、再(ふたた)び箇(ひと)つの甚(なん)の神兵(しんぺい)の救(すく)い抜(ぬ)くも無(な)し、此(こ)れを以(もっ)て汝(なんじ)を掙挫(そうざ)くを得(え)ずと説(い)うなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の怪(かい)死活(しかつ=生(い)き死(し)に)を知(し)らず! 嘴(くちばし=口(くち))を為(な)す莫(なか)れ! 吾(わ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え」と。那(か)の妖王(ようおう)彼(かれ)が一隻手(いっせきしゅ)に棒(ぼう)を輪(めぐ)らすを見(み)て、忍(しの)ぶあたわず笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の猴児(こうじ)よ、汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の巧(たくみ)を弄(ろう)するを。怎(いか)でか一隻手(いっせきしゅ)に棒(ぼう)を使(つか)いて支吾(しご=受(う)け応(こた))えんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「儿子(じし=この子(こ))め! 汝(なんじ)我(わ)が両手(りょうて)の打(う)つに禁(た)えず。若(も)し是(こ)れ搭包子(たくほうし)を使(つか)わずんば、再(また)三(み)つ五(いつ)つを著(つ)けても、亦(ま)た老孫(ろうそん)が此(こ)の一隻手(いっせきしゅ)に打(う)ち過(す)ぐること能(あた)わじ」と。妖王(ようおう)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「也罷(やば=よしよし)! 也罷(やば)! 我(われ)如今(いま)宝貝(ほうばい)を使(つか)わず、只(た)だ汝(なんじ)と実(じつ)に打(う)ちて、箇(ひと)つの雌雄(しゆう=勝負(しょうぶ))を比(くら)べん」と。即(すなわ)ち狼牙棒(ろうげぼう)を挙(あ)げ、上前(じょうぜん)に来(きた)りて闘(たたか)う。孫行者(そんぎょうじゃ)面(おもて)に迎(むか)いて、拳(こぶし)を把(と)って一(ひと)たび放(はな)ち、双手(そうしゅ=両手(りょうて))に棒(ぼう)を輪(めぐ)らす。那(か)の妖精(ようせい)禁(きん)を著(つ)けられて、退歩(たいほ=後退(こうたい))を思(おも)わず、果(はた)して搭包(たくほう)を弄(ろう)せず、只(た)だ顧(かえり)みて棒(ぼう)を使(つか)いて来(きた)りて趕(お)う。行者(ぎょうじゃ)虚(きょ=空(そら))に幌(ひるがえ)して一下(いっか)、陣(じん)を敗(やぶ)りて就(すなわ)ち走(はし)る。那(か)の妖精(ようせい)直(ひた)すら西山坡(せいさんぱ)の下(もと)に趕(お)い到(いた)る。 行者(ぎょうじゃ)瓜田(かでん)有(あ)るを見(み)、箇(ひと)つの滾(ころび=転(ころ)が)りを打(う)ち、其(そ)の裡(うち)に潜(もぐ)り入(い)り、即(すなわ)ち変(へん)じて一(ひと)つの大(おお)いなる熟瓜(じゅくか)と作(な)る。又(また)熟(じゅく)し又(また)甜(あま)し。那(か)の妖精(ようせい)身(み)を停(とど)めて四(よも)を望(のぞ)むも、行者(ぎょうじゃ)の那方(いずかた)へ去(ゆ)きしを知(し)らず、彼(かれ)却(かえ)って庵(いおり)の辺(ほとり)に趕(お)い至(いた)りて叫(よ)んで道(い)う、「瓜(うり)は誰人(たれ)の種(う)えし所(ところ)ぞ」と。弥勒(みろく)変(へん)じて一(ひと)りの種瓜叟(しゅかそう=瓜(うり)を作(つく)る老人(ろうじん))と作(な)り、草庵(そうあん)を出(い)でて答(こた)えて道(い)う、「大王(だいおう)、瓜(うり)は是(こ)れ小人(しょうにん=私(わたくし))の種(う)えし所(ところ)なり」と。妖王(ようおう)道(い)う、「熟瓜(じゅくか)有(あ)るや」と。弥勒(みろく)道(い)う、「熟(じゅく)せるの有(あ)り」と。妖王(ようおう)叫(よ)ぶ、「熟(じゅく)せるのを箇(ひと)つ摘(つ)み来(きた)れ、我(われ)渴(かわき)を解(と)かん」と。弥勒(みろく)即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)の変(へん)じたる那(か)の瓜(うり)を、双手(そうしゅ)に把(と)って妖王(ようおう)に逓(わた)す。妖王(ようおう)更(さら)に情(じょう=事情(じじょう))を察(さっ)せず、此(ここ)に到(いた)りて手(て)を過(す)ごし接(う)け取(と)り、口(くち)を張(ひら)いて便(すなわ)ち啃(かぶ)りつく。那(か)の行者(ぎょうじゃ)此(こ)の機会(きかい)に乗(じょう)じ、一轂轆(いっこくろく=ころりと)咽喉(いんこう=喉(のど))の下(した)に潜(もぐ)り入(い)り、好歹(こうたい=善(ぜん)し悪(あ)し)を待(ま)つこと得(え)ず、就(すなわ)ち手脚(しゅきゃく=手(て)と足(あし))を弄(ろう)して腸(はらわた)を抓(つか)み腹(はら)を蒯(えぐ)り、根(ね)を翻(ひるがえ)し頭(あたま)を立(た)てること蜻蛉(とんぼ)の如(ごと)く、任(まま)に彼(かれ)の其(そ)の裡(うち)に在(あ)りて擺布(はいふ=勝手(かって)に扱(あつか))う。那(か)の妖精(ようせい)疼(いた)みて傞牙(さが=歯(は)をむき)倈嘴(らいし=口(くち)をゆが)め、眼泪(がんるい)汪汪(おうおう=涙(なみだ)あふ)れ、一(ひと)つの塊(かたまり)の瓜(うり)を種(う)えし地(ち)を、滾(ころ)がし得(え)て箇(ひと)つの麦(むぎ)を打(う)つ場(ば)の似(ごと)くに為(な)し、口(くち)中(ちゅう)只(た)だ叫(よ)ぶ、「罷了(ばりょう=もうだめ)! 罷了(ばりょう)! 誰人(たれ)か我(われ)を救(すく)い一(ひと)たび救(すく)え」と。弥勒(みろく)却(かえ)って本象(ほんぞう=本来(ほんらい)の姿(すがた))を現(あらわ)し、嘻嘻(きき=にこにこ)と笑(わら)って叫(よ)んで道(い)う、「孽畜(げっちく=けだもの)め! 我(われ)を認(みと)るるか」と。那(か)の妖(よう)頭(あたま)を挙(あ)げて看(み)るに、慌(あわ)てて地(ち)に跪(ひざまず)き倒(たお)れ、双手(そうしゅ)に肚(はら)を揉(も)み、頭(あたま)を磕(う)ち脳(のう=頭(あたま))を撞(つ)き、只(た)だ叫(よ)ぶ、「主人公(しゅじんこう)! 我(われ)が命(いのち)を饒(ゆる)せ! 命(いのち)を饒(ゆる)せ! 再(ふたた)び敢(あ)えず」と。弥勒(みろく)上前(じょうぜん)に一把(ひとつかみ)に揪(つか)まえ住(とど)め、彼(かれ)が後天袋児(こうてんたいじ)を解(と)き、彼(かれ)が磬(けい)を敲(たた)く槌児(ついじ)を奪(うば)い、叫(よ)んで道(い)う、「孫悟空(そんごくう)、我(わ)が面(おもて)を看(み)て、彼(かれ)が命(いのち)を饒(ゆる)せ」と。行者(ぎょうじゃ)十分(じゅうぶん)に恨(うら)み苦(くるし)むも、却(かえ)って又(また)左(ひだり)に一拳(いっけん)、右(みぎ)に一脚(いっきゃく)、其(そ)の裡(うち)に在(あ)りて乱(みだ)りに掏(ほじく)り乱(みだ)りに搗(つ)く。那(か)の怪(かい)万分(まんぶん)に疼痛(とうつう)忍(しの)び難(がた)く、地(ち)の下(した)に倒(たお)る。弥勒(みろく)又(また)道(い)う、「悟空(ごくう)、彼(かれ)も亦(ま)た彀(た)くせり、汝(なんじ)彼(かれ)を饒(ゆる)せ」と。行者(ぎょうじゃ)才(はじ)めて叫(よ)ぶ、「汝(なんじ)口(くち)を大(おお)く張(ひら)け、老孫(ろうそん)の出(い)ずるを待(ま)て」と。那(か)の怪(かい)是(こ)れ肚腹(とふく=腹(はら))の絞痛(こうつう)するも、未(いま)だ心(こころ)を傷(きずつ)けず。俗語(ぞくご)に云(い)う、人(ひと)未(いま)だ心(こころ)を傷(きずつ)けざれば死(し)するを得(え)ず、花(はな)残(のこ)り葉(は)落(お)つるは是(こ)れ根(ね)の枯(か)るるなり。彼(かれ)叫(よ)んで口(くち)を張(ひら)けと聞(き)き、即(すなわち)疼(いたみ)を忍(しの)びて、口(くち)を把(と)って大(おお)く張(ひら)く。行者(ぎょうじゃ)方(はじ)めて跳(と)び出(い)で、本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、急(いそ)ぎ棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて還(ま)た打(う)たんとせし時(とき)、早(はや)くも仏祖(ぶつそ)に那(か)の妖精(ようせい)を袋(ふくろ)の裡(うち)に装(つつ)まれ、腰(こし)の間(あいだ)に斜(なな)めに跨(また)がせられ、手(て)に磬槌(けいつい)を執(と)り、罵(ののし)って道(い)う、「孽畜(げっちく)め! 金鐃(きんどう)は偷(ぬす)みて那(いずこ)へか去(ゆ)きし」と。那(か)の怪(かい)却(かえ)って只(た)だ生(せい=命(いのち))を怜(あわれ)まんことを求(もと)め、後天袋(こうてんたい)の内(うち)に在(あ)りて哼哼(こうこう=うんうん)噴噴(ふんふん=ふんふん)と道(い)う、「金鐃(きんどう)は是(こ)れ孫悟空(そんごくう)が打(う)ち破(やぶ)りたり」と。仏祖(ぶつそ)道(い)う、「鐃(どう)破(やぶ)れたり、金(かね)を還(かえ)して我(われ)に来(きた)れ」と。那(か)の怪(かい)道(い)う、「砕金(さいきん=砕(くだ)けた金(かね))は殿(でん)の蓮台(れんだい)の上(うえ)に堆(うずたか)く積(つ)めるなり」と。 那(か)の仏祖(ぶつそ)袋子(たいし)を提(さ)げ、磬槌(けいつい)を執(と)り、嘻嘻(きき)と笑(わら)って叫(よ)んで道(い)う、「悟空(ごくう)、我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)きて金(かね)を尋(たず)ねて我(われ)に還(かえ)さん」と。行者(ぎょうじゃ)此(こ)の法力(ほうりき)を見(み)て、怎(いか)でか違誤(いご=背(そむ)き誤(あやま))つを敢(あ)えん、只(た)だ得(え)ず仏(ほとけ)を引(ひ)きて山(やま)に上(のぼ)り、寺(てら)の内(うち)に回(かえ)り至(いた)り、金碴(きんさ=金(かね)の破片(へん))を収(おさ)め取(と)る。只(た)だ見(み)る、那(か)の山門(さんもん)は緊(きつ)く閉(とざ)されしに、仏祖(ぶつそ)槌(つち)を使(つか)いて一(ひと)たび指(さ)せば、門(もん)開(ひら)きて裡(うち)に入(い)り看(み)るに、那(か)の些(これら)の小妖(しょうよう)は、已(すで)に老妖(ろうよう)の擒(とりこ)にされしを知(し)り、各(おのおの)囊底(のうてい=袋(ふくろ)の底(そこ)=荷物(にもつ))を収拾(しゅうしゅう)し、皆(みな)逃生(とうせい=逃(のが)れて生(い)き)らんとて四散(しさん)せり。行者(ぎょうじゃ)に見(み)る一(ひと)つを打(う)ち一(ひと)つ、見(み)る二(ふた)つを打(う)ち二(ふた)つ、五(ご)七百(しちひゃく)の小妖(しょうよう)を尽(ことごと)く皆(みな)打(う)ち殺(ころ)さる。各(おのおの)原身(げんしん=本来(ほんらい)の姿(すがた))を現(あらわ)して、皆(みな)是(こ)れ些(これら)の山精(さんせい)樹怪(じゅかい)、獣孽(じゅうごう=獣(けもの)の悪(あく))禽魔(きんま=鳥(とり)の魔(ま))なり。仏祖(ぶつそ)金(かね)を将(もっ)て一処(いっしょ)に収集(しゅうしゅう=集(あつ)め)め、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)ずれば、即時(そくじ)に返本還元(へんぽんげんげん=元(もと)の姿(すがた)に返(かえ))し、復(ま)た金鐃(きんどう)一副(いっぷく)を得(え)たり。行者(ぎょうじゃ)に別(わか)れを告(つ)げ、祥雲(しょううん)に駕(が)して直(ただ)ちに極楽世界(ごくらくせかい)に転(うつ)る。 此(こ)の大聖(たいせい)却(かえ)って才(はじ)めて唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)を解(と)き下(おろ)す。那(か)の呆子(ほうず=愚(おろ)か者(もの)=八戒(はっかい))は幾日(いくにち)も吊(つる)され、餓(う)えて慌(あわ)てたり。且(しばら)く大聖(たいせい)に謝(しゃ)せず、却(かえ)って就(すなわ)ち腰(こし)を蝦(えび)の如(ごと)く曲(ま)げ、厨房(ちゅうぼう)に走(はし)り往(ゆ)きて飯(めし)を尋(たず)ねて食(くら)う。元来(もと)那(か)の怪(かい)正(まさ)に午飯(ごはん)を安排(あんばい=用意(ようい))せしが、行者(ぎょうじゃ)の戦(たたかい)を求(もと)むるに因(よ)りて、未(いま)だ食(くら)うを得(え)ざりき。此(こ)の呆子(ほうず)見(み)るに、即(すなわ)ち半鍋(はんなべ=鍋(なべ)の半分(はんぶん))を食(くら)い、却(かえ)って両鉢頭(りょうはちがしら=二(ふた)つの鉢(はち))を拿(と)り出(いだ)して師父(しふ)・師弟(してい)たちを叫(よ)んで各(おのおの)両碗(りょうわん)を食(くら)わせ、然(しか)る後(のち)才(はじ)めて行者(ぎょうじゃ)に謝(しゃ)す。妖怪(ようかい)の原由(げんゆ)を問(と)い及(およ)ばば、行者(ぎょうじゃ)先(ま)ず祖師(そし)の亀(き)・蛇(じゃ)を請(こう)じ、後(のち)に大聖(たいせい)に太子(たいし)を借(か)り、并(なら)びに弥勒(みろく)の収降(しゅうこう)の事(こと)を、細(こま)かに一遍(いっぺん)を陳(の)ぶ。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、謝(しゃ)するに尽(つ)くすべからず、諸天(しょてん)を頂礼(ちょうらい)して道(い)う、「徒弟(とてい)よ、此(これ)らの神聖(しんせい)は、何所(いずこ)に困(くるし)むや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「昨日(きのう)日値功曹(にちちこうそう)老孫(ろうそん)に対(たい)して説(と)きしは、皆(みな)地窖(ちこう)の内(うち)に在(あ)り」と。叫(よ)んで道(い)う、「八戒(はっかい)、我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)きて彼等(かれら)を解脱(げだつ)せん」と。 那(か)の呆子(ほうず)食(しょく)を得(え)て力(ちから)壮(さか)んに、精神(せいしん)を抖擻(とそう=奮(ふる)い起(おこ))し、彼(か)が釘鈀(ていは=熊手(くまで))を尋(たず)ね出(いだ)し、即(すなわ)ち大聖(たいせい)と同(とも)に後(うしろ)に到(いた)り、地窖(ちこう)を打(う)ち開(ひら)き、将(まさ)に衆等(しゅうとう)の縄(なわ)を解(と)かんとし、珍楼(ちんろう)の下(もと)に請(しょう)じ出(いだ)す。三蔵(さんぞう)袈裟(けさ)を披(ひら)き、上(うえ)に向(むか)って一一(いちいち)に拝謝(はいしゃ)す。此(こ)の大聖(たいせい)才(はじ)めて五竜(ごりゅう)二将(にしょう)を送(おく)りて武当(ぶとう)に回(かえ)し、小張太子(しょうちょうたいし)と四将(ししょう)とを送(おく)りて蠙城(ひんじょう)に回(かえ)し、後(のち)に二十八宿(にじゅうはっしゅく)を送(おく)りて天府(てんふ)に帰(かえ)し、掲諦(かいたい)伽藍(がらん)を各(おのおの)境(さかい)に回(かえ)ると発放(はっぽう=解散(かいさん))す。 師徒(しと)たち却(かえ)って寛(くつろ)ぎて半日(はんにち)を住(とど)まり、白馬(はくば)を喂(か)い飽(あ)かしめ、行嚢(こうのう=旅(たび)の荷(に))を収拾(しゅうしゅう)し、次(つぎ)の早(はや)きに至(いた)りて程(みち)に登(のぼ)る。臨行(りんこう=出(で)立(た)ち)の時(とき)、上(うえ)に一把(ひとつかみ)の火(ひ)を放(はな)ち、将(まさ)に那(か)の些(これら)の珍楼(ちんろう)・宝座(ほうざ)・高閣(こうかく)・講堂(こうどう)を、俱(ことごと)く尽(ことごと)く焼(や)きて灰燼(かいじん)と為(な)す。此(ここ)に才(はじ)めて、 掛(か)ける無(な)く牽(ひ)かるる無(な)く難(なん)を逃(のが)れ去(ゆ)き、災(わざわい)を消(け)し障(さわり)を消(け)して身(み)を脱(だっ)して行(ゆ)く。 畢竟(ひっきょう=結局(けっきょく))知(し)らず幾時(いつ)か才(はじ)めて大雷音(だいらいおん)に到(いた)る、且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第六十七回 駝羅(だら)を拯(すく)いて禅性(ぜんしょう)穏(やす)らぎ 穢汚(えお)を脱(だっ)して道心(どうしん)清(きよ)し 話(かく)かた三蔵(さんぞう)四衆(ししゅう)、小西天(しょうせいてん)を逃(のが)れ離(はな)れ、欣然(きんぜん=喜(よろこ)んで)として路(みち)に上(のぼ)る。行(ゆ)くこと箇(ひと)つの月(つき)の程途(ていと=道(みち)のり)を経(へ)て、正(まさ)に是(こ)れ春(はる)深(ふか)く花(はな)放(ひら)くの時(とき)、見(み)るに幾処(いくところ)かの園林(えんりん)も皆(みな)緑(みどり)暗(くら)く、一番(いちばん)の風雨(ふうう)又(また)黄昏(たそがれ)なり。 三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(たづな)めて道(い)う、「徒弟(とてい)よ、天色(てんしょく=空(そら)の色(いろ))晩(く)れたり。那(いず)れの条(みち)の路(みち)の上(うえ)へ往(ゆ)きて宿(やど)を求(もと)めんか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)放心(ほうしん=心(こころ)を安(やす))んぜよ。若(も)し是(こ)れ借宿(しゃくしゅく=宿(やど)を借(か))る処(ところ)無(な)くんば、我(われ)三人(さんにん)都(すべ)て些(いささ)かの本事(ほんじ=技(わざ))有(あ)り。八戒(はっかい)をして草(くさ)を砍(き)らしめ、沙和尚(しゃおしょう)に松(まつ)を扳(へ)し折(お)らしめ、老孫(ろうそん)は木匠(もっしょう=大工(だいく))を作(な)すことを会(え)すれば、就(すなわ)ち此(こ)の路(みち)の上(うえ)に箇(ひと)つの蓬庵(ほうあん=草(くさ)の庵(いおり))を搭(つく)り、好道(こうどう=とにかく)也(また)年把(ねんぱ=一年(いちねん)ばかり)は住(す)むを得(う)るに、汝(なんじ)忙(いそ)ぐこと怎(なん)ぞや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あに)よ、此(こ)の箇(こ)の所(ところ)、豈(あ)に是(こ)れ住場(じゅうじょう=住(す)むに適(かな)える場(ば))ならんや! 満山(まんざん)に虎豹(こひょう)狼虫(ろうちゅう)多(おお)く、遍地(へんち)に魑魅魍魎(ちみもうりょう)有(あ)り。 白日(はくじつ)の裡(うち)尚且(なお)且(か)つ行(ゆ)き難(がた)きに、黑夜(こくや=暗(くら)き夜(よる))怎(いか)でか生(い)きて敢(あ)えて宿(やど)らんや」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「呆子(ほうず=愚(おろ)か者(もの))め! 愈々(いよいよ)長進(ちょうしん=進歩(しんぽ))せざるなり! 是(こ)れ老孫(ろうそん)が海口(かいこう=大風呂敷(おおぶろしき))ならず、只(た)だ此(こ)の条(ひと)つの棒子(ぼうし=棒(ぼう))の手(て)の裡(うち)に揝(にぎ)らるれば、就(すなわ)ち是(こ)れ天(てん)の塌(お)ち下(くだ)り来(きた)るとも、也(また)撑(ささ)え住(とど)むるを得(う)」と。 師徒(しと)たち正(まさ)に然(しか)く講論(こうろん=論(あげつら))うに、忽(たちま)ち一(ひと)つの山荘(さんそう)の遠(とお)からざるを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「好(よ)し! 宿(やど)る処(ところ)有(あ)り」と。長老(ちょうろう)問(と)う、「何処(いずこ)に在(あ)るか」と。行者(ぎょうじゃ)指(さ)して道(い)う、「那(か)の樹(き)の叢(くさむら)の裡(うち)は是(こ)れ箇(ひと)つの人家(じんか=人(ひと)の家(いえ))ならずや。我等(われら)去(ゆ)きて宿(やど)を一宵(いっしょう=ひとよ)借(か)り、明早(みょうそう=明日(あす)の朝(あさ))路(みち)を走(はし)らん」と。長老(ちょうろう)欣然(きんぜん)として馬(うま)を促(うなが)し、荘門(そうもん)の外(そと)に至(いた)りて馬(うま)を下(お)りる。只(た)だ見(み)る、那(か)の柴扉(さいひ=柴(しば)の扉(とびら))は緊(きつ)く閉(とざ)されたり。長老(ちょうろう)門(もん)を敲(たた)いて道(い)う、「開門(かいもん)、開門(かいもん)」と。裡(うち)に一(ひと)りの老者(ろうじゃ)有(あ)り、手(て)に藜杖(りじょう=藜(あかざ)の杖(つえ))を拖(ひ)き、足(あし)に蒲鞋(ほかい=藁(わら)の沓(くつ))を踏(ふ)み、頭(あたま)に烏巾(うきん=黒(くろ)き頭巾(ずきん))を頂(いただ)き、身(み)に素服(そふく=白(しろ)き衣(ころも))を穿(つらぬ)き、門(もん)を開(ひら)いて便(すなわ)ち問(と)う、「是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)か此(ここ)に在(あ)りて大呼小叫(だいこしょうきょう=大声(おおごえ)をあげ)する」と。三蔵(さんぞう)掌(てのひら)を胸(むね)に当(あ)て合(あわ)せ、身(み)を躬(くぐ)ませて施礼(せれい)して道(い)う、「老施主(ろうせしゅ)よ、貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土(とうど)より西天(せいてん)へ経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされし者(もの)なり。適(たまた)ま貴地(きち)に到(いた)り、天(てん)晩(く)れたれば特(こと)に尊府(そんぷ)を造(おとず)れて宿(やど)を一宵(いっしょう)仮(かり)んとす、万(よろず)望(のぞ)むらくは方便(ほうべん=便宜(べんぎ))方便(ほうべん)」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「和尚(おしょう)、汝(なんじ)西(にし)へ行(ゆ)かんと欲(ほっ)するも、却(かえ)って是(こ)れ去(ゆ)くを得(え)ざるなり。此処(ここ)は乃(すなわ)ち小西天(しょうせいてん)にして、若(も)し大西天(だいせいてん)に到(いた)らんには、路途(ろと)甚(はなは)だ遠(とお)し。且(しばら)く前(まえ)へ去(ゆ)くの艱難(かんなん)を道(い)うは休(や)めよ、只(た)だ此(こ)の地方(ちほう)も、已(すで)に此(か)くの如(ごと)く過(すご)し難(がた)し」と。三蔵(さんぞう)問(と)う、「怎(いか)でか過(すご)し難(がた)きや」と。老者(ろうじゃ)手(て)の指(ゆび)を用(もち)いて指(さ)して道(い)う、「我(わ)が此(こ)の庄村(そうそん)より西(にし)へ去(ゆ)くこと三十余里(さんじゅうより)、一(ひと)つの条(すじ)の稀柿衕(きしどう=柿(かき)の泥道(どろみち))有(あ)り、山(やま)の名(な)を七絶(しちぜつ)と曰(い)う」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「何(なん)をか七絶(しちぜつ)と為(な)すや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「此(こ)の山(やま)の径過(けいか=通(とお)り抜(ぬ)け)は八百里(はっぴゃくり)有(あ)りて、満山(まんざん)尽(ことごと)く是(こ)れ柿果(しか=柿(かき)の実(み))なり。 古(いにしえ)に云(い)う、柿樹(しじゅ=柿(かき)の木(き))に七絶(しちぜつ)有(あ)り。一(ひと)つには益寿(えきじゅ=寿命(じゅみょう)を益(えき))し、二(ふた)つには多陰(たいん=陰(かげ)多(おお))く、三(みっ)つには鳥(とり)の巣(す)無(な)く、四(よっ)つには虫(むし)無(な)く、五(いつ)つには霜葉(そうよう=霜(しも)の葉(は))玩(もてあそ)ぶべく、六(むっ)つには嘉実(かじつ=良(よ)き実(み))、七(なな)つには枝葉(しよう)肥大(ひだい)なり。故(ゆえ)に七絶山(しちぜつさん)と名(な)づく。我(わ)が此(こ)の敝処(へいしょ=鄙(ひな)びた処(ところ))は地(ち)広(ひろ)く人(ひと)稀(まれ)にして、那(か)の深山(しんざん)は亘古(こうこ=大昔(おおむかし)より)人(ひと)の走到(そうとう=歩(ある)き到(いた))ること無(なし)。每年家(まいとし=毎年(まいとし))熟(じゅく)し爛(ただ)れたる柿(かき)の路(みち)の上(うえ)に落(お)ちて、将(まさ)に一(ひと)つの条(すじ)の夹石胡同(きょうせきこうず=石(いし)の挟(はさ)まれたる小路(こうじ))を尽(ことごと)く皆(みな)填(うず)め満(み)たし、又(また)雨露(うろ)雪霜(せっそう)に被(こうむ)り、霉(かび)を経(へ)て夏(なつ)を過(す)ごし、作(な)して一路(いちろ)の汚穢(おわい=汚(けが)れ)と成(な)る。此(こ)の方(ほう)の人家(じんか)、俗(ぞく)に呼(よ)んで稀屎衕(きしどう=屎(くそ)だらけの道(みち))と為(な)す。但(た)だ西風(せいふう)の刮(ふ)けば、一(ひと)つの股(すじ)の穢気(えき=臭(くさ)き気(き))有(あ)り、是(こ)れ東圊(とうせい=厠(かわや))を淘(あら)うも也(また)此(か)くの般(ごと)き悪臭(あくしゅう)に似(に)ざるなり。如今(いま)正(まさ)に春(はる)深(ふか)きに値(あた)り、東南風(とうなんふう)大(おおい)に作(おこ)る、故(ゆえ)に以(もっ)て還(ま)た聞(き)こえざるなり」と。 三蔵(さんぞう)心(こころ)の中(うち)煩悶(はんもん=煩(わずら)い悶(もだ))えて言(い)わず。行者(ぎょうじゃ)忍(しの)ぶあたわず、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の老児(ろうじ)甚(はなは)だ通便(つうべん=融通(ゆうずう))ならず! 我等(われら)遠(とお)くより来(きた)りて宿(やど)を投(とう)ぜんとするに、汝(なんじ)就(すなわ)ち此(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の話(はなし)を説(と)き出(いだ)して人(ひと)を唬(おど)す。十分(たと)い汝(なんじ)が家(いえ)の窄逼(さくひつ=狭(せま)き)にして睡(ねむ)る処(ところ)無(な)くとも、我等(われら)此(こ)の樹(き)の下(した)に在(あ)りて蹲(うずくま)り一(ひと)たび蹲(うずくま)れば、也(また)就(すなわ)ち此(こ)の宵(よい)を過(すご)さんに、何故(なにゆえ)に此(か)くの般(ごと)く絮聒(じかつ=くどくど言(い))うや」と。那(か)の老者(ろうじゃ)彼(かれ)が相貌(そうぼう)の醜陋(しゅうろう=醜(みにく)き)なるを見(み)、便(すなわ)ち也(また)口(くち)を擰(ひね)り住(とど)め、驚嘬嘬(きょうさいさい=おびえすく)みて、胆(きも)を硬(かた)くし、一声(ひとこえ)を喝(かつ)し、藜杖(りじょう)を用(もち)いて指(さ)し定(さだ)めて道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の奴(やつ)め、骨撾顔(こっかれん=痩(や)せこけた顔(かお))、磕額頭(こうがくとう=出(で)っ張(ぱ)りし額(ひたい))、塌鼻子(とうびし=潰(つぶ)れし鼻(はな))、凹頡腮(おうけつさい=窪(くぼ)みし頬(ほお))、毛眼毛睛(もうがんもうせい=毛深(けぶか)き眼(まなこ))、癆病鬼(ろうびょうき=労咳(ろうがい)の病人(びょうにん))、高低(こうてい=分別(ふんべつ))を知(し)らず、箇(ひと)つの嘴(くちばし)を尖(とが)らせて、敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)が老人家(ろうじんか=この年寄(としより))を衝撞(しょうどう=衝(つ)き当(あ)た)るか」と。行者(ぎょうじゃ)陪(ばい)して笑(わら)って道(い)う、「老官児(ろうかんじ=旦那(だんな)どの)よ、汝(なんじ)元来(もと)眼(め)有(あ)りて珠(たま=瞳(ひとみ))無(な)く、我(わ)が此(こ)の癆病鬼(ろうびょうき)を識(し)らざるなり! 相法(そうほう)に云(い)う、形容(けいよう)古怪(こかい)にして、石(いし)の中(うち)に美玉(びぎょく)の蔵(ぞう=隠(かく)れ)有(あ)りと。汝(なんじ)若(も)し言(げん)と貌(ぼう)とを以(もっ)て人(ひと)を取(と)らば、乾浄(かんじょう=すっかり)差(たが)えり。我(われ)醜(みにく)きは便(すなわ)ち醜(みにく)けれど、却(かえ)って倒(かえっ)て些(いささ)かの手段(しゅだん)有(あ)り」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ那方(いずこ)の人氏(じんし)、姓(せい)は甚(なん)と名(な)は誰(たれ)ぞ、何(なん)の手段(しゅだん)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、 我(われ)祖(そ)は東勝大神洲(とうしょうだいしんしゅう)に居(きょ)し、花果山(かかざん)の前(まえ)に自幼(じゆう=幼(おさな)きより)修(おさ)む。 身(み)は霊台方寸(れいだいほうすん)の祖(そ)を拝(はい)し、学(まな)び成(な)りて武芸(ぶげい)甚(はなは)だ全周(ぜんしゅう=完璧(かんぺき))なり。 也(また)能(よ)く海(うみ)を攪(かき)まわして竜母(りゅうぼ)を降(くだ)し、善(よ)く会(え)すれば山(やま)を担(にな)いて日頭(にっとう=日(ひ))を趕(お)う。 怪(かい)を縛(いまし)め魔(ま)を擒(とりこ)にして第一(だいいち)と称(しょう)し、星(ほし)を移(うつ)し斗(と=星座(せいざ))を換(か)うれば鬼神(きじん)も愁(うれ)う。 天(てん)を偷(ぬす)み地(ち)を転(てん)じて英名(えいめい)大(だい)なり、我(われ)は是(こ)れ変化無窮(へんげむきゅう)の美石猴(びせきこう)なり。 老者(ろうじゃ)言(げん)を聞(き)き、嗔(いかり)を回(めぐ)らして喜(よろこび)と作(な)し、身(み)を躬(くぐ)ませて便(すなわ)ち教(おし)う、「請(しょう)じて寒舎(かんしゃ=拙宅(せったく))に入(い)りて安置(あんち=休(やす))まれ」と。遂(つい)に此(ここ)に、四衆(ししゅう)馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)いて一斉(いっせい)に進(すす)み入(い)れば、只(た)だ見(み)る、那(か)の荊針(けいしん=茨(いばら)の針(はり))棘刺(きょくし=刺(とげ))、両辺(りょうへん)に鋪設(ほせつ=敷(し)き並(なら))べられ、二層門(にそうもん)は是(こ)れ磚石(せんせき=煉瓦(れんが)と石(いし))の塁(かさ)ねたる牆壁(しょうへき=塀(へい))、又(また)是(こ)れ荊棘(けいきょく)の苫蓋(せんがい=萱(かや)ぶき)にして、裡(うち)に入(い)りて才(はじ)めて是(こ)れ三間(さんげん)の瓦房(がぼう=瓦(かわら)ぶきの家(いえ))なり。老者(ろうじゃ)便(すなわ)ち椅(いす)を扯(ひ)きて安坐(あんざ)せしめ茶(ちゃ)を待(ま)たしめ、又(また)飯(めし)を弁(べん)ぜしむ。少頃(しばらく)して、桌子(たくし=食卓(しょくたく))を移(うつ)し過(す)ごし、許多(あまた)の麺筋(めんきん=麩(ふ))・豆腐(とうふ)・芋苗(うびょう=芋(いも)の若葉(わかば))・蘿白(らはく=大根(だいこん))・辣芥(らっかい=辛(から)し菜(な))・蔓菁(まんせい=蕪(かぶ))・香稲米飯(こうとうべいはん=香(かお)る米(こめ)の飯(めし))・醋焼葵湯(さくしょうきとう=酢(す)で煮(に)た葵(あおい)の汁(しる))を擺(なら)べ、師徒(しと)たち尽(ことごと)く一餐(いっさん)に飽(あ)く。食(くら)い畢(おわ)りて、八戒(はっかい)行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き過(す)ごして背(そむ)いて云(い)う、「師兄(しけい)よ、此(こ)の老児(ろうじ)始(はじめ)は留宿(りゅうしゅく)を肯(がえん)ぜざりしに、今(いま)返(かえっ)て此(こ)の盛齋(せいさい=豪勢(ごうせい)な斎食(さいじき))を設(もう)くるは、何(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の箇(こ)能(よ)く幾(いく)らの銭(せん)に値(あたい)せん! 明日(みょうにち)に到(いた)らば、還(ま)た彼(かれ)をして十果十菜(じっかじっさい=十(とお)の果物(くだもの)と十(とお)の菜(さい))を我等(われら)に送(おく)らしめん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「羞(はじ)を知(し)らず! 憑(よ)りて汝(なんじ)が那(か)の幾句(いくく)かの大話(たいわ=大言(たいげん))にて、彼(かれ)を哄(だま)して一頓(ひとくぎり)の飯(めし)を食(くら)い、明日(みょうにち)却(かえ)って路(みち)を跑(はし)らんとす、彼(かれ)又(また)管待(かんたい=もてな)して送(おく)ること怎(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「忙(いそ)ぐこと莫(なか)れ、我(われ)自(おのずか)ら箇(ひと)つの処治(しょち=手立(てだ)て)有(あ)り」と。 多(あま)たの時(とき)ならずして、漸漸(ぜんぜん=次第(しだい)に)黄昏(たそがれ)となり、老者(ろうじゃ)又(また)灯(あかり)を掌(とも)すを叫(よ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)身(み)を躬(くぐ)ませて問(と)うて道(い)う、「公公(こうこう=おじいさん)の高姓(こうせい=お名(な))は」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「李(り)と姓(せい)す」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「貴地(きち)は想(おも)うに就(すなわ)ち是(こ)れ李家荘(りかそう)ならん」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「然(しか)らず、此(ここ)は喚(よ)んで駝羅荘(だらそう)と做(な)し、共(あわ)せて五百(ごひゃく)余(あま)りの人家(じんか)の居住(きょじゅう)有(あ)り。別姓(べっせい)俱(とも)に多(おお)けれど、惟(た)だ我(われ)のみ李(り)を姓(せい)とす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「李施主(りせしゅ)よ、府上(ふじょう)に何(なん)の善意(ぜんい)有(あ)りて、我等(われら)に盛齋(せいさい)を賜(たま)うや」と。那(か)の老者(ろうじゃ)身(み)を起(お)こして道(い)う、「才(さい=たった今(いま))汝(なんじ)の妖怪(ようかい)を拿(とら)うることを会(え)すと説(と)くを聞(き)き得(え)たり。我(わ)が此(ここ)に却(かえ)って箇(ひと)つの妖怪(ようかい)有(あ)り、累(わずら)わしくも汝(なんじ)が我等(われら)に代(かわ)りて拿(とら)うることを替(か)え、自(おのずか)ら重謝(じゅうしゃ=手厚(てあつ)き礼(れい))有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち上(うえ)に朝(むか)って箇(ひと)の喏(じゃく=合掌(がっしょう)一礼(いちれい))を唱(うた)って道(い)う、「照顧(しょうこ=世話(せわ))を承(うけたまわ)りたり」と。 八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の禍(わざわい)を惹(ひ)くを。妖怪(ようかい)を拿(とら)うると説(と)くを聞(き)けば、就(すなわ)ち是(こ)れ彼(かれ)が外公(がいこう=母方(ぼうほう)の祖父(そふ))も也(また)此(か)くの般(ごと)く親熱(しんねつ)ならず、預(あらかじ)め就(すなわ)ち箇(ひと)の喏(じゃく)を唱(うた)う」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)知(し)らず、我(われ)が箇(ひと)の喏(じゃく)を唱(うた)うは就(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひと)の定銭(ていせん=手付(てつ)け金(きん))を下(おろ)したるにして、彼(かれ)再(ふたた)び去(ゆ)きて别人(べつじん)を請(しょう)ぜざるなり」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「此(こ)の猴児(こうじ)凡(およ)そ事(こと)便(すなわ)ち自専(じせん=独(ひと)り決(き)め)せんとす。倘或(もし)那(か)の妖精(ようせい)の神通(じんつう)広大(こうだい)にして、汝(なんじ)彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)むること能(あた)わずんば、豈(あ)に是(こ)れ我(われ)が出家(しゅっけ)の人の誑語(おうご=嘘(うそ))を打(い)うものならずや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)怪(とが)むること莫(なか)れ、我(われ)の再(ま)た問(と)いて看(み)るを待(ま)て」と。那(か)の老者(ろうじゃ)道(い)う、「還(ま)た甚(なん)をか問(と)うや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の貴処(きしょ)は、地勢(ちせい)清平(せいへい=穏(おだ)やか)にして、又(また)許多(あまた)の人家(じんか)の居住(きょじゅう)有(あ)り、更(さら)に是(こ)れ偏僻(へんぺき=辺鄙(へんぴ))の方(かた)ならず、甚(なん)の妖精(ようせい)有(あ)りてか、敢(あ)えて汝(なんじ)が此(こ)の高門大戸(こうもんだいこ=大(おお)きな家(いえ))に上(のぼ)らんや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「実(じつ)に汝(なんじ)に瞞(あざむ)きて説(い)かず。我(わ)が此(ここ)は久(ひさ)しく康寧(こうねい=安(やす)らか)なり。只(た)だ此(こ)の三年(さんねん)六月(ろくがつ)の間(あいだ)、忽然(こつぜん)として一陣(いちじん)の風(かぜ)起(おこ)り、那(そ)の時(とき)人家(じんか)甚(はなは)だ忙(いそが)しく、麦(むぎ)を打(う)つ者(もの)は場(ば)の上(うえ)に在(あ)り、秧(なえ)を插(さ)す者(もの)は田(た)の裡(うち)に在(あ)り、俱(とも)に慌(あわ)てることを著(つ)け、只(た)だ天(てん)の変(へん)じたると説(い)えり。誰(たれ)か知(し)らん、風(かぜ)の過(す)ぐる処(ところ)、箇(ひと)つの妖精(ようせい)有(あ)りて人家(じんか)の牧放(ぼくほう=放(はな)し飼(が))いの牛馬(ぎゅうば)を将(もっ)て食(くら)い、猪羊(ちょよう=豚(ぶた)と羊(ひつじ))を食(くら)い、鶏鵞(けいが=鶏(にわとり)と鵞鳥(がちょう))を見(み)れば囫圇(こつりん=丸呑(まるの)み)に咽(の)み、男女(だんじょ)に遇(あ)えば夹活(きょうかつ=生(い)きた儘(まま))に吞(の)む。那(そ)の次(つぎ)より、此(こ)の二年(にねん)常(つね)に来(きた)りて傷害(しょうがい)す。長老(ちょうろう)よ、汝(なんじ)若(も)し手段(しゅだん)有(あ)らば、彼(かれ)を拿(とら)え、此(こ)の土(ど)を掃(そう)じ浄(きよ)めば、我等(われら)決然(けつぜん)として重(おも)く謝(しゃ)し、敢(あ)えて軽慢(けいまん=疎(おろそ)か)にせず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の箇(こ)は却(かえ)って是(こ)れ拿(とら)え難(がた)し」と。八戒(はっかい)道(い)う、「真(まこと)に是(こ)れ拿(とら)え難(がた)し、拿(とら)え難(がた)し! 我等(われら)は乃(すなわ)ち行脚僧(あんぎゃそう=旅(たび)の僧(そう))にして、宿(やど)を一宵(いっしょう)借(か)り、明日(みょうにち)路(みち)を走(はし)らんとす、甚(なん)の妖精(ようせい)をか拿(とら)えんや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)は元来(もと)是(こ)れ飯(めし)を騙(かた)りて食(くら)うの和尚(おしょう)なり! 初(はじ)めに見(み)し時(とき)口(くち)を夸(ほこ)り舌(した)を弄(ろう)し、斗(と)を換(か)え星(ほし)を移(うつ)し、妖(よう)を降(くだ)し怪(かい)を縛(いまし)むることを会(え)すと説(い)い、此(こ)の事(こと)を説(と)き起(おこ)すに及(およ)べば、就(すなわ)ち推却(すいきゃく=辞退(じたい))して拿(とら)え難(がた)しとす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「老児(ろうじ)よ、妖精(ようせい)は好(よ)く拿(とら)う。只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)が此(こ)の方(ほう)の人家(じんか)の心(こころ)斉(ひとつ)ならざるなり、故(ゆえ)に以(もっ)て拿(とら)え難(がた)し」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「怎(いか)でか人心(じんしん)の斉(ひとつ)ならざるを見(み)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「妖精(ようせい)攪擾(かくじょう=かき乱(みだ))して三年(さんねん)にもなれど、也(また)幾(いく)らの生霊(せいれい=命(いのち))をか傷害(しょうがい)せしを知(し)らず。 我(われ)想(おも)うに、毎家(まいか=家(いえ)ごと)に只(た)だ銀(ぎん)一両(いちりょう)を出(いだ)さしめば、五百家(ごひゃっか)は五百両(ごひゃくりょう)の銀子(ぎんす)を湊(あつ)むべく、那(いずこ)へ到(いた)らずとも、也(また)一(ひと)りの法官(ほうかん=呪術(じゅじゅつ)を行う道士(どうし))を尋(たず)ね出(いだ)して妖(よう)を把(とっ)て拿(とら)えしめんに、却(かえ)って怎(いか)でか就(すなわ)ち甘(あまん)じて彼(かれ)が三年(さんねん)の磨折(ませつ=苦(くる)しめ)を受(う)くるや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「若(も)し銭(せん)を使(つか)うを論(あげつら)い説(と)かば、好道(こうどう=とにかく)也(また)人(ひと)を羞(はじ)し殺(ころ)すなり! 我等(われら)が那(いず)れの家(いえ)か三(み)つ五(いつ)つの両(りょう)の銀子(ぎんす)を花費(かひ=費(ついや))さざらんや! 前年(ぜんねん)音(たよ)りを訪(たず)ねて山南(さんなん)の裡(うち)に箇(ひと)りの和尚(おしょう)有(あ)るを着(し)り、彼(かれ)を請(しょう)じて此(ここ)に到(いた)りて妖(よう)を拿(とら)えしむるも、未(いま)だ勝(かち)を得(え)ず」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の和尚(おしょう)怎(いか)でか拿(とら)えしや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、 那(か)の箇(こ)の僧伽(そうぎゃ=僧(そう))は、領(えり)の袈裟(けさ)を披(ひら)く。 先(ま)ず「孔雀(くじゃく)」を談(だん)じ、後(のち)に「法華(ほっけ)」を念(ねん)ず。 香(こう)は炉(ろ)の内(うち)に焚(た)かれ、手(て)に鈴(すず)を把(と)って拿(と)る。 正(まさ)に然(しか)く念(ねん)ずる処(ところ)、妖邪(ようじゃ)を驚(おどろ)かし動(うご)かす。 風(かぜ)生(しょう)じ雲(くも)起(おこ)り、径(ただ)ちに荘家(そうか=村(むら)の家(いえ))に至(いた)る。 僧(そう)と怪(かい)と闘(たたか)い、其(そ)れ実(じつ)に堪(た)えて夸(ほ)むべし。 一(ひと)たび逓(かわ)るに一拳(いっけん)を搗(つ)き、一(ひと)たび逓(かわ)るに一把(ひとつかみ)を抓(つか)む。 和尚(おしょう)還(ま)た相応(そうおう=応(こた))ず、相応(そうおう)ずるも頭髪(とうはつ)没(な)し。 須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))に妖怪(ようかい)勝(か)ち、径直(けいちょく=真(ま)っ直(す))ぐに煙霞(えんか)に返(かえ)り、元来(もと)は干(ひ)からびた疤(やけどの痕(あと))なり。 我等(われら)近(ちか)づき前(まえ)に看(み)れば、光頭(こうとう=坊主(ぼうず)頭(あたま))の打(う)たるること箇(ひと)の爛(くず)れたる西瓜(すいか)の似(ごと)し。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)けば、虧(そこない)を食(くら)いたるなり」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)は只(た)だ一(ひと)つの命(いのち)を拚(か)けたるのみ、還(ま)た是(こ)れ我等(われら)の虧(そこない)を食(くら)うなり。彼(かれ)と棺木(かんぼく=棺(ひつぎ))を買(か)いて殯葬(ひんそう=葬(ほうむ))ることを与(あた)え、又(また)些(いささ)かの銀子(ぎんす)を彼(かれ)が徒弟(とてい)に与(あた)えたり。那(か)の徒弟(とてい)心(こころ)還(ま)だ歇(や)まず、至今(いまに至(いた)る)ま亦(ま)た告状(こくじょう=訴(うった)え)せんとし、干浄(かんじょう=けり)を得(え)ず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「再(ま)た曾(かつ)て甚(なん)の人を請(しょう)じて彼(かれ)を拿(とら)えしむること有(あ)りしか」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「旧年(きゅうねん=昨年(さくねん))又(また)一(ひと)りの道士(どうし)を請(しょう)じたり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の道士(どうし)怎(いか)でか彼(かれ)を拿(とら)えしや」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、 那(か)の道士(どうし)は、頭(あたま)に金冠(きんかん)を戴(いただ)き、身(み)に法衣(ほうい)を穿(つらぬ)く。 令牌(れいはい)敲(たた)き響(ひび)き、符水(ふすい)施為(せいい=呪(まじな)いを施(ほどこ))す。 神(かみ)を駆(か)り将(しょう)を使(つか)い、妖魑(ようち)を拘(とら)え到(いた)らしむ。 狂風(きょうふう)滾滾(こんこん),黒霧(こくむ)迷迷(めいめい)。 即(すなわ)ち道士(どうし)と、両個(ふたり)相持(そうじ=対(たい)じ合(あ))う。 闘(たたか)いて天(てん)の晩(く)るるに到(いた)り、怪(かい)は雲霓(うんげい=雲(くも)と虹(にじ))に返(かえ)る。 乾坤(けんこん)清朗朗(せいろうろう=澄(す)みき)り、我等(われら)衆人(しゅうじん)斉(ひとしく)す。 出(い)で来(きた)りて道士(どうし)を尋(たず)ぬれば、渰死(えんし=溺(おぼ)れ死(じ))して山溪(さんけい=谷川(たにがわ))に在(あ)り。 撈(すく)い得(え)て上(うえ)に来(きた)りて大家(たいか=皆(みな))看(み)れば、却(かえ)って一(ひと)つの落湯鶏(らくとうけい=湯(ゆ)に落(お)ちし鶏(にわとり))の如(ごと)し。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)けば、也(また)虧(そこない)を食(くら)いたるなり」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)も也(また)只(た)だ一(ひと)つの命(いのち)を捨(す)てたるのみ、我等(われら)又(また)悶数(もんすう=多額(たがく))の銭糧(せんりょう=金(かね)と粮(かて))を使(つか)いて彀(たく)せり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「打緊(たいしたこと)ならず、打緊(たいしたこと)ならず、我(われ)の汝(なんじ)に替(かわ)りて彼(かれ)を拿(とら)え来(きた)るを待(ま)て」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)若(も)し果(はた)して手段(しゅだん)有(あ)りて彼(かれ)を拿(とら)うるを得(う)れば、我(われ)幾(いく)つかの本荘(ほんそう)の長者(ちょうじゃ)を請(しょう)じて汝(なんじ)と箇(ひと)つの文書(ぶんしょ)を写(うつ)さしめん。若(も)し勝(かち)を得(う)れば、憑(よ)りて汝(なんじ)が幾(いく)らの銀子(ぎんす)を要(もと)めて相(あい)謝(しゃ)するも、半分(はんぶん)も少(すくな)からず。如(も)し若(も)し虧(そこない)有(あ)らば、切(きっ)して我等(われら)と放頼(ほうらい=難癖(なんくせ)をつけ)ること莫(なか)れ、各(おのおの)天命(てんめい)を聴(き)かん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の老児(ろうじ)は人(ひと)に頼(たの)まれて怕(おそ)るることを怕(おそ)れたり。我等(われら)は是(こ)れ那(か)の様(よう)の人(ひと)ならず、快(すみや)か長者(ちょうじゃ)を請(しょう)じ去(ゆ)け」と。 那(か)の老者(ろうじゃ)満心(まんしん)歓喜(かんき)し、即(すなわ)ち家僮(かどう=召使(めしつか)い)に命(めい)じて幾(いく)つかの左隣右舎(されんうしゃ)・表弟姨兄(ひょうていいけい)・親家朋友(しんかほうゆう=親戚(しんせき)・朋友(ほうゆう))を請(しょう)ぜしむ。共(あわ)せて八九位(はちきゅうい)の老者(ろうじゃ)有(あ)り、都(すべ)て来(きた)りて相見(しょうけん)す。唐僧(とうそう)に会(あ)い、妖(よう)を拿(とら)うるの一事(いちじ)を言及(げんきゅう)すれば、欣然(きんぜん)たらずんば無(なし)。衆老(しゅうろう)問(と)う、「是(こ)れ那(いず)れの一位(いちい)の高徒(こうと)か去(ゆ)きて拿(とら)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を叉(さしはさ)んで道(い)う、「是(こ)れ我(わ)が小和尚(しょうおしょう)なり」と。衆老(しゅうろう)悚然(しょうぜん=おびえ)て道(い)う、「不済(ふせい=駄目(だめ))! 不済(ふせい)! 那(か)の妖精(ようせい)は神通(じんつう)広大(こうだい)にして、身体(しんたい)狼犺(ろうこう=図体(ずうたい)が大(おお)き)い。汝(なんじ)が此(こ)の長老(ちょうろう)は、痩痩(そうそう=痩(や)せこけ)小小(しょうしょう=ちんまり)として、還(ま)た彼(かれ)が歯(は)の縫(すきま)を填(うず)むるに彀(た)らざるなり」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「老官児(ろうかんじ)よ、汝(なんじ)人(ひと)を估(はか)り出(いだ)すことを得(え)ず。我(われ)小(ちい)さきは小(ちい)さけれど、結実(けつじつ=中身(なかみ)が詰(つ)ま)れり。都(すべ)て是(こ)れ磨刀水(まとうすい=刀(かたな)を研(と)ぐ水(みず))を食(くら)いたる者(もの)にして、秀気(しゅうき=優(すぐ)れた気(き))は内(うち)に在(あ)るなり」と。衆老(しゅうろう)説(と)くを見(み)て、只(た)だ得(え)ず依従(いじゅう)して道(い)う、「長老(ちょうろう)よ、妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)めば、汝(なんじ)は幾(いく)らの謝礼(しゃれい)を要(もと)むるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「何(なん)ぞ必(かなら)ずしも甚(なん)の謝礼(しゃれい)を要(もと)むると説(い)わんや! 俗語(ぞくご)に云(い)う、金子(きんす)を説(と)けば眼(め)を幌(くらま)し、銀子(ぎんす)を説(と)けば傻白(しゃはく=白(しろ)ぼ)け、銅銭(どうせん)を説(と)けば腥気(せいき=生臭(なまぐさ))しと。我等(われら)は乃(すなわ)ち徳(とく)を積(つ)むの和尚(おしょう)にして、決(けっ)して銭(せん)を要(もと)めず」と。 衆老(しゅうろう)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、都(すべ)て是(こ)れ戒(かい)を受(う)けたる高僧(こうそう)なり。既(すで)に銭(せん)を要(もと)めずんば、豈(あ)に空(むな)しく労(ろう)するの理(ことわり)有(あ)らんや! 我等(われら)各家(かっか)は俱(とも)に魚田(ぎょでん=魚(うお)と田(た))を以(もっ)て活(い)きと為(な)す。若(も)し果(はた)して妖孽(ようごう=妖(よう)の災(わざわい))を降(くだ)し、地方(ちほう)を浄(きよ)めなば、我等(われら)毎家(まいか)に汝(なんじ)に両畝(りょうほ=二(ふた)つの畝(うね))の良田(りょうでん)を送(おく)り、共(あわ)せて一千畝(いっせんほ)を湊(あつ)め、一処(いっしょ)に坐落(ざらく=所在(しょざい))せしめ、汝(なんじ)ら師徒(しと)の其(そ)の上(うえ)に寺院(じいん)を起(おこ)し蓋(おお)い、坐(ざ)を打(う)ち禅(ぜん)を参(さん)ぜば、方(ほう)の上(うえ)に雲游(うんゆう=雲(くも)の如(ごと)く巡(めぐ))るに強(まさ)れり」と。行者(ぎょうじゃ)又(また)笑(わら)って道(い)う、「愈々(いよいよ)停当(ていとう=穏当(おんとう))ならず! 但(た)だ田(た)を要(もと)めたりと説(い)わば、就(すなわ)ち馬(うま)を養(やしな)い当差(とうさい=夫役(ぶえき)に当(あた))り、糧(かて)を納(おさ)め草(くさ)を弁(べん)じ、黄昏(たそがれ)に睡(ねむ)るを得(え)ず、五鼓(ごこ=明(あ)け方(がた))に眠(ねむ)るを得(え)ず、好(よ)く倒(かえっ)て人(ひと)を弄(もてあそ)び殺(ころ)すなり」と。衆老(しゅうろう)道(い)う、「諸般(しょはん=あれこれ)要(もと)めずんば、却(かえ)って何(なに)を将(もっ)てか謝(しゃ)せんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)出家(しゅっけ)の人(ひと)は、但(た)だ只(た)だ一茶一飯(いっさいいっぱん)なるも、便(すなわ)ち是(こ)れ謝(しゃ)したるなり」と。衆老(しゅうろう)喜(よろこ)んで道(い)う、「此(こ)の箇(こ)容易(ようい)なり。但(た)だ知(し)らず汝(なんじ)怎(いか)でか彼(かれ)を拿(とら)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)但(た)だ来(きた)らば、我(われ)就(すなわ)ち彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)めん」と。衆老(しゅうろう)道(い)う、「那(か)の怪(かい)大(おお)いなるなり! 上(うえ)は天(てん)を拄(つ)き、下(した)は地(ち)を拄(つ)き、来(く)る時(とき)は風(かぜ)、去(ゆ)く時(とき)は霧(きり)、汝(なんじ)却(かえ)って怎(いか)でか生(いき)て彼(かれ)に近(ちか)づくを得(え)んや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「若(も)し風(かぜ)を呼(よ)び霧(きり)に駕(が)するの妖精(ようせい)を論(あげつら)わば、我(われ)彼(かれ)を把(と)って孫子(まご)に当(あ)てんのみ。若(も)し身体(しんたい)の長大(ちょうだい)なるを説(と)かば、彼(かれ)を打(う)つの手段(しゅだん)有(あ)り」と。 正(まさ)に講(こう=話(はな))ずる処(ところ)、只(た)だ聞(き)く、呼呼(ここ)と風(かぜ)の響(ひび)くを。慌(あわ)てる那(か)の八九箇(はちきゅうこ)の老者(ろうじゃ)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)て道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)は塩醤口(えんしょうこう=言霊(ことだま)の口(くち))なり! 妖精(ようせい)を説(と)けば、妖精(ようせい)就(すなわ)ち来(きた)れり」と。那(か)の老李(ろうり)腰門(ようもん=裏(うら)の門(もん))を開(ひら)き、幾(いく)つかの親戚(しんせき)と唐僧(とうそう)とを連(つら)ねて都(すべ)て叫(よ)ぶ、「進(はい)れ来(きた)れ! 進(はい)れ来(きた)れ! 妖怪(ようかい)の来(きた)れるなり」と。唬(おどろ)かされて那(か)の八戒(はっかい)も也(また)進(はい)らんとし、沙僧(しゃそう)も也(また)進(はい)らんとす。行者(ぎょうじゃ)両(ふた)つの手(て)に二(ふた)りを扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「汝等(なんだち)忒(はなは)だ循理(じゅんり=道理(どうり)に循(したが))わず! 出家(しゅっけ)の人(ひと)の、怎(いか)でか内外(ないがい)を分(わか)たざるや! 站(た)ち住(とど)まれ! 走(はし)ること莫(なか)れ! 我(われ)と天井(てんせい=中庭(なかにわ))へ去(ゆ)き、看(み)よ是(こ)れ箇(ひと)の甚(なん)の妖精(ようせい)なるかを」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あに)よ、彼等(かれら)は都(すべ)て是(こ)れ帳(ちょう=経験(けいけん))を経(へ)たる者(もの)にして、風(かぜ)の響(ひび)けば便(すなわ)ち是(こ)れ妖(よう)の来(きた)るなり。彼等(かれら)都(すべ)て去(ゆ)きて隠(かく)るるに、我等(われら)又(また)彼(かれ)と親(した)しき有(あ)るに非(あら)ず、又(また)相識(そうしき=知(し)り合(あ))うに非(あら)ず、又(また)是(こ)れ交契(こうけい=親交(しんこう))の故人(こじん)に非(あら)ず、彼(かれ)を看(み)て甚(なん)をか做(な)さんや」と。元来(もと)行者(ぎょうじゃ)は力量(りきりょう=力(ちから))大(だい)にして、説(と)くを容(い)れず、一把(ひとつかみ)に拉(ひ)いて天井(てんせい)の裡(うち)に站(た)ち下(おろ)さる。那(か)の陣(じん)の風(かぜ)愈々(いよいよ)大(おおい)なり、好(よ)き風(かぜ)なり。 樹(き)を倒(たお)し林(はやし)を摧(くだ)いて狼虎(ろうこ)憂(うれ)い、江(こう=大川(おおかわ))を播(ま)き海(うみ)を攪(かきまわ)して鬼神(きじん)愁(うれ)う。 華岳(かがく)の三峰(さんぽう)の石(いし)を掀(かか)げ翻(ひるがえ)し、乾坤(けんこん)の四部洲(しぶしゅう)を提(ひっさ)げ起(おこ)す。 村舎(そんしゃ)の人家(じんか)皆(みな)戸(と)を閉(とざ)し、満荘(まんそう=村中(むらじゅう))の児女(じじょ=子供(こども)たち)尽(ことごと)く頭(あたま)を蔵(かく)す。 黒雲(こくうん)漠漠(ばくばく)として星漢(せいかん=天(あま)の川(がわ))を遮(さえぎ)り、灯火(とうか)光(ひかり)無(な)くして遍地(へんち)幽(かす)かなり。 慌(あわ)てる那(か)の八戒(はっかい)は戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、之(これ)を地(ち)に伏(ふ)し、嘴(くちばし)を把(と)って土(つち)を拱(ほ)じ開(ひら)き、地(ち)の下(した)に埋(うず)もれて、却(かえ)って釘(くぎ)を釘(う)たれたるが一般(ごと)し。沙僧(しゃそう)は頭(あたま)と顔(かお)とを蒙(おお)いて、眼(め)も也(また)睜(みは)り難(がた)し。 行者(ぎょうじゃ)風(かぜ)を聞(き)いて怪(かい)を認(みと)め、一霎時(いっしょうじ=またたく間(あいだ))に風(かぜ)の頭(かしら)の過(す)ぐる処(ところ)、只(た)だ見(み)る、那(か)の半空(はんくう)の中(うち)に隐隐(いんいん=かすか)として両盞(りょうさん=二(ふた)つ)の灯(あかり)の来(きた)るを。即(すなわ)ち頭(あたま)を低(た)れて叫(よ)んで道(い)う、「兄弟(けいてい)たち! 風(かぜ)過(す)ぎたり、起(お)きて看(み)よ」と。那(か)の呆子(ほうず)嘴(くちばし)を扯(ひ)き出(いだ)し、灰土(はいどち=灰(はい)と土(つち))を抖(はら)い、顔(かお)を仰(あお)ぎて天(てん)に朝(むか)って一(ひと)たび望(のぞ)み、両盞(りょうさん)の灯光(とうこう)有(あ)るを見(み)て、忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしの)って笑(わら)って道(い)う、「好(よ)き耍子(しゃし=遊(あそ)び)かな! 好(よ)き耍子(しゃし)かな! 元来(もと)是(こ)れ箇(ひと)の行止(ぎょうし=行儀(ぎょうぎ))有(あ)るの妖精(ようせい)なり! 該(まさ)に彼(かれ)と朋友(ほうゆう)を做(な)すべし」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「此(か)くの般(ごと)きに黑夜(こくや)にして、又(また)曾(かつ)て觌面(てきめん=面(めん)と向(むか))って相逢(あいまみ)えず、怎(いか)でか就(すなわ)ち好歹(こうたい=善(ぜん)し悪(あ)し)を知(し)るや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「古人(こじん)に云(い)う、夜行(やこう)には燭(しょく)を以(もっ)てし、燭(しょく)無(な)ければ則(すなわ)ち止(とど)まると。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が一対(いっつい)の灯籠(とうろう)を打(う)ちて路(みち)を引(みちび)くを、必(かなら)ず是(こ)れ箇(ひと)の好(よ)き者(もの)ならん」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「汝(なんじ)錯(あやま)って看(み)たり、那(あ)れは是(こ)れ一対(いっつい)の灯籠(とうろう)ならず、是(こ)れ妖精(ようせい)の両隻(りょうせき=二(ふた)つ)の眼(まなこ)の亮(ひか)るなり」と。此(こ)の呆子(ほうず)就(すなわ)ち唬(おどろ)きて三寸(さんずん)矮(ひく)くなって道(い)う、「爺爺(やや=おやおや)! 眼(まなこ)の此(か)くの般(ごと)きに大(おお)いなる有(あ)るか、知(し)らず口(くち)の幾(いく)らの大(おお)いなる有(あ)るかを」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)懼(おそ)るること莫(なか)れ。汝(なんじ)二(ふた)りは師父(しふ)を護持(ごじ)せよ、老孫(ろうそん)の上(うえ)に去(ゆ)きて彼(かれ)に箇(ひと)つの口气(こうき=息(いき)の音(おと))を討(とう=尋(たず))ね、彼(かれ)の是(こ)れ甚(なん)の妖精(ようせい)なるかを看(み)るを待(ま)て」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、我等(われら)を供(おお)せ出(いだ)すこと莫(なか)れ」と。 好(よ)き行者(ぎょうじゃ)かな、身(み)を縦(ほしいまま)にして箇(ひと)の唿哨(こっしょう=口笛(くちぶえ))を打(う)ちて空(くう)に跳(と)び到(いた)り、鉄棒(てつぼう)を執(と)り厳(おごそ)かに声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(い)う、「慢(おそ)し! 慢(おそ)し! 吾(われ)此(ここ)に在(あ)り」と。那(か)の怪(かい)見(み)て、身軀(しんく)を挺(つ)き住(とど)め、一(ひと)つの根(ほこ)の長槍(ちょうそう)を将(もっ)て乱(みだ)りに舞(ま)う。行者(ぎょうじゃ)棍(こん)の勢(いきおい)を執(と)りて問(と)うて道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ那方(いずこ)の妖怪(ようかい)、何処(いずこ)の精霊(せいれい)ぞ」と。那(か)の怪(かい)更(さら)に答(こた)えず、只(た)だ是(こ)れ槍(やり)を舞(ま)う。行者(ぎょうじゃ)又(また)問(と)い、又(また)答(こた)えず、只(た)だ是(こ)れ槍(やり)を舞(ま)う。行者(ぎょうじゃ)暗(あん)かに笑(わら)って道(い)う、「好(よ)くは是(こ)れ耳(みみ)聾(つんぼ)に口(くち)唖(おし)なるか! 走(に)ぐる莫(なか)れ! 棍(こん)を看(み)よ」と。那(か)の怪(かい)更(さら)に怕(おそ)れず、乱(みだ)りに槍(やり)を舞(ま)って遮攔(しゃらん=遮(さえぎ))る。那(か)の半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて、一(ひと)たび来(きた)り一(ひと)たび往(ゆ)き、一(ひと)たび上(のぼ)り一(ひと)たび下(くだ)り、闘(たたか)いて三更(さんこう=真夜中(まよなか))の時分(じぶん)に到(いた)るも、未(いま)だ勝敗(しょうはい)を見(み)ず。八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)は李家(りけ)の天井(てんせい)の裡(うち)に在(あ)りて看(み)ること明白(めいはく)にして、元来(もと)那(か)の怪(かい)は只(た)だ是(こ)れ槍(やり)を舞(ま)って遮架(しゃか=受(う)け止(と))むるのみ、更(さら)に半分(はんぶん)の児(じ)の攻殺(こうさつ=攻(せ)め殺(ころ))すも無(な)く、行者(ぎょうじゃ)が一(ひと)つの条(すじ)の棒(ぼう)は那(か)の怪(かい)の頭(あたま)の上(うえ)を離(はな)れず。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「沙僧(しゃそう)よ、汝(なんじ)此(ここ)に在(あ)りて護持(ごじ)せよ、老猪(ろうちょ=この豚(ぶた)=八戒(はっかい))を去(ゆ)きて帮(たす)けて打(う)ち帮(たす)けんとす。那(か)の猴(さる)をして独(ひと)り此(こ)の功(こう)を幹(や)りて、頭(かしら=一番(いちばん))の鐘(かね)の酒(さけ)を領(う)けしむること莫(なか)れ」と。好(よ)き呆子(ほうず)かな、就(すなわ)ち雲頭(うんとう)を跳(と)び起(おこ)し、趕(お)い上(か)って就(すなわ)ち築(つ)く。那(か)の怪物(かいぶつ)又(また)一(ひと)つの条(すじ)の槍(やり)を使(つか)って抵(ふせ)ぎ住(とど)む。両条(りょうじょう=二(ふた)つの)の槍(やり)、便(すなわ)ち飛蛇(ひだ=飛(と)ぶ蛇(へび))掣電(せつでん=稲妻(いなずま))の如(ごと)し。八戒(はっかい)夸奨(こしょう=褒(ほ)め称(たた))えて道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)は好(よ)き槍法(そうほう)かな! 是(こ)れ山後槍(さんごそう)ならず、乃(すなわち)是(こ)れ纏糸槍(てんしそう)、也(また)是(こ)れ馬家槍(ばかそう)ならず、却(かえ)って叫(よ)んで做(な)すに箇(ひと)の軟柄槍(なんへいそう)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「呆子(ほうず)め胡談(こだん=でたらめ)を言(い)うな! 那(いずこ)に箇(ひと)の甚(なん)の軟柄槍(なんへいそう)有(あ)らんや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が槍尖(そうせん=穂先(ほさき))を出(いだ)して我等(われら)を架(か)ぎ住(とど)むるを、槍柄(そうへい=柄(え))を見(み)ず、収(おさ)めて何処(いずこ)に在(あ)るかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「或(ある)いは是(こ)れ箇(ひと)の軟柄槍(なんへいそう)ならん。但(た)だ此(こ)の怪物(かいぶつ)は還(ま)た会(え)して話(はな)さず、想(おも)うに是(こ)れ未(いま)だ人道(じんどう=人(ひと)の道(みち))に帰(き)せず、陰気(いんき)還(ま)た重(おも)きなれば、只(た)だ怕(おそ)るらくは天(てん)の明(あか)るき時(とき)陽気(ようき)勝(まさ)れば、彼(かれ)必(かなら)ず走(はし)らんとす。但(た)だ走(はし)る時(とき)、一定(きっと)趕(お)い上(か)り、彼(かれ)を放(はな)つべからず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ! 正(まさ)に是(こ)れ」と。 又(また)闘(たたか)うこと多時(たじ=久(ひさ)しき)なるに、覚(おぼ)えず東方(とうほう)発白(はっぱく=白(しら)み)す。那(か)の怪(かい)恋戦(れんせん=戦(たたかい)にこだわ)るを敢(あ)えず、頭(かしら)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(はし)る。行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)と一斉(いっせい)に趕(お)い来(きた)り、忽(たちま)ち汚穢(おわい)の気(き)の熏(くゆ)りて人(ひと)を襲(おそ)うを聞(き)く。乃(すなわち)是(こ)れ七絶山(しちぜつさん)の稀柿衕(きしどう)なり。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ那(いず)れの家(いえ)の毛廁(もうし=厠(かわや))を淘(あら)うか! 哏(ふん)! 臭気(しゅうき)聞(き)き難(がた)し」と。行者(ぎょうじゃ)鼻(はな)を捂(おお)いて只(た)だ叫(よ)ぶ、「快(すみや)か妖精(ようせい)を趕(お)え! 快(すみや)か妖精(ようせい)を趕(お)え」と。那(か)の怪物(かいぶつ)山(やま)を攛(とび)ぎ過(す)ぎて、本象(ほんぞう)を現(あらわ)す。乃(すなわち)是(こ)れ一(ひと)つの条(すじ)の紅鱗(こうりん=赤(あか)き鱗(うろこ))の大蟒(だいもう=大(おお)きき大蛇(おろち))なり。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)を。 眼(まなこ)は暁星(ぎょうせい=明(あ)けの明星(みょうじょう))を射(い)り、鼻(はな)は朝霧(あさぎり)を噴(ふ)く。 密密(みつみつ)として牙(きば)は鋼剣(こうけん)を排(なら)べ、彎彎(わんわん=かがみ)として爪(つめ)は金鉤(きんこう)に曲(ま)がる。 頭(あたま)に一(ひと)つの条(すじ)の肉角(にくかく=肉(にく)の角(つの))を戴(いただ)き、好(よ)く便(すなわち)千千(せんぜん=幾千(いくせん))の塊(かたまり)の瑪瑙(めのう)の集(あつ)め成(な)せるに似(に)たり。 身(み)に一派(いっぱ=一面(いちめん))の紅鱗(こうりん)を披(ひら)き、却(かえ)って万万(ばんばん=幾万(いくまん))の片(ひら)の胭脂(えんじ=べに)の砌(つ)み就(な)せるが如(ごと)し。 地(ち)に盤(めぐ)れば只(た)だ疑(うたが)う錦被(きんぴ=錦(にしき)の布団(ふとん))かと、空(くう)に飛(と)べば錯(あやま)って認(みと)む虹霓(こうげい=虹(にじ))かと。 歇(やす)み臥(ふ)す処(ところ)は腥気(せいき=生臭(なまぐさ)き気(き))の天(てん)に冲(のぼ)る有(あ)り、行動(こうどう)する時(とき)は赤雲(せきうん)の体(たい)を罩(おお)う有(あ)り。 大(おお)いなるか大(おお)いならざるか、両辺(りょうへん)の人(ひと)は東西(とうざい)を見(み)ず。 長(なが)きか長(なが)からざるか、一(ひと)つの座(ざ)の山(やま)を跨(また)がりて南北(なんぼく)を占(し)む。 八戒(はっかい)道(い)う、「元来(もと)是(こ)れ此(か)くの般(ごと)く箇(ひと)の長蛇(ちょうだ=長(なが)き蛇(へび))なり! 若(も)し人(ひと)を食(くら)わんとせば、一頓(ひとくぎり)にも也(また)五百箇(ごひゃくこ)を得(え)て、還(ま)た飽(あ)き足(た)らざらん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の軟柄槍(なんへいそう)は乃(すなわち)是(こ)れ両条(りょうじょう)の信子(しんし=蛇(へび)の舌(した))なり。我等(われら)彼(かれ)を趕(お)いて軟(やわ)らげ、後(うしろ)より打(う)ち出(いだ)さん」と。此(こ)の八戒(はっかい)身(み)を縦(ほしいまま)にして趕(お)い上(か)り、将(まさ)に鈀(は=熊手(くまで))を以(もっ)て便(すなわ)ち築(つ)かんとす。那(か)の怪物(かいぶつ)一(ひと)つの頭(かしら)を窟(あな)の裡(うち)に潜(もぐ)り込(こ)ませ、還(ま)た七八尺(しちはっせき)の長(なが)き尾巴(びは=尾(お))を外(そと)に残(のこ)して在(あ)り。八戒(はっかい)鈀(は)を放(おろ)し、一把(ひとつかみ)に撾(つか)んで道(い)う、「着(つ)けり! 着(つ)けり」と。力(ちから)を尽(つ)くして外(そと)へ向(むか)って乱(みだ)りに引(ひ)くも、一毫(いちごう=少(すこ)しも)も引(ひ)き動(うご)かすことを想(おも)うこと莫(なか)れ。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「呆子(ほうず)め! 彼(かれ)を放(はな)ちて入(い)らしめよ、自(おのずか)ら処置(しょち)有(あ)らん。此(か)くの如(ごと)く倒(さかしま)に蛇(へび)を引(ひ)くこと莫(なか)れ」と。八戒(はっかい)真(まこと)に箇(こ)手(て)を撒(はな)てば、那(か)の怪(かい)縮(ちぢ)み入(い)れり。八戒(はっかい)怨(うら)んで道(い)う、「才(さい=たった今(いま))手(て)を放(はな)たざりし時(とき)、半截子(はんせつし=半分(はんぶん))は已(すで)に是(こ)れ我等(われら)のものなりしに! 是(こ)の般(ごと)く縮(ちぢ)み了(おお)せなば、却(かえ)って怎(いか)でか彼(かれ)を出(いだ)すを得(え)ん。是(こ)れは是(こ)れ「蛇(へび)を弄(もてあそ)ぶこと無(な)し」と叫(よ)ばるるに非(あら)ずや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の奴(やつ)は身体(しんたい)狼犺(ろうこう)にして、窟穴(けっけつ=穴(あな))窄小(さくしょう=狭(せま))ければ、断然(だんぜん)として身(み)を転(めぐ)らすを得(え)ず。一定(きっと)是(こ)れ箇(ひと)の照直(しょうちょく=真(ま)っ直(す))ぐに攛(と)びる者(もの)にして、定(かなら)ず箇(ひと)の後門(こうもん=裏(うら)の出口(でぐち))の出頭(しゅっとう=頭(あたま)の出(で))る有(あ)り。汝(なんじ)快(すみや)か後門(こうもん)の外(そと)へ去(ゆ)きて攔(さえぎ)り住(とど)め、我(われ)の前門(ぜんもん)の外(そと)に在(あ)りて打(う)つを待(ま)て」と。那(か)の呆子(ほうず)真(まこと)に箇(こ)一溜烟(いちりゅうえん=一筋(ひとすじ)の煙(けむり)の如(ごと)く)、山(やま)を跑(はし)り過(す)ぎて去(ゆ)けば、果(はた)して箇(ひと)つの孔窟(こうくつ=穴(あな))有(あ)るを見(み)、彼(かれ)就(すなわ)ち脚(あし)を扎(すえ=踏(ふ)み)め定(さだ)む。還(ま)た曾(かつ)て站(た)ち穏(おだ)やかならざるに、不期(おもいがけず)も行者(ぎょうじゃ)が前門(ぜんもん)の外(そと)に在(あ)りて棍子(こんし)を使(つか)って裡(うち)へ向(むか)って一(ひと)たび搗(つ)けば、那(か)の怪物(かいぶつ)疼(いたみ)を護(まも)りて、径(ただ)ちに後門(こうもん)より攛(と)び出(い)づ。八戒(はっかい)未(いま)だ防備(ぼうび)を曾(かつ)てせざりしに、彼(かれ)が一(ひと)つの尾巴(びは=尾(お))に一(ひと)たび打(う)たれて跌(つまず)き、掙挫(そうざ=もが)き起(お)くること能(あた)わず、地(ち)の下(した)に睡(やす)みて疼(いたみ)を忍(しの)ぶ。行者(ぎょうじゃ)窟(くつ)の中(うち)に物(もの)無(な)きを見(み)、棍(こん)を搴(かか)げて、穿(つらぬ)き進(すす)みて妖怪(ようかい)を趕(お)えと叫(よ)ぶ。那(か)の八戒(はっかい)吆喝(ようかつ=呼(よ)ばわ)るを聴(き)き、自(みずか)ら害羞(はずかし)く、疼(いたみ)を忍(しの)んで爬(は)い起(お)き、鈀(は)を使(つか)いて乱(みだ)りに撲(う)つ。行者(ぎょうじゃ)見(み)て笑(わら)って道(い)う、「妖怪(ようかい)は走(はし)り去(さ)れり、汝(なんじ)還(ま)た甚(なん)のをか撲(う)つぞ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「老猪(ろうちょ)は此(ここ)に在(あ)りて草(くさ)を打(う)ちて蛇(へび)を驚(おどろ)かすなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「活(い)き呆子(ほうず)め! 快(すみや)か趕(お)い上(か)れ」と。 二(ふた)り澗(たに)を趕(お)い過(す)ぎて去(ゆ)けば、那(か)の怪(かい)の盤(めぐ)りて一(ひと)つの団(かたまり)と做(な)り、頭(あたま)を竪(た)て起(おこ)し、巨口(きょこう=大(おお)きき口(くち))を張(ひら)きて、八戒(はっかい)を吞(の)まんとせるを見(み)る。八戒(はっかい)慌(あわ)てて後(うしろ)へ便(すなわ)ち退(しりぞ)く。此(こ)の行者(ぎょうじゃ)反(かえっ)て迎(むか)い上前(じょうぜん)にせられ、彼(かれ)が一口(ひとくち)に之(これ)を吞(の)まる。 八戒(はっかい)胸(むね)を捶(う)ち脚(あし)を跌(ふ)みて大(おおい)に叫(よ)んで道(い)う、「哥(あに)よ! 汝(なんじ)を傾(たお)し了(おお)せるなり」と。行者(ぎょうじゃ)は妖精(ようせい)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)り、鉄棒(てつぼう)を支(つ)かえて道(い)う、「八戒(はっかい)愁(うれ)うるな、我(われ)彼(かれ)に箇(ひと)の橋児(きょうじ=橋(はし))を搭(か)けしめて汝(なんじ)に看(み)せん」と。那(か)の怪物(かいぶつ)腰(こし)を躬(くぐ)ませ起(おこ)せば、便(すなわ)ち一(ひと)つの条(すじ)の路東虹(ろとうこう=路(みち)の東(ひがし)に架(か)かる虹(にじ))の似(ごと)し。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ橋(はし)に象(かたど)れるは然(しか)れど、只(た)だ是(こ)れ人(ひと)の敢(あ)えて走(はし)る無(な)し」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)再(ま)た彼(かれ)に箇(ひと)の船児(せんじ=船(ふね))を変(へん)ぜしめて汝(なんじ)に看(み)せん」と。肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて鉄棒(てつぼう)を将(もっ)て肚皮(とひ=腹(はら)の皮(かわ))を撑(つ)き張(は)る。那(か)の怪物(かいぶつ)肚皮(とひ)を地(ち)に貼(は)り付(つ)け、頭(あたま)を翹(あ)げ起(おこ)せば、便(すなわ)ち一(ひと)つの隻(せき=艘(そう))の贛保船(かんほせん=赣(かん)の保(ほ)の船(ふね))の似(ごと)し。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ船(ふね)に象(かたど)れるは然(しか)れど、只(た)だ是(こ)れ桅篷(いほう=帆柱(ほばしら)と帆(ほ))有(あ)らず、好(よ)く風(かぜ)を使(つか)わず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)路(みち)を讓(ゆず)り開(ひら)け、我(われ)の彼(かれ)に箇(ひと)の風(かぜ)を使(つか)わしめて汝(なんじ)に看(み)せんを待(ま)て」と。又(また)其(そ)の裡(うち)に在(あ)りて力(ちから)を尽(つく)して鉄棒(てつぼう)を脊背(せきはい=背中(せなか))の上(うえ)より一(ひと)たび搠(つ)き将(も)ち出(いだ)せば、約(およそ)五七丈(ごしちじょう)の長(なが)さ有(あ)り、便(すなわ)ち一(ひと)つの根(ほこ)の桅杆(いかん=帆柱(ほばしら))の似(ごと)し。那(か)の奴(やつ)疼(いたみ)を忍(しの)び命(いのち)を掙(あが)き、前(まえ)へ一(ひと)たび攛(と)べば、風(かぜ)を使(つか)うよりも更(さら)に快(はや)く、旧路(きゅうろ=元(もと)の道(みち))を攛(と)び回(かえ)り、山(やま)を下(くだ)ること二十余里(にじゅうより)有(あ)りて、却(かえ)って才(はじ)めて塵埃(じんあい=土(つち))の裡(うち)に倒(たお)れ、動(うご)き盪(ゆ)るること得(え)ずして、嗚呼(うこ=ああ)として喪(うしな)われたり。八戒(はっかい)後(うしろ)に随(したが)って趕(お)い上(か)り来(きた)り、又(また)鈀(は)を挙(あ)げて乱(みだ)りに築(つ)く。行者(ぎょうじゃ)那(か)の物(もの)を把(と)って一(ひと)つの大(おお)いなる洞(あな)を穿(うが)ち、鑽(もぐ)り将(も)ち出(い)でて道(い)う、「呆子(ほうず)め! 彼(かれ)死(し)するも也(また)死(し)したり、汝(なんじ)還(ま)た彼(かれ)を築(つ)いて怎(なん)ぞや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あに)よ、汝(なんじ)知(し)らずや我(わ)が老猪(ろうちょ)は一生(いっしょう)好(この)んで死蛇(しだ=死(し)んだ蛇(へび))を打(う)つことを」と。遂(つい)に此(ここ)に兵器(へいき)を収(おさ)め、尾巴(びは=尾(お))を抓(つか)み、倒(さかしま)に拉(ひ)き将(も)ち来(きた)る。 却(さ)て説(と)く、那(か)の駝羅荘(だらそう)の上(うえ)の李老児(りろうじ)と衆等(しゅうとう)とは唐僧(とうそう)に対(たい)して道(い)う、「汝(なんじ)が那(か)の二(ふた)りの徒弟(とてい)、一(ひと)つの夜(よる)回(かえ)らざれば、断然(だんぜん)として命(いのち)を傾(たお)し了(おお)せるなり」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「決(けっ)して妨(さまた)げること無(な)し、我等(われら)出(い)で去(ゆ)きて看(み)ん」と。須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))の間(あいだ)に、只(た)だ見(み)る、行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)と一(ひと)つの条(すじ)の大蟒(だいもう)を拖(ひ)きて、吆吆喝喝(ようようかつかつ=喚(わめ))きつつ前(まえ)に来(きた)るを。衆人(しゅうじん)却(かえ)って才(はじ)めて歓喜(かんき)す。満荘(まんそう)の上(うえ)の老幼(ろうよう=老(お)いも若(わか)きも)男女(だんじょ)都(すべ)て来(きた)りて跪拝(きはい=ひざまずき拝(おが))して道(い)う、「爺爺(やや)! 正(まさ)に是(こ)れ此(こ)の妖精(ようせい)の、此(ここ)に在(あ)りて人(ひと)を傷(きずつ)くるなり。今(いま)幸(さいわ)いに老爺(ろうや)の法(ほう)を施(ほどこ)し、怪(かい)を斬(き)り邪(じゃ)を除(のぞ)き給(たま)いて、我(われ)が輩(ともがら)各(おのおの)安生(あんせい=安(やす)らかに生(い))きるを得(う)るなり」と。衆家(しゅか=どの家(いえ)も)都(すべ)て是(こ)れ感激(かんげき)し、東(ひがし)に請(しょう)じ西(にし)に邀(むか)え、各各(おのおの)酬謝(しゅうしゃ=礼(れい)を返(かえ))す。師徒(しと)たち留(とど)め住(お)かれて五(ご)六(ろく)七日(しちにち)、苦(くるし)く辞(じ)するも奈何(いかん)ともしがたく、方(はじ)めて肯(がえん)じて放(はな)ち行(ゆ)かしむ。又(また)各家(かっか)は彼等(かれら)の銭物(せんぶつ=金品(きんぴん))を要(もと)めざるを見(み)、都(すべ)て些(いささ)かの乾糧(かんりょう=干(ほ)し飯(めし))・果品(かひん)を弁(べん)じ、驢(ろば)に騎(の)り馬(うま)に圧(お)し、花紅(かこう=花(はな)と紅布(あかぬの))彩旗(さいき=色(いろ)とりどりの旗(はた))にて、尽(ことごと)く来(きた)りて餞行(せんこう=送別(そうべつ))す。此(こ)の処(ところ)の五百(ごひゃく)の人家(じんか)に、到(いた)って七八百人(しちはっぴゃくにん)の相送(そうそう=見送(みおく))り有(あ)り。 一路上(いちろじょう)喜喜歓歓(ききかんかん=喜(よろこ)び勇(いさ))み、時(とき)ならずして七絶山(しちぜつさん)稀柿衕(きしどう)の口(くち)に到(いた)る。三蔵(さんぞう)那(か)の般(ごと)きの悪穢(あくわい=酷(ひど)き汚(けが)れ)を聞(き)き、又(また)路道(ろどう=道(みち))の填塞(てんそく=塞(ふさ)が)るるを見(み)て、道(い)う、「悟空(ごくう)、此(か)くの如(ごと)くんば怎(いか)でか生(いき)て度(わた)るを得(え)ん」と。行者(ぎょうじゃ)鼻(はな)を捂(おお)いて道(い)う、「此(こ)の箇(こ)は却(かえ)って難(かた)しなり」と。三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)の難(かた)しと説(と)くを見(み)、便(すなわ)ち就(すなわ)ち眼(めん)の中(うち)に涙(なみだ)を垂(た)る。李老児(りろうじ)と衆(しゅう)と上前(じょうぜん)に道(い)う、「老爺(ろうや)心(こころ)を焦(こが)すを得(う)ること勿(なか)れ。我等(われら)此(ここ)に送(おく)り到(いた)れるは、都(すべ)て已(すで)に意思(いし=考(かんが)え)を約(やく)し定(さだ)めたり。汝(なんじ)が高徒(こうと)の我等(われら)と妖精(ようせい)を降(くだ)し、一(ひと)つの荘(むら)の禍害(かがい)を除(のぞ)き給(たま)いしなれば、我等(われら)各(おのおの)虔心(けんしん=敬(うやま)う心(こころ))を弁(べん)じ、別(べつ)に一(ひと)つの条(すじ)の好(よ)き路(みち)を開(ひら)きて、老爺(ろうや)を送(おく)りて過(す)ぎ去(ゆ)かしめん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の老児(ろうじ)、俱(とも)に之(これ)を言(い)うこと欠当(けっとう=不適当(ふてきとう))なり。汝(なんじ)初(はじ)めに然(しか)く此(こ)の山(やま)の径過(けいか)に八百里(はっぴゃくり)有(あ)りと説(と)きしが、汝等(なんだち)又(また)是(こ)れ大禹(だいう)の神兵(しんぺい)ならず、那(いずこ)に会(え)して山(やま)を開(ひら)き路(みち)を鑿(うが)たんや! 若(も)し我(わ)が師父(しふ)を過(す)ぎ去(ゆ)かしめんと欲(ほっ)せば、還(ま)た我等(われら)の力(ちから)を著(つ)くるを須(ま)つべく、汝等(なんだち)は都(すべ)て成(な)ることを得(え)ず」と。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)りて道(い)う、「悟空(ごくう)、怎(いか)でか力(ちから)を著(つ)くべきや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「眼下(がんか=今(いま)すぐ)に就(すなわ)ち山(やま)を過(す)ぎんとせば、却(かえ)って也(また)是(こ)れ難(かた)く、若(も)し再(ま)た条(すじ)の路(みち)を開(ひら)かんと説(と)かば、又(また)難(かた)しなり。須(すべから)く是(こ)れ還(ま)た旧(きゅう)の胡同(こうず=小路(こうじ))より過(す)ぎ去(ゆ)くべけれど、只(た)だ恐(おそ)らくは人(ひと)の飯(めし)を管(つかさど)る無(な)からんことを」と。李老児(りろうじ)道(い)う、「長老(ちょうろう)何処(いずこ)の話(はなし)をか説(と)くや! 憑(よ)りて汝(なんじ)ら四人(よにん)の幾(いく)らの時(とき)を担擱(たんかく=滞在(たいざい))するも、我等(われら)俱(とも)に養(やしな)い起(おこ)すを得(う)るに、怎(いか)でか人(ひと)の飯(めし)を管(つかさど)る無(な)しと説(い)わんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、汝等(なんだち)去(ゆ)きて両石(りょうこく=二(ふた)つの石(こく))の米(こめ)の乾飯(かんぱん=干(ほ)し飯(めし))を弁(べん)じ得(え)、再(ま)た些(いささ)かの蒸餅(じょうへい=蒸(む)し餅(もち))・饃饃(まんとう=饅頭(まんじゅう))を作(つく)り来(きた)らしめよ。我(わ)が那(か)の長嘴(ちょうし=長(なが)き嘴(くちばし))の和尚(おしょう)の飽(あ)き食(くら)いて、大猪(だいちょ=大(おお)きき豚(ぶた))に変(へん)じ、旧(きゅう)の路(みち)を拱(ほじ)り開(ひら)き、我(わ)が師父(しふ)の馬(うま)に騎(の)りたるに、我等(われら)扶持(ふじ=支(ささ))えて、管情(かんじょう=きっと)も過(す)ぎ去(ゆ)かん」と。八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「哥哥(あに)よ、汝等(なんだち)は都(すべ)て箇(ひと)の干浄(かんじょう=清潔(せいけつ))を図(はか)らんと欲(ほっ)すれど、怎(いか)でか独(ひと)り老猪(ろうちょ)のみをして臭(しゅう=臭(くさ)き仕事(しごと))を出(いだ)さしむるや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「悟能(ごのう)よ、汝(なんじ)果(はた)して本事(ほんじ)有(あ)りて胡同(こうず)を拱(ほじ)り開(ひら)き、我(われ)を領(ひき)いて山(やま)を過(す)がば、汝(なんじ)に此(こ)の場(ば)の頭功(とうこう=一番(いちばん)の手柄(てがら))を注(しる)さん」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)の在上(ざいじょう=御前(ごぜん))、列位(れっい)の施主(せしゅ)たちも都(すべ)て此(ここ)に在(あ)るに、笑(わら)い話(はな)すこと休(や)めよ。我(わ)が老猪(ろうちょ)は本来(ほんらい)三十六般(さんじゅうろくはん)の変化(へんげ)有(あ)れど、若(も)し軽巧(けいこう)華麗(かれい)飛騰(ひとう=飛(と)び騰(のぼ))の物(もの)に変(へん)ずると説(と)かば、委実(いじつ=実(じつ)に)能(あた)わず。若(も)し山(やま)に変(へん)じ、樹(き)に変(へん)じ、石塊(せっかい=石(いし)のかたまり)に変(へん)じ、土墩(どとん=土(つち)の塚(つか))に変(へん)じ、癩象(らいぞう=大(おお)きき象(ぞう))・科猪(かちょ=子(こ)豚(ぶた))・水牛(すいぎゅう)・駱駝(らくだ)に変(へん)ずると説(と)かば、真(まこと)に箇(こ)に皆(みな)会(え)す。只(た)だ是(こ)れ身体(しんたい)の変(へん)じて大(おお)いなるに、肚腸(とちょう=腹(はら)の腸(はらわた))愈々(いよいよ)大(おお)いなれば、須(すべから)く是(こ)れ飽(あ)き食(くら)いて、才(はじ)めて好(よ)く事(こと)を幹(や)るべし」と。衆人(しゅうじん)道(い)う、「東西(もの)有(あ)り! 東西(もの)有(あ)り! 我等(われら)都(すべ)て乾糧(かんりょう)・果品(かひん)・焼餅(しょうへい)・餶飿(こっとん=饅頭(まんじゅう)の類(たぐい))の此(ここ)に在(あ)るを帯(たい)し得(え)たり。元(もと)山(やま)を開(ひら)きて相送(そうそう)らんとす。且(しばら)く都(すべ)て拿(と)り出(いだ)して、憑(よ)りて汝(なんじ)の用(もち)いに受(う)けしめん。変化(へんげ)して、行動(こうどう)するの時(とき)を待(ま)ちて、我等(われら)再(ま)た人(ひと)を著(つか)わして回(かえ)り去(ゆ)きて飯(めし)を作(つく)り送(おく)り来(きた)らしめん」と。八戒(はっかい)満心(まんしん)歓喜(かんき)し、皂直裰(そうじっとく=黒(くろ)き袍(ほう))を脱(ぬ)ぎ、九歯鈀(きゅうしは=九(ここの)つの歯(は)ある熊手(くまで))を放(おろ)し、衆(しゅう)に対(たい)して道(い)う、「笑(わら)い話(はな)すこと休(や)めよ、老猪(ろうちょ)が此(こ)の場(ば)の臭功(しゅうこう=臭(くさ)き手柄(てがら))を幹(や)るを看(み)よ」と。 好(よ)き呆子(ほうず)かな、訣(けつ=呪文(じゅもん))を捻(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)って一(ひと)たび変(へん)じ、果(はた)して変(へん)じて一(ひと)つの大猪(だいちょ=大(おお)きき豚(ぶた))と做(な)る。真(まこと)に箇(こ)是(こ)れ、 嘴(くちばし)長(なが)く毛(け)短(みじか)く半脂膘(はんしひょう=半分(はんぶん)は脂身(あぶらみ))。 自幼(じゆう)山(やま)の中(うち)に薬苗(やくびょう=薬草(やくそう))を食(くら)う。 黒面(こくめん=黒(くろ)き顔(かお))環睛(かんせい=丸(まる)き眼(まなこ))は日月(じつげつ)の如(ごと)く、円頭(えんとう=丸(まる)き頭(あたま))大耳(だいじ=大(おお)きき耳(みみ))は芭蕉(ばしょう)に似(に)たり。 修(おさ)め成(な)れる堅骨(けんこつ=堅(かた)き骨(ほね))は天寿(てんじゅ)と同(おな)じく、煉(ね)り就(な)せる粗皮(そひ=厚(あつ)き皮(かわ))は鉄牢(てつろう=鉄(てつの牢(ろう))に比(くら)べし。 齆齆(おうおう=鼻(はな)の詰(つま)りし音(おと))として鼻音(びおん)呱詁(こかつ=ぶうぶう)と叫(よ)び、喳喳(ささ=がやがや)として喉(のど)響(ひび)き噴喁哮(ふんぐうこう=むしゃむしゃ哮(たけ))る。 白蹄(はくてい=白(しろ)き蹄(ひづめ))四隻(しせき=四本(よんほん))高(たか)きこと千尺(せんせき)、剣鬣(けんりょう=剣(けん)の如(ごと)き鬣(たてがみ))長身(ちょうしん=長(なが)き身(み))百丈(ひゃくじょう)に饒(あま)り。 人間(にんげん)の肥豕彘(ひしき=肥(こ)えたる豚(ぶた))のを見(み)るより、未(いま)だ今日(こんにち)の老猪魈(ろうちょしょう=老猪(ろうちょ)の妖怪(ようかい))を観(み)ず。 唐僧(とうそう)等(とう)の衆(しゅう)斉(ひとし)く称賛(しょうさん)し、天蓬(てんぽう)の法力(ほうりき)の高(たか)きを羡(うらや)み美(ほ)めたり。 孫行者(そんぎょうじゃ)八戒(はっかい)の此(か)くの如(ごと)くに変(へん)じたるを見(み)、即(すなわ)ち那(か)の些(これら)の相送(そうそう)の人等(じんとう)に命(めい)じて、快(すみや)か乾糧(かんりょう)等の物(もの)を将(もっ)て一処(いっしょ)に推(おし)せ集(あつ)め、八戒(はっかい)をして用(もち)いに受(う)けしむ。那(か)の呆子(ほうず)生熟(せいじゅく=生(なま)と熟(じゅく))を分(わか)たず、一(ひと)つの澇(ろう=がつがつ)に之(これ)を食(くら)い、却(かえ)って上前(じょうぜん)に路(みち)を拱(ほじ)る。行者(ぎょうじゃ)沙僧(しゃそう)をして脚(あし)を脱(ぬ)がしめ、好(よ)く生(いき)て担(に)を挑(にな)わせ、師父(しふ)を請(しょう)じて雕鞍(ちょうあん=飾(かざ)り鞍(くら))に穏(おだ)やかに坐(ざ)せしめ、彼(かれ)也(また)靴(くつ)と鞋(わらじ)とを脱(ぬ)ぎ、衆人(しゅうじん)に吩咐(ふんぷ=言(い)い含(ふく))めて回(かえ)らしむ、「若(も)し情(じょう=恩(おん))有(あ)らば、快(すみや)か早(はや)く些(いささ)かの飯(めし)を送(おく)り来(きた)りて我(わ)が師弟(してい)の接力(せつりき=力(ちから)を継(つ))がしめよ」と。那(か)の些(これら)の人(ひと)に七八百(しちはっぴゃく)の相送(そうそう)の随行(ずいこう)有(あ)り、多(おお)くは一半(いっぱん=半分(はんぶん))に騾馬(らば)の有(あ)る者(もの)は、飛星(ひせい=星(ほし)を飛(と)ばすが如(ごとく))に荘(むら)に回(かえ)りて飯(めし)を作(つく)り、還(ま)た三百人(さんびゃくにん)の歩行(ふこう=歩(ある))く者(もの)有(あ)りて、山(やま)の下(もと)に立(た)ちて遥(はる)かに他(かれ)らの行(ゆ)くを望(のぞ)む。元来(もと)此(こ)の荘(むら)より山(やま)へ至(いた)ること三十余里(さんじゅうより)有(あ)り、飯(めし)を取りに回(かえ)るを待(ま)つに又(また)三十余里(さんじゅうより)、往回(おうかい)の担擱(たんかく=滞(とどこお))り、約(およそ)百里(ひゃくり)の遥(はる)けき有(あ)るに、他(かれ)ら師徒(しと)たちは已(すで)に此(ここ)に去(ゆ)くこと遠(とお)し。衆人(しゅうじん)捨(す)てず、騾馬(らば)を催趲(さいさん=急(いそが))しめて胡同(こうず)に進(すす)み、連夜(れんや)に趕(お)い至(いた)りて、次日(よくじつ=翌日(よくじつ))に方(はじ)めて才(はじ)めて趕(お)い上(か)り、叫(よ)んで道(い)う、「経(きょう)を取(と)るの老爺(ろうや)、慢(おそ)し慢(おそ)し! 我等(われら)飯(めし)を送(おく)り来(きた)れるなり」と。長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)き、謝(しゃ)するに尽(つく)すべからずして道(い)う、「真(まこと)に是(こ)れ善信(ぜんしん=信仰(しんこう)篤(あつ)き)の人(ひと)なり」と。八戒(はっかい)をして住(とど)まらしめ、再(ま)た些(いささ)かの飯食(はんしょく)を食(くら)いて神(しん=気力(きりょく))を壮(さか)んならしむ。那(か)の呆子(ほうず)拱(ほじ)ること両日(りょうにち)にして、正(まさ)に飢餓(きが)の際(さい)に在(あ)り。那(か)の許多(あまた)の人(ひと)は何(なん)ぞ七(しち)八石(はっこく)の飯食(はんしょく)有(あ)るを止(とど)めんや。彼(かれ)也(また)米飯(べいはん)・麺飯(めんはん)を論(あげつら)わず、収(おさ)め積(つ)み来(きた)りて一(ひと)つの澇(ろう)に之(これ)を用(もち)い、飽(ほう)に餐(くら)うこと一頓(ひとくぎり)、却(かえ)って又(また)上前(じょうぜん)に路(みち)を拱(ほじ)る。三蔵(さんぞう)と行者(ぎょうじゃ)・沙僧(しゃそう)と衆人(しゅうじん)に謝(しゃ)し、手(て)を分(わか)ち両(ふた)つに別(わか)る。正(まさ)に是(こ)れ、 駝羅荘(だらそう)の客(きゃく)は家(いえ)に回(かえ)り去(ゆ)き、八戒(はっかい)山(やま)を開(ひら)いて衕(どう)を過(す)ぎ来(きた)る。 三蔵(さんぞう)心(こころ)誠(まこと)なれば神力(しんりき)擁(よう=支(ささ))え、悟空(ごくう)法(ほう)顕(あらわ)れて怪魔(かいま)衰(おとろ)う。 千年(せんねん)の稀柿(きし)今朝(こんちょう)浄(きよ)く、七絶(しちぜつ)の胡同(こうず)此(こ)の日(ひ)開(ひら)く。 六欲(ろくよく)塵情(じんじょう=俗(ぞく)の情(じょう))皆(みな)剪絶(せんぜつ=断(た)ち絶(た))え、平安(へいあん)無阻(むそ=妨(さまた)げ無(な))く蓮台(れんだい)を拝(はい)す。 此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)きて還(ま)た幾(いく)らの路程(ろてい=道(みち)のり)有(あ)るかを知(し)らず、還(ま)た甚(なん)の妖怪(ようかい)に遇(あ)うか、且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第六十八回 朱紫国(ししこく)に唐僧(とうそう)前世(ぜんせ)を論(ろん)じ 孫行者(そんぎょうじゃ)施為(せいい)して三折肱(さんせっこう)を為(な)す 善正(ぜんしょう)なれば万縁(ばんえん)収(おさ)まり、名誉(めいよ)伝(つた)わり揚(あ)がる四部洲(しぶしゅう)。 智慧(ちえ)光明(こうみょう)彼岸(ひがん)に登(のぼ)る、飕飕(しゅうしゅう=風(かぜ)の音(おと))、靉靉(あいあい=雲(くも)の湧(わ)き立(た)つさま)として雲(くも)天際(てんさい=空(そら)の果(は)て)の頭(ほとり)に生(しょう)ず。 諸仏(しょぶつ)共(とも)に相(あい)酬(むく)い、永(なが)く瑶台(ようだい)に住(す)むこと万万秋(ばんばんしゅう=幾万(いくまん)の秋(あき))。 人間(にんげん)の蝴蝶夢(こちょうむ=胡蝶(こちょう)の夢(ゆめ))を打(う)ち破(やぶ)り、休休(きゅうきゅう=やめよやめよ)、塵氛(じんぷん=俗世(ぞくせ)の穢(けが)れ)を滌(あら)い浄(きよ)めて愁(うれい)を惹(ひ)かず。 話(かく)かた三蔵(さんぞう)師徒(しと)、汚穢(おわい)の胡同(こうず)を洗(あら)い、逍遥(しょうよう)の道路(どうろ)に上(のぼ)る。光陰(こういん)迅速(じんそく)にして、又(また)炎天(えんてん=暑(あつ)き夏(なつ))に値(あた)る。正(まさ)に是(こ)れ、 海榴(かいりゅう=海(うみ)の石榴(ざくろ))は錦弾(きんだん=錦(にしき)の弾(たま))を舒(の)べ、荷葉(かよう=蓮(はす)の葉(は))は青盤(せいばん=青(あお)き皿(さら))を綻(はじ)く。 両路(りょうろ=両側(りょうがわ))の緑楊(りょくよう=緑(みどり)の柳(やなぎ))に乳燕(にゅうえん=雛(ひな)の燕(つばめ))を蔵(かく)し、行人(こうじん=旅人(たびびと))暑(しょ)を避(さ)けて扇(おうぎ)を揺(ゆ)らし綺(き=薄絹(うすぎぬ)の袴(はかま))を動(うご)かす。 前(まえ)へ進(すす)み行(ゆ)く処(ところ)、忽(たちま)ち一(ひと)つの城池(じょうち=城(しろ)と堀(ほり))の相近(あいちか)づけるを見(み)る。三蔵(さんぞう)馬(うま)を勒(たづな)めて叫(よ)ぶ、「徒弟(とてい)たちよ、汝等(なんだち)看(み)よ那(あ)れは是(こ)れ甚(なん)の去処(ところ)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)は元来(もと)字(じ)を識(し)らず、虧(あやま)って汝(なんじ)怎(いか)でか唐王(とうおう)の旨意(しい)を領(りょう)して朝(ちょう)を離(はな)れしや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「我(われ)自幼(じゆう=幼(おさな)きより)僧(そう)と為(な)りて、千経万典(せんけいばんてん)皆(みな)通(つう)ず。怎(いか)でか我(われ)の字(じ)を識(し)らずと説(い)うや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に字(じ)を識(し)らば、怎(いか)でか那(か)の城頭(じょうとう=城壁(じょうへき)の上(うえ))の杏黄旗(きょうこうき=杏(あんず)色(いろ)の旗(はた))に、明(あき)らかに三(みっ)つの箇(こ)の大字(だいじ)を書(か)けるを、就(すなわ)ち認(みと)め得(え)ずして、却(かえ)って是(こ)れ甚(なん)の去処(ところ)ぞと問(と)うは何(なん)ぞや」と。三蔵(さんぞう)喝(かつ)して道(い)う、「此(こ)の潑猴(はつこう=暴(あば)れ猿(さる))め胡説(こせつ=でたらめ)を言(い)う! 那(か)の旗(はた)は風(かぜ)に吹(ふ)かれて乱(みだ)りに擺(ゆ)るる、縦(たと)い字(じ)有(あ)るも也(また)看(み)て明白(めいはく)ならず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「老孫(ろうそん)偏(ひとえ)に怎(いか)でか看(み)えしや」と。八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)道(い)う、「師父(しふ)、師兄(しけい)の搗鬼(とうき=たわごと)を聴(き)くこと莫(なか)れ。此(か)くの般(ごと)く遥(はる)かに望(のぞ)むに、城池(じょうち)尚(なお)明白(めいはく)ならず、如何(いか)でか就(すなわ)ち是(こ)れ甚(なん)の字号(じごう=文字(もじ))なるを見(み)んや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「却(かえ)って是(こ)れ朱紫国(ししこく)の三字(さんじ)ならずや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「朱紫国(ししこく)は必(かなら)ず是(こ)れ西邦(せいほう=西(にし)の国(くに))の王位(おうい)なれば、却(かえ)って関文(かんぶん=通行証(つうこうしょう))を倒換(とうかん=書(か)き換(か))えんことを要(よう)す」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「講(こう=論(あげつら))ずるを消(け)さず」と。 多(あま)たの時(とき)ならずして、城門(じょうもん)に至(いた)りて馬(うま)を下(お)り橋(はし)を過(わた)り、進(すす)んで三層門(さんそうもん)の裡(うち)に入(い)れば、真(まこと)に箇(こ)好(よ)き箇(こ)の皇州(こうしゅう=帝都(ていと))なり! 但(た)だ見(み)る、門楼(もんろう)高(たか)く聳(そび)え、垜迭(だじゅう=胸壁(むなかべ))斉(ひとし)く排(なら)ぶ。 周囲(しゅうい)に活水(かっすい=流(なが)れる水(みず))通流(つうる)し、南北(なんぼく)に高山(こうざん)相対(あいたい)す。 六街三市(ろくがいさんし=大通(おおどお)りと市場(いちば))に貨資(かし=商品(しょうひん))多(おお)く、万戸千家(ばんこせんか=幾万(いくまん)の家(いえ))に生意(せいい=商(あきな)い)盛(さか)んなり。 果(はた)して是(こ)れ箇(こ)の帝王(ていおう)都会(とかい)の処(ところ)、天府(てんふ)大京城(だいけいじょう)なり。 絶域(ぜついき=遠(とお)き地(ち))より梯航(ていこう=山(やま)を越(こ)え海(うみ)を渡(わた))り至(いた)り、遐方(かほう=遠(とお)き国(くに))より玉帛(ぎょくはく=貢物(みつぎもの))盈(み)つ。 形勝(けいしょう=地形(ちけい)の勝(すぐ)れ)は山(やま)に連(つら)なりて遠(とお)く、宮垣(きゅうえん=宮(みや)の塀(へい))は漢(かん=天(あま)の川(がわ))に接(せっ)して清(きよ)し。 三関(さんかん)厳(きびし)く鎖鑰(さやく=錠前(じょうまえ)と鍵(かぎ))、万古(ばんこ)に升平(しょうへい=泰平(たいへい))を楽しむ。 師徒(しと)たち那(か)の大街市(だいがいし=大通(おおどお)り)の上(うえ)を在(あ)りて行(ゆ)く時(とき)、但(た)だ見(み)る、人物(じんぶつ)軒昂(けんこう=立派(りっぱ))に、衣冠(いかん)斉(ひとし)く整(ととの)い、言語(げんご)清朗(せいろう=爽(さわ)やか)にして、真(まこと)に大唐(だいとう)の世界(せかい)に亜(つ)がざるなり。那(か)の両辺(りょうへん)の買(か)いを做(な)し売(う)りを做(な)す者(もの)、忽(たちま)ち猪八戒(ちょはっかい)の相貌(そうぼう)の醜陋(しゅうろう)、沙和尚(しゃおしょう)の面(おもて)黒(くろ)く身(み)長(なが)き、孫行者(そんぎょうじゃ)の臉(かお)に毛(け)有(あ)り額(ひたい)廓(かく=張(は))りたるを見(み)、売買(ばいばい)を棄(す)てて、都(すべ)て来(きた)りて争(あらそ)いて看(み)る。三蔵(さんぞう)只(た)だ叫(よ)ぶ、「禍(わざわい)を撞(ひ)き起(おこ)すこと莫(なか)れ! 頭(あたま)を低(た)れて走(はし)れ」と。 八戒(はっかい)遵依(じゅんい=従(したが))い、箇(こ)の蓮蓬嘴(れんぽうし=蓮(はす)の実(み)の如(ごと)き嘴(くちばし))を把(と)って懐(ふところ)の裡(うち)に揣(いだ)き、沙僧(しゃそう)敢(あ)えて仰(あお)ぎ視(み)ず、惟(た)だ行者(ぎょうじゃ)のみ東(ひがし)を張(は)り西(にし)を望(のぞ)みて緊(きつ)と唐僧(とうそう)の左右(さゆう)に随(したが)う。那(か)の些(これら)の事(こと)を知(し)れる人(ひと)は、看(み)る児(しばらく)して就(すなわ)ち回(かえ)り去(ゆ)く。那(か)の游手好閑(ゆうしゅこうかん=ぶらぶらし立(た)ち)の有(あ)り、并(なら)びに那(か)の頑童(がんどう=いたずら小僧(こぞう))たちは、烘烘(こうこう=わいわい)と笑(わら)い笑(わら)い、都(すべ)て上前(じょうぜん)に瓦(かわら)を抛(な)げ磚(れんが)を投(な)げて、八戒(はっかい)と作戯(さくぎ=戯(たわむ))れす。唐僧(とうそう)一(ひと)つの把(つかみ)の汗(あせ)を捏(ひね)りて、只(た)だ教(おし)う、「事(こと)を生(しょう)ずること莫(なか)れ」と。那(か)の呆子(ほうず)敢(あ)えて頭(あたま)を挙(あ)げず。 多(あま)たの時(とき)ならずして、隅頭(ぐうとう=角(かど))を転(まわ)り過(す)ぎ、忽(たちま)ち一(ひと)つの座(ざ)の門牆(もんしょう=門(もん)と塀(へい))の、上(うえ)に会同館(かいどうかん)の三字(さんじ)有(あ)るを見(み)る。唐僧(とうそう)道(い)う、「徒弟(とてい)よ、我等(われら)此(こ)の衙門(がもん=役所(やくしょ))に進(すす)み去(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「進(すす)み去(ゆ)きて怎(なん)ぞや」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「会同館(かいどうかん)は乃(すなわ)ち天下(てんか)の通会通同(つうかいつうどう=集(あつ)まり通(つう)じ合(あ))うの所(ところ)なれば、我等(われら)も也(また)打撹(だきょう=邪魔(じゃま))するを得(う)る。且(しばら)く裡(うち)の面(めん)に到(いた)りて歇(やす)み下(おろ)さん。 我(われ)の駕(が)に見(まみ)え、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し了(おお)えしを待(ま)ちて、再(ま)た趕(いそ)いで城(しろ)を出(い)でて路(みち)を走(はし)らん」と。八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、嘴(くちばし)を掣(ひっさ)げ出(いだ)して、那(か)の些(これら)の随(したが)いて看(み)る人(ひと)を唬(おどろ)かし倒(たお)すこと数十個(すうじゅうこ)、彼(かれ)上前(じょうぜん)に道(い)う、「師父(しふ)の説(と)けるは是(ただ)し。我等(われら)且(しばら)く裡辺(うち)へ到(いた)りて蔵(かく)れ下(おろ)し、此(こ)の伙(くみ)の鳥人(ちょうじん=けだものめら)の吵嚷(そうじょう=騒(さわ)ぎ立(た))つるを免(まぬか)れん」と。遂(つい)に館(かん)に進(すす)み去(ゆ)けば、那(か)の些(これら)の人(ひと)方(はじ)めて漸漸(ぜんぜん)として而(しか)く退(しりぞ)く。 却(さ)て説(と)く、那(か)の館(かん)の中(うち)に二(ふた)りの館使(かんし=館(かん)の役人(やくにん))有(あ)り、乃(すなわ)ち是(こ)れ一(ひと)りの正(せい)と一(ひと)りの副(ふく)と、都(すべ)て庁(ちょう=広間(ひろま))の上(うえ)に在(あ)りて人夫(にんぷ)を査点(さてん=点検(てんけん))し、那(いずこ)へ往(ゆ)きて官(かん)を接(むか)えんとす。忽(たちま)ち唐僧(とうそう)の来(きた)り到(いた)るを見(み)、箇箇(かくかく=めいめい)心(こころ)驚(おどろ)き、斉(ひとし)く道(い)う、「是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)ぞ、是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)ぞ、那(いずこ)へか往(ゆ)きて走(はし)る」と。三蔵(さんぞう)掌(てのひら)を合(あわ)せて道(い)う、「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土(とうど)大唐(だいとう)の駕下(がか=御代(みよ))より、西天(せいてん)へ経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされし者(もの)なり。今(いま)宝方(ほうほう=貴地(きち))に到(いた)り、敢(あ)えて私(ひそか)に過(す)ぎず、関文(かんぶん)の倒験(とうけん=調(しら)べ改(あらた))めて放行(ほうこう=通(とお))さんことを欲(ほっ)する有(あ)れば、権(かり)に高衙(こうが=貴(とうと)きお役所(やくしょ))を借(か)りて暫(しばら)く歇(やす)まん」と。那(か)の二(ふた)りの館使(かんし)言(げん)を聴(き)き、左右(さゆう)を屏(しりぞ)けしめ、一(ひと)り一(ひと)り冠(かんむり)を整(ととの)え帯(おび)を束(つか)ね、庁(ちょう)を下(お)りて迎(むか)え上(あ)がりて相見(しょうけん)し、即(すなわ)ち客房(きゃくぼう=客間(きゃくま))を掃(は)き除(のぞ)いて安歇(あんけつ=休(やす))ましむるを命(めい)じ、清素(せいそ=精進(しょうじん))の支応(しおう=供応(きょうおう))を弁(べん)ぜしむ。三蔵(さんぞう)謝(しゃ)す。二官(にかん=二人(ふたり)の役人(やくにん))人夫(にんぷ)を帯領(たいりょう)し、庁(ちょう)を出(い)でて去(ゆ)く。手下(しゅか)の人(ひと)老爺(ろうや)を請(しょう)じて客房(きゃくぼう)に安歇(あんけつ)せしむ。三蔵(さんぞう)便(すなわ)ち走(はし)らんとするに、行者(ぎょうじゃ)恨(うら)んで道(い)う、「此(こ)の奴(やつ)め憊懶(はいらん=不埒(ふらち))なり! 怎(いか)でか老孫(ろうそん)を正庁(せいちょう=表(おもて)の間(ま))に在(あ)らしめざるや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「彼等(かれら)が此(ここ)は我(わ)が大唐(だいとう)の管属(かんぞく=管轄(かんかつ))に服(ふく)せず、又(また)我(わ)が国(くに)と相連(あいつら)ならず、況(いわん)や時(とき)を時(とき)ならず又(また)上司(じょうし)の過客(かかく=通(とお)りすがりの客(きゃく))の往来(おうらい)有(あ)れば、故(ゆえ)に以(もっ)て好(よ)く此(ここ)に留(とど)めて相待(あいま)つべからず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、我(われ)偏(ひとえ)に彼(かれ)をして相待(あいま)たしめん」と。 正(まさ)に説(と)く処(ところ)、事(こと)を管(つかさど)る者(もの)の支応(しおう)を送(おく)り来(きた)る。乃(すなわ)ち是(こ)れ一(ひと)つの盤(ばん=皿(さら))の白米(はくまい)、一(ひと)つの盤(ばん)の白面(はくめん=小麦粉(こむぎこ))、兩把(りょうは=二(ふた)つかみ)の青菜(せいさい)、四(よっ)つの塊(かたまり)の豆腐(とうふ)、二(ふた)つの麺筋(めんきん)、一(ひと)つの盤(ばん)の乾筍(かんじゅん=干(ほ)し筍(たけのこ))、一(ひと)つの盤(ばん)の木耳(もくじ=きくらげ)なり。三蔵(さんぞう)徒弟(とてい)に収(おさ)めしめ、事(こと)を管(つかさど)る者(もの)に謝(しゃ)す。事(こと)を管(つかさど)る者(もの)道(い)う、「西房(せいぼう=西(にし)の部屋(へや))の裡(うち)に干浄(かんじょう=清潔(せいけつ))なる鍋竈(かまど)有(あ)り、柴火(さいか=薪(たきぎ))方便(ほうべん=手軽(てがる))なり。請(こ)い自(みずか)ら去(ゆ)きて飯(めし)を作(つく)れ」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)に一声(ひとこえ)問(と)わん、国王(こくおう)は殿(でん)の上(うえ)に在(ましま)すか」と。 事(こと)を管(つかさど)る者(もの)道(い)う、「我(わ)が万歳爺爺(ばんぜいやや=わが君(きみ))は久(ひさ)しく朝(ちょう)に上(のぼ)らず、今日(こんにち)は乃(すなわち)是(こ)れ黄道(こうどう=吉日(きちじつ))良辰(りょうしん=良(よ)き日(ひ))にして、正(まさ)に文武(ぶんぶ)の多官(たかん)と黄榜(こうぼう=勅(みことのり)の榜(たてふだ))を議(ぎ)し出(いだ)さんとす。汝(なんじ)若(も)し関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)せば、此(こ)の機(き)に趁(じゅん)じて急(いそ)ぎ去(ゆ)かば還(ま)た趕(お)い上(か)かん。明日(みょうにち)に到(いた)らば、就(すなわ)ち能(よ)く彀(た)らず、還(ま)た幾(いく)らの時(とき)の伺候(しこう=待(ま)たさ)るるかを知(し)らず」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「悟空(ごくう)、汝等(なんだち)此(ここ)に在(あ)りて斎飯(さいぱん=精進(しょうじん)の食事(しょくじ))を安排(あんばい=用意(ようい))せよ、我(われ)の急(いそ)ぎ急(いそ)ぎ去(ゆ)きて関文(かんぶん)を験(あらた)めて回(かえ)り来(きた)り、食(くら)いて路(みち)を走(はし)らんを待(ま)て」と。八戒(はっかい)急(いそ)ぎ袈裟(けさ)と関文(かんぶん)とを取(と)り出(いだ)す。三蔵(さんぞう)整(ととの)え束(つか)ねて朝(ちょう)に進(すす)み、只(た)だ是(こ)れ徒弟(とてい)たちに吩咐(ふんぷ=言(い)い含(ふく))めて、切(きっ)して外(そと)へ出(い)で去(ゆ)きて事(こと)を生(しょう)ずべからずとす。 時(とき)を時(とき)ならずして、已(すで)に五鳳楼(ごほうろう)の前(まえ)に到(いた)る。説(と)き尽(つく)すべからず那(か)の殿閣(でんかく)の崢嶸(そうこう=聳(そび))え、楼台(ろうだい)の壮麗(そうれい)なるを。直(ただ)ちに端門(たんもん)の外(そと)に至(いた)り、奏事官(そうじかん=取次(とりつ)ぎの官(かん))を煩(わずら)わして天廷(てんてい=天子(てんし)の御前(ごぜん))に転達(てんだつ)し、関文(かんぶん)を倒験(とうけん)せんと欲(ほっ)す。那(か)の黄門官(こうもんかん=門(もん)の官(かん))果(はた)して玉階(ぎょくかい=玉(たま)の階(きざはし))の前(まえ)に至(いた)りて啓奏(けいそう)して道(い)う、「朝門(ちょうもん)の外(そと)に東土(とうど)大唐(だいとう)欽差(きんさ=勅使(ちょくし))の一員(いちいん)の僧(そう)有(あ)り、西天(せいてん)雷音寺(らいおんじ)に前往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんとし、通関文牒(つうかんぶんじょう=通行(つうこう)の文書(ぶんしょ))を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)し、宣(せん=召(め)し)を聴(き)く」と。国王(こくおう)言(げん)を聞(き)き喜(よろこ)んで道(い)う、「寡人(かじん=われ)久(ひさ)しく病(や)みて、曾(かつ)て登基(とき=位(くらい)に即(つ))かず。今(いま)殿(でん)に上(のぼ)りて榜(ぼう)を出(いだ)して医(い)を招(まね)かんとするに、就(すなわ)ち高僧(こうそう)の国(くに)に来(きた)る有(あ)り」と。即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて階(きざはし)の下(もと)に宣(め)し至(いた)らしむ。三蔵(さんぞう)即(すなわ)ち礼拜(らいはい)して俯伏(ふふく=平伏(へいふく))す。国王(こくおう)又(また)金殿(きんでん)の上(うえ)に宣(め)し上(あ)げて坐(ざ)を賜(たま)い、光禄寺(こうろくじ)に命(めい)じて斎(とき=精進(しょうじん)料理(りょうり))を弁(べん)ぜしむ。三蔵(さんぞう)恩(おん)を謝(しゃ)し、関文(かんぶん)を将(もっ)て献(たてまつ)る。国王(こくおう)看(み)畢(おわ)り、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)して道(い)う、「法師(ほうし)よ、汝(なんじ)が那(か)の大唐(だいとう)は、幾朝(いくちょう)の君(きみ)か正(ただし)く、幾輩(いくはい)の臣(しん)か賢(かしこ)き。唐王(とうおう)に至(いた)りては、何(なん)に因(よ)りて疾(やまい)を作(な)して回生(かいせい=生(い)き返(かえ))りし、汝(なんじ)をして遠(とお)く山川(さんせん)を渉(わた)らしめて経(きょう)を求(もと)めしむるや」と。 此(こ)の長老(ちょうろう)問(と)われるに因(よ)り、即(すなわ)ち身(み)を欠(か)けて掌(てのひら)を合(あわ)せて道(い)う、「貧僧(ひんそう)が那(か)の処(ところ)は、三皇(さんこう)世(よ)を治(おさ)め、五帝(ごてい)倫(みち)を分(わ)かつ。堯舜(ぎょうしゅん)位(くらい)を正(ただ)し、禹湯(うとう)民(たみ)を安(やす)んず。成周(せいしゅう)の子衆(ししゅう=子孫(しそん))は、各(おのおの)乾坤(けんこん)を立(た)つ。強(つよ)きに倚(よ)りて弱(よわ)きを欺(あざむ)き、国(くに)を分(わ)かちて君(きみ)と称(しょう)す。邦君(ほうくん)十八(じゅうはち)、分野(ぶんや)に辺塵(へんじん=辺境(へんきょう)の塵(ちり))有(あ)り。後(のち)十二(じゅうに)と成(な)り、宇宙(うちゅう)安淳(あんじゅん=安(やす)らかに淳(すなお))かなり。 車馬(しゃば)無(な)きに因(よ)りて、却(かえ)って又(また)相(あい)吞(の)む。七雄(しちゆう)勝(かち)を争(あらそ)い、六国(ろっこく)秦(しん)に帰(き)す。天(てん)は魯沛(ろはい)を生(しょう)じて、各(おのおの)不仁(ふじん)を懐(いだ)く。江山(こうざん)漢(かん)に属(ぞく)し、約法(やくほう)欽(つつし)み遵(したが)う。漢(かん)は司馬(しば)に帰(き)し、晋(しん)又(また)紛紜(ふんうん=乱(みだ)れ)る。南北(なんぼく)十二(じゅうに)、宋斉梁陳(そうせいりょうちん)。列祖(れっそ)相(あい)継(つ)ぎ、大隋(だいずい)真(しん)を紹(つ)ぐ。花(はな)を賞(しょう)して道(みち)無(な)く、塗炭(とたん=泥(どろ)と炭火(すみび))に民(たみ)多(おお)し。我(わ)が王(おう)は李氏(りし)、国号(こくごう)は唐君(とうくん)なり。高祖(こうそ)晏駕(あんが=崩御(ほうぎょ))し、当今(とうぎん=今(いま)の君(きみ))は世民(せいみん)なり。河(か)清(きよ)く海(うみ)晏(やす)く、大徳(だいとく)寛仁(かんじん)なり。茲(ここ)に因(よ)りて長安城(ちょうあんじょう)の北(きた)に、箇(ひと)の怪(あや)しき水竜神(すいりゅうしん)有(あ)りて、甘雨(かんう=恵(めぐ)みの雨(あめ))を刻減(こくげん=減(へ)ら)して、応(まさ)に身(み)を損(そこな)うべきなりしが、夜間(やかん)夢(ゆめ)に托(たく)して、王(おう)に告(つ)げて迍(しゅん=苦難(くなん))を救(すく)わんことを求(もと)む。王(おう)言(げん)赦(ゆる)すを准(ゆる)し、早(はや)く賢臣(けんしん)を召(め)して、款(ねんご)ろに殿内(でんない)に留(とど)め、慢(ゆる)るとして棋(ご)を把(と)って輪(めぐ)らす。時(とき)正(まさ)に日中(にっちゅう)に当(あた)り、那(か)の賢臣(けんしん)夢(ゆめ)に竜身(りゅうしん=竜(りゅう)の身(み))を斬(き)れり」と。 国王(こくおう)言(げん)を聞(き)き、忽(たちま)ち呻吟(しんぎん=うめき声(ごえ))の声(こえ)を作(な)して問(と)うて道(い)う、「法師(ほうし)よ、那(か)の賢臣(けんしん)は是(こ)れ那邦(いずこ)より来(きた)れる者(もの)ぞ」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「就(すなわ)ち是(こ)れ我(わ)が王(おう)の駕前(がぜん=御前(ごぜん))の丞相(じょうしょう)、姓(せい)は魏(ぎ)名(な)は徵(ちょう)と曰(い)う。彼(かれ)天文(てんもん)を識(し)り、地理(ちり)を知(し)り、陰陽(いんよう)を弁(わきま)え、乃(すなわ)ち邦(くに)を安(やす)んじ国(くに)を立(た)つるの大宰輔(だいさいほ=大(おお)いなる宰相(さいしょう))なり。彼(かれ)が夢(ゆめ)に涇河(けいが)の龍王(りゅうおう)を斬(き)りしに因(よ)り、那(か)の龍王(りゅうおう)陰司(いんし=冥府(めいふ))に告(うった)えて、我(わ)が王(おう)の救(すく)うを許(ゆる)しながら又(また)之(これ)を殺(ころ)せりと説(と)けば、故(ゆえ)に我(わ)が王(おう)遂(つい)に促病(そくびょう=急病(きゅうびょう))を得(え)、漸(ようや)く身(み)の危(あや)うきを覚(おぼ)えたり。魏徵(ぎちょう)又(また)書(ふみ)一封(いっぷう)を写(うつ)し、我(わ)が王(おう)に帯(たい)し至(いた)らしめて冥司(めいし)に寄(よ)せ、酆都城(ほうとじょう)の判官(はんがん)崔珏(さいかく)に与(あた)えしむ。少(しばらく)して、唐王(とうおう)身(み)死(し)し、三日(みっか)に至(いた)りて復(ま)た回生(かいせい)するを得(え)たり。魏徵(ぎちょう)に虧(よ)り、崔判官(さいはんがん)の感(かん)じて文書(ぶんしょ)を改(あらた)め、王(おう)に二十年(にじゅうねん)の寿(じゅ)を加(くわ)えしめたり。今(いま)水陸大会(すいりくたいえ)を做(な)さんとす、故(ゆえ)に貧僧(ひんそう)を遣(つか)わして遠(とお)く道途(どうと)を渉(わた)らせ、諸国(しょこく)を詢(はか)り求(もと)め、仏祖(ぶつそ)を拝(はい)し、大乗(だいじょう)の経(きょう)三蔵(さんぞう)を取(と)り、孽苦(ごうく=罪(つみ)の苦(くるしみ))を超度(ちょうど=救(すく)い渡(わた))して升天(しょうてん)せしめんとす」と。 那(か)の国王(こくおう)又(また)呻吟(しんぎん)し嘆(たん)じて道(い)う、「誠(まこと)に乃(すなわち)是(こ)れ天朝(てんちょう)大国(たいこく)にして、君(きみ)正(ただし)く臣(しん)賢(かしこ)し! 我(わ)が寡人(かじん)の如(ごと)きは久(ひさ)しく病(や)みて時(とき)多(おお)きも、並(なら)びに一臣(いっしん)の拯救(すくい)する有(あ)らず」と。長老(ちょうろう)説(と)くを聴(き)き、睛(ひとみ)を偸(ぬす)みて観(み)るに、那(か)の皇帝(こうてい)の面(おもて)黄(き)ばみ肌(はだ)痩(や)せ、形(かたち)脱(だっ=痩(や)せ細(ほそ))り神(しん)衰(おとろ)えたるを見(み)る。長老(ちょうろう)正(まさ)に啓問(けいもん=問(と)い申(もう)し上(あ))げんと欲(ほっ)するに、光禄寺(こうろくじ)の官(かん)の唐僧(とうそう)を請(しょう)じて斎(とき)を奉(たてまつ)らしむるの奏(そう)有(あ)り。王(おう)旨(むね)を伝(つた)えて教(おし)う、「披香殿(ひこうでん)に在(あ)りて、朕(ちん)の膳(ぜん)と連(つら)ねて擺(なら)べ下(おろ)し、法師(ほうし)と同(とも)に享(う)けよ」と。 三蔵(さんぞう)恩(おん)を謝(しゃ)し、王(おう)と同(とも)に膳(ぜん)に進(すす)み斎(とき)に進(すす)むことは題(かた)らず。 却(さ)て説(と)く、行者(ぎょうじゃ)は会同館(かいどうかん)の中(うち)に在(あ)りて、沙僧(しゃそう)をして茶飯(さはん=茶(ちゃ)と飯(めし))を安排(あんばい)し、并(なら)びに素菜(そさい=精進(しょうじん)の菜(さい))を整(ととの)え治(おさ)めしむ。沙僧(しゃそう)道(い)う、「茶飯(さはん)は煮(に)るに容易(ようい)なれど、蔬菜(そさい=野菜(やさい))は好(よ)く安排(あんばい)し難(がた)し」と。行者(ぎょうじゃ)問(と)うて道(い)う、「如何(いかん)」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「油塩醤醋(ゆえんしょうさく=油(あぶら)・塩(しお)・味噌(みそ)・酢(す))倶(とも)に無(な)きなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(わ)が此(ここ)に幾文(いくもん)かの襯銭(しんせん=喜捨(きしゃ)の銭(ぜに))有(あ)り、八戒(はっかい)をして街(まち)に上(のぼ)りて買(か)いに去(ゆ)かしめん」と。那(か)の呆子(ほうず)懶(らん=怠(なま)け)を隠(かく)して道(い)う、「我(われ)敢(あ)えて去(ゆ)かず。嘴顔(しれん=面相(めんそう))俊(しゅん=見目(みめ))しきに欠(か)き、恐(おそ)らくは禍(わざわい)を惹(ひ)き下(くだ)して、師父(しふ)の我(われ)を怪(あやし)まんことを」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「公平(こうへい)の交易(こうえき=取引(とりひき))にして、又(また)他(かれ)に化(か=施(ほどこ)しを請(こ))わず、又(また)他(かれ)を搶(うば=奪(うば))わず、何(なん)の禍(わざわい)か之(こ)れ有(あ)らん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)才(さい=たった今(いま))曾(かつ)て獐智(しょうち=間の抜(ぬ)けた様(さま))を見(み)ざりしか。此(こ)の門(もん)の前(まえ)に在(あ)りて嘴(くちばし)を扯(ひ)き出(いだ)して、人(ひと)を唬(おどろ)かし倒(たお)すこと十来個(じゅうらいこ=十(じゅう)ばかり)。若(も)し鬧市(とうし=賑(にぎ)やかな市場(いちば))の叢中(そうちゅう=人(ひと)だかりの中(なか))に到(いた)らば、也(また)幾(いく)らの人(ひと)をか唬(おどろ)かし殺(ころ)すかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)只(た)だ鬧市(とうし)の叢中(そうちゅう)を知(し)るのみ、汝(なんじ)曾(かつ)て那(か)の市(いち)の上(うえ)に売(う)るは是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるを見(み)しか」と。八戒(はっかい)道(い)う、「師父(しふ)只(た)だ我(われ)に頭(あたま)を低(た)れて、禍(わざわい)を撞(ひ)くこと莫(なか)れと教(おし)う、実(じつ)に是(こ)れ曾(かつ)て見(み)ず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、 酒店(しゅてん)・米鋪(べいほ=米屋(こめや))・磨坊(まぼう=粉挽(こなひ)き所(どころ))、并(なら)びに綾羅(りょうら=絹織物(きぬおりもの))雑貨(ざっか)は説(と)くを消(け)さず、着然(じゃくぜん=実(じつ)に)又(また)好(よ)き茶房(さぼう=茶屋(ぢゃや))・麺店(めんてん=麺(めん)の店(みせ))・大焼餅(だいしょうへい=大(おお)きき焼(や)き餅(もち))・大饃饃(だいまんとう=大(おお)きき饅頭(まんじゅう))、飯店(はんてん)又(また)好(よ)き湯飯(とうはん=汁(しる)かけ飯(めし))・好(よ)き椒料(しょうりょう=香辛料(こうしんりょう))・好(よ)き蔬菜(そさい)有(あ)り、那(か)の異品(いひん=珍(めず)らしき品(しな))の糖糕(とうこう=砂糖(さとう)の菓子(かし))・蒸酥(じょうそ=蒸(む)し菓子(がし))・点心(てんしん)・巻子(けんし=巻(ま)き菓子(がし))・油食(ゆしょく=油(あぶら)で揚(あ)げし物(もの))・蜜食(みつしょく=蜜(みつ)の菓子(かし))と、無数(むすう)の好(よ)き東西(もの)有(あ)り。我(われ)去(ゆ)きて些(いささ)か買(か)いて汝(なんじ)を請(しょう)ぜんには如何(いかん)」と。 那(か)の呆子(ほうず)説(と)くを聞(き)き、口(くち)の内(うち)に涎(よだれ)を流(なが)し、喉(のど)の裡(うち)に啯啯(かくかく=ごくごく)として唾(つば)を咽(の)み、跳(と)び起(お)きて道(い)う、「哥哥(あに)よ! 此(こ)の遭(たび=度(たび))は我(われ)汝(なんじ)に擾(わずらわ)す、次(つぎ)の趲銭(さんせん=金(かね)を貯(たくわ))うるを待(ま)ちて、我(われ)也(また)汝(なんじ)を請(しょう)じて回席(かいせき=返礼(へんれい)の宴(うたげ))せん」と。行者(ぎょうじゃ)暗(あん)かに笑(わら)って道(い)う、「沙僧(しゃそう)よ、好(よ)く生(いき)て飯(めし)を煮(に)れ、我等(われら)の去(ゆ)きて調和(ちょうわ=調味料(ちょうみりょう))を買(か)い来(きた)るを待(ま)て」と。沙僧(しゃそう)也(また)是(こ)れ呆子(ほうず)を耍(もてあそ)ぶを知(し)り、只(た)だ得(え)ず口(くち)に順(したが)って応承(おうしょう=引(ひ)き受(う))けて道(い)う、「汝等(なんだち)去(ゆ)かば、須(すべから)く是(こ)れ多(おお)く買(か)いて、飽(あ)き食(くら)いて来(きた)れ」と。那(か)の呆子(ほうず)箇(ひと)の碗盞(わんさん=碗(わん)と杯(さかずき))を撈(ひろ)い拿(と)り、就(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)に跟(したが)いて門(もん)を出(い)づ。二(ふた)りの在官人(ざいかんじん=役所(やくしょ)に詰(つ)める者(もの))の問(と)うて道(い)う、「長老(ちょうろう)何処(いずこ)へか去(ゆ)く」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「調和(ちょうわ)を買(か)わん」と。那(か)の人(ひと)道(い)う、「此(こ)の条(すじ)の街(まち)を西(にし)へ去(ゆ)き、拐角(かいかく=角(かど))の鼓楼(ころう=太鼓(たいこ)の楼(ろう))を転(まわ)り過(す)ぎれば、那(か)の鄭家(ていか)の雑貨店(ざっかてん)に、憑(よ)りて汝(なんじ)の幾(いく)らを買(か)うも、油塩醤醋(ゆえんしょうさく)・姜椒(きょうしょう=生姜(しょうが)と胡椒(こしょう))・茶葉(ちゃよう=茶(ちゃ)の葉(は))倶(とも)に全(まった)し」と。 彼(かれ)二(ふた)りは手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(ささ)え、径(ただ)ちに街(まち)の西(にし)へ上(のぼ)りて去(ゆ)く。行者(ぎょうじゃ)幾処(いくところ)かの茶房(さぼう)を過(す)ぎ、幾家(いくけ)かの飯店(はんてん)を過(す)ぐるも、当(まさ)に買(か)うべきを買(か)わず、当(まさ)に食(くら)うべきを食(くら)わず。八戒(はっかい)叫(よ)んで道(い)う、「師兄(しけい)よ、此(ここ)に将就(しょうしゅう=間に合(まにあ))わせて些(いささ)か買(か)いて用(もち)いんには」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)は元来(もと)彼(かれ)を耍(もてあそ)ぶにして、那(いずく)んぞ肯(あえ)て買(か)わんや。道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)好(よ)く不経紀(ふけいき=要領(ようりょう)が悪(わる))いかな! 再(ま)た走走(そうそう=少(すこ)し歩(ある))け、大(おお)いなるを揀(えら)んで買(か)い食(くら)わん」と。二(ふた)りの人(ひと)話(はなし)を説(と)き話(はなし)の児(こ=話(はな)し)しつつ、又(また)許多(あまた)の人(ひと)の跟隨(ずいずい=付(つ)き従(したが))いて争(あらそ)いて看(み)るを領(ひ)く。時(とき)ならずして、鼓楼(ころう)の辺(ほとり)に到(いた)れば、只(た)だ見(み)る、那(か)の楼(ろう)の下(した)に無数(むすう)の人(ひと)の喧嚷(けんじょう=喚(わめ))き、擠擠挨挨(せいせいあいあい=押(お)し合(あ)い)いて、街(まち)を填(うず)め路(みち)を塞(ふさ)ぐ。八戒(はっかい)見(み)て道(い)う、「哥哥(あに)よ、我(われ)去(ゆ)かず。那(そこ)は人(ひと)の嚷(さわ)ぐこと緊(きつ)し。只(た)だ怕(おそ)らくは是(こ)れ和尚(おしょう)を拿(とら)うるならん。又(また)況(いわん)や是(こ)れ面生(めんせい=見知(みし)らぬ)可疑(かぎ=怪(あや)し)きの人(ひと)なれば、拿(とら)え去(ゆ)かれて、怎(いか)なさん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「胡談(こだん=でたらめ)を言(い)うな! 和尚(おしょう)又(また)法(ほう)を犯(おか)さず、我(われ)を拿(とら)えて怎(なん)ぞや。我等(われら)走(はし)り過(す)ぎて去(ゆ)き、鄭家(ていか)の店(みせ)に到(いた)りて些(いささ)かの調和(ちょうわ)を買(か)い来(きた)らん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「罷罷罷(やれやれ)! 我(われ)禍(わざわい)を撞(ひ)かず。此(こ)の一(ひと)たび人(ひと)の叢(むら)の裡(うち)に擠(お)し入(い)れられ、耳朵(じた=耳(みみ))を両(ふた)つ躧(ふ)み躧(ふ)まれて、彼(かれ)を唬(おどろ)かして跌跌爬爬(てつてつはは=転(ころ)んだり這(は)ったり)させ、幾箇(いくつ)かを跌(ころ)び死(し)なせなば、我(われ)倒(かえっ)て命(いのち)を償(つぐな)うなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、汝(なんじ)此(こ)の壁根(へきこん=壁(かべ)の根元(ねもと))の下(した)に在(あ)りて站(た)ち定(さだ)まれ、我(われ)の過(す)ぎ去(ゆ)きて買(か)い回(かえ)り来(きた)り、汝(なんじ)と素麺(そめん)・焼餅(しょうへい)を買(か)いて食(くら)わしめん」と。那(か)の呆子(ほうず)碗盞(わんさん)を将(もっ)て行者(ぎょうじゃ)に逓(わた)し、嘴(くちばし)を把(と)って牆根(しょうこん=塀(へい)の根元(ねもと))に拄(つ)かせ、臉(かお)を背(そむ)けて、死(し)するも也(また)動(うご)かず。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)楼(ろう)の辺(ほとり)に走(はし)り至(いた)れば、果(はた)して擠塞(きょうそく=押(お)し合(あ))い、直(ただ)ちに人(ひと)の叢(むら)の裡(うち)に挨(お)し入(い)りて聴(き)くに、元来(もと)是(こ)れ那(か)の皇榜(こうぼう=勅(みことのり)の榜(たてふだ))の楼(ろう)の下(した)に張(は)り掛(か)けられ、故(ゆえ)に多人(たにん=多(おお)くの人(ひと))の争(あらそ)いて看(み)るなり。行者(ぎょうじゃ)擠(お)し到(いた)りて近(ちか)き処(ところ)に、火眼金睛(かがんきんせい=火(ひ)の眼(まなこ)金(きん)の瞳(ひとみ))を閃(ひら)き開(ひら)き、仔細(しさい)に看(み)るに、那(か)の榜(ぼう)の上(うえ)に却(かえ)って云(い)う、「朕(ちん)西牛賀洲(さいごがしゅう)朱紫国王(ししこくこくおう)、業(ぎょう)を立(た)てしより以来(いらい)、四方(しほう)平服(へいふく)し、百姓(ひゃくせい)清安(せいあん)なり。近(ちか)ごろ国事(こくじ)の不祥(ふしょう)に因(よ)り、沈痾(ちんあ=長(なが)き病(やまい))枕(まくら)に伏(ふ)し、淹延(えんえん=長引(ながび))きて日久(にちきゅう=日数(にっすう))しく痊(い)え難(がた)し。本国(ほんごく)の太医院(たいいいん)は、屡(しばしば)良方(りょうほう)を選(えら)ぶも、未(いま)だ調治(ちょうじ=治癒(ちゆ))する能(あた)わず。今(いま)此(こ)の榜文(ぼうぶん)を出(いだ)し、普(あまね)く天下(てんか)の賢士(けんし)を招(まね)く。北往東来(ほくおうとうらい=北(きた)へ往(ゆ)き東(ひがし)より来(きた)る)、中華(ちゅうか)外国(がいこく)を拘(こだわ)らず、若(も)し精(くわ)しく医薬(いやく)する者(もの)有(あ)らば、請(こ)う宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、朕躬(ちんきゅう=わが身(み))を療理(りょうり=治癒(ちゆ))せよ。稍(やや)病(やまい)の愈(い)ゆるを得(う)れば、願(ねが)わくは社稷(しゃしょく=国(くに))を将(もっ)て平分(へいぶん)し、決(けっ)して虚(むな)しく示(しめ)さず。此(こ)の為(ため)に出(いだ)し給(たま)いて張掛(ちょうかく)す、須(すべから)く榜(ぼう)に至(いた)るべき者(もの)なり」と。 覧(み)畢(おわ)り、満心(まんしん)歓喜(かんき)して道(い)う、「古人(こじん)に云(い)う、行動(こうどう)すれば三分(さんぶん)の財気(ざいき=富(とみ)の気(き))有(あ)りと。早(はや)く是(こ)れ館(かん)の中(うち)に在(あ)りて呆(ぼう)と坐(ざ)せざるなり。即(すなわ)ち此(ここ)に必(かなら)ずしも甚(なん)の調和(ちょうわ)を買(か)わず、且(しばら)く把(と)って経(きょう)を取(と)るの事(こと)を一日(いちにち)寧耐(ねいたい=待(ま))たしめ、老孫(ろうそん)の箇(ひと)の医生(いせい=医者(いしゃ))と做(な)りて耍(あそ)ばんを待(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、腰(こし)を弯(かが)めて碗盞(わんさん)を放(おろ)し、一(ひと)つの撮(つまみ)の土(つち)を拈(ひね)り、上(うえ)へ向(むか)って洒(ま)き去(ゆ)き、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)じ、箇(ひと)の隠身法(おんしんぽう=姿(すがた)を隠(かく)す術(じゅつ))を使(つか)い、軽(かる)く軽(かる)く上前(じょうぜん)して榜(ぼう)を掲(かか)げ、又(また)巽地(そんち=巽(たつみ)の方角(ほうがく))に朝(むか)って一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吸(す)い来(きた)りて吹(ふ)けば、那(か)の陣(じん)の旋風(せんぷう=つむじ風(かぜ))の起(おこ)る処(ところ)、彼(かれ)却(かえ)って身(み)を回(めぐ)らし、径(ただ)ちに八戒(はっかい)の站(た)つ処(ところ)に到(いた)る。只(た)だ見(み)る、那(か)の呆子(ほうず)は嘴(くちばし)を牆根(しょうこん)に拄(つ)かせて、却(かえ)って是(こ)れ睡(ねむ)り了(おお)せるが一般(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)更(さら)に彼(かれ)を驚(おどろ)かさず、榜文(ぼうぶん)を将(もっ)て折(お)り、軽(かる)く軽(かる)く彼(かれ)が懐(ふところ)の裡(うち)に揣(いだ)き入(い)れ、步(あゆみ)を引(ひ)き転(めぐ)らして先(さき)に会同館(かいどうかん)へ往(ゆ)き去(ゆ)きて了(おお)せることは題(かた)らず。 却(さ)て説(と)く、那(か)の楼(ろう)の下(した)の衆人(しゅうじん)は、風(かぜ)の起(おこ)る時(とき)に見(み)て、各各(おのおの)頭(あたま)を蒙(おお)い眼(まなこ)を閉(と)ず。覚(おぼ)えず風(かぜ)の過(す)ぐる時(とき)、皇榜(こうぼう)没了(な)くして、衆(しゅう)皆(みな)悚懼(しょうく=おそれおのの)く。那(か)の榜(ぼう)には元(もと)十二箇(じゅうにこ)の太監(たいかん=宦官(かんがん))、十二箇(じゅうにこ)の校尉(こうい)有(あ)りて、早朝(そうちょう=朝早(あさはや))く領(りょう)し出(いだ)し、才(はじ)めて掛(か)けて三箇時辰(さんこじしん=六時間(ろくじかん))に上(のぼ)らざるに、風(かぜ)に吹(ふ)かれて去(ゆ)かれ、戦兢兢(せんせんきょうきょう)として左右(さゆう)を追尋(ついじん=追(お)い尋(たず))ぬ。忽(たちま)ち猪八戒(ちょはっかい)が懐(ふところ)の中(うち)より箇(ひと)の紙(かみ)の辺児(へんじ=端(はし))の露(あらわ)れ出(い)づるを見(み)、衆人(しゅうじん)近(ちか)づき前(まえ)に道(い)う、「汝(なんじ)榜(ぼう)を掲(かか)げ来(きた)れるか」と。那(か)の呆子(ほうず)猛(たけ)く頭(あたま)を挙(あ)げ、嘴(くちばし)を把(と)って一(ひと)たび噘(つきだ)せば、唬(おどろ)かされて那(か)の幾箇(いくつ)かの校尉(こうい)は踉踉蹡蹡(ろうろうしょうしょう=よろよろ)と地(ち)に跌(たお)れ倒(たお)る。 彼(かれ)却(かえ)って身(み)を転(めぐ)らして走(はし)らんとすれど、又(また)面前(めんぜん)の幾箇(いくつ)かの胆(きも)の大(おお)いなる者(もの)に扯(ひ)き住(とど)められて道(い)う、「汝(なんじ)招医(しょうい=医者(いしゃ)を招(まね)く)の皇榜(こうぼう)を掲(かか)げながら、還(ま)た進朝(しんちょう=参内(さんだい))して我(わ)が万歳(ばんぜい)を医治(いじ)せずして、却(かえ)って何(いず)くにか待(ま)たんとす」と。那(か)の呆子(ほうず)慌慌張張(こうこうちょうちょう=慌(あわ)てふため)きて道(い)う、「汝(なんじ)が儿子(じし=倅(せがれ))こそ便(すなわ)ち皇榜(こうぼう)を掲(かか)げよ! 汝(なんじ)が孫子(まご)こそ便(すなわ)ち会(え)して医治(いじ)せん」と。校尉(こうい)道(い)う、「汝(なんじ)が懐(ふところ)の中(うち)に揣(いだ)けるは是(こ)れ甚(なん)ぞ」と。呆子(ほうず)却(かえ)って才(はじ)めて頭(あたま)を低(た)れて看(み)るに、真(まこと)に箇(こ)一(ひと)つの張(はり)の字紙(じし=紙(かみ))有(あ)り、展(ひら)き開(ひら)いて一(ひと)たび看(み)、牙(きば)を咬(か)みて罵(ののし)って道(い)う、「那(か)の猢猻(こん=猿(さる)め)我(われ)を害(そこな)い殺(ころ)すなり」と。一声(ひとこえ)恨(うら)んで便(すなわ)ち扯(ひ)き破(やぶ)らんとすれど、早(はや)くも衆人(しゅうじん)に架(か)き住(とど)められて道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ死(し)したるなり! 此(こ)れは乃(すなわ)ち当今(とうぎん)の国王(こくおう)の出(いだ)し給(たま)える榜文(ぼうぶん)なるに、誰(たれ)か敢(あ)えて扯(ひ)き壊(こわ)たんや。汝(なんじ)既(すで)に懐(ふところ)の中(うち)に掲(かか)げ在(あ)らば、必(かなら)ず医国(いこく=国(くに)を治(なお))すの手(て)有(あ)らん。快(すみや)か我(われ)と同(とも)に去(ゆ)け」と。八戒(はっかい)喝(かつ)して道(い)う、「汝等(なんだち)知(し)らず、此(こ)の榜(ぼう)は是(こ)れ我(われ)の掲(かか)げしに非(あら)ず、是(こ)れ我(わ)が師兄(しけい)孫悟空(そんごくう)の掲(かか)げしなり。彼(かれ)暗(あん)かに暗(あん)かに我(わ)が懐(ふところ)の中(うち)に揣(いだ)き入(い)れ、彼(かれ)却(かえ)って我(われ)を放(おろ)し去(ゆ)きて了(おお)せり。若(も)し此(こ)の事(こと)の明白(めいはく)なるを得(う)れば、我(われ)汝(なんじ)と彼(かれ)を尋(たず)ね去(ゆ)かん」と。衆人(しゅうじん)道(い)う、「甚(なん)の乱話(らんわ=たわごと)をか説(と)く、現鍾(げんしょう=目(め)の前(まえ)の鐘(かね))を打(う)たずして鋳鐘(ちゅうしょう=鋳(い)るべき鐘(かね))を打(う)つや。汝(なんじ)現(げん)に榜文(ぼうぶん)を掲(かか)げたり、我等(われら)をして誰(たれ)をか尋(たず)ねしめん。汝(なんじ)を管(かま)わず! 扯(ひ)きて去(ゆ)きて主上(しゅじょう)に見(まみ)えん」と。那(か)の伙(くみ)の人(ひと)清白(せいはく=明白(めいはく))を分(わか)たず、呆子(ほうず)を将(もっ)て推推扯扯(すいすいしゃしゃ=押(お)し引(ひ))く。此(こ)の呆子(ほうず)脚(あし)を立(た)て定(さだ)むれば、便(すなわ)ち根(ね)を生(しょう)じたるが一般(ごと)し、十来箇(じゅうらいこ)の人(ひと)も也(また)彼(かれ)を弄(もてあそ)び動(うご)かすこと能(あた)わず。八戒(はっかい)道(い)う、「汝等(なんだち)高低(こうてい=分別(ふんべつ))を知(し)らず! 再(ま)た一会(いっかい)扯(ひ)かば、扯(ひ)き得(え)て我(わ)が呆性子(ほうせいし=愚(おろ)か根性(こんじょう))の発(はっ)するも、汝(なんじ)却(かえ)って怪(あやし)むこと休(や)めよ」と。 多(あま)たの時(とき)ならずして、街(まち)の人(ひと)を鬧(さわ)がし動(うご)かし、彼(かれ)を将(もっ)て囲繞(いにょう=取(と)り囲(かこ))めり。内(うち)に二(ふた)りの年(とし)老(お)いたる太監(たいかん)有(あ)りて道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の相貌(そうぼう)稀奇(きき=珍(めず)らし)く、声音(せいおん=声(こえ))対(たい=合(あ))わず、是(こ)れ那(いずこ)より来(きた)れるや、此(か)くの般(ごと)く村強(そんきょう=粗野(そや))なるは」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我等(われら)は是(こ)れ東土(とうど)より西天(せいてん)へ経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされし者(もの)にして、我(わ)が師父(しふ)は乃(すなわ)ち唐王(とうおう)の御弟(ぎょてい=義兄弟(ぎきょうだい))の法師(ほうし)なり。却(かえ)って才(さい=たった今(いま))朝(ちょう)に入(い)り、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)しに去(ゆ)けり。我(われ)師兄(しけい)と此(ここ)に来(きた)りて調和(ちょうわ)を買弁(ばいべん=買(か)い求(もと))めるに、我(われ)楼(ろう)の下(した)に人(ひと)の多(おお)きを見(み)、未(いま)だ曾(かつ)て敢(あ)えて去(ゆ)かず、是(こ)れ我(わ)が師兄(しけい)の我(われ)をして此(ここ)に在(あ)りて等候(とうこう=待(ま))たしめたるなり。彼(かれ)は元来(もと)榜文(ぼうぶん)の有(あ)るを見(み)、陣(じん)の旋風(せんぷう)を弄(ろう)して掲(かか)げ、暗(あん)かに我(わ)が懐(ふところ)の内(うち)に揣(いだ)き、先(さき)に去(ゆ)きて了(おお)せり」と。那(か)の太監(たいかん)道(い)う、「我(われ)頭前(とうぜん=先程(さきほど))箇(ひと)の白面(はくめん=白(しろ)き顔(かお))の胖(ゆた=太(ふと))りし和尚(おしょう)の、径(ただ)ちに朝門(ちょうもん)へ奔(はし)り去(ゆ)くを見(み)たりしが、想(おも)うに就(すなわ)ち是(こ)れ汝(なんじ)が師父(しふ)ならんか」と。八戒(はっかい)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ」と。太監(たいかん)道(い)う、「汝(なんじ)が師兄(しけい)は那(いずこ)へか去(ゆ)きしや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我等(われら)は一行四衆(いっこうししゅう)にして、師父(しふ)は関文(かんぶん)を倒換(とうかん)しに去(ゆ)き、我(われ)三衆(さんしゅう)と行嚢(こうのう)馬匹(ばひつ)とは倶(とも)に会同館(かいどうかん)に歇(やす)めり。師兄(しけい)は我(われ)を弄(もてあそ)び、彼(かれ)先(さき)に館(かん)の中(うち)へ回(かえ)り去(ゆ)けり」と。太監(たいかん)道(い)う、「校尉(こうい)よ、彼(かれ)を扯(ひ)くこと莫(なか)れ、我等(われら)同(とも)に館(かん)の中(うち)へ到(いた)らば、便(すなわ)ち端(たん=事情(じじょう))の的(まと=詳(くわ)しい所(ところ))を知(し)らん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の二(ふた)りの奶奶(ないない=おばあさま)は事(こと)を知(し)れるなり」と。衆(しゅう)の校尉(こうい)道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)委(まこと)にくらし貨(か=物(もの)を知(し))らず! 怎(いか)でか公公(こうこう=おじいさま)に趕(お)いついて奶奶(ないない)と叫(よ)び起(おこ)すや」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「羞(はじ)を知(し)らず! 汝(なんじ)が此(こ)の陰陽(いんよう)を反(かえ)したる奴(やつ)め! 彼(かれ)二位(にい)の老(お)い媽媽児(まあまある=おばあさん)を、彼(かれ)を叫(よ)んで婆婆奶奶(ばばないない=おばあさん)と做(な)さずして、倒(かえ)って彼(かれ)を叫(よ)んで公公(こうこう)と做(な)すや」と。衆人(しゅうじん)道(い)う、「嘴(くち)を弄(ろう)すること莫(なか)れ! 快(すみや)か汝(なんじ)が師兄(しけい)を尋(たず)ね去(ゆ)け」と。 那(か)の街(まち)の上(うえ)の人(ひと)吵吵鬧鬧(そうそうどうどう=がやがや騒(さわ))ぐこと、何(なん)ぞ三五百(さんごひゃく)を止(とど)めんや。共(とも)に扛(かつ)ぎて館(かん)の門(もん)の首(ほとり)に到(いた)る。八戒(はっかい)道(い)う、「列位(れっい)住(とど)まれ。我(わ)が師兄(しけい)は却(かえ)って我(われ)の汝等(なんだち)の任(まま)に作戯(さくぎ=戯(たわむ))れと比(くら)ぶべきならず、彼(かれ)は却(かえ)って是(こ)れ箇(ひと)の猛烈(もうれつ)認真(にんしん=真面目(まじめ))の士(し)なり。汝等(なんだち)見(み)なば、須(すべから)く箇(ひと)の大礼(たいれい)を行(おこな)い、彼(かれ)を叫(よ)んで一声(ひとこえ)の孫老爺(そんろうや)とせよ、彼(かれ)就(すなわ)ち招架(しょうか=応(おう))じ給(たま)わん。然(しか)らずんば、彼(かれ)就(すなわ)ち嘴顔(しれん=顔(かお)つき)を変(へん)じて、此(こ)の事(こと)却(かえ)って弄(ろう)し成(な)さざるなり」と。衆(しゅう)の太監(たいかん)校尉(こうい)俱(とも)に道(い)う、「汝(なんじ)が師兄(しけい)果(はた)して手段(しゅだん)有(あ)りて国王(こくおう)を医(いや)し好(よ)くせば、彼(かれ)也(また)該(まさ)に一半(いっぱん=半分(はんぶん))の江山(こうざん)有(あ)るべし、我等(われら)合(あ)うて該(まさ)に下拝(げはい)すべきなり」と。 那(か)の些(これら)の閑雑人(かんざつじん=野次馬(やじうま))は都(すべ)て門(もん)の外(そと)に在(あ)りて喧嘩(けんか=騒(さわ))ぐ。八戒(はっかい)一(ひと)つの行(ぎょう=連(つら))の太監(たいかん)校尉(こうい)を領(ひ)き、径(ただ)ちに館(かん)の中(うち)に入(い)れば、只(た)だ聞(き)く、行者(ぎょうじゃ)と沙僧(しゃそう)と客房(きゃくぼう)の裡(うち)に在(あ)りて正(まさ)に那(か)の榜(ぼう)を掲(かか)ぐるの事(こと)を説(と)きて耍笑(しゃしょう=戯(たわむ)れ笑(わら))うを。八戒(はっかい)上前(じょうぜん)に扯(ひ)き住(とど)めて乱(みだ)りに嚷(わめ)いて道(い)う、「汝(なんじ)箇(ひと)の人(ひと)と成(な)る可(べ)きか! 我(われ)を哄(だま)して素麺(そめん)・焼餅(しょうへい)・饃饃(まんとう)を買(か)いに去(ゆ)かしめ、我(われ)に食(くら)わせんとせしが、元来(もと)都(すべ)て是(こ)れ空頭(くうとう=空(から)手形(てがた))なり! 又(また)旋風(せんぷう)を弄(ろう)して、甚(なん)の皇榜(こうぼう)を掲(かか)げ、暗(あん)かに暗(あん)かに我(わ)が懐(ふところ)の裡(うち)に揣(いだ)き、我(われ)を拿(と)って胖(ふと)りを装(よそお)わしむ。此(こ)れ箇(こ)の弟兄(ていけい=兄弟(きょうだい))と成(な)る可(べ)きか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の呆子(ほうず)、想(おも)うに是(こ)れ路(みち)を錯(あやま)りて、別(べつ)の処(ところ)へ向(むか)いて走(はし)り去(ゆ)きたるならん。我(われ)鼓楼(ころう)を過(す)ぎ、調和(ちょうわ)を買(か)い、急(いそ)ぎ回(かえ)り来(きた)りて汝(なんじ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、我(われ)先(さき)に来(きた)れるに、那(いずこ)に在(あ)りて甚(なん)の皇榜(こうぼう)をか掲(かか)げんや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「現在(げんざい)榜(ぼう)を看(み)るの官員(かんいん)の此(ここ)に在(ましま)す」と。 説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、那(か)の幾箇(いくつ)かの太監(たいかん)校尉(こうい)の朝(ちょう=上(うえ))に向(むか)って礼拜(らいはい)して道(い)う、「孫老爺(そんろうや)、今日(こんにち)我(わ)が王(おう)の縁(えにし)有(あ)るは、天(てん)の老爺(ろうや)を遣(つか)わして下降(げこう)せしめ給(たま)えるなり。是(こ)れ必(かなら)ずや大(おおい)に経綸(けいりん=治国(ちこく))の手(て)を展(の)べ、微(いささ)かに三折肱(さんせっこう=医(い)の道(みち))を施(ほどこ)し、我(わ)が王(おう)の病(やまい)の愈(い)ゆるを治(おさ)め得(え)ば、江山(こうざん)に分(ぶん)有(あ)り、社稷(しゃしょく)を平分(へいぶん)するなり」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、声色(せいしょく=声音(こわいろ)と顔色(がんしょく))を正(ただ)し、八戒(はっかい)の榜文(ぼうぶん)を接(う)け取(と)り、衆(しゅう)に対(たい)して道(い)う、「汝等(なんだち)想(おも)うに是(こ)れ榜(ぼう)を看(み)るの官(かん)ならんか」と。太監(たいかん)叩頭(こうとう)して道(い)う、「奴婢(ぬひ=われら)は乃(すなわ)ち司礼監(しれいかん)の内臣(ないしん=宦官(かんがん))、此(こ)の幾箇(いくつ)かは是(こ)れ錦衣校尉(きんいこうい)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の招医(しょうい)の榜(ぼう)は、委(まこと)に是(こ)れ我(われ)の掲(かか)げし所(ところ)なれば、故(ゆえ)に我(わ)が師弟(してい)を遣(つか)わして引見(いんけん=引(ひ)き合(あ)わ)せたり。既(すで)に然(しか)く汝(なんじ)が主(あるじ)に病(やまい)有(あ)らば、常言(じょうげん)に道(い)う、薬(くすり)は売(う)るに跟(したが)わず、病(やまい)は医(い)を討(もと)めずと。汝(なんじ)去(ゆ)きて那(か)の国王(こくおう)の親(みずか)ら来(きた)りて我(われ)を請(しょう)ぜしめよ、我(われ)に手到(しゅとう=手(て)を下(くだ))せば病(やまい)除(のぞ)かるの功(こう)有(あ)り」と。太監(たいかん)言(げん)を聞(き)き、驚駭(きょうがい=おどろき)せざるは無(なし)。校尉(こうい)道(い)う、「口(くち)に大言(たいげん)を出(いだ)せば、必(かなら)ず度量(どりょう=器量(きりょう))有(あ)り。我等(われら)一半(いっぱん=半分(はんぶん))を着(つか)わして此(ここ)に在(あ)りて啞(あ=黙(だま)っ)て請(しょう)ぜしめ、一半(いっぽん)を着(つか)わして朝(ちょう)に入(い)りて啓奏(けいそう)せしめん」と。当(まさ)に四箇(よんこ)の太監(たいかん)、六箇(ろっこ)の校尉(こうい)を分(わか)ち、更(さら)に宣召(せんしょう=召(め)し)を待(ま)たず、径(ただ)ちに朝(ちょう)に入(い)りて当階(とうかい=階(きざはし)の前(まえ))に奏(そう)して道(い)う、「主公(しゅこう)万千(ばんせん)の喜(よろこび)有(あ)り」と。 那(か)の国王(こくおう)正(まさ)に三蔵(さんぞう)と膳(ぜん)を畢(おわ)りて清談(せいだん=清(きよ)き話(はなし))するに、忽(たちま)ち此(こ)の奏(そう)を聞(き)き、問(と)うて道(い)う、「喜(よろこび)は何(いずこ)よりか来(きた)る」と。太監(たいかん)奏(そう)して道(い)う、「奴婢(ぬひ)等(とう)早(はや)く招医(しょうい)の皇榜(こうぼう)を領(りょう)し出(いだ)し、鼓楼(ころう)の下(した)に張掛(ちょうかく)せしに、東土(とうど)大唐(だいとう)より遠(とお)く来(きた)りて経(きょう)を取(と)るの箇(ひと)の聖僧(しょうそう)孫長老(そんちょうろう)の掲(かか)げ、現在(げんざい)会同館(かいどうかん)の内(うち)に在(ましま)して、王(おう)の親(みずか)ら去(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)ぜんことを要(よう)す。彼(かれ)に手到(しゅとう)すれば病(やまい)除(のぞ)かるの功(こう)有(あ)り、此(こ)の故(ゆえ)に特(こと)に来(きた)りて啓奏(けいそう)す」と。国王(こくおう)言(げん)を聞(き)き満心(まんしん)歓喜(かんき)し、就(すなわ)ち唐僧(とうそう)に問(と)うて道(い)う、「法師(ほうし)に幾位(いくくらい)の高徒(こうと)有(あ)るや」と。三蔵(さんぞう)掌(てのひら)を合(あわ)せて答(こた)えて曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)に三箇(みっつ)の頑徒(がんと=出来(でき)の悪(わる)き弟子(でし))有(あ)り」と。国王(こくおう)問(と)う、「那(いず)れの一位(いちい)の高徒(こうと)か医(い)を善(よ)くするや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「実(じつ)に陛下(へいか)に瞞(あざむ)きて説(と)かず、我(わ)が那(か)の頑徒(がんと)は倶(とも)に是(こ)れ山野(さんや)の庸才(ようさい=凡才(ぼんさい))にして、只(た)だ会(え)して包(つつみ)を挑(にな)い馬(うま)に背(せお)い、澗(たに)を転(まわ)り波(なみ)を尋(たず)ね、貧僧(ひんそう)を帯領(たいりょう)して山(やま)に登(のぼ)り嶺(みね)を渉(わた)り、或(あるい)は峻険(しゅんけん=険(けわ)しき)の処(ところ)に到(いた)りて、伏魔(ふくま)擒怪(きんかい=妖怪(ようかい)を捕(とら))え、虎(とら)を捉(とら)え竜(りゅう)を降(くだ)す可(べ)きのみ、更(さら)に一箇(ひとり)の能(よ)く薬性(やくしょう=薬(くすり)の性質(せいしつ))を知(し)れる者(もの)無(な)し」と。国王(こくおう)道(い)う、「法師(ほうし)何(なん)ぞ必(かなら)ずしも太(はなは)だ謙(けん)遜(へりくだ)るや。朕(ちん)当(まさ)に今日(こんにち)殿(でん)に登(のぼ)り、幸(さいわい)に法師(ほうし)の朝(ちょう)に来(きた)るに遇(あ)う、誠(まこと)に天縁(てんえん)なり。高徒(こうと)既(すで)に医(い)を知(し)らずんば、彼(かれ)怎(いか)でか肯(あえ)て我(わ)が榜文(ぼうぶん)を掲(かか)げ、寡人(かじん)をして親(みずか)ら迎(むか)えしめんや。断然(だんぜん)として医国(いこく)の能(のう)有(あ)るなり」と。叫(よ)んで道(い)う、「文武(ぶんぶ)の衆卿(しゅうけい)よ、寡人(かじん)身(み)虚(きょ=弱(よわ))く力(ちから)怯(おく=弱(よわ))ければ、敢(あ)えて乗輦(じょうれん=輿(こし)に乗(の))らず。汝等(なんだち)寡人(かじん)に替(か)わりて、倶(とも)に朝(ちょう)の外(そと)へ到(いた)り、敦(ねんご)ろに孫長老(そんちょうろう)を請(しょう)じて朕(ちん)が病(やまい)を看(み)しめよ。汝等(なんだち)彼(かれ)に見(まみ)えなば、切(きっ)して軽慢(けいまん)すべからず、彼(かれ)を称(しょう)して神僧孫長老(しんそうそんちょうろう)と做(な)し、皆(みな)君臣(くんしん)の礼(れい)を以(もっ)て相見(しょうけん)せよ」と。 那(か)の衆臣(しゅうしん)旨(むね)を領(りょう)し、榜(ぼう)を看(み)るの太監(たいかん)・校尉(こうい)と径(ただ)ちに会同館(かいどうかん)に至(いた)り、班(はん=列(れつ))を排(なら)べて参拝(さんぱい)す。唬(おどろ)かされて那(か)の八戒(はっかい)は廂房(そうぼう=脇(わき)の部屋(へや))に隠(かく)れ、沙僧(しゃそう)は壁(かべ)の下(した)に閃(ひらめ=身(み)を寄(よ))せたり。那(か)の大聖(たいせい)は、汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の当(まんな)かの中(うち)に坐(ざ)して端然(たんぜん=泰然(たいぜん))として動(うご)かざるを。八戒(はっかい)暗(あん)かの裡(うち)に怨悪(えんお=恨(うら)み憎(にく))んで道(い)う、「此(こ)の猢猻(こん=猿(さる)め)活(い)きながらにして折殺(せっさつ=罰(ばち))当(あた)るなり! 怎(いか)でか此(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の官員(かんいん)の礼拜(らいはい)するに、更(さら)に礼(れい)を還(かえ)さず、也(また)站(た)ち将(も)ち起(お)きざるや」と。多(あま)たの時(とき)ならずして、礼拜(らいはい)し畢(おわ)り、班(はん)を分(わか)ちて啓奏(けいそう)して道(い)う、「上(かみ)に告(つ)ぐ神僧孫長老(しんそうそんちょうろう)、我等(われら)は倶(とも)に朱紫国王(ししこくこくおう)の臣(しん)なり。今(いま)王旨(おうし)を奉(ほう)じ、敬(うやま)んで潔礼(けつれい=清(きよ)き礼(れい))を以(もっ)て神僧(しんそう)を参請(さんせい)し、朝(ちょう)に入(い)りて病(やまい)を看(み)しめんとす」と。行者(ぎょうじゃ)方(はじ)めて才(はじ)めて身(み)を立(た)て起(おこ)して衆(しゅう)に対(たい)して道(い)う、「汝(なんじ)が王(おう)は如何(いかん)として来(きた)らざるや」と。衆臣(しゅうしん)道(い)う、「我(わ)が王(おう)は身(み)虚(きょ)しく力(ちから)怯(おく)く、敢(あ)えて乗輦(じょうれん)せず、特(こと)に臣等(しんとう)をして君(きみ)に代(かわ)るの礼(れい)を行(おこな)い、神僧(しんそう)を拝請(はいせい)せしむるなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、列位(れっい)請(こ)う前(まえ)に行(ゆ)け、我(われ)当(まさ)に随(したが)いて至(いた)らん」と。衆臣(しゅうしん)各(おのおの)品従(ひんじゅう=位階(いかい))に依(よ)り、隊(たい)を作(な)して而(しか)して走(はし)る。行者(ぎょうじゃ)衣(ころも)を整(ととの)えて而(しか)して起(た)つ。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、切(きっ)して我等(われら)を攀(ひき)出(いだ)すこと莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)を攀(ひ)き出(いだ)さず、只(た)だ汝(なんじ)二(ふた)りの我(われ)と薬(くすり)を収(おさ)むるを要(よう)す」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「甚(なん)の薬(くすり)をか収(おさ)むるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「凡(およ)そ人(ひと)の薬(くすり)を送(おく)り来(きた)りて我(われ)に与(あた)うれば、数(かず)に照(てら)して収(おさ)め下(おろ)し、我(われ)の回(かえ)り来(きた)りて取(と)り用(もち)うるを待(ま)て」と。二(ふた)り諾(だく=承知(しょうち))を領(りょう)することは題(かた)らず。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち多官(たかん)と同(とも)に、頃間(けいかん=しばらく)して便(すなわ)ち到(いた)る。衆臣(しゅうしん)先(さき)に走(はし)り、奏(そう)して那(か)の国王(こくおう)に知(し)らしむ。珠簾(しゅれん=真珠(しんじゅ)の簾(すだれ))を高(たか)く巻(ま)き、竜睛鳳目(りゅうせいほうもく=竜(りゅう)の瞳(ひとみ)鳳(おおとり)の目(め))を閃(ひらめ)かせ、金口(きんこう=尊(とうと)き口(くち))御言(ぎょげん)を開(ひら)いて便(すなわ)ち問(と)う、「那(いず)れの一位(いちい)か是(こ)れ神僧孫長老(しんそうそんちょうろう)なる」と。 行者(ぎょうじゃ)前(まえ)に一歩(いっぽ)を進(すす)め、厳(おごそ)かに声(こえ)して道(い)う、「老孫(ろうそん)便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。那(か)の国王(こくおう)声音(せいおん)の凶狠(きょうこう=荒々(あらあら)し)きを聴(き)き、又(また)相貌(そうぼう)の刁鑽(ちょうさん=ずる賢(がしこ)き)なるを見(み)、唬(おどろ)きて戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、竜床(りゅうしょう=天子(てんし)の寝台(しんだい))の上(うえ)に跌(たお)る。慌(あわ)てる那(か)の女官(じょかん)内宦(ないかん=女官(じょかん)と宦官(かんがん))、急(いそ)ぎ扶(たす)けて宮中(きゅうちゅう)に入(い)れ、道(い)う、「寡人(かじん)を唬(おどろ)かし殺(ころ)すなり」と。衆官(しゅうかん)都(すべ)て行者(ぎょうじゃ)を嗔怨(しんえん=恨(うら)み怨(うら))んで道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)怎(いか)でか此(か)くの如(ごと)く粗魯(そろ=粗野(そや))村疏(そんそ=無作法(ぶさほう))なるや! 怎(いか)でか敢(あ)えて就(すなわ)ち擅(ほしいまま)に榜(ぼう)を掲(かか)ぐるや」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き笑(わら)って道(い)う、「列位(れっい)錯(あやま)って我(われ)を怪(あやし)めり。若(も)し此(か)くの如(ごと)く人(ひと)を慢(あなど)らば、汝(なんじ)が国王(こくおう)の病(やまい)は、就(すなわ)ち是(こ)れ一千年(いっせんねん)も也(また)好(よ)くなること得(え)じ」と。 衆臣(しゅうしん)道(い)う、「人生(じんせい)能(よ)く幾多(いくばく)の陽寿(ようじゅ=寿命(じゅみょう))有(あ)らんや、就(すなわ)ち一千年(いっせんねん)にも也(また)還(ま)た好(よ)からざるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)は如今(いま)是(こ)れ箇(ひと)の病君(びょうくん=病(やまい)の君(きみ))にして、死(し)すれば是(こ)れ箇(ひと)の病鬼(びょうき=病(やまい)の鬼(おに))、再(ま)た転世(てんせい=生(う)まれ変(かわ))るも也(また)還(ま)た是(こ)れ箇(ひと)の病人(びょうにん)なるに、却(かえ)って是(こ)れ一千年(いっせんねん)にも也(また)還(ま)た好(よ)からざるならずや」と。衆臣(しゅうしん)怒(いか)って曰(いわ)く、「汝(なんじ)が此(こ)の和尚(おしょう)、甚(はなは)だ礼(れい)を知(し)らず! 怎(いか)でか敢(あ)えて此(か)くの如(ごと)く満口(まんこう)に胡柴(こさい=でたらめ)を言(い)うや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「是(こ)れ胡柴(こさい)ならず、汝等(なんだち)都(すべ)て我(われ)が道(い)うを聴(き)け。 医門(いもん)の理法(りほう)は至(いた)って微玄(びげん=奥深(おくふか))く、大要(たいよう=肝要(かんよう))は心(こころ)の中(うち)に転旋(てんせん=巡(めぐ)らすこと)有(あ)り。 望聞問切(ぼうぶんもんせつ)の四般(しはん=四(よ)つの事(こと))、一(ひと)つを缺(か)くの時(とき)は備(そな)わらず全(まった)からず。 第一(だいいち)に他(かれ)が神気色(しんきしょく=気力(きりょく)と顔色(がんしょく))を望(み)て、潤枯(じゅんこ=潤(うるお)いと枯(か)れ)・肥瘦(ひそう=太(ふと)りと痩(や)せ)・起和眠(きわみん=起(お)き臥(ふ)し)を看(み)る。 第二(だいに)に声(こえ)の清(せい)と濁(だく)とを聞(き)き、他(かれ)が真語(しんご=まことの言葉(ことば))及(およ)び狂言(きょうげん)を聴(き)く。 三(みっ)つには病原(びょうげん)の幾日(いくにち)を経(へ)るかを問(と)い、如何(いか)に飲食(いんしょく)し怎(いか)に生(いき)て便(つごう)よきかを問(と)う。 四(よっ)つに才(はじ)めて脉(みゃく)を切(せっ)して経絡(けいらく)を明(あき)らかにし、浮沈(ふちん=浮(う)き沈(しず)み)表裏(ひょうり)の是(こ)れ何般(なんぱん=どのよう)なるかを知(し)る。 我(われ)望聞(ぼうぶん)并(なら)びに問切(もんせつ)をせずんば、今生(こんじょう=今(いま)の世(よ))安然(あんぜん)なるを得(う)ることを想(おも)うこと莫(なか)れ。 那(か)の両班(りょうはん=左右(さゆう)の列(れつ))の文武(ぶんぶ)の叢中(そうちゅう)に太医院(たいいいん)の官(かん)有(あ)り、一(ひと)たび此(こ)の言(げん)を聞(き)き、衆(しゅう)に対(たい)して称揚(しょうよう)して道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)也(また)説(と)けること理(り)有(あ)り。就(すなわ)ち是(こ)れ神仙(しんせん)の病(やまい)を看(み)るも、也(また)須(すべから)く望聞問切(ぼうぶんもんせつ)すべく、謹(つつし)んで神聖功巧(しんせいこうこう)に合(がっ)するなり」と。衆官(しゅうかん)此(こ)の言(げん)に依(よ)り、近侍(きんじ=側近(そっきん))を着(つか)わして伝奏(でんそう)せしめて道(い)う、「長老(ちょうろう)望聞問切(ぼうぶんもんせつ)の理(り)を用(もち)いて、方(はじ)めて病(やまい)を認(みと)め薬(くすり)を用(もち)う可(べ)しと」と。 那(か)の国王(こくおう)竜床(りゅうしょう)の上(うえ)に睡(やす)みて、声(こえ)を声(こえ)として喚(よ)んで道(い)う、「彼(かれ)を去(ゆ)かしめよ! 寡人(かじん)は生人(せいじん=見知(みし)らぬ人(ひと))の面(おもて)を見(み)るを得(え)ざるなり」と。近侍(きんじ)の宮(きゅう)を出(い)で来(きた)りて道(い)う、「那(そ)の和尚(おしょう)、我(わ)が王(おう)の旨意(しい)には、汝(なんじ)を去(ゆ)かしむ、生人(せいじん)の面(おもて)を見(み)るを得(え)ざるなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「若(も)し生人(せいじん)の面(おもて)を見(み)るを得(え)ずんば、我(われ)会(え)して懸絲診脉(けんししんみゃく=糸(いと)を吊(つる)して脉(みゃく)を診(み))する有(あ)り」と。衆官(しゅうかん)暗(あん)かに喜(よろこ)んで道(い)う、「懸絲診脉(けんししんみゃく)は、我等(われら)耳(みみ)に聞(き)けども、曾(かつ)て眼(まなこ)に見(み)ず。再(ま)た奏(そう)し去(ゆ)き来(きた)れ」と。那(か)の近侍(きんじ)の又(また)宮(きゅう)に入(い)りて奏(そう)して道(い)う、「主公(しゅこう)、那(か)の孫長老(そんちょうろう)は主公(しゅこう)の面(おもて)を見(み)ざるも、彼(かれ)会(え)して懸絲診脉(けんししんみゃく)する有(あ)り」と。国王(こくおう)心(こころ)の中(うち)暗(あん)かに想(おも)うて道(い)う、「寡人(かじん)病(や)むこと三年(さんねん)、未(いま)だ曾(かつ)て此(これ)を試(こころ)みず、彼(かれ)を宣(め)して進(い)らしめよ」と。近侍(きんじ)の即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ伝(つた)え出(いだ)して道(い)う、「主公(しゅこう)已(すで)に彼(かれ)が懸絲診脉(けんししんみゃく)するを許(ゆる)し給(たま)えり、快(すみや)か孫長老(そんちょうろう)を宣(め)して宮(きゅう)に入(い)りて診視(しんし=診(み)ること)せしめよ」と。行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って就(すなわ)ち宝殿(ほうでん)に上(のぼ)る。唐僧(とうそう)迎(むか)えて罵(ののし)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の潑猴(はつこう=暴(あば)れ猿(さる))、我(われ)を害(そこな)い了(おお)せるなり」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「好(よ)き師父(しふ)よ、我(われ)倒(かえっ)て汝(なんじ)と壮観(そうかん=見栄(みば)え)を為(な)すに、汝(なんじ)返(かえっ)て我(われ)の汝(なんじ)を害(そこな)うと説(い)うや」と。三蔵(さんぞう)喝(かつ)して道(い)う、「汝(なんじ)我(われ)に跟(したが)いて此(こ)の幾年(いくとせ)、那(いず)れの曾(かつ)て汝(なんじ)の誰(たれ)をか医(いや)し好(よ)くせしを見(み)しか! 汝(なんじ)薬性(やくしょう)をも知(し)らず、医書(いしょ)をも未(いま)だ読(よ)まざるに、怎(いか)でか大胆(だいたん)に此(こ)の箇(こ)の大禍(たいか)を撞(ひ)き起(おこ)すや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)よ、汝(なんじ)元来(もと)暁(さと)らざるなり。我(われ)に幾箇(いくつ)かの草頭方児(そうとうほうじ=民間(みんかん)の処方(しょほう))有(あ)り、能(よ)く大病(たいびょう)を治(ぢ)し、管情(かんじょう=きっと)も彼(かれ)を医(いや)し好(よ)くするを得(う)れば便(すなわ)ち是(こ)れなり。就(すなわ)ち是(こ)れ医(いや)し死(し)なせたるとも、也(また)只(た)だ箇(ひと)の庸医殺人(よういさつじん=藪医者(やぶいしゃ)の殺人(さつじん))の罪名(ざいみょう)を問(と)わるるのみにして、也(また)該(まさ)に死(し)すべからず、汝(なんじ)怕(おそ)るること怎(なん)ぞや! 打緊(たいしたこと)ならず、打緊(たいしたこと)ならず、汝(なんじ)且(しばら)く坐(ざ)して我(わ)が脉理(みゃくり=脉(みゃく)の理(り))の如何(いかん)を看(み)よ」と。 長老(ちょうろう)又(また)道(い)う、「汝(なんじ)那(いずく)んぞ曾(かつ)て『素問(そもん)』・『難経(なんきょう)』・『本草(ほんぞう)』・『脉訣(みゃくけつ)』の、是(こ)れ甚(なん)の般(ごと)きの章句(しょうく)か、怎(いか)でか生(いき)て注解(ちゅうかい)せるを見(み)しか、就(すなわ)ち此(か)くの如(ごと)く胡説散道(こせつさんどう=でたらめを言(い)い散(ちら))し、会(え)して甚(なん)の懸絲診脉(けんししんみゃく)をか為(な)すや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)に金線(きんせん=金(きん)の糸(いと))の身(み)に在(あ)る有(あ)るを、汝(なんじ)曾(かつ)て見(み)ざるなり」と。即(すなわ)ち手(て)を伸(の)べ下(おろ)し、尾(び=尻尾(しっぽ))の上(うえ)より三根(さんこん=三本(さんぼん))の毫毛(ごうもう=細(ほそ)き毛(け))を拔(ぬ)き、一把(ひとつかみ)に捻(ねん)じ、一声(ひとこえ)「変(へん)」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち変(へん)じて三条(さんじょう=三本(さんぼん))の糸線(しせん=糸(いと))と作(な)る。每条(めいじょう=それぞれ)各(おのおの)長(なが)さ二丈四尺(にじょうししゃく)にして、二十四気(にじゅうしき=二十四(にじゅうよん)の節気(せっき))に按(あん)じ、手(て)の内(うち)に托(たく)して、唐僧(とうそう)に対(たい)して道(い)う、「此(こ)れ是(こ)れ我(わ)が金線(きんせん)ならずや」と。近侍(きんじ)の宦官(かんがん)旁(かたわら)に在(あ)りて道(い)う、「長老(ちょうろう)且(しばら)く口(くち)を講(こう=論(あげつら))うことを休(や)め、請(こ)う宮中(きゅうちゅう)に入(い)りて診視(しんし)に去(ゆ)き来(きた)れ」と。行者(ぎょうじゃ)唐僧(とうそう)に別(わか)れを告(つ)げ、近侍(きんじ)に随(したが)って宮(きゅう)に入(い)りて病(やまい)を看(み)る。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の、 心(こころ)に秘方(ひほう)有(あ)って能(よ)く国(くに)を治(おさ)め、内(うち)に妙訣(みょうけつ)を蔵(ぞう)して長生(ちょうせい)を注(ちゅう=志(こころざ))す。 畢竟(ひっきょう)此(こ)の去(ゆ)きて何(なん)の病(やまい)をか看(み)い出(いだ)し、甚(なん)の薬品(やくひん)を用(もち)うるかを知(し)らず。端(たん=仔細(しさい))的(てき)を知(し)らんと欲(ほっ)せば、且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第六十九回 心主(しんしゅ=心(こころ)の主(あるじ))夜間(やかん)に薬物(やくぶつ)を修(おさ)め 君王(くんおう)筵上(えんじょう)に妖邪(ようじゃ)を論(ろん)ず 話(かく)かた孫大聖(そんたいせい)、近侍(きんじ)の宦官(かんがん)と同(とも)に皇宮内院(こうきゅうないいん)に到(いた)り、直(ただ)ちに寝宮(しんきゅう)の門(もん)の外(そと)に至(いた)りて立(た)ち定(さだ)まり、三(みっ)つの条(すじ)の金線(きんせん)を将(もっ)て宦官(かんがん)に拿(と)らせて裡(うち)の面(めん)に入(い)らしめ、吩咐(ふんぷ=言(い)い含(ふく))めて道(い)う、「内宮(ないきゅう)の妃后(ひごう)或(あるい)は近侍(きんじ)の太監(たいかん)をして、先(ま)ず聖躬(せいきゅう=天子(てんし)の御体(みからだ))の左手首(ひだりてくび)の下(した)に、寸関尺(すんかんしゃく=脉(みゃく)の三(みっ)つの部位(ぶい))の三部(さんぶ)の上(うえ)に按(あん)じて系(か)けしめ、却(かえ)って線(いと)の頭(かしら)を将(もっ)て窓櫺児(そうれいじ=格子窓(こうしまど))より穿(つらぬ)き出(いだ)して我(われ)に与(あた)えよ」と。 真(まこと)に箇(こ)那(か)の宦官(かんがん)此(こ)の言(げん)に依(よ)り、国王(こくおう)を請(しょう)じて竜床(りゅうしょう)に坐(ざ)せしめ、寸関尺(すんかんしゃく)に按(あん)じて金線(きんせん)の一頭(いっとう=一方(いっぽう)の端(はし))を以(もっ)て系(か)け、一頭(いっとう)を理(ととの)えて窓(まど)の外(そと)に出(いだ)す。行者(ぎょうじゃ)線(いと)の頭(かしら)を接(う)け、自(みずか)らが右手(みぎて)の大指(おおゆび)を以(もっ)て先(ま)ず食指(しょくし=人差(ひとさ)し指(ゆび))を托(たく)し、寸脉(すんみゃく)を看(み)る。次(つぎ)に中指(なかゆび)を将(もっ)て大指(おおゆび)に按(あん)じ、関脉(かんみゃく)を看(み)る。又(また)大指(おおゆび)を将(もっ)て無名指(むめいし=薬指(くすりゆび))を托(たく)し定(さだ)め、尺脉(しゃくみゃく)を看(み)る。自家(じか=自分(じぶん))の呼吸(こきゅう)を調停(ちょうてい=整(ととの))え、四気五鬱(しきごうつ)・七表八里九候(しちひょうはちりきゅうこう)・浮中沈(ふちゅうちん)・沈中浮(ちんちゅうふ)を分(わか)ち定(さだ)め、虚実(きょじつ)の端(たん=要(かなめ))を弁(べん)じ明(あき)らかにす。又(また)左手(ひだりて)を解(と)き下(おろ)して、前(さき)に依(よ)りて右手首(みぎてくび)の下(した)の部位(ぶい)に系(か)けしむ。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち左手(ひだりて)の指(ゆび)を以(もっ)て、一一(いちいち)に頭(かしら)より診視(しんし)し畢(おわ)り、却(かえ)って身(み)を将(もっ)て一(ひと)たび抖(ふる)わし、金線(きんせん)を把(と)って身(み)の上(うえ)に収(おさ)め来(きた)り、厳(おごそ)かに声(こえ)を高(たか)くして呼(よ)んで道(い)う、 陛下(へいか)が左手(ひだりて)の寸脉(すんみゃく)は強(つよ)くして緊(きん=締(し)まり))、関脉(かんみゃく)は渋(しぶ)くして緩(かん=ゆる)く、尺脉(しゃくみゃく)は芤(こう=中空(なかぞら))にして且(か)つ沈(しず)む。 右手(みぎて)の寸脉(すんみゃく)は浮(う)いて滑(なめらか)、関脉(かんみゃく)は遅(おそ)くして結(けつ=滞(とどこお))り、尺脉(しゃくみゃく)は数(さく=速(はや))にして牢(ろう=固(かた))し。 夫(そ)れ左寸(さすん)の強(つよ)くして緊(きん)なるは、中虚(ちゅうきょ=内(うち)の虚(きょ))の心痛(しんつう)なり。 関(かん)の渋(しぶ)くして緩(かん)なるは、汗(あせ)出(い)でて肌(はだ)の麻(しび)るるなり。 尺(しゃく)の芤(こう)にして沈(しず)むは、小便(しょうべん)赤(あか)くして大便(だいべん)に血(ち)を帯(お)ぶるなり。 右寸(うすん)の寸脉(すんみゃく)浮(う)いて滑(なめらか)なるは、内結(ないけつ)経閉(けいへい)なり。 関(かん)の遅(おそ)くして結(けつ)るは、宿食(しゅくしょく=古(ふる)き食物(しょくもつ))の留飲(りゅういん=滞(とどこお)り)なり。 尺(しゃく)の数(さく)にして牢(ろう)なるは、煩満(はんまん=胸(むね)のつかえ)と虚寒(きょかん)との相持(あいじ=相(あい)対(たい))するなり。 此(こ)の貴恙(きよう=御病気(ごびょうき))を診(み)るに是(こ)れ一箇(ひとつ)の驚恐(きょうきょう)憂思(ゆうし=思(おも)い患(わずら)い)にして、号(な)して双鳥失群(そうちょうしつぐん=二羽(にわ)の鳥(とり)の群(むれ)を失(うしな)う)の証(しょう)と為(な)す。 那(か)の国王(こくおう)内(うち)に在(ましま)して言(げん)を聞(き)き満心(まんしん)歓喜(かんき)し、精神(せいしん)を打(う)ち起(おこ)して声(こえ)を高(たか)くして応(こた)えて道(い)う、「指下(しげ=指(ゆび)の下(した))明白(めいはく)なり! 指下(しげ)明白(めいはく)なり! 果(はた)して是(こ)れ此(こ)の疾(やまい)なり! 請(こ)う外(そと)の面(めん)に出(い)でて薬(くすり)を用(もち)い来(きた)れ」と。大聖(たいせい)却(かえ)って才(はじ)めて歩(ほ)を緩(ゆる)めて宮(きゅう)を出(い)づ。早(はや)くも旁(かたわら)に在(あ)りて聴(き)きしの太監(たいかん)の、已(すで)に先(さき)に衆(しゅう)に対(たい)して報(ほう)じ知(し)らせたり。須臾(しゅゆ=またたく間(あいだ))にして行者(ぎょうじゃ)出(い)で来(きた)る。唐僧(とうそう)即(すなわ)ち如何(いかん)と問(と)う。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「脉(みゃく)を診(み)了(おわ)り、如今(いま)証(しょう)に対(たい)して薬(くすり)を制(つく)らんとす」と。衆官(しゅうかん)上前(じょうぜん)に道(い)う、「神僧長老(しんそうちょうろう)、適才(さっき)双鳥失群(そうちょうしつぐん)の証(しょう)と説(と)かれしは、何(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「雌雄(しゆう=雌(めす)と雄(おす))の二鳥(にちょう)有(あ)りて、元(もと)一処(いっしょ)に在(あ)りて同(とも)に飛(と)べるが、忽(たちま)ち暴風驟雨(ぼうふうしゅうう=激(はげ)しき嵐(あらし))に驚(おどろ)かされ散(ち)り、雌(めす)は雄(おす)を見(み)ること能(あた)わず、雄(おす)も雌(めす)を見(み)ること能(あた)わず、雌(めす)は乃(すなわ)ち雄(おす)を想(おも)い、雄(おす)も亦(また)雌(めす)を想(おも)う。此(こ)れ是(こ)れ双鳥失群(そうちょうしつぐん)ならずや」と。 衆官(しゅうかん)説(と)くを聞(き)き、斉(ひとし)く声(こえ)を喝采(かっさい=叫(さけ)んで褒(ほ))んで道(い)う、「真(まこと)に是(こ)れ神僧(しんそう)! 真(まこと)に是(こ)れ神医(しんい)なり」と。称賛(しょうさん)して已(や)まず。当(まさ)に太医官(たいいかん)の問(と)うて道(い)う有(あ)り、「病勢(びょうせい)は已(すで)に看(み)い出(いだ)されたれど、但(た)だ知(し)らず何(なん)の薬(くすり)を用(もち)いて之(これ)を治(ぢ)するかを」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「必(かなら)ずしも方(ほう=処方(しょほう))を執(と)らず、薬(くすり)を見(み)れば就(すなわ)ち要(よう)す」と。医官(いかん)道(い)う、「経(きょう)に云(い)う、薬(くすり)に八百八味(はっぴゃくはちみ)有(あ)り、人(ひと)に四百四病(しひゃくしびょう)有(あ)りと。病(やまい)は一(ひと)りの人(ひと)の身(み)に在(あ)らずんば、薬(くすり)豈(あ)に全(ことごと)く用(もち)うるの理(ことわり)有(あ)らんや! 如何(いかん)ぞ薬(くすり)を見(み)れば就(すなわ)ち要(よう)すと」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「古人(こじん)に云(い)う、薬(くすり)は方(ほう)を執(と)らず、宜(よろ)しきに合(がっ)して而(しか)して用(もち)うと。此(こ)の故(ゆえ)に全(まった)く薬品(やくひん)を徴(あつ)めて、而(しか)して随(したが)って加減(かげん)するなり」と。 那(か)の医官(いかん)復(ま)た再(ふたた)び言(い)わず、即(すなわ)ち朝門(ちょうもん)の外(そと)に出(い)で、本衙(ほんが=自(みずか)らの役所(やくしょ))の当値(とうち=当直(とうちょく))の人(ひと)を差(つか)わし、遍(あまね)く満城(まんじょう=町中(まちじゅう))の生熟薬鋪(せいじゅくやくほ=生薬(しょうやく)・熟薬(じゅくやく)の店(みせ))に暁(つ)げしめ、即(すなわ)ち薬品(やくひん)を将(もっ)て、毎味(まいみ=味(み)ごと)に各(おのおの)三斤(さんきん)を弁(べん)じて、行者(ぎょうじゃ)に送(おく)らしむ。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此間(ここ)は是(こ)れ薬(くすり)を制(つく)る処(ところ)ならず。諸薬(しょやく)の数(かず)并(なら)びに薬(くすり)を制(つく)る一応(いちおう)の器皿(きべい=器(うつわ))を将(もっ)て、都(すべ)て会同館(かいどうかん)に送(おく)り入(い)れ、我(わ)が師弟(してい)二(ふた)りに交(わた)して収(おさ)め下(おろ)さしめよ」と。医官(いかん)命(めい)を聴(き)き、即(すなわ)ち八百八味(はっぴゃくはちみ)の毎味(まいみ)三斤(さんきん)及(およ)び薬碾(やくてん=薬(くすり)の碾(ひきうす))・薬磨(やくま=薬(くすり)の臼(うす))・薬羅(やくら=薬(くすり)の篩(ふるい))・薬乳(やくにゅう)并(なら)びに乳鉢(にゅうばち)・乳槌(にゅうつい)の類(たぐい)を都(すべ)て館(かん)の中(うち)に送(おく)り至(いた)らしめ、一一(いちいち)に交付(こうふ)して収(おさ)め訖(おわ)る。 行者(ぎょうじゃ)殿(でん)の上(うえ)に往(ゆ)きて師父(しふ)を請(しょう)じて同(とも)に館(かん)の中(うち)に至(いた)りて薬(くすり)を制(つく)らんとす。那(か)の長老(ちょうろう)正(まさ)に自(みずか)ら身(み)を起(おこ)さんとするに、忽(たちま)ち内宮(ないきゅう)の旨(むね)を伝(つた)うる有(あ)りて、閣下(かっか=閣僚(かくりょう))をして法師(ほうし)を留(とど)め住(お)かしめ、同(とも)に文華殿(ぶんかでん)に宿(しゅく)せしめ、明朝(みょうちょう=明日(あす)の朝(あさ))の薬(くすり)を服(の)みし後(のち)の、病(やまい)の痊(い)ゆるを待(ま)ちて酬謝(しゅうしゃ=礼(れい)を返(かえ))し、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)して送行(そうこう)せんとす。三蔵(さんぞう)大(おおい)に驚(おどろ)いて道(い)う、「徒弟(とてい)よ、此(こ)の意(い)は是(こ)れ我(われ)を留(とど)めて当頭(とうとう=人質(ひとじち))と做(な)さんとするなり。若(も)し好(よ)く医(いや)せば、歓喜(かんき)して起(た)ちて送(おく)らん。若(も)し好(よ)く医(いや)せずんば、我(わ)が命(いのち)休(きゅう=終(おわ))らん。汝(なんじ)須(すべから)く仔細(しさい=心(こころ)を込(こ))め上心(じょうしん=心(こころ)を留(とど))め、精虔(せいけん=真心(まごころ))に制度(せいど=調剤(ちょうざい))せよ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)放心(ほうしん)して此(ここ)に在(あ)りて受用(じゅよう=もてなし)せよ、老孫(ろうそん)自(おのずか)ら医国(いこく)の手(て)有(あ)り」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、三蔵(さんぞう)に別(わか)れを告(つ)げ、衆臣(しゅうしん)に辞(じ)し、径(ただ)ちに館(かん)の中(うち)に至(いた)る。八戒(はっかい)迎(むか)えて笑(わら)って道(い)う、「師兄(しけい)よ、我(われ)汝(なんじ)を知(し)れり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)甚(なん)をか知(し)るや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)が経(きょう)を取(と)るの事(こと)の果(は)たさず、生涯(しょうがい=商売(しょうばい))を做(な)さんと欲(ほっ)するも本(もとで=元手(もとで))無(な)きを知(し)る。今日(こんにち)此(こ)の処(ところ)の富庶(ふしょ=豊(ゆた)か)なるを見(み)、法(ほう)を設(もう)けて薬鋪(やくほ=薬屋(くすりや))を開(ひら)かんとす」と。行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して道(い)う、「胡説(こせつ=でたらめ)を言(い)うな! 国王(こくおう)を医(いや)し好(よ)くして、意(こころ)を得(う)る処(ところ)に朝(ちょう)に辞(じ)して路(みち)を走(はし)らんに、甚(なん)の薬鋪(やくほ)をか開(ひら)かんや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「終(つい)に然(しか)らずんば、此(こ)の八百八味(はっぴゃくはちみ)の薬(くすり)、毎味(まいみ)三斤(さんきん)、共計(あわ)せて二千四百二十四斤(にせんよんひゃくにじゅうよんきん)、只(た)だ一(ひと)りの人(ひと)を医(いや)すに、能(よ)く幾(いく)らを用(もち)うるか。幾(いく)らの年代(ねんだい)を経(へ)て方(はじ)めて食(くら)い得(え)了(おお)せるかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いずく)んぞ用(もち)うること許(ばか)り多(おお)からんや。彼(かれ)が那(か)の太医院(たいいいん)の官(かん)は都(すべ)て是(こ)れ些(これら)の愚盲(ぐもう=愚(おろ)かで暗(くら))の輩(やから)なれば、故(ゆえ)に以(もっ)て此(か)くの如(ごと)く許多(あまた)の薬品(やくひん)を取(と)らせ、他(かれ)をして捉摸(ついも=目星(めぼし))を付(つ)くる処(ところ)無(な)からしめ、我(われ)の用(もち)うるは那(いず)れの幾味(いくみ)なるかを知(し)り難(がた)く、我(わ)が神妙(しんみょう)の方(ほう)を識(し)らざらしむるなり」と。 正(まさ)に説(と)く処(ところ)、只(た)だ見(み)る、二(ふた)りの館使(かんし)の、面(おもて)に当(あた)りて跪(ひざまず)き下(おろ)して道(い)う、「請(こ)う神僧老爺(しんそうろうや)の晩斎(ばんさい=夕食(ゆうしょく))に進(すす)め」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「早間(そうかん=朝方(あさがた))那(か)の般(ごと)く我(われ)を待(ま)ちしに、如今(いま)却(かえ)って跪(ひざまず)きて之(これ)を請(しょう)ずるは、何(なん)ぞや」と。館使(かんし)叩頭(こうとう)して道(い)う、「老爺(ろうや)の来(きた)り給(たま)いし時(とき)、下官(かかん=私(わたくし))眼(め)有(あ)りて珠(たま)無(な)く、尊顔(そんがん)を識(し)らざりき。今(いま)老爺(ろうや)の大(おおい)に三折(さんせつ)の肱(こう)を展(の)べ、我(わ)が一国(いっこく)の主(あるじ)を治(ぢ)し給(たま)うを聞(き)く。若(も)し主上(しゅじょう)の病(やまい)愈(い)ゆれば、老爺(ろうや)江山(こうざん)に分(ぶん)有(あ)り、我(われ)が輩(ともがら)は皆(みな)臣子(しんし=家来(けらい))なり、礼(れい)当(まさ)に拝(おが)みて請(しょう)ずべきなり」と。行者(ぎょうじゃ)説(と)くを見(み)て、欣然(きんぜん)として堂(どう)に登(のぼ)りて上(うえ)に坐(ざ)し、八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)左右(さゆう)に分(わか)れて坐(ざ)し、斎(とき)を擺(なら)べ上(あ)ぐ。沙僧(しゃそう)便(すなわ)ち問(と)うて道(い)う、「師兄(しけい)よ、師父(しふ)は那(いずこ)に在(ましま)すや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)は国王(こくおう)に留(とど)め住(お)かれて当頭(とうとう)と做(な)されたり。只(た)だ病(やまい)を医(いや)し好(よ)くするを待(ま)ちて、方(はじ)めて酬謝(しゅうしゃ)し送行(そうこう)するなり」と。沙僧(しゃそう)又(また)問(と)う、「些(いささ)かの受用(じゅよう)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「国王(こくおう)豈(あ)に受用(じゅよう)無(な)からんや! 我(われ)の来(きた)りし時(とき)、彼(かれ)已(すで)に三箇(みっつ)の閣老(かくろう=宰相(さいしょう))の左右(さゆう)に陪侍(ばいじ=付(つ)き添(そ))う有(あ)りて、文華殿(ぶんかでん)に請(しょう)じ入(い)られ去(ゆ)きしなり」と。 八戒(はっかい)道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、還(ま)た是(こ)れ師父(しふ)の大(おおい)なるなり。彼(かれ)は倒(かえっ)て閣老(かくろう)の陪侍(ばいじ)有(あ)るに、我等(われら)は只(た)だ二(ふた)りの館使(かんし)の奉承(ほうしょう=機嫌(きげん)を取(と))るを得(う)るのみ。且(しばら)く他(かれ)を管(かま)うこと莫(なか)れ、老猪(ろうちょ)をして一頓(ひとくぎり)の飽(ほう)飯(めし)を食(くら)わしめよ」と。兄弟(けいてい)たち遂(つい)に此(ここ)に自(おのずか)ら在(あ)るがままに受用(じゅよう)すること一番(いちばん)なり。 天色(てんしょく)已(すで)に晩(く)るるに、行者(ぎょうじゃ)館使(かんし)を叫(よ)んで道(い)う、「家火(かか=器物(きぶつ))を収(おさ)めよ、多(おお)く些(いささ)かの油蠟(ゆろう=油(あぶら)と蠟燭(ろうそく))を弁(べん)ぜよ。我等(われら)夜(よる)の静(しず)かなる時(とき)に到(いた)りて方(はじ)めて好(よ)く薬(くすり)を制(つく)らん」と。館使(かんし)果(はた)して若干(じゃっかん)の油蠟(ゆろう)を送(おく)り、各(おのおの)散(さん)ずるを命(めい)ず。半夜(はんや=真夜中(まよなか))に至(いた)り、天街(てんがい=帝都(ていと)の街(まち))人(ひと)静(しず)かにして、万籟(ばんらい=万(よろず)の音(おと))声(こえ)無(なし)。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、何(なん)の薬(くすり)をか制(つく)る。早(はや)くに趕(いそ)ぎて事(こと)を幹(や)れ、我(われ)瞌睡(こうすい=眠(ねむ))けり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)大黄(だいおう)を将(もっ)て一両(いちりょう)を取(と)り来(きた)り、碾(ひ)きて細末(さいまつ=細(こま)かき粉(こな))と為(な)せ」と。沙僧(しゃそう)乃(すなわ)ち道(い)う、 大黄(だいおう)は味(あじ)苦(にが)く、性(せい)寒(かん)にして毒(どく)無(な)し。其(そ)の性(せい)沈(しず)んで而(しか)して浮(う)かず、其(そ)の用(よう)走(はし)って而(しか)して守(まも)らず、諸鬱(しょつ=諸(もろもろ)の鬱(うっ))を奪(うば)いて壅滞(ようたい=滞(とどこお)り)無(な)く、禍乱(からん)を定(さだ)めて太平(たいへい)を致(いた)す、之(これ)に名(な)づけて将軍(しょうぐん)と曰(い)う。此(こ)れ行薬(ぎょうやく=効(き)き目(め)の早(はや)き薬(くすり))なるのみ、但(た)だ恐(おそ)らくは久病(きゅうびょう)虚弱(きょじゃく)なれば、此(これ)を用(もち)う可(べ)からず。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「賢弟(けんてい)知(し)らず、此(こ)の薬(くすり)は痰(たん)を利(り=通(とお))し気(き)を順(じゅん=整(ととの))え、肚中(ちゅう=腹(はら)の裡(うち))の凝滞(ぎょうたい)の寒熱(かんねつ)を蕩(あら)う。汝(なんじ)我(われ)を管(かま)うこと莫(なか)れ、汝(なんじ)去(ゆ)きて一両(いちりょう)の巴豆(はず)を取(と)り、殻(から)を去(さ)り膜(まく)を去(さ)り、捶(つ)きて油毒(ゆどく)を去(さ)り、碾(ひ)きて細末(さいまつ)と為(な)して来(きた)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う、 巴豆(はず)は味(あじ)辛(から)く、性(せい)熱(ねつ)にして毒(どく)有(あ)り。堅積(けんせき=硬(かた)き積(つ)まり)を削(けず)り、肺腑(はいふ=五臓(ごぞう))の沈寒(ちんかん)を蕩(あら)い、閉塞(へいそく)を通(つう)じ、水穀(すいこく=飲食(いんしょく))の道路(どうろ)を利(り)す。乃(すなわ)ち是(こ)れ関(かん)を斬(き)り門(もん)を奪(うば)うの将(しょう)にして、軽(かる)がろしく用(もち)う可(べ)からず。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、汝(なんじ)也(また)知(し)らず、此(こ)の薬(くすり)は結(けつ)を破(やぶ)り腸(はらわた)を宣(の)べ、能(よ)く心膨(しんぼう=胸(むね)の張(は)り)水脹(すいちょう=腹水(ふくすい))を理(おさ)む。 快(すみや)か制(つく)り来(きた)れ、我(われ)還(ま)た佐使(さし=補助(ほじょ)の薬(くすり))の味(み)の之(これ)を輔(たす)くる有(あ)り」と。彼(かれ)二(ふた)り即時(そくじ)に二(ふた)つの薬(くすり)を将(もっ)て碾(ひ)き細(こま)かにして道(い)う、「師兄(しけい)よ、還(ま)た那(いず)れの幾十味(いくじゅうみ)を用(もち)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「用(もち)うること要(い)らず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「八百八味(はっぴゃくはちみ)、毎味(まいみ)三斤(さんきん)なるに、只(た)だ此(こ)の二両(にりょう)を用(もち)うるは、誠(まこと)に人(ひと)を起(おどろ)かし奪(うば)うを為(な)すなり」と。行者(ぎょうじゃ)一(ひと)つの花磁盞子(かじさんし=花(はな)模様(もよう)の磁器(じき)の杯(さかずき))を将(もっ)て道(い)う、「賢弟(けんてい)講(こう)ずること莫(なか)れ、汝(なんじ)此(こ)の箇(こ)の盞児(さんじ=杯(さかずき))を拿(と)り、鍋臍灰(かせいばい=鍋(なべ)の底(そこ)の灰(はい))を将(もっ)て半盞(はんさん=杯(さかずき)の半分(はんぶん))を刮(こそ)ぎ過(す)ごし来(きた)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「要(もと)めて怎(いか)にするや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「薬(くすり)の内(うち)に用(もち)うるを要(よう)す」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「小弟(しょうてい)曾(かつ)て薬(くすり)の内(うち)に鍋灰(かはい=鍋(なべ)の灰(はい))を用(もち)うるを見(み)ず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「鍋灰(かはい)は名(な)づけて百草霜(ひゃくそうそう)と為(な)し、能(よ)く百病(ひゃくびょう)を調(ととの)う、汝(なんじ)知(し)らざるなり」と。 那(か)の呆子(ほうず)真(まこと)に箇(こ)半盞(はんさん)を刮(こそ)ぎ、又(また)碾(ひ)き細(こま)かにせり。行者(ぎょうじゃ)又(また)盞子(さんし)を将(もっ)て、彼(かれ)に逓(わた)して道(い)う、「汝(なんじ)再(ま)た去(ゆ)きて我等(われら)が馬尿(ばにょう=馬(うま)の尿(いばり))を半盞(はんさん)等(はか)り来(きた)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「要(もと)めて怎(いか)にするや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「薬(くすり)を丸(まる)めんと要(よう)す」と。沙僧(しゃそう)又(また)笑(わら)って道(い)う、「哥哥(あに)よ、此(こ)の事(こと)は是(こ)れ耍子(しゃし=戯(たわむ)れ)ならず。馬尿(ばにょう)は腥臊(せいそう=生臭(なまぐさ)く臭(くさ))し、如何(いか)でか薬品(やくひん)に入(い)るを得(え)んや。我(われ)只(た)だ見(み)る、醋糊(さくこ=酢(す)の糊(のり))を以(もっ)て丸(まる)と為(な)し、陳米糊(ちんべいこ=古米(ふるごめ)の糊(のり))を以(もっ)て丸(まる)と為(な)し、煉蜜(れんみつ=練(ね)り蜜(みつ))を以(もっ)て丸(まる)と為(な)し、或(あるい)は只(た)だ是(こ)れ清水(せいすい)を以(もっ)て丸(まる)と為(な)すのみ、那(いずく)んぞ曾(かつ)て馬尿(ばにょう)を以(もっ)て丸(まる)と為(な)すを見(み)しか。那(か)の東西(もの)腥腥臊臊(せいせいそうそう=生臭(なまぐさ)く臭(くさ))く、脾虚(ひきょ=脾(ひ)の弱(よわ))き人(ひと)は、一(ひと)たび聞(か)げば就(すなわ)ち吐(は)かん。再(ま)た巴豆(はず)大黄(だいおう)を服(の)ませて、人(ひと)をして上(うえ)へ吐(は)かせ下(した)へ瀉(くだ)らしむるは、是(こ)れ耍子(しゃし)ならんか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、 汝(なんじ)就裡(しゅうり=内情(ないじょう))を知(し)らず、我(わ)が那(か)の馬(うま)は是(こ)れ凡馬(ぼんば=並(なみ)の馬(うま))ならず、彼(かれ)は本(もと)是(こ)れ西海(せいかい)の竜身(りゅうしん=竜(りゅう)の身(み))なり。若(も)し彼(かれ)の肯(あえ)て去(ゆ)きて便溺(べんにょう=小便(しょうべん))するを得(う)れば、憑(よ)りて汝(なんじ)が何(なん)の疾(やまい)なるも、之(これ)を服(の)めば即(すなわ)ち愈(い)ゆ。但(た)だ急(いそ)ぎては得(う)可(べ)からざるのみ。 八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、真(まこと)に箇(こ)去(ゆ)きて馬(うま)の辺(ほとり)に到(いた)る。那(か)の馬(うま)は斜(ななめ)に地(ち)に伏(ふ)して睡(ねむ)れるなり。呆子(ほうず)一頓脚(いっとんきゃく=一(ひと)蹴(け))り踢(け)り起(おこ)し、肚(はら)の下(した)に襯(あてが=差(さ)し入(い))れて、半(なか)ばの会(かい=しばらく)を等(ま)つに、全(まった)く尿(いばり)を撒(ひ)り出(いだ)すを見(み)ず。彼(かれ)跑(はし)り将(も)ち来(きた)りて行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して説(い)う、「哥(あに)よ、且(しばら)く去(ゆ)きて皇帝(こうてい)を医(いや)するは莫(なか)れ、且(しばら)く快(すみや)か去(ゆ)きて馬(うま)を医(いや)して医(いや)せよ。那(か)の亡人(もうじん=死(し)に損(そこな)いめ)は干(ひ)からびて結(むす)ぼれたり、尿(いばり)の一点儿(いってんじ=一滴(ひとしずく))も出(いだ)さるるを想(おも)うこと莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)かん」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「我(われ)也(また)去(ゆ)きて看看(かんかん=ちょっと見(み))ん」と。 三(み)りの人(ひと)都(すべ)て馬(うま)の辺(ほとり)に到(いた)れば、那(か)の馬(うま)跳(と)び将(も)ち起(お)き、口(くち)より人言(じんげん=人(ひと)の言葉(ことば))を吐(は)き、厳(おごそ)かに声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(い)う、「師兄(しけい)よ、汝(なんじ)豈(あ)に知(し)らざるや。我(われ)は本(もと)是(こ)れ西海(せいかい)の飛竜(ひりゅう)なりしが、天条(てんじょう=天(てん)の掟(おきて))を犯(おか)したるに因(よ)り、観音菩薩(かんのんぼさつ)我(われ)を救(すく)い給(たま)いて、我(われ)を将(もっ)て角(つの)を鋸(のこぎ)り引(ひ)かれ、鱗(うろこ)を退(しりぞ)けられ、変(へん)じて馬(うま)と作(な)り、師父(しふ)を駄(にな)いて西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)き、功(こう)を将(もっ)て罪(つみ)を折(せっ=償(つぐな))わんとす。我(われ)若(も)し水(みず)を過(す)ぎて尿(いばり)を撒(ひ)らば、水(みず)の中(うち)の游魚(ゆうぎょ=泳(およ)ぐ魚(うお))の食(くら)いて竜(りゅう)と成(な)らん。山(やま)を過(す)ぎて尿(いばり)を撒(ひ)らば、山(やま)の中(うち)の草頭(そうとう=草(くさ)の類(たぐい))味(あじ)を得(え)て、変(へん)じて霊芝(れいし=霊(れい)なる芝(しば))と作(な)り、仙僮(せんどう=仙人(せんにん)の童(わらべ))の采(と)り去(ゆ)きて長寿(ちょうじゅ)ならん。我(われ)怎(いか)でか肯(あえ)て此(こ)の塵俗(じんぞく=俗世(ぞくせ))の処(ところ)に在(あ)りて軽(かる)がろしく抛(なげう)たんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)よ謹(つつし)んで言(い)え、此間(ここ)は乃(すなわ)ち西方(せいほう)の国王(こくおう)にして、塵俗(じんぞく)に非(あら)ず、亦(また)軽(かる)き抛棄(ほうき)に非(あら)ざるなり。常言(じょうげん)に道(い)う、衆毛(しゅうもう=多(おお)くの毛(け))裘(きゅう=皮衣(かわごろも))を集(あつ)むと。要与(ともに)す此(こ)の本国(ほんごく)の王(おう)の病(やまい)を治(ぢ)せんとす。好(よ)く医(いや)する時(とき)は、大家(たいか=皆(みな))光輝(こうき=誉(ほま)れ)有(あ)り、然(しか)らずんば、恐(おそ)らくは善(よ)く此(こ)の地(ち)を離(はな)るるを得(え)ざらん」と。 那(か)の馬(うま)才(はじ)めて一声(ひとこえ)「等(ま)て」と叫(よ)ぶ。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)が前(まえ)へ一(ひと)たび撲(う)ち撲(う)ち、後(うしろ)へ一(ひと)たび蹲(しゃが)み蹲(しゃが)み、咬(か)み得(え)て那(か)の満口(まんこう)の牙(きば)の齕支支(こつしし=ぎしぎし)と響(ひび)き喨(りょう=高(たか))く、僅(わず)かに几点児(いくてんじ=数滴(すうてき))を努(ふんば)り出(いだ)し、身(み)を将(もっ)て立(た)ち起(お)こす。八戒(はっかい)道(い)う、「此(こ)の箇(こ)の亡人(もうじん)め! 就(すなわ)ち是(こ)れ金汁子(きんじゅうし=黄金(おうごん)の汁(しる))なるとも、再(ま)た些(いささ)か撒(ひ)り給(たま)わんにも罷(よ)からん」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)少(すくな)き半盞(はんさん)有(あ)るを見(み)て道(い)う、「彀(た)りたり! 彀(た)りたり! 拿(と)りて去(ゆ)け」と。沙僧(しゃそう)方(はじ)めて才(はじ)めて歓喜(かんき)す。 三(み)りの人(ひと)庁(ちょう=広間(ひろま))の上(うえ)に回(かえ)り至(いた)り、前項(ぜんこう=先程(さきほど))の薬餌(やくじ=薬(くすり))を将(もっ)て一処(いっしょ)に攪和(かくわ=かき混(ま))ぜ、三箇(みっつ)の大(おお)いなる丸子(がんし=丸薬(がんやく))を搓(まろ)めり。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)よ、忒(はなは)だ大(おお)きし」と。八戒(はっかい)道(い)う、「只(た)だ核桃(かくとう=胡桃(くるみ))の大(おお)いさ有(あ)るのみ、若(も)し我(われ)が食(くら)うを論(あげつら)わば、還(ま)た一口(ひとくち)に彀(た)らざるなり」と。遂(つい)に此(ここ)に一(ひと)つの小(ちい)さき盒児(ごうじ=小箱(こばこ))の裡(うち)に収(おさ)む。兄弟(けいてい)たち衣(ころも)を連(つら)ねて睡(ねむ)り下(おろ)し、一(ひと)つの夜(よる)詞(ことば)無(なし)。 早(はや)く是(こ)れ天暁(てんぎょう=夜明(よあ)け)にして、却(さ)て説(と)く、那(か)の国王(こくおう)病(やまい)を耽(ふけ=患(わずら))いて朝(ちょう)を設(もう)け、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて見(まみ)え、即(すなわ)ち衆官(しゅうかん)に命(めい)じて快(すみや)か会同館(かいどうかん)に往(ゆ)きて神僧孫長老(しんそうそんちょうろう)を参拝(さんぱい)し薬(くすり)を取(と)り来(きた)らしむ。多官(たかん)館(かん)の中(うち)に随(したが)い至(いた)り、行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して地(ち)に拝伏(はいふく)して道(い)う、「我(わ)が王(おう)特(こと)に臣等(しんとう)を命(めい)じて妙剤(みょうざい=妙(たえ)なる薬(くすり))を拝(おが)み領(う)けしむ」と。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)をして盒児(ごうじ)を取(と)り来(きた)らしめ、蓋(ふた)の子(こ)を掲(あ)け開(ひら)き、多官(たかん)に逓(わた)す。多官(たかん)啓(けい)して問(と)う、「此(こ)の薬(くすり)は何(なん)と名(な)づくるか。好(よ)く王(おう)に見(まみ)えて回話(かいわ=復命(ふくめい))せん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)れを烏金丹(うきんたん)と名(な)づく」と。八戒(はっかい)二(ふた)りは暗(あん)かの裡(うち)に作笑(さくしょう=忍(しの)び笑(わら))いて道(い)う、「鍋灰(かはい)の拌(ま)ぜたるに、怎(いか)でか是(こ)れ烏金(うきん=黒(くろ)き金(かね))ならざらん」と。多官(たかん)又(また)問(と)うて道(い)う、「何(なん)の引子(いんし=薬(くすり)を飲(の)み下(くだ)す物(もの))を用(もち)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「薬引児(やくいんじ)の両般(りょうはん=二通(ふたとお)り)都(すべ)て下(くだ)す可(べ)し。一(ひと)つの般(とおり)の易(やす)く取(と)るべき有(あ)るは、乃(すなわ)ち六物(ろくぶつ=六(むっ)つの品(しな))の煎湯(せんとう=煎(せん)じ汁(じる))を以(もっ)て送(おく)り下(くだ)すなり」と。多官(たかん)問(と)う、「是(こ)れ何(なん)の六物(ろくぶつ)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、 半空(はんくう)に飛(と)ぶの老鴉屁(ろうあへ=烏(からす)の屁(へ))、緊水(きんすい=急流(きゅうりゅう))に負(お)うの鯉魚尿(りぎょにょう=鯉(こい)の尿(いばり))、王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の搽臉粉(されんぷん=顔(かお)に塗(ぬ)る白粉(おしろい))、老君(ろうくん)が炉(ろ)の裡(うち)の煉丹灰(れんたんばい=丹(たん)を煉(ね)りし灰(はい))、玉皇(ぎょっこう)の戴(いただ)き破(やぶ)りし頭巾(ずきん)三塊(さんかい=三(みっ)つ)を要(よう)し、還(ま)た五根(ごこん=五本(ごほん))の困竜鬚(こんりゅうしゅ=眠(ねむ)れる竜(りゅう)の髭(ひげ))を要(よう)す。 六物(ろくぶつ)煎湯(せんとう)して此(こ)の薬(くすり)を送(おく)らば、汝(なんじ)が王(おう)の憂病(ゆうびょう=患(わずら)いの病(やまい))等時(とき)に除(のぞ)かれん。 多官(たかん)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「此(こ)の物(もの)は乃(すなわ)ち世間(せけん)に無(な)き所(ところ)の者(もの)なり。請(こ)う問(と)わん、那(か)の一般(いっぱん=もう一(ひと)つ)の引子(いんし)は是(こ)れ何(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「無根水(むこんすい=根(ね)無(な)き水(みず))を用(もち)いて送(おく)り下(くだ)せ」と。 衆官(しゅうかん)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の箇(こ)は易(やす)く取(と)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(いか)でか易(やす)く取(と)るを見(み)るや」と。多官(たかん)道(い)う、「我(わ)が此(ここ)の人家(じんか)の俗論(ぞくろん=言(い)い伝(つた))に、若(も)し無根水(むこんすい)を用(もち)いなば、一(ひと)つの碗盞(わんさん=碗(わん)と杯(さかずき))を将(もっ)て、井(いど)の辺(ほとり)或(あるい)は河(かわ)の下(もと)に到(いた)り、水(みず)を舀(く)んで急(いそ)ぎ步(あゆみ)を転(めぐ)らし、更(さら)に地(ち)に落(お)とさず、亦(また)頭(あたま)を回(めぐ)らさず、家(いえ)に到(いた)りて病人(びょうにん)に与(あた)えて薬(くすり)を食(の)ましむれば便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「井中(せいちゅう)河内(かだい)の水(みず)は、倶(とも)に是(こ)れ根(ね)有(あ)るの者(もの)なり。我(わ)が此(こ)の無根水(むこんすい)は、是(こ)れ此(こ)の論(ろん)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち是(こ)れ天上(てんじょう)より落(お)ち下(くだ)る者(もの)にして、地(ち)に沾(ふ)れずして就(すなわ)ち食(の)む、才(はじ)めて叫(よ)んで無根水(むこんすい)と做(な)す」と。多官(たかん)又(また)道(い)う、「此(こ)れ也(また)容易(ようい)なり。天陰(てんいん=曇(くも)り)の雨(あめ)の降(ふ)る時(とき)を等(ま)ちて、再(ま)た薬(くすり)を食(の)めば便(すなわ)ち罷(よ)からん」と。遂(つい)に行者(ぎょうじゃ)に拝謝(はいしゃ)し、薬(くすり)を将(もっ)て持(たも)ち回(かえ)りて献(たてまつ)る。国王(こくおう)大(おおい)に喜(よろこ)び、即(すなわ)ち近侍(きんじ)に命(めい)じて接(う)け上(あ)げ来(きた)らしむ。看(み)て道(い)う、「此(こ)れは是(こ)れ甚(なん)の丸子(がんし)ぞ」と。多官(たかん)道(い)う、「神僧(しんそう)の説(と)くには是(こ)れ烏金丹(うきんたん)にして、無根水(むこんすい)を用(もち)いて送(おく)り下(くだ)せと」と。国王(こくおう)便(すなわ)ち宮人(きゅうじん)をして無根水(むこんすい)を取(と)らしむ。衆官(しゅうかん)道(い)う、「神僧(しんそう)の説(と)くには、無根水(むこんすい)は是(こ)れ井中(せいちゅう)河中(かちゅう)の者(もの)ならず、乃(すなわ)ち是(こ)れ天上(てんじょう)より落(お)ち下(くだ)りて地(ち)に沾(ふ)れざる者(もの)の才(はじ)めて是(こ)れなりと」と。国王(こくおう)即(すなわ)ち当駕官(とうがかん=当直(とうちょく)の官(かん))を喚(よ)んで旨(むね)を伝(つた)え、法官(ほうかん=祈祷師(きとうし))を請(しょう)じて雨(あめ)を求(もと)めしむ。 衆官(しゅうかん)遵依(じゅんい)して榜(ぼう)を出(いだ)すことは題(かた)らず。 却(さ)て説(と)く、行者(ぎょうじゃ)会同館(かいどうかん)の庁(ちょう)の上(うえ)に在(あ)りて猪八戒(ちょはっかい)を叫(よ)んで道(い)う、「適間(さっき)彼(かれ)に天(てん)より落(お)つるの水(みず)に非(あら)ざれば才(はじ)めて薬(くすり)を用(もち)う可(べ)しと允(ゆる)ししが、此(こ)の時(とき)急(いそ)がわしきに、怎(いか)でか箇(ひと)の雨水(うすい)を得(え)ん。我(われ)看(み)るに此(こ)の王(おう)は、倒(かえっ)て也(また)是(こ)れ箇(ひと)の大賢大徳(だいけんだいとく=大(おお)いに賢(かしこ)く大(おお)いに徳(とく)有(あ))るの君(きみ)なり。我(われ)汝(なんじ)と彼(かれ)に些(いささ)かの雨(あめ)を助(たす)けて薬(くすり)を下(くだ)さんには如何(いかん)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「怎(いか)なる様(よう)に助(たす)くるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)我(わ)が左辺(さへん=左側(ひだりがわ))に在(あ)りて立(た)ち下(おろ)し、箇(ひと)の輔星(ほせい=補佐(ほさ)の星(ほし))と做(な)れ」と。又(また)沙僧(しゃそう)を叫(よ)んで、「汝(なんじ)我(わ)が右辺(うへん=右側(みぎがわ))に在(あ)りて立(た)ち下(おろ)し、箇(ひと)の弼宿(ひっしゅく=助(たす)けの宿(しゅく))と做(な)れ、老孫(ろうそん)の彼(かれ)に些(いささ)かの無根水(むこんすい)を助(たす)くるを等(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、罡訣(こうけつ=護符(ごふ)の印(いん))を步(ふ)み、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(ねん)ずれば、早(はや)くも見(み)る、那(か)の正東(せいとう=真東(まひがし))の上(うえ)に、一朶(いちだ)の烏雲(ううん)の、漸(ようや)く頭頂(とうちょう=頭(あたま)の上(うえ))に近(ちか)づくを。叫(よ)んで道(い)う、「大聖(たいせい)、東海竜王(とうかいりゅうおう)敖広(ごうこう)来(きた)り見(まみ)ゆ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「事(こと)無(な)きに敢(あ)えて捻煩(ねんぱん=煩(わずら)わ)さず、汝(なんじ)を請(しょう)じ来(きた)りて些(いささ)かの無根水(むこんすい)を助(たす)けて国王(こくおう)と薬(くすり)を下(くだ)さしめん」と。竜王(りゅうおう)道(い)う、「大聖(たいせい)の呼喚(こかん=お呼(よ)び)の時(とき)、曾(かつ)て水(みず)を用(もち)うと説(と)かざりしかば、小竜(しょうりゅう)只(た)だ身(み)のみ来(きた)りて、曾(かつ)て雨器(うき=雨(あめ)を降(ふ)らす道具(どうぐ))を帯(たい)し来(きた)らず、亦(また)未(いま)だ風雲雷電(ふううんらいでん)有(あ)らず、怎(いか)でか生(いき)て雨(あめ)を降(ふ)らさんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「如今(いま)風雲雷電(ふううんらいでん)を用(もち)うるに著(つ)かず、亦(また)多(おお)くの雨(あめ)を須(ま)たず、只(た)だ些須(さしゅ=少(すこ)し)の薬(くすり)を引(ひ)くの水(みず)を要(よう)するのみなり」と。竜王(りゅうおう)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)の二(ふた)つの噴涕(ふんてい=くしゃみ)を打(う)ち、些(いささ)かの涎津溢(ぜんしんいつ=よだれ)を吐(は)きて、彼(かれ)に与(あた)えて薬(くすり)を食(の)ましめんを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に喜(よろこ)んで道(い)う、「最好(さいこう)! 最好(さいこう)! 必(かなら)ずしも遅疑(ちぎ=ためら)うこと莫(なか)れ、早(はや)きに趁(じゅん)じて事(こと)を行(おこな)え」と。 那(か)の老竜(ろうりゅう)空(くう)の中(うち)に在(あ)りて、漸漸(ぜんぜん)として烏雲(ううん)を低(ひく)く下(おろ)し、直(ただ)ちに皇宮(こうきゅう)の上(うえ)に至(いた)り、身(み)を隠(かく)し象(すがた)を潜(ひそ)め、一口(ひとくち)の津唾(しんだ=つば)を噀(ふ)けば、遂(つい)に化(か)して甘霖(かんりん=恵(めぐ)みの雨(あめ))と作(な)る。那(か)の満朝(まんちょう)の官(かん)斉(ひとし)く声(こえ)を喝采(かっさい)して道(い)う、「我(わ)が主(あるじ)万千(ばんせん)の喜(よろこび)有(あ)り! 天公(てんこう=天(てん)の公(こう))甘雨(かんう)を降(くだ)し来(きた)り給(たま)えるなり」と。国王(こくおう)即(すなわ)ち旨(むね)を伝(つた)えて教(おし)う、「器皿(きべい=器(うつわ))を取(と)りて盛(も)れ。宮内(きゅうない)の外(そと)及(およ)び官(かん)の大小(だいしょう)を拘(こだわ)らず、都(すべ)て等(ひとし)く仙水(せんすい=仙人(せんにん)の水(みず))を貯(たくわ)え、寡人(かじん)を拯救(すく)え」と。 汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の文武(ぶんぶ)の多官(たかん)并(なら)びに三宮六院(さんきゅうろくいん)の妃嬪(ひひん)と三千(さんぜん)の彩女(さいじょ)、八百(はっぴゃく)の嬌娥(きょうが=美(うつく)しき女(おんな))の、一(ひと)り一(ひと)り杯(さかずき)を擎(ささ)げ盞(さかずき)を托(たく)し、碗(わん)を挙(あ)げ盤(ばん)を持(たも)ち、等(ま)ちて甘雨(かんう)を接(う)く。那(か)の老竜(ろうりゅう)半空(はんくう)に在(あ)りて、津涎(しんぜん=つば)を運(はこ)び化(か)し、王宮(おうきゅう)の前後(ぜんご)を離(はな)れずして、将(まさ)に一箇時辰(いっこじしん=二時間(にじかん))有(あ)らんとして、竜王(りゅうおう)大聖(たいせい)に辞(じ)して海(うみ)に回(かえ)る。衆臣(しゅうしん)杯(さかずき)盂(さかずき)碗(わん)盞(さかずき)を将(もっ)て収(おさ)め来(きた)るに、也(また)一点(いってん)両点(りょうてん)を等(ま)ち得(え)たる者(もの)有(あ)り、也(また)三点(さんてん)五点(ごてん)を等(ま)ち得(え)たる者(もの)有(あ)り、也(また)一点(いってん)も曾(かつ)て等(ま)ち得(え)ざる者(もの)有(あ)り、共(あわ)せて一処(いっしょ)に合(がっ)して、約(およそ)三盞(さんさん=三杯(さんばい))の多(おお)き有(あ)り、総(すべ)て御案(ぎょあん=天子(てんし)の卓(つくえ))に献(たてまつ)る。真(まこと)に箇(こ)是(こ)れ、異香(いこう=異(こと)なる香(かおり))満(み)ちて金鑾殿(きんらんでん)を襲(おそ)い、佳味(かみ=良(よ)き味(あじ))熏(くゆ)りて天子(てんし)の庭(にわ)に飄(ひるがえ)る。 那(か)の国王(こくおう)法師(ほうし)に辞(じ)し、烏金丹(うきんたん)と甘雨(かんう)とを将(たも)ちて宮中(きゅうちゅう)に至(いた)り、先(ま)ず一丸(いちがん)を吞(の)み、一盞(いっさん)の甘雨(かんう)を食(の)み、再(ま)た一丸(いちがん)を吞(の)み、又(また)一盞(いっさん)の甘雨(かんう)を飲(の)む。三次(さんじ)にして、三丸(さんがん)倶(とも)に吞(の)み了(おお)え、三盞(さんさん)の甘雨(かんう)倶(とも)に送(おく)り下(くだ)す。多(あま)たの時(とき)ならずして、腹中(ふくちゅう)作響(さくきょう=音(おと)を立(た))て、轆轤(ろくろ=滑車(かっしゃ))の声(こえ)の如(ごと)くにして絶(た)えず。即(すなわ)ち浄桶(じょうとう=おまる)を取(と)り、連(つづ)けて三五次(さんごじ)を行(おこな)い、些(いささ)かの米飲(べいいん=米(こめ)の粥(かゆ))を服(の)み、竜床(りゅうしょう)の上(うえ)に敧(よこた)わる。 二(ふた)りの妃子(ひし)有(あ)りて、浄桶(じょうとう)を将(もっ)て撿(ひろ)い看(み)るに、説(と)き尽(つく)すべからず那(か)の穢汚(えお=汚(けが)れ)痰涎(たんぜん=痰(たん)と涎(よだれ))の、内(うち)に糯米饭塊(すいべいはんかい=餅(もち)米(ごめ)の飯(めし)の塊(かたまり))一団(いちだん=ひと塊(かたまり))有(あ)り。妃子(ひし)竜床(りゅうしょう)の前(まえ)に近(ちか)づき来(きた)りて報(ほう)じて道(い)う、「病根(びょうこん=病(やまい)の根(ね))都(すべ)て行(くだ)り下(おろ)されたり」と。国王(こくおう)此(こ)の言(げん)を聞(き)き甚(はなは)だ喜(よろこ)び、又(また)一次(いちじ)の米飯(べいはん)を進(すす)む。少頃(しばらく)して、漸(ようや)く心胸(しんきょう=胸(むね)の裡(うち))の寛泰(かんたい=広(ひろ)びろ)として、気血(けっけつ)の調和(ちょうわ)するを覚(おぼ)え、就(すなわ)ち精神(せいしん)抖擻(とそう=奮(ふる)い起(おこ))り、脚力(きゃくりょく=足(あし)の力(ちから))強健(きょうけん)なり。竜床(りゅうしょう)を下(お)り、朝服(ちょうふく)を穿(つらぬ)き、即(すなわ)ち宝殿(ほうでん)に登(のぼ)りて唐僧(とうそう)に見(まみ)え、輒(すなわ)ち身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)す。那(か)の長老(ちょうろう)忙(いそ)がしく還礼(かんれい=礼(れい)を返(かえ))す。拝(はい)し畢(おわ)りて御手(おて)を以(もっ)て攙(たす)け、便(すなわ)ち閣下(かっか)に教(おし)う、「快(すみや)か簡帖(かんじょう=招待状(しょうたいじょう))を具(そな)え、帖(じょう)の上(うえ)に朕(ちん)再拝頓首(さいはいとんしゅ=謹(つつし)んで再(ふたた)び拝(はい)し頭(こうべ)を地(ち)に頓(つ)く)の字様(じよう=文字(もじ))を写(うつ)し、官(かん)を差(つか)わして法師(ほうし)の高徒(こうと)三位(さんい)を奉請(ほうせい)せよ。一壁廂(いっぺきしょう=一方(いっぽう))には大(おおい)に東閣(とうかく)を開(ひら)き、光禄寺(こうろくじ)に宴(うたげ)を排(なら)べて酬謝(しゅうしゃ)せしめよ」と。多官(たかん)旨(むね)を領(りょう)し、簡(かん)を具(そな)うるは簡(かん)を具(そな)え、宴(うたげ)を排(なら)ぶるは宴(うたげ)を排(なら)ぶ。正(まさ)に是(こ)れ、国家(こっか)に倒山(とうざん=山(やま)を倒(たお))すの力(ちから)有(あ)れば、霎時(しょうじ=またたく間(あいだ))に倶(とも)に完(まった)し。 却(さ)て説(と)く、八戒(はっかい)官(かん)の簡(かん)を投(とう=届(とど))くるを見(み)、喜(よろこ)ぶこと自(みずか)ら勝(た)えずして道(い)う、「哥(あに)よ、果(はた)して是(こ)れ好(よ)き妙薬(みょうやく)なり! 今(いま)来(きた)りて酬謝(しゅうしゃ)するは、乃(すなわ)ち兄長(けいちょう=兄(あに))の功(こう)なり」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「二哥(にあに)何処(いずこ)の話(はなし)をか説(と)くや! 常言(じょうげん)に道(い)う、一人(ひとり)の福(ふく)有(あ)れば、一屋(いちおく=家(いえ)じゅう)を帯挈(たいけつ=引(ひ)き立(た))つと。我等(われら)此(ここ)に在(あ)りて薬(くすり)を合(がっ)するは、倶(とも)に是(こ)れ功(こう)有(あ)るの人(ひと)なれば、只(た)だ管(かま)わず受用(じゅよう)に去(ゆ)け、再(ま)た多(おお)く話(はな)すこと休(や)めよ」と。 咦! 汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)ら兄弟(けいてい)たちの倶(とも)に歓歓喜喜(かんかんきき=大喜(おおよろこ))び、径(ただ)ちに朝(ちょう)に入(い)り来(きた)るを。衆官(しゅうかん)接(う)け引(ひ)きて、東閣(とうかく)に上(のぼ)れば、早(はや)くも唐僧(とうそう)・国王(こくおう)・閣老(かくろう)の、已(すで)に都(すべ)て那(そこ)に在(ましま)して筵宴(えんえん=宴(うたげ))を安排(あんばい)せるを見(み)る。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)とは、師父(しふ)に対(たい)して箇(ひと)の喏(じゃく=合掌(がっしょう)一礼(いちれい))を唱(うた)い、随(したが)って衆官(しゅうかん)都(すべ)て至(いた)る。只(た)だ見(み)る、那(か)の上(うえ)の面(めん)に四張(よんはり)の素(そ=精進(しょうじん))の桌面(たくめん=卓(つくえ))有(あ)りて、都(すべ)て是(こ)れ「吃一看十(きっいちかんじゅう=一(ひと)つを食(くら)いて十(とお)を看(み)る)」の筵席(えんせき)なり。前(まえ)の面(めん)に一張(いっちょう)の葷(くん=肉食(にくじき))の桌面(たくめん)有(あ)りて、也(また)是(こ)れ「吃一看十(きっいちかんじゅう)」の珍饈(ちんしゅう=ごちそう)なり。左右(さゆう)に四五百張(しごひゃくちょう)の単(たん=一(ひと)つ)の桌面(たくめん)有(あ)り、真(まこと)に箇(こ)排(なら)び得(え)て斉整(せいせい=整然(せいぜん))たり。 古(いにしえ)に云(い)う、珍饈百味(ちんしゅうひゃくみ)、美禄千鍾(びろくせんしょう=良(よ)き酒(さけ)幾千杯(いくせんぱい))と。 瓊膏酥酪(けいこうそらく=玉(たま)の如(ごと)き膏(こう)と酥酪(そらく))、錦縷肥紅(きんるひこう=錦(にしき)の糸(いと)の如(ごと)き肥(こ)えたる赤(あか)き肉(にく))。 宝妝花(ほうしょうか=宝(たから)の飾(かざ)りの花(はな))彩(さい)艶(えん=美(うつく)しく艶(なまめ)か)しく、果品(かひん)味(あじ)香(かんば)しく濃(こま)やかなり。 闘糖(とうとう=砂糖細工(さとうざいく))竜纏(りゅうてん=竜(りゅう)の絡(から)み)列(つら)なりて獅仙(しせん=獅子(しし)と仙人(せんにん))、餅錠(へいじょう=餅(もち)の塊(かたまり))拖炉(たろ=炉(ろ)を曳(ひ))きて擺(なら)びて鳳侶(ほうりょ=鳳凰(ほうおう)の番(つが)い)。 葷(くん)には猪(ぶた)羊(ひつじ)鶏(にわとり)鵞(がちょう)魚(うお)鴨(あひる)の般般(はんはん=あれこれ)の肉(にく)有(あ)り、素(そ)には蔬肴(そこう=野菜(やさい)の料理(りょうり))笋芽(じゅんが=筍(たけのこ)の若芽(わかめ))木耳(もくじ)并(なら)びに蘑菇(まこ=茸(きのこ))有(あ)り。 幾様(いくよう)の香(かんば)しき湯餅(とうへい=汁(しる)麺(めん))、数次(すうじ)の透(す)き通(とお)れる酥糖(そとう=砂糖菓子(さとうがし))。 滑(なめ)らかに軟(やわ)らかき黄粱飯(こうりょうはん=粟(あわ)の飯(めし))、清(すがすが)しく新(あたら)しき菰米糊(こべいこ=真菰(まこも)の実(み)の粥(かゆ))。 色色(しきしき)の粉湯(ふんとう=粉(こな)の汁(しる))香(かんば)しく又(また)辣(から)く、般般(はんはん)の添(そえ)換(か)え美(うつく)しく還(ま)た甜(あま)し。 君臣(くんしん)盞(さかずき)を挙(あ)げて方(はじ)めて席(せき)に安(やす)んじ、名分(めいぶん=身分(みぶん))品級(ひんきゅう=位階(いかい))に慢(ゆる)るとして壺(つぼ)を伝(つた)う。 那(か)の国王(こくおう)御手(おて)に杯(さかずき)を擎(ささ)げ、先(ま)ず唐僧(とうそう)と安坐(あんざ)せんとす。三蔵(さんぞう)道(い)う、「貧僧(ひんそう)は飲酒(いんしゅ)を会(え)せず」と。国王(こくおう)道(い)う、「素酒(そしゅ=精進(しょうじん)の酒(さけ))なれば、法師(ほうし)此(こ)の一杯(いっぱい)を飲(の)まんには如何(いかん)」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「酒(さけ)は乃(すなわ)ち僧家(そうか=僧(そう)の家(いえ))の第一戒(だいいっかい)なり」と。国王(こくおう)甚(はなは)だ意(い)に過(す)ぎずして道(い)う、「法師(ほうし)飲(の)むを戒(いまし)めなば、却(かえ)って何物(なにもの)を以(もっ)てか敬(うやまい)と為(な)さんや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「頑徒(がんと)三衆(さんしゅう)の代(かわ)りて飲(の)ましめよ」と。国王(こくおう)却(かえ)って才(はじ)めて歓喜(かんき)し、金卮(きんし=金(きん)の杯(さかずき))を転(めぐ)らして、行者(ぎょうじゃ)に逓(わた)す。行者(ぎょうじゃ)酒(さけ)を接(う)け、衆(しゅう)に対(たい)して礼(れい)し畢(おわ)り、一杯(いっぱい)を食(の)む。国王(こくおう)彼(かれ)の食(の)むこと爽利(そうり=爽(さわ)やか)なるを見(み)、又(また)一杯(いっぱい)を奉(たてまつ)る。行者(ぎょうじゃ)辞(じ)せず、又(また)之(これ)を食(の)む。国王(こくおう)笑(わら)って道(い)う、「箇(ひと)の三宝鍾児(さんぽうしょうじ=三宝(さんぽう)の杯(さかずき))を食(の)め」と。行者(ぎょうじゃ)辞(じ)せず、又(また)之(これ)を食(の)む。国王(こくおう)又(また)斟(つ)ぎ上(あ)ぐるを叫(よ)んで、「箇(ひと)の四季杯児(しきはいじ=四季(しき)の杯(さかずき))を食(の)め」と。 八戒(はっかい)旁(かたわら)に在(あ)りて酒(さけ)の彼(かれ)に到(いた)らざるを見(み)、忍(しの)び得(え)て彼(かれ)は啯啯(かくかく=ごくんごくん)として唾(つば)を咽(の)み、又(また)那(か)の国王(こくおう)の苦(くるし)く行者(ぎょうじゃ)に勧(すす)むるを見(み)、彼(かれ)就(すなわ)ち叫(よ)び将(も)ち起(おこ)って道(い)う、「陛下(へいか)、食(の)みたる薬(くすり)也(また)我(われ)に虧(よ)れる有(あ)り、那(か)の薬(くすり)の裡(うち)に馬(うま)が——」と。此(こ)の行者(ぎょうじゃ)説(と)くを聞(き)き、恐(おそ)らくは呆子(ほうず)の消息(しょうそく=秘密(ひみつ))を走(にが)さんことを怕(おそ)れ、却(かえ)って手(て)の中(うち)の酒(さけ)を将(もっ)て八戒(はっかい)に逓(わた)す。八戒(はっかい)接(う)けて就(すなわ)ち食(の)み、却(かえ)って言(げん)せず。国王(こくおう)問(と)うて道(い)う、「神僧(しんそう)の薬(くすり)の裡(うち)に馬(うま)有(あ)りと説(と)かれしは、是(こ)れ甚(なん)の馬(うま)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)口(くち)を接(う)け来(きた)って道(い)う、「我(わ)が此(こ)の兄弟(けいてい)は、是(こ)れ此(か)くの般(ごと)く口(くち)が敞(ひら=軽(かる))く、但(た)だ箇(ひと)の経験(けいけん)有(あ)る好(よ)き方児(ほうじ=処方(しょほう))有(あ)れば、彼(かれ)就(すなわ)ち人(ひと)に説(と)き与(あた)えんとす。陛下(へいか)早間(そうかん)に食(の)み給(たま)いし薬(くすり)の内(うち)に、馬兜鈴(ばとうれい)有(あ)り」と。国王(こくおう)衆官(しゅうかん)に問(と)うて道(い)う、「馬兜鈴(ばとうれい)は是(こ)れ何(なん)の品味(ひんみ)なるか、能(よ)く何(なん)の証(しょう)をか医(いや)すや」と。時(とき)に太医院(たいいいん)の官(かん)の旁(かたわら)に在(あ)りて道(い)う、 主公(しゅこう)、兜鈴(とうれい)は味(あじ)苦(にが)く寒(かん)にして毒(どく)無(な)く、喘(ぜん=喘息(ぜんそく))を定(さだ)め痰(たん)を消(け)するに大(おおい)に功(こう)有(あ)り。 気(き)を通(つう)ずるは最(もっと)も能(よ)く血蠱(けっこ=血(ち)の塊(かたまり))を除(のぞ)き、虚(きょ)を補(おぎな)い嗽(せき)を寧(やす)んじて又(また)中(ちゅう)を寛(ひろ)くす。 国王(こくおう)笑(わら)って道(い)う、「用(もち)いて当(まさ)に当(あた)れり! 用(もち)いて当(まさ)に当(あた)れり! 猪長老(ちょちょうろう)再(ま)た一杯(いっぱい)を飲(の)め」と。呆子(ほうず)亦(また)言(げん)せず、却(かえ)って也(また)箇(ひと)の三宝鍾(さんぽうしょう)を食(の)めり。国王(こくおう)又(また)沙僧(しゃそう)に酒(さけ)を逓(わた)し、也(また)三杯(さんぱい)を食(の)み、却(かえ)って倶(とも)に叙坐(じょざ=席(せき)に着(つ))く。 飲宴(いんえん)すること多時(たじ=久(ひさ)しき)にして、国王(こくおう)又(また)大爵(だいしゃく=大(おお)きき杯(さかずき))を擎(ささ)げて行者(ぎょうじゃ)に奉(たてまつ)る。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「陛下(へいか)請(こ)う坐(ざ)せよ、老孫(ろうそん)巡(めぐ)りに依(よ)りて痛(いた)く飲(の)み、決(けっ)して敢(あ)えて推辞(すいじ=辞退(じたい))せず」と。国王(こくおう)道(い)う、「神僧(しんそう)の恩(おん)は山(やま)の如(ごと)く重(おも)く、寡人(かじん)酬謝(しゅうしゃ)し尽(つく)すべからず。好(よ)し悪(あ)しくも此(こ)の一巨觥(いっきょこう=一(ひと)つの大(おお)きき杯(さかずき))を進(すす)めよ、朕(ちん)話(はなし)有(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「甚(なん)の話(はなし)か有(あ)りて説(と)かれよ、老孫(ろうそん)好(よ)く飲(の)まん」と。国王(こくおう)道(い)う、「寡人(かじん)に数載(すうさい=幾年(いくとせ))の憂疑病(ゆうぎびょう=患(わずら)いの病(やまい))有(あ)りしが、神僧(しんそう)が一貼(いってん=一服(いっぷく))の霊丹(れいたん)に打通(だつう=通(とお))され、故(ゆえ)に以(もっ)て就(すなわ)ち好(よ)くなれり」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「昨日(きのう)老孫(ろうそん)陛下(へいか)を看(み)て、已(すで)に是(こ)れ憂疑(ゆうぎ=患(わずら)い)の疾(やまい)なるを知(し)れり。但(た)だ知(し)らず、憂(うれ)え驚(おどろ)くは何事(なにごと)なるかを」と。国王(こくおう)道(い)う、「古人(こじん)に云(い)う、家(いえ)の醜(はじ)は外(そと)に談(だん)ず可(べ)からずと。奈(さ)るかな神僧(しんそう)は是(こ)れ朕(ちん)が恩主(おんしゅ=恩人(おんじん))なれば、惟(た)だ笑(わら)わざるを以(もっ)て方(はじ)めて之(これ)を告(つ)ぐ可(べ)し」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(いか)でか敢(あ)えて笑(わら)わん、請(こ)う説(と)くに妨(さまた)げ無(な)し」と。 国王(こくおう)道(い)う、「神僧(しんそう)東(ひがし)より来(きた)るに、幾箇(いくつ)の邦国(ほうこく)をか経(へ)てしを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「経(へ)て五六処(ごろくしょ)有(あ)り」と。又(また)問(と)う、「他国(たこく)の后(きさき)は、是(こ)れ何(なん)と称(しょう)呼(こ)するかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「国王(こくおう)の后(きさき)は、都(すべ)て正宮(せいきゅう)・東宮(とうきゅう)・西宮(せいきゅう)と称(しょう)す」と。国王(こくおう)道(い)う、「寡人(かじん)は是(こ)れ此(か)くの如(ごと)く称呼(しょうこ)せず。正宮(せいきゅう)を将(もっ)て金聖宮(きんせいきゅう)と称(しょう)し、東宮(とうきゅう)を玉聖宮(ぎょくせいきゅう)と称(しょう)し、西宮(せいきゅう)を銀聖宮(ぎんせいきゅう)と称(しょう)す。現今(げんこん=現在(げんざい))只(た)だ銀(ぎん)・玉(ぎょく)の二后(にごう=二人(ふたり)の后(きさき))の宮中(きゅうちゅう)に在(ましま)す有(あ)るのみ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「金聖宮(きんせいきゅう)は何(なん)に因(よ)りてか宮中(きゅうちゅう)に在(ましま)さざるや」と。国王(こくおう)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)う、「在(ましま)さざること已(すで)に三年(さんねん)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いず)れの廂(かた)へか去(ゆ)きしや」と。 国王(こくおう)道(い)う、「三年前(さんねんまえ)、正(まさ)に端陽(たんよう=端午(たんご))の節(せつ)に値(あた)り、朕(ちん)と嬪后(ひんごう=后(きさき)たち)と都(すべ)て御花園(ぎょかえん)の海榴亭(かいりゅうてい)の下(もと)に在(あ)りて粽(ちまき)を解(と)き艾(よもぎ)を插(さ)し、菖蒲(しょうぶ)雄黄酒(ゆうおうしゅ=菖蒲(しょうぶ)と雄黄(ゆうおう)の酒(さけ))を飲(の)み、闘龍舟(とうりゅうしゅう=竜舟(りゅうしゅう)の競漕(きょうそう))を看(み)たり。忽然(こつぜん)として一陣(いちじん)の風(かぜ)至(いた)り、半空(はんくう)の中(うち)に一箇(ひとり)の妖精(ようせい)の現(あらわ)れ出(い)で、自(みずか)ら賽太歳(さいたいさい)と称(しょう)し、彼(かれ)が麒麟山(きりんざん)獬豸洞(かいちどう)に居住(きょじゅう)し、洞中(どうちゅう)に夫人(ふじん)の少(すくな)きが、我(わ)が金聖宮(きんせいきゅう)の貌(かお)美(うつく)しく姿(すがた)嬌(なまめ)かしきを生(う)み得(え)たるを訪(たず)ね出(いだ)し、箇(ひと)の夫人(ふじん)と做(な)さんとし、朕(ちん)に快(すみや)か早(はや)く送(おく)り出(いだ)さしめんことを説(と)き、若(も)し三声(さんせい)に献(たてまつ)り出(いだ)さざれば、就(すなわ)ち先(ま)ず寡人(かじん)を食(くら)い、後(のち)に衆臣(しゅうしん)を食(くら)い、将(まさ)に満城(まんじょう)の黎民(れいみん=民(たみ))を尽(ことごと)く皆(みな)食(くら)い絶(た)さんとす。那(そ)の時節(じせつ)、朕(ちん)却(かえ)って国(くに)を憂(うれ)え民(たみ)を憂(うれ)え、奈(いかん)ともする無(な)く金聖宮(きんせいきゅう)を将(もっ)て海榴亭(かいりゅうてい)の外(そと)に推(お)し出(いだ)せしに、那(か)の妖(よう)に一声(ひとこえ)響(ひび)かせて摂(さら)い将(も)ち去(ゆ)かれたり。寡人(かじん)此(こ)の為(ため)に驚恐(きょうきょう)を著(つ)け、那(か)の粽子(ちまき)を把(と)って内(うち)に凝滞(ぎょうたい)せしめ、況(いわん)や又(また)昼夜(ちゅうや)憂思(ゆうし)の息(や)まざるに、故(ゆえ)に以(もっ)て此(こ)の苦疾(くしつ=苦(くる)しき病(やまい))を三年(さんねん)成(な)せり。今(いま)神僧(しんそう)の霊丹(れいたん)を得(え)て服(の)みし後(のち)、数次(すうじ)を行(おこな)いしは、尽(ことごと)く是(こ)れ那(か)の三年前(さんねんまえ)の積滞(せきたい=積(つ)もり滞(とどこお))りの物(もの)なれば、故(ゆえ)に以(もっ)て此(こ)の会(かい=今(いま))体(たい)健(すこ)やかに身(み)軽(かる)く、精神(せいしん)旧(もと)の如(ごと)し。今日(こんにち)の命(いのち)は、皆(みな)神僧(しんそう)の賜(たま)える所(ところ)にして、豈(あ)に但(た)だ泰山(たいざん)の重(おも)きの如(ごと)きのみならんや」と。 行者(ぎょうじゃ)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)、満心(まんしん)喜悦(きえつ)し、那(か)の巨觥(きょこう=大(おお)きき杯(さかずき))の酒(さけ)を将(もっ)て、両口(りょうこう=二口(ふたくち))に之(これ)を吞(の)み、笑(わら)って国王(こくおう)に問(と)うて曰(いわ)く、「陛下(へいか)元来(もと)是(こ)れ此(か)くの如(ごと)く驚(おどろ)き憂(うれ)え給(たま)いしか! 今(いま)老孫(ろうそん)に遇(あ)い、幸(さいわい)にして愈(い)ゆるを得(う)。但(た)だ知(し)らず、金聖宮(きんせいきゅう)の国(くに)に回(かえ)るを要(よう)し給(たま)うや否(いな)やを」と。那(か)の国王(こくおう)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)う、「朕(ちん)切切(せつせつ=切(せつ)に)と思(おも)い思(おも)うこと、昼(ひる)無(な)く夜(よる)無(な)し。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ一箇(ひとり)の能(よ)く妖精(ようせい)を獲(とら)うる者有(あ)らざるのみ。豈(あ)に彼(かれ)の国(くに)に回(かえ)るを要(よう)せざるの理(ことわり)有(あ)らんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(わ)が老孫(ろうそん)汝(なんじ)と去(ゆ)きて妖邪(ようじゃ)を伏(ふく)せんに、其(そ)の時(とき)如何(いかん)」と。国王(こくおう)跪(ひざまず)き下(おろ)して道(い)う、「若(も)し朕(ちん)が后(きさき)を救(すく)い得(う)れば、朕(ちん)願(ねが)わくは三宮九嬪(さんきゅうきゅうひん)を領(ひき)いて、城(しろ)を出(い)でて民(たみ)と為(な)り、一(ひと)つの国(くに)の江山(こうざん)を尽(ことごと)く神僧(しんそう)に付(ふ)し、汝(なんじ)をして帝(みかど)と為(な)らしめん」と。 八戒(はっかい)旁(かたわら)に在(あ)りて此(こ)の言(げん)を出(いだ)し此(こ)の礼(れい)を行(おこな)うを見(み)、忍(しの)ぶあたわず呵呵(かか=げらげら)と大(おおい)に笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の皇帝(こうてい)は体統(たいとう=威厳(いげん))を失(うしな)えり! 怎(いか)でか老婆(ろうば=女房(にょうぼう))の為(ため)には江山(こうざん)を要(よう)せず、和尚(おしょう)に跪(ひざまず)くや」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ上前(じょうぜん)し、国王(こくおう)を将(もっ)て攙(たす)け起(おこ)して道(い)う、「陛下(へいか)、那(か)の妖精(ようせい)は金聖宮(きんせいきゅう)を得(え)て去(ゆ)きし後(のち)、此(こ)の一向(ひたすら)再(ま)た曾(かつ)て来(きた)りしや」と。国王(こくおう)道(い)う、「彼(かれ)前年(ぜんねん)五月節(ごがつせつ=端午(たんご))に金聖宮(きんせいきゅう)を摂(さら)い、十月(じゅうがつ)の間(あいだ)に来(きた)りて、二箇(ふたり)の宮娥(きゅうが=宮女(きゅうじょ))を取(と)らんとし、是(こ)れ娘娘(にゃんにゃん)に伏侍(ふくじ=仕(つか))えしめんと説(と)き、朕(ちん)即(すなわ)ち二箇(ふたり)を献(たてまつ)り出(いだ)せり。旧年(きゅうねん=昨年(さくねん))三月(さんがつ)の間(あいだ)に至(いた)り、又(また)来(きた)りて二箇(ふたり)の宮娥(きゅうが)を要(もと)め、七月(しちがつ)の間(あいだ)に、又(また)二箇(ふたり)を要(もと)め去(ゆ)き、今年(ことし)二月(にがつ)の裡(うち)に、又(また)二箇(ふたり)を要(もと)め去(ゆ)けり。幾時(いつ)に到(いた)りてか又(また)来(きた)らんとするかを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)の此(か)くの如(ごと)く頻(しき)りに来(きた)るに似(に)たるに、汝等(なんだち)彼(かれ)を怕(おそ)るるや」と。国王(こくおう)道(い)う、「寡人(かじん)彼(かれ)の来(きた)ること多遭(たそう=度々(たびたび))なるを見(み)、一(ひと)つには懼(おそ)れ怕(おそ)れ、二(ふた)つには又(また)傷害(しょうがい)の意(い)有(あ)るを恐(おそ)る。旧年(きゅうねん)四月(しがつ)の内(うち)に、是(こ)れ朕(ちん)工(たくみ=大工(だいく))を命(めい)じて一(ひと)つの座(ざ)の避妖楼(ひようろう=妖(よう)を避(さ)くる楼(ろう))を起(おこ)させ、但(た)だ風(かぜ)の響(ひび)くを聞(き)き、是(こ)れ彼(かれ)の来(きた)れるを知(し)れば、即(すなわ)ち二后(にごう)九嬪(きゅうひん)と楼(ろう)の裡(うち)に入(い)りて避難(ひなん)するなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「陛下(へいか)棄(す)て給(たま)わずんば、老孫(ろうそん)を携(たずさ)えて那(か)の避妖楼(ひようろう)を去(ゆ)きて看(み)ること一番(いちばん)するは如何(いかん)」と。 那(か)の国王(こくおう)即(すなわ)ち左手(ひだりて)を将(もっ)て行者(ぎょうじゃ)を携(たずさ)えて席(せき)を出(い)づ。衆官(しゅうかん)亦(また)皆(みな)身(み)を起(おこ)す。猪八戒(ちょはっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、汝(なんじ)理(り)に達(たっ)せず! 此(か)くの般(ごと)き御酒(ぎょしゅ=王(おう)の酒(さけ))も食(の)まず、席(せき)を揺(ゆる)がし坐(ざ)を破(やぶ)りて、且(しばら)く去(ゆ)きて甚(なん)をか看(み)んとするや」と。国王(こくおう)説(と)くを聞(き)き、情(じょう=実情(じつじょう))を知(し)るに八戒(はっかい)は是(こ)れ嘴(くち=食(く)い気(け))の為(ため)なるを、即(すなわ)ち当駕官(とうがかん)に命(めい)じて二張(にちょう)の素(そ)の桌面(たくめん)を抬(かつ)がせ、酒(さけ)を看(み=供(きょう))じて避妖楼(ひようろう)の外(そと)に在(あ)りて伺候(しこう=控(ひか))えしむ。呆子(ほうず)却(かえ)って才(はじ)めて嚷(わめ)かず、師父(しふ)沙僧(しゃそう)と同(とも)に笑(わら)って道(い)う、「席(せき)を翻(ひるがえ)して去(ゆ)かん」と。 一(ひと)つの行(ぎょう=連(つら))の文武官(ぶんぶかん)の引導(いんどう=先導(せんどう))し、那(か)の国王(こくおう)并(なら)びに行者(ぎょうじゃ)の相(あい)攙(たす)け、皇宮(こうきゅう)を穿(つらぬ)き過(す)ぎて御花園(ぎょかえん)の後(うしろ)に到(いた)るも、更(さら)に楼台(ろうだい)殿閣(でんかく)を見(み)ず。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「避妖楼(ひようろう)何(いずこ)に在(あ)るや」と。説(い)い了(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、二(ふた)りの太監(たいかん)の、二根(にこん=二本(にほん))の紅漆(こうしつ=赤(あか)い漆(うるし))の扛子(こうし=棒(ぼう))を拿(と)り、那(か)の空地(くうち=空(あ)き地(ち))へ往(ゆ)きて一(ひと)つの塊(かたまり)の四方(しほう)の石板(せきばん)を掬(すく)い起(おこ)すを。 国王(こくおう)道(い)う、「此間(ここ)便(すなわ)ち是(こ)れなり。此(こ)の底下(そこ)に三丈(さんじょう)余(あま)りの深(ふか)さ有(あ)り、槃(めぐら)し成(な)せる九間(きゅうげん)の朝殿(ちょうでん)にして、内(うち)に四箇(よっつ)の大(おお)いなる缸(かめ)有(あ)り、缸(かめ)の内(うち)に清油(せいゆ=清(きよ)き油(あぶら))を満(み)たし注(そそ)ぎ、灯火(とうか)を点(とも)して、昼夜(ちゅうや)息(や)まず。寡人(かじん)風(かぜ)の響(ひび)くを聴(き)けば、就(すなわ)ち裡辺(うち)へ入(い)りて避(さ)け隠(かく)れ、外(そと)の面(めん)には人(ひと)を着(つか)わして石板(せきばん)を蓋(おお)わしむ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「那(か)の妖精(ようせい)は還(ま)た是(こ)れ汝(なんじ)を害(そこな)わず、若(も)し汝(なんじ)を害(そこな)わんと欲(ほっ)せば、此(ここ)怎(いか)でか逃(のが)るるを得(え)んや」と。 正(まさ)に説(と)く間(あいだ)、只(た)だ見(み)る、那(か)の正南(せいなん=真南(まみなみ))の上(うえ)に呼呼(ここ)として、吹(ふ)き得(え)て風(かぜ)響(ひび)き、土(つち)を播(ま)き塵(ちり)を揚(あ)ぐ。唬(おどろ)かされて那(か)の多官(たかん)斉(ひとし)く声(こえ)を報怨(ほうえん=怨(うら)み言(ごと))して道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)は塩醤口(えんしょうこう=言霊(ことだま)の口(くち))なり、甚(なん)の妖精(ようせい)をか講(こう=話(はな))じ起(おこ)せば、妖精(ようせい)就(すなわ)ち来(きた)れり」と。慌(あわ)てて那(か)の国王(こくおう)行者(ぎょうじゃ)を放(おろ)し、即(すなわ)ち地穴(ちけつ=地中(ちちゅう)の穴(あな))に鑽(もぐ)り入(い)り、唐僧(とうそう)也(また)就(すなわ)ち跟(したが)い入(い)り、衆官(しゅうかん)亦(また)隠(かく)るること干浄(かんじょう=すっかり)なり。八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)也(また)都(すべ)て隠(かく)れんとせしが、行者(ぎょうじゃ)に左右(さゆう)の手(て)を以(もっ)て彼(かれ)二(ふた)りを扯(ひ)き住(とど)められて道(い)う、「兄弟(けいてい)たち、怕(おそ)るることを得(う)ること莫(なか)れ、我(われ)汝(なんじ)と彼(かれ)を一(ひと)たび認(みと)め、是(こ)れ箇(ひと)の甚(なん)の妖精(ようせい)なるかを看(み)ん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「是(こ)れ扯淡(しゃたん=でたらめ)ならんか! 彼(かれ)を認(みと)めて怎(なん)ぞや。衆官(しゅうかん)隠(かく)れ、師父(しふ)蔵(かく)れ、国王(こくおう)避(さ)けり、我等(われら)去(ゆ)かずんば罷(よ)からん、炫(てら)すは是(こ)れ那家(いずこ)の世(よ)ぞ」と。 那(か)の呆子(ほうず)左(ひだり)に掙(あが)き右(みぎ)に掙(あが)くも、掙(あが)きて手(て)を脱(のが)るるを得(え)ず、行者(ぎょうじゃ)に拿(と)らえ定(さだ)められて多時(たじ=久(ひさ)しき)なるに、只(た)だ見(み)る、那(か)の半空(はんくう)の裡(うち)より一箇(ひとり)の妖精(ようせい)の閃(ひらめ)き出(い)づるを。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の怎(いか)なる生(しょう=どん)な形姿(けいし=姿(すがた))なるかを。 九尺(きゅうせき)の長身(ちょうしん)悪獰(あくどう=凶悪(きょうあく))多(おお)く、一双(いっそう=二(ふた)つ)の環眼(かんがん=丸(まる)き眼(まなこ))金灯(きんとう=金(きん)の灯(あかり))を閃(ひらめ)かす。 両輪(りょうりん=二(ふた)つ)の査耳(さじ=開(ひら)きし耳(みみ))は撑扇(とうせん=支(ささ)えたる扇(おうぎ))の如(ごと)く、四箇(よっつ)の鋼牙(こうが=鋼(はがね)の牙(きば))は插釘(そうてい=打(う)ち込(こ)みし釘(くぎ))に似(に)たり。 鬢(びん=もみあげ)に紅毛(こうもう=赤(あか)き毛(け))繞(まと)い眉(まゆ)に焰(ほのお)を竪(た)て、鼻(はな)は精准(せいじゅん=高(たか)く)垂(た)れ孔(あな)開(ひら)きて明(あき)らかなり。 髭髯(しぜん=口髭(くちひげ)と顎髭(あごひげ))幾縷(いくろう=幾筋(いくすじ))の朱砂線(しゅしゃせん=朱砂(しゅしゃ)の糸(いと))、顴骨(かんこつ=頬骨(きょうこつ))崚嶒(りょうそう=ごつごつ)として満面(まんめん)青(あお)し。 両臂(りょうひ=両腕(りょううで))に紅筋(こうきん=赤(あか)き筋(すじ))藍靛手(らんでんしゅ=藍(あい)の手(て))、十条(じゅうじょう=十本(じゅっぽん))の尖爪(せんそう=尖(とが)りし爪(つめ))把(と)って槍(やり)を擎(ささ)ぐ。 豹皮(ひょうひ=豹(ひょう)の皮(かわ))の裙子(くんし=腰巻(こしまき))腰間(ようかん)に系(か)け、赤脚(せっきゃく=裸足(はだし))蓬頭(ほうとう=蓬(よもぎ)の如(ごと)き頭(あたま))鬼形(きけい=鬼(おに)の姿(すがた))の若(ごと)し。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て道(い)う、「沙僧(しゃそう)よ、汝(なんじ)彼(かれ)を認(みと)むる可(べ)きか」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「我(われ)又(また)曾(かつ)て彼(かれ)と相識(そうしき=知(し)り合(あ))わず、那(いずく)んぞ認(みと)むる可(べ)きや」と。又(また)問(と)う、「八戒(はっかい)よ、汝(なんじ)彼(かれ)を認(みと)むる可(べ)きか」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)又(また)曾(かつ)て彼(かれ)と茶(ちゃ)を会(かい=催(もよお))し酒(さけ)を会(かい)せず、又(また)是(こ)れ賓朋(ひんぽう=客(きゃく)や朋友(ほうゆう))邻里(りんり=隣人(りんじん))に非(あら)ず、我(われ)怎(いか)でか彼(かれ)を認(みと)むる可(べ)きや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)却(かえ)って東岳天斉(とうがくてんせい)の手下(しゅか)の門(もん)を把(まも)る那(か)の箇(こ)の醮面金睛鬼(しょうめんきんせいき=黒(くろ)き顔(かお)の金(きん)の瞳(ひとみ)の鬼(おに))に象(かたど)れるかな」と。八戒(はっかい)道(い)う、「然(しか)らず! 然(しか)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)怎(いか)でか彼(かれ)の然(しか)らざるを知(し)るや」と。八戒(はっかい)道(い)う、 我(われ)豈(あ)に知(し)らざらんや、鬼(おに)は乃(すなわ)ち陰霊(いんれい=陰(いん)の霊(れい))にして、一日(いちにち)の晩(くれ)に至(いた)り、申酉戌亥(しんゆうじゅつがい=午後(ごご)四時(よじ)から夜中(よなか)十二時(じゅうにじ))の時(とき)に交(まじ)わるに方(はじ)めて出(い)づ。今日(こんにち)還(ま)た巳(し=午前(ごぜん)十時(じゅうじ))の時(とき)に在(あ)り、那(いずく)に鬼(おに)の敢(あ)えて出(い)で来(くる)ること有(あ)らんや。就(すなわ)ち是(こ)れ鬼(おに)なるも、也(また)会(え)して雲(くも)に駕(が)せず。縦(たと)い会(え)して風(かぜ)を弄(ろう)するも、也(また)只(た)だ是(こ)れ一陣(いちじん)の旋風(せんぷう)のみ、此(か)くの般(ごと)きの狂風(きょうふう)有(あ)らんや。或(あるい)は彼(かれ)就(すなわ)ち是(こ)れ賽太歳(さいたいさい)ならんか。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「好(よ)き呆子(ほうず)かな! 倒(かえっ)て也(また)些(いささ)かの論頭(ろんとう=論(ろん)の筋道(すじみち))有(あ)り! 既(すで)に此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、汝(なんじ)二(ふた)りは此(ここ)に在(あ)りて護持(ごじ)せよ、老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて彼(かれ)に箇(ひと)の名号(みょうごう=名(な))を問(と)い、好(よ)く国王(こくおう)と金聖宮(きんせいきゅう)を救(すく)い取(と)りて朝(ちょう)に来(きた)らしめんを待(ま)て」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)去(ゆ)くは自(おのずか)ら去(ゆ)け、切(きっ)して我等(われら)を供(おお)せ出(いだ)すこと莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)昂然(こうぜん=悠然(ゆうぜん))として答(こた)えず、急(いそ)ぎ祥光(しょうこう)を縦(ほしいまま)にし、跳(と)び将(も)ち上(うえ)へ去(ゆ)く。咦! 正(まさ)に是(こ)れ、 邦(くに)を安(やす)んずるには先(ま)ず君王(くんおう)の病(やまい)を却(しりぞ)け、道(みち)を守(まも)るには須(すべから)く愛悪(あいお=好(この)み悪(にく))の心(こころ)を除(のぞ)くべし。 畢竟(ひっきょう)此(こ)の去(ゆ)きて、空(くう)の中(うち)に到(いた)り、勝敗(しょうはい)如何(いかん)、怎(いか)でか妖怪(ようかい)を擒(とりこ)にし、金聖宮(きんせいきゅう)を救(すく)い得(う)るかを知(し)らず。且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第七十回 妖魔(ようま)宝(たから)を放(はな)ちて烟沙火(えんさか)を生(しょう)じ 悟空(ごくう)計(はか)りて紫金鈴(しきんれい)を盗(ぬす)む 却(さ)て説(と)く、那(か)の孫行者(そんぎょうじゃ)神威(しんい)を抖擻(とそう=奮(ふる)い起(おこ))し、鉄棒(てつぼう)を持(たも)ち、祥光(しょうこう)を踏(ふ)んで空(くう)に起(おこ)り、面(おもて)に迎(むか)って喝(かつ)して道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ那(いずこ)より来(きた)れるの邪魔(じゃま)ぞ、何方(いずかた)へか往(ゆ)きて猖獗(しょうけつ=暴(あば)れ狂(くる))わんとす」と。那(か)の怪物(かいぶつ)厳(おごそ)かに声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(い)う、「吾党(わがともがら)は是(こ)れ别人(べつじん)ならず、乃(すなわ)ち麒麟山(きりんざん)獬豸洞(かいちどう)賽太歳(さいたいさい)大王(だいおう)爺爺(やや)の部下(ぶか)の先鋒(せんぽう)なり。今(いま)大王(だいおう)の令(れい)を奉(ほう)じ、此(ここ)に到(いた)りて宮女(きゅうじょ)二名(にめい)を取(と)り、金聖娘娘(きんせいにゃんにゃん)に伏侍(ふくじ)せしめんとす。汝(なんじ)は是(こ)れ何人(なんぴと)ぞ、敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)に問(と)うや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「吾(われ)は乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)なり。東土(とうど)の唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(せいてん)に仏(ほとけ)を拝(はい)するに因(よ)り、路(みち)此(こ)の国(くに)を過(す)ぎ、汝等(なんだち)が此(こ)の伙(くみ)の邪魔(じゃま)の主(あるじ)を欺(あざむ)くを知(し)り、特(こと)に雄才(ゆうさい=優(すぐ)れたる才(さい))を展(の)べ、国(くに)を治(おさ)め邪(じゃ)を祛(はら)わんとす。正(まさ)に汝(なんじ)を尋(たず)ぬる処(ところ)無(な)かりしに、却(かえ)って来(きた)りて此(ここ)に命(いのち)を送(おく)るか」と。 那(か)の怪(かい)言(げん)を聞(き)き、好歹(こうたい=善(ぜん)し悪(あ)し)を知(し)らず、長槍(ちょうそう)を展(の)べて就(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を刺(さ)す。行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げて面(おもて)を劈(つんざ)いて相迎(むか)う。半空(はんくう)の裡(うち)に在(あ)りて此(こ)の一場(いちば)の好(よ)き殺(たたかい)なり。 棍(こん)は是(こ)れ竜宮(りゅうきゅう)の鎮海(ちんかい)の珍(ちん)、槍(やり)は乃(すなわ)ち人間(にんげん)の転煉(てんれん=鍛(きた)え直(なお))しの鉄(てつ)なり。 凡兵(ぼんぺい)怎(いか)でか敢(あ)えて仙兵(せんぺい)に比(くら)ばん、擦(ふ)るる些児(さじ=少(すこ)し)にも神気(しんき)泄(も)る。 大聖(たいせい)は元来(もと)太乙(たいいつ)の仙(せん)、妖精(ようせい)は本(もと)是(こ)れ邪魔(じゃま)の孽(ごう=悪(あく))なり。 鬼祟(きすい=鬼(おに)の祟(たた)り)焉(いずく)んぞ能(よ)く正人(せいじん)に近(ちか)づかん、一(ひと)たび正(ただ)しきの時(とき)邪(じゃ)は就(すなわ)ち滅(めっ)す。 那(か)れは風(かぜ)を弄(ろう)し土(つち)を播(ま)いて皇王(こうおう)を唬(おどろ)かし、此(こ)れは霧(きり)を踏(ふ)み雲(くも)に騰(のぼ)って日月(じつげつ)を遮(さえぎ)る。 架子(かし=構(かま)え)を放(はな)ち開(ひら)きて輸贏(ゆえい=勝負(しょうぶ))を賭(と)い、無能(むのう)なるは誰(たれ)か敢(あ)えて豪傑(ごうけつ)を夸(ほこ)らんや! 還(ま)た是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)の能(のう)にして、乒乓(ひんぽう=ぴしゃり)と一棍(いっこん)に槍(やり)先(ま)ず折(お)る。 那(か)の妖精(ようせい)は行者(ぎょうじゃ)が一鉄棒(いってつぼう)に把(と)って根(ひと)つの槍(やり)を打(う)ちて両截(りょうせつ=二(ふた)つ)と做(な)され、慌(あわ)てて性命(せいめい)を顧(かえり)み、風(かぜ)の頭(かしら)を撥(めぐ)らし転(てん)じ、径(ただ)ちに西方(せいほう)へ敗(やぶ)れて走(はし)る。 行者(ぎょうじゃ)且(しばら)く彼(かれ)を趕(お)わず、雲頭(うんとう)を按(あん)じ下(おろ)し、来(きた)りて避妖楼(ひようろう)の地穴(ちけつ)の外(そと)に至(いた)りて叫(よ)んで道(い)う、「師父(しふ)よ、請(こ)う陛下(へいか)と同(とも)に出(い)で来(きた)れ、怪物(かいぶつ)已(すで)に趕(お)い去(ゆ)きたり」と。那(か)の唐僧(とうそう)才(はじ)めて君王(くんおう)を扶(たす)け、同(とも)に穴(あな)の外(そと)に出(い)づれば、満天(まんてん)の清朗(せいろう=澄(す)みき)りて、更(さら)に妖邪(ようじゃ)の気(き)無(な)きを見(み)る。那(か)の皇帝(こうてい)即(すなわ)ち酒席(しゅせき)の前(まえ)に至(いた)り、自(みずか)ら壺(つぼ)を拿(と)り盞(さかずき)を把(と)り、金杯(きんぱい)に満(み)ち斟(つ)いで行者(ぎょうじゃ)に奉(たてまつ)って道(い)う、「神僧(しんそう)、権(かり)に謝(しゃ)す! 権(かり)に謝(しゃ)す」と。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)杯(さかずき)を手(て)に接(う)けて、還(ま)た未(いま)だ回言(かいげん=返答(へんとう))せざるに、只(た)だ聴(き)く、朝門(ちょうもん)の外(そと)に官(かん)の来(きた)りて報(ほう)ずる有(あ)り、「西門(せいもん)の上(うえ)に火(ひ)起(おこ)れり」と。行者(ぎょうじゃ)説(と)くを聞(き)き、金杯(きんぱい)を酒(さけ)と連(つら)ねて空(くう)に向(むか)って一(ひと)たび撇(な)げれば、当(とう)の一声(ひとこえ)響(ひび)き喨(りょう=高(たか))く、那(か)の箇(こ)の金杯(きんぱい)地(ち)に落(お)つ。君王(くんおう)忙(いそが)しきを著(つ)け、身(み)を躬(くぐ)ませて施礼(せれい)して道(い)う、「神僧(しんそう)、罪(つみ)を恕(ゆる)せ! 罪(つみ)を恕(ゆる)せ! 是(こ)れ寡人(かじん)の不是(あやまち)なり! 礼(れい)当(まさ)に殿(でん)に上(のぼ)りて拝謝(はいしゃ)を請(しょう)ずべきに、只(た)だ此(こ)の方便酒(ほうべんしゅ=手軽(てがる)な酒(さけ))の此(ここ)に在(あ)る有(あ)るに因(よ)り、故(ゆえ)に就(すなわ)ち奉(たてまつ)れるのみ。神僧(しんそう)却(かえ)って杯子(はいし=杯(さかずき))を撇(な)げ給(たま)いしは、却(かえ)って是(こ)れ怪(あやし)むの意(い)有(あ)るに非(あら)ずや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「是(こ)れ此(こ)の話(はなし)ならず、是(こ)れ此(こ)の話(はなし)ならず」と。 少頃(しばらく)の間(あいだ)に、又(また)官(かん)の来(きた)りて報(ほう)ずる有(あ)り、「好(よ)き雨(あめ)かな! 才(さい=たった今(いま))西門(せいもん)の上(うえ)に火(ひ)起(おこ)りしが、一場(いちば)の大雨(たいう)に被(こうむ)りて、火(ひ)を把(と)って滅(めっ)したり。満街(まんがい=町中(まちじゅう))の上(うえ)に水(みず)流(なが)るるは、尽(ことごと)く都(すべ)て是(こ)れ酒(さけ)の気(き)なり」と。行者(ぎょうじゃ)又(また)笑(わら)って道(い)う、「陛下(へいか)、汝(なんじ)我(われ)の杯(さかずき)を撇(な)ぐるを見(み)て、怪(あやし)むの意(い)有(あ)るを疑(うたが)うも、非(あら)ず。那(か)の妖(よう)は西方(せいほう)へ敗(やぶ)れて走(はし)り、我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)を趕(お)わざりしに、彼(かれ)就(すなわ)ち火(ひ)を放(はな)ちて起(おこ)せり。此(こ)の一杯(いっぱい)の酒(さけ)は、却(かえ)って是(こ)れ我(われ)が妖火(ようか)を滅(めっ)し、西城(せいじょう)の裡(うち)外(そと)の人家(じんか)を救(すく)いたるにして、豈(あ)に他(ほか)の意(い)有(あ)らんや」と。国王(こくおう)更(さら)に十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し敬(うやまい)を加(くわ)う。即(すなわ)ち三蔵(さんぞう)四衆(ししゅう)を請(しょう)じて、同(とも)に宝殿(ほうでん)に上(のぼ)り、就(すなわ)ち位(くらい)を推(お)し国(くに)を譲(ゆず)らの意(い)有(あ)り。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「陛下(へいか)、才(さい=たった今(いま))那(か)の妖精(ようせい)は、彼(かれ)称(しょう)して是(こ)れ賽太歳(さいたいさい)部下(ぶか)の先鋒(せんぽう)にして、此(ここ)に来(きた)りて宮女(きゅうじょ)を取(と)らんとせしなり。彼(かれ)如今(いま)戦(たたかい)敗(やぶ)れて而(しか)して回(かえ)り、定(かなら)ず然(しか)く報(ほう)じて那(か)の奴(やつ)に与(あた)え、那(か)の奴(やつ)定(かなら)ず要(よう)して来(きた)りて我(われ)と相争(あいあらそ)わん。我(われ)恐(おそ)るらくは彼(かれ)の時(とき)に興師(こうし=軍(いくさ)を起(おこ))し衆(しゅう)を帥(ひき)いば、未(いま)だ免(まぬか)れず又(また)百姓(ひゃくせい)を驚(おどろ)かし傷(きずつ)け、陛下(へいか)を唬(おどろ)かさんことを。去(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひと)たび迎(むか)え迎(むか)え、就(すなわ)ち那(か)の半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて彼(かれ)を擒(とりこ)にし、聖后(せいごう=后(きさき))を取(と)り回(かえ)らんと欲(ほっ)す。但(た)だ知(し)らず那(いず)れの方(かた)へか去(ゆ)くべき、此(ここ)より彼(かれ)が那(か)の山洞(さんどう)に到(いた)るに幾(いく)らの遠近(えんきん=距離(きょり))有(あ)るかを」と。国王(こくおう)道(い)う、「寡人(かじん)曾(かつ)て夜不収(やふしゅう=夜回(よまわ)り)の軍馬(ぐんば)を差(つか)わして那(そこ)へ到(いた)りて声息(せいそく=様子(ようす))を探(さぐ)り聴(き)かしむるに、往来(おうらい)行(ゆ)くに五十余日(ごじゅうより)を要(よう)す。坐落(ざらく=所在(しょざい))は南方(なんぽう)にして、約(およそ)三千余里(さんぜんより)有(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き叫(よ)んで道(い)う、「八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)よ、此(ここ)に在(あ)りて護持(ごじ)せよ、老孫(ろうそん)去(ゆ)き来(きた)らん」と。 国王(こくおう)扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「神僧(しんそう)且(しばら)く一日(いちにち)を容(い)れよ、些(いささ)かの乾糧(かんりょう)・烘炒(こうそう=炒(い)った穀物(こくもつ))を安排(あんばい)し、汝(なんじ)に些(いささ)かの盤纏(ばんてん=路銀(ろぎん))の銀両(ぎんりょう)を与(あた)え、一匹(いっぴき)の快馬(かいば=駿馬(しゅんめ))を選(えら)ばしめんを待(ま)ちて、方(はじ)めて可(べ)し去(ゆ)く」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「陛下(へいか)の説(と)けるは、是(こ)れ巴山転嶺(はざんてんれい=山(やま)を攀(よ)じ嶺(みね)を越(こ))えて歩行(ほこう=歩(ある))くの話(はなし)なり。我(わ)が老孫(ろうそん)汝(なんじ)に瞞(あざむ)いて説(い)わず、此(か)くの如(ごと)き三千里(さんぜんり)の路(みち)も、酒(さけ)を鍾(さかずき)に斟(つ)いで冷(ひ)えざるに、就(すなわ)ち箇(ひと)の往回(おうかい=往復(おうふく))を打(う)たん」と。国王(こくおう)道(い)う、「神僧(しんそう)、汝(なんじ)我(われ)の説(と)くを怪(あやし)むこと莫(なか)れ。汝(なんじ)が此(こ)の尊貌(そんぼう=御顔(おんかお))は、却(かえ)って箇(ひと)の猿猴(えんこう=猿(さる))の一般(ごと)きに象(かたど)れるに、怎(いか)でか生(いき)て此(か)くの如(ごと)き法力(ほうりき)の会(え)して路(みち)を走(はし)る有(あ)らんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、 我(われ)が身(み)は猿猴(えんこう)の数(かず)なれど、自幼(じゆう=幼(おさな)きより)生死(しょうじ)の路(みち)を打(う)ち開(ひら)く。 遍(あまね)く明師(めいし=優(すぐ)れたる師(し))を訪(たず)ねて道(みち)を把(と)って伝(つた)え、山前(さんぜん)に修煉(しゅうれん)して朝暮(ちょうぼ=朝(あさ)と暮(く)れ)無(な)し。 天(てん)を倚(よ)りて頂(いただき)と為(な)し地(ち)を炉(ろ)と為(な)し、両般(りょうはん=二(ふた)つの)の薬物(やくぶつ)烏兔(うと=日(ひ)と月(つき))を団(まる)む。 陰陽(いんよう)水火(すいか)の交(まじわ)るを採(と)り取(と)り、時間(じかん=またたく間(あいだ))に頓(とみ)に玄関(げんかん=奥義(おうぎ))を把(と)って悟(さと)る。 全(まった)く天罡(てんこう=星(ほし)の名(な))の搬運(はんうん=運(はこ))ぶ功(こう)を仗(たの)み、也(また)斗柄(とへい=北斗(ほくと)の柄(え))の遷移(せんい=移(うつ))る歩(ほ)を憑(たの)む。 炉(ろ)を退(しりぞ)け火(ひ)を進(すす)むるは最(もっと)も時(とき)に依(よ)り、鉛(なまり)を抽(ぬ)き汞(みずがね)を添(そ)うるは相交(あいまじ)わり顧(かえり)みる。 五行(ごぎょう)を集(あつ)め簇(むらが)らせて造化(ぞうか)生(しょう)じ、四象(しぞう)を合(がっ)し和(わ)して時(とき)を分(わか)ち度(はか)る。 二気(にき)は黄道(こうどう)の間(あいだ)に帰(き)し、三家(さんか)は金丹(きんたん)の路(みち)に会(かい)す。 法律(ほうりつ)を悟(さと)り通(つう)じて四肢(しし)に帰(き)し、本来(ほんらい)の筋斗(きんとう)は神助(しんじょ)の如(ごと)し。 一(ひと)たび縦(はな)てば太行山(たいこうざん)を縱(と)び過(す)ぎ、一(ひと)たび打(う)てば凌雲渡(りょううんど)を打(う)ち過(す)ぐ。 何(なん)ぞ愁(うれ)えん峻嶺(しゅんれい=険(けわ)しき嶺(みね))の幾千重(いくせんじゅう)なるを、長江(ちょうこう)の百十数(ひゃくじゅうすう)をも怕(おそ)れず。 只(た)だ変化(へんげ)に遮攔(しゃらん=遮(さえぎ))る無(な)きに因(よ)り、一(ひと)たび打(う)てば十万八千路(じゅうまんはっせんろ)なり。 那(か)の国王(こくおう)説(と)くを見(み)て、又(また)驚(おどろ)き又(また)喜(よろこ)び、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として一杯(いっぱい)の御酒(ぎょしゅ)を捧(ささ)げて行者(ぎょうじゃ)に逓(わた)して道(い)う、「神僧(しんそう)遠(とお)くより労(ろう)せり、此(こ)の一杯(いっぱい)を進(すす)めて意(い)を引(ひ)かん」と。此(こ)の大聖(たいせい)は一心(いっしん)に去(ゆ)きて妖(よう)を降(くだ)さんと欲(ほっ)す、那(いずく)んぞ心(こころ)の酒(さけ)を食(の)む有(あ)らんや、只(た)だ叫(よ)ぶ、「且(しばら)く放(おろ)し下(おろ)せ、我(われ)の去(ゆ)きて回(かえ)り来(きた)りて再(ま)た飲(の)まんを待(ま)て」と。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)かな、去(ゆ)くと声(こえ)し、唿哨(こっしょう=口笛(くちぶえ))一声(ひとこえ)、寂然(せきぜん=ぱったり)として見(み)えず。那(か)の一国(いっこく)の君臣(くんしん)の皆(みな)驚訝(けいが=驚(おどろ)き怪(あやし))むことは題(かた)らず。 却(さ)て説(と)く、行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(もっ)て一(ひと)たび縦(はな)てば、早(はや)くも一(ひと)つの座(ざ)の高山(こうざん)の霧角(むかく=霧(きり)の端(はし))を阻(さえぎ)るを見(み)る。即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を按(あん)じ、那(か)の巔峰(てんぽう=頂(いただき))の上(うえ)に立(た)ち、仔細(しさい)に観(み)るに、好(よ)き山(やま)なり。 天(てん)を冲(つ)き地(ち)を占(し)め、日(ひ)を遮(さえぎ)りて雲(くも)を生(しょう)ず。 天(てん)を冲(つ)く処(ところ)は、尖峰(せんぽう=尖(とが)りし峰(みね))矗矗(ちくちく=聳(そび)え立(た))ち、地(ち)を占(し)むる処(ところ)は、遠脈(えんみゃく=遠(とお)き山脈(さんみゃく))迢迢(ちょうちょう=遥(はる)か)なり。 日(ひ)を遮(さえぎ)るは、乃(すなわ)ち嶺頭(れいとう=嶺(みね)の頂(いただき))の松(まつ)の郁郁(いくいく=青々(あおあお))たる、雲(くも)を生(しょう)ずるは、乃(すなわ)ち崖下(がいか=崖(がけ)の下(した))の石(いし)の磷磷(りんりん=ごろごろ)たる。 松(まつ)郁郁(いくいく)として、四時八節(しいちはっせつ=一年中(いちねんじゅう))常(つね)に青(あお)く、石(いし)磷磷(りんりん)として、万載千年(ばんさいせんねん)も改(あらた)めず。 林中(りんちゅう)に毎(つね)に夜猿(やえん=夜(よる)の猿(さる))の啼(な)くを聴(き)き、澗内(かんだい=谷(たに)の裡(うち))に常(つね)に妖蟒(ようもう=妖(あや)しき大蛇(おろち))の過(す)ぐるを聞(き)く。 山禽(さんきん=山(やま)の鳥(とり))声(こえ)咽咽(えつえつ=しめやか)に、山獣(さんじゅう=山(やま)の獣(けもの))吼(ほ)えて呼呼(ここ)たり。 山獐(さんしょう=山(やま)の鹿(しか)の類(たぐい))山鹿(さんろく=山(やま)の鹿(しか))、双(ふた)りを成(な)し対(つい)を做(な)して紛紛(ふんぷん)として走(はし)り、山鴉(さんあ=山(やま)の烏(からす))山鵲(さんじゃく=山(やま)の鵲(かささぎ))、陣(じん)を打(う)ち群(むれ)を集(あつ)めて密密(みつみつ)として飛(と)ぶ。 山草(さんそう=山(やま)の草(くさ))山花(さんか=山(やま)の花(はな))看(み)れど尽(つ)きず、山桃(さんとう=山(やま)の桃(もも))山果(さんか=山(やま)の果(くだもの))時(とき)に映(えい)じて新(あたら)し。 険(けわ)しきに倚(よ)りて行(ゆ)くに堪(た)えざるも雖(いえど)も、却(かえ)って是(こ)れ妖仙(ようせん=妖(よう)と仙(せん))の隠逸(いんいつ=隠(かく)れ住(す))む処(ところ)なり。 此(こ)の大聖(たいせい)看(み)て看(み)て厭(あ)かず、正(まさ)に洞(どう)の口(くち)を尋(たず)ね找(さが)さんと欲(ほっ)するに、只(た)だ見(み)る、那(か)の山凹(さんおう=谷(たに))の裡(うち)より烘烘(こうこう=ぱっと)として火光(かこう)の飛(と)び出(い)づるを。霎時間(しょうじかん=またたく間(あいだ))に、天(てん)を撲(う)ちて紅焰(こうえん=赤(あか)き焔(ほのお))、紅焰(こうえん)の中(うち)より一(ひと)つの股(すじ)の悪烟(あくえん=毒(どく)の煙(けむり))の冒(お)き出(い)づるは、火(ひ)よりも更(さら)に毒(どく)なり。好(よ)き烟(けむり)かな! 但(た)だ見(み)る、那(か)の、 火光(かこう)迸(ほとばし)る万点(まんてん)の金灯(きんとう)、火焰(かえん)飛(と)ぶ千条(せんじょう)の紅虹(こうこう)。 那(か)の烟(けむり)は是(こ)れ竈筒(そうとう=竈(かまど)の煙突(えんとつ))の烟(けむり)ならず、是(こ)れ草木(そうもく)の烟(けむり)ならず、烟(けむり)却(かえ)って五色(ごしき)有(あ)り、青紅白黒黄(せいこうはくこくおう)なり。 南天門(なんてんもん)の外(そと)の柱(はしら)を熏(くす)べ、霊霄殿(れいしょうでん)の上(うえ)の梁(はり)を燎(や)く。 焼(や)き得(え)て那(か)の窩中(かちゅう=巣(す)の裡(うち))の走獣(そうじゅう)は皮(かわ)まで連(つら)ねて爛(ただ)れ、林内(りんだい=林(はやし)の裡(うち))の飛禽(ひきん)は羽(はね)尽(ことごと)く光(つや)を失(うしな)う。 但(た)だ此(こ)の烟(けむり)の此(か)くの如(ごと)く悪(あ)しきを看(み)よ、怎(いか)でか深山(しんざん)に入(い)りて怪王(かいおう)を伏(ふく)せんや! 大聖(たいせい)正(まさ)に自(みずか)ら恐懼(きょうく=恐(おそ)れ)するに、又(また)見(み)る、那(か)の山(やま)の中(うち)より一(ひと)つの道(すじ)の沙(すな)の迸(ほとばし)り出(い)づるを。好(よ)き沙(すな)かな、真(まこと)に箇(こ)是(こ)れ天(てん)を遮(さえぎ)り日(ひ)を蔽(おお)う! 汝(なんじ)看(み)よ、 紛紛絯絯(ふんぷんがいがい=乱(みだ)れ飛(と)び)として天涯(てんがい=天(てん)の果(は)て)に遍(あまね)く、鄧鄧渾渾(とうとうこんこん=もうもう)として大地(だいち)を遮(さえぎ)る。 細塵(さいじん=細(こま)かき塵(ちり))到(いた)る処(ところ)人(ひと)の目(め)を迷(まよ)わし、粗灰(そはい=粗(あら)き灰(はい))谷(たに)に満(み)ちて芝麻(しば=胡麻(ごま))を滚(ころが)す。 薬(くすり)を采(と)る仙僮(せんどう)は伴(とも)を失(うしな)い迷(まよ)い、柴(たきぎ)を打(う)つ樵子(しょうし=木樵(きこり))は家(いえ)を尋(たず)ぬる無(な)し。 手(て)の中(うち)に就(すなわ)ち明珠(めいしゅ=光(ひか)る玉(たま))の現(あらわ)るる有(あ)るも、時間(じかん)に刮(か)き得(え)て眼(め)に花(はな)を生(しょう)ず。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)只(た)だ顧(かえり)みて看(み)て玩(もてあそ)ぶに、覚(おぼ)えず沙灰(さはい=砂(すな)と灰(はい))の鼻(はな)の内(うち)に飛(と)び入(い)り、痒(かゆ)き斯斯(しし=むずむず)として、二(ふた)つの噴嚏(ふんてい=くしゃみ)を打(う)つ。即(すなわ)ち頭(あたま)を回(めぐ)らして手(て)を伸(の)べ、岩(いわ)の下(した)に在(あ)りて二箇(ふたつ)の鵞卵石(がらんせき=鵞鳥(がちょう)の卵(たまご)の石(いし))を摸(さぐ)り、鼻(はな)を塞(ふさ)ぎ、身(み)を揺(ゆ)って一(ひと)たび変(へん)じ、変(へん)じて一(ひと)つの火(ひ)を集(あつ)めるの鷂子(ようじ=ハイタカ)と做(な)り、烟火(えんか)の間(あいだ)の裡(うち)に飛(と)び入(い)り、驀(かす)むること幾(いく)たびか驀(かす)めば、却(かえ)って就(すなわ)ち沙灰(さはい)没了(な)くなり、烟火(えんか)也(また)息(や)めり。急(いそ)ぎ本象(ほんぞう)を現(あらわ)して下(お)り来(きた)る。又(また)看(み)るに、只(た)だ聴(き)く、丁丁東東(ていていとうとう=ちんちんかんかん)と箇(ひと)の銅鑼(どうら=銅(どう)の鑼(どら))の声(こえ)の響(ひび)くを。却(かえ)って道(い)う、「我(われ)路(みち)を走(はし)り錯(あやま)りたり! 此(ここ)は是(こ)れ妖精(ようせい)の住処(じゅうじょ=住(す)み処(か))ならず。鑼(どら)の声(こえ)は鋪兵(ほへい=駅(えき)の兵(へい))の鑼(どら)に似(に)たり、想(おも)うに是(こ)れ国(くに)に通(つう)ずるの大路(たいろ)にして、鋪兵(ほへい)の去(ゆ)きて文書(ぶんしょ)を下(くだ)す有(あ)るならん。且(しばら)く老孫(ろうそん)の去(ゆ)きて彼(かれ)に一(ひと)たび問(と)うを待(ま)て」と。 正(まさ)に走(はし)る処(ところ)、忽(たちま)ち見(み)る、是(こ)れ箇(ひと)りの小妖児(しょうようじ=小(ちい)さき妖怪(ようかい))の、黄旗(こうき=黄(き)い旗(はた))を担(にな)い、文書(ぶんしょ)を背負(せお)い、鑼児(らじ=鑼(どら))を敲(たた)き、急(いそ)ぎ走(はし)ること飛(と)ぶが如(ごと)くにして来(きた)るを。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「元来(もと)是(こ)れ此(こ)の奴(やつ)めの鑼(どら)を打(う)つなり。彼(かれ)知(し)らず送(おく)るは是(こ)れ甚(なん)の書信(しょしん=手紙(てがみ))なるかを、我(われ)の彼(かれ)に一(ひと)たび聴(き)くを待(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、身(み)を揺(ゆ)って一(ひと)たび変(へん)じ、変(へん)じて箇(ひと)の猛虫児(もうちゅうじ=小(ちい)さき虫(むし))と做(な)り、軽(かる)く軽(かる)く彼(かれ)が書包(しょほう=文書(ぶんしょ)の包(つつ)み)の上(うえ)に飛(と)ぶ。只(た)だ聴(き)く、那(か)の妖精(ようせい)の鑼(どら)を敲(たた)き、緒緒聒聒(しょしょかつかつ=ぶつぶつ)として自(みずか)ら念(ねん)じ自(みずか)ら誦(しょう)じて道(い)う、「我(わ)が家(いえ)の大王(だいおう)忒(はなは)だ也(また)心(こころ)毒(どく)なり。三年前(さんねんまえ)朱紫国(ししこく)に到(いた)りて強(し)いて金聖皇后(きんせいこうごう)を奪(うば)いしが、一向(ひたすら)縁(えにし)無(な)く、未(いま)だ身(み)を沾(ふ)るるを得(え)ず、只(た)だ来(きた)るの宮女(きゅうじょ)の頂缸(ちょうこう=身代(みがわ)り)となるを苦(くる)しめたるのみ。二箇(ふたり)来(きた)りて弄(もてあそ)び殺(ころ)し、四箇(よたり)来(きた)りて也(また)弄(もてあそ)び殺(ころ)せり。前年(ぜんねん)要(もと)め、去年(きょねん)又(また)要(もと)め、今年(ことし)又(また)要(もと)めて、今年(ことし)還(ま)た要(もと)めんとせしに、却(かえ)って箇(ひと)の対頭(たいとう=敵(てき))に撞(ぶつ)かり来(きた)れり。那(か)の宮女(きゅうじょ)を要(もと)めし先鋒(せんぽう)は箇(ひと)の甚(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)に打(う)ち敗(やぶ)られ、宮女(きゅうじょ)を発(おく)らず。我(わ)が大王(だいおう)此(こ)の因(よ)りて怒(いか)りを発(はっ)し、彼(かれ)が国(くに)と争持(そうじ=争(あらそ))わんとし、我(われ)をして去(ゆ)きて甚(なん)の戦書(せんしょ=挑戦状(ちょうせんじょう))を下(くだ)さしむ。此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)きて、那(か)の国王(こくおう)戦(たたか)わざれば則(すなわ)ち可(よ)し、戦(たたか)わば必(かなら)ず利(り)あらず。我(わ)が大王(だいおう)の烟火(えんか)飛沙(ひさ=飛(と)ぶ砂(すな))を使(つか)わば、那(か)の国王(こくおう)君臣(くんしん)百姓(ひゃくせい)等(とう)は、一箇(ひとり)も活(い)くるを得(う)るを想(おも)うこと莫(なか)れ。其(そ)の時(とき)我等(われら)彼(かれ)が城池(じょうち)を占(し)め、大王(だいおう)帝(みかど)と称(しょう)し、我等(われら)臣(しん)と称(しょう)せんが、然(しか)れども也(また)箇(ひと)の大小(だいしょう)の官爵(かんしゃく)有(あ)るも、只(た)だ是(こ)れ天理(てんり)の容(い)れ難(がた)きなり」と。 行者(ぎょうじゃ)聴(き)き了(おわ)り、暗(あん)かに喜(よろこ)んで道(い)う、「妖精(ようせい)也(また)存心(ぞんしん=心(こころ))の好(よ)き有(あ)るなり。彼(かれ)が後辺(うしろ)の此(こ)の二句(にく=二(ふた)つの句(く))の天理(てんり)容(い)れ難(がた)しと説(と)けるに似(に)たるは、却(かえ)って是(こ)れ箇(ひと)の好(よ)きならずや。但(た)だ只(た)だ金聖皇后(きんせいこうごう)の一向(ひたすら)縁(えにし)無(な)く、未(いま)だ身(み)を沾(ふ)るるを得(え)ずと説(と)くのみ、此(こ)の話(はなし)却(かえ)って其(そ)の意(い)を解(げ)せず。我(われ)の彼(かれ)に一(ひと)たび問(と)うを待(ま)て」と。嚶(えい=ぶん)の一声(ひとこえ)、一(ひと)たび翅(つばさ)を飛(と)ばして妖精(ようせい)を離(はな)れ、前路(ぜんろ)へ転(てん)じ向(むか)うこと十数里(じゅうすうり)の地(ち)にして、身(み)を揺(ゆ)って一(ひと)たび変(へん)じ、又(また)変(へん)じて一(ひと)りの道童(どうどう=道士(どうし)の童(わらべ))と做(な)る。 頭(あたま)に双(そう=二(ふた)つ)の抓髻(そうけい=髷(まげ))を挽(わ)し、身(み)に百衲衣(ひゃくのうい=継(つ)ぎ接(は)ぎの衣(ころも))を穿(つらぬ)く。 手(て)に魚鼓簡(ぎょこかん=魚鼓(ぎょこ)と簡板(かんばん))を敲(たた)き、口(くち)に道情詞(どうじょうし=道教(どうきょう)の歌(うた))を唱(うた)う。 山坡(さんぱ)を転(まわ)り、小妖(しょうよう)に迎(むか)い、箇(ひと)の起手(きしゅ=挨拶(あいさつ))を打(う)って道(い)う、「長官(ちょうかん=旦那(だんな))よ、那(いずこ)へか去(ゆ)く、送(おく)るは是(こ)れ甚(なん)の公文(こうぶん)ぞ」と。那(か)の妖物(ようぶつ)就(すなわ)ち彼(かれ)を認(みと)むるの一般(ごと)し、鑼槌(らつい=鑼(どら)の撥(ばち))を住(とど)め、笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として還礼(かんれい)して道(い)う、「我(わ)が大王(だいおう)我(われ)を朱紫国(ししこく)に差(つか)わして戦書(せんしょ)を下(くだ)さしむるなり」と。行者(ぎょうじゃ)口(くち)を接(う)けて問(と)うて道(い)う、「朱紫国(ししこく)の那(か)の話児(わじ=例(れい)の件(けん))、曾(かつ)て大王(だいおう)と配合(はいごう=契(ちぎ)り)し給(たま)えるや」と。 小妖(しょうよう)道(い)う、「前年(ぜんねん)摂(さら)い得(え)て来(きた)りしより、当時(そのとき)就(すなわ)ち一箇(ひとり)の神仙(しんせん)有(あ)りて、一(ひと)つの件(くだり)の五彩仙衣(ごさいせんい)を送(おく)りて金聖宮(きんせいきゅう)と妝新(そうしん=嫁(よめ)入(い)れの支度(したく))せしめたり。彼(かれ)自(みずか)ら那(か)の衣(ころも)を穿(つらぬ)きてより、就(すなわ)ち渾身(こんしん=身(み)じゅう)上下(じょうげ)都(すべ)て針刺(しんし=針(はり)の刺(とげ))を生(しょう)じ、我(わ)が大王(だいおう)摸(さわ)るも敢(あ)えて彼(かれ)を一(ひと)たび摸(さわ)らず。但(た)だ些児(さじ=少(すこ)し)を挽(ひ)くも、手(て)の心(こころ)就(すなわ)ち痛(いた)み、是(こ)れ甚(なん)の縁故(えんこ=理由(りゆう))なるかを知(し)らず、始(はじめ)より今(いま)に至(いた)るまで、未(いま)だ身(み)を沾(ふ)るるを得(え)ず。早間(そうかん=朝方(あさがた))先鋒(せんぽう)を差(つか)わして去(ゆ)きて宮女(きゅうじょ)を要(もと)めて伏侍(ふくじ)せしめんとせしに、一箇(ひとり)の甚(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)に戦(たたか)い敗(やぶ)られたり。大王(だいおう)奮怒(ふんぬ=激(いか)り)す、故(ゆえ)に以(もっ)て我(われ)をして去(ゆ)きて戦書(せんしょ)を下(くだ)さしめ、明日(みょうにち)彼(かれ)と交戦(こうせん)せんとす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(いか)でか大王(だいおう)却(かえ)って悩(なやみ)を著(つ)くるや」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「正(まさ)に那(そこ)に在(あ)りて悩(なや)めるなり。汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)と箇(ひと)の道情詞児(どうじょうじ)を唱(うた)いて悶(もん)を解(と)きて与(あた)うるも好(よ)からん」と。 行者(ぎょうじゃ)手(て)を拱(きょう=組(く))んで身(み)を抽(ひ)いて就(すなわ)ち走(はし)る。那(か)の妖(よう)依旧(もとの如(ごと)く)鑼(どら)を敲(たた)いて前(まえ)へ行(ゆ)く。行者(ぎょうじゃ)就(すなわ)ち凶(きょう=荒(あら)い手(て))を行(おこ)な起(おこ)し、棒(ぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、復(ま)た身(み)を転(めぐ)らし、小妖(しょうよう)の脳後(のうご=後頭部(こうとうぶ))に向(むか)って一下(いっか)を与(あた)う。憐(あわれ)むべし、就(すなわ)ち打(う)ち得(え)て頭(あたま)爛(ただ)れ血(ち)流(なが)れ漿(しょう=汁(しる))迸(ほとばし)り出(い)で、皮(かわ)開(ひら)き頸(くび)折(お)れて命(いのち)傾(かたむ)く。 棍子(こんし)を収(おさ)めて、却(かえ)って又(また)自(みずか)ら悔(く)いて道(い)う、「急(いそ)ぎたり些児(さじ=少(すこ)し)! 曾(かつ)て彼(かれ)に問(と)わず名(な)を甚(なん)と呼(よ)ぶかを、罷(よ)し」と。却(かえ)って去(ゆ)きて彼(かれ)が戦書(せんしょ)を取(と)り下(おろ)して袖(そで)の内(うち)に蔵(かく)し、彼(かれ)が黄旗(こうき)・銅鑼(どうら)を将(もっ)て、路傍(ろぼう)の草(くさ)の裡(うち)に蔵(かく)さんと捽(ひねぐ)る時(とき)、只(た)だ聴(き)く、当(とう)の一声(ひとこえ)、腰間(ようかん=腰(こし)の間(あいだ))より一箇(ひとつ)の金(きん)を镶(ちりば)めたる牙牌(がはい=札(ふだ))の露(あらわ)れ出(い)づ。牌(はい)の上(うえ)に字(じ)有(あ)りて、写(うつ)して道(い)う、「心腹(しんぷく=腹心(ふくしん))の小校(しょうこう=小(ちい)さき武官(ぶかん))一名(いちめい)、有来有去(うらいうきょ)。五短(ごたん=寸詰(すんづま))りの身材(しんさい=体躯(たいく))、扢撻顔(こつたつれん=ごつごつし顔(かお))、須(ひげ)無(な)し。長川(ちょうせん=常(つね))に掛(か)け懸(か)く、牌(はい)無(な)ければ即(すなわ)ち仮(にせ)なり」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の奴(やつ)の名(な)を叫(よ)んで有来有去(うらいうきょ)と做(な)すに、此(こ)の棍子(こんし)一(ひと)つ、打(う)ち得(え)て有去無来(うきょむらい=去(さ)る有(あ)りて来(きた)る無(な)し)なり」と。牙牌(がはい)を将(もっ)て解(と)き下(おろ)し、腰(こし)の間(あいだ)に帯(たい)し、将(まさ)に尸骸(しがい=屍(しかばね))を捽(ひねぐ)り下(おろ)さんと欲(ほっ)すれど、又(また)却(かえ)って思量(しりょう=考(かんが))し起(おこ)すに烟火(えんか)の毒(どく)有(あ)れば、且(しばら)く敢(あ)えて彼(かれ)が洞府(どうふ)を尋(たず)ねず、即(すなわ)ち棍子(こんし)を将(もっ)て挙(あ)げ、小妖(しょうよう)が胸前(むねさき)に著(あ)てて一(ひと)たび搗(つ)き、空(くう)の中(うち)に挑(か)き上(あ)げ、径(ただ)ちに本国(ほんごく)に回(かえ)り、且(しばら)く当(あ)てて一箇(ひとつ)の頭功(とうこう=一番(いちばん)の手柄(てがら))を報(ほう)ず。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)の自(みずか)ら思(おも)い自(みずか)ら念(ねん)じ、唿哨(こっしょう=口笛(くちぶえ))一声(ひとこえ)、国界(こっかい=国(くに)の境(さかい))に到(いた)る。 那(か)の八戒(はっかい)は金鑾殿(きんらんでん)の前(まえ)に在(あ)りて、正(まさ)に王師(おうし=王(おう)と師(し))を護持(ごじ)せるに、忽(たちま)ち頭(あたま)を回(めぐ)らして行者(ぎょうじゃ)の半空(はんくう)の中(うち)に在(あ)りて箇(ひと)の妖精(ようせい)を将(もっ)て挑(か)ぎ来(きた)るを見(み)、彼(かれ)却(かえ)って怨(うら)んで道(い)う、「噯(あい)! 打緊(たいしたこと)ならざるの売買(ばいばい=商売(しょうばい))なり! 早(はや)く知(し)らば老猪(ろうちょ)去(ゆ)きて拿(とら)え来(きた)りて、却(かえ)って我(われ)が一(ひと)つの功(こう)と算(かぞ)えざりしを」と。説(い)い未(いま)だ畢(おわ)らざるに、行者(ぎょうじゃ)雲頭(うんとう)を按(あん)じ落(おと)し、妖精(ようせい)を将(もっ)て階(きざはし)の下(もと)に捽(たた)き付(つ)く。八戒(はっかい)跑(はし)り上(あ)がって就(すなわ)ち一(ひと)つの鈀(は)を築(つ)いて道(い)う、「此(こ)れは是(こ)れ老猪(ろうちょ)の功(こう)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「是(こ)れ汝(なんじ)の甚(なん)の功(こう)ぞ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)を頼(たの)まず、我(われ)に証見(しょうけん=証拠(しょうこ))有(あ)り! 汝(なんじ)看(み)ずや一(ひと)つの鈀(は)に九箇(ここの)つの眼子(がんし=穴(あな))を築(つ)きしを」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ頭(あたま)有(あ)るか頭(あたま)無(な)きかを」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「元来(もと)是(こ)れ頭(あたま)の無(な)きなり! 我(われ)道(おも)えらく如何(いか)にして彼(かれ)を築(つ)くも也(また)彼(かれ)を動(うご)かさざるかと」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)は那(いずこ)に在(まします)か」と。八戒(はっかい)道(い)う、「殿(でん)の裡(うち)に在(ましま)して王(おう)と話(はなし)を叙(の)べ給(たま)う」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く去(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)じて出(い)で来(きた)らしめよ」と。八戒(はっかい)急(いそ)ぎ殿(でん)に上(のぼ)りて頭(あたま)を点(うなず)かせば、三蔵(さんぞう)即(すなわ)ち便(すなわ)ち身(み)を起(おこ)して殿(でん)を下(お)り、行者(ぎょうじゃ)を迎(むか)う。行者(ぎょうじゃ)一封(いっぷう)の戦書(せんしょ)を将(もっ)て三蔵(さんぞう)が袖(そで)の裡(うち)に揣(いだ)きて道(い)う、「師父(しふ)収(おさ)め下(おろ)せ、且(しばら)く国王(こくおう)に見(み)えしむること莫(なか)れ」と。 説(い)い了(おわ)らざるに、那(か)の国王(こくおう)也(また)殿(でん)を下(お)り、行者(ぎょうじゃ)を迎(むか)えて道(い)う、「神僧孫長老(しんそうそんちょうろう)の来(きた)り給(たま)えるか! 妖(よう)を拿(とら)うるの事(こと)如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)手(て)の指(ゆび)を用(もち)いて指(さ)して道(い)う、「那(か)の階(きざはし)の下(もと)は是(こ)れ妖精(ようせい)ならずや、老孫(ろうそん)に打(う)ち殺(ころ)されたるなり」と。国王(こくおう)見(み)て道(い)う、「是(こ)れ便(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひと)の妖(よう)の尸(しかばね)なれど、却(かえ)って是(こ)れ賽太歳(さいたいさい)ならず。賽太歳(さいたいさい)は寡人(かじん)親(みずか)ら彼(かれ)に二(ふた)たび見(まみ)えたり。 身長(しんちょう)丈八(じょうはち)、膊闊(はくかつ=肩幅(かたはば))五停(ごてい=五(いつ)つ分(ぶん))、面(おもて)金光(きんこう)に似(に)て、声(こえ)霹靂(へきれき=雷(かみなり))の如(ごと)し、那(いずく)んぞ是(こ)れ此(か)くの般(ごと)く鄙矮(ひわい=卑(いや)しく低(ひく))からんや。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「陛下(へいか)の認(みと)むるは、果(はた)して然(しか)らず。是(こ)れ一箇(ひとり)の事(こと)を報(ほう)ずるの小妖(しょうよう)の老孫(ろうそん)に撞(ぶつ)かり見(み)えしを、却(かえ)って先(ま)ず打(う)ち殺(ころ)し、挑(か)ぎ回(かえ)りて功(こう)を報(ほう)ぜるなり」と。国王(こくおう)大(おおい)に喜(よろこ)んで道(い)う、「好(よ)し! 好(よ)し! 好(よ)し! 該(まさ)に頭功(とうこう)と算(かぞ)うべし! 寡人(かじん)が此(ここ)に常(つね)に人(ひと)を差(つか)わして去(ゆ)きて打探(だたん=探(さぐ))らしむるも、更(さら)に曾(かつ)て箇(ひと)の的実(てきじつ=確(たし)かな情報(じょうほう))を得(え)ず。神僧(しんそう)の一出(いっしゅつ)に似(に)て、就(すなわ)ち一箇(ひとり)を捉(とら)えて回(かえ)り来(きた)るは、真(まこと)に神通(じんつう)なり」と。叫(よ)んで道(い)う、「暖酒(だんしゅ=燗(かん)した酒(さけ))を看(み=出(だ))せ! 長老(ちょうろう)と功(こう)を賀(が)せん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「酒(さけ)を食(の)むは還(ま)た是(こ)れ小事(しょうじ)なり。我(われ)陛下(へいか)に問(と)わん、金聖宮(きんせいきゅう)の別(わか)るる時(とき)、曾(かつ)て箇(ひと)の甚(なん)の表記(ひょうき=形見(かたみ))をか留(とど)めしや。汝(なんじ)我(われ)に些児(さじ=少(すこ)し)と与(あた)えよ」と。 那(か)の国王(こくおう)表記(ひょうき)の二字(にじ)を説(と)くを聞(き)き、却(かえ)って刀剣(とうけん)の心(こころ)を剜(えぐ)るが似(ごと)し、忍(しの)ぶあたわず声(こえ)を失(うしの)って涙(なみだ)を下(くだ)り、説(と)いて道(い)う、 当年(とうねん)佳節(かせつ)朱明(しゅめい=夏(なつ))を慶(よろこ)びしに、太歳(たいさい)の凶妖(きょうよう)喊声(かんせい=叫(さけ)び声(ごえ))を発(はっ)す。 御妻(ぎょさい=后(きさき))を強奪(ごうだつ)して圧寨(あっさい=山賊(さんぞく)の女房(にょうぼう))と為(な)し、寡人(かじん)献(けん)じ出(いだ)して蒼生(そうせい=民(たみ))の為(ため)なり。 更(さら)に会(かい)うの話(はなし)并(なら)びに離(わか)るるの話(はなし)無(な)く、那(いずく)んぞ長亭(ちょうてい)共(とも)に短亭(たんてい)有(あ)らんや! 表記(ひょうき)香嚢(こうのう=香(かお)り袋(ぶくろ))全(まった)く影(かげ)無(な)く、今(いま)に至(いた)るまで我(われ)を撇(す)てて苦(くるし)く伶仃(れいてい=独(ひと)りぼっち)なり。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「陛下(へいか)は邇(ちか)くに在(ましま)すに、何(なん)を以(もっ)てか悩(なや)みと為(な)さんや。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)既(すで)に表記(ひょうき)無(な)くんば、彼(かれ)の宮中(きゅうちゅう)に在(ましま)して、甚(なん)の心愛(しんあい=最愛(さいあい))の物(もの)有(あ)るや、我(われ)に一(ひと)つの件(くだり)を与(あた)うるも罷(よ)からん」と。国王(こくおう)道(い)う、「汝(なんじ)要(もと)めて怎(いか)にするや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の妖王(ようおう)は実(じつ)に神通(じんつう)有(あ)り、我(われ)彼(かれ)の烟(けむり)を放(はな)ち、火(ひ)を放(はな)ち、沙(すな)を放(はな)つを見(み)るに、果(はた)して是(こ)れ収(おさ)め難(がた)し。縦(たと)い収(おさ)むるも、又(また)恐(おそ)らくは娘娘(にゃんにゃん)の我(われ)が面(おもて)の生(な)れなるを見(み)て、肯(あえ)て我(われ)に跟(したが)いて国(くに)に回(かえ)らざらんことを。須(すべから)く是(こ)れ彼(かれ)が平日(へいじつ)の心愛(しんあい)の物(もの)一(ひと)つの件(くだり)を得(う)れば、彼(かれ)方(はじ)めて我(われ)を信(しん)じ、我(われ)好(よ)く彼(かれ)を帯(たい)して回(かえ)り来(きた)る。此(こ)の為(ため)に故(ゆえ)に帯(たい)し去(ゆ)かんことを要(よう)す」と。国王(こくおう)道(い)う、「昭陽宮(しょうようきゅう)の裡(うち)の梳妝閣(そそうかく=化粧(けしょう)の間(ま))の上(うえ)に、一(ひと)つの双(そう=二(ふた)つ)の黄金宝串(おうごんほうかん=黄金(おうごん)の腕輪(うでわ))有(あ)り。元(もと)是(こ)れ金聖宮(きんせいきゅう)が手(て)の上(うえ)に帯(たい)せし者(もの)なれど、只(た)だ那(か)の日(ひ)の端午(たんご)に五彩(ごさい)の線(いと)を縛(しば)らんと要(よう)するに因(よ)り、此(こ)の故(ゆえ)に褪(ぬ)ぎ下(おろ)して、曾(かつ)て帯(たい)し上(あ)げず。此(こ)れ乃(すなわ)ち是(こ)れ彼(かれ)が心愛(しんあい)の物(もの)にして、如今(いま)現(げん)に簡妝盒(かんそうごう=化粧箱(けしょうばこ))の裡(うち)に収(おさ)め在(あ)り。寡人(かじん)彼(かれ)が此(こ)の離別(りべつ)に遭(あ)うを見(み)、更(さら)に忍(しの)びて見(み)ること能(あた)わず、一(ひと)たび見(み)れば即(すなわ)ち彼(かれ)が玉容(ぎょくよう=美(うつく)しき顔(かお))を見(み)るが如(ごと)くにして、病(やまい)又(また)幾分(いくぶん)か重(おも)くなるなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「且(しばら)く此(こ)の話(はなし)を題(だい)すること休(や)めよ、且(しばら)く金串(きんかん=黄金(おうごん)の腕輪(うでわ))を将(もっ)て取(と)り来(きた)れ。若(も)し舎(す)つるを得(う)れば、都(すべ)て我(われ)に与(あた)えて拿(と)り去(ゆ)かしめよ。若(も)し舎(す)てずんば、只(た)だ一(ひと)つの隻(せき=片方(かたほう))を拿(と)り去(ゆ)かん」と。 国王(こくおう)遂(つい)に玉聖宮(ぎょくせいきゅう)を命(めい)じて取(と)り出(いだ)さしめ、取(と)り出(いだ)して即(すなわ)ち国王(こくおう)に逓(わた)す。国王(こくおう)見(み)て、幾声(いくこえ)かの痛(いた)みを知(し)り熱(あつ)きを著(つ)くるの娘娘(にゃんにゃん)を叫(よ)び、遂(つい)に行者(ぎょうじゃ)に逓(わた)す。行者(ぎょうじゃ)接(う)けて、肐膊(かくはく=腕(うで))の上(うえ)に套(かぶ)せたり。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、功酒(こうしゅ=手柄(てがら)の酒(さけ))を食(くら)わず、且(しばら)く筋斗雲(きんとううん)に駕(が)し、唿哨(こっしょう)一声(ひとこえ)、又(また)麒麟山(きりんざん)の上(うえ)に至(いた)り、心(こころ)に景(けい=景色(けしき))を玩(もてあそ)ぶ無(な)く、径(ただ)ちに洞府(どうふ)を尋(たず)ねて去(ゆ)く。正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、只(た)だ聴(き)く、人語(じんご=人(ひと)の声(こえ))の喧嚷(けんじょう=騒(さわ)がし)きを。即(すなわ)ち佇立(ちょりつ=立(た)ち止(ど))まって睛(ひとみ)を凝(こ)らして観(み)るに、元来(もと)那(か)の獬豸洞(かいちどう)の口(くち)の門(もん)を把(まも)るの大小(だいしょう)の頭目(とうもく)は、約摸(やくはか=おおよそ)五百名(ごひゃくめい)有(あ)りて、那(そこ)に在(あ)りて、 森森(しんしん)として羅列(られつ)し、密密(みつみつ)として挨排(あいはい=押(お)し合(あ)い並(なら))ぶ。 森森(しんしん)として羅列(られつ)し干戈(かんか=盾(たて)と矛(ほこ))を執(と)り、日(ひ)に映(えい)じて光明(こうみょう)たり。 密密(みつみつ)として挨排(あいはい)し旌旗(せいき=旗(はた))を展(の)べ、風(かぜ)を迎(むか)えて飄閃(ひょうせん=ひらひら)たり。 虎将(こしょう=虎(とら)の将(しょう))熊師(ゆうし=熊(くま)の師(し))能(よ)く変化(へんげ)し、豹頭(ひょうとう=豹(ひょう)の頭(かしら))彪帥(ひょうすい=彪(ひょう)の帥(すい))精神(せいしん)を弄(ろう)す。 蒼狼(そうろう=蒼(あお)き狼(おおかみ))猛烈(もうれつ)多(おお)く、獺象(たいぞう=獺(かわうそ)と象(ぞう))更(さら)に驍雄(ぎょうゆう=勇猛(ゆうもう))なり。 狡兔(こうと=狡(ずる)き兔(うさぎ))乖獐(かいしょう=賢(かしこ)き鹿(しか))剣戟(けんげき)を輪(めぐ)らし、長蛇(ちょうだ)大蟒(だいもう)刀弓(とうきゅう)を挎(か)ける。 猩猩(しょうじょう)能(よ)く人(ひと)の言語(げんご)を解(げ)し、陣(じん)を引(ひ)き営(えい)を安(やす)んじて汛風(じんぷう=風向(かざむ)き)を識(し)る。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て、敢(あ)えて前進(ぜんしん)せず、身(み)を抽(ひ)いて径(ただ)ちに旧路(きゅうろ=元(もと)の道(みち))に転(てん)ず。汝(なんじ)道(い)わんか彼(かれ)の身(み)を抽(ひ)きしは怎(いか)にと。是(こ)れ彼(かれ)を怕(おそ)るるならず、彼(かれ)却(かえ)って那(か)の小妖(しょうよう)を打(う)ち殺(ころ)せし処(ところ)に至(いた)り、黄旗(こうき)銅鑼(どうら)を尋(たず)ね出(いだ)し、風(かぜ)に迎(むか)って訣(けつ=印(いん))を捏(ねん)じ、想象(そうぞう=心(こころ)に描(えが))し騰那(とうな=身(み)を翻(ひるがえ))し、即(すなわ)ち身(み)を揺(ゆ)って一(ひと)たび変(へん)じ、変(へん)じて那(か)の有来有去(うらいうきょ)の形姿(けいし=姿(すがた))と做(な)り、乒乓(ひんぽう=ちんちん)と鑼(どら)を敲(たた)き、大(おお)いなる步(あゆみ)を踏(ふ)み、一(ひと)すじに前(まえ)へ来(きた)り、径(ただ)ちに獬豸洞(かいちどう)に撞(つ)き至(いた)る。正(まさ)に将(まさ)に洞(どう)の景(けい)を看(み)んと欲(ほっ)するに、只(た)だ聞(き)く、猩猩(しょうじょう)の語(ことば)を出(いだ)して道(い)う、「有来有去(うらいうきょ)、汝(なんじ)回(かえ)り来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)只(た)だ得(え)ず答(こた)えて道(い)う、「来(きた)れり」と。猩猩(しょうじょう)道(い)う、「快(すみや)か走(はし)れ! 大王爺爺(だいおうやや)正(まさ)に剥皮亭(はくひてい=皮(かわ)を剥(は)ぐ亭(てい))の上(うえ)に在(ましま)して汝(なんじ)が回話(かいわ=復命(ふくめい))するを等(ま)ち給(たま)うなり」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、步(あゆみ)を引(ひ)き開(ひら)き、鑼(どら)を敲(たた)き、径(ただ)ちに前門(ぜんもん)の裡(うち)に入(い)りて看(み)る処(ところ)、元来(もと)是(こ)れ懸崖(けんがい=険(けわ)しき崖(がけ))削壁(さくへき=削(けず)り立(た)つ壁(かべ))の石屋(せきおく=石(いし)の家(いえ))虚堂(きょどう=広(ひろ)き間(ま))にして、左右(さゆう)に琪花(きか=美(うつく)しき花(はな))瑶草(ようそう)有(あ)り、前後(ぜんご)に古柏(こはく=古(ふる)き柏(かしわ))喬松(きょうしょう=高(たか)き松(まつ))多(おお)し。覚(おぼ)えず又(また)二門(にもん)の内(うち)に至(いた)り、忽(たちま)ち頭(あたま)を挙(あ)げて一(ひと)つの座(ざ)の八窓(はっそう=八(やっ)つの窓(まど))の明亮(めいりょう=明(あか)る)き亭子(ていじ=亭(てい))を見(み)る。亭子(ていじ)の中間(ちゅうかん)に一張(いっちょう)の金(きん)を戧(そう=象眼(ぞうがん))せし交椅(こうい=椅子(いす))有(あ)り、椅子(いす)の上(うえ)に端(ただし)く坐(ざ)せる一箇(ひとり)の魔王(まおう)有(あ)り、真(まこと)に箇(こ)悪(あ)しき象(すがた)を生(しょう)じたり。但(た)だ見(み)よ彼(かれ)を、 幌幌(こうこう=きらきら)として霞光(かこう=霞(かすみ)の光(ひかり))頂上(ちょうじょう)に生(しょう)じ、威威(いい=いかめし)として殺気(さっき)胸前(むねさき)に迸(ほとばし)る。 口外(こうがい=口(くち)の外(そと))の獠牙(りょうが=牙(きば))利刃(りじん=鋭(するど)き刃(やいば))を排(なら)べ、鬢辺(びんぺん=鬢(びん)の辺(ほとり))の焦髪(しょうはつ=焦(こ)げし髪(かみ))紅烟(こうえん)を発(はっ)す。 嘴上(しじょう=口(くち)の上(うえ))の髭須(ししゅ=髭(ひげ))箭(や)を插(さ)すが如(ごと)く、遍体(へんたい=身(み)じゅう)の昂毛(こうもう=逆立(さかだ)ちし毛(け))氈(せん=毛氈(もうせん))を迭(かさ)ぬるに似(に)たり。 眼(まなこ)突(つ)き出(い)でて銅鈴(どうれい=銅(どう)の鈴(すず))の太歳(たいさい)を欺(あざむ)き、手(て)に鉄杵(てっしょ=鉄(てつ)の杵(きね))を執(と)ること摩天(まてん=天(てん)を摩(ま))するが若(ごと)し。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て、公然(こうぜん=平気(へいき))として那(か)の妖精(ようせい)を傲慢(ごうまん=見下(みくだ))し、更(さら)に些児(さじ=少(すこ)し)の礼法(れいほう)にも循(したが)わず、臉(かお)を調(めぐ)らし転(てん)じて外(そと)に朝(むか)い、只(た)だ管(かま)わず鑼(どら)を敲(たた)く。妖王(ようおう)問(と)うて道(い)う、「汝(なんじ)来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)答(こた)えず、又(また)問(と)う、「有来有去(うらいうきょ)、汝(なんじ)来(きた)れるか」と。也(また)答(こた)えず。妖王(ようおう)上前(じょうぜん)に扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「汝(なんじ)怎(いか)でか家(いえ)に到(いた)りて還(ま)た鑼(どら)を篩(ふる)うや、之(これ)を問(と)うに又(また)答(こた)えず、何(なん)ぞや」と。行者(ぎょうじゃ)鑼(どら)を把(と)って地(ち)の下(した)へ一(ひと)たび掼(たたきつ)けて道(い)う、「甚(なん)の何也(かなん)ぞ、何也(かなん)ぞ! 我(われ)我(われ)の去(ゆ)かずと説(い)いしに、汝(なんじ)却(かえ)って我(われ)をして去(ゆ)かしめたり。行(ゆ)きて那(か)の廂(かた)に到(いた)り、只(た)だ見(み)る、無数(むすう)の人馬(じんば)の陣勢(じんせい)を列(つら)ね成(な)せるが、我(われ)を見(み)て、就(すなわ)ち都(すべ)て叫(よ)ぶ、妖精(ようせい)を拿(とら)えよ! 妖精(ようせい)を拿(とら)えよと。我(われ)を把(と)って揪揪扯扯(しゅうしゅうしゃしゃ=引(ひ)っ掴(つか)み引(ひ)っ張(ぱ))り、引(ひ)き引(ひ)き扛(か)ぎ扛(か)ぎ、拿(とら)えて城(しろ)の裡(うち)に入(い)り去(ゆ)き、那(か)の国王(こくおう)に見(まみ)えしに、国王(こくおう)便(すなわ)ち斬(き)らしめんとせしが、幸(さいわ)いに那(か)の両班(りょうはん)の謀士(ぼうし=参謀(さんぼう))の両家(りょうけ)の相争(あいあらそ)うに来使(らいし=使者(ししゃ))を斬(き)らずと道(い)うに虧(よ)りて、我(われ)を把(と)って饒(ゆる)され、戦書(せんしょ)を収(おさ)め、又(また)押(お)し出(いだ)して城(しろ)の外(そと)に至(いた)らしめ、軍前(ぐんぜん=陣(じん)の前(まえ))に対(たい)して三十(さんじゅう)の順腿(じゅんたい=腿(もも)を打(う)つ刑(けい))を打(う)たれ、放(はな)たれて我(われ)を回話(かいわ)に来(きた)らしめたり。彼(かれ)が那(そこ)に久(ひさ)しからずして就(すなわ)ち此(ここ)に来(きた)りて汝(なんじ)と交戦(こうせん)せんとす」と。 妖王(ようおう)道(い)う、「此(か)くの如(ごと)く説(と)かば、是(こ)れ汝(なんじ)が虧(そこない)を食(くら)いたるなり、怪(あやし)むらくは汝(なんじ)を問(と)うに更(さら)に言語(げんご)せざるは」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「却(かえ)って怎(いか)でか是(こ)れ、只(た)だ疼(いたみ)を護(まも)るが為(ため)に、故(ゆえ)に以(もっ)て答(こた)えざるなり」と。妖王(ようおう)道(い)う、「那(そこ)に幾(いく)らの人馬(じんば)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)也(また)唬(おどろ)き昏(くら)み、又(また)彼(かれ)が打(う)つに怕(おそ)るるを食(くら)い、那(いずく)んぞ曾(かつ)て彼(かれ)が人馬(じんば)の数(かず)の目(もく)を査(しら)べんや! 只(た)だ見(み)る、那(そこ)に森森(しんしん)として兵器(へいき)の擺(なら)び列(つら)なれるは、 弓箭(きゅうせん)刀槍(とうそう)甲(よろい)与(と)衣(い)、干戈(かんか)剣戟(けんげき)并(なら)びに縄旗(じょうき=飾(かざ)り旗(はた))。 剽槍(ひょうそう)月鏟(げっさん)兜鍪(とうぼう=兜(かぶと))鎧(よろい)、大斧(だいふ)団牌(だんぱい=丸(まる)い盾(たて))鉄蒺藜(てつしつり=鉄(てつ)の茨(いばら))。 長(なが)き悶棍(もんこん=棍棒(こんぼう))、短(みじか)き窩槌(かすい=槌(つち))、鋼叉(こうさ=鋼(はがね)の叉(また))銃(じゅう)鉋(ほう)及(およ)び頭盔(とうかい=兜(かぶと))。 打扮(だはん=身支度(みじたく))し得(え)て靴(くつ)鞋(わらじ)護頂(ごちょう=兜(かぶと))并(なら)びに胖襖(ぼうおう=綿入(わたい)れ)、簡鞭(かんべん=鞭(むち))袖弾(しゅうだん=袖(そで)の弾(たま))与(と)銅錘(どうすい=銅(どう)の槌(つち))。 那(か)の王(おう)聴(き)きて笑(わら)って道(い)う、「打緊(たいしたこと)ならず! 打緊(たいしたこと)ならず! 此(か)くの般(ごと)きの兵器(へいき)に似(に)たるは、一火(いっか=一(ひと)たびの火(ひ))に皆(みな)空(むな)し。汝(なんじ)且(しばら)く去(ゆ)きて金聖娘娘(きんせいにゃんにゃん)に報(ほう)じて知(し)らしめ、彼(かれ)をして悩(なや)むこと莫(なか)らしめよ。今朝(けさ)彼(かれ)我(われ)が狠(こん=荒(あら))く発(はっ)して、去(ゆ)きて戦闘(せんとう)せんとすと聞(き)き、彼(かれ)就(すなわ)ち眼泪(がんるい)汪汪(おうおう)として干(ほ)さざりしなり。汝(なんじ)如今(いま)去(ゆ)きて那(か)の人馬(じんば)の驍勇(ぎょうゆう=勇(いさ)まし)く、必(かなら)ず我(われ)に勝(まさ)ると説(と)かば、且(しばら)く彼(かれ)が一時(いちじ)の心(こころ)を寛(ひろ)くせん」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)して道(い)う、「正(まさ)に老孫(ろうそん)が意(い)に中(あた)れり」と。汝(なんじ)看(み)よ彼(かれ)は偏(ひとえ)に是(こ)れ路(みち)に熟(な)れ、角門(かくもん=隅(すみ)の門(もん))を転(まわ)り過(す)ぎ、庁堂(ちょうどう=広間(ひろま))を穿(つらぬ)き過(す)ぐ。那(か)の裡辺(うち)は尽(ことごと)く都(すべ)て是(こ)れ高堂(こうどう)大厦(だいか=大(おお)きき家(いえ))にして、更(さら)に前辺(まえ)の形姿(けいし=姿(すがた))に似(に)ず、直(ただ)ちに後面(うしろ)の宮(きゅう)の裡(うち)に到(いた)れば、遠(とお)く彩門(さいもん=彩(いろど)りの門(もん))の壮麗(そうれい)なるを見(み)る、乃(すなわ)ち是(こ)れ金聖娘娘(きんせいにゃんにゃん)の住処(じゅうじょ)なり。 直(ただ)ちに裡(うち)の面(めん)に入(い)りて看(み)る時(とき)、両班(りょうはん)の妖狐(ようこ=妖(あや)しき狐(きつね))妖鹿(ようろく=妖(あや)しき鹿(しか))有(あ)りて、一(ひと)り一(ひと)り都(すべ)て美女(びじょ)の形(かたち)に妝(よそお)い成(な)り、左右(さゆう)に侍立(じりつ=付(つ)き従(したが))い、正(まさ)ん中(なか)に坐(ざ)せる那(か)の箇(こ)の娘娘(にゃんにゃん)有(あ)り、手(て)に香腮(こうさい=香(かんば)しき頬(ほお))を托(たく)し、双眸(そうぼう=両(ふた)つの瞳(ひとみ))涙(なみだ)を滴(したた)らす。果(はた)して是(こ)れ、 玉容(ぎょくよう=玉(たま)の如(ごと)き顔(かお))嬌嫩(きょうどん=若々(わかわか)しく)にして、美貌(びぼう)妖嬈(ようじょう=艶(なまめ)か)し。 梳妝(そそう=化粧(けしょう))に懶(ものう)く、散(みだ)れし鬢(びん)に鴉(あ=烏(からす)の羽(はね)の色(いろ))を堆(うずたか)くし、打扮(だはん=身支度(みじたく))を怕(おそ)れて、釵環(さかん=簪(かんざし)と環(わ))を戴(いただ)かず。 面(おもて)に粉(おしろい)無(な)く、胭脂(えんじ=頬紅(ほおべに))を冷淡(れいたん=薄(うす))くし、髪(かみ)に油(あぶら)無(な)く、雲鬢(うんびん=雲(くも)の如(ごと)き鬢(びん))を蓬松(ほうしょう=ぼうぼう)とさす。 桜唇(おうしん=桜(さくら)の如(ごと)き唇(くちびる))を努(つきだ)し、銀牙(ぎんが=白(しろ)き歯(は))を緊(きつ)と咬(か)み、蛾眉(がび=蛾(が)の眉(まゆ))を皺(しか)めて、星眼(せいがん=星(ほし)の如(ごと)き眼(まなこ))に涙(なみだ)淹(おお)う。 一片(いっぺん)の心(こころ)、只(た)だ朱紫(しし)の君王(くんおう)を憶(おも)い、一時間(いちじかん=一刻(いっこく))も、天羅地網(てんらちもう=天(てん)と地(ち)の網(あみ))を離(はな)るる을恨(うら)む。 誠(まこと)に是(こ)れ、古(いにしえ)より紅顔(こうがん=美(うつく)しき顔(かお))は薄命(はくめい)多(おお)く、懨懨(えんえん=物憂(ものう))げとして語(ことば)無(な)く東風(とうふう)に対(たい)す。 行者(ぎょうじゃ)上前(じょうぜん)に箇(ひと)の問訊(もんじん=合掌(がっしょう)の挨拶(あいさつ))を打(う)って道(い)う、「接喏(せつじゃく=お辞儀(おじぎ))」と。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)道(い)う、「此(こ)の潑村怪(はつそんかい=無礼(ぶれい)な田舎者(いなかもの)の怪(かい))め、十分(じゅうぶん)に無状(ぶじょう=無礼(ぶれい))なり! 想(おも)うに我(われ)が那(か)の朱紫国(ししこく)の中(うち)に在(ましま)して、王(おう)と同(とも)に栄華(えいが)を享(う)けし時(とき)は、那(か)の太師(たいし)宰相(さいしょう)も我(われ)を見(み)れば、就(すなわ)ち塵埃(じんあい=地(ち)の土(つち))に俯伏(ふふく=平伏(へいふく))し、敢(あ)えて仰(あお)ぎ視(み)ざりしに、此(こ)の野怪(やかい=野暮(やぼ)な怪(かい))怎(いか)でか一声(ひとこえ)の接喏(せつじゃく)を叫(よ)ぶや。是(こ)れ那(いずこ)より来(きた)れるの此(か)くの般(ごと)く村潑(そんはつ=粗野(そや)で無礼(ぶれい))なる者(もの)ぞ」と。 衆侍婢(しゅうしひ=侍女(じじょ)たち)上前(じょうぜん)に道(い)う、「太太(たいたい=奥方(おくがた))怒(いかり)を息(い)こわせたまえ、彼(かれ)は是(こ)れ大王爺爺(だいおうやや)の心腹(しんぷく)の小校(しょうこう)にして、名(な)を有来有去(うらいうきょ)と喚(よ)ぶ。今朝(けさ)戦書(せんしょ)を下(くだ)すに差(つか)わされしは彼(かれ)なり」と。娘娘(にゃんにゃん)説(と)くを聞(き)き、怒(いかり)を忍(しの)んで問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)戦書(せんしょ)を下(くだ)すに、曾(かつ)て朱紫国(ししこく)の界(さかい)に到(いた)りしか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)書(ふみ)を持(たも)ちて直(ただ)ちに城(しろ)の裡(うち)に至(いた)り、金鑾殿(きんらんでん)に到(いた)り、君王(くんおう)に面見(めんけん=直接(ちょくせつ)お目(め)にかか)り、已(すで)に回音(かいおん=返答(へんとう))を討(もと)め来(きた)れるなり」と。娘娘(にゃんにゃん)道(い)う、「汝(なんじ)君(きみ)に面(めん)せしに、君(きみ)に何(なん)の言(げん)有(あ)りしか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の君王(くんおう)が敵(てき)と戦(たたか)わんの言(げん)并(なら)びに兵(へい)を排(なら)べ陣(じん)を布(し)くの事(こと)は、才(さい=たった今(いま))大王(だいおう)に説(と)き了(おお)せたり。只(た)だ是(こ)れ那(か)の君王(くんおう)に娘娘(にゃんにゃん)を思想(しそう=慕(した))うの意(い)有(あ)り、一(ひと)つの句(く)の心(こころ)に合(がっ)するの話児(わじ=話(はなし))有(あ)りて、特(こと)に来(きた)りて上稟(じょうひん=申(もう)し上(あ))げんとすれど、奈何(いかん)せん左右(さゆう)に人(ひと)の衆(おお)きは、是(こ)れ説(と)くの処(ところ)ならず」と。娘娘(にゃんにゃん)言(げん)を聞(き)き、両班(りょうはん)の狐鹿(ころく=狐(きつね)と鹿(しか))を喝(かつ)し退(しりぞ)く。 行者(ぎょうじゃ)宮門(きゅうもん)を掩(おお)い上(あ)げ、臉(かお)を把(と)って一(ひと)たび抹(な)づり、本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、娘娘(にゃんにゃん)に対(たい)して道(い)う、「汝(なんじ)我(われ)を懼(おそ)るること休(や)めよ、我(われ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)より大西天(だいせいてん)天竺国(てんじくこく)雷音寺(らいおんじ)へ差(つか)わされ、仏(ほとけ)に見(まみ)えて経(きょう)を求(もと)めんとするの和尚(おしょう)なり。我(わ)が師父(しふ)は是(こ)れ唐王(とうおう)の御弟(ぎょてい)唐三蔵(とうさんぞう)、我(われ)は是(こ)れ彼(かれ)が大徒弟(だいとてい)孫悟空(そんごくう)なり。汝(なんじ)が国(くに)を過(す)ぎて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)するに因(よ)り、汝(なんじ)が君臣(くんしん)の榜(ぼう)を出(いだ)して医(い)を招(まね)くを見(み)、是(こ)れ我(われ)が大(おおい)に三折(さんせつ)の肱(こう)を施(ほどこ)して、彼(かれ)が相思(そうし=恋(こい)い慕(した))いの病(やまい)を治(ぢ)し好(よ)くせしめたり。宴(うたげ)を排(なら)べて我(われ)に謝(しゃ)し、酒(さけ)を飲(の)むの間(あいだ)に、汝(なんじ)の妖(よう)に摂(さら)われ来(きた)れるを説(と)き出(いだ)し、我(われ)の会(え)して竜(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)するを知(し)れば、特(こと)に我(われ)を請(しょう)じて来(きた)らしめ、怪(かい)を捉(とら)え、汝(なんじ)を救(すく)いて国(くに)に回(かえ)らしめんとす。那(か)の先鋒(せんぽう)を戦(たたか)い敗(やぶ)りしは是(こ)れ我(われ)なり、小妖(しょうよう)を打(う)ち殺(ころ)ししも也(また)是(こ)れ我(われ)なり。我(われ)彼(かれ)が門外(もんがい)の凶狂(きょうきょう=凶暴(きょうぼう))なるを見(み)、是(こ)れ我(われ)が変(へん)じて有来有去(うらいうきょ)の形姿(けいし=姿(すがた))と作(な)り、身(み)を舎(す)てて此(ここ)に到(いた)り、汝(なんじ)と信(しん)を通(つう)ずるなり」と。 那(か)の娘娘(にゃんにゃん)説(と)くを聞(き)き、沈吟(ちんぎん=思(おも)い沉(しず))んで語(かた)らず。行者(ぎょうじゃ)宝串(ほうかん=腕輪(うでわ))を取(と)り出(いだ)し、双手(そうしゅ)に奉(たてまつ)って道(い)う、「汝(なんじ)若(も)し信(しん)ぜずんば、此(こ)の物(もの)の何(いずこ)より来(きた)れるかを看(み)よ」と。娘娘(にゃんにゃん)一(ひと)たび見(み)て涙(なみだ)を垂(た)れ、座(ざ)を下(お)りて拝謝(はいしゃ)して道(い)う、「長老(ちょうろう)よ、汝(なんじ)果(はた)して是(こ)れ我(われ)を救(すく)いて朝(ちょう)に回(かえ)るを得(う)れば、歯(は)の没(な)きまでも大恩(だいおん)を忘(わす)れず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)に問(と)わん、彼(かれ)が那(か)の火(ひ)を放(はな)ち、烟(けむり)を放(はな)ち、沙(すな)を放(はな)つは、是(こ)れ件(くだり)の甚(なん)の宝貝(ほうばい)なるや」と。娘娘(にゃんにゃん)道(い)う、「那(いずく)んぞ是(こ)れ甚(なん)の宝貝(ほうばい)ならんや! 乃(すなわ)ち是(こ)れ三箇(みっつ)の金鈴(きんれい=金(きん)の鈴(すず))なり。彼(かれ)頭(はじめ)の一箇(ひとつ)を将(もっ)て一(ひと)たび幌(ひるがえ)せば、三百丈(さんびゃくじょう)の火光(かこう)の人(ひと)を焼(や)く有(あ)り、第二(だいに)の一箇(ひとつ)を一(ひと)たび幌(ひるがえ)せば、三百丈(さんびゃくじょう)の烟光(えんこう=煙(けむり)の光(ひかり))の人(ひと)を熏(くす)ぶる有(あ)り、第三(だいさん)の一箇(ひとつ)を一(ひと)たび幌(ひるがえ)せば、三百丈(さんびゃくじょう)の黄沙(こうさ=黄(き)い砂(すな))の人(ひと)を迷(まよ)わす有(あ)り。烟火(えんか)は還(ま)た打緊(たいしたこと)ならず、只(た)だ是(こ)れ黄沙(こうさ)の最(もっと)も毒(どく)なるにして、若(も)し人(ひと)の鼻(はな)の孔(あな)に潜(もぐ)り入(い)らば、就(すなわ)ち性命(せいめい)を傷(そこな)わん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「利害(りがい=手強(てごわ))し! 利害(りがい)し! 我(われ)曾(かつ)て之(これ)に著(あ)いて、二箇(ふたつ)の嚏噴(ていふん=くしゃみ)を打(う)てり。却(かえ)って彼(かれ)が鈴児(れいじ=鈴(すず))の何処(いずこ)に放(お)き在(あ)るかを知(し)らず」と。娘娘(にゃんにゃん)道(い)う、「彼(かれ)那(なん)ぞ肯(あえ)て放(お)ろし下(おろ)さんや、只(た)だ是(こ)れ腰間(ようかん)に帯(たい)し、行(ゆ)くも住(とどま)るも坐(ざ)するも臥(ふ)するも、再(ま)た身(み)を離(はな)れず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)若(も)し朱紫国(ししこく)に意(い)有(あ)りて、還(ま)た国王(こくおう)と相会(あいまみ)えんことを要(よう)せば、那(か)の煩悩(ぼんのう)憂愁(ゆうしゅう)を把(と)って、都(すべ)て且(しばら)く権(かり)に解(と)き、箇(ひと)の風流(ふうりゅう=艶(なまめ)かし)き喜悦(きえつ)の容(かたち)を出(いだ)し、彼(かれ)と箇(ひと)の夫妻(ふさい)の情(じょう)を叙(の)べ、彼(かれ)をして鈴児(れいじ)を把(と)って汝(なんじ)に収貯(しゅうちょ=預(あず))けしめよ。我(われ)の便(つごう)に乗(じょう)じて偷(ぬす)み、此(こ)の妖怪(ようかい)を降(くだ)すを待(ま)て、其(そ)の時節(じせつ)、好(よ)く汝(なんじ)を帯(たい)して回(かえ)り去(ゆ)き、重(かさ)ねて鸞鳳(らんぽう=夫婦(ふうふ))を諧(かな)え、共(とも)に安寧(あんねい)を享(う)けん」と。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)言(げん)に依(よ)る。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)還(ま)た心腹(しんぷく)の小校(しょうこう)に変(へん)じて、宮門(きゅうもん)を開(ひら)き、左右(さゆう)の侍婢(しひ)を喚(よ)び入(い)る。娘娘(にゃんにゃん)叫(よ)んで道(い)う、「有来有去(うらいうきょ)よ、快(すみや)か前亭(ぜんてい=前(まえ)の亭(てい))へ往(ゆ)き、汝(なんじ)が大王(だいおう)を請(しょう)じて来(きた)らしめ、彼(かれ)と話(はなし)を説(と)かん」と。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)かな、一声(ひとこえ)に応(こた)え、即(すなわ)ち剥皮亭(はくひてい)に至(いた)りて妖精(ようせい)に対(たい)して道(い)う、「大王(だいおう)、聖宮娘娘(せいきゅうにゃんにゃん)の請(しょう)じ給(たま)う有(あ)り」と。妖王(ようおう)歓喜(かんき)して道(い)う、「娘娘(にゃんにゃん)は常時(つね)只(た)だ罵(ののし)るのみなるに、怎(いか)でか今日(こんにち)請(しょう)ずる有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の娘娘(にゃんにゃん)朱紫国王(ししこくこくおう)の事(こと)を問(と)いしに、是(こ)れ我(われ)が彼(かれ)は汝(なんじ)を要(よう)せず、彼(かれ)が国(くに)の中(うち)に別(べつ)に皇后(こうごう)を扶(たす)けたりと説(と)きしに、娘娘(にゃんにゃん)説(と)くを聞(き)き、此(こ)の故(ゆえ)に以(もっ)て想(おも)う頭(かしら=気持(きも)ち)没了(な)くして、方(はじ)めて才(はじ)めて我(われ)をして来(きた)りて奉請(ほうせい)せしめたるなり」と。妖王(ようおう)大(おおい)に喜(よろこ)んで道(い)う、「汝(なんじ)却(かえ)って中(あた)りて用(もち)いらる。我(われ)の彼(かれ)が国(くに)を剿除(そうじょ=討(う)ち平(たいら))げんを待(ま)ちて、汝(なんじ)を封(ほう)じて箇(ひと)の朝(ちょう)に随(したが)うの太宰(たいさい=宰相(さいしょう))と為(な)さん」と。行者(ぎょうじゃ)口(くち)に順(したが)って恩(おん)を謝(しゃ)し、疾(と)く妖王(ようおう)と後宮(こうきゅう)の門(もん)の首(ほとり)に来(きた)り至(いた)る。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)歓容(かんよう=喜(よろこ)びの顔(かお))して迎(むか)え、就(すなわ)ち去(ゆ)きて手(て)を用(もち)いて相(あい)攙(たす)けんとせしに、那(か)の妖王(ようおう)喏喏(じゃくじゃく=へいへい)として而(しか)して退(しりぞ)きて道(い)う、「不敢不敢(ふかんふかん=とんでもない)! 多(おお)く娘娘(にゃんにゃん)の下愛(かあい=ご厚意(こうい))を承(うけたまわ)るも、我(われ)手(て)の痛(いた)むを怕(おそ)るれば、敢(あ)えて相(あい)傍(そばだ)たず」と。 娘娘(にゃんにゃん)道(い)う、「大王(だいおう)請(こ)う坐(ざ)せよ、我(われ)汝(なんじ)と説(と)かん」と。妖王(ようおう)道(い)う、「話(はなし)有(あ)らば但(た)だ説(と)くに妨(さまた)げ無(な)し」と。娘娘(にゃんにゃん)道(い)う、「我(われ)大王(だいおう)の辱愛(じょくあい=身(み)に余(あま)る寵愛(ちょうあい))を蒙(こうむ)り、今(いま)已(すで)に三年(さんねん)なるも、未(いま)だ枕(まくら)を共(とも)にし衾(ふすま)を同(おな)じくするを得(え)ざるは、也(また)是(こ)れ前世(ぜんせ)の縁(えにし)にして、此(こ)の場(ば)の夫妻(ふさい)と做(な)りしなり。誰(たれ)か知(し)らん、大王(だいおう)の我(われ)を外(ほか=疎(うと)ん)ずるの意(い)有(あ)りて、夫妻(ふさい)を以(もっ)て相待(あいま)たざるを。我(われ)想(おも)うに当時(そのかみ)朱紫国(ししこく)に在(ましま)して后(きさき)為(た)りし時(とき)、外邦(がいほう=外国(がいこく))の凡(およ)そ進貢(しんこう=貢(みつ)ぎ)の宝(たから)有(あ)れば、君(きみ)看(み)畢(おわ)りて、一定(きっと)后(きさき)に与(あた)えて之(これ)を収(おさ)めしめたり。汝(なんじ)が此(ここ)には更(さら)に甚(なん)の宝貝(ほうばい)無(な)く、左右(さゆう)穿(つらぬ)くは是(こ)れ貂裘(ちょうきゅう=貂(てん)の皮衣(かわごろも))、食(くら)うは是(こ)れ血食(けっしょく=生肉(なまにく))、那(いずく)んぞ曾(かつ)て綾錦(りょうきん=絹織物(きぬおりもの))金珠(きんしゅ=金(きん)と真珠(しんじゅ))を見(み)しや! 只(た)だ一(ひと)つの味(あじわい)に皮(かわ)を鋪(し)き毯(もうせん)を蓋(おお)うのみ。或(あるい)は就(すなわ)ち些(いささ)かの宝貝(ほうばい)有(あ)るも、汝(なんじ)我(われ)を外(うと)んずるに因(よ)りて、也(また)我(われ)に看(み)しめず、也(また)我(われ)と収(おさ)めしめず。且(しばら)く聞(き)くが如(ごと)く汝(なんじ)に三箇(みっつ)の鈴鐺(れいとう=鈴(すず))有(あ)るは、想(おも)うに就(すなわ)ち是(こ)れ件(くだり)の宝貝(ほうばい)ならんに、汝(なんじ)怎(いか)でか走(はし)るにも也(また)帯(たい)し、坐(ざ)するにも也(また)帯(たい)するや。汝(なんじ)就(すなわ)ち拿(と)りて我(われ)と収(おさ)めしめよ、汝(なんじ)が用(もち)うる時(とき)の取(と)り出(いだ)すを待(ま)たば、未(いま)だ不可(ふか)ならず。此(こ)れ也(また)是(こ)れ夫妻(ふさい)の場(ば)を做(な)して、也(また)箇(ひと)の心腹(しんぷく)の相托(あいたく)するの意(い)有(あ)るなり。此(か)くの如(ごと)く相托付(あいたくふ)せざるは、我(われ)を外(うと)んずるに非(あら)ずして何(なん)ぞや」と。 妖王(ようおう)大(おおい)に笑(わら)って陪礼(ばいれい=詫(わ)び)して道(い)う、「娘娘(にゃんにゃん)の怪(とが)むるは是(ただ)し! 怪(とが)むるは是(ただ)し! 宝貝(ほうばい)此(ここ)に在(あ)り、今日(こんにち)就(すなわ)ち当(まさ)に汝(なんじ)に付(ふ)して之(これ)を収(おさ)めしめん」と。便(すなわ)ち即(すなわ)ち衣(ころも)を掲(かか)げて宝(たから)を取(と)る。行者(ぎょうじゃ)旁(かたわら)に在(あ)りて、眼(まなこ)を転(てん)じ睛(ひとみ)を注(そそ)がずして那(か)の怪(かい)の両(ふた)つ三(みっ)つの層(かさ)ねの衣服(いふく)を掲(かか)げ起(おこ)し、身(み)に貼(は)り付(つ)けて三箇(みっつ)の鈴児(れいじ)を帯(たい)するを看(み)る。彼(かれ)解(と)き下(おろ)して、些(いささ)かの綿花(めんか=綿(わた))を将(もっ)て口児(こうじ=口(くち))を塞(ふさ)ぎ、一(ひと)つの塊(かたまり)の豹皮(ひょうひ)を把(と)って一(ひと)つの包袱児(ほうふくじ=包(つつ)み)と作(な)して包(つつ)み、娘娘(にゃんにゃん)に逓(わた)して道(い)う、「物(もの)は微賤(びせん=取(と)るに足(た)ら)ぬと雖(いえど)も、却(かえ)って心(こころ)を用(もち)いて収蔵(しゅうぞう)することを要(よう)し、切(きっ)して之(これ)を揺(ゆ)り幌(ひるがえ)す可(べ)からず」と。娘娘(にゃんにゃん)手(て)を過(す)ごし接(う)けて道(い)う、「我(われ)暁(さと)れり。此(こ)の妝台(そうだい=化粧台(けしょうだい))の上(うえ)に安(やす)んじて、人(ひと)の揺(ゆ)り動(うご)かす無(な)からん」と。叫(よ)んで道(い)う、「小(ちい)さきのたち、酒(さけ)を安排(あんばい)せよ、我(われ)大王(だいおう)と交歓(こうかん=睦(むつ)み合(あ))い会喜(かいき=喜(よろこ)び合(あ))いて、幾杯(いくぱい)か飲(の)まん」と。衆侍婢(しゅうしひ)言(げん)を聞(き)き、即(すなわ)ち果菜(かさい=果物(くだもの)と菜(さい))を鋪排(ほはい=並(なら)べ)べ、些(いささ)かの獐(しょう=鹿(しか)の類(たぐい))鹿(ろく)兔(と=兔(うさぎ))の肉(にく)を擺(なら)べ上(あ)げ、椰子酒(やししゅ=椰子(やし)の酒(さけ))を将(もっ)て斟(つ)ぎ来(きた)りて奉(たてまつ)る。那(か)の娘娘(にゃんにゃん)妖嬈(ようじょう=艶(なまめ)か)しきの態(たい)を做出(つくりいだ)し、精霊(せいれい=妖怪(ようかい))を哄(だま)す。 孫行者(そんぎょうじゃ)旁(かたわら)に在(あ)りて事(こと)を取(と)り、但(た)だ挨挨摸摸(あいあいもも=こそこそ)と、行(ゆ)きて妝台(そうだい)に近(ちか)づき、三箇(みっつ)の金鈴(きんれい)を把(と)って軽(かる)く軽(かる)く拿(と)り過(す)ごし、慢(ゆる)るとして步(あゆみ)を移(うつ)し、宮門(きゅうもん)を溜(ぬけ)い出(で)、径(ただ)ちに洞府(どうふ)を離(はな)る。剥皮亭(はくひてい)の前(まえ)の無人(ぶじん=人(ひと)の無(な)き)の処(ところ)に到(いた)り、豹皮(ひょうひ)の幅子(ふくし=包(つつ)み)を展(ひら)き開(ひら)いて看(み)るに、中(なか)の一箇(ひとつ)は、茶鍾(さしょう=茶碗(ぢゃわん))の大(おお)いさ有(あ)り、両頭(りょうとう=両端(りょうたん))の二箇(ふたつ)は、拳頭(けんとう=拳(こぶし))の大(おお)いさ有(あ)り。彼(かれ)利害(りがい=危険(きけん))を知(し)らず、就(すなわ)ち綿花(めんか)を把(と)って扯(ひ)きたれば、只(た)だ聞(き)く、当(とう)の一声(ひとこえ)響(ひび)き喨(りょう=高(たか))く、骨都都(こつとつ=どっと)として烟火(えんか)黄沙(こうさ)を迸(ほとばし)り出(いだ)し、急(いそ)ぎ収(おさ)むるに住(とど)まらず、満亭(まんてい=亭(てい)じゅう)の中(うち)に烘烘(こうこう)として火(ひ)起(おこ)る。 唬(おどろ)かされて那(か)の門(もん)を把(まも)るの精怪(せいかい)は一(いっせい)に擁(お)して後宮(こうきゅう)に撞(つ)き入(い)り、妖王(ようおう)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、慌(あわ)てて教(おし)う、「去(ゆ)きて火(ひ)を救(すく)え! 火(ひ)を救(すく)え」と。出(い)で来(きた)りて看(み)るに、元来(もと)是(こ)れ有来有去(うらいうきょ)の金鈴児(きんれいじ)を拿(と)りたるなり。妖王(ようおう)上前(じょうぜん)に喝(かつ)して道(い)う、「好(よ)き賤奴(せんど=下賎(げせん)の奴隷(どれい))め! 怎(いか)でか我(わ)が金鈴(きんれい)の宝貝(ほうばい)を偷(ぬす)み、此(ここ)に在(あ)りて胡弄(ころう=勝手(かって)に弄(もてあそ))ぶや」と。叫(よ)んで道(い)う、「拿(とら)え来(きた)れ! 拿(とら)え来(きた)れ」と。那(か)の門前(もんぜん)の虎将(こしょう)・熊師(ゆうし)・豹頭(ひょうとう)・彪帥(ひょうすい)・獺象(たいぞう)・蒼狼(そうろう)・乖獐(かいしょう)・狡兔(こうと)・長蛇(ちょうだ)・大蟒(だいもう)・猩猩(しょうじょう)、衆妖(しゅよう)を帥(ひき)いて一斉(いっせい)に集(あつ)まり簇(むらが)る。 那(か)の行者(ぎょうじゃ)慌(あわ)てて手脚(しゅきゃく=手(て)と足(あし))を失(うしな)い、金鈴(きんれい)を放(おろ)し、本象(ほんぞう)を現(あらわ)し、金箍如意棒(きんこにょいぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、解数(げすう=技(わざ))を撒(さっ)し開(ひら)き、前(まえ)へ向(むか)って乱(みだ)りに打(う)つ。那(か)の妖王(ようおう)宝貝(ほうばい)を収(おさ)め、号令(ごうれい)を伝(つた)えて、教(おし)う、「前門(ぜんもん)を関(とざ)せ」と。衆妖(しゅよう)聴(き)きて、関門(かんもん)するは門(もん)を関(とざ)し、打仗(だじょう=戦(たたか))うるは仗(たたか)い打(う)つ。那(か)の行者(ぎょうじゃ)身(み)を脱(だっ)するに難(かた)く、棒(ぼう)を収(おさ)め、身(み)を揺(ゆ)って一(ひと)たび変(へん)じ、変(へん)じて箇(ひと)の痴蝿(ちよう=間(ま)の抜(ぬ)けた蠅(はえ))の児(じ)と作(な)り、那(か)の火(ひ)の無(な)き処(ところ)の石壁(せきへき)の上(うえ)に钉(とま)る。衆妖(しゅよう)尋(たず)ね見(み)出(いだ)さず、報(ほう)じて道(い)う、「大王(だいおう)、賊(ぞく)の走(はし)り去(さ)りたり! 賊(ぞく)の走(はし)り去(さ)りたり」と。妖王(ようおう)問(と)う、「曾(かつ)て門(もん)の裡(うち)より走(はし)り出(い)で去(ゆ)きしか」と。衆妖(しゅよう)都(すべ)て説(い)う、「前門(ぜんもん)は緊(きつ)く鎖(さ)し牢(かた)く拴(つな)がれて此(ここ)に在(あ)り、曾(かつ)て走(はし)り出(い)でず」と。妖王(ようおう)只(た)だ説(と)く、「仔細(しさい)に捜尋(そうじん)せよ」と。水(みず)を取(と)りて火(ひ)を潑(そそ)ぐ有(あ)り、仔細(しさい)に捜尋(そうじん)する有(あ)り、更(さら)に踪迹(そうせき=痕跡(こんせき))無(なし)。妖王(ようおう)怒(いか)って道(い)う、「是(こ)れ箇(ひと)の甚(なん)の賊子(ぞくし)ぞ、好(よ)き大胆(だいたん)なり。変(へん)じて有来有去(うらいうきょ)の形姿(けいし=姿(すがた))と作(な)り、進(すす)み来(きた)りて我(われ)に見(まみ)えて回話(かいわ)し、又(また)身(み)の辺(ほとり)に跟(したが)いて、機(き)に乗(じょう)じて我(わ)が宝貝(ほうばい)を盗(ぬす)めり! 早(はや)く是(こ)れ曾(かつ)て拿(と)り将(も)ち出(いだ)さざりしなり! 若(も)し山頭(さんとう=山(やま)の頂(いただき))に拿(と)り出(いだ)して、天風(てんぷう=天(てん)の風(かぜ))に見(まみ)えなば、怎(いか)でか生(いき)て是(こ)れ好(よ)からんや」と。 虎将(こしょう)上前(じょうぜん)して道(い)う、「大王(だいおう)の洪福(こうふく=大(おお)いなる幸(さち))は天(てん)に斉(ひと)しく、我等(われら)が気数(きすう=運命(うんめい))の尽(つ)きざる、此(こ)の故(ゆえ)に以(もっ)て知覚(ちかく=気付(きづ))きたるなり」と。熊師(ゆうし)上前(じょうぜん)して道(い)う、「大王(だいおう)、此(こ)の賊(ぞく)は是(こ)れ别人(べつじん)ならず、定(かなら)ず是(こ)れ那(か)の先鋒(せんぽう)を戦(たたか)い敗(やぶ)りしの那(か)の箇(こ)の孫悟空(そんごくう)ならん。想(おも)うに路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて有来有去(うらいうきょ)に遇(あ)い、性命(せいめい)を傷(そこな)い、黄旗(こうき)・銅鑼(どうら)・牙牌(がはい)を奪(うば)い、彼(かれ)の形姿(けいし=姿(すがた))に変(へん)じ、此(ここ)に到(いた)りて大王(だいおう)を瞞(あざむ)き欺(あざむ)けるなり」と。妖王(ようおう)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ! 正(まさ)に是(こ)れ! 見(み)ること理(り)有(あ)るを得(え)たり」と。叫(よ)んで道(い)う、「小(ちい)さきのたち、仔細(しさい)に捜求(そうきゅう=捜(さが)し求(もと))め防避(ぼうひ=警戒(けいかい))せよ、切(きっ)して門(もん)を開(ひら)きて放(はな)ち出(いだ)し走(に)がすこと莫(なか)れ」と。 此(ここ)に才(はじ)めて是(こ)れ箇(ひと)の分教(ぶんきょう=伏線(ふくせん))有(あ)るなり。 巧(たくみ)を弄(ろう)して翻(ひるがえ)って拙(せつ=拙(まず)さ)と成(な)り、耍(しゃ=戯(たわむ)れ)を作(な)して却(かえ)って真(しん)と為(な)る。 畢竟(ひっきょう)知(し)らず孫行者(そんぎょうじゃ)の怎(いか)でか妖門(ようもん=妖(よう)の門(もん))を脱(だっ)し得(う)るかを、且(しばら)く下回(げかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第七十一回 行者(ぎょうじゃ)、仮名(かな)を以(もっ)て怪犼(かいこう)を降(くだ)し 観音(かんのん)、現象(げんしょう)して妖王(ようおう)を伏(ふ)す 色(しき)は即(すなわ)ち空(くう)なりとは古(いにしえ)よりのこと、 空(くう)は是(こ)れ色(しき)なりと言(い)うも然(しか)るが如(ごと)し。 人(ひと)能(よ)く色空(しきくう)の禅(ぜん)を悟(さと)り徹(つ)くさば、 何(なん)ぞ丹砂(たんさ=辰砂)を炮煉(ほうれん=焼き煉る)を用(もち)いん。 徳行(とくこう)を全(まった)う修(おさ)めて懈(おこた)ること休(な)く、 工夫(くふう)を苦(くる)しみ用(もち)いて熬煎(ごうせん=煮え煎(い)る)す。 時(とき)有(あ)って行(ぎょう)満(み)ちて始(はじ)めて天(てん)に朝(ちょう)し、 永(なが)く仙顔(せんがん=仙人の貌)に駐(とど)まりて変(かわ)らず。 話説(さて)、那(か)の賽太歳(さいたいさい)は前後(ぜんご)の門戸(もんこ=門)を緊(かた)く関(と)ざして行者(ぎょうじゃ)を捜(さが)し尋(たず)ね、直(ただ)に嚷(わめ)きて黄昏(たそがれ)の時分(じぶん)に到(いた)るまで、踪跡(しょうせき=あとかた)を見(み)ず。那(か)の剥皮亭(はくひてい=皮剥ぎの亭)の上(うえ)に坐(ざ)し、群妖(ぐんよう)を点(てん)じ聚(あつ)め、号令(ごうれい)を発(はっ)し、皆(みな)各門(かくもん)の上(うえ)に鈴(すず)を提(さ)げて号(ごう)を喝(とな)え、鼓(つづみ)を撃(う)ち梆(ほう=拍子木)を敲(たた)き、一箇箇(おのおの)弓(ゆみ)に弦(つる)を上(か)け、刀(かたな)鞘(さや)を出(い)で、更(こう=夜回り)を支(ささ)えて夜(よる)に坐(ざ)すと教(おし)えた。 原来(もと)、孫大聖(そんたいせい)は変じて箇(ひと)りの痴蝿(おろかなはえ)と作(な)り、門(もん)の旁(かたわら)に釘(とま)りて、前面(ぜんめん)の防備(ぼうび)の甚(はなは)だ緊(かた)きを見(み)るや、即(すなわ)ち翅(つばさ)を抖(ふる)い開(ひら)き、飛(と)びて後宮門(こうきゅうもん)の首(もと)に入(い)りて看(み)る処(ところ)、金聖娘娘(きんせいにょうにょう)の御案(ぎょあん=玉座の机)に伏(ふ)して、清清(しくしく)と涙(なみだ)を滴(したた)らせ、隐隐(しめやか)に声(こえ)を悲(かな)しむを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)飛(と)びて門(もん)の内(うち)に入(い)り、軽軽(そっと)と彼(か)の烏雲散髻(ううんさんけい=黒髪の乱れた髷)の上(うえ)に落(お)ち、彼(かれ)の哭(な)く甚(なん)であるかを聴(き)く。少頃(しばらく)の間(あいだ)に、那(か)の娘娘(にょうにょう)忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)って道(い)う、「主公(しゅこう)よ!」と。 我(われ)と汝(なんじ)とは── 前生(ぜんせい)に断頭香(だんとうこう=途中で切れた線香)を焼(た)きし故(ゆえ)、 今世(こんせい)に潑怪王(はつかいおう=乱暴な化物の王)に遭(あ)い逢(あ)えり。 鳳(ほう)を拆(わ)かれて三年(さんねん)、何(いず)れの日(ひ)か会(あ)わん、 鴛(えん)を両処(りょうしょ)に分(わ)かたれて悲傷(ひしょう)を致(いた)す。 差(つか)わし来(きた)れる長老(ちょうろう)やっとのことで信(たより)を通(つう)ぜしに、 佳姻(かいん=良き縁)を驚(おどろ)かし散(ちら)して一命(いちめい)亡(ほう)ぶ。 只(た)だ金鈴(きんれい)の解(と)き識(し)り難(がた)きが為(ため)に、 相思(そうし)又(また)旧時(きゅうじ)よりも狂(くる)おし。」 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)くや、即(すなわ)ち身(み)を彼(か)の耳根(じこん=耳の付け根)の後(うしろ)に移(うつ)し、悄悄(ひそひそ)と叫(よ)んで道(い)う、「聖宮娘娘(せいきゅうにょうにょう)、汝(なんじ)、恐惧(おそれ)ること休(や)めよ。我(われ)は還(ま)た是(こ)れ汝(なんじ)が国(くに)より差(つか)わし来(きた)れる神僧(しんそう)孫長老(そんちょうろう)なり、未(いま)だ命(いのち)を傷(そこな)われず。只(た)だ自家(じか=自分)の性急(せいきゅう)の因(ゆえ)に、妝台(しょうだい=化粧台)に近(ちか)づきて金鈴(きんれい)を偸(ぬす)み、汝(なんじ)の妖王(ようおう)と酒(さけ)を喫(きっ)するの時(とき)、我(われ)却(かえ)って身(み)を脱(だっ)し私(ひそ)かに前亭(ぜんてい)を出(い)で、忍(しの)びずして打(う)ち開(ひら)きて看(み)んとせしに、期(おも)わず那(か)の塞口(そくこう=口の栓)の綿花(めんか)を扯(ひ)き動(うご)かし、那(か)の鈴(すず)一声(ひとこえ)響(ひび)きて、煙火(えんか)と黄沙(こうさ)を迸(ほとばし)らせり。我(われ)就(すなわ)ち手(て)と足(あし)を慌(あわ)て、金鈴(きんれい)を投(な)げ捨(す)て、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し、鉄棒(てつぼう)を使(つか)うも、苦(くる)しみ戦(たたか)うも出(い)でず、毒手(どくしゅ)に遭(あ)わんことを恐(おそ)れ、故(ゆえ)に変じて一箇(ひとつ)の蝿児(はえ)と作(な)り、門枢(もんすう=戸の軸)の上(うえ)に釘(とま)りて、如今(いま)まで隠(かく)れ到(いた)れり。那(か)の妖王(ようおう)愈(いよいよ)厳(げん)しく緊(かた)くして、肯(あえ)て門(もん)を開(ひら)かず。 汝(なんじ)去(ゆ)きて再(ふたた)び夫妻(ふさい)の礼(れい)を以(もっ)て、彼(かれ)を哄(たぶら)かし入(はい)り来(きた)りて安(やす)く寝(い)ねしめよ。我(われ)好(よ)く身(み)を脱(だっ)して事(こと)を行(おこ)ない、別(べつ)に区処(くしょ=手立て)を作(な)して汝(なんじ)を救(すく)わん」と。 娘娘(にょうにょう)此(こ)の言(げん)を一(ひと)たび聞(き)くや、戦兢兢(おののき)て髪(かみ)は神(かみ)に揪(ひ)かれるが如(ごと)く、虚怯怯(おびえ)て心(こころ)は杵(きね)に筑(つ)かるるが如(ごと)く、涙汪汪(なみだあふれ)て道(い)う、「汝(なんじ)如今(いま)は人(ひと)か、是(また)鬼(おに)か」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)も也(また)人(ひと)に非(あら)ず、我(われ)も也(また)鬼(おに)に非(あら)ず、如今(いま)変じて箇(ひと)りの蝿児(はえ)と作(な)りて此(ここ)に在(あ)り。汝(なんじ)怕(おそ)るること休(や)め、快(すみや)かに去(ゆ)きて那(か)の妖王(ようおう)を請(しょう)ぜよ」と。娘娘(にょうにょう)信(しん)ぜず、涙滴滴(なみだしたた)らせ悄語低声(ささやきごえ)に道(い)う、「汝(なんじ)我(われ)を魘寐(えんび=夢魔に悩ます)こと莫(なか)れ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、 「我(われ)豈(あ)に敢(あえ)て汝(なんじ)を魘寐(えんび)せんや。汝(なんじ)若(も)し信(しん)ぜずんば、手(て)を展(ひら)き開(ひら)き、我(われ)跳(と)び下(お)りて汝(なんじ)が看(み)るを等(ま)て」と。 那(か)の娘娘(にょうにょう)真箇(ほんとう)に左手(ひだりて)を把(と)って張(ひら)き開(ひら)けば、行者(ぎょうじゃ)軽軽(ふわり)と飛(と)び下(お)り、彼(か)の玉掌(ぎょくしょう=玉のような掌)の間(あいだ)に落(お)ちぬ。好(あた)かも便(ちょうど)似(に)たり── 菡萏(かんたん=蓮の花)の蕊頭(ずいとう=蕊の先)に黒豆(こくとう)の釘(とま)りしが如(ごと)く、 牡丹(ぼたん)の花(はな)の上(うえ)に遊蜂(ゆうほう)の歇(やす)らえるが如(ごと)く、 繍球(しゅうきゅう=刺繍の毬)の心裡(うち)に葡萄(ぶどう)の落(お)つるが如(ごと)く、 百合(ゆり)の枝(えだ)の辺(ほとり)に黒点(こくてん)濃(こま)やかなるが如(ごと)し。 金聖宮(きんせいきゅう)玉掌(ぎょくしょう)を高(たか)く擎(ささ)げ、叫声(よばわ)りて「神僧(しんそう)」と。行者(ぎょうじゃ)嚶嚶(ぶんぶん)と応(こた)えて道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ神僧(しんそう)の変(へん)ぜるなり」と。那(か)の娘娘(にょうにょう)方(はじ)めて信(しん)じ、悄悄(ひそひそ)と道(い)う、「我(われ)去(ゆ)きて那(か)の妖王(ようおう)を請(しょう)じ来(きた)る時(とき)、汝(なんじ)却(かえ)って怎(いか)に生(どう)か事(こと)を行(おこ)なう」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「古人(こじん)云(いわ)く、一生(いっしょう)を断送(だんそう=送り終える)するは惟(た)だ酒(さけ)有(あ)ると。又(また)云(いわ)く、万事(ばんじ)を破除(はじょ=破り除く)するは酒(さけ)に過(す)ぐるは無(な)しと。酒(さけ)の用(よう)と為(な)るや端(たん)多(おお)し。汝(なんじ)只(た)だ飲酒(いんしゅ)を以(もっ)て上(じょう)と為(な)し、那(か)の貼身(てんしん=身に添う)の侍婢(じひ)を将(もっ)て、一箇(ひとり)を喚(よ)び入(い)れ、指(さ)し与(あた)えて我(われ)に看(み)しめよ。我(われ)就(すなわ)ち変じて彼(か)の形姿(けいし=姿かたち)と作(な)り、旁(かたわら)に在(あ)りて伏侍(ふくじ=仕え)し、却(かえ)って好(よ)く手(て)を下(くだ)さん」と。 那(か)の娘娘(にょうにょう)真箇(ほんとう)に言(げん)に依(よ)り、即(すなわ)ち叫(よ)ぶ、「春嬌(しゅんきょう)何(いずこ)にか在(あ)る」と。那(か)の屏風(びょうぶ)の後(うしろ)より一箇(ひとつ)の玉面狐狸(ぎょくめんこり=美貌の狐)転(ころ)び出(い)で、跪(ひざまず)きて道(い)う、「娘娘(にょうにょう)の春嬌(しゅんきょう)を喚(よ)ぶは何(なん)の使令(しれい=おおせ)有(あ)る」と。娘娘(にょうにょう)道(い)う、「汝(なんじ)去(ゆ)きて彼等(かれら)を来(きた)らしめ紗灯(さとう=紗の灯籠)を点(てん)じ、脳麝(のうじゃ=竜脳と麝香)を焚(た)き、我(われ)を扶(たす)けて前庭(ぜんてい)に上(のぼ)り、大王(だいおう)を請(しょう)じて安(やす)く寝(い)ねしめよ」と。 那(か)の春嬌(しゅんきょう)即(すなわ)ち前面(ぜんめん)に転(まわ)り、七八箇(ななやつ)の怪鹿(かいろく=化け鹿)妖狐(ようこ)を叫(よ)び、両対(ふたつがい)の灯龍(とうろう=灯籠)を打(う)たせ、一対(ひとつがい)の提炉(ていろ=手あぶり)を提(さ)げしめ、左右(さゆう)に擺列(なら)べしむ。娘娘(にょうにょう)身(み)を欠(かが)めて手(て)を叉(こうまぬ)く。那(か)の大聖(たいせい)早(はや)く已(すで)に飛(と)び去(さ)れり。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、翅(つばさ)を展(の)べ開(ひら)き、径(ただ)ちに那(か)の玉面狐狸(ぎょくめんこり)の頭(あたま)の上(うえ)に飛(と)び到(いた)り、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(お)ろし、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)ぜよ」と叫(よ)ぶや、一箇(ひとつ)の瞌睡虫(かっすいちゅう=眠り虫)と変(へん)じ作(な)り、軽軽(そっと)と彼(か)の顔(かお)の上(うえ)に放(お)きぬ。原来(もと)、瞌睡虫(かっすいちゅう)人(ひと)の顔(かお)の上(うえ)に到(いた)れば、鼻孔(びこう)の裡(うち)へ往(ゆ)きて爬(はい)、孔(あな)の中(なか)に爬(はい)り進(い)れば、即(すなわ)ち瞌睡(まどろ)むなり。那(か)の春嬌(しゅんきょう)果(はた)して漸(ようや)く困倦(こんけん=眠け)を覚(おぼ)え、脚(あし)を立(た)て住(とど)めず、樁(くい)を揺(ゆ)るがして盹(まどろ)み、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて原(もと)の睡(ねむ)る処(ところ)を尋(たず)ね着(あ)て、頭(あたま)を投(な)げ倒(たお)して只(た)だ情(ひたすら)に呼呼(ぐうぐう)と睡(ねむ)り起(お)これり。行者(ぎょうじゃ)跳(と)び下(お)り、身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、那(か)の春嬌(しゅんきょう)と一般(おなじ)の形姿(けいし=姿)と変(へん)じ做(な)り、屏風(びょうぶ)を転(まわ)りて衆(しゅう)と排(なら)び立(た)つは不題(さておき)。 却説(さて)、那(か)の金聖宮娘娘(きんせいきゅうにょうにょう)前(まえ)へ向(むか)い正(まさ)に走(ゆ)くに、小妖(しょうよう)有(あ)りて看(み)るや、即(すなわ)ち賽太歳(さいたいさい)に報(ほう)じて道(い)う、「大王(だいおう)、娘娘(にょうにょう)の来(きた)れる」と。那(か)の妖王(ようおう)急(いそ)ぎ剥皮亭(はくひてい)の外(そと)に出(い)でて迎迓(げいが=迎え入)う。娘娘(にょうにょう)道(い)う、「大王(だいおう)よ、煙火(えんか)既(すで)に息(や)み、賊(ぞく)已(すで)に踪(あと)無(な)し。深夜(しんや)の際(さい)なれば、特(とく)に大王(だいおう)を請(しょう)じて安置(あんち=休ま)せんとす」と。那(か)の妖(よう)心(こころ)に満(み)ちて喜(よろこ)び道(い)う、「娘娘(にょうにょう)珍重(ちんちょう=お大事に)。却(かえ)って才(さっき)の那(か)の賊(ぞく)は乃(すなわ)ち是(こ)れ孫悟空(そんごくう)なり。彼(かれ)我(わ)が先鋒(せんぽう)を敗(やぶ)り、我(わ)が小校(しょうこう=小兵)を打(う)ち殺(ころ)し、変化(へんげ)して入(はい)り来(きた)り、我等(われら)を哄(たぶら)かせり。我等(われら)此(か)くのごとく捜検(そうけん=捜し調べ)するも、彼(かれ)却(かえ)って渺(かすか)に踪跡(しょうせき)無(な)し。故此(このゆえ)に心(こころ)の上(うえ)に安(やす)んぜず」と。娘娘(にょうにょう)道(い)う、「那(か)の厮(やつ)想(おも)うに是(こ)れ走(に)げ脱(のが)れたるならん。大王(だいおう)心(こころ)を放(はな)ちて慮(おもんばか)る勿(なか)れ、且(しばら)く自(みずか)ら安(やす)く寝(い)ねに去(ゆ)かん也(よ)」と。妖精(ようせい)娘娘(にょうにょう)の侍立(じりつ=傍らに立ち)し敬请(せいけい=請い請う)するを見(み)て、敢(あえ)て堅(かた)く辞(じ)せず、只(た)だ得(え)て群妖(ぐんよう)に吩咐(いいつ)け、各(おのおの)火燭(かしょく=火の用心)を小心(しょうしん=気をつ)け、謹(つつし)みて盗賊(とうぞく)を防(ふせ)がんことを要(よう)し、遂(つい)に娘娘(にょうにょう)と径(ただ)ちに後宮(こうきゅう)に往(ゆ)く。行者(ぎょうじゃ)仮(かり)に春嬌(しゅんきょう)に変(へん)じ、両班(りょうはん=左右の列)の侍婢(じひ)より引入(みちび)かれらる。娘娘(にょうにょう)叫(よ)ぶ、「酒(さけ)を安排(あんばい=用意)し来(きた)りて大王(だいおう)と労(ろう)を解(と)かん」と。妖王(ようおう)笑(わら)って道(い)う、「正是(まさに)正是(まさに)、快(すみや)かに酒(さけ)を将(も)ち来(きた)れ、我(われ)娘娘(にょうにょう)と圧驚(あっきょう=驚きを鎮め)ん」と。 仮春嬌(にせしゅんきょう)即(すなわ)ち衆怪(しゅうかい)と同(とも)に果品(かひん=果物と菓子)を鋪排(ほはい=並べ備え)し、些(いささ)かの腥肉(せいにく=生臭い肉)を整頓(ととの)え、桌椅(たくいす=卓と椅子)を調(との)え開(ひら)く。那(か)の娘娘(にょうにょう)杯(さかずき)を擎(ささ)ぐれば、此(こ)の妖王(ようおう)也(また)一杯(いっぱい)を以(もっ)て奉(たてまつ)り上(あ)ぐ。二人(ふたり)酒杯(しゅはい)を穿換(とりかわ)せり。仮春嬌(にせしゅんきょう)旁(かたわら)に在(あ)りて酒壺(しゅこ)を執(と)りて道(い)う、「大王(だいおう)と娘娘(にょうにょう)今夜(こんや)才(いま)しがた杯盞(はいさん=盃)を逓交(かわ)せり。請(こ)う、各(おのおの)飲(の)み干(ほ)し、箇(ひとつ)の双喜杯児(そうきはい=二重の祝い杯)を穿(とお)されよ」と。真箇(ほんとう)に又(また)各(おのおの)斟(つ)ぎ上(あ)げ、又(また)飲(の)み干(ほ)せり。仮春嬌(にせしゅんきょう)又(また)道(い)う、「大王(だいおう)と娘娘(にょうにょう)の喜会(きかい=喜びの宴)なれば、衆侍婢(しゅうじひ)の唱(うた)うことを会(え)する者(もの)は供(そな)えて唱(うたい)、舞(ま)うを善(よ)くする者(もの)は起(た)ちて舞(ま)え来(きた)れ耶(よ)」と。說(い)い未(いま)だ畢(お)わらざるに、只(た)だ聴(き)く一派(いっぱ=一群)の歌声(かせい)、斉(ひとし)く音律(おんりつ)を調(との)え、唱(うた)うは唱(うたい)、舞(ま)うは舞(ま)う。彼(か)の二箇(ふたり)又(また)許多(あまた)を飲(の)めり。娘娘(にょうにょう)歌舞(かぶ)を住(とど)めしむ。衆侍婢(しゅうじひ)分(わか)れて班(くみ)と成(な)り、屏風(びょうぶ)の外(そと)に出(い)でて擺列(なら)ぶ。惟(た)だ仮春嬌(にせしゅんきょう)の壺(つぼ)を執(と)り、上下(じょうげ)に奉酒(ほうしゅ=酒をすすむ)るのみ。娘娘(にょうにょう)と那(か)の妖王(ようおう)の専(もっぱ)ら說(と)くは是(こ)れ夫妻(ふさい)の話(はなし)。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の娘娘(にょうにょう)一片(いっぺん)の雲情雨意(うんじょううい=情愛の心)もて、那(か)の妖王(ようおう)を哄(たぶら)かし得(え)て骨(ほね)軟(やわ)らかく筋(すじ)麻(しび)るるも、只(た)だ是(こ)れ福(ふく)無(な)くして、身(み)を沾(ふ)るることを得(え)ず。怜(あわ)れむべし! 真(まこと)に是(こ)れ、猫(ねこ)の尿胞(にょうほう=膀胱)を咬(か)むも空(むな)しく喜(よろこ)ぶのみ! 叙(つづ)ること一会(ひとしきり)、笑(わら)うこと一会(ひとしきり)、娘娘(にょうにょう)問(と)うて道(い)う、「大王(だいおう)、宝貝(ほうばい=宝物)は曾(かつ)て傷損(しょうそん=損なわれ)ざりしか」と。妖王(ようおう)道(い)う、「此(こ)の宝貝(ほうばい)は乃(すなわ)ち先天(せんてん)の摶鋳(たんちゅう=練り鋳る)の物(もの)なり、如何(いか)でか損(そこな)いを得(え)ん! 只(た)だ是(こ)れ那(か)の賊(ぞく)に塞口(そくこう)の綿(わた)を扯(ひ)き開(ひら)かれ、豹皮(ひょうひ)の包袱(ほうふく=包み)を焼(や)かれしのみ」と。娘娘(にょうにょう)說(い)う、「怎(いか)に生(どう)か收拾(しゅうしゅう=仕舞う)する」と。妖王(ようおう)道(い)う、「收拾(しま)うを用(もち)いず、我(われ)腰間(ようかん=腰のあたり)に帯(お)びて在(あ)る哩(ぞ)」と。 仮春嬌(にせしゅんきょう)此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)るや、即(すなわ)ち毫毛(ごうもう)一把(ひとつかみ)を抜(ぬ)き下(お)ろし、嚼(か)みて粉砕(ふんさい=粉々)に得(し)、軽軽(そっと)と妖王(ようおう)に挨(すり)り近(ちか)づき、那(か)の毫毛(ごうもう)を将(もっ)て彼(か)の身(み)の上(うえ)に放(お)き、三口(みくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、暗暗(ひそか)に「変(へん)ぜよ」と叫(よ)ぶ。那(か)の些(これら)の毫毛(ごうもう)即(すなわ)ち変じて三様(みとおり)の悪物(あくぶつ)と做(な)り、乃(すなわ)ち虱子(しっし=シラミ)、虼蚤(こつそう=ノミ)、臭虫(しゅうちゅう=南京虫)なり。妖王(ようおう)の身内(みうち)に攻(せ)め入(い)り、皮膚(ひふ)に挨(くっつ)きて乱(みだ)りに咬(か)む。那(か)の妖王(ようおう)燥痒(そうよう=かゆさ)禁(た)え難(がた)く、手(て)を伸(の)べて懐(ふところ)に入(い)れ揣摸(しまつ=まさぐり)揉(も)み痒(かゆ)がり、指頭(ゆびさき)を用(もち)いて幾箇(いくつ)かの虱子(しらみ)を捏(つま)み出(い)だし、拿(と)りて灯(ともしび)の前(まえ)に近(ちか)づけて観看(み)る。娘娘(にょうにょう)見(み)るや、含忖(がんじょん=思いやり)て道(い)う、「大王(だいおう)、想(おも)うに是(こ)れ襯衣(しんい=下着)の禳(きたな)くなりて、久(ひさ)しく曾(かつ)て漿洗(しょうせん=糊付けして洗う)せざる故(ゆえ)、此(こ)の物(もの)を生(しょう)ぜるのみ」と。妖王(ようおう)慚愧(ざんき=恥じ)て道(い)う、「我(われ)従来(これまで)此(こ)の物(もの)を生(しょう)ぜざりしに、可可的(こうこうてき=図らずも)今宵(こんや)醜(しこ)を出(いだ)せり」と。娘娘(にょうにょう)笑(わら)って道(い)う、「大王(だいおう)何(なん)と為(し)てか醜(はじ)を出(いだ)す。常言(じょうげん=世の諺)に道(い)う、皇帝(こうてい)の身(み)の上(うえ)に也(また)三箇(みつ)の御虱(おしらみ=御身のシラミ)有(あ)る哩(ぞ)。且(しばら)く衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ下(お)ろし来(きた)れ、我(われ)汝(なんじ)に替(かわ)りて捉捉(とらえ)んを等(ま)て」と。 妖王(ようおう)真箇(ほんとう)に帯(おび)を解(と)き衣(ころも)を脱(ぬ)ぐ。仮春嬌(にせしゅんきょう)旁(かたわら)に在(あ)り、意(こころ)を著(つ)けて那(か)の妖王(ようおう)の身(み)の上(うえ)を看(み)れば、衣服(いふく)の層層(かさねがさね)皆(みな)虼蚤(のみ)の跳(と)ぶ有(あ)り、件件(いちいち)皆(みな)大(おお)なる臭虫(なんきんむし)を排(なら)べり。子母虱(しぼしらみ=親子のシラミ)は密密濃濃(びっしり)として、就(すなわ)ち螻蟻(ろうぎ=けらと蟻)の窩(そう=巣)の中(なか)より出(い)づるが如(ごと)し。覚(おぼ)えずして掲(めく)りて第三層(だいさんそう)の肉(にく)の見(み)ゆる処(ところ)に到(いた)れば、那(か)の金鈴(きんれい)の上(うえ)に紛紛垓垓(ふんふんがいがい=うようよ)として、也(また)其(そ)の数(かず)に勝(た)えず。仮春嬌(にせしゅんきょう)道(い)う、「大王(だいおう)、鈴子(すず)を拿(と)りて来(きた)れ、我(われ)也(また)汝(なんじ)に与(かわ)りて虱子(しらみ)を捉捉(とらえ)んを等(ま)て」と。那(か)の妖王(ようおう)一(ひとつ)には羞(はじ)らい、二(ふたつ)には慌(あわ)て、却(かえ)って也(また)真假(しんぎ)を認(みわ)け得(え)ず、三箇(みつ)の鈴児(すず)を将(もっ)て仮春嬌(にせしゅんきょう)に遞(わた)す。 仮春嬌(にせしゅんきょう)接(う)けて手(て)の中(なか)に在(あ)り、売弄(ろうえい=見せびらかし)すること多時(しばらく)、那(か)の妖王(ようおう)の頭(あたま)を低(た)れて此(こ)の衣服(いふく)を抖(はら)うを見(み)るや、彼(かれ)即(すなわ)ち金鈴(きんれい)を将(もっ)て蔵(かく)し、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(お)ろし、三箇(みつ)の鈴児(すず)に変(へん)じ作(な)し、一般無二(そっくり)にして、拿(と)りて灯(ともしび)の前(まえ)に向(む)かいて翻検(ひろげてしら)ぶ。却(かえ)って又(また)身(み)を把(と)って扭扭捏捏(くねくね)と抖(ふる)い一(ひと)たび抖(ふる)い、那(か)の虱子(しらみ)、臭虫(なんきんむし)、虼蚤(のみ)を将(もっ)て収(おさ)めて身(み)の上(うえ)に帰(かえ)し、仮(にせ)の金鈴児(きんれい)を将(もっ)て那(か)の怪(かい)に遞(わた)す。那(か)の怪(かい)接(う)けて手(て)の中(なか)に在(あ)り、一発(いっそう)朦朧(もうろう=ぼんやり)として措(おく)するところ無(な)く、那裡(いずく)にか甚(なん)の真假(しんぎ)を認(みわ)け得(え)ん。双手(もろて)に那(か)の鈴児(すず)を托(いただ)き、娘娘(にょうにょう)に遞(わた)して道(い)う、「今番(こんばん)汝(なんじ)却(かえ)って収(おさ)め好(よ)くせよ。却(かえ)って仔細仔細(つつしみつつしみ)せよ、前一番(ぜんいちばん)の象(ごと)くならざるを要(よう)す」と。那(か)の娘娘(にょうにょう)接(う)け過(す)ぎ来(きた)り、軽軽(そっと)と衣箱(いばこ=衣装箱)を掲(あ)け開(ひら)き、那(か)の仮鈴(にせすず)を把(と)って収(おさ)め、黄金(おうごん)の鎖(じょう)を用(もち)いて鎖(とざ)し、却(かえ)って又(また)妖王(ようおう)と叙飲(じょいん=語り飲み)して幾杯(いくばい)かの酒(さけ)を飲(の)み、侍婢(じひ)に教(おし)えて、「牙床(がしょう=象牙の寝台)を浄(きよ)く払(はら)い、錦被(きんぴ=錦の夜着)を展(の)べ開(ひら)け、我(われ)大王(だいおう)と同(とも)に寝(い)ねん」と。那(か)の妖王(ようおう)諾諾(へいへい)と声(こえ)を連(つら)ねて道(い)う、「福(ふく)無(な)し! 福(ふく)無(な)し! 敢(あえ)て奉陪(ほうばい=お供)せず、我(われ)還(ま)た一箇(ひとり)の宮女(きゅうじょ)を帯(つ)れて西宮(せいきゅう)の裡(うち)に往(ゆ)きて睡(ねむ)らん。娘娘(にょうにょう)請(こ)う自(みずか)ら安置(あんち=休み)せよ」と。遂(つい)に此(ここ)に各(おのおの)寝処(しんしょ=寝所)に帰(かえ)るは不題(さておき)。 却説(さて)、仮春嬌(にせしゅんきょう)手(て)を得(え)て、彼(か)の宝貝(ほうばい)を将(もっ)て腰間(ようかん)に帯(お)び、本象(ほんしょう=本来の姿)を現(あらわ)し、身(み)を把(と)って抖(ふる)い一(ひと)たび抖(ふる)い、那(か)の瞌睡虫児(かっすいちゅう)を収(おさ)め去(さ)り、径(ただ)ちに前(まえ)へ向(むか)い走(ゆ)くに、只(た)だ聴(き)く梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)斉(ひとし)く響(ひび)き、緊(きん)に三更(さんこう=夜中の十二時)を打(う)つ。好(よ)き行者(ぎょうじゃ)、訣(けつ=印)を捏(ひね)り、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、箇(ひとつ)の隠身法(おんしんぽう=姿隠しの術)を使(つか)い、直(ただ)ちに門(もん)の辺(ほとり)に至(いた)る。又(また)那(か)の門(もん)の上(うえ)の拴鎖(せんさ=掛け金と錠)の甚(はなは)だ密(みつ)なるを見(み)るや、却(かえ)って就(すなわ)ち金箍棒(きんこぼう)を取(と)り出(い)だし、門(もん)を望(めが)けて一(ひと)たび指(さ)し、那(か)の解鎖(かいさ=錠外し)の法(ほう)を使(つか)い出(いだ)せば、那(か)の門(もん)就(すなわ)ち軽軽(するり)と開(ひら)けり。急(いそ)ぎ歩(あゆみ)を曳(ひ)きて門(もん)を出(い)で站(た)ち下(お)り、厲声(れいせい=荒々しい声)に高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「賽太歳(さいたいさい)! 我(われ)に金聖娘娘(きんせいにょうにょう)を還(かえ)せ来(きた)れ!」と。 連(つづ)け叫(さけ)ぶこと両三遍(にさんべん)、大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)を驚(おどろ)かし動(うご)かし、急急(いそい)で看(み)る処(ところ)、前門(ぜんもん)開(ひら)けたり。即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて灯(あかり)を掌(かか)げ鎖(じょう)を尋(たず)ね、門児(もん)を把(と)って依然(もとのごと)く鎖(とざ)し上(あ)げ、幾箇(いくたり)かを着(さしむ)けて裡辺(うち)に跑(はし)り入(い)りて去(ゆ)きて報(ほう)じて道(い)わしむ、「大王(だいおう)! 人(ひと)有(あ)りて大門(だいもん)の外(そと)に在(あ)りて大王(だいおう)の尊号(そんごう)を呼喚(よばわ)り、金聖娘娘(きんせいにょうにょう)を要(もと)む哩(ぞ)」と。那(か)の裡辺(うち)の侍婢(じひ)即(すなわ)ち宮門(きゅうもん)を出(い)で、悄悄(ひそひそ)と言(げん)を伝(つた)えて道(い)う、「吆喝(さけび)こと莫(なか)れ、大王(だいおう)才(いま)しがた睡(ねむ)り着(つ)きたる」と。行者(ぎょうじゃ)又(また)門(もん)の前(まえ)に在(あ)りて高(たか)く叫(よ)ぶも、那(か)の小妖(しょうよう)又(また)敢(あえ)て去(ゆ)きて驚(おどろ)かし動(うご)かさず。此(か)くの如(ごと)き者(こと)三四遍(さんよんべん)、俱(とも)に敢(あえ)て去(ゆ)きて通報(つうほう)せず。那(か)の大聖(たいせい)外(そと)に在(あ)りて嚷嚷鬧鬧(わいわいがやがや)と、直(ただ)に弄(さわ)ぎて天暁(てんぎょう=夜明け)に到(いた)り、手(て)に鉄棒(てつぼう)を輪(ふる)うを忍(しの)びず、上(すす)みて前(まえ)に去(ゆ)きて門(もん)を打(う)つ。慌(あわ)てて那(か)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)、門(もん)を頂(ささ)うるは門(もん)を頂(ささ)え、信(しん)を報(ほう)ずるは信(しん)を報(ほう)ず。 那(か)の妖王(ようおう)一覚(ひとねむり)方(まさ)に醒(さ)め、只(た)だ聞(き)く乱攛攛(どたばた)たる喧嘩(けんか=騒ぎ)、身(み)を起(お)こして衣服(いふく)を穿(き)て、即(すなわ)ち羅帳(らちょう=薄絹の帳)の外(そと)に出(い)でて問(と)うて道(い)う、「嚷(わめ)くは甚(なん)ぞ」と。衆侍婢(しゅうじひ)才(やっ)と跪(ひざまず)きて道(い)う、「爺爺(おじいさま)、是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)か知(し)らず、洞(ほらあな)の外(そと)に在(あ)りて半夜(はんや=夜中じゅう)叫(さけ)び罵(ののし)り、如今(いま)却(かえ)って又(また)門(もん)を打(う)てり」と。妖王(ようおう)歩(あゆ)みて宮門(きゅうもん)を出(い)づれば、只(た)だ見(み)る、那(か)の幾箇(いくたり)かの伝報(つたえしら)する小妖(しょうよう)の、慌張張(あわてふため)きて頭(あたま)を磕(ぬか)ずきて道(い)う、「外面(そと)に人(ひと)有(あ)りて叫(さけ)び罵(ののし)り、金聖宮娘娘(きんせいきゅうにょうにょう)を要(もと)む哩(ぞ)! 若(も)し半箇(ひとかけら)の不(いや)の字(じ)を說(い)わば、彼(かれ)就(すなわ)ち無数(むすう)の歪話(わいわ=無礼な言葉)を說(い)い出(いだ)し、甚(はなは)だ中聴(きくにた)えず。天暁(あけ)るを見(み)て大王(だいおう)の出(い)でざるを、逼(せま)られ得(え)て門(もん)を打(う)てる也(なり)」と。那(か)の妖(よう)道(い)う、「且(しばら)く門(もん)を開(ひら)くこと休(や)め、汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)に是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れるか、姓(せい)は甚(なん)と名(な)は誰(たれ)かを問(と)い、快(すみや)かに来(きた)りて回報(ほうこく)せよ」と。小妖(しょうよう)急(いそ)ぎ出(い)で去(ゆ)き、門(もん)を隔(へだ)てて問(と)うて道(い)う、「門(もん)を打(う)つは是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ朱紫国(しゅしこく)より拝請(はいせい=拝み請う)し来(きた)れる外公(がいこう=母方の祖父)なり、聖宮娘娘(せいきゅうにょうにょう)を取(と)りて国(くに)に回(かえ)らんと来(きた)る哩(ぞ)!」と。那(か)の小妖(しょうよう)聴(き)き得(え)て、即(すなわ)ち此(こ)の言(げん)を以(もっ)て回報(ほうこく)す。那(か)の妖(よう)随(したが)いて後宮(こうきゅう)に往(ゆ)き、来歴(られき=素性)を査(ただ)し問(と)う。 原来(もと)、那(か)の娘娘(にょうにょう)才(やっ)と起(お)き来(きた)り、未(いま)だ梳洗(そせん=髪をとかし洗う)せざるに、早(はや)くも侍婢(じひ)の来(きた)りて報(ほう)ずるを見(み)る、「爺爺(おじいさま)の来(きた)れる」と。那(か)の娘娘(にょうにょう)急(いそ)ぎ衣(ころも)を整(ととの)え、黒雲(こくうん=黒髪)を散(くだ)き挽(ま)き、宮(みや)を出(い)でて迎迓(むか)う。才(やっ)と坐(ざ)するに、未(いま)だ問(と)うに及(およ)ばざるに、又(また)小妖(しょうよう)の来(きた)りて報(ほう)ずるを聴(き)く、「那(か)の来(きた)れる外公(がいこう)已(すで)に門(もん)を将(もっ)て打(う)ち破(やぶ)れり」と。那(か)の妖(よう)笑(わら)って道(い)う、「娘娘(にょうにょう)、汝(なんじ)が朝(ちょう)の中(なか)に多少(いくら)の将帥(しょうすい=将軍)有(あ)る」と。娘娘(にょうにょう)道(い)う、「朝(ちょう)に在(あ)るに四十八衛(しじゅうはちえい)の人馬(じんば)、良将(りょうしょう)千員(せんいん)、各辺(かくへん=各地方)の上(うえ)の元帥(げんすい)総兵(そうへい)、其(そ)の数(かず)を計(かぞ)えず」と。妖王(ようおう)道(い)う、「箇(ひとつ)の外(がい)と姓(せい)する有(あ)るや」と。娘娘(にょうにょう)道(い)う、「我(われ)宮(きゅう)に在(あ)りて、只(た)だ裡内(うち)にて君王(くんおう)を輔(たす)け佐(たす)け、早晚(ちょうばん)に妃嬪(ひひん)を教誨(きょうかい=教え諭す)することを知(し)るのみ、外事(がいじ)は辺(かぎり)無(な)く、我(われ)怎(いか)でか名姓(めいせい)を記(おぼ)え得(え)ん!」と。妖王(ようおう)道(い)う、「此(こ)の来(きた)れる者(もの)外公(がいこう)と称(とな)う。我(われ)想(おも)うに百家姓(ひゃっかせい)の上(うえ)に、更(さら)に箇(ひとつ)の外(がい)と姓(せい)するは無(な)し。娘娘(にょうにょう)賦性(ふせい=生まれつき)聡明(そうめい)に、出身(しゅっしん)高貴(こうき)、皇宮(こうきゅう)の中(なか)に居(お)れば、必(かなら)ず多く書籍(しょせき)を覧(み)たり。那(いず)れの書(しょ)の上(うえ)に此(こ)の姓(せい)の有(あ)るを記(おぼ)える也(か)」と。娘娘(にょうにょう)道(い)う、「只(た)だ千字文(せんじもん)の上(うえ)に句(く)の『外(そと)に傅訓(ふくん=師の教え)を受(う)く』有(あ)るのみ、想(おも)うに必(かなら)ず就(すなわ)ち是(こ)れならん」と。 妖王(ようおう)喜(よろこ)んで道(い)う、「定(さだ)めて是(しか)なり! 定(さだ)めて是(しか)なり!」と。即(すなわ)ち身(み)を起(お)こして娘娘(にょうにょう)に辞(じ)し、剥皮亭(はくひてい)の上(うえ)に到(いた)り、結束(けっそく=身支度)を整(ととの)え斉(ととの)え、妖兵(ようへい)を点(てん)じ出(いだ)し、門(もん)を開(ひら)きて、直(ただ)ちに外面(そと)に至(いた)り、手(て)に一柄(ひとふり)の宣花鉞斧(せんかえつふ=宣花のまさかり)を持(じ)し、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「那(いず)れか是(こ)れ朱紫国(しゅしこく)より来(きた)れる外公(がいこう)」と。行者(ぎょうじゃ)金箍棒(きんこぼう)を把(と)って右手(みぎて)に攥(にぎ)り、左手(ひだりて)を将(もっ)て指(さ)し定(さだ)めて道(い)う、「賢甥(けんせい=賢い甥)、我(われ)を叫(よ)ぶは怎(どう)した」と。那(か)の妖王(ようおう)見(み)るや、心(こころ)の中(なか)に大(おお)いに怒(いか)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の厮(やつ)や── 相貌(そうぼう=顔かたち)は猴子(こうし=猿)の若(ごと)く、 嘴臉(しれん=面つき)は猢猻(こそん=猿)に似(に)たり。 七分(ななぶ)は真(まこと)に是(こ)れ鬼(おに)、 大胆(だいたん)に敢(あ)えて人(ひと)を欺(あざむ)く!」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の誑上欺君(きょうじょうぎくん=主を欺き君を騙す)の潑怪(はつかい=乱暴な化物)、原来(もと)眼(め)無(な)しか! 想(おも)うに我(われ)五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんきゅう)を大(おお)いに鬧(さわ)がしし時(とき)、九天(きゅうてん)の神将(しんしょう)も我(われ)を見(み)て、一箇(ひとり)も老(ろう)の字(じ)無(な)くしては、敢(あえ)て称呼(しょうこ=呼びかけ)せざりき。汝(なんじ)我(われ)を一声(ひとこえ)の外公(がいこう)と叫(よ)ぶも、那裡(いずこ)にか汝(なんじ)を虧(そこな)える!」と。妖王(ようおう)喝(かつ=叱咤)して道(い)う、「快(すみや)かに早(はや)く姓(せい)は甚(なん)と名(な)は誰(たれ)か、些(いささ)かの甚(なん)の武芸(ぶげい)有(あ)るかを說(い)い出(いだ)せ、敢(あえ)て我(われ)が此(ここ)に到(いた)りて猖獗(しょうけつ=暴れまわる)すとは!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)若(も)し姓名(せいめい)を問(と)わずんば猶(なお)可(よ)し、若(も)し我(われ)に姓名(せいめい)を說(い)い出(いだ)さしめんと要(よう)せば、只(た)だ怕(おそ)らくは汝(なんじ)身(み)を立(た)つるに地(ち)無(な)からん! 汝(なんじ)上(のぼ)り来(きた)れ、站(た)ち穏(おだ)やかにして、我(われ)が道(い)うを聴(き)け」と。 生身(せいしん=生みの)の父母(ふぼ)は是(こ)れ天地(てんち)、 日月(じつげつ)の精華(せいか)聖胎(せいたい)を結(むす)べり。 仙石(せんせき)の懐抱(かいほう=抱く)に歳数(さいすう=年齢)無(な)く、 霊根(れいこん)の孕育(うんいく=はぐくむ)甚(はなは)だ奇(き)なる哉(かな)。 当年(とうねん)我(われ)を産(う)みしは三陽泰(さんようたい)、 今日(こんにち)真(しん)に帰(かえ)りて万会(ばんかい)諧(かな)う。 曾(かつ)て衆妖(しゅうよう)を聚(あつ)めて帥首(すいしゅ=頭領)と称(とな)え、 能(よ)く衆怪(しゅうかい)を降(くだ)して丹崖(たんがい=赤き崖)に拝(はい)せしむ。 玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)宣旨(せんじ)を伝(つた)え、 太白金星(たいはくきんせい)詔(みことのり)を捧(ささ)げて来(きた)る。 我(われ)を請(しょう)じて天(てん)に上(のぼ)り職裔(しょくえい=職の家柄)を承(う)けしむ、 官(かん)に弼馬(ひつば)に封(ほう)ぜらるるも懐(こころ)を開(ひら)かず。 初心(しょしん)に造反(ぞうはん=謀反)して山洞(さんどう)を謀(はか)り、 大胆(だいたん)に兵(へい)を興(おこ)して御階(ぎょかい=御殿の階)を鬧(さわ)がす。 托塔天王(たくとうてんのう)并(ならび)に太子(たいし)、 交鋒(こうほう=切り結ぶ)すること一陣(いちじん)、尽(ことごと)く猥衰(わいすい=くじけ衰う)。 金星(きんせい)復(ま)た玄穹帝(げんきゅうてい)に奏(そう)し、 再(ふたた)び招安(しょうあん=招き鎮める)の敕旨(ちょくし)を降(くだ)して来(きた)る。 封(ほう)じて斉天大聖(せいてんたいせい)と做(な)さる、 那(か)の時(とき)方(はじ)めて棟梁(とうりょう)の材(ざい)と称(とな)う。 又(また)蟠桃会(ばんとうかい)を攪乱(かくらん)せるに因(よ)り、 酒(さけ)を仗(たの)み丹(たん)を偸(ぬす)みて災(わざわい)を惹(ひ)き下(くだ)す。 太上老君(たいじょうろうくん)親(みずか)ら駕(が)に奏(そう)し、 西池(せいち)の王母(おうぼ)瑤台(ようだい)に拝(はい)す。 情(じょう)に是(こ)れ我(われ)の王法(おうほう)を欺(あざむ)くと知(し)り、 即(すなわ)ち天兵(てんぺい)を点(てん)じ火牌(かはい=急ぎの札)を発(はっ)す。 十万(じゅうまん)の凶星(きょうせい)并(ならび)に悪曜(あくよう)、 干戈(かんか)剣戟(けんげき)密(びっし)りと排排(ならびたて)り。 天羅(てんら)地網(ちもう)山(やま)に漫(あまね)く布(し)き、 斉(ひとし)く刀兵(とうへい)を挙(あ)げて大(おお)いに会垓(かいがい=合戦)す。 悪闘(あくとう)一場(いちじょう)勝敗(しょうはい)無(な)く、 観音(かんのん)推薦(すいせん)して二郎(じろう)来(きた)る。 両家(りょうか)敵(てき)に対(たい)して高下(こうげ)を分(わ)かつ、 彼(かれ)に梅山(ばいざん)の兄弟(けいてい)の儕(ともがら)有(あ)り。 各(おのおの)英雄(えいゆう)を逞(たくま)しくして変化(へんげ)を施(ほどこ)し、 天門(てんもん)の三聖(さんせい)雲(くも)を撥(かきわ)けて開(ひら)く。 老君(ろうくん)金鋼套(きんこうとう=金剛の輪)を投(な)げ打(う)ち、 衆神(しゅうしん)我(われ)を擒(とら)えて金階(きんかい)に到(いた)る。 詳允(しょういん=詳しく調べ許す)して供状(きょうじょう=供述書)を書(か)くを須(もち)いず、 罪犯(ざいはん)は凌遅(りょうち=磔刑)殺斬(さつざん)の災(わざわい)。 斧(おの)に剁(きざ)られ鎚(つち)に敲(たた)かるるも命(いのち)を損(そこな)い難(がた)く、 刀(かたな)に掄(ふる)われ剣(けん)に砍(き)らるるも怎(どう)して懐(むね)を傷(そこな)わん! 火(ひ)に焼(や)かれ雷(かみなり)に打(う)たるるも只(た)だ此(か)くの如(ごと)し、 長寿胎(ちょうじゅたい=不老の身)を摧(くだ)き残(そこな)うの計(けい)無(な)し。 押(お)し赴(おもむ)かしめ太清(たいせい)兜率院(とそついん)へ、 炉(ろ)の中(なか)に煅煉(たんれん=焼き鍛える)尽(ことごと)く安排(あんばい)せらる。 日期(にっき)満(み)ち足(た)って才(はじ)めて鼎(かなえ)を開(ひら)く、 我(われ)中(なか)に向(むか)いて跳(と)び出(い)で来(きた)る。 手(て)に此(こ)の条(ひとふり)の如意棒(にょいぼう)を挺(ささ)げ、 身(み)を翻(ひるがえ)して打(う)ちて玉龍台(ぎょくりゅうだい)に上(のぼ)る。 各星(かくせい)各象(かくしょう)皆(みな)潜(ひそ)み隠(かく)れ、 天宮(てんきゅう)を大(おお)いに鬧(さわ)がすは我(われ)の歪(ほしいまま)に任(まか)す。 巡視(じゅんし)の霊官(れいかん)忙(いそ)ぎて仏(ほとけ)を請(しょう)じ、 釈迦(しゃか)我(われ)と英才(えいさい)を逞(たくま)しくす。 手心(てのひら)の内(うち)に筋斗(きんと=宙返り)を翻(ひるがえ)すも、 周天(しゅうてん)を遊(あそ)び遍(あまね)く去(ゆ)きて復(ま)た来(きた)る。 仏(ほとけ)先知(せんち=先を見る)の賺哄法(かんこうほう=欺き哄す法)を使(つか)い、 彼(かれ)に圧(おさ)え住(とど)められて天崖(てんがい=天の涯)に在(あ)り。 今(いま)に到(いた)るまで五百余年(ごひゃくよねん)なり、 微躯(びく=この身)解脱(げだつ)して又(また)乖(かしこ)きを弄(ろう)す。 特に唐僧(とうそう)を保(ほ)して西域(せいいき)に去(ゆ)く、 悟空行者(ごくうぎょうじゃ)甚(はなは)だ明白(めいはく=明らか)なり。 西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)に妖怪(ようかい)を降(くだ)す、 那(いず)れの妖邪(ようじゃ)か懼(おそ)れざらん哉(や)!」 那(か)の妖王(ようおう)彼(かれ)の悟空行者(ごくうぎょうじゃ)と說(い)い出(いだ)すを聴(き)くや、遂(つい)に道(い)う、「汝(なんじ)原来(もと)は是(こ)れ天宮(てんきゅう)を大(おお)いに鬧(さわ)がしし那(か)の厮(やつ)なり。汝(なんじ)既(すで)に身(み)を脱(だっ)して唐僧(とうそう)を保(ほ)して西(にし)に去(ゆ)くならば、汝(なんじ)汝(なんじ)が路(みち)を走(ゆ)き去(さ)らんに便(か)って罷(や)めよ。怎(なん)ぞや羅織(らしょく=罪をでっちあげ)し事(こと)を管(つかさど)り、那(か)の朱紫国(しゅしこく)に替(かわ)りて奴(やっこ)と為(な)り、却(かえ)って我(われ)が此(ここ)に到(いた)りて死(し)を尋(たず)ぬる!」と。行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して道(い)う、「賊(ぞく)の潑怪(はつかい)め! 說話(せつわ=言うこと)無知(むち)なり! 我(われ)朱紫国(しゅしこく)の拝請(はいせい)の礼(れい)を受(う)け、又(また)彼(かれ)が称呼(しょうこ=持ち上げ)し管待(かんたい=もてなし)する恩(おん)を蒙(こうむ)れり。我(われ)が老孫(ろうそん)は那(か)の王位(おうい)よりも還(な)お千倍(せんばい)高(たか)し。彼(かれ)之(これ)を敬(けい)して父母(ふぼ)の如(ごと)く、之(これ)に事(つか)えて神明(しんめい)の如(ごと)し。汝(なんじ)怎(どう)して奴(やっこ)と為(な)るの二字(にじ)を說(い)い出(いだ)す! 我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の誑上欺君(きょうじょうぎくん)の怪(かい)を把(とら)えん、走(に)ぐること莫(なか)れ! 外公(がいこう)の一棒(いっぽう)を喫(くら)え!」と。那(か)の妖(よう)手(て)と足(あし)を慌(あわ)て、即(すなわ)ち身(み)を閃(ひらめ)かして避(さ)け過(す)ぎ、宣花斧(せんかふ)を使(つか)い面(おもて)を劈(つんざ)きて相(あい)迎(むか)う。此(こ)の一場(ひとしきり)の好(よ)き殺(あらそ)い! 汝(なんじ)看(み)よ── 金箍(きんこ)如意棒(にょいぼう)、 風刃(ふうじん=風の刃)宣花斧(せんかふ)。 一箇(ひとつ)は牙(きば)を咬(か)み狠凶(げんきょう=凶暴さ)を発(はっ)し、 一箇(ひとつ)は歯(は)を切(せつ)して威武(いぶ=勇猛)を施(ほどこ)す。 此(こ)れは是(こ)れ斉天大聖(せいてんたいせい)の凡(ぼん=地上)に降臨(こうりん)せる、 那(か)れは是(こ)れ怪(かい)を作(な)す妖王(ようおう)の土(つち)に下(くだ)り来(きた)れる。 両箇(ふたり)雲(くも)を噴(ふ)き霧(きり)を噯(は)きて天宮(てんきゅう)を照(てら)し、 真(まこと)に是(こ)れ石(いし)を走(はし)らせ沙(すな)を揚(あ)げて斗府(とふ=星宿の宮)を遮(おお)う。 往往来来(ゆきつもどりつ)解数(かいすう=技の数)多(おお)く、 翻翻復復(ひるがえりかえり)金光(きんこう)を吐(は)く。 斉(ひとし)く本事(ほんじ=技)を将(もっ)て施(ほどこ)し、 各(おのおの)神通(じんつう)を把(と)って賭(か)く。 此(こ)れは娘娘(にょうにょう)を取(と)りて帝都(ていと)に転(かえ)さんと要(よう)し、 那(か)れは皇后(こうごう)と同(とも)に山塢(さんう=山あい)に居(お)らんことを喜(よろこ)ぶ。 此(こ)の場(ば)は皆(みな)是(こ)れ来由(らいゆ=わけ)無(な)し、 死(し)を捨(す)て生(いのち)を忘(わす)るるは国主(こくしゅ)の因(ゆえ)なり。 彼(か)の二箇(ふたり)戦(たたか)うこと五十回合(ごじゅうがいごう)を経(へ)るも、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。那(か)の妖王(ようおう)行者(ぎょうじゃ)の手段(てだて)の高強(こうきょう)なるを見(み)て、料(おもんぱか)るに勝(か)つことを能(あた)わず、斧(おの)を将(もっ)て彼(か)の鉄棒(てつぼう)を架(か)ぎ住(とど)めて道(い)う、「孫行者(そんぎょうじゃ)、汝(なんじ)且(しばら)く住(とど)まれ。我(われ)今日(こんにち)未(いま)だ早膳(そうぜん=朝餉)せず、我(われ)が膳(ぜん)を進(すす)むるを待(ま)ち、再(ふたた)び来(きた)りて汝(なんじ)と雌雄(しゆう=勝敗)を定(さだ)めん」と。行者(ぎょうじゃ)情(じょう)に知(し)る、是(こ)れ鈴鐺(すず)を取(と)らんと要(よう)するなり。鉄棒(てつぼう)を収(おさ)めて道(い)う、「好漢子(こうかんし=真の男)は乏(つか)れたる兔児(うさぎ)を赶(お)わず。汝(なんじ)去(ゆ)け汝(なんじ)去(ゆ)け! 飽(あ)き喰(くら)う些(ほど)に、好(よ)く来(きた)りて死(し)を領(う)けよ!」と。 那(か)の妖(よう)急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)じて裡辺(うち)に闖(とびこ)み入(い)り、娘娘(にょうにょう)に対(むか)いて道(い)う、「快(すみや)かに宝貝(ほうばい)を将(もっ)て拿(と)りて来(きた)れ!」と。娘娘(にょうにょう)道(い)う、「宝貝(ほうばい)を要(よう)して何(なん)の干(かかわり)有(あ)る」と。妖王(ようおう)道(い)う、「今早(けさ)戦(たたか)いを叫(よばわ)れる者(もの)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ経(きょう)を取(と)る和尚(おしょう)の徒(でし)、叫(い)うて孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)と做(な)し、仮(かり)に外公(がいこう)と称(とな)う。我(われ)彼(かれ)と此(こ)の時(とき)まで戦(たたか)いて、勝負(しょうぶ)を分(わ)かたず。我(われ)が宝貝(ほうばい)を拿(と)りて出(い)で去(ゆ)き、些(いささ)かの煙火(えんか)を放(はな)ち、此(こ)の猴頭(こうとう=猿め)を焼(や)かんを等(ま)て」と。娘娘(にょうにょう)說(いう)を見(み)るや、心(こころ)の中(なか)に怛突(たっとつ=おののき騒ぐ)── 鈴児(すず)を取(と)り出(いだ)さざらんと欲(ほっ)すれば、彼(かれ)の疑(うたが)いを見(み)んことを恐(おそ)れ、 鈴児(すず)を取(と)り出(いだ)さんと欲(ほっ)すれば、又(また)孫行者(そんぎょうじゃ)の性命(せいめい)を傷(そこな)わんことを恐(おそ)る。 正(まさ)に自(みずか)ら踌躇(ちゅうちょ=ためらう)して未(いま)だ定(さだ)めざるに、那(か)の妖王(ようおう)又(また)催(うなが)し逼(せま)って道(い)う、「快(すみや)かに拿(と)り出(いだ)せ!」と。此(こ)の娘娘(にょうにょう)無奈(しかたなく)、只(た)だ得(え)て鎖鑰(さやく=錠と鍵)を将(もっ)て開(あ)け、三箇(みつ)の鈴児(すず)を把(と)って妖王(ようおう)に遞(わた)す。妖王(ようおう)拿(と)って、就(すなわ)ち出(い)でて洞(ほら)を走(ゆ)く。娘娘(にょうにょう)宮(きゅう)の中(なか)に坐(ざ)し、涙(なみだ)雨(あめ)の下(くだ)るが如(ごと)く、行者(ぎょうじゃ)の能(よ)く性命(せいめい)を逃(のが)れ得(う)るや否(いな)やを知(し)らずと思量(おもんばか)る。両人(ふたり)却(かえ)って俱(とも)に是(こ)れ仮鈴(にせすず)なるを知(し)らざる也(なり)。 那(か)の妖(よう)門(もん)を出(い)づるや、就(すなわ)ち上風(じょうふう=風上)を占(し)め起(お)こし、叫(よ)んで道(い)う、「孫行者(そんぎょうじゃ)走(に)ぐること休(や)め! 我(われ)が鈴児(すず)を揺(ゆ)り揺(ゆ)らんを看(み)よ!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)に鈴(すず)有(あ)らば、我(われ)に就(すなわ)ち鈴(すず)無(な)からんや。汝(なんじ)揺(ゆ)ることを会(え)すれば、我(われ)に就(すなわ)ち揺(ゆ)ることを会(え)ざらんや」と。妖王(ようおう)道(い)う、「汝(なんじ)に甚(なん)の鈴児(すず)有(あ)るか、拿(と)り出(いだ)して我(われ)に看(み)しめよ」と。行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を将(もっ)て捏(ひね)りて箇(ひとつ)の繍花針児(しゅうかしん=刺繍針)と做(な)し、耳(みみ)の内(うち)に蔵(かく)し、却(かえ)って腰間(ようかん)に去(ゆ)きて三箇(みつ)の真(しん)の宝貝(ほうばい)を解(と)き下(お)ろし来(きた)り、妖王(ようおう)に対(むか)いて說(い)う、「是(こ)れ我(わ)が紫金鈴児(しきんれい)に非(あら)ずや」と。妖王(ようおう)見(み)るや、心(こころ)に驚(おどろ)いて道(い)う、「蹺蹊(きょうけい=おかしい)! 蹺蹊(きょうけい)! 彼(かれ)が鈴児(すず)は怎(どう)して我(わ)が鈴児(すず)と就(すなわ)ち一般無二(そっくり)なる! 縦然(たと)い一箇(ひとつ)の模子(かた)の鋳(い)たるにするも、打磨(みがき)の到(いた)らざるは好道(よもや)有(あ)らん、也(また)多(おお)きに箇(ひとつ)の瘢児(はんじ=傷)有(あ)り、少(すくな)きに箇(ひとつ)の蒂児(ていじ=へた)有(あ)らんに、却(かえ)って怎(どう)して此(か)くの等(ごと)く一毫(いちごう)も差(たが)わざる」と。又(また)問(と)う、「汝(なんじ)が那(そ)の鈴児(すず)は是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢甥(けんせい)、汝(なんじ)が那(そ)の鈴児(すず)は却(かえ)って是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れる」と。妖王(ようおう)老実(ろうじつ=正直)に、便(すなわ)ち就(そこ)で說(い)って道(い)う、「我(わ)が此(こ)の鈴児(すず)は是(かく)の如(ごと)し── 太清(たいせい)仙君(せんくん)道源(どうげん)深(ふか)く、 八卦炉(はっけろ)の中(なか)久(ひさ)しく金(こがね)を煉(ね)る。 結(むす)び就(な)して鈴児(すず)は至宝(しほう)と称(とな)えられ、 老君(ろうくん)留(とど)め下(おろ)して如今(いま)に到(いた)る。」 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「老孫(ろうそん)が鈴児(すず)も、也(また)是(こ)れ那(か)の時(とき)より来(きた)れる」と。妖王(ようおう)道(い)う、「怎(いか)に生(どう)か出処(しゅっしょ=由来)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(わ)が此(こ)の鈴児(すず)は是(かく)の如(ごと)し── 道祖(どうそ)丹(たん)を焼(や)く兜率宮(とそつきゅう)、 金鈴(きんれい)摶(たん=こね)り煉(ね)られて炉(ろ)の中(なか)に在(あ)り。 二(に)三(さん)は六(ろく)の如(ごと)く循環(じゅんかん)の宝(ほう)、 我(わ)が雌(めす)にして汝(なんじ)が雄(おす)。」 妖王(ようおう)道(い)う、「鈴児(すず)は乃(すなわ)ち金丹(きんたん)の宝(ほう)、又(また)是(こ)れ飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)走獣(そうじゅう)に非(あら)ず、如何(いか)でか雌雄(しゆう)を弁(わきま)え得(え)ん。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ宝(ほう)を揺(ゆ)り出(いだ)せば、就(すなわ)ち是(こ)れ好(よ)き也(なり)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「口(くち)に說(い)うは憑(よりどころ)無(な)し、做(な)し出(いだ)せば便(すなわ)ち見(み)ゆ。且(しばら)く汝(なんじ)をして先(さき)に揺(ゆ)らしめん」と。那(か)の妖王(ようおう)真箇(ほんとう)に頭(はじめ)の一箇(ひとつ)の鈴児(すず)を将(もっ)て幌(ふ)ること三幌(みたび)すれど、火(ひ)の出(い)づるを見(み)ず。第二(だいに)の箇(ひとつ)を幌(ふ)ること三幌(みたび)すれど、煙(けむり)の出(い)づるを見(み)ず。第三(だいさん)の箇(ひとつ)を幌(ふ)ること三幌(みたび)すれど、也(また)沙(すな)の出(い)づるを見(み)ず。妖王(ようおう)手(て)と足(あし)を慌(あわ)てて道(い)う、「怪(あや)しき哉(かな)! 怪(あや)しき哉(かな)! 世情(せいじょう=世の道理)変(かわ)れり! 此(こ)の鈴児(すず)想(おも)うに是(こ)れ内(うち=妻)を懼(おそ)るるならん、雄(おす)雌(めす)に逢(あ)えば、所以(ゆえ)に出(い)で来(きた)らざる也(なり)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢甥(けんせい)、手(て)を住(とど)めよ、我(われ)も也(また)揺(ゆ)り揺(ゆ)らんを汝(なんじ)に看(み)しめんを等(ま)て」と。 好(よ)き猴子(さる)、一把(ひとつかみ)に三箇(みつ)の鈴児(すず)を攥(にぎ)り、一斉(いっせい)に揺(ゆ)り起(お)こす。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の紅火(こうか=赤き火)、青煙(せいえん)、黄沙(こうさ)、一斉(いっせい)に滚(ころび)り出(い)で、骨都都(こつとつ=めらめら)と樹(き)を燎(や)き山(やま)を焼(や)く! 大聖(たいせい)口(くち)の裡(うち)に又(また)箇(ひとつ)の咒語(じゅご=呪文)を念(とな)え、巽地(そんち=巽の方角)の上(うえ)を望(めが)けて叫(よ)ぶ、「風(かぜ)来(きた)れ!」と。真箇(ほんとう)に是(こ)れ、風(かぜ)火勢(かせい)を催(うなが)し、火(ひ)風威(ふうい)を挟(はさ)み、紅焰焰(こうえんえん=真っ赤に)、黒沉沉(こくちんちん=真っ暗に)、天(てん)に満(み)つる煙火(えんか)、地(ち)に遍(あまね)き黄沙(こうさ)! 那(か)の賽太歳(さいたいさい)を把(と)って唬(おど)ろかして魄(たましい)散(ち)り魂(たま)飛(と)び、走(ゆ)きて投(なげう)つ路(みち)無(な)からしめ、那(か)の火(ひ)の当(ま)たりの中(なか)に在(あ)りて、怎(どう)して性命(せいめい)を逃(のが)れん! 只(た)だ聞(き)く、半空(はんくう=中空)の中(なか)に厲声(れいせい)に高(たか)く叫(よ)ぶ、「孫悟空(そんごくう)! 我(われ)来(きた)れる也(ぞ)!」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ頭(あたま)を回(めぐ)らして上(うえ)を望(のぞ)めば、原来(なんと)是(こ)れ観音菩薩(かんのんぼさつ)、左手(ひだりて)に浄瓶(じょうへい)を托(いただ)き、右手(みぎて)に楊柳(ようりゅう)を拿(と)り、甘露(かんろ)を洒(そそ)ぎ下(おろ)して火(ひ)を救(すく)う哩(なり)。慌(あわ)てて行者(ぎょうじゃ)鈴児(すず)を把(と)って腰間(ようかん)に蔵(かく)し、即(すなわ)ち掌(て)を合(あわ)せ身(み)を倒(たお)して下(した)に拝(おが)む。那(か)の菩薩(ぼさつ)柳枝(りゅうし)を将(もっ)て連(つづ)け幾点(いくてん)かの甘露(かんろ)を拂(はら)えば、霎時間(しばらく)にして、煙火(えんか)俱(とも)に無(な)く、黄沙(こうさ)跡(あと)を絶(た)つ。行者(ぎょうじゃ)頭(こうべ)を叩(たた)いて道(い)う、「大慈(だいじ=大慈の菩薩)の凡(ぼん)に臨(のぞ)むを知(し)らず、回避(かいひ=お避けする)を失(うしな)えり。敢(あ)えて問(と)う、菩薩(ぼさつ)何(いずこ)へか往(ゆ)く」と。菩薩(ぼさつ)道(い)う、「我(われ)特に此(こ)の妖怪(ようかい)を収(おさ)め尋(たず)ねんと来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の怪(かい)は是(こ)れ何(なん)の来歴(られき)ぞ、敢(あ)えて金身(こんしん=黄金の御身)を労(ろう)して下(くだ)り降(くだ)りて之(これ)を収(おさ)めしむ」と。 菩薩(ぼさつ)道(い)う、「彼(かれ)は是(こ)れ我(われ)が跨(またが)る箇(ひとつ)の金毛犼(きんもうこう=金色の毛の獅子)なり。牧童(ぼくどう)の盹睡(とんすい=うたた寝)せるに因(よ)り、防守(ぼうしゅ)を失(うしな)い、此(こ)の孽畜(げっちく=畜生め)鉄索(てっさく=鉄の綱)を咬(か)み断(た)ちて走(に)げ来(きた)り、却(かえ)って朱紫国王(しゅしこくおう)と災(わざわい)を消(け)しし也(なり)」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)くや急(いそ)ぎ身(み)を欠(かが)めて道(い)う、「菩薩(ぼさつ)反(かえ)って說(い)えり。彼(かれ)此(ここ)に在(あ)りて君(きみ)を欺(あざむ)き后(きさき)を騙(あざむ)き、俗(ぞく)を敗(やぶ)り風(ふう)を傷(そこな)い、那(か)の国王(こくおう)と災(わざわい)を生(しょう)ぜしに、却(かえ)って是(こ)れ災(わざわい)を消(け)すと說(い)うは、何(なん)の也(わけ)ぞ」と。菩薩(ぼさつ)道(い)う、「汝(なんじ)之(これ)を知(し)らず。当時(とうじ)朱紫国(しゅしこく)の先王(せんおう)の位(くらい)に在(ましま)しし時(とき)、此(こ)の王(おう)は還(ま)た東宮太子(とうぐうたいし)と做(な)りて、未(いま)だ曾(かつ)て登基(とうき=即位)せず、彼(かれ)年幼(ねんよう=幼少)の間(あいだ)、極(きわ)めて射猟(しゃりょう)を好(この)めり。彼(かれ)人馬(じんば)を率(ひき)い、鷹犬(ようけん)を縦(ほしいまま)に放(はな)ち、正(まさ)に来到(きた)りて落鳳坡(らくほうは)の前(まえ)に、西方(さいほう)の仏母(ぶつも)孔雀大明王菩薩(くじゃくだいみょうおうぼさつ)の生(う)みし二子(にし)有(あ)り、乃(すなわ)ち雌雄(しゆう)二箇(ふたつ)の雀雛(じゃくすう=雀の雛)にして、翅(つばさ)を停(とど)めて山坡(さんぱ=山の斜面)の下(した)に在(あ)りしを、此(こ)の王(おう)の弓(ゆみ)の開(ひら)ける処(ところ)に被(あ)いて、雄(おす)の孔雀(くじゃく)を射(い)て傷(そこな)い、那(か)の雌(めす)の孔雀(くじゃく)も也(また)箭(や)を帯(お)びて西(にし)に帰(かえ)れり。仏母(ぶつも)懺悔(さんげ)の以後(のち)、吩咐(いいつ)けて彼(かれ)をして鳳(ほう)を拆(わ)かれて三年(さんねん)、身(み)に啾疾(しゅうしつ=病の苦しみ)を耽(にな)わしむ。那(か)の時節(じせつ)、我(われ)此(こ)の犼(こう)を跨(またが)りて、同(とも)に此(こ)の言(げん)を聴(き)きしに、期(おも)わず此(こ)の孽畜(げっちく)心(こころ)を留(とど)め、故(ゆえ)に来(きた)りて皇后(こうごう)を騙(かた)り、王(おう)と災(わざわい)を消(け)せり。今(いま)に至(いた)るまで三年(さんねん)、冤愆(えんけん=罪過)満(み)ち足(た)り、幸(さいわい)に汝(なんじ)来(きた)りて王(おう)の患(わずらい)を救(すく)い治(なお)せるを、我(われ)特に来(きた)りて妖邪(ようじゃ)を収(おさ)むる也(なり)」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「菩薩(ぼさつ)、是(こ)れ此(か)くの般(ごとき)故事(こじ=訳)なるも、奈何(いかん)とも彼(かれ)皇后(こうごう)を玷汚(てんお=汚)し、俗(ぞく)を敗(やぶ)り風(ふう)を傷(そこな)い、倫(りん=人の道)を壊(こわ)し法(ほう)を乱(みだ)せり。却(かえ)って是(こ)れ彼(かれ)が死罪(しざい)に該(あた)る。今(いま)菩薩(ぼさつ)の親(みずか)ら臨(のぞ)むを蒙(こうむ)り、彼(かれ)が死罪(しざい)を饒(ゆる)すを得(う)るも、却(かえ)って彼(かれ)が活罪(かつざい=生きながら罰する罪)を饒(ゆる)すを得(え)ず。我(われ)をして彼(かれ)を打(う)つこと二十棒(にじゅうぼう)せしめ、汝(なんじ)に与(ともな)いて帯(つ)れ去(さ)らしめよ」と。菩薩(ぼさつ)道(い)う、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)既(すで)に我(われ)の凡(ぼん)に臨(のぞ)むを知(し)らば、就(すなわ)ち当(まさ)に我(われ)が分上(ぶんじょう=顔)を看(み)て、一発(いっそ)皆(みな)饒(ゆる)して罷(や)めよ、也(また)汝(なんじ)が一番(ひとつ)の妖(よう)を降(くだ)すの功(こう)と算(かぞ)うれば。若(も)し是(こ)れ棍子(こんし=棒)を動(うご)かさば、彼(かれ)也(また)就(すなわ)ち是(こ)れ死(し)せるなり」と。行者(ぎょうじゃ)敢(あえ)て言(げん)に違(たが)わず、只(た)だ得(え)て拝(おが)んで道(い)う、「菩薩(ぼさつ)既(すで)に彼(かれ)を収(おさ)めて海(うみ)に回(かえ)さば、再(ふたた)び彼(かれ)をして私(ひそか)に人間(にんげん)に降(くだ)らしむること不可(べから)ず、害(がい)を貽(のこ)すこと浅(あさ)からざれば!」と。 那(か)の菩薩(ぼさつ)才(やっ)と一声(ひとこえ)喝(かつ)せらる、「孽畜(げっちく)! 還(ま)た原(もと)に還(かえ)らざるは、何時(いつ)をか待(ま)つ也(ぞ)!」と。只(た)だ見(み)る、那(か)の怪(かい)一箇(ひとつ)の滚(ころび)を打(う)ち、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し、毛衣(もうい=毛皮)を将(もっ)て抖抖(はらいはらい)すれば、菩薩(ぼさつ)騎(の)り上(あ)がる。菩薩(ぼさつ)又(また)項下(こうか=首の下)を望(み)やりて一(ひと)たび看(み)るに、那(か)の三箇(みつ)の金鈴(きんれい)の見(み)えず。菩薩(ぼさつ)道(い)う、「悟空(ごくう)、我(われ)に鈴(すず)を還(かえ)せ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「老孫(ろうそん)知(し)らず」と。菩薩(ぼさつ)喝(かつ)して道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の賊猴(ぞくこう=盗人猿)め! 若(も)し是(こ)れ汝(なんじ)が此(こ)の鈴(すず)を偸(ぬす)めるに非(あら)ずんば、一箇(ひとり)の悟空(ごくう)は說(い)わず、就(すなわ)ち是(こ)れ十箇(とたり)も、也(また)敢(あえ)て身(み)に近(ちか)づかず! 快(すみや)かに拿(と)り出(いだ)せ!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「実(じつ)に曾(かつ)て見(み)ず」と。菩薩(ぼさつ)道(い)う、「既(すで)に曾(かつ)て見(み)ずんば、我(われ)が《緊箍児咒(きんこじしゅ=金箍呪)》を念(とな)うるを等(ま)て」と。那(か)の行者(ぎょうじゃ)慌(あわ)てて、只(た)だ教(い)う、「念(とな)うること莫(なか)れ念(とな)うること莫(なか)れ! 鈴児(すず)は此(ここ)に在(あ)る哩(ぞ)!」と。是(こ)れ正(まさ)に是(かく)の如(ごと)し── 犼(こう)の項(くび)の金鈴(きんれい)何人(たれ)か解(と)かん、 鈴(すず)を解(と)く人(ひと)は還(ま)た鈴(すず)を繋(か)けし人(ひと)に問(と)う。 菩薩(ぼさつ)鈴児(すず)を将(もっ)て犼(こう)の項下(こうか)に套(かぶ)せ、身(み)を飛(と)ばして高(たか)く坐(ざ)す。汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)が四足(よんそく)に蓮花(れんげ)生(しょう)じて焰焰(えんえん=燃え立ち)、満身(まんしん)に金縷(きんる=金糸)迸(ほとばし)りて森森(しんしん=きらきら)たる。大慈悲(だいじひ)南海(なんかい)に回(かえ)るは不題(さておき)。 却説(さて)、孫大聖(そんたいせい)衣裙(いうん=衣と裳)を整(ととの)え束(つか)ね、鉄棒(てつぼう)を輪(ふる)って獬豸洞(かいちどう)に打(う)ち進(すす)み入(い)り、群妖(ぐんよう)衆怪(しゅうかい)を把(と)って、情(こころ)を尽(つ)くして打(う)ち殺(ころ)し、剿除(しょうじょ=討ち滅ぼ)し干浄(かんじょう=すっかり)せり。直(ただ)ちに宮中(きゅうちゅう)に至(いた)り、聖宮娘娘(せいきゅうにょうにょう)を請(しょう)じて国(くに)に回(かえ)らんとす。那(か)の娘娘(にょうにょう)頂礼(ちょうらい=礼拝)すること尽(つ)きず。行者(ぎょうじゃ)菩薩(ぼさつ)の妖(よう)を降(くだ)ししこと并(ならび)に鳳(ほう)を拆(わ)かれし原由(げんゆう=訳)を将(もっ)て備(つぶさ)に說(と)くこと一遍(ひととおり)し、些(いささ)かの軟草(なんそう=柔らかき草)を尋(たず)ね、一条(ひとすじ)の草龍(そうりゅう=藁の龍)を扎(から)げ、教(おし)えて道(い)う、「娘娘(にょうにょう)跨(またが)り上(あが)れ、眼(め)を合(と)じて怕(おそ)るること莫(なか)れ、我(われ)汝(なんじ)を帯(つ)れて朝(ちょう)に回(かえ)り主(しゅ)に見(まみ)えんとす也(ぞ)」と。那(か)の娘娘(にょうにょう)謹(つつし)んで吩咐(いいつけ)に遵(したが)う。行者(ぎょうじゃ)神通(じんつう)を使(つか)い起(おこ)せば、只(た)だ聴(き)く耳(みみ)の内(うち)に風(かぜ)の響(ひび)き。半箇時辰(はんこじしん=一時間)、帯(つ)れて城(しろ)に進(い)り、雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)え落(お)ろして叫(よ)ぶ、「娘娘(にょうにょう)眼(め)を開(ひら)け」と。 那(か)の皇后(こうごう)眼(め)を睜(みは)りて看(み)れば、是(こ)れ鳳閣龍楼(ほうかくりゅうろう=鳳凰の楼閣)なるを認(みと)め、心(こころ)の中(なか)に歓(よろこ)び、草龍(そうりゅう)を撇(す)てて、行者(ぎょうじゃ)と同(とも)に宝殿(ほうでん)に登(のぼ)る。那(か)の国王(こくおう)見(み)るや、急(いそ)ぎ龍床(りゅうしょう=玉座)を下(お)り、就(すなわ)ち来(きた)りて娘娘(にょうにょう)が玉手(ぎょくしゅ=美しき手)を扯(ひ)かんとし、離情(りじょう=離れし思い)を訴(うった)えんと欲(ほっ)するや、猛然(にわか)に倒(たお)れて地(ち)に跌(つまず)き、只(た)だ叫(よ)ぶ、「手(て)疼(いた)し! 手(て)疼(いた)し!」と。八戒(はっかい)哈哈(ははは)と大(おお)いに笑(わら)って道(い)う、「嘴臉(しれん=面つき)! 福(ふく)無(な)くして消受(しょうじゅ=受け楽しむ)す! 一(ひと)たび面(おもて)を見(み)るや就(すなわ)ち蟄(さ)し殺(ころ)されし也(なり)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「呆子(あほう)、汝(なんじ)敢(あえ)て彼(かれ)を扯(ひ)き扯(ひ)きする児(こと)するや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「就(すなわ)ち彼(かれ)を扯(ひ)き儿(する)は便(すなわ)ち怎(どう)かしたる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「娘娘(にょうにょう)が身(み)の上(うえ)に毒刺(どくし=毒の刺)を生(しょう)じ、手(て)の上(うえ)に蜇陽(せつよう=刺す陽の気)の毒(どく)有(あ)り。麒麟山(きりんざん)に到(いた)りし自(よ)り、那(か)の賽太歳(さいたいさい)と三年(さんねん)、那(か)の妖(よう)更(さら)に曾(かつ)て身(み)を沾(ふ)らず、但(た)だ身(み)を沾(ふ)らば就(すなわ)ち身(み)を害(そこな)いて疼(いた)み、但(た)だ手(て)を沾(ふ)らば就(すなわ)ち手(て)を害(そこな)いて疼(いた)む」と。衆官(しゅうかん)說(いう)を聴(き)くや、道(い)う、「此(か)くの似(ごと)きは怎(いか)に生(どう)か奈何(いかん)せん」と。 此(こ)の時(とき)外面(そと)の衆官(しゅうかん)憂疑(ゆうぎ=案じ疑い)、裡内(うち)の妃嬪(ひひん)悚懼(しょうく=おそれおののき)、旁(かたわら)に玉聖(ぎょくせい)・銀聖(ぎんせい)の二宮(にきゅう)有(あ)りて、君王(くんおう)を将(もっ)て扶(たす)け起(おこ)す。俱(とも)に正(まさ)に倉皇(そうこう=あわただしき)の際(さい)に在(あ)るに、忽(たちま)ち聴(き)く、那(か)の半空(はんくう)の中(なか)に人(ひと)有(あ)りて叫(よ)んで道(い)う、「大聖(たいせい)、我(われ)来(きた)れる也(ぞ)」と。行者(ぎょうじゃ)頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、只(た)だ見(み)る、那(か)の── 粛粛(しゅくしゅく)として天(てん)を冲(つ)く鶴唳(かくれい=鶴の鳴き声)、 飄飄(ひょうひょう)として径(ただ)ちに朝前(ちょうぜん=御前)に至(いた)る。 繚繞(りょうじょう=たなびきめぐる)祥光(しょうこう)道道(すじすじ)、 氤氳(いんうん=立ちこめる)瑞気(ずいき)翩翩(へんへん=ひらひら)。 棕衣(そうい=棕櫚の衣)体(からだ)を苫(おお)いて雲煙(うんえん)を放(はな)ち、 足(あし)に踏(ふ)む芒鞋(ぼうかい=わらじ)は罕(まれ)に見(み)る。 手(て)に執(と)るは龍鬚(りゅうしゅ=龍の髭)の蠅帚(えいそう=蝿たたき)、 糸縧(しとう=絹の帯)腰下(ようか)に囲(めぐ)り纏(まと)う。 乾坤(けんこん=天地)処処(しょしょ)に人縁(じんえん=人の縁)を結(むす)び、 大地(だいち)に逍遥(しょうよう)して遊(あそ)び遍(あまね)し。 此(こ)れ乃(すなわ)ち是(こ)れ大羅天(だいらてん)の上(うえ)の紫雲仙(しうんせん)、 今日(こんにち)凡(ぼん)に臨(のぞ)みて魘(えん=魔)を解(と)く。 行者(ぎょうじゃ)上(すす)みて前(まえ)に迎(むか)え住(とど)めて道(い)う、「張紫陽(ちょうしよう)何(いずこ)へか往(ゆ)く」と。紫陽真人(しようしんじん)直(ただ)ちに殿前(でんぜん)に至(いた)り、身(み)を躬(かが)めて礼(れい)を施(ほどこ)して道(い)う、「大聖(たいせい)、小仙(しょうせん)張伯端(ちょうはくたん)起手(きしゅ=拝)す」と。行者(ぎょうじゃ)礼(れい)に答(こた)えて道(い)う、「汝(なんじ)何(いずこ)よりか来(きた)る」と。真人(しんじん)道(い)う、「小仙(しょうせん)三年前(さんねんぜん)曾(かつ)て仏会(ぶつえ)に赴(おもむ)き、此(ここ)を打(とう)り過(よ)ぎるに因(よ)り、朱紫国王(しゅしこくおう)の鳳(ほう)を拆(わ)かるるの憂(うれい)有(あ)るを見(み)たり。我(われ)那(か)の妖(よう)の皇后(こうごう)を将(もっ)て玷辱(てんじょく=辱しめ)んことを恐(おそ)れ、人倫(じんりん)を壊(そこな)いて後日(ごじつ)国王(こくおう)と復(ま)た合(あ)い難(がた)からんことを恐(おそ)れたり。是(こ)れ我(われ)一件(ひとえ)の旧(ふる)き棕衣(そうい)を将(もっ)て一領(ひとえ)の新(あたら)しき霞裳(かしょう=霞の衣)に変(へん)じ作(な)し、光(ひかり)五彩(ごさい=五色)を生(しょう)じ、妖王(ようおう)に進(しん)じ与(あた)え、皇后(こうごう)に教(おし)えて穿(き)て妝新(そうしん=新装)せしめたり。那(か)の皇后(こうごう)身(み)に穿(き)て上(あ)ぐるや、即(すなわ)ち一身(いっしん)の毒刺(どくし)を生(しょう)ず。毒刺(どくし)とは、乃(すなわ)ち棕毛(そうもう=棕櫚の毛)也(なり)。今(いま)大聖(たいせい)の功(こう)を成(な)せるを知(し)り、特に来(きた)りて魘(えん=呪)を解(と)かんとす」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)し、汝(なんじ)を遠(とお)くより来(きた)らしめて累(わずら)わしめり、且(しばら)く快(すみや)かに解脱(げだつ=解き放つ)せよ」と。 真人(しんじん)走(はし)りて前(まえ)に向(むか)い、娘娘(にょうにょう)に対(たい)して手(て)を用(もち)いて一(ひと)たび指(さ)せば、即(すなわ)ち那(か)の件(ひとえ)の棕衣(そうい)を脱(ぬ)ぎ下(お)ろし、那(か)の娘娘(にょうにょう)遍体(へんたい=全身)旧(もと)の如(ごと)し。真人(しんじん)衣(ころも)を将(もっ)て抖(ふる)い一(ひと)たび抖(ふる)い、身(み)の上(うえ)に披(はお)りて、行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて道(い)う、「大聖(たいせい)罪(とが)めること勿(なか)れ、小仙(しょうせん)告辞(こくじ=いとまごい)す」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「且(しばら)く住(とど)まれ、君王(くんおう)の謝謝(しゃしゃ=礼をのぶ)るを待(ま)て」と。真人(しんじん)笑(わら)って道(い)う、「労(ろう)せず、労(ろう)せず」と。遂(つい)に長揖(ちょうゆう=深き揖)一声(ひとこえ)、空(そら)に騰(のぼ)りて去(さ)る。慌(あわ)てて那(か)の皇帝(こうてい)、皇后(こうごう)及(および)大小(だいしょう)の衆臣(しゅうしん)、一箇箇(めいめい)空(そら)を望(のぞ)みて礼拜(らいはい)す。 拝(おが)み畢(お)わるや、即(すなわ)ち命(めい)じて東閣(とうかく)を大(おお)いに開(ひら)き、四僧(しそう)を酬謝(しゅうしゃ=報い謝)す。那(か)の君王(くんおう)衆(しゅう)を領(ひき)いて跪(ひざまず)き拝(おが)み、夫妻(ふさい)才(やっ)と重(かさ)ねて諧(かな)うことを得(え)たり。正(まさ)に歓宴(かんえん)の時(とき)に当(あた)り、行者(ぎょうじゃ)叫(よ)ぶ、「師父(しふ)、那(か)の戦書(せんしょ=挑戦状)を拿(と)りて来(きた)れ」と。長老(ちょうろう)袖中(しゅうちゅう=袖の中)より取(と)り出(いだ)して行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)し、行者(ぎょうじゃ)国王(こくおう)に遞(わた)して道(い)う、「此(こ)の書(しょ)は乃(すなわ)ち那(か)の怪(かい)の小校(しょうこう)を差(つか)わして送(おく)り来(きた)らしめし者(もの)なり。那(か)の小校(しょうこう)已(すで)に先(さき)に我(われ)に被(あ)いて打(う)ち殺(ころ)され、送(おく)り来(きた)りて功(こう)を報(ほう)ぜしめたり。後(のち)復(ま)た山中(さんちゅう)に至(いた)り、小校(しょうこう)に変(へん)じ作(な)り、洞(ほら)に進(すす)み入(い)りて回復(かいふく=返答)し、因(よ)って娘娘(にょうにょう)に見(まみ)ゆるを得(え)、金鈴(きんれい)を盗(ぬす)み出(いだ)し、幾(あわや)か彼(かれ)に拿(と)らえ住(とど)められんとせしが、又(また)変化(へんげ)して、復(ま)た偸(ぬす)み出(いだ)し、彼(かれ)と対敵(たいてき)せり。幸(さいわい)に観音菩薩(かんのんぼさつ)に遇(あ)いて彼(かれ)を将(もっ)て収(おさ)め去(さ)られ、又(また)我(われ)と鳳(ほう)を拆(わ)かれし故(ゆえ)を說(と)かれり」と。頭(はじめ)より尾(おわり)に至(いた)るまで、細(こま)かに說(と)くこと一遍(ひととおり)。那(か)の国(くに)を挙(こぞ)る君臣(くんしん)内外(ないがい)、一人(ひとり)として感謝(かんしゃ)し称賛(しょうさん)せざるは無(な)し。 唐僧(とうそう)道(い)う、「一(ひとつ)には則(すなわ)ち是(こ)れ賢王(けんおう)の福(ふく)、二(ふたつ)には来(きた)れるは是(こ)れ小徒(しょうと=弟子)の功(こう)なり。今(いま)盛宴(せいえん)を蒙(こうむ)り、至(きわま)れり! 至(きわま)れり! 就(すなわ)ち此(ここ)に拝別(はいべつ)し、貧僧(ひんそう)の西(にし)に去(ゆ)くを誤(あやま)らしむること要(い)らざる也(よ)」と。那(か)の国王(こくおう)懇(ねんご)ろに留(とど)むるも得(え)ず、遂(つい)に関文(かんぶん=通行証)を換(か)え、大(おお)いに鑾駕(らんが=天子の車駕)を排(なら)べ、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて穏(おだ)やかに龍車(りゅうしゃ)に坐(ざ)せしむ。那(か)の君王(くんおう)妃后(ひごう)俱(とも)に轂(こく=車輪の軸)を捧(ささ)げ輪(りん=車輪)を推(お)し、相(あい)送(おく)りて別(わか)る。正(まさ)に是(かく)の如(ごと)し── 縁(えん)有(あ)って憂疑(ゆうぎ)の病(やまい)を洗(あら)い尽(つく)し、 念(ねん)を絶(た)ち思(おも)い無(な)ければ心(こころ)自(おのず)ずから寧(やす)し。 畢竟(つまるところ)、此(こ)の去(ゆ)く後面(のち)に再(ま)た甚(なん)の吉凶(きっきょう)の事(こと)有(あ)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説き明かし)を聴(き)け。 第七十二回 盤糸洞(ばんしどう)七情(しちじょう)本(もと)を迷(まよ)わし 濯垢泉(たくこうせん)八戒(はっかい)形(かたち)を忘(わす)る 話表(さて)、三蔵(さんぞう)朱紫国王(しゅしこくおう)に別(わか)れ、鞍馬(あんば=鞍と馬)を整頓(ととの)えて西(にし)に進(すす)む。多少(いくばく)かの山原(さんげん=山と野)を行(ゆ)き彀(わた)り、無窮(むきゅう)の水道(すいどう=川筋)を歴(へ)て尽(つ)くし、覚(おぼ)えずして秋(あき)去(さ)り冬(ふゆ)残(のこ)り、又(また)春光明媚(しゅんこうめいび=春の光の美しさ)に値(あ)う。師徒(してい)たち正(まさ)に路(みち)に在(あ)りて青(あお)を踏(ふ)み景(けい)を玩(もてあそ)ぶに、忽(たちま)ち一座(ひとつ)の庵林(あんりん=庵の森)を見(み)る。三蔵(さんぞう)鞍(くら)を滚(ころ)がして馬(うま)を下(お)り、大道(だいどう)の旁(かたわら)に站(た)ち立(た)つ。行者(ぎょうじゃ)問(と)うて道(い)う、「師父(しふ)、此(こ)の路(みち)は平坦(へいたん)にして邪(よこしま)無(な)し、何(なん)の因(ゆえ)にか走(ゆ)かざる」と。八戒(はっかい)道(い)う、「師兄(しけい)好(いか)に通情(つうじょう=情を通わすこと)ならざる! 師父(しふ)馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて坐(ざ)し得(え)て困(つか)れたり、也(また)彼(かれ)を下(お)り来(きた)らしめて風(かぜ)を関関(くうぐう=外気に当たる)さしむるは是(よ)し」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「是(こ)れ風(かぜ)を関(くう)ぐるには非(あら)ず。我(われ)看(み)るに那(か)の処(ところ)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の人家(じんか)なり、意(こころ)に自(みずか)ら去(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき=食事)を化(こ)して喫(きっ)せんと欲(ほっ)す」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、師父(しふ)の說(い)えるは是(こ)れ那裡(いずこ)の話(はなし)ぞ。汝(なんじ)斎(とき)を喫(きっ)せんと要(よう)せば、我(われ)自(みずか)ら去(ゆ)きて化(こ)さん。俗語(ぞくご)に云(いわ)く、一日(いちじつ)師(し)と為(な)れば終身(しゅうしん)父(ちち)と為(な)ると。豈(あ)に弟子(でし)たる者(もの)の高(たか)く坐(ざ)し、師父(しふ)をして去(ゆ)きて斎(とき)を化(こ)さしむるの理(り)有(あ)らんや」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「是(こ)れ此(か)くの等(ごとき)說(いいよう)には非(あら)ず。平日(へいじつ)の間(あいだ)は一(ひと)たび望(のぞ)めば辺(ほとり)無(な)く際(きわ)無(な)く、汝等(なんじら)遠(とお)きも無(な)く近(ちか)きも無(な)く去(ゆ)きて斎(とき)を化(こ)す。今日(こんにち)人家(じんか)逼(せま)り近(ちか)し、以(もっ)て叫(よ)び応(こた)うべし、也(また)我(われ)をして去(ゆ)きて一箇(ひとつ)を化(こ)し来(きた)らしめよ」と。 八戒(はっかい)道(い)う、「師父(しふ)主張(しゅちょう=考え)無(な)し。常言(じょうげん)に道(い)う、三人(さんにん)出外(しゅつがい)すれば小(ちいさ)なる児(もの)苦(くる)しむと。汝(なんじ)況(いわ)んや是(こ)れ一箇(ひとり)の父輩(ふはい=親の世代)なるに、我等(われら)俱(とも)に是(こ)れ弟子(でし)なり。古書(こしょ)に云(いわ)く、事(こと)有(あ)れば弟子(でし)其(そ)の労(ろう)に服(ふく)すと。我(われ)が老猪(ろうちょ=この豚)の去(ゆ)くを等(ま)て」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「徒弟(とてい)よ、今日(こんにち)天気(てんき)晴明(せいめい)にして、那(か)の風雨(ふうう)の時(とき)と同(おな)じからず。那(か)の時節(じせつ)は、汝等(なんじら)必(かなら)ず遠(とお)く去(ゆ)かん。此(こ)の箇(ひとつ)の人家(じんか)は、我(われ)の去(ゆ)くを等(ま)て、斎(とき)有(あ)るも斎(とき)無(な)きも、以(もっ)て就(すなわ)ち回(かえ)りて路(みち)を走(ゆ)くべし」と。沙僧(しゃそう)旁(かたわら)に在(あ)りて笑(わら)って道(い)う、「師兄(しけい)、必(かなら)ずしも多(おお)く講(い)うに及(およ)ばず、師父(しふ)の心性(しんせい=気質)此(か)くの如(ごと)し、必(かなら)ずしも違拗(いごう=逆らう)に及(およ)ばず。若(も)し彼(かれ)を悩(なや)ましめたらば、就(すなわ)ち斎(とき)を化(こ)し将(も)ち来(きた)るも、彼(かれ)也(また)喫(くら)わざるなり」と。 八戒(はっかい)言(げん)に依(よ)り、即(すなわ)ち鉢盂(はつう=鉢)を取(と)り出(い)だし、彼(かれ)と衣帽(いぼう=衣と帽)を換(か)う。歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、直(ただ)ちに那(か)の荘前(しょうぜん=荘の前)に至(いた)りて観看(みわた)せば、却(かえ)って也(また)好(よ)き座(ひとつ)の住場(じゅうじょう=住まい)なり。但(た)だ見(み)る── 石橋(せっきょう)高(たか)く聳(そび)え、 古樹(こじゅ)森(しん)として斉(ととの)う。 石橋(せっきょう)高(たか)く聳(そび)えて、潺潺(せんせん=さらさら)たる流水(りゅうすい)長溪(ちょうけい=長き谷川)に接(つらな)り、 古樹(こじゅ)森(しん)として斉(ととの)いて、聒聒(かつかつ=がやがや)たる幽禽(ゆうきん=奥山の鳥)遠岱(えんたい=遠き山)に鳴(な)く。 橋(はし)の那辺(かなた)に数椽(すうてん=数軒)の茅屋(ぼうおく=茅葺きの家)有(あ)り、清清雅雅(せいせいがが=清らかに雅やか)として仙庵(せんあん=仙人の庵)の若(ごと)し。又(また)那(か)の一(ひとつ)の蓬窓(ほうそう=蓬の窓)有(あ)り、白白明明(はくはくめいめい=清々と明るく)として道院(どういん=道観)を欺(あなど)る。窓前(そうぜん)に忽(たちま)ち四(よたり)の佳人(かじん=美人)を見(み)る、都(みな)那(か)の処(ところ)に在(あ)りて鳳(ほう)を刺(し)し鸞(らん)を描(えが)きて針線(しんせん=針仕事)を做(な)す。長老(ちょうろう)那(か)の人家(じんか)に箇(ひとり)の男児(だんじ)も無(な)く、只(た)だ四箇(よたり)の女子(じょし)有(あ)るを見(み)て、敢(あえ)て進(すす)み入(い)らず、身(み)を将(もっ)て立(た)ち定(さだ)め、喬林(きょうりん=高き林)の下(した)に閃(ひそ)む。只(た)だ見(み)る、那(か)の女子(じょし)の、一箇箇(めいめい)── 閨心(けいしん=閨の心)は堅(かた)きこと石(いし)の似(ごと)く、 蘭性(らんせい=蘭の性)は喜(よろこ)ぶこと春(はる)の如(ごと)し。 嬌臉(きょうれん=あでやかな顔)は紅霞(こうか=赤き霞)に襯(そえ)られ、 朱唇(しゅしん=紅き唇)は絳脂(こうし=濃き紅)を勻(あまね)くす。 蛾眉(がび=蛾の眉)は月(つき)を横(よこ)たえて小(ちいさ)く、 蝉鬢(ぜんびん=蝉の羽の鬢)は雲(くも)を迭(かさ)ねて新(あたら)し。 若(も)し花間(かかん=花の間)に到(いた)りて立(た)たば、 遊蜂(ゆうほう)も錯(あやま)りて真(しん)と認(みと)めん。 少(すこ)しく停(とど)まること半箇時辰(はんこじしん=一時間)有(あ)り、一発(いっそう)静悄悄(しんとしずか)として、鷄犬(けいけん=鶏と犬)も声(こえ)無(な)し。自家(みずか)ら思慮(しりょ=思い)て道(い)う── 「我(われ)若(も)し一頓(ひととき)の斎飯(さいはん=斎の飯)を化(こ)すの本事(ほんじ=腕)無(な)くんば、也(また)那(か)の徒弟(とてい)に我(われ)を笑(わら)わしめん、敢(あえ)て道(い)わん、師(し)と為(な)る者(もの)の斎(とき)を化(こ)し出(いだ)し得(え)ざるならば、徒(と)と為(な)る者(もの)の怎(どう)して能(よ)く去(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)まん、と」と。 長老(ちょうろう)計(けい)も奈何(いかん)とも無(な)く、也(また)幾分(いくぶん)かの不是(ふぜ=悪びれ)を帯(お)び、歩(あゆみ)を趨(はや)めて橋(はし)に上(のぼ)り、又(また)幾歩(いくほ)かを走(あゆ)めば、只(た)だ見(み)る、那(か)の茅屋(ぼうおく)の裡(うち)に一座(ひとつ)の木香亭子(もっこうていし=木香の亭)有(あ)り、亭子(ていし)の下(した)に又(また)三箇(みたり)の女子(じょし)有(あ)りて那(か)の処(ところ)に在(あ)りて気毬(ききゅう=蹴鞠)を踢(け)る哩(なり)。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の三箇(みたり)の女子(じょし)は、那(か)の四箇(よたり)に比(くら)ぶれば又(また)生(うま)れ得(え)て異(こと)なれり。但(た)だ見(み)る、那(か)の── 飄揚(ひょうよう=ひるがえる)翠袖(すいしゅう=緑の袖)、 揺曳(ようえい=揺れ動く)緗裙(しょうくん=薄黄の裳)。 飄揚(ひょうよう)の翠袖(すいしゅう)は、低(ひく)く玉筍(ぎょくじゅん=美しき指)の繊繊(せんせん=ほっそり)を籠(こ)め、 揺曳(ようえい)の緗裙(しょうくん)は、半(なか)ば金蓮(きんれん=纏足)の窄窄(さくさく=こまやか)を露(あらわ)す。 形容(けいよう)体勢(たいせい)十分(じゅうぶん)に全(まった)く、 動静(どうせい)脚跟(きゃくこん=足取り)千様(せんよう=千通り)に躙(ふ)む。 拿頭(なとう=球を受ける)過論(かろん=技の競い)高低(こうてい)有(あ)り、 張泛(ちょうはん=蹴り上げ)送(おく)り来(きた)り真(しん)にして又(また)楷(かい=ただし)し。 身(み)を転(てん)じて踢(け)るは一箇(ひとつ)の出墻花(しゅっしょうか=塀を出る花)、 歩(あゆみ)を退(しりぞ)けて翻(ひるがえ)せば大過海(たいかかい=大海を渡る)と成(な)る。 軽(かる)く一団(ひとかたまり)の泥(どろ)を接(う)け、 単槍(たんそう)急(きゅう)に対(たい)して拐(かい=蹴る)。 明珠(めいしゅ)仏頭(ぶっとう)に上(のぼ)り、 実(まこと)捏(つま)み来(きた)りて尖靴(せんか=先の尖った靴)。 窄磚(さくせん=狭き煉瓦)偏(ひとえ)に会(よ)く拿(と)り、 臥魚(がぎょ=寝た魚)脚(あし)を将(もっ)て跘(から)む。 平腰(へいよう)折膝(せっしつ)蹲(うずくま)り、 扭頂(ちゅうちょう)翹跟(ぎょうこん=踵を上げ)躙(ふ)む。 扳凳(はんとう=腰掛け)能(よ)く喧泛(けんはん=盛んに蹴る)、 披肩(ひけん=肩をはためく)甚(はなは)だ脱洒(だっさい=軽やか)。 絞襠(こうとう=股をからめ)往来(おうらい)に任(まか)せ、 鎖項(さこう=首を鎖す)揺擺(ようはい=揺れ)に随(したが)う。 踢(け)るは是(こ)れ黄河(こうが)の水(みず)の倒(さかしま)に流(なが)れ、 金魚灘(きんぎょたん)の上(うえ)に買(か)う。 那(か)の箇(ひとり)錯(あやま)り認(みと)めて是(こ)れ頭児(とうじ=頭)とし、 此(こ)の箇(ひとり)身(み)を転(てん)じて就(すなわ)ち拐(かい)を打(う)つ。 端然(たんぜん=きちんと)捧(ささ)げて臁(れん=脛)に上(あ)げ、 周正(しゅうせい)尖(せん)来(きた)りて潠(そそ)ぐ。 跟(きびす)を提(さ)げ草鞋(そうかい=わらじ)を潠(そそ)ぎ、 倒(さかしま)に挿(さ)し入(い)れて頭(かしら)を回(めぐ)らし采(と)る。 歩(あゆみ)を退(しりぞ)け泛肩(はんけん=肩を浮かす)妝(よそお)い、 鉤児(こうじ=鉤)只(た)だ一歹(いったい=一つの技)。 版簍(はんろう=籠)下(くだ)り来(きた)りて長(たけ)たかく、 便(すなわ)ち奪門(だつもん=門を奪う)を把(と)って揣(おさ)む。 美心(びしん=心よい時)に踢(け)り到(いた)る時(とき)、 佳人(かじん)斉(ひとし)く喝采(かっさい)す。 一箇箇(めいめい)汗(あせ)流(なが)れて粉膩(ふんじ=白粉のあぶら)羅裳(らしょう=薄絹の裳)に透(とお)り、 興(きょう)懶(ものう)く情(こころ)疏(おろそか)にして方(はじ)めて海(かい=やめ)と叫(よ)ぶ。 言(げん)尽(つ)くさず、又(また)詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く── 蹴踘(しききく=蹴鞠)当場(とうじょう)三月(さんがつ)の天(てん)、 仙風(せんぷう)吹(ふ)き下(おろ)す素(しろき)嬋娟(せんけん=美人)。 汗(あせ)粉面(ふんめん)を沾(うるお)して花(はな)露(つゆ)を含(ふく)み、 塵(ちり)蛾眉(がび)を染(そ)めて柳(やなぎ)煙(けむり)を帯(お)ぶ。 翠袖(すいしゅう)低(ひく)く垂(た)れて玉筍(ぎょくじゅん)を籠(こ)め、 緗裙(しょうくん)斜(ななめ)に曳(ひ)かれて金蓮(きんれん)を露(あらわ)す。 幾回(いくたび)か踢(け)り罷(や)んで嬌(あでやか)に力(ちから)無(な)く、 雲鬢(うんびん)蓬松(ほうしょう=乱れ)て宝髻(ほうけい=髪飾り)偏(かたよ)る。 三蔵(さんぞう)看(み)ること時辰(じしん=時間)の久(ひさ)しきを得(え)、只(た)だ得(え)て走(あゆ)みて橋頭(きょうとう=橋のたもと)に上(のぼ)り、声(こえ)に応(こた)えて高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)、貧僧(ひんそう)此(ここ)に在(あ)り、縁(えん)に随(したが)いて些(いささ)かを布施(ふせ=施し)し、斎(とき)を喫(きっ)せん」と。那(か)の些(これらの)女子(じょし)聴(き)き得(え)て、一箇箇(めいめい)喜喜歡歡(よろこびよろこび)て針線(しんせん)を抛(なげう)ち、気毬(ききゅう)を撇(す)て、都(みな)笑笑吟吟(にこにこ)として接(むか)えて門(もん)を出(い)で来(きた)りて道(い)う、「長老(ちょうろう)、迎(むか)うるを失(うしな)えり。今(いま)荒荘(こうそう=粗末な荘)に到(いた)らるるも、決(けっ)して路(みち)を攔(さえぎ)りて僧(そう)に斎(とき)を供(そな)えざること敢(あえ)てせず、請(こ)う裡(うち)に坐(ざ)せよ」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)くや、心(こころ)の中(なか)に暗(ひそか)に道(い)う、「善(ぜん)なる哉(かな)、善(ぜん)なる哉(かな)! 西方(さいほう)は正(まさ)に是(こ)れ仏地(ぶっち)なり! 女流(にょりゅう)すら尚且(なお)かつ僧(そう)に斎(とき)を供(そな)うるに意(こころ)を注(そそ)ぐ、男子(だんし)豈(あ)に虔(つつし)みて心(こころ)を仏(ほとけ)に向(む)けざらんや」と。長老(ちょうろう)向前(すす)みて問訊(もんじん=挨拶)し了(おわ)り、相(あい)随(したが)いて衆女(しゅうじょ)と茅屋(ぼうおく)に入(い)り、木香亭(もっこうてい)を過(よぎ)りて看(み)る処(ところ)──呀(ああ)! 原来(なんと)、那(か)の裡辺(うち)には甚(なん)の房廊(ぼうろう=部屋と廊下)も無(な)く、只(た)だ見(み)る、那(か)の── 巒頭(らんとう=峰の頂)高(たか)く聳(そび)え、 地脈(ちみゃく=地の筋)遥(はる)かに長(なが)し。 巒頭(らんとう)高(たか)く聳(そび)えて雲煙(うんえん)に接(つらな)り、 地脈(ちみゃく)遥(はる)かに長(なが)くして海岳(かいがく=海と山)に通(つう)ず。 門(もん)は石橋(せっきょう)に近(ちか)く、九曲九湾(きゅうきょくきゅうわん=九つの曲がり九つの湾)流水(りゅうすい)顧(かえり)み、 園(その)には桃李(とうり)を栽(う)え、千株千顆(せんしゅせんか=千本千個)穠華(のうか=花の盛り)を闘(きそ)う。 藤薜(とうへい=藤と蔦)掛(か)かり懸(かか)る三五樹(さんごじゅ=三本五本の木)、 芝蘭(しらん)香(こう)散(さん)じて万千花(ばんせんか=無数の花)。 遠(とお)く洞府(どうふ=仙人の洞)を観(み)れば蓬島(ほうとう=蓬莱)を欺(あなど)り、 近(ちか)く山林(さんりん)を睹(み)れば太華(たいか=華山)を圧(おさ)う。 正(まさ)に是(こ)れ妖仙(ようせん)の隠(かく)れ処(どころ)を尋(たず)ぬる、 更(さら)に隣舎(りんしゃ=隣家)無(な)く独(ひと)り家(いえ)を成(な)す。 一箇(ひとり)の女子(じょし)有(あ)りて上前(すす)み、石頭門(せきとうもん=石の門)を把(と)って推(お)し開(ひら)くこと両扇(りょうせん=二枚)、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて裡(うち)に坐(ざ)せしむ。那(か)の長老(ちょうろう)只(た)だ得(え)て進(すす)み入(い)るに、忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)る時(とき)、鋪設(しきもう)くるは都(みな)是(こ)れ石桌(せきたく=石の卓)、石凳(せきとう=石の腰掛)、冷気(れいき)陰陰(いんいん=ひんやり)たり。長老(ちょうろう)心(こころ)に驚(おどろ)き、暗(ひそか)に自(みずか)ら思忖(しじゅん=思い)て道(い)う、「此(こ)の去処(ところ)は吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し、断然(だんぜん)として善(よ)からず」と。衆女子(しゅうじょし)喜笑吟吟(にこやか)に都(みな)道(い)う、「長老(ちょうろう)請(こ)う坐(ざ)せ」と。長老(ちょうろう)奈何(いかん)とも無(な)く、只(た)だ得(え)て坐(ざ)し了(おわ)るも、少時(しばらく)の間(あいだ)に、一箇(ひとつ)の冷禁(れいきん=寒気)を打(う)つ。 衆女子(しゅうじょし)問(と)うて道(い)う、「長老(ちょうろう)は是(こ)れ何(いず)れの宝山(ほうざん=お寺)ぞ。甚(なん)の縁(えん)を化(こ)す。還是(それとも)橋(はし)を修(しゅう)し路(みち)を補(おぎな)うか、寺(てら)を建(た)て塔(とう)を礼(らい)するか、還是(それとも)仏(ほとけ)を造(つく)り経(きょう)を印(いん)するか。請(こ)う、縁簿(えんぼ=勧進帳)を出(いだ)し来(きた)りて看(み)しめよ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ縁(えん)を化(こ)すの和尚(おしょう)に非(あら)ず」と。女子(じょし)道(い)う、「既(すで)に縁(えん)を化(こ)さずんば、此(ここ)に到(いた)りて何(なん)の干(かかわり)ぞ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)より差(つか)わされ西天(さいてん)大雷音(だいらいおん)に去(ゆ)きて経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。適(たまたま)宝方(ほうほう=貴地)を過(よぎ)るに、腹間(ふくかん=腹のうち)飢(う)え餒(かつ)えたり。特に檀府(だんぷ=檀那の家)に造(いた)り、一斎(ひとときの食事)を募化(ぼけ=乞い受け)し、貧僧(ひんそう)就(すなわ)ち行(ゆ)かんとす也(なり)」と。衆女子(しゅうじょし)道(い)う、「好(よ)し! 好(よ)し! 好(よ)し! 常言(じょうげん)に道(い)う、遠(とお)くより来(きた)れる和尚(おしょう)は好(よ)く経(きょう)を看(み)ると。妹妹(いもうと)たち! 怠慢(たいまん)するべからず、快(すみや)かに斎(とき)を弁(ととの)え来(きた)れ」と。 此(こ)の時(とき)三箇(みたり)の女子(じょし)有(あ)りて陪(ともな)い着(つ)き、言(ことば)来(きた)り語(ことば)去(さ)り、些(いささ)かの因縁(いんねん)を論(ろん)じ說(と)く。那(か)の四箇(よたり)は厨中(ちゅうちゅう=台所)に到(いた)り、衣(ころも)を撩(まく)り袖(そで)を斂(おさ)め、火(ひ)を炊(た)き鍋(なべ)を刷(あら)う。汝(なんじ)道(い)うや、彼等(かれら)の安排(ととの)えるは是(こ)れ些(これ)の甚(なん)の東西(もの)ぞ。原来(なんと)、是(こ)れ人油(じんゆ)の炒(い)り煉(ね)り、人肉(じんにく)の煎(い)り熬(こうが)にして、熬(こうが)し得(え)て黒糊(こくこ=黒き糊)と為(な)し麺筋(めんきん=麩)の様子(かたち)に充(あ)て、剜(えぐ)りし人脳(じんのう)を煎(い)って豆腐(とうふ)の塊片(かいへん=かけら)と作(な)せり。両盤(ふたつ)の盤(さら)を捧(ささ)げて石桌(せきたく)の上(うえ)に到(いた)りて放(お)き下(おろ)し、長老(ちょうろう)に対(むか)いて道(い)う、「請(さあ)、倉卒間(そうそつかん=急なこと)に、曾(かつ)て好(よ)き斎(とき)を備(そな)えず、且(しばら)く将就(おゆるし)て些(いささ)かを喫(くら)いて腹(はら)を充(み)たしめよ。後面(のち)に還(ま)た添換(てんかん=おかわり)の来(きた)る有(あ)らん也(よ)」と。 那(か)の長老(ちょうろう)一(ひと)たび聞(か)ぎ一(ひと)たび聞(か)ぐに、那(か)の腥膻(せいせん=生臭さ)を見(み)て、敢(あえ)て口(くち)を開(ひら)かず、身(み)を欠(かが)めて掌(て)を合(あわ)せて道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)、貧僧(ひんそう)は是(こ)れ胎裡素(たいりそ=生まれつきの精進)なり」と。衆女子(しゅうじょし)笑(わら)って道(い)う、「長老(ちょうろう)、此(こ)れは是(こ)れ素(そう=精進)のもの」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「阿弥陀仏(あみだぶつ)! 若(も)し此(か)くの等(ごとき)の素(そう)の如(ごと)きならば、我(われ)が和尚(おしょう)喫(くら)いて、世尊(せそん)に見(まみ)ゆるを想(おも)うこと莫(なか)れ、経巻(きょうかん)を取(と)るを得(え)じ」と。衆女子(しゅうじょし)道(い)う、「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)出家人(しゅっけにん)なるに、切(きっ)して人(ひと)を揀(えら)みて布施(ふせ)を受(う)くること莫(なか)れ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「怎(いか)でか敢(あえ)て、怎(いか)でか敢(あえ)て! 我(われ)が和尚(おしょう)大唐(だいとう)の旨意(しい)を奉(ほう)じ、一路(いちろ)西(にし)より来(きた)るに、微生(びせい=小さき命)も損(そこな)わず、苦(くるしみ)を見(み)れば就(すなわ)ち救(すく)い、穀粒(こくりゅう)に遇(あ)えば手(て)に拈(つま)みて口(くち)に入(い)れ、糸縷(しる=糸くず)に逢(あ)えば聯(つら)ね綴(つづ)りて身(み)を遮(おお)えり。怎(いか)でか敢(あえ)て主(あるじ)を揀(えら)みて布施(ふせ)を受(う)けん!」と。衆女子(しゅうじょし)笑(わら)って道(い)う、「長老(ちょうろう)は人(ひと)を揀(えら)みて布施(ふせ)を受(う)けざるも、却(かえ)って只(た)だ些(いささ)かの上門怪人(じょうもんかいじん=押しかけて人を責める)有(あ)り。粗淡(そたん=粗末)なるを嫌(きら)うこと莫(なか)れ、些(いささ)かを喫(くら)いて罷(や)めよ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「実(じつ)に是(こ)れ敢(あえ)て喫(くら)わず、戒(かい)を破(やぶ)らんことを恐(おそ)る。菩薩(ぼさつ)の生(せい)を養(やしな)わんよりは生(せい)を放(はな)つに若(し)かず、我(われ)が和尚(おしょう)を放(はな)ちて出(い)で去(さ)らしめよ」と。 那(か)の長老(ちょうろう)掙(あが)き着(つ)きて走(に)げんと要(よう)するに、那(か)の女子(じょし)門(もん)を攔(さえぎ)り住(とど)め、怎(どう)して肯(あえ)て放(はな)たん、俱(とも)に道(い)う、「上門(じょうもん=押しかけ)の売買(ばいばい=商い)を、倒(かえ)って好(よ)く做(な)さずとは! 屁(へ)を放(はな)ち了(おわ)りて、却(かえ)って手(て)を使(つか)いて掩(おお)う、汝(なんじ)は那裡(いずこ)へか往(ゆ)く」と。彼等(かれら)一箇箇(めいめい)都(みな)些(いささ)かの武芸(ぶげい)を会(え)し、手(て)と足(あし)又(また)活(いきいき)として、長老(ちょうろう)を把(と)って扯(ひ)き住(とど)め、順手牽羊(じゅんしゅけんよう=手に任せて羊を引く)と、撲(ばたり)と掼(なげ)倒(たお)して地(ち)に在(あ)らしむ。衆人(しゅうじん)按(おさ)え住(とど)め、縄(なわ)を将(もっ)て捆(くく)り了(おわ)り、梁(うつばり)に懸(か)けて高(たか)く吊(つる)す。此(こ)の吊(つるし)に箇(ひとつ)の名色(めいしょく=名)有(あ)り、「仙人指路(せんにんしろ=仙人が路を指す)」と叫(い)う。原来(すなわち)、一(かた)の手(て)を前(まえ)に向(む)かわせ、糸(いと)を牽(ひ)きて吊(つ)り起(おこ)し、一(かた)の手(て)は腰(こし)を攔(から)げて捆(くく)り住(とど)め、縄(なわ)を将(もっ)て吊(つ)り起(おこ)し、両(ふた)つの脚(あし)は後(うしろ)へ向(む)かわせて一条(ひとすじ)の縄(なわ)にて吊(つ)り起(おこ)し、三条(みすじ)の縄(なわ)にて長老(ちょうろう)を把(と)って梁(うつばり)の上(うえ)に吊(つる)す。却(かえ)って是(こ)れ脊背(せきはい=背中)を上(うえ)に向(む)け、肚皮(とひ=腹)を下(した)に向(む)く。那(か)の長老(ちょうろう)疼(いたみ)を忍(しの)び、涙(なみだ)を噙(ふく)み、心(こころ)の中(なか)に暗(ひそか)に恨(うら)んで道(い)う、「我(われ)が和尚(おしょう)の此(か)くの等(ごとき)命苦(めいく=不運)よ! 只(た)だ是(こ)れ好(よ)き人家(じんか)にて一頓(ひととき)の斎(とき)を化(こ)して喫(くら)うと說(い)うに、豈(あ)に知(し)らんや火坑(かこう=火の穴)に落(お)ちたるを! 徒弟(とてい)よ! 速(すみや)かに来(きた)りて我(われ)を救(すく)え、還(ま)た面(おもて)を見(み)るを得(え)ん、但(た)だ両箇時辰(ふたとき)遅(おく)るれば、我(わ)が命(いのち)休(おわ)らん!」と。 那(か)の長老(ちょうろう)苦悩(くのう)すると雖(いえど)も、却(かえ)って還(ま)た心(こころ)を留(とど)めて那(か)の些(これらの)女子(じょし)を看(み)る。那(か)の些(これらの)女子(じょし)彼(かれ)を把(と)って吊(つ)るすこと停当(ととの)い得(え)て、便(すなわ)ち去(ゆ)きて衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ剥(は)ぐ。長老(ちょうろう)心(こころ)に驚(おどろ)き、暗(ひそか)に自(みずか)ら忖(はか)って道(い)う、「此(こ)れ一(ひと)たび衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ了(おわ)らば、是(こ)れ我(われ)を打(う)たんとする情(こころ)ならん、或者(あるいは)夾生児(きょうせいじ=半煮え)に我(われ)を喫(くら)うの情(こころ)も也(また)有(あ)る哩(ぞ)」と。原来(なんと)、那(か)の女子(じょし)たち只(た)だ上身(じょうしん)の羅衫(らさん=薄絹の上着)を解(と)き了(おわ)り、肚腹(とふく=腹)を露(あらわ)し、各(おのおの)神通(じんつう)を顕(あらわ)す。一箇箇(めいめい)腰眼(ようがん=腰のあたり)の中(なか)より糸縄(しじょう=糸の綱)を冒(ほとばし)らしめ、鴨蛋(おうたん=鴨の卵)の粗細(そさい=太さ)有(あ)り、骨都都(こつとつ=わらわら)として、玉(ぎょく)を迸(ほとばし)らせ銀(ぎん)を飛(と)ばせ、時下(そのとき)荘門(しょうもん)を把(と)って瞞(おお)い了(おわ)るは不題(さておき)。 却説(さて)、那(か)の行者(ぎょうじゃ)、八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)は、都(みな)大道(だいどう)の旁(かたわら)に在(あ)り。彼(か)の二人(ふたり)は都(みな)馬(うま)を放(はな)ち担(に)を看(み)るに、惟(た)だ行者(ぎょうじゃ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の頑皮(がんぴ=いたずら者)にして、彼(かれ)且(しばら)く樹(き)を跳(と)び枝(えだ)を攀(よ)じ、葉(は)を摘(つ)み果(み)を尋(たず)ぬ。忽(たちま)ち頭(かしら)を回(めぐ)らせば、只(た)だ一片(ひとひら)の光亮(こうりょう=光)を見(み)る。慌(あわ)てて樹(き)より跳(と)び下(お)り来(きた)り、吆喝(わめ)いて道(い)う、「不好(いかん)、不好(いかん)! 師父(しふ)の造化(ぞうけ=運)の低(ひく)きや!」と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を用(もち)いて指(さ)して道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の荘院(しょういん=荘の構え)は如何(いかん)」と。八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)共(とも)に目(め)を以(もっ)て之(これ)を視(み)るに、那(か)の一片(ひとひら)は雪(ゆき)の如(ごと)くにして又(また)亮(あかる)きこと雪(ゆき)の如(ごと)く、銀(ぎん)に似(に)て又(また)光(ひか)ること銀(ぎん)の似(ごと)し。八戒(はっかい)道(い)う、「罷(しまっ)た罷(しまっ)た! 師父(しふ)妖精(ようせい)に遇(あ)い着(つ)きたる! 我等(われら)快(すみや)かに去(ゆ)きて彼(かれ)を救(すく)わん也(よ)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「賢弟(けんてい)嚷(わめ)くこと莫(なか)れ、汝等(なんじら)都(みな)怎(どう)したるも見(み)ざるに、老孫(ろうそん)の去(ゆ)き来(きた)るを等(ま)て」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「哥哥(あにき)仔細(つつしみ)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)自(おの)ずから処(しょ=考え)有(あ)り」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、虎皮裙(こひくん=虎皮の腰巻)を一(ひと)たび束(つか)ね一(ひと)たび束(つか)ね、金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、脚(あし)を曳(ひ)き開(ひら)き、両三步(にさんぽ)跑(はし)りて前辺(まえ)に到(いた)り、那(か)の糸縄(しじょう)の纏(まと)えること千百層(せんびゃくそう)の厚(あつ)さ有(あ)り、穿通道道(せんせんどうどう=行き交い連なり)て、却(かえ)って経緯(けいい=縦糸と横糸)の勢(いきおい)に似(に)たるを見(み)る。手(て)を用(もち)いて一(ひと)たび按(おさ)え一(ひと)たび按(おさ)うるに、些(いささ)か粘(ねば)り軟(やわ)らかくして人(ひと)に沾(くっつ)く。行者(ぎょうじゃ)更(さら)に是(こ)れ甚(なん)の東西(もの)なるかを知(し)らず、彼(かれ)即(すなわ)ち棒(ぼう)を挙(あ)げて道(い)う、「此(こ)の一棒(いっぽう)は、幾千層(いくせんそう)と說(い)わず、就(すなわ)ち幾万層(いくまんそう)有(あ)るも、也(また)打(う)ち断(た)たん!」と。正(まさ)に打(う)たんと欲(ほっ)するに、又(また)手(て)を停(とど)め住(とど)めて道(い)う、「若(も)し是(こ)れ硬(かた)きならば便(すなわ)ち打(う)ち断(た)つべし。此(こ)の軟(やわ)らかきは、只(た)だ好(よ)く打(う)ちて匾(ひらた)くするのみならん。假如(もし)彼(かれ)を驚(おどろ)かして、老孫(ろうそん)を纏(まと)い住(とど)めなば、反(かえ)って不美(ふび=面白くない)を為(な)さん。我(われ)が且(しばら)く彼(かれ)に一(ひと)たび問(と)い、再(また)た打(う)たんを等(ま)て」と。 汝(なんじ)道(い)うや、彼(かれ)は誰(たれ)に問(と)うと。即(すなわ)ち一箇(ひとつ)の訣(けつ=印)を捻(ひね)り、一箇(ひとつ)の咒(じゅ=呪)を念(とな)えて、一箇(ひとり)の土地老児(どちろうじ=土地神の翁)を拘(まね)き得(え)て廟(やしろ)の裡(うち)に在(あ)りて磨(ひきうす)を推(お)すが一般(ごと)くに乱(みだ)りに転(まわ)らしむ。土地婆児(どちばじ=土地神の婆)道(い)う、「老児(ろうじ=おじいさん)、汝(なんじ)転(まわ)るは怎(どう)した。好道(よもや)是(こ)れ羊児風(ようじふう=てんかん)の発(おこ)れるならん!」と。土地(どち)道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず! 汝(なんじ)知(し)らず! 一箇(ひとり)の斉天大聖(せいてんたいせい)の来(きた)れる有(あ)り、我(われ)曾(かつ)て彼(かれ)を接(むか)えざりしに、彼(かれ)彼処(あそこ)に在(あ)りて我(われ)を拘(まね)く哩(ぞ)」と。婆児(ばじ)道(い)う、「汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)に見(まみ)えれば便(すなわ)ち了(よ)し、却(かえ)って如何(いかん)として此(ここ)に在(あ)りて打転(くるくるまわ)る」と。土地(どち)道(い)う、「若(も)し去(ゆ)きて彼(かれ)に見(まみ)ゆれば、彼(かれ)が那(そ)の棍子(こんし=棒)の好(いか)に不重(おもから)ざる、彼(かれ)は汝(なんじ)の好歹(よしあし)を管(かま)わず就(すなわ)ち打(う)つ哩(ぞ)!」と。婆児(ばじ)道(い)う、「彼(かれ)汝(なんじ)の此(か)くの等(ごと)く老(お)いたるを見(み)て、那裡(いずく)でか就(すなわ)ち汝(なんじ)を打(う)たん」と。土地(どち)道(い)う、「彼(かれ)一生(いっしょう)好(よ)く銭(ぜに)無(な)き酒(さけ)を喫(くら)い、偏(ひとえ)に老年人(ろうねんじん)を打(う)つ」と。両口児(ふたり)講(はな)すこと一会(ひとしきり)、奈何(いかん)とも無(な)く只(た)だ得(え)て走(あゆ)みて出(い)で去(ゆ)き、戦兢兢(おののき)て路(みち)の旁(かたわら)に跪(ひざまず)きて叫(よ)んで道(い)う、「大聖(たいせい)、当境(とうきょう=当地)の土地(どち)叩頭(こうべをたた)く」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く起(た)て上(あが)れ、假忙(けもう=慌てるまね)すること要(い)らず。我(われ)且(しばら)く汝(なんじ)を打(う)たず、寄(あず)けて那(か)の処(ところ)に下(おろ)さん。我(われ)汝(なんじ)に問(と)う、此間(ここ)は是(こ)れ甚(なん)の地方(ところ)ぞ」と。土地(どち)道(い)う、「大聖(たいせい)は那(いず)れの廂(ほう)より来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は東土(とうど)自(よ)り西(にし)へ往(ゆ)く」と。土地(どち)道(い)う、「大聖(たいせい)東(ひがし)より来(きた)るに、曾(かつ)て那(か)の山嶺(さんれい)の上(うえ)に在(あ)りしか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「正(まさ)に那(か)の山嶺(さんれい)の上(うえ)に在(あ)り、我等(われら)が行李(こうり=荷物)と馬匹(ばひつ=馬)は還(ま)た都(みな)那(か)の嶺(みね)の上(うえ)に歇(やす)めて在(あ)るに非(あら)ずや!」と。土地(どち)道(い)う、「那(か)の嶺(みね)は盤糸嶺(ばんしれい)と叫(い)い、嶺下(れいか)に洞(ほら)有(あ)りて盤糸洞(ばんしどう)と叫(い)い、洞(ほら)の裡(うち)に七箇(ななつ)の妖精(ようせい)有(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「是(こ)れ男怪(だんかい)か女怪(じょかい)か」と。土地(どち)道(い)う、「是(こ)れ女怪(じょかい)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「彼(かれ)に多少(どれほど)の神通(じんつう)有(あ)る」と。土地(どち)道(い)う、「小神(しょうしん)は力(ちから)薄(うす)く威(い)短(みじか)く、彼(かれ)の多少(どれほど)の手段(てだて)有(あ)るかを知(し)らず。只(た)だ知(し)る、那(か)の正南(せいなん=真南)の上(うえ)に、此(ここ)を離(はな)るること三里(さんり)の遥(はるか)有(あ)りて、一座(ひとつ)の濯垢泉(たくこうせん)有(あ)り、乃(すなわ)ち天生(てんせい)の熱水(ねっすい=温湯)にして、原(もと)是(こ)れ上方(じょうほう=天界)の七仙姑(しちせんこ)の浴池(よくち)なり。妖精(ようせい)の此(ここ)に到(いた)りて居住(きょじゅう)せる自(よ)り、彼(かれ)が濯垢泉(たくこうせん)を占(し)めたるに、仙姑(せんこ)は更(さら)に曾(かつ)て彼(かれ)と争競(そうきょう=争う)せず、平白地(あっさり)と就(すなわ)ち讓(ゆず)りて彼(かれ)に与(あた)え了(おわ)れり。我(われ)見(み)るに天仙(てんせん)も妖魔怪(ようまかい)を惹(ひ)かざれば、必(かなら)ず精霊(せいれい)に大能(だいのう=大いなる力)有(あ)るならん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の泉(いずみ)を占(し)めて何(なん)の干(かかわり)ぞ」と。土地(どち)道(い)う、「此(こ)の怪(かい)浴池(よくち)を占(し)めて、一日(いちじつ)に三遭(みたび)、出(い)で来(きた)りて澡(み)を洗(あら)う。如今(いま)巳時(しじ=午前十時)已(すで)に過(す)ぎ、午時(ごじ=正午)将(まさ)に来(きた)らんとす啞(ぞ)」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聴(き)いて道(い)う、「土地(どち)、汝(なんじ)且(しばら)く回(かえ)り去(さ)れ、我(われ)が自(みずか)ら彼(かれ)を拿(と)らんを等(ま)て」と。那(か)の土地老児(どちろうじ)一箇(ひとつ)の頭(こうべ)を磕(ぬか)ずき、戦兢兢(おののき)て本廟(ほんびょう=元の社)に回(かえ)り去(さ)れり。 此(こ)の大聖(たいせい)独(ひと)り神通(じんつう)を顕(あらわ)し、身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、一箇(ひとつ)の麻蝿児(まだらはえ)と変(へん)じ作(な)り、路(みち)の旁(かたわら)の草梢(くさき=草の先)の上(うえ)に釘(とま)りて等待(まつ)。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、只(た)だ聴(き)く呼呼吸吸(こきゅうこきゅう=ひたひた)たる声(こえ)、猶(なお)蚕(かいこ)の葉(は)を食(くら)うが如(ごと)く、却(かえ)って海(うみ)の潮(しお)を生(しょう)ずるに似(に)たり。只(た)だ好(よ)く半盞茶(はんさんちゃ=茶一碗の半分)の時(とき)有(あ)るのみにして、糸縄(しじょう)皆(みな)尽(つ)き、依然(もとのごと)く荘村(しょうそん)を現(あらわ)し出(いだ)し、還(ま)た当初(とうしょ=初め)の模様(ありさま)に象(に)たり。又(また)聴(き)く呀(ぎい)との一声(ひとこえ)、柴扉(さいひ=柴の扉)の響(ひび)く処(ところ)、裡辺(うち)に笑語(しょうご)喧嘩(けんか=にぎやか)として、七箇(ななたり)の女子(じょし)の走(あゆ)み出(い)づる。行者(ぎょうじゃ)暗(やみ)の中(なか)に在(あ)りて細(こま)かに看(み)るに、彼等(かれら)のー箇箇(めいめい)手(て)を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、肩(かた)を挨(よ)せ袂(たもと)を執(と)り、說(いう)有(あ)り笑(わら)う有(あ)りて、橋(はし)を走(わた)り過(す)ぎて来(きた)るを見(み)る。果(はた)して是(こ)れ標致(ひょうち=美しい)。但(た)だ見(み)る── 玉(ぎょく)に比(くら)べれば香(かおり)尤(なお)勝(まさ)り、 花(はな)の如(ごと)くにして語(ことば)更(さら)に真(まこと)なり。 柳眉(りゅうび=柳の眉)は遠岫(えんしゅう=遠き峰)を横(よこ)たえ、 檀口(だんこう=檀の口)は桜唇(おうしん=桜の唇)を破(ひら)く。 釵頭(さとう=簪の頭)に翡翠(ひすい)翹(あ)がり、 金蓮(きんれん=纏足)絳裙(こうくん=紅の裳)に閃(ひらめ)く。 却(かえ)って嫦娥(じょうが=月の仙女)の下界(げかい)に臨(のぞ)むに似(に)、 仙子(せんし)の凡塵(ぼんじん=人の世)に落(お)つるが如(ごと)し。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「怪(あや)しむるに得(え)ず、我(わ)が師父(しふ)の来(きた)りて斎(とき)を化(こ)さんと要(よう)せしは、原来(もと)是(こ)れ此(か)くの一般(ごとき)の好処(よいところ)有(あ)ればなり。此(こ)の七箇(ななたり)の美人児(びじん)は、假若(もし)我(わ)が師父(しふ)を留住(とど)めんに、喫(くら)わんと要(よう)するも一頓(ひととき)の喫(くら)いに彀(た)らず、用(もち)いんと要(よう)するも両日(ふつか)の用(もちい)に彀(た)らず、手(て)を動(うご)かして輪流(かわるがわる)に一(ひと)たび擺布(あしら)えば就(すなわ)ち是(こ)れ死(し)せるなり。且(しばら)く我(われ)が去(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひと)たび聴(き)き、彼(かれ)の怎(いか)に算計(たくら)むかを看(み)んを等(ま)て」と。好(よ)き大聖(たいせい)、嚶(ぶん)との一声(ひとこえ)、飛(と)びて那(か)の前面(まえ)を走(ゆ)く女子(じょし)の雲髻(うんけい=雲のような髷)の上(うえ)に釘(とま)り住(とど)まる。才(やっ)と橋(はし)を過(わた)り来(きた)るに、後辺(うしろ)の者(もの)走(すす)みて前(まえ)に向(むか)い来(きた)りて呼(よ)んで道(い)う、「姐姐(ねえさん)、我等(われら)澡(み)を洗(あら)い了(おわ)りて、来(きた)りて那(か)の胖(ふと)りし和尚(おしょう)を蒸(ふか)して喫(くら)わんと去(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の怪物(かいぶつ)の好(いか)に算計(たくらみ)無(な)きや! 煮(に)れば還(ま)た些(いささ)かの柴(たきぎ)を省(はぶ)くに、怎(なん)ぞや転(かえ)って蒸(ふか)して喫(くら)わんと要(よう)する!」と。那(か)の些(これらの)女子(じょし)花(はな)を采(つ)み草(くさ)を闘(きそ)わして南(みなみ)へ来(きた)り、多(おお)からずして、浴池(よくち)に到(いた)れり。但(た)だ見(み)る、一座(ひとつ)の門墻(もんしょう=門と塀)、十分(じゅうぶん)に壮麗(そうれい)にして、地(ち)に遍(あまね)き野花(やか)は香(かおり)艶艶(えんえん=なまめかしく)、旁(ほとり)に満(み)つる蘭蕙(らんけい=蘭)は密(みっ)として森森(しんしん=茂る)。後面(うしろ)の一箇(ひとり)の女子(じょし)、走(すす)みて前(まえ)に上(のぼ)り、唿哨(こっしょう=口笛)の一声(ひとこえ)、両扇(ふたつ)の門児(もん)を把(と)って推(お)し開(ひら)けば、那(か)の中間(なか)に果(はた)して一塘(ひとつ)の熱水(ねっすい)有(あ)り。 此(こ)の水(みず)は開闢(かいびゃく=天地のはじめ)以(い)来自(よ)り、太陽星(たいようせい)に原貞(げんてい=もと)十(とお)有(あ)りしが、後(のち)羿(げい)の善(よ)く弓(ゆみ)を開(ひら)くに被(あ)いて、九烏(きゅうう=九つの烏)を射(い)て落(おと)し地(ち)に墜(つ)らしめ、止(た)だ金烏(きんう)一星(いっせい)を存(のこ)せり。乃(すなわ)ち太陽(たいよう)の真火(しんか)也(なり)。天地(てんち)に九処(ここのかしょ)の湯泉(とうせん=温泉)有(あ)り、俱(とも)に是(こ)れ衆烏(しゅうう=多くの烏)の化(け)せし所(ところ)なり。那(か)の九陽泉(きゅうようせん)は、乃(すなわ)ち香冷泉(こうれいせん)、伴山泉(はんざんせん)、温泉(おんせん)、東合泉(とうごうせん)、満山泉(まんざんせん)、孝安泉(こうあんせん)、広汾泉(こうふんせん)、湯泉(とうせん)、此(こ)の泉(いずみ)は乃(すなわ)ち濯垢泉(たくこうせん)なり。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く── 一気(いっき)に冬夏(とうか)無(な)く、 三秋(さんしゅう)永(なが)く春(はる)を注(そそ)ぐ。 炎波(えんぱ)鼎(かなえ)の沸(たぎ)るが如(ごと)く、 熱浪(ねつろう)湯(ゆ)の新(あたら)しきに似(に)たり。 分溜(ぶんりゅう=分かれ流れ)禾稼(かか=穀物)を滋(うるお)し、 停流(ていりゅう=溜まり流れ)俗塵(ぞくじん=俗の塵)を蕩(あら)う。 涓涓(けんけん=ちょろちょろ)珠涙(しゅるい)泛(うか)び、 滾滾(こんこん=わきわき)玉団津(ぎょくだんしん=玉の塊)なり。 潤滑(じゅんかつ)原(もと)釀(かも)したるに非(あら)ず、 清平(せいへい)還(ま)た自(おのず)から温(あたた)かなり。 瑞祥(ずいしょう)本地(ほんち)の秀(ひい)で、 造化(ぞうか)は乃(すなわ)ち天真(てんしん=自然)なり。 佳人(かじん)の洗(あら)う処(ところ)氷肌(ひょうき=氷の肌)滑(なめら)かに、 塵煩(じんぱん=俗のわずらい)を滌蕩(あらいはら)いて玉体(ぎょくたい)新(あたら)し。 那(か)の浴池(よくち)は約(およ)そ五丈(ごじょう)余(あまり)の闊(ひろ)さ、十丈(じゅうじょう)多(あまり)の長(なが)さ、内(うち)に四尺(よんしゃく)の深浅(ふかさ)有(あ)り。但(た)だ見(み)る、水(みず)清(きよ)くして底(そこ)を徹(とお)す。底(そこ)の下(した)の水(みず)は一(ひと)たび珠(たま)を滚(ころが)し玉(ぎょく)を泛(うか)べるに似(に)て、骨都都(こつとつ=ぶくぶく)と冒(わ)き上(あ)がり将(まさ)に来(きた)らんとし、四面(しめん)に六七箇(むななつ)の孔竅(こうきょう=穴)有(あ)りて通流(つうりゅう)す。流(なが)れ去(さ)ること二三里(にさんり)の遥(はるか)、田(た)の裡(うち)に淌(したた)り到(いた)るも、還(ま)た是(こ)れ温(ぬる)き水(みず)なり。池(いけ)の上(うえ)に又(また)三間(みま)の亭子(ていし=亭)有(あ)り、亭子(ていし)の中(なか)の後壁(こうへき=奥の壁)に近(ちか)く一張(ひとつ)の八只脚(はっせききゃく=八本脚)の板凳(ばんとう=長椅子)を放(お)きて在(あ)り。両山頭(りょうさんとう=両端)に二箇(ふたつ)の描金彩漆(びょうきんさいしつ=金彩の塗り)の衣架(いか=衣掛け)を放(お)けり。行者(ぎょうじゃ)暗(やみ)の中(なか)に在(あ)りて喜(よろこ)ぶこと嚶嚶(ぶんぶん)、一(ひと)たび翅(つばさ)を飛(と)ばして那(か)の衣架(いか)の頭(てっぺん)に釘(とま)り住(とど)まる。 那(か)の些(これらの)女子(じょし)水(みず)の又(また)清(きよ)く又(また)熱(あつ)きを見(み)て、便(すなわ)ち洗浴(みあらい)せんと要(よう)し、即(すなわ)ち一斉(いっせい)に衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ了(おわ)り、衣架(いか)のの上(うえ)に搭(か)く。一斉(いっせい)に下(お)り去(ゆ)くを、行者(ぎょうじゃ)に看(み)らる── 褪(ぬぎ)て紐扣児(ちゅうこうじ=留め金)を放(はな)ち、 解(と)きて羅帯結(らたいけつ=絹の帯の結び)を開(ひら)く。 酥胸(そきょう=柔らかき胸)白(しろ)きこと銀(ぎん)に似(に)、 玉体(ぎょくたい)渾(すべ)て雪(ゆき)の如(ごと)し。 肘膊(ちゅうはく=腕)は凝胭(ぎょうえん=凝れる紅)に賽(まさ)り、 香肩(こうけん=香る肩)は粉捏(ふんでつ=白粉をこねし)かと疑(うたが)う。 肚皮(とひ=腹)軟(やわ)らかに又(また)綿(わた)の如(ごと)く、 脊背(せきはい=背中)光(ひか)りて還(ま)た潔(きよ)し。 膝腕(しつわん=膝)半(なか)ば団(まる)きを囲(かこ)み、 金蓮(きんれん)三寸(さんずん)に窄(せば)し。 中間(なか)の一段(ひとくだり)の情(じょう)、 風流穴(ふうりゅうけつ=色香の処)を露(あらわ)す。 那(か)の女子(じょし)都(みな)跳(と)びて水(みず)の下(した)に去(ゆ)き、一箇箇(めいめい)浪(なみ)を躍(おど)り波(なみ)を翻(ひるがえ)し、水(みず)を負(お)うて頑耍(あそ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)若(も)し彼(かれ)を打(う)たば、只(た)だ此(こ)の棍子(こんし)を把(と)って池(いけ)の中(なか)に往(ゆ)きて一(ひと)たび攪(かきまわ)すを消(よう)するのみ、就(すなわ)ち『滚湯(こんとう=煮え湯)を老鼠(ねずみ)に潑(そそ)ぐ』と叫(い)いて、一窩児(ひとくれ)都(みな)是(こ)れ死(し)ならん。怜(あわ)れむべし! 怜(あわ)れむべし! 打(う)てば便(すなわ)ち彼(かれ)を打(う)ち殺(ころ)すも、只(た)だ是(こ)れ老孫(ろうそん)が名頭(めいとう=名)を低(ひく)くせん。常言(じょうげん)に道(い)う、男(おとこ)は女(おんな)と闘(たたか)わずと。我(われ)が此(か)くの般(ごとき)一箇(ひとり)の漢子(おとこ)、此(こ)の幾箇(いくたり)かの丫頭(あま)を打(う)ち殺(ころ)さば、着実(じっさい)に不済(よろしから)ず。彼(かれ)を打(う)つこと要(い)らず、只(た)だ彼(かれ)に一箇(ひとつ)の絶後計(ぜつごけい=後を絶つ計)を送(おく)り、彼(かれ)をして身(み)を動(うご)かすを得(え)ず、水(みず)を出(い)づるを得(え)ざらしめば、多少(いかに)か是(こ)れ好(よ)からん」と。好(よ)き大聖(たいせい)、訣(けつ)を捏(ひね)り、箇(ひとつ)の咒(じゅ)を念(とな)え、身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、一箇(ひとつ)の餓(う)えたる老鷹(ろうよう=鷲)と変(へん)じ作(な)る。但(た)だ見(み)る── 毛(け)は猶(なお)霜雪(そうせつ)の如(ごと)く、 眼(め)は明星(みょうじょう=明けの明星)の若(ごと)し。 妖狐(ようこ)の見(み)る処(ところ)魂(たましい)皆(みな)喪(うしな)い、 狡兔(こうと=賢き兎)の逢(あ)う時(とき)胆(きも)尽(ことごと)く驚(おどろ)く。 鋼爪(こうそう=鋼の爪)鋒芒(ほうぼう=切っ先)快(こころよ)く、 雄姿(ゆうし=雄々しき姿)猛気(もうき)横(ほしいまま)なり。 老拳(ろうけん=拳)を使(つか)いて口腹(こうふく=食い扶持)に供(そな)え、 親手(みずからのて)を辞(じ)せずして飛騰(ひとう=飛び立つ)を逐(お)わしむ。 万里(ばんり)の寒空(かんくう)上下(じょうげ)に随(したが)い、 雲(くも)を穿(うが)ち物(もの)を検(えら)ぶは他(かれ)の行(ゆ)くに任(まか)す。 呼(さっ)との一翅(ひとつばさ)、飛(と)びて前(まえ)に向(むか)い、利爪(りそう=鋭き爪)を輪(ふる)い并(あわ)せ、那(か)の衣架(いか)の上(うえ)に搭(か)きたる七套(ななそろい)の衣服(いふく)を把(と)って、情(こころ)を尽(つく)して彫(くわ)え去(さ)り、径(ただ)ちに嶺頭(れいとう=嶺の頂)に転(めぐ)り、本相(ほんそう=元の姿)を現(あらわ)し出(いだ)して八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)に来(きた)り見(まみ)えて道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ」と。那(か)の呆子(あほう)迎(むか)え着(つ)きて沙僧(しゃそう)に対(むか)い笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)原来(もと)は是(こ)れ典当鋪(てんとうほ=質屋)の裡(うち)に拿了去(とられゆ)きたるなり」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「怎(どう)して見(み)え得(う)る」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)見(み)ざるか、師兄(しけい)が彼(かれ)が些(これら)の衣服(いふく)を都(みな)搶(うば)い将(も)ち来(きた)れるを」と。行者(ぎょうじゃ)放(お)き下(おろ)して道(い)う、「此(こ)れは是(こ)れ妖精(ようせい)の穿(き)たる衣服(いふく)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「怎(どう)して就(すなわ)ち此(か)くの許多(たくさん)有(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「七套(ななそろい)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「如何(いかん)として此(か)くの般(ごと)く剥(は)ぎ得(え)て容易(たやす)く、又(また)剥(は)ぎ得(え)て干浄(きれい)なる」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いず)くんぞ曾(かつ)て剥(は)ぐを用(もち)いん。原来(もと)、此(こ)の処(ところ)は盤糸嶺(ばんしれい)と喚(よ)び做(な)し、那(か)の荘村(しょうそん)は盤糸洞(ばんしどう)と喚(よ)び做(な)す。洞(ほら)の中(なか)に七箇(ななたり)の女怪(じょかい)有(あ)りて、我(わ)が師父(しふ)を把(と)って拿(と)らえ住(とど)め、洞(ほら)の裡(うち)に吊(つる)し、都(みな)濯垢泉(たくこうせん)に向(むか)いて去(ゆ)きて洗浴(みあらい)す。那(か)の泉(いずみ)は却(かえ)って是(こ)れ天地(てんち)の産(う)み成(な)せる一塘子(ひとつ)の熱水(ねっすい)なり。彼等(かれら)都(みな)算計(たくら)み着(つ)きて澡(み)を洗(あら)い了(おわ)りて師父(しふ)を把(と)って蒸(ふか)し喫(くら)わんと要(よう)す。是(こ)れ我(われ)彼(かれ)に跟(したが)いて那(か)の処(ところ)に到(いた)り、彼(かれ)の衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎて水(みず)に下(お)りしを見(み)るに、我(われ)彼(かれ)を打(う)たんと要(よう)せしが、棍子(こんし)を汚(けが)さんことを恐(おそ)れ、又(また)名頭(めいとう)を低(ひく)くせんことを怕(おそ)れ、是(ここ)を以(もっ)て曾(かつ)て棍(こん)を動(うご)かさず、只(た)だ変じて一箇(ひとつ)の餓(う)えたる老鷹(ろうよう)と做(な)り、彼(かれ)が衣服(いふく)を彫(くわ)え去(さ)れり。彼等(かれら)都(みな)辱(はずかしめ)を忍(しの)び羞(はじ)を含(ふく)み、敢(あえ)て頭(こうべ)を出(いだ)さず、水(みず)の中(なか)に蹲(うずくま)る哩(ぞ)。我等(われら)快(すみや)かに去(ゆ)きて師父(しふ)を解(と)き下(おろ)し路(みち)を走(ゆ)かん」と。 八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「師兄(しけい)、汝(なんじ)凡(およ)そ事(こと)を干(おこな)うに、只(た)だ根(ね)を留(とど)むるを要(よう)す。既(すで)に妖精(ようせい)を見(み)ながら、如何(いかん)として打(う)ち殺(ころ)さず、却(かえ)って就(すなわ)ち去(ゆ)きて師父(しふ)を解(と)かんとす! 彼(かれ)如今(いま)縦然(たと)い羞(はじ)を蔵(かく)して出(い)でざるも、晩間(よる)に到(いた)れば必定(かなら)ず出(い)で来(きた)らん。彼(かれ)が家(いえ)の裡(うち)に還(ま)た旧(ふる)き衣服(いふく)有(あ)り、一套(ひとそろい)を穿(き)て上(あ)げ、来(きた)りて我等(われら)を赶(お)わん。縦然(たと)い赶(お)わざるも、彼(かれ)久(ひさ)しく此(ここ)に住(じゅう)すれば、我等(われら)経(きょう)を取(と)り了(おわ)りて、還(ま)た那(か)の条(すじ)の路(みち)自(よ)り回(かえ)り去(ゆ)かん。常言(じょうげん)に道(い)う、寧(むし)ろ路辺(ろへん)の銭(ぜに)を少(すくな)くするも、路辺(ろへん)の拳(こぶし)を少(すくな)くすること莫(なか)れと。那(か)の時節(じせつ)、彼(かれ)攔(さえぎ)り住(とど)めて吵鬧(そうとう=騒ぎ)なば、却(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとり)の仇人(きゅうじん)ならずや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)の如何(いかん)に主張(しゅちょう)するに凭(まか)す」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)に依(よ)れば、先(ま)ず妖精(ようせい)を打(う)ち殺(ころ)し了(おわ)り、再(ふたた)び去(ゆ)きて師父(しふ)を解放(ときはな)たん、此(こ)れ乃(すなわ)ち草(くさ)を斬(き)り根(ね)を除(のぞ)くの計(けい)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ彼(かれ)を打(う)たず。汝(なんじ)打(う)たんと要(よう)せば、汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)を打(う)て」と。 八戒(はっかい)精神(せいしん)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、歓天喜地(よろこびて)釘鈀(ていは=熊手)を挙(あ)げ、歩(あゆみ)を曳(ひ)き開(ひら)き、径直(ただち)に跑(はし)りて那(か)の処(ところ)に到(いた)る。忽(ふと)と門(もん)を推(お)し開(ひら)きて看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る、那(か)の七箇(ななたり)の女子(じょし)の、水(みず)の裡(うち)に蹲(うずくま)りて、口(くち)のの中(なか)に乱(みだ)りに那(か)の鷹(たか)を罵(ののし)る哩(なり)、道(い)う、「此(こ)の箇(ひとつ)の匾毛畜生(へんもうちくしょう=扁たき毛の畜生)! 猫嚼頭(びょうしゃくとう=猫にかじられた頭)の亡人(もうじん=死に損ない)! 我等(われら)が衣服(いふく)を把(と)って都(みな)彫(くわ)え去(さ)り、我等(われら)をして怎(どう)して手(て)を動(うご)かさんと教(おし)うる」と。八戒(はっかい)忍(しの)びずして笑(わら)って道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)、此(ここ)に在(あ)りて澡(み)を洗(あら)う哩(なり)、也(また)我(われ)が和尚(おしょう)を携帯(ともな)いて洗洗(あらわせ)しむるは何如(いかん)」と。那(か)の怪(かい)見(み)るや怒(いかり)を作(な)して道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の和尚(おしょう)、十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり! 我等(われら)は是(こ)れ在家(ざいけ)の女流(にょりゅう)、汝(なんじ)は是(こ)れ一箇(ひとり)の出家(しゅっけ)の男子(だんし)なり。古書(こしょ)に云(いわ)く、七年(しちねん)にして男女(だんじょ)席(せき)を同(おなじ)うせずと。汝(なんじ)好(よ)く我等(われら)と同(おな)じ塘(いけ)に澡(み)を洗(あら)わんとす」と。八戒(はっかい)道(い)う、「天気(てんき)炎熱(えんねつ=暑い)にして、奈何(いかん)とも無(な)し、将就(おゆるし)て我(われ)を容(い)れて洗洗(あらわせ)しめよ。那裡(いずこ)にか甚(なん)の書担児(しょたんじ=書物の文句)を調(とな)えん、同席(どうせき)の同席(どうせき)ならざるの!」と。 呆子(あほう)說(いう)を容(い)れず、釘鈀(ていは)を投(な)げ打(う)ち、皂錦直裰(そうきんじきとく=黒の錦の法衣)を脱(ぬ)ぎ、撲(ざん)と跳(と)びて水(みず)の下(した)に来(きた)る。那(か)の怪(かい)心(こころ)の中(なか)に煩悩(はんのう=いらだち)、一斉(いっせい)に上前(すす)みて打(う)たんと要(よう)す。知(し)らず、八戒(はっかい)は水勢(すいせい=泳ぎ)の極(きわ)めて熟(な)れたるを。水(みず)の裡(うち)に到(いた)りて身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、一箇(ひとつ)の鮎魚精(ねんぎょせい=なまずの精)に変(へん)じ做(な)る。那(か)の怪(かい)就(すなわ)ち都(みな)魚(うお)を摸(さぐ)り、赶(お)い上(のぼ)るも彼(かれ)を拿(と)らえ住(とど)めず。東辺(ひがし)を摸(さぐ)れば、忽(たちま)ち又(また)西(にし)へ漬(つ)けて去(ゆ)き、西辺(にし)を摸(さぐ)れば、忽(たちま)ち又(また)東(ひがし)へ漬(つ)けて去(ゆ)く。滑扢虀(かつこつさい=つるつる)として、只(た)だ那(か)の腿襠(たいとう=股の間)の裡(うち)に在(あ)りて乱(みだ)りに鑽(もぐ)る。原来(もと)、那(か)の水(みず)に攙胸(さんきょう=胸までの深さ)の深(ふか)さ有(あ)り、水(みず)の上(うえ)に一(ひと)たび盤(まと)いしが、又(また)水(みず)の底(そこ)に在(あ)りて盤(まと)い、都(みな)盤(まと)い倒(たお)れて、喘嘘嘘(ぜいぜい)として、精神(せいしん)倦怠(けんたい=疲れ)たり。 八戒(はっかい)却(かえ)って才(はじ)めて跳(と)び将(も)ちて上(うえ)に来(きた)り、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、直裰(じきとく=法衣)を穿(き)て、釘鈀(ていは)を執(と)りて喝(かつ)して道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ那(いず)れの者(もの)ぞ。汝(なんじ)我(われ)を把(と)って鮎魚精(なまず)に当(あ)てたる哩(ぞ)!」と。那(か)の怪(かい)見(み)るや、心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)きて八戒(はっかい)に対(むか)いて道(い)う、「汝(なんじ)先(さき)に来(きた)れるは是(こ)れ一箇(ひとり)の和尚(おしょう)なるに、水(みず)の裡(うち)に到(いた)りて鮎魚(なまず)に変(へん)じ作(な)り、汝(なんじ)を拿(と)らえ住(とど)むるに及(およ)ばざるに、却(かえ)って又(また)此(か)くの般(ごとき)打扮(いでたち)をす。汝(なんじ)端(たし)かに是(こ)れ何(いずこ)自(よ)り此(ここ)に到(いた)れる。是(こ)れ必(かなら)ず名(な)を留(とど)めよ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「此(こ)の伙(くみ)の潑怪(はつかい)め、当真(ほんとう)に我(われ)を認(みと)め得(え)ざる! 我(われ)は是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)の経(きょう)を取(と)る唐長老(とうちょうろう)の徒弟(とてい)、乃(すなわ)ち天蓬元帥(てんぽうげんすい)悟能八戒(ごのうはっかい)是(こ)れなり。汝(なんじ)我(わ)が師父(しふ)を把(と)って洞(ほら)の裡(うち)に吊(つる)し、算計(たくら)みて彼(かれ)を蒸(ふか)して受用(じゅよう=味わう)せんとす! 我(わ)が師父(しふ)の又(また)好(よ)く蒸(ふか)して喫(くら)わるるか。快(すみや)かに早(はや)く頭(こうべ)を伸(の)べ出(いだ)し来(きた)れ、各(おのおの)一(ひと)たび鈀(ていは)を打(う)ち込(こ)まん、汝(なんじ)をして根(ね)を断(た)たしめん!」と。 那(か)の些(これらの)妖(よう)此(こ)の言(げん)を聞(き)くや、魂(たましい)飛(と)び魄(たま)散(ち)り、就(すなわ)ち水(みず)の中(なか)に在(あ)りて跪(ひざまず)き拝(おが)んで道(い)う、「望(ねがわ)くは老爺(ろうや=旦那)方便方便(おはからい)を! 我等(われら)眼(め)有(あ)りて珠(たま)無(な)く、誤(あやま)りて汝(なんじ)が師父(しふ)を捉(とら)えしも、彼(かれ)を那(か)の処(ところ)に吊(つる)せりと雖(いえど)も、曾(かつ)て敢(あえ)て刑(けい)を加(くわ)えて苦(くるしみ)を受(う)けしめず。望(ねがわ)くは慈悲(じひ)もて我(わ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)されよ、情願(ねがわ)くは些(いささ)かの盤費(ぱんひ=路銀)を貼(つ)け、汝(なんじ)が師父(しふ)を送(おく)りて西天(さいてん)に去(ゆ)かしめん也(よ)」と。八戒(はっかい)頭(こうべ)を揺(ゆ)って道(い)う、「此(こ)の話(はなし)を說(い)うこと莫(なか)れ! 俗語(ぞくご)に說(い)い得(え)て好(よ)し、曾(かつ)て糖(あめ)を売(う)る君子(くんし)に哄(たぶら)かされしに、今(いま)に到(いた)るまで口(くち)の甜(あま)き人(ひと)を信(しん)ぜずと。是(こ)れ便(すなわ)ち一(ひと)たび鈀(ていは)を打(う)ち込(こ)み、各人(めいめい)路(みち)を走(ゆ)かん!」と。呆子(あほう)一(ひと)えに粗夯(そこう=粗野)にして、手段(てだて)を顕(あらわ)し、那(いず)くんぞ香(かおり)を怜(あわ)れみ玉(たま)を惜(おし)むの心(こころ)有(あ)らん。鈀(ていは)を挙(あ)げ、好歹(よしあし)を分(わか)たず、赶(お)いて前(まえ)に上(のぼ)り乱(みだ)りに打(う)ち込(こ)む。那(か)の怪(かい)手(て)と足(あし)を慌(あわ)て、那裡(いずく)にか甚(なん)の羞恥(しゅうち)を顧(かえり)みん、只(た)だ是(こ)れ性命(せいめい)の要緊(だいじ)なるのみ。随(したが)いて手(て)を用(もち)いて羞(はじ)の処(ところ)を捂(おお)い、跳(と)びて水(みず)を出(い)で来(きた)り、都(みな)跑(はし)りて亭子(ていし)の裡(うち)に在(あ)りて站(た)ち立(た)ち、法(ほう)を作(な)し出(いだ)す。臍孔(さいこう=臍の穴)の中(なか)より骨都都(こつとつ=わらわら)と糸縄(しじょう)を冒(ほとばし)らしめ、天(てん)を瞞(おお)いて一箇(ひとつ)の大(おお)いなる糸篷(しほう=糸の覆い)を搭(か)け、八戒(はっかい)を把(と)って中(なか)に罩(おお)う。 那(か)の呆子(あほう)忽(たちま)ち頭(こうべ)を抬(あ)げるに、天(てん)と日(ひ)を見(み)ず、即(すなわ)ち身(み)を抽(ひ)きて外(そと)へ向(むか)いて便(すなわ)ち走(に)げんとするも、那裡(いずく)でか脚(あし)の歩(あゆみ)を挙(あ)げ得(え)ん! 原来(もと)、絆脚索(はんきゃくさく=足払いの綱)を放(はな)ち、地(ち)に満(み)つるは都(みな)是(こ)れ糸縄(しじょう)にして、脚(あし)を動(うご)かし脚(あし)を動(うご)かせば、一箇(ひとつ)の躘踵(りゅうしょう=つまずき)を跌(つまず)く。左辺(ひだり)へ去(ゆ)けば、一箇(ひとつ)の面(おもて)を地(ち)に磕(ぶ)つけ、右辺(みぎ)へ去(ゆ)けば、一箇(ひとつ)の倒栽葱(とうさいそう=逆さま)し、急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)ずれば、又(また)一箇(ひとつ)の嘴(くち)を地(ち)に搵(つ)け、忙(いそ)ぎ爬(は)い起(お)きれば、又(また)一箇(ひとつ)の竪蜻蜓(たてとんぼ=逆立ち)を跌(つまず)く。也(また)多少(いくつ)の跟頭(ころび)を跌(つまず)きしを知(し)らず、一箇(ひとり)の呆子(あほう)を把(と)って跌(つまず)かしめ得(え)て身(み)麻(しび)れ脚(あし)軟(よわ)く、頭(あたま)暈(くら)み眼(め)花(かすみ)、爬(は)うにも也(また)爬(は)い動(うご)かず、只(た)だ地(ち)の下(した)に睡(ふ)して呻吟(うめ)く。那(か)の怪物(かいぶつ)却(かえ)って彼(かれ)を将(もっ)て困(くるし)め住(とど)め、也(また)彼(かれ)を打(う)たず、也(また)彼(かれ)を傷(そこな)わず、一箇箇(めいめい)跳(と)びて門(もん)を出(い)で来(きた)り、糸篷(しほう)を将(もっ)て天光(てんこう=日の光)を遮(おお)い、各(おのおの)本洞(ほんどう=元の洞)に回(かえ)る。石橋(せっきょう)の上(うえ)に到(いた)りて站(た)ち下(お)り、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、霎時間(またたくま)に糸篷(しほう)を把(と)って収(おさ)め了(おわ)り、赤条条(まるはだか)として、洞(ほら)の裡(うち)に跑(はし)り入(い)り、那(か)の話(もの=局部)を捂(おお)いて、唐僧(とうそう)の面前(めんぜん)自(よ)り笑嘻嘻(にこにこ)として跑(はし)り過(よ)ぎ去(ゆ)く。 石房(せきぼう=石の部屋)に走(あゆ)み入(い)り、幾件(いくつ)かの旧衣(きゅうい=古着)を取(と)りて穿(き)て了(おわ)り、径(ただ)ちに後門口(こうもんこう=裏口)に至(いた)りて立(た)ち定(さだ)まり叫(よ)ぶ、「孩児(こども)たち何(いずこ)にか在(あ)る」と。原来(もと)、那(か)の妖精(ようせい)一箇(ひとり)に一箇(ひとり)の児子(こども)有(あ)るも、却(かえ)って是(こ)れ彼(かれ)が養(やしな)えるに非(あら)ず、都(みな)是(こ)れ彼(かれ)が結拝(けっぱい=義兄弟の契り)の乾児子(かんじし=義理の子)なり。名(な)有(あ)りて蜜(みつ)、螞(ま)、蜍(じょ)、班(はん)、蜢(もう)、蜡(ろう)、蜻(せい)と喚(よ)び做(な)す。蜜(みつ)は是(こ)れ蜜蜂(みつばち)、螞(ま)は是(こ)れ螞蜂(まほう=雀蜂)、蜍(じょ)は是(こ)れ蜍蜂(じょほう=蜂の一種)、班(はん)は是(こ)れ班毛(はんもう=斑蝥)、蜢(もう)は是(こ)れ牛蜢(ぎゅうもう=牛虻)、蜡(ろう)は是(こ)れ抹蜡(まつろう=虻の一種)、蜻(せい)は是(こ)れ蜻蜓(とんぼ)なり。原来(もと)、那(か)の妖精(ようせい)天(てん)に幔(とばり)を張(は)り網(あみ)を結(むす)び、此(こ)の七般(ななとおり)の虫蛭(ちゅうしつ=虫けら)を擄(から)め住(とど)め、却(かえ)って彼(かれ)を喫(くら)わんと要(よう)せしに、古(いにしえ)に云(いわ)く、禽(とり)に禽言(きんげん=鳥の言葉)有(あ)り、獣(けもの)に獣語(じゅうご=獣の言葉)有(あ)りと。当時(とうじ)此(こ)の些(これらの)虫(むし)哀(あわれ)み告(つ)げて命(いのち)を饒(ゆる)さんことを請(こ)い、願(ねが)わくは拝(おが)みて母(はは)と為(な)さんとす。遂(つい)に此(ここ)に春(はる)は百花(ひゃっか)を采(つ)みて怪物(かいぶつ)に供(そな)え、夏(なつ)は諸卉(しょき=諸々の草花)を尋(たず)ねて妖精(ようせい)に孝(こう)す。忽(たちま)ち一声(ひとこえ)の呼喚(よばわり)を聞(き)くや、都(みな)面前(めんぜん)に到(いた)りて問(と)う、「母親(ははおや)に何(なん)の使令(しれい=おおせ)有(あ)る」と。衆怪(しゅうかい)道(い)う、「児(こ)よ、早間(けさ)我等(われら)誤(あやま)りて唐朝(とうちょう)自(よ)り来(きた)れる和尚(おしょう)を惹(ひ)きしに、才然(ついさっき)彼(かれ)が徒弟(とてい)に被(あ)いて池(いけ)の裡(うち)に攔(さえぎ)り住(とど)められ、多少(いかほど)の醜(はじ)を出(いだ)し、幾(あわや)か性命(せいめい)を喪(うしな)わんとせし! 汝等(なんじら)努力(つとめ)よ、快(すみや)かに門前(もんぜん)に出(い)で去(ゆ)きて彼(かれ)を一(ひと)たび退(しりぞ)けよ。如(も)し勝(か)ち得(う)るの後(のち)は、汝(なんじ)が舅舅(おじ)の家(いえ)に到(いた)りて来(きた)り我(われ)に会(あ)うべし」と。那(か)の些(これらの)怪(かい)既(すで)に生(いき)を逃(のが)るるを得(え)て、彼(かれ)が師兄(しけい)の処(ところ)に往(ゆ)きて、孽嘴(げっし=災いの口)を生(しょう)じて災(わざわい)を為(な)すは不題(さておき)。汝(なんじ)看(み)よ、此(こ)の些(これらの)虫蛭(ちゅうしつ)、一箇箇(めいめい)拳(こぶし)を摩(す)り掌(てのひら)を擦(こす)り、出(い)で来(きた)りて敵(てき)を迎(むか)う。 却説(さて)、八戒(はっかい)跌(つまず)き得(え)て頭(あたま)昏(くら)く脳(のう)昏(くら)く、猛(ふと)と頭(こうべ)を抬(あ)げて糸篷(しほう)と糸索(しさく)の俱(とも)に無(な)きを見(み)るや、彼(かれ)才(はじ)めて一步(ひとあし)一探(ひとさぐ)りに爬(は)い将(も)ちて起(た)ち上(あ)がり、疼(いたみ)を忍(しの)んで原路(もとのみち)を找(たず)ね回(かえ)り、行者(ぎょうじゃ)に見(まみ)え、手(て)を用(もち)いて扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「哥哥(あにき)、我(わ)が頭(あたま)は腫(は)れ、顔(かお)は青(あお)めるや否(いな)や」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)怎(どう)して来(きた)れる」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)那(か)の厮(やつ)に被(あ)いて糸縄(しじょう)を将(もっ)て罩(おお)われ住(とど)められ、絆脚索(はんきゃくさく)を放(はな)たれ、多少(いくつ)の跟頭(ころび)を跌(つまず)きしを知(し)らず、跌(つまず)かれて我(わ)が腰(こし)拖(ひ)かれ背(せ)折(お)れ、寸歩(すんほ)も移(うつ)り難(がた)し。却(かえ)って才(いま)しがた糸篷(しほう)と索子(さくし=綱)の俱(とも)に空(むな)しく、方(はじ)めて性命(せいめい)を得(え)て回(かえ)り来(きた)れる也(なり)」と。沙僧(しゃそう)見(み)るや道(い)う、「罷(しまっ)た、罷(しまっ)た! 汝(なんじ)禍(わざわい)を闖(おこ)し下(くだ)したる也(なり)! 那(か)の怪(かい)一定(かなら)ず洞(ほら)の裡(うち)に往(ゆ)きて師父(しふ)を傷(そこな)い害(そこな)わん。我等(われら)快(すみや)かに去(ゆ)きて彼(かれ)を救(すく)わん!」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)くや急(いそ)ぎ歩(あゆみ)を曳(ひ)きて便(すなわ)ち走(ゆ)く。八戒(はっかい)馬(うま)を牽(ひ)き着(つ)きて急急(いそい)で来(きた)りて荘前(しょうぜん)に到(いた)るに、但(た)だ見(み)る、那(か)の石橋(せっきょう)の上(うえ)に七箇(ななたり)の小妖児(しょうようじ)有(あ)りて擋(さえぎ)り住(とど)めて道(い)う、「慢(ゆる)く来(きた)れ、慢(ゆる)く来(きた)れ! 吾等(われら)此(ここ)に在(あ)り!」と。行者(ぎょうじゃ)看(み)了(おわ)って道(い)う、「好(おか)しや! 干浄(まったく)都(みな)是(こ)れ些(これら)の小人児(こびと)なる! 長(たけ)の也(また)只(た)だ二尺五六寸(にしゃくごろくすん)有(あ)るのみ、三尺(さんしゃく)に満(み)たず。重(おも)さの也(また)只(た)だ八九斤(はちきゅうきん)有(あ)るのみ、十斤(じっきん)に満(み)たず」と。喝(かつ)して道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。那(か)の怪(かい)道(い)う、「我(われ)は乃(すなわ)ち七仙姑(しちせんこ)の児子(こ)なり。汝(なんじ)我(わ)が母親(ははおや)を欺辱(ぎじょく=辱しめ)ながら、還(ま)た敢(あえ)て無知(むち)にして、我(わ)が門(もん)に打(う)ち上(のぼ)る! 走(に)ぐること要(い)らず! 仔細(つつしめ)!」と。好(よ)き怪物(かいぶつ)! 一箇箇(めいめい)手(て)の之(これ)を舞(ま)い、足(あし)の之(これ)を蹈(ふ)み、乱(みだ)りに打(う)ち将(も)ちて来(きた)る。八戒(はっかい)見(み)るや嗔(いかり)を生(しょう)じ、本(もと)跌(つまず)きて悩(なや)み了(おわ)りし性子(せいし=気性)なるに、又(また)那(か)の伙(くみ)の虫蛭(ちゅうしつ)の小巧(こぢんまり)せるを見(み)て、就(すなわ)ち狠(こわ)みを発(はっ)して鈀(ていは)を挙(あ)げて来(きた)りて打(う)ち込(こ)まんとす。 那(か)の些(これらの)怪(かい)呆子(あほう)の凶猛(きょうもう)なるを見(み)るや、一箇箇(めいめい)本象(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、飛(と)び将(も)ちて起(た)ち去(ゆ)き、声(こえ)を叫(よ)んで「変(へん)ぜよ!」と。須臾(またたく)の間(あいだ)に、一箇(ひとつ)は十箇(とお)に変(へん)じ、十箇(とお)は百箇(もも)に変(へん)じ、百箇(もも)は千箇(ち)に変(へん)じ、千箇(ち)は万箇(よろず)に変(へん)じ、箇箇(おのおの)都(みな)変じて無窮(むきゅう)の数(かず)と成(な)る。只(た)だ見(み)る── 天(てん)に満(み)ちて飛(と)ぶ抹蜡(まつろう)、 地(ち)に遍(あまね)く舞(ま)う蜻蜓(とんぼ)。 蜜螞(みつま)は頭額(とうがく=額)を追(お)い、 蜍蜂(じょほう)は眼睛(まなこ)を扎(さ)す。 班毛(はんもう)は前後(ぜんご)に咬(か)み、 牛蜢(ぎゅうもう)は上下(じょうげ)に叮(さ)す。 面(おもて)を撲(う)つこと漫漫(まんまん=一面)として黒(くろ)く、 翛翛(しゅくしゅく=ひらひら)として神鬼(しんき)驚(おどろ)く。 八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(い)う、「哥(あにき)よ、只(た)だ経(きょう)の取(と)り好(やす)しと說(い)うに、西方(さいほう)の路(みち)の上(うえ)にて、虫児(むし)までも人(ひと)を欺負(あなど)る哩(ぞ)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)、怕(おそ)るること要(い)らず、快(すみや)かに上前(すす)みて打(う)て!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「頭(あたま)を撲(う)たれ顔(かお)を撲(う)たれ、渾身(こんしん)上下(じょうげ)、都(みな)叮(さ)さるること十数層(じゅうすうそう)の厚(あつ)さ有(あ)り、却(かえ)って怎(どう)して打(う)たん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「事(こと)無(な)し! 事(こと)無(な)し! 我(われ)自(おの)ずから手段(てだて)有(あ)り!」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「哥(あにき)よ、甚(なん)の手段(てだて)有(あ)るならば、快(すみや)かに使(つか)い出(いだ)して罷(や)めよ! 一会子(ひととき)にして光頭(あたま)の上(うえ)にも都(みな)叮(さ)されて腫(は)れなん!」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、一把(ひとつかみ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、嚼(か)みて粉砕(ふんさい)に得(し)、噴(ふ)き将(も)ちて出(い)だし去(ゆ)けば、即(すなわ)ち些(これら)の黄(こう)、麻(ま)、鴏(てき)、白(はく)、雕(ちょう)、魚(ぎょ)、鷂(よう)に変(へん)じ做(な)る。八戒(はっかい)道(い)う、「師兄(しけい)、又(また)甚(なん)の市語(しご=符丁)を打(う)つ、黄(き)啊(だの)、麻(ま)啊(だの)哩(よ)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず、黄(こう)は是(こ)れ黄鷹(こうよう)、麻(ま)は是(こ)れ麻鷹(まよう)、鴏(てき)は是(こ)れ鴏鷹(てきよう)、白(はく)は是(こ)れ白鷹(はくよう)、雕(ちょう)は是(こ)れ雕鷹(ちょうよう)、魚(ぎょ)は是(こ)れ魚鷹(ぎょよう=鵜)、鷂(よう)は是(こ)れ鷂鷹(ようよう=はいたか)なり。那(か)の妖精(ようせい)の児子(こども)は是(こ)れ七様(ななとおり)の虫(むし)、我(わ)が毫毛(ごうもう)は是(こ)れ七様(ななとおり)の鷹(たか)」と。鷹(たか)は最(もっと)も能(よ)く虫(むし)を啄(ついば)み、一嘴(ひとくち)に一箇(ひとつ)、爪(つめ)もて打(う)ち翅(つばさ)もて敲(たた)き、須臾(またたく)の間(あいだ)に、打(う)ち得(え)て罄尽(けいじん=残らず)し、空(そら)に満(み)つるも跡(あと)無(な)く、地(ち)に積(つ)むこと尺余(しゃくよ=一尺余り)。 三兄弟(さんきょうだい)方(はじ)めて橋(はし)を闖(とお)り過(す)ぎ去(ゆ)き、径(ただ)ちに洞(ほら)の裡(うち)に入(い)るに、只(た)だ見(み)る、老師父(ろうしふ)の那(か)の処(ところ)に吊(つる)されて哼哼(うう)と哭(な)く哩(なり)。八戒(はっかい)近(ちか)づき前(すす)みて道(い)う、「師父(しふ)、汝(なんじ)は是(こ)れ此(ここ)に来(きた)りて吊(つる)されて耍子(あそ)ばんと要(よう)せるに、我(われ)をして多少(いくつ)の跟頭(ころび)を跌(つまず)かしめたるを知(し)らざる哩(ぞ)!」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「且(しばら)く師父(しふ)を解(と)き下(おろ)して再(また)說(い)わん」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち縄索(じょうさく=縄)を将(もっ)て挑(ほじく)り断(た)ち、唐僧(とうそう)を放(おろ)し下(おろ)す。都(みな)問(と)うて道(い)う、「妖精(ようせい)は那裡(いずこ)へか去(さ)れる」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「那(か)の七箇(ななつ)の怪(かい)都(みな)赤条条(まるはだか)として後辺(うしろ)へ向(むか)い児子(こども)を叫(よ)びに去(ゆ)けり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(けいてい)たち、我(われ)に跟(したが)い来(きた)りて尋(たず)ね去(ゆ)かん」と。三人(さんにん)各(おのおの)兵器(へいき)を持(じ)し、後園(こうえん=裏庭)の裡(うち)に往(ゆ)きて尋(たず)ぬる処(ところ)、踪跡(しょうせき)を見(み)ず。都(みな)那(か)の桃李(とうり)の樹(き)の上(うえ)に到(いた)りて尋(たず)ね遍(あまね)くするも見(み)えず。八戒(はっかい)道(い)う、「去(い)った! 去(い)った!」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「必(かなら)ずしも彼(かれ)を尋(たず)ぬるに及(およ)ばず、我(われ)が師父(しふ)を扶(たす)けて去(ゆ)かんを等(ま)て」と。 弟兄(きょうだい)たち復(ま)た前面(まえ)に来(きた)りて唐僧(とうそう)を請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしめて道(い)う、「師父(しふ)、下次(このつぎ)斎(とき)を化(こ)すには、還(ま)た我等(われら)をして去(ゆ)かしめよ」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「徒弟(とてい)よ、以後(いご)は就(すなわ)ち是(こ)れ餓(うえ)え死(し)するも、也(また)再(ふたた)び自(みずか)ら専(ほしいまま)にせず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝等(なんじら)師父(しふ)を扶(たす)けて走(ある)かしめよ。老猪(ろうちょ=この豚)が一頓(ひとおもい)に鈀(ていは)もて彼(かれ)が此(こ)の房子(いえ)を打(う)ち倒(たお)し、彼(かれ)の来(きた)る時(とき)に安身(やすら)ぐ処(ところ)無(な)からしめんを等(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「打(う)ち倒(たお)すは還(ま)た力(ちから)を費(つい)やす、些(いささ)かの柴(たきぎ)を尋(たず)ね来(きた)りて、彼(かれ)に一箇(ひとつ)の断根(だんこん=根絶やし)を与(あた)うるに若(し)かず」と。好(よ)き呆子(あほう)、些(いささ)かの朽(く)ちたる松(まつ)、破(やぶ)れたる竹(たけ)、乾(かわ)ける柳(やなぎ)、枯(か)れたる藤(ふじ)を尋(たず)ね、一把(ひとつかみ)の火(ひ)を点(つ)け上(あ)げ、烘烘(こうこう=めらめら)として都(みな)焼(や)き得(え)て干浄(きれい)なり。師徒(してい)却(かえ)って才(はじ)めて心(こころ)を放(はな)ちて前(まえ)に来(きた)る。 咦(ああ)! 畢竟(つまるところ)、此(こ)の去(ゆ)くに、那(か)の怪(かい)の吉凶(きっきょう)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説き明かし)を聴(き)け。 第七十三回 情(じょう)は旧恨(きゅうこん)に因(よ)りて災毒(さいどく)を生(しょう)じ 心主(しんしゅ)魔(ま)に遭(あ)いて幸(さいわい)に光(ひかり)を破(やぶ)る 話説(さて)、孫大聖(そんたいせい)唐僧(とうそう)を扶持(たす)け著(つ)き、八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)と大路(だいろ)に奔(はし)り上(のぼ)り、一直(ひたすら)に西(にし)へ来(きた)る。半晌(はんとき)ならずして、忽(たちまち)一処(ひとところ)の楼閣(ろうかく)重重(かさなり)、宮殿(きゅうでん)巍巍(そびえたつ)を見(み)る。唐僧(とうそう)馬(うま)を勒(ひか)えて道(い)う、「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)看(み)よ、那(か)れは是(こ)れ一箇(ひとつ)の甚(なん)の去処(ところ)ぞ」と。行者(ぎょうじゃ)頭(こうべ)を挙(あ)げて観看(みわた)すに、忽然(たちまち)見(み)る── 山(やま)は楼閣(ろうかく)を環(めぐ)り、 溪(たに)は亭台(ていだい)を繞(めぐ)る。 門前(もんぜん)の雑樹(ざつじゅ)は密(みっ)として森森(しんしん)、 宅外(たくがい)の野花(やか)は香(かおり)艶艶(えんえん)。 柳間(りゅうかん)に栖(す)む白鷺(しろさぎ)は、渾(まる)で煙(けむり)の裡(うち)の玉(ぎょく)の瑕(きず)無(な)きが如(ごと)く、 桃内(とうない)に囀(さえず)る黄鶯(うぐいす)は、却(かえ)って火(ひ)の中(なか)の金(こがね)の色(いろ)有(あ)るに似(に)たり。 双双(つがいつがい)の野鹿(やしか)は、情(じょう)を忘(わす)れて閑(しず)かに緑莎茵(りょくさしとね=緑の芝の褥)を踏(ふ)み、 対対(つれつれ)の山禽(さんきん)は、語(ことば)を飛(と)ばして高(たか)く紅樹(こうじゅ)の杪(こずえ)に鳴(な)く。 真(まこと)に劉阮(りゅうげん)の天台洞(てんだいどう)の如(ごと)く、 神仙(しんせん)の閬苑家(ろうえんか=仙人の園)に亜(つ)がざるなり。 行者(ぎょうじゃ)報(ほう)じて道(い)う、「師父(しふ)、那(か)の所(ところ)は也(また)是(こ)れ王侯(おうこう)の第宅(ていたく=邸宅)にも非(あら)ず、也(また)是(こ)れ豪富(ごうふ)の人家(じんか)にも非(あら)ず、却(かえ)って一箇(ひとつ)の庵観寺院(あんかんじいん=庵・道観・寺)に象(に)たり。那(か)の処(ところ)に到(いた)りて方(はじ)めて端(たん)的(てき=真相)を知(し)らん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)くや、鞭(むち)を加(くわ)え馬(うま)を促(うなが)す。師徒(してい)たち来(きた)りて門前(もんぜん)に至(いた)りて観看(みる)に、門(もん)の上(うえ)に一塊(ひとつ)の石板(せきばん)を嵌(は)め著(つ)けて在(あ)り、上(うえ)に「黄花観(こうかかん)」の三字(さんじ)有(あ)り。三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)る。八戒(はっかい)道(い)う、「黄花観(こうかかん)は乃(すなわ)ち道士(どうし)の家(いえ)なり。我等(われら)進(すす)み入(い)りて彼(かれ)と一(ひと)たび会(あ)うるも也(また)好(よ)し。彼(かれ)は我等(われら)と衣冠(いかん=衣裳と冠)は別(こと)なれど、修行(しゅぎょう)は一般(おなじ)なり」と。沙僧(しゃそう)道(い)う、「說(い)えるは是(せい)なり。一(ひとつ)には則(すなわ)ち進(すす)み入(い)りて景致(けいち=景色)を看看(み)んとし、二(ふたつ)には来(きた)れるは也(また)当(まさ)に頭口(とうこう=馬)を撒貨(さっか=放ち飼い)すべし。方便(ほうべん=都合)の処(ところ)を看(み)て、些(いささ)かの斎飯(さいはん)を安排(ととの)えて師父(しふ)に与(あた)えて喫(くら)わしめよ」と。 長老(ちょうろう)言(げん)に依(よ)り、四衆(ししゅう)共(とも)に入(い)る。但(た)だ見(み)る、二門(にもん)の上(うえ)に一対(ひとつがい)の春聯(しゅんれん)有(あ)り── 「黄芽白雪(こうがはくせつ)神仙(しんせん)の府(ふ)、 瑤草琪花(ようそうきか)羽士(うし=道士)の家(いえ)」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)れは是(こ)れ茅(ぼう=仙薬)を焼(や)き薬(くすり)を煉(ね)り、炉火(ろか=炉の火)を弄(ろう)し、罐子(かんす=壷)を提(さ)ぐるの道士(どうし)」と。三蔵(さんぞう)彼(かれ)を一(ひと)たび捻(つね)って道(い)う、「謹言(きんげん=慎め)! 謹言(きんげん)! 我等(われら)彼(かれ)と相(あい)識(し)らず、又(また)親(みより)を認(みと)めず、左右(とにかく)暫時(しばらく)の一会(ひとたびの会)なれば、彼(かれ)を管(かま)うは怎(どう)したる」と。說(い)い了(おわ)らざるに、二門(にもん)を進(すす)み入(い)るに、只(た)だ見(み)る、那(か)の正殿(せいでん)は謹(かた)く閉(とざ)され、東廊(とうろう)の下(した)に一箇(ひとり)の道士(どうし)坐(ざ)して那(か)の処(ところ)に在(あ)りて薬(くすり)を丸(まる)むる。汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)の怎(いか)に生(どう)か打扮(いでたち)せるを── 戴(いただ)くは一頂(ひとつ)の紅艶艶(こうえんえん=真っ赤)たる戧金冠(そうきんかん=金象眼の冠)、 穿(き)るは一領(ひとえ)の黒淄淄(こくしし=真っ黒)たる烏皁服(うそうふく=黒の袍)、 踏(ふ)むは一双(ひとそろい)の緑陣陣(りょくじんじん=深緑)たる雲頭履(うんとうり=雲形の靴)、 系(むす)ぶは一条(ひとすじ)の黄払払(こうふつふつ=黄色に靡く)たる呂公縧(りょこうとう=呂公の帯)。 面(おもて)は瓜鉄(かてつ=瓜と鉄)の如(ごと)く、 目(め)は朗星(ろうせい=明るき星)の若(ごと)し。 準頭(じゅんとう=鼻先)高大(こうだい)にして回回(ホイホイ=回族の人)の類(たぐい)、 唇口(しんこう=唇)翻張(ほんちょう=めくれ)て達達(タタタタ=韃靼の人)の如(ごと)し。 道心(どうしん)一片(いっぺん)轟雷(ごうらい)を隠(かく)し、 虎(とら)を伏(ふく)し龍(りゅう)を降(くだ)す真(しん)の羽士(うし)なり。 三蔵(さんぞう)見(み)るや、厲声(れいせい)に高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「老神仙(ろうしんせん)、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん=挨拶)し了(おわ)る」と。那(か)の道士(どうし)猛(ふと)と頭(こうべ)を抬(あ)げ、一(ひと)たび見(み)るや心(こころ)に驚(おどろ)き、手(て)の中(なか)の薬(くすり)を投(な)げ捨(す)て、簪児(かんざし)を按(おさ)え、衣服(いふく)を整(ととの)え、階(きざはし)を降(お)りて迎(むか)え接(むか)えて道(い)う、「老師父(ろうしふ)、迎(むか)うるを失(うしな)えり。請(こ)う裡(うち)に坐(ざ)せ」と。 長老(ちょうろう)歓(よろこ)んで殿(でん)に上(のぼ)り、門(もん)を推(お)し開(ひら)き、三清(さんせい)の聖象(せいぞう=御像)の有(あ)るを見(み)る。供卓(くたく=供物の卓)に炉(ろ)有(あ)り香(こう)有(あ)り。即(すなわ)ち香(こう)を拈(つま)みて炉(ろ)に注(そそ)ぎ、礼拜(らいはい)すること三匝(さんそう=三巡)し、方(はじ)めて道士(どうし)と礼(れい)を行う。遂(つい)に客位(きゃくい=客席)の中(なか)に至(いた)り、徒弟(とてい)たちと同(とも)に坐(ざ)し下(おろ)す。急(いそ)ぎ仙童(せんどう)を喚(よ)びて茶(ちゃ)を看(もてな)さしむ。当(まさ)に二箇(ふたり)の小童(しょうどう)有(あ)り、即(すなわ)ち裡辺(うち)に入(い)り、茶盤(ちゃばん)を尋(たず)ね、茶盞(ちゃさん=茶碗)を洗(あら)い、茶匙(ちゃじ=茶さじ)を擦(みが)き、茶果(ちゃか=茶請け)を弁(ととの)う。忙忙(せわしげ)に乱(みだ)りに走(はし)るに、早(はや)くも那(か)の幾箇(いくたり)かの冤家(えんか=仇)を驚(おどろ)かし動(うご)かせり。 原来(もと)、那(か)の盤糸洞(ばんしどう)の七箇(ななつ)の女怪(じょかい)は此(こ)の道士(どうし)と同堂(どうどう=同じ道場)にして芸(げい)を学(まな)べり。旧衣(きゅうい)を穿(き)て、児子(こども)を喚(よ)び出(いだ)しし自(よ)り、径(ただ)ちに此(こ)の処(ところ)に来(きた)れり。正(まさ)に後面(うしろ)に在(あ)りて衣服(いふく)を裁(た)ち剪(き)るに、忽(たちま)ち那(か)の童子(どうじ)の茶(ちゃ)を看(もてな)すを見(み)るや、便(すなわ)ち問(と)うて道(い)う、「童児(こども)よ、甚(なん)の客(きゃく)の来(きた)れる有(あ)りて、此(か)くの般(ごと)く忙冗(ぼうじょう=忙しい)なる」と。仙童(せんどう)道(い)う、「適間(さっき)四箇(よたり)の和尚(おしょう)の進(はい)り来(きた)れる有(あ)り、師父(しふ)来(きた)りて茶(ちゃ)を看(もてな)せと教(おし)えられし」と。女怪(じょかい)道(い)う、「箇(ひとり)の白(しろ)く胖(ふと)りし和尚(おしょう)の有(あ)るや」と。道(い)う、「有(あ)り」と。又(また)問(と)う、「箇(ひとり)の長(なが)き嘴(くち)と大(おお)きなる耳朶(みみ)の有(あ)るや」と。道(い)う、「有(あ)り」と。女怪(じょかい)道(い)う、「汝(なんじ)快(すみや)かに去(ゆ)きて茶(ちゃ)を遞(わた)し了(おわ)り、汝(なんじ)が師父(しふ)に対(たい)して一箇(ひとつ)の眼色(がんしょく=目くばせ)を送(おく)り、彼(かれ)を入(はい)り来(きた)らしめよ。我(われ)に要緊(だいじ)の話(はなし)有(あ)りて說(い)わんとす」と。 果(はた)して那(か)の仙童(せんどう)五杯(いつはい)の茶(ちゃ)を将(もっ)て拿(と)りて出(い)で去(ゆ)く。道士(どうし)衣(ころも)を斂(おさ)め、双手(もろて)に一杯(いっぱい)を拿(と)りて三蔵(さんぞう)に遞(わた)し、然(しか)る後(のち)八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)、行者(ぎょうじゃ)に与(あた)う。茶(ちゃ)罷(おわ)りて鍾(しゅう=器)を収(おさ)むるに、小童(しょうどう)一箇(ひとつ)の眼色(がんしょく)を送(おく)れば、那(か)の道士(どうし)就(すなわ)ち身(み)を欠(かが)めて道(い)う、「列位(みなさま)請(こ)う坐(ざ)せ」と。教(おし)えて、「童児(こども)よ、茶盤(ちゃばん)を放(お)きて陪侍(ばいじ=付き添え)よ、我(われ)が去(ゆ)き去(ゆ)きて就(すなわ)ち来(きた)るを等(ま)て」と。此(こ)の時(とき)長老(ちょうろう)と徒弟(とてい)たち、并(ならび)に一箇(ひとり)の小童(しょうどう)は殿(でん)を出(い)でて上(あが)り観玩(みてあそ)ぶは不題(さておき)。 却説(さて)、道士(どうし)走(あゆ)みて方丈(ほうじょう=住職の間)の中(なか)に進(すす)み入(い)るに、只(た)だ見(み)る、七箇(ななたり)の女子(じょし)の斉斉(ひとしく)跪(ひざまず)き倒(たお)れ、叫(よ)んで「師兄(しけい)! 師兄(しけい)! 小妹子(いもうと)の一言(いちげん)を聴(き)け!」と。道士(どうし)手(て)を用(もち)いて攙(たす)け起(おこ)して道(い)う、「汝等(なんじら)早間(けさ)来(きた)りし時(とき)、我(われ)と甚(なん)の話(はなし)をか說(い)わんと要(よう)せしに、可可的(あいにく)今日(こんにち)薬(くすり)を丸(まる)め、此(こ)の枝(このくすり)は陰人(いんじん=女)の見(み)るを忌(い)む、所以(ゆえ)に曾(かつ)て汝(なんじ)に答(こた)えざりし。如今(いま)又(また)客(きゃく)の外面(そと)に在(あ)る有(あ)れば、話(はなし)有(あ)らば且(しばら)く慢慢(ゆっくり)說(い)え」と。 衆怪(しゅうかい)道(い)う、「告禀(もうしあ)ぐるは師兄(しけい)、此(こ)の樁(このこと)は、専(もっぱ)ら客(きゃく)の来(きた)れるが為(ため)に方(はじ)めて敢(あえ)て告(つ)げ訴(うった)う。若(も)し客(きゃく)去(さ)り了(おわ)らば、縦(たと)い說(い)うも也(また)用(やく)無(な)し」と。道士(どうし)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、賢妹(けんまい)の說話(せつわ)。怎(なん)ぞや専(もっぱ)ら客(きゃく)の来(きた)れるが為(ため)に才(はじ)めて說(い)うとは。却(かえ)って瘋(きちがい)ならずや。且(しばら)く我(われ)の是(こ)れ一箇(ひとり)の清静(せいじょう)にして仙(せん)を修(おさ)むるの輩(ともがら)なるを說(い)わず、就(すなわ)ち是(こ)れ一箇(ひとつ)の俗人家(ぞくにんけ)にして、妻子(さいし)老小(ろうしょう=家族)の家務事(かむじ=家の用事)有(あ)るも、也(また)客(きゃく)の去(さ)るを等(ま)ちて再(また)た処(しょ)すべし。怎(なん)ぞや此(か)くの等(ごと)く不賢(ふけん)にして、我(われ)に替(かわ)りて幌子(ほうし=見え)を装(よそお)う哩(ぞ)! 且(しばら)く我(われ)を出(い)で去(ゆ)かしめよ」と。 衆怪(しゅうかい)又(また)一斉(いっせい)に扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「師兄(しけい)怒(いかり)を息(いこ)え、我(われ)汝(なんじ)に問(と)う、前辺(まえ)の那(か)の客(きゃく)は、是(こ)れ那(いず)れの方(ほう)自(よ)り来(きた)れる」と。道士(どうし)は顔(かお)を膨(ふく)らせて唾(つばき)し、答(こた)えざりき。衆怪(しゅうかい)道(い)う、「方才(さっき)小童(しょうどう)進(はい)り来(きた)りて茶(ちゃ)を取(と)るに、我(われ)彼(かれ)が說(い)うを聞(き)き得(え)たり、是(こ)れ四箇(よたり)の和尚(おしょう)なりと」と。道士(どうし)怒(いかり)を作(な)して道(い)う、「和尚(おしょう)ならば便(すなわ)ち怎(どう)かしたる」と。衆怪(しゅうかい)道(い)う、「四箇(よたり)の和尚(おしょう)の内(うち)に一箇(ひとり)の白面(はくめん)の胖(ふと)れる有(あ)り、一箇(ひとり)の長(なが)き嘴(くち)と大(おお)きなる耳(みみ)の有(あ)り。師兄(しけい)曾(かつ)て彼(かれ)に是(こ)れ那裡(いずこ)より来(きた)れるかと問(と)えしか」と。道士(どうし)道(い)う、「内中(うち)に是(こ)れ此(こ)の二箇(ふたり)の有(あ)るは然(しか)り、汝(なんじ)怎(どう)して知(し)れる。想(おも)うに是(こ)れ那(いずこ)かに在(あ)りて彼(かれ)に見(まみ)えし来(きた)れるならん」と。 女子(じょし)道(い)う、「師兄(しけい)原(もと)此(こ)の箇(この)委曲(いきょく=事情)を知(し)らず。那(か)の和尚(おしょう)は乃(すなわ)ち唐朝(とうちょう)より差(つか)わされ西天(さいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんと去(ゆ)く者(もの)なり。今早(けさ)我(わ)が洞(ほら)の裡(うち)に到(いた)りて斎(とき)を化(こ)すや、委(たし)かに是(こ)れ妹子(いもうと)たち唐僧(とうそう)が名(な)を聞(き)き得(え)て、彼(かれ)を将(もっ)て拿(と)らえたるなり」と。道士(どうし)道(い)う、「汝(なんじ)彼(かれ)を拿(と)りて怎(どう)したる」と。女子(じょし)道(い)う、 「我等(われら)久(ひさ)しく人(ひと)の說(い)うを聞(き)く、唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち十世(じっせい)の修行(しゅぎょう)の真体(しんたい=真の体)にして、人(ひと)有(あ)りて彼(かれ)が一塊(ひとかけら)の肉(にく)を喫(くら)えば、寿(ことぶき)を延(の)べ長生(ちょうせい)すと。故此(このゆえ)に彼(かれ)を拿(と)らえたり。後(のち)那(か)の箇(ひとり)の長(なが)き嘴(くち)と大(おお)きなる耳朶(みみ)の和尚(おしょう)に被(あ)いて我等(われら)を濯垢泉(たくこうせん)の裡(うち)に攔(さえぎ)り住(とど)められ、先(ま)ず衣服(いふく)を搶(うば)われ、後(のち)本事(ほんじ=術)を弄(ろう)して、強(し)いて我等(われら)と同(とも)に澡(み)を洗(あら)わんと要(よう)し、也(また)彼(かれ)を止(とど)むるに住(とど)まらず。彼(かれ)就(すなわ)ち跳(と)びて水(みず)に下(お)り、一箇(ひとつ)の鮎魚(なまず)に変(へん)じ作(な)り、我等(われら)が腿襠(たいとう=股の間)の裡(うち)に在(あ)りて鑽(もぐ)り来(きた)り鑽(もぐ)り去(さ)り、奸(かん)し騙(あざむ)くの事(こと)を行(おこな)わんと欲(ほっ)せり。果(はた)して十分(じゅうぶん)の憊懶(はいらん=乱暴)有(あ)り! 彼(かれ)又(また)跳(と)びて水(みず)を出(い)で去(ゆ)き、本相(ほんそう)を現(あらわ)し、我等(われら)の肯(あえ)て相(あい)従(したが)わざるを見(み)るや、彼(かれ)就(すなわ)ち一柄(ひとふり)の九歯釘鈀(きゅうしていは)を使(つか)い、我等(われら)が性命(せいめい)を傷(そこな)わんと要(よう)せり。若(も)し是(こ)れ我等(われら)に些(いささ)かの見識(けんしき=分別)有(あ)るに非(あら)ずんば、幾(あわや)か彼(かれ)が毒手(どくしゅ)に遭(あ)わんとせし。故此(このゆえ)に戦兢兢(おののき)て生(いき)を逃(のが)れ、又(また)汝(なんじ)が愚(おろか)なる外甥(がいせい=甥)を着(さしむ)けて彼(かれ)と敵闘(てきとう)せしめたるも、存亡(そんぼう)の如何(いかん)を知(し)らず。我等(われら)特に来(きた)りて兄長(けいちょう)に投(とう)ず。望(ねがわ)くは兄長(けいちょう)昔日(せきじつ)の同窓(どうそう)の雅(みやび)を念(おも)い、我(われ)と今日(こんにち)一箇(ひとつ)の冤(うらみ)を報(ほう)ずるの人(ひと)を做(な)されよ!」と。 那(か)の道士(どうし)此(こ)の言(げん)を聞(き)くや、却(かえ)って就(すなわ)ち悩(なや)み恨(うら)み、遂(つい)に声色(せいしょく=声と顔色)を変(か)えて道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)原来(もと)は此(か)くの等(ごと)く無礼(ぶれい)なり! 此(か)くの等(ごと)く憊懶(はいらん)なり! 汝等(なんじら)都(みな)心(こころ)を放(はな)て、我(われ)が彼(かれ)を擺布(あしら)わんを等(ま)て!」と。衆女子(しゅうじょし)謝(しゃ)して道(い)う、「師兄(しけい)如(も)し手(て)を動(うご)かさば、我等(われら)都(みな)来(きた)りて相(あい)幫(たす)けて彼(かれ)を打(う)たんを等(ま)て」と。道士(どうし)道(い)う、「打(う)つを用(もち)いず! 打(う)つを用(もち)いず! 常言(じょうげん)に道(い)う、一(ひと)たび打(う)てば三分(さんぶ)低(ひく)しと。汝等(なんじら)都(みな)我(われ)に跟(したが)い来(きた)れ」と。 衆女子(しゅうじょし)左右(さゆう)に相(あい)随(したが)う。彼(かれ)房内(ぼうない=部屋)に入(い)り、梯子(ていし=梯子)を取(と)り、床(しょう=寝台)の後(うしろ)を転(まわ)り過(す)ぎ、屋梁(やりょう=梁)に爬(よ)じ上(のぼ)り、一箇(ひとつ)の小(ちい)さき皮箱児(かわばこ)を拿(と)り下(おろ)せり。那(か)の箱児(はこ)に八寸(はっすん)の高下(たかさ)、一尺(いっしゃく)の長短(ながさ)、四寸(よんすん)の寛窄(ひろさ)有(あ)り、上(うえ)に一把(ひとつ)の小(ちい)さき銅鎖児(どうさ=銅の錠)有(あ)りて鎖(とざ)し住(とど)む。即(すなわ)ち袖中(しゅうちゅう)自(よ)り一方(ひとえ)の鵝黄綾(がこうりょう=淡黄の綾)の汗巾児(てぬぐい)を拿(と)り出(いだ)し来(きた)る。汗巾(てぬぐい)の須(ひも)の上(うえ)に一把(ひとつ)の小(ちい)さき鑰匙児(かぎ)を系(むす)び著(つ)けたり。鎖(じょう)を開(あ)け、一包(ひとつつみ)の薬(くすり)を取(と)り出(いだ)す。此(こ)の薬(くすり)は乃(すなわ)ち是(かく)の如(ごと)し── 山中(さんちゅう)百鳥(ひゃくちょう)の糞(ふん)、 掃(は)き積(つ)みて千(せん)斤(きん)に上(のぼ)る。 是(こ)れ銅鍋(どうか=銅の鍋)を用(もち)いて煮(に)、 煎(せん)じ熬(こうが)して火候(かこう=火加減)勻(ひと)し。 千斤(せんきん)熬(こうが)して一杓(いっしゃく)、 一杓(いっしゃく)煉(ね)って三分(さんぶ)。 三分(さんぶ)還(ま)た炒(い)るを要(よう)し、 再(ま)た鍛(たん)し再(ま)た重(かさ)ねて熏(くん)ず。 製(つく)り成(な)す此(こ)の毒薬(どくやく)、 貴(とうと)きこと宝(ほう)と珍(ちん)に似(に)たり。 如(も)し彼(かれ)が味(あじ)を嘗(な)めなば、 口(くち)に入(い)りて閻君(えんくん=閻魔)に見(まみ)ゆ! 道士(どうし)七箇(ななたり)の女子(じょし)に対(むか)いて道(い)う、「妹妹(いもうと)よ、我(わ)が此(こ)の宝貝(ほうばい)は、若(も)し凡人(ぼんじん)に与(あた)えて喫(くら)わしめなば、只(た)だ一厘(いちりん)を消(よう)するのみ、腹(はら)に入(い)りて就(すなわ)ち死(し)す。若(も)し神仙(しんせん)に与(あた)えて喫(くら)わしむるも、也(また)只(た)だ三厘(さんりん)を消(よう)して就(すなわ)ち絶(た)ゆ。此(こ)の些(これらの)和尚(おしょう)は、只(た)だ怕(おそ)らくは也(また)些(いささ)かの道行(どうぎょう=修行の力)有(あ)らん、須(かなら)ず三厘(さんりん)を得(う)べし。快(すみや)かに等子(とうし=天秤)を取(と)りて来(きた)れ」と。内(うち)の一箇(ひとり)の女子(じょし)急(いそ)ぎ一把(ひとつ)の等子(とうし)を拿(と)りて道(い)う、「称(はか)り出(いだ)す一分二厘(いちぶにりん)、分(わか)ちて四分(しぶん)と作(な)す」と。 却(かえ)って十二箇(じゅうに)の紅棗児(こうそう=赤き棗)を拿(と)り、棗(なつめ)を将(もっ)て些(すこ)しく掐(つま)み破(やぶ)り、上(うえ)に一厘(いちりん)を揌(つ)め、四箇(よつ)の茶鍾(ちゃしゅう=茶器)の内(うち)に分(わか)ち在(あ)らしむ。又(また)二箇(ふたつ)の黒棗児(こくそう=黒き棗)を将(もっ)て一箇(ひとつ)の茶鍾(ちゃしゅう)と做(な)し、一箇(ひとつ)の托盤(たくばん=盆)を着(さしむ)けて安(おさ)め了(おわ)り、衆女(しゅうじょ)に対(むか)いて說(い)う、「我(われ)が去(ゆ)きて彼(かれ)に問(と)わんを等(ま)て。唐朝(とうちょう)の者(もの)に非(あら)ざれば便(すなわ)ち罷(よ)し、若(も)し是(こ)れ唐朝(とうちょう)自(よ)り来(きた)れるならば、就(すなわ)ち茶(ちゃ)を換(か)えしめ、汝(なんじ)却(かえ)って此(こ)の茶(ちゃ)を童児(どうじ)に令(いいつ)けて拿(と)り出(いだ)させよ。但(た)だ喫(くら)えば、箇箇(めいめい)身(み)亡(ほろ)び、就(すなわ)ち汝(なんじ)と此(こ)の仇(あだ)を報(ほう)じ、煩悩(ぼんのう)を解(と)かん也(ぞ)」と。七女(しちじょ)感激(かんげき)して尽(つ)きず。 那(か)の道士(どうし)一件(ひとえ)の衣服(いふく)を換(か)え、虚礼(きょれい=へりくだり)謙恭(けんきょう=うやうやしく)として走(あゆ)み将(も)ちて出(い)で去(ゆ)き、唐僧(とうそう)等(たち)を請(しょう)じて又(また)客位(きゃくい)に至(いた)りて坐(ざ)し下(おろ)して道(い)う、「老師父(ろうしふ)怪(とが)めること莫(なか)れ。適間(さっき)後面(うしろ)に去(ゆ)きて小徒(しょうと)に吩咐(いいつ)け、彼等(かれら)をして些(いささ)かの青菜(せいさい)蘿蔔(らふく=大根)を挑(にな)わせ、一頓(ひととき)の素斎(そさい=精進料理)を安排(ととの)えて供養(くよう)せしめたり、所以(ゆえ)に陪(ばい)を失(うしな)えり」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「貧僧(ひんそう)素手(すで=手ぶら)にて進(すす)み拝(はい)す、怎(どう)して敢(あえ)て斎(とき)を賜(たま)わるを労(ろう)せん」と。道士(どうし)笑(わら)って云(いわ)く、「汝(なんじ)と我(われ)は都(みな)是(こ)れ出家人(しゅっけにん)。山門(さんもん)を見(み)れば就(すなわ)ち三升(さんしょう)の俸糧(ほうりょう=扶持米)有(あ)り、何(なん)ぞ素手(すで)と言(い)わん。敢(あ)えて問(と)う、老師父(ろうしふ)は是(こ)れ何(いず)れの宝山(ほうざん=お寺)ぞ。此(ここ)に到(いた)りて何(なん)の干(かかわり)ぞ」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土(とうど)大唐(だいとう)の駕下(かか=天子の御許)より差(つか)わされ西天(さいてん)大雷音寺(だいらいおんじ)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)る者(もの)なり。却(かえ)って才(たまたま)仙宮(せんきゅう)を路(みち)に過(よぎ)り、誠(まこと)を竭(つく)して進(すす)み拝(はい)す」と。道士(どうし)言(げん)を聞(き)くや、満面(まんめん)に春(はる)を生(しょう)じて道(い)う、「老師(ろうし)は乃(すなわ)ち忠誠(ちゅうせい)大徳(だいとく)の仏(ほとけ)なるに、小道(しょうどう)知(し)らずして、遠(とお)くより候(うかが)うを失(うしな)えり。恕罪(じょざい)、恕罪(じょざい)!」と。叫(よ)んで、「童児(こども)よ、快(すみや)かに去(ゆ)きて茶(ちゃ)を換(か)え来(きた)れ、一廂(いっぽう)作速(すみやか)に斎(とき)を弁(ととの)えよ」と。 那(か)の小童(しょうどう)走(あゆ)み将(も)ちて進(すす)み入(い)るに、衆女子(しゅうじょし)彼(かれ)を招呼(まね)き来(きた)らせて道(い)う、「此(ここ)に現成(できあい)の好(よ)き茶(ちゃ)有(あ)り、拿(と)りて出(い)で去(ゆ)け」と。那(か)の童子(どうじ)果(はた)して五鍾(いつしゅう)の茶(ちゃ)を将(もっ)て拿(と)りて出(い)だす。道士(どうし)連忙(すかさず)双手(もろて)に一箇(ひとつ)の紅棗児(こうそう)の茶鍾(ちゃしゅう)を拿(と)りて唐僧(とうそう)に奉(たてまつ)る。彼(かれ)八戒(はっかい)の身躯(しんく=体躯)の大(おお)ききを見(み)て、就(すなわ)ち認(みと)めて大徒弟(だいとてい)と做(な)し、沙僧(しゃそう)を認(みと)めて二徒弟(にとてい)と做(な)し、行者(ぎょうじゃ)の身量(しんりょう=背丈)の小(ちい)さきを見(み)て、認(みと)めて三徒弟(さんとてい)と做(な)す。所以(ゆえ)に第四鍾(だいししゅう)に才(はじ)めて行者(ぎょうじゃ)に奉(たてまつ)る。行者(ぎょうじゃ)眼(め)乖(かしこ)く、茶鍾(ちゃしゅう)を接(う)くるや、早(はや)く已(すで)に盤子(ばんし=盆)の裡(うち)の那(か)の茶鍾(ちゃしゅう)の二箇(ふたつ)の黒棗児(こくそう)なるを見(み)る。彼(かれ)道(い)う、「先生(せんせい)、我(われ)汝(なんじ)と杯(はい)を穿換(とりかわ)さん」と。道士(どうし)笑(わら)って道(い)う、「長老(ちょうろう)に瞞(かく)さず說(い)わん、山野(さんや)の中(なか)の貧(まずし)き道士(どうし)なれば、茶果(ちゃか)一時(いっとき)に備(そな)わらず。才然(さっき)後面(うしろ)に在(あ)りて親(みずか)ら果子(このみ)を尋(たず)ぬるに、止(た)だ此(こ)の十二箇(じゅうに)の紅棗(こうそう)有(あ)るのみ、四鍾(よつ)の茶(ちゃ)と做(な)して奉敬(ほうけい=供す)。小道(しょうどう)又(また)空(むな)しく陪(ばい)すべからざれば、所以(ゆえ)に二箇(ふたつ)の下色(げしょく=下等)の棗児(なつめ)を将(もっ)て一杯(いっぱい)と作(な)し奉陪(ほうばい=お供)す。此(こ)れ乃(すなわ)ち貧道(ひんどう)の恭敬(きょうけい=うやうやしき)の意(こころ)也(なり)」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「那裡(いずこ)の話(はなし)を說(い)う。古人(こじん)云(いわ)く、家(いえ)に在(あ)れば是(こ)れ貧(まず)しきに非(あら)ず、路(みち)の上(うえ)にては貧(まず)しさ人(ひと)を殺(ころ)すと。汝(なんじ)は是(こ)れ住家児(じゅうかじ=住まい有る身)なるに、何(なん)を以(もっ)てか貧(まず)しと言(い)う! 我等(われら)が此(か)くの般(ごとき)行脚僧(あんぎゃそう=旅の僧)の如(ごと)きは、才(まさ)に是(こ)れ真(しん)の貧(まず)しき哩(ぞ)。我(われ)汝(なんじ)と換換(とりかわ)さん、我(われ)汝(なんじ)と換換(とりかわ)さん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)いて道(い)う、「悟空(ごくう)、此(こ)の仙長(せんちょう)は実(じつ)に乃(すなわ)ち客(きゃく)を愛(あい)するの意(こころ)なり、汝(なんじ)喫(くら)いて罷(や)め、換(か)うるは怎(どう)したる」と。行者(ぎょうじゃ)奈何(いかん)とも無(な)く、左手(ひだりて)を将(もっ)て接(う)け了(おわ)り、右手(みぎて)にて蓋(おお)い住(とど)め、彼等(かれら)を看(み)る。 却説(さて)、那(か)の八戒(はっかい)は、一(ひとつ)には則(すなわ)ち飢(う)え、二(ふたつ)には則(すなわ)ち渇(かわ)き、原来(もと)是(こ)れ食腸(しょくちょう=食い意地)の大(おお)いなるに、那(か)の鍾子(しゅうし=器)の裡(うち)に三箇(みつ)の紅棗児(こうそう)の有(あ)るを見(み)るや、拿(と)り起(お)こして鍾(がぶ)と都(みな)咽(の)みて肚(はら)の裡(うち)に在(あ)らしむ。師父(しふ)も也(また)喫(くら)い、沙僧(しゃそう)も也(また)喫(くら)えり。一霎時(またたくま)に、只(た)だ見(み)る、八戒(はっかい)顔(かお)の上(うえ)に色(いろ)を変(か)え、沙僧(しゃそう)満眼(まんがん)に涙(なみだ)を流(なが)し、唐僧(とうそう)口(くち)の中(なか)に沫(あわ)を吐(は)く。彼等(かれら)都(みな)坐(ざ)し住(とど)まるを得(え)ず、暈(めまい)して地(ち)に倒(たお)る。此(こ)の大聖(たいせい)情(じょう)に是(こ)れ毒(どく)なるを知(し)り、茶鍾(ちゃしゅう)を将(もっ)て手(て)に挙(あ)げ起(おこ)し、道士(どうし)を望(めが)けて顔(かお)を劈(つんざ)きて一(ひと)たび掼(なげつ)く。道士(どうし)袍袖(ほうしゅう=袍の袖)を将(もっ)て隔(さえぎ)り起(おこ)せば、当(かち)との一声(ひとこえ)、一箇(ひとつ)の鍾子(しゅうし)を把(と)って跌(おと)し得(え)て粉砕(ふんさい)なり。道士(どうし)怒(いか)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の和尚(おしょう)、十分(じゅうぶん)に村鹵(そんろ=粗野)なり! 怎(どう)して我(わ)が鍾子(しゅうし)を把(と)って碎(こわ)したる」と。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の畜生(ちくしょう)め! 汝(なんじ)看(み)よ、我(わ)が那(か)の三箇(みたり)の人(ひと)の是(こ)れ怎(どう)說(いう)かを! 我(われ)は汝(なんじ)と甚(なん)の相干(かかわり)有(あ)るに、汝(なんじ)却(かえ)って毒薬(どくやく)の茶(ちゃ)を将(もっ)て我(わ)が人(ひと)を薬(やく)し倒(たお)す」と。道士(どうし)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の村畜生(そんちくしょう=粗野な畜生)、禍(わざわい)を闖(おこ)し下(くだ)したるを、汝(なんじ)豈(あ)に知(し)らざらんや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我等(われら)才(やっ)と汝(なんじ)が門(もん)に進(すす)み入(い)り、方(はじ)めて坐次(ざじ=席次)を叙(の)べ、郷貫(きょうかん=郷里)に道(い)い及(およ)べるのみ、又(また)曾(かつ)て一箇(ひとつ)の高言(こうげん=大きな言葉)有(あ)らず。那裡(いずこ)に甚(なん)の禍(わざわい)を闖(おこ)し下(くだ)せる」と。道士(どうし)道(い)う、「汝(なんじ)曾(かつ)て盤糸洞(ばんしどう)に在(あ)りて斎(とき)を化(こ)せしか。汝(なんじ)曾(かつ)て濯垢泉(たくこうせん)に在(あ)りて澡(み)を洗(あら)えしか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「濯垢泉(たくこうせん)は乃(すなわ)ち七箇(ななつ)の女怪(じょかい)なり。汝(なんじ)既(すで)に此(こ)の話(はなし)を說(い)い出(いだ)さば、必定(かなら)ず彼(かれ)と苟合(こうごう=みだらに交わる)、必定(かなら)ず也(また)是(こ)れ妖精(ようせい)ならん! 走(に)ぐること莫(なか)れ! 我(わ)が一棒(いっぽう)を喫(くら)え!」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、耳朶(みみ)の裡(うち)に去(ゆ)きて金箍棒(きんこぼう)を摸(さぐ)り出(いだ)し、幌(ふ)り一(ひと)たび幌(ふ)り、碗(わん)来(ほど)の粗細(ふとさ)として、道士(どうし)を望(めが)けて顔(かお)を劈(つんざ)きて打(う)ち来(きた)る。那(か)の道士(どうし)急(いそ)ぎ身(み)を転(てん)じて避(さ)け過(す)ぎ、一口(ひとふり)の宝剣(ほうけん)を取(と)りて来(きた)りて迎(むか)う。彼(か)の二箇(ふたり)厮(あい)罵(ののし)り厮(あい)打(う)つに、早(はや)くも那(か)の裡辺(うち)の女怪(じょかい)を驚(おどろ)かし動(うご)かせり。彼(か)の七箇(ななつ)一(ひと)たび擁(おしよ)せて出(い)で来(きた)り、叫(よ)んで道(い)う、「師兄(しけい)且(しばら)く心(こころ)を労(ろう)すること莫(なか)れ、小妹子(いもうと)の彼(かれ)を拿(と)らんを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)見(み)るや越(いよいよ)嗔怒(しんど=怒り)を生(しょう)じ、双手(もろて)に鉄棒(てつぼう)を輪(ふる)い、解数(わざ)を繰(く)り出(いだ)し、滚(ころ)び将(も)ちて進(すす)み入(い)りて乱(みだ)りに打(う)つ。只(た)だ見(み)る、那(か)の七箇(ななつ)懐(ふところ)を敞(ひら)き開(ひら)き、雪白(せっぱく)の肚(はら)を腆(つきだ)し、臍孔(さいこう=臍の穴)の中(なか)自(よ)り法(ほう)を作(な)し出(いだ)す。骨都都(こつとつ=わらわら)と糸縄(しじょう)乱(みだ)りに冒(ほとばし)り、一箇(ひとつ)の天篷(てんぽう=天の覆い)を搭(か)け起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って底(した)に蓋(おお)う。行者(ぎょうじゃ)事(こと)の諧(かな)わざるを見(み)るや、即(すなわ)ち身(み)を翻(ひるがえ)して一声(ひとこえ)の咒語(じゅご=呪文)を念(とな)え、一箇(ひとつ)の筋斗(きんと=宙返り)を打(う)ち、撲(ぽん)と天篷(てんぽう)を撞(つ)き破(やぶ)りて走(に)げ去(さ)り、性気(せいき=気)を忍(しの)び、淤淤(うつうつ=ふさぎこみ)として空(そら)の中(なか)に立(た)ちて看(み)る処(ところ)、那(か)の怪(かい)の糸縄(しじょう)の幌(きら)と亮(ひか)り、穿通道道(せんせんどうどう)として、却(かえ)って是(こ)れ穿梭(せんさ=行き交う)の経緯(けいい=縦糸横糸)なるを見(み)る。頃刻(またたく)の間(あいだ)に、黄花観(こうかかん)の楼台(ろうだい)殿閣(でんかく)を把(と)って都(みな)遮(おお)い得(え)て影(かげ)無(な)く形(かたち)無(な)し。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「利害(りがい=手強い)! 利害(りがい)! 早(さいわ)いは是(こ)れ曾(かつ)て彼(かれ)が手(て)に着(つ)かざりし! 怪(あや)しむるに道(いわ)く、猪八戒(ちょはっかい)の若干(あまた)跌(つまず)きしなり! 此(か)くの般(ごとき)は怎(いか)に生(どう)か是(こ)れ好(よ)からん! 我(わ)が師父(しふ)と師弟(してい)は却(かえ)って又(また)毒薬(どくやく)に中(あた)れり。此(こ)の伙(くみ)の怪(かい)は意(い)を合(あ)わせ心(こころ)を同(おなじ)うすれど、却(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとつ)の甚(なん)の来歴(られき)なるかを知(し)らず、我(われ)が還(ま)た去(ゆ)きて那(か)の土地神(どちしん)に問(と)わんを待(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、雲頭(うんとう=雲の端)を按(おさ)え落(おと)し、訣(けつ)を捏(ひね)り、「唵(おん)」の字(じ)の真言(しんごん)を一声(ひとこえ)念(とな)えて、一箇(ひとり)の土地老児(どちろうじ)を把(と)って又(また)拘(まね)き来(きた)らしむ。戦兢兢(おののき)て路(みち)の旁(かたわら)に跪(ひざまず)き下(お)りて叩頭(こうべをたた)いて道(い)う、「大聖(たいせい)、汝(なんじ)は汝(なんじ)が師父(しふ)を救(すく)わんと去(ゆ)きたるに、何(なん)の為(ため)に又(また)転(めぐ)り来(きた)れる也(ぞ)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「早間(けさ)師父(しふ)を救(すく)い、前(まえ)へ去(ゆ)くこと遠(とお)からずして、一座(ひとつ)の黄花観(こうかかん)に遇(あ)えり。我(われ)師父(しふ)等(たち)と進(すす)み入(い)りて看看(み)るに、那(か)の観主(かんしゅ)迎(むか)え接(むか)えたり。才(やっ)と話(はなし)を叙(の)ぶる間(あいだ)に、彼(かれ)に毒薬(どくやく)の茶(ちゃ)を把(と)って我(わ)が師父(しふ)等(たち)を薬(やく)し倒(たお)されたり。我(われ)幸(さいわい)に曾(かつ)て茶(ちゃ)を喫(くら)わざりしに、棒(ぼう)を使(つか)いて就(すなわ)ち打(う)てば、彼(かれ)却(かえ)って盤糸洞(ばんしどう)の斎(とき)を化(こ)し、濯垢泉(たくこうせん)の澡(み)を洗(あら)いし事(こと)を說(い)い出(いだ)せり。我(われ)就(すなわ)ち那(か)の厮(やつ)の是(こ)れ怪(かい)なるを知(し)れり。才(はじ)めて手(て)を挙(あ)げて相(あい)敵(てき)するに、只(た)だ見(み)る、那(か)の七箇(ななたり)の女子(じょし)の跑(はし)り出(い)で、糸縄(しじょう)を吐(は)き放(はな)てば、老孫(ろうそん)見識(けんしき=分別)有(あ)るに虧(よ)りて走(に)げ去(さ)れり。我(われ)想(おも)うに汝(なんじ)此(こ)の間(あいだ)に在(あ)りて神(かみ)と為(な)れば、定(かなら)ず彼(かれ)が来歴(られき)を知(し)らん。是(こ)れ一箇(ひとつ)の甚(なん)の妖精(ようせい)なるか、老実(ありのまま)に說(い)い来(きた)れ、打(う)たるるを免(まぬが)れん!」と。土地(どち)叩頭(こうべをたた)いて道(い)う、「那(か)の妖精(ようせい)此(ここ)に到(いた)りて、住(じゅう)すること十年(じゅうねん)に上(のぼ)らず。小神(しょうしん)三年前(さんねんぜん)検点(けんてん=巡視)の之後(のち)自(よ)り、方(はじ)めて彼(かれ)が本相(ほんぞう=正体)を見(み)るに、乃(すなわち)是(こ)れ七箇(ななつ)の蜘蛛精(くもせい)なり。彼(かれ)が吐(は)く那(か)の些(これらの)糸縄(しじょう)は、乃(すなわち)蛛糸(しゅし=蜘蛛の糸)」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)くや、十分(じゅうぶん)に歓(よろこ)びて道(い)う、「汝(なんじ)が說(いう)に拠(よ)れば、却(かえ)って是(こ)れ小可(ささい)なり。既(すで)に此(か)くの般(ごと)し、汝(なんじ)回(かえ)り去(さ)れ、我(われ)が法(ほう)を作(な)して彼(かれ)を降(くだ)さんを等(ま)て」と。那(か)の土地(どち)叩頭(こうべをたた)いて去(さ)る。 行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って黄花観(こうかかん)の外(そと)に到(いた)り、尾巴(びば=尾)の上(うえ)の毛(け)を将(もっ)て捋(しご)き下(おろ)すこと七十根(ななじっこん)、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)ぜよ」と叫(よ)ぶや、即(すなわち)七十箇(ななじゅうにん)の小(ちい)さき行者(ぎょうじゃ)に変(へん)じ做(な)る。又(また)金箍棒(きんこぼう)を将(もっ)て一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)ぜよ」と叫(よ)ぶや、即(すなわち)七十箇(ななじゅう)の双角叉児棒(そうかくさじぼう=二又の刺又棒)に変(へん)じ做(な)る。毎一箇(めいめい)の小(ちい)さき行者(ぎょうじゃ)に、彼(かれ)に一根(ひとすじ)を与(あた)う。彼(かれ)自家(みずか)ら一根(ひとすじ)を使(つか)い、外辺(そと)に站(た)ちて、叉児(さじ=刺又)を将(もっ)て那(か)の糸縄(しじょう)を攪(かきまわ)し、一斉(いっせい)に力(ちから)を著(つ)け、一箇(ひとつ)の号子(こうし=掛け声)を打(う)ち、那(か)の糸縄(しじょう)を把(と)って都(みな)攪(か)き断(た)ち、各(おのおの)攪(か)き得(え)ること十余斤(じゅうよきん)有(あ)り。裡(うち)自(よ)り七箇(ななつ)の蜘蛛(くも)を拖(ひ)き出(いだ)す。足(あた)かも巴斗(はと=大きな斗)の大(おお)いさの身軀(しんく=体)有(あ)り、一箇箇(めいめい)手(て)と脚(あし)を集(あつ)め、頭(かしら)を索(たぐ)り、只(た)だ叫(よ)ぶ、「命(いのち)を饒(ゆる)せ! 命(いのち)を饒(ゆる)せ!」と。此(こ)の時(とき)七十箇(ななじゅうにん)の小(ちい)さき行者(ぎょうじゃ)、七箇(ななつ)の蜘蛛(くも)を按(おさ)え住(とど)めて、那裡(いずく)でか肯(あえ)て放(はな)たん。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「且(しばら)く彼(かれ)を打(う)つこと要(い)らず、只(た)だ我(われ)に師父(しふ)と師弟(してい)を還(かえ)せ来(きた)ると教(い)え」と。那(か)の怪(かい)厲声(れいせい)に高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「師兄(しけい)、彼(かれ)に唐僧(とうそう)を還(かえ)し、我(わ)が命(いのち)を救(すく)え!」と。那(か)の道士(どうし)裡辺(うち)自(よ)り跑(はし)り出(い)でて道(い)う、「妹妹(いもうと)よ、我(われ)は唐僧(とうそう)を喫(くら)わんと要(よう)する哩(ぞ)、汝(なんじ)を救(すく)うを得(え)ず」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)くや、大(おお)いに怒(いか)って道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に我(われ)に師父(しふ)を還(かえ)さざらんならば、且(しばら)く汝(なんじ)が妹妹(いもうと)の様子(ありさま)を看(み)よ!」と。好(よ)き大聖(たいせい)、叉児棒(さじぼう)を把(と)って幌(ふ)り一(ひと)たび幌(ふ)り、一根(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)に復(かえ)し、双手(もろて)に挙(あ)げ起(おこ)し、七箇(ななつ)の蜘蛛精(くもせい)を把(と)って、情(こころ)を尽(つく)して打(う)ち爛(ただ)らし、却(かえ)って七箇(ななつ)の劖肉布袋児(ざんにくほたいじ=刻み肉の袋)に似(に)て、膿血(のうけつ=膿と血)淋淋(りんりん=したたり)たり。却(かえ)って又(また)尾巴(びば=尾)を将(もっ)て揺(ゆ)ること両揺(ふたゆ)り、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め、単身(たんしん)に棒(ぼう)を輪(ふる)い、赶(お)いて裡辺(うち)に進(すす)み入(い)りて来(きた)りて道士(どうし)を打(う)つ。 那(か)の道士(どうし)彼(かれ)の師妹(しまい)を打(う)ち殺(ころ)せるを見(み)るや、心(こころ)甚(はなは)だ忍(しの)びず、即(すなわ)ち狠(こわ)みを発(はっ)して剣(けん)を挙(あ)げて来(きた)りて迎(むか)う。此(こ)の一場(ひとしきり)各(おのおの)忿怒(ふんぬ=怒り)を懐(いだ)き、一箇箇(めいめい)大(おお)いに神通(じんつう)を展(の)べ、此(こ)の一場(ひとしきり)の好(よ)き殺(あらそ)い── 妖精(ようせい)は宝剣(ほうけん)を輪(ふる)い、 大聖(たいせい)は金箍(きんこ)を挙(あ)ぐ。 都(みな)唐朝(とうちょう)の三蔵(さんぞう)が為(ため)に、 先(ま)ず七女(しちじょ)をして嗚呼(ああ=死な)しむ。 如今(いま)大(おお)いに経綸(けいりん=経世)の手(て)を展(の)べ、 威(い)を施(ほどこ)し法(ほう)を弄(ろう)して金吾(きんご=武威)を逞(たくま)しくす。 大聖(たいせい)の神光(しんこう)は壮(さか)んなり、 妖仙(ようせん)の胆気(たんき)は粗(あら)し。 渾身(こんしん)の解数(わざ)は花錦(かきん=花の錦)の如(ごと)く、 双手(もろて)の騰那(とうな=身のこなし)は轆轤(ろくろ)に似(に)たり。 兵兵(ぴんぽん)と剣(けん)と棒(ぼう)の響(ひび)き、 惨淡(さんたん=もの寂しく)として野雲(やうん)浮(うか)ぶ。 言語(げんご)を劖(ざん=切り刻み)、機謀(きぼう=策略)を使(つか)い、 一来一往(ゆきつもどりつ)画図(がと=絵)の如(ごと)し。 殺(あらそ)い得(え)て風(かぜ)響(ひび)き沙(すな)飛(と)びて狼虎(ろうこ)も怕(おそ)れ、 天(てん)昏(くら)く地(ち)暗(くら)くして斗星(とせい=星宿)無(な)し。 那(か)の道士(どうし)と大聖(たいせい)戦(たたか)うこと五六十合(ごろくじゅうがいごう)を経(へ)るに、漸(ようや)く手(て)の軟(よわ)きを覚(おぼ)え、一時間(ひととき)に筋節(きんせつ=関節)を緩(ゆる)め、便(すなわ)ち衣帯(いたい=帯)を解(と)き開(ひら)き、忽辣(さらり)と一声(ひとこえ)響(ひび)かせて、皁袍(そうほう=黒の袍)を脱(ぬ)げり。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「我(わ)が儿子(むすこ)よ! 人(ひと)に打(う)ち勝(まさ)らずして、就(すなわ)ち脱(ぬ)ぎ剥(は)いだるも也(また)是(こ)れ能(よ)く彀(た)るる所(ところ)に非(あら)ざる!」と。原来(なんと)、此(こ)の道士(どうし)衣裳(いしょう)を剥(は)ぎ了(おわ)り、手(て)を把(と)って一斉(いっせい)に抬(あ)げ上(あ)ぐれば、只(た)だ見(み)る、那(か)の両脇(りょうきょう=両脇腹)の下(した)に一千(いっせん)の眼(め)有(あ)り、眼(め)の中(なか)自(よ)り金光(きんこう)を迸(ほとばし)らせ放(はな)ち、十分(じゅうぶん)に利害(りがい=手強)し── 森森(しんしん=もやもや)たる黄霧(こうむ)、 艶艶(えんえん=きらきら)たる金光(きんこう)。 森森(しんしん)たる黄霧(こうむ)は、両辺(りょうへん)の脇下(きょうか)に雲(くも)を噴(ふ)くが似(ごと)く、 艶艶(えんえん)たる金光(きんこう)は、千(せん)只(つ)の眼(め)の中(なか)に火(ひ)を放(はな)つが如(ごと)し。 左右(さゆう)は却(かえ)って金桶(きんとう=金の桶)の如(ごと)く、 東西(とうざい)は猶(なお)銅鐘(どうしょう=銅の鐘)に似(に)たり。 此(こ)れ乃(すなわ)ち妖仙(ようせん)の法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、 道士(どうし)の神通(じんつう)を顕(あらわ)す。 眼(め)を幌(くらま)し天(てん)を迷(まよ)わして日月(じつげつ)を遮(おお)い、 人(ひと)を罩(おお)いて爆燥(ばくそう=いらだち)気(き)朦朧(もうろう=おぼろ)たり。 一箇(ひとり)の斉天(せいてん)孫大聖(そんたいせい)を把(と)って、 金光(きんこう)黄霧(こうむ)の中(なか)に困(くるし)ましむ。 行者(ぎょうじゃ)手(て)と足(あし)を慌(あわ)て、只(た)だ那(か)の金光(きんこう)の影(かげ)の裡(うち)に在(あ)りて乱(みだ)りに転(めぐ)り、前(まえ)に向(むか)うも歩(あゆみ)を挙(あ)ぐること能(あた)わず、後(うしろ)に退(しりぞ)くも脚(あし)を動(うご)かすこと能(あた)わず、却(かえ)って便(ちょう)ど一箇(ひとつ)の桶(おけ)の裡(うち)に在(あ)りて転(めぐ)るが一般(ごと)し。奈何(いかん)とも又(また)爆燥(ばくそう)に過(す)ぐるもの無(な)く、彼(かれ)急(きゅう)して、上(うえ)へ向(むか)って着実(したたか)に一(ひと)たび跳(と)ぶや、却(かえ)って金光(きんこう)を撞(つ)き破(やぶ)り、撲(どさ)と一箇(ひとつ)の倒栽葱(とうさいそう=逆さま)を跌(つまず)けり。撞(つ)きたる頭(あたま)の疼(いた)きを覚(おぼ)え、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を伸(の)べて摸摸(さぐり)みるに、頂梁皮(ちょうりょうひ=頭の皮)を把(と)って都(みな)撞(つ)き軟(やわ)らかくせり。自家(みずか)ら心(こころ)焦(こが)れて道(い)う、「晦気(ふきょう)! 晦気(ふきょう)! 此(こ)の顆(このこうべ)今日(こんにち)也(また)済(たすから)ざるかな! 常時(つね)刀(かたな)に砍(き)られ斧(おの)に剁(きざ)らるるも、能(よ)く傷(そこない)損(そこな)う莫(な)かりしに、却(かえ)って怎(どう)して此(こ)の金光(きんこう)に被(あ)いて皮肉(ひにく)を撞(つ)き軟(やわ)らかくせられし。久(ひさ)しくして以後(のち)定(かなら)ず膿(うみ)を貢(つ)ぐべく、縦然(たと)い好(よ)くなり了(おわ)るも、也(また)是(こ)れ一箇(ひとつ)の破傷風(はしょうふう)なり」と。一会家(しばらく)爆燥(ばくそう)禁(た)え難(がた)く、却(かえ)って又(また)自家(みずか)ら計較(けいかく=思案)して道(い)う、「前(まえ)に去(ゆ)くを得(え)ず、後(うしろ)に退(しりぞ)くを得(え)ず、左(ひだり)に行(ゆ)くを得(え)ず、右(みぎ)に行(ゆ)くを得(え)ず、上(うえ)へ向(むか)うも又(また)撞(つ)くを得(え)ず、却(かえ)って怎(どう)してか好(よ)からん。下(した)へ走(ゆ)かん也(ぞ)!」と。 好(よ)き大聖(たいせい)、箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(とな)え、身(み)を揺(ゆ)りて一(ひと)たび変(へん)じ、一箇(ひとつ)の穿山甲(せんざんこう=センザンコウ)に変(へん)じ做(な)る。又(また)名(な)づけて鯪鯉鱗(りょうりりん)と。真箇(ほんとう)に是(かく)の如(ごと)し── 四只(よつ)の鉄爪(てっそう=鉄の爪)は、山(やま)に鑽(もぐ)り石(いし)を砕(くだ)くこと粉(こな)を撾(つ)くが如(ごと)く、 満身(まんしん)の鱗甲(りんこう=鱗)は、嶺(みね)を破(やぶ)り岩(いわ)を穿(うが)つこと葱(ねぎ)を切(き)るに似(に)たり。 両眼(りょうがん)光明(こうみょう)にして、好(よ)く便(ちょう)ど双星(そうせい=二つの星)の幌(きら)と亮(ひか)るが似(ごと)く、 一嘴(ひとくち)尖利(せんり=鋭き)にして、勝(まさ)りて強(つよ)きこと鋼鑽(こうさん=鋼の錐)金錐(きんすい=金の錐)の如(ごと)し。 薬(くすり)の中(なか)に穿山甲(せんざんこう)の性(しょう)有(あ)り、 俗語(ぞくご)に呼(よ)んで鯪鯉鱗(りょうりりん)と為(な)す。 汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)頭(こうべ)を硬(かた)くして、地(ち)の下(した)へ向(むか)いて一(ひと)たび鑽(もぐ)るや、就(すなわ)ち鑽(もぐ)ること二十余里(にじゅうより)有(あ)り、方(はじ)めて頭(こうべ)を出(いだ)せり。原来(もと)、那(か)の金光(きんこう)は只(た)だ十余里(じゅうより)を罩(おお)い得(う)るのみ。出(い)で来(きた)りて本相(ほんそう)を現(あらわ)すに、力(ちから)軟(よわ)く筋(すじ)麻(しび)れ、渾身(こんしん)疼(いた)み痛(いた)み、眼(め)の中(なか)の涙(なみだ)を流(なが)るるを止(とど)むるを得(え)ず、忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)って叫(よ)んで道(い)う、 「師父(しふ)よ! 当年(とうねん)教(おしえ)を秉(と)りて山(やま)の中(なか)を出(い)で、 共(とも)に西(にし)へ往(ゆ)きて苦(くる)しく工(つとめ)を用(もち)いき。 大海(たいかい)の洪波(こうは=大波)にも恐惧(おそれ)無(な)かりしに、 陽溝(ようこう=どぶ)の内(うち)に在(あ)りて却(かえ)って風(かぜ)に遭(あ)う!」 美猴王(びこうおう)正(まさ)に悲切(ひせつ=悲しみ)に当(あた)るに、忽(たちま)ち聴(き)く、山(やま)の背後(うしろ)に人(ひと)有(あ)りて啼(な)き哭(かな)しむを。即(すなわ)ち身(み)を欠(かが)めて眼涙(なみだ)を揩(ぬぐ)い、頭(こうべ)を回(めぐ)らして観看(みや)る。但(た)だ見(み)る、一箇(ひとり)の婦人(ふじん)の、身(み)に重孝(じゅうこう=厚き喪服)を穿(き)、左手(ひだりて)に一盞(ひとつ)の涼漿水飯(りょうしょうすいはん=水と飯の供物)を托(いただ)き、右手(みぎて)に幾張(いくまい)かの焼紙黄銭(しょうしこうせん=紙銭)を執(と)り、那(か)の廂(ほう)自(よ)り一步(ひとあし)一声(ひとこえ)哭(な)き著(つ)きて走(あゆ)み来(きた)る。行者(ぎょうじゃ)頭(こうべ)を点(うなず)かせて嗟嘆(さたん=嘆息)して道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ、涙(なみだ)を流(なが)す眼(め)に涙(なみだ)を流(なが)す眼(め)の逢(あ)い、腸(はらわた)を断(た)つ人(ひと)に腸(はらわた)を断(た)つ人(ひと)の遇(あ)えるなり! 此(こ)の一箇(ひとり)の婦人(ふじん)の、哭(な)く所(ところ)の何事(なにごと)なるかを知(し)らず、我(われ)が彼(かれ)に一(ひと)たび問(と)わんを待(ま)て」と。 那(か)の婦人(ふじん)不時(しばらく)ならずして路(みち)の上(うえ)に走(あゆ)み来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)を迎(むか)う。行者(ぎょうじゃ)身(み)を躬(かが)めて問(と)うて道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)が哭(な)くは是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)ぞ」と。婦人(ふじん)涙(なみだ)を噙(ふく)んで道(い)う、「我(わ)が丈夫(おっと)は黄花観(こうかかん)の観主(かんしゅ)と竹竿(たけざお)を買(か)うに因(よ)りて争(あらそ)い講(いいあらそ)い、彼(かれ)に毒薬(どくやく)の茶(ちゃ)を将(もっ)て薬(やく)し殺(ころ)されたり。我(われ)此(こ)の陌(このかず)の紙銭(しせん)を将(もっ)て焼(や)き化(か)し、以(もっ)て夫婦(ふうふ)の情(じょう)を報(ほう)ぜんとす」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聴(き)くや、眼(め)の中(なか)に涙(なみだ)下(くだ)る。那(か)の婦女(ふじょ)見(み)るや怒(いかり)を作(な)して道(い)う、「汝(なんじ)甚(いか)に無知(むち)なる! 我(われ)丈夫(おっと)の為(ため)に煩悩(なやみ)し悲(かなしみ)を生(しょう)ずるに、汝(なんじ)怎(どう)して泪眼(るいがん=涙ぐむ目)愁眉(しゅうび=愁える眉)もて、心(こころ)を欺(あざむ)きて我(われ)を戯(たわむ)るる」と。 行者(ぎょうじゃ)身(み)を躬(かが)めて道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)怒(いかり)を息(いこ)え。我(われ)本(もと)是(こ)れ東土(とうど)大唐(だいとう)欽差(きんさ=勅使)御弟(ぎょてい)唐三蔵(とうさんぞう)の大徒弟(だいとてい)孫悟空行者(そんごくうぎょうじゃ)なり。西天(さいてん)に往(ゆ)くに因(よ)り、黄花観(こうかかん)を行(ゆ)き過(す)ぎて馬(うま)を歇(やす)めしに、那(か)の観中(かんちゅう)の道士(どうし)は、是(こ)れ一箇(ひとつ)の甚(なん)の妖精(ようせい)なるかを知(し)らず、彼(かれ)七箇(ななつ)の蜘蛛精(くもせい)と兄妹(けいまい)を結(むす)べり。蜘蛛精(くもせい)盤糸洞(ばんしどう)に在(あ)りて我(わ)が師父(しふ)を害(そこな)わんとせしを、是(こ)れ我(われ)と師弟(してい)八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)と救(すく)い解(と)きて脱(のが)るるを得(え)たり。那(か)の蜘蛛精(くもせい)彼(かれ)が此(ここ)に走(ゆ)き到(いた)り、是非(ぜひ=言いがかり)を背(お)い、我等(われら)に欺騙(ぎへん=たぶらかし)の意(こころ)有(あ)りと說(い)えり。道士(どうし)毒薬(どくやく)の茶(ちゃ)を将(もっ)て我(わ)が師父(しふ)師弟(してい)共(あわ)せて三箇(みたり)、馬(うま)を連(つら)ねて四口(よんく)を薬(やく)し倒(たお)し、彼(かれ)が観(かん)の裡(うち)に陷(おとしい)れり。惟(た)だ我(われ)は曾(かつ)て彼(かれ)が茶(ちゃ)を喫(くら)わず、茶鍾(ちゃしゅう)を将(もっ)て掼(なげつ)き碎(くだ)けば、彼(かれ)就(すなわ)ち我(われ)と相(あい)打(う)てり。正(まさ)に嚷(わめ)く時(とき)、那(か)の七箇(ななつ)の蜘蛛精(くもせい)跑(はし)り出(い)で来(きた)りて糸縄(しじょう)を吐(は)き放(はな)ち、我(われ)を将(もっ)て捆(くく)り住(とど)めしが、是(こ)れ我(われ)法力(ほうりき)を使(つか)い走(に)げ脱(のが)れしなり。土地(どち)に問(と)い及(およ)びて彼(かれ)が本相(ほんぞう)を說(と)かせ、我(われ)却(かえ)って又(また)分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)い糸縄(しじょう)を攪(か)き絶(た)ち、妖(よう)を拖(ひ)き出(いだ)し、一頓(ひとおもい)に棒(ぼう)にて打(う)ち殺(ころ)せり。此(こ)の道士(どうし)即(すなわ)ち彼(かれ)と仇(あだ)を報(ほう)じ、宝剣(ほうけん)を挙(あ)げて我(われ)と相(あい)闘(たたか)う。闘(たたか)うこと六十回合(ろくじゅうがいごう)を経(へ)て、彼(かれ)陣(じん)に敗(やぶ)れ、随(したが)いて衣裳(いしょう)を脱(ぬ)ぎ、両脇(りょうきょう)の下(した)自(よ)り千(せん)只(つ)の眼(め)を放(はな)ち、万道(ばんどう)の金光(きんこう)有(あ)りて、我(われ)を把(と)って罩(おお)い定(さだ)めたり。所以(ゆえ)に進退(しんたい)両難(りょうなん)にして、才(はじ)めて一箇(ひとつ)の鯪鯉鱗(りょうりりん)に変(へん)じ做(な)り、地(ち)の下(した)自(よ)り鑽(もぐ)り出(い)で来(きた)れるなり。正(まさ)に自(みずか)ら悲切(ひせつ=悲しみ)に在(あ)りしに、忽(たちま)ち汝(なんじ)が哭(な)くを聴(き)けり、故此(このゆえ)に相(あい)問(と)う。汝(なんじ)の丈夫(おっと)の為(ため)に此(こ)の紙銭(しせん)有(あ)りて報答(ほうとう)するを見(み)るに因(よ)り、我(わ)が師父(しふ)は身(み)を喪(うしな)いて、更(さら)に一物(ひとつのもの)の相(あい)酬(むく)いる無(な)ければ、所以(ゆえ)に自(みずか)ら怨(うら)み悲(かなしみ)を生(しょう)ぜるのみ、豈(あ)に敢(あえ)て相(あい)戯(たわむ)れんや!」と。 那(か)の婦女(ふじょ)水飯(すいはん)と紙銭(しせん)を放(お)き下(おろ)し、行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて陪礼(ばいれい=詫びて)道(い)う、「怪(とが)むること莫(なか)れ、怪(とが)むること莫(なか)れ。我(われ)汝(なんじ)の是(こ)れ難(なん)に被(あ)える者(もの)なるを知(し)らざりき。才(いま)しがた汝(なんじ)が說(いう)に拠(よ)りて將(もち)い起(おこ)せば、汝(なんじ)は那(か)の道士(どうし)を認(みと)め得(え)ざるなり。彼(かれ)本(もと)是(こ)れ一箇(ひとり)の百眼魔君(ひゃくがんまくん)、又(また)喚(よ)んで多目怪(ためかい)と做(な)す。汝(なんじ)既(すで)に此(こ)の変化(へんげ)有(あ)り、金光(きんこう)を脱(のが)れ得(え)、許久(ながく)戦(たたか)い得(え)たれば、必定(かなら)ず大神通(だいじんつう)有(あ)るも、却(かえ)って只(た)だ是(こ)れ還(ま)た那(か)の厮(やつ)に近(ちか)づくを得(え)ざるのみ。我(われ)汝(なんじ)に一箇(ひとり)の聖賢(せいけん)を請(しょう)ぜしめん、彼(かれ)能(よ)く金光(きんこう)を破(やぶ)り、道士(どうし)を降(くだ)すを得(う)べし」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)くや、連忙(すかさず)唱喏(しょうじゃく=拝礼)して道(い)う、「女菩薩(にょぼさつ)此(こ)の来歴(られき)を知(し)れるならば、煩(わずら)わしくも指教(しきょう=教え)し指教(しきょう)せよ。果(はた)して是(こ)れ那(いず)れの聖賢(せいけん)なるか、我(われ)去(ゆ)きて請(こ)い求(もと)め、我(わ)が師父(しふ)の難(なん)を救(すく)い、就(すなわ)ち汝(なんじ)が丈夫(おっと)の仇(あだ)を報(ほう)ぜん」と。婦人(ふじん)道(い)う、「我(われ)就(すなわ)ち說(い)い出(いだ)さん、汝(なんじ)去(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)じ、道士(どうし)を降(くだ)すも、只(た)だ仇(あだ)を報(ほう)ずるのみなるべく、恐(おそ)らくは汝(なんじ)が師父(しふ)を救(すく)うを得(え)じ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(どう)して救(すく)うを得(え)ざる」と。婦人(ふじん)道(い)う、「那(か)の厮(やつ)が毒薬(どくやく)は最(もっと)も狠(きつ)し。人(ひと)を薬(やく)し倒(たお)して、三日(みっか)の間(あいだ)に、骨髄(こつずい)俱(とも)に爛(ただ)る。汝(なんじ)が此(ここ)を往(ゆ)き回(かえ)るに恐(おそ)らくは遅(おそ)からん、故(ゆえ)に救(すく)うを得(え)ざるなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は路(みち)を走(はし)ることを会(え)す。彼(かれ)の多(いか)に遠(とお)きに凭(よ)らず、千里(せんり)も只(た)だ半日(はんじつ)を消(よう)するのみ」と。女子(じょし)道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に路(みち)を走(はし)るを会(え)するならば、我(われ)が說(いう)を聴(き)け。此(こ)の処(ところ)自(よ)り那(か)の処(ところ)に到(いた)るに千里(せんり)の遥(はるか)有(あ)り。那(か)の廂(ほう)に一座(ひとつ)の山(やま)有(あ)り、名(な)づけて紫雲山(しうんざん)と喚(よ)び、山(やま)の中(なか)に一箇(ひとつ)の千花洞(せんかどう)有(あ)り。洞(ほら)の裡(うち)に一位(ひとり)の聖賢(せいけん)在(ましま)して、喚(よ)んで毗藍婆(びらんば)と做(な)す。彼(かれ)能(よ)く此(こ)の怪(かい)を降(くだ)すを得(う)べし」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(か)の山(やま)は何(いず)れの方(ほう)に坐落(あり)て、却(かえ)って何(いず)れの方(ほう)自(よ)り去(ゆ)かん」と。女子(じょし)手(て)を用(もち)いて指(さ)し定(さだ)めて道(い)う、「那(か)の直南(ちょくなん=真南)の上(うえ)は便(すなわ)ち是(こ)れ」と。行者(ぎょうじゃ)頭(こうべ)を回(めぐ)らして看(み)る時(とき)、那(か)の女子(じょし)早(はや)く已(すで)に見(み)えず。行者(ぎょうじゃ)慌(あわ)てて礼拜(らいはい)して道(い)う、「是(こ)れ那(いず)れの菩薩(ぼさつ)ぞ。我(われ)が弟子(でし)鑽(もぐ)り昏(くら)みて、相(あい)識(し)るを得(え)ず。千(どうか)乞(こ)う名(な)を留(とど)めよ、好(よ)く謝(しゃ)せん!」と。只(た)だ見(み)る、那(か)の半空(はんくう)の中(なか)に叫(よ)んで道(い)う、「大聖(たいせい)、是(こ)れ我(われ)なり」と。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)る処(ところ)、原(もと)是(こ)れ黎山老姆(れいざんろうぼ)。空(そら)の中(なか)に赶(お)い至(いた)りて謝(しゃ)して道(い)う、「老姆(ろうぼ)何(いずこ)自(よ)り来(きた)りて我(われ)を指教(しきょう=教え)し給(たま)える」と。老姆(ろうぼ)道(い)う、「我(われ)才(いま)しがた龍華会(りゅうげえ)自(よ)り回(かえ)り来(きた)るに、汝(なんじ)が師父(しふ)の難(なん)有(あ)るを見(み)て、仮(かり)に孝婦(こうふ=喪に服す女)と做(な)り、夫喪(ふそう=夫の喪)の名(な)を借(か)りて、彼(かれ)をして一死(いっし)を免(まぬが)れしめたり。汝(なんじ)快(すみや)かに去(ゆ)きて彼(かれ)を請(しょう)ぜよ、但(た)だ我(われ)が指教(しきょう)せしとは說(い)い出(いだ)すべからず、那(か)の聖賢(せいけん)は些(いささ)か人(ひと)を怪(あやし)むこと多(おお)き故(ゆえ)に」と。 行者(ぎょうじゃ)謝(しゃ)して、辞別(じべつ=いとまごい)し、筋斗雲(きんとうん)を把(と)って一(ひと)たび縦(はな)つや、随(したが)いて紫雲山(しうんざん)の上(うえ)に到(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)え定(さだ)めて、就(すなわ)ち那(か)の千花洞(せんかどう)を見(み)る。那(か)の洞外(どうがい)── 青松(せいしょう)は勝境(しょうきょう=勝れた地)を遮(おお)い、 翠柏(すいはく)は仙居(せんきょ=仙人の住まい)を繞(めぐ)る。 緑柳(りょくりゅう)は山道(さんどう)に盈(み)ち、 奇花(きか)は澗渠(かんきょ=谷川)に満(み)つ。 香蘭(こうらん)は石屋(せきおく)を囲(かこ)み、 芳草(ほうそう)は岩嵎(がんぐ=岩の隅)に映(うつ)る。 流水(りゅうすい)は溪(たに)に連(つらな)りて碧(あお)く、 雲(くも)は古樹(こじゅ)を封(ふう)じて虚(むな)し。 野禽(やきん)の声(こえ)聒聒(かつかつ)として、 幽鹿(ゆうろく)の歩(あゆみ)徐徐(じょじょ)たり。 修竹(しゅうちく)は枝枝(えだえだ)秀(ひい)で、 紅梅(こうばい)は葉葉(はは)舒(の)ぶ。 寒鴉(かんあ)は古樹(こじゅ)に栖(す)み、 春鳥(しゅんちょう)は高樗(こうちょ=高き樗)に嗓(さえず)る。 夏麦(かばく)は田(た)に盈(み)ちて広(ひろ)く、 秋禾(しゅうか)は地(ち)に遍(あまね)くして余(あま)り有(あ)り。 四時(しいじ)に葉(は)の落(お)つる無(な)く、 八節(はっせつ)に花(はな)の如(ごと)き有(あ)り。 瑞靄(ずいあい=瑞雲)を生(しょう)じて毎(つね)に霄漢(しょうかん=天の川)に連(つらな)り、 祥雲(しょううん)を放(はな)ちて常(つね)に太虚(たいきょ=大空)に接(つらな)る。 此(こ)の大聖(たいせい)喜喜歡歡(よろこびよろこび)て走(あゆ)み将(も)ちて進(すす)み入(い)り、一程(ひとみち)一節(ひとふし)、天辺(てんぺん=空の果て)の景致(けいち)を看(み)れど尽(つ)きず。直(ただ)ちに裡(うち)に入(い)るに、更(さら)に箇(ひとり)の人児(ひと)も無(な)く、静静悄悄(しんとしずか)として、鷄犬(けいけん)の声(こえ)も也(また)無(な)し。心(こころ)の中(なか)に暗(ひそか)に道(い)う、「此(こ)の聖賢(せいけん)想(おも)うに是(こ)れ家(いえ)に在(おわ)さざるならん」と。又(また)数里(すうり)を進(すす)みて看(み)る時(とき)、一箇(ひとり)の女道姑(にょどうこ=女道士)の榻(とう=寝台)の上(うえ)に坐(ざ)せるを見(み)る。汝(なんじ)看(み)よ、彼(かれ)の怎(いか)に生(どう)か模様(なり)せるを── 頭(かしら)に戴(いただ)くは五花納錦帽(ごかなきんぼう=五色の錦の帽)、 身(み)に穿(き)るは一領(ひとえ)の織金袍(しょくきんぽう=金織りの袍)。 足(あし)に踏(ふ)むは雲尖鳳頭履(うんせんほうとうり=雲形に鳳の頭の靴)、 腰(こし)に系(むす)ぶは撚(よ)り糸(いと)の双穂縧(そうすいとう=二重の房の帯)。 面(おもて)は秋容(しゅうよう=秋の容)の霜(しも)の後(のち)に老(お)いたるに似(に)、 声(こえ)は春燕(しゅんえん)の社前(しゃぜん=春祭の前)に嬌(あで)やかなるが如(ごと)し。 腹中(ふくちゅう)に久(ひさ)しく三乗法(さんじょうほう)を諳(そらん)じ、 心上(しんじょう)に常(つね)に四諦(したい)の饒(ゆたか)なるを修(おさ)む。 空空(くうくう)の真正果(しんしょうか=真の悟り)を悟(さと)り出(いだ)し、 了了(りょうりょう=明らか)を煉(ね)り成(な)して自(おのず)から逍遥(しょうよう)す。 正(まさ)に是(こ)れ千花洞(せんかどう)の裡(うち)の仏(ほとけ)、 毗藍菩薩(びらんぼさつ)姓(せい)名(な)高(たか)し。 行者(ぎょうじゃ)脚(あし)を止(とど)むるを得(え)ず、近(ちか)づき前(すす)みて叫(よ)んで道(い)う、「毗藍婆菩薩(びらんばぼさつ)、問訊(もんじん=挨拶)し了(おわ)る」と。那(か)の菩薩(ぼさつ)即(すなわ)ち榻(とう)を下(お)り、掌(て)を合(あわ)せて礼(れい)を回(かえ)して道(い)う、「大聖(たいせい)、迎(むか)うるを失(うしな)えり、汝(なんじ)那裡(いずこ)自(よ)りか来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)怎(どう)して就(すなわ)ち我(われ)の是(こ)れ大聖(たいせい)なるを認(みと)め得(え)たる」と。毗藍婆(びらんば)道(い)う、「汝(なんじ)当年(とうねん)天宮(てんきゅう)を大(おお)いに鬧(さわ)がしし時(とき)、普(あまね)く地(ち)の裡(うち)に汝(なんじ)が形象(かたち)を伝(つた)えたり、誰人(たれ)か知(し)らざらん、那(いず)れか識(し)らざらん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ、好事(こうじ)は門(もん)を出(い)でず、悪事(あくじ)は千里(せんり)に伝(つた)わる、とやら。我(われ)の如今(いま)仏門(ぶつもん)に皈(き)し正(ただ)しきに象(か)たるは、汝(なんじ)が就(すなわ)ち暁(さと)らざる所(ところ)なる!」と。毗藍(びらん)道(い)う、「何時(いつ)皈正(きせい=帰依)せる。恭喜(おめでとう)、恭喜(おめでとう)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「近(ちか)ごろ能(よ)く命(いのち)を脱(のが)れ、師父(しふ)唐僧(とうそう)を保(ほ)して西天(さいてん)に上(のぼ)りて経(きょう)を取(と)らんとす。師父(しふ)黄花観(こうかかん)の道士(どうし)に遇(あ)い、毒薬(どくやく)の茶(ちゃ)を将(もっ)て薬(やく)し倒(たお)されたり。我(われ)那(か)の厮(やつ)と賭闘(かけあらそ)うに、彼(かれ)就(すなわ)ち金光(きんこう)を放(はな)ちて我(われ)を罩(おお)い住(とど)めしが、是(こ)れ我(われ)神通(じんつう)を使(つか)い走(に)げ脱(のが)れしなり。菩薩(ぼさつ)の能(よ)く彼(かれ)が金光(きんこう)を滅(ほろぼ)すと聞(き)き、特に来(きた)りて拝(おが)み請(こ)う」と。菩薩(ぼさつ)道(い)う、「是(こ)れ誰(たれ)が汝(なんじ)と說(い)える。我(われ)盂蘭会(うらんえ)に赴(おもむ)きし自(よ)り、今(いま)に到(いた)るまで三百余年(さんびゃくよねん)、曾(かつ)て門(もん)を出(い)でず。我(われ)姓(せい)を隠(かく)し名(な)を埋(うず)めて、更(さら)に一人(ひとり)も知(し)り得(う)る無(な)きに、汝(なんじ)却(かえ)って怎(どう)して知(し)り得(え)たる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の地裡鬼(ちりき=土地の妖)、那裡(いずこ)をも管(かま)わず、自家(みずか)ら都(みな)会(よ)く訪(たず)ね着(あ)つるなり」と。毗藍(びらん)道(い)う、「也(また)罷(よ)し也(また)罷(よ)し。我(われ)本当(もと)は去(ゆ)かざるべきも、大聖(たいせい)の下臨(かりん=来臨)を蒙(こうむ)るに奈(いかん)ともせず、経(きょう)を求(もと)むるの善(ぜん)を滅(ほろぼ)すべからざれば、我(われ)汝(なんじ)と去(ゆ)き来(きた)らん」と。 行者(ぎょうじゃ)称(たた)えて謝(しゃ)して、道(い)う、「我(われ)忒(はなは)だ無知(むち)にして、擅(ほしいまま)に催促(さいそく)せり。但(た)だ曾(かつ)て甚(なん)の兵器(へいき)を帯(お)びたるかを知(し)らず」と。菩薩(ぼさつ)道(い)う、「我(われ)に一箇(ひとつ)の繍花針児(しゅうかしん=刺繍針)有(あ)り、能(よ)く那(か)の厮(やつ)を破(やぶ)る」と。行者(ぎょうじゃ)忍(しの)びずして道(い)う、「老姆(ろうぼ)我(われ)を誤(あやま)らせたり。早(はや)く是(こ)れ繍花針(しゅうかしん)なるを知(し)らば、汝(なんじ)を労(ろう)するを須(もち)いず、就(すなわ)ち老孫(ろうそん)に問(と)いて一担(ひとにな)を要(よう)するも也(また)有(あ)る所(ところ)なり」と。毗藍(びらん)道(い)う、「汝(なんじ)が那(そ)の繍花針(しゅうかしん)は、無非(とりもなおさず)是(こ)れ鋼鉄(こうてつ)の金針(きんしん)、用(もち)うるを得(え)ず。我(わ)が此(こ)の宝貝(ほうばい)は、鋼(はがね)に非(あら)ず、鉄(くろがね)に非(あら)ず、金(こがね)に非(あら)ず、乃(すなわ)ち我(わ)が小児(しょうじ=息子)が日眼(にちがん=日の眼)の裡(うち)にて煉(ね)り成(な)せるなり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「令郎(れいろう=ご子息)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。毗藍(びらん)道(い)う、「小児(しょうじ)は乃(すなわ)ち昴日星官(ぼうじつせいかん)なり」と。行者(ぎょうじゃ)驚駭(きょうがい=驚き)して已(や)まず。早(はや)くも金光(きんこう)の艶艶(えんえん)たるを望(のぞ)み見(み)るや、即(すなわ)ち毗藍(びらん)に回(かえ)り向(むか)いて道(い)う、「金光(きんこう)の処(ところ)は便(すなわ)ち是(こ)れ黄花観(こうかかん)也(なり)」と。 毗藍(びらん)随(したが)いて衣領(いりょう=襟)の裡(うち)自(よ)り一箇(ひとつ)の繍花針(しゅうかしん)を取(と)り出(いだ)す。眉毛(びもう)の粗細(ふとさ)に似(に)て、五六分(ごろくぶ)の長短(ながさ)有(あ)り。手(て)に拈(つま)みて、空(そら)を望(めが)けて抛(な)げ去(ゆ)く。少時(しばらく)の間(あいだ)に、一声(ひとこえ)響(ひび)きて、金光(きんこう)を破(やぶ)れり。行者(ぎょうじゃ)喜(よろこ)んで道(い)う、「菩薩(ぼさつ)、妙(たえ)なる哉(かな)妙(たえ)なる哉(かな)! 針(はり)を尋(たず)ねよ針(はり)を尋(たず)ねよ!」と。毗藍(びらん)手(て)の掌(たなごころ)の内(うち)に托(いただ)いて道(い)う、「是(こ)れならずや」と。行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って同(とも)に雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(おろ)し、観(かん)の裡(うち)に走(あゆ)み入(い)るに、只(た)だ見(み)る、那(か)の道士(どうし)眼(め)を合(と)じて、歩(あゆみ)を挙(あ)ぐること能(あた)わず。行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の潑怪(はつかい)め、瞎子(めくら)を装(よそお)う哩(ぞ)!」と。耳朶(みみ)の裡(うち)自(よ)り棒(ぼう)を取(と)り出(いだ)して就(すなわ)ち打(う)たんとす。毗藍(びらん)扯(ひ)き住(とど)めて道(い)う、「大聖(たいせい)打(う)つこと莫(なか)れ、且(しばら)く汝(なんじ)が師父(しふ)を看(み)に去(ゆ)け」と。 行者(ぎょうじゃ)径(ただ)ちに後面(うしろ)の客位(きゃくい)の裡(うち)に至(いた)りて看(み)る時(とき)、彼(かれ)三人(みたり)都(みな)地(ち)の上(うえ)に睡(ふ)して痰(たん)を吐(は)き沫(あわ)を吐(は)く哩(なり)。行者(ぎょうじゃ)涙(なみだ)を垂(た)れて道(い)う、「却(かえ)って怎(どう)してか好(よ)からん! 却(かえ)って怎(どう)してか好(よ)からん!」と。毗藍(びらん)道(い)う、「大聖(たいせい)悲(かなし)むこと休(や)めよ。也(また)是(こ)れ我(われ)が今日(こんにち)門(もん)を出(い)でし一場(ひとしきり)なれば、索性(いっそ)陰徳(いんとく=人知れぬ善)を積(つ)まん。我(われ)が此(ここ)に解毒丹(げどくたん)有(あ)り、汝(なんじ)に三丸(みつ)を送(おく)らん」と。行者(ぎょうじゃ)身(み)を転(てん)じて拝(おが)み求(もと)む。那(か)の菩薩(ぼさつ)袖中(しゅうちゅう)自(よ)り一箇(ひとつ)の破(やぶ)れたる紙包児(かみづつみ)を取(と)り出(いだ)し、内(うち)に三粒(みつ)の紅(あか)き丸子(がんし)を将(もっ)て行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)し、口(くち)の裡(うち)に入(い)れ置(お)くべしと教(おし)う。行者(ぎょうじゃ)薬(くすり)を把(と)って彼等(かれら)の牙関(がかん=歯)を扳(こじ)り開(ひら)き、毎人(めいめい)に一丸(ひとつ)を揌(つ)め込(こ)む。須臾(しばらく)にして、薬(くすり)の味(あじ)腹(はら)に入(い)り、便(すなわ)ち就(そこ)で一斉(いっせい)に呕噦(おうえつ=むかつき)し、遂(つい)に毒(どく)の味(あじ)を吐(は)き出(いだ)し、性命(せいめい)を得(え)たり。 那(か)の八戒(はっかい)先(ま)ず爬(は)い起(お)きて道(い)う、「悶(くるし)みて我(われ)を殺(ころ)せる也(よ)!」と。三蔵(さんぞう)沙僧(しゃそう)俱(とも)に醒(さ)めて道(い)う、「好(いか)に暈(くら)める也(よ)!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝等(なんじら)那(か)の茶(ちゃ)の裡(うち)に毒(どく)に中(あた)りたるなり。此(こ)の毗藍菩薩(びらんぼさつ)に搭救(たすけ)られしに虧(よ)れり、快(すみや)かに都(みな)来(きた)りて拝(おが)み謝(しゃ)せよ」と。三蔵(さんぞう)身(み)を欠(かが)め衣(ころも)を整(ととの)えて謝(しゃ)す。八戒(はっかい)道(い)う、「師兄(しけい)、那(か)の道士(どうし)は那裡(いずこ)に在(あ)る。我(われ)が彼(かれ)に一(ひと)たび問(と)わんを等(ま)て、何(なん)の為(ため)に此(か)くの般(ごと)く我(われ)を害(そこな)える」と。行者(ぎょうじゃ)蜘蛛精(くもせい)の上項(さきほど)の事(こと)を把(と)って說(と)くこと一遍(ひととおり)す。八戒(はっかい)狠(こわ)みを発(はっ)して道(い)う、「此(こ)の厮(やつ)既(すで)に蜘蛛(くも)と姉妹(しまい)と為(な)らば、定(さだ)めて是(こ)れ妖精(ようせい)なる!」と。行者(ぎょうじゃ)指(さ)して道(い)う、「彼(かれ)は那(か)の殿外(でんがい)に在(あ)りて立(た)ち定(さだ)まり、瞎子(めくら)を装(よそお)う哩(ぞ)」と。八戒(はっかい)鈀(ていは)を拿(と)って就(すなわ)ち打(う)ち込(こ)まんとするも、又(また)毗藍(びらん)に止(とど)め住(とど)められて道(い)う、「天蓬(てんぽう)怒(いかり)を息(いこ)え。大聖(たいせい)我(わ)が洞(ほら)の裡(うち)に人(ひと)無(な)きを知(し)れるなれば、我(われ)をして彼(かれ)を収(おさ)め往(ゆ)きて門戸(もんこ=門)を看守(みはら)しめよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「大徳(だいとく)を感(かん)じ蒙(こうむ)れるに、豈(あ)に奉承(ほうしょう=従わ)ざらんや! 但(た)だ只(た)だ是(こ)れ彼(かれ)をして本象(ほんぞう=正体)を現(あらわ)さしめ、我等(われら)に看看(み)しめよ」と。毗藍(びらん)道(い)う、「容易(たやすい)」と。即(すなわ)ち上前(すす)みて手(て)を用(もち)いて一(ひと)たび指(さ)せば、那(か)の道士(どうし)撲(どさ)と塵埃(じんあい=地面)に倒(たお)れ、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)す。乃(すなわ)ち是(こ)れ一条(ひとすじ)の七尺(しちしゃく)の長短(ながさ)の大(おお)いなる蜈蚣精(ごこうせい=百足の精)なり。毗藍(びらん)小指頭(こゆびさき)を使(つか)いて挑(ほじく)り起(おこ)し、祥雲(しょううん)に駕(が)して径(ただ)ちに千花洞(せんかどう)に転(めぐ)り去(ゆ)く。八戒(はっかい)打仰(おどろ)いて道(い)う、「此(こ)の媽媽児(ばばあ)却(かえ)って也(また)利害(りがい=手強)し、怎(どう)して就(すなわ)ち此(か)くの般(ごとき)の悪物(あくぶつ)を降(くだ)し得(え)たる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)彼(かれ)に甚(なん)の兵器(へいき)有(あ)りて彼(かれ)が金光(きんこう)を破(やぶ)ると問(と)えば、彼(かれ)道(い)う、一箇(ひとつ)の繍花針児(しゅうかしん)有(あ)り、是(こ)れ彼(かれ)が儿子(むすこ)の日眼(にちがん=日の眼)の裡(うち)に在(あ)りて煉(ね)りしなりと。彼(かれ)が令郎(れいろう)は誰(たれ)ぞと問(と)い及(およ)ぶに、彼(かれ)道(い)う、是(こ)れ昴日星官(ぼうじつせいかん)なりと。我(われ)想(おも)うに昴日星(ぼうじつせい)は是(こ)れ一(ひと)羽(わ)の公鶏(おんどり)なれば、此(こ)の老媽媽子(ろうば)必定(かなら)ず是(こ)れ一(ひと)羽(わ)の母鶏(めんどり)ならん。鶏(にわとり)は最(もっと)も能(よ)く蜈蚣(むかで)を降(くだ)す、所以(ゆえ)に能(よ)く収(おさ)め伏(ふく)する也(なり)」と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)くや頂礼(ちょうらい=礼拝)すること尽(つ)きず、教(おし)えて、「徒弟(とてい)たち、收拾(したく)して去(ゆ)かん」と。那(か)の沙僧(しゃそう)即(すなわ)ち裡(うち)に在(あ)りて些(いささ)かの米糧(べいりょう=食料)を尋(たず)ね、些(いささ)かの斎(とき)を安排(ととの)え、俱(とも)に飽(あ)き餐(くら)うこと一頓(ひととき)。馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、師父(しふ)を請(しょう)じて門(もん)を出(い)づ。行者(ぎょうじゃ)彼(かれ)が厨中(ちゅうちゅう=台所)自(よ)り一把(ひとつかみ)の火(ひ)を放(はな)ち、一座(ひとつ)の観(かん)を霎時(またたくま)に焼(や)き得(え)て煨燼(いじん=灰燼)とし、却(かえ)って歩(あゆみ)を曳(ひ)きて長(なが)く行(ゆ)く。正(まさ)に是(かく)の如(ごと)し── 唐僧(とうそう)命(いのち)を得(え)て毗藍(びらん)を感(かん)じ、 性(しょう)を了(お)えて多目怪(ためかい)を消除(しょうじょ)す。 畢竟(つまるところ)、前(まえ)へ向(むか)いて去(ゆ)くに還(ま)た甚(なん)の事体(ことがら)有(あ)るかは、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=説き明かし)を聴(き)け。 第七十四回 長庚(ちょうこう)伝(つた)えて魔頭(まとう)の狠(おそ)ろしきを報(しら)し 行者(ぎょうじゃ)変化(へんげ)の能(ちから)を施(ほどこ)す 情欲(じょうよく)の因(よ)る所(ところ)は総(すべ)て一般(いっぱん)、 情(じょう)有(あ)り欲(よく)有(あ)れば自(おの)ずから然(しか)る。 沙門(しゃもん)に修練(しゅうれん)する紛紛(ふんぷん)の士(ひと)よ、 欲(よく)を断(た)ち情(じょう)を忘(わす)るる即(すなわ)ち是(こ)れ禅(ぜん)なり。 須(すべから)く意(い)を著(つ)くべし、心(こころ)の堅(かた)きを要(よう)す、 一塵(いちじん)も染(そ)まざれば月(つき)天(てん)に当(あ)たる。 功(こう)を行(おこな)い歩(あゆみ)を進(すす)めて錯(あやま)りを教(し)むることなかれ、 行(ぎょう)満(み)ち功(こう)完(おわ)れば大覚(だいかく)の仙(せん)なり。 話表(さて)、三蔵(さんぞう)師徒(しと)たちは欲(よく)の網(あみ)を打(う)ち開(ひら)き、情(じょう)の牢(ろう)より跳(と)び出(い)でて、馬(うま)を放(はな)ち西(にし)へ行(ゆ)く。多時(しばらく)行(ゆ)くうち、又(また)夏(なつ)尽(つ)きて秋(あき)の初(はじ)め、新涼(しんりょう=新たなる涼しさ)体(からだ)に透(とお)る。但(ただ)見(み)る那(か)の: 急雨(きゅうう)は残暑(ざんしょ)を収(おさ)め、梧桐(ごどう)は一葉(いちよう)に驚(おどろ)く。 蛍(ほたる)は莎径(さけい=草深き小道)の晩(くれ)に飛(と)び、 蛩(きりぎりす)は月華(げっか=月の光)の明(あき)らけきに語(かた)る。 黄葵(こうき)開(ひら)いて露(つゆ)に映(えい)じ、紅蓼(こうりょう)は沙汀(さてい=砂の渚)に遍(あまね)し。 蒲柳(ほりゅう)は先(ま)ず零落(れいらく)し、寒蝉(かんぜん)は律(りつ)に応(おう)じて鳴(な)く。 三蔵(さんぞう)正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)、忽(たちま)ち一坐(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)る。峰(みね)は碧空(へきくう)に插(さ)し、真(まこと)に是(こ)れ星(ほし)を摩(ま)し日(ひ)を遮(さえぎ)るばかり。長老(ちょうろう)心中(しんちゅう)に害怕(おそれ)て、悟空(ごくう)を叫(よ)んで道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、前(まえ)の此(こ)の山(やま)、十分(じゅうぶん)に高聳(こうしょう=高くそびゆ)なり。但(ただ)知(し)らず、路(みち)の通(つう)ずること有(あ)りや否(いな)や」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、那(なに)の話(はなし)を説(い)うや。古道(こどう)に曰(いわ)く、山(やま)高(たか)ければ自(おの)ずから客(きゃく)の行(ゆ)く路(みち)有(あ)り、水(みず)深(ふか)ければ自(おの)ずから渡船(とせん)の人(ひと)有(あ)り、豈(あ)に通達(つうたつ)の理(ことわり)無(な)からんや。心(こころ)を放(はな)ちて前(すす)み去(ゆ)くべし」と。長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)きて、喜笑花生(きしょうかせい=喜び笑いて顔に花咲く)し、鞭(むち)を揚(あ)げ馬(うま)を策(さく)して而(しか)して進(すす)み、径(ただ)ちに高岩(こうがん)に上(のぼ)る。 行(ゆ)くこと数里(すうり)ならず、一(ひとり)の老者(ろうじゃ)を見(み)る。鬢(びん)は蓬松(ほうしょう=松のごとく乱れ)、白髪(はくはつ)飄(ひるがえ)り掻(か)く;鬚(ひげ)は稀朗(きろう=まばら)にして、銀糸(ぎんし)擺動(はいどう=揺れ動く)。項(くび)に一串(ひとつな)ぎの数珠(じゅず)を掛(か)け、手(て)に拐杖(かいじょう=杖)を持(も)ちて龍頭(りゅうとう=竜の頭)を現(あらわ)す。遠遠(はるか)に那(か)の山坡(さんぱ=山の斜面)に立(た)ちて高(たか)く呼(よばわ)る、「西進(にしへ進)む長老(ちょうろう)よ、且(しばら)く驊騮(かりゅう=駿馬)を住(とど)め、玉勒(ぎょくろく=玉の轡)を緊(きつ)く兜(あ)てよ。此(こ)の山(やま)の上(うえ)に一伙(ひとくみ)の妖魔(ようま)有(あ)りて、閻浮世上(えんぶせじょう=この世)の人(ひと)を食(く)い尽(つく)せり、前進(ぜんしん)すべからず!」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、大(おお)いに驚(おどろ)きて色(いろ)を失(うしな)う。一(ひとつ)には馬(うま)の足下(あしもと)の平(たいら)ならざるがため、二(ふたつ)には坐(すわ)る箇(こ)の雕鞍(ちょうあん=彫りある鞍)の穏(おだ)やかならざるがため、撲(はた)と馬(うま)より跌下(お)ち、掙挫(あが)くこと動(うご)かず、草(くさ)の中(なか)に睡(ねそべ)りて哼(うな)るのみ。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(すす)みて攙(たす)け起(おこ)して道(い)う、「怕(おそ)るるな怕(おそ)るるな!我(われ)有(あ)り!」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「汝(なんじ)、那(か)の高岩(こうがん)の上(うえ)の老者(ろうじゃ)の、此(こ)の山(やま)の上(うえ)に一伙(ひとくみ)の妖魔(ようま)有(あ)りて閻浮世上(えんぶせじょう)の人(ひと)を食(く)い尽(つく)せりと報(しら)するを聴(き)けるか。誰(たれ)か敢(あ)えて去(ゆ)きて他(かれ)に一箇(ひとつ)の真実(しんじつ)の端的(たんてき=明らかなる事情)を問(と)わん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く地(ち)に坐(すわ)り、我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)に問(と)うを待(ま)て」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「汝(なんじ)が相貌(そうぼう)は醜陋(しゅうろう=醜くいやし)く、言語(げんご)は粗俗(そぞく)なり。怕(おそ)らくは他(かれ)を衝撞(しょうどう=ぶつかりて無礼)して、実信(じっしん=確かなる消息)を問(と)い出(いだ)すこと能(あた)わじ」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)、箇(ひとつ)の俊(しゅん=美し)き者(もの)に変(へん)じて去(ゆ)きて他(かれ)に問(と)わん」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「汝(なんじ)変(へん)じて我(われ)に看(み)せよ」と。 好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)し、箇(ひとつ)の干干浄浄(かんかんじょうじょう)の小和尚(こおしょう)と成(な)れり。真(まこと)に是(こ)れ目(め)秀(ひい)で眉(まゆ)清(きよ)く、頭(あたま)円(まる)く臉(かお)正(ただ)しく、行動(こうどう)に斯文(しぶん=上品)の気象(きしょう)有(あ)り、開口(かいこう)に俗類(ぞくるい=俗なる類)の言辞(げんじ)無(な)し。錦衣(きんい)の直裰(じきとつ=法衣)を一抖(ひとゆす)り抖(ゆす)り、歩(あゆみ)を引(ひ)いて前(すす)み出(い)で、唐(とう)の僧(そう)に向(むか)って道(い)う、「師父(しふ)、我(われ)変(へん)ずること好(よ)きや」と。三蔵(さんぞう)見(み)て大(おお)いに喜(よろこ)びて道(い)う、「変(へん)ずること好(よ)し!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「怎(なん)で好(よ)からざらん!只(た)だ我(われ)等(ら)を都(みな)比(ひ)し下(さ)げしのみ。老猪(ろうちょ)は滚(ころ)び上(あが)ること二三年(にさんねん)にして、也(また)此(か)くの般(ごと)き俊俏(しゅんしょう=美しさ)には変(へん)ずること得(え)じ」と。 好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、彼(かれ)等(ら)を離(か)れ去(さ)り、径(ただ)ちに近(ちか)づき前(すす)みて那(か)の老者(ろうじゃ)に対(たい)し躬身(きゅうしん=身をかがめ)て道(い)う、「老公公(ろうこうこう)よ、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん=挨拶)し了(おわ)る」と。那(か)の老児(ろうじ)は他(かれ)が生(う)まれつき俊雅(しゅんが=上品で美し)く、年少(ねんしょう)にして身(み)軽(かる)なるを見(み)て、待答不答(たいとうふっとう=答えるとも答えぬとも)の態(てい)にて他(かれ)に一箇(ひとつ)の礼(れい)を還(かえ)し、手(て)を用(もち)いて他(かれ)が頭(あたま)を摸(さわ)り、笑嘻嘻(しょうきき=にこにこ)として問(と)うて道(い)う、「小和尚(こおしょう)よ、汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)等(ら)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)より来(きた)れる者(もの)、特(こと)に西天(さいてん)に上(のぼ)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんとす」と。 適(たまた)ま此(こ)の間(あいだ)に到(いた)り、公公(こうこう)の妖怪(ようかい)有(あ)りと報(しら)するを聞(き)くを得(え)たり。我(われ)が師父(しふ)は胆(きも)小(ちい)さく怕懼(おそれ)るるをもって、我(われ)をして来(きた)りて一声(ひとこえ)問(と)わしむ。端的(たんてき)には是(こ)れ甚(なん)の妖精(ようせい)なる、他(かれ)敢(あ)えて此(か)くの般(ごと)く短路(たんろ=道を塞ぐ)す!煩(わずら)わしきかな公公(こうこう)、細(こま)かに説(と)きて我(われ)に之(これ)を知(し)らしめよ。我(われ)好(よ)く他(かれ)をして貶解(へんかい=追い払う)し起(た)ち身(み)ぜしめん」と。那(か)の老児(ろうじ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の小和尚(こおしょう)は年幼(ねんよう)にして、好歹(こうたい=善悪)を知(し)らず、言(げん)幫襯(ほうしん=助け)とならず。那(か)の妖魔(ようま)は神通(じんつう)広大(こうだい)なること得緊(はなはだ)し、怎(なん)で敢(あ)えて他(かれ)を貶解(へんかい)して起身(きしん)すと説(い)わん!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が言(げん)に拠(よ)れば、他(かれ)を護(まも)るの意(こころ)有(あ)るに似(に)たり。必(かなら)ず他(かれ)と親(した)しき有(あ)り、或是(あるいは)緊鄰契友(きんりんけいゆう=近き隣の親しき友)なるか。然(しから)ずんば、怎(なん)で他(かれ)が威智(いち=威勢と知恵)を長(ちょう)じ、他(かれ)が節概(せつがい=気概)を興(おこ)して、肯(あ)えて心(こころ)を傾(かたむ)け胆(たん)を吐(は)きて他(かれ)が一箇(ひとつ)の来歴(らいれき)を説(い)わざる」と。公公(こうこう)点頭(てんどう=うなず)き笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の和尚(おしょう)は倒(かえ)って嘴(くち)を弄(ろう)することを会(え)す!想(おも)うに是(こ)れ汝(なんじ)が師父(しふ)に跟(したが)いて方(ほう)を遊(ゆう)し、到(いた)る処(ところ)にして些(いささ)かの法術(ほうじゅつ)を学(まな)び、或是(あるいは)魍魎(もうりょう)を驅縛(くばく=追い縛る)することを会(え)し、人(ひと)の家(いえ)がためにも宅(たく)を鎮(しず)め邪(じゃ)を降(くだ)すならん。汝(なんじ)未(いま)だ十分(じゅうぶん)の狠怪(こんかい=凶悪なる妖怪)に撞見(であ)わざるのみ!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(なん)の狠(おそろ)しきや」と。公公(こうこう)道(い)う、「那(か)の妖精(ようせい)は一封(ひとふう)の書(ふみ)霊山(りょうざん)に到(いた)れば、五百(ごひゃく)の阿羅(あら)も都(みな)来(きた)りて迎接(げいせつ)す;一紙(ひとひ)の簡(ふだ)天宮(てんぐう)に上(のぼ)れば、十一(じゅういち)の大曜(たいよう)も箇箇(おのおの)相欽(あいしん=互いに敬う)。四海(しかい)の龍(りゅう)は曾(かつ)て他(かれ)と友(とも)と為(な)り、八洞(はっとう)の仙(せん)は常(つね)に他(かれ)と会(かい)を作(な)す。十地(じっち)の閻君(えんくん)は兄弟(きょうだい)を以(もっ)て相称(あいしょう)し、社令城隍(しゃれいじょうこう=土地神と城隍神)は賓朋(ひんぽう=客と友)を以(もっ)て相愛(あいあい)す」と。大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、忍(しの)ぶこと能(あた)わず呵呵(かか)と大笑(たいしょう)し、手(て)を用(もち)いて老者(ろうじゃ)を扯(ひ)いて道(い)う、「説(い)うな!説(い)うな!那(か)の妖精(ようせい)と我(われ)が後生小厮(こうせいしょうし=若者や下男)と兄弟朋友(きょうだいほうゆう)と為(な)るも、也(また)十分(じゅうぶん)の高作(こうさく=大した手柄)ならず。若(も)し我(われ)が小和尚(こおしょう)の来(きた)れるを知(し)らば、他(かれ)は夜(よる)に連(つら)ねて就(すなわ)ち身(み)を搬(うつ)して去(さ)らん!」と。公公(こうこう)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の小和尚(こおしょう)、胡説(こせつ=でたらめ)す!不当人子(ふとうじんし=もってのほか)なり!那(いず)れの神聖(しんせい)か是(こ)れ汝(なんじ)が後生小厮(こうせいしょうし)なる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「実(じつ)に汝(なんじ)に瞞(かく)して説(い)わず、我(われ)が小和尚(こおしょう)は祖(そ)として傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)に居(きょ)し、姓(せい)は孫(そん)、名(な)は悟空(ごくう)と曰(い)う。当年(とうねん)也(また)曾(かつ)て妖精(ようせい)と作(な)り、大事(だいじ)を干(おこな)えり。曾(かつ)て衆魔(しゅうま)と会(かい)するに因(よ)り、幾杯(いくばい)かの酒(さけ)を多飲(たいのん)して睡(ねむ)り、夢(ゆめ)の中(なか)に二人(ふたり)の者(もの)の批(ひ=召喚状)を以(もっ)て我(われ)を勾(こう=引きた)きて陰司(いんし=冥府)に到(いた)るを見(み)たり。一時(ひととき)に怒(いか)り発(はっ)し、金箍棒(きんこぼう)を以(もっ)て鬼判(きはん=冥府の役人)を打(う)ち傷(きずつ)け、閻王(えんおう)を唬倒(おどしふ)せぎ、幾(ほと)んど森羅殿(しんらでん)を掀翻(ひっくりかえ)さんとせり。嚇(おど)ろかされて那(か)の掌案(しょうあん=係り)の判官(はんがん)は紙(かみ)を拿(と)り、十(じゅう)の閻王(えんおう)も僉名画字(せんめいがじ=署名捺印)し、我(われ)に他(かれ)を打(う)つを饒(ゆる)さんことを教(おし)え、情願(ねが)って我(われ)と後生小厮(こうせいしょうし)と作(な)らんとせり」と。那(か)の公公(こうこう)説(い)うを聞(き)きて道(い)う、「阿弥陀仏(あみだぶつ)!此(こ)の和尚(おしょう)は此(か)くの般(ごと)き過頭話(かとうわ=大げさな話)を説(い)いて、再(ふたた)び大(おお)きく長(ちょう)ずることを想(おも)う莫(な)かれ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「官児(かんじ)よ、我(われ)が此(か)くの般(ごと)き大(おお)きさも也(また)彀(た)れり」と。公公(こうこう)道(い)う、「汝(なんじ)は年(とし)幾歳(いくつ)なる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)猜(あて)て看(み)よ」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「七八歳(しちはちさい)なるのみならん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「一萬(いちまん)の七八歳(しちはちさい)有(あ)り!我(われ)旧嘴臉(きゅうしれん=元の顔つき)を把(と)り出(いだ)して汝(なんじ)に看(み)せん、汝(なんじ)即(すなわ)ち怪(とが)むること莫(な)かれ」と。公公(こうこう)道(い)う、「怎(なん)で又(また)箇(ひとつ)の嘴臉(しれん=顔つき)有(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)が小和尚(こおしょう)は七十二副(しちじゅうにふ)の嘴臉(しれん)有(あ)り」と。那(か)の公公(こうこう)は不識竅(ふしききょう=要領を得ず)、只管(ただ)他(かれ)に問(と)う。他(かれ)は就(すなわ)ち臉(かお)を把(と)って一抹(ひとぬぐ)い抹(ぬぐ)えば、即(すなわ)ち本象(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、咨牙倈嘴(しがらいし=牙をむき口をとがらす)、両股(りょうこ=両の腿)通紅(つうこう=真っ赤)に、腰間(ようかん)に一條(ひとすじ)の虎皮裙(こひくん=虎の皮の腰巻)を系(むす)び、手(て)に一(ひと)根(ふ)りの金箍棒(きんこぼう)を執(と)り、石崖(せきがい)の下(した)に立(た)てば、就(すなわ)ち箇(ひとつ)の活雷公(かつらいこう=生ける雷神)の象(ごと)し。那(か)の老者(ろうじゃ)見(み)て、嚇(おど)ろかされて面容(めんよう)色(いろ)を失(うしな)い、腿脚(たいきゃく=足腰)酸麻(さんま=しびれだる)くして站(た)つこと穏(おだ)やかならず、撲(はた)と一跌(ひとたお)れ;爬(はい)き起(お)きて、又(また)一箇(ひとつ)の躘蹲(りゅうそん=つまずき)たり。大聖(たいせい)上前(すす)みて道(い)う、「老官児(ろうかんじ)よ、虚驚(きょけい=無用の恐れ)することなかれ、我(われ)等(ら)は面(おもて)悪(あ)しくして人(ひと)善(よ)し。怕(おそ)るるな!怕(おそ)るるな!適間(さっき)汝(なんじ)が好意(こうい)を蒙(こうむ)りて、妖魔(ようま)有(あ)るを報(しら)せり。委(まこと)に幾多(いくばく)の怪(かい)有(あ)るか、一発(いっぺん)に汝(なんじ)を累(わずら)わして説(い)わせ、我(われ)好(よ)く汝(なんじ)を謝(しゃ)せん」と。那(か)の老児(ろうじ)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)て、口(くち)も言(い)うこと能(あた)わず、又(また)耳(みみ)の聾(つんぼ)なるを推(お)して、一句(ひとこと)も応(こた)えず。 行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が言(い)わざるを見(み)て、即(すなわ)ち身(み)を抽(ぬ)いて坡(さか)に回(かえ)る。長老(ちょうろう)道(い)う、「悟空(ごくう)よ、汝(なんじ)来(きた)れるか?問(と)う所(ところ)如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「不打緊(たいしたことなし)!不打緊(たいしたことなし)!西天(さいてん)に便(すなわ)ち箇把(ひとつふたつ)の妖精児(ようせいじ)有(あ)るのみ、只(た)だ此(こ)の地(ち)の人(ひと)は胆(きも)小(ちい)さく、他(かれ)を把(と)って心(こころ)の上(うえ)に放(お)く。没事(ぶじ)没事(ぶじ)!我(われ)有(あ)り!」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「汝(なんじ)曾(かつ)て他(かれ)に此(こ)の処(ところ)は是(こ)れ甚(なん)の山(やま)、甚(なん)の洞(ほら)、幾多(いくばく)の妖怪(ようかい)有(あ)り、那(いず)れの条(みち)か雷音(らいおん)に通(つう)ずると問(と)えるや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「師父(しふ)、我(われ)が説(い)うを怪(とが)むることなかれ。若(も)し変化(へんげ)を賭(か)け、捉掐(そくきょう=からかい)を使(つか)い、人(ひと)を捉弄(からか)うを論(ろん)ずれば、我(われ)等(ら)三五箇(さんごにん)も也(また)師兄(しけい)に如(し)かず;若(も)し老実(ろうじつ=正直)を論(ろん)ずれば、師兄(しけい)の象(ごと)きは就(すなわ)ち一隊伍(ひとくみ)を擺(なら)べても、也(また)我(われ)に如(し)かず」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ!正(まさ)に是(こ)れ!汝(なんじ)は還(ま)だ老実(ろうじつ)なり」と。八戒(はっかい)道(い)う: 「他(かれ)は怎(なん)としても頭(こうべ)を鑽(くぐ)り通(とお)して尾(お)を顧(かえり)みざる者(もの)、両声(ふたこえ)問(と)うて、不狤不魀(ふきつふかつ=要領を得ず)に就(すなわ)ち跑(はし)り回(かえ)り来(きた)れり。老猪(ろうちょ)の去(ゆ)きて他(かれ)に一箇(ひとつ)の実信(じっしん=確かな消息)を問(と)い来(きた)らんを待(ま)て」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「悟能(ごのう)、汝(なんじ)仔細(ょうじん=用心)に着(つ)けよ」と。 好(よ)き哉(かな)呆子(あほう)、釘鈀(ていは=鉞)を把(と)って腰(こし)に撒(さ)し入(い)れ、皂直裰(くろきじきとつ=黒き法衣)を一整(ひとととの)え整(ととの)え、扭扭捏捏(じゅうじゅうねつねつ=もじもじ)として山坡(さんぱ)に奔(はし)り上(のぼ)り、老者(ろうじゃ)に対(たい)して叫(よ)んで道(い)う、「公公(こうこう)、唱喏(しょうじゃく=挨拶)し了(おわ)る」と。那(か)の老児(ろうじ)は行者(ぎょうじゃ)の回(かえ)り去(さ)るを見(み)て、方(はじ)めて杖(つえ)を拄(つ)きて掙(あが)き起(お)き、戦戦兢兢(おののき)として走(に)げ去(さ)らんと欲(ほっ)するに、忽(たちま)ち八戒(はっかい)を見(み)て、愈(いよいよ)驚怕(おそれ)て道(い)う、「爺爺(じいじい)や!今夜(こんや)は甚(なん)の悪夢(あくむ)を作(な)せるか、此(か)くの般(ごと)き悪人(あくにん)の伙(くみ)に遇(あ)えるは!為先(さき)の那(か)の和尚(おしょう)は醜(みにく)けれど便(すなわ)ち醜(みにく)く、還(ま)だ三分(さんぶ)の人相(にんそう)有(あ)り;此(こ)の和尚(おしょう)は、怎(なん)で此(か)くの般(ごと)き箇(ひとつ)の碓梃嘴(たいていし=臼の杵のごとき口)、蒲扇(ほせん=蒲の扇)の如(ごと)き耳朶(みみ)、鉄片(てっぺん)の如(ごと)き臉(かお)、毧毛(じゅうもう=縮れ毛)の頸項(けいこう=首)、一分(いちぶ)の人気(ひとけ)も也(また)有(あ)らず!」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の老公公(ろうこうこう)は不興(ふきょう=機嫌悪)く、些(いささ)か人(ひと)を褒貶(ほうへん=褒め貶す)ことを好(この)む。汝(なんじ)は怎(なん)として我(われ)を看(み)るや?醜(みにく)けれど便(すなわ)ち醜(みにく)く、奈看(がまん=見ておれ)よ、再(さ)らに一時(ひととき)を停(とど)めば就(すなわ)ち俊(しゅん=美し)くならん」と。那(か)の老者(ろうじゃ)他(かれ)が人話(ひとのことば)を説(い)い出(いだ)すを見(み)て、只(た)だ開言(かいげん=口を開き)て他(かれ)に問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ唐僧(とうそう)の第二(だいに)の徒弟(とてい)、法名(ほうみょう)を悟能八戒(ごのうはっかい)と叫做(なづ)く。才自(さっき)先(さき)に問(と)える者(もの)を、悟空行者(ごくうぎょうじゃ)と叫做(なづ)き、是(こ)れ我(われ)が師兄(しけい)なり。師父(しふ)は他(かれ)が公公(こうこう)を衝撞(しょうどう=ぶつかりて無礼)せしを怪(とが)めて、未(いま)だ実信(じっしん)を問(と)い得(え)ず、故(ゆえ)に特(こと)に我(われ)をして来(きた)りて拝問(はいもん)せしむ。此(こ)の処(ところ)は果(はた)して是(こ)れ甚(なん)の山(やま)甚(なん)の洞(ほら)、洞(ほら)の裏(うち)は果(はた)して是(こ)れ甚(なん)の妖精(ようせい)、那(いず)こか是(こ)れ西(にし)へ去(ゆ)く大路(たいろ)、煩(わずら)わしきかな公公(こうこう)指示(しじ)指示(しじ)せよ」と。老者(ろうじゃ)道(い)う、「可(まこと)に老実(しょうじき)なるや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)生平(しょうへい=生まれてこのかた)一毫(いちごう)の虚(きょ=うそ)も有(あ)るを敢(あ)えず」と。 老者(ろうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)才(さっき)来(きた)れる那(か)の和尚(おしょう)の走花弄水(そうかりょうすい=口先ばかり)の象(ごと)きなる莫(な)かれ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)は他(かれ)に象(に)ず」と。 公公(こうこう)杖(つえ)を拄(つ)きて、八戒(はっかい)に対(たい)して説(い)う、「此(こ)の山(やま)を八百里獅駝嶺(しだれい)と叫做(なづ)く。中(なか)に一坐(ひとつ)の獅駝洞(しだどう)有(あ)り、洞(ほら)の裏(うち)に三箇(みたり)の魔頭(まとう)有(あ)り」と。八戒(はっかい)啐(つばき)して一声(ひとこえ)「汝(なんじ)が此(こ)の老児(ろうじ)は却(かえ)って也(また)多心(たしん=疑い深)なり!三箇(みたり)の妖魔(ようま)なるに、也(また)心(こころ)を費(ついや)し労力(ろうりき)して来(きた)りて遭(ひとたび)の信(しらせ)を報(しら)すか!」と。公公(こうこう)道(い)う、「汝(なんじ)怕(おそ)れざるや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)に瞞(かく)して説(い)わず、此(こ)の三箇(みたり)の妖魔(ようま)は、我(われ)が師兄(しけい)は一棍(ひとえ)にて就(すなわ)ち一箇(ひとり)を打死(うちころ)し、我(われ)は一鈀(ひとは)にて就(すなわ)ち一箇(ひとり)を筑(つ)き殺(ころ)し、我(われ)には還(ま)た箇(ひとり)の師弟(してい)有(あ)り、他(かれ)は一(ひとふ)りの降妖杖(ごうようじょう)にて又(また)一箇(ひとり)を打死(うちころ)す。三箇(みたり)都(みな)打死(うちころ)せば、我(われ)が師父(しふ)は就(すなわ)ち過(す)ぎ去(ゆ)かん、何(なん)の難(かた)きこと有(あ)らんや!」と。那(か)の老者(ろうじゃ)笑(わら)って道(い)う: 「此(こ)の和尚(おしょう)は深浅(しんせん=物の程合い)を知(し)らず!那(か)の三箇(みたり)の魔頭(まとう)は、神通(じんつう)広大(こうだい)なること得緊(はなはだ)し!他(かれ)が手下(てした)の小妖(しょうよう)は、南嶺(なんれい=南の峰)の上(うえ)に五千(ごせん)有(あ)り、北嶺(ほくれい=北の峰)の上(うえ)に五千(ごせん)有(あ)り、東(ひがし)の路口(ろぐち)に一萬(いちまん)有(あ)り、西(にし)の路口(ろぐち)に一萬(いちまん)有(あ)り;巡哨(じゅんしょう=見回り)の者(もの)四五千(しごせん)有(あ)り、把門(かどをまも)るのも也(また)一萬(いちまん)有(あ)り;火(ひ)を焼(た)くは無数(むすう)、柴(たきぎ)を打(こ)るのも也(また)無数(むすう):共(あわ)せて計(かぞ)うれば四萬七八千(しよんななせんはっせん)有(あ)り。是(こ)れ都(みな)名字(な)有(あ)りて牌児(ふだ)を帯(お)ぶるの者(もの)にして、専(もっぱ)ら此(ここ)に在(あ)りて人(ひと)を食(く)う」と。那(か)の呆子(あほう)此(こ)の言(げん)を聞(き)くや、戦兢兢(おののき)て跑(はし)り将(やや)あって転(くる)り来(きた)り、唐僧(とうそう)に近(ちか)づくも、且(しばら)くは話(ことば)を回(かえ)さず、鈀(は)を放(おろ)きて、那(か)の処(ところ)に在(あ)りて出恭(しゅっきょう=用便)す。行者(ぎょうじゃ)見(み)て喝(しか)って道(い)う、「汝(なんじ)話(ことば)を回(かえ)さず、却(かえ)って蹲(うずくま)りて那(か)の処(ところ)に在(あ)りて怎(なん)とする」と。八戒(はっかい)道(い)う、「唬(おど)されて屎(くそ)出(い)で来(きた)れり!如今(いま)也(また)説(い)うを消(よう)せず、早(はや)きに児(うち)に各(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて去(ゆ)かんのみ!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の呆根(あほうもの)!我(われ)信(しらせ)を問(と)いて偏(ひとえ)に驚恐(おそれ)ず、汝(なんじ)去(ゆ)きて問(と)えば就(すなわ)ち此(か)くの般(ごと)く慌張失智(あわてふため)くか!」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「端的(つまるところ)如何(いかん)」と。八戒(はっかい)道(い)う、「此(こ)の老児(ろうじ)説(い)えらく:此(こ)の山(やま)を八百里獅駝嶺(しだれい)と叫做(なづ)き、中(なか)に一坐(ひとつ)の獅駝洞(しだどう)有(あ)り、洞(ほら)の裏(うち)に三箇(みたり)の老妖(ろうよう)有(あ)り、四萬八千(よんまんはっせん)の小妖(しょうよう)有(あ)り、専(もっぱ)ら那(か)の処(ところ)に在(あ)りて人(ひと)を食(く)う。我(われ)等(ら)若(も)し他(かれ)が些(いささ)かの山辺(やまべ)を躙(ふ)まば、就(すなわ)ち是(こ)れ他(かれ)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく)なり、去(ゆ)くことを想(おも)う莫(な)かれ!」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、戦兢兢(おののき)として、毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん=ぞっと)して道(い)う、「悟空(ごくう)、如何(いか)にすべき」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て、大事(だいじ)無(な)し。想(おも)うに是(こ)れ此(ここ)に便(すなわ)ち幾箇(いくたり)かの妖精(ようせい)有(あ)るのみ、只(た)だ此(こ)の地(ち)の人(ひと)は胆(きも)小(ちい)さく、他(かれ)を就(すなわ)ち出(いだ)して許多(あまた)の人(ひと)、許多(あまた)の大(おお)きさを説(い)い、故(ゆえ)に自(おの)ずから驚(おどろ)き自(おの)ずから怪(あやし)む。我(われ)有(あ)り!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)の説(い)うは是(こ)れ那(いず)れの話(はなし)ぞ!我(われ)は汝(なんじ)と同(おな)じからず、我(われ)が問(と)えるは是(こ)れ実(じつ)にして、決(けっ)して虚謬(きょびゅう=偽り)の言(げん)無(な)し。満山満谷(みちあふるる)都(みな)是(こ)れ妖魔(ようま)なるに、怎(なん)で前進(すす)まん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「呆子(あほう)が嘴臉(つら)よ、虚驚(むだおそれ)することなかれ!若(も)し満山満谷(みちあふるる)の魔(ま)を論(ろん)ずれば、只(た)だ老孫(ろうそん)が一路(ひとすじ)の棒(ぼう)を消(よう)するのみ、半夜(よなか)に打(う)ちて罄尽(からから)に尽(ことごと)くさん!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「羞(はじ)ならずや羞(はじ)ならずや、大話(おおげさ)を説(い)う莫(な)かれ!那(か)の妖精(ようせい)は点卯(てんぼう=点呼)するにも也(また)七八日(しちはちにち)を要(よう)すべし、怎(なん)で就(すなわ)ち打(う)ちて罄尽(ことごと)くさん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)説(い)え、怎(いか)に打(う)たんとや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「汝(なんじ)が抓(つか)み倒(たお)し、捆(くく)り倒(たお)し、定身法(じょうしんぽう=金縛りの術)を使(つか)いて定(さだ)め倒(たお)すに凭(よ)るも、也(また)此(か)くの般(ごと)くの快(はや)きこと有(あ)らず」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「甚(なん)の抓拿捆縛(つかみくくり)を用(もち)いん。我(われ)此(こ)の棍子(こんす=棒)を把(と)って両頭(りょうとう)を一扯(ひとひ)き扯(ひ)きて長(なが)しと叫(よ)ばば、就(すなわ)ち四十丈(しじゅうじょう)の長短(ながさ)有(あ)り;幌(ゆす)りて一幌(ひとゆす)り粗(ふと)しと叫(よ)ばば、就(すなわ)ち八丈(はちじょう)の囲円(まわり)の粗細(ふとさ)有(あ)り。山南(みなみ)へ一滚(ひところ)がりすれば、滚(ころ)し殺(ころ)すこと五千(ごせん);山北(きた)へ一滚(ひところ)がりすれば、滚(ころ)し殺(ころ)すこと五千(ごせん);東(ひがし)より西(にし)へ一滚(ひところ)がりすれば、只(た)だ怕(おそ)らくは四五萬(しごまん)も砑(ひ)きて肉泥爛醤(にくでいらんしょう=肉の泥と醤のごとき)と做(な)さん!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、若(も)し是(こ)れ此(か)くの般(ごと)く赶麺(かんめん=麺を打つ)の如(ごと)く打(う)たば、或是(あるいは)二更(にこう=午後十時ごろ)の時(とき)にも也(また)都(みな)了(おわ)らん」と。沙僧(さそう)旁(かたわら)に在(あ)りて笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、大師兄(だいしけい)の恁様(このような)の神通(じんつう)有(あ)れば、他(かれ)を怕(おそ)るること怎(なん)ぞや!請(こ)う、馬(うま)に上(のぼ)りて走(ゆ)かれよ」と。唐僧(とうそう)彼(かれ)等(ら)が手段(しゅだん)を講論(こうろん)するを見(み)て、没奈何(どうにもなら)ず、只(た)だ心(こころ)を寛(ひろ)うして馬(うま)に上(のぼ)りて而(しか)して走(ゆ)く。 正(まさ)に行(ゆ)く間(あいだ)、那(か)の信(しらせ)を報(しら)せし老者(ろうじゃ)の見(み)えざるに、沙僧(さそう)道(い)う、「他(かれ)は就(すなわ)ち是(こ)れ妖怪(ようかい)にして、故意(わざ)と虎(とら)の威(い)を假(か)りるの狐(きつね)の如(ごと)く来(きた)りて伝報(つたえしら)せしは、我(われ)等(ら)を恐嚇(おど)さんとするのみ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「忙(あわ)てることなかれ、我(われ)の去(ゆ)きて看(み)るを待(ま)て」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、高峰(こうほう)に跳(と)び上(のぼ)り、四顧(しこ=見回)すに無迹(むせき=跡なし)。急(いそ)ぎて面(おもて)を転(めぐ)らし、半空(なかぞら)に彩霞(さいか=色とりどりの雲)の幌亮(こうりょう=きらめく)有(あ)るを見(み)れば、即(すなわ)ち雲(くも)を縦(はし)らせて赶(お)い上(のぼ)り看(み)る時(とき)、乃(すなわ)ち是(こ)れ太白金星(たいはくきんせい)なり。辺(そば)に到(いた)り、手(て)を用(もち)いて扯(ひ)き住(とど)め、口口声声(くちぐちに)只(ただ)他(かれ)が小名(こな=幼名)を叫(よ)んで道(い)う、「李長庚(りちょうこう)!李長庚(りちょうこう)!汝(なんじ)好(よ)く憊懶(はいらん=ずうずうし)き!甚(なん)の話(はなし)有(あ)らば、面(めん)に当(あた)りて来(きた)りて説(い)えば便(すなわ)ち好(よ)し、怎(なん)で山林(さんりん)の老魘(ろうえん=老いし鬼)の様(さま)を装(よそお)いて混(まぎ)らわすや!」と。金星(きんせい)慌(あわ)てて礼(れい)を施(ほどこ)して道(い)う、「大聖(たいせい)、報(しら)するに来(きた)ること遅(おそ)し、乞(こ)う罪(つみ)を免(ゆる)されよ!乞(こ)う罪(つみ)を免(ゆる)されよ!此(こ)の魔頭(まとう)は果(はた)して是(こ)れ神通(じんつう)広大(こうだい)、勢要(せいよう=勢力)崢嶸(そうこう=そびえ立つ)なり。只(た)だ汝(なんじ)が挪移変化(だぎへんげ=身をかわし姿を変ずること)、乖巧(かいこう=賢く巧み)なる機謀(きぼう=策略)を看(み)るのみ、便(すなわ)ち過(す)ぎ去(ゆ)く可(べ)し;若(も)し怠慢(たいまん)些児(すこし)ならば、実(じつ)に去(ゆ)き難(がた)し」と。行者(ぎょうじゃ)謝(しゃ)して道(い)う、「感激(かんげき)!感激(かんげき)!果(はた)して此(こ)の処(ところ)は行(ゆ)き難(がた)し、望(のぞ)むらくは老星(ろうせい)上界(じょうかい=天界)に上(のぼ)り玉帝(ぎょくてい)と説(い)うて声(ひとこえ)かけ、些(いささ)かの天兵(てんぺい)を借(か)りて老孫(ろうそん)を幇助(たす)けしめよ」と。金星(きんせい)道(い)う、「有(あ)り!有(あ)り!有(あ)り!汝(なんじ)只(た)だ口信(くちづて)を帯(お)び去(ゆ)かば、就(すなわ)ち是(こ)れ十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)も、也(また)有(あ)る可(べ)し」と。 大聖(たいせい)金星(きんせい)に別(わか)れ、雲頭(うんとう)を按(お)し下(おろ)して、三蔵(さんぞう)に見(まみ)えて道(い)う、「適才(さっき)の那(か)の老児(ろうじ)は、原(もと)是(こ)れ太白星(たいはくせい)の我(われ)等(ら)がため来(きた)りて信(しらせ)を報(しら)せし者(もの)なり」と。長老(ちょうろう)合掌(がっしょう)して道(い)う、「徒弟(とてい)よ、快(すみや)かに他(かれ)に赶(お)い上(つ)き、他(かれ)に那(いず)こに另(べつ)に箇(ひとつ)の路(みち)有(あ)りて、我(われ)等(ら)転(まわ)りて去(ゆ)かんかと問(と)え」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「転(まわ)る可(べ)からず、此(こ)の山(やま)は径(ただ)ちに過(す)ぐるに八百里(はっぴゃくり)有(あ)り、四囲(あたり)は更(さら)に幾多(いくばく)の路(みち)有(あ)るかを知(し)らず、怎(なん)で転(まわ)ることを得(え)ん」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、眼(め)の中(なか)の涙(なみだ)を止(とど)むること能(あた)わずして道(い)う、「徒弟(とてい)よ、此(か)くの般(ごと)き艱難(かんなん)にて、怎(なん)で仏(ほとけ)を拝(はい)せん!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「哭(な)くな哭(な)くな!一(ひとた)び哭(な)かば便(すなわ)ち膿包(のうほう=意気地なし)の行(おこない)なり!他(かれ)が此(こ)の報(しらせ)は、必(かなら)ず幾分(いくぶん)の虚話(きょわ=偽りの話)有(あ)るのみ、只(た)だ我(われ)等(ら)の意(こころ)を着(つ)きて心(こころ)を留(とど)めんことを要(よう)するのみ。誠(まこと)に謂(い)う所(ところ)の、以告者(つぐるもの)の過(あやま)てり、とは是(こ)れなり。汝(なんじ)且(しばら)く馬(うま)より下(お)り来(きた)りて坐(すわ)れ」と。八戒(はっかい)道(い)う: 「又(また)甚(なん)の商議(そうぎ=相談)有(あ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「没甚商議(たいした相談なし)、汝(なんじ)且(しばら)く此(ここ)に在(あ)りて心(こころ)を用(もち)いて師父(しふ)を保守(まも)り、沙僧(さそう)は好(よ)く行李馬匹(にもつとうま)を看守(まも)れ、我(われ)が先(ま)ず嶺(みね)に上(のぼ)りて打聴打聴(うちあてに探(さぐ))り、前後(ぜんご)に共(あわ)せて幾多(いくばく)の妖怪(ようかい)有(あ)るかを看(み)、一箇(ひとり)を拿(とら)え、他(かれ)に箇(ひとつ)の詳細(しょうさい)を問(と)い、他(かれ)をして箇(ひとつ)の執結(しゅうけつ=請書)を写(うつ)させ、箇(ひとつ)の花名(かめい=名簿)を開(ひら)かせ、他(かれ)が老老小小(ろうろうしょうしょう=老いも若きも)を一一(いちいち)査(しら)べ明(あき)らかにし、他(かれ)に吩咐(いいつ)けて洞門(どうもん)を関(と)ざし、路(みち)を阻(さえぎ)ることを許(ゆる)さず、却(かえ)って師父(しふ)を請(しょう)じて静静悄悄(しずかにこっそり)と過(す)ぎ去(ゆ)かしめん。然(しか)して後(のち)に方(はじ)めて老孫(ろうそん)が手段(しゅだん)を顕(あらわ)さん!」と。沙僧(さそう)只(た)だ教(おし)えて曰(いわ)く、「仔細(ようじん)! 仔細(ようじん)!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「嘱咐(いいつけ)を消(よう)せず、我(われ)が此(こ)の一去(ひとゆき)は、就(すなわ)ち是(こ)れ東洋大海(とうようたいかい)も也(また)路(みち)を蕩(ひら)き開(あ)け、就(すなわ)ち是(こ)れ鉄裹銀山(てつづつみのぎんざん)も也(また)門(もん)を撞(つ)き透(とお)さん!」と。 好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、唿哨(くちぶえ)一声(ひとこえ)、筋斗雲(きんとうん)を縦(はし)らせ、高峰(こうほう)に跳(と)び上(のぼ)り、藤(つる)を扳(たぐ)り葛(かずら)を負(お)うて、山(やま)を平(な)らかに観看(みわた)せば、那(か)の山(やま)の裏(うち)は静悄(しずか)にして人(ひと)無(な)し。忽(たちま)ち声(こえ)を失(しっ)して道(い)う、「錯(あやま)てり!錯(あやま)てり!該(まさ)に此(こ)の金星(きんせい)の老児(ろうじ)を放(はな)ちて去(ゆ)かしむべからざりしに、他(かれ)原(もと)我(われ)を恐嚇(おど)せしのみ、此(ここ)に那(なん)の甚(なん)の妖精(ようせい)か有(あ)らん!他(かれ)就(すなわ)ち出(い)で来(きた)りて跳風(ちょうふう=風に乗じて跳ねる)し頑耍(たわむ)れせば、必(かなら)ず槍(やり)を拈(と)り棒(ぼう)を弄(もてあそ)び、武芸(ぶげい)を操演(みが)くならんに、如何(いか)にして一箇(ひとり)も無(な)きや」と。正(まさ)に自家(おのれ)揣度(おしはか)るに、只(た)だ山(やま)の背後(うしろ)に、叮叮当当(ていていとうとう)、辟辟剥剥(へきへきはくはく)たる梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)の声(こえ)の聞(き)こゆる有(あ)り。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして看(み)る処(ところ)、原(もと)是(こ)れ箇(ひとり)の小妖児(しょうようじ)にして、一杆(ひとふり)の「令(れい)」の字(じ)の旗(はた)を掮(かつ)ぎ、腰間(ようかん)に鈴子(れいす=鈴)を懸(か)け、手(て)に梆子(ほうす=拍子木)を敲(たた)き持ちて、北(きた)より南(みなみ)へ而(しか)して走(ゆ)く。仔細(つぶさ)に他(かれ)を看(み)れば、一丈二尺(いちじょうにしゃく)の身子(みのたけ)有(あ)り。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「他(かれ)は必(かなら)ず是(こ)れ箇(ひとり)の鋪兵(ほへい=飛脚)にして、想(おも)うに是(こ)れ公文(こうぶん)を送(おく)り報帖(ほうじょう=知らせ書き)を下(くだ)す者(もの)ならん。且(しばら)く我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)が説(い)う些(いささ)かの話(はなし)を聴(き)かん」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、咒(じゅ)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)し、箇(ひとつ)の蠅児(はえ)と変(へん)じ、軽軽(かるがる)と他(かれ)が帽子(ぼうし)の上(うえ)に飛(と)び、耳(みみ)を側(そばだ)てて之(これ)を聴(き)く。只(た)だ見(み)る、那(か)の小妖(しょうよう)大路(たいろ)に上(のぼ)り、梆(ほう)を敲(たた)き、鈴(れい)を揺(ゆ)り、口(くち)の裏(うち)に作念(さねん=唱える)して道(い)う、「我(われ)等(ら)山(やま)を尋(さぐ)る者(もの)は、各人(おのおの)是(こ)れ謹慎(きんしん)して孫行者(そんぎょうじゃ)を堤防(ていぼう=用心)せよ:他(かれ)は蠅(はえ)に変(へん)ずることを会(え)す!」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、暗(ひそ)かに自(おの)ずから驚疑(おどろきたが)いて道(い)う、「此(こ)の奴(やつ)我(われ)を見(み)たるか、若(も)し未(いま)だ見(み)ざらんには、怎(なん)で就(すなわ)ち我(われ)が名字(な)を知(し)り、又(また)我(われ)が蠅(はえ)に変(へん)ずるを会(え)すことを知(し)れる」と。原(もと)那(か)の小妖(しょうよう)も也(また)曾(かつ)て他(かれ)を見(み)ず、只(た)だ那(か)の魔頭(まとう)の怎(いか)にしてか就(すなわ)ち他(かれ)に此(こ)の話(はなし)を吩咐(いいつ)けしが、却(かえ)って是(こ)れ箇(ひとつ)の謡言(ようげん=流言)にして、他(かれ)をして此(か)くの般(ごと)く胡(みだ)りに念(ねん)ぜしむるのみ。行者(ぎょうじゃ)知(し)らず、反(かえ)って他(かれ)の見(み)たるを疑(うたが)い、就(すなわ)ち棒(ぼう)を取(と)り出(いだ)して他(かれ)を打(う)たんと欲(ほっ)せしが、又(また)停(とど)まりて、暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、「曾(かつ)て八戒(はっかい)の金星(きんせい)に問(と)いし時(とき)、他(かれ)の老妖(ろうよう)三箇(みたり)、小妖(しょうよう)四萬七八千名(しよんななせんはっせんめい)有(あ)りと説(い)えるを記(き)えり。此(か)くの般(ごと)き小妖(しょうよう)は、再(さら)に幾萬(いくまん)多(おお)くとも、也(また)不打緊(たいしたことなし)、却(かえ)って知(し)らず、此(こ)の三箇(みたり)の老魔(ろうま)は幾多(いかほど)の大手段(だいしゅだん)有(あ)るや。我(われ)が他(かれ)に一問(ひとと)い問(と)うを待(ま)ちて、手(て)を動(うご)かすも遅(おそ)からず」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)!汝(なんじ)は他(かれ)怎(いか)に去(ゆ)きて問(と)うと道(い)うや?他(かれ)が帽子(ぼうし)より跳(と)び下(お)り来(きた)り、樹(き)の頭(いただき)に釘(とま)り、那(か)の小妖(しょうよう)をして先(ま)ず幾歩(いくあし)か行(ゆ)かしめ、急(いそ)ぎ身(み)を転(めぐ)らし騰那(とうな=身をかわ)し、也(また)箇(ひとり)の小妖児(しょうようじ)に変(へん)じ、他(かれ)に照依(なら)いて梆(ほう)を敲(たた)き、鈴(れい)を揺(ゆ)り、旗(はた)を掮(かつ)ぎ、一般(おなじ)き衣服(いふく)なるも、只(た)だ他(かれ)に比(くら)べて略(ほぼ)三五寸(さんごすん)長(なが)く、口(くち)の裏(うち)も也(また)那(か)くの般(ごと)く念(ねん)じ、赶(お)い上(すす)んで叫(よ)んで道(い)う、「路(みち)を行(ゆ)く者(もの)よ、我(われ)を一等(ひととき)待(ま)て」と。那(か)の小妖(しょうよう)頭(こうべ)を回(めぐ)らして道(い)う、「汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「好(よ)き人(ひと)や!一家人(いっかのもの)も也(また)認(みと)めざるか!」と。小妖(しょうよう)道(い)う: 「我(われ)が家(いえ)に汝(なんじ)無(な)きに」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(なん)で我(われ)無(な)からん?汝(なんじ)認(みと)めて看(み)よ」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「面生(みしらぬ)なり、認(みと)むること得(え)ず!認(みと)むること得(え)ず!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「面生(みしらぬ)なるを知(し)る可(べ)し、我(われ)は是(こ)れ火(ひ)を焼(た)く者(もの)にて、汝(なんじ)が我(われ)と会(あ)うこと少(すくな)し」と。小妖(しょうよう)頭(こうべ)を揺(ゆ)って道(い)う、「無(な)し!無(な)し!我(われ)が洞(ほら)の裏(うち)は就(すなわ)ち是(こ)れ火(ひ)を焼(た)く那(か)の兄弟(きょうだい)も、也(また)此(か)くの般(ごと)き嘴(くち)の尖(とが)れる者(もの)無(な)し」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、「此(こ)の嘴(くち)好(よ)く変(へん)じ過(す)ぎて些(いささ)か尖(とが)れり」と。即(すなわ)ち頭(こうべ)を低(た)れ、手(て)を把(と)って嘴(くち)を捂(おお)いて一揉(ひとも)み揉(も)みて道(い)う、「我(われ)が嘴(くち)は尖(とが)らざるなり」と。真(まこと)に就(すなわ)ち尖(とが)らず。那(か)の小妖(しょうよう)道(い)う、「汝(なんじ)剛才(さっき)は是(こ)れ箇(ひとつ)の尖嘴(とがりくち)なりしに、怎(なん)で揉(も)むこと一揉(ひとつ)にて就(すなわ)ち尖(とが)らざるか。人(ひと)を疑惑(ぎわく=疑わ)しむる子(こと)よ!大(おお)いに認(みと)め難(がた)し!我(われ)が一家(いっか)の者(もの)に非(あら)ず!少会(おめにかかることまれ)少会(まれ)!可疑(あやし)し可疑(あやし)し!我(われ)が那(か)の大王(だいおう)が家法(かほう=家の掟)は甚(はなは)だ厳(きび)しく、火(ひ)を焼(た)くは只(た)だ火(ひ)を焼(た)くを管(つかさど)り、山(やま)を巡(めぐ)るは只(た)だ山(やま)を巡(めぐ)るを管(つかさど)る。終(つい)に然(しか)らずんば汝(なんじ)に火(ひ)を焼(た)かしめ、又(また)汝(なんじ)に来(きた)りて山(やま)を巡(めぐ)らしめんや」と。行者(ぎょうじゃ)口(くち)乖(かしこ)く、就(すなわ)ち趁(つ)け込(こ)みて道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず、大王(だいおう)は我(われ)が火(ひ)を焼(た)くこと好(よ)きを見(み)て、就(すなわ)ち我(われ)を升(しょう)して来(きた)らしめて山(やま)を巡(めぐ)らしむるなり」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「也(また)罷(よ)し! 我(われ)等(ら)が此(こ)の山(やま)を巡(めぐ)る者(もの)は、一班(ひとくみ)に四十名(よんじゅうめい)有(あ)り、十班(じゅっぱん)共(あわ)せて四百名(よんひゃくめい)、各自(おのおの)年貌(ねんぼう=年齢と容貌)、各自(おのおの)名色(めいしょく=名目)有(あ)り。大王(だいおう)は我(われ)等(ら)の班次(くみしだ)を乱(みだ)して、点卯(てんぼう=点呼)し難(がた)からんことを怕(おそ)れ、一家(いっか)に我(われ)等(ら)に一箇(ひとつ)の牌児(ふだ)を与(あた)えて号(しるし)と為(な)す。汝(なんじ)牌児(ふだ)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)只(た)だ他(かれ)が那(か)くの般(ごと)き打扮(いでたち)、那(か)くの般(ごと)き報事(ほうじ=知らせ)するを見(み)て、遂(つい)に他(かれ)が模様(かたち)に照(なら)いて変(へん)ぜしが、未(いま)だ曾(かつ)て他(かれ)が牌児(ふだ)を見(み)ざるに因(よ)り、故(ゆえ)に身上(からだ)に有(あ)らず。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、更(さら)に無(な)しと説(い)わず、就(すなわ)ち満口(くちいっぱい)に応承(うけたまわ)って道(い)う、「我(われ)怎(なん)で牌(ふだ)無(な)からん?但(た)だ只(た)だ是(こ)れ剛才(さっき)領(う)けし新牌(しんぱい)なるのみ。汝(なんじ)が物(もの)を拿(と)り出(いだ)して我(われ)に看(み)せよ」と。那(か)の小妖(しょうよう)那(いず)くんぞ此(こ)の機括(からくり)を知(し)らんや、即(すなわ)ち衣服(いふく)を揭(まく)り上(あ)ぐれば、身(み)に貼(つ)けて箇(ひとつ)の金漆牌児(きんしつはいじ=金塗りの札)を帯(お)び、条(ひとすじ)の絨線縄児(じゅうせんじょうじ=毛糸の紐)を穿(とお)し、扯(ひ)きて行者(ぎょうじゃ)に与(あた)えて看(み)しむ。行者(ぎょうじゃ)那(か)の牌背(ふだのうら)は是(こ)れ「威鎮諸魔(いちんしょま=諸魔を威で鎮む)」の金牌(きんぱい)なるを見(み)、正面(おもて)に三箇(みつ)の真字(しんじ=楷書)有(あ)りて、是(こ)れ「小鑽風(しょうさんぷう)」なり。他(かれ)却(かえ)って心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)って道(い)う、「説(い)うを消(よう)せず!但(た)だ是(こ)れ山(やま)を巡(めぐ)る者(もの)は、必(かなら)ず箇(ひとつ)の「風(ふう)」の字(じ)の墜脚(ついきゃく=語尾)有(あ)り」と。便(すなわ)ち道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く衣(ころも)を放(おろ)して過(よぎ)り去(ゆ)き、我(われ)が牌児(ふだ)を拿(と)りて汝(なんじ)に看(み)せんを待(ま)て」と。即(すなわ)ち身(み)を転(めぐ)らし、手(て)を插(さ)し下(くだ)し、尾巴梢児(しっぽのさき)の小毫毛(こもう=細き毛)を一(ひと)根(すじ)抜(ぬ)き下(おろ)し、他(かれ)を捻(ね)って把(と)り、「変(へん)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち箇(ひとつ)の金漆牌児(きんしつはいじ)に変(へん)じ、也(また)箇(ひとつ)の緑絨縄児(りょくじゅうじょうじ=緑の毛糸の紐)を穿(とお)し、上(うえ)に三箇(みつ)の真字(しんじ)を書(か)きて、乃(すなわ)ち「総鑽風(そうさんぷう)」と有(あ)り。拿(と)り出(いだ)して、他(かれ)に与(あた)えて看(み)しむれば、小妖(しょうよう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う: 「長官(ちょうかん)、長官(ちょうかん)、新(あらた)に点(てん)し出(いだ)されし者(もの)とは、実(じつ)に是(こ)れ面生(みしらぬ)なり、言語(げんご)衝撞(ぶつかりて無礼)せしも、怪(とが)むること莫(な)かれ!」と。行者(ぎょうじゃ)礼(れい)を還(かえ)し笑(わら)って道(い)う、「怪(とが)むるは便(すなわ)ち汝(なんじ)を怪(とが)めず、只(た)だ是(こ)れ一件(ひとこと)有(あ)り:見面銭(けんめんせん=顔合わせの祝儀)は却(かえ)って要(い)るなり。毎人(めいにん)五両(ごりょう)を拿(と)り出(いだ)せかし」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「長官(ちょうかん)忙(あわ)てることなかれ、我(われ)が南嶺頭(みなみのみね)に往(ゆ)きて我(われ)が此(こ)の一班(ひとくみ)の人(ひと)と会(あ)い、一総(ひとまとめ)に打発(はら)わんを待(ま)て」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くんば、我(われ)汝(なんじ)と同(とも)に去(ゆ)かん」と。那(か)の小妖(しょうよう)真(まこと)に先(さき)に走(ゆ)き、大聖(たいせい)随(したが)いて後(うしろ)より相(あい)跟(ゆ)く。 不数里(すうりならず)、忽(たちま)ち一坐(ひとつ)の筆峰(ひっぽう=筆の峰)を見(み)る。何(なん)を以(もっ)てか之(これ)を筆峰(ひっぽう)と謂(い)うや?那(か)の山(やま)の頭(いただき)より一條(ひとすじ)の峰(みね)を長(の)ばし出(いだ)せる有(あ)り、約(およ)そ四五丈(しごじょう)の高(たか)さ、筆(ふで)の架(かけ)に插(さ)し在(あ)るが般(ごと)し、故(ゆえ)に以(もっ)て名(な)と為(な)す。行者(ぎょうじゃ)辺前(ほとり)に到(いた)り、尾巴(しっぽ)を把(と)って一掬(ひとつか)み掬(つか)み、跳(と)び上(のぼ)って峰尖児(みねのさき)に坐(すわ)り、叫(よ)んで道(い)う、「鑽風(さんぷう)!都(みな)過(よぎ)り来(きた)れ!」と。那(か)の小鑽風(しょうさんぷう)たち下(した)に在(あ)りて躬身(きゅうしん=身をかがめ)て道(い)う、「長官(ちょうかん)、伺候(しかし=お待ち申す)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)等(ら)大王(だいおう)が我(われ)を点(てん)し出(いだ)されし故(ゆえ)を知(し)れるや」と。小妖(しょうよう)道(い)う、「知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「大王(だいおう)は唐僧(とうそう)を食(く)わんと要(ほっ)すれど、只(た)だ孫行者(そんぎょうじゃ)が神通(じんつう)広大(こうだい)にして、他(かれ)は変化(へんげ)を会(え)すと説(い)われ、只(た)だ恐(おそ)るるは他(かれ)小鑽風(しょうさんぷう)に変作(へんさく=化け)して、此(ここ)に来(きた)りて路徑(みちすじ)を躙(ふ)み、消息(しょうそく=様子)を打探(さぐ)らんことを、我(われ)を升(しょう)して総鑽風(そうさんぷう)と作(な)し、来(きた)りて汝(なんじ)等(ら)が此(こ)の一班(ひとくみ)に仮(にせ)の者(もの)有(あ)るやを査勘(しらべ)しむるなり」と。小鑽風(しょうさんぷう)連声(れんせい)に応(こた)えて道(い)う、「長官(ちょうかん)、我(われ)等(ら)は俱(みな)是(こ)れ真(まこと)なり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に是(こ)れ真(まこと)ならば、大王(だいおう)に甚(なん)の本事(ほんざま =腕前)有(あ)るか、汝(なんじ)暁(さと)れるや」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「我(われ)暁(さと)れり」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)暁(さと)らば、快(すみや)かに説(と)き来(きた)りて我(われ)に聴(き)かせよ。若(も)し説(と)くこと我(われ)に合(かな)えば、便(すなわ)ち是(こ)れ真(まこと)なり;若(も)し説(と)くこと些児(すこし)も差(たが)えば、便(すなわ)ち是(こ)れ仮(にせ)なり、我(われ)定(かなら)ず拿(とら)え去(ゆ)きて大王(だいおう)に見(まみ)えて処治(しょち=処罰)せしめん」と。那(か)の小鑽風(しょうさんぷう)他(かれ)が高(たか)きに坐(すわ)り、獐(かもしか)を弄(ろう)し智(ちえ)を弄(ろう)し、呼呼喝喝(ここかつかつ=どなりたて)るを見(み)て、没奈何(どうにもなら)ず、只(た)だ実(じつ)を説(と)いて道(い)う、「我(われ)が大王(だいおう)は神通(じんつう)広大(こうだい)、本事(ほんざま)高強(こうきょう)にして、一口(ひとくち)に曾(かつ)て十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を呑(の)めり」と。行者(ぎょうじゃ)説(い)うを聞(き)きて、一声(ひとこえ)を吐(つ)き出(いだ)して道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ仮(にせ)なり!」と。小鑽風(しょうさんぷう)慌(あわ)てて道(い)う、「長官老爺(ちょうかんろうや)よ、我(われ)は是(こ)れ真(まこと)なるに、怎(なん)で仮(にせ)なりと説(い)わるる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)既(すで)に是(こ)れ真(まこと)ならば、如何(いか)にして胡説(でたらめ)す!大王(だいおう)が身子(からだ)能(よ)く幾多(いかほど)の大(おお)きさ有(あ)りて、一口(ひとくち)に都(みな)十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を呑(の)み了(おわ)らんや」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「長官(ちょうかん)原(もと)知(し)らざるか、我(われ)が大王(だいおう)は変化(へんげ)を会(え)す:大(おお)きくならんと要(ほっ)すれば能(よ)く天堂(てんどう=天の宮)を撑(ささ)え、小(ちい)さくならんと要(ほっ)すれば就(すなわ)ち菜子(さいし=菜の種)の如(ごと)し。因(ちな)みに那(か)の年(とし)王母娘娘(おうぼにょうにょう)蟠桃大会(ばんとうたいかい)を設(もう)けて諸仙(しょせん)を邀請(しょうせい=招)ぜしに、他(かれ)曾(かつ)て柬(かん=招き文)を具(そな)えて来(きた)りて請(しょう)ぜず、我(われ)が大王(だいおう)意(こころ)天(てん)と争(あらそ)わんと欲(ほっ)し、玉皇(ぎょくこう)に十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)を差(つか)わされ我(われ)が大王(だいおう)を降(くだ)さんとせしに、是(こ)れ我(われ)が大王(だいおう)変化法身(へんげほっしん=変化した法の身)し、大口(おおぐち)を張(は)り開(あ)けて、城門(じょうもん)の一般(ごと)し、力(ちから)を用(もち)いて呑(の)み将(やや)あって去(ゆ)かば、唬(おど)ろかされて衆(しゅう)の天兵(てんぺい)敢(あ)えて鋒(ほこ)を交(まじ)えず、南天門(なんてんもん)を関(と)ざせり、故(ゆえ)に此(こ)れ是(こ)れ一口(ひとくち)に曾(かつ)て十万(じゅうまん)の兵(へい)を呑(の)めり、と」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「若(も)し手頭(てあたり=実際の腕)の話(はなし)を講(こう)ぜば、老孫(ろうそん)も也(また)曾(かつ)て干(おこな)えり」と。又(また)応(こた)えて声(こえ)をあぐ、「二大王(にだいおう)に何(なん)の本事(ほんざま)有(あ)る」と。 小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「二大王(にだいおう)は身(み)の丈(たけ)三丈(さんじょう)、臥蚕眉(がさんび=寝た蚕のごとき眉)、丹鳳眼(たんほうがん=鳳凰の眼)、美人声(びじんのこえ)、匾担牙(へんたんが=天秤棒のごとき牙)、鼻(はな)は蛟龍(こうりゅう)に似(に)たり。人(ひと)と争闘(あらそ)わんには、只(た)だ一(ひと)鼻(はな)の巻(ま)き去(さ)るを消(よう)するのみ、就(すなわ)ち是(こ)れ鉄背銅身(てっぱいどうしん=鉄の背と銅の身)も、也(また)魂(たま)亡(ほろ)び魄(たましい)喪(うしな)わん!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「鼻(はな)の巻(ま)き人(ひと)の妖精(ようせい)も也(また)拿(とら)え好(よ)し」と。又(また)応(こた)えて声(こえ)をあぐ、「三大王(さんだいおう)も也(また)幾多(いくばく)の手段(しゅだん)有(あ)る」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「我(われ)が三大王(さんだいおう)は是(こ)れ凡間(ぼんげん=この世)の怪物(かいぶつ)に非(あら)ず、名号(みょうごう)を雲程万里鵬(うんていばんりのおおとり)と曰(い)い、行動(こうどう)する時(とき)、風(かぜ)を摶(つむじ)らせ海(うみ)を運(めぐ)らせ、北(きた)を振(ふる)わせ南(みなみ)を図(はか)る。身(み)に随(したが)えて一件児(ひとつの)宝貝(ほうばい=宝物)有(あ)り、喚(なづ)けて陰陽二気瓶(いんようにきへい)と做(な)す。假若(もし)人(ひと)を把(と)って瓶(へい)の裏(うち)に装(い)れれば、一時三刻(いっときみとき=ごく短い間)に、化(か)して漿水(しょうすい=どろどろの水)と為(な)る」と。行者(ぎょうじゃ)説(い)うを聴(き)きて、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに驚(おどろ)いて道(い)う、「妖魔(ようま)は倒(かえ)って也(また)怕(おそ)ろしからず、只(た)だ仔細(ようじん)に他(かれ)が瓶児(へい)を防(ふせ)がん」と。又(また)応(こた)えて声(こえ)をあぐ、「三箇(みたり)の大王(だいおう)が本事(ほんざま)は、汝(なんじ)倒(かえ)って也(また)説(と)くこと差(たが)わず、我(われ)が知(し)れる所(ところ)と一般(おなじ)し。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ那(いず)れの箇(ひとり)の大王(だいおう)か唐僧(とうそう)を食(く)わんと要(ほっ)する」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「長官(ちょうかん)、汝(なんじ)知(し)らざるや」と。行者(ぎょうじゃ)喝(しか)って道(い)う、「我(われ)は汝(なんじ)より些児(すこし)も知(し)らざるなり!汝(なんじ)等(ら)の底細(ていさい=内情)を知(し)らざるを恐(おそ)るるに因(よ)り、我(われ)に吩咐(いいつ)けて来(きた)らしめ、着実(じっくり)と汝(なんじ)等(ら)を盤問(といただ)せしむるなり!」と。小鑽風(しょうさんぷう)道(い)う、「我(われ)が大大王(だいだいおう)と二大王(にだいおう)は久(ひさ)しく獅駝嶺(しだれい)獅駝洞(しだどう)に住(す)む。三大王(さんだいおう)は此(ここ)に住(す)まず、他(かれ)が原(もと)の住処(すみか)は此(ここ)を離(はな)れて西下(にし)に四百里(よんぴゃくり)の遠近(へだたり)有(あ)り。那(か)の廂(あたり)に一坐(ひとつ)の城(しろ)有(あ)り、喚(なづ)けて獅駝国(しだこく)と做(な)す。他(かれ)五百年前(ごひゃくねんまえ)に此(こ)の城(しろ)の国王(こくおう)及び文武官僚(ぶんぶかんりょう)を食(く)い了(おわ)り、満城(しろじゅう)の大小男女(だいしょうだんじょ)も也(また)尽(ことごと)く他(かれ)に食(く)われて乾浄(きれい)に尽(つく)せり、此(こ)れに因(よ)って上(かみ)は他(かれ)が江山(こうざん=国)を奪(うば)い、如今(いま)は尽(ことごと)く是(こ)れ些(いささか)の妖怪(ようかい)のみ。知(し)らず那(いず)れの年(とし)にか打聴(うちあてに探(さぐ))り得(え)たるは、東土唐朝(とうどとうちょう)より一箇(ひとり)の僧(そう)を差(つか)わし西天(さいてん)に去(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らしむと、那(か)の唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち是(こ)れ十世(じっせ)の修行(しゅぎょう)の好(よ)き人(ひと)にして、人(ひと)他(かれ)が一塊(ひとかけら)の肉(にく)を食(く)えば、就(すなわ)ち寿(じゅ)を延(の)べ長生(ちょうせい)して老(お)いずと説(い)う。只(た)だ他(かれ)が一箇(ひとり)の徒弟(とてい)孫行者(そんぎょうじゃ)の十分(じゅうぶん)に利害(りがい=手強き)なるを怕(おそ)れ、自家(ひとり)にては難為(なしがた)く、径(ただ)ちに此(こ)の処(ところ)に来(きた)りて我(われ)が此(こ)の二箇(ふたり)の大王(だいおう)と結(むす)びて兄弟(きょうだい)と為(な)り、意(こころ)を合(あわ)せ心(こころ)を同(おなじう)して、伙(くみ)を打(な)して那(か)の唐僧(とうそう)を捉(とら)えんとす」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、心中(しんちゅう)に大(おお)いに怒(いか)って道(い)う: 「此(こ)の潑魔(はつま=あくたれの妖怪)十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり!我(われ)唐僧(とうそう)を保(まも)りて正果(しょうか=悟りの位)を成(な)さんとするに、他(かれ)怎(なん)で算計(たくら)みて我(われ)が人(ひと)を食(く)わんとす!」と。一声(ひとこえ)恨(うら)みて、鋼牙(こうが=鋼の歯)を咬(か)み響(ひび)かせ、鉄棒(てつぼう)を掣(ひ)き出(いだ)し、高峰(こうほう)より跳(と)び下(お)り、棍子(ぼう)を把(と)って小妖(しょうよう)が頭(あたま)の上(うえ)に望(むか)いて一砑(ひときし)り砑(きし)れば、憐(あわ)れなるかな、就(すなわ)ち砑(きし)て箇(ひとつ)の肉陀(にくだ=肉の塊)の象(ごと)し!自家(おのれ)見(み)て、又(また)忍(しの)びずして道(い)う: 「咦(ああ)!他(かれ)倒(かえ)って是(こ)れ箇(ひとつ)の好意(こうい)にして、些(いささ)かの家常話児(かじょうばなし=身の上話)を都(みな)我(われ)に与(あた)えて説(い)い了(おわ)りしに、我(われ)怎(なん)で却(かえ)って此(こ)の一下子(ひとくだり)にて就(すなわ)ち他(かれ)を結果(けっか=始末)せしや?也(また)罷(よ)し也(また)罷(よ)し、左右(とにかく)是(こ)れ左右(とにかく)なり!」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、只(た)だ師父(しふ)が路(みち)を阻(さえぎ)らるるがため、没奈何(どうにもなら)ず此(こ)の事(こと)を干(おこな)い出(いだ)せり。就(すなわ)ち他(かれ)が牌児(ふだ)を把(と)って解(と)き下(おろ)し、自家(おの)れが腰(こし)に帯(お)び、「令(れい)」の字(じ)の旗(はた)を背(せ)に掮(かつ)ぎ、腰間(ようかん)に鈴(れい)を掛(か)け、手(て)に梆子(ほうす)を敲(たた)き持ち、風(かぜ)に迎(むか)って訣(けつ)を捻(ねん)じ、口(くち)の裏(うち)に咒語(じゅご)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆ)りて一変(いっぺん)じ、変(へん)ずること就(すなわ)ち小鑽風(しょうさんぷう)の模様(かたち)の象(ごと)し。歩(あゆみ)を引(ひ)き回(めぐ)らし、径(ただ)ちに旧路(きゅうろ=元の道)を転(たど)り、洞府(どうふ)を找尋(たずね)し、去(ゆ)きて那(か)の三箇(みたり)の老妖魔(ろうようま)の虚実(きょじつ=実情)を打探(さぐ)らんとす。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ: 千般(せんばん)の変化(へんげ)は美猴王(びこうおう)、 万様(ばんよう)の騰那(とうな=身のかわし)は真(しん)の本事(ほんざま)。 深山(しんざん)に闖入(おしい)り、旧路(きゅうろ)に依(よ)りて正(まさ)に走(ゆ)く処(ところ)、忽(たちま)ち人(ひと)の喊(さけ)び馬(うま)の嘶(いなな)く声(こえ)の聞(き)こゆる有(あ)り。即(すなわ)ち目(め)を挙(あ)げて之(これ)を観(み)れば、原(もと)是(こ)れ獅駝洞(しだどう)の口(ぐち)に万数(ばんすう)の小妖(しょうよう)の槍刀剣戟(そうとうけんげき=武器の類)、旗幟旌旄(きしせいぼう=旗の類)を排列(なら)べたる有(あ)り。此(こ)の大聖(たいせい)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで道(い)う、「李長庚(りちょうこう)が言(げん)は、真(まこと)に是(こ)れ不妄(いつわりのみならず)!真(まこと)に是(こ)れ不妄(いつわりのみならず)!」と。 原(もと)此(こ)の擺列(ならび)の些(いささ)かの路数(みちすじ=わけ)有(あ)る:二百五十名(にひゃくごじゅうめい)を一(ひとつ)の大隊伍(たいぐみ)と作(な)す。他(かれ)只(た)だ四十(しじゅう)の雑彩(ざっさい=色とりどり)の長旗(ちょうき)の、風(かぜ)に迎(むか)いて乱舞(みだれま)える有(あ)るを見(み)て、就(すなわ)ち万(ばん)の人数(ひと)の有(あ)るを知(し)り、却(かえ)って又(また)自(おの)ずから揣(おしはか)り自(おの)ずから度(たく)して道(い)う: 「老孫(ろうそん)小鑽風(しょうさんぷう)に変作(へんさく=化)し、此(こ)の一体(ひとたび)中(なか)へ入(はい)らば、那(か)の老魔(ろうま)若(も)し我(われ)に山(やま)を巡(めぐ)るの話(はなし)を問(と)わば、我(われ)必(かなら)ず機(き)に随(したが)って答(こた)えん。倘或(もし)一時(ひととき)にも言語(げんご)の差訛(さか=あやまり)有(あ)りて、我(われ)を認(みと)むる啊(や)あらば、怎(いか)にして体(み)を脱(のが)れん?就(すなわ)ち外(そと)へ跑(に)げ出(いだ)さんと要(ほっ)する時(とき)、那(か)の伙(くみ)の門(もん)を把(まも)る者(もの)に擋(さえぎ)り住(とど)められば、如何(いか)にして門(もん)を出(い)で去(ゆ)くことを得(え)ん?洞(ほら)の裏(うち)の妖王(ようおう)を拿(とら)えんと要(ほっ)せば、必(かなら)ず先(ま)ず門前(もんぜん)の衆怪(しゅうかい)を除(のぞ)かん!」と。汝(なんじ)は他(かれ)怎(いか)にして衆怪(しゅうかい)を除(のぞ)くことを得(え)しと道(い)うや?好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)想(おも)えらく、「那(か)の老魔(ろうま)は曾(かつ)て我(われ)と面(めん)と会(あ)わざるに、就(すなわ)ち我(われ)が老孫(ろうそん)が名頭(なだか=名高きこと)を知(し)れり。我(われ)且(しばら)く我(われ)が此(こ)の名頭(なだか)を倚(たの)み、威風(いふう)を仗(たの)みて、些(いささ)かの大話(おおげさ)を説(い)い、他(かれ)を嚇(おど)して一嚇(ひとおど)し看(み)ん。果(はた)して中土(ちゅうど=中国)の衆僧(しゅそう)に縁(えん)有(あ)り分(ぶん)有(あ)りて、経(きょう)を取りて回(かえ)ることを得(う)れば、此(こ)の一去(ひとゆき)は、只(た)だ我(われ)が幾句(いくく)の英雄(えいゆう)の言(げん)を消(よう)するのみ、就(すなわ)ち那(か)の門前(もんぜん)の若干(そこばく)の怪(かい)を嚇(おど)し退(しりぞ)けん; 假若(もし)衆僧(しゅそう)に縁(えん)無(な)く分(ぶん)無(な)く、真経(しんきょう)を取(と)ること得(え)ざる啊(や)あらば、就(すなわ)ち是(こ)れ縦(たと)い説(と)きて蓮花(れんげ)の現(あらわ)るるとも、也(また)西方(さいほう)の洞外(どうがい)の精(せい)を除(のぞ)くこと得(え)じ」と。心(こころ)口(くち)に問(と)い、口(くち)心(こころ)に問(と)い、此(こ)の計(けい)を思量(しりょう=思いはか)り、梆(ほう)を敲(たた)き、鈴(れい)を揺(ゆ)り、径(ただ)ちに獅駝洞(しだどう)の口(ぐち)に闖(おしい)り到(いた)る。早(はや)くも前営(まえのほう=前の陣)の小妖(しょうよう)に擋(さえぎ)り住(とど)められて道(い)う、「小鑽風(しょうさんぷう)来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)応(こた)えず、頭(こうべ)を低(た)れて就(すなわ)ち走(ゆ)く。走(ゆ)きて二層(にそう)の営(ほう)の裏(うち)に至(いた)るに、又(また)小妖(しょうよう)に扯(ひ)き住(とど)められて道(い)う: 「小鑽風(しょうさんぷう)来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「来(きた)れり」と。衆妖(しゅうよう)道(い)う、「汝(なんじ)今朝(けさ)風(かぜ)を巡(めぐ)りて去(ゆ)きしが、曾(かつ)て甚(なん)の孫行者(そんぎょうじゃ)に撞見(であ)えるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「撞見(であ)えり、正(まさ)に那(か)の処(ところ)に在(あ)りて扛子(こうす=棒)を磨(みが)けるなり」と。 衆妖(しゅうよう)害怕(おそれ)て道(い)う、「他(かれ)は怎(いか)なる箇(ひとつ)の模様(かたち)なる、甚(なん)の扛子(こうす)を磨(みが)くや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「他(かれ)は那(か)の澗(たに)の辺(ほとり)に蹲(うずくま)りて、還(ま)た箇(ひとつ)の開路神(かいろしん=道開きの神)の象(ごと)し;若(も)し站(た)ち上(あ)がらば、好道(おそらく)は十数丈(じゅうすうじょう)の長(なが)さ有(あ)らん!手(て)の裏(うち)に一條(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)を拿(と)り持ちて、就(すなわ)ち碗(わん)ほどの粗細(ふとさ)の一根(ひとふり)の大扛子(だいこうす=大きな棒)の象(ごと)し。那(か)の石崖(せきがい)の上(うえ)に一(ひとつか)みの水(みず)を抄(すく)い、磨(みが)くること一磨(ひとみが)り、口(くち)の裏(うち)又(また)念(ねん)じて曰(いわ)く:『扛子(こうす)よ!此(こ)の一向(このごろ)曾(かつ)て汝(なんじ)を拿(と)り出(いだ)して神通(じんつう)を顕(あらわ)さざりしが、此(こ)の一去(ひとゆき)に就(すなわ)ち十万(じゅうまん)の妖精(ようせい)有(あ)るも、也(また)都(みな)我(われ)に代(かわ)りて打死(うちころ)されん!我(われ)が那(か)の三箇(みたり)の魔頭(まとう)を殺(ころ)して汝(なんじ)を祭(まつ)らんを待(ま)て!他(かれ)磨(みが)きて明(あき)らかならんことを得(え)ば、先(ま)ず汝(なんじ)等(ら)が門前(もんぜん)の一万(いちまん)の精(せい)を打死(うちころ)さん!』と」と。那(か)の小妖(しょうよう)たち此(こ)の言(げん)を聞(き)くや、一箇一箇(ひとりひとり)心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、魂(たましい)散(さん)じ魄(たましい)飛(と)べり。行者(ぎょうじゃ)又(また)道(い)う、「列位(みなさま)よ、那(か)の唐僧(とうそう)が肉(にく)も也(また)多(おお)くは幾斤(いくきん)も無(な)く、也(また)我(われ)が処(ところ)に分(わ)け到(いた)らず、我(われ)等(ら)彼(かれ)がため此(こ)の缸(かめ)を頂(いただ)きて怎(なん)とせん! 如(しか)らずんば我(われ)等(ら)各自(おのおの)散(さん)じて一散(ひとさん)じせばよからん」と。衆妖(しゅうよう)都(みな)道(い)う、「説(い)う所(ところ)是(せ)なり、我(われ)等(ら)各自(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて去(ゆ)かん」と。假若(もし)是(こ)れ些(いささか)の軍民人等(ぐんみんひとびと)にして、聖化(せいか=聖人の教化)に服(ふく)せば、就(すなわ)ち死(し)するも也(また)敢(あ)えて走(に)げじ。原(もと)此(こ)の輩(やから)は都(みな)是(こ)れ些(いささか)の狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう=野獣の類)、走獣飛禽(そうじゅうひきん=けものと鳥)なるに、嗚(お)の一声(ひとこえ)に都(みな)哄然(こうぜん=どっと)として而(しか)して去(さ)れり。此(こ)れ倒(かえ)って孫大聖(そんたいせい)が幾句(いくく)の鋪頭話(ほとうわ=前置きの話)の象(ごと)からず、却(かえ)って就(すなわ)ち楚歌(そか)の声(こえ)の八千(はっせん)の兵(へい)を吹(ふ)き散(ち)らし了(おわ)れるが如(ごと)し!行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに自(おの)ずから喜(よろこ)んで道(い)う、「好(よ)し!老妖(ろうよう)は是(こ)れ死(し)したり!言(げん)を聞(き)きて就(すなわ)ち走(に)ぎ、怎(なん)で敢(あ)えて面(めん)と覿(まみ)えて相(あい)逢(あ)わんや?此(こ)の中(なか)へ入(はい)るにも還(ま)た此(こ)の言(げん)の般(ごと)くならば方(はじ)めて好(よ)し;若(も)し説(い)い差(たが)えて、才(さいわい)此(こ)の伙(くみ)の小妖(しょうよう)の一(ひとり)二(ふたり)の倒(かえ)って中(なか)へ走(はし)り入(い)りて聴(き)かば、却(かえ)って風訊(ふうじん=風聞)を走(に)がさざるや」と。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の: 心(こころ)を古洞(こどう)に存(たも)ちて来(きた)り、 胆(きも)を深門(しんもん)に仗(たの)みて入(い)る。 畢竟(ついに)那(いず)れの箇(ひとり)の老魔頭(ろうまとう)に見(まみ)えて甚(なん)の吉凶(きっきょう)有(あ)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第七十五回 心猿(しんえん)陰陽(いんよう)の竅(きょう=穴)を鑽(うが)ち透(とお)り 魔王(まおう)還(かえ)りて大道(だいどう)の真(しん)に帰(き)す 却(さ)て説(つ)ぐ、孫大聖(そんたいせい)洞(ほら)の口(ぐち)より入(い)り、両辺(りょうべ)を観看(みわた)せば、只(た)だ見(み)る: 骷髏(ころう=しゃれこうべ)は嶺(みね)の若(ごと)く、骸骨(がいこつ)は林(はやし)の如(ごと)し。 人(ひと)の頭髪(とうはつ)は躙(ふ)みて氈片(せんぺん=毛氈の切れ端)と成(な)り、 人(ひと)の皮肉(ひにく)は爛(ただ)れて泥塵(でいじん=泥と塵)と作(な)る。 人(ひと)の筋(すじ)は樹(き)の上(うえ)に纏(まと)われ、乾(かわ)き焦(こ)げて晃亮(こうりょう=きらきら)と銀(ぎん)の如(ごと)し。 真(まこと)に是(こ)れ尸山血海(しざんけっかい=屍の山と血の海)、 果(はた)して然(しか)り腥臭(せいしゅう=生臭さ)は聞(き)くに難(かた)し。 東辺(ひがし)の小妖(しょうよう)は、活(い)ける人(ひと)を拿(とら)えて肉(にく)を剮(えぐ)り; 西下(にし)の潑魔(はつま=あくたれ妖怪)は、人(ひと)の肉(にく)を把(と)って鮮(あざ)やかに煮(に)え鮮(あざ)やかに烹(に)る。 若(も)し美猴王(びこうおう)の此(か)くの般(ごと)き英雄(えいゆう)の胆(きも)に非(あら)ずんば、 第二(だいに)の凡夫(ぼんぷ=並みの人)も也(また)他(かれ)が門(もん)に入(い)ることを得(え)じ。 不多時(しばらくならず)、行(ゆ)きて二層(にそう)の門(もん)の裏(うち)に入(い)り看(み)る時(とき)、呀(ああ)!此(ここ)は却(かえ)って外(そと)に比(くら)べて不同(ことなり):清奇幽雅(せいきゆうが=清らかに雅びやか)、秀麗寛平(しゅうれいかんぺい=美しく広く平らか)なり;左右(さゆう)に瑶草仙花(ようそうせんか=仙草と仙花)有(あ)り、前後(ぜんご)に喬松翠竹(きょうしょうすいちく=高き松と緑の竹)有(あ)り。又(また)行(ゆ)くこと七八里(しちはちり)の遠近(へだたり)にして、才(はじ)めて三層(さんそう)の門(もん)に到(いた)る。身(み)を闪(ひるがえ)し眼(め)を偷(ぬす)みて看(み)る処(ところ)、那(か)の上面(かみ)に三箇(みたり)の老妖(ろうよう)の高(たか)く坐(すわ)れる有(あ)り、十分(じゅうぶん)に獰悪(どうあく=凶悪)なり。中(なか)の那(か)の箇(ひとり)の生(う)まれつきは: 鑿牙鋸歯(さくがきょし=のみの牙とのこぎりの歯)、円頭方面(えんとうほうめん=丸き頭と四角き顔)。 声(こえ)吼(ほ)ゆること雷(かみなり)の若(ごと)く、眼光(がんこう)電(いなずま)の如(ごと)し。 鼻(はな)を仰(あお)ぎて天(てん)に朝(むか)い、赤眉(せきび=赤き眉)は焰(ほのお)を飄(ひるがえ)す。 但(た)だ行(ゆ)く処(ところ)、百獣(ひゃくじゅう)心(こころ)慌(あわ)て; 若(も)し坐(すわ)り下(おろ)せば、群魔(ぐんま)胆(きも)戦(おのの)く。 此(こ)の一箇(ひとり)は是(こ)れ獣中(けもののなか)の王(おう)、青毛獅子怪(せいもうししかい)なり。 左手下(ひだりて)の那(か)の箇(ひとり)の生(う)まれつきは: 鳳目金睛(ほうもくきんせい=鳳凰の目と金の瞳)、黄牙粗腿(こうがそたい=黄なる牙と太き腿)。 長鼻銀毛(ちょうびぎんもう=長き鼻と銀の毛)、頭(あたま)を看(み)れば尾(お)に似(に)たり。 円額皺眉(えんがくしゅうび=丸き額と皺だる眉)、身軀(しんく=からだ)磊磊(らいらい=ごつごつ)。 細声(ほそごえ)は窈窕佳人(ようちょうかじん=しとやかなる美人)の如(ごと)く、 玉面(ぎょくめん=玉のごとき顔)は牛頭悪鬼(ごずあっき)に似(に)たり。 此(こ)の一箇(ひとり)は是(こ)れ歯(は)を蔵(かく)し身(み)を修(おさ)むること多年(たねん)の黄牙老象(こうがろうぞう)なり。 右手下(みぎて)の那(か)の一箇(ひとり)の生(う)まれつきは: 金翅鯤頭(きんしくんとう=金の翼と鯤の頭)、星睛豹眼(せいせいひょうがん=星の瞳と豹の眼)。 北(きた)を振(ふる)わせ南(みなみ)を図(はか)り、剛強(ごうきょう)勇敢(ゆうかん)なり。 変生翱翔(へんせいこうしょう=変化して翔けり)、鷃(うずら)は笑(わら)い龍(りゅう)は惨(いた)む。 風(かぜ)を摶(つむじ)らせて翮(つばさ)をふるえば百鳥(ひゃくちょう)頭(こうべ)を蔵(かく)し、 利爪(りそう=鋭き爪)を舒(の)べれば諸禽(しょきん=鳥ども)胆(きも)を喪(うしな)う。 此(こ)れは是(こ)れ雲程九万(うんていきゅうまん=九万里を翔ける)の大鵬鵰(たいほうちょう)なり。 那(か)の両下(りょうわき)に列(つら)なるに百十(ひゃくじゅう)の大小(だいしょう)の頭目(とうもく)有(あ)り、一箇一箇(ひとりひとり)全装(まるごしら)えに披挂(よろいかぶと)し、介冑(かいちゅう=よろいかぶと)整(ととの)いて斉(ひと)しく、威風凛凛(いふうりんりん=いかめしく)、殺気騰騰(さっきとうとう=殺気みなぎる)。 行者(ぎょうじゃ)見(み)て、心中(しんちゅう)に歓喜(よろこ)び、些児(すこし)も怕(おそ)れず、大踏歩(おおまた)に径(ただ)ちに門(もん)を入(い)り、梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)を把(と)って卸(おろ)し下(くだ)し、上(かみ)に朝(むか)いて声(こえ)を叫(あ)ぐ、「大王(だいおう)」と。三箇(みたり)の老魔(ろうま)笑呵呵(にこにこ)として問(と)うて道(い)う、「小鑽風(しょうさんぷう)よ、汝(なんじ)来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)声(こえ)に応(こた)えて道(い)う、「来(きた)れり」と。「汝(なんじ)去(ゆ)きて山(やま)を巡(めぐ)り、孫行者(そんぎょうじゃ)が下落(ゆくえ)を打聴(うちあて)せしこと何如(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「大王(だいおう)上(かみ)に在(いま)す、我(われ)も也(また)敢(あ)えて説(い)い起(おこ)さず」と。老魔(ろうま)道(い)う、「怎(なん)で敢(あ)えて説(い)わざる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)大王(だいおう)の命(めい)を奉(ほう)じ、梆鈴(ほうれい)を敲(たた)き、正(まさ)に然(しか)として走(ゆ)く処(ところ)、猛(はげ)しく頭(こうべ)を抬(あ)ぐるに只(た)だ一箇(ひとり)の人(ひと)の、那(か)の処(ところ)に蹲(うずくま)りて扛子(こうす=棒)を磨(みが)くるを見(み)る。還(ま)た箇(ひとつ)の開路神(かいろしん)の象(ごと)し、若(も)し站(た)ち将(やや)あって起(お)き上(あ)がらば、足(た)ること十数丈(じゅうすうじょう)の長短(ながさ)有(あ)らん。他(かれ)那(か)の澗崖(かんがい=谷の岸)の石(いし)の上(うえ)に就(つ)きて、一(ひとつか)みの水(みず)を抄(すく)い、磨(みが)くること一磨(ひとみが)り、口(くち)の裏(うち)又(また)一声(ひとこえ)念(ねん)じて、他(かれ)が那(か)の扛子(こうす)は此(ここ)に到(いた)りて還(ま)た曾(かつ)て箇(ひとつ)の神通(じんつう)を顕(あらわ)さず、他(かれ)磨(みが)き明(あき)らかならんことを要(よう)し、就(すなわ)ち来(きた)りて大王(だいおう)を打(う)たんと説(い)う。我(われ)此(こ)れに因(よ)って他(かれ)は是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なるを知(し)り、特(こと)に来(きた)りて報(しら)せ知(し)らす」と。那(か)の老魔(ろうま)此(こ)の言(げん)を聞(き)きて、渾身(こんしん=からだじゅう)是(こ)れ汗(あせ)、唬(おど)ろかされて戦(おのの)くこと呵呵(くく)として道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、我(われ)説(い)えり、唐僧(とうそう)を惹(さわ)がすこと莫(な)かれと。他(かれ)が徒弟(とてい)は神通(じんつう)広大(こうだい)にして、預(あらかじ)め作(な)して準備(じゅんび)し、棍(ぼう)を磨(みが)きて我(われ)等(ら)を打(う)たんとす、却(かえ)って怎(いか)にして是(こ)れ好(よ)からん」と。教(おし)えて曰(いわ)く、「小(こ)の者(もの)たちよ、洞外(どうがい)の大小(だいしょう)を把(と)って都(みな)叫(よ)び入(い)れ、門(もん)を関(と)ざして、他(かれ)を過(す)ぎ去(ゆ)かしめよ」と。那(か)の頭目(とうもく)の中(なか)に知(し)れる者(もの)の報(しら)せて曰(いわ)く、「大王(だいおう)、門外(もんがい)の小妖(しょうよう)は、已(すで)に都(みな)散(さん)じ了(おわ)れり」と。老魔(ろうま)道(い)う、「怎(なん)で都(みな)散(さん)じたるか?想(おも)うに是(こ)れ風声(ふうせい=風聞)の不好(よくなき)なるを聞(き)きたるならん、快(すみや)かに早(はや)く門(もん)を関(と)ざせ!快(すみや)かに早(はや)く門(もん)を関(と)ざせ!」と。衆妖(しゅうよう)乒乓(ひんぽう=ばたばた)と前後(ぜんご)の門(もん)を把(と)って尽(ことごと)く皆(みな)牢(かた)く拴(とざ)し緊(きつ)く閉(と)ざせり。行者(ぎょうじゃ)自(おの)ずから心(こころ)に驚(おどろ)いて道(い)う、「此(こ)の一体(ひとたび)門(もん)を関(と)ざさば、他(かれ)再(ふたた)び我(われ)に家長里短(かちょうりたん=身の上のあれこれ)の事(こと)を問(と)わば、我(われ)対(こた)え来(きた)ること得(え)ず、却(かえ)って風(かぜ)を走(にが)して了(おわ)り、他(かれ)に拿(とら)え住(とど)められんや?且(しばら)く再(ふたた)び他(かれ)を嚇(おど)して一嚇(ひとおど)し、他(かれ)をして門(もん)を開(あ)かしめ、好(よ)く跑(に)げ去(さ)らん」と。又(また)上前(すす)みて道(い)う、「大王(だいおう)、他(かれ)は還(ま)た説(い)う所(ところ)不好(よくなき)有(あ)り」と。老魔(ろうま)道(い)う、「他(かれ)又(また)甚(なん)と説(い)える」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「他(かれ)説(い)えらく、大大王(だいだいおう)を拿(とら)えて皮(かわ)を剥(は)ぎ、二大王(にだいおう)を剮(えぐ)りて骨(ほね)を削(そ)ぎ、三大王(さんだいおう)の筋(すじ)を抽(ぬ)かんと。汝(なんじ)等(ら)若(も)し門(もん)を関(と)ざして出(い)で去(ゆ)かざる啊(や)あらば、他(かれ)は変化(へんげ)を会(え)し、一時(ひととき)に箇(ひとつ)の蠅児(はえ)に変(へん)じて、門(もん)の縫(すきま)より自(おの)ずから飛(と)び入(い)り、我(われ)等(ら)を把(と)って都(みな)拿(とら)え出(いだ)さん、却(かえ)って怎(いか)にして是(こ)れ好(よ)からん」と。老魔(ろうま)道(い)う、「兄弟(きょうだい)たち仔細(ようじん)せよ、我(われ)が此(こ)の洞(ほら)の裏(うち)は、年(とし)を遞(わた)りて家(や)に箇(ひとつ)の蠅(はえ)も無(な)かりしが、但(た)だ是(こ)れ蠅(はえ)の飛(と)び入(い)り来(きた)れる有(あ)らば、就(すなわ)ち是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「就(すなわ)ち箇(ひとつ)の蠅(はえ)に変(へん)じて他(かれ)を嚇(おど)して一嚇(ひとおど)し、好(よ)く門(もん)を開(あ)かしめん」と。大聖(たいせい)旁(かたわら)に闪(ひるがえ)し、手(て)を伸(の)ばして脳後(のうご=後頭部)に往(ゆ)きて一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち変(へん)じて一箇(ひとつ)の金蠅(きんばえ=黄金の蠅)と做(な)り、飛(と)び去(ゆ)きて老魔(ろうま)の劈臉(まのあたり)を望(めが)けて一頭(ひとあたま)撞(ぶつか)り了(おわ)る。那(か)の老怪(ろうかい)慌(あわ)てて道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ!不停当(ただならず)!那(あ)の話児(やつ)が門(もん)を入(い)りて来(きた)れり!」と。 嚇(おど)ろかされて那(か)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)は、一箇一箇(ひとりひとり)丫鈀(あは=またぐわ)や掃帚(ほうき)を把(と)って、都(みな)上前(すす)みて乱(みだ)れて蠅(はえ)を撲(はた)く。此(こ)の大聖(たいせい)忍(しの)ぶこと能(あた)わず、赥赥(きつきつ=くすくす)として笑(わら)い声(こえ)を出(いだ)せり。乾浄(あにからんや)他(かれ)笑(わら)うべきに宜(よろ)しからず、此(こ)の一笑(ひとわらい)に笑(わら)いて原(もと)の嘴臉(つら)を出(いだ)し来(きた)り、却(かえ)って那(か)の第三(だいさん)の老妖魔(ろうようま)に跳(と)び上前(すす)まれ、一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)められて道(い)われる、「哥哥(あに)よ、険(あやう)く些児(すこ)しく他(かれ)に瞞(だま)されんとせし!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、誰(たれ)か誰(たれ)を瞞(だま)す」と。三怪(さんかい)道(い)う、「剛才(さっき)の此(こ)の回話(へんじ)せし小妖(しょうよう)は、小鑽風(しょうさんぷう)に非(あら)ず、他(かれ)就(すなわ)ち是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり。必(かなら)ず小鑽風(しょうさんぷう)に撞見(であ)い、他(かれ)を怎(いか)にしてか打(う)ち殺(ころ)したるを知(し)らず、却(かえ)って変化(へんげ)して来(きた)りて我(われ)等(ら)を哄(だま)すのみ」と。行者(ぎょうじゃ)慌(あわ)てて道(い)う、「他(かれ)我(われ)を認(みと)めたり!」と。即(すなわ)ち手(て)を把(と)って摸(さぐ)り摸(さぐ)り、老怪(ろうかい)に対(たい)して道(い)う、「我(われ)怎(なん)で是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)ならんや?我(われ)は是(こ)れ小鑽風(しょうさんぷう)なり、大王(だいおう)認(みと)め誤(あやま)てり」と。老魔(ろうま)笑(わら)って道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、他(かれ)は是(こ)れ小鑽風(しょうさんぷう)なり。他(かれ)は一日(いちじつ)に三次(さんじ)も面前(めんぜん)に在(あ)りて点卯(てんぼう=点呼)せらるるに、我(われ)他(かれ)を認(みと)めり」と。又(また)問(と)うて曰(いわ)く、「汝(なんじ)牌児(ふだ)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「有(あ)り」と。 衣服(いふく)を擄(まく)り上(あ)げて、就(すなわ)ち牌子(ふだ)を拿(と)り出(いだ)す。老怪(ろうかい)一発(いよいよ)認(みと)めて実(じつ)として道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、他(かれ)を屈(くじ)く莫(な)かれ」と。 三怪(さんかい)道(い)う、「哥哥(あに)よ、汝(なんじ)曾(かつ)て他(かれ)を見(み)ざりしか、他(かれ)才子(さっき)身(み)を闪(ひるがえ)し、一声(ひとこえ)笑(わら)いたるに、我(われ)他(かれ)を見(み)れば就(すなわ)ち箇(ひとつ)の雷公嘴(らいこうし=雷神の口)を露(あらわ)し出(いだ)せり。我(われ)の扯(ひ)き住(とど)むるを見(み)て、他(かれ)又(また)変(へん)じて箇(ひとつ)の此(か)くの般(ごと)き模様(かたち)を作(な)せり」と。 叫(よばわ)って曰(いわ)く、「小(こ)の者(もの)たちよ、縄(なわ)を拿(と)り来(きた)れ!」と。衆頭目(しゅうとうもく)即(すなわ)ち縄索(じょうさく=綱)を取(と)る。三怪(さんかい)行者(ぎょうじゃ)を把(と)って扳(ひ)き翻(かえ)し倒(たお)し、四馬(よんば)の蹄(ひづめ)の般(ごと)く手足(てあし)を一(ひとつ)に縛(くく)り上(あ)げ、衣裳(いしょう)を揭(まく)り上(あ)げて看(み)る時(とき)、足足(まさしく)是(こ)れ箇(ひとつ)の弼馬温(ひつばおん)なり。原(もと)行者(ぎょうじゃ)に七十二般(しちじゅうにはん=七十二種)の変化(へんげ)有(あ)り、若(も)し是(こ)れ飛禽(ひきん=空飛ぶ鳥)、走獣(そうじゅう=けもの)、花木(かぼく=草花と木)、器皿(きべい=器)、昆虫(こんちゅう)の類(たぐい)に変(へん)ずれば、却(かえ)って就(すなわ)ち身(み)を連(つら)ねて滚(ころが)り去(さ)る;但(た)だ人物(じんぶつ=人間)に変(へん)ずるには、却(かえ)って只(た)だ是(こ)れ頭(あたま)と臉(かお)のみ変(へん)じて、身子(からだ)は変(へん)じ過(す)ぐること能(あた)わず。果(はた)して然(しか)り、一身(いっしん)の黄毛(こうもう=黄なる毛)、両塊(ふたつ)の紅股(こうこ=赤き尻)、一條(ひとすじ)の尾巴(しっぽ)なり。老妖(ろうよう)看(み)て道(い)う、「是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)の身子(からだ)、小鑽風(しょうさんぷう)の臉皮(かおのかわ)、是(こ)れ他(かれ)なり!」と。教(おし)えて曰(いわ)く、「小(こ)の者(もの)たちよ、先(ま)ず酒(さけ)を安排(もう)け来(きた)り、汝(なんじ)が三大王(さんだいおう)に箇(ひとつ)の得功(とくこう=手柄)の杯(さかずき)を遞(わた)さん。既(すで)に孫行者(そんぎょうじゃ)を拿(とら)え倒(たお)したれば、唐僧(とうそう)は坐(そら)に定(さだま)りて是(こ)れ我(われ)等(ら)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく)なり」と。三怪(さんかい)道(い)う、「且(しばら)く酒(さけ)を食(の)むことなかれ。孫行者(そんぎょうじゃ)は溜撒(りゅうさつ=すばしこ)く、他(かれ)逃遁(とうとん=逃げ隠れ)の法(ほう)を会(え)し、只(た)だ怕(おそ)らくは走(に)げ去(さ)らん。小(こ)の者(もの)たちに教(おし)えて瓶(へい)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしめ、孫行者(そんぎょうじゃ)を把(と)って瓶(へい)の裏(うち)に装(い)れ了(おわ)りて、我(われ)等(ら)才(はじ)めて好(よ)く酒(さけ)を食(の)まん」と。老魔(ろうま)大(おお)いに笑(わら)って道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ!正(まさ)に是(こ)れ!」と。即(すなわ)ち三十六箇(さんじゅうろくにん)の小妖(しょうよう)を点(てん)じ、裏(うち)に入(い)りて庫房(こぼう=倉庫)の門(もん)を開(あ)かしめ、瓶(へい)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしむ。汝(なんじ)説(い)え、那(か)の瓶(へい)の幾(いか)ほどの大(おお)きさ有(あ)るや?只(た)だ二尺四寸(にしゃくよんすん)の高(たか)さを得(え)るのみ。怎(なん)で三十六人(さんじゅうろくにん)の抬(かつ)ぐを用(もち)うるに当(あ)たらんや?那(か)の瓶(へい)は乃(すなわ)ち是(こ)れ陰陽二気(いんようにき)の宝(たから)にして、内(うち)に七宝八卦(しちほうはっけ)、二十四気(にじゅうしき)有(あ)り、三十六人(さんじゅうろくにん)を要(よう)するは、天罡(てんこう)の数(かず)に按(あん)じて、才(はじ)めて抬(かつ)ぎ動(うご)かすことを得(う)るなり。一時(ひととき)ならずして、宝瓶(ほうへい)を抬(かつ)ぎ出(いだ)し、三層(さんそう)の門外(もんがい)に放(お)き、展(の)べて乾浄(きれい)にし、蓋(ふた)を揭(あ)け開(ひら)き、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って縄索(なわ)を解(と)き、衣服(いふく)を剥(は)ぎ、那(か)の瓶(へい)の中(なか)の仙気(せんき)に就(つ)きて、飕(ひゅう)の一声(ひとこえ)、吸(す)い入(い)れて裏面(うち)に入(い)れ、蓋(ふた)を将(と)って蓋(おお)い上(あ)げ、封皮(ふうひ=封印の紙)を貼(は)り了(おわ)り、却(かえ)って去(ゆ)きて酒(さけ)を食(の)みて道(い)う、「猴児(さるよ)今番(こんばん=今度こそ)我(われ)が宝瓶(ほうへい)の裏(うち)に入(い)り了(おわ)りぬ、再(ふたた)び想(おも)う莫(な)かれ那(か)の西方(さいほう)の路(みち)を!若(も)し還(ま)た能(よ)く彀(た)りて仏(ほとけ)を拝(はい)し経(きょう)を求(もと)めんには、除(のぞ)くは是(こ)れ背(せ)を転(てん)じ車(くるま)を揺(ゆ)り、再(ふたた)び去(ゆ)きて胎(たい)に投(とう)じ舎(やど)を奪(うば)わんのみ」と。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)は、一箇一箇(ひとりひとり)笑呵呵(にこにこ)として都(みな)去(ゆ)きて功(こう)を賀(が)す。是(こ)れを題(だい)とせず。 却(さ)て説(つ)ぐ、大聖(たいせい)瓶(へい)の中(なか)に到(いた)り、那(か)の宝貝(ほうばい)に身(み)を将(と)って束(たば)ねて小(ちい)さくせられ、索性(いっそ)変化(へんげ)して、当(まなか)に蹲(うずくま)る。半晌(しばらく)、倒(かえ)って還(ま)た蔭涼(いんりょう=涼しき日陰)なり。忽(たちま)ち声(こえ)を失(しっ)して笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)は外(そと)に虚名(きょめい=虚しい名)有(あ)りて、内(うち)に実事(じっじ=実質)無(な)し。怎(なん)で人(ひと)に告誦(つげて=触れ込み)て此(こ)の瓶(へい)は人(ひと)を装(い)れ、一時三刻(いっときみとき=ごく短き間)に、化(か)して膿血(のうけつ=膿と血)と為(な)ると説(い)うや?若(も)し此(か)くの般(ごと)く涼快(すずし)きに似(に)たらば、就(すなわ)ち住(す)むこと七八年(しちはちねん)に上(のぼ)るも也(また)無事(ぶじ)ならん!」と。咦(ああ)!大聖(たいせい)原(もと)那(か)の宝貝(ほうばい)の根由(こんゆ=由来)を知(し)らざりき:假若(もし)人(ひと)を装(い)れて一年(いちねん)語(かた)らざれば、一年(いちねん)蔭涼(すずし)く、但(た)だ人(ひと)の言(げん)の聞(き)こゆるを聞(き)けば、就(すなわ)ち火(ひ)の来(きた)りて焼(や)く有(あ)り。大聖(たいせい)未(いま)だ説(い)い完(おわ)らざるに、只(た)だ見(み)る、満瓶(へいいっぱい)都(みな)是(こ)れ火焰(かえん)なり。幸(さいわ)いなるかな他(かれ)に本事(ほんざま=腕)有(あ)り、中(なか)に坐(すわ)り、避火訣(ひよけのけつ=火を避ける印)を捻(ねん)じ、全然(まったく)惧(おそ)れず。耐(こら)うること半箇時辰(はんこじしん=一時半)に到(いた)り、四囲(あたり)より四十条(よんじゅっすじ)の蛇(へび)の鑽(もぐ)り出(い)でて咬(か)む有(あ)り。行者(ぎょうじゃ)手(て)を輪(ふる)い開(ひら)き、抓(つか)み将(やや)あって過(よぎ)り来(きた)り、力(ちから)を尽(つ)くして一揝(ひとつかみ)、揝(つか)みて八十段(はちじゅっだん=八十切れ)と做(な)す。少時間(しばし)、又(また)三條(みすじ)の火龍(かりゅう=火の竜)の出(い)で来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)を把(と)って上下(うえした)に盤繞(めぐりまと)う有(あ)り。着実(いよいよ)に禁(こら)え難(がた)く、自(おの)ずから慌張(あわて)て措(おきどころ)無(な)きを覚(おぼ)えて道(い)う、「別事(ほかのこと)は処(しょ)し好(よ)し、此(こ)の三條(みすじ)の火龍(かりゅう)は難為(なんぎ=手強)し。再(さ)らに一会(ひととき)過(す)ぎて出(い)でずんば、火気(かき)をして心(こころ)に攻(せ)め入(い)らしめ、怎(いか)にせん」と。他(かれ)想(おも)って道(い)う、「我(われ)身子(からだ)を把(と)って長(なが)きこと一長(ひとなが)し、券(やぶ)り破(やぶ)らんかし」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、咒(じゅ)を念(ねん)じ声(こえ)をあげ、「長(なが)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち長(た)きこと丈数(じょうすう=一丈余)の高下(たかさ)と成(な)る。那(か)の瓶(へい)は身(み)に緊(きつ)く靠(よ)りて、也(また)就(すなわ)ち長(なが)く起(お)き上(あ)がり、他(かれ)身子(からだ)を把(と)って往(ゆ)きて下(した)へ一(ひと)小(ちい)さくすれば、那(か)の瓶児(へい)も也(また)就(すなわ)ち小(ちい)さく下(お)り来(きた)れり。行者(ぎょうじゃ)心(こころ)に驚(おどろ)いて道(い)う、「難(かた)し!難(かた)し!難(かた)し!怎(なん)で我(われ)長(なが)ずれば他(かれ)も也(また)長(なが)じ、我(われ)小(ちい)さくすれば他(かれ)も也(また)小(ちい)さくなるや?之(これ)を如何(いかん)!」と。説(い)い了(おわ)らざるに、孤拐(ここう=踝)の上(うえ)に些(いささ)かの疼痛(とうつう=痛み)有(あ)り、急(いそ)ぎ手(て)を伸(の)ばして摸(さぐ)り摸(さぐ)れば、却(かえ)って火(ひ)に焼(や)かれて軟(やわ)らかくせられたり。自(おの)ずから心(こころ)焦(じれ)って道(い)う、「怎(いか)にして好(よ)からん?孤拐(くるぶし)焼(や)かれて軟(やわ)らかくなり了(おわ)れり!弄(いた)ずるに箇(ひとつ)の残疾(ざんしつ=からだの不自由)の之人(ひと)を作(な)さんとす!」と。忍(しの)ぶこと能(あた)わずして涙(なみだ)を吊(つ)り下(おろ)せり。此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ: 魔(ま)に遭(あ)い苦(く)に遇(あ)いて三蔵(さんぞう)を懐(おも)い、 難(なん)に着(つ)き危(き)に臨(のぞ)みて聖僧(せいそう)を慮(おもんぱか)る。 道(い)いて曰(いわ)く、「師父(しふ)よ!当年(とうねん)正(しょう)に皈(かえ)りしに、観音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)むるを蒙(こうむ)り、天災(てんさい)を離(まぬか)れ、我(われ)汝(なんじ)と苦(くる)しみて諸山(しょざん)を歴(へ)め、多(あまた)の怪(かい)を収殄(しゅうてん=平らげ)し、八戒(はっかい)を降(くだ)し、沙僧(さそう)を得(え)、千辛万苦(せんしんばんく=辛苦のかぎり)、指望(のぞ)みては同(とも)に西方(さいほう)を証(あか)し、共(とも)に正果(しょうか)を成(な)さんとせり。何期(なんと)今日(こんにち)此(こ)の毒魔(どくま)に遭(あ)い、老孫(ろうそん)誤(あやま)りて此(ここ)に入(い)り、性命(しょうみょう=命)を傾(けい)し、汝(なんじ)を半山(なかやま)の中(なか)に撇(さ)りて、前進(すす)むこと能(あた)わざらんとは!想(おも)うに是(こ)れ我(われ)が昔日(むかし)名(な)高(たか)かりしが故(ゆえ)に、故(ゆえ)に今朝(こんちょう)の難(なん)有(あ)るのみ!」と。正(まさ)に此(ここ)に凄愴(せいそう=いたましくかなし)むに、忽(たちま)ち想(おも)い起(おこ)す、菩薩(ぼさつ)当年(とうねん)蛇盤山(じゃばんざん)に在(あ)りて曾(かつ)て我(われ)に三根(みすじ)の救命毫毛(きゅうめいごうもう=命を救う毛)を賜(たま)えり、有(あ)るや無(な)きやを知(し)らず、且(しばら)く我(われ)が尋(たず)ねて一尋(ひとたず)ね看(み)ん。即(すなわ)ち手(て)を伸(の)ばして渾身(からだじゅう)を摸(さぐ)ること一把(ひとつかみ)、只(た)だ見(み)る、脳後(のうご=後頭部)に三根(みすじ)の毫毛(ごうもう)有(あ)り、十分(じゅうぶん)に挺硬(ていこう=剛く硬し)。忽(たちま)ち喜(よろこ)んで道(い)う、「身上(からだ)の毛(け)は都(みな)彼(か)くの如(ごと)く軟熟(なんじゅく=柔らかにこなれ)なるに、只(た)だ此(こ)の三根(みすじ)のみ此(か)くの般(ごと)く硬槍(こうそう=槍のごとく硬し)、必(かなら)ず是(こ)れ我(われ)が命(いのち)を救(すく)う者(もの)ならん」と。即便(すなわ)ち歯(は)を咬(か)み、疼(いたみ)を忍(しの)び、毛(け)を抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)!」と叫(よ)べば、一根(ひとすじ)は即(すなわ)ち変(へん)じて金剛鑽(こんごうさん=金剛石の錐)と作(な)り、一根(ひとすじ)は変(へん)じて竹片(ちくへん=竹のへぎ板)と作(な)り、一根(ひとすじ)は変(へん)じて綿縄(めんじょう=綿の縄)と作(な)る。篾片弓児(べっぺんきゅうじ=竹ひごの弓)を扳(ひ)き張(は)り、那(か)の鑽(きり)を牽(ひ)きて、瓶(へい)の底(そこ)を照(めが)けて颼颼(しゅうしゅう)と一頓(ひとくぎ)り鑽(うが)てば、鑽(うが)ちて一箇(ひとつ)の眼孔(あな)を成(な)し、光(ひかり)の亮(あきら)けきを誘(みちび)き入(い)る。喜(よろこ)んで道(い)う、「造化(さいわい)!造化(さいわい)!却(かえ)って好(よ)く出(い)で去(ゆ)かん!」と。才(はじ)めて変化(へんげ)して身(み)を出(いだ)さんとせしに、那(か)の瓶(へい)復(ま)た蔭涼(すずし)くなり了(おわ)れり。怎(なん)で就(すなわ)ち涼(すず)しくなるや?原(もと)他(かれ)に鑽(うが)たれ、陰陽(いんよう)の気(き)を把(と)って泄(も)らされ了(おわ)り、故(ゆえ)に此(これ)に遂(つい)に涼(すず)しきなり。 好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め、身(み)を将(と)って一(ひと)小(ちい)さくし、就(すなわ)ち変(へん)じて箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅうじ=蝉の小さき虫)と做(な)る。十分(じゅうぶん)に軽巧(けいこう=身軽)にして、細(ほそ)きこと鬚髪(しゅはつ=髭と髪の毛)の如(ごと)く、長(なが)きこと眉毛(まゆげ)に似(に)たり。孔(あな)の中(なか)より自(おの)ずから鑽(もぐ)り出(い)で、且(しばら)く還(ま)た走(に)げ去(さ)らず、径(ただ)ちに飛(と)んで老魔(ろうま)が頭(あたま)の上(うえ)に在(あ)りて釘(とま)る。那(か)の老魔(ろうま)正(まさ)に酒(さけ)を飲(の)めるが、猛然(にわか)に杯児(さかずき)を放(おろ)き下(くだ)して道(い)う、「三弟(さんてい)よ、孫行者(そんぎょうじゃ)は此(こ)の回(たび)化(とけ)たりや否(いな)や」と。三魔(さんま)笑(わら)って道(い)う、「還(ま)た此(こ)の時(とき)に到(いた)らんや」と。老魔(ろうま)教(おし)えて令(れい)を伝(つた)え、瓶(へい)を抬(かつ)ぎ上(のぼ)さしめ来(きた)らしむ。 那(か)の下(しも)に在(あ)る三十六箇(さんじゅうろくにん)の小妖(しょうよう)即便(すなわ)ち瓶(へい)を抬(かつ)がんとせしに、瓶(へい)は就(すなわ)ち軽(かる)きこと許多(あまた)なり。慌(あわ)てて衆(しゅう)の小妖(しょうよう)をして報(しら)せて道(い)わしむ、「大王(だいおう)、瓶(へい)軽(かる)くなり了(おわ)れり!」と。老魔(ろうま)喝(しか)って道(い)う、「胡説(でたらめ)す!宝貝(ほうばい)は乃(すなわ)ち是(こ)れ陰陽二気(いんようにき)の全功(ぜんこう=完全なる働き)なるに、如何(いかん)ぞ軽(かる)からん!」と。内(うち)の中(なか)に一箇(ひとり)の勉強(つとめし=無理して)の小妖(しょうよう)有(あ)り、瓶(へい)を把(と)って提(さ)げ上(あ)げ来(きた)りて道(い)う、「汝(なんじ)看(み)よ、此(こ)れ不軽(かるから)ずや」と。老魔(ろうま)蓋(ふた)を揭(あ)けて看(み)る時(とき)、只(た)だ見(み)る、裏面(うち)透亮(すきとお)りて明(あき)らかなり。忍(しの)ぶこと能(あた)わずして声(こえ)を失(しっ)して叫(よ)んで道(い)う: 「此(こ)の瓶(へい)の裏(うち)空者(くうしゃ=からっぽ)なるは、控(こう)なるなり!」と。大聖(たいせい)他(かれ)が頭(あたま)の上(うえ)に在(あ)りて、也(また)忍(しの)ぶこと能(あた)わず一声(ひとこえ)道(い)う、「我(われ)が児(こ)よ、捜者(そうしゃ=捜す)とは、走(そう=逃ぐ)なるなり!」と。衆怪(しゅうかい)聴(き)きて道(い)う、「走(に)げたるか走(に)げたるか!」と。即(すなわ)ち令(れい)を伝(つた)えて曰(いわ)く、「門(もん)を関(と)ざせ門(もん)を関(と)ざせ!」と。 那(か)の行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(と)って一抖(ひとゆす)りし、剥(は)ぎ去(さ)られし衣服(いふく)を収(おさ)め、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、洞外(どうがい)に跳(と)び出(い)づ。頭(こうべ)を回(めぐ)らして罵(ののし)って道(い)う、「妖精(ようせい)よ無礼(ぶれい)することなかれ!瓶子(へい)は鑽(うが)ち破(やぶ)られ、人(ひと)を装(い)るること能(あた)わず、只(た)だ好(よ)く拿(と)りて出恭(しっきょう=大便)に出(だ)すのみ!」と。喜喜歓歓(よろこびよろこび)、嚷嚷鬧鬧(わめきたて)りて、雲頭(うんとう)を踏(ふ)み、径(ただ)ちに唐僧(とうそう)の処(ところ)に転(かえ)る。那(か)の長老(ちょうろう)正(まさ)に那(か)の処(ところ)に在(あ)りて土(つち)を撮(つま)みて香(こう)と為(な)し、空(そら)を望(のぞ)んで祷祝(とうしゅく=祈願)す。行者(ぎょうじゃ)且(しばら)く雲頭(うんとう)を停(とど)め、他(かれ)が祷祝(いの)る甚(なん)なるを聴(き)く。那(か)の長老(ちょうろう)合掌(がっしょう)して天(てん)に朝(むか)いて道(い)う: 「祈(ねが)わくは請(しょう)ぜん雲霞(うんか)の衆位(しゅい)の仙(せん)、 六丁六甲(りくていりっこう)と諸天(しょてん)とよ。 願(ねが)わくは賢徒(けんと=賢き弟子)孫行者(そんぎょうじゃ)を保(まも)れ、 神通(じんつう)広大(こうだい)にして法(ほう)辺(ほとり)無(な)し」と。 大聖(たいせい)此(か)くの般(ごと)き言語(げんご)を聴(き)き得(え)て、更(さら)に努力(どりょく)を加(くわ)え、雲光(うんこう)を収(おさ)め斂(おさ)め、近(ちか)づき前(すす)んで叫(よ)んで道(い)う、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり!」と。長老(ちょうろう)攙(たす)け住(とど)めて道(い)う、「悟空(ごくう)よ労碌(ろうろく=骨折り)なり、汝(なんじ)遠(とお)く高山(こうざん)を探(さぐ)り、許久(ひさし)く回(かえ)らず、我(われ)甚(はなは)だ憂慮(ゆうりょ=案じ)たり。端的(つまるところ)此(こ)の山(やま)の中(なか)に何(なん)の吉凶(きっきょう)有(あ)りしや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、才(さい)が此(こ)の一去(ひとゆき)は、一(ひとつ)には是(こ)れ東土(とうど)の衆僧(しゅそう)に縁(えん)有(あ)り分(ぶん)有(あ)り、二(ふたつ)には来(きた)るは是(こ)れ師父(しふ)が功徳(くどく)の無量無辺(むりょうむへん=はかりしれぬ)なるがため、三(みっつ)には也(また)弟子(でし)が法力(ほうりき)に虧(よ)れり!」と。前項(さき)の鑽風(さんぷう)に妝(よそお)いしこと、瓶(へい)の裏(うち)に陥(おちい)りしこと及び脱身(だっしん)の事(こと)を将(と)って、細(こま)かに一遍(ひとわたり)陳(の)べ了(おわ)り、「今(いま)尊師(そんし)の面(おもて)を見(み)るを得(う)るは、実(じつ)に両世(ふたよ)の人之(ひと)なり!」と。長老(ちょうろう)感謝(かんしゃ)して尽(つ)きざるに道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の番(たび)曾(かつ)て妖精(ようせい)と賭闘(とけい=勝負)せざりしか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う: 「曾(かつ)てず」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「此(か)くの般(ごと)くんば我(われ)を保(まも)りて山(やま)を過(す)ぐること得(え)ざるか」と。行者(ぎょうじゃ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の勝(まさ)ることを好(この)むの人(ひと)なるに、叫(よ)び喊(さけ)んで道(い)う、「我(われ)怎(なん)で汝(なんじ)を保(まも)りて山(やま)を過(す)ぐることを得(え)ざらんや」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「曾(かつ)て他(かれ)と箇(ひとつ)の勝負(しょうぶ)を見(み)ず、只(た)だ此(か)くの般(ごと)く含糊(あいまい)ならば、我(われ)怎(なん)で敢(あ)えて前進(すす)まん!」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、汝(なんじ)也(また)忒(はなは)だ通変(つうへん=臨機応変)ならず。常言(じょうげん=世の習わし)に道(い)う、単糸(たんし=一本の糸)は線(いと)とならず、孤掌(こしょう=片方の手のひら)は鳴(な)り難(がた)し、と。那(か)の魔(ま)は三箇(みたり)、小妖(しょうよう)は千万(せんまん)、老孫(ろうそん)一人(ひとり)をして、怎(いか)にして他(かれ)と賭闘(とけい)せしめんや」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「寡(すくな)きは衆(おお)きに敵(てき)せず、是(こ)れ汝(なんじ)一人(ひとり)にても也(また)処(しょ)し難(がた)し。八戒(はっかい)、沙僧(さそう)も他(かれ)等(ら)也(また)都(みな)本事(ほんざま)有(あ)り、他(かれ)等(ら)をして都(みな)去(ゆ)かしめ、汝(なんじ)と協力(きょうりょく)して心(こころ)を同(おなじう)し、山路(さんろ)を掃(はら)い浄(きよ)め、我(われ)を保(まも)りて過(す)ぎ去(ゆ)かしめよ」と。行者(ぎょうじゃ)沈吟(ちんぎん=思案)して道(い)う、「師(し)の言(げん)最(もっと)も当(とう)れり。沙僧(さそう)をして汝(なんじ)を保護(まも)らしめ、八戒(はっかい)をして我(われ)に跟(したが)いて去(ゆ)かしめん」と。那(か)の呆子(あほう)慌(あわ)てて道(い)う、「哥哥(あに)は眼色(めつき=見る目)無(な)し!我(われ)又(また)粗夯(そぼう=粗野で鈍)く、甚(なん)の本事(ほんざま)も無(な)く、路(みち)を走(ゆ)けば風(かぜ)を扛(かつ)ぐのみ、汝(なんじ)に跟(したが)いて何(なん)の益(えき)か有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)甚(なん)の本事(ほんざま)無(な)しといえども、好道(それでも)也(また)是(こ)れ箇(ひとり)の人(ひと)なり。俗(ぞく)に云(い)う、屁(へ)を放(ひ)りて風(かぜ)を添(そ)う、と。汝(なんじ)も也(また)我(われ)が些(いささ)かの胆気(たんき=度胸)を壮(ます)こと可(べ)し」と。八戒(はっかい)道(い)う、「也(また)罷(よ)し也(また)罷(よ)し、汝(なんじ)の帯挈(たいけつ=引き立て)を望(のぞ)む。但(た)だ只(た)だ急溜(きゅうりゅう=急場)の処(ところ)にて、我(われ)を捉弄(からか)うこと莫(な)かれ」と。長老(ちょうろう)道(い)う、「八戒(はっかい)意(こころ)に在(あ)れ、我(われ)と沙僧(さそう)は此(ここ)に在(あ)らん」と。 那(か)の呆子(あほう)神威(しんい)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、行者(ぎょうじゃ)と狂風(きょうふう)を縦(はし)らせ、雲霧(うんむ)を駕(が)し、高山(こうざん)に跳(と)び上(のぼ)り、即(すなわ)ち洞(ほら)の口(ぐち)に至(いた)る。早(はや)くも那(か)の洞門(どうもん)の緊(きつ)く閉(と)ざされ、四顧(あたり)に人(ひと)無(な)きを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)上前(すす)み、鉄棒(てつぼう)を執(と)り、声(こえ)を厳(いか)しく高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「妖怪(ようかい)よ門(もん)を開(あ)け!快(すみや)かに出(い)で来(きた)りて老孫(ろうそん)と打(う)たん耶(や)!」と。那(か)の洞(ほら)の裏(うち)の小妖(しょうよう)報(しら)せ入(い)るるに、老魔(ろうま)心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)いて道(い)う、「幾年(いくとせ)も都(みな)猴児(さる)の狠(おそろ)しきを説(い)えり、話(はなし)虚(むな)しく伝(つた)わらず果(はた)して是(こ)れ真(まこと)なり!」と。二(に)の老怪(ろうかい)旁(かたわら)に在(あ)りて問(と)うて道(い)う、「哥哥(あに)よ、怎(なん)と説(い)うや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「那(か)の行者(ぎょうじゃ)は早間(あさ)小鑽風(しょうさんぷう)に変(へん)じて混(まぎ)り入(い)り来(きた)りしを、我(われ)等(ら)相(あい)識(し)ること能(あた)わざりき。幸(さいわい)なるかな三(さん)の賢弟(けんてい)の認(みと)め得(え)て、他(かれ)を把(と)って瓶(へい)の裏(うち)に装(い)れたり。他(かれ)本事(わざ)を弄(ろう)して、瓶児(へい)を鑽(うが)ち破(やぶ)り、却(かえ)って又(また)衣服(いふく)を摂(と)り去(さ)りて走(に)げ了(おわ)れり。如今(いま)外(そと)に在(あ)りて戦(いくさ)を叫(よばわ)る、誰(たれ)か敢(あ)えて他(かれ)と箇(ひとつ)の頭仗(かしらて=先陣)を打(う)たん」と。更(さら)に一人(ひとり)の答(こた)うる無(な)く、又(また)問(と)うに又(また)人(ひと)の答(こた)うる無(な)く、都(みな)是(こ)れ那(か)の聾(つんぼ)を装(よそお)い唖(おし)を推(お)す者(もの)なり。老魔(ろうま)怒(いか)りを発(はっ)して道(い)う、「我(われ)等(ら)西方(さいほう)の大路(たいろ)の上(うえ)に在(あ)りて、忝(かたじけな)くも箇(ひとつ)の醜名(しゅうめい=悪名)を着(つ)けたり。今日(こんにち)孫行者(そんぎょうじゃ)の此(か)くの般(ごと)く藐視(べっし=見くだす)するに、若(も)し出(い)で去(ゆ)きて他(かれ)と陣(いくさ)を見(まみ)えずんば、也(また)名頭(なだか=名)を低(ひく)うせん。我(われ)が此(こ)の老(お)いし性命(いのち)を捨(す)てて去(ゆ)き、他(かれ)と戦(たたか)うこと三合(さんごう=三太刀)を待(ま)て!三合(さんごう)戦(たたか)い過(す)ぐることを得(う)れば、唐僧(とうそう)は還(ま)た是(こ)れ我(われ)等(ら)が口(くち)の裏(うち)の食(しょく);戦(たたか)い過(す)ぐること得(え)ざらんには、那(そ)の時(とき)門(もん)を関(と)ざし、他(かれ)をして過(す)ぎ去(ゆ)かしめん」と。遂(つい)に披挂(ひかけ=よろい)を取(と)って結束(けっそく=身支度)し了(おわ)り、門(もん)を開(あ)けて前(すす)み走(ゆ)く。 行者(ぎょうじゃ)と八戒(はっかい)門(もん)の旁(かたわら)に在(あ)りて観看(みまも)るに、真(まこと)に是(こ)れ好(よ)き箇(ひとつ)の怪物(かいぶつ)なり: 鉄額銅頭(てつがくどうとう=鉄の額と銅の頭)に宝盔(ほうき=宝のかぶと)を戴(いただ)き、 盔纓(きえい=かぶとの飾り毛)飄舞(ひょうぶ=ひるがえり舞う)して甚(はなは)だ光輝(こうき)あり。 輝輝(きらきら)と電(いなずま)を掣(ひ)きて双睛(そうせい=両の目)亮(あきら)かに、 亮亮(ぴかぴか)と霞(かすみ)を鋪(し)きて両鬢(りょうびん)飛(と)ぶ。 勾爪(こうそう=かぎ爪)は銀(ぎん)の如(ごと)く尖(とが)りて且(か)つ利(するど)く、 鋸歯(きょし=のこぎりの歯)は鑿(のみ)に似(に)て密(みっ)しくして還(ま)た斉(ひと)し。 身(み)に金甲(きんこう=金のよろい)を披(き)て糸(いと)の縫(ぬいめ)無(な)く、 腰(こし)に龍縧(りゅうとう=竜の帯)を束(たば)ねて見機(けんき=見どころ)有(あ)り。 手(て)に鋼刀(こうとう=鋼の刀)を執(と)りて明晃晃(めいこうこう=きらきら)たり、 英雄(えいゆう)威武(いぶ)世間(せけん)に稀(まれ)なり。 一声(ひとこえ)吆喝(ようかつ=どなり)して雷(かみなり)の震(ふる)うが如(ごと)く、 問(と)うて道(い)う「門(もん)を敲(たた)く者(もの)は是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。 大聖(たいせい)身(み)を転(めぐ)らして道(い)う、「是(こ)れ汝(なんじ)が孫老爺(そんろうや)の斉天大聖(せいてんたいせい)なる也(なり)」と。老魔(ろうま)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なるか?大胆(だいたん)なる潑猴(はっこう=あくたれ猿)!我(われ)汝(なんじ)を惹(さわ)がざるに、汝(なんじ)却(かえ)って何(なん)の故(ゆえ)に此(ここ)に在(あ)りて戦(いくさ)を叫(よばわ)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「風(かぜ)有(あ)れば方(はじ)めて浪(なみ)起(お)こり、潮(しお)無(な)ければ水(みず)自(おの)ずから平(たいら)かなり。汝(なんじ)我(われ)を惹(さわ)がざれば、我(われ)好(よ)く汝(なんじ)を尋(たず)ねんや?」と。 只(た)だ汝(なんじ)等(ら)の狐群狗党(こぐんくとう=狐と犬の仲間)の、結(むす)びて一伙(ひとくみ)と為(な)り、我(われ)が師父(しふ)を食(く)わんと算計(たくら)むに因(よ)るのみ、故(ゆえ)に此(ここ)に来(きた)りて施為(しい=はたらき)するなり。 老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)此(か)くの般(ごと)く雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=いきりたつ)として、我(われ)が門(もん)に嚷(わめ)き上(のぼ)るは、莫(も)しや是(こ)れ打(う)たんと要(ほっ)するか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ」と。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)猖獗(しょうけつ=ほしいままに)するなかれ!我(われ)若(も)し妖兵(ようへい)を調(つの)り出(いだ)し、陣勢(じんせい)を擺(し)き開(ひら)き、旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(う)ちて、汝(なんじ)と交戦(まみ)えなば、我(われ)をして是(こ)れ坐家虎(ざかこ=居すくみの虎)にして、汝(なんじ)を欺(あなど)る者(もの)と顕(あらわ)さん。我(われ)只(た)だ汝(なんじ)と一箇(ひとり)に一箇(ひとり)を対(たい)せんのみ、幫丁(ほうてい=加勢)を許(ゆる)さず!」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて叫(よ)ぶ、「猪八戒(ちょはっかい)過(よぎ)り去(ゆ)け、他(かれ)の老孫(ろうそん)を把(と)って怎(いか)にするを看(み)よ!」と。那(か)の呆子(あほう)真(まこと)に箇(ひとつ)に旁(かたわら)に闪(ひるがえ)る。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)過(よぎ)り来(きた)れ、先(ま)ず我(われ)と箇(ひとつ)の樁児(とうじ=的)を作(な)し、我(われ)をして力(ちから)を尽(つ)くして光頭(こうとう=丸坊主の頭)に着(つ)けて三刀(さんとう)を砍(き)らしめよ。就(すなわ)ち汝(なんじ)をして唐僧(とうそう)を過(す)ぎ去(ゆ)かしめん;假若(もし)禁(こら)うること得(え)ざらば、快(すみや)かに汝(なんじ)が唐僧(とうそう)を送(おく)り来(きた)り、我(われ)と一頓(ひとくい)の下飯(げはん=ご飯のおかず)を作(な)せ!」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて笑(わら)って道(い)う、「妖怪(ようかい)よ、汝(なんじ)が洞(ほら)の裏(うち)に若(も)し紙筆(しひつ)有(あ)らば、取(と)り出(いだ)し来(きた)り、汝(なんじ)と箇(ひとつ)の合同(ごうどう=証文)を立(た)てん。自今日(こんにち)より起(おこ)り、就(すなわ)ち砍(き)ること明年(みょうねん)に到(いた)るも、我(われ)も也(また)汝(なんじ)と当(あて)に真(まこと)とせず!」と。那(か)の老魔(ろうま)威風(いふう)を抖擻(ふる)い起(おこ)し、丁字歩(ていじほ=丁字の歩み)に站(た)ち定(さだ)め、双手(もろて)に刀(かたな)を挙(あ)げ、大聖(たいせい)が劈頂(いただき)を望(めが)けて就(すなわ)ち砍(き)る。此(こ)の大聖(たいせい)頭(あたま)を把(と)って上(うえ)へ一(ひと)迎(むか)えせしむるに、只(た)だ扢扠(こっさ=ごきっ)の一声(ひとこえ)の響(ひび)きの聞(き)こゆるのみ、頭皮児(とうひじ=頭の皮)は紅(あか)くも也(また)紅(あか)からず。那(か)の老魔(ろうま)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「此(こ)の猴(さる)は好(よ)き箇(ひとつ)の硬頭児(こうとうじ=硬き頭)なるかな!」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)知(し)らず、老孫(ろうそん)は是(こ)れ: 生(う)まれつき銅頭鉄脳蓋(どうとうてつのうがい=銅の頭と鉄の脳)にして、 天地乾坤(てんちけんこん)も世上(よのなか)に無(な)し。 斧(おの)に砍(き)られ鎚(つち)に敲(たた)かるるも砕(くだ)くることを得(え)ず、 幼年(ようねん)曾(かつ)て老君(ろうくん)が炉(ろ)に入(い)れり。 四斗(しと)の星官(せいかん)監臨(かんりん)し適(あた)り、 二十八宿(にじゅうはっしゅく)工夫(くふう=手間)を用(もち)えり。 水(みず)に浸(ひた)さるること幾番(いくたび)も壊(やぶ)るることを得(え)ず、 周囲(まわり)に扢搭(こっとう=こぶ)の板筋(はんきん=板のごとき筋)を鋪(し)けり。 唐僧(とうそう)は還(ま)た堅固(けんご)ならざることを恐(おそ)れ、 預(あらかじ)め又(また)紫金箍(しきんこ=金の輪)を上(のぼ)せたり」と。 老魔(ろうま)道(い)う、「猴児(さるよ)嘴(くち)を説(い)うことなかれ!我(われ)が此(こ)の二刀(にとう=二太刀目)の来(きた)るを看(み)よ、決(けっ)して汝(なんじ)が性命(いのち)を容(ゆる)さず!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怎(なん)の見(み)るべきも無(な)し、左右(とにかく)也(また)只(た)だ此(か)くの般(ごと)く砍(き)るのみならん」と。老魔(ろうま)道(い)う、「猴児(さるよ)、汝(なんじ)は此(こ)の刀(かたな)を知(し)らず: 金火炉中(きんかろちゅう)に造(つく)られ、神功(しんこう)百煉(ひゃくれん)に熬(ね)られたり。 鋒刃(ほうじん=切っ先)は三略(さんりゃく)に依(よ)り、剛強(ごうきょう)は六韜(りくとう)に按(あん)ず。 却(かえ)って蒼蠅(はえ)が尾(お)に似(に)、猶(なお)白蟒(はくもう=白き大蛇)が腰(こし)の如(ごと)し。 山(やま)に入(い)れば雲(くも)蕩蕩(とうとう=ゆらめき)、 海(うみ)に下(くだ)れば浪(なみ)滔滔(とうとう=寄せくる)。 琢磨(たくま=みがき)すること遍数(へんすう=回数)無(な)く、煎熬(せんごう=煮えたぎる)こと几百遭(いくひゃくそう=幾百度)。 深山(しんざん)古洞(こどう)に放(お)かれ、陣(いくさ)に上(のぼ)りて功労(こうろう=手柄)有(あ)り。 汝(なんじ)が此(こ)の和尚(おしょう)が天霊蓋(てんれいがい=頭のてっぺん)を攙(ささ)えんに、一削(ひとけず)りに就(すなわ)ち是(こ)れ二箇(ふたつ)の瓢(ひさご)ならん!」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の妖精(ようせい)は眼色(めつき=見る目)無(な)し!老孫(ろうそん)を把(と)って認(みと)めて箇(ひとつ)の瓢頭(ひょうとう=ひさご頭)と做(な)すか!也(また)罷(よ)し、誤(あやま)りて砍(き)り誤(あやま)りて讓(ゆず)らん、汝(なんじ)に再(ふたた)び一刀(ひとたち)を砍(き)らしめ、怎(いか)なるを看(み)ん」と。那(か)の老魔(ろうま)刀(かたな)を挙(あ)げて又(また)砍(き)れば、大聖(たいせい)頭(あたま)を把(と)って迎(むか)うること一迎(ひとむか)え、乒乓(ひんぽう)と劈(つんざ)きて両半箇(ふたつ)と做(な)す。大聖(たいせい)地(ち)に就(つ)いて箇(ひとつ)の滚(ころが)りを打(う)ち、変(へん)じて二箇(ふたり)の身子(からだ)と做(な)る。那(か)の妖(よう)一見(ひとみ)して慌(あわ)て、手(て)を按(おさ)えて鋼刀(こうとう)を下(おろ)す。猪八戒(ちょはっかい)遠(とお)くより望(のぞ)み見(み)て、笑(わら)って道(い)う、「老魔(ろうま)は好(よ)く両刀(ふたたち)を砍(き)りし者(もの)なるかな!却(かえ)って是(こ)れ四人(よたり)ならずや?」と。老魔(ろうま)行者(ぎょうじゃ)を指(さ)し定(さだ)めて道(い)う、「汝(なんじ)分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)うことを能(よ)くすると聞(き)けるが、怎(なん)で此(こ)の法児(ほう)を把(と)り出(いだ)して我(われ)が面前(めんぜん)に在(あ)りて使(つか)うや」と。大聖(たいせい)道(い)う、「何(なん)をか分身法(ぶんしんぽう)と為(な)す」と。老魔(ろうま)道(い)う、「為甚(なん)ぞ先(さき)に汝(なんじ)を一刀(ひとたち)砍(き)りて動(うご)かざりしに、如今(いま)汝(なんじ)を一刀(ひとたち)砍(き)れば、就(すなわ)ち是(こ)れ二箇(ふたり)の人(ひと)なるや」と。大聖(たいせい)笑(わら)って道(い)う、「妖怪(ようかい)よ、汝(なんじ)切(けっ)して怕(おそ)るること莫(な)かれ。砍(き)ること一万刀(いちまんとう)に上(のぼ)れば、還(かえ)すに二萬(にまん)の箇(ひと)の人(ひと)を与(あた)えん!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の猴児(さるよ)、汝(なんじ)は只(た)だ分身(ぶんしん)するを会(え)するのみ、身(み)を収(おさ)むることを会(え)せず。汝(なんじ)若(も)し本事(わざ)有(あ)りて収(おさ)めて一箇(ひとつ)と做(な)さば、我(われ)を打(う)つこと一棍(ひとえ)を去(ゆ)かしめよ」と。大聖(たいせい)道(い)う、「説(い)うに謊(うそ)を許(ゆる)さず、汝(なんじ)三刀(さんとう)を砍(き)らんと要(ほっ)して、只(た)だ我(われ)を砍(き)ること両刀(ふたたち)なり;我(われ)に教(おし)えて一棍(ひとえ)を打(う)たしむるに、若(も)し打(う)つこと棍半(こんなかば)ならば、就(すなわ)ち孫(そん)を姓(せい)とせず!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ」と。 好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、就(すなわ)ち身(み)を把(と)って摟(かか)え上(あ)げ来(きた)り、箇(ひとつ)の滚(ころが)りを打(う)てば、依然(もとのごと)く一箇(ひとつ)の身子(からだ)なり。棒(ぼう)を掣(ひ)いて劈頭(いただき)を就(すなわ)ち打(う)てば、那(か)の老魔(ろうま)刀(かたな)を挙(あ)げて架(ささ)え住(とど)めて道(い)う、「潑猴(はっこう)無礼(ぶれい)なり!甚(なん)の様(よう)なる箇(ひとつ)の哭喪棒(こくそうぼう=葬式の棒)なるか、敢(あ)えて門(もん)に上(のぼ)りて人(ひと)を打(う)つや」と。大聖(たいせい)喝(しか)って道(い)う、「汝(なんじ)若(も)し我(われ)が此(こ)の条(ひとすじ)の棍(ぼう)を問(と)わば、天上(てんじょう)地下(ちか)に、都(みな)名声(めいせい)有(あ)り」と。 老魔(ろうま)道(い)う、「怎(いか)にして名声(めいせい)を見(み)んや」と。他(かれ)道(い)う: 「棒(ぼう)は是(こ)れ九転(くてん)の鑌鉄(ひんてつ=純鋼)の煉(ね)られたるもの、 老君(ろうくん)が手(て)ずから炉(ろ)の中(なか)に煅(たた)かれしなり。 禹王(うおう)求(もと)め得(え)て神珍(しんちん)と号(なづ)け、 四海八河(しかいはちか=あまねき川)も定験(ていけん=証拠)と為(な)る。 中(なか)に星斗(せいと=星)を暗(あん)に鋪陳(ほちん=ちりば)め、 両頭(りょうとう)に黄金(おうごん)の片(ひら)を箝裹(かんか=はさみ包)めり。 花紋(かもん)密(みっ)に布(し)かれて鬼神(きしん)も驚(おどろ)き、 上(うえ)に龍紋(りゅうもん)と鳳篆(ほうてん=鳳凰の篆書)を造(つく)れり。 名号(みょうごう)は霊陽棒(れいようぼう)一条(ひとすじ)、 深(ふか)く海蔵(かいぞう=海の蔵)に蔵(かく)れて人(ひと)見(み)ること難(かた)し。 形(かたち)を成(な)し変化(へんげ)して飛騰(ひとう=飛び上がら)んと要(ほっ)し、 飄颻(ひょうよう=ひるがえる)として五色(ごしき)の霞光(かこう)現(あらわ)る。 老孫(ろうそん)道(みち)を得(え)て取(と)りて山(やま)に帰(かえ)り、 無窮(むきゅう)の変化(へんげ)に経験(けいけん)多(おお)し。 時(とき)として大(おお)ききを要(よう)すれば甕(かめ)より来(きた)りて粗(ふと)く、 或(あるい)は小(ちい)さきこと些微(ささい)にして鉄線(てっせん=針金)の如(ごと)し。 粗(ふと)きこと南嶽(なんがく)の如(ごと)く細(ほそ)きこと針(はり)の如(ごと)く、 長短(ちょうたん)は吾(われ)が心意(しんい)に随(したが)いて変(へん)ず。 軽軽(かるがる)と挙動(きょどう=持ちあげ)すれば彩雲(さいうん)生(しょう)じ、 亮亮(ぴかぴか)と飛騰(ひとう)すること閃電(せんでん=稲妻)の如(ごと)し。 攸攸(ゆうゆう)たる冷気(れいき)人(ひと)に逼(せま)りて寒(かん)く、 条条(じょうじょう)の殺霧(さつむ=殺気の霧)空(そら)の中(なか)に現(あらわ)る。 龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)して謹(つつし)んで身(み)に随(したが)え、 天涯海角(てんがいかいかく=地の果て)も都(みな)游(めぐ)り遍(あまね)し。 曾(かつ)て此(こ)の棍(ぼう)を将(と)って天宮(てんぐう)を闹(さわが)し、 威風(いふう)もて蟠桃(ばんとう)の宴(うたげ)を打(う)ち散(ちら)せり。 天王(てんのう)と賭闘(とけい)して未(いま)だ曾(かつ)て贏(か)たず、 哪吒(なた)と敵(てき)に対(たい)して交(まじ)え戦(たたか)うこと難(かた)し。 棍(ぼう)は諸神(しょしん)を打(う)って隠(かく)れ蔵(くら)るる所(ところ)無(な)く、 天兵(てんぺい)十万(じゅうまん)も都(みな)逃(に)げ竄(のが)れり。 雷霆(らいてい)の衆将(しゅうしょう)霊霄(れいしょう)を護(まも)るに、 身(み)を飛(と)ばして打(う)ちて通明殿(つうめいでん)に上(のぼ)れり。 朝(ちょう)を掌(つかさど)る天使(てんし)尽(ことごと)く皆(みな)驚(おどろ)き、 駕(が)を護(まも)る仙卿(せんけい)は俱(とも)に攪乱(こうらん=かき乱さ)る。 棒(ぼう)を挙(あ)げて北斗宮(ほくとぐう)を掀(ひっくりかえ)し翻(かえ)し、 首(こうべ)を回(めぐ)らして南极院(なんきょくいん)を振(ふる)い開(ひら)けり。 金闕(きんけつ)の天皇(てんのう)棍(ぼう)の凶(きょう)なるを見(み)て、 特(こと)に如来(にょらい)を請(しょう)じて我(われ)と見(まみ)えしめたり。 兵家(へいか)の勝負(しょうぶ)は自(おの)ずから然(しか)るも、 困苦(こんく)災危(さいき)は弁(わきま)うるに由(よし)無(な)し。 整整(ただただ)挨排(あいはい=受け忍ぶこと)五百年(ごひゃくねん)、 南海(なんかい)の菩薩(ぼさつ)の勧(すす)めに虧(よ)りたり。 大唐(だいとう)に箇(ひとり)の出家(しゅっけ)の僧(そう)有(あ)り、 天(てん)に対(たい)して洪誓願(こうせいがん=大誓願)を発(おこ)せり。 枉死城(おうしじょう=むなしく死にし者の町)の中(なか)に鬼魂(きこん)を度(わた)し、 霊山会(りょうざんえ)の上(ほとり)に経巻(きょうかん)を求(もと)めんとす。 西方(さいほう)一路(いちろ)に妖魔(ようま)有(あ)りて、 行動(こうどう)するに甚(はなは)だ是(こ)れ不方便(ふべん)なり。 已(すで)に知(し)れり、鉄棒(てつぼう)の世(よ)に双(ならび)無(な)きを、 我(われ)に途(みち)中(なか)に在(あ)りて侶伴(りょはん=連れ合い)と為(な)ることを央(こ)えり。 邪魔(じゃま)も湯(ふ)れること着(つ)けば幽冥(ゆうめい=冥府)に赴(おもむ)き、 肉(にく)は紅塵(こうじん=ちり)と化(か)し骨(ほね)は面(こな)と化(か)す。 処処(ところどころ)の妖精(ようせい)棒(ぼう)の下(もと)に亡(ほろ)び、 万(ばん)を論(かぞ)え千(せん)を成(な)すも打(う)ち算(かぞう)ること無(な)し。 上方(じょうほう)には斗牛宮(とぎゅうぐう)を撃(う)ち壊(こわ)し、 下方(かほう)には森羅殿(しんらでん)を圧(お)し損(そこな)えり。 天将(てんしょう)曾(かつ)て九曜(くよう)を将(ひき)いて追(お)い、 地府(じふ)にて催命判(さいめいはん=命を急がせる判官)を打(う)ち傷(きずつ)けたり。 半空(なかぞら)より投(な)げ下(おろ)して山川(さんせん)を震(ふる)わし、 太歳(たいさい)が新(あらた)に磨(みが)ける剣(けん)に勝(まさ)れり。 全(まった)く此(こ)の棍(ぼう)を凭(たの)みて唐僧(とうそう)を保(まも)り、 天下(てんか)の妖魔(ようま)を都(みな)打(う)ち遍(あまね)し!」と。 那(か)の魔(ま)言(げん)を聞(き)きて、戦兢兢(おののき)て性命(いのち)を捨(す)て、刀(かたな)を挙(あ)げて就(すなわ)ち砍(き)る。猴王(こうおう)笑吟吟(にこにこ)として鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて前(まえ)に迎(むか)う。他(かれ)の二箇(ふたり)は先(ま)ず時(とき)に洞(ほら)の前(まえ)に在(あ)りて撑持(ささえあ)い、然(しか)る後(のち)跳(と)び起(お)き去(ゆ)きて、都(みな)半空(なかぞら)の裏(うち)に在(あ)りて厮殺(しさつ=斬り合い)す。此(こ)の一場(ひとくさ)の好(よ)き殺(たたかい): 天河(てんが)の底(そこ)を定(さだ)むる神珍棒(しんちんぼう)、 棒(ぼう)の名(な)は如意(にょい)とて世間(せけん)に高(たか)し。 手段(しゅだん)を誇(ほこ)り称(とな)えて魔頭(まとう)悩(なや)み、 大捍刀(だいかんとう=大きな刀)を擎(ささ)げて法力(ほうりき)豪(すぐれ)たり。 門外(もんがい)の争持(そうじ=競い合い)は還(ま)た近(ちか)づく可(べ)きも、 空(そら)の中(なか)の賭闘(とけい=勝負)怎(なん)で相(あい)饒(ゆる)さんや! 一箇(ひとり)は心(こころ)に随(したが)えて面目(めんもく=姿)を更(あらた)め、 一箇(ひとり)は地(ち)に立(た)ちて身腰(しんよう=身の丈)を長(の)ばす。 殺(たたか)いて満天(てんじょう)の雲気(うんき)をして重(おも)からしめ、 遍野(へんや=野のあまねく)に霧(きり)を飄飄(ひょうひょう=たちこめ)らしむ。 那(か)の一個(ひとり)は幾番(いくたび)も意(こころ)を立(た)てて三蔵(さんぞう)を食(く)わんとし、 此(こ)の一個(ひとり)は広(ひろ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)して唐朝(とうちょう)を保(まも)る。 都(みな)仏祖(ぶっそ)の経典(きょうてん)を伝(つた)うるに因(よ)りて、邪正(じゃしょう)分(わか)れ明(あき)らかにして恨(うら)み苦(くるし)み交(まじわ)る。那(か)の老魔(ろうま)と大聖(たいせい)斗(たたか)うこと二十余合(にじゅうよごう)を経(へ)て、輸贏(しゅえい=勝敗)を分(わか)たず。原(もと)八戒(はっかい)下(しも)に在(あ)りて他(かれ)の二箇(ふたり)の戦(たたか)うこと好(よ)き処(ところ)に到(いた)るを見(み)て、忍(しの)ぶこと能(あた)わず、鈀(は)を掣(ひ)いて風(かぜ)を架(か)け、跳(と)び将(やや)あって起(お)き去(ゆ)き、妖魔(ようま)の劈臉(まのあたり)を望(めが)けて就(すなわ)ち筑(つ)く。那(か)の魔(ま)慌(あわ)てて、八戒(はっかい)が是(こ)れ箇(ひとつ)の虖頭性子(ことうしょうし=見かけ倒しの性分)にして、冒冒失失(もうもうしっしつ=無鉄砲)に人(ひと)を唬(おど)すのみなるを知(し)らず、他(かれ)只(た)だ嘴(くち)長(なが)く耳(みみ)大(おお)きく、手(て)硬(かた)く鈀(は)凶(きょう)なりと道(おも)い、陣(じん)を敗(やぶ)り、刀(かたな)を棄(す)て、頭(こうべ)を回(めぐ)らして就(すなわ)ち走(に)ぐ。大聖(たいせい)喝(しか)って道(い)う、「赶(お)い上(つ)け!赶(お)い上(つ)け!」と。此(こ)の呆子(あほう)威風(いふう)を仗(たの)み、釘鈀(ていは)を挙(あ)げ、即(すなわ)ち忙(いそ)ぎて怪(かい)を赶(お)い下(くだ)り去(ゆ)く。老魔(ろうま)他(かれ)の赶(お)うこと相近(ちかづ)けるを見(み)て、坡(さか)の前(まえ)に立(た)ち定(さだ)まり、風頭(かぜかみ=風上)に迎(むか)い、幌(ゆす)ること一幌(ひとゆす)りに原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)し、大口(おおぐち)を張(は)り開(ひら)き、就(すなわ)ち来(きた)りて八戒(はっかい)を呑(の)まんとす。八戒(はっかい)害怕(おそれ)て、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ぬ)きて草(くさ)の裏(うち)へ一鑽(もぐ)り、也(また)荊針棘刺(けいしんきょくし=茨の棘)を管(かま)うこと得(え)ず、也(また)頭(あたま)を刮(す)り破(やぶ)る疼(いたみ)を顧(かえり)みること得(え)ず、戦兢兢(おののき)として、草(くさ)の裏(うち)に在(あ)りて梆声(ほうせい=拍子木の音)を聴(き)く。随(したが)いて行者(ぎょうじゃ)赶(お)い到(いた)るに、那(か)の怪(かい)也(また)口(くち)を張(は)りて来(きた)りて呑(の)まんとせしが、却(かえ)って他(かれ)が機関(からくり)に中(あた)り、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、迎(むか)って将(やや)あって上(すす)み、老魔(ろうま)に一口(ひとくち)に之(これ)を呑(の)まる。唬(おど)ろかされて箇(ひとつ)の呆子(あほう)草(くさ)の裏(うち)に在(あ)りて囊囊咄咄(のうのうとつとつ=ぶつぶつ)として埋怨(うらみて=恨みごと)道(い)う、「此(こ)の弼馬温(ひつばおん)は、進退(しんたい)を識(し)らず!那(か)の怪(かい)来(きた)りて汝(なんじ)を食(く)わんとするに、汝(なんじ)如何(いかん)ぞ走(に)げず、反(かえ)って去(ゆ)きて他(かれ)を迎(むか)うるや!此(こ)の一口(ひとくち)に肚(はら)の中(なか)に呑(の)まれて、今日(こんにち)は還(ま)た是(こ)れ箇(ひとり)の和尚(おしょう)なるも、明日(あす)は就(すなわ)ち是(こ)れ箇(ひとつ)の大恭(だいきょう=大便)なるのみ!」と。那(か)の魔(ま)勝(か)ち得(え)て去(さ)る。此(こ)の呆子(あほう)才(はじ)めて草(くさ)より鑽(もぐ)り出(い)で、旧路(きゅうろ)を溜(ぬすみ)り回(かえ)る。 却(さ)て説(つ)ぐ、三蔵(さんぞう)那(か)の山坡(さんぱ)の下(した)に在(あ)りて、正(まさ)に沙僧(さそう)と盼望(みまも)れるに、只(た)だ見(み)る、八戒(はっかい)の喘呵呵(あえぎあえぎ)として跑(は)しり来(きた)るを。三蔵(さんぞう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「八戒(はっかい)、汝(なんじ)怎(なん)で此(か)くの般(ごと)き狼狽(ろうばい=みじめ)なるや?悟空(ごくう)如何(いかん)ぞ見(み)えざる」と。 呆子(あほう)哭哭啼啼(なきなき)として道(い)う、「師兄(しけい)妖精(ようせい)に一口(ひとくち)に呑(の)み下(おろ)され了(おわ)れり!」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聴(き)きて、唬(おど)ろかされて地(ち)に倒(たお)れ、半晌(しばらく)の間(あいだ)に脚(あし)を跌(ふみ)り胸(むね)を拳(う)ちて道(い)う、「徒弟(とてい)よ!只(た)だ汝(なんじ)善(よ)く妖(よう)を降(くだ)すことを会(え)し、我(われ)を領(みちび)きて西天(さいてん)に仏(ほとけ)に見(まみ)えんと説(い)えるに、怎(なん)で知(し)らん今日(こんにち)此(こ)の怪(かい)の手(て)に死(し)せんとは!苦(くるし)い哉(かな)苦(くるし)い哉(かな)!我(われ)が弟子(でし)同衆(どうしゅう)の功労(こうろう)は、如今(いま)都(みな)化(か)して塵土(じんど=ちりつち)と作(な)り了(おわ)れり!」と。那(か)の師父(しふ)十分(じゅうぶん)に苦痛(くつう=くるしみ)す。汝(なんじ)看(み)よ、那(か)の呆子(あほう)は、他(かれ)也(また)来(きた)りて師父(しふ)を勧解(なだ)めず、却(かえ)って叫(よ)んで曰(いわ)く、「沙和尚(さおしょう)よ、汝(なんじ)行李(にもつ)を拿(と)り将(やや)あって来(きた)り、我(われ)の二箇(ふたり)に分(わ)かち了(おわ)らん」と。沙僧(さそう)道(い)う、「二哥(にい)よ、分(わか)ちて怎(なん)とする」と。八戒(はっかい)道(い)う、「分(わか)れ開(ひら)きて、各人(おのおの)散火(さんか=解散)せん:汝(なんじ)は流沙河(りゅうさが)に往(ゆ)き、還(ま)た去(ゆ)きて人(ひと)を食(く)え;我(われ)は高老荘(こうろうしょう)に往(ゆ)き、我(われ)が渾家(こんか=女房)を看(み)ん。白馬(はくば)を将(と)って売(う)り、師父(しふ)に与(あた)えて箇(ひとつ)の壽器(じゅき=棺おけ)を買(か)い、終(つい)を送(おく)らん」と。長老(ちょうろう)気(いき)を呼呼(ふうふう)とさせ、此(こ)の言(げん)を聞(き)き得(え)て、皇天(こうてん=天よ)と叫(よ)び、声(こえ)を放(はな)ちて大(おお)いに哭(な)く。且(しばら)く是(こ)れを題(だい)とせず。 却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の老魔(ろうま)行者(ぎょうじゃ)を呑(の)み、以(おも)えらく計(けい)を得(え)たりと、径(ただ)ちに本洞(ほんどう)に回(かえ)る。衆妖(しゅうよう)迎(むか)えて出戦(しゅっせん)の功(こう)を問(と)うに、老魔(ろうま)道(い)う、「一箇(ひとり)を拿(とら)え来(きた)れり」と。二魔(じま)喜(よろこ)んで道(い)う、「哥哥(あに)の拿(とら)えしは是(こ)れ誰(たれ)ぞ」と。老魔(ろうま)道(い)う、「是(こ)れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり」と。二魔(じま)道(い)う、「何(いず)この処(ところ)に拿(とら)うるや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「我(われ)に一口(ひとくち)に腹(はら)の裡(うち)に呑(の)まれ在(あ)るなり」と。第三(だいさん)の魔頭(まとう)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「大哥(だいか)よ、我(われ)は就(すなわ)ち曾(かつ)て汝(なんじ)に吩咐(いいつ)けざりしが、孫行者(そんぎょうじゃ)は中(なか)にして食(く)う可(べ)からず!」と。那(か)の大聖(たいせい)肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて道(い)う、「忒(はなは)だ中(なか)にして食(く)う可(べ)し!又(また)飢(うえ)を禁(こら)え、再(ふたた)び餓(うう)るること得(え)ず」と。慌(あわ)てて那(か)の小妖(しょうよう)道(い)う、「大王(だいおう)、不好(たいへん)なり!孫行者(そんぎょうじゃ)が汝(なんじ)が肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて話(はな)すなり!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「他(かれ)が話(はな)すを怕(おそ)るるか!本事(わざ)有(あ)りて他(かれ)を食(く)いしに、本事(わざ)無(な)くして他(かれ)を擺布(あしら)うこと成(な)らざらんや? 汝(なんじ)等(ら)快(すみや)かに去(ゆ)きて些(いささか)の塩白湯(えんぱくとう=塩を入れた白湯)を焼(わ)かし、我(われ)の灌(そそ)ぎ下(くだ)して肚(はら)に去(ゆ)かしめ、他(かれ)を噦(は)き出(いだ)さしめ、慢慢(ゆっくり)と煎(せん)じて酒(さけ)の肴(さかな)に食(く)わんを待(ま)て」と。小妖(しょうよう)真(まこと)に半盆(はんぼん)の塩湯(えんとう=塩湯)を冲(と)き了(おわ)る。老怪(ろうかい)一飲(いちいん)にして乾(ほ)し、口(くち)を洼(くぼ)め、着実(しっか)と一嘔(ひとつは)きすれば、那(か)の大聖(たいせい)は肚(はら)の裡(うち)に根(ね)を生(しょう)じ、動(うご)くことも也(また)動(うご)かず、却(かえ)って又(また)喉(のど)を攔(さえぎ)り、外(そと)へ向(むか)いて又(また)吐(は)けば、吐(は)きて頭(あたま)暈(くら)み眼(め)花(かす)み、黄胆(おうたん=胆汁)も都(みな)破(やぶ)れたるに、行者(ぎょうじゃ)越発(いよいよ)動(うご)かず。老魔(ろうま)喘息(あえぎ)了(おわ)り、声(こえ)を叫(あ)ぐ、「孫行者(そんぎょうじゃ)よ、汝(なんじ)出(い)で来(きた)らざるか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「早(はや)し!正(まさ)に好(よ)く出(い)で来(きた)らざるなり!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「汝(なんじ)怎(なん)で出(い)でざる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の妖精(ようせい)は、甚(はなは)だ通変(つうへん=臨機応変)ならず。我(われ)自(みずか)ら和尚(おしょう)と做(な)りてより、十分(じゅうぶん)に淡薄(たんぱく=質素)なり:如今(いま)秋(あき)涼(すず)しく、我(われ)還(ま)た箇(ひとつ)の単直裰(たんじきとつ=一重の法衣)を穿(き)るのみ。此(こ)の肚(はら)の裡(うち)は倒(かえ)って暖(あたた)かにして、又(また)風(かぜ)を透(とお)さず、我(われ)の冬(ふゆ)を住(す)ごし過(す)ぐるを待(ま)ちて才(はじ)めて好(よ)く出(い)で来(きた)らん」と。衆妖(しゅうよう)説(い)うを聴(き)きて、都(みな)道(い)う、「大王(だいおう)、孫行者(そんぎょうじゃ)は汝(なんじ)が肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて冬(ふゆ)を過(す)ごさんとす!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「他(かれ)冬(ふゆ)を過(す)ごさんと要(ほっ)せば、我(われ)就(すなわ)ち禅(ぜん=座禅)を打(う)ち起(おこ)し、箇(ひとつ)の搬運法(はんうんぽう=運搬の術)を使(つか)い、一冬(ひとふゆ)も飯(めし)を食(く)わず、就(すなわ)ち那(か)の弼馬温(ひつばおん)を餓(うえ)し殺(ころ)さん!」と。大聖(たいせい)道(い)う、「我(われ)が児(こ)よ、汝(なんじ)事(こと)を知(し)らず!老孫(ろうそん)唐僧(とうそう)を保(まも)りて経(きょう)を取(と)りに、広(ひろ)き裡(うち)より過(す)ぐるに、箇(ひとつ)の折迭鍋児(せつちょうなべ=折りたたみの鍋)を帯(お)び来(きた)り、中(なか)に入(い)りて雑砕(ざっさい=もつ煮)を煮(に)て食(く)わん。汝(なんじ)が此(こ)の裡辺(うち)の肝腸肚肺(かんちょうとはい=肝や腸や胃や肺)を細細(こまごまと)に受用(じゅよう=味わい)し、還(ま)た清明(せいめい=清明節)に到(いた)るまで盤纏(ばんてん=路銀)に彀(た)るなり!」と。那(か)の二魔(じま)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「哥(あに)よ、此(こ)の猴(さる)は他(かれ)干(や)り出(いだ)すを得(う)る者(もの)なり!」と。 三魔(さんま)道(い)う、「哥(あに)よ、雑砕(もつ)を食(く)わるるは也(また)罷(よ)し、知(し)らず那(いず)こに在(あ)りて鍋(なべ)を支(つか)うるや」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「三叉骨(さんさこつ=みぞおちの骨)の上(うえ)に好(よ)く鍋(なべ)を支(つか)う」と。三魔(さんま)道(い)う、「不好(たいへん)なり!假若(もし)鍋(なべ)を支(つか)い起(おこ)し、火(ひ)を焼(た)きて動(うご)かし烟(けむり)が鼻孔(びこう=鼻の穴)の裡(うち)に到(いた)り煼(いぶ)り、嚏噴(くしゃみ)を打(う)たんか」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「没事(へいき)!老孫(ろうそん)が金箍棒(きんこぼう)を把(と)って頂門(ちょうもん=頭のてっぺん)の裡(うち)へ一搠(ひとつつ)き、箇(ひとつ)の窟窿(くうろん=穴)を搠(つつ)き開(あ)けんを待(ま)て:一(ひとつ)には天窓(てんそう=天窓)に当(あ)て、二(ふたつ)には来(きた)りて烟洞(えんどう=煙出し)に当(あ)てん」と。老魔(ろうま)説(い)うを聴(き)きて、怕(おそ)れずと説(い)えども、却(かえ)って也(また)心(こころ)驚(おどろ)き、只(た)だ胆(きも)を硬(かた)くして叫(よ)ばしむ、「兄弟(きょうだい)たちよ、怕(おそ)るるな、我(われ)が那(か)の薬酒(やくしゅ=毒入りの酒)を拿(と)り来(きた)らしめ、我(われ)の幾鍾(いくさかずき)を吃(の)み下(おろ)し、猴児(さる)を薬(くすり)し殺(ころ)して了(おわ)らんを待(ま)て!」と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って道(い)う、「老孫(ろうそん)五百年前(ごひゃくねんまえ)大(おお)いに天宮(てんぐう)を闹(さわが)せし時(とき)、老君(ろうくん)が丹(たん=丹薬)、玉皇(ぎょくこう)が酒(さけ)、王母(おうぼ)が桃(もも)、及び鳳髄龍肝(ほうずいりゅうかん=鳳凰の髄と竜の肝)を食(く)えり、那(いず)れの様(よう)の物(もの)か我(われ)曾(かつ)て食(く)わざりし有(あ)らん?是(こ)れ甚(なん)の薬酒(やくしゅ)なるか、敢(あ)えて来(きた)りて我(われ)を薬(くすり)せんとす」と。那(か)の小妖(しょうよう)真(まこと)に薬酒(やくしゅ)を将(と)って二壺(ふたつぼ)篩(こ)し、満満(いっぱい)に一鍾(ひとさかずき)を斟(つ)ぎ、老魔(ろうま)に遞(わた)す。老魔(ろうま)手(て)の中(なか)に接(う)くるに、大聖(たいせい)肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて就(すなわ)ち酒香(しゅこう=酒の香り)を聞(か)ぎ得(え)て、道(い)う、「他(かれ)に与(あた)えて吃(の)ますな!」と。好(よ)き哉(かな)大聖(たいせい)、頭(あたま)を把(と)って一扭(ひとひね)り、変(へん)じて箇(ひとつ)の喇叭口子(らっぱぐち=喇叭の口)と做(な)し、他(かれ)が喉(のど)の下(した)に張(は)り付(つ)く。那(か)の怪(かい)啯(ごく)と咽(の)み下(くだ)せば、行者(ぎょうじゃ)に啯(ごく)と接(う)け食(く)わる。第二(だいに)の鍾(さかずき)を咽(の)み下(くだ)せば、行者(ぎょうじゃ)に啯(ごく)と又(また)接(う)け食(く)わる。一(ひとつづ)きに咽(の)むこと七八鍾(しちはちさかずき)も、都(みな)是(こ)れ他(かれ)の接(う)け食(く)える所(ところ)なり。老魔(ろうま)鍾(さかずき)を放(おろ)いて道(い)う、「食(の)まず、此(こ)の酒(さけ)は常時(つね)に二鍾(ふたさかずき)を食(の)めば、腹中(ふくちゅう)火(ひ)の如(ごと)くなるに、却(かえ)って才(さい)七八鍾(しちはちさかずき)を食(の)みたるに、臉(かお)の紅(あか)くも也(また)紅(あか)からず!」と。原(もと)此(こ)の大聖(たいせい)は多(おお)くの酒(さけ)を食(の)まず、他(かれ)が七八鍾(しちはちさかずき)を接(う)けて食(く)い、肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて酒風(しゅふう=酔っ払いの乱行)を撒(ま)き起(おこ)し、住(や)むこと無(な)く架子(かじ=構え)を支(つ)え、四平(しへい=仁王立ち)を跌(ふみ)り、飛脚(ひきゃく=飛び蹴り)を踢(け)り、肝花(かんか=肝臓)を抓(つか)み住(とど)めて秋千(ぶらんこ)を打(う)ち、蜻艇(せいてい=とんぼ返り)を竪(た)て、根頭(もんどり)を翻(う)ちて乱舞(みだれま)う。那(か)の怪物(かいぶつ)疼痛(とうつう=痛み)の禁(こら)うること難(かた)く、地(ち)の下(した)に倒(たお)れ了(おわ)れり。 畢竟(ついに)死活(しかつの=生死)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第七十六回 心神(しんしん)舎(しゃ)に居(きょ)して魔(ま)性(しょう)に帰(き)し 木母(もくぼ)同(とも)に降(くだ)して怪体(かいたい)真(しん)なり 却(さ)て説(つ)ぐ、孫大聖(そんたいせい)老魔(ろうま)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて支吾(しご=ごまかし)すること一会(ひとしきり)、那(か)の魔頭(まとう)は塵埃(じんあい=土の上)に倒(たお)れ、声(こえ)も無(な)く気(き)も無(な)く、若(も)し言(い)わずんば、想(おも)うに是(こ)れ死(し)せるならんも、却(しか)し又(また)手(て)を放(はな)ち放(はな)ちす。魔頭(まとう)気(き)を回(かえ)し来(きた)りて、一声(ひとこえ)叫(よ)びて曰(いわ)く、「大慈大悲(だいじだいひ)斉天大聖菩薩(せいてんたいせいぼさつ)!」と。行者(ぎょうじゃ)聞(き)きて道(い)う、「児子(こども)よ、工夫(くふう)を廃(むだ)にするなかれ、幾(いく)つの字(じ)を省(はぶ)き、只(た)だ孫外公(そんがいこう)と叫(よ)べ」と。那(か)の妖魔(ようま)命(いのち)を惜(お)しみ、真(まこと)に叫(よ)ぶ、 「外公(がいこう)!外公(がいこう)!是(こ)れ我(われ)が不是(あやまち=過ち)なり!一差二誤(いっさにご=ちょっとした手違い)に汝(なんじ)を呑(の)みしに、汝(なんじ)今(いま)に却(かえ)って我(われ)を害(がい)す。万(ばん)に望(のぞ)む、大聖(たいせい)の慈悲(じひ)を垂(た)れ、螻蟻(ろうぎ=けらと蟻)も生(せい)を貪(むさぼ)るの意(こころ)を憐(あわ)れみて、我(われ)が命(いのち)を饒(ゆる)さんことを。願(ねが)わくは汝(なんじ)が師父(しふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えん」と。 大聖(たいせい)は英雄(えいゆう)なりと雖(いえど)も、甚(はなは)だ唐僧(とうそう)の進歩(しんぽ=道のり)を思(おも)う。他(かれ)妖魔(ようま)の哀告(あいこく=哀れみ願う)するを見(み)て、奉承(ほうしょう=おだて)を好(この)む人(ひと)なれば、也(また)善念(ぜんねん)に回(かえ)り、叫(よ)んで道(い)う、「妖怪(ようかい)よ、我(われ)汝(なんじ)を饒(ゆる)さん、汝(なんじ)怎(いか)にして我(われ)が師父(しふ)を送(おく)らん」と。老魔(ろうま)道(い)う、「我(われ)が此(こ)の処(ところ)には也(また)甚(なん)の金銀(きんぎん)、珠翠(しゅすい=真珠と翡翠)、瑪瑙(めのう)、珊瑚(さんご)、琉璃(るり)、琥珀(こはく)、玳瑁(たいまい)の珍奇(ちんき)の宝(たから)の相送(おくるもの)とするも有(あ)らず。我(われ)兄弟(きょうだい)三人(さんにん)、一乗(ひとつ)の香藤轎(こうとうきょう=香りの藤の駕籠)を抬(か)きて、汝(なんじ)が師父(しふ)を把(と)って此(こ)の山(やま)を送(おく)り過(こ)えん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「既(すで)に轎(きょう)を抬(か)きて相送(おく)らば、宝(たから)を要(もと)むるに強(まさ)る。汝(なんじ)口(くち)を張(ひら)け、我(われ)出(い)でん」と。那(か)の魔頭(まとう)真(まこと)に就(すなわ)ち口(くち)を張(ひら)く。那(か)の三魔(さんま)近(ちか)づき前(すす)みて、悄悄(しのびやか)に老魔(ろうま)に対(たい)して道(い)う、 「大哥(たいか)よ、他(かれ)が出(い)で来(きた)る時(とき)を等(ま)ちて、口(くち)を把(と)って下(した)へ往(ゆ)きて一咬(ひとかみ)し、猴児(こうじ=猿め)を将(も)って嚼(か)み砕(くだ)き、咽(の)み下(くだ)して肚(はら)に入(い)れなば、却(かえ)って磨害(まがい=苦しめ害する)することを得(え)ざらん」と。 原来(げんらい=もともと)行者(ぎょうじゃ)は裡(うち)に在(あ)りて聴(き)き得(え)たり。便(すなわ)ち先(ま)ず出(い)で去(さ)らず、却(しか)し金箍棒(きんこぼう)を把(と)って伸(の)べ出(いだ)し、他(かれ)を試(こころ)みに一試(ひとため)しす。那(か)の怪(かい)果(はた)して往(ゆ)きて下一口(ひとかみ)、扢喳(こっさつ=がりっ)と一声(ひとこえ)、箇(ひとつ)の門牙(もんが=前歯)を把(と)って都(みな)迸(ほとばし)り砕(くだ)けり。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を抽(ひ)き回(かえ)して道(い)う、「好(よ)きかな妖怪(ようかい)!我(われ)倒(かえ)って汝(なんじ)が性命(いのち)を饒(ゆる)して出(い)でんとするに、汝(なんじ)反(かえ)って我(われ)を咬(か)み、我(われ)が命(いのち)を害(がい)せんと要(ほっ)す!我(われ)出(い)でず、活活(いきながら)に只(た)だ弄(もてあそ)びて汝(なんじ)を殺(ころ)さん!出(い)でず!出(い)でず!」と。老魔(ろうま)三魔(さんま)を報怨(うら)みて道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ自家人(じかのひと=身内)の自家人(じかのひと)を弄(もてあそ)ぶなり。且(しばら)くは他(かれ)を請(しょう)じて出(い)でしめなば好了(よか)りしに、汝(なんじ)却(かえ)って我(われ)に他(かれ)を咬(か)ましむ。他(かれ)倒(かえ)って曾(かつ)て咬(か)み着(つ)かざりしに、却(かえ)って我(われ)が牙齦(がぎん=歯茎)を迸(ひび)割(さ)けて痛(いた)からしむ、是(こ)れ怎(いか)にして起(おこ)れるや!」と。 三魔(さんま)老魔(ろうま)の他(かれ)を怪(とが)むるを見(み)て、他(かれ)又(また)箇(ひとつ)の激将法(げきしょうほう=将を奮い立たせる計)を作(な)し、厲声(れいせい=荒々しき声)に高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、 「孫行者(そんぎょうじゃ)、汝(なんじ)が名(な)を聞(き)くこと轟雷(ごうらい=とどろく雷)の耳(みみ)を貫(つらぬ)くが如(ごと)し。説(い)わく、汝(なんじ)南天門(なんてんもん)の外(そと)に威(い)を施(ほどこ)し、霊霄殿(れいしょうでん)の下(もと)に勢(いきおい)を逞(たくま)しうすと。如今(いま)西天(さいてん)の路(みち)の上(うえ)に在(あ)りて妖(よう)を降(くだ)し怪(かい)を縛(しば)ると雖(いえど)も、原来(げんらい)是(こ)れ箇(ひとつ)の小輩(しょうはい=小物)の猴頭(こうとう=猿め)なる!」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)何(なん)として小輩(しょうはい)とか為(な)る」と。三怪(さんかい)道(い)う、「好漢(こうかん)は千里(せんり)の客(きゃく)、万里(ばんり)に去(ゆ)きて名(な)を伝(つた)う。汝(なんじ)出(い)で来(きた)り、我(われ)汝(なんじ)と賭闘(ととう=勝負)せば、才(はじ)めて是(こ)れ好漢(こうかん)ならん。怎(いか)にして人(ひと)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて勾当(こうとう=行為)を作(な)すや!小輩(しょうはい)に非(あら)ずして何(なん)ぞや」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、心(こころ)の裡(うち)に暗(あん)に想(おも)うて道(い)う、「是(ぜ)是(ぜ)是(ぜ)!我(われ)若(も)し如今(いま)他(かれ)が腸(はらわた)を扯(ひ)き断(た)ち、他(かれ)が肝(かんも)を揌(おしつぶ)し破(やぶ)り、此(こ)の怪(かい)を弄(もてあそ)び殺(ころ)さば、何(なん)の難(かた)きこと有(あ)らんや。但(ただ)真(まこと)に是(こ)れ我(われ)が名頭(めいとう=名聞)を壊(こわ)さん。也(また)罷(や)めよ!也(また)罷(や)めよ!汝(なんじ)口(くち)を張(ひら)け、我(われ)出(い)でて汝(なんじ)と比並(ひへい=勝負)せん。但(ただ)只(た)だ是(こ)れ汝(なんじ)が此(こ)の洞(ほら)の口(ぐち)は窄逼(さくひつ=狭苦しく)、家火(かか=道具)を使(つか)うに好(よ)からず、須(すべから)く寛(ひろ)き処(ところ)へ往(ゆ)くべし」と。 三魔(さんま)説(い)うを聞(き)きて、即(すなわ)ち大小(だいしょう)の怪(かい)を点(てん)じ、前前後後(ぜんぜんごご)、三万(さんまん)余(あま)りの精(せい)有(あ)り、都(みな)精鋭(せいえい)の器械(きかい=武器)を執(と)り、洞(ほら)を出(い)でて箇(ひとつ)の三才(さんさい=天地人)の陣勢(じんぜい)を擺(し)き開(ひら)き、専(もっぱ)ら行者(ぎょうじゃ)の口(くち)を出(い)づるを等(ま)ちて、一斉(いっせい)に上(のぼ)りて陣(じん)に就(つ)かんとす。那(か)の二怪(にかい)は老魔(ろうま)を攙(ささ)え、径(ただ)ちに門(もん)の外(そと)に至(いた)りて叫(よ)んで道(い)う、「孫行者(そんぎょうじゃ)!好漢(こうかん)出(い)でよ!此(こ)の間(あいだ)に戦場(せんじょう)有(あ)り、好(よ)く闘(たたか)わん!」と。 大聖(たいせい)他(かれ)が肚(はら)の裡(うち)に在(あ)りて、外(そと)の鴉鳴鵲噪(あめいじゃくそう=烏の鳴き鵲のさえずり)、鶴唳風声(かくれいふうせい=鶴の鳴き風の音)を聞(き)き得(え)て、是(こ)れ寛闊(かんかつ=広々とした)の処(ところ)なるを知(し)り、却(しか)し想(おも)う、「我(われ)出(い)でざれば、是(こ)れ他(かれ)に対(たい)して信(しん)を失(うしな)う。若(も)し出(い)でなば、此(こ)の妖精(ようせい)は人面獣心(じんめんじゅうしん=人の面の獣の心)なり。先(さき)には我(われ)が師父(しふ)を送(おく)らんと説(い)いて、我(われ)を哄(だま)して出(い)でしめて我(われ)を咬(か)み、今(いま)又(また)兵(へい)を此(ここ)に調(てい)す。也(また)罷(や)めよ也(また)罷(や)めよ、他(かれ)に箇(ひとつ)の両全其美(りょうぜんきび=双方とも結構)を与(あた)えん。出(い)づる便(すなわ)ち出(い)でん、還(ま)た他(かれ)が肚(はら)の裡(うち)に箇(ひとつ)の根児(ねっこ)を生(しょう)じ下(おろ)さん」と。 即(すなわ)ち手(て)を転(てん)じ、尾(お)の上(うえ)の毫毛(ごうもう)を把(と)って一根(ひとすじ)抜(ぬ)き、口(くち)に仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち一條(ひとすじ)の縄児(なわ)に変(へん)じ、只(た)だ頭髪(とうはつ)の細(ほそ)さ有(あ)るのみ、倒(かえ)って四十丈(しじゅうじょう)の長短(ながさ)有(あ)り。那(か)の縄児(なわ)は理(おさ)め出(いだ)され、風(かぜ)を見(み)て就(すなわ)ち長(た)けて粗(あら)くなりぬ。一頭(いっとう=一方の端)を把(と)って妖怪(ようかい)の心肝(しんかん=心と肝)の系(つなぎ)に拴(むす)び上(あ)げ、打(う)ちて箇(ひとつ)の活扣児(かつこうじ=生きた結び目)を作(な)せば、那(か)の扣児(こうじ)は扯(ひ)かざれば緊(しま)らず、扯(ひ)き緊(し)めば就(すなわ)ち痛(いた)む。却(しか)し一頭(いっとう)を拿(と)りて笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の一(ひと)たび出(い)でて、他(かれ)我(われ)が師父(しふ)を送(おく)らば便(すなわ)ち罷(や)めん。如(も)し送(おく)らず、乱(みだ)りに刀兵(とうへい=武器)を動(うごか)さば、我(われ)也(また)他(かれ)と打(う)つに工夫(くふう)有(あ)らず、只(た)だ此(こ)の縄児(なわ)を扯(ひ)くを消(よう)するのみ、就(すなわ)ち我(われ)の肚(はら)の裡(うち)に在(あ)るが一般(ごと)し!」と。 又(また)身(み)を把(と)って小小(ちいさく)に変(へん)じ、外(そと)へ向(むか)いて爬(は)い、爬(は)って咽喉(いんこう=のど)の下(した)に到(いた)り、妖精(ようせい)の大(おお)いに方口(ほうこう=四角な口)を張(ひら)き、上下(じょうげ)の鋼牙(こうが=鋼の歯)の、排(なら)ぶこと利刃(りじん=鋭き刃)の如(ごと)きを見(み)、忽(たちま)ち思量(しりょう=考え)して道(い)う、「不好(わる)い!不好(わる)い!若(も)し口(くち)の裡(うち)より出(い)でて此(こ)の縄児(なわ)を扯(ひ)かば、他(かれ)痛(いた)みを怕(おそ)れて、往(ゆ)きて下一嚼(ひとかみ)せば、却(かえ)って咬(か)み断(た)たずや。我(われ)他(かれ)が歯(は)の無(な)き所在(ところ)を打(う)って出(い)でん」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、縄児(なわ)を理(おさ)えて、他(かれ)が那(そ)の上腭子(じょうがくし=上あご)より前(まえ)へ向(むか)いて爬(は)い、爬(は)って他(かれ)が鼻孔(びこう=鼻の穴)の裡(うち)に到(いた)る。那(か)の老魔(ろうま)の鼻(はな)痒(かゆ)く、「阿啑(あくしゃめ)」と一声(ひとこえ)、箇(ひとつ)の噴嚏(くしゃみ)を打(う)てば、却(かえ)って行者(ぎょうじゃ)を迸(ほとばし)り出(いだ)せり。行者(ぎょうじゃ)風(かぜ)を見(み)て、腰(こし)を把(と)って一躬(ひと)まり躬(かが)めば、就(すなわ)ち長(た)けて三丈(さんじょう)の長短(ながさ)有(あ)り、一只手(かたて)に縄児(なわ)を扯(ひ)き、一只手(かたて)に鉄棒(てつぼう)を拿(と)る。那(か)の魔頭(まとう)好歹(こうたい=善悪)を知(し)らず、他(かれ)の出(い)で来(きた)れるを見(み)て、就(すなわ)ち鋼刀(こうとう=鋼の刀)を挙(あ)げ、臉(かお)を劈(つんざ)いて来(きた)り砍(き)る。此(こ)の大聖(たいせい)一只手(かたて)に鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて相迎(むか)う。又(また)那(か)の二怪(にかい)の槍(やり)を使(つか)い、三怪(さんかい)の戟(ほこ)を使(つか)いて、頭(こうべ)も無(な)く臉(かお)も無(な)く乱(みだ)りに上(かか)るを見(み)る。大聖(たいせい)縄(なわ)を放松(ゆる)め、鉄棒(てつぼう)を収(おさ)め、急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて雲(くも)に駕(が)して走(に)げ去(さ)れり。原来(げんらい)那(か)の伙(くみ)の小妖(しょうよう)の囲繞(いにょう=取り巻き)を怕(おそ)れて、事(こと)を幹(おこな)うに好(よ)からざればなり。他(かれ)却(しか)し営(えい)の外(そと)に跳(と)び出(い)で、那(か)の空闊(くうかつ=広々とした)の山頭(さんとう=山のいただき)に去(ゆ)き、雲(くも)を落(おと)し、双手(もろて)に縄(なわ)を把(と)って力(ちから)を尽(つく)して一扯(ひとひき)すれば、老魔(ろうま)の心(こころ)の裡(うち)才(はじ)めて疼(いた)む。他(かれ)疼(いた)みを害(こうむ)って上(うえ)へ一掙(ひとあが)きすれば、大聖(たいせい)復(ま)た下(した)へ一扯(ひとひき)す。衆小妖(しゅうしょうよう)遠遠(はるか)に看(み)て、声(こえ)を斉(そろ)えて高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「大王(だいおう)、他(かれ)を惹(からか)うな!他(かれ)を去(ゆ)かしめよ!此(こ)の猴児(こうじ)は時景(じけい=季節)に按(あて)ず、清明(せいめい)すら未(いま)だ到(いた)らざるに、他(かれ)却(かえ)って那(あ)の処(ところ)にて風箏(たこ)を放(あ)ぐるなり!」と。 大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、力(ちから)を着(つ)けて一蹬(ひとふみ)蹬(ふ)めば、那(か)の老魔(ろうま)は空(くも)の中(なか)より、拍刺刺(はくしし=ばたばた)と紡車児(ぼうしゃじ=糸車)の一般(ごと)く塵埃(じんあい)に跌(たお)れ落(お)ち、就(すなわ)ち那(か)の山坡(さんぱ)の下(した)の死硬(しこう=かちかち)の黄土(おうど)を把(と)って跌(うが)ちて箇(ひとつ)の二尺(にしゃく)の浅深(ふかさ)の坑(あな)を作(な)せり。慌(あわ)てて那(か)の二怪(にかい)三怪(さんかい)一斉(いっせい)に雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(くだ)し、上(すす)み前(まえ)に縄児(なわ)を拿(と)り住(とど)め、坡(さか)の下(した)に跪(ひざまず)きて哀告(あいこく)して道(い)う、 「大聖(たいせい)よ、只(た)だ汝(なんじ)を是(こ)れ箇(ひとつ)の寛洪海量(かんこうかいりょう=度量の広き)の仙(せん)と説(い)いしに、誰(たれ)か知(し)らん、是(こ)れ箇(ひとつ)の鼠腹蝸腸(そふくかちょう=度量の狭き)の輩(やから)なりとは。実実(じつじつ=まこと)に汝(なんじ)を哄(だま)して出(い)でしめ、汝(なんじ)と陣(じん)を見(まみ)えんとせしに、期(き)せずや汝(なんじ)の我(われ)が家兄(かけい)の心(こころ)の上(うえ)に一根(ひとすじ)の縄(なわ)を拴(むす)びたるとは!」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)等(ら)の此(こ)の伙(くみ)の潑魔(はつま=悪魔めら)は、十分(じゅうぶん)に無礼(ぶれい)なり。前番(ぜんばん=先ほど)我(われ)を哄(だま)して出(い)でしめば便(すなわ)ち就(すなわ)ち我(われ)を咬(か)み、此(こ)の番(たび)我(われ)を哄(だま)して出(い)でしめて、却(かえ)って又(また)陣(じん)を擺(し)いて我(われ)に敵(てき)す。此(か)くの幾万(いくまん)の妖兵(ようへい)の、我(われ)一箇(ひとり)に戦(たたか)うが似(ごと)きは、理(り)の上(うえ)にも也(また)通(つう)ぜず。扯(ひ)きて去(ゆ)かん!扯(ひ)きて去(ゆ)きて我(われ)が師父(しふ)に見(まみ)えん!」と。 那(か)の怪(かい)一斉(いっせい)に頭(こうべ)を叩(たた)いて道(い)う、「大聖(たいせい)慈悲(じひ)して、我(われ)が性命(いのち)を饒(ゆる)せ、願(ねが)わくは老師父(ろうしふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えんことを!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)等(ら)命(いのち)を要(ほっ)せば、只(た)だ刀(かたな)を拿(と)って縄(なわ)を把(と)って割(き)り断(た)たば罷(や)めり」と。老魔(ろうま)道(い)う、「爺爺(じいじい)や、外(そと)の方(ほう)のを割(き)り断(た)てば、此(こ)の裡(うち)の方(ほう)のは心(こころ)の上(うえ)に拴(むす)ばれ、喉嚨(のど)の裡(うち)又(また)菾菾(てんてん=むかむか)と悪心(おしん=むかつき)す。怎(いか)にしてか是(こ)れ好(よ)からん」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、口(くち)を張(ひら)け、我(われ)の再(ふたた)び入(い)りて縄(なわ)を解(と)き出(いだ)さんを等(ま)て」と。老魔(ろうま)慌(あわ)てて道(い)う、「此(こ)の一(ひと)たび入(い)りて、又(また)肯(あ)えて出(い)でんとせずんば、却(かえ)って難(かた)しや!却(かえ)って難(かた)しや!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)本事(ほんじ=腕)有(あ)りて外辺(そと)より就(すなわ)ち裡(うち)の縄頭(なわがしら)を解(と)くことを得(う)る也(なり)。解(と)き了(おわ)らば実実(じつじつ)に我(われ)が師父(しふ)を送(おく)るや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「但(ただ)解(と)かば就(すなわ)ち送(おく)らん、決(けっ)して敢(あ)えて誑語(きょうご=嘘)を打(い)わず」と。 大聖(たいせい)審(ただ)して是(こ)れ実(じつ)なるを得(え)、即(すなわ)ち便(すなわ)ち身(み)を将(も)って一抖(ひとふる)いし、毫毛(ごうもう)を収(おさ)めれば、那(か)の怪(かい)の心(こころ)就(すなわ)ち疼(いた)まず。是(こ)れ孫大聖(そんたいせい)の掩様(えんよう=見せかけ)の法児(ほうじ)にして、毫毛(ごうもう)をして他(かれ)が心(こころ)を拴(むす)ばしめ、毫毛(ごうもう)を収(おさ)めたれば、所以(ゆえ)に就(すなわ)ち疼(いた)みを害(こうむ)らざる也(なり)。三箇(みっつ)の妖(よう)身(み)を縦(はな)ちて起(た)ち、謝(しゃ)して道(い)う、 「大聖(たいせい)請(こ)う回(かえ)られよ。上(のぼ)りて唐僧(とうそう)に復(つ)げ、行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう=まとめ)し下(おろ)させよ。我(われ)等(ら)就(すなわ)ち轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて送(おく)らん」と。 衆怪(しゅうかい)干戈(かんか=武器)を偃(ふ)せ、尽(ことごと)く皆(みな)洞(ほら)に帰(かえ)る。 大聖(たいせい)縄(なわ)を収(おさ)め、径(ただ)ちに山(やま)の東(ひがし)に転(かえ)る。遠遠(はるか)に唐僧(とうそう)の地(ち)の上(うえ)に睡(ね)て転(ころ)び打(う)ち痛哭(つうこく=泣き叫ぶ)するを看(み)れば、猪八戒(ちょはっかい)と沙僧(さそう)は包袱(ほうほう=風呂敷包み)を解(と)き、行李(こうり)を将(も)って搭分児(とうぶんじ=分け前)とし、那(あ)の処(ところ)に在(あ)りて分(わか)ちつるなり。行者(ぎょうじゃ)暗暗(ひそか)に嗟嘆(さたん=嘆息)して道(い)う、 「講(い)うを消(よう)せず、是(こ)れ定(さだ)めて八戒(はっかい)の師父(しふ)に対(たい)して『我(われ)は妖精(ようせい)に喫(く)われたり』と説(い)いしならん。師父(しふ)は我(われ)を捨(す)て得(え)ずして痛哭(つうこく)し、那(か)の呆子(あほう)却(かえ)って東西(とうざい=荷物)を分(わか)ちて火(ひ)を散(ち)らすなり。咦(ああ)!是(こ)の意(こころ)なるを知(し)らず、且(しばら)く我(われ)の他(かれ)を一声(ひとこえ)叫(よ)んで看(み)ん」と。 雲頭(うんとう)を落(おと)して叫(よ)んで道(い)う、「師父(しふ)!」と。沙僧(さそう)聞(き)きて、八戒(はっかい)を報怨(うら)みて道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の棺材座子(かんざいざし=棺桶の台)、専一(せんいつ=もっぱら)に人(ひと)を害(がい)す。師兄(しけい)は曾(かつ)て死(し)せざるに、汝(なんじ)却(かえ)って他(かれ)の死(し)せりと説(い)い、此(ここ)に在(あ)りて此(こ)の箇(ひとつ)の勾当(こうとう=行い)を幹(おこな)う。那(いず)れか叫(よ)びて将(も)ち来(きた)らざらん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)分明(ぶんめい=はっきり)と他(かれ)の妖精(ようせい)に一口(ひとくち)に呑(の)まるるを見(み)たり。想(おも)うに是(こ)れ日辰(にっしん=日柄)悪(あ)しく、那(か)の猴子(さる)の来(きた)りて魂(たましい)を顕(あらわ)すならん」と。 行者(ぎょうじゃ)跟前(みもと)に到(いた)り、一把(ひとつかみ)に八戒(はっかい)の臉(かお)を撾(つか)み、一箇(ひとつ)の巴掌(びんた)を打(う)てば箇(ひとつ)の踉蹌(ろうそう=よろめき)とし、道(い)う、「夯貨(ぼんや)!我(われ)甚(なん)の魂(たましい)を顕(あらわ)さん」と。呆子(あほう)臉(かお)を捂(おお)いて道(い)う、「哥哥(あにき)、汝(なんじ)実(じつ)に是(こ)れ那(か)の怪(かい)に喫(く)われたるに、汝(なんじ)、汝(なんじ)怎(いか)にして又(また)活(い)き返(かえ)りたる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)が此(こ)の箇(ひとつ)の不済事(ふさいじ=役立たず)の膿包(のうほう=膿の袋)の象(ごと)き者(もの)よ!他(かれ)我(われ)を喫(く)らえば、我(われ)就(すなわ)ち他(かれ)が腸(はらわた)を抓(つか)み、他(かれ)が肺(はい)を捏(つま)み、又(また)此(こ)の條(ひとすじ)の縄児(なわ)を把(と)って他(かれ)が心(こころ)を穿(つらぬ)き住(とど)め、扯(ひ)いて他(かれ)を疼痛(とうつう)禁(しの)び難(がた)からしめ、箇箇(おのおの)頭(こうべ)を叩(たた)きて哀告(あいこく)せしむれば、我(われ)才(はじ)めて他(かれ)が性命(いのち)を饒(ゆる)せり。如今(いま)轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて我(われ)が師父(しふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えんとする也(なり)」と。 那(か)の三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、一骨魯(ひとところが)りに爬(はい)き起(お)き、行者(ぎょうじゃ)に対(たい)して身(み)を躬(かが)めて道(い)う、「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)を累(つか)れ殺(ころ)し了(おわ)んぬ!若(も)し悟能(ごのう)の言(げん)を信(しん)ぜば、我(われ)已(すで)に絶(た)えたり!」と。行者(ぎょうじゃ)拳(こぶし)を輪(めぐ)らして八戒(はっかい)を打(う)ち罵(ののし)って道(い)う、「此(こ)の箇(ひとつ)の饢糠(のうこう=飯の殻)の呆子(あほう)、十分(じゅうぶん)に懈怠(けたい=怠慢)にして、甚(はなは)だ人(ひと)と成(な)らず。師父(しふ)、汝(なんじ)切(せつ)に惱(なや)むこと莫(な)かれ、那(か)の怪(かい)就(すなわ)ち来(きた)りて汝(なんじ)を送(おく)らんとす」と。沙僧(さそう)也(また)甚(はなは)だ慚愧(ざんき=恥じ)を生(しょう)じ、連忙(すぐさま)遮掩(しゃえん=取り繕い)し、行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し、馬匹(ばひつ)に扣(くつわ)を背(お)わせ、皆(みな)途(みち)の中(なか)に在(あ)りて等候(とうこう=待つ)ことは題(だい)とせず。 却(さ)て説(つ)ぐ、三箇(みっつ)の魔頭(まとう)群精(ぐんせい)を帥(ひき)いて洞(ほら)に回(かえ)る。二怪(にかい)道(い)う、 「哥哥(あにき)、我(われ)只(た)だ是(こ)れ箇(ひとつ)の九頭八尾(きゅうとうび=九つの頭と八つの尾)の孫行者(そんぎょうじゃ)ならんと道(おも)いしに、原来(げんらい)是(こ)れ恁(か)くの般(ごと)き箇(ひとつ)の小小(ちいさき)の猴児(こうじ)なるか!汝(なんじ)他(かれ)を呑(の)むべからざりしに、只(た)だ他(かれ)と闘(たたか)う時(とき)、他(かれ)那(いず)くにか我(われ)汝(なんじ)に闘(たたか)い得(う)ることを得(え)ん!洞(ほら)の裡(うち)の此(こ)の幾万(いくまん)の妖精(ようせい)、唾沫(つばき)を吐(は)くも也(また)湅(ゆ)でて他(かれ)を殺(ころ)すことを得(え)ん。汝(なんじ)却(かえ)って他(かれ)を将(も)って肚(はら)の裡(うち)に呑(の)めば、他(かれ)便(すなわ)ち法(ほう)を弄(ろう)し起(おこ)して、汝(なんじ)をして苦(くるしみ)を受(う)けしむ。怎(いか)で敢(あ)えて他(かれ)と比較(ひかく=勝負)せん?才自(さっき)唐僧(とうそう)を送(おく)らんと説(い)いしは、都(みな)假意(かい=偽り)にして、実(じつ)は兄長(けいちょう)の性命(いのち)の要緊(だいじ)なるを為(な)せばなり、所以(ゆえ)に他(かれ)を哄(だま)して出(い)だせしなり。決(けっ)して他(かれ)を送(おく)らじ!」と。 老魔(ろうま)道(い)う、「賢弟(けんてい)の送(おく)らざるの故(ゆえ)は、何(なん)ぞや」と。二怪(にかい)道(い)う、 「汝(なんじ)我(われ)に三千(さんぜん)の小妖(しょうよう)を与(あた)え、陣勢(じんぜい)を擺(し)き開(ひら)かしめよ。我(われ)本事(ほんじ=腕)有(あ)りて此(こ)の猴頭(こうとう)を拿(とら)え住(とど)めん!」と。 老魔(ろうま)道(い)う、「三千(さんぜん)を説(い)う莫(な)かれ、汝(なんじ)の老営(ろうえい=本陣)を起(おこ)して去(ゆ)くに凭(まか)すも、只(た)だ拿(とら)え住(とど)めば便(すなわ)ち大家(みな)に功(こう)有(あ)らん」と。那(か)の二魔(にま)即(すなわ)ち三千(さんぜん)の小妖(しょうよう)を点(てん)じ、径(ただ)ちに大路(たいろ)の旁(かたわら)に到(いた)りて擺(し)き開(ひら)き、一箇(ひとり)の藍旗手(らんきしゅ=青き旗の持ち手)をして往来(おうらい)して伝報(でんぽう=注進)せしめ、教(おし)えて曰(いわ)く、「孫行者(そんぎょうじゃ)!早(はや)くに出(い)で来(きた)り、我(われ)が二大王爺爺(にだいおうじいじい)と戦(たたか)わんことを!」と。 八戒(はっかい)聞(き)きて笑(わら)って道(い)う、 「哥(あにき)よ、常言(じょうげん=世に言う)に『説謊(うそ)は当郷人(とうきょうじん=地元の者)を瞞(だま)さず』と。就(すなわ)ち来(きた)りて虚頭(きょとう=見せかけ)を弄(ろう)し鬼(おに)を搗(つ)く!怎(いか)にして妖精(ようせい)を降(くだ)せば、就(すなわ)ち轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて師父(しふ)を送(おく)らんと説(い)いしに、又(また)来(きた)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶは、何(なん)ぞや」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「老怪(ろうかい)は已(すで)に我(われ)に降(くだ)され、敢(あ)えて頭(こうべ)を出(いだ)さず、箇(ひとつ)の孫(そん)の字(じ)を聞(き)くも、也(また)頭痛(ずつう)を害(こうむ)る。是(こ)れ定(さだ)めて二妖魔(にようま)の我(われ)等(ら)を送(おく)るに伏気(ふっき=納得)せざるならん、故此(ゆえ)に戦(たたかい)を叫(よ)ぶなり。我(われ)道(おも)うに兄弟(きょうだい)よ、此(こ)の妖精(ようせい)は弟兄(ていけい)三箇(みっつ)有(あ)りて、此(か)くの般(ごと)き義気(ぎき=義理堅さ)有(あ)り。我(われ)が弟兄(きょうだい)也(また)是(こ)れ三箇(みっつ)なるに、些(いささか)の義気(ぎき)も無(な)からんや。我(われ)已(すで)に大魔(だいま)を降(くだ)せり、二魔(にま)出(い)で来(きた)らば、汝(なんじ)就(すなわ)ち他(かれ)と戦(たたか)い戦(たたか)え、未(いま)だ不可(ふか)ならず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「他(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)の!我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)と一仗(ひといくさ)打(う)ち来(きた)らんを待(ま)て!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「去(ゆ)かんと要(ほっ)せば便(すなわ)ち去(ゆ)け」と。八戒(はっかい)笑(わら)って道(い)う、「哥(あにき)よ、去(ゆ)く便(すなわ)ち去(ゆ)かん。汝(なんじ)那(か)の縄児(なわ)を把(と)って我(われ)に借(か)して使(つか)わしめよ」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)怎(いか)にせんと要(ほっ)する?汝(なんじ)又(また)肚(はら)の裡(うち)に鑽(もぐ)る本事(ほんじ)無(な)く、汝(なんじ)又(また)他(かれ)が心(こころ)の上(うえ)に拴(むす)ぶ本事(ほんじ)無(な)し。他(かれ)を要(もと)めて何(なん)の用(よう)か有(あ)らん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)此(これ)を腰(こし)の間(あいだ)に扣(か)け、箇(ひとつ)の救命索(きゅうめいさく=命綱)を作(な)さんと要(ほっ)す。汝(なんじ)と沙僧(さそう)は後手(うしろて)を扯(ひ)き住(とど)め、我(われ)を放(はな)ちて出(い)でしめ、他(かれ)と戦(たたか)わん。估(おしはか)るに他(かれ)に贏(か)たば、汝(なんじ)便(すなわ)ち放松(ゆる)め、我(われ)他(かれ)を把(と)って拿(とら)え住(とど)めん。若(も)し他(かれ)に輸(ま)けなば、汝(なんじ)我(われ)を把(と)って扯(ひ)き回(かえ)せ、他(かれ)の拉(ひ)きて去(さ)らるるを教(おし)うること莫(な)かれ」と。真(まこと)に行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「也(また)是(こ)れ呆子(あほう)を捉弄(からか)う一番(ひとくさ)り!」と。就(すなわ)ち縄児(なわ)を把(と)って他(かれ)が腰(こし)の裡(うち)に扣(か)け、他(かれ)を撮弄(そくろう=けしかけ)て出(い)でて戦(たたか)わしむ。 那(か)の呆子(あほう)釘鈀(ていは)を挙(あ)げて山崖(さんがい)に跑(はし)り上(のぼ)り、叫(よ)んで道(い)う、「妖精(ようせい)出(い)でよ!汝(なんじ)が猪祖宗(ちょそこ=豚のご先祖)と打(う)ち来(きた)らん!」と。那(か)の藍旗手(らんきしゅ)急(いそ)ぎ報(しら)せて曰(いわ)く、「大王(だいおう)、一箇(ひとり)の長嘴大耳朶(ちょうしだいじた=長き口と大なる耳)の和尚(おしょう)の来(きた)れる有(あ)り」と。二怪(にかい)即(すなわ)ち営(えい)を出(い)で、八戒(はっかい)を見(み)て、更(さら)に話(ことば)を打(い)わず、槍(やり)を挺(つき)けて臉(かお)を劈(つんざ)いて来(きた)り刺(さ)す。此(こ)の呆子(あほう)鈀(は)を挙(あ)げて上(すす)み前(まえ)に迎(むか)え住(とど)む。 他(かれ)両箇(ふたり)山坡(さんぱ)の前(まえ)に手(て)を搭(か)け上(あ)げ、闘(たたか)うこと七八回合(しちはちえごう)に上(のぼ)らざるに、呆子(あほう)の手(て)軟(やわ)らぎ、妖魔(ようま)を架(ささ)うることを得(え)ず、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして叫(よ)ぶ、「師兄(しけい)、不好(わる)い了(な)ったり!救命索(きゅうめいさく)を扯(ひ)き扯(ひ)きせよ、救命索(きゅうめいさく)を扯(ひ)き扯(ひ)きせよ!」と。此(こ)の壁廂(かたわら)の大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、転(うた)た縄(なわ)を把(と)って放松(ゆる)めて抛(な)げ将(も)ち去(ゆ)かしむ。那(か)の呆子(あほう)陣(じん)に敗(やぶ)れ、住(とど)まりて後(うしろ)へ就(つ)いて跪(ひざまず)く。原来(げんらい)那(か)の縄(なわ)は拖(ひ)きて走(はし)るには還(ま)だ覚(おぼ)えざりしが、転(かえ)り来(きた)るに、因(よ)りて松(ゆる)みたれば、倒(かえ)って些(いささか)の脚(あし)を絆(つまず)かすこと有(あ)り、自家(おのれ)絆(つまず)きて一跌(ひとたお)れ、爬(はい)き起(お)きて又(また)一跌(ひとたお)れ。始(はじ)めは還(ま)だ躘踵(りゅうしょう=よろめき)に跌(たお)るるも、後面(あと)は就(すなわ)ち嘴(くち)を地(ち)に搶(つ)けて跌(たお)れたり。妖精(ようせい)に追(お)い上(つ)かれ、鼻子(はな)を捽(ふ)り開(ひら)き、蛟龍(こうりゅう=みずち)の一般(ごと)く、八戒(はっかい)を把(と)って一鼻子(ひとはな)に捲(ま)き住(とど)め、勝(かち)を得(え)て洞(ほら)に回(かえ)る。衆妖(しゅうよう)凱歌(がいか=勝ちどき)を斉(そろ)えて唱(うたい)、一擁(いっせい)にして帰(かえ)る。 此(こ)の坡(さか)の下(した)の三蔵(さんぞう)看(み)て、又(また)行者(ぎょうじゃ)を惱(なや)まして道(い)う、 「悟空(ごくう)、悟能(ごのう)の汝(なんじ)の死(し)せるを呪(のろ)うを怪(とが)むるに怪(け)無し!原来(げんらい)汝(なんじ)等(ら)兄弟(きょうだい)は全(まった)く相親(あいした)しみ相愛(あいあい)するの意(こころ)無(な)く、専(もっぱ)ら相嫉(あいそね)み相妒(あいねた)むの心(こころ)を懐(いだ)く!他(かれ)の那(か)の般(ごと)く説(い)いて、汝(なんじ)に救命索(きゅうめいさく)を扯(ひ)き扯(ひ)きせよと教(おし)うるに、汝(なんじ)怎(いか)にして扯(ひ)かず、還(ま)た索子(さくし=綱)を将(も)って抛(な)げ捨(す)て去(さ)りしや?如今(いま)他(かれ)をして害(がい)を被(こうむ)らしむ、却(かえ)って之(これ)を如何(いかん)せん」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)也(また)忒(はなは)だ護短(こたん=かばい)し、忒(はなは)だ偏心(へんしん=えこひいき)す!罷(や)めよ、我(われ)が老孫(ろうそん)の拿(とら)え去(さ)らるる時(とき)の象(ごと)きは、汝(なんじ)略(ほぼ)挂念(けねん=気にかけ)ず、左右(とにかく)是(こ)れ命(いのち)を捨(す)つるの材(ざい=材木)なり。此(こ)の呆子(あほう)才(さっき)自(みずか)ら擒(とりこ)に遭(あ)いしに、汝(なんじ)就(すなわ)ち我(われ)を怪(とが)む。也(また)他(かれ)をして些(いささか)の苦悩(くのう)を受(う)けしめ、方(はじ)めて取経(しゅきょう)の難(かた)きを見(み)ん」と。三蔵(さんぞう)道(い)う、「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)去(ゆ)くに、我(われ)豈(あ)に挂念(けねん)せざらんや。想(おも)うに汝(なんじ)は変化(へんげ=変化の術)を会(え)し、断然(だんぜん=きっと)として身(み)を傷(きずつ)くるに至(いた)らじ。那(か)の呆子(あほう)は生(うま)れつき狼犺(ろうこう=大柄で鈍く)、又(また)騰挪(とうな=身のこなし)を会(え)せず、此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)かば、吉(きち)少(すくな)く凶(きょう)多(おお)し。汝(なんじ)還(ま)た去(ゆ)きて他(かれ)を一救(ひとすく)い救(すく)え」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「師父(しふ)報怨(うら)むことを得(え)ず、我(われ)の去(ゆ)きて他(かれ)を一救(ひとすく)い救(すく)わんを等(ま)て」と。急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて山(やま)に追(お)い上(つ)き、暗(あん)中(ちゅう)に恨(うら)んで道(い)う、「此(こ)の呆子(あほう)我(われ)の死(し)せるを呪(のろ)う、且(しばら)く他(かれ)に箇(ひとつ)の快活(かいかつ=喜び)を与(あた)うること莫(な)かれ!且(しばら)く跟(したが)き去(ゆ)きて那(か)の妖精(ようせい)の怎(いか)に他(かれ)を擺布(はいふ=扱う)するを看(み)、他(かれ)の些(いささか)の罪(つみ)を受(う)くるを等(ま)ちて、再(ふたた)び去(ゆ)きて他(かれ)を救(すく)わん」と。即(すなわ)ち訣(けつ=印)を捻(ねん)じて真言(しんごん)を念(ねん)じ起(おこ)し、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、即(すなわ)ち箇(ひとつ)の蟭蟟虫(しょうりょうちゅう=小さな虫)に変(へん)じ、飛(と)び将(も)ち去(ゆ)き、八戒(はっかい)の耳朶(みみ)の根(ね)に釘(とど)まり、那(か)の妖精(ようせい)と同(とも)に洞(ほら)の裡(うち)に到(いた)る。 二魔(にま)三千(さんぜん)の小妖(しょうよう)を帥(ひき)い、大吹大打(だいすいだいだ=大いに吹き大いに打ち)して、洞口(どうこう=洞の入口)に至(いた)りて屯(とん)し下(おろ)し、自(みずか)ら八戒(はっかい)を将(も)って裡(うち)へ拿(とら)え入(い)りて道(い)う、「哥哥(あにき)、我(われ)一箇(ひとり)拿(とら)え来(きた)りたり」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「拿(とら)え来(きた)りて我(われ)に看(み)しめよ」と。他(かれ)鼻子(はな)を放松(ゆる)め、八戒(はっかい)を捽(おと)し下(おろ)して道(い)う、「是(こ)れに非(あら)ずや」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「此(こ)の厮(やつ)は没用(むよう=役立たず)なり」と。 八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)きて道(い)う、「大王(だいおう)、没用(むよう)のを放(はな)ち出(いだ)し、那(か)の有用(ゆうよう=役に立つ)のを尋(たず)ねて捉(とら)え来(きた)らしめよ」と。三怪(さんかい)道(い)う、「没用(むよう)なりと雖(いえど)も、也(また)是(こ)れ唐僧(とうそう)の徒弟(とてい)猪八戒(ちょはっかい)なり。且(しばら)く縛(しば)りて、後辺(うしろ)の池塘(ちとう=池)に送(おく)りて浸(ひた)しおき、毛(け)の浸(ひた)し退(ぬ)くるを待(ま)ちて、腹(はら)を破(やぶ)り開(ひら)き、塩(しお)を以(もっ)て腌(つ)けて晒(ほ)し乾(ほ)し、天陰(てんいん=曇りの日)を等(ま)ちて酒(さけ)の下(さかな)とせん」と。八戒(はっかい)大(おお)いに驚(おどろ)いて道(い)う、「罷(や)めよ罷(や)めよ!那(か)の腌(しおづけ)を販(あきな)う妖怪(ようかい)に撞見(であ)いたり!」と。衆怪(しゅうかい)一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)し、呆子(あほう)の手足(てあし)を一括(ひとくく)りに縛(しば)り上(あ)げ、扛扛抬抬(こうこうたいたい=かつぎ上げかつぎ運び)、池塘(ちとう)の辺(ほとり)に送(おく)り至(いた)り、中(なか)へ向(むか)いて一推(ひとお)し、尽(ことごと)く皆(みな)転(かえ)り去(さ)る。 大聖(たいせい)却(しか)し飛(と)び起(お)きて看(み)る処(ところ)、那(か)の呆子(あほう)は四肢(しし=手足)を上(うえ)に朝(む)け、嘴(くち)を尖(とが)らし、半(なか)ば浮(う)き半(なか)ば沈(しず)み、口(くち)の裡(うち)呼呼(ここ)と、着然(じゃくぜん=なるほど)に好(おも)しろく、倒(かえ)って八九(はちきゅう)月(がつ)の霜(しも)を経(ふ)りて子(み)の落(お)ちたる一箇(ひとつ)の大(おお)きなる黒(くろ)き蓮蓬(はすの実)の象(ごと)し。大聖(たいせい)他(かれ)が那(か)の嘴臉(しれん=顔つき)を見(み)て、又(また)他(かれ)を恨(うら)み、又(また)他(かれ)を憐(あわ)れみ、説(い)って道(い)う、「怎(いか)にしてか好(よ)からんや。他(かれ)也(また)是(こ)れ龍華会(りゅうげえ=弥勒の説法会)の上(うえ)の一人(ひとり)なるに、但(ただ)只(た)だ他(かれ)の動(やや)もすれば行李(こうり)を分(わか)ちて火(ひ)を散(ち)らし、又(また)師父(しふ)を攛掇(そんだつ=そそのか)して《緊箍咒(きんこじゅ)》を念(ねん)じて我(われ)を呪(のろ)わしむるを恨(うら)む。我(われ)前日(ぜんじつ)曾(かつ)て沙僧(さそう)の説(い)うを聞(き)き得(え)たり、也(また)些(いささか)の私房(しぼう=へそくり)を蓄(たくわ)えたりと。有(あ)るや否(いな)やを知(し)らず、且(しばら)く我(われ)の他(かれ)を一嚇(ひとおど)し嚇(おど)して看(み)ん」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、他(かれ)が耳(みみ)の辺(ほとり)に飛(と)び近(ちか)づき、声(こえ)を仮(か)り捏(つく)りて一声(ひとこえ)叫(よ)んで曰(いわ)く、「猪悟能(ちょごのう)!猪悟能(ちょごのう)!」と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(い)う、「晦気(わざわい)や!我(われ)が此(こ)の悟能(ごのう)は観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の起(なづ)けたるところ、唐僧(とうそう)に跟(したが)いてより、又(また)八戒(はっかい)と呼(よ)ばる。此(こ)の間(あいだ)怎(いか)にして人(ひと)の我(われ)の悟能(ごのう)と叫做(なづ)くるを知(し)る」と。呆子(あほう)忍(しの)ぶこと能(あた)わず問(と)うて道(い)う、「是(こ)れ那(た)れか我(われ)が法名(ほうみょう)を叫(よ)ぶ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「是(こ)れ我(われ)なり」と。呆子(あほう)道(い)う、「汝(なんじ)は是(こ)れ那(た)れぞ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ勾司人(こうしじん=冥府の使い)なり」と。那(か)の呆子(あほう)慌(あわ)てて道(い)う、「長官(ちょうかん)、汝(なんじ)は那(いず)れより来(きた)れる」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)は是(こ)れ五閻王(ごえんおう)の差(つか)わして汝(なんじ)を勾(こう=引きたて)るに来(きた)れるなり」と。那(か)の呆子(あほう)道(い)う、「長官(ちょうかん)、汝(なんじ)且(しばら)く回(かえ)り去(さ)り、上(のぼ)りて五閻王(ごえんおう)に復(つ)げよ。他(かれ)は我(われ)が師兄(しけい)孫悟空(そんごくう)と交(まじ)わること甚(はなは)だ好(よ)し、他(かれ)に我(われ)をして一日児(いちにち)を譲(ゆず)らしめ、明日(あす)来(きた)りて勾(こう)からしめよ」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「胡説(こせつ=でたらめ)す!閻王(えんおう)三更(さんこう=夜中)の死(し)を注定(さだ)めば、誰(たれ)か敢(あ)えて人(ひと)を留(とど)めて四更(しこう)に到(いた)らしめん!早(はや)くに趁(お)うて我(われ)に跟(したが)き去(ゆ)け、縄(なわ)を套(か)け上(あ)げて扯(ひ)き拉(ひ)かるるを免(まぬが)れよ!」と。呆子(あほう)道(い)う、「長官(ちょうかん)、那(いず)れか方便(ほうべん=情け)に非(あら)ざるは。我(われ)が此(か)くの般(ごと)き嘴臉(しれん)を看(み)て、還(ま)た活(い)きんと想(おも)うや。死(し)するは是(こ)れ一定(いってい=きっと)死(し)す、只(た)だ一日(いちにち)を等(ま)て。此(こ)の妖精(ようせい)我(われ)が師父(しふ)たちを連(つら)ねて拿(とら)え来(きた)り、一会(ひとあい)し、就(すなわ)ち都(みな)了帳(りょうちょう=おしまい)とならん」と。 行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「也(また)罷(や)めよ。我(われ)が此(こ)の批(ひ=召喚状)の上(うえ)に三十人(さんじゅうにん)有(あ)り、都(みな)此(こ)の中(なか)前後(ぜんご)に在(あ)る。我(われ)の拘(こう)し将(も)ち来(きた)りて汝(なんじ)に就(つ)かんを等(ま)て、便(すなわ)ち一日(いちにち)の耽閣(たんかく=遅れ)有(あ)らん。汝(なんじ)盤纏(ばんてん=路銀)有(あ)るや、些(いささ)かを我(われ)に把(と)らせよ」と。八戒(はっかい)道(い)う、「憐(あわ)れむべきかな!出家人(しゅっけにん)那(いず)れにか甚(なん)の盤纏(ばんてん)か有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「若(も)し盤纏(ばんてん)無(な)くんば索(しば)りて去(ゆ)かん!我(われ)に跟(したが)いて走(はし)れ!」と。呆子(あほう)慌(あわ)てて道(い)う、「長官(ちょうかん)索(しば)ることなかれ、我(われ)暁(さと)る汝(なんじ)が此(こ)の縄児(なわ)の追命縄(ついめいじょう=命を追う綱)と叫做(なづ)くるを。索(しば)り上(あ)ぐれば就(すなわ)ち気(き)を断(た)たんとす。有(あ)り有(あ)り有(あ)り!有(あ)る便(すなわ)ち些(いささか)有(あ)るも、只(た)だ多(おお)からず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「那(いず)れに在(あ)るか?快(はや)く拿(と)り出(いだ)せ!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「憐(あわ)れむべきかな、憐(あわ)れむべきかな!我(われ)自(みずか)ら和尚(おしょう)と作(な)りてより、如今(いま)に到(いた)るまで、些(いささか)の善信(ぜんしん=信心深き)の人(ひと)の家(いえ)の斎僧(さいそう=僧に施す)有(あ)りて、我(われ)が食腸(しょくちょう=食い意地)の大(おお)ききを見(み)て、襯銭(しんせん=布施)の彼(かれ)らに比(くら)べて略(ほぼ)多(おお)きを、我(われ)拿(と)りて此(ここ)に蓄(たくわ)え、零零砕砕(れいれいさいさい=こまごまと)五銭(ごせん)の銀子(ぎんす=銀)有(あ)り。好(よ)く收拾(しゅうしゅう=始末)するに因(よ)りて、前者(さきごろ)城中(じょうちゅう)に到(いた)り、一箇(ひとり)の銀匠(ぎんしょう=銀細工師)に央(たの)みて一処(ひとところ)に煎(と)かしめしに、他(かれ)又(また)天理(てんり=良心)無(な)く、我(われ)が幾分(いくぶ)を偷(ぬす)み、只(た)だ四銭六分(しせんろくぶ)の塊(かたまり)を得(え)たり。汝(なんじ)拿(と)りて去(ゆ)け」と。 行者(ぎょうじゃ)暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の呆子(あほう)褲子(ずぼん)も也(また)穿(き)るを得(え)ざるに、却(かえ)って何(いず)れの処(ところ)に蔵(かく)せるか。咄(こら)!汝(なんじ)が銀子(ぎんす)は那(いず)れに在(あ)るか」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)が左(ひだり)の耳朶(みみ)の眼児(あな)の裡(うち)に揌(おしこ)みて在(あ)るなり。我(われ)縛(しば)られて拿(と)ることを得(え)ず、汝(なんじ)自(みずか)ら拿(と)りて去(ゆ)け」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち手(て)を伸(の)べて耳朶(みみ)の竅(あな)の中(なか)より摸(さぐ)り出(いだ)せば、真(まこと)に是(こ)れ塊(ひとくれ)の馬鞍児(ばあんじ=鞍の形)の銀子(ぎんす)にして、足(た)だ四銭五六分(しせんごろくぶ)の重(おも)さ有(あ)り。手(て)の裡(うち)に拿(と)りて、忍(しの)ぶこと能(あた)わず哈哈(はは)と一声(ひとこえ)大笑(たいしょう)す。那(か)の呆子(あほう)是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)の声(こえ)と認(みと)め、水(みず)の裡(うち)にて乱(みだ)りに罵(ののし)って道(い)う、「天(てん)の殺(ころ)す弼馬温(ひつばおん)!此(か)くの般(ごと)き苦(くる)しき処(ところ)に到(いた)りて還(ま)た来(きた)りて財物(ざいぶつ)を打詐(ゆす)るか!」と。 行者(ぎょうじゃ)又(また)笑(わら)って道(い)う、「我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の饢糟(のうそう=食い詰め)のを把(と)らん!老孫(ろうそん)師父(しふ)を保(まも)りて、幾多(いくばく)の苦難(くなん)を受(う)けたるを知(し)らず、汝(なんじ)到(かえ)って私房(しぼう=へそくり)を蓄(たくわ)えたり!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「嘴臉(しれん=この面)!是(こ)れ甚(なん)の私房(しぼう)ぞ!都(みな)是(こ)れ歯(は)の上(うえ)より刮(けず)り下(おろ)したるなり。我(われ)捨(す)てて嘴(くち)を買(か)いて喫(くら)わず、留(とど)めて匹(ひき)の布(ぬの)を買(か)いて件(ひとえ)の衣服(きもの)を作(つく)らんとせしに、汝(なんじ)却(かえ)って我(われ)を嚇(おど)して之(これ)を取(と)れり。還(ま)た些(いささか)を分(わか)ちて我(われ)に与(あた)えよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「半分(はんぶん)も也(また)汝(なんじ)に与(あた)うるを得(え)ず!」と。八戒(はっかい)罵(ののし)って道(い)う、「買命銭(ばいめいせん=命を買う金)を汝(なんじ)に譲(ゆず)り与(あた)えん、好(よ)くも也(また)我(われ)を救(すく)い出(いだ)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「急(いそ)ぎを発(はっ)するなかれ、我(われ)の汝(なんじ)を救(すく)わんを等(ま)て」と。銀子(ぎんす)を将(も)って蔵(かく)し、即(すなわ)ち原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)し、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げて呆子(あほう)を寄(よ)せ集(あつ)め、手(て)を用(もち)いて脚(あし)を提(さ)げ、扯(ひ)き上(あ)げて、縄(なわ)を解(と)く。八戒(はっかい)跳(と)び起(お)き、衣裳(きもの)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、水(みず)を整(ととの)え乾(ほ)し、一抖(ひとふる)い抖(ふる)い、潮漉漉(しめりけ)として身(み)に披(はお)りて道(い)う、「哥哥(あにき)、後門(うらもん)を開(ひら)きて走(に)げ去(さ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「後門(うらもん)の裡(うち)より走(に)ぐるは、是(こ)れ箇(ひとつ)の長進(ちょうしん=進歩)なるか。還(ま)た前門(ぜんもん)を打(う)って上(すす)まん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「我(われ)が脚(あし)縛(しば)られて麻(しび)れ、跑(はし)ること動(うご)かず」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「快(はや)く我(われ)に跟(したが)き来(きた)れ」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、鉄棒(てつぼう)を把(と)って一路(ひとみち)に解数(げすう=技の数々)を打(う)ち開(ひら)き、打(う)ち将(も)ち出(い)ず。那(か)の呆子(あほう)麻(しびれ)を忍(しの)び、只(た)だ他(かれ)に跟(したが)い定(さだ)まるを得(え)ず、只(た)だ二門(にもん)の下(した)に靠(より)かかるるは是(こ)れ他(かれ)が釘鈀(ていは)なるを見(み)る。上(すす)み前(まえ)に小妖(しょうよう)を推(お)し開(ひら)き、撈(ひっつか)み過(よ)ぎて前(まえ)へ向(むか)い乱(みだ)りに筑(つ)き、行者(ぎょうじゃ)と与(とも)に三四層(さんしそう)の門(もん)を打(う)ち出(い)で、幾多(いくばく)の小妖(しょうよう)を打(う)ち殺(ころ)したるを知(し)らず。那(か)の老魔(ろうま)聞(き)きて、二魔(にま)に対(たい)して道(い)う、「拿(とら)えたる好人(よきひと)かな!拿(とら)えたる好人(よきひと)かな!汝(なんじ)看(み)よ、孫行者(そんぎょうじゃ)は猪八戒(ちょはっかい)を劫(かす)め、門(もん)の上(うえ)にて小妖(しょうよう)を打(う)ち傷(きずつ)くなり!」と。那(か)の二魔(にま)急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ち、槍(やり)を綽(ひっつか)んで手(て)に在(あ)り、門(もん)を赶(お)い出(い)で来(きた)り、声(こえ)に応(こた)えて罵(ののし)って道(い)う、「潑猢猻(はっこそん=この猿め)!此(か)くの般(ごと)き無礼(ぶれい)!怎(いか)で敢(あ)えて我(われ)等(ら)を渺視(みくだ)す」と。 大聖(たいせい)聞(き)き得(え)て、即(すなわ)ち声(こえ)に応(こた)えて站(た)ち下(お)る。那(か)の怪物(かいぶつ)講(はな)すを容(い)れず、槍(やり)を使(つか)いて便(すなわ)ち刺(さ)す。行者(ぎょうじゃ)正(まさ)に是(こ)れ会家(かいか=手だれ)は忙(いそ)がず、鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げ、臉(かお)を劈(つんざ)いて相迎(むか)う。他(かれ)両箇(ふたり)洞門(どうもん)の外(そと)に在(あ)りて、此(こ)の一場(ひといくさ)の好(よ)き殺(たたかい): 黄牙老象(こうがろうぞう)人形(ひとのかたち)に変(へん)じ、義(ぎ)を結(むす)びて獅王(しおう)と弟兄(ていけい)と為(な)る。 大魔(だいま)の来(きた)りて説合(せつごう=仲を取り持つ)に因(よ)り、同心(どうしん)計算(けいさん)して唐僧(とうそう)を喫(くら)わんとす。 斉天大聖(せいてんたいせい)神通(じんつう)広(ひろ)く、正(せい)を輔(たす)け邪(じゃ)を除(のぞ)きて精(せい=妖怪)を滅(めっ)せんと要(ほっ)す。 八戒(はっかい)無能(むのう)にして毒手(どくしゅ)に遭(あ)い、悟空(ごくう)拯救(すく)いて門(もん)を出(い)でて行(ゆ)く。 妖王(ようおう)赶(お)い上(つ)きて英猛(えいもう=勇ましさ)を施(ほどこ)し、槍棒(そうぼう=槍と棒)交加(こもごも)に各(おのおの)能(のう)を顕(あらわ)す。 那(か)の一箇(ひとつ)の槍(やり)の来(きた)るは穿林(せんりん=林を抜く)の蟒(うわばみ)に似(に)たるが好(ごと)く、 此(こ)の一箇(ひとつ)の棒(ぼう)の起(おこ)るは出海(しゅっかい=海より出ず)の龍(りゅう)に猶(な)お如(ごと)し。 龍(りゅう)の海門(かいもん)を出(い)ずれば雲(くも)靄靄(あいあい=たなびき)、 蟒(うわばみ)の林樹(りんじゅ)を穿(うが)てば霧(きり)騰騰(とうとう=立ちこめ)たり。 算(かぞ)え来(きた)れば都(みな)唐和尚(とうおしょう)の為(ため)に、恨(うら)み苦(くるし)み相持(あいじ=にらみ合い)て太(はなは)だ情(なさけ)無(な)し。 那(か)の八戒(はっかい)大聖(たいせい)と妖精(ようせい)の交戦(こうせん=戦い合う)するを見(み)て、他(かれ)は山嘴(さんし=山の突端)の上(うえ)に釘鈀(ていは)を豎(た)て、来(きた)りて打(う)つを幫(たす)けず、只管(ただひたすら)呆呆(ぼんやり)として之(これ)を看(み)る。那(か)の妖精(ようせい)行者(ぎょうじゃ)の棒(ぼう)の重(おも)く、満身(まんしん)解数(げすう)、全(まった)く破綻(はたん=隙)無(な)きを見(み)て、就(すなわ)ち槍(やり)を把(と)って架(ささ)え住(とど)め、鼻子(はな)を捽(ふ)り開(ひら)き、来(きた)りて他(かれ)を捲(ま)かんとす。行者(ぎょうじゃ)他(かれ)が勾当(こうとう=たくらみ)を知(し)り、双手(もろて)に金箍棒(きんこぼう)を把(と)って横(よこ)に起(おこ)し、上(うえ)へ向(むか)いて一挙(ひとあ)げすれば、妖精(ようせい)に一鼻子(ひとはな)にて腰胯(ようこ=腰とまた)を捲(ま)かれ、曾(かつ)て手(て)を捲(ま)かれず。汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)の両隻手(りょうて)の妖精(ようせい)の鼻頭(びとう=鼻の先)の上(うえ)に在(あ)りて花棒児(かぼうじ=花のような棒さばき)を投(な)げて耍子(あそ)びとするを。八戒(はっかい)見(み)て、胸(むね)を捶(う)って道(い)う、 「咦(おや)!那(か)の妖怪(ようかい)晦気(わざわい)なるかな!我(われ)が此(こ)の夯(どん)なるを捲(ま)くには、手(て)を連(つら)ねて都(みな)捲(ま)かれ、動(うご)くことを得(え)ず。那(か)の程(ほど)の滑(ぬる)きを捲(ま)きて、倒(かえ)って手(て)を捲(ま)かず。他(かれ)が那(か)の両隻手(りょうて)棒(ぼう)を拿(と)りて、只(た)だ消(よう)すらくは鼻(はな)の裡(うち)へ一搠(ひとつき)せば、那(か)の孔(あな)の裡(うち)疼(いた)みて涕(なみだ)を流(なが)さん、怎(いか)で他(かれ)を捲(ま)き住(とど)むることを得(え)んや」と。 行者(ぎょうじゃ)原(もと)此(こ)の意(こころ)無(な)かりしが、倒(かえ)って是(こ)れ八戒(はっかい)の他(かれ)に教(おし)えたるなり。他(かれ)就(すなわ)ち棒(ぼう)を幌(ゆ)り一幌(ひとゆ)り、小(ちいさ)きこと鶏子(けいし=鶏の卵)の如(ごと)く、長(た)けて丈余(じょうよ)有(あ)り、真(まこと)に他(かれ)が鼻孔(びこう)の裡(うち)へ一搠(ひとつき)す。那(か)の妖精(ようせい)怕(おそ)れて、沙(さ)と一声(ひとこえ)、鼻子(はな)を把(と)って捽(ふ)り放(はな)てば、行者(ぎょうじゃ)に手(て)を転(てん)じ過(よ)ぎ来(きた)り、一把(ひとつかみ)に撾(つか)まれ、気力(きりょく)を用(もち)いて前(まえ)へ一拉(ひとひき)すれば、那(か)の妖精(ようせい)疼(いた)みを護(まも)り、手(て)に随(したが)いて歩(あゆみ)を挙(あ)げて跟(したが)い来(きた)る。八戒(はっかい)方(はじ)めて敢(あ)えて近(ちか)づき、釘鈀(ていは)を拿(と)って妖精(ようせい)の胯子(こし=また)に向(むか)いて乱(みだ)りに筑(つ)く。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「不好(わる)い!不好(わる)い!那(か)の鈀(は)の歯児(は)は尖(とが)り、恐(おそ)らくは皮(かわ)を筑(つ)き破(やぶ)り、血(ち)を淌(したた)らしめ出(いだ)さん、師父(しふ)の見(み)て又(また)我(われ)等(ら)の生(いのち)を傷(そこな)うと説(い)わん。只(た)だ柄子(え)を調(ととの)えて来(きた)りて打(う)て」と。真(まこと)に呆子(あほう)鈀(は)の柄(え)を挙(あ)げ、一歩(ひとあし)走(はし)りて、一下(ひとうち)打(う)てば、行者(ぎょうじゃ)鼻子(はな)を牽(ひ)き、就(すなわ)ち両箇(ふたり)の象奴(ぞうど=象使い)の似(ごと)く、坡(さか)の下(した)に牽(ひ)き至(いた)る。只(た)だ見(み)る、三蔵(さんぞう)睛(ひとみ)を凝(こ)らして盼望(ぼうぼう=待ち望む)、他(かれ)両箇(ふたり)の嚷嚷鬧鬧(じょうじょうどうどう=わいわいがやがや)として来(きた)るを見(み)、即(すなわ)ち喚(よ)んで、「悟浄(ごじょう)、汝(なんじ)看(み)よ、悟空(ごくう)の牽(ひ)けるは是(こ)れ甚(なん)ぞ」と。沙僧(さそう)見(み)て笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)、大師兄(だいしけい)は妖精(ようせい)を把(と)って鼻子(はな)を揪(つま)み拉(ひ)き来(きた)れる、真(まこと)に愛(あい)殺(ころ)すばかりなり!」と。 三蔵(さんぞう)道(い)う、「善(ぜん)なるかな!善(ぜん)なるかな!那(か)の般(ごと)く大(おお)きなる箇(ひとつ)の妖精(ようせい)!那(か)の般(ごと)く長(なが)き箇(ひとつ)の鼻子(はな)!汝(なんじ)且(しばら)く他(かれ)に問(と)え。他(かれ)若(も)し喜喜歓歓(よろこび)んで我(われ)等(ら)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えんとせば、他(かれ)を饒(ゆる)し、他(かれ)が性命(いのち)を傷(そこな)うこと莫(な)かれ」と。沙僧(さそう)急(いそ)ぎ前(まえ)に縦(はな)ちて迎(むか)え、声(こえ)を高(たか)くして叫(よ)んで道(い)う、「師父(しふ)説(おお)せらく、那(か)の怪(かい)果(はた)して師父(しふ)を送(おく)りて山(やま)を過(こ)えなば、命(いのち)を傷(そこな)うなかれと教(おし)うるなり」と。那(か)の怪(かい)説(い)うを聞(き)きて、連忙(すぐさま)跪(ひざまず)き下(お)り、口(くち)の裡(うち)嗚嗚(うう)と応(こた)え答(こた)う。原来(げんらい)行者(ぎょうじゃ)に鼻子(はな)を揪(つま)まれ、捏(つま)み潰(つぶ)されて、就(すなわ)ち重(おも)き傷風(かぜ=風邪)の一般(ごと)く、叫(よ)んで道(い)う、「唐老爺(とうろうや)、若(も)し肯(あ)えて命(いのち)を饒(ゆる)さば、即(すなわ)ち便(すなわ)ち轎(きょう)を抬(か)きて相送(おく)らん」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)が師徒(しと=師と弟子)は倶(とも)に是(こ)れ善勝(ぜんしょう=善に勝る)の人(ひと)なり。汝(なんじ)が言(げん)に依(よ)り、且(しばら)く汝(なんじ)が命(いのち)を饒(ゆる)さん。快(はや)く轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)れ。如(も)し再(ふたた)び卦(け=占い)を変(へん)ぜば、拿(とら)え住(とど)めて決(けっ)して再(ふたた)び饒(ゆる)さじ!」と。那(か)の怪(かい)手(て)を脱(のが)るるを得(え)、頭(こうべ)を磕(ぬか)ずきて去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)と同(とも)に唐僧(とうそう)に見(まみ)え、前事(ぜんじ=先の事)を備(つぶさ)に言(い)う。八戒(はっかい)慚愧(ざんき=恥じ)に勝(た)えず、坡(さか)の前(まえ)に在(あ)りて衣服(きもの)を晾晒(ほ)し、等候(とうこう=待つ)ことは題(だい)とせず。 那(か)の二魔(にま)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として洞(ほら)に回(かえ)る。未(いま)だ到(いた)らざる時(とき)、已(すで)に小妖(しょうよう)の老魔(ろうま)三魔(さんま)に報(しら)せて、二魔(にま)の行者(ぎょうじゃ)に鼻子(はな)を揪(つま)まれ拉(ひ)き去(さ)られたると説(い)う有(あ)り。老魔(ろうま)悚懼(しょうく=恐れおののき)、三魔(さんま)と与(とも)に衆(しゅう)を帥(ひき)いて方(はじ)めて出(い)で、二魔(にま)の独(ひと)り回(かえ)るを見(み)て、又(また)皆(みな)接入(しょうにゅう=迎え入れ)し、放回(ほうかい=放ち帰す)の故(ゆえ)を問(と)う。二魔(にま)三蔵(さんぞう)の慈憫善勝(じびんぜんしょう=慈悲深く善に勝る)の言(げん)を把(と)って、衆(しゅう)に対(たい)して一(ひと)わたり説(と)き了(おわ)れば、一箇一箇(おのおの)面(めん)と面(めん)とを見合(みあ)わせ、更(さら)に敢(あ)えて言(い)わず。二魔(にま)道(い)う、「哥哥(あにき)は唐僧(とうそう)を送(おく)るべきや」と。老魔(ろうま)道(い)う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)那(いず)れの話(はなし)を説(い)うや。汝(なんじ)送(おく)らずんば、我(われ)両箇(ふたり)送(おく)り去(ゆ)かん」と。 三魔(さんま)笑(わら)って道(い)う、「送(おく)る!送(おく)る!送(おく)る!」と。老魔(ろうま)道(い)う、「賢弟(けんてい)よ、此(こ)の話(ことば)は、又(また)却(かえ)って気(き)を尚(たっと)ぶの象(ごと)し。汝(なんじ)送(おく)らずんば、我(われ)両箇(ふたり)送(おく)り去(ゆ)かん」と。三魔(さんま)又(また)笑(わら)って道(い)う、 「二位(ふたり)の兄長(けいちょう)の上(うえ)に在(あ)り。那(か)の和尚(おしょう)倘(も)し我(われ)等(ら)の送(おく)るを要(い)らず、只(た)だ此(か)くの等(ごと)く瞞(かく)し過(す)ごさば、還(ま)た是(こ)れ他(かれ)が造化(ぞうか=幸運)ならん。若(も)し送(おく)るを要(い)らば、我(われ)が調虎離山(ちょうこりざん=虎を調べて山を離る)の計(けい)の正中(まともに)に当(あ)たるを知(し)らざるなり」と。 老怪(ろうかい)道(い)う、「何(なん)をか調虎離山(ちょうこりざん)と為(な)す」と。三怪(さんかい)道(い)う、「如今(いま)満洞(まんどう)の群妖(ぐんよう)を将(も)って点(てん)じ起(おこ)し、万(ばん)の中(なか)より千(せん)を選(えら)び、千(せん)の中(なか)より百(ひゃく)を選(えら)び、百(ひゃく)の中(なか)より十六(じゅうろく)を選(えら)び、又(また)三十(さんじゅう)を選(えら)ばん」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「怎(いか)にして既(すで)に十六(じゅうろく)を要(い)り、又(また)三十(さんじゅう)を要(い)る」と。三怪(さんかい)道(い)う、「三十(さんじゅう)の烹煮(ほうしゃ=煮炊き)を会(え)する者(もの)を要(い)り、彼(かれ)らに些(いささか)の精米(せいまい=白米)、細麺(さいめん=うどん)、竹筍(ちくじゅん=筍)、茶芽(ちゃが=茶の芽)、香蕈(こうしん=しいたけ)、蘑菇(まこ=きのこ)、豆腐(とうふ)、麺筋(めんきん=麩)を与(あた)え、彼(かれ)らをして二十里(にじゅうり)、或(あるい)は三十里(さんじゅうり)に、窩鋪(かほ=仮小屋)を搭(か)き下(おろ)し、茶飯(さはん=食事)を安排(あんばい=用意)し、唐僧(とうそう)を管待(かんたい=もてな)さしめんとす」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「又(また)十六(じゅうろく)を要(い)りて何(なん)の用(よう)か」と。三怪(さんかい)道(い)う、「八箇(はちにん)をして抬(か)かしめ、八箇(はちにん)をして路(みち)を喝(さけ)ばしめん。我(われ)弟兄(きょうだい)相随(あいしたが)いて左右(さゆう)に在(あ)り、他(かれ)を送(おく)ること一程(ひとたび)す。此(ここ)より西(にし)へ去(ゆ)くこと四百余里(しひゃくより)、就(すなわ)ち是(こ)れ我(われ)が城池(じょうち=城)なり。我(われ)が那(あ)の処(ところ)に自(おのずか)ら接応(せつおう=出迎え)の人馬(じんば)有(あ)り。若(も)し城辺(じょうへん)に至(いた)らば、如此如此(かくかくしかじか)にして、他(かれ)が師徒(しと)をして首尾(しゅび=前後)相顧(あいかえり)みること能(あた)わざらしめん。唐僧(とうそう)を捉(とら)えんと要(ほっ)せば、全(まった)く此(こ)の十六(じゅうろく)の鬼(おに)の功(こう)を成(な)すに在(あ)り」と。 老怪(ろうかい)言(げん)を聞(き)きて、歓欣(かんきん)すること已(や)まず、真(まこと)に是(こ)れ酔(よ)いて方(はじ)めて醒(さ)むるが如(ごと)く、夢(ゆめ)の方(はじ)めて覚(さ)むるが似(ごと)く、道(い)う、「好(よ)し!好(よ)し!好(よ)し!」と。即(すなわ)ち衆妖(しゅうよう)を点(てん)じ、先(ま)ず三十(さんじゅう)を選(えら)び、彼(かれ)らに物件(ぶっけん=品物)を与(あた)え、又(また)十六(じゅうろく)を選(えら)び、一頂(ひとつ)の香藤轎子(こうとうきょうす)を抬(か)かしめ、同(とも)に門(もん)を出(い)で来(きた)り、又(また)衆妖(しゅうよう)に吩咐(いいつ)けて曰(いわ)く、「倶(とも)に山(やま)に上(のぼ)りて閑(ひま)に走(ある)くことを許(ゆる)さず!孫行者(そんぎょうじゃ)は是(こ)れ箇(ひとつ)の多心(たしん=疑い深き)の猴子(さる)なり。若(も)し汝(なんじ)等(ら)の往来(おうらい)するを見(み)なば、他(かれ)必(かなら)ず疑(うたがい)を生(しょう)じ、此(こ)の計(けい)を識破(みやぶ)らん」と。 老怪(ろうかい)遂(つい)に衆(しゅう)を帥(ひき)いて大路(たいろ)の旁(かたわら)に至(いた)り、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「唐老爺(とうろうや)、今日(こんにち)は紅沙(こうさ=凶日)に犯(ふ)れず、請(こ)う老爺(ろうや)早(はや)く早(はや)く山(やま)を過(こ)られよ」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて道(い)う、「悟空(ごくう)、是(こ)れ甚(なん)の人(ひと)か我(われ)を叫(よ)ぶ」と。行者(ぎょうじゃ)指(ゆび)し定(さだ)めて道(い)う、「那(あ)の廂(かた)なるは是(こ)れ老孫(ろうそん)の降伏(こうぶく)したる妖精(ようせい)の、轎(きょう)を抬(か)きて来(きた)りて汝(なんじ)を送(おく)るなり」と。三蔵(さんぞう)掌(て)を合(あ)わせて天(てん)に朝(むか)いて道(い)う、「善(ぜん)なるかな!善(ぜん)なるかな!若(も)し賢徒(けんと=賢き弟子)の此(か)くの般(ごと)き能(のう)に非(あら)ずんば、我(われ)怎(いか)にしてか去(ゆ)くことを得(え)ん」と。径(ただ)ちに前(まえ)に向(むか)い、衆妖(しゅうよう)に対(たい)して礼(れい)を作(な)して道(い)う、「多(おお)く列位(れつい=皆様)の愛(あい)を承(うけたまわ)る。我(われ)が弟子(でし)経(きょう)を取(と)りて東(ひがし)に回(かえ)らば、長安(ちょうあん)に向(むか)いて当(まさ)に善果(ぜんか=善き報い)を伝揚(でんよう)すべし」と。衆妖(しゅうよう)頭(こうべ)を叩(たた)いて道(い)う、「請(こ)う老爺(ろうや)轎(きょう)に上(のぼ)られよ」と。 那(か)の三蔵(さんぞう)は肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡人の目と身)、是(こ)れ計(けい)なるを知(し)らず。孫大聖(そんたいせい)也(また)是(こ)れ太乙金仙(たいいつきんせん)にして、忠正(ちゅうせい)の性(さが)なれば、只(た)だ擒縦(きんしょう=捕らえ放つ)の功(こう)と以(おも)い、妖怪(ようかい)を降(くだ)したるのみ、亦(また)豈(あ)に他(かれ)らの都(みな)異謀(いぼう=異心)有(あ)らんことを期(き)せんや。却(しか)し也(また)曾(かつ)て詳察(しょうさつ=詳しく調べ)せず、尽(ことごと)く師父(しふ)の意(こころ)に著(つ)き、即(すなわ)ち八戒(はっかい)に命(めい)じて行嚢(こうのう=荷物)を将(も)って馬(うま)に捎(お)わせ、沙僧(さそう)と与(とも)に緊(きん)しく随(したが)わしめ、他(かれ)は鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて前(まえ)に向(むか)いて路(みち)を開(ひら)き、吉凶(きっきょう)を顧盼(こはん=見回す)。八箇(はちにん)轎子(きょうす)を抬(か)き上(あ)げ、八箇(はちにん)一(ひとり)ずつ声(こえ)を逓(つぎ)えて喝道(かっどう=道を払う声)す。三箇(みっつ)の妖(よう)轎(きょう)の扛(こう=轅)を扶(たす)け、師父(しふ)喜喜歓歓(よろこび)んで端(ただしく)轎(きょう)の上(うえ)に坐(ざ)し、高(たか)き山(やま)に上(のぼ)り、大路(たいろ)に依(よ)りて行(ゆ)く。 此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)くに、豈(あ)に知(し)らんや歓喜(かんき)の間(あいだ)に愁(うれい)又(また)至(いた)り、経(きょう)に云(い)わく「泰(たい)は極(きわ)まれば否(ひ)還(ま)た生(しょう)ず」と。時運(じうん)相逢(あいあ)いて真(しん)の太歳(たいさい)に値(あ)い、又(また)喪門(そうもん)吊客星(ちょうかくせい=凶星)に値(あ)う。那(か)の伙(くみ)の妖魔(ようま)、同心(どうしん)合意(ごうい)して、左右(さゆう)を侍衛(えい)し、早晚(そうばん)殷勤(いんぎん=ねんごろ)なり。行(ゆ)くこと三十里(さんじゅうり)に斎(とき=食事)を献(ささ)げ、五十里(ごじゅうり)に又(また)斎(とき)し、未(いま)だ晩(くら)からざるに歇(やす)むことを請(こ)い、沿路(えんろ)斉斉整整(せいせいせいせい=きちんと)たり。一日(いちにち)三飡(さんさん=三度の食事)、心(こころ)に遂(したが)い意(こころ)に満(み)つ。良宵(りょうしょう=良き宵)一宿(いっしゅく)、好(よ)き処(ところ)に身(み)を安(やす)んず。西(にし)に進(すす)むこと四百里余程(しひゃくりよてい)、忽(たちま)ち城池(じょうち)の相(あい)近(ちか)づくを見(み)る。 大聖(たいせい)鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げ、轎(きょう)を離(はな)るること僅(わず)かに一里(いちり)の遥(はる)かに在(あ)りて、城池(じょうち)を見(み)て他(かれ)をして嚇(おどろ)かれて一跌(ひとたお)れし、掙挫(あが)き起(お)きることを得(え)ず。汝(なんじ)道(い)わん、他(かれ)只(た)だ此(か)くの般(ごと)く大胆(だいたん)なるに、如何(いか)にして此(か)くの着(つ)きて唬(おどろ)かれたるを見(み)るかと。原来(げんらい)那(か)の城(しろ)の中(なか)に許多(あまた)の悪気(あくき)有(あ)るを望見(ぼうけん)すれば、乃(すなわ)ち是(こ)れ: 簇簇(ぞくぞく=むらがり)として群(むら)がるは妖魔怪(ようまかい)、四門(しもん)は都(みな)是(こ)れ狼(おおかみ)の精霊(せいれい)。 斑斕(はんらん=まだら)の老虎(ろうこ)は都管(とかん=総管)と為(な)り、 白面(はくめん=白き顔)の雄彪(ゆうひょう=雄の虎)は総兵(そうへい)と作(な)る。 丫叉角(あさまたつの)の鹿(しか)は文引(ぶんいん=通行証)を伝(つた)え、 伶俐(れいり=利口)の狐狸(こり=きつね)は道(みち)を行(ゆ)くに当(あた)る。 千尺(せんしゃく)の大蟒(だいもう)は城(しろ)を囲(かこ)みて走(はし)り、 万丈(ばんじょう)の長蛇(ちょうだ)は路程(ろてい)を占(し)む。 楼(ろう)の下(した)の蒼狼(そうろう=青狼)は令使(れいし=使者)を呼(よ)び、 台(だい)の前(まえ)の花豹(かひょう=豹)は人声(ひとごえ)を作(な)す。 旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(う)つは皆(みな)妖怪(ようかい)、 更(こう)を巡(めぐ)り鋪(ほ=詰め所)に坐(ざ)するは尽(ことごと)く山精(さんせい)。 狡兔(こうと=狡き兎)は門(もん)を開(ひら)きて売買(ばいばい)を弄(ろう)し、 野猪(やちょ=猪)は担(たに)を挑(かつ)ぎて営生(えいせい=生計)を幹(おこな)う。 先年(せんねん)は原(もと)是(こ)れ天朝(てんちょう)の国(くに)なりしが、 如今(いま)は翻(ひるがえ)って虎狼城(ころうじょう)と作(な)る。 那(か)の大聖(たいせい)正(まさ)に悚懼(しょうく=おののき恐る)するに当(あた)り、只(た)だ耳(みみ)の後(うしろ)に風(かぜ)の響(ひび)くを聞(き)く。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らして観看(みわた)せば、原来(げんらい)是(こ)れ三魔(さんま)の双手(もろて)に一柄(ひとふり)の画桿方天戟(がかんほうてんげき=絵柄の柄の矛)を挙(あ)げ、大聖(たいせい)が頭(こうべ)の上(うえ)へ向(むか)いて打(う)ち来(きた)るなり。大聖(たいせい)急(いそ)ぎ身(み)を翻(ひるがえ)して爬(はい)き起(お)き、金箍棒(きんこぼう)を使(つか)いて臉(かお)を劈(つんざ)いて相迎(むか)う。他(かれ)両箇(ふたり)各(おのおの)悩怒(のうど=怒り)を懐(いだ)き、気(いき)呼呼(ここ=ふうふう)として、更(さら)に話(ことば)を打(い)わず。歯(は)を咬(か)み、各(おのおの)相争(あいあらそ)わんと要(ほっ)す。 又(また)那(か)の老魔頭(ろうまとう)の、声(こえ)を伝(つた)えて号令(ごうれい=命令)し、鋼刀(こうとう)を挙(あ)げて便(すなわ)ち八戒(はっかい)を砍(き)るを見(み)る。八戒(はっかい)慌(あわ)てて馬(うま)を抛(な)げ捨(す)て、鈀(は)を輪(めぐ)らして前(まえ)へ向(むか)い乱(みだ)りに筑(つ)く。那(か)の二魔(にま)長槍(ちょうそう)を纏(まと)いて沙僧(さそう)に向(むか)いて刺(さ)し来(きた)れば、沙僧(さそう)降妖杖(ごうようじょう)を使(つか)いて架子(かし=構え)を支(ささ)え開(ひら)きて敵(てき)し住(とど)む。三箇(みっつ)の魔頭(まとう)と三箇(みっつ)の和尚(おしょう)、一箇(ひとり)一箇(ひとり)に敵(てき)し、那(か)の山頭(さんとう)に在(あ)りて死(し)を捨(す)て生(いのち)を忘(わす)れて苦(くるし)く戦(たたか)う。 那(か)の十六(じゅうろく)の小妖(しょうよう)却(しか)し号令(ごうれい)を遵(したが)い、各各(おのおの)能(のう)を効(いた)す。白馬(はくば)行嚢(こうのう)を搶(うば)い、三蔵(さんぞう)を把(と)って一擁(いっせい)にし、轎子(きょうす)を抬(か)きて径(ただ)ちに城辺(じょうへん)に至(いた)り、高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「大王爺爺(だいおうじいじい)の定(さだ)めし計(けい)、已(すで)に唐僧(とうそう)を拿(とら)え得(え)て来(きた)れり!」と。那(か)の城(しろ)の上(うえ)の大小(だいしょう)の妖精(ようせい)、一箇一箇(おのおの)跑(はし)り下(お)り、城門(じょうもん)を将(も)って大(おお)いに開(ひら)き、各営(かくえい)に吩咐(いいつ)けて旗(はた)を巻(ま)き鼓(つづみ)を息(や)め、喊声(かんせい)を挙(あ)げ鑼(ら)を篩(なら)すことを許(ゆる)さず、説(い)いて曰(いわ)く、「大王(だいおう)原(もと)令(れい)有(あ)りて前(さき)に在(あ)り、唐僧(とうそう)を嚇(おど)すことを許(ゆる)さず。唐僧(とうそう)は恐嚇(きょうかく=脅し)に禁(た)えず、一(ひと)たび嚇(おど)せば就(すなわ)ち肉(にく)酸(す)くして中(なか)に喫(くら)うに適(てき)せず」と。衆精(しゅうせい)都(みな)天(てん)に歓(よろこ)び地(ち)に喜(よろこ)び、三蔵(さんぞう)を邀(むか)え、背(せ)を控(ひか)え身(み)を躬(かが)めて主僧(しゅそう=主の僧)を接(むか)う。唐僧(とうそう)を把(と)って一(ひと)つの轎子(きょうす)にて金鑾殿(きんらんでん)に抬(か)き上(あ)げ、他(かれ)を請(しょう)じて中(なか)に坐(ざ)しめ、一壁廂(いっぽう)にて茶(ちゃ)を献(ささ)げ飯(めし)を献(ささ)げ、左右(さゆう)旋繞(せんにょう=めぐり)す。那(か)の長老(ちょうろう)昏昏沈沈(くらくら)として、眼(め)を挙(あ)ぐるに親(したしき)無(な)し。 畢竟(ひっきょう)性命(いのち)の何(いか)なるを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=語り)を聴(き)け。 第七十七回 群魔(ぐんま)本性(ほんしょう)を欺(あざむ)き 一体(いったい)真如(しんにょ)を拝(はい)す 且(しばら)く唐長老(とうちょうろう)の困苦(くんく=苦しみ)を言(い)わず、却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の三箇(みっつ)の魔頭(まとう)の心(こころ)を斉(ととの)え力(ちから)を竭(つく)し、大聖(たいせい)兄弟(きょうだい)三人(さんにん)と、城東(じょうとう)の半山(はんざん=山の中腹)の裡(うち)に在(あ)りて努(つと)めて争持(そうじ=睨み合い)す。此(こ)の一場(ひといくさ)、正(まさ)に是(こ)れ那(か)の「鉄刷帚(てっさつそう=鉄のたわし)の銅鍋(どうか)を刷(みが)く」にして、家家(おのおの)挺硬(ていこう=剛直)たり。好(よ)き殺(たたかい): 六般(ろくはん)の体相(たいそう=姿)に六般(ろくはん)の兵(へい)、 六様(ろくよう)の形骸(けいがい=からだ)に六様(ろくよう)の情(じょう=こころ)。 六悪(ろくあく)六根(ろっこん)は六欲(ろくよく)に縁(よ)り、 六門(ろくもん)六道(ろくどう)は輸贏(ゆえい=勝ち負け)を賭(か)く。 三十六宮(さんじゅうろっきゅう)春(はる)自在(じざい)、 六六(ろくろく)の形色(けいしょく)恨(うら)みて名(な)有(あ)り。 此(こ)の一箇(ひとつ)の金箍棒(きんこぼう)は、千般(せんばん=幾通りも)の解数(げすう=技)、 那(か)の一箇(ひとつ)の方天戟(ほうてんげき)は、百様(ひゃくよう)の崢嶸(そうこう=そびえ立つ)。 八戒(はっかい)の釘鈀(ていは)は凶(きょう=荒々しく)にして更(さら)に猛(たけ)く、 二怪(にかい)の長槍(ちょうそう)は俊(しゅん=すぐれて)又(また)能(よ)くす。 小沙僧(しょうさそう)の宝杖(ほうじょう)は凡(ただ)ならず、打(う)ち殺(ころ)さんの心(こころ)有(あ)り。 老魔頭(ろうまとう)の鋼刀(こうとう)は快利(かいり=鋭く)、手(て)を挙(あ)ぐるに情(なさけ)無(な)し。 此(こ)の三箇(みっつ)は是(こ)れ真僧(しんそう)を護衛(えいえい)する無敵(むてき)の将(しょう)、 那(か)の三箇(みっつ)は是(こ)れ法(ほう)を乱(みだ)し君(きみ)を欺(あざむ)く潑野精(はつやせい=荒くれの妖怪)。 起初(しょ)は猶(な)お可(よ)きも、向後(のち)は弥(いよいよ)凶(きょう)なり。 六枚(ろくまい)都(みな)升空(しょうくう=空に昇る)の法(ほう)を使(つか)い、 雲端(うんたん)の裡(うち)に各(おのおの)翻騰(ほんとう=飛び回る)。 一時間(ひととき)には霧(きり)を吐(は)き雲(くも)を噴(ふ)きて天地(てんち)暗(くら)く、 哮哮吼吼(こうこうくく=うなりほえる)として只(た)だ声(こえ)を聞(き)くのみ。 他(かれ)等(ら)六箇(ろくにん)闘(たたか)うこと多時(しばらく)、漸漸(だんだん)と天(てん)晩(く)る。却(しか)し又(また)是(こ)れ風霧(ふうむ=風と霧)漫漫(まんまん)として、霎時間(またたくま)に、就(すなわ)ち黒暗(こくあん=暗黒)とならんとす。原来(げんらい)八戒(はっかい)は耳(みみ)大(おお)きく、眼皮(がんぴ=まぶた)を蓋(おお)えば、愈(いよいよ)昏蒙(こんもう=くらみ)、手脚(しゅきゃく=手足)遅(おそ)く、又(また)遮架(しゃか=受け止め)すること住(とど)まらず、鈀(は)を拖(ひ)きて、陣(じん)に敗(やぶ)れて就(すなわ)ち走(に)ぐ。老魔(ろうま)に刀(かたな)を挙(あ)げて砍(き)られ、幾乎(あやう)く命(いのち)を傷(そこな)うところ、幸(さいわ)いに頭脳(とうのう=頭)を避(よ)けしも、口刀(こうとう=刀の刃)の幾(いく)筋(すじ)かの鬃毛(そうもう=たてがみ)を削(けず)り断(た)たれ、追(お)い上(つ)かれて口(くち)を張(ひら)き領頭(えりくび)を咬(か)まれ、拿(とら)えられて城中(じょうちゅう)に入(い)れられ、小妖(しょうよう)に抛(な)げ与(あた)えられ、金鑾殿(きんらんでん)に縛(しば)らる。老妖(ろうよう)又(また)雲(くも)に駕(が)して、半空(はんくう)の裡(うち)に起(た)ちて力(ちから)を助(たす)く。 沙和尚(さおしょう)事(こと)の諧(ととの)わざるを見(み)、宝杖(ほうじょう)を虚(くう)に幌(ゆ)り、本身(ほんしん=わが身)を顧(かえり)みて頭(こうべ)を回(めぐ)らし便(すなわ)ち走(に)ぐるに、二怪(にかい)に鼻子(はな)を捽(ふ)り開(ひら)かれ、一声(ひとこえ)響(ひび)きて、手(て)を連(つら)ねて捲(ま)き住(とど)められ、城(しろ)の裡(うち)に拿(とら)え至(いた)られ、也(また)小妖(しょうよう)に殿下(でんか=殿の下)に縛(しば)らるるを叫(よ)ばれ、却(しか)し又(また)空(くも)に騰(のぼ)り去(ゆ)きて行者(ぎょうじゃ)を拿(とら)うるを叫(よ)ばしむ。行者(ぎょうじゃ)両箇(ふたり)の兄弟(きょうだい)の擒(とりこ)に遭(あ)うを見(み)て、他(かれ)自家(おのれ)独力(どくりょく)にして撐(ささ)え難(がた)し。正(まさ)に是(こ)れ「好手(こうしゅ=手だれ)も双拳(そうけん=両の拳)に敵(てき)せず、双拳(そうけん)も四手(よんしゅ)に敵(てき)し難(がた)し」なり。他(かれ)一声(ひとこえ)喊(さけ)び、棍子(こんす=棒)を把(と)って三箇(みっつ)の妖魔(ようま)の兵器(へいき)を隔(へだ)て開(ひら)き、筋斗(きんと)を縦(はな)ちて雲(くも)に駕(が)して走(に)げ去(さ)る。 三怪(さんかい)行者(ぎょうじゃ)の筋斗(きんと)に駕(が)するを見(み)て、即(すなわ)ち身(み)を抖抖(ふる)い、本象(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、両翅(りょうし=両の翼)を扇(あお)ぎ開(ひら)き、大聖(たいせい)を追(お)い上(つ)く。汝(なんじ)道(い)わん、他(かれ)怎(いか)にして能(よ)く追(お)い上(つ)くるかと。当時(そのかみ)行者(ぎょうじゃ)の天宮(てんぐう)を闹(さわ)がしし如(ごと)きに、十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)も也(また)他(かれ)を拿(とら)え住(とど)むること能(あた)わざりしは、他(かれ)の筋斗雲(きんとうん)に駕(が)することを会(え)し、一(ひと)たび去(ゆ)けば十万八千里(じゅうまんはっせんり)の路(みち)有(あ)るを以(もっ)てなり、所以(ゆえ)に諸神(しょしん)も追(お)い上(つ)くること能(あた)わざりしなり。此(こ)の妖精(ようせい)は一(ひと)たび翅(つばさ)を搧(あお)げば就(すなわ)ち九万里(きゅうばんり)有(あ)り、両(ふた)たび搧(あお)げば就(すなわ)ち追(お)い過(す)ぐるゆえ、所以(ゆえ)に他(かれ)に一把(ひとつかみ)に撾(つか)まれ、手(て)の中(なか)に拿(とら)えられ、左右(さゆう)に掙挫(あが)くことを得(え)ず。走(に)げんと欲(ほっ)すれど、逃(のが)るること能(あた)わず。即(すなわ)ち変化(へんげ)の法(ほう)遁法(とんぽう=逃げる術)を使(つか)うも、又(また)往来(おうらい)に行(ゆ)き難(がた)し。大(おお)きく変(へん)ずれば、他(かれ)就(すなわ)ち放松(ゆる)めて撾(つか)み住(とど)め;小(ちいさ)く変(へん)ずれば、他(かれ)又(また)揝(つか)み緊(し)めて撾(つか)み住(とど)む。復(ま)た拿(とら)えて径(ただ)ちに城内(じょうない)に回(かえ)り、手(て)を放(はな)ち、埃(ちり)の上(うえ)に捽(おと)し下(おろ)し、群妖(ぐんよう)に吩咐(いいつ)け、也(また)八戒(はっかい)、沙僧(さそう)に照(なら)いて一処(ひとところ)に縛(しば)らしむ。那(か)の老魔(ろうま)、二魔(にま)倶(とも)に下(お)り来(きた)りて迎接(げいせつ=迎える)。三箇(みっつ)の魔頭(まとう)、同(とも)に宝殿(ほうでん)に上(のぼ)る。噫(ああ)!此(こ)の一番(ひとくさ)りは倒(かえ)って是(こ)れ行者(ぎょうじゃ)を縛(しば)り住(とど)めたるに非(あら)ず、分明(ぶんめい=はっきり)と是(こ)れ他(かれ)に送行(そうこう=見送り)するなり。 此(こ)の時(とき)二更(にこう=夜の十時)の時候(じこう)有(あ)り、衆怪(しゅうかい)一斉(いっせい)に相見(そうけん=顔を合わせ)し了(おわ)り、唐僧(とうそう)を把(と)って殿(でん)より推(お)し下(おろ)す。那(か)の長老(ちょうろう)灯光(とうこう=灯の光)の前(まえ)に、忽(たちま)ち三箇(みっつ)の徒弟(とてい)の都(みな)地(ち)の上(うえ)に縛(しば)らるるを見(み)、老師父(ろうしふ)行者(ぎょうじゃ)の身辺(みほとり)に伏(ふ)して、哭(な)いて道(い)う、 「徒弟(とてい)よ!常時(つね)は難(なん)に逢(あ)うに、汝(なんじ)却(かえ)って外(そと)に在(あ)りて神通(じんつう)を運用(うんよう)し、那(いず)れの処(ところ)にか去(ゆ)きて救(すくい)を取(と)り魔(ま)を降(くだ)しき。今番(こんばん)汝(なんじ)も亦(また)擒(とりこ)に遭(あ)えば、我(われ)が貧僧(ひんそう)怎(いか)にしてか命(いのち)を得(え)ん!」と。 八戒(はっかい)、沙僧(さそう)師父(しふ)の此(か)くの般(ごと)き苦楚(くそ=苦しみ)を聞(き)きて、便(すなわ)ち也(また)一斉(いっせい)に声(こえ)を放(はな)ちて痛哭(つうこく)す。行者(ぎょうじゃ)微微(びび=かすか)に笑(わら)って道(い)う、「師父(しふ)心(こころ)を放(はな)て、兄弟(きょうだい)哭(な)くなかれ!他(かれ)の怎(いか)なるに凭(まか)すも、決然(けつぜん)として傷(きず)無(な)からん。那(か)の老魔(ろうま)の安静(あんせい)するを等(ま)ち、我(われ)等(ら)路(みち)を走(ゆ)かん」と。 八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あにき)よ、又(また)来(きた)りて鬼(おに)を搗(つ)く!麻縄(あさなわ)に縛(しば)られ、些(いささ)か鬆(ゆる)むるにも還(ま)た水(みず)を噴(ふ)きかけらる。想(おも)うに汝(なんじ)が此(こ)の痩(やせ)たる人(ひと)は覚(おぼ)えざらんも、我(われ)が此(こ)の胖(ふと)れるは瘟(えやみ=疫病)に遭(あ)うなり!信(しん)ぜずんば、汝(なんじ)看(み)よ、両膊(りょうひじ=両の腕)の上(うえ)、肉(にく)に入(い)ること已(すで)に二寸(にすん)有(あ)り、如何(いか)にして身(み)を脱(のが)れんや」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「麻縄(あさなわ)の縛(しば)れるを説(い)う莫(な)かれ、就(すなわ)ち是(こ)れ碗(わん)の粗(あら)さの棕纜(そうらん=棕櫚の綱)も、只(た)だ也(また)秋風(しゅうふう)の耳(みみ)を過(す)ぐると当(な)すのみ、何(なん)の罕(めずら)しきに足(た)らんや!」と。 師徒(しと=師と弟子)たち正(まさ)に説(い)う処(ところ)、只(た)だ聞(き)く、那(か)の老魔(ろうま)の道(い)う、「三賢弟(さんけんてい)は力量(りきりょう)有(あ)り、智謀(ちぼう=知恵)有(あ)り、果(はた)して妙計(みょうけい)を成(な)し、唐僧(とうそう)を拿(とら)え将(も)ち来(きた)れり!」と。叫(よ)んで曰(いわ)く、 「小(ちいさ)き者(もの)たち、五箇(ごにん)をして水(みず)を打(く)ましめ、七箇(しちにん)をして鍋(なべ)を刷(あら)わしめ、十箇(じゅうにん)をして火(ひ)を焼(た)かしめ、二十箇(にじゅうにん)をして鉄籠(てつろう=鉄の蒸し器)を抬(か)き出(いだ)さしめ、那(か)の四箇(よにん)の和尚(おしょう)を把(と)って蒸(ふか)し熟(に)し、我(われ)兄弟(きょうだい)ら受用(じゅよう=味わい)し、各(おのおの)一塊児(ひとかけら)を小(ちいさ)き者(もの)たちに散(わか)ちて喫(くら)わしめ、也(また)他(かれ)らをして箇箇(おのおの)長生(ちょうせい)ならしめん」と。 八戒(はっかい)聞(き)きて、戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として道(い)う、「哥哥(あにき)、汝(なんじ)聴(き)け、那(か)の妖精(ようせい)計較(けいこう=相談)して我(われ)等(ら)を蒸(ふか)して喫(くら)わんとす!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「怕(おそ)るることなかれ、我(われ)の他(かれ)の是(こ)れ雛児(すうじ=雛)の妖精(ようせい)なるか、是(こ)れ把勢(はせい=手だれ)の妖精(ようせい)なるかを看(み)んを等(ま)て」と。沙和尚(さおしょう)哭(な)いて道(い)う、「哥(あにき)よ!且(しばら)く寛(くつろ)ぐ話(はなし)を説(い)うなかれ、如今(いま)已(すで)に閻王(えんおう)と隔壁(かくへき=隣)なり。且(しばら)く甚(なん)の雛児(すうじ)把勢(はせい)を講(い)わん!」と。 説(い)い了(おわ)らざるに、又(また)二怪(にかい)の説(い)うを聴(き)き得(え)たり、「猪八戒(ちょはっかい)は蒸(ふか)すに好(よ)からず」と。八戒(はっかい)歓喜(かんき)して道(い)う、「阿弥陀仏(あみだぶつ)、是(こ)れ那(た)れか陰騭(いんしつ=陰徳)を積(つ)める者(もの)の、我(われ)の蒸(ふか)すに好(よ)からずと説(い)う」と。三怪(さんかい)道(い)う、「蒸(ふか)すに好(よ)からずんば、皮(かわ)を剥(は)いで蒸(ふか)さん」と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて、厲声(れいせい)に喊(さけ)んで道(い)う、「皮(かわ)を剥(は)ぐな!粗(あら)きは粗(あら)き自(みずか)ら、湯(ゆ)の響(ひび)けば就(すなわ)ち爛(くず)れん!」と。老怪(ろうかい)道(い)う、「蒸(ふか)すに好(よ)からざるは、底(そこ)の下一格(いっかく=一段)に安(お)け」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「八戒(はっかい)怕(おそ)るるなかれ、是(こ)れ雛児(すうじ)にして、把勢(はせい)に非(あら)ず」と。沙僧(さそう)道(い)う、「怎(いか)にして認(みと)め得(う)る」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「大凡(およそ)物(もの)を蒸(ふか)すには、都(みな)上辺(うえ)より起(おこ)る。蒸(ふか)すに好(よ)からざるを上頭(うえ)の一格(いっかく)に安(お)き、多(おお)くに火(ひ)を焼(た)き足(た)し、気(き)を円(めぐ)らせば、就(すなわ)ち好(よ)くならん;若(も)し底(そこ)に安(お)かば、一(ひと)たび気(き)の住(とど)まれば、半年(はんとし)焼(や)くも也(また)是(こ)れ気(き)の上(のぼ)ることを得(え)ざるなり。他(かれ)八戒(はっかい)の蒸(ふか)すに好(よ)からずと説(い)いて底(そこ)に安(お)くは、雛児(すうじ)に非(あら)ずして是(こ)れ甚(なん)ぞや!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あにき)よ、汝(なんじ)が説(い)うに依(よ)れば、就(すなわ)ち活活(いきながら)に人(ひと)を弄(もてあそ)び殺(ころ)すなり!他(かれ)打緊(肝心)に気(き)の上(のぼ)らざるを見(み)て、抬(か)き開(ひら)き、我(われ)を把(と)って翻(ひるがえ)し転(ころ)がし、再(ふたた)び火(ひ)を起(おこ)して焼(や)かば、我(われ)をして両辺(りょうべん)倶(とも)に熟(に)え、中(なか)の夹生(きょうせい=生煮え)ならざらしめんず」と。 正(まさ)に講(はな)す時(とき)、又(また)小妖(しょうよう)の来(きた)りて報(しら)するを見(み)る、「湯(ゆ)滚(わ)きたり」と。老怪(ろうかい)令(れい)を伝(つた)えて抬(か)かしむ。衆妖(しゅうよう)一斉(いっせい)に手(て)を上(あ)げ、八戒(はっかい)を将(も)って底(そこ)の下一格(いっかく)に抬(か)き、沙僧(さそう)を二格(にかく)に抬(か)く。行者(ぎょうじゃ)他(かれ)を抬(か)き来(きた)らんと估(おしはか)るを見(み)て、他(かれ)就(すなわ)ち身(み)を脱(のが)れて道(い)う、「此(こ)の灯光(とうこう)の前(まえ)は手脚(しゅきゃく=細工)を作(な)すに好(よ)し!」と。一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、口(くち)に仙気(せんき)を吹(ふ)き、一声(ひとこえ)「変(へん)!」と叫(よ)べば、即(すなわ)ち一箇(ひとり)の行者(ぎょうじゃ)に変(へん)じ、麻縄(あさなわ)に縛(しば)られ、真身(しんしん)を将(も)って神(しん)を出(いだ)し、半空(はんくう)の裡(うち)に跳(と)び上(あ)がり、頭(こうべ)を低(た)れて看(み)る。那(か)の群妖(ぐんよう)那(いずく)んぞ真假(しんか)を知(し)らんや、人(ひと)を見(み)て就(すなわ)ち抬(か)き、箇(ひとつ)の「假行者(かぎょうじゃ)」を把(と)って上(うえ)の三格(さんかく)に抬(か)き、才(はじ)めて唐僧(とうそう)を将(も)って揪(つか)み翻(ひるがえ)し倒(たお)して縛(しば)り住(とど)め、第四格(だいよんかく)に抬(か)き上(あ)ぐ。乾柴(かんさい=乾いた薪)架(か)き起(おこ)され、烈火(れっか)気焰(きえん)騰騰(とうとう)たり。 大聖(たいせい)雲端(うんたん)の裡(うち)に在(あ)りて嗟嘆(さたん=嘆息)して道(い)う、「我(われ)が那(か)の八戒(はっかい)沙僧(さそう)は、還(ま)た両滚(ふたたび)を捱(こら)うるを得(え)んも、我(われ)が那(か)の師父(しふ)は、只(た)だ一滚(ひとたび)を消(よう)じて就(すなわ)ち爛(くず)れん。若(も)し法(ほう)を用(もち)いて他(かれ)を救(すく)わずんば、頃刻(しばらく)にして喪(うしなわ)れん!」と。 好(よ)きかな行者(ぎょうじゃ)、空(くも)の中(なか)に在(あ)りて訣(けつ=印)を捻(ねん)じ、「唵藍浄法界(おんらんじょうほっかい)、乾元亨利貞(けんげんこうりてい)」の咒語(じゅご=真言)を一声(ひとこえ)念(ねん)じ、拘(まね)き喚(よ)んで北海龍王(ほっかいりゅうおう)をして早(はや)く至(いた)らしむ。只(た)だ見(み)る、那(か)の雲端(うんたん)の裡(うち)に一朶(ひとひら)の烏雲(ううん=黒雲)有(あ)り、声(こえ)に応(こた)えて高(たか)く叫(よ)んで道(い)う、「北海(ほっかい)の小龍(しょうりゅう)敖順(ごうじゅん)、頭(こうべ)を叩(たた)く」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「起(た)て!起(た)て!事(こと)無(な)きに敢(あ)えて相煩(わずら)わさず。今(いま)唐師父(とうしふ)と与(とも)に此(ここ)に到(いた)り、毒魔(どくま)に拿(とら)え住(とど)められ、鉄籠(てつろう)に上(のぼ)せられて蒸(ふか)さるるなり。汝(なんじ)去(ゆ)きて我(われ)に与(とも)に護持(ごじ=守り)せよ、蒸(ふか)し壊(こわ)さるるを教(おし)うること莫(な)かれ」と。 龍王(りゅうおう)随(したが)って即(すなわ)ち身(み)を将(も)って一陣(ひとむれ)の冷風(れいふう)に変(へん)じ、鍋(なべ)の下(した)に吹(ふ)き入(い)り、盤旋(めぐ)りて囲(かこ)み護(まも)り、更(さら)に火気(かき)の鍋(なべ)を焼(や)くこと無(な)し。他(かれ)三人(さんにん)方(はじ)めて命(いのち)を損(そこな)わず。 三更(さんこう)の盡(つ)きんとする時(とき)に将(まさ)に至(いた)らんとして、只(た)だ聞(き)く、老魔(ろうま)の發放(ほうほう=申し渡す)して道(い)う、「手下(しゅか)の者(もの)よ、我(われ)等(ら)計(けい)を用(もち)いて形(かたち)を労(つか)れ、唐僧(とうそう)四衆(ししゅう)を拿(とら)え、又(また)相送(おくる)の辛苦(しんく)に因(よ)り、四昼夜(よんちゅうや)曾(かつ)て睡(ねむ)ることを得(え)ず。今(いま)已(すで)に籠(ろう)の裡(うち)に縛(しば)りて、料(はか)るに應(まさ)に脱(のが)れ難(がた)かるべし。汝(なんじ)等(ら)心(こころ)を用(もち)いて看守(かんしゅ)し、十箇(じゅうにん)の小妖(しょうよう)をして輪(りん)じて火(ひ)を焼(た)かしめ、我(われ)等(ら)をして宮(きゅう)に退(しりぞ)き、略略(しばらく)安寝(あんしん=やすむ)せしめよ。五更(ごこう=明け方)の天色(てんしょく)将(まさ)に明(あき)らかならんとするに到(いた)らば、必(かなら)ず爛(くず)れん、蒜泥(にんにくつぶし)塩醋(しおず)を安排(あんばい=用意)し下(おろ)し、我(われ)等(ら)を請(しょう)じて起(お)きしめ、空心(くうしん=空腹)に受用(じゅよう=味わ)せんことを」と。 衆妖(しゅうよう)各各(おのおの)命(めい)を遵(したが)い、三箇(みっつ)の魔頭(まとう)却(しか)し各(おのおの)寝宮(しんきゅう)に転(かえ)りて去(さ)る。行者(ぎょうじゃ)雲端(うんたん)の裡(うち)に在(あ)りて、明明(はっきり)と此(か)くの等(ごと)き吩咐(いいつけ)を聴(き)き得(え)たるに、却(しか)し雲頭(うんとう)を低(ひく)くし下(おろ)せば、籠(ろう)の裡(うち)の人声(ひとごえ)を聴(き)き得(え)ず。他(かれ)想(おも)う、「火気(かき)上(のぼ)り騰(のぼ)れば、必(かなら)ず也(また)熱(あつ)からんに、他(かれ)ら怎(いか)にして怕(おそ)れず、又(また)言語(ことば)無(な)きや。哼噴(ふむ)!敢(あ)えては是(こ)れ蒸(ふか)し死(ころ)したるか。我(われ)の近(ちか)づき前(すす)みて再(ふたた)び聴(き)かんを等(ま)て」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、雲(くも)を踏(ふ)み、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、一箇(ひとつ)の黒(くろ)き蒼蠅児(はえ)に変(へん)じ、鉄籠(てつろう)の格(こう=仕切り)の外(そと)に釘(とど)まりて聴(き)く時(とき)、只(た)だ聞(き)く、八戒(はっかい)の裡(うち)に在(あ)りて道(い)う、「晦気(わざわい)なるかな、晦気(わざわい)なるかな!是(こ)れ悶気蒸(もんきじょう=蒸気を閉じ込める蒸し)なるを知(し)らず、又(また)是(こ)れ出気蒸(しゅっきじょう=蒸気を出す蒸し)なるを知(し)らず」と。沙僧(さそう)道(い)う、「二哥(にこう=次兄)、怎(いか)なるを悶気(もんき)、出気(しゅっき)と叫做(なづ)くる」と。八戒(はっかい)道(い)う、「悶気蒸(もんきじょう)は是(こ)れ籠頭(ろうとう=蒸し器の蓋)を蓋(おお)えるなり、出気蒸(しゅっきじょう)は蓋(おお)わず」と。三蔵(さんぞう)浮(う)き上(あ)がりたる一層(いっそう)より声(こえ)に応(こた)えて道(い)う、「徒弟(とてい)、曾(かつ)て蓋(おお)わず」と。八戒(はっかい)道(い)う、「造化(こううん=幸運)!今夜(こんや)は還(ま)た死(し)するを得(え)ず!是(こ)れ出気蒸(しゅっきじょう)なり!」と。 行者(ぎょうじゃ)他(かれ)三人(さんにん)の都(みな)話(ことば)を説(い)い、曾(かつ)て命(いのち)を傷(そこな)わざるを聴(き)き得(え)て、便(すなわ)ち就(すなわ)ち飛(と)び去(さ)り、箇(ひとつ)の鉄籠(てつろう)の蓋(ふた)を把(と)って、軽軽児(そっと)と蓋(おお)い上(あ)ぐ。三蔵(さんぞう)慌(あわ)てて道(い)う、「徒弟(とてい)!盖(おお)い上(あ)げられたり!」と。八戒(はっかい)道(い)う、「罷(や)めよ!是(こ)れ是(こ)れ悶気蒸(もんきじょう)、今夜(こんや)必(かなら)ず是(こ)れ死(し)せん!」と。沙僧(さそう)と長老(ちょうろう)嚶嚶(おいおい)として啼哭(ていこく=泣く)。八戒(はっかい)道(い)う、 「且(しばら)く哭(な)くなかれ、此(こ)の一会(ひとしきり)に焼火(しょうか=火を焚く)の班(ばん=交代)を換(か)えたり」と。沙僧(さそう)道(い)う、「汝(なんじ)怎(いか)にして知(し)る」と。 八戒(はっかい)道(い)う、「早先(さきほど)抬(か)き上(あ)げられ来(きた)りし時(とき)、正(まさ)に我(われ)が意(こころ)に合(かな)えり。我(われ)些(いささ)か寒湿(かんしつ=冷え)の気(き)の病(やまい)有(あ)りて、他(かれ)に騰騰(とうとう=むんむん)とせられんことを要(い)りしに、此(こ)の会(とき)に到(いた)りて反(かえ)って冷気(れいき)上(のぼ)り来(きた)れり。咦(おや)!焼火(しょうか)の長官(ちょうかん)、些(いささ)か柴(たきぎ)を添(そ)うるも便(すなわ)ち怎(どう)か、汝(なんじ)のを要(と)りたるか!」と。 行者(ぎょうじゃ)聞(き)きて、忍(しの)ぶこと能(あた)わず暗(ひそか)に笑(わら)って道(い)う、「此(こ)の箇(ひとつ)の夯貨(ぼんや)!冷(つめ)たきは還(ま)た捱(こら)うるに好(よ)く、若(も)し熱(あつ)ければ就(すなわ)ち命(いのち)を傷(そこな)わんとす。再(ふたた)び両遭(ふたいい)いえば、一定(きっと)風(ふう=情報)を走(はし)らせ了(おわ)らん、早(はや)くに他(かれ)を救(すく)わん」と。 且(しばら)く住(とど)まれ!他(かれ)を救(すく)わんと要(ほっ)すれば須(すべから)く是(こ)れ本相(ほんぞう)を現(あらわ)すべし。假如(も)し現(あらわ)さば、此(こ)の十箇(じゅうにん)の焼火(しょうか)の見(み)て、一斉(いっせい)に乱(みだ)りに喊(さけ)び、老怪(ろうかい)を驚(おどろ)かし動(うご)かさば、却(かえ)って又(また)事(こと)を費(ついや)さずや。我(われ)の先(ま)ず他(かれ)に箇(ひとつ)の法児(ほうじ=術)を送(おく)らんを等(ま)て」と。 忽(たちま)ち想起(おもいおこ)す、「我(われ)当初(そのかみ)大聖(たいせい)と作(な)りし時(とき)、曾(かつ)て北天門(ほくてんもん)に在(あ)りて護國天王(ごこくてんのう)と猜枚(さいばい=当てっこ)して耍子(あそ)び、他(かれ)が瞌睡虫児(かっすいちゅうじ=眠り虫)を贏(か)ち得(え)たるに、還(ま)た幾箇(いくつ)か有(あ)り、他(かれ)に送(おく)りて罷(や)めん」と。即(すなわ)ち腰間(ようかん)の順帯(じゅんたい=帯の内)に往(ゆ)きて摸(さぐ)り摸(さぐ)りせば、還(ま)た十二(じゅうに)有(あ)り。「十箇(じゅっこ)を送(おく)り、還(ま)た二箇(にこ)を留(とど)めて種(たね)と作(な)さん」と。即(すなわ)ち虫児(むし)を将(も)って抛(な)げ去(ゆ)き、十箇(じゅうにん)の小妖(しょうよう)の臉(かお)の上(うえ)に散(ちら)し、鼻孔(びこう)に鑽(もぐ)り入(い)り、漸漸(だんだん)と打盹(いねむ)りして、都(みな)睡(ねむ)り倒(たお)る。只(た)だ一箇(ひとり)の火叉(ひさし)を拿(と)れる者(もの)有(あ)り、睡(ねむ)り穏(おだ)やかならず、頭(こうべ)を揉(も)み臉(かお)を搓(こす)り、鼻子(はな)を左(ひだり)に捏(つま)み右(みぎ)に捏(つま)みし、住(とど)まらずに噴嚏(くしゃみ)を打(う)つ。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の厮(やつ)勾当(こうとう=たくらみ)を暁(さと)れり、我(われ)再(ま)た他(かれ)に箇(ひとつ)の双掭灯(そうてんとう=両側の灯心)を与(あた)えん」と。又(また)一箇(ひとつ)の虫児(むし)を将(も)って他(かれ)が臉(かお)の上(うえ)に抛(な)ぐ。「二箇(ふたつ)の虫児(むし)は、左(ひだり)より入(い)り右(みぎ)より出(い)で、右(みぎ)より出(い)で左(ひだり)より入(い)る、諒(おもんばか)るに一箇(ひとつ)は安(やす)んじ住(とど)まらん」と。那(か)の小妖(しょうよう)両三箇(にさん)の大(おお)きなる呵欠(あくび)して、腰(こし)を把(と)って一伸(ひと)ばし伸(の)ばし、火叉(ひさし)を抛(な)げ、也(また)撲(ぱた)と睡(ねむ)り倒(たお)れ、再(ふたた)び身(み)を翻(ひるがえ)さず。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(こ)の法児(ほうじ)は真(まこと)に是(こ)れ妙(みょう)にして且(か)つ霊(たま)なり!」と。 即(すなわ)ち原身(げんしん)を現(あらわ)し、近(ちか)づき前(すす)みて一声(ひとこえ)「師父(しふ)」と叫(よ)ぶ。唐僧(とうそう)聞(き)きて道(い)う、「悟空(ごくう)、我(われ)を救(すく)え!」と。沙僧(さそう)道(い)う、「哥哥(あにき)、汝(なんじ)外(そと)に在(あ)りて叫(よ)ぶか」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)外(そと)に在(あ)らず、好(よ)くも汝(なんじ)等(ら)と裡(うち)に在(あ)りて罪(つみ)を受(う)けんや」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あにき)よ、溜撒(すばしこ)きは溜(に)げ去(さ)り、我(われ)等(ら)は都(みな)是(こ)れ頂缸(みがわり=身代わり)にして、此(ここ)に在(あ)りて悶気(もんき=蒸気)を受(う)くるなり!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「呆子(あほう)嚷(わめ)くなかれ、我(われ)来(きた)りて汝(なんじ)を救(すく)わん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥(あにき)よ、救(すく)わんとせば便(すなわ)ち根(ね)より脱(のが)るる救(すくい)を要(い)る、又(また)蒸籠(せいろ)に復(もど)さるるを要(い)らず」と。 行者(ぎょうじゃ)却(しか)し籠頭(ろうとう)を掲(あ)け開(ひら)き、師父(しふ)を解(と)き、将(も)って假(にせ)に変(へん)じたる毫毛(ごうもう)を、一抖(ひとふる)い抖(ふる)い、収(おさ)めて身(み)に上(のぼ)せ、又(また)一層(いっそう)ずつ沙僧(さそう)を放(はな)ち、八戒(はっかい)を放(はな)つ。那(か)の呆子(あほう)才(はじ)めて解(と)かれて、巴(あたふた)として就(すなわ)ち跑(はし)らんとす。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「忙(いそ)ぐなかれ!忙(いそ)ぐなかれ!」と。却又(また)一声(ひとこえ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、龍神(りゅうじん)を發放(ほうほう=帰らせ)して了(おわ)り、才(はじ)めて八戒(はっかい)に対(たい)して道(い)う、「我(われ)等(ら)此(ここ)より西天(さいてん)に去(ゆ)くに、還(ま)た高山(こうざん)峻嶺(しゅんれい=険しい峰)有(あ)り、師父(しふ)に脚力(きゃくりき=足)無(な)くんば行(ゆ)き難(がた)し。我(われ)の還(ま)た馬(うま)を将(も)ち来(きた)らんを等(ま)て!」と。 汝(なんじ)看(み)よ、他(かれ)手(て)を軽(かる)くし脚(あし)を軽(かる)くして、金鑾殿(きんらんでん)の下(した)に走(はし)り到(いた)り、那(か)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)の倶(とも)に睡(ねむ)り熟(う)れたるを見(み)て、却(しか)し韁繩(きょうじょう=手綱)を解(と)き、更(さら)に驚(おどろ)かし動(うご)かさず。那(か)の馬(うま)は原(もと)是(こ)れ龍馬(りゅうば)にして、若(も)し生人(なれぬひと)なれば両脚(りょうきゃく)を飛(と)ばして踢(け)り、便(すなわ)ち幾声(いくこえ)か嘶(いなな)かんに、行者(ぎょうじゃ)曾(かつ)て馬(うま)を養(やしな)い、弼馬温(ひつばおん)の官(かん)を授(さず)かり、又(また)是(こ)れ自家(おのれ)の一味(いちみ=仲間)なれば、所以(ゆえ)に跳(と)ばず叫(な)かず。悄悄(しのびやか)に牽(ひ)き来(きた)り、肚帯(たい=腹帯)を束(つか)ね緊(し)め、鞍(くら)を扣(か)え備(そな)え停当(ととの)え、師父(しふ)に請(しょう)じて馬(うま)に上(のぼ)らしむ。長老(ちょうろう)戦戦兢兢(おののき)として騎(の)り上(あ)がり、也(また)就(すなわ)ち走(に)げんとす。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「也(また)且(しばら)く忙(いそ)ぐなかれ。我(われ)等(ら)西(にし)へ去(ゆ)くに還(ま)た国王(こくおう)有(あ)り、須(すべから)く關文(かんぶん=通行の証)を要(い)り、方(はじ)めて去(ゆ)くことを得(え)ん。然(しか)らずんば、甚(なん)を将(も)ってか執照(しっしょう=証拠)とせん。我(われ)の還(ま)た去(ゆ)きて行李(こうり)を尋(たず)ね来(きた)らんを等(ま)て」と。唐僧(とうそう)道(い)う、「我(われ)記(おぼ)う、門(もん)に入(い)りし時(とき)、衆怪(しゅうかい)行李(こうり)を将(も)って金殿(きんでん)の左手下(ひだりて)に放(お)き、担児(たんじ=荷担ぎ)も也(また)那(あ)の一辺(かたわら)に在(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「我(われ)暁(さと)れり」と。 即(すなわ)ち身(み)を抽(ぬ)いて宝殿(ほうでん)に跳(と)び上(あ)がり尋(たず)ぬる時(とき)、忽(たちま)ち光彩(こうさい=光り)の飄颻(ひょうよう=ゆらめく)を見(み)る。行者(ぎょうじゃ)是(こ)れ行李(こうり)なるを知(し)る、怎(いか)にして就(すなわ)ち知(し)るか。唐僧(とうそう)の錦襴袈裟(きんらんけさ)の上(うえ)に夜明珠(やめいしゅ=夜光の珠)有(あ)るを以(もっ)てなり、故此(ゆえ)に光(ひかり)を放(はな)つ。急(いそ)ぎ前(まえ)に到(いた)り、担児(たんじ)の原封(げんぷう)未(いま)だ動(うご)かざるを見(み)、連忙(すぐさま)拿(と)り下(おろ)し去(ゆ)き、沙僧(さそう)に付(あた)えて挑(かつ)がしむ。八戒(はっかい)馬(うま)を牽(ひ)き、他(かれ)路(みち)を引(ひ)き、径(ただ)ちに正陽門(せいようもん)に奔(はし)る。只(た)だ梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)の乱(みだ)りに響(ひび)くを聞(き)くのみ、門(もん)の上(うえ)に鎖(じょう)有(あ)り、鎖(じょう)の上(うえ)には封皮(ふうひ=封印の紙)を貼(は)れり。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「此(か)くの等(ごと)き防守(ぼうしゅ=見張り)、如何(いか)にして去(ゆ)くことを得(え)ん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「後門(うらもん)の裡(うち)より去(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)路(みち)を引(ひ)きて径(ただ)ちに後門(うらもん)に奔(はし)る。 「後宰門(こうさいもん)の外(そと)にも、也(また)梆鈴(ほうれい)の声(こえ)有(あ)り、門(もん)の上(うえ)にも也(また)封鎖(ふうさ)有(あ)り、却(かえ)って怎(いか)にしてか是(こ)れ好(よ)からん。我(われ)が此(こ)の一番(ひとくさ)り、若(も)し唐僧(とうそう)の是(こ)れ凡体(ぼんたい=凡夫の身)なるを為(な)さずんば、我(われ)三人(さんにん)は怎(いか)なるにも管(かま)わず、也(また)雲(くも)に駕(が)し風(かぜ)を弄(ろう)して走(に)げ去(さ)らん。只(た)だ唐僧(とうそう)の未(いま)だ三界(さんがい)の外(ほか)を超(こ)えず、現(げん)に五行(ごぎょう)の中(なか)に在(あ)り、一身(いっしん)都(みな)是(こ)れ父母(ふぼ)の濁骨(だくこつ=穢れた骨)なるを為(な)すのみ、所以(ゆえ)に升駕(しょうが=天に昇る)することを得(え)ず、逃(のが)るること難(かた)し」と。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あにき)、商量(そうりょう=相談)を消(よう)せず、我(われ)等(ら)那(か)の梆鈴(ほうれい)無(な)く防衛(ぼうえい)せざる処(ところ)に到(いた)り、師父(しふ)を撮(かつ)ぎて牆(かき=塀)を爬(のぼ)り過(よ)ぎ去(ゆ)かん」と。 行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「是(こ)れ好(よ)からず。此(こ)の時(とき)無奈(よんどころ)なく、他(かれ)を撮(かつ)ぎて過(よ)ぎ去(ゆ)かんに、経(きょう)を取(と)りて回(かえ)り来(きた)るに到(いた)らば、汝(なんじ)が此(こ)の呆子(あほう)口(くち)軽(かる)く、至(いた)る処(ところ)に延(ひろ)がりて就(すなわ)ち人(ひと)に対(たい)して『我(われ)等(ら)は是(こ)れ牆頭(かきがしら=塀の上)を爬(のぼ)る和尚(おしょう)なり』と説(い)わん」と。八戒(はっかい)道(い)う、「此(こ)の時(とき)也(また)行檢(こうけん=行い)を顧(かえり)みるに暇(いとま)有(あ)らず、且(しばら)く命(いのち)を逃(のが)れて去(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)也(また)没奈何(よんどころ)なく、只(た)だ他(かれ)に依(よ)りて、那(か)の淨牆(じょうしょう=きれいな塀)の辺(ほとり)に到(いた)り、爬(のぼ)り出(い)づるを算計(さんけい=工夫)す。 噫(ああ)!此(か)くの般(ごと)き事(こと)有(あ)るかな!也(また)是(こ)れ三蔵(さんぞう)の災星(さいせい=災いの星)未(いま)だ脱(のが)れざるなり。那(か)の三箇(みっつ)の魔頭(まとう)、宮(きゅう)の中(なか)に在(あ)りて正(まさ)に睡(ねむ)れるに、忽然(たちまち)驚覺(きょうかく=はっと目覚む)。唐僧(とうそう)の走(に)げたりと説(い)いて、一箇一箇(おのおの)衣(きぬ)を披(はお)りて忙(いそ)ぎ起(お)き、急(いそ)ぎ宝殿(ほうでん)に登(のぼ)り、問(と)うて曰(いわ)く、「唐僧(とうそう)は幾滚(いくたび)蒸(ふか)したる」と。那(か)の焼火(しょうか=火を焚く)の小妖(しょうよう)は已(すで)に睡魔虫(すいまちゅう=眠り虫)有(あ)りて、都(みな)睡(ねむ)り了(おわ)り、就(すなわ)ち打(う)つも也(また)一箇(ひとり)を打(う)ち醒(さ)ますことを得(え)じと想(おも)う。其(そ)の余(よ)の執事(しっじ=係)無(な)き者(もの)、幾箇(いくにん)か驚(おどろ)き醒(さ)め、冒冒失失(あわてふためき)として答(こた)えて道(い)う、「七(しち)……七(しち)……七(しち)……七滚(しちたび)!」と。急(いそ)ぎ鍋(なべ)の辺(ほとり)に跑(はし)り近(ちか)づき、只(た)だ籠格子(ろうかくし=蒸し器の枠)の乱(みだ)りに地(ち)の上(うえ)に抛(な)げ散(ち)らされ、焼火(しょうか)の還(ま)た都(みな)睡(ねむ)れるを見(み)、慌(あわ)てて又(また)来(きた)りて報(しら)せて曰(いわ)く、 「大王(だいおう)、走(に)げ……走(に)げ……走(に)げ……走(に)げたり!」と。 三箇(みっつ)の魔頭(まとう)都(みな)殿(でん)を下(お)り、鍋(なべ)の前(まえ)に近(ちか)づきて仔細(つまびらか)に看(み)る時(とき)、果(はた)して那(か)の籠格子(ろうかくし)の乱(みだ)りに地(ち)の上(うえ)に抛(な)げ散(ち)らされ、湯鍋(ゆなべ)尽(ことごと)く冷(さ)め、火脚(かきゃく=火の元)倶(とも)に無(な)く、那(か)の焼火(しょうか)の倶(とも)に呼呼(ここ=ぐうぐう)と鼾睡(ねむ)ること泥(どろ)の如(ごと)きを見(み)る。慌(あわ)てて衆怪(しゅうかい)一斉(いっせい)に吶喊(とっさ)し、都(みな)叫(よ)んで曰(いわ)く、「快(はや)く唐僧(とうそう)を拿(とら)えよ!快(はや)く唐僧(とうそう)を拿(とら)えよ!」と。此(こ)の一片(ひとひら)の喊声(かんせい)振(ふる)い起(おこ)り、些(いささか)の前前後後(ぜんぜんごご)、大大小小(だいだいしょうしょう)の妖精(ようせい)を把(と)って、都(みな)驚(おどろ)き起(おこ)さしむ。刀槍(とうそう)を取(と)り巻(ま)きて、正陽門(せいようもん)の下(した)に至(いた)り、那(か)の封鎖(ふうさ)の動(うご)かず、梆鈴(ほうれい)の絶(た)えざるを見(み)、外辺(そと)の巡夜(じゅんや=夜回り)の者(もの)に問(と)うて道(い)う、「唐僧(とうそう)は那(いず)れより走(に)げ去(さ)りたる」と。倶(とも)に道(い)う、「曾(かつ)て人(ひと)の走出(にげい)でたるは有(あ)らず」と。急(いそ)ぎ後宰門(こうさいもん)に赶(お)い至(いた)れば、封鎖(ふうさ)梆鈴(ほうれい)、一(ひと)つに前門(ぜんもん)の如(ごと)し。復(ま)た乱(みだ)りに搶搶(あわただしく)として、灯籠(とうろう)火把(かば=松明)、天(てん)を焙(あぶ)りて通(とお)し紅(あか)く、就(すなわ)ち白日(はくじつ)の如(ごと)し。却(しか)し明明(はっきり)と他(かれ)が四衆(ししゅう)の牆(かき)を爬(のぼ)るを照(て)らし出(いだ)す! 老魔(ろうま)赶(お)い近(ちか)づき、一声(ひとこえ)喝(かつ)して曰(いわ)く、「那(いず)れへ走(に)ぐるか!」と。那(か)の長老(ちょうろう)唬(おどろ)かされて脚(あし)軟(よわ)く筋(すじ)麻(しび)れ、牆(かき)より跌(たお)れ下(お)り、老魔(ろうま)に拿(とら)え住(とど)めらる。二魔(にま)沙僧(さそう)を捉(とら)え、三魔(さんま)八戒(はっかい)を擒(とりこ)に倒(たお)し、衆妖(しゅうよう)行李(こうり)白馬(はくば)を搶(うば)い、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)の走(に)げ去(さ)りしのみ。那(か)の八戒(はっかい)口(くち)の裡(うち)に哝哝(ぶつぶつ)として行者(ぎょうじゃ)を報怨(うら)みて道(い)う、「天(てん)の殺(ころ)すべき!我(われ)救(すく)わんとせば便(すなわ)ち根(ね)より脱(のが)るる救(すくい)を要(い)ると説(い)いしに、如今(いま)却(かえ)って又(また)蒸籠(せいろ)に復(もど)されたり!」と。 衆魔(しゅうま)唐僧(とうそう)を把(と)って擒(とら)えて殿(でん)の上(うえ)に至(いた)らしむるも、却(しか)し蒸(ふか)さず。二怪(にかい)吩咐(いいつ)けて八戒(はっかい)を殿前(でんぜん)の檐柱(のきばしら)に绑(しば)り付(つ)け、三怪(さんかい)吩咐(いいつ)けて沙僧(さそう)を殿後(でんご)の檐柱(のきばしら)に绑(しば)り付(つ)く。惟(ただ)老魔(ろうま)のみ唐僧(とうそう)を抱(いだ)き住(とど)めて放(はな)たず。三怪(さんかい)道(い)う、 「大哥(たいか)よ、汝(なんじ)他(かれ)を抱(いだ)き住(とど)めて怎(どう)するか。終(つい)に然(しか)らずんば就(すなわ)ち活(いき)のまま喫(くら)わんとするか、却(かえ)って也(また)些(いささか)の趣味(しゅみ)も無(な)からん。此(こ)の物(もの)は那(か)の愚夫俗子(ぐふぞくし=凡庸な者)の、拿(とら)えて飯(めし)に当(あ)つべきと比(くら)ぶべからず。是(こ)れ是(こ)れ上邦(じょうほう=大国)の稀奇(きき=珍奇)の物(もの)なり。必(かなら)ず天陰(てんいん=曇り)閑暇(かんか=暇)の時(とき)を待(ま)ち、他(かれ)を拿(と)り出(いだ)し、整(ととの)え制(つく)りて精潔(せいけつ=清らか)にし、猜枚(さいばい=当てっこ)行令(ぎょうれい=酒令)し、細(こま)かに吹(ふ)き細(こま)かに打(う)ちて喫(くら)うてこそ可(よ)きなり」と。 老魔(ろうま)笑(わら)って道(い)う、「賢弟(けんてい)の言(げん)は当(まさ)なれど、但(ただ)孫行者(そんぎょうじゃ)又(また)来(きた)りて偷(ぬす)まんとす」と。三魔(さんま)道(い)う、 「我(われ)が此(こ)の皇宮(こうきゅう)の裡(うち)に一座(ひとつ)の錦香亭子(きんこうていじ=錦の香りの亭)有(あ)り、亭子(ていじ)の裡(うち)に一箇(ひとつ)の鐵櫃(てっき=鉄の櫃)有(あ)り。我(われ)に依(よ)らば、唐僧(とうそう)を把(と)って櫃(ひつ)の裡(うち)に蔵(かく)し、亭子(ていじ)を關(とざ)し、却(しか)し謠言(ようげん=流言)を伝(つた)え出(いだ)して、唐僧(とうそう)は已(すで)に我(われ)等(ら)に夹生(きょうせい=生煮え)に喫(くら)われたりと説(い)わしめよ。小妖(しょうよう)に令(れい)じて満城(まんじょう=城じゅう)に講(い)い説(と)かしめば、那(か)の行者(ぎょうじゃ)必(かなら)ず来(きた)りて消息(しょうそく)を探(さぐ)り聴(き)かん。若(も)し此(こ)の話(はなし)を聞(き)かば、他(かれ)必(かなら)ず心(こころ)を死(し)し地(ち)に塌(おち)いて去(さ)らん。三五日(さんごにち)の来(きた)りて攪擾(かくじょう=邪魔)せざるを待(ま)ち、却(しか)し拿(と)り出(いだ)し、慢慢(ゆっくり)と受用(じゅよう=味わ)せんこと如何(いかん)」と。 老怪(ろうかい)二怪(にかい)倶(とも)に大(おお)いに喜(よろこ)んで道(い)う、「是(ぜ)!是(ぜ)!是(ぜ)!兄弟(きょうだい)の説(い)えること理(り)有(あ)り!」と。憐(あわ)れむべきかな、箇(ひとつ)の唐僧(とうそう)を把(と)って連夜(れんや)拿(とら)え将(も)ち入(い)り、櫃(ひつ)の中(なか)に蔵(かく)し、亭子(ていじ)を閉(とざ)す。謠言(ようげん)を伝(つた)え出(いだ)し、満城(まんじょう)の裡(うち)都(みな)乱(みだ)りに講(こう)ずることは題(だい)とせず。 却(さ)て説(つ)ぐ、行者(ぎょうじゃ)夜半(よなか)より唐僧(とうそう)を顧(かえり)みるに暇(いとま)なく、雲(くも)に駕(が)して走(に)げ脱(のが)れ、径(ただ)ちに獅駝洞(しだどう)の裡(うち)に至(いた)り、一路(ひとみち)に棍(こん)をふるいて、那(か)の万数(まんすう)の小妖(しょうよう)を把(と)って、悉(ことごと)く剿絶(そうぜつ=討ち尽く)す。急(いそ)ぎ回(かえ)り来(きた)れば、東方(とうほう)日(ひ)出(い)づ。城辺(じょうへん)に到(いた)りて、敢(あ)えて戦(たたかい)を叫(よ)ばず、正(まさ)に是(こ)れ「単絲(たんし)は線(いと)とならず、孤掌(こしょう)は鳴(な)り難(がた)し」なり。他(かれ)雲頭(うんとう)を落(おと)し、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、小妖児(しょうようじ)に変(へん)じ、門(もん)の裡(うち)に演(しのび)入(い)り、大街小巷(たいがいしょうこう=大通りと路地)にて消息(しょうそく)を緝訪(しゅうほう=探し訪ね)す。満城(まんじょう)の裡(うち)倶(とも)に道(い)う、 「唐僧(とうそう)は大王(だいおう)に夹生児(きょうせいじ=生煮え)にて連夜(れんや)喫(くら)われたり」と。 前前後後(ぜんぜんごご)、都(みな)是(こ)れ此(か)くの等(ごと)く説(い)う。行者(ぎょうじゃ)着実(じゃつじつ=ほんとう)に心焦(しんしょう=気をも)む。行(ゆ)きて金鑾殿(きんらんでん)の前(まえ)に至(いた)り観看(みわた)せば、那(か)の裡(うち)に許多(あまた)の精霊(せいれい)有(あ)り、都(みな)皮金帽子(ひきんぼうし=金箔の帽子)を戴(いただ)き、黄布(こうふ=黄色の布)の直身(じきしん=服)を穿(き)り、手(て)に紅漆棍(こうしつこん=赤漆の棒)を拿(と)り、腰(こし)に象牙牌(ぞうげはい)を掛(か)け、一(ひと)たび往(ゆ)き一(ひと)たび来(きた)り、住(とど)まらずに乱(みだ)りに走(はし)る。行者(ぎょうじゃ)暗(あん)に想(おも)うて道(い)う、「是(こ)れ必(かなら)ず是(こ)れ宮(きゅう)を穿(つらぬ)く妖怪(ようかい)ならん。就(すなわ)ち此(こ)の模様(なり)に変(へん)じ做(な)り、入(い)り去(ゆ)きて打聴打聴(うちあてに探(さぐ))らん」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、果(はた)して変(へん)じて一般(ひとしい)にして無二(ふたつな)く、金門(きんもん)に混(まぎ)れ入(い)る。正(まさ)に走(はし)る処(ところ)、只(た)だ八戒(はっかい)の殿前(でんぜん)の柱(はしら)に绑(しば)られて哼(うな)るを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(すす)みて一声(ひとこえ)「悟能(ごのう)」と叫(よ)ぶ。那(か)の呆子(あほう)声音(こえ)を認(みと)めて道(い)う、「師兄(しけい)、汝(なんじ)来(きた)れるか?我(われ)を一救(ひとすく)い救(すく)え!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、 「我(われ)汝(なんじ)を救(すく)わん、汝(なんじ)師父(しふ)の那(いず)れに在(あ)るを知(し)るか」と。八戒(はっかい)道(い)う、「師父(しふ)は無(な)くなれり、昨夜(さくや)妖精(ようせい)に夹生児(きょうせいじ)に喫(くら)われたり」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)いて涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが似(ごと)し。八戒(はっかい)道(い)う、「哥哥(あにき)哭(な)くなかれ、我(われ)也(また)是(こ)れ小妖(しょうよう)の乱(みだ)りに講(こう)ずるを聴(き)き得(え)たるのみ、曾(かつ)て眼(まなこ)に見(み)ず。汝(なんじ)誤(あやま)ることなかれ、再(ふたた)び去(ゆ)きて尋(たず)ね問(と)い尋(たず)ね問(と)え」と。 此(こ)の行者(ぎょうじゃ)却(しか)し才(はじ)めて涙(なみだ)を収(おさ)め、又(また)裡(うち)へ向(むか)いて找尋(さがしもと)む。忽(たちま)ち沙僧(さそう)の後檐柱(こうえんちゅう=裏の軒柱)に绑(しば)らるるを見(み)、即(すなわ)ち近(ちか)づき前(すす)みて他(かれ)が胸脯子(むなもと=胸)を摸(さぐ)りて叫(よ)んで道(い)う、「悟浄(ごじょう)」と。沙僧(さそう)也(また)声音(こえ)を識(し)りて道(い)う、 「師兄(しけい)、汝(なんじ)変化(へんげ)して入(い)り来(きた)れるか?我(われ)を救(すく)え!我(われ)を救(すく)え!」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「汝(なんじ)を救(すく)うは容易(たやす)し、汝(なんじ)師父(しふ)の那(いず)れに在(あ)るを知(し)るか」と。沙僧(さそう)涙(なみだ)を滴(したた)らして道(い)う、「哥(あにき)よ!師父(しふ)は妖精(ようせい)に蒸(ふか)すに待(ま)ち得(え)ずして、就(すなわ)ち夹生児(きょうせいじ)に喫(くら)われたり!」と。 大聖(たいせい)両箇(ふたり)の言語(ことば)の相同(あいおなじ)きを聴(き)き得(え)て、心(こころ)刀(かたな)に攪(かきまわ)さるるが如(ごと)く、涙(なみだ)水(みず)の流(なが)るるが似(ごと)し。急(いそ)ぎ身(み)を縦(はな)ちて空(くも)に望(むか)いて跳(と)び起(お)き、且(しばら)く八戒(はっかい)沙僧(さそう)を救(すく)わず、城東(じょうとう)の山上(さんじょう)に回(かえ)り至(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おさ)えて落(おと)し、声(こえ)を放(はな)ちて大哭(たいこく)し、叫(よ)んで道(い)う、 「師父(しふ)よ! 我(われ)の天(てん)を欺(あざむ)きて網羅(もうら=網)に困(くるし)むを恨(うら)みしに、 師(し)は来(きた)りて我(われ)を救(すく)いて沈痾(ちんあ=重い病)を脱(のが)れしむ。 心(こころ)を潜(ひそ)め志(こころざし)を篤(あつ)くして同(とも)に仏(ほとけ)を参(さん)じ、 力(ちから)を努(つと)め身(み)を修(おさ)めて共(とも)に魔(ま)を煉(ね)る。 豈(あ)に料(はか)らんや今朝(けさ)蜇害(てきがい=毒虫の害)に遭(あ)い、 汝(なんじ)を保(まも)りて婆娑(ばしゃ=西方の浄土)に上(のぼ)ることを得(え)ざるとは。 西方(さいほう)の勝境(しょうきょう=勝れた境地)に縁(えん)無(な)くして到(いた)り難(がた)く、 気(き)散(ち)り魂(たましい)消(き)えて怎(いか)にせんや!」と。 行者(ぎょうじゃ)凄凄惨惨(せいせいさんさん=いたましげ)として、自(みずか)ら思(おも)い自(みずか)ら忖(はか)り、心(こころ)を以(もっ)て心(こころ)に問(と)うて道(い)う、 「是(こ)れ都(みな)是(こ)れ我(われ)が仏(ほとけ)如来(にょらい)の那(か)の極楽(ごくらく)の境(さかい)に坐(ざ)して、事(こと)を幹(おこな)うを得(え)ず、那(か)の三蔵(さんぞう)の経(きょう)を弄(ろう)したるなり!若(も)し果(はた)して心(こころ)有(あ)りて善(ぜん)を勧(すす)めんとせば、理(り)当(まさ)に東土(とうど)に送(おく)り上(のぼ)すべし、却(かえ)って是(こ)れ箇(ひとつ)の万古(ばんこ)に流伝(るでん=伝わる)ならずや。只(た)だ是(こ)れ送(おく)り去(ゆ)くを捨(す)て得(え)ず、却(かえ)って我(われ)等(ら)をして来(きた)りて取(と)らしむ。怎(いか)で知(し)らん、苦(くるし)みて千山(せんざん)を歴(へ)て、今朝(けさ)此(ここ)に到(いた)りて命(いのち)を喪(うしな)わんとは!罷(や)めよ!罷(や)めよ!罷(や)めよ!老孫(ろうそん)且(しばら)く箇(ひとつ)の筋斗雲(きんとうん)を駕(が)し、去(ゆ)きて如来(にょらい)に見(まみ)え、前事(ぜんじ=これまでの事)を備(つぶさ)に言(い)わん。若(も)し肯(あ)えて経(きょう)を把(と)って我(われ)に与(あた)えて東土(とうど)に送(おく)り上(のぼ)せば、一(ひとつ)には善果(ぜんか)を伝揚(でんよう)し、二(ふたつ)には我(われ)等(ら)が心願(しんがん)を了(おわ)らん;若(も)し我(われ)に与(あた)えずんば、他(かれ)をして松箍児咒(しょうこじゅ=箍を緩める呪)を念(ねん)じ念(ねん)じ、此(こ)の箍子(こし=輪)を退(ぬ)ぎ下(おろ)し、交(かわ)して他(かれ)に還(かえ)さしめ、老孫(ろうそん)還(かえ)りて本洞(ほんどう=元の洞窟)に帰(き)し、王(おう)と称(とな)え寡(か=孤)を道(い)い、耍子児(あそび)に去(ゆ)かんとす」と。 好(よ)きかな大聖(たいせい)、急(いそ)ぎ身(み)を翻(ひるがえ)して筋斗雲(きんとうん)を駕(が)し起(おこ)し、径(ただ)ちに天竺(てんじく)に投(とう)ず。那(あ)の処(ところ)に一箇(ひとつ)の時辰(じしん=二時間)を消(よう)して、早(はや)くも霊山(りょうざん)の遠(とお)からざるを望見(ぼうけん)す。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、雲頭(うんとう)を按(おさ)えて落(おと)し、直(ただ)ちに鷲峰(じゅほう)の下(した)に至(いた)り、忽(たちま)ち頭(こうべ)を挙(あ)げて、四大金剛(しだいこんごう)の擋(さえぎ)りて道(い)うを見(み)る、「那(いず)れへ走(に)ぐるか」と。行者(ぎょうじゃ)礼(れい)を施(ほどこ)して道(い)う、「事(こと)有(あ)りて如来(にょらい)に見(まみ)えんと要(ほっ)す」と。 当頭(とうとう=真っ先)に又(また)昆侖山(こんろんざん)金霞嶺(きんかれい)不壊尊王(ふえそんのう)永住金剛(えいじゅうこんごう)有(あ)りて喝(かつ)して道(い)う、「此(こ)の潑猴(はっこう=猿め)は甚(はなは)だ是(こ)れ粗狂(そきょう=粗野)なり!前者(さきごろ)大(おお)いに牛魔(ぎゅうま)を困(くるし)めしに、我(われ)等(ら)汝(なんじ)が為(ため)に力(ちから)を努(つと)めたり。今日(こんにち)面(めん)を見(み)えて、全(まった)く礼(れい)を為(な)さず!事(こと)有(あ)らば且(しばら)く先(ま)ず奏(そう)するを待(ま)ち、召(めし)を奉(ほう)じて方(はじ)めて行(ゆ)くべし。此(こ)の処(ところ)は南天門(なんてんもん)と比(くら)ぶるに同(おな)じからず、汝(なんじ)をして入(い)り出(い)でしめ、両辺(りょうべん)を乱(みだ)りに走(はし)らしめんや!咄(こら)!還(ま)た靠(よ)き開(ひら)かずや!」と。 那(か)の大聖(たいせい)正(まさ)に是(こ)れ煩悩(ぼんのう=悩み)の処(ところ)に、又(また)此(こ)の嘲(あざけ)りに遭(あ)い、気(いき)哮吼(こうく=うなり)すること雷(かみなり)の如(ごと)く、忍(しの)ぶこと能(あた)わず大(おお)きに呼(よ)び小(ちい)さく叫(さけ)べば、早(はや)くも如来(にょらい)を驚(おどろ)かし動(うご)かす。如来仏祖(にょらいぶっそ)正(まさ)に九品(きゅうほん)の宝蓮台(ほうれんだい)の上(うえ)に端坐(たんざ=きちんと座)し、十八尊(じゅうはっそん)の輪世(りんせ=世に現れる)の阿羅漢(あらかん)と与(とも)に経(きょう)を講(こう)じたりしが、即(すなわ)ち口(くち)を開(ひら)いて道(い)う、「孫悟空(そんごくう)来(きた)れり、汝(なんじ)等(ら)出(い)で去(ゆ)きて接待(せったい)せよ」と。大衆阿羅(だいしゅうあら)仏旨(ぶっし)を遵(したが)い、両路(りょうろ)に幢幡(どうばん=旗)宝蓋(ほうがい=天蓋)を立(た)て、即(すなわ)ち山門(さんもん)を出(い)でて声(こえ)に応(こた)えて道(い)う、「孫大聖(そんたいせい)、如来(にょらい)旨(むね)有(あ)りて相喚(よ)ぶなり」と。那(か)の山門(さんもん)の口(ぐち)の四大金剛(しだいこんごう)却(しか)し才(はじ)めて路(みち)を閃(ひら)き開(ひら)き、行者(ぎょうじゃ)をして前(すす)ましむ。衆阿羅(しゅうあら)宝蓮台(ほうれんだい)の下(した)に引(ひ)き至(いた)れば、如来(にょらい)を見(み)て身(み)を倒(たお)して下(した)に拝(はい)し、両(ふた)つの涙(なみだ)悲(かなし)み啼(な)く。如来(にょらい)道(い)う、「悟空(ごくう)、何(なん)の事(こと)有(あ)りて此(か)くの等(ごと)く悲啼(ひてい=悲しみ泣く)する」と。 行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「弟子(でし)屡(しばしば)教訓(きょうくん)の恩(おん)を蒙(こうむ)り、仏爺爺(ほとけじいじい)の門下(もんか)に托庇(たくひ=寄りかかり)し、自(みずか)ら正果(しょうか)に帰(き)してより、唐僧(とうそう)を保護(ほご)し、拝(はい)して師範(しはん=師)と為(な)し、一路(ひとみち)の苦(くるしみ)言(い)う可(べ)からず!今(いま)獅駝山(しださん)獅駝洞(しだどう)獅駝城(しだじょう)に至(いた)り、三箇(みっつ)の毒魔(どくま)有(あ)り、乃(すなわ)ち獅王(しおう)、象王(ぞうおう)、大鵬(たいほう)にして、我(われ)が師父(しふ)を捉(とら)え将(も)ち去(さ)り、弟子(でし)を連(つら)ねて一概(いちがい)に遭迍(そうちゅん=災いに遭い)、都(みな)蒸籠(せいろ)の裡(うち)に縛(しば)られ、湯火(とうか=湯と火)の災(わざわい)を受(う)けたり。幸(さいわ)いに弟子(でし)脱(のが)れ逃(に)げ、龍王(りゅうおう)を喚(よ)んで救(すく)い免(まぬが)れしむ。是(こ)の夜(よる)師(し)等(ら)を偷(ぬす)み出(いだ)せしも、料(はか)らずや災星(さいせい)脱(のが)れ難(がた)く、復(ま)た又(また)擒(とら)え回(かえ)さる。天明(てんめい)に及(いた)りて、城(しろ)に入(い)りて打聴(うちあて=消息を探)ぐるに、叵耐(いかんせん)那(か)の魔(ま)十分(じゅうぶん)に狠毒(こんどく=凶悪)にして、万様(ばんよう)に驍勇(ぎょうゆう=勇猛)なり、師父(しふ)を把(と)って連夜(れんや)夹生(きょうせい)に喫(くら)い、如今(いま)骨肉(こつにく)存(そん)する無し。又(また)況(いわ)んや師弟(してい)悟能(ごのう)悟浄(ごじょう)の那(あ)の廂(かた)に绑(しば)られ、久(ひさ)しからずして、性命(いのち)も亦(また)皆(みな)傾(くつがえ)らんとす。弟子(でし)没及奈何(よんどころ)なく、特(こと)に此(ここ)に到(いた)りて参拝(さんぱい)す。大慈悲(だいじひ)を望(のぞ)み、松箍咒児(しょうこじゅ)を将(も)って念(ねん)じ念(ねん)じ、我(われ)が此(こ)の頭(こうべ)の上(うえ)の箍児(こじ)を退(ぬ)ぎ下(おろ)し、如来(にょらい)に交(かわ)し還(かえ)し、我(われ)が弟子(でし)をして花果山(かかざん)に回(かえ)りて寛閑(かんかん=のんびり)と耍子(あそ)びに去(ゆ)かしめよ!」と。 説(い)い了(おわ)らざるに、涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)く、悲声(ひせい)絶(た)えず。如来(にょらい)笑(わら)って道(い)う、 「悟空(ごくう)少(すこ)しく煩悩(ぼんのう)を得(え)よ。那(か)の妖精(ようせい)は神通(じんつう)広大(こうだい)にして、汝(なんじ)他(かれ)に勝(か)つことを得(え)ず、所以(ゆえ)に此(か)くの等(ごと)く心痛(しんつう)するなり」と。 行者(ぎょうじゃ)下(した)に跪(ひざまず)き、胸膛(むなもと=胸)を捶(う)って道(い)う、「如来(にょらい)に瞞(かく)して説(い)わず、弟子(でし)当年(とうねん)天宮(てんぐう)を闹(さわ)がし、大聖(たいせい)と称(とな)え、自(みずか)ら人(ひと)と為(な)りてより以来(このかた)、曾(かつ)て虧(そこない=損)を喫(きっ)せざりしに、今番(こんばん)却(かえ)って此(こ)の毒魔(どくま)の手(て)に遭(あ)う!」と。如来(にょらい)言(げん)を聞(き)きて道(い)う、「汝(なんじ)且(しばら)く恨(うら)むことを休(や)めよ、那(か)の妖精(ようせい)は我(われ)他(かれ)を認(みと)む」と。行者(ぎょうじゃ)猛然(みょうぜん=はっと)として声(こえ)を失(うしな)いて道(い)う、 「如来(にょらい)!我(われ)人(ひと)の講(こう)じ説(と)くを聞(き)き得(え)たり、那(か)の妖精(ようせい)は汝(なんじ)と与(とも)に親(したしみ)有(あ)りと」と。如来(にょらい)道(い)う、「此(こ)の箇(ひとつ)の刁猢猻(ちょうこそん=悪賢き猿)!怎(いか)なる箇(ひとつ)の妖精(ようせい)か我(われ)と与(とも)に親(したしみ)有(あ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って道(い)う、「汝(なんじ)と与(とも)に親(したしみ)有(あ)らずんば、如何(いか)にして認(みと)め得(う)る」と。如来(にょらい)道(い)う、「我(われ)慧眼(けいがん)を以(もっ)て之(これ)を観(み)る、故此(ゆえ)に認(みと)め得(う)るなり。那(か)の老怪(ろうかい)と二怪(にかい)には主(あるじ)有(あ)り」と。阿儺(あだ)迦葉(かしょう)を叫(よ)んで来(きた)らせて曰(いわ)く、「汝(なんじ)両箇(ふたり)頭(こうべ)を分(わか)ちて雲(くも)に駕(が)し、去(ゆ)きて五台山(ごだいさん)、峨眉山(がびさん)に文殊(もんじゅ)、普賢(ふげん)を宣(せん)して来(きた)りて見(まみ)えしめよ」と。二尊者(にそんじゃ)即(すなわ)ち旨(むね)を奉(ほう)じて去(さ)る。 如来(にょらい)道(い)う、「是(こ)れ老魔(ろうま)、二怪(にかい)の主(あるじ)なり。但(ただ)那(か)の三怪(さんかい)は、説(と)き将(も)ち起(おこ)せば、也(また)是(こ)れ我(われ)と与(とも)に些(いささか)の親(したしみ)の処(ところ)有(あ)り」と。行者(ぎょうじゃ)道(い)う、「親(したしみ)は是(こ)れ父党(ふとう=父方)か、母党(ぼとう=母方)か」と。如来(にょらい)道(い)う、 「自(おのずか)ら那(か)の混沌(こんとん)の分(わか)るる時(とき)、天(てん)は子(し)に開(ひら)き、地(ち)は丑(ちゅう)に闢(ひら)き、人(ひと)は寅(いん)に生(しょう)ず。天地(てんち)再(ふたた)び交合(こうごう)して、万物(ばんぶつ)尽(ことごと)く皆(みな)生(しょう)ず。万物(ばんぶつ)に走獣(そうじゅう)飛禽(ひきん)有(あ)り、走獣(そうじゅう)は麒麟(きりん)を以(もっ)て之(これ)が長(おさ)と為(な)し、飛禽(ひきん)は鳳凰(ほうおう)を以(もっ)て之(これ)が長(おさ)と為(な)す。那(か)の鳳凰(ほうおう)又(また)交合(こうごう)の気(き)を得(え)て、孔雀(くじゃく)、大鵬(たいほう)を育(はぐく)み生(しょう)ず。孔雀(くじゃく)の世(よ)に出(い)づるの時(とき)最(もっと)も悪(あく)にして、能(よ)く人(ひと)を喫(くら)い、四十五里(しじゅうごり)の路(みち)を人(ひと)を一口(ひとくち)に之(これ)を吸(す)う。我(われ)雪山頂(せっさんちょう)の上(うえ)に在(あ)りて、丈六金身(じょうろくこんしん)を修(おさ)め成(な)ししに、早(はや)くも也(また)他(かれ)に我(われ)を吸(す)い下(くだ)して肚(はら)に入(い)られたり。我(われ)彼(かれ)が便門(べんもん=尻の穴)より出(い)でんと欲(ほっ)せしも、真身(しんしん)を汚(けが)さんことを恐(おそ)る。是(こ)れ我(われ)彼(かれ)が脊背(せきはい=背中)を剖(さ)き開(ひら)き、霊山(りょうざん)に跨(また)がり上(のぼ)る。彼(かれ)が命(いのち)を傷(そこな)わんと欲(ほっ)せしに、当(まさ)に諸仏(しょぶつ)に勧(すす)め解(と)かれ、孔雀(くじゃく)を傷(そこな)うは我(われ)が母(はは)を傷(そこな)うが如(ごと)しと、故此(ゆえ)に彼(かれ)を霊山會(りょうざんえ)の上(うえ)に留(とど)め、彼(かれ)を封(ほう)じて仏母孔雀大明王菩薩(ぶつもくじゃくだいみょうおうぼさつ)と做(な)せり。大鵬(たいほう)は彼(かれ)と与(とも)に是(こ)れ一母(いちぼ)の生(う)むところ、故此(ゆえ)に些(いささか)の親(したしみ)の処(ところ)有(あ)るなり」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて笑(わら)って道(い)う、「如来(にょらい)、若(も)し此(か)くの般(ごと)く比(ひ)し論(ろん)ぜば、汝(なんじ)還(ま)た是(こ)れ妖精(ようせい)の外甥(がいせい=甥)なり」と。如来(にょらい)道(い)う、「那(か)の怪(かい)須(すべから)く是(こ)れ我(われ)の去(ゆ)きてこそ、方(はじ)めて収(おさ)むることを得(う)べし」と。行者(ぎょうじゃ)頭(こうべ)を叩(たた)き、如来(にょらい)に啓(もう)し上(のぼ)せて曰(いわ)く、「千万(せんばん)玉趾(ぎょくし=貴人の足)の一下降(いっこう)を望(のぞ)む!」と。 如来(にょらい)即(すなわ)ち蓮台(れんだい)を下(お)り、諸仏衆(しょぶっしゅう)と同(とも)に、径(ただ)ちに山門(さんもん)を出(い)づるに、又(また)阿儺(あだ)、迦葉(かしょう)の文殊(もんじゅ)、普賢(ふげん)を引(ひ)きて来(きた)りて見(まみ)ゆるを見(み)る。二菩薩(にぼさつ)仏(ほとけ)に対(たい)して礼拝(らいはい)すれば、如来(にょらい)道(い)う、「菩薩(ぼさつ)が獣(けもの)、山(やま)を下(お)りて多少(いくばく)の時(とき)と為(な)れる」と。文殊(もんじゅ)道(い)う、「七日(なのか)なり」と。如来(にょらい)道(い)う、「山中方(やまなかわずか)に七日(なのか)、世上(よのなか)幾千年(いくせんねん)。那(いず)れの廂(かた)に在(あ)りて多少(いくばく)の生靈(せいれい)を傷(そこな)えるを知(し)らず、快(はや)く我(われ)に随(したが)い去(ゆ)きて他(かれ)を収(おさ)めん」と。 二菩薩(にぼさつ)左右(さゆう)に相随(あいしたが)い、衆(しゅう)と与(とも)に空(くも)を飛(と)ぶ。只(た)だ見(み)る、那(か)の: 満天(まんてん)縹緲(ひょうびょう=かすか)として瑞雲(ずいうん)分(わか)れ、 我(わ)が仏(ほとけ)慈悲(じひ)を法門(ほうもん)に降(くだ)す。 開天(かいてん)生物(せいぶつ)の理(り)を明示(めいじ)し、 辟地(へきち)化身(けしん)の文(ぶん)を細言(さいげん)す。 面前(めんぜん)五百(ごひゃく)の阿羅漢(あらかん)、 脳後(のうご)三千(さんぜん)の揭諦神(かいたいしん)。 迦葉(かしょう)阿儺(あだ)左右(さゆう)に随(したが)い、 普文菩薩(ふもんぼさつ)妖氛(ようふん=妖気)を殄(ほろぼ)す。 大聖(たいせい)此(こ)の人情(にんじょう=顔)有(あ)りて、仏祖(ぶっそ)と衆(しゅう)を請(しょう)じて前(まえ)に来(きた)らしめ、多(おお)からざる時(とき)に、早(はや)くも城池(じょうち)を望見(ぼうけん)す。行者(ぎょうじゃ)報(しら)せて道(い)う、「如来(にょらい)、那(か)の黒気(こくき)を放(はな)てるは乃(すなわ)ち是(こ)れ獅駝国(しだこく)なり」と。如来(にょらい)道(い)う、「汝(なんじ)先(ま)ず下(お)り去(ゆ)き、那(か)の城(しろ)の中(なか)に到(いた)りて妖精(ようせい)と戦(たたか)い交(まじ)え、敗(やぶ)るるを許(ゆる)して勝(か)つを許(ゆる)さず。敗(やぶ)れて上(のぼ)り来(きた)らば、我(われ)自(みずか)ら他(かれ)を収(おさ)めん」と。 大聖(たいせい)即(すなわ)ち雲頭(うんとう)を按(おさ)え、径(ただ)ちに城(しろ)の上(うえ)に至(いた)り、脚(あし)垛児(だじ=城壁の凸部)を踏(ふ)みて罵(ののし)って道(い)う、「潑孽畜(はつごうしき=けだものめ)!快(はや)く出(い)で来(きた)りて老孫(ろうそん)と戦(たたか)いを交(まじ)えよ!」と。慌(あわ)てて那(か)の城楼(じょうろう=城の楼)の小妖(しょうよう)急(いそ)ぎ城中(じょうちゅう)に跳(と)び下(お)りて報(しら)せて曰(いわ)く、「大王(だいおう)、孫行者(そんぎょうじゃ)城(しろ)の上(うえ)に在(あ)りて戦(たたかい)を叫(よ)ぶなり」と。老妖(ろうよう)道(い)う、「此(こ)の猴児(こうじ)両三日(りょうさんにち)来(きた)らざりしに、今朝(けさ)却(かえ)って又(また)戦(たたかい)を叫(よ)ぶは、莫(も)し是(こ)れ些(いささか)の救兵(きゅうへい)を請(しょう)じ来(きた)れるか」と。三怪(さんかい)道(い)う、「他(かれ)を怕(おそ)るるに怎(なん)の!我(われ)等(ら)都(みな)去(ゆ)きて看(み)ん」と。 三箇(みっつ)の魔頭(まとう)各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)りて城(しろ)に赶(お)い上(のぼ)り来(きた)り、行者(ぎょうじゃ)を見(み)て更(さら)に話(ことば)を打(い)わず、兵器(へいき)を挙(あ)げて一斉(いっせい)に乱(みだ)りに刺(さ)す。行者(ぎょうじゃ)鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして手(て)を掣(ひ)いて相迎(むか)う。闘(たたか)うこと七八回合(しちはちえごう)を経(ふ)るに、行者(ぎょうじゃ)佯(いつわ)りて輸(ま)けて走(に)ぐ。那(か)の妖王(ようおう)喊声(かんせい)大(おお)いに振(ふる)い、叫(よ)んで道(い)う、「那(いず)れへ走(に)ぐるか!」と。大聖(たいせい)筋斗(きんと)一縦(ひととび)に、半空(はんくう)に跳(と)び上(あ)がれば、三箇(みっつ)の精(せい)即(すなわ)ち雲(くも)に駕(が)して来(きた)りて赶(お)う。行者(ぎょうじゃ)身(み)を将(も)って一閃(ひとひら)りし、仏爺爺(ほとけじいじい)の金光(きんこう)の影(かげ)の裡(うち)に蔵(かく)れば、全(まった)く見(み)えず。只(た)だ那(か)の過去(かこ)、未来(みらい)、見在(げんざい)の三尊(さんぞん)の仏像(ぶつぞう)と五百(ごひゃく)の阿羅漢(あらかん)、三千(さんぜん)の揭諦神(かいたいしん)の、左右(さゆう)に布(し)き散(ちら)りて、那(か)の三箇(みっつ)の妖王(ようおう)を把(と)って囲(かこ)み住(とど)め、水(みず)も泄(も)らさざるを見(み)る。老魔(ろうま)手脚(しゅきゃく)を慌(あわ)てて、叫(よ)んで道(い)う、「兄弟(きょうだい)、不好(わる)い了(な)ったり!那(か)の猴子(さる)真(まこと)に是(こ)れ箇(ひとつ)の地裡鬼(ちりき=土地の化物)なり!那(いず)れか箇(ひとつ)の主人公(あるじ)を請(しょう)じ得(え)て来(きた)れるや!」と。 三魔(さんま)道(い)う、「大哥(たいか)悚懼(おそれ)るることを得(え)るなかれ、我(われ)等(ら)一斉(いっせい)に上(すす)み前(まえ)に、槍刀(そうとう=槍と刀)を使(つか)いて如来(にょらい)を搠(つ)き倒(たお)し、彼(かれ)が那(か)の雷音宝刹(らいおんほうさつ)を奪(うば)わん!」と。此(こ)の魔頭(まとう)起倒(きとう=分別)を識(し)らず、真(まこと)に刀(かたな)を挙(あ)げて上(すす)み前(まえ)に乱(みだ)りに砍(き)る。却(しか)し文殊(もんじゅ)、普賢(ふげん)に、真言(しんごん)を念(ねん)じ動(うご)かされて喝(かつ)して道(い)う、「此(こ)の孽畜(ごうしき=けだもの)還(ま)た皈正(きせい=仏道に帰る)せずして、更(さら)に怎(いか)なるを待(ま)たんとす!」と。唬(おど)ろかされて老怪(ろうかい)、二怪(にかい)は、撐持(ささ)えるを敢(あ)えず、兵器(へいき)を抛(な)げ、箇(ひとつ)の滚(ころが)りを打(う)ち、本相(ほんぞう)を現(あらわ)す。二菩薩(にぼさつ)蓮華台(れんげだい)を将(も)って那(か)の怪(かい)の脊背(せきはい)の上(うえ)に抛(な)げ、身(み)を飛(と)ばして跨(また)がり坐(ざ)すれば、二怪(にかい)遂(つい)に耳(みみ)を泯(た)れて皈依(きえ)す。 二菩薩(にぼさつ)既(すで)に青獅(せいし)、白象(はくぞう)を収(おさ)めたるも、只(た)だ那(か)の第三(だいさん)の妖魔(ようま)の伏(ふく)せざる有(あ)り。翅(つばさ)を騰(あ)げ開(ひら)き、方天戟(ほうてんげき)を抛(な)げ、扶搖(ふよう=旋風)に直上(ちょくじょう)し、利爪(りそう=鋭い爪)を輪(めぐ)らして猴王(こうおう)を刁捉(つまみとら)えんとす。原来(げんらい)大聖(たいせい)は光(ひかり)の中(なか)に蔵(かく)るれば、他(かれ)怎(いか)で敢(あ)えて近(ちか)づかんや。如来(にょらい)此(こ)の意(こころ)を情(さと)り知(し)り、即(すなわ)ち金光(きんこう)を閃(ひらめ)かし、那(か)の鵲巣貫頂(じゃくそうかんちょう=鵲の巣の如き頂)の頭(こうべ)を把(と)って、風(かぜ)に迎(むか)って一幌(ひとゆ)りし、鮮紅(せんこう=真っ赤)なる一塊(ひとかたまり)の血肉(けつにく)に変(へん)ず。妖精(ようせい)利爪(りそう)を輪(めぐ)らして他(かれ)を一下(ひとつ)刁(つま)むに、仏爺(ほとけじい)に手(て)を把(と)って上(うえ)へ一指(ひとゆび)さるれば、那(か)の妖(よう)の翅膊(つばさ)の上(うえ)筋(すじ)を鞦(しめ)らる。飛(と)び去(ゆ)くことを得(え)ず、只(た)だ仏頂(ぶっちょう)の上(うえ)に在(あ)りて、遠(とお)く遁(のが)るること能(あた)わず、本相(ほんぞう)を現(あらわ)せば、乃(すなわ)ち是(こ)れ一箇(ひとつ)の大鵬金翅鵰(たいほうきんしちょう)なり。即(すなわ)ち口(くち)を開(ひら)いて仏(ほとけ)に対(たい)し声(こえ)に応(こた)えて叫(よ)んで道(い)う、「如来(にょらい)、汝(なんじ)怎(いか)にして大法力(だいほうりき)を使(つか)いて我(われ)を困(くるし)むるや」と。如来(にょらい)道(い)う、「汝(なんじ)此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて多く孽障(しょうしょう=悪業)を生(しょう)ず。我(われ)に跟(したが)き去(ゆ)かば、進益(しんえき=進歩)の功(こう)有(あ)らん」と。妖精(ようせい)道(い)う、「汝(なんじ)が那(あ)の処(ところ)は齋(とき=精進)を持(たも)ち素(そ=菜食)を把(と)り、極(きわ)めて貧(まず)しく極(きわ)めて苦(くる)し。我(われ)が此(こ)の処(ところ)は人(ひと)の肉(にく)を喫(くら)いて、受用(じゅよう)窮(きわ)まり無(な)し。若(も)し我(われ)を餓(う)え壊(こわ)さば、汝(なんじ)罪愆(ざいけん=罪)有(あ)らん」と。如来(にょらい)道(い)う、「我(われ)四大部洲(しだいぶしゅう)を管(つかさど)り、無数(むすう)の衆生(しゅじょう)瞻仰(せんごう=仰ぎ見る)す。凡(およ)そ好事(こうじ)を做(な)すに、我(われ)他(かれ)をして先(ま)ず汝(なんじ)が口(くち)に祭(まつ)らしめん」と。 那(か)の大鵬(たいほう)脱(のが)れんと欲(ほっ)するも脱(のが)るること能(あた)わず、走(に)げんと要(ほっ)するも怎(いか)で走(に)げん。是(ここ)を以(もっ)て没奈何(よんどころ)なく、只(た)だ皈依(きえ)するを得(う)。行者(ぎょうじゃ)方(はじ)めて転(てん)じ出(い)で、如来(にょらい)に向(むか)って頭(こうべ)を叩(たた)いて道(い)う、「仏爺(ほとけじい)、汝(なんじ)今(いま)妖精(ようせい)を収(おさ)め、大害(たいがい)を除(のぞ)きたるも、只(た)だ我(われ)が師父(しふ)を無(な)くしたり」と。大鵬(たいほう)歯(は)を咬(か)みて恨(うら)んで道(い)う、「潑猴頭(はっこうとう=猿め)!此(か)くの等(ごと)き狠人(こんじん=手厳しき人)を尋(たず)ね来(きた)りて我(われ)を困(くるし)む!汝(なんじ)が那(か)の老和尚(ろうおしょう)は幾(いつ)か曾(かつ)て他(かれ)を喫(くら)えるや。如今(いま)那(か)の錦香亭(きんこうてい)の鐵櫃(てっき)の裡(うち)に在(あ)るに非(あら)ずや」と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)きて、忙(いそ)ぎ頭(こうべ)を叩(たた)きて仏祖(ぶっそ)に謝(しゃ)す。仏祖(ぶっそ)大鵬(たいほう)を松(ゆる)め放(はな)つを敢(あ)えず、也(また)只(た)だ他(かれ)をして光焰(こうえん)の上(うえ)に在(あ)りて箇(ひとつ)の護法(ごほう=仏法を守る者)と做(な)らしめ、衆(しゅう)を引(ひ)きて雲(くも)に回(かえ)り、径(ただ)ちに寶刹(ほうさつ=寺)に帰(き)す。 行者(ぎょうじゃ)却(しか)し雲頭(うんとう)を按(おさ)えて落(おと)し、直(ただ)ちに城(しろ)の裡(うち)に入(い)る。那(か)の城(しろ)の裡(うち)には一箇(ひとり)の小妖児(しょうようじ)も也(また)無(な)かりき。正(まさ)に是(こ)れ「蛇(へび)頭(かしら)無(な)くして行(ゆ)かず、鳥(とり)翅(つばさ)無(な)くして飛(と)ばず」なり。他(かれ)ら仏祖(ぶっそ)の妖王(ようおう)を収(おさ)めたるを見(み)て、各(おのおの)生(いき)を逃(のが)れて去(さ)れるなり。行者(ぎょうじゃ)才(はじ)めて八戒(はっかい)、沙僧(さそう)を解(と)き救(すく)い、行李(こうり)馬匹(ばひつ)を尋(たず)ね当(あ)て、他(かれ)二箇(ふたり)に与(とも)に説(い)う、「師父(しふ)は曾(かつ)て喫(くら)われず、都(みな)我(われ)に跟(したが)き来(きた)れ」と。他(かれ)両箇(ふたり)を引(ひ)いて径(ただ)ちに内院(ないいん=奥庭)に入(い)り、錦香亭(きんこうてい)を找(さが)し当(あ)て、門(もん)を打(う)ち開(ひら)いて看(み)れば、裡(うち)に一箇(ひとつ)の鐵櫃(てっき)有(あ)り、只(た)だ三蔵(さんぞう)の啼哭(ていこく=泣く)の声(こえ)有(あ)るを聞(き)く。沙僧(さそう)降妖杖(ごうようじょう)を使(つか)いて鐵鎖(てっさ)を打(う)ち開(ひら)き、櫃(ひつ)の蓋(ふた)を掲(あ)け開(ひら)き、一声(ひとこえ)「師父(しふ)!」と叫(よ)ぶ。三蔵(さんぞう)見(み)て、声(こえ)を放(はな)ちて大哭(たいこく)して道(い)う、「徒弟(とてい)よ!怎(いか)にして妖魔(ようま)を降(くだ)し得(え)しや?如何(いか)にして此(ここ)に到(いた)りて我(われ)を尋(たず)ね当(あ)てたるや」と。行者(ぎょうじゃ)上項(じょうこう=以上)の事(こと)を把(と)って、頭(かしら)より尾(お)に至(いた)るまで、細(こま)かに一遍(ひとわたり)陳(の)ぶ。三蔵(さんぞう)感謝(かんしゃ)尽(つ)くること無(な)し。師徒(しと)たち那(か)の宮殿(きゅうでん)の裡(うち)に在(あ)りて些(いささか)の米糧(べいりょう=食糧)を尋(たず)ね、些(いささか)の茶飯(さはん)を安排(あんばい)し、飽(あ)きて一餐(ひとくい)を喫(くら)い、收拾(しゅうしゅう)して城(しろ)を出(い)で、大路(たいろ)を找(さが)して西(にし)に投(とう)じて去(ゆ)く。正(まさ)に是(こ)れ: 真経(しんきょう)は必(かなら)ず真人(しんじん)の取(と)るところ、 意嚷(いじょう=心騒ぎ)心労(しんろう=心労す)は総(すべ)て是(こ)れ虚(きょ=むな)し。 畢竟(ひっきょう)此(こ)の一(ひと)たび去(ゆ)くに、幾時(いつ)か如来(にょらい)に面(まみ)ゆることを得(う)るを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい=語り)を聴(き)け。 第七十八回 比丘(びく)子(こ)を憐(あわ)れみて陰神(いんしん)を遣(つか)わし 金殿(きんでん)魔(ま)を識(し)りて道徳(どうとく)を談(だん)ず 一念(いちねん)才(はじ)めて動(うご)けば百魔(ひゃくま)を生(しょう)じ、修持(しゅじ)は最(もっと)も苦(くる)しく他(かれ)を奈何(いかん)ともすべき!但(た)だ洗滌(せんでき=洗い清むる)の塵垢(じんこう)無(な)きを憑(たの)み、也(ま)た収拴(しゅうせん=束ね収むる)の琢磨(たくま=磨き)有(あ)るを用(もち)う。万縁(ばんえん)を掃退(そうたい)して寂滅(じゃくめつ)に帰(き)し、千怪(せんかい)を蕩除(とうじょ=払いのけ)して蹉跎(さだ=くずおるる)こと莫(な)かれ。管(かなら)ず樊籠(はんろう=鳥籠)の套(わな)を跳(と)び出(い)でしめ、行(ぎょう)満(み)ちて飛昇(ひしょう)して大羅(だいら)に上(のぼ)らん。 話(はな)し説(つ)ぐ、孫大聖(そんたいせい)心機(しんき)を尽(つ)くし用(もち)い、如来(にょらい)を請(しょう)じて衆怪(しゅうかい)を収(おさ)め、三蔵(さんぞう)師徒(しと)の難(なん)を解脱(げだつ)せしめ、獅駝城(しだじょう)を離(はな)れて西(にし)へ行(ゆ)く。又(また)数月(すうげつ)を経(へ)て、早(は)や冬(ふゆ)に値(あ)う、但(た)だ見(み)る那(か)の嶺梅(れいばい=峰の梅)は将(まさ)に玉(ぎょく)を破(やぶ)らんとし、池水(ちすい)は漸(ようや)く冰(こおり)と成(な)る。紅葉(こうよう)は俱(とも)に飄落(ひょうらく)し、青松(せいしょう)は色(いろ)更(あらた)なり。淡雲(たんうん)飛(と)んで雪(ゆき)ならんと欲(ほっ)し、枯草(こそう)は山(やま)に伏(ふ)して平(たい)らかなり。満目(まんもく)の寒光(かんこう)迥(はる)かに、陰陰(いんいん)として骨(ほね)を誘(さそ)いて泠(すず)し。師徒(しと)たち寒(かん)を衝(つ)き冷(つめ)たきを冒(おか)し、雨(あめ)に宿(やど)り風(かぜ)を餐(くら)い、正(まさ)に行(ゆ)く間(あいだ)、又(また)一座(ひとつ)の城池(じょうち)を見(み)る。三蔵(さんぞう)問(と)うて曰(いわ)く: 「悟空(ごくう)よ、那(あ)の廂(ほとり)は又(また)是(こ)れ甚(なん)の所在(ところ)なる」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「跟前(まえ)に到(いた)れば自(おのずか)ら知(し)る、若(も)し是(こ)れ西邸(せいてい)の王位(おうい)なれば、須(すべから)く関文(かんぶん)を倒換(とうかん=付け替う)すべし;若(も)し府州県(ふしゅうけん)なれば、径(ただ)ちに過(す)ぎん」と。師徒(しと)言語(げんご)未(いま)だ畢(おわ)らざるに、早(は)や城門(じょうもん)の外(そと)に至(いた)る。三蔵(さんぞう)馬(うま)より下(お)り、一行(いっこう)四衆(ししゅ)月城(げつじょう=甕城)に進(すす)み入(い)り、一箇(ひとり)の老軍(ろうぐん=老兵)の、向陽(こうよう=日当たり)の墻(かき)の下(した)に在(あ)り、風(かぜ)に偎(よ)りて睡(ねむ)るを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に彼(かれ)を一(ひと)揺(ゆさぶ)りし、一声(ひとこえ)叫(よ)んで曰(いわ)く、「長官(ちょうかん)!」と。那(か)の老軍(ろうぐん)猛然(もうぜん)に驚覚(きょうかく=はっと覚め)、麻麻糊糊(ままここ=ぼんやり)として眼(め)を睜(ひら)き、行者(ぎょうじゃ)を見(み)るや、連忙(すぐさま)跪(ひざまず)き下(くだ)りて頭(こうべ)を磕(ぬか)ずき、叫(よ)んで曰(いわ)く、「爺爺(じいじい)!」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)胡(みだ)りに驚(おどろ)き怪(あやし)を作(な)すこと莫(な)かれ、我(われ)又(また)是(こ)れ甚(なん)の悪神(あくしん)にもあらず、汝(なんじ)爺爺(じいじい)と叫(よ)ぶは怎(なん)とせる」と。老軍(ろうぐん)頭(こうべ)を磕(ぬか)ずきて曰(いわ)く、「汝(なんじ)は是(こ)れ雷公(らいこう)爺爺(じいじい)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「胡説(こせつ=でたらめ)す!吾(われ)は乃(すなわ)ち東土(とうど)より西天(さいてん)に去(ゆ)きて経(きょう)を取(と)るの僧人(そうにん)なり。適才(さっき)此(ここ)に到(いた)り、地名(ちめい)を知(し)らざれば、汝(なんじ)に一声(ひとこえ)問(と)えるのみ」と。那(か)の老軍(ろうぐん)言(げん)を聞(き)きて、却(かえ)って才(ようや)く心(こころ)を正(ただ)し、一箇(ひとつ)の呵欠(あくび)を打(う)ち、爬(はい)き起(お)きて、腰(こし)を伸(の)ばし伸(の)ばし曰(いわ)く、「長老(ちょうろう)、長老(ちょうろう)、小人(しょうにん)の罪(つみ)を恕(ゆる)せ。此(こ)の処(ところ)の地方(ちほう)、原(もと)比丘国(びくこく)と喚(よ)び、今(いま)改(あらた)めて小子城(しょうしじょう)と作(な)す」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「国中(こくちゅう)に帝王(ていおう)有(あ)るや否(いな)や」と。老軍(ろうぐん)曰(いわ)く、「有(あ)り!有(あ)り!有(あ)り!」と。行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って身(み)を転(てん)じて唐僧(とうそう)に対(たい)して曰(いわ)く、「師父(しふ)、此(こ)の処(ところ)は原(もと)是(こ)れ比丘国(びくこく)、今(いま)小子城(しょうしじょう)と改(あらた)む。但(た)だ改(あらた)むるの意(こころ)何故(なんゆえ)なるかを知(し)らざるなり」と。唐僧(とうそう)疑惑(ぎわく)して曰(いわ)く、「既(すで)に比丘(びく)と云(い)えば、又(また)何(なん)ぞ小子(しょうし)と云(い)う」と。八戒(はっかい)曰(いわ)く、「想(おも)うに是(こ)れ比丘王(びくおう)崩(ほう)じて、新(あらた)に王位(おうい)に立(た)ちし者(もの)は是(こ)れ一箇(ひとり)の小子(こども)なるをもって、故(ゆえ)に小子城(しょうしじょう)と名(な)づくるならん」と。唐僧(とうそう)曰(いわ)く: 「此(こ)の理(ことわり)無(な)し!此(こ)の理(ことわり)無(な)し!我(われ)等(ら)且(しばら)く進(すす)み入(い)り、街坊(がいぼう=町筋)に到(いた)って再(ふたた)び問(と)わん」と。沙僧(しゃそう)曰(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、那(か)の老軍(ろうぐん)は一(ひとつ)には知(し)らず、二(ふたつ)には大哥(だいか=兄貴)に唬(おど)されて胡説(こせつ)せるのみ、且(しばら)く城(しろ)に入(い)りて去(ゆ)きて詢問(じゅんもん=尋ね問え)」と。 又(また)三層(さんそう)の門(もん)の裡(うち)に入(い)り、通衢(つうく=大通り)の大市(だいし=大市場)に到(いた)りて観看(かんがん=見物)すれば、倒(かえ)って也(ま)た衣冠(いかん)済楚(さいそ=整い清らか)に、人物(じんぶつ)清秀(せいしゅう)たり。但(た)だ見(み)る那(か)の:酒楼(しゅろう)歌館(かかん)語声(ごせい)喧(かまびす)しく、彩鋪(さいほ=色あやなす店)茶房(さぼう)高(たか)く簾(すだれ)を挂(か)く。万戸千門(ばんこせんもん)生意(せいい=商い)好(よ)く、六街三市(ろくがいさんし)財源(ざいげん)広(ひろ)し。金(きん)を買(か)い錦(にしき)を販(う)る人(ひと)蟻(あり)の如(ごと)く、利(り)を奪(うば)い名(な)を争(あらそ)うは只(た)だ銭(ぜに)のため。礼貌(れいぼう)荘厳(そうごん)にして風景(ふうけい)盛(さか)ん、河清(かせい)く海晏(うみしず)かにして太平(たいへい)の年(とし)。師徒(しと)四衆(ししゅ)馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(かつ)ぎ、街市(がいし)の裡(うち)を行(ゆ)くこと彀(た)る多時(たじ=久しく)、看(み)れど尽(つく)さず繁華(はんか)の気概(きがい)、但(た)だ只(た)だ見(み)る家々(いえいえ)の門口(もんこう)に一箇(ひとつ)の鵞籠(がろう=鵞鳥の籠)有(あ)るのみ。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「徒弟(とてい)よ、此(こ)の処(ところ)の人家(じんか)、都(みな)鵞籠(がろう)を門首(もんしゅ=門の前)に放(お)くは、何(なん)の故(ゆえ)ぞ」と。八戒(はっかい)説(い)うを聞(き)きて、左右(さゆう)より之(これ)を観(み)れば、果(はた)して是(こ)れ鵞籠(がろう)、排列(はいれつ)して五彩(ごさい)の綵緞(さいたん=色織りの絹)に遮幔(しゃまん=覆い)せり。呆子(あほう)笑(わら)って曰(いわ)く、「師父(しふ)、今日(こんにち)は想(おも)うに是(こ)れ黄道(こうどう)の良辰(りょうしん=佳き日)、婚姻(こんいん)を結(むす)び友(とも)と会(かい)するに宜(よろ)しく、都(みな)礼(れい)を行(おこな)うならん」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「胡談(こだん=たわごと)す! 那(いず)くに就(すなわ)ち家家(いえいえ)都(みな)礼(れい)を行(おこな)わん!其(そ)の間(あいだ)必(かなら)ず縁故(えんこ=わけ)有(あ)らん、我(われ)をして上(のぼ)り前(まえ)に看(み)しめよ」と。三蔵(さんぞう)扯(ひ)き止(とど)めて曰(いわ)く、「汝(なんじ)去(ゆ)くこと莫(な)かれ、汝(なんじ)の嘴臉(しれん=顔つき)は醜陋(しゅうろう=醜くいや)しく、人(ひと)の汝(なんじ)を怪(あやし)むを怕(おそ)るるのみ」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「我(われ)変化(へんげ)して去(ゆ)き来(きた)らん」と。好(よ)きかな大聖(たいせい)、訣(けつ)を捻(ねん)じ、一声(ひとこえ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一箇(ひとつ)の蜜蜂児(みつばち)と作(な)り、翅(つばさ)を展開(てんかい)し、辺前(ほとり)に飛(と)び近(ちか)づき、幔(とばり)の裡(うち)に鑽(もぐ)り入(い)りて観看(かんがん)すれば、原(もと)来(もと)裡(うち)に坐(ざ)せるは是(こ)れ一箇(ひとり)の小孩児(こども)なり。 再(ふたた)び第二(だいに)の家(いえ)の籠(かご)の裡(うち)に去(ゆ)きて看(み)れば、也(ま)た是(こ)れ一箇(ひとり)の小孩児(こども)なり。連(つら)ねて八九家(はちきゅうけん)を看(み)るに、都(みな)是(こ)れ一箇(ひとり)の小孩児(こども)、却(かえ)って是(こ)れ男身(だんしん)、更(さら)に女子(じょし)有(あ)らず。有(あ)るは籠(かご)の中(なか)に坐(ざ)して頑耍(がんしゃ=戯れ遊)び、有(あ)るは裡(うち)に坐(ざ)して啼哭(ていこく=泣き叫)び、有(あ)るは果子(かじ=果物)を食(くら)い、有(あ)るは或(あるい)は睡(ねむ)り或(あるい)は坐(ざ)す。行者(ぎょうじゃ)看(み)り了(おわ)り、原身(ほんぞう=元の姿)を現(あらわ)して唐僧(とうそう)に回報(かいほう)して曰(いわ)く: 「那(か)の籠(かご)の裡(うち)は是(こ)れ些(いささか)の小孩子(こども)ども、大(おお)いなる者(もの)も七歳(ななつ)に満(み)たず、小(ちい)さき者(もの)は只(た)だ五歳(いつつ)有(あ)るのみ、何(なん)の故(ゆえ)なるかを知(し)らず」と。三蔵(さんぞう)説(い)うを見(み)て、疑思(ぎし=思い惑い)定(さだ)まらず。忽(たちま)ち街(まち)を転(てん)じて一(ひとつ)の衙門(がもん=役所)を見(み)る、乃(すなわ)ち是(こ)れ金亭館駅(きんていかんえき)なり。長老(ちょうろう)喜(よろこ)んで曰(いわ)く、「徒弟(とてい)よ、我(われ)等(ら)且(しばら)く此(こ)の駅(えき)の裡(うち)に進(すす)み入(い)り、一(ひとつ)には他(かれ)に地方(ちほう)を問(と)い、二(ふたつ)には馬匹(ばひつ=馬)を撒(はな)ち喂(やしな)い、三(みっつ)には天(てん)晚(く)れて投宿(とうしゅく=宿をと)らん」と。沙僧(しゃそう)曰(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ、快(すみや)かに進(すす)み入(い)れ耶(よ)」と。四衆(ししゅ)欣然(きんぜん=喜びいさん)で入(い)る。只(た)だ見(み)る那(か)の在官人(ざいかんにん=役人)果(はた)して駅丞(えきじょう=駅舎の長)に報(しら)せ、門(もん)に接入(しょうにゅう)し、各各(おのおの)相見(あいまみ)ゆ。叙坐(じょざ=席次)定(さだ)まり、駅丞(えきじょう)問(と)う、「長老(ちょうろう)は何方(いずこ)より来(きた)れる」と。三蔵(さんぞう)言(い)う、「貧僧(ひんそう)は東土(とうど)大唐(だいとう)より西天(さいてん)に差(つか)わされ経(きょう)を取(と)らんとする者(もの)、今(いま)貴処(きしょ=当地)に到(いた)る、関文(かんぶん)有(あ)れば理(ことわり)に当(あた)りて照験(しょうけん=照合検証)さるべく、権(かり)に高衙(こうが=貴舎)を借(か)りて一歇(ひとやす)みせん」と。駅丞(えきじょう)即(すなわ)ち茶(ちゃ)を看(み=出だ)すを命(めい)じ、茶(ちゃ)畢(おわ)れば即(すなわ)ち支応(しおう=供応)を弁(べん)じ、当直(とうじき=当番)の者(もの)に命(めい)じて管待(かんたい=饗応)を安排(あんばい)せしむ。三蔵(さんぞう)称謝(しょうしゃ)し、又(また)問(と)う、「今日(こんにち)入朝(にゅうちょう)して駕(が=天子)に見(まみ)え、関文(かんぶん)を照験(しょうけん)すべきを得(う)るや」と。駅丞(えきじょう)曰(いわ)く、「今晚(こんばん)は能(あた)わず、須(すべから)く明日(みょうにち)の早朝(そうちょう)を待(ま)つべし。今晚(こんばん)は且(しばら)く敝衙門(へいがもん=拙い役所)に寛住(かんじゅう=ゆるりと泊)まりて一宵(ひとよ)を過(すご)せ」と。 少頃(しばらくして)、安排(あんばい)停当(ていとう=整い)し、駅丞(えきじょう)即(すなわ)ち四衆(ししゅ)を請(しょう)じ、同(とも)に斎供(さいく=精進の供物)を食(くら)い了(おわ)り、又(また)手下(しゅか)の者(もの)に教(おし)えて客房(かくぼう=客間)を掃(は)きて安歇(あんけつ=休ま)しむ。三蔵(さんぞう)感謝(かんしゃ)尽(つく)すこと能(あた)わず。既(すで)に坐(ざ)し下(くだ)れば、長老(ちょうろう)曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)一件(ひとつ)の明(あき)らかならざる事(こと)有(あ)りて教(おしえ)を請(こう)う、煩(わずら)わしきかな指示(しじ)せよ。貴処(きしょ)にて孩児(がいじ=子供)を養(やしな)うに、怎(いか)に生(しょう)じて看待(かんたい=扱う)するかを知(し)らず」と。駅丞(えきじょう)曰(いわ)く、「天(てん)に二日(ふつか)無(な)く、人(ひと)に二理(ふたつのことわり)無(な)し。孩童(がいどう=子供)を育(そだ)つるは、父(ちち)の精(せい)母(はは)の血(ち)、懐胎(かいたい)十月(じゅうがつ)、時(とき)を待(ま)ちて生(うまる)れ、生(うま)れ落(お)ちて乳哺(にゅうほ=乳を飲ませ育つる)三年(さんねん)、漸(ようや)く体相(たいそう=体格)を成(な)す、豈(あ)に之(これ)を知(し)らざるの理(ことわり)有(あ)らんや!」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く: 「尊言(そんげん=貴殿の言)に拠(よ)れば敝邦(へいほう=我が国)と異(こと)なること無(な)し。但(た)だ貧僧(ひんそう)城(しろ)に入(い)りし時(とき)、街坊(がいぼう)の人家(じんか)に、各(おのおの)一(ひとつ)の鵞籠(がろう)を設(もう)け、都(みな)小児(しょうじ)を其(そ)の裡(うち)に蔵(かく)せるを見(み)たり。此(こ)の事(こと)明(あき)らかならず、故(ゆえ)に敢(あ)えて動(うご)きて問(と)う」と。駅丞(えきじょう)耳(みみ)に附(ふ)して低言(ていげん=ささや)いて曰(いわ)く: 「長老(ちょうろう)よ、他(かれ)を管(かん)すること莫(な)かれ、他(かれ)を問(と)うこと莫(な)かれ、也(ま)た他(かれ)を理(ことわり)し他(かれ)を説(い)うこと莫(な)かれ。請(こ)う、安(やす)んじ置(お)かれ、明早(あすのあした)に路(みち)を走(はし)れ」と。長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)きて、一把(ひとつかみ)に駅丞(えきじょう)を扯(ひ)き住(とど)め、定(かなら)ず箇(ひとつ)の明白(めいはく)を問(と)わんと欲(ほっ)す。駅丞(えきじょう)頭(こうべ)を揺(ゆす)り手(て)を揺(ゆす)りて只(た)だ叫(よ)んで曰(いわ)く: 「謹言(きんげん=慎んで申せ)!」と。三蔵(さんぞう)一発(いっそう)放(はな)さず、執死(しゅうし=かたくな)に定(かなら)ず詳細(しょうさい)を問(と)わんと欲(ほっ)す。駅丞(えきじょう)無奈(むない=どうにもならず)、只(た)だ一応(いちおう)の在官人(ざいかんにん)等(ら)を屏(しりぞ)け去(さ)り、独(ひと)り灯光(とうこう)の下(もと)に在(あ)りて、悄悄(しょうしょう=ひそやか)として言(い)いて曰(いわ)く、「適(さっき)問(と)える所(ところ)の鵞籠(がろう)の事(こと)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ当今(とうきん=今の)国主(こくしゅ)の無道(むどう)の事(こと)なり。汝(なんじ)只(た)だ管(かん)して他(かれ)を問(と)うは怎(なん)とせる」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「何(なん)をか無道(むどう)と為(な)す?必(かなら)ず明白(めいはく)に見教(けんきょう=お示し)あらば、我(われ)方(はじ)めて心(こころ)を放(はな)つを得(え)ん」と。駅丞(えきじょう)曰(いわ)く、「此(こ)の国(くに)は原(もと)是(こ)れ比丘国(びくこく)なるが、近(ちか)ごろ民謡(みんよう)有(あ)りて、小子城(しょうしじょう)と改(あらた)む。三年前(さんねんまえ)、一人(ひとり)の老人(ろうじん)有(あ)りて道人(どうにん=道士)の様(さま)に打扮(よそお)し、一(ひとり)の小女子(しょうじょし)を携(たずさ)え、年(とし)正(まさ)に一十六歳(じゅうろくさい)、其(そ)の女(むすめ)の形容(けいよう=姿かたち)嬌俊(きょうしゅん=愛らしく秀で)、貌(かたち)観音(かんのん)の若(ごと)く、進貢(しんこう=献上)して当今(とうきん)に与(あた)うれば、陛下(へいか)其(そ)の色(いろ)の美(うつく)しきを愛(め)で、寵幸(ちょうこう=寵愛)して宮(きゅう)に在(あ)り、号(ごう)して美后(びこう)と為(な)す。近(ちか)ごろ三宮(さんきゅう)の娘娘(にゃんにゃん)、六院(ろくいん)の妃子(ひし)を把(と)って、全(まった)く正眼(せいがん)を以(もっ)て相覷(あいみ=見る)ること無(な)く、昼(ひる)夜(よる)を分(わ)たず、貪歓(たんかん=歓びにふけ)ること已(や)まず。如今(いま)精神(せいしん)瘦倦(そうけん=やせ衰え)え、身体(しんたい)尪羸(おうるい=やせこけ)、飲食(いんしょく)少(すくな)く進(すす)み、命(いのち)須臾(しゅゆ=今わの際)に在(あ)るに至(いた)らしむ。太医院(たいいいん)良方(りょうほう)を検(えら)び尽(つく)せど、療治(りょうじ)すること能(あた)わず。那(か)の女子(じょし)を進(すす)めし道人(どうにん)は、我(わ)が主(あるじ)の誥封(こうふう=勅命の叙爵)を受(う)け、称(よば)れて国丈(こくじょう)と為(な)る。国丈(こくじょう)に海外(かいがい)の秘方(ひほう)有(あ)り、甚(はなは)だ能(よ)く寿(じゅ=命)を延(の)ばす、前者(さきに)十洲(じっしゅう)・三島(さんとう)に去(ゆ)き、薬(くすり)を采(と)り将(も)ち来(きた)り、俱(とも)に已(すで)に完備(かんび)せり。但(た)だ只(た)だ是(こ)れ薬引子(やくいんし=薬の効きを導くもの)の利害(りがい=ひどさ):単(ひとえ)に一千百十一箇(せんひゃくじゅういちにん)の小児(しょうじ)の心肝(しんかん=心と肝)を用(もち)い、湯(ゆ)を煎(せん)じて薬(くすり)を服(の)めば、服(の)みて後(のち)千年(せんねん)不老(ふろう)の功(こう)有(あ)らんと。此(こ)れらの鵞籠(がろう)の裡(うち)の小児(しょうじ)は、俱(とも)に是(こ)れ選(えら)び就(な)せる者(もの)、裡(うち)に養(やしな)いて在(あ)り。人家(じんか)の父母(ふぼ)は、王法(おうほう)を懼(おそ)れて、俱(とも)に敢(あ)えて啼哭(ていこく)せず、遂(つい)に謡言(ようげん=うわさ)を伝播(でんぱ)し、小児城(しょうじじょう)と叫做(なづ)く。此(こ)れ無道(むどう)に非(あら)ずして何(なん)ぞや?長老(ちょうろう)よ、明早(あすのあした)朝(ちょう)に到(いた)らば、只(た)だ去(ゆ)きて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し、此(こ)の事(こと)を言及(げんきゅう)するを得(え)ざれ」と。言(げん)畢(おわ)りて身(み)を抽(ぬ)いて退(しりぞ)く。唬(おど)ろかされて箇(ひとり)の長老(ちょうろう)は骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、止(とど)むること能(あた)わず腮辺(さいたん=頬)に涙(なみだ)堕(お)ち、忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)いて叫(よ)んで曰(いわ)く、「昏君(くんくん=愚かな君)よ、昏君(くんくん)よ!汝(なんじ)がために歓(かん)を貪(むさぼ)り美(び)を愛(あい)して、病(やまい)を弄(ろう)し出(いだ)し、怎(なん)で此(か)くの般(ごと)く多(おお)くの小児(しょうじ)の性命(せいめい)を屈(ま)げ傷(そこな)わんや!苦(くる)しき哉(かな)!苦(くる)しき哉(かな)!痛(いた)ましき哉(かな)我(われ)を殺(ころ)すや!」と。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く: 邪主(じゃしゅ)無知(むち)にして正真(しょうしん)を失(うしな)い、貪歓(たんかん)省(さと)らずして暗(あん)に身(み)を傷(そこな)う。 永寿(えいじゅ)を求(もと)むるに因(よ)りて童命(どうめい)を戕(そこな)い、天災(てんさい)を解(と)かんとて小民(しょうみん)を殺(ころ)す。 僧(そう)慈悲(じひ)を発(おこ)して割捨(かっしゃ=捨てがた)く、官(かん)の言(げん)利害(りがい)にして聞(き)くに堪(た)えず。 灯前(とうぜん)に涙(なみだ)を洒(そそ)ぎて長(とこし)えに吁嘆(うたん=嘆息)し、参禅(ぜんじょう)の仏(ほとけ)に向(むか)う人(ひと)痛(いた)み倒(たお)る。 八戒(はっかい)近(ちか)づき前(まえ)に曰(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)は怎(なん)として起(た)てるや?専(もっぱ)ら别人(べつじん)の棺材(かんざい=棺)を把(と)って自家(じか)の家(いえ)の裡(うち)に抬(かつ)ぎ入(い)れて哭(な)く!煩悩(ぼんのう)すること莫(な)かれ!常言(じょうげん)に道(い)う、君(きみ)臣(しん)に死(し)せと教(おし)うれば、臣(しん)死(し)せずんば不忠(ふちゅう);父(ちち)子(こ)に亡(ほろ)びよと教(おし)うれば、子(こ)亡(ほろ)びずんば不孝(ふこう)と。他(かれ)が傷(そこな)うは是(こ)れ他(かれ)が子民(しみん=民)なるに、汝(なんじ)と何(なん)の干(かかわり)有(あ)らん!且(しばら)く来(きた)りて衣服(いふく)を寛(ゆる)めて睡(ねむ)り、古(いにしえ)の人(ひと)のために憂(うれ)いを耽(ふけ)ること莫(な)かれ」と。三蔵(さんぞう)涙(なみだ)を滴(したた)らして曰(いわ)く、「徒弟(とてい)よ、汝(なんじ)は是(こ)れ一箇(ひとり)の慈憫(じびん=あわれみ)ならざる者(もの)なり!我(われ)出家人(しゅっけにん)は、功(こう)を積(つ)み行(ぎょう)を累(かさ)ね、第一(だいいち)に方便(ほうべん)を行(おこな)うを要(よう)す。 怎(なん)で此(こ)の昏君(くんくん)は一味(いちみ=ひたすら)に胡(みだ)りに行(おこな)うや!従(よ)り来(きた)るも人(ひと)の心肝(しんかん)を食(くら)いて、以(もっ)て寿(じゅ)を延(の)ばす可(べ)きを見(み)ず。此(こ)れ都(みな)是(こ)れ無道(むどう)の事(こと)なるに、我(われ)をして怎(なん)で傷悲(しょうひ=悲しみ)せざらしめんや!」と。沙僧(しゃそう)曰(いわ)く、「師父(しふ)、且(しばら)く傷悲(しょうひ)すること莫(な)かれ、明早(あすのあした)関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し、覿面(てきめん=面と向かい)て国王(こくおう)と講(こう)じ過(すご)さんと待(ま)て。若(も)し従(したが)わずんば、他(かれ)が是(こ)れ怎(いか)なる模様(さま)の一箇(ひとり)の国丈(こくじょう)なるかを看(み)ん。或(あるい)は恐(おそ)らくは那(か)の国丈(こくじょう)は是(こ)れ一箇(ひとり)の妖精(ようせい)にして、人(ひと)の心肝(しんかん)を食(くら)わんと欲(ほっ)し、故(ゆえ)に此(こ)の法(ほう)を設(もう)くること有(あ)るも未(いま)だ知(し)る可(べ)からざるなり」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「悟浄(ごじょう)の説(い)えるは理(ことわり)有(あ)り。師父(しふ)、汝(なんじ)且(しばら)く睡(ねむ)れ、明日(みょうにち)老孫(ろうそん)をして汝(なんじ)と同(とも)に朝(ちょう)に入(い)り、国丈(こくじょう)の好歹(こうたい=善し悪し)を看(み)しめよ。若(も)し是(こ)れ人(ひと)ならば、只(た)だ恐(おそ)らくは他(かれ)旁門(ぼうもん=邪道)に走(はし)り、正道(しょうどう)を知(し)らず、徒(いたず)らに采薬(さいやく=薬を採る)を以(もっ)て真(しん)と為(な)すのみ、老孫(ろうそん)をして先天(せんてん)の要旨(ようし)を将(も)ちて、他(かれ)を化(け)して正(しょう)に皈(き)せしめん;若(も)し是(こ)れ妖邪(ようじゃ)ならば、我(われ)他(かれ)を把(と)らえ住(とど)め、此(こ)の国王(こくおう)に与(あた)えて看(み)しめ、他(かれ)をして欲(よく)を寛(ゆる)やかにし身(み)を養(やしな)わしめ、決(けっ)して他(かれ)をして那(か)の孩童(がいどう)たちの性命(せいめい)を傷(そこな)わしめず」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、急(いそ)ぎ躬身(きゅうしん=身をかがめ)して行者(ぎょうじゃ)に対(たい)し施礼(せれい)して曰(いわ)く、「徒弟(とてい)よ、此(こ)の論(ろん)極(きわ)めて妙(みょう)なり!極(きわ)めて妙(みょう)なり!但(た)だ只(た)だ是(こ)れ昏君(くんくん)に見(まみ)えて、便(すなわ)ち此(こ)の事(こと)を問(と)う可(べ)からず、恐(おそ)らくは那(か)の昏君(くんくん)遠近(えんきん)を分(わ)かたず、併(あわ)せて謡言(ようげん)を作(な)して罪(つみ)を見(み=加え)ん、却(かえ)って怎(いか)に生(しょう)じて区処(くしょ=処理)せん」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って曰(いわ)く、「老孫(ろうそん)自(おのずか)ら法力(ほうりき)有(あ)り、如今(いま)先(ま)ず鵞籠(がろう)の小児(しょうじ)を将(も)ちて此(こ)の城(しろ)を摂(ひき)離(はな)れしめ、他(かれ)をして明日(みょうにち)物(もの)無(な)くして心(こころ)を取(と)ること能(あた)わざらしめん。地方官(ちほうかん)自(おのずか)ら奏表(そうひょう)すれば、那(か)の昏君(くんくん)必(かなら)ず旨意(しい=勅旨)有(あ)り、或(あるい)は国丈(こくじょう)と商量(しょうりょう=相談)し、或(あるい)は別(べつ)に選(えら)び報(ほう)じて行(おこな)わん。 其(そ)の時節(とき)、此(こ)れに借(か)りて挙奏(きょそう=申し上ぐ)らば、決(けっ)して罪(つみ)を我(われ)に坐(ざ)せしむるに至(いた)らざるなり」と。三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ喜(よろこ)び、又(また)曰(いわ)く、「如今(いま)怎(いか)にして小児(しょうじ)を城(しろ)より離(はな)るるを得(え)ん?若(も)し果(はた)して脱(のが)るるを得(う)れば、真(まこと)に賢徒(けんと=賢き弟子)の天(てん)も大(おお)いなるの徳(とく)なり!速(すみや)かに之(これ)を為(な)す可(べ)し、略(いささ)か遅緩(ちかん=遅れ)ることは些(いささか)も、恐(おそ)らくは及(およ)ぶ無(な)からん」と。行者(ぎょうじゃ)神威(しんい)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、即(すなわ)ち身(み)を起(お)こして八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)に吩咐(ふんぷ=言いつけ)て曰(いわ)く: 「師父(しふ)と同(とも)に坐(ざ)して我(われ)が施為(しい=働き)を待(ま)て、汝(なんじ)看(み)よ、但(た)だ陰風(いんぷう)の刮(ふ)き動(うご)く有(あ)れば、就(すなわ)ち是(こ)れ小児(しょうじ)の城(しろ)を出(い)でしなり」と。彼(かれ)三人(さんにん)一斉(いっせい)に俱(とも)に念(ねん)ず、「南無救生薬師仏(なむくじょうやくしぶつ)!南無救生薬師仏(なむくじょうやくしぶつ)!」と。 此(こ)の大聖(たいせい)門(もん)の外(そと)に出(い)で、一箇(ひとつ)の唿哨(こっしょう=口笛)を打(う)ち、半空(はんくう)に起(た)ち、訣(けつ)を捻(ねん)じ、真言(しんごん)を念動(ねんどう)し、一声(ひとこえ)「唵浄法界(おんじょうほっかい)」と叫(よ)べば、那(か)の城隍(じょうこう)・土地(とち)・社令(しゃれい)・真官(しんかん)、并(ならび)に五方(ごほう)の掲諦(かいてい)・四値(しち)の功曹(こうそう)・六丁六甲(りくていりっこう)と護教伽藍(ごきょうがらん)等(ら)の衆(しゅ)を拘(こう=呼び集)え得(え)て、都(みな)空中(くうちゅう)に到(いた)り、彼(かれ)に対(たい)し施礼(せれい)して曰(いわ)く、「大聖(たいせい)よ、夜(よる)に吾等(われら)を喚(よ)ぶは、何(なん)の急事(きゅうじ)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「今(いま)比丘国(びくこく)を路過(ろか)するに因(よ)り、那(か)の国王(こくおう)無道(むどう)にして、妖邪(ようじゃ)を信(しん)じ聴(き)き、小児(しょうじ)の心肝(しんかん)を取(と)りて薬引子(やくいんし)と作(な)し、長生(ちょうせい)を指(ゆびさ)し望(のぞ)むと。我(われ)が師父(しふ)十分(じゅうぶん)に忍(しの)ぶこと能(あた)わず、生(せい)を救(すく)い怪(かい)を滅(めっ)せんと欲(ほっ)す、故(ゆえ)に老孫(ろうそん)特(こと)に列位(れつい=皆様)を請(しょう)じ、各(おのおの)神通(じんつう)を使(つか)い、我(われ)と此(こ)の城(しろ)の各街坊(かくがいぼう)の人家(じんか)の鵞籠(がろう)の裡(うち)の小児(しょうじ)を、籠(かご)ごと都(みな)摂(ひき)て城外(じょうがい)の山凹(さんおう=山のくぼみ)の裡(うち)に出(いだ)し、或(あるい)は樹林(じゅりん)の深(ふか)き処(ところ)に収蔵(しゅうぞう)して一二日(いちににち)を過(すご)し、他(かれ)に些(いささか)の果子(かじ=果物)を与(あた)えて食用(しょくよう)せしめ、餓(う)え損(そこな)うことを得(え)ざらしめ;又(また)暗(あん)に護持(ごじ=守護)し、他(かれ)をして驚恐(きょうきょう=おびえる)し啼哭(ていこく)せしむることを得(え)ざらしめよ。我(われ)が邪(じゃ)を除(のぞ)き、国(くに)を治(おさ)め、君王(くんおう)を勧(すす)めて正(ただ)し、臨行(りんこう=出立の際)の時(とき)に送(おく)り来(きた)りて我(われ)に還(かえ)すを待(ま)て」と。衆神(しゅうしん)令(れい)を聴(き)きて、即(すなわ)ち便(すなわ)ち各(おのおの)神通(じんつう)を使(つか)い、雲頭(うんとう)を按(おさ)え下(くだ)れば、満城(まんじょう)の裡(うち)に陰風(いんぷう)滾滾(こんこん)と、惨霧(さんむ)漫漫(まんまん)たり: 陰風(いんぷう)刮(ふ)きて一天(いってん)の星(ほし)を暗(くら)くし、惨霧(さんむ)遮(さえぎ)りて千里(せんり)の月(つき)を昏(くら)くす。 起(お)こり初(はじ)めし時(とき)は、還(ま)た蕩蕩悠悠(とうとうゆうゆう=ゆらゆらと);次(つい)で後(のち)来(きた)れば、就(すなわ)ち轟轟烈烈(こうこうれつれつ=ごうごうと)たり。悠悠蕩蕩(ゆうゆうとうとう)として、各(おのおの)門戸(もんこ)を尋(たず)ねて孩童(がいどう)を救(すく)い;烈烈轟轟(れつれつこうこう)として、都(みな)鵞籠(がろう)を看(み)て骨血(こっけつ=血を分けた子)を援(たす)く。冷気(れいき)人(ひと)を侵(おか)して怎(いか)でか頭(こうべ)を出(いだ)さん、寒威(かんい)体(たい)に透(とお)りて衣(ころも)鉄(てつ)の如(ごと)し。父母(ふぼ)徒(いたず)らに張皇(ちょうこう=あわて)い、兄嫂(けいそう=兄と嫂)皆(みな)悲切(ひせつ=悲しむ)。満地(まんち)に陰風(いんぷう)を巻(ま)き、籠児(ろうじ=籠)は神(かみ)に摂(とら)えらる。此(こ)の夜(よる)は縦(よ)し孤恓(こせい=心細く淋し)くとも、天明(てんめい)には尽(ことごと)く歓悦(かんえつ=喜ぶ)。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く: 釈門(しゃくもん)の慈憫(じびん)は古(いにしえ)より来(きた)りて多(おお)く、正善(しょうぜん)功(こう)を成(な)して摩訶(まか)を説(と)く。 万聖千真(ばんせいせんしん)皆(みな)徳(とく)を積(つ)み、三皈五戒(さんきごかい)は和(わ)に従(したが)うを要(よう)す。 比丘(びく)一国(いっこく)は君(きみ)の乱(みだ)るるに非(あら)ず、小子(しょうし)千名(せんめい)は是(こ)れ命(いのち)の訛(あやまち)。 行者(ぎょうじゃ)師(し)に因(よ)りて同(とも)に救護(きゅうご)し、此(こ)の場(ば)の陰騭(いんしつ=陰徳)は波羅(はら)に勝(まさ)る。 当夜(とうや)三更(さんこう)の時分(じぶん)に、衆神祇(しゅうしんぎ)鵞籠(がろう)を摂(とら)え去(さ)りて各処(かくしょ)に安(やす)んじ蔵(かく)せり。 行者(ぎょうじゃ)祥光(しょうこう)を按(おさ)え下(くだ)り、径(ただ)ちに駅庭(えきてい=駅舎の庭)の上(ほとり)に至(いた)れば、只(た)だ彼(かれ)三人(さんにん)の還(ま)た「南無救生薬師仏(なむくじょうやくしぶつ)」を念(ねん)ずるを聴(き)くのみ。彼(かれ)も也(ま)た心(こころ)の裡(うち)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)び、近(ちか)づき前(まえ)に叫(よ)んで曰(いわ)く、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり。陰風(いんぷう)の起(お)こること如何(いかん)」と。八戒(はっかい)曰(いわ)く、「好(よ)き陰風(いんぷう)なり!」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「児(こ)を救(すく)うの事(こと)、却(かえ)って怎(いか)に説(い)うや」と。 行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「已(すで)に一一(いちいち)彼(かれ)を救(すく)い出(いだ)せり、我(われ)等(ら)が身(み)を起(おこ)す時(とき)を待(ま)ちて送(おく)り還(かえ)さん」と。長老(ちょうろう)謝(しゃ)して又(また)謝(しゃ)し、方(はじ)めて就寝(しゅうしん)す。 天(てん)の暁(あけ)に至(いた)り、三蔵(さんぞう)醒(さ)め来(きた)り、遂(つい)に結束(けっそく=身支度)斉備(せいび)して曰(いわ)く、「悟空(ごくう)よ、我(われ)早朝(そうちょう)に趁(つ)け、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)しに去(ゆ)かんとす」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)自(みずか)ら去(ゆ)かば恐(おそ)らくは事(こと)済(な)らず、老孫(ろうそん)をして汝(なんじ)と同(とも)に去(ゆ)かしめ、那(か)の国丈(こくじょう)の邪正(じゃしょう)如何(いかん)を看(み)しめよ」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「汝(なんじ)去(ゆ)かば却(かえ)って礼(れい)を行(おこな)うを肯(あ)えず、恐(おそ)らくは国王(こくおう)怪(とが)むるを見(み)ん」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「我(われ)身(み)を現(あらわ)さず、暗(あん)に汝(なんじ)に跟随(ずいすい=付き従)わば、就(すなわ)ち保護(ほご)に当(あた)らん」と。三蔵(さんぞう)甚(はなは)だ喜(よろこ)び、八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)に行李(こうり=荷物)と馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ=見張)るを吩咐(ふんぷ)し、却(かえ)って才(ようや)く歩(ほ)を挙(あげ)んとするに、此(こ)の駅丞(えきじょう)又(また)来(きた)りて相見(あいまみ)ゆ。此(こ)の長老(ちょうろう)の打扮(よそお)い起(た)てるを看(み)れば、昨日(きのう)に比(くら)べて又(また)甚(はなは)だ不同(こと)なり、但(た)だ見(み)る他(かれ)は: 身上(しんじょう)に穿(き)るは一領(ひとえ)の錦襴(きんらん)異宝(いほう)の仏袈裟(ぶつけさ)、頭(こうべ)に戴(いただ)くは金頂(きんちょう)の毗盧帽(びるぼう)。 九環(きゅうかん)の錫杖(しゃくじょう)手(て)の中(うち)に拿(と)り、胸(むね)に一点(いってん)の神光(しんこう)の妙(みょう)を蔵(かく)す。 通関(つうかん)の文牒(ぶんじょう)身(み)に緊(きび)しく随(したが)い、包裹(ほうか=包み)袋中(たいちゅう)に錦套(きんとう=錦の覆い)を纏(まと)う。 行(ゆ)くこと阿羅(あら)の世(よ)に降(くだ)るに似(に)て、誠(まこと)に活仏(かつぶつ)の真(しん)の容貌(ようぼう)の如(ごと)し。 那(か)の駅丞(えきじょう)相見(あいまみ)え礼(れい)畢(おわ)り、耳(みみ)に附(ふ)して低言(ていげん)し、只(た)だ閑事(かんじ=よけいな事)を管(かん)すること莫(な)かれと教(おし)う、三蔵(さんぞう)点頭(てんどう=うなず)きて声(こえ)に応(こた)う。大聖(たいせい)門(もん)の旁(かたわら)に閃(ひらめ)き、一箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅう=つくつくぼうしの幼虫)と作(な)り、嚶(えい)の一声(ひとこえ)、三蔵(さんぞう)の帽児(ぼうじ=帽子)の上(うえ)に飛(と)び、館駅(かんえき)を出(い)で、径(ただ)ちに朝中(ちょうちゅう)に奔(はし)る。朝門(ちょうもん)の外(そと)に到(いた)るに及(およ)び、黄門官(こうもんかん)有(あ)るを見(み)、即(すなわ)ち施礼(せれい)して曰(いわ)く、「貧僧(ひんそう)は乃(すなわ)ち東土(とうど)大唐(だいとう)より西天(さいてん)に差(つか)わされ経(きょう)を取(と)る者(もの)、今(いま)貴地(きち)に到(いた)る、理(ことわり)に当(あた)りて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)すべし。意(こころ)は駕(が)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す、伏(ふ)して転奏(てんそう=取次ぎ奏上)転奏(てんそう)を乞(こ)う」と。 那(か)の黄門官(こうもんかん)果(はた)して伝奏(でんそう)を為(な)せば、国王(こくおう)喜(よろこ)んで曰(いわ)く、「遠来(えんらい)の僧(そう)は、必(かなら)ず道行(どうぎょう)有(あ)らん」と。請(しょう)じて進(い)れと教(おし)う。黄門官(こうもんかん)復(ま)た旨(し)を奉(ほう)じ、長老(ちょうろう)を請(しょう)じて入(い)る。長老(ちょうろう)階下(かいか)に朝見(ちょうけん)し畢(おわ)り、復(ま)た上殿(じょうでん)して坐(ざ)を賜(たまわ)るを請(こ)う。長老(ちょうろう)又(また)恩(おん)を謝(しゃ)して坐(ざ)すれば、只(た)だ見(み)る那(か)の国王(こくおう)の相貌(そうぼう)尪羸(おうるい=やせこけ)、精神(せいしん)倦怠(けんだい=疲れだる)し:手(て)を挙(あ)ぐる処(ところ)、揖譲(ゆうじょう=礼儀)差池(しち=乱れ);言(げん)を開(ひら)く時(とき)、声音(せいおん)断続(だんぞく)す。長老(ちょうろう)文牒(ぶんじょう)を献(たてまつ)り上(のぼ)せば、那(か)の国王(こくおう)は眼目(がんもく)昏朦(こんもう=かすみ)、看(み)て又(また)看(み)て、方(はじ)めて宝印(ほういん)を取(と)り花押(かおう=署名)を用(もち)い、長老(ちょうろう)に逓(わた)せば、長老(ちょうろう)収(おさ)め訖(おわ)る。 那(か)の国王(こくおう)正(まさ)に経(きょう)を取(と)るの原因(げんいん)を問(と)わんとするに、只(た)だ当駕官(とうがかん)の奏(そう)して曰(いわ)く、「国丈(こくじょう)爺爺(じいじい)来(きた)れり」とを聴(き)く。那(か)の国王(こくおう)即(すなわ)ち近侍(きんじ)の小宦(しょうかん=宦官)を扶(たす)け、掙(あが)きて龍床(りゅうしょう=玉座)を下(くだ)り、躬身(きゅうしん=身をかがめ)て迎接(げいせつ)すれば、慌(あわ)てて那(か)の長老(ちょうろう)急(いそ)ぎ身(み)を起(おこ)し、側(かたわら)に立(た)ちて傍(そば)に在(あ)り。頭(こうべ)を回(めぐ)らして観看(かんがん)すれば、原(もと)来(もと)是(こ)れ一箇(ひとり)の老道者(ろうどうしゃ)、玉階(ぎょくかい)の前(まえ)より揺揺擺擺(ようようはいはい=ゆらゆら)として進(すす)み入(い)る。但(た)だ見(み)る他(かれ)は: 頭上(ずじょう)に戴(いただ)くは一頂(ひとつ)の淡鵞黄(たんがおう=淡き鵞鳥の黄)九錫(きゅうしゃく)雲錦紗巾(うんきんしゃきん)、身上(しんじょう)に穿(き)るは一領(ひとえ)の箸頂梅(ちょちょうばい)沈香綿糸鶴氅(じんこうめんしかくしょう)。 腰間(ようかん)に系(むす)ぶは一條(ひとすじ)の紉藍(じんらん)三股(さんこ)の撚絨帯(さんじゅうたい)、足下(そっか)に踏(ふ)むは一対(ひとくみ)の麻経葛緯(まけいかつい)雲頭履(うんとうり)。 手(て)の中(うち)に拄(つ)くは一根(ひとふり)の九節枯藤(きゅうせつことう)盤竜(ばんりゅう)の拐杖(かいじょう)、胸(むね)の前(まえ)に挂(か)くは一箇(ひとつ)の描竜刺鳳(びょうりゅうしほう)団花錦嚢(だんかきんのう)。 玉面(ぎょくめん)光潤(こうじゅん)多く、蒼髯(そうぜん=白い髯)頷下(がんか)に飄(ひるがえ)る。 金睛(きんせい)に火焰(かえん)を飛(と)ばし、長目(ちょうもく)眉(まゆ)の梢(こずえ)を過(す)ぐ。 行動(こうどう)すれば雲(くも)も歩(ほ)に随(したが)い、逍遥(しょうよう)として香霧(こうむ)饒(ゆた)かなり。 階下(かいか)の衆官(しゅうかん)都(みな)拱接(きょうせつ=拱手して迎え)、斉(ひとしく)国丈(こくじょう)の王朝(おうちょう)に進(すす)むを呼(よ)ぶ。 那(か)の国丈(こくじょう)宝殿(ほうでん)の前(まえ)に到(いた)り、更(さら)に礼(れい)を行(おこな)わず、昂昂烈烈(こうこうれつれつ=いかめしくも猛々し)く径(ただ)ちに殿上(でんじょう)に到(いた)る。国王(こくおう)身(み)を欠(か)いて曰(いわ)く、「国丈(こくじょう)の仙踪(せんしょう=仙の御足)、今(いま)喜(よろこ)ばしきかな早(つと)に降(くだ)る」と。就(すなわ)ち左手(ひだりて)の繍墩(しゅうとん=刺繍の腰掛)の上(うえ)に坐(ざ)せと請(こ)う。三蔵(さんぞう)一歩(いっぽ)を起(おこ)し、躬身(きゅうしん)て施礼(せれい)して曰(いわ)く、「国丈(こくじょう)大人(たいじん)、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん=挨拶)し了(おわ)る」と。那(か)の国丈(こくじょう)端然(たんぜん=いかめしく)として高(たか)く坐(ざ)し、亦(ま)た礼(れい)を回(かえ)さず、面(おもて)を転(てん)じて国王(こくおう)に向(むか)いて曰(いわ)く、「僧家(そうか)は何(いずこ)より来(きた)れる」と。 国王(こくおう)曰(いわ)く、「東土(とうど)唐朝(とうちょう)より西天(さいてん)に上(のぼ)り経(きょう)を取(と)らんと差(つか)わされし者(もの)、今(いま)来(きた)りて関文(かんぶん)を倒験(とうけん)す」と。国丈(こくじょう)笑(わら)って曰(いわ)く、「西方(さいほう)の路(みち)は、黒漫漫(こくまんまん=真っ暗)として甚(なん)の好(よ)き処(ところ)有(あ)らんや!」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「古(いにしえ)より西方(さいほう)は乃(すなわ)ち極楽(ごくらく)の勝境(しょうきょう=勝れた境地)なり、如何(いか)でか好(よ)からざらん」と。那(か)の国王(こくおう)問(と)うて曰(いわ)く、「朕(ちん)聞(き)く、上古(じょうこ)に云(い)える有(あ)り、僧(そう)は是(こ)れ仏家(ぶっけ)の弟子(でし)なりと、端(つまびらか)に知(し)らず僧(そう)と為(な)りて能(よ)く死(し)せざる可(べ)きや、仏(ほとけ)に向(むか)いて能(よ)く長生(ちょうせい)す可(べ)きや」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)きて、急(いそ)ぎ掌(てのひら)を合(がっ)して応(こた)えて曰(いわ)く: 「僧(そう)と為(な)る者(もの)は、万縁(ばんえん)都(みな)罷(や)む;性(しょう)を了(さと)る者(もの)は、諸法(しょほう)皆(みな)空(くう)なり。大智(だいち)は閑閑(かんかん=ゆったり)として、澹泊(たんぱく=淡々)として不生(ふしょう)の裡(うち)に在(あ)り;真機(しんき)は默默(もくもく=静か)として、寂滅(じゃくめつ)の中(うち)に逍遥(しょうよう)す。三界(さんがい)空(くう)にして百端(ひゃくたん)治(おさ)まり、六根(ろっこん)浄(きよ)くして千種(せんしゅ)窮(きわ)まる。若(も)し乃(すなわ)ち堅(かた)く誠(まこと)に覚(さと)り知(し)らば、須(すべから)く心(こころ)を識(し)るべし:心(こころ)浄(きよ)ければ則(すなわ)ち孤明(こめい)独(ひと)り照(てら)し、心(こころ)存(あ)れば則(すなわ)ち万境(ばんきょう)皆(みな)清(きよ)し。真容(しんよう)は欠(か)くる無(な)く亦(ま)た余(あまる)るも無(な)く、生前(せいぜん)に見(み)る可(べ)し;幻相(げんそう)は形(かたち)有(あ)りて終(つい)に壊(やぶ)るる有(あ)り、分外(ぶんがい=分を越え)て何(なん)をか求(もと)めん?行功(ぎょうこう)打坐(だざ)は、乃(すなわ)ち入定(にゅうじょう)の原(もと)と為(な)し;布恵(ふけい)施恩(せおん)は、誠(まこと)に是(こ)れ修行(しゅぎょう)の本(もと)なり。大巧(たいこう)は拙(せつ)なるが若(ごと)く、還(ま)た事事(じじ=ことごと)に無為(むい)なるを知(し)る;善計(ぜんけい)は籌(はかりごと)に非(あら)ず、必(かなら)ず頭頭(とうとう=一つ一つ)を放下(ほうげ=捨て)る。但(た)だ一心(いっしん)を行(おこな)わざらしめば、万行(ばんぎょう)自(おのずか)ら全(まった)し;若(も)し采陰補陽(さいいんほよう)を云(い)わば、誠(まこと)に謬語(びゅうご=誤った言)と為(な)し、餌(じ)を服(ふく)して長寿(ちょうじゅ)すとは、実(じつ)に乃(すなわ)ち虚詞(きょし=空言)なり。只(た)だ塵塵(じんじん)の縁(えん)を総(すべ)て棄(す)て、物物(ぶつぶつ)色(しき)を皆(みな)空(くう)ぜしむるを要(よう)す。素素純純(そそじゅんじゅん=淡々と純に)として愛欲(あいよく)寡(すくな)ければ、自然(おのずか)ら寿(じゅ)を享(う)くること永(とこしえ)に窮(きわ)まり無(な)からん」と。 那(か)の国丈(こくじょう)言(げん)を聞(き)きて、之(これ)を付(ふ)して一笑(いっしょう)し、手(て)を用(もち)いて唐僧(とうそう)を指(ゆびさ)し定(さだ)めて曰(いわ)く: 「呵(あ)!呵(あ)!呵(あ)!汝(なんじ)が此(こ)の和尚(おしょう)は口(くち)に満(み)ちて胡柴(こさい=たわごと)を説(と)く!寂滅門中(じゃくめつもんちゅう)には、須(すべから)く性(しょう)を認(みと)むるを云(い)うべし、汝(なんじ)は那(か)の性(しょう)の何(いずこ)よりか滅(めっ)するを知(し)らざるなり!枯坐(こざ=座り込んで)参禅(さんぜん)するは、尽(ことごと)く是(こ)れ些(いささか)の盲修瞎煉(もうしゅうかつれん=盲目的な修行)なり。俗語(ぞくご)に云(い)わく、坐(ざ)し、坐(ざ)し、坐(ざ)すれば、汝(なんじ)が屁股(けつ=尻)破(やぶ)る!火(ひ)熬煎(とうせん=煎じ詰め)すれば、反(かえ)って禍(わざわい)を成(な)す。更(さら)に我(われ)が此(こ)の修仙(しゅうせん)の者(もの)は、骨(ほね)の堅秀(けんしゅう=堅く秀で)、達道(たつどう)の者(もの)は、神(しん)の最(もっと)も霊(たま)なるを知(し)らざるなり。箪瓢(たんぴょう=竹の器とひさご)を携(たずさ)えて山(やま)に入(い)りて友(とも)を訪(たず)ね、百薬(ひゃくやく)を采(と)りて世(よ)に臨(のぞ)みて人(ひと)を済(すく)う。仙花(せんか)を摘(つん)で以(もっ)て笠(かさ)を砌(きず)き、香蕙(こうけい=香ばしいフジバカマ)を折(お)りて以(もっ)て裀(しとね)を鋪(し)く。之(これ)を歌(うた)いて掌(てのひら)を鼓(う)ち、舞(ま)い罷(や)んで雲(くも)に眠(ねむ)る。道法(どうほう)を闡(のべ)て、太上(たいじょう)の正教(しょうきょう)を揚(あ)げ;符水(ふすい=呪符を焼いた水)を施(ほどこ)して、人世(じんせい)の妖気(ようき)を除(のぞ)く。天地(てんち)の秀気(しゅうき)を奪(うば)い、日月(じつげつ)の華精(かせい=精華)を採(と)る。陰陽(いんよう)を運(めぐ)らして丹(たん)結(むす)び、水火(すいか)に按(あん)じて胎(たい)凝(ぎょう)す。二八(にはち)陰(いん)消(しょう)ずるや、恍(こう)として惚(こつ)たるが若(ごと)く;三九(さんきゅう)陽(よう)長(ちょう)ずるや、杳(よう)として冥(めい)たるが如(ごと)し。四時(しいじ)に応(おう)じて薬物(やくぶつ)を採取(さいしゅ)し、九転(きゅうてん)を養(やしな)いて丹(たん)を煉(ね)り成(な)す。青鸞(せいらん)に跨(またが)りて紫府(しふ)に昇(のぼ)り;白鶴(はっかく)に騎(の)って瑶京(ようけい)に上(のぼ)る。満天(まんてん)の華采(かさい=彩り)を参(まい)り、妙道(みょうどう)の殷勤(いんぎん=ねんごろ)を表(あらわ)す。汝(なんじ)が那(か)の静禅(じょうぜん)釈教(しゃっきょう)、寂滅(じゃくめつ)陰神(いんしん)、涅槃(ねはん)には臭(くさ)き殻(から)を遺(のこ)すのみ、又(ま)た凡塵(ぼんじん=俗世)を脱(だっ)せず!三教(さんきょう)の中(うち)無上品(むじょうひん)あらず、古来(こらい)惟(た)だ道(みち)のみ独(ひと)り称(とな)えて尊(とうと)しと!」と。 那(か)の国王(こくおう)説(い)うを聴(き)きて、十分(じゅうぶん)に喜(よろこ)び、満朝(まんちょう)の官(かん)都(みな)喝采(かっさい)して曰(いわ)く、「好(よ)き哉(かな)箇(ひとつ)の惟道独称尊(ゆいどうどくしょうそん)!惟道独称尊(ゆいどうどくしょうそん)!」と。長老(ちょうろう)人(ひと)の都(みな)他(かれ)を賛(ほ)むるを見(み)て、羞愧(しゅうき=恥じ入る)に勝(た)えず。国王(こくおう)又(また)光禄寺(こうろくじ)に叫(よ)んで素斎(そさい=精進料理)を安排(あんばい)し、那(か)の遠来(えんらい)の僧(そう)が出城(しゅつじょう)して西(にし)に去(ゆ)くを待(まつ)べしと教(おし)う。三蔵(さんぞう)恩(おん)を謝(しゃ)して退(しりぞ)き、才(ようや)く殿(でん)を下(くだ)り、外(そと)へ向(むか)いて正(まさ)に走(はし)らんとするに、行者(ぎょうじゃ)帽頂児(ぼうちょうじ=帽子の頂)より飛(と)び下(くだ)り、耳(みみ)の辺(ほとり)に来(きた)りて叫(よ)んで曰(いわ)く、「師父(しふ)、此(こ)の国丈(こくじょう)は是(こ)れ一箇(ひとり)の妖邪(ようじゃ)なり、国王(こくおう)は妖気(ようき)を受(う)けたり。汝(なんじ)先(ま)ず駅(えき)に去(ゆ)きて斎(とき=斎食)を待(ま)て、老孫(ろうそん)をして此(こ)の処(ところ)に在(あ)りて他(かれ)が消息(しょうそく)を聴(き)かしめよ」と。三蔵(さんぞう)知会(ちかい=合点)し、独(ひと)り朝門(ちょうもん)を出(い)でるは題(だい)せず。 看(み)よ那(か)の行者(ぎょうじゃ)、一翅(ひとつばさ)に金鑾殿(きんらんでん)の翡翠屏(ひすいびょう=翡翠の屏風)の中(なか)に飛(と)びて釘(とどま)り下(くだ)る。只(た)だ那(か)の班部(はんぶ=列座)の中(なか)より五城兵馬官(ごじょうへいばかん)の閃(ひらめ)き出(い)でて奏(そう)して曰(いわ)く、「我(わ)が主(あるじ)、今夜(こんや)一陣(ひとむれ)の冷風(れいふう)有(あ)りて、各坊(かくぼう)各家(かくか)の鵞籠(がろう)の裡(うち)の小児(しょうじ)を、籠(かご)ごと都(みな)刮(ふ)き去(さ)り、更(さら)に踪迹(しょうせき=跡)無(な)し」と。国王(こくおう)奏(そう)を聞(き)きて、又(また)驚(おどろ)き又(また)悩(いか)り、国丈(こくじょう)に対(たい)して曰(いわ)く、「此(こ)の事(こと)は乃(すなわ)ち天(てん)の朕(ちん)を滅(ほろぼ)すなり!月(つき)を連(つら)ねて病(やまい)重(おも)く、御医(ごい)効(ききめ)無(な)し。幸(さいわ)いに国丈(こくじょう)仙方(せんぽう)を賜(たま)い、専(もっぱ)ら今日(こんにち)の午時(うまのとき)に刀(かたな)を開(ひら)き、此(こ)の小児(しょうじ)の心肝(しんかん)を取(と)りて引(いん=薬引)と作(な)さんことを待(ま)ちしに、何(なん)の期(とき)ぞ冷風(れいふう)に刮(ふ)き去(さ)られんとは。天(てん)の朕(ちん)を滅(ほろぼ)さんと欲(ほっ)するに非(あら)ずして何(なん)ぞや」と。国丈(こくじょう)笑(わら)って曰(いわ)く、「陛下(へいか)、且(しばら)く悩(なや)むを休(や)めよ。此(こ)の児(こ)の刮(ふ)き去(さ)られしは、正(まさ)に是(こ)れ天(てん)の長生(ちょうせい)を陛下(へいか)に送(おく)るなり」と。国王(こくおう)曰(いわ)く、「見(み)るに籠(かご)の中(なか)の児(こ)を把(と)って刮(ふ)き去(さ)られしに、何(なん)を以(もっ)て返(かえ)って天(てん)の長生(ちょうせい)を送(おく)ると説(い)うや」と。国丈(こくじょう)曰(いわ)く、「我(われ)才(さい=ついさっき)朝(ちょう)に入(い)り来(きた)るに、一箇(ひとつ)の絶妙(ぜつみょう)の薬引(やくいん)を見(み)たり、那(か)の一千百十一箇(せんひゃくじゅういちにん)の小児(しょうじ)の心(こころ)に強(まさ)れり。那(か)の小児(しょうじ)の心(こころ)は、只(た)だ陛下(へいか)の千年(せんねん)の寿(じゅ)を延(の)ばし得(う)るのみ;此(こ)の引子(いんし)は、我(われ)が仙薬(せんやく)を食(くら)えば、就(すなわ)ち万万年(ばんばんねん)をも延(の)ばす可(べ)きなり」と。国王(こくおう)漠然(ばくぜん)として是(こ)れ何(なん)の薬引(やくいん)なるかを知(し)らず、再(ふたた)び三(みたび)請問(せいもん)すれば、国丈(こくじょう)才(ようや)く説(と)いて曰(いわ)く、「那(か)の東土(とうど)より経(きょう)を取(と)りに差(つか)わされし和尚(おしょう)は、我(われ)彼(かれ)が器宇(きう=風格)清浄(しょうじょう)、容顔(ようがん)斉整(せいせい=整える)なるを観(み)るに、乃(すなわ)ち是(こ)れ一箇(ひとつ)の十世(じっせ)の修行(しゅぎょう)の真体(しんたい)なり。幼(おさな)きより僧(そう)と為(な)り、元陽(げんよう=生まれつきの陽気)未(いま)だ泄(もら)さず、那(か)の小児(しょうじ)より万倍(まんばい)強(まさ)れり、若(も)し他(かれ)の心肝(しんかん)を得(え)て湯(ゆ)に煎(せん)じ、我(われ)が仙薬(せんやく)を服(ふく)すれば、万(よろず)年の寿(じゅ)を保(たも)つに足(た)れり」と。 那(か)の昏君(くんくん)言(げん)を聞(き)きて十分(じゅうぶん)に聴(き)き信(しん)じ、国丈(こくじょう)に対(たい)して曰(いわ)く、「何(なん)ぞ早(はや)く説(い)わざりし。若(も)し果(はた)して此(か)くの如(ごと)く効(ききめ)有(あ)らば、適才(さっき)留住(りゅうじゅう=引き留め)て、他(かれ)を放(はな)ち去(さら)しめざるものを」と。国丈(こくじょう)曰(いわ)く、「此(こ)れ何(なん)の難(なん)か有(あ)らん!適才(さっき)光禄寺(こうろくじ)に吩咐(ふんぷ)して斎(とき)を弁(べん)じて他(かれ)を待(ま)たしめたれば、他(かれ)必(かなら)ず斎(とき)を食(くら)いて、方(はじ)めて出城(しゅつじょう)せん。如今(いま)急(いそ)ぎ旨(し)を伝(つた)え、各門(かくもん)を将(も)ちて緊(きつ)く閉(と)じ、兵(へい)を点(てん)じて金亭館駅(きんていかんえき)を囲(かこ)ましめ、那(か)の和尚(おしょう)を拿(とら)え来(きた)り、必(かなら)ず礼(れい)を以(もっ)て其(そ)の心(こころ)を求(もと)めよ。若(も)し相(あい)従(したが)わば、即時(そくじ)に剖(さ)きて取(と)り出(いだ)し、遂(つい)に御葬(ぎょそう=手厚く葬る)して其(そ)の尸(しかばね)を葬(ほうむ)り、還(ま)た他(かれ)と廟(びょう)を立(た)てて祭(まつ)りを享(う)けしめよ;若(も)し従(したが)わずんば、就(すなわ)ち他(かれ)に箇(ひとつ)の武不善作(ぶふぜんさく=武力に訴える)を与(あた)え、即時(そくじ)に捆(くく)り住(とど)め、剖(さ)き開(ひら)きて之(これ)を取(と)れ。何(なん)の難事(なんじ)か有(あ)らん!」と。那(か)の昏君(くんくん)其(そ)の言(げん)の如(ごと)くし、即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)え、各門(かくもん)を把(と)って閉(と)ざさしむ。又(また)羽林衛(うりんえい=近衛軍)の大小(だいしょう)の官軍(かんぐん)を差(さしむ)け、館駅(かんえき)を囲(かこ)ましむ。行者(ぎょうじゃ)此(こ)の消息(しょうそく)を聴(き)き得(え)て、一翅(ひとつばさ)に館駅(かんえき)に飛(と)び奔(はし)り、本相(ほんぞう)を現(あらわ)し、唐僧(とうそう)に対(たい)して曰(いわ)く、「師父(しふ)、禍事(かじ=災い)なり!禍事(かじ)なり!」と。那(か)の三蔵(さんぞう)才(さい=たったいま)八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)と御斎(ぎょさい=勅命の斎食)を領(う)けしに、忽(たちま)ち此(こ)の言(げん)を聞(き)きて、唬(おど)ろかされて三尸神(さんししん=体内の三尸)散(ち)り、七竅(しちきょう)より烟(けむり)生(しょう)じ、塵埃(じんあい)に倒(たお)れ、渾身(こんしん=全身)是(こ)れ汗(あせ)、眼(め)は睛(ひとみ)を定(さだ)めず、口(くち)は言(い)うこと能(あた)わず。慌(あわ)てて沙僧(しゃそう)上前(すす)みて攙(たす)け住(とど)め、只(た)だ叫(よ)んで曰(いわ)く、「師父(しふ)、蘇生(よみがえ)れ!師父(しふ)、蘇生(よみがえ)れ!」と。八戒(はっかい)曰(いわ)く、「甚(なん)の禍事(かじ)有(あ)るや?甚(なん)の禍事(かじ)有(あ)るや?汝(なんじ)些(いささ)か慢(ゆる)やかに説(い)えば便(すなわ)ち罷(や)むに、却(かえ)って師父(しふ)を唬(おど)ろかして此(か)くの般(ごと)くならしむるは!」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「師父(しふ)が朝(ちょう)を出(い)でてより、老孫(ろうそん)回視(かいし=見返り)するに、那(か)の国丈(こくじょう)は是(こ)れ一箇(ひとり)の妖精(ようせい)なり。少頃(しばらくして)、五城兵馬(ごじょうへいば)有(あ)りて冷風(れいふう)の小児(しょうじ)を刮(ふ)き去(さ)りし事(こと)を来(きた)りて奏(そう)す。 国王(こくおう)方(まさ)に悩(いか)れるに、他(かれ)は却(かえ)って喜(よろこ)ぶを教(おし)え、此(こ)れ是(こ)れ天(てん)の長生(ちょうせい)を汝(なんじ)に送(おく)るなりと道(い)い、師父(しふ)の心肝(しんかん)を取(と)りて薬引(やくいん)と作(な)し、万年(ばんねん)の寿(じゅ)を延(の)ばす可(べ)しとす。那(か)の昏君(くんくん)誣言(ふげん=誣いる言)を聴(き)き信(しん)じ、故(ゆえ)に精兵(せいへい)を点(てん)じて館駅(かんえき)を囲(かこ)ませ、錦衣官(きんいかん)を差(さしむ)けて師父(しふ)の心(こころ)を請(こ)いに来(きた)らしむるなり」と。八戒(はっかい)笑(わら)って曰(いわ)く、「行(おこな)える慈憫(じびん)の好(よ)き哉(かな)! 救(すく)える小児(しょうじ)の好(よ)き哉(かな)!刮(ふ)かせし陰風(いんぷう)の好(よ)き哉(かな)、今番(こんばん)は却(かえ)って禍(わざわい)を撞(つ)き出(いだ)せり!」と。三蔵(さんぞう)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として爬(はい)き起(お)き、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)いて哀告(あいこく=嘆き訴え)して曰(いわ)く、「賢徒(けんと)よ!此(こ)の事(こと)如何(いか)にしてか好(よ)からん」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く: 「若(も)し好(よ)からんと欲(ほっ)せば、大(だい)を小(しょう)と做(な)せ」と。沙僧(しゃそう)曰(いわ)く、「怎(いか)にして大(だい)を小(しょう)と做(な)すと叫做(なづ)くるや」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「若(も)し命(いのち)を全(まっと)うせんと欲(ほっ)せば、師(し)を徒(と)と作(な)し、徒(と)を師(し)と作(な)さば、方(はじ)めて保(たも)ち全(まっと)うす可(べ)し」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「汝(なんじ)若(も)し我(われ)が命(いのち)を救(すく)い得(う)れば、情願(ねが)って汝(なんじ)と徒子徒孫(としとそん=弟子のまた弟子)と作(な)らん」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くならば、遅疑(ちぎ=ためらう)することを必(かなら)ず要(よう)せず」と。教(おし)えて曰(いわ)く、「八戒(はっかい)、快(すみや)かに些(いささか)の泥(どろ)を和(こ)ねて来(きた)れ」と。那(か)の呆子(あほう)即(すなわ)ち釘鈀(ていは=鉞)を使(つか)い、些(いささか)の土(つち)を筑(つ)き、又(また)敢(あ)えて外(そと)に去(ゆ)きて水(みず)を取(と)らず、後(のち)に就(すなわ)ち衣服(いふく)を擄(まく)り上(あ)げて溺(にょう=小便)を撒(はな)ち、一団(ひとまとまり)の臊泥(そうでい=臭き泥)を和(こ)ね、行者(ぎょうじゃ)に逓(わた)す。行者(ぎょうじゃ)没奈何(しかたなく)、泥(どろ)を将(も)ちて一片(ひときれ)に撲(ぬ)り作(な)し、自家(じか)の臉(かお)の上(うえ)に往(ゆ)きて一(ひと)安(おしあ)て、箇(ひとつ)の猴(さる)の象(かたち)の臉子(しれん=面)を做(つく)り下(くだ)し、唐僧(とうそう)に叫(よ)んで站(た)ち起(お)きて動(うご)くこと休(や)め、再(ふたた)び言語(げんご)すること莫(な)かれとし、唐僧(とうそう)の臉(かお)の上(うえ)に貼(は)り、真言(しんごん)を念動(ねんどう)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)じよ!」と叫(よ)べば、那(か)の長老(ちょうろう)即(すなわ)ち変(へん)じて箇(ひとつ)の行者(ぎょうじゃ)の模様(さま)と做(な)り、他(かれ)の衣服(いふく)を脱(ぬ)がせ、行者の衣服(いふく)を以(もっ)て穿(き)しむ。行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って師父(しふ)の衣服(いふく)を将(も)ちて穿(き)し、訣(けつ)を捻(ねん)じ、一箇(ひとつ)の咒語(じゅご)を念(ねん)じ、身(み)を揺(ゆす)って変(へん)じて唐僧(とうそう)の嘴臉(しれん)と作(な)れば、八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)も也(ま)た識(みわ)け認(したた)め難(がた)し。正(まさ)に合心(ごうしん=心を合わせ)に装扮(そうふん=身支度)の停当(ていとう)せるに、只(た)だ鑼鼓(らこ=鉦と太鼓)の斉(ひとしく)鳴(な)るを聴(き)き、又(また)那(か)の槍刀(そうとう=槍と刀)の簇擁(ぞくよう=取囲む)を見(み)る。原(もと)来(もと)是(こ)れ羽林衛(うりんえい)の官(かん)、三千(さんぜん)の兵(へい)を領(りょう)じて館駅(かんえき)を把(と)って囲(かこ)めり。又(また)一箇(ひとり)の錦衣官(きんいかん)の駅庭(えきてい)に走(はし)り入(い)りて問(と)うて曰(いわ)く、「東土(とうど)唐朝(とうちょう)の長老(ちょうろう)は那(いずこ)に在(あ)る」とを見(み)る。慌(あわ)てて那(か)の駅丞(えきじょう)戦戦兢兢(おののき)として跪(ひざまず)き下(くだ)り、指(ゆびさ)して曰(いわ)く、「下面(かめん)の客房(かくぼう)の裡(うち)に在(あ)り」と。 錦衣官(きんいかん)即(すなわ)ち客房(かくぼう)の裡(うち)に至(いた)りて曰(いわ)く、「唐長老(とうちょうろう)、我(わ)が王(おう)請(しょう)ずる有(あ)り」と。八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)左右(さゆう)より仮(かり)の行者(ぎょうじゃ)を護持(ごじ=守)るに、只(た)だ仮(かり)の唐僧(とうそう)の門(もん)を出(い)でて施礼(せれい)して曰(いわ)く、「錦衣(きんい)の大人(たいじん)、陛下(へいか)貧僧(ひんそう)を召(め)すは、何(なん)の話(はなし)有(あ)るや」とを看(み)る。錦衣官(きんいかん)上前(すす)みて一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて曰(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)と朝(ちょう)に進(すす)み入(い)らん、想(おも)うに必(かなら)ず取用(しゅよう=お召し使い)有(あ)らん」と。咦(ああ)!此(こ)れ正(まさ)に是(こ)れ: 妖(よう)誣(ふ)して慈善(じぜん)に勝(まさ)り、慈善(じぜん)反(かえ)って凶(きょう)を招(まね)く。 畢竟(つい)に此(こ)の去(ゆ)く端(はし)の性命(せいめい)の如何(いかん)を知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第七十九回 洞(ほら)を尋(たず)ねて妖(よう)を擒(とら)え老寿(ろうじゅ)に逢(あ)い 朝(ちょう)に当(あ)たりて正主(せいしゅ)嬰児(えいじ)を救(すく)う 却(さ)て説(つ)ぐ、那(か)の錦衣官(きんいかん)仮(かり)の唐僧(とうそう)を把(と)って館駅(かんえき)より扯(ひ)き出(いだ)し、羽林軍(うりんぐん)と囲囲繞繞(いいにょうにょう=幾重にも取巻き)、直(ただ)ちに朝門(ちょうもん)の外(そと)に至(いた)り、黄門官(こうもんかん)に対(たい)して言(い)う、「我(われ)等(ら)已(すで)に唐僧(とうそう)を請(しょう)じて此(ここ)に到(いた)れり、煩(わずら)わしきかな転奏(てんそう)せよ」と。黄門官(こうもんかん)急(いそ)ぎ朝(ちょう)に進(すす)み、言(げん)に依(よ)りて昏君(くんくん)に奏上(そうじょう)すれば、遂(つい)に請(しょう)じて進(い)らしむ。衆官(しゅうかん)都(みな)階下(かいか)に在(あ)りて跪拝(きはい=ひざまずき拝)するに、惟(た)だ仮(かり)の唐僧(とうそう)のみ階心(かいしん=階段の中央)に挺立(ていりつ=直立)し、口(くち)の中(うち)に高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「比丘王(びくおう)、我(われ)が貧僧(ひんそう)を請(しょう)ずるは何(なん)の説(ことば)有(あ)るや」と。君王(くんおう)笑(わら)って曰(いわ)く、「朕(ちん)一疾(いっしつ=病)を得(え)て、日(ひ)を纏綿(てんめん=長引き)て久(ひさ)しく愈(い)えず。幸(さいわ)いに国丈(こくじょう)の一方(いっぽう=一つの処方)を賜(たま)い得(え)て、薬餌(やくじ=薬)俱(とも)に已(すで)に完備(かんび)せるが、只(た)だ一味(いちみ)の引子(いんし)を少(か)くのみ、特(こと)に長老(ちょうろう)を請(しょう)じて些(いささか)の薬引(やくいん)を求(もと)む。若(も)し病(やまい)の愈(い)ゆるを得(う)れば、長老(ちょうろう)と祠堂(しどう=廟)を修建(しゅうけん)し、四時(しいじ)に祭(まつ)りを奉(ほう)じ、永(とこしえ)に伝国(でんこく)の香火(こうか=祭祀)と為(な)さん」と。仮(かり)の唐僧(とうそう)曰(いわ)く、「我(われ)は乃(すなわ)ち出家人(しゅっけにん)、只(た)だ身(み)のみ此(ここ)に至(いた)る、陛下(へいか)の国丈(こくじょう)に問(と)いて甚(なん)の東西(もの)を要(よう)して引(いん)と作(な)すかを知(し)らず」と。昏君(くんくん)曰(いわ)く、「特(こと)に長老(ちょうろう)の心肝(しんかん)を求(もと)む」と。仮(かり)の唐僧(とうそう)曰(いわ)く、「陛下(へいか)に瞞(かく)して説(い)わず、心(こころ)は便(すなわ)ち幾箇(いくつ)か有(あ)れど、要(よう)する所(ところ)の甚(なん)の色様(しきさま=色合い)なるかを知(し)らず」と。那(か)の国丈(こくじょう)旁(かたわら)に在(あ)りて指(ゆびさ)し定(さだ)めて曰(いわ)く、「那(か)の和尚(おしょう)、汝(なんじ)の黒心(こくしん)を要(よう)す」と。仮(かり)の唐僧(とうそう)曰(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの如(ごと)くならば、快(すみや)かに刀(かたな)を取(と)り来(きた)れ。胸腹(きょうふく)を剖(さ)き開(ひら)き、若(も)し黒心(こくしん)有(あ)らば、謹(つつし)んで命(めい)を奉(ほう)ぜん」と。那(か)の昏君(くんくん)歓喜(かんぎ)して相謝(あいしゃ)し、即(すなわ)ち当駕官(とうがかん)に着(つ)けて一把(ひとふり)の牛耳短刀(ぎゅうじたんとう)を取(と)らしめ、仮(かり)の僧(そう)に逓(わた)す。 仮(かり)の僧(そう)刀(かたな)を手(て)に接(う)け、衣服(いふく)を解(と)き開(ひら)き、胸膛(きょうどう=胸)を忝(あ)げ起(おこ)し、左手(ひだりて)を将(も)ちて腹(はら)を抹(なで)、右手(みぎて)に刀(かたな)を持(も)ち、唿喇(こつらつ)の響(ひびき)一声(ひとこえ)、腹(はら)の皮(かわ)を把(と)って剖(さ)き開(ひら)けば、那(か)の裡頭(うち)より就(すなわ)ち骨都都(こつとつと=ぼこぼこ)と一堆(ひとまとまり)の心(こころ)を滚(ころが)り出(いだ)せり。唬(おど)ろかされて文官(ぶんかん)は色(いろ)を失(うしな)い、武将(ぶしょう)は身(み)麻(しび)る。国丈(こくじょう)殿上(でんじょう)に在(あ)りて之(これ)を見(み)て曰(いわ)く、「此(こ)れ是(こ)れ一箇(ひとり)の多心(たしん=心の多き)の和尚(おしょう)なり!」と。仮(かり)の僧(そう)那(か)の心(こころ)どもを将(も)ち、血(ち)淋淋(りんりん=したたる)たるを、一箇一箇(ひとつひとつ)撿(えら)り開(ひら)きて衆(しゅ)に与(あた)えて観看(かんがん)せしむるに、却(かえ)って都(みな)是(こ)れ些(いささか)の紅心(こうしん)・白心(はくしん)・黄心(おうしん)・慳貪心(けんどんしん=けちで貪る心)・利名心(りめいしん=名利の心)・嫉妒心(しっとのこころ)・計較心(けいかくしん=損得勘定の心)・好勝心(こうしょうしん=負けん気)・望高心(ぼうこうしん=立身を望む心)・侮慢心(ぶまんしん=侮りあなどる心)・殺害心(さつがいしん)・狠毒心(こんどくしん=残忍な心)・恐怖心(きょうふしん)・謹慎心(きんしんしん=慎み深き心)・邪妄心(じゃもうしん=邪まな心)・無名隠暗(むみょういんあん=名も無く暗き)の心(こころ)、種種(しゅじゅ)の不善(ふぜん)の心(こころ)にして、更(さら)に一箇(ひとつ)の黒心(こくしん)も無(な)し。那(か)の昏君(くんくん)唬(おど)ろかされて呆呆掙掙(たいたいそうそう=ぼうぜん)とし、口(くち)も言(い)うこと能(あた)わず、戦兢兢(おののき)て教(おし)えて曰(いわ)く、「収(おさ)め去(さ)れ!収(おさ)め去(さ)れ!」と。那(か)の「仮(かり)の唐僧(とうそう)」忍耐(にんたい)すること住(とど)まらず、法(ほう)を収(おさ)め、本相(ほんぞう)を現(あらわ)す。昏君(くんくん)に対(たい)して曰(いわ)く、「陛下(へいか)は全(まった)く眼力(がんりき)無(な)し!我(われ)和尚家(おしょうか)は都(みな)是(こ)れ一片(ひときれ)の好心(こうしん)なるに、惟(た)だ汝(なんじ)が此(こ)の国丈(こくじょう)のみ是(こ)れ一箇(ひとつ)の黒心(こくしん)にして、好(よ)く薬引(やくいん)と做(な)るべし。汝(なんじ)信(しん)ぜずんば、我(われ)をして汝(なんじ)に替(かわ)りて他(かれ)のを取(と)り出(いだ)して看(み)しめん」と。 那(か)の国丈(こくじょう)聴(き)きて、急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(ひら)きて仔細(しさい)に観看(かんがん)すれば、那(か)の和尚(おしょう)の面皮(めんぴ=顔つき)を変(か)え、那(か)の般(ごとき)の模様(さま)に非(あら)ざるを見(み)る。咦(ああ)!当年(とうねん)の孫大聖(そんたいせい)と認(みと)む、五百年前(ごひゃくねんまえ)旧(ふる)くより名(な)有(あ)り。却(かえ)って身(み)を抽(ぬ)き、雲(くも)に騰(のぼ)りて就(すなわ)ち起(た)たんとするに、行者(ぎょうじゃ)筋斗(きんと)を翻(ひるがえ)し、空中(くうちゅう)に跳(おど)りて喝(かつ)して曰(いわ)く: 「那(いずこ)へ走(はし)る!吾(われ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え!」と。那(か)の国丈(こくじょう)即(すなわ)ち蟠龍拐杖(ばんりゅうかいじょう=龍の巻きつく杖)を使(つか)い来(きた)りて迎(むか)う。彼(かれ)両箇(ふたり)半空(はんくう)に在(あ)りて此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな殺(いくさ): 如意棒(にょいぼう)、蟠龍拐(ばんりゅうかい)、虚空(こくう)一片(いっぺん)の雲(くも)靉靉(あいあい=たなびく)。 原(もと)来(もと)国丈(こくじょう)は是(こ)れ妖精(ようせい)にして、故(ゆえ)に怪女(かいじょ=化け物の女)を将(も)ちて嬌色(きょうしょく=なまめかしき色)と称(とな)う。 国主(こくしゅ)は歓(かん)を貪(むさぼ)りて病(やまい)身(み)に染(し)み、妖邪(ようじゃ)は児童(じどう)を把(と)って宰(ほふ)らんとす。 相逢(あいあ)うて大聖(たいせい)神通(じんつう)を顕(あらわ)し、怪(かい)を捉(とら)え人(ひと)を救(すく)いて難(なん)を将(も)ちて解(と)かんとす。 鉄棒(てつぼう)頭(こうべ)に当(あた)りて着実(ちゃくじつ)に凶(きょう)に、拐棍(かいこん=杖)迎(むか)え来(きた)って喝采(かっさい)するに堪(た)えたり。 殺(ころ)して那(か)の満天(まんてん)の霧気(むき)は城池(じょうち)を暗(くら)くし、城(しろ)の裡(うち)の人家(じんか)都(みな)色(いろ)を失(うしな)わしむ。 文武(ぶんぶ)の多官(たかん)魂魄(こんぱく)飛(と)び、嬪妃(ひんひ)繍女(しゅうじょ=女官)容顔(ようがん)改(あらた)まる。 唬(おど)ろかされて那(か)の比丘(びく)の昏主(くんしゅ)身(み)を乱(みだ)して蔵(かく)れ、戦戦兢兢(おののき)として布擺(ふはい=取り計らい)没(な)し。 棒(ぼう)起(おこ)れば猶(なお)虎(とら)の山(やま)を出(い)づるが如(ごと)く、拐(かい)輪(めぐ)れば却(かえ)って龍(りゅう)の海(うみ)を離(はな)るるに似(に)たり。 今番(こんばん)大(おお)いに比丘城(びくじょう)を鬧(さわ)がし、致(いた)して邪正(じゃしょう)をして分(わか)るること明白(めいはく)ならしむ。 那(か)の妖精(ようせい)行者(ぎょうじゃ)と苦戦(くせん)すること二十余合(にじゅうよごう)、蟠龍拐(ばんりゅうかい)は金箍棒(きんこぼう)を抵(ふせ)ぐこと住(とど)まらず、一拐(ひとつえ)を虚(うつ)ろに幌(ひるがえ)し、身(み)を将(も)ちて化(へん)じて一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と作(な)し、皇宮内院(こうきゅうないいん)に落(お)ち入(い)り、進貢(しんこう)せる妖后(ようこう=妖の后)を把(と)って宮門(きゅうもん)より帯(つ)れ出(いだ)し、併(あわ)せて寒光(かんこう)と化(へん)じ、去(ゆ)く方(かた)を知(し)らず。 大聖(たいせい)雲頭(うんとう)を按(おさ)え落(お)とし、宮殿(きゅうでん)の下(もと)に到(いた)り、多官(たかん)に対(たい)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)等の好(よ)き国丈(こくじょう)なるかな!」と。多官(たかん)一斉(いっせい)に礼拜(れいはい)し、神僧(しんそう)に感謝(かんしゃ)すれば、行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「且(しばら)く拝(おが)むを休(や)め、且(しばら)く去(ゆ)きて汝(なんじ)が那(か)の昏主(くんしゅ)の何(いずこ)に在(あ)るかを看(み)よ」と。多官(たかん)曰(いわ)く、「我(わ)が主(あるじ)は争戦(そうせん)するを見(み)て、驚恐(きょうきょう=おそれ)て潜(ひそ)み蔵(かく)れ、那(いず)れの座(ざ)の宮中(きゅうちゅう)に去(ゆ)きしやを知(し)らず」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち命(めい)じて曰(いわ)く、「快(すみや)かに尋(たず)ねよ!美后(びこう)に拐(かどわ)かさるること莫(な)からしめよ!」と。多官(たかん)言(げん)を聴(き)きて、内外(ないがい)を分(わ)たず、行者(ぎょうじゃ)と同(とも)に先(ま)ず美后宮(びこうきゅう)に奔(はし)るに、漠然(ばくぜん)として踪(あと)無(な)く、美后(びこう)すら也(ま)た通(ことごと)く見(み)えず。正宮(せいきゅう)・東宮(とうきゅう)・西宮(せいきゅう)・六院(ろくいん)、概(おおむ)ね衆(すべ)ての后妃(こうひ)、都(みな)来(きた)りて大聖(たいせい)に拝謝(はいしゃ)す。大聖(たいせい)曰(いわ)く、「且(しばら)く請(こ)う起(た)て、謝(しゃ)するに到(いた)らざるなり、且(しばら)く去(ゆ)きて汝(なんじ)が主公(しゅこう=主君)を尋(たず)ねよ」と。 少時(しばらくして)、四五箇(よいつにん)の太監(たいかん=宦官)の、那(か)の昏君(くんくん)を攙(たす)けて謹身殿(きんしんでん)の後面(こうめん=裏)より来(きた)るを見(み)る。衆臣(しゅうしん)地(ち)に俯伏(ふふく=うつぶし)し、斉(ひとしく)声(こえ)を啓(あ)げて奏(そう)して曰(いわ)く、「主公(しゅこう)!主公(しゅこう)!神僧(しんそう)の此(ここ)に到(いた)るを得(え)て、真仮(しんが)を弁明(べんめい)す感(かん)じたり。那(か)の国丈(こくじょう)は乃(すなわ)ち是(こ)れ一箇(ひとり)の妖邪(ようじゃ)にして、美后(びこう)すら亦(ま)た見(み)えず」と。国王(こくおう)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち行者(ぎょうじゃ)を請(しょう)じて皇宮(こうきゅう)を出(い)で、宝殿(ほうでん)に到(いた)りて拝謝(はいしゃ)し了(おわ)りて曰(いわ)く、「長老(ちょうろう)、汝(なんじ)早間(そうちょう)に来(きた)れるの模様(さま)は、那(か)の般(ごと)く俊偉(しゅんい=凛々しく偉い)なりしに、此(こ)の時(とき)如何(いか)にして就(すなわ)ち形容(けいよう=姿)を改(あらた)めたる」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って曰(いわ)く、「陛下(へいか)に瞞(かく)して説(い)わず、早間(そうちょう)に来(きた)れる者(もの)は、是(こ)れ我(われ)が師父(しふ)、乃(すなわ)ち唐朝(とうちょう)の御弟(ぎょてい)三蔵(さんぞう)なり。我(われ)は是(こ)れ他(かれ)が徒弟(とてい)孫悟空(そんごくう)、還(ま)た二箇(ふたり)の師弟(してい)有(あ)り、猪悟能(ちょごのう)沙悟浄(しゃごじょう)と曰(い)い、見(ただいま)金亭館駅(きんていかんえき)に在(あ)り。汝(なんじ)の妖言(ようげん)を信(しん)じ、我(われ)が師父(しふ)の心肝(しんかん)を取(と)りて薬引(やくいん)と做(な)さんとせるを知(し)るに因(よ)り、是(こ)れ老孫(ろうそん)師父(しふ)の模様(さま)に変(へん)じ作(な)り、特(こと)に此(ここ)に来(きた)りて妖(よう)を降(くだ)すなり」と。那(か)の国王(こくおう)説(い)うを聞(き)きて、即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)えて閣下(かっか)の太宰(たいさい=宰相)に着(つ)け、快(すみや)かに駅(えき)の中(うち)に去(ゆ)きて師(し)衆(しゅう)を請(しょう)じて朝(ちょう)に来(きた)らしむ。 那(か)の三蔵(さんぞう)行者(ぎょうじゃ)の相(すがた)を現(あらわ)し、空中(くうちゅう)に在(あ)りて妖(よう)を降(くだ)すと聴(き)きて、嚇(おど)ろかされて魂(たましい)飛(と)び魄(たま)散(ち)り、幸(さいわ)いに八戒(はっかい)沙僧(しゃそう)の護持(ごじ=守り)有(あ)り、彼(かれ)は又(また)臉(かお)の上(うえ)に一片子(ひときれ)の臊泥(そうでい=臭き泥)を戴(いただ)き、正(まさ)に悶悶(もんもん)として快(こころよ)からざるに、只(た)だ人(ひと)の叫(よ)んで曰(いわ)く、「法師(ほうし)、我(われ)等(ら)は乃(すなわ)ち比丘国(びくこく)の王(おう)の差(つか)わしし閣下(かっか)の太宰(たいさい)、特(こと)に請(しょう)じて朝(ちょう)に入(い)り恩(おん)を謝(しゃ)せしむるなり」とを聴(き)く。八戒(はっかい)笑(わら)って曰(いわ)く、「師父(しふ)、怕(おそ)るるな怕(おそ)るるな!此(こ)れは又(ま)た汝(なんじ)を請(しょう)じて心(こころ)を取(と)らんとするに非(あら)ず、想(おも)うに是(こ)れ師兄(しけい)勝(か)ちを得(え)て、汝(なんじ)を請(しょう)じて酬謝(しゅうしゃ=恩返し)するならん」と。三蔵(さんぞう)曰(いわ)く、「得勝(とくしょう)して来(きた)り請(しょう)ずるとは雖(いえど)も、但(た)だ我(われ)が此(こ)の臊(くさ)き臉(かお)は、怎(いか)でか人(ひと)に見(まみ)えん」と。八戒(はっかい)曰(いわ)く、「没奈何(しかたなし)、我(われ)等(ら)且(しばら)く去(ゆ)きて師兄(しけい)に見(まみ)えば、自(おのずか)ら解釈(かいしゃく=説明)有(あ)らん」と。真(まこと)に那(か)の長老(ちょうろう)計(はかりごと)無(な)く、只(た)だ八戒(はっかい)に扶(たす)けられ沙僧(しゃそう)担(に)を挑(かつ)ぎ、馬(うま)を牽(ひ)き、同(とも)に駅庭(えきてい)の上(ほとり)に去(ゆ)くを得(え)たり。那(か)の太宰(たいさい)見(み)て、害怕(おそれ)て曰(いわ)く、「爺爺(じいじい)や!此(こ)れ都(みな)妖頭怪脳(ようとうかいのう=妖怪の頭に化け物の脳)の類(たぐい)に相(あい)似(に)たり!」と。沙僧(しゃそう)曰(いわ)く、「朝士(ちょうし)、醜陋(しゅうろう=醜き)を怪(とが)むることなかれ、我(われ)等(ら)は乃(すなわ)ち是(こ)れ生成(せいせい=生まれつき)の遺体(いたい=親から授かりし身)なり。若(も)し我(われ)が師父(しふ)来(きた)りて我(われ)が師兄(しけい)に見(まみ)えば、他(かれ)は就(すなわ)ち俊(しゅん=美しく)ならん」と。彼(かれ)三人(さんにん)衆(しゅう)と朝(ちょう)に来(きた)り、宣召(せんしょう=召し)を待(ま)たず、直(ただ)ちに殿下(でんか)に至(いた)る。行者(ぎょうじゃ)見(み)て、即(すなわ)ち身(み)を転(てん)じて殿(でん)を下(くだ)り、面(おもて)に迎(むか)いて師父(しふ)の泥(どろ)の臉子(しれん=面)を把(と)って抓(つか)み下(くだ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「正(ただし)くなれ!」と叫(よ)べば、那(か)の唐僧(とうそう)即時(そくじ)に原身(げんしん)に復(ふく)し、精神(せいしん)愈(いよいよ)爽利(そうり=すこやか)なるを覚(おぼ)ゆ。国王(こくおう)殿(でん)を下(くだ)りて親(みずか)ら迎(むか)え、口(くち)に称(とな)えて曰(いわ)く、「法師(ほうし)老仏(ろうぶつ)」と。師徒(しと)たち馬(うま)を把(と)って拴(つな)ぎ住(とど)め、都(みな)殿(でん)に上(のぼ)り来(きた)りて相見(あいまみ)ゆ。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「陛下(へいか)は那(か)の怪(かい)の何方(いずこ)より来(きた)れるかを知(し)るや?老孫(ろうそん)をして去(ゆ)きて汝(なんじ)と一併(いっぺい=共に)擒(とら)え来(きた)らしめ、後患(こうがん=後の患い)を剪除(せんじょ=絶や)せよ」と。三宮六院(さんきゅうろくいん)、諸嬪(しょひん)群妃(ぐんひ)、都(みな)那(か)の翡翠屏(ひすいびょう)の後(うしろ)に在(あ)りて、行者(ぎょうじゃ)の後患(こうがん)を剪除(せんじょ)すと説(い)うを聴(き)きて、也(ま)た内外(ないがい)男女(だんじょ)の嫌(けん=隔て)を避(さ)けず、一斉(いっせい)に出(い)で来(きた)りて拝告(はいこく=拝み願う)して曰(いわ)く、「万(よろず)に望(のぞ)む、神僧(しんそう)老仏(ろうぶつ)大(おお)いに法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、草(くさ)を斬(き)り根(ね)を除(のぞ)き、他(かれ)を把(と)って剪除(せんじょ)し尽絶(じんぜつ=絶やし尽く)さば、誠(まこと)に莫大(ばくだい)の恩(おん)と為(な)し、自(おのずか)ら当(まさ)に重(おも)く報(むく)いるべし!」と。行者(ぎょうじゃ)忙忙(そうそう=いそいそ)と礼(れい)に答(こた)え、只(た)だ国王(こくおう)に他(かれ)が住居(じゅうきょ=住みか)を説(い)わしむ。 国王(こくおう)羞(はじ)を含(ふく)んで告(もう)して曰(いわ)く、「三年前(さんねんまえ)他(かれ)到(いた)りし時(とき)、朕(ちん)曾(かつ)て他(かれ)に問(と)えり。他(かれ)説(い)えるには、城(しろ)を離(はな)るること遠(とお)からず、只(た)だ南(みなみ)に向(むか)いて去(ゆ)く七十里(しちじゅうり)の路(みち)に在(あ)り、一座(ひとつ)の柳林坡(りゅうりんぱ)湾華荘(わんかそう)の上(ほとり)有(あ)りと。国丈(こくじょう)年(とし)老(お)いて児(こ)無(な)く、只(た)だ後妻(こうさい)の生(う)める一女(ひとりのむすめ)有(あ)り、年(とし)正(まさ)に十六(じゅうろく)、曾(かつ)て人(ひと)に配(はい=嫁が)せず、願(ねが)わくは進(すす)めて朕(ちん)に与(あた)えんと。朕(ちん)那(か)の女(むすめ)の貌(かたち)の娉婷(へいてい=しなやか)なるに因(よ)り、遂(つい)に納(い)れて、寵幸(ちょうこう=寵愛)して宮(きゅう)に在(あ)り。期(き)せざりき疾(やまい)を得(え)、太医(たいい)屡(しばしば)薬(くすり)するも功(こう)無(な)し。他(かれ)我(われ)に仙方(せんぽう)有(あ)りと説(い)い、只(た)だ小児(しょうじ)の心(こころ)を用(もち)いて湯(ゆ)に煎(せん)じて引(いん)と為(な)すのみと。是(こ)れ朕(ちん)不才(ふさい=無能)にして、軽(かろ)く其(そ)の言(げん)を信(しん)じ、遂(つい)に民間(みんかん)の小児(しょうじ)を選(えら)び、今日(こんにち)の午時(うまのとき)に定(さだ)めて刀(かたな)を開(ひら)きて心(こころ)を取(と)らんとせしに、料(はか)らずも神僧(しんそう)下降(げこう)し、恰恰(あたかも)又(また)籠児(ろうじ=籠)の都(みな)見(み)えざるに遇(あ)えり。他(かれ)は就(すなわ)ち神僧(しんそう)十世(じっせ)に修真(しゅうしん)し、元陽(げんよう)未(いま)だ泄(もら)さず、其(そ)の心(こころ)を得(う)れば小児(しょうじ)の心(こころ)より更(さら)に万倍(まんばい)を加(くわ)うと説(い)えり。一時(ひととき)誤(あやま)りて犯(おか)せしは、神僧(しんそう)の妖魔(ようま)を識透(しきとう=見抜く)を知(し)らざりしなり。敢(あ)えて広(ひろ)く大法(だいほう)を施(ほどこ)し、其(そ)の後患(こうがん)を剪(き)らんことを望(のぞ)めば、朕(ちん)傾国(けいこく=国を傾くる)の資(し=財)を以(もっ)て酬謝(しゅうしゃ)せん!」と。行者(ぎょうじゃ)笑(わら)って曰(いわ)く、「実(じつ)に相瞞(かく)さず、籠(かご)の中(なか)の小児(しょうじ)は、是(こ)れ我(われ)が師(し)の慈悲(じひ)にして、我(われ)をして蔵(かく)さしめたり。汝(なんじ)且(しばら)く甚(なん)の資財(しざい)相謝(あいしゃ)するとかを題(だい)すること休(や)め、我(われ)が妖怪(ようかい)を捉(とら)えるを待(ま)て、是(こ)れ我(われ)が功行(くぎょう=功徳)なり」と。叫(よ)んで曰(いわ)く、「八戒(はっかい)、我(われ)に跟(したが)いて去(ゆ)き来(きた)れ」と。八戒(はっかい)曰(いわ)く、「謹(つつし)んで兄命(けいめい)に依(よ)らん。 但(た)だ只(た)だ是(こ)れ腹中(ふくちゅう)空虚(くうきょ=空っぽ)にして、好(よ)く力(ちから)を着(つ)くること難(がた)し」と。国王(こくおう)即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)えて教(おし)えて曰(いわ)く、「光禄寺(こうろくじ)快(すみや)かに斎供(さいく)を弁(べん)ぜよ」と。一時(ひととき)ならずして斎(とき)到(いた)る。八戒(はっかい)尽(ことごと)く一餐(ひとくい)に飽(あ)き、精神(せいしん)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、行者(ぎょうじゃ)に随(したが)いて雲(くも)に駕(が)して起(た)つ。 唬(おど)ろかされて那(か)の国王(こくおう)・妃后(ひこう)、并(ならび)に文武(ぶんぶ)の多官(たかん)、一箇一箇(めいめい)空(くう)に向(むか)いて礼拜(れいはい)し、都(みな)曰(いわ)く、「是(こ)れ真仙真仏(しんせんしんぶつ)の凡(ぼん=この世)に降臨(こうりん)するなり!」と。那(か)の大聖(たいせい)八戒(はっかい)を携(たずさ)え、径(ただ)ちに南方(なんぽう)七十里(しちじゅうり)の地(ち)に到(いた)り、風雲(ふううん)を住(とど)め下(くだ)し、妖(よう)の処(ところ)を找尋(そうじん=探し求)む。但(た)だ只(た)だ見(み)る一股(ひとすじ)の清渓(せいけい=清き谷川)、両辺(りょうへん)岸(きし)を夾(はさ)み、岸(きし)の上(うえ)に千千万万(せんせんばんばん)の楊柳(ようりゅう)有(あ)りて、更(さら)に清華荘(せいかそう)の何(いずこ)に在(あ)るかを知(し)らず。正(まさ)に是(こ)れ那(か)の: 万頃(ばんけい)の野田(やでん)観(み)れど尽(つ)きず、千堤(せんてい)の烟柳(えんりゅう=霞める柳)踪(あと)を隠(かく)して無(な)し。 孫大聖(そんたいせい)尋覓(じんべき=探し求)むるに着(つ)かず、即(すなわ)ち訣(けつ)を捻(ねん)じ、一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の真言(しんごん)を念(ねん)じ、一箇(ひとり)の当坊(とうぼう=当地)の土地(とち)を拘(こう=呼び)出(いだ)せば、戦戦兢兢(おののき)て近(ちか)づき前(まえ)に跪(ひざまず)き下(くだ)り、叫(よ)んで曰(いわ)く、「大聖(たいせい)、柳林坡(りゅうりんぱ)の土地(とち)叩頭(こうとう=額づく)し奉(たてまつ)る」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「汝(なんじ)怕(おそ)るるな、我(われ)汝(なんじ)を打(う)たず。我(われ)汝(なんじ)に問(と)わん:柳林坡(りゅうりんぱ)に一箇(ひとつ)の清華荘(せいかそう)有(あ)りと、何方(いずこ)に在(あ)るか」と。土地(とち)曰(いわ)く、「此(こ)の間(あいだ)に一箇(ひとつ)の清華洞(せいかどう)有(あ)るのみ、曾(かつ)て一箇(ひとつ)の清華荘(せいかそう)有(あ)らず。小神(しょうしん)知(し)り了(おわ)れり、大聖(たいせい)想(おも)うに是(こ)れ自(みずか)ら比丘国(びくこく)より来(きた)れるか」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、正(まさ)に是(こ)れ。比丘国(びくこく)の王(おう)一箇(ひとり)の妖精(ようせい)に哄(だま)されたり、是(こ)れ老孫(ろうそん)那(か)の廂(ほとり)に到(いた)り、妖怪(ようかい)なるを識(し)り得(え)、当時(そのとき)那(か)の怪(かい)を戦(たたか)い退(しりぞ)けしに、一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と化(へん)じ、去(ゆ)く方(かた)を知(し)らず。比丘王(びくおう)に問(と)うに及(およ)び、他(かれ)説(い)えるには、三年前(さんねんまえ)美女(びじょ)を進(すす)めし時(とき)、曾(かつ)て其(そ)の由(よし)を問(と)えば、怪(かい)は城南(じょうなん)七十里(しちじゅうり)の柳林坡(りゅうりんぱ)清華荘(せいかそう)に居住(きょじゅう)すと言(い)えりと。適(さっき)此(ここ)に尋(たず)ね到(いた)るに、只(た)だ林坡(りんぱ=柳の林の坂)を見(み)るのみにして、清華荘(せいかそう)を見(み)ず、是(こ)れを以(もっ)て汝(なんじ)に問(と)う」と。土地(とち)叩頭(こうとう)して曰(いわ)く、「望(のぞ)むらくは大聖(たいせい)罪(つみ)を恕(ゆる)せ。比丘王(びくおう)も亦(ま)た我(われ)が地(ち)の主(あるじ)なり、小神(しょうしん)理(ことわり)に当(あた)りて鑑察(かんさつ=見張る)すべしと雖(いえど)も、奈何(いかん)とも妖精(ようせい)の神威(しんい)法(ほう)大(だい)にして、若(も)し我(われ)他(かれ)が事(こと)を泄漏(ろうえい=漏ら)さば、就(すなわ)ち来(きた)りて欺凌(りょう=いじめ)す、故(ゆえ)に此(こ)れ未(いま)だ獲(え)ざるなり。大聖(たいせい)今(いま)来(きた)らば、只(た)だ那(か)の南岸(なんがん)の九叉頭(きゅうさとう=九つ又)の一棵(ひとふり)の楊樹(ようじゅ=柳)の根(ね)の下(した)に去(ゆ)き、左(ひだり)に三転(みつめぐ)り、右(みぎ)に三転(みつめぐ)りし、両手(りょうて)を用いて斉(ひとしく)樹(き)の上(うえ)を撲(たた)き、連(つら)ねて三声(みこえ)『開門(かいもん)』と叫(よ)べば、即(すなわ)ち清華洞府(せいかどうふ)を現(あらわ)さん」と。 大聖(たいせい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち土地(とち)に令(れい)じて回(かえ)り去(さら)しめ、八戒(はっかい)と溪(たに)を跳(と)び過(す)ぎ来(きた)り、那(か)の棵(ひとふり)の楊樹(ようじゅ)を尋(たず)ぬ。 果(はた)して九条(きゅうじょう)の叉枝(さしえだ=分かれ枝)有(あ)りて、総(すべ)て一棵(ひとふり)の根(ね)の上(うえ)に在(あ)り。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)に吩咐(ふんぷ)して曰(いわ)く、「汝(なんじ)且(しばら)く遠遠(とおく)に站(た)ち定(さだ)まれ、我(われ)が門(もん)を開(ひら)かしめ、那(か)の怪(かい)を尋(たず)ね着(つ)け、赶(お)い将(も)ちて出(いだ)すを待(ま)て、汝(なんじ)却(かえ)って接応(せつおう=応援)せよ」と。八戒(はっかい)命(めい)を聞(き)きて、即(すなわ)ち樹(き)を離(はな)るること半里(はんり)の遠近(あたり)に有(あ)りて立(た)ち下(くだ)る。此(こ)の大聖(たいせい)土地(とち)の言(げん)に依(よ)り、樹根(じゅこん)を繞(めぐ)り、左(ひだり)に三転(みつめぐ)り、右(みぎ)に三転(みつめぐ)りし、双手(そうしゅ=両手)斉(ひとしく)其(そ)の樹(き)を撲(たた)き、叫(よ)んで曰(いわ)く、「開門(かいもん)!開門(かいもん)!」と。霎時間(しばらくして)、一声(ひとこえ)の響喨(きょうりょう=高らか)なること唿喇喇(こつらつらつ)、門(もん)両扇(ふたまど)に開(ひら)き、更(さら)に樹(き)の踪迹(しょうせき=姿)を見(み)ず。那(か)の裡辺(うち)光(ひかり)明(あき)らかに霞采(かさい=彩り)有(あ)りて、亦(ま)た人烟(じんえん=人家)無(な)し。行者(ぎょうじゃ)神威(しんい)に趁(つ)け、撞(つ)き将(も)ちて進(すす)み入(い)るに、但(た)だ見(み)る那(か)の裡(うち)好(よ)き箇(ひとつ)の去処(ところ): 烟霞(えんか)幌亮(こうりょう=きらめき)、日月(じつげつ)明(あかり)を偸(ぬす)む。 白雲(はくうん)常(つね)に洞(ほら)より出(い)で、翠蘚(すいせん=緑の苔)乱(みだ)れて庭(にわ)に漫(み)つ。 一径(いっけい)の奇花(きか)艶(つや)を争(あらそ)い、遍階(へんかい=階のあちこち)の瑶草(ようそう=瑞草)芳栄(ほうえい=香り栄ゆ)を闘(あらそ)う。 温暖(おんだん)の気(き)、景(けい)常(つね)に春(はる)、渾(すべて)闐苑(かいえん=仙人園)の如(ごと)く、蓬瀛(ほうえい=蓬莱と瀛洲)に亜(つ)がず。 滑凳(かつとう=滑らかな腰掛)に長蔓(ちょうまん=長き蔓)攀(よ)じ、平橋(へいきょう)に乱藤(らんとう)挂(か)かる。 蜂(はち)紅蕊(こうずい=紅き蕊)を銜(ふく)んで岩窟(がんくつ)に来(きた)り、蝶(ちょう)幽蘭(ゆうらん=奥ゆかしき蘭)に戯(たわむ)れて石屏(せきびょう=石の屏風)を過(す)ぐ。 行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ歩(ほ)を運(はこ)び、行(ゆ)きて前辺(まえ)に近(ちか)づき細(こま)かに看(み)れば、石屏(せきびょう)の上(うえ)に四箇(よっつ)の大字(だいじ)有(あ)りて曰(いわ)く、「清華仙府(せいかせんぷ)」と。 他(かれ)忍(しの)ぶこと能(あた)わず、石屏(せきびょう)を跳(と)び過(す)ぎて看(み)る処(ところ)、只(た)だ見(み)る那(か)の老怪(ろうかい)懐中(かいちゅう=ふところ)に一箇(ひとり)の美女(びじょ)を摟(いだ)き、喘嘘嘘(ぜんしょしょ=はあはあ息をし)て、正(まさ)に比丘国(びくこく)の事(こと)を講(こう)じ、斉(ひとしく)声(こえ)を挙(あ)げて叫(よ)んで曰(いわ)く、「好(よ)き機会(きかい)来(きた)れり!三年(さんねん)の事(こと)、今日(こんにち)完(まっと)うするを得(う)るに、那(か)の猴頭(さる)に破(やぶ)られたり!」と。行者(ぎょうじゃ)身(み)に跑(はし)り近(ちか)づき、棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「我(われ)汝(なんじ)等(ら)が此(こ)の伙(くみ)の毛団(もうだん=毛むくじゃらの輩)を把(と)らえん、甚(なん)の好(よ)き機会(きかい)か有(あ)らん!吾(われ)が一棒(いっぽう)を食(くら)え!」と。那(か)の老怪(ろうかい)美人(びじん)を放(はな)ち捨(す)て、蟠龍拐(ばんりゅうかい)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、急(いそ)ぎ架(か=受け止め)て相(あい)迎(むか)う。彼(かれ)両箇(ふたり)洞前(どうぜん)に在(あ)りて、此(こ)の場(ば)の好(よ)きかな殺(いくさ)、前(さき)に比(くら)べて又(また)甚(はなは)だ不同(こと)なり: 棒(ぼう)挙(あが)れば金光(きんこう)迸(ほとばし)り、拐(かい)輪(めぐ)れば凶気(きょうき)発(はっ)す。 那(か)の怪(かい)曰(いわ)く、「汝(なんじ)無知(むち)にして敢(あ)えて我(われ)が門(もん)に進(すす)み来(きた)るか!」と。 行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「我(われ)意(こころ)有(あ)りて邪怪(じゃかい)を降(くだ)さん!」と。 那(か)の怪(かい)曰(いわ)く、「我(われ)国主(こくしゅ)を恋(こ)うるは汝(なんじ)に干(かかわり)無(な)し、怎(なん)で欺心(ぎしん=心を欺き)て来(きた)りて展抹(てんまつ=危害を加う)するや」と。 行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「僧(そう)は政教(せいきょう)を修(おさ)めて本(もと)より慈悲(じひ)なり、児童(じどう)の活(い)きながら殺(ころ)さるるに忍(しの)びざるなり」と。 語(ご)去(さ)り言(げん)来(きた)りて各(おのおの)仇(あだ)を恨(うら)み、棒(ぼう)迎(むか)え拐(かい)架(か)して当心(とうしん=真っ向)に札(さ)す。 琪花(きか=美しき花)を促損(そくそん=踏みにじ)るは生(いのち)を顧(かえり)みるがため、翠苔(すいたい=緑の苔)を踢破(てきは=蹴り破る)は把滑(はかつ=足をすべらす)に因(よ)る。 只(た)だ殺(たたか)いて那(か)の洞中(どうちゅう)の霞采(かさい)をして光明(こうみょう)を欠(か)かしめ、岩上(がんじょう)の芳菲(ほうひ=芳しき草花)を俱(とも)に掩圧(えんあつ=押し伏せ)らしむ。 乒乓(ひんぽう=激しき音)に驚(おど)ろかされて鳥(とり)も飛(と)ぶこと難(がた)く、吆喝(ようかつ=喚き声)に嚇(おど)されて美人(びじん)散(ち)る。 只(た)だ老怪(ろうかい)と猴王(こうおう)のみ存(のこ)り、呼呼(ここ)として狂風(きょうふう)地(ち)を捲(ま)きて刮(ふ)く。 看(み)る看(み)る殺(たたか)いて洞門(どうもん)を出(い)で来(きた)るに、又(また)悟能(ごのう)の呆性(あいしょう=愚かなる性)の発(はっ)するに撞(ぶつ)かる。 原(もと)来(もと)八戒(はっかい)外辺(そと)に在(あ)りて、彼(かれ)等(ら)の裡(うち)に嚷鬧(じょうどう=わめき騒ぐ)を聴(き)き、激(しげき)されて彼(かれ)が心(こころ)痒(かゆ)くして撓(か)くこと難(がた)く、釘鈀(ていは=鉞)を掣(ひっさ)げ、一棵(ひとふり)の九叉楊樹(きゅうさようじゅ)を把(と)って刨(ほ)り倒(たお)し、鈀(ていは)を使(つか)いて幾下(いくつ)か筑(つつ)けば、筑(つつ)きて那(か)の鮮血(せんけつ)直(ただち)に冒(あぶく)し出(いだ)し、嚶嚶(えいえい)として似乎(あたか)も声(こえ)有(あ)るが如(ごと)し。他(かれ)曰(いわ)く、「此(こ)の樹(き)は成(な)りて精(せい)と為(な)れり!此(こ)の樹(き)は成(な)りて精(せい)と為(な)れり!」と。按(おさ)えて地(ち)の下(した)に在(あ)りて、又(また)正(まさ)に筑(つつ)く処(ところ)、只(た)だ行者(ぎょうじゃ)の怪(かい)を引(つ)れて出(い)で来(きた)るを見(み)る。那(か)の呆子(あほう)話(ことば)を打(い)わず、赶(お)いつき前(まえ)に、鈀(ていは)を挙(あ)げて就(すなわ)ち筑(つつ)く。那(か)の老怪(ろうかい)行者(ぎょうじゃ)と戦(たたか)うに已(すで)に是(こ)れ敵(てき)し難(がた)きに、八戒(はっかい)の鈀(ていは)の来(きた)るを見(み)て、愈(いよいよ)心慌(しんこう=心あわただ)しく、陣(じん)を敗(やぶ)り、身(み)を将(も)ちて一幌(ひとひるがえ)し、化(へん)じて一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と成(な)り、径(ただ)ちに東(ひがし)を投(さ)して走(はし)る。彼(かれ)両箇(ふたり)決(けっ)して放松(ゆる)めず、東(ひがし)に向(むか)って赶(お)い来(きた)る。 正(まさ)に喊殺(かんさつ=喚き叫んで戦う)の際(さい)に当(あた)り、又(また)鸞鶴(らんかく=鸞と鶴)の声(こえ)の鳴(な)り、祥光(しょうこう=瑞光)の縹緲(ひょうびょう=たなびく)を聞(き)き得(え)、目(め)を挙(あ)げて之(これ)を視(み)れば、乃(すなわ)ち是(こ)れ南极老人星(なんきょくろうじんせい=南極老人星)なり。那(か)の老人(ろうじん)寒光(かんこう)を把(と)って罩(おお)い住(とど)め、叫(よ)んで曰(いわ)く、「大聖(たいせい)慢(ゆる)やかに来(きた)れ、天蓬(てんぽう)赶(お)うことを休(や)めよ、老道(ろうどう)此(ここ)に在(あ)りて施礼(せれい)するなり」と。行者(ぎょうじゃ)即(すなわ)ち礼(れい)に答(こた)えて曰(いわ)く、「寿星(じゅせい)兄弟(きょうだい)、那(いずこ)より来(きた)れる」と。八戒(はっかい)笑(わら)って曰(いわ)く、「肉頭老児(にくとうろうじ=まるまるとした爺)、寒光(かんこう)を罩(おお)い住(とど)めたれば、必(かなら)ず妖怪(ようかい)を捉(とら)え住(とど)めたり」と。寿星(じゅせい)陪(とも)に笑(わら)って曰(いわ)く、「此(ここ)に在(あ)り、此(ここ)に在(あ)り、望(のぞ)むらくは二公(にこう=お二人)他(かれ)が命(いのち)を饒(ゆる)せ」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「老怪(ろうかい)は老弟(ろうてい)と相干(あいかかわり)無(な)きに、何(なん)の為(ため)に来(きた)りて人情(にんじょう=口添え)を説(い)うや」と。寿星(じゅせい)笑(わら)って曰(いわ)く、「他(かれ)は是(こ)れ我(われ)が一副(ひとくみ)の脚力(きゃくりょく=乗物)なるが、意(おも)わず走(はし)り将(も)ち来(きた)りて、此(こ)の妖怪(ようかい)を成(な)せり」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「既(すで)に是(こ)れ老弟(ろうてい)の物(もの)ならば、只(た)だ他(かれ)をして本相(ほんぞう)を現(あらわ)し出(いだ)して看(み)ることを教(おし)えよ」と。寿星(じゅせい)言(げん)を聞(き)きて、即(すなわ)ち寒光(かんこう)を把(と)って放(はな)ち出(いだ)し、喝(かつ)して曰(いわ)く、「孽畜(げっちく=畜生め)!快(すみや)かに本相(ほんぞう)を現(あらわ)せ、汝(なんじ)が死罪(しざい)を饒(ゆる)さん!」と。那(か)の怪(かい)一箇(ひとつ)の翻身(ほんしん=身の翻し)を打(う)てば、原(もと)来(もと)是(こ)れ一隻(ひとつの)白鹿(はくろく)なり。寿星(じゅせい)拐杖(かいじょう)を拿(と)り起(おこ)して曰(いわ)く、「此(こ)の孽畜(げっちく)め!我(われ)の拐棒(かいぼう=杖)すら也(ま)た偷(ぬす)み来(きた)れり!」と。那(か)の隻(ひとつ)の鹿(しか)地(ち)に俯伏(ふふく=うつぶ)し、口(くち)も言(い)うこと能(あた)わず、只(た)だ管(ひたすら)叩頭(こうとう)して涙(なみだ)を滴(したた)らす。但(た)だ見(み)る他(かれ)は: 一身(いっしん)玉簡(ぎょくかん=玉の札)の如(ごと)くにして斑斑(はんはん=まだら)たり、両角(りょうかく)参差(しんし=ふぞろい)として七汊湾(しちさわん=七つに曲がる)なり。 幾度(いくたび)か飢(う)うる時(とき)薬圃(やくほ=薬草園)を尋(たず)ね、朝(あした)に渴(かわ)く処(ところ)有(あ)らば雲潺(うんせん=雲のせせらぎ)を飲(の)む。 年(とし)深(ふか)くして飛騰(ひとう=飛び騰る)の法(ほう)を学(まな)び得(え)、日(ひ)久(ひさ)しくして変化(へんげ)の顔(かお)を修(おさ)め成(な)す。 今(いま)主人(しゅじん)の呼喚(こかん=呼ぶ)の処(ところ)を見(み)て、身(み)を現(あらわ)し珉耳(みんじ=玉のごとき耳)を垂れしめて塵寰(じんかん=俗世)に伏(ふ)す。 寿星(じゅせい)行者(ぎょうじゃ)に謝(しゃ)し了(おわ)り、就(すなわ)ち鹿(しか)に跨(またが)りて行(ゆ)かんとするに、行者(ぎょうじゃ)一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き住(とど)めて曰(いわ)く、「老弟(ろうてい)、且(しばら)く慢(ゆる)やかに走(はし)れ、還(ま)た両件(ふたつ)の事(こと)未(いま)だ完(まっと)うせざる有(あ)り」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「還(ま)た甚(なん)の未(いま)だ完(まっと)うせざるの事(こと)有(あ)るや」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「還(ま)た美人(びじん)の未(いま)だ獲(え)ざる有(あ)り、是(こ)れ一箇(ひとつ)の甚(なん)の怪物(かいぶつ)なるかを知(し)らず;還(ま)た又(また)同(とも)に比丘城(びくじょう)に到(いた)りて那(か)の昏君(くんくん)に見(まみ)え、現相(げんそう=姿を現わし)して旨(し)を回(かえ)さんことを要(よう)す」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「既(すで)に此(か)くの等(ごと)く説(い)わば、我(われ)且(しばら)く寧耐(ねいたい=辛抱)せん。汝(なんじ)天蓬(てんぽう)と洞(ほら)に下(くだ)りて那(か)の美人(びじん)を擒捉(きんどく=生け捕り)し来(きた)り、同(とも)に去(ゆ)きて現相(げんそう)するも可(よ)し」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「老弟(ろうてい)略(いささか)等等児(しばらくまて)、我(われ)等(ら)去(ゆ)き了(おわ)れば就(すなわ)ち来(きた)らん」と。 那(か)の八戒(はっかい)精神(せいしん)を抖擻(とそう=ふるい起こ)し、行者(ぎょうじゃ)に随(したが)って径(ただ)ちに清華仙府(せいかせんぷ)に入(い)り、吶声(だんせい=大声)を挙(あ)げて叫(よ)んで曰(いわ)く、「妖精(ようせい)を拿(とら)えよ!妖精(ようせい)を拿(とら)えよ!」と。那(か)の美人(びじん)戦戦兢兢(おののき)て、正(まさ)に自(みずか)ら逃(のが)るること難(がた)きに、又(また)喊声(かんせい=喚き声)の大(おお)いに振(ふる)うを聴(き)きて、即(すなわ)ち石屏(せきびょう)の裡(うち)に転(てん)ずるに、又(また)後門(うしろもん)の出頭(しゅっとう=出る口)と箇(ひとつ)も無(な)く、八戒(はっかい)の喝声(かつせい)に「那(いずこ)へ走(はし)る!我(われ)汝(なんじ)が此(こ)の漢子(おとこ)を哄(だま)すの臊精(そうせい=淫らな妖)を把(と)らえん!鈀(ていは)を看(み)よ!」と遭(あ)う。那(か)の美人(びじん)手(て)の中(うち)又(また)兵器(へいき)無(な)く、迎(むか)え敵(てき)すること能(あた)わず、身(み)を将(も)ちて一閃(ひとひるがえ)し、化(へん)じて一道(ひとすじ)の寒光(かんこう)と成(な)り、外(そと)に向(むか)いて就(すなわ)ち走(はし)るに、大聖(たいせい)寒光(かんこう)を抵(ふせ)ぎ住(とど)められ、乒乓(ひんぽう)と一棒(いっぽう)、那(か)の怪(かい)脚(あし)を立(た)て住(とど)めること能(あた)わず、塵埃(じんあい)に倒(たお)れ、本相(ほんぞう)を現(あらわ)せば、原(もと)来(もと)是(こ)れ一箇(ひとつの)白面狐狸(はくめんこり=白い顔の狐)なり。呆子(あほう)手(て)を忍(しの)ぶこと能(あた)わず、鈀(ていは)を挙(あ)げて頭(こうべ)に照(むか)いて一筑(ひとつつき)、憐(あわ)れむべし那(か)の箇(ひとつ)の城(しろ)を傾(かたむ)け国(くに)を傾(かたむ)くる千般(せんばん)の笑(えみ)を把(と)って、化(け)して毛団(もうだん=毛むくじゃらの塊)狐狸(こり)の形(かたち)と成(な)さしむ!行者(ぎょうじゃ)叫(よ)んで曰(いわ)く、「他(かれ)を打(う)ち爛(ただ)らすこと莫(な)かれ、且(しばら)く他(かれ)が此(こ)の身(み)を留(とど)めて昏君(くんくん)に見(まみ)えしめん」と。 那(か)の呆子(あほう)穢汚(えお=汚らわしき)を嫌(きら)わず、一把(ひとつかみ)に尾子(お=尻尾)を揪(つか)み住(とど)め、拖拖扯扯(ただだしゃしゃ=引きずり)て、行者(ぎょうじゃ)に跟随(ずいすい)して門(もん)を出(い)で得(え)たるに、只(た)だ見(み)る那(か)の寿星老児(じゅせいろうじ)手(て)を鹿(しか)の頭(こうべ)に摸(さす)り着(つ)けて罵(ののし)って曰(いわ)く、「好(よ)き孽畜(げっちく)なるかな!汝(なんじ)怎(なん)として主(あるじ)を背(そむ)きて逃(に)げ去(さ)り、此(ここ)に在(あ)りて精(せい)を成(な)せるや!若(も)し我(われ)の来(きた)るに非(あら)ざれば、孫大聖(そんたいせい)定(かなら)ず汝(なんじ)を打(う)ち殺(ころ)せり」と。行者(ぎょうじゃ)跳(おど)り出(い)でて曰(いわ)く、「老弟(ろうてい)甚(なん)と説(い)うや」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「我(われ)鹿(しか)を嘱(いいつ)くるなり!我(われ)鹿(しか)を嘱(いいつ)くるなり!」と。八戒(はっかい)箇(ひとつの)死(し)せる狐狸(こり)を鹿(しか)の面前(めんぜん)に掼(なげう)ちて曰(いわ)く、「此(こ)れは是(こ)れ汝(なんじ)が娘(むすめ)なるか」と。那(か)の鹿(しか)頭(こうべ)を点(うなず)かし脳(こうべ)を幌(ゆす)り、嘴(くち)を伸(の)ばして他(かれ)を幾(いく)たびか聞(か)ぎ、呦呦(ゆうゆう)と声(こえ)を発(はっ)し、眷恋(けんれん=慕わしむ)して捨(す)てざるの意(こころ)有(あ)るが似(ごと)きに、寿星(じゅせい)劈頭(へきとう=真っ向)より一掌(ひとつちょう)を撲(う)たれて曰(いわ)く、「孽畜(げっちく)め!汝(なんじ)命(いのち)を得(う)れば足(た)れり、又(また)他(かれ)を聞(か)ぐは怎(なん)とせる」と。即(すなわ)ち勒袍(ろくほう=袍を締むる)の腰帯(ようたい)を解(と)き下(くだ)し、鹿(しか)を把(と)って頸項(けいこう=首)を扣(か)え住(とど)め、牽(ひ)き将(も)ち起(おこ)して曰(いわ)く、「大聖(たいせい)、我(われ)汝(なんじ)と比丘国(びくこく)に相(あい)見(まみ)えに去(ゆ)かん」と。行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く、「且(しばら)く住(とど)まれ!索性(いっそのこと)此(こ)の辺(ほとり)を把(と)って都(みな)一箇(ひとつ)の干浄(かんじょう=きれい)に掃(はら)わん、庶(ねが)わくは他年(たねん=後の年)に復(ま)た妖孽(ようげつ)を生(しょう)ずることを免(まぬが)れん」と。八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)きて、鈀(ていは)を挙(あ)げて柳樹(りゅうじゅ)を将(も)ちて乱(みだ)りに筑(つつ)く。行者(ぎょうじゃ)又(また)一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の真言(しんごん)を念(ねん)じ、依然(いぜん)として当坊(とうぼう)の土地(とち)を拘(こう)し出(いだ)し、叫(よ)んで曰(いわ)く、「些(いささか)の枯柴(こさい=枯れ木)を尋(たず)ね来(きた)り、烈火(れっか=激しき火)を点(とも)し起(おこ)し、汝(なんじ)が此(こ)の方(ほう)と妖患(ようかん=妖の患い)を消除(しょうじょ=取り除)き、欺凌(りょう=いじめ)を免(まぬ)がれしめよ」と。那(か)の土地(とち)即(すなわ)ち身(み)を転(てん)じ、陰風(いんぷう)颯颯(さつさつ)として、陰兵(いんぺい)を帥(ひき)い起(おこ)し、些(いささか)の迎霜草(げいそうそう)・秋青草(しゅうせいそう)・蓼節草(りょうせつそう)・山蕊草(さんずいそう)・簍蒿柴(ろうこうさい)・龍骨柴(りゅうこつさい)・芦荻柴(ろてきさい)を搬取(はんしゅ=運び取)るに、都(みな)是(こ)れ隔年(かくねん=一昨年)干(ひ)し透(とお)れる枯焦(こしょう=枯れ焦げ)の物(もの)なれば、火(ひ)を見(み)ること油膩(ゆじ=油っこき)の一般(ごと)の如(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)叫(よ)んで曰(いわ)く: 「八戒(はっかい)、必(かなら)ずしも樹(き)を筑(つつ)かずとも、但(た)だ此(こ)の物(もの)を得(え)て洞(ほら)の裡(うち)に填塞(てんそく=詰め込)み、火(ひ)を放(はな)ち起(おこ)さば、焼(や)きて箇(ひとつ)の干浄(かんじょう)を得(え)ん」と。火(ひ)一(ひとたび)起(おこ)れば、果(はた)して一座(ひとつ)の清華(せいか)の妖怪(ようかい)の宅(いえ)を把(と)って、焼(や)いて火池坑(かちこう=火の池の穴)と作(な)せり。 此(ここ)に於(おい)て才(ようや)く土地(とち)を喝退(かつたい=叱り退け)し、寿星(じゅせい)と同(とも)に鹿(しか)を牽(ひ)き、狐狸(こり)を拖(ひきず)り、一斉(いっせい)に殿前(でんぜん)に回(かえ)り到(いた)り、国王(こくおう)に対(たい)して曰(いわ)く、「此(こ)れは是(こ)れ汝(なんじ)が美后(びこう)なるが、他(かれ)と耍子児(あそび=戯れ)するか」と。那(か)の国王(こくおう)胆戦心驚(たんせんしんきょう=肝を冷やし驚く)。又(また)只(た)だ孫大聖(そんたいせい)の寿星(じゅせい)を引(つ)れ、白鹿(はくろく)を牽(ひ)き、都(みな)殿前(でんぜん)に到(いた)るを見(み)て、唬(おど)ろかされて那(か)の国(くに)の裡(うち)の君臣(くんしん)妃后(ひこう)、一斉(いっせい)に下拝(かはい)す。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に国王(こくおう)を攙(たす)け住(とど)めて笑(わら)って曰(いわ)く、「且(しばら)く我(われ)を拝(おが)むことを休(や)めよ、此(こ)の鹿児(しか)こそ却(かえ)って是(こ)れ国丈(こくじょう)なるぞ、汝(なんじ)只(た)だ他(かれ)を拝(おが)めば便(すなわ)ち是(こ)れなり」と。那(か)の国王(こくおう)羞愧(しゅうき=恥じ入る)に地(ところ)無(な)く、只(た)だ曰(いわ)く、「神僧(しんそう)の我(われ)が一国(いっこく)の小児(しょうじ)を救(すく)えるに感謝(かんしゃ)す、真(まこと)に天恩(てんおん)なり!」と。即(すなわ)ち旨(し)を伝(つた)えて光禄寺(こうろくじ)に教(おし)えて素宴(そえん=精進の宴)を安排(あんばい)せしめ、大(おお)いに東閣(とうかく)を開(ひら)き、南極老人(なんきょくろうじん)と唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を請(しょう)じ、共(とも)に坐(ざ)して恩(おん)を謝(しゃ)せしむ。三蔵(さんぞう)寿星(じゅせい)に拝見(はいけん)し、沙僧(しゃそう)も亦(ま)た礼(れい)を以(もっ)て見(まみ)え、都(みな)問(と)うて曰(いわ)く、「白鹿(はくろく)は既(すで)に是(こ)れ老寿星(ろうじゅせい)の物(もの)なるに、如何(いか)にして此(こ)の間(あいだ)に到(いた)りて害(がい)を為(な)すを得(え)たるや」と。寿星(じゅせい)笑(わら)って曰(いわ)く、「前者(さきに)、東華帝君(とうかていくん)我(われ)が荒山(こうざん=拙き山)を過(す)ぎしに、我(われ)留(とど)めて坐(ざ)して棋(き)を打(う)てり、一局(いっきょく)未(いま)だ終(おわ)らざるに、此(こ)の孽畜(げっちく)走(に)げ去(さ)れり。客(きゃく)の去(さ)るに及(およ)びて他(かれ)を尋(たず)ぬるに見(み)えず、我(われ)因(よ)りて指(ゆび)を屈(ま)げて詢算(じゅんさん=占い算え)し、他(かれ)の此(こ)の処(ところ)に走(はし)れるを知(し)り、特(こと)に来(きた)りて他(かれ)を尋(たず)ぬるに、正(まさ)に孫大聖(そんたいせい)の威(い)を施(ほどこ)すに遇(あ)えり。若(も)し果(はた)して来(きた)ること遅(おそ)からんには、此(こ)の畜(ちく)休(やん)なんとせり」と。 叙(じょ=語らい)了(おわ)らざるに、只(た)だ報(ほう)じて曰(いわ)く、「宴(えん)已(すで)に完備(かんび)せり」と。好(よ)き素宴(そえん)なるかな: 五彩(ごさい)門(もん)に盈(み)ち、異香(いこう)座(ざ)に満(み)つ。 桌(たく=卓)に繍緯(しゅうい=刺繍の帷)を挂(か)けて錦艶(きんえん=錦の艶)を生(しょう)じ、地(ち)に紅毯(こうたん=赤い絨毯)を鋪(し)いて霞光(かこう)を幌(ひるがえ)す。 宝鴨(ほうおう=鴨形の香炉)の内(うち)、沈檀(じんだん=沈香と白檀)香(こう)嫋(たなび)き;御筵(ぎょえん=御前の宴)の前(まえ)、蔬品(そひん=精進の品)香(こう)馨(かお)る。 看盤(かんばん=飾り皿)に高果(こうか=高く盛る菓子)楼台(ろうだい)を砌(きず)き、龍纏(りゅうてん=龍の絡む)闘糖(とうとう=砂糖細工)走獣(そうじゅう=走る獣)を擺(なら)ぶ。 鴛鴦錠(えんおうじょう=鴛鴦形の菓子)、獅仙糖(しせんとう=獅子の砂糖菓子)、模(かたち)に似(に)て様(さま)に似(に)たり;鸚鵡杯(おうむはい)、鷺鶿杓(ろさしゃく=鷺の柄杓)、相(あい)如(し)くして形(かたち)に如(に)たり。 席前(せきぜん)の果品(かひん=果物)般般(はんはん=いずれも)盛(さか)んに、案上(あんじょう)の斎肴(さいこう=精進の菜)件件(けんけん=一つ一つ)精(せい)なり。 魁円(かいえん=龍眼)繭栗(けんりつ=栗)、鮮荔(せんれい=仏手柑)桃子(とうし=桃)。 棗児(なつめ)柿餅(しへい=干し柿)味(あじ)甘甜(かんてん)に、松子(しょうし=松の実)葡萄(ぶどう)香(こう)膩酒(じしゅ=甘美なる酒)。 幾般(いくとおり)の蜜食(みつしょく=蜜菓子)、数品(すひん)の蒸酥(じょうそ=蒸し菓子)。 油札(ゆさつ=油で揚ぐる)糖澆(とうきょう=蜜かけ)、花団(かだん=花のように)錦砌(きんせい=錦を積む)。 金盤(きんばん)に高(たか)く大饃饃(だいもうもう=大きな蒸し饅頭)を塁(つ)み、銀碗(ぎんわん)に満(み)ちて香稻飯(こうとうはん=香る米の飯)を盛(も)る。 辣煼煼(らつそうそう=辛く)なる湯水粉条(とうすいふんじょう=汁粉の麺)、香噴噴(こうふんふん=香り立つ)として相連(あいつらな)りて添換(てんかん=継ぎ足し)の美(び)なり。 説(い)い尽(つく)さず蘑菇(まこ=茸)・木耳(もくじ=きくらげ)・嫩筍(どんじゅん=若竹の子)・黄精(おうせい=ナルコユリ)、十香(じっこう)の素菜(そさい)、百味(ひゃくみ)の珍羞(ちんしゅう=珍味)。 往来(おうらい)綽摸(しゃくもく=取り分くる)て曾(かつ)て停(とど)まらず、進退(しんたい=出し入れ)諸般(しょはん=種々)皆(みな)盛設(せいせつ=盛大に設け)たり。 当時(そのとき)坐次(ざじ=席次)を叙(じょ=定)めて、寿星(じゅせい)首席(しゅせき)、長老(ちょうろう)次席(じせき)、国王(こくおう)前席(ぜんせき)、行者(ぎょうじゃ)・八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)側席(そくせき)、旁(かたわら)に又(また)両三個(にさんにん)の太師(たいし)有(あ)りて左右(さゆう)に相陪(あいともな)う。即(すなわ)ち教坊司(きょうぼうし=楽所)に命(めい)じて楽(がく)を動(うご)かしむ。国王(こくおう)紫霞杯(しかしはい=紫の霞の杯)を擎(ささ)げ、一一(いちいち)酒(さけ)を奉(ほう)ずるに、惟(た)だ唐僧(とうそう)のみ飲(の)まず。八戒(はっかい)行者(ぎょうじゃ)に向(むか)いて曰(いわ)く、「師兄(しけい)、果子(かじ=果物)は汝(なんじ)に譲(ゆず)らん、湯飯(とうはん=汁と飯)等(ら)は須(すべから)く我(われ)をして用(もち)うるを受(う)けしめよ」と。那(か)の呆子(あほう)好歹(こうたい=善し悪し)を分(わか)たず、一斉(いっせい)に乱(みだ)りに上(のぼ)り、但(た)だ来(きた)るものを食(くら)いて箇(ひとつ)の精空(せいくう=すっからかん)と為(な)す。一席(ひとくみ)の筵宴(えんえん)已(すで)に畢(おわ)れば、寿星(じゅせい)告辞(こくじ=暇乞い)す。那(か)の国王(こくおう)又(また)近(ちか)づき前(まえ)に寿星(じゅせい)に跪拝(きはい)し、病(やまい)を祛(はら)い年(とし)を延(の)ぶるの法(ほう)を求(もと)めば、寿星(じゅせい)笑(わら)って曰(いわ)く、「我(われ)鹿(しか)を尋(たず)ぬるに因(よ)りて、丹薬(たんやく)を帯(お)び来(きた)らず。汝(なんじ)に修養(しゅよう=養生)の方(ほう)を伝(つた)えんと欲(ほっ)すれど、汝(なんじ)は又(また)筋(すじ)衰(おとろ)え神(しん)敗(やぶ)れて、還丹(げんたん=丹を還す)すること能(あた)わず。我(われ)が此(こ)の衣袖(いしゅう=袖)の中(なか)に、只(た)だ三箇(みっつ)の棗児(なつめ)有(あ)るのみ、是(こ)れ東華帝君(とうかていくん)と茶(ちゃ)を献(たてまつ)らんとするものにして、我(われ)未(いま)だ曾(かつ)て食(くら)わざりしものなり、今(いま)汝(なんじ)に送(おく)らん」と。国王(こくおう)之(これ)を呑(の)めば、漸(ようや)く身(み)軽(かろ)く病(やまい)退(しりぞ)くを覚(おぼ)ゆ。後(のち)に長生(ちょうせい)を得(う)る者(もの)は、皆(みな)此(こ)れに原(もとづ)けり。八戒(はっかい)看(み)て就(すなわ)ち叫(よ)んで曰(いわ)く、「老寿(ろうじゅ)、火棗(かそう=火棗)有(あ)らば、我(われ)に幾箇(いくつ)か送(おく)りて食(くら)わしめよ」と。寿星(じゅせい)曰(いわ)く、「未(いま)だ帯(お)び得(う)ざりき、改日(ひをあらため)て我(われ)汝(なんじ)に幾斤(いくきん)かを送(おく)らん」と。遂(つい)に東閣(とうかく)を出(い)で、謝意(しゃい)を道(い)い了(おわ)り、白鹿(はくろく)を一声(ひとこえ)に喝(かつ)し起(おこ)し、飛(と)んで背(せ)に跨(またが)り、雲(くも)を踏(ふ)んで去(さ)る。此(こ)の朝中(ちょうちゅう)の君王(くんおう)妃后(ひこう)、城中(じょうちゅう)の黎庶(れいしょ=庶民)居民(きょみん)、各各(おのおの)香(こう)を焚(た)き礼拜(れいはい)するは題(だい)せず。 三蔵(さんぞう)叫(よ)んで曰(いわ)く、「徒弟(とてい)、收拾(しゅうしゅう=支度)して王(おう)に辞(じ)せん」と。那(か)の国王(こくおう)又(また)苦(くる)しみ留(とど)めて教(おしえ)を求(もと)めば、行者(ぎょうじゃ)曰(いわ)く: 「陛下(へいか)、此(これ)より色欲(しきよく)は少(すくな)く貪(むさぼ)り、陰功(いんこう=陰徳)を多(おお)く積(つ)め。凡(およ)そ百事(ひゃくじ)に長(ちょう)を将(も)ちて短(たん)を補(おぎな)えば、自(おのずか)ら以(もっ)て病(やまい)を祛(はら)い年(とし)を延(の)ぶるに足(た)れり、就(すなわ)ち是(こ)れ教(おしえ)なり」と。遂(つい)に両盤(ふたさら)の散金(さんきん=小粒の金)碎銀(さいぎん=銀の切れ端)を拿(と)り出(いだ)し、奉(たてまつ)って路費(ろひ=旅費)と為(な)す。唐僧(とうそう)堅(かた)く辞(じ)し、分文(ぶんもん=一文)も受(う)けず。国王(こくおう)已(や)むこと無(な)く、命(めい)じて鑾駕(らんが=天子の乗物)を擺(なら)べ、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて鳳輦(ほうれん=鳳の輦)龍車(りゅうしゃ=龍の車)に端坐(たんざ=正しく坐)せしめ、王(おう)と嬪后(ひんこう)と、俱(とも)に輪(りん)を推(お)し轂(こく=車輪)を転(てん)じ、方(はじ)て送(おく)りて朝(ちょう)を出(いだ)す。六街三市(ろくがいさんし)、百姓(ひゃくせい)群黎(ぐんれい=万民)、亦(ま)た皆(みな)盞(さかずき)に浄水(じょうすい)を添(そ)え、炉(ろ)に真香(しんこう=清き香)を降(くだ)し、又(また)送(おく)りて城(しろ)を出(いだ)す。忽(たちま)ち半空(はんくう)の中(うち)に一声(ひとこえ)の風(かぜ)の響(ひびき)有(あ)るを聴(き)きて、路(みち)の両辺(りょうへん)に一千百十一箇(せんひゃくじゅういちひとつ)の鵞籠(がろう)を落(おと)し下(くだ)し、内(うち)に小児(しょうじ)の啼哭(ていこく)する有(あ)り、暗(あん)の中(うち)に原(もと)の護(まも)れる城隍(じょうこう)・土地(とち)・社令(しゃれい)・真官(しんかん)・五方掲諦(ごほうかいてい)・四値功曹(しちこうそう)・六丁六甲(りくていりっこう)・護教伽藍(ごきょうがらん)等(ら)の衆(しゅ)有(あ)りて、声(こえ)に応(おう)じて高(たか)く叫(よ)んで曰(いわ)く、「大聖(たいせい)、我(われ)等(ら)前に吩咐(ふんぷ)を蒙(こうむ)りて、小児(しょうじ)鵞籠(がろう)を摂(ひき)し去(さ)りしに、今(いま)大聖(たいせい)の功(こう)成(な)りて行(ぎょう)を起(おこ)すを知(し)り、一一(いちいち)送(おく)り来(きた)るなり」と。那(か)の国王(こくおう)妃后(ひこう)と一応(いちおう)の臣民(しんみん)、又(また)俱(とも)に下拝(かはい)す。行者(ぎょうじゃ)空(くう)に望(のぞ)んで曰(いわ)く、「列位(れつい=皆様)を労(ろう)すること有(あ)り、請(こ)う各(おのおの)祠(ほこら)に帰(かえ)れ、我(われ)民間(みんかん)に着(つ)けて祭祀(さいし)して汝(なんじ)に謝(しゃ)せしめん」と。呼呼淅淅(ここせきせき)、陰風(いんぷう)又(また)起(おこ)りて退(しりぞ)く。行者(ぎょうじゃ)城(しろ)の裡(うち)の人家(じんか)に叫(よ)んで来(きた)りて小児(しょうじ)を認領(にんりょう=引き取り)せしむ。 当時(そのとき)伝播(でんぱ)し、俱(みな)来(きた)りて各(おのおの)籠(かご)の中(なか)の児(こ)を認(みと)め出(いだ)し、歓歓喜喜(かんかんきき=大喜び)で、抱(いだ)き出(いだ)して哥哥(にいにい)と叫(よ)び、肉児(にくじ=いとし子)と叫(よ)び、跳(おど)るは跳(おど)り、笑(わら)うは笑(わら)い、都(みな)叫(よ)んで曰(いわ)く、「唐朝(とうちょう)の爺爺(じいじい)を扯(ひ)き住(とど)めて、我(われ)が家(いえ)に到(いた)りて児(こ)を救(すく)えるの恩(おん)を奉謝(ほうしゃ)せしめよ!」と。大(だい)と無(な)く小(しょう)と無(な)く、若(も)しは男(おとこ)若(も)しは女(おんな)、都(みな)他(かれ)が相貌(そうぼう)の醜(みにく)きを怕(おそ)れず、猪八戒(ちょはっかい)を抬(かつ)ぎ、沙和尚(しゃおしょう)を扛(にな)い、孫大聖(そんたいせい)を頂(いただ)き、唐三蔵(とうさんぞう)を撮(ささ)え、馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(かつ)ぎ、一擁(いちよう=どっと)して城(しろ)に回(かえ)るに、那(か)の国王(こくおう)も也(ま)た禁止(きんし)すること能(あた)わず。此(こ)の家(いえ)も也(ま)た宴(えん)を開(ひら)き、那(あ)の家(いえ)も也(ま)た席(せき)を設(もう)く。請(しょう)じ及(およ)ばざる者(もの)は、或(あるい)は僧帽(そうぼう=僧の帽子)・僧鞋(そうあい=僧の靴)・褊衫(へんさん=法衣)・布袜(ほべつ=布の足袋)を做(つく)り、裡裡外外(うちうちそとそと)、大小(だいしょう)の衣裳(いしょう)、都(みな)来(きた)りて相送(あいおく)る。 此(か)くの如(ごと)く盤桓(ばんかん=逗留)すること将(まさ)に一箇月(ひとつき)有(あ)らんとして、才(ようや)く城(しろ)を離(はな)るるを得(え)たり。又(また)影神(えいしん=肖像)を伝(つた)え下(くだ)し、牌位(はいび=位牌)を立(た)て起(おこ)し、頂礼(ちょうれい=礼拝)して香(こう)を焚(た)きて供養(くよう)する有(あ)り。此(こ)れ才(はじ)めて是(こ)れ: 陰功(いんこう)高(たか)く塁(つ)みて恩山(おんざん)重(おも)く、千千万万人(せんぜんばんばんにん)を救(すく)い活(い)かす。 畢竟(つい)に向後(こうご)又(また)甚(なん)の事体(じたい)有(あ)るかを知(し)らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第八十回 奼女(ちゃじょ)陽(よう)を育(やしな)いて配偶(はいぐう)を求(もと)め 心猿(しんえん)主(しゅ)を護(まも)りて妖邪(ようじゃ)を識(し)る さて、比丘国(びくこく)の君臣(くんしん=君と臣)・黎庶(れいしょ=民衆)、唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)づるに、二十里(にじゅうり)の遠(とお)きに及(およ)ぶも、なお肯(がえん)じて捨(す)てず。三蔵(さんぞう)、勉(つと)めて輦(れん=天子の車)を下(お)り、馬(うま)に乗(の)りて辞別(じべつ)して行(ゆ)く。目送(もくそう)する者(もの)、直(ただ)に蹤影(しょうえい=姿かたち)の見(み)えざるに至(いた)るまで、方(はじ)めて回(かえ)る。 四衆(ししゅ)行(ゆ)くこと多時(しばらく)なるに、また冬(ふゆ)の残(のこ)りと春(はる)の尽(つ)くるを過(す)ぎ、野花(やか)・山樹(さんじゅ)の看(み)れども尽(つ)きざる、景物(けいぶつ)芳菲(ほうひ=芳しい)なるを賞(め)でおるに、前面(ぜんめん)にまた一座(ひとつ)の高山峻嶺(こうざんしゅんれい=高い山と険しい嶺)を見(み)る。三蔵(さんぞう)、心に驚(おどろ)きて問(と)うて言う、 「徒弟(でし)よ、前面(ぜんめん)の高山(こうざん)に、路(みち)ありや路無(な)きや。是(こ)れ必(かなら)ず小心(しょうしん=心を細かく)せよ!」 と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、 「師父(しふ)のこの言(こと)、また長路(ちょうろ=長い旅路)を走(ゆ)く者(もの)の似(ごと)くならず、却(かえ)って公子王孫(こうしおうそん=貴族の子弟)の、井(い)に坐(ざ)して天(てん)を観(み)るの類(たぐい)に似(に)たり。古道(こどう=古い言い伝え)に曰(いわ)く、『山(やま)は路(みち)を妨(さまた)げず、路(みち)自(みずか)ら山(やま)に通(つう)ず』と。何(なん)を以(もっ)てか路(みち)の有(あ)る無(な)きを言(い)うや」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「既(すで)に山(やま)の路(みち)を妨(さまた)げざるは然(しか)りといえど、但(ただ)恐(おそ)らくは険峻(けんしゅん=けわしき)の間(あいだ)に怪物(かいぶつ)を生(しょう)じ、密林(みつりん)の深(ふか)き処(ところ)に妖精(ようせい)を出(いだ)さん」 と。八戒(はっかい)言う、 「放心(ほうしん)せよ、放心(ほうしん)せよ!ここは極楽(ごくらく)に相近(あいちか)づくこと遠(とお)からず、管(かなら)ず太平無事(たいへいぶじ)を取(と)らん!」 と。師徒(してい)正(まさ)に説(かた)りおるに、覚(おぼ)えずして山脚(さんきゃく=山のふもと)に到(いた)りぬ。行者(ぎょうじゃ)、金箍棒(きんこぼう)を取出(とりだ)し、石崖(せきがい=岩の崖)の上(うえ)に走上(のぼ)りて叫(よばわ)って言う、 「師父(しふ)、此間(ここ)は乃(すなわ)ち山(やま)を転(めぐ)るの路児(ろじ=小道)なり。忒(はなは)だ步(あゆ)むに好(よ)し。疾(と)く来(こ)よ、疾(と)く来(こ)よ!」 と。長老(ちょうろう)、只(た)だ懐(ふところ)を放(はな)ちて馬(うま)を策(むちう)つを得(う)るのみ。沙僧(しゃそう)、教(おし)えて言う、 「二哥(にいさん)、汝(なんじ)担子(たんす=荷)を把(と)って一肩(ひとがた=片方の肩)に挑(にな)え」 と。真箇(まこと)に八戒(はっかい)、担子(たんす=荷)を接(う)けて挑(にな)い上(あ)ぐ。沙僧(しゃそう)、繮縄(こうじょう=手綱)を攏(と)り、老師父(ろうしふ)は雕鞍(ちょうあん=彫刻の鞍)に穩(やす)らかに坐(ざ)し、行者(ぎょうじゃ)に随(したが)いて都(みな)山崖(さんがい)の上(うえ)の大路(たいろ)に奔(はし)る。ただ見よ、あの山(やま)、 雲霧(うんむ)峰頂(ほうちょう=峰の頂)を籠(こ)め、潺湲(せんかん=せせらぎ)澗中(かんちゅう=谷の中)に涌(わ)く。 百花(ひゃっか)香(こう)路(みち)に満(み)ち、万樹(ばんじゅ)密(みつ)にして叢叢(そうそう)たり。 梅(うめ)青(あお)く李(すもも)白(しろ)く、柳(やなぎ)緑(みどり)に桃(もも)紅(くれない)なり。 杜鵑(ほととぎす)啼(な)く処(ところ)春(はる)将(まさ)に暮(く)れんとし、紫燕(しえん=燕)呢喃(じなん=さえずり)して社(やしろ)已(すで)に終(おわ)る。 峨峨(がが)たる石(いし)、翠蓋(すいがい=緑の傘)の松(まつ)。 崎嶇(きくう=でこぼこ)の嶺道(れいどう=嶺の道)、突兀(とつこつ=そびえ)として玲瓏(れいろう=あきらか)たり。 削壁(さくへき=削った壁)・懸崖(けんがい=懸かる崖)峻(けわ)しく、藤蘿(とうら=藤やつる)・草木(そうもく)穠(こま)やかなり。 千巌(せんがん=幾千の巌)秀(ひい)でを競(きそ)うて戟(ほこ)を排(なら)ぶるが如(ごと)く、万壑(ばんがく=幾万の谷)流(ながれ)を争(あらそ)いて遠(とお)く浪(なみ)洪(おお)し。 と。 老師父(ろうしふ)緩(ゆる)やかに山景(さんけい)を観(み)おるに、忽(たちま)ち啼鳥(ていちょう=鳴く鳥)の声(こえ)を聞(き)き、また思郷(しきょう=故郷を偲ぶ)の念(ねん)を起(おこ)す。馬(うま)を兜(たぐ)りて叫(よばわ)って言う、 「徒弟(でし)よ! 我(われ)天牌(てんぱい=宮中)より旨意(しい=勅旨)を伝(つた)えられ、錦屏風(きんびょうぶ)の下(もと)に関文(かんぶん=通行の証)を領(う)けたり。 灯(ともしび)を観る十五(じゅうご=十五日)に東土(とうど)を離(はな)れ、才(ようや)く唐王(とうおう)と天地(てんち)を分(わか)ちたり。 甫(はじ)めて能(よ)く龍虎(りゅうこ)風雲(ふううん)会(かい)せしが、却(かえ)ってまた師徒(してい)馬軍(ばぐん)に拗(さから)う。 巫山(ふざん)の峰(みね)十二(じゅうに)を行(ゆ)き尽(つ)くしぬ。何(いず)れの時(とき)か聖君(せいくん)に対(たい)して当今(とうぎん)に見(まみ)えん」 と。 行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父(しふ)、汝(なんじ)常(つね)に思郷(しきょう)を以(もっ)て念(ねん)と為(な)すは、全(まった)く出家人(しゅっけにん)の似(ごと)くならず。放心して且(しばら)く走(ゆ)け、多(あま)た憂(うれ)うる莫(な)かれ。古人(こじん)云(いわ)く、『生(せい)の富貴(ふうき)を求(もと)めんと欲(ほっ)せば、須(かなら)ず死(し)の工夫(くふう=苦労)を下(くだ)せ』と」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「徒弟(でし)よ、既(すで)に説(い)えるところ理(ことわり)有(あ)りといえど、但(ただ)西天(せいてん)の路(みち)のなおいずこに在(あ)るかを知(し)らざるのみ!」 と。八戒(はっかい)言う、 「師父(しふ)、我が仏如来(ぶつにょらい)はあの三蔵経(さんぞうきょう)を捨(す)つるに忍(しの)びず、我(われ)らの取(と)りに往(ゆ)かんと要(もと)むるを知(し)りて、想(おも)うに是(こ)れ搬(はこ)び去(さ)りたるならん。然(しか)らずんば、如何(いか)にか只管(ひたすら)到(いた)らざるのみなるや」 と。沙僧(しゃそう)言う、 「胡談(こだん=たわごと)すること莫(な)かれ!只管(ひたすら)大哥(たいけ=長兄)に跟(したが)いて走(ゆ)き、只(た)だ工夫(くふう=時を重ね)を把(と)って彼(かれ)を捱(お)せ。終(つい)に須(かなら)ず之(これ)に到(いた)るの日(ひ)あらん」 と。 師徒正(まさ)に自(おのずか)ら閑叙(かんじょ=のんびり語らい)おるに、また一派(ひとむれ)の黒松(こくしょう=黒き松)の大林(だいりん=大いなる林)を見(み)る。唐僧(とうそう)、怕(おそ)れてまた叫(よばわ)って言う、 「悟空(ごくう)、我(われ)ら才(いま)しがたあの崎嶇(きくう=でこぼこ)の山路(さんろ)を過(よ)ぎりしに、怎麼(いか)にしてまたこの深黒(しんこく=深く黒き)の松林(しょうりん=松の林)に遇(あ)うや。是(こ)れ必(かなら)ず意(こころ)に在(あ)るべし」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「彼(かれ)を怕(おそ)るること怎(いか)にせんや!」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「那裡(いずく)の話(こと)をか説(い)うや!直中(ちょくちゅう)の直(ちょく=正直)を信(しん)ぜずんば、須(かなら)ず仁(じん)の中(うち)の不仁(ふじん)を防(ふせ)げ。我(われ)も汝(なんじ)と与(とも)に好幾処(いくところか)の松林(しょうりん)を走(ゆ)き過(よ)ぎりたれど、この林(はやし)の深遠(しんえん)なるには似(に)ず。汝(なんじ)視(み)よ、 東西(とうざい)に密(みっ)に擺(なら)べ、南北(なんぼく)に成行(なりゆき=列を成す)。 東西(とうざい)に密(みっ)に擺(なら)べば雲霄(うんしょう=雲の空)を徹(とお)し、南北(なんぼく)に成行(なりゆき)なれば碧漢(へきかん=青き天)を侵(おか)す。 密査(みっさ=びっしり)の荊棘(けいきょく=茨)周囲(しゅうい)に結(むす)び、蓼却(りょうきゃく=蓼の類)纏枝(てんし=枝に絡む)上下(じょうげ)に盤(めぐ)る。 藤(ふじ)来(きた)りて葛(くず)を纏(まと)い、葛(くず)去(ゆ)きて藤(ふじ)を纏(まと)う。 藤(ふじ)来(きた)りて葛(くず)を纏(まと)えば、東西(とうざい)の客旅(かくたび=旅人)行(ゆ)き難(がた)く、 葛(くず)去(ゆ)きて藤(ふじ)を纏えば、南北の経商(けいしょう=商人)怎(いか)でか進(すす)まん。 この林中(りんちゅう)に半年(はんとし)住(す)まば、那(いず)れか日月(じつげつ)を分(わ)たん。 数里(すうり)行(ゆ)くとも、斗星(とせい=北斗の星)を見(み)ず。 汝(なんじ)視(み)よ、あの背陰(はいおん=日陰)の処(ところ)の千般(せんぱん=種々)の景(けい)、向陽(こうよう=日当たり)の所(ところ)の万叢(ばんそう=幾万の株)の花(はな)を。 またあの千年(せんねん)の槐(えんじゅ)、万載(ばんさい)の桧(ひのき)、耐寒(たいかん=寒に耐う)の松(まつ)、山桃果(さんとうか=山桃の実)、野芍薬(やしゃくやく)、旱芙蓉(かんふよう=乾地の芙蓉)の、一塊々(いっかいかい=かたまりごと)に密に砌(み)ぎ重(かさ)ね堆(うずたか)く、乱紛紛(らんふんふん)として神仙(しんせん)も画(えが)き難(がた)し。 また聽(き)け、百鳥(ひゃくちょう)の声(こえ)を。鸚鵡(おうむ)哨(さえず)り、杜鵑(ほととぎす)啼(な)き、喜鵲(かささぎ)枝(えだ)を穿(うが)ち、烏鴉(うあ=からす)反哺(はんぽ=親に餌を返す)、黄鸝(こうり=うぐいす)飛(と)び舞(ま)い、百舌(もず)調音(ちょうおん=音を整う)、鷓鴣(しゃこ)鳴(な)き、紫燕(しえん=燕)語(かた)り、八哥児(はっかじ=九官鳥)は人(ひと)の説話(せつわ=話しぶり)を学(まな)び、画眉郎(がびろう=画眉鳥)もまた会(よ)く経(きょう)を看(み)る。 また見よ、あの大虫(たいちゅう=虎)の尾(お)を擺(ふ)り、老虎(ろうこ=虎)の牙(きば)を磕(か)み、多年(たねん)の狐狢(こかく=狐と狢)の娘子(じょうし=女房)に粧(よそお)い、日久(ひさ)しき蒼狼(そうろう=青狼)の吼(ほ)えて林(はやし)を振(ふる)わすを。 就(すなわ)ち托塔天王(たくとうてんおう)の此(ここ)に到(いた)るとも、縦(たと)い会(よ)く妖(よう)を降(くだ)すとも、また魂(たましい)を失(うしな)わん!」 と。 孫大聖(そんたいせい)、公然(こうぜん)として懼(おそ)れず、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて上前(すす)み出でて臂(ひじ)もて大路(たいろ)を開(ひら)き、唐僧(とうそう)を引(ひ)きて径(ただち)に深林(しんりん)に入(い)り、逍逍遙遙(しょうしょうようよう=のんびり)として、行(ゆ)くこと半日(はんじつ)を経(ふ)るも、いまだ林(はやし)を出(い)づるの路(みち)を見(み)ず。唐僧(とうそう)叫(よばわ)って言う、 「徒弟(でし)よ、一向(これまで)西(にし)へ来(きた)るに、無数(むすう)の山林(さんりん)の崎険(きけん=けわしき)ありしが、幸(さいわ)いに此間(ここ)の清雅(せいが=清らかに優雅)なるを得(え)て、一路(いちろ)太平(たいへい)なり。この林中(りんちゅう)の奇花異卉(きかいき=珍しき花)は、実(げ)に能(よ)く人(ひと)の情意(じょうい=こころ)を可(よ)みす。我(われ)ここに在りて坐(ざ)せんと要(もと)む。一(ひとつ)には馬(うま)を歇(やす)め、二(ふたつ)には腹中(ふくちゅう)飢(う)えたり。汝(なんじ)かの処(ところ)に往(ゆ)きて些(いささ)かの斎(とき)を化(こ)し来(きた)りて我(われ)に食(くら)わせよ」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父(しふ)、請(こ)う馬(うま)を下(お)りよ。老孫(ろうそん)斎(とき)を化(こ)しに往(ゆ)きて来(きた)らん」 と。かの長老(ちょうろう)果(はた)して馬(うま)を下(お)りたり。八戒(はっかい)、馬(うま)を将(も)ちて樹(き)の上(ほとり)に拴(つな)ぎ、沙僧(しゃそう)、行李(こうり=荷物)を歇(やす)め下(おろ)し、鉢盂(はつう=托鉢の器)を取(と)り出(いだ)して行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。 行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父(しふ)、穩(やす)らかに坐(ざ)して、驚怕(きょうは=驚き恐る)るるを要(もと)むる莫(な)かれ。我(われ)往(ゆ)きてすなわち来(きた)らん」 と。三蔵(さんぞう)は松陰(しょういん=松の木陰)の下(した)に端坐(たんざ)す。八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)は却(かえ)って風(かぜ)を尋(たず)ね果(くだもの)を覓(もと)めて閑耍(かんしゃ=気ままに遊ぶ)に往(ゆ)く。 さて、大聖(たいせい)筋斗(きんと=宙返り)を縦(ほしいまま)にして、半空(はんくう=空の半ば)に到(いた)り、雲光(うんこう=雲の光)を佇(とど)め定(さだ)め、頭(こうべ)を回(めぐ)らして観看(みわた)せば、ただ松林(しょうりん)の中(うち)に祥雲(しょううん=めでたき雲)縹緲(ひょうびょう=たなびき)、瑞靄(ずいあい=めでたき靄)氤氳(いんうん=立ちこめ)るを見(み)る。彼(かれ)忽(たちま)ち声(こえ)を失(うしな)いて叫(よばわ)る、 「好(よ)しや!好(よ)しや!」 と。汝(なんじ)彼(かれ)の好(よ)しと叫(よばわ)るは何(なん)を做(な)すとか謂(い)うや。元来(もと)唐僧(とうそう)を夸奨(ほめたた)うるなり。説(いわ)く、彼(かれ)は是(こ)れ金蟬長老(こんぜんちょうろう)の転世(てんせい=生まれ変わり)、十世(じっせ)修行(しゅぎょう)の好人(こうにん)なれば、此(ここ)を以(もっ)てこの祥瑞(しょうずい=めでたき瑞相)の頭(こうべ)を罩(おお)える有(あ)りと。 「若(も)し我(わ)が老孫(ろうそん)は、方(まさ)に五百年前(ごひゃくねんぜん)天宮(てんぐう)を大鬧(おおさわ)がししの時(とき)、雲(くも)に遊(あそ)びて海角(かいかく=海の果て)に到(いた)り、天涯(てんがい=天の果て)に放蕩(ほうとう=勝手気まま)し、群精(ぐんせい=群れなす精)を聚(あつ)めて自(みずか)ら斉天大聖(せいてんたいせい)と称(とな)え、龍(りゅう)を降(くだ)し虎(とら)を伏(ふく)せ、死籍(しせき=死の帳簿)を消(け)し了(おわ)んぬ。頭(こうべ)には三額(さんがく)の金冠(きんかん)を戴(いただ)き、身(み)には黄金(おうごん)の鎧甲(がいこう=鎧)を穿(き)、手(て)には金箍棒(きんこぼう)を執(と)り、足(あし)には步雲履(ほうんり=雲を踏む靴)を踏(ふ)み、手下(しゅか)に四万七千(よんまんななせん)の群怪(ぐんかい)有(あ)りて、都(みな)我(われ)を称(よ)んで大聖爺爺(たいせいやや=大聖さま)と做(な)し、着実(ちゃくじつ)に人(ひと)と為(な)りたり。如今(いま)天災(てんさい)を脱却(だっきゃく)し、小(しょう)に做(な)り低(ひく)きに伏(ふく)して、汝(なんじ)と与(とも)に徒弟(でし)と為(な)れり。想(おも)うに師父(しふ)の頭頂(とうちょう=頭の上)に祥雲瑞靄(しょううんずいあい)の罩(おお)い定(さだ)まる有(あ)れば、径(ただち)に東土(とうど)に回(かえ)らば、必(かなら)ず些(いささ)かの好処(こうしょ=良きこと)有(あ)らん、老孫(ろうそん)もまた必(かなら)ず一箇(ひとつ)の正果(しょうか=悟りの位)を得(え)ん」 と。正(まさ)に自家(じか=我が身)この等(ごと)く夸念(ほめおも)う中間(なか)に、忽然(たちまち)林南(りんなん=林の南)の下(もと)に一股(ひとすじ)の黒気(こっき=黒き気)の、骨都都(こつとつ=むくむく)と冒(のぼ)り将(きた)るを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に驚(おどろ)いて言う、 「あの黒気(こっき)の裡(うち)に必ず邪(じゃ)有(あ)らん!我(わ)があの八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)は却(かえ)って何(なん)の黒気(こっき)をもか放(はな)たんや」 と。かの大聖(たいせい)、半空(はんくう)の裡(うち)に在りて、詳察(しょうさつ=詳しく見る)すること定(さだ)まらず。 さて、三蔵(さんぞう)林中(りんちゅう)に坐して、明心見性(みょうしんけんしょう=心を明らかにし性を見る)し、かの『摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)』を諷念(ふうねん=唱え誦)しおるに、忽(たちま)ち嚶嚶(おうおう=か細き)の「人(ひと)を救(すく)え」と叫(よ)ぶ声(こえ)を聽(き)く。三蔵(さんぞう)大(おおい)に驚いて言う、 「善(ぜん)なるかな!善(ぜん)なるかな!この等(ごと)き深林(しんりん)の裡(うち)に、何(なん)の人(ひと)か叫(よ)ぶ有(あ)る。想(おも)うに是(こ)れ狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)に唬(おど)し倒(たお)されたるならん、我(われ)の看(み)るを待(ま)て」 と。かの長老(ちょうろう)身(み)を起(おこ)し步(あゆみ)を挪(うつ)し、千年(せんねん)の柏(かしわ)を穿(うが)ち過(よ)ぎ、万年(ばんねん)の松を隔(へだ)て起(おこ)し、葛に附(つ)き藤を攀(よ)じて、近(ちか)づき前(まえ)に之(これ)を視(み)れば、ただあの大樹(たいじゅ)の上(ほとり)に一箇(ひとり)の女子(にょし=女)の綁(くく)り著(つ)けられたるを見(み)る。上半截(じょうはんせつ=上半身)は葛藤(かっとう=つる)を以(も)ちて樹(き)の上(うえ)に綁(くく)り著(つ)けられ、下半截(かはんせつ=下半身)は土(つち)の裡(うち)に埋(うず)められたり。長老(ちょうろう)脚(あし)を立(た)て定(さだ)め、彼(かれ)に一旬(ひとこと)を問(と)うて言う、 「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)何(なん)の事(こと)か有(あ)りて、此間(ここ)に綁(くく)り著(つ)けらるるや」 と。咦(ああ)!分明(ぶんめい)にこの厮(やつ)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の妖怪(ようかい)なるに、長老(ちょうろう)は肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡夫の眼)なれば、却(かえ)って認(みと)むることを得(え)ず。 かの怪(かい)彼(かれ)の来(きた)りて問(と)うを見(み)、涙(なみだ)泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)し。汝(なんじ)視(み)よ、彼(かれ)の桃腮(とうさい=桃の頬)に涙(なみだ)を垂(た)るるは、沈魚落雁(ちんぎょらくがん=魚を沈め雁を落とす)の容(かたち)有(あ)り。星眼(せいがん=星の眼)に悲(かなしみ)を含(ふく)むは、閉月羞花(へいげつしゅうか=月を閉じ花を羞じる)の貌(かんばせ)有(あ)り。長老(ちょうろう)実(げ)に敢(あ)えて近(ちか)づき前(まえ)に往(ゆ)かず、また口(くち)を開(ひら)いて問(と)うて言う、 「女菩薩(にょぼさつ)、汝(なんじ)端(つまびらか)に何(なん)の罪過(ざいか=罪)か有(あ)る。説(つ)げて貧僧(ひんそう)に与(あた)えよ、却(かえ)って好(よ)く汝(なんじ)を救(すく)わん」 と。かの妖精(ようせい)、巧語花言(こうごかげん=巧みな言葉)、虚情仮意(きょじょうけい=偽りの情)、忙忙(いそぎ)として応(こた)えて言う、 「師父(しふ)、我(わ)が家(いえ)は貧婆国(ひんばこく)に住(す)み、此(ここ)を離(はな)るること二百余里(にひゃくより)あり。父母(ふぼ)堂(どう)に在(あ)りて、十分(じゅうぶん)に善(ぜん)を好(この)み、一生(いっしょう)の間(あいだ)親(しん)を和(わ)し友(とも)を愛(あい)す。時(とき)に清明(せいめい)に遇(あ)い、諸親(しょしん=親族)及び本家(ほんけ)の老小(ろうしょう=老いも若きも)を邀(むか)えて先塋(せんえい=先祖の墓)を拝掃(はいそう=掃き清め拝)し、一行(いっこう)の轎馬(きょうば=駕籠と馬)、都(みな)荒郊野外(こうこうやがい=荒れ野原)に到(いた)りぬ。塋前(えいぜん=墓の前)に至(いた)り、祭礼(さいれい)を擺(ひら)き開(あ)け、剛(はじ)めて紙馬(しば=紙の馬)を焼化(しょうか=焼き)せしに、只(た)だ鑼(どら)の鳴(な)り鼓(つづみ)の響(ひび)くを聞(き)くのみならず、一伙(ひとむれ)の強人(ごうじん=盗賊)の跑(はし)り出(い)で、刀(かたな)を持(た)ち杖(つえ)を弄(ろう)し、喊殺(かんさつ=ときの声)して前(まえ)に来(きた)るに、慌(あわ)てたるかな我(われ)ら魂飛魄散(こんぴはくさん=魂も飛び散る)せり。 父母諸親(ふぼしょしん)は、馬(うま)を得(え)轎(かご)を得(え)し者(もの)は、各(おのおの)性命(いのち)を逃(のが)れたり。奴奴(どど=わたし)は年幼(としわか)く、跑(はし)ること能(あた)わず、唬(おどろ)きて地(ち)に倒(たお)れしを、衆(しゅう)の強人(ごうじん)に拐(かどわ)かされて山内(さんない)に来(きた)れり。大大王(だいだいおう)は夫人(ふじん)に做(な)さんとし、二大王(にだいおう)は妻室(さいしつ=妻)に做(な)さんとし、第三第四(だいさんだいし)は都(みな)我(わ)が美色(びしょく)を愛(あい)して、七八十家(しちはちじっか)一斉(いっせい)に争吵(あらそ)い、大家(みな)都(みな)忿気(ふんき)を平(たい)らげず、是(ここ)を以(もっ)て奴奴(どど)を林間(りんかん)に綁(くく)り、衆(しゅう)の強人(ごうじん)は散盤(さんばん=散り散り)に去(さ)りぬ。今(いま)已(すで)に五日五夜(いつかごや)、看(み)る看(み)る命(いのち)尽きて、久(ひさ)しからずして身亡(みうしな)われんとす!知(し)らず、是(こ)れ那世(いず)れの世(よ)の祖宗(そそう)の徳(とく)を積(つ)みしにか、今日(こんにち)老師父(ろうしふ)の此(ここ)に到(いた)りたもうに遇(あ)う。千万(くれぐれ)も大慈悲(だいじひ)を発(おこ)し、我(わ)が一命(いちみょう)を救(すく)いたまえ。九泉(きゅうせん=黄泉)の下(もと)に在りても、決(けっ)して恩(おん)を忘(わす)れじ!」 と。説(いい)了(おわ)るや、涙(なみだ)雨(あめ)の如(ごと)く下(くだ)る。 三蔵(さんぞう)真箇(まこと)に慈心(じしん=慈悲の心)なれば、また忍(しの)びえずして涙(なみだ)を吊(おと)し下(くだ)し、声(こえ)を哽咽(こうえつ=むせび)らせて叫(よばわ)る、 「徒弟(でし)よ」 と。かの八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)正(まさ)に林中に在りて花(はな)を尋(たず)ね果(くだもの)を覓(もと)めおるに、猛(にわか)に師父(しふ)の叫(よばわ)るの悽愴(せいそう=いたましき)を聽(き)く。呆子(あほう)言う、 「沙和尚(しゃおしょう)、師父(しふ)は此(ここ)に在りて親(したしみ)を認(みと)めたまえるか」 と。沙僧(しゃそう)笑って言う、 「二哥(にいさん)の胡纏(こてん=たわごと)よ!我(われ)らこの時(とき)を走(ゆ)きしに、好人(こうにん)すらもまたかつて一人(ひとり)をも撞見(であ)わず、親(したしみ)いずくよりか来(きた)らん」 と。八戒(はっかい)言う、 「親に非(あら)ずんば、師父(しふ)は那裡(いずく)にか人(ひと)と与(とも)に哭(な)かんや。我(われ)汝(なんじ)と与(とも)に往(ゆ)きて看(み)ん」 と。沙僧真箇(まこと)に旧処(もとのところ)に回(めぐ)り転(てん)じ、馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(にな)い、跟前(みもと)に至(いた)りて叫(よばわ)る、 「師父(しふ)、怎(いか)に説(い)うや」 と。唐僧(とうそう)手(て)を用(もち)いてかの樹(き)の上(うえ)を指(ゆびさ)し定め、叫(よばわ)って言う、 「八戒(はっかい)、あの女菩薩(にょぼさつ)を解(と)き下(おろ)し来(きた)りて、彼(かれ)の命(いのち)を救(すく)え」 と。呆子(あほう)好歹(よしあし)を分(わか)たず、すなわち往(ゆ)きて手(て)を動(うご)かす。 さて、かの大聖半空(はんくう)の裡(うち)に在りて、またあの黒気(こっき)の濃厚(のうこう)にして、祥光(しょうこう=めでたき光)を把(と)って情(ことごと)く蓋(おお)えるを見(み)、声を道(い)う、 「好(よ)からず、好(よ)からず!黒気祥光(しょうこう)を罩い暗(くら)ませり。怕(おそ)らくは是(こ)れ妖邪(ようじゃ)の俺(われ)が師父(しふ)を害(そこな)わんとするに非(あら)ざるか! 斎(とき)を化(こ)すはなお是(こ)れ小事(しょうじ)なれど、且(しばら)く我(わ)が師父(しふ)を看(み)に往(ゆ)かん」 と。すなわち雲頭(うんとう)を返(かえ)し、林(はやし)の裡(うち)に按(おろ)し落(おろ)せば、ただ八戒(はっかい)の乱(みだ)りに縄児(なわ)を解(と)くを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)上前(すす)み出で、一把(ひとつかみ)に耳(みみ)を揪(つか)み住(とど)め、撲(ぽん)と一跌(ひとたおれ)に捽(たお)したり。呆子(あほう)頭(こうべ)を抬(あ)げて看(み)るや、爬(は)い起(お)きて説(い)う、 「師父(しふ)我(われ)に人(ひと)を救(すく)えと教(おし)えたもうに、汝(なんじ)怎(いか)でか汝(なんじ)の力(ちから)有(あ)るを恃(たの)みて、我(われ)を将(も)ちてこの一跌(ひとたおれ)に掼(たお)すや!」 と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、 「兄弟(けいてい)、彼(かれ)を解(と)く莫(な)かれ。彼(かれ)は是(こ)れ一箇(ひとつ)の妖怪(ようかい)にして、喧(たわごと)を弄(ろう)して我(われ)らを騙(あざむ)くなり」 と。三蔵(さんぞう)喝(しか)って言う、 「汝(なんじ)この潑猴(はつこう=暴れ猿)め、また来(きた)りて胡説(こせつ=たわごと)す!怎(いか)でかこの等(ごと)き一箇(ひとり)の女子(じょし)を、すなわち彼(かれ)の是(こ)れ妖怪(ようかい)なるを認(みと)むるか!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父(しふ)、元来(もと)知(し)りたまわず。これ都(みな)老孫(ろうそん)の干(し)たる買売(ばいばい=商売)、人肉(にんにく)を食(くら)わんと想(おも)うの法児(ほうじ=手口)なれば、汝(なんじ)の那裡(いずく)にか認(みと)め得(う)るや!」 と。八戒(はっかい)嘴(くち)を唝(つきだ)して言う、 「師父、この弼馬温(ひつばおん=馬の世話役)の汝(なんじ)を哄(たぶら)かすを信(しん)ずる莫(な)かれ!この女子(じょし)は乃(すなわ)ち此間の人家(じんか)なり。我(われ)ら東土(とうど)より遠(とお)く来(きた)りて、与(とも)に相較(あらそ)わず、また親眷(しんけん=親族)にも非(あら)ざるに、如何(いか)にか彼(かれ)を説(い)いて是(こ)れ妖精(ようせい)と為(な)さんや!彼(かれ)我(われ)らを打発(ほうむ)りて前(まえ)に去(さ)らしめ、彼(かれ)は却(かえ)って筋斗(きんと)を翻(う)ち、神法(しんぽう=神通の法)を弄して転(めぐ)り来(きた)りて彼(かれ)と与(とも)に巧事(こうじ=あしきこと)を干(な)さんとし、倒踏門(とうとうもん=婿入り)をもせんとす」 と。行者(ぎょうじゃ)喝(しか)って言う、 「夯貨(こうか=鈍もの)め!乱談(らんだん=でたらめ)する莫(な)かれ!我(わ)が老孫(ろうそん)一向(これまで)西(にし)へ来(きた)るに、那裡(いずく)にか甚(なん)の怠(なま)け懶(ものう)き処(ところ)か有(あ)らん。汝(なんじ)がこの色(いろ)を重(おも)んじ生(いのち)を軽(かろん)じ、利(り)を見(み)て義(ぎ)を忘(わす)るる糟粕(そうはく=かす)のごとき、好歹(よしあし)を識(し)らずして、人家(ひとのため)に哄(たぶら)かされて女婿(むこ)を招(まね)かれ、樹(き)の上(うえ)に綁(くく)り著(つ)けられんとするならん!」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「也(ま)た罷(よ)し、也た罷し。八戒(はっかい)や、汝(なんじ)が師兄(しい)は常時(つね)にもまた看ること差(たが)えず。既(すで)にこの等(ごと)く説(い)わば、彼(かれ)を管(かま)うこと莫かれ、我(われ)ら去(ゆ)かん」 と。行者(ぎょうじゃ)大(おおい)に喜(よろこ)んで言う、 「好(よ)し了(おわ)んぬ!師父は是(こ)れ命(いのち)有(あ)る者(もの)と為(な)れり!請(こ)う馬に上(のぼ)り、松林(しょうりん)の外(そと)に出(い)でよ、人家(じんか)有(あ)りて斎(とき)を化して汝(なんじ)に食(くら)わせん」 と。四人(よにん)果(はた)して一路(いちろ)に前進(ぜんしん)し、かの怪(かい)を把(と)って撇(す)てたり。 さて、かの怪(かい)樹の上(うえ)に綁り著(つ)けられ、牙(きば)を咬(か)み歯(は)を恨(うら)んで言う、 「幾年家(いくねんか)人の孫悟空(そんごくう)の神通広大(じんずうこうだい)なりと説(い)うを聞(き)きしが、今日(こんにち)彼(かれ)に見(まみ)ゆるに、果して話(こと)の虚(きょ)を伝(つた)えず。かの唐僧(とうそう)は乃(すなわ)ち童身(どうしん=穢れなき身)にして修行(しゅぎょう)し、一点(いってん)の元陽(げんよう=陽の気)もいまだ泄(も)らさず。正(まさ)に彼(かれ)を拿(とら)え往(ゆ)きて配合(はいごう=契り)し、太乙金仙(たいつきんせん)を成(な)さんと欲(ほっ)せしに、知(し)らずこの猴(さる)に吾(わ)が法(ほう)を識破(しきは=見破)られ、彼(かれ)を将(も)ちて救(すく)い去(さ)られたり。若(も)し縄(なわ)を解(と)きて、我(われ)を放(はな)ち下(おろ)さしめなば、手(て)に随(したが)いて捉(とら)え将(も)ち往(ゆ)かんに、却(かえ)って是(こ)れ我(わ)が人児(ひとこ=妾)とならざらんや。今(いま)彼(かれ)が一篇(ひとふで)の散言砕語(さんげんさいご=とりとめなき言葉)に帯(つ)れ去(ゆ)かれぬは、却又(また)これ労(ろう)して功(こう)無(な)きに非(あら)ざるか? 我(われ)の再(ふたた)び彼(かれ)を両声(ふたこえ)叫(よ)ばしめ、如何(いか)なるかを看るを等(ま)て」 と。好き妖精(ようせい)かな、縄索(じょうさく=縄)を動(うご)かさず、幾声(いくこえ)かの善言善語(ぜんげんぜんご=うるわしき言葉)を把(と)り、一陣(ひとむれ)の順風(じゅんぷう=追い風)を用(もち)いて、嚶嚶(おうおう)として唐僧(とうそう)の耳内(じない=耳の裡)に吹(ふ)き込(い)る。汝(なんじ)叫(よばわ)るの甚(なん)なるかと謂(い)うや。彼(かれ)叫って言う、 「師父や、汝(なんじ)活人(かつじん=生ける人)の性命(いのち)を放(お)きてなお救(すく)わず、心(こころ)を昧(くら)まして仏(ほとけ)を拝(おが)み何(なん)の経(きょう)をか取(と)らんとするか」 と。 唐僧(とうそう)馬上(ばじょう)に在りて又(また)この般(ごと)く叫るを聽(き)くや、すなわち馬を勒(てづな)めて叫る、 「悟空(ごくう)、往(ゆ)きてあの女子(じょし)を救(すく)い下(おろ)し来(きた)れ」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父、路を走(ゆ)きながら、怎麼(いか)にしてまた彼(かれ)のことを想起(おもいだ)したもうや」 と。唐僧(とうそう)言う、 「彼(かれ)またかの処(ところ)に在りて叫るなり」 と。行者(ぎょうじゃ)問う、 「八戒(はっかい)、汝(なんじ)聽(き)くや否(いな)や」 と。八戒言う、 「耳(みみ)大(おお)きければ遮(おお)われ了(おわ)んぬ、かつて聽(き)かず」 と。また問う、 「沙僧、汝(なんじ)聽(き)くや否や」 と。沙僧言う、 「我(われ)担(に)を挑(にな)いて前(まえ)に走(ゆ)けば、心(こころ)に在(あ)らず、またかつて聽(き)かず」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「老孫(ろうそん)もまたかつて聽(き)かず。師父、彼(かれ)は何(なん)と叫るや。偏(ひとえ)に汝(なんじ)のみ聽く」 と。唐僧言う、 「彼(かれ)の叫るは理(ことわり)有(あ)り。活人(かつじん=生ける人)の性命(いのち)をなお救(すく)わずんば、心を昧(くら)まして仏(ほとけ)を拝(おが)みて何の経(きょう)をか取(と)らんと説(い)えり。人(ひと)の命(いのち)一(ひとつ)を救(すく)うは、七級(しちきゅう)の浮屠(ふと=仏塔)を造(つく)るに勝(まさ)る。疾(と)く往(ゆ)きて彼(かれ)を救(すく)い下せ、経(きょう)を取り仏(ほとけ)を拝(おが)むにも強(まさ)れり」 と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、 「師父の善(ぜん)を将(も)ち起(おこ)さんとせしならば、すなわち薬(くすり)の医(い)する無(な)し。汝(なんじ)想(おも)え、汝(なんじ)東土(とうど)を離(はな)れてより、一路(いちろ)西(にし)へ来(きた)り、却(かえ)ってまた幾重(いくえ)かの山場(さんば=山道)を過(よ)ぎり、許多(あまた)の妖怪(ようかい)に遇(あ)い、常(つね)に汝を把(と)らえ将ちて洞(どう)の裡(うち)に入(い)れしを、老孫来(きた)りて汝を救(すく)い、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて常に千千万万(せんぜんばんばん)を打(う)ち殺(ころ)せり。今日一箇(ひとり)の妖精の性命(いのち)すら捨て忍(しの)びずして、往きて彼(かれ)を救わんとするか」 と。唐僧言う、 「徒弟(でし)や、古人(こじん)云(いわ)く、『善の小(ちいさ)きを以(もっ)てして為(な)さざること勿(な)かれ、悪(あく)の小(ちいさ)きを以(もっ)てして之(これ)を為(な)せ』と。還(ま)た往きて彼を救い救わん」 と。行者言う、 「師父既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、只(た)だこの担児(たんじ=荷)は、老孫却(かえ)って担(にな)い起すことを得(え)ず。 汝彼を救わんと要(もと)めなば、我(われ)もまた敢(あ)えて苦(くるし)く汝を勧(すす)めず。勧(すす)むること一会(ひととき)なれば、汝また惱(いか)らん。任(まか)せて汝の往きて救うに」 と。唐僧言う、 「猴頭(ことう=猿め)多言(たげん)する莫かれ!汝坐しておれ、我(われ)と八戒との彼を救いに往くを等(ま)て」 と。 唐僧林の裡(うち)に回り至(いた)り、八戒に教(おし)えて上半截(じょうはんせつ)の縄子(なわ)を解かしめ、鈀(は=熊手)を用(もち)いて下半截(かはんせつ)の身子(しんし=体)を筑(ほり)出(いだ)さしむ。かの怪鞋(くつ)を跌跌(はきなお)し、裙(もすそ)を束束(ととの)え、喜孜孜(きしし=喜び勇み)として唐僧に跟(したが)いて松林(しょうりん)を出(い)で、行者に見(まみ)ゆるや、行者は只(た)だ冷笑(れいしょう=あざわらい)の止(や)まざるのみ。唐僧罵(ののし)って言う、 「潑猴頭(はつことう=暴れ猿め)!汝笑(わら)うは怎(いか)にせんや」 と。行者言う、 「我(われ)笑うは汝の時(とき)来れば好友(こうゆう)に逢(あ)い、運(うん)去れば佳人(かじん=美人)に遇(あ)うを」 と。三蔵(さんぞう)また罵(ののし)って言う、 「潑猢猻(はつこそん=暴れ猿め)! 胡説(こせつ=でたらめ)すな!我娘(はは)の肚皮(なか)を出(い)でしより、すなわち和尚(おしょう)と做れり。如今(いま)旨(むね)を奉(ほう)じて西(にし)へ来り、虔心(けんしん=つつしみ篤き心)に仏(ほとけ)を礼(らい)して経(きょう)を求む。また是(こ)れ利禄(りろく=名利)の輩(やから)に非(あら)ざるに、何の運(うん)の退(しりぞ)く時か有(あ)らん!」 と。行者笑って言う、 「師父、汝自幼(おさなき)より僧(そう)と為ると雖(いえど)も、却(かえ)って只(た)だ会(よ)く経を看仏を念(とな)うるのみにして、かつて王法条律(おうほうじょうりつ=国の法)を見(み)ず。この女子(じょし)生(うま)れつき年少(ねんしょう)にして標致(ひょうち=美しい)。我と汝とは乃(すなわ)ち出家人(しゅっけにん)なるに、彼と同(とも)に一路を行(ゆ)かば、倘(も)し或(ある)いは歹人(あくにん=悪人)に遇い、我らを把(と)らえて官司(かんし=役所)に送(おく)らば、何(いず)れの取経拝仏(しゅきょうはいぶつ)をか論(ろん)ぜん、且(ま)ず都打(う)ちて姦情(かんじょう=不義)と做さん。縦(たと)いこの事(こと)無(な)きも、また一箇(ひとつ)の拐帯人口(かいたいじんこう=人を拐かし連れ去る)の罪(つみ)を問(と)わん。師父は度牒(どちょう=僧籍の証)を追(お)われ、小死(しょうし=やや重き刑)に打(う)たれ、八戒は当(まさ)に充軍(じゅうぐん=流罪)を問わるべく、沙僧もまた擺站(はいざん=駅役の刑)を問われ、我(わ)が老孫もまた干浄(かんじょう=無罪)を得(う)べからず。我が口(くち)の能(よ)くするを饒(ゆる)すとも、怎(いか)でか折弁(せつべん=弁明)するも、また一箇(ひとつ)の不応(ふおう=不心得)を問われん」 と。三蔵(さんぞう)喝って言う、 「胡説(こせつ)する莫かれ!終(つい)に然(しか)らず、我彼の命を救いて、何の貽累(いるい=累を及ぼす)か成(な)さんや!彼を帯(つ)れて往かん、凡(およ)そ事(こと)有(あ)らば、都我が身(み)の上(うえ)に在(あ)り」 と。行者言う、 「師父は事(こと)有(あ)らば汝に在(あ)りと説えど、却って知りたまわざるは、汝彼を救うに非(あら)ずして、反(かえ)って是(こ)れ彼を害(そこな)うなり」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「我彼を救いて林を出(い)だし、其(そ)の活命(かつめい=生きる)を得(え)しむるは、怎でか反(かえ)って是(こ)れ彼を害(そこな)うとならんや」 と。行者言う、 「彼当時(そのかみ)林間(りんかん)に綁り著けられ、或(ある)いは三五日(さんごにち)、十日半月(じゅうにちはんつき)にして、飯(めし)を食うこと無(な)く餓(う)え死(し)なば、還(ま)た一箇(ひとつ)の完全(かんぜん)なる身体(しんたい)を得(え)て陰(かげ=冥土)に帰(き)せん。如今彼を帯(つ)れ出(いだ)さば、汝の坐(の)るは是(こ)れ一箇の快馬(かいば=速き馬)、路を行(ゆ)くこと風(かぜ)の如(ごと)く、我ら只(た)だ汝に随(したが)うを得(う)るのみ。かの女子(じょし)は脚(あし)小く、步(あゆみ)を挪(うつ)すこと艱難(かんなん)なれば、怎でか跟い上(あ)がりて走(ゆ)くことを得んや。一時(ひとたび)彼を把(と)って捨(す)て下さば、若(も)し狼虫虎豹(ろうちゅうこひょう)に遇わば、一口(ひとくち)に之を呑(の)まん、却って是(こ)れ反って其(そ)の生(いのち)を害うに非(あら)ざるか」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「正(まさ)に是(しか)りや、この事は却って汝の想うに虧(よ)りたり。如何にか処置(しょち)せん」 と。行者笑って言う、 「彼を抱(いだ)き上げ来り、汝と与に同じく馬に騎(の)りて走(ゆ)かん」 と。三蔵(さんぞう)沈吟(ちんぎん=思い案じ)て言う、 「我那裡にか好く彼と与に同馬(どうば=同じ馬)ならん!……彼怎でか生(い)きて去かん」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「八戒に彼を馱(お)いて走かしめん」 と。行者笑って言う、 「呆子(あほう)、造化(ぞうか=幸運)到(いた)れり!」 と。八戒言う、 「遠路(えんろ)に軽担(けいたん=軽き荷)無(な)し。我に人(ひと)を馱(お)えと教えて、何の造化(ぞうか)か有(あ)らん」 と。行者言う、 「汝があの嘴(くち)長(なが)ければ、彼を馱(お)いて、嘴(くち)を転し過ぎ来り、私情(しじょう=密事)の話児(はなし)を計較(はから)わば、却って便益(べんえき=都合)ならずや」 と。八戒この言(こと)を聞(き)くや、胸(むね)を捶(う)ち爆跳(ばくちょう=跳ねあがり)て言う、 「好からず!好からず!師父は我を幾下(いくした)か打(う)たんとせば、寧(むし)ろ疼(いたみ)を忍(しの)ばん。彼を背(せお)いては決(けっ)して干浄(かんじょう)を得べからず、師兄(しい)は一生(いっしょう)贓(ぬれぎぬ)を人(ひと)に埋(き)するを会くす。我馱うこと成(な)らず!」 と。三蔵言う、 「也(ま)た罷(よ)し、也た罷し。我もまた還た幾步(いくあゆみ)かを走くことを得ん。我の下(お)りるを等(ま)ちて、慢慢(ゆるゆる)と同(とも)に走き、八戒をして空馬(くうば=荷なき馬)を牽(ひ)かしめん」 と。行者大に笑って言う、 「呆子は倒(かえ)って買売(ばいばい=得な役)有り、師父汝を願(かえり)みて馬を牽(ひ)かしむるなり」 と。三蔵言う、 「この猴頭(ことう)また胡説(こせつ)せり!古人云く、『馬千里(せんり)を行くも、人無(な)くんば自ら往くこと能(あた)わず』と。假如(もし)我路の上(うえ)に在りて慢(おそ)く走かば、汝好く我を捨てて去かんや。我若(も)し慢(おそ)くんば、汝らもまた慢し。大家(みな)一処(ひとところ)にこの女菩薩と同に山(やま)を下(くだ)り往き、或いは庵観寺院(あんかんじいん)、人家の処(ところ)に到らば、彼をかの処(ところ)に留(とど)めん。是(こ)れもまた我らの彼を救う一場(ひとしきり)なり」 と。行者言う、 「師父の説えるは理有り。疾(と)く請(こ)う前進(ぜんしん)せよ」 と。三蔵步(あゆみ)を運んで前に走き、沙僧担(に)を挑い、八戒空馬(くうば)を牽(ひ)き、行者棒(ぼう)を拿(と)り、女子(じょし)を引(ひ)きて、一行(いっこう)前進す。 上(のぼ)ること二三十里(にさんじゅうり)ならざるに、天色(てんしょく=空模様)将(まさ)に晩(くら)れんとして、また一座(ひとつ)の楼台殿閣(ろうだいでんかく=高楼と殿閣)を見(み)る。三蔵言う、 「徒弟(でし)よ、かの処は必ず是(こ)れ一座の庵観寺院(あんかんじいん)ならん。此(ここ)に就(つ)いて宿(やど)を借(か)り、明日(みょうにち)早(はや)く行かん」 と。行者言う、 「師父の説えるは是(ぜ)なり。各各(おのおの)些(いささ)か走(あゆ)みを動(うご)かせ」 と。霎時(またたくま)に門首(もんしゅ=門の前)に到る。吩咐(いいつけ)て言う、 「汝ら略(いささ)か遠(とお)くに站(た)ちおれ、我の先(まえ)に往きて宿(やど)を借(か)るを等て。若(も)し方便(ほうべん=都合)の処有らば、人を著(つかわ)し来りて汝を叫ばしめん」 と。衆人(しゅじん)は俱(みな)柳陰(りゅういん=柳の陰)の下(した)に立(た)つ。惟(ただ)行者のみ鉄棒を拿(と)り、かの女子を轄(さしず)す。 長老(ちょうろう)步(あゆみ)を運んで近づき前に往けば、只だあの門(もん)の東(ひがし)に倒(たお)れ西に歪(ゆが)み、零零落落(れいれいらくらく=散り散り)たるを見る。推(お)し開(ひら)いて看る時(おり)、忍びえず心中(しんちゅう)悽慘(せいさん=いたまし)し。 長廊(ちょうろう=長き廊下)寂静(じゃくじょう=静か)に、古刹(こさつ=古き寺)蕭疏(しょうそ=さびれ)たり。 苔蘚(たいせん=こけ)庭(にわ)に盈(み)ち、蒿蓁(こうしん=よもぎ)径(みち)に満(み)つ。 惟(ただ)蛍火(けいか=蛍の光)の飛(と)びて灯(ともしび)と為る有るのみ、只だ蛙声(あせい=蛙の声)の漏(ろう=水時計)に代(か)わる有るのみ。 長老忽然(たちまち)涙を吊(おと)し下す。真箇(まこと)に是れ、 殿宇(でんう=殿舎)凋零(ちょうれい=衰え)えて倒塌(とうとう=崩れ)れ、廊房(ろうぼう=廊下の部屋)寂寞(じゃくまく)として傾頽(けいたい=傾き崩る)。 断磚破瓦(だんせんはが=割れ瓦)十余堆(じゅうよたい=十あまりの山)、尽(ことごと)く是れ些(いささ)かの歪梁折柱(わいりょうせっちゅう=曲がりし梁と折れし柱)なり。 前後(ぜんご)尽(ことごと)く青草(せいそう)を生(しょう)じ、塵(ちり)は朽爛(きゅうらん=朽ち)し香厨(こうちゅう=庫裏)を埋(うず)む。 鐘楼(しょうろう)崩壊(ほうかい)して鼓(つづみ)に皮(かわ)無(な)く、琉璃(るり)の香灯(こうとう)破損(はそん)せり。 仏祖(ぶっそ)の金身(こんしん=金の御体)色(いろ)を没(うしな)い、羅漢(らかん)倒(たお)れ臥(ふ)して東西に在り。 観音(かんのん)淋(ぬ)れ壊(やぶ)れて尽(ことごと)く泥(どろ)と成(な)り、楊柳(ようりゅう)の浄瓶(じょうへい)地(ち)に墜(お)つ。 日中(にっちゅう)並(なみ)に僧(そう)の入(い)る無(な)く、夜間(やかん)尽く狐狸(こり=狐と狸)を宿(やど)らしむ。只だ風の響(ひび)きて吼(ほ)えること雷(かみなり)の如(ごと)きを聽くのみ、都是れ虎豹(こひょう)の身(み)を蔵(かく)すの処なり。 四下(あたり)の墻垣(しょうえん=塀)皆(みな)倒(たお)れ、また門扇(もんせん=扉)の関(とざ)し居(お)るも亦(また)無(な)し。 と。 詩(し)有りて証(しょう)と為す。詩(し)に曰(いわ)く、 多年(たねん)の古刹(こさつ)人の修(おさ)むる無く、狼狽(ろうばい)凋零(ちょうれい)として倒(たお)るるも更(さら)に休(や)まず。 猛風(もうふう)吹(ふ)きて伽藍(がらん)の面(おもて)を裂(さ)き、大雨(たいう)澆(そそ)ぎて仏像(ぶつぞう)の頭(かしら)を残(そこな)う。 金剛(こんごう)跌損(てっそん=つまずき損じ)して淋洒(りんしゃ=雨に打たる)に随い、土地(とち)に房(ぼう=部屋)無くして夜(よる)も収(おさ)めず。 更(さら)に両般(りょうはん=二つの)嘆(たん)ずるに堪(た)えたる処有り、銅鐘(どうしょう=銅の鐘)地(ち)に著きて懸楼(けんろう=吊るす楼)無し。 と。 三蔵胆(きも)を硬(かた)くして、走きて二層門(にそうもん=二つ目の門)に入(い)れば、かの鐘鼓楼(しょうころう=鐘楼と鼓楼)の俱(みな)倒れたるを見る。止(た)だ一口(ひとつ)の銅鐘(どうしょう)の、地(ち)の下(もと)に札(さし)立てらるる有るのみ。上半截(じょうはんせつ)は雪(ゆき)の如(ごと)く白(しろ)く、下半截(かはんせつ)は靛(でん=藍)の如く青(あお)し。元来(もと)是れ日久(ひさ)しく年深(としふか)くして、上辺(うえ)は雨(あめ)に淋(ぬ)れて白く、下辺(した)は是れ土気(どき=土の気)の上の銅青(どうせい=緑青)なり。三蔵手(て)を用いて鐘(かね)を摸(さす)り著け、高(たか)く叫って言う、 「鐘(かね)や!汝も亦(また)かつて高楼(こうろう)に懸(か)かり掛(かか)りて吼え、亦(また)かつて遠く彩梁(さいりょう=彩色の梁)に鳴(な)り響(ひび)けり。 亦(また)かつて鶏(にわとり)の啼くやすなわち暁(あかつき)を報(しら)せ、亦かつて天(てん)の晩(くら)きに黄昏(たそがれ)を送れり。 知らず、銅(どう)を化(か)せし道人(どうにん)は何(いず)れの処に帰(き)し、銅(どう)を鋳(い)しし匠作(しょうさく=職人)は那辺(いずく)に存(そん)するを。 想うに彼が二命(にみょう=二人の命)陰府(いんぷ=冥府)に帰してより、彼は踪迹(しょうせき=行方)無く汝は声無し」 と。長老高声(こうせい)に贊嘆(さんたん=感嘆)するに、覚(おぼ)えず寺(てら)の裡(うち)の人を驚動(きょうどう)したり。 かの裡辺(うち)に一箇(ひとり)の香火(こうか=香と灯明)を侍奉(じほう)する道人(どうにん)有り。彼人語(ひとげん=人の声)を聽くや、爬(は)い起(お)き来り、一塊(ひとかけ)の断磚(だんせん=割れ瓦)を拾(ひろ)い、鐘(かね)の上を照(めが)けて打(う)ち将(ゆ)かんとす。かの鐘(かね)当(とう)と一声(ひとこえ)響(ひび)きたれば、かの長老をして唬(おどろ)きて一跌(ひとたおれ)せしめ、身(み)を掙(ふる)い起して走かんとするに、又(また)樹根(じゅこん=木の根)に絆(つまず)きて、撲(ぽん)と又(また)是れ一跌(ひとたおれ)なり。長老地の下(うえ)に倒れ、頭(こうべ)を抬(あ)げて又(また)叫って言う、 「鐘(かね)や!貧僧(ひんそう)正に然(しか)として汝を感嘆(かんたん)せしに、忽ち叮当(ていとう=ちんがら)と一声(ひとこえ)響けり。 想うに是れ西天(せいてん)の路上(ろじょう)に人の到る無く、日久しく年(とし)多(おお)くして変(へん)じて精(せい)と作(な)りたるならん」 と。かの道人(どうにん)趕(お)い上前(すす)み出で、一把(ひとつかみ)に攙(たす)け住(とど)めて言う、 「老爺(ろうや=だんな)、請(こ)う起(お)きたまえ。鐘の精(せい)と成るの事に干(かかわ)らず、却って才(いま)しがたは是れ我の打ちて鐘を響かせしなり」 と。三蔵頭を抬げて彼の姿(すがた)の醜黒(しゅうこく=醜く黒き)なるを見、言う、 「汝は莫(も)し是れ魍魎妖邪(もうりょうようじゃ=物の怪)ならんか。我は是れ尋常(じんじょう=並)の人に非ず、我は是れ大唐(だいとう)より来れる者にして、我が手下(しゅか)に龍(りゅう)を降し虎(とら)を伏する徒弟有り。汝若し彼に撞(ぶつ)からば、性命存(ながら)え難からん!」 と。道人(どうにん)跪(ひざまず)き下りて言う、 「老爺(ろうや)、怕(おそ)るるを休(や)めたまえ。我は是れ妖邪に非ず、我は是れこの寺(てら)の裡(うち)の香火(こうか)を侍奉(じほう)する道人(どうにん)なり。却って才しがた老爺(ろうや)の善言(ぜんげん=うるわしき言葉)を以(もっ)て相贊(あいほ)めたもうを聽き、すなわち出で来りて迎(むか)えんと欲せしが、恐(おそ)らくは是れ一箇の邪鬼(じゃき)の門(もん)を敲(たた)くならんと。此を以て一塊(ひとかけ)の断磚(だんせん)を拾(ひろ)い、鐘を把って一下(ひとつ)打ちて驚(おどろき)を圧(おさ)え、方(はじ)めて敢(あ)えて出で来れり。老爺(ろうや)、請う起(お)きたまえ」 と。かの唐僧方めて然として性(せい=気を確か)を正(ただ)して言う、 「住持(じゅうじ)、険(あやう)くも我を唬(おどろ)かし殺(ころ)すところなり。汝我を帯れて裡(うち)に入(い)れ」 と。 かの道人唐僧を引(ひ)き定め、直(ただち)に三層門(さんそうもん=三つ目の門)の裡に至(いた)りて看る処、外辺(そと)に比(くら)ぶるに甚(はなは)だ是れ不同(ことな)り。ただ見よ、あの 青磚(せいせん=青煉瓦)砌(み)ぎ就(な)して彩雲墻(さいうんしょう=彩雲の塀)と為し、緑瓦(りょくが=緑の瓦)蓋(おお)い成して琉璃殿(るりでん)と為す。 黄金(おうごん)聖像(せいぞう)を装(よそお)い、白玉(はくぎょく)階台(かいだい=階段)を造(つく)る。 大雄殿(だいおうでん)の上に青光(せいこう)舞(ま)い、毗盧閣(びるかく)の下に鋭気(えいき)を生(しょう)ず。 文殊殿(もんじゅでん)は、采(さい=飾り)を結(むす)びて雲(くも)を飛(と)ばし、輪蔵堂(りんぞうどう)は、花を描(えが)きて翠(みどり)を堆(うずたか)くす。 三檐(さんえん=三重の軒)の頂上(ちょうじょう)に宝瓶(ほうへい=宝の甕)尖(とが)り、五福楼(ごふくろう)の中(うち)に繍蓋(しゅうがい=刺繍の天蓋)平(たい)らかなり。 千株(せんしゅ)の翠竹(すいちく=緑の竹)禅榻(ぜんとう=禅の床)を揺(ゆ)り、万種(ばんしゅ)の青松(せいしょう)仏門(ぶつもん)に映(えい)ず。 碧雲宮(へきうんぐう)の裡に金光(きんこう)を放ち、紫霧(しむ=紫の霧)の叢中(そうちゅう)に瑞靄(ずいあい)を飄(ひるがえ)す。 朝(あした)に四野(しや=四方の野)の香風(こうふう)の遠きを聞き、暮(ゆうべ)に山高(やまたか)きに画鼓(がこ=彩られた鼓)の鳴るを聽(く)。 応(まさ)に朝陽(ちょうよう=朝日)に破衲(はのう=継ぎはぎの衣)を補(つくろ)う有るべく、豈(あ)に対月(たいげつ=月に向かい)て残経(ざんきょう=読みさしの経)を了る無からんや。 また只だ見よ、半壁(はんぺき=壁の半ば)の灯光(とうこう)の後院(こういん)を明(あか)るくし、一行(ひとすじ)の香霧(こうむ)の中庭(ちゅうてい)を照(てら)すを。 と。 三蔵これを見て敢(あ)えて進(すす)み入(い)らず、叫る、 「道人、汝がこの前辺(まえ)は十分(じゅうぶん)に狼狽(ろうばい)し、後辺(うしろ)はこの等く斉整(せいせい=整然)なるは、何ぞや」 と。道人笑って言う、 「老爺(ろうや)、この山中(さんちゅう)に多く妖邪強寇(ようじゃごうこう=妖怪や盗賊)有りて、天色(てんしょく)清明(せいめい=晴れ)なれば山に沿(そ)いて打劫(だごう=追いはぎ)し、天(てん)陰(くも)ればすなわち来りて寺(てら)の裡に身を蔵(かく)す。彼に仏像(ぶつぞう)を把って推(お)し倒されて墊坐(てんざ=座ぶとん)にせられ、木植(ぼくしょく=材木)を搬(はこ)び来られて火(ひ)を焼(た)かる。本寺(ほんじ)の僧人(そうにん)軟弱(なんじゃく)にして、敢えて彼と与に講論(こうろん=言い争う)せず。此を以(も)ってこの前辺(まえ)の破房(はぼう=壊れ家)を把って都かの些(いささ)かの強人に舎(すて)て与(あた)え安歇(あんけい=休ま)しめ、従新(あらた)めて別(べつ)に些かの施主(せしゅ=檀那)を化(か)し、かの一所(ひとつ)の寺院(じいん)を蓋(きず)き得たり。清(きよ)と混(まじわり)と各(おのおの)一なるは、これ西方(せいほう)の事情(じじょう)なり」 と。三蔵言う、 「元来(もと)是れ此(かく)の如くなりしか」 と。 正に行く間に、また山門(さんもん)の上に五箇(いつつ)の大字(だいじ)有るを見る。乃(すなわ)ち鎮海禅林寺(ちんかいぜんりんじ)なり。才(ようや)く步を挙(あ)げて門(もん)の裡に跨(また)ぎ入(い)らんとするに、忽(たちまち)一箇(ひとり)の和尚(おしょう)の走(あゆ)み来るを見る。汝視よ、彼の怎なる姿(すがた)をか生(しょう)ずるを、 頭(かしら)には左笄(さけい=左の簪)の絨錦帽(じゅうきんぼう=毛織の錦の帽)を戴(いただ)き、一対(ひとくみ)の銅圈(どうけん=銅の輪)耳根(じこん=耳の付け根)に墜(さが)る。 身には頗羅(はら=毛織物)の毛線服(もうせんぷく=毛糸の衣)を著(き)、一双(ひとくみ)の白眼(はくがん=白き眼)の亮(あきら)かなること銀(ぎん)の如し。 手の中(うち)に撥浪鼓(はつろうこ=振り鼓)を揺(ゆ)り動かし、口に番経(ばんきょう=異国の経)を念(とな)うるも聽きて真(まこと)ならず。 三蔵元来認めざるは、これ西方(せいほう)の路上(ろじょう)の喇嘛僧(らまそう=チベット僧)なり。 と。 かの喇嘛和尚(らまおしょう)門を走出(いで)で来り、三蔵の眉清目秀(びせいもくしゅう=眉目秀麗)、額(ひたい)闊(ひろ)く頂(てっぺん)平(たいら)か、耳(みみ)肩(かた)に垂(た)れ、手膝(ひざ)を過(す)ぐるを見、好(あたか)も羅漢(らかん)の凡(よ)に臨(のぞ)めるが似(ごと)く、十分に俊雅(しゅんが=優雅)なり。彼走(すす)み上前み出でて扯(ひき)とめ、満面(まんめん)に笑唏唏(しょうきき=にこにこ)として彼と与に手を捻(ひね)り脚を捻(ひね)り、彼の鼻(はな)を摸(さす)り、彼の耳を揪(ひ)きて、以て親近(しんきん)の意(こころ)を示(しめ)す。携(たずさ)えて方丈(ほうじょう=寺の主の居間)の中(うち)に至り、礼(れい)を行(おこな)い畢(おわ)りて却って問う、 「老師父、何れよりか来る」 と。三蔵言う、 「弟子(でし)は乃ち東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かか=御代)の欽差(きんさ=勅使)として、西方天竺国(てんじくこく)大雷音寺(だいらいおんじ)に往きて仏を拝み経を取る者なり。 适(たまたま)行きて宝方(ほうほう=貴地)に至りしに天(てん)晩(くら)れたれば、特に上刹(じょうさつ=おん寺)に奔(はし)りて宿を一宵(ひとよ)借り、明日(みょうにち)早(はや)く行かんとす。方便(ほうべん)一二(いちに=いささか)を垂れたまわんことを望(のぞ)む」 と。かの和尚(おしょう)笑って言う、 「不当人子(ふとうじんし=とんでもない)!不当人子!我らは是れ好(この)んで意を以て出家(しゅっけ)せんと要めたるには非ず。皆(みな)父母(ふぼ)の身を生ずるに因(よ)り、命(めい)華蓋(かがい=凶星)に犯(おか)し、家(いえ)の裡に養(やしな)い住(お)くことを得ず、才く舎(す)て断(た)ちて出家(しゅっけ)せしなり。既に仏門(ぶつもん)の弟子(でし)と做りたれば、切(きっ)に脱空(だっくう=嘘)の話(こと)を説う莫かれ」 と。三蔵言う、 「我は是れ老実(ろうじつ=正直)の話を説う」 と。和尚(おしょう)言う、 「かの東土より西天に到るまで、多少(いくばく)の路程(ろてい)か有る!路の上に山有り、山の中に洞(どう)有り、洞の内(うち)に精有り。汝がこの単身(たんしん=ひとりみ)にして、また生(うま)れつき嬌嫩(きょうどん=かよわ)きは、那裡にか経を取る者の似くならんや!」 と。三蔵言う、 「院主(いんしゅ=寺の主)の見るところも亦是(また)是(ぜ)なり。貧僧一人(ひとり)にて、豈(あ)に能く此に到らんや。我に三人(みたり)の徒弟有りて、山に逢(あ)えば路を開き、水(みず)に遇えば橋(はし)を畳(かさ)ね、我が弟子を保(たも)てば、是(ここ)を以て上刹(じょうさつ)に到るを得たり」 と。かの和尚(おしょう)言う、 「三位(さんい)の高徒(こうと)いずこに在るか」 と。三蔵言う、 「現(いま)山門(さんもん)の外(そと)に在りて伺候(しこう=控え)おる」 と。かの和尚慌(あわ)てて言う、 「師父、汝は知らず、我がここには虎狼(ころう=虎や狼)・妖賊(ようぞく=妖怪や盗賊)・鬼怪(きかい)の人を傷(そこな)う有り。白日(ひるま)の裡に敢えて遠く出でず、いまだ天の晩くるを経(ふ)ざるに、すなわち門戸(もんこ=門)を関(とざ)し了んぬ。この早晚(こんな時刻)に人を把って外辺(そと)に放(お)き置(お)くとは!」 と。叫る、 「徒弟よ、疾く往きて請(しょう)じ将ちて入(い)れ来れ」 と。 二箇(ふたり)の小喇嘛児(しょうらまじ=小坊主)有りて外へ跑(はし)り出で、行者を見て唬きて一跌し、八戒を見て又是れ一跌し、爬い起きて後(うしろ)へ飛ぶが如く跑(はし)りて言う、 「爺爺(やや=おじいさま)!造化(ぞうか=運)低(ひく)くなりたり!汝が徒弟は見えず、只だ三、四箇(みつよつ)の妖怪のあの門首(もんしゅ=門前)に站(た)ちおる有るのみ」 と。三蔵問うて言う、 「怎なる姿なるか」 と。小和尚(こおしょう)言う、 「一箇(ひとり)は雷公嘴(らいこうし=雷神の嘴)、一箇は碓挺嘴(たいていし=杵のような嘴)、一箇は青顔獠牙(せいれんりょうが=青き顔に牙)なり。旁(かたわら)に一箇の女子有るは、倒(かえ)って是れ一箇の油頭粉面(ゆとうふんめん=油でなでつけ白粉を塗りし顔)なり」 と。三蔵笑って言う、 「汝認めざるなり。あの三箇(みつ)の醜(みにく)きは、是れ我が徒弟にして、あの一箇の女子は、是れ我松林の裡より命を救い来れるなり」 と。かの喇嘛(らま)言う、 「爺爺(やや)や、この等く好く俊(しゅん=美し)き師父なるに、怎麼にしてこの般(ごと)き醜(みにく)き徒弟をか尋ねたもうや」 と。三蔵言う、 「彼ら醜(みにく)きは醜(みにく)きながら、却って俱用(よう)有り。汝疾く彼らを請(しょう)じて入れ来れ。若し再(ふたた)び些か遅(おく)るること有らば、あの雷公嘴(らいこうし)のやや些か禍(わざわい)を闖(おか)すこと有りて、是れ人の生(う)み父母の養(やしな)えるに非ざれば、彼すなわち打ちて進(すす)み入らん」 と。かの小和尚(こおしょう)即(すなわ)ち忙(いそ)ぎ跑り出で、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として跪(ひざまず)き下りて言う、 「列位(れっい=皆さま)の老爺、唐老爺(とうろうや)の請(しょう)じたもうなり」 と。八戒笑って言う、 「哥(あにい)よ、彼請ずるは便(すなわ)ち罷(や)みぬるに、却ってこの般く戦戦兢兢(おののく)は、何ぞや」 と。行者言う、 「我らの醜陋(しゅうろう=醜き)なるを見て怕るるなり」 と。八戒言う、 「是れ扯淡(しゃたん=でたらめ)なるかな!我らは乃ち生成(うまれつき)のものなるに、那(いず)れの箇(もの)か好んで醜からんと要めんや!」 と。行者言う、 「あの醜きを把って且く略(いささ)か收拾(しゅうしゅう=ととのえ)收拾せよ!」 と。呆子真箇に嘴を把って懐(ふところ)の裡に揣(おしこ)み、頭を低(た)れて馬を牽き、沙僧担(に)を挑い、行者後面(うしろ)に在りて棒(ぼう)を拿り、かの女子を轄(さしず)して、一行進(すす)み入る。倒塌(とうとう=崩れ)たる房廊(ぼうろう=部屋と廊下)を穿ち過ぎ、三層門(さんそうもん)の裡に入る。馬を拴(つな)ぎ、担を歇め、方丈(ほうじょう)の中に進み入り、喇嘛僧(らまそう)と相見(まみ)え、坐次(ざじ=座席)を分つ。かの和尚裡辺(うち)に入り、七八十(しちはちじゅう)の小喇嘛(しょうらま=小坊主)を引き出し来り、礼(れい)を見え畢(おわ)りて、收拾(ととの)えて斎を弁(もう)けて管待(かんたい=もてな)す。正に是れ、 功(こう)を積(つ)むは須ず慈悲(じひ)の念に在り、仏法(ぶっぽう)興(おこ)る時僧(そう)僧を贊(ほ)む。 と。畢竟(ひっきょう)にいかにしてか寺を離るるやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽かれよ。 第八十一回 鎮海寺(ちんかいじ)に心猿(しんえん)怪(かい)を知(し)り 黒松林(こくしょうりん)に三衆(さんしゅ)師(し)を尋(たず)ぬ 話(かたり)は表(おもて)す。三蔵(さんぞう)師徒(してい)鎮海禅林寺(ちんかいぜんりんじ)に到(いた)るや、衆僧(しゅそう=僧たち)相見(まみ)え、斎供(さいく=斎の供物)を安排(あんぱい)す。四衆(ししゅ)食(くら)い畢(おわ)り、かの女子(じょし)もまた些(いささ)かの食力(しょくりき=食物の効きめ)を得(え)たり。漸漸(ようやく)天(てん)昏(くら)れ、方丈(ほうじょう=寺の主の間)の裡(うち)に灯(ともしび)を点(とも)し起(おこ)せば、衆僧(しゅそう)は一(ひとつ)には唐僧(とうそう)の経(きょう)を取(と)るの由来(ゆらい=いわれ)を問(と)い、二(ふたつ)にはかの女子(じょし)を貪(むさぼ)り看(み)るをもて、都(みな)簇簇群々(ぞくぞくぐんぐん=群れ集い)として、灯下(とうか=灯の下)に排列(ならびつら)ぬ。 三蔵(さんぞう)かの初(はじ)めて見(まみ)えし喇嘛僧(らまそう=チベット僧)に向(むか)いて言う、 「院主(いんしゅ=寺の主)、明日(みょうにち)宝山(ほうざん=おん山)を離(はな)れなば、西(にし)へ去(ゆ)くの路途(ろと=道のり)は如何(いかん)」 と。かの僧(そう)双膝(そうしつ=両の膝)を跪(ひざまず)き下(お)るに、慌(あわ)てたるかな長老(ちょうろう)、一把(ひとつかみ)に扯(ひき)とめて言う、 「院主(いんしゅ)、請(こ)う起(お)きたまえ。我(われ)汝(なんじ)に一箇(ひとつ)の路程(ろてい)を問(と)うに、汝(なんじ)何(なん)ぞ礼(れい)を行(おこな)うや」 と。かの僧(そう)言う、 「老師父(ろうしふ)、明日(みょうにち)西(にし)へ行(ゆ)かば、路途(ろと)平正(へいせい=平らか)にして、心(こころ)を費(つい)やすを須(もち)いず。只(た)だ眼下(がんか=目の前)に一件(ひとくだり)の事児(こと)の尴魀(かんか=具合の悪しき)なる有(あ)り。一(ひと)たび門(もん)に入(い)るやいなやすなわち説(い)わんとせしが、洪威(こうい=大いなる威光)を冒犯(ぼうはん=犯す)せんことを恐(おそ)れ、却(かえ)って才(いま)しがた斎(とき)罷(や)みて、方(はじ)めて敢(あ)えて大胆(だいたん)に奉告(ほうこく=申し上げ)す。老師(ろうし)東(ひがし)より来(きた)り、路遥(みちとお)く辛苦(しんく=苦労)したまえば、都(みな)小和尚(こおしょう)の房中(ぼうちゅう=部屋の裡)に在りて安歇(あんけい=休み)たもうは甚(はなは)だ好(よ)し。只(た)だこの位(おわ)す女菩薩(にょぼさつ)は、方便(べんぎ=都合)ならず。知(し)らず、彼(かれ)を請(しょう)じて那裡(いずこ)に睡(ね)しめたもうか好(よ)からん」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「院主(いんしゅ)、汝(なんじ)疑(うたが)いを生(しょう)じて、我(われ)ら師徒(してい)に甚(なん)の邪意(じゃい=邪しき心)か有(あ)りと説(い)う莫(な)かれ。早間(あさ)黒松林(こくしょうりん)を打(う)ち過(よ)ぎりしに、この女子(じょし)の樹(き)の上(うえ)に綁(くく)り著(つ)けらるるに撞見(であ)えり。小徒(しょうと)孫悟空(そんごくう)は肯(がえん)じて彼(かれ)を救(すく)わざりしが、是(こ)れ我(われ)菩提心(ぼだいしん)を発(おこ)し、彼(かれ)を将(も)ちて救(すく)いて此(ここ)に到(いた)れり。院主(いんしゅ)に随(したが)いて彼(かれ)をかの処(ところ)に送(おく)り往(ゆ)きて睡(ね)しめたまえ」 と。かの僧(そう)謝(しゃ)して言う、 「既(すで)に老師(ろうし)の寛厚(かんこう=心広き)ならば、彼(かれ)を請(しょう)じて天王殿(てんのうでん)の裡(うち)に到(いた)り、すなわち天王爺爺(てんのうやや=天王さま)の身(み)の後(うしろ)に在りて、一箇(ひとつ)の草鋪(そうほ=藁の床)を安排(あんぱい)し、彼(かれ)をして睡(ね)しめん」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「甚(はなは)だ好(よ)し、甚だ好し」 と。遂(つい)にこの時(とき)、衆(しゅ)の小和尚(こおしょう)かの女子(じょし)を引(ひ)きて殿後(でんご=殿の裏)に往(ゆ)きて睡(ね)しむ。長老(ちょうろう)すなわち方丈(ほうじょう)の中(うち)に在りて、衆(しゅ)の院主に請(こ)うて自在(じざい=気まま)ならしめ、遂(つい)に各(おのおの)散(さん)じ去(さ)る。三蔵(さんぞう)悟空(ごくう)に吩咐(いいつけ)て言う、 「辛苦(しんく)したり。早(はや)く睡(ね)て早(はや)く起(お)きよ!」 と。遂に一処(ひとところ)に都(みな)睡(ね)し、敢(あ)えて側(そば)を離(はな)れず、師父(しふ)を護(まも)る。漸(ようや)く夜(よる)の深(ふか)きに入(い)る。正(まさ)に是(こ)れ、 玉兎(ぎょくと=月の兎)高(たか)く升(のぼ)りて万籟(ばんらい=万物の音)寧(やす)く、天街(てんがい=天の街)寂静(じゃくじょう)として人(ひと)の行(ゆ)くを断(た)つ。 銀河(ぎんが)耿耿(こうこう=きらきら)として星光(せいこう)燦(さん)たり、鼓(つづみ)譙楼(しょうろう=望楼)に発(おこ)りて更(こう=夜回り)を趲(つ)ぎ換(か)う。 と。 一宵(ひとよ)の晩話(ばんわ)は題(だい)せず。天(てん)の明(あき)らかなるに及(およ)び、行者(ぎょうじゃ)起(お)き来(きた)り、八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)に教(おし)えて行嚢(こうのう=旅の荷)・馬匹(ばひつ=馬)を收拾(しゅうしゅう=ととのえ)せしめ、却(かえ)って師父(しふ)を請じて路(みち)を走(ゆ)かしめんとす。この時(とき)長老(ちょうろう)なお貪睡(どんすい=眠りを貪り)ていまだ醒(さ)めず。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に往(ゆ)きて一声(ひとこえ)「師父(しふ)」と叫(よ)ぶ。かの師父(しふ)頭(こうべ)を把(と)って一抬(ひとあげ)に抬(あ)げたれど、またかつて答(こた)え出(いだ)すことを得(え)ず。行者(ぎょうじゃ)問う、 「師父(しふ)、怎(いか)に説(い)うや」 と。長老(ちょうろう)呻吟(しんぎん=うめ)いて言う、 「我(われ)怎麼(いか)にしてこの般(ごと)く頭(かしら)懸(かか)り眼(まなこ)脹(は)れ、渾身(こんしん=全身)の皮骨(ひこつ)皆(みな)疼(いた)むぞ」 と。八戒(はっかい)説(いう)を聽(き)き、手(て)を伸(の)べて往(ゆ)きて摸摸(さす)り、身(み)の上(うえ)些(いささ)か熱(ねつ)を発(はっ)する有(あ)り。呆子(あほう)笑って言う、 「我(われ)暁(さと)れり。これは昨晚(さくばん)銭(ぜに)の無(な)き飯(めし)を見(み)て、幾碗(いくわん)かを多(おお)く食(くら)い、倒(さかしま)に頭(かしら)を沁(つ)けて睡し、傷食(しょうしょく=食あたり)したるなり」 と。行者(ぎょうじゃ)喝(しか)って言う、 「胡説(こせつ=でたらめ)するな!我(われ)の師父(しふ)に問(と)いて、端(つまびらか)に如何(いかん)なるかを待(ま)て」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「我(われ)半夜(やなか)の間(あいだ)に、起(お)きて手(て)を解(と)きに往(ゆ)きしに、かつて帽子(ぼうし)を戴(いただ)き得(え)ざりしが、想(おも)うに是(こ)れ風(かぜ)に吹(ふ)かれたるならん」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「これ還(ま)た説(い)うべきは是(ぜ)なり。如今(いま)路(みち)を走(ゆ)くことを得(う)るや」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「我(われ)如今(いま)起(お)き坐(ざ)することを得(え)ず、怎麼(いか)でか馬(うま)に上(のぼ)らん。但(た)だ只(た)だ路(みち)を誤(あやま)るのみ!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父(しふ)、那裡(いずく)の話(こと)をか説(い)うや!常言(じょうげん=世の習わし)に道(い)う、『一日(いちじつ)師(し)と為(な)れば、終身(しゅうしん)父(ちち)と為(な)る』と。我(われ)ら汝(なんじ)と与(とも)に徒弟(でし)と做(な)るは、すなわち児子(こども)の一般(ごとし)なり。また説(い)う、『子(こ)を養(やしな)うに阿金溺銀(あきんできぎん=金銀)を用(もち)いず、只(た)だ景(けい=ありさま)に見(み)て情(じょう)を生(しょう)ずれば便(すなわ)ち好(よ)し』と。汝(なんじ)既(すで)に身子(しんし=からだ)快(こころよ)からずんば、甚(なん)の行程(こうてい)を誤(あやま)るとか説(い)わん。便(すなわ)ち寧耐(ねいたい=こらえ忍ぶ)すること幾日(いくにち)なるも、何(なん)の妨(さまた)げか有(あ)らん!」 と。兄弟(きょうだい=兄弟子たち)ら都(みな)師父(しふ)に伏侍(ぶくじ=かしずき)し、覚(おぼ)えずして早(あさ)尽(つ)き午(ひる)来(きた)りて昏(くら)き又(また)至(いた)り、良宵(りょうしょう=良き宵)才(ようや)く過(よ)ぎて又(また)侵晨(しんしん=明け方)なり。 光陰(こういん)迅速(じんそく)にして、早(はや)くも三日(みっか)を過(す)ぎたり。その一日(いちじつ)、師父(しふ)身(み)を欠(かが)めて起(お)き来(きた)りて叫(よばわ)る、 「悟空(ごくう)、この両日(ふつか)病体(びょうたい)沈痾(ちんあ=重き病)なれば、かつて汝(なんじ)に問(と)い得(え)ざりしが、あの脱命(だつめい=命を逃れし)の女菩薩(にょぼさつ)には、かつて人(ひと)の些(いささ)かの飯(めし)を送(おく)りて彼(かれ)に食(くら)わせしや否(いな)や」 と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、 「汝(なんじ)彼(かれ)を管(かま)うこと怎(いか)にせんや。且(しばら)く自家(じか=自分)の病(やまい)を顧(かえり)みよ」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「正(まさ)に是(ぜ)なり、正に是なり。汝(なんじ)且(しばら)く我(われ)を扶(たす)け起(おこ)し、我(わ)が紙(かみ)・筆(ふで)・墨(すみ)を取出(とりだ)し、寺(てら)の裡(うち)に硯台(けんだい=硯)を借(か)り来(きた)りて使(つか)わしめよ」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「要(もと)むるは怎(いか)にせん」 と。長老(ちょうろう)言う、 「我(われ)一封(ひとふう)の書(ふみ)を修(したた)め、関文(かんぶん=通行の証)を并(あわ)せて一処(ひとところ)に封(ふう)じ、汝(なんじ)をして長安(ちょうあん)の駕下(かか=御代)に送(おく)り上(たてまつ)らしめ、太宗皇帝(たいそうこうてい)に見(まみ)えんとす」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「この容易(たやす)きことよ。我(わ)が老孫(ろうそん)別事(べつじ)に能(ちから)無(な)しと雖(いえど)も、若(も)し書(ふみ)を送(おく)ると説(い)わば、人間第一(にんげんだいいち)なり。汝(なんじ)書(ふみ)を把(と)って收拾(ととの)え停当(ていとう=整え)て我(われ)に与(あた)えよ。我(われ)一筋斗(ひとこぶし)に長安(ちょうあん)に送り到(いた)り、唐王(とうおう)に遞(わた)し、再(また)一筋斗(ひとこぶし)に転(めぐ)り将(かえ)り来(きた)るとも、汝(なんじ)が筆硯(ひっけん=筆と硯)なおいまだ乾(かわ)かざらん。但(た)だ只(た)だ汝(なんじ)書を寄(よ)せるは怎(いか)にするか。且(しばら)く書意(しょい=文の趣旨)を把(と)って我(われ)に念(よ)みて聽(き)かしめよ。念(よ)み了(おわ)りて再(また)写(うつ)すとも遅(おそ)からず」 と。長老涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、 「我(われ)写(うつ)さく、 臣僧(しんそう)稽首(けいしゅ=頭を地に着け拝す)三頓首(さんとんしゅ=三度額づき)、万歳(ばんぜい)山呼(さんこ=万歳の唱和)して聖君(せいくん)を拝(おが)む。 文武(ぶんぶ)両班(りょうはん=文官武官)同じく目(め)に入(い)り、公卿(こうけい)四百(しひゃく)共(とも)に知聞(ちぶん=聞き知る)せん。 当年(とうねん)旨(むね)を奉(ほう)じて東土(とうど)を離(はな)れ、霊山(りょうざん)に指望(しぼう)して世尊(せそん)に見(まみ)えんとせしに、 料(おもんみ)らず途中(とちゅう)に厄難(やくなん=災難)に遭(あ)い、何(なん)ぞ期(き)せん半路(はんろ=道半ば)に災迍(さいてん=災い)有(あ)らんとは。 僧(そう)病(やまい)沈痾(ちんあ)にして進步(しんぽ=進む)難(かた)く、仏門(ぶつもん)深遠(しんえん)にして天門(てんもん=天の門)に接(せつ)す。 経(きょう)有(あ)りて命(いのち)無(な)くんば空(むな)しく労碌(ろうろく=骨折り)せん、啓奏(けいそう=申し上げ)して当今(とうぎん=今の帝)に別(べつ)に人(ひと)を遣(つか)わされたい」 と。 行者(ぎょうじゃ)この言(こと)を聽(き)くや、忍(しの)びえずして呵呵(かか)と大(おおい)に笑って言う、 「師父(しふ)、汝(なんじ)忒(はなは)だ不済(ふせい=だらしな)し。略(いささ)か些(いささ)かの病児(やまい)有(あ)れば、すなわちこの意念(ねん=思い)を起(おこ)す。汝(なんじ)若(も)し病(やまい)重(おも)くして、死(し)なんとし活(い)きんとせば、只(た)だ我(われ)に問(と)え。我(わ)が老孫(ろうそん)自(おのずか)ら一箇(ひとつ)の本事(ほんざい=腕)有(あ)り。『那(いず)れの閻王(えんおう)か敢(あ)えて心(こころ)を起(おこ)さん、那(いず)れの判官(はんがん)か敢(あ)えて票(ひょう=召喚状)を出(いだ)さん、那(いず)れの鬼使(きし=鬼の使い)か来(きた)りて勾(か)き取(と)らん』と問わば、若(も)し我(われ)を惱(いか)らせば、我(われ)あの天宮(てんぐう)を大鬧(おおさわ)がしし性子(しょうし=気性)を拿(と)り出(いだ)し、また一路(ひととおり)の棍(こん)に、打(う)ちて幽冥(ゆうめい=冥府)に入(い)り、十代(じゅうだい)の閻王(えんおう)を捉(とら)え住(とど)め、一箇箇(ひとりひとり)彼(かれ)が筋(すじ)を抽(ぬ)き了(おわ)るとも、なお彼(かれ)を饒(ゆる)さざらん!」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「徒弟(でし)や、我(われ)病(やまい)重(おも)し。切(きっ)にこの大話(たいわ=大言壮語)を説(い)う莫(な)かれ」 と。八戒(はっかい)上前(すす)み出でて言う、 「師兄(しい)、師父(しふ)は不好(よからず)と説(い)えるに、汝(なんじ)只管(ひたすら)好(よ)しと説(い)えば、十分(じゅうぶん)に尴魀(かんか=具合悪)し。我(われ)ら趁早(いそ)ぎ商量(はかりごと)し、先(ま)ず馬(うま)を売(う)り、行嚢(こうのう)を典(しち)に置(お)き、棺木(かんぼく=棺桶)を買(か)いて送終(そうしゅう=葬い)し、散火(さんか=解散)せん」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「呆子(あほう)また胡説(こせつ)せり!汝(なんじ)知(し)らず、師父(しふ)は是(こ)れ我(わ)が仏如来(ぶつにょらい)の第二(だいに)の徒弟(でし)にして、原(もと)金蟬長老(こんぜんちょうろう)と喚(よ)ばる。只(た)だ彼(かれ)仏法(ぶっぽう)を軽慢(けいまん=軽んじ)せしに因(よ)り、当(まさ)にこの場(ひとしきり)の大難(だいなん)有(あ)るべし」 と。八戒(はっかい)言う、 「哥(あにい)よ、師父(しふ)既(すで)に仏法(ぶっぽう)を軽慢(けいまん)して、東土(とうど)に貶(へん)し回(かえ)され、是非海(ぜひかい=是非の海)の内(うち)、口舌場(こうぜつば=口論の場)の中(うち)に在りて、人身(じんしん)に托化(たくけ=生まれ変わり)し、願(がん)を発して西天(せいてん)に往(ゆ)きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めんとし、妖精(ようせい)に遇(あ)えばすなわち捆(くく)られ、魔頭(まとう)に逢(あ)えばすなわち吊(つる)され、諸(もろもろ)の苦悩(くのう)を受(う)くるもまた彀(たれ)り。怎麼(いか)にしてまた彼(かれ)をして病(やまい)を害(わずら)わしむるか」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)那裡(いずく)にか暁(さと)らんや。老師父(ろうしふ)かつて仏(ほとけ)の法(ほう)を講(こう)ずるを聽(き)かず、一箇(ひとつ)の盹(まどろみ)を打(う)ちしに、下(した)へ向(むか)いて一失(ひとあやまち)有(あ)り、左足(ひだりあし)の下(もと)に一粒(ひとつぶ)の米(こめ)を躧(ふ)みて下界(げかい=下の世)に落(おと)し来(きた)れり。当(まさ)にこの三日(みっか)の病有(あ)るべし」 と。八戒(はっかい)驚(おどろ)いて言う、 「老豬(ろうちょ=おれ)の如(ごと)く物(もの)を食(くら)うに潑潑撒撒(はつはつさつさつ=こぼし散らし)なるは、また知(し)らず多少(いくばく)の年代(ねんだい)の病をか害(わずら)うならん!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「兄弟(けいてい)、仏(ほとけ)は汝(なんじ)ら衆生(しゅじょう)と与(とも)に念(ねん)と為(な)さず。汝(なんじ)また知(し)らず、人(ひと)云(いわ)く、『鋤禾日当午(じょかひのうまにあたる)、汗滴禾下土(あせはかのかつちにしたたる)。誰知盤中餐(たれかしるはんちゅうのさん)、粒粒皆辛苦(つぶつぶみなしんく)』と。師父(しふ)は只(た)だ今日(こんにち)一日(いちにち)のみ、明日(みょうにち)にはすなわち好(よ)からん」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「我(われ)今日(こんにち)昨日(きのう)と同(おな)じからず、咽喉(いんこう=のど)の裡(うち)十分(じゅうぶん)に渇(かわ)きを作(な)す。汝(なんじ)かの処(ところ)に往(ゆ)きて、涼水(りょうすい=冷や水)有(あ)らば些(いささ)か尋(たず)ね来(きた)りて我(われ)に食(くら)わせよ」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「好(よ)し了(おわ)んぬ!師父(しふ)の水(みず)を食(くら)わんと要(もと)めたもうは、すなわち好(よ)きなり。我(われ)の水(みず)を取(と)りに往(ゆ)かんを等(ま)て」 と。 即時(すなわち)鉢盂(はつう=托鉢の器)を取(と)り、寺(てら)の後面(うしろ)の香積厨(こうしゃくちゅう=寺の台所)に往(ゆ)きて水(みず)を取る。忽(たちま)ちかの些(いささ)かの和尚(おしょう)の一箇箇(ひとりひとり)眼児(め)の通(とお)りて紅(あか)く、悲啼(ひてい=悲しみ泣き)哽咽(こうえつ=むせび)し、只(た)だ敢(あ)えて声(こえ)を放(はな)ちて大(おおい)に哭(な)かざるを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)らこの些(いささ)かの和尚(おしょう)、忒(はなは)だ小家子様(こかしよう=せこい)なり!我(われ)ら幾日(いくにち)か住(とど)まり、臨行(りんこう=出立の折)に汝(なんじ)に謝(しゃ)し、柴火銭(さいかせん=薪の代銭)も日(ひ)に照(したが)いて算(かぞ)え還(かえ)さん。怎麼(いか)にしてこの等(ごと)き膿包(のうほう=意気地なし)なるか!」 と。衆僧(しゅそう)慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(お)りて言う、 「不敢(かしこまりたり)!不敢!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「怎麼(いか)にして敢えざるか。想(おも)うに是(こ)れ我(わ)があの長嘴和尚(ちょうしおしょう=長き嘴の僧)の、食腸(しょくちょう=食いぶち)大(おお)きく、汝(なんじ)が本児(ほんじ=元手)を食(くら)い傷(そこな)いたるならんか」 と。衆僧(しゅそう)言う、 「老爺(ろうや=だんな)、我(わ)がこの荒山(こうざん=寂しき山)、大大小小(だいだいしょうしょう=大小とりまぜ)にもまた百十衆(ひゃくじっしゅ=百十人)の和尚(おしょう)有(あ)り。每一人(ひとりびとり)老爺(ろうや)を養(やしな)うこと一日(いちにち)にも、また百十日(ひゃくじゅうにち)を養(やしな)い起(おこ)すことを得(う)べし。怎麼でか敢えて心(こころ)を欺(あざむ)き、甚(なん)の食用(しょくよう=食費)をか計較(けいかく=勘定)せんや!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「既(すで)に計較(けいかく)せずんば、汝(なんじ)ら却(かえ)って何(なん)と為(な)すか啼哭(ていこく=泣き叫ぶ)や」 と。衆僧(しゅそう)言う、 「老爺(ろうや)、知(し)らず、是(こ)れ那(いず)れの山(やま)の裡(うち)より来(きた)れる妖邪(ようじゃ=妖怪)かこの寺(てら)の裡(うち)に在(あ)るを。我(われ)ら晩夜(やよ)の間(あいだ)に二箇(ふたり)の小和尚(こおしょう)を著(つかわ)して鐘(かね)を撞(つ)かせ鼓(つづみ)を打(う)たしむるに、只(た)だ鐘鼓(しょうこ=鐘と鼓)の響(ひび)き罷(や)みてより、再(また)人の回(かえ)り来(きた)るを見(み)ず。次日(つぎのひ)に至(いた)りて尋(たず)ね找(もと)むるに、只(た)だ僧帽(そうぼう=僧の帽)・僧鞋(そうぐつ=僧の靴)の後辺(うしろ)の園(その)の裡(うち)に捨(す)て置(お)かれ、骸骨(がいこつ)なお存(そん)するを見(み)るのみ、人(ひと)を将(も)ちて食(くら)われ了(おわ)んぬ。汝(なんじ)らの住(とど)まりし三日(みっか)の間に、我(わ)が寺(てら)の裡(うち)に六箇(ろっこ)の和尚(おしょう)を見(み)なくなれり。此(ここ)を以(もっ)て、我(われ)ら兄弟(けいてい=仲間)等(ら)由(よし)なくも怕(おそ)れ、由なくも傷(いた)まざるを得(え)ざるなり。汝(なんじ)が老師父(ろうしふ)の貴慈(きじ=尊き慈悲)なるを見(み)るに因(よ)り、敢えて伝(つた)え説(い)わず、忍(しの)びえずして涙珠(るいしゅ=涙の玉)を偷(ぬす)み垂(た)るるのみ」 と。行者(ぎょうじゃ)言(こと)を聞(き)き、又(また)驚(おどろ)き又(また)喜(よろこ)んで言う、 「説(と)くを消(もち)いず!必(かなら)ず是(こ)れ妖魔(ようま)此(ここ)に在りて人(ひと)を傷(そこな)うなる。我(われ)の汝(なんじ)と与(とも)に彼(かれ)を剿除(そうじょ=討ち滅ぼ)さんを等(ま)て」 と。衆僧(しゅそう)言う、 「老爺(ろうや)、妖精(ようせい)は精(せい=鋭き)ならざれば霊(たま)ならず、一定(かなら)ず会(よ)く雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)を駕(が)し、一定(かなら)ず会(よ)く幽(かげ=冥界)より出(い)で冥(くらき)に入(い)る。古人(こじん)道(い)うこと好(よ)し、『直中(ちょくちゅう)の直(ちょく)を信(しん)ずる莫(な)かれ、須(かなら)ず仁(じん)の中(うち)の不仁(ふじん)を防(ふせ)げ』と。老爺(ろうや)、汝(なんじ)我らの説(い)うを怪(とが)めたもう莫(な)かれ。汝(なんじ)若(も)し彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)むることを得(え)ば、便(すなわ)ち我(わ)が荒山(こうざん)と与(とも)にこの条(ひとすじ)の禍根(かこん=災いの根)を除(のぞ)かん。正(まさ)に是(こ)れ三生(さんしょう)の幸(さいわい)なり。若(も)し還(ま)た彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)むること得(え)ざるにおいては、却(かえ)って好(よ)く些(いささ)かの不便(ふべん)の処(ところ)有(あ)らん」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「怎(いか)にして好(よ)く些(いささ)かの不便(ふべん)の処(ところ)と喚(よ)ぶや」 と。かの衆僧(しゅそう)言う、 「直(じき)に老爺(ろうや)に相瞞(あざむ)かずして説(い)わん。我(わ)がこの荒山(こうざん)には、百十衆(ひゃくじっしゅ)の和尚(おしょう)有(あ)りと雖(いえど)も、却(かえ)って都(みな)只(た)だ是(こ)れ自小児(おさなき)より出家(しゅっけ)せしもののみ。 髪(かみ)長(なが)ければ刀(かたな)を尋(たず)ねて削(そ)り、衣(ころも)単(ひとえ)なれば破衲(はのう=継ぎはぎ)を縫(ぬ)う。 早晨(あさ)起き来(きた)りて顔(かお)を洗(あら)い、手(て)を叉(く)み身(み)を躬(かが)め、大道(だいどう)に皈依(きえ=帰依)す。 夜(よる)来(きた)りて收拾(ととの)え香(こう)を焼(た)き、虔心(けんしん=つつしむ心)に歯(は)を叩(う)ちて、弥陀(みだ)を念(とな)う。 頭(こうべ)を挙(あ)げて仏を見(み)れば、蓮九品(れんくほん=九等の蓮)、三乗(さんじょう)を秇(う)え、慈航(じこう=慈悲の船)と法雲(ほううん)と共(とも)に、靉園(あいえん=雲の園)の釈世尊(しゃくせそん)に見(まみ)えんことを願(ねが)う。 頭(こうべ)を低(た)れて心(こころ)を見(み)れば、五戒(ごかい)を受(う)け、大千(だいせん=世界)を度(ど)し、生生(しょうじょう)万法(まんぽう)の中(うち)に、頑空(がんくう=頑ななる空)と色空(しきくう)とを悟(さと)らんことを願(ねが)う。 諸(もろもろ)の檀越(だんおつ=檀那)来(きた)る啊(や)、老(おい)たる、小(ちいさ)き、長(たか)き、矮(ひく)き、胖(ふと)れる、痩(や)せたるが、一箇箇(ひとりひとり)木魚(もくぎょ)を敲(たた)き、金磬(きんけい=金の鉦)を撃(う)ち、挨挨拶拶(あいあさつさつ=押し合い)、両巻(ふたまき)の『法華経(ほけきょう)』、一策(ひとさく=一巻)の『梁王懺(りょうおうさん)』。 諸の檀越(だんおつ)来(きた)らざる啊、新(あたら)しき、旧(ふ)るき、生(なま)の、熟(じゅく)せる、村(いなか)の、俏(みめよ)きが、一箇箇(ひとりひとり)掌(て)を合(あ)わせ、目(まなこ)を瞑(つぶ)り、悄悄冥冥(しょうしょうめいめい=ひっそりと)、蒲団(ふとん)の上(うえ)に入定(にゅうじょう)し、月(つき)の下(もと)の門(もん)を牢(かた)く関(とざ)す。 一任(ままよ)彼(かれ)が鶯(うぐいす)啼(な)き鳥(とり)語(かた)りて閑(しず)かに争闘(そうとう=競い合う)とも、我(わ)が方便慈悲(ほうべんじひ)の大法乗(だいほうじょう=大乗)には上(のぼ)らず。 此(ここ)を以(もっ)て、また会(よ)く虎(とら)を伏(ふく)せず、また会(よ)く龍(りゅう)を降(くだ)さず、また怪(かい)を識(し)ること無(な)く、また精(せい)を識(し)ること無(な)し。 汝(なんじ)老爺(ろうや)若し還(ま)たかの妖魔(ようま)を惹(ひ)き起(おこ)さば、我(わ)が百十箇(ひゃくじっこ)の和尚(おしょう)も只(た)だ彼(かれ)が一斎(いっさい=一食)に飽(あ)かしむるに彀(た)るのみ。一(ひとつ)には我が衆生(しゅじょう)の輪廻(りんね)を堕落(だらく)させ、二(ふたつ)にはこの禅林(ぜんりん=禅寺)の古迹(こせき)を滅抹(めつまつ=消し去り)、三(みっつ)には如来(にょらい)の会(え=法会)の上(うえ)に、全(まった)く半点(はんてん)の光輝(こうき)も無(な)からん。これ却(かえ)って是(こ)れ好(よ)く些(いささ)かの不便の処(ところ)なり」 と。 行者(ぎょうじゃ)衆(しゅ)の和尚(おしょう)のこの一端(ひとくだり)の話語(わご=言葉)を説い出(いだ)すを聞(き)くや、彼(かれ)すなわち怒(いかり)心(こころ)の上(うえ)より起(おこ)り、悪(あく)胆(きも)の辺(ほとり)より生じ、一声(ひとこえ)高(たか)く叫(よばわ)る、 「汝(なんじ)この衆(しゅ)の和尚、好(よ)く呆(あほう)なるかな!只(た)だかの妖精(ようせい)を暁(さと)りて、すなわち我が老孫(ろうそん)の行止(こうし=行動)を暁(さと)らざるか」 と。衆僧(しゅそう)軽軽(かろがろ)と答(こた)えて言う、 「実(げ)に暁(さと)りまつらず」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「我今日(こんにち)略節(りゃくせつ=あらまし)に説わん、汝(なんじ)ら聽(き)け、 我も亦(また)かつて花果山(かかざん)に在りて虎(とら)を伏(ふく)せ龍(りゅう)を降(くだ)し、我も亦(また)かつて天堂(てんどう=天)に上(のぼ)りて天宮(てんぐう)を大鬧(おおさわ)がしぬ。 飢(う)うる時(とき)に老君(ろうくん)の丹(たん)を把(と)って、略略(りゃくりゃく=ちょっと)三、二顆(みつふたつ)を咬(か)み、 渇(かわ)く時(とき)に玉帝(ぎょくてい)の酒(さけ)を把(と)って、軽軽(かろがろ)と六、七鐘(ろくしちしょう=六、七杯)を呼(の)めり。 一対(ひとくみ)の白(しろ)からず黒(くろ)からざる金睛眼(きんせいがん=金の瞳)を睜(みは)れば、天(てん)惨淡(さんたん)として月(つき)朦朧(もうろう)たり。 一条(ひとすじ)の短(みじか)からず長(なが)からざる金箍棒(きんこぼう)を拿(と)れば、来(きた)るに影(かげ)無(な)く、去(さ)るに踪(あと)無(な)し。 甚(なん)の大精小怪(だいせいしょうかい=大小の妖怪)をか説わん、那(いず)くんぞ彼(かれ)が怠(なま)け膿(うみ)のごときを怕(おそ)れんや! 一(ひと)たび趕(お)い上(あ)がり往(ゆ)けば、跑(はし)るもの跑(はし)り、顫(ふる)うもの顫(ふる)い、避(さ)くるもの避(さ)け、慌(あわ)つるもの慌(あわ)て、 一(ひと)たび捉(とら)え将(も)ち来(きた)らば、鑢(やすり)するは鑢(やす)り、焼(や)くは焼(や)き、磨(みが)くは磨(みが)き、舂(つ)くは舂(つ)かん。 正(まさ)に是(こ)れ八仙(はっせん)同(とも)に海(うみ)を過(わた)りて、独(ひと)り神通(じんずう)を顕(あらわ)すなり! 衆の和尚よ、我この妖精(ようせい)を拿(とら)え来(きた)りて汝に看(み)せば、汝才(はじ)めて我が老孫(ろうそん)を認(みと)めん!」 と。衆僧(しゅそう)聽(き)きおるに、暗(ひそ)かに頭(こうべ)を点(うなず)かせて言う、 「この賊禿(ぞくとく=坊主め)は大口(たいこう)を開(ひら)き、大話(たいわ)を話(かた)るは、想(おも)うに是(こ)れ些(いささ)かの来歴(らいれき=素性)有(あ)るならん」 と。都(みな)一箇箇諾諾(だくだく)と声(こえ)を連(つら)ぬ。只だかの喇嘛僧(らまそう)のみ言う、 「且(しばら)く住(とど)まれ!汝が老師父は貴恙(きしょう=ご病気)なるに、汝この妖精(ようせい)を拿(とら)うるは緊(きん)に至(いた)らず。俗語(ぞくご)に道(い)う、『公子(こうし)筵(えん)に登(のぼ)れば、酔(よ)わざれば便(すなわ)ち飽(あ)き、壮士(そうし)陣(じん)に臨(のぞ)めば、死(し)せざればすなわち傷(そこな)わらる』と。汝ら両下裡(ふたかた=双方)角闘(かくとう=戦い)の時(おり)、倘(も)し汝が師父(しふ)に貽累(いるい=累を及ぼ)さば、穏便(おんびん)に当(あた)らず」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「理(ことわり)有(あ)り!理有り!我且(しばら)く涼水(りょうすい=冷や水)を師父(しふ)に送りて食(くら)わせてより再(また)来らん」 と。 鉢盂(はつう)を掇(ひろ)い上(あ)げ、涼水(りょうすい)を著(み)たし、香積厨(こうしゃくちゅう)を転(めぐ)り出(い)で、すなわち方丈(ほうじょう)に到(いた)り、一声(ひとこえ)叫(よばわ)る、 「師父(しふ)、涼水(りょうすい)を食(くら)えたまえ」 と。三蔵(さんぞう)正(まさ)に煩渇(はんかつ=渇きに苦しむ)の時(おり)なれば、便ち頭(こうべ)を抬(あ)げ起(おこ)し、水(みず)を捧(ささ)げて、只だ是(こ)れ一吸(ひとすい)す。真箇(まこと)に渇く時(とき)の一滴(ひとしずく)は甘露(かんろ)の如(ごと)く、薬(くすり)の真方(しんぽう=的確なる処方)に到(いた)れば病すなわち除(のぞ)かれるなり。行者(ぎょうじゃ)長老の精神(せいしん)漸(ようや)く爽(さわ)やかに、眉目(びもく)舒(の)び開(ひら)くを見(み)、すなわち問うて言う、 「師父、些かの湯飯(とうはん=汁と飯)を食(くら)うべきか」 と。三蔵言う、 「この涼水はすなわち霊丹(れいたん=霊薬)の一般(ごとし)、この病児(やまい)一半(なかば)を減(へ)らしぬ。湯飯(とうはん)有らばまた些か食(くら)うことを得(え)ん」 と。行者(ぎょうじゃ)連声(れんせい)に高々(たかだか)と叫(よばわ)る、 「我が師父好(よ)くなりたもう、湯飯(とうはん)を食(くら)わんと要(もと)めたもうぞ」 と。かの些かの和尚に教(おし)えて忙忙(いそぎ)と安排(あんぱい=用意)せしむ。米(こめ)を淘(と)ぎ、飯(めし)を煮(に)、面(うどん)を捍(の)し、餅(もち)を烙(や)き、饃饃(まんじゅう)を蒸(ふか)し、粉湯(ふんとう=春雨の汁)を做(つく)り、四、五卓(しごたく=四、五卓)を抬(かつ)ぎ来れり。唐僧(とうそう)は只だ半碗(はんわん)の米湯(べいとう=米の汁)を食い得(え)たるのみ、行者(ぎょうじゃ)・沙僧(しゃそう)は一席(ひとむしろ)を用(もち)い了(おわ)り、その余(あまり)は都(みな)八戒(はっかい)が一肚(ひとつづみ=一腹)に餐(くら)い之(これ)を尽(つく)す。家火(かか=食器)収(おさ)め去(さ)られ、灯(ともしび)を点(とも)し起せば、衆僧各(おのおの)散(さん)ず。 三蔵言う、 「我ら今(いま)幾日住(とど)まれるか」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「三整日(みっか)なり。明朝(みょうちょう)の向晩(ゆうべ)には、便ちすなわち四箇(よっつ)の日頭(にっとう=日)と為らん」 と。三蔵言う、 「三日(みっか)は許多(あまた)の路程(ろてい)を誤りたり」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父、また路程に算(かぞ)うるに足(た)らず。明日(みょうにち)去(ゆ)かん」 と。三蔵言う、 「正に是なり。幾分(いくぶ)かの病児を帯(お)ぶるとも、また没奈何(なんともなら)ず」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「既(すで)に明日去(ゆ)かんと要(もと)めたもうならば、且(しばら)く我をして今晚(こんばん)かの妖精(ようせい)を捉(とら)え了(おわ)らしめよ」 と。三蔵驚(おどろ)いて言う、 「又(また)甚(なん)の妖精(ようせい)をか捉(とら)うるや」 と。行者言う、 「一箇(ひとり)の妖精(ようせい)この寺の裡(うち)に在(あ)り。老孫(ろうそん)の彼(かれ)に替(かわ)りて捉え捉えするを等(ま)て」 と。唐僧(とうそう)言う、 「徒弟(でし)や、我が病身(びょうしん=病める身)いまだ可(ゆる)されず、汝怎麼にして又この念(ねん)を興(おこ)すや!倘(も)しあの怪(かい)に神通(じんずう)有りて、汝彼(かれ)を拿(とら)え住(とど)むること得ざらんには、却又(また)是(こ)れ我を害(そこな)うに非(あら)ざるか」 と。行者言う、 「汝好くも人の威風(いふう=威光)を滅(めっ)するかな!老孫(ろうそん)到(いた)る処(ところ)に妖(よう)を降(くだ)すに、汝我の誰(たれ)に弱(よわ)きを見(み)しか。只だ手(て)を動(うご)かさざるのみ、手(て)を動(うご)かさばすなわち赢(か)たんと要(もと)む」 と。三蔵扯(ひき)とめて言う、 「徒弟よ、常言(じょうげん)に説うこと好し、『方便(ほうべん=都合)に遇(あ)う時(とき)に方便を行(おこな)い、人を饒(ゆる)すべき処(ところ)に得て且く人を饒(ゆる)せ』と。心(こころ)を操(あやつ)るは怎(いか)でか心(こころ)を存(ぞん)ずるの好きに似(に)ん、気(き)を争(あらそ)うは何ぞ気(き)を忍ぶの高(たか)きに如(し)かん!」 と。孫大聖(そんたいせい)師父の苦苦(くく=切に)彼(かれ)を勧(すす)めて、妖(よう)を降(くだ)すを許(ゆる)さざるを見(み)、彼(かれ)老実(ろうじつ=正直)の話(こと)を説い出(いだ)して言う、 「師父、実(げ)に汝に瞞(あざむ)かずして説わん。かの妖此(ここ)に在りて人を食い了(おわ)んぬ」 と。唐僧大に驚(おどろ)いて言う、 「甚(なん)の人をか食いしや」 と。行者説いて言う、 「我らの住まりし三日に、已(すで)にこの寺の裡(うち)の六箇(ろっこ)の小和尚(こおしょう)を食い了んぬ」 と。長老言う、 「兎(うさぎ)死すれば狐(きつね)悲(かな)しみ、物(もの)其(そ)の類(たぐい)を傷(いた)む。彼(かれ)既(すで)に寺内(じない)の僧を食いしは、我も亦僧なり。我汝の去(ゆ)くを放(はな)たん、只だ但(た)だ心(こころ)を用(もち)いて仔細(つまびらか)にするを要(よう)せよ」 と。行者言う、 「説(と)くを消(もち)いず。老孫の手(て)到(いた)ればすなわち消(け)し除かん」 汝視(み)よ、彼(かれ)灯光(とうこう=灯の光)の前(まえ)に八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)に吩咐(いいつけ)て師父を看守(かんしゅ=見守ら)しめ、彼喜孜孜(きしし=喜び勇み)として方丈(ほうじょう)を跳(と)び出(い)で、径(ただち)に仏殿(ぶつでん)に来りて看(み)る時(おり)、天(てん)の上(うえ)に星(ほし)有れど、月(つき)はいまだ上(のぼ)らず、かの殿(でん)の裡(うち)暗暗(あんあん=真っ暗)たり。彼すなわち真火(しんか=真の火)を吹(ふ)き出(いだ)し、琉璃(るり)を点し起し、東辺(ひがし)に鼓を打(う)ち、西辺(にし)に鐘(かね)を撞(つ)く。響(ひび)き罷みて、身(み)を揺(ゆす)りて一変(ひとへん)し、変(へん)じて一箇(ひとり)の小和尚児(こおしょうじ=小坊主)と做(な)る。年紀(とし)只だ十二三歳(じゅうにさんさい)有るのみ。黄絹(こうけん=黄色き絹)の褊衫(へんさん=法衣)を披(はお)り、白布(はくふ=白き布)の直裰(じきとつ=衣)を著(き)、手(て)に木魚(もくぎょ)を敲(たた)き、口(くち)の裡(うち)に経(きょう)を念(とな)う。等(ま)つこと一更(いっこう=初更)の時分(じぶん=頃)に至(いた)るも、動静(どうじょう=物音)を見ず。二更(にこう)の時分、残月(ざんげつ=有明の月)才(ようや)く升(のぼ)るに、只だ呼呼(ここ)たる一陣(ひとむれ)の風(かぜ)の響(ひび)くを聽く。好き風(かぜ)かな、 黒霧(こくむ=黒き霧)天(てん)を遮(おお)いて暗(くら)く、愁雲(しゅううん=愁いの雲)地(ち)を照(てら)して昏(くら)し。 四方(しほう)墨(すみ)を潑(そそ)ぐが如(ごと)く、一派(ひとすじ)靛(でん=藍)の粧(よそおい)の渾(こん=濁り)たり。 先(ま)ず刮(ふ)く時(とき)は塵(ちり)を揚(あ)げ土(つち)を播(ま)き、次(つい)で後(のち)来りて樹(き)を倒(たお)し林(はやし)を摧(くだ)く。 塵(ちり)を揚(あ)げ土(つち)を播(ま)けば星光(せいこう=星の光)現(あらわ)れ、樹を倒(たお)し林(はやし)を摧(くだ)けば月色(げっしょく=月の色)昏し。 只だ刮(ふ)き得て嫦娥(じょうが=月の仙女)梭羅樹(さらじゅ=月の桂)を緊(きつ)と抱(いだ)き、玉兎(ぎょくと=月の兎)団団(だんだん=くるくる)と薬盆(やくぼん=薬の鉢)を找(もと)む。 九曜(くよう)の星官(せいかん)皆(みな)戸(と)を閉(とざ)し、四海(しかい)の龍王(りゅうおう)尽(ことごと)く門(もん)を掩(おお)う。 廟(びょう)の裡(うち)の城隍(じょうこう=土地神)小鬼(しょうき)を覓(もと)め、空中(くうちゅう)の仙子(せんし=仙女)怎でか雲(くも)に騰(のぼ)らんや。 地府(じふ=冥府)の閻羅(えんら=閻魔)馬面(ばめん)を尋(たず)ね、判官(はんがん)乱(みだ)りに跑りて頭巾(ずきん)を趕(お)う。 刮き動かす崑崙(こんろん)の頂上(ちょうじょう)の石(いし)、巻(ま)き得(う)る江湖(こうこ=川と湖)の波浪(はろう)の混(にご)れるを。 と。 かの風(かぜ)才く然(しか)として過(よ)ぎし処(ところ)、猛(にわか)に蘭麝(らんじゃ=蘭と麝香)の香(こう)の熏(くゆ)り、環珮(かんぱい=玉の飾り)の声の響(ひび)くを聞(き)く。すなわち身(み)を欠(かが)め頭(こうべ)を抬げて観看(みわた)せば、呀(ああ)!却(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとり)の美貌(びぼう)の佳人(かじん=美人)の、径(ただち)に仏殿(ぶつでん)に上るなり。行者口(くち)の裡に嗚哩嗚喇(おりおり=ぶつぶつ)と、只管(ひたすら)経(きょう)を念(とな)う。かの女子(じょし)近(ちか)づき前(まえ)に往(ゆ)き、一把(ひとつかみ)に摟(いだ)き住めて言う、 「小長老(こちょうろう=小さき長老)、何の経をか念(とな)うるや」 と。行者言う、 「許(もう)し下(おろ)したるなり」 と。女子(じょし)言う、 「別人(ひとびと)は都(みな)自在(じざい=気まま)に睡ておるに、汝なお経を念(とな)うは怎にするか」 と。行者言う、 「許(もう)し下(おろ)したるに、如何(いか)でか念えざらんや」 と。女子(じょし)摟(いだ)き住め、彼と与(とも)に一箇(ひとつ)の嘴(くちづけ)を親(した)しんで言う、 「我汝と与(とも)に後面(うしろ)に到(いた)りて耍耍(あそび)に往(ゆ)かん」 と。行者故意(わざ)と頭を扭(ね)じ過ぎて言う、 「汝些か事(こと)を暁らざる有り!」 と。女子(じょし)言う、 「汝会く相面(そうめん=人相見)するか」 と。行者言う、 「また些か暁る」 と。女子言う、 「汝我を相(み)て怎なる様子(さま)なるか」 と。行者言う、 「我汝を相(み)るに、些か生(なま)を偸(ぬす)み熟(じゅく)を搲(か)き取り、公婆(こうば=舅姑)に趕(お)い出(いだ)されたる有り」 と。女子言う、 「相て著(あた)らず!相て著らず!我は是(こ)れ公婆(こうば)の趕逐(かんちく=追い出し)に非(あら)ず、熟を搲(か)き生を偸(ぬす)むに因らず。 奈(いか)ん、我が前生(ぜんしょう)命薄(めいはく=薄幸)にして、投(な)げ配(はい)しし男子(だんし)年(とし)若(わか)かりき。 洞房花燭(どうぼうかしょく=新婚の床)を会(え)せず、夫(おっと)を避け逃(に)げ走(ゆ)くの情(じょう)なり。 如今(いま)星光(せいこう)月皎(げっこう=月明るき)なるに趁(じゅん)ずるは、また是(こ)れ『縁(えにし)有れば千里(せんり)も来りて相会(あいかい)す』なり。我汝と与(とも)に後園(こうえん=裏庭)の中(うち)に到りて交歓(こうかん=契り)し、鸞儔(らんちゅう=夫婦)を配(はい)しに往(ゆ)かんとす」 と。行者言(こと)を聞き、暗(ひそ)かに頭を点(うなず)かせて言う、 「かの幾箇(いくたり)かの愚僧(ぐそう=愚かなる僧)は、都(みな)色欲(しきよく)に引誘(いんゆう=誘われ)れて、此(ここ)を以(もっ)て性命(いのち)を傷われしに、彼如今(いま)また来りて我を哄(たぶら)かすなり」 と。すなわち口(くち)に随(したが)いて応(こた)えて言う、 「娘子(じょうし=おまえ)、我出家人(しゅっけにん)は年紀(とし)なお幼(おさな)く、却(かえ)って甚の交歓(こうかん)の事(こと)かあるを知(し)らず」 と。女子言う、 「汝我に跟(したが)い往(ゆ)け、我汝に教(おし)えん」 と。行者暗(ひそ)かに笑って言う、 「也(ま)た罷(よ)し、我彼に跟(したが)き往きて、彼の怎に擺布(とりはから)うかを看(み)ん」 と。 彼ら両箇(ふたり)肩(かた)を摟き、手(て)を携(たずさ)え、仏殿を出で、径(ただち)に後辺(うしろ)の園(その)の裡に至る。かの怪(かい)行者に向(むか)いて一箇(ひとつ)の絆子腿(はんすたい=足技)を使(つか)い、地(ち)に跌(たお)れ倒(ふ)し、口(くち)の裡に「心肝哥哥(しんかんあにい=いとしの兄さん)」と乱(みだ)りに叫(よばわ)り、手(て)を将ちてすなわち往きて彼が臊根(そうこん=男根)を掐(つ)まんとす。行者言う、 「我が児(こ)よ、真箇(まこと)に老孫を食わんと要めるか!」 と。却(かえ)って行者彼が手(て)を接(う)け住め、一箇(ひとつ)の小坐跌法(しょうざてっぽう=座り込ませ倒す技)を使(つか)い、かの怪(かい)を把(と)って一轆轤(ひとまわり=ひと転がり)地(ち)の上(うえ)に掀(ひっくり)き翻(かえ)したり。かの怪口(くち)の裡になお叫(よばわ)って言う、 「心肝哥哥(しんかんあにい)、汝は倒(かえ)って会く汝が娘(おふくろ)を跌(たお)すかな!」 と。行者暗(ひそ)かに算(はから)って言う、 「この時に趁(じゅん)じて彼に手を下(くだ)さずんば、還(ま)たいずれの時に到らんや!正に是れ先(さき)に手を下(くだ)せば強(つよ)く、後(のち)に手を下(くだ)せば殃(わざわい)に遭(あ)うなり」 と。すなわち手を把(と)って一叉(ひとさし)し、腰(こし)を一躬(ひとかがめ)し、一跳(ひととび)に跳(と)び起き上(あ)がり、原身(げんしん=本来の姿)の法象(ほっぞう=威容)を現(あらわ)し、金箍鉄棒(きんこてつぼう)を輪(めぐ)らし起し、頭を劈(つんざ)いてすなわち打(う)つ。かの怪もまた一驚(ひとおどろき)を食い、彼心に想(おも)う、 「この小和尚は、この等(ごと)く利害(りがい=手強き)かな!」 と。眼(まなこ)を打(う)ち開(ひら)いて一看(ひとみ)すれば、元来(もと)是れかの唐長老(とうちょうろう)の徒弟の孫(そん)と姓(せい)する者(もの)なり。彼もまた彼を懼(おそ)れず。汝説え、この精怪(せいかい=妖怪)は是れ甚の精怪(せいかい)なるか、 金(きん)を以(もっ)て鼻(はな)と作(な)し、雪(ゆき)を鋪(し)きて毛(け)とす。 地道(ちどう=地中の道)を門屋(もんおく=住まい)と為し、身(み)を安(やす)んずる処処(ところどころ)牢(ろう=堅し)。 三百年前(さんびゃくねんぜん)の気を養い成(な)し、かつて霊山(りょうざん)に向いて幾遭(いくたび)か走(ゆ)けり。 一(ひと)たび香花(こうげ=香と花)と蝋燭(ろうそく)とに飽き、如来(にょらい)吩咐して天曹(てんそう=天の官府)より下(くだ)る。 托塔天王(たくとうてんおう)の恩愛(おんあい)の女(むすめ)、哪吒太子(なたたいし)の同胞(どうほう=きょうだい)と認(みと)むるなり。 また是れ海(うみ)を填(うず)むる鳥(とり)に非(あら)ず、また是れ山(やま)を戴(いただ)く鰲(ごう=大亀)に非(あら)ず。 また雷煥(らいかん)の剣(けん)を怕(おそ)れず、また呂虔(りょけん)の刀(かたな)を怕(おそ)れず。 往往来来(おうおうらいらい)に、一任(ままよ)彼が水の江漢(こうかん)に流(なが)れて闊(ひろ)きを、 上上下下(じょうじょうかか)に、那(いず)くんぞ彼が山(やま)の泰恒(たいこう)に聳(そび)えて高(たか)きを論(ろん)ぜんや。 汝視(み)よ、彼が月貌花容(げつぼうかよう=月と花の貌)の嬌滴滴(きょうてきてき=あでやか)なるを、誰(たれ)か識(し)らん、是れ一箇の鼠(ねずみ)の老(ふ)けて精(せい)と成(な)りて黠豪(かつごう=悪賢く強き)を逞(たくま)しくするなるを! と。 彼自(みずか)ら恃(たの)むに神通(じんずう)の広大(こうだい)なるをもて、すなわち手に随(したが)いて双股剣(そうこけん=二筋の剣)を架(かま)え起し、玎玎璫璫(ていていとうとう=じゃらじゃら)と響(ひび)き、左(ひだり)を遮(さえぎ)り右(みぎ)を格(ふせ)ぎ、東(ひがし)に随い西に倒(たお)る。行者些か強(つよ)けれど、却ってまた彼を撈(とら)え倒すことを得ず。陰風(いんぷう=陰の風)四起(しき=四方より起こ)り、残月(ざんげつ)光(ひかり)無(な)し。汝視よ、彼ら両人(ふたり)の、後園(こうえん)の中の一場(ひとしきり)の好き殺(たたかい)を、 陰風(いんぷう)地より起り、残月(ざんげつ)微光(びこう=かすかな光)を蕩(うご)かす。 闃静(げきせい=ひっそり)たる梵王宇(ぼんおうう=仏殿)、闌珊(らんさん=さびれ)たる小鬼廊(しょうきろう)。 後園(こうえん)の裡は一片(ひとひら)の戦争場(せんそうば=戦場)なり。 孫大士(そんだいし)は天上(てんじょう)の聖(ひじり)、毛奼女(もうちゃじょ)は女中(じょちゅう)の王(おう)。 神通(じんずう)を賭賽(とさい=競い)していまだ肯(がえん)じて降らず。 一箇児(ひとり)は芳心(ほうしん=うるわしき心)を扭(ね)じ転(てん)じて黒禿(こくとく=坊主)を嗔(いか)り、 一箇児(ひとり)は慧眼(えがん=智慧の眼)を円(まろ)かに睜(みは)りて新粧(しんしょう=新しい化粧)を恨(うら)む。 両手(りょうしゅ)に剣(けん)飛(と)べば、那くんぞ女菩薩(にょぼさつ)を認(みと)めん、 一根(ひとすじ)の棍(こん)打(う)てば、狠(きつ)きこと一箇(ひとり)の活金剛(かつこんごう=生きた金剛)の似(ごと)し。 響く処金箍(きんこ)電(いなずま)を掣(ひ)くが如(ごと)く、霎時(またたくま)に鉄白(てっぱく=白き鉄)星芒(せいぼう=星の光)を耀(かがや)かす。 玉楼(ぎょくろう)に翡翠(ひすい)を抓(つか)み、金殿(きんでん)に鴛鴦(えんおう=おしどり)を砕(くだ)く。 猿(さる)啼(な)いて巴(は)の月小(ちいさ)く、雁(かり)叫(な)いて楚(そ)の天(てん)長し。 十八尊(じゅうはっそん)の羅漢(らかん)は、暗々(あんあん)に喝采(かっさい)し、 三十二(さんじゅうに)の諸天(しょてん)は、箇箇(おのおの)慌張(こうちょう=慌てる)。 と。 かの孫大聖(そんたいせい)精神(せいしん)抖擻(とうそう=奮い立ち)、棍児(こんじ=棒)に半点(はんてん)の差池(さち=狂い)も無し。妖精(ようせい)自(みずか)ら料(おもんみ)るに彼に敵(かな)い住むること能(あた)わず、猛可(にわか)に眉頭(まゆがしら)を一蹙(ひとひそめ)し、計(けい)心の上(うえ)に来り、身を抽(ひ)いてすなわち走(に)ぐ。行者喝(しか)って言う、 「潑貨(はつか=暴れもの)め! 那裡(いずこ)へか走(に)ぐる!疾(と)く疾(と)く来りて降れ!」 と。かの妖精(ようせい)は只だ理(かま)わず、直(ひたす)ら後(うしろ)へ退(しりぞ)く。行者の趕(お)いつくの緊急(きんきゅう=切迫)の時を等ちて、すなわち左脚(ひだりあし)の上の花鞋(かぐつ=刺繍の靴)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し来り、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、一箇の呪語(じゅご=呪文)を念え、一声「変(へん)!」と叫るや、すなわち変(へん)じて本身(ほんしん=本来の姿)の姿(すがた)と做(な)り、両口(ふたふり)の剣を使いて舞(ま)い将(きた)らしめ、真身(しんしん=真の身)は一幌(ひとひらめき)に、一陣(ひとむれ)の清風(せいふう)と化(け)して去(さ)りぬ。これ却って是れ三蔵の災星(さいせい=災いの星)に非ざるか。彼すなわち径(ただち)に方丈の裡に撞け入り、唐三蔵(とうさんぞう)を把って雲頭(うんとう=雲の上)に摂(さら)い将(ゆ)き去(さ)り、杳杳冥冥(ようようめいめい=はるか遠く)として、霎霎眼(またたくま)にすなわち陷空山(かんくうざん)に到り、無底洞(むていどう)に入り、小(こもの)らに叫(い)いて素筵席(そえんせき=精進の宴)を安排し成親(せいしん=契りを結)ばんことを。これ語(かた)らず。 さて、行者闘(たたか)うに心焦(あせ)り性(せい)燥(いらだ)ち、一箇の空(すき)を闪(かわ)し、一棍(ひとぼう)にかの妖精を把って打(う)ち落(おと)し下せば、乃(すなわ)ち是れ一只(ひとつ)の花鞋(かぐつ=刺繍の靴)なり。行者彼が計(けい)に中(あた)れるを暁り、連忙(すぐさま)身を転(てん)じて師父を看(み)に来る。那くにか師父有らん。只だかの呆子(あほう)と沙僧(しゃそう)との口の裡に嗚哩嗚哪(おりおり)と甚とか説えるを見るのみ。行者怒気(どき=怒り)胸(むね)を填(みた)し、また好歹(よしあし)を管(かま)わず、棍を撈(ひっつか)み上(あ)げ来りて一片(ひとかたまり)に打(う)ち、連声(れんせい)に叫る、 「汝らを打(う)ち殺(ころ)さん!汝らを打ち殺さん!」 と。かの呆子(あほう)慌てて走ぐるにもまた路(みち)無し。沙僧(しゃそう)は却って是れ霊山の大将(たいしょう)なれば、事(こと)を見ること多(おお)く、すなわち軟款温柔(なんかんおんじゅう=柔らかに優しく)に、近づき前に跪(ひざまず)き下(お)りて言う、 「兄長(あにうえ)、我知り了んぬ。想うに汝我ら両箇(ふたり)を打(う)ち殺(ころ)さんと要めて、また師父を救(すく)いに往かず、径に自(みずか)ら家(いえ)に回り去らんとなり」 と。行者言う、 「我汝ら両箇(ふたり)を打(う)ち殺さば、我自(みずか)ら往きて彼を救(すく)わん!」 と。沙僧(しゃそう)笑って言う、 「兄長(あにうえ)、那裡の話をか説うや!我ら両箇(ふたり)無くんば、真(まこと)に是れ単糸(たんし=一本の糸)は線(いと)とならず、孤掌(こしょう=片方の手)は鳴(な)らず。兄(あに)や、この行嚢(こうのう=荷)・馬匹(ばひつ=馬)は、誰か与に看顧(かんこ=世話)せん。寧(むし)ろ管鮑分金(かんぽうぶんきん=管仲と鮑叔の金分け)を学(まな)びて、孫龐闘智(そんぽうとうち=孫臏と龐涓の知恵比べ)を仿(なら)うこと休(や)めよ。古道(こどう)に道う、『虎を打(う)つには還(ま)た親兄弟(しんけいてい=実の兄弟)を得、陣(じん)に上るには須(かなら)ず父子兵(ふしへい=父子の兵)を教えよ』と。望(のぞ)むらくは兄長且く打つを饒(ゆる)し、天の明(あき)らかなるを待(ま)ちて汝と与に同心戮力(どうしんりきりょく=心を一つにし力を合わせ)し、師を尋(たず)ね往かんことを」 と。行者神通広大(こうだい)なりと雖も、却ってまた理(ことわり)を明らめ時を識り、沙僧(しゃそう)の苦苦(くく=切に)哀告(あいこく=嘆願)するを見、すなわち回心(かいしん=思い直し)て言う、 「八戒(はっかい)、沙僧(しゃそう)、汝ら都起き上がれ。明日師父を尋(たず)ね找めんには、却って力(ちから)を用うるを要(よう)す」 と。かの呆子(あほう)饒されたるを聽くや、恨(うら)めしきかな天をもまた半辺(なかば)を許(ゆる)し下さんばかりにして、言う、 「哥(あにい)よ、この事(こと)は都老豬(ろうちょ=おれ)の身の上に在(あ)り」 と。兄弟(きょうだい)ら思思想想(ししそうそう=あれこれ思い)て、那くんぞ曾(かつ)て睡むることを得ん。恨むべし、頭を点かせて扶桑日(ふそうじつ=東の日)を喚(よ)び出し、一口(ひとくち)に満天(まんてん)の星(ほし)を吹き散(ち)らさんことを。 三衆(さんしゅ)只だ坐(ざ)して天の暁(あき)らかなるに到り、收拾(しゅうしゅう=支度)して行(ゆ)かんとす。早(はや)くも寺僧(じそう=寺の僧)の門(もん)を攔(さえぎ)りて来り問う有り、 「老爺、那裡(いずこ)へか去(ゆ)きたもうや」 と。行者笑って言う、 「好く説えず。昨日(きのう)衆に対(たい)して口を夸(ほこ)り、彼らと与に妖精を拿えんと説いしに、妖精いまだ拿え得ず、倒(かえ)って我が一箇(ひとり)の師父を見なくなれり。我ら師父を尋(たず)ねに往くなり」 と。衆僧怕れて言う、 「老爺、小可(しょうか=些細)の事なるに、倒って老師を帯累(たいるい=巻き添え)し、却って那裡(いずこ)へか往きて尋ねたもうや」 と。行者言う、 「彼を尋ぬる処有り」 と。衆僧また言う、 「既に去(ゆ)かば忙(いそ)ぐ莫かれ、且く些かの早斎(そうさい=朝飯)を食え」 と。連忙(いそぎ)と两三盆(にさんぼん=二、三の鉢)の湯飯(とうはん=汁と飯)を端(はこ)び来れり。八戒(はっかい)力(ちから)を尽(つ)くして食いて個(ひとつ)の干浄(かんじょう=きれい)にし、言う、 「好き和尚かな!我ら師父を尋ね著(あ)てしより、再汝がここに来りて耍子(あそ)ばん」 と。行者言う、 「還たここに到りて彼が飯を食わんや!汝天王殿(てんのうでん)の裡に往きてかの女子の在(あ)るや否(いな)やを看よ」 と。衆僧言う、 「老爺、不在(おら)ず、不在ず。 それ当晚(そのよ)一夜(ひとよ)を宿(やど)りしより、第二日(つぎのひ)にはすなわち見えずなりたり」 と。 行者喜喜歓歓(ききかんかん=大喜び)として衆僧に辞(じ)し、八戒(はっかい)・沙僧をして馬(うま)を牽(ひ)かせ担(に)を挑(にな)わせ、径に東(ひがし)へ回(めぐ)り走く。八戒(はっかい)言う、 「哥哥(あにい)差(たが)えり。怎麼にして又東へ行(ゆ)くや」 と。行者言う、 「汝豈(あ)に知らんや!前日(せんじつ)かの黒松林の裡に綁(くく)り著(つ)けられしあの女子を、老孫火眼金睛(かがんきんせい=火の眼と金の瞳)を以て、彼を把って認(みと)め透(とお)したるに、汝ら都認めて好人(こうにん)と做(な)せり。今日和尚を食いしも亦是(また)彼なり、師父を摂(さら)いしも亦是(また)彼なり!汝らの救いしは好き女菩薩なるかな!今(いま)既に師父を摂(さら)われぬれば、還た旧路(きゅうろ=来た道)の上より找尋(そうじん=探し求)め往かん」 と。二人(ふたり)嘆服(たんぷく=感嘆し服し)て言う、 「好好好(よしよしよし)!真(まこと)に是れ粗中(そちゅう=粗き中)に細(さい=細かき)有り!去かん去かん!」 と。三人(みたり)急急(いそぎ)と林内(りんない)に到る。只だ見よ、あの、 雲靄靄(うんあいあい=雲たなびき)、霧漫漫(むまんまん=霧こもれ)り。 石層層(せきそうそう=岩かさなり)、路盤盤(ろばんばん=道うねる)。 狐(きつね)の踪(あと)・兎(うさぎ)の迹(あと)交加(こうか=入り乱れ)に走(はし)り、虎豹豺狼(こひょうさいろう)往復(おうふく)して潜(くぐ)る。 林内(りんない)更(さら)に妖怪(ようかい)の影(かげ)無く、知らず三蔵の何(いず)れの端(ほとり)にか在(あ)るを。 と。行者心焦(あせ)り、棒(ぼう)を掣(ひっこぬ)き出す。身を揺(ゆす)りて一変(ひとへん)し、変じて天宮を大鬧がししの本相(ほんぞう=本来の姿)と作る。三頭六臂(さんとうろっぴ=三つの頭と六つの腕)、六隻(ろくせき=六つ)の手に、三根(みつ)の棒(ぼう)を理(ととの)え、林の裡に在りて辟哩撥喇(へきりはつらつ=ばりばり)と乱(みだ)りに打つ。八戒これを見て言う、 「沙僧、師兄(しい)は悩(なやみ)に著(とら)われ、師父を尋ね著(あ)て得ず、弄(いた)して一箇の気心風(きしんぷう=気違い風)と做り了んぬ」 と。 元来(もと)行者一路(ひととおり)打ちしに、打ちて両箇の老頭児(ろうとうじ=じいさん)を出し来れり。一箇は是れ山神(さんしん=山の神)、一箇は是れ土地(とち=地の神)なり。上前(すす)み出でて跪き下(お)りて言う、 「大聖(たいせい)、山神(さんしん)・土地(とち)来りて見えまつる」 と。八戒言う、 「好き霊根(れいこん=ご利益)なるかな!一路(ひととおり)打ちて、両箇の山神土地(さんしんとち)を打ち出せり。若し再一路打たば、太歳(たいさい)すらも都打ち出さん」 と。行者問うて言う、 「山神(さんしん)・土地(とち)、汝らこの般(ごと)く無礼(ぶれい)なり!此処(ここ)に在りて専一(ひたすら)強盗(ごうとう)と伙(くみ)を結(むす)び、強盗(ごうとう)の手を得るに、些かの猪羊(ちょよう=豚や羊)を買(か)いて汝を祭賽(さいさい=供え祭)る。又妖精と与に結擄(けつろ=組み)し、伙(くみ)を打ちて我が師父を把って摂(さら)い来れり!如今何(いず)れの処にか蔵(かく)しおく。快快(すみやか)に従実(じゅうじつ=ありのまま)に供(きょう=申し)し来れ、打たるるを免(まぬが)れよ!」 と。二神(にしん)慌てて言う、 「大聖(たいせい)我を錯(あやま)り怪(とが)めたもうかな。妖精は小神(しょうしん)が山(やま)の上に在らず、小神(しょうしん)が管轄(かんかつ=支配)に伏せず。但だ只だ夜間(やかん)の風の響く処は、小神略(いささ)か一二(いちに=一端)を知るのみ」 と。行者言う、 「既に知らば、一一(いちいち)説い来れ!」 と。土地(とち)言う、 「かの妖精汝が師父を摂いて去きしは、あの正南(しょうなん=真南)の下に在り、此を離るること千里(せんり)の遥(はるか)有り。かの廂(かた=方)に一座(ひとつ)の山(やま)有りて、喚んで陷空山(かんくうざん)と做し、山(やま)の中に一箇の洞(どう)有りて、無底洞(むていどう)と曰(い)う。是れかの山の裡の妖精の、此に到りて変化(へんげ)し摂い去りしなり」 と。行者言を聽き、暗かに自ら心を驚かし、山神・土地を喝り退(しりぞ)け、法身(ほっしん=法の身)を収(おさ)め、本相(ほんぞう)を現し、八戒・沙僧と与に言う、 「師父は去くこと遠(とお)うなり了んぬ」 と。八戒言う、 「遠(とお)ければすなわち雲(くも)に騰りて趕い往かん!」 と。好き呆子かな、一たび狂風(きょうふう=荒れ風)を縦(ほしいまま)にして先(ま)ず起こり、その後に是れ沙僧の雲に駕(が)し、かの白馬(はくば)は原(もと)是れ龍子(りゅうし=龍の子)の出身(しゅっしん)なれば、行李(こうり)を馱(お)いて、また風霧(ふうむ=風と霧)を踏(ふ)む。大聖すなわち筋斗(きんと)を起し、一直(ひたすら)に南(みなみ)へ来る。多(あま)た時ならずして、早くも一座(ひとつ)の大山(だいざん)の、雲脚(うんきゃく=雲の行方)を阻(はば)むを見る。三人(みたり)馬を采(と)り住め、都雲頭(うんとう)を按(おろ)し定(さだ)め、かの山を見れば、 頂(いただき)碧漢(へきかん=青き天)を摩(まさぐ)り、峰(みね)青霄(せいしょう=青空)に接(せつ)す。 周囲(しゅうい)の雑樹(ざつじゅ=種々の木)万万千(ばんばんせん)、来往(らいおう)の飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)喳喳(さっさつ)と噪(さわ)ぐ。 虎豹(こひょう)陣を成して走(はし)り、獐鹿(しょうろく=のろと鹿)叢(むら)を打ちて行く。 向陽(こうよう=日当たり)の処には、琪花瑶草(きかようそう=美しき花と草)馨香(けいこう=香わ)しく、 背陰(はいおん=日陰)の方(かた)には、臘雪頑冰(ろうせつがんぴょう=冬の雪と氷)化(と)けず。 崎嶇(きくう)たる峻嶺(しゅんれい)、削壁(さくへき)・懸崖(けんがい)なり。 直立(ちょくりつ)の高峰(こうほう)、湾環(わんかん=うねる)の深澗(しんかん)なり。 松郁郁(しょういくいく=松茂り)、石磷磷(せきりんりん=岩ごつごつ)、行人(ぎょうじん)これを見て其(そ)の心を悚(おそ)る。 柴(たきぎ)を打つ樵子(しょうし=木こり)全(まった)く影無く、薬(くすり)を采(と)る仙童(せんどう)踪を見ず。 眼前(がんぜん)の虎豹(こひょう)能(よ)く霧(きり)を興(おこ)し、遍地(へんち=あたり一面)の狐狸(こり=狐と狸)乱りに風を弄(ろう)す。 と。八戒言う、 「哥よ、この山この如く険峻(けんしゅん)なれば、必(かなら)ず妖邪(ようじゃ)有らん」 と。行者言う、 「説くを消いず。山高ければ原怪有り、嶺(みね)峻(けわ)しければ豈(あ)に精無からんや!」 と。叫る、 「沙僧、我と汝と且く此に在りて、八戒を著(つかわ)して先(ま)ず山凹(やまくぼ)の裡に下りて打聴打聴(うちあてに探(さぐ)ら)しめ、かの条(すじ)の路の好く走かるるを看、端(つまびらか)に洞府(どうふ=ほら)有るべきか、また看よ是れ那裡に門を開くを、倶(とも)に細細(つまびらか)に打探(たんさぐ)らしめよ。我らの好く一斉(いっせい)に往きて師父を尋ね彼を救わんためなり」 と。八戒言う、 「老豬(ろうちょ)は晦気(わいき=不運)なり!先ず我を拿りて頂缸(ちょうこう=身代わり)にするか!」 と。行者言う、 「汝昨夜(ゆうべ)都汝の身の上に在りと説いしに、如何(いか)にか打仰(だぎょう=しりごみ)するや」 と。八戒言う、 「嚷(わめ)く莫かれ、我の往かんを等て」 と。呆子鈀(は=熊手)を放下(おろ)し、衣裳(いしょう=着物)を抖抖(はた)いで、手を空(から)にし、高山(こうざん)を跳び下り、路径(ろけい=道筋)を找尋(たずねもと)む。 この一去(ひとゆき)、畢竟(ひっきょう)にいかにしてか好歹(よしあし)なるやは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽かれよ。 第八十二回 奼女(ちゃじょ)陽(よう)を求(もと)め 元神(げんしん)道(どう)を護(まも)る さて、八戒(はっかい)山(やま)を跳(と)び下(お)り、一条(ひとすじ)の小路(こみち)を尋(たず)ね著(あ)て、路(みち)に依(よ)りて前(まえ)に行(ゆ)くこと五、六里(ごろくり)の遠近(おちこち)なるに、忽(たちまち)二箇(ふたり)の女怪(じょかい=女の妖怪)の、かの井(いど)の上(ほとり)に在りて水(みず)を打(く)むを見(み)る。彼(かれ)怎(いか)にして二箇(ふたり)の女怪(じょかい)と認(みと)めしや。彼(かれ)らが頭(こうべ)の上(うえ)に一頂(ひとつ)の一尺二三寸(いっしゃくにさんすん)の高(たか)さ有(あ)る篾絲鬏髻(べっししゅうけい=竹ひごの髷)を戴(いただ)き、甚(はなは)だ時興(じこう=当世風)ならざるを見(み)る。呆子(あほう)近(ちか)づき前(まえ)に往(ゆ)きて一声(ひとこえ)「妖怪(ようかい)」と叫(よ)ぶ。かの怪(かい)言(こと)を聞(き)きて大(おおい)に怒(いか)り、両人(ふたり)互相(たがい)に説(い)う、 「この和尚(おしょう)は怠(なま)け懶(ものう)し!我(われ)らまた彼(かれ)と与(とも)に相識(そうしき=顔見知り)ならず、平時(へいじ=ふだん)また嘴(くち)を調(ととの)え慣(な)らしこと無(な)きに、彼(かれ)怎麼(いか)にして我(われ)らを叫(よ)んで妖怪(ようかい)と做(な)すか!」 と。かの怪(かい)惱(いらだ)ち、水(みず)を抬(かつ)ぐ杠子(こうす=担ぎ棒)を輪(めぐ)らし起(おこ)し、頭(かしら)を劈(つんざ)いてすなわち打(う)つ。この呆子(あほう)手(て)に兵器(へいき)無(な)く、遮架(しゃか=受け止め)することを得(え)ず、彼(かれ)に幾下(いくした)かを撈(なぐ)られ、頭(こうべ)を捂(おさ)えて山(やま)の上(うえ)に跑(はし)り来(きた)りて言う、 「哥(あにい)よ、回(かえ)り去(ゆ)かん!妖怪(ようかい)は凶(きょう=手強)し!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「怎麼(いか)に凶(きょう)なるか」 と。八戒(はっかい)言う、 「山凹(やまくぼ)の裡(うち)に二箇(ふたり)の女妖精(じょようせい)井(いど)の上(うえ)に在りて水(みず)を打(く)みおるに、我(われ)只(た)だ彼(かれ)を一声(ひとこえ)叫(よ)びしのみなるに、すなわち彼(かれ)に三、四杠子(さんよんこうす=三、四撃)打(う)たれ了(おわ)んぬ!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)彼(かれ)を叫(よ)んで何(なん)と做(な)せしや」 と。八戒(はっかい)言う、 「我(われ)彼(かれ)を叫(よ)んで妖怪(ようかい)と做(な)せり」 と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、 「打(う)たれたるは還(ま)た少(すくな)し」 と。八戒(はっかい)言う、 「汝(なんじ)が顧(かえりみ)に謝(しゃ)す!頭(かしら)すら都(みな)打(う)ち腫(は)れたるに、なお少(すくな)しと説(い)うか!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 『温柔(おんじゅう=柔らか)なれば天下(てんか)も去(ゆ)き得(う)べく、剛強(ごうきょう)なれば寸步(すんぽ=一步)も移(うつ)し難(がた)し』と。彼(かれ)らは是(こ)れ此(こ)の地(ち)の怪(かい)、我(われ)らは是(こ)れ遠(とお)きより来(きた)れる僧(そう)なり。汝(なんじ)一身(み)都(みな)手(て)なるとも、また略(いささ)か温存(おんぞん=ねんごろ)なるを要(よう)す。汝(なんじ)すなわち往(ゆ)きて彼(かれ)を叫(よ)んで妖怪(ようかい)と做(な)せば、彼(かれ)汝(なんじ)を打(う)たずして、我(われ)を打(う)たんや。人(ひと)は礼楽(れいがく)を将(も)って先(さき)と為(な)す」 と。八戒(はっかい)言う、 「一発(いっそう)暁(さと)らず!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)自幼(おさなき)より山(やま)の中(うち)に在りて人(ひと)を食(くら)いしが、汝(なんじ)両様(ふたよう)の木(き)の有(あ)るを暁(さと)るや否(いな)や」 と。八戒(はっかい)言う、 「知(し)らず、是(こ)れ甚(なん)の木(き)なるか」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「一様(ひとつ)は是(こ)れ楊木(ようぼく=柳の類)、一様(ひとつ)は是(こ)れ檀木(だんぼく=白檀)なり。楊木(ようぼく)は性格(せいかく)甚(はなは)だ軟(やわ)らかなれば、巧匠(こうしょう=細工人)取(と)り来(きた)りて、或(あるい)は聖像(せいぞう)を雕(ほ)り、或(あるい)は如来(にょらい)を刻(きざ)み、金(きん)を装(よそお)い粉(こな)を立(た)て、玉(ぎょく)を嵌(は)め花(はな)を装(よそお)い、万人(ばんにん)香(こう)を焼(た)き礼拝(らいはい)して、多少(いくばく)の無量(むりょう)の福(ふく)を受(う)くるを知(し)らず。かの檀木(だんぼく)は性格(せいかく)剛硬(ごうこう)なれば、油房(ゆぼう=油屋)の裡(うち)に取(と)り去(さ)られ、柞撒(さくさつ=油搾りの楔)と做(な)され、鉄箍(てっこ=鉄の箍)を使(つか)いて頭(かしら)を箍(し)められ、又(また)鉄鎚(てっつい=鉄の槌)を使(つか)いて下(した)へ向(むか)いて打(う)たる。只(た)だ剛強(ごうきょう)なるに因(よ)りて、此(ここ)を以(もっ)てこの苦楚(くそ=苦しみ)を受(う)くるなり」 と。八戒(はっかい)言う、 「哥(あにい)よ、汝(なんじ)がこの好話児(よきはなし)を、早(はや)く我(われ)と与(とも)に説説(いって)くれしならば、却(かえ)って彼(かれ)に打(う)たれざりしものを」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)還(ま)た往(ゆ)きて彼(かれ)に一箇(ひとつ)の端的(たんてき=真相)を問(と)え」 と。八戒(はっかい)言う、 「この去(ゆき)には彼(かれ)我(われ)を認(みと)め了(おわ)んぬ」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)変化(へんげ)して往(ゆ)け」 と。八戒(はっかい)言う、 「哥(あにい)よ、且(しばら)く我(われ)の変(へん)じたる如(ごと)きは、却(かえ)って怎麼(いか)にしてか問(と)わんや」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)変(へん)じて往(ゆ)き、彼(かれ)が跟前(みもと)に到(いた)り、一箇(ひとつ)の礼児(れい)を行(おこな)い、彼(かれ)の多(いか)ほどの年紀(とし)なるかを看(み)よ。若(も)し我(われ)らと与(とも)に差不多(ほぼおなじ)ならば、彼(かれ)を一声(ひとこえ)姑娘(こじょう=お嬢さん)と叫(よ)べ。若(も)し我(われ)らに比(くら)べて些(いささ)か老(おい)たるならば、彼(かれ)を一声(ひとこえ)奶奶(ばあさま)と叫(よ)べ」 と。八戒(はっかい)笑って言う、 「是(こ)れ蹭蹬(そうとう=とんだこと)なるかな!この般(ごと)く許(ばか)り遠(とお)き田地(でんち=土地)に、甚(なん)の親(したしみ)をか認(みと)めんや!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「親(したしみ)を認(みと)むるに非(あら)ず、彼(かれ)が話(こと)を套(たぐ)り出(いだ)さんと要(もと)むるなり。若(も)し是(こ)れ彼(かれ)の師父(しふ)を拿(とら)えしならば、すなわち好(よ)く手(て)を下(くだ)さん。若(も)し彼(かれ)に非(あら)ずんば、却(かえ)って我(われ)らの別(べつ)の処(ところ)に事(こと)を干(な)さんとすることを誤(あやま)らざらんや」 と。八戒(はっかい)言う、 「説(い)えること理(ことわり)有(あ)り、我(われ)の再(また)往(ゆ)かんを等(ま)て」 と。 好(よ)き呆子(あほう)かな、釘鈀(ていは=熊手の杖)を把(と)って腰(こし)の裡(うち)に撒(さ)し入(い)れ、山凹(やまくぼ)を下(くだ)り、身(み)を揺(ゆす)りて一変(ひとへん)し、変(へん)じて一箇(ひとり)の黒胖(こくはん=黒く太りし)の和尚(おしょう)と做(な)り、揺揺擺擺(ようようはいばい=ゆらゆら)と怪(かい)の前(まえ)に近(ちか)づき往(ゆ)き、深深(ふかぶか)と一箇(ひとつ)の大喏(だいじゃ=深き礼)を唱(とな)えて言う、 「奶奶(ばあさま)、貧僧(ひんそう)稽首(けいしゅ=拝礼)し奉(たてまつ)る」 と。かの両箇(ふたり)喜(よろこ)んで言う、 「この和尚(おしょう)は却(かえ)って好(よ)し。会(よ)く一箇(ひとつ)の喏児(じゃじ=礼)を唱(とな)え、また会(よ)く一声(ひとこえ)を称道(しょうどう=呼びかけ)するかな」 と。問うて言う、 「長老(ちょうろう)、那裡(いずこ)より来(きた)れるか」 と。八戒(はっかい)言う、 「那裡(いずこ)よりか来(きた)れる」 と。又(また)問う、 「那裡(いずこ)へか去(ゆ)くか」 と。又(また)言う、 「那裡(いずこ)へか去(ゆ)く」 と。又(また)問う、 「汝(なんじ)甚(なん)と喚(よ)ばるる名字(な)なるか」 と。又(また)答(こた)えて言う、 「我(われ)甚(なん)と喚(よ)ばるる名字(な)なるか」 と。かの怪(かい)笑って言う、 「この和尚(おしょう)好(よ)きは好(よ)けれど、只(た)だ来歴(らいれき=素性)無(な)く、会(よ)く順口話児(じゅんこうわじ=おうむ返し)を説(い)う」 と。八戒(はっかい)言う、 「奶奶(ばあさま)、汝(なんじ)ら水(みず)を打(く)むは怎(いか)にするか」 と。かの怪(かい)言う、 「和尚(おしょう)、汝(なんじ)知(し)らず。我(わ)が家(いえ)の老夫人(ろうふじん=奥方)今夜(こんや)の裡(うち)に一箇(ひとり)の唐僧(とうそう)を洞内(どうない)に摂(さら)い入(い)れて、彼(かれ)を管待(かんたい=もてな)さんとす。我(わ)が洞(どう)の中(うち)の水(みず)干浄(かんじょう=清らか)ならざれば、我(われ)ら両箇(ふたり)を差(つかわ)して此(ここ)に来(きた)りてこの陰陽交媾(いんようこうごう=陰と陽の和合)の好水(こうすい)を打ましめ、素果(そか=果物)・素菜(そさい=精進料理)の筵席(えんせき)を安排(あんぱい)し、唐僧(とうそう)に与(あた)えて食(くら)わせ、晩間(よる)に成親(せいしん=契り)せんと要(もと)むるなり」 と。 かの呆子(あほう)この言(こと)を聞(き)くや、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)いて山(やま)の上(うえ)に跑(はし)り上(あ)がりて叫(よばわ)る、 「沙和尚(しゃおしょう)、疾(と)く行李(こうり)を拿(と)り将(も)ち来(きた)れ。我(われ)らこれを分(わ)かち了(おわ)らん!」 と。沙僧(しゃそう)言う、 「二哥(にいさん)、又(また)分(わ)かつは怎(いか)にするか」 と。八戒(はっかい)言う、 「分(わ)かたば便(すなわ)ち汝(なんじ)は還(ま)た流沙河(るさが)に去(ゆ)きて人(ひと)を食(くら)い、我(われ)は高老荘(こうろうしょう)に往(ゆ)きて親(したしみ)を探(たず)ね、哥哥(あにい)は花果山(かかざん)に去(ゆ)きて聖(せい)を称(とな)え、白龍馬(はくりゅうば)は大海(たいかい)に帰(き)して龍(りゅう)と成(な)らん。師父(しふ)は已(すで)にこの妖精(ようせい)の洞(どう)の内(うち)に在りて成親(せいしん)したもうなり!我(われ)ら都(みな)各(おのおの)生理(せいり=生業)に安(やす)んじて去(ゆ)かんのみ!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「この呆子(あほう)また胡説(こせつ)せり!」 と。八戒(はっかい)言う、 「汝(なんじ)が児子(むすこ)の胡説(こせつ)こそ!才(いま)しがたあの両箇(ふたり)の水(みず)を抬(かつ)ぎし妖精(ようせい)の、素筵席(そえんせき)を安排(あんぱい)して唐僧(とうそう)に与(あた)えて食(くら)わせ成親(せいしん)すと説(い)えるぞ!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「かの妖精(ようせい)師父(しふ)を把(と)って洞(どう)の裡(うち)に困(とじこ)めおるに、師父(しふ)は眼巴巴(がんぱぱ=目をこらし)と我(われ)らの往(ゆ)きて救(すく)わんことを望(のぞ)みたもうに、汝(なんじ)却(かえ)って此(ここ)に在りてこの般(ごと)き話(こと)を説(い)うか!」 と。八戒(はっかい)言う、 「怎麼(いか)にして救(すく)うか」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)ら両箇(ふたり)馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(にな)い、我(われ)らかの両箇(ふたり)の女怪(じょかい)に跟(したが)いて、一箇(ひとつ)の引子(いんし=手引き)と做(な)し、かの門(もん)の前(まえ)に引(ひ)き到(いた)りて、一斉(いっせい)に手(て)を下(くだ)さん」 と。真箇(まこと)に呆子只(た)だ随行(したがいゆ)くを得(う)るのみ。 行者(ぎょうじゃ)遠(とお)くよりかの両怪(りょうかい)を標(しる)し著(つ)け、漸(ようや)く深山(しんざん)に入(い)ること一、二十里(いちにじゅうり)の遠近(おちこち)なるに、忽然(たちまち)見(み)えずなりぬ。八戒(はっかい)驚(おどろ)いて言う、 「師父(しふ)は是(こ)れ日里鬼(じつりき=昼の鬼)に拿(と)らえ去(さ)られたるか!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)好(よ)き眼力(がんりき=目の冴え)なるかな!怎麼(いか)にしてすなわち彼(かれ)が本相(ほんぞう=正体)を看(み)て出(いだ)し来(きた)れるか」 と。八戒(はっかい)言う、 「あの両箇(ふたり)の怪(かい)、正(まさ)に水(みず)を抬(かつ)ぎて走(ゆ)きおるに、忽然(たちまち)見(み)えずなりぬ。却(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとり)の日里鬼(じつりき)ならずや」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「想(おも)うに是(こ)れ洞(どう)の裡(うち)に潜(くぐ)り入(い)り往(ゆ)きたるならん。我(われ)の往(ゆ)きて看(み)んを等(ま)て」 と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、急(いそ)ぎ火眼金睛(かがんきんせい=火の眼と金の瞳)を睜(みは)り、山(やま)に漫(あまね)く看(み)る処(ところ)、果(はた)して動静(どうじょう=物音)を見(み)ず。只(た)だかの陡崖(とうがい=険しき崖)の前(まえ)に、一座(ひとつ)の玲瓏剔透(れいろうてきとう=透き通るように美しき)、細(こま)やかに花(はな)を粧(よそお)い、五采(ごさい=五色)を堆(うずたか)くし、三檐四簇(さんえんしぞく=三重の軒と四つの飾り)の牌楼(ぱいろう=門)の有(あ)るを見(み)る。彼(かれ)八戒(はっかい)・沙僧(しゃそう)と与(とも)に近(ちか)づき前に往(ゆ)きて観看(みわた)せば、上(うえ)に六箇(むっつ)の大字(だいじ)有(あ)り。乃(すなわ)ち陷空山無底洞(かんくうざんむていどう)なり。行者(ぎょうじゃ)言う、 「兄弟(けいてい)や、この妖精(ようせい)一箇(ひとつ)の架子(かじ=構え)を把(と)ってここに支(ささ)えおるに、これ門(もん)の那裡(いずこ)に向(むか)いて開(ひら)くかを知(し)らざるなり」 と。沙僧(しゃそう)説(い)う、 「遠からず!遠からず!好(よ)く生(よく)尋(たず)ねよ!」 と。都(みな)身(み)を転(てん)じて看(み)る時(おり)、牌楼(ぱいろう)の下(した)、山脚(さんきゃく)の下(もと)に一塊(ひとつ)の大石(たいせき)有(あ)りて、約(おおよそ)十余里(じゅうより)の方円(ほうえん=広がり)有(あ)る。正(まさ)に中間(ちゅうかん)に缸口(こうこう=甕の口)の大(おおい)さの一箇(ひとつ)の洞児(どうじ=穴)有(あ)りて、爬(す)り得(え)て光溜溜(こうりゅうりゅう=つるつる)たり。八戒言う、 「哥よ、これすなわち妖精(ようせい)の出入(でい)りする洞(どう)なり」 と。行者(ぎょうじゃ)看(み)了(おわ)って言う、 「怪(あや)しき哉(かな)!我(わ)が老孫(ろうそん)唐僧(とうそう)を保(たも)つより以来(このかた)、汝(なんじ)ら両箇(ふたり)に瞞(あざむ)き得(え)ざるは、妖精(ようせい)もまた些(いささ)かは拿(とら)えたれど、却(かえ)ってこの般(ごと)き洞府(どうふ=ほら)を見(み)ざりき。八戒、汝(なんじ)先(ま)ず下(した)に往(ゆ)きて試(こころ)みよ、多少(いかほど)の浅深(せんしん=深さ)か有(あ)るを看(み)よ。我(われ)の好(よ)く進(すす)み入(い)りて師父(しふ)を救(すく)わんためなり」 と。八戒頭(こうべ)を揺(ゆす)って言う、 「この難(なん)なるかな!この難なるかな!我(わ)が老豬(ろうちょ)が身子(しんし=体)は夯夯(こうこう=がっしり)たるに、若(も)し脚(あし)を塌(すべ)らして吊(つる)し下(おろ)されなば、知(し)らず二、三年(にさんねん)にしてか底(そこ)に到(いた)ることを得(う)べきや!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「就(すなわ)ち多(いか)ほどの深(ふか)さか有(あ)るか」 と。八戒言う、 「汝(なんじ)看(み)よ!」 と。大聖(たいせい)洞(どう)の辺(ふち)の上(うえ)に伏(ふ)し、仔細(つまびらか)に下(した)へ向(むか)いて看(み)る処(ところ)、咦(ああ)!深(ふか)い哉(かな)!周囲(しゅうい)足(た)るに三百余里(さんびゃくより)有(あ)り。頭(こうべ)を回(めぐ)らして言う、 「兄弟(けいてい)、果(はた)して深(ふか)きこと緊(きつ)し!」 と。八戒言う、 「汝(なんじ)すなわち回(かえ)り去(ゆ)け。師父(しふ)は救(すく)い得(え)ざるなり!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)那裡(いずく)の話(こと)をか説(い)うや!懶惰(らんだ)の意(こころ)を生(しょう)ずる莫(な)かれ、怠荒(たいこう=怠る)の心(こころ)を起(おこ)す休(や)めよ。且(しばら)く行李(こうり)を将(も)ちて歇(やす)め下(おろ)し、馬(うま)を把(と)って牌楼(ぱいろう)の柱(はしら)の上(ほとり)に拴(つな)ぎ、汝(なんじ)釘鈀(ていは)を使(つか)い、沙僧(しゃそう)杖(つえ)を使い、洞門(どうもん)を攔(さえぎ)り住(とど)めよ。我(われ)をして進(すす)み入(い)りて打聴打聴(うちあてに探(さぐ)ら)しめよ。 若(も)し師父(しふ)果(はた)して裡(うち)に在(あ)らば、我(われ)鉄棒(てつぼう)を将(も)ちて妖精(ようせい)を裡(うち)より打(う)ち出(いだ)し、門(もん)の口(くち)に跑(はし)り至(いた)らん。汝(なんじ)ら両箇却(かえ)って外(そと)に在りて擋(ふせ)ぎ住(とど)めよ。これ是(こ)れ裡応外合(りおうがいごう=内と外の呼応)なり。精霊(せいれい)を打(う)ち殺(ころ)して、才(はじ)めて師父(しふ)を救(すく)い得(う)べきなり」 と。二人(ふたり)命(めい)に遵(したが)う。 行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って身(み)を将(も)ちて一縦(ひととび)し、洞(どう)の中(うち)に跳(と)び入(い)る。足下(そっか=足もと)に彩雲(さいうん=彩りの雲)万道(ばんどう=幾万の筋)を生(しょう)じ、身辺(しんぺん=身の回り)に瑞気(ずいき)千層(せんそう)を護(まも)る。多(あま)た時(とき)ならずして、深遠(しんえん)の間(あいだ)に到(いた)る。かの裡(うち)明明朗朗(めいめいろうろう=明るく朗らか)として、一般(ひととおり)に日色(にっしょく=日の光)有(あ)り、風声(ふうせい=風の音)有(あ)り、また花草果木(かそうかぼく)有(あ)り。行者(ぎょうじゃ)喜(よろこ)んで言う、 「好(よ)き処(ところ)なるかな!想(おも)うに老孫(ろうそん)の世(よ)に出(い)でし時(とき)、天(てん)水簾洞(すいれんどう)を賜(たま)われり。ここもまた是(こ)れ一箇(ひとつ)の洞天福地(どうてんふくち=仙境)なり!」 と。正(まさ)に看(み)おる時(おり)、また一座(ひとつ)の二滴水(にてきすい=二重の軒)の門楼(もんろう)有(あ)りて、団団(だんだん=めぐり)都(みな)是(こ)れ松竹(しょうちく=松と竹)、内(うち)に許多(あまた)の房舎(ぼうしゃ=家屋)有(あ)るを見(み)る。また想(おも)うて言う、 「これ必(かなら)ず是(こ)れ妖精(ようせい)が住処(すみか)ならん。我(われ)且(しばら)くかの裡辺(うち)に到(いた)りて打聴打聴(うちあてに探(さぐ)ら)ん。且(しばら)く住(とど)まれ!若(も)しこの般(ごと)く往(ゆ)かば、彼(かれ)我(われ)を認(みと)め了(おわ)んぬ。且(しばら)く変化(へんげ)して往(ゆ)かん」 と。身(み)を揺(ゆす)り訣(けつ=印)を捻(ひね)り、すなわち変(へん)じて一箇(ひとつ)の蒼蠅児(そうおうじ=蠅)と做(な)り、軽軽(かろがろ)と門楼(もんろう)の上(うえ)に飛(と)びて聽(き)き聽(き)く。只(た)だかの怪の草亭(そうてい=草の亭)の内(うち)に高(たか)く坐(ざ)しおるを見(み)る。彼(かれ)がその姿(すがた)は、松林(しょうりん)の裡(うち)に在りて彼(かれ)を救(すく)いし時(とき)、寺(てら)の裡(うち)に在りて彼(かれ)を拿(とら)えし時(とき)に比(くら)ぶるに、便(すなわ)ち是(こ)れ不同(ことなり)なり。いよいよ打扮(よそお)いて俊(しゅん=美し)くなり了(おわ)んぬ、 髪(かみ)雲髻(うんけい=雲の髷)を盤(わ)くこと堆鴉(たいあ=鴉の群れ)の似(ごと)く、身(み)に緑絨(りょくじゅう=緑の毛織)の花比甲(かひこう=刺繍の袖なし)を著(き)る。 一対(ひとくみ)の金蓮(きんれん=纏足)剛(ちょうど)半折(はんせつ=わずか)なるも、十指(じっし=十の指)は春筍(しゅんじゅん=春の筍)の発(い)ずるが如(ごと)し。 団団(だんだん)たる粉面(ふんめん=白粉の顔)は銀盆(ぎんぼん=銀の盆)の若(ごと)く、朱唇(しゅしん=紅き唇)は一(ひとえ)に桜桃(おうとう=さくらんぼ)の滑(なめらか)なるに似(に)たり。 端端正正(たんたんせいせい)たる美人(びじん)の姿(すがた)、月(つき)の裡(うち)の嫦娥(じょうが)すら還(ま)た喜(よろこ)び恰(かな)わんとす。 今朝(こんちょう)取経(しゅきょう)の僧(そう)を拿(とら)え住(とど)むれば、便(すなわ)ち歓娯(かんご=楽しみ)し枕榻(ちんとう=寝床)を同(とも)にせんと要(もと)む。 と。 行者(ぎょうじゃ)且(しばら)く言語(げんご=言葉)せず、彼(かれ)の甚(なん)の話(こと)をか説(い)うを聽(き)く。少時(しばらく)して、桜桃(おうとう)を綻(ひら)き破(やぶ)り、喜孜孜(きしし=嬉しげ)として叫(よばわ)る、 「小(こもの)ら、疾(と)く素筵席(そえんせき=精進の宴)を排(なら)べ来(きた)れ。我(われ)唐僧哥哥(とうそうあにい)と与(とも)に食(くら)いて成親(せいしん=契り)せんとす」 と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑って言う、 「真箇(まこと)にこの話(こと)有(あ)るかな!我(われ)只(た)だ八戒の作耍子(ざれごと)を乱(みだ)りに説(い)うと道(おも)いしに!我(われ)の且(しばら)く飛(と)びて裡(うち)に進(すす)み入(い)りて尋(たず)ね尋(たず)ねし、師父(しふ)の那裡(いずこ)に在(あ)るかを看んを等(ま)て。知(し)らず彼(かれ)が心性(しんしょう=心)の如何(いかん)なるを。假若(もし)彼(かれ)に摩弄(まろう=なぶら)れて動(うご)かされなば、彼(かれ)をここに留(とど)むるもまた罷(よ)からん」 と。すなわち翅(つばさ)を展(の)べて飛(と)びて裡辺(うち)に到(いた)りて看る処(ところ)、かの東廊(とうろう=東の廊下)の下(した)、上(うえ)明(あか)るく下(した)暗(くら)き紅紙(こうし=赤き紙)の格子(こうし)の裡(うち)に、唐僧(とうそう)の坐(ざ)しおるなり。行者(ぎょうじゃ)一頭(いちとう=ひと突き)に格子眼(こうしがん=格子の目)を撞(つ)き破(やぶ)り、飛(と)びて唐僧(とうそう)が光頭(こうとう=剃り頭)の上(うえ)に丁(とま)り著(つ)き、一声(ひとこえ)「師父(しふ)」と叫(よ)ぶ。三蔵(さんぞう)声(こえ)を認(みと)め、叫(よばわ)って言う、 「徒弟(でし)よ、我(わ)が命(いのち)を救(すく)え!」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「師父(しふ)、不済(ふせい=だらしな)きかな!かの妖精(ようせい)筵宴(えんえん)を安排(あんぱい)し、汝(なんじ)と与(とも)に食(くら)いて成親(せいしん)したもうなり。或(あるい)は一男半女(いちなんはんじょ=一児)を生(しょう)ずるも、また是(こ)れ汝(なんじ)和尚(おしょう)の後代(こうだい=子孫)なり。汝(なんじ)何(なん)をか愁(うれ)うるや」 と。長老(ちょうろう)言(こと)を聞(き)くや、牙(きば)を咬(か)み歯(は)を切(せ)って言う、 「徒弟(でし)よ、我(われ)長安(ちょうあん)を出(い)でてより、両界山(りょうかいざん)の中(うち)に到(いた)りて汝(なんじ)を収(おさ)めしより、一向(これまで)西(にし)へ来(きた)るに、那(いず)れの時辰(とき)か葷(くん=肉食)を動(うご)かし、那(いず)れの一日(いちじつ)か甚(なん)の歪意(わいい=邪な心)か有(あ)りしや。今(いま)この妖精(ようせい)に拿(とら)え住(とど)められ、配偶(はいぐう)を求(もと)めらるるに、我(われ)若(も)し真陽(しんよう=陽の精)を把(と)って喪(うしな)わせなば、我(われ)すなわち身(み)輪廻(りんね)に堕(お)ち、あの陰山(いんざん=冥府の山)の背後(うしろ)に打(う)たれ、永世(えいせい)に身(み)を翻(かえ)すことを得(え)ざらん!」 と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、 「誓(ちか)いを発(おこ)す莫(な)かれ。既(すで)に真心(しんしん)の西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らんとする有(あ)らば、老孫(ろうそん)汝(なんじ)を帯(つ)れて去(ゆ)かん」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「進(すす)み来(きた)りし路児(みち)は、我通(ことごと)く忘(わす)れ了(おわ)んぬ」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「汝(なんじ)の忘(わす)れたるを説(い)う莫(な)かれ。彼(かれ)がこの洞(どう)は、進(すす)み入(い)りて出(い)で往(ゆ)くものに比(くら)ぶべからず、是(こ)れ上頭(うえ)より打(う)ちて下(した)へ向(むか)いて潜(くぐ)るなり。如今(いま)汝(なんじ)を救(すく)わんには、底下(した)より打(う)ちて上(うえ)へ向(むか)いて潜(もぐ)らんと要(よう)す。若(も)し是(こ)れ造化(ぞうか=運)高(たか)ければ、洞口(どうこう)に潜(もぐ)り著(あた)りて、すなわち出(い)で往(ゆ)かん。若(も)し是(こ)れ造化(ぞうか)低(ひく)ければ、潜(もぐ)り著(あた)らず、還(ま)た一箇(ひとつ)の悶殺(もんさつ=窒息)の日子(ひ=日)有(あ)らん」 と。三蔵(さんぞう)満眼(まんがん)に涙(なみだ)を垂(た)れて言う、 「此(かく)の如(ごと)く艱難(かんなん)ならんには、怎(いか)でか生(い)きて好(よ)からんや」 と。行者(ぎょうじゃ)言う、 「事(こと)無(な)し!事無し!かの妖精(ようせい)酒(さけ)を整治(ととの)えて汝(なんじ)に与(あた)えて食(くら)わしめんに、没奈何(なんともなら)ず、また彼(かれ)の一鍾(ひとさかずき)を食(くら)え。只(た)だ斟(つ)ぐことを些(いささ)か急(いそ)がしめ、斟(つ)ぎて一箇(ひとつ)の喜花児(きかじ=酒の泡)を起(おこ)さしめよ。我の変(へん)じて一箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅうじ=小さき蝉)と作(な)り、喜花(きか)の下(した)に飛(と)びおるを等(ま)て。彼(かれ)我を把(と)って一口(ひとくち)に呑(の)み下(くだ)して肚(はら)の裡(うち)に往(ゆ)かしめなば、我すなわち彼(かれ)が心肝(しんかん=心臓)を捻(ひね)り破(やぶ)り、彼(かれ)が肺腑(はいふ=内臓)を扯(ひ)き断(た)ち、かの妖精(ようせい)を弄(いた)し殺(ころ)さん。汝(なんじ)才(はじ)めて身(み)を脱(だっ)して出(い)で往くことを得(え)ん」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「徒弟(でし)のこの等(ごと)く説(い)うは、只(た)だ是(こ)れ不当人子(ふとうじんし=とんでもない)なり」 と。行者言う、 「只管(ひたすら)善(ぜん)を行(おこ)ない起(おこ)さば、汝(なんじ)が命(いのち)休(や)まん。妖精(ようせい)は乃(すなわ)ち人(ひと)を害(そこな)うの物(もの)なるに、汝(なんじ)彼(かれ)を惜(お)しむこと怎(いか)にせんや!」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「也(ま)た罷(よ)し、也た罷し!汝只(た)だ是(こ)れ我に跟(したが)き著(つ)くことを要(よう)す」 と。正(まさ)に是(こ)れ、 孫大聖(そんたいせい)は唐三蔵(とうさんぞう)を護(まも)り定(さだ)め、経(きょう)を取(と)る僧(そう)は全(まった)く美猴王(びこうおう)に靠(よ)る。 と。 彼(かれ)ら師徒(してい)両箇商量(はかりごと)いまだ定(さだ)まらざるに、早(はや)くもはかの妖精(ようせい)安排(あんぱい)すること停当(ていとう=整い)、東廊(とうろう)の外(そと)に近(ちか)づき往き、門鎖(もんさ=錠)を打ち開(ひら)き、一声(ひとこえ)「長老(ちょうろう)」と叫(よ)ぶ。唐僧(とうそう)敢(あ)えて応(こた)えず。また一声(ひとこえ)叫ぶに、また敢(あ)えて応(こた)えず。彼(かれ)の敢(あ)えて応(こた)えざるは何(なん)の意(こころ)ぞや。想(おも)うに、『口(くち)開(ひら)けば神気(しんき)散(さん)じ、舌(した)動(うご)けば是非(ぜひ)生(しょう)ず』と。却又(また)一条(ひとすじ)の心児(こころ)に想(おも)う、「若(も)し死(し)んだる法児(ほうじ=やり方)に住(とど)まりて口(くち)を開(ひら)かざれば、怕(おそ)らくは彼(かれ)が心(こころ)狠(つれな)くして、頃刻(またたくま)の間(あいだ)にすなわち性命(いのち)を害(そこな)わん」と。正(まさ)に是(こ)れ、 進退(しんたい)両(ふたつ)ながら難(かた)くして心(こころ)口(くち)に問(と)い、三思(さんし)忍耐(にんたい)して口(くち)心(こころ)に問(と)う。 と。正(まさ)に自(おのずか)ら狐疑(こぎ=ためらい)おるに、かの怪また一声(ひとこえ)「長老(ちょうろう)」と叫ぶ。唐僧(とうそう)没奈何(なんともなら)ず、彼に一声(ひとこえ)応(こた)えて言う、 「娘子(じょうし=おまえ)、有(あ)り」 と。 かの長老(ちょうろう)のこの一句(ひとく)の言を応(こた)え出(いだ)したるは、真(まこと)に是(こ)れ肉(にく)千斤(せんきん)を落(おと)すなり。人(ひと)都(みな)説えり、唐僧(とうそう)は是(こ)れ一箇(ひとり)の真心(しんしん)の和尚(おしょう)にして、西天(せいてん)に往きて仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)むと。怎麼(いか)にしてこの女妖精(にょようせい)と与(とも)に話(こと)を答(こた)うるや。知(し)らず、この時(とき)は正に是れ危急存亡(ききゅうそんぼう)の秋(とき)にして、万分(まんぶん)無奈(むな=どうにもならぬ)より出(い)ずるを。外(そと)に答(こた)うる所有(ところ)有(あ)りと雖(いえど)も、其(そ)の実(じつ)内に欲(ほっ)する所(ところ)無(な)し。妖精(ようせい)長老(ちょうろう)の一声(ひとこえ)応えたるを見(み)、彼門(もん)を推(お)し開(ひら)き、唐僧(とうそう)を把(と)って攙(たす)け起(おこ)し、彼と与(とも)に手(て)を携(たずさ)え背(せ)を挨(よ)せ、頭を交(まじ)え耳(みみ)を接(つ)く。汝視(み)よ、彼のあの千般(せんぱん=種々)の嬌態(きょうたい=あでやかさ)、万種(ばんしゅ=幾万)の風情(ふうぜい)を做出(つくりだ)すを。豈(あ)に知(し)らんや、三蔵(さんぞう)の一腔子(いっこうし=胸いっぱい)の煩悩(ぼんのう)なるを!行者暗(ひそ)かに笑って言う、 「我(わ)が師父(しふ)彼がこの般(ごと)く哄誘(こうゆう=たぶらか)さるるに、只(た)だ怕(おそ)らくは一時(ひととき)に心(こころ)を動(うご)かさん」 と。正に是れ、 真僧(しんそう)魔苦(まく)に嬌娃(きょうあ=美しき女)に遇(あ)い、妖怪(ようかい)娉婷(へいてい=しなやか)にして実(げ)に夸(ほ)むべし。 淡淡(たんたん)たる翠眉(すいび=緑の眉)は柳葉(りゅうよう)を分(わか)ち、盈盈(えいえい)たる丹顔(たんれん=紅き顔)は桃花(とうか)を襯(いろど)る。 繍鞋(しゅうがい=刺繍の靴)微(かす)かに露(あらわ)す双鉤鳳(そうこうほう=鳳のかぎ爪)、雲髻(うんけい)高(たか)く盤(わ)く両鬢(りょうびん)の鴉(からす)。 笑(えみ)を含(ふく)み師(し)と手(て)を携(たずさ)うる処(ところ)、香(こう)蘭麝(らんじゃ)を飄(ひるがえ)して袈裟(けさ)に満(み)つ。 と。 妖精(ようせい)三蔵(さんぞう)を挽(ひき)きて、草亭(そうてい)に行(ゆ)き近(ちか)づきて言う、 「長老(ちょうろう)、我一杯(ひとさかずき)の酒(さけ)を弁(もう)けたり。汝と与(とも)に酌(く)み酌(く)まん」 と。唐僧(とうそう)言う、 「娘子(じょうし)、貧僧(ひんそう)は自(みずか)ら葷(くん=肉食)を用(もち)いず」 と。妖精(ようせい)言う、 「我汝の葷(くん)を食(くら)わざるを知(し)る。洞の中(うち)の水の潔浄(けっじょう=清らか)ならざるに因(よ)り、特に山頭(さんとう=山の頂)に命(めい)じて陰陽交媾(いんようこうごう)の浄水(じょうすい)を取(と)らしめ、些(いささ)かの素果(そか)・素菜(そさい)の筵席(えんせき)を做(つく)り、汝と与(とも)に耍子(あそば)んとす」 と。唐僧(とうそう)彼に跟(したが)いて裡(うち)に進(すす)み入(い)りて観看(みわた)せば、果(はた)して見る、あの、 門(もん)の下(した)に盈(み)つるは、繍(しゅう=刺繍)彩結(さいけつ=飾り結び)を纏(まと)い、 庭(にわ)の中(うち)に満(み)つるは、香(こう)金猊(きんげい=金の香炉)より噴(ふ)く。 擺(なら)べ列(つら)ぬるは黒油(こくゆ)の塁鈿桌(るいでんたく=螺鈿の卓)、朱漆(しゅしつ=朱塗り)の篾絲盤(べっしばん=竹ひごの盆)。 塁鈿桌(るいでんたく)の上(うえ)には、異様(いよう)の珍羞(ちんしゅう=珍味)有り、 篾絲盤(べっしばん)の中には、稀奇(きき=珍しき)の素物(そぶつ=精進物)を盛(も)る。 林檎(りんご)、橄欖(かんらん)、蓮肉(れんにく)、葡萄(ぶどう)、榧(かや)、柰(からなし)、榛(はしばみ)、松(まつ)、茘枝(れいし)、龍眼(りゅうがん)、山栗(さんりつ)、風菱(ふうりょう)、棗児(なつめ)、柿子(かき)、胡桃(くるみ)、銀杏(ぎんなん)、金桔(きんきつ)、香橙(こうとう)、 果子(くだもの)は山に随(したが)いて有り、 蔬菜(そさい=野菜)は更(さら)に時に新(あたら)し。 豆腐(とうふ)、麺筋(めんきん)、木耳(きくらげ)、鮮筍(せんじゅん=生筍)、蘑菇(まこ=茸)、香蕈(こうしん=椎茸)、山薬(さんやく)、黄精(おうせい)。 石花菜(せっかさい)、黄花菜(こうかさい)は、青油(せいゆ)に煎(い)り炒(い)り、 扁豆角(へんとうかく)、豇豆角(こうとうかく)は、熟醤(じゅくしょう=熟した味噌)に調(ととの)え成(な)す。 王瓜(おうか=きゅうり)、瓠子(ふいさ=ひょうたん)、白果(はっか)、蔓菁(まんせい=かぶ)。 鏇皮(せんぴ)の茄子(なすび)は鵜鶉(うずら)の做(つく)り、剔種(てきしゅ)の冬瓜(とうが)は方旦(ほうたん)の名(な)。 爛(くた)くと煨(い)りし芋頭(うとう=里芋)は糖(とう)を拌(ま)じ著(つ)け、 白(みず)にて煮(に)し蘿蔔(らふく=大根)は醋(す)を澆(そそ)ぎて烹(に)る。 椒姜(しょうきょう=山椒と生姜)辛辣(しんらつ=辛き)にして般般(はんばん=いずれも)美(うま)く、 鹹淡(かんたん=塩加減)調和(ちょうわ)して色色(しきしき)平(たい)らかなり。 と。 かの妖精(ようせい)尖尖(せんせん=とがれる)の玉指(ぎょくし=玉の指)を露(あらわ)し、晃晃(こうこう=きらきら)の金杯(きんぱい=金の杯)を捧(ささ)げ、美酒(びしゅ)を満(み)たし斟(つ)いで、唐僧(とうそう)に遞(わた)し、口(くち)の裡(うち)に叫(よばわ)って言う、 「長老哥哥(ちょうろうあにい)の妙人(みょうじん=すばらしき人)、請(こ)う一杯(ひとさかずき)の交歓酒児(こうかんしゅじ=契りの酒)を」 と。三蔵(さんぞう)羞答答(しゅうとうとう=恥ずかしげ)として酒(さけ)を接(う)け、空(くう)を望(のぞ)んで澆奠(ぎょうてん=地に注ぎ供え)し、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに祝(いの)って言う、 「護法(ごほう)の諸天(しょてん)、五方(ごほう)の掲諦(かいだい)、四値(しち)の功曹(こうそう)よ。弟子(でし)陳玄奘(ちんげんじょう)は、東土(とうど)を離(はな)れしよりこのかた、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の列位(れっい=皆さま)の衆神(しゅじん)を差遣(しけん)して暗(ひそ)かに保護(ほご)せしめたもうを蒙(こうむ)り、雷音(らいおん)を拝(おが)み仏(ほとけ)に見(まみ)えて経(きょう)を求めんとす。今(いま)途中(とちゅう)に在りて、妖精(ようせい)に拿え住(とど)められ、強(しい)て成親(せいしん)を逼(せま)られ、この一杯(ひとさかずき)の酒(さけ)を将(も)ちて我に遞(わた)して食(くら)わしむ。 この酒(さけ)果(はた)して是れ素酒(そしゅ=精進の酒)ならば、弟子(でし)勉強(つと)めてこれを食(くら)い、還(ま)た仏(ほとけ)に見(まみ)えて功(こう)を成(な)すことを得(え)ん。若し是れ葷酒(くんしゅ=肉の酒)ならば、弟子(でし)が戒(かい)を破(やぶ)りて、永(とこしえ)に輪廻(りんね)の苦(く)に堕(お)たん!」 と。孫大聖(そんたいせい)は、彼却(かえ)って変(へん)ずること軽巧(けいこう=軽やか)にして、耳根(じこん=耳の付け根)の後(うしろ)に在りて、一箇(ひとつ)の耳報(にほう=耳元の知らせ)の若(ごと)し。但(た)だ彼の説話(せつわ=話す)は、惟(ただ)三蔵(さんぞう)のみ聽(き)きて、別人(ほかのひと)は聞(き)かず。彼師父(しふ)が平素(へいそ=ふだん)葡萄(ぶどう)の做(つく)りし素酒(そしゅ)を好(この)んで食(くら)うを知(し)れば、彼の一鍾(ひとさかずき)を食(くら)うを教(おし)う。 かの師父(しふ)没奈何(なんともなら)ずして食(くら)い、急(いそ)ぎ酒を把(と)って満たし一鍾(ひとさかずき)を斟(つ)いで、妖怪に回(かわ)し与うるに、果して斟ぎて一箇(ひとつ)の喜花児(きかじ=酒の泡)の起(おこ)る有り。行者変(へん)じて一箇(ひとつ)の蟭蟟虫児(しょうりょうちゅうじ)と作(な)り、軽軽(かろがろ)と喜花(きか)の下に飛(と)び入(い)る。かの妖精(ようせい)手(て)に接(う)けおけど且く食(くら)わず、杯児(はいじ=杯)を把(と)って放(お)き住(とど)め、唐僧(とうそう)と与(とも)に両拝(ふたつ)を拝(おが)み、口(くち)の裡(うち)に嬌嬌怯怯(きょうきょうきょうきょう=あでやかに)と、幾句(いくく)の情話(じょうわ=恋話)を叙(の)ぶ。却(かえ)って才(ようや)く杯(さかずき)を挙(あ)ぐるに、かの花児(はな)已(すで)に散(さん)じて、すなわち虫(むし)を露(あらわ)し出(いだ)せり。妖精(ようせい)もまた是れ行者の変(へん)じたるを認め得(え)ず、只(た)だ以(おも)えらく虫児(ちゅうじ=虫)ならんとし、小指(こゆび)を用(もち)いて挑(つつ)き起(おこ)し、下へ向(むか)いて一弾(ひとはじき)せり。 行者事(こと)の諧(かな)わざるを見、料(おもんみ)るに彼が腹(はら)に入(い)り難(がた)しとし、すなわち変じて一箇(ひとつ)の餓老鷹(がろうよう=飢えた鷲)と做る。真箇(まこと)に是れ、 玉爪(ぎょくそう=玉の爪)、金睛(きんせい=金の瞳)、鉄翮(てっかく=鉄の羽)、 雄姿(ゆうし=雄々しき姿)猛気(もうき=荒々しき気)雲(くも)を摶(つか)む。 妖狐(ようこ=妖しき狐)狡兔(こうと=狡き兎)彼を見て昏(くら)み、 千里(せんり)の山河(さんが)時に遁(のが)る。 飢(う)うる処(ところ)風(かぜ)を迎(むか)えて雀(すずめ)を逐(お)い、 飽(あ)き来(きた)れば高く天門(てんもん)に貼(つ)く。 老拳(ろうけん=鍛えし拳)鋼硬(こうこう)にして最(もっと)も人(ひと)を傷(そこな)い、 志(こころざし)を得て凌霄(りょうしょう=天)を嫌(いと)いて近(ちか)し。 と。 飛(と)び起り上(あが)り、玉爪(ぎょくそう)を輪(めぐ)らし開(ひら)き、响(ひび)く一声に桌席(たくせき=卓と宴)を掀(ひっく)り翻(かえ)し、かの些(いささ)かの素果(そか)・素菜(そさい)・盤碟(ばんじょう=皿)・家火(かか=道具)を把(と)って尽(ことごと)く皆(みな)捽(たたき)き砕(くだ)き、唐僧(とうそう)を撇(す)てて、飛(と)び将(ゆ)きて出(い)で往く。唬(おどろ)かされたるかな妖精(ようせい)心胆(しんたん=心と胆)皆(みな)裂(さ)け、唐僧(とうそう)の骨肉(こつにく)通(すっかり)酥(よわ)る。妖精(ようせい)戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として唐僧(とうそう)を摟(いだ)き住めて言う、 「長老哥哥(ちょうろうあにい)、この物(もの)は是れ那裡(いずこ)より来(きた)れるか」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「貧僧(ひんそう)知(し)らず」 と。妖精(ようせい)言う、 「我許多(あまた)の心(こころ)を費(つい)やし、この素宴(そえん=精進の宴)を安排(あんぱい)して汝と与(とも)に耍耍(あそば)んとせしに、却(かえ)って知らずこの扁毛(へんもう=扁き毛)の畜生(ちくしょう)の、那裡(いずこ)より飛(と)び来(きた)りて、我(わ)が家火(かか)を把(と)って打ち砕(くだ)けるとは!」 と。衆(しゅ)の小妖(しょうよう)言う、 「夫人(ふじん)、家火(かか)を打ち砕(くだ)くは猶(なお)可(よ)けれど、些(いささ)かの素品(そひん=精進の品)を将ちて都(みな)地(ち)の上(うえ)に潑(そそ)ぎ散(ちら)し、穢(けが)れて怎(いか)でか用(もち)いんや」 と。三蔵(さんぞう)分明(ぶんめい)に是れ行者の法(ほう)を弄(ろう)せるを暁(さと)れど、彼那裡(いずく)にか敢(あ)えて説わんや。かの妖精(ようせい)言う、 「小(こもの)ら、我知り了(おわ)んぬ。想(おも)うに必(かなら)ず是れ我唐僧(とうそう)を把(と)って困(とじこ)め住むれば、天地(てんち)の容(い)れざるところ、故(ゆえ)にこの物(もの)を降(くだ)せるならん。汝ら砕けたる家火(かか)を将ちて拾(ひろ)い出(いだ)し去(さ)り、別(べつ)に些(いささ)かの酒肴(しゅこう=酒と肴)を安排(あんぱい)せよ。葷素(くんそ=肉か精進か)を拘(かかわ)らず、我天(てん)を指(さ)して媒(なこうど)と為(な)し、地(ち)を指(さ)して訂(いんばり)と作(な)し、然(しか)る後(のち)にまた唐僧と与(とも)に成親せん」 と。依然(もとのごとく)長老(ちょうろう)を把(と)って東廊(とうろう)の裡(うち)に送(おく)り坐(ざ)せしむ。これ語(かた)らず。 さて、行者飛(と)び出(い)で往き、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、洞の口に到(いた)り、一声「門(もん)を開(ひら)け」と叫ぶ。八戒笑って言う、 「沙僧、哥哥(あにい)の来(きた)れるぞ」 と。彼ら二人(ふたり)兵器(へいき)を撒(さ)し開(ひら)く。行者跳(と)び出(い)づるや、八戒上前(すす)み出でて扯(ひき)とめて言う、 「妖精(ようせい)有るか。師父(しふ)有るか」 と。行者言う、 「有り!有り!有り!」 と。八戒言う、 「師父は裡辺(うち)に在りて罪(つみ)を受(う)けたもうか。綁(くく)り著(つ)けられたるか捆(くく)り著(つ)けられたるか。蒸(ふか)さんとするか煮(に)らんとするか」 と。行者言う、 「この事(こと)は倒(かえ)って無(な)し。只(た)だ素宴(そえん=精進の宴)を安排し、彼と与(とも)にあの箇(ひとつ)の事(こと)を干(な)さんと要(もと)むるのみ」 と。八戒言う、 「汝造化(ぞうか=幸運)なり、汝造化なり!汝陪親酒(ばいしんしゅ=婚礼の酒)を食い来(きた)れるかな!」 と。行者言う、 「呆子や!師父の性命(いのち)もまた保(たも)ち難(がた)きに、甚の陪親酒(ばいしんしゅ)をか食わんや!」 と。八戒言う、 「汝怎(いか)にしてすなわち来れるか」 と。行者唐僧に見(まみ)えしと変化(へんげ)を施(ほどこ)ししの上項事(じょうこうじ=以上の次第)を把(と)って一遍(ひととおり)説い了(おわ)り、言う、 「兄弟(きょうだい)ら、再(また)胡思乱想(こしらんそう=とりとめなき思案)する休(や)めよ。師父已(すで)に此間(ここ)に在(あ)り。老孫(ろうそん)この一去(ひとゆき)に、一定(かなら)ず彼を救(すく)い出(いだ)さん」 と。復(また)身(み)を翻(かえ)して裡(うち)に入(い)り、還た変じて一箇の蒼蠅児(そうおうじ=蠅)と做り、門楼(もんろう)の上(うえ)に丁(とま)りてこれを聽(き)く。只(た)だこの妖怪の気(き)を呼呼(ここ)とさせて、亭子(ていじ=亭)の上(うえ)に在りて吩咐(いいつけ)するを聞(き)く、 「小(こもの)ら、葷素(くんそ=肉か精進か)を論(ろん)ぜず、拿(と)り来りて紙(かみ)を焼(た)け。天地(てんち)を煩(わずら)わして媒訂(ばいてい=媒と証)と借(か)り、務(つと)めて彼と与(とも)に成親(せいしん=契り)せんと要(もと)むるなり」 と。行者聽(き)きて暗(ひそ)かに笑って言う、 「この妖精(ようせい)全(まった)く些かの廉恥(れんち)も無(な)し!青天白日(せいてんはくじつ=白昼)に、一箇(ひとり)の和尚を把って家(いえ)の裡(うち)に閉(と)じこめて擺布(とりはから)う。且く忙(いそ)ぐ莫(な)かれ、老孫(ろうそん)の再(また)進み入りて看看(みてみ)んを等(ま)て」 と。嚶(おう)の一声、東廊(とうろう)の下に飛びおるに、かの師父の裡辺(うち)に坐(ざ)し、清滴滴(せいてきてき=はらはら)と腮辺(ほお)に涙(なみだ)を淌(したた)らせおるを見る。行者鑽(もぐ)り将(ゆ)きて入り、彼が頭(こうべ)の上に丁(とま)り、また一声「師父」と叫ぶ。長老(ちょうろう)声(こえ)を認め、跳び起(お)き上(あ)がりて牙(きば)を咬(か)み恨(うら)んで言う、 「猢猻(こそん=猿)め!别人(ほかのひと)の胆(きも)の大(おお)ききは、還た是れ身(み)の胆(きも)を包(つつ)めり。汝が胆(きも)の大(おお)ききは、すなわち是れ胆の身を包(つつ)むなり!汝変化神通(じんずう)を弄(ろう)して家火(かか=道具)を打ち破(やぶ)りしは、能(よ)く幾何(いくばく)の値(あたい)かあらん!闘(たたか)いてかの妖精(ようせい)の淫興(いんきょう=淫らな興)を発(おこ)さしめ、かの処(ところ)に葷素(くんそ)を分(わか)たず安排して、定(かなら)ず我と与に交媾(こうごう=交わり)せんとす。この事怎(いか)にせんや!」 と。行者暗(ひそ)かに陪笑(ばいしょう=つくり笑い)して言う、 「師父、怪(とが)めたもう莫(な)かれ。汝を救う処有り」 と。唐僧言う、 「那裡(いずこ)にか我を救い得(う)るか」 と。行者言う、 「我才(いま)しがた一翅(ひとつばさ)に飛び起り去きし時(おり)、彼が後辺(うしろ)に一箇の花園(かえん)の有るを見たり。汝彼を哄(たぶら)きて園(その)の裡に往きて耍子(あそば)せしめよ。我汝を救わん」 と。唐僧言う、 「園(その)の裡にて怎(いか)に様(さま)にして救うか」 と。行者言う、 「汝彼と与に園(その)の裡に到(いた)り、桃樹(とうじゅ=桃の木)の辺(ほとり)に走(ゆ)き到(いた)らば、すなわち走(ゆ)くこと莫(な)かれ。我の桃枝(とうし=桃の枝)に飛び上(あが)り、変じて一箇の紅桃(こうとう=赤き桃)と作(な)らんを等(ま)て。汝果物(くだもの)を食わんと要(もと)めなば、先(ま)ず紅(あか)き児(もの)を揀(えら)みて摘(つ)み下(おろ)せ。紅(あか)きは是れ我なり。彼必(かなら)ずまた一箇を摘(つ)まんとせん。汝紅(あか)きを把って定(かなら)ず彼に讓(ゆず)れ。彼若し一口(ひとくち)に食わば、我却って彼が肚(はら)の裡に在(あ)り。我の彼が皮袋(ひたい=胃袋)を搗(つ)き破(やぶ)り、彼が肝腸(かんちょう=肝と腸)を扯(ひ)き断(た)ち、彼を弄(いた)し殺(ころ)さんを等て。汝すなわち身を脱(だっ)せん」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「汝若し手段(てだて)有らば、すなわち彼と与に賭闘(ととう=勝負)せば足(た)れるに、只だ彼が肚(はら)の裡に潜(もぐ)らんと要むるは怎にするか」 と。行者言う、 「師父、汝趣(おもむき)を知らず。彼がこの洞は、若し出入(でい)り好くんば、すなわち彼と与に賭闘(ととう)すべし。只だ出入(でい)りの便(べん)ならざるをもて、曲道(きょくどう=曲がりくねりし道)行(ゆ)き難(がた)し。若しすなわち手(て)を動(うご)かさば、彼がこの一窩子(ひとす=一族)、老老小小(ろうろうしょうしょう=老いも若きも)、我すらも都(みな)扯(ひき)り住めなば、却って怎麼にせんや。須(かなら)ず是れこの般く手(て)を捽(はな)ちて干(や)り了らば、大家(みな)才(はじ)めて干浄(かんじょう=きれい)を得べきなり」 と。三蔵(さんぞう)頭(こうべ)を点(うなず)かせて信(しん)じ聽(き)き、只だ叫(よばわ)る、 「汝我に跟(したが)き定(さだ)めよ」 と。行者言う、 「暁れり!暁れり!我汝が頭(こうべ)の上に在(あ)り」 と。 師徒(してい)ら商量(はかりごと)定まり了りて、三蔵(さんぞう)才(ようや)く身を欠(かが)めて起し上(あ)がり、双手(もろて)にかの格子(こうし)を扶(たす)け著けて叫(よばわ)る、 「娘子(じょうし)、娘子(じょうし)」 と。かの妖精聽(き)きて、笑唏唏(しょうきき=にこにこ)として跟前(みもと)に跑(はし)り近づき来りて言う、 「妙人哥哥(みょうじんあにい=すてきな兄さん)、甚の話か説う有る」 と。三蔵(さんぞう)言う、 「娘子(じょうし)、我長安(ちょうあん)を出でてより、一路(いちろ)西(にし)へ来るに、日(ひ)として山ならざるは無(な)く、日(ひ)として水ならざるは無(な)し。昨(きのう)鎮海寺(ちんかいじ)に在りて宿(やど)を投(とう)じ、偶(たまたま)傷風(しょうふう=風邪)の重疾(じゅうしつ=重き病)を得しが、今日(こんにち)汗(あせ)を出(いだ)してより、略(いささ)か才(ようや)く好きに成(な)れり。又(また)娘子(じょうし)が盛情(せいじょう=厚き情)を蒙(こうむ)り、仙府(せんぷ=おん館)に携(たずさ)え入れられ、只だこの一日(いちにち)を坐し了りて、又(また)心神(しんしん=気分)の爽(さわ)やかならざるを覚(おぼ)ゆ。汝我を帯(つ)れて那裡かに略(いささ)か心(こころ)を散(さん)じ、耍耍児(あそび)に往かしめざるか」 と。かの妖精十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)して言う、 「妙人哥哥(みょうじんあにい)は倒(かえ)って些か興趣(きょうしゅ=興味)有るかな。我汝と与に花園(かえん)の裡に往きて耍耍(あそば)ん」 と。叫(よばわ)る、 「小(こもの)ら、鑰匙(かぎ)を拿(と)り来りて園門(えんもん)を打ち開(ひら)き、路径(ろけい=道筋)を掃(は)き清(きよ)めよ」 と。衆妖(しゅうよう)都(みな)跑(はし)り往きて門を打ち開き收拾(しゅうしゅう=ととの)う。 この妖精格子(こうし)を打ち開き、唐僧を攙(たす)け出(いだ)す。汝視(み)よ、かの許多(あまた)の小妖(しょうよう)は、都(みな)是れ油頭粉面(ゆとうふんめん=油をなでつけ白粉を塗りし顔)、嬝娜娉婷(じょうだへいてい=しなやかに美しき)、簇簇擁擁(ぞくぞくようよう=取り巻き)として、唐僧と与に径(ただち)に花園(かえん)の上に去く。好き和尚かな!彼この綺羅(きら=美服)の隊(くみ)の裡に在りて他故(たこ=他事の心)無く、錦繍(きんしゅう=錦)の叢(むら)がりの中に在りて唖聾(あろう=唖と聾)と作(な)る。若しこの鉄(てつ)の打ちしごとき心腸(しんちょう=心)の仏に朝(むか)い往くに非(あら)ずんば、第二(だいに)の酒色(しゅしょく)の凡夫(ぼんぷ)もまた経を取ることを得ざらん。一行(いっこう)都花園(かえん)の外(そと)に到る。かの妖精俏語(しょうご=優しき声)を低(ひく)くして叫(よばわ)る、 「妙人哥哥(みょうじんあにい)、ここに耍耍(あそべ)ば、真(まこと)に心を散(さん)じ悶(もん)を釈(と)くべし」 と。唐僧彼と与に手を携(たずさ)え相(あい)攙(たす)け、同(とも)に園内(えんない)に入り、頭を抬(あ)げて観看(みわた)せば、其(そ)の実(じつ)好き箇(ひとつ)の去処(ところ)なり。ただ見よ、あの、 縈回(えいかい=うねりめぐる)の曲径(きょくけい=曲がり道)、紛紛(ふんふん)として尽(ことごと)く蒼苔(そうたい=青き苔)を点(てん)じ、 窈窕(ようちょう=奥深き)の綺窗(きそう=美しき窓)、処処(ところどころ)暗かに繍箔(しゅうはく=刺繍の簾)を籠(こ)む。 微風(びふう)初(はじ)めて動き、軽飄飄(けいひょうひょう)として蜀錦呉綾(しょっきんごりょう=蜀の錦と呉の綾)を展(ひら)き開(あ)き、 細雨(さいう)才(ようや)く収(おさ)まり、嬌滴滴(きょうてきてき=あでやか)として氷肌玉質(ひょうきぎょくしつ=氷と玉の肌)を露(あらわ)す。 日(ひ)鮮杏(せんきょう=鮮き杏)を灼(や)けば、紅(あか)きこと仙子(せんし=仙女)の霓裳(げいしょう=虹の衣)を晒(さら)すが如(ごと)く、 月(つき)芭蕉(ばしょう)に映(えい)ずれば、青(あお)きこと太真(たいしん=楊貴妃)の羽扇(うせん)を揺(ゆ)るが似(ごと)し。 粉墻(ふんしょう=白き塀)四面(しめん)に、万株(ばんしゅ)の楊柳(ようりゅう)黄鸝(こうり=うぐいす)を囀(さえず)らし、 閑館(かんかん=静かなる館)周囲(しゅうい)に、満院(まんいん)の海棠(かいどう)粉蝶(ふんちょう)を飛ばす。 更(さら)に看よ、あの凝香閣(ぎょうこうかく)、青蛾閣(せいがかく)、解酲閣(かいせいかく)、相思閣(そうしかく)の、 層層(そうそう=幾重)に巻(ま)き映(えい)じ、朱簾(しゅれん=朱の簾)の上、鉤(かぎ)蝦鬚(かしゅ=蝦の髭)を控(ひ)くを。 又(また)見よ、あの養酸亭(ようさんてい)、披素亭(ひそてい)、画眉亭(がみてい)、四雨亭(しうてい)の、 箇箇(おのおの)崢嶸(そうこう=そびえ)、華扁(かへん=立派な扁額)の上、字(じ)に鳥篆(ちょうてん=鳥の篆書)を書(しょ)すを。 看よ、あの浴鶴池(よくかくち)、洗觴池(せんしょうち)、怡月池(いげつち)、濯纓池(たくえいち)の、 青萍(せいへい=青き浮草)緑藻(りょくそう)金鱗(きんりん=金の鱗)を耀(かがや)かすを、 又(また)墨花軒(ぼくかけん)、異箱軒(いそうけん)、適趣軒(てきしゅけん)、慕雲軒(ぼうんけん)有りて、 玉斗(ぎょくと=玉の杯)瓊卮(けいし=瓊の杯)緑蟻(りょくぎ=酒の泡)を浮(う)かぶ。 池亭(ちてい)の上下(じょうげ)に、太湖石(たいこせき)、紫英石(しえいせき)、鸚落石(おうらくせき)、錦川石(きんせんせき)有りて、 青青(せいせい)として虎鬚蒲(こしゅほ=虎の髭の菖蒲)を栽(う)え著け、 軒閣(けんかく)の東西(とうざい)に、木仮山(もくかざん)、翠屏山(すいへいざん)、嘯風山(しょうふうざん)、玉芝山(ぎょくしざん)有りて、 処処(ところどころ)に鳳尾竹(ほうびちく)を叢生(そうせい=群がり生え)す。 荼蘼架(ずびか=野ばらの棚)、薔薇架(しょうびか)は、鞦韆架(しゅうせんか=ぶらんこ)に近づきて、渾(すべ)て錦帳羅幃(きんちょうらい=錦の帳と羅の帷)の如く、 松柏亭(しょうはくてい)、辛夷亭(しんいてい)は、木香亭(もっこうてい)に対(むか)いて、却って碧城繍幕(へきじょうしゅうまく=碧き城の刺繍の幕)に似(に)たり。 芍薬欄(しゃくやくらん)、牡丹叢(ぼたんそう)は、朱朱紫紫(しゅしゅしし)として穠華(のうか=艶やか)を闘(あらそ)い、 夜合台(やごうだい)、茉藜檻(まつれいかん)は、歳歳年年(さいさいねんねん)に嫵媚(ぶび=なまめかしき)を生(しょう)ず。 涓涓(けんけん)として露(つゆ)を滴(したた)らす紫含笑(しがんしょう)、画(えが)くに堪(た)え描(えが)くに堪(た)えたり、 艶艶(えんえん)として空(くう)を焼(や)く紅払桑(こうふっそう)、題(だい)するに宜(よろ)しく賦(ふ)するに宜(よろ)し。 景致(けいち)を論(ろん)ずれば、閬苑蓬莱(ろうえんほうらい=仙境)を夸(ほこ)ること休めよ、 芳菲(ほうひ=花の香り)を較(くら)ぶれば、姚黄魏紫(ようこうぎし=牡丹の名品)を数(かぞ)えず。 若し三春(さんしゅん)の閑(ひま)に斗草(とうそう=草合わせ)に到らば、園中(えんちゅう)に只だ玉瓊花(ぎょくけいか)を少(か)くのみ。 と。 長老(ちょうろう)かの怪を携えて、步(あゆみ)を運(はこ)び花園を賞(め)で、看れども尽(つ)きざる奇葩異卉(きはいき=珍しき花)なり。許多の亭閣(ていかく)を行き過(よ)ぎ、真箇(まこと)に是れ漸(ようや)く佳境(かきょう=素晴らしき境地)に入る。忽(たちま)ち頭を抬(あ)げて、桃樹林(とうじゅりん=桃の林)の辺(ほとり)に到るや、行者師父が頭の上を一掐(ひとつまみ)すれば、かの長老すなわち知る。 行者桃樹(とうじゅ)の枝児(えだ)の上に飛び、身を揺りて一変(ひとへん)し、変じて一箇の紅桃児(こうとうじ=赤き桃)と作る。其(そ)の実(じつ)紅(あか)くして愛(あい)すべし。長老妖精に向(むか)いて言う、 「娘子(じょうし)、汝がこの苑内(えんない)は花香(かこう=花の香り)し、枝頭(しとう=枝の先)に果(くだもの)熟(じゅく)す。苑内(えんない)に花香(かこう)れば蜂(はち)競(きそ)いて采(と)り、枝頭(しとう)に果熟(かじゅく)すれば鳥(とり)争(あらそ)いて銜(くわ)う。怎にしてこの桃樹(とうじゅ)の上の果子(くだもの)の青紅(せいこう)の不一(ひとならざる)なるは、何(なん)ぞや」 と。妖精笑って言う、 「天(てん)に陰陽(いんよう)無くんば、日月(じつげつ)明(あき)らかならず。地(ち)に陰陽(いんよう)無くんば、草木(そうもく)生ぜず。 人に陰陽(いんよう)無くんば、男女(だんじょ)を分(わか)たず。 この桃樹(とうじゅ)の上の果子(くだもの)、向陽(こうよう=日当たり)の処の日色(にっしょく)の相烘(あいあぶ)るる有るは先(ま)ず熟(じゅく)して、故(ゆえ)に紅し。背陰(はいおん=日陰)の処の日無きは還た生(なま)にして、故(ゆえ)に青(あお)し。これ陰陽の道理(どうり)なり」 と。三蔵言う、 「娘子(じょうし)が指教(しきょう=お教え)を謝(しゃ)す。其の実貧僧は知らざりき」 と。すなわち前に向いて手を伸(の)べ、一箇の紅桃(こうとう=赤き桃)を摘(つ)めり。妖精もまた往きて一箇の青桃(せいとう=青き桃)を摘む。三蔵身を躬(かが)めて紅桃(こうとう)を将ちて妖怪に奉(たてまつ)って言う、 「娘子、汝色(いろ)を愛(あい)す。請(こ)うこの紅桃(こうとう)を食え、青(あお)きを拿り来りて我に食わせよ」 と。妖精真箇(まこと)に換(か)えて、且く暗かに喜(よろこ)んで言う、 「好き和尚なるかな!果して是れ一箇の真人(しんにん)なり!一日(いちじつ)の夫妻(ふさい)いまだ做さざるに、却ってすでにこの般き恩愛(おんあい)有るかな」 と。かの妖精喜喜歓歓(ききかんかん)として、唐僧を把って親(した)しみ敬(うやま)う。この唐僧青桃(せいとう)を把り過(よ)ぎ来りてすなわち食い、かの妖精喜(よろこ)んで相陪(あいともな)い、紅桃児(こうとうじ)を把って口を張(ひら)いてすなわち咬(か)む。朱唇(しゅしん=紅き唇)を啓(ひら)き、銀牙(ぎんが=白き歯)を露して、いまだ下口(したくち=口に入れる)ならざるに、元来(もと)孫行者(そんぎょうじゃ)は十分(じゅうぶん)に性急(せいきゅう)なれば、轂轆(こくろく=ころり)と一箇の跟頭(きんと=宙返り)に、彼が咽喉(いんこう=のど)の下に翻(う)ち入り、径(ただち)に肚腹(とふく=腹)の中に到る。妖精怕(おそ)れて三蔵に向いて言う、 「長老や、この果子(くだもの)は利害(りがい=手強)し。怎麼にして咬み破るを容(ゆる)さずして、すなわち転(ころ)がり下(くだ)り往きしや」 と。三蔵言う、 「娘子、新(あらた)に園を開きし果子は愛(あい)して食わるるゆえ、去くことの快(すみやか)なるのみ」 と。妖精言う、 「いまだ核子(かくし=種)を吐(は)き出さざるに、彼すなわち攛(と)び下り往き了んぬ」 と。三蔵言う、 「娘子の意(こころ)美(うつくし)く情(じょう)佳(よ)く、喜んで食うことの甚(はなはだ)しきゆえ、核(たね)を吐(は)くに及(およ)ばずして、すなわち下り往きしなり」 と。行者彼が肚(はら)の裡に在りて、本相(ほんぞう=本来の姿)に復(ふく)し、一声叫(よばわ)る、 「師父、彼と与に嘴(くち)を答うる莫かれ。老孫已(すで)に手を得たり!」 と。三蔵言う、 「徒弟(でし)よ、方便(ほどほど)に著けよ」 と。妖精聽(き)きて言う、 「汝那(いず)れの箇(もの)と与に話を説うや」 と。三蔵言う、 「我(わ)が徒弟(でし)孫悟空(そんごくう)と与に話を説うなり」 と。妖精言う、 「孫悟空(そんごくう)は那裡に在(あ)るか」 と。三蔵言う、 「汝が肚(はら)の裡に在り。却って才(いま)しがた食いしあの紅桃(こうとう)の箇(ひとつ)は、これならずや」 と。妖精慌(あわ)てて言う、 「罷(や)みなん、罷みなん!この猴頭(ことう=猿め)我(わ)が肚(はら)の裡に潜(もぐ)り入りたるは、我は是れ死(し)するのみ!孫行者(そんぎょうじゃ)よ!汝千方百計(せんぽうひゃっけい=あの手この手)に我が肚(はら)の裡に潜り入りて怎にするか」 と。行者裡辺に在りて恨(うら)んで言う、 「また怎にもせん!只だ汝が六葉連肝肺(ろくようれんかんぱい=六葉の連なりし肝肺)、三毛七孔心(さんもうしちくしん=三毛七孔の心)を食い、 五臓(ごぞう)都淘(あら)い浄(きよ)めて、弄(いた)して一箇の梆子精(ほうじせい=拍子木の精)と做さんのみ!」 と。妖精説(いう)を聽き、唬(おどろ)いて魂飛魄散(こんぴはくさん=魂も消え飛び)、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう=おののき)として唐僧を抱(いだ)き住めて言う、 「長老や! 我只だ道(おも)えり、夙世(しゅくせ=前世)の前縁(ぜんえん)赤縄(せきじょう=赤き綱)を系(か)け、魚水(ぎょすい=魚と水)相和(あいわ)して両意(りょうい)濃(こま)やかなりと。 料(おもんみ)らず鴛鴦(えんおう=おしどり)今(いま)拆(ひき)き散ぜられ、何(なん)ぞ期(き)せん鸞鳳(らんぽう)又西東(ざいとう)に別(わか)れんとは! 藍橋(らんきょう)水漲(みなぎ)りて事を成し難く、仏廟(ぶつびょう)烟(けむり)沈(しず)んで嘉会(かかい=良き契り)空(むな)し。 着意(ちゃくい=心を寄せ)しし一場(ひとしきり)今又別(わか)る、何(いず)れの年(とし)か汝と与に再相逢(あいあ)わん!」 と。行者彼が肚の裡に在りて説うを聽く時、只だ怕るるは長老の慈心(じしん=慈悲の心)の、また彼に哄(たぶら)かされんことを。すなわち拳(こぶし)を輪(めぐ)らし脚(あし)を跳(は)ね、架子(かじ=構え)を支(ささ)え、四平(しへい=四つんばいの構え)を理(ととの)え、ほとんど一箇の皮装児(ひそうじ=皮袋)をも搗(つ)き破らんとす。かの妖精疼痛(とうつう=痛み)を忍(しの)びえず、塵埃(じんあい=地面)に倒(たお)れ臥(ふ)し、半晌家(しばらく)敢(あ)えて言語(げんご=口をきく)せず。行者言語(げんご)せざるを見、想うに是れ死(し)したるならんとし、却って手を把って略か一(ひとつ)に鬆(ゆる)くすれば、彼又気(いき)を回(めぐ)し過(よ)ぎ来り、叫る、 「小ら!那裡に在るか」 と。元来(もと)かの些かの小妖(しょうよう)は、園門(えんもん)より進み入りしより、各人(おのおの)趣(おもむき)を知り、都一処(ひとところ)に在らず、各(おのおの)自(みずか)ら花(はな)を采(と)り草(くさ)を闘(あらそ)いに往き、意に任(まか)せ心に随(したが)いて耍子(あそび)て、かの妖精と唐僧との両箇をして自在(じざい)に情(じょう)を叙(の)べしめたり。忽(たちまち)叫るを聽きて、却って才く都跑り将(きた)り来る。又妖精の地の上に倒(たお)れ、面容(めんよう=顔色)色(いろ)を改(あらた)め、口の裡に哼哼(こうこう=うなり)して爬(は)いこと動かざるを見、連忙(いそぎ)と攙け起し、一処(ひとところ)に囲(かこ)みて言う、 「夫人(ふじん)、怎にして不好(よから)ざるか。想うに是れ急心疼(きゅうしんとう=心臓の激痛)ならんか」 と。妖精言う、 「是(しか)らず!是らず!汝ら問うことを要むる莫かれ。我が肚の裡に已に人有り了んぬ!疾(と)くこの和尚を把って送(おく)り出し、我が性命(いのち)を留(とど)めよ!」 と。かの些かの小妖(しょうよう)、真箇に都来りて扛(かつ)ぎ抬(かきあ)げんとす。行者肚の裡に在りて叫る、 「那れの箇(もの)か敢えて抬がん!要むるは便ち是れ汝自(みずか)ら我が師父を献(けん)じ出し、外辺(そと)に出で到らば、我汝が命(いのち)を饒(ゆる)さん!」 と。かの怪精(かいせい)計(けい)も奈何(いかん)ともすべくなく、只だ命を惜(お)しむの心あり、急ぎ掙(ふる)い起(お)き上(あが)り、唐僧を把って身の背(せ)に負(お)い、步(あゆみ)を踏(ふ)み開き、外(そと)へ向いてすなわち走く。小妖跟いて言う、 「老夫人(ろうふじん)、那裡へか去きたもうや」 と。妖精言う、 「五湖(ごこ)の明月(めいげつ)を留(とど)め得れば、何ぞ金鉤(きんこう=金の釣り針)を下す処無きを愁(うれ)えんや!この厮(やつ)を把って送(おく)り出し、我の別(べつ)に一箇の頭児(あたま=相手)を尋ねんを等て!」 と。好き妖精かな、一(ひと)たび雲光(うんこう=雲の光)を縦(ほしいまま)にして、直(ただち)に洞の口に到る。又叮叮当当(ていていとうとう=がちゃがちゃ)と、兵刃(へいじん=刃物)の乱(みだ)りに響(ひび)くを聞く。三蔵言う、 「徒弟よ、外にて兵器(へいき)の響(ひび)けり」 と。行者言う、 「是れ八戒の鈀(は)を揉(も)めるなり。汝彼を一声叫べ」 と。三蔵すなわち叫る、 「八戒!」 と。八戒聽きて言う、 「沙和尚(しゃおしょう)!師父の出で来れるぞ!」 と。二人(ふたり)鈀(は)と杖(つえ)とを掣(ひっさ)げ開く。妖精唐僧を馱(お)いて出づ。咦(ああ)!正に是れ、 心猿(しんえん)は裡より応(おう)じて邪怪(じゃかい)を降(くだ)し、土木(どぼく=八戒と沙僧)は門を司(つかさど)りて聖僧(せいそう)を接(むか)う。 と。畢竟(ひっきょう)にかの妖精の性命の如何(いかん)なるを知らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聽かれよ。 第八十三回 心猿(しんえん)丹頭(たんとう)を識(し)り 奼女(ちゃじょ)本性(ほんしょう)に還(かえ)る さて、三蔵(さんぞう)、妖精(ようせい)に洞(どう)の外(そと)まで送(おく)り出(いだ)されしかば、沙和尚(さおしょう)進(すす)み近(ちか)づきて問(と)うて曰(いわ)く、「師父(しふ)、出(い)で来(きた)りたれど、師兄(しい)はいずこにか在(あ)ります」と。八戒(はっかい)言う、「彼(かれ)に算計(さんけい=たくらみ)あれば、必(かなら)ず師父(しふ)を貼(つ)け換(か)えて送(おく)り出(いだ)したるならん」と。三蔵、手(て)をもちて妖精(ようせい)を指(さ)して言う、「汝(なんじ)が師兄(しい)は彼(か)の者(もの)が腹(はら)の裡(うち)に在(あ)るぞ」と。八戒笑って言う、「腌臢(あくた=むごたらし)や、人を殺(ころ)すな!腹の裡に在りて何(なに)をか做(な)す。疾(と)く出(い)で来(こ)よ!」と。行者(ぎょうじゃ)、裡辺(うち)に在りて叫(よばわ)って言う、「口(くち)を張(ひら)け、我が出(い)づるを待(ま)て!」と。かの怪(かい)、真(まこと)に口を張り開(あ)く。行者、小々(ちいさく)に変(へん)じて咽喉(いんこう=のど)の内(うち)に隠(かく)れおるが、正(まさ)に出(い)でんと欲(ほっ)するに、また彼が無理(むり)に来(きた)りて咬(か)まんことを恐(おそ)れ、すなわち鉄棒(てつぼう)を取出(とりだ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)!」と叫(よばわ)る。 すなわち変じて一箇(ひとつ)の棗核釘児(そうかくていじ=棗の種の釘)と作(な)り、彼が上腭(じょうがく=上あご)を撑(つ)き支(ささ)え、身(み)を一縦(ひとおどり)して口の外(そと)に跳(と)び出(い)で、すなわち鉄棒(てつぼう)を手に随(したが)えて帯(たい)し出(いだ)し、腰(こし)を一躬(ひとこご)みして、また元の本(ほん)の法象(ほっそう=本来の姿)に還(かえ)り、棒(ぼう)を挙(あ)げ来(きた)りてすなわち打(う)つ。かの妖精(ようせい)もまた手に随(したが)いて両口(ふたふり)の宝剣(ほうけん)を取出(とりだ)し、叮噹(ていとう=かちかち)と架(かま)え住(とど)む。二人、山頭(さんとう=山のいただき)に在りてこの一場(ひとしきり)の好(よ)き殺(たたか)いかな。ただ見よ、 双(ふた)つの宝剣(ほうけん)舞(ま)い飛(と)んで当面(とうめん=真正面)に架(かま)え、金箍棒(きんこぼう)起(おこ)りて頭(かしら)を照(てら)して来(きた)る。 一箇(ひとり)はこれ天(てん)に生(しょう)ぜし猴属(こうぞく=猿の類)の心猿体(しんえんたい=心の猿のからだ)、 一箇はこれ地(ち)の産(さん)ぜし精霊(せいれい)の奼女骸(ちゃじょがい=奼女のがいこつ)。 彼(か)の二人、恨(うらみ)懐(ふところ)を衝(つ)き、喜(よろこ)ぶ処(ところ)に仇(あだ)を生(しょう)じて大(おお)いに会垓(かいがい=戦場)す。 かの者(もの)は元陽(げんよう=男の陽気)を取(と)りて配偶(はいぐう)を成(な)さんと要(もと)め、 この者は純陰(じゅんいん)を戦(たたか)いて聖胎(せいたい=聖なる胎)を結(むす)ばんとす。 棒(ぼう)挙(あが)れば一天(いってん)寒霧(かんむ=冷たい霧)漫(み)ち、剣(けん)迎(むか)えば満地(まんち)黒塵(こくじん)篩(ふるわ)る。 長老(ちょうろう)に因(よ)り、如来(にょらい)を拝(おが)まんとて、恨(うら)み苦(くるし)み相(あい)争(あらそ)いて大才(たいさい)を顕(あらわ)し、 水火(すいか)投(とう)ぜずして母道(ぼどう)損(そこな)われ、陰陽(いんよう)合(がっ)し難(がた)くして各(おのおの)分(わ)かれ開(ひら)く。 両家(りょうけ)闘(たたか)い罷(や)みて多時節(しばらく)、地(ち)動(うご)き山(やま)揺(ゆる)いで樹木(じゅもく)摧(くだ)く。 と。 八戒(はっかい)、彼(か)れらの賭闘(ととう=勝負)するを見、口(くち)の裡(うち)に絮絮叨叨(じょじょとうとう=ぶつぶつ)として、却(かえ)って行者(ぎょうじゃ)を恨(うら)み、身(み)を転(てん)じて沙僧(さそう)に向(むか)いて言う、 「兄弟(きょうだい)よ、師兄(しい)は胡(みだ)りに纏(まと)わるるかな!才(さい=さっき)彼が腹(はら)の裡(うち)に在(あ)りしとき、拳(こぶし)を輪(めぐ)らし起(おこ)して、彼に一箇(ひとつ)の満肚紅(まんとこう=腹いっぱいの血みどろ)を送(おく)り、肚皮(とひ=腹の皮)を扒(か)き開(ひら)いて潜(くぐ)り出(い)でなば、却(かえ)って了帳(りょうちょう=決着)とならずや。いかにしてかまた彼が口(くち)より出(い)でて、却(かえ)って彼と争(あらそ)い戦(たたか)い、彼をしてこのごとく猖狂(しょうきょう=横暴)ならしむるか!」 と。沙僧(さそう)言う、「是(ぜ)なり。されどまた師兄(しい)の深洞(しんどう=深き洞)の中(うち)より師父(しふ)を救(すく)い出(いだ)し、却(かえ)ってまた妖精(ようせい)と厮戦(しせん=斬り合い)するを頼(たの)めり。且(しばら)く請(こ)う、師父(しふ)には自(みずか)ら坐(ざ)したまえ。我と汝(なんじ)と各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)り、大哥(たいか=兄貴)を助(たす)け助けして、妖精(ようせい)を打(う)ち倒(たお)しに往(ゆ)かん」と。八戒、手(て)を擺(ふ)って言う、「否(いな)否(いな)否(いな)!彼に神通(じんずう)あり、我らは及(およ)ばず」と。沙僧言う、「何(なん)の話(はなし)をか説(い)うや!みなこれ大家(たいか=みな)の益(えき)ある事(こと)なり。及(およ)ばずと申(もう)すとも、却(かえ)ってまた屁(へ)を放(ひ)りて風(かぜ)を添(そ)えん」と。 かの呆子(あほう)、一時(ひととき)に興(きょう)を発(おこ)し、釘鈀(ていは)を掣(ひっさ)げ、「去来(いざや)!」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。彼(か)の二人(ふたり)、師父(しふ)を顧(かえり)みず、一擁(いちよう=ひとしく)して風(かぜ)に駕(が)して趕(お)いつき、釘鈀(ていは)を挙(あ)げ、宝杖(ほうじょう)を使(つか)い、妖精(ようせい)を望(めが)けて乱(みだ)りに打(う)つ。かの妖精(ようせい)、行者(ぎょうじゃ)一人(ひとり)と戦(たたか)うすらすでに能(あた)わざるに、また彼の二人の来(きた)るを見、いかでか抵敵(ていてき=防ぎ戦)し得(え)ん、急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らし身(み)を抽(ひ)いてすなわち走(に)ぐ。行者喝(しか)って言う、「兄弟(きょうだい)ら、趕(お)いつけ!」と。かの妖精(ようせい)、彼(か)れらの趕(お)うこと緊(きつ)きを見、すなわち右脚(みぎあし)の花鞋(かぐつ=花模様の靴)を脱(ぬ)ぎ下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、一箇(ひとつ)の咒語(じゅご=まじない)を念(とな)え、「変(へん)!」と叫(よばわ)れば、すなわち変じて本(ほん)の姿(すがた)と作(な)り、両口(ふたふり)の宝剣(ほうけん)を使(つか)いて舞(ま)い来(きた)らせ、身(み)を一幌(ひとひらめき)して、一陣(ひとむれ)の清風(せいふう)と化(か)し、径(ただち)に回(かえ)り去(さ)る。この番(たび)もただ、彼(か)れらに戦(たたか)い過(す)ぐること能(あた)わずして、命(いのち)を顧(かえり)みて回(かえ)るとのみ思(おも)いしに、いずくんぞ知(し)らん、またこのごとき事(こと)の有(あ)らんとは! またこれ三蔵(さんぞう)が災星(さいせい=災いの星)いまだ退(しりぞ)かざるなり。彼(か)の妖(よう)、洞門(どうもん)の前(まえ)の牌楼(はいろう=門の楼)の下(もと)に到(いた)りしかば、却(かえ)って唐僧(とうそう)のそこに独(ひと)り坐(ざ)せるを見(み)る。すなわち進(すす)み近(ちか)づき一把(ひとつかみ)に抱(いだ)き住(とど)め、行李(こうり)を搶(かす)め取(と)り、繮縄(こうじょう=手綱)を咬(か)み断(た)ち、人(ひと)と馬(うま)ともどもに、また復(ま)た摂(さら)いて将(も)ち入(い)り往(ゆ)く。これ語(かた)らず。 さて、八戒(はっかい)、空(くう)を閃(かわ)して一鈀(ひとは)もて妖精(ようせい)を打(う)ち落(おと)せしに、これ一只(ひとつ)の花鞋(かぐつ)なりき。行者(ぎょうじゃ)見て言う、「汝(なんじ)らこの二人(ふたり)の呆子(あほう)め!師父(しふ)を見(み)ておれば足(た)るに、孰(たれ)が汝(なんじ)の来(きた)りて何(なん)の功(こう)をか助(たす)けんことを要(もと)めしぞ!」と。八戒言う、「沙和尚(さおしょう)、どうじゃ!来(く)るなと申(もう)せしに。この猴(さる)め、好(よ)く些(いささ)かの夹脳風(きょうのうふう=頭のおかしさ)ありて、我(われ)らが彼に代(かわ)りて妖怪(ようかい)を降(くだ)したるに、却(かえ)って彼に生(なま)の報怨(ほうえん=恨み言)を落(おと)さるるとは!」と。行者言う、「いずこにか妖怪(ようかい)を降(くだ)ししや。かの妖怪(ようかい)は昨日(きのう)我と戦(たたか)いしとき、一箇(ひとつ)の遺鞋計(いぐつけい=靴を残す計)を使(つか)いて哄(たぶらか)せり。汝(なんじ)ら走(ゆ)き去(さ)りて、師父(しふ)の如(いか)なるを知(し)らず、我(われ)ら疾(と)く往(ゆ)きて看(み)ん!」と。三人(さんにん)急(いそ)ぎ回(かえ)り来(きた)るに、果(はた)して師父(しふ)は無(な)く、行李(こうり)と白馬(はくば)もろともに一(ひとえ)に踪(あと)無(な)し。慌(あわ)てたるかな八戒(はっかい)、両頭(りょうとう=あちこち)を乱(みだ)りに跑(はし)り、沙僧(さそう)前後(ぜんご)に跟(したが)い尋(たず)ぬ。孫大聖(そんたいせい)もまた心(こころ)焦(こが)れ性(せい)燥(いら)だつ。正(まさ)に尋覓(じんべき=捜し求)むる処(ところ)に、ただ見よ、かの路(みち)の旁(かたわら)に半截児(はんせつじ=半切れ)の繮縄(こうじょう)の斜(なな)めに軃(た)れおるを。彼(か)れ、一把(ひとつかみ)に拿(と)り起(あ)ぐるや、眼中(がんちゅう)の涙(なみだ)の流(なが)るるを止(とど)めえず、声(こえ)を放(はな)って叫(よばわ)って曰(いわ)く、 「師父(しふ)や! 我が去(ゆ)きしときは人(ひと)と馬(うま)とに辞別(じべつ=別れを告)げしに、回(かえ)り来(きた)ればただこれらの縄(なわ)のみを見(み)る!」 と。これ正(まさ)に、かの鞍(くら)を見て俊馬(しゅんば=駿馬)を思(おも)い、涙(なみだ)を滴(したた)らせて親人(しんじん=したしきひと)を想(おも)う、なり。八戒、彼が涙(なみだ)を垂(た)るるを見、忍(しの)びえずして天(てん)を仰(あお)いで大(おお)いに笑(わら)う。行者罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)この夯貨(こうか=鈍物)め!またこれ散火(さんか=解散)せんと欲(ほっ)するか」と。八戒また笑って言う、「哥(あに)や、さような話(はなし)に非(あら)ず。師父(しふ)は定(かなら)ずまた妖精(ようせい)に洞(どう)の裡(うち)へ摂(さら)われ往(ゆ)きしならん。常言(じょうげん=ことわざ)に道(いわ)く、『事(こと)三(みたび)無(な)くんば成(な)らず』と。汝(なんじ)、すでに二遭(にかい)洞(どう)に入(い)りたり、もう一遭(ひとたび)入(い)り往(ゆ)かば、管(かなら)ず師父を救(すく)い出(いだ)し得(う)べし」と。行者、涙(なみだ)を揩(ぬぐ)うて言う、「しからば、この地歩(ちほ=境地)に到(いた)りては、勢(いきおい)己(おのれ)を容(い)れず、我はまた入(い)らん。汝(なんじ)ら二人(ふたり)は行李(こうり)も馬匹(ばひつ)も無(な)くして心(こころ)を耽(と)じること莫(な)かれ、好(よ)く生(よく)洞口(どうこう)を把守(はしゅ=守)れ」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、すなわち身(み)を転(てん)じて裡(うち)に跳(と)び入(い)るに、変化(へんげ)を施(ほどこ)さず、ただ本身(ほんしん)の法相(ほっそう=法の姿)をもちてす。真箇(まこと)にこれ、 古怪(ここわい=風変わり)にして別腮(べっさい=こけた頬)、心裡(しんり=心のうち)強(つよ)く、 小(ちいさ)きより怪(かい)と為(な)りて神力(しんりき)壮(さか)んなり。 高低(こうてい=でこぼこ)の面(おもて)は馬鞍鞽(ばあんきょう=鞍の反り)に賽(まさ)り、眼(まなこ)は金光(きんこう)を放(はな)ちて火(ひ)の如(ごと)く亮(あきら)かなり。 渾身(こんしん=からだじゅう)の毛(け)は硬(かた)きこと鋼針(こうしん=鋼の針)に似(に)、虎皮裙(こひくん)は明花(めいか)を系(か)けて響(ひび)く。 天(てん)に上(のぼ)れば撞(つ)き散(ち)らして万雲(ばんうん)飛(と)び、海(うみ)に下(くだ)れば混(みだ)り起(おこ)して千層(せんそう)の浪(なみ)あり。 当(まさ)に天(てん)に倚(よ)り力(ちから)もて天王(てんのう)を打(う)ち、擋(ふせ)ぎ退(しりぞ)けて十万八千(じゅうまんはっせん)の将(しょう)あり。 官(かん)に封(ほう)ぜられて大聖(たいせい)美猴精(びこうせい)、手(て)の中(うち)に慣(な)れて金箍棒(きんこぼう)を使(つか)う。 今日(こんにち)西天(せいてん)に能(のう)を任(まか)せて顕(あらわ)し、復(ま)た洞内(どうない)に来(きた)りて三蔵(さんぞう)を扶(たす)く。 と。汝(なんじ)看(み)よ、彼(か)れ雲光(うんこう)を停(とど)め住(とど)め、径(ただち)にかの妖精(ようせい)の宅外(たくがい)に到(いた)りしに、あの門楼(ろう)の門(もん)の関(とざ)されたるを見、好歹(よしあし)を分(わか)たず、鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らして一下(ひとつ)に打(う)ち開(あ)け、闯(つ)け入(い)りて往(ゆ)く。かの裡辺(うち)は静悄悄(しずか)として、全(まった)く人(ひと)の迹(あと)無(な)く、東廊(とうろう=東の廊下)の下(した)に唐僧(とうそう)を見(み)ず、亭子(ていす=あずまや)の上(うえ)の桌椅(たくい=机や椅子)と各処(かくしょ=あちらこちら)の家火(かか=道具)と、一件(ひとえ)もまた無(な)し。元来(もと)かの洞(どう)の裡(うち)は周囲(しゅうい)三百余里(さんびゃくより)ありて、妖精(ようせい)の窠穴(かけつ=巣穴)甚(はなは)だ多(おお)し。前番(ぜんばん=先のたび)唐僧(とうそう)をここに摂(さら)いしとき、行者(ぎょうじゃ)に尋(たず)ね著(あ)てられしにより、この番(たび)摂(さら)いては、また行者の来(きた)りて尋(たず)ぬるを怕(おそ)れ、当時(そのとき)搬(うつ)りて、いずこへか往(ゆ)きしを知(し)らず。 悩(なや)ましたるかなこの行者(ぎょうじゃ)、足(あし)を跌(ふみなら)し胸(むね)を捶(う)ち、声(こえ)を放(はな)って高(たか)く叫って言う、 「師父や!汝(なんじ)はこれ晦気(わいき=不運)の転(てん)じ成(な)りし唐三蔵(とうさんぞう)、災殃(さいおう=災い)の鋳(い)て就(な)しし取経僧(しゅきょうそう=経を取りに往く僧)なるかな!噫(ああ)!この路(みち)はかつて歩(あゆ)み熟(な)れたるに、いかにしてか在(あ)らざる。却(かえ)って老孫(ろうそん)をしていずこにか尋(たず)ね覓(もと)めしむるや!」 と。正(まさ)に吆喝(ようかつ=叫び)し爆燥(ばくそう=苛立)ちおる間(あいだ)に、忽然(たちまち)一陣(ひとむれ)の香烟(こうえん=香のけぶり)の鼻(はな)を撲(う)つを聞(き)くや、彼(か)れ性(せい)を回(かえ)して言う、「この香烟(こうえん)は後面(うしろ)より飄(ただよ)い出づるなれば、想(おも)うに後頭(うしろ)に在(あ)るならん」と。步(あゆみ)を運(はこ)び、鉄棒(てつぼう)を提(ひっさ)げ、走(あゆ)み将(も)ちて裡(うち)へ入(い)りて看(み)るに、また動静(どうせい=気配)を見(み)ず。ただ三間(さんげん)の倒坐児(とうざじ=裏向きの座敷)の有(あ)るのみにして、後壁(こうへき=奥の壁)に近(ちか)く却(かえ)って一張(ひとつ)の龍呑口彫漆供卓(りゅうどんこうちょうしつくたく=竜の口の彫漆の供え机)を鋪(し)けり。卓上(たくじょう)に一箇(ひとつ)の大きなる流金香炉(りゅうきんこうろ=金を流した香炉)有(あ)りて、炉(ろ)の内(うち)に香烟(こうえん)馥郁(ふくいく=芳しく)たり。その上(うえ)に一箇(ひとつ)の大きなる金字牌(きんじはい=金文字の札)を供養(くよう)し、牌(はい)の上(うえ)に『尊父李天王之位(そんぷりてんのうのい)』と写(うつ)しあり、少(すこ)し次(つい)でまた『尊兄哪吒三太子位(そんけいなたさんたいしのい)』と写しあり。 行者(ぎょうじゃ)これを見て満心(まんしん)に歓喜(かんき)し、妖怪(ようかい)を捜(さぐ)り唐僧(とうそう)を找(たず)ねるにも往(ゆ)かず、鉄棒(てつぼう)を捻(ひね)って一箇(ひとつ)の繍花針児(しゅうかしんじ=刺繍針)と作(な)し、耳朶(じた=耳)の裡(うち)に揌(おしこ)め、手(て)を輪(めぐ)らし開(ひら)き、かの牌子(はいす=札)と香炉(こうろ)とを拿(と)り将(も)ち起(あ)げ、雲光(うんこう)を返(かえ)し、径(ただち)に門(もん)を出でて去(さ)る。洞口(どうこう)に至(いた)るや、唏唏哈哈(ききかから=にこにこ)として笑(わら)い声(こえ)絶(た)えず。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)これを聴(き)き、洞口(どうこう)に掣(ひっさ)げ放(お)きて、行者(ぎょうじゃ)を迎(むか)えて言う、「哥哥(あに)のこのごとく歓喜(かんき)したまうは、想(おも)うに師父を救(すく)い出(いだ)したるならん」と。行者笑って言う、「我(われ)らの救(すく)うを要(よう)せず、ただこの牌子(はいす)に問(と)うて人(ひと)を要(もと)めん」と。八戒言う、「哥(あに)や、この牌子(はいす)は妖精(ようせい)に非(あら)ざるのみならず、また話(はなし)を為(な)すことを会(え)せず、いかにしてか彼(か)れに問(と)うて人(ひと)を要(もと)めん」と。行者、地(ち)の上(うえ)に放(お)き置(お)いて言う、 「汝(なんじ)ら看(み)よ!」 と。沙僧(さそう)、進(すす)み近(ちか)づきて看(み)る時(とき)、上(うえ)に『尊父李天王之位(そんぷりてんのうのい)』『尊兄哪吒三太子位(そんけいなたさんたいしのい)』と写(うつ)しあり。沙僧言う、「この意(こころ)は何(なん)ぞや」と。行者言う、「これかの妖精の家(いえ)の供養(くよう)せるところなり。我(われ)かの住居(じゅうきょ)の所(ところ)に闯(つ)け入(い)りしに、人迹(じんせき)の俱(みな)無(な)きを見(み)て、ただこの牌(はい)の有(あ)るのみ。想(おも)うに李天王(りてんのう)の女(むすめ)、三太子(さんたいし)の妹(いもうと)にして、凡(ぼん)を思(おも)いて下界(げかい)に降(くだ)り、妖邪(ようじゃ)に仮(かり)に扮(よそお)い、我(わ)が師父を摂(さら)い去(さ)りしならん。彼(か)れに問(と)うて人を要(もと)めずんば、却(かえ)って孰(たれ)にか問(と)わん。汝(なんじ)ら二人(ふたり)且(しばら)くここに在(あ)りて把守(はしゅ)せよ、老孫(ろうそん)のこの牌位(はいじ)を執(と)り、径(ただち)に天堂(てんどう)に上(のぼ)り玉帝(ぎょくてい)の前(まえ)に一箇の御状(ぎょじょう=天子への訴え)を告(こ)うし、天王(てんのう)の爺児(やじ=親子)らをして我が師父を還(かえ)さしむるを待(ま)て」と。八戒言う、 「哥(あに)や、常言(じょうげん)に道(いわ)く、『人を告(つ)ぐるに死罪(しざい)を得(う)れば死罪(しざい)を得(う)』と。須(かなら)ずこれ理(ことわり)の順(したが)うにして、方(はじ)めてこれを為(な)すべし。いわんや御状(ぎょじょう)はまた豈(あ)に軽(かろ)ろく告(こ)うべきものならんや。汝(なんじ)且(しばら)く我に与(とも)に説(と)け、いかにしてか彼(か)れを告(つ)ぐる」と。行者笑って言う、「我に主張(しゅちょう=考え)有(あ)り。我、この牌位(はいじ)香炉(こうろ)を把(も)ちて一箇の証見(しょうけん=証拠)と做(な)し、別(べつ)にまた紙状児(しじょうじ=紙の訴状)を備(そな)えん」と。八戒言う、 「状児(じょうじ=訴状)の上にいかにか写(うつ)す。汝(なんじ)且(しばら)くこれを念(よ)みて我(われ)に聴(き)かせよ」 と。行者言う、 「告状人孫悟空(こくじょうにんそんごくう)、年甲(ねんこう=年齢)牒(ちょう)に在(あ)り、東土唐朝(とうどとうちょう)の西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)る僧(そう)唐三蔵(とうさんぞう)が徒弟(でし)たり。 告(こく)するは仮妖(けよう=偽りの妖)の人口(じんこう)を摂(さら)い陷(おとしい)るるの事(こと)の為(ため)なり。 今(いま)托塔天王李靖(たくとうてんのうりせい)同(どう)に男(なん)哪吒太子(なったたいし)の、閨門(けいもん=奥向き)謹(つつし)まず、親女(しんじょ=実の娘)を走出(にげいだ)して、下方(かほう)の陥空山無底洞(かんくうざんむていどう)に在りて妖邪(ようじゃ)に変化(へんげ)し、人命(じんめい)を迷(まよ)わし害(そこな)うこと無数(むすう)なる有(あ)り。 今(いま)吾(わ)が師(し)を摂(さら)い陷(おとしい)れて曲邃(きょくすい=奥深き)の所(ところ)に在りて、渺(びょう)として尋(たず)ぬる処(ところ)無(な)し。 若(も)し状告(じょうこく=訴え出)せずんば、切(せつ)に思(おも)うに伊(かれ)が父子(ふし)不仁(ふじん)にして、故(ことさら)に女氏(じょし=娘)を縦(ほしいまま)にして精(せい)と成(な)り衆(しゅう)を害(そこな)わしむ。 伏(ふ)して憐(あわれ)み准(ゆる)して、行(ゆ)きて案(あん)に拘(こう)し至(いた)り、邪(じゃ)を収(おさ)め師(し)を救(すく)い、其(そ)の罪(つみ)を明(あきら)かに正(ただ)さんことを乞(こ)う。深(ふか)く恩便(おんべん=恩恵)を為(な)すものなり。 此(これ)有(あ)りて上告(じょうこく)す」 と。八戒・沙僧其(そ)の言(げん)を聞(き)き、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)して言う、「哥(あに)や、告(こ)うること理(ことわり)有(あ)り、必(かなら)ず上風(じょうふう=勝ち)を得(う)べし。切(きっ)と須(かなら)ず早(はや)く来(きた)れ、稍(すこ)しく遅(おく)るれば妖精の師父が性命(いのち)を傷(そこな)わんことを恐(おそ)る」と。行者言う、「我は疾(と)し!我は疾し!多時(おおとき)には飯(はん)熟(じゅく)し、少時(すことき)には茶(ちゃ)滚(わ)くほどにしてすなわち回(かえ)らん」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、この牌位(はいじ)香炉(こうろ)を執(と)り、身(み)を一縦(ひとおどり)して、祥雲(しょううん)に駕(が)して直(ただち)に南天門(なんてんもん)の外(そと)に至(いた)る。時(とき)に天門(てんもん)を把(まも)る大力天王(だいりきてんのう)と護国天王(ごこくてんのう)と行者の来るを見、箇箇(おのおの)みな背(せ)を控(ひき)め身(み)を躬(かが)めて、敢(あ)えて攔阻(らんそ=さえぎり留)めず、彼をして入らしむ。直(ただち)に通明殿(つうめいでん)の下(もと)に至(いた)れば、張葛許邱(ちょうかつきょきゅう)の四大天師(よんだいてんし)有(あ)りて、面(おもて)を迎(むか)えて礼(れい)を作(な)して言う、「大聖(たいせい)はいずこより来る」と。行者言う、「紙状児(しじょうじ)有(あ)りて、二人(ふたり)の者(もの)を告(こ)うと要(ほっ)するなり」と。天師(てんし)吃驚(びっくり)して言う、「この頼皮(らいひ=食わせ者)め、孰(たれ)をか告(つ)げんとするを知(し)らず」と。無奈(いたしかたなく)、彼を将(も)ちて霊霄殿(れいしょうでん)の下(もと)に引(ひ)き入れて啓奏(けいそう=申し上げ)す。旨(みことのり)を蒙(こうむ)りて宣(せん)じ入れられ、行者、牌位(はいじ)香炉(こうろ)を放下(おろ)し、上(かみ)に向(むか)いて礼(れい)を畢(おわ)り、状子(じょうす=訴状)を呈上(ていじょう=差し出す)。葛仙翁(かつせんおう)これを接(う)けて、御案(ぎょあん=天子の机)に鋪(し)く。玉帝(ぎょくてい)頭(かしら)より看(み)て、このごときこのごときと見(み)れば、すなわち原状(げんじょう)を将(も)ちて聖旨(せいし=勅旨)に批(ひ)し作(な)し、西方(せいほう)の長庚(ちょうこう)たる太白金星(たいはくきんせい)を宣(せん)じて旨(みことのり)を領(う)けて雲楼宮(うんろうきゅう)に到(いた)り、托塔李天王(たくとうりてんのう)を宣して見駕(けんが=天子に謁見)せしむ。行者、前(まえ)に進(すす)み出でて奏(そう)して言う、「望(のぞ)むらくは天主(てんしゅ)好(よ)く生(よく)懲治(ちょうじ=懲らしめ治)めたまえ。然(しか)らずんば、また別(べつ)に事端(じたん=騒ぎ)を生(しょう)ぜん」と。玉帝また吩咐(いいつけ)て言う、「原告(げんこく=訴え人)もまた去(ゆ)け」と。行者言う、「老孫(ろうそん)もまた去(ゆ)くか」と。 四天師(よんてんし)言う、「万歳(ばんぜい)すでに旨意(しい=勅命)を出(いだ)されたれば、汝(なんじ)金星(きんせい)と同(とも)に去(ゆ)くべし」と。行者、真(まこと)に金星(きんせい)に随(したが)いて、雲頭(うんとう)を縦(はな)ちて早(はや)くも雲楼宮(うんろうきゅう)に至(いた)る。元来(もと)これ天王(てんのう)の住宅(じゅうたく)にして、号(ごう)して雲楼宮(うんろうきゅう)と曰(い)う。金星、宮門首(きゅうもんしゅ=宮の門前)に一箇(ひとり)の童子(どうじ)の侍立(じりつ=かしこまり立つ)せるを見るに、かの童子金星を認(みと)め、すなわち裡に入りて報(しら)して言う、「太白金星(たいはくきんせい)の老爺(ろうや=ご主人)が来られました」と。天王(てんのう)すなわち出でて迎迓(げいが=迎え)し、また金星の旨意(しい)を捧(ささ)ぐるを見て、すなわち命(めい)じて香(こう)を焚(た)かしむ。身(み)を転(てん)ずるに及(およ)び、また行者(ぎょうじゃ)の跟(したが)い入るを見て、天王すなわちまた作怒(さくど=怒りを発)す。汝(なんじ)彼(か)れの作怒(さくど)するは何(なん)の為(ため)ぞと道(い)わば、 当年(とうねん=そのかみ)行者の天宮(てんぐう)を大(おお)いに闹(さわ)がしし時(とき)、玉帝かつて天王を降魔大元帥(ごうまだいげんすい)に封(ほう)じ、哪吒太子(なったたいし)を三壇海会之神(さんだんかいえのしん)に封じ、天兵(てんぺい)を帥領(すいりょう=率い)して行者を収降(しゅうこう=降伏させ連行)せしめしに、屡(しばしば)戦(たたか)うも勝(か)つを取(と)る能(あた)わざりき。これ還(けだ)し五百年前(ごひゃくねんぜん)に陣(じん)に敗(やぶ)れし仇気(あだぎ=遺恨)にして、些(いささ)か彼を悩(なや)ますところ有(あ)れば、このをもて作怒(さくど)せるなり。彼(か)れ且(しばら)くも忍(しの)びえずして言う、 「老長庚(ろうちょうこう)、汝(なんじ)が赍(たずさ)え来りしは何(なん)の旨意(しい)ぞ」 と。金星言う、「これ孫大聖(そんたいせい)の汝(なんじ)を告(つ)ぐる状子(じょうす)なり」と。かの天王、本(もと)煩悩(はんのう=心乱れ)せるに、「告(こく)」の字(じ)を説(い)うを聴(き)くや、一発(いっぱつ)に雷霆(らいてい=雷のごとく)大怒(だいど)して言う、「彼(か)れ我を告(つ)ぐるとは何(なん)としたるか」と。金星言う、「汝(なんじ)が仮妖(けよう)の人を摂(さら)い陷(おとしい)るるの事(こと)を告(こ)うるなり。汝、香(こう)を焚(た)きて、請(こ)う、自(みずか)ら開(ひら)き読(よ)め」と。かの天王、気(き)呼呼(ここ)として香案(こうあん=香を焚く机)を設(もう)け、空(くう)を望(のぞ)みて恩(おん)を謝(しゃ)す。拝(はい)し畢(おわ)り、旨意(しい)を展開(ひろげ)して看(み)れば、元来(もと)これこのごときこのごとき、如此如此(かくのごとくかくのごとく)にして、恨(うら)むらくは彼(か)れ手(て)もて香案(こうあん)を撲(う)ちて言う、「この猴頭(こうとう=猿め)!彼(か)れもまた我を錯(あやま)り告(つ)げたり!」と。金星言う、「且(しばら)く怒(いかり)を息(いこ)え。現(げん)に牌位(はいじ)香炉(こうろ)の御前(ごぜん)に在りて証(しょう)と作(な)り、汝(なんじ)が親女(しんじょ)なりと説(い)うぞ」と。天王言う、「我(われ)ただ三箇(みたり)の児子(むすこ)と一箇(ひとり)の女児(むすめ)と有(あ)るのみ。大(いちばん)の児(こ)は名(な)を金吒(こんだ)と曰(い)い、如来(にょらい)に侍奉(じほう=仕え)して、前部(ぜんぶ)の護法(ごほう)を做(な)す。二(にばん)の児は名を木吒(もくた)と曰い、南海(なんかい)に在りて観世音(かんぜおん)に随(したが)いて徒弟(でし)と為(な)る。三(さんばん)の児は名を得(え)て哪吒(なった)と曰い、我が身辺(しんぺん=そば)に在りて、早晩(ちょうそう=朝な夕な)朝(みかど)に随(した)がいて護駕(ごが=みかどをお守)す。一女(ひとり)は年(とし)方(まさ)に七歳(ななつ)、名(な)を貞英(ていえい)と曰(い)うに、人事(じんじ=人の世のこと)いまだ省得(さと)らざるに、いかでか妖精と做(な)ることを会(え)せん! 信(しん)ぜずんば、抱(いだ)き出(いだ)して汝(なんじ)に看せん。この猴頭(こうとう)め、着実(じゃつじつ=まったく)無礼(ぶれい)なり!且(しばら)く我(われ)の天上(てんじょう)の元勲(げんくん=古き功臣)にして、先斬後奏(さきに斬り後に奏す)の職(しょく)を封受(ほうじゅ=授かり)たるを言(い)わず、すなわち下界(げかい)の小民(しょうみん)なりとも、また誣告(ふこく=偽り告げる)すべからず。律(りつ)に云(いわ)く、『誣告(ふこく)は三等(さんとう)を加(くわ)う』と」 と。手下(しゅか=家来)に叫って言う、「縛妖索(ばくようじゃく=妖を縛る縄)を将ちてこの猴頭(こうとう)を捆(くく)れ!」と。かの庭下(ていか=庭のもと)に巨霊神(きょれいしん)・魚肚将(ぎょとしょう)・薬叉雄帥(やくしゃゆうすい)の擺列(ならびつらな)れるありしが、一擁(いちよう)して前(まえ)に進(すす)み、行者を捆(くく)り了(おわ)んぬ。金星言う、「李天王(りてんのう)、闖禍(ちょうか=禍を起こ)す莫(な)かれ!我(われ)御前(ごぜん)に在りて彼と同(とも)に旨意(しい)を領(う)けて汝(なんじ)が人を宣(せん)じに来れるなり。汝(なんじ)がかの索児(じゃくじ=縄)は頗(すこぶ)る重(おも)し、一時(ひととき)に彼を捆(くく)り壊(こわ)さば、閤気(こうき=揉め事)ならん」と。天王言う、「金星(きんせい)や、彼(か)れのこのごとく詐偽(さぎ=いつわり)して告え擾(みだ)すが如(ごと)きは、いかでか容(ゆる)すべきや!汝(なんじ)且(しばら)く坐下(ざげ)せよ、我(われ)が砍妖刀(かんようとう=妖を斬る刀)を取(と)りてこの猴頭(こうとう)を砍(き)らんを待(ま)て、然(しか)して後(のち)に汝(なんじ)と与(とも)に見駕(けんが)して旨(むね)を回さん」と。金星、彼(か)れの刀(かたな)を取(と)るを見、心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、行者に向(むか)いて言う、「汝(なんじ)が事(こと)を幹(おこな)うは差(たが)えり。御状(ぎょじょう)は豈(あ)に軽(かろ)ろく告うべきものならんや。汝(なんじ)また的実(てきじつ=確かなること)を訪(たず)ねず、このごとく乱(みだ)りに弄(いじ)りて、其(そ)が性命(いのち)を傷(そこな)わば、いかんか好からん」と。行者、全(まった)く懼(おそ)れず、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として言う、「老官児(ろうかんじ=おじいさん)放心(ほうしん)せよ、些(いささ)かも事無(な)し。老孫(ろうそん)が売買(ばいばい=商売)は、元(も)とこのごとく做(な)すものなり。一定(かなら)ず先(まず)輸(ま)けて後(のち)に贏(か)たん」と。 説(いう)了(おわ)らざるに、天王刀(かたな)を輪(めぐ)らし過(よ)ぎ来り、行者を望(めが)けて頭(かしら)を劈(つんざ)いてすなわち砍(き)る。早(はや)くもかの三太子(さんたいし)の趕(お)い前(すす)み出で、斬腰剣(ざんようけん=腰を斬る剣)を将ちて架(かま)え住(とど)め、叫って言う、「父王(ふおう)、怒(いかり)を息(いこ)え」と。天王、大(おお)いに驚(おどろ)きて色(しき=顔色)を失(うしな)う。噫(ああ)! 父(ちち)子(こ)が剣(けん)をもちて刀(かたな)を架(かま)うるを見なば、すなわち当(まさ)に喝(しか)り退(しりぞ)くべしに、いかにしてか却って大(おお)いに驚(おどろ)き色(しき)を失(うしな)うや。元来(もと)天王(てんのう)この子(こ)を生(う)みし時(とき)、彼の左手(ひだりて)の掌(てのひら)の上に一箇の『哪(な)』の字(じ)有(あ)り、右手(みぎて)の掌(たなごころ)の上に一箇の『吒(た)』の字有(あ)りしかば、故(ゆえ)に名(な)づけて哪吒(なった)と曰(い)う。この太子(たいし)、三朝児(さんちょうじ=生後三日)にしてすでに海(うみ)に下(くだ)り身(み)を浄(きよ)めて闖禍(ちょうか)し、水晶宮(すいしょうきゅう)を踏(ふ)み倒(たお)し、蛟龍(こうりゅう=みずち)を捉(とら)え住(とど)めて筋(すじ)を抽(ぬ)きて縧子(とうす=組紐)と為(な)さんと要(もと)めき。天王これを知(し)り、後患(こうかん=後の災い)を生(しょう)ぜんことを恐(おそ)れて、之(これ)を殺(ころ)さんと欲(ほっ)す。哪吒(なった)奮怒(ふんぬ=奮い怒り)、刀(かたな)を手に将(と)り、肉(にく)を割(さ)きて母(はは)に還(かえ)し、骨(ほね)を剔(えぐ)りて父(ちち)に還(かえ)し、父の精(せい)母の血(ち)を還(かえ)し了(おわ)りて、一点(ひとつぶ)の霊魂(れいこん)は径(ただち)に西方極楽世界(せいほうごくらくせかい)に到(いた)りて仏(ほとけ)に告う。仏、正(まさ)に衆(しゅう)の菩薩(ぼさつ)と与(とも)に経(きょう)を講(こう)じおるに、ただ幢幡宝蓋(どうばんほうがい=仏の幡と天蓋)の裡より人の「救命(たすけたまえ)!」と叫るを聞(き)くのみ。仏、慧眼(えげん=智慧の眼)もて一(ひと)たび看て、これ哪吒(なった)の魂(たましい)なるを知(し)り、すなわち碧藕(へきぐう=青き蓮根)を将ちて骨(ほね)と為し、荷葉(かよう=蓮の葉)を以(も)ちて衣(ころも)と為し、起死回生(きしかいせい=死を起こし生に回る)の真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かせば、哪吒(なった)遂(つい)に性命(いのち)を得(え)たり。神力(しんりき)を運用(うんよう=働か)して、法(ほう)もて九十六洞(きゅうじゅうろくどう)の妖魔(ようま)を降(くだ)し、神通(じんずう)広大(こうだい)なりしかば、後(のち)に天王(てんのう)を殺(ころ)して、かの剔骨(てきこつ=骨をえぐる)の仇(あだ)を報(むく)いんと要(ほっ)す。天王無奈(いたしかたなく)、我(わ)が仏(ほとけ)如来(にょらい)に告(つ)げ求(もと)む。如来、和(わ)を以(も)って尚(たっと)び、彼れに一座(ひとつ)の玲瓏剔透(れいろうてきとう=透き通るほど精巧)の舎利子(しゃりし)如意黄金宝塔(にょいおうごんほうとう)を賜(たま)う。かの塔(とう)の上には層層(そうそう=層ごと)に仏(ほとけ)有(あ)りて、艶艶(えんえん)として光明(こうみょう)なり。哪吒を喚(よ)びて仏を以(も)って父(ちち)と為し、冤仇(えんきゅう=恨みの敵)を釈(と)き了(おわ)んぬ。ゆえに称(とな)えて托塔李天王(たくとうりてんのう)と曰(い)うは、これなり。今日(こんにち)閑(ひま)によりて家(いえ)に在りて、いまだかつてかの塔(とう)を托(たく=いただき持)さざりしにより、恐(おそ)らくは哪吒に報仇(ほうきゅう=仇を報いる)の意(こころ)有(あ)らんかとて、故(ゆえ)に嚇(おどろ)かされて大きに驚き色(しき)を失(うしな)えるなり。すなわち却って手を回(めぐ)らし、塔座(とうざ=塔の台座)の上に向(むか)いて黄金宝塔(おうごんほうとう)を取(と)り、手の間(あいだ)に托(いただ)きて哪吒に問(と)うて言う、「孩児(がいじ=わが子)よ、汝(なんじ)剣(けん)をもちて我(わ)が刀(かたな)を架(かま)え住(とど)むるは、何の話(はなし)か有(あ)る」と。哪吒、剣(けん)を棄(す)てて頭(こうべ)を叩(う)って言う、「父王(ふおう)、是(こ)れ女児(むすめ)の下界(げかい)に在る有ります」と。天王言う、「孩児(がいじ)よ、我(われ)ただ汝(なんじ)ら姉妹(しまい)四人(よたり)を生(しょう)ぜしのみ、いずこにかまた一箇(ひとり)の女児(むすめ)の有らんや」と。哪吒言う、「父王(ふおう)は忘(わす)れたまえり。かの女児(むすめ)は元来(もと)これ一箇(ひとり)の妖精にして、三百年前(さんびゃくねんぜん)に怪(かい)と成(な)り、霊山(りょうざん)に在りて如来(にょらい)の香花宝燭(こうかほうしょく=香花と宝の燭)を偸(ぬす)み食(くら)いしを、如来、我(われ)が父子(ふし)と天兵(てんぺい)を差(つか)わして、彼れを拿(とら)え住めしめたまえり。拿(とら)え住めし時(とき)、ただ当(まさ)に打(う)ち殺(ころ)すべきなるに、如来吩咐(いいつけ)て道(のたま)わく、『積水(せきすい=水をたたえ)て魚(うお)を養(やしな)えば終(つい)に釣(つ)らず、深山(しんざん)に鹿(しか)を喂(やしな)いては長生(ちょうせい)を望(のぞ)む』と。当時(そのとき)其(そ)が性命(いのち)を饒(ゆる)したまえり。この恩念(おんねん=恩義)を積(つ)みて、父王(ふおう)を拝(おが)みて父(ちち)と為し、孩児(がいじ=わたくし)を拝(おが)みて兄(あに)と為し、下方(かほう)に在りて牌位(はいじ)を供設(きょうせつ=供え設)け、香火(こうか=線香の火)を侍奉(じほう)せしむ。期(き)せずや彼れまた精(せい)と成(な)りて、唐僧(とうそう)を陷(おとしい)れ害(そこな)いしを、却って孫行者(そんぎょうじゃ)に巣穴(そうけつ)の間(あいだ)に捜尋(そうじん=捜し求)め到(いた)られ、牌位(はいじ)を将ちて拿(と)り来り、すなわち名(な)に做(な)して御状(ぎょじょう)を告うるに至(いた)れり。 これ結拝(けっぱい=義兄弟の契り)の恩女(おんじょ=恩義ある娘)にして、我(わ)が同胞(どうほう=同じ腹)の親妹(しんまい)に非(あら)ざるなり」 と。天王(てんのう)言(げん)を聞(き)きて悚然(しょうぜん=ぞっと)として驚訝(きょうが=驚き怪しみ)して言う、 「孩児(がいじ)よ、我(われ)実(げ)に忘(わす)れたり。彼れは何と名(な)を喚(よ)ぶや」 と。太子(たいし)言う、「彼れに三箇(みつ)の名(な)有り、 其(そ)の本身(ほんしん)の出処(しゅっしょ=本来の素性)は、金鼻白毛老鼠精(きんびはくもうろうそせい)と喚(よ)び、 香花宝燭(こうかほうしょく)を偸(ぬす)みしに因(よ)りて、名を改(あらた)めて半截観音(はんせつかんのん)と喚(よ)び、 如今(いま)彼れを下界(げかい)に饒(ゆる)して、また改(あらた)めて、地湧夫人(ちゆうふじん)と喚(よ)ぶ是(これ)なり」 と。天王(てんのう)却って才(ようや)く省悟(せいご=悟り覚)り、宝塔(ほうとう)を放下(おろ)し、すなわち手を親(みずか)ら下(くだ)して来りて行者(ぎょうじゃ)を解(と)かんとす。行者すなわち刁(そら=強請)を放(ほしいまま)に起(おこ)して言う、 「孰(たれ)か敢(あ)えて我(われ)を解(と)かん!要(もと)むらくは縄児(じょうじ=縄)もろともに抬(かつ)きて見駕(けんが)しに往かばこそ、老孫(ろうそん)が官事(かんじ=訴訟)は才(ようや)く贏(か)たん!」 と。 慌(あわ)てたるかな天王(てんのう)、手軟(よわ)み、太子(たいし)言(ことば)無く、衆(しゅう)の家将(かしょう=家来の将)は委委(いい=しおしお)として退(しりぞ)く。かの大聖(たいせい)は地(ち)に打(う)ち滚(ころ)び撒頼(さらい=だだをこね)て、ただ天王(てんのう)の見駕(けんが)しに去(ゆ)くを要(もと)む。天王計(けい)を施(ほどこ)す可(べ)き無く、哀(あわれ)みて金星(きんせい)に方便(ほうべん=とりなし)を説(と)きてくれんことを求(もと)む。金星言う、「古人(こじん)云(いわ)く、『万事(ばんじ)寛(かん=寛大)より従(したが)う』と。汝(なんじ)が事を幹(おこな)うは忒(はなは)だ些(いささ)か緊(きつ)かりき、すなわち彼れを把(も)ちて捆(くく)り住め、また彼を殺(ころ)さんとせしは。この猴(さる)はこれ名(な)の有る頼皮(らいひ)なれば、汝(なんじ)今(いま)我(われ)をしていかにか処(しょ)せんことを教(おし)うるか!もし汝が令郎(れいろう=若君)の講(い)い起(お)こすところを論(ろん)ぜば、恩女(おんじょ)なりと雖(いえど)も、親女(しんじょ)に非(あら)ざれども、却ってまた晩親(ばんしん=後に結びし親)の義(ぎ)重(おも)ければ、いかにか折弁(せつべん=申し開き)するをも拘(かかわ)らず、汝にもまた一箇の罪名(ざいめい)有るべし」と。天王言う、「老星(ろうせい)はいかにして方便(ほうべん)を説(と)きてくれなば、すなわち罪(つみ)無からん」と。金星言う、 「我(われ)もまた汝らを和解(わげ=仲直り)せしめんと要(ほっ)すれど、ただこれ情(じょう=道理)の説(と)く可(べき)無きのみ」 と。天王笑って言う、「汝かの招安(しょうあん=招き安んず)を奏(そう)して官銜(かんがん=官職)を授(さず)けられし事を説(と)き説(と)かば、彼れもまた罷(や)まん」と。真(まこと)に金星、前(まえ)に進(すす)み、手を将ちて行者を摸(さす)りて言う、「大聖(たいせい)、我(わ)が薄面(はくめん=面子)を看て、縄(なわ)を解(と)きて好く見駕(けんが)に去(ゆ)かれよ」と。行者言う、「老官児(ろうかんじ)、解(と)くを用(もち)いず、我(われ)は滚法(ころびほう=転がる術)を会(え)するが、一路(ひとすじ)に滚(ころ)べばすなわち滚(ころ)び到(いた)るなり」と。金星笑って言う、「汝この猴(さる)め、忒(はなは)だ恁(か)くも寡情(かじょう=情け無)し。我(われ)昔日(むかし)もまた些(いささ)かの恩義児(おんぎ=恩義)の汝に到れる有りしに、汝この些些(ささ=ちょっと)の事すら、すなわち我に依(よ)らざるか」と。 行者言う、「汝我(われ)と与(とも)に何の恩義(おんぎ)か有る」と。金星言う、「汝当年(とうねん)花果山(かかざん)に在りて怪(かい)と為り、虎(とら)を伏(ふく)し龍(りゅう)を降(くだ)し、強(あなが)ちに死籍(しせき=死者の名簿)を消(け)し、群妖(ぐんよう=妖の群れ)を聚(あつ)めて大(おお)いに肆(ほしいまま)に猖狂(しょうきょう)せしとき、天(てん)上(かみ)汝を擒(とら)えんと欲(ほっ)せしに、これ老身(ろうしん=このわたし)の力(つと)め奏(そう)し、旨(みことのり)を降(くだ)して招安(しょうあん)し、汝を把(も)ちて天堂(てんどう)に宣(せん)じ上(のぼ)せ、汝を封(ほう)じて弼馬温(ひつばおん)と做したるはなり。汝、玉帝(ぎょくてい)の仙酒(せんしゅ)を吃(の)み、後(のち)また招安(しょうあん)せられしも、またこれ老身(ろうしん)の力め奏して、汝を封じて斉天大聖(せいてんたいせい)と做したるなり。汝また本分(ほんぶん=身の程)を守(まも)らず、桃(もも)を偸(ぬす)み酒(さけ)を盗(ぬす)み、老君(ろうくん)の丹(たん)を窃(ぬす)み、如此如此(かくかくしかじか)にして、才(ようや)く無滅無生(むめつむしょう=滅も無く生も無き)を得(え)たり。若(も)し我(われ)に非(あら)ずんば、汝いかでか今日(こんにち)に到るを得(え)ん」と。行者言う、「古人(こじん)説(と)きて好く云(いわ)く、『死(し)しては莫(なか)れ老頭児(ろうとうじ=じいさま)と同(おな)じき墓(はか)に居(お)れ、清(きよ)く浄(きれい)に人を掲挑(けいちょう=あばき立て)るを会(え)するなり』と。我(われ)もただ弼馬温(ひつばおん)を做し、天宮(てんぐう)を闹(さわ)がししのみにて、また何の大(おお)なる事も無し。しからば、しからば、汝が老人家(ろうじんか=お年寄り)が面皮(めんぴ=顔)を看て、還(かえ)って彼れ自(みずか)ら来りて解(と)かしめん」と。天王才(ようや)く敢(あ)えて前(まえ)に進(すす)み、縛(いましめ)を解(と)き、請(こ)うて行者に衣(ころも)を着(き)けて上坐(じょうざ=上座)せしめ、一一(ひとりひとり)前(まえ)に進(すす)みて礼(れい)を施(ほどこ)す。 行者、金星(きんせい)に朝(むか)いて言う、「老官児(ろうかんじ)よ、何如(いかん)?我(われ)先(まず)輸(ま)けて後(のち)に贏(か)つと説(い)いしが、売買児(ばいばいじ=商売)は元(も)とこのごとく做するものぞ。疾(と)く彼れを催(うなが)して見駕(けんが)に去かしめ、我(わ)が師父を誤(あやま)る莫(な)かれ」と。金星言う、「忙(いそ)ぐ莫(な)かれ。この一会(ひととき)を弄(いじ)りたりしかば、また一盞(ひとつぎ)の茶(ちゃ)を吃(の)みて去かん」と。行者言う、「汝彼が茶(ちゃ)を吃(の)み、其(そ)が私(わたくし)を受(う)け、犯人(はんにん)を売放(ばいほう=賄賂で釈放)し、聖旨(せいし)を軽慢(けいまん=軽んじ)せば、汝何の罪(つみ)を得(え)ん」と。金星言う、「茶(ちゃ)を吃(の)まじ!茶を吃まじ!我すらもまた頼(らい=難癖)を将ちて起(おこ)されたり!李天王(りてんのう)、疾(と)く走(はし)れ疾く走れ!」と。天王いずくんぞ敢(あ)えて去かん、彼れの無きを説(と)いて有るに做し、刁(そら)を放(ほしいまま)に起し、口(くち)の裡に胡(みだ)りに説(い)い乱(みだ)りに道(い)わんことを怕(おそ)るれば、いかでか彼れと与(とも)に折弁(せつべん)せん、没奈何(いたしかたなく)、また金星(きんせい)に央(たの)みて、方便(ほうべん)を説(と)かれんことを教(おし)う。金星言う、「我一箇の話児(ことば)有り、汝我に依(よ)る可(べ)きか」と。行者言う、「縄(なわ)に捆(くく)られ刀(かたな)に砍(き)られし事は、我もまた通(ことごと)く汝が面(めん=顔)を看たり、また何の話(はなし)か有る。汝説(い)え!汝説え!説きて好ければ、すなわち汝に依(よ)らん。説きて好からざれば、怪(とが)むる莫(な)かれ」と。 金星(きんせい)言う、「一日(いちじつ)の官事(かんじ)は十日(とおか)の打(だ=拷問)なり。汝御状(ぎょじょう)を告えて、妖精は天王が女児(むすめ)なりと説えば、天王は非(しか)らずと説う。汝ら二人(ふたり)ただ管(ひたすら)に御前(ごぜん)に在りて折弁(せつべん)し、反復(はんぷく)して已(や)まざらん。我説わく、天上(てんじょう)の一日(いちじつ)は、下界(げかい)においてはすなわち一年(いちねん)なり。この一年の間(あいだ)に、かの妖精汝が師父を洞中(どうちゅう)に陷(おとしい)れて、親(よわい=婚姻)を成(な)すは申すに及(およ)ばず、若(も)し喜花(きか=懐妊)して児子(こ)を下(う)むこと有らば、すでに一箇(ひとり)の小和尚児(こおしょうじ=小坊主)を生(う)みたりなん、却って大事(だいじ)を誤(あやま)たずや」と。行者、頭(こうべ)を低(た)れて想(おも)って言う、「是(さ)なり!我八戒・沙僧を離(はな)るるに、ただ多時(おおとき)には飯(はん)熟(じゅく)し、少時(すことき)には茶(ちゃ)滚(わ)くほどにして回ると説いしに、今(いま)すでにこの半会(はんとき=しばらく)を弄(いじ)りたり、却って遅(おく)れざらんや。老官児(ろうかんじ)、既(すで)に汝が説(いう)に依(よ)らば、この旨意(しい)はいかにしてか回繳(かいきゃく=返上)せん」と。 金星(きんせい)言う、「李天王(りてんのう)に兵(へい)を点(てん=召集)させ、汝と同(とも)に下(くだ)りて妖(よう)を降(くだ)さしめ、我は往きて旨(むね)を回さん」と。行者言う、 「汝はいかようにか回す」 と。金星言う、「我ただ原告(げんこく)は脱逃(だっとう=逃げ去)り、被告(ひこく)は免提(めんてい=召喚免除)すと説わん」と。行者笑って言う、「好しや!我は却って汝が面情(めんじょう=顔)を看て罷(や)まんとするに、汝は却って我の脱逃(だっとう)せしと説うか!彼れをして兵(へい)を点じて南天門(なんてんもん)の外(そと)に在りて我を等(ま)たしめよ、我すなわち汝と与(とも)に回旨(かいし=勅命を返し)して状(じょう)を繳(ささ)げに去かん」と。天王怕(おそ)れて言う、「彼れこの一去(ひとたびゆき)に、若(も)し言語(げんご=ことば)有らば、これ臣(しん)の君(きみ)に背(そむ)くなり」と。行者言う、「汝は老孫(ろうそん)を何の様(よう)なる人と当(あて)るや。我もまたこれ一箇(ひとり)の大丈夫(だいじょうぶ)なり!一言(いちげん)既(すで)に出でなば、駟馬(しば=四頭立ての馬)も追(お)い難(がた)し、豈(あ)にまた汚言(おげん=汚いことば)有りて汝に頂(むく)いんや」と。天王すなわち行者に謝(しゃ)し、行者金星(きんせい)と与(とも)に回旨(かいし)す。天王、本部(ほんぶ)の天兵(てんぺい)を点じ起し、径(ただち)に南天門(なんてんもん)の外(そと)に出づ。金星(きんせい)と行者回りて玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えて言う、「唐僧(とうそう)を陷(おとしい)れし者(もの)は、これ金鼻白毛老鼠(きんびはくもうろうそ)の成(な)りて精(せい)と為りしものにして、仮(かり)に天王父子(ふし)が牌位(はいじ)を設(もう)けたるなり。天王これを知(し)り、すでに兵(へい)を点じて怪(かい)を収(おさ)めに往きしかば、望(のぞ)むらくは天尊(てんそん)罪(つみ)を赦(ゆる)したまえ」と。玉帝すでにこの情(じょう=事情)を知り、天恩(てんおん)を降(くだ)して究(きわ)むるを免(めん)ず。行者すなわち雲光(うんこう)を返(かえ)し、南天門(なんてんもん)の外(そと)に到れば、天王・太子(たいし)の天兵(てんぺい)を布列(ふれつ=並べ備え)して等候(まつ)せるを見る。噫(ああ)!かの些(これ)らの神将(しんしょう)、風(かぜ)滾滾(ころころ)、霧(きり)騰騰(とうとう)として、大聖(たいせい)を接(むか)え住め、一斉(いっせい)に雲頭(うんとう)を墜(おと)して、早(はや)くも陥空山(かんくうざん)の上に到りぬ。 八戒・沙僧眼巴巴(がんぱぱ=待ちかね)て正(まさ)に等(ま)ちおるに、ただ天兵(てんぺい)と行者の来るを見る。呆子(あほう)、天王を迎(むか)えて礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「累及(るいきゅう=ご迷惑を)!累及(るいきゅう=ご苦労を)!」と。天王言う、「天蓬元帥(てんぽうげんすい)、汝は却って知らざるか、ただ我が父子(ふし)の彼れが一炷(ひとすじ)の香(こう)を受(う)けしに因(よ)りて、妖精をして無理(むり)を致(いた)さしめ、汝が師父を困(くるし)めたり。来ること遅(おそ)かりしも怪(とが)むる莫(な)かれ。この山(やま)はすなわちこれ陥空山(かんくうざん)なるか。ただ知らず、其(そ)が洞門(どうもん)はまた何方(いずかた)に向(むか)いて開(ひら)くや」と。行者言う、 「我がこの路(みち)はかつて歩(あゆ)み熟(な)れたり。ただこの洞(どう)を喚(よ)んで無底洞(むていどう)と做し、周囲(しゅうい)三百余里(さんびゃくより)有りて、妖精の窠穴(かけつ)甚(はなは)だ多(おお)し。前番(ぜんばん)我が師父はかの両滴水(りょうてきすい=雨だれ)の門楼(ろう)の裡に在りしに、この番(たび)は静悄悄(しずか)として、鬼(おに)の影(かげ)すらもまた箇(ひとつ)無く、いずこへかまた搬(うつ)り往きしを知らざるなり」 と。天王言う、「彼れの千般(せんぱん=さまざま)の計(けい)を設(もう)け尽(つく)すに任(まか)すとも、天羅地網(てんらちもう=天の網と地の罠)の中(うち)を脱(のが)るるに難(かた)し。洞門(どうもん)の前(まえ)に到りて、また作道理(さどうり=分別)せん」と。大家(みな)すなわち行(ゆ)く。咦(ああ)、約(およ)そ十余里(じゅうより)有るに、すなわちかの大石(たいせき)の辺(ほとり)に到る。行者、かの缸口(こうこう=甕の口)ほどの大いさなる門児(もんじ)を指(さ)して言う、「兀的(あれ)すなわちこれなり」と。天王言う、「虎穴(こけつ=虎の穴)に入らずんば、いずくんぞ虎子(こじ=虎の子)を得(え)ん!孰(たれ)か敢(あ)えて当先(とうせん=先頭)に立(た)たん」と。行者言う、「我当先(とうせん)せん」と。三太子(さんたいし)言う、「我旨(みことのり)を奉(ほう)じて妖(よう)を降(くだ)す、我当先(とうせん)せん」と。かの呆子(あほう)すなわち莽撞(もうとう=荒々しく)起り、声(こえ)を高(たか)うして叫って言う、「当頭(とうとう=先頭)には還(かえ)って我が老豬(ろうちょ=この豚)を用(もち)いよ!」と。天王言う、「囉唣(らそう=ごたごた)するを須(もち)いず、ただ我(わ)が分擺(ぶんぱい=手配)に依(よ)れ。孫大聖(そんたいせい)と太子(たいし)と同(とも)に兵将(へいしょう)を領(ひき)いて下(くだ)り往き、我ら三人(さんにん)は口(くち)の上(ほとり)に在りて把守(はしゅ)し、一箇の裏応外合(りおうがいごう=内外呼応)を做し、彼れをして天(てん)に上(のぼ)るに路(みち)無く、地(ち)に入るに門(もん)無からしめて、才(ようや)く些些(ささ=いささか)の手段(てだて)を顕(あらわ)さん」と。衆人(しゅじん)みな一声(ひとこえ)に応(こた)えて「是(しか)り」と。 汝看よ、かの行者と三太子(さんたいし)、兵将(へいしょう)を領(ひき)いて、洞の裡を望(めが)けてただ一溜(ひとすべり)なり。雲光(うんこう)を駕(が)し起し、閃閃爍爍(せんせんしゃくしゃく=きらきら)として、頭(こうべ)を抬(あ)げて一望(いちぼう)すれば、果(はた)して好き一箇の洞なるかな、 依(よ)りて旧(もと)の如(ごと)き双輪(そうりん=日輪と月輪)の日月(じつげつ)、照(てら)すこと般(ひと)しく一望(いちぼう=見わたし)の山川(さんせん)。 珠淵玉井(しゅえんぎょくせい=珠の淵に玉の井)に暖(あたたか)かに烟(けむり)を韜(つつ)み、更(さら)に許多(あまた)の羨(うらや)むに堪(た)えたる有り。 迭迭(じょうじょう=重なり)たる朱楼画閣(しゅろうがかく)、嶷嶷(ぎょくぎょく=そびえ)たる赤壁青田(せきへきせいでん)。 三春(さんしゅん)の楊柳(ようりゅう)と九秋(きゅうしゅう)の蓮(はす)、兀的(あれ)洞天(どうてん=仙郷)も罕(まれ)なり。 と。頃刻間(しばらく)にして、雲光(うんこう)を停(とど)め住め、径(ただち)にかの妖精が旧宅(きゅうたく)に到る。門児(もんじ)に挨(つ)いて捜尋(そうじん)め、吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわい)と、一重(ひとえ)また一重、一処(ひとところ)また一処、かの三百里(さんびゃくり)の地(ち)の草(くさ)を把(も)ちてみな踏(ふ)み光(つく)し了(おわ)りぬれど、いずこにか箇(ひとり)の妖精を見んや。いずこにか箇の三蔵(さんぞう)を見んや。みなただ言う、「この孽畜(げっちく=畜生め)は一定(かなら)ず早(はや)くこの洞を出でて、遠(とお)くへ去(さ)りたりなん」と。それかの東南(とうなん)の黒(くろ)き隅(すみ)の上(ほとり)に、下(した)を望(のぞ)めば、別(べつ)に一箇の小洞(しょうどう)の有るを、いずくんぞ知らんや。洞の裡に一重(ひとえ)の小々(ちいさ)き門(もん)、一間(ひとま)の矮矮(あいあい=低き)の屋(いえ)、盆栽(ぼんさい)に幾種(いくしゅ)かの花(はな)を植(う)え、檐(のき)には数竿(すうかん=数本)の竹(たけ)を傍(そ)えたり。黒気(こくき)氳氳(うんうん=もうもう)、暗香(あんこう)馥馥(ふくふく=こうばしく)、老怪(ろうかい)三蔵(さんぞう)を摂(さら)いて、ここに搬(うつ)りて逼(せま)り住めて親(よわい)を成(な)さんとし、ただ行者の再(ふたた)び找(たず)ね著(あ)つること能(あた)わじとのみ説(おも)えり。 孰(たれ)か知らん、彼れが命(めい)の合(あた)に該(あた)りて休(や)むべきを。かの些(これ)らの小怪(しょうかい)裡に在りて、箇箇(おのおの)嚌嚌嘈嘈(せいせいそうそう=がやがや)、挨挨簇簇(あいあいぞくぞく=ひしめき)たり。中(なか)に一箇(ひとり)の些(いささ)か大胆(だいたん)なる者有(あ)りて、頸(くび)を伸(の)し起(あ)げ、洞外(どうがい)を望(のぞ)んで少(すこ)しく一見(ひとみ)せしに、一頭(いちとう=いきなり)箇(ひとり)の天兵(てんぺい)に撞(ぶつか)り、一声(ひとこえ)嚷(わめ)いて言う、「ここに在り!」と。かの行者性(せい)を悩(なや)まし起し、金箍棒(きんこぼう)を捻(ひね)って、一下(ひとつ)に闯(つ)け入りて往けば、かの裡辺(うち)は窄小(さくしょう=狭く)して、一窟(ひとあな)の妖精を窩(すくわ)せり。三太子(さんたいし)天兵(てんぺい)を縦(はな)ち起し、一斉(いっせい)に擁(お)し上(あが)れば、箇箇(おのおの)いずこへか避(さ)け往かんや。行者、唐僧(とうそう)と、かの龍馬(りゅうば)と、かの行李(こうり)とを尋(たず)ね著(あ)つ。かの老怪(ろうかい)尋思(じんし=思案)に路(みち)無く、哪吒太子(なったたいし)を看ては、ただ頭(こうべ)を磕(う)ちて命(いのち)を求(もと)む。太子言う、 「これ玉旨(ぎょくし=天子の命)にてもちて汝を拿(とら)えに来れるなり、小可(しょうか=些細)に当(あた)らず。我が父子(ふし)はただ一炷(ひとすじ)の香(こう)を受(う)けしが為(ため)に、些(いささ)か和尚(おしょう)の木(き)を拖(ひ)きて 寺(じ=寺、事にかけた洒落)を做出(つくりだ)し了(おわ)るるところなりき!」 と。啈(こわ)だかに一声(ひとこえ)言う、「天兵(てんぺい)ら、縛妖索(ばくようじゃく)を取(と)り下(おろ)して、かの些(これ)らの妖精を把(も)ちてみな捆(くく)れ!」と。老怪(ろうかい)もまた一場(ひとしきり)の苦楚(くそ=苦しみ)を吃(な)めざるを得(え)ず。雲光(うんこう)を返(かえ)し、一斉(いっせい)に洞を出づ。行者が口(くち)の裡嘻嘻嗄嗄(ききああ=にこにこ)たり。天王、洞口(どうこう)を掣(ひら)きて、行者を迎(むか)えて言う、「今番(こんばん)こそ却って汝が師父に見(まみ)えん」と。行者言う、「多謝(たしゃ)したり!多謝したり!」と。すなわち三蔵(さんぞう)を引(ひ)きて天王に拝謝(はいしゃ=拝み謝)せしめ、次(つい)で太子(たいし)に及(およ)ぶ。沙僧・八戒はただかの老精(ろうせい)を砕(くだ)き剮(ばら)かんと要(ほっ)するのみなるに、天王言う、「彼れはこれ玉旨(ぎょくし)を奉(ほう)じて拿(とら)えたるものなれば、軽(かろ)ろくすべからず。我らはまた去きて旨(むね)を回さんことを要(よう)するなり」と。一方(ひとかた)にて天王は三太子(さんたいし)と同(とも)に天兵神将(てんぺいしんしょう)を領(ひき)い、妖精を押(おさ)え住めて、天曹(てんそう=天の役所)に奏(そう)しに往き、発落(はつらく=沙汰)を聴(き)き候(うかが)う。一方(ひとかた)にて行者は唐僧(とうそう)を擁(よう)し、沙僧行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう=まとめ)、八戒馬(うま)を攏(ひきよ)せ、請(こ)うて唐僧(とうそう)の馬(うま)に騎(の)りたまわしめ、斉(ひと)しく大路(たいろ)に上(のぼ)る。これ正(まさ)に、 糸蘿(しら=つる草のたとえ)を割(さ)ち断(た)ちて金海(きんかい=金の海)を乾(ほ)し、玉鎖(ぎょくさ=玉の錠)を打(う)ち開(あ)けて樊籠(はんろう=鳥かご)を出づ。 と。畢竟(ひっきょう)いまだ前(まえ)に去きて如何(いかん)なるを知らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第八十四回 伽持(かじ)は滅(めっ)し難(がた)く大覚(だいかく)円(まど)かなり 法王(ほうおう)正体(しょうたい)を成(な)して天然(てんねん)なり 話(わ)に説(い)わく、唐三蔵(とうさんぞう)元陽(げんよう=男の陽気)を固(かた)く住(とど)め、烟花(えんか=遊里)の苦套(くとう=苦界)を出離(しゅつり=抜け出)でて、行者(ぎょうじゃ)に随(したが)いて西(にし)を投(さ)して前進(ぜんしん)す。覚(おぼ)えず夏(なつ)の時(とき)に至(いた)り、正(まさ)にかの熏風(くんぷう=薫る風)の初(はじ)めて動(うご)き、梅雨(つゆ)の糸々(しし=こまやか)たるに値(あ)う。好(よ)き光景(こうけい)かな、 冉冉(ぜんぜん=ゆらゆら)たる緑陰(りょくいん)密(みつ)にして、風(かぜ)軽(かる)く燕(つばめ)雛(ひな)を引(ひ)く。 新荷(しんか=新しい蓮)は沼面(しょうめん=池の面)に翻(ひるがえ)り、修竹(しゅうちく)は漸(ようや)く扶蘇(ふそ=茂る)たり。 芳草(ほうそう)天(てん)に連(つらな)りて碧(あお)く、山花(さんか)地(ち)に遍(あまね)く鋪(し)けり。 渓辺(けいへん)の蒲(がま)は剣(けん)を挿(さ)すが如(ごと)く、榴火(りゅうか=柘榴の花)は行図(こうず=旅の絵)を壮(さかん)にす。 と。師徒(してい)四衆(ししゅ)、炎(ほのお)に耽(ふけ)り熱(ねつ)を受(う)けて、正(まさ)に行(ゆ)く処(ところ)に、忽然(たちまち)かの路旁(ろぼう=道ばた)に両行(ふたすじ)の高柳(こうりゅう=高い柳)の有(あ)るを見(み)る。柳陰(りゅういん=柳の陰)の中(うち)より一人の老母(ろうぼ)の、右手(みぎて)の下(もと)に一箇(ひとり)の小児(こども)を攙(たす)け出(いだ)して、唐僧(とうそう)に対(たい)して声(こえ)を高(たか)うして叫(よばわ)る有(あ)り、 「和尚(おしょう)よ、走(はし)ること莫(な)かれ。疾(と)く早(はや)う馬(うま)を撥(めぐ)らして東(ひがし)に回(かえ)れ。西(にし)に進(すす)みて往(ゆ)くはみなこれ死路(しろ=死の道)なり」 と。唬(おど)ろかされたるかな三蔵(さんぞう)、馬(うま)より跳(と)び下(お)り、一箇(ひとつ)の問訊(もんじん=合掌の礼)を打(な)して言う、 「老菩薩(ろうぼさつ)、古人(こじん)云(いわ)く、『海(うみ)闊(ひろ)ければ魚(うお)の躍(おど)るに従(したが)い、天(てん)空(むな)しければ鳥(とり)の飛(と)ぶに任(まか)す』と。いかにしてか西(にし)に進(すす)めばすなわち路(みち)無(な)からんや」 と。かの老母(ろうぼ)、手(て)を用いて西(にし)を朝(さ)して指(さ)して言う、「あちらへ往(ゆ)けば、五、六里(ごろくり)の遠近(おちこち=ほど)有(あ)りて、すなわちこれ滅法国(めっぽうこく)なり。かの国王(こくおう)は前生(ぜんしょう=前の世)の那(いず)れの世(よ)にか冤仇(えんきゅう=恨みの敵)を結(むす)びしを、今世(こんせい)に在りて無端(むたん=わけもなく)に罪(つみ)を造(つく)れり。二年前(にねんぜん)に一箇(ひとつ)の羅天大願(らてんだいがん=大がかりな願)を許(か)して、一万(いちまん)の和尚(おしょう)を殺(ころ)さんと要(ほっ)す。ここ両年(りょうねん)陸陸続続(りくりくぞくぞく=ぼつぼつ)と、九千九百九十六箇(きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうろっこ)の無名(むめい)の和尚(おしょう)を殺(ころ)し彀(つく)したり。ただ四箇(よたり)の名(な)の有(あ)る和尚(おしょう)を等(ま)ちて、一万的(いちまん)に凑(あつ)め成(な)して、好(よ)く円満(えんまん)を做(な)さんとするのみ。汝(なんじ)ら去(ゆ)かば、もし城中(じょうちゅう)に到(いた)らば、みなこれ命(いのち)を送(おく)る王菩薩(おうぼさつ=死の神)なるべし!」と。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)怕(おそ)れて、戦戦兢兢(おののき)として言う、「老菩薩(ろうぼさつ)、深(ふか)く盛情(せいじょう=厚き志)を感(かん)じ、感謝(かんしゃ)して尽(つ)きず!ただ請(こ)う問(と)わん、城(しろ)に入(い)らざる方便路児(ほうべんろじ=抜け道)の有(あ)りや否(いな)や。我(われ)が貧僧(ひんそう)は転(まわ)りて過去(よぎ)らん」と。かの老母(ろうぼ)笑って言う、 「転(まわ)り過(よ)ぐること能(あた)わず、転り過ぐること能わず。ただ飛(と)ぶことを会(え)する者のみを除(のぞ)きては、すなわち過(よ)ぎり往(ゆ)くべし」 と。八戒(はっかい)、旁(かたわら)に在りて嘴(くち)を売(う)って言う、「媽媽児(ままじ=おばさん)よ、黒話(こくわ=わけのわからぬ話)を説(い)う莫(な)かれ。我(われ)らはみな飛(と)ぶことを会(え)するぞ」と。行者(ぎょうじゃ)の火眼金睛(かがんきんせい=火の眼に金の瞳)は、実(げ)に好歹(よしあし)を認(みと)むるに能(よ)く、かの老母(ろうぼ)の児(こ)を攙(たす)けたるは、元来(もと)これ観音菩薩(かんのんぼさつ)と善財童子(ぜんざいどうじ)なるれば、慌(あわ)てて身(み)を倒(たお)して下拝(げはい=伏し拝み)し、叫(よばわ)って言う、「菩薩(ぼさつ)、弟子(でし)失迎(しつげい=お迎えを怠)れり!失迎れり!」と。かの菩薩(ぼさつ)、一朶(ひとひら)の祥雲(しょううん)に軽(かる)く駕(が)し起(おこ)せば、嚇(おどろ)かされたるかな唐長老(とうちょうろう)、身(み)を立(た)つるに地(ところ)無(な)く、ただ情(ひたすら)に跪(ひざまず)いて頭(こうべ)を磕(う)つ。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)もまた慌(あわ)てて跪(ひざまず)き下(お)り、天(てん)に朝(むか)いて礼拝(らいはい)す。一時間(ひととき)にして、祥雲(しょううん)縹緲(ひょうびょう=かすか)として、径(ただち)に南海(なんかい)に回(かえ)りて去(さ)る。行者起(た)ちて、師父(しふ)を扶(たす)けて言う、「請(こ)う、起(た)ちたまえ。菩薩(ぼさつ)はすでに宝山(ほうざん=御山)に回(かえ)られたり」と。三蔵(さんぞう)起(た)ちて言う、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)既(すで)にこれ菩薩(ぼさつ)なるを認(みと)めながら、いかにしてか早(はや)く説(い)わざりし」と。行者笑って言う、「汝(なんじ)はまた話(はなし)を問(と)うこと了(おわ)らざりしに、我(われ)すなわち下拝(げはい)せり。いかにしてかまた早(はや)からざらんや」と。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)行者に対(たい)して言う、「感(かん)じて菩薩(ぼさつ)の指示(しじ=お教え)を蒙(こうむ)る。前辺(ぜんぺん=前方)は必(かなら)ずこれ滅法国(めっぽうこく)にして、和尚(おしょう)を殺(ころ)さんとす。我(われ)らはいかんか奈何(いかん)せん」と。行者言う、「呆子(あほう)怕(おそ)るるを休(や)めよ!我(われ)らかつてかの毒魔狠怪(どくまごうかい=毒の魔に手荒き妖)、虎穴龍潭(こけつりゅうたん=虎の穴に龍の淵)に遭(あ)いしが、更(さら)にかつて傷損(しょうそん=傷つき損なう)せず。ここはすなわちこれ一国(いっこく)の凡人(ぼんじん)なるに、何(なに)か懼(おそ)るること有(あ)らん。ただ奈(せんかたな)きはここが住処(じゅうしょ=留まるところ)に非(あら)ざるなり。天色(てんしょく=空模様)将(まさ)に晚(く)れんとす。かつ郷村(きょうそん)の人家(じんか)の、上城(じょうじょう=都へ上り)して売買(ばいばい)し回(かえ)り来(きた)る者有(あ)りて、我(われ)らの和尚(おしょう)なるを見(み)なば、名(な)を嚷(わめ)き出(いだ)されて、穏当(おんとう=無難)に当(あた)らず。且(しばら)く師父(しふ)を引(ひ)きて大路(たいろ)を下(おり)て、一箇(ひとつ)の僻静(へきせい=人目なき)の処(ところ)を尋(たず)ね、却(かえ)って好(よ)く商議(しょうぎ=相談)すべし」と。真(まこと)に三蔵(さんぞう)言(げん)に依(よ)り、一行(いっこう)みな路(みち)を閃(かわ)し下(お)り来(きた)り、一箇(ひとつ)の坑坎(こうかん=くぼみ)の下(もと)に到(いた)りて坐(ざ)し定(さだ)む。 行者(ぎょうじゃ)言う、「兄弟(きょうだい)よ、汝(なんじ)ら二人(ふたり)好(よ)く生(よく)師父(しふ)を保守(ほしゅ=守)せよ。老孫(ろうそん)が変化(へんげ)して、かの城中(じょうちゅう)に往(ゆ)きて看(み)、一條(ひとすじ)の僻路(へきろ=裏道)を尋(たず)ねて、夜(よる)に連(つらな)りて去(ゆ)かんを待(ま)て」と。三蔵(さんぞう)叮囑(ていしょく=念押し)して言う、「徒弟(でし)や、小可(しょうか=些細)に当(あて)る莫(な)かれ。王法(おうぼう=国の法)容(い)れず、汝(なんじ)須(かなら)ず仔細(つまびらか=つつしんで)せよ!」と。行者笑って言う、「放心(ほうしん)せよ!放心せよ!老孫(ろうそん)自(おのず)から道理(どうり=手立て)有(あ)り」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、話(わた)し畢(おわ)るや身(み)を一縦(ひとおどり)し、唿哨(こっしょう=ひゅう)とて空(くう)の中(うち)に跳(と)び上(あ)がる。怪(あや)しき哉(かな)、 上(うえ)に縄(なわ)の扯(ひ)く無(な)く、下頭(しも)に棍(こん)の撑(ささ)うる没(な)し。 一般(おな)じく父母(ふぼ)を同(こと)にすれど、他(かれ)はすなわち骨頭(こつとう=骨)軽(かる)し。 と。佇立(ちょりつ=立ちどまり)て雲端(うんたん=雲のほとり)の裡(うち)に在りて、下(しも)を向(むか)いて観看(みおろ)せば、ただかの城中(じょうちゅう)の喜気(きき)の冲融(しょうゆう=満ちあふれ)、祥光(しょうこう)の蕩漾(とうよう=揺れ動)くを見(み)るのみ。行者言う、「好(よ)き一箇(ひとつ)の去処(ところ)なるかな、何(なん)の為(ため)にか法(ほう)を滅(めっ)する」と。一会(ひととき)を看(み)るに、漸(ようや)く天(てん)昏(くら)み、また見よ、 十字街(じゅうじがい)に灯光(とうこう)燦爛(さんらん)たり、九重殿(きゅうちょうでん)に香靄(こうあい)し鐘(かね)鳴(な)る。 七点(しちてん)の皎星(こうせい=明き星)は碧漢(へきかん=天の川)を照(てら)し、八方(はっぽう)の客旅(かくりょ=旅人)は行踪(こうそう=旅の歩み)を卸(おろ)す。 六軍営(ろくぐんえい)には、隐隐(いんいん)として画角(がかく=ほら貝)の才(いま)し吹(ふ)かれ、 五鼓楼(ごころう)には、点点(てんてん)として銅壺(どうこ=水時計)の初(はじ)めて滴(したた)る。 四辺(しへん)に宿霧(しゅくむ=夜の霧)昏昏(こんこん)たり、三市(さんし)に寒烟(かんえん)藹藹(あいあい)たり。 両々(ふたり)の夫妻(ふさい)は繍幕(しゅうまく=錦の帳)に帰(かえ)り、一輪(いちりん)の明月(めいげつ)は東方(とうほう)に上(のぼ)る。 と。彼(か)れ想(おも)えらく、「我(われ)下(くだ)り往(ゆ)きて、街坊(がいぼう=町筋)に到(いた)りて路徑(ろけい=道筋)を打看(うちみ)んとすれど、このごとき嘴顔(しれん=面つき)にて人(ひと)に撞(ぶつか)り見(み)えなば、必(かなら)ず和尚(おしょう)なりと説(い)わん。我(われ)の一一(ひとつ)変(へん)ぜんを待(ま)て」と。訣(けつ)を捻(ひね)り、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一箇(ひとつ)の撲灯蛾児(ぼくとうがじ=灯火に飛ぶ蛾)と做(な)る、 形(かたち)細(ほそ)く翼(つばさ)磽(かた)くして軽巧(けいこう=軽やか)に、灯(ひ)を滅(け)し燭(しょく)を撲(う)ちて明(あかり)に投(とう)ず。 本来(ほんらい)の面目(めんもく=姿)は化成(かせい=姿を変)じて生(しょう)じ、腐草(ふそう=朽ちた草)の間(うち)に霊応(れいおう=霊験)あり。 毎(つね)に炎光(えんこう)の焰(ほのお)に触(ふ)るるを愛(あい)し、忙忙(そうそう)として飛(と)び繞(めぐ)りて停(とど)まること無(な)し。 紫衣(しえ=紫の衣)に香翅(こうし=香れる翅)、流蛍(りゅうけい=蛍)を趕(お)い、最(もっと)も夜(よる)深(ふか)くして風(かぜ)静(しず)かなるを喜(よろこ)ぶ。 と。ただ彼(か)れの翩翩翻翻(へんぺんほんほん=ひらひら)として、六街三市(ろくがいさんし=町の筋)へ飛び向(むか)うを見(み)る。房檐(ぼうえん=軒)に傍(そ)い、屋角(おくかく=家の隅)に近(ちか)づき、正(まさ)に行(ゆ)く時(とき)、忽然(たちまち)かの隅頭(ぐうとう=角)の拐角(かいかく=曲がり角)の上(ほとり)に一湾子(ひとくびれ)の人家(じんか)の、人家(じんか)が門首(もんしゅ=門前)に一箇(ひとつ)の灯籠児(とうろうじ=提灯)を掛(か)けたるを見(み)る。彼(か)れ言う、「この人家(じんか)は元宵(げんしょう=上元の節句)を過(す)ごすか。いかにしてか挨排児(あいはいじ=軒並み)にみな灯籠(とうろう)を点(とも)す」と。彼(か)れ翅(つばさ)を硬(かた)くして飛び前(すす)み来(きた)り、仔細(つまびらか)に観看(みわた)せば、正(まさ)に当中(まんなか)の一家子(ひとや)の方形(ほうけい)の灯籠(とうろう)の上(うえ)に、『安歇往来商賈(あんけつおうらいしょうこ=往来の商人を泊め安んず)』の六字(ろくじ)を写(うつ)しあり、下(した)にまた『王小二店(おうしょうじみせ)』の四字(よんじ)を写しあれば、行者(ぎょうじゃ)才(ようや)く飯店(はんてん=宿屋)を開(ひら)けるなるを知(し)る。また頭(こうべ)を伸(の)して一(ひと)と打看(うちみ)れば、八、九人(はちくにん)の者(もの)の、みな晚飯(ばんめし)を吃(くら)い了(おわ)り、衣服(いふく)を寛(ゆる)め、頭巾(ずきん)を卸(おろ)し、脚手(あして)を洗(あら)いて、各各(おのおの)床(とこ)に上(のぼ)りて睡(ね)むるを見(み)る。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで言う、「師父(しふ)は過(よ)ぎり去(ゆ)くことを得(え)たり」と。汝(なんじ)彼(か)れのいかにしてすなわち過(よ)ぎ去(ゆ)くべきを知(し)れると道(い)わば、彼(か)れ一箇(ひとつ)の不良(ふりょう=よこしま)の心(こころ)を起(おこ)し、かの些(これ)らの人(ひと)の睡(ねむ)りたるを等(ま)ちて、其(そ)が衣服(いふく)頭巾(ずきん)を偸(ぬす)み、俗人(ぞくにん=俗世の人)に装(よそお)うて城内(じょうない)に入(い)らんと要(ほっ)するなり。 噫(ああ)、このごとき意(こころ)に遂(かな)わざる事(こと)の有(あ)らんとは!正に思忖(しそん=思案)する処(ところ)に、ただかの小二(しょうじ=若い主人)の前(まえ)に走(あゆ)み向(むか)いて吩咐(いいつけ)するを見(み)る、「列位(れっい=皆様)の官人(かんじん)よ、些(いささ)か仔細(つまびらか)にせよ。我(われ)がここには君子小人(くんししょうじん=善人と悪人)同じからず、各人(かくじん=めいめい)の衣物(いぶつ)行李(こうり)みな小心(しょうしん=用心)を要(よう)す」と。汝(なんじ)想(おも)え、かの外(そと)に在りて商売(しょうばい)を做(な)す人(ひと)の、いずれか仔細(つまびらか)ならざらんや。また店家(てんか=宿の主)の吩咐(いいつけ)を聴(き)けば、越発(いよいよ)謹慎(きんしん=用心深き)なり。彼(か)れらみな爬(はい)き起(お)きて言う、「主人家(しゅじんか=ご主人)の説(い)えるは理(ことわり)有(あ)り。我(われ)ら走路(ある)く人(ひと)は辛苦(しんく=骨折り)なれば、ただ睡(ねむ)りて、急忙(あわて)に醒(さ)めず、一時(ひととき)に失所(しっしょ=無くす)ことを怕(おそ)るるのみ、奈何(いかん)せん。汝(なんじ)この衣服(いふく)・頭巾(ずきん)・搭聯(とうれん=荷物入れ)を将(も)ちてみな収(おさ)め入(い)れよ、天の将(まさ)に明(あか)らんとするを待(ま)ちて、交付(わた)し与(あた)えて我(われ)らをして起(た)ち身(み)を起(お)こさしめよ」と。かの王小二(おうしょうじ)真(まこと)に些(いささ)かの衣物(いぶつ)の類(たぐい)を把(と)りて、尽(ことごと)く情(ことごと)くみな其(そ)が屋(いえ)の裡(うち)へ搬(はこ)び入(い)れて了(おわ)んぬ。行者(ぎょうじゃ)性急(せいきゅう=気短か)なれば、翅(つばさ)を展開(ひろげ)て、すなわち飛んで裡(うち)へ入(い)り、一箇(ひとつ)の頭巾架(ずきんか=頭巾掛け)の上(うえ)に丁(とま)る。また王小二(おうしょうじ)の門首(もんしゅ)に往(ゆ)きて灯籠(とうろう)を摘(と)り、吊搭(ちょうとう=吊り下げ)を放下(おろ)し、門窗(もんそう=戸と窓)を関(とざ)し、却(かえ)って才(ようや)く房(へや)に入(い)り、衣(ころも)を脱(ぬ)いで睡(ねむ)りに下(お)るを見(み)る。かの王小二(おうしょうじ)に一箇(ひとり)の婆婆(ばば=女房)有(あ)りて、二人の孩子(こども)を帯(たい=連)れ、哇哇聒噪(ああこうそう=ぎゃあぎゃあ)として、急忙(いそ)いでも睡(ねむ)らず。かの婆子(ばあ)また一件(ひとえ)の破衣(はい=継ぎの着物)を拿(と)りて、補補納納(ほほのうのう=繕い)して、また睡(ねむ)るを見ず。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに想(おも)えらく、「もしこの婆子(ばあ)の睡(ねむ)り下(お)るるを等(ま)ちて手(て)を下(おろ)さば、却(かえ)って師父(しふ)を誤(あやま)たずや」と。また深更(しんこう=夜更け)にして城門(じょうもん)の閉(とざ)されんことを恐(おそ)るれば、彼(か)れすなわち忍(しの)びえず、飛び下(お)り往(ゆ)きて、灯(ひ)の上(うえ)を望(めが)けて一撲(ひとうち)す。真(まこと)にこれ身(み)を捨(す)てて火焰(かえん)に投(とう)じ、額(ひたい)を焦(こが)して残生(ざんしょう=命)を探(さぐ)るなり。かの一盞(ひとつ)の灯(ひ)は早(はや)くもすでに息(き)え了(おわ)んぬ。彼(か)れまた身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変じて一箇(ひとつ)の老鼠(ろうそ=鼠)と作(な)り、睳睳哇哇(けいけいああ=ちゅうちゅう)と両声(ふたこえ)叫(な)き、跳(と)び下り来(きた)り、衣服(いふく)頭巾(ずきん)を拿(と)りて、外(そと)へ向(むか)いてすなわち走(ゆ)く。かの婆子(ばあ)慌慌張張(あわてふため)きて言う、「老頭子(ろうとうじ=おい)よ! 不好了(たいへんだ)!夜耗子(よるのねずみ)が精(せい)と成(な)りたり!」 と。行者(ぎょうじゃ)言(げん)を聞(き)き、また手段(てだて)を弄(ろう=使)し、門(もん)を攔(さえぎ)って声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)って言う、「王小二(おうしょうじ)、汝(なんじ)が婆子(ばあ)の胡(みだ)りに説(い)うを聴(き)く莫(な)かれ。我(われ)はこれ夜耗子(ねずみ)の成(な)りて精(せい)と為(な)りしに非(あら)ず。明人(めいじん=正々堂々たる者)は暗事(あんじ=隠れた事)を做(な)さず。吾(われ)は乃(すなわ)ち斉天大聖(せいてんたいせい)の凡(よ)に臨(のぞ)みたるものにして、唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を取(と)らしむ。汝(なんじ)がこの国王(こくおう)無道(むどう=道無き)なるをもて、特に来(きた)りて其(そ)が衣冠(いかん=衣と冠)を借(か)り、我(わ)が師父を装扮(しょうへん=装)わんとす。一時(ひととき)に城(しろ)を過(よ)ぎ去(さ)りなば、すなわち便宜(べんぎ=ついで)に送(おく)り還(かえ)さん」と。かの王小二(おうしょうじ)言(げん)を聴(き)き、一轂轆(ひところがり)に起(お)き上(あ)がるに、黒天摸地(こくてんもじ=真っ暗)なるにもて、またこれ着忙(ちゃくもう=慌て)たる人(ひと)なれば、褲子(こし=袴)を撈(つか)みて衫子(さんす=肌着)と当(あ)て、左(ひだり)にも穿(き)つることを得(え)ず、右(みぎ)にも套(かぶ)ることを得(え)ず。 かの大聖(たいせい)一箇(ひとつ)の摂法(せっぽう=物を操る術)を使(つか)い、早くもすでに雲(くも)に駕(が)して出(い)で往(ゆ)き、復(ま)た身を翻(ひるがえ)して、径(ただち)に路(みち)の下(した)の坑坎(こうかん)の辺前(ほとり)に至(いた)る。三蔵星光(せいこう=星明かり)の月(つき)皎(あきら)かなるを見、身を探(のば)して凝望(ぎょうぼう=じっと待ち望)むに、これ行者(ぎょうじゃ)の近(ちか)づき来(きた)るを見るや、すなわち口(くち)を開(ひら)いて叫(よばわ)って言う、「徒弟(でし)よ、滅法国(めっぽうこく)を過ぎり去(ゆ)くべきか」と。行者前(すす)み出でて衣物(いぶつ)を放下(おろ)して言う、「師父、滅法国(めっぽうこく)を過ぎらんと要(ほっ)せば、和尚は做(な)ることを得(え)じ」と。八戒(はっかい)言う、「哥(あに)よ、汝(なんじ)はいずれを勒掯(ろくこう=困らせ)たもうか。和尚を做(な)らざるもまた容(やす)し、ただ半年(はんとし)頭(あたま)を剃(そ)らざるを消(よう)するのみにて、すなわち毛(け)も長(の)び出(い)で来(きた)らん」と。行者言う、「いずこにか半年(はんとし)を等(ま)つことを得(え)ん!眼下(いま)にすなわちみな俗人(ぞくにん=俗体の人)と做(な)らんと要(ほっ)するなり!」と。かの呆子(あほう)慌(あわ)てて言う、「ただ汝(なんじ)が話(はなし)を説(い)うは、通(つう=全)く理(ことわり)を察(さっ)せず。我(われ)ら如今(いま)みなこれ和尚なるに、眼下(いま)に俗人(ぞくにん)と做(な)らんと要(ほっ)せば、却(かえ)っていかにしてか頭巾(ずきん)を戴(いただ)くを得(え)ん。すなわち辺児(へんじ=縁)の勒(から)げ住(とど)むるとしても、また頂(いただき)の縄(なわ)を収(おさ)むる処(ところ)無(な)し」と。三蔵喝(しか)って言う、「花(はな=戯れごと)を打(う)つこと莫かれ、且(しばら)く正事(しょうじ=本筋)を幹(おこな)え!端的(たしか)に如何(いかん)」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「師父、彼(か)れがこの城池(じょうち=城と堀)は我(われ)すでに看(み)了(おわ)りたり。国王(こくおう)無道(むどう)にして僧(そう)を殺(ころ)すと雖(いえど)も、却(かえ)ってこそこれ一箇(ひとり)の真天子(しんてんし=真の天子)なれば、城頭(じょうとう=城のほとり)の上(うえ)に祥光(しょうこう)喜気(きき)有(あ)り。城(しろ)の中(うち)の街道(がいどう=往来)も、我(われ)また認(みと)め得(え)たり。ここが郷談(ごうだん=土地の言葉)も、我(われ)また省得(さと)り得(え)て、説(い)うことを会(え)す。却(かえ)って才(さっき)飯店(はんてん)の内(うち)に在りてこの幾件(いくえん)かの衣服頭巾を借(か)りたり。我(われ)ら且(しばら)く俗人(ぞくにん)に扮(よそお)うて、城内(じょうない)に入(い)りて宿(やど)を借(か)り、四更(よつどき=丑三つ時)に至(いた)ればすなわち起(お)きて、店家(てんか)をして斎(とき)を安排(あんばい=用意)せしめて吃(くら)い、捱(じりじり)て五更(いつつどき=明け方)の時候(じこう=頃)に至(いた)り、城門(じょうもん)を挨(すりぬ)けて去(さ)り、大路(たいろ)を奔(はし)って西(にし)へ行(ゆ)かん。すなわち人(ひと)の撞(ぶつか)り見て扯(ひき)とむる者有(あ)るも、また好(よ)く折弁(せつべん=申し開き)して、ただ上邦(じょうほう=大国)の欽差(きんさ=勅使)なりと説(い)わんのみ。滅法王(めっぽうおう)敢(あ)えて阻滞(そしたい=差し止)めず、我(われ)らを放(はな)ちて来(きた)らしめたまえるなり」と。沙僧(さそう)言う、「師兄(しい)が処(お)れるは最(もっと)も当(あた)れり。且(しばら)く彼(か)れに依(よ)りて行(ゆ)かん」と。真(まこと)に長老(ちょうろう)無奈(いたしかたなく)、褊衫(へんさん=法衣)を脱(ぬ)ぎ、僧帽(そうぼう=僧のかぶりもの)を去(さ)り、俗人(ぞくにん)が衣服を穿(き)、頭巾を戴(いただ)く。沙僧(さそう)もまた換(か)えたり。八戒(はっかい)は頭(かしら)大(おお)きくして、巾児(ずきん)を戴(いただ)くことを得(え)ざれば、行者(ぎょうじゃ)些(いささ)かの針線(しんせん=針と糸)を取(と)り来(きた)りて、頭巾を扯(ひ)き開(ひら)き、両頂(ふたつ)を縫(ぬ)いて一頂(ひとつ)と做(な)して、彼(か)れに与(あた)えて頭(こうべ)の上(うえ)に搭(か)け、件(ひとえ)の寛大(かんだい=ゆったり)なる衣服を揀(えら)んで彼(か)れに穿(き)せしめ、然(しか)して後(のち)に自家(じか=自分)もまた一套(ひとそろい)を換(か)え上(あ)げて言う、「列位(みな)、この一去(ひとたびゆき)に把(も)ちて『師父徒弟(しふとてい)』の四箇(よつ)の字児(じ)を且(しばら)く収(おさ)め起(お)け」と。八戒言う、「この四字(よんじ)を除(のぞ)かば、いかにか称呼(しょうこ=呼び方)せん」と。行者言う、「みな弟兄(ていけい=兄弟)の称呼(しょうこ)を做(な)すべし。師父をば唐大官児(とうたいかんじ)と喚(よ)び、汝(なんじ)をば朱三官児(しゅさんかんじ)と喚(よ)び、沙僧をば沙四官児(さしかんじ)と喚(よ)び、我(われ)をば孫二官児(そんにかんじ)と喚(よ)べ。ただ店(みせ)の中(うち)に到(いた)らば、汝(なんじ)ら切(きっ)と言語(ものい)うを休(や)め、ただ我(われ)一人(ひとり)をして口(くち)を開(ひら)いて話(ことば)に答(こた)えしめよ。彼(か)れの何(なん)の売買(ばいばい=商い)をか問(と)わんを等(ま)ちて、ただ馬(うま)を販(ひさ)ぐ客人(かくじん=商人)なりと説(い)え。この白馬(はくば)を把(も)ちて一箇の様子(ためし=見本)と做(な)し、我(われ)らはこれ十弟兄(じゅっていけい=十人の兄弟)にして、我(われ)ら四人(よたり)先(ま)ず来(きた)りて店房(てんぼう=宿の部屋)を賃(か)りて馬(うま)を売(う)ると説わん。かの店家(てんか)必(かなら)ず我(われ)らを款待(かんたい=もてな)さん。我(われ)らこれを受用(じゅよう=頂戴)し了(おわ)り、臨行(いざゆかん)の時(とき)に、我(われ)が一塊(ひとかけ)の瓦査児(がさじ=瓦の欠片)を拾(ひろ)い、一塊(ひとつ)の銀子(ぎんす=銀)に変(へん)じて彼(か)れに謝(しゃ)せんを待(ま)て、却ってすなわち走路(たびだ)たん」と。長老(ちょうろう)無奈(いたしかたなく)、ただ得て曲従(きょくじゅう=不本意ながら従)う。 四衆(ししゅ)忙忙(いそいそ)として馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、かの辺(あなた)へ跑(はし)り過ぐ。ここはこれ一箇の太平境界(たいへいきょうがい=太平の地)なれば、入更(にゅうこう=初更)の時分(じぶん=頃)にも、いまだ門(もん)を関(とざ)さざれば、径(ただち)に入(い)り往(ゆ)きて、行(ゆ)きて王小二店(おうしょうじみせ)が門首(もんしゅ)に至(いた)るに、ただ裡(うち)の叫(わめ)くを聴(き)くのみ。或(ある)いは説う、「我が頭巾を見ず!」と。或いは説う、「我が衣服を見ず!」と。行者(ぎょうじゃ)ただ知(し)らざるを推(お)して、彼(か)れらを引(ひ)きて、斜(なな)めの対門(たいもん=向かい)の一家(ひとや)に往(ゆ)きて安歇(あんけつ=泊まる)。かの家(いえ)いまだ灯籠(とうろう)を収(おさ)めざれば、すなわち門(もん)に近(ちか)づきて叫(よばわ)って言う、「店家(てんか)、閑房児(かんぼうじ=空き部屋)有(あ)りて我(われ)らを安歇(あんけつ)せしむるか」と。かの裡(うち)に一箇(ひとり)の婦人(ふじん)の答(こた)えて言う有(あ)り、「有(あ)り有り有り、請(こ)う、官人(かんじん)ら楼(ろう)に上(のぼ)られたまえ」と。説(いう)了(おわ)らざるに、すなわち一箇(ひとり)の漢子(おとこ)の来(きた)りて馬(うま)を牽(ひ)く。行者(ぎょうじゃ)馬児(うま)を把(と)って彼(か)れに遞(わた)して牽(ひ)き入(い)らしめ、彼(か)れ師父を引(ひ)きて、灯影児(とうえいじ=灯の影)の後面(うしろ)より、径(ただち)に楼門(ろうもん=階段の口)に上(のぼ)る。かの楼(ろう)の上(うえ)には方便(ほうべん=便利)なる桌椅(たくい=机と椅子)有(あ)り、窗格(そうかく=窓の格子)を推(お)し開(あ)けて、月(つき)の光(ひかり)を映(うつ)して斉(ひと)しく坐下(ざげ)す。 ただ人(ひと)の来(きた)りて灯(ひ)を点(とも)し上(あ)ぐるを見るに、行者(ぎょうじゃ)門(もん)を攔(さえぎ)り、一口(ひとくち)もて吹(ふ)き息(け)して言う、「このごとき月(つき)の明(あか)るきに灯(ひ)を用(もち)いず」と。かの人(ひと)才(ようや)く下り往(ゆ)くや、また一箇(ひとり)の丫環(あかん=召使の女)の四碗(よんわん)の清茶(せいちゃ)を拿(ささ)げ来(きた)る。行者これを接(う)け住(とど)むるに、楼下(ろうか=階下)よりまた一箇の婦人(ふじん)の走(あゆ)み上(あが)り来(きた)る有(あ)り、約(およ)そ五十七、八歳(ごじゅうしちはっさい)ばかりの姿(すがた)にて、一直(ひたすら)に楼(ろう)に上り、旁(かたわら)に站(た)ちて問(と)うて言う、「列位(みな)の客官(かっかん=お客様)、いずこより来(きた)りたまえる。何(なん)の宝貨(ほうか=珍しい品)か有(あ)る」と。行者言う、「我(われ)らはこれ北方(ほっぽう)より来(きた)れるもの、幾匹(いくひき)かの粗馬(そば=並の馬)の販(ひさ)ぐ有(あ)り」と。かの婦人(ふじん)言う、「馬(うま)を販(ひさ)ぐ客人(かくじん)は尚(なお)また小(ちいさ)きなり」と。 行者言う、「この一位(ひとり)はこれ唐大官(とうたいかん)、この一位はこれ朱三官(しゅさんかん)、この一位はこれ沙四官(さしかん)、我(われ)が学生(がくせい=わたくし)はこれ孫二官(そんにかん)なり」と。婦人(ふじん)笑って言う、「異姓(いせい=姓が異なる)なるかな」と。行者言う、「正にこれ異姓(いせい)の同居(どうきょ)なり。我ら共(とも)に十箇(とたり)の弟兄(ていけい)有(あ)りて、我ら四人(よたり)先(ま)ず来(きた)りて店房(てんぼう)を賃(か)りて火(ひ)を打(とも)し、なお六箇(むたり)の城外(じょうがい)に在りて宿(やど)を借(か)りて一群(ひとむれ)の馬(うま)を領(ひき)いおる者有(あ)りしが、天の晚(くら)きをもて好(よ)く城内(じょうない)に入(い)らざりしにより、我らの房(へや)を賃(か)るを待(ま)ちて、明朝(みょうちょう)みな入(い)り来(きた)り、ただ馬(うま)を売(う)り了(おわ)るを等(ま)ちて才(ようや)く回(かえ)らんとするなり」と。かの婦人(ふじん)言う、「一群(ひとむれ)に多少(いくら)の馬(うま)か有(あ)る」と。 行者言う、「大小(だいしょう)合わせて百十匹児(ひゃくじゅっぴき)有(あ)りて、みな我(わ)がこの馬が身子(み=体つき)に象(に)たれど、ただこれ毛片(もうへん=毛並み)の同一(ひとしから)ざるのみ」と。婦人(ふじん)笑って言う、「孫二官人(そんにかんじん)は誠然(まこと)にこれ一箇の客綱客紀(かくこうかくき=商売慣れした旅人)なり。早くも舍下(しゃか=わが家)に来(きた)り到(いた)りたるはよかりし、第二(にばんめ)の人家(じんか)には敢(あ)えて汝(なんじ)を留(とど)めじ。我(わ)が舍下(しゃか)は院落(いんらく=庭)寛闊(かんかつ=広々)として、槽札(そうさつ=馬槽)斉備(せいび=整い)、草料(そうりょう=飼葉)また有(あ)れば、汝が幾百匹(いくひゃくひき)の馬に凭(まか)するもみな養(やしな)い下(おろ)すべし。されど一件(ひとこと)有(あ)り。我(わ)が舍下(しゃか)ここに店(みせ)を開くこと多年(たねん)なれば、また一箇の賤名(せんめい=名)有(あ)り。先夫(せんぷ=亡き夫)は姓(せい)を趙(ちょう)と曰(い)いしが、不幸(ふこう)にして去世(せきせ=この世を去)ること久(ひさ)し。我は喚(よ)んで趙寡婦店(ちょうかふみせ)と做す。我が店(みせ)に三様児(さんようじ=三通り)の客(かく)を待(まつ)こと有(あ)り。如今(いま)先小人(さきに小人)にして後君子(のちに君子)たらんとす。すなわち先(ま)ず房銭(ぼうせん=部屋代)を把(も)ちて講(と)き定(さだ)めて後(のち)に好(よ)く帳(ちょう)を算(かぞ)えん」と。行者言う、「説えるは是(ぜ=尤)なり。汝が府上(ふじょう=お宅)の那(いず)れの三様(みつ)の待客(たいかく=客のもてなし)ぞ。常言(じょうげん=ことわざ)に道(いわ)く、『貨(たから)に高低(こうてい=上等下等)の三等(さんとう)の価(あたい)有(あ)り、客(かく)に遠近(えんきん)の一般(ひとしき)看(み)ること無し』と。汝いかにしてか三様(みつ)の待客(たいかく)有りと説う。汝試(こころ)みに説(と)き説(と)きて我に聴(き)かしめよ」と。趙寡婦(ちょうかふ)言う、「我がここにはこれ上・中・下(じょうちゅうげ)の三様(みつ)あり。上様(じょうさま)なる者(もの)は、五果五菜(ごかごさい=五種の果物と菜)の筵席(えんせき=宴の席)に、獅仙斗糖(しせんとうとう=精巧な菓子)の桌面(たくめん=卓の飾り)二位(ふたり)に一張(ひとつ)、小娘児(こむすめ=芸妓)を請(しょう)じ来(きた)らせて唱(うた)いに陪(ともな)い歇(やす)むに陪(ともな)わしめ、每位(ひとり)に銀(ぎん)五銭(ごせん)を該(あた)いすべく、房銭(ぼうせん)もまた内(うち)に在(あ)り」と。行者笑って言う、「廉(やす)き哉(かな)!我が彼処(あちら)にては五銭(ごせん)の銀子(ぎんす)すらなお小娘児(こむすめ)を請(しょう)ずるに彀(た)らざるに」と。寡婦(かふ)また言う、「中様(ちゅうさま)なる者(もの)は、合盤桌児(ごうばんたくじ=盛り合わせの膳)に、ただ水果(すいか=果物)と熱酒(ねっしゅ=燗酒)とのみ、篩(つ)ぎ来りて自家(おのれ)の猜枚行令(さいばいぎょうれい=拳遊び)に凭(まか)せ、小娘児(こむすめ)を用(もち)いず、每位(ひとり)にただ銀子(ぎんす)二銭(にせん)を該(あた)うるのみ」と。行者言う、「一発(いよいよ)廉(やす)し!下様児(げさまじ)はいかん」と。婦人(ふじん)言う、「敢(あ)えて尊客(そんかく=お客様)が面前(めんぜん)に在りて説わず」と。行者言う、「また説(と)き説(と)くも妨(さしつか)え無(な)し。我ら好(よ)く廉(やす)きを揀(えら)んで幹(おこな)わん」と。婦人言う、 「下様(げさま)なる者(もの)は、人(ひと)の伏侍(ぶじじ=給仕)する無(な)く、鍋(なべ)の裡(うち)に方便(ほうべん=簡単)なる飯(はん)有りて、彼(か)れのいかにか吃(くら)うに凭(まか)す。吃(くら)い飽(あ)きなば、一箇の草児(くさ=藁)を拿(と)りて、一箇の地鋪(ちほ=床の敷物)を打(う)ち、方便(ほうべん=好き)なる処(ところ)に就(つ)いて睡覚(すいかく=眠り)し、天光(てんこう=夜明け)の時(とき)に、几文(いくもん)の飯銭(はんせん=食事代)を賜(たまわ)るに凭(まか)せ、決(けっ)して争競(そうきょう=争う)すること莫からん」 と。八戒これを聴きて言う、「造化(ぞうか=幸運)!造化!老豬(ろうちょ=おれ)が売買(ばいばい=出番)の到(いた)れるなり。我をして鍋(なべ)を看(み)て飯(はん)を吃(くら)い飽(あ)かしめ、竈門(そうもん=かまどの前)に在りて其(そ)が娘(むすめ)を睡(ねむ)らしめよ!」と。行者言う、「兄弟(きょうだい)よ、何(なん)の話(はなし)をか説うや!汝と我とは江湖(こうこ=渡世)の上(うえ)に在りて、いずこにか幾兩(いくりょう)の銀子(ぎんす)を賺(もう)けざらん!上様(じょうさま)のを把(と)りて安排(あんばい)し将(も)ち来らしめよ」と。かの婦人満心(まんしん)に歓喜(かんき)し、すなわち叫って言う、「好(よ)き茶(ちゃ)を看て来(こ)よ、厨下(ちゅうか=台所)にて疾(と)く東西(もの=ご馳走)を整治(せいち=調え)せよ」と。遂(つい)に楼(ろう)を下りて往(ゆ)き、忙(いそ)ぎて叫る、 「鶏(にわとり)を宰(ほふ)り鵝(がちょう)を宰(ほふ)れ、腌(しおづけ)を煮(に)て飯(はん)を下(くだ)せ」 と。また叫んで言う、 「豬(ぶた)を殺(ころ)し羊(ひつじ)を殺せ、今日(こんにち)用(もち)い了らざるも、明日(みょうにち)もまた用(もち)うべし。好酒(こうしゅ)を看よ、白米(はくまい)を拿(と)りて飯(はん)を做(つく)り、白面(はくめん=小麦粉)を捍(の)して餅(もち)と做せ」 と。 三蔵、楼(ろう)の上に在りて聴きて言う、 「孫二官(そんにかん)や、いかんか好(よ)からん。彼(か)れ往(ゆ)きて鶏(にわとり)鵝(がちょう)を宰(ほふ)り、豬(ぶた)羊(ひつじ)を殺し、もし送(おく)り将(も)ち来らしめば、我らはみなこれ長斎(ちょうさい=常の精進)なるに、孰(たれ)か敢(あ)えて吃わんや」 と。行者言う、「我に主張(しゅちょう=考え)有り」と。かの楼門(ろうもん)の辺(ほとり)に往(ゆ)きて足(あし)を跌跌(ふみなら)して言う、 「趙媽媽(ちょうまま)、汝上り来(こ)よ」 と。かの媽媽(まま)上り来りて言う、「二官人(にかんじん)に何(なん)の吩咐(いいつけ)か有る」と。行者言う、「今日(こんにち)且く殺生(せっしょう=生き物を殺す)すること莫かれ。我ら今日(こんじつ)は斎戒(さいかい=精進)するなり」と。寡婦(かふ)驚訝(きょうが=驚き怪しみ)て言う、「官人(かんじん)らはこれ長斎(ちょうさい)なるか、これ月斎(げっさい=月ごとの精進)なるか」と。行者言う、「倶(みな)しからず。我ら喚(よ)んで庚申斎(こうしんさい)と做す。今朝(けさ)は乃(すなわ)ち庚申日(こうしんび)にして斎(とき)に当(あた)るが、ただ三更(みつどき=丑の刻)を過ぎりし後(のち)は、すなわちこれ辛酉(しんゆう)なれば、すなわち斎(さい)を開かん。汝明日(みょうにち)に殺生(せっしょう)せよ。如今(いま)且く往(ゆ)きて些(いささ)かの素(しょく=精進物)を安排(あんばい)し来らせよ。定(かなら)ず上様(じょうさま)の価銭(かせん=値段)に照(したが)いて奉(たてまつ)らん」と。かの婦人越発(いよいよ)歓喜(かんき)し、跑(はし)りて下り往(ゆ)きて教(いいつけ)て言う、 「宰(ほふ)る莫かれ!宰る莫かれ!些(いささ)かの木耳(もくじ=きくらげ)・閩筍(びんじゅん=笋)・豆腐(とうふ)・麺筋(めんきん=麩)を取(と)り、園(その)の裡(うち)より些(いささ)かの青菜(せいさい)を抜(ぬ)きて、粉湯(ふんとう=汁物)を做(つく)り、面(こ)を発(はっ)して巻子(けんす=蒸し饅頭)を蒸(ふか)し、また白米(はくまい)の飯(はん)を煮(に)、香茶(こうちゃ)を焼(わか)せよ」 と。咦(ああ)!かの些(これ)らの当厨(とうちゅう=料理番)の庖丁(ほうちょう=板前)は、みなこれ毎日家(ひごろ)に做し慣(な)れたる手段(てだて)なれば、霎時間(またたくま)にすなわち安排(あんばい)し停当(ていとう=整い)て、楼の上に擺(なら)べ置(お)く。また現成(げんじょう=出来合い)の獅仙糖果(しせんとうか=菓子)有りて、四衆(ししゅ)任情(にんじょう=思うまま)に受用(じゅよう=賞味)す。また問(と)いて言う、 「素酒(そしゅ=精進許しの酒)を吃(の)まるるか」 と。行者言う、「ただ唐大官(とうたいかん)のみ用(もち)いざるまでにて、我らもまた幾杯(いくはい)を吃(の)まん」と。寡婦(かふ)また一壺(ひとつぼ)の暖酒(だんしゅ=燗酒)を取(と)り来る。彼(か)れら三人(さんにん)方(はじ)めて斟(つ)ぎ上(あ)ぐるに、忽然(たちまち)乒乓(ひょうほう=ばたん)と板(いた)の響(ひび)くを聴く。行者言う、 「媽媽(まま)よ、底下(した)にて何の家火(かか=道具)をか倒(たお)し了りしぞ」 と。寡婦(かふ)言う、「非(しか)らず。これ我が小荘(しょうそう=小さな荘園)の幾箇(いくたり)かの客子(かくし=小作人)の租米(そまい=年貢米)を送(おく)り来ることの晚(おそ)かりしに、彼(か)れをして底下(した)に在りて睡(ねむ)らしめしなり。客官(かっかん)の到(いた)れるに因(よ)りて、人(ひと)の使用(しよう=使い)する無(な)きをもて、彼れらをして轎子(きょうす=駕籠)を抬(かつ)いで院中(いんちゅう=妓楼)に往きて小娘児(こむすめ)を請(しょう)じ来りて汝らに陪(ともな)わしめんとせしが、想(おも)うにこれ轎杠(きょうこう=駕籠の棒)の楼板(ろうばん=床板)に撞(ぶつ)かりて響(ひび)けるならん」と。 行者言う、「早く説うは説えり。疾(と)く請(しょう)じに往くことを要(もと)めず。一(ひとつ)には斎戒(さいかい)の日期(にちき=日)なるをもて、二(ふたつ)には兄弟(ていけい)ら未(いま)だ到(いた)らざるをもてなり。索性(いっそのこと)明日(みょうにち)入り来らしめて、一家(ひとり)に一箇の表子(ひょうす=遊女)を請(しょう)じ、府上(ふじょう)に在りて耍耍(じゃじゃ=戯れ)する時(とき)を待(ま)ち、馬を売(う)りて身を起(おこ)さんとす」と。寡婦(かふ)言う、「好き人なるかな!好き人なるかな!また和気(わき=穏やかさ)を失(うしな)わず、また精神(せいしん=気力)を養(やしな)う」と。教(いいつけ)て言う、 「轎子(きょうす)を抬(かつ)ぎ入れ来(こ)よ、請(しょう)じに往くことを要(もと)めず」 と。四衆(ししゅ)酒飯(しゅはん)を吃い、家火(かか)を収め、みな散(ち)り訖(おわ)んぬ。 三蔵、行者が耳根(じこん=耳のもと)の辺(ほとり)に悄悄(ひそひそ)として言う、「いずこにか睡(ねむ)らん」と。行者言う、「すなわち楼の上に在りて睡(ねむ)らん」と。三蔵言う、「穏便(おんびん=無難)ならず。我らみな辛苦辛苦(しんくしんく=骨折り疲れ)たり。もしか睡(ねむ)りたるに、この家(いえ)の者(もの)の、一時(ひととき)また人の来りて收拾(しゅうしゅう=片付け)する有りて、我らの或(ある)いは帽子(ぼうし)を滚(ころ)ばして光頭(つるつるあたま)を露(あらわ)し、和尚なるを認(みと)め、嚷(わめ)き将(も)ち起(おこ)らんには、却っていかんか好からん」と。行者言う、「是(さ)なり!」と。また楼の前(まえ)に往きて足(あし)を跌跌(ふみなら)す。寡婦(かふ)また上り来りて言う、「孫官人(そんかんじん)また何の吩咐(いいつけ)か有る」と。行者言う、「我らは何処(いずこ)に在りて睡(ねむ)らん」と。婦人言う、「楼の上は好く睡(ねむ)るべし。また蚊(か)無く、またこれ南風(なんぷう)にして、窓子(そうじ=窓)を大(おお)いに開きおけば、忒(はなは)だ好く睡覚(すいかく=眠る)ならん」と。行者言う、「睡(ねむ)ることを得ず。我がこの朱三官児(しゅさんかんじ)は些か寒湿気(かんしつき=冷えの病)有り、沙四官児(さしかんじ)は些か漏肩風(ろうけんぷう=肩の痛み)有り、唐大哥(とうたいか)はただ黒(くら)き処(ところ)に在りて睡(ねむ)らんことを要(もと)め、我もまた些か羞明(しゅうめい=明るさを厭うこと)有り。ここはこれ睡る処(ところ)に非(あら)ず」と。かの媽媽(まま)走(あゆ)みて下り往き、櫃欄(きらん=帳場の欄干)に倚(よ)りかかりて気(き)を嘆(たん)ず。彼れに一箇の女児(むすめ)有りて、一箇の孩子(こども)を抱(いだ)きて近(ちか)づき来りて言う、「母親(はは)よ、常言(じょうげん)に道(いわ)く、『十日(とおか)灘頭(たんとう=河原)に坐(ざ)して、一日(いちじつ)に九灘(きゅうたん)を行(ゆ)く』と。如今(いま)炎天(えんてん=暑盛り)にして、何の売買(ばいばい)も無きと雖(いえど)も、秋(あき)に交(な)る時(とき)に到らば、なすべき商売(あきない)は扱(あつか)い切(き)れぬほど有るに、汝何の嘆(たん)じたもうぞ」 と。婦人言う、「児(こ)や、商売(あきない)の無きを愁(うれ)うるに非(あら)ず。今日(こんにち)の晩(ゆうべ)、すでに将(まさ)に鋪子(みせ=店)を収めんとする入更(にゅうこう)の時分(じぶん)に、この四箇(よたり)の馬販子(ばはんす=馬商人)の来りて店房(てんぼう=宿部屋)を賃(か)り、彼れらは上様(じょうさま)の管待(かんたい=もてなし)を要(もと)めたり。実(げ)に指望(しぼう=当て)にして彼れより幾銭(いくせん)かの銀子(ぎんす)を賺(もう)けんとせしに、彼れらは却って斎(とき)を吃えば、また彼れが銭(あし)を賺(もう)くることを得ず。このをもて嘆(たん)ずるなり」と。かの女児(むすめ)言う、「彼れら既(すで)に飯(はん)を吃い了りなば、好く別(べつ)の人家(じんか)へ往くにも往かれじ。明日(みょうにち)はまた好く葷酒(くんしゅ=肉と酒)を安排(あんばい)すべし、いかにしてか其(そ)が銭(あし)を賺(もう)くることを得ざらん」と。婦人また言う、「彼れらみな病(やまい)有りて、風(かぜ)を怕(おそ)れ亮(ひかり)を羞(は)じ、みな黒(くら)き処に在りて睡らんことを要(もと)む。汝想(おも)え、家(いえ)の中はみなこれ些かの単浪瓦児(たんなみがわらじ=粗末な瓦屋根)の房子(へや)なるに、いずこへ往きてか黒暗(くらやみ)の処を尋(たず)ねん。しからずんば一頓(ひととき)の飯(はん)を舍(ほどこ)して彼れに吃わせ、彼れをして別(べつ)の家(いえ)へ往かしめて了らんに如(し)かず」と。女児(むすめ)言う、「母親(はは)よ、我が家(いえ)に一箇の黒(くら)き処有りて、また風(かぜ)の色(けはい=気配)無く、甚(はなは)だ好し、甚だ好し」と。婦人言う、「これいずこなる」と。女児(むすめ)言う、 「父親(ちち)の在(いま)しし日(ひ)にかつて一張(ひとつ)の大櫃(だいき=大きな長持)を做(つく)りたり。かの櫃(き)は四尺(よんしゃく)の寛(ひろ)さ、七尺(ななじゃく)の長(なが)さ、三尺(さんじゃく)の高下(たかさ)有りて、裡面(うち)に六、七人(ろくしちにん)の睡るべきほどなれば、彼れらをして櫃(き)の裡(うち)へ往きて睡らしめよ」 と。 婦人言う、「知(し)らず、好きや否(いな)や。我に一声(ひとこえ)を問(と)わしめよ。孫官人(そんかんじん)、舍下(しゃか)は蝸居(かきょ=狭き住まい)にして、更(さら)に黒(くら)き処無く、ただ一張(ひとつ)の大櫃(だいびつ=大きな長持)有るのみ。風(かぜ)を透(とお)さず、また亮(ひかり)を透さざれば、櫃(ひつ)の裡(うち)へ往きて睡るはいかん」と。行者言う、「好し!好し!好し!」と。すなわち幾箇(いくたり)かの客子(かくし)をして櫃(ひつ)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしめ、蓋児(ふた)を打(う)ち開(あ)け、請(こ)うて彼れらを楼より下らしむ。行者師父を引(ひ)き、沙僧担(に)を拿(と)り、灯影(とうえい=灯のかげ)の後(うしろ)に順(したが)いて径(ただち)に櫃(ひつ)の辺(ほとり)に到る。八戒好歹(よしあし)を管(かま)わず、すなわち先(ま)ず潜(もぐ)りて櫃(ひつ)の裡に入り往く。沙僧行李(こうり)を把(と)って遞(わた)し入れ、唐僧(とうそう)を攙(たす)けて入らしめ、沙僧もまた裡辺(うち)に到る。行者言う、「我が馬はいずこに在(あ)る」と。旁(かたわら)に伏侍(ぶじ=給仕)する者の言う有り、「馬は後屋(うしろや)に拴(つな)がれて草料(そうりょう)を吃(は)みおります」と。行者言う、「牽(ひ)き来れ。糟(そう=馬槽)を把って抬(かつ)ぎ来り、緊(きっ)と櫃児(ひつ)に挨(すりよ)せて拴(つな)ぎ住(とど)めよ」と。方(はじ)めて裡に入りて叫って言う、「趙媽媽(ちょうまま)、蓋児(ふた)を盖(おお)い、鎖釘(さてい=かんぬき)を插(さ)し込(こ)み、鎖子(じょう=錠前)を以(も)ちて鎖(とざ)し上(あ)げ、また我らに替(かわ)りて看て、いずこか透(す)き亮(ひか)る処あらば、些かの紙児(かみ)を使(つか)いて糊(ぬ)り糊(ぬ)りし、明日(みょうにち)些か早うに来りて開けよ」と。寡婦(かふ)言う、「忒(はなは)だ小(こまか)に心(こころ)し給(たま)う」と。ここをもて各各(おのおの)門(もん)を関(とざ)して睡りに往く。これ語(かた)らず。 さて、彼れら四人(よたり)櫃(ひつ)の裡に到りしが、憐(あわ)れむべきかな!一(ひとつ)には乍(いま)さらに一箇の頭巾を戴(いただ)き、二(ふたつ)には天気(てんき)炎熱(えんねつ=むし暑く)にして、また気(き)を悶(もん)じ住(とど)めて、少(すこ)しくも風(かぜ)を透(とお)さざれば、彼れらみな頭巾を摘(と)り、衣服を脱(ぬ)ぎ、また扇子(せんす=扇)を把る無く、ただ僧帽(そうぼう)を将(も)ちて撲撲(ぱたぱた)と扇(あお)ぐのみ。汝我に挨(よ)り、我汝に擠(お)しく、二更(ふたつどき=丑の刻)の時分(じぶん)に到るまでにして、却ってみな睡り了んぬ。ただ行者のみ禍(わざわい)を闖(おこ)さんとする心(こころ)有りて、偏(ひとえ)に彼れ睡ることを得ず、手(て)を伸(の)べ過ぎて八戒が腿(もも)の上を一捻(ひとつまみ)す。かの呆子(あほう)脚(あし)を縮(ちぢ)め、口(くち)の裡に哼哼(ふんふん)として言う、「睡り了れ!辛辛苦苦(しんくしんく)たるに、何の心腸(しんちょう=気)か有りて、なお手(て)を捻(ひね)り脚(あし)を捻りて耍子(たわむれ)するや」と。行者鬼(おに)を搗(つ)いて言う、「我らが元来(もと)の本身(ほんしん=元手)は五千兩(ごせんりょう)にして、先(さき)に馬を売(う)りしが三千兩(さんぜんりょう)、如今(いま)両搭聯(りょうとうれん=二つの荷物入れ)の裡に現(げん)に四千兩(よんせんりょう)有り。この一群(ひとむれ)の馬をまた彼れらに三千兩(さんぜんりょう)に売(う)らば、また一本一利(いっぽんいちり=元手と同額の利)有りて、彀(た)れり!彀れり!」と。八戒睡らんと要(ほっ)する人なれば、いずくんぞ答対(こたえあわ)せん。いずくんぞ知(し)らん、この店(みせ)の走堂(そうどう=給仕)・挑水(ちょうすい=水汲み)・焼火(しょうか=竈番)の者(もの)は、素(もと)より強盗(ごうとう)と一伙(ひとくみ)なるが、行者の許多(あまた)の銀子(ぎんす)有りと説うを聴き、すなわち幾箇(いくたり)かを着(つ)けて溜(ぬけ)出(いだ)し、二十余箇(にじゅうよか)の賊(ぞく)と伙(くみ)し、明火執杖(めいかしつじょう=松明と杖)もて馬販子(ばはんす)を打劫(うちかすめ)に来る。門(もん)を衝(つ)きて入り来れば、嚇(おどろ)かされたるかなかの趙寡婦(ちょうかふ)が娘女(むすめ)ら、戦戦兢兢(おののき)として房門(ぼうもん=部屋の戸)を関(とざ)し、尽(ことごと)く其(そ)れを外辺(そと)に收拾(しゅうしゅう=荒らす)に任(まか)せたり。元来(もと)かの賊(ぞく)は店中(てんちゅう)の家火(かか)を要(もと)めず、ただ客人(かくじん=泊まり客)を尋(たず)ぬるのみ。楼の上に到るに形迹(けいせき=人影)を見ず、火把(かは=松明)を打(とも)して、四下(あたり)を照(て)らし看れば、ただ天井(てんじょう=中庭)の中に一張(ひとつ)の大櫃(だいびつ)の、櫃脚(きっきゃく=長持の足)に一匹(ひとき)の白馬(はくば)を拴(つな)ぎ、櫃蓋(きがい=長持の蓋)の緊(きつ)と鎖(とざ)されて、掀(あお)り翻(ひるが)えすも動(うご)かざるを見る。衆(しゅう)の賊(ぞく)言う、「江湖(こうこ)を走(あゆ)む人はみな手眼(しゅがん=勘)有り。この櫃(ひつ)の勢(いきおい)の重(おも)きを看れば、必(かなら)ずこれ行嚢財帛(こうのうざいはく=荷物と金品)の裡に鎖(とざ)し在(あ)るならん。我ら馬を偸(ぬす)み、櫃を抬(かつ)いで城(しろ)を出(い)で、打(う)ち開(あ)けて分(わ)かち用(もち)いなば、却って好からずや」と。かの些(これ)らの賊(ぞく)果(はた)して縄扛(じょうこう=縄と棒)を找(さが)し起(おこ)し、櫃を把(も)ちて抬ぎてすなわち走(ゆ)くに、幌阿幌的(ふらふら)たり。八戒醒(さ)めて言う、「哥哥(あに)よ、睡れ、何(なに)をか揺(ゆす)る」と。行者言う、「言語(ものい)う莫かれ!人の揺(ゆす)る無し」と。三蔵と沙僧忽地(たちまち)また醒(さ)めて言う、「何なる人か我らを抬ぎおる」と。行者言う、「嚷(わめ)くな、嚷くな!彼れに抬がしめよ!西天(せいてん)に抬ぎ到らば、また走路(ある)くをも省(はぶ)かん」と。 かの賊手(て)を得て、西(にし)へ往かずして、却って城東(じょうとう=城の東)へ抬ぎ向(むか)い、門(もん)を守(まも)るの軍(いくさびと)を殺し、城門(じょうもん)を打(う)ち開(あ)けて出(い)で往く。当時(そのとき)すなわち六街三市(ろくがいさんし=町筋)と各鋪(かくほ=店々)の火甲人夫(かこうにんぷ=自警の者)を驚動(きょうどう)して、みな巡城総兵(じゅんじょうそうへい)と東城兵馬司(とうじょうへいばし)に報(しら)せたり。かの総兵(そうへい)・兵馬(へいば)は事(こと)己(おのれ)に当(あた)れるをもて、すなわち人馬(じんば)と弓兵(きゅうへい=弓の兵)を点(てん=召集)じ、城(しろ)を出(い)でて賊を趕(お)う。かの賊官軍(かんぐん)の勢(いきおい)の大(おお)ききを見、敢(あ)えて抵敵(ていてき=防ぎ戦)せず、大櫃(だいびつ)を放下(おろ)し、白馬(はくば)を捨(す)てて、各(おのおの)落草(らくそう=山賊となる)として逃(に)げ走(に)ぐ。衆(しゅう)の官軍(かんぐん)かつて半箇(はんこ)の強盗(ごうとう)をも拿(とら)え得ず、ただ櫃を奪(うば)い下(おろ)し、馬を捉(とら)え住(とど)めて、勝(かち)を得て回(かえ)る。総兵(そうへい)、灯光(とうこう=灯の光)の下(もと)にかの馬を見れば、好き馬なるかな、 鬃(たてがみ)は銀線(ぎんせん=銀の糸)を分(わ)かち、尾(お)は玉条(ぎょくじょう=玉の帯)を軃(た)る。 何(なに)をか八駿竜駒(はっしゅんりゅうく=名馬)を説わん、驌驦款段(しゅくそうかんだん=名馬)をも賽(まさ)り過(す)ぐ。 千金(せんきん)もて骨(ほね)を市(か)い、万里(ばんり)に風(かぜ)を追(お)う。 山(やま)に登(のぼ)るには毎(つね)に青雲(せいうん)と合(がっ)し、月(つき)に嘯(うそぶ)くには渾(ことごと)く白雪(はくせつ)の如(ごと)く匀(ひと)し。 真(まこと)にこれ蛟龍(こうりゅう=みずち)の海島(かいとう)を離(はな)るるにして、人間(にんげん)には喜(よろこ)ばしきこと玉麒麟(ぎょくきりん)の有るが如(ごと)し。 と。 総兵官(そうへいかん)、自家(じか)が馬児(うま)に騎(の)らずして、すなわちこの白馬(はくば)に騎(の)り、軍兵(ぐんぺい)を帥(ひき)いて城内(じょうない)に入り、櫃子(ひつ)を把(も)ちて総府(そうふ=総兵の役所)に抬ぎ入れ、兵馬(へいば)と同(とも)に一箇の封皮(ふうひ=封紙)を写(うつ)して封(ふう)じ、人をして巡守(じゅんしゅ=見張り)せしめ、天明(てんめい=夜明け)を待(ま)ちて啓奏(けいそう=申し上げ)し、旨(みことのり)を請(こ)いて定奪(ていだつ=裁決)を仰(あお)がんとす。官軍(かんぐん)散(ち)り訖(おわ)んぬ。これ語(かた)らず。 さて、唐長老(とうちょうろう)櫃の裡に在りて行者を埋怨(ばいえん=恨み言)して言う、 「汝この猴頭(こうとう=猿め)や、我を害(そこな)い殺すなり! もし外辺(そと)に在りて、人に拿(とら)えられ、送(おく)られて滅法国王(めっぽうこくおう)に与(あた)えらるるも、また好く折弁(せつべん)すべし。如今(いま)は櫃の裡に鎖(とざ)されて、賊に劫(かす)められ、また官軍(かんぐん)に奪(うば)い来られ、明日(みょうにち)国王(こくおう)に見(まみ)えなば、現現成成(げんげんじょうじょう=出来合いに)刀(かたな)を開きて殺されんことを請(こ)わんのみ、却って彼れが一万(いちまん)の数(かず)を凑(あつ)め了らずや」 と。行者言う、「外面(そと)に人有り!櫃を打(う)ち開(あ)けて拿(とら)え出されなば、捆(くく)られたるに非(あら)ざるも、すなわちこれ吊(つ)られたるならん。且く些か忍耐(にんたい=こらえ)て、捆(くく)り吊(つ)るるを免(まぬが)れよ。明日(みょうにち)かの昏君(くんくん=愚かな君主)に見(まみ)えなば、老孫(ろうそん)自(おのず)から対答(こたえ)有り、汝が一毫児(いちごうじ=僅か)も傷(そこな)われざることを管(きっと)保(ほ)せん。且く放心(ほうしん)して睡り睡れ」と。 三更(みつどき)の時分(じぶん)に挨(もちこた)え到るや、行者一箇の手段(てだて)を弄(ろう)し、棒(ぼう)を順(だ)し出し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)!」と叫れば、すなわち変じて三尖頭(さんせんとう=三又の穂先)の錐(たがね=鑿)と做り、櫃脚(きっきゃく=長持の脚)に挨(すりよ)りて両三度(にさんど)錐(たがね)をもちて掘(ほ)れば、一箇の眼子(あな)を穿(うが)ち了んぬ。錐(たがね)を収め、身を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変じて一箇の螻蟻児(ろうぎじ=蟻)と做り、潜(くぐ)りて将(も)ち出(い)で往き、原身(げんしん=元の姿)を現(あらわ)し、雲頭(うんとう)を踏(ふ)み起(おこ)し、径(ただち)に皇宮門外(こうぐうもんがい)に入る。かの国王正に睡りの濃(こま)やかなる際(さい=時)なるに、彼れ大分身普会神法(だいぶんじんふえしんぽう=大きな分身の法)を使(つか)い、左臂(さひ=左腕)の上の毫毛(ごうもう=細き毛)を把りてみな抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)!」と叫れば、みな変じて小行者(しょうぎょうじゃ=小さな行者)と做る。右臂(ゆうひ=右腕)の上の毛(け)も、またみな抜き下(おろ)し、一口の仙気を吹きて「変!」と叫べば、みな変じて瞌睡虫(かつすいちゅう=眠りの虫)と做る。一声(ひとこえ)の「唵(おん)」の字(じ)の真言(しんごん)を念(とな)えて、当坊土地(とうぼうどち=その地の土地神)に教(おし)えて衆(しゅう)を領(ひき)いて皇宮内院(こうぐうないいん=奥御所)・五府六部(ごふりくぶ=諸官庁)・各衙門(かくがもん=役所)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)が宅内(たくない=屋敷)に布散(ふさん=撒き散ら)し、ただ品職(ひんしょく=位階官職)を有する者(もの)には、みな彼れに一箇の瞌睡虫(かつすいちゅう)を与(あた)えしめて、人人穩(やすらか)に睡りて、身を翻(ひるがえ)すことを許(ゆる)さざらしむ。また金箍棒(きんこぼう)を将(と)りて手(て)の中に取(と)り、一(ひと)と掂(はか)り、一(ひと)と幌(ひるがえ)して、「宝貝(ほうばい)よ、変(へん)!」と一声叫(よばわ)れば、すなわち変じて千百口(せんぴゃくふり)の剃頭刀児(ていとうとうじ=髪剃り刀)と做る。彼れ一把(ひとふり)を拿(と)り、小行者(しょうぎょうじゃ)たちに吩咐(いいつけ)ておのおの一把(ひとふり)を拿(と)らしめ、みな皇宮内院(こうぐうないいん)・五府六部(ごふりくぶ)・各衙門(かくがもん)の裡へ往きて頭(あたま)を剃(そ)らしむ。咦(ああ)!これこそすなわち、 法王(ほうおう)法(ほう)を滅(めっ)するも法(ほう)窮(きわま)り無く、法(ほう)は乾坤(けんこん=天地)を貫(つらぬ)きて大道(だいどう)通(つう)ず。 万法(ばんぽう)の原因(げんいん)は一体(いったい)に帰(き)し、三乗(さんじょう=三つの乗り物)の妙相(みょうそう=妙なる姿)は本来(ほんらい)同(おな)じ。 玉櫃(ぎょくき=玉の長持)を穿(うが)ち開(あ)けて消息(しょうそく=様子)を明(あきら)かにし、金毫(きんごう=金の細毛)を布(し)き散(ち)らして蔽蒙(へいもう=覆い隠すこと)を破(やぶ)る。 管(かなら)ず法王(ほうおう)の正果(しょうか=悟り)を成(な)すを取(と)りて、不生不滅(ふしょうふめつ)にして去来(きょらい)空(むな)しからん。 と。この半夜(よなか)に剃削(ていさく=髪を剃る)し功(こう)を成(な)し、咒語(じゅご=まじない)を念(とな)え動(うご)かして土地神祇(どちしんぎ=土地の神々)を喝(しか)り退(しりぞ)け、身を一抖(ひとゆす)りして両臂(りょうひ=両腕)の上の毫毛(ごうもう)を帰(き)し伏(ふく)せ、剃頭刀(ていとうとう=剃刀)を把りて総(すべ)て捻(ひね)じて真(しん=元)と成(な)し、依然(もとのまま)として本性(ほんしょう=本来の姿)を認(みと)め、またこれ一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)にして、収め来って些小(さしょう=極小)の形(かたち)と為(な)し、耳(みみ)の内(うち)に藏(かく)す。復(ま)た身を翻(ひるがえ)して還(かえ)りて螻蟻(ろうぎ=蟻)と做り、櫃内(ひつうち=長持の中)に潜(くぐ)り入り、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)して、唐僧(とうそう)と与(とも)に困(くるしみ)を守(まも)る。これ語(かた)らず。 さて、かの皇宮内院(こうぐうないいん)の宮娥彩女(きゅうがさいじょ=女官や侍女)は、天いまだ明(あき)らかならざるに起(お)きて梳洗(そせん=髪をとく)するに、箇箇(おのおの)みな頭髪(とうほつ=髪の毛)を亡(な)くせり。穿宮(せんきゅう=宮中を通る)の大小(だいしょう)の太監(たいかん=宦官)も、またみな頭髪(とうほつ)を亡くし、一擁(いちよう)して斉(ひと)しく来り、寝宮(しんきゅう=天子の寝室)の外(そと)に到り、楽(がく)を奏(かなで)て寝(しん=眠り)を驚(おどろ)かし、箇箇(めいめい)涙(なみだ)を噙(ふく)みて、敢(あ)えて言(ことば)を伝(つた)えず。少時(しばらく)して、かの三宮(さんきゅう)の皇后(こうごう)醒(さ)めて、また頭髪(とうほつ)無く、忙(いそ)ぎて灯(ひ)を龍床(りゅうしょう=天子の寝台)の下(もと)に移(うつ)して看る処、錦被窩(きんひか=錦の夜具)の中に、一箇の和尚の睡れる有り。皇后(こうごう)忍(しの)びえずして言(ことば)を出し、国王を驚(おどろ)かし醒(さ)ます。かの国王急(いそ)ぎ睛(ひとみ)を睜(みは)るに、皇后(こうごう)が頭(こうべ)の光(つるつる)なるを見、彼れ連(すなわ)ち爬(はい)き起(お)きて言う、「梓童(しどう=皇后の称)、汝いかにしてかこのごとき」と。皇后(こうごう)言う、「主公(しゅこう=君)もまたこのごとし」と。かの皇帝(こうてい)頭(あたま)を摸(さす)れば、嚇(おどろ)かされて三尸(さんし)呻咋(しんさく=嘆き叫び)、七魄(しちはく)飛んで空(くう)にあり、言う、「朕(ちん)当(まさ)にいかんとせるか!」と。正に慌忙(あわただ)しき処に、ただかの六院(ろくいん)の嬪妃(ひんひ=側室)、宮娥彩女(きゅうがさいじょ)、大小(だいしょう)の太監(たいかん)の、みな頭(こうべ)を光(つるつる)にして跪(ひざまず)き下りて言う、「主公(しゅこう)、我らは和尚と做りたり!」と。国王これを見、眼中(がんちゅう)に涙(なみだ)を流(なが)して言う、「想(おも)うにこれ寡人(かじん=わたし)の和尚を殺害(さつがい)せし故(ゆえ)ならん」と。すなわち旨(みことのり)を伝(つた)えて吩咐(いいつけ)て言う、「汝ら落髪(らくはつ=髪の落つる)の事(こと)を説い出すことを得ず。文武(ぶんぶ)の群臣(ぐんしん)の国家(こっか)の正(ただ)しからざるを褒貶(ほうへん=とやかく言う)せんことを恐(おそ)るればなり。且くみな殿(でん)に上りて朝(ちょう)を設(もう)けよ」と。 さて、かの五府六部(ごふりくぶ)・合衙門(がくがもん=あらゆる役所)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)は、天いまだ明(あき)らかならざるにもてみな朝(ちょう)に王(おう)を拝(おが)み闕(けつ=宮門)を拝(おが)まんと要(ほっ)す。元来(もと)この半夜(よなか)に箇箇(おのおの)また頭髪(とうほつ)を亡(な)くし、各人(かくじん)みな表(ひょう=上奏文)を写(うつ)してこの事(こと)を啓奏(けいそう)す。ただそれを聴け、 静鞭(せいべん=静かの鞭)三響(さんきょう=三度鳴り)て皇帝(こうてい)に朝(ちょう)し、当今(とうぎん=今の君)に剃髪(ていはつ=髪を剃る)の因(より=訳)を奏(そう)す。 と。畢竟(ひっきょう)いまだかの総兵官(そうへいかん)の奪(うば)い下(おろ)したる櫃の裡の賊贓(ぞくぞう=盗品)の如何(いかん)なると、唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)が性命(いのち)の如何(いかん)なるを知(し)らず。且く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第八十五回 心猿(しんえん)木母(もくぼ)を妬(ねた)み 魔主(ましゅ)禅(ぜん)を呑(の)まんと計(はか)る 話(わ)に説(い)わく、かの国王(こくおう)早朝(そうちょう=朝早く)に臨(のぞ)みしに、文武(ぶんぶ)の多官(たかん=多くの役人)みな表章(ひょうしょう=上奏文)を執(と)りて啓奏(けいそう=申し上げ)して言う、「主公(しゅこう=君)、望(のぞ)むらくは臣等(しんとう=家来ども)が失儀(しつぎ=不作法)の罪(つみ)を赦(ゆる)したまえ」と。国王言う、「衆卿(しゅうけい=皆の卿)の礼貌(れいぼう=礼儀)は常(つね)の如(ごと)し、何(なん)の失儀(しつぎ)か有(あ)る」と。衆卿(しゅうけい)言う、 「主公(しゅこう)や、知(し)らず何(なん)の故(ゆえ)にか、臣等(しんとう)は一夜(ひとよ)にして頭髪(とうほつ=髪の毛)を把(と)りてみな亡(な)くし了(おわ)りたり」 と。国王この頭髪(とうほつ)の無(な)きの表(ひょう=上奏文)を執(と)り、龍床(りゅうしょう=天子の寝台)を下(お)りて群臣(ぐんしん)に対(たい)して言う、「果(はた)して知らず何の故にか、朕(ちん)が宮中(きゅうちゅう)の大小(だいしょう)の人等(ひとびと)も、一夜(ひとよ)にしてまた尽(ことごと)く頭髪(とうほつ)を亡(な)くし了(おわ)れり」と。君臣(くんしん)たちみな各(おのおの)汪汪(おうおう=涙ぐみ)として涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「これより後(のち)は、再(ふたた)び敢(あ)えて和尚(おしょう)を殺戮(さつりく=殺し)すべからず」と。王(おう)復(ま)た龍位(りゅうい=天子の座)に上(のぼ)り、衆官(しゅうかん)おのおの本班(ほんぱん=持ち場の列)に立(た)つ。王(おう)また言う、「事(こと)有(あ)らんは班(はん=列)を出(い)でて来(きた)りて奏(そう)せよ、事(こと)無(な)きは帘(れん=簾)を卷(ま)きて朝(ちょう)を散(さん)ぜよ」と。ただかの武班(ぶはん=武官の列)の中(うち)より巡城総兵官(じゅんじょうそうへいかん)の闪(かいだ)き出(い)で、文班(ぶんぱん=文官の列)の中より東城兵馬使(とうじょうへいばし)の走(あゆ)み出(い)で、階(きざはし)に当(あた)りて頭(こうべ)を叩(う)って言う、「臣(しん)聖旨(せいし=勅命)を蒙(こうむ)りて城(しろ)を巡(めぐ)り、昨夜(ゆうべ)賊贓(ぞくぞう=盗品)の櫃(ひつ)一箇(ひとつ)と、白馬(はくば)一匹(ひとき)とを得(え)たり。微臣(びしん=わたくしめ)敢(あ)えて擅(ほしいまま)に専(せん)にせず、請(こ)う、旨(みことのり)を請(こ)いて定奪(ていだつ=裁決)を賜(たまわ)れ」と。国王大(おお)いに喜(よろこ)んで言う、 「櫃(ひつ)もろともに取(と)り来(こ)よ」 と。二臣(にしん=二人の臣)すなわち本衙(ほんが=自分の役所)に退(しりぞ)き、斉整(せいせい=揃い)の軍士(ぐんし=兵)を点(てん=召集)じ起(おこ)し、櫃(ひつ)を将(も)ちて抬(かつ)ぎ出(いだ)す。三蔵(さんぞう)内(うち)に在りて、魂(たましい)の体(からだ)に附(つ)かざるばかりにて言う、「徒弟(でし)らよ、この一たび国王(こくおう)の前(まえ)に到(いた)らば、いかにか理(ことわり)を説(と)かん」と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「嚷(わめ)くな!我(われ)すでに打点(たてん=手筈)を停当(ていとう=整え)たり。櫃(ひつ)を開(ひら)く時(とき)に、彼(か)れすなわち我(われ)らを拝(おが)んで師(し)と為(な)さんとす。ただ八戒(はっかい)をして長短(ちょうたん=あれこれ)を争競(そうきょう=争う)すること莫(な)からしめよ」と。八戒言う、「ただただ殺(ころ)さるるを免(まぬか)れなば、すなわちこれ無量(むりょう)の福(ふく)なるに、なお敢(あ)えて争競(そうきょう)せんや!」と。説(いう)了(おわ)らざるに、朝(ちょう)の外(そと)に抬(かつ)ぎ至(いた)り、五鳳楼(ごほうろう=楼門)に入(い)りて、丹墀(たんち=玉座前の庭)の下(もと)に放(お)き置(お)く。二臣(にしん)請(こ)うて国王(こくおう)の開(あ)けて看(み)たまわんことを乞(こ)えば、国王すなわち命(めい)じて打(う)ち開(あ)けしむ。方(はじ)めて蓋(ふた)を掲(あ)ぐるや、豬八戒(ちょはっかい)すなわち忍(しの)びえずして外(そと)へ向(むか)いて一跳(ひとおどり)すれば、嚇(おどろ)かされたるかなかの多官(たかん=役人ら)、胆(きも)戦(おのの)きて、口(くち)に言(い)うことを能(あた)わず。また孫行者(そんぎょうじゃ)の唐僧(とうそう)を攙(たす)け出(いだ)し、沙和尚(さおしょう)行李(こうり)を搬(はこ)び出(いだ)すを見(み)る。八戒(はっかい)総兵官(そうへいかん)の馬(うま)を牽(ひ)けるを見(み)るや、走上(すす)み前(まえ)に出で、「咄(こら)!」と一声(ひとこえ)して言う、 「馬(うま)はこれ我(わ)がものなり!拿(と)りて過(わた)し来(こ)よ!」 と。嚇(おどろ)かされたるかなかの官児(かんじ=役人)、跟頭(とんぼがえり)を翻(う)って地(ち)に倒(たお)れ跌(ふん)まれたり。四衆(ししゅ)みな階(きざはし)の中(うち)に立(た)つ。かの国王(こくおう)これ四箇(よたり)の和尚(おしょう)なるを見(み)、忙(いそ)ぎて龍床(りゅうしょう)を下(お)り、三宮(さんきゅう)の妃后(ひこう=后妃)を宣召(せんしょう=召し寄)せ、金鑾宝殿(きんらんほうでん=玉座の宮)を下(お)り、群臣(ぐんしん)と同(とも)に拝(おが)んで問(と)うて言う、「長老(ちょうろう)はいずこより来(きた)る」と。三蔵(さんぞう)言う、「これ東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かりもと=御世)より差(つか)わされ、西方(せいほう)の天竺国(てんじくこく)の大雷音寺(だいらいおんじ)に往(ゆ)きて活仏(かつぶつ=生ける仏)を拝(おが)み真経(しんきょう)を取(と)らんとする者なり」と。国王言う、 「老師(ろうし)は遠(とお)くより来(きた)られたり、何(なん)の為(ため)にかこの櫃(ひつ)の裡(うち)に安歇(あんけつ=泊まり)したまえる」 と。三蔵(さんぞう)言う、「貧僧(ひんそう)は陛下(へいか)の願心(がんしん=誓願)の和尚(おしょう)を殺(ころ)す有(あ)るを知(し)り、敢(あ)えて明(あきら)かに上国(じょうこく=貴国)に投(とう)ぜず、俗人(ぞくにん=俗体)に扮(よそお)うて、夜(よる)宝方(ほうほう=貴地)の飯店(はんてん=宿屋)の裡(うち)に至(いた)りて宿(やど)を借(か)れり。人(ひと)の原身(げんしん=本来の姿)を識破(しきは=見破)らんことを怕(おそ)るるが故(ゆえ)に、このをもて櫃中(きつちゅう=長持の中)に安歇(あんけつ)せしなり。不幸(ふこう)にして賊(ぞく)に偸(ぬす)み出(いだ)され、総兵(そうへい)に捉獲(そくかく=捕らえ)られて抬(かつ)ぎ来(きた)られたりしが、今(いま)陛下(へいか)が龍顔(りゅうがん=御顔)を見(み)奉(たてまつ)ることを得(え)たるは、いわゆる雲(くも)を撥(わ)りて日(ひ)を見(み)るなり。望(のぞ)むらくは陛下(へいか)貧僧(ひんそう)を赦(ゆる)し放(はな)ちたまえ、これ海(うみ)よりも深(ふか)き恩便(おんべん=御恵)なるべし!」と。国王言う、「老師(ろうし)はこれ天朝(てんちょう)上国(じょうこく)の高僧(こうそう)なるに、朕(ちん)迎迓(げいが=お迎え)を失(うしな)えり。朕(ちん)常(つね)の年(とし)に願(がん)を為(な)して僧(そう)を殺(ころ)さんとせしは、かつて僧(そう)の朕(ちん)を謗(そし)りしに因(よ)りてなり。朕(ちん)天(てん)に願(がん)を許(か)けて、一万(いちまん)の和尚(おしょう)を殺(ころ)して円満(えんまん)を做(な)さんと要(ほっ)せしが、期(き)せずや今夜(こんや)皈依(きえ=帰依)して、朕(ちん)等(とう)をして僧(そう)と為(な)らしむ。如今(いま)君臣(くんしん)后妃(こうひ)の髪(かみ)みな剃(そ)り落(お)とせり。望(のぞ)むらくは老師(ろうし)の高賢(こうけん=尊き賢者)を吝(おし)むこと莫(な)く、願(ねが)わくは門下(もんか=弟子)と為(な)らんことを」と。八戒(はっかい)言(げん)を聴(き)き、呵呵(かか)と大(おお)いに笑(わら)って言う、「既(すで)に要(もと)めて拝(おが)みて門徒(もんと=弟子)と為さらんとせば、何(なん)の贄見(しけん=入門の礼物)の礼(れい)か有(あ)る」と。国王言う、「師(し)もし肯(あ)えて従(したが)わば、願(ねが)わくは国中(こくちゅう)の財宝(ざいほう)を将(も)ちて献(たてまつ)らん」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「財宝(ざいほう)を説(い)う莫(な)かれ。我(われ)ら和尚(おしょう)はこれ道(どう)の有(あ)る僧(そう)なり。汝(なんじ)ただ関文(かんぶん=通行証)を把(と)りて倒(さかしま)に換(か)えさせ、我(われ)らを送(おく)りて城(しろ)を出(い)ださしめなば、汝(なんじ)が皇図(こうと=御代)の永(とこしえ)に固(かた)きと、福寿(ふくじゅ)の長(とこしえ)に臻(いた)ることを保(ほ)せん」と。かの国王これを聴(き)き、すなわち光禄寺(こうろくじ=宮中の料理所)をして大(おお)いに筵宴(えんえん=饗宴)を排(ひら)かしめ、君臣(くんしん)合(がっ)し同(どう)じて、拝(はい)して一(いつ)に帰(き)し、即時(すなわ)ち関文(かんぶん)を倒(さかしま)に換(か)え、請(こ)うて三蔵(さんぞう)の国号(こくごう)を改(あらた)め換(か)えんことを求(もと)む。行者(ぎょうじゃ)言う、「陛下(へいか)が法国(ほうこく)の名(な)は甚(はなは)だ好(よ)けれど、ただ滅(めっ)の字(じ)のみ通(つう)ぜず。我(われ)の過(よ)ぎりしよりこのかた、号(ごう)を改(あらた)めて欽法国(きんぽうこく)と做(な)すべし。管(かなら)ず汝(なんじ)に海晏河清(かいあんかせい=世の太平)にして千代(せんだい)も勝(まさ)り、風調雨順(ふうちょううじゅん=順調な天候)にして万方(ばんぽう=四方)も安(やす)きを教(おし)えん」と。国王(こくおう)恩(おん)を謝(しゃ)し、朝鑾駕(ちょうらんが=天子の車駕)を擺(ととの)え整(ととの)えて、唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)でて西(にし)へ去(さ)らしむ。君臣(くんしん)たち善(ぜん)を秉(と)って真(しん)に帰(き)す。これ語(かた)らず。 さて、長老(ちょうろう)欽法国王(きんぽうこくおう)に辞別(じべつ)し、馬上(ばじょう)に在りて欣然(きんぜん)として言う、「悟空(ごくう)、この一法(いっぽう=やり方)は甚(はなは)だ善(よ)く、大(おお)いに功(こう)有(あ)り」と。沙僧(さそう)言う、「哥(あに)や、いずこよりかこの許多(あまた)の整容匠(せいようしょう=髪結い)を尋(たず)ね来(きた)りて、夜(よる)に連(つらな)りてこの許多(あまた)の頭(あたま)を剃(そ)らしめしぞ」と。行者、かの変化(へんげ)を施(ほどこ)し神通(じんずう)を弄(ろう)しし事(こと)を説(と)きて一遍(ひとわたり)を了(おわ)れば、師徒(してい)らみな口(くち)を合(あ)わするに遑(いとま)無(な)く笑(わら)う。正(まさ)に歓喜(かんき)する処(ところ)に、忽然(たちまち)一座(ひとつ)の高山(こうざん)の路(みち)を阻(はば)むを見(み)る。唐僧(とうそう)馬(うま)を勒(ひきし)めて言う、 「徒弟(でし)らよ、汝(なんじ)看(み)よ、この面前(めんぜん)の山勢(さんせい=山の姿)の崔巍(さいぎ=高く険しき)なるを。切(きっ)と須(かなら)ず仔細(つまびらか)にせよ!」 と。行者笑って言う、「放心(ほうしん)せよ!放心せよ!汝(なんじ)が事(こと)無(な)きを保(ほ)せん!」と。三蔵(さんぞう)言う、「事(こと)無(な)しと言(い)う莫(な)かれ。我(われ)かの山峰(さんぽう=峰)の挺立(ていりつ=そびえ立つ)の、遠(とお)く些(いささ)か凶気(きょうき)有(あ)りて、暴雲(ぼううん=荒れ雲)の飛(と)び出(い)づるを見(み)るに、漸(ようや)く驚惶(きょうこう=驚(おどろ)き慌(あわ)て)を覚(おぼ)え、身(み)に満(み)ちて麻木(まぼく=しびれ)、神思(しんし=心)安(やす)からず」と。行者笑って言う、「汝(なんじ)は烏巣禅師(うそうぜんじ)が『多心経(たしんきょう)』を早(はや)くも已(すで)に忘(わす)れたるか」と。三蔵言う、「我(われ)記(おぼ)えたり」と。行者言う、「汝(なんじ)記(おぼ)うと雖(いえど)も、なお四句(よんく)の頌子(じゅす=偈)有(あ)りて、汝(なんじ)却(かえ)って忘(わす)れたるなり」と。三蔵言う、「那(いず)れの四句(よんく)ぞ」と。行者言う、 「仏(ほとけ)は霊山(りょうざん)に在(いま)す、遠(とお)くに求(もと)むる莫(な)かれ。霊山(りょうざん)はただ汝(なんじ)が心頭(しんとう=心)にのみ在(あ)り。 人(ひと)人(ひと)に一箇(ひとつ)の霊山塔(りょうざんとう)有(あ)り、好(よ)く霊山塔(りょうざんとう)の下(もと)に向(むか)いて修(しゅ)せよ」 と。三蔵言う、「徒弟(でし)よ、我(われ)いずくんぞ知(し)らざらんや。 もしこの四句(よんく)に依(よ)らば、千経万典(せんけいばんてん=あらゆる経典)も、ただこれ心(こころ)を修(おさ)むるのみ」 と。行者言う、「説(と)くを要(よう)せず。心(こころ)浄(きよ)ければ孤明独照(こめいどくしょう=明らかに照らし)、心存(しんぞん)なれば万境(ばんきょう)みな清(きよ)し。些(いささ)かも差(たが)え錯(あやま)らば惰懈(だかい=なまけ)と成(な)り、千年万載(せんねんばんさい)も功(こう)を成(な)さじ。ただ一片(ひとかけ)の志誠(しせい=真心)を要(よう)するのみ、雷音(らいおん)はただ眼下(いま)に在(あ)り。汝(なんじ)がこのごとく恐惧(きょうく)し驚惶(きょうこう=慌(あわ)て)て神思(しんし)安(やす)からざるが如(ごと)きは、大道(だいどう)遠(とお)く、雷音(らいおん)もまた遠(とお)し。且(しばら)く胡(みだ)りに疑(うたが)う莫(な)かれ、我(われ)に随(したが)いて去(ゆ)け」と。かの長老(ちょうろう)言(げん)を聞(き)き、心神(しんしん=心)頓(にわか)に爽(さわやか)にして、万慮(ばんりょ=諸の思い)みな休(や)む。 四衆(ししゅ)一同(いちどう)に前進(ぜんしん)す。幾步(いくほ)も行(ゆ)かずして、山(やま)の上(うえ)に到(いた)り、目(め)を挙(あ)げて看(み)る時(とき)、かの山(やま)は真(まこと)に好(よ)き山(やま)なるかな、細(こま)かに看(み)れば色(いろ)班班(はんはん=まだら)たり。ただ見よ、 頂上(ちょうじょう)に雲(くも)飄蕩(ひょうとう=漂い)、崖前(がいぜん)に樹影(じゅえい=木の影)寒(さむ)し。 飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)淅瀝(せきれき=ひそやか)に、走獣(そうじゅう)凶頑(きょうがん=荒々し)。 林内(りんない)に松(まつ)千幹(せんかん)あり、巒頭(らんとう=峰のいただき)に竹(たけ)幾竿(くかん)あり。 吼(ほ)え叫(さけ)ぶはこれ蒼狼(そうろう=青き狼)の食(しょく)を奪(うば)えるにして、咆哮(ほうこう)するはこれ餓虎(がこ=飢えた虎)の餐(さん=食)を争(あらそ)えるなり。 野猿(やえん)は長嘯(ちょうしょう)て鮮果(せんか=新しき実)を尋(たず)ね、麋鹿(びろく)は花(はな)を攀(よ)じて翠嵐(すいらん=緑の山気)に上(のぼ)る。 風(かぜ)灑灑(さいさい=そよそよ)、水(みず)潺潺(せんせん=さらさら)、時(おり)に幽鳥(ゆうちょう)の語(ことば)の間関(かんかん=のどか)なるを聞(き)く。 幾処(いくところ)かの藤蘿(とうら=藤やつた)は牽(ひ)かれまた扯(さ)かれ、渓(たに)に満(み)つるは瑶草(ようそう=仙草)に香蘭(こうらん)を雑(まじ)う。 磷磷(りんりん)たる怪石(かいせき)、削削(さくさく)たる峰岩(ほうがん)。 狐狢(こむじな=狐や狢)は群(むれ)を成(な)して走(はし)り、猴猿(こうえん=猿ども)は隊(たい)を作(な)して頑(たわむ)る。 行客(こうかく=旅人)の正(まさ)に険峻(けんしゅん=険しさ)の多(おお)きを愁(うれ)うるに、奈何(いかに)か古道(こどう=古き道)のまた湾環(わんかん=曲がりくねる)たる! と。師徒(してい)ら怯怯驚驚(びくびくおびえ)て、正(まさ)に行(ゆ)くの時(とき)、ただ呼呼(こうこう=ひゅうひゅう)と一陣(ひとむれ)の風(かぜ)の起(おこ)るを聴(き)くのみ。三蔵怕(おそ)れて言う、「風(かぜ)起(おこ)れり!」と。行者言う、「春(はる)に和風(わふう=穏やかな風)有(あ)り、夏(なつ)に熏風(くんぷう=薫風)有り、秋(あき)に金風(きんぷう=秋風)有り、冬(ふゆ)に朔風(さくふう=北風)有り。四時(しいつ)にみな風(かぜ)有(あ)りて、風(かぜ)の起(おこ)るを何(なに)をか怕(おそ)れん」と。三蔵言う、「この風(かぜ)の来(きた)ること甚(はなは)だ急(きゅう)なり、決然(けつぜん=きっと)これ天風(てんぷう=天からの風)に非(あら)ず」と。行者言う、「古(いにしえ)より来(きた)れるは、風(かぜ)は地(ち)より起(おこ)り、雲(くも)は山(やま)より出(い)づ。いかにしてか箇(ひとつ)の天風(てんぷう)を得(え)ん」と。説(いう)了(おわ)らざるに、また一陣(ひとむれ)の霧(きり)の起るを見(み)る。かの霧(きり)は真箇(まこと)にこれ、 漠漠(ばくばく)として天(てん)に連(つらな)りて暗(くら)く、蒙蒙(もうもう)として地(ち)を匝(めぐ)りて昏(くら)し。 日色(じつしょく=日の光)は全(まった)く影(かげ)無(な)く、鳥声(ちょうせい=鳥の声)は聞(き)く処(ところ)無(な)し。 宛然(えんぜん)として混沌(こんとん=天地未分)の如(ごと)く、仿佛(ほうふつ)として飛塵(ふじん=舞う埃)に似(に)たり。 山頭(さんとう)の樹(き)を見(み)ず、いずくんぞ采薬(さいやく=薬草を採る)の人(ひと)に逢(あ)わんや? と。三蔵一発(いよいよ)心(こころ)驚(おどろ)いて言う、 「悟空(ごくう)、風は未(いま)だ定(さだ)まらざるに、いかにしてかまたこのごとく霧(きり)の起るや」 と。行者言う、「且(しばら)く忙(いそ)ぐ莫(な)かれ。請(こ)う、師父(しふ)馬(うま)を下(お)りたまえ。汝(なんじ)ら兄弟(きょうだい)二人(ふたり)ここに在りて保守(ほしゅ=守)せよ、我(われ)が往(ゆ)きて看(み)て是(こ)れ何(なん)の吉凶(きっきょう)なるを待(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、腰(こし)を一躬(ひとこご)みしてすなわち半空(はんくう=空の中ほど)に到(いた)り、手(て)を用(もち)いて眉(まゆ)の上(うえ)に搭(か)ざし、火眼(かがん=火の眼)を円(まる)く睜(みは)り、下(しも)に向(むか)ってこれを観(み)るに、果(はた)してかの懸岩(けんがん=崖)の辺(ほとり)に一箇(ひとり)の妖精(ようせい)の坐(ざ)せるを見(み)る。汝(なんじ)看(み)よ、彼(か)れのいかにか生(しょう)ぜる姿(すがた)なるを、 炳炳(へいへい=あざやか)たる文斑(ぶんぱん=斑紋)は采艶(さいえん=美しい色)多(おお)く、昂昂(こうこう=そびえ)たる雄勢(ゆうせい=雄々しき勢い)は甚(はなは)だ抖擻(とうそう=奮い立つ)。 堅牙(けんが=堅き牙)は口(くち)を出(い)でて鋼鑽(こうさん=鋼の錐)の如(ごと)く、利爪(りそう=鋭き爪)は蹄(ひづめ)に藏(かく)れて玉鉤(ぎょくこう=玉の鉤)に似(に)たり。 金眼(きんがん)円睛(えんせい=丸き瞳)は禽獣(きんじゅう)も怕(おそ)れ、銀鬚(ぎんしゅ=銀の髭)倒(さかしま)に竪(た)てば鬼神(きしん)も愁(うれ)う。 張狂(ちょうきょう=ほしいままに荒れ)し哮吼(こうこう=吼える)して威猛(いもう=威を猛)しく、靄(もや)を噯(は)き風を噴(ふ)いて智謀(ちぼう=知恵)を運(めぐ)らす。 と。またかの左右(そうゆう)の手下(しゅか=手下)に三、四十箇(さんしじゅっこ)の小妖(しょうよう)の擺列(ならび)たるを見(み)るに、彼(か)れそこに在りて逼法(ひっぽう=懸命)に風を噴(ふ)き靄(もや)を噯(は)く。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑(わら)って言う、「我(わ)が師父(しふ)もまた些(いささ)か先兆(せんちょう=予感)有(あ)りしか。彼(か)れ天風(てんぷう)に非(あら)ずと説(い)いしは、果(はた)して然(しか)り、却(かえ)ってこれ一箇(ひとり)の妖精(ようせい)のここに在りて喧児(けんじ=大騒ぎ)を弄(ろう)せるなり。もし老孫(ろうそん)鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて下(した)に向(むか)いてすなわち打(う)たば、これを搗蒜打(とうさんだ=蒜をつく打ち)と喚(よ)ぶ。打(う)てばすなわち打ち殺さんも、ただ老孫(ろうそん)が名頭(みょうとう=名聞)を壊(こわ)すのみ」と。かの行者(ぎょうじゃ)一生(いっしょう)の豪傑(ごうけつ)にして、再(ま)た暗(あん)に人(ひと)を算計(さんけい=謀る)することを暁(さと)らず。彼(か)れ言う、「我(われ)且(しばら)く回(かえ)り去(さ)り、豬八戒(ちょはっかい)を照顧(しょうこ=相手)し照顧して、彼(か)れをして来(きた)りて先(ま)ずこの妖精(ようせい)と一仗(ひとたたかい)を見させしめん。もし八戒(はっかい)に本事(ほんざい=腕)有(あ)りて、この妖(よう)を打(う)ち倒(たお)さば、彼(か)れが一功(いっこう=手柄)と算(かぞ)えん。もし手段(てだて)無(な)くして、この妖(よう)に拿(とら)えられ往(ゆ)かば、我(われ)の再(ふたた)び往(ゆ)きて彼(か)れを救(すく)うを待(ま)ちて、才(ようや)く好(よ)く名(な)を出(いだ)さん」と。彼(か)れ想(おも)えらく、「八戒(はっかい)は些(いささ)か怠惰(たいだ=なまけ)なるところ有(あ)りて、肯(あ)えて頭(こうべ)を出さず、ただこれ些(いささ)か口緊(こうきん=食い意地)にして、好(よ)く東西(もの)を吃(くら)う。我(われ)に彼(か)れを一(ひと)と哄(たぶらか)さしめよ。彼(か)れのいかにか説(い)うを看(み)ん」と。即時(すなわ)ち雲頭(うんとう)を落下(おろ)し、三蔵が前(まえ)に到(いた)る。三蔵問(と)うて言う、「悟空(ごくう)、風霧(ふうむ=風と霧)の処(ところ)の吉凶(きっきょう)は如何(いかん)」と。行者言う、 「この会子(おり)には明浄(めいじょう=晴れ)れて、何(なん)の風霧(ふうむ)も無(な)し」 と。三蔵言う、「正(まさ)に是(しか)り、些(いささ)か退(しりぞ)き下(おろ)れるを覚(おぼ)ゆ」と。行者笑って言う、「師父(しふ)、我(われ)常時間(つね)には還(かえ)って好(よ)く看(み)るが、この番(たび)は却(かえ)って看(み)り錯(あやま)れり。我(われ)ただ風霧(ふうむ)の中(うち)に妖怪(ようかい)の有(あ)らんことを恐(おそ)ると説(い)いしが、元来(もと)非(しか)らず」と。三蔵言う、「これ何(なに)なる」と。行者言う、「前面(ぜんめん)遠(とお)からず、すなわちこれ一庄村(ひとむら)。村上(むら)の人家(じんか)善(ぜん)を好(この)み、白米(はくまい)の乾飯(かんぱん=炊いた飯)と、白面(はくめん=小麦粉)の饃饃(まんじゅう=饅頭)とを蒸(ふか)して僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)すなり。これらの霧(きり)は、想(おも)うにかの些(これ)らの人家(じんか)が蒸籠(せいろう=蒸し器)の気(けはい=湯気)ならん。またこれ積善(せきぜん=善を積む)の応(いん=報い)なり」と。八戒(はっかい)これを聴(き)き、真実(しんじつ=本当)と認(みと)め、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)き過(よ)ぎて悄悄(ひそひそ)として言う、「哥哥(あに)よ、汝(なんじ)先(さき)に其(そ)が斎(とき)を吃(くら)い来(きた)れるか」と。行者言う、「多(おお)くは吃(くら)わず。かの菜蔬(さいそ=惣菜)の太(はなは)だ咸(しおから)きによりて些(いささ)か酌(く)み过(すご)したれば、好(この)んで多(おお)く吃(くら)わざりき」と。八戒言う、「啐(ちぇ)!彼(か)れのいかにか咸(しおから)きに凭(まか)するも、我(われ)もまた肚(はら)を尽(つく)して彼(か)れを一飽(ひとあき)に吃(くら)わん!十分(じゅうぶん)に渇(かわ)きを作(な)さば、すなわち回(かえ)り来(きた)りて水(みず)を吃(の)まん」と。行者言う、「汝(なんじ)吃(くら)わんと要(ほっ)するか」と。八戒言う、「正(まさ)に是(しか)り。我(われ)が肚(はら)の裡(うち)些(いささ)か饥(う)えたれば、先(ま)ず往(ゆ)きて些か吃(くら)わんとすれど、いかなるをか知(し)らず」と。行者言う、「兄弟(きょうだい)よ、題(い)う莫(な)かれ。古書(こしょ)に云(いわ)く、『父(ちち)在(いま)せば、子(こ)自(みずか)ら専(ほしいまま)にするを得(え)ず』と。師父(しふ)またここに在(いま)せば、孰(たれ)か敢えて先(ま)ず去(ゆ)かん」と。八戒笑って言う、「汝(なんじ)もし言語(ものい)わずんば、我(われ)すなわち去(ゆ)かん」と。行者言う、「我(われ)言語(ものい)わず。汝(なんじ)のいかにしてか去(ゆ)くを得(え)るを看ん」と。かの呆子(あほう)は嘴(くち)を吃(く)らわんとする見識(けんしき=知恵)こそ偏(ひとえ)に有(あ)るものを、走(あゆ)み上(すす)みて一箇(ひとつ)の大喏(だいじゃ=深い礼)を唱(とな)えて言う、「師父(しふ)、适才(さっき)師兄(しい)の説(い)えるは、前村(まえむら)に人家(じんか)の僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)す有(あ)りと。汝(なんじ)看よ、この馬(うま)の些か人家(じんか)を打撹(おじゃま)せんとするが如(ごと)きは、すなわち草(くさ)を要(もと)め料(かいば)を要(もと)めて、却(かえ)って事(こと)を費(ついや)さずや。幸(さいわ)いに如今(いま)風霧(ふうむ)明浄(めいじょう)なれば、汝(なんじ)ら且(しばら)く略(しばら)く坐(ざ)したまえ、我(われ)が往(ゆ)きて些かの嫩草児(わかくさ=若草)を尋(たず)ね、先(ま)ず馬を喂(やしな)い喂(やしな)いし、然(しか)して後(のち)かの家子(いえ)へ往(ゆ)きて斎(とき)を化(こ)さんを待(ま)て」と。唐僧(とうそう)歓喜(かんき)して言う、「好しや!汝(なんじ)今日(こんにち)は却(かえ)っていかにしてか肯(あ)えてこのごとく勤謹(きんきん=まめまめし)きや。疾(と)く去(ゆ)け疾く来(こ)よ」と。かの呆子(あほう)暗暗(ひそひそ)に笑(わら)ってすなわち走(ゆ)くに、行者(ぎょうじゃ)趕(お)いつきて扯(ひ)き住(とど)めて言う、「兄弟(きょうだい)よ、彼(か)れがそこにて僧(そう)に斎(とき)を施(ほどこ)すは、ただ俊(すぐ)れたるを斎(とき)するのみにて、醜(みにくき)を斎(とき)せず」と。八戒言う、「このごとく説(い)わば、また変化(へんげ)を要(よう)するなり」と。行者言う、「正(まさ)に是(しか)り。汝(なんじ)変(へん)じ変(へん)じて去(ゆ)け」と。好き呆子(あほう)かな、彼(か)れにもまた三十六般(さんじゅうろっぱん=三十六種)の変化(へんげ)有(あ)りて、山凹(やまくぼ)の裡(うち)に走(あゆ)み到(いた)り、訣(けつ)を捻(ひね)り、咒語(じゅご=まじない)を念(とな)え動(うご)かし、身(み)を揺(ゆす)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一箇(ひとり)の矮胖(わいほう=低く太りたる)の和尚(おしょう)と做(な)り、手(て)の裡(うち)に一箇(ひとつ)の木魚(もくぎょ=木魚)を敲(たた)き、口(くち)の裡(うち)にて哼阿哼(ふんあふん=ふんふん)として、また経(きょう)を念(とな)うることを会(え)せず、ただ哼(ふん)ずるはこれ「上大人(じょうたいじん)」のみ。 さて、かの怪物(かいぶつ)風を収(おさ)め霧(きり)を斂(おさ)め、群妖(ぐんよう=妖の群れ)に号令(ごうれい)して、大路(たいろ)の口(くち)の上(うえ)に在りて一箇の圈子陣(けんすじん=輪の陣)を擺(ひら)き、専(もっぱ)ら行客(こうかく)を等(ま)つ。この呆子(あほう)は晦気(わいき=不運)にも、多時(しばらく)も経(へ)ざるに中(なか)へ撞(ぶつか)り到(いた)り、群妖(ぐんよう)に囲(かこ)まれて、このは衣服(いふく)を扯(ひ)き住(とど)め、かれは絲縧(しとう=絹の帯)を扯(ひ)き、推推擁擁(すいすいようよう=押し合い)して、一斉(いっせい)に手(て)を下(おろ)す。八戒(はっかい)言う、「扯(ひ)く莫かれ。我(われ)に一家(ひとつ)ずつ吃(くら)い将(も)ち来(きた)らしめよ」と。群妖(ぐんよう)言う、「和尚よ、汝(なんじ)は何(なに)をか吃(くら)わんと要(ほっ)する」と。八戒言う、「汝(なんじ)らがここにて僧に斎を施(ほどこ)せば、我(われ)来(きた)りて斎を吃(くら)うなり」と。群妖言う、「汝(なんじ)がここにて僧に斎を施すと想(おも)うは、我(われ)がここにて専(もっぱ)ら僧を吃(くら)わんと要(ほっ)するを知(し)らざるか。我(われ)らはみなこれ山中(さんちゅう)にて道(どう)を得(え)たる妖仙(ようせん)にして、専ら汝(なんじ)らの和尚を把(と)りて家(いえ)に拿(とら)え到(いた)り、蒸籠(せいろう)に上(のぼ)せて蒸(ふか)し熟(じゅく)して吃(くら)わんとす。汝(なんじ)は却(かえ)ってなお来(きた)りて斎を吃(くら)わんと想(おも)うか!」と。 八戒(はっかい)言(げん)を聞(き)き、心中(しんちゅう)怕れて、才(ようや)く行者(ぎょうじゃ)を報怨(ほうえん=恨み)して言う、 「この弼馬温(ひつばおん)め、実(げ)に憊懶(はいらん=憎たらし)! 彼(か)れ我(われ)を哄(たぶらか)してこの村(むら)の裡(うち)に僧に斎を施す有(あ)りと説(い)いしに、ここにいずくんぞ村庄(そんそう=村)の人家(じんか)か有(あ)らん、いずこにか何(なん)の僧にか斎を施せん、却(かえ)って元来(もと)これ些かの妖精(ようせい)なるのみ!」 と。かの呆子(あほう)彼(か)れらに扯(ひ)かるること急(きゅう)なるに及びて、すなわち原身(げんしん)を現(あらわ)し、腰間(ようかん=腰のあたり)より釘鈀(ていは)を掣(ひっさ)げ、一頓(ひとしきり)に乱(みだ)りに筑(つ)きて、かの些(これ)らの小妖(しょうよう)を筑(つ)き退(しりぞ)く。小妖(しょうよう)急(いそ)ぎ跑(はし)りて往(ゆ)きて老怪(ろうかい)に報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、禍事(かじ=大変)なり!」と。老妖(ろうよう)言う、「何(なん)の禍事(かじ)か有(あ)る」と。小妖言う、「山前(さんぜん)に一箇(ひとり)の和尚の来(きた)れる有(あ)りて、かつまた生(うま)れつき干浄(かんじょう=きれい)なり。我(われ)家(いえ)に拿(とら)え来(きた)りて彼(か)れを蒸(ふか)して吃(くら)わんと説(い)いしに、もし吃(くら)い了らざれば、些か留(とど)めて天陰(てんいん=雨の日)に防(そな)えんとせしに、期(き)せずや彼(か)れ変化(へんげ)を会(え)するや」と。老妖言う、「何(なに)なる姿(すがた)に変化(へんげ)せるぞ」と。小妖言う、「いずこにか箇(ひとつ)の人相(にんそう=人の形)を成(な)さんや!長嘴(ちょうし=長き鼻)に大耳(だいじ=大きな耳)、背後(はいご=後ろ)にまた鬃(たてがみ)有(あ)り、両手(りょうしゅ)に一根(ひとつ)の釘鈀(ていは)を輪(めぐ)らして、頭(あたま)も無(な)く顔(かお)も無(な)く乱(みだ)りに筑(つ)けば、嚇(おどろ)かされて我(われ)ら跑(に)げ回(かえ)りて大王(だいおう)に報(しら)せに来(きた)れるなり」と。老怪(ろうかい)言う、「怕るる莫かれ、我(われ)が往(ゆ)きて看るを待(ま)て」と。一条(ひとすじ)の鉄杵(てっしょ=鉄の棒)を輪(めぐ)らし、近(ちか)づき前(まえ)に到りて看る時(とき)、呆子(あほう)の果(はた)して醜悪(しゅうあく=醜く恐ろしき)なるを見る。彼(か)れの生(うま)れつけるは、 碓嘴(たいし=臼の嘴)初(はじ)めて長(なが)きこと三尺(さんじゃく)零(あまり)、獠牙(りょうが=伸びた牙)觜(つき)出でて銀釘(ぎんてい=銀の釘)に賽(まさ)る。 一双(ひとつ)の円眼(えんがん=丸き眼)は光(ひかり)電(いなずま)の如く、両耳(りょうじ=両の耳)は風を扇(あお)いで唿唿(こつこつ)と声(ひび)く。 脳後(のうご=後頭)の鬃(たてがみ)長(なが)くして鉄箭(てっせん=鉄の矢)を排(つら)ね、渾身(こんしん=からだじゅう)の皮(ひわ)は糙(あら)くして癩(らい)なるもなお青(あお)し。 手(て)の中(うち)に使(つか)うは一件(ひとつ)の蹊蹺(けいきょう=奇怪)なる物(もの)、九歯釘鈀(きゅうしていは)にて箇箇(おのおの)も驚(おどろ)く。 と。妖精(ようせい)胆(きも)を硬(かた)くして喝(しか)って言う、「汝(なんじ)はいずこより来(きた)れるか、何(なん)と名(な)を叫(よ)ぶや。疾(と)く早(はや)う説(い)え、汝(なんじ)が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」と。八戒(はっかい)笑って言う、「我(わ)が児(こ)よ、汝(なんじ)はまた汝(なんじ)が豬祖宗(ちょそそう=豚のご先祖)を認(みと)めざるか!前(まえ)に上(すす)み来(こ)よ、説(と)きて汝(なんじ)に与(あた)えて聴(き)かせん、 巨口(きょこう=大口)獠牙(りょうが)にして神力(しんりき)大(おお)いなり、玉皇(ぎょくこう)我(われ)を升(のぼ)して天蓬帥(てんぽうすい)とす。 天河(てんが)の八万(はちまん)の兵(へい)を掌管(しょうかん=管轄)し、天宮(てんぐう)に快楽(けいらく)にして自在(じざい)多(おお)し。 ただ酒(さけ)に酔(よ)いて宮娥(きゅうが=宮女)を戯(たわむ)れしに因(よ)りて、その時(とき)すなわち英雄(えいゆう)を把(も)ちて売(う)れり。 一嘴(ひとくち)もて斗牛宮(とぎゅうきゅう)を拱(つ)き倒(たお)し、王母(おうぼ)の霊芝菜(れいしさい=仙草)を吃(くら)えり。 玉皇(ぎょくこう)親(みずか)ら二千錘(にせんすい)を打(う)たれ、吾(われ)を把(も)ちて三天界(さんてんかい)の下(した)に貶(へん)したまえり。 吾(われ)をして志(こころざし)を立(た)てて元神(げんしん=魂)を養(やしな)わしめしに、下方(かほう)に在りて却(かえ)ってまた妖怪(ようかい)と為れり。 正(まさ)に高荘(こうそう)に在りて喜(よろこ)びて親(よわい=縁組)を結(むす)ばんとするに、命(めい)低(ひく)くして孫兄(そんけい)の到れるに撞(ぶつか)れり。 金箍棒(きんこぼう)の下(もと)に其(そ)が降(こう=降伏)を受(う)け、頭(こうべ)を低(た)れて才(ようや)く沙門(しゃもん=仏門)を拝(おが)めり。 馬を背(せお)い包(づつみ)を挑(にな)いて夯工(こうこう=人夫)を做(な)すは、前生(ぜんしょう)に唐僧(とうそう)が債(おいめ=借り)を少(すくな)うせしなり。 鉄脚天蓬(てっきゃくてんぽう)は本姓(ほんせい)豬(ちょ)なり、法名(ほうみょう)を改(あらた)めて豬八戒(ちょはっかい)と作(な)す」 と。かの妖精(ようせい)言(げん)を聞(き)き、喝(しか)って言う、「汝(なんじ)は元来(もと)これ唐僧(とうそう)が徒弟(でし)なるか。我(われ)ひねもす聞けり、唐僧(とうそう)が肉(にく)の好く吃(くら)うべきを、正(まさ)に汝(なんじ)を拿(とら)えんと要(ほっ)するに、汝(なんじ)却(かえ)って撞(ぶつか)り来(きた)れり。我(われ)いずくんぞ肯(あ)えて汝(なんじ)を饒(ゆる)さんや。走(に)ぐる莫かれ!杵(しょ)を見よ!」と。八戒言う、「孽畜(げっちく=畜生め)、汝(なんじ)は元来(もと)これ一箇(ひとり)の染博士(せんはくし=染物職人)が出身(しゅっしん=生まれ)なるか!」と。妖精言う、「我(われ)いかにしてか染博士(せんはくし)ならん」と。八戒言う、「染博士(せんはくし)に非(あら)ずんば、いかにしてか棒槌(ぼうつい=洗濯棒)を使(つか)うことを会(え)せん」と。かの怪(かい)何(なに)の分説(ぶんせつ=言い訳)をも容(い)れん、近(ちか)づき前(まえ)に来(きた)りて乱(みだ)りに打(う)つ。彼の二人(ふたり)、山凹(やまくぼ)の裡(うち)に在りて、この一場(ひとしきり)の好き殺(たたか)いかな、 九歯(きゅうし)の釘鈀(ていは)、一条(ひとすじ)の鉄棒(てつぼう)。 釘鈀(ていは)は解数(かいすう=わざ)を繰(く)り広(ひろ)げて狂風(きょうふう)を滚(まろ)ばし、杵(しょ)は機謀(きぼう=策略)を運(めぐ)らして驟雨(しゅうう=にわか雨)を飛(と)ばす。 一箇(ひとり)はこれ無名(むめい)の悪怪(あくかい)の山程(さんてい=山道)を阻(はば)むにして、一箇はこれ有罪(ゆうざい)の天蓬(てんぽう)の性主(しょうしゅ=本来の主)を扶(たす)くるなり。 性(せい)正(ただ)しければ何(なに)をか怪(かい)と魔(ま)とを愁(うれ)えん、山(やま)高(たか)くして金(きん)の土(ど)を生(しょう)ずるを得(え)ず。 かの杵(しょ)の架(かま)うるは猶(なお)蟒(うわばみ)の潭(ふち)を出ずるが如く、この釘鈀(ていは)の来(きた)るは却って龍(りゅう)の浦(うら)を離(はな)るるに似(に)たり。 喊声(かんせい)叱咤(しった=大声)して山川(さんせん)を振(ふる)わし、吆喝(ようかつ=喚き)の雄威(ゆうい)は地府(じふ=冥府)を驚(おどろ)かす。 両箇(ふたり)の英雄(えいゆう)おのおの能(のう)を逞(たくま)しくし、身(み)を捨(す)てて却って神通(じんずう)を把(も)ちて赌(と)う。 と。八戒威風(いふう)を長(の)ばし、妖精(ようせい)と与(とも)に厮闘(しとう=斬り結ぶ)するに、かの怪(かい)小妖(しょうよう)に喝令(かつれい)して八戒を把(も)ちて一斉(いっせい)に囲(かこ)ましむ。これ語(かた)らず。 さて、行者唐僧(とうそう)が背後(はいご)に在りて、忽然(たちまち)失声(しっせい=思わず声)して冷笑(れいしょう=嘲笑)す。沙僧(さそう)言う、「哥哥(あに)の冷笑(れいしょう)せるは何(なん)の故(ゆえ)ぞ」と。行者言う、「豬八戒(ちょはっかい)は真箇(まこと)に呆(あほう)なるかな!僧に斎を施すと説(い)うを聴くや、すなわち我(われ)に哄(たぶらか)されて往(ゆ)き了り、この早晩(いまごろ)になお回(かえ)り来(きた)らず。もし一頓(ひとしきり)の釘鈀もて妖精(ようせい)を打ち退(しりぞ)けなば、汝(なんじ)看よ、彼れ勝(かち)を得(え)て回(かえ)り、功果(くこう=手柄)を争(あらそ)い嚷(わめ)かん。もし彼れに戦(たたか)い過(す)ぐること能(あた)わずして、彼れに拿(とら)えられ往かば、これ却って我(われ)が晦気(わいき=災い)にして、背前面後(うらおもて=陰になり陽になり)に、知(し)らず幾多(いくた)の弼馬温(ひつばおん)を罵(ののし)れるかを!悟浄(ごじょう)、汝言語(ものい)うこと莫かれ、我(われ)が往きて看るを待(ま)て」と。好き大聖(たいせい)かな、彼れまた長老(ちょうろう)に知(し)らしめず、悄悄(ひそかに)脳後(のうご)より一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう=細毛)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)きて「変(へん)!」と叫(よばわ)れば、すなわち変じて本身(ほんしん=自分)の姿(すがた)と做(な)り、沙僧(さそう)に陪(ともな)い、長老(ちょうろう)に随(したが)う。其(そ)が真身(しんしん=本体)は一箇の神(しん=霊魂)を出し、空(くう)の中に跳(と)びて観看(みわた)せば、ただかの呆子(あほう)の怪(かい)に囲(かこ)まれて、釘鈀の勢(いきおい)乱(みだ)れ、漸(ようや)く敵(かな)い難(がた)きを見る。行者忍(しの)びえず、雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)して、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)って言う、「八戒、忙(あわ)てるる莫かれ、老孫(ろうそん)の来(きた)れる有り!」と。かの呆子これ行者が声(こえ)なるを聴くや、勢(いきおい)を杖(たの)みて、愈(いよいよ)威風(いふう)を長(の)ばし、一頓(ひとしきり)の釘鈀もて、前に向いて乱(みだ)りに筑(つ)く。かの妖精(ようせい)抵敵(ていてき=防ぎ戦)すること能(あた)わずして言う、「この和尚は先(さき)には不済(ふせい=だめ)なりしが、この会子(おり)にはいかにしてかまた狠(はげ)しきを発(おこ)し起せる」と。八戒言う、「我(わ)が児(こ)よ、我を欺負(きぶ=侮)るべからず!我(わ)が家(いえ)の者(もの)の来(きた)れるなり!」と。一発(いよいよ)前に向いて、頭(あたま)も無く顔(かお)も無く筑(つ)き去(さ)れば、かの妖精(ようせい)抵架(ていか=支え防ぐ)すること能(あた)わず、群妖(ぐんよう)を領(ひき)いて陣(じん)を敗(やぶ)りて去(さ)る。行者妖精(ようせい)の敗(やぶ)れて去(さ)るを見るや、彼れすなわち曾(かつ)て近(ちか)づき前に到らず、雲頭(うんとう)を撥(めぐ)らし転(てん)じて、径(ただち)に本処(もとのところ)に回(かえ)り、毫毛(ごうもう)を把(と)って一抖(ひとゆす)りして、身(み)の上(うえ)に収(おさ)め来(きた)る。長老(ちょうろう)の肉眼凡胎(にくがんぼんたい=並の眼と身)には、いずくんぞ認(みと)め得(え)んや。 しばらくならざるに、呆子勝(かち)を得て、また自(みずか)ら転(めぐ)り来るが、労(つか)れてはかの粘涎(ねんせん=よだれ)と鼻涕(はなみず)、白沫(あわ)を生生(ふつふつ)と吹(ふ)き、気(いき)を呼呼(ここ=はあはあ)としつつ、走(あゆ)み将(も)ち来りて一声(ひとこえ)「師父(しふ)!」と叫(よばわ)る。長老(ちょうろう)これを見、驚訝(きょうが=驚き怪しみ)て言う、「八戒、汝は馬草(ばそう=馬の草)を打(か)りに往きしに、いかにしてかこのごとく狼狽(ろうばい=ひどい姿)にて回り来れる。想(おも)うに山(やま)の上の人家(じんか)に人(ひと)の看護(かんご=番人)有りて、汝の草(くさ)を打(か)るを容(ゆる)さざりしか」と。呆子釘鈀を放下(おろ)し、胸(むね)を捶(う)ち足(あし)を跌(ふみなら)して言う、「師父(しふ)!問(と)うことを要(もと)めたもう莫かれ!説(い)い起せばすなわち生(い)きながら活活(からがら)に人(ひと)を羞(は)じ殺すのみ!」と。長老言う、「何の羞(はじ)の有れるや」と。八戒言う、「師兄(しい)我を捉弄(とらつい=からか)いたり!彼れ先頭(まず)風霧(ふうむ)の裡(うち)には妖精(ようせい)に非(あら)ず、何の凶兆(きょうちょう)も無く、これ一庄村(ひとむら)の人家(じんか)の善(ぜん)を好(この)みて、白米(はくまい)の乾飯(かんぱん)と白面(はくめん)の饃饃(まんじゅう)とを蒸(ふか)して僧に斎を施すなりと説いしを、我すなわち真(まこと)と当(あ)て、肚(はら)の裡の饥(う)えたるを想(おも)い、先ず往きて些か吃わんとし、仮(かり)に草(くさ)を打(か)るを名(な)と倚(たの)みて往きしに、いずくんぞ知らん、若干(あまた)の妖怪(ようかい)有りて、我を把(と)ちて囲(かこ)み、この一会(ひととき)を苦戦(くせん=苦しみ戦)いたり。もし師兄(しい)が哭喪棒(こくそうぼう=悲しみの棒)の相助(あいたす)くるに非(あら)ずんば、我もまた羅網(らもう=網)を脱(のが)れて回り来るを想(おも)うこと莫からん!」と。行者旁(かたわら)に在りて笑って言う、「この呆子め、胡(みだ)りに説うな!汝もし賊(ぞく)と做らば、すなわち一牢(ひとろう)の人(ひと)を攀(まきぞえ)にせんとす。我はここに在りて師父(しふ)を看ておるに、いずくんぞ曾(かつ)て側(そば)を離(はな)れしや」と。長老言う、「是(さ)なり、悟空(ごくう)は曾て我を離(はな)れず」と。かの呆子跳(おど)りて嚷(わめ)いて言う、「師父!汝は暁(さと)りたまわず!彼れに替身(たいしん=身代わり)有るなり!」と。長老言う、「悟空(ごくう)、端的(たしか)に怪(かい)の有るか」と。行者瞞(あざむ)くこと能(あた)わず、身(み)を躬(かが)めて笑って言う、「是(こ)れ一箇把(ひとにぎり)の小妖児(しょうようじ)の有りしのみ、彼れ敢えて我らを惹(さわ)がさず。八戒、汝過(こ)り来れ、一発(ひときわ)汝を照顧(しょうこ=世話)し照顧せん。我ら既(すで)に師父を保(たも)ちて険峻(けんしゅん)なる山路(さんろ)を過(よ)ぎり行(ゆ)くは、すなわち行軍(こうぐん=軍の行進)の一般(ごとし)」と。八戒言う、「行軍(こうぐん)なればすなわちいかん」と。行者言う、「汝一箇(ひとり)の開路将軍(かいろしょうぐん=道開きの将)と做り、前に在りて路(みち)を剖(ひら)け。かの妖精(ようせい)来らざればすなわち罷(や)まん、もし来る時(とき)には、汝彼れと与(とも)に賭闘(ととう=勝負)し、妖精を打ち倒(たお)さば、汝が功果(くこう)と算(かぞ)えん」と。八戒かの妖精が手段(てだて)の彼れと与(とも)に差(たが)うこと多(おお)からざるを量(はか)りて、却って言う、「我すなわち其(そ)が手(て)の内(うち)に死(し)するもまた罷(や)まん、我に先ず走(ゆ)かしめよ!」と。行者笑って言う、「この呆子め、先ず晦気(わいき)なる話(はなし)を説えば、いかにしてか長進(ちょうしん=進歩)を得ん」と。八戒言う、 「哥(あに)や、汝知れるか、公子(こうし)の筵(えん)に登(のぼ)れば、酔(よ)わざればすなわち飽(あ)き、壮士(そうし)の陣(じん)に臨(のぞ)めば、死(し)せざればすなわち傷(きず)つく、を。先ず一句(ひとく)の錯(あやま)れる話児(ことば)を説いて、後(のち)にすなわち威風(いふう)有らん」 と。行者歓喜(かんき)し、すなわち忙(いそ)ぎて馬を背(せお)い、請(こ)うて師父の騎(の)りたまわんことを乞(こ)えば、沙僧(さそう)行李(こうり)を挑(にな)い、八戒に相随(したが)いて、一路(ひとすじ)に山に入(い)る。これ語(かた)らず。 さて、かの妖精数箇(すうこ)の敗残(はいざん=敗れ残り)の小妖(しょうよう)を帥(ひき)いて、径(ただち)に本洞(ほんどう)に回り、かの石崖(せきがい=岩の崖)の上に高(たか)く坐(ざ)して、默默(もくもく)として言(ことば)無し。洞中(どうちゅう)になお許多(あまた)の家(いえ)を看る小妖(しょうよう)有りて、みな前に進(すす)みて問(と)うて言う、「大王(だいおう)は常時(つね)に出で往きては、喜喜歡歓(ききかんかん=大喜び)して回り来りたまいしに、今日(こんにち)はいかにしてか煩悩(はんのう=心の乱れ)したまう」と。老妖(ろうよう)言う、「小(こもの)らよ、我往常(つね)に洞(どう)を出でて山を巡(めぐ)り、いずこの人と獣(けもの)とを管(かま)わず、定(かなら)ず幾箇(いくたり)かを撈(すく)い来りて家(いえ)に帰(かえ)り、汝らを養贍(ようせん=養い賄)えり。今日(こんにち)は造化(ぞうか=運)低(ひく)くして、一箇(ひとり)の対頭(たいとう=敵)に撞(ぶつか)れり」と。小妖(しょうよう)問う、「これ那(いず)れの対頭(たいとう)なる」と。老妖言う、「これ一箇の和尚にして、すなわち東土(とうど)の唐僧(とうそう)が経(きょう)を取(と)るの徒弟、名(な)を豬八戒と喚(よ)ぶものなり。我其(そ)れが一頓(ひとしきり)の釘鈀を被(こうむ)り、我を筑(つ)きて陣(じん)を敗(やぶ)り下(おろ)されり。好(いか)にも悩(なや)ましきかな!我このごろ常(つね)に人の説うを聞けり、唐僧(とうそう)はこれ十世(じっせ)の修行(しゅぎょう)の羅漢(らかん)にして、人其(そ)が肉(にく)一塊(ひとかけら)を吃えば、以(も)って寿命(じゅみょう)を延(の)べて長生(ちょうせい)すべしと。 期(き)せずや其(そ)れ今日(こんにち)我(わ)が山の裡に到りしは、正(まさ)に好く其(そ)れを拿(とら)え住(とど)めて蒸(ふか)して吃うべきに、知らず其(そ)が手下(しゅか=弟子)にこのごとき徒弟の有らんとは!」 と。説(いう)了らざるに、班部(はんぶ=列座)の叢中(そうちゅう=群れの中)より一箇の小妖(しょうよう)の闪(かいだ)き上(あが)る有り、老妖(ろうよう)に対(たい)して哽哽咽咽(こうこうえつえつ=むせび泣き)に三声(みこえ)哭(な)き、また嘻嘻哈哈(ききからから=にこにこ)と三声(みこえ)笑(わら)う。老妖喝(しか)って言う、「汝また哭(な)きまた笑(わら)うは何の故(ゆえ)ぞ」と。 小妖跪(ひざまず)き下(お)りて言う、「大王(だいおう)才(いま)しがた唐僧(とうそう)を吃わんと要すと説われたるが、唐僧(とうそう)が肉(にく)は吃うに中(あた)らず」と。老妖言う、 「人はみな其(そ)が肉(にく)一塊(ひとかけら)を吃えば以(も)って長生不老(ちょうせいふろう)にして、天(てん)と寿(いのち)を同(おなじ)うすべしと説うに、いかにしてか其(そ)れの吃うに中(あた)らざるを説うや」 と。小妖言う、「もし吃うに中(あた)らば、またここに到ることを得じ、別処(よそ)の妖精もまたみな吃い了らん。 其(そ)れが手下(しゅか)に三箇(みたり)の徒弟有るなり」 と。老妖言う、「汝知れるか、これ那(いず)れの三箇(みたり)なるを」と。小妖言う、「其(そ)が大徒弟(だいとてい)はこれ孫行者(そんぎょうじゃ)、三徒弟(さんとてい)はこれ沙和尚(さおしょう)、このは其(そ)が二徒弟(にとてい)の豬八戒なり」と。 老妖(ろうよう)言う、「沙和尚(さおしょう)は豬八戒に比(くら)ぶれば如何(いかん)」と。小妖言う、「また些かも差(たが)うこと多(おお)からず」と。老妖言う、「かの孫行者(そんぎょうじゃ)は彼れに比(くら)ぶれば如何(いかん)」と。小妖舌(した)を吐(だ)して言う、「敢えて説わず!かの孫行者(そんぎょうじゃ)は神通(じんずう)広大(こうだい)、変化(へんげ)多端(たたん)なり!彼れ五百年前(ごひゃくねんぜん)にかつて天宮(てんぐう)を大いに闹(さわ)がし、上方(じょうほう=天界)の二十八宿(にじゅうはっしゅく)、九曜星官(くようせいかん)、十二元辰(じゅうにげんしん)、五卿四相(ごけいしそう)、東西(とうざい)の星斗(せいと=星々)、南北(なんぼく)の二神(にしん)、五岳四涜(ごがくしとく=山と川の神々)、普天(ふてん)の神将(しんしょう)も、また曾(かつ)て其れに惹(さわ)り過(す)ぐることを得ざりき。汝いずくんぞ敢えて唐僧(とうそう)を吃わんと要するか」と。老妖言う、「汝はいかにしてか其れがこのごとく詳細(しょうさい=詳しき)なるを暁(さと)れる」と。小妖言う、「我当初(そのかみ)獅駝嶺獅駝洞(しだれいしだどう)に在りてかの大王(だいおう)と居住(きょじゅう)せしに、かの大王(だいおう)は好歹(よしあし)を知らず、唐僧(とうそう)を吃わんと要せしを、孫行者に一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)を使(つか)われて、門(もん)を打ちて入(い)り来られ、憐(あわ)れにもすなわち打たれて骨牌名(こっぱいめい=骨牌の名)を犯(おか)すまでに、みな断幺絶六(だんようぜつろく=骨牌の役名、全滅の意)となれり。なお我に些かの見識(けんしき=分別)有りしを頼(たの)みて、後門(うしろもん)より走(に)げて、ここに来り到りて、大王の収留(しゅうりゅう=召し抱え)を蒙(こうむ)りたり。このをもて其が手段(てだて)を知れるなり」と。老妖言を聴き、大いに驚(おどろ)きて色(しき=顔色)を失(うしな)う。これ正に大将軍(だいしょうぐん)の讖語(しんご=予言に当たる語)を怕るるなり。彼れ自家人(じかじん=身内の者)のこのごとく説うを聞けば、いずくんぞ驚(おどろ)かざらんや。 正にみな悚懼(しょうく=恐れ)の際(さい=時)に在(あ)るに、また一箇の小妖前に進(すす)み出でて言う、「大王、悩(なや)む莫かれ、怕るる莫かれ。常言(じょうげん=ことわざ)に道(いわ)く、『事(こと)は緩(ゆる)きより来る』と。もし唐僧を吃わんと要せば、我にひとつの計策(けいさく=計略)を定(さだ)めて其れを拿(とら)えしめよ」と。老妖言う、「汝に何の計(けい)か有る」と。小妖言う、「我に一箇の分瓣梅花計(ぶんべんばいかけい=梅の花びらを分かつ計)有り」と。老妖言う、「いかにしてか分瓣梅花計(ぶんべんばいかけい)と喚(よ)ぶ」と。小妖言う、「如今(いま)洞中(どうちゅう)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)を把ちて将(あ)げ起し、千(せん)の中より百(ひゃく)を選(えら)び、百の中より十(じゅう)を選び、十の中よりただ三箇(みたり)を選ばん。須(かなら)ずこれ能幹(のうかん=有能)にして、変化(へんげ)を会(え)する者有(あ)らば、みな大王が姿(すがた)に変(へん)じ做り、大王が盔(かぶと)を頂(いただ)き、大王が甲(よろい)を貫(つらぬ)き、大王が杵(しょ)を執(と)りて、三処(みところ)に埋伏(まいふく=伏せ)せしめよ。先ず一箇をして豬八戒と戦(たたか)わしめ、また一箇をして孫行者と戦わしめ、また一箇をして沙和尚(さおしょう)と戦わしめて、三箇(みたり)の小妖を舍(す)てて其が弟兄(ていけい=兄弟)三箇(みたり)を調(こう)き開(ひら)かしめ、大王は却って半空(はんくう=空のなかば)に在りて拿雲手(なうんしゅ=雲を掴む手)を伸(の)べ下(おろ)してこの唐僧を捉(とら)えなば、すなわち嚢(ふくろ)を探(さぐ)りて物(もの)を取(と)るが如く、また魚水盆(ぎょすいぼん=金魚鉢)の内(うち)にて蝿(はえ)を捻(つま)むが如く、何の難(かた)きことか有らん!」と。老妖この言を聞き、満心(まんしん)に歓喜(かんき)して言う、「この計(けい)は絶妙(ぜつみょう)なり!絶妙なり!この一去(ひとたびゆき)に、唐僧を拿(とら)え得ざればすなわち罷(や)まん。もし唐僧を拿(とら)えなば、決(けっ)して汝を軽(かろ)んぜじ、すなわち汝を封(ほう)じて前部先鋒(ぜんぶせんぽう=先鋒の将)と做さん」と。小妖頭(こうべ)を叩(う)って恩(おん)を謝(しゃ)し、叫(よばわ)って妖怪(ようかい)を点(てん)ぜしめ、すなわち洞中(どうちゅう)の大小(だいしょう)の妖精を将(も)ちて点じ起し、果(はた)して三箇(みたり)の能(のう)有る小妖を選(えら)び出し、みな老妖に変じ做り、おのおの鉄杵(てっしょ)を執(と)り、唐僧を埋伏(まいふく)して等(ま)つ。これ語(かた)らず。 さて、この唐長老(とうちょうろう)は慮(おもんばか)り無く憂(うれい)無く、八戒に相随(したが)いて大路(たいろ)に上(のぼ)り、行(ゆ)くこと彀(た)るほど多時(しばらく)なるに、ただかの路旁(ろぼう=道ばた)に「撲喇(ほくらつ)」と一声(ひとこえ)の響(ひび)き喨(たか)きがしたるを見るや、一箇の小妖の跳(と)び出で来り、前辺(まえ)へ奔(はし)りて、長老(ちょうろう)を捉(とら)えんと要す。孫行者叫って言う、「八戒!妖精の来れるぞ、何ぞ手(て)を動(うご)かさざる」と。かの呆子真偽(しんぎ=ほんものか偽りか)を認(みと)めず、釘鈀を掣(ひっさ)げて趕(お)いつき乱(みだ)りに筑(つ)けば、かの妖精鉄杵(てっしょ)を使(つか)いて急(いそ)ぎ架(かま)えて相(むか)い迎(むか)う。彼の二人(ふたり)一往一来(いちおういちらいい)に、山坡(さんぱ=坂)の下(した)に在りて正に賭闘(ととう)せるに、またかの草科(そうか=草むら)の裡の響(ひび)くこと一声(ひとこえ)して、また一箇の怪(かい)の跳(と)び出でたるが、すなわち唐僧に奔(はし)り向うを見る。行者言う、「師父!不好了(たいへんだ)!八戒が眼(め)の拙(つたな)きにて、かの妖精を放(はな)ちて汝を拿えに来らしめたり。老孫(ろうそん)の往きて其れを打たんを待(ま)て!」と。急(いそ)ぎ棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて迎(むか)い前(すす)みて喝(しか)って言う、「いずこへか去(ゆ)く! 棒(ぼう)を見よ!」 と。かの妖精更(さら)に話(ことば)を打たず、杵(しょ)を挙(あ)げて迎(むか)う。彼の二人(ふたり)、草坡(そうは=草の坂)の下(した)に在りて一撞一冲(いちとういっしょう=ぶつかり突き)に、正に相持(そうじ=持ちこたえ)せる処(ところ)に、また山の背後(はいご)に「呼(こ)」と風の響(ひび)くを聴くや、また一箇の妖精の跳(と)び出で来り、径(ただち)に唐僧に奔(はし)り向う。沙僧(さそう)これを見、大いに驚(おどろ)いて言う、「師父!大哥(たいか)と二哥(にいか)が眼(め)はみな花(かす)みて、妖精を放(はな)ちて将(も)ち来らせて汝を拿えしめたり!汝馬上(ばじょう)に坐(ざ)しておれ、老沙(ろうさ)の往きて其れを拿えんを待(ま)て!」と。この和尚また好歹(よしあし)を分(わか)たず、すなわち杖(じょう)を掣(ひっさ)げ、真っ向(まとも)にかの妖精が鉄杵(てっしょ)を擋(ふせ)ぎ住(とど)め、恨(うら)み苦(くる)しみて相持(そうじ)す。吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわい)として、乱(みだ)りに嚷(わめ)き乱りに闘(たたか)いつつ、漸(ようや)く調(みちび)き遠(とお)ざかる。かの老怪(ろうかい)半空(はんくう)に在りて、唐僧の独(ひと)り馬上(ばじょう)に坐(ざ)せるを見るや、五爪(ごそう=五本の爪)の鋼鉤(こうこう=鋼の鉤)を伸(の)べ下(おろ)し、唐僧を一把(ひとつかみ)に摑(つか)み住(とど)む。 かの師父馬を捨(す)て、鐙(あぶみ)を脱(ぬ)ぎて、妖精に一陣(ひとむれ)の風とともに径(ただち)に摂(さら)われ往けり。憐(あわ)れむべきかな!これ正に、 禅性(ぜんしょう=禅の心)の魔(ま)に遭(あ)いて正果(しょうか=悟り)を難(なん)じられ、江流(こうりゅう=三蔵の幼名)また苦災星(くさいせい)に遇(あ)う。 と。 老妖風頭(ふうとう=風の先)を按(おろ)し下(おろ)し、唐僧を把ちて洞裡(どうり)に拿え到りて叫る、「先鋒(せんぽう)!」と。かの計(けい)を定(さだ)めし小妖前に進(すす)みて跪(ひざまず)き倒(たお)れ、口(くち)の裡に言う、「不敢(かしこまり)たり!不敢たり!」と。老妖言う、「何としてかこの言(ことば)を出す。大将軍(だいしょうぐん)は一言(いちげん)既(すで)に出でなば、白(しろき)の皂(くろき)を染(そ)むるが如し。当時(そのかみ)唐僧を拿え得ざればすなわち罷(や)まん、唐僧を拿えなば、汝を封(ほう)じて前部先鋒(ぜんぶせんぽう)と為すと説えり。今日(こんにち)汝が果(はた)して妙計(みょうけい)を以(も)て功(こう)を成(な)したれば、いずくんぞ敢えて汝に信(しん)を失(うしな)わんや。汝すなわち唐僧を把(と)ちて来らしめ、小(こもの)らをして水(みず)を挑(にな)わし鍋(なべ)を刷(あら)わし、柴(たきぎ)を搬(はこ)ばせ火(ひ)を焼(た)かせ、其れを把ちて一(ひと)と蒸(ふか)し、我と汝とみな其が肉(にく)一塊(ひとかけら)を吃いて、以(も)って寿命(じゅみょう)を延(の)べ長生(ちょうせい)を図(はか)らん」と。先鋒(せんぽう)言う、「大王、且(しばら)く吃う可(べ)からず」と。老怪(ろうかい)言う、「既(すで)に拿え来りたれば、いかにしてか吃う可(べ)からざる」と。先鋒言う、「大王が其れを吃うは打緊(たいしたこと)ならざれど、豬八戒もまた人情(にんじょう)を做し得、沙和尚(さおしょう)もまた人情を做し得(う)べし。ただ恐(おそ)るるは孫行者がかの主子(しゅす=主)の刮毒(かつどく=執念深き)ならんことを。彼れもし我らの吃い了りしを暁(さと)らば、彼れもまた来りて我らと与(とも)に厮打(しだ=斬り合い)せず、彼れただかの金箍棒(きんこぼう)を把(と)ちて山腰(さんよう=山のふもと)の裡へ一搠(ひとつき)して、一箇の窟窿(あな)を搠(つ)き、山もろともに連(つらな)りて掬(えぐ)り倒(たお)さば、我らの安身(あんしん=身の置き場)の処(ところ)すらもまた之(これ)無からん!」と。老怪(ろうかい)言う、「先鋒(せんぽう)よ、汝が何の高見(こうけん=名案)か有るに凭(まか)す」と。先鋒(せんぽう)言う、「我に依(よ)らば、唐僧を送(おく)りて後園(こうえん=裏庭)に在(お)かしめ、樹(き)の上に绑(しば)りつけ、両三日(りょうさんにち)も其れに飯(はん)を与(あた)うること莫かれ。一(ひとつ)には其が裡の干浄(かんじょう=清らか)なるを図(はか)り、二(ふたつ)には其が三人(みたり)の門前(もんぜん)に来りて尋(たず)ねざるを等(ま)ち、打ち聴きて其れらの回り去(さ)りたるを知りて、我ら却って其れを拿(と)り出し、自自在在(じじざいざい=のびのび)と受用(じゅよう=頂戴)せば、却って好からずや」と。老怪(ろうかい)笑って言う、 「正に是(しか)なり、正是(しか)り!先鋒(せんぽう)の説えるは理(ことわり)有り!」 と。一声(ひとこえ)の号令(ごうれい)に、唐僧を把ちて後園(こうえん)に拿え入(い)れ、一条(ひとすじ)の縄(なわ)もて樹(き)の上に绑(しば)りつけ、衆(しゅう)の小妖みな前辺(まえ)へ往きて聴候(ちょうこう=待機)す。 汝看よ、かの長老の苦(くるしみ)の裡に縄(なわ)の纏(まと)い索(なわ)の绑(しば)るるを捱(こら)え、緊(きっ)と縛(しば)られ牢(かた)く拴(つな)がれて、腮辺(ほお)の涙(なみだ)の流(なが)るるを止(とど)めえず、叫って言う、 「徒弟や!汝らかの山の中に在りて怪(かい)を擒(とら)え、何(いず)れの路(みち)の裡にか妖(よう)を趕(お)いしや。我は潑魔(はつま=暴れ魔)に捉(とら)えられ来りて、ここに在りて災(わざわい)を受(う)く。何日(いつのひ)か相(あい)会(まみ)えん。 痛(いた)ましき哉(かな)、我を殺すものなり!」 と。正に自(みずか)ら両(ふた)つの涙(なみだ)の交流(ながれ)おるに、ただ対面(たいめん=向かい)の樹(き)の上に人の叫れる有るを見る、「長老よ、汝もまた入(い)り来りしか」と。長老性(せい)を正(ただ)して言う、「汝はこれ何人(なんぴと)なる」と。かの人言う、「我はこれこの山の中の樵子(しょうし=木こり)にして、かの山主(さんしゅ=山の主)に先日(せんじつ)拿えられ来り、ここに绑(しば)りつけられおりしが、今(いま)すでに三日(みっか)になりて、算計(さんけい=考え)して我を吃わんとす」と。長老涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「樵夫(しょうふ=木こり)よ、汝が死(し)するはただこれ一身(いっしん)のみにて、何の掛念(かけねん=心残り)も無きに、我却って死(し)するも甚(はなは)だ干浄(かんじょう=さっぱり)ならず」と。樵子(しょうし)言う、「長老よ、汝はこれ一箇の出家人(しゅっけにん)なるに、上(かみ)に父母(ふぼ)無く、下(しも)に妻子(さいし)無ければ、死(し)なばすなわち死なんのみ、何の干浄(かんじょう)ならざることか有らん」と。長老言う、「我は本(もと)これ東土(とうど)より西天(せいてん)へ往きて経(きょう)を取(と)らんとする者なり。唐朝(とうちょう)の太宗皇帝(たいそうこうてい)が御旨(ぎょし=みことのり)を奉(ほう)じて活仏(かつぶつ)を拝(おが)み、真経(しんきょう)を取(と)りて、かの幽冥(ゆうめい=冥土)の主(あるじ)無き孤魂(こごん=迷える魂)を超度(ちょうど=救済)せんと要す。今(いま)もし性命(いのち)を喪(うしな)わば、かの君王(くんおう)の盼(まちこが)けられたるを裏切(うらぎ)らずや、かの臣子(しんし=家来)らを孤負(こふ=裏切)らずや。 かの枉死城(おうしじょう=無実の死者の城)の裡の無限(むげん)の冤魂(えんこん=無念の霊)も、却って大いに望(のぞみ)を失(うしな)いて、永世(えいせい=永遠)に超生(ちょうしょう=救済)を得ざらしめずや。一場(ひとしきり)の功果(くこう=功徳)も尽(ことごと)く風塵(ふうじん=風の塵)と化(か)せん。これこそいかにしてか干浄(かんじょう)を得んや」 と。樵子(しょうし)言を聞き、眼中(がんちゅう)に涙(なみだ)を堕(おと)して言う、「長老、汝が死(し)するもまたただこのごときのみにて、我が死(し)するはまた更(さら)に情(じょう=心)を傷(いた)ましむ。我幼(おさな)きに父(ちち)を失(うしな)い、母(はは)と鳏居(かんきょ=遺された暮らし)して、更(さら)に家業(かぎょう=財産)無く、ただ打柴(たさい=薪を採る)を頼(たの)みて生(しょう)を為せり。老母(ろうぼ)は今年(ことし)八十三歳(はちじゅうさんさい)、ただ我一人(ひとり)のみの奉養(ほうよう=養い)す。もし身(み)を喪(うしな)わば、孰(たれ)か彼れに与(とも)に屍(しかばね)を埋(うず)めて老(ろう=晩年)を送(おく)らんや。苦(くる)しき哉(かな)苦き哉!痛(いた)ましき哉、我を殺すなり!」と。長老言を聞き、声(こえ)を放(はな)って大いに哭(な)いて言う、「憐(あわ)れむべし、憐れむべし!山人(さんじん=山の者)すらなお親(おや)を思(おも)うの意(こころ)有り、いたずらに貧僧(ひんそう)をして経(きょう)を念(とな)うることを会(え)せしむ!君(きみ)に事(つか)うるも親(おや)に事うるも、みなこれ一理(いちり)を同(おなじ)うす。汝は親(おや)が恩(おん)の為(ため)にし、我は君(きみ)が恩(おん)の為(ため)にす」と。これ正に、かの涙(なみだ)の流(なが)るる眼(まなこ)もて涙の流るる眼(まなこ)を観(み)、断腸(だんちょう=断ち切られる腸)の人の断腸(だんちょう)の人を送(おく)る、なり。 且(しばら)く三蔵の身(み)の困苦(くんく=苦しみ)に遭(あ)えるを言(い)わず。さて、孫行者草坡(そうは)の下(した)に在りて小妖を戦(たたか)い退(しりぞ)け、急(いそ)ぎ回りて路旁(ろぼう)に来るに、師父を見ず、ただ白馬(はくば)と行嚢(こうのう=荷物)とのみを存(のこ)す。慌(あわ)てたるかな彼れ、馬を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)いて、山頭(さんとう=山のいただき)に向いて找尋(そうじん=捜し求)む。咦(ああ)!これ正に、 難(なん)有るの江流(こうりゅう)は専(もっぱ)ら難(なん)に遇(あ)い、魔(ま)を降(くだ)すの大聖(たいせい)もまた魔(ま)に遭(あ)う。 と。畢竟(ひっきょう)いまだ師父を尋(たず)ねし下落(げらく=行方)の如何(いかん)なるを知らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第八十六回 木母(もくぼ=猪八戒)威(い)を助(たす)けて怪物(かいぶつ)を征(せい)し 金公(きんこう=孫悟空)法(ほう)を施(ほどこ)して妖邪(ようじゃ)を滅(ほろぼ)す 話(はな)し説(と)くは、孫大聖(そんたいせい)、馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を挑(にな)い、山頭(さんとう=山のいただき)じゅうを師父(しふ)を尋(たず)ねて叫(よばわ)りおるに、忽(たちま)ち猪八戒(ちょはっかい)の気(いき)を荒(あら)げて跑(はし)り来(きた)るを見(み)て、言う、「兄(あに)よ、汝(なんじ)は何(なん)と喊(よばわ)るか」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「師父(しふ)の見(み)えずなりしが、汝(なんじ)かつて見(み)たるや否(いな)や」と。八戒言う、「我(われ)は元来(もと)ただ唐僧(とうそう)に跟(したが)いて和尚(おしょう)と作(な)るのみなるを、汝(なんじ)また我(われ)を捉弄(もてあそ)び、何(なん)の将軍(しょうぐん)かを教(おし)えて做(な)さしめたり!我、命(いのち)を捨(す)てて、かの妖精(ようせい)と一会(ひとしきり)戦(たたか)い、命(いのち)を得(え)て回(かえ)り来(きた)れり。師父(しふ)は汝(なんじ)と沙僧(さそう)との看(みまも)りたまうところなるに、反(かえ)って来(きた)りて我(われ)に問(と)うか」と。行者言う、「兄弟(きょうだい)よ、我、汝(なんじ)を怪(あやし)まず。汝(なんじ)、いかにしてか眼(まなこ)の花(はな)やみて、妖精(ようせい)を放(はな)ち回(かえ)し来(きた)らしめ、師父(しふ)を拿(とら)えしめたるを知(し)らざるなり。我、かの妖精を打(う)ちに往(ゆ)き、沙和尚(さおしょう)をして師父を看(みまも)らしめたるに、如今(いま)沙和尚(さおしょう)すらまた見(み)えず」と。八戒笑って言う、「想(おも)うに沙和尚(さおしょう)の師父(しふ)を帯(つ)れていずこへか出恭(すいこ=大便)に往(ゆ)きしならん」と。説(いい)了(おわ)らざるに、ただ沙僧(さそう)の来(きた)り到(いた)るを見る。行者問(と)うて言う、「沙僧(さそう)、師父(しふ)はいずこへか往(ゆ)きし」と。沙僧言う、「汝(なんじ)ら二人(ふたり)ながら眼(まなこ)みな昏(くら)みて、妖精(ようせい)を放(はな)ち将(も)ち来(きた)らしめて師父(しふ)を拿(とら)えしめ、老沙(ろうさ)はかの妖精を打(う)ちに往(ゆ)きしに、師父(しふ)は自(みずか)ら馬(うま)の上(うえ)に在(あ)りて坐(ざ)し来(きた)れるなり」と。行者、気(いき)を得(え)て暴(あば)れ跳(おど)りて言う、「彼(か)が計(けい)に中(あた)れり!彼が計(けい)に中(あた)れり!」と。沙僧言う、「彼が何(なん)の計(けい)にか中(あた)りし」と。行者言う、「これこれこれ分瓣梅花(ぶんべんばいか=花びらを分かつ梅)の計(けい)なり。我が弟兄(ていけい=兄弟)らを調(ちょう)じ開(ひら)きて、彼(かれ)劈心(へきしん=真っ向)より師父(しふ)を撈(さら)い将(も)ちて往(ゆ)き了(おわ)んぬ。天天天(てんてんてん)!却(かえ)っていかんせん!」と。腮辺(ほおべ)の涙(なみだ)の滴(したた)るを止(とど)むること能(あた)わず。八戒言う、「哭(な)く莫(な)かれ!一哭(ひとなき)すればすなわち膿包(のうほう=意気地なし)と作(な)る!横竪(いずれにせよ)遠(とお)からず、ただこの座(ひとつ)の山(やま)の裡(うち)に在(あ)るのみ、我ら尋(たず)ね往(ゆ)かん」と。 三人(さんにん)計(けい)無(な)く奈(いか)んともする無し、ただ山(やま)に入(い)りて找尋(そうじん=探し求)むるを得(う)のみ。行(ゆ)くこと二十里(にじっり)の遠近(きんきょ=ほど)あれば、ただ見よ、かの懸崖(けんがい=断崖)の下(した)に、一座(ひとつ)の洞府(どうふ=ほら窟の館)の有(あ)るを、 削峰(さくほう)掩映(えんえい)し、怪石(かいせき)嵯峨(さが)たり。 奇花(きか)瑶草(ようそう)馨香(けいこう=かんばしく)、紅杏(こうきょう)碧桃(へきとう)艶麗(えんれい=あでやか)なり。 崖前(がいぜん)の古樹(こじゅ)、霜皮(そうひ)雨(あめ)を溜(りゅう)して四十囲(しじゅうい)、 門外(もんがい)の蒼松(そうしょう)、黛色(たいしょく)天(てん)に参(さん)じて二千尺(にせんしゃく)。 双双(そうそう=つがい)の野鶴(やかく)、常(つね)に洞口(どうこう)に来(きた)りて清風(せいふう)に舞(ま)い、 対対(ついつい)の山禽(さんきん)、毎(つね)に枝頭(しとう)に向(むか)いて白昼(はくちゅう)に啼(な)く。 簇簇(ぞくぞく)たる黄藤(おうとう)は索(なわ)を掛(か)くるが如(ごと)く、 行行(こうこう)たる烟柳(えんりゅう)は金(きん)を垂(た)るるに似(に)たり。 方塘(ほうとう=四角い池)水(みず)を積(つ)み、深穴(しんけつ)山(やま)に依(よ)る。 方塘(ほうとう)水を積みては、未(いま)だ変(へん)ぜざる窮鱗(きゅうりん=困窮の魚)の蛟龍(こうりゅう)を隠(かく)し、 深穴(しんけつ)山に依りては、多年(たねん)人(ひと)を食(くら)うの老怪(ろうかい)を住(すま)わしむ。 果たして神仙(しんせん)の境(さかい)に亜(つ)がず、真(まこと)にこれ風(かぜ)を蔵(かく)し気(き)を聚(あつ)むるの巣(す)なり。 と。 行者(ぎょうじゃ)これを見(み)、両三步(にさんぽ)跳(おど)りて門前(もんぜん)に到(いた)りて看(み)る処(ところ)、かの石門(せきもん)緊(きつ)と閉(とざ)され、門(もん)の上(うえ)に一塊(ひとくれ)の石版(せきばん)の横(よこ)に安(やす)んぜられ、石版(せきばん)の上(うえ)に八箇(はっこ)の大字(だいじ)あり、すなわち「隠霧山(いんむざん)折岳連環洞(せつがくれんかんどう)」なり。行者言う、「八戒、手(て)を動(うご)かせよ!此間(ここ)はすなわち妖精(ようせい)の住処(じゅうしょ=住みか)なり、師父(しふ)は必(かなら)ず彼が家(いえ)に在(あ)らん」と。かの呆子(あほう)、勢(いきおい)を仗(たの)みて凶(きょう)を行(おこな)い、釘鈀(ていは)を挙(あ)げて力(ちから)の限(かぎ)りに築(きず)き将(も)ちて往(ゆ)き、彼(か)があの石頭(せきとう)の門(もん)をして一箇(ひとつ)の大(おお)きなる窟窿(くつろう=穴)を築(きず)かしめ、叫(よばわ)って言う、「妖怪(ようかい)よ!疾(と)く我が師父を送(おく)り出(いだ)せ、釘鈀(ていは)の門(もん)を築(きず)き倒(たお)して、一家子(いっけ=一家)みな了帳(りょうちょう=おしまい)と作(な)らんことを免(まぬが)れよ!」と。門(もん)を守(まも)るの小妖(しょうよう)、急(いそ)ぎ跑(はし)り入(い)りて報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、禍(わざわい)を闯(つ)け出(いだ)せり!」と。老怪(ろうかい)言う、「何(なん)の禍(わざわい)か有(あ)る」と。小妖言う、「門前(もんぜん)に人(ひと)有(あ)りて門(もん)を打(う)ち破(やぶ)り、嚷(わめ)きて師父を要(もと)むと道(い)いまする」と。老怪、大(おお)いに驚(おどろ)きて言う、「いずれの者(もの)の尋(たず)ね将(も)ち来(きた)れるかを知(し)らず」と。先鋒(せんぽう)言う、「怕(おそ)るる莫(な)かれ!我が出(い)で往(ゆ)きて看看(みて)んを等(ま)て」と。かの小妖(しょうよう)、前門(ぜんもん)に奔(はし)り至(いた)り、あの打(う)ち破(やぶ)りし窟窿(くつろう)の処(ところ)より、首(こうべ)を歪(ゆが)めて外(そと)を張(のぞ)き、これ一箇(ひとり)の長嘴大耳(ちょうしだいじ=長い嘴に大きな耳)なるを見(み)、すなわち首(こうべ)を回(めぐ)らして高(たか)く叫(よばわ)る、「大王、彼(かれ)を怕(おそ)るる莫(な)かれ!この者(もの)はこれ猪八戒(ちょはっかい)なり、何(なん)の本事(ほんざい=腕)も無(な)く、敢(あ)えて無理(むり)をなさず。彼(かれ)もし無理をなさば、門(もん)を開(ひら)き、彼を拿(とら)え入(い)れて蒸(ふか)すに凑(あ)てん。怕(おそ)るるはただただかの毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし=毛だらけの顔に雷公の嘴)の和尚(おしょう)を怕(おそ)るるのみ」と。八戒、外辺(そと)に在りてこれを聴(き)きて言う、「兄(あに)よ、彼(かれ)は我(われ)を怕(おそ)れず、ただ汝(なんじ)を怕(おそ)るるのみ。師父は定(かなら)ず彼が家(いえ)に在(あ)り、汝(なんじ)疾(と)く上前(すす)み出でよ」と。行者罵(ののし)って言う、「潑孽畜(はつげいちく=あくたれの畜生)め!汝(なんじ)が孫外公(そんがいこう=孫のじいさん)ここに在(あ)り!我が師父を送(おく)り出(いだ)さば、汝が命(いのち)を饒(ゆる)さん!」と。先鋒(せんぽう)言う、「大王、不好(あし)し!孫行者(そんぎょうじゃ)もまた尋(たず)ね将(も)ち来(きた)れり!」と。老怪、報怨(ほうえん=恨み言)して言う、「みなこれ汝が定(さだ)めし何(なん)の分瓣(ぶんべん)分瓣なるか、却(かえ)って禍事(かじ=災い)の門(もん)に臨(のぞ)むを惹(ひ)き起(おこ)せり!いかんが結果(けっか=始末)せん」と。先鋒言う、「大王放心(ほうしん)せよ、且(しばら)く埋怨(まんえん=恨みごと)するを休(や)めよ。我(われ)記(おぼ)えたり、孫行者(そんぎょうじゃ)はこれ一箇(ひとり)の寛洪海量(かんこうかいりょう=度量の大いなる)の猴頭(こうとう=猿)なり、彼(かれ)神通(じんずう)広大(こうだい)なりといえど、却(かえ)って好(よ)く奉承(ほうしょう=おだて)らる。我ら一箇の假(にせ)の人的頭(ひとのかしら)を拿(と)り出(いだ)し往(ゆ)きて彼を一哄(ひとだま)し、彼に幾句(いくく)か奉承(ほうしょう=誉め)し、ただ彼が師父は我(われ)らの食(くら)いたるところなりと道(い)わん。もし哄(だま)し得(え)て彼を往(ゆ)かしめなば、唐僧(とうそう)はなおこれ我(われ)らの受用(じゅよう=頂戴)するところならん。哄(だま)し過(す)ぐること能(あた)わずんば、また理会(りかい=始末)を作(な)さん」と。老怪言う、「いずくにか一箇の假(にせ)の人的頭(ひとのかしら)を得(え)ん」と。先鋒言う、「我が一箇(ひとつ)作(つく)りて看(み)んを等(ま)て」と。 好(よ)き妖怪(ようかい)かな、一把(ひとふさ)の衠鋼刀斧(じゅんこうとうふ=純鋼の鉞)を将(も)ち、柳樹根(りゅうじゅこん=柳の木の根)を把(と)って人的頭(ひとのかしら)の模様(かたち)に砍(き)り做(な)し、些(いささ)かの人血(じんけつ)を噴(ふ)き上(あ)げ、糊糊塗塗(ここっとっと=べっとり)たるを、一箇の小怪(しょうかい)をして漆盤(しつばん=漆の盆)を用(もち)いしめ、門下(もんか)に拿(と)り至(いた)らしめて叫(よばわ)らしむ、「大聖爺爺(たいせいやや=大聖さま)、怒(いかり)を息(いこ)うて容稟(ようひん=申し上げ)を請(こ)う」と。孫行者(そんぎょうじゃ)、果たして好(よ)く奉承(ほうしょう=おだて)らる、「大聖爺爺(たいせいやや)」と叫(よばわ)るを聴(き)くや、すなわち八戒を止(とど)めて言う、「且(しばら)く手(て)を動(うご)かす莫(な)かれ、彼(かれ)に何(なん)の話(はなし)の説(い)うかあるを看(み)よ」と。盤(ばん)を拿(と)るの小怪(しょうかい)言う、「汝が師父は我(われ)が大王(だいおう)に拿(とら)えられて洞(どう)の裡(うち)に進(い)り来り、洞裡(どうり)の小妖(しょうよう)村頑(そんがん=粗野でわんぱく)にして好歹(よしあし)を識(し)らず、この者(もの)来りて吞(の)まんとし、かの者(もの)来たりて啃(かじ)らんとし、抓(つか)むは抓(つか)み、咬(か)むは咬(か)み、ついに汝が師父を食(くら)い了(おわ)り、ただ一箇の頭(かしら)のみをここに剰(のこ)せり」と。行者言う、「既(すで)に食(くら)いしならばすなわち罷(や)めよ、ただ人頭(じんとう)を拿(と)り出(いだ)し来れ、我(われ)看(み)て真(しん)か假(にせ)かを知(し)らん」と。かの小怪(しょうかい)、門窟(もんくつ=門の穴)の裡(うち)よりあの頭(かしら)を抛(な)げ出(いだ)せば、猪八戒(ちょはっかい)これを見(み)てすなわち哭(な)いて言う、「憐(あわ)れむべし!あのごとき師父の進(い)り往きしに、このごとき師父の出(い)で来れるに做(な)し了(おわ)るか」と。行者言う、「呆子(あほう)よ、汝且(しばら)くこれが真(しん)か假(にせ)かを認(みわ)けよ、すなわち哭(な)くか!」と。八戒言う、「羞(は)じずや、人頭(じんとう)に何(なん)の真(しん)假(にせ)か有(あ)らん」と。行者言う、「これこれこれ一箇の假(にせ)の人的頭(ひとのかしら)なり」と。八戒言う、「いかにしてか假(にせ)と認(みわ)く」と。行者言う、「真人頭(しんじんとう)は抛(な)げ出(いだ)さるれば、撲搭(ぼくとう)として響(ひび)かず、假人頭(かじんとう)は抛(な)げ得(う)ること梆子(ほうず=拍子木)の声(こえ)の象(ごと)し。汝信(しん)ぜずんば、我(われ)が抛(な)げて汝に聴(き)かしめんを等(ま)て」と。拿(と)り起(あ)げて石頭(いし)の上(うえ)に向(むか)いて一(ひと)掼(なげう)てば、当(とう)と一声(ひとこえ)響(ひび)き亮(あきら)かなり。沙和尚(さおしょう)言う、「兄(あに)よ、響(ひび)けり!」と。行者言う、「響(ひび)くはすなわちこれ假(にせ)の者(もの)なり、我彼をして本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)さしめて汝に看(み)せしめん」と。急(いそ)ぎ金箍棒(きんこぼう)を掣(ひっさ)げ、撲(ぼく)と一下(ひとつ)、打(う)ち破(やぶ)り了(おわ)んぬ。八戒の看(み)る時(おり)、すなわちこれ一箇の柳樹根(りゅうじゅこん)なり。呆子(あほう)、忍(しの)びえず罵(ののし)り起(おこ)って言う、「我が汝らこの伙(むれ)の毛団(もうだん=毛むくじゃら)めをば!汝ら我が師父を洞裡(どうり)に蔵(かく)し置(お)きて、一箇の柳樹根(りゅうじゅこん)を拿(と)り来りて汝が猪祖宗(ちょそそう=豚のご先祖)を哄(だま)すか、我が師父は柳樹精(りゅうじゅせい=柳の精)の変(へん)じたるならんや!」と。 慌(あわ)てたるかなかの盤(ばん)を拿(と)るの小怪(しょうかい)、戦戦兢兢(おののき)として跑(はし)り往きて報(しら)せて言う、「難(なん)なり難なり難なり!難なり難なり難なり!」と。老妖(ろうよう)言う、「いかにしてか許多(あまた)の難(なん)有(あ)る」と。小妖言う、「猪八戒(ちょはっかい)と沙和尚(さおしょう)とは倒(かえ)って哄(だま)し過(す)ぎたれど、孫行者(そんぎょうじゃ)は却(かえ)ってこれ一箇(ひとり)の古董(ことう=骨董)を販(あきな)う者(もの)―――識貨(しきか=目利き)なり!識貨なり!彼(かれ)すなわちこれ一箇の假(にせ)の人的頭(ひとのかしら)なるを認(みわ)けたり。如今(いま)一箇の真人頭(しんじんとう)を得(え)て彼(かれ)に与(あた)えなば、または彼の往くならん」と。老怪言う、「いかにしてか一箇の真人頭(しんじんとう)を得(え)ん。我らのあの剥皮亭(はくひてい=皮を剥ぐ亭)の内(うち)に食(くら)い尽(つく)さざるの人的頭(ひとのかしら)有(あ)れば、一箇選(えら)び来れ」と。衆(しゅう)の妖(よう)すなわち亭内(ていない)に至(いた)り、一箇の新鮮(しんせん)なる頭(かしら)を揀(えら)び、頭皮(とうひ)を啃(かじ)り浄(きよ)めて滑塔塔(こつこつ=つるつる)たらしめ、また盤児(ばんじ=盆)を用(もち)いしめて拿(と)り出(いだ)し、叫(よばわ)らしむ、「大聖爺爺(たいせいやや=大聖さま)、先前(さき)は委(まこと)にこれ一箇の假頭(にせあたま)なりき。この者(もの)は真正(しんしょう)にこれ唐老爺(とうろうや=唐の御主人)の頭(かしら)にして、我が大王(だいおう)の宅子(たくし=屋敷)を鎮(しず)むるに留(とど)めおきたるを、今(いま)特に献(けん)じ出(いだ)すなり」と。撲通(ぼくつう)と一箇の人的頭(ひとのかしら)をまた門窟(もんくつ=門の穴)の裡(うち)より抛(な)げ出(いだ)せば、血滴滴(けってきてき=血したたる)として乱(みだ)りに滚(ころが)る。孫行者(そんぎょうじゃ)これを一箇の真人頭(しんじんとう)なると認(みわ)け、奈(いか)んともする無(な)くすなわち哭(な)き、八戒・沙僧(さそう)もまた一斉(いっせい)に声(こえ)を放(はな)ちて大(おお)いに哭(な)く。八戒、涙(なみだ)を噙(ふく)みて言う、「兄(あに)よ、且(しばら)く哭(な)く莫(な)かれ、天気(てんき)は好(よ)き天気に非(あら)ず、恐(おそ)らくは一時(ひととき)にして臭(くさ)らしめん。我が拿(と)り将(も)ち往きて、生気(せいき=生きのよい)に乗(じょう)じて埋(う)め下(おろ)してまた哭(な)かんを等(ま)て」と。行者言う、「また説(い)うところ是(ぜ)なり」と。 かの呆子(あほう)、穢汚(けいお=汚らわし)きを嫌(いと)わず、一箇の頭(かしら)を懐(ふところ)に抱(いだ)き、山崖(さんがい=山の崖)の上(うえ)に跑(はし)り上(あ)がる。向陽(こうよう=日当たり)の処(ところ)に、一箇の風(かぜ)を蔵(かく)し気(き)を聚(あつ)むるの所在(しょざい=場所)を尋(たず)ね得(え)、釘鈀(ていは)を取(と)って一箇の坑(あな)を築(きず)き、頭(かしら)を把(と)って埋(う)め、また一箇の墳冢(ふんちょう=塚)を築(きず)き起(おこ)し、才(ようや)く沙僧(さそう)を叫(よ)んで言う、「汝は兄(あに)と共に哭(な)きおれ、我が往きて些(いささ)か何(なに)かを尋(たず)ね来りて供養(くよう)し供養(くよう)せんを等(ま)て」と。彼(かれ)すなわち澗辺(かんぺん=谷のほとり)に走向(おもむ)き、幾根(いくね)かの大(おお)きなる柳枝(りゅうし=柳の枝)を攀(よ)じ折(お)り、幾塊(いくくれ)かの鵞卵石(がらんせき=川原石)を拾(ひろ)い、墳前(ふんぜん=塚の前)に回(かえ)り至(いた)り、柳枝(りゅうし)を把(と)って左右(そうゆう)に挿(さ)し、鵞卵石(がらんせき)を面前(めんぜん)に堆(うずたか)くす。行者問うて言う、「これこれいかに説(い)うか」と。八戒言う、「この柳枝(りゅうし)は権(かり)に松柏(しょうはく)と為(な)して、師父の為(ため)に墳頂(ふんちょう=塚の頂)を遮(おお)わん。この石子(いし)は権(かり)に点心(てんしん=菓子)に当(あ)てて、師父の為に供養(くよう)し供養(くよう)せん」と。行者喝(しか)って言う、「夯貨(こうか=鈍物)め!人(ひと)已(すで)に死(し)したるに、なお石子(いし)を将(も)ちて彼(かれ)に供(そな)えんとするか!」と。八戒言う、「生人(せいじん=生ける者)の意(こころ)を表(あらわ)し、権(かり)に孝道(こうどう)の心(こころ)と為(な)すのみ」と。行者言う、「且(しばら)く胡弄(ころん=でたらめ)するを休(や)めよ!沙僧(さそう)をしてここに在(あ)らしめよ。一(ひとつ)には廬墓(ろぼ=墓のほとりの小屋)し、二(ふたつ)には行李(こうり)と馬匹(ばひつ=馬)を看守(かんしゅ)せしめん。我と汝と往きて彼(か)が洞府(どうふ)を打(う)ち破(やぶ)り、妖魔(ようま)を拿(とら)え住(とど)め、屍(しかばね)を砕(くだ)きて万段(ばんだん)と作(な)し、師父の為に仇(あだ)を報(むく)いに往かん」と。沙和尚(さおしょう)、涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「大哥(たいか=兄貴)の言(いう)ところ極(きわ)めて当(とう)を得(え)たり。汝ら二人(ふたり)意(い)を著(つ)けよ、我この処(ところ)に在りて看守(かんしゅ)せん」と。 好(よ)き八戒かな、すなわち皂錦直裰(そうきんじきとつ=黒の錦の衣)を脱(ぬ)ぎ、着体(ちゃくたい=身に着く)の小衣(しょうい=肌着)を一束(ひとしばり)し、釘鈀(ていは)を挙(あ)げて行者(ぎょうじゃ)に随(したが)う。二人(ふたり)力(ちから)を努(つと)めて前(まえ)に向(むか)い、分辨(ぶんべん=言い訳)を容(い)れず、径(ただち)に自(みずか)ら彼(か)が石門(せきもん)を打(う)ち破(やぶ)り、喊声(かんせい=鬨の声)天(てん)を振(ふる)わして叫(よばわ)る、「我に活(い)ける唐僧(とうそう)を還(かえ)せや!」と。かの洞裡(どうり)の大小(だいしょう)の群妖(ぐんよう)、箇箇(おのおの)魂(たましい)飛(と)び魄(はく)散(さん)じ、みな先鋒(せんぽう)の非(あやまち)を報怨(ほうえん=恨む)す。老妖(ろうよう)、先鋒(せんぽう)に問うて言う、「これらの和尚(おしょう)ら門(もん)を打(う)ち進(い)り来るに、却(かえ)っていかんが処治(しょち=始末)せん」と。先鋒言う、「古人(こじん)の説(い)えるよし有(あ)り、『手(て)を魚籃(ぎょらん=魚籠)に插(さし)れれば、腥(なまぐさ)きを避(さ)くるを得(え)ず』と。一(ひとつ)を做(な)さずんば、二(ふたつ)を休(や)めず、左右(そうゆう=いずれにせよ)家兵(かへい=手下)を帥(ひき)い領(い)れてかの和尚(おしょう)を殺(ころ)しに往かん!」と。老怪(ろうかい)言(げん)を聞(き)き、計(けい)の奈(いか)んともする無(な)く、真箇(まこと)に令(れい)を伝(つた)えて叫(よばわ)る、「小(こもの)ら、各(おのおの)心(こころ)を斉(ひと)しくすることを要(よう)せよ。精鋭(せいえい)の器械(きかい=武器)を将(も)ちて我に跟(したが)い出征(すいせい=征伐)に往かん」と。果たして一斉(いっせい)に喊(ときのこえ)を挙(あ)げ、洞門(どうもん)を殺(さっ)し出(い)づ。この大聖(たいせい)と八戒と、急(いそ)ぎ幾步(いくほ)かを退(しりぞ)き、あの山場(さんば=山の広場)の平(たいら)なる処(ところ)に到(いた)り、群妖(ぐんよう)を抵(ふせ)ぎ住(とど)め、喝(しか)って言う、「孰(たれ)かこれ名(な)の出(い)でたる頭児(とうじ=頭目)なる。孰(たれ)かこれ我が師父を拿(とら)えし妖怪(ようかい)なる」と。かの群妖(ぐんよう)、営盤(えいばん=陣営)を扎(つ)き下(おろ)し、一面(ひとおもて)の錦繍(きんしゅう)の花旗(かき=花の旗)を将(も)ちて一閃(ひとひらめ)きし、老怪(ろうかい)鉄杵(てっしょ=鉄の杵)を執(と)り、声(こえ)に応(こた)えて高(たか)く呼(よばわ)って言う、「かの潑和尚(はつおしょう=あくたれ坊主)よ、汝我を認(みわ)けざるか。我すなわちこれ南山大王(なんざんだいおう)なり、数百年(すうひゃくねん)この処(ところ)に放蕩(ほうとう=ほしいままに)す。汝が唐僧(とうそう)は已(すで)に我の拿(とら)え食(くら)いたるところなり、汝敢(あ)えていかんせん」と。行者罵(ののし)って言う、「この大胆(だいたん)なる毛団(もうだん=毛むくじゃら)め!汝能(よ)く幾許(いくばく)の年紀(ねんき=年齢)か有(あ)りて、敢(あ)えて南山(なんざん)の二字(にじ)を称(とな)うるか。李老君(りろうくん)はすなわち開天闢地(かいてんびゃくち)の祖(そ)なり、なお太清(たいせい)の右(みぎ)に坐(ざ)す。仏如来(ぶつにょらい)はこれ治世(ちせい)の尊(そん)なり、また大鵬(たいほう)の下(した)に坐す。孔聖人(こうせいじん)はこれ儒教(じゅきょう)の尊(そん)なり、また僅(わず)かに夫子(ふうし)と呼(よ)ばるるのみ。汝この孽畜(げいちく=畜生)め、敢(あ)えて何(なん)の南山大王(なんざんだいおう)かを称(とな)え、数百年(すうひゃくねん)の放蕩(ほうとう)をほしいままにするか!走(に)ぐる莫(な)かれ!汝が外公老爺(がいこうろうや=じいさま)の一棒(ひとぼう)を食(くら)え!」と。 かの妖精(ようせい)、身(み)を側(そば)だてて闪(かわ)し過(よ)ぎ、杵(しょ)を用(もち)いて鉄棒(てつぼう)を抵(ふせ)ぎ住(とど)め、眼(まなこ)を睜(みは)り円(まろ)くして問うて言う、「汝がこの嘴顔(しれん=面つき)は一箇の猴児(さる)の模様(かたち)に象(に)たり、敢(あ)えて許多(あまた)の言語(げんご=言葉)を将ちて我を圧(おさ)えんとするか!汝に何(なん)の手段(てだて)か有(あ)りて、吾(わ)が門下(もんか)に在りて猖狂(しょうきょう=ほしいままに暴)るるか」と。行者笑って言う、「我が汝を把(と)らえん、無名(むみょう)の孽畜(げいちく)め!是(ぜ)なるかまた老孫(ろうそん=おれ)を知(し)らざるか!汝站(た)ち住(とど)まれ、胆(きも)を硬(かた)くし、且(しばら)く我が説(と)くを聴(き)け、 祖(そ)居(きょ)は東勝(とうしょう)大神洲(だいしんしゅう)、 天地(てんち)包含(ほうがん)すること幾万秋(いくばんしゅう)ぞ。 花果山(かかざん)の頭(いただき)の仙石卵(せんせきらん)、 卵(らん)開(ひら)きて産(さん)じ化(か)して我が根苗(こんびょう=根ざし)と作(な)る。 生(しょう)じ来る凡胎(ぼんたい=凡夫の胎)の類(るい)に比(くら)べず、 聖体(せいたい)は原(もと)日月(じつげつ)の儔(ともがら)よりす。 本性(ほんしょう)自(みずか)ら修(しゅ)するは小可(しょうか=些事)に非(あら)ず、 天姿(てんし)穎悟(えいご=聡明)にして大丹頭(だいたんとう=大丹の要)なり。 官(かん)に封(ほう)ぜられて大聖(たいせい)雲府(うんぷ)に居(お)り、 勢(いきおい)を倚(たの)みて凶(きょう)を行(おこな)い斗牛(とぎゅう=北斗と牽牛)に闘(たたか)う。 十万(じゅうまん)の神兵(しんぺい)も我に近(ちか)づき難(がた)く、 満天(まんてん)の星宿(せいしゅく)も易(やす)く収(おさ)むることを為(な)す。 名(な)は宇宙(うちゅう)に揚(あが)りて方方(ほうぼう)に暁(さと)り、 智(ち)は乾坤(けんこん)を貫(つらぬ)きて処処(しょしょ)に留(とど)まる。 今(いま)幸(さいわ)いに皈依(きえ)して釈教(しゃっきょう)に従(したが)い、 長老(ちょうろう)を扶持(ふじ=助)けて西遊(さいゆう)に向(むか)う。 山(やま)に逢(あ)えば路(みち)を開(ひら)きて人(ひと)の阻(はば)む無(な)く、 水(みず)に遇(あ)えば橋(はし)を支(ささ)えて怪(かい)の愁(うれ)うる有(あ)り。 林内(りんない)に威(い)を施(ほどこ)して虎豹(こひょう)を擒(とら)え、 崖前(がいぜん)に手(て)を復(かえ)して貔貅(ひきゅう=猛獣)を捉(とら)う。 東方(とうほう)果(か)を正(ただ)して西域(せいいき)に来る、 いずれの妖邪(ようじゃ)か敢(あ)えて頭(こうべ)を出さん! 孽畜(げいちく)の師(し)を傷(そこな)いしは真(まこと)に恨(うら)むべし、 管(かなら)ず時下(じか=ただち)に命(いのち)の将(まさ)に休(や)まんとすることを教(おし)えん!」と。 かの怪(かい)言(げん)を聞(き)き、また驚(おどろ)きまた恨(うら)む。牙(きば)を咬(か)み、跳(おど)り近(ちか)づき前(まえ)に来り、鉄杵(てっしょ)を使(つか)いて行者(ぎょうじゃ)を望(めが)けてすなわち打(う)つ。行者、軽軽(かるがる)と棒(ぼう)を用(もち)いて架(かま)え住(とど)め、なお彼と話(はなし)を講(こう)ぜんと欲(ほっ)すれど、かの八戒、忍(しの)びえず、釘鈀(ていは)を掣(ひっさ)げてかの怪(かい)の先鋒(せんぽう)を乱(みだ)りに築(きず)く。先鋒(せんぽう)衆(しゅう)を帥(ひき)いて斉(ひと)しく来る。この一場(ひとしきり)の山中(さんちゅう)の平(たいら)なる処(ところ)に在りての混戦(こんせん)は、真(まこと)にこれ好(よ)き殺(たたか)いかな、 東土(とうど)大邦(たいほう)上国(じょうこく)の僧(そう)、 西方(せいほう)極楽(ごくらく)に真経(しんきょう)を取(と)る。 南山(なんざん)の大豹(たいひょう)風霧(ふうむ)を噴(ふ)き、 路(みち)は深山(しんざん)に阻(はば)まれて独(ひと)り能(のう)を顕(あらわ)す。 巧計(こうけい)を施(ほどこ)し、乖伶(かいれい=利口)を弄(ろう)し、 無知(むち)にして誤(あやま)りて大唐(だいとう)の僧(そう)を捉(とら)う。 行者の神通(じんずう)の広(ひろ)きに相逢(あいまみ)え、 更(さら)に八戒の声名(せいめい=評判)の有るに遭(あ)う。 群妖(ぐんよう)混戦(こんせん)して山(やま)の平(たいら)なる処(ところ)、 塵土(じんど)紛紛(ふんぷん)として天(てん)清(きよ)からず。 かの陣上(じんじょう)には小妖(しょうよう)呼哮(ここう=叫び吠え)、 槍刀(そうとう=槍と刀)乱(みだ)りに挙(あ)がり、 この壁廂(へきしょう=こちら側)には神僧(しんそう)叱喝(しっかつ=叱り)、 鈀棒(はぼう=鈀と棒)斉(ひと)しく興(おこ)る。 大聖(たいせい)は英雄(えいゆう)にして敵手(てきしゅ)無(な)く、 悟能(ごのう)は精壮(せいそう=精悍)にして神(しん)の生(しょう)ずるを喜(よろこ)ぶ。 南禺(なんぐう)の老怪(ろうかい)、部下(ぶか)の先鋒(せんぽう)、 みな唐僧(とうそう)の肉(にく)一塊(ひとかたまり)の為(ため)に、 致(いた)して舎死(しゃし=死を捨て)また亡生(ぼうせい=命を亡ぼ)さしむ。 この二箇(ふたり)は師(し)の性命(いのち)に因(よ)りて仇隙(きゅうげき=仇)を成(な)し、 かの二箇は唐僧(とうそう)を要(もと)めんとして忒(はなは)だ悪情(あくじょう)なり。 往来(おうらい)闘(たたか)うこと多半会(たはんかい=しばし)を経(ふ)るも、 冲冲撞撞(しょうしょうどうどう=ぶつかり合い)として輸贏(しゅえい=勝ち負け)無(な)し。 と。 孫大聖(そんたいせい)、かの些(いくにん)かの小妖(しょうよう)の勇猛(ゆうもう)にして、連(つづ)けざまに打(う)てど退(しりぞ)かざるを見(み)、すなわち一箇の分身法(ぶんしんぽう)を使(つか)い、毫毛(ごうもう=身の毛)を把(と)って一把(ひとつかみ)拔(ぬ)き下(おろ)し、口中(こうちゅう)に嚼(か)み、噴(ふ)き出し去(や)りて、「変(へん)!」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)るや、みな変(へん)じて本身(ほんしん=本来の身)の模様(かたち)と做(な)り、おのおの一箇(ひとつ)の金箍棒(きんこぼう)を使(つか)い、前辺(まえ)より裡(うち)へ向(むか)いて打ち進(い)る。かの一二百(ひゃくにひゃく)の小妖(しょうよう)、前(まえ)を顧(かえり)みんとすれば後(うしろ)を顧みる能(あた)わず、左(ひだり)を遮(さえぎ)らんとすれば右(みぎ)を遮る能わず、箇箇(おのおの)各(おのおの)逃(のが)れて生(いのち)を求(もと)め、敗(やぶ)れ走(はし)りて洞(どう)に帰(かえ)る。この行者(ぎょうじゃ)と八戒と、陣(じん)の裡(うち)より外(そと)へ向(むか)いて殺(き)り来る。憐(あわ)れむべしや、かの俊(すぐ)れたるを識(し)らざるの妖精(ようせい)、 鈀(は)に搪(ふ)るる者(もの)は九孔(きゅうこう)より血(ち)出(い)で、 棒(ぼう)に挽(ひ)きかかるる者は骨肉(こつにく)泥(どろ)の如(ごと)し! 唬(おどろ)かされたるかなかの南山大王(なんざんだいおう)、風(かぜ)を滚(ころが)し霧(きり)を生(しょう)じて、命(いのち)を得(え)て逃(に)げ回(かえ)る。かの先鋒(せんぽう)は変化(へんげ)する能(あた)わず、早(はや)くも行者(ぎょうじゃ)に一棒(ひとぼう)に打ち倒(たお)され、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)せば、すなわちこれ一箇の鉄背蒼狼怪(てっぱいそうろうかい=鉄の背の蒼狼の怪)なり。八戒、上前(すす)み出でて脚(あし)を扯(ひ)き、翻(ひるがえ)し来りて看(み)て言う、「この厮(やつ)め、小児(こども)の時(とき)より人家(じんか)の幾許(いくばく)の猪牙子(ちょがし=子豚)、羊羔児(ようこうじ=子羊)を偸(ぬす)みて食(くら)いしを知(し)らずや!」と。行者、身(み)を将ちて一抖(ひとふるい)し、毫毛(ごうもう)を収(おさ)め上(あ)げて言う、「呆子(あほう)よ、遅(おく)るるを可(よ)しとせず!疾(と)く老怪(ろうかい)を趕(お)い、師父の命(いのち)を討(もと)めに往かん!」と。八戒、首(こうべ)を回(めぐ)らせば、すなわちかの些(いくにん)かの小行者(しょうぎょうじゃ)の見(み)えざるに、言う、「兄(あに)が法相児(ほっそうじ=化身)はみな去(さ)りしぞ!」と。行者言う、「我已(すで)に収(おさ)め来れり」と。八戒言う、「妙(みょう)なるかな!妙なるかな!」と。二人(ふたり)喜喜歓歓(ききかんかん)として、勝(かち)を得て回(かえ)る。 さて、かの老怪(ろうかい)命(いのち)を逃(のが)れて洞(どう)に回(かえ)り、小妖(しょうよう)に吩咐(いいつけ)て石塊(せっかい)を搬(はこ)ばしめ土(つち)を挑(にな)わせ、前門(ぜんもん)を把(と)って堵(ふさ)がしむ。かの命を得たる小妖(しょうよう)ら、箇箇(おのおの)戦戦兢兢(おののき)として、門(もん)をことごとく堵(ふさ)ぎ、再(ふたた)び敢(あ)えて頭(こうべ)を出さず。この行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)を引(ひ)きて、門首(もんしゅ=門の前)に趕(お)い至(いた)りて吆喝(ようかつ=叫ぶ)すれど、内(うち)に人(ひと)の答(こた)うる無し。八戒、釘鈀(ていは)を使(つか)いて築(きず)く時(おり)、想(おも)うに動(うご)かし得(う)ること莫(な)し。行者これを知(し)りて、言う、「八戒、気力(きりょく)を費(ついや)す莫(な)かれ、彼已(すで)に門を堵(ふさ)ぎ了(おわ)んぬ」と。八戒言う、「門(もん)を堵(ふさ)がば、師(し)の仇(あだ)はいかんが報(むく)いん」と。行者言う、「且(しばら)く回(かえ)り、墓前(ぼぜん)に上(のぼ)りて沙僧(さそう)を看看(みて)ん」と。二人(ふたり)また本処(もとのところ)に至(いた)れば、沙僧(さそう)のなお哭(な)きおるを見る。八戒いよいよ傷悲(しょうひ=悲嘆)し、釘鈀(ていは)を捨(す)て、墳(つか)の上(うえ)に伏(ふ)し、手(て)を土(つち)に撲(う)ちて哭(な)いて言う、「苦命(くめい=不運)の師父よ!遠郷(えんきょう=遠き故郷)の師父よ!いずくにまた汝に見(まみ)ゆることを得んや!」と。行者言う、「兄弟(きょうだい)よ、且(しばら)く悲切(ひせつ=悲嘆)する莫(な)かれ。この妖精(ようせい)前門(ぜんもん)を堵(ふさ)ぎたれば、定(かなら)ず一箇の後門(こうもん)の出入(しゅつにゅう)有らん。汝ら二人(ふたり)ただこの間(あいだ)に在(あ)れ、我がまた往きて尋(たず)ね看看(みて)んを等(ま)て」と。八戒、涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「兄(あに)よ!仔細(つまびらか)にせよ!連(つれだ)って汝をも撈(さら)い去(さ)られんことを莫(な)かれ、我ら好(よ)く哭くを得ざらん、 一声(ひとこえ)を師父と哭き、一声を師兄(しけい)と哭なば、すなわち哭きて乱(みだ)れんことを要(よう)せん」 と。行者言う、「事(こと)無し!我自(おのずか)ら手段(てだて)有り!」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、棒(ぼう)を収(おさ)め、裙(くん=裳)を束(つか)ね、步(あゆみ)を引(ひ)き開(ひら)き、山坡(さんぱ=坂)を転(めぐ)り過(よ)ぐるに、忽(たちま)ち潺潺(せんせん=さらさら)たる水(みず)の響(ひび)くを聴(き)き、且(しばら)く首(こうべ)を回(めぐ)らして看(み)る処(ところ)、元来(もと)これ澗中(かんちゅう=谷川)の水(みず)の響(ひび)きにして、上溜頭(じょうりゅうとう=上流)より衝(つ)き泄(なが)れ下(くだ)るなり。また澗(たに)の彼方(かなた)に一座(ひとつ)の門児(もんじ)の有るを見(み)、門の左辺(さへん)に一箇の出水(しっすい)の暗溝(あんこう=暗渠)有り、溝(みぞ)の中(うち)より紅水(こうすい=赤き水)の流(なが)れ出(い)づるを。彼言う、「講(こう)ずるを消(よう)せず!あれすなわちこれ後門(こうもん)ならん。もし原(もと)の嘴顔(しれん=面つき)ならば、恐(おそ)らくは小妖(しょうよう)の門を開(ひら)きて看(み)て認(みわ)けんことを、我が変(へん)じて一箇の水蛇児(すいじゃじ=水蛇)と作(な)りて過(よ)ぎ往かんを等(ま)て。且(しばら)く住(とど)まれ!水蛇(すいじゃ)に変ずれば、恐(おそ)らくは師父の陰霊児(いんれいじ=亡霊)の知(し)りて、我が出家人(しゅっけにん)の蛇(へび)に変じて纏(まと)わるることの長(なが)きを怪(あやし)まん。変じて一箇の小螃蟹児(しょうほうがいじ=小さき蟹)と作(な)りて過ぎ往かん。また好(よ)からず、恐らくは師父の我が出家人(しゅっけにん)の脚(あし)の多(おお)きを怪(あやし)まん」と。すなわち一箇の水老鼠(すいろうそ=水棲の鼠)と做(な)り、颼(さっ)と一声(ひとこえ)攛(つっ)き過(よ)ぎ、あの出水(しっすい)の溝(みぞ)の中(うち)より、裡(うち)の天井(てんせい=中庭)の中(うち)に鑽(もぐ)り至(いた)る。首(こうべ)を探(のば)し出して観看(みわた)せば、ただ見よ、かの向陽(こうよう=日当たり)の処(ところ)に幾箇(いくにん)かの小妖(しょうよう)の、些(いささ)かの人肉巴子(じんにくはし=干し肉)を拿(と)り、一塊一塊(ひとくれひとくれ)と理(ととの)えて晒(ほ)しおるを。行者言う、「我(わ)が児(こ)や!あれは想(おも)うに師父の肉(にく)にして、食(くら)い尽(つく)さざるを、干(ほ)し巴子(はし=干し肉)と晒(ほ)して天陰(てんいん=曇天)に防(そな)うるならん。我もし本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、趕(お)い上前(すす)みて一棍子(ひとぼう)に打ち殺(ころ)さば、却(かえ)って我に勇(ゆう)有りて謀(ぼう)無(な)きを顕(あらわ)さん。且くまた変化(へんげ)して進(い)り往き、かの老怪(ろうかい)を尋(たず)ね、いかんを看(み)ん」と。溝(みぞ)を跳(と)び出(い)で、身(み)を揺(ゆ)りてまた一変(ひとへん)し、変(へん)じて一箇の翅(つばさ)有る螞蟻児(まぎじ=蟻)と做(な)る。真箇(まこと)にこれ、 力(ちから)微(かす)かに身(み)小(ちい)さくして玄駒(げんく=黒き駒)と号(なづ)けられ、 日(ひ)久(ひさ)しく蔵修(ぞうしゅう=修を積み)して翅(つばさ)有りて飛(と)ぶ。 閑(しず)かに橋辺(きょうへん)を渡(わた)りて陣勢(じんせい)を排(なら)べ、 喜(よろこ)んで床下(しょうか)に来りて仙機(せんき=仙の機)を闘(たたか)う。 善(よ)く雨(あめ)の至(いた)るを知(し)りて常(つね)に穴(あな)を封(ふう)じ、 塵(ちり)を塁積(るいせき=積み重)ねて多(おお)く遂(つい)に灰(はい)と作(な)る。 巧巧(こうこう)軽軽(けいけい)として能(よ)く爽利(そうり=すばしこ)く、 幾番(いくたび)か柴扉(さいひ=柴の門)を過(よ)ぐるを覚(さと)らず。 と。 彼翅(つばさ)を展開(てんかい)し、声(こえ)無(な)く影(かげ)無(な)く、一直(ひたすら)に中堂(ちゅうどう)に飛(と)び入(い)れば、ただ見よ、かの老怪(ろうかい)煩煩悩悩(はんはんのうのう=悩みわずらい)として正(まさ)に坐(ざ)しおるに、一箇の小妖の後面(うしろ)より跳(おど)り将ち来りて報(しら)せて言う、「大王(だいおう)、万千(ばんせん)の喜(よろこび)あり!」と。老妖(ろうよう)言う、「喜(よろこび)は何(いず)こよりか来る」と。小妖言う、「我才(いま)しがた後門(こうもん)の外(そと)の澗頭(かんとう=谷のほとり)の上(ほとり)に在りて探(さぐ)り看おるに、忽(たちま)ち人(ひと)の大(おお)いに哭くを聴(き)けり。すなわち峰頭(ほうとう=峰)の上(うえ)に攀(よ)じ上(あ)がりて望望(ながめ)しに、元来(もと)これ猪八戒(ちょはっかい)・孫行者(そんぎょうじゃ)・沙和尚(さおしょう)のかの処に在りて墳(つか)を拝(おが)みて痛哭(つうこく=嘆き哭く)するなり。想(おも)うにあの人的頭(ひとのかしら)を把(と)って唐僧(とうそう)の頭(かしら)と認(みわ)けて葬(ほうむ)り下(おろ)し、墳墓(ふんぼ)を築(きず)き作(な)して哭きおるならん」と。行者(ぎょうじゃ)暗(あん)中(ちゅう)に在りてこの説(いう)を聴(き)き、心内(しんない)に歓喜(かんぎ)して言う、「もしこの言(げん)の出(い)でたらんには、我が師父はなおかの処に蔵(かく)されて、未(いま)だかつて食(くら)われざるなり。我がまた往きて尋尋(たずね)て、死活(しかつ=生死)のいかんを看、また彼と話(はなし)を説(い)わんを等(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、中堂(ちゅうどう)に飛(と)びて、東(ひがし)を張(みわた)し西(にし)を看るに、旁辺(かたわら)に一箇の小門児(しょうもんじ)の、関(とざ)すことの甚(はなは)だ緊(きつ)き有るを見、すなわち門縫児(もんほうじ=扉の隙間)の裡(うち)より鑽(もぐ)り往きて看る時(おり)、元来(もと)これ一箇の大園子(だいえんし=大庭園)にして、隐隐(いんいん)として悲声(ひせい=悲しむ声)の聴(きこ)ゆ。径(ただち)に深処(しんしょ=奥)に飛(と)び入(い)れば、ただ見よ、一叢(ひとむら)の大樹(たいじゅ)、樹(き)の下(した)に二人(ふたり)の者(もの)の縛(いまし)められ、一人(ひとり)は正(まさ)にこれ唐僧(とうそう)なり。行者これを見、心(こころ)痒(かゆ)くして撓(たわ)め難(がた)く、忍(しの)びえず本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)みて一声(ひとこえ)「師父」と叫(よ)ぶ。かの長老(ちょうろう)これと認(みわ)け、涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、 「悟空(ごくう)、汝来れるか?疾(と)く我を一救(ひとすくい)せよ!悟空!悟空!」 と。行者言う、 「師父、ただ只管(ひたすら)名(な)を叫(よ)ぶこと莫かれ、面前(めんぜん)に人(ひと)有り、風訊(ふうじん=知らせ)の走(はし)ることを怕(おそ)る。汝既(すで)に命(いのち)有らば、我能(よ)く汝を救(すく)うを得(う)べし。 かの怪(かい)はただ已(すで)に汝を食い了(おわ)んぬと説(い)い、一箇の假(にせ)の人的頭(ひとのかしら)を拿り来りて我を哄(だま)し、我ら彼と恨(うら)み苦(くる)しみて相持(そうじ=対峙)せり。 師父放心(ほうしん)せよ、且くまた熬熬(がまんし)て、我がかの妖精(ようせい)を弄(もてあそ)び倒(たお)さんを等(ま)ちて、方(はじ)めて来りて解救(げきゅう=救い)すべし」 と。 大聖(たいせい)呪語(じゅご=真言)を一声(ひとこえ)念(とな)え、また身(み)を揺(ゆ)りて還(かえ)って一箇の螞蟻児(まぎじ=蟻)と変(へん)じ做(な)り、また中堂(ちゅうどう)に入(い)り、正梁(せいりょう=大梁)の上(うえ)に丁(とど)まる。ただ見よ、かの未(いま)だ命(いのち)を傷(そこな)われざるの小妖ら、簇簇(ぞくぞく=むらがり)として群(むれ)がり集(つど)い、紛紛嚷嚷(ふんぷんじょうじょう=わいわい)たり。内中(うち)より忽(たちま)ち一箇の小妖の跳(おど)り出(い)でて告(もう)して言う、「大王(だいおう)、彼ら門の堵(ふさ)がれたるを見、攻(せ)め打ちて開(ひら)くこと能(あた)わず、死心塌地(ししんとうち=観念しきり)て、唐僧(とうそう)を捨(す)て、假の人的頭(ひとのかしら)を将ちて一箇の墳墓(ふんぼ)を弄(つく)り做(な)せり。今日(こんにち)一日(いちじつ)哭き、明日(みょうにち)また一日哭き、後日(ごじつ)に三(みっか)を復(かさ)ねなば、好き道(みち)に回(かえ)り往かん。打ち聴(き)きて彼らの散(さん)じたらんには、唐僧(とうそう)を拿り出し、碎(くだ)き劖(きざ)み碎(くだ)き剁(きざ)み、些(いささ)かの大料(たいりょう=香辛料)を把(と)って煎(せん)じ、香噴噴(こうふんふん=香ばしき)なるを大衆(たいしゅう=皆)して一塊児(ひとかたまり)を食い、また一箇の延年長寿(えんねんちょうじゅ)を得(う)べし」と。また一箇の小妖手(て)を拍(う)って言う、「説(い)う莫かれ説う莫かれ!なおこれ蒸(ふか)して食うの味(あじ)有るに如(し)かず!」と。また一箇の説(い)う、「煮(に)て食えば、なお柴(たきぎ)を省(はぶ)く」と。また一箇の道(いわ)く、「彼は本(もと)これ一箇の稀奇(きき=珍奇)の物(もの)なれば、なお些(いささ)かの塩(しお)を着(つ)けて腌腌(えんえん=漬け)なば、食うこと長久(ちょうきゅう)なるを得ん」と。行者(ぎょうじゃ)かの梁中(りょうちゅう)に在りてこれを聴(き)き、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)って言う、「我が師父と汝に何の毒情(どくじょう=仇)か有りて、この般(ごと)く彼を食わんと算計(さんけい=企て)するか!」と。すなわち毫毛(ごうもう)を把(と)って一把(ひとつかみ)抜(ぬ)き、口中(こうちゅう)に嚼(か)み砕(くだ)き、軽軽(かるがる)と吹(ふ)き出し、暗(ひそ)かに呪語(じゅご)を念(とな)え、みな変(へん)じて瞌睡虫児(かつすいちゅうじ=眠り虫)と做(な)らしめ、かの衆妖(しゅうよう)の顔(かお)の上(うえ)に向(むか)いて抛(な)げ往かしむ。箇箇(おのおの)鼻(はな)の中(うち)に鑽(もぐ)り入(い)り、小妖漸漸(ぜんぜん)と打盹(とろん)じ、一時(いっとき)ならずして、みな睡(ねむ)り倒(たお)る。ただあの老妖(ろうよう)のみ睡(ね)り穩(やす)からず、彼両隻(ふたつ)の手(て)にて頭(あたま)を揉(も)み顔(かお)を搓(こす)り、住(や)むこと無く涕噴(ていふん=くしゃみ)を打ち、鼻(はな)を捏(つね)る。行者言う、「これ彼の暁(さと)り得たるならんか?彼に一箇の双掭灯(そうてんとう=両端に火の点く灯)を与(あた)えん!」と。また一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、母児(ぼじ=元の)に依(よ)りて做し、彼が顔(かお)の上(うえ)に抛(な)げれば、鼻孔(びこう)の内(うち)に鑽(もぐ)り入(い)る。二箇(ふたつ)の虫児(むし)、一箇(ひとつ)は左(ひだり)より進(い)り、一箇は右(みぎ)より入(い)る。かの老妖(ろうよう)起(お)き上(あ)がり、腰(こし)を伸伸(のばし)のばし、呵欠(あくび)を二箇(ふたつ)打ち、呼呼(ここ)としてまた睡(ねむ)り倒(たお)る。行者暗(ひそ)かに喜(よろこ)び、才(ようや)く跳(おど)り下(お)り来り、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)す。耳朶(みみ)の裡(うち)より棒(ぼう)を取(と)り出し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、鴨蛋(あひるのたまご)の粗細(そさい=太さ)有り、当(とう)と一声(ひとこえ)、旁門(ぼうもん=脇門)を把(と)って打ち破(やぶ)り、後園(こうえん)に跑(はし)り至(いた)りて高(たか)く叫(よばわ)る、「師父!」と。長老(ちょうろう)言う、「徒弟(でし)よ、疾(と)く来りて縄児(なわ)を解(と)き解(と)け、我を縛(いまし)めて壊(こわ)し了(おわ)んぬ!」と。行者言う、「師父忙(いそ)ぐ莫かれ、我が妖精(ようせい)を打ち殺(ころ)さんを等(ま)ちて、また来りて汝を解(と)かん」と。急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)きて中堂(ちゅうどう)に跑(はし)り至(いた)る。正(まさ)に棍(こん)を挙(あ)げて打たんとせしが、また手(て)を滞(とど)めて言う、「不好(あし)し!師父を解(と)きし来りて打たんを等て」と。また園中(えんちゅう)に至り、また思量(しりょう=考う)して言う、「打ちし来りて救(すく)わんを等て」と。此(かく)の如(ごと)き者(こと)両三番(りょうさんばん)にして、却(かえ)って才(ようや)く跳跳舞舞(ちょうちょうぶぶ=おどりはね)て園(その)の裡(うち)に到(いた)る。長老(ちょうろう)これを見、悲(かなしみ)の中(うち)より喜(よろこび)を作して言う、「猴児(さる)よ、想(おも)うに我の未(いま)だ命(いのち)を傷(そこな)われざるを見て、喜(よろこ)ぶことの処(ところ)無き所以(ゆえん)にして、故(ゆえ)にこの等(ごと)く跳舞(ちょうぶ=おどり)を作すならんか」と。行者才(ようや)く前(まえ)に至り、縄(なわ)を将(と)って解(と)き、師父を挽(たずさ)えてすなわち走(はし)らんとせしに、また対面(たいめん)の樹(き)の上に縛(いまし)められたる人(ひと)の叫るを聴(き)く、 「老爺(ろうや=御主人)よ、大(だい)慈悲(じひ)を捨(す)て垂(た)れ、我が一命(いちみょう)をも救(すく)い給え!」 と。長老(ちょうろう)身(み)を立(た)て定(さだ)め、叫(よ)んで言う、「悟空(ごくう)、あの人(ひと)をも彼を一解(ひととき)せよ」と。行者言う、「彼はこれ何たる人(ひと)か」と。長老言う、「彼は我より先(さき)に一日(いちじつ)拿(とら)え入(い)れらる。彼はこれ一箇の樵子(しょうし=木こり)にして、母親(ははおや)の年老(としお)いたる有りて、甚(はなは)だこれを思想(しそう=慕い)すと説(い)えり。倒(かえ)ってこれ一箇の尽孝(じんこう=孝を尽くす)の者(もの)なれば、一発(いっぺんに)彼をも連(つれだ)ってみな救(すく)い了(おわ)らん」と。 行者(ぎょうじゃ)言(げん)に依(よ)り、また縄索(じょうさく=縄)を解(と)き、一同(いちどう)に後門(こうもん)より帯(つ)れ出し、石崖(せきがい=岩の崖)を攀(よ)じ上(あ)がり、陡澗(とうかん=険しき谷)を過(よ)ぎる。長老(ちょうろう)謝(しゃ)して言う、「賢徒(けんと)よ、虧(か)りて汝彼と我との命を救(すく)えり!悟能(ごのう)・悟浄(ごじょう)はみないずこに在(あ)るか」と。行者言う、「彼ら二人(ふたり)みなかの処に在りて汝を哭きおるなり、汝彼らを一声(ひとこえ)叫(よ)ぶべし」と。長老果たして声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫る、「八戒(はっかい)!八戒!」と。かの呆子(あほう)、哭きて頭(あたま)昏(くら)く脳(のう)昏(くら)く、鼻涕(はなみず)と涙(なみだ)を揩(ぬぐ)いて言う、「沙和尚(さおしょう)よ、師父の家(いえ)に回(かえ)り来りて魂(たましい)を顕(あらわ)したもうか!いずこに在(あ)りて我らを叫(よ)ぶに非(あら)ざるは無きか」と。行者上前(すす)み出でて一声(ひとこえ)喝(しか)って言う、「夯貨(こうか=鈍物)め!何の魂(たましい)かを顕(あらわ)さん。これこれ師父の来れるに非(あら)ずや」と。かの沙僧(さそう)頭(こうべ)を抬(あ)げてこれを見、忙忙(いそぎ)として面前(めんぜん)に跪(ひざまず)きて言う、「師父よ、汝は幾許(いくばく)の苦(くるしみ)を受(う)けたもうか!兄(あに)はいかんしてか汝を救(すく)い来り得しや」と。行者、上項(じょうこう=以上の)の事(こと)を把って一一(いちいち)説(と)き了(おわ)る。八戒(はっかい)これを聞(き)き、牙(きば)を咬(か)み歯(は)を恨(うら)み、忍(しの)びえず釘鈀(ていは)を挙(あ)げてかの墳冢(ふんちょう=塚)を把って一頓(ひとしきり)に築(きず)き倒(たお)し、かの人的頭を掘(ほ)り出し、一頓(ひとしきり)に築(きず)いて稀爛(きらん=めちゃくちゃ)と做す。唐僧言う、「汝彼を築くは何の為(ため)ぞ」と。八戒言う、「師父よ、彼のいずくの家(いえ)の亡人(もうじん=死人)なるを知(し)らずして、我をして彼に向(むか)いて哭かしめたり!」と。長老言う、「虧(か)りて彼の我が命を救(すく)えり。汝ら兄弟(きょうだい)の彼(か)が門の上(ほとり)に打ち上(あ)がり、嚷(わめ)きて我を要(もと)めしに、想(おも)うに彼を拿り来りて搪塞(とうそく=ごまかし)に充(あ)てたるならん、然(しか)らずんばすなわち我をも殺(ころ)し了らん。なお彼を把って一一(ひとひと)埋(う)め、我ら出家人(しゅっけにん)の意(こころ)を見(しめ)さん」と。かの呆子(あほう)長老がこの言(げん)を聴き、遂(つい)に一包(ひとつつみ)の稀爛(きらん)の骨肉(こつにく)を埋(う)め下(おろ)し、また一箇の墳墓(ふんぼ)を劖(きず)き起(おこ)す。 行者却(かえ)って笑って言う、「師父よ、汝請(こ)う少(しばら)く坐(ざ)したまえ、我が剿除(そうじょ=掃討)し去(さ)りて来らんを等て」と。すなわちまた石崖(せきがい)を跳(おど)り下(お)り、澗(たに)を過(よ)ぎて洞(どう)に入り、かの唐僧と樵子(しょうし)とを縛(いまし)めし縄索(じょうさく)を把って中堂(ちゅうどう)に拿り入る。かの老妖(ろうよう)はなお睡(ねむ)りおれば、すなわち彼を手足(しゅそく)を縛(くく)り上(あ)げて捆(くく)り倒(たお)し、金箍棒(きんこぼう)を使(つか)いて掬(すく)い起(あ)げ、肩(かた)の上に握(にな)い、径(ただち)に後門(こうもん)より出(い)づ。猪八戒(ちょはっかい)遠(とお)くよりこれを望(なが)み見て言う、「兄(あに)は好くこの握頭(あくとう=担ぐ)の事(こと)を幹(や)るかな!また一箇(ひとつ)を尋(たず)ね来りて趁頭(ちんとう=つりあい)に挑(にな)わせば好からずや」と。行者跟前(そば)に到(いた)りて放下(おろ)せば、八戒釘鈀(ていは)を挙(あ)げてすなわち築く。行者言う、「且く住(とど)まれ!洞裡(どうり)になお小妖怪(しょうようかい)の未(いま)だ拿(とら)えざる有り」と。八戒言う、「兄(あに)よ、有らばすなわち我を帯(つ)れて進(い)り往きて彼を打たしめよ」と。行者言う、 「打たばまた工夫(くふう=手間)を費(ついや)さん、些(いささ)かの柴(たきぎ)を尋(たず)ねて、彼をして根(ね)を断(た)たしむるに若(し)かず」 と。かの樵子(しょうし)これを聞(き)き、すなわち八戒(はっかい)を引(ひ)きて東凹(とうおう=東の窪地)の裡に往き、些(いささ)かの破梢竹(はしょうちく=折れた竹)、敗葉松(はいようしょう=枯れ葉の松)、空心柳(くうしんりゅう=空洞の柳)、断根藤(だんこんとう=根切れの藤)、黄蒿(こうこう=よもぎ)、老荻(ろうてき=古き荻)、蘆葦(ろい=あし)、乾桑(かんそう=枯れ桑)を尋ね、若干(そこばく)を挑(にな)いて後門(こうもん)の裡に送(おく)り入る。行者火(ひ)を点(つ)け上(あ)げ、八戒両耳(りょうじ)にて風(かぜ)を扇(あお)ぎ起(おこ)す。かの大聖(たいせい)身(み)を将ちて跳(おど)り上(あ)がり、一抖(ひとふるい)して、瞌睡虫(かつすいちゅう=眠り虫)の毫毛(ごうもう)を収(おさ)む。かの些(いくにん)かの小妖の醒(さ)め来るに及(およ)んで、烟火(えんか)斉(ひと)しく着(つ)き、憐(あわ)れむべし!半箇(ひとり)も命を得(う)ることを想(おも)う莫かれ。洞府(どうふ)までも焼(や)きて精空(せいくう=からから)と做し、却(かえ)って回(かえ)りて師父に見(まみ)ゆ。師父、老妖(ろうよう)の方(まさ)に醒(さ)めて声(こえ)を喚(よばわ)るを聴き、すなわち叫(よ)んで言う、「徒弟(でし)よ、妖精(ようせい)醒(さ)めたり」と。八戒上前(すす)み出でて一鈀(ひとつ)に、老怪(ろうかい)を把って築き殺(ころ)せば、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)して、元来(もと)これ一箇の艾葉花皮豹子精(がいようかひひょうしせい=よもぎ葉の斑皮の豹の精)なり。行者言う、「花皮(かひ=斑の皮)は虎(とら)を食うことを会(え)し、如今(いま)また人に変(へん)ずることを会(え)せり。この頓(たび)打ち殺(ころ)して、才(はじ)めて後患(こうかん=後の患い)を絶(た)ち了んぬ!」と。長老(ちょうろう)謝(しゃ)することの尽(つ)くる無く、鞍(くら)に攀(よ)じて馬(うま)に上(のぼ)る。かの樵子(しょうし)言う、 「老爺(ろうや=御主人)よ、西南(せいなん)に向(む)かいて遠(とお)からず、すなわちこれ舎下(しゃか=私の家)なり。請(こ)う、老爺(ろうや)の舎(いえ)に到(いた)り、家母(かぼ=母)に見(まみ)えしめ、老爺(ろうや)が活命(かつめい=命を救う)の恩(おん)を叩謝(こうしゃ=感謝)し、老爺を送(おく)りて路(みち)に上(のぼ)らしめよ」 と。長老(ちょうろう)欣然(きんぜん)として、遂(つい)に馬(うま)に乗(の)らず、樵子(しょうし)と并(あわ)せて四衆(ししゅ)同行(どうぎょう)し、西南(せいなん)に向(むか)いて迤邐(いり=のろのろ)と前(すす)み来るに、多(おお)からぬ路(みち)にして、果たしてかのを見る、 石径(せっけい=石の小道)重(かさ)ねて苔癬(たいせん=こけ)を漫(おお)い、 柴門(さいもん=柴の門)篷(おお)いて藤花(とうか=藤の花)を絡(から)ます。 四面(しめん)の山光(さんこう)連接(れんせつ)し、 一林(いちりん)の鳥雀(ちょうじゃく=鳥)喧嘩(けんか=さえず)る。 密密(みつみつ)たる松篁(しょうこう=松と竹)翠(みどり)を交(まじ)え、 紛紛(ふんぷん)たる異卉奇葩(いききは=珍しき草花)。 地(ち)僻(へき)にして雲(くも)深(ふか)きの処、 竹籬(ちくり=竹の垣)茅舎(ぼうしゃ=かやぶき)の人家(じんか)。 と。 遠(とお)くに一箇の老嫗(ろうおう=老婆)の、柴扉(さいひ=柴の門)に倚(よ)り、眼泪汪汪(がんるいおうおう=涙あふれ)として、児天児地(じてんじち=子を呼び天を呼び)と痛哭(つうこく=嘆き哭く)を見る。この樵子(しょうし)これが彼(か)が母親(ははおや)なるを見、長老(ちょうろう)を捨(す)て、急忙忙(いそぎ)として先(ま)ず柴扉(さいひ)の前(まえ)に跑(はし)り到(いた)り、跪(ひざまず)き下(お)りて叫る、「母親(ははおや)よ!児(こ)来れり!」と。老嫗(ろうおう)一把(ひとつかみ)に抱(いだ)き住(とど)めて言う、「児(こ)よ!汝この幾日(いくにち)も家(いえ)に来らざるを、我ただ山主(さんしゅ=山の主)の汝を拿(とら)え往きて、性命(いのち)を害(そこな)い了んぬと説(い)えり、これ我が心疼(しんとう=胸の痛み)の忍(しの)び難(がた)きなり。汝既(すで)に害(そこな)われざりしならば、何を以(も)ってか今日(こんにち)才(ようや)く来れる。汝が縄担(じょうたん=縄と担い棒)・柯斧(かふ=斧)はみないずこに在(あ)るか」と。樵子(しょうし)頭(こうべ)を叩(う)って言う、「母親(ははおや)よ、児(こ)は已(すで)に山主(さんしゅ)に拿え往かれ、樹(き)の上に縛(いまし)められ、実(げ)に性命(いのち)を得(う)ること難(かた)かりしが、幸(さいわ)いにこの幾位(いくにん)かの老爺(ろうや)に虧(か)れり!この老爺(ろうや)はすなわちこれ東土唐朝(とうどとうちょう)より西天(せいてん)に往きて経(きょう)を取(と)るの羅漢(らかん)なり。かの老爺(ろうや)もまた山主(さんしゅ)に拿えられて樹(き)の上に縛(いまし)められ、彼(か)があの三位(さんい)の徒弟(でし)の老爺(ろうや)ら、神通(じんずう)広大(こうだい)にして、山主(さんしゅ)を一頓(ひとしきり)に打ち殺(ころ)し、却(かえ)ってこれ一箇の艾葉花皮豹子精(がいようかひひょうしせい)なり。概(すべて)の衆(しゅう)の小妖、俱(みな)尽(ことごと)く焼(や)き殺(ころ)し、却ってかの老老爺(ろうろうや=御老僧)を解(と)き下(おろ)して救(すく)い出し、孩児(がいじ=この子)に連(つれだ)ってまでみな解救(げきゅう)し出せり。これ誠(まこと)に天高地厚(てんこうちこう)の恩(おん)なり!彼らに非(あら)ずんば、孩児(がいじ)もまた死(し)して疑(うたがい)無からん。如今(いま)山上(さんじょう)太平(たいへい)にして、孩児(がいじ)の徹夜(てつや)に行(ある)くも、また事(こと)無きのみ」と。 かの老嫗(ろうおう)言(げん)を聴き、一步一拝(いっぽいっぱい)として、長老(ちょうろう)の四衆(ししゅ)を拝(おが)み接(むか)え、みな柴扉(さいひ)の茅舎(ぼうしゃ)の中(うち)に入りて坐下(ざげ)す。娘児(じょうじ=母子)二人(ふたり)頭(こうべ)を磕(う)って称謝(しょうしゃ=感謝)すること尽(つ)くる無く、慌慌忙忙(こうこうぼうぼう)として些(いささ)かの素斎(そさい=精進料理)を安排(あんばい=用意)して酬謝(しゅうしゃ=返礼)す。八戒言う、「樵哥(しょうか=木こりさん)よ、我、汝が府上(ふじょう=お宅)のまた寒薄(かんぱく=乏しき)なるを見れば、ただ将就(しょうじゅう=間に合わ)せて一飯(いっぱん)を可(よ)しとすべし、切(きっ)と心(こころ)を費(ついや)して大(おお)いに擺布(はいふ=設え)する莫かれ」と。樵子(しょうし)言う、「老爺(ろうや)に隠(かく)して申(もう)さず、我がこの山間(さんかん)は実(げ)にこれ寒薄(かんぱく)にして、何の香蕈(こうじん=しいたけ)、蘑菰(まこ=きのこ)、川椒(せんしょう=山椒)、大料(たいりょう=香辛料)も有(な)く、ただ幾品(いくしな)かの野菜(やさい)を奉献(ほうけん)して老爺(ろうや)に、権(かり)に寸心(すんしん=心ばかり)を表(あらわ)すのみ」と。八戒笑って言う、「聒噪(かっそう=お騒がせ)聒噪、放(はな)ちて些(いささ)か快(はや)くせよ、我らが腹中(ふくちゅう)飢(う)えたり」と。樵子(しょうし)言う、「就有(すぐに)!就有!」と。果たして多(おお)からぬ時(とき)に、桌凳(たくとう=机と腰掛)を展(の)べ抹(ふ)き、擺(なら)べ将ちて上げ来るに、果たしてこれ幾盤(いくさら)かの野菜(やさい)なり。ただ見よ、かの、 嫩(わか)きを焯(ゆ)でたる黄花菜(おうかさい=キンセンカの菜)、 酸(す)き虀(あえもの)の白鼓丁(はくこてい)。 浮薔(ふしょう=浮草)馬歯莧(ばしけん=スベリヒユ)、 江薺(こうせい=川のなずな)雁腸英(がんちょうえい)。 燕子不来香(えんしふらいこう)且(ま)た嫩(わか)く、 芽児拳(がじけん)小(ちい)さく脆(もろ)くしてまた青(あお)し。 爛(くたくた)に煮(に)たる馬藍頭(ばらんとう)、 白(しろ)く熝(あぶ)りたる狗脚迹(くきゃくせき=犬の足跡)。 猫耳朶(びょうじた=猫の耳)、野落蓽(やらくひつ)、 灰条(かいじょう=アカザ)熟爛(じゅくらん)として能(よ)く中(ちゅう)に吃(くら)われ、 剪刀股(せんとうこ)、牛塘利(ぎゅうとうり)、 倒灌窩螺(とうかんから)操帚薺(そうそうせい)。 砕米薺(さいべいせい)、萵菜薺(かさいせい)、 幾品(いくしな)か青香(せいこう)にしてまた滑膩(かつじ=なめらか)なり。 油(あぶら)に炒(い)りたる烏英花(うえいか)、 菱科(りょうか=ひし)甚(はなは)だ夸(ほ)むべき、 蒲根菜(ほこんさい)并(なら)びに茭児菜(こうじさい)、 四般(よんしな)水(みず)に近(ちか)くして実(げ)に清華(せいか=清らか)なり。 看麦娘(かんばくじょう)、嬌(きょう)にして且(ま)た佳(よ)し、 破破納(ははのう)、他(た)を穿(つらぬ)かず、 苦麻台(くまい)の下(した)藩籬架(はんりか=垣の棚)。 雀児綿単(じゃくじめんたん)、猢猻脚迹(こそんきゃくせき)、 油灼灼(ゆしゃくしゃく)と煎(い)り来ればただ好く吃(くら)わる。 斜蒿(しゃこう)青蒿(せいこう)抱娘蒿(ほうじょうこう)、 灯娥児(とうがじ)飛(と)び上がる板蕎蕎(ばんきょうきょう)。 羊耳禿(ようじとく)、枸杞頭(くことう)、 烏藍(うらん)を加(くわ)うるに油(あぶら)を用(もち)いず。 幾般(いくしな)かの野菜(やさい)一餐(ひとくい)の飯(めし)、 樵子(しょうし)の虔心(けんしん=真心)の謝酬(しゃしゅう=返礼)の為(ため)なり。 と。 師徒(してい)ら飽(あ)くまで餐(くら)うて一頓(ひとしきり)、收拾(しゅうしゅう)して起程(きてい)す。かの樵子(しょうし)敢(あ)えて久(ひさ)しく留(とど)めず、母親(ははおや)を請(しょう)じて出で来らしめ、再拝(さいはい)再謝(さいしゃ)す。樵子ただ頭(こうべ)を磕(う)つばかりにして、一条(ひとすじ)の棗木棍(そうぼくこん=ナツメの木の棒)を取(と)り、衣裙(いくん=衣)を結束(けっそく=整え)し、門を出でて相送(おくり)す。沙僧(さそう)馬(うま)を牽(ひ)き、八戒(はっかい)担(に)を挑(にな)い、行者左右(そうゆう)に緊(きつ)と随(したが)い、長老馬上(ばじょう)に在りて手(て)を拱(くみ)して言う、「樵哥(しょうか)よ、煩(わずら)わしくも先(ま)ず路(みち)を引(みちび)き、大路(たいろ)の上(ほとり)に到(いた)りて相別(あいわか)れん」と。一斉(いっせい)に高(たか)きに登(のぼ)り坂(さか)を下(くだ)り、澗(たに)を転(めぐ)り坡(つつみ)を尋ぬ。長老馬上(ばじょう)に在りて思量(しりょう=思い)て言う、 「徒弟(でし)よ! 主(しゅ)に別(わか)れて西域(せいいき)に来りしより、 迢迢(ちょうちょう=はるばる)として去路(きょろ)遥(はるか)なり。 水水山山(すいすいさんざん)災(わざわい)脱(のが)れず、 妖妖怪怪(ようようかいかい)命逃(のが)れ難(がた)し。 心心(しんしん)ただ三蔵(さんぞう)の経(きょう)の為(ため)にのみ、 念念(ねんねん)なお九霄(きゅうしょう=天)に上(のぼ)らんことを求(もと)む。 碌碌労労(ろくろくろうろう)何(いず)れの日(ひ)か了らん、 幾時(いつ)か行(ぎょう)満(み)ちて唐朝(とうちょう)に転(かえ)らん!」 と。樵子これを聞(き)きて言う、「老爺(ろうや)切(きっ)と憂思(ゆうし=思い煩い)すること莫かれ。この条(ひとすじ)の大路(たいろ)、西方(せいほう)に向(む)かいて千里(せんり)に満(み)たざれば、すなわちこれ天竺国(てんじくこく)極楽(ごくらく)の郷(さと)なり」と。長老これを聞(き)き、身(み)を翻(ひるがえ)して馬(うま)を下(お)りて言う、「遠(とお)くまでも渉(わた)り給(たま)うて労(ろう)有り。既(すで)に大路(たいろ)ならば、請(こ)う、樵哥(しょうか)の府(いえ)に回られよ。多多(よろしく)令堂(れいどう=母上)の老安人(ろうあんじん=御母堂)に拝(もう)し上げられよ。適間(さきほど)厚(あつ)く盛斎(せいさい=立派な斎)に擾(わずら)わせり。貧僧(ひんそう)何の相謝(そうしゃ=返礼)するも無きも、ただ朝夕(ちょうせき)に経(きょう)を誦(ず)し、汝ら母子(ぼし)の平安(へいあん)と百年(ひゃくねん)の長寿(ちょうじゅ)とを保佑(ほゆう=守り)せん」と。かの樵子喏喏(だくだく)として相辞(わか)れ、また本路(ほんろ=元の道)に回り、師徒(してい)遂(つい)に一直(ひたすら)に西(にし)に投(とう)ず。正(まさ)にこれ、 怪(かい)を降(くだ)し冤(えん)を解(と)きて苦厄(くやく)を離(はな)れ、 恩(おん)を受(う)けて路(みち)に上(のぼ)りて心(こころ)を用(もち)いて行(ゆ)く。 と。畢竟(ひっきょう)なお幾日(いくにち)有りて西天(せいてん)に到(いた)るを知(し)らず、且く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第八十七回 鳳仙郡(ほうせんぐん)天(てん)を冒(おか)して雨(あめ)を止(とど)められ 孫大聖(そんたいせい)善(ぜん)を勧(すす)めて霖(りん)を施(ほどこ)す 大道(だいどう)は幽深(ゆうしん=奥深く)、 如何(いか)にか消息(しょうそく=消息)をば、 説(い)い破(やぶ)れば鬼神(きしん)も驚駭(きょうがい=驚き恐る)。 宇宙(うちゅう)を挟(わきばさ)み蔵(ぞう)し、 玄光(げんこう)を剖判(ぼうはん=分かち判じ)、 真楽(しんらく)世間(せけん)に賽(くら)ぶる無(な)し。 霊鷲峰(りょうじゅほう)の前(まえ)、宝珠(ほうじゅ)の拈(ひね)り出(いだ)さるる、 明(あき)らかに五般(ごはん=五種)の光彩(こうさい)を映(うつ)す。 乾坤(けんこん)上下(じょうげ)の群生(ぐんしょう)を照(てら)し、 知(し)る者(もの)は寿(じゅ)を山海(さんかい)に同(おな)じくす。 さて三蔵(さんぞう)の師徒(してい)四衆(ししゅ)、樵子(しょうし)に別(わか)れて隠霧山(いんむざん)を下(くだ)り、大路(たいろ)の上(うえ)に奔(はし)り上(あ)がるを説(と)く。行(ゆ)き経(ふ)ること数日(すうじつ)にして、忽(たちま)ち一座(ひとつ)の城池(じょうち=城郭)の相近(ちか)づくを見(み)、三蔵(さんぞう)言う、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)あの前面(ぜんめん)の城池(じょうち)を看(み)よ、これ天竺国(てんじくこく)ならんか」と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を揺(ゆ)りて言う、「非(し)かず!非かず!如来(にょらい)の処(ところ)は極楽(ごくらく)と称(とな)うといえど、却(かえ)って城池(じょうち)有(あ)ること無(な)く、すなわちこれ一座(ひとつ)の大山(だいざん)にして、山中(さんちゅう)に楼台殿閣(ろうだいでんかく)有(あ)り、霊山大雷音寺(りょうざんだいらいおんじ)と喚(よ)ぶ。たとえ天竺国(てんじくこく)に到(いた)るとも、また如来(にょらい)の住処(じゅうしょ)に非(あら)ず、天竺国(てんじくこく)はなお霊山(りょうざん)を離(はな)るること幾許(いくばく)の路(みち)か有(あ)るを知(し)らざるなり。あの城(しろ)は想(おも)うに天竺(てんじく)の外郡(がいぐん=地方の郡)ならん、前辺(さき)に到(いた)りて方(はじ)めて明白(めいはく)を知(し)らん」と。 一時(いっとき)ならずして城外(じょうがい)に至(いた)り、三蔵(さんぞう)馬(うま)を下(お)り、三層(さんそう)の門(もん)の裡(うち)に入(い)り到(いた)れば、かの民事(みんじ=町のようす)の荒涼(こうりょう=寂れ)、街衢(がいく=街路)の冷落(れいらく=ひっそり)なるを見る。また市口(しこう=市場の入口)の間(あいだ)に到(いた)れば、許多(あまた)の青衣(せいい=青き衣)を穿(き)たる者(もの)の左右(そうゆう)に擺列(はいれつ=並び立つ)し、幾箇(いくにん)かの冠帯(かんたい=冠と帯)の者(もの)の房檐(ぼうえん=軒)の下(した)に立(た)つを見(み)る。彼(かれ)が四衆(ししゅ)街(まち)に順(したが)いて行走(ある)けば、かの些(いくにん)かの人(ひと)さらに遜避(そんぴ=譲り避く)せず。猪八戒(ちょはっかい)は村愚(そんぐ=野暮)にして、長嘴(ちょうし=長き嘴)を把(と)って一掬(ひとすく)いし、叫(よばわ)って言う、「路(みち)を譲(ゆず)れ!路を譲れ!」と。かの些(いくにん)かの人(ひと)猛(にわ)かに頭(こうべ)を抬(あ)げ、模様(かたち)を見(み)るや、箇箇(おのおの)骨(ほね)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れ、跌跌蹡蹡(てってきしょうしょう=よろめき)として、みな言う、「妖精(ようせい)来(きた)れり!妖精来れり!」と。唬(おどろ)かされたるかなかの檐下(えんか=軒下)の冠帯(かんたい)の者(もの)、戦戦兢兢(おののき)として身(み)を躬(かが)めて問うて言う、「いずかたより来(きた)れる者(もの)か」と。三蔵(さんぞう)彼(かれ)らの禍(わざわい)を闯(つ)け出(いだ)さんことを恐(おそ)れ、一力(いちりき)に当(あ)たりて先(さき)に衆(しゅう)に向(むか)いて言う、「貧僧(ひんそう)はすなわちこれ東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かか=御代)より天竺国(てんじくこく)大雷音寺(だいらいおんじ)の仏祖(ぶっそ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)めんとし来(きた)れる者(もの)なり。宝方(ほうほう=貴地)を路過(ろか)すれど、一(ひとつ)には地名(ちめい)を知(し)らず、二(ふたつ)には未(いま)だ人家(じんか)に落(らく=宿)らず、才(ようや)く城(しろ)に進(い)りて、甚(はなは)だ回避(かいひ=遠慮)を失(しっ)せり。望(のぞ)むらくは列公(れっこう=皆さま)の罪(つみ)を恕(ゆる)されたんことを」と。かの官人(かんじん)却(かえ)って才(ようや)く礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「此処(ここ)はすなわちこれ天竺(てんじく)の外郡(がいぐん)にして、地名(ちめい)を鳳仙郡(ほうせんぐん)と曰(い)う。連年(れんねん)乾旱(かんかん=日照り)して、郡侯(ぐんこう=郡の領主)我(われ)らをここに差(つかわ)して榜(ほう=触れ書き)を出(いだ)さしめ、法師(ほっし)を招(まね)き求(もと)めて雨(あめ)を祈(いの)り民(たみ)を救(すく)わしむるなり」と。行者(ぎょうじゃ)これを聞(き)きて言う、「汝(なんじ)らが榜文(ぼうぶん=触れ書き)はいずこに在(あ)る」と。衆官(しゅうかん)言う、「榜文(ぼうぶん)はここに在(あ)り、适間(さきほど)才(ようや)く廊檐(ろうけん=廊下の軒)を掃除(そうじ)せしが、未(いま)だ張(は)り掛(か)けず」と。行者言う、「拿(と)り来(きた)りて我(われ)に看看(みさ)せよ」と。衆官(しゅうかん)すなわち榜文(ぼうぶん)を将(も)ちて展開(てんかい)し、檐下(えんか)に掛(か)く。行者(ぎょうじゃ)の四衆(ししゅ)上前(すす)み出でて同(とも)に看(み)る。榜(ほう)の上(うえ)に写(うつ)して曰(いわ)く、 「大天竺国(だいてんじくこく)鳳仙郡(ほうせんぐん)郡侯(ぐんこう)上官(じょうかん)。 明師(めいし)を榜聘(ほうへい=招き聘)し、大法(たいほう)の事(こと)を招(まね)き求(もと)むるが為(ため)にす。 慈(いつく)しむに郡土(ぐんど)の寛弘(かんこう=広き)なる、軍民(ぐんみん)殷実(いんじつ=豊か)なるに因(よ)り、 連年(れんねん)亢旱(こうかん=大日照り)、累歳(るいさい)乾荒(かんこう=干魃)し、 民田(みんでん)菑(かれ)て軍地(ぐんち)薄(うす)く、河道(かどう)浅(あさ)くして溝澮(こうかい=用水路)空(むな)し。 井中(せいちゅう)に水(みず)無(な)く、泉底(せんてい)に津(しん=潤い)無し。 富室(ふしつ=富める家)は聊(いささ)か以(も)って全生(ぜんせい=命を全う)し、 窮民(きゅうみん=貧しき民)は以(も)って活命(かつめい)し難(がた)し。 斗粟(とぞく=一斗の粟)百金(ひゃくきん)の価(あたい)、束薪(そくしん=一束の薪)五両(ごりょう)の資(し)なり。 十歳(じっさい)の女(むすめ)米(こめ)三升(さんしょう)に易(か)え、 五歳(ごさい)の男(おのこ)人(ひと)に随(したが)いて帯(つ)れ去(さ)らる。 城中(じょうちゅう)は法(ほう)を懼(おそ)れて、衣(い)を典(いれ)し物(もの)を当(しち)にして以(も)って身(み)を存(そん)し、 郷下(ごうか=田舎)は公(こう)を欺(あざむ)き、打(う)ち劫(おど)し人(ひと)を食(くら)いて而(しか)して命(いのち)を顧(かえり)みる。 此(これ)の為(ため)に榜文(ぼうぶん)を出(いだ)し給(たま)い、仰望(ぎょうぼう=仰ぎ望む)らくは十方(じっぽう)の賢哲(けんてつ)、 祷雨(とうう=雨を祈り)して民(たみ)を救(すく)わんことを。恩(おん)は当(まさ)に重(おも)く報(むく)いん。 願(ねが)わくは千金(せんきん)を以(も)って奉謝(ほうしゃ)せんことを、決(けっ)して虚言(きょげん=嘘)ならず。 須(かなら)ず榜(ほう)に至(いた)る者なり」 と。 行者(ぎょうじゃ)看(み)了(おわ)り、衆官(しゅうかん)に向(むか)いて言う、「郡侯(ぐんこう)上官(じょうかん)とは何(なん)ぞや」と。衆官(しゅうかん)言う、「上官(じょうかん)はすなわちこれ姓(せい)なり、これ我(われ)が郡侯(ぐんこう)の姓(せい)なり」と。行者笑って言う、「この姓(せい)は却(かえ)って少(すくな)し」と。八戒言う、「兄(あに)は未(いま)だかつて書(しょ)を読(よ)まず、百家姓(ひゃっかせい)の後(のち)に一句(いっく)の『上官欧陽(じょうかんおうよう)』有(あ)り」と。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)ら、且(しばら)く閑講(かんこう=無駄話)するを休(や)めよ。孰(たれ)か雨(あめ)を求(もと)むることを会(え)して、彼(かれ)と一場(ひとしきり)の甘雨(かんう=恵みの雨)を求(もと)め、以(も)って民瘼(みんぼく=民の苦しみ)を済(すく)わば、これすなわち万善(ばんぜん)の事(こと)なり。もし会(え)ずんばすなわち行(ゆ)け、路(みち)を走(あゆ)むを誤(あやま)る莫(な)かれ」と。行者言う、「雨(あめ)を祈(いの)るに何(なん)の難(かた)き事(こと)か有(あ)らん!我(われ)が老孫(ろうそん)は江(こう)を翻(ひるがえ)し海(うみ)を攪(かきまわ)し、斗(と=北斗)を換(か)え星(ほし)を移(うつ)し、天(てん)を踢(け)り井(いど)を弄(もてあそ)び、霧(きり)を吐(は)き雲(くも)を噴(ふ)き、山(やま)を担(にな)い月(つき)を趕(お)い、雨(あめ)を喚(よ)び風(かぜ)を呼(よ)ぶ、那一件児(いずれ)かこれ幼年(ようねん)の耍子(あそび)の勾当(こうとう=しわざ)に非(あら)ざるは有(あ)らん!何(なん)をか稀罕(きかん=珍奇)と為(な)さん!」と。 衆官(しゅうかん)説(いう)を聴(き)き、両箇(ふたり)を着(つかわ)して急(いそ)ぎ郡中(ぐんちゅう)に往(ゆ)きて報(しら)せしめて言う、「老爺(ろうや=御前)、万千(ばんせん)の喜(よろこび)の至(いた)れるなり!」と。かの郡侯(ぐんこう)正(まさ)に香(こう)を焚(た)きて黙祝(もくしゅく=黙祷)しおるに、報声(ほうせい)の喜(よろこび)の至(いた)れるを聴(き)き、すなわち問うて言う、「何(なん)の喜(よろこび)か」と。かの官(かん)言う、「今日(こんにち)榜(ほう)を領(う)け、方(はじ)めて市口(しこう)に至(いた)りて張(は)り掛(か)けんとせしに、すなわち四箇(よたり)の和尚(おしょう)有り、東土大唐(とうどだいとう)より天竺国(てんじくこく)大雷音(だいらいおん)に差(つかわ)され仏(ほとけ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)むる者と称(とな)え、榜(ほう)を見(み)るやすなわち甘雨(かんう)を祈(いの)るを能(よ)くすと道(い)えり。特に来(きた)りて報(しら)せ知(し)らせんとす」と。かの郡侯(ぐんこう)すなわち衣(い)を整(ととの)えて步行(ほこう)し、轎馬(きょうば=駕籠と馬)の多人(たにん)を用(もち)いず、径(ただち)に市口(しこう)に至(いた)り、礼(れい)を以(も)って敦(あつ)く請(しょう)ず。忽(たちま)ち人(ひと)の報(しら)せて言う有り、「郡侯(ぐんこう)の老爺(ろうや)来(きた)れり」と。衆人(しゅうじん)闪(かわ)し過(よ)ぐれば、かの郡侯一(ひと)たび唐僧(とうそう)を見(み)るや、彼(か)が徒弟(でし)の醜悪(しゅうあく=醜き)なるを怕(おそ)れず、街心(がいしん=街のまん中)に当(あた)りて身(み)を倒(さかしま)にし下(お)りて拝(はい)して言う、「下官(かかん=私)はすなわちこれ鳳仙郡(ほうせんぐん)郡侯上官氏(じょうかんし)なり、熏沐(くんもく=身を清め)して老師(ろうし)を拝請(はいせい)し、雨(あめ)を祈(いの)りて民(たみ)を救(すく)わんことを。望(のぞ)むらくは師(し)の大(だい)慈悲(じひ)を捨(す)て垂(た)れ、神功(しんこう)を運(めぐ)らして抜済(ばっさい=救い助け)したまわんことを!」と。三蔵(さんぞう)礼(れい)に答(こた)えて言う、「此間(ここ)はこれ話(はなし)を講(こう)ずる処(ところ)に非(あら)ず、貧僧(ひんそう)のあの寺観(じかん=寺社)に到(いた)るを待(ま)ちて、却(かえ)って好(よ)く事(こと)を行(おこな)わん」と。郡侯言う、「老師(ろうし)同(とも)に小衙(しょうが=私の役所)に到(いた)られよ、自(おのずか)ら清浄(しょうじょう)の処(ところ)有り」と。師徒(してい)ら遂(つい)に馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、径(ただち)に府中(ふちゅう)に至り、一一(いちいち)相見(しょうけん=面会)す。郡侯すなわち茶(ちゃ)を看(み)せ斎(とき)を擺(なら)べしむ。少頃(しばらく)にして斎(とき)至るや、かの八戒(はっかい)量(りょう)を放(はな)ちて吞餐(どんさん=がつがつ食う)すること、餓虎(がこ=飢えた虎)の如(ごと)く、唬(おどろ)かされたるかなかの盤(ばん)を捧(ささ)ぐる者ら、心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)き、一往一来(いちおういちらい)に湯(ゆ)を添(そ)え飯(めし)を添(そ)え、すなわち走馬灯児(そうまとうじ=回り灯籠)の一般(ごと)く、剛剛(ちょうど)供(そな)え上(あ)ぐるが如(ごと)くにして、直(ただち)に飽満(ほうまん)を食(くら)いて方(はじ)めて休(や)む。斎(とき)畢(おわ)り、唐僧(とうそう)斎(とき)を謝(しゃ)し、却(かえ)って問うて言う、「郡侯大人(たいじん)、貴処(きしょ=お国元)の乾旱(かんかん)は幾時(いくとき)よりか」と。郡侯言う、 「敝地(へいち=私の地)は大邦(たいほう)天竺国(てんじくこく)、 鳳仙(ほうせん)の外郡(がいぐん)は吾(わ)が司牧(しぼく=治むるところ)。 一連(いちれん)三載(さんさい)乾荒(かんこう=干魃)に遇(あ)い、 草子(そうし=草の実)生(しょう)ぜず五穀(ごこく)絶(た)ゆ。 大小(だいしょう)の人家(じんか)売買(ばいばい)難(かた)く、 十門九戸(じゅうもんきゅうこ)俱(みな)啼哭(ていこく=泣き叫ぶ)。 三停(さんてい=三割)は餓(う)え死(し)して二停(にてい)の人(ひと)、 一停(いってい)はなお風中(ふうちゅう)の燭(ともしび)に似(に)たり。 下官(かかん)榜(ほう)を出(いだ)して遍(あまね)く賢(けん)を求めしに、 幸(さいわ)いに真僧(しんそう)の我(わ)が国(くに)に来るに遇(あ)えり。 もし寸雨(すんう=わずかの雨)を施(ほどこ)して黎民(れいみん=民)を済(すく)わば、 願(ねが)わくは千金(せんきん)を奉(たてまつ)りて厚徳(こうとく)を酬(むく)いん!」 と。行者(ぎょうじゃ)これを聞(き)き、満面(まんめん)に喜(よろこび)を生(しょう)じ、呵呵(かか)として笑って言う、 「説(い)う莫(な)かれ!説う莫かれ!もし千金(せんきん)を以って謝(しゃ)すると説(い)わば、半点(はんてん)の甘雨(かんう)も全(まった)く無(な)からん。ただ積功累徳(せきこうるいとく=徳を積む)を論(ろん)ぜば、老孫(ろうそん)汝(なんじ)に一場(ひとしきり)の大雨(たいう)を送(おく)らん」と。 かの郡侯は元来(もと)十分(じゅうぶん)に清正(せいせい=清廉)にして賢良(けんりょう)、民(たみ)を愛(あい)するの心(こころ)重(おも)ければ、すなわち行者(ぎょうじゃ)を請(しょう)じて上坐(じょうざ)せしめ、頭(こうべ)を低(た)れて下拝(げはい)して言う、「老師(ろうし)果たして慈悲(じひ)を捨(す)て垂(た)れたまわば、下官(かかん=私)必(かなら)ず敢(あ)えて徳(とく)に悖(もと)らず」と。 行者言う、「且(しばら)く話(はなし)を講(こう)ずる莫(な)かれ、請(こ)う起(た)て。ただ煩(わずら)わしくも汝(なんじ)好(よ)く生(よく)我(われ)が師父(しふ)を看(みまも)りたまえ、老孫(ろうそん)の事(こと)を行(おこな)わんを等(ま)て」と。沙僧(さそう)言う、「兄(あに)よ、いかんが事(こと)を行(おこな)うか」と。行者言う、「汝(なんじ)と八戒(はっかい)過(わた)り来(こ)よ、すなわち彼(か)がこの堂下(どうか)に在りて我(われ)に随(したが)いて一箇の羽翼(うよく=翼)と做(な)り、老孫(ろうそん)の龍(りゅう)を喚(よ)び来りて雨を行(おこな)わんを等(ま)て」と。八戒・沙僧(さそう)謹(つつし)んで使令(しれい=命)に依(よ)り、三人(さんにん)みな堂下(どうか)に在(あ)り、郡侯香(こう)を焚(た)きて礼拝(らいはい)し、三蔵坐(ざ)して経(きょう)を念(ねん)ず。 行者真言(しんごん)を念(ねん)じ動(どう)じ、呪語(じゅご)を誦(ず)し動(どう)ずれば、即時(そくじ)に正東(せいとう=真東)の上(うえ)に、一朶(ひとひら)の烏雲(ううん=黒雲)の、漸漸(ぜんぜん)と堂前(どうぜん)に落(お)ち至るを見(み)る。すなわちこれ東海(とうかい)の老龍王(ろうりゅうおう)敖広(ごうこう)なり。かの敖広(ごうこう)雲脚(うんきゃく=雲の足)を収(おさ)め、人形(ひとがた)に化(け)し、走(すす)み前(まえ)に向(むか)い、行者に向(むか)いて身(み)を躬(かが)め礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「大聖(たいせい)の小龍(しょうりゅう)を喚(よ)びたもう、いずかたに使用(しよう)あらんか」と。行者言う、「請(こ)う起(た)て、汝(なんじ)の遠(とお)く来るを累(わずらわ)せり。別(べつ)に何(なん)の事も無し。此間(ここ)はすなわちこれ鳳仙郡(ほうせんぐん)、連年(れんねん)乾旱(かんかん=日照り)なれば、汝に問う、いかんしてか来りて雨を下(くだ)さざる」と。老龍(ろうりゅう)言う、「啓(もう)し上(あ)ぐ、大聖(たいせい)に知(し)らしめん。我能(よ)く雨を行(おこな)うといえど、すなわち上天(じょうてん)の遣(つかわ)し用(もち)うるの輩(やから)なり。上天(じょうてん)差(つかわ)さずんば、豈(あ)に敢(あ)えて擅(ほしいまま)にこの処(ところ)に来りて雨を行(おこな)わんや」と。行者言う、「我この方(ほう)を路過(ろか)するに因(よ)り、久(ひさ)しき旱(ひでり)に民(たみ)の苦(くるし)むを見、特に汝をしてこの処(ところ)に来りて雨を施(ほどこ)し済(すく)わしむるに、いかんしてか推托(すいかく=言い逃れ)するか」と。龍王(りゅうおう)言う、「豈(あ)に推托(すいかく)を敢(あ)えせんや。ただ大聖(たいせい)の真言(しんごん)を念(ねん)じて呼喚(こかん)したもうに、敢(あ)えて来らざること無(な)し。一(ひとつ)には未(いま)だ上天(じょうてん)の御旨(ぎょし)を奉(ほう)ぜず、二(ふたつ)には未(いま)だかつて雨を行うの神将(しんしょう)を帯(お)び来らず、いかんしてか雨部(うぶ=雨の部署)を動(うご)かし得(え)ん。大聖(たいせい)既(すで)に抜済(ばっさい=救済)の心(こころ)有らば、小龍(しょうりゅう)の海(うみ)に回(かえ)りて兵(へい)を点(てん=召集)するを容(ゆる)し、煩(わずら)わしくも大聖(たいせい)の天宮(てんぐう)に到りて奏(そう)して准(ゆる)され、一道(ひとすじ)の降雨(こうう)の聖旨(せいじ=勅旨)を請(こ)い、水官(すいかん)をして龍(りゅう)を放(はな)たしめたまわば、我却(かえ)って好(よ)く旨意(しい)の数目(すうぼく=数量)に照(て)らして雨を下(くだ)さん」と。行者彼(かれ)の理(ことわり)を説(い)い出(いだ)すを見、ただ老龍(ろうりゅう)を発放(はっぽう=帰し)して海(うみ)に回(かえ)さしむるを得(う)。彼(かれ)すなわち罡斗(こうと=星の座)を跳(と)び出(い)で、唐僧(とうそう)に向(むか)いて龍王(りゅうおう)の事を備(つぶさ)に言(い)う。唐僧(とうそう)言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、汝往(ゆ)きてこれを為(な)せ、切(きっ)と誑語(おうご=嘘)を打(う)つ莫(な)かれ」と。行者すなわち八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に吩咐(いいつけ)て言う、「師父(しふ)を保(たも)ち護(まも)れ、我天宮(てんぐう)に上(のぼ)り往(ゆ)かん」と。好(よ)き大聖(たいせい)かな、去(ゆ)くと一声(ひとこえ)説(い)うや、寂然(せきぜん)として見えず。かの郡侯胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)きて言う、「孫老爺(そんろうや)はいずこへか往(ゆ)きし」と。八戒笑って言う、「雲(くも)に駕(が)して天(てん)に上(のぼ)り往(ゆ)きしなり」と。郡侯十分(じゅうぶん)に恭敬(きょうけい)し、飛報(ひほう=早馬)を伝(つた)え出し、満城(まんじょう)の大街(だいがい)小巷(しょうこう)を教(おし)えて、公卿(こうけい)士庶(ししょ)・軍民(ぐんみん)の人等(ひとびと)を拘(かかわ)らず、家家(いえいえ)に龍王(りゅうおう)の牌位(はい=位牌)を供養(くよう)し、門(もん)に清水(せいすい)の缸(かめ)を設(もう)け、缸(かめ)に楊柳枝(ようりゅうし)を插(さ)し、香火(こうか=線香)を侍奉(じほう)し、天(てん)を拝(おが)ます。これを題(だい)せず。 さて行者一路(いちろ)の觔斗雲(きんとうん)、径(ただち)に西天門(せいてんもん)の外(そと)に到れば、早(はや)くも護国天王(ごこくてんのう)の天丁(てんてい)・力士(りきし)を引(ひ)きて上前(すす)み出でて迎接(げいせつ)して言う、「大聖、経(きょう)を取(と)るの事は完(おわ)れるか」と。行者言う、「また差(ちが)うこと遠(とお)からず。今(いま)天竺国界(さかい)に行(ゆ)き至るに、一箇の外郡(がいぐん)有り、名(な)を鳳仙郡(ほうせんぐん)と曰(い)う。彼処(かのところ)三年(さんねん)雨降(ふ)らず、民(たみ)甚(はなは)だ艱苦(かんく=苦しむ)す。老孫(ろうそん)雨を祈(いの)りて拯救(きゅうじょう=救い)せんと欲(ほっ)し、龍王(りゅうおう)を呼(よ)び得(え)て彼(かれ)に到らしむるに、彼旨(むね)無(な)しと道(い)いて、敢(あ)えて私(わたくし)にこれを為(な)さず、特に来りて玉帝(ぎょくてい)に朝見(ちょうけん)し旨(むね)を請(こ)わんとす」と。天王(てんのう)言う、「かの壁廂(へきしょう=あちら)は敢(あ)えて雨の下(くだ)るべきに非(あら)ざるならん。我向(さき)に聞(き)き得(え)て説(い)えるは、かの郡侯撒潑(さっぱつ=暴れ)して天地(てんち)を冒犯(ぼうはん=犯し)し、上帝(じょうてい)罪(つみ)を見(あらわ)し、米山(べいざん=米の山)・麺山(めんざん=麦粉の山)・黄金大鎖(おうごんだいさ=金の大錠)を立(た)て、直(ただ)ちにこの三事(さんじ)の倒断(とうだん=決着)を等(ま)ちて、才(はじ)めて雨の下(くだ)るべきなりと」と。行者この意(こころ)の何(なん)たるを知らず、玉帝(ぎょくてい)に見(まみ)えんと要(もと)む。天王(てんのう)敢えて攔阻(らんそ=引き留め)せず、彼をして進(い)らしめ、径(ただち)に通明殿(つうめいでん)の外(そと)に至れば、また四大天師(しだいてんし)の迎(むか)えて言う、「大聖この処(ところ)に到るは何の干(かかわり)か有る」と。行者言う、「唐僧(とうそう)を保(たも)つに因(よ)り、路(みち)天竺国界(さかい)に至るに、鳳仙郡に雨無く、郡侯師(し)を召(め)して雨を祈(いの)らしむ。老孫(ろうそん)龍王(りゅうおう)を呼(よ)び得(え)て、意(こころ)に雨を降(くだ)らしめんと命(めい)ぜしに、彼未(いま)だ玉帝(ぎょくてい)の旨意(しい)を奉(ほう)ぜず、敢えて擅(ほしいまま)に行(おこ)なわずと説えり。特に来りて旨(むね)を求め、以って民の困(くるしみ)を蘇(よみがえ)らさんとす」と。四大天師(しだいてんし)言う、「あの方(ほう)は雨の下(くだ)るべきに非(あら)ず」と。行者笑って言う、「該(あた)ると該(あた)らざると、煩(わずら)わしくも引奏(いんそう=取次ぎ)し引奏(いんそう)して、老孫が人情(にんじょう=顔)のいかんを看(み)られよ」と。葛仙翁(かつせんおう)言う、「俗語(ぞくご)に云(いわ)く、『蠅(はえ)の網児(あみ)を包(つつ)む、好(よ)き大(だい)の面皮(めんぴ=面の皮)かな!』と」と。許旌陽(きょせいよう)言う、「乱談(らんだん=でたらめ)する莫(な)かれ、且(しばら)くただ彼を帯(つ)れて進(い)れ」と。邱洪済(きゅうこうさい)・張道陵(ちょうどうりょう)と葛(かつ)・許(きょ)の四真人(ししんじん)、霊霄殿(りょうしょうでん)の下(もと)に引(みちび)き至り、啓奏(けいそう)して言う、「万歳(ばんぜい)、孫悟空(そんごくう)の路(みち)天竺国鳳仙郡に至り、雨を求めんと欲(ほっ)し、特に来りて旨(むね)を請(こ)う有り」と。玉帝(ぎょくてい)言う、「かの厮(やつ)め、三年前(さんねんぜん)の十二月二十五日(じゅうにがつにじゅうごにち)、朕(ちん)出(い)でて行(み)ゆき万天(ばんてん=諸天)を監観(かんかん=見回り)、三界(さんがい)に浮游(ふゆう=巡り)し、駕(が)を彼(か)の方(ほう)に至らしめしに、かの上官正(じょうかんせい)の不仁(ふじん=無慈悲)にして、斎天(さいてん=天に供うる)の素供(そぐ=精進の供物)を将(も)ちて推(お)し倒(たお)し狗(いぬ)に喂(く)わせ、口(くち)に穢言(わいげん=汚い言葉)を出し、冒犯(ぼうはん)の罪(つみ)を造(な)せるを見たり。朕(ちん)すなわち三事(さんじ)を立(た)てて、披香殿(ひこうでん)の内(うち)に在(あ)らしむ。汝ら孫悟空(そんごくう)を引(みちび)きて往(ゆ)きて看(み)よ、もし三事(さんじ)倒断(とうだん)せば、すなわち旨(むね)を降(くだ)して彼に与(あた)えん。もし倒断(とうだん)せずんば、且(しばら)く閑事(かんじ=余計な事)を管(かん)するを休(や)めよ」と。 四天師(してんし)すなわち行者を引(みちび)きて披香殿(ひこうでん)の裡(うち)に至りて看る時(おり)、一座(ひとつ)の米山(べいざん=米の山)の、約(およ)そ十丈(じゅうじょう)の高下(たかさ)有るを見、一座(ひとつ)の麺山(めんざん=麦粉の山)の、約(およ)そ二十丈(にじゅうじょう)の高下(たかさ)有るを見る。米山(べいざん)の辺(ほとり)に一隻(ひとわ)の拳大(けんだい=拳ほど)の鶏(にわとり)有り、かの処に在りて一嘴(ひとくち)を緊(きつ)くし一嘴(ひとくち)を慢(ゆる)くして、かの米(こめ)を嗛(ついば)みて食(くら)う。麺山(めんざん)の辺(ほとり)に一隻(ひとわ)の金毛(きんもう)の哈巴狗児(はっぱくじ=狆)有り、かの処に在りて一舌(ひとね)を長(なが)くし一舌(ひとね)を短(みじか)くして、かの麺(こな)を餂(な)めて食(くら)う。左辺(さへん)に一箇の鉄架子(てつかし=鉄の枠)を懸(か)け、架(か)の上(うえ)に一把(ひとつ)の金鎖(きんさ=金の錠)を掛(か)け、約(およ)そ一尺三四寸(いっしゃくさんよんすん)の長短(ながさ)有り、鎖梃(さてい=錠の棒)は指頭(ゆび)の粗細(ふとさ)有り、下面(した)に一盞(ひとつ)の明灯(めいとう)有り、灯焔児(とうえんじ=炎)のかの鎖梃(さてい)を燎(あぶ)りおる。行者その意(こころ)を知らず、首(こうべ)を回(めぐ)らして天師(てんし)に問うて曰(いわ)く、「これ何の意(こころ)ぞや」と。天師(てんし)言う、「かの厮(やつ)め上天(じょうてん)を触犯(しょくはん=犯し)せしに、玉帝(ぎょくてい)この三事(さんじ)を立(た)て、直(ただ)ちに鶏(にわとり)の米(こめ)を嗛(ついば)み尽(つく)し、狗(いぬ)の麺(こな)を餂(な)め尽(つく)し、灯焔(とうえん)の鎖梃(さてい)を燎(あぶ)り断(た)たんを等(ま)ちて、かの時(とき)に方(はじ)めて雨の下るべきなり」と。 行者これを聞(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)きて色(いろ)を失(うしな)い、再(ふたた)び敢えて啓奏(けいそう)せず、殿(でん)を走(い)で出(い)で、満面(まんめん)に羞(はじ)を含(ふく)む。四大天師(しだいてんし)笑って言う、「大聖必(かなら)ずしも煩悩(はんのう=悩む)するを要(よう)せず、この事はただ善(ぜん)を作(な)すべきに宜(よろ)しくして解(と)くべし。もし一念(いちねん)の善慈(ぜんじ=慈悲)有らば、上天(じょうてん)を驚動(きょうどう)し、かの米山(べいざん)・麺山(めんざん)即時(そくじ)に就(すなわ)ち倒(たお)れ、鎖梃(さてい)即時に就(すなわ)ち断(た)たん。汝往きて彼を勧(すす)めて善(ぜん)に帰(き)せしめよ、福(ふく)は自(おのずか)ら来らん」と。行者言(げん)に依(よ)り、霊霄(りょうしょう)に上(のぼ)りて玉帝(ぎょくてい)に辞(じ)せず、径(ただち)に来って下界(げかい)に復(かえ)り凡夫(ぼんぷ)と為(な)る。須臾(しばらく)にして西天門(せいてんもん)に到れば、また護国天王(ごこくてんのう)に見(まみ)ゆ。天王(てんのう)言う、「旨(むね)を請(こ)うはいかん」と。行者米山(べいざん)・麺山(めんざん)・金鎖(きんさ)の事を把(と)って一一(いちいち)説(と)き了(おわ)り、言う、「果たして汝が言(げん)に依(よ)り、旨を伝(つた)うるを肯(がえん)ぜず。适間(さきほど)天師(てんし)我を送(おく)りて、かの厮(やつ)を勧(すす)めて善(ぜん)に帰(き)せしめよと教(おし)えたり、すなわちこれ福(ふく)の原(もと)なり」と。遂(つい)に相別(あいわか)れ、雲(くも)を降(おろ)して下界(げかい)に下る。 かの郡侯三蔵・八戒(はっかい)・沙僧(さそう)・大小(だいしょう)の官員(かんいん)人等(じんとう)と同(とも)に接(むか)え、みな簇簇(ぞくぞく=むらがり)として集(つど)い来りて問(と)う。行者郡侯を把(と)って一声(ひとこえ)喝(しか)って言う、「ただ汝この厮(やつ)めが三年前(さんねんぜん)十二月二十五日(じゅうにがつにじゅうごにち)に天地(てんち)を冒犯(ぼうはん)せしに因(よ)り、致(いた)して黎民(れいみん)に難(なん)有らしめ、如今(いま)雨を降(くだ)すことを肯(がえん)ぜざるなり!」と。郡侯慌(あわ)てて地(ち)に跪(ひざまず)き伏(ふ)して言う、「老師(ろうし)いかんしてか三年前(さんねんぜん)の事を知りたもう」と。行者言う、「汝かの斎天(さいてん=天に供うる)の素供(そぐ)を把(と)って、いかんして推(お)し倒(たお)して狗(いぬ)に喂(く)わせしか。可(べ)し実実(ありのまま)に説(と)き来れ!」と。かの郡侯敢えて隠(かく)し瞞(あざむ)かず、曰(いわ)く、 「三年前(さんねんぜん)の十二月二十五日(じゅうにがつにじゅうごにち)、供(く)を献(けん)じて天(てん)を斎(いわ)いしに、本衙(ほんが=私の役所)の内(うち)に在(あ)りしが、妻(つま)の不賢(ふけん=愚か)なるに因(よ)り、悪言(あくげん)を以って相闘(あいたたか)い、一時(いっとき)に怒(いかり)を発(はっ)して無知(むち)なりしにより、供卓(くたく=供え台)を推(お)し倒(たお)し、素饌(そせん=精進料理)を潑(こぼ)し、果たして狗(いぬ)を喚(よ)び来りて食(くら)わせたり。この両年(りょうねん)憶念(おくねん=思い)して心(こころ)に在(あ)り、神思(しんし=心)恍惚(こうこつ=ぼんやり)として、以って釈(と)き解(と)くべき処無く、上天(じょうてん)の罪(つみ)を見(あらわ)して黎民(れいみん)に遺害(いはい=害を残す)せるを知らざりき。今(いま)老師(ろうし)の降臨(こうりん)するに遇(あ)う、万(よろず)望(のぞ)むらくは明(あきら)かに示(しめ)したまえ、上界(じょうかい)はいかんが様(さま)に計較(けいこう=処置)するかを」 と。行者言う、「かの一日(いちじつ)は正(まさ)にこれ玉皇(ぎょくこう)の下界(げかい)の日(ひ)なりしに、汝が斎供(さいく)を将(も)ちて狗(いぬ)に喂(く)わせ、また口(くち)に穢言(わいげん=汚言)を出すを見て、玉帝すなわち三事(さんじ)を立(た)てて汝を記(き)したもう」と。八戒(はっかい)問うて言う、「兄(あに)よ、これいずれの三事(さんじ)ぞ」と。行者言う、「披香殿(ひこうでん)に一座(ひとつ)の米山(べいざん)を立(た)て、約(およ)そ十丈(じゅうじょう)の高下(たかさ)有り。一座(ひとつ)の麺山(めんざん=麦粉の山)を立て、約(およ)そ二十丈(にじゅうじょう)の高下(たかさ)有り。米山(べいざん)の辺(ほとり)に拳大(けんだい)の一一隻(ひとわ)の小鶏(しょうけい=ひよこ)有り、かの処に在りて一嘴(ひとくち)を緊(きつ)くし一嘴(ひとくち)を慢(ゆる)くして、かの米(こめ)を嗛(ついば)みて食(くら)う。麺山(めんざん)の辺(ほとり)に一箇(ひとつ)の金毛(きんもう)哈巴狗児(はっぱくじ=狆)有り、かの処に在りて一舌(ひとね)を長(なが)くし一舌(ひとね)を短(みじか)くして、かの麺(こな)を餂(な)めて食う。左辺(さへん)にまた一座の鉄架子(てつかし=鉄の枠)有り、架(か)の上(うえ)に一把(ひとつ)の黄金(おうごん)の大鎖(だいさ=大錠)を掛(か)け、鎖梃児(さていじ=錠の棒)は指頭(ゆび)の粗細(ふとさ)有り、下面(した)に一盞(ひとつ)の明灯(めいとう)有り、灯焔児(とうえんじ=炎)のかの鎖梃(さてい)を燎(あぶ)りおる。直(ただ)ちにかの鶏(にわとり)の米(こめ)を嗛(ついば)み尽(つく)し、狗(いぬ)の麺(こな)を餂(な)め尽(つく)し、灯(ひ)の鎖梃(さてい)を燎(あぶ)り断(た)たんを等(ま)ちて、彼(か)がここに方(はじ)めて雨の下るべきなり」と。 八戒(はっかい)笑って言う、「打緊(だいじ)ならず!打緊ならず!兄(あに)の我を帯(つ)れて往き給(たま)うを肯(がえん)ぜば、法身(ほっしん=化身)を変(へん)じ出し、一頓(ひとしきり)に彼(か)が米(こめ)と麺(こな)を把(と)ってみな食い尽(つく)し、鎖梃(さてい)を弄(もてあそ)びて断(た)たば、管(かなら)ず雨の下るを取(と)らん」と。行者言う、「呆子(あほう)よ胡(みだ)りに説う莫(な)かれ!これすなわち上天の設(もう)けたる計(けい)なり、汝いかんでか見るを得(え)ん」と。三蔵言う、「この等(ごと)く説わば、いかんが生(しょう)ずる是好(よ)からん」と。行者言う、「難(かた)からず!難からず!我臨行(りんこう=出立)の時(おり)、四天師(してんし)かつて我に向(むか)いて言(い)えり、ただただ善(ぜん)を作(な)すべくして解(と)くべしと」と。かの郡侯地(ち)に拝(はい)し伏(ふ)し、哀(あい)しく告(もう)して言う、「ただ老師(ろうし)の指教(しきょう=お教え)に凭(よ)らん、下官(かかん=私)一一(いちいち)皈依(きえ)せん」と。行者言う、「汝もし心(こころ)を回(めぐ)らして善(ぜん)に向わば、早(はや)きに趁(じゅん)じて仏(ほとけ)を念(ねん)じ経(きょう)を看よ、我また替(かわ)りて汝の為(ため)に作為(さい=働き)せん。汝もしなお前(さき)の如(ごと)く改(あらた)めずんば、我また釈(と)き解(と)くを得(え)ず、久(ひさ)しからずして天(てん)すなわちこれを誅(ちゅう=罰し)し、性命(いのち)保(たも)つを得ざらん」と。かの郡侯頭(こうべ)を磕(う)ち礼拝(らいはい)し、誓(ちか)いて皈依(きえ)を願(ねが)う。当時(そのとき)本処(ほんしょ)の僧道(そうどう=僧と道士)を召(め)し請(しょう)じ、道場(どうじょう)を啓建(けいこん=開き)し、各各(おのおの)文書(ぶんしょ)を写(うつ)し発(はっ)し、三天(さんてん)に申奏(しんそう=奉る)。郡侯衆(しゅう)を領(ひき)いて香(こう)を拈(ひね)り瞻拝(せんぱい=仰ぎ拝)し、天に答(こた)え地(ち)を謝(しゃ)し、罪(つみ)を引(ひ)きて自(みずか)ら責(せ)む。三蔵もまた彼と経(きょう)を念(ねん)ず。一壁廂(いっぺきしょう=一方)にまた飛報(ひほう=触れ)を出し、城裡(じょうり)城外(じょうがい)の大家(たいか)小戸(しょうこ)を教(おし)え、男女(だんじょ)の人等(ひとびと)を論(ろん)ぜず、みな香(こう)を焼(た)き仏(ほとけ)を念(ねん)ずべきことを要(よう)す。この時(とき)自(よ)り、一片(ひとひら)の善声(ぜんせい=善の声)の耳(みみ)に盈(み)つ。行者却って才(ようや)く歓喜(かんぎ)し、八戒・沙僧(さそう)に向いて言う、「汝ら二人(ふたり)好(よ)く生(よく)師父(しふ)を護持(ごじ=守り)せよ、老孫のまた彼と去(ゆ)き去(ゆ)きて来らんを等(ま)て」と。八戒言う、「兄(あに)よ、またいずこへか往く」と。行者言う、「この郡侯老孫が言(げん)を聴(き)き信(しん)じて、果たして教(おしえ)を受(う)け、恭敬(きょうけい)善慈(ぜんじ)にして、誠心(せいしん)に仏(ほとけ)を念ず。我この去(ゆ)きてまた玉帝に奏(そう)し、些(いささ)かの雨を求め来らん」と。沙僧(さそう)言う、「兄(あに)既(すで)に往かんと要(もと)むれば、必(かなら)ずしも遅疑(ちぎ=ためらう)するを要(よう)せず、且(しばら)く我らの行路(こうろ=道行き)を耽擱(たんかく=遅延)するも、必(かなら)ず一壇(ひとそなえ)の雨を求め、庶(こいねが)わくは我らの正果(しょうか=悟り)を成(な)さん」と。 好き大聖かな、また雲頭(うんとう)を縦(はな)ち、直(ただち)に天門(てんもん)の外(そと)に至れば、また護国天王(ごこくてんのう)に遇(あ)う。天王(てんのう)言う、「汝今(いま)また来りて何をか做(な)す」と。行者言う、「かの郡侯已(すで)に善に帰(き)せり」と。天王(てんのう)また喜(よろこ)ぶ。 正(まさ)に説う処に、早(はや)くも直符使者(ちょくふししゃ)の、道家(どうか)の文書(ぶんしょ)・僧家(そうか)の関牒(かんちょう=証文)を捧(ささ)げ定(さだ)め、天門(てんもん)の外(そと)に到りて伝遞(でんてい=伝達)するを見る。かの符使(ふし)行者を見、礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「この意(こころ)はすなわちこれ大聖の善を勧(すす)むるの功(こう)なり」と。行者言う、「汝この文牒(ぶんちょう)を将(も)ちていずこへか送(おく)り往く」と。符使(ふし)言う、「直(ただち)に通明殿(つうめいでん)の上(うえ)に送(おく)り至り、天師(てんし)に与(あた)えて玉皇大天尊(ぎょくこうだいてんそん)の前(まえ)に伝(つた)え遞(わた)さん」と。行者言う、「此(かく)の如(ごと)くならば、汝先(ま)ず行(ゆ)け、我当(まさ)に随(したが)いて而(しか)して後(のち)に去(ゆ)かん」と。かの符使(ふし)天門(てんもん)に入(い)りて往き了(おわ)んぬ。護国天王(ごこくてんのう)言う、「大聖、玉帝に見(まみ)ゆるを消(よう)せず。汝ただ九天応元府(きゅうてんおうげんぷ)の下(もと)に往き、些(いささ)かの雷神(らいじん)を借(か)り、径(ただち)に自(みずか)ら雷(かみなり)を声(こわだか)にし電(いなずま)を掣(ひ)かば、還(かえ)ってすなわち雨の下る有らん」と。真箇(まこと)に行者言(げん)に依(よ)り、天門(てんもん)の裡(うち)に入(い)り、霊霄殿(りょうしょうでん)に上(のぼ)りて旨意(しい)を求め請わず、雲步(うんぽ=雲の歩み)を転(てん)じ、径に九天応元府(きゅうてんおうげんぷ)に往く。かの雷門使者(らいもんししゃ)・糾録典者(きゅうろくてんじゃ)・廉訪典者(れんぼうてんじゃ)のみな来り迎(むか)え、礼(れい)を施して言う、「大聖いずこよりか来る」と。行者言う、「事有りて天尊(てんそん)に見(まみ)えんと要(もと)む」と。三使者(さんししゃ)すなわち為(ため)に伝奏(でんそう)す。天尊(てんそん)随(したが)って九鳳丹霞(きゅうほうたんか)の扆(い=屏風)を下(お)り、衣(い)を整(ととの)えて出(い)でて迎(むか)う。相見(しょうけん)して礼畢(おわ)り、行者言う、「一事(いちじ)有り、特に来りて奉求(ほうきゅう=お願い)す」と。天尊(てんそん)言う、「何の事ぞ」と。行者言う、「我唐僧(とうそう)を保(たも)つに因(よ)り、鳳仙郡に至るに、かの乾旱(かんかん=日照り)の甚(はなは)だしきを見、已(すで)に彼に雨を求めんことを許(ゆる)せり。特に来りて貴部(きぶ=おん部署)の官将(かんしょう)を告(もう)し借(か)りて彼に到りて雷(かみなり)を声(こわだか)にせんとす」と。天尊(てんそん)言う、「我かの郡侯の上天を冒犯(ぼうはん)し、三事の立てられたるを知れり、いまだ雨の下るべきかを知らず」と。行者笑って言う、「我昨日(きのう)已(すで)に玉帝に見(まみ)えて旨を請えり。玉帝天師(てんし)をして我を引(みちび)きて披香殿(ひこうでん)に往きてかの三事を看しめたもう。すなわちこれ米山(べいざん)・麺山(めんざん)・金鎖(きんさ)にして、ただ三事の倒断(とうだん=決着)を要(よう)して、方(はじ)めて雨の下るべきなり。我倒断(とうだん)の得難(がた)きを愁(うれ)うるに、天師(てんし)我に教(おし)えて郡侯等衆(とうしゅ=皆)を勧化(かんけ=教化)して善を作(な)さしめ、以って人に善念(ぜんねん)有れば天必(かなら)ずこれに従(したが)うと為(な)し、庶(こいねが)わくは以って天心(てんしん)を回(めぐ)らし、災難(さいなん)を解(と)くべしとせり。今(いま)已(すで)に善念(ぜんねん)頓(にわか)に生(しょう)じ、善声(ぜんせい)耳(みみ)に盈(み)つ。适間(さきほど)直符使者(ちょくふししゃ)已(すで)に改行従善(かいぎょうじゅうぜん=行いを改め善に従う)の文牒(ぶんちょう)を将(も)ちて玉帝に奏(そう)し上(あ)げ往けり。老孫因って特に尊府(そんぷ=おん館)に造(おとずれ)、雷部(らいぶ)の官将(かんしょう)の相助(あいたす)けんことを告(もう)し借(か)らんとす」と。天尊(てんそん)言う、「既(すで)に此(かく)の如(ごと)くならば、鄧(とう)・辛(しん)・張(ちょう)・陶(とう)を差(つかわ)して閃電娘子(せんでんじょうし=稲妻の女神)を帥(ひき)い領(い)れしめ、すなわち大聖に随(したが)いて鳳仙郡に下降(げこう)して雷(かみなり)を声(こわだか)にせしめよ」と。 かの四将(よんしょう)大聖と同(とも)に、多(おお)からぬ時(とき)に鳳仙郡の境界(きょうがい)に至り、すなわち半空(はんくう)の中(うち)に在りて法(ほう)を作(な)し起(おこ)す。ただ聴く、唿魯魯(こつろろ=ごろごろ)たる雷(かみなり)の声(こえ)、また見よ、淅瀝瀝(せきれきれき=ざあざあ)たる閃電(せんでん=稲妻)を。真箇(まこと)にこれ、 電(いなずま)は紫金蛇(しきんじゃ=紫金の蛇)を掣(ひ)き、 雷(かみなり)は群蟄(ぐんちつ=冬ごもりの虫)を轟(とどろ)かし哄(わ)ぐ。 熒煌(けいこう=きらきら)として火光(かこう)飛(と)び、 霹靂(へきれき)山洞(さんどう)を崩(くず)す。 列缺(れっけつ=電光)天に満(み)ちて明(あきら)かに、 震驚(しんけい=雷)地(ち)に連(つらな)りて縦(はな)つ。 紅銷(こうしょう=紅の光)一閃(ひとひらめ)きて萌芽(ほうが)を発(はっ)し、 万里(ばんり)の江山(こうざん)もみな撼(ゆる)ぐ。 と。 かの鳳仙郡、城裡(じょうり)城外(じょうがい)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)、軍民(ぐんみん)の人等(ひとびと)、整(まった)く三年(さんねん)かつて雷電(らいでん)を聴(き)かざりしが、今日(こんにち)雷声(らいせい)と霍閃(かくせん=稲妻)の有るを見、一斉(いっせい)に跪(ひざまず)き下(お)り、頭(こうべ)に香炉(こうろ)を頂(いただ)き、有る者は手(て)に柳枝(りゅうし)を拈(ひね)り、みな念ず、 「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)!南無阿弥陀仏!」 と。この一声(ひとこえ)の善念(ぜんねん)、果たして上天を驚動(きょうどう)す。正(まさ)にこれかの古詩(こし)に云(いわ)く、 「人心(じんしん)に一念(いちねん)を生(しょう)ぜば、天地(てんち)悉(ことごと)く皆(みな)知る。 善悪(ぜんあく)もし報(むくい)無からんには、乾坤(けんこん)必(かなら)ず私(わたくし)有らん」 と。 且(しばら)く孫大聖(そんたいせい)の雷将(らいしょう)を指揮(しき)し、鳳仙郡に掣電(せいでん)し轟雷(ごうらい)して、人人(ひとびと)の善に帰(き)するを説(と)かず。 さて、かの上界(じょうかい)の直符使者(ちょくふししゃ)、僧道(そうどう)両家(りょうけ)の文牒(ぶんちょう)を将(も)ちて通明殿(つうめいでん)に送(おく)り至れば、四天師(してんし)霊霄殿(りょうしょうでん)に伝奏(でんそう)す。玉帝これを見て言う、「かの厮(やつ)ら既(すで)に善念(ぜんねん)有らば、三事のいかんを看よ」と。正(まさ)に説う処に、忽(たちま)ち披香殿(ひこうでん)を看管(かんかん=管理)するの将官(しょうかん)有り、報(しら)せて言う、「立てられし米山・麺山(めんざん)俱(みな)倒(たお)れ、霎時間(またたくま)に米も麺(こな)も皆(みな)無く、鎖梃もまた断(た)てり」と。奏(そう)未だ畢(おわ)らざるに、また当駕(とうが=当直)の天官(てんかん)有り、鳳仙郡の土地(とち)・城隍(じょうこう)・社令(しゃれい)等の神(かみ)を引(ひ)きて斉(ひと)しく来り拝奏(はいそう)して言う、「本郡(ほんぐん)の郡主(ぐんしゅ)并(なら)びに満城(まんじょう)の大小(だいしょう)の黎庶(れいしょ=民)の家(いえ)、一家(いっか)一人(ひとり)として善果(ぜんか)に皈依(きえ)し、仏(ほとけ)を礼し天を敬(うやま)わざるは無し。今(いま)垂慈(すいじ=慈悲)を啓(もう)し、甘雨(かんう)を普(あまね)く降(くだ)し、黎民(れいみん)を救済(きゅうさい)したまわんことを」と。玉帝これを聞(き)き大(おお)いに喜(よろこ)び、すなわち旨を伝(つた)えて言う、「風部(ふうぶ)・雲部(うんぶ)・雨部(うぶ)をして、各(おのおの)号令(ごうれい)に遵(したが)い、下方(かほう)に去(ゆ)き、鳳仙郡の界(さかい)に按(あん)じ、すなわち今日(こんにち)今時(こんじ)に当(あた)りて、雷(かみなり)を声(こわだか)にし雲(くも)を布(し)き、雨を三尺零四十二点(さんじゃくれいよんじゅうにてん)降(くだ)せ」と。時に四大天師(しだいてんし)旨を奉(ほう)じ、各部(かくぶ)に伝(つた)えて時(じ)に随(したが)い下界(げかい)に下らしめ、各(おのおの)神威(しんい)を逞(たくま)しくし、一斉(いっせい)に振作(しんさく=奮い立つ)。 行者正(まさ)に鄧(とう)・辛(しん)・張(ちょう)・陶(とう)と閃電娘子(せんでんじょうし)に令(れい)して空(くう)の中(うち)に在りて調弄(ちょうろう=操り)しおるに、ただ衆神(しゅうしん)のことごとく到り、一天(いってん)に合会(ごうえ=集う)するを見る。その間(かん)風雲(ふううん)際会(さいかい=出会い)、甘雨(かんう)滂沱(ぼうだ=ざんざん)たり。好き雨かな、 漠漠(ばくばく)たる濃雲(のううん)、 蒙蒙(もうもう)たる黒霧(こくむ)。 雷車(らいしゃ)轟轟(ごうごう)として、 閃電(せんでん)灼灼(しゃくしゃく)たり。 滚滚(こんこん)たる狂風(きょうふう)、 淙淙(そうそう)たる驟雨(しゅうう)。 所謂(いわゆる)一念(いちねん)天を回(めぐ)らし、 万民(ばんみん)満望(まんぼう=大いに望む)。 全(まった)く大聖の元運(げんうん=玄妙の働き)を施すに虧(か)りて、 万里(ばんり)の江山(こうざん)処処(しょしょ)に陰(くも)る。 好雨(こうう)は河(かわ)を傾(かたむ)け海(うみ)を倒(たお)し、 野(の)を蔽(おお)い空(くう)を迷(まよ)わす。 檐前(えんぜん)に瀑布(ばくふ=滝)を垂(た)れ、 窗外(そうがい)に玲瓏(れいろう=玉の音)響(ひび)く。 万戸千門(ばんこせんもん)人仏(ほとけ)を念じ、 六街三市(ろくがいさんし)水(みず)洪(ひろ)く流(なが)る。 東西(とうざい)の河道(かどう)条条(じょうじょう)に満(み)ち、 南北(なんぼく)の渓湾(けいわん)処処(しょしょ)に通(つう)ず。 槁苗(こうびょう=枯れた苗)潤(うるお)いを得、 枯木(こぼく)生(いき)に回(かえ)る。 田疇(でんちゅう=田畑)に麻麦(まばく)盛(さか)んに、 村堡(そんほ=村)に豆粮(とうりょう=穀物)升(のぼ)る。 客旅(かくりょ=旅人)販売(はんばい)の通(つう)ずるを喜(よろこ)び、 農夫(のうふ)爾(なんじ)が耘耕(うんこう=耕作)を愛(め)づ。 今(いま)より黍稷(しょしょく=穀物)多(おお)く条暢(じょうちょう=伸び)て、 自然(おのずか)ら稼穡(かしょく=農事)の豊登(ほうとう=豊作)を得(う)。 風(かぜ)調(ととの)い雨順(したが)いて民安楽(あんらく)し、 海晏(かいあん=海静か)河清(かせい=川清し)にして太平(たいへい)を享(う)く。 と。 一日(いちじつ)に雨の下りて三尺零四十二点(さんじゃくれいよんじゅうにてん)に足(た)り、衆神祇(しゅうしんぎ)漸漸(ぜんぜん)と収(おさ)め回(かえ)る。孫大聖(そんたいせい)声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)って言う、「かの四部(よんぶ)の衆神(しゅうしん)、且く雲従(うんじゅう=雲の供)を停(とど)めよ、老孫の往きて郡侯をして列位(れっい=皆さま)を拝謝(はいしゃ)せしめんを等て。列位(れっい)雲霧(うんむ)を撥(か)き開(ひら)き、各(おのおの)真身(しんしん)を現(あらわ)し、この凡夫(ぼんぷ)と親(した)しく眼(まなこ)に看しめよ、彼才(はじ)めて心に信(しん)じて供奉(ぐぶ=供養)せん」と。衆神(しゅうしん)説(いう)を聴(き)き、ただみな空(くう)の中(うち)に停(とど)まるを得(う)。この行者雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)し、径に郡裡(ぐんり)に至れば、早(はや)くも三蔵・八戒・沙僧のみな来りて迎接(げいせつ)し、かの郡侯一步一拝(いっぽいっぱい)として来りて謝(しゃ)す。行者言う、「且く我を謝(しゃ)することを慢(ゆる)くせよ。我已(すで)に四部(よんぶ)の神祇(しんぎ)を留(とど)め置(お)けり。汝多(おお)くの人を伝(つた)え召(め)してここと同(とも)に拝謝(はいしゃ)せしむべし。彼らをして向後(のち)好く来りて雨を降(くだ)さしめよ」と。郡侯随って飛報(ひほう=触れ)を伝え、衆(しゅう)を召(め)して同(とも)に酬(むく)いしめ、みな箇箇(おのおの)香(こう)を拈(ひね)りて朝拝(ちょうはい)す。ただ見よ、かの四部(よんぶ)の神祇(しんぎ)、雲霧(うんむ)を開(ひら)き明(あきら)かにし、各(おのおの)真身(しんしん)を現(あらわ)す。四部(よんぶ)とは、すなわちこれ雨部(うぶ)・雷部(らいぶ)・雲部(うんぶ)・風部(ふうぶ)なり。ただ見よ、かの 龍王(りゅうおう)象(すがた)を顕(あらわ)し、雷将(らいしょう)身(み)を舒(の)べ、 雲童(うんどう)出現(しゅつげん)し、風伯(ふうはく)真(しん)を垂(た)る。 龍王の象(すがた)を顕(あらわ)すは、銀鬚(ぎんしゅ=銀の髭)蒼貌(そうぼう=老いた貌)世(よ)に双(ならぶ)無く、 雷将(らいしょう)の身(み)を舒(の)ぶるは、鉤嘴(こうし=鉤の嘴)威顔(いがん=威厳)誠(まこと)に比(くら)ぶべからず。 雲童(うんどう)の出現(しゅつげん)するは、誰(たれ)か玉面金冠(ぎょくめんきんかん=玉の顔に金の冠)に如(し)かん、 風伯(ふうはく)の真(しん)を垂(た)るるは、曽(かつ)て燥眉環眼(そうびかんがん=乾いた眉に丸き眼)に似(に)たり。 斉斉(せいせい)として青霄(せいしょう=青空)の上に顕露(けんろ=現れ)し、 各各(おのおの)挨排(あいはい=並び)て聖儀(せいぎ=聖なる姿)を観(み)る。 と。 鳳仙郡界(ほうせんぐんかい)の人才(はじ)めて信(しん)じ、 頂礼(ちょうらい)香(こう)を拈(ひね)りて悪性(あくしょう=悪しき心)回(めぐ)る。 今日(こんにち)天上(てんじょう)の将(しょう)を仰(あお)ぎ朝(ちょう)し、 心を洗(あら)い善に向いて尽(ことごと)く皈依(きえ)す。 と。 衆神祇(しゅうしんぎ)寧(やすらか)に一箇時辰(いっとき)を待(ま)てど、人民(じんみん)拝(はい)すること已(や)まず。孫行者(そんぎょうじゃ)また雲端(うんたん)に起(た)ち、衆(しゅう)に向いて礼を作(な)して言う、「労(ろう)有り!労有り!請う、列位(れっい)各(おのおの)本部(ほんぶ)に帰(かえ)られよ。老孫また郡界(ぐんかい)の中(うち)の人家(じんか)をして高真(こうしん=神々)を供養(くよう)し、時節(じせつ)に遇(あ)いて醮謝(しょうしゃ=供養)せしめん。列位(れっい)この後(のち)より、五日(いつか)に一風(ひとかぜ)、十日(とおか)に一雨(ひとあめ)にして、また来りて拯救(きゅうじょう=救い)し拯救(きゅうじょう)したまえ」と。衆神(しゅうしん)言(げん)に依(よ)り、各各(おのおの)部(ぶ)に転(てん)ず。これを題(だい)せず。 さて大聖雲頭(うんとう)を墜(お)とし下(おろ)して三蔵と道(いわ)く、「事畢(おわ)り民安(やす)ず、收拾(しゅうしゅう)して走路(たびだ)つべし」と。かの郡侯これを聞(き)き、急忙(いそぎ)として礼を行いて言う、「孫老爺(そんろうや)はいずこの話(はなし)をか説うや!この今の一場(ひとしきり)は、すなわちこれ無量無辺(むりょうむへん)の恩徳(おんとく)なり。下官(かかん=私)ここに人を差(つかわ)して小宴(しょうえん)を弁備(べんび=用意)し、厚恩(こうおん)に奉答(ほうとう)せんとす。なお民間(みんかん)の田地(でんち)を買(か)い治(おさ)め、老爺(ろうや)の為に寺院(じいん)を起建(きこん)し、老爺(ろうや)が生祠(せいし=生き祠)を立て、碑(ひ)を勒(きざ)み名(な)を刻(きざ)み、四時(しいじ=年中)に享祀(きょうし=祭り)せん。骨(こつ)に刻(きざ)み心を鏤(ちりば)むとも、万一(まんいち)を報(むく)い難(がた)し、いかんがすなわち走路(たびだ)つの話(はなし)を説うや!」と。三蔵言う、「大人(たいじん)の言(げん)は当(とう)を得たりといえど、ただ我らはすなわちこれ西方(せいほう)に掛搭(かかとう=仮の宿)する行脚(あんぎゃ)の僧(そう)なれば、敢えて久(ひさ)しく住(じゅう)せず。一二日(いちにじつ)の間(あいだ)に、定(かなら)ず走(た)つに疑(うたがい)無し」と。かの郡侯いずくにか肯(がえん)じて放(はな)たん、連夜(れんや)に多(おお)くの人を差(つかわ)して酒席(しゅせき)を治(おさ)め弁(べん)じ、祠宇(しう=ほこら)を起(おこ)し蓋(おお)わしむ。 次日(よくじつ)、大(おお)いに佳宴(かえん)を開(ひら)き、唐僧を請(しょう)じて高坐(こうざ)せしめ、孫大聖(そんたいせい)と八戒・沙僧列坐(れっざ)し、郡侯本郡(ほんぐん)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)部臣(ぶしん)と同に杯(さかずき)を把(と)り饌(せん=供物)を献(けん)じ、細吹細打(さいすいさいだ=静かな囃子)にして、款待(かんたい=もてなし)すること一日(いちじつ)なり。この場(ひととき)果たしてこれ欣然(きんぜん=喜ばし)く、詩(し)有りて証(しょう)と為(な)す、 田疇(でんちゅう)久旱(きゅうかん=長き日照り)に甘雨(かんう)に逢(あ)い、 河道(かどう)経商(けいしょう=商い)処処(しょしょ)に通(つう)ず。 深(ふか)く神僧(しんそう)の郡界(ぐんかい)に来るを感(かん)じ、 多(おお)く大聖の天宮(てんぐう)に上(のぼ)るを蒙(こうむ)る。 三事の従前(じゅうぜん=以前)の悪(あく)を解除(げじょ)し、 一念(いちねん)皈依(きえ)して善果(ぜんか)弘(ひろ)し。 此(この)後(のち)願(ねが)わくは尭舜(ぎょうしゅん)の世(よ)の如く、 五風十雨(ごふうじゅうう)万年(ばんねん)に豊(ゆたか)ならんことを。 と。 一日(いちじつ)は筵(えん)、二日(ふつか)は宴(うたげ)、今日(こんにち)は酬(むく)い、明日(みょうにち)は謝(しゃ)して、扳留(はんりゅう=引き留め)すること将(まさ)に半月(はんげつ)ならんとす。ただ寺院(じいん)と生祠(せいし)の完備(かんび)するを等つ。一日(あるひ)、郡侯四衆(ししゅ)を請(しょう)じて往きて観(み)しむ。唐僧驚訝(けいが=驚き)して言う、「エ程(こうてい)浩大(こうだい)なり、何ぞこれを成(な)すことかくの如く速(すみ)やかなるや」と。郡侯言う、「下官(かかん)人工(じんこう)を催趲(さいさん=急がせ)、昼夜(ちゅうや)息(いこ)わず、急急(きゅうきゅう)として命(めい)じて完(まっとう)せしめ、特に列位(れっい)の老爺(ろうや)を請(しょう)じて看看(みら)れんとす」と。行者笑って言う、「果たしてこれ賢才(けんさい)能幹(のうかん=有能)の好き賢侯(けんこう)なり!」と。即時(そくじ)にみな新寺(しんじ)に到るに、かの殿閣(でんかく)の巍峨(ぎが=高き)、山門(さんもん)の壮麗(そうれい)なるを見、俱(みな)称賛(しょうさん)すること已(や)まず。行者師父(しふ)を請じて一(ひとつ)の寺名(じみょう)を留(とど)めしむ。三蔵言う、「有り、名(な)を留(とど)めば当(まさ)に甘霖普済寺(かんりんふさいじ)と喚(よ)ぶべし」と。郡侯称(ほ)めて言う、「甚(はなは)だ好し!甚だ好し!」と。金貼(きんてん=金の札)を用(もち)いて広(ひろ)く僧衆(そうしゅう)を招(まね)き、香火(こうか)を侍奉(じほう)せしむ。殿(でん)の左辺(さへん)に四衆(ししゅ)の生祠(せいし)を立て起(おこ)し、每年(まいねん)四時(しいじ)に祭祀(さいし)し、また雷神(らいじん)・龍神(りゅうじん)等の廟(びょう)を起(おこ)し蓋(おお)いて、以って神功(しんこう)に答(こた)う。看了(おわ)り、すなわち趲行(さんこう=急ぎ立つ)を命(めい)ず。かの一郡(いちぐん)の人民(じんみん)、久(ひさ)しく留(とど)むるを得ざるを知り、各(おのおの)贐儀(しんぎ=餞別)を備(そな)うれど、分文(ぶんもん=一銭)も受(う)けず。此(これ)に因りて、合郡(ごうぐん)の官員(かんいん)人等(ひとびと)、盛(さかん)に鼓楽(こがく)を張(は)り、大(おお)いに旌幢(せいとう=旗)を展(の)べ、送(おく)ること三十里(さんじゅっり)の遠近(きんきょ)有りて、なお忍(しの)びて別(わか)るる能(あた)わず、遂(つい)に涙(なみだ)を掩(おお)いて目送(もくそう)し、直(ただち)に望(のぞ)み見えざるに至りて方めて回(かえ)る。正にこれ、 碩徳(せきとく=大いなる徳)の神僧(しんそう)普済(ふさい)を留(とど)め、 斉天大聖(せいてんたいせい)広(ひろ)く恩(おん)を施す。 と。畢竟(ひっきょう)この去きてなお幾日(いくにち)有りて方めて如来(にょらい)に見(まみ)ゆるを知らず、且く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第八十八回 禅(ぜん)玉華(ぎょくか)に到(いた)りて法会(ほうえ)を施(ほどこ)し 心猿(しんえん)木母(もくぼ)門人(もんじん)を授(さず)く 話(はな)し説(と)くは、唐僧(とうそう)喜喜歓歓(ききかんかん)として郡侯(ぐんこう)に別(わか)れ、馬上(ばじょう)に在りて行者(ぎょうじゃ)に向(むか)いて言う、「賢徒(けんと)よ、この一場(ひとしきり)の善果(ぜんか)は、真(まこと)に比丘国(びくこく)にて児童(じどう)を搭救(たっきゅう=救い)ししに勝(まさ)る、みな汝(なんじ)が功(こう)なり」と。沙僧(さそう)言う、「比丘国(びくこく)にはただ一千百十一箇(せんひゃくじゅういっこ)の小児(しょうじ)を救(すく)い得(え)しのみ、いかんでかこの一場(ひとしきり)の大雨(たいう)の、滂沱(ぼうだ=ざんざん)として浸潤(しんじゅん)し、活(いか)し彀(あまね)くる者(もの)万万千千(ばんばんせんせん)の性命(いのち)なるに似(に)んや!弟子(でし)もまた暗(ひそ)かに自(みずか)ら大師兄(だいしけい)の法力(ほうりき)の天(てん)に通(つう)じ、慈恩(じおん)の地(ち)を蓋(おお)うを称賛(しょうさん)す」と。八戒(はっかい)笑って言う、「兄(あに)が恩(おん)も有(あ)り、善(ぜん)も有(あ)れど、却(かえ)ってただこれ外(そと)に仁義(じんぎ)を施(ほどこ)し、内(うち)に禍心(かしん=禍の心)を包(つつ)む。ただ老豬(ろうちょ=おれ)と走(ゆ)かば、すなわち人(ひと)を作践(さくせん=虐げ)んと要(もと)む」と。行者言う、「我(われ)いずこに在りてか汝(なんじ)を作践(さくせん)せる」と。八戒言う、「彀(あま)ねしなり!彀ねしなり!常(つね)に我(われ)を顧(かえり)みて捆(くく)られしめ、顧みて吊(つる)されしめ、顧みて煮(に)られしめ、顧みて蒸(ふか)されしめり!今(いま)鳳仙郡(ほうせんぐん)に恩恵(おんけい)を万万(ばんばん)の人(ひと)に施(ほどこ)ししならば、すなわち半年(はんとし)を住(じゅう)して、我(われ)を帯挈(たいけつ=引き連れ)て幾頓(いくど)かの自在(じざい=気まま)の飽飯(ほうはん)を食(くら)わしむべきに、却(かえ)ってただ只管(ひたすら)催趱(さいさん=急がせ)て路(みち)を行(ゆ)かしむ!」と。長老(ちょうろう)これを聞(き)き、喝(しか)って言う、「この呆子(あほう)め、いかんしてかただ嘴(くち)を擄(かきこ)むことをのみ思量(しりょう)するか!疾(と)く路(みち)を走(あゆ)め、また斗口(とうこう=口論)する莫(な)かれ!」と。 八戒(はっかい)敢(あ)えて言(い)わず、嘴(くち)を掬掬(きくきく=すぼめ)し、行嚢(こうのう=荷)を挑(にな)い、哈哈(はは)と打(う)ちて、師徒(してい)ら大路(たいろ)の上(うえ)に奔(はし)り上(あ)がる。 この時(とき)光景(こうけい)梭(おさ)の如(ごと)く、また深秋(しんしゅう=晩秋)の候(ころ)に値(あた)る。ただ見よ、 水痕(すいこん=水の跡)収(おさ)まり、山骨(さんこつ=山の骨)痩(や)せたり。 紅葉(こうよう)紛紛(ふんぷん)として飛(と)び、黄花(おうか)の時候(じこう)なり。 霜晴(そうせい)にして夜(よる)の長(なが)きを覚(さと)り、 月白(げっぱく)にして窗(まど)を穿(うが)ちて透(とお)る。 家家(いえいえ)に煙火(えんか=炊煙)夕陽(せきよう)多(おお)く、 処処(しょしょ)に湖光(ここう=湖の光)寒水(かんすい)溜(したた)る。 白蘋(はくひん=白き浮草)香(かんば)しく、紅蓼(こうりょう=赤き蓼)茂(しげ)し。 桔(きつ)緑(みどり)に橙(とう)黄(き)なり、柳(やなぎ)衰(おとろ)えて谷(こく)秀(ひい)づ。 荒村(こうそん)に雁(かり)落(お)ちて蘆花(ろか=芦の花)を砕(くだ)き、 野店(やてん)に鶏声(けいせい)菽豆(しゅくず=豆)を収(おさ)む。 と。 四衆(ししゅ)行(ゆ)くこと彀(あま)ねく多時(しばらく)にして、また城垣(じょうえん=城壁)の影影(えいえい)たるを見(み)、長老(ちょうろう)鞭(むち)を挙(あ)げて遥(はるか)に指(さ)し叫(よばわ)る、「悟空(ごくう)、汝(なんじ)あの処(ところ)にまた一座(ひとつ)の城池(じょうち)の有(あ)るを看(み)よ、却(かえ)ってこれいずれの去処(ところ)なるを知(し)らず」と。行者言う、「汝(なんじ)と我(われ)と俱(みな)未(いま)だかつて到(いた)らず、何(なに)を以(も)ってかこれを知(し)らん。且(しばら)く辺前(ほとり)に行(ゆ)き至(いた)りて人(ひと)に問(と)わん」と。 説(いい)了(おわ)らざるに、忽(たちま)ち樹叢(じゅそう=木立)の裡(うち)より一人の老者(ろうじゃ)の走出(いできた)るを見(み)る。手(て)に竹杖(ちくじょう)を持(た)し、身(み)に軽衣(けいい=薄き衣)を着(き)、足(あし)に一対(ひとくつ)の棕鞋(そうぐつ=棕櫚の靴)を踏(ふ)み、腰(こし)に一条(ひとすじ)の扁帯(へんたい=平帯)を束(しば)る。慌(あわ)てたるかな唐僧(とうそう)、鞍(くら)を滚(ころが)して馬(うま)を下(お)り、上前(すす)み出でて一箇の問訊(もんじん)を道(な)す。 かの老者(ろうじゃ)杖(つえ)を扶(たす)けにして礼(れい)を返(かえ)して言う、「長老(ちょうろう)はいずかたより来(きた)れる」と。唐僧(とうそう)掌(て)を合(あわ)せて言う、「貧僧(ひんそう)は東土唐朝(とうどとうちょう)より雷音(らいおん)に差(つかわ)され仏(ほとけ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)めんとし来(きた)れる者(もの)なり。今(いま)宝方(ほうほう=貴地)に至(いた)り、遥(はるか)に城垣(じょうえん)を望(なが)むれど、これいずれの去処(ところ)なるを知(し)らず。特に老施主(ろうせしゅ)に問(と)うて指教(しきょう=お教え)を請(こ)う」と。かの老者(ろうじゃ)これを聞(き)き、口(くち)に称(とな)えて言う、「有道(うどう=道有る)の禅師(ぜんじ)よ、我(われ)がこの敝処(へいしょ=僻地)は、すなわちこれ天竺国(てんじくこく)の下郡(かぐん)にして、地名(ちめい)を玉華県(ぎょくかけん)と曰(い)う。県中(けんちゅう)の城主(じょうしゅ)は、すなわちこれ天竺(てんじく)皇帝(こうてい)の宗室(そうしつ=一族)にして、玉華王(ぎょくかおう)に封(ほう)ぜられたり。この王(おう)甚(はなは)だ賢(けん)にして、専(もっぱ)ら僧道(そうどう)を敬(うやま)い、重(かさ)ねて黎民(れいみん)を愛(あい)す。老禅師(ろうぜんじ)もし往(ゆ)きて相見(しょうけん)せば、必(かなら)ず重(おも)き敬(けい)有(あ)らん」と。三蔵(さんぞう)謝(しゃ)し了(おわ)る。かの老者(ろうじゃ)径(ただち)に樹林(じゅりん)を穿(つらぬ)きて去(さ)る。 三蔵(さんぞう)才(ようや)く身(み)を転(てん)じて徒弟(でし)に向(むか)いて前事(ぜんじ=先の事)を備(つぶさ)に言(い)う。彼(かれ)三人(さんにん)欣喜(きんき=喜び)し、師父(しふ)を扶(たす)けて馬(うま)に上(のぼ)らしむ。 三蔵(さんぞう)言う、「多(おお)き路(みち)に非(あら)ず、馬(うま)に乗(の)るを須(もち)いず」と。四衆(ししゅ)遂(つい)に步(あゆみ)て城辺(じょうへん)の街道(がいどう)に至(いた)りて観看(みわた)す。元来(もと)かの関廂(かんしょう=城下町)の人家(じんか)、買(か)いを做(な)し売(う)りを做(な)す者(もの)、人煙(じんえん=人出)湊集(そうしゅう=密集)し、生意(せいい=商い)もまた甚(はなは)だ茂盛(もせい=盛ん)なり。その声音(こえ)と相貌(すがた)を観(み)るに、中華(ちゅうか)と異(こと)なること無(な)し。三蔵(さんぞう)吩咐(いいつけ)て言う、「徒弟(でし)ら謹慎(きんしん=慎み)せよ、切(きっ)と放肆(ほうし=ほしいまま)すべからず」と。かの八戒(はっかい)頭(こうべ)を低(た)れ、沙僧(さそう)顔(かお)を掩(おお)い、ただ孫行者(そんぎょうじゃ)のみ師父(しふ)を攙(たす)けり。両辺(りょうへん)の人(ひと)みな来(きた)りて争(あらそ)い看(み)、斉(ひと)しく声(こえ)を挙(あ)げて叫(よばわ)る、「我(われ)らがここにはただ降龍伏虎(ごうりゅうふっこ=龍を降し虎を伏す)の高僧(こうそう)有(あ)るのみ、未(いま)だかつて降豬伏猴(こうちょふっこう=豚を降し猿を伏す)の和尚(おしょう)を見(み)ず」と。八戒(はっかい)忍(しの)びえず、嘴(くち)を把(と)って一掬(ひとすくい)して言う、「汝(なんじ)らかつて降豬王(こうちょおう=豚の王を降す)の和尚(おしょう)を見(み)たるや」と。唬(おどろ)かされたるかな満街(まんがい)の人(ひと)、跌跌蹡蹡(てってきしょうしょう=よろめき)として、みな両辺(りょうへん)に向(むか)いて闪(かわ)し過(よ)ぐ。行者笑って言う、「呆子(あほう)よ、疾(と)く嘴(くち)を蔵(かく)せ、装扮(そうふん=扮装)する莫(な)かれ、仔細(つまびらか)に脚下(あしもと)に橋(はし)を過(わた)れ」と。かの呆子(あほう)頭(こうべ)を低(た)れて、ただ笑(わら)うのみ。吊橋(つりばし)を過(よ)ぎ、城門(じょうもん)の内(うち)に入(い)れば、またかの大街(だいがい)の上(うえ)の酒楼(しゅろう=酒楼)歌館(かかん=歌の館)、熱鬧繁華(ねっとうはんか=賑わい華やか)なるを見(み)、果たしてこれ神州(しんしゅう=中華)の都邑(とゆう=都会)なり。詩(し)有(あ)りて証(しょう)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く、 錦城(きんじょう)鉄甕(てつおう=鉄の甕)万年(ばんねん)に堅(かた)く、 水(みず)に臨(のぞ)み山(やま)に依(よ)りて色色(しきしき)鮮(あざ)やかなり。 百貨(ひゃっか)湖(こ)に通(つう)じて船(ふね)市(いち)に入(い)り、 千家(せんか)酒(さけ)を沽(か)いて店(みせ)に帘(れん=暖簾)を垂(た)る。 楼台(ろうだい)処処(しょしょ)に人煙(じんえん)広(ひろ)く、 巷陌(こうはく=小路)朝朝(ちょうちょう)に客賈(かくこ=商人)喧(かしま)し。 長安(ちょうあん)の風景(ふうけい)の好(よ)きに亜(つ)がざるのみならず、 鶏鳴(けいめい)犬吠(けんばい)もまた般般(はんばん=同様)なり。 と。 三蔵(さんぞう)心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで言う、「人(ひと)の西域(せいいき)の諸番(しょばん=諸国)を言(い)えど、更(さら)にかつてこの処(ところ)に到(いた)らず。細(こま)かにこの景(けい)を観(み)れば、我が大唐(だいとう)と何(なん)の異(こと)ならんや!所謂(いわゆる)極楽世界(ごくらくせかい)とは、誠(まこと)にこれをこの謂(いい)なり」と。また人の説(い)うを聴(き)けば、白米(はくまい)四銭(よんせん)一石(いっこく)、麻油(まゆ)八厘(はちりん)一斤(いっきん)と、真(まこと)にこれ五穀豊登(ごこくほうとう)の処(ところ)なり。行(ゆ)くこと彀(あま)ねく多時(しばらく)にして、方(はじ)めて玉華王府(ぎょくかおうふ)に到(いた)る。府門(ふもん)の左右(そうゆう)に長史府(ちょうしふ)・審理庁(しんりちょう)・典膳所(てんぜんしょ)・待客館(たいかくかん)有り。三蔵(さんぞう)言う、「徒弟(でし)よ、此間(ここ)はこれ府(ふ)なり、我が進(い)り往(ゆ)きて、王(おう)に朝(ちょう)し牒(ちょう=文牒)を験(あらため)て行(ゆ)かんを等(ま)て」と。八戒言う、「師父(しふ)の進(い)り往(ゆ)かば、我らは好(よ)く衙門前(がもんぜん=役所の前)に在りて站(た)ち立(た)つべきか」と。三蔵言う、「汝(なんじ)この門(もん)の上(うえ)に『待客館(たいかくかん)』の三字(さんじ)の有るを看(み)ざるか!汝らみなかの処(ところ)に往(ゆ)きて坐下(ざげ)せよ、草料(そうりょう=秣)の有るを看(み)て、些(いささ)か買(か)いて馬(うま)に喂(く)わせよ。我王(おう)に見(まみ)えて、もし斎(とき)を賜(たま)わらんには、すなわち来(きた)りて汝らを喚(よ)びて同(とも)に享(う)けしめん」と。行者言う、「師父(しふ)放心(ほうしん)して前(まえ)に去(ゆ)かれよ、老孫(ろうそん)自(おのずか)ら当(まさ)に理会(りかい=処理)せん」と。かの沙僧(さそう)行李(こうり)を把(と)って館中(かんちゅう)に挑(にな)い至(いた)る。館中(かんちゅう)に館(かん)を看(み)るの人役(じんやく=係り)有り、彼(かれ)らの面貌(めんぼう)の醜陋(しゅうろう=醜き)なるを見(み)、敢(あ)えて彼(かれ)に問(と)わず、また敢(あ)えて彼(かれ)をして出(い)で往(ゆ)かしめず、ただ彼(かれ)をして坐下(ざげ)せしむるを得(う)のみ。これを題(だい)せず。 さて老師父(ろうしふ)衣帽(いぼう)を換(か)え、関文(かんぶん=通関文牒)を拿(と)り、径(ただち)に王府(おうふ)の前(まえ)に至(いた)れば、早(はや)くも引礼官(いんれいかん)の迎(むか)えて問うて言う、「長老(ちょうろう)いずこよりか来(きた)る」と。三蔵言う、「東土大唐(とうどだいとう)より大雷音(だいらいおん)に差(つかわ)され仏祖(ぶっそ)を拝(おが)みて経(きょう)を求(もと)めんとし来(きた)れるの僧(そう)なり。今(いま)貴地(きち)に到(いた)り、関文(かんぶん)を倒換(とうかん=書換え)せんと欲(ほっ)し、特に来りて千歳(せんざい=王子)に朝参(ちょうさん)す」と。引礼官(いんれいかん)すなわち為(ため)に伝奏(でんそう)す。かの王子(おうじ)果たして賢達(けんだつ)にして、すなわち旨(むね)を伝(つた)えて召(め)し進(い)らしむ。三蔵殿下(でんか)に至(いた)りて礼(れい)を施(ほどこ)せば、王子すなわち上殿(じょうでん)に請(しょう)じて坐(ざ)を賜(たま)う。三蔵関文(かんぶん)を将(も)ちて献(けん)じ上(あ)ぐれば、王子これを看(み)、また各国(かっこく)の印信(いんしん=印)と手押(しゅおう=署名)の有るを見、すなわち欣然(きんぜん)として宝印(ほういん)を将(も)ちて押(お)し、花字(かじ=花押)を押(お)し、折(おり)て案(あん)に収(おさ)む。問うて言う、「国師(こくし)長老(ちょうろう)よ、汝がかの大唐(だいとう)よりこの処(ところ)に至るまで、諸邦(しょほう)を歴遍(れきへん=巡り)て、共(あわ)せて幾多(いくた)の路程(ろてい)か有る」と。三蔵言う、 「貧僧(ひんそう)また未(いま)だ程途(ていと=道程)を記(き)せず。ただ先年(せんねん)観音菩薩(かんのんぼさつ)の我が王(おう)の御前(ごぜん)に身(み)を顕(あらわ)したもうを蒙(こうむ)り、かつて頌子(じゅす=偈)を留(とど)めて、西方(せいほう)十万八千里(じゅうまんはっせんり)と曰(い)えり。貧僧(ひんそう)路(みち)に在りて、已(すで)に一十四遍(いちじゅうよんべん)の寒暑(かんしょ)を経(ふ)れり」 と。王子笑って言う、「十四遍(じゅうよんべん)の寒暑(かんしょ)は、すなわち十四年(じゅうよんねん)なり。想(おも)うに途(みち)中(ちゅう)に何(なん)の耽擱(たんかく=遅れ)か有りしならん」と。三蔵言う、「一言(いちげん)に尽(つく)し難(がた)し!万蟄千魔(ばんちつせんま=幾万の難)に、また幾許(いくばく)の苦楚(くそ=苦しみ)を受(う)けしを知(し)らず、才(ようや)く宝方(ほうほう)に到(いた)り得(え)たり!」と。かの王子(おうじ)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)す。すなわち典膳官(てんぜんかん)をして素斎(そさい=精進料理)を備(そな)えて管待(かんたい=もてな)さしむ。三蔵言う、 「啓(もう)し上(あ)ぐ、殿下(でんか)、貧僧(ひんそう)に三箇(みたり)の小徒(しょうと)有りて、外(そと)に在りて候(ま)てり。敢(あ)えて斎(とき)を領(う)けず、ただ行程(こうてい)の遅(おく)れ誤(あやま)るを恐(おそ)るるのみ」 と。王子教う、「当殿官(とうでんかん)よ、疾(と)く往(ゆ)きて長老(ちょうろう)が三位(さんい)の徒弟(でし)を請(しょう)じ、府(ふ)に進(い)れて同(とも)に斎(とき)を食(くら)わしめよ」と。当殿官(とうでんかん)随(したが)って外(そと)に出(い)でて相請(しょうせい)すれど、みな言う、「未(いま)だかつて見ず、未だかつて見ず」と。跟随(したがう)の人有りて言う、「待客館(たいかくかん)の中(うち)に三箇(みたり)の醜貌(しゅうぼう=醜き貌)の和尚(おしょう)の坐(ざ)しおるは、想(おも)うに必(かなら)ずこれならん」と。当殿官(とうでんかん)衆(しゅう)と同(とも)に館中(かんちゅう)に至り、すなわち館(かん)を看る者(もの)に問うて言う、「孰(たれ)かこれ大唐(だいとう)の経(きょう)を取(と)る僧(そう)の高徒(こうと)なる。我が主(しゅ)に旨(むね)有り、請(しょう)じて斎(とき)を食(くら)わしめんとす」と。八戒(はっかい)正(まさ)に坐(ざ)して打盹(とろん=居眠り)しおるに、一箇の「斎(とき)」の字(じ)を聴(き)くや、忍(しの)びえず身(み)を跳(おど)らかし起(おこ)して答(こた)えて言う、「我らは是(しか)なり!我らは是なり!」と。当殿官(とうでんかん)一(ひと)たび見るや、魂(たましい)飛(と)び魄(はく)喪(うしな)い、みな戦戦(おののき)として言う、「これ一箇の豬魈(ちょしょう=豚の妖怪)なり!豬魈(ちょしょう)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)これを聴(き)き、一把(ひとつかみ)に八戒(はっかい)を扯(ひ)き住(とど)めて言う、「兄弟(きょうだい)よ、斯文(しぶん=上品)を放(はな)て、村野(そんや=粗暴)を撒(ちら)す莫(な)かれ」と。かの衆官(しゅうかん)行者(ぎょうじゃ)を見、また言う、「これ一箇の猴精(こうせい=猿の精)なり!猴精(こうせい)なり!」と。沙僧(さそう)手(て)を拱(く)んで言う、「列位(れっい)驚恐(きょうきょう=恐れ)するを得(え)る莫(な)かれ。我ら三人(さんにん)みなこれ唐僧(とうそう)の徒弟(でし)なり」と。衆官(しゅうかん)これを見、また言う、「竈君(そうくん=かまどの神)なり!竈君(そうくん)なり!」と。孫行者(そんぎょうじゃ)すなわち八戒に教えて馬(うま)を牽(ひ)かしめ、沙僧(さそう)に担(に)を挑(にな)わせ、衆(しゅう)と同(とも)に玉華王府(ぎょくかおうふ)に入(い)る。当殿官(とうでんかん)先(ま)ず入(い)りて啓(もう)し知(し)らす。かの王子(おうじ)目(め)を挙(あ)げてかの等(ごと)き醜悪(しゅうあく=醜き)なるを見、却(かえ)ってまた心中(しんちゅう)に害怕(おそれ)る。三蔵掌(て)を合(あわ)せて言う、「千歳(せんざい)放心(ほうしん)したまえ、頑徒(がんと=愚かな弟子)らは貌(かたち)醜(みにく)しといえど、却(かえ)ってみな心(こころ)良(よ)し」と。八戒上(かみ)に向(むか)いて一箇の喏(だく=合図の声)を唱(とな)えて言う、「貧僧(ひんそう)問訊(もんじん)し了(おわ)んぬ」と。王子いよいよ心(こころ)の驚(おどろ)くを覚(さと)る。三蔵言う、「頑徒(がんと)らはみな山野(さんや)の中(うち)より収(おさ)め来りし者(もの)なれば、礼(れい)を行(おこな)うことを会(え)せず、万(よろず)望(のぞ)むらくは罪(つみ)を赦(ゆる)されたんことを」と。王子(おうじ)驚恐(きょうきょう)を奈(しの)び、典膳官(てんぜんかん)に教えて衆(しゅう)の僧官(そうかん)を請(しょう)じて暴紗亭(ぼうしゃてい)に往きて斎(とき)を食(くら)わしむ。三蔵恩(おん)を謝(しゃ)し、王(おう)に辞(じ)して殿(でん)を下(お)り、同(とも)に亭内(ていない)に至り、八戒を埋怨(まんえん=恨み)て言う、「汝この夯貨(こうか=鈍物)め、全(まった)く一毫(いちごう=少し)の礼体(れいたい=礼儀)をも知(し)らず!索性(いっそ)口(くち)を開(ひら)かざるならば、すなわちまた罷(や)まんに、いかんしてかかの般(ごと)く粗魯(そろ=粗野)なるか!一句(いっく)の話(はなし)に、足(た)って泰山(たいざん)を冲(つ)き倒(たお)さんばかりなり!」と。行者笑って言う、「なおこれ我の喏(だく)を唱(とな)わざりしが好(よ)きなり、また些(いささ)かの力(ちから)を省(はぶ)く」と。沙僧(さそう)言う、「彼(かれ)の喏(だく)を唱(とな)うるはまた斉(ひと)しく等(ま)たず、予(あらかじ)めすなわち一箇の嘴(くち)を抒(のば)し出(いだ)して吆喝(ようかつ=喚く)せり」と。八戒言う、「活(まこと)に淘気(とうき=厄介)なり!活に淘気なり!師父(しふ)先日(せんじつ)我に教えて、人に見(まみ)ゆれば一箇の問訊(もんじん)を打(な)すはこれ礼(れい)なりとせり。今日(こんにち)問訊(もんじん)を打(な)せば、また好(よ)からずと説(い)う、我をしていかんが乾(な)さしめんとするか!」と。三蔵言う、「我汝に人に見(まみ)ゆれば一箇の問訊(もんじん)を打(な)せと教(おし)えしのみ、未(いま)だかつて汝に王子(おうじ)に見(まみ)ゆればすなわちこの処(ところ)に就(つ)きて歪纏(わいてん=絡みつく)せよと教(おし)えず!常言(ことわざ)に道(いわ)く、『物(もの)に幾等(いくとう)かの物(もの)有り、人に幾等(いくとう)かの人有り』と、いかんしてか箇(かく)の貴賤(きせん)を分(わか)たざるや」と。正(まさ)に説(い)う処に、かの典膳官(てんぜんかん)の人役(じんやく)を帯(ひき)い領(い)るる、桌椅(たくい=机と椅子)を調(ととの)え開(ひら)き、斎を擺(なら)べ上(あ)ぐるを見れば、師徒(してい)ら却(かえ)って言語(ものい)わず、各各(おのおの)斎を食(くら)う。 さてかの王子(おうじ)殿(でん)を退(しりぞ)きて宮(きゅう)に進(い)るに、宮中(きゅうちゅう)に三箇(みたり)の小王子(しょうおうじ)有り、彼が面容(めんよう=顔色)の色(いろ)を改(あらた)むるを見、すなわち問うて言う、「父王(ふおう)は今日(こんにち)何(なん)の故(ゆえ)にかこの驚恐(きょうきょう)有る」と。王子言う、「适(さき)ほど東土大唐(とうどだいとう)より仏(ほとけ)を拝(おが)みて経(きょう)を取(と)らんとし来れる一箇の和尚(おしょう)有り、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せしに、却って一表(いっぴょう=風采)凡(およ)ばず。我彼を留(とど)めて斎を食(くら)わしめしに、彼徒弟(でし)の府前(ふぜん)に在(あ)ると説(い)うにより、我すなわち命(めい)じて請(しょう)ぜしめたり。少時(しばらく)にして進(い)り来るに、我に大礼(たいれい)を行(おこな)わず、一箇の問訊(もんじん)を打(な)すのみなるに、我已(すで)に快(こころよ)からず。頭(こうべ)を抬(あ)げて看るに及(およ)んで、箇箇(おのおの)醜(みにく)きこと妖魔(ようま)に似(に)たれば、心中(しんちゅう)に覚(おぼ)えず驚駭(きょうがい=驚き)せり。此(これ)の故(ゆえ)に面容(めんよう)の色(いろ)を改(あらた)むるなり」と。元来(もと)かの三箇(みたり)の小王子(しょうおうじ)は衆(しゅう)に比(くら)べて同(おな)じからず、箇箇(おのおの)武(ぶ)を好(この)み強(つよ)きを好(この)めば、すなわち拳(こぶし)を伸(の)べ袖(そで)を擄(まく)りて言う、「敢(あ)えてはかの山(やま)の裡(うち)より走(はし)り来れる妖精(ようせい)の、人の象(すがた)を仮装(かそう=装い)するならんか、我らをして兵器(へいき)を拿(と)りて出(い)で往きて看しめよ!」と。好(よ)き王子かな、大(だい)の箇(ひとり)は一条(ひとすじ)の斉眉棍(せいびこん=眉に斉しき棍)を拿(と)り、第二(だいに)の箇(ひとり)は一把(ひとつ)の九歯鈀(きゅうしは=九歯の鈀)を輪(めぐ)らし、第三(だいさん)の箇(ひとり)は一根(ひとつ)の烏油黒棒子(うゆこくぼうす=黒光りの棒)を使(つか)い、雄糾糾(ゆうきゅうきゅう=勇ましく)・気昂昂(きこうこう=意気高く)として王府(おうふ)を走出(いで)で、吆喝(ようかつ=喚き)して言う、「何(なん)たる経(きょう)を取(と)るの和尚(おしょう)か!いずこに在(あ)るか」と。時に典膳(てんぜん)の官員(かんいん)人等(ひとびと)有り、跪(ひざまず)き下(お)りて言う、「小王(しょうおう)よ、彼らはこの暴紗亭(ぼうしゃてい)に在りて斎を食いおりまする」と。小王子(しょうおうじ)好歹(よしあし)を分(わか)たず、闯(つ)け将(も)ちて進り往き、喝(しか)って言う、「汝らは人か是(こ)れ怪(かい)か、疾(と)く早(はや)く説(い)い来れ、汝が性命(いのち)を饒(ゆる)さん!」と。唬(おどろ)かされたるかな三蔵、面容(めんよう)に色(いろ)を失(うしな)い、飯碗(はんわん)を投げ捨て、身(み)を躬(かが)めて言う、「貧僧(ひんそう)はすなわちこれ唐朝(とうちょう)より来りて経(きょう)を取(と)る者(もの)、人なり、怪(かい)に非(あら)ざるなり」と。小王子(しょうおうじ)言う、「汝はなおまた人に象(に)たれど、かの三箇(みたり)の醜(みにく)きは、断然(だんぜん)としてこれ怪(かい)ならん!」と。八戒ただ只管(ひたすら)飯(めし)を食いて睬(かえりみ)ず。沙僧と行者(ぎょうじゃ)身(み)を欠(かが)めて言う、「我らは俱(みな)これ人なり。面(おもて)醜(みにく)しといえど心(こころ)良(よ)く、身夯(にぶ)しといえど性(せい)善(よ)し。汝ら三箇(みたり)は却ってこれいずこよりか来れる、却ってこの様(さま)に海口(かいこう=大口)をききて軽狂(けいきょう=軽薄)なるか」と。旁(かたわら)に典膳(てんぜん)等の官(かん)有りて言う、「三位(さんい)はこれ我が王(おう)の子(こ)の小殿下(しょうでんか)なり」と。 八戒碗(わん)を投げ捨てて言う、「小殿下(しょうでんか)よ、各(おのおの)兵器(へいき)を拿(と)るはいかんするか。これ我らと打(う)たんと要(もと)むるならんか」と。 二王子(におうじ)步(あゆみ)を掣(ひら)き開(ひら)き、双手(もろて)に鈀(は)を舞(ま)わして、すなわち八戒を打(う)たんとす。八戒嘻嘻(きき)として笑って言う、「汝がかの鈀(は)はただ我がこの鈀(は)の孫(まご)と做(な)るを好(よ)しとするのみ!」と。すなわち衣(い)を掲(かか)げ、腰間(ようかん)より鈀(は)を取(と)り出(いだ)し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、金光(きんこう)万道(ばんどう)、解数(かいすう=技)を繰り広げれば、瑞気(ずいき)千条(せんじょう)有り、一箇の王子をして手(て)軟(やわ)らぎ筋(すじ)麻(しび)れて、敢(あ)えて舞(ま)い弄(ろう)せざらしむ。行者(ぎょうじゃ)大(だい)の箇(ひとり)の一条(ひとすじ)の斉眉棍(せいびこん)を使(つか)いて、跳(おど)り阿(あ)跳(おど)りするを見、すなわち耳朶(みみ)の裡(うち)より金箍棒(きんこぼう)を取(と)り出(いだ)し、幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来(ばかり)の粗細(ふとさ)、丈二三(じょうにさん)の長短(ながさ)有り、地(ち)に着(つ)きて一搗(ひとつき)すれば、搗(つ)きて三尺(さんじゃく)の深浅(ふかさ)有り、かの処に竪(た)てて、笑って言う、「我この棍子(こんす=棒)を把(と)って汝に送(おく)らん!」と。 かの王子これを聴(き)き、すなわち自(みずか)らの棍(こん)を投げ捨て、往きてかの棒(ぼう)を取らんとし、双手(もろて)に気力(きりょく)を尽(つく)して一(ひと)たび拔(ぬ)かんとすれど、想(おも)うに分毫(ぶんごう=わずか)も動(うご)かし得(え)ず、再(ふたた)びまた一端(ひとたび)を端(もちあ)げ、一揺(ひとゆす)りを揺(ゆす)るに、すなわち根(ね)を生(しょう)じたるが一般(ごと)し。第三(だいさん)の箇(ひとり)莽性(もうせい=荒々しき性)を撒(ちら)し起(おこ)し、烏油杆棒(うゆかんぼう=黒光りの棒)を使(つか)いて打(う)ち来るに、沙僧に一手(ひとて)にて劈(つ)き開(ひら)かれ、降妖宝杖(ごうようほうじょう)を取り出(いだ)され、拈(ひね)りて一拈(ひとひねり)、艶艶(えんえん=あでやか)として光(ひかり)生(しょう)じ、紛紛(ふんぷん)として霞(かすみ)亮(あきら)かなり。唬(おどろ)かされたるかなかの典膳(てんぜん)等の官(かん)、箇箇(おのおの)呆呆掙掙(たいたいそうそう=ぼうぜん)として、口(くち)に言(い)う能(あた)わず。三箇の小王子(しょうおうじ)一斉(いっせい)に下(お)り拝(はい)して言う、「神師(しんし)よ!神師よ!我ら凡人(ぼんじん)の識(し)らざるところ、万(よろず)望(のぞ)むらくは一審(ひとしきり)施展(しぜん=披露)したまえ、我ら好く拝授(はいじゅ=拝んで習)けん」と。行者(ぎょうじゃ)近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)み、軽軽(かるがる)と棒(ぼう)を把(と)って拿(と)り起(あ)げて言う、「ここは窄狭(さくきょう=狭く)して、好く手(て)を展(の)ばさず、我が空(くう)の中(うち)に跳(おど)り上(あ)がりて、一路児(ひととおり)耍(あそ)びて汝らに看看(みら)れんを等(ま)て」と。好き大聖(たいせい)かな、唿哨(こっしょう=一声)と一声(ひとこえ)、觔斗(きんと)を将(も)ちて一縦(ひととび)し、両隻(ふたつ)の脚(あし)に五色(ごしき)の祥雲(しょううん)を踏(ふ)み、半空(はんくう)に起(た)ち、地(ち)を離(はな)るること約(およ)そ三百步(さんびゃくほ)の高下(たかさ)にして、金箍棒(きんこぼう)を把(と)って撒花蓋頂(さっかがいちょう=花を撒き頂を覆う)・黄龍転身(こうりゅうてんしん)と繰り開(ひら)き、一上(いちじょう)一下(いちげ)、左(ひだり)に旋(めぐ)り右(みぎ)に転(てん)ず。初(はじ)めの時(おり)は人と棒(ぼう)と錦上(きんじょう)に花(はな)を添(そ)うるに似(に)たれど、次(つぎ)の後(のち)には人見えず、ただ一天(いってん)に棒(ぼう)の滚(ころが)るのみ。八戒底(した)に在りて一声(ひとこえ)采(さい)を喝(い)り、また手足(しゅそく)を忍(しの)びえず、声(こえ)を厲(はげ)しくして喊(よばわ)る、「老豬(ろうちょ=おれ)をも往きて耍(あそ)ばしめよ!」と。好き呆子(あほう)かな、風頭(ふうとう=風)を駕(が)し起(おこ)し、また半空(はんくう)に到り、鈀(は)を繰り開(ひら)き、上三(かみさん)下四(しもよん)、左五(ひだりご)右六(みぎろく)、前七(まえなな)後八(うしろはち)と、満身(まんしん)の解数(かいすう=技)、ただ聴く呼呼(ここ)たる風(かぜ)の響(ひび)きを。正(まさ)に使(つか)うて熱鬧(ねっとう=盛ん)なる処に到れば、沙僧長老に向(むか)いて言う、「師父(しふ)よ、老沙(ろうさ)をも往きて操演(そうえん=演武)し操演(そうえん)せしめよ」と。好き和尚(おしょう)かな、双(ふたつ)の脚(あし)を揃(そろ)えて一跳(ひととび)し、杖(じょう)を輪(めぐ)らし、また空(くう)の中(うち)に起(た)てば、ただ見よ、かの鋭気(えいき)氤氳(いんうん=立ちこめ)、金光(きんこう)縹緲(ひょうびょう=かすか)たり。双手(もろて)に降妖杖(ごうようじょう)を使(つか)いて、一箇の丹鳳朝陽(たんぽうちょうよう)・餓虎撲食(がこぼくしょく=飢えた虎の飛びかかり)を繰り出(いだ)し、緊(きつ)と迎(むか)え慢(ゆる)と擋(ふせ)ぎ、捷(すみやか)に転(てん)じ忙(いそが)しく攛(つ)く。弟兄(けいてい)三箇すなわち神通(じんずう)を展(の)べ、みなかの半空(はんくう)の中(うち)に在りて一斉(いっせい)に威(い)を揚(あ)げ武(ぶ)を耀(かがや)かす。これ才(はじ)めてこれ、 真禅(しんぜん)の景象(けいしょう)は凡(およ)び同(おな)じからず、 大道(だいどう)の縁由(えんゆう=由縁)太空(たいくう)に満(み)つ。 金木(きんもく)威(い)を施(ほどこ)して法界(ほっかい)に盈(み)ち、 刀圭(とうけい)展転(てんてん)して円通(えんつう)に合(がっ)す。 神兵(しんぺい)精鋭(せいえい)にして時(じ)に随(したが)って顕(あらわ)れ、 丹器(たんき=丹の器)花生(かせい)じて到る処崇(たっと)し。 天竺(てんじく)は高(たか)しといえどなお性(せい)を戒(いまし)め、 玉華(ぎょくか)の王子は総(すべ)て中(ちゅう)に帰(き)す。 と。 唬(おどろ)かされたるかなかの三箇の小王子(しょうおうじ)、塵埃(じんあい=地べた)に跪(ひざまず)く。暴紗亭(ぼうしゃてい)の大小(だいしょう)の人員(じんいん)、并(なら)びに王府(おうふ)の裡(うち)の老王子(ろうおうじ)、満城(まんじょう)の軍民(ぐんみん)男女(だんじょ)、僧尼(そうに)道俗(どうぞく)、一応(いちおう)の人等(ひとびと)、家家(いえいえ)に仏(ほとけ)を念(ねん)じ頭(こうべ)を磕(う)ち、戸戸(こここ)に香(こう)を拈(ひね)りて礼拝(らいはい)す。果たしてこれ、 象(すがた)を見て真(しん)に帰(き)して衆僧(しゅそう)を度(わた)し、 人間(にんげん)に福(ふく)を作(な)して清平(せいへい=泰平)を享(う)く。 今(いま)より果(か)を正(ただ)して菩提(ぼだい)の路(みち)、 尽(ことごと)くこれ参禅(さんぜん)し仏(ほとけ)を拝(おが)む人なり。 と。 彼ら三箇各(おのおの)雄才(ゆうさい)を逞(たくま)しくし、一路(ひととおり)を使(つか)い了(おわ)り、祥雲(しょううん)を按(おろ)し下(おろ)し、兵器(へいき)を収(おさ)め、唐僧(とうそう)の面前(めんぜん)に到りて問訊し、師(し)の恩(おん)を謝(しゃ)し、各各(おのおの)坐下(ざげ)す。これを題(だい)せず。 かの三箇の小王子急(いそ)ぎ宮裡(きゅうり)に回(かえ)り、老王(ろうおう)に告奏(こくそう)して言う、「父王(ふおう)万千(ばんせん)の喜(よろこび)あり!今(いま)莫大(ばくだい)の功(こう)有り!适(さき)ほどかつて半空(はんくう)の中(うち)に舞(ま)い弄(ろう)するを見たもうや否(いな)や」と。老王(ろうおう)言う、「我才(いま)しがた半空(はんくう)の霞彩(かさい=彩雲)を見、すなわち宮院(きゅういん)の内(うち)に於(お)いて汝が母親(ははおや)等衆(とうしゅ)と同(とも)に香(こう)を焚(た)きて啓(もう)し拝(おが)めり、更(さら)にいずこの神仙(しんせん)の降(くだ)り聚(あつま)れるなるを知らざりしなり」と。小王子言う、「いずこの神仙(しんせん)にも非(あら)ず、すなわちこれかの経を取る僧(そう)が三箇の醜(みにく)き徒弟なり。一箇(ひとり)は金箍鉄棒(きんこてつぼう)を使い、一箇(ひとり)は九歯釘鈀(きゅうしていは)を使い、一箇(ひとり)は降妖宝杖(ごうようほうじょう)を使いて、我ら三人(さんにん)の兵器(へいき)を把(と)って、比(くら)ぶるに通(まる)きに分毫(ぶんごう=少し)も無(な)からしめたり。我ら彼に一路(ひととおり)を使わしめしに、彼地上(ちじょう)の窄狭(さくきょう=狭き)を嫌(いと)いて、好く支吾(しご=応対)せずとし、我が空(くう)の中に起(た)ちて、一路(ひととおり)を使いて汝に看看(みら)れんとせり。彼すなわち各(おのおの)雲頭(うんとう)を駕(が)し、満空(まんくう)に祥雲(しょううん)縹緲(ひょうびょう)として、瑞気(ずいき)氤氳(いんうん)たり。才(ようや)く然(しか)る後(のち)に落(お)ち下(くだ)り、みな暴紗亭(ぼうしゃてい)の裡(うち)に坐(ざ)せり。児(こ)の十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)するところは、彼を拝(はい)して師(し)と為(な)し、彼が手段(てだて)を学(まな)び、我が邦(くに)を保護(ほご)せんと欲(ほっ)するにあり、これ誠(まこと)に莫大(ばくだい)の功(こう)なり!父王(ふおう)いかんが以為(おも)うかを知らず」と。老王(ろうおう)これを聞(き)き、心(こころ)に信(しん)じ願(ねがい)に従(したが)う。 当時(そのとき)父子(ふし)四人(よたり)、駕(が)を擺(なら)べず、蓋(かさ)を張(は)らず、步行(ほこう)して暴紗亭(ぼうしゃてい)に到る。彼が四衆(ししゅ)行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し、府(ふ)に進りて斎を謝(しゃ)し、王に辞(じ)して起(た)ち行(ゆ)かんと欲(ほっ)せしに、偶(たまたま)玉華王(ぎょくかおう)父子(ふし)の亭(てい)に上(のぼ)り来りて身を倒(さかしま)にし下(お)りて拝(はい)するを見、慌(あわ)てたるかな長老、身を舒(の)ばし、地(ち)に撲(う)ちて礼(れい)を返(かえ)し、行者ら旁(かたわら)に闪(かわ)し過(よ)ぎて、微微(びび)として冷笑(れいしょう)す。 衆(しゅう)拝(はい)し畢(おわ)り、四衆(ししゅ)を請(しょう)じて府堂(ふどう)の上(うえ)に進りて坐(ざ)せしむ。四衆(ししゅ)欣然(きんぜん)として入(い)る。老王(ろうおう)身を起(おこ)して言う、「唐老師父(とうろうしふ)よ、孤(こ=私)に一事(いちじ)の奉求(ほうきゅう=お願い)する有り、知らず三位(さんい)の高徒(こうと)は能(よ)く容(い)るるや否(いな)や」と。三蔵言う、 「ただ千歳(せんざい)の吩咐(いいつけ)に凭(よ)らん、小徒(しょうと)敢えて従(したが)わざること無(な)からん」 と。老王(ろうおう)言う、「孤(こ)先(さき)に列位(れっい)を見し時(おり)、ただこれ唐朝(とうちょう)より遠(とお)く来れる行脚(あんぎゃ)の僧(そう)と以為(おも)えり、実(げ)にこれ肉眼(にくがん)凡胎(ぼんたい=凡夫)にして、多(おお)く軽褻(けいせつ=軽んじ)を致(いた)せり。适(さき)ほど孫師(そんし)・豬師(ちょし)・沙師(さし)の空(くう)に在りて舞(ま)い起(おこ)るを見、方(はじ)めてこれ仙(せん)か是(こ)れ仏(ほとけ)なるを知れり。孤(こ)が三箇の犬子(けんし=愚息)は、一生(いっしょう)武芸(ぶげい)を弄(ろう)することを好(この)む。今(いま)謹(つつし)んで虔心(けんしん=真心)を発(おこ)し、拝(はい)して門徒(もんと)と為(な)り、些(いささ)かの武芸(ぶげい)を学(まな)ばんと欲(ほっ)す。万(よろず)望(のぞ)むらくは老師(ろうし)の天地(てんち)の心(こころ)を開き、普(あまね)く慈舟(じしゅう=慈悲の船)を運(めぐ)らして小児(しょうじ)を伝度(でんど=お導き)したまえ、必(かなら)ず傾城(けいじょう=都を傾く)の資(し=財)を以(も)って奉謝(ほうしゃ)せん」と。行者これを聞(き)き、忍(しの)びえず呵呵(かか)として笑って言う、「汝この殿下(でんか)は、好くも事(こと)を会(え)せぬかな!我ら出家人(しゅっけにん)は、幾箇(いくにん)かの徒弟を伝(つた)えんことを得(え)んことを巴(ねが)わざるは無し。汝が令郎(れいろう=息子)既(すで)に善(ぜん)に従(したが)うの心(こころ)有らば、切(きっ)と分毫(ぶんごう=少し)の利(り)を説(い)い起(おこ)すべからず、ただただ情(じょう)を以(も)って相(あい)処(お)らば、足(た)って愛(あい)と為(な)すなり」と。王子これを聴(き)き、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんぎ)し、随(したが)って大(おお)いに筵宴(えんえん)を排(なら)ぶるを命(めい)じ、すなわち本府(ほんぷ)の正堂(せいどう)に於(お)いて擺列(はいれつ)せしむ。噫!一声(ひとこえ)の旨意(しい)にして、即刻(そくこく)に俱(みな)完(まっとう)す。ただ見よ、かの、 結彩(けっさい=飾り)飄颻(ひょうよう=ひるがえ)り、香烟(こうえん)馥郁(ふくいく=芳し)たり。 戧金(そうきん=金象眼)の桌子(たくす=机)に鮫綃(こうしょう=鮫の絹)を掛(か)くるは、人の眼目(がんもく)を幌(くらま)し、 彩漆(さいしつ)の椅児(いじ=椅子)に錦繍(きんしゅう)を鋪(し)くは、座(ざ)の風光(ふうこう)を添(そ)う。 樹果(じゅか=木の実)新鮮(しんせん)にして、茶湯(ちゃとう)香(こう)ばしく噴(ふ)く。 三五道(さんごどう=三品五品)の閑食(かんしょく=菓子)清甜(せいてん=甘い)、 一両餐(いちりょうさん)の饅頭(まんじゅう)豊潔(ほうけつ=豊かで清らか)なり。 蒸酥(じょうそ)蜜煎(みっせん=蜜漬け)更(さら)に奇(き)なるかな、 油札(ゆさつ)糖澆(とうぎょう=飴かけ)真(まこと)に美(うつく)しきかな。 幾瓶(いくびん)かの香糯(こうだ=香り糯)の素酒(そしゅ)有り、斟(つ)ぎ出(いだ)せば瓊漿(けいしょう=仙酒)に賽(まさ)り、 幾番(いくたび)かの陽羨(ようせん)の仙茶(せんちゃ)を献(けん)ず、手(て)に捧(ささ)げ到れば香(かおり)丹桂(たんけい)を欺(あざむ)く。 般般(はんはん)品品(ひんぴん)みな斉(ととの)い備(そなわ)り、 色色(しきしき)行行(こうこう)尽(ことごと)く奇(き)を出す。 と。 一壁廂(いっぺきしょう=一方)に承応(しょうおう=抱え)の歌舞(かぶ)吹弾(すいだん=演奏)、撮弄(さつろう=手品)演戯(えんぎ=芝居)を叫(よ)ばしむ。彼が師徒(してい)ら并(なら)びに王の父子(ふし)、一日(いちじつ)を尽(つく)して楽(たの)しむ。覚(おぼ)えず天(てん)晩(くら)れ、酒席(しゅせき)散(さん)ずるや、また即(すなわ)ち暴紗亭(ぼうしゃてい)に床幃(しょうい=寝台)を鋪設(ほせつ=敷き)し、師(し)を請じて安宿(あんしゅく)せしめ、明早(みょうそう=明朝)に竭誠(けっせい=誠を尽く)して香(こう)を焚(た)き、再(ふたた)び拝(はい)して武芸(ぶげい)を伝(つた)うることを求(もと)めんと待(ま)たしむ。衆(しゅう)みな聴(き)き従(したが)い、すなわち香湯(こうとう=香水)を備(そな)えて師(し)を請じて沐浴(もくよく)せしめ、衆却って寝(い)に帰(かえ)る。この時(とき)の、 衆鳥(しゅうちょう)高(たか)く栖(すま)いて万籟(ばんらい=万物の音)沉(しず)み、 詩人(しじん)榻(とうこ=寝台)を下(お)りて哦吟(がぎん=詩吟)を罷(や)む。 銀河(ぎんが)光(ひかり)を顕(あらわ)して天(てん)弥(いよい)よ亮(あきら)かに、 野径(やけい=野の径)荒涼(こうりょう)として草(くさ)更(さら)に深(ふか)し。 砧杵(ちんしょ=砧)叮咚(ていとう=とんとん)と別院(べついん)を敲(たた)き、 関山(かんざん)杳窵(ようちょう=遠く)として郷心(きょうしん=望郷)を動(うご)かす。 寒蛩(かんきょう=寒の蟋蟀)声(こえ)朗(ほがら)かにして人の意(こころ)を知り、 嚦嚦(れきれき=さえずり)として床頭(しょうとう=枕もと)に夢魂(むこん=夢)を破(やぶ)る。 と。 一宵(いっしょう)の晩景(ばんけい)題(だい)し過(す)ぐ。明早(みょうそう=明朝)、かの老王(ろうおう)父子(ふし)また来りてこの長老に相見(しょうけん)す。昨日(きのう)の相見(しょうけん)はなおこれ王礼(おうれい)なりしが、今日(こんにち)はすなわち師礼(しれい)を行(おこな)う。かの三箇の小王子行者・八戒・沙僧に対(たい)して面(おもて)に向(む)かいて頭(こうべ)を叩(う)ち、拝して問うて言う、「尊師(そんし)の兵器(へいき)を、また借(か)し出して弟子(でし)らに看看(みら)れたまえ」と。 八戒これを聞(き)き、欣然(きんぜん)として釘鈀(ていは)を取り出し、地(ち)の上(うえ)に抛(な)げ置(お)く。沙僧宝杖(ほうじょう)を将(も)ちて抛(な)げ出し、墻辺(かきべ=塀のほとり)に倚(よ)せかく。二王子(におうじ)と三王子(さんおうじ)跳(おど)り起(お)きて往きてすなわち拿(と)らんとすれど、すなわち蜻蛉(とんぼ)の石柱(せきちゅう)を撼(ゆるが)すが如(ごと)く、箇箇(おのおの)掙(あが)きて紅頭赤臉(こうとうせきれん=赤面)となるも、想(おも)うに半分毫(はんぶんごう=少し)も拿り動(うご)かし得(え)ず。大王子(だいおうじ)これを見、叫(よばわ)って言う、「兄弟(きょうだい)よ、力(ちから)を費(ついや)す莫(な)かれ。師父の兵器(へいき)は、みなこれ神兵(しんぺい)にして、幾許(いくばく)の重(おも)さか有るを知らず!」と。八戒笑って言う、 「我が鈀(は)もまた多(おお)くの重(おも)さ有らず、ただ一蔵(いちぞう)の数(かず)有るのみ、柄(え)を連(あわ)せて五千四十八斤(ごせんしじゅうはっきん)なり」 と。三王子(さんおうじ)沙僧に問うて言う、「師父の宝杖(ほうじょう)は多重(おも)さか」と。沙僧笑って言う、「またこれ五千四十八斤(ごせんしじゅうはっきん)なり」と。大王子(だいおうじ)行者の金箍棒(きんこぼう)を求(もと)めて看んとす。行者耳朶(みみ)の裡(うち)に往きて一箇の針児(しんじ=針)を取り出し、風(かぜ)に迎(むか)いて幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)すれば、すなわち碗(わん)来(ばかり)の粗細(ふとさ)有り、直直(すくすく)と面前(めんぜん)に竪(た)て立(た)つ。かの王父子(ふし)みな皆(みな)悚懼(しょうく=恐れ)、衆官員(しゅうかんいん)箇箇(おのおの)心驚(おどろ)く。三箇の小王子礼拝(らいはい)して言う、「豬師(ちょし)・沙師(さし)の兵(へい)は、みな身に随(したが)えて衣(い)の下(した)に帯(お)び、すなわちこれを取るを得(う)。孫師(そんし)は何(なん)の故(ゆえ)にか自(みずか)ら耳(みみ)の中より取り出し、風(かぜ)に見(まみ)ゆればすなわち長(の)ぶるは、何(なん)ぞや」と。行者笑って言う、 「汝知らず、我がこの棒(ぼう)はこれ凡間(ぼんげん)に等閑(なおざり)に有るべき者に非(あら)ざるを。この棒(ぼう)は、 鴻濛(こうもう=混沌)初(はじ)めて判(わか)るるや陶鎔(とうよう=鋳溶か)しし鉄(くろがね)、 大禹(だいう)神人(しんじん)の親(みずか)ら設(もう)けたる所(ところ)。 湖海江河(こかいこうが)の浅(あさ)きと深(ふか)きとを共(とも)にし、 かつてこの棒を将(も)ちてこれを知ること切(せつ)なり。 山(やま)を開き水(みず)を治(おさ)めて太平(たいへい)の時(とき)、 流(なが)れ落(お)ちて東洋(とうよう)に鎮海闕(ちんかいけつ=海を鎮むる宮)に在(あ)り。 日(ひ)久(ひさ)しく年(とし)深(ふか)くして彩霞(さいか)を放(はな)ち、 能(よ)く消(き)え能(の)び能(ひか)ることを得(う)。 老孫(ろうそん)分(ぶん)有りて取り将ち来り、 変化(へんげ)方(かた)無(な)くして口訣(くけつ=呪文)に随(したが)う。 大(だい)ならんと要(もと)むれば宇宙(うちゅう)の間(あいだ)に弥(あまね)く、 小(しょう)ならんと要(もと)むれば却って針児(しんじ)の節(ふし)に似(に)たり。 棒の名(な)は如意(にょい)にして号(な)は金箍(きんこ)、 天上(てんじょう)人間(にんげん)に一絶(いちぜつ=無双)と称(とな)う。 重(おも)さ一万三千五百斤(いちまんさんぜんごひゃっきん)なるべきに、 或(あるい)は粗(ふと)く或(あるい)は細(ほそ)くして能(よ)く生滅(しょうめつ)す。 またかつて我を助(たす)けて天宮(てんぐう)を闹(さわ)がし、 またかつて我に随(したが)いて地闕(ちけつ=地府)を攻(せ)めたり。 虎(とら)を伏(ふく)し龍(りゅう)を降(くだ)して処処(しょしょ)に通(つう)じ、 魔(ま)を煉(ね)り怪(かい)を蕩(はら)いて方方(ほうぼう)に徹(とお)る。 頭(こうべ)を挙(あ)げて一指(ひとさし)すれば太陽(たいよう)昏(くら)み、 天地(てんち)鬼神(きしん)みな胆(きも)を怯(おびや)かす。 混沌(こんとん)より仙伝(せんでん)して今に到るまで、 元来(もと)これ凡間(ぼんげん)の鉄(くろがね)に非(あら)ざるなり」 と。かの王子これを聞(き)き、箇箇(おのおの)頂礼(ちょうらい)すること尽(つ)くる無(な)し。三箇前(まえ)に進(すす)みて重重(かさねがさね)に拝礼(はいれい)し、虔心(けんしん=真心)に授(さず)けを求(もと)む。行者言う、「汝ら三人(さんにん)いずれの般(ひ)の武芸(ぶげい)を学(まな)ばんとするかを知らず」と。王子道(いわ)く、 「願(ねが)わくは棍(こん)を使う者はすなわち棍(こん)を学(まな)び、 鈀を使うに慣(な)れたる者はすなわち鈀を学(まな)び、 杖(じょう)を用(もち)うるを愛(あい)する者はすなわち杖(じょう)を学(まな)ばん」 と。行者笑って言う、「教(おし)うるはまた容易(たやす)けれど、ただ汝らに力量(りきりょう=力)無(な)く、我らが兵器を使うを得ざれば、恐(おそ)らくはこれを学んで精(くわ)しからず、虎(とら)を画(えが)きて成(な)らず反(かえ)って狗(いぬ)に類(るい)するが如(ごと)きならん。古人(こじん)云(いわ)く、『教訓(きょうくん)厳(きび)しからざるは師(し)の惰(おこたり)、学問(がくもん)成(な)らざるは子(こ)の罪(つみ)』と。汝ら既(すで)に誠心(せいしん)有らば、往きて香(こう)を焚(た)き来りて天地(てんち)を拝(おが)め、我先(ま)ず汝らに些(いささ)かの神力(しんりき)を伝(つた)え、然(しか)る後(のち)に武芸(ぶげい)を授(さず)くべし」と。三箇の小王子これを聞き、満心(まんしん)に歓喜(かんぎ)し、すなわち親(みずか)ら香案(こうあん=香炉の台)を抬(かつ)ぎ、手(て)を沐(あら)い香(こう)を焚(た)き、天(てん)に向(むか)いて礼拝(らいはい)す。拝し畢(おわ)りて師(し)を請じて法(ほう)を伝(つた)えしむ。行者身を転(てん)じ下り来り、唐僧(とうそう)に向いて礼(れい)を行(おこな)いて言う、「尊師(そんし)に告(もう)す、弟子(でし)の罪(つみ)を恕(ゆる)したまえ。当年(とうねん)両界山(りょうかいざん)に在りて師父の大徳(だいとく)を蒙(こうむ)り弟子(でし)を救(すく)い脱(のが)れたもうしより、沙門(しゃもん)に秉教(へいきょう=教えを受け)し、一向(ひたすら)西(にし)に来れり。かつて重(おも)く師恩(しおん)に報(むく)いずといえど、またかつて水(みず)を渡(わた)り山(やま)に登(のぼ)り、心力(しんりょく)を竭(つく)し尽(つく)せり。今仏国(ぶっこく)の郷(さと)に来り、幸(さいわ)いに賢王(けんおう)の三子(さんし)に遇(あ)い、投(なげう)ちて我らを拝し、武芸(ぶげい)を学ばんと欲(ほっ)す。彼既(すで)に我らの徒弟と為(な)らば、すなわちこれ我が師の徒孫(とそん=弟子の弟子)なり。謹(つつし)んで我が師に稟(もう)し上(あ)げ、庶(こいねが)わくは好く伝授(でんじゅ)せんことを」と。三蔵十分(じゅうぶん)に大(おお)いに喜(よろこ)ぶ。八戒・沙僧行者の礼を行(おこな)うを見、またかの身を転(てん)じて三蔵に朝(むか)いて頭を磕(う)ちて言う、「師父よ、我ら愚魯(ぐろ=愚かに)して、拙口鈍腮(せっこうどんさい=口下手)にして、話(はなし)を説うを会(え)せず。望(のぞ)むらくは師父の高(たか)く法位(ほうい)に坐(ざ)したまい、我ら二人(ふたり)をもして各(おのおの)一箇の徒弟を招(まね)きて耍(あそ)ばしめたまえ、またこれ西方(せいほう)の路(みち)の上(うえ)の憶念(おくねん=記念)ならん」と。三蔵みな欣然(きんぜん)としてこれを允(ゆる)す。 行者才(ようや)く三箇の王子に教えて、すなわち暴紗亭の後(うしろ)の静室(せいしつ=静かな部屋)の間(あいだ)に於(お)いて罡斗(こうと=星の座)を画(か)き、三人(さんにん)をしてみなその内(うち)に俯伏(ふふく=うつぶし)せしめ、箇箇目(め)を瞑(つぶ)りて神(しん)を寧(やす)んぜしむ。ここに却って暗(ひそ)かに真言(しんごん)を念(ねん)じ動(どう)じ、呪語(じゅご)を誦(ず)し動(どう)じ、仙気(せんき)を将ちて彼ら三人(さんにん)の心腹(しんぷく=胸中)の中に吹(ふ)き入(い)れ、元神(がんじん=魂)を把って本舎(ほんしゃ=元の宿)に収(おさ)め帰(かえ)し、口訣(くけつ=呪文)を伝(つた)え与(あた)え、各(おのおの)万千(ばんせん)の膂力(りょりょく=腕力)を授(さず)け得(う)しめ、火候(かこう=修行の段階)を運(めぐ)らし添(そ)えて、却って一箇の脱胎換骨(だったいかんこつ)の法(ほう)の象(ごと)し。子午周天(しごしゅうてん=気の巡り)を運(めぐ)らし遍(あまね)くして、かの三箇の小王子方(はじ)めて才(ようや)く蘇醒(よみがえ)り、一斉(いっせい)に爬(はい)き将ちて起(お)き上がり、顔(かお)を抹抹(ぬぐい)ぬぐい、精神(せいしん)抖擻(とうそう=奮い立ち)、箇箇骨(ほね)壮(さか)んに筋(すじ)強(つよ)し。大王子(だいおうじ)はすなわち金箍棒(きんこぼう)を拿り得(う)し、二王子(におうじ)はすなわち九歯鈀(きゅうしは)を掄(ふる)い得(う)し、三王子(さんおうじ)はすなわち降妖杖(ごうようじょう)を挙(あ)げ得。老王これを見、歓喜(かんぎ)勝(た)うること無く、また素宴(そえん)を排(なら)べて、彼が師徒(してい)四衆(ししゅ)に啓謝(けいしゃ=感謝)す。すなわち筵前(えんぜん)に在りて各(おのおの)伝え各授(さず)く。棍(こん)を学ぶ者は棍(こん)を演(えん)じ、鈀を学ぶ者は鈀を演(えん)じ、杖(じょう)を学ぶ者は杖(じょう)を演(えん)ず。幾箇(いくつ)かの転身(てんしん)を打(う)ち、幾般(いくつ)かの解数(かいすう=技)を繰り出すといえど、終(つい)にこれ些(いささ)か力(ちから)を著(つ)くること有りて、一路(ひととおり)を走(つか)えば、すなわち喘気嘘嘘(ぜいききょきょ=息を切らし)、耐(た)え久(ひさ)しきこと能(あた)わず。蓋(けだ)し彼(か)が兵器にはみな変化(へんげ)有りて、その進退(しんたい)攻揚(こうよう=攻め揚ぐ)は、消(き)えるに随い長(の)ぶるに随い、みな変化(へんげ)自然(しぜん)の妙(みょう)有れば、この等(ごと)きは終(つい)にこれ凡夫(ぼんぷ)にして、豈(あ)に以(も)って遽(にわ)かに及(およ)ぶことを得んや。当(まさ)にその日(ひ)筵宴(えんえん)を散(さん)ず。 次日(よくじつ)、三箇の王子また来りて称謝(しょうしゃ)して言う、「感(かん)じて神師(しんし)の膂力(りょりょく)を授(さず)け賜(たま)うを蒙(こうむ)れり。縦(たと)い師の神器(しんき)を輪(ふる)い得るといえど、ただ転換(てんかん=扱い)の艱難(かんなん=難き)あるのみ。意(こころ)に工匠(こうしょう)を命(めい)じて師の神器(しんき)の式様(しきよう=型)に依(よ)り、斤両(きんりょう=目方)を減削(げんさく)し、一般(おなじ)なるを打造(だぞう=打ち造ら)しめんと欲(ほっ)す。未(いま)だ師父の肯(がえん)じて容(い)るるや否(いな)やを知らず」と。八戒言う、「好し!好し!好し!説うこと話(はなし)に象(に)たり。我らの器械(きかい)は、一(ひとつ)には汝らの使うを得ざるところ、二(ふたつ)には我ら法(ほう)を護(まも)り魔(ま)を降(くだ)すを要(よう)すれば、正(まさ)に別(べつ)に造(つく)り別(べつ)に造(つく)るべきなり」と。王子また随って鉄匠(てっしょう=鍛冶)を宣召(せんしょう=召し)し、鋼鉄(こうてつ)万斤(ばんきん)を買(か)い弁(ととの)え、すなわち王府(おうふ)の内(うち)の前院(ぜんいん)に於(お)いて廠(しょう=小屋)を搭(たて)り、炉(ろ)を支(つか)えて鋳造(ちゅうぞう)せしむ。先(ま)ず一日(いちじつ)に鋼鉄(こうてつ)を将ちて煉(ね)り熟(じゅく)し、次日(よくじつ)行者三人を請じて金箍棒(きんこぼう)・九歯鈀(きゅうしは)・降妖杖(ごうようじょう)をみな取り出し、篷廠(ほうしょう=作業小屋)の間(あいだ)に放(お)きて、様(かた)を看て造作(ぞうさ=製作)せしめ、此(ここ)に遂(つい)て昼夜(ちゅうや)に収めず。 噫!この兵器は元来(もと)彼らが身に随うるの宝(たから)にして、一刻(いっとき)も離(はな)るべからざる者なるを、各身に蔵(かく)せば、自(おのずか)ら許多(あまた)の光彩(こうさい)の体(からだ)を護(まも)る有り。今廠院(しょういん=作業場)の中に放(お)きて幾日(いくにち)かなれば、かの霞光(かこう)は万道(ばんどう)の天(てん)を衝(つ)く有り、瑞気(ずいき)は千般(せんぱん)の地(ち)を罩(おお)う有り。その夜(よる)一箇の妖精(ようせい)有り、城(しろ)を離(はな)るることただ七十里(しちじゅうり)の遠近(きんきょ)にして、山(やま)を豹頭山(ひょうとうざん)と喚(よ)び、洞(どう)を虎口洞(ここうどう)と喚(よ)ぶ。夜(よる)坐するの間(あいだ)、忽(たちま)ち霞光(かこう)瑞気(ずいき)を見、すなわち雲頭(うんとう)を駕(が)して而(しか)して看る。元来(もと)これ州城(しゅうじょう)の光彩(こうさい)なり。彼雲(くも)を按(おろ)し下(おろ)して近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)みて観看(みわた)せば、すなわちこれこの三般(みつ)の兵器の光(ひかり)を放(はな)つなり。妖精(ようせい)また喜(よろこ)びまた愛(め)でて言う、「好き宝貝(ほうばい=宝)かな!好き宝貝かな!これいずれの人の用(もち)うるものなるに、今ここに放(お)き置(お)けるは、またこれ我が縁法(えんぽう=因縁)なり。拿り去(さ)らんよ!拿り去(さ)らんよ!」と。彼が愛心(あいしん=欲心)一(ひと)たび動(うご)き、威風(いふう)を弄(ろう)し起し、三般(みつ)の兵器を将ちて、一股(ひとまとめ)にこれを収め、径(ただち)に本洞(ほんどう)に転(てん)ず。正(まさ)にこれ、 道(どう)は須臾(しばし)も離(はな)るべからず、 離(はな)るべきは道(どう)に非(あら)ざるなり。 神兵(しんぺい)尽(ことごと)く空(くう)に落(お)ち、 枉(むだ)に参修(さんしゅ=修行)の者を費(ついや)す。 と。畢竟(ひっきょう)いかんしてかこの兵器を尋(たず)ね得るを知らず、且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第八十九回 黄獅精(こうしせい)虚(むな)しく釘鈀(ていは)の宴(うたげ)を設(もう)け 金木土(きんもくど)計(けい)して豹頭山(ひょうとうざん)を鬧(さわ)がす さて、かの院(いん=屋敷)の裡(うち)に在(あ)る幾人(いくたり)かの鉄匠(てっしょう=鍛冶職人)、連日(れんじつ)の辛苦(しんく)に因(よ)りて、夜(よる)に及びては俱(みな)自(おのずか)ら睡(ねむ)り了(おわ)んぬ。天明(てんめい)に及(およ)びて起(お)き出で、打(う)ち造(つく)らんとせしに、篷下(ほうか=天幕の下)に三般(みつ)の兵器(へいき)の見(み)えざるを覚(さと)り、箇箇(おのおの)呆掙神驚(ほうせいしんきょう=呆然として魂を消す)し、四下(しげ=あたりじゅう)を尋(たず)ね求(もと)めたり。ただ見よ、かの三人(みたり)の王子(おうじ)、宮(きゅう)を出でて来(きた)り看るに、かの鉄匠(てっしょう)ら一斉(いっせい)に頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて言う、「小主(しょうしゅ)よ、神師(しんし)の三般の兵器、都(すべ)ていずこへか往きしを知(し)らず!」と。 小王子(しょうおうじ)これを聴(き)き、心(こころ)驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)きて言う、「想(おも)うに師父(しふ)が昨夜(よべ)收拾(かたづ)けて往き給(たも)うたるならん」と。急(いそ)ぎ暴紗亭(ぼうさてい)に奔(はし)りて看る時(おり)、白馬(はくば)の尚(なお)廊下(ろうか)に在(あ)るを視(み)、忍(しの)びえずして叫(よばわ)りて言う、「師父はなお睡(ねむ)り給えるか!」と。沙僧(さそう)言う、「已(すで)に起(お)き給えり」と。すなわち房門(ぼうもん)を開(ひら)きて、王子(おうじ)をして裡(うち)に入りて看しむるに、兵器(へいき)の見(み)えざるを以(も)て、慌慌張張(こうこうちょうちょう=慌てふためき)て問うて言う、「師父の兵器は都(みな)収(おさ)め来(きた)られたるか」と。 行者(ぎょうじゃ)跳(おど)り起(お)きて言う、「未(いま)だ収(おさ)めず!」と。王子(おうじ)言う、「三般(みつ)の兵器(へいき)、昨夜(よべ)都(みな)見(み)えずなりたり」と。八戒(はっかい)忙(いそ)ぎて爬(はい)起きて言う、「我が鈀(は=釘鈀)は在(あ)るか」と。小王(しょうおう)言う、「适才(さきほど)我ら出で来(きた)りしに、ただ衆人(しゅうじん)の前後(ぜんご)を尋(たず)ね求(もと)むれど見えざるを見たり。弟子(でし)は師父(しふ)の収め給(たも)うたるかと恐(おそ)れ、却って才(いま)しがた来りて問うなり。老師(ろうし)の宝貝(ほうばい=宝物)は、俱(みな)これ能(よ)く長(の)び能く消(き)ゆれば、想(おも)うに身辺(しんぺん)に藏(かく)して弟子を哄(たぶら)かし給うならん」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「委(まこと)に未(いま)だ収(おさ)めず。都(みな)往きて尋(たず)ね来(こ)よ」と。随(したが)いて院中(いんちゅう)の篷下(ほうか)に至(いた)るに、果(はた)して蹤影(しょうえい=跡形)を見(み)ず。八戒(はっかい)言う、「定(かなら)ずこの伙(むれ)の鉄匠(てっしょう)が偸(ぬす)みたり!疾(と)く拿(と)り出(いだ)せ!略(いささ)か遅(おく)るることあらば、すなわち都打(う)ち殺(ころ)さん!打ち殺さん!」と。 かの鉄匠(てっしょう)ら、慌(あわ)てて頭(こうべ)を磕(ぬかず)き涙(なみだ)を滴(したた)らせて言う、「爺爺(おおじいさま)!我ら連日(れんじつ)辛苦(しんく)し、夜(よる)に睡(ねむ)りて、天明(てんめい)に及びて起(お)き来(きた)りしに、遂(つい)に見(み)えざるなり。我らはこれ一概(いちがい)の凡人(ぼんじん)、いかでか拿(と)り動(うご)かすことを得(え)ん。望(のぞ)むらくは爺爺命(いのち)を饒(ゆる)し給(たも)え!饒し給え!」と。 行者(ぎょうじゃ)、語(ことば)無(な)くして暗(ひそ)かに恨(うら)みて想(おも)う、「還(やは)りこれ我らの不是(あやまち)なり。既(すで)に式様(かたち)を看(み)了(おわ)らば、すなわち身辺(しんぺん)に収(おさ)め置(お)くべかりしに、いかでか却って此(ここ)に放(ほう)り放(お)きしや!かの宝貝(ほうばい)は霞彩(かさい=霞の彩)光(ひかり)を生(しょう)ずれば、想うに甚(いず)れの歹人(たいじん=悪党)をか驚動(きょうどう)し、昨夜(よべ)窃(ぬす)み去(さ)られたるならん」と。八戒(はっかい)、信(しん)ぜずして言う、「兄(あに)上は何(なん)の話(はなし)をか説(い)う!このごとき太平(たいへい)の境界(きょうがい)、また曠野(こうや=広き野)深山(しんざん)にも非(あら)ざるに、いかでか歹人(たいじん)の来(きた)るを得(え)ん!定(かなら)ずこれ鉄匠(てっしょう)が心(こころ)を欺(あざむ)きしなり。彼らは我らの兵器(へいき)の光彩(こうさい)なるを見、これ三件(みつ)の宝貝と認(みと)め、連夜(れんや=夜を継いで)王府(おうふ)を走(はし)り出で、人(ひと)を伙(くみ)して来り、抬(かつ)ぐは抬ぎ、拉(ひ)くは拉き、偸(ぬす)み出(いだ)して往きしなり!拿(と)り過(きた)りて打(う)て呀(や)!打て呀!」と。 衆(しゅう)の匠(たくみ)ら、ただ頭(こうべ)を磕(ぬかず)きて誓(ちか)いを立(た)つるのみ。正(まさ)に嚷(わめ)く処(ところ)に、ただ老王子(ろうおうじ)の出で来(きた)るを見(み)、前事(ぜんじ)を問(と)い及(およ)ぶや、却ってまた人色(じんしょく=血の気)無(な)く、半晌(しばらく)沈吟(ちんぎん=思い沈み)して道(いわ)く、「神師(しんし)の兵器(へいき)は、本(もと)凡(ぼん)に同(おな)じからず。すなわち百十余人(ひゃくじゅうよにん)ありとも、また禁挫(きんざ=挫き止め)て動(うご)かすべからず。況(いわ)んや孤(こ=余)は此(こ)の城(しろ)に在(あ)ること、今(いま)已(すで)に五代(ごだい)なり。大胆(だいたん)の海口(かいこう=大言壮語)に非(あら)ざれど、孤(こ)もまた頗(すこぶ)る一箇の賢名(けんめい=誉れ)の外(そと)に在るあり。この城中の軍民(ぐんみん=兵と民)・匠作(しょうさく=職人)人等(ひとども)、また頗る孤が法度(はっと=掟)を懼(おそ)る。断(きっ)として敢えて心(こころ)を欺(あざむ)かず。望(のぞ)むらくは神師再(ふたた)び思(おも)われたもうことを」と。 行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「再思(さいし=考え直し)を用(もち)いず、また苦(くる)しく鉄匠(てっしょう)を頼(き)み着(つ)くるを須(もち)いず。我、殿下(でんか)に問(と)わん。汝がこの州城(しゅうじょう)の四面(しめん)に、かならず甚(いず)れの山林(さんりん)妖怪(ようかい)かあるや」と。王子(おうじ)言う、「神師(しんし)のこの問(とい)、甚(はなは)だ是(ぜ)にして理(ことわり)あり。孤(こ)がこの州城の北(きた)に、一座(ひとつ)の豹頭山(ひょうとうざん)あり。山中(さんちゅう)に一座の虎口洞(ここうどう)あり。往往(おうおう=しばしば)人の言(い)えるには洞内(どうない)に仙(せん)ありと、また言えるには虎狼(ころう=虎や狼)ありと、また言えるには妖怪ありと。孤未(いま)だ曾(かつ)て端(たん=真相)を訪(たず)ね得(え)ず、果(はた)していずれの物(もの)なるを知(し)らず」と。行者笑って言う、「消(もち)いて講(の)ぶるを須いず。定(かなら)ずかの方(ほう)の歹人(たいじん)の、俱(みな)これ宝貝(ほうばい)なるを知りて、一夜(ひとよ)の裡(うち)に偸(ぬす)み将(も)ち去(さ)りしなり」と。 叫(よばわ)りて言う、「八戒(はっかい)・沙僧(さそう)よ、汝ら都(みな)此(ここ)に在りて師父(しふ)を保(たも)ち、城池(じょうち=城郭)を護(まも)れ。老孫(ろうそん)が尋(たず)ね訪(おとず)れ往き来(きた)るを等(ま)て」と。また鉄匠(てっしょう)らに叫りて、炉火(ろか=炉の火)を住(とど)むること莫(な)からしめ、一一(いちいち)に煉造(れんぞう=鍛え造)らしむ。 好(よ)き猴王(こうおう)かな、三蔵(さんぞう)に辞(じ)し了(おわ)り、唿哨(こっしょう=口笛)一声(ひとこえ)、形影(けいえい=姿かたち)見(み)えずして、早(はや)くも豹頭山(ひょうとうざん)の上に跨(またが)り到(いた)る。元来(もと)かの城(しろ)と相去(へだた)ることただ七十里(しちじゅうり)、一瞬(いっしゅん)にしてすなわち到る。径(ただち)に山峰(さんぽう)に上(のぼ)り観看(みわた)せば、果(はた)して些(いささ)かの妖気(ようき)あり。真箇(まこと)にこれ、 龍脈(りゅうみゃく)悠長(ゆうちょう)として、地形(ちけい)遠大(えんだい)なり。 尖峰(せんぽう)挺挺(ていてい)として天(てん)に插(さ)し入りて高(たか)く、陡澗(とうかん=険しき谷)沉沉(ちんちん)として流水(りゅうすい)緊(せわ)し。 山前(さんぜん)に瑶草(ようそう=美しき草)の茵(しとね)を鋪(し)くあり、山後(さんごう)に奇花(きか)の錦(にしき)を布(し)くあり。 喬松(きょうしょう=高き松)老柏(ろうはく=古き柏)、古樹(こじゅ)修復(しゅうふく=古木の茂り)、 出鴉(しゅつあ=烏)山鵲(さんじゃく=鵲)乱(みだ)りに飛(と)び鳴(な)き、野鶴(やかく=野の鶴)野猿(やえん)皆嘯唳(しょうれい=鳴き叫ぶ)。 懸崖(けんがい=懸けたる崖)の下に、麋鹿(びろく=大鹿)双双(そうそう)たり、峭壁(しょうへき=そそりつ壁)の前(まえ)に、獾狐(かんこ=穴熊と狐)対対(ついがい)たり。 一起一伏(いっきいっぷく)として遠(とお)く龍(りゅう)来(きた)り、九曲九湾(きゅうきょくきゅうわん)として地脈(ちみゃく)を潜(ひそ)む。 埂頭(こうとう=畦の端)相(あい)接(つらな)るは玉華州(ぎょっかしゅう)、万古千秋(ばんこせんしゅう)興勝(こうしょう=栄え)の処(ところ)。 と。 行者(ぎょうじゃ)正(まさ)に然(しか)く看(み)おる時(おり)、忽(たちま)ち山(やま)の背後(うしろ)に人の言語(げんご=話し声)の聞(きこ)ゆるを。急(いそ)ぎ頭(こうべ)を回(めぐ)らしてこれを視れば、すなわち二人の狼頭怪妖(ろうとうかいよう=狼の頭の化物)、朗朗(ろうろう=はきはき)と話(はな)し説(と)きて、西北(せいほく)の上(かた)へ向(むか)い往くなり。行者揣(おしはか)って言う、「これ定(かなら)ず巡山(じゅんざん=山を見回る)の怪物(かいぶつ)ならん。老孫(ろうそん)が彼に跟(したが)い往きて聴(き)き、彼の甚(なに)をか説(い)うを看るを等(ま)て」と。訣(けつ=印)を捻(ひね)り、一箇の呪(じゅ)を念(とな)え、身(み)を揺(ゆ)りて一変(ひとへん)じ、変じて一箇の蝴蝶児(こちょうじ=蝶)と作(な)り、翅(つばさ)を展開(ひら)き、翩翩翻翻(へんぺんほんほん=ひらひらと)、径(ただち)に自(みずか)ら趕(お)いつけり。果(はた)して変じて様范(ようはん=見本)有るを得(え)たり、 一双(ひとつがい)の粉翅(ふんし=白き翅)、両道(ふたすじ)の銀鬚(ぎんしゅ=銀の触角)。 風(かぜ)に乗(の)りて飛(と)び去(ゆ)くこと急(いそ)ぎ、日(ひ)に映(えい)じて舞(ま)い来(きた)ること徐(おもむろ)なり。 水(みず)を渡(わた)り墻(かき)を過(よ)ぐるに能(よ)く疾俏(しっしょう=すばしこ)く、香(こう)を偸(ぬす)み絮(わた)を弄(ろう)して甚(はなは)だ歓娯(かんぐ=楽しむ)。 体(からだ)軽(かる)くして偏(ひとえ)に鮮花(せんか)の味(あじ)を愛(あい)し、雅態(がたい=優雅な姿)芳情(ほうじょう=香しき情)巻舒(けんじょ=伸び縮み)に任(まか)す。 と。 彼(かれ)飛(と)びてかの妖精(ようせい)の頭(かしら)の直上(ちょくじょう)に在り、飄飄蕩蕩(ひょうひょうとうとう=ふらふらと)として、彼の話(はなし)を説(い)うを聴(き)く。かの妖(よう)猛(たけ)く叫(よばわ)りて言う、「二哥(にいさん)よ、我が大王(だいおう)連日(れんじつ)僥倖(ぎょうこう=幸運)なり。前月(せんげつ)の裡(うち)に一箇の美人児(びじんじ)を得(え)、洞内(どうない)に在りて盤桓(ばんかん=遊び暮らし)、十分(じゅうぶん)に快楽(かいらく)なり。昨夜(よべ)の裡にまた三般(みつ)の兵器(へいき)を得(えた)り。果(はた)してこれ無価(むか=値のつけられぬ)の宝(たから)なり。明朝(みょうちょう)宴(えん)を開(ひら)きて釘鈀会(ていはえ)を慶(よろこ)び、我ら都(みな)受用(じゅよう=恩恵)に与(あずか)らん」と。 この者言う、「我らもまた些(いささ)かの僥倖(ぎょうこう)あり。この二十両(にじゅうりょう)の銀子(ぎんす=銀)を拿(と)りて猪羊(ちょよう=豚と羊)を買(か)いに往くに、如今(いま)乾方集(けんぽうしゅう)の上(ほとり)に到(いた)れり。先(ま)ず幾壺(いくこ)の酒児(さけ)を吃(の)み、把(も)ちて東西(品物)に一箇の花帳児(かちょうじ=水増しの勘定)を開(つ)け、他(かれ)の二三両(にさんりょう)の銀子(ぎんす)を落(おと)し、綿衣(めんい=綿入れ)を買いて寒(かん)を過(すご)さんに、却ってこれ好(よ)からずや」と。 二人の怪(かい)説説笑笑(せつせつしょうしょう=話し笑い)して、大路(たいろ)に上(のぼ)り、急(いそ)ぎ走(はし)ること飛(と)ぶが如(ごと)し。行者(ぎょうじゃ)、釘鈀会(ていはえ)を慶(よろこ)ばんとすと聴(き)き、心中(しんちゅう)暗(ひそ)かに喜(よろこ)ぶ。彼を打(う)ち殺(ころ)さんと欲(ほっ)すれど、争奈(いかんせん)彼の事(こと)を管(かま)わず、況(いわ)んや手中(しゅちゅう)にまた兵器(へいき)無(な)し。彼すなわち前辺(まえ)へ飛び往き、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、路口(ろこう=道の辻)の上(ほとり)に在りて立(た)ち定(さだ)む。かの怪、看る看る身辺(みぎわ)に走り到(いた)るや、彼が一口(ひとくち)の法唾(ほうだ=呪いの唾)を噴(ふ)き将(も)ち去(ゆ)かれ、一声の「唵吽吒唎(おんうんたら)」を念(とな)え、すなわち一箇の定身法(じょうしんほう=体を固める術)を使(つか)いて、二人の狼頭精(ろうとうせい)を把(と)って定め住(とど)めたり。眼(まなこ)は睜睜(せいせい=見開き)たれど口(くち)もまた開(ひら)き難(がた)く、直挺挺(ちょくていてい=棒のように)として双脚(そうきゃく=両の脚)站(た)ち住まれり。 また彼を将(も)ちて扳(ひっくり)返(かえ)し倒(たお)し、衣(ころも)を揭(まく)り捜撿(そうけん=身ぐるみ捜す)するに、果(はた)して二十両(にじゅうりょう)の銀子(ぎんす=銀)の有るあり、一条(ひとすじ)の搭包児(とうほうじ=布の包み)を以(も)て腰間(ようかん)の裙帯(くんたい=裳の帯)の上に打(むす)び着(つ)けられ、また各(おのおの)一箇の粉漆(ふんしつ=白き漆)の牌児(はいじ=札)を掛(か)けたるあり。一箇には「刁鑽古怪(ちょうさんこかい)」と写(うつ)し著(つ)け、一箇には「古怪刁鑽(こかいちょうさん)」と写し著けたり。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、彼が銀子(ぎんす)を取り、彼が牌児(はいじ)を解(と)き、返(かえ)りて跨步(またがり)て州城(しゅうじょう)に回至(たちかえ)る。王府(おうふ)の中(うち)に到(いた)り、王子(おうじ)・唐僧(とうそう)並(なら)びに大小(だいしょう)の官員(かんいん=役人)・匠作(しょうさく=職人)人等(ひとども)に見(まみ)え、前事(ぜんじ)を具(つぶさ)に言(い)う。八戒(はっかい)笑って言う、「想(おも)うにこれ老豬(ろうちょ=おれ)が宝貝(ほうばい)の、霞彩(かさい=霞の彩)光明(こうみょう)なるをもて、猪羊(ちょよう=豚と羊)を買(か)い、筵席(えんせき)を治(ととの)えて慶賀(けいが)するならん。ただ如今(いま)いかにしてか彼をして来(きた)らしめん」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「我ら兄弟(きょうだい)三人(みたり)俱(みな)往かん。この銀子(ぎんす)は猪羊(ちょよう)を買弁(ばいべん=買い調え)するものなれば、且(しばら)くこの銀子を将(も)ちて匠人(しょうじん=職人)に賞(ほうび)し、殿下(でんか)をして幾箇(いくつ)かの猪羊を尋(たず)ね求(もと)めしめよ。八戒(はっかい)、汝(なんじ)変じて刁鑽古怪(ちょうさんこかい)と作(な)れ、我は変じて古怪刁鑽(こかいちょうさん)と作らん、沙僧(さそう)は装(よそお)いて一箇の猪羊を販(あきな)う客人(きゃくじん=商人)と作り、かの虎口洞(ここうどう)の裡(うち)に走(はし)り入り、便(べん=好機)を得(う)る処(ところ)に於(おい)て、各人(おのおの)兵器(へいき)を拿(と)り、かの妖邪(ようじゃ)を打(う)ち絶(た)えしめ、回(かえ)り来(きた)りて却って收拾(しゅうしゅう=支度)して走路(たびだ)たん」と。 沙僧(さそう)笑って言う、「妙(みょう)なるかな、妙なるかな、妙なるかな!遅(おそ)かるべからず!疾(と)く走(ゆ)かん!」と。老王(ろうおう)果(はた)してこの計(けい)に依(よ)り、すなわち管事(かんじ=取り締まり)の者に教(いいつ)けて七八口(しちはちこう)の猪(い)、四五腔(しごこう)の羊(ひつじ)を買弁(ばいべん)せしめたり。 かの三人(みたり)、師父(しふ)に辞(じ)し、城外(じょうがい)に在りて大(おお)いに神通(じんずう)を顕(あらわ)す。八戒(はっかい)言う、「兄(あに)上、我、未(いま)だ曾(かつ)てかの刁鑽古怪(ちょうさんこかい)を見(み)ざれば、いかにしてか彼が模様(すがた)に変(へん)ずることを得(え)ん」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「かの怪(かい)は老孫(ろうそん)が定身法(じょうしんほう)を使(つか)いてかの処(ところ)に定(さだ)め住(とど)められたれば、明日(みょうにち)のこの時(とき)に到(いた)るまで方(はじ)めて醒(さ)めん。我、彼が模様を記(き)し憶(おぼ)えたり。汝、站(た)ち下(お)れ、我が汝に変ずるを教(おし)えんを等(ま)て。如此如彼(かくかくしかじか)せば、すなわちこれ彼が模様ならん」と。 かの呆子(あほう)、真箇(まこと)に口(くち)の裡(うち)に呪(じゅ)を念(とな)え、行者(ぎょうじゃ)一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)けば、霎時(またたくま)にすなわち変じてかの刁鑽古怪(ちょうさんこかい)と一般無二(そっくり)に作(な)り、一箇の粉牌児(ふんぱいじ=白き札)を将(も)ちて腰間(ようかん)に帯(お)び着(つ)けたり。行者すなわち変じて古怪刁鑽(こかいちょうさん)と作り、腰間にもまた一箇の牌児(はいじ)を帯び着けたり。沙僧(さそう)は装(よそお)いて一箇の猪羊(ちょよう)を販(あきな)う客人(きゃくじん)に象(に)せしめ、一起児(ひとむれ)猪羊を趕(お)い立(た)て、大路(たいろ)に上(のぼ)り、径(ただち)に山(やま)へ奔(はし)り来(きた)る。多(おお)からずして、山凹(やまくぼ)の裡に入り、また一箇の小妖(しょうよう)に遇(あ)えり。 彼の生(うま)れ得(え)たる嘴顔(しれん=顔つき)もまた恁地(かく)まで凶悪(きょうあく)なるかな!看よ、あの 円滴溜(えんてきりゅう=まんまる)たる両隻(ふたつ)の眼(まなこ)、灯(ひ)の幌亮(こうりょう=きらめく)が如(ごと)く、 紅剌瞔(こうらっかく=赤く逆立つ)たる一頭(ひとあたま)の毛(け)、火(ひ)の光(ひかり)を飄(ひるがえ)すに似(に)たり。 糟鼻子(そうびし=赤らみし鼻)、猱猍口(どうらいこう=獣の口)、獠牙(りょうが=牙)尖利(せんり=鋭く)、 査耳朵(さじとう=開きたる耳)、砍額頭(かんがくとう=切り立つ額)、青顔(せいれん=青き顔)泡浮(ほうふ=むくみ)たり。 身(み)に一件(ひとえ)の浅黄衣(せんこうい=淡き黄の衣)を穿(き)、足(あし)に一双(ひとくつ)の莎蒲履(さほり=藁沓)を踏(ふ)む。 雄雄糾糾(ゆうゆうきゅうきゅう=勇み猛り)として凶神(きょうしん)の若(ごと)く、急急忙忙(きゅうきゅうぼうぼう=慌ただしく)悪鬼(あっき)の如(ごと)し。 と。 かの怪(かい)、左脇(さわき)の下に一箇の彩漆(さいしつ=色塗り)の請書匣児(せいしょこうじ=招待状の箱)を挟(わきばさ)み、行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)を迎(むか)えて叫(よばわ)りて言う、「古怪刁鑽(こかいちょうさん)、汝ら二人来(きた)れるか。幾口(いくくち)の猪羊(ちょよう)を買(か)いしや」と。行者言う、「この趕(お)い立てたるがこれに非(あら)ずや」と。かの怪、沙僧(さそう)に向(むか)いて言う、「此位(このかた)は孰(たれ)なる」と。行者言う、「すなわちこれ猪羊を販(あきな)う客人(きゃくじん)にして、なお彼に幾両(いくりょう)かの銀子(ぎんす)を少(か)くし、彼を帯(つ)れ来(きた)りて家(いえ)に至(いた)りて取(と)らしめんとなり。汝はいずこへか往く」と。かの怪言う、「我は竹節山(ちくせつざん)へ往きて老大王(ろうだいおう)を請(しょう)じて明朝(みょうちょう)会(かい)に赴(おもむ)かしめんとす」と。 行者(ぎょうじゃ)、彼が口气(こうき=話しぶり)を綽(とら)えて、すなわち問う、「共(あわ)せて幾人(いくたり)をか請(しょう)ずる」と。かの怪(かい)言う、「老大王(ろうだいおう)を請じて首席(しゅせき)に坐(ざ)せしめ、本山(ほんざん)の大王(だいおう)并(なら)びに頭目(とうもく=頭領)等衆(とうしゅう)を連(あわ)せて、約(およ)そ四十余位(しじゅうよい)あり」と。正(まさ)に説(い)う処(ところ)に、八戒(はっかい)言う、「往かん、往かん!猪羊(ちょよう)都(みな)四散(しさん=散り散り)に走(はし)り了(おわ)んぬ!」と。行者言う、「汝、往きて邀(と)め著(お)けよ、我が彼の帖児(じょうじ=請帖)を討(もと)め取(と)りて看るを等(ま)て」と。 かの怪(かい)、自家人(じかじん=身内)と看るや、すなわち揭(あ)け開(ひら)きて取(と)り出(いだ)し、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。行者展開(ひろ)げて看る時(おり)、上に写(うつ)して曰(いわ)く、 「明辰(みょうしん=明日の朝)敬(つつし)んで肴酌(こうしゃく=酒肴)を治(ととの)え、釘鈀(ていは)の嘉会(かかい=佳き宴)を慶(よろこ)ばんとす。尊(そん)を屈(くっ)して山を過(よ)ぎ一叙(いちじょ=一堂に会)せられんことを。幸(さいわ)いに外(ほか)せず、至感(しかん=かたじけなき)至感!右(みぎ)、祖翁(そおう=御祖父)九霊元聖(きゅうれいげんせい)老大人(ろうだいじん)の尊前(そんぜん)に啓(もう)す。門下(もんか)の孫(まご)黄獅(こうし)、頓首百拝(とんしゅひゃっぱい)」 と。行者(ぎょうじゃ)看(み)了(おわ)り、仍(な)おかの怪(かい)に遞(わた)す。かの怪、匣(はこ)の内(うち)に放(お)き置(お)き、径(ただち)に東南(とうなん)の上(かた)へ往き了んぬ。 沙僧(さそう)問うて言う、「兄(あに)上、帖児(じょうじ)の上には甚(いず)れの話頭(わとう=話柄)をか写(うつ)しし」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「すなわちこれ釘鈀会(ていはえ)を慶(よろこ)ぶの請帖(せいじょう)にして、名字(な)には『門下(もんか)の孫(まご)黄獅(こうし)頓首百拝(とんしゅひゃっぱい)』と写し、請(しょう)ずるは祖翁(そおう)九霊元聖(きゅうれいげんせい)老大人(ろうだいじん)なり」と。沙僧笑って言う、「黄獅は想(おも)うにかならず一箇の金毛獅子(きんもうしし)の精(せい)と成(な)りしならん。ただ九霊元聖のいずれの物(もの)なるを知(し)らず」と。 八戒(はっかい)これを聴(き)き、笑って言う、「これ老豬(ろうちょ=おれ)が貨(たから=商品)なり!」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「いかでか汝が貨(たから)と見(み)えし」と。八戒言う、「古人(こじん)云(いわ)く、『癩母猪(らいぼちょ=疥癬の雌豚)専(もっぱ)ら金毛獅子(きんもうしし)を趕(お)う』と。故(ゆえ)にこれ老豬(ろうちょ)が貨物(かもつ=商品)なるを知(し)るなり」と。かの三人(みたり)説説笑笑(せつせつしょうしょう=語り笑い)し、猪羊(ちょよう)を趕い立てて、却ってすなわち虎口洞(ここうどう)の門(もん)を望(なが)み見る。ただ見よ、かの門児(もんじ)の外(そと)は、 周囲(しゅうい)に山(やま)翠(みどり)を繞(めぐ)らし、一脈(いちみゃく=ひとすじ)の気(き)城(しろ)に連(つらな)る。 峭壁(しょうへき=絶壁)に青蔓(せいまん=青き蔓)を扳(よ)じ登らせ、高崖(こうがい)に紫荊(しけい=紫の荊)を掛(か)く。 鳥声(ちょうせい)は深樹(しんじゅ)に匝(めぐ)り、花影(かえい)は洞門(どうもん)に迎(むか)う。 桃源洞(とうげんどう)に亜(おと)らず、宜(よろ)しく世情(せいじょう=俗世)を避(さ)くべし。 と。 漸漸(ようや)く門口(もんこう)に近(ちか)づくに、また一叢(ひとむら)の大大小小(だいだいしょうしょう=大小さまざま)の雑項妖精(ざっこうようせい=雑多な化物)の、かの花樹(かじゅ=花の木)の下に在りて頑耍(がんしゃ=戯れ遊)ぶを見る。忽(たちまち)八戒(はっかい)が「呵(あ)!呵!」と猪羊(ちょよう)を趕(お)い立(た)つるの到(いた)るを聴(き)くや、都(みな)来(きた)りて迎(むか)え、すなわち猪(い)を捉(とら)うるは猪を捉え、羊(ひつじ)を捉うるは羊を捉え、一斉(いっせい)に捆(くく)り倒(たお)したり。早(はや)くも裡(うち)の妖王(ようおう)を驚動(きょうどう)し、十数箇(じゅうすうこ)の小妖(しょうよう)を領(つ)れ、出で来りて問うて言う、「汝ら二人来(きた)れるか。幾許(いくばく)の猪羊をか買(か)いし」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「八口(はちこう)の猪(い)、七腔(しちこう)の羊(ひつじ)を買(か)い、共(あわ)せて十五箇(じゅうごこ)の牲口(せいこう=家畜)なり。猪の銀(ぎん)は該(まさ)に一十六両(いちじゅうろくりょう)、羊の銀は該に九両(きゅうりょう)なるべく、前(さき)に銀二十両(にじゅうりょう)を領(う)けたれば、仍(な)お五両(ごりょう)を欠(か)く。この者はすなわちこれ客人(きゃくじん)にして、跟(したが)い来(きた)りて銀子(ぎんす)を找(もと)むるなり」と。 妖王(ようおう)これを聴(き)き、すなわち喚(よばわ)りて言う、「小(こもの)ら、五両(ごりょう)の銀子(ぎんす)を取(と)りて、彼を打発(ほっぱつ=追い払)せよ」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「この客人(きゃくじん)は、一(ひとつ)には銀子を找(もと)めに来(きた)り、二(ふたつ)には嘉会(かかい=佳き宴)を看(み)んと要(もと)むるなり」と。 かの妖(よう)大(おお)いに怒(いか)りて罵(ののし)りて言う、「汝(なんじ)この刁鑽児(ちょうさんじ)の憊癩(はいらい=惰け者)め!汝、東西(しなもの)を買(か)い了(おわ)らばそれまでなるに、また人(ひと)に与(むか)いて甚(なに)の会(かい)の会ならざるをか説(い)うや!」と。八戒(はっかい)上前(すす)み出でて言う、「主人公(しゅじんこう)は宝貝(ほうばい)を得(えた)もう。誠(まこと)にこれ天下(てんか)の奇珍(きちん=珍奇の品)なれば、すなわち彼をして看(み)しむるも、怕(おそ)るるに何(なに)かあらん」と。 かの怪(かい)咄(とっ)と一声(ひとこえ)して言う、「汝(なんじ)この古怪(こかい)もまた悪(にく)むべきかな!我がこの宝貝(ほうばい)は、すなわちこれ玉華州(ぎょっかしゅう)の城中(じょうちゅう)より得(え)来(きた)れるものなり。倘(も)しこの客人(きゃくじん)看(み)て、かの州(しゅう)の中(うち)に往きて伝説(でんせつ=言い触らし)、人(ひと)の知(し)るところと為(な)さば、かの王子(おうじ)一時(あるとき)来りて訪(たず)ね求(もと)めんに、却ってこれを如何(いかん)せん」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「主公(しゅこう)よ、この客人(きゃくじん)はすなわちこれ乾方集(けんぽうしゅう)の後辺(うしろ)の人(ひと)にして、州(しゅう)を去(さ)ること許(ばか)り遠(とお)く、また彼が城中(じょうちゅう)の人にも非(あら)ざれば、いずくへか往きて伝説(でんせつ)せん。二(ふたつ)には彼が肚裡(ふく=腹)もまた饥(う)えたり、我ら二人も未(いま)だ曾(かつ)て飯(めし)を食(くら)わず。家(いえ)の中(うち)に現成(げんじょう=出来合い)の酒飯(しゅはん)あらば、彼に些(いささ)か賞(あた)えて食わせ、打発(ほっぱつ)して往かしめよ」と。 説(い)い了(おわ)らざるに、一箇の小妖(しょうよう)あり、五両(ごりょう)の銀子(ぎんす)を取り、行者(ぎょうじゃ)に遞(わた)す。行者銀子を将(も)ちて沙僧(さそう)に遞して言う、「客人(きゃくじん)よ、銀子を収(おさ)めよ。我、汝と与(とも)に後面(うしろ)に入りて些(いささ)かの飯(めし)を食(くら)い来(きた)らん」と。 沙僧(さそう)胆(きも)に仗(よ)り、八戒(はっかい)・行者(ぎょうじゃ)と同(とも)に洞内(どうない)に入り、二層(にそう)の廠庁(しょうちょう=広間)の上に到(いた)る。ただ見よ、正(しょう)中(ちゅうおう)の桌(つくえ)の上に、高々(たかだか)と一柄(ひとふり)の九歯釘鈀(きゅうしていは)を供養(くよう=祀り)し、真箇(まこと)にこれ光彩(こうさい)目(め)に映(えい)じ、東山頭(とうざんとう=東の壁際)に一条(ひとすじ)の金箍棒(きんこぼう)の靠(もた)せ掛(か)くるあり、西山頭(せいざんとう=西の壁際)に一条の降妖杖(ごうようじょう)の靠せ掛くるあり。かの怪王(かいおう)後(うしろ)に随(したが)い着(つ)きて言う、「客人(きゃくじん)よ、あの中間(なか)に光(ひかり)を放(はな)ちて亮(あきら)かなるはすなわちこれ釘鈀(ていは)なり。汝、看るは看るとも、ただ出で往きて、千万(くれぐれ)も人(ひと)に与(むか)いて説(い)う莫(なか)れ」と。沙僧頭を点(うなず)かせて称謝(しょうしゃ=礼を言)し了(おわ)んぬ。 噫(ああ)!これ正(まさ)に「物(もの)主(あるじ)を見れば、必(かなら)ず取(と)らる」と曰(い)うところなり。かの八戒(はっかい)は一生(いっしょう)これ箇(ひとつ)の魯夯(ろぼう=粗野で鈍き)の人(ひと)なれば、彼、釘鈀(ていは)を見るや、いずくんぞ彼と与(むか)いて甚(なに)の情節(じょうせつ=挨拶)をか叙(の)べん。跑(はし)り上(あ)がりて拿(と)り下(おろ)し、手(て)の中(うち)に輪(ふ)り、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、解数(かいすう=技の限り)を繰(く)り広(ひろ)げ、妖精(ようせい)を望(めが)けて劈顔(まっこう)よりすなわち筑(つ)く。この行者(ぎょうじゃ)・沙僧(さそう)もまた両山頭(りょうさんとう=両の壁際)に奔(はし)り至(いた)り、各(おのおの)器械(きかい=武器)を拿り、原身(げんしん=本来の身)を現す。三兄弟(さんきょうだい)一斉(いっせい)に乱(みだ)りに打(う)てば、慌(あわ)てたるかなかの怪王(かいおう)、急(いそ)ぎ身(み)を抽(ひ)きて闪(かわ)し過(よ)ぎ、後辺(うしろ)に転(めぐ)り入り、一柄(ひとふり)の四明鏟(しめいさん)を取り、杆(え)長(なが)く鐏(そん=柄尻の金具)利(するど)く、天井(てんじょう=中庭)の中(なか)に趕(お)い到(いた)り、彼が三般(みつ)の兵器(へいき)を支(つ)え住(とど)め、声(こえ)を厲(はげ)しくして喝(かつ)して言う、「汝(なんじ)らは甚(いず)れの人にして、敢えて虚頭(きょとう=たぶらかし)を弄(ろう)し、我が宝貝(ほうばい)を騙(だま)すか」と。 行者(ぎょうじゃ)罵(ののし)って言う、「我(われ)この賊毛団(ぞくもうだん=毛むくじゃらの賊)めを把(と)らえん!汝、我を認(みと)むるを得(え)ざるか!我らはすなわちこれ東土(とうど)聖僧(せいそう)唐三蔵(とうさんぞう)が徒弟(でし)なり。玉華州(ぎょっかしゅう)に至(いた)りて関文(かんぶん=通行証)を倒換(とうかん=書換え)するに因(よ)り、賢王(けんおう)の彼が三人(みたり)の王子(おうじ)をして我らを拝(はい)して師(し)と為(な)し、武芸(ぶげい)を学(まな)ばしめ、我らが宝貝(ほうばい)を将(も)ちて様(かた)と作(な)し、如式(じょしき=同形)の兵器(へいき)を打造(うちつく)らしむるを蒙(こうむ)れり。院中(いんちゅう)に放(お)き置(お)くに因り、汝(なんじ)この賊毛団(ぞくもうだん)が夤夜(いんや=深夜)に城(しろ)に入りて偸(ぬす)み来(きた)りしに被(かぶ)られ、却って我をして虚頭(きょとう)を弄(ろう)して汝が宝貝を騙(だま)すと説(い)わしむるか!走(に)ぐること莫(なか)れ!すなわち我らがこの三件(みつ)の兵器を将ちて、各(おのおの)汝に奉承(ほうしょう=御馳走)し、幾下(いくした)か嘗(あじわ)わせしめん!」と。 かの妖精(ようせい)すなわち鏟(さん)を挙(あ)げて来(きた)り敵(てき)す。この一場(ひとしきり)、天井(てんじょう)の中(なか)より前門(ぜんもん)へ闘(たたか)い出(い)づ。視よ、あの三僧(さんそう)一怪(いっかい)を囲(かこ)めるを!好(よ)き殺(たたか)いかな、 呼呼(ここ)として棒(ぼう)は風(かぜ)の若(ごと)く、滚滚(こんこん)として鈀(は)は雨(あめ)の如(ごと)し。 降妖杖(ごうようじょう)挙(あが)れば満天(まんてん)に霞(かすみ)あり、四明鏟(しめいさん)伸(の)ぶれば雲(くも)綺(き=錦)を生(しょう)ず。 と。 好似(あたか)も三仙(さんせん=三人の仙)の大丹(たいたん=仙丹)を煉(ね)るがごとく、火光(かこう)彩(さい)を幌(ひるがえ)して神鬼(しんき)を驚(おどろ)かす。 行者(ぎょうじゃ)威(い)を施(ほどこ)して甚(はなは)だ能(のう)あり、妖精(ようせい)宝(たから)を盗(ぬす)みて多(おお)く礼(れい)無(な)し! 天蓬(てんぽう)八戒(はっかい)神通(じんずう)を顕(あらわ)し、大将(たいしょう)沙僧(さそう)英(えい)にして更(さら)に美(うつく)し。 兄弟(きょうだい)意(い)を合(がっ)して機謀(きぼう=策略)を運(めぐ)らし、虎口洞(ここうどう)の中(うち)に闘(たたか)いを興(おこ)す。 と。 かの怪(かい)豪強(ごうきょう=強暴)にして巧(こう)を弄(ろう)し乖(かい=悪賢)く、四箇(よたり)の英雄(えいゆう)堪(た)えて厮(あい)比(くら)ぶべし。当時(そのとき)殺(たたか)いて日頭(にっとう=太陽)の西(にし)に至(いた)るに、妖邪(ようじゃ)力(ちから)軟(よわ)くして相(あい)抵(ふせ)ぎ難(がた)し。 彼ら豹頭山(ひょうとうざん)に在りて戦闘(せんとう)すること多時(しばらく)なるに、かの妖精(ようせい)抵敵(ていてき=防ぎ戦)しえず、沙僧(さそう)の前(まえ)に向(むか)いて一声(ひとこえ)「鏟(さん)を看よ!」と喊(さけ)ぶ。沙僧身法(しんぽう=身のこなし)を譲(ゆず)りて避(よ)け過(よ)ぐれば、妖精空(すき)を得(え)て走(に)げ、東南(とうなん)の巽宮(そんきゅう)の上(かた)に向い、風(かぜ)に乗(の)って飛(と)び去(さ)りぬ。 八戒(はっかい)步(あゆみ)を引(ひ)きて趕(お)わんと要(もと)むるに、行者(ぎょうじゃ)言う、「且(しばら)く彼をして往かしめよ。古(いにしえ)より道(いわ)く、『窮寇(きゅうこう=追い詰められし賊)は追(お)う莫(なか)れ』と。且くただ来(きた)りて彼が帰路(きろ=戻る道)を断(た)たん」と。八戒言に依(よ)る。三人(みたり)径(ただち)に洞口(どうこう)に至(いた)り、かの百十箇(ひゃくじゅっこ)の若大若小(だいなるもしょうなるも)の妖精(ようせい)を、尽(ことごと)く皆打(う)ち殺(ころ)せり。元来(もと)これ都(みな)些(いささ)かの虎狼彪豹(ころうひょうひょう=虎・狼・彪・豹)、馬鹿山羊(ばろくさんよう=鹿や山羊)なり。大聖(たいせい)一箇の手法(しゅほう=術)を使(つか)い、彼が洞(どう)の裡(うち)の細軟物件(さいなんぶっけん=貴重品)并(なら)びに打ち殺しし雑項(ざっこう=雑多)の獣身(じゅうしん=獣の骸)と、趕い来りし猪羊(ちょよう)とを、通(ことごと)く皆帯(つ)れ出(いだ)せり。沙僧(さそう)すなわち乾柴(かんさい=枯れ木)を取(と)り出して火(ひ)を放(はな)ち起(お)こし、八戒二箇(ふたつ)の耳(みみ)をして風(かぜ)を扇(あお)がしめ、一箇の巣穴(そうけつ=ねぐら)を霎時(またたくま)に焼(や)きて干浄(かんじょう=きれいさっぱり)ならしめ、却って帯れ出しし諸物(しょぶつ=品々)を将(も)ちて、すなわち州城(しゅうじょう)に転(てん)じ回(かえ)る。 この時(おり)城門(じょうもん)尚(なお)開(ひら)き、人家(じんか)未(いま)だ睡(ねむ)らず、老王(ろうおう)父子(ふし)と唐僧(とうそう)俱(みな)暴紗亭(ぼうさてい)に在りて盼望(ぼうぼう=待ちわび)しおる。ただ彼らが撲哩撲剌(ぼくりぼくらつ=どさどさ)と一院子(いちいんじ=庭いっぱい)の死獣(しじゅう=獣の骸)・猪羊(ちょよう)及(およ)び細軟物件(さいなんぶっけん)を投(な)げ下(おろ)し、一斉(いっせい)に叫(よばわ)りて言う、「師父(しふ)、我ら已(すで)に勝(かち)を得(え)て回(かえ)り来(きた)れり!」とを見る。 かの殿下(でんか)喏喏(だくだく=へつらい)として相(あい)謝(しゃ)し、唐長老(とうちょうろう)満心(まんしん)に歓喜(かんき)し、三人(みたり)の小王子(しょうおうじ)地(ち)に跪(ひざまず)き拝(はい)するを、沙僧(さそう)攙(たす)け起(お)こして言う、「且(しばら)く謝すること莫(なか)れ、都(みな)近(ちか)づき前(まえ)に在りてかの物件(ぶっけん)を看よ」と。王子(おうじ)言う、「この物(もの)は俱(みな)いずこよりか来(きた)れる」と。 行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「かの虎狼彪豹(ころうひょうひょう)、馬鹿山羊(ばろくさんよう)は、都(みな)これ精(せい)と成(な)りし妖怪(ようかい)なり。我ら兵器(へいき)を取りて、打(う)ちて門(もん)の外(そと)へ出(いだ)されたり。かの老妖(ろうよう)は一箇の金毛獅子(きんもうしし)にして、彼、一柄(ひとふり)の四明鏟(しめいさん)を使(つか)い、我らと与(とも)に天(てん)の晩(くれ)るまで戦(たたか)い、陣(じん)に敗(やぶ)れて生(いのち)を逃(のが)れ、東南(とうなん)の上(かた)へ走(はし)り往き了(おわ)んぬ。我ら曾(かつ)て彼を趕(お)わず、却って彼が帰路(きろ)を掃除(そうじ=掃き清め)、これらの群妖(ぐんよう)を打ち殺(ころ)し、彼がこれらの物件(ぶっけん)を捜尋(そうじん=捜し求)め、帯(つ)れ将(も)ち来(きた)れるなり」と。老王(ろうおう)これを聴(き)き、また喜(よろこ)びまた憂(うれ)う。 喜(よろこ)ぶはこれ勝(かち)を得(え)て回(かえ)り来(きた)れるを、憂(うれ)うるはかの妖(よう)の日後(のちのひ)仇(あだ)を報(むく)いんことを。行者(ぎょうじゃ)言う、「殿下(でんか)放心(ほうしん=心安かれ)。我已(すで)にこれを慮(おもんばか)ること熟(じゅく)し、これを処(しょ)すること当(とう)を得たり。一定(かなら)ず汝と与(とも)に掃除(そうじ)して尽(ことごと)く絶(た)えしめ、方(はじ)めて起(た)ち行(ゆ)かん。決(けっ)して後(のち)に害(がい)を貽(のこ)すに至(いた)らず。我、午間(ごかん=昼)往きし時(おり)、一箇の青顔紅毛(せいれんこうもう=青き顔に赤き毛)の小妖(しょうよう)の請書(せいしょ=招待状)を送(おく)るに撞(であ)えり。我、彼が帖(じょう)の子(うえ)に『明辰(みょうしん)敬(つつし)んで肴酌(こうしゃく)を治(ととの)え、釘鈀(ていは)の嘉会(かかい)を慶(よろこ)ばんとす。尊車(そんしゃ=貴人の車)の従者(じゅうしゃ)を屈(くっ)して山を過(よ)ぎ一叙(いちじょ)せられんことを。幸(さいわ)いに外(ほか)せず、至感(しかん)至感!右(みぎ)祖翁(そおう)九霊元聖(きゅうれいげんせい)老大人(ろうだいじん)の尊前(そんぜん)に啓(もう)す』と写(うつ)しあるを看たり。名字(な)はこれ門下(もんか)の孫(まご)黄獅(こうし)頓首百拝(とんしゅひゃっぱい)なり。才(さい)しがたかの妖精(ようせい)陣(じん)に敗(やぶ)れしにより、必(かなら)ず彼が祖翁の処(ところ)へ往きて話(はなし)を会(かい)せり。明辰(みょうちょう)断然(だんぜん)として我らを尋(たず)ねて仇を報いん。当(まさ)に情(こころ)を尽(つ)くして汝と与に掃蕩(そうとう=掃き平らげ)して干浄(かんじょう=きれい)にせん」と。老王(ろうおう)称謝(しょうしゃ)し了(おわ)り、晩斎(ばんさい)を擺(ととの)え上(あ)ぐ。師徒(してい)ら斎(とき)し畢(おわ)り、各(おのおの)寝処(しんしょ=寝所)に帰(かえ)る。これ語(かた)らず。 さて、かの妖精(ようせい)果(はた)して東南方(とうなんぽう)へ向(むか)い、竹節山(ちくせつざん)へ奔(はし)り到(いた)る。かの山(やま)の中(うち)に一座(ひとつ)の洞天(どうてん=仙洞)の処(ところ)あり、名(な)を九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)と喚(よ)ぶ。洞中(どうちゅう)の九霊元聖(きゅうれいげんせい)はすなわちこれ彼が祖翁(そおう=祖父)なり。当夜(そのよ)足(あし)風(かぜ)を停(とど)めず、行(ゆ)くこと五更(ごこう=明け方)の時分(じぶん)に至(いた)り、洞口(どうこう)に到り、門(もん)を敲(たた)いて入る。小妖(しょうよう)見(み)て言う、「大王(だいおう)、昨晚(ゆうべ)青顔児(せいれんじ)の請書(せいしょ)を下(くだ)ししあり、老爺(ろうや)彼を留(とど)めて今朝(けさ)に住(と)まらしめ、彼と与(とも)に往きて汝が釘鈀会(ていはえ)に赴(おもむ)かんと欲(ほっ)せり。汝、いかにしてかまた絶早(ひどく早く)親(みずか)ら来(きた)りて邀(しょう)請(せい)するや」と。 妖精(ようせい)言う、「好(よ)く説(い)えり、好く説えり!会(かい)成(な)るを得(え)ず!」と。正(まさ)に説う処(ところ)に、青顔児(せいれんじ)の裡辺(うち)より走出(いできた)るを見(み)て言う、「大王(だいおう)、汝、来(きた)れるはいかん。老大王(ろうだいおう)爺爺(じいさま)起(お)き給(たも)えばすなわち我と与(とも)に往きて会に赴(おもむ)かんとす」と。妖精慌張張(こうちょうちょう=慌てふためき)として、ただ手(て)を揺(ゆ)りて言(い)わず。少頃(しばらく)して、老妖(ろうよう)起き来り、喚(よ)び入る。この妖精兵器(へいき)を捨(す)て、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(はい)し、腮辺(ほお)の涙(なみだ)の落(お)つるを止(とど)むること能(あた)わず。 老妖(ろうよう)言う、「賢孫(けんそん=賢き孫)よ、汝、昨日(きのう)柬(かん=請帖)を下(くだ)し、今朝(けさ)正(まさ)に来(きた)りて会(かい)に赴(おもむ)かんと欲(ほっ)するに、汝、また親(みずか)ら来れり。何(なん)を以(も)てか悲(かなし)みを発(おこ)し煩悩(ぼんのう=心を悩ます)する」と。妖精(ようせい)頭を叩(う)って言う、「小孫(しょうそん)前夜(ぜんや)月(つき)に対(むか)いて閑行(かんこう=散策)しおるに、ただ玉華州(ぎょっかしゅう)の城中(じょうちゅう)に光彩(こうさい)の空(くう)を衝(つ)くあるを見たり。急(いそ)ぎ往きて看る時(おり)、すなわちこれ王府(おうふ)の院中(いんちゅう)の三般(みつ)の兵器(へいき)の光(ひかり)を放(はな)つなり。一件(ひとつ)はこれ九歯滲金釘鈀(きゅうししんきんていは)、一件はこれ宝杖(ほうじょう)、一件はこれ金箍棒(きんこぼう)なり。小孫すなわち神法(しんぽう=神通の術)を使(つか)いて摂(と)り来り、名(な)を立(た)てて釘鈀嘉会(ていはかかい)と曰(い)い、小(こもの)らをして猪羊(ちょよう)果品(かひん=果物)等の物(もの)を買(か)わせ、宴(えん)を設(もう)けて会を慶(よろこ)び、祖爺爺(そやや=御祖父さま)を請(しょう)じてこれを賞(め)で、以て一楽(いちらく=一つの楽しみ)と為(な)さんとせり。昨(きのう)青顔(せいれん)を差(つか)わして柬(かん)を送(おく)らしめし後(のち)、ただ元(もと)猪羊を買いに差わされし刁鑽児(ちょうさんじ)等の、幾箇(いくつ)かの猪羊を趕(お)い、また一箇の販売(あきない)の客人(きゃくじん)を帯(つ)れ来りて銀子(ぎんす)を找(もと)むるを見たり。彼、定(かなら)ず会を看に往かんと要(もと)むるも、これ小孫彼が外面(そと)に伝説(でんせつ)するを恐(おそ)れ、彼をして看しめざりき。彼、また肚中(ふくちゅう)饥(う)えたりと説(い)い、些(いささ)かの飯(めし)を討(もと)めて食(くら)わんことを請(こ)うに因(よ)り、彼をして後辺(うしろ)に在りて飯を食わしめたり。 彼、裡辺(うち)に走(はし)り到(いた)り、兵器(へいき)を見るや、これ我が物(もの)なりと説(い)えり。三人(みたり)すなわち各(おのおの)一件(ひとつ)を搶(うば)い去(さ)り、原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)す。一箇(ひとり)はこれ毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし=毛だらけの顔に雷公の嘴)の和尚(おしょう)、一箇はこれ長嘴大耳朶(ちょうしだいじだ=長き嘴に大なる耳)の和尚、一箇はこれ晦気色顔(わいろのつら)の和尚なり。彼ら都(みな)好歹(よしあし)を分(わか)たず、一声(ひとこえ)喊(さけ)んで乱(みだ)りに打つ。これ小孫(しょうそん)急(いそ)ぎ四明鏟(しめいさん)を取りて趕(お)い出で彼と与(とも)に相持(あいじ=組み合い)、甚(いず)れの人(ひと)にして敢えて虚頭(きょとう=たぶらかし)を弄(ろう)するかと問うに、彼、道(いわ)く、東土大唐(とうどだいとう)より西天(せいてん)へ差(つか)わされ往く唐僧(とうそう)が徒弟(でし)にして、州城(しゅうじょう)を過(よ)ぎりて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)するに因(よ)り、王子(おうじ)に留(とど)められ、武芸(ぶげい)を習学(しゅうがく)し、彼がこの三件(みつ)の兵器を将(も)ちて様子(かた)と作(な)し打造(うちつく)らしめ、院内(いんない)に放(お)き置(お)くを、我偸(ぬす)み来(きた)れりと。遂(つい)に此(ここ)に不忿(ふふん=おさまらず)して相持(あいじ)す。かの三人の和尚の甚(なん)と名(な)を喚(よ)ぶを知(し)らざれど、却って真(まこと)に本事(ほんざい=腕)あり。小孫一人(ひとり)彼ら三人に敵(てき)し過(す)ぐること能(あた)わず。ここをもて敗(やぶ)れて祖爺(そや)の処(ところ)へ走(に)げ来れるなり。望(のぞ)むらくは刀(かたな)を抜(ぬ)きて相(あい)助(たす)け、かの和尚を拿(とら)えて仇(あだ)を報(むく)い、庶(ねがわ)くは我が祖(そ)の孫(まご)を愛(あい)するの意(こころ)を見んことを!」と。 老妖(ろうよう)この言(げん)を聞(き)き、片時(しばらく)黙想(もくそう=黙って思案)し、笑って言う、「元来(もと)これ彼(かれ)なり。我が賢孫(けんそん)よ、汝、錯(あやま)りて彼を惹(ひ)きしなり!」と。妖精(ようせい)言う、「祖爺(そや)は彼の孰(たれ)なるを知(し)り給(たも)うか」と。 老妖(ろうよう)言う、「かの長嘴大耳(ちょうしだいじ)の者はすなわちこれ猪八戒(ちょはっかい)、晦気色顔(わいろのつら)の者はすなわちこれ沙和尚(さおしょう)にして、この二人(ふたり)は猶(なお)可(よ)し。かの毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし)の者をば孫行者(そんぎょうじゃ)と喚(よ)ぶ。この人(ひと)は実(げ)に神通(じんずう)広大(こうだい)にして、五百年前(ごひゃくねんぜん)曾(かつ)て天宮(てんぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、十万(じゅうまん)の天兵(てんぺい)もまた曾て拿(とら)え住(とど)むること能(あた)わざりき。彼、専(もっぱ)ら意(こころ)に人を尋(たず)ぬる者にして、彼はすなわちこれ箇(ひとつ)の、山(やま)を捜(さぐ)り海(うみ)を掲(あば)き、洞(どう)を破(やぶ)り城(しろ)を攻(せ)め、禍(わざわい)を闯(つ)くるの都頭(ととう=頭目)なり!汝、いかにしてか彼を惹(ひ)きしや。也(また)罷(よ)し、我、汝と与(とも)に往きて、かの厮(やつ)を玉華(ぎょっか)の王子(おうじ)とも都(みな)擒(とりこ)め来(きた)り、汝に替(かわ)りて気(いき)を出(いだ)さん!」と。かの妖精(ようせい)これを聴(き)き、すなわち頭を叩(う)って謝(しゃ)す。 当時(そのとき)老妖(ろうよう)猱獅(どうし)・雪獅(せっし)・狻猊(さんげい)・白沢(はくたく)・伏狸(ふくり)・摶象(でんぞう)の諸孫(しょそん=孫たち)を点(てん)し、各(おのおの)鋒利(ほうり=鋭き)の器械(きかい=武器)を執(と)らせ、黄獅(こうし)引(い)ん領(みちび)き、各狂風(きょうふう)を縦(ほしいまま)にし、径(ただち)に豹頭山(ひょうとうざん)の界(さかい)に至(いた)る。ただ聞(きこ)ゆるは煙火(えんか=煙)の気(き)の鼻(はな)を撲(う)ち、また哭泣(こっきゅう=泣き叫ぶ)の声(こえ)の有るを。仔細(つまびらか)に看る時(おり)、元来(もと)これ刁鑽(ちょうさん)・古怪(こかい)の二人(ふたり)の、かの処(ところ)に在りて主公(しゅこう)を叫(よ)び主公を哭(な)くるなり。 妖精(ようせい)近(ちか)づき前(まえ)に在りて喝(かつ)して言う、「汝らは真(まこと)の刁鑽児(ちょうさんじ)なるか、仮(にせ)の刁鑽児なるか」と。二怪(にけ)跪(ひざまず)き倒(たお)れ、涙(なみだ)を噙(ふく)みて頭を叩(う)って言う、「我らいかでか仮ならん。昨日(きのう)この早晚(頃)に銀子(ぎんす)を領(う)けて猪羊(ちょよう)を買(か)いに往き、山(やま)の西辺(にし)の大衝(だいしょう=大きな谷)の内(うち)に走(あゆ)み至(いた)るに、一箇の毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし)の和尚(おしょう)に遇(あ)えり。彼、我らに一口(ひとくち)啐(つば)き掛(か)けたるに、我らすなわち脚(あし)軟(よわ)く口(くち)強(こわ)ばり、言語(げんご=物言い)する能(あた)わず、步(あゆみ)を移(うつ)す能わず、彼に将(も)ちて扳(ひっくり)返(かえ)され、銀子を捜(さぐ)り去(さ)られ、牌児(はいじ)を解(と)き去られたり。我ら二人(ふたり)昏昏沉沉(こんこんちんちん=もうろうと)して、此(こ)の時(とき)に到(いた)るまで方(はじ)めて醒(さ)めたり。家(いえ)に到りて、煙火(えんか)未(いま)だ息(や)まず、房舎(ぼうしゃ=家屋)尽(ことごと)く皆焼(や)かれ、また主公(しゅこう)并(なら)びに大小(だいしょう)の頭目(とうもく)の見(み)えざるを見る。故(ゆえ)に此(ここ)に在りて心(こころ)を傷(いた)め痛(いた)く哭(な)くるなり。この火(ひ)のいかにして起(おこ)りしを知(し)らず!」と。 かの妖精(ようせい)この言(げん)を聞(き)き、涙(なみだ)の泉(いずみ)の涌(わ)くが如(ごと)きを止(とど)むること能(あた)わず、双脚(そうきゃく=両足)斉(ひと)しく跌(ふみなら)し、喊声(かんせい=叫び声)天(てん)を振(ふる)い、恨(うら)んで言う、「かの禿厮(とくし=禿げ坊主)め!十分(じゅうぶん)に悪(あく)を作(な)せり!いかにしてかこのごとき毒事(どくじ=酷き仕業)を乾(し)出(いだ)し、我が洞府(どうふ)を焼(や)き尽(つく)し、美人(びじん)を焼き殺(ころ)し、家当(かとう=家財)老小(ろうしょう=家族)を一(ひとつ)に空(むな)しうせんや!気(いき)我を殺すなり、気我を殺すなり!」と。 老妖(ろうよう)猱獅(どうし)をして彼を扯(ひき)寄(よ)せしめて言う、「賢孫(けんそん)よ、事(こと)已(すで)に此(ここ)に至(いた)れり。徒(いたずら)に悩(なや)むも益(えき)無(な)し。且(しばら)く鋭気(えいき=気勢)を養(やしな)い全(まっと)うし、州城(しゅうじょう)の裡(うち)に到(いた)りてかの和尚(おしょう)を拿(とら)え往かん」と。 かの妖精(ようせい)猶(なお)哭(な)くことを住(とど)めんと肯(がえん)ぜずして言う、「老爺(ろうや)よ!我があの們(ほど)の山場(さんば=山の縄張り)は、一日(いちじつ)に治(おさ)めたるに非(あら)ざるに、今(いま)この禿厮(とくし)に被(かぶ)りて尽(ことごと)く毀(こぼ)たれたり。我、却ってこの命(いのち)を要(もと)めて甚(なに)をか做(な)さん!」と。掙(あが)き起(お)きて、石崖(せきがい=岩の崖)の上へ往きて頭(かしら)を撞(ぶ)ち脳(のう)を磕(う)たんとするを、雪獅(せっし)・猱獅(どうし)等(ら)の苦(くる)しく勧(すす)むるに被りて方(はじ)めて止(や)む。当時(そのとき)此(こ)の処(ところ)を捨(す)て、都(みな)州城(しゅうじょう)へ奔(はし)る。 ただ聴(きこ)ゆるは、かの風(かぜ)滚滚(こんこん)、霧(きり)騰騰(とうとう)として、来(きた)ること甚(はなは)だ近(ちか)し。唬(おど)されたるかなかの城外(じょうがい)の各(おのおの)の関廂(かんしょう=門前町)の人等(ひとども)、男(おのこ)を拖(ひ)き女(おんな)を挟(わきばさ)み、家私(かし=家財)を顧(かえり)みるに遑(いとま)あらず、都(みな)州城(しゅうじょう)の中(うち)へ往き走(はし)り、城門(じょうもん)に走入(はしりい)りて、門(もん)を将(も)ちて閉(とざ)したり。 人(ひと)の王府(おうふ)の中(うち)に報(しら)せ入れて道(いわ)く、「禍事(かじ=一大事)!禍事(かじ)!」と。かの王子(おうじ)・唐僧(とうそう)等(ら)、正(まさ)に暴紗亭(ぼうさてい)に在りて早斎(そうさい)を吃(くら)いおるに、人の禍事を報するを聴(き)き、却って門(もん)を出でて来(きた)り問う。衆人(しゅうじん)道く、「一群(ひとむれ)の妖精(ようせい)、沙(すな)を飛(と)ばし石(いし)を走(はし)らせ、霧(きり)を噴(ふ)き風(かぜ)を掀(あお)りて、来りて城(しろ)に近(ちか)づけり!」と。 老王(ろうおう)大(おお)いに驚(おどろ)いて言う、「いかにしてか好(よ)からん」と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「都(みな)放心(ほうしん=心安かれ)!都放心せよ!これこれ虎口洞(ここうどう)の妖精(ようせい)の、昨日(きのう)陣(じん)に敗(やぶ)れ、東南方(とうなんぽう)へ往きてかの甚(いず)れの九霊元聖児(きゅうれいげんせいじ)を伙(くみ)し来(きた)れるなり。我が兄弟(きょうだい)らと与(とも)に出で往かんを等(ま)て。吩咐(いいつけ)て四門(しもん)を関(とざ)さしめ、汝(なんじ)ら人夫(にんぷ=人足)を点(てん)じて城池(じょうち)を看守(かんしゅ=守ら)せよ」と。 かの王子(おうじ)果(はた)して令(れい)を伝(つた)えて四門(しもん)を把(と)りて閉(とざ)し、人夫(にんぷ)を点(てん)じ起(お)こして城(しろ)に上(のぼ)らしむ。彼が父子(ふし)并(なら)びに唐僧(とうそう)は城楼(じょうろう=物見櫓)の上に在りて点札(てんさつ=検閲し配置)し、旌旗(せいき=旗)日(ひ)を蔽(おお)い、炮火(ほうか=大砲)天(てん)に連(つらな)る。行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)は、却って半雲半霧(はんうんはんむ=雲と霧の半ば)にて、城を出でて敵(てき)を迎(むか)う。これ正(まさ)に、 慧兵(けいへい=智慧の兵器)を失(うしな)うは不謹(ふきん=慎まざる)に縁(よ)り、頓(にわ)かに魔(ま)をして起(おこ)らしめ衆邪(しゅうじゃ=多くの邪)を凶(きょう)ならしむ。 と。畢竟(ひっきょう)この場(ひとしきり)の勝敗(しょうぶ)いかんは、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十回 師獅(しし)授受(じゅじゅ)して同(おな)じく一(いつ)に帰(き)し 道(どう)を盗(ぬす)み禅(ぜん)に纏(まと)われて九霊(きゅうれい)を静(しず)む さて、孫大聖(そんたいせい)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と同(とも)に城頭(じょうとう=城壁の上)を出で、覿面(てきめん=面と向かい)て相(あい)迎(むか)うに、かの伙(むれ)の妖精(ようせい)の都些(いささ)かの雑毛獅子(ざつもうしし=混じり毛の獅子)なるを見る。黄獅精(こうしせい)前(まえ)に在りて引(いん)領(みちび)き、狻猊獅(さんげいし)・摶象獅(でんぞうし)左(ひだり)に在り、白沢獅(はくたくし)・伏狸獅(ふくりし)右(みぎ)に在り、猱獅(どうし)・雪獅(せっし)後(うしろ)に在り、中間(ちゅうかん)には却ってこれ一箇の九頭獅子(くとうしし)なり。かの青顔児怪(せいれんじかい)一面(ひとつ)の錦繍団花宝幢(きんしゅだんかほうどう=錦の団花の幢幡)を執(と)り、九頭獅子に緊(きっ)と挨(すりよ)り着き、刁鑽古怪児(ちょうさんこかいじ)・古怪刁鑽児(こかいちょうさんじ)両面(ふたつ)の紅旗(こうき)を打(ささ)げ、斉斉(せいせい=揃い)て都坎宮(かんきゅう)の地(ち)に布(し)かれたり。 八戒(はっかい)莽撞(もうとう=向こう見ず)に、近(ちか)づき前(まえ)に在りて罵(ののし)って言う、「宝貝(ほうばい)を偸(ぬす)みし賊怪(ぞくかい)め!汝、いずこへ往きてこの幾箇(いくつ)かの毛団(もうだん=毛むくじゃら)を伙(く)み来(きた)り、此(ここ)に在りていかんとする」と。 黄獅精(こうしせい)歯(は)を切(せ)りて罵(ののし)って言う、「潑狠(はつこん=暴虐)の禿厮(とくし=禿げ坊主)め!昨日(きのう)三人(みたり)我一人(ひとり)に敵(てき)し、我敗(やぶ)れて回(かえ)り去(さ)れば、汝をして人と為らしめ了(おわ)んぬるに、汝、いかにしてかこのごとき狠悪(こんあく=ひどく残忍)に、我が洞府(どうふ)を焼(や)き、我が山場(さんば=縄張り)を損(そこな)い、我が眷族(けんぞく=一族)を傷(そこな)うや!我と汝(なんじ)との冤仇(えんきゅう=恨み)は深(ふか)きこと大海(たいかい)の如(ごと)し!走(に)ぐること莫(なか)れ!汝が老爺(ろうや=おれ)が一鏟(ひとさん)を食(くら)え!」と。 好(よ)き八戒(はっかい)かな、釘鈀(ていは)を挙(あ)げてすなわち迎(むか)う。二人(ふたり)才(ようや)く手(て)を交(まじ)え、未(いま)だ高低(こうてい=優劣)を見(み)ざるに、かの猱獅精(どうしせい)一根(ひとふり)の鉄蒺藜(てっしつり=鉄の茨)を輪(ふ)り、雪獅精(せっしせい)一条(ひとつ)の三楞簡(さんりょうかん=三棱の簡)を使(つか)い、径(ただち)に来(きた)りて奔(つ)き打つ。八戒一声(ひとこえ)の喊(さけ)びを発(おこ)して言う、「来れること好し!」と。視よ、彼の横沖直抵(おうちゅうちょくてい=横に突き直かに当たる)に、一処(ひとところ)に闘(たたか)い合(あ)うを。 この壁廂(へきしょう=こちら側)に、沙和尚(さおしょう)急(いそ)ぎ降妖杖(ごうようじょう)を掣(ひっさ)げ、近(ちか)づき前(まえ)に在りて相(あい)助(たす)く。また那(か)の狻猊精(さんげいせい)・白沢精(はくたくせい)と摶象(でんぞう)・伏狸(ふくり)の二精(にせい)、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せ上(のぼ)るを見る。ここに孫大聖(そんたいせい)金箍棒(きんこぼう)を使(つか)いて群精(ぐんせい)を架(か)ぎ住(とど)む。狻猊(さんげい)は悶棍(もんこん=太き棒)を使い、白沢(はくたく)は銅鎚(どうつい=銅の槌)を使い、摶象は鋼槍(こうそう=鋼の槍)を使い、伏狸は鉞斧(えつふ=まさかり)を使う。かの七箇(ななつ)の獅子精(ししせい)、この三人(みたり)の狠(こん=手強き)和尚(おしょう)、好(よ)き殺(たたか)いかな、 棍(こん)・鎚(つい)・槍(そう)・斧(ふ)・三楞簡(さんりょうかん)、 蒺藜(しつり)・骨朶(こつだ=棍棒)・四明鏟(しめいさん)。 七獅(しちし)七器(しちき)甚だ鋒芒(ほうぼう=切っ先)あり、囲(かこ)み戦(たたか)う三僧(さんそう)斉(ひと)しく吶喊(とっかん=鬨の声)す。 大聖(たいせい)が金箍(きんこ)の鉄棒(てつぼう)凶(きょう)にして、沙僧(さそう)が宝杖(ほうじょう)人間(にんげん)に罕(まれ)なり。 八戒(はっかい)風(かぜ)に顛(たお)れ勢(いきおい)を騎(は)せて雄(ゆう)に、釘鈀(ていは)幌亮(こうりょう=きらめき)て光華(こうか)惨(さん)たり。 前(まえ)を遮(さえぎ)り後(うしろ)を擋(ふせ)ぎて各功(こう)を施(ほどこ)し、左(ひだり)を架(かま)え右(みぎ)を迎(むか)えて都勇敢(ゆうかん)なり。 城頭(じょうとう)の王子(おうじ)威風(いふう)を助(たす)け、鼓(つづみ)を擂(う)ち鑼(どら)を篩(ふる)い斉(ひと)しく胆(きも)を壮(つよ)くす。 投(な)げ来(きた)り搶(うば)い去(ゆ)きて神通(じんずう)を弄(ろう)し、殺(たたか)いて昏濛(こんもう=くらくら)として天地(てんち)反(かえ)らしむ。 と。 かの一伙(ひとむれ)の妖精(ようせい)、斉(ひと)しく大聖(たいせい)三人(みたり)と与(とも)に、戦(たたか)うこと半日(はんじつ)を経(ふ)るに、覚(おぼ)えず天(てん)晩(く)る。八戒(はっかい)口(くち)に粘涎(ねんぜん=粘り気の涎)を吐(は)き、看る看る脚(あし)軟(よわ)く、一鈀(ひとは)を虚(くう)に幌(ひるが)えし、陣(じん)を敗(やぶ)って下(くだ)り往かんとするを、かの雪獅(せっし)・猱獅(どうし)の二精(にせい)に喝(かつ)せられて言う、「いずこへか走(に)ぐる。打つを看よ!」と。呆子(あほう)避(よ)くるに及(およ)ばず、彼が脊梁(せなか)の上を照(めが)けて一簡(ひとかん)打たれ、地(ち)の下(うえ)に睡(ふ)し、ただ叫(よばわ)る、「了(おわ)ったり!了ったり!」と。 二人(ふたり)の精(せい)、八戒(はっかい)の鬣(たてがみ)を采(つか)み尾(お)を拖(ひ)き、扛(か)つぎ将(も)ちてかの九頭獅子(くとうしし)の許(もと)に往き、報(しら)せて言う、「祖爺(そや)、我ら一箇(ひとり)を拿(とら)え来(きた)れり」と。説(い)い了(おわ)らざるに、沙僧(さそう)・行者(ぎょうじゃ)もまた都戦(たたか)い敗(やぶ)る。衆(しゅう)の妖精(ようせい)一斉(いっせい)に趕(お)い来るに、行者一把(ひとつかみ)の毫毛(ごうもう=産毛)を拔(ぬ)き、嚼(か)み砕(くだ)いて噴(ふ)き将ち去(ゆ)き、「変(へん)!」と叫(よばわ)れば、すなわち変じて百十箇(ひゃくじゅっこ)の小行者(しょうぎょうじゃ)と作(な)り、囲囲繞繞(いいじょうじょう=ぐるぐる取り巻き)て、かの白沢(はくたく)・狻猊(さんげい)・摶象(でんぞう)・伏狸(ふくり)并(なら)びに金毛獅怪(きんもうしい)を囲(かこ)み裹(つつ)む中(うち)に在(あ)らしむ。沙僧・行者は却ってまた上前(すす)み出でて集(あつま)り打つ。晩(くれ)に到り、狻猊・白沢を拿え住(とど)め、伏狸・摶象を走(に)がし了んぬ。 金毛(きんもう)老妖(ろうよう)に報(しら)せ知(し)らするに、老怪(ろうかい)二獅(にし)を失(うしな)いしを見(み)、吩咐(いいつけ)て言う、「猪八戒(ちょはっかい)を捆(くく)れ、彼が性命(いのち)を傷(そこな)うべからず。彼の我に二獅を還(かえ)すを待(ま)ちて、却って八戒(はっかい)を将(も)ちて彼に与(あた)えん。彼もし無知(むち=分別なく)にして我が二獅を壊(こぼ)たば、すなわち八戒を殺(ころ)して命(いのち)に抵(あて)よ!」と。当晩(そのばん)群妖(ぐんよう)城外(じょうがい)に安歇(あんけつ=休み泊まる)。これ語(かた)らず。 さて、孫大聖(そんたいせい)二人(ふたり)の獅子精(ししせい)を抬(かつ)ぎて城辺(じょうへん=城のほとり)に近(ちか)づくれば、老王(ろうおう)これを見(み)、すなわち令(れい)を伝(つた)えて門を開(ひら)かせ、二三十箇(にさんじゅっこ)の校尉(こうい=近衛兵)を差(さしむ)け、縄(なわ)を拿(と)りて門を出で、獅精(ししせい)を綁(くく)り、扛(か)つぎて城の裡(うち)に入(い)らしむ。孫大聖法毛(ほうもう=術の毛)を収(おさ)め、沙僧(さそう)と同(とも)に径(ただち)に城楼(じょうろう=物見櫓)の上に至(いた)り、唐僧(とうそう)に見(まみ)ゆ。唐僧言う、「この場(ひとしきり)の事(こと)は甚だこれ利(り)害(がい=難儀)なるかな!悟能(ごのう)が性命(いのち)、有るや無(な)きやを知(し)らず」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「事(こと)無(な)し!我らこの二人(ふたり)の妖精(ようせい)を拿(とら)えたれば、彼(か)の処(ところ)断(きっ)として敢えて傷(そこな)わざらん。且く二精(にせい)を牢(かた)く拴(つな)ぎ緊(きつ)く縛(しば)り、明早(みょうそう=明日の朝)八戒(はっかい)に抵(あて)て換(か)えんを待(ま)て」と。 三人(みたり)の小王子(しょうおうじ)行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて頭を叩(う)って言う、「師父(しふ)先(さき)に賭闘(ととう=勝負)ししとき、ただ一身(いっしん)を見(み)しに、後(のち)に及(およ)びて佯(いつわ)り輸(ま)けて回(かえ)りしが、却っていかにしてかすなわち百十位(ひゃくじゅうい)の師身(ししん=師の姿)ありしや。及びて妖精(ようせい)を拿(とら)え住(とど)め、城に近(ちか)づき来(きた)るに還(な)お一身なり。これは甚(いず)れの法力(ほうりき)なる」と。 行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「我が身上(しんじょう)に八万四千(はちまんしせん)の毫毛(ごうもう)あり。一を以(も)って十と化(な)し、十を以て百と化し、百千万億(ひゃくせんまんおく)の変化(へんげ)、皆身外身(しんがいしん=身の外の身)の法(ほう)なり」と。かの王子(おうじ)箇箇(おのおの)頂礼(ちょうらい=礼拝)し、即時(すなわち)斎(とき)を擺(ととの)え上(あ)げ、すなわち城楼(じょうろう)の上に在りてこれを食(くら)う。各の垜口(だこう=城壁の狭間)の上に都灯籠(とうろう)旗幟(きし=旗)を要(よう)し、梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)鑼鼓(らこ=鑼と鼓)、更(こう=夜回り)を支(ささ)え箭(や=時刻札)を伝(つた)え、炮(ほう=大砲)を放(はな)ち吶喊(とっかん=鬨)す。 早くまた天明(てんめい)す。老怪(ろうかい)すなわち黄獅精(こうしせい)を喚(よ)びて計(けい)を定(さだ)めて言う、「汝(なんじ)ら今日(こんにち)心(こころ)を用(もち)いてかの行者(ぎょうじゃ)・沙僧(さそう)を拿(とら)えよ。我、暗(ひそ)かに自(みずか)ら空(くう)を飛(と)んで城に上(のぼ)り、彼がかの師父(しふ)并(なら)びにかの老王(ろうおう)父子(ふし)を拿え、先(ま)ず九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)に転(てん)じ回(かえ)り、汝が勝(かち)を得(え)て報(しら)せ回るを待(ま)たん」と。黄獅(こうし)計を領(りょう=承)け、すなわち猱獅(どうし)・雪獅(せっし)・摶象(でんぞう)・伏狸(ふくり)を引(いん)き、各兵器(へいき)を執(と)りて城の処(ほとり)に到り、風(かぜ)を滚(ま)かし霧(きり)を醸(かも)して戦(たたかい)を索(もと)む。 ここに行者(ぎょうじゃ)と沙僧(さそう)城頭(じょうとう)より跳(と)び出で、声(こえ)を厲(はげ)しくして罵(ののし)って言う、「賊(ぞく)の潑怪(はつかい)め!疾(と)く我が師弟(してい)八戒(はっかい)を将(も)ちて我に送(おく)り還(かえ)し、汝が性命(いのち)を饒(ゆる)さん。然(しか)らずんば、都汝をして骨(ほね)を粉(こな)にし屍(しかばね)を砕(くだ)かしめん!」と。かの妖精(ようせい)那(なん)ぞ分説(ぶんせつ=言い訳)を容(い)れん、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せ来(きた)る。この大聖(たいせい)弟兄(ていけい=兄弟)二人(ふたり)、各機謀(きぼう=策略)を運(めぐ)らし、五箇(いつつ)の獅子(しし)を擋(ふせ)ぎ住(とど)む。この殺(たたか)いは昨日(きのう)に比(くら)ぶればまた甚だ同(おな)じからず、 呼呼(ここ)として地(ち)を刮(けず)る狂風(きょうふう)悪(あ)しく、暗暗(あんあん)として天(てん)を遮(さえぎ)る黒霧(こくむ)濃(こま)やかなり。 石(いし)を走(はし)らせ沙(すな)を飛(と)ばして神鬼(しんき)怕(おそ)れ、林(はやし)を推(お)し樹(き)を倒(たお)して虎狼(ころう)驚(おどろ)く。 鋼槍(こうそう)狠狠(こんこん=苛烈)に鉞斧(えつふ)明(あき)らかに、棍(こん)・鏟(さん)・銅鎚(どうつい)太(はなは)だ毒情(どくじょう=酷き心)なり。 恨(うら)むらくは囫圇(こつりん=丸呑み)に行者(ぎょうじゃ)を呑(の)まざるを、活活潑潑(かつかつはつはつ=生き生きと)小沙僧(しょうさそう)を擒(とりこ)めん。 この大聖(たいせい)一条(ひとすじ)の如意棒(にょいぼう)、巻(ま)き舒(の)べ収(おさ)め放(はな)つ甚だ精霊(せいれい=霊妙)なり。 沙僧(さそう)が那(か)の柄(ひとふり)の降妖杖(ごうようじょう)、霊霄殿(れいしょうでん)の外(そと)に名声(めいせい)あり。 今番(こんぱん)神通(じんずう)の広(ひろ)きを干運(かんうん=めぐらし)し、西域(せいいき)に功(こう)を施(ほどこ)して精(せい=妖)を掃蕩(そうとう)す。 と。 この五箇(いつつ)の雑毛獅子精(ざつもうししせい)と行者(ぎょうじゃ)・沙僧(さそう)と、正(まさ)に自(みずか)ら殺(たたか)いて好(よ)き処(ところ)に到(いた)らんとするに、かの老怪(ろうかい)黒雲(こくうん)に駕(が)し、径直(ただち)に城楼(じょうろう)の上に騰(のぼ)り至(いた)り、頭(かしら)を一(ひと)ゆり揺(ゆ)る。唬(おど)されたるかなかの城上(じょうじょう)の文武(ぶんぶ)大小(だいしょう)の官員(かんいん)并(なら)びに城を守(まも)る人夫(にんぷ)等(ら)、都転(ころ)がりて城を下(くだ)り往き、彼に奔(はし)り入(い)られて楼中(ろうちゅう)に至り、口(くち)を張(は)り開(ひら)きて三蔵(さんぞう)と老王(ろうおう)父子(ふし)を一頓(ひとくわ)に噙(ふく)み出(いだ)され、坎宮(かんきゅう)の地(ち)の下(もと)に復(また)至り、八戒(はっかい)をもまた口を着(も)ちてこれを噙む。元来(もと)彼が九箇(ここのつ)の頭にはすなわち九張(ここのつ)の口ありて、一(ひとつ)の口には唐僧(とうそう)を噙み、一の口には八戒を噙み、一の口には老王を噙み、一の口には大王子(だいおうじ)を噙み、一の口には二王子(におうじ)を噙み、一の口には三王子(さんおうじ)を噙み、六(むっ)つの口に六人(ろくにん)を噙み、還(な)お三張(みつ)の口を空(むな)しうして、声(こえ)を発(はっ)し喊(さけ)んで叫(よばわ)る、「我、先(ま)ず去(ゆ)かん!」と。 この五箇(いつつ)の小獅精(しょうしせい)、彼が祖(そ)の勝(かち)を得(え)しを見(み)、箇箇(おのおの)愈(いよいよ)雄才(ゆうさい=雄々しき才)を展(の)ぶ。行者(ぎょうじゃ)城上(じょうじょう)の人の喊嚷(かんじょう=叫び喚ぶ)を聞(き)き得て、情(じょう)として彼が計(けい)に中(あた)りしを知(し)り、急(いそ)ぎ沙僧(さそう)を喚(よ)んで仔細(つまびらか=用心)せしむ。彼は却って臂膊(ひはく=腕)の上の毫毛(ごうもう)を把(と)り、尽く皆拔(ぬ)き下(おろ)し、口(くち)に入れて嚼(か)み爛(ただ)らして噴(ふ)き出(いだ)し、変じて千百(せんぴゃく)の小行者(しょうぎょうじゃ)と作(な)し、一斉(いっせい)に擁(おしよ)せ攻(せ)め上(のぼ)り、当時(そのとき)猱獅(どうし)を拖(ひ)き倒(たお)し、雪獅(せっし)を活(い)け捉(とら)え、摶象獅(でんぞうし)を拿(とら)え住(とど)め、伏狸獅(ふくりし)を扛(か)つぎ翻(ひっくり)返(かえ)し、黄獅(こうし)を将(も)ちて打(う)ち殺(ころ)し、烘烘(こうこう=わいわい)と州城(しゅうじょう)の下(もと)まで嚷(わめ)き到る。倒(かえ)って走(に)がし了(おわ)んぬるは青顔児(せいれんじ)と刁鑽古怪(ちょうさんこかい)・古怪刁鑽(こかいちょうさん)の二怪(にけ)なり。 かの城上(じょうじょう)の官(かん)これを見(み)、却ってまた門を開(ひら)き、縄(なわ)を将(も)ちて五箇(いつつ)の獅精(ししせい)をまた捆(くく)り、抬(かつ)ぎて城の裡(うち)に入る。未(いま)だ発落(ほつらく=処置)せざるに、ただかの王妃(おうひ)の哭哭啼啼(こくこくていてい=泣き叫び)して、行者(ぎょうじゃ)に対(むか)い礼拝(れいはい)して言う、「神師(しんし)よ、我が殿下(でんか)父子(ふし)并(なら)びに汝が師父(しふ)の、性命(いのち)休(おわ)んぬるか!この孤城(こじょう=孤りの城)をいかにしてか好(よ)からん」と。 大聖(たいせい)法毛(ほうもう)を収(おさ)め、王妃(おうひ)に対(むか)い礼(れい)を作(な)して言う、「賢后(けんこう=賢き后)愁(うれ)うること莫(なか)れ。ただ我が彼が七箇(ななつ)の獅精(ししせい)を拿(とら)えしに因り、かの老妖(ろうよう)摂法(せっぽう=かどわかす術)を弄(ろう)し、定(かなら)ず我が師父(しふ)と殿下(でんか)父子(ふし)を将(も)ちて摂(かどわ)かし去(さ)りしならん。料(おもんみ)るに必(かなら)ず傷(そこな)い無(な)からん。明日(みょうにち)絶早(ひどく早く)我が兄弟(きょうだい)二人(ふたり)かの山の中(うち)に往き、管情(かなら)ず老妖を捉(とら)え住(とど)め、汝に四箇(よたり)の王子(おうじ)を還(かえ)さんを待(ま)て」と。 かの王妃(おうひ)一簇(ひとむれ)の女眷(じょけん=女たち)この言(げん)を聞(き)き、都行者(ぎょうじゃ)に対(むか)い下拝(げはい)して言う、「願(ねが)わくは殿下(でんか)父子(ふし)の全(まっと)う生(い)き、皇図(こうと=皇室の図)の堅固(けんご)ならんことを求(もと)めん!」と。拝(はい)し畢(おわ)り、箇箇(おのおの)涙(なみだ)を含(ふく)みて宮(きゅう)に還(かえ)る。 行者(ぎょうじゃ)各の官(かん)に吩咐(いいつけ)て言う、「打(う)ち殺(ころ)ししあの黄獅精(こうしせい)を将(も)ちて皮(かわ)を剥(は)ぎ、六箇(むっつ)の活(い)ける獅精(ししせい)は、牢(かた)く牢く拴鎖(せんさ=繋ぎ鎖)せよ。些(いささ)かの斎飯(さいはん)を取(と)り来(きた)れ。我らこれを食(くら)いて睡(ねむ)らん。汝(なんじ)ら都放心(ほうしん=心安か)れ、汝に事(こと)無(な)きを保(ほ)せん」と。 次日(あくるひ)に至(いた)り、大聖(たいせい)沙僧(さそう)を領(ひき)いて祥雲(しょううん)を駕(が)し起(おこ)し、多(おお)からずして、竹節山(ちくせつざん)の頭(いただき)に到る。雲頭(うんとう)を按(おろ)して観看(みわた)せば、好(よ)き座(ひとつ)の高山(こうざん)かな!ただ見よ、 峰(みね)排(つらな)りて突兀(とっこつ=高くそびえ)、嶺(みね)峻(けわ)しくして崎嶇(きくう=でこぼこ)たり。 深澗(しんかん=深き谷)の下に潺湲(せんかん=さらさら)として水(みず)漱(すす)ぎ、陡崖(とうがい=険しき崖)の前(まえ)に錦繍(きんしゅう)花香(かこう=花の香)あり。 巒(みね)を回(めぐ)らし重(かさ)ね迭(かわ)り、古道(こどう)湾環(わんかん=うねうね)たり。 真(まこと)にこれ鶴(つる)来(きた)れば松(まつ)伴(とも)有り、果(はた)して云(くも)去(さ)れば石(いし)依(よ)る所(ところ)無(な)し。 玄猿(げんえん=黒き猿)は晴暉(せいき=日ざし)に向(むか)いて果(このみ)を覓(もと)め、麋鹿(びろく=大鹿)は日(ひ)の暖(あたたか)きに花(はな)を尋(たず)ねて歓(よろこ)ぶ。 青鸞(せいらん)の声(こえ)晰嚦(せきれき=さえずり)、黄鳥(こうちょう)の語(ことば)綿蛮(めんばん=さえずり)たり。 春(はる)来(きた)れば桃李(とうり)妍(うつく)しさを争(あらそ)い、夏(なつ)至(いた)れば柳槐(りゅうかい=柳と槐)競(きそ)いて茂(しげ)る。 秋(あき)到(いた)れば黄花(こうか=菊)錦(にしき)を布(し)き、冬(ふゆ)交(まじ)われば白雪(はくせつ)綿(わた)を飛(と)ばす。 四時八節(しいちはっせつ=一年じゅう)好(よ)き風光(ふうこう)にして、瀛洲(えいしゅう=仙境)の仙(せん)たる景象(けいしょう)に亜(おと)らず。 と。 彼二人(ふたり)正(まさ)に山頭(さんとう)の上に在りて景(けい)を看(み)おるに、忽かの青顔児(せいれんじ)の、手(て)に一条(ひとふり)の短棍(たんこん=短き棒)を拿(と)り、径(ただち)に崖谷(がいこく=崖の谷間)の間(あいだ)より跑(はし)り出(い)づるを見る。行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して言う、「いずこへか走(に)ぐる!老孫(ろうそん)来(きた)れるなり!」と。唬(おど)されたるかなかの小妖(しょうよう)、一(ひと)たび翻(ころ)がり一たび滚(まろ)びて崖谷(がいこく)を跑(か)け下(くだ)る。 彼二人(ふたり)一直(ひたすら)に追(お)い来(きた)るに、また蹤迹(しょうせき=跡)を見(み)ず。前(まえ)に向(むか)いてまた幾步(いくあゆみ)かを転(めぐ)れば、却ってこれ一座(ひとつ)の洞府(どうふ)にして、両扇(ふたおもて)の花斑石門(かはんせきもん=斑模様の石の門)の、緊(きっ)と緊と関閉(とざ)されたり。門楣(もんび=かもい)の上に横(よこた)えて一塊(ひとつ)の石版(せきばん)を嵌(は)め着(つ)け、楷(かい=楷書)に十箇(じゅっこ)の大字(だいじ)を鐫(ほ)り着けたるは、すなわちこれ「万霊竹節山(ばんれいちくせつざん)九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)」なり。 かの小妖(しょうよう)元来(もと)洞(どう)の裡(うち)へ跑(はし)り入りしに、すなわち洞門(どうもん)を把(と)りて閉(とざ)し、中間(ちゅうかん)に到りて老妖(ろうよう)に対(むか)いて言う、「爺爺(じいさま)、外面(そと)にまた二人(ふたり)の和尚(おしょう)の来(きた)れるあり」と。老妖言う、「汝が大王(だいおう)并(なら)びに猱獅(どうし)・雪獅(せっし)・摶象(でんぞう)・伏狸(ふくり)は曾(かつ)て来りしや」と。小妖言う、「見(み)えず!見えず!ただ二人の和尚の、山峰(さんぽう)の高(たか)き処(ところ)に在りて眺望(ちょうぼう=見晴らす)せるあり。我、看るや頭(こうべ)を回(めぐ)らしてすなわち跑り、彼、趕(お)い将(も)ち来るに、我、却って門を閉して来れるなり」と。 老妖(ろうよう)これを聴き、頭(こうべ)を低(た)れて語(い)わず、半晌(しばらく)にして、忽涙(なみだ)を吊(た)れ下(くだ)し、声(こえ)を叫(あ)げて言う、「苦(くる)しきかな!我が黄獅孫(こうしそん)死(し)し了(おわ)んぬ!猱獅孫(どうしそん)等(ら)また尽く和尚(おしょう)に捉(とら)えられて城の裡(うち)へ入れられ往き了んぬ!この恨(うらみ)いかにしてか生(しょう)じて報(むく)いん!」と。 八戒(はっかい)旁(かたわら)に捆(くく)られ、王(おう)父子(ふし)・唐僧(とうそう)と倶(とも)に一処(ひとところ)に集(あつ)められ、恓恓惶惶(せいせいこうこう=おびえ悔しがり)て苦(くるしみ)を受(う)けおるに、老妖(ろうよう)の「衆孫(しゅうそん=孫たち)和尚(おしょう)に捉(とら)えられて城の裡(うち)へ入れられ往けり」と説(い)う声(こえ)を聴き、暗(ひそ)かに喜(よろこ)んで言う、「師父(しふ)怕(おそ)るること莫(なか)れ、殿下(でんか)愁(うれ)うること莫れ。我が師兄(しい)已に勝(かち)を得(え)、衆妖(しゅうよう)を捉え、此(こ)の間(ほとり)を尋(たず)ね到りて吾(われ)等(ら)を救(すく)い拔(ぬ)かんとす」と。説い罷(おわ)るに、また老妖の叫(よばわ)るを聴く、「小(こもの)ら、好(よ)く生(よく)此(ここ)に在りて看守(かんしゅ=見張)れ。我、出で往きてかの二人(ふたり)の和尚を拿(とら)え入り、一発(いっぺん)に懲治(ちょうじ=懲らしめ)せんを等(ま)て」と。 視よ、彼の身(み)に披掛(ひかけ=鎧)無(な)く、手(て)に兵(へい=武器)を拈(と)らず、大踏歩(だいとうほ=大また)に前辺(まえ)へ走(あゆ)み到り、ただ孫行者(そんぎょうじゃ)の吆喝(ようかつ=叫ぶ)を聞(き)くのみ。彼すなわち洞門(どうもん)を大いに開(ひら)き、話(ことば)に答(こた)えず、径(ただち)に行者(ぎょうじゃ)へ奔(はし)る。行者鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて当頭(まっこう)より支(つ)き住(とど)むれば、沙僧(さそう)宝杖(ほうじょう)を輪(ふ)りてすなわち打つ。かの老妖(ろうよう)頭(かしら)を一(ひと)ゆり揺(ゆ)るや、左右(そうゆう)の八箇(やっつ)の頭、一斉(いっせい)に口(くち)を張(は)り開き、行者・沙僧を軽軽(かるがる)とまた洞内(どうない)に銜(ふく)み入れ、教(いいつけ)て言う、「縄索(じょうさく=縄)を取(と)り来(きた)れ!」と。 かの刁鑽古怪(ちょうさんこかい)・古怪刁鑽(こかいちょうさん)と青顔児(せいれんじ)とは昨夜(ゆうべ)生(いのち)を逃(のが)れて回(かえ)りし者なれば、すなわち両条(ふたすじ)の縄(なわ)を拿(と)り、彼二人(ふたり)を把(と)りて着実(しっか)と捆(くく)り了(おわ)んぬ。老妖(ろうよう)問うて言う、「汝(なんじ)この潑猴(はつこう=暴れ猿)め、我があの七箇(ななつ)の児孫(じそん=子や孫)を捉(とら)えたり。我、今汝が和尚(おしょう)四箇(よたり)、王子(おうじ)四箇を拿(とら)え住(とど)めたれば、また以(も)って我が児孫(じそん)の命(いのち)に抵(あ)つるに足(た)れり!小(こもの)ら、荊条(けいじょう=荊の鞭)柳棍(りゅうこん=柳の棒)を選(えら)み来(きた)れ。且くこの猴頭(こうとう=猿の頭)を一頓(ひとしきり)打(う)ち、我が黄獅孫(こうしそん)に替(かわ)りて冤仇(えんきゅう)を報(むく)い報いせん!」と。 かの三人(みたり)の小妖(しょうよう)、各柳棍(りゅうこん)を執(と)り、専(もっぱ)ら行者(ぎょうじゃ)を打つ。行者は本(もと)熬煉(ごうれん=鍛え練り)せられし身体(しんたい)なれば、それらの些些(ささ=わずか)なる柳棍児(りゅうこんじ)は、ただ好(よ)く彼に痒(かゆ)きを拂(はら)わしむるのみ。彼、いずくんぞ声(こえ)を做(な)さんや。彼をしていかに捶打(すいだ=殴打)せしむるにも、略(ほぼ)介意(かいい=気にかけ)せず。八戒(はっかい)・唐僧(とうそう)と王子(おうじ)これを見(み)、箇箇(おのおの)毛骨(もうこつ)悚然(しょうぜん=ぞっとす)る。少時(しばらく)して、柳棍を打折(うちお)り、直(じか)に天(てん)の晩(く)るるまで打つも、またその数(かず)を計(かぞ)えず。 沙僧(さそう)打(う)たるることの多(おお)きを見(み)、甚だ意(こころ)に過(あま)りて言う、「我、彼に替(かわ)りて百十下(ひゃくじゅうげ)を打たれん」と。老妖(ろうよう)言う、「汝且く忙(いそ)ぐこと莫(なか)れ。明日(みょうにち)すなわち汝に打ち到(いた)らん。箇箇(ひとりひとり)挨次(あいじ=順繰り)に打ち将(も)ち来(きた)るべし」と。八戒(はっかい)着(き)と忙(あわ)てて言う、「後日(みょうごにち)すなわち我が老豬(ろうちょ=おれ)に打ち到らんとするか!」と。 打つこと一会(ひととき)、漸漸(ようや)く天(てん)昏(く)るるに、老妖(ろうよう)叫(よばわ)る、「小(こもの)ら且く住(とど)まれ、灯火(とうか=灯)を点(とも)し起(おこ)せ。汝(なんじ)ら些(いささ)かの飲食(おんじき=食事)を食(くら)え。我をして錦雲窩(きんうんか=錦雲の床)に到りて略(いささ)か睡(ねむ)りに往かしめよ。汝ら三人(みたり)は都これ害(がい)を遭(あ)いし者なれば、却って心(こころ)を用(もち)いて看守(かんしゅ)し、明早(みょうそう)また打たんことを待(ま)て」と。三人の小妖(しょうよう)灯(ひ)を移(うつ)し来(きた)り、柳棍(りゅうこん)を拿(と)りてまた行者(ぎょうじゃ)が脳蓋(のうがい=頭のてっぺん)を打つ。すなわち梆子(ほうじ=拍子木)を敲(たた)くの一般(ごと)く、剔剔托(てきてきたく)、托托剔(たくたくてき)、緊(はや)きこと幾下(いくした)か、慢(おそ)きこと幾下か。夜(よる)将(まさ)に深(ふか)からんとして、却って都盹睡(とんすい=まどろみ)す。 行者(ぎょうじゃ)すなわち一箇の遁法(とんぽう=逃れの術)を使(つか)い、身(み)を一(ひと)たび小(ちいさ)くして、縄(なわ)を脱(ぬ)け出で、毫毛(ごうもう)を一抖(ふる)いし、衣服(いふく)を整(ととの)え束(つか)ね、耳朶(みみ)の内(うち)より棒(ぼう)を取(と)り出(いだ)し、一ゆり幌(ひるが)えせば、吊桶(つるべ)の粗細(あらさ)、二丈(にじょう)の長短(ながさ)あり。三人(みたり)の小妖(しょうよう)に向(むか)いて言う、「汝(なんじ)この孽畜(げっちく=畜生)め、汝が老爺(ろうや=おれ)を将(も)ちてすなわち許多(あまた)の棍子(こんす=棒)を打(う)たせしめたり!老爺(ろうや)還(な)おただ旧(もと)に照(したが)うのみ。老爺もまたこの棍子(こんす)を将ちて略(いささ)か汝を椏(おさ)えん、看よ道(いわ)く如何(いかん)」と。三人の小妖を軽軽(かるがる)と一たび椏うれば、すなわち椏えて三箇(みつ)の肉餅(にくへい=肉のひれ)と做(な)し、却ってまた灯(ひ)を剔(かき)立(た)てて亮(あきら)かにし、沙僧(さそう)を解放(ときはな)つ。 八戒(はっかい)捆(くく)られ急(きゅう)なるに、忍(しの)びえずして大声(たいせい)に叫(よばわ)る、「兄(あに)上!我が手(て)足(あし)都捆られて腫(は)れ了(おわ)んぬ。却って来(きた)りて先(ま)ず我を解放(ときはな)たざるか!」と。この呆子(あほう)一声(ひとこえ)喊(さけ)ぶや、却って早くも老妖(ろうよう)を驚動(きょうどう)す。老妖一轂轆(ひところがり=ころり)に爬(はい)き起(お)きて言う、「孰(たれ)か人を解放ちし」と。 かの行者(ぎょうじゃ)これを聴き、一口(ひとくち)に灯(ひ)を吹(ふ)き息(け)し、沙僧(さそう)等(ら)の衆(しゅう)を顧(かえり)みるに遑(いとま)あらず、鉄棒(てつぼう)を使(つか)い、幾重(いくえ)もの門を打(う)ち破(やぶ)りて走(に)げ了(おわ)んぬ。かの老妖(ろうよう)中堂(ちゅうどう=奥の間)に到りて叫(よばわ)る、「小(こもの)ら、いかにしてか灯光(とうこう=灯の光)無(な)きや。ただ人の走げしならずや」と。一声(ひとこえ)叫るに、人の答(こた)うる無し。また一声叫るに、また人の答うる無し。及(およ)びて灯火(とうか)を取(と)り来(きた)りて看る時(おり)、ただ地(ち)の下(うえ)に血(ち)淋淋(りんりん=血だらけ)たる三塊(みつ)の肉餅(にくへい)の見(み)ゆるのみ。老王(ろうおう)父子(ふし)及び唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)は倶在(あ)れど、ただ行者・沙僧の見えざるのみ。 火(ひ)を点(とも)して、前後(ぜんご)を趕(お)い看るに、忽沙僧(さそう)の還(な)お背(せなか)を廊下(ろうか)に貼(は)り着(つ)けて站(た)ちおるを見(み)、彼一把(ひとつかみ)に拿(とら)え住(とど)めて捽(ねじ)倒(たお)し、旧(もと)に照(したが)いて捆(くく)り了(おわ)んぬ。また行者(ぎょうじゃ)を找尋(そうじん=捜し求)むるに、ただ幾層(いくえ)もの門の尽く皆破損(はそん=壊れ)たるを見るのみ。情(じょう)としてこれ行者の打(う)ち破(やぶ)りて走(に)げしを知(し)れど、また往きて追(お)い趕わず、破れたる門を将(も)ちて補(おぎな)うは補い、遮(おお)うは遮い、家業(かぎょう=家の構え)を固(かた)く守(まも)る。これ語(かた)らず。 さて、孫大聖(そんたいせい)かの九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)を出で、祥雲(しょううん)に跨(またが)りて径(ただち)に玉華州(ぎょっかしゅう)に転(てん)じ回(かえ)るに、ただ見よ、かの城頭(じょうとう)の上に各の廂(しょう=方面)の土地神祇(とちしんぎ=土地の神)と城隍(じょうこう=城の神)の神(かみ)の、空(くう)に迎(むか)い拝(はい)し接(まみ)うるを。 行者(ぎょうじゃ)言う、「汝(なんじ)ら、いかにしてか今夜(こんや)才(ようや)く見(まみ)ゆる」と。城隍(じょうこう)言う、「小神(しょうしん)等(ら)大聖(たいせい)の玉華州(ぎょっかしゅう)に下降(げこう)し給(たも)うを知(し)れど、賢王(けんおう)の款留(かんりゅう=手厚き留め)あるに因りて、故(ゆえ)に敢えて見えず。今王(おう)等の怪(かい)に遇(あ)い、大聖魔(ま)を降(くだ)し給うを知り、特に来(きた)りて叩接(こうせつ=額づき迎え)す」と。 行者(ぎょうじゃ)正(まさ)に嗔怪(しんかい=立腹)の処(ところ)に在(あ)るに、また金頭掲諦(きんとうかいたい)・六甲六丁(ろっこうろくてい)の神将(しんしょう)の、一尊(ひとり)の土地(とち)を押(おさ)え着(つ)け、面(おもて)の前(まえ)に跪(ひざまず)きて言う、「大聖(たいせい)、吾(われ)等(ら)この箇(ひとり)の地里鬼(ちりき=土地の鬼)を捉(とら)え得(え)来(きた)れり」とを見る。 行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して言う、「汝(なんじ)ら竹節山(ちくせつざん)に在りて我が師父(しふ)を護(まも)らず、却っていかにしてか此(ここ)まで嚷(わめ)き到りし」と。 丁甲神(ていこうしん)言う、「大聖(たいせい)、かの妖精(ようせい)は汝(なんじ)の逃(に)げし時より、復(また)巻簾大将(けんれんだいしょう)を捉(とら)え住(とど)め、依然(もとのごと)く捆(くく)り了(おわ)んぬ。我等(ら)彼が法力(ほうりき)の甚だ大いなるを見(み)、却って竹節山(ちくせつざん)の土地(とち)を将(も)ちて押解(おうかい=護送)して此(ここ)に至(いた)れり。彼かの妖精の根由(こんゆ=素性)を知(し)れば、乞(こ)う、大聖彼に一問(ひとと)いを問(と)い、便(すなわ)ち好(よ)く処治(しょち=処置)し、以(も)って聖僧(せいそう)賢王(けんおう)の苦(くるしみ)を救(すく)わんことを」と。 行者(ぎょうじゃ)この言(げん)を聴きて甚だ喜(よろこ)ぶ。かの土地(とち)戦戦兢兢(おののき)として頭を叩(う)って言う、「かの老妖(ろうよう)前年(ぜんねん)竹節山(ちくせつざん)に下降(げこう)せり。かの九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)は元これ六獅(ろくし=六頭の獅子)の窩(すみか)なりしが、かの六箇(むっつ)の獅子(しし)、老妖の此(ここ)に至(いた)りしを得(え)てより、すなわち都拝(はい)して祖翁(そおう=祖父)と為(な)せり」と。 祖翁(そおう)はすなわちこれ箇(ひとつ)の九頭獅子(くとうしし)にして、号(ごう)を九霊元聖(きゅうれいげんせい)と曰(い)う。もし彼をして滅(ほろ)びしめんと欲(ほっ)せば、須(かなら)ず東極妙巌宮(とうごくみょうがんぐう)に到り往き、彼が主人公(しゅじんこう=持主)を請(しょう)じ来(きた)りて、方めて収伏(しゅうふく=降し従え)すべし。他(た)の人の擒(とりこ)むるを想(おも)う莫(なか)れ」と。 行者(ぎょうじゃ)この言(げん)を聞(き)き、半晌(しばらく)思憶(しおく=思い巡ら)して言う、「東極妙巌宮(とうごくみょうがんぐう)は、これ太乙救苦天尊(たいいつくうてんそん)なるか。彼が坐下(ざげ=乗物)は正(まさ)にこれ箇(ひとつ)の九頭獅子(くとうしし)なり。この等(よう)に説(い)わば──」と。すなわち教(いいつけ)て言う、「掲諦(かいたい)・金甲(きんこう)よ、還(かえ)って土地(とち)と同(とも)に回(かえ)り往き、暗(あん)中(ちゅう)に師父(しふ)・師弟(してい)并(なら)びに州王(しゅうおう)父子(ふし)を護祐(ごゆう=加護)せよ。本処(ほんしょ=当地)の城隍(じょうこう)は城池(じょうち)を守護(しゅご)せよ。走り出で往き来(こ)よ」と。衆(しゅう)の神(かみ)各各遵(したが)い守(まも)りて去(さ)り訖(おわ)んぬ。 この大聖(たいせい)觔斗雲(きんとうん)を縦(ほしいまま)にし、夜(よる)を連(つら)ねて前(まえ)に行(ゆ)く。約(およ)そ寅(いん=明け方四時ごろ)の時分(じぶん)なるに、東天門(とうてもん)の外(そと)に到り、正(まさ)に広目天王(こうもくてんのう)と天丁(てんてい=天の兵)・力士(りきし)の一行(いっこう)の儀従(ぎじゅう=供揃い)に撞(でくわ)す。衆(しゅう)皆停(とど)まり住(とど)まり、手(て)を拱(こまね)きて迎(むか)えて言う、「大聖いずこへか往く」と。 行者(ぎょうじゃ)衆(しゅう)に対(むか)い礼(れい)し畢(おわ)り、言う、「前(さき)に妙巌宮(みょうがんぐう)へ往きて走(ある)かんとす」と。天王(てんのう)言う、「西天(せいてん)の路(みち)を走(ゆ)かずして、却ってまた東天(とうてん)へ来(きた)りて甚(なに)をか做(な)す」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「玉華州(ぎょっかしゅう)に到り、州王(しゅうおう)の相款(そうかん=手厚き持成し)を蒙(こうむ)り、三子(さんし)を遣(つか)わして我等(ら)弟兄(ていけい)を拝(はい)して師(し)と為(な)し、武芸(ぶげい)を習学(しゅうがく)せしむるに因り、期(き)せずや一伙(ひとむれ)の獅怪(しかい)に遇(あ)えり。今訪(たず)ね得(え)たるに、妙巌宮(みょうがんぐう)の太乙救苦天尊(たいいつくうてんそん)はすなわち怪(かい)が主人公(しゅじんこう)なり。彼を請(しょう)じて我が為(ため)に怪を降(くだ)し師を救(すく)わしめんと欲(ほっ)す」と。 天王(てんのう)言う、「彼(か)の廂(ほう=方)にては汝(なんじ)人の師(し)と為らんと欲(ほっ)するに因りて、ここをもてこの一窩(ひとすみか)の獅子(しし)を惹(ひ)き出(いだ)せるなり」と。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「正(まさ)に此(これ)が為(ため)なり!正に此が為なり!」と。 衆(しゅう)の天丁(てんてい)・力士(りきし)箇箇(おのおの)手を拱(こまね)き、道(みち)を譲(ゆず)りて行(ゆ)かしむ。大聖(たいせい)東天門(とうてもん)に入り、多(おお)からずして、妙巌宮(みょうがんぐう)の前(まえ)に到る。ただ見よ、 彩雲(さいうん)重(かさ)ね迭(かわ)り、紫気(しき)蘢葱(ろうそう=盛んに立ちこむ)。 瓦(かわら)は金波(きんぱ=金の波)の焰(ほのお)を漾(ただよわ)せ、門は玉獣(ぎょくじゅう=玉の獣)の崇(たか)きを排(つら)ぬ。 花(はな)は双闕(そうけつ=二つの門楼)に盈(み)ちて紅霞(こうか)繞(めぐ)り、日(ひ)は騫林(けんりん=高き林)に映(えい)じて翠霧(すいむ)籠(こ)む。 果(はた)してこれ万真(ばんしん=幾万の真人)環拱(かんきょう=囲み拝)し、千聖(せんせい=千の聖)興隆(こうりゅう)す。 殿閣(でんかく)層層(そうそう)として錦(にしき)の如(ごと)く、窗軒(そうけん=窓と軒)処処(しょしょ)として通(つう)ず。 蒼龍(そうりゅう)盤(めぐ)り護(まも)りて神光(しんこう)藹(あい=盛ん)に、黄道(こうどう)光輝(こうき)として瑞気(ずいき)濃(こま)やかなり。 これなるは青華長楽界(せいかちょうらくかい)、東極妙巌宮(とうごくみょうがんぐう)なり。 と。 かの宮門(きゅうもん)の裡(うち)に一箇の霓帔(げいひ=虹の肩掛)を穿(き)たる仙童(せんどう)の立(た)ちおるが、忽孫大聖(そんたいせい)を見(み)、すなわち宮(きゅう)に入りて報(しら)せて言う、「爺爺(じいさま)、外面(そと)にはこれ天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がしし斉天大聖(せいてんたいせい)の来(きた)れるなり」と。 太乙救苦天尊(たいいつくうてんそん)これを聴き、すなわち侍衛(じえい=近侍)の衆仙(しゅうせん)を喚(よ)んで迎(むか)えしむ。迎えて宮中(きゅうちゅう)に至(いた)るに、ただ見よ、天尊(てんそん)九色蓮花座(きゅうしょくれんげざ)の上に高(たか)く坐(ざ)し、百億瑞光(ひゃくおくずいこう)の中(うち)に在り、行者(ぎょうじゃ)を見るや、座(ざ)を下(お)りて来(きた)りて相(あい)見(まみ)ゆ。行者上(かみ)に朝(むか)いて礼(れい)を施(ほどこ)せば、天尊礼に答(こた)えて言う、「大聖(たいせい)、この幾年(いくとせ)か見ざりしに、前(さき)に汝(なんじ)の道(どう)を棄(す)てて仏(ほとけ)に帰(き)し、唐僧(とうそう)を保(たも)ちて西天(せいてん)に経(きょう)を取(と)りに往くと聞(き)けり。想(おも)うに功行(こうぎょう=修行の功)已に完(まっと)うせしか」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「功行(こうぎょう)未(いま)だ完(まっと)うせざれど、却ってまた将(まさ)に近(ちか)からんとす。ただ如今唐僧(とうそう)を保(たも)ちて玉華州(ぎょっかしゅう)に到るに因り、王子(おうじ)の三子(さんし)を遣(つか)わして老孫(ろうそん)等(ら)を拝(はい)して師(し)と為(な)し、武芸(ぶげい)を習学(しゅうがく)せしむるを蒙(こうむ)り、我らが三件(みつ)の神兵(しんぺい=神なる兵器)を把(と)りて様(かた)に照(したが)いて打造(うちつく)らしむ。期(き)せずや夜間(やかん)に賊(ぞく)に被(かぶ)りて偸(ぬす)み去(さ)られたり。天明(てんめい)に及びて尋找(じんそう=捜し求)するに、元これ城の北(きた)の豹頭山(ひょうとうざん)虎口洞(ここうどう)の一箇の金毛獅子(きんもうしし)の精(せい)と成りて盗(ぬす)み去りしなり。老孫計(けい)を用(もち)いて取(と)り出(いだ)せしに、かの精すなわち若干(そこばく)の獅精(ししせい)を伙(く)みて老孫と大いに鬧(さわ)ぐ。内(うち)に一箇の九頭獅子(くとうしし)あり、神通(じんずう)広大(こうだい)にして、我が師父(しふ)と八戒(はっかい)并(なら)びに王(おう)父子(ふし)四人(よたり)を将(も)ちて都銜(ふく)み去り、一(ひとつ)の竹節山(ちくせつざん)九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)に到れり。次日(あくるひ)、老孫と沙僧(さそう)跟(したが)い尋(たず)ぬるに、またまた銜み去られたり。老孫彼に捆(くく)られて打(う)たるること無数(むすう)なりしが、幸(さいわ)いにして法(ほう)を弄(ろう)して走(に)げ出でたり。彼らは正(まさ)に彼(か)の処(ところ)に在りて罪(つみ)を受(う)けおるなり。当坊(とうぼう=現地)の土地(とち)に問(と)い及(およ)ぶに、始(はじ)めて天尊(てんそん)のこれ彼が主人(あるじ)なるを知(し)れり。特に来(きた)りて奉請(ほうせい=請い奉り)、収降(しゅうこう=降し収め)して解救(かいきゅう=救い出し)せられんことを請(こ)う」と。 天尊(てんそん)この言(げん)を聞(き)き、すなわち仙将(せんしょう)に令(れい)じて獅子房(ししぼう=獅子の舎)に到り、獅奴(しぬ=獅子飼い)を喚(よ)び出(いだ)して問(と)わしむ。かの獅奴(しぬ)熟睡(じゅくすい)しおるを、衆将(しゅしょう)に推(お)され揺(ゆす)られて方めて醒(さ)め、中庁(ちゅうちょう=中央の間)に揪(ひきた)て来(きた)りて見(まみ)ゆ。天尊問うて言う、「獅獣(しじゅう=獅子)はいずこに在(あ)る」と。 かの奴児(ぬじ=下僕)涙(なみだ)を垂(た)れて頭を叩(う)ち、ただ教(よばわ)る、「命(いのち)を饒(ゆる)し給(たも)え!命を饒し給え!」と。天尊(てんそん)言う、「孫大聖(そんたいせい)此(ここ)に在(あ)れば、且く汝を打(う)たず。汝、疾(と)く説(い)え、何の為(ため)に謹(つつし)まざりて、九頭獅子(くとうしし)を走(に)がししや」と。 獅奴(しぬ)言う、「爺爺(じいさま)、我、前日(せんじつ)大千甘露殿(だいせんかんろでん)の中(うち)に一瓶(ひとびん)の酒(さけ)の在(あ)るを見(み)、知(し)らず偸(ぬす)み去(ゆ)きてこれを食(の)み、覚(おぼ)えず沈酔(ちんすい=深く酔い)して睡(ねむ)り、拴鎖(せんさ=繋ぎ鎖)を失(しっ)したり。ここをもて走(に)がし了(おわ)んぬ」と。 天尊(てんそん)言う、「あの酒(さけ)はこれ太上老君(たいじょうろうくん)の送(おく)りしものにして、名(な)を輪廻瓊液(りんねけいえき)と喚(よ)ぶ。汝(なんじ)これを食(の)みて該(まさ)に三日(みっか)醒(さ)めざるべし。かの獅獣(しじゅう)今走(に)がして幾日(いくにち)かなる」と。大聖(たいせい)言う、「土地(とち)の説(い)うに拠(よ)れば、彼前年(ぜんねん)下降(げこう)し、今に到るまで二三年(にさんねん)なり」と。 天尊(てんそん)笑って言う、「是(しか)り!是り!天宮(てんぐう)の裡(うち)の一日(いちじつ)は、凡世(ぼんせい=人の世)に在りてはすなわちこれ一年(いちねん)なり」と。獅奴(しぬ)を叫(よ)んで言う、「汝且く起(お)き上(あ)がれ。汝が死罪(しざい)を饒(ゆる)さん。我と大聖(たいせい)とに跟(したが)いて下方(げほう=下界)に往き、彼を収(おさ)め来(きた)らん。汝(なんじ)ら衆仙(しゅうせん)は都回(かえ)り去(さ)れ、跟い随(ともな)うを用(もち)いず」と。 天尊(てんそん)遂(つい)に大聖(たいせい)・獅奴(しぬ)と与(とも)に、雲(くも)を踏(ふ)みて径(ただち)に竹節山(ちくせつざん)に至(いた)る。ただ見よ、かの五方掲諦(ごほうかいたい)・六丁六甲(ろくていろっこう)・本山(ほんざん)の土地(とち)の、都来(きた)りて跪(ひざまず)き接(まみ)うるを。 行者(ぎょうじゃ)言う、「汝(なんじ)ら護祐(ごゆう=加護)せしが、曾(かつ)て我が師(し)を傷(そこな)われしか」と。衆(しゅう)の神(かみ)言う、「妖精(ようせい)悩(いらだ)ちに着(つ)かれて睡(ねむ)り了(おわ)るのみ。更に曾て甚(いず)れの刑罰(けいばつ)をか動(どう)さず」と。 天尊(てんそん)言う、「我があの元聖児(げんせいじ)もまたこれ一箇の久(ひさ)しく修(おさ)めて道(どう)を得(え)たる真霊(しんれい=真の霊)なり。彼、一声(ひとこえ)喊(さけ)べば、上(かみ)は三聖(さんせい)に通(つう)じ、下(しも)は九泉(きゅうせん=黄泉)に徹(とお)る。等閑(なみ)にもまた便(すなわ)ち生(いのち)を傷(そこな)わず。孫大聖(そんたいせい)、汝(なんじ)彼が門首(もんしゅ=門前)に往きて戦(たたかい)を索(もと)め、彼を引(ひ)き出(いだ)せ。我、好(よ)くこれを収(おさ)めん」と。 行者(ぎょうじゃ)この言(げん)を聴き、果(はた)して棒(ぼう)を掣(ひっさ)げて洞口(どうこう)に跳(と)び近(ちか)づき、高(たか)く罵(ののし)って言う、「潑妖精(はつようせい)め、我に人を還(かえ)せや!潑妖精め、我に人を還せや!」と。連(つづ)けて数声(すうせい)を叫(よばわ)るに、かの老妖(ろうよう)睡(ねむ)り了(おわ)りて、人の答(こた)うる無(な)し。 行者(ぎょうじゃ)性(せい)急(きゅう=気短か)に起(お)こり、鉄棒(てつぼう)を輪(ふ)りて、裡(うち)へ向(むか)いて打(う)ち進(すす)み、口(くち)の中(うち)に住(とど)まること無(な)く喊(さけ)び罵(ののし)る。かの老妖(ろうよう)方めて才(ようや)く驚(おどろ)き醒(さ)め、心中(しんちゅう)大いに怒(いか)り、爬(はい)き起きて、一声(ひとこえ)「戦(たたかい)を趕(お)え!」と喝(かつ)し、頭(かしら)を揺(ゆ)り揺りして、すなわち口を張(は)り開(ひら)きて来(きた)り銜(ふく)まんとす。行者頭(こうべ)を回(めぐ)らして跳(と)び出(い)づ。 妖精(ようせい)外辺(そと)まで趕(お)い到り、罵(ののし)って言う、「賊猴(ぞくこう=盗人猿)め!いずこへか走(に)ぐる」と。行者(ぎょうじゃ)高崖(こうがい=高き崖)の上に立(た)ちて笑って言う、「汝(なんじ)還(な)お敢えてこの等(よう)に大胆(だいたん)無礼(ぶれい)なるか!汝、死活(しかつ=生死)をもまた知(し)らざるなるに!これ汝が老爺(ろうや=ご主人)の主公(しゅこう)の此(ここ)に在(あ)るに非(あら)ずや」と。 かの妖精(ようせい)崖前(がいぜん)に趕(お)い到るや、早くも天尊(てんそん)一声(ひとこえ)の呪語(じゅご=呪文)を念(とな)え、喝(かつ)して言う、「元聖児(げんせいじ)!我、来(きた)れるなり!」と。かの妖(よう)これ主人(あるじ)なると認(みと)め、敢えて展掙(てんそう=あがき)せず、四隻(よつ)の脚(あし)を地(ち)に伏(ふ)し、ただ頭を磕(ぬかず)く。 旁(かたわら)より獅奴児(しぬじ)跑(はし)り過ぎ、一把(ひとつかみ)に項毛(こうもう=首の毛)を撾(つか)み住(とど)め、拳(こぶし)を用(もち)いて項(くび)の上を着(つ)けて百十(ひゃくじゅう)を彀(たっぷり)と打(う)ち、口(くち)の裡(うち)に罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)この畜生(ちくしょう)め、如何(いか)にして偸(ぬす)み走(に)がし、我をして罪(つみ)を受(う)けしむるや!」と。かの獅獣(しじゅう)口を合(あ)わせて言うこと無(な)く、敢えて揺(ゆ)り動(うご)かず。獅奴児打ちて手(て)困(つか)れて、方めて住まり了(おわ)り、すなわち錦韂(きんせん=錦の鞍敷)を将(も)ちて彼が身上(しんじょう)に安(お)き着くれば、天尊(てんそん)これに騎(の)り、一声(ひとこえ)喝(かつ)して走(ゆ)かしむ。彼すなわち声(こえ)を縦(ほしいまま)にして彩雲(さいうん)を駕(が)し起(おこ)し、径(ただち)に妙巌宮(みょうがんぐう)へ転(てん)じ去(さ)りぬ。 大聖(たいせい)空(くう)を望(のぞ)みて称謝(しょうしゃ=礼を述べ)し了(おわ)り、却って洞中(どうちゅう)に入り、先(ま)ず玉華王(ぎょっかおう)を解(と)き、次(つぎ)に唐三蔵(とうさんぞう)を解き、次にまた八戒(はっかい)・沙僧(さそう)并(なら)びに三王子(さんおうじ)を解き、共(とも)に彼が洞(どう)の裡(うち)の物件(ぶっけん=品々)を捜(さぐ)り、逍逍停停(しょうしょうていてい=のんびり)と、衆(しゅう)を将(も)ちて門の外(そと)に領(みちび)き出(いだ)す。 八戒(はっかい)すなわち若干(そこばく)の枯柴(こさい=枯れ木)を取(と)り、前後(ぜんご)に堆(うずたか)く上(あ)げ、火(ひ)を放(はな)ち起(おこ)せば、一箇の九曲盤桓洞(きゅうきょくばんかんどう)を把(と)りて、焼(や)きて烏焦(うしょう=黒焦げ)の破瓦窯(はがよう=割れ瓦の窯)と做(な)し了(おわ)んぬ! 大聖(たいせい)また衆(しゅう)の神(かみ)を発放(ほっぱつ=解散)し、還(かえ)って土地(とち)をして此(ここ)に在りて鎮守(ちんしゅ=鎮まり守ら)しめ、却って八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に令(れい)じて、各各法(ほう)を使(つか)い、王(おう)父子(ふし)を把(と)りて背(せ)に馱(お)い州(しゅう)に回(かえ)らしめ、彼は唐僧(とうそう)を攙(たす)け着く。多(おお)からずして、州城(しゅうじょう)に到る。天色(てんしょく=空模様)漸(ようや)く晩(く)るるに、当(まさ)に妃后(きこう=后妃)官員(かんいん)の、都来(きた)りて接見(せっけん=出迎え)するあり。 斎筵(さいえん=精進の宴)を擺(ととの)え上(あ)げ、共(とも)に坐(ざ)してこれを享(う)く。長老(ちょうろう)師徒(してい)は還(な)お暴紗亭(ぼうさてい)に在りて安歇(あんけつ=休み泊まり)、王子(おうじ)らは宮(きゅう)に入りて各寝(い)ぬ。一宵(ひとよ)話(ことば)無(な)し。 次日(あくるひ)、王(おう)また旨(むね)を伝(つた)え、大いに素宴(そえん=精進の宴)を開(ひら)き、合府(がっぷ=府中)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)、一一(いちいち)に恩(おん)を謝(しゃ)す。行者(ぎょうじゃ)また屠子(とし=屠殺人)を叫(よ)び来(きた)らせ、かの六箇(むっつ)の活(い)ける獅子(しし)を把(と)りて殺(ころ)さしめ、かの黄獅子(こうしし)とも都皮(かわ)を剥(は)がせ、肉(にく)を将(も)ちて安排(あんばい=整え)し来らせて受用(じゅよう=頂戴)す。殿下(でんか)十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、すなわち命(めい)じて殺さしめ、一箇(ひとつ)を把りて本府(ほんぷ)の内外(ないがい)の人の用(よう)に留(とど)め、一箇を王府(おうふ)の長史(ちょうし=家老)等(ら)の官(かん)に与(あた)えて分(わか)ち用(もち)いしめ、五箇(いつつ)を把りて都剁(きざ)んで一二両(いちにりょう)重(おも)の塊子(かいし=塊)と做(な)し、校尉(こうい)を差(さしむ)けて州城(しゅうじょう)内外の軍民(ぐんみん)人等(ひとども)に散(ちら)し給(あた)え、各些須(さしゅ=少々)を食(くら)わしむ。一(ひとつ)には則(すなわ)ち滋味(じみ=味)を嘗(あじわ)い、二(ふたつ)には則ち驚恐(きょうきょう=恐怖)を押(おさ)え押えせん為(ため)なり。かの家家戸戸(いえいえこここ)、瞻仰(せんぎょう=仰ぎ見)せずといふこと莫(な)し。 またかの鉄匠(てっしょう)人等(ひとども)の三般(みつ)の兵器(へいき)を造(つく)り成(な)し、行者(ぎょうじゃ)に対(むか)い頭を磕(ぬかず)いて言う、「爺爺(おおじいさま)、小(こもの)らが工(こう)都完(おわ)り了(おわ)んぬ」とを見る。問うて言う、「各重(おも)さ多少(いくばく)の斤両(きんりょう=斤数)なる」と。鉄匠言う、「金箍棒(きんこぼう)は千斤(せんきん)あり、九歯鈀(きゅうしは)と降妖杖(ごうようじょう)は各八百斤(はっぴゃっきん)あり」と。行者言う、「也(また)罷(よ)し」と。 三位(みたり)の王子(おうじ)を請(しょう)じて出で来(きた)らせ、各人(おのおの)兵器(へいき)を執(と)らしむ。三子(さんし)老王(ろうおう)に対(むか)いて言う、「父王(ふおう)、今日(こんにち)兵器完(まっと)うせり」と。老王言う、「この兵器の為(ため)に、幾(ほと)んど我が父子(ふし)の命(いのち)を傷(そこな)わんとせしなり」と。 小王子(しょうおうじ)言う、「幸(さいわ)いに神師(しんし)の法(ほう)を施(ほどこ)し、我等(ら)を救(すく)い出(いだ)され、却ってまた妖邪(ようじゃ)を掃蕩(そうとう)し、後患(こうかん=後の患い)を除(のぞ)かるるを蒙(こうむ)る。誠(まこと)にいわゆる『海晏(かいあん=海静か)河清(かせい=川清し)』、太平(たいへい)の世界(せかい)なるかな!」と。当時(そのとき)老王(ろうおう)父子(ふし)匠作(しょうさく=職人)を賞労(しょうろう=労い賞し)、また暴紗亭(ぼうさてい)に至(いた)りて師恩(しおん=師の恩)を拝謝(はいしゃ)す。 三蔵(さんぞう)また大聖(たいせい)等(ら)に教(いいつ)けて疾(と)く武芸(ぶげい)を伝(つた)え、行程(こうてい=旅路)を誤(あやま)ること莫(なか)らしむ。彼三人(みたり)すなわち各兵器(へいき)を輪(ふ)り、王府(おうふ)の院中(いんちゅう)に在りて、一一(いちいち)に伝授(でんじゅ)す。数日(すうじつ)ならずして、かの三人の王子(おうじ)尽く皆操演(そうえん=稽古)して精熟(せいじゅく=熟達)し、その余(ほか)の攻退(こうたい=攻め退き)の方(ほう)、緊慢(きんまん=緩急)の法(ほう)、各七十二般(ななじゅうにはん)の解数(かいすう=技)有りて、これを知(し)らざる莫(な)し。 一(ひとつ)には則(すなわ)ちかの諸王子(しょおうじ)の心(こころ)堅(かた)きに、二(ふたつ)には則ち孫大聖(そんたいせい)の先(ま)ず神力(しんりき)を授(さず)けしに虧(よ)る。ここをもてあの千斤(せんきん)の棒(ぼう)、八百斤(はっぴゃっきん)の鈀杖(はじょう=鈀と杖)を、倶よく挙(あ)げ能(よ)く運(はこ)ぶは、初(はじ)めの時自家(じか=自分)が弄(ろう)しし武芸(ぶげい)に較(くら)ぶれば、真(まこと)に天淵(てんえん=天と淵)なり!詩(し)の証(あかし)と為(な)す有り。詩に曰(いわ)く、 善慶(ぜんけい=善き慶び)に縁因(えんいん=縁り因る)して神師(しんし)に遇(あ)い、武(ぶ)を習(なら)うに何ぞ期(き)せん怪獅(かいし=妖しき獅子)を動(うご)かさんとは。 群邪(ぐんじゃ)を掃蕩(そうとう)して社稷(しゃしょく=国家)を安(やす)んじ、一体(いったい)に皈依(きえ)して辺夷(へんい=辺境)を定(さだ)む。 九霊(きゅうれい)は数(かず)元陽(げんよう)の理(り)に合(がっ)し、四面(しめん)精(つまびらか)に道果(どうか)之(これ)に通(つう)ず。 授受(じゅじゅ)心明(しんめい=心明らか)にして万古(ばんこ)に遺(のこ)し、玉華(ぎょっか)永楽(えいらく)太平(たいへい)の時なり。 と。 かの王子(おうじ)また大いに筵宴(えんえん)を開(ひら)き、師(し)の教(おしえ)を謝(しゃ)し、また一大盤(ひとおおざら)の金銀(きんぎん)を取(と)り出(いだ)し、用(も)ちて微情(びじょう=僅かな志)に答(こた)えんとす。行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「疾(と)く拿(と)りて入れよ!疾く拿りて入れよ!我ら出家人(しゅっけにん=僧侶)、彼を要(もと)めて何(なに)にか用(もち)いん」と。 八戒(はっかい)旁(かたわら)に在りて言う、「金銀(きんぎん)は実(げ)に敢えて受(う)けざれど、奈何(いかん)せん、我がこの件(ひとえ)の衣服(いふく)かの獅子精(ししせい)等(ら)に被(かぶ)りて扯拉(ひきさ)き破(やぶ)られたり。ただ我らと与(とも)に件の衣服を換(か)えしめば、足(た)れるを愛(あい)と為(な)さん」と。 かの王子(おうじ)随(したが)いて針工(しんこう=裁縫師)に命(めい)じ、色様(しきよう=色と柄)に照(したが)い依(よ)り、青錦(せいきん)・紅錦(こうきん)・茶褐錦(ちゃかつきん)の各数匹(すうひつ)を取(と)り、三位(みたり)の為(ため)に各一件(ひとえ)を做(つく)らしむ。三人(みたり)欣然(きんぜん=喜び)として領受(りょうじゅ)し、各錦布(きんぷ)の直裰(じきとつ=衣)を穿(き)、行装(こうそう=旅支度)を收拾(しゅうしゅう)して起(た)ち程(たびだ)つ。ただ見よ、かの城の裡(うち)城の外(そと)、若大若小(おおいなるもちいさきも)、一人(ひとり)として羅漢(らかん)の凡(ぼん)に臨(のぞ)み、活仏(かつぶつ)の界(かい)に下(くだ)れりと称(とな)えざるは莫(な)く、鼓楽(こがく=囃子)の声(こえ)、旌旗(せいき=旗)の色(いろ)、街(まち)に盈(み)ち道(みち)を塞(ふさ)ぐ。正(まさ)にこれ家家(いえいえ)戸外(こがい)に香火(こうか=線香)を焚(た)き、処処(しょしょ)門前(もんぜん)に彩灯(さいてい=彩りの灯)を献(ささ)ぐ。来(きた)りて許遠(かなり遠く)に至(いた)るまで才(ようや)く回(かえ)り、彼四衆(ししゅ=四人)方めて城を離(はな)れて西(にし)へ去(ゆ)くを得(え)たり。 この一去(ひとたびゆく)に頓(にわ)かに群思(ぐんし=さまざまな思い)を脱(だっ)し、心(こころ)を正果(しょうが=悟り)に潜(ひそ)ましむ。才(はじ)めてこれ、 慮(おもんぱか)り無(な)く憂(うれ)い無くして仏界(ぶっかい)に来(きた)り、誠心(せいしん)誠意(せいい)雷音(らいおん)に上(のぼ)る。 と。畢竟(ひっきょう)霊山(りょうざん)に到るまで還(な)お幾多(いくばく)の路程(ろてい)あり、何時(いつ)か行(ぎょう)満(み)つるを知(し)らず。また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十一回 金平府(きんぺいふ)元夜(げんや)に灯を観(み) 玄英洞(げんえいどう)に唐僧(とうそう)供状(くじょう)す 禅(ぜん)を修(おさ)むるに何処(いずこ)にか工夫(くふう)を用(もち)いん。馬(うま)劣(おと)り猿(さる)顛(たお)るれば速(すみやか)に剪除(せんじょ=切り除)せよ。 牢(かた)く捉(とら)え牢く拴(つな)げば五彩(ごさい)を生(しょう)じ、暫(しばら)く停(とど)まり暫く住(じゅう)すれば三途(さんず)に堕(お)つ。 もし自在(じざい)をして神丹(しんたん)の漏(も)らしめば、才(はじ)めて従容(しょうよう=緩るませ)を放(はな)ちて玉性(ぎょくせい)枯(か)れん。 喜怒憂思(きどゆうし)は須(かなら)ず掃(は)き浄(きよ)め、玄(げん)を得(え)妙(みょう)を得(う)れば恰(あたか)も無(な)きが如(ごと)し。 と。 話(わ)は唐僧(とうそう)師徒(してい)四衆(ししゅ)の玉華城(ぎょっかじょう)を離(はな)れ、一路(いちろ)平穏(へいおん)にして、誠(まこと)にいわゆる極楽(ごくらく)の郷(さと)なるを表(あらわ)す。去(さ)ること五六日(ごろくにち)の程途(ていと=道のり)ありて、また一座(ひとつ)の城池(じょうち=城郭)を見る。唐僧行者(ぎょうじゃ)に問うて言う、「此はまた甚(いず)れの処所(ところ)なる」と。行者言う、「これ一座の城池(じょうち)なれど、城の上に杆(さお)有りて旗(はた)無(な)し。いずこの地方(ちほう)なるを知(し)らず。近(ちか)づき前(まえ)に至(いた)りて再(ふたた)び問(と)わんを俟(ま)て」と。 及(およ)びて関東廂(かんとうしょう=関の東の門前町)に至(いた)るに、あの両辺(りょうべん)の茶坊(さぼう=茶屋)酒肆(しゅし=酒場)の喧嘩(けんか=賑わい)、米市(べいいち=米市)油房(ゆぼう=油屋)の熱鬧(ねっとう=賑わい)を見る。街衢(がいく=街路)の中(うち)に幾箇(いくたり)かの事(こと)無(な)く閑遊(かんゆう=ぶらつく)の浪子(ろうし=ごろつき)あり、猪八戒(ちょはっかい)の嘴(くちばし)の長(なが)き、沙和尚(さおしょう)の顔(かお)の黒(くろ)き、孫行者(そんぎょうじゃ)の眼(まなこ)の紅(あか)きを見、都擁擁簇簇(ようようぞくぞく=群れ集い)て争(あらそ)い看るも、ただ近(ちか)づき前(まえ)に在りて問うを敢えず。唐僧(とうそう)一把(ひとつかみ)の汗(あせ)を捏(にぎ)り、惟(た)だ彼らの禍(わざわい)を惹(ひ)かんことを恐(おそ)る。 また幾条(いくすじ)かの巷口(こうこう=路地口)を過ぎ走(ゆ)くに、還(な)お城に到(いた)らず、忽一座(ひとつ)の山門(さんもん)の有るを見る。門の上に慈雲寺(じうんじ)の三字(さんじ)あり。唐僧(とうそう)言う、「此(こ)の処(ところ)に略(いささ)か入り往きて馬(うま)を歇(やす)め、一箇の斎(とき)を打(こ)わんことは如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「好(よ)し!好し!」と。 四衆(ししゅ)遂(つい)に一斉(いっせい)にして入る。ただ見よ、かの裡辺(うち)は、 珍楼(ちんろう=美しき楼)壮麗(そうれい)に、宝座(ほうざ)崢嶸(そうこう=そびえ)たり。 仏閣(ぶっかく=仏殿)は雲(くも)の外(そと)に高(たか)く、僧房(そうぼう)は月(つき)の中(うち)に静(しずか)なり。 丹霞(たんか=赤き霞)縹緲(ひょうびょう=たなびき)として浮屠(ふと=仏塔)挺(ぬき)んじ、碧樹(へきじゅ=緑の樹)陰森(いんしん)として輪蔵(りんぞう=回転書架)清(きよ)し。 真(まこと)の浄土(じょうど)、仮(かり)の龍宮(りゅうぐう)、大雄殿(だいおうでん)の上に紫雲(しうん)籠(こ)む。 両廊(りょうろう=両の廊)に閑人(かんじん=暇な人)の戯(たわむ)るる絶(た)えず、一塔(いっとう)常(つね)に開(ひら)けて客(きゃく)の登(のぼ)る有り。 炉中(ろちゅう)の香火(こうか)時時(じじ)に爇(た)き、台上(だいじょう)の灯花(とうか=灯心)夜夜(やや)に熒(かがや)く。 忽方丈(ほうじょう)の金鐘(きんしょう=金の鐘)の韻(いん)を聞(き)けば、応仏僧人(おうぶつそうにん=仏事の僧)朗々(ろうろう)と経(きょう)を誦(とな)う。 と。 四衆(ししゅ)正(まさ)に看(み)おる時(おり)、また廊下(ろうか)より一人の和尚の走出(いできた)り、唐僧(とうそう)に対(むか)い礼(れい)を作(な)して言う、「老師(ろうし)いずこよりか来(きた)る」とを見る。唐僧言う、「弟子(でし)は中華(ちゅうか)唐朝(とうちょう)より来れる者なり」と。 かの和尚身(み)を倒(さかしま)にして下拝(はい)するに、慌(あわ)てたるかな唐僧(とうそう)、攙(たす)け起(お)こして言う、「院主(いんしゅ=寺の主)何為(なんす)れぞこの大礼(たいれい)を行(おこな)うや」と。かの和尚掌(て)を合(あ)わせて言う、「我が此の向善(こうぜん=善に向かう)の人は、経(きょう)を看(み)仏を念(とな)え、都汝(なんじ)が中華(ちゅうか)の地(ち)に修(おさ)め到りて托生(たくしょう=生まれ変わる)ことを指望(しぼう=期す)るなり」と。 才(いま)しがた老師(ろうし)が豊采(ほうさい=風采)衣冠(いかん=身なり)を見るに、果(はた)してこれ前生(ぜんしょう)修(おさ)め到りたる者にして、方めてこの受用(じゅよう=果報)を得(う)るならん。故(ゆえ)に当(まさ)に下拝(げはい)す」と。 唐僧(とうそう)笑って言う、「惶恐(こうきょう=恐縮)!惶恐!我が弟子(でし)はすなわちこれ行脚僧(あんぎゃそう=修行僧)、何の受用(じゅよう)かあらん!もし院主(いんしゅ)の此に在りて閑(しずか)に養(やしな)われ自在(じざい)なるこそ、才(はじ)めて福(ふく)を享(う)くるなれ」と。 かの和尚唐僧(とうそう)を領(みちび)いて正殿(せいでん)に入り、仏像(ぶつぞう)を拝(おが)ましむ。唐僧方めて才(ようや)く招呼(しょうこ=呼びかけ)して言う、「徒弟(でし)来(こ)よ」と。 元来(もと)行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)は、かの和尚の師父(しふ)と与(とも)に話(はなし)を講(い)うを自(みずか)ら見(み)しより、彼ら都顔(かお)を背(そむ)け、馬(うま)を牽(ひ)き、担(に)を守(まも)り、一処(ひとところ)に立(た)ちおるをもて、和尚曾(かつ)て心(こころ)に在(あ)らざりき。忽唐僧(とうそう)の徒弟(でし)と叫(よばわ)るを聞(き)くや、彼三人方めて才(ようや)く面(おもて)を転(めぐ)らす。かの和尚これを見、慌(あわ)てて叫る、「爺爺呀(おおじいさま)!汝が高徒(こうと=高弟)如何(いか)にしてか恁般(かく)まで醜様(しゅうよう=醜き姿)なる」と。 唐僧(とうそう)言う、「醜(みにく)きは則(すなわ)ち醜きといえど、倒(かえ)って頗(すこぶ)る些(いささ)かの法力(ほうりき)有り。我、一路(いちろ)甚だ彼らの保護(ほご)に虧(よ)る」と。正(まさ)に説(い)う処(ところ)に、裡面(うち)よりまた幾箇(いくたり)かの和尚の走出(いできた)り礼(れい)を作(な)す。先(さき)に見(み)しあの和尚、後(あと)の者に対(むか)いて説(と)いて言う、「この老師(ろうし)はこれ中華大唐(ちゅうかだいとう)より来(きた)れるの人物(じんぶつ)にして、あの三位(みたり)はこれ彼が高徒(こうと)なり」と。 衆僧(しゅうそう)且(か)つ喜(よろこ)び且つ懼(おそ)れて言う、「老師(ろうし)は中華(ちゅうか)大国(たいこく)なるに、此に到りて何(なに)をか為(な)す」と。唐僧(とうそう)言う、「我、唐王(とうおう)の聖旨(せいし=勅命)を奉(ほう)じ、霊山(りょうざん)に向(むか)いて仏を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)めんとす。适(たまたま)宝方(ほうほう=貴地)を過ぎるにより、特に上刹(じょうさつ=貴寺)に奔(はし)り来(きた)る。一(ひとつ)には則(すなわ)ち地方(ちほう)を求問(きゅうもん=尋ね問)し、二(ふたつ)には則ち一頓(ひとくい)の斎食(さいしょく)を打(こ)いてすなわち行(ゆ)かんとす」と。 かの僧人(そうにん)箇箇(おのおの)歓喜(かんき)し、また方丈(ほうじょう)に邀(しょう)じ入る。方丈の裡(うち)にまた幾箇(いくたり)かの人家(じんか)の与(ため)に斎(とき)を做(つく)るの和尚あり。この先(さき)に入りし者また叫(よばわ)る、「汝(なんじ)ら都来(きた)りて中華(ちゅうか)の人物(じんぶつ)を看よ。元来(もと)中華には俊(しゅん=美しき)の有り、醜(しゅう=醜き)の有り。俊(しゅん)なるは真箇(まこと)に描(えが)き難(がた)く画(か)き難く、醜(しゅう)なるは却って十分(じゅうぶん)に古怪(こかい=風変わり)なり」と。 かの許多(あまた)の僧(そう)・斎主(さいしゅ=施主)同(とも)に来(きた)りて相(あい)見(まみ)ゆ。見(み)畢(おわ)り、各坐下(ざげ)す。茶(ちゃ)罷(おわ)りて、唐僧(とうそう)問うて言う、「貴処(きしょ=おんみやこ)はこれ何(いず)れの地名(ちめい)なる」と。 衆僧(しゅうそう)言う、「我が此はすなわちこれ天竺国(てんじくこく)の外郡(がいぐん=地方)、金平府(きんぺいふ)これなり」と。唐僧(とうそう)言う、「貴府(きふ)より霊山(りょうざん)に至(いた)るまで還(な)お許多(いくばく)の遠近(えんきん=距離)か有る」と。衆僧言う、「此間(ここ)より都下(とか)に到るまで二千里(にせんり)あり。これ我等(ら)の走(あゆ)みしところなり。西(にし)へ霊山に到るは、我等未(いま)だ走(ゆ)かず、還お多少(いくら)の路(みち)の有るを知(し)らず、敢えて妄(みだ)りに対(こた)えず」と。唐僧謝(しゃ)し了(おわ)んぬ。 少時(しばらく)して、斎(とき)を擺(ととの)え上(あ)ぐ。斎罷(おわ)りて、唐僧(とうそう)行(ゆ)かんと要(もと)むるに、却って衆僧(しゅうそう)并びに斎主(さいしゅ)に款留(かんりゅう=引留め)せられて言う、「老師(ろうし)寛(ゆる)りて一二日(いちににち)住(じゅう)し、元宵(げんしょう)を過ぎて、耍耍(あそびあそ)びて去(ゆ)くも妨(さしつか)えず」と。 唐僧(とうそう)驚(おどろ)きて問うて言う、「弟子(でし)路(みち)に在りて、ただ山の有るを知(し)り、水(みず)の有るを知り、怕(おそ)るるはこれ怪(かい)に逢(あ)い、魔(ま)に逢うことをのみ。光陰(こういん=月日)を把(と)りて都錯(あやま)り過ぎ、いずれの時かこれ元宵(げんしょう)の佳節(かせつ)なるを知らず」と。 衆僧(しゅうそう)笑って言う、「老師(ろうし)は仏を拝(おが)み禅心(ぜんしん)を悟(さと)るに重(おも)きを置(お)くをもて、故(ゆえ)にこれを以(も)って念(おもい)と為(な)さず。今日(こんにち)はすなわちこれ正月十三(しょうがつじゅうさん)、晩(くれ)に到(いた)ればすなわち灯を試(ため)し、後日(みょうごにち)十五(じゅうご)は上元(じょうげん)、十八九(じゅうはちく)に直(ただち)に至(いた)るまで、方めて才(ようや)く灯を謝(しゃ)す。我が此の人家(じんか)は事(こと)を好(この)み、本府(ほんぷ)の太守(たいしゅ)老爺(ろうや)は民(たみ)を愛(あい)し、各地方(かくちほう)倶灯火(とうか)を高(たか)く張(は)り、徹夜(てつや)笙簫(しょうしょう=笛と簫)なり。還(な)お一箇の金灯橋(きんとうきょう)有り、すなわちこれ上古(じょうこ)より伝(つた)え留(とど)め、今に至るまで丰盛(ほうせい=盛ん)なり。老爺ら寛(ゆる)りて数日(すうじつ)住(じゅう)し給(たも)え、我が荒山(こうざん=粗末な寺)頗(すこぶ)る管待(かんたい=持成し)えきるなり」と。 唐僧(とうそう)無奈(よんどころな)く、遂(つい)に倶住(じゅう)し下(お)る。当晩(そのばん)ただ仏殿(ぶつでん)の上に鐘鼓(しょうこ=鐘と鼓)の天(てん)に喧(かまびす)しきを聴く。すなわちこれ街坊(がいぼう=町内)の衆信人(しゅうしんじん=信徒)等(ら)の、灯を送(おく)り来(きた)りて仏に献(ささ)ぐるなり。唐僧等都方丈(ほうじょう)を出でて灯を看(み)、各寝(しん)に帰(かえ)る。 次日(あくるひ)、寺僧(じそう)また斎(とき)を献(ささ)ぐ。吃(くら)い罷(おわ)り、同(とも)に後園(こうえん)に步(あゆ)みて閑(しずか)かに耍(あそ)ぶ。果(はた)して好(よ)き箇(ひとつ)の去処(ところ)かな。正(まさ)にこれ、 時は維(こ)れ正月(しょうがつ)、歳(とし)は新春(しんしゅん)に届(いた)る。 園林(えんりん)幽雅(ゆうが)に、景物(けいぶつ)妍森(けんしん=美しく茂る)。 四時(しいじ)の花木(かぼく)奇(き)を争(あらそ)い、一派(いっぱ)の峰巒(ほうらん=峰々)翠(みどり)を迭(かさ)ぬ。 芳草(ほうそう=芳しき草)階前(かいぜん)に萌(きざ)し動(うご)き、老梅(ろうばい)枝上(しじょう)に馨(かおり)を生(しょう)ず。 紅(あか)は桃花(とうか)の嫩(わか)きに入り、青(あお)は柳色(りゅうしょく)の新(あたら)しきに帰(き)す。 金谷園(きんこくえん)の富麗(ふれい)は休(や)めて誇(ほこ)る莫(なか)れ、『輞川図(もうせんず)』の流風(りゅうふう)も慢(みだ)りに説(と)く莫れ。 水流(すいりゅう)一道(いちどう)、野鳧(やふ=野鴨)出没(しゅつぼつ)して常(つね)無(な)く、竹(たけ)は千竿(せんかん)を種(う)え、墨客(ぼっかく=文人)推敲(すいこう)して未(いま)だ定(さだ)まらず。 芍薬花(しゃくやくか)・牡丹花(ぼたんか)・紫薇花(しびか)・含笑花(がんしょうか)、天機(てんき=自然の働き)方めて醒(さ)め、 山茶花(さんさか)・紅梅花(こうばいか)・迎春花(げいしゅんか)・瑞香花(ずいこうか)、艶質(えんしつ=艶かしき姿)先(ま)ず開(ひら)く。 陰崖(いんがい=日陰の崖)の積雪(せきせつ)猶(な)お凍(こおり)を含(ふく)み、遠樹(えんじゅ)の浮烟(ふえん=たなびく霞)已に春(はる)を帯(お)ぶ。 また見よ、かの鹿(しか)の池辺(いへん)に向(むか)いて影(かげ)を照(てら)し、鶴(つる)の松下(しょうか)に来(きた)りて琴(こと)を聴くを。 東(ひがし)に幾厦(いくさ)か、西(にし)に幾亭(いくてい)か、客(きゃく)来(きた)りて留宿(りゅうしゅく)し、 南(みなみ)に幾堂(いくどう)か、北(きた)に幾塔(いくとう)か、僧(そう)静(しずか)に安禅(あんぜん)す。 花卉(かき=草花)の中(うち)に、一両座(ひとふたつ)の養性楼(ようせいろう=性を養う楼)の重檐(じゅうえん=二重の軒)高(たか)く拱(こまぬ)く有り、 山水(さんすい)の内(うち)に、三四処(みよところ)の煉魔室(れんましつ=魔を練る室)の静几(せいき=清き机)明窗(めいそう=明るき窓)有り。 真箇(まこと)にこれ天然(てんねん)に隠逸(いんいつ=隠れ住む)に堪(た)えたり、又何ぞ他処(たしょ)に蓬瀛(ほうえい=仙境)を覓(もと)めんことを須(もち)いん。 と。 師徒(してい)ら玩賞(がんしょう=眺め楽し)むこと一日(いちじつ)にして、殿上(でんじょう)に灯を看(み)、また都灯を看に往きて遊戯(ゆうげ=遊び)す。ただ見よ、あの 瑪瑙花城(めのうかじょう=瑪瑙の花の城)、琉璃仙洞(るりせんどう)、水晶(すいしょう)雲母(うんも)の諸宮(しょきゅう)、 重々(かさねがさね)の錦繍(きんしゅう)に似(に)て、迭迭(かさなり)として玲瓏(れいろう=透き通る)たり。 星橋(せいきょう)影(かげ)幌(ひるがえ)りて乾坤(けんこん=天地)動(うご)き、数株(すうしゅ)の火樹(かじゅ=灯火の木)の紅(あか)きを揺(ゆ)るを看よ。 六街(ろくがい)の簫鼓(しょうこ=笛と鼓)、千門(せんもん)の璧月(へきげつ=玉の月)、万戸(ばんこ)の香風(こうふう)。 幾処(いくところ)かの鰲峰(ごうほう=鰲の山)の高(たか)く聳(そび)え、魚龍(ぎょりゅう)の海(うみ)を出(い)づる有り、鸞鳳(らんぽう)の空(くう)に騰(のぼ)る有り。 羨(うらや)むべし灯光(とうこう)月色(げっしょく)、和気(わき)融融(ゆうゆう=和やか)なるを。 綺羅(きら=美服)の隊(くみ)の裡(うち)に、人人(ひとびと)喜(よろこ)んで笙歌(しょうか=音楽)を聴き、車馬(しゃば)轟轟(ごうごう=とどろく)。 看れども尽(つ)きず花容(かよう=花の顔)玉貌(ぎょくぼう=玉の貌)、風流(ふうりゅう)豪侠(ごうきょう)、佳景(かけい)窮(きわ)まり無(な)し。 と。 衆(しゅう)等(ら)既(すで)に本寺(ほんじ)の裡(うち)に在りて灯を看(み)、また東門廂(とうもんしょう=東門の門前町)の各の街(まち)に到りて遊戯(ゆうげ)す。二更(にこう=夜十時ごろ)の時に到りて、方めて才(ようや)く回(めぐ)り転(てん)じて安置(あんち=休む)す。 次日(あくるひ)、唐僧(とうそう)衆僧(しゅうそう)に対(むか)いて言う、「弟子(でし)元塔(とう)を掃(は)くの願(がん)有り。今日(こんにち)の上元(じょうげん)の佳節(かせつ)に趁(じゅん)じ、院主(いんしゅ)に請(こ)うて塔門(とうもん)を開(ひら)かしめ、弟子をしてこの願心(がんしん=願い)を了(おわ)らしめよ」と。 衆僧(しゅうそう)随(したが)いて門を開(ひら)く。沙僧(さそう)袈裟(けさ)を取(と)り、唐僧(とうそう)に随い従(したが)う。一層(ひとつ)に到りて、すなわち袈裟を披(き)、仏を拝(おが)み祷祝(とうしゅく=祈り)し畢(おわ)り、すなわち箒(ほうき)を将(も)ちて一層を掃(は)き、袈裟を卸(おろ)して沙僧に付(ふ)し、また二層(にそう)を掃く。一層一層(ひとつひとつ)直(ただち)に絶頂(ぜっちょう)に掃き上(のぼ)る。かの塔(とう)の上には、層層(そうそう)に仏有り、処処(しょしょ)に窗(まど)を開き、一層を掃けば、一層を賞玩(しょうがん)し讃美(さんび)す。 掃(は)き畢(おわ)りて下(くだ)り来(きた)るに、已に此に天(てん)晩(く)れ、また都灯火(とうか)を点(とも)し上(あ)ぐ。この夜(よる)正(まさ)にこれ十五(じゅうご)の元宵(げんしょう)なり。衆僧(しゅうそう)言う、「老師父(ろうしふ)、我等(ら)前晩(ぜんばん)ただ荒山(こうざん)と関廂(かんしょう=門前町)に在りて灯を看(み)しのみ。今晚(こんばん)は正節(せいせつ=本番)なれば、城の裡(うち)に入りて金灯(きんとう)を看るは如何(いかん)」と。唐僧(とうそう)欣然(きんぜん)としてこれに従(したが)う。 行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)及(およ)び本寺(ほんじ)の多僧(たそう=多くの僧)と同(とも)に城に入りて灯を看る。正(まさ)にこれ、 三五(さんご=十五夜)の良宵(りょうしょう=良き宵)の節(せつ)、上元(じょうげん)春色(しゅんしょく)和(やわ)らぐ。 花灯(かとう=花の灯)鬧市(とうし=賑わう市)に懸(かか)り、斉(ひと)しく太平(たいへい)の歌(うた)を唱(うた)う。 と。 また見よ、あの六街三市(ろくがいさんしち=街じゅう)の灯の亮(あきら)かなる、半空(はんくう)に一鑑(いっかん=一つの鏡)の初(はじ)めて升(のぼ)る。 かの月(つき)は馮夷(ひょうい=水神)の爛銀盤(らんぎんばん=輝く銀の盤)を推(お)し上(あ)ぐるが如(ごと)く、この灯は仙女(せんにょ)の織(お)り成(な)して地(ち)に鋪(し)く錦(にしき)に似(に)たり。 灯月(つき)に映(えい)じて、一倍(いちばい)の光輝(こうき)を増(ま)し、月灯を照(てら)して、十分(じゅうぶん)の燦爛(さんらん)を添(そ)う。 観(み)れども尽(つ)きず鉄鎖(てっさ)の星橋(せいきょう)、看れども了(おわ)らず灯花(とうか)の火樹(かじゅ)。 雪花灯(せっかとう)・梅花灯(ばいかとう)、春冰(しゅんぴょう=春の氷)を剪(き)り砕(くだ)き、 繍屏灯(しゅうへいとう)・画屏灯(がへいとう)、五彩(ごさい)を集(あつ)め成る。 核桃灯(かくとうとう)・荷花灯(かかとう)、灯楼(とうろう)に高(たか)く掛(かか)り、 青獅灯(せいしとう)・白象灯(はくぞうとう)、灯架(とうか)に高(たか)く檠(ささ)ぐ。 蝦児灯(かじとう)・鱉児灯(べつじとう)、棚前(ほうぜん)に高(たか)く弄(ろう)し、 羊児灯(ようじとう)・兔児灯(とじとう)、檐下(えんか=軒下)に精神(せいしん)あり。 鷹児灯(ようじとう)・鳳児灯(ほうじとう)、相(あい)連(つらな)り相并び、 虎児灯(こじとう)・馬児灯(ばじとう)、同(とも)に走り同に行(ゆ)く。 仙鶴灯(せんかくとう)・白鹿灯(はくろくとう)、寿星(じゅせい)騎(の)り坐(ざ)し、 金魚灯(きんぎょとう)・長鯨灯(ちょうげいとう)、李白(りはく)高(たか)く乗(の)る。 鰲山灯(ごうざんとう)には神仙(しんせん)聚会(しゅうかい)し、走馬灯(そうまとう)には武将(ぶしょう)交鋒(こうほう=切り結ぶ)。 万千家(ばんせんか)の灯火(とうか)楼台(ろうだい)、十数里(じゅうすうり)の雲烟(うんえん)の世界(せかい)。 かの壁廂(へきしょう)には、索琅琅(さくろうろう=じゃらじゃら)と玉韂(ぎょくせん=玉の鞍敷)の飛(と)び来(きた)り、 この壁廂(へきしょう)には、轂轆轆(こくろくろく=ごろごろ)と香車(こうしゃ)の輦(くるま)の過(よ)ぐ。 看よ、あの紅妝楼(こうしょうろう=紅の化粧楼)の上に、欄(らん)に倚(よ)り、簾(すだれ)を隔(へだ)て、肩(かた)を并(なら)べ、手(て)を携(たずさ)え、双双(そうそう=二人連れ)の美女(びじょ)の歓(たのしみ)を貪(むさぼ)るを。 緑水橋(りょくすいきょう)の辺(ほとり)に、鬧吵吵(とうそうそう=わいわい)と、錦簇簇(きんぞくぞく=錦を簇がらせ)、酔醺醺(すいくんくん=酔いしれ)、笑呵呵(しょうかか=にこにこ)と、対対(ついがい)の遊人(ゆうじん)の彩(いろどり)を戯(たわむ)る。 満城(まんじょう)の中(うち)簫鼓(しょうこ)喧嘩(けんか=賑わい)、徹夜(てつや)裡(うち)笙歌(しょうか)絶(た)えず。 と。 詩(し)の証(あかし)と為(な)す有り。詩に曰(いわ)く、 錦繍場中(きんしゅうじょうちゅう)に彩蓮(さいれん)を唱(うた)い、太平境内(たいへいけいだい)に人烟(じんえん=人家)簇(あつ)まる。 灯明(あき)らかに月(つき)皎(きよ)き元宵(げんしょう)の夜(よる)、雨(あめ)順(したが)い風(かぜ)調(ととの)いて大有年(だいゆうねん=大豊作)。 と。 この時(おり)正(まさ)にこれ金吾不禁(きんごふきん=夜警が禁じぬ時)、乱烘烘(らんこうこう=どよめき)として無数(むすう)の人烟(じんえん)あり。あの跳舞(ちょうぶ=踊る)の有り、躧蹺(しきょう=高足踏む)の有り、鬼(おに)を装(よそお)うの有り、象(ぞう)に騎(の)るの有り、東(ひがし)に一群(ひとむれ)、西(にし)に一簇(ひとむら)、これを看るに尽(つ)きず。 却って才(ようや)く金灯橋(きんとうきょう)の上に到り、唐僧(とうそう)衆僧(しゅうそう)と近(ちか)づき前(まえ)に看る処(ところ)、元来(もと)これ三盞(みつ)の金灯(きんとう)なり。かの灯は缸(かめ)ほどの大いさ有りて、上に玲瓏剔透(れいろうてきとう=透き通る)の两層(にそう)の楼閣(ろうかく)を照(てら)し着(つ)け、都これ細(こま)き金糸児(きんしじ=金の糸)を以(も)て編(あ)み成(な)し、内(うち)に琉璃(るり)の薄片(はくへん)を托(ささ)え着く。その光(ひかり)月(つき)を幌(ひるが)えし、その油香(こう)を噴(ふ)く。 唐僧(とうそう)回(かえ)りて衆僧(しゅうそう)に問うて言う、「この灯はこれ甚(いず)れの油なる。いかにしてかこの等(よう)に異香(いこう=不思議な香)の鼻(はな)を撲(う)つ」と。 衆僧(しゅうそう)言う、「老師(ろうし)知(し)り給(たも)わず。我がこの府(ふ)の後(うしろ)に一県(ひとつ)の県(あがた)有り、名(な)を旻天県(びんてんけん)と喚(よ)ぶ。県(けん)に二百四十里(にひゃくしじゅうり)有り。毎年(まいとし)差徭(さよう=労役)を審(つまびらか)に造(つく)るに、共(あわ)せて二百四十家(にひゃくしじゅっか)の灯油(とうゆ)の大戸(たいこ=大口負担者)有り。府県(ふけん)の各項(かくこう)の差徭(さよう)は猶(なお)可(よ)しといえど、ただこの大戸(たいこ)のみ甚だこれ吃累(きつるい=負担)なり。毎家(いえごと)一年(いちねん)を当(あた)るに、二百多両(にひゃくたりょう)の銀子(ぎんす)を使(つか)わしむ。この油はこれ尋常(じんじょう)の油に非(あら)ず、すなわちこれ酥合香油(そごうこうゆ)なり」と。 この油は毎一両(まいちりょう)に価銀(あたいぎん)二両(にりょう)に値(あたい)し、毎一斤(まいいっきん)に三十二両(さんじゅうにりょう)の銀子(ぎんす)に値す。三盞(みつ)の灯、毎缸(かめごと)に五百斤(ごひゃっきん)有り、三缸(みつかめ)共(あわ)せて一千五百斤(いっせんごひゃっきん)、共せて該(まさ)に銀(ぎん)四万八千両(しばんはっせんりょう)なり。還(な)お雑項(ざっこう=雑費)の繳纏(きょうてん=入用)の使用(しよう)有りて、将(まさ)に五万余両(ごまんよりょう)ならんとす。ただ点(とも)すに三夜(さんや)を得(う)るのみ」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「この許多(あまた)の油を、三夜(みよ)にいかにしてかすなわち点(とも)し尽(つ)くすことを得(え)ん」と。 衆僧(しゅうそう)言う、「この缸(かめ)の内(うち)に毎缸(かめごと)に四十九箇(しじゅうきゅうこ)の大灯馬(だいとうま=大きな灯芯)有り、都これ灯草(とうそう=灯心草)を扎(たば)ねし把(たば)にして、糸綿(しめん=絹綿)を裹(つつ)み、鶏子(けいし=鶏卵)の粗細(あらさ)有り。ただ今夜(こんや)を点(とも)し過(よ)ぐれば、仏爺(ほとけ)の身(み)を現(あらわ)し給(たも)うを見(み)、明夜(みょうや)には油もまた無(な)く、灯すなわち昏(くら)くなるのみ」と。 八戒(はっかい)旁(かたわら)に在りて笑って言う、「想(おも)うに仏爺(ほとけ)の油をも都収(おさ)め去(さ)り給(たも)うならん」と。 衆僧(しゅうそう)言う、「正(まさ)にこの説(せつ)のごとし。満城(まんじょう)の人家(じんか)、古(いにしえ)より今に及(およ)ぶまで、皆これこの等(よう)に伝説(でんせつ)す。ただ油乾(かわ)けば、人倶説(い)えるは『仏祖(ぶっそ)灯を収(おさ)め給(たも)えり』と。自然(おのずか)に五穀(ごこく)丰登(ほうとう=豊かに実る)。もし一年(いちねん)乾かざること有(あ)らば、却ってすなわち年成(ねんせい=その年の作柄)荒旱(こうかん=不作)にして、風雨(ふうう)調(ととの)わず。ここをもて人家都この供献(ぐけん=供え物)を要(もと)むるなり」と。 正(まさ)に説(い)う処(ところ)に、ただ半空(はんくう)の中(うち)に呼呼(ここ)と風(かぜ)の響(ひび)くを聴く。唬(おど)されたるかな灯を看る人らの、尽く皆四散(しさん=散り散り)になる。かの和尚らもまた脚(あし)を立(た)て住(とど)むること能(あた)わずして言う、「老師父(ろうしふ)、回(かえ)り去(さ)り給(たも)え。風来(きた)れり。これ仏爺(ほとけ)の祥(しょう=吉兆)を降(くだ)し、此に到りて灯を看給うなり」と。 唐僧(とうそう)言う、「いかにしてかこれ仏の来(きた)りて灯を看(み)給(たも)うと見(み)えん」と。衆僧(しゅうそう)言う、「年年(としどし)この如(ごと)し。三更(さんこう)に上(のぼ)らざるにすなわち風(かぜ)の来る有り。これ諸仏(しょぶつ)の祥(しょう)を降(くだ)し給うと知(し)るをもて、ここに人皆回避(かいひ=避け退く)す」と。 唐僧(とうそう)言う、「我が弟子(でし)は元これ仏を思(おも)い仏を念(とな)え仏を拝(おが)むの人なり。今佳景(かけい)に逢(あ)い、果(はた)して諸仏(しょぶつ)の降臨(こうりん)あらば、此に就(つ)きて拝み拝まんに、多少(いくばく)かこれ好(よ)からずや」と。 衆僧(しゅうそう)連(つづ)けて請(こ)うれど回(かえ)らず。少時(しばらく)して、風(かぜ)の中(うち)に果(はた)して三位(みたり)の仏身(ぶっしん)を現(あらわ)し、灯に近(ちか)づき来(きた)る。慌(あわ)てたるかなかの唐僧(とうそう)、橋頂(きょうちょう=橋の頂)に跑(はし)り上(のぼ)り、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(はい)す。行者(ぎょうじゃ)急(いそ)ぎ扯(ひき)起(おこ)して言う、「師父(しふ)、好(よ)き人に非(あら)ず。必(かなら)ずこれ妖邪(ようじゃ)なり」と。 説(い)い了(おわ)らざるに、灯光(とうこう)の昏暗(こんあん=暗く)なるを見(み)、呼(こ)と一声(ひとこえ)、唐僧(とうそう)を抱(いだ)き起(あ)げ、風(かぜ)に駕(が)して去(さ)りぬ。 噫(ああ)!いずれの山いずれの洞(どう)の真(まこと)の妖怪なるを知(し)らず、年(とし)を積(つ)んで仏に仮(か)りて金灯(きんとう)を看る。唬(おど)されたるかなかの八戒(はっかい)の両辺(りょうべん)を尋(たず)ね找(もと)め、沙僧(さそう)の左右(そうゆう)に招呼(しょうこ=呼ばわ)る。 行者(ぎょうじゃ)叫(よばわ)りて言う、「兄弟(きょうだい)よ!此に在りて叫り喚(さけ)ぶを須(もち)いず。師父(しふ)は楽(たのしみ)極(きわ)まって悲(かなしみ)を生(しょう)じ、已に妖精に摂(かどわ)かれ去(さ)られたり!」と。 かの幾箇(いくたり)かの和尚怕(おそ)れて言う、「爺爺(おおじいさま)、いかにしてか妖精の摂(かどわ)かし去(さ)りしと見(み)えん」と。 行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「元来(もと)汝(なんじ)らこの伙(むれ)の凡人(ぼんじん)は、年(とし)を累(かさ)ねて識(し)らざるをもて、故(ゆえ)に妖邪(ようじゃ)に惑(まど)わされ、ただ真(まこと)の仏の祥(しょう)を降(くだ)し、この灯の供(く)を受(う)け給(たも)うと説(い)うのみ。才(いま)しがた風(かぜ)の到る処(ところ)に仏身(ぶっしん)を現(あらわ)しし者は、すなわちこれ三人(みたり)の妖精なり。我が師父(しふ)もまた識ること能(あた)わず、橋頂(きょうちょう)に上(のぼ)りてすなわち拝(おが)み、却って彼に灯光(とうこう)を侮(くら)まされ、器皿(きべい=器)を以(も)ちて油を盛(も)られ、我が師父までも都摂(かどわ)かれ去(さ)られたり。我、略(いささ)か走ること遅(おく)れたりしをもて、ここに彼三人風と化(け)して遁(のが)れしなり」と。 沙僧(さそう)言う、「師兄(しい)、この般(よう)なれば却ってこれを如何(いかん)せん」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「遅疑(ちぎ=ためらい)するを須(もち)いず。汝(なんじ)ら二人(ふたり)衆(しゅう)と同(とも)に寺に回(かえ)り、馬匹(ばひつ=馬)行李(こうり=荷)を看守(かんしゅ)せよ。老孫(ろうそん)がこの風(かぜ)に趁(じゅん)じて追(お)い趕(お)い往かんを等(ま)て」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、急(いそ)ぎ觔斗雲(きんとうん)を縦(ほしいまま)にし、半空(はんくう)に起(お)こり上(あ)がり、かの腥風(せいふう=生臭き風)の気(き)を聞(か)ぎ着(つ)け、東北(とうほく)の上(かた)へ径(ただち)に趕(お)う。天(てん)の暁(あ)くるに趕い至(いた)り、倐爾(しゅくじ=にわか)に風(かぜ)息(や)み、一座(ひとつ)の大山(だいざん)の、十分(じゅうぶん)に険峻(けんしゅん)にして、着実(じゃっじつ=まことに)嵯峨(さが=そびえ)たるを見る。好き山かな、 重重(じゅうじゅう)たる丘壑(きゅうがく=丘と谷)、曲曲(きょくきょく)たる源泉(げんせん)。 藤蘿(とうら=藤と蔦)削壁(さくへき=切り立つ壁)に懸(かか)り、松柏(しょうはく)虚岩(きょがん=虚しき岩)に挺(ぬき)んず。 と。 鶴(つる)は晨霧(しんむ=朝霧)の裡(うち)に鳴(な)き、雁(かり)は暁雲(ぎょううん=明けの雲)の間(あいだ)に唳(な)く。 峨峨矗矗(ががちょくちょく)として峰(みね)は戟(ほこ)を排(つら)ね、突突磷磷(とつとつりんりん)として石(いし)磐(いわ)を砌(みが)く。 頂巓(ちょうてん=頂上)高(たか)きこと万仞(ばんじん)、峻嶺(しゅんれい)千湾(せんわん)を迭(かさ)ぬ。 野花(やか)佳木(かぼく=良き木)は春(はる)を知(し)りて発(ひら)き、杜宇(とう=不如帰)黄鶯(こうおう=うぐいす)景(けい)に応(おう)じて妍(うつく)し。 能(よ)く巍奕(ぎえき=高く大き)に、実(げ)に巉岩(ざんがん=けわしき岩)、古怪(こかい)崎嶇(きくう)にして険(けわ)しくまた艱(かた)し。 停(とど)まり玩(もてあそ)ぶこと多時(しばらく)にして人語(い)わず、ただ虎豹(こひょう)の声(こえ)の鼾(いびき)するを聴くのみ。 香獐(こうしょう=麝香鹿)白鹿(はくろく)随(したが)い来往(らいおう)し、玉兔(ぎょくと=白き兔)青狼(せいろう)去(さ)りて復(また)還(かえ)る。 深澗(しんかん)水流(すいりゅう)すること千万里(せんまんり)、回湍(かいたん=渦巻く瀬)石(いし)を激(はげ)しくして響(ひび)き潺潺(せんせん=さらさら)たり。 と。 大聖(たいせい)山崖(さんがい)の上に在りて、正(まさ)に自(みずか)ら路徑(ろけい=道筋)を找尋(そうじん)しおるに、ただ四箇(よたり)の人の、三隻(みつ)の羊(ひつじ)を趕(お)い、西坡(せいは=西の坂)の下より、斉(ひと)しく「開泰(かいたい)」と吆喝(ようかつ=叫ぶ)するを見る。大聖火眼金睛(かがんきんせい=火の眼に金の瞳)を闪(ひるが)えし、仔細(つまびらか)に観看(みわた)せば、これ年(ねん)・月(げつ)・日(じつ)・時(じ)の四値功曹(しちこうそう)の使者(ししゃ)の、像(すがた)を隠(かく)し形(かたち)を化(け)して来(きた)れると認(みと)めたり。 大聖(たいせい)すなわち鉄棒(てつぼう)を掣(ひっさ)げ出(いだ)し、一(ひと)ゆり幌(ひるが)えせば、碗(わん)ほどの粗細(あらさ)、丈二(じょうに)の長短(ながさ)有り。崖(がけ)を跳(と)び下(お)り来(きた)り、喝(かつ)して言う、「汝(なんじ)ら都頭(かしら)を藏(かく)し頸(くび)を縮(ちぢ)めていずこへか走(に)ぐる!」と。 四値功曹(しちこうそう)彼が風息(ふうそく=風の止み)を説(い)い出(いだ)すを見(み)、慌(あわ)てて三羊(さんよう)を喝(かつ)し散(ちら)し、本相(ほんぞう=本来の姿)を現(あらわ)し、路(みち)の旁(かたわら)に闪(よ)け下(お)りて礼(れい)を施(ほどこ)して言う、「大聖(たいせい)、罪(つみ)を恕(ゆる)し給(たも)え!罪を恕し給え!」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「この一向(このところ)また曾(かつ)て汝(なんじ)らを用(もち)いざるに、汝ら老孫(ろうそん)の寛慢(かんまん=寛く緩るき)なるを見(み)、都箇箇(ひとりひとり)懈怠(けたい=怠け)を弄(ろう)して、見(まみ)ゆるにもまた来(きた)りて我に一見(ひとみ)を与(あた)えず!これいかに説(い)うや!汝ら暗中(あんちゅう)に在りて吾(わ)が師(し)を保祐(ごゆう)せず、都いずこへか往きし」と。 功曹(こうそう)言う、「汝が師父(しふ)禅性(ぜんしょう=禅の心)を寛(ゆる)くし、金平府(きんぺいふ)慈雲寺(じうんじ)に在りて歓(たのしみ)を貪(むさぼ)るに因り、ここをもて泰(たい)極(きわ)まって否(ひ)を生(しょう)じ、楽(たのしみ)盛(さか)んにして悲(かなしみ)を成(な)し、今妖邪(ようじゃ)に捕獲(ほかく)せられたり。彼が身辺(しんぺん)に護法伽藍(ごほうがらん=守護神)の保(たも)ち着くる有り。吾(われ)等(ら)大聖(たいせい)の夜(よる)を連(つら)ねて追尋(ついじん)し給(たも)うを知(し)り、大聖の山林(さんりん)を識(し)らざることを恐(おそ)れ、特に来(きた)りて伝報(でんぽう=知らせ)す」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「汝(なんじ)既(すで)に伝報(でんぽう)するならば、いかにしてか姓(せい)を隠(かく)し名(な)を埋(うず)め、三箇(みつ)の羊児(ひつじ)を趕(お)い、吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわい)して何(なに)をか作(な)す」と。 功曹(こうそう)言う、「この三羊(さんよう)を設(もう)くるは、以(も)って開泰(かいたい)の言(げん)に応(おう)ぜしめ、名(な)を三陽開泰(さんようかいたい)と喚(よ)び、汝が師(し)の否塞(ひそく=塞がり)を破解(はかい=開き解)かんなり」と。 行者(ぎょうじゃ)恨恨(こんこん=腹立たしげ)として打(う)たんと要(もと)むるに、此(こ)の意(こころ)の有るを見(み)、却ってすなわちこれを免(ゆる)し、棒(ぼう)を収(おさ)め、嗔(いかり)を回(めぐ)らして喜(よろこ)びと作(な)して言う、「この座(ひとつ)の山は、これ妖精の処(ところ)なるか」と。功曹(こうそう)言う、「正(まさ)に是(しか)り、正に是り。この山を名(な)づけて青龍山(せいりゅうざん)と曰(い)い、内(うち)に洞(どう)有りて名を玄英洞(げんえいどう)と曰う。洞中(どうちゅう)に三人(みたり)の妖精有り。大(だい)なる箇(ひとり)を名づけて辟寒大王(へきかんだいおう)と曰い、第二(だいに)の箇を号(ごう)して辟暑大王(へきしょだいおう)と曰い、第三(だいさん)の箇を号して辟塵大王(へきじんだいおう)と曰う。この妖精此に在ること千年(せんねん)有り。彼自(みずか)ら幼児(ようじ)の頃(ころ)より酥合香油(そごうこうゆ)を食(くら)うを愛(あい)す。当年(そのかみ)精(せい)と成りて、此に到りて仏像(ぶつぞう)を仮(か)り装(よそお)い、金平府(きんぺいふ)の官員(かんいん=役人)人等(ひとども)を哄(たぶらか)し、金灯(きんとう)を設立(せつりゅう)せしめ、灯油(とうゆ)に酥合香油を用(もち)いしむ。彼、年年(としどし)正月半(しょうがつなかば)に到れば、仏像に変(へん)じて油を収む。今年(ことし)汝が師父(しふ)を見るに、彼これ聖僧(せいそう)の身(み)なると認(みと)め、汝が師父までも都洞内(どうない)に摂(かどわ)かし入れ、日(ひ)ならずして汝が師(し)の肉(にく)を割(さ)き剮(ばら)き、酥合香油を以(も)ちて煎(あぶ)りて食わんとす。汝、疾(と)く工夫(くふう=手立て)を用い、救援(きゅうえん=救い助)けに往け」と。 行者(ぎょうじゃ)この言(げん)を聞(き)き、四功曹(しこうそう)を喝(かつ)し退(しりぞ)け、山崖(さんがい)を転(めぐ)り過ぎ、洞府(どうふ)を找尋(そうじん)す。行(ゆ)くこと未(いま)だ数里(すうり)ならざるに、ただかの澗(たに)の辺(ほとり)に一(ひとつ)の石崖(せきがい)の有るを見る。崖(がけ)の下はこれ一座(ひとつ)の石屋(せきおく=岩屋)にして、屋(いえ)に両扇(ふたおもて)の石門(せきもん)有り、半(なかば)開(ひら)き半掩(おお)えり。門の旁(かたわら)に石碣(せっけつ=石碑)の立(た)つ有り、上に六字(ろくじ)有るは、却ってこれ「青龍山(せいりゅうざん)玄英洞(げんえいどう)」なり。 行者(ぎょうじゃ)敢えて擅(ほしいまま)に入(い)らず、步(あゆみ)を立(た)て定(さだ)め、一声(ひとこえ)叫(よばわ)る、「妖怪よ!」と。 「疾(と)く我が師父(しふ)を送(おく)り出(いだ)せ!」と。 かの処(ところ)に唿喇(こつらつ=がらり)と一声(ひとこえ)、大いに門を開(ひら)き、一陣(ひとむれ)の牛頭精(ごずせい=牛の頭の化物)の跑(はし)り出(い)づるあり、鄧鄧呆呆(とうとうがいがい=ぼんやり)として問うて言う、「汝(なんじ)は孰(たれ)なる、敢えて此に在りて呼喚(よばわ)るか」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「我は本(もと)これ東土大唐(とうどだいとう)より経(きょう)を取(と)りに往く聖僧(せいそう)唐三蔵(とうさんぞう)が大徒弟(だいとてい)なり。路(みち)に金平府(きんぺいふ)を過ぎりて灯を観(み)るに、我が師(し)汝(なんじ)が家(いえ)の魔頭(まとう=妖魔の頭)に摂(かどわ)かれ来(きた)られたり。疾(と)く早(はや)う送(おく)り還(かえ)せ、汝等(ら)が性命(いのち)を免(まぬが)れしめん。如(も)し或(も)し然(しか)らずんば、汝が窩巣(そうそう=ねぐら)を掀(ひっくり)返(か)し翻(かえ)し、汝が群精(ぐんせい)をして都化(け)して膿血(のうけつ=膿と血)と為らしめん!」と。 かの小妖(しょうよう)らこの言(げん)を聴き、急(いそ)ぎ裡辺(うち)に入りて報(しら)せて言う、「大王(だいおう)!禍事(かじ=一大事)なり!禍事なり!」と。 三人(みたり)の老妖(ろうよう)正(まさ)に唐僧(とうそう)を把(と)りてかの洞中(どうちゅう)の深遠(しんえん=奥深き)の処(ところ)に拿(とら)えおき、いずくんぞ甚(いず)れの青紅皂白(せいこうそうびゃく=理非善悪)をか問(と)わん。小(こもの)らをして衣裳(いしょう)を選(えら)み剥(は)がせ、湍(はやせ)の中(うち)の清水(せいすい)を汲(く)ませて洗(あら)い浄(きよ)め、細(こま)かに切(き)り細かに鑢(やすり)を掛(か)け、酥合香油(そごうこうゆ)を着(つ)けて煎(あぶ)りて食(くら)わんと算計(さんけい=企て)しおるに、忽「禍事(かじ)」と報(しら)する声(こえ)を聞(き)き、老大(いた)く着(き)と驚(おどろ)き、これ何の故(ゆえ)なるを問う。 小妖(しょうよう)言う、「大門(だいもん)の前(まえ)に一箇の毛顔雷公嘴(もうれんらいこうし=毛だらけの顔に雷公の嘴)の和尚の、嚷(わめ)きて道(いわ)く、大王(だいおう)彼が師父(しふ)を摂(かどわ)かし来(きた)れり。疾(と)く送(おく)り出(いだ)せ、吾(われ)等(ら)が性命(いのち)を免(まぬが)れしめよ。然(しか)らずんば、すなわち窩巣(そうそう)を掀(ひっくり)返(か)し翻(かえ)し、我らをして都化(け)して膿血(のうけつ)と為らしめんとす」と。 かの老妖(ろうよう)これを聴き、箇箇(おのおの)心(こころ)に驚(おどろ)いて言う、「才(いま)しがたこの厮(やつ)を拿(とら)えしが、還(な)お曾(かつ)て彼に箇の姓名(せいめい)来歴(らいれき=素性)を問(と)わざりき。小(こもの)ら、且く衣服(いふく)を将(も)ちて彼に穿(き)せ、帯(つ)れ過ぎ来(きた)りて彼を審(ただ)し一(ひと)たび審せ。端(つまびらか)にこれいずれの人にして、いずこよりか自(みずか)ら来れるを」と。 衆妖(しゅうよう)一斉(いっせい)に擁(おしよ)せ上前(すす)み、唐僧(とうそう)の索(なわ)を解(と)き、衣服(いふく)を穿(き)せ、座前(ざぜん)に推(お)し至(いた)る。唬(おど)されたるかな唐僧、戦戦兢兢(おののき)として下(しも)に跪(ひざまず)き、ただ叫(よばわ)る、「大王(だいおう)命(いのち)を饒(ゆる)し給(たも)え、命を饒し給え!」と。 三人(みたり)の妖精異口同音(いくどうおん=声を揃え)にして言う、「汝(なんじ)はいずかたより来(きた)れる和尚なる。いかにしてか仏像(ぶつぞう)を見(み)て避(よ)けず、却って我が雲路(うんろ=雲の道)を衝撞(しょうどう=ぶつかり)するや」と。 唐僧(とうそう)頭を磕(ぬかず)いて言う、「貧僧(ひんそう)はこれ東土大唐(とうどだいとう)の駕下(かか=御代)より差(つか)わされ来(きた)れる者にして、天竺国(てんじくこく)大雷音寺(だいらいおんじ)に前(すす)み往きて仏祖(ぶっそ)を拝(おが)み経(きょう)を取(と)らんとす。金平府(きんぺいふ)慈雲寺(じうんじ)に到りて斎(とき)を打(こ)うに因り、かの寺僧(じそう)の留(とど)めて元宵(げんしょう)を過ぎ灯を看(み)しむるを蒙(こうむ)れり。正(まさ)に金灯橋(きんとうきょう)の上に在りて、大王(だいおう)の仏像(ぶつぞう)を現(あらわ)し給(たも)うを見るに、貧僧はすなわちこれ肉眼凡胎(にくがんぼんたい=凡庸な身)、仏を見ればすなわち拝む。この故(ゆえ)をもて大王が雲路(うんろ)を衝撞(しょうどう)せり」と。 かの妖精言う、「汝(なんじ)があの東土(とうど)より此に到るまで、路程(ろてい)甚だ遠(とお)し。一行(いっこう)共(あわ)せて幾衆(いくしゅ)かあり、都甚(なん)と名(な)を喚(よ)ぶか。疾(と)く実(まこと)を実と供(きょう=申し立て)せ。我汝が性命(いのち)を饒(ゆる)さん」と。 唐僧(とうそう)言う、「貧僧(ひんそう)俗名(ぞくみょう)を陳玄奘(ちんげんじょう)と曰(い)い、幼(おさな)きより金山寺(きんざんじ)に在りて僧(そう)と為(な)れり。後(のち)唐皇(とうおう)の長安(ちょうあん)洪福寺(こうふくじ)に在りて僧官(そうかん)と為るを敕賜(ちょくし=勅命で賜わる)せられしを蒙(こうむ)る」と。 また魏徴丞相(ぎちょうじょうしょう)が夢(ゆめ)に涇河(けいが)の老龍(ろうりゅう)を斬(き)りしに因り、唐王(とうおう)地府(じふ=冥府)に游(あそ)び、回(かえ)りて陽世(ようせい=この世)に生(い)き、水陸大会(すいりくだいえ)を開設(かいせつ)して陰魂(いんこん=冥界の魂)を超度(ちょうど=救済)し、唐王のまた貧僧(ひんそう)を選(えら)み賜(たま)いて壇主(だんしゅ)と為(な)し、大いに都綱(とこう=僧綱)を闡(ひら)かしむるを蒙(こうむ)る。幸(さいわ)いに観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の出現(しゅつげん)し、貧僧を指化(しか=導き化)し、西天(せいてん)大雷音寺(だいらいおんじ)に三蔵真経(さんぞうしんきょう)有りて、以(も)って亡者(もうじゃ)を超度(ちょうど)して天(てん)に升(のぼ)らしむべしと説(と)き、貧僧を差(つか)わして来(きた)り取(と)らしむ。因りて号(ごう)を三蔵(さんぞう)と賜い、すなわち唐(とう)に倚(よ)りて姓(せい)と為す。ここをもて人都我を呼(よ)んで唐三蔵(とうさんぞう)と曰(い)う。我に三人(みたり)の徒弟(でし)有り。大(だい)なる箇(ひとり)は姓を孫(そん)、名(な)を悟空(ごくう)行者(ぎょうじゃ)と曰い、すなわちこれ斉天大聖(せいてんたいせい)の正(しょう)に帰(き)せし者なり」と。 群妖(ぐんよう)この名(な)を聞(き)き、着(き)と一驚(ひとおどろき)して言う、「この斉天大聖(せいてんたいせい)は、これ五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大いに鬧(さわ)がしし者なるか」と。唐僧(とうそう)言う、「正(まさ)に是(しか)り、正に是り。第二(だいに)の箇(ひとり)は姓(せい)を猪(ちょ)、名を悟能(ごのう)八戒(はっかい)と曰(い)い、すなわちこれ天蓬大元帥(てんぽうだいげんすい)の転世(てんせい=生まれ変わり)なり。第三(だいさん)の箇は姓を沙(さ)、名を悟浄(ごじょう)和尚と曰い、すなわちこれ巻簾大将(けんれんだいしょう)の臨凡(りんぼん=この世に下れる)なり」と。 三人(みたり)の妖王(ようおう)これを聴き、箇箇(おのおの)心(こころ)に驚(おどろ)いて言う、「早(はや)うに曾(かつ)て彼を食(くら)わざりしは幸(さいわ)いなり。小(こもの)ら、且く唐僧(とうそう)を将(も)ちて鉄鏈(てつれん=鉄の鎖)を以(も)て後面(うしろ)に鎖(つな)ぎ着(つ)けおけ。彼が三人の徒弟(でし)を拿(とら)え来(きた)りて凑(あわ)せて食わんことを待(ま)て」と。 遂(つい)に一群(ひとむれ)の山牛精(さんぎゅうせい)・水牛精(すいぎゅうせい)・黄牛精(こうぎゅうせい)を点(てん)し、各兵器(へいき)を持(た)ち、門を走り出で、号頭(ごうとう=ほら貝)を掌(と)り、旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(う)つ。 三人(みたり)の妖(よう)披掛(ひがいまとい=武装)を整齐(せいせい=整え)し、都門の外(そと)に到りて喝(かつ)して言う、「孰(たれ)か人の敢えて我が此に在りて吆喝(ようかつ=叫ぶ)する」と。 行者(ぎょうじゃ)石崖(せきがい)の上に闪(よ)け在り、仔細(つまびらか)に観看(みわた)せば、かの妖精の生(うま)れ得(え)たるは、 彩面(さいめん=彩りの顔)に睛(ひとみ)環(めぐ)り、二角(にかく=二つの角)崢嶸(そうこう=そびえ)たり。 尖尖(せんせん=とがりたる)四隻(よつ)の耳(みみ)、霊竅(れいきょう=霊き穴)光明(こうみょう)を闪(ひらめ)かす。 一体(いったい)の花紋(かもん)彩画(さいが=彩色画)の如(ごと)く、満身(まんしん)の錦繍(きんしゅう)蜚英(ひえい=飛ぶ花)の若(ごと)し。 第一(だいいち)の者は、頭(かしら)に狐裘(きゅうきゅう=狐の裘)の花帽(かぼう)の暖(あたたか)きを頂(いただ)き、一顔(ひとつら)の昂毛(こうもう=逆立つ毛)熱気(ねっき)騰(のぼ)る。 第二(だいに)の者は、身(み)に軽紗(けいしゃ=薄絹)を掛(か)けて烈焰(れつえん=激しき焔)を飛(と)ばし、四蹄(よつひづめ)花(はな)と瑩(かがや)きて玉(ぎょく)玲玲(れいれい=玲瓏)たり。 第三(だいさん)の者は、威雄(いゆう=威風)声(こえ)吼(ほ)えて雷(かみなり)の振(ふる)うが如(ごと)く、獠牙(りょうが=牙)尖利(せんり=鋭く)して銀針(ぎんしん=銀の針)に賽(まさ)る。 箇箇(おのおの)勇(ゆう)にして猛(たけ)く、手(て)に三様(みつ)の兵(へい)を持(た)つ。一箇(ひとり)は鉞斧(えつふ=まさかり)を使(つか)い、一箇は大刀(だいとう)能(よ)くす。ただ第三(だいさん)の者を看よ、肩(かた)の上に横(よこた)えて扢撻藤(こつたつとう=藤の棍)を担(にな)う。 また見よ、あの七長八短(しちちょうはったん=長短まちまち)・七肥八痩(しちひはっそう=肥痩さまざま)の大大小小(だいだいしょうしょう)の妖精は、都これ些(いささ)かの牛頭鬼怪(ごずきかい=牛頭の化物)にして、各槍棒(そうぼう=槍と棒)を執(と)る。 三面(みおもて)の大旗(たいき)有り、旗(はた)の上に明明(めいめい)と「辟寒大王(へきかんだいおう)」「辟暑大王(へきしょだいおう)」「辟塵大王(へきじんだいおう)」と書(か)き著(つ)けたり。 と。 孫行者(そんぎょうじゃ)一会(ひとしきり)看(み)て、忍耐(にんたい)するに得(え)ず、上前(すす)み出でて高(たか)く叫(よばわ)りて言う、「潑賊怪(はつぞくかい)め!老孫(ろうそん)を認(みと)むるか」と。 かの妖(よう)喝(かつ)して言う、「汝(なんじ)はあの天宮(てんぐう)を鬧(さわ)がしし孫悟空(そんごくう)なるか。真箇(まこと)にこれ名(な)を聞(き)きて曾(かつ)て面(おもて)を見(み)ざりしが、面を見れば天神(てんじん)も羞(は)じて殺(ころ)さんばかりなり!汝、元来(もと)これこの等(よう)な箇(ひとつ)の猢猻児(こそんじ=小猿)なるに、敢えて大話(たいわ=大言)を説(い)うか」と。 行者(ぎょうじゃ)大いに怒(いか)り、罵(ののし)って言う、「我この灯油(とうゆ)を偸(ぬす)む賊(ぞく)めを把(と)らえん!油嘴(ゆし=口上手)の妖怪、胡(みだ)りに談(だん)ずること莫(なか)れ!疾(と)く我が師父(しふ)を還(かえ)せ!」と。近(ちか)づき前(まえ)に趕(お)いつき、鉄棒(てつぼう)を輪(ふ)りてすなわち打つ。かの三人(みたり)の老妖(ろうよう)、三般(みつ)の兵器(へいき)を挙(あ)げ、急(いそ)ぎ架(かま)えて相(あい)迎(むか)う。この一場(ひとしきり)、山凹(やまくぼ)の中(うち)に在りて好(よ)き殺(たたか)いかな、 鉞斧(えつふ)・鋼刀(こうとう)・扢撻藤(こつたつとう)、 猴王(こうおう)一棒(いちぼう)敢えて来(きた)り迎(むか)う。 辟寒(へきかん)・辟暑(へきしょ)・辟塵(へきじん)の怪(かい)、 斉天大聖(せいてんたいせい)の名(な)を認(みと)めたり。 棒(ぼう)起(おこ)れば致(いた)して神鬼(しんき)を怕(おそ)れしめ、斧(ふ)来(きた)り刀(かたな)砍(き)って乱(みだ)りに飛(と)び騰(のぼ)る。 好(よ)き箇(ひとつ)の混元(こんげん=万物の根源)に法(ほう)有り真空(しんくう)の像(ぞう)、 三妖(さんよう)の仮(かり)の仏形(ぶつぎょう)を抵(ふせ)ぎ住(とど)む。 かの三人(みたり)の油を偸(ぬす)み鼻(はな)を潤(うるお)す者は今年(ことし)犯(おか)し来(きた)り、務(つと)めて欽差(きんさ=勅使)駕下(かか)の僧(そう)を捉(とら)えんとす。 この者は師(し)の為(ため)に山程(さんてい=山道)の遠(とお)きを懼(おそ)れず、かの者は嘴(くち)の為に年(とし)を経(へ)て献灯(けんとう=灯の供物)を設(もう)く。 乒乓(ひんぽう)とただ刀斧(とうふ)の響(ひび)くを聴き、劈朴(へきぼく)と惟(た)だ棒(ぼう)の声(こえ)の有るを聞(き)く。 と。 衝衝撞撞(しょうしょうどうどう=突き当たり)として三(みつ)は一(ひとつ)を囲(かこ)み、架架遮遮(かかしゃしゃ=受け流し)して各能(のう)を顕(あらわ)す。一朝(ひとあさ)闘(たたか)いて天(てん)将(まさ)に晩(く)れんとするに至(いた)るまで、いずれか虧(やぶ)れいずれか贏(か)つを知(し)らず。 孫行者(そんぎょうじゃ)一条(ひとすじ)の棒(ぼう)と、かの三人(みたり)の妖魔(ようま)と闘(たたか)うこと百五十合(ひゃくごじゅうごう)を経(ふ)るに、天色(てんしょく)将(まさ)に晩(く)れんとして、勝負(しょうぶ)未(いま)だ分(わか)れず。ただかの辟塵大王(へきじんだいおう)の扢撻藤(こつたつとう)を一(ひと)ゆり闪(ひるが)えし、陣前(じんぜん)を跳(と)び過ぎ、旗(はた)を将(も)ちて一ゆり揺(ゆ)るを見る。かの伙(むれ)の牛頭怪(ごずかい)簇擁(ぞくよう=押し寄せ)して上前(すす)み、行者(ぎょうじゃ)を把(と)りて垓心(がいしん=ど真ん中)に囲(かこ)み、各兵器(へいき)を輪(ふ)りて、乱(みだ)りに打(う)ち将ち来(きた)る。 行者(ぎょうじゃ)事(こと)の諧(ととの)わざるを見(み)、唿喇(こつらつ)と觔斗雲(きんとうん)を縦(ほしいまま)に起(おこ)し、陣(じん)を敗(やぶ)って走(に)ぐ。かの妖(よう)更に来(きた)りて趕(お)わず、群妖(ぐんよう)を招(まね)き回(かえ)し、些(いささ)かの晩食(ばんしょく)を安排(あんばい=整え)、衆(しゅう)各これを食(くら)う。また小妖(しょうよう)をして一碗(ひとわん)を唐僧(とうそう)に送(おく)らしむ。ただ孫行者(そんぎょうじゃ)等(ら)を拿(とら)え住(とど)むるを待(ま)ちて、才(はじ)めて整治(せいじ=料理)せんと要(もと)むるのみ。かの師父(しふ)は一(ひとつ)には則(すなわ)ち長斎(ちょうさい=常の精進)、二(ふたつ)には則ち愁苦(しゅうく=悲しみ苦しみ)をもて、哭啼啼(こくていてい=泣き叫び)として未(いま)だ敢えて唇(くちびる)を沾(うるお)さず。これ語(かた)らず。 さて、行者(ぎょうじゃ)雲(くも)に駕(が)して慈雲寺(じうんじ)の内(うち)に回(かえ)り至(いた)り、「師弟(してい)よ!」と一声(ひとこえ)叫(よばわ)る。かの八戒(はっかい)・沙僧(さそう)正(まさ)に自(みずか)ら盼望(ぼうぼう=待ちわび)商量(しょうりょう=相談)しおるに、叫るを聴く時(おり)、一斉(いっせい)に出で接(むか)えて言う、「兄(あに)上、いかにしてかこの一日(いちじつ)を去(ゆ)きて方めて回りし。端(つまびらか)に師父(しふ)の下落(げらく=行方)は如何(いかん)」と。 行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「昨夜(ゆうべ)風(かぜ)を聞(き)きて而(すなわち)趕(お)い、天(てん)の暁(あ)くるに至(いた)りて一山(ひとやま)に到るも見(み)えず。幸(さいわ)いに四値功曹(しちこうそう)の信(しん)を伝(つた)えて道(いわ)く、かの山を青龍山(せいりゅうざん)と喚(よ)び、山中(さんちゅう)に一(ひとつ)の玄英洞(げんえいどう)有り、洞中(どうちゅう)に三人(みたり)の妖精有りて、辟寒大王(へきかんだいおう)・辟暑大王(へきしょだいおう)・辟塵大王(へきじんだいおう)と喚ぶ」と。 元来(もと)年(とし)を積(つ)んで此に在りて油を偸(ぬす)み、仏像(ぶつぞう)に仮(かり)に変(へん)じ、金平府(きんぺいふ)の官員(かんいん)人等(ひとども)を哄(たぶらか)せり。今年(ことし)我等(ら)に遇(あ)うに、彼好歹(よしあし)を知(し)らず、反(かえ)って師父(しふ)までも都摂(かどわ)かし去(さ)りたり。老孫(ろうそん)この情(じょう)を審(つまびらか)にし得(え)て、功曹(こうそう)等の衆(しゅう)に吩咐(いいつけ)て暗中(あんちゅう)に師父を保護(ほご)せしめ、我近(ちか)き門前(もんぜん)に尋(たず)ね到りて叫(よばわ)り罵(ののし)る。かの三怪(さんかい)斉(ひと)しく出で、都牛頭鬼形(ごずきぎょう=牛頭の鬼の姿)に象(に)たり。大(だい)なる箇(ひとり)は鉞斧(えつふ)を使(つか)い、第二(だいに)の者は大刀(だいとう)を使い、第三(だいさん)の者は藤棍(とうこん=藤の棒)を使い、後(うしろ)に一窩子(ひとすみか)の牛頭鬼怪(ごずきかい)を引(ひ)き、旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(う)ち、老孫と一日(いちじつ)闘(たたか)いて、手(て)の平(たいら=互角)に殺(たたか)い合(あ)えり。かの妖王(ようおう)旗を揺り動(うご)かせば、小妖(しょうよう)都来(きた)る。我、天(てん)の晩(く)るるを見(み)、勝(か)ちを取(と)ること能(あた)わざらんことを恐(おそ)れ、ここをもて觔斗(きんと)に駕(が)して回(かえ)り来れるなり」と。 八戒(はっかい)言う、「かの処(ところ)は想(おも)うにこれ酆都城(ほうとじょう=冥府)の鬼王(きおう)の弄喧(ろうけん=騒ぎ)ならん」と。沙僧(さそう)言う、「汝、いかにしてかすなわち酆都城(ほうとじょう)の鬼王の弄喧(ろうけん)ならんと猜(おしはか)りし」と。八戒笑って言う、「兄(あに)上牛頭鬼怪(ごずきかい)と説(い)えるをもて、故(ゆえ)にこれを知(し)るのみ」と。 行者(ぎょうじゃ)言う、「非(ひ)なり!非なり!もし老孫(ろうそん)がかの怪(かい)を看るを論(ろん)ぜば、これ三隻(みつ)の犀牛(さいぎゅう)の精(せい)と成りし者なり」と。八戒(はっかい)言う、「もし犀牛ならば、且く彼を拿(とら)え住(とど)め、角(つの)を鋸(のこ)ぎ下(おろ)さば、倒(かえ)って好幾両(そこばく)の銀子(ぎんす)に値(あたい)せん!」と。 正(まさ)に説(い)う処(ところ)に、衆僧(しゅうそう)言う、「孫老爺(そんろうや)晩斎(ばんさい)を食(くら)い給(たも)うべきか」と。行者(ぎょうじゃ)言う、「方便(ほうべん=都合)に些(いささ)か食わん、食わざるもまた罷(よ)し」と。衆僧言う、「老爺(ろうや)この一日(いちじつ)征戦(せいせん)し給えば、豈(あ)に饥(う)えざらんや」と。 行者(ぎょうじゃ)笑って言う、「この日把児(ひばかり=一日ほど)のいずくんぞすなわち饥(う)うるを得(え)ん!老孫(ろうそん)曾(かつ)て五百年(ごひゃくねん)飲食(おんじき)を食(くら)わざりき!」と。衆僧(しゅうそう)これ実(じつ)なるを知(し)らず、ただ以(も)って説笑(せっしょう=冗談)と為(な)すのみ。須臾(しばらく)して拿(と)り来(きた)るに、行者もまたこれを食いて言う、「且く收拾(しゅうしゅう=支度)して睡(ねむ)り、明日(みょうにち)我等(ら)都往きて相持(あいじ=組み合い)、妖王(ようおう)を拿(とら)え住(とど)め、庶(ねがわ)くは師父(しふ)を救(すく)うべきを待(ま)て」と。 沙僧(さそう)旁(かたわら)に在りて言う、「兄(あに)上何の話(はなし)をか説(い)う!常言(ことわざ)に道(いわ)く、『停留(とどま)れば智(ち)を長(ちょう)ず』と。かの妖精倘(も)し今晚(こんばん)睡(ねむ)らずして、師父(しふ)を害(そこな)い了(おわ)らば、却ってこれを如何(いかん)せん。如今すなわち往き、彼を嚷(わめ)きて措手(しゅ=手出し)及(およ)ばざらしむるに如(し)かず。方めて好(よ)く師父を救(すく)うべし。少(いささ)か遅(おく)るれば、失(しつ=手違い)の有(あ)らんことを恐(おそ)るるなり」と。 八戒(はっかい)この言(げん)を聞(き)き、神威(しんい=神々しき威)を抖擻(とうそう=奮い起こ)して言う、「沙兄弟(さきょうだい)の説(い)えるは是(ぜ)なり!我ら都この月光(げっこう)に趁(じゅん)じて魔(ま)を降(くだ)しに往かんじゃ!」と。 行者(ぎょうじゃ)言に依(よ)り、すなわち寺僧(じそう)に吩咐(いいつけ)て言う、「行李(こうり)馬匹(ばひつ)を看守(かんしゅ)せよ。我等(ら)が妖精を捉(とら)え来(きた)り、本府(ほんぷ)の刺史(しし=長官)に対(むか)いてその仮仏(けぶつ=偽りの仏)を証(あかし)し、灯油(とうゆ)を免(まぬが)れしめ、以(も)って概県(がいけん=県じゅう)の小民(しょうみん=庶民)の困(くるしみ)を蘇(よみがえ)らせしめんことを待(ま)て。却ってこれ好(よ)からずや」と。 衆僧(しゅうそう)諾(だく)を領(りょう)し、称謝(しょうしゃ)して已(や)まず。彼三人(みたり)遂(つい)に祥雲(しょううん)を縦(ほしいまま)に起(おこ)し、城を出でて去(ゆ)く。正(まさ)にこれ、 懶散(らんさん=怠け)にして拘(こう=束縛)無(な)ければ禅性(ぜんしょう)乱(みだ)れ、災危(さいき=災い)分(ぶん)有(あ)れば道心(どうしん)蒙(くら)し。 と。畢竟(ひっきょう)この去(ゆく)の勝敗(しょうぶ)の如何(いかん)は、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十二回 三僧(さんそう)大(おお)いに青龍山(せいりゅうざん)に戦(たたか)う 四星(しせい)犀牛怪(さいぎゅうかい)を挟捉(きょうそく=挟み撃ちにして捕らう)す さて、孫大聖(そんだいせい)は二弟(にいてい=二人の弟分)を挟(さしはさ)み同(ともな)い、風(かぜ)を滚(ころ)がし、雲(くも)に駕(が)して、東北(とうほく)艮(ごん=北東の方角)の地(ち)へ向(むか)い、瞬(またた)く間(ま)に青龍山(せいりゅうざん)玄英洞(げんえいどう)の洞口(どうこう)に至(いた)り、雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)せり。八戒(はっかい)、すなわち釘鈀(ていは=九本歯の熊手)を以て門(もん)を築(う)たんと欲(ほっ)す。行者言う、「且(しばら)く消停(しょうてい=待て)。我をして進(すす)み入(い)りて師父(しふ)の生死(せいし)の如何(いかん)を見(み)とどけしめよ、しかる後(のち)に好(よ)く彼と争持(そうじ=戦い争)うべし」と。沙僧言う、 「この門(もん)は緊(きつ)く閉(と)ざされたり、いかでか進(い)ることを得(え)ん」 と。行者言う、「我に自(おの)ずから法力(ほうりき)あり」と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、棒(ぼう)を収(おさ)め、訣(けつ=印)を捻(ひね)り、一声(ひとこえ)の呪語(じゅご=呪文)を念(とな)え、「変(へん)!」と叫(よ)べば、すなわち変じて一箇(ひとつ)の火焰虫(かえんちゅう=蛍)と作(な)れり。真(まこと)にまた疾伶(しつれい=素早く利口)なり!なんじ看(み)よ、あの 翅(つばさ)を展(の)べれば星(ほし)流(なが)れて光(ひかり)燦(さん)たり、古(いにしえ)に云(いわ)く「腐草(ふそう=腐れた草)蛍(ほたる)と為(な)る」と。 神通(じんつう)の変化(へんげ)は軽(かろ)からず、自(おの)ずから徘徊(はいかい)の性(しょう)有(ゆう)す。 石門(せきもん)に飛(と)び近(ちか)づきて懸(か)けて看(み)れば、旁辺(ぼうへん=脇)の瑕縫(かほう=隙間)に風(かぜ)を穿(うが)つ。 身(み)を一縦(ひとおど)りせしめて幽庭(ゆうてい=奥庭)に到(いた)り、妖魔(ようま)の動静(どうじょう)を打探(たんさ=探)る。 と。 彼自(みずか)ら飛(と)び入(い)るに、ただ見(み)よ、幾頭(いくとう)かの牛(うし)の横敧(おうき=横向き)直倒(ちょくとう=真っ直ぐ倒れ)し、一箇一箇(おのおの)呼吼(ここう=吼えること)雷(かみなり)の如(ごと)く、尽(ことごと)く皆(みな)睡(ね)り熟(じゅく)したるを。また中庁(ちゅうちょう=中の広間)の裡(うち)に至(いた)るに、全(まった)く消息(しょうそく=手掛かり)無し。四下(あたり)の門戸(もんこ)は通(つう)じ関(とざ)され、かの三箇(みたり)の妖精(ようせい)のいずこに睡(ね)れるを知(し)らず。才(いま)しがた庁房(ちょうぼう=広間の部屋)を転(めぐ)り過(す)ぎ、後(うしろ)へ向(むか)いてまた照(てら)すに、ただ啼泣(ていきゅう=泣き叫び)の声(こえ)の聞(き)こゆるは、すなわちこれ唐僧(とうそう)の後房(こうぼう=奥の部屋)の檐柱(のきばしら=軒の柱)に鎖(つな)がれて哭(な)くるなり。行者、暗々(ひそか)にその何(なに)を哭(な)くを聴(き)けば、ただ見よ、彼の哭(な)きて曰(いわ)く、 「一(ひと)たび長安(ちょうあん)を別(わか)れて十数年(じゅうすうねん)、 山(やま)に登(のぼ)り水(みず)を渉(わた)りて苦(くるしみ)熬煎(とうせん=苦しみ悶える)。 幸(さいわ)いに西域(せいいき)に来(きた)りて佳節(かせつ=めでたい節句)に逢(あ)い、喜(よろこ)んで金平(きんぺい)に到(いた)りて上元(じょうげん=正月十五夜)に遇(あ)う。 灯中(とうちゅう=灯の裡)の仮仏像(けぶつぞう=偽の仏像)を識(し)らざりしは、概(おおむ)ね命裡(めいり=運命の内)に災愆(さいけん=災いの過ち)有(あ)るに因(よ)る。 賢徒(けんと=賢き弟子)追襲(ついしゅう)して威武(いぶ=勇ましき武)を施(ほどこ)す、但(た)だ願(ねが)わくは英雄(えいゆう)の大権(たいけん)を展(の)べんことを」 と。 行者、言(げん)を聞き、満心(まんしん=心いっぱい)歓喜(かんき)し、翅(つばさ)を展(ひろ)げ、師(し)の前(まえ)に飛(と)び近(ちか)づく。唐僧、涙(なみだ)を揩(ぬぐ)いて言う、「呀(ああ)!西方(せいほう)の景象(けいしょう=風景)は同じからず、この時(とき)は正月(しょうがつ)、蟄虫(ちっちゅう=冬籠りの虫)始(はじ)めて振(ふる)うに、何為(なんす)れぞすでに蛍(ほたる)の飛(と)ぶこと有(あ)るや」と。行者、忍(しの)ぶこと能(あた)わず、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり!」と声(こえ)を叫(あ)ぐ。 唐僧喜んで言う、「悟空(ごくう)、我が心(こころ)に『正月(しょうがつ)にいかでか蛍火(けいか=蛍の光)を得(え)ん』と説(おも)いしが、元来(もと)これ汝(なんじ)なりしか」と。行者すなわち本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)して言う、 「師父や、汝(なんじ)が為(ため)に真偽(しんぎ)を識(し)らざりしより、幾多(いくた)の路程(ろてい)を誤(あやま)り、幾多(いくた)の心力(しんりょく=心の労)を費(ついや)せり。我が一行(ひとくみ)『好(よ)き人(ひと)に非(あら)ず』と説(い)えども、汝すなわち下拝(かはい=跪き拝)し、却(かえ)ってこの怪(かい)に灯光(とうこう=灯の光)を侮暗(ぶあん=暗くけが)され、酥合香油(そごうこうゆ=酥合香の油)を盗取(とうしゅ=盗み取)られ、汝までをも摂(かどわ)かし将(も)ち来(きた)られたり。我、当(まさ)に八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に吩咐(いいつけ)て寺(てら)に回(かえ)り看守(かんしゅ=見張り)せしめ、我すなわち風(かぜ)を聞(き)きてこの間(かん)まで追(お)い至(いた)れり。地名(ちめい)を識(し)らざりしが、幸(さいわ)いに四値功曹(しちこうそう=四方を守る功曹神)の伝報(でんぽう=知らせ)に遇(あ)い、この山(やま)を名(な)づけて青龍山(せいりゅうざん)玄英洞(げんえいどう)と曰(い)うと説(つ)げり。我、日間(ひるま)この怪と闘(たたか)いて天(てん)の晩(くれ)に至(いた)り方(はじ)めて回(かえ)り、師弟(してい=弟子)の輩(ともがら)にこの情(じょう)を細(こまか)に道(かた)り、却(かえ)ってすなわち睡(ね)むることを曾(かつ)てせず、彼(かれ)両箇(ふたり)と同(とも)にこの処(ところ)に来(きた)れり。我、夜(よ)の深(ふか)きに交戦(こうせん)するに便(べん)ならざるを恐(おそ)れ、また師父の下落(げらく=行方)を知(し)らざれば、変化(へんげ)して進(すす)み入(い)り来(きた)りて師情(しじょう=師の様子)を打聴(うちょう=探)る所以(ゆえん)なり」 と。 唐僧喜んで言う、「八戒(はっかい)・沙僧(さそう)は如今(いま)外辺(そと)に在(あ)るか」と。行者言う、「外辺(そと)に在り。才子(さっき)老孫(ろうそん)の看(み)し時(おり)には、妖精(ようせい)みな睡(ね)りたり。我且(しばら)く鎖(くさり)を解(と)き、門(もん)を搠(つ)き開(あ)け、汝(なんじ)を帯(ともな)いて出(い)でん」と。唐僧、頭(こうべ)を点(うなず)かせて称謝(しょうしゃ=感謝)す。 行者、一箇(ひとつ)の解鎖法(かいさほう=錠を外す術)を使(つか)い、手(て)を以(も)って一抹(ひとぬぐ)いすれば、かの鎖(くさり)早(はや)くも自(おの)ずから開(ひら)けり。師父(しふ)を領(ひき)いて前(まえ)へ向(むか)いて正(まさ)に走(ゆ)かんとするに、忽然(たちまち)妖王(ようおう)の中庁(ちゅうちょう)の内房(ないぼう=奥座敷)の裡(うち)に在りて叫(よばわ)るを聴(き)く、 「小(ちいさ)き者(もの)ども、門戸(もんこ)を緊(きつ)く閉(と)ざし、火燭(かしょく=火の元)に小心(しょうしん=用心)せよ。この会(おり)いかでか更(こう=夜回り)を叫(よ)ばず巡邏(じゅんら=見回り)せざるか、梆鈴(ほうれい=拍子木と鈴)みな響(ひび)かざるは何(なん)ぞや」 と。元来(もと)かの夥(くみ)の小妖(しょうよう=子分の妖)は一日(いちじつ)征戦(せいせん)して、俱(みな)辛苦辛苦(しんくしんく=くたくた)に睡(ね)りたりしが、叫喚(きょうかん=呼び声)を聴(き)きて、却(かえ)って才(いま)醒(さ)めたり。梆鈴(ほうれい)の響(ひび)く処(ところ)、幾箇(いくたり)かの器械(きかい=武器)を執(と)る者(もの)、鑼(どら)を敲(たた)きて後(うしろ)より走(ゆ)くが、可可(ちょうど)かの師徒(してい)両箇(ふたり)に撞(ぶ)つかり遇(あ)えり。 衆小妖(しゅうしょうよう)一斉(いっせい)に喊(わめ)いて言う、「好(よ)き和尚(おしょう)かな!鎖(くさり)を扭(ひね)り開(あ)けていずこへか往(ゆ)かんとするぞ」と。行者、分説(ぶんせつ=弁明)を容(い)れず、棒(ぼう)を掣(ひ)き出(いだ)し幌(ひらめ)かして一幌(ひとひらめき)、碗(わん)来(ばかり)の粗細(そさい=太さ)として、すなわち打(う)つ。棒(ぼう)の起(お)こる処(ところ)、二箇(ふたり)を打死(うちころ)し、その余(よ)の者、器械(きかい)を投(な)げ捨(す)て、中庁(ちゅうちょう)に近(ちか)づきて門(もん)を打(う)ちて叫(よ)ぶ、「大王(だいおう)!いけない!いけない!毛臉和尚(もうれんおしょう=毛だらけ顔の坊主)が家(うち)の裡(うち)に在りて人(ひと)を打(う)ち殺(ころ)せり!」と。 かの三怪(さんかい)、聴(き)きつけ、一轂轆(いちこくろく=ころりと)爬(は)い将(も)ち起(お)き上(あ)がり、ただ「拿住(とらえよ)!拿住!」と教(よばわ)る。唬(おど)ろかされてかの唐僧(とうそう)は手(て)軟(よわ)く脚(あし)軟(よわ)し。行者もまた師父(しふ)を顧(かえり)みず、一路(ひとみち)棒(ぼう)を以て、前(まえ)へ向(むか)いて滚(ころ)がり来(きた)る。衆小妖(しゅうしょうよう)遮架(しゃか=防ぎ止め)すること住(た)えず、彼が為(ため)に三両箇(さんりょうこ)を放倒(たお)され、両三箇(りょうさんこ)を推倒(おしたお)され、幾層(いくかさ)ねの門(もん)を打(う)ち開(あ)けられ、径(ただち)に自(みずか)ら出(い)で来(きた)り、叫(よ)んで言う、「兄弟(けいてい)どもいずこに在(あ)る」と。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)、正(まさ)に鈀杖(はじょう=熊手と杖)を挙(あ)げて等候(ま)ちおるに、言う、「哥哥(あにき)、如何(いかん)」と。行者、変化(へんげ)して裡(うち)に入(い)り師父(しふ)を解放(かいほう)し正(まさ)に走(ゆ)かんとせしに、妖(よう)に驚覚(けいかく=気づか)れ、師父を顧(かえり)みるに得(え)ず、打(う)ち出(い)で来(きた)れる事(こと)をば、講説(こうせつ=語り説き)して一遍(ひととおり)語(かた)るは題(だい)とせず。 かの妖王(ようおう)、唐僧(とうそう)を把(とら)え捉(とら)え、依然(もとのごとく)鉄索(てっさく=鉄の鎖)を使(もち)いて鎖(つな)ぎ、刀(かたな)を執(と)り、斧(おの)を輪(めぐ)らし、灯火(とうか)斉(ひと)しく明(あきら)かにして問(と)いて言う、 「汝(なんじ)この厮(やつ)いかでか鎖(くさり)を開(あ)けし、かの猴子(さる)はいかにして進(い)ることを得(え)しか、疾(と)く早(はや)く供(きょう=白状)し来(きた)れ、汝の命(いのち)を饒(ゆる)さん!然(しか)らずんば、すなわち一刀(いっとう)両段(りょうだん=真っ二つ)!」 と。慌(あわ)てたるかなかの唐僧(とうそう)、戦戦兢兢(おののき)として跪(ひざまず)いて言う、 「大王爺爺(だいおうやや=大王さま)!我が徒弟(でし)の孫悟空(そんごくう)は、かれ七十二般(しちじゅうにばん)の変化(へんげ)を会(え)す。才(さっ)きに一箇(ひとつ)の火焰虫(かえんちゅう=蛍)に変(へん)じ、飛(と)び進(い)り来(きた)りて我を救(すく)わんとせり。期(おも)わざりき大王(だいおう)の知覚(ちかく=気づく)するところとなり、小大王(しょうだいおう=子分の頭)等(ら)に撞見(そうけん=出くわ)さる。これ我が徒弟の好歹(こうたい=善し悪し)を知(し)らざるにて、二箇(ふたり)を打傷(うちきずつ)けしに、衆(みな)皆(みな)喊叫(かんきょう=叫び)し、兵(へい)を挙(あ)げ火(ひ)を著(つ)くるに、かれ遂(つい)に我を顧(かえり)みるに得(え)ず、走(に)げ出(い)で去(さ)れり」 と。 三箇(みたり)の妖王(ようおう)、呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して言う、「早(はや)くも驚覚(けいかく=気づき)したれば、未(いま)だ曾(かつ)て走(に)げず!」と。小(ちいさ)き者(もの)どもに吩咐(いいつけ)て前後(ぜんご)の門(もん)をば緊緊(きつきつ)と関閉(とざ)さしめ、また喧嘩(けんか=かまびすしきこと)を為(な)さず。沙僧言う、「門(もん)を閉(と)ざして喧嘩(けんか)せざるは、想(おも)うにこれ暗(あん=ひそか)に我が師父(しふ)を弄(もてあそ)ばんとするならん。我ら手(て)を動(うご)かさん」と。行者言う、「説(い)うところ是(ぜ)なり、疾(と)く早(はや)く門(もん)を打(う)て」と。 かの呆子(あほう)、神通(じんつう)を売弄(まいろう=誇示)し、鈀(ていは)を挙(あ)げ力(ちから)を尽(つく)して築(う)ち去(さ)れば、かの石門(せきもん)をば築(う)ちて粉碎(ふんさい=粉々)と為(な)し、却(かえ)ってまた厲声(れいせい=荒々しき声)を挙(あ)げて喊罵(ののし)って言う、「油(あぶら)を盗(ぬす)める賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)!疾(と)く吾(わ)が師(し)を送(おく)り出(い)だせや」と。唬(おど)ろかされてかの門内(もんない)の小妖(しょうよう)、滚(ころ)がり将(も)ち進(い)り去(ゆ)きて報(ほう)じて言う、「大王(だいおう)、いけない!いけない!前門(ぜんもん)を和尚(おしょう)に打(う)ち破(やぶ)られたり!」と。 三箇(みたり)の妖王(ようおう)十分(じゅうぶん)に煩悩(はんのう=腹立たしく)して言う、「この厮(やつ)着実(じゃつじつ=まったく)無礼(ぶれい)なり!」と。すなわち披挂(ひかけ=甲冑)を取(と)り来(きた)らしめ結束(けっそく=身支度)し、各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)り、小妖(しょうよう)を帥(ひき)いて門(もん)を出(い)でて敵(てき)を迎(むか)う。この時(とき)約(およ)そ三更(さんこう=真夜中)の時候(じこう=頃)にして、半天(はんてん)の中(うち)月(つき)明(あきら)かにして昼(ひる)の如(ごと)し。走(い)で出(い)で来(きた)り、更(さら)に話(ことば)を打(か)けず、すなわち兵(へい)を輪(めぐ)らす。ここに行者(ぎょうじゃ)は鉞斧(えっぷ=まさかり)を抵(ふせ)ぎ留(とど)め、八戒(はっかい)は大刀(だいとう)に敵(てき)し留(とど)め、沙僧(さそう)は大棍(だいこん)を迎(むか)え留(とど)む。 この場(ば)の好(よ)き殺(たたかい=合戦)かな、 僧(そう)三衆(みたり)、棍・杖・鈀(こんじょうは)、三箇(みたり)の妖魔(ようま)胆気(たんき=度胸)加(くわ)わる。 鉞斧(えっぷ)・鋼刀(こうとう)・藤紇褡(とうこつとう=藤の鞭)、ただ風響(ふうきょう=風の音)と塵沙(じんさ=砂煙)とを聞(き)くのみ。 初(はじ)めに交(まじ)わる幾合(いくがっ)には愁霧(しゅうむ=愁いの霧)を噴(ふ)き、次後(そののち)飛騰(ひとう)して彩霞(さいか=彩りの霞)を散(ちら)す。 釘鈀(ていは)の解数(げすう=技の数々)は身(み)に随(したが)いて滚(ころ)がり、鉄棒(てつぼう)の英豪(えいごう=雄々しさ)は更(さら)に誇(ほこ)るべし。 降妖宝杖(ごうようほうじょう=妖を降す宝の杖)は人間(にんげん)に少(すくな)く、妖怪(ようかい)の頑心(がんしん=頑な心)はかれを譲(ゆず)らず。 鉞斧(えっぷ)の口(こう)明(あきら)かにして尖鐏(せんそん=穂先)利(するど)く、藤条(とうじょう=藤の枝)の節(ふし)懞(もう=覆われ)て一身(いっしん)花(はな)なり。 大刀(だいとう)幌亮(こうりょう=きらめき)て門扇(もんせん=扉)の如(ごと)く、和尚(おしょう)の神通(じんつう)は偏(ひと)えにかれに賽(まさ)る。 この壁廂(かたわら)は師(し)の性命(せいめい)に因(よ)りて狠(はげ)しく発(はっ)して打(う)ち、かの壁廂(かたわら)は唐僧(とうそう)を放(はな)たじと劈臉(へきれん=面を割らんばかり)に撾(つか)む。 斧(おの)剁(き)り棒(ぼう)迎(むか)えて勝負(しょうぶ)を争(あらそ)い、鈀(は)輪(めぐ)り刀(かたな)砍(き)りて両(ふた)ながら交搽(こうさ=交錯)す。 扢撻(こつとう=ぶつかり合い)の藤条(とうじょう)は怪(かい)を降(くだ)す杖(じょう)、翻翻復復(はんぷく)として豪華(ごうか=華やかさ)を逞(たくま)しくす。 三僧(さんそう)三怪(さんかい)、賭闘(ととう=勝負を競い)て多時(しばらく)なるに、輸贏(ゆえい=勝敗)を見(み)ず。 と。 かの辟寒大王(へきかんだいおう)、一声(ひとこえ)喊(わめ)いて、「小(ちいさ)き者(もの)ども上(のぼ)り来(きた)れ!」と叫(よ)ぶ。衆精(しゅうせい=妖ども)各(おのおの)兵刃(へいじん=刃物)を執(と)りて斉(ひと)しく来(きた)り、早(はや)くも一箇(ひとり)の八戒(はっかい)を絆(つまず)かせ地(ち)に倒(たお)し、幾箇(いくたり)かの水牛精(すいぎゅうせい)に揪揪扯扯(きゅうきゅうしゃしゃ=つかみ引かれ)て、洞裡(どうり)に拖(ひ)き入(い)れられ捆(くく)られたり。沙僧(さそう)、八戒(はっかい)を没(うしな)えるを見(み)て、ただかの群牛(ぐんぎゅう)の喊(わめ)きを発(はっ)し嚨声(ろうせい=どよめく声)するを見る。すなわち宝杖(ほうじょう)を掣(ひ)き、辟塵大王(へきじんだいおう)を望(めが)けて虚(きょ=空しく)架子(かし=構え)を投(な)げ出(いだ)して走(に)げんとせしに、また群精(ぐんせい)の一擁(いちよう=どっと押し寄)せて来(きた)るに遇(あ)い、一箇の躘踵(りゅうしょう=よろめき)を拉(ひ)かれ、急(いそ)ぎ掙(あが)かんとするに起(お)きず、また捉(とら)え去(さ)られ捆(くく)られたり。行者、難為(なんい=あしきこと)なるを覚(さと)り、觔斗雲(きんとんうん)を縦(ほしいまま)にし、身(み)を脱(だっ)して去(さ)れり。 当時(そのとき)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を拖(ひ)きて唐僧(とうそう)の前(まえ)に至(いた)らしむ。唐僧これを見(み)、満眼(まんがん=目いっぱい)に涙(なみだ)を垂(た)れて言う、 「憐(あわ)れむべし汝(なんじ)二人(ふたり)もまた毒手(どくしゅ=毒の手)に遭(あ)えるを!悟空(ごくう)いずこに在(あ)るや」 と。沙僧言う、「師兄(しけい)は我らを捉(とら)えらるるを見(み)て、かれすなわち走(に)げたり」と。唐僧言う、「かれ既(すで)に走(に)げたれば、必(かなら)ずかしこへ往(ゆ)きて救(すくい)を求(もと)めん。但(た)だ我等(われら)は何日(いつのひ)にか方(はじ)めて網(あみ)を脱(だっ)することを得(え)んを知(し)らず」と。師徒(してい)ら凄凄惨惨(せいせいさんさん=いたく悲しむ)なるは題(だい)とせず。 さて、行者(ぎょうじゃ)觔斗雲(きんとんうん)に駕(が)してまた慈雲寺(じうんじ)に至(いた)れば、寺僧(じそう)接(むか)えして来(きた)りて問(と)う、「唐老爺(とうろうや=唐のご老師)は救(すく)い得(え)たるか」と。行者言う、 「難救(なんきゅう)!難救!かの妖精(ようせい)神通(じんつう)広大(こうだい)にして、我が弟兄(ていけい=兄弟)三箇(みたり)、かれが三箇と闘(たたか)うこと多時(しばらく)なりしが、かれが小妖(しょうよう)を呼(よ)ばしめて先(ま)ず八戒(はっかい)を捉(とら)え、後(のち)に沙僧(さそう)を捉(とら)えしめ、老孫(ろうそん)は幸(さいわ)いに走(に)げ脱(だっ)せり」 と。衆僧(しゅうそう)懼(おそ)れて言う、「爺爺(やや=お方)これほどに騰雲駕霧(とううんがむ=雲に乗る術)を会(え)しながら、なお捉獲(そっかく=捕らえる)することを得(え)ざれば、想(おも)うに老師父(ろうしふ)も傾害(けいがい=害せられ)られたるならん」と。行者言う、 「不妨(さしつかえ)なし!不妨なし!我が師父(しふ)には自(おの)ずから伽藍(がらん=寺の守護神)・掲諦(かいたい=護法神)・丁甲(ていこう=六丁六甲の神)等の神(かみ)の暗(あん=ひそか)に護佑(ごゆう=守り助く)る有(あ)り、却(かえ)ってまた曾(かつ)て草還丹(そうかんたん=人参果)を食(くら)いたれば、料(はか)らくは命(いのち)を傷(そこな)わじ、ただかの妖精(ようせい)に本事(ほんじ=腕)あるのみ。汝等(なむら)好(よ)く馬匹(ばひつ=馬)と行李(こうり=荷)を看(み)まもり、老孫が天(てん)に上(のぼ)りて救兵(きゅうへい)を求(もと)め来(きた)るを等(ま)て」 と。衆僧(しゅうそう)胆(きも)を怯(ひる)ませて言う、「爺爺(やや)また能(よ)く天に上(のぼ)るか」と。行者笑って言う、 「天宮(てんぐう)は元来(もと)これ我が旧家(きゅうか=古き家)なり。当年(そのとし)我、斉天大聖(せいてんたいせい)と作(な)りしが、蟠桃会(ばんとうえ=仙桃の宴)を乱(みだ)りしに因(よ)りて、我が仏(ほとけ)に収降(しゅうこう=降し従え)られ、如今(いま)奈何(いかん)ともする無(な)く、唐僧(とうそう)を保(ほ)して経(きょう)を取(と)り、功(こう)を将(も)ちて罪(つみ)を折(しゃく)す。一路(いちろ)上(かみ)に正(しょう)を輔(たす)け邪(じゃ)を除(のぞ)く。我が師父には該(まさ)にこの難(なん)有(あ)るべく、汝等の却(かえ)って知(し)らざるところなり」 と。衆僧この言(げん)を聴(き)き、また磕頭礼拝(がいとうらいはい=額ずき拝み)す。行者、門(もん)を出(い)で得(え)しが、一箇(ひとつ)の唿哨(こっしょう=口笛)を打(な)せば、即時(そくじ)に見(み)えずなりぬ。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、早(はや)くも西天門(せいてんもん)の外(そと)に至(いた)るに、忽然(たちまち)太白金星(たいはくきんせい)と増長天王(ぞうちょうてんのう)、殷(いん)・朱(しゅ)・陶(とう)・許(きょ)の四大霊官(しだいれいかん)の講話(こうわ=話し合い)するを見(み)る。彼ら行者の来(きた)るを見(み)、みな慌(あわ)てて施礼(せれい=礼をなし)て言う、「大聖(たいせい)いずこへか去(ゆ)く」と。行者言う、 「唐僧(とうそう)を保(ほ)して天竺国(てんじくこく)の東界(とうかい)金平府(きんぺいふ)旻天県(びんてんけん)に至(いた)りしに、我が師(し)を本県(ほんけん)の慈雲寺(じうんじ)の僧(そう)に留(とど)められて元宵(げんしょう=正月十五夜)を賞(しょう)せしめられたり。金灯橋(きんとうきょう)に比(いた)るに、金灯(きんとう)三盞(さんさん=三つ)有(あ)り、灯(ともしび)を点(とも)すに酥合香油(そごうこうゆ=酥合香の油)を用(もち)い、価(あたい)白金(はくきん=銀)五万余両(ごまんよりょう)より貴(たっと)く、年々(ねんねん)諸仏(しょぶつ)の降祥(こうしょう=瑞祥を降す)して受用(じゅよう=享受)する有(あ)りと。正(まさ)に看(み)る時(おり)、果たして三尊(さんぞん)の仏像(ぶつぞう)の降臨(こうりん)するに遇(あ)い、我が師(し)好歹(こうたい=善し悪し)を識(し)らず、橋(はし)に上(のぼ)りてすなわち拝(おが)めり。我『好(よ)き人(ひと)に非(あら)ず』と説(い)えども、早(はや)くもかれが灯光(とうこう=灯の光)を侮暗(ぶあん=暗くけが)し、油(あぶら)を并(あわ)せて我が師を一風(いっぷう=一陣の風)に摂(かどわ)かし去(さ)られたり。我、風(かぜ)に随(したが)いて追襲(ついしゅう)し、天(てん)の暁(あけ)に至(いた)りて一山(ひとやま)に到(いた)るに、幸(さいわ)いに四功曹(しこうそう=四人の功曹神)の報(ほう)ずるに遇(あ)い、かの山(やま)を名(な)づけて青龍山(せいりゅうざん)と曰(い)い、山に玄英洞(げんえいどう)有(あ)り、洞に三怪(さんかい)有(あ)り、名(な)を辟寒大王(へきかんだいおう)・辟暑大王(へきしょだいおう)・辟塵大王(へきじんだいおう)と曰(い)うと。老孫(ろうそん)急(いそ)ぎ門(もん)に上(のぼ)りて尋討(じんとう=捜し討ち)し、かれと賭闘(ととう=勝負)すること一陣(ひとくさり)なるも未(いま)だ勝(か)たず。これ我、変化(へんげ)して裡(うち)に入(い)り、師父(しふ)の鎖(つな)がれて未(いま)だ傷(そこな)われざるを見(み)、随(したが)いて解(と)きて出(い)でんと欲(ほっ)せしが、またかれが知覚(ちかく=気づく)するところとなり、我遂(つい)に走(に)げたり。後(のち)また八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と同(とも)に苦戦(くせん)せしが、またかれが二箇(ふたり)を将(も)ちて捉(とら)え捆(くく)らしめられたり。老孫ここに因(よ)りて特に玉帝(ぎょくてい)に啓(もう)し、かれが来歴(らいれき=素性)を査(さぐ)り、命(めい)を請(こ)いて将(しょう)を降(くだ)してこれを服(ふく)せしめんとす」 と。 金星(きんせい)呵呵(かか)と冷笑(れいしょう=せせら笑い)して言う、「大聖(たいせい)既(すで)に妖怪(ようかい)と相持(そうじ=相争い)しながら、豈(あに)かれが出処(しゅっしょ=素性)を看(み)出(いだ)さざらんや」と。行者言う、 「認(みと)むるは便(すなわ)ち認(みと)む、これ一夥(ひとくみ)の牛精(ぎゅうせい=牛の精)なり。ただかれ大(おお)いに神通(じんつう)有(ゆう)して、急(にわか)には降(くだ)すこと能(あた)わざるなり」 と。金星言う、 「かれはこれ三箇(みたり)の犀牛(さいぎゅう)の精(せい)なり。かれ天文(てんぶん=天の星象)の象(かたち)有(あ)るに因(よ)り、累年(るいねん=幾年も)修悟(しゅうご=修行悟道)して真(しん)を成(な)し、また能(よ)く雲(くも)を飛(と)ばし霧(きり)を歩(あゆ)む。その怪(かい)極(きわ)めて清浄(しょうじょう=清いこと)を愛(あい)し、常(つね)に自(みずか)らの影身(えいしん=影)を嫌(きら)い、毎(つね)に水(みず)に下(くだ)りて洗浴(せんよく=沐浴)せんと欲(ほっ)す。かれが名色(めいしょく=名の種類)もまた多(おお)し。兕犀(じさい)有(あ)り、雄犀(ゆうさい)有(あ)り、牯犀(こさい)有(あ)り、斑犀(はんさい)有(あ)り、また胡冒犀(こぼうさい)・堕羅犀(だらさい)・通天花文犀(つうてんかぶんさい)有(あ)り、みなこれ一孔(いっこう=一角)三毛(さんもう)二角(にかく)にして、江海(こうかい=川と海)の中(うち)に行(ゆ)きて、能(よ)く水道(すいどう)を開(ひら)く。かの辟寒(へきかん)・辟暑(へきしょ)・辟塵(へきじん)の如(ごと)きは、みな角(つの)に貴気(きき=尊き気)有(あ)れば、故(ゆえ)にこれを以て名(な)と為(な)し而(しか)して大王(だいおう)と称(しょう)するなり。もしこれを拿(とら)えんと要(もと)めなば、ただ四木禽星(しもくきんせい=木徳の四星)が面(まのあた)り見(み)ゆればすなわち伏(ふく)すのみ」 と。行者連(れん)なりて唱喏(しょうじゃく=拝礼)し問(と)いて言う、「これ那(いず)れの四木禽星(しもくきんせい)なるか。煩(わずら)わしけれど長庚老(ちょうこうろう=太白金星)一一(いちいち=逐一)明示(めいじ=明らかに示)し給え」と。金星笑って言う、「この星(ほし)は斗牛宮(とぎゅうきゅう)の外(そと)に在り、乾坤(けんこん=天地)に羅布(らふ=布き並ぶ)。汝、往(ゆ)きて玉帝(ぎょくてい)に奏聞(そうもん=申し上げ)せば、すなわち分暁(ぶんぎょう=明らか)なるを見(み)ん」と。 行者拱拱手(きょうきょうしゅ=手を拱き)て称謝(しょうしゃ)し、径(ただち)に天門(てんもん)の裡(うち)へ入(い)り去(ゆ)く。 一時(いっとき)ならずして、通明殿(つうめいでん)の下(もと)に到(いた)り、先(ま)ず葛(かつ)・邱(きゅう)・張(ちょう)・許(きょ)の四大天師(しだいてんし)に見(まみ)ゆ。天師問(と)いて言う、「何(いず)くへか往(ゆ)く」と。行者言う、 「近(ちか)ごろ金平府(きんぺいふ)の地方(ちほう)に行(ゆ)き至(いた)りしに、我が師(し)の禅性(ぜんしょう=禅の心)を寛放(かんぽう=ゆるめ)し、元夜(げんや=十五夜)に灯(ともしび)を観(み)るに因(よ)り、妖魔(ようま)の摂(かどわ)かし去(さ)るに遇(あ)えり。老孫(ろうそん)収降(しゅうこう=降し従え)すること能(あた)わず、特に来(きた)りて玉帝(ぎょくてい)に奏聞(そうもん)して救(すくい)を求(もと)む」 と。四天師(してんし)すなわち行者を領(ひき)いて霊霄宝殿(れいしょうほうでん)に至(いた)り啓奏(けいそう=申し上げ)す。各各(おのおの)礼(れい)を畢(おわ)り、その事(こと)を備(つぶさ)に言(い)えば、玉帝(ぎょくてい)旨(むね)を伝(つた)えて言う、「那路(いずく)の天兵(てんぺい)を点(てん=選び)じて相助(あいたす)けしむべきか」と。行者奏(もう)して言う、 「老孫、才(いま)しがた西天門(せいてんもん)に到(いた)り、長庚星(ちょうこうせい=太白金星)に遇(あ)えるに、かの怪(かい)は犀牛(さいぎゅう)の精(せい)と成(な)りしものにして、惟(た)だ四木禽星(しもくきんせい)のみ以(も)って降伏(ごうぶく)すべしと説(い)えり」 と。玉帝すなわち許天師(きょてんし)を差(つかわ)して行者と同(とも)に斗牛宮(とぎゅうきゅう)に往(ゆ)き、四木禽星(しもくきんせい)を点(てん)じて下界(げかい)に降(くだ)り収降(しゅうこう)せしめしむ。 宮(きゅう)の外(そと)に至(いた)るに及(およ)び、早(はや)くも二十八宿(にじゅうはっしゅく)の星辰(せいしん)の来(きた)り接(むか)うる有(あ)り。天師言う、「吾(われ)聖旨(せいし=勅命)を奉(ほう)じ、四木禽星(しもくきんせい)を点(てん)じて孫大聖(そんだいせい)と下界(げかい)に降(くだ)り妖(よう)を降(くだ)さしめんとす」と。旁(かたわら)よりすなわち角木蛟(かくぼくこう)・斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)・井木犴(せいぼくかん)の閃(ひらめ)き過(す)ぎて、声(こえ)に応(おう)じて呼(よばわ)りて言う、「孫大聖(そんだいせい)、我等(われら)を点(てん)じていずこに妖(よう)を降(くだ)さんとするか」と。行者笑って言う、 「元来(もと)これ汝(なんじ)らなりしか。この長庚老児(ちょうこうろうじ=金星のじいさま)は却(かえ)って隠匿(いんとく=隠し)たり。我その意(こころ)を解(げ)せず、早(はや)く二十八宿(にじゅうはっしゅく)の中(うち)の四木(しもく)と説(い)わば、老孫(ろうそん)径(ただち)に来(きた)りて相請(しょうせい=請い)しに、また何(なん)ぞ必(かなら)ずしも旨意(しい=勅命)を労煩(ろうはん=煩わ)すべけんや」 と。四木(しもく)言う、 「大聖(たいせい)、那裡(いずく)の話(ことば)をか説(い)う!我等旨意(しい)を奉(ほう)ぜずんば、誰(たれ)か敢(あ)えて擅(ほしいまま)に離(はな)れんや。端(つまびらか)のこれ那方(いずかた)なるか。疾(と)く早(はや)く去(ゆ)き来(きた)れ」 と。行者言う、「金平府(きんぺいふ)の東北(とうほく)艮(ごん=北東)の地(ち)、青龍山(せいりゅうざん)玄英洞(げんえいどう)に在(あ)り、犀牛(さいぎゅう)の精(せい)と成(な)れるなり」と。 斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)・角木蛟(かくぼくこう)言う、「若(も)し果たして犀牛(さいぎゅう)の精(せい)と成(な)れるならば、我らを須(もち)いず、只(た)だ井宿(せいしゅく)を消(へら)して去(ゆ)かしめんのみ。かれ能(よ)く山(やま)に上(のぼ)りて虎(とら)を食(くら)い、海(うみ)に下(くだ)りて犀(さい)を擒(とら)う」と。行者言う、 「かの犀(さい)は望月(ぼうげつ=月を望む)の犀(さい)に比(くら)ぶべからず、すなわちこれ修行(しゅぎょう)して道(どう)を得(う)る、みな千年(せんねん)の寿(ことぶき)有(あ)る者(もの)なり。須(かなら)ず四位(よにん)の同(とも)に去(ゆ)くを得(え)てこそ好(よ)けれ、切(きっ)と推調(すいちょう=辞退)すること莫(な)かれ。倘(も)し一時(ひととき)に一位(ひとり)にしてかれを拿(とら)え住(とど)むること能(あた)わざらば、却(かえ)ってまた事(こと)を費(ついや)さざらんや」 と。天師言う、「汝ら説(い)うはこれ甚(なん)の話(ことば)ぞ!旨意(しい=勅命)に汝四人(よにん)を着(つ)かしむるに、豈(あに)去(ゆ)かざるべけんや。趁(じゅん)じ早(はや)く飛行(ひこう)せよ、我は旨(むね)を回(かえ)し去(ゆ)かんとす」と。かの天師遂(つい)に行者に別(わか)れて去(ゆ)く。 四木(しもく)言う、「大聖(たいせい)必(かなら)ずしも遅疑(ちぎ=ためらい)するに及(およ)ばず。汝先(ま)ず去(ゆ)きて戦(たたかい)を索(もと)め、かれを引(ひ)き出(いだ)せ、我ら随(したが)いて後(のち)より手(て)を動(うご)かさん」と。行者すなわち前(まえ)に近(ちか)づきて罵(ののし)って言う、「油(あぶら)を盗(ぬす)める賊怪(ぞくかい=盗人妖怪)!我が師(し)を還(かえ)せ!」と。元来(もと)かの門(もん)は八戒(はっかい)に築(う)ち破(やぶ)られたるを、幾箇(いくたり)かの小妖(しょうよう)が幾塊(いくきれ)かの板児(いた=板)を弄(ろう=工面)して搪(ふさ)ぎ住(とど)めたるが、裡辺(うち)に在りて罵詈(ばり=罵り)を聴(き)きつけ、急(いそ)ぎ跑(はし)り進(い)りて報(ほう)じて言う、「大王(だいおう)、孫和尚(そんおしょう)が外辺(そと)に在りて罵(ののし)れり!」と。辟塵児(へきじんじ)言う、 「かれ敗陣(はいじん=敗走)し去(さ)りしに、この一日(いちじつ)いかでかまた来(きた)れる。想(おも)うにこれかしこより些(いささ)かの救兵(きゅうへい)を求(もと)め来(きた)れるならん」 と。辟寒(へきかん)・辟暑(へきしょ)言う、「かれが甚(なん)の救兵(きゅうへい)か怕(おそ)るること有(あ)らん!疾(と)く披挂(ひかけ=甲冑)を取(と)り来(きた)れ!小(ちいさ)き者(もの)ども、みな要(かなら)ず心(こころ)を用(もち)いて囲繞(いにょう=取囲)み、休(た)だかれを走(に)がし去(さ)らしむること莫(な)かれ」と。 かの夥(くみ)の精(せい)、死活(しかつ=命の危うさ)を知(し)らず、一箇一箇(おのおの)各(おのおの)槍刀(そうとう=槍と刀)を執(と)り、旗(はた)を揺(ゆ)り鼓(つづみ)を擂(うち)て、洞(ほら)を走(い)で出(い)で来(きた)り、行者に対(むか)いて喝(かつ=怒鳴)って言う、「汝(なんじ)が箇(ひとり)の怕(おそ)れず打(う)たるる猢猻児(こんじんじ=猿公)、汝また来(きた)れりか!」と。行者最(もっと)も悩(なや)ますはこれこの猢猻(こんじん=猿)の二字(にじ=二文字)なり、牙(きば)を咬(か)み狠(はげ)しく発(はっ)して鉄棒(てつぼう)を挙(あ)げてすなわち打(う)つ。三箇(みたり)の妖王(ようおう)、小妖(しょうよう)を調(ちょう=整え)しめ、一箇の圈子陣(けんしじん=輪の陣)を跑(はし)りて、行者を垓心(がいしん=真ん中)に圈(かこ)む。かの壁廂(かたわら)に四木禽星(しもくきんせい)が一箇一箇(おのおの)各(おのおの)兵刃(へいじん)を輪(めぐ)らして言う、「孽畜(げっちく=畜生め)!手(て)を動(うご)かすを休(や)めよ!」と。 かの三箇(みたり)の妖王(ようおう)、かれ四星(よんせい)を看(み)て、自(おの)ずから懼(おそ)れ、俱(みな)言う、「いけない!いけない!かれ降手児(こうしゅじ=降す手)を尋(たず)ね将(も)ち来(きた)れり!小(ちいさ)き者(もの)ども、各(おのおの)性命(せいめい)を顧(かえり)みて走(に)げんか」と。ただ呼呼吼吼(ここうこう=うなり吼え)と、喘喘呵呵(ぜんぜんかか=あえぎあえぎ)と聴(き)こゆるのみ。衆小妖(しゅうしょうよう)みな本相(ほんそう=本来の姿)を現(あらわ)せり。元来(もと)これかの山牛精(さんぎゅうせい)・水牛精(すいぎゅうせい)・黄牛精(こうぎゅうせい)の、山(やま)に満(み)ちて乱(みだ)りに跑(はし)るなり。かの三箇(みたり)の妖王(ようおう)も、また本相(ほんそう)を現(あらわ)し、手(て)を放下(おろ)し来(きた)れば、またこれ四隻(よつ)の蹄子(ていし=蹄)にして、すなわち鉄炮(てっぽう=鉄の筒)の一般(ごと)く、径(ただち)に東北(とうほく)の上(かた)へ向(むか)いて跑(はし)る。 この大聖(たいせい)井木犴(せいぼくかん)・角木蛟(かくぼくこう)を帥(ひき)いて緊(きつ)と追(お)い急(いそ)ぎ趕(お)い、略(いささか)も放(はな)たず。惟(た)だ斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)は東山凹(とうざんおう=東の山くぼ)の裡(うち)、山頭(さんとう=山の頂)、山澗(さんかん=谷川)、山谷(さんこく=谷間)に在りて、些(いささ)かの牛精(ぎゅうせい)をや打(う)ち死(ころ)し、や活(い)け捉(とら)え、尽(ことごと)く皆(みな)収(おさ)め浄(きよ)めたり。却(かえ)って玄英洞(げんえいどう)の裡(うち)に向(むか)いて唐僧(とうそう)・八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を解(と)き放(はな)てり。沙僧(さそう)これ二星(にせい)なるを認(した)め、随(したが)いて同(とも)に拝謝(はいしゃ=拝み感謝)し、因(よ)りて問(と)う、「二位(ふたり)いかでかこの処(ところ)に到(いた)りて相救(あいすく)いし」と。二星(にせい)言う、 「吾等(われら)はこれ孫大聖(そんだいせい)の玉帝(ぎょくてい)に奏(もう)して旨(むね)を請(こ)いて調(ちょう=召集)せられ、怪(かい)を収(おさ)めて汝(なんじ)を救(すく)いに来(きた)れるなり」 と。唐僧また滴涙(てきるい=涙を落と)して言う、「我が悟空(ごくう)徒弟(でし)はいかでか進(い)り来(きた)らざる」と。二星言う、 「かの三箇(みたり)の老怪(ろうかい)はこれ三頭(みつ)の犀牛(さいぎゅう)なり。かれ吾等(われら)を見(み)、各各(おのおの)命(いのち)を顧(かえり)みて、東北(とうほく)艮(ごん)の方(かた)へ向(むか)いて逃遁(とうとん=逃げ走)せり。孫大聖(そんだいせい)井木犴(せいぼくかん)・角木蛟(かくぼくこう)を帥(ひき)いて追(お)い趕(お)い去(ゆ)けり。我二星(にせい)群牛(ぐんぎゅう)を掃蕩(そうとう=掃き清め)てこの処(ところ)に到(いた)り、特に来(きた)りて聖僧(せいそう)を解放(かいほう)するなり」 と。 唐僧復(ま)た頓首(とんしゅ=額ずき)して拝謝(はいしゃ)し、天(てん)に朝(むか)いてまた拝(おが)む。八戒(はっかい)攙(たす)け起(おこ)して言う、 「師父(しふ)、礼(れい)多(おお)ければ必(かなら)ず詐(いつわ)り有(あ)り、ただに只管(ひたすら)拝(おが)むを須(もち)いず。四星官(しせいかん)は一(ひとつ)にはこれ玉帝(ぎょくてい)の聖旨(せいし)、二(ふたつ)にはこれ師兄(しけい)の人情(にんじょう=手前がら)なり。今既(すで)に群妖(ぐんよう)を掃蕩(そうとう)したれど、なお老妖(ろうよう)の如何(いかん)に降伏(ごうぶく)せらるるを知(し)らず。我ら且(しばら)く些(いささ)かの細軟(さいなん=柔らかき財物)の東西(どうざい=品々)を收拾(しゅうしゅう=取集め)て出(いだ)し、この洞(ほら)を掀翻(きんぽん=引っ繰り返)し、以(も)ってその根(こん)を絶(た)ち、寺(てら)に回(かえ)りて師兄(しけい)を等候(ま)たん」 と。奎木狼(けいぼくろう)言う、「天蓬元帥(てんぽうげんすい)の説(い)うところ理(り)有(あ)り。汝と巻簾大将(けんれんたいしょう=沙僧)は汝が師(し)を保護(ほご)して寺(てら)に回(かえ)り安歇(あんけつ=休み)せしめよ、吾等(われら)がまた艮(ごん=北東)の方(かた)に還(かえ)りて敵(てき)を迎(むか)うを待(ま)て」と。八戒言う、「正(まさ)に是(ぜ)、正に是、汝二位(ふたり)また協同(きょうどう=力を合せ)して一捉(ひととらえ)し、必(かなら)ず剿尽(そうじん=討ち尽く)してこそ、方(はじ)めて好(よ)く旨(むね)を回(かえ)すべし」と。二星官(にせいかん)即時(そくじ)に追襲(ついしゅう)す。 八戒(はっかい)と沙僧(さそう)、かれが洞内(どうない)の細軟(さいなん)の宝貝(ほうばい=宝物)をば、珊瑚(さんご)・瑪瑙(めのう)・珍珠(ちんじゅ=真珠)・琥珀(こはく)・琗琚(さいきょ=宝石の名)・宝貝(ほうばい)・美玉(びぎょく)・良金(りょうきん=良質の金)の多(おお)く有(あ)るを、一石(いっこく)を搜(さが)し出(いだ)し、外辺(そと)に搬(はこ)び出(いだ)し、師父(しふ)を請(しょう)じて山崖(さんがい=山の崖)の上(うえ)に到(いた)りて坐(ざ)せしめ、かれまた進(すす)み入(い)りて火(ひ)を放(はな)ち来(きた)り、一座(ひとつ)の洞(ほら)を焼(や)きて灰燼(かいじん=灰)と成(な)し、却(かえ)って才(いま)唐僧(とうそう)を領(ひき)いて路(みち)を找(たず)ねて金平(きんぺい)の慈雲寺(じうんじ)へ回(かえ)り去(ゆ)く。正(まさ)にこれ、 経(きょう)に云(いわ)く「泰極(たいきょく=安泰の極み)なれば還(ま)た否(ひ=塞がり)を生(しょう)ず」と、好(よ)き処(ところ)に凶(きょう)に逢(あ)うは実(げ)にこれ有(あ)るなり。 と。 愛(め)でて花灯(かとう=花灯籠)を賞(しょう)すれば禅性(ぜんしょう=禅の心)乱(みだ)れ、 喜(よろこ)んで美景(びけい)を遊(あそ)べば道心(どうしん=道の心)漓(うす)し。 大丹(たいたん=内丹)は古(いにしえ)より宜(よろ)しく長(とこしえ)に守(まも)るべし、 一失(いっしつ=ひとたび失う)は元来(もと)到底(とうてい)虧(か)くるなり。 牢(かた)く閉(と)じ牢く拴(つな)いで曠蕩(こうとう=ゆるがせ)なるを休(や)めよ、 須臾(しゅゆ=つかの間)の懈怠(けたい=怠り)にも参差(しんし=くい違い)を見(み)る。 と。 且(しばら)くかの三衆(みたり)の命(いのち)を得(え)て寺(てら)に回(かえ)るを言(い)わず、却(かえ)って斗木獬(とぼくかい)・奎木狼(けいぼくろう)二星官(にせいかん)の雲(くも)に駕(が)して直(ただち)に東北(とうほく)艮(ごん=北東)の方(かた)へ妖怪(ようかい)を趕(お)い来(きた)るを表(あらわ)す。二人(ふたり)かの半空(はんくう=中空)に在りて、尋(たず)ね看(み)るに見(み)えず、直(ひたすら)に西洋大海(せいようたいかい=西の大海)に到(いた)るまで、遠(とお)く孫大聖(そんだいせい)の海上(かいじょう)に在りて吆喝(ようかつ=呼ばわり)するを望(なが)み見る。かの両箇(ふたり)雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)して言う、「大聖(たいせい)、妖怪(ようかい)はいずこへか去(ゆ)きし」と。行者恨(うら)んで言う、 「汝(なんじ)ら両箇(ふたり)はいかでか来(きた)りて追(お)い降(くだ)さざる。この会子(おり)に却(かえ)って冒冒失失(ぼうぼうしっしつ=出し抜け)に甚(なん)をか問(と)う」 と。斗木獬(とぼくかい)言う、 「我、大聖(たいせい)と井(せい)・角(かく)二星(にせい)の妖魔(ようま)を戦(たたか)い敗(やぶ)りて追(お)い趕(お)うを見(み)、料(はか)らくは必(かなら)ず擒拿(きんだ=捕らえ)せんと。我二人(ふたり)は却(かえ)ってすなわち群精(ぐんせい)を掃蕩(そうとう=掃き清め)し、玄英洞(げんえいどう)に入(い)りて汝が師父(しふ)・師弟(してい)を救(すく)い出(いだ)せり。山(やま)を搜(さが)し、洞(ほら)を焼(や)き、汝が師父(しふ)を汝が二弟(にいてい)に付托(ふたく=託し)けて府城(ふじょう)の慈雲寺(じうんじ)へ領(ひき)い回(かえ)らしめたり。多時(しばらく)車駕(しゃが=お出まし)の回(めぐ)り転(てん)ずるを見(み)ざれば、故(ゆえ)にまた追尋(ついじん=追い尋ね)てこの処(ところ)に到(いた)れるなり」 と。行者、言(げん)を聞き、方(はじ)めて喜(よろこ)び謝(しゃ)して言う、 「如此(かくのごと)くならば、却(かえ)ってこれ功(こう)有(あ)り、多累(たるい=かたじけな)!多累!但(た)だかの三箇(みたり)の妖魔(ようま)は、我がこの間(かん)に趕(お)い到(いた)らしめられ、かれすなわち鑽(くぐ)りて海(うみ)の下(もと)へ去(ゆ)けり。当(まさ)に井(せい)・角(かく)二星(にせい)有(あ)りて、緊緊(きんきん)と追(お)い拿(とら)え、老孫(ろうそん)をして岸辺(がんぺん)に在りて抵擋(ていとう=防ぎ止め)せしめたり。汝(なんじ)ら両箇(ふたり)既(すで)に来(きた)らば、且(しばら)く岸辺(がんぺん)に在りて把截(はせつ=遮り塞)げ、老孫がまた去(ゆ)き来(きた)るを等(ま)て」 と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、棒(ぼう)を掄(ふる)い、訣(けつ=印)を捻(ひね)り、水径(すいけい=水の道)を辟(ひら)き、直(ただち)に波濤(はとう=波)の深処(しんしょ=深み)に入(い)るに、ただ見(み)よ、かの三箇(みたり)の妖魔(ようま)の水底(すいてい)に在りて井木犴(せいぼくかん)・角木蛟(かくぼくこう)と舎死忘生(しゃしぼうしょう=死を捨て生を忘れ)して苦闘(くとう)するを。かれ跳(おど)りて前(まえ)に近(ちか)づき喊(わめ)いて言う、「老孫(ろうそん)来(きた)れり!」と。かの妖精(ようせい)二星官(にせいかん)を抵(ふせ)ぎ留(とど)めて、措手(そしゅ=手を措く)に及(およ)ばず、正(まさ)に危難(きなん)の処(ところ)に在(あ)るに、忽然(たちまち)行者の叫喊(きょうかん=叫び)を聴(き)き、残生(ざんしょう=残りの命)を顧(かえり)み、頭(こうべ)を撥(めぐ)らし転(てん)じて海心(かいしん=海の真ん中)へ向(むか)いて飛(と)ぶが如(ごと)く跑(はし)る。元来(もと)この怪(かい)の頭(あたま)の上(うえ)の角(つの)は、極(きわ)めて能(よ)く水(みず)を分(わ)かつ。ただ花花花(かかか=ざぶざぶ)と聞(き)こえて、明路(めいろ=明るき道)を衝(つ)き開(ひら)く。この後辺(うしろ)に二星官(にせいかん)并(ならび)に孫大聖(そんだいせい)の力(ちから)を并(あわ)せてこれを追(お)う。 さて、西海(せいかい)の中(うち)に一箇(ひとり)の海(うみ)を探(さぐ)る夜叉(やしゃ)と、海(うみ)を巡(めぐ)る介士(かいし=甲羅の武者)有(あ)りて、遠(とお)く犀牛(さいぎゅう)の水勢(すいせい=水の勢い)を分(わ)かち開(ひら)くを見(み)、また孫大聖(そんだいせい)と二天星(にてんせい)とを認(したた)め、すなわち水晶宮(すいしょうきゅう)に赴(おもむ)きて龍王(りゅうおう)に対(むか)い慌慌張張(こうこうちょうちょう=あわてふためき)て報(ほう)じて言う、「大王(だいおう)!三頭(みつ)の犀牛(さいぎゅう)有(あ)り、斉天大聖(せいてんたいせい)和(ならび)に二位(ふたり)の天星(てんせい)に趕(お)い来(きた)られたり!」と。老龍王(ろうりゅうおう)敖順(ごうじゅん)、言(げん)を聴(き)き、すなわち太子(たいし)摩昂(まこう)を喚(よ)んで言う、 「疾(と)く水兵(すいへい)を点(てん=召集)せよ。想(おも)うにこれ犀牛精(さいぎゅうせい)の辟寒(へきかん)・辟暑(へきしょ)・辟塵児(へきじんじ)の三箇(みたり)の孫行者(そんぎょうじゃ)を惹(ひきおこ)したるならん。今既(すで)に海(うみ)に至(いた)れば、快快(すみやか)に刀(かたな)を抜(ぬ)きて相助(あいたす)けよ」 と。敖摩昂(ごうまこう)令(れい)を得(え)、すなわち忙(いそ)ぎ兵(へい)を点(てん)ず。頃刻(しばらく)の間(ま)に、亀(かめ)・鼈(べつ=すっぽん)・黿(げん=大すっぽん)・鼉(だ=わに)、鯾魚(べんぎょ)・白(はく)・鰾(ひょう)・鯉(こい)、与(ならび)に蝦兵蟹卒(かへいかいそつ=海老と蟹の兵)等(ら)、各(おのおの)槍刀(そうとう=槍と刀)を執(と)り、一斉(いっせい)に吶喊(とっかん=鬨の声)し、水晶宮(すいしょうきゅう)の外(そと)に騰(のぼ)り出(い)でて、犀牛精(さいぎゅうせい)を擋(ふせ)ぎ住(とど)む。犀牛精(さいぎゅうせい)前進(ぜんしん)すること能(あた)わず、急(いそ)ぎ後(うしろ)へ退(しりぞ)かんとせしに、また井(せい)・角(かく)二星(にせい)并(ならび)に大聖(たいせい)の攔阻(らんそ=遮り止め)する有(あ)り、慌(あわ)ててかれ群(むれ)を失(うしな)い、各各(おのおの)生(いのち)を逃(のが)れんとし、四散(しさん)に奔走(ほんそう=逃げ惑)う。早(はや)くも一箇(ひとつ)の辟塵児(へきじんじ)をば、老龍王(ろうりゅうおう)の兵(へい)を領(ひき)いて囲(かこ)み住(とど)めたり。孫大聖(そんだいせい)これを見(み)て心(こころ)歓(よろこ)び、叫(よ)んで言う、「消停(しょうてい=ゆるゆる)せよ消停せよ!活(い)けるを捉(とら)えよ、死(し)せるを要(もと)むること莫(な)かれ」と。摩昂(まこう)令(れい)を聴(き)き、一擁(いちよう=どっと)して上前(のぼりまえ)し、辟塵児(へきじんじ)を扳(ひっくりかえ)して地(ち)に翻(たお)し、鉄鉤子(てっこうじ=鉄の鉤)を用(もち)いて鼻(はな)を穿(つらぬ)き、蹄(ひづめ)を集(あつ)めて捆(くく)り倒(たお)せり。 老龍王(ろうりゅうおう)また号令(ごうれい)を伝(つた)え、兵(へい)を分(わか)ってかの両箇(ふたり)を趕(お)わしめ、二星官(にせいかん)を協助(けつじょ=助け)て擒拿(きんだ=捕らえ)せしむ。即時(そくじ)に小龍王(しょうりゅうおう=摩昂)衆(しゅう)を帥(ひき)いて前(まえ)に来(きた)るに、ただ見(み)よ、井木犴(せいぼくかん)が原身(げんしん=本来の姿)を現(あらわ)し、辟寒児(へきかんじ)を按(おさ)え住(とど)め、大口小口(だいこうしょうこう=がぶがぶ)と啃(かじ)り食(くら)いおるを。摩昂(まこう)高(たか)く叫(よ)んで言う、 「井宿(せいしゅく)!井宿!かれを咬(か)み殺(ころ)すこと莫(な)かれ、孫大聖(そんだいせい)は活(い)けるを要(もと)め、死(し)せるを要(もと)めずと申(もう)されり」 と。数喊(すかん=幾度も)連(つづ)けて喊(よ)ばわるも、すでにこれかれが頸項(けいこう=首)を咬(か)み断(た)ちたり。摩昂(まこう)蝦兵蟹卒(かへいかいそつ)に吩咐(いいつけ)て、かの死(し)せる犀牛(さいぎゅう)を抬(かつ)ぎて水晶宮(すいしょうきゅう)に転(めぐ)らし入(い)れしめ、却(かえ)ってまた井木犴(せいぼくかん)と同(とも)に前(まえ)へ向(むか)いて追(お)い趕(お)う。ただ見(み)よ、角木蛟(かくぼくこう)がかの辟暑児(へきしょじ)を倒(さかしま)に趕(お)い回(かえ)し来(きた)れるが、只(た)だ井宿(せいしゅく)に撞(ぶ)つかり遇(あ)えり。摩昂(まこう)亀(かめ)・鼈(べつ)・黿(げん)・鼉(だ)を帥(ひき)い、簸箕陣(はきじん=箕の形の陣)を撒(ひろ)げ開(ひら)いて囲(かこ)み住(とど)むるに、かの怪(かい)ただ「饒命(じょうめい=命ばい)!饒命!」と教(よばわ)るのみ。井木犴(せいぼくかん)前(まえ)に走(はし)り近(ちか)づき、一把(ひとつかみ)に耳朶(じた=耳)を揪(つか)まえ、かれが刀(かたな)を奪(うば)い、叫(よ)んで言う、 「汝(なんじ)を殺(ころ)さず!汝を殺さず!孫大聖(そんだいせい)に拿(とら)え与(わた)して発落(はつらく=裁き)に往(ゆ)かんとす」 と。当(まさ)に即(すなわ)ち干戈(かんか=武器)を倒(さかしま)にし、復(ま)た水晶宮(すいしょうきゅう)の外(そと)に至(いた)りて報(ほう)じて言う、「都(みな)捉(とら)え来(きた)れり」と。 行者(ぎょうじゃ)、一箇(ひとつ)は頭(こうべ)を断(た)たれて血淋淋(けつりんりん=血だらけ)に地(ち)に倒(たお)れ、一箇(ひとつ)は井木犴(せいぼくかん)に耳朶(じた=耳)を拖(ひ)かれて地(ち)に推(お)し跪(ひざまず)かれたるを見(み)、前(まえ)に近(ちか)づき仔細(つまびらか)に看(み)て言う、「この頭(こうべ)は兵刀(へいとう=刃物)の傷(きず)に非(あら)ざるなり」と。摩昂(まこう)笑って言う、「我が喊(よ)ぶことの緊(きつ)きに非(あら)ずんば、身(み)までも井星官(せいせいかん)に食(くら)われたるならん」と。行者言う、 「既(すで)に如此(かくのごと)くならば、また罷(しか)るべし。鋸子(きょす=鋸)を取(と)り来(きた)らしめ、かれがこの両隻(ふたつ)の角(つの)を鋸(のこぎ)り下(お)ろし、皮(かわ)を剥(は)ぎて帯(たい=持ち)ち去(ゆ)かん。犀牛(さいぎゅう)の肉(にく)は還(ま)た龍王(りゅうおう)の賢父子(けんぷし=賢き父と子)に留(とど)めてこれを享(う)けしめん」 と。また辟塵児(へきじんじ)の鼻(はな)を穿(つらぬ)きて、角木蛟(かくぼくこう)をして牽(ひ)かしめ、辟暑児(へきしょじ)もまた鼻を穿(つらぬ)きて、井木犴(せいぼくかん)をして牽(ひ)かしめ、言う、 「かれを帯(ともな)いて金平府(きんぺいふ)に上(のぼ)り、かの刺史官(ししかん=長官)に見(まみ)え、その由(よし)を明(あきら)かに究(きわ)め、かれに積年(せきねん=長年)仮仏(けぶつ=偽りの仏)と称(しょう)して民(たみ)を害(そこな)いし罪(つみ)を問(と)い、然(しか)る後(のち)に的決(てきけつ=とどめの裁き)せん」 と。 衆等(しゅうとう)言(げん)に遵(したが)い、龍王(りゅうおう)父子(ふし)に辞(じ=別れ)し、みな西海(せいかい)を出(い)で、犀牛(さいぎゅう)を牽(ひ)き、奎(けい)・斗(と)二星(にせい)に会(あ)い、雲霧(うんむ)に駕(が)して、径(ただち)に金平府(きんぺいふ)に転(めぐ)る。行者、祥光(しょうこう=めでたき光)を足(あし)に踏(ふ)み、半空(はんくう)の中(うち)に在りて叫(よ)んで言う、 「金平府(きんぺいふ)の刺史(しし=長官)、各(おのも)の佐貳郎官(さじろうかん=副官)并(ならび)に府城(ふじょう)の内外(ないがい)の軍民(ぐんみん)人等(じんとう)聴(き)け。吾(われ)は乃(すなわ)ち東土大唐(とうどだいとう)より西天(せいてん)に差(つかわ)され経(きょう)を取(と)りに往(ゆ)くの聖僧(せいそう)なり。汝(なんじ)らがこの府県(ふけん)の每年家(まいとし=年ごと)金灯(きんとう)を供献(ぐけん=献じ供え)し、諸仏(しょぶつ)の降祥(こうしょう=瑞祥を降す)に仮充(かじゅう=偽り充て)せしは、すなわちこの犀牛(さいぎゅう)の怪(かい)なり。我等この地(ち)を過(よ)ぎ、元夜(げんや=十五夜)に灯(ともしび)を観(み)るに因(よ)り、この怪(かい)の灯油(とうゆ)を并(あわ)せて我が師父(しふ)を摂(かどわ)かし去(さ)るを見(み)、これ我が天神(てんしん)を請(こ)いて収伏(しゅうふく=降し従え)せしむるなり。今既(すで)に山洞(さんどう)を掃清(そうせい=掃き清め)、妖魔(ようま)を剿尽(そうじん=討ち尽く)して、害(がい)を為(な)すこと得(え)ざらしめたれば、以後(いご)汝らが府県(ふけん)は再(ふたた)び金灯(きんとう)を供献(ぐけん)して民(たみ)を労(ろう)し財(ざい)を傷(そこな)うこと莫(な)かれ」 と。かの慈雲寺(じうんじ)の裡(うち)に、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)方(まさ)に唐僧(とうそう)を保(ほ)して山門(さんもん)を進(い)り得(え)しが、ただ行者の半空(はんくう)に在りて言(げん)を語(かた)るを聴(き)きつけ、すなわち師父(しふ)を撇(す)て、担子(たんす=荷)を投(な)げ捨(す)て、風雲(ふううん)を縦(ほしいまま)にして空(そら)の中(うち)に起(お)こり到(いた)り、行者に妖(よう)を降(くだ)しし事(こと)を問(と)う。行者言う、「かの一頭(ひとつ)は井星(せいせい)に咬(か)み殺(ころ)され、すでに角(つの)を鋸(のこぎ)り皮(かわ)を剥(は)いで帯(たい)ち来(きた)れり、両頭(ふたつ)は活(い)けて拿(とら)えてここに在(あ)り」と。 八戒(はっかい)言う、 「この両箇(ふたり)は索性(そっこう=いっそ)この城(しろ)の下(もと)に推(お)し落(お)とし、官員(かんいん)人等(じんとう)と看(み)せ、我らの聖(せい)なるか神(しん)なるかをまた認(したた)めしめよ。左右(さい)は四位(よにん)の星官(せいかん)を煩(わずら)わして雲(くも)を収(おさ)め地(ち)に下(くだ)り、同(とも)に府堂(ふどう=役所の庁)に到(いた)り、この怪(かい)を的決(てきけつ=裁き)せん。すでにこれ情(じょう)真(しん)にして罪(つみ)当(あた)れり、再有(また)何(なん)の講(こう=申し開き)か有(あ)らん!」 と。四星(しせい)言う、「天蓬帥(てんぽうすい)近来(ちかごろ)理(り)を知(し)り律(りつ=法)を明(あきら)かにす、却(かえ)って好(よ)きかな!」と。八戒言う、「この幾年(いくとせ)が和尚(おしょう)と作(な)りしに因(よ)りて、また略(ほぼ)些(いささ)かを学(まな)び得(え)たり」と。 衆神(しゅうしん)果(は)たして犀牛(さいぎゅう)を推(お)し落(お)とし、一簇(ひとむら)の彩雲(さいうん)は、府堂(ふどう)の上(うえ)に降(くだ)り至(いた)る。唬(おど)ろかされたるかなこの府県(ふけん)の官員(かんいん)、城裡城外(じょうりじょうがい=市内市外)の人等(じんとう)、みな家毎(いえごと)に香案(こうあん=香炉の台)を設(もう)け、戸毎(やどごと)に天神(てんしん)を拝(おが)む。少時(しばらく)の間(ま)に、慈雲寺(じうんじ)の僧(そう)は長老(ちょうろう)を轎(かご)を用(もち)いて抬(かつ)ぎて府門(ふもん)に進(い)り、行者に会(あ)い、口(くち)の中(うち)に「謝(しゃ)」の字(じ)を離(はな)たずして言う、 「上宿(じょうしゅく=当直)の星官(せいかん)の労(ろう)を有(いただ)きて我等(われら)を救(すく)い出(いだ)されたり。賢徒(けんと=汝が弟子)の見(み)えざるに因(よ)り、懸懸(けんけん=絶えず気にかけ)として念(ねん)としおるに、今幸(さいわ)いに勝(かち)を得(え)て回(かえ)れり!然(しか)れどもこの怪(かい)は何方(いずかた)へ趕(お)い向(むか)いてこそ才(はじ)めて捕獲(ほかく)せられしかを知(し)らず」 と。行者言う、 「前日(せんじつ)尊師(そんし=老師)に別(わか)れてより、老孫(ろうそん)天(てん)に上(のぼ)りて査訪(さぼう=調べ訪ね)し、太白金星(たいはくきんせい)の妖魔(ようま)の犀牛(さいぎゅう)なるを識(し)りて四木禽星(しもくきんせい)を請(しょう)ずべきを指示(しじ=示し)されしを蒙(こうむ)れり。当時(そのとき)玉帝(ぎょくてい)に奏聞(そうもん)し、旨(むね)の差委(さい=任じ遣わ)さるるを蒙(こうむ)り、直(ただち)に洞口(どうこう)に至(いた)りて交戦(こうせん)せり。妖王(ようおう)走(に)げたりしが、また斗(と)・奎(けい)二宿(にしゅく)の尊師(そんし)を救(すく)い出(いだ)されしを蒙(こうむ)れり。老孫(ろうそん)井(せい)・角(かく)二宿(にしゅく)と力(ちから)を并(あわ)せて妖(よう)を追(お)い、直(ひたすら)に西洋大海(せいようたいかい)に趕(お)い到(いた)りしに、また龍王(りゅうおう)の子(こ)を遣(つかわ)して兵(へい)を帥(ひき)いて相助(あいたす)けしめられしに虧(よ)りて、捕獲(ほかく)してこの処(ところ)に到(いた)り審究(しんきゅう=取り調べ)する所以(ゆえん)なり」 と。長老(ちょうろう)讃揚(さんよう=褒め称え)して称謝(しょうしゃ)して已(や)まず。またかの府県(ふけん)の正官(せいかん=長官)并(ならび)に佐貳首領(さじしゅりょう=副官や役人の長)の、みなかの処(ところ)に在りて宝燭(ほうしょく=立派な蝋燭)を高(たか)く焼(とも)し、斗(と=枡)に満(み)ちて香(こう)を焚(た)き、上(かみ)に朝(むか)いて礼拜(らいはい=拝礼)するを見(み)る。少頃(しばらく)の間(ま)に、八戒(はっかい)性(しょう=気)を発(はっ)し起(おこ)し、戒刀(かいとう=戒めの刀)を掣(ひ)き出(いだ)し、辟塵児(へきじんじ)の頭(こうべ)を一刀(いっとう)に砍(き)り下(お)ろし、また一刀(ひとふり)して辟暑児(へきしょじ)の頭(こうべ)をも砍(き)り下(お)ろし、随(したが)いて鋸子(きょす=鋸)を取(と)りて四隻(よっつ)の角(つの)を鋸(のこぎ)り下(お)ろせり。孫大聖(そんだいせい)更(さら)に主張(しゅちょう=考え)有(あ)り、すなわち教(いいつ)けて言う、 「四位(よにん)の星官(せいかん)、この四隻(よっつ)の犀角(さいかく=犀の角)を将(も)ちて上界(じょうかい)へ拿(も)ち去(ゆ)き、玉帝(ぎょくてい)に進貢(しんこう=献上)し、聖旨(せいし=勅命)を回繳(かいしゃく=返納)せよ」 と。自(みずか)らが帯(たい=持)ち来(きた)れる二隻(ふたつ)は、「一隻(ひとつ)を府堂(ふどう)の鎮庫(ちんこ=蔵の守り)に留(とど)め、以(も)って向後(こうご=以後)灯油(とうゆ)の徴(ちょう=取立て)を免(まぬが)るるの証(あかし)と作(な)し、我ら一隻(ひとつ)を帯(たい)ち去(ゆ)きて、霊山(りょうざん)の仏祖(ぶっそ)に献(けん)ぜん」と。四星(しせい)心中(しんちゅう)大(おお)いに喜(よろこ)び、即時(そくじ)に大聖(たいせい)に拝別(はいべつ)し、忽(たちまち)彩雲(さいうん)に駕(が)して回奏(かいそう=復命)し去(ゆ)く。 府県(ふけん)の官(かん)はかの師徒(してい)四衆(ししゅ)を留住(りゅうじゅう=引き留)め、大(おお)いに素宴(そえん=精進の宴)を排(なら)べ、遍(あまね)く郷官(きょうかん=在野の官人)を請(しょう)じて陪奉(ばいほう=相伴)せしむ。一壁廂(こなた)には告示(こくじ=触れ)を出給(しゅっきゅう=発し与え)し、軍民(ぐんみん)人等(じんとう)に暁諭(ぎょうゆ=言い聞か)せて、下年(かねん=翌年)より金灯(きんとう)を点設(てんせつ=設け点す)を許(ゆる)さず、永(とこしえ)に油(あぶら)を買(か)う大戸(たいこ=金持)の役(えき)を蠲(まぬか)れしむ。一壁廂(あなた)には屠子(とし=屠殺人)を叫(よ)んで犀牛(さいぎゅう)の皮(かわ)を宰剥(さいはく=剥ぎ)がしめ、硝熟(しょうじゅく=なめし)て熏乾(くんかん=燻し乾か)し、鎧甲(がいこう=鎧)を制造(せいぞう=作り)らせ、肉(にく)をば普(あまね)く官員(かんいん)人等(じんとう)に給(きゅう=与)えしむ。また一壁廂(こなた)には差障(さしょう=差し支え)無(な)き枉罰(おうばつ=科料)の錢糧(せんりょう=銭と糧)を動支(どうし=支出)し、民間(みんかん)の空地(くうち)を買(か)い、四星(しせい)の妖(よう)を降(くだ)ししの廟(びょう=社)を起建(きけん=建て起こ)し、また唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)の為(ため)に生祠(せいし=生き神を祀る祠)を建立(こんりゅう)し、各各(おのおの)碑(いしぶみ)を樹(た)て文(ぶん)を刻(きざ)み、用(も)って千古(せんこ)に伝(つた)え、以(も)って報謝(ほうしゃ=報い感謝)と為(な)す。師徒(してい)ら索性(そっこう=いっそ)懐(こころ)を寛(ひろ)くして領受(りょうじゅ=受け)け、またかの二百四十家(にひゃくよんじっか)の灯油(とうゆ)の大戸(たいこ)に、この家(いえ)は酬(むく)い、かの家(いえ)は請(しょう)じと、略(いささか)も虚(むな)しき刻(とき)無(な)し。八戒(はっかい)遂心満意(すいしんまんい=思うさま)して受用(じゅよう=頂戴)し、洞裡(どうり=洞の裡)より搜(さが)し来(きた)れる宝物(ほうもつ)を、毎様(それぞれ)各(おのおの)些須(さしょ=少々)を袖(そで)に籠(こも)らせ、以(も)って各家(かくか)の斎筵(さいえん=斎の宴)の賞(しょう=祝儀)と為(な)す。 住(とどま)ること経(ふ)ること一箇月(いっかげつ)なるに、猶(な)お起(た)ちて身(み)を動(うご)かすことを得(え)ず。長老(ちょうろう)吩咐(いいつけ)て言う、 「悟空(ごくう)、余剰(よじょう=残り)の宝物(ほうもつ)を、尽(ことごと)く慈雲寺(じうんじ)の僧(そう)に送(おく)り、以(も)って酬礼(しゅうれい=礼の品)と為(な)せ。かの大戸(たいこ)の人家(じんか)を瞞(あざむ)き、天(てん)の明(あき)らかならざるに走(に)げんか。只管(ひたすら)楽しみを貪(むさぼ)りて経(きょう)を取(と)るを誤(あやま)り、仏祖(ぶっそ)の罪(つみ)を見(み)らるるを惹(ひ)き起(お)こし、また災厄(さいやく)を生(しょう)ぜば、深(ふか)く便(べん)ならざるなり」 と。行者随(したが)いて前件(ぜんけん=先の品々)を一一(いちいち)に処分(しょぶん=始末)す。 次日(よくじつ)五更(ごこう=明け方)に早(はや)く起(お)き、八戒(はっかい)を喚(よ)んで馬(うま)を備(そな)えしむ。かの呆子(あほう)、自在(じざい=気儘)の酒飯(しゅはん)を食(くら)い、睡(ねむ)りて夢夢乍(むむさく=うつらうつら)として言う、「この早(はや)きに馬(うま)を備(そな)うるは怎(いか)なることぞ」と。行者喝(かつ)して言う、「師父(しふ)の走路(ゆく=歩め)と教(おし)えらるるぞ!」と。呆子(あほう)顔(かお)を抹抹(なでなで=こすり)て言う、「またこれこの長老(ちょうろう)の正経(しょうきょう=分別)無(な)きなり!二百四十家(にひゃくよんじっか)の大戸(たいこ)みな請(しょう)ずるに、才(いま)だ三十幾頓(さんじゅういくとん)の飽(ほう)きし斎(とき)を食(くら)いたるのみ、怎(いか)でかまた老豬(ろうちょ=おれ)をして餓(うえ)を忍(しの)ばしむるを弄(ろう=為す)るか!」と。長老(ちょうろう)言(げん)を聴(き)きて罵(ののし)って言う、「饢糟(のうそう=食い詰め)の夯貨(こうか=間抜け)!胡説(こせつ=でたらめ)を莫(な)かれ!疾(と)く早(はや)く起(お)き来(きた)れ!再(ふたた)び若(も)し嘴(くち)を強(し)いて、悟空(ごくう)に金箍棒(きんこぼう)を拿(と)らせて牙(きば)を打(う)たしめん!」と。 かの呆子(あほう)、打(う)たんと説(い)うを聴(き)き、手(て)と脚(あし)を慌(あわ)てて言う、「師父(しふ)今番(こんばん=こたび)は変(かわ)りたり。常時(つね)は我を疼(いたわ)り我を愛(あい)し、我(われ)の蠢夯(しゅんこう=鈍くまぬけ)なるを念(おも)いて我を護(まも)り、哥(あに)が打(う)たんと欲(ほっ)する時(おり)には、かれまた勧解(かんかい=なだめ)せしに、今日(こんにち)いかでか狠(はげ)しく発(はっ)して転(うた)た打(う)てと教(おし)えらるるや」と。行者言う、「師父(しふ)は汝(なんじ)が嘴(くち)の為(ため)に路程(ろてい)を誤(あやま)りしを怪(あやし)みたもう。疾(と)く早(はや)く行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し馬(うま)を備(そな)えて、打(う)たるるを免(まぬか)れよ!」と。かの呆子(あほう)真(まこと)に打(う)たるるを怕(おそ)れ、跳(おど)り起(お)きて衣服(いふく)を穿(き)、沙僧(さそう)を吆喝(ようかつ=呼ばわり)して言う、「疾(と)く起(お)きよ!打(う)ち将(も)ち来(きた)れり!」と。沙僧(さそう)もまた随(したが)いて跳(おど)り起(お)き、各各(おのおの)收拾(しゅうしゅう)して皆(みな)完(おわ)る。長老(ちょうろう)手(て)を揺(ゆすぶ)って言う、「寂寂悄悄(せきせきしょうしょう=しんと静かに)に、寺僧(じそう)を驚動(きょうどう=騒がす)すること莫(な)かれ」と。連(はや)く馬(うま)に上(のぼ)り、山門(さんもん)を開(ひら)かせ、路(みち)を找(たず)ねて去(ゆ)く。この一去(ひとゆき)、正(まさ)にいわゆる、 暗(あん=ひそか)に玉籠(ぎょくろう=玉の籠)を放(はな)てば彩鳳(さいほう=色とりの鳳)飛(と)び、 私(ひそか)に金鎖(きんさ=金の錠)を開(ひら)けば蛟龍(こうりゅう=みずち)走(はし)る。 と。畢竟(ひっきょう)天明(てんめい=夜明け)の時(おり)、酬謝(しゅうしゃ=報い感謝)の家(いえ)の端的(たんてき=結末)の如何(いかん)は知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十三回 給孤園(きゅうこえん)に古(いにしえ)を問(と)い因(よるところ)を談(かた)る 天竺国(てんじくこく)に王(おう)に朝(ちょう)し偶(ぐう=配偶)に遇(あ)う 起念(きねん=念を起こす)断然(だんぜん)として愛(あい)有(あ)り、 留情(りゅうじょう=情を留む)必定(ひつじょう)として災(わざわい)を生(しょう)ず。 霊明(れいめい=霊妙の心)何事(なにごと)か三台(さんだい=三つの星台)を辨(わきま)えん、行(ぎょう)満(み)てば自(おの)ずから元海(げんかい=根源の海)に帰(かえ)る。 仙(せん)を成(な)すと仏(ほとけ)を成(な)すとを論(ろん)ぜず、須(かなら)ず箇中(こちゅう=この中)より安排(あんばい=整え)せよ。 清清浄浄(せいせいじょうじょう)として塵埃(じんあい=塵)を絶(た)てば、果(か)正(ただ)しくして飛昇(ひしょう)して上界(じょうかい)に上(のぼ)らん。 と。 さて、寺僧(じそう)らは天明(てんめい=夜明け)に三蔵(さんぞう)師徒(してい)の見(み)えざるに、みな言う、 「曾(かつ)て留(とど)め得(え)ず、曾て別(わか)れ得ず、曾て求告(きゅうこく=頼み請い)を得(え)ず、清清(せいせい=あっさり)と一箇(ひとり)の活菩薩(かつぼさつ=生き仏)を放(はな)ちて走(に)げしめたり!」 と。正(まさ)に説(かた)る処(ところ)に、ただ南関廂(なんかんしょう=南の城外)より幾箇(いくたり)かの大戸(たいこ=金持)の来(きた)り請(しょう)ずるを見(み)る。衆僧(しゅうそう)掌(てのひら)を撲(う)ちて言う、「昨晚(さくばん)曾(かつ)て防御(ぼうぎょ=用心)せざりしに、今夜(こんや)みな雲(くも)に駕(が)して去(ゆ)けり」と。衆人(しゅうじん)斉(ひと)しく空(そら)を望(のぞ)んで拝謝(はいしゃ)す。この言(げん)一(ひと)たび講(こう=語)らるれば、満城(まんじょう=城じゅう)の官員(かんいん)人等(じんとう)尽(ことごと)く皆(みな)これを知(し)り、この大戸(たいこ)の人家(じんか)を叫(よ)びて、俱(みな)五牲(ごせい=五種の供物)・花果(かか=花と果物)を治弁(ちべん=調え)させ、生祠(せいし)に往(ゆ)きて祭献(さいけん=供え祭り)恩(おん)に酬(むく)いるは題(だい)とせず。 さて、唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)は風(かぜ)を餐(くら)い水(みず)に宿(やど)り、一路(いちろ)平寧(へいねい=穏やか)にして、行(ゆ)くこと半箇月余(はんこげつよ)有(あ)り。忽(たちま)ち一日(いちじつ)、一座(ひとつ)の高山(こうざん)を見(み)るに、唐僧また悚懼(しょうく=おそれ)て言う、「徒弟(でし)よ、かの前面(ぜんめん)の山嶺(さんれい)峻峭(しゅんしょう=けわしい)、是(こ)れ必(かなら)ず小心(しょうしん=用心)せよ!」と。行者笑って言う、 「この辺(へん)の路(みち)上(じょう)は将(まさ)に仏地(ぶっち)に近(ちか)からんとす、断(きっ)じて甚(なん)の妖邪(ようじゃ)か有(あ)らん。師父(しふ)懐(こころ)を放(はな)ちて慮(おもんばか)ること勿(な)かれ」 と。唐僧言う、 「徒弟(でし)よ、仏地(ぶっち)の遠(とお)からざるは然(しか)りと雖(いえど)も、但(た)だ前日(ぜんじつ)かの寺僧(じそう)の『天竺国(てんじくこく)の都下(とか)に到(いた)るまで二千里(にせんり)有(あ)り』と説(い)えりしが、なおまた多少(たしょう)の路(みち)か有(あ)るを知(し)らざるなり」 と。行者言う、「師父(しふ)、汝(なんじ)は好(よ)くまた烏巣禅師(うそうぜんじ)の『心経(しんぎょう)』を忘(わす)れたもうたるか」と。三蔵(さんぞう)言う、 「『般若心経(はんにゃしんぎょう)』はこれ我が随身(ずいしん)の衣鉢(えはつ=袈裟と鉢)なり。かの烏巣禅師(うそうぜんじ)の教(おし)えし後(のち)、那(いず)れの一日(いちじつ)か念(とな)えざる、那(いず)れの時(とき)か忘(わす)るることを得(え)ん。顛倒(てんどう=逆さま)にもまた念(とな)え来(きた)るを得(う)るに、怎(いか)でか忘(わす)るることを得(え)ん!」 と。行者言う、「師父(しふ)はただ念(とな)うるを得(う)るのみ、曾(かつ)てかの師父(しふ)に解(げ=解釈)することを求(もと)められず」と。三蔵説(い)いて言う、「猴頭(くとう=猿め)!怎(いか)でかまた我の曾て解(げ)せざると説(い)う。汝(なんじ)解(げ)するを得(う)るか」と。行者言う、「我(われ)解(げ)す、我解(げ)す」と。これより三蔵(さんぞう)・行者(ぎょうじゃ)また作声(させい=声を発す)せず。 旁(かたわら)に一箇(ひとり)の八戒(はっかい)を笑(わら)い倒(たお)し、一箇(ひとり)の沙僧(さそう)を喜(よろこ)び壊(こわ)し、説(い)いて言う、 「嘴臉(しれん=この面)!我と一般(おなじ)く妖精(ようせい)の出産(しゅっさん=生れ)なるに、また那裡(いずく)の禅和子(ぜんおじ=禅僧)として講経(こうきょう)を聴(き)きたるか、那裡(いずく)の応仏僧(おうぶつそう=法事の僧)として、また曾(かつ)て説法(せっぽう)を見(み)たるか。虚頭(きょとう=虚勢)を弄(ろう)し、架子(かし=構え)を找(つくろ)いて、甚(なん)の暁(さと)る、解(げ)するとか説(い)う!怎(いか)でかすなわち作声(させい)せざる。講(こう)を聴(き)け!請(こ)う解(げ)せよ!」 と。沙僧説(い)いて言う、 「二哥(にいさん)、汝(なんじ)もまたかれを信(しん)ずるか。大哥(あにき)は長話(ながばなし)を扯(ひ)きて、師父(しふ)を哄(たぶらか)して路(みち)を走(あゆ)ましむ。かれは棒(ぼう)を弄(ろう)することを暁(さと)るのみ、かれが那裡(いずく)にか講経(こうきょう)を暁(さと)ることを得(え)ん!」 と。三蔵(さんぞう)言う、「悟能(ごのう)・悟浄(ごじょう)、乱説(らんせつ=でたらめ)を要(よう)するを休(や)めよ。悟空(ごくう)が解(げ)するはこれ言語文字(ごんごもんじ)無(な)きもの、すなわちこれ真解(しんげ=真の解)なり」と。 かの師徒(してい)ら正(まさ)に説話(せつわ=話し合い)する間(あいだ)に、却(かえ)ってまた許多(あまた)の路程(ろてい)を走(ゆ)き過(す)ぎ、幾箇(いくつ)かの山岡(さんこう=丘)を離(はな)れ、路旁(ろぼう=道端)に早(はや)くも一座(ひとつ)の大寺(だいじ)を見(み)る。三蔵(さんぞう)言う、 「悟空(ごくう)、前面(ぜんめん)はこれ一座(ひとつ)の寺(てら)なるかな。汝(なんじ)かの寺(てら)を看(み)よ、倒(かえ)ってもまた小(ちいさ)からず大(おお)からず、却(かえ)ってまたこれ琉璃碧瓦(るりへきが=瑠璃色の瓦);半新半旧(はんしんはんきゅう)、却ってまたこれ八字紅墻(はちじこうしょう=八字形の赤い塀)。隐隐(いんいん)として蒼松(そうしょう)の偃蓋(えんがい=覆いかぶさる)を見(み)るも、また幾千百年間(いくせんびゃくねんかん)の故物(こぶつ=古きもの)の今(いま)に到(いた)れるを知(し)らず;潺潺(せんせん)として流水(りゅうすい)の弦(げん)を鳴(な)らすを聴(き)くも、また那(いず)れの朝代(ちょうだい)の時分(じぶん)に開山(かいざん=寺を開き)し留(とど)めて在(あ)るを道(い)わず。山門(さんもん)の上(うえ)に、大(おお)いに『布金禅寺(ふきんぜんじ)』と書(か)き著(つ)け、懸扁(けんぺん=掲げた扁額)の上(うえ)に、『上古遺跡(じょうこいせき)』と留題(るだい=書き留め)有(あ)り」 と。 行者看(み)てこれ布金禅寺(ふきんぜんじ)なりとし、八戒(はっかい)もまた布金禅寺(ふきんぜんじ)なりと道(い)う。三蔵(さんぞう)馬上(ばじょう)に在りて沈思(ちんし=思い沈み)して言う、「布金(ふきん)、布金、これは莫(も)しや舎衛国(しゃえこく)の界(さかい)ならずや」と。八戒言う、「師父(しふ)、奇(あや)しきかな!我、師父に跟(したが)うて幾年(いくとせ)、再(ふたた)び曾(かつ)て路(みち)を識(し)ることを得(え)ざりしに、今日(こんにち)もまた路(みち)を識(し)ることを得(え)たり」と。三蔵説(い)いて言う、 「非(しか)らず、我常(つね)に経(きょう)を看(み)典(てん)を誦(とな)うるに、説(い)えるは『仏(ほとけ)は舎衛城(しゃえいじょう)の祇樹給孤園(ぎじゅきゅうこえん)に在(ましま)す』と。この園(その)は説(い)えるは、給孤独長者(きゅうこどくちょうじゃ)の太子(たいし)に問(と)いて買(か)い得(え)て、仏(ほとけ)を請(しょう)じて講経(こうきょう)せしめたりと。太子(たいし)説(い)えるは『我がこの園(その)は売(う)らず。かれもし我がものを買(か)わんと要(もと)めば、黄金(おうごん)の園地(えんち)に満(み)ち布(し)くに非(あら)ざれば(売らじ)』と。給孤独長者(きゅうこどくちょうじゃ)説(い)うを聴(き)き、随(したが)いて黄金(おうごん)を以て磚(せん=煉瓦)と為(な)し、園地(えんち)に布(し)き満(み)たして、才(はじ)めて太子(たいし)の祇園(ぎえん)を買(か)い得(え)、才(はじ)めて世尊(せそん)を請(しょう)じて説法(せっぽう)せしめ得(え)たり。我想(おも)うにこの布金寺(ふきんじ)は莫(も)しやすなわちこの故事(こじ)ならずや」 と。八戒笑って言う、「造化(ぞうか=幸運)!若(も)しすなわちこの故事(こじ)ならば、我らもまた往(ゆ)きてかの塊把(ひとかけら)の磚児(せんじ=煉瓦)を摸(さが)し出(いだ)して人(ひと)に送(おく)らん」と。大家(みんな)また一笑(ひとわらい)して、三蔵(さんぞう)才(はじ)めて馬(うま)を下(お)り得(え)たり。 山門(さんもん)を進(い)り得(え)れば、ただ見(み)よ、山門(さんもん)の下(もと)に担(に)を挑(かつ)ぐ者、包(つつみ)を背負(せお)う者、車(くるま)を推(お)す者、整車(せいしゃ=荷車)に坐(ざ)し下(お)りる;また睡(ねむ)るは去(ゆ)きて睡(ねむ)り、講(はな)すは去(ゆ)きて講(はな)す。忽然(たちまち)かの師徒(してい)四衆(ししゅ)を見(み)るに、俊(しゅん=美)なるはまた俊(しゅん)に、醜(しゅう=醜)なるはまた醜(しゅう)に、大家(みんな)些(いささ)か懼(おそ)れ有(あ)りて、却(かえ)ってすなわち些(いささ)かの路(みち)を譲(ゆず)り開(あ)けたり。三蔵(さんぞう)事(こと)を惹(ひ)き起(お)こさんことを生(いた)く怕(おそ)れ、口(くち)の中(うち)に住(とど)まらずただ「斯文(しぶん=お上品に)!斯文!」と叫(よ)ぶ。この時節(おり)に、却(かえ)ってまた大家(みんな)収斂(しゅうれん=慎み)せり。 金剛殿(こんごうでん)の後(うしろ)を転(めぐ)り過(す)ぐれば、早(はや)くも一位(ひとり)の禅僧(ぜんそう)の走出(いできた)る有(あ)り、却(かえ)ってまた威儀(いぎ)俗(ぞく)ならず。真(まこと)にこれ、 面(おもて)は満月(まんげつ)の光(ひかり)の如(ごと)く、身(み)は菩提樹(ぼだいじゅ)に似(に)たり。 錫(しゃく=錫杖)を擁(いだ)き袖(そで)は風(かぜ)に飄(ひるがえ)り、芒鞋(ぼうがい=藁沓)は石頭路(せきとうろ=石の道)。 と。 三蔵(さんぞう)見(み)えて問訊(もんじん=合掌の挨拶)す。かの僧(そう)すなわち忙(いそ)ぎ礼(れい)を還(かえ)して言う、「師(し)はいずこより来(きた)れる」と。三蔵言う、 「弟子(でし)陳玄奘(ちんげんじょう)は、東土大唐(とうどだいとう)の皇帝(こうてい)の旨(むね)を奉(ほう)じ、西天(せいてん)に差(つかわ)され仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)む。路(みち)に宝方(ほうほう=貴地)を過(よ)ぎり、造次(ぞうじ=ぶしつけ)ながら奉謁(ほうえつ=お目通り)し、すなわち一宿(いっしゅく)を借(か)らんことを求(もと)め、明日(みょうにち)すなわち行(ゆ)かん」 と。かの僧(そう)言う、「荒山(こうざん=わが山)は十方常住(じっぽうじょうじゅう=誰にも開かれた寺)、みな随喜(ずいき=参詣)すべし。況(いわ)んや長老(ちょうろう)は東土(とうど)の神僧(しんそう)、但(た)だ供養(くよう)を得(う)れば幸甚(こうじん=この上なし)」と。三蔵(さんぞう)謝(しゃ)し、随(したが)いてすなわちかの三人(みたり)を喚(よ)んで同(とも)に行(ゆ)き、回廊(かいろう=渡り廊下)・香積(こうしゃく=庫裡)を過(よ)ぎ、径(ただち)に方丈(ほうじょう)に入(い)る。相見(しょうけん)し礼(れい)を畢(おわ)り、賓主(ひんしゅ=客と主人)を分(わ)ちて坐(ざ)し定(さだ)まり、行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)もまた手(て)を垂(た)れて坐(ざ)せり。 話(わ)はこの時(おり)寺中(じちゅう)に東土大唐(とうどだいとう)の取経(しゅきょう=経を求むる)の僧人(そうにん)の到(いた)れるを聴(き)きつけ、寺中(じちゅう)の大(だい)なると小(しょう)なると、長住(じょうじゅう=常住の僧)・掛榻(かとう=滞在の僧)・長老(ちょうろう)・行童(あんじゃ=稚児)を問(と)わず、一一(いちいち)みな来(きた)りて参見(さんけん=挨拶)するを表(あらわ)す。茶(ちゃ)罷(や)みて、斎供(さいく=供え物)を擺(なら)べ上(あ)ぐ。この時(おり)長老(ちょうろう)はなお正(まさ)に開斎(かいさい=食前の読経)し偈(げ)を念(とな)えおるに、八戒(はっかい)は早(はや)くもこれ緊(きん=急ぐ)とし、饅頭(まんじゅう)・素食(そしょく=精進料理)・粉湯(ふんとう=汁もの)を一攪(ひとかきまわし)して直下(ひたすら)に下(おろ)せり。この時(おり)方丈(ほうじょう)は却(かえ)ってまた人(ひと)多(おお)く、知識(ちしき=心得ある者)有(あ)るは三蔵(さんぞう)の威儀(いぎ)を讃(ほ)め説(と)き、耍子(たわむれ)を好(この)むはみな八戒(はっかい)の飯(めし)を食(くら)うを看(み)る。 さて、沙僧(さそう)は眼(め)の溜(するど)きが、頭底(とうてい=行儀のほど)を看(み)て、暗(ひそか)に八戒(はっかい)を把(と)って一捏(ひとつね)りし、説(い)いて言う、「斯文(しぶん=お上品に)!」と。八戒(はっかい)着忙(あわて)り、急(いそ)ぎて叫(よ)び将(も)ち起(おこ)り、説(い)いて言う、「斯文(しぶん)斯文!肚裡(とり=腹の裡)空空(くうくう=からっぽ)!」と。沙僧笑って言う、 「二哥(にいさん)、汝(なんじ)暁(さと)らずや、天下(てんが)の多少(いくら)の斯文(しぶん=上品ぶる者)も、もし肚裡(とり=腹の裡)を論(ろん)じ起(おこ)せば、正(まさ)に你我(われら)と一般(おなじ)なるなり」 と。八戒(はっかい)方(はじ)めて肯(あえ)て住(とど)まる。三蔵(さんぞう)結斎(けっさい=食後の読経)を念(とな)い了(おわ)り、左右(そうゆう=側の者)席面(せきめん=膳)を徹(さ)ぐれば、三蔵(さんぞう)称謝(しょうしゃ=感謝)す。 寺僧(じそう)東土(とうど)の来因(らいん=来たるいわれ)を問(と)い起(おこ)し、三蔵(さんぞう)古跡(こせき)に説(かた)り到(いた)り、才(はじ)めて布金寺(ふきんじ)の名(な)の由(よし)を問(と)う。かの僧(そう)答(こた)えて曰(いわ)く、 「この寺(てら)は元来(もと)これ舎衛国(しゃえこく)の給孤独園寺(きゅうこどくえんじ)にして、また祇園(ぎえん)と名(な)づく。給孤独長者(きゅうこどくちょうじゃ)の仏(ほとけ)を請(しょう)じて講経(こうきょう)せしめ、金磚(きんせん=金の煉瓦)を地(ち)に布(し)けるに因(よ)り、また今(いま)の名(な)に易(か)えたり。我がこの寺(てら)の一望(いちぼう=見渡す)の前(まえ)は、すなわちこれ舎衛国(しゃえこく)、その時(おり)給孤独長者(きゅうこどくちょうじゃ)正(まさ)に舎衛国(しゃえこく)に在(あ)りて居住(きょじゅう)せり。我が荒山(こうざん=わが山)は元来(もと)これ長者(ちょうじゃ)の祇園(ぎえん)なるに、此(ここ)に因(よ)りて遂(つい)に給孤布金寺(きゅうこふきんじ)と名(な)づけ、寺(てら)の後辺(うしろ)にまた祇園(ぎえん)の基址(きし=基礎の跡)有(あ)り。近(ちか)ごろ年(ねん)の間(あいだ)、もし時雨(じう=おりからの雨)の滂沱(ぼうだ=どしゃ降り)に遇(あ)えば、また金銀珠児(きんぎんしゅじ=金銀の玉)を淋(あらわ)し出(いだ)し、造化(ぞうか=幸運)有(あ)る者(もの)は、毎毎(つね)に拾(ひろ)い著(あつ)るなり」 と。 三蔵(さんぞう)言う、「話(はなし)は虚(むな)しく伝(つた)わらず、果(は)たして真(しん)なり!」と。また問(と)いて言う、「才(いま)しがた宝山(ほうざん=貴寺)に進(い)りしに、門下(もんか)両廊(りょうろう=両側の廊下)に許多(あまた)の騾馬車担(らばしゃたん=驢馬や車や荷)の行商(ぎょうしょう=旅商人)の在(あ)るを見(み)たり、何為(なんす)れぞこの処(ところ)に歇宿(けっしゅく=宿を借り)する」と。衆僧(しゅうそう)言う、 「我がこの山(やま)は喚(よ)んで百脚山(ひゃっきゃくざん)と做(な)す。先年(せんねん=以前)は且(ま)ずこれ太平(たいへい)なりしが、近(ちか)ごろ天気(てんき)の循環(じゅんかん=巡り)に因(よ)り、怎(いか)なるにか幾箇(いくたり)かの蜈蚣精(ごこうせい=百足の精)を生(しょう)じ、常(つね)に路下(ろか=道の下)に在りて人(ひと)を傷(そこな)う。命(いのち)を傷(そこな)うに至(いた)らずと雖(いえど)も、実(げ)に人(ひと)敢(あ)えて走(ゆ)かず。山(やま)の下(もと)に一座(ひとつ)の関(せき)有(あ)り、喚(よ)んで鶏鳴関(けいめいかん)と做(な)す、但(た)だ鶏鳴(けいめい=鶏の鳴く)の時(とき)に到(いた)るに、才(はじ)めて敢(あ)えて過(よ)ぎ去(ゆ)く。かの些(それら)の客人(きゃくにん)は晩(おそ)く到(いた)れるに因(よ)り、惟(た)だ便(べん)ならざるを恐(おそ)れ、権(かり)に荒山(こうざん=わが山)に一宿(いっしゅく)を借(か)り、鶏鳴(けいめい)の後(のち)を等(ま)ちてすなわち行(ゆ)く」 と。三蔵言う、「我らもまた鶏鳴(けいめい)の後(のち)を等(ま)ちて去(ゆ)かん」と。師徒(してい)ら正(まさ)に説(かた)る処(ところ)に、また斎(とき)を拿(も)ち上(あ)ぐるを見(み)、却(かえ)って唐僧(とうそう)等(ら)と吃(くら)い畢(おわ)る。 この時(とき)上弦(じょうげん=上弦の月)月(つき)皎(あきら)かなり、三蔵(さんぞう)と行者(ぎょうじゃ)月(つき)を步(あゆ)みて閑行(かんこう=ぶらつき)おるに、また一箇(ひとり)の道人(どうにん=寺男)の来(きた)りて報(ほう)じて言う、「我らが老師爺(ろうしようや=老師)が中華(ちゅうか)の人物(じんぶつ)を見(み)んと要(もと)めたもう」と。三蔵(さんぞう)急(いそ)ぎ身(み)を転(めぐ)らすに、一箇(ひとり)の老和尚(ろうおしょう=老僧)の手(て)に竹杖(ちくじょう=竹の杖)を持(た)ち、前(まえ)に向(すす)みて作礼(されい=礼をなし)て言う、「この位(おかた)がすなわち中華(ちゅうか)より来(きた)れる師父(しふ)なるか」と見(み)る。三蔵礼(れい)を答(こた)えて言う、「敢(あえ)て(もったいなし)」と。老僧(ろうそう)称讃(しょうさん=褒め称え)して已(や)まず。因(よ)りて問(と)う、「老師(ろうし)の高寿(こうじゅ=ご年齢)は」と。三蔵言う、「虚(むな)しく四十五年(よんじゅうごねん)を度(わた)れり。敢(あ)えて老院主(ろういんじゅ=寺の長老)の尊寿(そんじゅ=お年)を問(と)わん」と。老僧笑って言う、「老師(ろうし)に比(くら)ぶれば痴(おろか)にも一花甲(いっかこう=六十歳)長(た)けたり」と。行者言う、 「今年(ことし)はこれ百零五歳(ひゃくれいごさい)なるが、汝(なんじ)看(み)よ、我(われ)に多少(いくら)の年紀(ねんき=年齢)か有(あ)るを」 と。老僧(ろうそう)言う、「師家(しかし=お師さま)は貌(かたち)古(ふる)く神(しん)清(きよ)く、況(いわ)んや月夜(つきよ)に眼(め)の花(かす)むをや、急(にわか)には看(み)出(い)だすこと得(え)ず」と。 一会(ひととき)叙(じょ=語り合い)して、また後廊(こうろう=裏の廊下)へ向(むか)いて看看(みみ=見て回)る。三蔵(さんぞう)言う、「才(さっ)きに説(い)える給孤園(きゅうこえん)の基址(きし=跡)、果(は)たしていずこに在(あ)る」と。老僧(ろうそう)言う、「後門(こうもん)の外(そと)がすなわちこれなり」と。速(すみや)かに門(もん)を開(ひら)かしむるに、ただ見(み)よこれ一塊(ひとかたまり)の空地(くうち=空き地)にして、また些(いささ)かの碎石(さいせき=砕石)の迭(つ)みたる墻脚(しょうきゃく=塀の土台)有(あ)り。三蔵(さんぞう)合掌(がっしょう)して嘆(たん)じて曰(いわ)く、 「憶(おも)う昔(むかし)檀那(だんな=施主)須達多(しゅだった=給孤独長者)、 曾(かつ)て金宝(きんぽう=黄金の宝)を将(も)ちて貧疴(ひんあ=貧しき病める者)を済(すく)えり。 祇園(ぎえん)は千古(せんこ)に名(な)を留(とど)めて在(あ)れど、 長者(ちょうじゃ)は何方(いずかた)にか覚羅(かくら=仏)に伴(ともな)える」 と。 かれらみな月(つき)を玩(もてあそ)び、緩緩(ゆるゆる)として行(ゆ)き、後門(こうもん)の外(そと)に行(ゆ)き近(ちか)づき、台(うてな)の上(うえ)に至(いた)りてまた一坐(ひとすわり)せり。忽然(たちまち)啼哭(ていこく=泣き声)の声(こえ)有(あ)るを聞(き)き得(え)たり。三蔵(さんぞう)心(こころ)を静(しず)めて誠(まこと)に聴(き)けば、哭(な)くるはこれ爺娘(やじょう=父母)の苦痛(くつう)を知(し)らざるの言(ことば)なり。かれすなわち感触(かんしょく=心に触れ)して心(こころ)酸(す)く、覚(おぼ)えず涙(なみだ)を堕(おと)し、回(かえ)りて衆僧(しゅうそう)に問(と)いて言う、「これ甚(なん)の人(ひと)のいずこに在(あ)りて悲切(ひせつ=悲嘆)するか」と。 老僧(ろうそう)問(と)うを見(み)、すなわち衆僧(しゅうそう)に命(めい)じて先(ま)ず回(かえ)り去(ゆ)きて茶(ちゃ)を煎(せん=煎じ)しめ、人(ひと)の無(な)きを見(み)て方(はじ)めて唐僧(とうそう)・行者(ぎょうじゃ)に対(むか)いて下拝(かはい=伏し拝み)す。三蔵(さんぞう)攙(たす)け起(おこ)して言う、「老院主(ろういんじゅ)、何為(なんす)れぞこの礼(れい)を行(おこな)う」と。老僧(ろうそう)言う、 「弟子(でし)年歳(ねんさい)百余(ひゃくよ)、略(ほぼ)人事(じんじ=人の事)に通(つう)ず。毎(つね)に禅静(ぜんせい=坐禅の静けさ)の間(あいだ)に於(お)いて、また曾(かつ)て幾番(いくたび)かの景象(けいしょう=光景)を見(み)たり。老爺(ろうや=旦那)師徒(してい)の如(ごと)きは、弟子(でし)聊(いささ)か一二(いちに)を知(し)るところ、他(た)の人(ひと)と同じからず。もし悲切(ひせつ)の事(こと)を言(い)わば、この位(おかた)の師家(しけ=お師さま)に非(あら)ずんば、明辨(めいべん=はっきり見分け)すること得(え)ず」 と。行者言う、「汝(なんじ)且(しばら)く説(い)え、これ甚(なん)の事(こと)なるか」と。老僧(ろうそう)言う、 「旧年(きゅうねん=去年)の今日(こんにち)、弟子(でし)正(まさ)に性月(しょうげつ=心の月)を明(あきら)むるの時(おり)、忽(たちまち)一陣(ひとむれ)の風(かぜ)の響(ひび)くを聞(き)き、すなわち悲怨(ひえん=悲しみ怨む)の声(こえ)有(あ)り。弟子(でし)榻(とう=寝台)を下(お)り、祇園(ぎえん)の基址(きし=跡)に到(いた)りて看(み)る処(ところ)、すなわちこれ一箇(ひとり)の美貌端正(びぼうたんせい)の女(おんな)なり。我かれに問(と)う、『汝(なんじ)はいずれの家(いえ)の女子(じょし)なるか。何為(なんす)れぞこの地(ち)に到(いた)れる』と。かの女子(じょし)言う、『我はこれ天竺国(てんじくこく)の国王(こくおう)の公主(こうしゅ=王女)なり。月下(げっか=月明かりの下)に花(はな)を観(み)るに因(よ)り、風(かぜ)に刮(さら)われ来(きた)れるなり』と。我かれを一間(ひとま)の敝空房(へいくうぼう=あばら家の空き部屋)の裡(うち)に鎖(とざ)し込(こ)め、かの房(へや)を砌(きず)いて一箇の監房(かんぼう=牢屋)の形(かたち)と作(な)し、門(もん)の上(うえ)にただ一小孔(いっしょうこう=小さな穴)を留(とど)めて、僅(わず)かに碗(わん)を遞(わた)すを得(う)るのみ。当(その)日(ひ)衆僧(しゅうそう)に伝(つた)えて道(い)えるは、これ一箇の妖邪(ようじゃ=妖怪)なり、我に捆(くく)られたりと。但(た)だ我が僧家(そうけ=僧の身)はすなわちこれ慈悲(じひ)の人(ひと)なれば、かれが性命(せいめい)を傷(そこな)うを肯(あえ)んぜず。毎日(まいにち)かれに両頓(ふたくい)の粗茶粗飯(そちゃそはん=粗末な食事)を与(あた)え、吃(くら)いて命(いのち)を度(わた)らしむ。かの女子(じょし)もまた聡明(そうめい)にして、すなわち吾(わ)が意(こころ)を解(げ)し、衆僧(しゅうそう)の点汚(てんお=けがし辱める)を恐(おそ)れ、すなわち風(ふう=気違い)を装(よそお)い怪(あやしきこと)を作(な)し、尿(ゆばり)の裡(うち)に眠(ねむ)り、屎(くそ)の裡(うち)に臥(ふ)す。白日家(ひるま)は胡話(こわ=たわごと)を説(い)い、呆呆鄧鄧(たいたいとうとう=ぼんやり)たり;夜静(よるしずか)の処(ところ)に到(いた)れば、却(かえ)って父母(ふぼ)を思量(しりょう=思い)て啼哭(ていこく=泣き叫び)す。我幾番家(いくたび)も城(しろ)に進(い)りて乞化(こっけ=托鉢)し公主(こうしゅ)の事(こと)を打探(たんさ=探)れど、全(まった)く然(さ)る損(そん=手掛かり)無し。此(ここ)を以て堅(かた)く収(おさ)め緊(きつ)く鎖(とざ)し、更(さら)に放(はな)ち出(いだ)さず。今幸(さいわ)いに老師(ろうし)の国(くに)に来(きた)れる、万(まん)が一にも国中(こくちゅう)に到(いた)りて、広(ひろ)く法力(ほうりき)を施(ほどこ)し、辨明辨明(べんめいべんめい=見分け給え)されんことを望(のぞ)む。一(ひとつ)には良善(りょうぜん=善き人)を救抜(きゅうばつ=救い出し)、二(ふたつ)には神通(じんつう)を昭顕(しょうけん=明らかに顕わ)すなり」 と。 三蔵(さんぞう)と行者(ぎょうじゃ)聴(き)き罷(や)み、切切(せつせつ=深く)として心(こころ)に在(あ)り。正(まさ)に説(かた)る処(ところ)に、ただ両箇(ふたり)の小和尚(こおしょう)の茶(ちゃ)を吃(くら)し安置(あんち=休み)せんことを請(こ)うを見(み)、遂(つい)に而(しか)して回(かえ)り去(ゆ)く。 八戒(はっかい)と沙僧(さそう)方丈(ほうじょう)の中(うち)に在りて、突突噥噥(とつとつのうのう=ぶつぶつ)と道(い)う、「明日(みょうにち)鶏鳴(けいめい)に路(みち)を走(あゆ)まんと要(もと)むるに、この時(とき)になお来(きた)りて睡(ねむ)らず!」と。行者言う、「呆子(あほう)また甚(なん)をか説(い)う」と。八戒言う、「睡(ね)んか、これほど夜(よ)の深(ふか)きに、なお甚(なん)の景致(けいち=景色)か看(み)ること有(あ)らん」と。此(ここ)に因(よ)りて、老僧(ろうそう)散(さん=散会)じ去(ゆ)き、唐僧(とうそう)すなわち寝(い)に就(つ)く。正(まさ)にこれかの、 人(ひと)静(しず)かにして月(つき)沈(しず)み、花夢(かむ=花の夢)悄(しず)けし。 暖風(だんぷう)微(かす)かに透(とお)る壁窩紗(へきかしゃ=壁の窪みの紗)。 銅壺(どうこ=水時計)点点(てんてん)として三汲(さんきゅう=三たび汲む)を看(み)、 銀漢(ぎんかん=天の川)明明(めいめい)として九華(きゅうか=九つの華)を照(て)らす。 と。 当夜(そのよ)睡(ねむ)ることいまだ久(ひさ)しからざるに、すなわち鶏鳴(けいめい=鶏の鳴く)を聴(き)く。かの前辺(まえ)の行商(ぎょうしょう)烘烘(こうこう=わいわい)と皆(みな)起(お)き、灯(ともしび)を引(ひ)きて飯(めし)を造(つく)る。この長老(ちょうろう)もまた八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を喚(よ)び醒(さま)し、馬(うま)を扣(たた)き收拾(しゅうしゅう=支度)し、行者(ぎょうじゃ)灯(ともしび)を点(とも)し来(きた)らしむ。かの寺僧(じそう)すでに先(さき)に起(お)きて、茶湯(さとう=茶)・点心(てんしん=軽食)を安排(あんばい=整え)し、後(うしろ)に在りて候敬(こうけい=お供え)す。八戒(はっかい)歓喜(かんぎ)し、一盤(ひとさら)の饃饃(まんじゅう)を吃(くら)い、行李(こうり=荷)と馬匹(ばひつ=馬)を把(も)ちて牽(ひ)き出(いだ)す。三蔵(さんぞう)・行者(ぎょうじゃ)衆(しゅう)に対(むか)いて辞謝(じしゃ=別れの挨拶)す。老僧(ろうそう)また行者(ぎょうじゃ)に向(むか)いて言う、 「悲切(ひせつ=悲嘆)の事(こと)、心(こころ)に在(あ)れ心に在れ!」 と。行者笑って言う、「謹(つつし)みて領(りょう=承知)す、謹みて領す!我(われ)城中(じょうちゅう)に到(いた)らば、自(おの)ずから能(よ)く音(おと)を聆(き)いて理(ことわり)を察(さっ)し、貌(かたち)を見(み)て色(いろ)を辨(わきま)えん」と。かの夥(くみ)の行商(ぎょうしょう)も、哄哄嚷嚷(こうこうじょうじょう=わいわいがやがや)と、また一同(いちどう)に大路(たいろ)に上(のぼ)る。将(まさ)に寅時(いんのとき)有(あ)らんとして、鶏鳴関(けいめいかん)を過(よ)ぎ、巳時(みのとき)に至(いた)りて、方(はじ)めて城垣(じょうえん=城壁)を見(み)る。真(まこと)にこれ鉄甕金城(てつおうきんじょう=鉄の甕と金の城)、神洲天府(しんしゅうてんふ=神の洲の天の府)なり。かの城(しろ)、 虎踞(こきょ=虎のうずくまり)龍蟠(りゅうばん=龍のとぐろ)として形勢(けいせい)高(たか)く、 鳳楼麟閣(ほうろうりんかく=鳳凰と麒麟の楼閣)彩光(さいこう)を揺(ゆ)る。 御溝(おこう=御所の堀)の流水(りゅうすい)環帯(かんたい=輪の帯)の如(ごと)く、 福地(ふくち)山(やま)に依(よ)りて錦標(きんぴょう=錦の旗)を插(さ)す。 暁日(ぎょうじつ=朝日)旌旗(せいき=旗)輦路(れんろ=天子の道)に明(あきら)かに、 春風(しゅんぷう)簫鼓(しょうこ=笛と鼓)溪橋(けいきょう=谷の橋)に遍(あまね)し。 国王(こくおう)道(みち)有(あ)れば衣冠(いかん=服装)勝(すぐ)れ、 五穀豊登(ごこくほうとう=五穀の豊作)俊豪(しゅんごう=英傑)を顕(あらわ)す。 と。 当(その)日(ひ)東市街(とうしがい)に入(い)り、衆商(しゅうしょう)各(おのおの)旅店(りょてん=宿)に投(とう=泊)ず。かの師徒(してい)ら城(しろ)に進(い)り、正(まさ)に走(ゆ)く処(ところ)に、一箇(ひとつ)の会同館駅(かいどうかんえき=迎賓館)有(あ)り、三蔵(さんぞう)等(ら)径(ただち)に駅(えき)の内(うち)に入(い)る。かの駅(えき)の内(うち)の管事(かんじ=取締り)の者(もの)、すなわち駅丞(えきじょう=駅の長)に報(ほう)じて言う、「外辺(そと)に四箇(よたり)の異様(いよう=風変わり)の和尚(おしょう)の、一匹(ひとむら)の白馬(はくば)を牽(ひ)きて進(い)り来(きた)れる有(あ)り」と。駅丞(えきじょう)馬(うま)有(あ)りと説(い)うを聴(き)き、すなわちこれ官差(かんさ=官の使い)なるを知(し)り、庁(ちょう)を出(い)でて迎迓(げいが=迎え)す。三蔵(さんぞう)礼(れい)を施(ほどこ)して言う、 「貧僧(ひんそう)はこれ東土唐朝(とうどとうちょう)の欽差(きんさ=勅使)として、霊山(りょうざん)大雷音(だいらいおん)に仏(ほとけ)に見(まみ)え経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。随身(ずいしん)に関文(かんぶん=通行証)有(あ)り、朝(ちょう)に入(い)りて照験(しょうけん=照合)を受(う)けんとす。大人(たいじん)の高衙(こうが=立派な役所)を借(か)りて一歇(ひとやすみ)し、事(こと)畢(おわ)らばすなわち行(ゆ)かん」 と。駅丞(えきじょう)礼(れい)を答(こた)えて言う、「この衙門(がもん=役所)は元来(もと)使客(しかく=使者)を待(ま)つるの処(ところ)に設(もう)けたり、理(ことわり)として当(まさ)に款迓(かんが=丁重に迎え)すべし。請(こ)う進(い)れ、請う進れ」と。三蔵(さんぞう)喜悦(きえつ)し、徒弟(でし)らをしてみな来(きた)りて相見(しょうけん=顔を合わ)せしむ。かの駅丞(えきじょう)嘴臉(しれん=面構え)の醜陋(しゅうろう=醜い)なるを看(み)て、暗(ひそか)に自(みずか)ら心(こころ)を驚(おどろ)かし、人(ひと)なるか鬼(おに)なるかを知(し)らず、戦戦兢兢(おののき)として、ただ茶(ちゃ)を看(だ)し斎(とき)を擺(なら)ぶを得(え)たり。三蔵(さんぞう)かれの驚(おどろ)き怕(おそ)るるを見(み)、言う、 「大人(たいじん)驚(おどろ)くこと勿(な)かれ。我等(われら)が三箇(みたり)の徒弟(でし)は、相貌(そうぼう=顔かたち)醜(みにく)しと雖(いえど)も、心地(しんち=心)俱(みな)良(よ)し。俗(ぞく)に謂(い)う『山(やま)悪(あ)しくして人(ひと)善(よ)し』と。何(なん)を以てか懼(おそ)れを為(な)さん!」 と。駅丞(えきじょう)言(げん)を聞き、方(はじ)めて心性(しんしょう=心)を定(さだ)めて問(と)いて言う、「国師(こくし)、唐朝(とうちょう)はいずこに在(あ)るか」と。三蔵言う、「南贍部洲(なんせんぶしゅう)中華(ちゅうか)の地(ち)に在(あ)り」と。また問(と)う、「幾時(いつ)家(いえ)を離(はな)れし」と。三蔵言う、 「貞観(じょうがん)十三年(じゅうさんねん)、今すでに十四載(じゅうよんさい)を歴(へ)過(す)ぎ、苦(くるし)く些(いくばく)かの万水千山(ばんすいせんざん=幾万の山川)を経(ふ)りて、方(はじ)めてこの処(ところ)に到(いた)れり」 と。駅丞言う、「神僧(しんそう)!神僧!」と。三蔵問(と)いて言う、「上国(じょうこく=貴国)の天年(てんねん=御代)は幾何(いくばく)か」と。駅丞言う、 「我が敝処(へいしょ=拙地)はすなわちこれ大天竺国(だいてんじくこく)、太祖太宗(たいそたいそう)より今(いま)に伝(つた)えて、すでに五百余年(ごひゃくよねん)。現(いま)位(くらい)に在(ましま)す爺爺(やや=主君)は、山水花卉(さんすいかき=山水と草花)を愛(あい)し、号(ごう)を怡宗皇帝(いそうこうてい)と做(な)し、改元(かいげん=元号を改め)して靖宴(せいえん)と曰(い)い、今すでに二十八年(にじゅうはちねん)なり」 と。三蔵言う、「今日(こんにち)貧僧(ひんそう)は往(ゆ)きて駕(が=天子)に見(まみ)え関文(かんぶん)を倒換(とうかん=引替え)せんと要(もと)むるが、朝(ちょう)に遇(あ)うことを得(え)べきかを知(し)らず」と。駅丞言う、 「好(よ)し!好し!正(まさ)に好し!近(ちか)ごろ国王(こくおう)の公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)の、年(とし)二十(はたち)の青春(せいしゅん)に登(のぼ)り、正(まさ)に十字街頭(じゅうじがいとう)に在りて、高(たか)く彩楼(さいろう=飾り楼)を結(むす)び、繍毬(しゅうきゅう=刺繍の毬)を抛打(ほうだ=投げ打ち)し、撞天婚(どうてんこん=天任せの婚姻)して駙馬(ふば=婿)を招(まね)くに因(よ)る。今日(こんにち)正(まさ)に熱鬧(ねっとう=賑わい)の際(おり)に当(あ)たり、想(おも)うに我が国王爺爺(こくおうやや)はいまだ期(き=退朝)を退(しりぞ)けざるならん。もし関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんと欲(ほっ)せば、この時(とき)に趁(じゅん)じて好(よ)く去(ゆ)かれ」 と。三蔵(さんぞう)欣然(きんぜん)として走(ゆ)かんとせしに、ただ斎(とき)を擺(なら)べ上(あ)ぐるを見(み)、遂(つい)に駅丞(えきじょう)・行者(ぎょうじゃ)等(ら)と吃(くら)えり。 時(とき)すでに午(うま)を過(す)ぎ、三蔵言う、「我(われ)好(よ)く去(ゆ)かん」と。行者言う、「我(われ)師父(しふ)を保(ほ)して去(ゆ)かん」と。八戒言う、「我(われ)往(ゆ)かん」と。沙僧言う、 「二哥(にいさん)罷(よ)せや、汝(なんじ)が嘴臉(しれん=面構え)は怎(どう)とも見(み)えず、朝門(ちょうもん)の外(そと)に到(いた)りて胖(ふと)りを装(よそお)うこと莫(な)かれ、還(かえ)って大哥(あにき)を去(ゆ)かしめよ」 と。三蔵言う、「悟浄(ごじょう)の説(い)うところ好(よ)し、呆子(あほう)は粗夯(そこつ)にして、悟空(ごくう)はまた些(いささ)か細膩(さいに=こまやか)なる有(あ)り」と。かの呆子(あほう)嘴(くち)を掬(すく=とがら)めて言う、「師父(しふ)を除(のぞ)かば、我ら三箇(みたり)の嘴臉(しれん)もまた差(たが)うこと多(おお)からず」と。三蔵(さんぞう)却(かえ)って袈裟(けさ)を穿(き)、行者(ぎょうじゃ)引磬(いんけい=鉦)を拿(と)りて同(とも)に去(ゆ)く。 ただ街坊(がいぼう=町筋)の上(うえ)に、士農工商(しのうこうしょう)・文人墨客(ぶんじんぼくかく)・愚夫俗子(ぐふぞくし=凡夫)の、斉(ひと)しく咳咳(がいがい=どよめき)てみな道(い)う、「繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)ぐるを看(み)に往(ゆ)かん!」と見(み)る。三蔵(さんぞう)道旁(どうぼう=道端)に立(た)ちて行者に対(むか)いて言う、 「かれがこの処(ところ)の人物(じんぶつ)・衣冠(いかん=衣服と冠)・宮室(きゅうしつ)・器用(きよう=道具)・言語(ごんご)・談吐(だんと=話しぶり)は、また我が大唐(だいとう)と一般(おなじ)なり。我想(おも)うに我が俗家(ぞくか=在家)の先母(せんぼ=亡き母)もまた繍毬(しゅうきゅう)を抛打(ほうだ)し旧姻縁(きゅういんえん=前世の縁)に遇(あ)いて、夫婦(ふうふ)を結(むす)びたり。この処(ところ)にもまたこの等(ごとき)の風俗(ふうぞく)有(あ)り」 と。行者言う、「我らもまた往(ゆ)きて看看(みみ=見て)んは如何(いかん)」と。三蔵言う、「不可(いけ)ず!不可!你我(われら)は服色(ふくしょく=服装)便(べん)ならず、嫌疑(けんぎ=勘繰り)有(あ)らんことを恐(おそ)る」と。行者言う、 「師父(しふ)、汝(なんじ)はかの給孤布金寺(きゅうこふきんじ)の老僧(ろうそう)の言(げん)を忘(わす)れたもうたるか。一(ひとつ)には彩楼(さいろう)を看(み)に往(ゆ)き、二(ふたつ)には真假(しんが=真偽)を辨(わきま)えんと。この般(ごと)く忙忙(そうそう=あわただし)きに、かの皇帝(こうてい)は必(かなら)ず公主(こうしゅ)の喜報(きほう=吉報)を聴(き)かん、那裡(いずく)にか朝(ちょう)を視(み)て事(こと)を理(おさ)めん。且(しばら)く去(ゆ)きて去(ゆ)き来(きた)れ!」 と。三蔵(さんぞう)説(い)うを聴(き)き、真(まこと)に行者(ぎょうじゃ)と相随(あいしたが)い、各項(おのおの)の人等(じんとう)の俱(みな)かの処(ところ)に在りて繍毬(しゅうきゅう)を打(う)つを看(み)るを見(み)る。呀(ああ)!那(なん)ぞ知(し)らん、この去(ゆき)は、却(かえ)ってこれ漁翁(ぎょおう=漁夫)の鈎(はり)和(と)線(いと)を抛(な)げ下(おろ)し、今(いま)より是非(ぜひ=面倒)を釣(つ)り出(いだ)さんとは。 話(わ)はかの天竺国王(てんじくこくおう)が、山水花卉(さんすいかき)を愛(あい)するに因(よ)り、前年(ぜんねん=一昨年)后妃(こうひ=后や妃)・公主(こうしゅ)を帯(ともな)いて御花園(ごかえん)の月夜(つきよ)に賞玩(しょうがん=鑑賞)し、一箇(ひとり)の妖邪(ようじゃ)を惹(ひ)き動(うご)かし、真(しん)の公主(こうしゅ)を摂(かどわ)かし去(さ)らせ、かれは却(かえ)って変じて一箇の仮(にせ)の公主(こうしゅ)と作(な)りたり。唐僧(とうそう)が今年(ことし)今月(こんげつ)今日(こんにち)今時(いま)この地(ち)に到(いた)るを知(し)り得(え)て、かれは国家(こっか)の富(とみ)を仮借(かしゃく=借り)て、彩楼(さいろう)を搭(つ)ぎ起(おこ)し、唐僧(とうそう)を招(まね)いて偶(ぐう=配偶)と為(な)し、元陽真気(げんようしんき=男性の精気)を採取(さいしゅ=採り取)り、以(も)って太乙上仙(たいおつじょうせん=太乙の上仙)を成(な)さんと欲(ほっ)す。 正(まさ)に午時三刻(ごじさんこく)に当(あた)り、三蔵(さんぞう)と行者(ぎょうじゃ)人叢(ひとむら)に雑(まじ)り入(い)り、楼(ろう)の下(もと)に行(ゆ)き近(ちか)づくに、かの公主(こうしゅ)才(いま)しがた香(こう)を拈(つま)み焚(た)き起(おこ)し、天地(てんち)に祝告(しゅくこく=祈り告ぐ)す。左右(そうゆう)に五七十(ごしちじゅう)の臙脂繍女(えんししゅうじょ=紅をさした侍女)有(あ)り、近侍(きんじ=側仕え)の者(もの)繍毬(しゅうきゅう)を捧(ささ)げおる。かの楼(ろう)八窓(はっそう)玲瓏(れいろう=透き通る)たり。公主(こうしゅ)睛(ひとみ)を転(めぐ)らして観看(みわた)し、唐僧(とうそう)の至(いた)く近(ちか)くに来(きた)れるを見(み)、繍毬(しゅうきゅう)を将(も)ち取(と)り過(よ)せて、手(て)ずから唐僧(とうそう)の頭(あたま)の上(うえ)に抛(な)ぐ。唐僧(とうそう)一驚(ひとおどろ)きを著(う)け、一箇の毗盧帽子(びるぼうし=毗盧仏の冠)を把(も)ちて打(う)ち歪(ゆが)め、両手(そうしゅ)忙(いそ)ぎてかの毬(たま)を扶(ささ)えおるに、かの毬(たま)轂轆(こくろく=ころころ)とかにが衣袖(いしゅう=袖)の内(うち)に滚(ころ)がり入(い)れり。かの楼(ろう)の上(うえ)斉(ひと)しく声(こえ)を発(はっ)して喊(わめ)いて言う、「一箇(ひとり)の和尚(おしょう)に打(う)ち著(あ)てたり!一箇の和尚に打ち著てたり!」と。 噫(ああ)!十字街頭(じゅうじがいとう)に、かの些(それら)の客商(かくしょう=商人)人等(じんとう)の、済済哄哄(せいせいこうこう=ぞろぞろとどよめき)て、みな来(きた)りて繍毬(しゅうきゅう)を奔(はし)り搶(うば)わんとせしが、行者(ぎょうじゃ)一声(ひとこえ)喝(かつ=怒鳴)り、牙(きば)を傞(す)りて一傞(ひとすり)し、腰(こし)を躬(かが)めて一躬(ひとかが)めし、長(たけ)三丈(さんじょう)有(あ)るほどに長(た)け、一箇の神威(しんい=神の威)を使(つか)い、醜(みにく)き臉(かお)を弄(あらわ)し出(いだ)せば、唬(おど)ろかされてかの些(それら)の人(ひと)跌跌爬爬(てっていはいは=転び這い)して、敢(あ)えて相(あい)近(ちか)づかず。霎時(ひととき)に人(ひと)散(さん)じ、行者(ぎょうじゃ)還(ま)た本象(ほんしょう=本来の姿)を現(あらわ)せり。かの楼(ろう)の上(うえ)の繍女(しゅうじょ)・宮娥(きゅうが=宮女)并(ならび)に大小(だいしょう)の太監(たいかん=宦官)、みな来(きた)りて唐僧(とうそう)に対(むか)いて下拝(かはい)して言う、「貴人(きじん)!貴人!請(こ)う朝堂(ちょうどう)に入(い)りて賀(よろこび)を賀(よろこ)べ」と。 三蔵(さんぞう)急(いそ)ぎ礼(れい)を還(かえ)し、衆人(しゅうじん)を扶(たす)け起(おこ)し、頭(こうべ)を回(めぐ)らして行者(ぎょうじゃ)を埋怨(ばいえん=うらみ)て言う、「汝(なんじ)がこの猴頭(くとう=猿め)、またこれ我(われ)を撮弄(さつろう=からかい)するなり!」と。行者笑って言う、「繍毬(しゅうきゅう)は汝(なんじ)が頭(あたま)の上(うえ)に打(う)ち著(あ)てられ、汝が袖(そで)の裡(うち)に滚(ころ)がり入(い)りたり、我(われ)に干(かかわ)る何(なん)の事(こと)かあらん。埋怨(うらみ)するは怎(いか)なることぞ」と。三蔵言う、「此(かく)の似(ごと)く怎(いか)でか区処(くしょ=始末)せん」と。行者言う、 「師父(しふ)、汝(なんじ)且(しばら)く心(こころ)を放(はな)て。すなわち朝(ちょう)に入(い)りて駕(が=天子)に見(まみ)えよ、我(われ)は駅(えき)に回(かえ)りて八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に報(ほう)じて等候(ま)たしめん。もし公主(こうしゅ)が汝(なんじ)を招(まね)かざればすなわち罷(や)み、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)してすなわち行(ゆ)かん;もし必(かなら)ず汝を招(まね)かんと欲(ほっ)せば、汝(なんじ)国王(こくおう)に対(むか)いて説(い)え、『我が徒弟(でし)を召(め)され、我(われ)かれに一声(ひとこえ)吩咐(いいつけ)んと要(もと)む』と。その時(おり)我ら三箇(みたり)を召(め)して朝(ちょう)に入(い)らしめば、我その間(かん)に自(おの)ずから能(よ)く真假(しんが=真偽)を辨别(べんべつ)せん。これはこれ婚(こん=婚姻)に倚(よ)りて怪(かい)を降(くだ)すの計(けい)なり」 と。唐僧(とうそう)従(したが)うに已(や)むこと無(な)く言に従(したが)い、行者(ぎょうじゃ)身(み)を転(めぐ)らして駅(えき)に回(かえ)る。 かの長老(ちょうろう)衆宮娥(しゅうきゅうが=宮女ら)等(ら)に簇擁(ぞくよう=取囲まれ)れて楼前(ろうぜん)に至(いた)らしめらる。公主(こうしゅ)楼(ろう)を下(お)り、玉手(ぎょくしゅ=美しき手)相(あい)攙(たす)け、同(とも)に宝輦(ほうれん=天子の車)に登(のぼ)り、儀従(ぎじゅう=供奉の列)を擺(ひら)き開(ひら)き、朝門(ちょうもん)に回(めぐ)り転(てん)ず。早(はや)くも黄門官(こうもんかん=門官)の先(さき)に奏(もう)して言う、「万歳(ばんぜい)、公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)一箇(ひとり)の和尚(おしょう)を攙(たす)けおるは、想(おも)うに繍毬(しゅうきゅう)の打(う)ち著(あ)てたるならん、現(いま)午門(ごもん)の外(そと)に在りて旨(むね)を候(ま)てり」と。かの国王(こくおう)説(もう)すを見(み)て、心(こころ)甚(はなは)だ喜(よろこ)ばず、意(こころ)赶(お)い退(しりぞ)けんと欲(ほっ)せしが、また公主(こうしゅ)の意(こころ)の如何(いかん)を知(し)らず、ただ情(じょう)を含(ふく)んで宣(せん)し入(い)るるを得(え)たり。公主(こうしゅ)と唐僧(とうそう)遂(つい)に金鑾殿(きんらんでん)の下(もと)に至(いた)る。正(まさ)にこれ、 一対(いっつい)の夫妻(ふさい)万歳(ばんざい)を呼(よ)び、両門(りょうもん=二派)の邪正(じゃしょう)千秋(せんしゅう)を拝(おが)む。 と。礼(れい)畢(おわ)り、また殿上(でんじょう)に宣(せん)し至(いた)らしめ、言(ことば)を開(ひら)いて問(と)いて言う、「僧人(そうにん)いずこより来(きた)り、朕(ちん)が女(むすめ)の球(たま)を抛(な)ぐるに遇(あ)いて中(あた)るを得(え)たりしか」と。 唐僧(とうそう)俯伏(ふふく=平伏)して奏(もう)して言う、 「貧僧(ひんそう)はすなわちこれ南贍部洲(なんせんぶしゅう)大唐(だいとう)の皇帝(こうてい)の西天(せいてん)大雷音寺(だいらいおんじ)に差(つかわ)され仏(ほとけ)を拝(おが)み経(きょう)を求(もと)むる者(もの)なり。長路(ちょうろ=長き旅)の関文(かんぶん)有(あ)るに因(よ)り、特に来(きた)りて王(おう)に朝(ちょう)し倒換(とうかん)せんとす。路(みち)に十字街(じゅうじがい)彩楼(さいろう)の下(もと)を過(よ)ぎりしに、期(おも)わざりき公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)の繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)げて、貧僧(ひんそう)の頭(あたま)の上(うえ)に打(う)ち著(あ)てられたり。貧僧(ひんそう)はこれ出家(しゅっけ)異教(いきょう)の人(ひと)、怎(いか)でか敢(あ)えて玉葉金枝(ぎょくようきんし=王家の姫)と偶(ぐう=夫婦)を為(な)さん!万(まん)が一にも貧僧(ひんそう)の死罪(しざい)を赦(ゆる)し、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)し、打発(ほう=送り出)して早(はや)く霊山(りょうざん)に赴(おもむ)かせ、仏(ほとけ)に見(まみ)え経(きょう)を求(もと)め、我が国土(こくど)に回(かえ)らしめられんことを望(のぞ)む、永(とこしえ)に陛下(へいか)の天恩(てんおん)を注(そそ)がん!」 と。国王(こくおう)言う、 「汝(なんじ)はすなわちこれ東土(とうど)の聖僧(せいそう)、正(まさ)にこれ『千里(せんり)の姻縁(いんえん)も線(いと)を使(つか)いて牽(ひ)く』なり。寡人(かじん=われ)の公主(こうしゅ)は、今(いま)二十歳(はたち)に登(のぼ)りて未(いま)だ婚(よめ)らず、今日(こんにち)の年月日時(ねんげっぴどき)俱(みな)利(よ)しを択(えら)ぶに因(よ)り、彩楼(さいろう)を結(むす)び繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)げて、以(も)って佳偶(かぐう=良き配偶)を求(もと)むる所以(ゆえん)なり。可可(ちょうど)汝(なんじ)の来(きた)りて抛(な)げ著(あ)てられたり、朕(ちん)喜(よろこ)ばずと雖(いえど)も、却(かえ)って公主(こうしゅ)の意(こころ)の如何(いかん)を知(し)らず」 と。かの公主(こうしゅ)叩頭(こうとう=額ずき)して言う、 「父王(ふおう)、常(つね)に言(い)う『鶏(とり)に嫁(か)すれば鶏に逐(したが)い、犬(いぬ)に嫁すれば犬に逐う』と。女(むすめ)誓願(せいがん)の先(さき)に在(あ)り、この毬(たま)を結(むす)び、天地神明(てんちしんめい)に告奏(こくそう=申し上げ)し、撞天婚(どうてんこん=天任せの婚姻)して抛打(ほうだ=投げ打ち)せり。今日(こんにち)聖僧(せいそう)に打(う)ち著(あ)てたるは、すなわちこれ前世(ぜんせ)の縁(えにし)、遂(つい)に今生(こんじょう)の遇(あい)を得(え)たり、豈(あに)敢(あ)えて更(あらた)めて移(うつ)さんや!願(ねが)わくはかれを招(まね)いて駙馬(ふば=婿)と為(な)さんことを」 と。 国王(こくおう)方(はじ)めて喜(よろこ)び、すなわち欽天監(きんてんかん=天文台)の正台官(せいだいかん)を宣(せん)して日期(にっき=吉日)を選択(せんたく=選ば)しめ、一壁廂(いっぺき=一方)には妝奩(しょうれん=嫁入り道具)を收拾(しゅうしゅう=整え)させ、また旨(むね)を出(いだ)して天下(てんが)に暁諭(ぎょうゆ=触れ)せしむ。三蔵(さんぞう)言(げん)を聞き、更(さら)に恩(おん)を謝(しゃ)せず、ただ「放赦(ほうしゃ=お許し)!放赦!」と教(よばわ)るのみ。国王言う、 「この和尚(おしょう)甚(はなは)だ理(ことわり)に通(つう)ぜず。朕(ちん)一国(いっこく)の富(とみ)を以て、汝(なんじ)を招(まね)いて駙馬(ふば)と做(な)さしむるに、何為(なんす)れぞこの処(ところ)に在りて停(とどま)り用(もち)いられず、念念(ねんねん=ただ)経(きょう)を取(と)らんと要(もと)むるのみなる。再(ふたた)び若(も)し推辞(すいじ=辞退)せば、錦衣官校(きんいかんこう=近衛の役人)をして推(お)し出(いだ)して斬(き)らしめん!」 と。長老(ちょうろう)唬(おど)ろかされて魂(たましい)体(からだ)に附(つ)かず、ただ戦戦兢兢(おののき)として叩頭(こうとう)し啓奏(けいそう)して言う、 「陛下(へいか)の天恩(てんおん)を感蒙(かんもう=忝く蒙)れり。但(た)だ貧僧(ひんそう)一行(いっこう)四衆(ししゅ)の内(うち)、なお三箇(みたり)の徒弟(でし)の外(そと)に在(あ)る有(あ)り。今当(まさ)に領納(りょうのう=承り)すべけれど、ただ曾(かつ)て一言(ひとこと)を吩咐(いいつけ)るを得(え)ざりき。万(まん)が一にもかれをこの処(ところ)に召(め)さるるを望(のぞ)み、関文(かんぶん)を倒換(とうかん)して、かれをして早(はや)く去(ゆ)かしめ、西(にし)より来(きた)れるの意(こころ)を誤(あやま)らざらしめんことを」 と。国王遂(つい)に奏(もうし)を准(ゆる)して言う、「汝(なんじ)が徒弟(でし)はいずこに在(あ)る」と。三蔵言う、「みな会同館駅(かいどうかんえき)に在(あ)り」と。随(したが)いてすなわち官(かん)を差(つかわ)して聖僧(せいそう)の徒弟(でし)を召(め)して関文(かんぶん)を領(う)けて西(にし)へ去(ゆ)かしめ、聖僧(せいそう)をこの処(ところ)に留(とど)めて駙馬(ふば)と為(な)さしむ。長老(ちょうろう)ただ身(み)を起(おこ)して侍立(じりつ=かしこまり立ち)するを得(え)たり。 詩(し)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す、 大丹(たいたん=内丹)漏(も)らざらんには三全(さんぜん=三つの完備)を要(よう)し、 苦行(くぎょう)成(な)り難(がた)く悪縁(あくえん)を恨(うら)む。 道(どう)は聖(せい)の伝(つた)うるに在(あ)り修(しゅ)は己(おのれ)に在(あ)り、 善(ぜん)は人(ひと)の積(つ)むに由(よ)り福(ふく)は天(てん)に由(よ)る。 六根(ろっこん)の多(おお)くの貪欲(とんよく)を逞(たくま)しくするを休(や)めよ、 頓(とみ)に一性(いっしょう=一つの本性)の本来(ほんらい)の原(もと)を開(ひら)かん。 愛(あい)無(な)く思(おも)い無(な)ければ自(おの)ずから清浄(しょうじょう)、 管(きっと)も解脱(げだつ)して超然(ちょうぜん)を得(う)るを教(おし)えん。 と。 当時(そのとき)差官(さかん=遣わされた役人)会同館駅(かいどうかんえき)に至(いた)りて、唐僧(とうそう)の徒弟(でし)を宣召(せんしょう=召し出だ)すは題(だい)とせず。 さて、行者(ぎょうじゃ)彩楼(さいろう)の下(もと)より唐僧(とうそう)に別(わか)れ、両歩(ふたあし)走(あゆ)みては両声(ふたこえ)笑(わら)い、喜喜歡歡(ききかんかん=大喜び)して駅(えき)に回(かえ)る。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)迎(むか)えて言う、「哥哥(あにき)、汝(なんじ)いかでかあの般(ごと)く喜(よろこ)び笑(わら)う。師父(しふ)はいかでか見(み)えざる」と。行者言う、「師父(しふ)喜(よろこ)べり」と。八戒言う、「いまだ地頭(ちとう=目的地)に到(いた)らず、また曾(かつ)て仏(ほとけ)に見(まみ)え経(きょう)を取(と)り得(え)て回(かえ)らざるに、これ何(なん)の来(きた)れる喜(よろこび)か」と。行者笑って言う、 「我(われ)と師父(しふ)ただ十字街(じゅうじがい)彩楼(さいろう)の下(もと)に走(ゆ)き至(いた)りしのみなるに、可可(ちょうど)当朝(とうちょう=今の朝廷)の公主(こうしゅ)の繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)げて師父(しふ)に打(う)ち中(あた)らしめられ、師父(しふ)は些(いくたり)かの宮娥(きゅうが)・彩女(さいじょ)・太監(たいかん)に推擁(すいよう=押し囲まれ)れて楼前(ろうぜん)に至(いた)らしめられ、公主(こうしゅ)と同(とも)に輦(くるま)に坐(ざ)して朝(ちょう)に入(い)り、招(まね)かれて駙馬(ふば)と為(な)れり、これ喜(よろこび)に非(あら)ずして何(なん)ぞや」 と。 八戒(はっかい)説(い)うを聴(き)き、脚(あし)を跌(ふみなら)し胸(むね)を捶(う)ちて言う、 「早(はや)く知(し)らば我(われ)の去(ゆ)きて好(よ)かりしものを!みなこれかの沙僧(さそう)の憊懶(はいらん=不精者)なるが故(ゆえ)なり!汝(なんじ)が我(われ)を阻(さえぎ)らざれば、我(われ)径(ただち)に彩楼(さいろう)の下(もと)に奔(はし)り、一箇の繍毬(しゅうきゅう)の我が老豬(ろうちょ=おれ)に打(う)ち著(あ)て、かの公主(こうしゅ)の我(われ)を招(まね)かば、却(かえ)って美(び)ならずや、妙(みょう)ならずや!俊刮(しゅんかつ=美しい)・標致(ひょうち=器量よし)・停当(ていとう=申し分なし)、大家(みんな)造化(ぞうか=幸運)に耍子児(あそび=遊び)を為(な)す、何等(なんと)の有趣(おもしろみ)ならずや!」 と。沙僧(さそう)上前(すす)み出(い)で、かれが臉(かお)の上(うえ)を一抹(ひとぬぐ)いて言う、 「羞(はじ)ならずや!羞ならずや!好(よ)き箇(ひとつ)の嘴巴骨子(しはいこっし=厚かましき口)なるかな!三銭(さんせん)の銀子(ぎんす=銀)にて老驢(ろうろ=老いた驢馬)を買(か)いて、自(みずか)ら騎(の)るを得(う)ると誇(ほこ)る!もし一箇の繍毬(しゅうきゅう)の汝(なんじ)に打(う)ち著(あ)てなば、すなわち夜(よる)を連(つら)ねて退送紙(たいそうし=厄払いの紙銭)を焼(や)くといえどもまた遅(おそ)しと道(い)わん、敢(あ)えて汝がこの晦気(わいき=不運)を惹(ひ)きて門(もん)に進(い)らしめんや!」 と。八戒言う、 「汝(なんじ)がこの黒子(こくし=黒んぼ)は趣(おもむき)を知(し)らず!醜(みにく)きは醜きながら、また些(いささ)かの風味(ふうみ=趣)有(あ)り。古(いにしえ)より道(い)う、『皮肉(ひにく)粗糙(そそう=粗い)なれど、骨格(こっかく)堅強(けんきょう)、各(おのおの)一得(いっとく)の取(と)るべき有(あ)り』と」 と。行者言う、「呆子(あほう)胡談(こだん=たわごと)を莫(な)かれ!且(しばら)く行李(こうり=荷)を收拾(しゅうしゅう)せよ。但(た)だ師父(しふ)の急(きゅう)を著(う)けて、来(きた)りて我らを叫(よ)ばんことを恐(おそ)るれば、却(かえ)って好(よ)く朝(ちょう)に進(い)りてかれを保護(ほご)せん」と。八戒言う、 「哥哥(あにき)また説(い)うこと差(たが)えり。師父(しふ)は駙馬(ふば)と做(な)り、宮中(きゅうちゅう)に到(いた)りて皇帝(こうてい)の女(むすめ)と交歓(こうかん=睦み)するに、またこれ山(やま)に爬(よじのぼ)り路(みち)を蹱(ふ)むにも非(あら)ず、怪(かい)に遇(あ)い魔(ま)に逢(あ)うにも非(あら)ざるに、汝(なんじ)の保護(ほご)を要(よう)して怎(いか)にせん!かれがあの様(よう)な一把子(ひとくくり)の年紀(ねんき=年齢)にて、豈(あに)被窩(ひか=寝床)の裡(うち)の事(こと)を知(し)らざらんや、汝(なんじ)の去(ゆ)きて扶揝(ふさん=助け)するを要(よう)せんや」 と。行者一把(ひとつかみ)に耳朶(じた=耳)を揪(つか)まえ、拳(こぶし)を輪(めぐ)らして罵(ののし)って言う、「汝(なんじ)がこの淫心(いんしん=みだら心)の断(た)えざる夯貨(こうか=間抜け)!かの甚(なん)の胡話(こわ=たわごと)をか説(い)う!」と。 正(まさ)に吵闹(そうどう=騒ぎ)の間(あいだ)に、ただ駅丞(えきじょう)の来(きた)りて報(ほう)じて言う、「聖上(せいじょう=天子)に旨(むね)有(あ)り、差官(さかん)を遣(つかわ)して三位(みたり)の神僧(しんそう)を請(しょう)ぜらる」と見(み)る。八戒言う、「端的(つまるところ)我らを請(しょう)ずるは何為(なんす)れぞ」と。駅丞(えきじょう)言う、「老神僧(ろうしんそう)幸(さいわ)いに公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)に遇(あ)い、繍毬(しゅうきゅう)を打(う)ち中(あて)られ、招(まね)かれて駙馬(ふば)と為(な)られたるに、此(ここ)を以て差官(さかん)を遣(つかわ)して請(しょう)ぜらる」と。行者言う、「差官(さかん)はいずこに在(あ)る。かれをして進(い)り来(きた)らしめよ」と。 かの官(かん)行者(ぎょうじゃ)を見(み)て施礼(せれい=礼をな)す。礼(れい)畢(おわ)るも、敢(あ)えて仰視(ぎょうし=仰ぎ見)ず、只管(ひたすら)暗(ひそか)に念誦(ねんじゅ=唱え)えて言う、「これ鬼(おに)か、怪(あやし)か。雷公(らいこう)か、夜叉(やしゃ)か」と。行者言う、「かの官児(かんじ=役人)、話(ことば)有(あ)りて説(い)わず、何為(なんす)れぞ沈吟(ちんぎん=ためらう)」と。かの官児(かんじ)慌(あわ)てて戦戦兢兢(おののき)として、双手(そうしゅ)に聖旨(せいし=勅書)を挙(あ)げ、口(くち)の裡(うち)に乱(みだ)りに道(い)う、「我が公主(こうしゅ)会親(かいしん=親族の対面)の請(しょう)有(あ)り、我が主公(しゅこう=主君)会親(かいしん)の請(しょう)有(あ)り!」と。八戒言う、「我がこの処(ところ)に刑具(けいぐ)無(な)し、汝(なんじ)を打(う)たず、汝(なんじ)慢慢(ゆっくり)と説(い)え、怕(おそ)るるを要(よう)せず」と。行者言う、「莫成(まさか)汝(なんじ)の打(う)つを怕(おそ)るると道(い)うか。汝が那(あ)の臉(かお)を怕(おそ)るるなり!疾(と)く收拾(しゅうしゅう)し、担(に)を挑(かつ)ぎ馬(うま)を牽(ひ)きて朝(ちょう)に進(い)り、師父(しふ)に見(まみ)えて事(こと)を議(ぎ)しに去(ゆ)かん!」と。 正(まさ)にこれ、 路(みち)に狭道(きょうどう=狭き道)に逢(あ)えば回避(かいひ=避け)ること難(かた)く、 定(かなら)ず恩愛(おんあい)をして反(かえ)って仇(あだ)と為(な)らしめんことを教(おし)えん。 と。畢竟(ひっきょう)国王(こくおう)に見(まみ)えて何(なん)の話説(はなすこと)か有(あ)るを知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十四回 四僧(しそう)御花園(ごかえん)に宴楽(えんらく)す 一怪(いっかい)空(むな)しく情欲(じょうよく)を懐(いだ)きて喜(よろこ)ぶ 話(わ)は孫行者(そんぎょうじゃ)三人(みたり)の、宣召官(せんしょうかん=召しの役人)に随(したが)いて午門(ごもん)の外(そと)に至(いた)るを表(あらわ)す。黄門官(こうもんかん)即時(そくじ)に伝奏(でんそう=取次ぎ)して宣(せん)し進(い)らしむ。かの三人(みたり)斉斉(ひとしく)站(た)ち定(さだ)まり、更(さら)に下拝(かはい)せず。国王(こくおう)問(と)いて言う、 「かの三位(みたり)は聖僧(せいそう)駙馬(ふば)の高徒(こうと=高弟)なるか。姓(せい)は甚(なん)と名(な)は誰(たれ)と曰(い)うか。何方(いずかた)に居住(きょじゅう)す。甚(なん)の事(こと)に因(よ)りて出家(しゅっけ)す。何(いず)れの経巻(きょうかん)を取(と)るか」 と。行者(ぎょうじゃ)すなわち前(まえ)に近(ちか)づき、意(こころ)殿(でん)に上(のぼ)らんと欲(ほっ)するに、旁(かたわら)に駕(が)を護(まも)る者有(あ)りて喝(かつ=怒鳴)って言う、「走(はし)ること莫(な)かれ!甚(なん)の話(ことば)か有(あ)らば、立(た)ちて下(もと)より奏(もう)せ」と。行者笑って言う、「我ら出家人(しゅっけにん)は、一歩(いっぽ)を得(う)ればすなわち一歩を進(すす)む」と。随(したが)いて後(のち)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)もまた俱(みな)前(まえ)に近(ちか)づく。 長老(ちょうろう)かれの村魯(そんろ=粗野)にして駕(が)を驚(おどろ)かさんことを恐(おそ)れ、すなわち身(み)を起(おこ)して叫(よ)んで言う、「徒弟(でし)や、陛下(へいか)汝(なんじ)が来因(らいん=由緒)を問(と)いたもう、汝すなわち奏(もう)し上(たてまつ)れ」と。行者、かの師父(しふ)の旁(かたわら)に在りて侍立(じりつ)するを見(み)、忍(しの)ぶこと能(あた)わず一声(ひとこえ)大(おお)いに叫(よ)んで言う、 「陛下(へいか)人(ひと)を軽(かろん)じ己(おのれ)を重(おも)んず!既(すで)に我が師(し)を招(まね)いて駙馬(ふば)と為(な)しながら、いかでかかれをして侍立(じりつ)せしむる。世間(せけん)に女夫(じょぶ=娘の婿)を称(しょう)してこれを貴人(きじん)と謂(い)う、豈(あに)貴人(きじん)の坐(ざ)せざるの理(ことわり)有(あ)らんや!」 と。国王説(い)うを聴(き)き、大(おお)いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、殿(でん)を退(しりぞ)かんと欲(ほっ)せしが、観瞻(かんせん=見栄え)を失(うしな)わんことを恐(おそ)れ、ただ胆(きも)を硬(かた)くするを得(え)、近侍(きんじ)の者(もの)に繍墩(しゅうとん=刺繍の腰掛)を取(と)り来(きた)らしめ、唐僧(とうそう)を請(しょう)じて坐(ざ)せしむ。 行者才(はじ)めて奏(もう)して言う、 「老孫(ろうそん)が祖居(そこ=本貫)は東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)。父(ちち)は天(てん)、母(はは)は地(ち)、石(いし)裂(さ)けて吾(われ)生(しょう)ず。曾(かつ)て至人(しじん=真人)を拝(はい)し、学(まな)びて大道(だいどう)を成(な)せり。復(ま)た仙郷(せんきょう)に転(てん)じ、洞天福地(どうてんふくち=仙人の住処)に嘯聚(しょうしゅ=呼び集まり)す。海(うみ)に下(くだ)りて龍(りゅう)を降(くだ)し、山(やま)に登(のぼ)りて獣(けもの)を擒(とら)う。死名(しみょう=死の帳)を消(け)し、生籍(せいせき=生の帳)に上(のぼ)り、官(かん)に拝(はい)せられて斉天大聖(せいてんたいせい)。瓊楼(けいろう=玉の楼)を玩賞(がんしょう)し、宝閣(ほうかく)を喜(よろこ)び遊(あそ)ぶ。天仙(てんせん)に会(かい)して、日日(ひび)に歌(うた)い歓(よろこ)び;聖境(せいきょう)に居(きょ)して、朝朝(あさあさ)に快楽(かいらく)す。ただ蟠桃宴(ばんとうえん)を乱(みだ)り却(さ)り、大(おお)いに天宮(てんぐう)に反(そむ)きしに因(よ)り、仏(ほとけ)に擒伏(きんぷく=捕らえ従え)らる。五行山(ごぎょうざん)の下(もと)に困(くるし)み圧(おさ)えられ、飢(う)えては鉄弾(てつだん=鉄の丸)を餐(くら)い、渇(かわ)いては銅汁(どうじゅう=銅の汁)を飲(の)み、五百年(ごひゃくねん)未(いま)だ曾(かつ)て茶飯(さはん)を食(くら)わず。幸(さいわ)いに我が師(し)の東土(とうど)を出(い)で、西方(せいほう)を拝(はい)し、観音(かんのん)の教令(きょうれい)によりて天災(てんさい)を脱(だっ)し、大難(たいなん)を離(はな)れ、皈正(きしょう=帰依)して瑜伽門下(ゆがもんか=瑜伽の門下)に在(あ)る。旧諱(きゅうき=旧の諱)を悟空(ごくう)と曰(い)い、称名(しょうみょう)を行者(ぎょうじゃ)と曰(い)う」 と。 国王この般(ごと)く名(な)の重(おも)きを聞(き)き得(え)て、慌(あわ)てて龍床(りゅうしょう=天子の床)を下(お)り、走(はし)り将(も)ち来(きた)り、御手(ぎょしゅ=天子の手)を以て長老(ちょうろう)を挽(ひ)き定(さだ)めて言う、「駙馬(ふば)よ、またこれ朕(ちん)が天縁(てんえん=天の縁)なり、汝がこの仙姻仙眷(せんいんせんけん=仙の姻戚)に遇(あ)うを得(え)たり」と。三蔵(さんぞう)満口(まんこう=口いっぱい)に恩(おん)を謝(しゃ)し、国王に位(くらい)に登(のぼ)らんことを請(こ)う。復(また)問(と)う、「かの位(おかた)はこれ第二(だいに)の高徒(こうと)なるか」と。 八戒(はっかい)嘴(くち)を掬(すく=とがら)め威(い)を揚(あ)げて言う、 「老豬(ろうちょ=おれ)先世(せんせい)に人(ひと)と為(な)り、歓(たのしみ)を貪(むさぼ)り懶(なまけ)を愛(あい)す。一生(いっしょう)混沌(こんとん)、性(せい)を乱(みだ)り心(こころ)を迷(まよ)わす。天(てん)の高(たか)き地(ち)の厚(あつ)きを未(いま)だ識(し)らず、海(うみ)の闊(ひろ)き山(やま)の遥(はる)かなるを明(あきら)め難(がた)し。正(まさ)に幽閑(ゆうかん=静けさ)の際(おり)に在(あ)るに、忽然(たちまち)一箇の真人(しんにん)に遇(あ)う。半句(はんく)の話(ことば)、業網(ごうもう=業の網)を解(と)き開(ひら)き;両三言(りょうさんげん)、災門(さいもん=災いの門)を劈(つんざ)き破(やぶ)る。当時(そのとき)省悟(せいご=悟り)し、立地(ただち)に師(し)に投(とう=従い)し、謹(つつし)みて二八(にはち)の工夫(くふう)を修(おさ)め、敬(つつし)みて三三(さんざん)の前後(ぜんご)を煉(ね)る。行(ぎょう)満(み)て飛昇(ひしょう)し、天府(てんぷ=天の府)を超(こ)ゆるを得(う)。玉帝(ぎょくてい)の厚恩(こうおん)を荷蒙(かもう=蒙)り、官(かん)に天蓬元帥(てんぽうげんすい)を賜(たまわ)り、河兵(かへい=河の兵)を管押(かんおう=統率)し、漢闕(かんけつ=漢の宮)に逍遙(しょうよう)す。ただ蟠桃(ばんとう)に酒(さけ)に酔(よ)いて嫦娥(じょうが)を戯弄(ぎろう=からかい)ししに因(よ)り、官銜(かんがん=官職)を謫(た)れ、貶(へん)に遭(あ)いて臨凡(りんぼん=この世に下る);胎(たい)を錯(あやま)り投(とう)じ、猪象(ちょぞう=豚の姿)に托生(たくしょう)す。福陵山(ふくりょうざん)に住(じゅう)し、悪(あく)を造(な)すこと辺(はて)無(な)し。観音(かんのん)に遇(あ)いて善道(ぜんどう)を指(さ)し明(あきら)かにせらる。仏教(ぶっきょう)に皈依(きえ)し、唐僧(とうそう)を保護(ほご)す。径(ただち)に西天(せいてん)に往(ゆ)き、妙典(みょうてん=妙なる経)を拝(おが)み求(もと)む。法諱(ほうき=戒名)を悟能(ごのう)と曰(い)い、称(しょう)して八戒(はっかい)と為(な)す」 と。 国王言(げん)を聴(き)き、胆(きも)戦(おのの)き心(こころ)驚(おどろ)き、敢(あ)えて観覷(かんし=見まわ)せず。この呆子(あほう)ますます精神(せいしん=元気)を弄(ろう=振るい)し、頭(こうべ)を揺(ゆすぶ)り、嘴(くち)を掬(すく)め、耳朶(じた=耳)を撑(つ)き起(おこ)して呵呵(かか)と大笑(たいしょう)す。三蔵(さんぞう)また駕(が)を驚(おどろ)かさんことを怕(おそ)れ、すなわち叱(しか)って言う、「八戒(はっかい)収斂(しゅうれん=慎め)!」と。方(はじ)めて手(て)を叉(く)み拱(きょう)して立(た)ち、仮(かり)に斯文(しぶん=上品)を扭(よそお)う。また問(と)う、「第三位(だいさんい)の高徒(こうと)は、甚(なん)に因(よ)りて皈依(きえ)せるか」と。 沙和尚(さおしょう)合掌(がっしょう)して言う、 「老沙(ろうさ)は原(もと)凡夫(ぼんぷ)に系(かか)わり、輪廻(りんね)を怕(おそ)るるに因(よ)りて道(どう)を訪(たず)ぬ。雲(くも)に游(およ)ぎて海角(かいかく=海の果て)に、浪(なみ)に蕩(たゆた)いて天涯(てんがい=天の果て)に。常(つね)に衣鉢(えはつ)の身(み)に随(したが)うを得(え)、毎(つね)に心神(しんしん)を舎(やど=身)に在りて煉(ね)る。此(ここ)に因(よ)りて虔誠(けんせい)にして、仙侶(せんりょ=仙の友)に逢(あ)うを得(え)たり。孩児(がいじ=嬰児)を養(やしな)い就(な)し、奼女(たじょ=少女)に縁(えん)を配(はい)す。工(こう)三千(さんぜん)に満(み)ち、四相(しそう)を合和(ごうわ)す。天界(てんかい)を超(こ)え、玄穹(げんきゅう=天)を拝(おが)み、官(かん)に巻簾大将(けんれんたいしょう)を授(さず)けられ、鳳輦龍車(ほうれんりゅうしゃ=天子の車)に侍御(じぎょ)し、封号(ふうごう)を将軍(しょうぐん)と曰(い)う。また蟠桃会(ばんとうえ)の上(かみ)に在りて、失手(しっしゅ=手違い)して玻璃盞(はりさん=玻璃の杯)を打(う)ち破(やぶ)りしが為(ため)に、流沙河(るさが)に貶(へん)せられ、頭(かしら)を改(あらた)め面(おもて)を換(か)え、孽(あく)を造(な)し生(いのち)を傷(そこな)う。幸(さいわ)いに喜(よろこ)ぶべきかな、菩薩(ぼさつ)の遠(とお)く東土(とうど)に游(ゆ)き、我に皈依(きえ)を勧(すす)め、唐朝(とうちょう)の仏子(ぶっし)を等候(ま)ち、西天(せいてん)に往(ゆ)きて経(きょう)を求(もと)めて果(か)を正(ただ)さんことを。従(したが)いて自新(じしん)を立(た)て、復(ま)た大覚(だいかく)を修(おさ)め、河(かわ)を指(さ)して姓(せい)と為(な)す。法諱(ほうき)を悟浄(ごじょう)と曰(い)い、称(しょう)して沙僧(さそう)と名(な)づく」 と。 国王説(もう)すを見(み)、驚(おどろ)くこと多(おお)く喜(よろこ)ぶこと多(おお)し。喜(よろこ)ぶはこれ女(むすめ)の活仏(かつぶつ=生き仏)を招(まね)きたるなり、驚(おどろ)くはこれ三人(みたり)の実(げ)に乃(すなわ)ち妖神(ようしん)なるなり。正(まさ)に驚喜(きょうき)の間(あいだ)に在(あ)るに、忽(たちまち)正台陰陽官(せいだいおんようかん=天文暦の官)有(あ)りて奏(もう)して言う、「婚期(こんき)すでに本年(ほんねん)本月(ほんげつ)十二日(じゅうににち)に定(さだ)まれり。壬子(じんし)辰良(しんりょう=良き時)、周堂(しゅうどう)通利(つうり=吉)、宜(よろ)しく婚姻(こんいん)を配(はい)すべし」と。国王言う、「今日(こんにち)はこれ何(なん)の日辰(にっしん=日の干支)なるか」と。陰陽官(おんようかん)奏(もう)して言う、「今日(こんにち)は初八(しょはち=八日)、すなわちこれ戊申(ぼしん)の日(ひ)、猿猴(えんこう=猿)果(くだもの)を献(けん)ず、正(まさ)に宜(よろ)しく賢(けん)を進(すす)め事(こと)を納(い)るべし」と。 国王大(おお)いに喜(よろこ)び、すなわち当駕官(とうがかん)に御花園(ごかえん)の館閣楼亭(かんかくろうてい=館や楼閣)を打掃(そうじ)せしめ、且(しばら)く駙馬(ふば)を請(しょう)じて三位(みたり)の高徒(こうと)と同(とも)に安歇(あんけつ=休ま)しめ、後(のち)に合卺(ごうきん=婚礼の杯)の佳筵(かえん=立派な宴)を安排(あんばい)して、公主(こうしゅ)をして匹配(ひっぱい=嫁が)しめんことを待(ま)つ。衆等(しゅうとう)欽(つつし)みて遵(したが)い、国王(こくおう)朝(ちょう)を退(しりぞ)き、多官(たかん)みな散(さん)ずるは題(だい)とせず。 さて、三蔵(さんぞう)師徒(してい)らみな御花園(ごかえん)に到(いた)り、天色(てんしょく=空模様)漸(ようや)く晩(くれ)に、素膳(そぜん=精進の膳)を擺(なら)べたり。八戒喜んで言う、「この一日(いちじつ)もまた該(まさ)に飯(めし)を食(くら)うべきなり」と。管弁人(かんべんにん=係りの者)すなわち素米飯(そまいはん)・麺飯(めんはん)等の物(もの)を、整担(せいたん=荷に整え)て挑(にな)い来(きた)る。かの八戒(はっかい)吃(くら)いてはまた添(た)し、添(た)してはまた吃(くら)い、直(ひたすら)に腸(はらわた)を撑(ふくら)まし腹(はら)を拄(ささ)うるまで吃(くら)いて、方(はじ)めて手(て)を住(とど)む。少頃(しばらく)して、また灯(ともしび)を点(とも)し、鋪蓋(ほがい=寝具)を設(もう)け、各(おのおの)寝(い)に帰(かえ)る。 長老(ちょうろう)左右(そうゆう)に人(ひと)の無(な)きを見(み)、却(かえ)って行者(ぎょうじゃ)を恨(うら)み責(せ)め、怒声(どせい=怒れる声)に叫(よ)んで言う、 「悟空(ごくう)!汝(なんじ)がこの猢猻(こんじん=猿)、番番(つね)に我(われ)を害(そこな)う!我説(い)えり『ただ往(ゆ)きて関文(かんぶん)を倒換(とうかん)せんのみ、彩楼(さいろう)の前(まえ)へ向(むか)うこと莫(な)かれ』と。汝(なんじ)いかでか直(ただ)に我を引(ひ)きて往(ゆ)きて看看(みみ)せんと要(もと)めたる。如今(いま)看(み)て好(よ)きかな!却(かえ)ってこの般(ごとき)の事(こと)を惹(ひ)き出(いだ)し来(きた)れり、怎(いか)でか是(ぜ)ならんや」 と。行者陪(つきそ)い笑って言う、 「師父(しふ)説(い)えり『先母(せんぼ)もまた繍毬(しゅうきゅう)を抛打(ほうだ)し、旧縁(きゅうえん)に遇(あ)いて、その夫婦(ふうふ)を成(な)せり』と。似(に)たるに古(いにしえ)を慕(した)うの意(こころ)有(あ)るが、老孫(ろうそん)才(はじ)めて汝(なんじ)を引(ひ)きて去(ゆ)きしなり、またかの給孤布金寺(きゅうこふきんじ)の長老(ちょうろう)の言(げん)を想(おも)いて、此(ここ)に就(つ)きて真假(しんが)を検視(けんし=調べ)せんとす。適(さっ)きにかの国王(こくおう)の面(おもて)を見(み)しに、略(いささ)か些(いくら)かの晦暗(わいあん=くすみ)の色(いろ)有(あ)れど、但(た)だいまだ公主(こうしゅ)の如何(いかん)を見(み)ざるのみ」 と。長老言う、「汝(なんじ)公主(こうしゅ)を見(み)なばすなわち怎(いか)にせんとする」と。行者言う、 「老孫(ろうそん)が火眼金睛(かがんきんせい=火の眼と金の瞳)は、但(た)だ面(おもて)を見(み)れば、すなわち真假(しんが)・善悪(ぜんあく)・富貴(ふうき)・貧窮(ひんきゅう)を認(したた)め得(う)、却(かえ)って好(よ)く施為(せい=手を施)し、邪正(じゃしょう)を辨明(べんめい)せん」 と。沙僧(さそう)と八戒(はっかい)笑って言う、「哥哥(あにき)近日(ちかごろ)また相面(そうめん=人相見)を会(え)するを学(まな)び得(え)たり」と。行者言う、「相面(そうめん)の士(し)は、我が孫子(まご=孫)に当(あ)たるのみ」と。三蔵(さんぞう)喝(かつ)して言う、 「且(しばら)く嘴(くち)を調(ととの)うるを休(や)めよ!ただこれかれ如今(いま)定(かなら)ず我を招(まね)かんと要(もと)むるに、果(は)たして何(なに)を以てかこれを処(しょ)せん」 と。行者言う、 「且(しばら)く十二日(じゅうににち)の会喜(かいき=婚礼)の時(おり)に到(いた)らば、必(かなら)ずかの公主(こうしゅ)の出(い)で来(きた)りて父母(ふぼ)に参拝(さんぱい)せん。老孫(ろうそん)の旁(かたわら)に在りて観看(みわた)すを等(ま)て。若(も)し還(な)おこれ一箇の真(しん)の女人(にょにん)ならば、汝(なんじ)すなわち駙馬(ふば)と做(な)り、国内(こくない)の栄華(えいが)を享(う)け用(もち)うるもまた罷(しか)るべし」 と。 三蔵(さんぞう)言(げん)を聞き、ますます嗔怒(しんど=怒り)を生(しょう)じ、罵(ののし)って言う、 「好(よ)き猢猻(こんじん=猿)め!汝(なんじ)還(ま)た我を害(そこな)うか!却(かえ)ってこれ悟能(ごのう)の説(い)える『我ら十節児(じっせつじ=十の段)はすでに九節七八分(きゅうせつしちはちぶ)まで上(のぼ)れり』と。汝(なんじ)還た熱(あつ)き舌頭(ぜっとう=舌)を把(も)ちて我を鐸(さぐ)るか。疾(と)く早(はや)く夾(はさ)み著(とど)めよ、汝(なんじ)かの臭(くさ)き口(くち)を開(ひら)くを休(や)めよ!再(ふたた)び若(も)し無礼(ぶれい)ならば、我すなわち呪(じゅ)を念(とな)え起(おこ)して、汝(なんじ)をして了当(りょうとう=堪え)ること得(え)ざらしめん!」 と。行者、呪(じゅ)を念(とな)うと説(い)うを聴(き)き、慌(あわ)てて面前(めんぜん)に跪(ひざまず)いて言う、「念(とな)うること莫(な)かれ念うること莫かれ!若(も)し真(しん)の女人(にょにん)ならば、拝堂(はいどう=婚礼の礼)の時(おり)を待(ま)ちて、我ら一斉(いっせい)に皇宮(こうぐう)を大(おお)いに鬧(さわ)がし、汝(なんじ)を領(ひき)いて去(ゆ)かん」と。 師徒(してい)話(はな)すに、覚(おぼ)えず早(はや)くもすでに更(こう=夜番)に入(い)る。正(まさ)にこれ、 沉沉(ちんちん)たる宮漏(きゅうろう=宮中の水時計)、蔭蔭(いんいん)たる花香(かこう=花の香)。 繍戸(しゅうこ=美しき戸)には珠箔(しゅはく=玉の簾)を垂(た)れ、閑庭(かんてい=静かなる庭)には火光(かこう)を絶(た)つ。 鞦韆索(しゅうせんさく=ぶらんこの綱)冷(つめた)く空(むな)しく影(かげ)を留(とど)め、羌笛(きょうてき=笛)の声(こえ)残(のこ)りて四方(しほう)を静(しず)む。 屋(おく)を繞(めぐ)りて花(はな)有(あ)りて月(つき)の燦(さん)たるを籠(こ)め、空(そら)を隔(へだ)てて樹(き)無(な)くして星芒(せいぼう=星の光)を顕(あらわ)す。 杜鵑(ほととぎす)啼(な)き歇(や)み、蝴蝶(こちょう)の夢(ゆめ)長(なが)し。 銀漢(ぎんかん=天の川)天宇(てんう=天)に横(よこた)わり、白雲(はくうん)故郷(こきょう)に帰(かえ)る。 正(まさ)にこれ離人(りじん=旅人)の情(じょう)の切(せつ)なる処(ところ)、風(かぜ)嫩柳(どんりゅう=若柳)を揺(ゆ)るがして更(さら)に凄涼(せいりょう)たり。 と。八戒言う、「師父(しふ)、夜(よ)深(ふか)し、事(こと)有(あ)らば明早(みょうそう=明朝)また議(ぎ)せん、且(しばら)く睡(ね)よ!且く睡よ!」と。師徒(してい)ら果(は)たして安歇(あんけつ)す。 一宵(いっしょう=一夜)の夜景(やけい)すでに題(だい)し終(おわ)り、早(はや)くもまた金鶏(きんけい=鶏)暁(あけ)を唱(うた)う。五更三点(ごこうさんてん)、国王(こくおう)すなわち殿(でん)に登(のぼ)り朝(ちょう)を設(もう)く。ただ見(み)よ、 宮殿(きゅうでん)軒(のき)を開(ひら)いて紫気(しき)高(たか)く、 風(かぜ)御楽(ぎょがく=天子の音楽)を吹(ふ)いて青霄(せいしょう=青空)に透(とお)る。 雲(くも)移(うつ)り豹尾(ひょうび=豹尾の旗)旌旗(せいき)動(うご)き、 日(ひ)螭頭(ちとう=螭の飾り)を射(い)て玉佩(ぎょくはい)揺(ゆ)る。 香霧(こうむ)細(こまか)かに添(そ)う宮柳(きゅうりゅう=宮中の柳)の緑(みどり)、 露珠(ろしゅ=露)微(かす)かに潤(うるお)す苑花(えんか=庭の花)の嬌(なまめかしき)。 山呼(さんこ=万歳)舞蹈(ぶとう)して千官(せんかん)列(つらな)り、 海晏河清(かいあんかせい=世の泰平)一統(いっとう)の朝(ちょう)。 と。 衆文武(しゅうぶんぶ)百官(ひゃっかん)朝(ちょう)を罷(や)み、また光禄寺(こうろくじ=供宴を司る役所)を宣(せん)じて十二日(じゅうににち)の会喜(かいき)の佳筵(かえん)を安排(あんばい)せしめ、今日(こんにち)且(しばら)く春罍(しゅんらい=春の酒器)を整(ととの)え、駙馬(ふば)を請(しょう)じて御花園(ごかえん)の中(うち)に在りて款玩(かんがん=ゆるりと遊ば)しむ。儀制司(ぎせいし=儀礼の役所)に吩咐(いいつけ)て三位(みたり)の賢親(けんしん=賢き縁者)を領(ひき)いて会同館(かいどうかん)に去(ゆ)きて少(しばら)く坐(ざ)せしめ、光禄寺(こうろくじ)に三席(さんせき)の素宴(そえん)を安排(あんばい)してかの処(ところ)に去(ゆ)きて奉陪(ほうばい=相伴)せしむ。両処(ふたところ)俱(みな)教坊司(きょうぼうし=楽所)をして楽(がく)を奏(かな)でしめ、伏侍(ぶじ=お仕え)して春景(しゅんけい)を賞(しょう)して遅日(ちじつ=長き日)を消(け)さしむ。 八戒(はっかい)聞き得(え)て、声(こえ)に応(おう)じて言う、 「陛下(へいか)、我が師徒(してい)は相会(あいかい)してより、更(さら)に一刻(いっこく)の相離(あいはな)るる無(な)し。今日(こんにち)既(すで)に御花園(ごかえん)に在りて飲宴(いんえん)せらるるならば、我らを帯(ともな)いて去(ゆ)きて両日(ふつか)耍(あそ)ばしめよ、好(よ)く師父(しふ)をして汝が家(いえ)に替(かわ)りて駙馬(ふば)を作(な)さしめん;然(しか)らずんば、この売買(ばいばい)生意(せいい=商売)は弄(な)し成(な)らじ」 と。かの国王(こくおう)かれが醜陋(しゅうろう=醜く)説話(せつわ=物言い)の粗俗(そぞく)なるを見(み)、またかれが頭(こうべ)を扭(ひね)り頸(くび)を捏(つま)み、嘴巴(くち)を掬(すく=とがら)め、耳朶(じた=耳)を揺(ゆすぶ)るを見(み)、すなわち象(さま)の些(いささ)か風気(ふうき=気のふれ)有(あ)るに似(に)たり、なお親事(しんじ=縁組)を攪(かき乱)し破(やぶ)らんことを恐(おそ)れ、ただ依従(いじゅう=従う)するを得(え)、すなわち教(いいつけ)て言う、 「永鎮華夷閣(えいちんかいかく)の裡(うち)に二席(にせき)を安排(あんばい)し、我(われ)と駙馬(ふば)と同(とも)に坐(ざ)せん。留春亭(りゅうしゅんてい)の上(うえ)に三席(さんせき)を安排し、三位(みたり)を請(しょう)じて別(べつ)に坐(ざ)せしめよ、かれ師徒(してい)らの坐次(ざじ=席次)の便(べん)ならざるを恐(おそ)るるなり」 と。かの呆子(あほう)才(はじ)めて上(かみ)に朝(むか)いて一箇の喏(じゃく=拝礼)を唱(とな)え、「多謝(たしゃ)」の声(こえ)を叫(よ)び、各各(おのおの)而(しか)して退(しりぞ)く。また旨(むね)を伝(つた)えて内宮官(ないぐうかん)に宴(えん)を排(なら)ばしめ、三宮六院(さんきゅうろくいん)の后妃(こうひ)と公主(こうしゅ)をして上頭(じょうとう=結髪)しめ、すなわち添妝(てんしょう=嫁入り支度)餪子(なんし=祝いの饌)を為(な)さしめ、以(も)って十二日(じゅうににち)の佳配(かはい=婚礼)を待(ま)つ。 将(まさ)に巳時(みのとき)の前後(ぜんご)に有(あ)らんとするに、かの国王(こくおう)駕(が)を排(なら)べ、唐僧(とうそう)を請(しょう)じてみな御花園(ごかえん)の内(うち)に到(いた)りて観看(みわた)す。好(よ)き去処(ところ)かな、 径(みち)には彩石(さいせき)を鋪(し)き、檻(てすり)には雕欄(ちょうらん=彫刻の欄)を鑿(ほ)る。 径(みち)に彩石(さいせき)を鋪(し)けば、径辺(みちべ)の石畔(いしべ)に奇葩(きは=珍しき花)長(しょう)じ; 檻(てすり)に雕欄(ちょうらん)を鑿(ほ)れば、檻外(かんがい)の欄中(らんちゅう)に異卉(いき=珍しき草)生(しょう)ず。 夭桃(ようとう=若き桃)翡翠(ひすい)を迷(まよ)わし、嫩柳(どんりゅう=若柳)黄鸝(こうり=うぐいす)を閃(ひらめ)かす。 步(あゆ)めば覚(おぼ)ゆ幽香(ゆうこう=幽かな香)の袖(そで)に来(きた)り満(み)つるを、行(ゆ)けば沾(うるお)う清味(せいみ=清き味)の衣(ころも)に上(うえ)多(おお)きを。 鳳台(ほうだい)龍沼(りゅうしょう)有(あ)り、竹閣(ちくかく)松軒(しょうけん)有(あ)り。 鳳台(ほうだい)の上(うえ)に、簫(しょう)を吹(ふ)きて鳳(ほう)を引き来儀(らいぎ)せしめ; 龍沼(りゅうしょう)の間(あいだ)に、魚(うお)を養(やしな)いて龍(りゅう)と化(け)し去(さ)る。 竹閣(ちくかく)に詩(し)有(あ)り、推敲(すいこう)を費(ついや)し尽(つく)して白雪(はくせつ=高雅な詩)を裁(た)ち; 松軒(しょうけん)に文集(ぶんしゅう)有(あ)り、考成(こうせい=成し遂げ)て珠玉(しゅぎょく)を注(ちゅう)し青編(せいへん=書物)に記(しる)す。 假山(かざん=築山)は拳石(けんせき=拳ほどの石)の翠(みどり)、曲水(きょくすい)は碧波(へきは)の深(ふか)し。 牡丹亭(ぼたんてい)、薔薇架(しょうびか)、錦(にしき)を迭(かさ)ね絨(じゅうたん)を鋪(し)き; 茉藜檻(まりかん)、海棠畦(かいどうけい)、霞(かすみ)を堆(うずたか)くし玉(ぎょく)を砌(みが)く。 芍薬(しゃくやく)は異香(いこう)、蜀葵(しょっき)は奇艶(きえん)。 白梨(はくり)紅杏(こうきょう)芳菲(ほうひ=香り)を闘(あらそ)い、紫蕙(しけい)金萱(きんけん)爛熳(らんまん)を争(あらそ)う。 麗春花(れいしゅんか)・木筆花(もくひつか)・杜鵑花(とけんか)、夭夭灼灼(ようようしゃくしゃく=盛んに咲き)たり; 含笑花(がんしょうか)・鳳仙花(ほうせんか)・玉簪花(ぎょくしんか)、戦戦巍巍(せんせんぎぎ=そびえ揺れ)たり。 一処処(ところどころ)紅(くれない)透(とお)りて臙脂(えんじ)潤(うるお)い、一叢叢(むらむら)芳(かおり)濃(こまや)かにして錦繍(きんしゅう)囲(かこ)む。 更(さら)に喜(よろこ)ぶべきは東風(とうふう)の暖(あたたか)きに回(めぐ)る日(ひ)、 満園(まんえん)の嬌媚(きょうび=なまめかしさ)光輝(こうき)を逞(たくま)しくす。 と。 一行(いっこう)の君王(くんおう)几位(いくたり)か、これを観(み)ること良(やや)久(ひさ)し。早(はや)くも儀制司(ぎせいし)の官(かん)有(あ)りて行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)を邀請(ようしょう=招き)て留春亭(りゅうしゅんてい)に入(い)り、国王(こくおう)唐僧(とうそう)を携(たずさ)えて華夷閣(かいかく)に上(のぼ)り、各(おのおの)飲宴(いんえん)す。かの歌舞(かぶ)吹弾(すいだん=演奏)、鋪張(ほちょう=飾り立て)陳設(ちんせつ=設え)は、真(まこと)にこれ、 崢嶸(そうこう=聳え立つ)たる閶闔(しょうこう=宮門)に曙光(しょこう)生(しょう)じ、 鳳閣龍楼(ほうかくりゅうろう)に瑞靄(ずいあい=めでたき靄)横(よこた)わる。 春色(しゅんしょく)細(こまか)かに鋪(し)く花草(かそう)の繍(ぬいとり)、 天光(てんこう)遥(はる)かに射(い)て錦袍(きんぽう)明(あきら)かなり。 笙歌(しょうが)繚繞(りょうじょう=めぐり)て仙宴(せんえん)の如(ごと)く、 杯斝(はいか=杯)飛(と)び伝(つた)えて玉液(ぎょくえき=美酒)清(きよ)し。 君(きみ)悦(よろこ)び臣(しん)歓(よろこ)びて同(とも)に玩賞(がんしょう)し、 華夷(かい)永(とこしえ)に鎮(しず)まり世(よ)康寧(こうねい)なり。 と。 この時(おり)長老(ちょうろう)かの国王(こくおう)の敬重(けいちょう=敬い重んず)るを見(み)、計(けい)の奈(いかん)ともすべき無(な)く、ただ強(し)いて随喜(ずいき=付き合い)するを得(え)ず、誠(まこと)にこれ外(そと)は喜(よろこ)びて内(うち)憂(うれ)うるなり。坐間(ざかん)に壁上(へきじょう)に四面(よんめん)の金屏(きんぺい=金の屏風)の掛(か)かるを見(み)、屏(びょう)の上(うえ)に春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の四景(しけい)を画(えが)き、みな題詠(だいえい=詩を題す)有(あ)り、みなこれ翰林(かんりん)の名士(めいし)の詩(し)なり。 『春景詩(しゅんけいし)』に曰(いわ)く、 周天(しゅうてん)一気(いっき)洪鈞(こうきん=天地の大炉)を転(めぐ)らし、 大地(だいち)熙熙(きき=和やか)として万象(ばんしょう)新(あらた)なり。 桃李(とうり)妍(けん)を争(あらそ)いて花(はな)爛熳(らんまん)、 燕(つばめ)画棟(がとう=彩色の棟)に来(きた)りて香塵(こうじん)を迭(かさ)ぬ。 と。 『夏景詩(かけいし)』に曰(いわ)く、 薫風(くんぷう)拂拂(ふつふつ)として思(おもい)遅遅(ちち=長閑)、 宮院(きゅういん)の榴葵(りゅうき=柘榴と葵)日(ひ)に映(えい)じて輝(かがや)く。 玉笛(ぎょくてき)の音調(おんちょう)午夢(ごむ=昼の夢)を驚(おどろ)かし、 芰荷(きか=蓮)の香(かおり)散(さん)じて庭幃(ていい=庭の帳)に到(いた)る。 と。 『秋景詩(しゅうけいし)』に曰(いわ)く、 金井(きんせい)の梧桐(ごとう)一葉(いちよう)黄(き)ばみ、 珠簾(しゅれん)巻(ま)かざるに夜来(よるきた)りて霜(しも)有(あ)り。 燕(つばめ)社日(しゃにち=祭の日)を知(し)りて巣(す)を辞(じ)し去(さ)り、 雁(かり)芦花(ろか=葦の花)を折(お)りて別郷(べっきょう)を過(よ)ぐ。 と。 『冬景詩(とうけいし)』に曰(いわ)く、 天(てん)雨(う)り雲(くも)飛(と)んで暗淡(あんたん)として寒(さむ)く、 朔風(さくふう=北風)雪(ゆき)を吹(ふ)いて千山(せんざん)に積(つ)む。 深宮(しんきゅう)に自(おの)ずから紅炉(こうろ=赤き炉)の暖(あたたか)き有(あ)り、 報(し)らせ来(きた)る梅(うめ)開(ひら)きて玉(ぎょく)欄(らん)に満(み)つと。 と。 かの国王(こくおう)唐僧(とうそう)の恣(ほしいまま)に詩(し)を看(み)るを見(み)、すなわち言う、 「駙馬(ふば)喜(よろこ)んで詩中(しちゅう)の味(あじ)を玩(もてあそ)ぶ、心(こころ)定(さだ)めて吟哦(ぎんが=詩を吟ず)に善(よ)くするならん。もし珠玉(しゅぎょく=立派な詩)を吝(おし)まざれば、請(こ)う韻(いん)に依(よ)りて各(おのおの)一首(いっしゅ)を和(わ)せんは如何(いかん)」 と。長老(ちょうろう)はこれ景(けい)に対(たい)して情(じょう)を忘(わす)れ、心(こころ)を明(あきら)かにし性(しょう)を見(み)るの意(こころ)有(あ)る者(もの)なれば、国王(こくおう)の欽重(きんちょう=敬い重んず)るを見(み)、前韻(ぜんいん)に和(わ)することを命(めい)ぜらるるに、かれ覚(おぼ)えず忽(たちまち)一句(いっく)を談(かた)りて言う、「日(ひ)暖(あたたか)かに氷(こおり)消(き)えて大地(だいち)の鈞(きん)」と。国王大(おお)いに喜(よろこ)び、すなわち侍衛官(じえいかん)を召(め)して言う、「文房四宝(ぶんぼうしほう=筆・墨・硯・紙)を取(と)り来(きた)らしめ、駙馬(ふば)に請(こ)いて和(わ)し完(おわ)りて録(しる)し下(おろ)さしめ、朕(ちん)が緩緩(ゆるゆる)とこれを味(あじわ)うを俟(ま)て」と。長老(ちょうろう)欣然(きんぜん)として辞(じ)せず、筆(ふで)を挙(あ)げて而(しか)して和(わ)す。 『春景詩(しゅんけいし)』に和(わ)して曰(いわ)く、 日(ひ)暖(あたたか)かに氷(こおり)消(き)えて大地(だいち)の鈞(きん=大炉)、 御園(ごえん)の花卉(かき)また更(あらた)に新(しん)なり。 和風(わふう)膏雨(こうう=恵みの雨)民(たみ)沢(たく)を沾(うるお)し、 海晏河清(かいあんかせい)俗塵(ぞくじん)を絶(た)つ。 と。 『夏景詩(かけいし)』に和して曰(いわ)く、 斗(とう=北斗)南(みなみ)方(かた)を指(さ)して白昼(はくちゅう)遅(おそ)く、 槐雲(かいうん=槐の雲)榴火(りゅうか=柘榴の火)光輝(こうき)を闘(あらそ)う。 黄鸝(こうり)紫燕(しえん)宮柳(きゅうりゅう)に啼(な)き、 巧(たくみ)に双声(そうせい)を転(てん)じて絳幃(こうい=赤き帳)に入(い)る。 と。 『秋景詩(しゅうけいし)』に和して曰(いわ)く、 香(かおり)飄(ただよ)う橘緑(きつりょく)与(と)橙黄(とうこう)、 松柏(しょうはく)青青(せいせい)として霜(しも)の降(ふ)るを喜(よろこ)ぶ。 籬菊(りきく=垣の菊)半(なかば)開(ひら)きて錦繍(きんしゅう)を集(あつ)め、 笙歌(しょうが)の韻(いん)水雲(すいうん)の郷(さと)に徹(とお)る。 と。 『冬景詩(とうけいし)』に和して曰(いわ)く、 瑞雪(ずいせつ)初(はじ)めて晴(は)れて気味(きみ)寒(さむ)く、 奇峰(きほう)巧石(こうせき)玉(ぎょく)の山(やま)を団(まる)む。 炉(ろ)には獣炭(じゅうたん=獣形の炭)を焼(や)きて酥酪(そらく=乳の加工品)を煨(あぶ)り、 袖手(しゅうしゅ=袖に手を入れ)して高歌(こうか)し翠欄(すいらん=緑の欄)に倚(よ)る。 と。 国王和(わ)するを見(み)て大(おお)いに喜(よろこ)び、称(ほ)め唱(うた)って言う、「好(よ)き箇(ひとつ)の『袖手(しゅうしゅ)して高歌(こうか)し翠欄(すいらん)に倚(よ)る』かな!」と。遂(つい)に教坊司(きょうぼうし=楽所)に新詩(しんし)を以て楽(がく)を奏(かな)でしめ、日(ひ)を尽(つく)して而(しか)して散(さん)ず。 行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)留春亭(りゅうしゅんてい)に在りてまた尽(ことごと)く受用(じゅよう=馳走)し、各(おのおの)幾杯(いくはい)かを飲(の)み、またみな些(いささ)か酣(ほろ酔い)の意(こころ)有(あ)り、正(まさ)に去(ゆ)きて長老(ちょうろう)を尋(たず)ねんと欲(ほっ)するに、ただ長老(ちょうろう)すでに国王(こくおう)と同(とも)に一閣(ひとつのたかどの)に在(あ)るを見(み)る。八戒(はっかい)呆性(どうしょう=馬鹿気)発(はっ)し作(おこ)り、声(こえ)に応(おう)じて叫(よ)んで言う、 「好(い)い快活(かいかつ)!好い自在(じざい)!今日(こんにち)もまたこの一下(ひとくだり)を受用(じゅよう)せり!却(かえ)って該(まさ)に飽(ほう=満腹)に趁(じゅん)じて睡(ねむ)りに去(ゆ)くべきなり!」 と。沙僧笑って言う、「二哥(にいさん)忒(はなは)だ修養(しゅうよう)無(な)し、この気(き)の飽飫(ほうよ=満腹)にて、如何(いか)でか睡(ねむ)らん」と。八戒言う、「汝(なんじ)那裡(いずく)にか知(し)らん、俗語(ぞくご)に云(いわ)く『飯(めし)を食(くら)いて挺屍(ていし=大の字に寝る)せざれば、肚裡(とり=腹の裡)に板脂(ばんし=腹の脂)無(な)し』と」と。 唐僧(とうそう)国王(こくおう)と相別(あいわか)れ、ただ謹言(きんげん=慎み)、ただ謹言、既(すで)に亭内(ていない)に至(いた)り、かの三人(みたり)を嗔責(しんせき=叱り責め)て言う、 「この夯貨(こうか=間抜け)、ますます村(そん=野暮)になれり!これをば甚(なん)の去処(ところ)なるか、只管(ひたすら)大呼小叫(だいこしょうきょう=大声をあぐ)る!倘(も)し或(ある)いは国王(こくおう)の悩(いか)りに著(あた)らば、却(かえ)ってかれに性命(せいめい)を傷(そこな)われざらんや」 と。八戒言う、 「没事(へいき)没事!我らはかれと親家礼道(しんかれいどう=親戚づきあい)なるに、かれすなわち好(よ)く生(なま)じ怪(あやし)まじ。常(つね)に言(い)う、『打(う)ちて不断(たえ)ざるは親(おや)、罵(ののし)りて不断ざるは隣(となり)』と。大家(みんな)耍子(あそ)ぶに、かれを怕(おそ)るる怎(いか)なることぞ」 と。長老(ちょうろう)叱(しか)って、教(いいつけ)て言う、「呆子(あほう)を拿(とら)え過(きた)らしめ、かれを二十禅杖(ぜんじょう=禅の杖)打(う)て!」と。行者果(は)たして一把(ひとつかみ)に揪(つか)み翻(ひっくりかえ)し、長老(ちょうろう)杖(じょう)を挙(あ)げてすなわち打(う)つ。呆子(あほう)喊(わめ)き叫(よ)んで言う、「駙馬爺爺(ふばやや=婿どの)!饒罪(じょうざい=お許し)饒罪!」と。旁(かたわら)に陪宴官(ばいえんかん=相伴の官)有(あ)りて勧(すす)め住(とど)むるに、呆子(あほう)爬(は)い将(も)ち起(お)き上(あ)がり、突突囔囔(とつとつのうのう=ぶつぶつ)と道(い)う、「好(よ)き貴人(きじん)!好き駙馬(ふば)!親(しん=縁組)いまだ成(な)らざるに、すでに王法(おうほう)を行(おこな)い起(おこ)せり!」と。行者かれが嘴(くち)を捂(おお)いて言う、「胡説(こせつ=でたらめ)を莫(な)かれ!胡説を莫かれ!疾(と)く早(はや)く睡(ね)に去(ゆ)け」と。かれらまた留春亭(りゅうしゅんてい)に在りて一宿(いっしゅく)を住(じゅう)す。明早(みょうそう=明朝)に到(いた)りて、依旧(もとのごとく)宴楽(えんらく)す。 覚(おぼ)えず楽(たのし)むこと三四日(さんよっか)、正(まさ)に十二日(じゅうににち)の佳辰(かしん=吉日)に値(あた)るに、光禄寺(こうろくじ)三部(さんぶ)の各官(かくかん)有(あ)りて回奏(かいそう=復命)して言う、 「臣等(しんら)八日(ようか)より旨(むね)を奉(ほう)じ、駙馬府(ふばふ)すでに修(しゅう)し完(おわ)り、専(もっぱ)ら妝奩(しょうれん=嫁入り道具)の鋪設(ほせつ=飾り付け)を等(ま)つ。合卺(ごうきん)の宴(えん)もまたすでに完備(かんび)し、葷素(くんそ=肉と精進)共(あわ)せて五百余席(ごひゃくよせき)」 と。国王(こくおう)心(こころ)喜(よろこ)び、正(まさ)に駙馬(ふば)を請(しょう)じて席(せき)に赴(おもむ)かしめんと欲(ほっ)するに、忽(たちまち)内宮官(ないぐうかん)有(あ)りて御前(ごぜん)に対(むか)い啓奏(けいそう)して言う、「万歳(ばんぜい)、正宮娘娘(せいきゅうにゃんにゃん=正后)に請(しょう)有(あ)り」と。 国王遂(つい)に退(しりぞ)きて内宮(ないぐう)に入(い)るに、ただ見(み)よ、かの三宮(さんきゅう)の皇后(こうごう)、六院(ろくいん)の嬪妃(ひんぴ)、公主(こうしゅ)を引(ひ)き領(ひき)いて、みな昭陽宮(しょうようきゅう)に在(あ)りて談笑(だんしょう=語り笑う)するを。真(まこと)にこれ花団錦簇(かだんきんぞく=花の丸に錦の簇り)!かの一片(ひとひら)の富麗(ふうれい)妖嬈(ようじょう=なまめかしさ)は、真(まこと)に天堂(てんどう=天の宮)月殿(げつでん=月の殿)に勝(まさ)り、仙府(せんぷ)瑶宮(ようきゅう=仙人の宮)に亜(つ)がざるなり。『喜会佳姻(きかいかいん)』の新詞(しんし=新しき詞)四首(よんしゅ)有(あ)りて証(あかし)と為(な)す。 『喜詞(きし)』に云(いわ)く、 喜(よろこび)!喜!喜!欣然(きんぜん)として楽しみたり! 婚姻(こんいん)を結(むす)び、恩愛(おんあい)美(うつく)し。 巧(たくみ)なる様(さま)の宮妝(きゅうしょう=宮中の化粧)、嫦娥(じょうが)怎(いか)でか比(くら)べん。 龍釵(りゅうさ=龍の簪)与(と)鳳鑱(ほうさん=鳳凰の簪)、艶艶(えんえん)として金縷(きんる=金の糸)を飛(と)ばす。 桜唇(おうしん=桜の唇)皓歯(こうし=白き歯)朱顔(しゅがん=紅の顔)、 嬝娜(じょうだ=しなやか)として花(はな)の如(ごと)き軽(かる)き体(からだ)。 錦(にしき)重重(じゅうじゅう)たり、五彩(ごさい)の叢中(そうちゅう); 香(かおり)拂拂(ふつふつ)たり、千金(せんきん)の隊裡(たいり)。 と。 『会詞(かいし)』に云(いわ)く、 会(かい)!会!会!妖嬈嬌媚(ようじょうきょうび=なまめかしく艶めかし)。 毛嬙(もうしょう)に賽(まさ)り、楚妹(そまい)を欺(あざむ)く。 国(くに)を傾(かたむ)け城(しろ)を傾(かたむ)け、花(はな)に比(ひ)し玉(ぎょく)に比(ひ)す。 妝飾(しょうしょく=装い)更(さら)に鮮妍(せんけん=鮮やか)に、釵環(さかん=簪と耳飾)多く艶麗(えんれい)。 蘭心(らんしん)蕙性(けいせい=蘭や蕙の心)清高(せいこう)、 粉臉(ふんれん=白粉の顔)氷肌(ひょうき=氷の肌)栄貴(えいき)。 黛眉(たいび=黛の眉)一線(いっせん)遠山(えんざん)微(かす)かなり、 窈窕(ようちょう)嫣姌(えんぜん=しなやか)として錦隊(きんたい)を集(あつ)む。 と。 『佳詞(かし)』に云(いわ)く、 佳(よ)し!佳!佳!玉女(ぎょくじょ)仙娃(せんあ=仙の童女)。 深(ふか)く愛(あい)すべく、実(げ)に堪(た)えて誇(ほこ)るべし。 異香(いこう)馥郁(ふくいく=芳しい)、脂粉(しふん=紅白粉)交(こもご)も加(くわ)わる。 天台(てんだい)福地(ふくち)遠(とお)し、怎(いか)でか国王(こくおう)の家(いえ)に似(に)ん。 笑語(しょうご)紛然(ふんぜん)として嬌態(きょうたい)、笙歌(しょうが)繚繞(りょうじょう=めぐり)として喧嘩(かまびすし)。 花(はな)は錦砌(きんせい=錦の階)に堆(うずたか)く千般(せんばん)の美(うつくしさ)、 人間(にんげん)を見(み)遍(あまね)くとも怎(いか)でかかれに若(し)かん。 と。 『姻詞(いんし)』に云(いわ)く、 姻(いん)!姻!姻!蘭麝(らんじゃ=蘭と麝香)香(かおり)噴(ふ)く。 仙子(せんし)の陣(じん)、美人(びじん)の群(むれ)。 嬪妃(ひんぴ)彩(あやぎぬ)を換(か)え、公主(こうしゅ)妝(よそおい)新(あらた)なり。 雲鬢(うんびん=雲の髪)鴉髻(あけい=烏の髷)を堆(うずたか)くし、霓裳(げいしょう=虹の衣)鳳裙(ほうくん=鳳凰の裳)を圧(おさ)う。 一派(いっぱ)の仙音(せんおん)嘹喨(りょうりょう=響き渡り)、両行(りょうこう)の朱紫(しゅし=朱や紫の官服)繽紛(ひんぷん=入り乱れ)。 当年(そのとし)曾(かつ)て乗鸞(じょうらん=鸞に乗る)の信(しん=契り)を結(むす)び、 今朝(こんちょう)幸(さいわ)いに喜(よろこ)んで佳姻(かいん)に会(あ)う。 と。 さて、国王(こくおう)駕(が)の到(いた)れるに、かの后妃(こうひ)公主(こうしゅ)を引(ひ)き、并(ならび)に彩女(さいじょ)・宮娥(きゅうが)みな来(きた)りて迎接(げいせつ=迎え)す。国王(こくおう)喜孜孜(きしし=にこにこ)として、昭陽宮(しょうようきゅう)に進(い)りて坐(ざ)し下(おろ)す。后妃等(ら)朝拝(ちょうはい)し畢(おわ)り、国王言う、 「公主(こうしゅ)賢女(けんじょ)よ、初八日(しょはちにち)彩(さいろう)を結(むす)び球(たま)を抛(な)げしより、幸(さいわ)いに聖僧(せいそう)に遇(あ)えり、想(おも)うにこれ心愿(しんがん=心の願い)すでに足(た)れるならん。各(おのも)の衙門(がもん)の官(かん)も、また能(よ)く朕(ちん)が心(こころ)を体(たい=察)し、各項(かくこう)の事(こと)みなすでに完備(かんび)せり。今日(こんにち)正(まさ)にこれ佳期(かき=吉日)なれば、早(はや)く合卺(ごうきん)の宴(えん)に赴(おもむ)き、時辰(じしん=時刻)を過(あやま)ち錯(あやま)つこと莫(な)かれ」 と。 かの公主(こうしゅ)前(まえ)に走(はし)り近(ちか)づき身(み)を倒(さかしま)にして下拝(かはい)し、奏(もう)して言う、 「父王(ふおう)、乞(こ)う小女(しょうじょ=わたくし)の万千(ばんせん)の罪(つみ)を赦(ゆる)されよ。一言(いちげん)の啓奏(けいそう)有(あ)り。この幾日(ここ数日)宮官(きゅうかん)の伝(つた)え説(い)うを聞(き)き得(え)たるに、唐聖僧(とうせいそう)に三箇(みたり)の徒弟(でし)有(あ)り、かれら生(うま)れつき十分(じゅうぶん)に醜悪(しゅうあく=醜い)と。小女(わたくし)敢(あ)えてかれに見(まみ)えず、見(み)る時(おり)必(かなら)ず恐惧(きょうく=恐れ)を生(しょう)ぜんことを恐(おそ)る。万(まん)が一にも父王(ふおう)のかれを将(も)ちて発放(ほっぽう=立ち去らせ)て城(しろ)を出(い)だされんことを望(のぞ)むこそ方(はじ)めて好(よ)けれ、然(しか)らずんば弱体(じゃくたい=弱き身)を驚(おどろ)かし傷(そこな)い、反(かえ)って禍害(かがい)を為(な)さん」 と。国王言う、 「孩児(がいじ=子よ)の説(い)わざれば、朕(ちん)幾(ほと)んど忘(わす)れんとせり、果(は)たして生(うま)れつき些(いささ)か醜悪(しゅうあく)なり。連日(れんじつ)かれを御花園(ごかえん)の裡(うち)留春亭(りゅうしゅんてい)に在りて管待(かんたい=もてなし)せしめたり。今日(こんにち)に趁(じゅん)じてすなわち殿(でん)に上(のぼ)り、かれに関文(かんぶん)を打発(ほう=渡し)し、かれをして城(しろ)を出(い)でしめんに、却(かえ)って好(よ)く会宴(かいえん)すべし」 と。公主(こうしゅ)叩頭(こうとう)して恩(おん)を謝(しゃ)し、国王(こくおう)すなわち駕(が)を出(いだ)して殿(でん)に上(のぼ)り、旨(むね)を伝(つた)えて言う、「駙馬(ふば)とかれが三位(みたり)とを請(しょう)ぜよ」と。 元来(もと)かの唐僧(とうそう)指頭(しとう=指)を捏(つま)みて日子(ひにち=日数)を算(かぞ)え、十二日(じゅうににち)に熬(こら)え至(いた)り、天(てん)いまだ明(あき)らかならざるに、すなわちかの三人(みたり)と計較(けいこう=相談)して言う、「今日(こんにち)は却(かえ)ってすでに十二日(じゅうににち)なり、この事(こと)如何(いか)でか区処(くしょ=始末)せん」と。行者言う、 「かの国王(こくおう)は我すでに識(し)れり、かれに些(いささ)か晦気(わいき=不運の気)有(あ)るも、いまだ身(み)に沾(ふ)れざれば、大害(たいがい)と為(な)さず。但(た)だただ公主(こうしゅ)の面(おもて)を見(み)ることを得(え)ざるのみ、若(も)し出(い)で来(きた)るを得(え)なば、老孫(ろうそん)一覷(ひとみ)して、すなわち真假(しんが)を知(し)り、方(はじ)めて動作(どうさ=手を出す)せん、汝(なんじ)ただ管(かま)わず心(こころ)を放(はな)て。かれ如今(いま)必(かなら)ず来(きた)りて請(しょう)じ、我らを打発(ほう)して城(しろ)を出(い)ださんとす、汝(なんじ)自(みずか)ら応承(おうしょう=承諾)して怕(おそ)るること莫(な)かれ。我(われ)身(み)を闪闪(ひらり)と閃(かわ)してすなわち来(きた)り、緊緊(きつきつ)と汝(なんじ)に随(したが)い護(まも)らん」 と。 師徒(してい)ら正(まさ)に講(はな)すに、果(は)たして当駕官(とうがかん)の儀制司(ぎせいし)と同(とも)に来(きた)りて請(しょう)ずるを見(み)る。行者笑って言う、「去(ゆ)かん来(きた)らん!去かん来(きた)らん、必(かなら)ずこれ我らの為(ため)に送行(そうこう=見送り)をし、好(よ)く師父(しふ)を留(とど)めて会合(かいごう=婚礼)ならしめんとするなり」と。八戒言う、 「送行(そうこう)には必(かなら)ず千百両(せんぴゃくりょう)の黄金(おうごん)・白銀(はくぎん)有(あ)らん、我らもまた好(よ)く些(いささか)かの人事(じんじ=土産)を買(か)いて回(かえ)り去(ゆ)き、我がかの丈人(じょうじん=舅)の家(いえ)に到(いた)り、また親(しん)に会(あ)い耍子児(あそび)に去(ゆ)かんかな」 と。沙僧言う、「二哥(にいさん)口(くち)を箝(つぐ)め、乱(みだ)りに説(い)うを休(や)めよ、ただ大哥(あにき)の主張(しゅちょう)に凭(よ)れ」と。遂(つい)に此(ここ)に行李(こうり=荷)・馬匹(ばひつ=馬)を将(も)ちて、みなかの些(それら)の官(かん)に随(したが)いて丹墀(たんち=殿前の庭)の下(もと)に到(いた)る。 国王(こくおう)これを見(み)、行者(ぎょうじゃ)三位(みたり)を請(しょう)じて前(まえ)に近(ちか)づかしめ、言う、 「汝等(なむら)関文(かんぶん)を将(も)ちて拿(も)ち上(あ)ぐべし、朕(ちん)当(まさ)に宝(ほう=玉璽)を用(もち)い花押(かおう=署名)して汝等に交付(こうふ)せん。外(ほか)に多(おお)く盤纏(ばんてん=路銀)を備(そな)え、汝(なんじ)ら三位(みたり)を送(おく)りて早(はや)く霊山(りょうざん)に去(ゆ)きて仏(ほとけ)に見(まみ)えしめん。もし経(きょう)を取(と)りて回(かえ)り来(きた)らば、また重(おも)き謝(しゃ)有(あ)らん。駙馬(ふば)をこの処(ところ)に留(とど)む、懸念(けねん=案じ)するを得(え)ること勿(な)かれ」 と。行者(ぎょうじゃ)称謝(しょうしゃ)し、遂(つい)に沙僧(さそう)をして関文(かんぶん)を取(と)り出(いだ)して遞(わた)し上(たてまつ)らしむ。国王看(み)て、すなわち印(いん)を用(もち)い、花字(かじ=署名)を押(お)し、また黄金(おうごん)十錠(じゅうじょう)、白金(はくぎん)二十錠(にじゅうじょう)を取(と)り、聊(いささ)かに親礼(しんれい=親族の礼)を達(たっ)す。八戒(はっかい)元来(もと)財色(ざいしょく=金と色)の心(こころ)重(おも)ければ、すなわち去(ゆ)きてこれを接(う)けたり。 行者上(かみ)に朝(むか)いて一箇の喏(じゃく=拝礼)を唱(とな)えて言う、「聒噪(かっそう=お騒がせ)聒噪!」と。すなわち身(み)を転(めぐ)らして走(に)げんとせしに、慌(あわ)てたるかな一箇の三蔵(さんぞう)一轂轆(いちこくろく=ころりと)爬(は)い起(お)き、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひき)とどめ、牙根(がこん=歯の根)を咬(か)み響(ひび)かせて言う、「汝(なんじ)らみな我(われ)を顧(かえり)みずしてすなわち去(ゆ)かんとするか!」と。行者、手(て)を以て三蔵(さんぞう)の手掌(しゅしょう=手のひら)を捏(つま)み、一箇の眼色(がんしょく=目くばせ)を投(な)げて言う、「汝(なんじ)はこの処(ところ)に在りて懐(こころ)を寛(ひろ)くして歓(よろこ)び会(あ)え、我等(われら)経(きょう)を取(と)りて、回(かえ)り来(きた)りて汝(なんじ)を看(み)ん」と。かの長老(ちょうろう)信(しん)ずるに似(に)て信(しん)ぜざるが如(ごと)く、肯(あえ)て手(て)を放(はな)たず。多官(たかん)みな見(み)て、以(おも)えらく実(げ)にこれ相別(あいわか)れて去(ゆ)くなりと。 早(はや)くも国王(こくおう)また駙馬(ふば)を請(しょう)じて殿(でん)に上(のぼ)らせ、多官(たかん)をして三位(みたり)を送(おく)りて城(しろ)を出(い)ださしむるを見(み)、長老(ちょうろう)ただ手(て)を放(はな)ちて殿(でん)に上(のぼ)るを得(え)たり。行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)、衆(しゅう)と同(とも)に朝門(ちょうもん)を出(い)で、各(おのおの)相別(あいわか)る。八戒言う、「我ら当真(ほんとう)に走(に)ぐるか」と。行者言語(ものい)わず、只管(ひたすら)走(ゆ)きて駅(えき)の中(うち)に至(いた)る。駅丞(えきじょう)接(むか)え入(い)れ、茶(ちゃ)を看(だ)し飯(めし)を擺(なら)ぶ。行者(ぎょうじゃ)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)に対(むか)いて言う、 「汝(なんじ)ら両箇(ふたり)はただこの処(ところ)に在り、切(きっ)と頭(こうべ)を出(いだ)すこと莫(な)かれ。但(た)だ駅丞(えきじょう)の甚(なん)の事情(じじょう)をか問(と)うとも、且(しばら)く含糊(がんこ=曖昧)に答応(こた)え、我(われ)と話(はな)すこと莫(な)かれ、我(われ)師父(しふ)を保(ほ)しに去(ゆ)かんとす」 と。 好(よ)き大聖(たいせい)かな、一根(ひとすじ)の毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、「変(へん)!」と叫(よ)べば、すなわち変じて本身(ほんしん=本来の身)の姿(すがた)と作(な)り、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)と同(とも)に駅内(えきない)に在(あ)り、真身(しんしん)は却(かえ)って幌(ひらめ)きて半空(はんくう)に跳(おど)り上(あが)り、変じて一箇の蜜蜂(みつばち)と作(な)れり、其(そ)の実(じつ)小巧(しょうこう=小さく精巧)なり。ただ見(み)よ、 翅(つばさ)黄(き)に口(くち)甜(あま)く尾(お)利(するど)く、風(かぜ)に随(したが)い飄舞(ひょうぶ)して顛狂(てんきょう=狂ったよう)。 最(もっと)も能(よ)く蕊(ずい=花蕊)を摘(つ)み与(と)香(かおり)を偷(ぬす)み、柳(やなぎ)を度(わた)り花(はな)を穿(うが)ちて揺蕩(ようとう=揺れ動く)。 辛苦(しんく)幾番(いくたび)か淘染(とうせん=洗い染め)、飛(と)び来(きた)り飛び去(さ)りて空(むな)しく忙(いそが)し。 釀(かも)し成(な)す濃美(のうび)を自(みずか)ら何(なん)ぞ嘗(な)めん、只(た)だ好(よ)く名状(めいじょう=言い表し)を留存(るいぞん)するのみ。 と。 なんじ看(み)よ、かれ軽軽(かるがる)として朝中(ちょうちゅう)に飛(と)び入(い)る。遠(とお)くかの唐僧(とうそう)の国王(こくおう)の左辺(ひだり)の繍墩(しゅうとん)の上(うえ)に坐(ざ)し、愁眉(しゅうび=愁いの眉)展(の)びず、心(こころ)に焦燥(しょうそう=苛立ち)を存(ぞん)ずるを見(み)る。径(ただち)に飛(と)びてかれが毗盧帽(びるぼう)の上(うえ)に至(いた)り、悄悄(しょうしょう=こっそり)と爬(は)いて耳朶(じた=耳)の辺(ほとり)に及(およ)び、叫(よ)んで言う、「師父(しふ)、我(われ)来(きた)れり、切(きっ)と憂慮(ゆうりょ)すること莫(な)かれ」と。この句(く=言葉)は、ただ唐僧(とうそう)のみ聴(き)き得(え)たるに、かの夥(くみ)の凡人(ぼんじん)は、覚(さと)り知(し)ること莫(な)からん。唐僧(とうそう)聴(き)き得(え)て、始(はじ)めて心(こころ)の寛(ひろ)きを覚(おぼ)ゆ。 一時(いっとき)ならずして、宮官(きゅうかん)来(きた)りて請(しょう)じて言う、「万歳(ばんぜい)、合卺(ごうきん)の嘉筵(かえん=めでたき宴)すでに鳷鵲宮(しじゃくきゅう)の中(うち)に排設(はいせつ)せられ、娘娘(にゃんにゃん)与(と)公主(こうしゅ)は、俱(みな)宮(きゅう)に在りて伺候(しこう=お待ち)し、専(もっぱ)ら万歳(ばんぜい)の貴人(きじん)と同(とも)に会親(かいしん)せられんことを請(こ)うなり」と。国王(こくおう)喜(よろこ)ぶことこれ尽(つ)きず、すなわち駙馬(ふば)と同(とも)に宮(きゅう)に進(い)りて去(ゆ)く。正(まさ)にこれかの、 邪主(じゃしゅ=邪なる主)花(はな)を愛(あい)して花(はな)禍(わざわい)を作(な)し、 禅心(ぜんしん)動(うご)きて念(ねん)念(ねん)として愁(うれい)を生(しょう)ず。 と。畢竟(ひっきょう)唐僧(とうそう)の内宮(ないぐう)に在りて怎(いか)でか解脱(げだつ)するを知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十五回 仮合(けごう)の真形(しんぎょう)もて玉兎(ぎょくと)を擒(とら)え 真陰(しんいん)正(しょう)に帰(き)して霊元(れいげん)に会(あ)う 話(わ)はかの唐僧(とうそう)の、憂憂愁愁(ゆうゆうしゅうしゅう=いたく案じ)として国王(こくおう)に随(したが)いて後宮(こうきゅう)に至(いた)るを表(あらわ)す。ただ鼓楽(こがく)の天(てん)に喧(かまびす)しく、異香(いこう)の鼻(はな)を撲(う)つを聞(き)くのみ。頭(こうべ)を低(た)れて、敢(あ)えて仰(あお)ぎ視(み)ず。 行者(ぎょうじゃ)、暗(あん)の裡(うち)に欣然(きんぜん)として、かの毗盧帽(びるぼう=僧帽)の頂(いただき)に止(とど)まり、神光(しんこう=神通の光)を運(めぐ)らし、火眼金睛(かがんきんせい)を睜(みは)りて観看(みわた)せば、またただ見(み)よ、あの両班(りょうはん)の彩女(さいじょ)の列(つら)ね並(なら)べる、蕊宮仙府(ずいきゅうせんぷ=仙女の住処)の似(ごと)く、錦帳春風(きんちょうしゅんぷう=錦の帳と春の風)にも勝(まさ)りて強(まさ)れるを。真箇(まこと)にこれ、 娉婷嬝娜(へいていじょうだ=しなやかに美し)、玉質氷肌(ぎょくしつひょうき=玉の質に氷の肌)。 一双双(ひとつがいひとつがい)の嬌(なまめき)は楚女(そじょ)を欺(あざむ)き、一対対(ひとつがいひとつがい)の美(うつくしさ)は西施(せいし)に賽(まさ)る。 雲髻(うんけい=雲の髷)高(たか)く盤(ま)きて彩鳳(さいほう)飛(と)び、蛾眉(がび=蛾の眉)微(かす)かに顕(あらわ)れて遠山(えんざん)低(ひく)し。 笙簧(しょうこう=笙の簧)雑(まじ)り奏(かな)で、簫鼓(しょうこ=簫と鼓)頻(しき)りに吹(ふ)く。 宮商角徵羽(きゅうしょうかくちう=五音)、抑揚高下(よくようこうか)斉(ひと)し。 清歌妙舞(せいかみょうぶ)常(つね)に愛(あい)するに堪(た)え、錦砌花団(きんせいかだん)色色(しきしき)怡(よろこ)ばし。 と。 行者、師父(しふ)の全(まった)く念(ねん)を動(うご)かさざるを見、暗自裡(ひそか)に舌(した)を鳴(な)らし夸称(ほめたた)えて道(いわ)く、 「好(よ)き和尚(おしょう)かな!好き和尚かな!身(み)は錦繍(きんしゅう)に居(きょ)して心(こころ)に愛無(な)く、足(あし)は瓊瑶(けいよう=美玉)を步(あゆ)みて意(こころ)迷(まよ)わず」 と。 少時(しばらく)して、皇后(こうごう)・嬪妃(ひんぴ)公主(こうしゅ)を簇擁(ぞうよう=取囲み)して鳷鵲宮(しじゃくきゅう)を出(い)で、一斉(いっせい)に迎接(げいせつ)し、みな声(こえ)を道(な)して、 「我王(がおう)万歳(ばんぜい)、万万歳(ばんばんぜい)!」 と。慌てたるかな箇(ひとり)の長老(ちょうろう)、戦戦兢兢(おののき)として、措(お)く所(ところ)を知(し)らず。行者すでに早(はや)く知識(し)りて、かの公主の頭頂(ちょうちょう)の上(うえ)に微(かす)かに一点(いってん)の妖氛(ようふん=妖気)の露(あらわ)るるを見るも、却(かえ)ってまた十分(じゅうぶん)には凶悪(きょうあく)ならず。すなわち忙(いそ)ぎ爬(は)い近(ちか)づきて耳朶(じた=耳)の辺(ほとり)に叫(よ)んで道(いわ)く、「師父、公主はこれ箇(ひとつ)の仮(にせ)なり」と。長老言う、「仮ならば、却って如何(いか)でかかれをして相(すがた)を現(あらわ)さしめん」と。行者言う、「法身(ほっしん=法の身)を出(いだ)し、此(ここ)に就(つ)きてかれを拿(とら)えん」と。長老言う、 「不可(なら)ず不可ず!恐(おそ)らくは主駕(しゅが=王の駕)を驚(おどろ)かさん。且(しばら)く君后(くんこう=王と后)の退(しりぞ)き散(さん)ずるを待(ま)ちて、また法力(ほうりき)を使(つか)え」 と。 かの行者一生(いっしょう)性急(せいきゅう)なれば、那裡(いずく)にか容(い)るるを得(え)ん。大(おお)いに一声(ひとこえ)咤(どな)り、本相(ほんぞう=本来の姿)を現し、趕(お)い上前(すす)みて公主(こうしゅ)を揪(つか)まえ住(とど)め、罵(ののし)って道(いわ)く、 「好(よ)き孽畜(げっちく=畜生め)かな!汝(なんじ)ここに在りて仮(いつわ)りを弄(ろう)して真(しん)と成(な)し、ただ此に在りてこの般(ごとき)の受用(じゅよう=享楽)もまた尽(ことごと)く彀(た)れりに、心なお足(た)らず、還(ま)た我が師父(しふ)を騙(あざむ)き、かれが真陽(しんよう=元陽)を破(やぶ)り、汝が淫性(いんせい=淫欲の性)を遂(と)げんと要(もと)むるか!」 と。 唬(おど)されたるかなかの国王、呆呆怔怔(ほうぜん)として、后妃(こうひ)は跌跌爬爬(つまずき這い)、宮娥(きゅうが)・彩女(さいじょ)、一箇(ひとり)として東(ひがし)に隠(かく)れ西(にし)に藏(かく)れ、各(おのおの)性命(せいめい)を顧(かえり)みざるは莫(な)し。好き便(たぐい)かな、 春風蕩蕩(しゅんぷうとうとう)として、秋気瀟瀟(しゅうきしょうしょう)たり。 春風蕩蕩として園林(えんりん)を過(よ)ぐれば、千花(せんか)揺(ゆ)り動き、 秋気瀟瀟として径苑(けいえん=小道の庭)に来(きた)れば、万葉(ばんよう)飄(ただよ)い揺(ゆ)る。 刮(か)り折(お)る牡丹(ぼたん)は傾(かたむ)ける檻(てすり)の下(した)に、吹(ふ)き歪(ゆが)む芍薬(しゃくやく)は欄(らん)の辺に臥(ふ)す。 沼岸(しょうがん=池の岸)の芙蓉(ふよう)乱(みだ)りに撼(ゆる)ぎ、台基(だいき=台の基)の菊蕊(きくずい=菊の蕊)堆(うずたか)く敷(し)く。 海棠(かいどう)力(ちから)無くして塵埃(じんあい)に倒(たお)れ、玫瑰(まいかい=ばら)香(かおり)有(あ)りて野径(やけい)に眠(ねむ)る。 春風吹き折る芰荷楟(きかてい=蓮の茎)、冬雪圧(お)し歪(ゆが)む梅(うめ)の嫩蕊(どんずい=若き蕊)。 石榴(ざくろ)の花弁(かべん)、乱(みだ)れ落(お)ちて内院(ないいん)の東西(とうざい)に、 岸柳(がんりゅう)の枝条(しじょう)、斜(なな)めに垂(た)れて皇宮(こうぐう)の南北(なんぼく)に。 好(よ)き花(はな)の風雨(ふうう)一宵(いっしょう)狂(くる)い、無数(むすう)の残紅(ざんこう=散り残る花)地(ち)に錦(にしき)を敷(し)く。 と。 三藏(さんぞう)いよいよ慌(あわ)てて手(て)足(あし)を失(うしな)い、戦兢兢(おののき)として国王を抱(いだ)き住め、ただ叫んで言う、「陛下(へいか)、怕(おそ)るること莫かれ!怕(おそ)るること莫かれ!これ我が頑徒(がんと=いたずら弟子)の法力(ほうりき)を使い、真假(しんが)を辨(わきま)うるなり」と。 さて、かの妖精(ようせい)事(こと)の諧(ととの)わざるを見(み)、手を振(ふ)りきり脱(のが)れ、衣裳(いしょう)を解(と)き剥(はい)ぎ、捽捽(くしゃくしゃ)と頭(かしら)を揺(ゆす)りて釵環首飾(さかんしゅしょく=簪と耳飾)を落(お)とし、すなわち御花園(ごかえん)の土地廟(とちびょう=土地神の社)に跑(はし)り到(いた)り、一条(ひとすじ)の碓嘴(たいし=臼の嘴)の様(さま)の短棍(たんこん=短き棍)を取出(とりだ)し、急(いそ)ぎ身を転(めぐ)らし来りて乱(みだ)りに行者を打(う)つ。行者すなわち随い来り、鉄棒(てつぼう)を使(つか)いて劈面(まとも)に相(あい)迎(むか)う。かれ両箇(ふたり)吆吆喝喝(わいわい)として、すなわち花園(かえん)に在りて闘(たたか)い起(おこ)り、後(のち)に却って大いに神通(じんずう)を顕(あらわ)し、各雲霧(うんむ)に駕(が)して、空(そら)の中(うち)に殺(あ)い合(あ)う。この一場(ひとくさり)、 金箍(きんこ)の鉄棒名声(めいせい)有り、碓嘴(たいし)の短棍(たんこん)人(ひと)の識(し)る無し。 一箇(ひとつ)は真経(しんきょう)を取(と)らんとて此方(このかた)に到り、一箇は奇花(きか=珍しき花)を愛(あい)するが為(ため)に迹(あと)に住まる。 かの怪(かい)久(ひさ)しく唐聖僧(とうせいそう)を知り、元精(げんせい)の液(えき)を配合(はいごう)せんことを求(もと)む。 旧年(きゅうねん=去年)真の公主を摂(かす)め去(さ)り、人身(じんしん)に変作(へんさく=化し)て欽(つつし)み愛し惜(お)しめり。 今(いま)大聖(たいせい)の妖氛(ようふん)を認(したた)むるに逢(あ)い、活命(かつめい)を救援(きゅうえん)して虚実(きょじつ)を分(わか)たんとす。 短棍(たんこん)凶(きょう)を行(おこな)いて頂(いただき)を投(めが)けて投(な)げ、鉄棒威(い)を施(ほどこ)して面(おもて)を迎(むか)え撃(う)つ。 喧喧嚷嚷(けんけんじょうじょう)として両(ふたり)相(あい)持(たも)ち、雲霧(うんむ)天に満(み)ちて白日(はくじつ)を遮(おお)う。 と。 さて、かの唐僧あの国王(こくおう)を扶(たす)け、ただ叫(よ)んで言う、 「驚くこと莫(な)かれ!請(こ)う娘娘(にゃんにゃん=后)与(と)衆等(みな)に勧(すす)めて怕(おそ)るること莫からしめよ。汝が公主はこれ箇(ひとつ)の仮(いつわ)りて真形(しんぎょう)を作(な)せる者(もの)なり、我が徒弟(でし)のかれを拿(とら)え住(とど)むるを等(ま)ちて、方(はじ)めて好悪(よしあし)を知るべきなり」 と。かの些(それら)の妃子(ひし=妃)に胆(きも)の大(おお)きき者有(あ)り、かの衣服(いふく)・釵環(さかん)を拿(と)りて皇后与(に)与(わた)し看(み)せて、道(いわ)く、 「これ公主(こうしゅ)の穿(き)たる、戴(いただ)けるものなり。今みな投(な)げ下(おろ)し、身を精(はだか)にし、かの和尚(おしょう)与天(てん)の上に在りて争(あらそ)い打つ。必(かなら)ずこれ一箇(ひとつ)の妖邪(ようじゃ)ならん」 と。この時(おり)国王・后妃人等(ひとびと)才(はじ)めて性(しょう=正気)を正(ただ)し、空を仰(あお)ぎ視(み)ることは題(だい)とせず。 さて、かの妖精大聖与闘うこと半日(はんじつ)を経(へ)るに、勝敗(しょうはい)を分(わか)たず。行者(ぎょうじゃ)棒(ぼう)を把(と)り投(な)げ起し、「変(へん)!」と一声叫べば、すなわち一(ひとつ)を以て十(とお)に変じ、十を以て百(ひゃく)に変じ、百を以て千(せん)に変ず。半(なか)ば天の裡、好似(あたか)も蛇(へび)の游(およ)ぎ蟒(うわばみ)の攪(みだ)るるが如(ごと)く、乱(みだ)りに妖邪を打つ。妖邪慌てて手(て)足(あし)を失(うしな)い、身(み)を将(も)ちて一闪(ひとひらめ)き、一道(ひとすじ)の清風(せいふう)に化(け)し、すなわち碧空(へきくう=青空)の上に奔(はし)りて逃(に)げ走(さ)る。行者一声(ひとこえ)の呪語(じゅご)を念(とな)え、鉄棒(てつぼう)を将ちて收(おさ)め一根(ひとすじ)と做(な)し、祥光(しょうこう=めでたき光)を縦(はな)ちて一直(ひたすら)に趕い来(きた)る。西天門(せいてんもん)に近づかんとして、かの旌旗(せいき)の熌灼(せんしゃく=きらめく)を望(なが)み見る。行者声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)って道(いわ)く、 「天門(てんもん)を把(まも)る者よ、妖精を擋(ふせ)ぎ住め、かれを放(はな)ちて走(に)がすこと莫(な)かれ!」 と。真箇(まこと)にかの天門(てんもん)の上(うえ)に護国天王(ごこくてんおう)有り、龐劉苟畢(ほうりゅうこうひつ)の四大元帥(よんだいげんすい)を帥(ひき)い領(つ)れ、各(おのおの)兵器(へいき)を展(の)べて攔阻(らんそ=遮り)す。妖邪(ようじゃ)前進(ぜんしん)すること能(あた)わず、急ぎ首(こうべ)を回(めぐ)らし、死(し)を捨(す)て生(いのち)を忘(わす)れ、短棍(たんこん)を使いてまた行者与(と)相(あい)持(たも)つ。この大聖心力(しんりょく)を用(もち)いて鉄棒を輪(めぐ)らし、仔細(つまびらか)に迎(むか)え著(つ)けて看る時、かの短棍児(たんこんじ)の片方(かたほう)壮(たくま)しく、片方(かたほう)細(ほそ)く、却(かえ)って春(はる)の碓臼(たいきゅう=臼)の杵頭(しょとう=杵の頭)の模様(かたち)に似(に)たるを見、叱咤(しった=どなり)一声喝(かつ)して道(いわ)く、 「孽畜(げっちく=畜生)よ!汝の拿(と)れるは是(これ)甚(なん)の器械(きかい=兵器)ぞ、敢えて老孫(ろうそん)与抵敵(ていてき=敵対)するか!疾(と)く早く降伏(こうぶく)せよ、この一棒(ひとぼう)の汝が天霊(てんれい=頭のてっぺん)を打(う)ち砕(くだ)くるを免(まぬが)れよ!」 と。かの妖邪歯(は)を咬(か)みて道(いわ)く、 「汝(なんじ)もまた我がこの兵器(へいき)を知(し)らざるか!我が道(いわ)くを聴(き)け、 仙根(せんこん=仙の根)は是(こ)れ一段(ひとくだり)の羊脂玉(ようしぎょく=羊の脂の玉)、 磨琢(ましたく=磨き彫り)して形(かたち)を成(な)せるは年(とし)を計(かぞ)えず。 混沌(こんとん)開(ひら)けし時(とき)吾(われ)すでに得たり、洪蒙(こうもう=天地未分)判(わか)れ処(さだ)まるに我(われ)当(まさ)に先(さき)んず。 源流(げんりゅう)凡間(ぼんかん)の物(もの)に比(ひ)するに非(あら)ず、本性(ほんしょう)生来(せいらい)上天(じょうてん)に在(あ)り。 一体(いったい)の金光(きんこう)四相(しそう)と和(わ)し、五行(ごぎょう)の瑞気(ずいき)三元(さんげん)と合(がっ)す。 吾(われ)に随(したが)いて久(ひさ)しく蟾宮(せんきゅう=月の宮)の内(うち)に住(じゅう)し、我に伴(ともな)いて常(つね)に桂殿(けいでん=桂の殿)の辺(ほとり)に居(きょ)す。 花(はな)を愛(あい)するに因(よ)りて世境(せいきょう=この世)に垂(くだ)り、故(ゆえ)に天竺(てんじく)に来りて嬋娟(せんけん=美女)に仮(いつわ)る。 君(きみ)与共(とも)に楽(たのし)むに他意(たい)無(な)く、唐僧に配(はい)して宿縁(しゅくえん)を了(おわ)らんと欲(ほっ)す。 汝怎(いか)でか心を欺(あざむ)きて佳偶(かぐう=良き契り)を破り、死(し)を尋(たず)ね趕(お)い戦(たたか)いて凶頑(きょうがん=凶暴)を逞(たくま)しくするか。 この般(ごとき)の器械(きかい)名頭(めいとう=名)大いなり、汝が金箍棒(きんこぼう)の子(こ)の前(まえ)に在り。 広寒宮(こうかんきゅう)の裡(うち)搗薬(とうやく=薬を搗く)の杵(きね)、人を打つこと一下(ひとした)に命(いのち)泉(せん=黄泉)に帰(かえ)る! と。 」 と。 行者説(いう)を聞き、呵呵(かか)と冷笑(れいしょう)して道(いわ)く、 「好き孽畜(げっちく)かな!汝既(すで)に蟾宮(せんきゅう)の内(うち)に住(じゅう)するとは、すなわち老孫の手段(しゅだん)を知らざるか。汝(なんじ)還た敢(あ)えて此に在りて支吾(しご=言い逃れ)するか。疾(と)く早(はや)く相(すがた)を現(あらわ)し降伏(こうぶく)せよ、汝が性命(せいめい)を饒(ゆる)さん!」 と。かの怪(かい)道(いわ)く、 「我汝を認む、これ五百年前(ごひゃくねんぜん)に天宮(てんぐう)を大鬧(おおさわ)がしし弼馬温(ひつばおん=馬の翁)なり、理(ことわり)当に汝に譲(ゆず)るべし。但(た)だ只(た)だこれ人の親事(しんじ=縁組)を破(やぶ)るは、父母(ふぼ)を殺(ころ)すの仇(あだ)の如(ごと)し、此(ここ)を以て情理(じょうり)甘(あま)んぜず、汝(なんじ)が天(てん)を欺(あざむ)き上(かみ)を罔(あざむ)く弼馬温(ひつばおん)を打たんと要(もと)むるなり!」 と。かの大聖(たいせい)悩(いか)るは是れ弼馬温(ひつばおん)の三字(みつのじ)なり。かれこの言(げん)を聴(き)き得て、心中(しんちゅう)大(おお)いに怒(いか)り、鉄棒を挙(あ)げて劈面(まとも)に就(つ)きてすなわち打(う)つ。かの妖邪杵(きね)を輪(めぐ)らして来り迎(むか)え、すなわち西天門(せいてんもん)の前(まえ)に于(お)いて、発狠(はっこん=猛り)て相(あい)持(たも)つ。この一場(ひとくさり)、 金箍棒(きんこぼう)、搗薬杵(とうやくしょ)、両般(ふたつ)の仙器(せんき)真(まこと)に比(くら)ぶべし。 かの一は婚姻(こんいん)を結(むす)ばんが為(ため)に世間(せけん)に降(くだ)り、この一(ひとつ)は唐僧(とうそう)を保(ほ)するに因りて此に到る。 元来(もと)これ国王の正経(しょうきん=分別)無く、花(はな)を愛して妖邪(ようじゃ)の喜(よろこ)びを引(ひ)き得(え)たり。 如今(いま)恨苦(こんく=恨み苦しみ)の争(あらそい)を致(いた)し、両家(りょうけ)みな頑心(がんしん=頑な心)を把り起(おこ)す。 一沖一撞(いっしょういちどう)輸贏(ゆえい=勝敗)を賭(と)し、劖語劖言(ざんござんげん=刺す言葉)斉(ひと)しく嘴(くち)を闘(たたか)わす。 薬杵(やくしょ)の英雄(えいゆう)世(よ)に罕稀(かんき=稀)なり、鉄棒(てつぼう)の神威(しんい)還(ま)た更(さら)に美(うつく)し。 金光湛湛(きんこうたんたん)として天門(てんもん)を幌(ひらめ)かし、彩霧輝輝(さいむきき)として地里(ちり=地)に連(つら)なる。 来往(らいおう)戦(たたか)うこと十数回(じゅうすうかい)を経(へ)るに、妖邪力(ちから)弱(よわ)くして搪抵(とうてい=支え)難(がた)し。 と。 かの妖精(ようせい)行者(ぎょうじゃ)与(と)また十数回(じゅうすうかい)闘いしが、行者の棒勢(ぼうせい=棒の勢い)の緊密(きんみつ)なるを見(み)、料(おもんみ)らくは勝(か)ち難(がた)しとし、虚(から)く一杵(ひとつき)を投(な)げ、身を将ちて幌一幌(ひとひらめき)すれば、金光万道(ばんどう)として、径(ただち)に正南(せいなん)の上に奔(はし)りて敗走(はいそう)す。大聖随いて後(うしろ)より追襲(ついしゅう)す。忽(たちま)ち一座(ひとつ)の大山(だいざん)に至るに、妖精金光(きんこう)を按(おさ)え、山洞(さんどう=ほら穴)に潜(もぐ)り入(い)り、寂然(せきぜん)として見えず。またかれの身を遁(のが)して国(くに)に回(かえ)り、暗(ひそ)かに唐僧を害(そこな)わんことを恐(おそ)れ、かれこの山(やま)の規模(きぼ=ありさま)を認(したた)め、雲頭(うんとう)を返(かえ)して径に国内(こくない)に転(てん)ず。 この時(おり)申(さる)の時(とき)有(あ)り。かの国王(こくおう)正(まさ)に三藏(さんぞう)を扯(ひき)とめ、戦戦兢兢(おののき)としてただ叫(よ)んで、「聖僧(せいそう)我(われ)を救(すく)え!」と。かの些(それら)の嬪妃(ひんぴ)・皇后(こうごう)もまた正に愴惶(そうこう=慌て)せるに、ただ見よ、大聖の雲端(うんたん)の裡より落(お)ち将(も)ち下(お)り来(きた)り、叫んで道(いわ)く、「師父、我来れるぞ!」と。三藏(さんぞう)言う、「悟空(ごくう)立(た)ち住まれ、聖躬(せいきゅう=王の御身)を驚(おどろ)かすべからず。我汝に問(と)わん、仮の公主の事(こと)は、端的(あて)如何(いかん)」と。行者鳷鵲宮(しじゃくきゅう)の外(そと)に立(た)ち、手を叉(く)みて胸(むね)に当(あ)てて道(いわ)く、 「仮(にせ)の公主は是れ一箇の妖邪なり。初(はじ)めかれ与半日(はんじつ)打ちしに、かれ我(われ)に戦(たたか)い勝(か)つこと能(あた)わず、一道(ひとすじ)の清風(せいふう)に化し、径(ただち)に天門(てんもん)の上へ往(ゆ)きて跑(はし)れり。是(こ)れ我天神(てんじん)を吆喝(おど)して擋(ふせ)がしめたるなり。かれ相(すがた)を現し、また我与十数合(じゅうすうごう)まで闘(たたか)いしが、また身(み)を将ちて金光に化(け)し、正南(せいなん)の上(うえ)一座の山の上に敗(やぶ)れて回れり。我(われ)急(いそ)ぎ山に追(お)い至るも、尋ぬる処(ところ)無く、恐(おそ)らくはかれ此に来りて汝を害(そこな)わんとし、特(とく)に地(ここ)に回顧(かいこ=引き返)するなり」 と。国王説(いう)を聞き、唐僧を扯(ひ)きて問うて道(いわ)く、「既(すで)に仮の公主(こうしゅ)の是れ妖邪(ようじゃ)ならば、我が真(しん)の公主は何処(いずこ)の処に在(あ)るか」と。行者声に応(おう)じて道(いわ)く、「我が仮の公主を拿(とら)え住(とど)むるを待(ま)て、汝(なんじ)がかの真の公主(こうしゅ)は自(おのずか)ら来(きた)らん」と。かの后妃等(こうひら)この言を聞(き)き得て、みな恐惧(きょうく=恐れ)を解(と)き、一箇一箇(ひとりひとり)上前(すす)み出で拝(はい)し告(もう)して道(いわ)く、 「望(のぞ)むらくは聖僧(せいそう)の我が真(しん)の公主を救い得来り、明暗(めいあん)を分(わか)たれ。必(かなら)ず当(まさ)に重(おも)く謝(しゃ)せん」 と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、 「此間(ここ)は是れ我らが話(はな)す処に非(あら)ず。請う陛下(へいか)我が師(し)与(と)宮(きゅう)を出で殿(でん)に上(のぼ)れ、娘娘等(にゃんにゃんら)各各(おのおの)の宮に転(てん)じ、我が師弟(してい)八戒(はっかい)・沙僧(さそう)を召(め)して来り師父(しふ)を保護(ほご)せしめよ。しからば我却って好(よ)く降妖(ごうよう=妖を降)しに去(ゆ)かん。一には内外(ないがい)を分(わ)かち、二(ふたつ)には我が懸心(けんしん=案じ)を免(まぬ)がれ、謹(つつし)んで当に辨明(べんめい)し、以(も)って我が一場(ひとくさり)の心力(しんりょく)を表(あらわ)さん」 と。国王言(げん)に依(よ)り、感謝(かんしゃ)して已(や)まず、遂(つい)に唐僧(とうそう)与手(て)を携(たずさ)えて宮(きゅう)を出(い)で、径に殿の上に至(いた)る。衆(しゅう)の后妃(こうひ)各各(おのおの)宮に回(かえ)る。一壁廂(いっぺきしょう=一方)には素膳(そぜん=精進の膳)を備(そな)えしめ、一壁廂(いっぺきしょう)には八戒・沙僧(さそう)を請(しょう)ず。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、二人(ふたり)早くも至る。行者前事(ぜんじ)を備(つまびらか)に言(い)い、かれ両箇(ふたり)に心(こころ)を用(もち)いて護持(ごじ=守り)することを教(おし)う。この大聖(たいせい)觔斗雲(きんとんうん)に縦(の)り、空(そら)に飛(と)びて去る。かの殿前(でんぜん)の多官(たかん)、一箇一箇(ひとりひとり)空を仰(あお)ぎ礼拜(らいはい)することは題(だい)とせず。 孫大聖(そんたいせい)径(ただち)に正南(せいなん)のかの一座(ひとつ)の山(やま)の上(うえ)に至り、尋找(たずねもと)む。元来(もと)かの妖邪陣(じん)に敗(やぶ)れ、この山に到(いた)り、窩(すみか)の中に潜(もぐ)り入り、門児(もんじ)を将ちて石塊(せっかい=石のかたまり)を使(つか)いて擋塞(とうそく=塞ぎ)し、虚怯怯(きょきょうきょう=おびえ)として藏(かく)れ隠(かく)れて出でず。行者一会(ひととき)尋(たず)ぬるに動静(どうせい=気配)を見(み)ず、心甚(いた)く焦悩(いらだ)ち、訣(けつ)を捻(ひね)り、真言(しんごん)を念(とな)え動(うご)かし、かの山中(さんちゅう)の土地(とち)・山神(さんしん)を喚(よ)び出して審問(しんもん=糺)す。少時(しばらく)して、二神(にしん)至(いた)り、頭を叫(さ)げて道(いわ)く、 「知らず知らず、知(し)らば当(まさ)に遠(とお)く接(むか)えん。万(よろず)望むらくは罪(つみ)を恕(ゆる)されよ!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、 「我(われ)且く汝を打たず。我汝に問(と)わん、この山は甚(なん)と喚ぶ名字(な)なるか。此処(ここ)に多少(いくら)の妖精有るか。従実(ありのまま)に説(い)い来(きた)れ、汝が罪過(ざいか)を饒(ゆる)さん」 と。二神(にしん)告(もう)して道(いわ)く、 「大聖、この山(やま)を喚(よ)んで毛穎山(もうえいざん)と做(な)す。山中(さんちゅう)に只だ三処(みところ)の兔穴(うさぎあな)有るのみ。亘古(ここ=大昔)より今(いま)に至るまで甚(なん)の妖精(ようせい)も無(な)く、乃(すなわ)ちこれ五環(ごかん)の福地(ふくち=幸いの地)なり。大聖妖精を尋ねんと要(もと)めなば、還た是(こ)れ西天(せいてん)の路上(ろじょう)に去きて有(あ)らん」 と。行者道(いわ)く、 「老孫(ろうそん)西天(せいてん)天竺国(てんじくこく)に到りしに、かの国王(こくおう)に一箇の公主有りしが、一箇(ひとり)の妖精に摂(かす)め去られ、荒野(こうや)に抛(なげう)たれたり。かれすなわち変(へん)じて公主(こうしゅ)の模様(すがた)と做(な)り、国王を戯(たわむ)れ哄(たぶら)かし、彩楼(さいろう)を結(むす)び、繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)げ、駙馬(ふば)を招(まね)かんと欲せり。 我唐僧を保(ほ)してその楼(ろう)の下(した)に至りしに、かれ心有りて唐僧を打(う)ち着(あ)て、配偶(はいぐう)と為(な)り、元陽(げんよう)を誘(さそ)い取らんとせり。 是れ我(われ)識破(しきは=見破)し、すなわち宮中(きゅうちゅう)に于(お)いて身を現(あらわ)して捉獲(とら)えたり。かれすなわち人(ひと)の衣(ころも)・首飾(しゅしょく)を脱(ぬ)ぎ、一条(ひとすじ)の短棍(たんこん)を使い、名(な)を搗薬杵(とうやくしょ)と喚び、我与半日(はんじつ)闘いしが、かれすなわち清風(せいふう)に化して去(さ)れり。老孫に趕われ西天門(せいてんもん)に至(いた)り、また十数合(じゅうすうごう)闘(たたか)いしが、かれ料(おもんみ)らくは勝(か)つこと能(あた)わじとし、復(ま)た金光(きんこう)に化(け)し、此処(ここ)に逃(に)げ至れり。如何(いか)にしてか見えざる」 と。二神(にしん)説(いう)を聞き、すなわち行者を引(ひ)きてかの三窟(みつのあな)の中(うち)に去(ゆ)き尋找(たずねもと)む。始(はじ)め山脚(さんきゃく=山の麓)の窟(あな)の辺に看る処(ところ)に、亦(ま)た幾箇(いくたり)かの草兔児(そうとじ=野うさぎ)有(あ)りしが、また驚かされて走(に)げ去れり。絶頂(ぜっちょう=いただき)の上の窟(あな)の中に尋(たず)ね至り看(み)る時、ただ見よ、二塊(ふたつ)の大石頭(おおいし)の、窟門(あなのもん)を将(も)ちて擋(ふさ)ぎ住むるを。土地(とち)道(いわ)く、 「此間(ここ)は必(かなら)ず是れ妖邪の趕(お)い急がれて潜(もぐ)り進(い)りしなり」 と。行者(ぎょうじゃ)すなわち鉄棒を使(つか)いて石塊(せっかい)を捎(はら)い開く。かの妖邪(ようじゃ)果(は)たして裡面(うち)に藏(かく)れおるが、呼(ふう)と一声(ひとこえ)、すなわち跳(おど)り将ち出で来り、薬杵(やくしょ=薬を搗く杵)を挙(あ)げて来り打つ。行者鉄棒を輪(めぐ)らし起して架(ささ)え住む。唬(おど)されたるかなかの山神(さんしん)は倒(さかしま)に退(しりぞ)き、土地(とち)は忙(いそ)ぎ奔(はし)る。かの妖邪口(くち)の裡(うち)囔囔突突(のうのうとつとつ=ぶつぶつ)として、山神(さんしん)・土地(とち)を罵(ののし)りて道(いわ)く、 「孰(たれ)か汝(なんじ)らに教(おし)えてかれを引(ひ)きて此処(ここ)へ来(きた)り尋找(たずね)しむる!」 と。かれ支支撑撑(ししとうとう=ふらふら)として、鉄棒(てつぼう)を抵(ふせ)ぎ、且(しばら)く戦(たたか)い且く退(しりぞ)き、空中(くうちゅう)に奔(はし)り至(いた)る。正(まさ)に危急(ききゅう)の際(おり)に在るに、却って又(ま)た天色(てんしょく=空模様)晩(く)れたり。この行者いよいよ狠性(こんしょう=荒々しさ)を発(はっ)し、毒手(どくしゅ)を下(くだ)し、恨(うら)むらくは一棒(ひとぼう)に打ち殺(ころ)さざるを。忽(たちま)ち九霄碧漢(きゅうしょうへきかん=大空)の間(あいだ)に、人の叫(よ)びて道(いわ)くを聴(き)く、 「大聖(たいせい)、手を動かすこと莫かれ!手を動かすこと莫かれ!棍下(こんか=棒の下)に情(なさけ)を留(とど)めよ!」 と。行者(ぎょうじゃ)首(こうべ)を回(めぐ)らして看る時(おり)、元来(もと)これ太陰星君(たいいんせいくん)の、後(うしろ)に姮娥仙子(こうがせんし=嫦娥)を帯(たい)し、彩雲(さいうん)を降して当面(まのあたり)に到れるなり。慌てたるかな行者鉄棒を收め、身を躬(かが)めて礼(れい)を施(ほどこ)して道(いわ)く、 「老太陰(ろうたいいん)、那裡(いずこ)より来れる。老孫(ろうそん)回避(はいき=遠慮)を失(うしな)えり」 と。太陰(たいいん)道(いわ)く、 「汝与(と)対敵(たいてき)するこの妖邪は、是(こ)れ我が広寒宮(こうかんきゅう)に在りて玄霜(げんそう=仙薬)の仙薬(せんやく)を搗(つ)くの玉兔(ぎょくと=月のうさぎ)なり。かれ私(ひそ)かに玉関金鎖(ぎょくかんきんさ=玉の関と金の錠)を偸(ぬす)み開(ひら)き、宮(きゅう)を走(ぬ)け出(い)でてより、今を経(へ)ること一載(いっさい=一年)なり。我かれが目下(もっか)に命(いのち)を傷(そこな)うの災(わざわい)有るを算(さん)し、特(とく)に来りてかれが性命(せいめい)を救(すく)わんとす。望(のぞ)むらくは大聖老身(ろうしん=この老婆)の顔(かお)を看てかれを饒(ゆる)されよ」 と。 行者喏喏(だくだく)と声(こえ)を連(つら)ね、ただ道(いわ)く、 「不敢(いたしま)ぬ!不敢ぬ!怪(あや)しむらくはかれ搗薬杵(とうやくしょ)を使うを会(え)するなり。元来(もと)これ一箇(ひとつ)の玉兔児(ぎょくとじ=月のうさぎ)なりけるか!老太陰(ろうたいいん)知りたまわずや、かれ天竺国王(てんじくこくおう)の公主を摂(かす)め藏(かく)し、却又(また)仮合(けごう=いつわりの)の真形(しんぎょう)を以て、我が聖僧(せいそう)の師父の元陽(げんよう)を破らんと欲(ほっ)せり。その情(じょう)その罪、実(げ)に何(なん)ぞ甘(あま)んずべき!怎(いか)でかすなわち便(すなわ)ち軽(かる)く恕(ゆる)してかれを饒(ゆる)すべき」 と。太陰(たいいん)道(いわ)く、 「汝もまた知らず。かの国王の公主も、また是れ凡人(ぼんじん)に非(あら)ず、原(もと)これ蟾宮(せんきゅう)の中(うち)の素娥(そが)なり。十八年前(じゅうはちねんぜん)、かれ曾(かつ)て玉兔児(ぎょくとじ)を把(と)りて一掌(ひとつ)打(う)ちたれば、却(かえ)ってすなわち凡(ぼん)を思(おも)いて下界(げかい)に降(くだ)れり。一霊(いちれい)の光(ひかり)、遂(つい)に国王(こくおう)の正宮皇后(せいきゅうこうごう)の腹(はら)に投胎(とうたい)し、当時(そのとき)以(も)って降生(こうしょう)するを得(え)たり。この玉兔児かの一掌(ひとつ)の仇(あだ)を懐(いだ)き、故(ゆえ)に旧年(きゅうねん)広寒(こうかん)を走(ぬ)け出で、素娥を荒野(こうや)に抛(なげう)てり。但(た)だ只(た)だこれ唐僧(とうそう)に配(はい)せんと欲するは該(まさ)にせざるに、この罪(つみ)真(まこと)に逭(のが)るべからず。幸(さいわ)いに汝(なんじ)心(こころ)を留(とど)め、真假(しんが)を識破(しきは)し、却ってまた未(いま)だ曾(かつ)て汝が師(し)を傷損(しょうそん)せず。万(よろず)望むらくは我が面(おもて)を看(み)て、かれの罪を恕(ゆる)されよ、我(われ)かれを收(おさ)めて去かん」 と。行者(ぎょうじゃ)笑って道(いわ)く、 「既(すで)にこれらの因果(いんが)有らば、老孫もまた敢えて抗違(こうい=逆らい)せず。但(た)だ只だこれ汝玉兔児(ぎょくとじ)を收めなば、恐(おそ)らくはかの国王信(しん)ぜじ。敢(あ)えて煩(わずら)わさん、太陰君(たいいんくん)衆の仙妹(せんまい=仙女)と同(とも)に玉兔児を将ちて那廂(あちら)に拿(とら)え到(いた)り、国王に対(むか)い明証(めいしょう)し明証(めいしょう)せよ。一(ひとつ)には老孫(ろうそん)の手段(しゅだん)を顕(あらわ)し、二(ふたつ)にはかの素娥(そが)の下降(げこう)の因由(いんゆ=仔細)を説(と)き、然(しか)る後(のち)かの国王(こくおう)をして素娥の公主(こうしゅ)の身(み)を取(と)らしめ、以(も)って顕報(けんぽう=あらわな報い)の意(こころ)を見(み)しめん」 と。太陰君その言を信(しん)じ、手(て)を用(もち)いて妖邪(ようじゃ)を指(さ)し定(さだ)め、喝(かつ)して道(いわ)く、 「かの孽畜(げっちく=畜生)、還(ま)た正(しょう)に帰(き)して同(とも)に来(きた)らざるか!」 と。玉兔児(ぎょくとじ)一箇の転(ころがり)を打ち、原身(げんしん=本来の身)を現す。真箇(まこと)にこれ、 缺唇(けっしん=欠けた唇)尖歯(せんし=尖れる歯)、長耳(ちょうじ)稀鬚(きしゅ=まばらな髭)。 団身(だんしん=丸き身)一塊(ひとかたまり)毛(け)は玉(ぎょく)の如(ごと)く、展足(てんそく=伸ぶる足)千山(せんざん)蹄(ひづめ)は飛(と)ぶが若(ごと)し。 直鼻(ちょくび=真直ぐな鼻)酥(そ=とろける肌)を垂(た)れ、果(は)たして霜華(そうか=霜の華)の粉膩(ふんじ=白粉)に填(み)つるに賽(まさ)り、 双睛(そうせい=両眼)紅(あか)く映(えい)じて、猶(な)お雪(ゆき)の上に臙脂(えんじ)を点(てん)ずるを欺(あざむ)く。 地(ち)に伏(ふ)すれば、白穣穣(はくじょうじょう=白々と)たる一堆(ひとたまり)の素練(それん=白き練絹)、 腰(こし)を伸(の)ばし開けば、白鐸鐸(はくたくたく)たる一架(ひとかけ)の銀糸(ぎんし=銀の糸)。 幾番(いくたび)か家(や)に清露(せいろ=清き露)を吸(す)い残(のこ)して瑶天(ようてん=美しき天)暁(あけ)ぼの、 搗薬(とうやく)長生(ちょうせい)の玉杵(ぎょくしょ=玉の杵)奇(き)なり。 と。 かの大聖これを見て欣喜(きんき=喜び)に勝(た)えず、雲光(うんこう)を踏(ふ)みて前(まえ)に向(むか)い導(みちび)く。かの太陰君(たいいんくん)衆(しゅう)の姮娥仙子(こうがせんし)を領(ひき)い、玉兔児を帯(たい)し、径に天竺国(てんじくこく)の界(さかい)に転(てん)ず。この時正に黄昏(たそがれ)、月(つき)の上(のぼ)らんとするを見るに、城(しろ)の辺(ほとり)に到り、譙楼(しょうろう=物見やぐら)の上(うえ)に鼓(つづみ)を擂(うち)鳴(な)らすを聞く。かの国王与唐僧なお殿内(でんない)に在(あ)り、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)与多官みな階前(かいぜん=階の前)に在りて、方(はじ)めて退朝(たいちょう)を議(ぎ)するに、ただ見(み)よ、正南(せいなん)の上に一片(ひとひら)の彩霞(さいか)の、光明(こうみょう)昼(ひる)の如(ごと)きを。衆頭(こうべ)を抬(あ)げて看る処、また孫大聖(そんたいせい)の声を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よばわ)るを聞(き)く、 「天竺(てんじく)の陛下(へいか)、請(こ)う汝がかの皇后・嬪妃(ひんぴ)を出(いだ)し看しめよ。この宝幢(ほうどう=尊き幢)の下(した)は乃ちこれ月宮(げっきゅう)の太陰星君(たいいんせいくん)、両辺(りょうほう)の仙妹(せんまい)は是れ月裡(げつり=月の中)の嫦娥(じょうが)なり。この玉兔児(ぎょくとじ)は却って是(こ)れ汝が家(いえ)の仮(にせ)の公主、今(いま)真相(しんそう)を現(あらわ)せるなり」 と。かの国王急(いそ)ぎ皇后(こうごう)・嬪妃(ひんぴ)与(と)宮娥(きゅうが)・彩女(さいじょ)等の衆(しゅう)を召(め)し、天に朝(むか)いて礼拜(らいはい)し、かれと唐僧及(およ)び多官(たかん)もまた俱(みな)空(そら)を望(のぞ)み拝謝(はいしゃ)す。満城(まんじょう=町中)の各家各戸(かっかかっこ)、一人(ひとり)として香案(こうあん=香の台)を設(もう)けず、頭を叩(う)ち仏(ほとけ)を念(ねん)ぜざるは莫(な)し。正(まさ)にこの観看(みわた)す処に、猪八戒(ちょはっかい)欲心(よくしん=淫欲)を動(うご)かし、忍(しの)ぶこと能(あた)わず空の中に跳(おど)り上(あが)り、霓裳仙子(げいしょうせんし)を把り抱(いだ)き住(とど)めて道(いわ)く、 「姐姐(ねえさん)、我汝(なんじ)与是れ旧(ふる)き相識(そうしき=知り合い)なり。我汝与耍子児(あそび)に去(ゆ)かん」 と。行者上前(すす)み出で八戒を揪(つか)まえ、両掌(ふたつ)打ちて罵(ののし)って道(いわ)く、 「汝この村潑(そんはつ=粗暴)の呆子(あほう)め!此(ここ)は是れ甚(なん)の去処(ところ)ぞ、敢えて淫心(いんしん)を動かすか!」 と。八戒(はっかい)道(いわ)く、「閑(ひま)を拉(ひ)き悶(もん)を散(さん)じて耍子(あそ)ぶのみ!」と。かの太陰君仙幢(せんどう=仙の幢)を転(めぐ)らしめ、衆の嫦娥(じょうが)与(と)玉兔(ぎょくと)を收(おさ)め回し、径(ただち)に月宮(げっきゅう)に上(のぼ)りて去る。 行者八戒を把(と)って塵埃(じんあい=地面)に揪(つか)み落(おと)す。この国王(こくおう)殿(でん)の上に在りて行者(ぎょうじゃ)に謝し、また前因(ぜんいん=これまでの仔細)を問うて道(いわ)く、 「多(おお)く神僧(しんそう)の大法力(だいほうりき)の仮の公主を捉(とら)えたるを感(かん)ず。朕(ちん)が真の公主(こうしゅ)は、却(かえ)って何処(いずこ)の処(ところ)に在(あ)るか」 と。行者道(いわ)く、 「汝(なんじ)がかの真(しん)の公主もまた凡胎(ぼんたい=凡人の胎)に非(あら)ず、すなわちこれ月宮(げっきゅう)の裡の素娥仙子(そがせんし)なり。十八年前(じゅうはちねんぜん)に因(よ)り、かれ玉兔児を将(も)ちて一掌(ひとつ)打(う)ちたれば、すなわち凡(ぼん)を思(おも)いて下界(げかい)に降り、汝が正宮(せいきゅう)の腹(はら)の内(うち)に投胎(とうたい)し、身を生(う)み下(おろ)せり。かの玉兔児(ぎょくとじ)前仇(ぜんきゅう)を懐(いだ)き、此を以て旧年間(きゅうねんかん)に于(お)いて玉関金鎖(ぎょくかんきんさ)を偸(ぬす)み開(ひら)きて走(くだ)り来り、素娥(そが)を把り摂(かす)めて荒野(こうや)に抛(なげう)ち、かれ却って形(かたち)を変じて汝を哄(たぶら)かせり。この段(くだり)の因果(いんが)は、是(こ)れ太陰君(たいいんくん)の親口(みずから)才(いま)しがた我(われ)与(に)説(と)きしなり。今日(こんにち)既(すで)にその仮なる者(もの)を去(さ)れば、明日(みょうにち)御駕(ぎょが=王の駕)を請いその真なる者を尋ねられよ」 と。国王説(いう)を聞き、また心意(しんい)慚惶(ざんこう=恥じ恐れ)し、腮辺(ほおべた)の涙(なみだ)の流(なが)るるを止(とど)めずして道(いわ)く、 「孩児(がいじ=子よ)!我幼(おさな)きより登基(とうき=即位)し、城門(じょうもん)すらもまた曾(かつ)て出(い)でず、却って我をして那裡(いずこ)に去きて汝(なんじ)を尋(たず)ねしめんとするか!」 と。行者笑って道(いわ)く、 「煩悩(はんのう=心配)するを須(もち)いず。汝が公主現(いま)給孤布金寺(きゅうこふきんじ)の裡(うち)に在りて風(ふう=狂気)を装(よそお)えり。今且(しばら)く各散(さん)じ、天明(てんめい)に到らば、我(われ)汝に一箇の真(しん)の公主(こうしゅ)を還(かえ)さん」 と。 衆官(しゅうかん)また拝(はい)し伏(ふく)して奏(もう)して道(いわ)く、 「我王(がおう)且く心を寛(ひろ)くせよ。これらの幾位(いくたり)かの神僧は、乃(すなわ)ちこれ雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)に駕するの神仏(しんぶつ)なり。必(かなら)ず未来過去(みらいかこ)の因由(いんゆ)を知(し)れり。明日(みょうにち)すなわち神僧(しんそう)四衆(ししゅ)を煩(わずら)わし同(とも)に去(ゆ)きて一尋(ひとたず)ねしめば、便(すなわ)ち端的(あて)を知らん」 と。国王言(げん)に依(よ)り、すなわち請じて留春亭(りゅうしゅんてい)に至り斎(とき)を並べ安歇(あんけつ=休ま)しむ。この時(おり)すでに二更(にこう)に近(ちか)し。正にこれ、 銅壺(どうこ=銅の水時計)滴漏(てきろう)して月華(げっか=月の光)明(あき)らかに、 金鐸(きんたく=金の鈴)叮当(ていとう)として風(かぜ)声(こえ)を送(おく)る。 杜宇(とけい=ほととぎす)正(まさ)に啼(な)きて春(はる)去ること半(なかば)、 落花(らっか)路(みち)無くして三更(さんこう)に近し。 御園(ごえん)寂寞(せきばく)たり鞦韆(しゅうせん=ぶらんこ)の影(かげ)、 碧落(へきらく=空)空(むな)しく孚(ただよ)いて銀漢(ぎんかん=天の川)横(よこた)わる。 三市六街(さんしろくがい)に客(きゃく)の走(ゆ)く無く、 一天(いってん)の星斗(せいと=星)夜光(やこう)晴(は)れたり。 と。当夜(そのよ)各(おのおの)寝(い)ぬることは題(だい)とせず。 この一夜(いちや)、国王(こくおう)妖気(ようき)を退(しりぞ)け、陡(にわ)かに精神(せいしん)を長(の)ばし、五更三点(ごこうさんてん)に至りて復(ま)た出でて朝(ちょう)に臨(のぞ)む。 朝(ちょう)罷(や)み、命(めい)じて唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)を請(しょう)じ公主を尋ぬることを議(ぎ)せしむ。長老(ちょうろう)随(したが)いて至(いた)り、上(かみ)に朝(むか)いて礼(れい)を行(おこな)う。大聖(たいせい)三人(みたり)も、一同(ともに)一箇(ひとつ)の問訊(もんじん)を打(な)す。国王身を欠(かが)めて道(いわ)く、 「昨(きのう)云(い)える公主の孩児(がいじ=子)のこと、敢(あ)えて神僧を煩(わずら)わし為(ため)に一尋(ひとたず)ね救わんことを請(こ)う」 と。長老(ちょうろう)道(いわ)く、 「貧僧(ひんそう)前日(せんじつ)東(ひがし)より自(よ)り来り、行(ゆ)きて天(てん)の晩(くれ)に至り、一座の給孤布金寺(きゅうこふきんじ)を見しにより、特(とく)に進(すす)み入(い)り宿(やどり)を求(もと)めしに、幸(さいわ)いにかの寺僧(じそう)の相待(あいま)えるを蒙(こうむ)れり。当晚(そのよ)斎(とき)罷(や)みて、月(つき)を步(あゆ)み閑(しずか)に行(ゆ)き、布金(ふきん)の旧園(きゅうえん)に至り基址(きし=基礎の迹)を観看(みわた)せしに、忽(たちま)ち悲声(ひせい)の耳(みみ)に入るを聞けり。その由(よし)を詢問(たず)ぬるに、本寺(ほんじ)の一老僧(いちろうそう)、年(とし)すでに百歳(ひゃくさい)の外(ほか)なるが、かれ左右(そうゆう=側近)を屏退(へいたい=遠ざ)け、細細(つまびらか)に我に向(むか)いて一遍(ひととおり)説(と)きて道(いわ)く、 『悲声(ひせい)なる者(もの)は、乃ち旧年(きゅうねん)春(はる)深(ふか)き時、我正に性月(せいげつ=心の月)を明(あきら)かにせしに、忽然(たちまち)一陣(ひとむれ)の風(かぜ)生(しょう)じて、すなわち悲怨(ひえん)の声有(あ)り。榻(しじ=寝台)を下(お)り園基(えんき=園の跡)の上(うえ)に到(いた)り看(み)る処、乃(すなわ)ちこれ一箇(ひとり)の女子(にょし)なり。その故(ゆえ)を詢問(たず)ぬるに、かの女子(にょし)道(いわ)く、「我(われ)は是れ天竺国(てんじくこく)の国王の公主(こうしゅ)なり。夜間(やかん)月(つき)を玩(もてあそ)び花(はな)を観(み)るに因りて、風(かぜ)に刮(ふ)かれて此に至(いた)れり」と。』 と。かの老僧(ろうそう)多(おお)く人礼(じんれい=人の礼)を知り、すなわち公主を将ちて一間(ひとま)の僻静(へきせい=静かなる)の房(へや)の中(うち)に鎖(と)じ込(こ)め、ただ本寺(ほんじ)の頑僧(がんそう=ならず者僧)の汚染(おせん=辱しめ)せんことを惟(おもんばか)り、只(た)だ説(い)えらくは妖精(ようせい)の我に鎖(と)じらるるなりと。公主この意(こころ)を識(し)り得て、日間(ひるま)は胡言乱語(こげんらんご=たわごと)し、些(いささ)かの茶飯(さはん)を討(こ)いて吃(くら)い、夜深(よふけ)けて人(ひと)の無(な)き処には、父母(ふぼ)を思量(おもんばか)り悲啼(ひてい=泣き悲し)めり。かの老僧もまた曾(かつ)て国(くに)に来(きた)り幾番(いくたび)か尋(たず)ね聞(き)きしに、公主(こうしゅ)の宮に在りて恙(つつが)無きを見るにより、此(ここ)を以て敢えて声(こえ)を揚(あ)げ挙奏(きょそう=上奏)せざりき。我が徒弟(でし)に些(いささ)かの神通(じんずう)有るを見(み)るに因(よ)り、かの老僧(ろうそう)千叮万嘱(せんていばんしょく=くれぐれも頼み)、貧僧(ひんそう)に此に到り査訪(さぼう=調べ尋ね)することを教(おし)えたり。期(き)せずやかれ原(もと)これ蟾宮(せんきゅう)の玉兔(ぎょくと)の妖(よう)と為(な)り、仮合(けごう)の真形(しんぎょう)をもて、変(へん)じて公主の模様(すがた)と作(な)り、かれ却(かえ)って又(ま)た心有りて我が元陽(げんよう)を破(やぶ)らんとせしなり。幸(さいわ)いに我が徒弟(でし)の威(い)を施(ほどこ)し法(ほう)を顕(あらわ)し、真假(しんが)を認め出せしに縁(よ)り、今(いま)すでに太陰星(たいいんせい)に収(おさ)め去られたり。賢(けん)なる公主は現(いま)布金寺(ふきんじ)に在りて風(ふう=狂気)を装(よそお)えるなり」 と。国王(こくおう)この詳細(しょうさい)を説(い)うを見、声を放ちて大いに哭(な)く。早(はや)くも三宮六院(さんきゅうろくいん)を驚動(きょうどう)し、みな来りて前因(ぜんいん)を問(と)い及(およ)ぶ。一人(ひとり)として痛哭(つうこく)せざるは莫し。良久(ややひさしく)して、国王また問うて、 「布金寺(ふきんじ)は城(しろ)を離(はな)るること多遠(いかほど)か」 と。三藏(さんぞう)道(いわ)く、「只だ六十里(ろくじゅうり)の路(みち)有(あ)るのみ」と。国王遂(つい)に旨(むね)を伝(つた)えて、 「東西二宮(とうざいにきゅう)をして殿を守(まも)らしめ、掌朝太師(しょうちょうたいし)をして国(くに)を衛(まも)らしめ、朕(ちん)は正宮皇后(せいきゅうこうごう)と多官・四神僧(ししんそう)を帥(ひき)い、寺(てら)に去き公主(こうしゅ)を取らん」 と。 当時(そのとき)駕(が)を並(なら)べ、一行(いっこう)朝(ちょう)を出づ。なんじ看よ、かの行者(ぎょうじゃ)すなわち空(そら)の中に跳(おど)り上(あが)り、腰(こし)を一扭(ひとひねり)して、先(さき)に寺(てら)の裡に到れり。衆僧(しゅうそう)慌(あわ)てて跪(ひざまず)き接えて道(いわ)く、「老爺(ろうや=だんな)去(さ)りし時(おり)は、衆(みな)与步行(ほこう)せしに、今日(こんにち)何(いずく)よりか天の上より下(お)り来れる」と。行者笑って道(いわ)く、 「汝(なんじ)がかの老師(ろうし)は何処(いずこ)の処(ところ)に在るか。疾(と)くかれを叫び出(いだ)し、香案(こうあん)を排設(はいせつ)し駕を接(むか)えしめよ。天竺国王(てんじくこくおう)・皇后・多官(たかん)与我が師父(しふ)みな来(きた)れるなり」 と。衆僧その意(こころ)を解(げ)せず、すなわちかの老僧を請じ出す。老僧(ろうそう)行者を見るや、身(み)を倒(さかしま)にして下拝(かはい)して道(いわ)く、「老爺(ろうや)、公主の事(こと)は如何(いかん)」と。行者(ぎょうじゃ)かの仮(にせ)の公主の繍毬(しゅうきゅう)を抛(な)げて唐僧に配(はい)せんと欲(ほっ)せしこと、并(ならび)に趕い捉(とら)え賭闘(のっとう=賭け合い)せしこと、太陰星(たいいんせい)与(の)玉兔(ぎょくと)を収(おさ)め去りしの言を、備(つまびらか)に陳(の)べ一遍(ひととおり)せり。かの老僧また磕頭(こうとう)し拝謝(はいしゃ)するに、行者攙(たす)け起(おこ)して道(いわ)く、 「且(しばら)く拝(はい)すること莫(な)かれ、且く拝すること莫かれ、疾(と)く安排(あんばい)して駕(が)を接えよ」 と。衆僧(しゅうそう)才(はじ)めて後房(こうぼう=奥の間)の裡(うち)に鎖(と)じ得たるは是れ一箇の女子(にょし)なるを知(し)る。一箇一箇(ひとりひとり)驚(おどろ)き喜び、すなわちみな香案(こうあん)を設(もう)け、山門(さんもん)の外(そと)に並べ列(つら)ね、袈裟(けさ)を穿(き)、鐘鼓(しょうこ=鐘と鼓)を撞(つ)き起して等候(ま)つ。多(おお)からず時(とき)に、聖駕(せいが=王の駕)早くも到(いた)る。果(は)たして是(こ)れ、 繽紛(ひんぷん)たる瑞靄(ずいあい)天(てん)に満(み)ちて香(こう)ばしく、 一座(ひとつ)の荒山(こうざん)倏(たちま)ち祥(しょう=めでたさ)を被(こうむ)る。 虹(にじ)流(なが)れて千載(せんざい)河海(かがい)を清(きよ)め、 電(いなずま)繞(めぐ)りて長春(ちょうしゅん)禹湯(うとう)に賽(まさ)る。 草木(そうもく)恩(おん)を沾(うるお)いて秀色(しゅうしょく)を添(そ)え、 野花(やか)潤(うるお)いを得(え)て余芳(よほう=余りの香)有り。 古来(こらい)長者(ちょうじゃ)の遺迹(いせき)を留(とど)め、 今喜(よろこ)ぶ明君(めいくん)の宝堂(ほうどう)に降(くだ)れるを。 と。国王(こくおう)山門(さんもん)の外(そと)に到るに、ただ見(み)よ、かの衆僧の斉斉整整(せいせい)として、俯(うつむ)き伏(ふ)し接(むか)え拝(はい)し、また孫行者(そんぎょうじゃ)の中間(ちゅうかん)に立(た)てるを見、国王道(いわ)く、「神僧(しんそう)何(なん)ぞ先(さき)に此に到れる」と。行者笑って道(いわ)く、「老孫腰(こし)を略(ほん)の扭一扭(ひとひねり)するのみ、すなわち到(いた)れり。汝ら怎(いか)でかすでにこの半日(はんじつ)も走(ある)きし」と。随いて後(のち)唐僧等(ら)俱(みな)到る。長老(ちょうろう)駕を引(ひ)き、後面(こうめん)の房(へや)の辺に到るに、かの公主(こうしゅ)還た風(ふう)を装(よそお)いて胡説(こせつ=たわごと)す。老僧(ろうそう)跪(ひざまず)き指(さ)して道(いわ)く、 「この房(へや)の内(うち)がすなわち是れ旧年(きゅうねん)風(かぜ)の吹(ふ)き来らしめたる公主娘娘(こうしゅにゃんにゃん)なり」 と。国王すなわち令(れい)して門(もん)を開かしむ。随(したが)いてすなわち鉄鎖(てっさ=鉄の錠)を解(と)き開(ひら)き、門(もん)を開(あ)く。国王(こくおう)与(と)皇后(こうごう)公主を見るや、形容(かたち)を認(したた)め得、穢汚(けいお=汚れ)を顧(かえり)みず、前(まえ)に近(ちか)づき一把(ひとつかみ)に抱(いだ)き寄(よ)せて道(いわ)く、 「我(わ)が受苦(くるしみ)を蒙(こうむ)れる児(こ)よ!汝怎(いか)でかこの般(ごとき)の折磨(しばく=責め苦)に遭(あ)い、此(ここ)に在りて罪(つみ)を受(う)くるぞ!」 と。真(まこと)にこれ父母(ふぼ)子女(しじょ)の相逢(あいあ)うは、他人(たにん)の与(くら)ぶるに同(おな)じからず、三人(みたり)頭(こうべ)を抱(いだ)きて大(おお)いに哭(な)く。一会(ひととき)哭(な)きて、離情(りじょう=別れし思い)を叙(の)べ畢(おわ)り、すなわち令(れい)して香湯(こうとう=香りの湯)を取(と)らしめ、公主をして沐浴(もくよく)し衣(ころも)を更(あらた)め、輦(くるま)に上(のぼ)りて国(くに)に回(かえ)らしむ。 行者(ぎょうじゃ)また国王に対(むか)い手を拱(きょう)して道(いわ)く、「老孫(ろうそん)還(ま)た一事(いちじ)の奉(たてまつ)る有り」と。国王礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、「神僧事(こと)の吩咐(いいつけ)有(あ)らば、朕(ちん)すなわちこれに従(したが)わん」と。行者道(いわ)く、 「かれがこの山を、名(な)づけて百脚山(ひゃっきゃくざん)と曰(い)う。近来(ちかごろ)説(い)うならくは蜈蚣(むかで=百足)の精(せい)と成(な)り、黒夜(こくや)に人を傷(そこな)い、往来(おうらい)の行旅(こうりょ=旅人)に甚(はなは)だ不便(ふべん)を為(な)すと。我思(おも)うに蜈蚣(むかで)は惟(た)だ鶏(にわとり)のみ以(も)って降伏(こうぶく)すべし。絶大(ぜつだい)の雄鶏(おんどり)千隻(せんせき)を選(えら)び、山中(さんちゅう)に撒(ま)き放(はな)ち、この毒虫(どくちゅう)を除(のぞ)くべし。 すなわちこの山の名(な)を将ちて改換(かいかん)し改換し、文(ふみ)を賜(たま)い一道(ひとすじ)の敕封(ちょくほう=勅命の封)を賜(たま)わば、すなわち当にこの僧(そう)の公主(こうしゅ)を存(ぞん)じ養(やしな)えるの恩(おん)を謝(しゃ)するに当(あ)たるべし」 と。国王(こくおう)甚(いた)く喜び領諾(りょうだく=承知)し、随いて官(かん)を差(さし)し城(しろ)に進(い)り鶏(にわとり)を取らしめ、また山(やま)の名(な)を改(あらた)めて宝華山(ほうかざん)と為(な)し、仍(な)お工部(こうぶ=工匠の司)に料(りょう)を弁(そな)え重(かさ)ねて修(しゅう)せしめ、封号(ふうごう)を賜(たま)い与(あた)え、喚(よ)んで「敕建宝華山給孤布金寺(ちょくけんほうかざんきゅうこふきんじ)」と做(な)せり。かの老僧を把(と)りて「報国僧官(ほうこくそうかん)」に封(ほう)じ、永遠(えいえん)に世襲(せしゅう)せしめ、俸(ほう)三十六石(さんじゅうろっこく)を賜(たま)う。僧衆(そうしゅう)恩(おん)を謝し、駕(が)を送りて朝(ちょう)に回る。公主宮(きゅう)に入(い)り、各各(おのおの)相見(あいまみ)え、筵宴(えんえん)を安排(あんばい)し、公主与悶(もん)を釈(と)き賀(が)を喜(よろこ)ぶ。后妃母子(ぼし)、復(ま)た首(こうべ)を聚(あつ)め団圞(だんらん=円く集い)、国王君臣(くんしん)もまた共(とも)に喜び飲宴(いんえん)すること一宵(いっしょう)なることは題(だい)とせず。 次早(あくるあさ)、国王旨(むね)を伝(つた)え、丹青(たんせい=絵師)を召(め)し聖僧(せいそう)四衆(ししゅ)の喜容(きよう=喜びの姿)を図(えが)き下(おろ)し、華夷楼(かいろう)の上に供養(くよう)せしめ、また公主(こうしゅ)を請(しょう)じて新妝(しんしょう=新たな化粧)を重(かさ)ねて整(ととの)え、殿(でん)に出(い)でて唐僧(とうそう)四衆(ししゅ)の苦(くるしみ)を救(すく)えるの恩(おん)を謝(しゃ)せしむ。謝し畢(おわ)り、唐僧王(おう)に辞(じ)して西(にし)へ去(ゆ)かんとす。かの国王(こくおう)那裡(いずく)にか肯(あえ)て放たん。大いに佳宴(かえん)を設(もう)け、一連(つづ)けに五、六日(ごろくにち)吃(くら)わせしは、着実(しっか)りと呆子(あほう)を好からしめ、力(ちから)を尽(つく)して肚量(とりょう=腹)を放(はな)ち開いて受用(じゅよう=馳走)せり。国王かれらの仏(ほとけ)を拝(おが)む心(こころ)の重(おも)きを見(み)、苦(くる)しみ留(とど)むるに住まらず、遂(つい)に金銀(きんぎん)二百錠(にひゃくじょう)、宝貝(ほうばい=宝物)各一盤(ひとさら)を取(と)り奉謝(ほうしゃ)せしに、師徒(してい)ら一毫(いちごう=一糸)も受(う)けず。鑾駕(らんが=天子の駕)を並(なら)べしめ、老師父(ろうしふ)を請じて輦(くるま)に登(のぼ)らしめ、官(かん)を差(さし)て遠(とお)く送(おく)らしむ。かの后妃(こうひ)并(ならび)に臣民(しんみん)人等(ひとびと)みな各(おのおの)叩謝(こうしゃ)して尽(つ)きず。前途(ぜんと)に至るに及び、また衆僧(しゅうそう)の叩(こうべ)をいて送るを見、俱(みな)相別(あいわか)るるに忍(しの)びず。行者送(おく)る者の肯(あえ)て回(かえ)らざるを見、己(や)むこと無く、訣(けつ)を捻(ひね)り巽地(そんち=巽の方角)の上(うえ)に向(むか)い一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、一陣(ひとむれ)の暗風(あんぷう)もて、送る人(ひと)の都(みな)が眼目(がんもく=目)を迷(まよ)わしめ、方(はじ)めて纔(ようや)く身を脱(のが)れて去るを得たり。正(まさ)にこれ、 恩波(おんぱ=恩の波)を沐(あ)び浄(きよ)めて性(しょう)に帰(き)し、 金海(きんかい)を出離(しゅつり)して真空(しんくう)を悟(さと)る。 と。畢竟(ひっきょう)前路(ぜんろ)の如何(いかん)を知らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十六回 寇員外(こういんがい)喜(よろこ)んで高僧(こうそう)を待(もてな)し 唐長老(とうちょうろう)富貴(ふうき)を貪(むさぼ)らず 色色(しきしき)は原(もと)無色(むしょく)、空空(くうくう)も亦(ま)た空(くう)に非(あら)ず。 静喧語默(せいけんごもく=静けきと騒がしき、語りと黙)本(もと)より来(きた)りて同(おな)じ、 夢裡(むり=夢の中)何(なん)ぞ労(ろう)して夢(ゆめ)を説(と)かん。 有用(ゆうよう)の用中(ようちゅう)に無用(むよう)有(あ)り、無功(むこう)の功裡(こうり)に功(こう)を施(ほどこ)す。 還(ま)た是(こ)れ果(くだもの)の熟(じゅく)して自(おのずか)ら紅(あか)むが如(ごと)し、如何(いか)に修種(しゅしゅ=修め種う)えるを問(と)う莫(な)かれ。 と。 話(わ)は唐僧(とうそう)師衆(ししゅう)の、法力(ほうりき)を使(つか)い、かの布金寺(ふきんじ)の僧(そう)を阻(はば)み住(とど)むるを表(あらわ)す。僧黒風(こくふう=黒き風)の過(よ)ぐる処(ところ)に、かれが師徒(してい)の見(み)えざるを見、以(おも)えらく活仏(かつぶつ=生き仏)の凡(ぼん)に臨(のぞ)めりとし、磕頭(こうとう=額づき)して回(かえ)ることは題(だい)とせず。 かれが師徒ら西(にし)へ行(ゆ)くに、正(まさ)にこれ春(はる)尽(つ)き夏(なつ)初(はじ)めの時節(じせつ)なり、 清和(せいわ)天気(てんき)爽(さわ)やかに、池沼(ちしょう=池と沼)芰荷(きか=蓮)生(しょう)ず。 梅(うめ)雨余(うよ)を逐(お)うて熟(じゅく)し、麦(むぎ)風裡(ふうり)に随(したが)いて成(な)る。 草(くさ)香(こう)ばしく花(はな)落(お)つる処、鶯(うぐいす)老(お)いて柳枝(りゅうし)軽(かる)し。 江燕(こうえん)雛(ひな)を携(たずさ)えて習(なら)い、山鶏(やまどり)子(こ)を哺(くぐく)んで鳴(な)く。 斗南(となん=北斗の南)当日(とうじつ)永(なが)く、万物(ばんぶつ)光明(こうみょう)を顕(あらわ)す。 と。あの朝餐暮宿(ちょうさんぼしゅく=朝の食と夕の宿)、澗(たに)を転(てん)じ坡(さか)を尋(たず)ぬるを説(い)い尽(つ)くし難(がた)し。かの平安(へいあん)の路上(ろじょう)に在りて、行くこと半月(はんつき)を経(へ)るに、前辺(まえ)また一(ひとつ)の城垣(じょうえん=城壁)の相近(あいちか)づけるを見る。三藏(さんぞう)問うて道(いわ)く、「徒弟(でし)よ、此(ここ)は又(ま)た是れ甚(なん)の去処(ところ)ぞ!」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「知(し)らず、知らず」と。八戒(はっかい)笑って道(いわ)く、 「この路(みち)は是れ汝(なんじ)の行き過(す)ぎたるところなるに、怎(いか)でか知らずと説う。却(かえ)って又た些(いささ)かの児(きっかけ)の蹊蹺(けいき=怪しさ)有り。故意(わざ)と認(したた)め得(え)ざるを推(お)して、我らを捉弄(からか)うなり」 と。行者道(いわ)く、 「この呆子(あほう)全(まった)く理(ことわり)を察(さっ)せず!この路は是(こ)れ幾遍(いくたび)か走(ある)き過ぎたりといえど、その時(おり)只(た)だ九霄(きゅうしょう=大空)の空裡(うち)に在りて、雲(くも)に駕(が)して来り、雲に駕して去(さ)りしのみ。何(いず)くにか曾(かつ)てこの地(ち)に落(お)ちし。事(こと)心(こころ)に関(かかわ)らざれば、かれを査(たず)ぬるを做(な)すこと甚ぞ、此を以て知らざるなり。却って甚(なん)の蹊蹺(けいき)有りて、又た汝を捉弄(からか)わんや」 と。 説話(せつわ)の間(あいだ)に、覚(おぼ)えずすでに辺前(ほとり)に至(いた)り、三藏馬(うま)を下(お)り、吊橋(つりばし)を過(わた)り、径(ただち)に門(もん)の裡(うち)に入(い)る。長街(ちょうがい=長き街)の上(うえ)に、ただ見(み)よ、廊下(ろうか)に二人(ふたり)の老児(ろうじ=老人)の坐(ざ)して話(はなし)を叙(の)べるを。三藏叫(よ)んで、 「徒弟よ、汝らかの街心(がいしん=街の中)の裡に在りて站(た)ち住まり、頭(こうべ)を低(た)れ、放肆(ほうし=勝手)する勿(な)かれ、我(われ)をしてかの廊下(ろうか)に往(ゆ)きて一箇(ひとつ)の地方(ところ)を問(と)わしめよ」 と。行者等(ら)果(は)たして言(げん)に依(よ)りて立(た)ち住(とど)まる。長老(ちょうろう)前(まえ)に近(ちか)づき手(て)を合(あわ)せて一声(ひとこえ)叫んで、 「老施主(ろうせしゅ)、貧僧(ひんそう)問訊(もんじん)し奉(たてまつ)る」 と。 かの二老(にろう)正に那裡(そこ)に在りて閑(ひま)に講(かた)り閑(ひま)に論(あげつら)い、甚の興衰得失(こうすいとくしつ)、誰(たれ)か聖(せい)誰か賢(けん)、当時(そのかみ)の英雄(えいゆう)の事業(じぎょう)も、而今(いま)何(いず)くにか在(あ)る、誠(まこと)に謂(い)うべし大(おお)いに嘆息(たんそく)すべきなりと説う。忽(たちま)ち道声(いうこえ)の問訊(もんじん)するを聴(き)き得、随(したが)って礼(れい)に答(こた)えて道(いわ)く、「長老何の話(ことば)か有(あ)る」と。三藏(さんぞう)道(いわ)く、 「貧僧は乃(すなわ)ち遠方(えんぽう)より来りて仏祖(ぶっそ)を拝(おが)む者(もの)なり。适(たまたま)宝方(ほうほう=貴地)に到(いた)れど、是れ甚(なん)の地名(ちめい)なるかを知(し)らず。那裡(いずこ)に向善(こうぜん=善を好む)の人家(じんか)有りて、斎(とき)を一頓(ひとくい)化(こ)すべきか」 と。老者(ろうじゃ)道(いわ)く、 「我が敝処(へいしょ=鄙びた地)は是れ銅台府(どうだいふ)。府後(ふご)に一県(ひとつのあがた)有り、叫んで地霊県(ちれいけん)と做す。長老若(も)し斎を吃(くら)わんと要(もと)めなば、募化(もけ=乞い歩き)を須(もち)いず。この牌坊(ぱいほう=鳥居)を過ぎ、南北街(なんぼくがい)、西(にし)に坐(ざ)し東(ひがし)に向(むか)える者に、一箇の虎坐門楼(こざもんろう=虎座の門楼)有(あ)り、乃ちこれ寇員外(こういんがい)の家(いえ)なり。かれが門前(もんぜん)に一箇(ひとつ)の『万僧不阻(ばんそうふそ=万の僧を阻ます)』の牌(ふだ)有り。汝(なんじ)がこのごとき遠方(えんぽう)の僧(そう)は、尽(ことごと)く受用(じゅよう=享楽)するがままなり。去(ゆ)け!去け!去け!我らが話頭(わとう=話の腰)を打断(たちき)ること莫かれ」 と。三藏謝(しゃ)し、身(み)を転(めぐ)らして行者(ぎょうじゃ)に対(むか)い道(いわ)く、 「此処(ここ)は乃(すなわ)ち銅台府(どうだいふ)地霊県(ちれいけん)なり。かの二老(にろう)道(いわ)く、『この牌坊(ぱいほう)を過(よ)ぎ、南北街(なんぼくがい)、東(ひがし)に向(む)かえる虎坐門楼(こざもんろう)に、一箇の寇員外(こういんがい)の家有り、かれが門前(もんぜん)に一箇(ひとつ)の万僧不阻(ばんそうふそ)の牌(ふだ)有(あ)り』と。我に教(おし)えてかれが家(いえ)に到り往きて斎を吃わしめんとす」 と。沙僧(さそう)道(いわ)く、 「西方(せいほう)は乃ち仏家(ぶっけ)の地(ち)なれば、真箇(まこと)に斎僧(さいそう=僧に斎を施)する有り。此間(ここ)既(すで)に府県(ふけん)なれば、関文(かんぶん=通行証)を照験(しょうけん=検め)するに及(およ)ばず。我ら往(ゆ)きて些かの斎(とき)を化(こ)し吃いて、すなわち好(よ)く走路(たびだ)たん」 と。長老(ちょうろう)三人(みたり)与(と)步(あゆみ)を緩(ゆる)めて長街(ちょうがい)を行(ゆ)けば、又(ま)たかの市口(いちぐち=市場の入り口)の裡の人(ひと)を惹(ひ)き得て、みな驚驚恐恐(おどろき恐れ)、猜猜疑疑(あれこれ疑い)、囲繞(とりま)き争(あらそ)いてかれらが相貌(そうぼう=顔かたち)を看(み)る。長老吩咐(いいつけ)して口(くち)を閉(と)じさせ、只だ教(おし)えて、 「放肆(ほうし)する莫(な)かれ!放肆する莫かれ!」 と。三人(みたり)果(は)たして頭(こうべ)を低(た)れ、敢(あ)えて仰(あお)ぎ視(み)ず。拐角(かいかく=曲がり角)を転(めぐ)り過ぐるに、果(は)たして一条(ひとすじ)の南北大街(なんぼくだいがい)を見る。正に行く時、一箇の虎坐門楼(こざもんろう)を見るに、門(もん)の裡辺(うち)の影壁(えいへき=衝立)の上に一面(ひとおもて)の大牌(だいふだ)の掛(か)かり、『万僧不阻(ばんそうふそ)』の四字(よんじ)を書(か)ける有り。三藏道(いわ)く、 「西方(せいほう)の仏地(ぶっち)には、賢者(けんじゃ)も愚者(ぐしゃ)も俱(みな)詐偽(さぎ=いつわり)無(な)し。かの二老(にろう)の説(い)える時(おり)、我(われ)猶(な)お信(しん)ぜざりしが、此(ここ)に至りて果(は)たしてその言(げん)の如し」 と。八戒村野(そんや=野暮)なるにより、す就要(すなわ)ち進(すす)み入らんとす。行者道(いわ)く、 「呆子且(しばら)く住まれ、人の出(い)で来(きた)るを待(ま)ち、問い及ぶことの如何(いかん)を待ちて、方(はじ)めて好く進み入(い)らん」 と。沙僧道(いわ)く、 「大哥(あにき)の説えるは理(ことわり)有(あ)り。恐(おそ)らくは一時(いっとき)に内外(ないがい)を分(わか)たず、施主(せしゅ)の煩悩(はんのう=不快)を惹(ひ)かん」 と。 門口(もんぐち)に在りて馬匹(ばひつ=馬)・行李(こうり=荷)を歇(やす)め下(おろ)す。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、一箇(ひとり)の蒼頭(そうとう=下男)出で来る有り、一把(ひとつ)の秤(はかり)を提(さ)げ、一只(ひとつ)の籃児(かご)を提(さ)げたるが、猛然(だしぬけ)に看るや、慌(あわ)ててこれを投(な)げ捨(す)て、倒(さかしま)に跑(はし)り進(い)りて報(しら)せて道(いわ)く、 「主公(しゅこう=旦那)!外面(そと)に四箇(よたり)の異様(いよう=風変わり)の僧家(そうけ=僧)の来れる有り!」 と。かの員外(いんがい)拐(つえ)を拄(つ)き、正(まさ)に天井(てんせい=中庭)の中(うち)に在りて閑(ひま)に走(ある)き、口(くち)の裡(うち)に住(や)まず仏(ほとけ)を念(ねん)じおるが、一(ひと)たび報(しら)せを聞(き)くや、すなわち拐(つえ)を投(な)げ捨(す)て、出で来(きた)りて迎接(げいせつ)し、かれが四衆(ししゅ=四人)を見(み)るに、また醜悪(しゅうあく=醜さ)を怕(おそ)れず、只だ叫(よ)んで、 「請(しょう)ず進(い)れ、請ず進れ」 と。三藏(さんぞう)謙謙遜遜(けんけんそんそん=へりくだり)、一同(とも)にみな入る。一条(ひとすじ)の巷子(こうし=路地)を転(めぐ)り過(よ)ぐるに、員外路(みち)を引(みちび)き、一座(ひとつ)の房(へや)に至りて説って道(いわ)く、 「この上手(かみて=奥)の房宇(ぼうう=家屋)は、乃(すなわ)ち老爺(ろうや=だんな)たちを管待(かんたい=もてな)するの仏堂(ぶつどう)・経堂(きょうどう)・斎堂(さいどう)、下手(しもて)の家は、是(こ)れ我が弟子(でし)の老小(ろうしょう=家族)の居住(きょじゅう)するなり」 と。三藏称賛(しょうさん)して已(や)まず、随(したが)って袈裟(けさ)を取(と)り穿(き)て仏(ほとけ)を拝み、步(あゆみ)を挙(あ)げて堂(どう)に登(のぼ)り観看(みわた)せば、ただ見よ、あの、 香雲靉靆(こううんあいたい=香の雲たなびき)、燭焰(しょくえん=蝋燭の焔)光輝(こうき)す。 満堂(まんどう)の裡錦簇(きんぞく=錦の簇り)花堆(かたい=花の積み重なり)、四下(あたり)の裡金(きん)を鋪(し)き彩(あや)を絢(かざ)る。 朱紅(しゅこう)の架(たな)には、高(たか)く紫金鐘(しきんしょう=紫金の鐘)を掛け、 彩漆(さいしつ)の檠(うけざら)には、対えて花腔鼓(かこうこ=鼓)を設(もう)く。 幾対(いくつがい)の幡(はた)は、繍(ぬい)て八宝(はっぽう)と成(な)し、 千尊(せんぞん)の仏(ほとけ)は、尽く黄金(おうごん)を嵌(ちりば)む。 古銅(こどう)の炉(ろ)、古銅の瓶(へい)、 雕漆(ちょうしつ=彫り漆)の桌(つくえ)、雕漆の盒(はこ)。 古銅の炉(ろ)の内(うち)には、常常(つね)に沈檀(じんだん=沈香と白檀)の絶(た)ゆること無く、 古銅の瓶(へい)の中には、毎(つね)に蓮花(れんげ)の彩(あや)を現(あらわ)す有(あ)り。 雕漆の桌(つくえ)の上(うえ)には五雲(ごうん)鮮(あざ)やかに、雕漆の盒(はこ)の中(うち)には香瓣(こうべん=香の花びら)積(つ)めり。 玻璃盞(はりさん=ガラスの杯)には、浄水(じょうすい)澄(す)みて清(きよ)く、 瑠璃灯(るりとう=瑠璃の灯)には、香油(こうゆ)明(あき)らかに亮(かがや)く。 一声の金磬(きんけい=金の磬)、響韻(きょういん=響き)虚徐(きょじょ=ゆるやか)なり。 と。真箇(まこと)にこれ紅塵(こうじん=俗世)到らざるは珍楼(ちんろう=珍しき楼)に賽(まさ)り、家(いえ)に仏堂(ぶつどう)を奉(ほう)ずるは上刹(じょうさつ=大寺)を欺(あざむ)く。長老手(て)を浄(きよ)め、香(こう)を拈(ひね)り、叩頭(こうとう)し拝み畢(おわ)り、却って回(めぐ)りて員外与礼を行(おこな)わんとす。員外(いんがい)道(いわ)く、 「且く住(とど)まれ!請(こ)う経堂の中に到(いた)りて相見(あいまみ)えん」 と。また見よ、あの、 方台竪櫃(ほうだいじゅき=四角の台と竪の櫃)、玉匣金函(ぎょくこうきんかん=玉の匣と金の函)。 方台竪櫃(ほうだいじゅき)には、無数(むすう)の経文(きょうもん)を堆積(うずたか)くし、 玉匣金函(ぎょくこうきんかん)には、許多(あまた)の簡札(かんさつ=文書)を収貯(おさ)め貯(たくわ)う。 彩漆(さいしつ)の桌(つくえ)の上に、紙墨筆硯(しぼくひつけん=文房具)有り、みな是れこれらの精精致致(せいせいちち=精巧)の文房(ぶんぼう)、 椒粉屏(しょうふんぺい=椒粉の屏風)の前(まえ)に、書画琴棋(しょがきんき)有り、尽(ことごと)く是れこれらの妙妙玄玄(みょうみょうげんげん=奥深き)の真趣(しんしゅ)。 一口(ひとつ)の軽玉浮金(けいぎょくふきん=軽き玉に浮かぶ金)の仙磬(せんけい)を放(お)き、一柄(ひとふり)の披風披月(ひふうひげつ=風を披き月を披く)の龍髯(りゅうぜん=龍の髯)を掛(か)く。 清気(せいき)人(ひと)をして神気(しんき)爽(さわやか)ならしめ、斎心(さいしん=斎きし心)自(おのずか)ら道心(どうしん)の閑(しずか)なるを覚(おぼ)ゆ。 と。長老(ちょうろう)此に到り、正に礼(れい)を行(おこな)わんと欲(ほっ)するに、かの員外また攙(たす)け住めて道(いわ)く、「請(こ)う仏衣(ぶつえ=袈裟)を寛(ひろ)くせよ」と。三藏袈裟(けさ)を脱(ぬ)ぎて、才(はじ)めて長老与見(まみ)え、また請じて行者三人(みたり)与(と)見え、また叫んで馬(うま)を把(と)りて飼(か)わせ、行李(こうり)を廊下(ろうか)に安(やす)んじ置(お)き、方めて起居(ききょ=安否)を問(と)う。 三藏(さんぞう)道(いわ)く、 「貧僧(ひんそう)は是(こ)れ東土大唐(とうどだいとう)の欽差(きんさ=勅使)として、宝方(ほうほう)に詣(いた)り霊山(りょうざん)を謁(えつ)し仏祖に見(まみ)え真経(しんきょう)を求(もと)むる者(もの)なり。尊府(そんぷ=お宅)の僧を敬(けい)すると聞き知りたれば、此(ここ)に拝見(はいけん)し、一斎(いっさい)を求(もと)めてすなわち行かんとす」 と。員外面(おもて)に喜色(きしょく)を生じ、笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として道(いわ)く、 「弟子(でし)が賤名(せんめい=卑しき名)は寇洪(こうこう)、字(あざな)を大寛(だいかん)と曰(い)い、虚(むな)しく六十四歳(ろくじゅうよんさい)を度(わた)れり。四十歳(しじゅっさい)の上(うえ)より、万僧(ばんそう)に斎を施(ほどこ)さんことを許(ゆる)し、才(はじ)めて円満(えんまん)を做さんとせり。今(いま)すでに斎を施すこと二十四年(にじゅうよねん)、一簿(ひとふだ)の斎僧(さいそう)の帳目(ちょうもく=帳面)有(あ)り。連日(れんじつ)事(こと)無(な)ければ、斎(とき)し過(す)ぎたる僧(そう)の名(な)を把りて一算(ひとあて)に算(かぞ)えしに、すでに九千九百九十六員(きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうろくいん)に斎し過ぎ、只(た)だ四衆(ししゅ)を少(か)くのみ、いまだ円満を得(え)ず。今日(こんにち)可可(あたか)も天(てん)の老師(ろうし)四位(よたり)を降(くだ)せるは、万僧(ばんそう)の数(かず)を完(まった)く足(た)らしむ。請(こ)う尊諱(そんき=お名)を留(とど)め、好歹(よしあし)となく寛(ゆる)やかに月余(げつよ)を住(じゅう)し、円満(えんまん)を做(な)し畢るを待(ま)ちて、弟子(でし)轎馬(きょうば=駕籠と馬)を着(つか)わし老師を山(やま)に送(おく)らん。此間(ここ)より霊山に到るまで只だ八百里(はっぴゃくり)の路有るのみ、遠(とお)きに苦(くるし)まざるなり」 と。三藏言(げん)を聞(き)き、十分(じゅうぶん)に歓喜(かんき)し、みなすなわち権(かり)に且(しばら)く応承(おうしょう=承諾)することは題(だい)とせず。 かれがかの幾箇(いくたり)かの大小(だいしょう)の家僮(かどう=召使)、宅裡(たくりのうち)に往きて柴(たきぎ)を搬(はこ)び水(みず)を打(く)み、米(こめ)・面(むぎこ)・蔬菜(そさい=野菜)を取り、斎供(さいく=供物)を整治(ととの)えしに、忽(たちま)ち員外(いんがい)の媽媽(まま=奥方)を驚動(きょうどう)し、問うて道(いわ)く、 「是れ那裡(いずこ)より来れる僧ぞ、この等(よう)に上緊(いそ)ぐか」 と。僮僕(どうぼく)道(いわ)く、 「才(いま)しがた四位の高僧(こうそう)有りて、爹爹(とうちゃん)かれが起居(ききょ)を問(と)いしに、かれ説(い)えらくは東土大唐(とうどだいとう)の皇帝(こうてい)の差(つか)わしし者として、霊山(りょうざん)に往(ゆ)きて仏爺爺(ほとけ)を拝(おが)み、我らが此処(ここ)に到(いた)るまで、多少(いくら)の路程(みちのり)有(あ)るかを知らずと。爹爹(とうちゃん)説えらくは天の降(くだ)せるなりと、我らに吩咐(いいつけ)て疾(と)く斎を整(ととの)え、かれを供養(くよう)せしむるなり」 と。かの老嫗(ろうう=老婆)説(いう)を聴きてまた喜(よろこ)び、丫鬟(あかん=侍女)を叫んで、 「衣服(いふく)を取(と)り来りて我に穿(き)せよ、我もまた往きて看看(みみ)せん」 と。僮僕(どうぼく)道(いわ)く、 「奶奶(ばあや)、只だ一位(ひとり)のみ看るべく、かの三位(みたり)は看(み)るべからず、形容(かたち)の醜(みにく)きこと狠(はなは)だしきなり」 と。老嫗(ろうう)道(いわ)く、 「汝等(なむら)知(し)らず、但(た)だ形容(かたち)の醜陋(しゅうろう=醜く)とも、古怪(ここう=風変わり)清奇(せいき=清らかに奇なる)なれば、必(かなら)ず是れ天人(てんにん)の下界(げかい)に降(くだ)れるなり。疾(と)く先(ま)ず往(ゆ)きて汝が爹爹(とうちゃん)に報(し)らせ知らしめよ」 と。かの僮僕(どうぼく)経堂(きょうどう)に跑(はし)り至(いた)り、員外に対(むか)い道(いわ)く、「奶奶(ばあや)来(きた)れり、東土(とうど)の老爺(ろうや)に拝見(はいけん)せんと要めたもう」と。三藏聴(き)き得て、すなわち身を起(おこ)し座(ざ)を下(お)りる。説(いい)了(おわ)らざるに、老嫗すでに堂前(どうぜん)に至り、目(め)を挙(あ)げて唐僧の相貌(そうぼう)の軒昂(けんこう=立派)に、豊姿(ほうし=風采)の英偉(えいい=優れて偉い)なるを見(み)、面(おもて)を転(てん)じて行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)の姿(すがた)の非凡(ひぼん)なるを見、かれの是(こ)れ天人(てんにん)の下界(げかい)なるを知れども、却(かえ)ってまた幾分(いくぶん)かの悚懼(しょうく=おそれ)有り、上(かみ)に朝(むか)いて跪(ひざまず)き拝む。三藏(さんぞう)急(いそ)ぎ急ぎ礼を返(かえ)して道(いわ)く、 「労(ろう)有るかな菩薩(ぼさつ)の錯(あやま)りて敬(けい)したもうこと」 と。老嫗(ろうう)員外に問うて説って道(いわ)く、「四位(よたり)の師父(しふ)、怎(いか)でか並(なら)び坐(ざ)せざる」と。 八戒嘴(くち)を掬(すく=とがら)めて道(いわ)く、「我(われ)ら三箇(みたり)は是れ徒弟(でし)なり」と。噫(ああ)!かれがこの一声(ひとこえ)、すなわち深山(しんざん)の虎嘯(こしょう=虎の咆え)の如(ごと)く、かの媽媽(まま)いよいよ害怕(おそれはばか)る。 正に説(いう)処(ところ)に、また一箇(ひとり)の家僮(かどう)の来り報(しら)せて道(いわ)く、「両箇(ふたり)の叔叔(おじさん)もまた来れり」と。三藏急ぎ身を転(めぐ)らして看る時、元来(もと)これ両箇(ふたり)の少年(しょうねん)の秀才(しゅうさい)なり。かの秀才(しゅうさい)経堂に走上(のぼ)り、長老に対い身(み)を倒(さかしま)にして下拝(かはい)するに、慌てたるかな三藏急(いそ)ぎすなわち礼(れい)を返(かえ)す。員外(いんがい)上前(すす)み出(い)で扯(ひき)とめて道(いわ)く、 「是れ我が両箇(ふたり)の小児(こども)、名(な)を喚(よ)んで寇梁(こうりょう)・寇棟(こうとう)と曰(い)い、書房(しょぼう=書斎)の裡(うち)に在りて読書(どくしょ)し方(いま)しがた回り、午飯(ひるめし)を吃(くら)いに来(きた)りしに、老師の下降(げこう)せるを知(し)り、故(ゆえ)に来りて拝(はい)するなり」 と。三藏(さんぞう)喜んで道(いわ)く、 「賢(けん)なるかな!賢なるかな!正(まさ)に是(こ)れ『門第(もんだい=家柄)を高(たか)くせんと欲せば須(かなら)ず善(ぜん)を為(な)し、児孫(じそん=子孫)を好(よ)からしめんと要めなば読書(どくしょ)に在り』なり」 と。二秀才(にしゅうさい)父親(ちちおや)に啓上(けいじょう)して道(いわ)く、「この老爺は是れ那裡(いずこ)より来れるか」と。 員外笑って道(いわ)く、 「来路(らいろ)遠(とお)し。南贍部洲(なんせんぶしゅう)東土大唐(とうどだいとう)の皇帝(こうてい)の欽差(きんさ)として、霊山に到りて仏祖(ぶっそ)爺爺(ほとけ)を拝み経(きょう)を取るなり」 と。秀才(しゅうさい)道(いわ)く、 「我『事林広記(じりんこうき)』の上を看るに、蓋(けだ)し天下(てんか)に只(た)だ四大部洲(しだいぶしゅう)有(あ)るのみ。我らが此処(ここ)を叫(よ)んで西牛賀洲(さいごがしゅう)と做し、還(ま)た一箇(ひとつ)の東勝神洲(とうしょうしんしゅう)有り。想(おも)うに南贍部洲(なんせんぶしゅう)より此に至るまで、多少(いくら)の年代(ねんだい)をか走(ゆ)きしを知らず」 と。三藏笑って道(いわ)く、 「貧僧路(みち)に在りて、耽閣(たんかく=滞在)の日子(ひにち)多(おお)く、行(ゆ)く日子少(すくな)し。常(つね)に毒魔狠怪(どくまこんかい=邪悪な妖怪)に遭(あ)い、万苦千辛(ばんくせんしん)し、甚(いた)く我が三箇(みたり)の徒弟の保護(ほご)に虧(よ)れるところ有り、共計(あわせ)て一十四遍(じゅうよんたび)の寒暑(かんしょ=年月)を経(へ)て、方(はじ)めて宝方(ほうほう)に至(いた)るを得たり」 と。秀才(しゅうさい)言(げん)を聞き、称奨(しょうしょう=誉め)して尽(つ)きず道(いわ)く、「真(まこと)に是れ神僧(しんそう)なり!真に是れ神僧なり!」と。説(いい)未(いま)だ畢(おわ)らざるに、また一箇(ひとり)の小(こもの)有(あ)りて来(きた)り請じて道(いわ)く、「斎筵(さいえん=斎の宴)すでに並(なら)び畢れり、老爺(ろうや)に請(こ)う進(すす)みて斎(とき)を」と。員外媽媽(まま)与息子(むすこ)をして宅(たく)に転(てん)ぜしめ、かれは却って四衆(ししゅ)に陪(ばい)して斎堂(さいどう)に進み斎を吃う。那裡(そこ)の鋪設(しきもう)けの斉整(せいせい=整い)たる、ただ見よ、 金漆(きんしつ)の桌案(たくあん=机)、黒漆(こくしつ)の交椅(こうい=椅子)。 前面(ぜんめん)は是(こ)れ五色(ごしき)の高果(こうか=高盛りの菓子)、みな巧匠(こうしょう=腕きき)の新(あらた)に装(よそお)い成(な)せる時様(じよう=流行)なり。 第二行(だいにぎょう)に五盤(いつさら)の小菜(しょうさい)、第三行(だいさんぎょう)に五碟(いつさら)の水果(すいか=果物)、第四行(だいよんぎょう)に五大盤(おおざらいつつ)の閑食(かんしょく=茶菓子)。 般般(いずれも)甜美(てんび=甘く美しく)、件件(ことごとく)馨香(けいこう=香ばし)。 素湯(そとう=精進の汁)・米飯(べいはん)・蒸巻(じょうけん=蒸し巻き)・饅頭(まんじゅう)、辣辣竈竈(らつらつそうそう=湯気もうもう)騰騰(とうとう)として、尽く皆(みな)口(くち)に可(よ)く、真(まこと)に腸(はらわた)を充(み)たすに足(た)る。 七、八箇(ななはちたり)の僮僕(どうぼく)往来(おうらい)して奔奉(ほんほう=走り仕え)、四、五箇(しごたり)の庖丁(ほうてい=料理人)手(て)を住(とど)めず。 なんじ看(み)よ、あの湯(しる)を上(のぼ)するは湯を上し、飯(めし)を添(た)するは飯を添し、一往一来(いちおういちらいい)すること、真(まこと)に流星(りゅうせい)の月(つき)を趕(お)うが如し。 この猪八戒(ちょはっかい)一口(ひとくち)に一碗(ひとわん)、すなわち是れ風(かぜ)の雲(くも)を巻(ま)くが如(ごと)く、師徒(してい)ら尽(ことごと)く一頓(ひとくい)を受用(じゅよう)せり。 と。 長老(ちょうろう)身を起し員外(いんがい)に対(むか)い斎を謝し、すなわち走路(たびだ)たんと欲(ほっ)す。かの員外遮(さえぎ)り住めて道(いわ)く、 「老師(ろうし)、心を放(はな)ちて幾日(いくにち)か住したまえ。常言(ことわざ)に道(いわ)く、『頭(かしら)を起(おこ)すは容易(たやす)く、梢(こずえ)を結(むす)ぶは難(かた)し』と。只だ我(われ)が円満を做し過(す)ぐるを等(ま)ちて、方めて敢えて程(みち)を送らん」 と。三藏かれが心(こころ)誠(まこと)に意(こころ)懇(ねんごろ)なるを見(み)、奈(いか)んともすべき無く住(じゅう)せり。 早(つと)に五、七遍(ごしちたび)の朝夕(あさゆう)を経(へ)て、かの員外才(はじ)めて本処(ほんじょ)の応仏僧(おうぶつそう=法要の僧)二十四員(にじゅうよんいん)を請(しょう)じ、円満(えんまん)の道場(どうじょう)を設(もう)け做(な)せり。衆僧(しゅうそう)ら書作(かきつくり)すること三、四日(さんよっか)有り、良辰(りょうしん=吉日)を選(えら)び定(さだ)め、仏事(ぶつじ)を開啓(かいけい)す。かれが那裡(そこ)は大唐(だいとう)の世情(せいじょう=世の習い)与一般(おなじ)にして、却って倒(さか)しまにまた、 大(おお)いに幡(はた)を揚(あ)げ、金容(きんよう=金の仏像)を鋪設(しきもう)く、 斉(ひと)しく燭(しょく=蝋燭)を秉(と)り、香(こう)を焼(た)いて供養(くよう)す。 鼓(つづみ)を擂(う)ち鐃(にょう=鉦)を敲(たた)く。 笙(しょう)を吹(ふ)き管(くだ)を捻(ひね)る。 雲鑼児(うんらじ=雲形の鑼)、横笛(おうてき)の音(おと)清(きよ)く、みなまた是れ尺工(せきこう=音名)の字様(じよう)なり。 打(う)つこと一回(ひとくさり)、吹(ふ)くこと一蕩(ひとふき)、朗言斉語(ろうげんせいご=声揃え)して経蔵(きょうぞう)を開(ひら)く。 先(ま)ず土地(とち)を安(やす)んじ、次(つぎ)に神将(しんしょう)を請ず。 文書(ぶんしょ)を発(はっ)し、仏像(ぶつぞう)を拝(おが)む。 一部(ひとくだり)の『孔雀経(くじゃくきょう)』を談(だん)じて、句句(くく)災障(さいしょう=災い)を消(け)し、 一架(ひとつ)の薬師灯(やくしとう)を点(とも)して、焰焰(えんえん)と輝(かがや)きて光(ひかり)亮(あき)らかなり。 水懺(すいさん=懺法)を拝み、冤愆(えんけん=恨み)を解(と)き、 『華厳(けごん)』を諷(ふう=誦)じて、誹謗(ひぼう=謗り)を除(のぞ)く。 と。 三乗(さんじょう)の妙法(みょうほう)甚(はなは)だ精勤(しょうごん=励み)にして、一二(いちに)の沙門(しゃもん)皆一樣(ひとよう)なり。 と。この如く三昼夜(さんちゅうや)做して、道場(どうじょう)すでに畢(おわ)る。唐僧(とうそう)雷音(らいおん=霊山)を想(おも)い、一心(いっしん)に去かんと要(もと)め、また相(あい)辞(じ)し謝(しゃ)す。員外(いんがい)道(いわ)く、 「老師の辞別(じべつ)甚(はなは)だ急ぐは、想(おも)うに是(こ)れ連日(れんじつ)仏事(ぶつじ)の冗忙(じょうぼう=多忙)にて、多く簡慢(かんまん=疎略)を致(いた)し、怪(あやし)むの意(こころ)有らんか」 と。三藏(さんぞう)道(いわ)く、 「深(ふか)く尊府(そんぷ)を擾(みだ)し、何(なに)を以(も)ってか報(むく)いんを知らず、怎(いか)でか敢(あ)えて怪むと言(い)わん!但(た)だ只だ当時(そのかみ)聖君(せいくん)我を送(おく)りて関(せき)を出だしし時(おり)、幾時(いつ)か回るべきを問(と)われしに、我すなわち誤(あやま)りて三年(さんねん)にして回(かえ)るべしと答(こた)えしが、期(き)せずや路に在りて耽閣(たんかく=滞在)し、今すでに十四年(じゅうよねん)なり!経(きょう)を取(と)るの有無(うむ)いまだ知(し)らず、回るに及(およ)びて又た十二、三年(じゅうにさんねん)を得(え)んに、豈(あ)に聖旨(せいし=勅命)に違背(いはい)せざらんや。罪(つみ)何(なん)ぞ当(あ)つるべけんや!望(のぞ)むらくは老員外(ろういんがい)貧僧(ひんそう)をして前(さき)に去かしめ、経(きょう)を取り得て回るを待ちて、また府(ふ)に造(おとずれ)て久(ひさ)しく住すること些(いささ)か時(とき)有(あ)らんに、何の不可(ふか)か有らん!」 と。 八戒(はっかい)忍(しの)ぶこと能(あた)わず高(たか)く叫んで道(いわ)く、 「師父忒(はなは)だまた人の願(ねがい)に従(したが)わず!人情(にんじょう)に近(ちか)からず!老員外(ろういんがい)は大家(たいか=名家)巨富(きょふ=大金持)にして、この等(ごとき)の斎僧(さいそう)の願(がん)を許(ゆる)し、今(いま)すでに円満せり。又た況(いわ)んや留むることの至誠(しせい=誠意)なるを得たるをや、須(かなら)ず年把(ひととせばかり)住(じゅう)するも、また事(こと)を妨(さまた)げず、只管(ひたすら)去(ゆ)かんと要めるは怎(なん)としたるか。この等(ごとき)の現成(できあい)の好き斎(とき)を放(す)てて吃わず、却(かえ)って人家(じんか)に往きて化募(けも=乞い歩)かんとするか!前頭(さき)に汝が甚の老爺・老娘家(ろうじょうけ=親許)有るか!」 と。長老咄(とつ)と一声喝(かつ)して道(いわ)く、 「汝(なんじ)この夯貨(こうか=間抜け)、只(た)だ吃(くら)わんことを要むるを知りて、更(さら)に回向(えこう=功徳を振り向くる)の因(いん)を管(かま)わず、正に是れ那(かの)『槽裡(そうり=飼い桶)に食(しょく)を吃い、胃裡(いり=胃)に痒(かゆ)きを擦(こす)る』の畜生(ちくしょう)なり!汝等(なむら)既(すで)にこの嗔痴(しんち=怒りと愚か)を貪(むさぼ)らんと要(もと)めなば、明日(みょうにち)我(われ)が自家(みずか)ら去くを等(ま)て」 と。行者師父(しふ)の顔(かお)を変(か)えたるを見、すなわち八戒を揪(つか)まえ、頭(あたま)を着(つ)けて一頓(ひとくさり)の拳(こぶし)を打(う)ち、罵(ののし)って道(いわ)く、 「呆子(あほう)好歹(よしあし)を知らず、惹(ひ)きて師父をして我らまでをも皆(みな)怪(あやし)ましめたり!」 と。沙僧(さそう)笑って道(いわ)く、 「打(う)つこと好(よ)し!打つこと好し!只だこの等(ごとく)話(ものい)わざるも、還(ま)た人(ひと)の嫌(きら)いを惹(ひ)くに、且く又(ま)た嘴を插(さしはさ)む!」 と。かの呆子気呼呼(ぷんぷん)として旁(かたわら)に立(た)ち、再(ふたた)び敢えて言(い)わず。員外かれが師徒らの悩(いか)りを生(しょう)ずるを見、只だ満面(まんめん)に陪笑(ばいしょう=作り笑い)して道(いわ)く、 「老師焦燥(いらだ)つこと莫かれ。今日(こんにち)且(しばら)く少(すこ)しく寛容(かんよう=大目)にせられよ、明日(みょうにち)を待(ま)ちて我些かの旗鼓(きこ=旗と太鼓)を整(ととの)え、幾箇(いくたり)かの隣里(りんり=近隣)親戚(しんせき)を請じ、汝らを送りて程(たび)を起さん」 と。 正に講(かた)る処に、かの老嫗又た出で来りて道(いわ)く、 「老師父(ろうしふ)、既(すで)に舎(やかた)に到るを蒙(こうむ)りなば、苦(くる)しく辞(じ)するに及ばず。 今幾日(いくにち)に到(いた)りしか」 と。三藏道(いわ)く、「すでに半月なり」と。老嫗(ろうう)道(いわ)く、 「この半月(はんつき)は我が員外の功徳(くどく)と算(かぞ)うべし。老身(ろうしん=わたし)もまた些(いささ)かの針銭銭児(しんせんせんじ=針仕事の金)有(あ)れば、また願(ねが)わくは老師父(ろうしふ)に半月斎を施(ほどこ)さん」 と。説(いい)了らざるに、寇棟(こうとう)兄弟(きょうだい)又た出(い)で来りて道(いわ)く、 「四位の老爺(ろうや)、家父(かふ)の僧(そう)に斎すること二十余年(にじゅうよねん)、更(さら)に曾(かつ)て好人(こうじん)に遇(あ)わざりしが、今(いま)幸(さいわい)に円満(えんまん)し、四位(よたり)の下降(げこう)、誠然(まこと)に是れ蓬屋(ほうおく=鄙びた家)の輝(かがや)きを生ずるなり。学生(がくせい=わたくし)年(とし)幼(おさな)くして因果(いんが)を知(し)らず、常(つね)に云(い)える有るを聞(き)き得(え)たり、『公(こう)修(おさ)むれば公(こう)得(う)、婆(ば)修むれば婆得、修(おさ)めざれば得ず』と。我(わ)が家父(かふ)家母(かぼ)各(おのおの)芹(きん=野菜)を献(けん)ぜんと欲するは、正(まさ)に是(こ)れ各(おのおの)些かの因果(いんが)を求(もと)めんとするなり、何(なん)ぞ必ずしも苦(くる)しく辞(じ)せん。就是(たと)い愚兄弟(ぐきょうだい)なりとも、また些(いささ)かの束修銭児(そくしゅうせんじ=入学の謝礼金)を省(はぶ)き得たれば、また只(た)だ望(のぞ)むらくは老爺を供養(くよう)すること半月(はんつき)、方(はじ)めて纔(ようや)く送行(そうこう)せんとす」 と。三藏道(いわ)く、 「令堂(れいどう=母上)の老菩薩(ろうぼさつ)の盛情(せいじょう=厚き情)すでに敢(あ)えて領(う)けず、怎(いか)でか又(ま)た賢昆玉(けんこんぎょく=ご兄弟)の厚愛(こうあい)を承(う)けん。決(けっ)して敢えて領(う)けず。今朝(こんちょう)定(かなら)ず身を起(おこ)さんと要め、万(よろず)見罪(けんざい=咎め)すること勿(な)かれ。然(しか)らずんば、久(ひさ)しく欽限(きんげん=勅定の期限)に違(たが)い、罪(つみ)誅(ちゅう)を容(い)れざるなり」 と。かの老嫗与(と)二子(にし)かれの執一(しゅういつ=頑な)に住(とど)まらざるを見(み)、すなわち悩(いか)りを生(しょう)じて道(いわ)く、 「好意(こうい)に彼(かれ)を留(とど)むるに、かれこの等(ごとく)固執(こしゅう)して去かんとす。去(ゆ)かんと要めなばすなわち去き了(おわ)らば罷(よ)からん!只管(ひたすら)労叨(ろうとう=くどくど)するは甚(なん)ぞ!」 と。母子(ぼし)遂(つい)に身(み)を抽(ひ)いて進(い)り去(さ)る。八戒口(くち)を忍(しの)ぶこと能(あた)わず、また唐僧に対い道(いわ)く、 「師父(しふ)、班児(はんじ=分)を拿(と)り過ぐること莫(な)かれ。 常言(ことわざ)に道(いわ)く、『留まり得(う)れば在(あ)り、落(お)つれば怪まる』と。我ら且く一箇月児(ひとつき)住し、かれが母子(ぼし)の願心(がんしん=願い)を了らしめてもまた罷(よ)からんに、只管(ひたすら)忙(いそ)ぐは怎(なん)としたるか」 と。唐僧(とうそう)又た咄(とつ)と一声(ひとこえ)喝(かつ)するに、かの呆子(あほう)すなわち自家(みずか)ら嘴(くち)を把(と)りて両下(ふたつ)打(う)ちて道(いわ)く、 「啐(しっ)!啐!啐!多(おお)く話(いう)こと莫かれ!又た声(こえ)を做せるかな!」 と。 行者与沙僧欷欷(きき=くすくす)と笑(わら)いて一辺(いっぺん)に在り。唐僧また行者(ぎょうじゃ)を怪(あやし)んで道(いわ)く、「汝何をか笑(わら)う」と。すなわち訣(けつ)を捻(ひね)り緊箍児呪(きんこじゅ=金の輪の呪)を念(とな)えんと要(もと)めるに、慌てたるかな箇(ひとり)の行者跪(ひざまず)き下(お)りて道(いわ)く、 「師父、我(われ)曾(かつ)て笑(わら)わず、我曾て笑わず!千万(くれぐれ)念(とな)うること莫(な)かれ、念うること莫かれ!」 と。員外(いんがい)またかれが師徒(してい)らの漸(ようや)く煩悩(はんのう=不快)を生ずるを見、再(ふたた)び敢えて苦(くる)しく留(とど)めず、只だ叫んで、 「老師(ろうし)吵鬧(そうとう=騒ぎ)するに及(およ)ばず、明早(みょうそう=明朝)に必(かなら)ず送行(そうこう=見送り)せん」 と。遂(つい)に此(ここ)に経堂(きょうどう)を出で、書弁(しょべん=書記)に吩咐(いいつけ)て、百十箇(ひゃくじっこ)の簡帖児(かんじょうじ=招待状)を認(したた)めさせ、隣里(りんり)親戚(しんせき)を邀請(ようしょう)し、明早(みょうそう)唐朝(とうちょう)の老師を奉送(ほうそう)して西(にし)へ行かしめんとす。一壁廂(いっぺきしょう=一方)には又(ま)た庖人(ほうじん=料理人)を叫(よ)んで餞行(せんこう=餞別)の筵宴(えんえん)を安排(あんばい)せしめ、一壁廂(いっぺきしょう)には又た管事(かんじ=係)の者(もの)を叫んで二十対(にじっつい)の彩旗(さいき=色旗)を做(つく)らせ、一班(ひとくみ)の吹鼓手(すいこしゅ=喇叭太鼓)・楽人(がくにん)を覓(もと)め、南来寺(なんらいじ)の裡より一班の和尚(おしょう)を請(しょう)じ、東岳観(とうがくかん)の裡より一班(ひとくみ)の道士(どうし)を請じ、明日(みょうにち)の巳時(みのとき)に限(かぎ)り、各項(かくこう=各品)倶(みな)整齐(せいせい=整い)を要(よう)すとす。衆(しゅう)の執事(しつじ=係)命(めい)を領(りょう)して去(さ)る。多(おお)からず時(とき)に、天(てん)又た晩(く)れたり。晩斎(ばんさい)を吃い、各(おのおの)寝処(しんしょ=寝所)に帰(かえ)る。正にこれ、 幾点(いくつ)かの帰鴉(きあ=帰る鴉)別村(べっそん)を過ぎ、 楼頭(ろうとう=楼の上)の鐘鼓(しょうこ)遠(とお)く相(あい)聞(きこ)ゆ。 六街三市(ろくがいさんし)人煙(じんえん)静(しず)かに、 万戸千門(ばんこせんもん)灯火(とうか)昏(くら)し。 月(つき)皎(あきらか)に風(かぜ)清(きよ)く花(はな)影(かげ)を弄(ろう)し、 銀河(ぎんが)惨淡(さんたん)として星辰(せいしん)を映(うつ)す。 子規(しき=ほととぎす)の啼(な)く処(ところ)更(こう)深(ふか)し、 天籟(てんらい=自然の音)声(こえ)無(な)く大地(だいち)鈞(きん=大調和)たり。 と。当時(そのとき)三、四更(さんよこう)の天気(てんき)に、各(おのおの)事(こと)を管(つかさど)る家僮(かどう)尽く皆早(つと)に起(お)き、各項(かくこう)の物件(ぶっけん=品々)を買弁(ばいべん=買い整え)す。なんじ看よ、あの、 筵席(えんせき)を整(ととの)うるは厨上(ちゅうじょう=台所)に慌(あわ)て忙(いそが)しく、 彩旗(さいき)を置(し)くは堂前(どうぜん)に吵(さわ)ぎ闹(さわ)ぎ、 僧道(そうどう)を請ずるは両脚(りょうきゃく)奔(はし)り波(かけ)り、 鼓楽(こがく)を叫ぶは一声に急(いそ)ぎ縦(はし)り、 簡帖(かんじょう)を送(おく)るは東(ひがし)に走(はし)り西(にし)に跑(かけ)り、 轎馬(きょうば)を備(そな)うるは上(かみ)呼(よ)び下(しも)応(こた)う。 と。この半夜(よなか)より、直(ひたすら)に嚷(さわ)ぎて天明(てんめい)に至り、巳時(みのとき)の前後(ぜんご)に将(なんなん)とするに、各項(かくこう)倶完(おわ)れり。只だ是れ銭(ぜに)有るに過(す)ぎざるのみ。 さて、唐僧(とうそう)師徒らの早(つと)に起(お)くるを表(あらわ)すに、又(ま)たかの一班の供奉(ぐう=給仕)する者有(あ)り。長老吩咐(いいつけ)して行李(こうり)を收拾(しゅうしゅう)し、馬匹(ばひつ)を扣備(こうび=鞍を置き)せしむ。呆子走(ゆ)かんと説(いう)を聴き、又た嘴を努(つきだ)し唇(くちびる)を胖(ふくら)ませ、唧唧噥噥(しつしつのうのう=ぶつぶつ)と、只(た)だ衣鉢(えはつ=法衣と鉢)を将(も)ちて收拾(しゅうしゅう)し、高肩担子(こうけんたんす=荷担ぎ棒)を探(さぐ)し起すを得(え)たり。沙僧(さそう)馬匹(ばひつ)を刷鞄(さっぱく=磨き)し、鞍轡(あんばい=鞍と轡)を套(か)け起(おこ)して伺候(しこう=待機)す。行者九環杖(きゅうかんじょう)を将(も)ちて師父(しふ)の手(て)の裡(うち)に遞(わた)し、かれは通関文牒(つうかんぶんじょう)と引磬児(いんけいじ=鈴)を将(も)ちて、胸前(むね)に掛け、只だ是れ一斉(いっせい)に走(ゆ)かんとす。員外又た皆(みな)を請じて後面(こうめん=裏)の大廠庁(だいしょうちょう=大広間)の内(うち)に至る。かの裡に又(ま)た筵宴(えんえん)を鋪設(しきもう)けたるは、斎堂(さいどう)の中(うち)の相待(あいま)える与(よ)り更(さら)に是(こ)れ同(おな)じからず。ただ見よ、あの、 簾幕(れんまく=簾と幕)高(たか)く掛(かか)り、屏(びょう=屏風)四(よも)を囲(かこ)み繞(めぐ)り、 正中間(ちゅうかん)に、一幅(ひとふく)の寿山福海(じゅざんふくかい)の図(ず)を掛(か)け、 両壁廂(りょうへきしょう=両側)に、四軸(よつ)の春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の景(けい)を列(つら)ぬ。 龍文鼎(りゅうぶんてい=龍文の鼎)の内(うち)香(こう)飄靄(ひょうあい=たなび)き、 鵲尾炉(じゃくびろ=鵲尾の香炉)の中瑞気(ずいき)生(しょう)ず。 看盤(かんばん=飾り皿)彩(あや)を簇(あつ)め、宝妝花(ほうしょうか=宝の花)色色(しきしき)鮮明(せんめい)に、 排桌(はいだく=並ぶ机)金(きん)を堆(うずたか)くし、獅仙糖(しせんとう=獅子の砂糖菓子)斉斉(ひとしく)並(なら)び列(つら)ぬ。 階前(かいぜん)の鼓舞(こぶ)宮商(きゅうしょう=音律)に按(あ)じ、堂上(どうじょう)の果肴(かこう=菓子と肴)錦繍(きんしゅう)を鋪(し)く。 素湯(そとう)・素飯(そはん)甚(はなは)だ清奇(せいき=清らかに珍しく)、 香酒(こうしゅ)・香茶(こうちゃ)多(おお)く美艶(びえん=美しく艶やか)なり。 と。是れ百姓(ひゃくせい)の家なりといえど、却って王侯(おうこう)の宅(たく)に亜(つ)がざるなり。只だ一片(ひとひら)の歓声(かんせい)の聞(きこ)ゆるは、真箇(まこと)にまた天を驚(おどろ)かし地(ち)を動(うご)かす。 長老(ちょうろう)正に員外与礼を作(な)しおるに、ただ見(み)よ、家僮(かどう)の来(きた)り報(しら)せて、「客(きゃく)倶(みな)到れり」と。却って是れ請(しょう)じ来れる左隣(さりん)・右舎(うしゃ)、妻弟(さいてい=妻の弟)・姨兄(いけい=母の姉の子)、姐夫(しゃふ=姉の夫)・妹丈(まいじょう=妹の夫)、又たかの些(それら)の同道(どうどう=同じ志)の斎公(さいこう=斎を施す人)、念仏(ねんぶつ)の善友(ぜんゆ=善き友)有(あ)りて、一斉(いっせい)にみな長老に向(むか)い礼拜(らいはい)す。拝み畢りて各各(おのおの)叙坐(じょざ=席次)し、ただ見よ、堂下(どうか)の面(おもて)には瑟(しつ=琴)を鼓(かな)で笙(しょう)を吹(ふ)き、堂上(どうじょう)の辺(ほとり)には弦歌(げんか)し酒宴(しゅえん)す。この一席(ひとくさり)の盛宴(せいえん)に、八戒(はっかい)心を留めて沙僧に対(むか)い道(いわ)く、 「兄弟(きょうだい)、懐(こころ)を放(はな)ち量(りょう)を放(はな)ちて些か吃(くら)え。寇家(こうか)を離(はな)るれば、再(ふたた)びこの好き豊盛(ほうせい=盛沢山)の物(もの)有(な)からん!」 と。 沙僧(さそう)笑って道(いわ)く、 「二哥(にいさん)那裡(いずこ)の話(ことば)をか説(い)う!常言(ことわざ)に道(いわ)く、『珍羞百味(ちんしゅうひゃくみ=ご馳走)、一飽(ひとたびあ)くればすなわち休(や)む』と。只(た)だ私房路(しぼうろ=内緒の道)有るのみ、那(いず)くにか私房肚(しぼうと=内緒の腹)有らんや!」 と。八戒道(いわ)く、 「汝(なんじ)もまた忒(はなは)だ不済(ふせい=だめ)なり!不済なり!我この一頓(ひとくい)尽(ことごと)く飽(あ)きて吃えば、就(すなわ)ち三日(みっか)もまた急忙(あわただ)しくは飢(う)えじ」 と。行者(ぎょうじゃ)聴(き)き得て道(いわ)く、「呆子(あほう)、腹(はら)を脹(ふく)らし破(やぶ)ること莫かれ!如今(いま)まさに走路(たびだ)たんとす」と。 説(いい)了(おわ)らざるに、日(ひ)将(まさ)に中(なかば)ならんとす。長老上(かみ)に在りて箸(はし)を挙(あ)げ、掲齋経(けっさいきょう=斎を結ぶ経)を念(とな)う。八戒慌(あわ)て、添飯(てんぱん=飯のおかわり)を拿(と)り過(きた)り、一口(ひとくち)に一碗(ひとわん)、又た五、六碗(ごろくわん)をも食(くら)い込(こ)み、かの饅頭(まんじゅう)・巻児(けんじ=巻き菓子)・餅子(へいじ=餅)・焼果(しょうか=焼き菓子)を把り、好(よ)し悪(あ)しも無く、満満(なみなみ)と両袖(りょうそで)に籠(こ)め込(こ)み、才(はじ)めて師父に跟(したが)い身を起す。長老(ちょうろう)員外(いんがい)に謝し、又(ま)た衆人(しゅうじん)に謝(しゃ)し、一同(とも)に門(もん)を出づ。なんじ看よ、あの門外(もんがい)に彩旗(さいき)・宝蓋(ほうがい=天蓋)を並(なら)べ、鼓手(こしゅ=太鼓打ち)・楽人(がくにん)の在(あ)るを。又た見よ、かの両班(りょうはん)の僧道(そうどう)の方(いま)しがた来れるを。員外笑って道(いわ)く、 「列位(みなさま)来(きた)ること遅(おそ)し、老師去くこと急ぐ、斎(とき)を奉(たてまつ)るに及ばず、回(かえ)り来るを俟(ま)ちて謝せん」 と。衆等(しゅうとう)道路(みち)を讓(ゆず)り叙(の)べ、轎(かご)を抬(かつ)ぐは轎を抬ぎ、馬(うま)に騎(の)るは馬に騎り、歩行(ほこう)するは歩行し、みな長老四衆(ししゅ)を讓(ゆず)りて前(まえ)に行かしむ。只だ聞(きこ)ゆ、鼓楽(こがく)天(てん)に喧(かまびす)しく、旗幡(きばん=旗)日(ひ)を蔽(おお)い、人煙(じんえん)湊(あつま)り集(つど)い、車馬(しゃば)駢填(べんてん=ぎっしり)し、みな来りて寇員外(こういんがい)の唐僧を迎送(げいそう)するを看(み)る。この一場(ひとくさり)の富貴(ふうき)、真(まこと)に珠囲翠繞(しゅいすいじょう=珠の囲みと翡翠のまとい)に賽(まさ)り過ぎ、誠(まこと)に錦帳蔵春(きんちょうぞうしゅん=錦の帳に春を蔵す)に亜(つ)がざるなり! かの一班(ひとくみ)の僧は一套(ひとくさり)の仏曲(ぶっきょく=仏の曲)を打(かな)で、かの一班の道(どう)は一道(ひとふし)の玄音(げんおん=玄妙の音)を吹(ふ)き、倶府城(ふじょう)の外(そと)まで送り出(いだ)す。十里長亭(じゅうりちょうてい=十里の長亭)に行(ゆ)き至(いた)るに、又た箪食壺漿(たんじこしょう=飯と水)を設(もう)け、杯(さかずき)を擎(ささ)げ盞(さかずき)を把(と)り、相(あい)飲(の)んで而(しか)して別(わか)る。かの員外猶(な)お忍(しの)んで捨(す)つること能(あた)わず、涙(なみだ)を噙(ふく)んで道(いわ)く、 「老師(ろうし)経(きょう)を取(と)りて回り来(きた)らば、是(こ)れ必ず舎(やかた)に到りて再(ふたた)び幾日(いくにち)か住(じゅう)し、以(も)って我(わ)が寇洪(こうこう)の心(こころ)を了らしめよ」 と。三藏(さんぞう)感(かん)ずるに尽(つ)きず、謝(しゃ)するに已(や)むこと無(な)くして道(いわ)く、 「我(われ)若(も)し霊山(りょうざん)に到(いた)りて仏祖に見(まみ)えんには、首(ま)ず員外(いんがい)の大徳(だいとく)を表(あらわ)さん。回る時定(かなら)ず門(もん)を踵(つ)ぎて叩謝(こうしゃ)せん、叩謝せん!」 と。説(いう)話(はな)し児(ことば)するに、覚(おぼ)えず又(ま)た二、三里(にさんり)の路(みち)有(あ)り。長老懇切(こんせつ)に拝(はい)し辞(じ)するに、かの員外又た声(こえ)を放(はな)ちて大(おお)いに哭(な)きて而(しか)して転(かえ)る。正(まさ)にこれ、 願(がん)有りて僧(そう)に斎し妙覚(みょうがく)に帰(き)し、 縁(えん)無くして仏如来(ぶつにょらい)に見(まみ)ゆるを得ず。 と。 且(しばら)く寇員外(こういんがい)の十里長亭(じゅうりちょうてい)に送(おく)り至り、衆(しゅう)与(と)同(とも)に家(いえ)に回(かえ)るを説わず。さて、かれが師徒(してい)四衆(ししゅ)の、行くこと四、五十里(しごじゅうり)の地(ち)有るに、天色(てんしょく=空模様)将(まさ)に晩(くれ)なんとす。長老(ちょうろう)道(いわ)く、「天晩(く)れたり、何方(いずかた)にか宿(やどり)を借(か)らん」と。八戒(はっかい)担(に)を挑(にな)い、嘴(くち)を努(つきだ)して道(いわ)く、 「現成(できあい)の茶飯(さはん)を放(す)てて吃わず、清涼(せいりょう)の瓦屋(がおく=瓦の家)に住せず、却(かえ)って甚の路をか走(ゆ)かんとする、喪(も)を搶(あらそ)い魂(たま)を踵(つ)ぐ者の如(ごと)し!如今(いま)天(てん)晩れたり、倘(も)し雨(あめ)の起(お)こり下(くだ)らば、却ってこれを如何(いか)にせん」 と。三藏罵(ののし)って道(いわ)く、 「潑孽畜(はつげっちく=愚か者)、又た来りて怨(うら)みを報(ほう)ずるか!常言(ことわざ)に道(いわ)く、『長安(ちょうあん)好しといえど、是れ久(ひさ)しく恋(こい)うるの家に非(あら)ず』と。我らの縁(えん)有(あ)りて仏祖(ぶっそ)を拝(おが)み、真経(しんきょう)を取り得(う)るを待ち、その時(おり)大唐(だいとう)に回転(かいてん)し、主公(しゅこう=君主)に奏(もう)し過(す)ぎ、かの御厨(ごちゅう=御膳所)の裡の飯(めし)を、汝の吃(くら)うに凭(まか)せて幾年(いくとせ)か、この孽畜(げっちく)を脹(ふく)らし殺(ころ)し、汝をして一箇の飽鬼(ほうき=満腹の亡者)と做(な)らしめん!」 と。かの呆子呵呵(かか)と暗(ひそ)かに笑(わら)い、敢(あ)えて復(ま)た言(い)わず。行者目(め)を挙(あ)げて遥(はる)かに観(みわた)せば、ただ見(み)よ、大路(たいろ)の旁(かたわら)に幾間(いくけん)かの房宇(ぼうう=家屋)有るを。急(いそ)ぎ師父(しふ)を請じて道(いわ)く、 「那裡(そこ)に安歇(あんけつ=休ま)せん、那裡に安歇せん」 と。長老前(まえ)に至り、是れ一座(ひとつ)の倒塌(とうとう=崩れ)たる牌坊(ぱいほう)なるを見る。坊(ぱいほう)の上(うえ)に一(ひとつ)の旧扁(きゅうへん=古い額)有り、扁(へん)の上に落顔色(らくがんしょく=褪せた色)の積塵(せきじん=積もる埃)の四箇(よつ)の大字(だいじ)有(あ)り、乃ち「華光行院(かこうぎょういん)」なり。長老馬(うま)を下(お)りて道(いわ)く、 「華光菩薩(かこうぼさつ)は是(こ)れ火焰五光仏(かえんごこうぶつ)の徒弟(でし)なり。毒火鬼王(どくかきおう)を剿除(しょうじょ=討ち平ら)ぐるに因(よ)り、職(しょく)を降(くだ)され、化(け)して五顕霊官(ごけんれいかん)と做れり。此間(ここ)に必(かなら)ず廟祝(びょうしゅく=社の守役)有らん」 と。遂(つい)に一斉(いっせい)に進(すす)み入(い)るに、ただ見よ、廊房(ろうぼう=廊下の部屋)倶(みな)倒(たお)れ、牆壁(しょうへき=壁)皆傾(かたむ)き、更(さら)に人の踪迹(しょうせき=跡)を見(み)ず、只だ是れ些(いささ)かの雑草(ざっそう)と叢菁(そうせい=茂み)のみ。身を抽(ひ)いて出(い)でんと欲(ほっ)せしに、期(き)せずや天の上(うえ)に黒雲(こくうん)の頂(いただき)を蓋(おお)い、大雨(たいう)淋漓(りんり=ざんざん)たり。奈(いか)んともすべき無(な)く、却ってかの破房(はぼう=壊れ家)の下(した)に在りて、風雨(ふうう)を遮(さえぎ)るを得(う)べき処を揀(えら)み、身(み)を将(も)ちて避(さ)け隠(かく)る。密密寂寂(みつみつせきせき=ひっそり)として、敢えて高声(こうせい=大声)を出(いだ)さず、妖邪(ようじゃ)の覚(さと)り知らんことを恐(おそ)る。坐(ざ)するは坐し、站(た)つは站ち、苦(くる)しく一夜(いちや)を捱(こら)えて未(いま)だ睡(ねむ)らず。咦(ああ)!真箇(まこと)にこれ、 泰(たい)は極(きわ)まって還(ま)た否(ひ)を生じ、 楽(たのしみ)の処(ところ)又(ま)た悲(かなしみ)に逢(あ)う。 と。畢竟(ひっきょう)天暁(てんぎょう)に向前(すす)みて去(ゆ)くや還是(それとも)如何(いかん)なるを知らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴かれよ。 第九十七回 金(きん)もて外護(げご)に酬(むく)いしに魔毒(まどく)に遭(あ)い 聖(せい)幽魂(ゆうこん)を顕(あらわ)して本原(ほんげん)を救(すく)う 且(しばら)く唐僧(とうそう)等(ら)の華光(かこう)の破屋(はおく=壊れ家)の中(うち)に在りて、苦(くる)しみ夜雨(やう)を奈(いか)んとして身(み)を存(ぞん)ずるを言(い)わず。さて、銅台府(どうだいふ)地霊県(ちれいけん)の城内(じょうない)に一群(ひとむれ)の凶徒(きょうと=凶悪な者)有(あ)るを説(い)わん。宿娼(しゅくしょう=娼家に泊まり)・飲酒(いんしゅ)・賭博(とばく)に因(よ)りて家私(かし=家財)を花費(ついや)し尽(つく)し、計(はかりごと)の過活(かかつ=暮らし)を立つる無(な)く、遂(つい)に十数人(じゅうすうにん)を糾(あつ)めて賊(ぞく)と做(な)り、算(かぞ)えて道(いわ)く、本城(ほんじょう)の那家(いずこのいえ)か是(こ)れ第一箇(だいいち)の財主(ざいしゅ=金持)、那家(いずこのいえ)か是れ第二箇(だいに)の財主、往(ゆ)きて些(いささ)かの金銀(きんぎん)を打劫(うちかす)め用度(ようど=入用)にせんと。内(うち)に一人(ひとり)有りて道(いわ)く、 「緝訪(しゅうほう=捜し訪ね)するをも用(もち)いず、算計(さんけい=計略)を須(もち)いず。只(た)だ今日(こんにち)かの唐朝(とうちょう)の和尚(おしょう)を送(おく)りし寇員外(こういんがい)の家(いえ)の、十分(じゅうぶん)に富厚(ふこう=裕福)なる有るのみ。我らこの夜雨(やう)に乗(じょう)ずれば、街上(がいじょう=町中)の人(ひと)もまた防備(ぼうび)せず、火甲(かこう=夜回り)等もまた巡邏(じゅんら=巡回)せず、此(ここ)に就(つ)きて手(て)を下(くだ)し、かれが些かの資本(しほん=元手)を劫(かす)め、我らまた去(ゆ)きて嫖賭児(ひょうとじ=女買いと賭け)して耍子(あそ)ばんに、豈(あ)に美(び)ならずや!」 と。衆賊(しゅうぞく)歓喜(かんき)し、心(こころ)を斉(ひとしく)し、みな短刀(たんとう)・蒺藜(しつり=まむしぐさ)・拐子(かいす=棍棒)・悶棍(もんこん=棍棒)・麻縄(あさなわ)・火把(たいまつ)を帯(たい)し、雨(あめ)を冒(おか)して前(まえ)に来(きた)り、寇家(こうか)の大門(だいもん)を打(う)ち開(あ)け、吶喊(とっかん=鬨の声)して殺(き)り入(い)る。慌てたるかなかれが家の裡(うち)の、若(も)し大(おお)きくも若し小(ちい)さくも、是れ男(おとこ)も是れ女(おんな)も、倶(みな)隠(かく)れて跡(あと)を留(とど)めず。媽媽児(ままじ=奥方)は床底(とこした)に隠(かく)れ、老頭児(ろうとうじ=爺)は門後(うしろ)に闪(ひそ)み、寇梁(こうりょう)・寇棟(こうとう)与(と)親(みより)の幾箇(いくたり)かの児女(じじょ=子ども)は、みな戦戦兢兢(おののき)として四散(しさん=四方に散り)逃(に)げ走(はし)りて命(いのち)を顧(かえり)みる。かの一群の賊は、刀(かたな)を拿(と)り、火(ひ)を点(とも)し、かれが家の箱籠(そうろう=長持)を打ち開け、かの些(それら)の金銀・宝貝(ほうばい=宝物)・首飾(しゅしょく)・衣裳(いしょう)・器皿(きべい=器)・家火(かか=道具)を把(と)り、尽情(ことごとく)に捜劫(そうごう=捜し奪)う。かの員外(いんがい)割(あきら)め捨(す)つること得(え)ず、命を拚(か)けて、門(もん)を走(ぬ)け出(い)でて衆(しゅう)の強人(ごうにん=盗賊)に対(むか)い哀告(あいこく=嘆願)して道(いわ)く、 「列位(みなさま)の大王(だいおう)、汝(なんじ)らの用(よう)に彀(た)れるものはすなわち罷(や)めよ、還(ま)た幾件(いくえん)かの衣物(いぶつ=衣類)を留めて我(わ)が老漢(ろうかん=この爺)に与(あた)え送終(そうしゅう=葬い)せしめよ」 と。かの衆の強人(ごうにん)那(いずく)にか分説(ぶんせつ=弁解)を容(い)れん。趕(お)い上前(すす)みて、寇員外を把りて撩陰(りょういん=急所)に一脚(ひとあし)踢(け)り翻(ひっくりかえ)して地(ち)に倒(たお)す。憐(あわ)れむべし、 三魂(さんこん)渺渺(びょうびょう)として陰府(いんぷ=冥府)に帰(かえ)り、 七魄(しちはく)悠悠(ゆうゆう)として世人(せじん)に別(わか)る。 と。衆賊手を得、寇家を走(ぬ)け出で、城脚(しろのもと)に順(したが)いて軟梯(なんてい=縄梯子)を做(つく)り、城牆(じょうしょう=城壁)を漫(つた)いて一一(ひとりひとり)系(つな)がれ出で、雨(あめ)を冒(おか)して連夜(よるもすがら)西(にし)へ奔(はし)りて去(さ)る。 かの寇家の僮僕(どうぼく)、賊の退(しりぞ)きしを見(み)て、方(はじ)めて纔(ようや)く頭(こうべ)を出(いだ)す。看(み)るに及(およ)びて、老員外(ろういんがい)すでに地の下(うえ)に死(し)しておれば、声(こえ)を放(はな)ちて哭(な)いて道(いわ)く、 「天(てん)や!主人公(あるじ)すでに打ち殺(ころ)されたり!」 と。衆(しゅう)みな屍(しかばね)に伏(ふ)して哭き、悲悲啼啼(ひひていてい=泣き悲し)む。 四更(よんこう)に将(なんなん)とする時(おり)、かの媽媽(まま)唐僧等(ら)のその斎供(さいく=供物)を受(う)けざるを想(おも)い恨(うら)み、花撲撲(かぼくぼく=華やか)に彼(かれ)を送りしに因りて、この一場(ひとくさり)の災禍(さいか)を惹(ひ)き出せりとし、すなわち妒害(とがい=嫉み害する)の心を生(しょう)じ、かれが四衆(ししゅ)を陷(おとしい)れんと欲(ほっ)し、寇梁を扶(たす)けて道(いわ)く、 「児(こ)や、哭(な)くを須(もち)いず。汝が老子(おやじ)は今日もまた僧(そう)に斎(とき)し、明日(みょうにち)もまた僧に斎せしに、豈(あ)に今日(こんにち)円満(えんまん)を做して、斎するは那(かの)一群(ひとむれ)の送命(そうめい=命を送る)の僧なるを知(し)らんや!」 と。かれが兄弟(きょうだい)道(いわ)く、「母親(ははうえ)、怎(いか)なるか是れ送命(そうめい)の僧(そう)なる」と。媽媽(まま)道(いわ)く、 「賊勢(ぞくせい=賊の勢い)凶勇(きょうゆう=凶猛)にして、房(へや)の裡に殺り進(い)り来りしに、我(われ)すなわち床(とこ)の下(した)に隠(かく)れ、戦兢兢(おののき)として心(こころ)を留(とど)めて灯火(とうか)の処(ところ)に向(むか)い看得(みること)明白(めいはく)なり。汝是(こ)れ誰(たれ)なりと言(い)わんか。火を点ぜしは是れ唐僧、刀(かたな)を持(たも)てるは是れ猪八戒(ちょはっかい)、金銀を搬(はこ)びしは是(こ)れ沙和尚(さおしょう)、汝(なんじ)が老子(おやじ)を打(う)ち殺ししは是れ孫行者(そんぎょうじゃ)なり」 と。 二子(にし)言(げん)を聴(き)き、真実(しんじつ)と認(したた)めて道(いわ)く、 「母親(ははうえ)既(すで)に看得(みること)明白(めいはく)ならば、必(かなら)ず是れなり。かれ四人(よたり)我が家(いえ)に半月(はんつき)住(じゅう)し、我が家の門戸(もんこ)・牆垣(しょうえん=塀)・窗櫺(そうれい=窓の格子)・巷道(こうどう=路地)を将(も)ちて、倶看熟(なれ)し了(おわ)れり。財(たから)人心(じんしん)を動(うご)かす、此を以てこの夜雨(やう)に乗(じょう)じ、復(ま)た我が家に到(いた)り、既に財物(ざいぶつ)を劫め去り、又(ま)た父(ちち)を害(そこな)えり。この情(じょう)何(なん)ぞ毒(どく)なる!天明(てんめい)を待(ま)ちて府(ふ)に到り失状(しつじょう=盗難届)を遞(てい)し、名(な)を坐(す)えてかれを告(うった)えん」 と。寇棟(こうとう)道(いわ)く、「失状(しつじょう)は如何(いか)に書(か)かん」と。寇梁道(いわ)く、「すなわち母親(ははうえ)の言に依(よ)れ」と。書(か)きて道(いわ)く、 「唐僧(とうそう)火(ひ)を点(とも)じ、八戒(はっかい)殺せと叫(よ)ぶ。 沙和尚(さおしょう)金銀(きんぎん)を劫め出し去り、孫行者(そんぎょうじゃ)我が父親(ちちおや)を打ち殺(ころ)す」 と。一家子(いっけ)吵吵鬧鬧(そうそうとうとう=がやがや)するに、覚(おぼ)えず天暁(あけ)ぼのなり。一壁廂(いっぺきしょう=一方)には親人(しんじん=親族)を伝(つた)え請(しょう)じて棺木(かんぼく=棺)を調(ととの)えしめ、一壁廂(いっぺきしょう)には寇梁(こうりょう)兄弟府(ふ)に赴(おもむ)きて詞(うったえ)を投(とう)ず。 元来(もと)この銅台府の刺史(しし)正堂大人(せいどうたいじん=長官)は、平生(へいぜい)正直(しょうじき)にして、素性(そせい=生まれつき)賢良(けんりょう)なり。 少年(しょうねん)雪案(せつあん=雪の机)に向いて書(しょ)を攻(おさ)め、 早歳(そうさい)金鑾(きんらん=宮中)に在りて策(さく)に対(こた)う。 常(つね)に忠義(ちゅうぎ)の心を懐(いだ)き、毎(つね)に仁慈(じんじ)の念(ねん)を切(せつ)にす。 名(な)は青史(せいし=史書)に揚(あが)りて千年(せんねん)に播(つた)わり、龔黄(こうこう)再(ふたた)び見るが如(ごと)く、 声は黄堂(こうどう=役所)に振(ふる)いて万古(ばんこ)に伝(つた)わり、卓魯(たくろ)重(かさ)ねて生(しょう)ずるが若(ごと)し。 と。当時(そのとき)堂(どう)に坐(ざ)し、一応(いちおう)の事務(じむ)を発放(ほっぽう=処理)し、すなわち令(れい)して放告牌(ほうこくはい=訴えの札)を抬(かつ)ぎ出(いだ)さしむ。この寇梁兄弟(きょうだい)牌(ふだ)を抱(いだ)いて進り、跪(ひざまず)き倒れて高(たか)く叫んで道(いわ)く、 「爺爺(おやかた)、小(わたくし)どもは是(こ)れ強盗(ごうとう)の財(たから)を得、人命(じんめい)を殺傷(せっしょう)せるの重情(じゅうじょう=重大事)を告えんとする者(もの)なり」 と。刺史状(じょう)を接(う)け上(あ)げ、この般(ごとき)この的(まと)を看、如此如彼(かくのごとくあのごとく)するに、すなわち問(と)うて道(いわ)く、 「昨日(きのう)人の伝(つた)え説う有(あ)り、汝が家(いえ)斎僧(さいそう)の円満(えんまん)をし、四衆の高僧(こうそう)に斎(とき)し、乃(すなわ)ち東土唐朝(とうどとうちょう)の羅漢(らかん)なるに、花撲撲(かぼくぼく)として満街(まんがい)の鼓楽(こがく)もて送行(そうこう)したりと。怎でか却(かえ)ってこの般(ごとき)の事情(じじょう)有らんや」 と。寇梁等磕頭(こうとう)して道(いわ)く、 「爺爺(おやかた)、小(わたくし)の父親寇洪(こうこう)の僧に斎すること二十四年(にじゅうよねん)、この四僧(しそう)の遠(とお)く来れるに因(よ)り、恰(あたか)も万僧(ばんそう)の数(かず)を足(た)らしむるをもて、此に因りて円満(えんまん)を做し、かれを留めて半月(はんつき)住(じゅう)せしめたり。かれすなわち路道(みち)・門窗(もんそう=門と窓)を将ちてみな看(み)熟(なれ)し了れり。当日(そのひ)送り出し、当晚(そのよ)復(ま)た回(かえ)り、黒夜(こくや)の風雨(ふうう)に乗(じょう)じ、遂に火を明(あきら)かにし杖(じょう)を執(と)り、房(へや)の裡に殺(き)り進り来(きた)り、金銀財宝(きんぎんざいほう)・衣服(いふく)・首飾(しゅしょく)を劫(かす)め去(さ)り、又た父(ちち)を将ちて地(ち)に打ち殺して倒(たお)せり。 望(のぞ)むらくは爺爺(おやかた)小民(しょうみん=わたくし)与(に)主(あるじ)を做(な)したまわんことを!」 と。刺史言を聞(き)き、すなわち馬歩(ばほ=騎馬と徒歩)の快手(かいしゅ=捕り手)并(ならび)に民壮(みんそう=民兵)人役(じんえき)を点(てん)し起(おこ)し、共(あわ)せて百五十人(ひゃくごじゅうにん)有り、各(おのおの)鋒利(ほうり=鋭き)の器械(きかい=武器)を執(と)り、西門(せいもん)を出(い)でて一直(ひたすら)に来りて唐僧四衆(ししゅ)を趕(お)う。 さて、かれが師徒(してい)らは、かの華光行院(かこうぎょういん)の破屋(はおく)の下(した)に在りて、天暁(てんぎょう)に捱(こら)え至(いた)りて方(はじ)めて纔(ようや)く門を出で、路(みち)に上(のぼ)りて西(にし)へ奔(はし)るを説わん。可可(あたか)もかの些(それら)の強盗当夜(そのよ)寇家(こうか)を打劫め、城外(じょうがい)に系(つな)がれ出で、また西方(せいほう)の大路(たいろ)の上(うえ)に向い、行(ゆ)きて天暁(てんぎょう)を経(へ)て、華光院(かこういん)の西(にし)を走(ゆ)き過(よ)ぐること二十里(にじゅうり)の遠近(きょき=ほど)に、山凹(やまくぼ)の中に藏(かく)れ、金銀等の物(もの)を分撥(ぶんぱつ=分配)す。分(わか)ち未(いま)だ了らざるに、忽(たちま)ち唐僧四衆の路に順(したが)い来るを見、衆賊(しゅうぞく)心(こころ)猶(な)お歇(や)まず、唐僧(とうそう)を指(さ)し定(さだ)めて道(いわ)く、 「那(あれ)は是れ昨日送行(そうこう)せし和尚の来(きた)れるに非(あら)ざるか!」 と。衆賊笑って道(いわ)く、 「来ること好(よ)し!来ること好し!我らもまた是れこの般(ごとき)の天理(てんり)無き売買(ばいばい=商売)を干(な)す者なり。これらの和尚路に縁(よ)りて来り、又た寇家に久(ひさ)しく在(あ)りしが、身辺(しんぺん=身の回り)に多少(いくら)の物有(あ)るを知らず。我ら索性(いっそ)往きてかれを截(さえぎ)り住(とど)め、盤纏(ばんてん=路銀)を奪(うば)い、白馬(はくば)を搶(かす)めて分(わけまえ)に凑(くわ)えなば、却って是(こ)れ心に遂(かな)い意(こころ)に満(み)つるの事(こと)に非ずや?」 と。衆賊(しゅうぞく)遂(つい)に兵器(へいき)を持(たも)ち、吶(とき)と一声(ひとこえ)喊(さけ)び、大路(たいろ)に跑(はし)り上(あが)り、一字児(ひとじ=一列)に広(ひろ)がり開(あ)けて叫んで道(いわ)く、 「和尚(おしょう)、走ること莫(な)かれ!疾(と)く買路銭(ばいろせん=通行料)を留(とど)めて、汝が性命(せいめい)を饒(ゆる)さん! 牙(きば)に半箇(ひとつ)の不(いな)の字(じ)を迸(ほとばし)らせば、一刀(ひとふり)に一箇(ひとり)、決(けっ)して存(ぞん)し留めじ!」 と。唬(おど)されたるかな箇(ひとり)の唐僧馬上(ばじょう)に在りて乱(みだ)りに戦(おのの)き、沙僧(さそう)与八戒心(こころ)慌(あわ)て、行者(ぎょうじゃ)に対い道(いわ)く、 「怎(どう)したるか!怎したるか!苦(くる)しう半夜(よなか)の雨天(うてん)を奈(しの)ぎ、又(ま)た早(はや)くも強徒(きょうと=盗賊)の路(みち)を断(た)つに遇(あ)う、誠(まこと)に謂(い)うところの『禍(わざわい)は単(ひとつ)には行(ゆ)かず』なり!」 と。行者笑って道(いわ)く、 「師父(しふ)怕(おそ)るること莫かれ、兄弟憂(うれ)うること勿(な)かれ。老孫(ろうそん)の往(ゆ)きてかれに一問(ひとと)いするを等(ま)て」 と。 好き大聖(たいせい)かな、虎皮(こひ)の裳(も)を一束(ひとたば)に束(しば)り、錦布(きんぷ)の直裰(じきとつ=法衣)を一振(ひとふるい)し、前(まえ)に走(あゆ)み近(ちか)づき、手を叉(く)みて胸(むね)に当(あ)てて道(いわ)く、「列位は是れ甚(なん)をか做す者ぞ」と。賊徒(ぞくと)喝(かつ)して道(いわ)く、 「この奴(やつ)死活(しご=命)を知らず、敢(あ)えて来(きた)りて我に問うか!汝(なんじ)額顱(がくる=額)の下(した)に眼(め)無く、我の是れ大王爺爺(だいおうやや)なるを認めざるか!疾く買路銭(ばいろせん)を将(も)ち来れ、汝を放ちて過ぎらしめん!」 と。行者言(げん)を聞き、満面(まんめん)に陪笑(つくりわらい)して道(いわ)く、「汝ら元来(もと)是(こ)れ径(みち)を剪(き)るの強盗なりけるか!」と。 賊徒(ぞくと)狠(こん)りを発(はっ)して叫(よ)んで、「殺せ!」と。行者(ぎょうじゃ)仮(かり)に仮に驚恐(おそれ)りて道(いわ)く、 「大王(だいおう)!大王!我(われ)は是れ郷村(ごうそん=田舎)の中(うち)の和尚にて、話(ものい)うことを会(え)せず、衝撞(ぶつか)るるをも怪(とが)むること莫かれ、怪むこと莫かれ!若(も)し買路銭(ばいろせん)を要(もと)めなば、かの三箇(みたり)に問(と)うこと莫(な)かれ、只だ我に消(もと)めよ。我は是れ一箇の帳(ちょう)を管(つかさど)る者(もの)にて、凡(おおよ)そ経銭(きょうせん=読経の謝礼)・布施(ふせ)有れば、何処(いずこ)にて化縁(けえん=喜捨を乞)し、布施(ふせ)せしものも、みな包袱(ほうふく=包み)の中に在り、尽(ことごと)く是(こ)れ我(われ)の出入(しゅつにゅう=出納)を管(つかさど)る。其(そ)の馬(うま)に騎(の)れるは、我が師父なりといえど、かれは却って只だ経(きょう)を念(とな)うるを会(え)するのみ、閑事(かんじ=雑事)を管(かま)えず、財色(ざいしょく=金と色)倶(みな)忘(わす)れて、一毫(いちごう=毛筋ほども)も有らず。其(そ)の黒(くろ)き顔(かお)のは、是れ我が半路(なかみち)に収(おさ)めし一箇の後生(わこうど=若者)にて、只(た)だ馬を養(やしな)うを会(え)するのみ。其(そ)の長嘴(ながきくち)のは、是れ我(われ)が雇(やと)える長工(ちょうこう=日雇い)にて、只だ担(に)を挑(にな)うを会(え)するのみ。汝(なんじ)ら三人(みたり)を放ちて過(よ)ぎらしめよ、我盤纏(ばんてん=路銀)・衣鉢(えはつ)を将ちて尽く汝に送(おく)らん」 と。衆賊説(いう)を聴きて、 「この和尚は倒(かえ)って是(こ)れ一箇(ひとり)のおとなしき者なり。既(すで)に此(この)如くならば、汝が命(いのち)を饒(ゆる)さん。かの三人を教(おし)えて行李(こうり)を下(おろ)し置(お)かしめ、かれを放(はな)ちて過ぎらしめよ」 と。行者首(こうべ)を回(めぐ)らして一箇(ひとつ)の眼色(がんしょく=目くばせ)を使(つか)えば、沙僧すなわち行李の担子(たんす=荷)を下し捨(す)て、師父与馬を牽(ひ)き、八戒与(と)同(とも)に西(にし)へ径(ただち)に走(ゆ)く。行者頭(こうべ)を低(た)れて包袱(ほうふく)を打(う)ち開け、地に就(つ)きて一把(ひとつかみ)の塵土(じんど=砂埃)を掴(つか)み、上に向(むか)いて一洒(ひとふり)し、一箇の呪語(じゅご)を念(とな)うるは、乃ち是れ一箇の定身(じょうしん=身体を定むる)の法(ほう)なり。「住(とま)れ!」と一声喝すれば、かの一群の賊(ぞく)共(あわ)せて三十来名(さんじゅうらいめい)、一箇一箇(ひとりひとり)歯(は)を咬(か)み、眼(め)を見開(みひら)き、手(て)を撒(はな)ち、直直(すっく)と站(た)ち定まり、言語(ものい)うこと能(あた)わず、身を動かすことを得(え)ず。行者(ぎょうじゃ)路口(みちくち)に跳(おど)り出(い)でて叫んで道(いわ)く、「師父(しふ)、回り来れ!回り来れ!」と。八戒(はっかい)慌てて道(いわ)く、 「不好(いけ)ぬ、不好ぬ!師兄(しい)我らを供(つき)出し了(おわ)れるぞ!かれが身の上(うえ)に又た銭財(せんざい)無(な)く、包袱の裡(うち)に又た金銀無ければ、必ず是れ師父を叫びて馬(うま)を要め、我らを叫びて是(こ)れ衣服(いふく)を剥(は)がんとするなり」 と。沙僧笑って道(いわ)く、 「二哥(にいさん)乱りに説(い)うこと莫かれ!大哥(あにき)は是れ一箇の了得(りょうとく=腕きき)なる者、向者(さきに)那般(ごとき)の毒魔狠怪(どくまこんかい)をも、また能(よ)く收服(おさめ)し伏(ふく)せたり、これらの幾箇(いくたり)かの毛賊(もうぞく=小盗人)を怕(おそ)れんや。かれが彼処(あそこ)に招呼(よばわ)るは、必(かなら)ず話(ことば)有(あ)らん、疾(と)く回り往きて看看(みみ)ん」 と。 長老(ちょうろう)言を聴き、欣然(きんぜん)として馬を転(めぐ)らし辺前(ほとり)に回(かえ)り至り、叫(よ)んで道(いわ)く、「悟空(ごくう)、甚の事有りて我を叫び回らしむるか」と。行者道(いわ)く、「汝(なんじ)ら看よ、これらの賊は是れ怎に説うか」と。八戒前(まえ)に近づきかれを推(お)して、叫んで道(いわ)く、「強盗(ごうとう)よ、汝怎(いか)でか身(み)を動(うご)かさざる」と。 かの賊渾然(こんぜん=まるで)として知(し)ること無く、言(ものい)わず語(かた)らず。八戒道(いわ)く、「好(すっかり)痴(おろか)になり啞(おし)になり了れるか!」と。行者笑って道(いわ)く、 「是(こ)れ老孫一箇(ひとつ)の定身法(じょうしんぽう)を使(つか)いて定(さだ)め住めたるなり」 と。八戒(はっかい)道(いわ)く、 「既に身を定めたりといえど、未だ曾(かつ)て口(くち)を定(さだ)めず、怎でか声(こえ)をも做さざる」 と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、 「師父請(こ)う馬を下(お)りて坐せ。常言(ことわざ)に道(いわ)く、『只だ錯(あやま)りて拿(とら)うる有るのみ、錯りて放つこと有(な)し』と。兄弟(きょうだい)よ、汝ら賊(ぞく)を把りてみな扳(ひっくりかえ)し倒し捆(くく)り、かれをして一箇の供状(くじょう=自白書)を供(きょう)し出(いだ)さしめ、かれの是れ一箇の雛児(ひな=新米)の強盗なるか、把勢(わざ=手練)の強盗なるかを看ん」 と。沙僧(さそう)道(いわ)く、「縄索(なわ=縄)有(な)し」と。行者すなわち些(いささ)かの毫毛(ごうもう)を抜(ぬ)き下(おろ)し、一口(ひとくち)の仙気(せんき)を吹(ふ)き、変(へん)じて三十条(さんじゅっすじ)の縄索(じょうさく=縄)と作(な)し、一斉(いっせい)に手を下(くだ)し、賊を扳(ひっくりかえ)し、みな手足(しゅそく)を縛(しば)り上げて捆(くく)り住(とど)め、却又(また)念々(ねんねん)と呪(じゅ)を解(と)けば、かの一群(ひとむれ)の賊漸漸(ようやく)に蘇醒(よみがえ)る。 行者唐僧を請(しょう)じて上首(かみざ)に坐(ざ)せしめ、かれ三人(みたり)各(おのおの)兵器(へいき)を執(と)りて喝(かつ)して道(いわ)く、 「毛賊(もうぞく)よ、汝(なんじ)ら一斉に多少(いくたり)の人有(あ)るか。幾年(いくとせ)売買(ばいばい=商売)を做(な)せるか。打劫(うちかす)めて多少(いくら)の物(もの)有(あ)るか。曾て人口(じんこう=人命)を殺傷(せっしょう)せること有りや。還是(それとも)初犯(しょはん)なるか、却(かえ)って是れ二犯(にはん)、三犯(さんぱん)なるか」 と。衆賊(しゅうぞく)口を開(ひら)いて道(いわ)く、「爺爺(おやかた)命を饒(ゆる)したまえ!」と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「叫(よばわ)ること莫かれ!従実(ありのまま)に供(きょう)し来(きた)れ!」と。衆賊道(いわ)く、 「老爺(ろうや)、我らは是(こ)れ久(ひさ)しく慣(な)れて賊(ぞく)を做す者(もの)に非(あら)ず、みな是れ好き人家(じんか)の子弟(してい=子ども)なり。只(た)だ才(さい)無(な)きに因(よ)り、酒(さけ)を飲(の)み銭(ぜに)を賭(か)け、宿娼(しゅくしょう)頑耍(がんしゃ=道楽)して、父祖(ふそ)の家業(かぎょう)を尽(ことごと)く花費(ついや)し了り、一向(このごろ)干(かかわり)無く、又(ま)た銭の用(もち)い無し。銅台府(どうだいふ)の城中(じょうちゅう)の寇員外(こういんがい)の家の資財(しざい)の豪富(ごうふ=大金持)なるを訪(たず)ね知り、昨日(きのう)合(くみ)し仲間(なかま)となり、当晚(そのよ)夜雨(やう)の昏黒(こんこく)に乗(じょう)じ、すなわち往(ゆ)きて打劫めり。劫め得たる些かの金銀(きんぎん)・服飾(ふくしょく)有りて、この路の北(きた)の下(もと)の山凹(やまくぼ)の裡に在りて正(まさ)に分贓(ぶんぞう=分け前)しおるに、忽(たちま)ち老爺たちの来れるを見(み)たり。内中(うち)に寇員外の送行(そうこう)せしと認(したた)むる者有(あ)りて、必ず身辺(しんぺん)に物有(あ)らんとし、又た行李(こうり)の沈重(おもき)と、白馬(はくば)の快(はや)く走(はし)るとを見、人心(じんしん)足(た)らざれば、故(ゆえ)に又た来りて邀截(ようせつ=待ち伏せ)せり。豈(あ)に知らんや老爺(ろうや)に大神通(だいじんずう)の法力(ほうりき)有りて、我らを将ちて困(くるし)め住めらるるとは。万(よろず)望むらくは老爺慈悲(じひ)して、かの劫めし財物を收(おさ)め去り、我(われ)が性命(せいめい)を饒(ゆる)されよ!」 と。 三藏(さんぞう)是れ寇家の劫(かす)めし財物と説(いう)を聴(き)き、猛然(だしぬけ)に一驚(ひとおどろき)を喫(くら)い、慌(あわ)てて站(た)ち上(あ)がりて道(いわ)く、「悟空、寇(こう)の老員外(ろういんがい)十分(じゅうぶん)に善(ぜん)を好(この)むに、如何でかこの災厄(さいやく)を招(まね)きたるか」と。行者笑って道(いわ)く、 「只だ我らを送りて身を起さしむるが為(ため)に、かの等(ごとき)の彩帳(さいちょう=色とばり)・花幢(かどう=花の幢)を張(は)り、盛(さか)んに鼓楽(こがく)を張(は)り、人の眼目(がんもく)を驚動(きょうどう)せるをもて、此(ここ)を以てこの一群の光棍(こうこん=ごろつき)すなわち往きてかれが家に手を下(くだ)せり。今(いま)又(ま)た幸(さいわ)いに我らに遇い、かれがこの許多(あまた)の金銀・服飾(ふくしょく)を奪い下せり」 と。三藏道(いわ)く、 「我らかれを半月(はんつき)擾(みだ)し、厚恩(こうおん)を感激(かんげき)して以(も)って報(むく)いる無(な)し。如(しか)らずんばこの財物(ざいぶつ)を将(も)ちてかれが家(いえ)に護送(ごそう)し往(ゆ)かば、却って是(こ)れ一件(ひとつ)の好(よ)き事(こと)に非ずや?」 と。行者言に依(よ)り、すなわち八戒・沙僧与山凹(やまくぼ)の裡に去き、かの些(それら)の贓物(ぞうぶつ=盗品)を取(と)り将ち来(きた)り、收拾(しゅうしゅう)して馬(うま)に駄(にな)わせ、又た八戒に教えて一担(ひとに)の金銀を挑(にな)わせ、沙僧に自己(おのれ)が行李を挑(にな)わせり。行者(ぎょうじゃ)この一群(ひとむれ)の強盗(ごうとう)を将ちて一棍(ひとぼう)に尽く打ち殺(ころ)さんと欲(ほっ)せしが、又た唐僧(とうそう)の人の性命(せいめい)を傷(そこな)うを怪(あやし)まんことを恐(おそ)れ、只だ身(み)を将(も)ちて一振(ひとふるい)し、毫毛(ごうもう)を收め上ぐるを得たり。かの一群の賊手(て)足(あし)を鬆(ゆる)め、這(は)い起(お)き上(あが)り、一箇一箇(ひとりひとり)草(くさ)に落(お)ちて逃(に)げ生(い)きて去る。この唐僧步(あゆみ)を転(てん)じ身を回(めぐ)らし、財物を将ちて員外に送り還(かえ)さんとす。この一去(ひとゆき)、却って飛蛾(ひが=飛ぶ蛾)の火(ひ)に投(とう)ずるに似(に)て、反(かえ)ってその殃(わざわい)を受く。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す、詩(し)に曰(いわ)く、 恩(おん)を恩を以て報いるは人間(にんげん)に少(すくな)く、 反(かえ)って恩慈(おんじ=恩と慈しみ)を把(と)りて変(へん)じて仇(あだ)と作(な)す。 水(みず)に下(くだ)りて人(ひと)を救(すく)えば終(つい)に失(うしな)い有(あ)り、 三(みた)び思(おも)いて事を行(おこな)えば却(かえ)って憂(うれい)無し。 と。 三藏師徒(してい)ら金銀(きんぎん)・服飾(ふくしょく)を将ちて拿(も)ち転じ、正に行(ゆ)く処に、忽(たちま)ちかの槍刀(そうとう=槍と刀)の簇簇(ぞくぞく=ぎっしり)として来るを見る。三藏(さんぞう)大いに驚(おどろ)いて道(いわ)く、 「徒弟(でし)よ、汝看(み)よ、かの兵器(へいき)の簇(むらが)り擁(かこ)み相(あい)臨(のぞ)むは、是れ甚(なん)の好歹(よしあし)なるか」 と。 八戒(はっかい)道(いわ)く、 「禍(わざわい)来れるぞ、禍来れるぞ!是れ那放ち去(さ)りし強盗の、兵器(へいき)を取り、又(ま)た些(いくたり)かの人を糾(あつ)め、路を転(てん)じ過(よ)ぎ来(きた)りて我ら与闘(たたか)い殺らんとするなり!」 と。沙僧(さそう)道(いわ)く、 「二哥(にいさん)、那(あ)の来れるは是(こ)れ賊勢(ぞくせい=賊の勢い)に非(あら)ず。大哥(あにき)、汝仔細(つまびらか)にこれを観(み)よ」 と。行者悄悄(こっそり)と沙僧に向い道(いわ)く、 「師父(しふ)の災星(さいせい=災いの星)又た到れり。此は必(かなら)ず是れ官兵(かんぺい)の賊を捕(とら)うるの意(こころ)ならん」 と。説(いい)了(おわ)らざるに、衆の兵卒(へいそつ)辺前(ほとり)に至り、一箇の圈子陣(けんしじん=輪の陣)を撒(ひら)き開(あ)け、かれが師徒(してい)を把りて囲(かこ)み住(とど)めて道(いわ)く、 「好き和尚(おしょう)かな、人家(じんか)の物(もの)を打劫(うちかす)めおきて、還た此に在りて逍遥(しょうよう=うろつき)するか!」 と。一擁(いちど)に上前(すす)み出で、先(ま)ず唐僧を把りて馬より抓(つか)み下(おろ)し、縄(なわ)を用(もち)いて捆(くく)り、又た行者三人をも把(と)りて、また一斉(いっせい)に捆(くく)り、扛子(こうす=棒)を穿(つらぬ)き通(とお)し、両箇(ふたり)して一箇(ひとり)を抬(かつ)ぎ、馬を趕(お)い、担(に)を奪(うば)い、径に府城(ふじょう)に転ず。ただ見(み)よ、 唐三藏(とうさんぞう)は、戦戦兢兢(おののき)として、涙(なみだ)を滴(したた)らせて言(い)い難(がた)し。 猪八戒(ちょはっかい)は、絮絮叨叨(じょじょとうとう=ぶつぶつ)として、心中(しんちゅう)怨(うらみ)を報(ほう)ず。 沙和尚(さおしょう)は、嚢突突(のうとつとつ=もごもご)として、意下(こころ)に躊躇(ちゅうちょ)す。 孫行者(そんぎょうじゃ)は、笑唏唏(しょうきき=にこにこ)として、手段(しゅだん)を施(ほどこ)さんとす。 と。衆(しゅう)の官兵(かんぺい)集(あつま)り擁(かこ)み扛(かつ)ぎ抬(あげ)、須臾(しばらく)の間(あいだ)に城(しろ)の裡(うち)に拿え到(いた)り、径(ただち)に黄堂(こうどう=役所)に解(つな)ぎ上(あ)げて報(しら)せて道(いわ)く、「老爺(ろうや)、民快(みんかい=捕り手)人等(ひとびと)、強盗を捕獲(ほかく)し来れり」と。 かの刺史(しし)端(ただ)しく堂の上に坐し、民快(みんかい)を賞労(しょうろう=労い賞)し、賊贓(ぞくぞう=盗品)を検(あらた)め看、当(まさ)に寇家(こうか)を叫(よ)びて領(うけ)り去らしめ、却って三藏等(ら)を将(も)ちて庁前(ちょうぜん=庁の前)に提(ひき)し近(ちか)づけ、問うて道(いわ)く、 「汝(なんじ)らこの起(ひとくみ)の和尚、口(くち)に称(とな)えて是れ東土(とうど)より遠(とお)く来(きた)り、西天(せいてん)に向い仏(ほとけ)を拝(おが)むと曰(い)いながら、却って元来(もと)是(こ)れ些(いささ)かの法(ほう)を設(もう)けて門路(もんろ=手掛かり)を躧看(しげみ=踏み窺い)、家を打ち舎(やどり)を劫むるの賊(ぞく)なるか!」 と。三藏道(いわ)く、 「大人(たいじん)容(ゆる)して告(もう)すを請う。貧僧(ひんそう)実(げ)に是れ賊に非ず、決(けっ)して敢えて仮(いつわ)らず、随身(ずいしん)に現(いま)通関文牒(つうかんぶんじょう)の照(てら)すべき有り。只(た)だ寇員外(こういんがい)の家の我らに半月(はんつき)斎(とき)し、情意(じょうい=情け)の深(ふか)きこと重(おも)きに因り、我ら路(みち)に強盗(ごうとう)に遇(あ)い、寇家を打劫めし財物を奪い転(てん)じ、寇家に送(おく)り還して恩(おん)に報(むく)いんとせしに、期(き)せずや民快(みんかい)人等(ひとびと)の捉獲(そっかく)し、以(おも)えらくは賊ならんとすれど、実に是れ賊に非(あら)ざるなり。望(のぞ)むらくは大人(たいじん)詳(つまびらか)に察(さっ)せられよ」 と。刺史道(いわ)く、 「汝この奴(やつ)官兵(かんぺい)の捕獲(ほかく)するを見て、却(かえ)って巧言(こうげん=巧みな言葉)もて恩に報(ほう)ずと曰(い)う。既(すで)に路に強盗に遇いしならば、何ぞかれを連(つ)れ来りて、官(かん)に報せ恩(おん)に報いざる。如何(いか)でか只だ是(こ)れ汝ら四衆(ししゅ)のみなる。汝(なんじ)看よ!寇梁(こうりょう)の遞しし失状有りて、名(な)を坐(す)えて汝を告(うった)うるに、汝還(ま)た敢(あ)えて抗弁(こうべん=言い訳)するか」 と。 三藏(さんぞう)言(げん)を聞(き)き、一(ひと)たび大海(たいかい)の舟(ふね)を烹(に)るが如(ごと)く、魂(たましい)飛(と)び魄(はく)喪(うしな)い、叫んで、 「悟空(ごくう)、汝(なんじ)何ぞ上(のぼ)り来りて折辨(せつべん=弁じ分け)せざるか!」 と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、「贓(ぞう=盗品)有(あ)るは是れ実(じつ)なり、折辨(くちごたえ)するは何(なん)の為(ため)ぞ!」と。刺史道(いわ)く、 「正(まさ)に是れなり!贓証(ぞうしょう=証拠の品)現(いま)に存(そん)するに、還た敢えて抵頼(ていらい=言い逃れ)するか」 と。 手下(しゅか=部下)を叫んで、 「脳箍(のうこ=頭の輪)を拿(と)り来(きた)れ、この禿賊(とくぞく=禿げ坊主)の光頭(こうとう=つるつる頭)を把りてかれを一箍(ひとしめ)し、然(しか)る後(のち)にまた打(う)て!」 と。行者慌て、心中(しんちゅう)に暗(ひそ)かに想(おも)って道(いわ)く、 「是(こ)れ我が師父の該(まさ)にこの難(なん)有るべきなりといえど、還(ま)たかれをして十分(じゅうぶん)に苦(くるしみ)を受(う)けしむべからず」 と。かれかの下役(したやく)らの索子(さくす=縄)を收拾(しゅうしゅう)して脳箍(のうこ)を結(むす)ぶを見、すなわち便(すなわ)ち口を開いて道(いわ)く、 「大人(たいじん)且(しばら)く其(そ)の和尚を箍(し)めること莫(な)かれ。昨夜(さくや)寇家(こうか)を打劫(うちかす)めしは、火を点ぜしもまた我、刀(かたな)を持(たも)てるもまた我、財(たから)を劫めしもまた我、人を殺ししもまた我なり。我は是れ一箇の賊頭(ぞくとう=盗賊の頭)、打たんと要(もと)めなば只だ我(われ)を打て、かれら与(と)は干(かかわり)無し。但(た)だ只(た)だ我を放(はな)たざるのみ」 と。刺史(しし)言を聞きてすなわち教(いいつけ)て、「先(ま)ず此(こ)の僧(そう)を箍(し)め起せ」と。 下役(したやく)ら斉(ひと)しく来りて手を上(か)ぐ、行者を把りて脳箍(のうこ)を套(か)せ、收(しめ)め緊(かた)くして一勒(ひとしめ)すれば、ぷつんと索子(なわ)の断(た)ゆるあり。又(ま)た結(むす)び又た箍(し)むるに、又たぷつんと断(た)ゆ。一連(つづ)けに三、四次(さんよじ)箍(し)むるに、かれが頭皮(とうひ=頭の皮)は、皺(しわ)をもまた曾(かつ)て些かも寄(よ)せず。却又(また)索子(なわ)を換(か)えて再(ふたた)び結(むす)ばんとする時、只だ人(ひと)の来り報(しら)せて道(いわ)くを聴く、 「老爺、都下(とか=都より)の陳少保(ちんしょうほ)爺爺(やや)到れり、老爺(ろうや)の郭(くるわ=城外)に出でて迎接(げいせつ)せんことを請(こ)う」 と。かの刺史すなわち刑房吏(けいぼうり=刑の吏)に命(めい)じて、 「賊(ぞく)を把(と)りて監(ひとや)に收(おさ)め、好く生(よく)看轄(かんかつ=監視)せよ。我が上司(じょうし)を接(むか)え過(す)ぐるを待ちて、また行(おこな)いて拷問(ごうもん)せん」 と。 刑房吏(けいぼうり)遂に唐僧(とうそう)四衆を将ちて、監門(かんもん=牢の門)の裡に推し進(い)る。八戒・沙僧自己(おのれ)が行李(こうり)を担(にな)い進れて身に随(したが)う。 三藏道(いわ)く、「徒弟(でし)よ、是れ怎にして起(おこ)りしぞ」と。行者(ぎょうじゃ)笑って道(いわ)く、 「師父、進れ進れ!この裡辺(うち)には狗(いぬ)の叫(ほ)ゆる無(な)ければ、倒(かえ)って好(よ)く耍子(あそ)ぶべし!」 と。憐(あわ)れむべし四衆(ししゅ)を把りて捉(とら)え将ち進(い)り、一箇一箇(ひとりひとり)みな轄床(かっしょう=拷問台)に推(お)し入れ、転肚(てんと=腹の締め)・敵脳(てきのう=頭の締め)・攀胸(はんきょう=胸の締め)を扣(か)け引(ひ)き、禁子(きんす=牢番)ら又(ま)た来(きた)りて乱(みだ)りに打(う)つ。三藏苦痛(くつう)禁(た)え難(がた)く、只だ叫(よ)んで、「悟空!怎(いか)でか好からん!怎でか好からん!」と。行者道(いわ)く、 「かれが打つは是(こ)れ銭(ぜに)を要むるなり。常言(ことわざ)に道(いわ)く、『好き処(ところ)には身(み)を安(やす)んじ、苦(くる)しき処には銭を用(もち)う』と。今かれ与些(いささ)かの銭(ぜに)を与えなば、すなわち罷(や)まん」 と。三藏(さんぞう)道(いわ)く、「我(わ)が銭何(いず)くよりか来らん」と。行者道(いわ)く、 「若し銭(ぜに)無くんば、衣物(いぶつ=衣類)もまた是れなり。かの袈裟(けさ)を把りてかれ与(に)与(あた)え了らば罷(よ)からん」 と。三藏説(いう)を聴くや、すなわち刀(かたな)のその心を刺(さ)すが如く、一時(いっとき)かれが打つに勝(た)えざるを見(み)、只(た)だ口(くち)を開(ひら)いて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、汝に随(したが)わん」と。行者(ぎょうじゃ)すなわち叫んで、 「列位(みなさま)の長官(ちょうかん)、必ずしも打(う)つに及ばず。 我(われ)らが担(にな)い進れし那(かの)二箇(ふたつ)の包袱(ほうふく)の中(うち)に、一件(ひとえ)の錦襴袈裟(きんらんけさ=錦の袈裟)有り、価(あたい)千金(せんきん)なり。汝ら解(と)き開きて拿(と)り去れ」 と。衆の禁子(きんす)言を聴(き)き、一斉に手を動かし、二箇(ふたつ)の包袱を把(と)りて解(と)き看(み)る。 幾件(いくえん)かの布衣(ほい=木綿の衣)有(あ)り、一箇(ひとつ)の引磬(いんけい=鈴)有れど、倶値(あたい)するに足(た)らず、只だ見よ、幾層(いくかさ)もの油紙(ゆし=油紙)の包裹(ほうか=包み)の裡に一物(ひとつのもの)の、霞光(かこう=霞の光)焰焰(えんえん)たる有り、知(し)る是好(よ)き物なるを。振(ふる)い開(ひら)きて看る時(おり)、ただ見よ、 巧妙(こうみょう)なる明珠(めいしゅ=美しき珠)を綴(つづ)り、稀奇(きき=珍しき)仏宝(ぶっぽう)を簇(あつ)む。 盤龍(ばんりゅう=巻ける龍)は繍結(しゅうけつ=刺繍の結び)を鋪(し)き、飛鳳(ひほう=飛ぶ鳳)は錦(にしき)の沿辺(えんぺん=縁)を為す。 と。衆(しゅう)みな争(あらそ)いて看るに、又た本司(ほんし)の獄官(ごくかん=牢の長)を驚動(きょうどう)し、走り来りて喝して道(いわ)く、「汝(なんじ)ら此(ここ)に在りて甚をか嚷(わめ)くか」と。禁子(きんす)ら跪いて道(いわ)く、 「老爹(ろうや)、才(いま)しがた提控(ていこう=係の吏)の送り下しし四箇(よたり)の和尚(おしょう)は、乃(すなわ)ち是れ大勢(おおぜい)の強盗なり。かれ我らが幾下(いくした)かかれを打ちしを見(み)、この二箇(ふたつ)の包袱(ほうふく)を把りて我与与えたり。我ら打ち開きて看(み)るに、この物(もの)の有(あ)るを見て、処置(しょち)すべき無し。若(も)し衆人(みな)の扯(ひ)き破(やぶ)りてこれを分(わ)かたば、実(げ)に是(こ)れ惜(お)しむべく、若し独(ひと)り一人(ひとり)に帰(き)せば、衆人(みな)利(り)無(な)し。幸(さいわ)いに老爹の来(きた)れるに、老爹(ろうや)の凭(よ)りて一箇の劈著(へきちゃく=裁き)を做さるるを請う」 と。獄官(ごくかん)看るに、乃ち是れ一件(ひとえ)の袈裟(けさ)なり。又た別項(べっこう=他)の衣服(いふく)を将(も)ち、并(ならび)に引磬児(いんけいじ=鈴)をも通(とお)し検(あらた)め看、又(ま)た袋(ふくろ)の内(うち)の関文(かんぶん)を打(う)ち開きて一看(ひとみ)すれば、各国(かっこく)の宝印(ほういん=玉璽)花押(かおう=署名)の有るを見、道(いわ)く、 「早く是れ我の来り看(み)たるかな!然らずんば、汝らみな事(こと)を撞(つ)き出さんとせしところなり。この和尚は是(こ)れ強盗(ごうとう)に非ず、切(きっ)とかれが衣物(いぶつ)を動(うご)かすこと莫かれ、明日(みょうにち)太爺(たいや=太守)のまた審(ただ)すを待(ま)ちて、方(はじ)めて端的(あて)を知らん」 と。衆の禁子(きんす)言(げん)を聴き、包袱を将ちてかれ与(に)還(かえ)し、旧(もと)に依(よ)りて包裹(つつ)み、獄官(ごくかん)に交(わた)して收め訖(おわ)らしむ。 漸漸(ようやく)に天(てん)晩(く)れ、楼頭(ろうとう=楼の上)に鼓(つづみ)の起るを聴き、火甲(かこう=夜回り)の更(こう)を巡(めぐ)るを聞(き)く。四更三点(よんこうさんてん)に捱(こら)え至(いた)るに、行者かれらのみな呻吟(うめ)かず、尽(ことごと)く皆(みな)睡(ねむ)りたるを見(み)、かれ暗(ひそ)かに想(おも)って道(いわ)く、 「師父(しふ)は該(まさ)にこの一夜(いちや)の牢獄(ろうごく)の災(わざわい)有るべきなり。老孫(ろうそん)の口を開(ひら)きて折辨(べんじ)せず、法力(ほうりき)を使(つか)わざるは、蓋(けだ)し此(これ)が為(ため)なり。今(いま)四更(よんこう)将(まさ)に尽(つ)きなんとし、災(わざわい)将(まさ)に満(み)たんとす、我(われ)須(かなら)ず往きて打点(したく)し打点し、天明(てんめい)に好(よ)く牢門(ろうもん)を出(い)づべし」 と。なんじ看よ、かれ本事(ほんじ=術)を弄(ろう)し、身を将ちて小一小(ひとちぢみ)し、轄床(かっしょう=拷問台)を脱(ぬ)け出で、身を揺(ゆすぶ)って一変(ひとへん)じ、変(へん)じて一箇の蜢虫児(もうちゅうじ=小さき虫)と做(な)り、房檐(ぼうえん=軒)の瓦(かわら)の縫(すきま)より飛び出づ。見よ、あの星光(せいこう)月(つき)皎(あきらか)なるは、正に是れ清和(せいわ)夜静(やせい)の天なり。かれ方向(ほうこう)を認め、径に寇家の門首(もんしゅ=門前)に飛び向(むか)うに、只だ見よ、かの街(まち)の西下(にし)に一家児(ひとや)の灯火(とうか)の明(あきらか)に亮(かがや)けるを。又たかれが門口(もんぐち)に飛(と)び近づき看る時、元来(もと)是れ一箇の豆腐(とうふ)を做(つく)る者にて、一箇(ひとり)の老頭児(ろうとうじ=爺)の火(ひ)を焼(た)き、媽媽児(ままじ=婆)の漿(しる)を絞(しぼ)るを見(み)る。 かの老児(ろうじ)忽(たちま)ち一声(ひとこえ)叫んで道(いわ)く、 「媽媽(まま)、寇(こう)の大官(たいかん=旦那)は且(さ)て是(こ)れ子(こ)有(あ)り財(たから)有れど、只(た)だ是れ寿(いのち)無し。我かれ与小(おさな)き時(とき)同(おな)じく学(まなびや)に在りて書(しょ)を読(よ)みしが、我還たかれ与(よ)り五歳(ごさい)大(おお)いなり。かれが老子(おやじ)を叫(よ)んで寇銘(こうめい)と做し、当時(そのかみ)もまた上千畝(せんげ=千畝)の田地(でんち)に上(のぼ)らず、些かの租帳(そちょう=小作帳)を放ちたれど、また討(とりた)て起さず。かれ二十歳(にじゅっさい)に到りし時(おり)、かの銘老児(めいろうじ=銘爺)死し、かれ家当(かとう=家産)を掌(つかさど)りしが、実に是れまたかれが一歩(いっぽ)の好き運(うん)なり。娶(めと)れる妻(つま)は是(こ)れ那張旺(ちょうおう)の女(むすめ)にて、小名(こな)を叫んで穿針児(せんしんじ)と做すが、却って倒(かえ)って夫(おっと)を旺(さか)えしむ。かれが門(もん)に進りし自(よ)り、田(た)を種(う)うればまた収(みの)り、帳(ちょう)を放てばまた起(おこ)り、買(か)い著(つ)くものに利(り)有り、做(な)し著(つ)くるもの銭を儲(もう)け、かれ今稼(かせ)ぎ得(え)て十万(じゅうまん)の家私(かし=家財)有(あ)るに至れり。かれ四十歳(しじゅっさい)の上(うえ)に到(いた)り、すなわち心(こころ)を回(めぐ)らして善(ぜん)に向い、万僧(ばんそう)に斎せしに、期せずや昨夜(さくや)強盗に踢り殺されたり。憐(あわ)れむべし!今年(ことし)才(わず)かに六十四歳(ろくじゅうよんさい)、正(まさ)に好く享用(きょうよう=楽しみを受)くべきに、何ぞ期(き)せんこの等(ごとく)善(ぜん)に向いて、好(よ)き報(むくい)を得ず、乃(すなわ)ち非命(ひめい=不慮の死)に死(し)せんとは。嘆(たん)ずべし!嘆ずべし!」 と。 行者一一(いちいち)にこれを聴(き)き、却って早(はや)くも五更初点(ごこうしょてん)なり。かれすなわち寇家に飛び入(い)るに、只だ見よ、かの堂屋(どうおく=広間)の裡(うち)にすでに棺材(かんざい=棺)の停(とど)め置(お)かれ、材頭(ざいとう=棺の頭)の辺(ほとり)に灯(ひ)を点(とも)し、香燭(こうしょく=線香と蝋燭)・花果(かか=供物)を並(なら)べ列(つら)ね、媽媽(まま)旁(かたわら)に在りて啼哭(ていこく=泣き悲し)むを。又たかれが両箇の息子(むすこ)もまた来りて拝(おが)み哭き、両箇(ふたり)の嫁(よめ)は両盞(ふたつ)の飯児(めし)を拿(と)りて供献(きょうけん=供え)するを見る。 行者(ぎょうじゃ)すなわちかれが材頭(ざいとう)の上に釘(とど)まり、一声咳嗽(せきばら)するや、唬されたるかなかの両箇の嫁(よめ)は手(て)を査(さぐ)り脚(あし)を舞(ま)わして外(そと)へ跑(に)げ、寇梁兄弟は地(ち)に伏(ふ)して敢(あ)えて動かず、只だ叫んで、 「爹爹(とうちゃん)!嚛(わあ)!嚛!嚛!」 と。那媽媽子(ままこ)は胆(きも)大きく、材頭(ざいとう)を把りて一撲(ひとたたき)して道(いわ)く、「老員外(ろういんがい)、汝活(い)き返(かえ)れるか」と。行者かの員外(いんがい)の声音(こわね=声)を学(まな)んで道(いわ)く、「我(われ)曾て活きず」と。両箇(ふたり)の息子(むすこ)いよいよ慌(あわ)て、住(や)まず叩頭(こうとう)し涙(なみだ)を垂(た)れ、只(た)だ叫(よ)んで、 「爹爹(とうちゃん)!嚛(わあ)!嚛!嚛!」 と。媽媽子(ままこ)胆(きも)を硬(かた)くして又(ま)た問(と)うて道(いわ)く、「員外、汝(なんじ)曾て活きずと曰(い)えど、如何でか話(ものい)う」と。行者道(いわ)く、 「我は是れ閻王(えんおう)の差(つか)わしし鬼使(きし=鬼の使い)の押(お)し将(も)ち来(きた)りて家(いえ)に至り、汝ら与話(はな)しを講(の)ぶる者なり」 と。説って道(いわ)く、 「那(かの)張氏(ちょうし)の穿針児(せんしんじ)は枉口誑舌(おうこうきょうぜつ=嘘をつき)て、無辜(むこ=罪無き者)を陷害(かんがい=陥れ)せるなり」 と。 かの媽媽子(ままこ)かれが小名(こな)を叫ぶを聴き得、慌てて跪(ひざまず)き倒(たお)れ磕頭して道(いわ)く、 「好き老児(ろうじ)かな!この等(ごとき)の大(おお)きなる年紀(とし)になって還(ま)た我が小名児(こな)を叫ぶか。我が那(いず)れの枉口誑舌(おうこうきょうぜつ)に、甚(なん)の無辜(むこ)をか害(そこな)えるか」 と。 行者(ぎょうじゃ)喝(かつ)して道(いわ)く、 「何処(いずこ)に一箇(ひとつ)の甚の『唐僧火を点じ、八戒殺(ころ)せと叫(よ)び、沙僧(さそう)金銀を劫(かす)め出し、行者汝が父親(ちちおや)を打ち殺す』こと有らん。只だ汝(なんじ)が誑言(きょうげん=嘘)に因(よ)りて、かの好き人をして難(なん)を受けしめたり。那唐朝(とうちょう)の四位(よたり)の老師(ろうし)は、路に強徒(きょうと=盗賊)に遇(あ)い、財物(ざいぶつ)を奪(うば)い将ち来り、送り来りて我(われ)に謝(しゃ)せしは、是れ何の等(なんと)の好意(こうい)なるか!汝却(かえ)って仮(にせ)の失状(しつじょう)を捻(ひね)り作(つく)り、息子(むすこ)らをして官に首(つげ)しめ、官府(かんぷ=役所)又た未(いま)だ細(つまびらか)に審さず、又た今(いま)かれらを把(と)りて監禁(かんきん)せり。かの獄神(ごくしん=牢の神)・土地(とち)・城隍(じょうこう=町の神)倶(みな)慌て、坐(ざ)するも立(た)つも寧(やす)からず、閻王に報せたり。閻王(えんおう)転(うたた)鬼使(きし)を差わし我を押(お)し解(つな)ぎて家に来(きた)らせ、汝らを教えて趁(じゅん)じ早くかれを解放(かいほう)し去(さ)らしめんとす。然(しか)らずんば、我を教(おし)えて家に在りて一月(ひとつき)撹(か)き乱し、合門(かもん=家中)の老幼(ろうよう)并(ならび)に鶏狗(けいく=鶏や犬)の類(たぐい)を将ちて、一箇としてもまた存(ぞん)し留(とど)めじ!」 と。寇梁兄弟(きょうだい)又(ま)た磕頭(こうとう)し哀告(あいこく)して道(いわ)く、 「爹爹(とうちゃん)請(こ)う回りたまえ、切(きっ)と老幼(ろうよう)を傷残(しょうざん=傷つけ)したもうこと莫かれ。天明(てんめい)を待ちてすなわち本府(ほんふ)に去(ゆ)き解状(かいじょう=取り下げ状)を投遞(とうてい)し、願(ねが)わくは招(まね)き回(かえ)すことを認(したた)めん、只だ求(もと)むるは存歿(そんぼつ=生者と死者)均(ひと)しく安からんことのみ」 と。行者聴き了りてすなわち叫んで、「紙(かみ)を焼け、我(われ)去かん!」と。かれが一家児(いっけ)みな来りて紙(かみ)を焼(た)く。 行者(ぎょうじゃ)一翅(ひとつばさ)に飛び起(お)き、径(ただち)に又た刺史の住宅(じゅうたく)の裡面(うち)に飛(と)び至(いた)る。頭(こうべ)を低(た)れて観(みわた)せば、かの房内(ぼうない)の裡にすでに灯光(とうこう)有り、刺史(しし)のすでに起(お)き上がれるを見(み)る。かれすなわち中堂(ちゅうどう=中の間)に飛び進(い)りて看(み)る時、只(た)だ見よ、中間(ちゅうかん)の後壁(こうへき)に一軸(ひとまき)の画児(え)の掛(かか)れる有(あ)り、是(こ)れ一箇の官児(かんじ=役人)の、一匹(ひとむれ)の点子馬(てんしば=斑馬)に騎(の)り、幾箇(いくたり)かの従人(じゅうじん=供)有りて、一把(ひとつ)の青傘(せいさん=青い傘)を打(さ)し、一張(ひとつ)の交床(こうしょう=折り椅子)を掲(かか)げたるが、更(さら)に是れ甚(なん)の故事(こじ=故事)なるかを識(し)らず。行者すなわち中間(ちゅうかん)に釘(とど)まる。忽然(たちまち)かの刺史房(へや)の裡より出(い)で来り、腰(こし)を湾(かが)めて梳洗(そせん=身づくろい)す。行者猛(だしぬけ)の裡(うち)に一声(ひとこえ)咳嗽(せきばら)するや、刺史を把りて唬(おど)して慌慌張張(あわてふため)かしめ、房内(ぼうない)に走(はし)り入り梳洗(そせん)し畢(おわ)り、大衣(たいい=礼服)を穿(き)、すなわち出で来(きた)りて画児(え)に対(むか)い香(こう)を焚(た)き祷告(とうこく)して道(いわ)く、 「伯考(はくこう=亡き伯父)姜公乾一(きょうこうけんいつ)の神位(しんい)、甥(おい)の姜坤三(きょうこんさん)祖上(そじょう=先祖)の徳蔭(とくいん=徳の蔭)を蒙(こうむ)り、忝(かたじけな)くも甲科(こうか=科挙)に中(あた)り、今叨(みだ)りに銅台府の刺史(しし)を受(う)け、旦夕(あさゆう)香火(こうか=線香)を侍奉(じほう)して絶(た)ゆること無し。何(なん)の為(ため)ぞ今日声を発(はっ)したまうや。切勿(くれぐれ)邪(じゃ)を為(な)し祟(たた)りを為したもうこと莫(な)かれ、家衆(かしゅう=家族)を唬し恐(おそ)れしめんことを恐(おそ)る」 と。行者(ぎょうじゃ)暗(ひそ)かに笑って道(いわ)く、 「此(こ)れは是れかれが大爺(たいや=大叔父)の神子(しんし=神主)なるか!」 と。すなわち就(すなわ)ち経児(きょうじ=機会)を綽(とら)えて叫んで道(いわ)く、 「坤三(こんさん)の賢(かしこ)き甥(おい)よ、汝(なんじ)官(かん)を做すは祖蔭(そいん=先祖の蔭)を承(う)くといえど、一向(これまで)清廉(せいれん)なりしに、怎でか昨日無知(むち)にして、四箇(よたり)の聖僧(せいそう)を把りて賊と当(あ)て、来因(らいん=事情)を審(ただ)さず、禁内(きんない=牢)に囚(とら)えたる。かの獄神(ごくしん)・土地(とち)・城隍(じょうこう)安(やす)からず、閻君(えんくん)に報(しら)せたれば、閻君(えんくん)鬼使(きし)を差(つか)わし我を押(お)し来らせ汝に対い説(と)かしめ、汝を教えて情(じょう)を推し理(ことわり)を察(さっ)し、疾く疾くかれを解放(かいほう)せしめんとす。然らずんば、すなわち汝(なんじ)を教えて陰司(いんし=冥府)に去(ゆ)きて折証(せっしょう=弁じ)せしめん」 と。刺史説(いう)を聴(き)き、心中(しんちゅう)悚懼(しょうく)して道(いわ)く、「大爺(たいや)請う回りたまえ、此(こ)の甥(おい)堂(どう)に昇(のぼ)り、当(まさ)にすなわち釈放(しゃくほう)せん」と。行者道(いわ)く、 「既に此(この)如(ごと)くならば、紙(かみ)を焼き来れ。我去きて閻君(えんくん)に見(まみ)え回話(かいわ=返事)せん」 と。刺史復(ま)た香(こう)を添(そ)え紙(かみ)を焼(た)きて拝謝(はいしゃ)す。 行者又た飛び出でて看る時(おり)、東方(とうほう)早(はや)くもすでに白(しら)みを発(はっ)す。地霊県(ちれいけん)に飛(と)び到るに及(およ)び、又(ま)たかの合県(ごうけん=県中)の官の却ってみな堂の上(うえ)に在(あ)るを見る。かれ思(おも)って道(いわ)く、 「蜢虫児(もうちゅうじ)の話(ものい)うを、人に見(み)られば、馬脚(ばきゃく=尻尾)を露(あらわ)し出(いだ)さんも好(よ)からず」 と。かれすなわち半空(はんくう)の中に在りて、一箇の大法身(だいほっしん=大いなる法の身)に改(あらた)まり、空(そら)の裡より一隻(いっぽん)の脚(あし)を伸(の)ばし下(おろ)して、一箇の県堂(けんどう=県庁)を把(と)りて躧(ふ)み満(み)たし、口(くち)の裡に叫(よ)んで道(いわ)く、 「衆官(しゅうかん)聴け:吾(われ)は乃ち玉帝(ぎょくてい)の差わしし浪蕩遊神(ろうとうゆうしん=放浪の神)なり。説(いわ)く、汝がこの府監(ふかん=府の牢)の裡(うち)に屈(くつ=不当)に取経(しゅきょう)の仏子(ぶっし=仏弟子)を打ちたるをもて、三界(さんがい)の諸神(しょしん)の安からざるを驚動(きょうどう)し、吾(われ)を教(おし)えて伝説(つたえ)し、趁(じゅん)じ早くかれを放(はな)たしめんとす。若(も)し差池(さじ=手違い)有らば、我(われ)を教えてまた一脚(ひとあし)を来(きた)らしめ、先(ま)ず合府県官(ごうふけんかん=府県の役人)を踢(け)り殺し、後(のち)に四境(しきょう=四方)の居民(きょみん=住民)を躧(ふ)み殺(ころ)し、城池(じょうち=町)を把りてみな踏(ふ)みて灰燼(かいじん=灰)と為(な)さん!」 と。概(おおよそ)県(けん)の官吏(かんり)人等(ひとびと)、慌てて一斉(いっせい)に跪き倒れ、磕頭し礼拜(らいはい)して道(いわ)く、 「上聖(じょうせい)請(こ)う回りたまえ。我ら今(いま)府(ふ)に進り、府尊(ふそん=長官)に稟(もう)し上(たてまつ)り、すなわち教(いいつけ)て放ち出さん。千万(くれぐれ)脚(あし)を動(うご)かしたもうこと莫かれ、下官(げかん=わたくし)を驚(おど)ろかし唬(おど)し殺したもうな」 と。行者(ぎょうじゃ)才(はじ)めて法身(ほっしん)を收(おさ)め、仍(な)お変(へん)じて一箇(ひとつ)の蜢虫児(もうちゅうじ)と做り、監房(かんぼう)の瓦(かわら)の縫児(すきま)より飛び入(い)り、依旧(もとのごとく)轄床(かっしょう)の中間(ちゅうかん)に潜(もぐ)り込(い)りて睡(ねむ)る。 さて、かの刺史(しし)堂(どう)に昇(のぼ)り、才(はじ)めて投文牌(とうぶんはい=訴状受付の札)を抬(かつ)ぎ出さしむるに、早(はや)くも寇梁(こうりょう)兄弟の牌(ふだ)を抱(いだ)き門に跪(ひざまず)き叫び喊(さけ)ぶ有(あ)り。刺史令(れい)じて進らしむるに、二人(ふたり)解状(かいじょう)を将(も)ちて遞(てい)し上(たてまつ)る。刺史これを見て怒(いか)りを発(はっ)して道(いわ)く、 「汝ら昨日(きのう)失状を遞し、すなわち汝(なんじ)与与(あた)えて賊を拿(とら)え来り、汝又た贓(ぞう=盗品)を領(う)け去りしに、怎でか今日(こんにち)又た来りて解状(かいじょう=取り下げ状)を遞(てい)するか」 と。二人(ふたり)涙(なみだ)を滴(したた)らせて道(いわ)く、 「老爺、今夜(こんや)小(わたくし)の父親の魂を顕(あらわ)して道(いわ)く、 『唐朝(とうちょう)の聖僧は、原(もと)賊徒(ぞくと)を将ちて拿え住め、財物を奪い獲(え)て、賊(ぞく)を放ち去り、好意(こうい)もて財物を将ちて我家(わがや)に送(おく)り還して恩に報(むく)いしに、怎(いか)でか反(かえ)ってかれを把りて賊と当(あ)て、獄中(ごくちゅう)に拿(とら)え在らしめて苦(くるしみ)を受けしむるか! 獄中の土地(とち)・城隍(じょうこう)倶安(やす)からず、閻王に報せたり。閻王(えんおう)鬼使(きし)を差(つか)わし我を押(お)し解(つな)ぎて来(きた)らせ、汝を教えて府(ふ)に赴(おもむ)きまた告え、唐僧を釈放(しゃくほう)し、庶(ねがわ)くは災咎(さいきゅう=災い)を免(まぬが)れしめんとす。然(しか)らずんば、老幼(ろうよう)皆(みな)亡(ほろ)びん』 と。此に因りて、特(とく)に来りて一箇の解詞(かいし=取下げ文)を遞す。望むらくは老爺(ろうや)方便(ほうべん=計らい)したまえ!方便したまえ!」 と。刺史(しし)かれがこの話(ことば)を説(い)うを聴き、却って暗(ひそ)かに想(おも)って道(いわ)く、 「かれが那父親(ちちおや)は、乃(すなわ)ち是(こ)れ熱屍(ねっし=死んで間もない屍)の新鬼(しんき)なれば、魂(たましい)を顕(あらわ)し報応(ほうおう)するも猶(な)お可(よ)し。我(わ)が伯父(おじ)は死し去(さ)ること五、六年(ごろくねん)なるに、怎でか今夜(こんや)もまた来りて魂を顕(あらわ)し、我を教(おし)えて審し放(はな)たしむるか。看るに起るは必(かなら)ず是れ冤枉(えんおう=無実)ならん」 と。正に忖度(そんたく=思案)の間(あいだ)に、只だ見よ、かの地霊県(ちれいけん)の知県(ちけん=県令)等の官(かん)の、急急(いそぎ)に堂に跑(はし)り上(あが)り乱(みだ)りに道(いわ)く、 「老大人(ろうたいじん)、不好(いけ)ませぬ!不好ませぬ!今しがた玉帝(ぎょくてい)の差わしし浪蕩遊神(ろうとうゆうしん)の下界(げかい)し、汝(なんじ)を教えて疾(と)く獄中(ごくちゅう)の好き人(ひと)を放たしむ。昨日拿えし那些(それら)の和尚は、是れ強盗に非(あら)ず、みな是(こ)れ経(きょう)を取(と)るの仏子(ぶっし)なり。若し少(すこ)しくも遅延(ちえん)せば、すなわち我等(われら)の官員(かんいん)を踢り殺さんとし、還た城池(じょうち)の百姓(ひゃくせい)に連(つら)ねて倶(みな)尽く踏(ふ)みて灰燼(かいじん)と為さんとす」 と。刺史又(ま)た大いに驚(おどろ)き色(いろ)を失(うしな)い、すなわち刑房吏(けいぼうり)を叫びて火速(かそく=至急)に牌(ふだ)を書(したた)め提(ひき)し出(いだ)さしむ。当時(そのとき)監門(かんもん)を開きて提(ひ)き出すに、八戒(はっかい)愁(うれ)えて道(いわ)く、「今日又た怎に打(う)たるるかを知らず」と。行者笑って道(いわ)く、 「管(かま)うな、汝を一下児(ひとくだり)もまた敢えて打たじ。老孫倶すでに干弁(かんべん=手配)し停当(ととの)え了(おわ)れり。堂(どう)に上(のぼ)るに切(きっ)と下跪(ひざまず)くべからず、かれ還(ま)た下(お)り来(きた)りて我らを請(しょう)じて上坐(じょうざ=上座)に坐せしめん。却(かえ)って我(われ)がかれに向(むか)い行李を要(もと)め、馬匹(ばひつ)を要むるを等て。少(すこ)しくも些(すこし)でも欠(か)けなば、我がかれを打つを汝看(み)よ」 と。説(いい)了らざるに、すでに堂口(どうぐち)に至る。かの刺史・知県(ちけん)并(ならび)に府県(ふけん)の大小(だいしょう)の官員(かんいん)、一見(ひとたびみる)やみな下(お)り来りて迎接(げいせつ)して道(いわ)く、 「聖僧(せいそう)昨日(きのう)来りし時、一(ひとつ)には上司(じょうし)を接(むか)うるに忙迫(ぼうはく=慌ただし)く、二(ふたつ)には又た獲(え)たる所(ところ)の贓(ぞう)を見(み)しをもて、未だ細(つまびらか)に端的(あて)を問うに及ばざりき」 と。唐僧(とうそう)掌(て)を合(あわ)せ身(み)を躬(かが)め、又(ま)た前情(ぜんじょう=これまでの仔細)を将(も)ちて細(こまか)に一遍(ひととおり)陳(の)ぶ。衆官(しゅうかん)満口(まんこう)に認め称(ほ)めて、みな道(いわ)く、「錯(あやま)てり錯てり!怪(とが)むること莫かれ怪むこと莫かれ!」と。又た獄中に曾(かつ)て甚の疏失(そしつ=手落ち)有りしかを問(と)う。行者前(まえ)に近(ちか)づき目(め)を努(つきだ)し見開(みひら)き看て、声(こえ)を厲(はげ)しくして高(たか)く叫(よ)んで道(いわ)く、 「我が白馬(はくば)は是れ堂上(どうじょう)の人の得(え)たるところ、行李(こうり)は是れ獄中(ごくちゅう)の人の得たるところ、疾く疾く我に還(かえ)せ!今日(こんにち)却って是(こ)れ我(われ)が汝(なんじ)らを拷較(ごうこう=拷問)すべきなり!枉(みだ)りに平人(へいじん=罪無き者)を拿(とら)えて賊と做(な)せるは、汝らは箇(いか)なりの甚(なん)の罪(つみ)に該(あた)るか?」 と。府県(ふけん)の官かれが悪(あく)を作(な)すを見、一箇(ひとり)として怕(おそ)れざるは無(な)く、すなわち便(すなわ)ち馬(うま)を收むるを叫んで馬を牽(ひ)き来(きた)らせ、行李を收(おさ)むるを叫んで行李(こうり)を取り来らせ、一一(いちいち)に交付(こうふ)して明白(めいはく)なり。なんじ看よ、かれ三人(みたり)一箇一箇(ひとりひとり)凶(きょう)を逞(たくま)しくするに、衆官(しゅうかん)只だ寇家(こうか)を以て遮飾(しゃしょく=言い繕う)するのみ。三藏勧(すす)め解(と)き了って道(いわ)く、 「徒弟(でし)よ、是れもまた明白(めいはく)を得ず。我ら且(しばら)く寇家に到り、一(ひとつ)には弔問(ちょうもん=弔い問う)し、二(ふたつ)には来りてかれ与(と)対証(たいしょう=突き合せ)し対証し、是れ何人(たれ)か我の賊(ぞく)を做すを見しを看(み)ん」 と。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、 「説えるは是(ぜ)なり。老孫(ろうそん)かの死(し)せる者(もの)を把(と)りて叫(よ)び起し、是(こ)れ誰(たれ)かかれを打(う)ちしを看んを等(ま)て」 と。沙僧すなわち府堂(ふどう=府の庁)の上に在りて唐僧を把りて馬に撮(の)せ、吆吆喝喝(ようようかつかつ=わいわい)と、一擁(いちど)に出(い)づ。那些(それら)の府県(ふけん)の多官(たかん)も、また一一(ひとりひとり)倶(みな)寇家に到(いた)る。唬されたるかなかの寇梁兄弟(きょうだい)門前(もんぜん)に在りて住(や)まず磕頭(こうとう)し、庁(ひろま)に接(むか)え進(い)る。只(た)だ見(み)よ、かれが孝堂(こうどう=喪の間)の中(うち)に、一家児(いっけ)みな孝幔(こうまん=喪の幔)の裡に在りて啼哭(ていこく)するを。行者叫んで道(いわ)く、 「那(かの)誑語(きょうご=嘘)を打ちて平人(へいじん)を栽害(さいがい=陥れ)せる媽媽子(ままこ)よ、且(しばら)く哭(な)くこと莫(な)かれ!老孫の汝が老公(おっと)を叫び来(きた)らせ、かれに是れ誰(たれ)の打ち殺(ころ)ししを説わしめ、かれを一羞(ひと恥)し恥(は)ずかしめんを等て!」 と。衆(しゅう)の官員(かんいん)只だ孫行者(そんぎょうじゃ)の説(い)えるは是れ笑話(じょうだん)なりと思(おも)えり。行者道(いわ)く、 「列位の大人(たいじん)、略(いささ)か我が師父に陪(ばい)して坐(ざ)したまえ。八戒・沙僧好く生(よく)保護(ほご)せよ、我が去(ゆ)きてすなわち来らんを等(ま)て」 と。好(よ)き大聖かな、門(もん)を跳(おど)り出で、空(そら)を望(のぞ)んですなわち起(お)き上(あが)る。只だ見よ、 遍地(へんち=地の面)の彩霞(さいか=色とりの霞)の住宅(じゅうたく)を籠(こ)み、 一天(いってん)の瑞気(ずいき)の元神(がんしん=魂)を護(まも)る。 と。衆等(しゅうとう)方(はじ)めて纔(ようや)く是(こ)れ雲(くも)に騰(のぼ)り霧(きり)に駕(が)するの仙(せん)の、死を起(おこ)し生(いのち)を回(かえ)すの聖(せい)なるを認(したた)め、此に一一(ひとりひとり)香(こう)を焚(た)き礼拜(らいはい)することは題(だい)とせず。 かの大聖(たいせい)一路(いちろ)觔斗雲(きんとんうん)に、直(ただち)に幽冥(ゆうめい=冥府)の地界(ちかい)に至り、径に森羅殿(しんらでん)の上(うえ)に撞(つ)け入る。慌てたるかなかの、 十代(じゅうだい)の閻君(えんくん)手を拱(きょう)して接(むか)え、 五方(ごほう)の鬼判(きはん=冥官)頭(こうべ)を叩(う)って迎(むか)う。 千株(せんしゅ)の剣樹(けんじゅ=剣の木)みな敧(かたむ)き側(そばだ)ち、 万迭(ばんじょう=幾重)の刀山(とうざん)尽(ことごと)く坦平(たんぺい=平ら)かなり。 枉死城(おうしじょう)の裡魑魅(ちみ=妖)化(け)し、 奈河橋(ながばし)の下(もと)鬼(おに)超生(ちょうしょう=生まれ変わる)。 正(まさ)に是れ、神光(しんこう)一(ひと)たび照(て)らすは天赦(てんしゃ=天の赦し)の如く、 黒暗(こくあん)の陰司(いんし)処処(ところどころ)に明(あきら)かなり。 と。十閻王(じゅうえんおう)大聖を接(う)け下し、相見(あいまみ)えて何の来るや何の干(かかわり)ぞを問う。行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、 「銅台府(どうだいふ)地霊県(ちれいけん)の僧に斎(とき)する寇洪の鬼(おに)は、是れ誰(たれ)か收めたる。疾(と)く点(てん)し査(あらた)め来(きた)りて我(われ)与(に)与えよ」 と。十閻王(じゅうえんおう)道(いわ)く、 「寇洪(こうこう)が善士(ぜんし)は、また曾て鬼使(きし)のかれを勾(ひ)く有らず、かれ自家(みずか)ら此(ここ)に到り、地蔵王(じぞうおう)の金衣童子(こんねどうじ=金の衣の童子)に遇い、かれ引(みちび)きて地蔵(じぞう)に見(まみ)えさせたり」 と。行者すなわち別(わか)れを告(つ)げ、径(ただち)に翠雲宮(すいうんぐう)に至(いた)り、地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)に見(まみ)ゆ。菩薩(ぼさつ)かれ与礼(れい)し畢(おわ)り、具(つぶさ)に前事(ぜんじ)を言(い)う。菩薩(ぼさつ)喜んで道(いわ)く、 「寇洪が陽寿(ようじゅ=寿命)は、只(た)だ該(まさ)に卦数(かすう=定めの数)なるのみ、命(いのち)終(おわ)るに床席(しょうせき=寝床)に染(し)まず、世(よ)を棄(す)てて来れり。我かれの僧(そう)に斎して、是(こ)れ一箇の善士(ぜんし)なるに因(よ)り、かれを收(おさ)めて一箇の善縁簿子(ぜんえんぼす=善縁の帳面)を掌(つかさど)るの案長(あんちょう=係長)と做せり。既(すで)に大聖(たいせい)来りて取(と)らんとす、我またかれが陽寿(ようじゅ)を一紀(いっき=十二年)延(の)べ、かれを教えて大聖に跟(したが)い去かしめん」 と。金衣童子(こんねどうじ)遂(つい)に寇洪(こうこう)を領(ひき)い出す。寇洪行者を見るや、声声(こえごえ)に叫(よ)んで道(いわ)く、「老師(ろうし)!老師!我(われ)を一救(ひとすくい)し救(すく)えたまえ!」と。 行者(ぎょうじゃ)道(いわ)く、 「汝(なんじ)強盗(ごうとう)に踢(け)り殺されたり。此は乃ち陰司(いんし)地蔵王菩薩(じぞうおうぼさつ)の処(ところ)なり。我老孫(ろうそん)特(とく)に来(きた)りて汝を取りて陽世(ようせ=この世)の間(うち)に到り、この事を対(むか)い明(あきら)かにせんとす。既に菩薩(ぼさつ)の放ち回すを蒙(こうむ)り、又た汝が陽寿(ようじゅ)を一紀(いっき)延(の)べらる。十二年(じゅうにねん)の後(のち)を待(ま)ちて、汝(なんじ)また来れ」 と。かの員外(いんがい)頂礼(ちょうらい=礼拝)して尽(つ)きず。行者菩薩(ぼさつ)に謝(しゃ)し辞(じ)し、かれを将ちて吹(ふ)き化(け)して気(き)と為(な)し、衣袖(いしゅう=袖)の間(あいだ)に掉(おとしい)れ、同(とも)に幽府(ゆうふ=冥府)を去り、復(ま)た陽間(ようかん=この世)に返(かえ)る。雲頭(うんとう)に駕(が)して寇家(こうか)に到(いた)り、すなわち八戒を喚(よ)んで材蓋(ざいがい=棺の蓋)を捎(はら)い開(あ)かせ、かれが魂霊児(こんれいじ=魂)を把りて本身(ほんしん=本体)に推(お)し付(つ)く。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、気(いき)の透(とお)り出でて活(い)き、かの員外材(ひつぎ)より這(は)い出(い)で来り、唐僧四衆に対い磕頭して道(いわ)く、 「師父!師父!寇洪(こうこう)非命(ひめい=不慮の死)に死(し)せしに、師父(しふ)の陰司(いんし)に至りて救(すく)い活かしたもうを蒙(こうむ)る、乃(すなわ)ち是れ再造(さいぞう=再生)の恩(おん)なり!」 と。 言(ことば)もて謝(しゃ)して已(や)まず。首(こうべ)を回(めぐ)らして各官(かっかん)の羅列(られつ=並び居)るを見(み)るに及(およ)び、すなわち又(ま)た磕頭(こうとう)して道(いわ)く、「列位(みなさま)の老爹みな如何(いか)でか舎(やかた)に在(あ)るか」と。かの刺史(しし)道(いわ)く、 「汝が息子(むすこ)始初(はじめ)失状(しつじょう)を遞(てい)し、名(な)を坐(す)えて聖僧を告(うった)えしにより、我すなわち人を差(さし)して捕獲(ほかく)せしめたり。期せずや聖僧(せいそう)路(みち)に汝が家(いえ)を殺(き)り劫めし賊に遇(あ)い、財物(ざいぶつ)を奪(うば)い取(と)り、汝(なんじ)が家に送り還したり。是れ我が下人(げにん=部下)の誤(あやま)りて捉(とら)え、未(いま)だ詳(つまびらか)に審(ただ)すを得(え)ざるに、当(まさ)に監禁(かんきん)に送るべきところなりしが、今夜(こんや)汝の魂(たましい)を顕(あらわ)し、我(わ)が先伯(せんぱく=亡き伯父)もまた家に来(きた)りて訴(うった)え告(もう)し、県中(けんちゅう)又た浪蕩遊神(ろうとうゆうしん)の下界(げかい)するを蒙(こうむ)り、一時(いっとき)にすなわちこの許多(あまた)の顕応(けんのう=霊験)有(あ)るをもて、聖僧を放(はな)ち出(いだ)せり。聖僧(せいそう)却って又た去(ゆ)きて汝を救(すく)い活(い)かしたり」 と。かの員外(いんがい)跪いて道(いわ)く、 「老爹(ろうや)、実(げ)にこの四位(よたり)の聖僧を枉(ま)げたり!あの夜(よ)三十余名(さんじゅうよめい)の強盗有りて、火(ひ)を明(あきら)かにし杖(じょう)を執(と)り、家私(かし=家財)を劫め去りしに、是(こ)れ我(われ)難(なんじ=惜しみ)て捨(す)つること得ず、賊に向い理(ことわり)を説(と)きしに、期(き)せずやかれに一脚(ひとあし)撩陰(りょういん=急所)を踢られて死せり。この四位(よたり)与何(なん)の干(かかわり)か有らん!」 と。 妻子(つま)を叫び過(きた)らせて、「是れ誰人(たれ)の踢(け)り殺ししなるに、汝等(なむら)すなわち敢(あ)えて妄(みだ)りに告えるか。請う老爹罪(つみ)を定めたまえ」と。当時(そのとき)一家(いっけ)の老小(ろうしょう)只だ磕頭するのみ、刺史恩を寛(ひろ)くしてその罪過(ざいか)を免(まぬが)れしむ。寇洪筵宴(えんえん)を安排(あんばい)して府県(ふけん)の厚恩(こうおん)を酬謝(しゅうしゃ)せんとせしが、箇箇(おのおの)未だ坐せずして衙(がかり=役所)に回る。次日(あくるひ)に至り、また斎僧牌(さいそうはい=僧に斎する札)を掛(か)け、又(ま)た款(ねんごろ)に三藏(さんぞう)を留めんとせしが、三藏決(けっ)して肯(あえ)て住(じゅう)せず。却又(また)親友(しんゆう)を請(しょう)じ、旌幢(せいどう=旗と幢)を整(ととの)え、前(さき)の如(ごと)く送行(そうこう)して去(さ)る。咦(ああ)! 正にこれ、 地闢(ひら)けて能(よ)く凶悪(きょうあく)の事(こと)を存(ぞん)し、 天(てん)高(たか)くして善心(ぜんしん)の人を負(そむ)かず。 逍遙(しょうよう)として步(あゆみ)を如来(にょらい)の径(みち)に穩(おだやか)にし、 只だ霊山(りょうざん)の極楽門(ごくらくもん)に到る。 と。畢竟(ひっきょう)仏(ほとけ)に見(まみ)ゆること如何(いかん)を知(し)らず、また下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)かれよ。 第九十八回 猿(えん)熟(じゅく)し馬(うま)馴(な)れて方(はじ)めて殻(から)を脱(だっ)し 功(こう)成(な)り行(ぎょう)満(み)ちて真如(しんにょ)を見(み)る 話(かたり)に表(あらわ)す、寇員外(こういんがい)既(すで)に回生(かいせい=蘇生)を得(え)て、復(ま)た幢幡(どうばん=幢と幟)・鼓楽(こがく)を整理(せいり)し、僧道(そうどう=僧と道士)・親友(しんゆう)、依旧(もとのごとく)送行(そうこう)するは題(だい)せず。さて唐僧(とうそう)の四衆(ししゅ)を言(い)わん。大路(たいろ)に上(のぼ)りしに、果(は)たして西方(せいほう)の仏地(ぶっち)は、他(た)の処(ところ)と同(おな)じからず。些(いささ)かの琪花(きか=美しい花)・瑶草(ようそう=美しい草)・古柏(こはく=古き柏)・蒼松(そうしょう=蒼き松)を見(み)たり。過(よ)ぎゆく地方(ちほう)は、家毎(いえごと)に善(ぜん)に向(むか)い、戸毎(へごと)に僧(そう)に斎(とき)し、山下(さんか)に人(ひと)の修行(しゅぎょう)するに逢(あ)う毎(ごと)に、また林間(りんかん=林の中)に客(きゃく)の経(きょう)を誦(ず)するを見る。師徒(してい)ら夜(よる)に宿(やど)り暁(あかつき)に行(ゆ)き、また六、七日(ろくしちにち)を経(へ)て、忽然(たちまち)一帯(ひとつら)の高楼(こうろう)、幾層(いくかさね)の傑閣(けっかく=勝れた楼閣)を見る。真(まこと)にこれ 天(てん)を衝(つ)くこと百尺(ひゃくしゃく)、漢(かん=天の川)に聳(そび)えて空(くう)を凌(しの)ぐ。 頭(こうべ)を低(た)れて落日(らくじつ)を観(み)、手(て)を引(ひ)きて飛星(ひせい=流れ星)を摘(つま)まんとす。 豁達(かったつ)なる窗軒(そうけん=窓と軒)は宇宙(うちゅう)を呑(の)み、嵯峨(さが)たる棟宇(とうう=棟と軒)は雲屏(うんぺい=雲の屏風)に接(せっ)す。 黄鶴(こうかく)の信(たより)来(きた)りて秋樹(しゅうじゅ)老(お)い、彩鸞(さいらん)の書(ふみ)到(いた)りて晩風(ばんぷう)清(きよ)し。 これ乃(すなわ)ち霊宮(れいきゅう)・宝闕(ほうけつ)、琳館(りんかん=美しき館)・珠庭(しゅてい=珠の庭)なり。 真堂(しんどう)に道(どう)を談(だん)じ、宇宙(うちゅう)に経(きょう)を伝(つた)う。 花(はな)は春(はる)に向(むか)いて来(きた)りて美(うつく)しく、松(まつ)は雨(あめ)過(す)ぎて青(あお)みに臨(のぞ)む。 紫芝(しし=紫の霊芝)・仙果(せんか)は年々(ねんねん)秀(ひい)で、丹鳳(たんぽう)は儀(ぎ)を翔(か)けて万(よろず)の感(かん)霊(れい)あり。 と。 三蔵(さんぞう)、鞭(むち)を挙(あ)げて遥(はる)かに指(ゆびさ)して道(いわ)く、「悟空(ごくう)、好(よ)き処(ところ)なるかな!」と。行者道(いわ)く、「師父(しふ)、汝(なんじ)はかの仮(かり)の境界(きょうがい)、仮(かり)の仏像(ぶつぞう)の処に在(あ)りては、却(かえ)って強(あなが)ちに下拝(げはい=伏し拝む)せんと要(もと)めたるに、今日(こんにち)この真(しん)の境界(きょうがい)、真(しん)の仏像(ぶつぞう)の処に到(いた)りては、却(かえ)っていまだ馬(うま)を下(お)りず。これ怎(いか)に言(い)うや」と。三蔵、言(げん)を聞(き)き、慌(あわ)てて身(み)を翻(ひるがえ)して跳(おど)り下(お)りしに、すでにかの楼閣(ろうかく)の門首(もんしゅ=門の前)に到れり。 只(た)だ見る、一人(ひとり)の道童(どうどう)の、斜(なな)めに山門(さんもん)の前(まえ)に立(た)ちて叫(よばわ)りて道(いわ)く、「かの来れるは、莫(も)しや東土(とうど)の取経(しゅきょう=経を取りし)の人(ひと)ならずや」と。 長老(ちょうろう)急(いそ)ぎ衣(ころも)を整(ととの)え、頭(こうべ)を抬(あ)げて観看(みわた)せば、彼(かれ)が身(み)に錦衣(きんい)を披(き)、手(て)に玉麈(ぎょくしゅ=玉の払子)を揺(ゆ)るを見る。 身に錦衣(きんい)を披(き)、宝閣(ほうかく)・瑶池(ようち)に常(つね)に宴(えん)に赴(おもむ)き、 手に玉麈(ぎょくしゅ)を揺(ゆ)り、丹台(たんだい)・紫府(しふ)に毎(つね)に麈(しゅ=払子)を揮(ふる)う。 肘(ひじ)に仙籙(せんろく=仙籍の録)を懸(か)け、足(あし)に履鞋(りぐつ=沓)を踏(ふ)む。 飄然(ひょうぜん)たる真の羽士(うし=道士)、秀麗(しゅうれい)にして実(げ)に奇(き)なるかな。 長生(ちょうせい)を煉(ね)り就(な)して勝境(しょうきょう=勝れた境地)に居(きょ)し、永寿(えいじゅ)を修(しゅ)し成(な)して塵埃(じんあい)を脱(だっ)す。 聖僧(せいそう)霊山(れいざん)の客(きゃく)を識(し)らざれど、当年(とうねん)金頂(きんちょう)の大仙(たいせん)来れり。 と。 孫大聖(そんたいせい)彼(かれ)を認(したた)め得(え)、すなわち叫(よ)んで道(いわ)く、「師父(しふ)、これ乃(すなわ)ち霊山(れいざん)の麓(ふもと)玉真観(ぎょくしんかん)の金頂大仙(きんちょうたいせん)なり。彼我らを接(むか)えに来れるなり」と。三蔵、方(はじ)めて才(ようや)く醒悟(せいご=さとり)し、進(すす)み前(まえ)に施礼(せれい=礼を施す)。 大仙(たいせん)笑って道(いわ)く、「聖僧(せいそう)今年(ことし)才(ようや)く到れり。我(われ)観音菩薩(かんのんぼさつ)に哄(たぶらか)されたり。彼十年前(じゅうねんまえ)に仏(ほとけ)の金旨(きんし=金の勅旨)を領(う)けて、東土(とうど)に向かい取経(しゅきょう)の人を尋(たず)ねしに、元(もと)二、三年(にさんねん)にして我が処に到ると言えり。我(われ)年年(ねんねん)等候(ま)てど、渺(びょう)として消息(しょうそく)無(な)かりしに、意(おも)わずや今年(ことし)才(ようや)く相逢(あいまみ)えるなり」と。三蔵、掌(て)を合(あ)わせて道(いわ)く、 「大仙の盛意(せいい=厚き意)を労(ろう)せしめ、感激(かんげき)!感激(かんげき)!」 と。遂(つい)にこの四衆(ししゅ)、馬を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、同(とも)に観(かん)の裡(うち)に入(い)り、却ってまた大仙と一一(ひとりひとり)相見(しょうけん=面会)す。すなわち茶(ちゃ)を看(だ)し斎(とき)を擺(もう)けしめ、また小童児(こわっぱ=童子)をして香湯(こうとう=香りの湯)を焼(わ)かしめて聖僧に沐浴(もくよく)せしめ、好(よ)く仏地(ぶっち)に登(のぼ)らしむ。正(まさ)にこれ 功(こう)満(み)ち行(ぎょう)完(おわ)りて宜(よろ)しく沐浴(もくよく)すべく、本性(ほんしょう)を煉(ね)り馴(な)らして天真(てんしん=天の真)に合(がっ)す。 千辛万苦(せんしんばんく)今(いま)方(はじ)めて息(やす)み、九戒三皈(きゅうかいさんき=九つの戒と三つの帰依)始(はじ)めて自(おのずか)ら新(あらた)なり。 魔(ま)尽(つ)きて果(は)たして仏地に登(のぼ)り、災(わざわい)消(き)えて故(ゆえ)に沙門(しゃもん)を見るを得たり。 塵(ちり)を洗(あら)い垢(あか)を滌(すす)ぎて全(まった)く染(そ)まる無(な)く、本(もと)に反(かえ)り原(げん)に還(かえ)りて身を壊(そこ)なわず。 と。 師徒(してい)ら沐浴しおわるに、覚(おぼ)えず天色(てんしょく)将(まさ)に晩(くら)れんとす。すなわち玉真観(ぎょくしんかん)に于(おい)て安歇(あんけつ=安らかに休む)す。 次(つぎ)の早(あさ)、唐僧(とうそう)衣服(いふく)を換(か)え、錦襴袈裟(きんらんけさ=錦の袈裟)を披、毗盧帽(びるぼう=毗盧の帽)を戴(いただ)き、手に錫杖(しゃくじょう)を持(たも)ち、堂(どう)に登りて大仙に拝辞(はいじ=別れを告げる)す。大仙笑って道(いわ)く、「昨日(きのう)は襤縷(らんる=ぼろ)なりしに、今日(こんにち)は鮮明(せんめい)なり。この相(すがた)を観(み)れば、真の仏子(ぶっし=仏の子)なり」と。三蔵、拝別(はいべつ)してすなわち行(ゆ)かんとす。大仙道(いわ)く、「且(しばら)く住(とど)まれ、我が汝を送(おく)らんを等(ま)て」と。行者道(いわ)く、「汝の送(おく)るを須(もち)いず。老孫(ろうそん)路(みち)を認(したた)めたり」と。大仙道(いわ)く、「汝が認むるは是(こ)れ雲路(うんろ=雲の道)なり。聖僧いまだ雲路(うんろ)に登らず。当(まさ)に本路(ほんろ=もとの道)に従(したが)いて行くべし」と。行者道く、「この講(い)えるところ是(ぜ)なり。老孫(ろうそん)幾遭(いくたび)か走(ゆ)きしといえど、只(た)だ雲(くも)に来り雲(くも)に去(さ)るのみにして、実(げ)にかつてこの地(ち)を踏(ふ)みしこと曾(かつ)て無し。既(すで)に本路(ほんろ)有(あ)らば、還(かえ)って煩(わずら)わし汝に送らしめん。我が師父の仏(ほとけ)を拝(おが)む心(こころ)重(おも)し。幸(さいわ)いに遅疑(ちぎ=ためらい)する勿(な)かれ」と。 かの大仙笑吟吟(しょうぎんぎん=にこにこ)として、唐僧の手を携(たずさ)え、旃壇(せんだん)の上(うえ)の法門(ほうもん)に接引(せついん=導き入)る。元来(もと)この路(みち)は山門(さんもん)を出(い)でず、すなわち観宇(かんう=観の建物)の中堂(ちゅうどう)より後門(こうもん)を穿(うが)ち出(い)づるのみ。大仙霊山を指(ゆびさ)して道(いわ)く、「聖僧、汝、視(み)よ、かの半天(なかぞら)の中(うち)に祥光(しょうこう)五色(ごしき)、瑞靄(ずいあい=めでたい靄)千重(せんちょう)の有(あ)るは、すなわちこれ霊鷲高峰(りょうじゅこうほう=霊鷲山の高き峰)、仏祖(ぶっそ)の聖境(せいきょう)なり」と。唐僧これを見てすなわち拝(おが)まんとす。行者笑って道(いわ)く、「師父、いまだ拝む処に到らず。常言(じょうげん=諺)に道(いわ)く、『山(やま)を望(のぞ)んで馬を走(はし)らせ倒(たお)す』と。此(ここ)を離(はな)れてかの鎮(まち)に至(いた)るまで、なお許(ばか)りも遠(とお)し。いかにしてすなわち拝まんや!もし頂上(ちょうじょう)まで拝み到らば、幾許(いくばく)の頭を磕(う)つことを得んや」と。大仙道(いわ)く、 「聖僧、汝と大聖(たいせい)・天蓬(てんぽう)・巻簾(けんれん)の四位(しい)は、すでにここに福地(ふくち=福の地)に到り、霊山を望(のぞ)み見たり。我回去(かえ)らんとす」 と。三蔵、遂(つい)に拝辞(はいじ)して去(さ)る。 大聖(たいせい)唐僧等(ら)を引(ひ)きて、徐徐(おもむろ)に步(あゆみ)を緩(ゆる)め、霊山に登る。五、六里(ごろくり)を上(のぼ)らざるに、一道(ひとすじ)の活水(かっすい=流れる水)を見る。滚浪(こんろう=湧き立つ波)飛流(ひりゅう=飛ぶ流れ)、約(およ)そ八、九里(はちきゅうり)の広(ひろ)さ、四(あた)りに人迹(じんせき)無し。三蔵(さんぞう)心(こころ)驚(おどろ)いて道(いわ)く、「悟空(ごくう)、この路の来れるは差(たが)えり。敢(あえ)て莫(も)しや大仙の錯(あやま)り指ししに非(あら)ざるか。この水(みず)この般(ごと)く広闊(こうかつ=広く)、この般(ごと)く洶涌(きょうゆう=湧き立ち)、また舟楫(しゅうしゅう=舟と櫂)を見ず。いかにしてか渡(わた)るべき」と。行者笑って道(いわ)く、「差(たが)えず!汝、視(み)よ、かの壁廂(へきしょう=向こう側)に是(こ)れ一座(ひとつ)の大橋(だいきょう)に非(あら)ざるか。かの橋(はし)の上(うえ)より行き過(す)ぎてこそ、方(はじ)めて正果(しょうか=悟りの果)を成すべきなり」と。 長老(ちょうろう)等(ら)また近(ちか)づき前に看(み)る時(おり)、橋(はし)の辺(ほとり)に一(ひとつ)の扁(へん=額)有り。扁(へん)の上に『凌雲渡(りょううんと)』の三字(さんじ)有り。元来(もと)これ一根(ひとつ)の独木橋(どくぼくきょう=丸木橋)なり。正(まさ)にこれ 遠(とお)く看(み)れば空(くう)に横(よこた)わること玉棟(ぎょくとう=玉の棟)の如(ごと)く、近(ちか)く観れば水(みず)を断(た)つ一(ひとつ)の枯槎(こさ=枯れ木の筏)。 維河(いが=黄河を繋ぐ)架海(かかい=海に架く)すら還(な)お容(た)易(やす)し、独木単梁(どくぼくたんりょう=一本木の梁)人怎(いか)でか蹅(ふ)まん! 万丈(ばんじょう)の虹霓(こうげい=虹)平(たいら)かに影(かげ)を臥(ふ)せ、千尋(せんじん)の白練(はくれん=白き絹)天涯(てんがい)に接(せっ)す。 十分(じゅうぶん)に細滑(さいかつ=細く滑らか)にして渾(すべ)て渡(わた)り難(がた)し、是(こ)れ神仙(しんせん)の彩霞(さいか=彩りの霞)を步(あゆ)むを除(のぞ)きては。 と。 三蔵心驚(おどろ)き胆(きも)戦(おのの)いて道(いわ)く、「悟空、この橋は是(こ)れ人の走(あゆ)むべきに非ず。我ら別(べつ)に路径(ろけい=道筋)を尋(たず)ねて去(ゆ)かん」と。行者笑って道(いわ)く、「正に是(こ)れ路なり!正に是れ路なり!」と。八戒(はっかい)慌(あわ)てて道(いわ)く、「これが路ならば、那箇(たれ)か敢(あえ)て走(あゆ)まんや。水面(すいめん)また広(ひろ)く、波浪(はろう)また涌(わ)き、独(ひと)り一根(ひとつ)の木(ぼく)のみにして、また細(ほそ)くまた滑(なめ)らかなり。怎(いか)でか脚(あし)を動(うご)かさん」と。行者道く、「汝ら都(みな)站(た)ち下れ。老孫の個(ひと)の児(み)を歩(あゆ)みて汝に看(み)せんを等(ま)て」と。 好き大聖かな、步(あゆみ)を引き開(あ)けて独木橋(どくぼくきょう)に跳(と)び上(あ)がり、揺揺擺擺(ようようはいはい=ゆらゆら)として、須臾(しばらく)にして跑(はし)り将(も)ちて過(よ)ぎ去り、かの辺(かなた)に在(あ)りて招呼(しょうこ=手招き)して道(いわ)く、「過(わた)り来(こ)よ!過(わた)り来(こ)よ!」と。唐僧手を揺(ゆ)る。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)指(ゆび)を咬(か)んで道(いわ)く、「難(かた)し!難(かた)し!難し!」と。行者またかの辺(かなた)より跑(はし)り過(かえ)り来り、八戒を拉(ひ)きて道(いわ)く、「呆子(あほう)、我に跟(したが)いて歩(あゆ)め、我に従(したが)って歩(あゆ)め!」と。かの八戒地(ち)に臥(ふ)し倒(たお)れて道(いわ)く、「滑(なめら)かなり!滑(なめら)かなり!滑かなり!歩(あゆ)むを得ず!汝、我を饒(ゆる)せ!我をして風霧(ふうむ=風と霧)に駕(が)して過ぎ去らしめよ!」と。行者按(おさ)え住(とど)めて道(いわ)く、「これ甚(なん)の去処(ところ)ぞ、汝の風霧(ふうむ)に駕(が)するを許(ゆる)さんや。必(かなら)ずこの橋の上より歩(あゆ)み過ぎてこそ、方(はじ)めて仏と成るべきなり」と。八戒道(いわ)く、「哥(あに)や、仏做(な)り得ざるもまた罷(や)めよ、実に是(こ)れ歩(あゆ)むを得ざるなり!」と。 彼が両箇(ふたり)、かの橋の辺(ほとり)に在りて、滚滚爬爬(ころび這い)、扯扯拉拉(引き合い)の耍闘(たわむれ)をなす。沙僧(さそう)走(ゆ)き去りて勧解(かんかい=なだめ解)し、才(ようや)く手を撒(はな)ち脱(のが)れたり。 三蔵(さんぞう)頭(こうべ)を回(めぐ)らすに、忽然(たちまち)かの下溜(かりゅう=下りの流れ)の中(うち)に一人(ひとり)の、一隻(ひとつ)の船(ふね)を撑(さ)して来(きた)り、叫(よばわ)るを道(いわ)く、「渡(わた)りに上(のぼ)れ!渡(わた)りに上(のぼ)れ!」と。長老(ちょうろう)大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「徒弟(でし)よ、乱(みだ)りに頑(たわむ)るるを得(え)ず。那(かの)処(ところ)に一隻(ひとつ)の渡船児(とせんじ=渡し船)の来(きた)れる有(あ)り」と。彼(かれ)が三人(みたり)跳(おど)り起(お)きて站(た)ち定(さだ)め、同(とも)に眼(まなこ)を開(ひら)いて観看(みわた)せば、かの船児(ふね)の来ること至(いた)って近(ちか)し。元来(もと)これ一隻の無底(むてい=底なき)の船児(ふね)なり。行者(ぎょうじゃ)の火眼金睛(かがんきんせい=火の眼と金の瞳)には、早(はや)くすでにこれ接引仏祖(せついんぶっそ=導き入れる仏)なるを認(したた)めたり。また『南無宝幢光王仏(なむほうどうこうおうぶつ)』と称(よ)ぶ。行者(ぎょうじゃ)却(かえ)って題破(だいは=言い破る)せず、只管(ひたすら)叫(よばわ)りて道(いわ)く、「この辺(へん)に来(こ)よ!撑(さ)し攏(よ)せて来(こ)よ!」と。霎時(またたくま)に撑(さ)し近(ちか)づき岸(きし)に到(いた)り、また叫(よばわ)る、「渡りに上れ!渡りに上れ!」と。 三蔵(さんぞう)これを見(み)て、また心(こころ)驚(おどろ)いて道(いわ)く、「汝(なんじ)がこの無底(むてい)の破船児(はせんじ=壊れ船)、いかにしてか人(ひと)を渡さんや」と。仏祖(ぶっそ)道(いわ)く、 「我がこの船(ふね)は鴻蒙(こうもう=天地開闢)初判(しょはん=初めの分かれ)の時(とき)より声名(せいめい)有(あ)り、幸(さいわ)いに我(われ)撑(さ)し来りて変更(へんこう)せず。 浪(なみ)有り風(かぜ)有るも還(な)お自(おのずか)ら穩(やす)く、終(おわり)無(な)く始(はじめ)無(な)く升平(しょうへい=泰平)を楽(たの)しむ。 六塵(ろくじん=六つの汚れ)染(そ)まらずよく一(いつ)に帰(き)し、万劫(ばんごう=永遠)安然(あんぜん)として自在(じざい)に行(ゆ)く。 無底船児(むていせんじ=底なき船)海(うみ)を過(よ)ぎ難(がた)きも、今来古往(こんらいこおう)群生(ぐんしょう=衆生)を渡す」 と。孫大聖(そんたいせい)掌(て)を合(あ)わせて称謝(しょうしゃ)して道(いわ)く、「盛意(せいい)を承(う)けて吾(わ)が師(し)を接引(せついん)せらる。 師父(しふ)、船に上り去(ゆ)け。彼(かれ)がこの船児は無底(むてい)なりといえど、却(かえ)って穩(やす)く、縦(たと)い風浪(ふうろう)有るも、また翻(ひっくりかえ)るを得(え)ざるなり」 と。長老(ちょうろう)なお自(おのずか)ら驚疑(きょうぎ=驚き疑う)。行者膊子(うで)を叉(さしはさ)み、上(うえ)へ向(むか)いて一(ひと)と推(お)す。かの師父(しふ)脚(あし)を踏(ふ)み住(とど)むることを得ず、轂轆(ころころ)と水(みず)の裡(うち)に跌(たお)れしに、早(はや)くも撑船(さしふね)の人(ひと)に一把(ひとつかみ)に扯(ひ)き起(お)こされ、船の上(うえ)に站(た)ちたり。師父なお衣服(いふく)を抖(はら)い、鞋脚(あいくつ=靴と足)を垛(お)ろし、行者を抱怨(ほうえん=恨み言)す。行者却って沙僧(さそう)・八戒(はっかい)を引(ひ)き、馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)わせ、また船に上り、都(みな)舟旱舟唐(しゅうかんしゅうとう=船の乾ける処と湿れる処)の上に立(た)つ。かの仏祖(ぶっそ)軽軽(かるがる)と力(ちから)を用(もち)いて撑(さ)し開(あ)く。只(た)だ見(み)る、上溜頭(じょうりゅうとう=上りの流れ)より一箇(ひとつ)の死屍(しし=死骸)の泱(なが)れ下(くだ)るを。長老これを見て大(おお)いに驚(おどろ)く。行者笑って道(いわ)く、「師父怕(おそ)るる莫(な)かれ。那(かの)れは元来(もと)汝(なんじ)なり」と。八戒(はっかい)また道(いわ)く、「是(こ)れ汝なり、是れ汝なり!」と。沙僧(さそう)手(て)を拍(う)ってまた道(いわ)く、「是(こ)れ汝なり、是れ汝なり!」と。かの撑船(さしふね)の、号子(こうす=掛け声)を打(う)ちてまた道(いわ)く、「那(かの)れは是(こ)れ汝なり!賀(が)すべし賀すべし!」と。 彼ら三人(みたり)、また一斉(いっせい)に声(こえ)を相和(あいわ)す。船を撑(さ)して、一時(いっとき)ならずして穩穩当当(やすやす)と凌雲仙渡(りょううんせんと=凌雲の仙人の渡し)を過(よ)ぎたり。三蔵才(ようや)く身(み)を転(てん)じ、軽軽(かるがる)と彼岸(ひがん)に跳(と)び上(あ)がる。詩(し)有りて証(あかし)と為(な)す。詩(し)に曰(いわ)く、 胎胞(たいほう=母体)骨肉(こつにく)の身(み)を脱却(だっきゃく)し、相(あい)親(した)しみ相(あい)愛(あい)するは是(こ)れ元神(がんじん=もとの霊)なり。 今朝(けさ)行(ぎょう)満(み)ちて方(はじ)めて仏(ほとけ)と成(な)り、当年(とうねん)の六六(ろくろく=三十六)の塵(ちり)を洗(あら)い浄(きよ)む。 と。これ誠(まこと)にいわゆる広大(こうだい)智慧(ちえ)、彼岸(ひがん)無極(むきょく)の法(ほう)に登(のぼ)るなり。 四衆(ししゅ)岸(きし)に上りて頭(こうべ)を回(めぐ)らせば、無底船児(むていせんじ)すら却って不知去向(ゆくえ)なり。行者方(はじ)めてこれ接引仏祖(せついんぶっそ)なりと言(い)う。三蔵方(はじ)めて才(ようや)く省悟(せいご=さとり)し、急(いそ)ぎ身を転(てん)じ、反(かえ)って三箇(みたり)の徒弟(でし)に謝(しゃ)す。行者道(いわ)く、 「両(ふたつ)ながら相謝(あいしゃ)せず、彼此(ひし=お互い)皆(みな)扶持(ふじ=助け合い)なり。我等(われら)師父の解脱(げだつ)に虧(よ)るところ有り、門路(もんろ=道筋)を借(か)りて功(く)を修(しゅ)し、幸(さいわ)いに正果(しょうか)を成(な)せり。師父もまた我等(われら)の保護(ほご)に頼(よ)り、教(きょう)を秉(と)り伽持(かじ=加持)せられて、喜(よろこ)んで凡胎(ぼんたい=凡夫の身)を脱(だっ)せり。師父、汝、視(み)よ、この面前(めんぜん)の花草(かそう=花と草)・松篁(しょうこう=松と竹)、鸞鳳(らんぽう)・鶴鹿(かくろく)の勝境(しょうきょう)は、かの妖邪(ようじゃ)の顕化(けんか=現れ化せし)の処(ところ)に比(くら)ぶれば、孰(いず)れか美(び)、孰(いず)れか悪(あく)ぞ。何(いず)れか善(ぜん)、何(いず)れか凶(きょう)ぞ」 と。三蔵称謝(しょうしゃ)して已(や)まず。 一箇一箇(ひとりひとり)身軽(かる)く体(からだ)快(こころよ)く、步(あゆみ)を霊山(れいざん)に上れば、早くもかの雷音古刹(らいおんこさつ=雷音の古き寺)を見る。 頂(いただき)は霄漢(しょうかん=天の川)の中(うち)に摩(す)れ、根(ね)は須弥(しゅみ=須弥山)の脈(みゃく)に接(せっ)す。 巧峰(こうほう=巧みな峰)排列(はいれつ)し、怪石(かいせき)参差(しんし=入り乱れ)たり。 懸崖(けんがい=懸けた崖)の下(もと)に瑶草(ようそう)・琪花(きか)、曲径(きょくけい=曲がり道)の旁(かたわら)に紫芝(しし)・香蕙(こうけい=香る蕙)。 仙猿(せんえん)果(くだもの)を摘(つ)みて桃林(とうりん)に入(い)るは、却って火(ひ)の金(きん)を焼(や)くに似(に)たり。 白鶴(はくかく)松(まつ)に栖(すま)いて枝頭(しとう=枝の先)に立(た)つは、渾(すべ)て烟(けむり)の玉(ぎょく)を捧(ささ)ぐるが如(ごと)し。 彩鳳(さいほう)双双(そうそう)たり、青鸞(せいらん)対対(ついつい)たり。 彩鳳(さいほう)双双(そうそう)として、日(ひ)に向(むか)いて一(ひと)たび鳴(な)けば天下(てんか)に瑞(めでた)く、 青鸞(せいらん)対対(ついつい)として、風(かぜ)を迎(むか)えて耀(かがや)き舞(ま)うは世間(せけん)に稀(まれ)なり。 また見る、かの黄森森(こうしんしん=黄色く生い茂る)たる金瓦(きんが=金の瓦)の鴛鴦(えんおう)を迭(かさ)ね、明幌幌(めいこうこう=明るく輝く)たる花磚(かせん=模様の煉瓦)の瑪瑙(めのう)を鋪(し)けるを。 東(ひがし)に一行(ひとすじ)、西(にし)に一行(ひとすじ)、尽(ことごと)く皆(みな)これ蕊宮(ずいきゅう=花の宮)・珠闕(しゅけつ=珠の門)。 南(みなみ)に一帯(ひとすじ)、北(きた)に一帯(ひとすじ)、看(み)れども了(おわ)らざるは宝閣(ほうかく)・珍楼(ちんろう=宝の楼)。 天王殿(てんのうでん)の上に霞光(かこう)を放(はな)ち、護法堂(ごほうどう)の前(まえ)に紫焰(しえん=紫の炎)を噴(ふ)く。 浮屠塔(ふととう=仏塔)顕(あらわ)れ、優鉢花(うはつげ=優鉢羅の花)香(かんば)し。 正(まさ)にこれ地(ち)勝(すぐ)れて天(てん)の別(わか)るるかと疑(うたが)われ、雲(くも)閑(しず)かにして昼(ひる)の長(なが)きを覚(おぼ)ゆ。 紅塵(こうじん=俗世)到(いた)らずして諸縁(しょえん)尽(つ)き、万劫(ばんごう)虧(か)くる無き大法堂(だいほうどう)なり。 と。 師徒(してい)ら逍逍遙遙(しょうしょうようよう=のんびり)として、霊山(れいざん)の巓(いただき)に走(あゆ)み上れば、また見る、青松林(せいしょうりん)の下(もと)に優婆(うば=在家信者)を列(つら)ね、翠柏叢(すいはくそう=緑の柏の茂み)の中に善士(ぜんじ=善き士)を排(なら)ぶるを。長老すなわち便(すべ)に施礼(せれい)せしに、慌てたるかなかの優婆塞(うばそく=在家の男信者)・優婆夷(うばい=在家の女信者)・比丘僧(びくそう)・比丘尼(びくに)、掌(て)を合(あ)わせて道(いわ)く、「聖僧(せいそう)且(しばら)く行礼(ぎょうれい=礼を行う)を休(や)めよ。牟尼(むに=釈迦)に見(まみ)えてより、却って来りて相叙(そうじょ=語り合わ)ん」と。行者笑って道(いわ)く、「早し!早し!且(しばら)く上位(じょうい)の者(ひと)を拝(おが)みに去(ゆ)かん」と。 かの長老手(て)を舞(ま)い足(あし)を蹈(ふ)み、行者に随(したが)いて、直(ただち)に雷音寺(らいおんじ)の山門(さんもん)の外(そと)に至(いた)る。かの廂(ひさし)に四大金剛(しだいこんごう)有りて、迎(むか)え住(とど)めて道(いわ)く、「聖僧(せいそう)来れるか」と。三蔵身を躬(くぐ)めて道(いわ)く、「是(こ)れ弟子(でし)玄奘(げんじょう)の到れるなり」と。答(こた)え畢(おわ)りてすなわち門(もん)に入(い)らんと欲(ほっ)す。金剛(こんごう)道(いわ)く、「聖僧少(しばら)く待(ま)て、稟(もう)し過(お)えてより再(ま)た進(すす)むを容(ゆる)せ」と。かの金剛(こんごう)、一箇(ひとり)をして山門(さんもん)を転(めぐ)りて二門(にもん)の上(ほとり)の四大金剛(しだいこんごう)に報(ほう)ぜしめ、唐僧(とうそう)の到れるを言(い)わしむ。二門(にもん)の上(ほとり)また三門(さんもん)の上に伝(つた)え入れて、唐僧(とうそう)の到れるを言う。三山門(さんさんもん)の内(うち)は元(もと)打供(だく=供養をなす)の神僧(しんそう)なりしが、唐僧の到れるを聞(き)く時(おり)、急(いそ)ぎ大雄殿(だいゆうでん)の下に至り、如来至尊釈迦牟尼文仏(にょらいしそんしゃかむにもんぶつ)に報(ほう)じて道(いわ)く、「唐朝(とうちょう)の聖僧宝山(ほうざん)に到りて経(きょう)を取りに来れり」と。仏爺爺(ほとけさま)大いに喜び、すなわち八菩薩(はちぼさつ)・四金剛(しこんごう)・五百阿羅(ごひゃくあら)・三千掲諦(さんぜんかいたい)・十一大曜(じゅういちたいよう)・十八伽藍(じゅうはちがらん)を召(め)し聚(あつ)め、両行(りょうこう=二列)に排列(はいれつ)し、却って金旨(きんし)を伝(つた)えて、唐僧を召(め)し進(い)らしむ。那(か)の裡(うち)、一層(ひとへ)一節(ひとふし)ごとに、欽(つつし)んで仏旨(ぶっし)に依(よ)りて、叫(よばわ)りて道(いわ)く、「聖僧進(い)り来よ」と。 この唐僧(とうそう)規(のり)を循(したが)い矩(さしがね)を蹈(ふ)み、悟空(ごくう)・悟能(ごのう)・悟浄(ごじょう)と同(とも)に、馬(うま)を牽(ひ)き担(に)を挑(にな)い、径(ただち)に山門(さんもん)に入(い)る。正(まさ)にこれ 当年(とうねん)志(こころざし)を奮(ふる)って欽差(きんさ=勅使)を奉(ほう)じ、牒(じょう)を領(う)けて王(おう)に辞(じ)して玉階(ぎょくかい=玉の階)を出(い)づ。 清暁(せいぎょう=明け方)山(やま)に登(のぼ)りて霧露(むろ)を迎(むか)え、黄昏(たそがれ)石(いし)を枕(まくら)として雲霾(うんばい=雲靄)に臥(ふ)す。 禅(ぜん)を挑(にな)いて遠(とお)く三千(さんぜん)の水(みず)を步(あゆ)み、錫(しゃく)を飛(と)ばして長(なが)く万里(ばんり)の崖(がけ)を行(ゆ)く。 念々(ねんねん)心(こころ)に在(あ)りて正果(しょうか)を求(もと)め、今朝(こんちょう)始(はじ)めて如来(にょらい)に見(まみ)えるを得(え)たり。 と。 四衆(ししゅ)大雄宝殿(だいゆうほうでん)の殿前(でんぜん)に到(いた)り、如来(にょらい)に対(むか)いて身(み)を倒(さかしま)にし下拝(げはい)す。拝(おが)み畢(おわ)り、また左右(そうゆう)に向(むか)いて再拝(さいはい)す。各各(おのおの)三匝(さんそう=三巡)已(すで)に遍(あまね)くし、復(ま)た仏祖(ぶっそ)に向(むか)いて長跪(ちょうき=長く跪く)し、通関文牒(つうかんぶんじょう=通行の証文)を将(も)ちて奉上(ほうじょう)す。如来一一(ひとつひとつ)看(み)て、還(かえ)して三蔵(さんぞう)に遞(わた)す。三蔵(さんぞう)首(こうべ)を俯(ふ)して礼(れい)を作(な)し、啓上(けいじょう=申し上げ)して道(いわ)く、「弟子(でし)玄奘(げんじょう)、東土大唐(とうどだいとう)皇帝(こうてい)の旨意(しい)を奉(ほう)じ、遥(はる)かに宝山(ほうざん)に詣(もう)で、真経(しんきょう)を拝(おが)み求(もと)めて、以(も)って衆生(しゅじょう)を済(すく)わんとす。我(わ)が仏祖(ぶっそ)の恩(おん)を垂(た)れ、早(はや)く国(くに)に賜(たま)わり回(かえ)らんことを望(のぞ)む」と。 如来方(はじ)めて憐憫(れんびん=憐れみ)の口(くち)を開(ひら)き、大(おお)いに慈悲(じひ)の心(こころ)を発(おこ)し、三蔵に対(むか)いて言(いわ)く、 「汝(なんじ)が那(かの)東土(とうど)は乃(すなわ)ち南贍部洲(なんせんぶしゅう)なり。只(た)だ天(てん)高(たか)く地(ち)厚(あつ)く、物(もの)広(ひろ)く人(ひと)稠(みつ)なれば、多(おお)く貪(むさぼ)り多(おお)く殺(ころ)し、多く淫(いん)し多く誑(いつわ)り、多く欺(あざむ)き多く詐(いつわ)る。仏教(ぶっきょう)に遵(したが)わず、善縁(ぜんえん)に向かわず、三光(さんこう=日月星)を敬(けい)せず、五穀(ごこく)を重(おも)んぜず。忠(ちゅう)ならず孝(こう)ならず、義(ぎ)なく仁(じん)なく、心を瞞(あざむ)き己(おのれ)を昧(くら)まし、大斗小秤(だいとしょうびょう=大きい枡と小さい秤)を用(もち)い、命(いのち)を害(そこな)い牲(にえ)を殺(ころ)す。無辺(むへん)の孽(げき=罪業)を造(つく)り下(くだ)し、罪(つみ)盈(み)ち悪(あく)満(み)ちて、地獄(じごく)の災(わざわい)有(あ)るを致(いた)し、永(なが)く幽冥(ゆうめい=冥府)に堕(お)ちて、かの許多(あまた)の碓搗磨舂(たいとうましょう=臼搗き碾き)の苦(くるしみ)を受(う)け、畜類(ちくるい=畜生)に変化(へんげ)す。かの許多(あまた)の毛(け)を披(き)り角(つの)を頂(いただ)くの形(かたち)有(あ)りて、身(み)を将(も)ちて債(おいめ)を還(かえ)し、肉(にく)を将(も)ちて人(ひと)を飼(やしな)う。その永(なが)く阿鼻(あび=無間地獄)に堕(お)ちて超升(ちょうしょう=昇り抜く)を得(え)ざるものは、皆(みな)この故(ゆえ)なり。孔氏(こうし=孔子)彼(か)に在(あ)りて仁義礼智(じんぎれいち)の教(おしえ)を立(た)て下(くだ)し、帝王(ていおう)相継(あいつ)ぎ、徒流絞斬(ずるこうざん=流罪絞罪斬罪)の刑(けい)を治(おさ)むる有りといえども、その愚昧(ぐまい=愚か)にして明(あき)らかならず、放縦(ほうしょう=勝手気儘)にして忌(い)む所(ところ)無(な)きの輩(やから)をいかにせんや!我(われ)今(いま)経(きょう)三蔵有り、以(も)って苦悩(くのう)を超脱(ちょうだつ)し、災愆(さいけん=災い過ち)を釈(と)き解(と)くべし。三蔵とは、法(ほう)一蔵(いちぞう)有りて天(てん)を談(だん)じ、論(ろん)一蔵(いちぞう)有りて地(ち)を説(と)き、経(きょう)一蔵有りて鬼(おに)を度(ど)す。共計(あわせ)三十五部(さんじゅうごぶ)、該(か)な一万五千一百四十四巻(いちまんごせんひゃくよんじゅうよんかん)。真(まこと)にこれ修真(しゅうしん=真を修むる)の径(みち)、正善(せいぜん)の門(もん)なり。凡(およ)そ天下(てんか)四大部洲(しだいぶしゅう)の天文(てんもん)・地理(ちり)・人物(じんぶつ)・鳥獣(ちょうじゅう)・花木(かぼく)・器用(きよう)・人事(じんじ)、般(くさぐさ)として載(の)せざるは無(な)し。汝等(なんじら)遠(とお)く来(きた)れるに、待(ま)ちて全(まった)く汝に付(ふ)し与(あた)えて取(と)り去(さ)らしめんと欲(ほっ)すれど、但(た)だ那(かの)方(ほう)の人、愚蠢(ぐどん=愚か)村強(そんきょう=粗暴)にして、真言(しんごん)を毀謗(きぼう=謗り)し、我(わ)が沙門(しゃもん)の奥旨(おうし=奥深い旨)を識(し)らず」 と。叫(よばわ)りて道(いわ)く、 「阿難(あなん)・迦葉(かしょう)、汝(なんじ)が両箇(ふたり)、彼(かれ)が四衆(ししゅ)を引(ひ)きて、珍楼(ちんろう)の下(もと)に到(いた)り、先(ま)ず斎食(さいじき)を将(も)ちて彼を待(もてな)せ。斎(とき)罷(おわ)らば、宝閣(ほうかく)を開(ひら)き、我が那(かの)三蔵経(さんぞうきょう)の中(うち)三十五部(さんじゅうごぶ)の内(うち)より、各(おのおの)幾巻(いくかん)かを検(えら)びて彼に与(あた)え、彼をして東土(とうど)に伝流(でんる)し、永く洪恩(こうおん=大恩)を注(そそ)がしめよ」 と。二尊者(にそんじゃ)すなわち仏旨(ぶっし)を奉じ、彼(かれ)が四衆を領(ひき)いて楼(ろう)の下(もと)に至(いた)る。看(み)れども尽(つ)きざるはかの奇珍異宝(きちんいほう=珍しい宝)、擺列(はいれつ)して窮(きわ)まり無し。只(た)だ見(み)る、かの供(く)を設(もう)くるの諸神(しょしん)、斎宴(さいえん)を鋪排(ほはい=並べ整え)、並(な)みに皆(みな)これ仙品(せんぴん)・仙肴(せんこう)・仙茶(せんちゃ)・仙果(せんか)、珍饈(ちんしゅう=珍味)百味(ひゃくみ)、凡世(ぼんせい)と同(おな)じからず。師徒(してい)ら仏恩(ぶっとん)を頂礼(ちょうらい)し、心に随(したが)いて享用(きょうよう=味わう)。実(げ)にこれ 宝焔(ほうえん=宝の焔)金光(きんこう)目(め)に映(うつ)りて明(あき)らか、異香(いこう)奇品(きひん)更(さら)に微精(びせい=精妙)なり。 千層(せんそう)の金閣(きんかく)麗(うるわ)しきこと窮(きわ)まり無く、一派(いっぱ)の仙音(せんのん)耳(みみ)に入(い)りて清(きよ)し。 素味(そみ=精進の味)仙花(せんか)人の罕(まれ)に見(み)るところ、香茶(こうちゃ)異食(いしょく)長生(ちょうせい)を得(う)。 向来(これまで)千般(せんぱん)の苦(くるしみ)を受(う)け尽(つく)し、今日(こんにち)栄華(えいが)にして道(どう)の成(な)れるを喜(よろこ)ぶ。 と。 この番(たび)八戒(はっかい)を造化(ぞうか=幸運)し、沙僧(さそう)を便宜(べんぎ=得)させたり。仏祖の処(ところ)の正寿長生(しょうじゅちょうせい)、脱胎換骨(だったいかんこつ=生まれ変わる)の饌(せん=供物)、尽(ことごと)く彼をして受用(じゅよう=享け用い)せしむ。二尊者(にそんじゃ)四衆に陪奉(ばいほう=お供)して餐(さん=食事)し畢(おわ)り、却(かえ)って宝閣(ほうかく)に入り、門(もん)を開きて登(のぼ)り看(み)る。那(か)の廂(ひさし)に霞光瑞気(かこうずいき)有りて、千重(せんちょう)を籠罩(ろうちょう=覆い)い、彩霧祥雲(さいむしょううん)万道(ばんどう)を遮漫(しゃまん=覆い)えり。経櫃(きょうき=経の櫃)の上(うえ)、宝篋(ほうきょう=宝の筺)の外(そと)、都(みな)紅簽(こうせん=赤き札)を貼(は)り、楷書(かいしょ)にて経巻(きょうかん)の名目(めいもく)を著(しる)せり。乃(すなわ)ちこれ 『涅槃経(ねはんきょう)』一部(いちぶ)、七百四十八巻(ななひゃくよんじゅうはちかん)。 『菩薩経(ぼさつきょう)』一部、一千二十一巻(いっせんにじゅういっかん)。 『虚空蔵経(こくうぞうきょう)』一部、四百巻(よんひゃくかん)。 『首楞厳経(しゅりょうごんきょう)』一部、百十巻(ひゃくじゅうかん)。 『恩意経大集(おんいきょうだいしゅう)』一部、五十巻(ごじゅっかん)。 『決定経(けつじょうきょう)』一部、百四十巻(ひゃくよんじゅっかん)。 『宝蔵経(ほうぞうきょう)』一部、四十五巻(よんじゅうごかん)。 『華厳経(けごんきょう)』一部、五百巻(ごひゃくかん)。 『礼真如経(らいしんにょきょう)』一部、九十巻(きゅうじゅっかん)。 『大般若経(だいはんにゃきょう)』一部、九百十六巻(きゅうひゃくじゅうろっかん)。 『大光明経(だいこうみょうきょう)』一部、三百巻(さんびゃくかん)。 『未曾有経(みぞううきょう)』一部、一千百十巻(いっせんひゃくじゅっかん)。 『維摩経(ゆいまきょう)』一部、百七十巻(ひゃくななじゅっかん)。 『三論別経(さんろんべっきょう)』一部、二百七十巻(にひゃくななじゅっかん)。 『金剛経(こんごうきょう)』一部、百巻(ひゃっかん)。 『正法論経(しょうぼうろんきょう)』一部、百二十巻(ひゃくにじゅっかん)。 『仏本行経(ぶつほんぎょうきょう)』一部、八百巻(はっぴゃくかん)。 『五龍経(ごりゅうきょう)』一部、三十二巻(さんじゅうにかん)。 『菩薩戒経(ぼさつかいきょう)』一部、百十六巻(ひゃくじゅうろっかん)。 『大集経(だいしゅうきょう)』一部、百三十巻(ひゃくさんじゅっかん)。 『摩竭経(まがつきょう)』一部、三百五十巻(さんびゃくごじゅっかん)。 『法華経(ほけきょう)』一部、百巻(ひゃっかん)。 『瑜伽経(ゆがきょう)』一部、百巻。 『宝常経(ほうじょうきょう)』一部、二百二十巻(にひゃくにじゅっかん)。 『西天論経(せいてんろんきょう)』一部、百三十巻(ひゃくさんじゅっかん)。 『僧祇経(そうぎきょう)』一部、百五十七巻(ひゃくごじゅうななかん)。 『仏国雑経(ぶっこくぞうきょう)』一部、一千九百五十巻(いっせんきゅうひゃくごじゅっかん)。 『起信論経(きしんろんきょう)』一部、一千巻(いっせんかん)。 『大智度経(だいちどきょう)』一部、一千八十巻(いっせんはちじゅっかん)。 『宝威経(ほういきょう)』一部、一千二百八十巻(いっせんにひゃくはちじゅっかん)。 『本閣経(ほんかくきょう)』一部、八百五十巻(はっぴゃくごじゅっかん)。 『正律文経(しょうりつもんきょう)』一部、二百巻(にひゃくかん)。 『大孔雀経(だいくじゃくきょう)』一部、二百二十巻(にひゃくにじゅっかん)。 『維識論経(ゆいしきろんきょう)』一部、百巻。 『具舎論経(ぐしゃろんきょう)』一部、二百巻(にひゃくかん)。 と。 阿難(あなん)・迦葉(かしょう)、唐僧(とうそう)を引(ひ)きて経名(きょうめい)を看(み)しめ遍(あまね)くし、唐僧に対いて道(いわ)く、「聖僧(せいそう)東土より此(ここ)に到る、些(いささ)かの甚(なん)の人事(じんじ=心付け)か我らに送(おく)る有るや。疾(と)く拿(と)り出(いだ)せ、好(よ)く経を伝(つた)えて汝に与えて去(ゆ)かしめん」と。三蔵言(げん)を聞(き)いて道(いわ)く、「弟子(でし)玄奘(げんじょう)、来路(らいろ)迢遥(ちょうよう=遥か)、かつて備(そな)え得ざりき」と。二尊者笑って道(いわ)く、 「好(よ)し、好し、好し!白手(せきしゅ=手ぶら)にて経を伝(つた)えて世(よ)を継(つ)がば、後人(こうじん)当(まさ)に餓(うえ)え死(し)なんとす!」 と。行者(ぎょうじゃ)彼の口(くち)を講(い)いて扭捏(じゅうねつ=もじもじ)し、肯(がえん)じて経を伝えざるを見、彼忍(しの)ぶこと能(あた)わずして叫噪(きょうそう=喚き立て)りて道(いわ)く、「師父(しふ)、我ら去(ゆ)きて如来に告(うった)え、彼をして自家(みずか)ら来(きた)りて経を把(と)りて老孫(ろうそん)に与えしめよ」と。阿難道(いわ)く、「喚(わめ)く莫(な)かれ!これ甚(なん)の去処(ところ)ぞ、汝なお撒野放刁(さつやほうとう=乱暴を働く)するや。この辺(へん)に到り来りて経を接(う)けよ」と。八戒(はっかい)・沙僧(さそう)性子(しょうし=気性)を耐(た)え住(とど)め、行者(ぎょうじゃ)を勧(すす)め住(とど)め、身を転(てん)じて来りて接(う)く。一巻一巻(ひとまきひとまき)包(つつみ)の裡(うち)に収(おさ)め、馬(うま)の上(うえ)に馱(の)せ、また両担(ふたに)を捆(くく)り、八戒と沙僧と挑(にな)い、却(かえ)って宝座(ほうざ)の前(まえ)に来りて叩頭(こうとう)し、如来に謝(しゃ)し、一直(ひたすら)に門を出(い)づ。一位(ひとり)の仏祖に逢(あ)えば両拝(りょうぱい)し、一尊(ひとり)の菩薩(ぼさつ)を見れば両拝(りょうぱい)す。また大門(だいもん)に到り、比丘僧(びくそう)・尼(に)、優婆夷(うばい)・塞(そく)を拝み、一一(ひとりひとり)相辞(そうじ=別れを告げ)、山(やま)を下(お)りて路(みち)に奔(はし)るは題(だい)せず。 さてかの宝閣(ほうかく)の上(うえ)に一尊(ひとり)の燃灯古仏(ねんとうこぶつ)有(あ)り。彼(かれ)閣(かく)の上(うえ)に在(あ)りて、暗暗(ひそか)にかの経(きょう)を伝(つた)うるの事(こと)を聴(き)き、心中(しんちゅう)甚(はなは)だ明(あき)らかなり。元(もと)これ阿難(あなん)・迦葉(かしょう)の無字(むじ=字なき)の経(きょう)を将(も)ちて伝(つた)え去(さ)らしむるなり。却(かえ)って自(おのずか)ら笑(わら)って云(いわ)く、 「東土(とうど)の衆僧(しゅそう)愚迷(ぐめい=愚か)にして、無字(むじ)の経を識(し)らず、却(かえ)って聖僧(せいそう)のこの場(ひとくさり)の跋渉(ばっしょう=苦しい旅)を枉(むだ)に費(ついや)さざらんや?」 と。問(と)いて道(いわ)く、「座辺(ざへん=座の傍)に誰(たれ)か此(ここ)に在(あ)る」と。只(た)だ見(み)る、白雄尊者(びゃくゆうそんじゃ)の闪(ひらめ)き出(い)づるを。古仏(こぶつ)吩咐(いいつけ)て道(いわ)く、「汝、神威(しんい)を作(な)し起(おこ)し、飛星(ひせい=飛ぶ星)のごとく唐僧(とうそう)に趕(お)いつき、かの無字(むじ)の経を把(と)りて奪(うば)い、彼をして再(ま)た来(きた)りて有字(うじ=字ある)の真経(しんきょう)を求(もと)め取(と)らしめよ」と。 白雄尊者(びゃくゆうそんじゃ)、すなわち狂風(きょうふう)に駕(が)し、雷音寺(らいおんじ)の山門(さんもん)の外(そと)を滚(ころが)り離(はな)れ、大(おお)いに神威(しんい)を作(な)す。かの陣(ひとむれ)の好(よ)き風(かぜ)かな、真(まこと)にこれ 仏前(ぶつぜん)の勇士(ゆうし)、巽二風神(そんじふうじん=風の神)に比(くら)ぶるに非(あら)ず。 仙竅(せんきょう=仙の孔)怒号(どごう=吠えたけ)るは、遠(とお)く吹嘘(すいきょ=吹く息)の少女(しょうじょ)に賽(まさ)る。 この一陣(ひとむれ)、魚龍(ぎょりゅう)皆(みな)穴(あな)を失(うしな)い、江海(こうかい)波濤(はとう)を逆(さかしま)にす。 玄猿(げんえん)果(くだもの)を捧(ささ)げて来(きた)り献(けん)ずるに難(かた)く、黄鶴(こうかく)雲(くも)を回(めぐ)らして旧巣(きゅうそう)を找(たず)ぬ。 丹鳳(たんぽう)の清音(せいおん)鳴(な)いて美(うつく)しからず、錦鶏(きんけい)喔運(あくうん=鳴き声)叫(な)いて声(こえ)嘈(さわが)し。 青松(せいしょう)枝(えだ)折(お)れ、優鉢花(うはつげ)飄(ひるがえ)る。 翠竹(すいちく)竿竿(かんかん=一本一本)倒(たお)れ、金蓮(こんれん)朵朵(だだ=一輪一輪)揺(ゆ)る。 鐘声(しょうせい)遠(とお)く三千里(さんぜんり)を送(おく)り、経韻(きょういん)軽(かる)く万壑(ばんがく=万の谷)高(たか)し。 崖(がけ)の下(もと)の奇花(きか)美色(びしょく)を残(そこな)い、路傍(ろぼう)の瑶草(ようそう)鮮苗(せんびょう)を偃(ふ)す。 彩鸞(さいらん)翅(つばさ)を舞(ま)わすに難(かた)く、白鹿(はくろく)山崖(さんがい)に隠(かく)る。 蕩蕩(とうとう)たる異香(いこう)宇宙(うちゅう)に漫(み)ち、清清(せいせい)たる風気(ふうき)雲霄(うんしょう)に徹(とお)る。 と。 かの唐長老(とうちょうろう)正(まさ)に行(ゆ)く間(あいだ)、忽然(たちまち)香風(こうふう)の滚滚(ころころ)たるを聞(き)き、只(た)だこれ仏祖(ぶっそ)の禎祥(ていしょう=めでたい兆)ならんと思(おも)い、いまだ提防(ていぼう=用心)せざりき。また響(ひび)き一声(ひとこえ)の聞(き)こゆるありて、半空(なかぞら)より一隻(ひとつ)の手(て)を伸(の)べ下(くだ)し、馬(うま)の馱(の)せる経を将(も)ちて、軽軽(かるがる)と搶(うば)い去(さ)る。唬(おどろ)かされたるかな三蔵(さんぞう)、胸(むね)を捶(う)ちて叫喚(きょうかん=叫び喚)ぶ。八戒(はっかい)地(ち)を滚(ころが)りて来りて追(お)い、沙和尚(さおしょう)経担(きょうたん=経の荷)を護(まも)り守(まも)り、孫行者(そんぎょうじゃ)急(いそ)ぎ飛(と)ぶが如(ごと)くに趕(お)い去(ゆ)く。 かの白雄尊者、行者(ぎょうじゃ)の趕いつくこと近(ちか)きを見(み)、彼(かれ)が棍頭(こんとう=棒の先)に眼(まなこ)無(な)く、一時(ひととき)に好歹(よしあし)を分(わか)たずして、身体(しんたい)を打(う)ち傷(そこな)わんことを恐(おそ)れ、すなわち経包(きょうほう=経の包み)を将(も)ちて捽(ひ)き砕(くだ)き、塵埃(じんあい)に抛(なげう)ち落(お)とす。行者(ぎょうじゃ)経包(きょうほう)の破(やぶ)れ落(お)ち、また香風(こうふう)に吹(ふ)かれて飄零(ひょうれい=散り零れ)るを見、却ってすなわち雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)し、経を顧(かえり)みて追(お)い趕わず。かの白雄尊者風(かぜ)を収(おさ)め霧(きり)を斂(おさ)め、回(かえ)りて古仏(こぶつ)に報(ほう)ずるは題(だい)せず。 八戒(はっかい)追い趕いに去(ゆ)き、経本(きょうほん)の落ち下(くだ)れるを見、遂(つい)に行者と収拾(しゅうしゅう=拾い集め)し背負(お)いて、来りて唐僧(とうそう)に見(まみ)ゆ。 唐僧満眼(まんがん)涙(なみだ)を垂(た)れて道(いわ)く、「徒弟(でし)や!この極楽世界(ごくらくせかい)にも、また凶魔(きょうま)の欺(あざむ)き害(そこな)う有(あ)るなり!」と。沙僧(さそう)抱(いだ)きし散経(さんきょう=散った経)を接(う)け、打(う)ち開(あ)けて看(み)る時(おり)、元来(もと)雪白(せっぱく=真っ白)にして、並(なみ)に半点(はんてん)の字迹(じせき)も無(な)し。慌(あわ)てて三蔵(さんぞう)に遞(わた)して道(いわ)く、「師父(しふ)、この一巻(ひとまき)には字(じ)が無し」と。行者また一巻(ひとまき)を打ち開(あ)けて看(み)るに、また字(じ)が無し。八戒一巻を打ち開くるに、また字が無し。三蔵叫(よばわ)りて道(いわ)く、「通(ことごと)く打ち開けて来りて看(み)よ」と。 巻巻(まきまき)俱(みな)これ白紙(はくし)なり。長老(ちょうろう)短嘆長吁(たんたんちょうく=短く嘆き長く溜息)して道(いわ)く、「我(わ)が東土(とうど)の人(ひと)は果(は)たして福(ふく)無きかな!この般(ごと)き無字の空本(くうほん=空の本)、取り去りて何(なん)の用(よう)かあらん。怎(いか)でか敢(あえ)て唐王(とうおう)に見(まみ)えんや!君(きみ)を誑(あざむ)くの罪(つみ)、誠(まこと)に誅(ちゅう)するを容(ゆる)されざるなり!」と。行者早(はや)くすでにこれを知(し)り、唐僧に対(むか)いて道(いわ)く、「師父(しふ)、言(い)い消(つく)すに及(およ)ばず。これすなわち阿難(あなん)・迦葉(かしょう)の那厮(やつ)が、我に人事(じんじ)を要(もと)めて有(な)きに因(よ)り、故(ゆえ)にこの白紙(はくし)の本子(ほんす=本)を将(も)ちて我らに与(あた)えて来れるなり。疾(と)く回(かえ)り行(ゆ)きて如来(にょらい)の前(まえ)に告(うった)え、彼に掯財作弊(こうざいさくへい=金を強請り不正を働く)の罪(つみ)を問(と)え」と。八戒嚷(わめ)いて道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ!正に是れ!彼を告(うった)えて行(ゆ)かん!」と。四衆(ししゅ)急急(いそぎ)に山(やま)に回り、好(よ)き步(あゆみ)も無く、忙忙(そうそう)とまた雷音(らいおん)に転(てん)じ上(のぼ)る。 多(おお)からずして、山門(さんもん)の外(そと)に到(いた)るに、衆(しゅう)皆(みな)手(て)を拱(こまぬ)きて相迎(むか)え、笑って道(いわ)く、「聖僧(せいそう)は是(こ)れ経を換(か)えに来れるか」と。三蔵頭(こうべ)を点(うなず)かせて称謝(しょうしゃ)す。衆金剛(しゅこんごう)また阻擋(そとう=遮り止め)せず、彼をして進(い)らしめ、直(ただち)に大雄殿(だいゆうでん)の前(まえ)に至(いた)る。行者嚷(わめ)いて道(いわ)く、 「如来(にょらい)!我が師徒(してい)ら万蜇千魔(ばんてつせんま=万の螫と千の魔)、千辛万苦(せんしんばんく)を受(う)け、東土より拝(おが)みて此(ここ)の処(ところ)に到(いた)り、如来の吩咐(いいつけ)を蒙(こうむ)りて経を伝えられしに、阿難・迦葉に掯財(こうざい=金を強請る)せられて遂(と)げず、通同(つうどう=ぐる)に作弊(さくへい=不正を働き)、故意(わざ)と無字の白紙の本児(ほんじ=本)を将(も)ちて我らに拿(と)らしめて去らしむ。我ら彼を拿(と)り行(ゆ)きて何(なん)の用(よう)かあらん!如来の敕治(ちょくち=敕して治むる)を望(のぞ)む!」 と。仏祖(ぶっそ)笑って道(いわ)く、 「汝(なんじ)且(しばら)く喚(わめ)くを休(や)めよ。彼が両箇(ふたり)の汝に人事(じんじ)を要(もと)めし情(じょう)、我(われ)すでに知(し)れり。但(た)だ只(た)だこれ経軽(かる)がるしく伝うべからず、また空(むな)しく取(と)るを以(も)ってすべからず。向時(そのかみ)衆比丘聖僧(しゅびくしょうそう)山(やま)を下(お)りしに、かつてこの経を将(も)ちて舎衛国(しゃえいこく)の趙長者(ちょうちょうじゃ)の家(いえ)に在りて、彼が為(ため)に一遍(ひとまわり)を誦(ず)し、彼が家(いえ)の生者(しょうじゃ)の安全(あんぜん)、亡者(もうじゃ)の超脱(ちょうだつ)を保(ほ)し、只(た)だ彼が三斗三升(さんとさんしょう)の米粒黄金(べいりゅうおうごん=米粒ほどの黄金)を討(と)り得(え)て回り来れり。我(われ)なお彼らに忒(はなは)だ売(う)り賤(やす)くして、後代(こうだい)の児孫(じそん)に使用(しよう)の銭(ぜに)無からしむと言(い)えり。汝(なんじ)如今(いま)空手(くうしゅ)にて来り取る。ここを以(も)って白本(はくほん=白き本)を伝えたり。白本(はくほん)とは、乃(すなわ)ち無字真経(むじしんきょう)なり。却ってまた是(こ)れ好し。汝が那(かの)東土の衆生(しゅじょう)の愚迷(ぐめい)にして悟(さと)らざるに因(よ)り、只(た)だこの経を以ってこれに伝うべきのみ」 と。すなわち叫(よばわ)りて道(いわ)く、「阿難・迦葉、疾(と)く有字(うじ)の真経(しんきょう)を将(も)ちて、毎部(まいぶ)の中(うち)より各(おのおの)幾巻(いくかん)かを検(えら)びて彼に与(あた)え、此に来りて数(かず)を報(ほう)ぜよ」と。 二尊者(にそんじゃ)復(ま)た四衆(ししゅ)を領(ひき)いて、珍楼宝閣(ちんろうほうかく)の下(もと)に到(いた)り、なお唐僧(とうそう)に些(いささ)かの人事(じんじ)を要(もと)む。 三蔵(さんぞう)奉(たてまつ)る物(もの)無(な)く、すなわち沙僧(さそう)に命(めい)じて紫金鉢盂(しきんはつう=紫金の鉢)を取(と)り出(いだ)さしめ、両手(りょうて)にて奉上(ほうじょう)して道(いわ)く、 「弟子(でし)委(まこと)にこれ窮寒(きゅうかん=貧しく)路遥(みちとお)く、かつて人事(じんじ)を備(そな)え得(え)ざりき。この鉢盂(はつう)は乃(すなわ)ち唐王(とうおう)の親手(みずから)賜(たま)わるところ、弟子(でし)をしてこれを持(たも)ちて、路(みち)に沿(したが)いて斎(とき)を化(こ)せしむ。今(いま)特に奉上(ほうじょう)し、聊(いささ)か寸心(すんしん=微衷)を表(あらわ)す。万(よろず)尊者(そんじゃ)の軽褻(けいせつ=軽んじ汚す)を鄙(いや)しみず、これを収(おさ)め下(くだ)されんことを望(のぞ)む。回朝(かいちょう=朝廷に帰る)の後(のち)唐王(とうおう)に奏上(そうじょう)せば、定(かなら)ず厚謝(こうしゃ)有(あ)るべし。ただ有字(うじ)の真経(しんきょう)を賜(たま)わり下(くだ)されば、庶(ねがわく)は欽差(きんさ)の意(こころ)、遠渉(えんしょう=遠き渡渉)の労(ろう)を孤(みなしご)にせざらん」 と。かの阿難(あなん)接(う)けて、ただ微微(びび)として笑(わら)う。かの珍楼(ちんろう)を管(つかさど)るの力士(りきし)、香積(こうしゃく=香の供物)を管るの庖丁(ほうてい=料理人)、閣(かく)を看(み)るの尊者(そんじゃ)、汝(なんじ)は彼(かれ)の顔(かお)を抹(なで)、我(われ)は彼の背(せ)を撲(たた)き、指(ゆび)を弾(はじ)く者(もの)、唇(くちびる)を扭(ねじ)る者、一箇一箇(ひとりひとり)笑って道(いわ)く、「羞(は)じずや!羞じずや!取経(しゅきょう)の人事を需索(じゅさく=強請り求)むるとは!」と。須臾(しばらく)にして顔(かお)の皮(かわ)をさえ羞(は)じて皺(しわ)よらしめたれど、ただ鉢盂(はつう)を拿(と)りて放(はな)たず。迦葉(かしょう)却(かえ)って才(ようや)く閣(かく)に進(すす)みて経(きょう)を検(えら)び、一一(ひとつひとつ)査(しら)べて三蔵(さんぞう)に与(あた)う。三蔵却(かえ)って叫(よばわ)りて道(いわ)く、「徒弟(でし)ら、汝ら都(みな)好(よ)く生(つまびらか)に看(み)よ、前番(ぜんぱん=前の度)の似(ごと)き莫(な)かれ」と。彼(かれ)が三人(みたり)一巻(ひとまき)を接(う)けては一巻(ひとまき)を看(み)るに、却って都(みな)これ有字(うじ=字ある)なり。五千四十八巻(ごせんよんじゅうはちかん)を伝(つた)え、乃(すなわ)ち一蔵(いちぞう)の数(かず)なり。収拾(しゅうしゅう)して斉整(せいせい=整い)にし、馬(うま)の上(うえ)に馱(の)せ、残(のこ)りはまた一担(ひとに)に装(つ)み、八戒(はっかい)挑(にな)う。自己(おのれ)の行嚢(こうのう=旅の嚢)、沙僧(さそう)挑(にな)う。行者(ぎょうじゃ)馬(うま)を牽(ひ)き、唐僧(とうそう)錫杖(しゃくじょう)を拿(と)り、毗盧帽(びるぼう)を一(ひと)と按(おさ)え、錦袈裟(きんけさ)を一(ひと)と抖(はら)い、才(ようや)く喜喜歡歡(ききかんかん=大いに喜び)て、我(わ)が仏如来(にょらい)の前(まえ)に到(いた)る。正(まさ)にこれ 大蔵(だいぞう)の真経(しんきょう)滋味(じみ)甜(あま)く、如来(にょらい)の造就(ぞうしゅう=造り成す)甚(はなは)だ精厳(せいげん)なり。 須(かなら)ず知(し)れ玄奘(げんじょう)の山(やま)に登(のぼ)るの苦(く)、笑(わら)うべし阿難(あなん)の却って銭(ぜに)を愛(あい)するを。 先次(さき)に未詳(みしょう)なりしは古仏(こぶつ)に虧(よ)り、後來(こうらい)真実(しんじつ)にして始(はじ)めて安然(あんぜん)たり。 今(いま)に至(いた)るまで意(い)を得(え)て東土(とうど)に伝(つた)わり、大衆(だいしゅ)均(ひとし)く雨露(うろ)を将(も)ちて沾(うるお)う。 と。 阿難・迦葉(かしょう)唐僧を引(ひ)きて来(きた)りて如来(にょらい)に見(まみ)ゆ。如来高(たか)く蓮座(れんざ)に昇(のぼ)り、降龍(ごうりゅう)・伏虎(ふっこ)の二大羅漢(にだいらかん)に指令(しれい)して雲磬(うんけい=雲の磬)を敲(たた)き響(ひび)かせ、遍(あまね)く三千諸仏(さんぜんしょぶつ)・三千掲諦(さんぜんかいたい)・八金剛(はちこんごう)・四菩薩(しぼさつ)・五百尊羅漢(ごひゃくそんらかん)・八百比丘僧(はっぴゃくびくそう)・大衆優婆塞(だいしゅうばそく)・比丘尼(びくに)・優婆夷(うばい)を請(しょう)じ、各天各洞(かくてんかくどう)、福地(ふくち)・霊山(れいざん)、大小(だいしょう)の尊者・聖僧(しょうそう)、坐(ざ)すべきは請(しょう)じて宝座(ほうざ)に登(のぼ)らしめ、立(た)つべきは両旁(りょうぼう=両側)に侍立(じりつ)す。一時間(ひととき)、天楽(てんがく)遥(はる)かに聞(きこ)え、仙音(せんのん)嘹喨(りょうりょう=高らか)にして、満空(まんくう)に祥光(しょうこう)迭迭(じょうじょう)とし、瑞気(ずいき)重重(じゅうじゅう)たり。諸仏(しょぶつ)畢(ことごと)く集(つど)い、如来に参見(さんけん)す。如来問(と)いて道(いわ)く、「阿難・迦葉、多少(いくばく)の経巻(きょうかん)を彼に伝えたるか。一一(ひとつひとつ)数(かず)を報(ほう)ずべし」と。二尊者(にそんじゃ)すなわち開報(かいほう)して道(いわ)く、 「現(いま)唐朝(とうちょう)に付(ふ)し去(や)るは『涅槃経(ねはんきょう)』四百巻(よんひゃくかん)、『菩薩経(ぼさつきょう)』三百六十巻(さんびゃくろくじゅっかん)、『虚空蔵経(こくうぞうきょう)』二十巻(にじゅっかん)、『首楞厳経(しゅりょうごんきょう)』三十巻(さんじゅっかん)、『恩意経大集(おんいきょうだいしゅう)』四十巻(よんじゅっかん)、『決定経(けつじょうきょう)』四十巻(よんじゅっかん)、『宝蔵経(ほうぞうきょう)』二十巻(にじゅっかん)、『華厳経(けごんきょう)』八十一巻(はちじゅういっかん)、『礼真如経(らいしんにょきょう)』三十巻(さんじゅっかん)、『大般若経(だいはんにゃきょう)』六百巻(ろっぴゃくかん)、『金光明品経(こんこうみょうほんきょう)』五十巻(ごじゅっかん)、『未曾有経(みぞううきょう)』五百五十巻(ごひゃくごじゅっかん)、『維摩経(ゆいまきょう)』三十巻、『三論別経(さんろんべっきょう)』四十二巻(よんじゅうにかん)、『金剛経(こんごうきょう)』一巻(いっかん)、『正法論経(しょうぼうろんきょう)』二十巻、『仏本行経(ぶつほんぎょうきょう)』百十六巻(ひゃくじゅうろっかん)、『五龍経(ごりゅうきょう)』二十巻、『菩薩戒経(ぼさつかいきょう)』六十巻(ろくじゅっかん)、『大集経(だいしゅうきょう)』三十巻、『摩竭経(まがつきょう)』百四十巻(ひゃくよんじゅっかん)、『法華経(ほけきょう)』十巻(じゅっかん)、『瑜伽経(ゆがきょう)』三十巻、『宝常経(ほうじょうきょう)』百七十巻(ひゃくななじゅっかん)、『西天論経(せいてんろんきょう)』三十巻、『僧祇経(そうぎきょう)』百十巻(ひゃくじゅっかん)、『仏国雑経(ぶっこくぞうきょう)』一千六百三十八巻(いっせんろっぴゃくさんじゅうはちかん)、『起信論経(きしんろんきょう)』五十巻(ごじゅっかん)、『大智度経(だいちどきょう)』九十巻(きゅうじゅっかん)、『宝威経(ほういきょう)』百四十巻(ひゃくよんじゅっかん)、『本閣経(ほんかくきょう)』五十六巻(ごじゅうろっかん)、『正律文経(しょうりつもんきょう)』十巻(じゅっかん)、『大孔雀経(だいくじゃくきょう)』十四巻(じゅうよんかん)、『維識論経(ゆいしきろんきょう)』十巻、『具舎論経(ぐしゃろんきょう)』十巻。在蔵(ざいぞう)の総経(そうきょう)、共(あわ)せて三十五部(さんじゅうごぶ)、各部(かくぶ)の中(うち)より五千四十八巻(ごせんよんじゅうはちかん)を検(えら)び出(いだ)し、東土(とうど)の聖僧(せいそう)に与(あた)えて唐(とう)に伝留(でんりゅう)せしむ。現(いま)倶(みな)収拾整頓(しゅうしゅうせいとん)して人馬(じんば)の馱担(だたん)の上(うえ)に在(あ)り、専(もっぱ)ら謝恩(しゃおん)を等(ま)つ」 と。 三蔵四衆(ししゅ)馬を拴(つな)ぎ、担(に)を歇(やす)め、一箇一箇(ひとりひとり)掌(て)を合(あ)わせ身(み)を躬(くぐ)め、上(かみ)に朝(むか)いて礼拜(らいはい)す。如来唐僧に対(むか)いて言(いわ)く、 「この経(きょう)の功徳(くどく)、称(はか)り量(はか)るべからず。我(わ)が門(もん)の亀鑑(きかん=手本)と為(な)るといえど、実(げ)に乃(すなわ)ち三教(さんきょう)の源流(げんりゅう)なり。もし汝(なんじ)が那(かの)南贍部洲(なんせんぶしゅう)に到り、一切(いっさい)の衆生(しゅじょう)に示(しめ)さば、軽(かる)がるしく慢(あなど)るべからず。沐浴斎戒(もくよくさいかい)に非(あら)ざれば、巻(かん)を開(ひら)くべからず。これを宝(たから)としこれを重(おも)んぜよ!けだしこの内(うち)に仙(せん)と成(な)り道(どう)を了(おわ)るの奥妙(おうみょう)有(あ)り、万化(ばんか=万の変化)を発明(はつめい)するの奇方(きほう)有るなり」 と。三蔵叩頭(こうとう)して恩(おん)を謝(しゃ)し、信受(しんじゅ)奉行(ぶぎょう)し、依然(もとのごと)く仏祖(ぶっそ)に対(むか)いて遍(あまね)く三匝(さんそう)礼(れい)し、謹(つつし)みて帰誠(きせい=帰依の誠)を承(う)け、経を領(う)けて去(さ)る。三山門(さんさんもん)に去(ゆ)き到り、一一(ひとりひとり)また衆聖(しゅせい)に謝(しゃ)するは題(だい)せず。 如来唐僧を打発(ほっぱつ=送り出す)し去(さ)らしめしに因(よ)りて、才(ようや)く伝経(でんきょう)の会(え)を散(さん)ず。旁(かたわら)また観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の閃上(ひらめきいで)て、掌(て)を合(あ)わせて仏祖(ぶっそ)に啓(けい)して道(いわ)く、 「弟子当年(とうねん)金旨(きんし)を領(う)けて東土に向(むか)い取経(しゅきょう)の人(ひと)を尋(たず)ねしに、今すでに功(こう)を成(な)せり。共計(あわせ)て一十四年(じゅうよねん)を得(う)、乃(すなわ)ち五千四十日(ごせんよんじゅうにち)なり。なお八日(ようか)を少(か)き、蔵数(ぞうすう)に合(がっ)せず。我が世尊(せそん)の早(はや)く聖僧(せいそう)に賜わりて東(ひがし)に回(かえ)り西(にし)に転(てん)じ、須(かなら)ず八日(ようか)の内(うち)に在(あ)らしめ、庶(ねがわく)は蔵数(ぞうすう)を完(まっと)うし、弟子の金旨(きんし)を繳還(きょうかん=返納)するを准(ゆる)されんことを望(のぞ)む」 と。如来大(おお)いに喜(よろこ)んで道(いわ)く、「言(い)う所(ところ)甚(はなは)だ当(とう)なれり。金旨を繳(かえ)すを准(ゆる)さん」と。すなわち八大金剛(はちだいこんごう)を叫(よ)び、吩咐(いいつけ)て道(いわ)く、 「汝等(なんじら)疾(と)く神威(しんい)を使(つか)い、聖僧を駕送(がそう)して東(ひがし)に回(かえ)らしめ、真経を把(と)りて伝留(でんりゅう)せしめ、すなわち聖僧を引(ひ)きて西(にし)に回らしめ、須(かなら)ず八日の内に在りて、以(も)って一蔵(いちぞう)の数を完(まっと)うせよ。遅違(ちい=遅れ違う)を得ること莫(な)かれ」 と。 金剛(こんごう)すなわち唐僧に趕(お)いつき、叫(よばわ)りて道(いわ)く、「経を取(と)れる者(もの)、我に跟(したが)いて来(こ)よ!」と。唐僧等(ら)倶(みな)身(み)軽(かる)く体(からだ)健(すこやか)にして、蕩蕩飄飄(とうとうひょうひょう)として、金剛(こんごう)に随(したが)い、雲(くも)に駕(が)して起(た)つ。これ才(はじ)めて是(こ)れ 性(せい)を見(み)心(こころ)を明(あき)らかにして仏祖に参(まい)り、 功(こう)完(おわ)り行(ぎょう)満(み)ちてすなわち飛昇(ひしょう)す。 と。 畢竟(つい)にいかにしてか東土に回りて怎(いか)に伝授(でんじゅ)するかを知(し)らず。且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第九十九回 九九(くく)の数(かず)完(おわ)りて魔(ま)を剗(けず)り尽(つく)し 三三(さんさん)行(ぎょう)満(み)ちて道(どう)根(ね)に帰(かえ)る 話(かたり)に表(あらわ)す、八金剛(はちこんごう)既(すで)に唐僧(とうそう)を送(おく)りて国(くに)に回(かえ)らしむるは題(だい)せず。 かの三層(さんそう)の門(もん)の下(もと)に、五方掲諦(ごほうかいたい)・四値功曹(しちこうそう)・六丁六甲(りくていりっこう)・護教伽藍(ごきょうがらん)有(あ)り。観音菩薩(かんのんぼさつ)の前(まえ)に行(ゆ)き向(むか)いて啓(けい)して道(いわ)く、 「弟子等(でしら)向(さき)に菩薩(ぼさつ)の法旨(ほうし)を蒙(こうむ)り、暗(あん)中(ちゅう)に聖僧(せいそう)を保護(ほご)せり。今日(こんにち)聖僧(せいそう)行(ぎょう)満(み)ち、菩薩(ぼさつ)仏祖(ぶっそ)の金旨(きんし)を繳(かえ)したもう。我等(われら)菩薩の法旨(ほうし)を繳(かえ)すを准(ゆる)されんことを望(のぞ)む」 と。菩薩また甚(はなは)だ喜(よろこ)んで道(いわ)く、「繳すを准(ゆる)す、繳すを准す」と。また問(と)いて道(いわ)く、「那(かの)唐僧(とうそう)の四衆(ししゅ)、一路(いちろ)の心行(しんぎょう)は如何(いかん)」と。諸神(しょしん)道(いわ)く、 「委(まこと)に心(こころ)虔(つつし)く志(こころざし)誠(まこと)なり。料(はか)るに菩薩の洞察(どうさつ)を逃(のが)るること能(あた)わざらん。但(た)だ只(た)だこれ唐僧の受(う)けしところの苦(くるしみ)、真(しん)に言(い)うべからず。彼(かれ)が一路(いちろ)に歴(へ)しきたれる災愆患難(さいけんかんなん)、弟子(でし)すでに謹(つつし)みてここに記(しる)せり。これすなわち彼(かれ)が災難(さいなん)の簿子(ぼし)なり」 と。菩薩頭(かしら)より一遍(ひとまわり)看(み)おわる。上(うえ)に著(しる)して道(いわ)く、 「掲諦(かいたい)を差(つかわ)さるるを蒙(こうむ)り、皈依(きえ)の旨(むね)を奉(ほう)ず。謹(つつし)みて唐僧の難(なん)の数(かず)を記(しる)して清(きよ)くす。 金蝉(きんせん)貶(へん)に遭(あ)う第一難(だいいちなん)。 胎(たい)を出(い)でて幾(ほとん)ど殺(ころ)さる第二難(だいになん)。 満月(まんげつ)に江(こう)に抛(なげう)たる第三難(だいさんなん)。 親(おや)を尋(たず)ねて冤(えん)を報(ほう)ず第四難(だいよんなん)。 城(しろ)を出(い)でて虎(とら)に逢(あ)う第五難(だいごなん)。 坑(あな)に落(お)ちて従者(じゅうじゃ)を折(お)る第六難(だいろくなん)。 双叉嶺(そうされい)の上(うえ)第七難(だいしちなん)。 両界山(りょうかいざん)の頭(ほとり)第八難(だいはちなん)。 陡澗(とうかん)に馬(うま)を換(か)う第九難(だいきゅうなん)。 夜(よる)火(ひ)に焼(や)かる第十難(だいじゅうなん)。 袈裟(けさ)を失(うしな)う第十一難(だいじゅういちなん)。 八戒(はっかい)を収(おさ)め降(くだ)す第十二難(だいじゅうになん)。 黄風怪(こうふうかい)阻(はば)む第十三難(だいじゅうさんなん)。 霊吉(れいきつ)を請(こ)い求(もと)む第十四難(だいじゅうよんなん)。 流沙(りゅうさ)渡(わた)り難(がた)し第十五難(だいじゅうごなん)。 沙僧(さそう)を収(おさ)め得(う)第十六難(だいじゅうろくなん)。 四聖(しせい)顕化(けんか)す第十七難(だいじゅうしちなん)。 五荘観(ごそうかん)の中(うち)第十八難(だいじゅうはちなん)。 人参(にんじん)活(い)かし難(がた)し第十九難(だいじゅうきゅうなん)。 心猿(しんえん)を貶(へん)し退(しりぞ)く第二十難(だいにじゅうなん)。 黒松林(こくしょうりん)に失散(しっさん)す第二十一難(だいにじゅういちなん)。 宝象国(ほうぞうこく)に書(ふみ)を捎(おく)る第二十二難(だいにじゅうになん)。 金鑾殿(きんらんでん)に虎(とら)と変(へん)ず第二十三難(だいにじゅうさんなん)。 平頂山(へいちょうざん)に魔(ま)に逢(あ)う第二十四難(だいにじゅうよんなん)。 蓮花洞(れんかどう)に高(たか)く懸(か)かる第二十五難(だいにじゅうごなん)。 烏鶏国(うけいこく)に主(しゅ)を救(すく)う第二十六難(だいにじゅうろくなん)。 魔に化(け)し身(み)と為(な)さる第二十七難(だいにじゅうしちなん)。 号山(ごうざん)に怪(かい)に逢う第二十八難(だいにじゅうはちなん)。 風(かぜ)聖僧を攫(さら)う第二十九難(だいにじゅうきゅうなん)。 心猿(しんえん)害(がい)に遭(あ)う第三十難(だいさんじゅうなん)。 聖(せい)を請(しょう)じて妖(よう)を降(くだ)す第三十一難(だいさんじゅういちなん)。 黒河(こくが)に沈没(ちんぼつ)す第三十二難(だいさんじゅうになん)。 車遅(しゃち)に搬運(はんうん)す第三十三難(だいさんじゅうさんなん)。 大(おお)いに賭(か)けて輸贏(ゆえい)す第三十四難(だいさんじゅうよんなん)。 道(どう)を払(はら)い僧(そう)を興(おこ)す第三十五難(だいさんじゅうごなん)。 路(みち)に大水(たいすい)に逢う第三十六難(だいさんじゅうろくなん)。 身(み)天河(てんが)に落(お)つ第三十七難(だいさんじゅうしちなん)。 魚籃(ぎょらん)身を現(あらわ)す第三十八難(だいさんじゅうはちなん)。 金山(きんざん)に怪(かい)に遇(あ)う第三十九難(だいさんじゅうきゅうなん)。 普天(ふてん)の神(かみ)伏(ふく)し難し第四十難(だいしじゅうなん)。 仏(ほとけ)に根源(こんげん)を問(と)う第四十一難(だいしじゅういちなん)。 水(みず)を食(くら)いて毒(どく)に遭う第四十二難(だいしじゅうになん)。 西梁国(せいりょうこく)に婚(こん)に留(とど)む第四十三難(だいしじゅうさんなん)。 琵琶洞(びわどう)に苦(くるしみ)を受(う)く第四十四難(だいしじゅうよんなん)。 また心猿を貶す第四十五難(だいしじゅうごなん)。 獼猴(びこう)弁(べん)じ難し第四十六難(だいしじゅうろくなん)。 路(みち)火焰山(かえんざん)に阻(はば)まる第四十七難(だいしじゅうしちなん)。 芭蕉扇(ばしょうせん)を求(もと)め取(と)る第四十八難(だいしじゅうはちなん)。 魔王(まおう)を収め縛(ばく)す第四十九難(だいしじゅうきゅうなん)。 賽城(さいじょう)に塔(とう)を掃(は)く第五十難(だいごじゅうなん)。 宝(たから)を取りて僧(そう)を救(すく)う第五十一難(だいごじゅういちなん)。 棘林(きょくりん)に吟詠(ぎんえい)す第五十二難(だいごじゅうになん)。 小雷音(しょうらいおん)に難(なん)に遇(あ)う第五十三難(だいごじゅうさんなん)。 諸天神(しょてんじん)困(こん)に遭う第五十四難(だいごじゅうよんなん)。 稀柿衕(きしどう)に穢(けが)れ阻まる第五十五難(だいごじゅうごなん)。 朱紫国(しゅしこく)に医(い)を行(おこな)う第五十六難(だいごじゅうろくなん)。 疲癃(ひろう)を拯(すく)い救う第五十七難(だいごじゅうしちなん)。 妖(よう)を降して后(きさき)を取(と)る第五十八難(だいごじゅうはちなん)。 七情(しちじょう)迷没(めいぼつ)す第五十九難(だいごじゅうきゅうなん)。 多目(ため)傷(きず)に遭う第六十難(だいろくじゅうなん)。 路獅駝(しだ)に阻まる第六十一難(だいろくじゅういちなん)。 怪三色(さんしょく)に分(わか)る第六十二難(だいろくじゅうになん)。 城(まち)の裡(うち)に災(わざわい)に遇う第六十三難(だいろくじゅうさんなん)。 仏(ほとけ)を請(しょう)じて魔を収む第六十四難(だいろくじゅうよんなん)。 比丘(びく)に子(こ)を救う第六十五難(だいろくじゅうごなん)。 真邪(しんじゃ)を弁(べん)じ認(したた)む第六十六難(だいろくじゅうろくなん)。 松林(しょうりん)に怪を救う第六十七難(だいろくじゅうしちなん)。 僧房(そうぼう)に病(やまい)に臥(ふ)す第六十八難(だいろくじゅうはちなん)。 無底洞(むていどう)に困(こん)に遭う第六十九難(だいろくじゅうきゅうなん)。 滅法国(めっぽうこく)に難じて行(ゆ)く第七十難(だいななじゅうなん)。 隠霧山(いんむざん)に魔に遇う第七十一難(だいななじゅういちなん)。 鳳仙郡(ほうせんぐん)に雨(あめ)を求む第七十二難(だいななじゅうになん)。 兵器(へいき)を失(うしな)い落(おと)す第七十三難(だいななじゅうさんなん)。 会慶(かいけい)に釘鈀(ていは)を慶(よろこ)ぶ第七十四難(だいななじゅうよんなん)。 竹節山(ちくせつざん)に難に遭う第七十五難(だいななじゅうごなん)。 玄英洞(げんえいどう)に苦を受く第七十六難(だいななじゅうろくなん)。 犀牛(さいぎゅう)を趕(お)い捉(とら)う第七十七難(だいななじゅうしちなん)。 天竺(てんじく)に婚(こん)を招(まね)く第七十八難(だいななじゅうはちなん)。 銅台府(どうだいふ)に監禁(かんきん)さる第七十九難(だいななじゅうきゅうなん)。 凌雲渡(りょううんと)に胎(たい)を脱(だっ)す第八十難(だいはちじゅうなん)。 路十万八千里(じゅうまんはっせんり)を経(へ)たり。聖僧の難を歴(へ)しし簿(ぼ)、分明(ぶんめい)なり」 と。 菩薩難簿(なんぼ)の目(もく)を将(も)ちて一遍(ひとまわり)過(よ)ぎり、急(いそ)ぎ声(こえ)を伝(つた)えて道(いわ)く、 「仏門(ぶつもん)の中(うち)九九(くく)は真(しん)に帰(かえ)る。聖僧八十難(はちじゅうなん)を受けたり。なお一難(いちなん)を少(か)き、この数を完成(かんせい)するを得(え)ず」 と。すなわち掲諦(かいたい)に令(れい)して道(いわ)く、「金剛(こんごう)に趕(お)いつき、また一難(いちなん)を生(しょう)ぜよ」と。 この掲諦令(れい)を得(え)、雲(くも)に飛(と)び一駕(いちが)して東(ひがし)へ来(きた)る。一昼夜(いっちゅうや)にして八大金剛(はちだいこんごう)に趕いつき、耳(みみ)に附(つ)けて低(ひく)く言(い)いて道(いわ)く、「如此如此(かくかく)、謹みて菩薩の法旨を遵(したが)え、違誤(いご)あるを得ること莫(な)かれ」と。 八金剛(はちこんごう)この言(げん)を聞(き)くや、刷(さっ)と風(かぜ)を将(も)ちて按(おろ)し下(おろ)し、彼が四衆(ししゅ)を、馬(うま)と経(きょう)とに連(つら)ねて、墜落(ついらく)して地(ち)に下(くだ)らしむ。噫(ああ)!正(まさ)にこれ 九九真に帰るも道行(どうぎょう)難(かた)く、篤志(とくし)を堅持(けんじ)して玄関(げんかん)に立(た)つ。 必(かなら)ず苦(くるし)みて練(ね)りてこそ邪魔(じゃま)退(しりぞ)き、定(かなら)ず修持(しゅじ)してこそ正法(しょうぼう)還(かえ)る。 経章(きょうしょう)を把(と)りて容易(ようい)と当(あ)てる莫(な)かれ、聖僧の許多般(あまた)を過(よ)ぎるは難(かた)し。 古来(こらい)妙(みょう)に参同契(さんどうけい)に合(がっ)し、毫髪(ごうはつ)差殊(さしゅ)あれば丹(たん)を結(むす)ばず。 と。 三蔵(さんぞう)凡地(ぼんち)を脚(あし)に踏(ふ)みしに、自(おのずか)ら心(こころ)の驚(おどろ)くを覚(おぼ)ゆ。八戒(はっかい)呵呵(かか)と大笑(たいしょう)して道(いわ)く、「好(よ)し!好し!好し!これ正(まさ)にこれ速(はや)からんと要(もと)めて却(かえ)って遅(おそ)きを得(う)るなり」と。沙僧(さそう)道(いわ)く、「好し!好し!好し!これ我らが行(あゆ)むこと些(いささ)か速(はや)かりしに因(よ)り、我らをしてここに在りて歇(やす)ましむるなり」と。大聖(たいせい)道(いわ)く、「俗語(ぞくご)に云(いわ)く、『十日(とおか)灘頭(たんとう)に坐(ざ)し、一日(いちじつ)に九灘(きゅうたん)を行(ゆ)く』と」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く、「汝(なんじ)ら三人(みたり)且(しばら)く嘴(くち)を闘(たたか)わすを休(や)め、方向(ほうこう)を認(したた)め、これが甚(なん)の地方(ちほう)なるを看(み)よ」と。 沙僧(さそう)頭(こうべ)を転(てん)じて四望(しぼう=見回す)して道(いわ)く、「是(こ)れここなり!是れここなり!師父(しふ)、汝(なんじ)水(みず)の響(ひび)くを聴(き)け」と。行者道(いわ)く、「水(みず)の響(ひび)くは、想(おも)うに汝が祖家(そこ=故郷)ならん」と。八戒道(いわ)く、「彼(かれ)が祖家(そこ)は乃(すなわ)ち流沙河(るさが)なり」と。沙僧道(いわ)く、「非(ひ)なり、非なり。これ通天河(つうてんが)なり」と。三蔵道(いわ)く、「徒弟(でし)や、仔細(つまびらか)にかの岸(きし)を看(み)よ」と。 行者(ぎょうじゃ)身(み)を縦(はな)ちて跳(と)び起(お)き、手(て)を用(もち)いて涼篷(りょうほう=日除け)を搭(か)し、仔細(つまびらか)に看(み)て、下(お)り来(きた)りて道(いわ)く、 「師父(しふ)、これ通天河(つうてんが)の西岸(せいがん)なり」 と。三蔵道(いわ)く、 「我(われ)記(おぼ)え起(お)こせり。東岸(とうがん)の辺(ほとり)に元(もと)一箇(ひとつ)の陳家荘(ちんかそう)有(あ)りき。かの年(とし)ここに到(いた)りしに、汝が彼(かれ)が児女(じじょ=子ども)を救(すく)いしに虧(よ)り、深(ふか)く我らを感(かん)じて、船(ふね)を造(つく)りて相送(おく)らんと要(もと)めしに、幸(さいわ)いに白黿(はくげん)の伏(ふ)し渡(わた)すところと為(な)れり。我(われ)記(おぼ)うるに西岸(せいがん)の上(うえ)は四(あた)りに人烟(じんえん)無(な)かりき。この番(たび)は如何(いかん)せん」 と。八戒道(いわ)く、 「只(た)だ凡人(ぼんじん)の常(つね)に作弊(さくへい)すると説(い)えりしに、元来(もと)この仏(ほとけ)の面前(めんぜん)の金剛(こんごう)までもまた作弊(さくへい)するを説(い)わんとは。彼仏旨(ぶっし)を奉(ほう)じて、我らを送(おく)りて東(ひがし)に回(かえ)らしむべきに、怎(いか)してこの半路(なかみち)に到(いた)りてすなわち我らを捨(す)て下(おろ)すや。如今(いま)豈(あ)に進退両難(しんたいりょうなん)ならずや!怎(いか)でか過(よ)ぎ去(さ)らん!」 と。沙僧道(いわ)く、 「二哥(にい)抱怨(ほうえん=恨み言)するを休(や)めよ。我が師父はすでに道(どう)を得(え)たもう。前(さき)に凌雲渡(りょううんと)に在りてすでに凡胎(ぼんたい)を脱(だっ)したれば、今番(こんたび)は断(だん)じて水に落(お)ちたまわず。師兄(しい)に汝と我とに皆(みな)摂法(せっぽう=運ぶ術)を作(な)し起(おこ)さしめ、師父を把(と)りて駕(が)し過(よ)ぎ去(さ)らしめよ」 と。行者(ぎょうじゃ)頻頻(ひんぴん)として暗(ひそ)かに笑(わら)いて道(いわ)く、「駕(が)し去(ゆ)かず!駕し去かず!」と。汝看(み)よ、彼怎(いか)してすなわち「駕し去かず」と説うや。もし肯(あえ)て神通(じんつう)を使(つか)い出(いだ)し、飛昇(ひしょう)の奥妙(おうみょう)を説(と)き破(やぶ)らば、師徒(してい)ら一千箇(いっせん)の河(かわ)にてもすなわち過ぎ去らん。只(た)だ心(こころ)の裡(うち)に明白(めいはく)なるに因(よ)るのみ、唐僧(とうそう)の九九(くく)の数(かず)いまだ完(まっと)うせず、なお一難(いちなん)の有(あ)るべきを該(あた)ると知(し)ればなり。故(ゆえ)にここに羈留(けいりゅう)せらる。 師徒(してい)ら口(くち)の裡(うち)に紛紛(ふんぷん)と講(い)い、足下(あしもと)に徐徐(おもむろ)に行(ゆ)き、直(ただち)に水辺(すいへん)に至(いた)る。忽然(たちまち)人(ひと)の叫(よばわ)るを聴(き)く、「唐聖僧(とうせいそう)、唐聖僧!この辺(へん)に来(こ)よ、この辺に来よ!」と。四衆(ししゅ)皆(みな)驚(おどろ)く。頭(こうべ)を挙(あ)げて観看(みわた)せば、四(あた)りに人迹(じんせき)無(な)く、また舟船(しゅうせん)も無きに、却(かえ)ってこれ一箇(ひとつ)の大(おお)いなる白頼頭黿(はくらいとうげん)の、岸(きし)の辺(ほとり)に在りて頭を探(のぞ)かせ出(いだ)して叫(よばわ)りて道(いわ)く、「老師父(ろうしふ)、我汝をこの幾年(いくとせ)等(ま)ちたりしに、却って才(ようや)く回(かえ)り来(きた)れるか」と。行者笑って道(いわ)く、「老黿(ろうげん)、向年(むかし)汝を累(わずらわ)せしに、今歳(ことし)また相逢(あいまみ)えるを得(え)たり」と。三蔵と八戒(はっかい)・沙僧都(みな)喜(よろこ)ぶこと尽(つ)きず。行者道(いわ)く、「老黿(ろうげん)、汝果(は)たして接待(せったい)の心有らば、岸に上(のぼ)り来(こ)よ」と。 かの黿(げん)すなわち身(み)を縦(はな)ちて河(かわ)を爬(はい)上(のぼ)り来る。行者馬(うま)を把(と)りて彼が身の上(うえ)に牽(ひ)き上(あ)げしめ、八戒なお馬(うま)の尾(お)の後(うしろ)に蹲(うずくま)り、唐僧(とうそう)馬の頸(くび)の左(ひだり)に立(た)ち、沙僧右(みぎ)に立(た)ち、行者一脚(いっきゃく)は老黿の項(うなじ)を踏(ふ)み、一脚(いっきゃく)は老黿の頭を踏みて叫(よばわ)りて道(いわ)く、 「老黿、好(よ)く生(つまびらか)に穩(やす)らかに行(あゆ)めよ」 と。かの老黿四足(しそく)を蹬(ふ)み開(あ)け、水面(すいめん)を踏むこと平地(へいち)を行くが如(ごと)く、彼が師徒四衆(ししゅ)を、馬を連(つら)ねて五口(いつこう=五つ)を、身の上に載(の)せ、径(ただち)に東岸(とうがん)に回りて来る。誠(まこと)にいわゆる 不二門(ふにもん)の中(うち)法(ほう)奥玄(おうげん)、諸魔(しょま)戦(おのの)き退(しりぞ)きて人天(にんでん)を識(し)る。 本来(ほんらい)の面目(めんもく)今(いま)方(はじ)めて見(み)え、一体(いったい)の原因(げんいん)始(はじ)めて全(まっと)うするを得(う)。 三乗(さんじょう)を秉(と)り証(あか)して出入(しゅつにゅう)に随(したが)い、丹(たん)九転(きゅうてん)して周旋(しゅうせん)に任(まか)す。 包(つつみ)を担(にな)い杖(つえ)を飛(と)ばすは通(つう)にして講(い)うを休め、幸(さいわ)いに元(げん)に還(かえ)りて老黿に遇(あ)う。 と。 老黿彼らを載(の)せて、波(なみ)を躧(ふ)み浪(なみ)を踏み、行くこと多半日(たはんじつ)を経(へ)、将(まさ)に天(てん)の晩(くら)れんとするに次(およ)び、好く東岸に近(ちか)づきしに、忽然(たちまち)問(と)いて曰(いわ)く、 「老師父(ろうしふ)、我向年(むかし)曾(かつ)て汝に央(たの)みて西方(せいほう)に到りて我(わ)が仏如来(にょらい)に見(まみ)え、我が為(ため)に帰着(きちゃく=落着)の事(こと)を問(と)い、なお幾許(いくばく)の年寿(ねんじゅ)の有るかを問わしめたりき。果(は)たして曾(かつ)て問いたもうや否(いな)や」 と。元来(もと)かの長老(ちょうろう)、西天(せいてん)の玉真観(ぎょくしんかん)に到りて沐浴(もくよく)し、凌雲渡(りょううんと)に胎(たい)を脱(だっ)し、霊山(れいざん)に步(あゆみ)上り、専(もっぱ)ら仏(ほとけ)を拝(おが)み、諸仏(しょぶつ)・菩薩(ぼさつ)・聖僧(しょうそう)等(ら)の衆(しゅう)に参(まい)るに心を専(もっぱ)らにし、意念(いねん=思い)只(た)だ経(きょう)を取(と)るに在(あ)りて、他事(たじ)は一毫(いちごう)も理(ことわ)らず。ここを以(も)って曾て老黿の年寿(ねんじゅ)を問い得ず、言(げん)の答(こた)うる可(べ)き無く、却ってまた敢(あえ)て欺(あざむ)き、誑語(おうご=嘘)を打(う)つこと能(あた)わず、半晌(はんしょう=しばらく)沈吟(ちんぎん=思い沈む)して、曾て答(こた)え応(おう)ぜざりき。 老黿すなわち曾て替(かわ)りて問わざりしを知(し)り、彼すなわち身を将(も)ちて一(ひと)と幌(ひるがえ)し、唿喇(こつらつ=ざんぶ)と水の裡に淬(つ)かり下(くだ)り去り、彼が四衆を馬と経(きょう)とに連(つら)ねて、通(ことごと)く皆水に落(お)とし入(い)れたり。咦(ああ)!還(かえ)って喜(よろこ)ぶべし、唐僧胎(たい)を脱し、道(どう)を成(な)したれば、もし前番(ぜんぱん=前の度)の似(ごと)くならば、すでに底(そこ)に沈(しず)めり。また幸いに白馬(はくば)は是(こ)れ龍(りゅう)なり、八戒・沙僧は水を善(よ)くし、行者笑巍巍(しょうぎぎ=にこにこ)として大神通(だいじんつう)を顕(あらわ)し、唐僧を把(と)りて水より扶(たす)け出し駕して、かの東岸に登(のぼ)らしむ。ただ経包(きょうほう)・衣服(いふく)・鞍轡(あんび=鞍と轡)倶(みな)濡(ぬ)れたり。 師徒方(はじ)めて岸に登(のぼ)りて整理(せいり)しおるに、忽(たちま)ちまた一陣(ひとむれ)の狂風(きょうふう)、天色(てんしょく)昏暗(こんあん)として、雷烟(らいてん=雷と電)倶(とも)に作(おこ)り、石(いし)を走(はし)らせ沙(すな)を飛(と)ばす。但(た)だ見(み)よ、かの 一陣(ひとむれ)の風(かぜ)、乾坤(けんこん=天地)を播蕩(はとう=揺り動か)し、 一声(ひとこえ)の雷(かみなり)、山川(さんせん)を振動(しんどう)さす。 一箇の閃(いなずま)、雲(くも)を鑽(うが)ちて火(ひ)を飛ばし、 一天(いってん)の霧(きり)、大地(だいち)を遮漫(しゃまん=覆い)う。 風気(ふうき)呼号(こごう=吠えたけ)び、雷声(らいせい)激烈(げきれつ)たり。 閃(いなずま)は紅綃(こうしょう=赤き絹)を掣(ひ)き、霧(きり)は星月(せいげつ)を迷(まよ)わす。 風(かぜ)の鼓(ふ)き起(おこ)すところの塵沙(じんさ=砂埃)面(おもて)を撲(う)ち、 雷(かみなり)に驚きし虎豹(こひょう)形(かたち)を蔵(かく)し、 閃に幌(ひるがえ)りし飛禽(ひきん=飛ぶ鳥)叫(な)き噪(さわ)ぎ、 霧に漫(み)てられたる樹木(じゅもく)踪(あと)無し。 かの風の掻(か)き回(まわ)しつるは通天河の波浪(はろう)をして翻騰(ほんとう=逆巻き)せしめ、 かの雷の振(ふる)いしは通天河の魚龍(ぎょりゅう)をして胆(きも)を喪(うしな)わしめ、 かの閃の照(てら)ししは通天河をして徹底(てってい)に光明(こうみょう)ならしめ、 かの霧の盖(おお)いしは通天河の岸崖(がんがい)をして昏惨(こんさん)からしめたり。 好き風かな!山(やま)を頽(くず)し石(いし)を烈(さ)きて松篁(しょうこう=松と竹)倒(たお)る。 好き雷かな!蟄(ちっ)を驚かし人(ひと)を傷(そこな)いて威勢(いせい)豪(すぐ)れたり。 好き閃かな!天(てん)に流(なが)れ野(の)を照(てら)して金蛇(きんじゃ=金の蛇)走(はし)る。 好き霧かな!混混(こんこん)として空(くう)に漫(み)ちて九霄(きゅうしょう=大空)を蔽(おお)う。 と。唬(おどろ)かされたるかな三蔵経包(きょうほう)を按(おさ)え住(とど)め、沙僧経担(きょうたん)を圧(おさ)え住(とど)め、八戒白馬(はくば)を牽(ひ)き住め、行者却って両手(りょうて)に鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし起し、左右(そうゆう)に護持(ごじ)す。 元来(もと)かの風(かぜ)・霧(きり)・雷(かみなり)・閃(いなずま)は、乃(すなわ)ち些(いささ)かの陰魔(いんま=陰の魔)の号(さけび)を作(な)し、取(と)り得(え)しところの経(きょう)を奪(うば)わんと欲(ほっ)するなり。労攘(ろうじょう=騒ぎ)すること一夜(いちや)、直(ただち)に天明(てんめい)に到(いた)りて、却(かえ)って才(ようや)く止息(しそく=止み息む)。長老(ちょうろう)一身(いっしん)に水衣(すいい=濡れ衣)を着(き)け、戦兢兢(おののき)として道(いわ)く、「悟空(ごくう)、これ怎(いか)なる起(おこ)りぞ」と。行者(ぎょうじゃ)気(き)を呼呼(ここ)と吐(は)きて道(いわ)く、 「師父(しふ)、汝(なんじ)就裏(うちのわけ)を知(し)らず。我等(われら)汝(なんじ)を保護(ほご)してこの経(きょう)を取り獲(え)しは、乃(すなわ)ち天地造化(てんちぞうか)の功(こう)を奪(うば)うなり。以(も)って乾坤(けんこん)と並(なら)び久(ひさ)しく、日月(じつげつ)と同(とも)に明(あき)らかにして、寿(いのち)に長春(ちょうしゅん)を享(う)け、法身(ほっしん)朽(く)ちざるべし。ここを以(も)って天地(てんち)の容(い)れず、鬼神(きしん)の忌(い)むところと為(な)り、来(きた)りて暗(ひそ)かにこれを奪わんと欲(ほっ)するのみ。一(ひとつ)にはこの経は水(みず)に湿(ぬ)れ透(とお)りたればなり。二(ふたつ)には汝が正法身(しょうほっしん)の圧(おさ)え住(とど)むるに因(よ)り、雷(かみなり)轟(とどろ)くこと能(あた)わず、電(いなずま)照(てら)すこと能(あた)わず、霧(きり)迷(まよ)わすこと能わず。またこれ老孫(ろうそん)の鉄棒(てつぼう)を輪(めぐ)らし、純陽(じゅんよう)の性(しょう)を使(つか)いて護持(ごじ)し住(とど)めたるに、天明(てんめい)に及(およ)びて陽気(ようき)また盛(さか)んなれば、ここを以って奪い去(さ)ること能わざるなり」 と。三蔵(さんぞう)・八戒(はっかい)・沙僧(さそう)方(はじ)めて才(ようや)く省悟(せいご=さとり)、各(おのおの)謝(しゃ)すること尽(つ)きず。 少頃(しばらく)にして太陽(たいよう)高(たか)く照(て)らせば、却(かえ)って経を高崖(こうがい=高き崖)の上(うえ)に移(うつ)し、包(つつみ)を開(ひら)いて晒晾(さいりょう=干す)。今(いま)に至(いた)るまでかの処(ところ)の晒経(さいきょう)の石(いし)なお存(そん)す。彼らまた衣鞋(いぐつ=衣と靴)を都(みな)崖(がけ)の旁(かたわら)に晒(ほ)し、立(た)つは立ち、坐(ざ)するは坐し、躍(おど)るは跳る。真(まこと)にこれ 一体(いったい)純陽(じゅんよう)にして陽(ひ)に向(むか)うを喜(よろこ)び、陰魔(いんま)敢(あえ)て強梁(きょうりょう=乱暴)を逞(たくま)しうせず。 須(かなら)ず知(し)れ水(みず)の勝(まさ)りて真経(しんきょう)の伏(ふく)するを、風(かぜ)・雷・閃(いなずま)・霧の光(ひかり)を怕(おそ)れず。 これ自(これ)より清平(せいへい)にして正覚(しょうがく)に帰(かえ)り、今(いま)従(よ)り安泰(あんたい)にして仙郷(せんきょう)に到(いた)る。 晒経石(さいきょうせき)の上(うえ)に踪迹(しょうせき=跡)を留(とど)め、千古(せんこ)に魔(ま)のこの方(ほう)に到る無(な)し。 と。 彼(かれ)が四衆(ししゅ)経本(きょうほん)を検看(けんかん)し、一一(ひとつひとつ)晒(ほ)しおるに、早(はや)くも幾箇(いくたり)かの打魚人(だぎょにん=漁師)の、河辺(かへん)を過(よ)ぎり来(きた)り、頭(こうべ)を挙(あ)げて見(み)るあり。内(うち)に認(したた)むる者(もの)有(あ)りて道(いわ)く、「老師父(ろうしふ)は是(こ)れ先年(せんねん)この河(かわ)を過(よ)ぎりて西天(せいてん)に経を取りに往(ゆ)きたもうしなならずや」と。八戒道(いわ)く、「正(まさ)に是(こ)れ、正に是れ。汝らは那(いずこ)の人(ひと)ぞ、怎(いか)してか我らを認(したた)むる」と。漁人(ぎょじん)道(いわ)く、「我らは是(こ)れ陳家荘(ちんかそう)の上(かみ)の者(もの)なり」と。八戒道(いわ)く、「陳家荘(ちんかそう)此(ここ)を離(はな)るること多少(いかほど)の遠(とお)さか有(あ)る」と。漁人(ぎょじん)道(いわ)く、「この沖(みなと)を過ぎて南(みなみ)に二十里(にじゅうり)有れば、すなわちこれなり」と。八戒道く、 「師父(しふ)、我ら経を把(と)りて陳家荘の上(かみ)に搬(はこ)び往(ゆ)きて晒さん。彼(かれ)が那(かの)処(ところ)に住坐(じゅうざ=住まい)有り、また食(く)うを得(う)る有れば、彼が家(いえ)をして我らの為(ため)に衣服(いふく)を漿(のりつ)けしめんに、却って好(よ)からずや」 と。三蔵道(いわ)く、「往くを罷(や)めよ。ここに在りて晒し乾(ほ)さば、すなわち収拾(しゅうしゅう)して路(みち)を找(たず)ねて回(かえ)らん」と。 かの幾箇(いくたり)かの漁人南(みなみ)の沖(みなと)を過ぎり行(ゆ)くに、恰(あたか)も陳澄(ちんとう)に遇(あ)い、叫(よばわ)りて道(いわ)く、「二老官(にろうかん)、先年(せんねん)汝が家(いえ)に在りて児子(じし=子ども)に替(かわ)りて祭(まつ)られし老師父(ろうしふ)の回(かえ)り来れるぞ」と。陳澄(ちんとう)道(いわ)く、「汝那(いずこ)に在りてか見(み)し」と。漁人回りて指(ゆびさ)して道(いわ)く、「都(みな)かの石(いし)の上に在りて経を晒したもう」と。陳澄随(したが)いて幾箇かの佃戸(でんこ=小作人)を帯(たい)し、沖を過ぎり来りて望(のぞ)み見、跑(はし)り近(ちか)づき前(まえ)に跪(ひざまず)きて道(いわ)く、 「老爺(ろうや=旦那)経を取りて回り、功(こう)成(な)り行(ぎょう)満(み)ちたもうに、怎(いか)してか舎下(しゃか=お宅)に到らず、却ってここに在りて盤弄(ばんろう)したもうや。疾(と)く請(しょう)ず、疾く請じて舎(いえ)に到れ」 と。行者道(いわ)く、「経の晒し乾(ほ)さるるを等(ま)ちて、汝と去(ゆ)かん」と。陳澄また問(と)いて道(いわ)く、「老爺(ろうや)の経典(きょうてん)・衣物(いぶつ)は、如何(いか)してか濡(ぬ)れたる」と。三蔵道(いわ)く、 「昔年(むかし)白黿(はくげん)の西(にし)へ載(の)せ渡(わた)してくれしに虧(よ)り、今年(ことし)また彼が東(ひがし)へ馱せ渡してくれるを蒙(こうむ)れり。すでに岸(きし)に近(ちか)づきしに、彼に昔年(むかし)仏祖(ぶっそ)の寿年(じゅねん)を問(と)わんことを托(たく)せられし事(こと)を問われしに、我(われ)本(もと)曾(かつ)て問い得(え)ざりしを以って、彼遂(つい)に水の内(うち)に淬(つか)りたり。ここを以って濡(ぬ)れたるなり」 と。また前後(ぜんご)の事(こと)を将(も)ちて細(こま)かに一遍(ひとまわり)説(と)き聞(き)かす。 かの陳澄拝請(はいせい=請い拝む)すること甚(はなは)だ懇(ねんごろ)なれば、三蔵(さんぞう)已(や)むを得ず、遂(つい)に経巻(きょうかん)を収拾(しゅうしゅう)す。期(おも)わずや石の上に仏本行経(ぶつほんぎょうきょう)の幾巻(いくまき)かを把(と)りて沾(ねば)り住め、遂に経の尾(お)を沾(ねば)り破(やぶ)らしめたり。ここを以って今に至(いた)るまで本行経(ほんぎょうきょう)の全(まった)からざるは、晒経石(さいきょうせき)の上になお字迹(じせき)の有るが故(ゆえ)なり。 三蔵懊悔(おうかい=悔い嘆)いて道(いわ)く、「これ我らが怠慢(たいまん)にして、曾(かつ)て看顧(かんこ)し得ざりしなり!」と。行者笑って道(いわ)く、 「ここに在(あ)らず!ここに在らず!けだし天地(てんち)は全(まった)からず。この経は元(もと)これ全全(まったく)なりしが、今沾り破(やぶ)られたるは、乃(すなわ)ち不全(ふぜん)の奥妙(おうみょう)に応(おう)ずるなり。豈(あ)に人力(じんりき)の与(あずか)り能うところならんや!」 と。師徒(してい)ら果(は)たして収拾し畢(おわ)り、陳澄と同(とも)に荘(むら)に赴(おもむ)く。 かの荘(むら)の上の人家(じんか)、一箇(ひとり)は十(とお)に伝(つた)え、十箇(とお)は百(ひゃく)に伝え、百箇(ひゃく)は千(せん)に伝え、若(も)しは老(お)い若(も)しは幼(おさな)きも、都来りて接(むか)え看(み)る。陳清(ちんせい)聞(き)き説(い)うや、すなわち香案(こうあん=香の台)を門前(もんぜん)に擺(もう)けて迎迓(げいが=迎える)し、また鼓楽(こがく)を命(めい)じて吹(ふ)き打(う)たしむ。少頃(しばらく)にして到れば迎(むか)え入(い)れ、陳清(ちんせい)合家(がっか=一家)の人眷(じんけん=家族)を領(ひき)いて倶(みな)出(い)で来りて拝見(はいけん)し、昔日(むかし)女児(じょじ=娘)を救(すく)いし恩(おん)を拝謝(はいしゃ)し、随(したが)いて茶(ちゃ)を看(だ)し斎(とき)を擺(もう)けしむ。三蔵自(おのずか)ら仏祖(ぶっそ)の仙品(せんぴん)・仙肴(せんこう)を受(う)け、また凡胎(ぼんたい)を脱(だっ)して仏(ほとけ)と成(な)りたれば、全く凡間(ぼんかん)の食(しょく)を思(おも)わず。二老(にろう)苦(くる)しみ勧(すす)むるに、奈(いか)んともすべくなく、略(いささ)か彼が意(こころ)を見るのみ。孫大聖(そんたいせい)自(もと)より煙火食(えんかしょく)を食(くら)わざるが、また道(いわ)く、「彀(た)れり」と。沙僧(さそう)もまた甚(はなは)だ食(くら)わず、八戒(はっかい)もまた前番(ぜんぱん)の似(ごと)くならずして、すなわち碗(わん)を放下(おろ)す。行者道(いわ)く、「呆子(あほう)もまた食わざるか」と。八戒道く、「怎(いか)なるか、脾胃(ひい=胃腸)一時(ひととき)にしてすなわち弱(よわ)れり」と。 遂にこの斎筵(さいえん=斎の宴)を収(おさ)めしが、また取経(しゅきょう)の事を問う。三蔵また先(ま)ず玉真観(ぎょくしんかん)に至りて沐浴(もくよく)し、凌雲渡(りょううんと)に胎(たい)を脱(だっ)し、雷音寺(らいおんじ)に到りて如来(にょらい)に参(まい)り、珍楼(ちんろう)に賜宴(しえん)を蒙(こうむ)り、宝閣(ほうかく)に経を伝(つた)えられ、始(はじ)め二尊者(にそんじゃ)に人事(じんじ)を索(もと)められて遂(と)げず、故(ゆえ)に無字(むじ)の経を伝えられ、後(のち)また如来(にょらい)に拝(おが)み告(うった)えて、始(はじ)めて一蔵(いちぞう)の数(かず)を授(さず)けられしこと、並(なら)びに白黿(はくげん)の水に淬(つか)り、陰魔(いんま)の暗(ひそ)かに奪いし事を、細細(こまごま)と一遍(ひとまわり)陳(の)べ尽(つ)くし、すなわち拝別(はいべつ)せんと欲す。 かの二老(にろう)が挙家(きょか=一家)、怎(いか)でか肯(がえん)じて放(はな)たん。且(しばら)く道(いわ)く、 「向(さき)に児女(じじょ)を救拔(きゅうばつ)せられしを蒙り、深恩(しんおん)いまだ報(ほう)ずる莫(な)し。すでに一座(ひとつ)の院宇(いんう=寺院)を創建(そうけん)し、名(な)づけて救生寺(きゅうせいじ)と曰(い)い、専(もっぱ)ら香火(こうか=香と灯)を侍奉(じほう)して絶(た)ゆること無(な)からしむ」 と。また原(もと)祭(まつり)に替(かわ)りし児女(じじょ)なる陳関保(ちんかんぽう)・一秤金(いっしょうきん)を喚(よ)び出(いだ)して叩謝(こうしゃ)せしめ、復(ま)た請(しょう)じて寺(てら)に至りて観看(みわた)せしむ。三蔵却ってまた経包児(きょうほうじ)を彼が家の堂前(どうぜん)に収(おさ)め、彼が為(ため)に『宝常経(ほうじょうきょう)』一巻(いっかん)を念(ねん)じて与(あた)う。後(のち)寺(てら)の中(うち)に至れば、只(た)だ見る、陳家(ちんか)また饌(せん=供物)をここに設(もう)くるを。いまだ坐(ざ)せざるに、また一(ひと)の起(おこ)り有りて請じ、いまだ箸(はし)を挙(あ)げざるに、また一(ひと)の起り有りて請じ、絡繹(らくえき)として絶(た)えず、争(あらそ)いて手(て)に上(のぼ)らず。三蔵倶(みな)敢(あえ)て辞(じ)せず、略略(ほぼ)意(こころ)を見るのみ。 只(た)だ見る、かの一座(ひとつ)の寺果(は)たして蓋(おお)い得て斉整(せいせい=整い)なり。 山門(さんもん)紅粉(こうふん=紅の塗料)膩(あぶら)けきは、多く施主(せしゅ)の功に頼(よ)る。 一座の楼台(ろうだい)ここ従(よ)り立(た)ち、両廊(りょうろう)の房宇(ぼうう)今従り興(おこ)る。 朱紅(しゅこう)の隔扇(かくせん=襖)、七宝(しっぽう)玲瓏(れいろう)たり。 香気(こうき)雲漢(うんかん=天の川)に飄(ひるがえ)り、清光(せいこう)太空(たいくう)に満(み)つ。 幾株(いくしゅ)かの嫩柏(どんはく=若き柏)なお水を澆(そそ)がれ、数幹(すうかん)の喬松(きょうしょう)いまだ叢(むらがり)を結(むす)ばず。 活水(かっすい)前(まえ)に迎(むか)い、通天(つうてん)迭迭(じょうじょう)として波浪(はろう)を翻(ひるがえ)し、 高崖(こうがい)後(うしろ)に倚(よ)り、山脈(さんみゃく)重重(じゅうじゅう)として地龍(ちりゅう)に接(せっ)す。 と。三蔵看(み)畢(おわ)り、才(ようや)く高楼(こうろう)に上(のぼ)れば、楼(ろう)の上果たして彼が四衆(ししゅ)の象(すがた)を装塑(そうそ)したり。八戒これを見、行者(ぎょうじゃ)を扯(ひ)いて道(いわ)く、「兄長(けいちょう=兄貴)の相児(すがた)は甚(はなは)だ象(に)たり」と。沙僧道(いわ)く、「二哥(にい)、汝のまた象(に)ること緊(した)し。ただ師父のまた忒(はなはだ)俊(うるわ)しきのみ」と。三蔵道く、「却って好(よ)し!却って好し!」と。遂に楼(ろう)を下(お)り来れば、下(しも)の前殿(ぜんでん)・後廊(こうろう)になお斎(とき)を擺けて候(ま)ち請ずる有り。 行者却って問いて道(いわ)く、「向日(むかし)の大王廟児(だいおうびょうじ)は如何(いかん)なれり」と。衆老(しゅうろう)道(いわ)く、「那(かの)廟(びょう)当年(とうねん)拆(こわ)されたり。老爺(ろうや)、この寺自(みずか)ら建立(こんりゅう)せられし後、年年(ねんねん)成熟(せいじゅく)し、歳歳(さいさい)豊登(ほうとう=豊作)にして、却ってこれ老爺の福庇(ふくひ=福の蔭)なり」と。行者笑って道(いわ)く、 「これ天(てん)の賜(たまもの)なるのみ、我らと何(なん)の与(かかわり)かあらん!ただただ我らが今従り去(さ)りし後、この一荘(ひとむら)の上の人家(じんか)を保(ほ)して、子孫(しそん)繁衍(はんえん)、六畜(りくちく)安生(あんせい)ならしめ、年年(ねんねん)風調(ととの)い雨(あめ)順(したが)い、歳歳(さいさい)雨(あめ)順(したが)い風調(ととの)わん」 と。衆等(しゅら)却って叩頭(こうとう)し拝謝(はいしゃ)す。只(た)だ見る、かの前前後後(ぜんぜんごご)に、更(さら)に果(くだもの)を献(けん)じ斎を献(けん)ずるの、限(かぎ)り無き人家有るを。八戒笑って道(いわ)く、 「我が蹭蹬(そうとう=不運)なるかな!かの時節(おり)食い得(う)べかりしに、却って人家の十請(じっせい)を連(つら)ねて請ずる無かりき。今日(こんにち)食うを得ざるに、却って一家(いっか)いまだ了(おわ)らざるに、また一家(いっか)なるなり」 と。彼が気(き)の満つるを饒(ゆる)すも、略(いささ)か手(て)を動(うご)かせばまた八、九盤(はちきゅうばん)の素食(そしょく)を食い過(す)ぎ、縦(たと)い胃(い)を傷(そこな)うもまた二、三十箇(にさんじゅっこ)の饅頭(まんじゅう)を食い、すでに皆(みな)尽(ことごと)く飽(あ)きたるに、また人(ひと)の来りて相邀(さそ)う有れば、三蔵道く、「弟子(でし)何(なん)の能(のう)かあらん、至愛(しあい)を感(かん)じ蒙る!今夕(こんゆう)暫(しばら)く停(とど)まり、明早(みょうそう=明朝)また領(う)けんことを望(のぞ)む」と。 時(とき)すでに深夜(しんや)なり。三蔵真経(しんきょう)を守(まも)り定(さだ)め、暫(しばら)くも離(はな)るるを敢てせず、すなわち楼の下(もと)に于(おい)て打坐(たざ=坐禅)して看守(かんしゅ)す。 三更(さんこう)に将(なんな)んとするに及(およ)び、三蔵悄悄(しのびやか)に叫(よ)んで道(いわ)く、 「悟空(ごくう)、ここの人家は、我らが道(どう)成り事完(おわ)りしを識(し)れり。古(いにしえ)より道(い)う、『真人(しんじん)は相(すがた)を露(あらわ)さず、相(すがた)を露(あらわ)さば真人(しんじん)に非(あら)ず』と。久(ひさ)しく淹(とど)まりて大事(だいじ)を失(うしな)わんことを恐(おそ)る」 と。行者道く、「師父の説(い)えるところ理(ことわり)有り。我らこの深夜(しんや)に趁(じゅん)じ、人皆(みな)熟睡(じゅくすい)するに、寂寂(じゃくじゃく=静か)として去らん」と。八戒却ってまた覚(さと)り知り、沙僧尽(ことごと)く自(おのずか)ら分明(ぶんめい)に、白馬(はくば)もまた意(い)を会(かい)す能う。遂にここに身(み)を起し、軽軽(かるがる)と馱垜(だだ=荷鞍)を挙げ上(あ)げ、担(に)を担(にな)い、廡廊(ぶろう)従り載(の)せ出(いだ)す。山門(さんもん)に到れば、只(た)だ見る、門(もん)の上に鎖(じょう)有るを。行者また一箇(ひとつ)の解鎖法(かいさほう)を使(つか)い、二門(にもん)・大門(だいもん)を開(あ)け、路(みち)を找(たず)ねて東(ひがし)を望みて去る。 只(た)だ聴(き)く、半空(なかぞら)の中(うち)に八大金剛(はちだいこんごう)の叫(よばわ)る有り、「逃(に)げ行(ゆ)く者、我に従(したが)いて来(こ)よ!」と。かの長老(ちょうろう)香風(こうふう)の蕩蕩(とうとう)たるを聞くや、空(くう)の中に起(た)つ。これ正(まさ)に 丹(たん)成りて本来(ほんらい)の面(おもて)を識(し)り、体(からだ)健(すこやか)にして如如(にょにょ)として主人(しゅじん)を拝(おが)む。 と。 畢竟(つい)に怎(いか)にしてか那(かの)唐王(とうおう)に見(まみ)えるを知らず。且(しばら)く下回(かかい)の分解(ぶんかい)を聴(き)け。 第百回 径(ただ)ちに東土(とうど)に回(かえ)り 五聖(ごせい)真(しん)を成(な)す 且(しばら)く彼(かれ)が四衆(ししゅ)の身(み)を脱(ぬ)け、金剛(こんごう)に随(したが)いて風(かぜ)に駕(が)して起(た)つを言(い)わず。さて陳家荘(ちんかそう)の救生寺(きゅうせいじ)の内(うち)の多(おお)くの人(ひと)を説(い)わん。天(てん)暁(あ)けて起(お)き来(きた)り、なお果肴(かこう)を治(ととの)えて献(けん)ぜんとし、楼(ろう)の下(もと)に至(いた)るに、唐僧(とうそう)の見(み)えざるを覚(おぼ)ゆ。この者(もの)もまた来(きた)りて問(と)い、かの者(もの)もまた来りて尋(たず)ね、倶(みな)慌慌張張(こうこうちょうちょう)、所措(おくところ)を知(し)らず、苦(くるしみ)を天(てん)に叫(よばわ)り連(つら)ねて道(いわ)く、 「清清(せいせい)と箇(ひとり)の活仏(かつぶつ=生き仏)を把(と)りて放(はな)ち去(さ)りたるかな!」 と。一会(ひととき)家(のあいだ)計(はかりごと)無(な)く、弁(そな)え来れる品物(しなもの)を将(も)ちて、倶(ことごと)く楼(ろう)の上(うえ)に挙(あ)げ上(あ)げ、祭祀(さいし)し紙(かみ)を焼(た)く。以後(いご)每年(まいねん)四大祭(しだいさい)、二十四小祭(にじゅうししょうさい)有(あ)り。また那(かの)病(やまい)を告(つ)ぐる者、安(やすらぎ)を保(ほ)する者、親(みより)を求(もと)め願(ねがい)を許(ゆる)し、財(たから)を求(もと)め子(こ)を求むる者、時(とき)無(な)く日(ひ)無く来りて香(こう)を焼(た)き祭賽(さいさい)せざるは無し。真(まこと)にこれ 金炉(きんろ=金の香炉)に千年(せんねん)の火(ひ)絶(た)えず、玉盞(ぎょくさん=玉の盃)常(つね)に明(あき)らかにして万載(ばんさい)の灯(ともしび)なり。 と。題(だい)せず。 さて八大金剛(はちだいこんごう)第二陣(だいにじん)の香風(こうふう)を使(つか)い、彼(かれ)が四衆(ししゅ)を把(と)りて、一日(いちじつ)ならずして東土(とうど)に送(おく)り至(いた)り、漸漸(ようやく)く長安(ちょうあん)の望(のぞ)み見(み)ゆるに到(いた)る。 元来(もと)かの太宗(たいそう)、貞観十三年(じょうがんじゅうさんねん)九月(くがつ)望前(ぼうぜん)の三日(みっか)に唐僧(とうそう)を送(おく)りて城(しろ)を出(いだ)されしより、十六年(じゅうろくねん)に至り、すなわち工部(こうぶ)の官(かん)を差(つかわ)して西安関(せいあんかん)の外(そと)に望経楼(ぼうきょうろう)を起建(きけん)して経(きょう)を接(う)けしめ、太宗(たいそう)年年(ねんねん)親(みずか)らその地(ち)に至らせられたり。恰好(あたか)もその一日(いちじつ)出駕(しゅつが=行幸)して復(ま)た楼の上(うえ)に到(いた)らせられしに、忽(たちま)ち正西方(しょうせいほう)に満天(まんてん)の瑞靄(ずいあい)、陣陣(じんじん)の香風(こうふう)の見ゆるを覚(おぼ)えたもう。金剛(こんごう)空(くう)の中(うち)に停(とど)まりて叫(よばわ)りて道(いわ)く、 「聖僧(せいそう)、この間(ほとり)は乃(すなわ)ち長安城(ちょうあんじょう)なり。我ら下(お)り去(ゆ)くを好(よ)しまず。ここの人(ひと)は伶俐(りょうり=利口)にして、吾(わ)が像(すがた)の泄漏(せつろう)を恐(おそ)る。孫大聖(そんたいせい)の三位(さんみ)もまた去(ゆ)くを須(もち)いず。汝(なんじ)自(みずか)ら去きて経(きょう)を汝(なんじ)が主(あるじ)に伝(つた)え、すなわち回(かえ)り来(こ)よ。我(われ)霄漢(しょうかん=大空)の中(うち)に在りて汝を等(ま)ち、汝と同(とも)に旨(むね)を繳(かえ)さん」 と。大聖(たいせい)道(いわ)く、 「尊者(そんじゃ)の言(げん)当(とう)なれりといえど、但(た)だ吾(わ)が師(し)如何(いか)でか経担(きょうたん)を担(にな)い得(え)ん。如何(いか)でかこの馬(うま)を牽(ひ)き得(え)ん。須(かなら)ず我等(われら)の同(とも)に去きて一(ひと)と送るを得んことを得(う)るを。煩(わずら)わしきかな、汝空(くう)に在りて少(しばら)く等(ま)て。諒(おもんばか)るに敢(あえ)て誤(あやま)たじ」 と。金剛道(いわ)く、「先日(せんじつ)観音菩薩(かんのんぼさつ)如来(にょらい)に啓(けい)し過(お)えたるに、往来(おうらい)只(た)だ八日(ようか)に在(あ)りて、方(はじ)めて蔵数(ぞうすう)を完(まっと)うす。今(いま)すでに四日(よっか)有餘(あまり)を経(へ)たり。只(た)だ怕(おそ)らくは八戒(はっかい)の富貴(ふうき)を貪図(どんと)て期限(きげん)を誤(あやま)らんことを」と。八戒笑って道(いわ)く、「師父(しふ)仏(ほとけ)と成(な)りたもう、我(われ)もまた仏(ほとけ)と成らんことを望(のぞ)む。豈(あ)に貪図(どんと)の理(ことわり)有(あ)らんや!この大粗人(だいそじん=荒くれ者)め!都(みな)ここに在りて我を等て、経を交(わた)し了(おわ)らば、すなわち来りて汝と回向(えこう)せん」と。 呆子(あほう)担(に)を担(にな)い、沙僧(さそう)馬(うま)を牽(ひ)き、行者(ぎょうじゃ)聖僧(せいそう)を領(ひき)い、都(みな)雲頭(うんとう)を按(おろ)し下(おろ)し、望経楼(ぼうきょうろう)の辺(ほとり)に落(お)つ。太宗多官(たかん)と一斉(いっせい)にこれを見、すなわち楼を下(お)りて相迎(むか)えて道(いわ)く、「御弟(おてい)来れるか」と。唐僧すなわち身(み)を倒(さかしま)にして下拝(げはい)す。太宗攙(たす)け起(おこ)して、また問(と)いて道(いわ)く、「この三者(みたり)は何(なん)の者ぞ」と。唐僧道(いわ)く、「是(こ)れ途中(とちゅう)に収(おさ)めたる徒弟(でし)なり」と。太宗大(おお)いに喜(よろこ)び、すなわち侍官(じかん)に命(めい)じて道(いわ)く、「朕(ちん)が御車馬(ぎょしゃば)の背(せ)を叩(たた)きて、御弟(おてい)を請(しょう)じて馬に上(のぼ)らしめ、朕(ちん)と同に朝(ちょう)に回らん」と。 唐僧恩(おん)を謝(しゃ)し、馬に騎(の)り上(あ)がる。大聖(たいせい)金箍棒(きんこぼう)を輪(めぐ)らして緊(した)しく随(したが)い、八戒(はっかい)・沙僧(さそう)倶(みな)馬を扶(たす)け担(に)を担い、駕(が)の後(うしろ)に随いて共(とも)に長安(ちょうあん)に入(い)る。真(まこと)にこれ 当年(とうねん)清宴(せいえん)に升平(しょうへい=泰平)を楽(たの)しみ、文武(ぶんぶ)安然(あんぜん)として俊英(しゅんえい)を顕(あらわ)す。 水陸場(すいりくじょう)の中に僧(そう)法(ほう)を演(の)べ、金鑾殿(きんらんでん)の上に主(しゅ)卿(けい)を差(つかわ)す。 関文(かんぶん)敕(みことのり)として唐三蔵(とうさんぞう)に賜(たま)い、経巻(きょうかん)原因(げんいん)として五行(ごぎょう)に配(はい)す。 凶魔(きょうま)を苦(くるし)み煉(ね)りて種種(しゅじゅ)滅(ほろ)び、功(こう)成りて今(いま)朝(ちょう)に上(のぼ)るを喜(よろこ)ぶ。 と。 唐僧の四衆、駕に随いて朝に入(い)る。満城(まんじょう)の中に取経(しゅきょう)の人の来れるを知(し)らざるは一(ひとり)も無し。 さてかの長安の唐僧が旧(もと)住(す)みし洪福寺(こうふくじ)の大小(だいしょう)の僧人(そうにん)を説(い)わん。幾株(いくしゅ)かの松樹(しょうじゅ)の、一顆一顆(ひとつひとつ)頭(こうべ)の倶(みな)東(ひがし)に向(むか)えるを見、驚(おどろ)き訝(いぶか)って道(いわ)く、「怪(あや)しきかな!怪しきかな!今夜(こんや)いまだ曽(かつ)て風(かぜ)の刮(ふ)くに遭(あ)わざるに、如何してかこの樹(き)の頭(こうべ)都扭(ね)じ過(よ)ぎりたる」と。内(うち)に三蔵(さんぞう)の旧徒(きゅうと=古い弟子)有りて道(いわ)く、「疾(と)く衣服(いふく)を拿(と)り来(こ)よ!経を取りし老師父(ろうしふ)の来れるぞ!」と。衆僧(しゅそう)問いて道(いわ)く、「汝何(なん)を以(も)ってかこれを知る」と。旧徒(きゅうと)曰(いわ)く、 「当年(とうねん)師父(しふ)去(さ)りたもう時(おり)、曾(かつ)て言(げん)有りて道(いわ)れたり、『我去りし後(のち)、或(あるい)は三、五年(さんごねん)、或(あるい)は六、七年(ろくしちねん)ならん。ただ松樹(しょうじゅ)の枝頭(しとう)の若(も)し東(ひがし)に向(むか)わば、我すなわち回らん』と。我が師父は仏口(ぶっこう=仏の口)聖言(せいげん)なれば、ここを以(も)ってこれを知るなり」 と。急(いそ)ぎ衣(ころも)を披(き)て出(い)で、西街(せいがい)に至る時(おり)、すでに早(はや)く人の伝(つた)え播(し)きて説う有り、「経を取(と)る人の适才(いましがた)方(まさ)に到り、万歳爺(ばんぜいや=天子)の城(しろ)に接(むか)え入れたもう」と。衆僧(しゅそう)説うを聞(き)き、また急急(いそぎ)跑(はし)り来り、却(かえ)ってすなわちこれに遇(あ)い、大駕(たいが)を見るや敢(あえ)て近(ちか)づき前(まえ)に進(すす)まず、随いて後(うしろ)より朝門(ちょうもん)の外(そと)に従(したが)い至る。唐僧馬を下り、衆(しゅう)と同に朝に入る。唐僧龍馬(りゅうば)と経担(きょうたん)を将(も)ち、行者(ぎょうじゃ)・八戒・沙僧と同に、玉階(ぎょくかい=玉の階)の下(もと)に立(た)たしむ。太宗伝宣(でんせん)して道(いわ)く、 「御弟殿(でん)に上れ」 と。坐(ざ)を賜(たま)わる。唐僧また恩(おん)を謝(しゃ)して坐(ざ)し、経巻(きょうかん)を把(と)りて挙(あ)げ来らしむ。行者等(ら)取(と)り出(いだ)し、近侍官(きんじかん)伝えて上(たてまつ)る。 太宗(たいそう)また問(と)いて道(いわ)く、「多少(いくばく)の経数(きょうすう)ぞ。怎(いか)にしてか取(と)り来(きた)れる」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く、 「臣僧(しんそう)霊山(れいざん)に到(いた)り、仏祖(ぶっそ)に参見(さんけん)し、阿難(あなん)・迦葉(かしょう)の二尊者(にそんじゃ)を差(つかわ)され、先(ま)ず珍楼(ちんろう)の内(うち)に引(ひ)かれて斎(とき)を賜(たま)わり、次(つぎ)に宝閣(ほうかく)の内(うち)に到(いた)りて経(きょう)を伝(つた)えられしを蒙(こうむ)れり。かの尊者(そんじゃ)人事(じんじ)を需索(じゅさく)めしに、曾(かつ)て備(そな)え得(え)ざるに因(よ)り、曾(かつ)て彼(かれ)に送(おく)らざりしかば、彼(かれ)遂(つい)に経(きょう)を以(も)って我らに与(あた)えたり。仏祖(ぶっそ)の恩(おん)を謝(しゃ)して東(ひがし)へ行(ゆ)かんとせしに、忽(たちまち)妖風(ようふう)に経を搶(うば)われ去(さ)られしが、幸(さいわ)いに小徒(しょうと)些(いささ)かの神通(じんつう)有(あ)りて趕(お)い奪(うば)いしかど、却(かえ)って倶(みな)抛擲(ほうてき=投げ捨て)られて散漫(さんまん)たり。展(ひろ)げ看(み)るに因(よ)りて、皆(みな)これ無字(むじ)の空本(くうほん)なり。 臣等(しんら)著(おどろ)き驚(おどろ)き、復(ま)た去(ゆ)きて拝(おが)み告(うった)えて懇(ねんごろ)に求(もと)めしに、仏祖道(いわ)れたり、『この経の成就(じょうじゅ)せし時(おり)、比丘聖僧(びくしょうそう)の山(やま)を下(お)りて舎衛国(しゃえいこく)の趙長者(ちょうちょうじゃ)の家(いえ)に与(あた)えて一遍(ひとまわり)看誦(かんじゅ=読誦)せしこと有(あ)り。彼が家(いえ)の生者(しょうじゃ)の安全(あんぜん)、亡者(もうじゃ)の超脱(ちょうだつ)を保祐(ほゆう=加護)し、ただ彼が三斗三升(さんとさんしょう)の米粒黄金(べいりゅうおうごん)を討(と)り得(え)たるのみ。意思(こころ)はなお売(う)り賤(やす)しと嫌(いや)がりて、後来(こうらい)子孫(しそん)の使用(しよう)の銭(ぜに)無(な)からんことを説(い)えり』と。我等(われら)二尊者(にそんじゃ)の人事(じんじ)を需索(じゅさく)するを仏祖明知(めいち)したもうを知(し)り、ただ欽賜(きんし=勅賜)の紫金鉢盂(しきんはつう)を将(も)ちて彼に送(おく)りてこそ、方(はじ)めて有字(うじ)の真経(しんきょう)を伝(つた)えられたり。この経三十五部(さんじゅうごぶ)有り、各部(かくぶ)の中(うち)より幾巻(いくかん)かを検(えら)びて伝え来(きた)れるが、共計(あわせ)て五千四十八巻(ごせんよんじゅうはちかん)なり。この数(かず)はけだし一蔵(いちぞう)に合(がっ)するなり」 と。太宗(たいそう)更(さら)に喜(よろこ)び、教(おお)せて道(いわ)く、「光禄寺(こうろくじ)に宴(えん)を設(もう)け、東閣(とうかく)を開(ひら)いて酬謝(しゅうしゃ)せよ」と。 忽(たちま)ち彼が三徒(さんと)の階下(かいか)に立(た)ちて容貌(ようぼう)の異常(いじょう)なるを見(み)、すなわち問(と)いて道(いわ)く、「高徒(こうと)は果(は)たして外国人(がいこくじん)なるか」と。長老(ちょうろう)俯伏(ふふく)して道(いわ)く、 「大徒弟(だいとてい)は姓(せい)を孫(そん)、法名(ほうみょう)を悟空(ごくう)と曰(い)い、臣(しん)また彼を孫行者(そんぎょうじゃ)と呼(よ)べり。彼が出身(しゅっしん)は元(もと)これ東勝神洲(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)水簾洞(すいれんどう)の人氏(ひと)なり。五百年前(ごひゃくねんまえ)に天宮(てんきゅう)を大(おお)いに闘(たたか)いて、仏祖に困(くるし)め圧(おさ)えられて西番(せいばん)両界山(りょうかいざん)の石匣(せっこう=石の箱)の内に在(あ)りしに、観音菩薩(かんのんぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)めらるるを蒙(こうむ)り、願(ねが)って皈依(きえ)せり。臣(しん)彼が処(ところ)に到りて救(すく)い出(いだ)し、甚(はなは)だこの徒(でし)の保護(ほご)に虧(よ)れり。 二徒弟(にとてい)は姓(せい)を猪(ちょ)、法名(ほうみょう)を悟能(ごのう)と曰(い)い、臣また彼を猪八戒(ちょはっかい)と呼(よ)べり。彼が出身(しゅっしん)は元(もと)これ福陵山(ふくりょうざん)雲棧洞(うんさんどう)の人氏(ひと)なり。烏斯蔵(うすぞう)高老荘(こうろうそう)の上(かみ)に在りて怪(かい)を作(な)しおるに因り、すなわち菩薩(ぼさつ)の善(ぜん)に勧(すす)めらるるを蒙り、行者(ぎょうじゃ)のこれを収(おさ)むるに虧(よ)れり。一路(いちろ)担(に)を担(にな)いて力(ちから)有り、水(みず)を渉(わた)りて功(こう)有り。 三徒弟(さんとてい)は姓を沙(さ)、法名を悟浄(ごじょう)と曰い、臣また彼を沙和尚(さおしょう)と呼べり。彼が出身は元これ流沙河(るさが)に怪(かい)を作(な)せし者(もの)なるが、また菩薩(ぼさつ)の善に勧めらるるを蒙り、教(きょう)を秉(と)りて沙門(しゃもん)に入(い)れり。 那(かの)一匹(ひとつ)の馬(うま)は是(こ)れ主公(しゅこう)の賜(たま)わりしところに非(あら)ざるなり」 と。太宗道(いわ)く、「毛片(もうへん=毛並み)相同(あいおな)じきに、如何(いか)してか非(ひ)なる」と。三蔵(さんぞう)道(いわ)く、 「臣蛇盤山(じゃばんざん)鷹愁澗(おうしゅうかん)に到りて水(みず)を渉(わた)りしに、原(もと)の馬(うま)この馬に吞(の)まれたり。行者(ぎょうじゃ)の菩薩を請(しょう)じてこの馬の来歴(らいれき)を問わしむるに虧り、元これ西海龍王(せいかいりゅうおう)の子(こ)なるが、罪(つみ)有るに因りて、また菩薩の救(すく)い解(と)かるるを蒙り、彼をして臣が脚力(きゃくりき=乗り物)と作らしめられたり。当時(そのかみ)原(もと)の馬に変作(へんさ=化し)たれば、毛片(もうへん)相同(あいおな)じ。幸(さいわ)いに彼が山(やま)に登(のぼ)り嶺(みね)を越(こ)え、崎嶇(きくう=険しさ)を跋渉(ばっしょう)するに虧り、去(ゆ)く時(おり)は騎坐(きざ=乗り)し、来(く)る時は経を載(の)せり。また甚(はなは)だその力(ちから)に頼(よ)れるなり」 と。太宗言(げん)を聞(き)き、称賛(しょうさん)して已(や)まず、また問いて道(いわ)く、「遠(とお)く西方(せいほう)を渉りしに、端的(つまり)路程(ろてい)多少(いかほど)ぞ」と。三蔵道(いわ)く、 「総(すべ)て菩薩の言(げん)を記(しる)すに、十万八千里(じゅうまんはっせんり)の遠(とお)さ有り。途中(とちゅう)曾て数(かず)を記(しる)せざりき。ただ一十四遍(じゅうよへん)の寒暑(かんしょ)を経(へ)しことを知(し)るのみ。日日(ひび)に山、日日に嶺(みね)、林(はやし)に逢(あ)えば小(ちいさ)からず、水に逢(あ)えば寛洪(かんこう=広く大き)し。また幾座(いくつ)かの国王(こくおう)を経(へ)たるに、倶(みな)照験(しょうけん=照合)の印信(いんしん=印)有り」 と。叫(よばわ)りて道(いわ)く、「徒弟(でし)、通関文牒(つうかんぶんじょう)を将(も)ちて取(と)り上(あ)げ来り、主公(しゅこう)に対(むか)いて繳納(きょうのう=納め返す)せよ」と。当時(そのとき)遞(てい)し上(たてまつ)る。太宗看(み)るに、乃(すなわ)ち貞観一十三年(じょうがんいっじゅうさんねん)九月(くがつ)望前(ぼうぜん)の三日(みっか)に給(たま)われり。太宗笑って道(いわ)く、「久(ひさ)しく遠きを労(ろう)せしに、今(いま)すでに貞観二十七年(じょうがんにじゅうしちねん)なり」と。 牒文(じょうぶん)の上(うえ)に宝象国(ほうぞうこく)の印(いん)、烏鶏国(うけいこく)の印、車遅国(しゃちこく)の印、西梁女国(せいりょうじょこく)の印、祭賽国(さいさいこく)の印、朱紫国(しゅしこく)の印、獅駝国(しだこく)の印、比丘国(びくこく)の印、滅法国(めっぽうこく)の印有(あ)り。また鳳仙郡(ほうせんぐん)の印、玉華州(ぎょっかしゅう)の印、金平府(きんぺいふ)の印有(あ)り。太宗覧(み)畢(おわ)り、これを収(おさ)む。 早(はや)くも当駕官(とうがかん)有りて宴(えん)を請(しょう)ず。すなわち殿(でん)を下(お)りて手(て)を携(たずさ)えて行(ゆ)き、また問いて道(いわ)く、「高徒(こうと)能(よ)く礼貌(れいぼう=礼儀)するか」と。三蔵道(いわ)く、 「小徒(しょうと)は倶(みな)これ山村曠野(さんそんこうや)の妖身(ようしん=妖の身)にして、いまだ中華聖朝(ちゅうかせいちょう)の礼数(れいすう=礼儀)を諳(そら)んぜず。万(よろず)主公の罪(つみ)を赦(ゆる)されんことを望(のぞ)む」 と。太宗笑って道(いわ)く、「彼を罪せず、彼を罪せず。都(みな)同(とも)に請じて東閣(とうかく)に赴(おもむ)きて宴に赴(おもむ)かん」と。三蔵また恩(おん)を謝(しゃ)し、彼が三衆(さんしゅ)を招呼(しょうこ)し、都(みな)閣(かく)の内に到りて観看(みわた)す。果(は)たしてこれ中華大国(ちゅうかたいこく)、尋常(よのつね)と同(おな)じからず。汝(なんじ)看(み)よ、かの 門(もん)に彩繍(さいしゅう)を懸(か)け、地(ち)に紅氈(こうせん=赤い氈)を襯(し)く。 異香(いこう)馥郁(ふくいく=芳し)として、奇品(きひん)新鮮(しんせん)なり。 琥珀杯(こはくはい)、玻璃盞(はりさん=硝子の盃)、金(きん)を鑲(ちりば)め翠(みどり)を点(てん)じ、 黄金盤(おうごんばん)、白玉碗(はくぎょくわん)、錦(にしき)を嵌(は)め花(はな)を纏(まと)う。 爛(したたか)に蔓菁(まんせい=蕪)を煮(に)、糖(とう)もて香芋(こうう=里芋)に注(そそ)ぐ。 蘑菇(まこ=茸)甜美(てんび)にして、海菜(かいさい)清奇(せいき)なり。 幾次(いくたび)も添(そ)え来る姜辣筍(きょうらつじゅん)、 数番(すうばん)も弁(もう)け上(あ)ぐる蜜調葵(みっちょうき)。 面筋(めんきん=麩)・椿樹葉(ちんじゅよう=椿の葉)、木耳(もくじ=木の茸)・豆腐皮(とうふひ)。 石花仙菜(せっかせんさい)、蕨粉(けっぷん=蕨の粉)・乾薇(かんび=干し薇)。 花椒(かしょう)もて莱菔(らいふく=大根)を煮(に)、芥末(がいまつ)もて瓜絲(かし=瓜の糸)を拌(あ)う。 幾盤(いくばん)かの素品(そひん)は還(な)お猶(な)お可(よ)し、数種(すうしゅ)の奇稀(きき=珍奇)の果(くだもの)魁(かい=首位)を奪(うば)う。 核桃(かくとう=くるみ)・柿餅(しへい=干し柿)、竜眼(りゅうがん)・荔枝(れいし)。 宣州(せんしゅう)の繭栗(けんりつ)、山東(さんとう)の棗(なつめ)、江南(こうなん)の銀杏(ぎんあん)・兎頭梨(ととうり)。 榛(はしばみ)・松(まつ)・蓮肉(れんにく)、葡萄(ぶどう)大(おお)いなり、榧子(ひし)・瓜仁(かりん=瓜の種)・菱米(りょうまい=菱の実)斉(ひとし)し。 橄欖(かんらん)・林檎(りんご)、苹婆(へいば)・沙果(さか)。 慈菇(じこ=クワイ)・嫩藕(どんぐう)、脆李(ぜいり)・楊梅(ようばい)。 般(くさぐさ)として備(そな)わらずは無(な)く、件(くだり)として斉(ととの)わざるは無し。 還(ま)た些(いささ)かの蒸酥(じょうそ)・蜜食(みっしょく)兼(か)ねて嘉饌(かせん=佳き饌)有り、 更(さら)に那(かの)美酒(びしゅ)・香茶(こうちゃ)と異奇(いき)有り。 説(い)い尽(つく)さず百味(ひゃくみ)の珍饈(ちんしゅう)の真(しん)の上品(じょうひん)、 果たしてこれ中華大国(ちゅうかたいこく)の西夷(せいい)に異(こと)なるなり。 と。 師徒(してい)四衆(ししゅ)と文武(ぶんぶ)の多官(たかん)倶(みな)左右(そうゆう)に侍列(じれつ)し、太宗皇帝(たいそうこうてい)なお正(しょう)に当(まさ)ん中(なか)に坐(ざ)し、歌舞(かぶ)吹弾(すいだん)整斉(せいせい)厳粛(げんしゅく)として、遂(つい)に一日(いちじつ)を尽(ことごと)く楽(たの)しむ。正(まさ)にこれ 君王(くんおう)の嘉会(かかい=佳き宴)唐虞(とうぐ)に賽(まさ)り、真経(しんきょう)を取り得て福(ふく)余(あまり)有り。 千古(せんこ)に流伝(るでん)して千古(せんこ)に盛(さか)ん、仏光(ぶっこう)普(あまね)く帝王居(ていおうきょ)を照(てら)す。 と。当日(とうじつ)天(てん)晩(くら)れて、恩を謝し宴散(さん)ず。太宗宮(きゅう)に回(かえ)り、多官(たかん)宅(たく)に回(かえ)り、唐僧(とうそう)等(ら)洪福寺(こうふくじ)に帰(かえ)れば、只(た)だ見(み)る、寺僧(じそう)磕頭(かいとう=額づき)して迎(むか)うるを。方(はじ)めて山門(さんもん)に入(い)るに、衆僧(しゅそう)報(ほう)じて道(いわ)く、「師父(しふ)、この樹(き)の頭児(こうべ)今朝(けさ)倶(みな)忽然(たちまち)として東(ひがし)に向(むか)えり。我ら師父(しふ)の言を記し、遂に城(しろ)を出(い)でて来りて接(むか)えしに、果たして到られたり!」と。長老(ちょうろう)喜(よろこ)ぶこと勝(た)うる莫(な)し。 遂に方丈(ほうじょう)に入る。この時(とき)八戒(はっかい)もまた茶飯(さはん)を嚷(わめ)かず、また喧頭(けんとう=高声)を弄(ろう)さず、行者・沙僧(さそう)箇箇(おのおの)穩重(おんちょう=穏やか)なり。只(た)だ道果(どうか)の完成(かんせい)するに因りて、自然(おのずか)ら安静(あんせい)なるのみ。当晩(とうばん)睡(ねむ)れり。 次(つぎ)の早(あさ)、太宗(たいそう)朝(ちょう)に昇(のぼ)り、群臣(ぐんしん)に対(むか)いて言(い)わく、 「朕(ちん)思(おも)うに御弟(おてい)の功(こう)の至(いた)りて深(ふか)く至りて大(おお)いなる、以(も)って酬(むく)いるを為(な)す無(な)し。一夜(いちや)寐(ねむ)ること無(な)く、口(くち)に幾句(いくく)の俚談(りだん=鄙びた話)を占(せん)じて、権(かり)に謝意(しゃい)を表(あらわ)さんとせしが、いまだ曾(かつ)て写(うつ)し出(いだ)さざりき」 と。叫(よばわ)りて道(いわ)く、「中書官(ちゅうしょかん)来(きた)れ。朕(ちん)汝(なんじ)に念(よ)まん、汝(なんじ)一一(ひとつひとつ)これを写(うつ)せ」と。その文(ぶん)に云(いわ)く、 「聞(き)くならく、二儀(にぎ=天地)は象(かたち)有(あ)りて、覆載(ふくさい)を顕(あらわ)して以(も)って生(せい)を含(ふく)み、四時(しじ=四季)は形(かたち)無くして、寒暑(かんしょ)を潜(ひそ)めて以って物(もの)を化(か)すと。ここを以って天(てん)を窺(うかが)い地(ち)を鑑(かんが)みるに、庸愚(ようぐ=凡愚)も皆(みな)その端(たん=はじめ)を識(し)り、陰(いん)を明(あきら)かにし陽(よう)を洞(とお)すに、賢哲(けんてつ=賢者)も罕(まれ)にその数(かず)を窮(きわ)む。然(しか)れども天地(てんち)は陰陽(いんよう)を包(つつ)めども、その識(し)り易(やす)きは象(かたち)有(あ)るを以ってなり。陰陽(いんよう)は天地(てんち)に処(お)れども、その窮(きわ)め難(がた)きは形(かたち)無きを以ってなり。故(ゆえ)に知(し)る、象の顕(あらわ)るるは征(あか)すべく、愚(おろか)なりといえども惑(まど)わず、形の潜(ひそ)むは睹(み)ること莫(な)く、智(ち)に在(あ)りてなお迷(まよ)うを。況(いわ)んや仏道(ぶつどう)の虚(きょ)を崇(たっと)び、幽(ゆう)に乗(じょう)じて寂(じゃく)を控(ひ)くにおいてや。万品(ばんぴん=万のもの)を弘済(こうさい=広く済い)し、十方(じっぽう)を典御(てんぎょ=統べ治む)す。威霊(いれい)を挙(あ)ぐれば而(すなわ)ち上(うえ)無く、神力(しんりき)を抑(おさ)うれば而ち下(した)無し。これを大(おお)きくすればすなわち宇宙(うちゅう)に弥(あまね)く、これを細(こまか)にすればすなわち毫厘(ごうり=毫と厘)に摂(おさ)まる。滅(めつ)無く生(しょう)無くして、千劫(せんごう)を歴(へ)て而(すなわ)ち古(いにしえ)に亘(わた)り、若(も)し隠(かく)れ若し顕れて、百福(ひゃくふく)を運(めぐ)らして而ち今(いま)に長(とこしなえ)なり。妙道(みょうどう)玄(げん)を凝(こ)らせば、これに遵(したが)うもその際(きわ=極み)を知(し)る莫(な)く、法流(ほうりゅう)湛寂(たんじゃく=深く静か)なれば、これを挹(く)むもその源(みなもと)を測(はか)る莫(な)し。故(ゆえ)に知る、蠢蠢(しゅんしゅん=うごめく)たる凡愚(ぼんぐ)、区区(くく)たる庸鄙(ようひ=凡鄙)の、その旨趣(ししゅ=趣き)に投(とう)じて、能(よ)く疑惑(ぎわく)無からんや! 然(しか)ればすなわち大教(たいきょう)の興(おこ)るは、西土(せいど)に基(もとづ)く。漢庭(かんてい)に騰(のぼ)りて皎(あき)らかなる夢(ゆめ)を顕し、東域(とういき)を照(てら)して慈(じ)を流(なが)す。古(いにしえ)形を分(わ)ち迹(あと)を分かちし時(とき)、言(げん)いまだ馳(は)せずして而ち化(け)を成(な)し、常(つね)に見(み)え常に隠(かく)るるの世(よ)、民(たみ)徳(とく)を仰(あお)ぎて遵(したが)うを知れり。晦影(かいえい=暗き影)帰真(きしん=真に帰る)に及(およ)び、世(よ)を遷(うつ)し越(こ)えて、金容(こんよう=金色の姿)色(いろ)を掩(おお)いて、三千(さんぜん)の光(ひかり)を鏡(てら)さず、麗象(れいぞう=美しき象)図(ず)を開(ひら)けども、空(むな)しく四八(しはち=三十二相)の相(そう)を端(ただ)す。ここにおいて微言(びげん)広(ひろ)く被(こうむ)り、禽類(きんるい=鳥獣)を三途(さんず)より拯(すく)い、遺訓(いくん)遐(とお)く宣(の)べて、群生(ぐんしょう=衆生)を十地(じゅうじ)に導(みちび)く。仏(ほとけ)に経(きょう)有りて、能(よ)く大小(だいしょう)の乗(じょう)を分(わ)かち、更(さら)に法(ほう)有りて、訛邪正(かじゃしょう)の術(じゅつ)を伝(つた)う。 我(わ)が僧玄奘法師(げんじょうほっし)なる者(もの)は、法門(ほうもん)の領袖(りょうしゅう=首領)なり。幼(おさな)くして慎敏(しんびん)を懐(いだ)き、早(はや)く三空(さんくう)の功(こう)を悟(さと)り、長(おとな)じて神清(しんせい=心清き)に契(ちぎ)り、先(ま)ず四忍(しにん)の行(ぎょう)を包(つつ)む。松風(しょうふう)水月(すいげつ)も、いまだその清華(せいか)に比(くら)ぶるに足(た)らず、仙露(せんろ)明珠(めいじゅ=真珠)も、詎(なん)ぞ能くその朗潤(ろうじゅん)に方(くら)べんや!故に以って智(ち)通(つう)じて累(るい=煩い)無く、神(しん)未形(みけい)を測(はか)る。六塵(ろくじん)を超(こ)えて迥(はるか)に出(い)で、千古(せんこ)をして而ち芳(かんばしき)を伝(つた)えしむ。心(こころ)を内境(ないきょう)に凝(こ)らして、正法(しょうぼう)の陵遅(りょうち=衰え)なるを悲(かな)しみ、慮(おもんばかり)を玄門(げんもん)に栖(す)ませて、深文(しんぶん=深遠な文)の訛謬(かびゅう=誤り)なるを慨(なげ)く。思(おも)うに条(じょう)を分ち理(り)を振(ふる)いて、彼(か)の前聞(ぜんぶん=先人の聞)を広(ひろ)め、偽(いつわり)を截(き)り真(しん)を続(つ)いで、この後学(こうがく)を開(ひら)かんと欲(ほっ)す。ここを以って心(こころ)を浄土(じょうど)に翹(あ)げ、法(のり)として西域(せいいき)に遊(ゆ)く。危(あやうき)に乗じて遠(とお)く邁(ゆ)き、杖(つえ)を策(むち)いて孤(ひと)り征(ゆ)く。雪(ゆき)を積(つ)みて晨(あした)に飛(と)び、途間(とけん=道すがら)に地(ち)を失(うしな)い、沙(すな)驚(おどろ)いて夕(ゆうべ)に起(おこ)り、空外(くうがい=空の外)に天(てん)に迷(まよ)う。万里(ばんり)の山川(さんせん)、烟霞(えんか)を撥(はら)いて步(あゆみ)を進(すす)め、百重(ひゃくじゅう)の寒暑(かんしょ)、霜雨(そうう)を蹑(ふ)みて前踪(ぜんしょう=前の跡)を追(お)う。誠(まこと)重(おも)くして労(ろう)軽(かろ)く、深(ふか)きを求(もと)めて達(たっ)せんと欲(ほっ)す。西宇(せいう=西の国)を周遊(しゅうゆう)すること十(じゅう)に四(よ)年(ねん)有り。異邦(いほう)を窮め歴(へ)て、正教(しょうきょう)を詢(と)い求(もと)む。双林(そうりん)八水(はっすい)、道(どう)を味(あじ)わい風(かぜ)を餐(くら)い、鹿苑(ろくおん)鷲峰(じゅほう)、奇(き)を瞻(み)り異(い)を仰(あお)ぐ。至言(しげん=至れる言)を先聖(せんせい)に承(う)け、真教(しんきょう)を上賢(じょうけん)に受(う)く。妙門(みょうもん)を探賾(たんさく=探り究め)、奥業(おうごう=奥深き業)を精窮(せいきゅう=窮め尽く)す。三乗(さんじょう)六律(ろくりつ)の道(どう)、心田(しんでん=心の田)に馳驟(ちしゅう=駆け巡)り、一蔵(いちぞう)百篋(ひゃくきょう=百の箱)の文(ぶん)、海口(かいこう)に波濤(はとう)す。爰(ここ)に自(よ)り歴ししところの国(くに)涯(かぎり)無く、求め取(と)りし経(きょう)数(かず)有り。総(すべ)て大乗(だいじょう)の要文(ようぶん)を得(う)。凡(およ)そ三十五部(さんじゅうごぶ)、計(し)めて五千四十八巻(ごせんよんじゅうはちかん)、中華(ちゅうか)に訳布(やくふ=訳し広め)して、勝業(しょうごう=勝れた業)を宣揚(せんよう)す。慈雲(じうん)を西極(せいきょく=西の果て)に引(ひ)き、法雨(ほうう)を東陲(とうすい=東のほとり)に注(そそ)ぐ。聖教(しょうきょう)欠(か)けて復(ま)た全(まった)く、蒼生(そうせい=民)罪(つみ)ありて還(かえ)って福(ふく)を得(う)。火宅(かたく=燃える家)の乾焰(かんえん=乾ける焔)を湿(うるお)して、共(とも)に迷途(めいと)を抜(ぬ)かんとし、金水(こんすい)の昏波(こんぱ=昏き波)を朗(あきらか)にして、同(とも)に彼岸(ひがん)に臻(いた)らんとす。ここを以って知る、悪(あく)は因(いん)に因(よ)りて墜(お)ち、善(ぜん)は縁(えん)を以って升(のぼ)る。升墜(しょうつい)の端(たん)、ただ人(ひと)の自(みずか)ら作(な)すのみ。これを譬(たと)うるに桂(かつら)の高嶺(こうれい)に生(しょう)じて、雲露(うんろ)方(はじ)めてその花(はな)を泫(ただよわ)すがごとく、蓮(はす)の緑波(りょくは)より出(い)でて、飛塵(ひじん=舞う塵)その葉(は)を染(そ)むること能(あた)わず。これ蓮(はす)の性(しょう)自(おのずか)ら潔(いさぎよ)く、桂(かつら)の質(しつ)本(もと)より貞(てい)なるには非(あら)ざるなり。良(まこと)に由(よ)る、附(ふ)する所(ところ)のもの高(たか)ければ、すなわち微物(びぶつ=小さきもの)も累(わずら)わすこと能(あた)わず、憑(よ)る所(ところ)のもの浄(きよ)ければ、すなわち濁類(だくるい=濁れる類)も沾(そ)むること能わず。夫(そ)れ卉木(きぼく=草木)の無知(むち)なるも、なお善(ぜん)に資(と)りて善を成(な)す。矧(いわ)んや人倫(じんりん)の有識(ゆうしき)なるにおいてや。寧(なん)ぞ慶(よろこび)に縁(よ)りて慶(よろこび)を成さざらんや。方(まさ)に冀(こいねが)わくは真経(しんきょう)の伝布(でんぷ)して、日月(じつげつ)と並(なら)びて窮まり無く、景福(けいふく)遐(とお)く敷(し)かれて、乾坤(けんこん)と与(とも)に永(なが)く大いならんことを」 と。 写し畢(おわ)り、すなわち聖僧(せいそう)を召(め)す。この時(とき)長老(ちょうろう)すでに朝門(ちょうもん)の外(そと)に在りて謝(しゃ)を候(ま)ちたりしが、宣(せん)を聞(き)きて急(いそ)ぎ入(い)り、俯伏(ふふく)の礼(れい)を行(おこな)う。太宗(たいそう)請(しょう)じて殿(でん)に上(のぼ)らしめ、文字(もんじ)を将(も)ちて長老(ちょうろう)に遞(わた)して覧(み)しめ遍(あまね)くす。復(ま)た下(お)りて恩(おん)を謝(しゃ)し、奏(そう)して道(いわ)く、 「主公(しゅこう)の文辞(ぶんじ)高古(こうこ)にして、理趣(りしゅ=理の趣)淵微(えんび=深く微細)なり。ただ何(なん)の名目(めいもく)なるかを知らず」 と。太宗道(いわ)く、「朕夜(よる)口占(こうせん=口ずさみ)して御弟(おてい)の意(こころ)に答(こた)え謝するものなり。名(な)づけて聖教序(しょうきょうじょ)と曰(い)う。好(よ)きか否(いな)かを知らず」と。長老叩頭(こうとう)し、称謝(しょうしゃ)して已(や)まず。太宗また曰(いわ)く、 「朕才(さい)圭璋(けいしょう=玉)に愧(は)じ、言(げん)金石(きんせき)に慚(は)ず。内典(ないてん=仏典)に至(いた)りては、殊(こと)にいまだ聞かざる所なり。口(くち)に叙文(じょぶん)を占(せん)じたるは、誠(まこと)に鄙拙(ひせつ=鄙拙)を為(な)す。翰墨(かんぼく=筆墨)を金簡(きんかん=金の簡)に穢(けが)し、瓦礫(がれき)を珠林(しゅりん=珠の林)に標(しる)す。躬(み)を循(めぐ)り慮(おもんばかり)を省(かえり)みて、面(おもて)を腼(て)れ恧(は)ず。甚(はなは)だ称(しょう)するに足(た)らざるに、虚(むな)しく労(ろう)して致謝(ちしゃ)せらるるなり」 と。当時(そのとき)多官(たかん)斉(ひとし)く賀(が)し、聖教(しょうきょう)の御文(ぎょぶん)を頂礼(ちょうらい)して、遍(あまね)く内外(ないがい)に伝う。 太宗道(いわ)く、「御弟真経(しんきょう)を将(も)ちて一遍(ひとまわり)演誦(えんじゅ=唱え誦す)せんは如何(いかん)」と。長老道(いわ)く、「主公(しゅこう)、もし真経を演(の)べば、須(かなら)ず仏地(ぶっち)を尋(たず)ぬべし。宝殿(ほうでん)は誦(ず)すべきの処(ところ)に非(あら)ざるなり」と。太宗甚(はなは)だ喜(よろこ)び、すなわち当駕官(とうがかん)に問(と)いて道(いわ)く、「長安城(ちょうあんじょう)の寺(てら)に、那(いずれ)の座(ひとつ)の寺院(じいん)か潔浄(けつじょう=清浄)なる」と。班(つら)の中(うち)より大学士(だいがくし)蕭瑀(しょうう)閃(ひらめ)き出でて奏(そう)して道(いわ)く、「城(まち)の中(うち)に一(ひとつ)の雁塔寺(がんとうじ)の潔浄(けつじょう)なる有り」と。太宗すなわち多官(たかん)に令(れい)して道(いわ)く、「真経を把(と)りて各(おのおの)虔(つつし)みて幾巻(いくかん)かを捧(ささ)げ、朕と同(とも)に雁塔寺(がんとうじ)に到(いた)り、御弟を請(しょう)じて経を談(だん)ぜしめん」と。 多官遂(つい)に各各(おのおの)捧(ささ)げて、太宗の駕(が)に随(したが)いて寺(てら)の中に幸(みゆき)し、高台(こうだい)を設(もう)け起(おこ)し、鋪設(ほせつ=設え)すること斉整(せいせい=整い)なり。長老なお命(めい)じて道(いわ)く、「八戒(はっかい)・沙僧(さそう)龍馬(りゅうば)を牽(ひ)き、行嚢(こうのう=旅の嚢)を理(おさ)めよ。行者(ぎょうじゃ)は我(わ)が左右(そうゆう)に在(あ)れ」と。また太宗に向(むか)いて道(いわ)く、 「主公真経を将(も)ちて天下(てんか)に伝流(でんる)せんと欲せば、須(かなら)ず当(まさ)に副本(ふくほん)を謄録(とうろく=書き写)して、方(はじ)めて布散(ふさん)すべし。原本(げんぽん)は還(かえ)って当(まさ)に珍蔵(ちんぞう)すべく、軽(かる)がるしく褻(けが)すべからず」 と。太宗また笑って道(いわ)く、「御弟の言甚(はなは)だ当(とう)なれり!甚だ当なれり!」と。随(したが)いて翰林院(かんりんいん)及び中書科(ちゅうしょか)の各官(かくかん)を召(め)して真経を謄写(とうしゃ=書き写)せしむ。また一(ひとつ)の寺を城(しろ)の東(ひがし)に建(た)て、名(な)づけて謄黄寺(とうこうじ)と曰(い)う。 長老幾巻(いくかん)かを捧げて台(だい)に登(のぼ)り、方(まさ)に諷誦(ふじゅ=唱え誦す)せんと欲するに、忽(たちま)ち香風(こうふう)の繚繞(りょうじょう=立ち込む)を聞く。半空(なかぞら)の中に八大金剛(はちだいこんごう)の身(み)を現(あらわ)し高(たか)く叫(よばわ)る有り、「経を誦(ず)する者(もの)、経巻(きょうかん)を放下(おろ)し、我に従(したが)いて西(にし)に回(かえ)らん」と。この底(した)に行者(ぎょうじゃ)三人(みたり)、白馬(はくば)と連(つら)なりて平地(へいち)より起(た)ち、長老また経巻(きょうかん)を将(も)ちて投(な)げうち下(おろ)し、また台(だい)の上(うえ)従(よ)り九霄(きゅうしょう=大空)に起(た)ち、相随(あいしたが)いて騰空(とうくう)して去(さ)る。慌てたるかなかの太宗と多官空(くう)を望(のぞ)んで下拝(げはい)す。これ正(まさ)に 聖僧(せいそう)努力(どりょく)して経編(きょうへん=経の巻)を取り、西宇(せいう)を周流(しゅうる)すること十四年(じゅうよねん)。 苦(くるし)みて程途(ていと=道程)を歴て患難(かんなん)に遭(あ)い、多く山水(さんすい)を経(へ)て迍邅(ちゅんてん=難渋)を受(う)く。 功八九(はちく)を完(まっと)うして還(ま)た九(きゅう)を加(くわ)え、行(ぎょう)三千(さんぜん)を満(み)ちて大千(だいせん)に及(およ)ぶ。 大覚(だいかく)の妙文(みょうぶん)上国(じょうこく)に回(かえ)り、今(いま)に至るまで東土(とうど)に永(なが)く留(とど)め伝う。 と。太宗と多官拝(おが)み畢(おわ)り、すなわち高僧(こうそう)を選(えら)び、すなわち雁塔寺の裡(うち)に于(おい)て、水陸大会(すいりくだいえ)を修建(しゅうけん)し、『大蔵真経(だいぞうしんきょう)』を看誦(かんじゅ)して、幽冥(ゆうめい)の孽鬼(げきき=罪ある鬼)を超脱(ちょうだつ)し、普(あまね)く善慶(ぜんけい=善き慶び)を施(ほどこ)し、謄録(とうろく)し過(お)えし経文(きょうぶん)を将(も)ちて、天下(てんか)に伝布(でんぷ)するは題(だい)せず。 さて八大金剛(はちだいこんごう)を説(い)わん。香風(こうふう)に駕(が)し、長老(ちょうろう)の四衆(ししゅ)を引(ひ)き、馬(うま)を連(つら)ねて五口(ごこう=五つ)、復(ま)た霊山(れいざん)に転(てん)じ回(かえ)る。連(つら)なり去(ゆ)き連なり来(きた)るに、适(たまたま)八日(ようか)の内(うち)に在(あ)り。この時(とき)霊山(れいざん)の諸神(しょしん)は、都(みな)仏(ほとけ)の前(まえ)に在りて講(こう)を聴(き)く。 八金剛(はちこんごう)彼(かれ)が師徒(してい)を引(ひ)きて進(い)り入(い)り、如来(にょらい)に対(むか)いて道(いわ)く、「弟子(でし)先(さき)に金旨(きんし)を奉(ほう)じ、聖僧(せいそう)等(ら)を駕送(がそう)して、すでに唐国(とうこく)に到(いた)り、経(きょう)を将(も)ちて交納(こうのう)し了(おわ)れり。今(いま)特に旨(むね)を繳(かえ)さん」と。遂(つい)に唐僧(とうそう)等(ら)を叫(よ)び近(ちか)づき前(まえ)に至(いた)らしめて職(しょく)を受(う)けしむ。如来(にょらい)道(いわ)く、 「聖僧(せいそう)、汝(なんじ)前世(ぜんせ)は元(もと)これ我(わ)が二(に)の徒(でし)にして、名(な)を金蝉子(きんせんじ)と喚(よ)べり。汝(なんじ)説法(せっぽう)を聴(き)かず、我(わ)が大教(たいきょう)を軽(かる)んじ慢(あなど)るに因(よ)り、故(ゆえ)に汝が真霊(しんれい=真の霊)を貶(へん)して、東土(とうど)に転生(てんしょう)せしめたり。今(いま)喜(よろこ)ぶべきかな皈依(きえ)して、我が迦持(かじ=加持)を秉(と)り、また吾(わ)が教(きょう)に乗(じょう)じて、真経(しんきょう)を取り去(さ)らるることを。甚(はなは)だ功果(こうか=功徳の果)有(あ)り。大職正果(だいしょくしょうか)に加升(かしょう)す。汝は旃檀功徳仏(せんだんくどくぶつ)と為(な)れ。 孫悟空(そんごくう)、汝天宮(てんきゅう)を大(おお)いに闘(たたか)いしに因(よ)り、吾(われ)甚深(じんじん)の法力(ほうりき)を以(も)って、五行山(ごぎょうざん)の下(もと)に圧(おさ)え置(お)けり。幸(さいわ)いに天災(てんさい)の満(み)つることを得(え)て、釈教(しゃくきょう)に帰(き)し、かつ喜(よろこ)ぶべきかな汝の悪(あく)を隠(かく)し善(ぜん)を揚(あ)げ、途中(とちゅう)に魔(ま)を煉(ね)り怪(かい)を降(くだ)して功(こう)有(あ)り、終(おわり)を全(まっと)うし始(はじめ)を全うす。大職正果(だいしょくしょうか)に加升(かしょう)す。汝は闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)と為(な)れ。 猪悟能(ちょごのう)、汝本(もと)これ天河水神(てんかすいしん)、天蓬元帥(てんぽうげんすい)なりしが、汝蟠桃会(ばんとうえ)の上(うえ)に在りて酒(さけ)に酗(あか)れ仙娥(せんが=仙女)を戯(たわむ)れしに因り、汝を下界(げかい)に貶(へん)して胎(たい)に投(とう)ぜしめ、身(み)畜類(ちくるい)の如(ごと)くならしめたり。幸(さいわ)いに汝人身(じんしん)を記(しる)し愛(あい)し、福陵山(ふくりょうざん)雲棧洞(うんさんどう)に在りて孽(げき=罪業)を造(つく)りしが、喜ぶべきかな大教(たいきょう)に帰(き)し、吾(わ)が沙門(しゃもん)に入(い)るを。聖僧を路(みち)に保(ほ)せしといえど、却(かえ)ってまた頑心(がんしん=頑な心)有り、色情(しきじょう)いまだ泯(ほろ)びず。汝担(に)を担(にな)いて功(こう)有るに因り、汝が職(しょく)を加升して正果(しょうか)と做(な)す。浄壇使者(じょうだんししゃ)と做(な)れ」 と。八戒(はっかい)口(くち)の中(うち)に嚷(わめ)いて道(いわ)く、「彼(かれ)ら都(みな)仏(ほとけ)と成(な)るに、如何(いか)してか我(われ)を把(と)りて箇(ひとつ)の浄壇使者(じょうだんししゃ)と做すや」と。如来道(いわ)く、 「汝が口(くち)壮(さかん)に身(み)慵(ものう)く、食腸(しょくちょう)寛大(かんだい)なるに因る。けだし天下(てんか)四大部洲(しだいぶしゅう)に、吾が教(きょう)を瞻仰(せんぎょう)する者(もの)甚(はなは)だ多(おお)し。凡(およ)そ諸(もろもろ)の仏事(ぶつじ)に、汝に浄壇(じょうだん)を教(おし)うるは、乃(すなわ)ちこれ箇(ひとつ)の受用(じゅよう=享け得)の有る品級(ひんきゅう=位階)なり。如何(いか)でか好(よ)からざらんや! 沙悟浄(さごじょう)、汝本(もと)これ巻簾大将(けんれんだいしょう)なりしが、先(ま)ず蟠桃会(ばんとうえ)の上(うえ)に在りて玻璃盞(はりさん)を打(う)ち砕(くだ)きしに因り、汝を下界(げかい)に貶せしに、汝流沙河(るさが)に落(お)ち、生(いのち)を傷(そこな)い人(ひと)を食(くら)いて孽(げき)を造(つく)れり。幸いに吾が教(きょう)に皈(き)し、誠(まこと)に敬(けい)して迦持(かじ)し、聖僧を保護(ほご)し、山(やま)に登(のぼ)り馬(うま)を牽(ひ)くの功有るに因り、大職正果(だいしょくしょうか)に加升す。金身羅漢(こんしんらかん)と為れ」 と。また那(かの)白馬(はくば)を叫(よ)んで道(いわ)く、 「汝本これ西洋大海(せいようたいかい)広晋龍王(こうしんりゅうおう)の子(こ)なり。汝父命(ふめい)に違逆(いぎゃく)して、不孝(ふこう)の罪(つみ)を犯(おか)すに因り、幸いに皈身(きしん)皈法(きほう)を得(え)て、我が沙門(しゃもん)に皈(き)せり。毎日家(ひごろ)汝の聖僧を載(の)し負(お)いて西(にし)に来(きた)るに虧(よ)り、また汝の聖経(せいきょう)を馱し負いて東(ひがし)に去(ゆ)くに虧(よ)れり。また功有る者(もの)なれば、汝が職を加升して正果(しょうか)と做す。八部天龍馬(はちぶてんりゅうば)と為れ」 と。長老(ちょうろう)四衆(ししゅ)倶(みな)各(おのおの)叩頭(こうとう)して恩(おん)を謝(しゃ)す。馬また恩(おん)を謝(しゃ)し訖(おわ)り、なお掲諦(かいたい)に命(めい)じて馬を引いて霊山の後崖(こうがい=裏の崖)の化龍池(かりゅうち)の辺(ほとり)に下(お)らしめ、馬を将(も)ちて池(いけ)の中(うち)に推(お)し入らしむ。須臾(しばらく)の間(あいだ)に、かの馬一箇(ひとつ)の展身(てんしん)を打(う)つや、すなわち毛皮(もうひ)を退(しりぞ)け、頭角(とうかく=頭と角)を換(か)え、渾身(こんしん=全身)の上に金鱗(きんりん=金の鱗)を長(お)い起(おこ)し、腮頷(さいがん=頬と顎)の下(もと)に銀鬚(ぎんしゅ=銀の髯)を生(しょう)じ出(いだ)し、一身(いっしん)の瑞気(ずいき)、四爪(しそう)の祥雲(しょううん)、化龍池(かりゅうち)を飛(と)び出(い)で、山門(さんもん)の裡(うち)の擎天華表柱(けいてんかひょうちゅう)の上を盤繞(ばんじょう)る。諸仏(しょぶつ)如来の大法(だいほう)を讃揚(さんよう)す。 孫行者(そんぎょうじゃ)却(かえ)ってまた唐僧(とうそう)に対(むか)いて道(いわ)く、 「師父(しふ)、この時(とき)我(われ)すでに仏と成(な)り、汝と一般(おなじ)し。莫成(まさか)なお金箍児(きんこじ=金の箍)を戴(いただ)き、汝なお甚(なん)の『緊箍呪(きんこじゅ)』をか念(ねん)じて我を掯勒(こうろく=苦しめ縛)ること有らんや。早(はや)きに趁(じゅん)じて箇の松箍児呪(しょうこじゅ)を念(ねん)じて、脱(ぬ)ぎ下(おろ)して、打ちて粉碎(ふんさい)と為し、切(きっ)と那(かの)甚(なん)の菩薩(ぼさつ)をしてまた去きて他人(たにん)を捉弄(とらわれあそ)ばしむるを叫(よ)ぶ莫(な)かれ」 と。唐僧道(いわ)く、「当時(そのかみ)ただ汝の管(かん)し難(がた)きが為(ため)にのみ、故(ゆえ)にこの法(ほう)を以(も)ってこれを制(せい)せり。今すでに仏と成れば、自然(おのずか)ら去(さ)れり。豈(あ)になお汝が頭(こうべ)の上に在(あ)るの理(ことわり)有らんや!汝試(こころ)みに摸(さす)りて看(み)よ」と。行者(ぎょうじゃ)手(て)を挙(あ)げて去きて一(ひと)と摸(さす)るに、果(は)たしてこれ無(な)し。 この時旃檀仏(せんだんぶつ)・闘戦仏(とうせんぶつ)・浄壇使者・金身羅漢(こんしんらかん)倶(みな)正果して本位(ほんい)に就(つ)き、天龍馬(てんりゅうば)また自(おのずか)ら真(しん)に帰(かえ)る。詩(し)有りて証(あかし)と為す。詩(し)に曰(いわ)く、 一体(いったい)の真如(しんにょ)転(てん)じて塵(じん)に落(お)ち、四相(しそう)を合和(ごうわ)して復(ま)た身を修(おさ)む。 五行(ごぎょう)色(しき)を論(ろん)じて空(くう)に還(かえ)り寂(じゃく)なり、百怪(ひゃっかい)の虚名(きょめい)は総(すべ)て論(ろん)ずる莫(な)かれ。 正果の旃檀(せんだん)は大覚(だいかく)に皈し、品職(ひんしょく)を完成(かんせい)して沈淪(ちんりん=沈み溺れ)を脱(だっ)す。 経(きょう)天下(てんか)に伝(つた)わりて恩光(おんこう)闊(ひろ)く、五聖(ごせい)高(たか)く不二門(ふにもん)に居(きょ)す。 と。 五聖(ごせい)の果位(かい)に就(つ)くの時、諸衆(しょしゅう)の仏祖(ぶっそ)・菩薩(ぼさつ)・聖僧(しょうそう)・羅漢(らかん)・掲諦(かいたい)・比丘(びく)・優婆夷塞(うばいそく)、各山各洞(かくざんかくどう)の神仙(しんせん)・大神(だいしん)・丁甲(ていこう)・功曹(こうそう)・伽藍(がらん)・土地(どじ)、一切(いっさい)の道(どう)を得たる師仙(しせん)、始(はじ)め倶(みな)来りて講(こう)を聴きしが、ここに至(いた)りて各(おのおの)方位(ほうい)に帰(かえ)る。汝看(み)よ、かの 霊鷲峰(りょうじゅほう)の頭(いただき)に霞彩(かさい=霞の彩)聚(あつま)り、極楽世界(ごくらくせかい)に祥雲(しょううん)集(つど)う。 金龍(きんりゅう)穩(やすらか)に臥(ふ)し、玉虎(ぎょくこ)安然(あんぜん)たり。 烏兔(うと=烏と兎)任随(にんずい=随に任)せて来往(らいおう)し、亀蛇(きだ)汝の盤旋(ばんせん=巡り)るに任(まか)す。 丹鳳(たんぽう)・青鸞(せいらん)情(じょう)爽爽(そうそう)として、玄猿(げんえん)・白鹿(はくろく)意(い)怡怡(いい)たり。 八節(はっせつ)の奇花(きか)、四時(しじ)の仙果(せんか)。 喬松(きょうしょう)・古檜(こかい)、翠柏(すいはく)・修篁(しゅうこう)。 五色梅(ごしきばい)時に開(ひら)き時に結(むす)び、万年桃(まんねんとう)時に熟(じゅく)し時に新(あらた)なり。 千果千花(せんかせんか)秀(ひいで)を争(あらそ)い、一天(いってん)の瑞靄(ずいあい)紛紜(ふんうん)たり。 と。大衆(だいしゅ)掌(て)を合(あ)わせて皈依(きえ)し、都念ず、 「南無燃灯上古仏(なむねんとうじょうこぶつ)。 南無薬師瑠璃光王仏(なむやくしるりこうおうぶつ)。 南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)。 南無過去未来現在仏(なむかこみらいげんざいぶつ)。 南無清浄喜仏(なむしょうじょうきぶつ)。 南無毗盧尸仏(なむびるしぶつ)。 南無宝幢王仏(なむほうどうおうぶつ)。 南無弥勒尊仏(なむみろくそんぶつ)。 南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)。 南無無量寿仏(なむむりょうじゅぶつ)。 南無接引帰真仏(なむせついんきしんぶつ)。 南無金剛不壊仏(なむこんごうふえぶつ)。 南無宝光仏(なむほうこうぶつ)。 南無龍尊王仏(なむりゅうそんのうぶつ)。 南無精進善仏(なむしょうじんぜんぶつ)。 南無宝月光仏(なむほうげっこうぶつ)。 南無現無愚仏(なむげんむぐぶつ)。 南無婆留那仏(なむばるなぶつ)。 南無那羅延仏(なむならえんぶつ)。 南無功徳華仏(なむくどくけぶつ)。 南無才功徳仏(なむざいくどくぶつ)。 南無善遊步仏(なむぜんゆうほぶつ)。 南無旃檀光仏(なむせんだんこうぶつ)。 南無摩尼幢仏(なむまにどうぶつ)。 南無慧炬照仏(なむえこしょうぶつ)。 南無海徳光明仏(なむかいとくこうみょうぶつ)。 南無大慈光仏(なむだいじこうぶつ)。 南無慈力王仏(なむじりきおうぶつ)。 南無賢善首仏(なむけんぜんしゅぶつ)。 南無広主厳仏(なむこうしゅごんぶつ)。 南無金華光仏(なむこんかこうぶつ)。 南無才光明仏(なむざいこうみょうぶつ)。 南無智慧勝仏(なむちえしょうぶつ)。 南無世静光仏(なむせいじょうこうぶつ)。 南無日月光仏(なむにちげっこうぶつ)。 南無日月珠光仏(なむにちげっしゅこうぶつ)。 南無慧幢勝王仏(なむえとうしょうおうぶつ)。 南無妙音声仏(なむみょうおんじょうぶつ)。 南無常光幢仏(なむじょうこうどうぶつ)。 南無観世灯仏(なむかんぜいとうぶつ)。 南無法勝王仏(なむほっしょうおうぶつ)。 南無須弥光仏(なむしゅみこうぶつ)。 南無大慧力王仏(なむだいえりきおうぶつ)。 南無金海光仏(なむこんかいこうぶつ)。 南無大通光仏(なむだいつうこうぶつ)。 南無才光仏(なむざいこうぶつ)。 南無旃檀功徳仏(なむせんだんくどくぶつ)。 南無闘戦勝仏(なむとうせんしょうぶつ)。 南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)。 南無大勢至菩薩(なむだいせいしぼさつ)。 南無文殊菩薩(なむもんじゅぼさつ)。 南無普賢菩薩(なむふげんぼさつ)。 南無清浄大海衆菩薩(なむしょうじょうだいかいしゅぼさつ)。 南無蓮池海会仏菩薩(なむれんちかいえぶつぼさつ)。 南無西天極楽諸菩薩(なむせいてんごくらくしょぼさつ)。 南無三千掲諦大菩薩(なむさんぜんかいたいだいぼさつ)。 南無五百阿羅大菩薩(なむごひゃくあらだいぼさつ)。 南無比丘夷塞尼菩薩(なむびくいそくにぼさつ)。 南無無辺無量法菩薩(なむむへんむりょうほうぼさつ)。 南無金剛大士聖菩薩(なむこんごうだいししょうぼさつ)。 南無浄壇使者菩薩(なむじょうだんししゃぼさつ)。 南無八宝金身羅漢菩薩(なむはっぽうこんしんらかんぼさつ)。 南無八部天龍広力菩薩(なむはちぶてんりゅうこうりきぼさつ)」 と。 是(かく)の如(ごと)き等の一切世界(いっさいせかい)の諸仏(しょぶつ)、願(ねが)わくはこの功徳(くどく)を以って、仏浄土(ぶつじょうど)を荘厳(しょうごん)せん。上(かみ)は四重(しじゅう)の恩を報(ほう)じ、下(しも)は三途(さんず)の苦(くるしみ)を済(すく)わん。 もし見聞(けんもん)する者有らば、悉(ことごと)く菩提心(ぼだいしん)を発(おこ)さん。同(とも)に極楽国(ごくらくこく)に生(しょう)じて、尽(ことごと)くこの一身(いっしん)を報(ほう)ぜん。 十方三世(じっぽうさんぜ)の一切仏(いっさいぶつ)、諸尊菩薩摩訶薩(しょそんぼさつまかさつ)、摩訶般若波羅密(まかはんにゃはらみつ)。 と。 『西遊記(さいゆうき)』ここに至りて終(おわ)る。